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2012年9月 7日 (金)

難病との戦いにこそ先立つものと正しい知識が重要

必ずしも治る訳ではない難病患者にとって治療費の捻出も時として大きな問題になることがありますが、日本では国民皆保険制度とともに保険や助成など各種の補助的システムが存在していることもあって「金の切れ目が医療の切れ目」な諸外国と比べれば多くのケースで何とかなっているのは幸いですよね。
ただ中にはせっかく利用できるはずのものを知識の欠如から利用できなくなってしまう場合もあるということを、先日掲載されていた日経メディカルの記事から紹介してみましょう。

治療費に困り、もらえるはずの生命保険を解約(2012年8月8日日経メディカル)

 在宅医療の重要性が年々増している。ただ、患者が最期まで自宅で暮らすには在宅医療による支えだけでは難しく、介護や家族の支援体制など様々な環境整備が必要だ。医師には、そうした全てに目を配る“総合力”が求められる。

 中でも、患者やその家族の経済状況への配慮は欠かせない。これは在宅医療に限らず、多額の費用がかかる入院医療でも同様だ。長い療養生活を送る中で少しでも経済的負担を減らせれば、患者はより手厚い医療・介護を受けられるし、家族の生活への影響も最小限に抑えられる。私がそれを痛感したのは、今から10年ほど前、在宅医療専門クリニックを開設して数年がたった頃だった。

 ある日、大阪から患者の奥さんとケアマネジャーの2人が来院した。大学の教授を務めていた患者は講義をしていたさなか、喘息の重責発作で呼吸停止。救急搬送されて一命は取り留めたものの植物状態になり、その後、3病院を転々としていた。患者夫婦はもともと仙台出身だったため、余生を地元で過ごそうと考えた奥さんが、ケアマネジャーを伴って当クリニックに在宅医療の要請と介護の相談に訪れたのだ。

 当然、話題はお金のことにも及んだ。患者は当時58歳。高齢患者とは違い、まだ生命保険に加入している年齢だろうと考え、私はなにげなく「保険金は全額もらえましたよね」と尋ねた。すると、奥さんはいぶかしげな表情を浮かべ、「それは何のことですか」と聞き返してきた。

 生命保険の保険金は死亡時にしかもらえないと思っている人が多い。しかし、「言語または咀嚼の機能を全く永久に失った状態」「中枢神経系・精神・胸腹部臓器に著しい障害を残し、終身常に介護を要する状態」などの高度障害に陥ったときにも死亡時と同額を受け取れる

 保険金について尋ねたのはまずかったかなと思いつつ、この仕組みを奥さんに説明すると、案の定、「解約しました」と無念そうにポツリとつぶやいた。患者は倒れてから数カ月間ICUに入院して入院費用が数百万円に達したため、生命保険を解約して払戻金を支払いに充当したのだそうだ。

 さらに詳しく聞くと、本来ならもらえた高度障害保険金は5000万円。これに対して解約払戻金はたったの80万円だった。入院していた大阪の3病院では、ソーシャルワーカーや医師、看護師の誰も、こうしたアドバイスはしてくれなかったという。もちろん、保険会社が自主的に保険金の請求を勧めることもなかった。

 患者夫婦は、自治体の助成制度などを利用して医療・介護費を減免できたものの、貯金と退職金をはたいて仙台に土地と建物を購入していたため、医療・介護に充てる資金は決して十分ではなかった。一方で、世間には日々の生活費にも困っている健常な人が少なくなく、こうした人たちが高度障害になった際に今回のような事態に陥ったら、悔やんでも悔やみきれないだろう。

 私はこの事例以来、「医師は疾病や症候だけを患者や家族に説明すればいい」と考えるのは大間違いであることを肝に銘じ、当院のウェブサイトに生命保険の知識をまとめた患者向けのページを設けた。患者の生活内容を把握し、生命保険などの知識を有して初めて、本当のプライマリケアに当たれると感じている。

高齢者などの場合ですと最近ではケアマネージャーなどが司令塔役となって色々と相談に乗っているというケースも増えてきましたが、なまじそうしたことから縁遠い健康だった青~壮年期の方々ですといざというときとっさに何をどうして良いものやら判断がつかず、結果として思いがけない不利益を被ってしまうということもままあるようです。
保険会社なども商売でやっていることですから少しでも保険金の支払いを少なくするのが仕事だとは言え、解約するなら事情くらい承知しているでしょうに何一つ助言もなかったというのはずいぶんと不親切だなと思ってしまいますが、恐らく今後こうしたケースはますます増えてくるのではないかなと思いますね。
従来であれば保険と言えば保険屋がやってきて説明を受け契約するものというのが常識でしたが、今はネット上でここが安い、これが評判が良いと聞きつけて自ら契約してくる顧客が増えているわけで、そうした契約スタイルの場合今までのように「そんな話は聞いていないぞ」と担当者にクレームをつけるというのも難しいでしょう。
保険や医療などは契約や法的規制などできっちり縛られているだけに、その気になればあれがこれがと理由をつけて何かと制約を加えるということは十分に可能なものですから、最終的にはそうした公式通りの対応を越えた人と人の関係というのも決して馬鹿にしたものではないという気がします。
何にしろ病気と闘うにもまず先立つものは最低限必要であり、そのためにもきちんとした関連知識を身につけていなければ病気自体の治療にも悪影響が出かねないということなんですが、この不景気かつ就職の困難なこの時期にあって、先日厚労省からこういう話が出てきたことをご覧になりましたでしょうか。

重病患者に就労支援 厚労省、病院に職安職員派遣へ(2012年9月4日日本経済新聞)

 がんや肝炎、糖尿病など重い病気にかかって仕事を辞めた人が治療を受けながら働けるようにするため、厚生労働省は来年度から、東京など大都市圏の病院に公共職業安定所(ハローワーク)の職員を派遣して就労支援を始める方針を決めた。医療技術の進歩で、長期治療が必要な病気を抱えていても働ける人が増えたことに対応する。

 就労支援事業は、大都市圏の「がん診療連携拠点病院」と協力。まず5カ所程度で先行実施し、患者への就労支援のデータやノウハウを蓄積した上で全国に広げることを検討している。

 拠点病院の最寄りのハローワークに「就職支援ナビゲーター」を配置。ナビゲーターが病院に出向いて相談を受け付けたり、病院の相談支援センターを通して就労希望者の紹介を受けたりする。

 ナビゲーターは治療状況を考慮した上で、患者が希望する労働条件に合った仕事を紹介。就職後は患者が職場に定着できるよう支援するほか、患者の希望する労働条件に合う求人の開拓や、企業側には求人条件の緩和も指導する。

 現在、がんや肝炎といった病気を抱える人は、各都道府県にある「難病相談・支援センター」や「肝疾患相談センター」で日常生活の悩みや就労、福祉に関する相談もできる。しかし、各センターだけでは就労相談への対応が不十分なため、支援体制強化が必要と判断した。

 同省研究班が公表した調査では、がんと診断されたときに働いていた人の23.6%が退職、そのうち9.7%が再就職できなかった。診断された年齢は、30~59歳が約9割を占めた。

 一方、厚労省の検討会は8月、がんや精神疾患などの治療を続けながら円滑な職場復帰ができるよう、職場内での理解促進などを柱とする報告書を公表した。職場復帰に向けて治療を続ける労働者を100万人と推計。平日でも通院しやすいように時間単位の有給休暇制度の導入なども求めていた。

厚労省では以前から難病患者の就労支援を行ってきたわけですが、ハローワークでの相談や就労に備えた職業訓練、あるいは事業主への雇用対策といったものが主体で、わざわざ病院にまで出向いて相談に乗るということはかなり思い切ったことをしてきたなという気がしますね。
このあたりは癌患者など患者団体も以前から支援の必要性を主張してきたところなのでしょうが、例えば2011年末の調査では癌患者の過半数が退職や転職と言った就労への影響があったと答えていて、特に中小企業や非正規雇用者ほどその影響が大きいと言う結果が出ています。
記事中にも出ているように厚労省の「働くがん患者と家族に向けた包括的就業支援システムの構築に関する研究」班の 「治療と就労の両立に関するアンケート調査」結果報告書というものが今年の8月に公表されていますが、この調査の対象患者の7割が30~40歳代、大半の方の通院間隔は月一回ないしはそれ以下と言うことですから、十分就労可能な状況にあると推察されます。
こちらもやはり以前と同じ状況で勤務を続けられたという人は半数ほどなのですが、おもしろいのは勤務先や勤務形態が変わっても業種はほとんど変わっていないということで、常識的に考えても体力的な不安等もある中で全くの異業種に鞍替えするよりは、給与など待遇面で劣っても同じ仕事を続けたいという人が多いのだろうなと思います。

こうした就労支援もなかなか微妙なところがあって、例えば対象が数が少なく通常の就労が出来ないということであれば、下手な対策にコストと人手をかけるよりも就労先に補助金でも出して雇用を続けさせた方が安上がりだろうし、新たに教育を行う必要がない雇用主にしても転職を強いられずに済む当の本人にとっても満足度が高くなるんじゃないかという気がします。
その点で医療が進歩し多くの患者がいわゆる難病をコントロール出来るようになってくればこうしたケースはどんどん増えていくわけですから、例えば最近では障害者雇用の義務化ということで精神障害者も含めての雇用の義務づけを図っていますけれども、難病患者などもこれに準じた扱いをしていくというのも労使双方にメリットがあるという点で一つの道かも知れませんね。

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コメント

企業からしたら安月給でも働きたい若者がいくらでも選び放題ですからわざわざ健康に不安があって給料も高い中高年社員を雇い続けるメリットって少ないんでしょう。
結局これって形を変えたリストラなんじゃないですか?

投稿: ぽん太 | 2012年9月 7日 (金) 09時13分

>保険会社なども商売でやっていることですから少しでも保険金の支払いを少なくするのが仕事だとは言え、解約するなら事情くらい承知しているでしょうに何一つ助言もなかったというのはずいぶんと不親切だなと思ってしまいますが、

これは裁判を起こせば、「患者が拒否してもきっちり理解するまで説明すべきだった」みたいな判決を出す裁判官サマが高確率で勝たせてくれるんじゃ…?いやかなりマジで。

投稿: 10年前にドロッポしました。 | 2012年9月 7日 (金) 09時22分

契約期間中に保険金が受け取れるような状態になった場合、契約を解除しても保険金が受け取れそうな気がするのですが・・・そういうことが出来ないような約款なのでしょうか。
たとえそういう約款があっても裁判になれば消費者保護を理由に無効にされそうですけど・・・

あと、障害者雇用枠の適応を拡大して難病患者を対象にすると、知的障害者が全員首になり難病患者ばかり雇う会社が現れるかもしれません。

投稿: クマ | 2012年9月 7日 (金) 10時05分

>患者は倒れてから数カ月間ICUに入院して入院費用が数百万円に達したため、生命保険を解約して払戻金を支払いに充当したのだそうだ。
ICUでも差額ベッド代みたいなお金がかかるのでしょうか?また、数年後に定年となるはずの大学教授が数百万円の貯金も持っていなかったのでしょうか?ご紹介の日経メディカルの記事は内容はごもっともなのですが、ディテールがうさんくさく感じてしまいました。

投稿: 放置医 | 2012年9月 7日 (金) 10時10分

ICUですと普通医療側の必要性による入室のはずだから特室等の差額は取れないのでは?
ただベッド代より治療費自体が高くつくでしょうけど

投稿: 元僻地勤務医 | 2012年9月 7日 (金) 11時17分

>クマさん
>あと、障害者雇用枠の適応を拡大して難病患者を対象にすると、知的障害者が全員首になり難病患者ばかり雇う会社が現れるかもしれません。

社会保障の効率性という考え方も必要かなと思います。
障害者にはすでに保護があり言葉は悪いですが働かなくてもある程度生活は何とかなる、一方で難病患者は現状の生活が破壊される上に治療費支出も増えているわけですから。
国にもお金がない以上このあたりは単に理念的な良い悪いだけでなく、社会保障のコストパフォーマンスという面からも最善解を探っていくべきなのかなと言う気もするのですが。

投稿: 管理人nobu | 2012年9月 7日 (金) 12時37分

ところで病院に来たハロワ職員にも守秘義務徹底されるんだろか?
どうもあんまり上等な職員がいるイメージないんだけど

投稿: あっちゃん | 2012年9月 7日 (金) 12時58分

こういうのどこの保険会社か公表してほしいわ

投稿: | 2012年9月 7日 (金) 14時26分

管理人様へ
お返事ありがとうございます。そのあたりのバランスは非常に難しい部分です。
難病と一口に言ってもピンキリですしね。
患者さんに対する社会保障制度の提供は「どれだけ受けられるか」ではなく「どれだけ受けなければならないか」を私の中での基準にして案内していますが、当然支援する人によっても考え方が違うので簡単ではありません。

投稿: クマ | 2012年9月 7日 (金) 23時48分

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