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2012年9月 6日 (木)

無用のトラブルを避ける接遇術

この夏に成立した日本医療接遇協会なる団体が先日初めてのフォーラムを開いたのですが、そこでこんなことを言っていたということです。

患者に対する態度から接遇を考える- 医療接遇協会がフォーラム(2012年9月3日CBニュース)

 日本医療接遇協会(近藤和子理事長)はこのほど、東京都内で初のフォーラムを開いた。ここでは、患者に対してどのような態度を取るべきかを考えながら、医療における接遇の在り方を話し合った。

 上智大グリーフケア研究所の高木慶子教授は、「医療の接遇には“喪失と悲嘆”のグリーフケアが欠かせない」と題して講演した。
 高木氏は医療者として、医療だけでなく、接遇においてもプロであってほしいと語った。そして、患者や家族に対する尊敬と信頼を持つように努め、そのことを態度で示すことも大事と指摘。また、言葉遣いや服装、相手にふさわしい態度も重要とした。
 高木氏は、対応困難な患者への接し方についても語った。患者は、心と身体を病んでおり、弱くなっているために「わがまま」になるが、患者自身が身勝手な言動を慎むべきことを十分知っているのではないかという。
 高木氏は、「対応困難な患者の姿は、もしかしたら対応する医療者自身の姿なのかもしれない」と指摘。また、自分がこうあってほしいという姿を、その患者に押し付けてはいないだろうかと問い掛けた。
 そして、医療者の対応で患者の対応も変わってくるほか、対応する医療者が患者に寄り添うことによって、患者の心身が癒やされるケースも多いのではないかとした。
(略)

医療者の対応で患者の対応も変わってくるという点には完全に同意いたしますが、しかし21世紀にもなってこうした水準での事態把握が医療接遇の最先端?であるということをどう評価すべきなのか、なかなかに微妙なところではありますね。
先日は日経メディカルを見ていて、意思疎通が不能となって暴れている精神障害患者を収容するため往診医が鎮静剤を投与したところ後に当の患者から訴えられ、しかもきっちり敗訴したという興味深い判例の紹介を拝見したのですが、これなどもとかく対応困難な患者の姿に対して「自分がこうあってほしいという姿を、その患者に押し付けて」いた医療従事者の末路と言うべきでしょうか?
司法の判断によればこのケースでは違法な医療行為であり注射など行うべきでなかったということになりますが、当該行為の是非はともかくとして同じような侵襲的行為を行っていても一方では訴訟沙汰になるほど恨まれ、他方ではさしたるトラブルもなく終わることがあるというのは、唯一合法的に他人への傷害的な行為を許されている医療の場において極めて大切な分岐路になることは間違いありません。
その意味では医学的なトラブルの有無とは全く別に対人関係、特に顧客との関係においてトラブルになるかどうかはコミュニケーション術ということが非常に重要となってくるわけですが、一例として先日見かけたこういう興味深い記事から一部を引用させていただきましょう。

◆岡野龍介の「麻酔科医が見たアメリカ」インディアナ州で医療訴訟が少ない理由(2012年8月20日日経メディカル)より抜粋

(略)
うわさに聞いたメディカルレビュー・パネルの委員に

 インディアナ州で医療訴訟が提起されようとする場合、法廷に直接持ち込まれるのではなく、まずは「メディカルレビュー・パネル」と呼ばれる委員会で審議されます。このパネルは、当該訴訟に関する医療分野の専門医3人と、原告・被告双方の弁護士、審議を取りまとめる窓口の役目を果たす中立の弁護士で構成されます。ここで少なくとも2対1で「起訴相当」との結論が下されなければ、通常は裁判には進みません。インディアナ州では、提起されようとした医療訴訟の約80%がメディカルレビュー・パネルによって棄却されています。

 「君をメディカルレビュー・パネルの委員として推薦したいんだけれど、いいかね?」。ある日、唐突に職場の先輩医師から尋ねられた私は、すぐさまこれを承諾しました。うわさに聞いていたメディカルレビュー・パネルです。このときは詳細なプロセスなどは全く知りませんでしたが、「いい経験になるだろう」と思って引き受けました。
(略)
 この事案は麻酔科管理の全身麻酔を受けた30歳代の女性による訴えでした。麻酔後に発作性心房細動を繰り返すようになったのは、麻酔科医の責任だとしたものです。資料の出だしを読んだだけで、何だか的外れな訴えのような気もしましたが、裏にどんな事実が隠れているか分かりません。慎重に読み進めていきます。(守秘義務の観点から、症例の内容は訴えのポイントを変えない程度に改変しています)

 聞き取り調査記録は出席者一人ひとりの発言を忠実に書き起こしてあるだけあって、とても迫力があります。双方の文書を突き合わせて読んでいると、怒りに震える患者、冷や汗を流しながら質問に答える医師、会話に割って入る相手方の弁護士など、それぞれの息遣いが聞こえるようです。

弁護士A (原告患者に向かって)「あなたは、確かにそうおっしゃったのですね?」
原告患者 「はい。心臓が悪いなどと言われたことは、生まれてこのかた一度もありませんでした。『でも、今日は何だか胸がドキドキします』と手術前の診察で訴えたのに、『大丈夫、大丈夫。緊張しているんだね』と言われて無視されました。麻酔から覚めてみたら、やっぱりこんなことに。何週間も入院したあげくにこんな後遺症まで残って…。許せない(涙をぬぐう)」
弁護士B (被告医師に向かって)「患者は術前に『気分が悪い』と訴えましたか?
被告医師 「いいえ。何も言いませんでした。何事もなく導入でき、手術中も安定していました。術後はリカバリーでやや気分が悪そうにしていましたが、バイタルも落ち着いていました
弁護士B 「これはリカバリーでのカルテの写しです。何が書いてありますか?」
被告医師 「あ、えーと、処置の内容です…かね?」
弁護士B 「処置の内容ですか? そうではないのですか? どちらですか?」
被告医師 「…あ、はい。処置の内容です」
弁護士B 「ここにあるサインを読んでください。誰のものですか?」
被告医師 「えーと、S、T、E…、汚くてよく読めないのですが…、ナースのものだと思います。私のものではありません」
弁護士A 「サインが読める読めないはどうでもいいことでしょう。先に進めてください」

 まるで自分がその場にいて責め立てられているようで、読んでいるだけで胃が痛くなります。数時間をかけて一気に文書を読み終え、私は青ざめた顔を上げました。この麻酔科医は悪くない。たぶん…。いや、もう少し患者の訴えを聞いてあげるくらいのことはすべきだったかもしれない。しかし、少なくとも、この麻酔科医の行った医療行為と患者の症状との間に明らかな因果関係があるとは思えない。特におかしなことをしたわけでもないし、麻酔記録の記述もしっかりしている…。
(略)
 あまり厳しい質問もないままに、弁護士たちは私たちの所見を「はい、はい」と書き留めていきます。今回は、医師の過失は認めがたいということが比較的明らかなケースだったからでしょうか。1時間ほど議論を尽くした結果、3対0の全会一致で「本件は棄却相当」と結論され、「医療行為と患者の訴えに明らかな因果関係は認められず、特段の過失も認められない」「standards of careからの逸脱も見られない」という理由が付記されました。

 このような審議を経て下された裁定は、原告・被告双方に伝えられます。棄却相当との結論が出された場合、原告は訴えを取り下げるのが普通ですが、パネルの裁定を覆せるだけの専門家を証人として用意できれば、再提訴ができないわけではありません。再提訴があった場合、今度はメディカルレビュー・パネルは開かれず、いきなり裁判になります。

 ただし、いったんメディカルレビュー・パネルで出された棄却裁定は、被告医師側に有利な証拠として採用されます。逆に、メディカルレビュー・パネルが起訴相当の裁定を下した場合は、原告患者側に有利な証拠として採用されます。裁判になったら、メディカルレビュー・パネルの医師委員も、法廷で証言を求められる可能性があります。

 私がかかわった今回の事案では、いったんは原告患者側が再提訴したものの、ほどなくして取り下げられました。私の医学的常識に照らしても妥当と思われる結果が出たのは幸いでした。
(略)

記事の前半部分、何故インディアナ州でこうしたシステムが導入され医療訴訟が少なくなったのかという部分も非常に貴重な話ですので是非全文をご一読いただきたいと思いますが、手術場に限らずこうした「ここの病院で○○を受けたら××になった!どうしてくれるんだ!」という訴えは非常に日常診療の場においてもありがちですよね。
もちろん双方に何らかの関連性がありそうな場合であれば適切な対応を取れるはずですし、誠意を持ってしかるべき対応を取るべきなんですが、今回のケースのようにどうも関連性が薄いと思われる場合も全く無関係と断言することはなかなかに難しいもので、日本でも過去によく判らない理由とともに見舞金的な金額の支払いを命じるような判決が結構あったようです。
もちろん事件の全体像は判らない状況ですが、結局のところこのケースでひっかかりがあるとすれば患者側が術前に(おそらく不安から?)「今日は何だか胸がドキドキします」と訴えた(と患者側は主張している)ことに対して「大丈夫、大丈夫。緊張しているんだね」と答えてしまった(と患者側は主張している)部分だったんだろうなという気がします。
JBM的に「a)直ちに手術を延期し徹底した循環器系の精査を行う」が正解とまでは言わずとも、こうした訴えのあった時点で安易に大丈夫などという言葉を発してしまったのは(事実そうだったとすれば)不用意だったなと思うのですが、さすが医療訴訟大国アメリカということでしょうか、こうしたリスクもきちんと取り入れた対応を取るようになってきているようです。

医療ミスの防ぎ方を他業界に学ぶ あなたの“コミュニケーション”、ちゃんと伝わっていますか?(2012年8月29日日経メディカル)より抜粋

(略)
「相手がどう受け取ったか」が大事

 さて皆さん、医療の世界におけるミスの原因、第1位は何かご存知ですか? 知識欠如? 技術不足? 疲労? 機器の故障? どれもミスの原因としては間違いありませんが、最も悪名高く第1位とされるのはコミュニケーションの問題です[3]。

 まず肝に銘じておくべきは「コミュニケーションの成否は『伝えた程度』ではなく『伝わった程度』に依存する」という点。「とりあえず話したのだから相手は理解しただろう」というのは、まったくの勘違いです。皆さんにも経験ありませんか? 膨大な量の情報を押し付けようとして話し続ける人の講演や授業を聞き、頭がいっぱいになったことが…。

 医療の世界では多くの情報が取り扱われ、何が重要なのかはっきりしないこともしばしばあります。その中から意味のある情報をつかみ出し、それを解釈して申し送る(コミュニケーションする)ことは、一朝一夕でできる技ではありません。ただ、比較的簡単にコミュニケーション・ミスを防止するためのツールはいろいろと工夫されているので、以下にご紹介します。必要な情報を過不足なく正確に伝える力は、申し送りの際だけでなく、他科へコンサルトする際にも役立ちます。
(略)
申し送りの様式を標準化―SBAR

 必要な情報を端的に遺漏なく伝えるためアメリカ海軍で開発された、SBARという情報伝達法があります。アメリカの医療保険グループKaiser Permanenteは、これを医療現場で活用しています[6]。例えば、シフト交代時の医師同士の申し送りでは、次のように伝達します。

Situation=「○○さんは、冷や汗と吐き気を伴う胸痛で来院しました」
Background=「既往歴として高血圧と糖尿病があります。心電図で特にST上昇はありませんが、アスピリンとニトログリセリンを与えました。今は胸部X線と心筋酵素の結果待ちです」
Assessment=「来院状況から、虚血性心疾患に由来する胸痛ではないかと気になります
Recommendation=「たとえ検査結果で異常なしでも、経過観察入院をさせて循環器科に診てもらった方がいいと思います」

 現在、申し送り時にSBARを取り入れているアメリカの病院は非常に多いです。実際、SBARによって申し送りのミスが減ったという報告もあり[7]、私がかつて勤務していた病院もこれを活用していました。SBARが最も優れているとは限らず、ほかにもSIGNOUT、I PASS the BATON、5Psなど、多くの情報伝達法があります。要は、コミュニケーションの方法を統一してルーチン化することにより、情報伝達ミスを防ぐことが最も大切なのです[8]。
(略)

これまた極めて示唆に富む内容の多い記事で是非全文を一読いただきたいのですが(特に「私が患者に挿管しようとしているまさにその時、看護師が声をかけてきました。「(別の患者に与える)薬剤のオーダーがないので、記入お願いします」。開いた口がふさがりませんでした。」の下りは傑作でした)、ここで注目すべきは事実と主観とをきちんと区別しているということではないでしょうか。
前述の訴訟沙汰になったケースでも恐らく実際には術前に「どきどきしている」と言うのは事実緊張のためであったのだろうし、不幸な偶然が重なっただけというのが事実であったのかも知れませんが、事実はどうあれ患者の主観を無視した形になったことが最終的に訴訟につながるリスクとなったわけですね。
日本でも医学とはサイエンスの一分野であるべきだと言う考え方が主流で、特に医師同士のコミュニケーションではどちらかというと主観的なものは不確かなものとして排除され客観的事実の積み重ねの方を優先しがちですけれども、やはりスタッフ側が患者の主観をきっちりと把握しているからこそ事実とは別に主観そのものに対する対応も出来るようになるのだと思います。
強いて冒頭の記事に立ち返って考えるならば病態はシンプルで美しく解明されるべきであるとか、鑑別を全部つけていくのも大変そうな不定愁訴はなるべくスルーしておきたいといった様々な思惑が医師の側にもあるのは当然としても、「自分がこうあってほしいという姿を、その患者に押し付けて」しまってはどこかで思わぬ落とし穴にはまるということでしょうかね。

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コメント

>医療者の対応で患者の対応も変わってくる

来院した時点ですでに喧嘩腰の患者も医療者の対応が悪いからそうなってるんですね
この世の中の全ては医療者が悪いでFA?

投稿: かねみ | 2012年9月 6日 (木) 09時48分

まあそういう人もいますよねえ…
今はもうそういう方々には相応の対応をさせていただくというのが徐々に主流になってきているんじゃないですか?
人と人との関係の中で行われる商売なのですから真っ当な対人関係を築けない方は真っ当な診療関係も築けないでしょう。

投稿: 管理人nobu | 2012年9月 6日 (木) 10時55分

>かねみ
先生が、ブートキャンプの隊長みたいにごっつくってついでに一部毎日新聞記者みたいに入れ墨までしっかりいれておけば、患者様の対応もかわっていたのではないでしょうか?

診察室に入ってこられる前から接遇ははじまっているのでございます。

ということで、やっぱり医者が悪いでFA?

投稿: 窓際脳神経外科 | 2012年9月 6日 (木) 11時06分

昨日も最初から喧嘩腰の方がいらっしゃったんだがおもしろそうだから焚きつけてみようかと思ってるんだけどかまわない?w
ああいう輩はちゃんと教育しておかないとどこで迷惑かけてるかわかんないからね~ww

投稿: アマテラス | 2012年9月 6日 (木) 11時58分

個人的には、良好な信頼関係を築けなささそうな連中には敢えてこちらの態度を変えるのもありかと思います。

向こうも、気の合わない医者と携わって時間ムダにしたくないだろー、と正当化。


>かねみ先生
上のコメントで呼び捨てになってました、すいません・・・

投稿: 窓際脳神経外科@筋トレ中 | 2012年9月 6日 (木) 12時45分

私的にも完全に同意いたしますです。
医療現場がよほど暇を持て余すようになるまでは無駄な時間は使っていられませんから。

投稿: aztek | 2012年9月 6日 (木) 23時47分

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