« 精神障害者問題 義務と権利は等価交換 | トップページ | 医学部地域枠 ますます締め付けは厳しく »

2012年8月15日 (水)

天国にいちばん近い島

本題に入る前にちょっとした小ネタとして、先日こういうニュースが出ていまして「まあそうなんだろうな」と思う話なんですが、なんとなく寂しい時代になったものだという気もしますね。

増える 書店ゼロの街(2012年8月12日東京新聞)

 街のどこにも本屋さんがない。そんな市町村が増えている。首都圏でも、筑波研究学園都市に隣接する茨城県つくばみらい市が、全国に四つある「書店ゼロの市」の一つに。一方、北海道留萌(るもい)市では官民一体となって書店を誘致し、ゼロから抜け出すなど、新しい動きも出始めている。 (中村陽子、写真も)

 「本をどこで買いますか?」。つくばみらい市内のつくばエクスプレス(TX)「みらい平」駅前。立ち話をしていた三十代の主婦二人に質問すると「ないんですよ、本屋さんが」と、顔を見合わせてうなずいた。「引っ越してきてびっくりしました。大の読書家の夫は、車で隣の守谷市まで買いに行ってます

 二〇〇六年に伊奈町と谷和原村が合併したつくばみらい市。みらい平駅から都心の秋葉原駅まで、〇五年に開通したTXで最速四十分というアクセスの良さもあり、六年間で人口が一割以上増えて四万六千人余になった。ところが近隣の市に大型書店ができた影響などから、関東鉄道小絹(こきぬ)駅近くのチェーン書店が閉店。五年ほど前から市内に書店がない状態だ。

 書店の動向に詳しい出版社「アルメディア」(東京)の加賀美幹雄代表は、TX発着駅の秋葉原に大型書店ができたことを挙げ「地元客が大都市の商圏に吸収されてしまった可能性もある」とみる。同社の調査では、今年五月現在、全国の自治体の17%にあたる三百十七市町村が「書店ゼロ」。五年前より八市町村増えた。市では、鹿児島県垂水(たるみず)市でも書店が姿を消した。

 つくばみらい市には昨年、駅前への書店誘致を求める投書が相次いだ。市産業経済課がチェーンの書店に出店を働き掛けたが、色よい返事はなかったという。「民間の商売なので、こちらの希望だけで進めるのは難しい」と担当者は話す。

 一方、ゼロから新たに書店が誕生した例もある。留萌市に昨夏オープンした三省堂書店の支店「留萌ブックセンター」だ。JR留萌駅から車で十五分。国道沿いの百五十坪の店内に十万冊を置く。

 人口二万四千人の留萌市は、一〇年末に唯一の書店が閉店。「一番近い本屋さんも車で一時間かかるようになった」と主婦武良(むら)千春さん(50)は振り返る。武良さんは市立図書館や道留萌振興局に相談し、有志で誘致団体を結成。一一年春、「出店したら、ポイントカードの会員になる」という二千人以上の署名を書店側に提出。こうした熱意が実って出店が決まった。

 開店から一年。店は武良さんら市民が、ボランティアで支援している。約二十人が交代で、早朝から雑誌に付録を挟む作業などを手伝う。店長の今拓己さんは「店員は八人ほど必要です。でもうちは六人雇うのが精いっぱい。みんなに助けてもらっている」。

 行政も後押しする。道は三省堂書店と協定を結び、イベントや観光のPRなどで互いに協力する。武良さんは「予想もしていなかった方向に協力が広がった。ブックセンターはいま、本を買う場所以上の存在」と言う。

 留萌の例は、つくばみらい市などにも応用できるのか。三省堂書店本社(東京)の担当者は「留萌の場合、店を継続できる程度の売り上げはあり、成功とみている」と話すが、「市民の熱意と行政の協力が重なったまれな例。採算を度外視した出店はできず、どこでも出せるわけではない」と慎重だ。

 「『本屋』は死なない」(新潮社)などの著書があるライター石橋毅史(たけふみ)さんは「街の書店の経営はビジネスとしては厳しく、姿を消すのも当然の流れ。だが、経済的価値と異なる『別の何か』を求める人も増えている。書店はその『何か』を手渡す場所になり得ると思う」と話す。

どこの街でも中小書店の淘汰は進んでいるんだと思いますが、書店業界の場合よく本を買うヘビーユーザーほど品揃えの乏しい小さな本屋では満足出来ないというジレンマがあって、しかもライトユーザー向けの売れ筋である雑誌などはコンビニで事足りてしまうわけですから、それはよほどに品揃えが豊富といった特色でもなければ経営が成り立ちませんよね。
特に田舎ではネット通販がこうまで便利になってくると近所の小さな本屋の存在価値がどこにあるのかと思ってしまうのですが、本棚に並んだ本を眺め手にも取りながら店内をまわるというのが本屋巡りの楽しみでもあるわけですから、将来的にネット通販が手にとってパラパラ眺める行為にまで対応できたら本当に書店というものの終焉が来てしまうのかも知れません。
そう言いつつ先日ネットで大人買いした「鬼灯の冷徹」という漫画を楽しみに読んでいたのですが、たまたまこういうニュースを目にしましたので今日はお盆にちなんだ話題?ということで取り上げてみましょう。

32年前に発売した“地獄の絵本”がいま爆発的な売れ行き(2012年8月10日日経トレンディ)

 風濤社(ふうとうしゃ、東京都文京区)から1980年に出版された『絵本 地獄』が、今年に入ってから爆発的に売れている。昨年までの32年間で11万部を売っていたが、今年に入ってから半年間で8万部を増刷。その後さらに勢いが増し、現在までで12万部の増刷となっている。一部書店では品薄状態で、これからもさらに売り行きは伸びそうだ。

 この絵本は千葉県三芳村の延命寺に所蔵されていた「地獄極楽絵巻」に、文章をつけたもの。1980年当時、自殺する子どもが相次いで報道されたため、自殺を抑止する目的で出版された。巻末に「自殺するのは親不孝。死ぬと地獄に落ちる」「命を大事にしろ」というメッセージが記されている。

 爆発的に売れ始めたきっかけは、人気漫画家の東村アキコ氏が、育児コミック「ママはテンパリスト」の中でこの絵本のエピソードを描いたこと。やんちゃ盛りの息子のしつけにてこずっていた時、この絵本を見せて脅かしたら、見違えるほどいい子になったという。

 その話を聞いた同社では、編集部経由で東村氏に連絡を取り、「うちの子はこの本のおかげで悪さをしなくなりました」という推薦の言葉と、東村氏の絵を帯に掲載。するとエピソードが掲載されている「ママはテンパリスト」の単行本第4巻が発売された2011年11月からじわじわと売れ始め、今年に入ってから爆発的に売れるようになったという。

 同社社長の高橋栄氏によると、絵があまりにショッキングなため、発売当時は書店営業に苦労したとのこと。児童書コーナーに置いてもらうどころか、表紙がちらりと見えただけで追い返されたこともあるという。しかし次第に同書の意図が伝わり、「強烈だけどいい本」「命の尊さという、理屈だけでは説明しにくい大きなテーマを、わかりやすく伝えている」と評価が定着。若者に人気の書店、ヴィレッジヴァンガードでは数年前から定番商品として置かれ、「ファンキー」という評価もあった。だがこれほどまでの勢いで売れるとは同社でも思ってもいなかったという。

 子供のしつけ用に読まれていることについては、「読み手が思いおもいに受け止めていい」とのこと。ネット上のレビューを見ると、本来の意図はきちんと受け止めてもらえていると感じるそうだ。「子供に読み聞かせると怖がって泣いてしまったのに、しばらくしたら自分で取り出してまた読んでいた」という話もあるそうで、「怖いけど、何か子供を強烈に引きつける魅力があるのでしょう」と高橋氏は話す。

すでに少し前からこの「絵本 地獄」ブームが本格化していて、これを子供達に読ませると「怖くて眠られへん…」と涙目だと言うのですからその恐ろしいまでの破壊力は折り紙付きなのですが、まあ何しろ近年様々な規制が厳しくなった漫画などに比べると絵柄や色彩からしてなんともショッキングですよね。
実際にしつけ的な効果が非常に高いことは熱帯雨林の書評欄などからもうかがえるところなのですが、おもしろいのはこれだけ劇的な効果があり過ぎると「肉体的な体罰を与えてしつけることと精神的なショックを与えてしつけることはどう違うんだ?」と批判する声もあるらしいということなんですね。

男女の仲も自業自得? 絵本「地獄」がバカ売れしている理由(2012年4月25日ローリエ)より抜粋

(略)
約束やルールの大切さ、命の尊さ、人間の奢りを戒めることがこの本の目的であるのでそれはいい傾向である。子供たちの言動が明らかに変わるというこの売れてる絵本。

しかしこのしつけ方に大人達は賛否両論
脅してしつけるってどうよ?」「地獄なんてないし……「脅しを与えて子供にゆうことを聞かすとか、怖がらせてしつけるってどうかねぇ……」と首をかしげる人もいる。

しかし、改めて考えるとこの“子供を怖がらせること”は、自分の子供の頃には周りの大人たちは皆それを当然のようにやっていたし、その“脅し”を散々受けてきた。昭和時代真っ只中の子供達はしつけ、教育と称してぶたれ、ゲンコされたし、ビンタも受けた。また学校では竹刀や長い物差しを持った怖い先生が肩で風を切って歩き、生徒を威嚇していた。授業中チョークや黒板消しを生徒に投げつける先生もいた。生徒の耳を引っ張りまわす先生もいた。

いたずらっこや授業を妨害したり、カンニングしたり、悪いことをする人間には体罰が与えられた
そして生徒は恐ろしさと痛さと恥ずかしさでうなだれるのだ。親も学校や先生が与える体罰に対し騒ぎ立てたりはしなかった。ルールやマナーを守らない人間には何かしらの罰が与えられる…それは団体行動においては当然であったし、社会にも当てはまる

もし、罰がなければ、裁きがなければ、脅しがなければこの世の中ますます犯罪であふれるのではないだろうか? 飲酒運転などは捕まらなきゃやっていい、罰金がなけりゃ別にいい、警察がいなけりゃ万引きやカツアゲ、盗みをする。

法や罰、刑は人を踏みとどまらせるものでもある。法や刑罰は人を取締り、悪いことした人間に対しての戒めであり、見せしめである。だからこの「地獄」の教えはおかしいことではない。この世の中に“裁き”や“罰”があるようにあの世にも“裁き”や“罰”があったっておかしくないし、“カルマは返ってくる”のではないか?と思う。
それがしつけであり教育であると思う。
……というかこの教えは子供うんぬんでなく大人への戒めであり大人へのしつけともいえるのではないか?
(略)

飲酒運転などで話題になったいわゆる厳罰主義なるものがいいのか悪いのか、それ以前に抑制効果があるのかについてもいまだはっきりした結論は出ていませんし、そもそも何であれ厳しさも行きすぎて極端なことになってしまえば弊害の方が大きくなるのは当然ですが、逆にしつけもろくにしないで甘やかせ放題ではまともな人間が育たないというのもまた長年の経験則から明らかではないかという気がします。
ちなみに「絵本 地獄」とセットのように「絵本 極楽」がこれまた猛烈な勢いで売れているのだそうで、そう考えますと宗教というものはさすがに長年大衆の心を捉えて放さないだけのことはあって、このあたりのアメとムチの使い分けが巧みなんだということなんでしょう。
しかし昔から「天国と地獄には同じようにごちそうが並べられている」なんて話があって、結局天国と地獄を分けているのは人間の心なんじゃないかということなんですが、ほとんどの庶民が食べるにも寝るにも困らない現代日本の暮らしも客観的に見てみれば案外と天国に近い場所にあるのかも知れませんね。

|

« 精神障害者問題 義務と権利は等価交換 | トップページ | 医学部地域枠 ますます締め付けは厳しく »

心と体」カテゴリの記事

コメント

私、自分の子どもにゲンコツは喰らわせますが、脅したことはないです。

投稿: JSJ | 2012年8月15日 (水) 08時56分

うちはにっこり笑って「自分でするのとやらされるのとどっちがい~い?」と
自主的にがんばる姿をみるのはいつもすがすがしいです

投稿: ami | 2012年8月15日 (水) 09時22分

ゆとり世代まっさかりの学生の相手をしてますといろいろ感じるところはあるのですが、殴ったり脅したりしたくなったことはないですね。
そこまで熱くなることもなくただため息が出るばかりというのがジェネレーションギャップというものなんでしょうか。
スーパーローテート必修化とダブルパンチで外科系の先生方は研修医の取り扱いに苦労してるんじゃないかと想像するのですが…

投稿: 管理人nobu | 2012年8月15日 (水) 10時24分

おどしてしつけるかどうかが問題なのではなく、きちんとしつけをしているかどうかが問題だろうに
方法論の是非ばかりで騒いだところで問題の本質には程遠いはずなんだがな

投稿: kan | 2012年8月15日 (水) 10時34分

小児科の待合室で子供が騒いでいると、「いい子にしてないと、先生に痛い注射をしてもらうぞ」なんて言う保護者が
今でも良くいますね。

投稿: 浪速の勤務医 | 2012年8月15日 (水) 12時24分

ああいうのは後で迷惑するんですけど…>先生に痛い注射をしてもらうぞ
でも子供がこわいものを持っているというのは決して悪いことばかりではないのでは。
今は子供に怖さを学ばせる機会すら徹底排除してるような気がしますから。

投稿: ぽん太 | 2012年8月16日 (木) 09時31分

絵本で改心する悪ガキなどしょせん本物の悪ガキではないという気もちょっとしますがw
でもしつけるなら絵本読むような小さいうちにやっとかないと手に負えませんわね

投稿: 元僻地勤務医 | 2012年8月16日 (木) 10時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/55420474

この記事へのトラックバック一覧です: 天国にいちばん近い島:

« 精神障害者問題 義務と権利は等価交換 | トップページ | 医学部地域枠 ますます締め付けは厳しく »