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2012年8月27日 (月)

安楽死議論 本当に出口は見つからないのか?

本日の本題に入る前に、先日イギリスからこういうニュースが出ていましたがご覧になりましたでしょうか。

母の愛が起こした奇跡! もう助からないと人工呼吸器を切られた娘にお別れのキス→娘が息を吹き返した/英(2012年8月24日ロケットニュース24)

論理的に考えても理解しきれない素敵なできごとをよく「奇跡」と呼ぶ。みなさんは「奇跡」を信じるだろうか。

ある1才の女の子が病気で瀕死の状態だった。医師たちは回復の見込みがないとして人工呼吸器を切ることを決断。女の子は間もなく永遠の眠りにつこうとしていた。母親は最後にとお別れのキスをしたそうだ。すると、女の子は息を吹き返し、みるみるうちに回復したのだ。まさに母の愛が起こした奇跡だと話題になっている。

2010年2月14日。イギリス在住のジェニファー・ローソンさんの娘アリスちゃん(1才2カ月)は急性脳髄膜炎を発症した。急性脳髄膜炎は1~2才の子どもに多く、あっという間に悪化してしまう。最悪、死に至る病である。

アリスちゃんは入院後、いくつかの病院に転院するも病状は悪化の一途をたどるばかり。発症から1カ月後、アリスちゃんは腎不全、敗血症、手足の麻痺などを発症。昏睡状態におちいり、人工呼吸器なしには呼吸もできなくなってしまった

そして2010年3月24日、医師はアリスちゃんに回復の見込みがないと判断。人工呼吸器の停止を決定した。機械を切れば彼女は天に召されることとなる。病室には両親と姉の3人が集められた。そして、機械は全て停止した。

アリスちゃんの生涯は閉じられた。誰もがそう思っただろう。だが、呼吸器停止後、ジェニファーさんがお別れのキスをしたとき奇跡が起こったのだ! アリスちゃんの頬がバラ色に染まり、自発呼吸を始めたのである。その場にいた誰もが驚いた。そして驚くべきスピードで回復していったという。

2年後の2012年、アリスちゃんは3才になった。髄膜炎の後遺症のため、食事は人工のチューブを使い、流動食しか食べられない。両足の長さも異なり、言語障害も残っている。しかし、彼女は元気いっぱいに毎日走り回っているそうだ。

後遺症は残ってしまったが、ジェニファーさんは「毎晩眠るとき、いつも私たちは幸運を感じています」と、全く気にしてないそうだ。生まれただけで奇跡、生きているだけで奇跡。よく言われるが生きているのが当たり前すぎて実感がわかないくらいだ。だが、ジェニファーさん一家はアリスちゃんを通してその体中で感じているに違いない。

一般的な経過と異なる経過をたどる症例が一定数あることは事実で、この症例の場合非常に劇的であったことで「奇跡」とも呼ばれることになったわけですが、逆にこうした奇跡的な症例が存在するという前提に立って医療を行うべきかどうかということは議論の分かれるところではないかとも思います。
例えば癌などの疾患ではしばしば手術によって切除不能と判断された時点で完治は絶望的となるケースが少なくありませんが、この場合何をもって手術が出来ないと判断するかと言えば臓器浸潤や転移などで物理的に切り取ることが不可能であるというだけでなく、病気の広がりからみて切除しても体に大きな負担を残すだけで完治に結びつかないという統計的なデータによるわけですよね。
しかしこの場合も稀にではありますが切ってみたらなんとか治ってしまったというブラックジャック紛いのケースもあるわけですが、そういう奇跡を前提として治療計画を立ててしまうとほとんどのケースでは死ぬまで合併症に苦しめられ「こんなになるなら手術など受けさせなければよかった…」と家族に恨まれることになってしまうでしょう。

いささか話が脱線しましたけれども、生死の判断の難しさはそれとしてここで留意いただきたいのはイギリスでのケースで回復不能の状態であると判断された小児末期患者の症例に対して医師の判断で人工呼吸器の停止が決定され、実際に装置のスイッチが切られていたケースがあるということです。
日本ではこうした場合複数の医師による回復不能との診断が云々と近年ようやくそのルールが定められてきていますけれども、疾患自体の性質は元より前述のような奇跡の存在まで考慮するならばますますその判断は難しいのは当然で、同じくイギリスからこんなニュースが出てきているのですね。

安楽死退けられた男性 食事拒否し死亡/英(2012年8月23日NHK)

イギリスで、全身がまひ状態となり安楽死を望みながら裁判所に訴えを退けられた男性が、みずから食事を拒否するようになって死亡し、安楽死の是非を巡る議論が高まっています。

死亡したのは、脳卒中でほぼ全身がまひ状態になっていたイギリス人のトニー・ニックリンソンさん(58)です。
ニックリンソンさんは、全身がまひしたことで憲法に定められた「尊厳や自主性」が保たれなくなったとして、イギリスの法律では認められていない、医師による安楽死を認めるよう訴えを起こしましたが、先週、ロンドンにある高等法院が訴えを退けていました
ニックリンソンさんの弁護士によりますと、ニックリンソンさんは、訴えが退けられたあと、みずから食事を拒否するようになって衰弱し、22日に肺炎が悪化して死亡したということです。
この問題を巡っては、イギリスの医療団体が「医師が患者の命を絶つのは倫理的に問題だ」として裁判所の判断を支持する一方、有力な新聞などは「患者の苦しみを終わらせるために法律を改正すべきだ」とする論評を掲載するなど、安楽死の是非を巡る議論が高まっています。

裁判で「死ぬ権利」認められなかった「閉じ込め症候群」の英男性が死去/英(2012年8月23日AFP)

【8月23日 AFP】意識は完全にあるが体がまひする「閉じ込め症候群」になり、「死ぬ権利」を求めて裁判を起こしたものの認められなかった英男性が22日、死去した。男性の弁護団と遺族が同日発表した。

 亡くなったトニー・ニックリンソン(Tony Nicklinson)さん(58)は2005年、ギリシャ・アテネ(Athens)出張中に起きた脳卒中がもとで閉じ込め症候群になった。ニックリンソンさんは、閉じ込め症候群になった後の人生は「完全な拷問」だとして、死ぬ権利を認めるよう求めて裁判を起こした。

 しかし英高等法院は16日、自発的安楽死を殺人と見なす判例から逸脱するべきではないという判断を3人の判事の全員一致で下した。高等法院は、現行法は人権を侵害しておらず、法改正の必要性の有無は裁判所ではなく議会が判断すべきだとした。

 判決を聞いたニックリンソンさんは涙を流し、判決に「打ちのめされた」と語っていた。前週、涙にくれるニックリンソンさんとともに自宅で取材に応じた妻のジェーン(Jane Nicklinson)さんは、判決は一方的だとして上訴する姿勢を示すとともに、上訴審でも敗訴すればニックリンソン氏は自然死するか、断食して死ぬまでこの生活を続けるでしょう、と話していた。

■肺炎で急激に容体悪化

 遺族の発表によれば、 ニックリンソンさんは肺炎で急激に容体が悪化し、22日午前10時(日本時間同日午後6時)ごろイングランド(England)西部メルクシャム(Melksham)の自宅で安らかに息を引き取ったという。ウィルトシャー(Wiltshire)の警察当局は、警察も検死官もニックリンソンさんの死について調べていないとしており、死因に疑わしい点はないとみているもようだ。

 ニックリンソンさんの妻と娘たちは、同氏のツイッター(Twitter)アカウントに次のようなメッセージを投稿した。「彼は死ぬ前に、私たちにこうツイートするように頼みました。『さようなら、世界よ。その時が来た。楽しかったよ』」

「長年にわたりご支援いただき、ありがとうございました。私たちにとって辛い時ですのでプライバシーを尊重していただければ幸いです。愛を込めて、ジェーン、ローレン(Lauren)、ベス(Beth)より」

この閉じ込め症候群もブラックジャックで取り上げられたことで非常に印象的な疾患としてご記憶の方もいらっしゃるかも知れませんが、脳機能の一部が破壊されたことによって外部の情報を知る認知機能や意識状態は全く正常であるにも関わらず、それを外に表現するために体を動かしたり言葉を発したりするということが出来ないというものです。
ブラックジャックでは患者が呼吸のリズムを変化させていることにブラックジャックが気付き意思の疎通が可能になったのですが、一般的に目の開閉や眼球運動などはある程度出来るということから、よくしたもので近年では機械の助けを借りて相応に知的活動は行えるようになってきています(この点では疾患は異なりますが「世界一有名なALS患者」ホーキング博士などが代表例ですよね)。
そうは言っても全く体が動かせないことは変わらないわけですから、将来的に何らかの機械的なサポートによって身体機能の代用を行えるような時代が来るようになるまでは誰かの介助がなければ日常生活すら満足に送り得ないということは本人にとって苦痛いかばかりかということです。
特に今回のような比較的若年の患者の場合、当然ながら介護に当たる家族も本来なら社会的に相応のアクティビティを発揮してしかるべき年代であるわけで、患者本人にとってみれば自分一人のみならず家族の生活まで破壊してしまっているということに思うところなしとは出来ないのでしょうね。

さて、冒頭のケースでは医師が人工呼吸器を止めるという行為を行ったのであれば、こちらも本人が死にたいと願っているのだから同様に延命処置をやめれば良かったのではないかと誰しも考えるところだと思うのですが、この場合身体的には安定期であって経口摂取も可能であるなど大きな医学的処置を行っていなかったという点がポイントになります。
大きな医学的補助を受けているのであればそれを止めれば自然と死に至る(消極的安楽死)わけですが、こうしたケースではそれが出来ない以上は致死的薬物の注射など何らかの医学的処置によって敢えて死をもたらす、いわゆる積極的安楽死の処置を行わなければならないわけで、今回それを行うことは認められないと判断されたということですね。
日本でも未だ積極的安楽死を認める状況にないだけに全く他人事ではありませんが、ここで積極的安楽死は是か非かという方向に行ってしまうと最終的に個人の価値観の問題としか言いようがありませんから、少しばかり違った方向からこの問題を考えていただきたいと思います。

こうした疾患においてホーキング博士などを見るまでもなく、電子的なデバイスの発達によって意思の疎通という点では近年急速な進歩が達成されつつありますが、例えばネット上の人格として見る限りでは健常人と何ら見分けがつかないというレベルに遠からず達し得るのではないかと考えられます。
一方で身体的活動性という点についてはどうかと言えば、例えば以前にも紹介しましたように動かしたいという意志を読み取って動くロボットアームなどが麻痺患者の手足の代用として開発が進んでおり、これまたいずれは身体的活動性も機械によって担保されるということになってくるでしょう。
そして神経再生医療なども年々発展が続いているわけですから、まずは患者やご家族にしろ医療従事者にしろ今日ある医療技術に基づいた未来絵図のみならず、少し先の技術的発展をも視野に入れて人生を考えてみれば少し違った光景が見えてくるはずで、例えそうした患者の中のほんの一握りに過ぎずとも今までとは違った選択をするようになる人々も出てくるんじゃないでしょうかね。
昔からSFなどでは超人的能力を付加するサイボーグ技術などは当たり前に用いられていますけれども、今回のオリンピックで義足のランナーが「むしろ義足を用いることで健常者より有利になっているのではないか?」と議論されたことなどは非常に象徴的な光景ではなかったかと思います。

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コメント

トニー・ニックリンソン氏の件ですが、経口摂取可能な閉じこめ症候群というのが想像できません。
想像するに 氏が拒絶したのは経管栄養ではないでしょうか。
となると、水分摂取はどうしていたのかが、ちょっと気になります。

投稿: JSJ | 2012年8月27日 (月) 08時47分

ああ、言われてみると確かに。
となればどうしても共犯が存在するということになってしまい突き詰めれば法的にも難しいところなのでしょうが、関係者全てがスルーすることに決めているようですね。

投稿: 管理人nobu | 2012年8月27日 (月) 09時54分

世の中にさらぬ別れのなくもがな 千代もといのる人の子のため

急がずともみな平等にお迎えはやってくるのに

投稿: 鉄二郎 | 2012年8月27日 (月) 11時17分

>電子的なデバイスの発達によって意思の疎通という点では近年急速な進歩が達成されつつありますが

学生時代に神経内科でこういうシステムの試作品?を見せてもらいました。
当時でもかなりプアなハードだったMSXが使われていて、低解像度のアナログテレビにぽつりぽつりと大きなひらがなが現れるだけでした。
よっぽど気が長い人じゃないとかえってストレスたまるだろうなと思ったんですが時代は変わりますね。

投稿: あめま | 2012年8月27日 (月) 15時37分

「僕に死ぬ権利をください-ヴァンサン・アンベール」では、お母さんに手伝って貰ってましたね。
罪に問われたかどうかは・・・・
年齢、性別、原因と、いろいろな要因によって考え方の違いが出てくるのだと思っています。

投稿: おる | 2012年8月28日 (火) 08時59分

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