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2012年10月24日 (水)

イタリア地震予知裁判に求刑を上回る実刑判決

死者多数を出した先年のイタリア中部地震に関連して、一つの裁判に判決が下り大いに話題になっています。

地震学者らに禁錮6年 イタリア「安全宣言」直後に発生(2012年10月23日朝日新聞)

 【ラクイラ=石田博士】300人超が死亡した2009年のイタリア中部ラクイラの地震で、「安全宣言」が被害を広げたとして過失致死罪に問われた学者や政府の担当者7人に対し、ラクイラ地裁は22日、いずれも禁錮6年の有罪判決を言い渡した。

 求刑の禁錮4年を上回る重い判決となった。執行猶予はついていない。被告側は控訴する方針を示した。AFP通信によると判決は、市民に地震のリスクを伝えられなかったことを重くみた

 被告は、マグニチュード(M)6.3の地震が発生する直前の「高リスク検討会」に出席した7人。イタリアを代表する国立地球物理学火山学研究所のボスキ所長や、記者会見で事実上の安全宣言をした政府防災局のデベルナルディニス副長官(いずれも当時)が含まれる。

イタリア中部地震、地震学者ら7人に禁錮6年 求刑上回る判決(2012年10月23日AFP)

【AFP=時事】2009年4月6日にイタリア中部で発生し309人が犠牲になった地震の危険性を過小評価したとして科学者6人と元政府職員1人が過失致死罪に問われていた裁判で、イタリア中部ラクイラ(L'Aquila)の裁判所は22日、7被告に禁錮6年の判決を言い渡した。
裁判は2011年9月から行われていた
 裁判所は7被告に地震被災者に対する900万ユーロ(約9億4000万円)以上の損害賠償の支払いも命じた。

 当時ラクイラでは数週間にわたって小規模な地震が続いていたため、国の委員会が2009年3月31日にラクイラで会合を開き、イタリアトップレベルの地震学者らが状況を分析した。会合が開かれたことで住民の間に不安が広がった上、住民の1人が地震を予言したために住民の不安は一層高まったが、会合後に民間防衛庁の副長官が記者会見で「地震活動はラクイラに危険を与えない」と発表していた
 しかし、会合の6日後に地震が発生し、ラクイラとその周辺の村落は中世の教会が倒壊するなどの被害を受け、約12万人が被災した。

■求刑を上回る厳しい判決に科学界から批判

 検察側は専門家が「不完全で、的外れの、不適切で犯罪的に誤っていた」分析を提供したため、住民の多くは最初の揺れが起きたときに屋内にとどまったと主張し、住民に地震が起きる危険性を警告することを怠ったとして、各被告に禁錮4年を求刑していた。
 弁護側は控訴する意向を示している。イタリアの司法制度では、上訴する2度の機会が尽きるまでは7被告が収監されることはない。
 この裁判をめぐっては、専門家が裁判を恐れて自らが得た知見を公表しなくなる恐れがあると指摘されている。5000人を超える科学者がジョルジョ・ナポリターノ(Giorgio Napolitano)大統領にこの裁判は不当だとする公開書簡を送っていた。

伊 地震の“安全宣言”で専門家ら有罪(2012年10月23日NHK)

3年前にイタリア中部で起きた地震を巡って、地震の発生前に国の委員会が安全宣言とも受け止められる情報を流し被害を拡大させたとして、専門家ら7人が過失致死などの罪に問われている裁判で、イタリアの裁判所は被告側の過失を認め、全員に禁錮6年の有罪判決を言い渡しました。

この裁判は、2009年にイタリア中部のラクイラを中心に300人余りが犠牲になった地震を巡って、地震の6日前に国の委員会が「近く大きな地震が起きる可能性は低い」という安全宣言とも受け止められる情報を流したことから、少なくとも住民37人が避難せずに死亡したとして、専門家ら7人が過失致死などの罪に問われているものです。
裁判では、検察側が、「地震の予知ができなかった責任を問うのではなく、状況の分析と情報の伝達が慎重に行われなかったことが過失に当たる」として被告全員に禁錮4年を求刑したのに対し、被告側は、「あくまでも可能性を示しただけだ」として、無罪を主張していました。
ラクイラの裁判所は22日、被告側の過失を認め、7人全員に検察側の求刑を上回る禁錮6年の有罪判決を言い渡し、判決理由については、90日以内に裁判所から被告側に伝えられることになっています。
判決を受けて被告の防災庁の幹部は、「すべての責任を委員会に押しつけ、防災に携わる仕事を危うくする」と批判したほか、被告側の弁護士も、「あらゆる点で極めて不当な判決だ」と述べ、全員が控訴する意向を明らかにしました。
一方、裁判所には地震で肉親を失った遺族のグループも訪れ、有罪の判決を聞いて抱き合って喜ぶ姿も見られました。
このうち、地震の前に国の委員会の見解を聞いて避難を見合わせ、結果として妻と娘を亡くしたという49歳の男性は、「妻と娘が助かることができたかも知れないと思うととてもつらい。この判決を受けて今後、同じような悲劇が繰り返されないことを期待する」と話していました。

ラクイラを中心に大きな被害

イタリア中部のアブルッツォ州に大きな被害をもたらした地震は、2009年の4月6日未明に起きました。
地震の規模を示すマグニチュードは6.3で、住宅など多くの建物が倒壊し、中部の都市ラクイラを中心に、合わせて308人が死亡したほか、およそ1600人がけがをしました。
大きな被害が出た背景には、地震が住民が就寝している未明に発生したことに加え、耐震性に問題がある建物が多かったことなどが指摘されました。
また、この地震を受けてその年のG8サミット=主要国首脳会議の議長国だったイタリア政府は、被災地の復興を後押ししようと開催地を急きょ被災地ラクイラに変更し、首脳会議を開催しました。

問題視された6日前の会合

検察側が問題視したのが、地震が起きる6日前の2009年3月31日に開かれた国の委員会の会合でした。
会合は、当時この地域で数か月にわたって小規模な群発地震が続いていたことから、規模の大きな地震が起きる可能性があるかどうかを評価するために開かれました。
委員会では、地震の予知はできず、継続して注意を払っていく必要があるとしながらも、「短期的には、大地震は起きそうにない」という見解が示されました。
また、委員会のメンバーだった防災庁の幹部がテレビ局のインタビューに応じ、「専門家は小規模な地震でエネルギーの放出が続いており好ましい状況だと確認した」などと述べ、住民に対して家にとどまってよいという事実上の「安全宣言」と受け止められる発言をしました。
裁判の中で検察側は、「地震が予知できなかったことを問題にしているのではない」としたうえで、「委員会は住民に対して慎重に地震の可能性を伝えるべきなのに、科学的な根拠のない表現によって住民に避難の必要はないと感じさせたことが被害の拡大につながった」として、過失があったと主張していました。

事前に地震予知を巡る“混乱”も

2009年にイタリア中部を襲った地震を巡っては、発生の1週間余り前に、個人の立場で地震を研究している国立研究所の技師が、「地中から異常な量のラドンガスが排出されており、この地域で大地震が起きる危険性が高い」として、住民に周知する活動を始めました。
これを受けて住民の間に急速に不安が広がったことから、国の防災当局は、この予知について科学的な根拠がないと否定し、地元の自治体もこの技師に対してこうした情報を広げるのをやめるよう命じました
国の委員会としては、「地中からのラドンガスの排出量によって地震を予知できることは科学的に証明されていない」として、住民の不安を打ち消すためにより強い表現で「近いうちに大きな地震が発生する可能性は低い」という情報を流し、誤解を招く結果につながったとも指摘されています。

被害者の方々にはお悔やみを申し上げますが、科学というものの社会との関わり方、あるいは何らかの専門家にとっての業務上のリスクマネージメントなど、様々な観点から非常に教訓的な判決であったように思います。
注目しておきたい点としては検察側はあくまでも予知が当たらなかったことが問題なのではない、しかし近々大地震が起きる可能性が少ないという結果として誤っていた予知の結果を不用意に伝えたことが問題であったのだと主張していたことで、多数の科学者等による抗議を予想してか慎重な態度で裁判に臨んでいたことが推測されますね。
有罪と判断された判決の理由については近々公表されるということで未だはっきりしませんけれども、求刑よりも重い実刑を下したという点からすると検察の主張した部分よりもさらに一歩踏み込んで責任を認定したとも受け取れるもので、その内容如何によっては大きな議論を呼ぶことになるかも知れませんし、当然ながら控訴審での判断が注目されるところです。

問題はこの判決によって「今後、同じような悲劇が繰り返されない」ようになるかどうかという点ですが、最も単純な悲劇の回避法としては予測の結果がどのようなものであったとしても「大地震が発生する可能性は完全には否定出来ない」式の発表を繰り返すにとどめるということでしょう(実際、日本の大地震予測などもそれに近い状況にあるようですが)。
こうした型どおりの発表をするだけならそもそも地震予知を行う意味などないではないか、という意見もあるかも知れませんが、少なくとも現代の科学技術水準において地震予知を100%の確度で行うことは不可能であると専門家の見解が一致している以上、起こった時の巨大な被害を考えれば常に万全の備えを成しておくべきであるという意見には一定の説得力を持ち全く意味がない行為でもないわけです。
無論、医療などでもそうですが悪い結果が出る可能性がゼロではない以上、まず問題は起こりませんよと言っておいて万一トラブルが発生した場合に大騒ぎになるくらいなら、トラブルが考えられますので一応覚悟はしておいて下さいと伝えておいて何もなければ幸いにも無事に済みましたと言っておいた方が、顧客との関係を悪化させるリスクは少ないというのは常識ですよね。
ただ医療の世界では防衛医療と呼ばれるこうしたリスクをしっかりと伝えるやり方は近年ますます広まっていて、確かにそれはそれでトラブル回避に役立っているのですが、同時にまず起こりえないと思われるトラブルに恐れを抱くが故に必要な医学的処置すら拒否する患者が続出するという別な面での問題も増加するようになってきている点は留意すべきでしょう。

地震予知の観点から同種の問題を取り上げるならばまさに今の日本で行われつつある津波対策というものがそれだと思うのですが、ひと頃あまりの巨額の経費にどうせ実現性は乏しいのだろう?と思われていた全国各地の海岸線を巨大なスーパー堤防で覆い尽くすという無謀な計画が、これではまだ生ぬるいとばかりにさらに規模を拡大再生産して実行に移されかねない気配すらありますよね。
もちろん津波の被害は例えば1000年、2000年という大きなスパンに関して言えば決して小さなリスクではありませんから、その間に一度でも何かあれば十分「元は取れる」という考え方もないわけではありませんが、実際問題として予想されるコストとそれによって得られる利益とを相互に比較した場合、それこそ人の命は地球よりも重い式の価値観を併用しなければ到底ペイするものとは思われません。
杞の国の人が天が崩れ落ちてきはしないかと心配して夜もおちおち眠れなかった…という「杞憂」の故事は馬鹿げた考えの典型として誰でも知っていると思いますが、億年単位のスパンで見ればそれこそ天が崩れ落ちるような巨大災害の可能性はそれなりにあるのは事実であっても、それに対して万全の備えをするため今から世界中の生産力の全てをつぎ込んで地球外移民を目指すことが正しいのかどうかは全くの別問題だと言うことです。
人間あまりに極端過ぎるリスクマネージメントのやり方にはさすがにそれはおかしいと常識が働くもののようですが、普段ならこの種の専門家の失態には手厳しいネット世論が「何かおかしくね?」と言う流れに傾きつつあるように見える今回の判決、どうやらその境界線付近に位置するケースではあったようですね。

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コメント

根拠もなく安全宣言などするバカには自業自得と思われw

投稿: aaa | 2012年10月24日 (水) 08時50分

科学者だけじゃなく行政にも有罪ってことは単に予知失敗だけの罰じゃなさそうですね。
日本じゃ安全宣言というのはちょっと考えにくいですが当時の現地ではそれだけの混乱があったんでしょうか?

投稿: ぽん太 | 2012年10月24日 (水) 09時59分

>裁判所は7被告に地震被災者に対する900万ユーロ(約9億4000万円)以上の損害賠償の支払いも命じた。

イタリアではこういう場合国家ではなく公務員(ですよね?)個人に賠償責任が生じるんですね愚民ども溜飲下がりまくりww

>根拠もなく安全宣言などするバカには自業自得と思われw

基本同意なんですが、
>「近いうちに大きな地震が発生する可能性は低い」

あくまでも「低い」であって「ない」とは言ってないわけで、やっぱりちょっと厳しすぎるかと…。

>同時にまず起こりえないと思われるトラブルに恐れを抱くが故に必要な医学的処置すら拒否する患者が続出するという別な面での問題も増加するようになってきている点は留意すべきでしょう。

それは患者サイドの問題であって医師の知った事ではないですね。インフォームドコンセントってのはそういう事でしょう?
*ちなみに当方はそういう場合、「明日車に轢かれる可能性の方がよっぽど高いとは思いますがね」と、説明するようにしています。

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2012年10月24日 (水) 10時16分

>「明日車に轢かれる可能性の方がよっぽど高いとは思いますがね」と、説明するようにしています。
私は「今日まで安全運転で無事故だからといって明日以降もそうだとは限らない」とお話ししています。まあ稀な有害事象についてですが。

投稿: 放置医 | 2012年10月24日 (水) 11時04分

正しい情報を元に各人が自己責任で行動を決めるというのが筋であるのはもちろんですが、情報を受け取る側はもちろん発信する側にもその意識がきちんと備わっていなければならないというのが大前提です。
その意味では今回のケースでは委員会なり公的な組織が情報を発信するのみならず、公的な立場で安全宣言という判断の部分までも肩代わりしてしまったことは過失を問われるところなのかなと。
検察側もおそらく同様の論理で立件しているように読めますが、裁判所がどう判断して求刑以上の重い判決を出したのかが問題でしょうね。

投稿: 管理人nobu | 2012年10月24日 (水) 11時11分

ところでイタリアも日本同様一審でトンデモ判決が出ても二審でひっくり返るんですかね?

投稿: 元僻地勤務医 | 2012年10月24日 (水) 12時29分

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