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2012年10月29日 (月)

高齢者虐待問題 先進国方式が最良なのか?

先日こういう記事が出ていましたが、ご覧になりましたでしょうか。

日米の高齢者施設での人権擁護の現状は?- 両国の市民団体がシンポジウム開催(2012年10月26日CBニュース)

 サービスの質向上を目指し、介護施設の評価などに取り組むNPO法人Uビジョン研究所が26日、日米両国の高齢者施設における人権擁護の現状をテーマにシンポジウムを開いた。米国の市民団体「CANHR(California Advocates for Nursing Home Reform)」の関係者は、弁護士と強く連携した活動について報告。参加した関係者からは、日本国内でも弁護士と市民団体が連携し、虐待防止に取り組む必要性を訴える声が上がった。

 シンポジウムに先立って行われた基調講演では、CANHRのパトリシア・L・マッギニス事務局長が登壇。約30年前の米国のナーシングホームでは、入居者の83%余りが身体拘束されたり、向精神薬を投与されたりしていたほか、入居者の手が切断され、その結婚指輪が奪われる事件も発生したことなどを紹介。こうした実情を改善するため、CANHR設立に踏み切ったと述べた。
 また、CANHRの主な活動として、▽入居者やその家族の保護を目指し、法案を作成・提案する▽入居者やその家族に対する情報提供▽入居者やその家族に対する弁護士紹介サービス-などを紹介。特に弁護士紹介サービスについては、「目的は訴訟という圧力によって、施設の介護の質を向上させること」と強調した。

 シンポジウムには、パトリシア事務局長に加え、CANHRの弁護士であるプレスコット・コール氏、日弁連の「高齢者・障害者の権利に関する委員会」の前委員長を務めた川島志保氏、Uビジョン研究所の本間郁子理事長が参加した。本間理事長は、20歳代や30歳代の職員が虐待を起こす例が目立つなど、独自調査の結果を紹介。また、同研究所が特別養護老人ホームのサービスの質を審査・認定する「認証システム」の概要について説明した。川島氏は、日本では高齢者への虐待が訴訟となるケースはまれとした上で、「権利擁護のためには、今後は訴訟も視野に入れて対応すべきではないか」と指摘。また、虐待防止の新たな仕組みを作るため、「日本でも弁護士や成年後見人、市民団体などが連携する必要がある」と訴えた。【多●正芳、●は木へんに朶】

日本でも時折この種の虐待ニュースが出てくることがありますが、アメリカほど多くはないというのは単純に件数がまだ少ないのか明るみに出る率が少ないのか、幼児虐待などの認識の差異などを考え合わせるとそもそも何をもって虐待とするかという定義の問題に踏み込まなければ比較は出来ないのかも知れません。
以前にも爪を切ったのが虐待だとスタッフが訴えられたことがありましたが、例えば褥創ケアなども生身のカラダを切り刻んだりするわけですから見方によっては虐待そのものですし、とかく家族との面倒を避けようと何もせずに放置すれば一番悲惨な目に遭うのは患者さんだと言うのも悲しいものがありますよね。
もちろん患者側の権利擁護のためにも虐待はケシカラン、場合によってはどんどん訴えていこうという考え方も一つの方法論だとは思いますが、そもそも高齢者の虐待とはいったいどのような行為を意味するのかについて、こちらに興味深い記事が一つあります。

◆NMO×CareNet「ザ☆ディベート」【第2回】胃ろうの造設、是か非か(2012年10月22日日経メディカル)

 医療・医学の旬な話題について討論する「ザ☆ディベート」。第2回は、「高齢者への胃ろうの造設」について、二人の論者が主張をぶつけ合います。今回のコーディネーターは、国際医療福祉大学教授の鈴木裕氏です。

 前回と同様、2本のディベート動画は、日経メディカル オンラインとケアネット・ドットコムに1本ずつあります。動画を2本ともご覧いただいた上で、医師会員の方は、ご自身のお考えがどちらの主張に近いか、Web上での投票をお願いします。投票期間は11月4日(日曜日)まで。奮ってご参加ください。

コーディネーターより

 胃ろうの是非について、最近、新聞やテレビなどで頻繁に論じられるようになってきました。患者の苦痛が少なくて済む点などを長所に挙げる識者がいる半面、患者本人の尊厳や家族の精神的負担の問題から反対する声も出ています。そこで今回のディベートでは、示唆に富む2つの症例を題材に、胃ろうを造設するか否か、継続するか否か、について議論を深めていくつもりです。

 症例の1つは、PEGを行えば数年の生命予後が期待されますが、いずれ認知症が進行し、末期を高い確率で迎えるであろう患者のケース。この患者にPEGは有効でしょうか? もう1つは、一時的にPEGが有効で、実際に患者の全身状態が改善しましたが、次第に症状が進行し、末期状態になった患者のケース。この患者への水分栄養補充の見直し、中止の適応はどう考えればいいでしょうか?

症例
Case1 82歳男性、認知症
 5年ほど前より物忘れなどの認知症の症状が出現していたが、家でそれなりの生活をしていた。しかし、ここ数カ月、食事摂取量が急に落ち込み、概算で1日400kcal程度しか摂れなくなった。特に、水を飲み込む時にむせが生じるようになり薬も飲めなくなった。
 専門医の診断では認知症で、症状は進行し生命を維持するには何らかの水分栄養の補充が必要であるが、水分栄養の補助があれば数年は生きられるとのコメントを得た。

Case2 84歳女性、認知症
 75歳ごろより認知症の症状が出現。80歳ごろより経口摂取のむらが著明となり、82歳時に水分栄養の補助と内服薬の継続を目的にPEGが施行された。
 在宅での生活が約3年続いた(年に3回ほど家族の休養目的に近医に入院)が、病状は急激に進行し、経口摂取も全くできなくなり家族の識別も困難となった。在宅での療養を断念し施設に入所したが、病状はさらに進行し、現在では全く反応がなくなった
(略)

いずれもなかなか判断に迷う症例で、記事では二人の論者がそれぞれ賛成、反対の立場からディベートを行っているのですが(あくまでディベートですから、必ずしも医療者としての立場を反映しているものでないことは留意ください)、こうした症例で胃瘻を作ってでもとにかく長生きをさせるということがよいのか、あるいは胃瘻を作らないことこそが虐待に当たるのかという判断は難しいところですよね。
以前に高名な政治評論家氏がご子息の不幸な死に絡んで病院を訴えたという事例を紹介しましたが、経管栄養を拒否して長年嚥下障害を持つご子息に経口で無理矢理栄養を押し込み続けた同氏こそ一番息子を虐待していた張本人ではないかというコメントが殺到したことからも判るように、延命的行為とは得てして人生における一番苦しい時期をいたずらに長引かせる虐待行為だという考え方も出来るわけです。
国民はもとより医療従事者の間でもこのあたりの見解は真っ二つに分かれていて、日本では末期認知症患者に胃瘻など人工栄養を行うべきかという質問に実に9割の医師が賛成でも反対でもなく判断出来ないと答えたという調査結果がありますが、一方で福祉先進国として知られる北欧諸国のように自力で食事を取れなくなれば一切の介入を行わずそのまま死なせるという社会的合意が成立している社会もあります。
ただ前述のように日本とアメリカとの間であっても何をもって虐待とするかというコンセンサスが成立していないことからも判るように、やはりこうしたことは国民の認識や長年の文化的背景に従って本来は判断していかなければならないはずの問題ですよね。

ところが一方ではそれこそ訴訟沙汰になるということを回避するためにも、防衛医療などと言われるようにとりあえず訴えられないことを最優先で対応するという慣習が医療・介護の現場に根付いてきた結果、患者本人に取って必ずしも最良とも言い切れない選択がなされるケースが少なからずあるわけですが、これを虐待と呼ぶべきかどうかです。
例えばご存知のように胃瘻など経管栄養で長期間寝たきりでそこそこ安定している寝たきり高齢者が療養型病床や介護施設のベッドを常時満床にしている、一方で介護施設などでは前述の記事のような家族とのトラブル回避も念頭にあってか、ほとんどの施設で胃瘻造設をした人の受け入れ数の制限を行っています
胃瘻も様々な使い方があって、完全寝たきりで意思疎通も出来ない人にただ時間通り栄養を流し込むというケースもあれば、基本的に経口で食事が取れるけれども不足する栄養や水分だけを補うために胃瘻を作っておくというケースもあって、普通に考えれば後者のようなケースは前者よりも元気がいいわけですから最優先で病院を出て施設に行った方がいいだろうと言えますよね。
ところが施設側にすれば手間暇のかからない前者に比べて後者は食事介助も必要で誤嚥のリスクも高いと面倒を抱え込むことになりがちですから、施設の方針として前者のような患者を優先してベッドを埋めてしまう、あるいは後者のようなケースでも少しでもむせたりすると経口摂取は禁止して胃瘻栄養だけにするといったことが行われがちです。

もちろん患者あるいはその家族と十分に話し合いコンセンサスを形成した上ですり合わせを行っていけるなら理想的でしょうが、基本的に介護領域は手間をかけずに済む方が儲けも多くなる、ましてや何かあったときの訴訟リスクなども考えるとどうしても安全第一の対応が優先されてしまうわけですが、これも考えようによっては望ましいことを行わないという消極的虐待とも言えるものでしょう。
そう考えると基本的な国民のモラルが高い日本においても、冒頭の記事にあるような「とにかく訴訟に訴えてでも意志を押し通す」式のやり方が本当に合目的的なのかどうか、むしろクレーマーと認識されて「それでしたらどうぞお好きな施設へ」と追い出しに繋がりかねないだけに微妙なところだと思いますね。
医療にしても介護にしても最大公約数的に虐待を減らす方策はお互いの顔が見える関係の中で信頼関係を構築していくことだと思うのですが、特に日本の場合は型どおりの対応よりもずっと高い水準で献身的に業務を行っているスタッフも多いだけに、何も考えずに「それは私の仕事じゃありません」が通用するアメリカ方式を目指していくのも良いのか悪いのかでしょう。

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コメント

高齢者を病院に放り込んでおけば年金差額で毎月もうけが出るって考えてみたらすごいことなんじゃないかと
医療費を適正化してけばあっという間に胃ろうの希望者も激減しそう

投稿: 25時の孤独 | 2012年10月29日 (月) 09時38分

>20歳代や30歳代の職員が虐待を起こす例が目立つ

ダウト。上の年代のもみ消しがうまいだけだろw

投稿: aaa | 2012年10月29日 (月) 10時44分

例題についてはどちらも「家族の意向による」がFAだと思うのですが、その意向を決定づける世間の空気をどう変えていくべきなのかですし、その手段として財政上の要請は使える一手かなと。
お金のことで人の命を左右すべきではないと言えば格好はいいんですが、それが患者本人の幸せにつながっていないなら本当の無駄金になってしまいますし。

投稿: 管理人nobu | 2012年10月29日 (月) 11時06分

今の安い報酬じゃ訴えられない高い水準の介護を目指せばとても経営がなり立たないんですよ
権利の主張に固執するあまり介護を受けるという権利を満足できなくなったんじゃ仕方ないでしょうにね

投稿: 元僻地勤務医 | 2012年10月29日 (月) 12時48分

暴れたりしたら拘束やある程度手荒な対処も已む無しのケースもありますし、いいケースと悪いケースを区別しないと介護する人いなくなりますね。

投稿: 吉田 | 2012年10月29日 (月) 15時27分

業界人の中にも拘束は廃止しろって言ってる人いるじゃない。
正しくお世話すればヒモも手袋も不要ですって言うんだけど冗談じゃない。
軍備を廃止すれば日本を攻めてくる国はなくなるって言ってる左巻き連中並みのうさんくささだよ。

投稿: takeharu | 2012年10月29日 (月) 17時51分

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