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2012年8月 9日 (木)

新型インフルエンザ対策 どこまで踏み込めるか

アメリカでは直接豚から人に感染する新型の豚インフルエンザが見つかり警戒が呼びかけられていますが、先年流行した新型インフルエンザと一部共通する遺伝子を持っているということで今後人-人感染で急拡大する可能性も懸念されているようです。
ちょうど日本においても先の原発事故などとの絡みで危機管理の重要性ということが改めて認識されている最中、先日は総理官邸で新型インフルエンザ対策の有識者会議が開かれたと言うことなのですが、医学的対策がある程度固まった次の段階でテーマになってくるのは社会的対応、特に公共の利益と私権の制限との兼ね合いになってくるのでしょうか。

新型インフル 緊急事態宣言の条件検討(2012年8月8日TBS)

 感染の拡大を防ぐため、住民の行動を制限することなどを定めた「新型インフルエンザ対策特措法」について、感染症の専門家らが、対象となる施設や制限の具体的な内容について検討を始めました。

 今年4月に成立した「新型インフルエンザ対策特別措置法」では、新型インフルエンザや新たな感染症が発生した場合に、政府が「緊急事態」を宣言し、都道府県知事が外出や移動など住民の行動を制限することができます。

 しかし、個人の行動を制限することは人権の制約に当たるとの批判も出ていることから、政府は7日、感染症の専門家や都道府県知事らと会議を開き、「緊急事態宣言」を出す条件などについて具体的な検討を始めました。

 「緊急事態」が宣言された場合には、集会の中止や「人が集まる施設」の使用も制限されますが、政府は、こうした施設の種類などを盛り込んだ政令案を来年1月ごろをめどに取りまとめることにしています。

しかしインフルエンザシーズンを考えると来年1月ごろを目処に政府案を取りまとめるというペースで大丈夫なのか?とも思ってしまうのですが、すでに新型インフルエンザ騒動も今は昔という感覚なんでしょうかね…
さて、ここで問題になっている「新型インフルエンザ等対策特別措置法」については政府の公式サイトから参照いただければと思いますが、大まかに非常事態に備えての国や自治体による行動計画策定等を始めとする体制整備と、いざ緊急事態宣言が出された際に公のものとして行う措置とに分けられるものです。
特に後者に関してどのような行動がどのような規模で必要なのかということもさることながら、それを裏付ける法律がなかったということが特措法に結びついたわけですが、その制定に至る議論の過程においても特に重要視されたのが極めて高い感染力が予想される緊急事態において、その拡大と被害軽減のためにどのような措置が必要かということでした。

新型インフルエンザ対策のために必要な法制度の論点整理(政府資料)より抜粋

(1) 国内侵入を遅らせるためにどのような措置が必要か
 ・海外からの帰国者・入国者を停留する施設の確保
 ・発生国からの入国の抑制

(2) 国内の感染拡大防止のためにどのような措置が必要か
 ・催物、興行場等不特定多数者が集まる行事・営業の抑制
 ・学校、保育所、通所福祉施設等の休業
 ・地域封じ込めのための集中的対策(医療、交通規制、生活支援)

* 感染力・病原性が高い緊急事態に対応するための法的措置の発動の開始・終了の判断は、どのように行うのか
社会機能維持に大きな影響を及ぼすおそれのある新感染症への対応をどうするか

一見すると「なにも新型インフルエンザの大流行の最中に催し物などしなくても」とも思えてしまうのですが、例えば学校においてインフルエンザ罹患者が一定数出ると臨時休校になるように、「新型の患者が出ましたので休業してください」「この町から出ないでください」なんて話になれば社会活動に与える影響が甚大なものになるだろうことは容易に想像出来ますよね。
特に公共交通機関や警察・消防などのインフラ、そして医療機関(最も濃厚に患者と接触するリスクある環境でもあります)がどのような対応を取るべきかということは、先の震災においても被爆リスクから自衛隊や警察による救出活動がしばしば中断してしまった福島のケースを思い出すだけでも非常に難しいものがあるんじゃないかと思えます。
この点で参考になる事例として先日以来ウガンダで非常に強力な致死的感染症として知られるエボラ出血熱が流行していると大騒ぎになっているのですが、この際にも私権の制限ということを考える上で示唆的な事件が発生していたようですね。

エボラ感染疑いの囚人が病院から脱走 ウガンダ(2012年8月4日CNN)

ウガンダ・カガディ(CNN) ウガンダでエボラウイルスへの感染が疑われ、病院で治療を受けていた5人の囚人のうちの1人が3日夜、エボラ出血熱が発生している病院から脱走した。ウガンダの衛生当局が明らかにした。

保健省の理事を務めるジャクソン・アムネ医師は「(脱走した囚人の)検査結果が陽性の場合は、深刻な事態となる。そこで残りの囚人4人が逃げないようにベッドに手錠でつなぐことにした」と語った。囚人たちには嘔吐(おうと)、下痢、発熱といったエボラ出血熱の症状が見られるという。

カガディ病院にはこの5人の囚人の他に、エボラウイルスへの感染が疑われる患者が30人おり、さらに2人の患者の感染が確認されているという。感染者は今後増加すると見られ、感染を断ち、感染が疑われる患者にはなるべく他者と接触させないことが重要とカガディ病院の医師は指摘する。

今回エボラウイルスが最初に発生したのはウガンダ西部のキバレで、同地域ではすでに53件の感染が確認されている。これまでに16人が死亡し、さらに感染が疑われる312人の患者が検査のため隔離されている。

米国など他国へのエボラウイルスの拡散が懸念されるが、専門家は現在の大発生が米国に広がる恐れはないと見ている。

米国でのエボラウイルスの唯一の感染例は、輸入された研究用の猿が原因だった(人間の発病はなかった)が、4年前、ウガンダを訪れた2人の旅行者が現地でマールブルグ出血熱に感染した。そのうち1人が帰国後に死亡したが、治療中に適切な感染防止措置が取られたため、他に感染者は出なかった

もちろん囚人であるわけですから勝手に出て行ってはいけないのは当然なのですが、これがごく普通の市民で感染拡大防止のために隔離の必要があるといったケースであっても、「家族が心配だからちょっと様子を見に帰らせて」「俺はエボラでないのに患者から移されたらどうしてくれる」という要望をどうやって、あるいはどこまで制限すべきかですよね。
ちなみに日本ではエボラ出血熱は感染症新法に言う一類感染症(旧伝染病予防法における法定伝染病)に指定されていますけれども、この場合都道府県知事は入院の勧告を行いその必要性を理解してもらうよう努めた上で、それでも拒否されれば入院をさせることが出来る(第十九条)と言う扱いになっていますが、大規模流行が発生した場合にどこまで丁寧な説明と同意の作業が出来るかですよね。
また仮にこれを拒否したとすれば50万円以下の罰金(第七十七条)だと言うのですが抑止力としていかにも軽いもので、感染の事実を知った医師や自治体職員が秘密を漏洩した場合の罰金100万円よりも低い!という点からしても明らかに患者は素直に行政の指示に従ってくれるものという前提で定められた法律という印象です。
さりとて第六十七条の「一種病原体等をみだりに発散させて公共の危険を生じさせた者は、無期若しくは二年以上の懲役又は千万円以下の罰金に処する」という規定は前後の文脈からするとサリン事件のような故意犯を想定したもののようですから、発散の意図はないが確信犯的に指示に従わず公共の危険を生じさせたケースに用いるにはいささか無理がありそうです。

要するにエボラのような誰が見ても強権を発動しても封じ込めなくてはヤバイという強烈な伝染病であってもこうした状況であるわけで、新型インフルエンザが大流行したとしてもどこまでの措置が出来るかは極めて疑問符がつくと言えそうですよね。
今回のウガンダのケースでは症状が非典型的で診断が遅れたことが感染拡大防止の妨げになったとも言いますが、新型インフルエンザの場合も一般的な風邪あるいは在来型のインフルエンザと必ずしも即座に鑑別出来る場合ばかりではないでしょうから、風邪をひいて病院に行ったつもりが「新型インフルエンザの可能性も否定できないから直ちに隔離を」などと言われて市民感情の上でも納得し難いのは確かです。
無論、エボラと比較すれば新型といえど死亡率はそこまで高くないでしょうし、むしろ大多数の患者は新型とも思わず単なる風邪やインフルエンザだと思い込んだまま治癒してしまうのでしょうが、逆になまじ身近にある疾患だからこそどこまで厳重な対策をすべきか迷わしいのだとすれば、国の出してくる政令案もどうやら実効性に乏しい玉虫色のものになるんじゃないかと危惧してしまいます。
強いて良い方向に考えるならば原発事故対応の不手際で大きな被害と共に危機管理体制の重要性がようやく認識されるようになったように、仮に新型インフルエンザ封じ込めに失敗した場合にも非常時の強権的対応の必要性についてようやく国民的議論が起こるかもしれない…というのは穿ちすぎでしょうか?

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コメント

ハリウッド映画みたいに軍隊が乗り出してきて強制的に街を封鎖するって日本じゃ出来ないってことですね
HIVも自暴自棄になってウイルスを拡散してまわってる感染者がいたそうですが、fluだったら広めるのもずっと簡単ですしねえ…
とりあえずは今年の冬もマスクは手放せないかな

投稿: ぽん太 | 2012年8月 9日 (木) 10時03分

てか、これだけタミフルも使いまくりの日本でも新型ってそんなに恐れないといけないものなの?

投稿: カテキン | 2012年8月 9日 (木) 10時20分

新型インフルエンザに限らず、新規感染症の一番怖いところはどこまで恐れるべきかというデータすらないことです。
おっしゃるように抗ウイルス薬を早期から確実に使う日本では恐らく他国よりは軽い被害になるんじゃないかという声もありますが、狭い国土に大勢が密集していて他国以上に急激に感染が拡大するだろうという意見もあるわけですね。
そうなった時に最終的には医療機関の対処能力の上限が被害の大きさを決めることになるかも知れません。

投稿: 管理人nobu | 2012年8月 9日 (木) 10時45分

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