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2013年1月31日 (木)

MRは消えゆくさだめ?

なんでも医師になって初めてそれと実感したのがMRに挨拶されたときだったと言う先生も多いようですが、医師とMRとは何かと言えばつきあい方や距離感の取り方なども難しいもので、例えば昨年から学会でのメーカーからの飲料無料提供が禁止になりましたが、今年はさらに一歩進んで卸からも提供禁止になるというニュースが出ていました。
無論のこと接待だ、タダ飯だと言ったことでお金を使い放題という訳にも行かない時代ですから昔のような接待攻勢もないのでしょうが、日常的に顔を合わせ多少なりとも親しんだ関係ともなればそこは人間のやることですから、MRとの付き合いの深さによって薬の選択が変わってくるということもまあ考えられないことではありませんよね。
特に後発品(ジェネリックあるいはゾロ)と言えば先発品と違って薬自体の効き具合で選ぶというものでもないだけに、処方権を持つ医師のみならず薬剤部などにしてもともすればその他の部分での便宜や個人的な交友関係などに配慮して仕入れを決めるということが起こりえるのかも知れませんが、そうした風潮を一刀両断するかのように先日公の場でこんな身も蓋もない(失礼)発言があったということです。

聖マリアンナ医大病院・増原氏 GEメーカーに「MRいらない」(2013年1月21日医薬経済社)

聖マリアンナ医科大学病院薬剤部の増原慶壮部長は19日、都内で開催されたDPCマネジメント研究会学術大会で講演し、「後発品メーカーにMRはいらない」との持論を展開した。後発品は先発品と成分が同じため、基本的に「情報は不要」であるうえに、自社品を売り込むため「情報が中立ではない」と噛み付いた。

さすがに「情報は不要」とはいくら何でも端折りすぎだ、極論に過ぎると感じる人もいるのかも知れませんが、部分的にはうなずけるところなきにしもあらずと感じる先生方も多い発言ではあったかも知れませんね。
そもそもゾロメーカーのMRに出会うこと自体も大手を除いてはそうそうあることではないように思うのですが、話に聞くところではクレームをつけようとしても「先発品と同じものだからそちらに言ってください」などと言い逃れる剛の者?もいるとかいないとかで、とかく長年現場にも出回っている枯れた薬であるだけにメーカー期待の新薬ほど手厚い対応というわけにはいかないのも確かです。
そうは言っても後発品も配合成分など100%先発品と同じではないだけに、例えばアレルギー発生時などには情報が欲しくなることもあるんじゃないかと思いますが、ただそうしたケースでは直接会社の方に紹介すればいいだけの話だと考えればなるほど、MRに回す人件費を削って他に回せという考え方にも一理あるのかも知れません(増原部長の真意がどこにあったのかはこれだけでは何とも言えませんが)。

毎週のように医局の前の廊下に立ちんぼしては医師がやってくるたびに「弊社の○○!○○をよろしくお願いします!」と選挙カーよろしく連呼するだけのMRなどはさすがにどうかと思うにせよ、今日日各種情報などネットで幾らでもリアルタイムで手に入るし、夜毎の勉強会に行けばその道の先達から生の情報も手に入る、それならMRとは一体何の役に立っているのだろうと感じる人はそれなりにいるはずです。
かつては学会用に資料を集めたりスライドを作るのにMRの協力を仰ぐといった「目的外使用」に便利使いしていた先生方も結構いらっしゃったようですが、今の時代にそんな仕事はPCでちょちょいとやった方がずっと面倒なく早いだろうと言うものですから、心なしか彼らも手持ちぶさたに見える日が多くなってきたかも知れませんね。
今春から臨床現場に出てくる新卒の先生方にとってもMRとはなんぞや?どう付き合ったらいいの?と疑問符は尽きないところだと思いますが、先日ちょうど日経メディカルの方に開業眼科医である目黒瞳氏の視点で見たMRとの付き合い方を記した一文が掲載されていましたので引用させていただくことにしましょう。

MRさんの力(2013年1月25日日経メディカル)

 ひまな当院ではMRさんとお話するのも結構楽しみだったりします。営業ではなく、MR=medical representative(医薬情報担当者)なのだとは言うものの、あまりに薬が出ないとなんだか申し訳ないなあ、と思ってしまいます。薬が出ないのは、患者数が少ないせいもあるんだけど。後発品可の処方箋がよく出るようになり、薬の選択権は調剤薬局に移った感じもしますが、MRさんの存在が薬の処方にどう影響しているかを考えてみました。

 どのように薬を選ぶか? もちろん、効果が良く出る薬がファーストチョイスとなります。プロスタグランジン系で1日1回投与の緑内障治療点眼薬が出たときには、ご多分にもれず、私もこの薬をまず処方するようになりました。後発品が一度に十数種類出たくらい人気のあった薬です。そして効果の次には、ユニークな薬を選びます。抗菌薬の徐放型点眼薬(分類上は軟膏)や、緑内障の点眼薬で角膜上皮障害が出にくいもの、などなど。

 こうした情報をMRさんから入手することも多いわけですが、新薬が出たばかりで宣伝色が濃いときには、なんとなく眉つばでパンフレットなどを見てしまいます。ある程度の症例数がたまってからのスタディで、それもきちんとした雑誌に投稿されている論文のデータだと信用できますけど…。

 それより何より、私が一番影響されるのは先輩ドクターの発言かもしれません。「こういう症例には、これだよ!」という会話はよくあります。医局であれば、何げなく交わされる会話に薬の上手な使い方のヒントが隠されていることもしばしばです。

 この「くちこみ」にMRさんが入り込むのは無理だとしても、勉強会や講演会といった形で介入してくれるのは歓迎します。やたらに薬の宣伝色が強いと辟易としますが、最近は薬の宣伝にとどまらない講演も多く、臨床現場の本音が聞ける会はとってもためになります。

 じゃあ、MRさん個人の営業力で、処方ってどれくらい影響されるのかしら。前述の、一番よく出していたプロスタグランジン系点眼薬の会社のMRさんには、開業してから1回しか会ったことがありません。それも、ものすごく混んでいる外来中に「今、お時間ありますか?」と聞かれ、「時間はありません」と帰ってもらったら、二度と来なくなってしまいました。でも、良い薬であれば、MRさんと会わなくたって処方は出るんです。当たり前ですが。

 私は、結構MRさんの好き嫌いがはっきりしていて、これは大人げないな、と思っていました。しかも、嫌いな人にパターンが見出せないので、個人的な好みの問題かと思っていたのですが、ある日、交渉術の本を読んでいて、会って話したいと思うMRさんの方に共通項があることを発見しました。それは、彼らが皆「聞き上手」なことです。一方的に薬の宣伝をしてパンフを渡して帰っていくのではなく、私の専門分野や経歴も把握していて、それを踏まえての会話をしてくれます。

 同じような薬があったとしたら、話して楽しいMRさんの営業成績に貢献したい、という気持ちはどうしても出てきちゃいますよねえ。最近は私とMRさんとの年齢差がどんどん開いてきて、「この人のご両親と私はおそらく同じ世代だな」と思うと、ちょっとくらいポカをしても、その成長を温かく見守りたい気持ちにもなります。

結局個人対個人の関係はそれなりに重要だと言われればその通りですし人間的に好みに合うMRなら少し詳しく話を聞いていこうかと言う気になるのも確かでしょうが、目黒先生の言うように一周してそういうところはまあいいかな?という気持ちになってくるというケースもあるわけですから、それじゃMRって結局何なの?と言われれば究極的には「MRはいらない」になってしまうのかも知れませんね。
ノンポリ勤務医にすれば大学や大規模基幹病院を別にすれば大抵の病院は同じ成分の薬がそう何種類もあるわけではありませんからあるものを使う、外来患者には昨今では一般名処方やジェネリックへの変更が制度的にも推奨されていますから特にブランドにはこだわらないとなれば、忙しい中MRに捕まってくどくどと製品説明を聞かされる時間が惜しいという気にもなるでしょう。
ただ今の時代に新薬の情報をMRのみから入手するということはまずないはずで、学会や講演会、口コミなどなど様々な情報ルートで何となくそういう薬が出た、それなりに使いでのありそうな薬らしいという感触は持っている、そこに更にMRからの具体的個別的な情報提供もあって「それじゃ一度うちでも使ってみるか」という段階を踏むのであれば、これは車などを買うのと全く同じ仕組みで健全な商行為の範疇と言うべきですよね。

歴史的背景に根ざした習慣ということなのでしょうか、医師の側にもMRの側にも何かしら同じ業界の仲間的な妙な距離感の近さが当たり前であるかのような風潮がどこかにありましたが、昨今の相次ぐ接待廃止令にも見られるように大きな流れとして医師とMRの関係はユーザーとメーカー関係者という一般的な間柄に移行していくだろうし、製薬業界からしてもそうなるべきだと考えられているのは明らかですよね。
そう考えるとMRの仕事も一般のセールスマンの行動パターンが大いに参考になるはずで、例えば忙しい最中の職場に保険の外交員が押しかけてきて売り込みを仕掛けてくるといったケースで自分がどう感じるだろうかと考えて見れば、商売以前に最低限守るべきマナーというものは見えてくるんじゃないかと言う気がします。
MR側にしても昔のように体育会的に濃厚な人間関係で揉まれてきたらしい人ばかりではなく、いかにも淡泊に命じられた仕事をただ黙々とこなすだけというタイプが増えてくれば距離感が近すぎることによる軋轢は減ってくるでしょうが、接待も個人的付き合いもなくなるのならやはりMRなどいらないんじゃないかということにもなってくるのでしょうか。

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コメント

立ちんぼはいらない。規制すべき。

投稿: tekka | 2013年1月31日 (木) 08時51分

ヒント1:今のご時世どこの会社も経営は厳しい
ヒント2:MRは医師もうらやむ高給取り

つまりは業界あげての接待禁止令とは単なる前振りですなw

投稿: aaa | 2013年1月31日 (木) 10時04分

MRがいなければならないという存在理由が不明確ですが、とりあえず必要性で考えれば今よりもずっと少なくて済むんじゃないかと思います。
医師側としてもどうしてもMRが必要ならばこれこれの役割で残して欲しいということを発信していかないと、どうでもいいMRばかりが後に残ってしまったということにもなりかねませんね。

投稿: 管理人nobu | 2013年1月31日 (木) 11時26分

ヒマな職場で働いていた時代は、毎日数社のMRと面談して新薬の話聞いてました。案内してもらった製薬会社主催の講演会・勉強会にもよく行きました。
新薬の情報提供や講演会の案内に関しては必要かもしれません。ただし押し売りのごとく頻繁に訪問してもらう必要は全くなくて、
こちらが必要な時に訪問してもらうのがいいでしょう。
インターネットで情報収集が可能な時代とはいえども情報提供はあったほうがいいと思います。
ただし機能的にはMRの人数は削減される傾向にはあるでしょうね。

投稿: 逃散前科者 | 2013年1月31日 (木) 14時54分

接待禁止の公立が長かったので正直なとこ彼らとの付き合い方がわかりません
向こうも付き合いにくいのか新薬出ましたと資料渡してくるだけだし
用があれば薬剤部経由で連絡するからいらないと思ってます

投稿: たけ | 2013年1月31日 (木) 16時41分

ヲタなMRが毎度毎度「マドマギはスタンダードなボーイミーツガールなんですよ!!!!!!」とか力説してウゼェw

>ヒント1:今のご時世どこの会社も経営は厳しい

上記某外資系MRによると接待費自体は有り余ってるそうですが…。

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2013年2月 1日 (金) 10時23分

現役後発品関係者です。
確かに皆様のおっしゃる通り、後発品は先発品と同じように作ることが基本になっております。
そして、臨床が行われずに承認される為、各種データは揃いません。
だから安いのです。
大手後発品製薬会社ですと、MRがゴロゴロいるのですが、中小規模ですと、十数名のMRでやっています。
正直、定期訪問できるのは、配備された県の一部の医療機関のみでしょう。
それでも薬は全国に流通されていきます。
我々弱小企業としては、既にご存知の情報量しかありませんので、副作用時の報告の為の訪問と、資料請求時の説明のみで、ご連絡頂いた時のみ近県MRを派遣する感じです。資料請求のお電話を頂いても、近県に配備されてないので、泣く泣く資料のみ送付するケースもあります。
そんな我々のような企業は、今後、MRを増やしたりするより、少ない人数で依頼に対応出来るシステムを構築すべきなのでしょうか。
ちなみに、中小規模の後発医薬品メーカーMRの手取りって、15万前後ですよ?

投稿: たかパパ | 2013年9月15日 (日) 10時45分

基本的に医師も別に暇ではないでしょうから、用もないのに定期訪問されるよりも用があった時に迅速確実にレスポンスがあるという体制の方がありがたいと思いますけれどもね。
それもいちいちやってきてパンフレットを渡す必要もないことで、24時間の顧客センター対応とメールやファックスによる随時の資料送信体制でも構築してくれた方がずっと利便性は高まるでしょう。

投稿: 管理人nobu | 2013年9月17日 (火) 11時57分

MR認定試験合格と言われてもなあ

所詮無資格者だから
6万人全員処分で良かろう

十分甘い汁吸っただろ。
転職しても使い物にならないとは思うが

投稿: | 2015年6月25日 (木) 20時24分

 薬価差益を十分にかっ剥したから、MRが揉み手で売り込むメリットなど、売り込む側にも売り込まれる側にも消滅した。
 今後はといえば、後発品が出てくる前に売り逃げようとしたディオバンが最後のあがきになるかどうか。TPPで医薬品開発情報の囲い込みを画策しているようだが、ばかっ高い先発品でなきゃ救命できないなら寿命なんだと割り切って払いたい奴が保険外でやればよい。税金つぎ込む医療保険は全部後発品で桶。MRいらん。ネットと配達員で桶。  

投稿: | 2015年6月26日 (金) 10時36分

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