« 医療訴訟件数、認容率とも減少傾向へ | トップページ | 東電社員であることが罪? »

2012年8月21日 (火)

専門医制度にならい専門弁護士制度が誕生?!

本日まずは先日に引き続いて興味深い判例を紹介したいと思いますけれども、少し長いのですがこちらの記事を引用させていただきましょう。

◆判例に学ぶ 医療トラブル回避術 健診での肺癌見落としに400万円の慰謝料(2012年7月30日日経メディカル)

(略)
事件の概要

 患者(当時51歳、女性)は2002年9月11日、市立の医療センターで有料健康診断(総合健康診査)を受診し、胸部X線検査を受けた。読影したA医師は胸部X線写真には異常がないと判断し、その旨を患者に説明した。
 03年7月、患者は別の医院で無料健康診断を受けた。その結果、腫瘍の疑いがあると指摘された。
 同年8月11日、さらに別の病院で胸部CT検査を受けたところ、肺葉部に腫瘍を疑われ、早期手術を勧められた
 9月1日、患者は胸腔鏡下肺葉・区域切除術(VATS)により右肺下葉を切除し、9月6日に退院となった。
 切除した腫瘍の病理診断は肺癌(低分化型腺癌)であり、病理学的進行度分類は、T2N1M0(ステージIIb)でリンパ節転移は1群まで存在した。他方、最初の02年9月に医療センターで撮影された胸部X線写真を再検討した結果、直径約1cmの異常陰影が存在していたことが判明した。この時点の臨床的進行度分類はT1N0M0(ステージI)と推定された。
 患者は、Aが肺癌を見落としたため手術が1年間遅れ、肺癌が進行したことで5年生存率が低下したと主張。Aと市を相手取り、約2600万円の損害賠償を求める裁判を東京地裁に起こした。

判決

 裁判では患者の5年生存率がどの程度低下したか、それによる損害の程度はどれほどか、という2点について争われた。
 なお、読影を担当した医療センターのAは、異常陰影を見落とした過失を認め、患者に謝罪している。また、市の調査委員会の報告でも「異常なしの判定をすることが適正であったと認定するには困難があった」とされている。つまり、本件では過失に争いはない
 東京地裁は、この事案について次のように判断した(要約)。
 まず患者の5年生存率がどの程度低下したかについて。「EBMの手法による肺癌診療ガイドライン2003年版」に基づくと、02年9月の医療センター受診時の病状は臨床的ステージIa期であり、5年生存率が約72%だった。
 一方、03年9月の手術時には病理学的ステージIIb期で、進行度分類はT2N1M0、5年生存率は約42%である。
 そのため、A医師による見落としで肺癌の発見が約11カ月遅れた結果として、その間に5年生存率が30%低下したと認定できる。

 次に損害の程度について。この点に関しては、患者の逸失利益と、精神的損害について判断された。
 患者の逸失利益として、まず身体症状の出現による損害は、Ia期だった場合と比べても肺の切除範囲が異ならない以上、術後の身体症状の程度と発見の遅れに因果関係は認められない。5年生存率の低下による経済的損失については、5年生存率が低下したことで家事や業務を患者が制限していたとしても、原告の性格や癌発見当時の取り乱し方からすれば、仮に見落としがなくても患者はそのような行動を取っていたものと認められ、これについても見落としとの因果関係は認められない。
 結局、賠償金額は患者の精神的損害のみを評価して判断することが妥当であるとした。

 患者の抱いている死への不安や恐怖に対しては、Aによる見落としがなくても生じていたはずである。ゆえに、精神的損害は、Aによる見落としがなく早期に癌が発見され、速やかに手術がなされた場合と比較して、5年生存率が30%低下したことで癌の再発による危険が03年9月から5年間高まることに伴う精神的苦痛を評価すべきであるとした(肺癌切除後の再発については、術後5年を経過後に生じることはほとんどなく、その間に再発がなければ完治したと見なすことができると裁判所は認定している)。
 結果、賠償金の額は、Aが患者に謝罪していることなどを考慮した上で400万円と判断した。
 なお裁判所は、将来、患者に肺癌が再発し死亡した場合は改めてAらに損害賠償義務が生じる可能性があることに言及した。つまり、もし最初の検診で肺癌が発見できていれば、患者が死亡した時点でもまだ生存していた相当程度の可能性があると認められる余地は十分あるため、患者はその限度で損害の賠償を受けることは可能とした。

解説

 今回の裁判は、癌の再発が認められていない状況下において、「癌の発見が遅れたせいで、5年生存率が低下した」ことを理由として起こされた損害賠償請求です。患者は、判決日現在(2006年4月26日)存命で、癌の再発は認められていません。
 肺癌切除後の再発は、術後5年を経過後に生じることはほとんどなく、その間に再発がなければ肺癌は完治したと見なすことができると裁判所は認定しています。つまり、「癌が再発するかもしれない」不安と恐怖という精神的苦痛が、手術後5年の間だけ存在することに対する慰謝料の額が、400万円と判断したというのが今回の判決です。
 なお、裁判所は5年生存率が30%低下したことは認めているものの、何%だから慰謝料はいくら、という考え方はしていません。患者にとっては、5年間のうちに再発するかしないかが問題であるはずで、また再発した場合は新たに賠償を受けるための裁判をすることは可能なので(しかもその余地は十分にあると裁判所も認めています)、この判断は妥当だといえるでしょう。

 では、患者が再発への不安を背負う5年間の精神的苦痛に対する慰謝料としてこの400万円という額が妥当かどうか。この点については、異論があると言わざるを得ません。もちろん、再発への不安に対する精神的苦痛は償われるべきものですが、これまで交通事故裁判などを通じて積み重ねられてきた慰謝料に関する事例と比較すると、高額に過ぎると考えられます。特に、今回のように癌の再発という事実がなく、加えて再発した場合には新たな損害賠償請求が可能と言及していることを考えると、なおさら高額に過ぎると思わざるを得ません。
 当初の異常陰影は誰もが容易に発見できたとまでは必ずしも言い切れないということや、発見されていれば選択されたであろう手術と患者が実際に受けた手術内容は変わらず、発見の遅れにより身体的侵襲の度合いは変わらないなどの事情が認定されています。そのため、一般的に見られる慰謝料と比べて高額に算定すべきではなかったのではないかと思います。
 また、この判決では患者が受けた不安や恐怖を大きく評価していますが、このような考え方を延長させると、例えば、何らかの医療事故で危篤状態になったような場合は、その後回復したとしても極めて多額の慰謝料が発生することになりかねません。そのような考え方は、今まで交通事故事案を中心に積み上げられてきた損害賠償に関する考え方とは異なるものと思えてしまいます。

今回の場合事実関係においては争いがなく、また術式の変更により患者侵襲が大きくなるなどの直接的物理的な被害もなかった、ただ手術が遅れたことで病期が進行し五年生存率が30%下がったということに対する精神的被害をどう評価するかという裁判であったということです。
気になった点として解説にもありますようにこの精神的被害に対して400万が妥当なのか否かで、死の恐怖と言いますとしばしば話題になる航空機事故では以前にアメリカで乱気流に巻き込まれ死の恐怖を味わった(怪我はしていない)乗客11人に約2億3900万円の賠償判決が出たと言いますが、さすがに一人千万単位というのは通常死亡時くらいなもののようですから訴訟大国アメリカらしい特殊な判決であったということでしょうか。
今回交通事故などでの精神的苦痛の評価と比べて高すぎるのでは?という指摘がなされていますが、それとも関連して気になったのが再発など今後野経過によっては追加の賠償を受け取ることが可能であると言う判断で、交通事故などでよくある示談成立で請求はこれっきりというわけでもない当座の賠償にしてはやはり相場を超えて高すぎるということのようです。
この裁判長がたまたま医療においては特別の配慮を行うべきだと信じる方であったのかどうかは判りませんが、こうしたケースが積み重なって他とは異なる医療だけに通用する賠償基準が出来てくるということであればこれまた問題なしとしないだけに、単に勝ち負けという定性的評価のみならず定量的な評価も込みで判決を見ていかなければならないのでしょうね。

さて、先日報道されたことですでに皆さんご存知のところだと思いますが、日弁連が専門医ならぬ専門弁護士制度なるものを検討しているということがニュースになっていて、どうやらこれが医療における専門医制度を参考にしたものであるようなのですね。

日弁連、専門弁護士制度を検討 相続、医療過誤などで(2012年8月19日47ニュース)

 日弁連が相続や医療過誤など特定の分野に精通した専門弁護士を認定する制度の創設を検討していることが19日、分かった。依頼する弁護士の力量が分かりにくいとの利用者の不満を解消するのが狙いだが、各地の弁護士会から「専門の基準が不明確」などと反対の声が上がっており、実現するかどうかは不透明だ。

 日弁連の執行部が作成した提案書などによると、参考にしたのは高度な技量や豊富な経験を持つ医師を学会が認定する「専門医」制度。専門弁護士制度では「離婚・親権」「相続・遺言」「交通事故」「医療過誤」「労働問題」の5分野でスタート。

これだけを読みますとどのように認定していくのかが未だはっきりしませんけれども、専門性を認定するなら単に該当分野の担当数で評価するのか、それとも勝ち、負けの成績なども含まれてくるのかといったことによってなかなかに議論を呼びそうな話に聞こえます。
ただ仮に成績で評価、などと言うことになればそれこそ成績アップのために難しい依頼は断る、あるいは他に回すといったことも考えられ反対論が多いんじゃないかと思うのですが、逆にそうした要素を無視して担当した数だけで評価するとなるといかにも適当な仕事ぶりでも長年続けていて数だけはこなしている昼行灯タイプが各種専門弁護士ホルダーになってしまうことになり、顧客にとって無意味なことになりかねません。
このあたりは専門医制度においてもどのような認定基準がよいのか意見が分かれるところですが、この共同の記事ではあくまでも依頼主の利便性のためにというタテマエになっているにも関わらず、別な記事を読んでみますと色々と微妙な思惑があっての話でもあるようなんですね。

「専門弁護士制度」日弁連が創設検討 各地で反対(2012年8月20日東京新聞)

 日弁連が相続や医療過誤など特定の分野に精通した専門弁護士を認定する制度の創設を検討していることが十九日、分かった。依頼する弁護士の力量が分かりにくいとの利用者の不満を解消するのが狙いだが、各地の弁護士会から「専門の基準が不明確」などと反対の声が上がっており、実現するかどうかは不透明だ。日弁連幹部は「得意分野を積極的に打ち出すことで顧客が増え、弁護士の経営難を打破するきっかけになる。納得してもらえる制度をつくりたい」と話している。

 日弁連の執行部が作成した提案書などによると、参考にしたのは高度な技量や豊富な経験を持つ医師を学会が認定する「専門医」制度。専門弁護士制度では「離婚・親権」「相続・遺言」「交通事故」「医療過誤」「労働問題」の五分野でスタートし、三年以上の実務経験や三年間で十件以上の処理件数、日弁連での二十時間の研修を認定の要件とした

 昨年十月に提案書を内部の委員会や全国の各弁護士会に配布し、意見を募集。その結果「処理件数を増やそうと事件を粗雑に扱いかねない」「相談件数の少ない地方に不利な制度だ」などの反論が寄せられた。

これで見ると単に担当した数を問うだけで中身は問題にしない、そしてペーパーテストなども課さないということで、どちらかと言うと専門医というよりは標榜科レベルの話になりそうにも思えてきますが、特に三年間で十件以上などと言われれば地方の弁護士さんからの反対論が強そうですよね。
さて、ここで注目いただきたいのは日弁連側からは「弁護士の経営難を打破するきっかけになる」という話が出ているということで、つまりは専門分化によって扱う対象を敢えて狭めることで顧客の奪い合いをさせないようにするといった弁護士過剰対策でもあると言うことなのでしょうか?
ただ対象を絞るだけでは結局パイの大きさは変わらないはずですから、一つには専門分野を絞り込むことで業務の効率化を進め回転を速くするということに加えて、その結果生じた余力によって新たな顧客を勧誘するための表看板としても活用するという意図もあるのでしょうか。
最近ではご存知のように消費者金融絡みのTVCMなども盛んに行われていて、それ専門の弁護士が「成功報酬のみ!費用負担は一切ありません!」といったうたい文句で盛んに顧客を呼び込んでいますけれども、それこそ病院の待合室に弁護士が常駐していて暗い表情で診察室から出てきた患者にすり寄っていく…なんて光景が見られるようになるのかも知れませんね。

先日も書きました通り医療訴訟の認容率は再び低下してきていて、その理由として医療現場の対策が進んだこともさることながら司法関係者もまた医療訴訟に慣れてきた、その結果弱者保護を名目に無原則な賠償判決を出さなくなってきたということもあるんじゃないかと感じています。
そうであれば専門分化することでより高度な判断が出来る専門弁護士制度もウェルカムであるとも考えられるのですが、実際問題としては弁護士は田舎ではまだまだ不足していて、民事訴訟など双方に弁護士が付けられないというケースもあるようで、もともと医療よりも需要が小さいので全国津々浦々まで弁護士を専門分野で選べるほどの数を配置するというのはまずもって無理でしょう。
各領域の専門弁護士が揃う都市部ならまだしも、ただでさえ数が少ない田舎ではむしろジェネラルにあらゆる対象を扱う総合弁護士(俗に町弁と言うそうですが)の方がよほどに有用なはずですが、そう考えますとこの専門弁護士制度も専門医・総合診療医問題と全く同様の課題を抱えているとも言えそうですよね。
そこから類推するに難しいケースは専門弁護士へ、簡単なケースは総合弁護士へといったヒエラルキーが形成されるとすれば、その場合報酬には格差がついてくるのかなど疑問はつきませんが、何しろ医師会などと違って全員加入の日弁連だけに強制力も違うというもので、会員の皆さん方も議論の行方に戦々恐々なのではないでしょうか。

|

« 医療訴訟件数、認容率とも減少傾向へ | トップページ | 東電社員であることが罪? »

心と体」カテゴリの記事

コメント

一定以上のキャリアを持つ弁護士に得意分野一つを名乗らせるだけでいいのでは?
どうせあらたな集金手段確保のためにやってるだけなんだし

投稿: | 2012年8月21日 (火) 09時28分

記事だけで見る限り単に経験を担保するものなのか、技能や能力を保証するものなのかがはっきりしません。
特に三年間で十件以上などの要件は反発が強そうですね。

投稿: 管理人nobu | 2012年8月21日 (火) 10時38分

「医療過誤」や「労働問題」て、
医療側と患者側とか、使用者側と労働者側とか、さらに細分化されるのでしょうか?

投稿: JSJ | 2012年8月21日 (火) 10時45分

任意参加の学会による専門医認定と、全員参加の日弁連による専門弁護士認定ではおのずと意味が異なるのではないかな?
専門資格を持たない弁護士が弁護を担当できるのか、仮に担当したとして負ければ依頼した側も思うところあるだろうに
敢えて平地に乱を起こすようなものという気がするが

投稿: kan | 2012年8月21日 (火) 11時15分

>専門弁護士制度では「離婚・親権」「相続・遺言」「交通事故」「医療過誤」「労働問題」の五分野でスタートし
とのことですが
>高度な技量や豊富な経験を持つ医師を学会が認定する「専門医」制度
といった医師の経験を参考にされたのなら

当初より「総合」分野もいれておられて六分野でスタートされたほうがあとでもめなくてもよさそうに思いました。
(弁護士業務としては実は色々ともめたほうがいいとの大局的ご判断もある可能性もありますが)

総合専門弁護士とか・・・・

投稿: 京都の小児科医 | 2012年8月23日 (木) 04時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/55467846

この記事へのトラックバック一覧です: 専門医制度にならい専門弁護士制度が誕生?!:

« 医療訴訟件数、認容率とも減少傾向へ | トップページ | 東電社員であることが罪? »