« 特定看護師問題 それだけで終わっていいのか? | トップページ | 上小阿仁村医師 今度は3週間で逃散 »

2012年11月 7日 (水)

胃瘻造設は是か非か 反対派が多数を占める

先日も少しばかり取り上げました日経メディカルのディベート企画「胃瘻の造設、是か非か」の最終集計結果が発表されましたが、おそらくは大方の予想通り68.3%と多数派が反対票を投じる結果となったようです。
ディベートというものに慣れていない日本人の故か、コメントを見ていますと双方の論者の説得力の是非を判断すると言うよりも「終末期はどうあるべきか」という自らの思想や信念に基づいての判断も少なからず混じっているようにも感じられますが、おそらく賛成か反対かと問われれば積極的に賛成するという人は一般人、医療関係者問わず決して多くはないのではないでしょうか?
無論現状では「PEGの造設を差し控えたり、或いは中止したりするには、倫理的な更には法的な問題がからむ」ことも確かですから観念論的に良い、悪いを決められるというものでもありませんし、「一概に反対するというのではなく、症例ごとに対処すべき」問題であることは言うまでもありませんが、そうした視点から見て幾つか目立ったコメントを引用させていただくことにしましょう。

第2回 胃ろうの造設、是か非か ~最終集計結果~高齢者への“安易”な胃ろう造設に反対!(2012年11月5日日経メディカル)より抜粋

医療費の有効利用や人間の尊厳を考えると、認知症で寝たきり患者さんに画一的にPEG造設するのはもうやめたほうが良いと思います。 [ペンネーム:きのこ-10月29日15時13分]

◆胃瘻ははっきり延命治療である内容が9割で、残り1割は若い方にはある程度の効果は評価出来ます。しかし、寿命だけはなぜ日本人が重視するのか分りません。まず、意思疎通も出来ない寝たきりの経管栄養はやめるべきです。国もそれを国民にはっきりと伝えなければなりません。人間は動物である以上、死ぬのが当たり前ではないでしょうか!意味のない延命は国を破壊してしまいます。 [ペンネーム:宇宙人-10月29日16時38分]

◆(略)新田氏の指摘のごとくPEGを造設する理由には大きく2つあり、それは緊急の救命的なものと延命的なものである。前者は将来の管理の問題があるにしても、多くは行なわざるを得ない。後者は全く管理の問題であって、意識もなく経口的には水分補給も必要な投薬も経口的に不可能となった場合、何らかの方法で補給の道を確保しなければならず、IVHを行うか、単に末梢の静脈確保だけにするか、経鼻管を挿入して消化管に投与する道を確保するか等の1つの選択肢としてPEGもあるだけのことで、その状況や状態、家族との相談等などでいずれが選択されるべきか十分に検討して決めるべきことである。
 この様な状況でPEGが選択されることはかなり少ないだろうとは考えるが、ここでもしPEGが選択された場合には、その後の管理が問題で、PEG造設後の栄養補給を一把ひとからげに考えるのではなく、その時どきの患者の状態に応じた補給を考えるべきで、無用に栄養補給をすべきではない。何も抜去まで考えなくとも、最小限度の水の補給やきちんと説明して家族の十分な理解の上で何も入れないということでも全く問題はないのである。要するにPEGを延命治療として忌み嫌ったり敵視したりする問題ではなく、管理の問題だけなのである。

◆胃瘻の適応患者というものは必ずいると思いますが、現状では大部分の医療従事者が、適応外にもかなり造設・継続されていると感じております。症例をしぼって行うのが宜しいのではないでしょうか?(1. 家族3名、医療従事者3名の同意、2.自宅での療養、3.自費などのうちいくつかの基準を満たすなど)。やはり医療資源(予算)には限界があるので、胃瘻にまわすべきか、もっと他にまわすべきかを議論すべきです。逆に医療費を削減していくならどの分野からか、という質問にすると、間違いなく胃瘻関連予算の削減は上位に来ると思います。胃瘻は予算に糸目を付けなければ是でありますが、要は優先順位の問題だと思います。 [ペンネーム:Golgo-10月30日07時16分]

◆胃瘻は単に経管栄養の経路選択にすぎません。問題は、経管栄養を選択するかどうかです。経鼻胃管を使うくらいなら胃瘻が優れています。胃瘻可能な患者でそれをしないということは経管栄養をしないことと同義ととらえられます。それが望むことなのであれば、それはそれでよい。経管栄養を望むなら、胃瘻は選択肢として大きな選択肢です。 [ペンネーム:sugimaro-10月30日09時05分]

◆画一的な判断は難しいです。人間ひとりひとり人生観は異なり、胃ろうで生きたい人もいると思います。しかし、社会保障費という公的資金を投入し、自分の意思を表明できないレベルの人間をただペットや植物のように栄養を与え生かしておく胃ろうには違和感を感じています。どこかで保険適応には線引きが必要です。社会全体として高齢者の医療費抑制は必要と思います。今のままでは若い世代が被害者になり、社会が破たんを来すのも時間の問題です。 [ペンネーム:rounen-ishi-10月30日21時27分]

◆胃瘻造設施行後に胃瘻チューブより経管栄養施行の場合、経鼻経管での経管栄養施行では受け入れ不可の特養で受け入れるケースもあるのが現状。このため胃瘻造設ができない場合、その患者が生活の場を失うこともある。経鼻経管栄養でも受け入れ先が確保できるのであれば、胃瘻造設を必ずしも施行しなくてもよい。しかし患者本人にしてみれば、胃瘻造設時の侵襲はあるもののその後の苦痛を考えると、胃瘻造設を施行した方がよいと考える。無為な延命に関しては、患者本人に判断できるケースは極めて稀で家族の意見による依存となるため見解 [ペンネーム:アルファルド-10月31日09時48分]

◆栄養を入れて「生きているだけ」の状態を目の前にすれば「やらなきゃ良かった」と思うし、食えなくなってきた患者を目の前にすれば「胃ろうを造ろうか」と思う。金の話が絡まなければ結論は出ないんじゃないかと思う。 [10月31日15時03分]

◆認知症、寝たきり、陳旧性脳梗塞有、嚥下障害から肺炎、心不全を繰り返す超高齢者。看取りの選択をしても、転院受け入れ先が見つからず、やむなく胃瘻を作って転院。胃瘻を作らずに看取りをすることに対して、受け入れ側のメリットがなければ(点数をつけなければ)現状はかわらないかと。 [ペンネーム:院生-10月31日15時18分]

◆医学としての正しさはどちらにも理があるが、経済への影響も考慮する必要がある。 [ペンネーム:gem-10月31日18時22分]

◆一概には決められない問題だと思います。であれば、現時点での日本の社会状況から見れば、PEGを選択せざるを得ないと考えます。議論が深まり、社会全体での意識の変化が起これば、真の意味での選択ができると考えます。 [ペンネーム:消化器外科医-11月1日18時25分]

◆PEGの造設を差し控えたり、或いは中止したりするには、倫理的な更には法的な問題がからむ。広く意見を集約して、社会が納得する選択の仕方を決めていく必要があると思われる。 [11月2日09時38分]

◆最近胃瘻造設が反省され中心静脈栄養が増加して困っています。 [ペンネーム:ヒロシ-11月2日13時04分]

◆自然界でも食べれない動物は死んでゆきます。必ずしも人間をそこに当てはめる必要はありませんが、予後よりは患者、家族の満足度と現在の社会保障制度に十分照らしあわせて総合的に有益性を判断するべきだと思います。 [ペンネーム:一般動物-11月2日21時58分]

◆当施設の機能の限界から、5人までしか受け入れられないが、PEG利用者のADLはかなり良いレベルに保たれていて、コミュニケーションも十分に維持できている人もいる。PEG反対の人に見て貰いたいものである。 [ペンネーム:田舎の老健施設長-11月4日11時39分]

投稿時系列順なのでやや議論が散乱して見えますが、限定的に胃瘻の良い適応という状況はあるとは言え少なくとも終末期高齢者の延命目的で胃瘻造設を行うことはあまり意味がないという点ではほぼ意見の一致を見ている、一方で現在の社会状況や法体系などを考えると実際には作りたくなくとも作らざるを得ない現実も確かにあるというところでしょうか。
ただ現実という点からすると寝たきり老人がどんどん増加し、ただでさえ逼迫している医療・介護のコストとマンパワーを圧迫することは決してほめられたものでもありませんし、ちょうど一年ほど前から厚労省が突然のように「胃瘻ってやめちゃってもよくね?」なんてことを言い出した背景にもやはり医療経済学的な圧力があったのではないかと推測出来るところですよね。
医療費が伸び続けるのを抑制するためにも無駄はなるべく削るべきだと言われれば、やはりどうしても「年寄りは無駄なお荷物扱いか」と角も立ちますけれども、先ほども言いましたようにこの問題に関しては国民にしろ正直あまりやり過ぎるのもどうなのか…と考えている訳ですから、むしろもう一歩の決断の後押しをするように制度面を改正していくと考えていくべきなのでしょう。

その意味で極めて現実的なことを言えば患者(実際には家族ですが)の費用負担の問題がありますが、一例として現在入院患者で胃瘻等の経管栄養を行うことの手技料が一日60点(3割負担で月額5400円程度)と定められているのがまず安すぎるという気がします。
実際には長期入院しているような患者では月額自己負担の上限に確実にかかりますからこの辺りの算定額が幾らであろうが関係ないですし、ましてやあまり高く設定しますと悪徳病院が何でもかんでも胃瘻を導入して好き放題稼ぐようになりかねないのも確かですが、例えば現在介護施設で胃瘻患者の受け入れを渋る、上限を設けるというのも手間暇がかかるからという理由が大きいわけですね。
特に夜間の場合(今春から研修によって介護スタッフでも扱えるようになりましたが)胃瘻の付け外しを行う看護師がいないから無理だという施設も多い訳ですが、そうした人材不足に対する金銭的な裏付けとしてなにがしかの自己負担を考慮することはあってもいいのではないでしょうか。
医療も大局的に見れば経済的制約によって動向が左右されていくのは否めない事実ですから、胃瘻を作ると経口摂取よりもこれだけ余分にお金がかかりますよと言われれば胃瘻希望者も次第に減っていくとすれば、長い目で見ると医療側のみならず患者にも家族にも悪い話ではないように思います。

|

« 特定看護師問題 それだけで終わっていいのか? | トップページ | 上小阿仁村医師 今度は3週間で逃散 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

ディベートの中でも倉医師は触れていましたし、コメントでも触れている方がいますが、
「胃瘻」だけを問題にするのではなく「人工栄養」を問題にしてほしいです。

あと、人工栄養をしないのはいいとして、
家族の中には一定数、最後まで口から食べることにこだわる人がいるので、
それへの対応策も考えないと。
先日も胃瘻拒否した家族から「胃瘻の方が楽だよねぇ」とイヤミをいわれました。
そりゃそうなんですけどね。でも、一食 食べるのに1時間以上かかる人や誤嚥リスクのある人に食べさせるのがどれ程大変なことか。

投稿: JSJ | 2012年11月 7日 (水) 09時33分

転院させるためだとか管理上の都合だとかで胃ろうを強いられるのは虚しすぎ
いっそのこと胃ろうって在宅以外は認めない方がいいんじゃなかろうか
家族こそまっさきに胃ろうの意味を思い知るべきでしょ

投稿: 元僻地勤務医 | 2012年11月 7日 (水) 11時49分

とりあえず胃瘻の基準を厳格化していくことで、ある程度数は抑制されていくんじゃないかと期待しています。
周囲に他の選択肢が増えていけば何となく胃瘻にという人も減り、主体的に胃瘻を選ぶ、あるいは選ばないという風潮になっていくでしょう。

投稿: 管理人nobu | 2012年11月 7日 (水) 12時32分

作るかどうかよりどう使うべきかを議論して欲しかったな

投稿: arai | 2012年11月 7日 (水) 13時48分

今回のテーマが「PEG造設全般」なのか「同意能力がない患者さんに対するPEG造設」なのか「終末期の患者さん(同意能力ありなしは問わず)に対するPEG造設」なのかがわかりにくいです。

投稿: クマ | 2012年11月 7日 (水) 18時23分

保険という「みんなのお金」からの支出であることを考えるとやはり回復の見込みのないケースでの胃瘻はやるべきではないと思います。
一旦始めたら止めるのも難しいので現実的にはまず一定以上の年齢での胃瘻新設は私費で、というのが一つの落としどころかと思います。

投稿: 吉田 | 2012年11月 7日 (水) 19時58分

本人にも家族にも感謝されるような胃ろうの造る甲斐のある患者は確かにいます。
でもそんな患者もいつまでもハッピーではいられないんですよ。
だから大事なのは胃ろうにするかしないかでなくいつまで続けるかでは。
胃ろうを離脱できる見込みのない患者は原則適応外とするのは極論でしょうか。

投稿: ぽん太 | 2012年11月 8日 (木) 08時52分

胃瘻は、人工栄養投与経路の選択肢の一つに過ぎないのだから、胃瘻だけを叩いても意味がないと思います。
胃瘻はしないけど経鼻胃管は入れる、では 意味がありません。
経済的なインセンティブで経鼻胃管を選択させる、というなら、それこそ虐待と言ってよいと思います。

問題の本質は、自ら食べなくなった痴呆老人をどのように処遇するのか、という哲学だと思います。
一切の介入をしない、ということならそれでよいですが、
そうでないなら、胃瘻という、既存の手段の欠点を克服するために開発された技術を捨てるのは愚かだと思います。
胃瘻は優秀過ぎたことが欠点だったのでしょうか。なかなか皮肉なものです。

コストを問題にするのなら、食事介助に要する人件費も比較対象に入れるべきでしょう。

ちなみに私は、本人の意思が確認できない人への人工栄養には反対です。
意思が確認できるまで回復する可能性のある例に 期間を限って行うべきだと思います。

一度始めた延命治療(救命治療として始めた処置が単なる延命処置になってしまった時)を中止するのが容易ではないことが、尊厳死の問題の本質だと、私は思います。
その議論を避けてはいけないと思います。

投稿: JSJ | 2012年11月 8日 (木) 09時10分

>一定以上の年齢での胃瘻新設は私費で

この意見に賛成です。
認知症末期の高齢者に胃瘻や経鼻胃管等の人工栄養を投与することについて、倫理観や人間の尊厳についての議論で終始し、賛成派・反対派が対立してしまいがちに思いますが、今差し迫って必要なのは、国の費用で高齢者の延命治療(治る見込みがなく、本人の意思表示ができない状態での話です)を負担することの是非を話し合うことではないでしょうか。
胃瘻で認知症の家族を生かしたい人、胃瘻で一日でも生きたい高齢者は全額実費で行うよう制度を改正すればよいと思います。
私は認知症の祖父を介護した体験から胃瘻による延命措置には反対ですが、全額実費で各々が行われるならば、個人の判断でよいのではないかと思います。
高齢者の過度な延命治療で生じた医療費は若い世代の負担になっています。
上の世代のエゴで若い世代を潰してはいけないと思います。
胃瘻は自宅で看取る場合に限る、という意見にも賛成です。
優れた医療技術には当然、コストが必要なので、そのコストに見合う対価を私たちは得られるのか、そのコストを負うだけの余力があるのかという議論が必要だと思います。

投稿: ポコニャン | 2013年4月20日 (土) 03時09分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/56054803

この記事へのトラックバック一覧です: 胃瘻造設は是か非か 反対派が多数を占める:

« 特定看護師問題 それだけで終わっていいのか? | トップページ | 上小阿仁村医師 今度は3週間で逃散 »