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2012年10月22日 (月)

臨床研修制度 誰のための改革なのか?という基本

近い将来また臨床研修制度が改められるということで、各方面からいかにも見え見えの誘導も出てきてもいますけれども、先日医道審でこんなやりとりがあったそうです。

臨床研修プログラムの「弾力化」に賛否- 医道審WG (2012年10月18日CBニュース)

 2015年度からの新たな臨床研修制度の導入に向け、現行制度を検証している医道審議会臨床研修部会のワーキンググループが18日に開かれ、研修プログラムが10年度から弾力化されたことの是非をめぐり、日本医師会と病院団体で意見が分かれた。日医常任理事の小森貴委員が、「弾力化以前に戻すことには反対だ」と述べた一方で、病院団体の代表からは、弾力化の弊害を指摘し、必修科目を増やすよう求める声が上がった。

 従来の臨床研修制度では、必修は内科、外科、救急(麻酔科を含む)、小児科、産婦人科、精神科、地域医療の7科目だった。10年度の制度見直し以降は、必修は内科、救急、地域医療の3科目だけとなり、残る4科目は、麻酔科を含めた5科目のうち2科目を選ぶ「選択必修」と位置付けられている。
 「医師臨床研修制度の評価に関するワーキンググループ」では、必修・選択必修とする診療科が論点の一つになってており、同日の会合でも意見が交わされた。

 小森委員は、日医で臨床研修医に意見を聞いたところ、「弾力化プログラムを評価する声が高かった」と説明。「弾力化プログラムを以前に戻すことには反対だ」と訴えた。

 一方、全日本病院協会副会長の神野正博委員(董仙会恵寿総合病院理事長)は、昨年度に研修を修了した人を対象にした調査で、産婦人科未履修が約3割、小児科未履修が約2割、外科未履修が1割弱とのデータが、前回の会合で示されたことから、「弾力化の弊害が出ている」と指摘。以前は必修だった7科目について、「期間には検討の余地があるが、何らかの必須化が必要だ」との考えを示した。
 日本病院会常任理事の岡留健一郎委員(済生会福岡総合病院長)も、「若いうちからいろんな科を経験することが基本。前のシステムの方がはるかに良い」と述べ、日病では弾力化プログラムに反対だと表明した。

■基幹型研修病院の年間入院数基準見直しを―病院団体が要望

 また、病院団体代表の2人は、「年間入院患者数3000人以上」が基幹型臨床研修病院の指定基準になっていることを見直すよう求めた。

 神野委員は、「研修医をきめ細かに教えることができるならば、3000人未満の地方の病院でも認めてほしい」と述べた。岡留委員は、「大きい病院にたくさんの研修医がいると、1人の分担する数が少ない」と指摘。病院ごとに施設基準を設けるのではなく、研修医1人当たりの症例数を基準にすべきだと訴えた。【高崎慎也】

しかし必修診療科が内科系3つにあと二つは選択、しかも期間等も任意ということになると、これはもうスーパーローテートとは言えない内容ですかね?
大学側のカリキュラム変更やマッチング導入のせいでしょうか、今の若い先生方は(ドロップアウトの時期も含めて)きちんと人生設計等考えて学生時代から各地へ研修に出かける等アクティブな方々が増えている印象があって、昔のように何となく先輩のつてを頼って入局するというケースはむしろ少数派になっているように思います。
それだけに基本的には必修化を推進してガチガチに縛り上げるよりは、各自のやりたいようにやれる程度の自由度がある方が望ましいんだろうなと思うのですが、教育というものは医療分野に限らず誰にでも持論があるでしょうから完全な意見の一致は難しいのでしょうし、どんな制度になっても必ず前の方がよかったという意見は出てくるでしょうね。
医師としての質を確保するという観点からはとにかくメジャー診療科で一定期間厳しく鍛えるというのが一番手っ取り早いかも知れませんが、同時に現代の学生気質を考えるとドロップアウトが一気に増えていく懸念もあって、結局のところ初期研修の2年間だけで何匹も兎を追いすぎるのも考え物なのでしょう。

ただし大前提として「研修医は安価な労働力ではない」というのがこの研修制度導入のお題目ではあったはずで、いかにも見え見えの「うちの病院にも研修医よこせ」式の議論が未だに出てくるというのはどうも見ていて気持ちのいいものではありませんね。
いずれにせよ研修医が安心して学べる環境作りは医師全体の労働環境改善にも極めて重要で、こうした制度改革を通じてそちらの改善も進んでいけば理想的なのですが、先日日経メディカルにあの舞鶴市民病院で有名だった松村理司先生のこんな記事が出ていましたので紹介してみましょう。

「医師法第21条は、原則として無視します」(2012年10月19日日経メディカル)

 今年の5月、「日経メディカルCadetto」夏号の特集「私にチカラをくれる とっておきの言葉」の取材で、洛和会音羽病院(京都市山科区)院長の松村理司氏にお目にかかった。
 松村氏と言えば、市立舞鶴市民病院勤務時代に「大リーガー医招聘プログラム」を立ち上げたことでも知られる、研修医教育の第一人者だ。過去に「日経メディカル」や「日経メディカルCadetto」にもたびたびご登場いただいている(その時々の取材テーマは、「グラム染色」から「医者カップル」まで実に幅広い)。
 当該記事でご紹介した松村氏の「とっておきの言葉」と、それにまつわるエピソードは、若手医師・医学生向け会員制サイトの「Cadetto.jp」に転載している(こちら)ほか、電子書籍(こちら)でもお読みいただけるので、ここではあえて触れないでおこう。
 その「とっておきの言葉」ももちろん印象的だったのだが、実は、取材の後半にこんなエピソードがあった。事前に取材の趣旨をお伝えしておいたところ、松村氏は、候補となる「言葉」を複数用意してきてくださった。その1つが、こんな言葉だったのだ。

 「医師法第21条は無視する。原則として警察には届けない」――。

 私は思わず目を丸くした。医師法第21条といえば、医師による異状死体の届出義務を定めた有名な条文だ。そこには、以下のように書かれている。

 第21条 医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない

 昭和23年に定められた医師法のこの条文は、犯罪捜査に端緒を与えることを目的に定められたものとされている。だが、近年は、発見時の状況から犯罪の可能性が否定できない死亡だけでなく、診療行為に関連した予期せぬ死亡(医療過誤が疑われる死亡など)についても「異状死として警察に届け出るべき」との提言が、日本法医学会(1994年、参考資料)や日本学術会議(2005年、参考資料)からなされており、厚生労働省もこうした解釈を肯定している。
 だが松村氏は、「院内で医療事故死が発生した場合、原則として警察に届けることはしない」と、院内のみならず、学会などの公の席でも明言しているのだという。

 松村氏の真意はこうだ。
 「医療事故が起きたら、まずすべきことは何か。それは、原因を究明し、患者さんやご家族に包み隠さずお話しし、病院側が犯した過失については心から謝罪すること。そして、金銭面での補償や再発予防策を誠意を持って話し合うことだ。そんな大事なプロセスに、医学の素人である警察が入ってくると、現場は混乱し、状況の説明だけで膨大な時間を取られてしまう。そのことによって、家族との関係が良くなるわけでもない」。
 そもそも、故意による侵襲があったと疑われる場合を除いて、医療事故死は異状死には含まれず、医療事故を起こした医療従事者は、業務上過失致死傷罪の対象(=犯罪者)にはならない、というのが松村氏の持論だ。
 過失があったとしても、犯罪ではないから、全力で国家権力から職員を守る
 その姿勢を貫き、常々、同院の医師や看護師など、すべての職員に対して、「医療事故が起きたときに、君たちを警察に売るということは絶対にしない。その代わり、そうした事態を招かないように、真摯に業務に取り組んでくれ」と公言しているのだそうだ。

患者・家族への真摯な謝罪と説明が大前提

 もともと、異状死の定義をめぐっては、臨床医、法医学者、法律家などの間でも意見が分かれ、議論が続いているところだ。とりわけ現場の医師からは、医療事故による死亡を一律に警察に届け出ることについて、「医療の萎縮につながる」との批判が強い。とはいえ、松村氏のような大病院の院長が、公の場で第21条を真っ向から否定し、「条文無視」を実践しているケースは、極めてまれだろう(ちなみに、同条に違反した場合の罰則は50万円以下の罰金と定められている)。
 もちろん、医療現場への公権力の介入を拒む上で大前提となるのが、患者・家族(遺族)への誠実な対応だ。「近年、警察や検察が医療現場に介入するようになった背景には、日本の医療の閉鎖性があり、医療者側にも反省すべき点が多々ある」と松村氏は言う。医療事故が起きた際に、「何が起きたのかを知りたい」という患者・家族(遺族)のシンプルな要求に、誠意を持って応えようとしない病院――そんなケースが少なくなかったために、不信感を募らせた患者・家族(遺族)が、警察に頼らざるを得ない状況が生まれてしまったことは事実だ。
 だからこそ、松村氏は、患者サイドに事実を包み隠さず伝える姿勢をスタッフに徹底させている。それでも、遺族による警察への相談をきっかけに、院内に捜査員が踏み込んできたこともあったというが…。

 医療者、患者、それぞれの立場で、「第21条違反」に対する見方は様々だろう。だが、少なくとも、リスクを冒しながら目の前の命を救うべく日夜奮闘する医師たちにとって、自らが盾となり、「私は君たちの味方だ」と明言してくれる院長の下で働けるということは、本当に幸せなことだと思う。
 なお、この松村氏の主張は、同氏の編著による『地域医療は再生する』(2010年、医学書院)のp43~47、p59~66にも詳しく書かれている。

残念ながら舞鶴は行政の無理解もあってああしたことになってしまいましたが、あれだけの研修システムを組み上げた人物の言葉だけになかなかに含蓄があるように思いますね。
そもそも医療に関連する法律というものはとかく時代に合わなくなっているものが多くて、この21条を始め応召義務を定めた19条など社会状況の変化に合わせて軒並み改訂していけばそれだけで医療を取り巻く環境もずいぶんと改善されそうな気もするのですが、とにかく今のところは悪法だろうが何だろうがルールとして存在しているのも事実ですし、何かあれば法律違反だと言われてしまう可能性はあるわけですね。
研修医としてみれば自分のやっている診療が医学的に正しいのかどうかも暗中模索の状態で、その上間違えば警察が飛んでくるなどと脅しをかけられればよほど神経の太い人間でなければ「それじゃ何もしないで見てるだけにしとこう」という気持ちになってくるのも当たり前の事です。

かつてのストレート研修を懐かしむ世代からは昔の制度ならよい上司に巡り会えれば非常に研修の実が上がったという声も根強くあって(同時にそれは外れ上司に当たれば何ら意味のない研修に終わるかも知れないというリスクを示してもいるわけですが…)、ともかくかつての縦関係厳しかった時代には上は偉そうにもするが、下のやった行為の責任は全て上が取るというのは言うまでもない当たり前のことだったのは確かですよね。
ローテートで毎月あちらへこちらへと診療科を渡り歩き、何ら危ないことには手も出さず学生時代の臨床実習の延長のような研修でお茶を濁して終わっている研修医達を諸先輩方が歯がゆく思っているのであれば、まずは何があっても責任は上が取るという姿勢を示すということは最低条件でしょう。
とにかく研修制度見直しと言いながら当事者である研修医達を排除した密室内で、学識経験者と言えば聞こえはいいですが病院協会の偉いセンセイ方など使う側の論理ばかりで議論が進んでいるのを見ていると、いずれ初期研修の2年間は適当に流して進路が決まってから本気だそうぜ…なんて風潮が蔓延しかねないんじゃないかなとも思ってしまいます。

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コメント

>若いうちからいろんな科を経験することが基本

と言ってるこの人達ってスーパーローテートしてきたんでしょうかね?

投稿: 荒木 | 2012年10月22日 (月) 09時50分

岡留健一郎先生自身は外科一直線の方のようですね。
http://www.saiseikai-hp.chuo.fukuoka.jp/outline/incho.htm
「若いうちからいろんな経験をすることが基本」と言うならその通りだと思うのですが、多診療科を回ることが目的化してしまうと経験が本当に深まるのかどうかですね。
とある産科の先生は妊婦に対する処方のポイントをローテーターに問われて「悪いことは言わないから妊婦のことは産科医に任せておけ!」と一喝されていましたが…

投稿: 管理人nobu | 2012年10月22日 (月) 12時30分

>>>若いうちからいろんな科を経験することが基本
>>と言ってるこの人達ってスーパーローテートしてきたんでしょうかね?

>岡留健一郎先生自身は外科一直線の方のようですね。

基本を外した医師が他人に基本を説くw

投稿: aaa | 2012年10月22日 (月) 13時04分

>基本を外した医師が他人に基本を説くw
Don't do as I do, do as I say.という有名(?)な言葉もありますしwww。


ところで私は、今の研修医制度の最大の功績は、アルバイトの禁止とマッチング制によって、研修医ひいては医師の労働市場を流動化したことだと考えています。
「新研修医制度によって」が医療崩壊の枕詞になっているにも関わらず この点を変更しようという議論が具体化したとは寡聞にして聞かないのに、
研修プログラムの改変は議論され実際に変更が加えられているということは、
逆説的に、(誰だか知らないけれど今の研修医制度を立案した黒幕にとっては)研修プログラム内容などは大した問題ではないと認識されている証拠ではなかろうか、なんてことを考えてみたりしました。

投稿: JSJ | 2012年10月22日 (月) 16時18分

その点は完全に同意します>最大の功績

投稿: 元僻地勤務医 | 2012年10月22日 (月) 16時27分

「アメリカでは・・・」、「グローバル化・・・」と言っている黒川清先生では。
アメリカの研修制度の方がすばらしいといって、日本の研修制度、医療崩壊の引き金を引いた方です。

米国で医師、内科教授やっていたので、日本の現実は知らないのでしょう。

投稿: ドロッポ医 | 2012年10月22日 (月) 18時07分

自由度さえ保たれていればあとは各人好きに出来るのでは?
要はお産なり小児診療なりを経験しましたと言えればいいわけで。
一週間見学しただけでも経験は経験ですから。

投稿: takechan | 2012年10月22日 (月) 19時33分

産婦人科医が一所懸命にお産をしていても訴えられる時代です。
ローテでお産経験しましたなんて誰が言うんでしょうか。

投稿: ドロッポ医 | 2012年10月22日 (月) 19時44分

>若いうちからいろんな科を経験することが基本

ストレート研修の医局の親父のクセに「生兵法は怪我の元」、ってのが骨身に沁みて分かってないのは如何なものかと…。
*分かってて敢えて我欲のために言ってるのかもしれませんが。

>産婦人科医が一所懸命にお産をしていても訴えられる時代です。
ローテでお産経験しましたなんて誰が言うんでしょうか。

ですよねーw。
つか、下手に経験なんかすると公言してなくても突き止められてやらされかねない(つか、厚労省はいずれなんとかして法改正してやらせる気満々なのが見え見えw)ですから、フツーの感性してれば「最初から経験なんかしない」、っつー選択をしますフツーの感性してれば。

>産婦人科未履修が約3割、小児科未履修が約2割、外科未履修が1割弱

まだまだ教育が足らんようですw
ちなみに当方はマジで何も出来ないのであの日の秋葉原で何ら臆する事なくPCPを決め込めましたが、若し仮に救急の心得でもあった日には「出て行かない勇気」を持てた自信ありませんw


投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2012年10月23日 (火) 12時17分

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