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2012年11月 6日 (火)

特定看護師問題 それだけで終わっていいのか?

さて、近年看護師の世界で特定看護師問題というものが議論されてきたわけですが、いざ導入も間近かと思われた現在になっても相変わらず議論が錯綜しているようです。
無論最終的な責任は各個人ではなく組織がとるのだと徹底されることが大前提としても、どうも見ていますと責任ある医療行為と言う言葉の受け取り方にかなり個人差があるように感じられます。

特定行為の意見募集の結果を公表- 看護業務WG・「個別対応は困難」との声も ( 2012年10月25日CBニュース )

厚生労働省は23日、チーム医療推進のための看護業務検討ワーキンググループ(WG、座長=有賀徹・昭和大医学部教授)を開き、特定の医療行為(特定行為)を担う看護師、いわゆる「特定看護師」について、特定行為の分類案に関する意見募集の結果を公表した。関係学会などから120件の電子メールが寄せられたが、特定行為に関しては、医師に限定すべきとする声と、一般の看護師の行為に改めるよう求める意見に分かれた。委員からは、医療現場の実情によって見方が異なるため、個別の対応は困難との指摘が相次いだ

意見募集の対象となったのは、特定行為(技術、または判断の難易度でそれぞれB1、B2)の96項目のほか、医師だけが行う「絶対的医行為」(A)の8項目と、看護師が実施可能な一般の医行為(C)の70項目(複数評価を含む)を合わせた174項目。このうち特定行為については、学会や団体などによって、評価が大きくAとCの2つに分かれた。

具体的には、侵襲性の高い特定行為のうち、分類案でB1だった「胸腔ドレーンの抜去」では、「抜去後の縫合手技や再挿入、病態評価の難易度から医師が実施すべき」とする声が上がる一方、「プロトコルが詳細に定められ、適切な教育訓練がなされていればよい」と、Cへの修正を求める意見もあった。同じくB1の「皮下組織までの表創(非感染創)の縫合」に対しても、「侵襲性、危険性から考えて医師が実施すべき」との意見と、一般の医行為に改めるべきとの意見に分かれた。
また、分類案でB1またはB2だった「血糖値に応じたインスリン投与量の判断」に関しても、絶対的医行為への修正を求める声と、「血糖値を確認し、プロトコルに基づいた調整は比較的リスクが低く、看護師が行うメリットは大きい」とする意見が混在した。

このほか、分類案全体について、「医療が提供される場所や患者の状況によって相違があるため、一定の判断が困難」「小児患者や、慎重な判断を要する慢性疾患、合併症、複数の疾患を併せ持つ患者等をどのように識別するのか分からない」と、行為の標準的な場面や対象患者が不明確との指摘もあった。

特定行為の分類案への意見が分かれた点について、委員からは「どちらもその通りだと思う。いろんな考え方がある中で、何らかの見方をつくっていかないと、これがAだCだと個別にやっても難しいのではないか」「全部のシチュエーションを考えて(医行為を)分類しようとすると、かなり混乱を招くと感じた」などの意見が出た。
有賀座長は、「ここでAとすべき、Bじゃないからといって、Cの場面もあるというのが、わたしたちの医療の現場。どのように医行為の分類を上手に、現場感覚に合わせていくかという話になっていくと思う」と述べた。【敦賀陽平】

同じ行為でもすぐ隣にいつでも専門医が控えている基幹病院の病棟と、直近の医師まで車で1時間というド田舎の訪問看護で全く事情が違うというもので、こういう十把一絡げな議論の仕方自体に意味があるのかなという気はします。
それはともかく、特定行為というものの分類に関しては以前に紹介したところを参照いただきたいと思いますが、過去の議論は大きく各々の特定行為を看護師に許すのかどうかという点と、もう一つはそもそも特定行為を行えるのは特定看護師に限定すべきかどうかという点に二分されますでしょうか。
率直に申し上げて各施設、各個人毎に看護師と言ってもレベルは全く異なりますし、例えば消化器の病棟看護師が呼吸器の処置が出来るかと言われても無理がありますから、最終的には個々の施設なり個人なりの実情に応じて判断していくしかないのかなという気がします。

その意味では一律の基準によって認定される特定看護師に限ってというよりは、個別に能力を見極めながら現場で行為の是非を決めていくというやり方の方がよほど実際的だろうとは思うのですが、何かあった場合に判断を問われるという点からは公的にここまではやっていいという資格を決めておいてくれよと言いたくなるのも人情なのでしょうね。
ただ医療現場が人手不足だと言っているのであれば、原則医師は医師にしか出来ないことを、看護師は看護師にしか出来ないことをというように、専門性の低い仕事はどんどん専門性ヒエラルキーの下位に回していくのが業務分担の大原則だと思うのですが、どうもこうした公の議論の歯ではそうした大原則が必ずしも徹底されているというわけでもないようです。

明日の医療 特定行為は、どうして看護師にだけ認められるのか(2012年10月24日JBPress)より抜粋

(略)
 今回、看護師の役割拡大を特に推進しているのは、「(看護師は)患者に一番近い存在であり、チーム医療のキーパーソンだから」と有識者は言う。
 厚労省の資料には、看護師以外の職種の役割拡大については、2010年4月30日付医政局長通知「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」で、役割を拡大したとされている。
 だが、「医師の包括的指示による特定行為」がチーム医療を推進するための制度設計であるならば、当然、すべての職種が対象になり、同じように議論されるべきだ。
 2年半、ほとんど毎回の検討会をメディアとして傍聴してきたが、「チーム医療だから、すべての職種のことを視野に入れる」という話は出ても、具体的な他職種の医行為や制度設計の話に触れられたことはない
 「医行為の選別は省令で決める」ということになっているので、後回しになっていると思っていたが、このままでは話が終わってしまうのではないか。そう思い始めて、講演や記事などで発言することにした。
 この検討会に対して、とても興味深いデータが出ているからだ。

 2010年6月の第2回看護業務検討WGで初提出された「看護業務実態調査」案には203項目の医行為が書かれていた。日本理学療法士協会の半田一登会長がその医行為を分類したところ、観血的処置が44項目。
 一方、非観血的処置が159項目あり、そのうち、医師と看護師でしかできない業務は25項目に過ぎなかった。つまり、医行為分類のたたき台になっている203項目のうちの7割弱は、看護師以外の職種が臨床現場で中心になって実施している業務という、驚くべき結果だったのである。
 誰がどの業務を担当するかは、施設による違いは生じる。だが、いろいろな職種のアイデンティティを踏みにじるような資料だったことは間違いない。
 半田会長はこの資料を厚労省や民主党などに提出して訴えたが、黙殺され、公表されることはなかった

 そこで前北村善明代表のもと、「チーム医療推進協議会」(厚労省の検討会とは別の組織。各職能団体・患者会・メディアが集まり、チーム医療の普及促進をする目的で活動する)では、その203項目のうち「各職種が医師の包括的指示でできる業務」を仕分けし、一覧表にしてホームページで発表した。だが、この資料も日の目を見ることが、ほとんどなかった(その後、203項目の行為の文言が変わったので、現在はこの一覧表の掲示はしていない)。
 9月、NPO法人医療再生フォーラム主催の「看護と医療再生~特定看護師はどう医療を変えるのか?」の講演登壇時、私はこの資料のことを思い出し、あらためて医師の包括的指示でできる業務」について各職能団体に独自に再調査し発表した。
 その結果は次の通りだ(No .は看護業務実態調査の番号)。

 記号のうち、B判定とは今回認証制度の対象になる特定行為、C判定とは一般の医行為、D判定は検討が必要、E判定とは医行為に該当しない、という意味である。
 特に臨床工学技士や診療放射線技師からの聞き取りには、B判定が多く見られる。特定行為の行為者の対象が看護師とは限らないことを示す。
 また、E行為が医行為に該当しないなら、すぐにでも医師の包括的指示でできる業務として認めたらどうだろうか。毎回、医師を探して指示を仰ぐ必要がなくなり、現場がよりスムーズに動き出すだろう。E判定項目は一般の看護師でも実施できるという意味だ。
 だが、実際にはE判定の医行為ではないと仕分けされている項目でも、「相応の教育と実践を積まなければ、医療安全上、実施できない項目がある」と職能団体は口を揃えて指摘する。
 特定行為ができる認証制度の仕組みづくりが、検討会名の「チーム医療」の言葉にふさわしい形になることを心から期待している。
(略)

詳細はリンク先の元記事を参照いただきたいとして、要するにチーム医療と業務分担ということを考えていくと現在の医療現場の業務分担はどうも昔からの慣習によってか非合理的な割り当てが続いてしまっている、その中で看護師の業務拡張一つだけを取り上げて延々と議論していることにさしたる意味があるのだろうか?という問題提起だと思います。
現実に冒頭の記事にも見られるように強固な反対論者とも呼ぶべき方々は一定数いらっしゃるようで、「これは危ないから専門家が行わないといけない仕事だ」の考えを突き詰めていけば結局は「採血はセンセイの仕事ですからby大学病院茄子」になってしまうわけですが、そう考えますとこうした公の議論の場に参加しているのが大学などの偉い先生方ばかりだというのも意味があることなんでしょうかね。
もちろん前述のように何をどう業務分担するべきかは最終的に各現場の実情が反映されるべきなのは当然ですが、例えば訴訟大国と言われるアメリカで看護師や救命救急士が日本よりもずっと大きな権限を与えられていることを考える時、「それは危ないから」「万一の時に責任が取れないから」式の論法はどうも違うんじゃないかなと言う気がしてきます。
先日心臓外科医の津久井宏行氏が日本では最先端デバイスの導入が遅れがちであるという事に関連して、ドイツと比較してこんな指摘をしていましたけれども、結局のところ「それは危ないから君にやらせるわけにはいかないよ」というのは専門職としてチームのメンバーを尊重する姿勢とは真逆にあるということでしょう。

Professionへの信頼と尊重、果たして日本には?(2012年10月31日日経メディカル)より抜粋

(略)
 どうして日本では、新しいデバイスの導入がこうも遅いのか? まず一つは、医療機器を審査できる知識や経験を有した人が少ない(いない?)ことが原因といわれています。この点に関しては改善されてきているようですが、今後もいっそうの改善が必要でしょう。
 さらに考えてみると、承認する側の心理として、新しいデバイスを認可して不具合が発生したら、責任問題になって困る。だから、諸外国での臨床成績が出そろうまで待とう。こういった後ろ向きな風潮が挙げられるのではないでしょうか。それでは、いつになっても世界のトップを走れるようにはなりません

先進医療を後押ししているのは信頼と尊重

 どうして日本ではこういった後ろ向きな風潮が蔓延してしまうのでしょうか? 滞在中、紙谷先生との会話の中で、思いがけないヒントが見つかりました。
 そのヒントとは、「ドイツでは、Professionへの信頼が篤く、その意見がとても尊重される」ということです。

 Professionに対する尊敬の念の強さは、一つに国の教育システムに由来するそうです。ドイツではギムナジウムという教育制度があり、中等教育レベルで将来の専門家を育成するシステムが確立されていることが大きいそうです。いわゆるホワイトカラー以外にも、マイスター制度や職業訓練システムの充実により専門家に対する尊敬の念が醸成されるとのことでした。
 横並びの教育を受ける日本と違い、若いころから自分が将来、何になるかを考えさせるシステムの中で教育を受ける。だからこそ、多くの人が自分の仕事に誇りを持っているし、他人の職業を尊敬するという意識も高いといえるようです。
 医療についても、「100%安全・確実」とは言わないけれど、「今できる治療の中から、患者にとっての利益が見込める」と、その道のprofessionalが判断した。ならば、その判断を信頼してやってもらおうじゃないか!
 患者からのこういった信頼がドイツの先進医療を後押ししているようです。どのデバイスも、使用は臨床研究そして治験から始まりますので、その間にいろいろな合併症が発生することもあるでしょう。しかし、ネガティブな結果も含めて信頼するという文化が根付いているようです。

日本で尊重されるのは「ガイドライン」

 翻って日本では、Professionに対する信頼、尊重はどれだけあるでしょうか。「一分たりともミスは認めない」という風潮は年々強くなっています。医療は完全なものであって、「治療不成功=医療ミス」というような意識を持った患者さんは少なくありません。
 日常診療においてはガイドラインが重用されていますが、ふと考えると、ガイドラインに従うのは何のためでしょうか? 治療が不成功となったときに、「ガイドラインに従って治療したのだから、仕方がない」という根拠を確保するためだけに、ガイドラインを眺めてはいないでしょうか
 ガイドラインとはそもそも、長年のtrial and errorの末に、現時点でベストと考えられる治療法をまとめただけのものです。数年後には内容がガラリと変わることもあり得ます。なのに、自分で考えることなく、ただひたすらガイドラインに従って治療していれば安泰だ。今の日本では、こんな風潮が当たり前になってきているように思います。
 既存の枠の中に収まっている限り、新しい発見や成功は起こり得ません。ただ、その枠を超えるためには、Professionに対する信頼や尊重がベースになければならないでしょう。医療者への信頼と尊重を回復するために、日本の我々がすべきことは何なのだろう?と考えさせられる訪問でした。

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コメント

>アメリカで看護師や救命救急士が日本よりもずっと大きな権限を与えられている

金銭的インセンティブが巨大と推測されるアメリカ(まるっきりの想像ですが、同じ医療行為でも医師がやるのと看護師、救命救急士がやるのでは料金が大分違うんじゃないかなあ…。で、後者がなんかやらかしても、「安いんだから文句を言うな!」で済まされる、と)と、皆保険で均一料金の日本では比較にならんのでは?
*オレだったら後者になんかやらかされたら、「医師に任せんからこうなった!謝罪と賠償以下ry」っていちゃもんつけますよ絶対w

>医療についても、「100%安全・確実」とは言わないけれど、「今できる治療の中から、患者にとっての利益が見込める」と、その道のprofessionalが判断した。ならば、その判断を信頼してやってもらおうじゃないか!

…それなんてインフォームドコンセント導入前の古き良き日本の医療w?

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2012年11月 6日 (火) 09時25分

世界で一番安上がりで質も優良だった日本の医療は医療従事者の献身的努力によって支えられていた。
ならばその献身が失われれば単なる安くそれなりの医療になるのは当然だった。

ただ実のとこ今の医療がそこまで悪いとも思ってないんですよね。以前よりは絶対に楽ですから。

投稿: ぽん太 | 2012年11月 6日 (火) 09時37分

昔の日本的な古き良き職人気質が許容されるドイツの文化的背景を称讚すべきケースかなと思います。
もちろん今の労働環境で直ちに古き良きやり方がベストであるなどとは到底考えられず、当面効率重視でいくのが国民の利益にもかなうでしょう。
一度それと大局的な方向を極めていくことで後年改めてこうした文化が見直される時も来るかなと期待したいところですね。

投稿: 管理人nobu | 2012年11月 6日 (火) 11時20分

下手糞が増えれば増えるほど並がうまく見えてくるという不思議

投稿: | 2012年11月 6日 (火) 11時28分

>ただ実のとこ今の医療がそこまで悪いとも思ってないんですよね。以前よりは絶対に楽ですから。

ですねw。時計の針はもう戻せませんww。

>昔の日本的な古き良き職人気質が許容されるドイツの文化的背景を称讚すべきケースかなと思います。

すっかり忘れてましたがドイツって二足先に医師の給料が安すぎてストライキ多発&他のユーロ圏逃散で絶賛医療崩壊中だったような…
*ちなみにドイツ国民は医師のストライキについて「労働者の当然の権利」、と許容しているそうでそこは羨ましいw

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2012年11月 6日 (火) 12時01分

その点ではまさに昔の日本と同じですわ>安月給で逃散
ただしドイツの場合は労働管理もきちんと行われ激務ではなかったらしいですが

観念的にみて良い医療ってのは現場の人間にとっちゃ必ずしもよくないってことですな
考えてみりゃ料金外のサービスがどれだけつくかってことなんで当然当然なんですが

なもんで万人に平等に良い医療を提供する必要はないと思っとります
基本はマニュアル通りの標準的医療、ここぞという症例ないし相手を選んで良い医療をする
職業的義務として誰でも過剰サービス当たり前って受け取られちゃやってられませんから

投稿: イワンの馬鹿 | 2012年11月 6日 (火) 12時49分

仕事を選ぶ余裕もない貧乏人が多いのに楽な商売してますねw

投稿: | 2012年11月 6日 (火) 15時08分

訴訟リスクも 日々の研鑚も 無縁の輩が向こう岸から評論家気取り ってか。

投稿: 勝手にいうてなはれ | 2012年11月 7日 (水) 07時18分

>ただしドイツの場合は労働管理もきちんと行われ激務ではなかったらしいですが

ドイツって規定の休暇を取得しないと罰せられるんですよね、それも経営者ではなく取得しなかった労働者側がw

>仕事を選ぶ余裕もない貧乏人が多いのに楽な商売してますねw

釣りにマジレスするのもなんですが、日本でほぼ唯一と言っていい「戦える労働者」である医師が戦わずして労働搾取に甘んじるのは全労働者に対する裏切り行為であると確信します。
つか、資本家の犬乙w

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2012年11月 7日 (水) 09時26分

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