« 医学部定員上限が140人まで引き上げに | トップページ | 自由診療に絡んだ話題二題 »

2012年11月14日 (水)

変わりつつある高齢者救急医療

先日こういう記事が出ていましたが、ご覧になりましたでしょうか。

「延命治療せず」救命センター6割経験 搬送の高齢者に(2012年11月11日朝日新聞)

 【辻外記子、月舘彩子】全国の救命救急センターの6割以上が、過去1年間に高齢者に対して人工呼吸器や人工心肺などの装着を中止したり、差し控えたりした経験のあることが、朝日新聞社の調査でわかった。救命医療で「最後の砦(とりで)」とされる救命センターでも、回復が見込めない患者に対し、家族や本人の希望があれば、延命治療を控える動きが広がっていた。

 最も重症の患者を診る3次救急を担う全国254の救命救急センターに10月、高齢者への終末期医療の実態を聞いた。57%の145施設から回答があった。

 この1年に救急搬送された65歳以上の高齢者に、人工呼吸器や人工心肺、人工透析などの積極的な治療を中止したり差し控えたりした経験の有無と件数を尋ねた。この結果、63%にあたる91施設が「ある」と回答した。呼吸器の中止・差し控えは計302件あり、このうち、患者の年齢や病気名など具体的データを挙げた中止例は14件あった。人工心肺の差し控え・中止は37件あった。

思えば昨年末の厚労省の指針案を受けて今年初めに老年医学会が終末期高齢者に治療差し控え、中止もあり得るという見解を示したように、この一年ほどで長年の懸案となっていた高齢者終末期医療が大きく動き始めた感がありますが、やはりその背景にあるのは過度の医療に対する違和感が医療現場のみならず国民の間にもようやく滲透しつつあるということなのでしょうか。
特に今回の記事で注目していただきたいのが救命救急センターという特殊環境であってもこうした動きが広がってきているということで、当然ながら日常的に高齢者医療に従事して「引き時が判っている」市中病院であればさらに一般化してきている対応だと考えられそうですね。
ひと頃は何にでも対応出来るだけの設備とマンパワーを持つ高次医療機関が高齢者にも後先を考えずフルコースの濃厚治療を行った結果、かろうじて命だけは取り留めたものの他施設に引き受けてももらえない状態になって苦労しているというケースがまま見受けられましたが、当然ながら救命救急センターのような施設のベッドがこうした高齢者で埋まっているというのは救急崩壊とも呼ばれるこのご時世に全く望ましくないことです。
もちろん経営側にしてみても平均在院日数やDPCによる顧客単価引き上げなどから入院期間短縮を望んでいるはずですし、素朴な国民感情にも合致すると基本的に良いことずくめに思える話ではあるのですが、こうした情勢変化と関連して高齢者救急の変化を伝えるこちらの記事も紹介してみましょう。

高齢者救急が敬遠されなくなったワケ(2012年11月13日日経メディカル)

 少々古い話で恐縮だが、私が所属する『日経ヘルスケア』では1999年に、「救急こそが中小病院の生き残り策」と題したリポートを掲載したことがある。

 「救急医療は不採算なのになぜ『生き残り策』?」と思われるかもしれないが、救急の採算性は救急外来だけでなく、そこから入院に至ったケースまで含めて考える必要がある。

 急性期病院は、平均在院日数を短縮させつつベッドを空けずに埋めていく、つまり病床回転率を高める努力が求められている。救急患者は入院に移行するケースが多いから、救急を強化することは新規入院患者を増やしベッドの回転率を高める上で有効だ――。99年の記事を要約すれば、こんな内容になる。

 この構造は今も全く変わっていない。ただ、当時、中小病院が確保しようとしていたのは、若年層を中心とした入院診療単価が比較的高い患者だ。疾患にもよるが、高齢者は診療単価が低くなりやすい上、入院期間が長期化するリスクがあるため敬遠されがちだった。

 ところがここ数年、風向きが明らかに変わりつつある。地域密着型の中小病院が、高齢者救急に積極的に取り組み始めているのだ。

 大きな理由は、高齢救急患者の増加。小児や成人の救急搬送数は2005年をピークに減少傾向にあるのに対し、75歳以上の高齢者は年々増加しており、2010年にはついに小児・成人を上回った(図1)。

図1 救急搬送された高齢者(75歳以上)の数と重症度の内訳(消防庁の「救急・救助の現況」による)(*クリックすると拡大表示します)

 一方で、平均在院日数短縮への圧力が一層強まり、大病院がこぞって救急に力を入れた結果、中小病院は若年層の患者を確保しにくくなった。こうした事情から、「急性期病院として生き残っていくため、高齢者救急に取り組まざるを得ないと腹をくくった一般病院が増えている」(全日本病院協会常任理事の猪口正孝氏)わけだ。

病院長が介護施設に「トップ営業」

 高齢者の救急受け入れを増やすとなると、入院期間の長期化を防ぐ対策が不可欠。そこで重要になるのが、退院後の受け皿となる施設の確保だ。特に、在宅医療を手がける診療所や介護施設は、退院後の受け皿となる上、患者の“供給源”にもなる

 そのため、高齢者救急に舵を切った中小病院は、診療所や介護施設との連携強化に動き出した。その動向は『日経ヘルスケア』11月号で紹介したが、関東地方の100床規模の病院では、院長自らが周辺地域の介護施設を訪問する「トップ営業」で介護施設側との信頼関係を築き、急性増悪したり外傷を負った入所者の受け入れを着実に増やした。病院長が介護施設を回って営業するというのは、一昔前では考えられなかったが、中小の急性期病院の入院患者確保はそれだけ厳しくなっているということなのだ。

 本来であれば重症患者を診るべき高次救急医療機関に、高齢者をはじめとする軽~中等度の患者が多数搬送されている需給のミスマッチの問題は、依然解消していない。だが今後、高齢救急患者の受け入れに注力する中小病院が増えれば、この問題も改善に向かうかもしれない。「腹をくくった」経営者たちの取り組みは、中小病院の生き残り策という枠組みにとどまらず、「救急再生」の観点からも大いに注目される。

もちろん経営者が一生懸命「うちに患者を送ってください」と営業活動をしてまわっても、現場の医師が必ずしもそれを喜んでいるかはまた別の問題ですし、あまりその乖離が激しくなれば逃散等の行動を招くのだと思いますが、以前のように高齢者=治療後も面倒くさいと敬遠=どこにも搬送先がないという高齢者救急受け入れ困難のケースが妙なところから解消傾向にあるということでしょうか。
高齢者にしてももちろん着実に治療効果が上がり、予定通りに退院に持って行けるようなケースでは特に面倒もないのですが、例えば施設から搬送されてきた難しい患者を一生懸命治療して何とか一命は取り留めた、しかしADLが低下して「こんな状態じゃうちでは引き取れません」と施設側から帰還を拒否され困っているという場合もありえますよね。
若い人であれば「病気が良くなる=前と同様元気になる」の関係がおおむね通用しますが、高齢者になると病気が良くなっても体力は確実に落ちるし全身状態も悪化していくしで元通りになることの方がむしろ少ない、そして国からは入院はとにかく短くしろと圧力がかかっている医療現場にいくら家族が「前と同じになるまで入院させろ!」などと言ったところでそれは無理というものです。
そんな中でもし明らかにこれは命を保つのも難しい症例だ、仮に運良く助かっても極めて不安定な状態にしかならないだろうという症例だけでも最初の段階できちんと見極め対処出来るならば、見込みの乏しい症例に多大な労力をつぎ込んで結局報われないまま現場の疲弊と切りまくられたレセプトの山だけが残ったというケースは確実に減らせそうに思えます。

無論のこと、人が人の寿命を決めるという事に抵抗感があるのは当たり前で、例えば高福祉で有名な北欧諸国などでは「自力で食事が食べられなくなったら何もせずに看取る」という対応が社会的に当然のことと認められているくらいですから、日本からすると終末期医療というものに極めてドライな感覚を持っているようにも見えます。
安楽死が認められている米国はオレゴン州などではがん患者に対して「抗がん剤治療の公的保険給付は認められないが自殺幇助なら給付を認める」という趣旨の通知が届くと言いますし、同じく安楽死が合法化されているオランダには25歳以上の重症脳損傷患者を治療するための専門医療機関が存在せず、ナーシングホームでは高齢認知症患者に積極的安楽死も行われていると言います。
日本ではそうした国々の現状に対して「さすがにそこまでは…」と控えめな死生観を持つ人々が主流派だと考えられますが、逆に言えばそうした控えめな日本人の死生観から見ても「それはちょっとやり過ぎでは…」と思われるような延命治療の横行とは、世界的基準から見ればまさにあり得ないレベルだと言うことになるのでしょうか。
多くの諸外国では延命医療を規制する第一の要素は医療費負担で、何しろ残された家族が物理的に治療費を払えない以上は延命治療の打ち切りや延命治療そのものを受けないという選択肢も当然のものとして社会的にも許容されていますが、老人は長く入院させておくほど年金との差額で儲かるという日本のシステムでは気長に医療現場と国民認識の変革を待っていくしかないのでしょうか。

|

« 医学部定員上限が140人まで引き上げに | トップページ | 自由診療に絡んだ話題二題 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

うちの理事長老犬入所者が熱出したら全員入院させろって言い出した
もうこうなったら医学でもなんでもないな

投稿: 荒不王 | 2012年11月14日 (水) 09時01分

延命打ち切りも打ち切りで説明に時間取られますから救急の修羅場じゃ大変なんですよね。
過剰医療には説得するくらいなら何も考えずにやっちゃった方が早いって理由も少なからずありそうな。

投稿: ぽん太 | 2012年11月14日 (水) 11時41分

かかりつけのない高齢者も退院後の引取先探しに難渋しますから、ちょっと面倒くさそうだと受け入れを渋られやすい印象ですね。
ムンテラの手間の問題もそうですが、結局は現場でのちょっとした不都合を地道に改善していくことが大事なのかなと思います。

投稿: 管理人nobu | 2012年11月14日 (水) 12時37分

そのあたり町立病院一つの田舎町の方が各施設有機的に連動して効率の良い管理が出来ていたりするんで
もうあんまり高度な医療はやらないという高齢者じゃ医療圏は大きすぎない方が楽なんでしょう

投稿: 元僻地勤務医 | 2012年11月15日 (木) 10時06分

ナマポも自己負担ないからジェネリックに制限しろって言ってんだから
老人も自己負担抑制してるから受診先制限しろって理屈でいんじゃね?
優遇されるだけで義務が伴わないのは不公平だし

投稿: イルカ | 2012年11月15日 (木) 11時41分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/56104481

この記事へのトラックバック一覧です: 変わりつつある高齢者救急医療:

« 医学部定員上限が140人まで引き上げに | トップページ | 自由診療に絡んだ話題二題 »