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2012年8月

2012年8月31日 (金)

高齢出産時代に対応した技術的進歩がもたらすもの

このところ妊娠・出産年齢が上がり続けていることも背景として高齢出産と言うものが社会的にも大いに注目され、そして批判も受けるようになってきていますが、医学的・生物学的に見れば年齢と共に生殖能力が低下し、妊娠能力が落ちるだけでなく合併症や胎児先天疾患等のリスクも急激に高まるということが知られています。
一方で主に美容の方面からも近年アンチエイジングということが流行していますけれども、もしかしたら女性の能力も若返るかも知れないという研究が始まっているというニュースが出ていました。

<卵巣若返り>閉経前後女性に幹細胞注射 厚労省に研究申請(2012年8月20日毎日新聞)

 不妊治療施設の加藤レディスクリニック(東京都新宿区)が、閉経前後の女性の卵巣に自身の皮下脂肪から取り出した幹細胞を注射し、卵巣機能の改善を目指す治療を計画していることが分かった。臨床研究として厚生労働省に申請、20日開かれた厚生科学審議会科学技術部会に報告された。加齢などで機能が低下した女性の卵巣を若返らせるもので、最終的には妊娠を目指すという。

 卵巣は加齢とともに機能が低下する。卵子のもとになる卵胞が育たなくなり、ホルモン分泌も減少。この結果更年期障害が起きる。

 研究計画書によると、同クリニックは卵巣機能が低下し更年期障害の症状が見られる女性の下腹部などから皮下脂肪を取り出して「間葉系幹細胞」と呼ばれる幹細胞を抽出。この幹細胞は、新たな血管を作る役割を持つとされており、卵巣に移植し血流を増やすことで、衰えた卵巣機能の改善が期待できるという。対象は60歳未満の5人を想定している。

 同省によると、早ければ9月にも同審議会の下部組織で検討する。同クリニックの竹原祐志副院長は「動物実験では卵巣機能の改善が報告されている。将来的には病気や加齢で排卵機能が低下した女性への不妊治療に応用できれば」と話している。【斎藤広子】

当然のことながらまだまだ臨床現場で広く用いられるには先の長い話ですし、素人考えでも閉経が遅れいつまでも排卵が続くということになると更年期以降の女性の心身は激変しそうなんですが、それでもやってみたいという希望者はそれなりにいそうでもありますよね。
とかく女性にとって妊娠・出産は男性以上に一生の大事ですが、近年社会的状況の変化もあって必ずしも生物学的、医学的に理想的な環境でそれを行える状況にはない、そして今後もそれが劇的に改善していく見込みは当分なさそうだとなれば、そうした不利な状況にどのように対応していくかということを考えないと仕方がありません。
その点で上記のような高齢妊娠の希望に対応すべく技術開発を進めていくというのも一つの方向性ですけれども、もう少し喫緊の課題として取り上げられそうなあの問題に対しても一つの回答が用意されつつあると言います。

妊婦血液で胎児のダウン症診断…国内5施設で(2012年8月29日読売新聞)

 妊婦の血液で、胎児がダウン症かどうかがほぼ確実にわかる新型の出生前診断を、国立成育医療研究センター(東京)など5施設が、9月にも導入することがわかった。

 妊婦の腹部に針を刺して羊水を採取する従来の検査に比べ格段に安全で簡単にできる一方、異常が見つかれば人工妊娠中絶にもつながることから、新たな論議を呼びそうだ。

 導入を予定しているのは、同センターと昭和大(東京)、慈恵医大(同)、東大、横浜市大。染色体異常の確率が高まる35歳以上の妊婦などが対象で、日本人でのデータ収集などを目的とした臨床研究として行う。保険はきかず、費用は約20万円前後の見通しだ。

 検査は、米国の検査会社「シーケノム」社が確立したもので、米国では昨年秋から実施。妊婦の血液にわずかに含まれる胎児のDNAを調べる。23対(46本)ある染色体のうち、21番染色体が通常より1本多いダウン症が99%以上の精度でわかるほか、重い障害を伴う別の2種類の染色体の数の異常も同様にわかる。羊水検査に比べ5週以上早い、妊娠初期(10週前後)に行うことができる

妊婦血液で出生前検査 異常99%判明(2012年8月29日NHK)

妊婦の血液を調べるだけで胎児にダウン症などの染色体の異常がないかどうか99%の確率で分かるとされる新たな出生前検査が、来月、国内の2つの病院で始まることが分かりました。
検査を希望する人は大幅に増えることが予想され、異常が見つかれば人工妊娠中絶にもつながることから、検査前後のカウンセリングなどの態勢を整えていくことが課題です。

新たな出生前検査を始めるのは、いずれも東京にある昭和大学病院と国立成育医療研究センターです。
検査は、アメリカの検査会社が去年10月から行っているもので、妊娠10週目以降の妊婦の血液を調べるだけで、ダウン症など3種類の染色体の異常がないかどうか99%の確率で分かるとされています。
現在、出生前検査として行われている「羊水検査」は、妊婦のおなかに針を刺すため、0.3%の割合で流産の危険性がありましたが、新たな検査は採血だけで済むため、流産の危険性がなく、同様の検査はアメリカやヨーロッパなどで広がりつつあります
2つの病院のほか、今後、導入を検討している病院の医師らが31日、研究組織を立ち上げ、検査を行う際の共通のルールを作ることにしています。
この中では、検査の対象は、胎児の染色体異常のリスクが高まる35歳以上の高齢出産の妊婦などとしたうえで、検査の前に専門の医師らが30分以上カウンセリングを行うことや、検査後も小児科医らが妊婦のサポートを続けていくことなどを検討しています。
費用は保険が適用されないため21万円かかりますが、高齢出産の妊婦が増えていることなどから、検査を希望する人は大幅に増えることが予想されます。
異常が見つかれば人工妊娠中絶にもつながることから、正しい情報に基づいて妊婦が判断できるよう検査前後のカウンセリングなどの態勢を整えていくことが課題です。

現在の出生前検査は

子どもが生まれる前に病気などがあるかどうか調べる出生前検査は、現在、国内では▽「羊水検査」▽「絨毛検査」▽「母体血清マーカー検査」などが行われています。
専門家によりますと、こうした検査を受ける妊婦は、年間の出産数およそ100万件のうち3%前後に当たる3万人と推計されています。
このうち、羊水や絨毛といわれる組織を採取して調べる「羊水検査」と「絨毛検査」は、胎児にダウン症などの染色体の異常がないかどうか確定診断ができます。
しかし、母親のおなかに針を刺すため、羊水検査は0.3%、絨毛検査は1%ほど流産の危険性があるほか、破水や出血のおそれもあり、母体への負担もあります。
費用は保険が適用されていないため、10万円から15万円かかります。
「母体血清マーカー検査」は、今回の新たな検査と同じように妊婦の血液を調べるもので、流産などのリスクはありませんが、ダウン症などの確率が分かるだけで確定診断はできません

十分な情報提供の態勢を

新たな検査が始まることについて、日本ダウン症協会の玉井邦夫理事長は「海外の動向からいずれ日本でも検査が必ず始まると思っていた。新しい技術ができ、それによって分かることを知りたいと思うのは個人の権利なので、検査の導入は否定できないが、ダウン症の子どもたちや家族を否定するような世の中につながることは絶対にあってはならない。検査が簡単になっても結果の重みは変わらないので、安易な気持ちで検査を受ける妊婦が増え、混乱が広がることが懸念される」と話しています。
そのうえで、「今回、検査を始める病院が共通のルールを作ることは評価できるが、今後、導入するすべての病院がルールを守るようチェックしていくべきだ。妊婦やその家族が正しい情報に基づいて考えられるよう、元気に暮らしているダウン症の子どもをよく知る小児科の医師らが、十分な情報を提供できる態勢を整えてほしい」と話しています。

医学的に見るとこれまで流産等のリスクを冒してまで羊水検査を行うということには躊躇せざるを得ないところがありましたが、これが普通に血液で調べられるということになればこれは大変な進歩ですし、検査希望の妊婦さんに対する医療安全の向上が見込めるということになりますけれども、この問題の場合むしろ医学以外の領域で大きな問題提起をすることになりそうですよね。
先日も東尾理子氏が妊娠中の第一子がダウン症かも知れないと公表し、ダウン症の子供を持つ母親でもある松野明美氏らが不快感を表明するという一幕がありましたが、やはりこれだけ明確にリスクが高まることが判っていれば調べずにはいられないのが人情というものであろうし、その手段がより簡便かつ安全なものになったというのであれば今まで以上に潜在需要を喚起するだろうとは想像に難くありません。
特に今回問題になっているような高齢出産が絡むケースとなりますと、下手すれば長い長い不妊治療の果てにようやく妊娠にまでこぎ着けたケースも少なからず あるとも予想されますから、そうなりますと異常があらかじめ判るからと気軽に検査を受けた妊婦などはいざ異常が見つかった段階になって大変なジレンマに悩 まされることにもなりかねません。
実際に近年は各種出生前診断の発達によるものか胎児異常による妊娠中絶が激増しているという事実もあって、産科学会なども「出生前診断でもあるのだからうかつに胎児エコーなどするな」とわざわざ声明を出すような事態に至っていることは周知の通りですから、当然ながら今回の件に関しても関連学会は素早く反応してきているようです。

新出生前診断導入、日本ダウン症協会は反対(2012年8月29日日本テレビ)

 胎児にダウン症などの染色体異常がないかどうか、妊婦の血液から99%の確率でわかるという新たな出生前診断が、国内の2つの病院で導入されることがわかった。日本ダウン症協会は、出生前診断が安易に行われることに反対している。

 導入が予定されているのは、東京都の昭和大学病院と国立成育医療研究センター。新たな出生前診断はアメリカの検査会社が開発したもので、妊娠10週目以降の妊婦の血液を調べるだけで、ダウン症などの染色体異常がないかどうかが99%の確率でわかるという。国立成育医療研究センターによると、今後、病院内の倫理委員会の審査・承認が得られれば、来月中にも導入される。

 現在、出生前診断として行われている羊水検査は、流産の危険性があるため、新しい診断の希望者が増えることが予想される。一方で、検査結果による人工妊娠中絶の増加も懸念され、日本ダウン症協会は出生前診断が安易に行われることに反対している。

こういった話、最終的には人がどこまで人であるのかといった生命倫理観に突き当たる問題なのかなとも思うのですが、例えば一昔前の日本では7歳までは死んでも人として葬ってもらえなかったなんて習慣がありましたし、一方で卵子が受精した瞬間からそれはすでに人であるということを主張される方々もいらっしゃいます。
このダウン症に関して言えば非常にメジャーな先天異常であり、現実問題として相応の数が出生前診断によって対処されているものでもあるのでしょうから、言ってみればすでに行われている行為の数が増えるかどうかというシンプルな問題だけで済むとも言えます。
しかし技術は日進月歩であるからにはいずれ他の先天疾患、あるいはさらに一歩進んで生まれてくる子の持って生まれた資質といったものにまでいずれ出生前に白黒がつくようになってくるとすれば、それはSFなどで定番となっているように親の意思によって胎児をデザインするということとまさに指呼の間にあるとも言えるのかも知れません。
いずれにしても各人の考え方がそれぞれに異なっているということ自体が尊重されるべき現代社会では、こうしたことは一律にこうであるとルールによって決めてしまうというのも筋が違うのかなという気がしますが、そうであればこそ各人が正しい判断の前提として使えるような正確な情報をきちんと共有していくことこそ専門家集団の最大の責務ではないかと思いますね。

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2012年8月30日 (木)

安全にもコストがかかるという当たり前の事実

先日日本病院会が診療報酬改定の影響を調査し公表していますけれども、今回は時代を反映してかネットでの調査になったようですね。

今年度診療報酬改定、看護配置で明暗か- 日病・改定影響調査速報版(2012年8月27日CBニュース)

 日本病院会(日病)は現在、会員病院の2012年度診療報酬改定の影響度調査を進めている。27日の定例記者会見で公表された速報版の調査結果によると、看護配置7対1以外の入院基本料を算定する病院の診療収入が前年度を下回ったのに対し、7対1を算定する病院では、1.26%のプラスだった。これについて同会の堺常雄会長は、報酬改定で急性期の診療が重点的に評価された影響だとみている。

 日病は12年度診療報酬改定の影響を調べるため、11年と12年の6月の月別診療収入や延べ患者数などを回答するよう会員病院に依頼。インターネットなどを通じ、21日時点で875病院から有効回答を得た。

 それによると、12年6月の患者1人1日当たりの診療収入は、前年同月と比べ、入院が2.80%、外来が2.61%、それぞれ増加。一方、1病院当たりの延べ患者数は、入院が1.44%、外来が3.67%、それぞれ減っていた。その結果、1病院当たりの入院収益は0.98%増、外来収益は0.42%減で、入院・外来合計では0.56%増にとどまった。

 報酬改定を踏まえた12年度の損益予測を尋ねたところ、増収・増益と答えたのは31.5%だった。増収・減益の20.0%と減収・減益の22.2%を合わせると42.2%で、増益予想の病院を上回った。また、一般病院では、病床規模が大きいほど増収・増益と答える病院が多い傾向が見られ、増益予想の病院が最も多かったのは「500床以上」(48.0%)だった。

 報酬改定の影響度調査にインターネットを用いたのは、今回が初めて。堺会長によると、これまで低かった200床未満の中小病院の回答率に、大きく改善の傾向が見られたという。堺会長は「(診療報酬などの)議論は、ほとんどが大きい病院のデータを基としており、実際の影響度を反映していないのではないかという危惧があった。中小病院のデータをなるべく多く集めて集約し、示していきたい」とした。

 同会は、確定版の調査結果を来月にも公表する方針だ。【佐藤貴彦】

しかし急性期に手厚くという診療報酬改定の大方針から当然に予想された結果ではありますが、特に今回中小病院の回収率向上が見られたということで大病院に対する格差がより一層浮き彫りになった感があります。
この結果に対して「結局、厚生労働省の考えている入院基本料のほとんどの部分が、看護料なのではないかという危惧がある」と述べ、「看護師以外の病院のスタッフが、平等に評価される入院基本料であってほしい」と主張していますけれども、厚労省の目指す医療資源集約化の流れはともかくその手段として看護師配置だけを過度に重視するのはどうかという声は根強くあります。
一例として大学病院や公立病院などはその規模や診療科の多さから地域の基幹病院と認識されている場合が多いですが、これらの施設はまた看護師が当たり前の仕事を当たり前にしないことでも有名で、こうした施設が名目だけ施設基準を満たすために何ら社会のお役に立っていない看護師を抱え込むことで市中病院が大いに割を食っているということですね。
ま、そうした脱線はともかくとして、この日病の言うところの看護師以外の病院のスタッフも平等に評価する報酬体系というものを、少しばかり違った視点から考えてみましょう。

医療安全に掛かるコストは- 医療経営学会がセミナー (2012年8月24日CBニュース)

日本医療経営学会はこのほど、東京都内で「医療安全の視点からみた医療経営」をテーマにセミナーを開いた。この中で、手術における安全性を高めるには、IT化推進など多額の設備投資が必要なことが指摘されたほか、医療安全管理業務の人件費分を診療報酬では十分賄えていないといった調査結果も示された。

新潟大医歯学総合病院手術部の堀田哲夫副部長は、「手術の採算性の実態と安全管理」をテーマに講演した。
全国の国立大学病院(42施設)では2010年度に、平均6201件の手術を行い、手術料で19億221万円(前年度14億3200万円)、麻酔科で4億4500万円(同5億7800万円)の収入があった。1件当たりの売り上げは平均38万円となっている。
ただ、国立大学病院の総収入における手術料(麻酔料を含む)の割合は14-19%で、さらに人件費、医療機器への投資、施設・設備の減価償却費を考慮すると、手術単体では大きな黒字を生むとは言えないと堀田氏は指摘した。だが、手術を行うことで外科系病棟の入院料が発生し、検査料も増加するため、重要な収入源であることは間違いなく、病院の総収入は手術件数に比例するとした。
また、医療事故が生じた場合、病院の評判は低下し、手術件数にもブレーキが掛かるため、安全対策を講じることが重要とした。
堀田氏は医療安全に投資するメリットとして、医療者の倫理観が向上することによる医療行為の質の向上が期待され、患者からの信頼が高まるほか、訴訟も減少することを指摘。さらに、手術で最も事故を減少させる方法として、IT化を進めることを強調した。
IT化の例としては、▽リストバンドとバーコードリーダーを使った患者照合▽輸血認証システム▽HIS(病院情報システム)との連携による患者情報の取得と照合▽手術オーダーによる確実な機器準備▽滅菌物品のトレーサビリティーの確立-などを挙げた。
堀田氏は課題として、手術室のIT化は多額の費用がネックとなり、十分普及していないことを指摘。また、手術室に専任のリスクマネジャーの配置が必要なほか、看護師が行う清掃作業などをアウトソーシングして、手術の安全に注力させるべきとした。

■医療安全管理の人件費は660億-1320億円

横浜市立大附属市民総合医療センターの安全管理指導者の寺崎仁氏は、医療安全管理に要する人的コストについての調査結果を紹介した。
寺崎氏は、医療の安全確保のための体制整備に要する人件費が、病床当たりでどれくらいになるのかを、「要員調査」(調査時期08年6月)と「業務調査」(同09年3月)の2つの側面から調査し、比較した。
「要員調査」では、医療安全管理にかかわる職員が、業務の中でどのくらいのウエートを安全管理に置いているのかを大まかに把握し、民間病院の職種別給与に当てはめて算出した。1463施設中436施設が回答した(回答病院の平均病床数は335床)。
「業務調査」では、医療安全管理業務の内容を幾つかに分類し、それにかかわっている職員一人ひとりの業務時間を全勤務時間に占める割合で把握して、人件費に換算した。1514施設中843施設が回答した(同313床)。
「要員調査」によると、1病院当たりの医療安全管理業務に要する年間人件費は平均3582万5069円で、1床当たりでは10万6464円だった。外れ値とした20施設を除外した場合の平均値は、1床当たり月間8701円、1日290円だった。
また、「業務調査」における1床当たりの医療安全管理業務に要する人件費の平均値(外れ値とした40施設を除外)は、月間6176円、1日203円だった。
寺崎氏は、これらの調査結果から、医療安全管理業務に要する人件費は、1床当たり1日150-300円の範囲と推計した。
しかし、500床の急性期病院(平均在院日数14日、病床利用率90%、年間入院患者1万1732人と仮定)が「医療安全対策加算1」(85点)を算定しても、1床当たり1日54.6円にとどまり、人件費の半分も賄われていないと指摘した。
また、国内の病院病床数を約120万床とすれば、医療安全管理業務に関する人件費は年間で約660億-1320億円に上るとした。【大戸豊】

医療の安全ということでマスコミなどは何でもかんでも「あってはならないこと」の一言で片付けようとしますけれども、実際にはそんな単なるあるかないかの定性の話ではなくて「どの程度あってはならないか(すなわち、どこまでなら許容されるか)」という定量的な考え方で捉えなければ仕方がありません。
例えば「絶対に事故を起こさない車を作れ」などと言うのは車を走らせれば必ず事故にあう可能性はゼロには出来ず、仮にずっと動かさずに駐車させているだけだったとしてももらい事故などの可能性がゼロに出来ない以上、車など一切作らずこの世から無くせというのと同義にしかなりません。
だからこそ仮に事故を起こしたとしても少しでも安全な車にするにはどうすればいいかということをメーカーは工夫するわけですが、その過程で必ず考えなければいけないのはそれを実現するためにどれだけのお金がかかるのかというコストの問題で、いくら優れた性能を持っていてもマーケッティング上許容されざる高コストを要するようでは売れるはずもありませんよね。
そしておもしろいのは車であれば1000万円のベンツよりも100万円の軽自動車が安全性に劣っているんだろうなということは何となく皆承知しているし、それはそれで仕方ないことだろうと納得して利用できているにも関わらず、これが無料あるいは無料に近い原価無視の設定で提供されている公共サービスなどになると途端に「軽だからと言って安全性が劣るのはケシカラン!ベンツと同じにしろ!」と叫び出すということです。

医療の場合も全国一律の完全な公定価格で同じ医療を行えば原則収入は同じですが、患者支払い額の上限が定められているせいか多少なりとも手厚い医療を受ければすぐ上限の定額払いに到達してしまい、結果として前述の患者要求水準の際限なき上昇を招きがちなのですが、これに対して安全確保にかけられるコストの方には当然ながら厳しい制約が存在していて、これをどう割り振るかということも工夫のしどころです。
例えば最新式の機材などハードウェアに関してはやはり資本のしっかりしていて症例数も多い大病院でなければペイしないということもあり、最大公約数的に安全に係わるコストと言うものを考えるとやはり人件費ということを抜きには語れませんが、前述のように看護師あるいは医師に関しては診療報酬にも関わる定数が設定されている一方、それら専門職をサポートするスタッフには十分な評価が為されていません。
検査伝票を運んだりベッドメーキングをしたりという雑用的な業務はコストの安い非専門職スタッフに担当させれば、同じ数の専門職スタッフでもより高度な医療行為を行えるようになり、当然ながら隅々まで目線が届きやすくなる理屈なのですが、今のところこうした分業体制は診療報酬で十分には評価されずいわば病院側の持ち出しで行われているわけですね。
よくしたもので今の専門職不足の時代にあっては、こういう見えにくい部分にしっかり配慮された病院は当然スタッフ受けもよくなり、より多くの医師、看護師がやってくることによって結果として収入も増え規模も拡大していくという構図になってはいますが、やはり医療安全の向上を要求するのであればそのためのコストも応分に出していただくのが筋というものではないでしょうか。

実際にどの程度のコストが必要なのかということは各施設の実情もあり直ちに算出するのも難しいことですが、とりあえず医療現場の過酷な勤務状況が離職や逃散の原因と言われる中、他方では医療を主導にした経済成長をなどと言い出している、そして世の中職を求める若い人達も大勢いるわけですから、サポート役のスタッフの人件費を考慮していただくのがまずは最優先なのかなという気がします。
医療安全の人件費が1000億円規模というくらい何しろどこの病院でも仕事はあるわけですから、例えば各病棟に雑用係(と言う言い方がいいのかどうかはともかく)を配置する、外来にも介護や案内も行うサポートスタッフを置くといったところから始めても幾らでも雇用を創出できそうです。
もちろんそうした人材が医療安全のために有効活用されるためには専門職が専門職らしい仕事をきちんとこなすという大前提が必要なのであって、いずれにしても看護師が業務の何たるかも学ばないまま何の役にも立たない看護研究(笑)なるもので一生懸命時間を潰しているのは壮大な無駄と言うしかないということですよね。

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2012年8月29日 (水)

事件は診察室の中だけで起こってるんじゃない

今どきそれはちょっとどうなのよ?と思ってしまう事件があったようです。

暴力団関係者と偽り女性が医師恐喝 1千万円脅し取った容疑/茨城(2012年8月27日産経新聞)

 茨城県警石岡署は27日、男性開業医から1千万円を脅し取ったとして、恐喝の疑いで同県かすみがうら市宍倉、無職、橘和子容疑者(62)を逮捕した。

 逮捕容疑は2005年10月、自らを暴力団関係者と偽り、同居の男性=当時(53)=を診療していた同県石岡市の医師(50)に「病気が悪くなったのは治療ミス。家族に危害を加えるのは簡単だ」などと言い、1千万円を脅し取った疑い。橘容疑者は「お金はもらったが脅していない」と容疑を否認している。

 石岡署によると、同居の男性は06年に病死した。

警察が動いたくらいですから通報はしているんでしょうけれども、何故1000万を払ってから通報したのか、そして何故7年もたってから警察沙汰になったのか、色々と物語があったんだろうなと想像が膨らんでしまいますね。
昨今では暴対法なども厳しくなってきていて、こういうストレートな要求はむしろ珍しくなっていますけれども、具体的なことは言わずに「謝罪が足りない」「誠意を見せろ」などと繰り返す手合いは未だに結構いるようです。
さらにはどういうつもりなのか何らの要求もなくひたすら迷惑行為だけを繰り返す方々もいて、このあたりどうも最近流行りのステマなどと同じような構図も見られるのですが、いずれにせよ特に零細クリニックなどではクレーマーに対して頭を悩ませている先生方も多いのではないでしょうか。
大阪で医療機関のトラブル相談に乗っている尾内康彦氏は「「トラブルはあってはならないことだ」「患者とトラブルを起こすのは職員の対応に至らない部分があるから…」。組織にこのような誤った考えがまかり通っていると、初期対応がおろそかになり、患者トラブルの解決まで時間がかかったり、こじれたりしやすい」と指摘し、「起きたこと」ではなく「解決しないこと」が問題だとしてこういう実例を紹介しています。

院長の誤解がハードクレーマーをのさばらせる(2012年8月27日日経メディカル)より抜粋

(略)
【ケーススタディー】
何年もクリニックの悪口を言い続ける女性患者

「本当にどうしたらいいのか。主人も最近は体調を崩してしまっているんです。その女性患者はここ何年も、待っている間に受付の職員や、ほかの患者さんにずっとクリニックの悪口を言い続けていて…。もう来てほしくないのに、今でも毎日のようにやって来るんです」

 相談を寄せてきたのは、大阪府南部にあるGクリニックの院長夫人。クリニックの事務長も兼任しているとのことだった。落ち着いた感じの声色であったものの、言葉の端々からは、精神的に相当まいっている様子が伝わってきた。何とその患者の問題行動は、4~5年も続いているのだという。早速、詳しく話を聞いてみることにした。

 患者のE子は40代の前半。夫も子どももいるそうで、開業1年後ぐらいから、Gクリニックにかかるようになった。
「最初の頃、E子さんとの間に何かトラブルはありませんでしたか」
 私はまず、相手が嫌がらせをするようになった原因に心当たりがないか尋ねてみた。だが、夫人の答えは「ノー」。診療所側に思い当たる理由は何もないとのことだった。
(略)
 ただ、話を聞く限り、接遇をおろそかにしているわけではないことも分かった。何より、「あそこの診療所は対応がいい」という評判を聞きつけ、やって来る患者が多いというのが、その証しといえる。職員の態度が本当に悪いのならいざ知らず、どうもそうではない。こうなると、残る可能性はただ1つ。迷惑行為を意図的に繰り返す、単なる“困った患者”だということ。

どの診療所でも待合で悪口を言いふらすE子

 この読みに従って、さらに夫人に質問を続けた。
「E子さんが通院している診療所は、ほかにもありますか?」
今はうちだけのようです。少し前に近所のドクター何人かに聞いてみたのですが、E子さんのことを知っていました。どうも、どの診療所でも、同じように待合で悪口を言いふらしていたようです。よそでは職員が注意したら来院しなくなったようですが、うちでは邪険に扱うのもどうかと思って……」

 この答えにようやく私は合点がいった。やはりE子はいわゆる世間でいうところの「ハードクレーマー」とみていい。診療所にかかっては、ささいなことに文句をつけ、注意されたら近所にあるほかの診療所を新たに受診して、同じ行為を繰り返す。運悪くターゲットにされてしまったのがGクリニックだった、というのが恐らく真相だろう。

 一方、Gクリニックが、悪口を言い続ける患者を長年にわたって放置してきたのも問題だ。そのことを夫人に問うと「家も近くですし、何か言って診療拒否と騒がれても困るので…」との答えが返ってきた。

 患者を不快にさせない接遇を心がけるのはいい。しかし、患者の要望を何でもかんでも聞く必要はない。そうした過剰な接遇を患者が「当然のこと」と思うようになると、少しでも事務的な扱いをされた時、逆にキレやすくなる。E子は、「Gクリニックは患者に優しい医療機関だから、診療拒否などできるわけない」と足元を見透かしていたのに対し、クリニック側はすっかり臆病になっていた。
(略)

このケースに対してある程度分析が出来たところで尾内氏はどう助言したかと言えば、1)最寄りの警察署に被害届を出す、2)警察官に巡回してもらう、の2点を指示、実際にその通りに行ってみたところ警察の方でも問題のクレーマーから直接事情聴取を行ってくれたりした結果、以後同クリニックを訪れることはなくなったと言います。
昔から警察には民事不介入の原則がありますが、最近では医療機関のモンスター問題に警察OBを雇ったり警察が対応を指導しに来院するなど交流が広がっている、そしてストーカー被害なども社会問題化しこうした相手に対して警察は積極的に動くべきだと言う世論も盛り上がっているからでしょうか、本件でも相談してみれば思いがけずトントン拍子に進んだということのようですね。
ただ尾内氏の分析を見ても判る通り、当該クレーマーは近隣医療機関をあちこちさすらった挙げ句このクリニックが一番の狙い目であると確信し居座っていた訳ですから、やはりハードクレーマーにそうさせるだけの居心地の良さがあったと言うことでしょう。

問題患者に対して問題があると認識していたにも関わらず、言ってみれば何ら積極的な対応をすることもなく漫然と長期間放置していたことが一番よくなかったということは明らかですが、他院では早期に対応した結果職員が注意した程度で問題が解決していることに比べて、こちらは警察のご厄介になるまでこじれてしまったということはお互いにとっての不利益と言うしかないでしょうね。
しばしばこうした問題患者が次々と集まってくる施設というものは知られていて、しかも彼ら問題患者同士であそこは狙い目だと情報を共有しているという場合もあるようなのですが、やはり初期対応を誤り「このくらいなら我慢すればいいことだ」と見過ごしていると結局後で何倍にもなってツケを支払う羽目になります。
特に問題顧客の情報共有、拾い上げの重要性は尾内氏も強調していることですが、多くのクレーマーは必ずしも全ての相手に同じように問題ある態度を取る訳ではなく、特にこうしたクリニックなどでは医師である院長に対しては善良な患者らしい態度を装っているケースもままある訳ですから、今回のようにたまたま院長夫人が事務方も兼任していたということがなければ問題そのものにトップが気付かないこともあり得るでしょう。
大きな組織で誰も責任を持って問題解決に当たらず放置されているケースももちろん問題なのですが、こうした小さな組織においても平素から職員相互の風通しを良くしておかないと、診察室の中のことにだけしか目が行っていないトップに対しては部下達も給料分以上の忠誠心を発揮しようという気にはならないでしょうね。

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2012年8月28日 (火)

続く福島からの医師流出

今日の本題に入る前に、ちょうど今日本でU-20の女子ワールドカップ(昔で言うところのワールドユース)が開催されていますけれども、この試合場においてサポーター有志の方々がこんな活動をしています。

U20女子W杯盛り上げ隊 出場各国の言葉で「支援ありがとう」(2012年8月26日東京新聞)

 東日本大震災で世界中から受けた支援のお礼を日本人として伝えたい-。インターネットの交流サイト「フェイスブック」でつながる有志が、U-20(二十歳以下)女子ワールドカップ(W杯)の試合会場や練習場で感謝の横断幕を掲げている。

 東京など国内五都市で開催中のW杯。全国の約七百人からなる「U-20女子ワールドカップ盛り上げ隊」は出場チームが各都市を訪れるたびに、その国の言語で「たくさんの支援ありがとう」と掲げる。その様子が国際サッカー連盟のサイトで紹介されたり、チームとの交流にも発展。二十六日に国立競技場(東京都新宿区)に登場する韓国チームには握手のイラスト入り横断幕を準備したという。

 有志は試合中、相手国への声援も送って会場を盛り上げる。「W杯の会場が静まり返っていたらつまらない。みんなで盛り上がろう」とメンバーの板谷浩男さん(33)=東京都国分寺市=は期待する。

この活動、せっかく日本で開催される大会なのだから是非サポーターの力で試合を盛り上げようと自主的に企画されたもので、女子しかもユースの試合ということでともすれば注目度が低くなりがちな今回の大会を大いに盛り上げるとともに、諸外国からも非常に好印象で迎えられているようです。
一例として先日の日本vsスイス戦ではホームの日本代表が4-0で快勝したわけですが、試合後に負けたスイス代表に対して観客席から健闘を称える歓声が挙がり、アウェーチームの選手と観客とが握手をしたりユニフォームを交換するという非常に珍しい光景がありました。
スイス代表とすれば試合には負けるわ、決勝トーナメントに進出できずに敗退するわで試合後はおもしろくない気持ちになっていても全くおかしくない状況だったのですが、自らも観客とのユニフォーム交換に応じたスイス代表監督は日本代表のユニフォーム(レプリカですが)を着たまま会見場に現れ、こう語ったそうです。

「試合後、日本のファンの方からユニホーム交換を申し込まれて、喜んで受け入れた。サイズはちょっと小さいのだけれど(笑)、ありがたく受け取ったよ。今日の試合後も、日本の観客から、たくさんの拍手と激励をいただいた。私は5歳からサッカーを始め、37年間サッカーに携わってきたが、今回の日本での経験が最も感動的で素晴らしい瞬間だった。FIFA(国際サッカー連盟)、そして日本全国の方々にお礼を申し上げたい」

こうした話を聞くと今を去ること10年前の2002年W杯をどうしても思い出すのですが、決勝トーナメント初戦で日本代表がおしくもトルコ代表に敗れた後、試合場を一周する両チームの選手に満員の観客が分け隔てなく万雷の拍手を送っていた光景はやはり長年サッカーに携わってきた諸外国の人々に強い印象を与えたと言います。
決勝トーナメントに向けて無事1位通過を果たしたU-20女子代表は30日には準々決勝でお隣韓国と対戦するということで、今度は何しろゴールデンタイムでの放送もありますから今まで以上に注目を集めることになると思いますけれども、会場に足を運ぶサポーターの方々にも選手達への応援のみならずホスト国としての責任と誇りを持って試合を盛り上げていただきたいものだと思いますね。
さて、余談はそれくらいにしておくとして、東日本大震災と何より原発事故の影響もあって人口流出が続いている福島県から、予想通り医師の流出が留まるところを知らないというニュースが届いています。

医師流出止まらず /福島(2012年8月25日朝日新聞)

 ●県中地域で深刻化

 原発事故の影響による県内の医師数減少に歯止めがかかっていない。2024人いた病院の常勤医は8月現在で79人減少し、特に県中地域では医師の流出が深刻化している。救急医療への影響も懸念され、県外に流出した医師やその家族に対する安心確保策が急務となっている。

 県内の医療関係者が参加して23日に開かれた県地域医療対策協議会で、県が明らかにした。県の調査によると、8月1日時点で県内の病院に勤務する常勤医数は1945人で、原発事故前の2024人から79人減った。原発事故前と比較した減少数は、昨年8月時点が46人の減少、昨年12月時点が71人の減少と拡大。今年4月は64人減と改善の兆しが見えたが、8月にはさらに15人が減少した。

 地域別にみると、減少数が最も多いのは相双地区の46人だが、大半が避難区域で休止中の病院に勤務していた双葉郡の医師。相馬やいわきの医師数はほぼ震災前まで回復したという。一方、県中地域では31人の減少と医師不足が深刻化している。この日の協議会では「診療科によっては今にも崩壊しそうな病院がある」などの訴えが相次いだ。

 県は昨年度、被災した医療関係者を雇用する病院への人件費補助などに3億1千万円を支出。県内病院への就職に結びつけるドクターバンク事業で4人が就業するなど対策に懸命だが、震災前の水準に届いていない。県病院協会の前原和平会長は「医師の家族の安心につながる対策や、復興への意欲を持つ医学生の育成に取り組むことが重要」と話した

原発事故前と比べて約4%の減少というのは意外と少ないと見るべきなのか微妙な数字なのですが、例えば福島県全体での人口は2010年の203万人から今年8月の時点で196万人までやはり4%弱ほど減少しているということですから、特に医師だけが流出超過になっているというわけでもないようですね。
福島と言えば放射線ということで、ちょうど先日は福島県内の小児を対象とした甲状腺検査で36%にしこりが見つかったというニュースが話題になっていましたが、何しろこれまでこうした小児を対象とした大規模データが存在しないものですから多いのか少ないのかを判断する比較対象もなく、政府も取り急ぎ全国他地域で同様の検査を行って対照群とすることに決めたということです。
いずれにしても放射線障害がどの程度現れるものなのかということは長期的に見ていかないことには何とも言えませんが、専門家の方々からも特に放射線感受性の高い若年世代は無理に福島に住むことはないのでは…という声もあるように、そもそも今まで通りの生活を再建することが絶対の正義なのかという点からもう一度考え直してみる必要はあるでしょう。
もともと同県では10年ほど前からすでに人口減少が始まっていて、とある試算では震災後30年で県人口は半減すると言いますが、同時に仮に震災被害がなかったとしても人口は2/3にまで減っていただろうと言うのですから、いずれにしても医療に限らず社会資本のあらゆる面において人口の大幅な減少を大前提にした再配分が必要になることは確実であるはずなのです。

そもそもこうした課題は震災がなくとも東北諸県にとっては以前から死活的と言うべき問題になっていて、同じく津波被害を被った岩手県などでは「このままでは医療がもたない」と知事が議会で土下座をしてまで県立病院再編を推し進めてきたことは記憶に新しいところですが、ひるがえって福島はそうした身を切るような努力をしてきたのかということです。
福島における医療と言えば、かの大野病院事件なども担当医にミスがあったかのような調査報告書に福島県立医大産科教授がおかしいと異議を唱えたところ「こう書かないと賠償金が出ないから」と県当局が押し切ったのがあの騒動の発端だとされ、また「医師が患者を置き去りにして逃げた!」と散々バッシングされた双葉病院にしても県当局が誤情報に基づいた発表を行ったからだと言うことが判明しています。
医師に対してそんな態度をとり続けてきた福島が震災後には18歳以下の医療費は全て無料にしろ(さすがにこれは国にも断られたそうですが)だとか、医師が来ないから国が送り込んでくれないと困るなどと言い出したところで「よし!困っている福島のためにひと肌脱いでやろう!」と考える医師がいるものかどうか、むしろ「福島だけは死んでも嫌!」と言われかねないというものではないでしょうか?
他人にあそこならちょっと無理してでも手助けしたい、力になりたいと思わせるものがあるかどうか、医師が逃げていく、全然福島には来てくれないと文句ばかりいっている前に、まずは何が相手の心に届くのかというホスト役としての心構えが問われているんじゃないかという気がしますね。

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2012年8月27日 (月)

安楽死議論 本当に出口は見つからないのか?

本日の本題に入る前に、先日イギリスからこういうニュースが出ていましたがご覧になりましたでしょうか。

母の愛が起こした奇跡! もう助からないと人工呼吸器を切られた娘にお別れのキス→娘が息を吹き返した/英(2012年8月24日ロケットニュース24)

論理的に考えても理解しきれない素敵なできごとをよく「奇跡」と呼ぶ。みなさんは「奇跡」を信じるだろうか。

ある1才の女の子が病気で瀕死の状態だった。医師たちは回復の見込みがないとして人工呼吸器を切ることを決断。女の子は間もなく永遠の眠りにつこうとしていた。母親は最後にとお別れのキスをしたそうだ。すると、女の子は息を吹き返し、みるみるうちに回復したのだ。まさに母の愛が起こした奇跡だと話題になっている。

2010年2月14日。イギリス在住のジェニファー・ローソンさんの娘アリスちゃん(1才2カ月)は急性脳髄膜炎を発症した。急性脳髄膜炎は1~2才の子どもに多く、あっという間に悪化してしまう。最悪、死に至る病である。

アリスちゃんは入院後、いくつかの病院に転院するも病状は悪化の一途をたどるばかり。発症から1カ月後、アリスちゃんは腎不全、敗血症、手足の麻痺などを発症。昏睡状態におちいり、人工呼吸器なしには呼吸もできなくなってしまった

そして2010年3月24日、医師はアリスちゃんに回復の見込みがないと判断。人工呼吸器の停止を決定した。機械を切れば彼女は天に召されることとなる。病室には両親と姉の3人が集められた。そして、機械は全て停止した。

アリスちゃんの生涯は閉じられた。誰もがそう思っただろう。だが、呼吸器停止後、ジェニファーさんがお別れのキスをしたとき奇跡が起こったのだ! アリスちゃんの頬がバラ色に染まり、自発呼吸を始めたのである。その場にいた誰もが驚いた。そして驚くべきスピードで回復していったという。

2年後の2012年、アリスちゃんは3才になった。髄膜炎の後遺症のため、食事は人工のチューブを使い、流動食しか食べられない。両足の長さも異なり、言語障害も残っている。しかし、彼女は元気いっぱいに毎日走り回っているそうだ。

後遺症は残ってしまったが、ジェニファーさんは「毎晩眠るとき、いつも私たちは幸運を感じています」と、全く気にしてないそうだ。生まれただけで奇跡、生きているだけで奇跡。よく言われるが生きているのが当たり前すぎて実感がわかないくらいだ。だが、ジェニファーさん一家はアリスちゃんを通してその体中で感じているに違いない。

一般的な経過と異なる経過をたどる症例が一定数あることは事実で、この症例の場合非常に劇的であったことで「奇跡」とも呼ばれることになったわけですが、逆にこうした奇跡的な症例が存在するという前提に立って医療を行うべきかどうかということは議論の分かれるところではないかとも思います。
例えば癌などの疾患ではしばしば手術によって切除不能と判断された時点で完治は絶望的となるケースが少なくありませんが、この場合何をもって手術が出来ないと判断するかと言えば臓器浸潤や転移などで物理的に切り取ることが不可能であるというだけでなく、病気の広がりからみて切除しても体に大きな負担を残すだけで完治に結びつかないという統計的なデータによるわけですよね。
しかしこの場合も稀にではありますが切ってみたらなんとか治ってしまったというブラックジャック紛いのケースもあるわけですが、そういう奇跡を前提として治療計画を立ててしまうとほとんどのケースでは死ぬまで合併症に苦しめられ「こんなになるなら手術など受けさせなければよかった…」と家族に恨まれることになってしまうでしょう。

いささか話が脱線しましたけれども、生死の判断の難しさはそれとしてここで留意いただきたいのはイギリスでのケースで回復不能の状態であると判断された小児末期患者の症例に対して医師の判断で人工呼吸器の停止が決定され、実際に装置のスイッチが切られていたケースがあるということです。
日本ではこうした場合複数の医師による回復不能との診断が云々と近年ようやくそのルールが定められてきていますけれども、疾患自体の性質は元より前述のような奇跡の存在まで考慮するならばますますその判断は難しいのは当然で、同じくイギリスからこんなニュースが出てきているのですね。

安楽死退けられた男性 食事拒否し死亡/英(2012年8月23日NHK)

イギリスで、全身がまひ状態となり安楽死を望みながら裁判所に訴えを退けられた男性が、みずから食事を拒否するようになって死亡し、安楽死の是非を巡る議論が高まっています。

死亡したのは、脳卒中でほぼ全身がまひ状態になっていたイギリス人のトニー・ニックリンソンさん(58)です。
ニックリンソンさんは、全身がまひしたことで憲法に定められた「尊厳や自主性」が保たれなくなったとして、イギリスの法律では認められていない、医師による安楽死を認めるよう訴えを起こしましたが、先週、ロンドンにある高等法院が訴えを退けていました
ニックリンソンさんの弁護士によりますと、ニックリンソンさんは、訴えが退けられたあと、みずから食事を拒否するようになって衰弱し、22日に肺炎が悪化して死亡したということです。
この問題を巡っては、イギリスの医療団体が「医師が患者の命を絶つのは倫理的に問題だ」として裁判所の判断を支持する一方、有力な新聞などは「患者の苦しみを終わらせるために法律を改正すべきだ」とする論評を掲載するなど、安楽死の是非を巡る議論が高まっています。

裁判で「死ぬ権利」認められなかった「閉じ込め症候群」の英男性が死去/英(2012年8月23日AFP)

【8月23日 AFP】意識は完全にあるが体がまひする「閉じ込め症候群」になり、「死ぬ権利」を求めて裁判を起こしたものの認められなかった英男性が22日、死去した。男性の弁護団と遺族が同日発表した。

 亡くなったトニー・ニックリンソン(Tony Nicklinson)さん(58)は2005年、ギリシャ・アテネ(Athens)出張中に起きた脳卒中がもとで閉じ込め症候群になった。ニックリンソンさんは、閉じ込め症候群になった後の人生は「完全な拷問」だとして、死ぬ権利を認めるよう求めて裁判を起こした。

 しかし英高等法院は16日、自発的安楽死を殺人と見なす判例から逸脱するべきではないという判断を3人の判事の全員一致で下した。高等法院は、現行法は人権を侵害しておらず、法改正の必要性の有無は裁判所ではなく議会が判断すべきだとした。

 判決を聞いたニックリンソンさんは涙を流し、判決に「打ちのめされた」と語っていた。前週、涙にくれるニックリンソンさんとともに自宅で取材に応じた妻のジェーン(Jane Nicklinson)さんは、判決は一方的だとして上訴する姿勢を示すとともに、上訴審でも敗訴すればニックリンソン氏は自然死するか、断食して死ぬまでこの生活を続けるでしょう、と話していた。

■肺炎で急激に容体悪化

 遺族の発表によれば、 ニックリンソンさんは肺炎で急激に容体が悪化し、22日午前10時(日本時間同日午後6時)ごろイングランド(England)西部メルクシャム(Melksham)の自宅で安らかに息を引き取ったという。ウィルトシャー(Wiltshire)の警察当局は、警察も検死官もニックリンソンさんの死について調べていないとしており、死因に疑わしい点はないとみているもようだ。

 ニックリンソンさんの妻と娘たちは、同氏のツイッター(Twitter)アカウントに次のようなメッセージを投稿した。「彼は死ぬ前に、私たちにこうツイートするように頼みました。『さようなら、世界よ。その時が来た。楽しかったよ』」

「長年にわたりご支援いただき、ありがとうございました。私たちにとって辛い時ですのでプライバシーを尊重していただければ幸いです。愛を込めて、ジェーン、ローレン(Lauren)、ベス(Beth)より」

この閉じ込め症候群もブラックジャックで取り上げられたことで非常に印象的な疾患としてご記憶の方もいらっしゃるかも知れませんが、脳機能の一部が破壊されたことによって外部の情報を知る認知機能や意識状態は全く正常であるにも関わらず、それを外に表現するために体を動かしたり言葉を発したりするということが出来ないというものです。
ブラックジャックでは患者が呼吸のリズムを変化させていることにブラックジャックが気付き意思の疎通が可能になったのですが、一般的に目の開閉や眼球運動などはある程度出来るということから、よくしたもので近年では機械の助けを借りて相応に知的活動は行えるようになってきています(この点では疾患は異なりますが「世界一有名なALS患者」ホーキング博士などが代表例ですよね)。
そうは言っても全く体が動かせないことは変わらないわけですから、将来的に何らかの機械的なサポートによって身体機能の代用を行えるような時代が来るようになるまでは誰かの介助がなければ日常生活すら満足に送り得ないということは本人にとって苦痛いかばかりかということです。
特に今回のような比較的若年の患者の場合、当然ながら介護に当たる家族も本来なら社会的に相応のアクティビティを発揮してしかるべき年代であるわけで、患者本人にとってみれば自分一人のみならず家族の生活まで破壊してしまっているということに思うところなしとは出来ないのでしょうね。

さて、冒頭のケースでは医師が人工呼吸器を止めるという行為を行ったのであれば、こちらも本人が死にたいと願っているのだから同様に延命処置をやめれば良かったのではないかと誰しも考えるところだと思うのですが、この場合身体的には安定期であって経口摂取も可能であるなど大きな医学的処置を行っていなかったという点がポイントになります。
大きな医学的補助を受けているのであればそれを止めれば自然と死に至る(消極的安楽死)わけですが、こうしたケースではそれが出来ない以上は致死的薬物の注射など何らかの医学的処置によって敢えて死をもたらす、いわゆる積極的安楽死の処置を行わなければならないわけで、今回それを行うことは認められないと判断されたということですね。
日本でも未だ積極的安楽死を認める状況にないだけに全く他人事ではありませんが、ここで積極的安楽死は是か非かという方向に行ってしまうと最終的に個人の価値観の問題としか言いようがありませんから、少しばかり違った方向からこの問題を考えていただきたいと思います。

こうした疾患においてホーキング博士などを見るまでもなく、電子的なデバイスの発達によって意思の疎通という点では近年急速な進歩が達成されつつありますが、例えばネット上の人格として見る限りでは健常人と何ら見分けがつかないというレベルに遠からず達し得るのではないかと考えられます。
一方で身体的活動性という点についてはどうかと言えば、例えば以前にも紹介しましたように動かしたいという意志を読み取って動くロボットアームなどが麻痺患者の手足の代用として開発が進んでおり、これまたいずれは身体的活動性も機械によって担保されるということになってくるでしょう。
そして神経再生医療なども年々発展が続いているわけですから、まずは患者やご家族にしろ医療従事者にしろ今日ある医療技術に基づいた未来絵図のみならず、少し先の技術的発展をも視野に入れて人生を考えてみれば少し違った光景が見えてくるはずで、例えそうした患者の中のほんの一握りに過ぎずとも今までとは違った選択をするようになる人々も出てくるんじゃないでしょうかね。
昔からSFなどでは超人的能力を付加するサイボーグ技術などは当たり前に用いられていますけれども、今回のオリンピックで義足のランナーが「むしろ義足を用いることで健常者より有利になっているのではないか?」と議論されたことなどは非常に象徴的な光景ではなかったかと思います。

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2012年8月26日 (日)

今日のぐり:「長浜ラーメン 博多一番 津島店」

どういう偶然が働いたのか判りませんが、先日ちょっと不思議な事件が起こったと報道されていました。

【こぼれ話】キツネとイノシシの助けでカンガルーが動物園から脱走=ドイツ(2012年8月14日AFP)

【ベルリン13日AFP時事】ドイツの動物公園でカンガルー3頭が、キツネとイノシシの助けを借りて脱走し、関係者が辺り一帯を隈なく捜索している。
 フランクフルト近くの動物公園の当局者が13日明らかにしたところによると、11日夜、3頭のカンガルーが囲いにキツネが開けた穴から外に出た。1頭は公園の敷地内で発見されたが、残る2頭は公園の外壁に野生のイノシシが掘った穴を使って公園の外部に逃げ出した。
 獣医が必死に捜索してうち1頭を捕らえた。しかしもう1頭は依然として捕まっていない。何カ所かで目撃されているが、常に捜索の一歩先を行っているようだ。動物公園関係者は、カンガルーは極めて友好的で、危険はないと強調している。

いや極めて友好的と言いながら記事の写真はヤル気満々という感じで怖いんですけれども、常に捜索の一歩先を行くというくらいですから姦計にも長けているということなんでしょうかね?
今日は異種協同作業によって思いがけない成果を挙げたカンガルーに敬意を表して、世界中からどうしてこうなったという意外性ある話題を取り上げてみたいと思いますけれども、まずはこちらのニュースから行ってみましょう。

水産庁の標語募集の入選作がなんだかおかしい / 佳作「選挙がキターーー!!!!」(2012年8月21日ロケットニュース24)

水産庁は2012年4月中旬から約一カ月間、漁業調整委員会のひとつ「海区漁業調整委員会」の選挙を啓蒙するための標語募集を行った。6月に標語は決定したのだが、その入選作にちょっとおかしなものが含まれている。今風と言えなくもないのだが、国の機関が決定したとは思えないような、くだけた標語なのである。その作品とは……

「調整委員会選挙が キタ━━━(゜∀゜)━━━ !!!!!」(水産庁のページより引用)

正直申し上げて、この作品だけ浮いているような……。役所の標語募集からは、やや逸脱しているような……。最終的に一席の座を得た「子や孫に 引き継ぐ海に この一票」という作品が採用されることになったそうだ。

ちなみに前回の募集でも、ひとつ異質な作品がある。それは「投票しようぜ!! 魚ォー!!」。どうやら、選挙を馴染みやすいものにしたいという狙いがあるのではないだろうか。とはいえ、アスキーアートを採用するわけにはいかないのではないだろうか……。

次回(4年後)はどのような作品が選ばれるのだろうか。リオデジャネイロオリンピックの開催される2016年が、いまから待ち遠しい。

リンク先の投票結果の中でどう見てもちょっとそれはどうなのよと言うくらいの浮き具合なんですが、せっかくですからこの際顔文字入りポスターの一つも作ってみれば意外に話題を呼ぶかも知れませんね。
日本でも高齢者向けに操作系がシンプルにまとめられた家電が人気と言いますが、海外でも全く事情は同じであるようで、中にはこんな強引な?解決法を提案している方もいらっしゃるようです。

リモコンのボタンが多すぎて困ったおばあちゃん 孫が考えた画期的な解決策とは?(2012年8月22日ねとらぼ)

 最近のリモコンはやたらとボタンがたくさんあって戸惑ってしまうことがあります。この問題を解決するユニークな方法を思いついた人が現れました。

 考案したのはMarcus_Junius_Brutusというハンドルネームのネットユーザー。おばあちゃんが新しいテレビとDVDプレーヤーのリモコンの使い方がよく分からなくて困っていたから、ちょっと手助けをしてあげたと、掲示板サイトRedditに写真を投稿しています。

ah_remote.jpg Marcus_Junius_Brutusさんの投稿

 写真に写っているのは2つのリモコン。どちらもテープでぐるぐる巻きにされていて、いくつかのボタンしか押せないようになっています。テレビのリモコンは電源、入力切り替え、チャンネル変更、音量調節のボタンだけ、DVDプレーヤーのリモコンは電源ボタンと再生・一時停止ボタンだけが使えます。確かにこれだけなら迷うことはないですし、最低限の操作はできますね。

 Marcus_Junius_Brutusさんが投稿した写真は2日で100万回以上閲覧され、「いい解決策だ」「スティーブ・ジョブズの再来」「うちのオカンも同じ」といったコメントが寄せられています。

いや、確かにお婆ちゃんも喜ぶだろうしいい工夫だとは思うのですけれども、いきなりリモコンがこの状態になっては大抵の人が何があったのかとびっくりしますよね。
善意?が思いがけない結果を生んだという点ではこちらもその影響力の大きさは大変なものですが、まずは記事を紹介しましょう。

キリストがサルのように アマチュアの無許可“修復”で19世紀の絵が別物に/スペイン(2012年8月23日ねとらぼ)

 キリストを描いた19世紀のフレスコ画が、無断修復によってサルのようになってしまった事件がスペインで起き、話題になっている。

 フレスコ画はスペインの北東部にあるボルハの教会の壁に、Elias Garcia Martinezが描いたもの。地元の宗教的美術作品を管理する団体Centro de Estudios Borjanosが8月上旬に、何者かの手によって絵が“修復”され、全く違う絵のようになってしまったのを発見した。しかも作者の孫から寄付を受けたあとのことだったという。

 海外の報道によると、近くに住む80代の女性が「無断で」修復したとのこと。ただし、「善意」での行為という。

 とはいえCentro de Estudios Borjanosは、このような行為はどういった理由であれ認められないとし、法的措置を執る可能性もあるとしている。同団体のブログのコメント欄には「残念だ」という意見のほか、「Mr.ビーンだ」といったジョークも書き込まれている。

その劇的な結果は是非リンク先の比較画像を検討していただきたいと思いますけれども、ネット上での反響をみますと「むしろ別の新たな信仰に目覚めそうだ」と言った声も少なからずあるようですから、これで信者流出とでもなった日には教会側として二重の意味でどうしてこうなった?ですよね。
飼い犬に手を噛まれるという言葉がありますけれども、こちら飼い犬どころか更に凶悪なものに噛まれてしまった男性の思いがけない顛末です。

ネパールの村で男性がコブラかみ殺す、「かまれたので仕返し」/ネパール(2012年8月23日ロイター)

[カトマンズ 23日 ロイター] ネパールの首都カトマンズから南東約200キロの村で、コブラにかまれた男性が、仕返しとしてそのコブラをかみ殺した。地元紙が23日伝えた。

アンナプルナ・ポスト紙によると、村に住む55歳の男性は21日、田んぼでコブラにかまれた。「(コブラを)棒で殺すこともできたが、怒っていたのでかみ殺した」と話したという。

男性はその後、村の医療施設で手当てを受けたが、命に別状はないとされる。

いや、怒っていたからとかそういう問題でもないかなと思うのですけれども、そもそもコブラを噛み殺すともなれば叩き殺すよりもよほどに高いスキルが必要とされそうですけれどもね…
旅客機が燃料切れで緊急着陸というのもあまり滅多にはない異常事態ですが、その結果どうしてこうなった?と思えるのがこちらのニュースです。

燃料切れでシリアに着陸のエールフランス機、乗客に現金求める/シリア(2012年8月17日ロイター)

[パリ 16日 ロイター] シリアの首都ダマスカスの空港に燃料切れで緊急着陸したエールフランス(AIRF.PA: 株価, 企業情報, レポート)機が、燃料を補給するのにクレジットカードでの支払いを断られ、乗客に現金を求めていたことが分かった。同社の広報担当者が16日、明らかにした。

レバノンの首都ベイルートに向かっていた同機は15日夜、同市で社会不安が高まっているため迂回を余儀なくされ、燃料切れでシリアに緊急着陸した。

広報担当者によると、空港当局がクレジットカードでの支払いを拒否し、現金しか受け付けないとしたため、「予防措置として」乗客に現金をいくら出せるかたずねたという。最終的には乗客の助けを借りずに支払いを済ませることができたとしているが、詳細は語らなかった。

エールフランスは今年3月にシリアへの運航を停止していた。

エールフランスも思わぬところでケチがついたという感じでそこはきちんと事後説明しておけよとも思うのですが、しかし空港業務が全部現金支払いということになりますと実際問題大変でしょうに、これでちゃんと回ってるんでしょうかね?
いつもいつも貴重なネタを提供いただいている中国から、本日はこちらのちょっと猟奇的な事件を紹介してみましょう。

寝ていた男性のペニスが盗まれる(2012年8月21日News Time School)

中国東部の浙江省にある温嶺市のNiqiao村に住む41歳の男性、フェイリンさんは、ある日の朝、部屋で寝ていたら泥棒に押し入られ、気が付いたら自分のペニスが盗まれてたという。
フェイリンさんによると、早朝にいきなり泥棒が侵入し、彼の頭に何かをかぶせたあと、ズボンを下ろし去って行ったという。
あまりのショックで何も感じられなかったのだが、パッと股間を見ると、出血しているので、なんだ!?と思い、見てみると、自分のペニスがなくなっていたという。

警察には、彼が交際している嫉妬深い恋人による犯行ではないかと見ている。
警察は、彼のペニスを捜索中とのことで、今のところ何も見つかっていないそうです。

いや、それこそ思わずあのAAを貼ってしまいそうなほどに「何を言ってるのか わからねーと思うが」な事件なんですが、しかしよほどに鋭利な刃物ででも切断したんでしょうか、いずれにしても中国だけに彼の息子の行方が心配されますね。
最後に取り上げますのはご存知ブリからのニュースなのですが、まずは何が起こったのかという記事を一読いただきましょう。

胃の中から10年前のフォーク、飲み込んだこと忘れるも病院の検査で発見。/英(2012年8月21日ナリナリドットコム)

先日、英国のある男性は突然お腹に激痛を感じ、吐血もしたことから病院へ急行。原因を確かめるために胃カメラによる検査を実施した。すると、カメラは胃の中にある黒ずんだ奇妙な物体を捉え、医師はこれが原因と判断。開腹手術で物体を取り出してみると、出て来たのは、長さ約23センチという大きなプラスチック製のフォークだった。男性は10年前に誤って飲み込んでしまった後、特に体に異変も起きなかったため、その事実をすっかり忘れていたそうだ。

英紙デイリー・メールや英放送局BBCなどによると、この男性は英中部カドワースに住む40歳の男性リー・ガードナーさん。ある日突然の胃の痛みと吐血に不安を覚えながら、病院に何とかやって来た彼は、胃カメラを見た医師から「何か飲み込めませんでしたか?」とたずねられても、全く思い当たる節がなかったという。そんな彼に、医師が「フォークの先端のようなものが見えるのですが」と伝えると、彼はようやく過去にやってしまった出来事を思い出した。

いまから10年前、使っていたプラスチック製のフォークを誤って飲んでしまったというガードナーさん。もちろんその後、彼は病院に行って診察を受けたのだが、対応に当たった医師からは、時間が経てば「体から出てくる」として静観するよう伝えられた。上手に飲み込んだのか、フォークが身体に異常を来すこともなく、医師のアドバイス通りに自然排出されるのを待とうと気長に構えるようにしたそうだ。しかし、フォークは彼の胃の中から排出されぬまま時間が経過。何事もなく普通に生活を送っていた彼は、飲み込んだ事実もすっかり忘れ、気が付けば10年が過ぎていた。

その間、胃の中のフォークは、体外へ排出もされなければ胃酸によって溶けるわけでもなく、表面が黒ずんでいたほかはほぼ原形を留めたまま残存。今になってみれば、2年前に屈むような姿勢を取ったときに、一度胃の中に違和感を覚えた経験があったというガードナーさんだが、ほかには特に何も起きていなかったため、ずっと胃の中にフォークが残っていたとは考えもしなかったようだ。ところが最近になって彼の胃の内壁に潰瘍ができ、偶然残っていたフォークの先端が潰瘍を圧迫し始め、やがて潰瘍から出血。激痛と吐血に繋がる異変を引き起こしたというわけだ。

結局45分の開腹手術を行い、10年間残り続けた長さ23センチのフォークは、胃の中から無事に取り出された。過去にコインや釘などの異物を体から取り出した経験がある医師たちでさえ、10年間も胃の中に留まり続けたフォークが見つかって驚いたという。また、これまで体にダメージが出なかったのも幸運だったといい、何事もなく胃に留まり続けたのは「とても珍しいケース」とも。異物が取り除かれ、ようやく正常な状態の胃を取り戻したガードナーさんは8月中旬頃に退院し、現在は順調に回復へ向かっている。

いや、消化管遺物による腹痛は決して珍しくない症状ですし患者が妙な言い訳をすることも少なくないのは理解出来ますが、そうしたことをさておいてもどうやってあんなものを「誤って」飲み込んだのかと小一時間(r
しかも10年前にそれを経過観察するよう指示したという当時の担当医も相当なものですけれども、考えて見ればこの時代は英国保健医療がどん底にあった時代でもありますからねえ…ま、日本もこれを以て他山の石と為さなければならないのでしょうか。

今日のぐり:「長浜ラーメン 博多一番 津島店」

近年になって岡山市内の運動公園側に出来たのがこちら「博多一番」さんですが、全国的に見てもラーメン店は多い方だという岡山にわざわざ乗り込んでくるとはよほど勝算があってのことなのか、近隣には大学などもあるだけにそうした需要も計算に入れているのでしょうかね。
チェーン店だけにそのあたりのノウハウはきっちり持っているのだろうと思いますが、昨今では店舗デザインなども凝っているラーメン店が多い中であくまで実用だけに徹したという感じのこの店構えがいかにも歴史と伝統を反映しているようで、逆に新鮮にも感じられます。

今回は麺カラ定食(ラーメン+鶏唐)を頼んで見ましたが、このラーメンはやや硬めに茹で上げられた細麺に多めのネギ、脂の抜けた煮豚チャーシューと、食べて見ますと昔ながらの博多ラーメンという感じで特記するようなところはないものの、長浜ラーメンを求めて来た方々に対する裏切りはないだろうなと言う意味で安心感はあります。
最近は同じ豚骨系でも完全に乳化させて濃厚かつクリーミーなスープを出す店も多いのですが、こちらの完全には乳化していない脂がたっぷり浮かんだスープはそこそこ豚臭は抑えられているものの、やはりスタイル的には保守的で悪く言えば古くさいという印象も受けてしまいますね。
鶏唐の方は今どきの人気にあわせたかのようにクリスピーな唐揚げで、肉のジューシーさやうまみはないんですがこれでしたら酒のつまみにも飯のおかずにも合うんだろうなと言う仕上がりで、セットの割にボリュームも結構ありますからサイドメニューとしては悪くないんじゃないかと思います。

接遇面でもこれまた昔っぽいと言うのでしょうか、昨今のラーメン屋の演出されたそれとはちょっと雰囲気も違いますけれども、まあラーメン屋はラーメンを出してナンボの商売ですしねえ…
ニンニククラッシャーや高菜、紅しょうがにすりゴマと一通りのお約束も取りそろえてあって、まさに古典的な博多風豚骨という感じなんですが特に特徴もないとも言え、今の時代にこういう昔ながらのスタイルの豚骨ラーメンにどの程度の需要があるものなのか、近隣競合店との味と価格のバランスから考えるとこのラーメンならもう少し安くてもいいかなとか、食べながらついいろいろと考えてしまいました。
実際に週末の昼食時という稼ぎ時な時間帯であるにも関わらず大繁盛と言う感じでもないんですが、逆にこういうラーメンが定期的に食べたくなるという固定客も相応にいるのかも知れませんね。

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2012年8月25日 (土)

ネット実名制は是か非か? お隣韓国の実例から

最近何かと騒がしいのがお隣韓国ですが、かの国は以前からネット普及率の高い国としても知られていて、それだけに「ネチズン」などと呼ばれる過激なネットユーザーの行動がしばしば問題になっていたのは日本などと同様の現象です。
その韓国で先年ネット利用に際して実名を以てするという法律が成立し注目されていたのですが、このたびその法律に対して違憲判決が出たということです。

インターネット実名制に憲法裁判所が「違憲」=韓国(2012年8月23日聯合ニュース)

【ソウル聯合ニュース】韓国の憲法裁判所が23日、「インターネット実名制」に違憲決定を出した。

 「情報通信網の利用促進および情報保護などに関する法律」の44条1項は、1日の平均利用者数が10万人以上のサイトの掲示板について、個人事項の登録など本人確認を経なければ書き込みをできないよう定めている。悪意のある書き込みなどによる社会的な弊害を防止する目的で2007年に導入された。しかし複数の請求人が表現の自由などを侵害するものとして、2010年に憲法訴願審判を請求。これに対し、憲法裁判所は裁判官8人の全員一致で、同条項を違憲と判断した。

 憲法裁判所は「表現の自由を事前に制限しようとするならば、公益の効果が明確でなければらない」とした上で、制度の施行後にむしろ利用者が海外サイトに流れるようになったこと、韓国内外の事業者間に逆差別が生じたことなどを踏まえると、公益を達成しているとは見なし難いとの見解を示した。また、自由な意思の表現を萎縮させ、住民登録番号を持たない外国人の利用を難しくした点や、掲示板情報の外部流出の可能性が増している点を挙げ、「不利益が公益より小さいとは言えず、法益の均衡性も認められない」と説明した。

 本人確認制の基となるこの条項が、過剰禁止の原則に背き、表現の自由や個人情報の自己決定権、言論の自由など、請求人の基本権を侵害すると指摘した。

 この判断により、インターネット実名制は廃止されることになりそうだ

ここでは韓国の憲法裁判所が表現の自由を制限することが正当化される大前提として「公益の効果が明確であること」を挙げているという点に留意いただきたいと思います。
このネット利用は実名で行うべきか匿名を認めるべきかという問題は日本でも久しく議論されていて、特にネットからの匿名での攻撃にさらされる機会の多い(苦笑)一部業界方面では「匿名では誹謗中傷などが横行し健全なネット利用が妨げられる!」と実名制推進論者が多い印象がありますね。
ひと頃は実名制を前提としたSNSサービスが日本にもどんどん流入してきて、いよいよ日本のネットサービスも実名制の時代に入ったかとも言われていましたけれども、結局のところ「馬鹿発見器」などとも言われてしまうほど炎上が相次いだせいか実名の堅苦しさが嫌われたのか、今もって匿名性前提のサービスが主流であると言う点は日本のネット利用の一つの特徴でもあります。
現状の日本では犯罪行為が絡む場合など随時プロバイダーへの開示請求も可能であり、普段は匿名で何かあればリアルにまで踏み込んで追跡できるというシステムは程良い自由度なのではないかと思うのですが、それでも匿名での放言し放題なのはケシカランと主張する方々は実名主義を採用した結果韓国ではどんな効果があったかという話を参照いただきたいと思います。

実名制がコメント荒らしを解決できない、驚くほど確かな証拠(2012年7月30日TechCrunch)

YouTubeは、ユーザーに実名の使用を強制することでコメント欄の「荒らし」を減らせると考える、多くのソーシャルメディア会社の仲間入りをした。しかし、実名ポリシーがコメント欄の粛清に驚くほど役立たないという十分な証拠が韓国にある。2007年、韓国は利用者10万人以上のサイトすべてに対して、一時的に実名使用を強制した。しかし、後にこれが罵倒や悪意のあるコメントの一掃に効果がないと分かり、廃止する(このポリシーによって減少した迷惑コメントは0.9%だった)。なぜこの重要な証拠が、実名制に関する国民的議論で無視されているのかは知らないが、YouTube、Facebook、Googleなど、人目がオンライン行動が改善すると仮定している会社にとって、これは重要な教訓である。

先週YouTubeはユーザーに対して、Google+経由で実名登録することを要求するポリシーを開始した。拒否する場合は「私のチャンネルは番組やキャラクターのためだから」など、正当な理由を示さなくてはならない。このポリシーはGoogleによる、ソーシャルメディア・エコシステムに承認済みアイデンティティー導入しようという大規模な計画の一環であり、古くから透明性が素行を改善すると信じるFacebookの立場に倣うものだ。

インターネットの匿名性はなくなるべきだと私は思う」、と元Facebookのマーケティング・ディレクター、Randi Zuckerbergは主張した。「実名を曝した時の方が人はずっと素行がよい・・・匿名性の陰に隠れると、人は扉の後ろで何を言ってもいいと感じるのだと思う」。匿名性はプライバシーの基本的権利であり、反体制活動にとって必須であるという論者と、オンラインいじめやコミュニティーに対する荒らしの影響を心配するソーシャルネットワークとの間で、長い間国民的議論が戦わされてきた。

理論はともかく、この議論の参考になる確かな証拠がある。韓国では4年にわたり厳格な実名コメントルールを課してきた。2003年に政治的ウェブサイトから始め、2007年には訪問者30万人以上のサイトにも拡大し、ある著名人の自殺に関してネット上の名誉棄損が言及された一年後には、年間訪問者10万人へと強化された。しかしこのポリシーは、韓国通信委員会の調査によって迷惑コメントが0.9%しか減っていないことがわかるとすぐに廃止が決定された。韓国サイトには、おそらく価値ある個人情報を求めてハッカーたちも殺到した。

カーネギーメロン大学のDaegon ChoとAllessandro Acquistiによる継続分析の結果、実名ポリシーは一部の利用者層において、罵りコメントの頻度をむしろ高めていることがわかった。同ポリシーは、罵倒や「反道徳的」行動を全体では最大30%減少させたが、個々のユーザーはたじろいでいない。1、2件のコメントを投稿する「ライト・ユーザー」は同ポリシーの影響を強く受けているが、「ヘビー」な連中(11~16コメント以上)はひるむ様子がない

委員会の推定によると悪質なコメントは全体の13%だけであることから、わずか30%の減少は、汚れたコメントシステムにとっては焼け石に水だろう。

こうした発見は、人々は行動をビデオに撮られていてもやがて無視するようになる、ということを以前から知っている社会科学者たちにとっては驚きではない。言い換えれば、仮想的見張り人の存在がわれわれの行動を改善することはない、ということだ。

要するに人間、それも達の悪い人間は実名であるからと言って別にお行儀よくなる訳ではないということが壮大な社会実験の結果示されてしまったということなんですが、これによって実名制を強要しようとしている方々はまた新たな理屈をこねてくる必要があるんじゃないかと言う気がしますね。
しばしば匿名では場が荒れる、単なる罵り合いに終始して建設的な議論など出来ないという声がありますが、誰しも名無しであることが大前提の某巨大掲示板などを見ていても一時的に荒れることはあっても長期的に見ていくと自然と自浄作用が発揮され、有意義なレスが尊重され議論が深まっていくという現象を考えると、こうした見解は物事のごく表層だけしか見ていないものなんじゃないかという器がします。
例えば翻訳エンジンが優秀なせいで日本と韓国との間では日常的にネットを介した舌戦が繰り広げられていますが、以前に韓国に超巨大台風が上陸するということになった時、日常的に罵詈雑言の応酬ばかりに見えた日韓交流掲示板で日本側から「とにかく真水を確保しておけ」といったアドバイスが次々と出され、韓国側からも謝意が伝えられたという事例が実際にありました。
日本人は議論慣れしていない人間が多いもので意見に対する批判と人格に対する批判とを区別出来ないとはしばしば言われることですけれども、単なる文字の羅列によってしかその背後に隠された人格を知るすべがないネットと言うツールにはまった人々だからこそ、そのあたりの切り替えが実社会のみしか知らない人々以上に発達してきているのかも知れませんね。

そもそも近年の世界各地で独裁などに反発する市民活動などもネットでのつぶやきがその発火点になったケースが多いですが、これが何か一つでもNGワードを書き込めば翌日には当局が家に押しかけてくるような社会ではおちおち自由な言論も発揮出来ないというものですよね(まさにそうした理由で実名制を推進したい方々もいらっしゃるのでしょうが)。
そしてもちろん「人肉捜索(中国)」なんて言葉もあるようにネット上での個人情報は非常に取り扱いが難しくなっている中で、それを敢えて公衆の前にさらすことを強いるというのは一部ネットユーザーが他人のプライバシーを晒して回っていることを公的に強要するようなものであるという考え方も出来るでしょう。
いずれにしてもいやしくも自由民主主義を標榜する国の人間がネット規制を進んでお上にお願いするなんてことは、まさしく自らを律することも出来ない未熟者であると公言しているようなもので本来大変恥ずかしい振る舞いであるはずなんですが、日本ではそうした主張を行う人間こそが健全で思慮分別のある正しい大人であるかのような顔をしているというのもどうなんでしょうね。

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2012年8月24日 (金)

利益集団ですらない日医はどこを目指すのか?

先日とある業界団体の方々がこんなことを言っていたようです。

横倉会長「日医を利益集団呼ばわりに憤り」- 国民会議に医療者代表として参画求める(2012年8月22日CBニュース)

 日本医師会(日医)の横倉義武会長は22日の記者会見で、今国会で民主、自民、公明の3党合意により成立した社会保障制度改革推進法で設置されることになっている「社会保障制度改革国民会議(国民会議)」について、「原則的に医療者代表として、日医を委員として参画させるべき」との考えを示した。国民会議の委員選考に当たり、業界団体から入れるかどうかが焦点になる中で、横倉会長は「一部の政治家が、日医を利益集団だと表現していることに、非常に強い憤りを感じる」と述べた。
(略)

しかし当事者の意識的には利益集団ではないつもりでいたんですね…武見太郎が聞けばなんと言ったでしょうかねえ?
ちなみにこの利益集団なるもの、「ある特定の利害,関心,欲求に基づいて組織された集団」で特定の利害・関心・価値を維持・存続・強化せしめるために組織化されたものを言い、具体的には労働組合、企業家団体、農民団体、同業組合などなどがそれに該当すると言います。
要するに業界圧力団体というもののイメージがかなりこれに該当すると言えそうなんですが、確かに日医の場合は業界利益に反するようなことばかり主張していると多くの医師達からそっぽを向かれているのも事実ですよね(必死に勧誘活動を頑張ってはいるようですが)。
日医としては医療業界の利益に反しても国民のための医療を追求しています!(キリッ)と言う態度を見せているつもりなのでしょうが当然こんな調子では業界側からはそっぽを向かれる、そして例えばこんな話を聞きますと一体これのどこが国民のためなのか?と考えてしまう国民も多いことでしょうから、一体どんな立ち位置に立っているつもりなのかと感じてしまいます。

日医「適時調査の自主返還を1年に」 - 厚労省に指導・監査の見直し要望(2012年8月22日CBニュース)

 日本医師会(日医)は22日の記者会見で、厚生労働省に対して9日付けで、保険医療機関に対する指導・監査の見直しを要望したことを明らかにした。具体的には、施設基準の適時調査の自主返還の期間を、「最大5年」ではなく、個別指導と同様の、1年に改めるよう求めた。

 自主返還の期間を短縮するよう求める理由について日医は、「返還が最大5年まで遡るため、高額になり、医療機関の経営上大きな負担になっている現状がある」としている。この日の会見で、指導・監査の見直し要望を説明した鈴木邦彦常任理事は、「適時調査は医療機関にとり、かなりのプレッシャーになっている。一部の熱心な指導担当官の存在も指摘されている」と述べた。【君塚靖】

こういう話も国民目線から考えれば、いい加減なことをやって過剰請求・不正請求を行って指導されているにも関わらず「5年も遡って見直すのは面倒くさいから返納は1年分だけで勘弁して」というのは公金横領とほとんど同義語にしか聞こえないんじゃないかと思うのですが、こうした主張を行っている自らを日医がどのようにして利益集団ではないと強弁するのかは拝聴してみたいですね。
無論のこと、この監査、指導と言うものの問題点が数多あるのは当「ぐり研」でも繰り返し指摘してきたところで、制度そのものがおかしいんじゃないか、金、金でそれが医療の向上には全く結びついていないんじゃないかという批判は幾らでもすればいいと思いますが、制度は認めますがお金のことはお目こぼしをお願いしますでは何の正当性も公益性も感じられないですよね。
もともと現在の日医という団体は利益集団として全く機能していないということが業界内部で忌避される主要な理由となっているのに自らそれすらも否定する、そしてやっていることは制約厳しい医療財政の中でお目こぼしを狙うような小さな小さな開業医の利益誘導だけだと言うのであれば、いったいこの団体の存在意義がどこにあるのかと言う疑問も湧いてきます。
日医自身もさすがに思うところがあったということなのでしょうか、先日になってようやく「日医も綱領を定めるべきでは?」なんて議論を始めたようで、こんなことを言い出しているようです。

日本医師会綱領(仮称)の検討が始まる(2012年8月5日日医ニュース)より抜粋

 日本医師会綱領(仮称)検討委員会の初会合が七月十三日,日医会館で開催された.
 本検討委員会は,四月二日に開催された第百二十六回日医定例代議員会における所信表明の中で,横倉義武会長が,「日医の基本理念を明確化するために,日本医師会の綱領なるものの策定を検討し,組織としての目的,目標,理想を,会員のみならず国民の皆様に示したい」との考えを示したこと等を受けて設置されたものである.

「公益社団法人日本医師会」の旗印として掲げたい―横倉会長

 三上裕司常任理事の司会で開催.冒頭あいさつに立った横倉会長は,医療現場での医師と患者,地域医師会と住民などが強い信頼関係で結ばれていることを示し,「問題は,日医に対する国民の理解がさまざまであることだ」と指摘.「日医に対する国民の認識がプラスにとらえられる面がある一方,ネガティブな報道の影響を受ける方もいる.そのような方々に対して,日医という組織の役割,理念というものを明確にする必要があるのではないか.また,われわれ日医会員が会員であることの意味を改めて理解することが重要ではないかと考える.そのため,綱領たるものの検討をお願いし,新しい公益社団法人日本医師会の旗印として掲げたい」と検討への期待を込めた.
(略)

いや、日医に対する全国医師達の理解が様々であることは問題にしなくてよいのですかそうですか…
なんでも委員会では「国民に向かって医師会が何をすべきかを示すことが大事」「これからの医療のあり方,方向性を考えても,『国民と共に』という言葉がキーワードになるのではないか」と言った点では意見が一致しているそうですが、現実的に医師強制配置問題しかり、モンスターペイシェントや不要不急の受診による救急崩壊しかり、近年医療を巡る諸問題にはその多くが国民vs医療という対立の構図が存在しているわけです。
日医が昨今盛んに喧伝している「国民のために」というキーフレーズを正式な綱領なりとして掲げるのは良いとして、実際のところ国民と医療との利害が対立した局面にあって日医がどちらの側に立つつもりなのかということに注目している人間も多いんじゃないかと思いますね。
すでに利益集団ではないと主張している以上は業界のために存在する団体ではないと公言しているにも等しいとも言えますが、旗色を鮮明にしつつある日医という組織が今後も業界唯一の代弁者のような振る舞いを続けるつもりであるらしいことに、釈然としない思いを抱く業界の中の人も多いのではないかと思います。

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2012年8月23日 (木)

現代日本最大の反社会的勢力?!

かつて「さざなみ通信」という共産党の非公式サイトに掲載され、今や定番コピペとして全国的に知られるようになったある投稿をご存知でしょうか。

軍靴の音が聞こえます。 2005/01/20 主婦 50代 専業主婦

先日、孫がビデオを見ているととんでもない言葉に耳を疑いました。
「オッス オラ 極右」

主人公は異星人との紛争を暴力によって解決しようとするもので、とても、子どもには見せられる内容ではありません。
また主人公がピンチになると金髪で青い目に変身します。
(元々の主人公は黒髪で黒い目をしています)
時代遅れの脱亜入欧的表現に笑ってしまいましたが、こういう所から同じアジアの同胞への差別が始まるのかと思うと薄ら寒い気がします。

そして、最後の必殺技は、全ての人々から元気を少しかけてもらい、巨大なエネルギーにするというものなのですが、その表現が更に恐ろしい。
全ての人々が両手を天に上げる、そう万歳なのです。
万歳をした人から力を奪い取り、敵を撃つという図式は戦中の構図そのものでその衝撃にへたりこんでしまいました。

このような番組を見て育つ子どもの将来が非常に心配です。
この国はいったい何処に進んでいくのでしょうか

「さざなみ通信」では運営側による投稿チェックが行われているサイトで、もともとはネタとして投稿されたものがたまたまこのチェックをすり抜け掲載されてしまったというのが真相らしいのですが、何しろ掲載された場所に相応しい?フォーマットといい秀逸な内容といい誰しもニヤリとせずにはいられないもので、その後「オッスオラ極右のガイドライン」などと呼ばれる各種アレンジバージョンまで登場しています。
事実の中から一部を恣意的に引用し一見事実に基づいた論理に見えるレトリックを展開、そして元になる事実からかけ離れた自らの主義主張へと結びつけていくという一部方面の方々の愛用してきたテクニックを皮肉ったものであることは言うまでもないのですが、先日とある記事を見ていて真っ先に思い出したのがこの「オッスオラ極右」コピペでした。

若者の未来を翻弄するな(2012年8月20日長崎新聞)

 典型的なノンポリと思っていた大学生の息子が、ロンドン五輪前後から急に国際社会への関心を語り始めた。国旗の成り立ち程度の話かと思いきや、日中、日韓の微妙な関係である▲竹島、尖閣諸島問題の反日感情に対する日本人としての反論なのだ。ネット上の不確かな情報を論拠にしていたため、「歴史を多角的に学び、相手の立場も考えるべきだ」と教科書的に諭したが、「そんな弱腰で」ときた▲「戦争で学んだのは平和の尊さ。外交は冷静が第一」と続けたが、聞こえてきたのは韓国大統領の「天皇陛下の謝罪」「慰安婦問題への責任ある措置」の要求だった。時を同じく、香港の活動家が沖縄県の尖閣諸島に不法上陸し14人が逮捕、強制送還された▲こうした中韓の強硬姿勢に小職は言葉を失う。テレビは、全国戦没者追悼式で野田首相が歴代と相も変わらず「多大の損害と苦痛を与えた」と、アジア諸国への加害責任に言及する姿を映し出していた▲政府は、両国への抗議で国内世論の沈静化を急いでいるが、五輪サッカー男子韓国代表の竹島問題をめぐる政治的パフォーマンスもあって、火のついた愚息の憤慨は収まりそうにない▲各国の対応に政権批判の矛先を外交問題にすり替える思惑を垣間見るが、同じ歴史を同じ手法で蒸し返すだけの偏狭なナショナリズムはもう終わりにしよう。未来を託す若者を翻弄(ほんろう)する愚は許されない。(福)

一昔前であればこうした地方紙レベルの記事など地元の人間だけの目にしか触れずに済んでいたものですが、今の時代は不幸にして全国ネットで広まり各方面の添削にさらされてしまうのですから、それは赤ペンチェックが入りまくってしまうのも仕方がないというものでしょうか。
いずれにしてもマスコミがかつてないほど国民から厳しい視線で見られている、そして場合によっては今までマスコミから一方的に攻撃される一方であった側から反撃を受けているということが近年の特徴でもあって、先日も毎日新聞の記者が「貴様はどこの国の人間だ」と石原都知事から叱責されたということが話題になっていましたよね。
マスコミが彼らがそうすべきと認定した対象に対して無闇に攻撃的となることは昨日今日に始まったことではありませんが、最近の彼らのお気に入りのターゲットは平素表立ってはそうと見せずにネット上で過激な言動を繰り返す若年層へと移行しつつあるようです。

ネットの“正義感”が増長する個人テロ(2012年8月20日ゲンダイネット)

 <義憤にかられ「私が裁いてやる」>

  さいたま市の大学生の男(19)が、滋賀・大津市の沢村憲次教育長(65)を襲撃した事件。男はハンマーで殴っただけでなく、針金で首を絞めようとしていたという。明確な殺意を感じさせる恐ろしい事件である。

  男は、世間を騒がせたいじめ自殺問題での教育長の対応を「許せなかった」と供述しているが、不思議なのは、なぜ滋賀から遠く離れた埼玉の大学生だったのかということだ。これには最近のインターネット特有の、妙な“正義感”が背景にありそうだ。ITジャーナリストの井上トシユキ氏がこう言う。

 「大津のイジメ問題は、最初、子どものいる既婚女性を中心にネット上で高い関心が示されていました。当初は、『学校の対応はヒドイ』『教育長の会見での態度が悪い』という単純な話だったと思います。が、それにいわゆるネトウヨ(ネット右翼)が乗っかり、『だから日教組はダメだ』などと話が大げさになり、面白がるような形で攻撃が拡大し、先鋭化していきました

  お笑い芸人、河本準一の母親が生活保護を受けていた問題でも、ネット上での批判や攻撃は今回と同様の形で拡大した。実名をリークした政治家が正義のヒーローとして扱われ、「河本けしからん」の集中砲火となったのだ。

 「ネット上で情報収集し、義憤にかられて、『私が裁いてやる』という状態になりやすいのです」(井上氏)

  ちょっといやな風潮である。

無論のこと、どんな場合であってもテロ行為を始めとする暴力行為が肯定されるはずもなく、それ以上に個別の事件をいちいち「これはネットの悪影響だ!」などと言うのはひと頃多発した猟奇的殺人事件犯の趣味を取り上げて「これは俗悪なビデオが悪い」「ヲタク文化が有害だ」などと批判するのと同様に全く不毛な行為であると思います。
ただ昨今彼らマスコミがこうした対象層に対してやたらに敵意をもった報道に走りがちなのは、何よりも「ネット上で情報収集し、義憤にかられ」た彼らの矛先が他ならぬマスコミ自身に向かいがちであるという事情とも大きく関わっていそうなのですが、そのせいかこうした彼らにとって有害極まるネット利用者層に対して近ごろでは「ネトウヨ(ネット右翼)」などと盛んにレッテル張りをしているようですよね。
前述の記事中に登場する一見ノンポリな大学生の息子氏のように、何も主義主張など持っていなさそうなこいつが?と意外性のある人々が多数ネット上で盛んに発信しているというのが現代社会の一つの特徴だと思いますが、特に彼らがマスコミから目の仇にされやすいのが彼らの多くが右翼あるいは右翼的とマスコミが認定する言動をしがちなことと無関係ではなさそうです。

なぜネットでは左翼でなく右翼に極端化するのか 専門家解説(2012年8月16日ガジェット通信)

 最近ネット上で存在感を増す“ネット右翼”(ネトウヨ)に共通するのは、新聞、テレビなどマスメディアに対する不信である。彼らの言動には疑問が多くても、その不信感には首肯すべき点もある。ネット社会とジャーナリズムに詳しい日本大学・福田充教授がネトウヨとマスメディアの関係を読み解く。

 * * *
 メディア研究では「ネット世論は過激化しやすい」という考え方が一般的である。フラットなコミュニケーションなので、上下関係や権力関係のないところで自由な議論ができ、かつ匿名性が高く、議論の責任を取る必要性もないからだ。そのような状況でフレーミング(炎上)も発生する。

 またそれは集団極性化現象(グループ・ポラリゼーション)というモデルからも説明できる。ネットでの集団の議論の中で、平等性が高まり、匿名性が高まっていくと、自由に発言しやすい状況ができ、意思決定が極性化(極端化)するという考え方だ。

 では、なぜネットで左翼的方向ではなく右翼の方に極端化するのか。こうした傾向は日本だけでなく中国でも韓国でもネオナチの問題を抱えているドイツでも同様だ。多くの国でナショナリズムと結びついて右翼化するという側面がネットの世界にはある。

 その理由を一括りにして語ることはできないが、日本では戦後民主主義の下でナショナリズムや愛国主義がタブー化され、自由に発言できない時代が長く続いた。さらにマスメディアが左翼的、人権派的に体制化されていたことから、中国や東アジアに対する批判はタブーとなり、「有事」や「危機管理」という言葉も使うことがためらわれた。

 そうした戦後のマスメディアが作り上げてきた閉鎖的な言論空間の中で、言いたいことがあるけど言えないという「抑圧された声」が、インターネットが普及した1995年以降、一気に噴出するようになったと考えられる。

 さらに2000年代に入ってブログやソーシャルメディアの登場により、その動きに拍車がかかった。ネット世論の右傾化は戦後のマスメディアが作り上げた偏り硬直化した言論に対する不信や反動という側面が強い。

 ネット世論がナショナリズムと結びつきやすい理由はそれだけではない。かつては地域社会のコミュニティ(家族、職場、ご近所など)なるものが存在していた。しかし、コミュニティが崩壊するにつれて、家族や職場の人間関係が希薄化。今の若者は帰属(所属)意識が乏しく、自分は何者なのか分からなくなる、いわゆるアイデンティティ・クライシスに陥っている。

 帰属集団を失った現代人は原子化し、「日本」や「日本人」といった大きな物語であるナショナリズムと結びつきやすくなるのだ。

日本のみならず世界中で同様の傾向が見られることから「戦後日本では」式の説明は的外れであろうし、ネット実名制を導入した韓国が世界一のネトウヨ大国であることから「ネットの持つ匿名性が」云々も不十分な理解であると言わざるを得ませんが、ただ一点言えることはネトウヨなどと言われていますが別に右翼的言動に終始しているわけではなく、その本質を最大公約数的に表現するならば既存体制批判であるということです。
長崎新聞コラムニスト氏のように若者がソースを元に意見を述べることに対してさしたる根拠もない上から目線の一般論で押さえつけようとする老人達に対する反感が高まっているというだけに過ぎないのだとすれば、仮に実社会の大勢が右翼的言動に染まっていればかつての反戦運動と同様、彼らネトウヨもネトサヨと呼ばれていたのかも知れません。
幸か不幸か現代社会においてはそれを広く世間に向けて発信する手段には事欠かなかったというだけで、こんな世代間対立などはるか昔から変わらず世に存在し続けてきた当たり前の現象であることを思えば、それに対して数千年の歴史を通じて無益なことが立証されている「まったく今どきのの若い者は」などという嘆きを繰り返すしかない方々こそ学習能力がなさ過ぎるというものでしょう。

マスコミがあまり指摘したがらないネットの特徴として匿名性ということと裏表なのですが、どんな言論であれ発言者が誰かではなくどのような内容であるかという点においてのみ評価されるという大きなポイントがあり、実例としてかつて著名言論人がネットに降臨したもののしっぽを巻いて退散したなどという話も伝えられています(その後彼はすっかりネット嫌いになったそうですが)。
実社会でどんな底辺の人物でもネットの中では神と呼ばれることもある得るだろうし、大きな社会的成功を収め立志伝中の人物と見なされる著名人であってもゴミよカスよとこき下ろされることもあり得るというのは、考えて見るとすでにリアルで名を成した人々や自称社会の木鐸たるマスコミの中の人達のように、従来大きな発言権を握っていた方々にとっては好ましからざることでもあるのでしょう。
ステロタイプなレッテル貼りしか能のない老害扱いされたくないのであれば、マスコミもそろそろ強権的に他者の言論を押さえつけたり「軍靴の音が!」式の単なる情緒的な扇動に留まることなく、きちんとしたソースに基づいて客観的にも説得力ある意見を打ち出してくるべき時ではないでしょうか。

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2012年8月22日 (水)

東電社員であることが罪?

震災も復興に向けてようやく動き始めたところで報道なども随分と落ち着いてきましたが、原発存続の可否なども含めて原発事故の影響は未だに小さからざるものが残っているように感じられますね。
そんな中で以前に福島からの避難者達に対するいわれのない差別や暴言を紹介しましたが、どうもそれだけでは済まない勢いで不当な差別が続いているというニュースが出てきています。

東電社員の子供に対するイジメが多発!「電気料金値上げ分を返せ」とカツアゲetc…(2012年8月21日日刊SPA!)

 原発事故への責任追及が東電社員に集中している。確かに、原発事故において東電の責任は重い。しかし、一社員、ましてやその子供へのいじめや脅迫まで頻発しているという。

「小学生の息子が、突然『お父さんのせいで学校に行けなくなった』と言い出したんです……」と語るのは、千葉県に住む40代の東電社員、Aさん。

「朝のワイドショーに影響されて、子供の世界でも話題は東電批判。ウチの子は『(お前の親は)放射能をバラ撒いている』『原発が安全だなんて騙していた』などと毎日のように友達から非難されていたそうです。『あいつに触ると放射能が移る』とまで言われて仲間外れにされていたとか」

 Aさんの住む地域には、「ホットスポット」と呼ばれる放射能の高汚染地域が点在。親が子供の被曝を心配して西日本などに転校させるケースも出てきていた。とりわけ女子生徒の反応が厳しかった。

「『私が将来子供を産めなくなったらどう責任とってくれるの?』と詰め寄られたと言っていました。原発周辺に残された犬猫の写真を突きつけられて『この子たちどうするつもり?』と責められたりもしたそうです」(同)

 Aさんは現在、子供を別の地区の小学校に転校させ、「東電社員の息子」ということは隠すようにしているという。

「いちばんひどかったのは、電気料金の値上げが話題になった時です」と語るのは、都内の営業所に勤めるBさん(30代)。

「このあたりは中小零細企業が多く、電気料金値上げで多大な影響を受ける地域。ウチの子は『値上げ分を返せ』とカツアゲされていました。これまで多くの東電社員の子供は、親の仕事を誇りに思って、友達にも自慢してきたのだと思います。JRやJAL、NHKなどと同じく、子供にも分かりやすい職業ですしね。そのせいで、余計に今回のことで反発が起こっているのでは」

親の職業による差別と言えば、一昔前は親が自衛隊だと判れば教師から吊し上げられていた…なんて冗談のような話もあったようですが、子供というものは決して純真一直線などという単純な生き物ではないということがよく判りますね。
どう見ても東電云々をネタにした単なる虐めにしか過ぎないような話も入っていますけれども、しかし子供の世界においても「東電相手であれば何をしても許される」という風潮がまかり通っているというのであれば、これはやはり大人の責任であると言わざるを得ないでしょう。
子供のみならず大人に対してもこうした差別や誹謗中傷が相当なダメージを与えている、そして場合によってはそれが業務にまで悪影響を及ぼしかねないということがちょうど先日報告されていますので紹介しておきますが、一般的な基準からすればこれは早急に対策を講じなければ問題が発生しかねない水準とも言えそうですよね。

「東電職員は出て行け」、差別・中傷で心に傷を負う(2012年8月17日日経メディカル)

 防衛医大精神科講師の重村淳氏は8月13日、福島第一・第二原子力発電所の作業員1495人を対象に、震災2~3カ月後に行った心の健康状態に関する調査結果を公表した。心理的苦悩や高度のPTSR(心的外傷後ストレス反応)を抱える作業員が少なくない状況が明らかになった(関連記事)。

 重村氏は震災後、防衛省の依頼により福島第一・第二原発の作業員のメンタルヘルスケアに当たっている。今回の調査は両原発に勤務する東京電力職員を対象に実施した(下請けの作業員は調査対象に含めていない)。震災関連ストレスの有無と心理的苦悩、PTSRについてアンケート形式の調査を行い、1495人から回答を得た(第一が885人、第二が610人)。回答率は85%。心理的苦悩は「K6」、PTSRは「IES-R」の質問票を使って調査した。

 震災関連ストレスとなる体験の有無について尋ねた結果、「死ぬかもしれないと思うような瀕死体験」をした人は41.7%に上った。「(自宅や車などの)財産喪失」は29.0%、「原子炉建屋の爆発目撃」は26.0%、「同僚の死亡」は17.3%、「差別・中傷」は12.8%、「津波からの避難」は12.4%、「身内の死亡」は5.8%が経験していた。

 「原子炉建屋の爆発時は、屋内にいてもかなり震動があったという。目の前で爆発を見た人もいた」と重村氏は話す。また、職員の多くは原発周辺に居住しており、事故後は警戒区域となったため、66.8%が自宅から避難していた。

 心理的苦悩に関する調査では42.7%、PTSRに関する調査では25.3%の職員が基準スコアを上回り、心理的苦悩や高度のPTSRを抱えている状態だった。「災害後の心理的苦悩に関するこれまでの調査の報告では、基準スコアを上回るのは平均して10%程度だった。今回の結果は極めて高い数値で、それだけ職員の心の負担が大きいといえる」と重村氏は説明する。多変量解析により関連因子を調べたところ、心理的苦悩では差別・中傷、津波からの避難、財産喪失、PTSRでは差別・中傷、財産喪失、既往症などが有意な因子だった。

 「(自宅が警戒区域のため)新たに住居を借りる際、東電職員という理由で断られた」「新たに借りた住居で『東電職員は出て行け』とビラをまかれた」―。重村氏は診療の中で、こういった差別・中傷の具体例を聴取。「差別・中傷は爆発事故直後と一時帰宅開始直後にピークがあった」と話した。

 住民の一時帰宅の際、東電職員は防護服の提供や誘導などの支援に当たっていた。この際に暴言を吐かれたり、ペットボトルを投げつけられたり、路上の職員は猛スピードの車に接近されることがあったという。「一時帰宅の際に一部の住民から感謝の声をかけられるようになってきたものの、現在も多くは中傷。東電の青い制服を着ているだけで目の敵にされることもあり、避難先では東電社員であることを隠している職員もいる」と重村氏は話す。

 事故後の対応や電気料金の値上げ、情報公開の姿勢などをめぐり、東電に対する批判は後を絶たない。一方で原発で働く職員は、爆発の目撃や被曝への不安など、業務で経験するストレス、被災者としてのストレスに加えて、差別・中傷にもさらされている。

 「復旧作業に当たる職員に社会的支援を送ることが、彼らの心の負担の軽減につながる。職員の業務の重要性を認識し、敬意やねぎらいを送ることが必要だ」と重村氏は訴えた。現在も職員のメンタルヘルスケアに当たりながら調査を続けており、職員のモチベーション、被曝線量が精神状態に及ぼす影響なども今後明らかにする考えだ。

しかし被災者の心情的には理解出来るところもないでもないとは言え、冷静になってみれば現場で作業に当たる人々に対して攻撃してみたところでデメリットばかりで何ら自らに益するところはないと理解できるはずなんですが、こうした行動に走る人々もまた高度なPTSRに侵されていると言えそうですね。
特に過去の災害と比べても極めて高い比率でPTSRを抱えている職員が多かったということが注目されますが、特に原発事故の場合は一過性の災害のみに留まらず事後の悪影響の継続もあるわけですから、持続的に高度なストレスにさらされていることは想像に難くありませんから、自然災害としては非常に特徴ある(むしろ戦場に近いような?)状況であると言えそうですよね。
その点に関連しておもしろいのは防衛医大の先生が防衛省の依頼で原発作業員のメンタルヘルスケアをしているということなんですが、やはり戦場におけるPTSRなどとの絡みもあってこの方面の研究が進んでいるということなのでしょうか、いずれきちんとしたデータとして共有していただきたいところです。

東電のみならず一般論としても言えることですが、管理者としての責任を伴う東電幹部に対する批判ならまだしも、現場で汗を流しているスタッフに対する不当不毛な攻撃は有害無益であるのみならず第三者からしても不快極まるというもので、攻撃的衝動に駆られている人々はいつまでも震災のショックが言い訳にならないということを自覚していただかなければならないでしょう。
原発事故そのものはすでに取り返しのつかないこととして、そこから手に入るだけの情報を残らず収集しくみ取れる限りの教訓を後世に伝えていくことこそ、被災した方々のためにも一番重要なことだと思いますけれども、原発作業員の方々などは真っ先に協力していただかなければならない対象であるはずです。
その点からも今回の調査は東電職員が対象であるということですが、東電社員よりもさらに大きな心身のストレスにさらされていただろう下請けの日雇い・期間労働者達がどうやらきちんとしたフォローアップを行われていないということは非常に気になるところで、今後のために重要な疫学的なデータを集積する意味からもきちんと追跡調査を行っていく必要がありますよね。

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2012年8月21日 (火)

専門医制度にならい専門弁護士制度が誕生?!

本日まずは先日に引き続いて興味深い判例を紹介したいと思いますけれども、少し長いのですがこちらの記事を引用させていただきましょう。

◆判例に学ぶ 医療トラブル回避術 健診での肺癌見落としに400万円の慰謝料(2012年7月30日日経メディカル)

(略)
事件の概要

 患者(当時51歳、女性)は2002年9月11日、市立の医療センターで有料健康診断(総合健康診査)を受診し、胸部X線検査を受けた。読影したA医師は胸部X線写真には異常がないと判断し、その旨を患者に説明した。
 03年7月、患者は別の医院で無料健康診断を受けた。その結果、腫瘍の疑いがあると指摘された。
 同年8月11日、さらに別の病院で胸部CT検査を受けたところ、肺葉部に腫瘍を疑われ、早期手術を勧められた
 9月1日、患者は胸腔鏡下肺葉・区域切除術(VATS)により右肺下葉を切除し、9月6日に退院となった。
 切除した腫瘍の病理診断は肺癌(低分化型腺癌)であり、病理学的進行度分類は、T2N1M0(ステージIIb)でリンパ節転移は1群まで存在した。他方、最初の02年9月に医療センターで撮影された胸部X線写真を再検討した結果、直径約1cmの異常陰影が存在していたことが判明した。この時点の臨床的進行度分類はT1N0M0(ステージI)と推定された。
 患者は、Aが肺癌を見落としたため手術が1年間遅れ、肺癌が進行したことで5年生存率が低下したと主張。Aと市を相手取り、約2600万円の損害賠償を求める裁判を東京地裁に起こした。

判決

 裁判では患者の5年生存率がどの程度低下したか、それによる損害の程度はどれほどか、という2点について争われた。
 なお、読影を担当した医療センターのAは、異常陰影を見落とした過失を認め、患者に謝罪している。また、市の調査委員会の報告でも「異常なしの判定をすることが適正であったと認定するには困難があった」とされている。つまり、本件では過失に争いはない
 東京地裁は、この事案について次のように判断した(要約)。
 まず患者の5年生存率がどの程度低下したかについて。「EBMの手法による肺癌診療ガイドライン2003年版」に基づくと、02年9月の医療センター受診時の病状は臨床的ステージIa期であり、5年生存率が約72%だった。
 一方、03年9月の手術時には病理学的ステージIIb期で、進行度分類はT2N1M0、5年生存率は約42%である。
 そのため、A医師による見落としで肺癌の発見が約11カ月遅れた結果として、その間に5年生存率が30%低下したと認定できる。

 次に損害の程度について。この点に関しては、患者の逸失利益と、精神的損害について判断された。
 患者の逸失利益として、まず身体症状の出現による損害は、Ia期だった場合と比べても肺の切除範囲が異ならない以上、術後の身体症状の程度と発見の遅れに因果関係は認められない。5年生存率の低下による経済的損失については、5年生存率が低下したことで家事や業務を患者が制限していたとしても、原告の性格や癌発見当時の取り乱し方からすれば、仮に見落としがなくても患者はそのような行動を取っていたものと認められ、これについても見落としとの因果関係は認められない。
 結局、賠償金額は患者の精神的損害のみを評価して判断することが妥当であるとした。

 患者の抱いている死への不安や恐怖に対しては、Aによる見落としがなくても生じていたはずである。ゆえに、精神的損害は、Aによる見落としがなく早期に癌が発見され、速やかに手術がなされた場合と比較して、5年生存率が30%低下したことで癌の再発による危険が03年9月から5年間高まることに伴う精神的苦痛を評価すべきであるとした(肺癌切除後の再発については、術後5年を経過後に生じることはほとんどなく、その間に再発がなければ完治したと見なすことができると裁判所は認定している)。
 結果、賠償金の額は、Aが患者に謝罪していることなどを考慮した上で400万円と判断した。
 なお裁判所は、将来、患者に肺癌が再発し死亡した場合は改めてAらに損害賠償義務が生じる可能性があることに言及した。つまり、もし最初の検診で肺癌が発見できていれば、患者が死亡した時点でもまだ生存していた相当程度の可能性があると認められる余地は十分あるため、患者はその限度で損害の賠償を受けることは可能とした。

解説

 今回の裁判は、癌の再発が認められていない状況下において、「癌の発見が遅れたせいで、5年生存率が低下した」ことを理由として起こされた損害賠償請求です。患者は、判決日現在(2006年4月26日)存命で、癌の再発は認められていません。
 肺癌切除後の再発は、術後5年を経過後に生じることはほとんどなく、その間に再発がなければ肺癌は完治したと見なすことができると裁判所は認定しています。つまり、「癌が再発するかもしれない」不安と恐怖という精神的苦痛が、手術後5年の間だけ存在することに対する慰謝料の額が、400万円と判断したというのが今回の判決です。
 なお、裁判所は5年生存率が30%低下したことは認めているものの、何%だから慰謝料はいくら、という考え方はしていません。患者にとっては、5年間のうちに再発するかしないかが問題であるはずで、また再発した場合は新たに賠償を受けるための裁判をすることは可能なので(しかもその余地は十分にあると裁判所も認めています)、この判断は妥当だといえるでしょう。

 では、患者が再発への不安を背負う5年間の精神的苦痛に対する慰謝料としてこの400万円という額が妥当かどうか。この点については、異論があると言わざるを得ません。もちろん、再発への不安に対する精神的苦痛は償われるべきものですが、これまで交通事故裁判などを通じて積み重ねられてきた慰謝料に関する事例と比較すると、高額に過ぎると考えられます。特に、今回のように癌の再発という事実がなく、加えて再発した場合には新たな損害賠償請求が可能と言及していることを考えると、なおさら高額に過ぎると思わざるを得ません。
 当初の異常陰影は誰もが容易に発見できたとまでは必ずしも言い切れないということや、発見されていれば選択されたであろう手術と患者が実際に受けた手術内容は変わらず、発見の遅れにより身体的侵襲の度合いは変わらないなどの事情が認定されています。そのため、一般的に見られる慰謝料と比べて高額に算定すべきではなかったのではないかと思います。
 また、この判決では患者が受けた不安や恐怖を大きく評価していますが、このような考え方を延長させると、例えば、何らかの医療事故で危篤状態になったような場合は、その後回復したとしても極めて多額の慰謝料が発生することになりかねません。そのような考え方は、今まで交通事故事案を中心に積み上げられてきた損害賠償に関する考え方とは異なるものと思えてしまいます。

今回の場合事実関係においては争いがなく、また術式の変更により患者侵襲が大きくなるなどの直接的物理的な被害もなかった、ただ手術が遅れたことで病期が進行し五年生存率が30%下がったということに対する精神的被害をどう評価するかという裁判であったということです。
気になった点として解説にもありますようにこの精神的被害に対して400万が妥当なのか否かで、死の恐怖と言いますとしばしば話題になる航空機事故では以前にアメリカで乱気流に巻き込まれ死の恐怖を味わった(怪我はしていない)乗客11人に約2億3900万円の賠償判決が出たと言いますが、さすがに一人千万単位というのは通常死亡時くらいなもののようですから訴訟大国アメリカらしい特殊な判決であったということでしょうか。
今回交通事故などでの精神的苦痛の評価と比べて高すぎるのでは?という指摘がなされていますが、それとも関連して気になったのが再発など今後野経過によっては追加の賠償を受け取ることが可能であると言う判断で、交通事故などでよくある示談成立で請求はこれっきりというわけでもない当座の賠償にしてはやはり相場を超えて高すぎるということのようです。
この裁判長がたまたま医療においては特別の配慮を行うべきだと信じる方であったのかどうかは判りませんが、こうしたケースが積み重なって他とは異なる医療だけに通用する賠償基準が出来てくるということであればこれまた問題なしとしないだけに、単に勝ち負けという定性的評価のみならず定量的な評価も込みで判決を見ていかなければならないのでしょうね。

さて、先日報道されたことですでに皆さんご存知のところだと思いますが、日弁連が専門医ならぬ専門弁護士制度なるものを検討しているということがニュースになっていて、どうやらこれが医療における専門医制度を参考にしたものであるようなのですね。

日弁連、専門弁護士制度を検討 相続、医療過誤などで(2012年8月19日47ニュース)

 日弁連が相続や医療過誤など特定の分野に精通した専門弁護士を認定する制度の創設を検討していることが19日、分かった。依頼する弁護士の力量が分かりにくいとの利用者の不満を解消するのが狙いだが、各地の弁護士会から「専門の基準が不明確」などと反対の声が上がっており、実現するかどうかは不透明だ。

 日弁連の執行部が作成した提案書などによると、参考にしたのは高度な技量や豊富な経験を持つ医師を学会が認定する「専門医」制度。専門弁護士制度では「離婚・親権」「相続・遺言」「交通事故」「医療過誤」「労働問題」の5分野でスタート。

これだけを読みますとどのように認定していくのかが未だはっきりしませんけれども、専門性を認定するなら単に該当分野の担当数で評価するのか、それとも勝ち、負けの成績なども含まれてくるのかといったことによってなかなかに議論を呼びそうな話に聞こえます。
ただ仮に成績で評価、などと言うことになればそれこそ成績アップのために難しい依頼は断る、あるいは他に回すといったことも考えられ反対論が多いんじゃないかと思うのですが、逆にそうした要素を無視して担当した数だけで評価するとなるといかにも適当な仕事ぶりでも長年続けていて数だけはこなしている昼行灯タイプが各種専門弁護士ホルダーになってしまうことになり、顧客にとって無意味なことになりかねません。
このあたりは専門医制度においてもどのような認定基準がよいのか意見が分かれるところですが、この共同の記事ではあくまでも依頼主の利便性のためにというタテマエになっているにも関わらず、別な記事を読んでみますと色々と微妙な思惑があっての話でもあるようなんですね。

「専門弁護士制度」日弁連が創設検討 各地で反対(2012年8月20日東京新聞)

 日弁連が相続や医療過誤など特定の分野に精通した専門弁護士を認定する制度の創設を検討していることが十九日、分かった。依頼する弁護士の力量が分かりにくいとの利用者の不満を解消するのが狙いだが、各地の弁護士会から「専門の基準が不明確」などと反対の声が上がっており、実現するかどうかは不透明だ。日弁連幹部は「得意分野を積極的に打ち出すことで顧客が増え、弁護士の経営難を打破するきっかけになる。納得してもらえる制度をつくりたい」と話している。

 日弁連の執行部が作成した提案書などによると、参考にしたのは高度な技量や豊富な経験を持つ医師を学会が認定する「専門医」制度。専門弁護士制度では「離婚・親権」「相続・遺言」「交通事故」「医療過誤」「労働問題」の五分野でスタートし、三年以上の実務経験や三年間で十件以上の処理件数、日弁連での二十時間の研修を認定の要件とした

 昨年十月に提案書を内部の委員会や全国の各弁護士会に配布し、意見を募集。その結果「処理件数を増やそうと事件を粗雑に扱いかねない」「相談件数の少ない地方に不利な制度だ」などの反論が寄せられた。

これで見ると単に担当した数を問うだけで中身は問題にしない、そしてペーパーテストなども課さないということで、どちらかと言うと専門医というよりは標榜科レベルの話になりそうにも思えてきますが、特に三年間で十件以上などと言われれば地方の弁護士さんからの反対論が強そうですよね。
さて、ここで注目いただきたいのは日弁連側からは「弁護士の経営難を打破するきっかけになる」という話が出ているということで、つまりは専門分化によって扱う対象を敢えて狭めることで顧客の奪い合いをさせないようにするといった弁護士過剰対策でもあると言うことなのでしょうか?
ただ対象を絞るだけでは結局パイの大きさは変わらないはずですから、一つには専門分野を絞り込むことで業務の効率化を進め回転を速くするということに加えて、その結果生じた余力によって新たな顧客を勧誘するための表看板としても活用するという意図もあるのでしょうか。
最近ではご存知のように消費者金融絡みのTVCMなども盛んに行われていて、それ専門の弁護士が「成功報酬のみ!費用負担は一切ありません!」といったうたい文句で盛んに顧客を呼び込んでいますけれども、それこそ病院の待合室に弁護士が常駐していて暗い表情で診察室から出てきた患者にすり寄っていく…なんて光景が見られるようになるのかも知れませんね。

先日も書きました通り医療訴訟の認容率は再び低下してきていて、その理由として医療現場の対策が進んだこともさることながら司法関係者もまた医療訴訟に慣れてきた、その結果弱者保護を名目に無原則な賠償判決を出さなくなってきたということもあるんじゃないかと感じています。
そうであれば専門分化することでより高度な判断が出来る専門弁護士制度もウェルカムであるとも考えられるのですが、実際問題としては弁護士は田舎ではまだまだ不足していて、民事訴訟など双方に弁護士が付けられないというケースもあるようで、もともと医療よりも需要が小さいので全国津々浦々まで弁護士を専門分野で選べるほどの数を配置するというのはまずもって無理でしょう。
各領域の専門弁護士が揃う都市部ならまだしも、ただでさえ数が少ない田舎ではむしろジェネラルにあらゆる対象を扱う総合弁護士(俗に町弁と言うそうですが)の方がよほどに有用なはずですが、そう考えますとこの専門弁護士制度も専門医・総合診療医問題と全く同様の課題を抱えているとも言えそうですよね。
そこから類推するに難しいケースは専門弁護士へ、簡単なケースは総合弁護士へといったヒエラルキーが形成されるとすれば、その場合報酬には格差がついてくるのかなど疑問はつきませんが、何しろ医師会などと違って全員加入の日弁連だけに強制力も違うというもので、会員の皆さん方も議論の行方に戦々恐々なのではないでしょうか。

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2012年8月20日 (月)

医療訴訟件数、認容率とも減少傾向へ

医療訴訟について近年ようやく医療従事者の間でもその対策が本格化してきた感があり、各地で講演会なども開催される他に手軽な手段としてネット上での訴訟関連情報の共有が進んでいます。
さすがに例題として出てくるだけにそれぞれに興味深い判例が多いのですが、先日見ていましたこちらのケースからその一部を紹介させていただきましょう。

◆判例に学ぶ 医療トラブル回避術 入院の勧め足りず6000万円の賠償金(2012年8月15日日経メディカル)より抜粋

(略)
事件の概要

 当時47歳だった患者は2000年7月、前々月から労作時息切れを感じていたためA大学病院の内科を受診した。A大学病院で胸部X線検査をしたところ、心胸郭比が68.8%で肺うっ血があった。心電図検査では、左室肥大に加えて心筋障害が見られ、かつ、巨大陰性T波および第一度房室ブロックの所見もあった。

 聴診では、左第二肋骨に収縮期・拡張期雑音、ギャロップリズムを聴取。さらに、患者は15歳のときに心臓カテーテル検査により大動脈弁狭窄症との確定診断を受けたものの手術はせず、それ以降、心疾患での受診歴がないことも分かった。

 これらより、内科のB医師は大動脈弁閉鎖不全状態(AR)によるうっ血性心不全の可能性が高いと考え、すぐに入院して精査する必要があると患者に説明した。しかし、患者は多忙な仕事を理由に入院を拒絶し、外来受診を継続することにした。

 その間に患者は、セカンドオピニオンを求めて他病院の循環器科を受診し、診療経過や症状を説明したが、A大学病院での治療の継続が適している旨のアドバイスを受けた。2000年9月2日には、A大学病院に患者を紹介したかかりつけ医のC開業医を受診。その際は比較的元気だったが、血圧130/80mmHgで心窩部痛と心音に収縮期雑音があったため、Cは強心剤を増量して処方した。しかし、同日の夕方に自宅で倒れて死亡している患者が発見された。死因は、大動脈弁閉鎖不全症およびうっ血性心不全だった。

 その後、患者の家族は、生命の危機が迫っていることや入院の必要性を説明しなかったBの過失などを指摘し、計約1億1000万円の損害賠償を求めて提訴した。

 これに対してA大学病院は、いつ死亡してもおかしくない病状であることを患者に説明したほか、入院するよう説得したと主張。さらに、それを推測できる内容をカルテにも記したと反論した。だが、患者の家族は、カルテの記載は改ざんされたものであると主張した。

判決

 裁判所はまず、患者は自ら納得した上で治療方針を決めるべきだが、治療により予測される結果は専門的知識がないと判断できないことを指摘。そのために医師には、治療を受けるべきか否かを判断するのに十分な情報を患者に提供する義務があり、患者が病状や治療について誤解をしていると予見できる場合は、より詳しく説明をして誤解を解かなければならないとした。

 その上で本件では、患者は小児期から重大な心疾患がある点を認識していたが、それほど危険性の高い病態ではなく、入院は必要ないと誤解していたと推認できると判じた。その理由として、何十年にもわたって心疾患について受診する必要がなかった上、症状が出た後も処方薬である程度改善された点を挙げた。一方、病院側は、患者の病態が予断を許さないことを認識していた。

 このため、B医師には、抽象的に入院精査の必要性を説くのではなく、病態などを正確に説明して患者の誤解を解くほか、患者の妻やほかの医師の協力を得てでも入院を実現させる必要があったと判断。さらに、それでも納得してもらえなければ、自身の方針に従うか転医するかの選択を求めるべきで、漫然と経過観察を続けたことは患者の誤解を助長させたと判示した。

 また、生命の危険が高いため入院を強く勧めたにもかかわらず、患者が拒否した上、それを推測できる記載として、「きわめて多忙」とカルテに記したとするBの主張も、裁判所は認めなかった。

 カルテには感圧紙が含まれており、一番上の用紙に文字を書くと、感圧紙の下の紙に転写される仕組みになっていたが、ほかに記載されていた内容は転写されているにもかかわらず、「きわめて多忙」との記述のみが転写されていなかった。こうした状況から裁判所は、この記載が後ほど加筆されたものではないかと疑い、Bが入院を強く勧めたかどうかは明らかではないと言わざるを得ないとした。

 これらから、裁判所はA大学病院に対して、6000万円弱の損害賠償金を患者の家族に支払うよう命じた(東京地裁06年10月18日判決)。
(略)

解説によればカルテに後日追記した痕跡が認められたということが裁判官の心証を悪くしたといった経緯もあったようなのですが、割り箸事件などを見ても患者側が「カルテにそんなことは書いていなかった!」と後日主張することはままあることですから、多忙に紛れて患者が退室してから必死にカルテを整えるタイプの先生方はよくよく注意しておかなければならないでしょうね。
それはともかくとして、入院の必要性があるのに入院を拒否された、その結果重大な事態に至ってしまったというケースは日常診療でもままあることで、説明しても拒否した相手が勝手にどうにかなったのに6000万も取られるのではやっていられない!と感じる先生方も多いのではないかと思います(今回相手が医師個人ではなく大学病院だったことも金額に影響していたのかも知れませんが)。
解説ではこうしたケースで特に患者が亡くなった場合、自らは医師から直接説明を受ける機会のなかった遺族との間でトラブルにつながりやすいとしており、単に文書に残し説明を受けた旨のサインをもらうのみならず重傷例では家族との早期コンタクトの必要性も感じられるのですが、今回それ以上に気になったのは判決の中にある「それでも納得してもらえなければ、自身の方針に従うか転医するかの選択を求めるべき」の一文です。
要するにこれでJBM的には「聞き分けの悪い患者は余計なことはせずさっさと放り出すべきだ」ということになったようなんですが、こうして明確な形で医療が手を引くべきタイミングを示したという意味ではそれなりに重要な判決だったのかなという気がしますがどうでしょうか。
さて、このところCBニュースが医療にまつわる各種データをまとめて公開していますが、先日はこれまた医療訴訟に関してこんな記事が出ていました。

データで見る医療(10) 訴訟と院内暴力 (2012年8月17日CBニュース)より抜粋

 今回は、医療訴訟と院内暴力のデータについて見てみる。2011年の医事関係訴訟を見ると、原告側の請求が認められる割合が前年からやや上昇している。

 最高裁がこのほど公表した、2011年の医事関係訴訟に関する統計(速報値)をみると、11年の新受(新たに起こされた訴訟)は767件で、既済(その年に処理できた事件)は801件、平均審理期間は25.1か月だった。

 医事関係訴訟事件の認容率(原告の請求が一部でも認められた件数の割合)は、25.4%で、前年の20.2%から5ポイント上昇した。ただ、02-04年の認容率は40%前後で推移していたのと比べると低い水準と言える。また、一般の民事裁判であれば、認容率は8~9割となっている。

 訴訟となった診療科をみると、11年は一部の科を除いて、訴訟件数が前年に比べ低下している。特に内科では56件の減で、外科でも19件減っている。
(略)

ひと頃は年間1000件超のペースであった医療訴訟件数が落ち着いてきており、また原告の訴えが一部なりとも認められたという認容率についてもかつての40%から半減しているということが注目されますが、これも前述したような現場での訴訟対策が奏功しつつあることの現れなのかも知れませんね。
記事にもありますが、かねて一般的な民事訴訟の認容率が8割程度であったことに対して医療訴訟では半分程度でしかない、これをもって「白い巨塔」に象徴される医療の閉鎖性が患者側の不利益につながっているのだ!という一部方面からの根強い主張がなされていましたが、これではますます彼らの血圧が跳ね上がりかねないような非常事態と言えそうです。
ところでこの一般訴訟との認容率の差ということに関して10年ほど前に弁護士の安東宏三氏から行われた興味深い指摘があるようなのですが、該当する部分を引用してみましょう。

医療過誤訴訟の現状/安東宏三(2001年8月15日webzine医療改善のために第2号)より抜粋

(略)
2.認容率(原告側の勝訴率)はどの程度か

 民事訴訟では、原告側が勝訴するケースが大多数であるのが一般的です。原告側には、自分が不利だと思えば「訴訟を起こさない」という選択肢があるのですから、訴訟を敢えて選択したケースで「認容率」(原告側の勝訴率のこと。原告側の主張が認容されることからこう呼ばれます。)が結果的に高いのは、当然のことなのです。
 実際、判決に至った通常訴訟での認容率(一部認容を含む)を見ますと、平成3年から平成12年までの10年間の平均値で、86.0%(このうち欠席判決等を除くいわゆる対席判決のみでも76.8%)、という圧倒的な比率となっています。
 ところが、これに対し医療過誤訴訟では、同じく平成3年から平成12年までの10年間の平均値で、認容率は37.1%でしかありません。これは通常訴訟の認容率の実に「半分以下」、ということになります(「医事関係民事訴訟事件統計」(平成13年3月)による)。通常訴訟と比較した場合、医療過誤訴訟で勝訴を得ることの相対的な困難さが窺われます。
 もっとも、長期的に見れば、医療過誤訴訟での認容率は、近年次第に上昇傾向にあります。
 認容率は、例えば昭和45年には11.1%という低水準にありましたが、昭和50年代になって30%を超えるようになり、平成8年(40.3%)、平成10年(44.0%)、平成12年(46.8%)にはそれぞれ40%を超える認容率が記録されています。このパーセンテージは前述の昭和45年のそれの「4倍以上」であり、ある意味では隔世の感があるともいえましょう。
 これは、ひとつには、権利意識の高揚とともに、いわゆる「専門家責任」に対する社会の視線が厳しさを増したことの反映であろうと思われます。また、医療過誤訴訟に専門的ないし集中的に取り組む原告側弁護士層が形成され、技術・ノウハウ等が次第に集積されるようになったことの成果であろうとも思われます。
 もっとも、医療過誤訴訟では、一般に、その困難性から提訴のハードルは通常事件以上に高い(したがって結果的に立件率が低い)ものとされており、そのことを考慮すれば、本来認容率はさらにもっと高くて良いはずではないか、との議論があり、現状がそうではないことについて、患者側弁護士の間ではその原因分析と検討が行われています。
(略)

医療訴訟もかつては手探りであったものが専門的な弁護士集団の形成や世論の高騰などによって訴訟件数も認容率も引き上げられた、一方ではその結果医療崩壊と言われる現象の引き金にもなり医療機関側の対策も進んだ結果、現在では再び医療訴訟・認容率とも減少傾向にあるというのですから、こういう変化を概観するだけでも法廷という場に唯一絶対の正義などというものが存在するという幻想は抱かない方がよさそうですよね。
それはともかく、民事訴訟というものは結局のところ損害をお金で償う、その金額を決定するための場にしか過ぎず、しかも弁護士費用にしろ訴訟に要する人的・時間的経費にしろ決して安価とは言えないわけですから、訴えても元が取れそうにない民事訴訟などは本来あまり起こるはずがないということは理解出来るところです。
これに対して専門分野の訴訟テクニックも向上し認容率がようやく上昇し始めた10年前の段階においても医療訴訟の認容率が4割程度に留まっていたというのは単純に医療の閉鎖性だとか原告側弁護士の経験値の問題に留まらず、医療訴訟の場合は勝ち負けを度外視して訴えている人々が相応にいるのではないかと想像せざるを得ないのではないでしょうか?

医療訴訟の原告というものは非常にマスコミなどへの露出が多いので訴訟に至った事情もよく知られているケースが多いのですが、彼らが非常にしばしば口にする「真実を知りたいから訴訟を選んだ」ということに関しては法廷とはあくまで勝ち負けのための戦術を駆使する場であって、それがためにかえって真実から遠ざかってしまうこともままあると言うことがようやく知られるようになってきました。
航空機事故調など大規模事故にまつわる調査では必ず関係者の免責を条件に証言を得ないことには後の改善策につながる正しい情報は得られないということが知られているのですが、それでも個人責任を追及したい、被害者の行き場のない気持ちはどうしてくれるんだ!という声は根強いようです。
しかしかつて東京高裁裁判長が「裁判所は謝罪をする場所ではない、こころのケアをする場でもない、金額を決める場所です」と語ったそうですが、ひと頃見られたような勝ち負けを度外視したかのような医療訴訟の乱発によって関係者の気が済み、心が晴れたのかと言えばどうもそうではないらしい、むしろ当事者の声を聞く限りでは以前よりも悪くなったケースの方が多いように感じられます。
そしてその結果医療自体の発展と改善には全く縁遠いJBMばかりが蓄積されていくだけなのであれば、これは誰にとっても不毛なものだと言わざるを得ないのではないでしょうか。

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2012年8月19日 (日)

今日のぐり:「大日亭 駅前本店」

日本でもそろそろ総選挙間近か?とも言われていますけれども、先日アメリカからこんなニュースが出ていたのをご覧になりましたでしょうか。

米バージニア州上院議員選、ダークホースは猫/米(2012年8月16日AFP)

【8月16日 AFP】米バージニア(Virginia)州で今秋行われる上院議員選挙に、雄ネコの「ハンク(Hank)」が立候補した。米国民の支持を失った議会の改革を訴え、「米議会から人間を追い出そう」と鋭い爪を立てて急進的な方針を打ち出している。

 15日発表した選挙公報動画の中で、ハンクは「チェンジはOK。人間を追い出すための一票にもOK」と主張した。

 主要メディアは上院選候補として注目していないが、ハンクはめげない。自身の選挙公報ウェブサイト「www.hankforsenate.com」の中で、米国の伝統である独立精神を進めていくことを掲げている。「シングルマザーに育てられた」ハンクは、野良猫としての生活を余儀なくされていたが、「切磋琢磨(せっさたくま)の末に成功を勝ち取った」という。

 ハンクの支持率を示す公式統計はほとんどないが、SNS最大手フェイスブック(Facebook)上では、米上院初のネコ議員を目指すハンクの人気は他陣営も無視できない勢いだ。直近データによれば、ハンクの「いいね!」クリック数は2万3664回で、バラク・オバマ(Barack Obama)大統領の片腕で有力候補としてメディアが報じる民主党のティム・ケーン(Tim Kaine)元バージニア州知事の2万4271回に肉薄している。

合衆国憲法なりに被選挙権というものがどう定義されているのかは存じ上げませんけれども、議会から人間を追い出そうとは穏やかならざる主張と言うしかありませんね。
今日は当の本人は大まじめなんだろうけれども、周囲から見るとちょっとそれはどうよという動物の話題を紹介したいと思いますけれども、まずは同じく猫の話題ということでこちらを見てみましょう。

天井からネコが落ちてきた/コスタリカ(2012年8月14日ねとらぼ)

 アニメでは割とよく空から美少女が落ちてきたりしますが、天井からネコが落ちてくることもあるようです。

Cat in the class.wmv

 事件(?)が起きたのはコスタリカの国連平和大学。授業中にバリバリと天井が壊れて、天井裏にいたネコが落ちてきました。その様子を映した動画には、落っこちてきたあとで教室を走り回るネコの姿も映っています。YouTubeのコメント欄には「忍者ネコ失敗」といったジョークも投稿されていますが、ともあれ人もネコもけががなかったようでよかったです。

教室の悲鳴と逃げ惑う猫がなんともリアルなんですが、しかしいったい何をどうやって天井から落下してくるという状況に至ったのでしょうかね?
同じく逃げ惑うということではこちらもハンパないというものなんですが、いささか周囲の迷惑も考えていただきたいものです。

ロシアで牛の「セクハラ」か、雌がアパート5階まで逃走/ロシア(2012年8月9日ロイター)

[モスクワ 8日 ロイター] ロシア・シベリア地方の町Lesogorskで先月、発情した雄牛に追いかけられた雌牛が、アパートの5階まで逃げ込むという珍事があった。ただ、登ったものの降りることができず、レスキュー隊が出動する騒ぎとなった。

ロシア非常事態省の担当者は声明で、「雄牛の『押し』が強すぎた」との見解を示した。

当時は騒ぎを聞きつけた自治体の担当者や警察、多くの見物人が現場に集まっていたといい、雌牛を下ろすために出動したレスキュー隊の責任者は、「原則として、私たちの仕事ではない」と語った。

まあしかし、「原則として、私達の仕事ではない」仕事に狩り出されたレスキュー隊も思いがけない災難というものでしたが、それにしてもシベリアも広いでしょうに何故よりにもよってアパートを駆け上がるということになったんでしょうね。
お次は同じくロシアからむしろ逃げてー!早く逃げてー!!と叫びたくなるような環境で暮らしている方々の話題なんですが、いくらなんでもそれもどうなのよです。

バイコヌールのハタリス インターネットで大人気/ロシア(2012年7月21日ロシアの声)

ごく普通のハタリスの映像が、インターネット上で非常に大きな関心を呼んでいる。 リスそのものはどこにでもいる種類のものだが、住んでいるところが、何とバイコヌール宇宙船発射基地のスタート台の真下なのだ。

 リスを一躍スターにした3分間の映像を見る限り、リス君は、そうした場所に住む事に何の不安も抱いていないようだ。彼は、人間にも、機械にも、発射ロケットの出す轟音にも無頓着だ。

 ビデオを撮影したのは、宇宙基地のオペレーションセンターの職員ら。インターネット上では、すでに「宇宙のハタリス君」というニックネームもついている。

  ご覧になりたい方は、以下のアドレスでどうぞ。

 

http://www.youtube.com/watch?v=jXybg4u-wc4&feature=player_embedded

  ロシアTV1チャンネル

動画に添えられたいかにもロシア的な音楽?がまたいい味を出しているのですが、しかしこいつら気にすべきはカメラではなくロケットの方なのでは?と誰しも思うところですよね。
漁業資源の管理にはどこの国も頭を悩ませているところだと思いますが、このような思いがけない闖入者による資源乱獲?も注目しなければならない?というのがこちらのニュースです。

世界最大のビッグマウスを持つジンベイザメ、漁師が捕った小魚を網ごとバキューム!!/インドネシア(2012年7月16日カラパイア)

 体長はゆうに10メートルを超える個体も存在する、現生最大の魚として知られているジンベイザメ。大きいけれどもおっとりさんで、主食であるプランクトンや海草、小魚を、大きな口で掃除機のように海水と一緒にそのまま吸い込み、エラで漉して水だけを排出し、残った生物を呑み込むという濾過摂食(ろかせっしょく)で餌を食べる。

 そんなジンベイザメさんが効率の良い餌のとり方に気が付いちゃった。

 インドネシアのチャンドラワシ湾では、漁師たちがしかけた網にかかったトウゴロイワシという小魚を、網まるごと吸い取ってお食事を済ませようとするジンベイザメがいるらしく、その姿が撮影されていた。

Whale shark sucks fish out of hole in fishing net - Conservation International

 「すぐおいしい。こりゃ楽ちんだぜ!」といったところだろうか。ただし時には、漁師さんたちが仕掛けた網にひっかかっちゃうジンベイザメさんもいるらしく、そんな時にはダイバーたちの手をかりて、救出してもらうんだそうだ。

Scientists free a whale shark from a fishing net in Indonesia

 ジンベイザメはめったに人を襲うことはないおっとりな臆病さん。噛まれる心配はないだろうが、こんな大きな口なので、まるごと吸い込まれちゃうことは可能かもしれないね。

いやしかし、ジンベイザメの口というものはこんなに開くもんなんだなと改めて驚く画像と言いますか…元記事の真っ正面からの画像などを見ますとちょいとしたオカルトですね。
いったい何がどうなったのかという話題は大自然の中において事欠きませんが、こちら犯行の動機はなんであったのだろうかとついつい考えてしまうニュースです。

「ええと、どうしよう…」 クマ、途方に暮れる(2012年7月28日らばQ)

こちらのクマ、なんだか浮かない顔をしています。

いったい何故なのでしょうか。

その理由は次の画像をご覧ください。

高っ!

送電線のようですが、なぜ登っちゃったのか……。

海外サイトの情報によると、この写真は電力会社の社員がたまたま見つけたときのものだそうで、とりあえず魚を下に置いて立ち去ったところ、自分で降りたとのことです。

途方に暮れているように見えても、クマにとっては単に木登り遊びをしていただけなのかもしれませんね。

いやしかし、こんな一面荒野のような平原のまっただ中に立つ送電線の点検に来て、とりあえずクマのために置いておく魚を持っている電力会社社員というのもどうなのかと突っ込んでいいものでしょうか?
最後に取り上げますこちら、実のところ動物の方には罪はないとも言えるものなのでしょうが、誰がどう見ても恨まずにはいられないほどの被害をもたらしているというニュースです。

カモメに下剤を与えてフンの雨を降らせるイタズラ動画が100万再生突破(2012年7月25日秒刊サンデー)

カモメに下剤を与えてフンの雨を降らせるというとんでもないイタズラが話題となっております。仕組みとしては、エサとなるポテトチップ中に大量の下剤を入れカモメたちに食わせ、お腹が緩くなってしまったカモメたちは、無差別状態にフンを垂れ流し、空から降らせるという状態を作り出す、イタズラというよりもテロのような行為だ。

エサとなるポテトチップ。この中に大量の下剤を入れておき、カモメたちのおなかをユルくさせるという作戦のようだ。何も知らないカモメたちはポテトチップを何食わぬ顔でむさぼる。その中に下剤が入っているとは知らずに。案の定、お腹が緩くなってしまったカモメたちは、空からフンの雨を降らせます。

しかもカモメも大量に密集しており、おぞましい数のフンが空から降ってくると言う想像を絶する状況だ。何も知らない、浜辺の人々は空からの突然の攻撃に呆然。何が落ちてきているのかは判っていないようで、ただ振ってくる白いものに、首をかしげるばかり。

このイタズラを実行している少年らは、終始爆笑しており、次々と降ってくるフンの雨に笑いが止まらない様子。
しかし、この動画が実はフェイク動画ではないかと見る人もいる。なぜなら、そもそもカモメなどの鳥類に下剤が効くのだろうか?という疑問があるからだ。あくまで人間用の薬なので鳥には効かないという意見と、鳥そのものが常に下痢状態のフンをするので、本当に下痢になったかどうかを判断するには難しいという意見もある。

いずれにせよ、この動画の再生数が100万回を超えていることには変わらず、注目度の高さがうかがえる。

動画URL
http://youtu.be/suYz5SHFHyA

いやしかし、これ以上ないほど馬鹿笑いしていますけれどもこれは笑って済ませられるようなことなんでしょうかね?
こういうことを仕掛けるとなかなか犯行もばれにくいのでしょうが、今回思いっきり顔出しをしているというのが後々罪の報いを受けるということにつながりかねないような…

今日のぐり:「大日亭 駅前本店」

岡山市内で何軒か展開している焼き肉店がこちら「大日亭」さんなのですが、それだけ多店舗展開していることからも判るように人によっては岡山で今一番の焼き肉屋だと言う声もあるようですね。
こちら岡山駅前の繁華街の一角にあるのがその本店と言うことなんですが、さすがに相当な大店で二階は個室形式の座敷が並んでいて、一見して高そうな雰囲気を醸し出しています。
一頭買いの黒毛和牛のみ使用しているのが売りだということで炭火焼きなのは当然として、メニューなどを見てみますと猪や馬も山羊もありタコ踊り食いなど本格的韓国料理もありとなかなか本格的に取りそろえていらっしゃるようです。

この日はコースで頼みましたが、前菜に出てくるのはサラダに本式のキムチ、続いて少しタレの柑橘風味が強いかなとも思われる冷しゃぶ、意外とさっぱりした猪からいよいよ焼肉が出てきます。
最初は塩でタンにサーロイン、ヒレと出てきましたが、サーロインなどはさすがにサシが過剰に思えるのですが脂だけでなく肉のうまみも十分にあるものですし、ヒレなどは赤身のうまみが十分に楽しめるものですね。
韓国料理定番のチヂミは香ばしくてうまいんですがやや焦げ臭いのが欠点ですし、また塩ネギロースは味覚を変えるにもネギの風味はいいのかも知れませんが素直にロースで食べさせてほしい気もします。
タレつきの焼肉がハラミ、ホルモン、骨付きカルビと一通り出てくるのですが、それぞれきちんとうまいのですがもう満腹かつ濃厚な脂のせいで半分味がわからないと言う感じでしょうか。

全体的に見ると肉の味そのものは合格点を出せる水準なのですが、それに比べると料理の方はもう少しかなという印象も受けたのですが、コースではなく単品だとまた印象が違うのでしょうかね。
こういう繁盛店にしては接遇のレスポンスはまずまずでそう不満を感じることもないと思うのですが、強いて言えばトイレもきれいなのはいいのですがやたらにタバコの焦げ跡が目立つのとペーパータオルがあるのにごみ箱の方は少し離れていて分かりにくいのが難点でしょうかね?
とにかく相応の水準にある味に加えて結構ボリュームもあることを考えると、コースの価格設定はリーズナブルだと思いますけれども、こんなに出されなくてもいいという人には単品で好みのものをとっておいた方がいいのかも知れません。

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2012年8月18日 (土)

結婚難時代 ただ普通を求めているだけとは言うけれど

本日の本題に入る前に、このところ結婚・出産年齢の高齢化と相前後して高齢出産のリスクが大きく注目を浴びていますが、一方でマスコミでは相も変わらず誰それが高齢出産をした、めでたいよくやった式の報道を繰り返しているせいか、そろそろ高齢出産のリスクを真剣に考えるべきだという声が日増しに高まっています。

「53歳妊娠」いいかげんにしてくれ 無責任に“勇気”をばらまくメディアとタレントたち(2012年7月27日日経ビジネス)

ご本人には「おめでとう」以外にない

 「坂上みき53歳妊娠」のメディアの大騒ぎについてだが、ご本人には「おめでとうございます」以外のコメントはない。彼女が素敵な女性であることも知っている。ただどうしてもこの“53歳妊娠”という言葉にひっかかるのだ。
(略)
 あらゆる精神的な混沌をいっさい無視して、タレントが言う「勇気をもらいました」系のコメント。私もタレントだが、その私自身が、「タレントはバカか」と思う一瞬だ。

 勇気はもらえても年取った女にそう簡単に子供は授からない。その現実をいっさい無視したコメント。めでたさを免罪符とし、無責任に“勇気”をばらまく罪に気づかない。

何歳までは勇気でどこからが無茶な試みなのか

 53歳は確かに快挙だ。この前までは50歳の出産があった。では、近未来60歳妊娠があったらどうするか。海外ではすでにある。60歳でもまた、「勇気をもらいました」と言うつもりか。では、いったい何歳まで出産は勇気でどこからが無茶な試みなのか。その線引きが難しいから蟻地獄のように不妊治療から抜け出せない高齢女子たちのドキュメンタリー番組も登場してひさしい。

 おそらくはごく一般的な、テレビで流れる情報を「そーなんだ」以上にあまり考えないタイプで、“53歳妊娠”にうっかり勇気をもらった人たちは、どこかで課せられた感のある子産みを先延ばしにし、やがて自分がもはやその対象年齢ではないことを思い知らされ断念した時に、あの時の希望と勇気が、自己嫌悪と怨念に替わる時がくる。必ず来る。その責任を取る人はいない。坂上みきも責任はとれない。
(略)
 そもそも、何歳まで妊娠できるか、とか、妊娠力とか、女性誌などで特集しているが、あれを信じていいのか。それくらい女性自身が自分の体について無知極まりない

 まじ。いったい何歳まで妊娠できるのか、で、女性の人生設計は十年間の使用目的が変わる。その十年を自分に使うのか。子に使うか。介護に使うか。それらがないまぜになるのが、四十代だ。アラフォーなどと浮かれている場合じゃない。現実を知ることから設計をするという機会すら、女性たちは獲得していない。
(略)
 主観で、無茶を承知で要約しよう。子供を産みたければ35歳までに決断を。45歳ではもう手遅れ。35歳から40歳まではまだなんとか不妊治療対象として可能性があるが、高額出費やそのことに人生の目的を集中したくないのなら、35歳までだ。

 「子供がほしい人は35歳まで」ということこそ、学校や社会で声高に広めるべき情報なのに、53歳まで子が産める情報のほうが優先する。

 そして「うそ!」という現実をやむなく受け入れ断念した女性たちが、“53歳妊娠”に心を爆破されるのだ。

 坂上みきに罪はない。報道の仕方と、タレントのコメントに罪がある。騒ぎを見る限りにおいて、仕事をすることで先延ばし感が自責の念を生み、もう生理もあがろうかという年齢になってなお、女の肉体に課せられた宿題のようなもののくびきから解放されない女性たちの心の内が見え、胸が痛む。

 だが、改めて振り返り、35歳の時に、仕事をいったん横に置き、子育てに専念できたか。

 20代で産むとキャリアを放棄する人生が待ちうけ、35歳で産むと築いたキャリアから転落する恐怖心がまだまだ今の女性たちにある。残念だが、環境や条件に恵まれた女性以外は、仕事か子育てかどちらかを選ぶしかない。選んだ以上は、腹をくくるしかない。

 35歳までに、どっちの人生を選択するか決めてください。坂上みきを目指したら、将来、自分を恨むことになるでしょう。

こういう話になるほど女性に余計なプレッシャーをかけるようで申し訳ないんですが、やはり出産と言うことに対しては産む性と産ませる性は決して平等でも公平でもないという点は認めざるを得ませんし、それは単に生物学的差異のみならず社会制度等によっても助長されているのは事実でしょう。
ちょうど先日自らの不妊治療体験を取り上げられた東尾理子氏なども「いつまでも生めるは誤解。女性と男性の体の仕組みを知ったうえで、人生の選択をするべき」だと看破していますが、特に不妊治療なるものがこうまで巷間話題になっているにも関わらずその知識の普及については極めて心許ないということが指摘されています。
35歳で不妊治療をした人のうち子どもが産まれた割合は16.8%、これが40歳では8.1%とされ45歳以上ではいかなる卵巣刺激療法を行っても妊娠率に差はないと言いますからこうなると不妊治療などお金の無駄かという話なんですが、当事者である女性の側では多くがこの種の補助生殖医療によって卵巣機能が若返ると誤解しているという報告があります。
慶大産科の吉村泰典教授などは「不妊治療を受けている人の約9割は、10年前に子どもを作ろうとしていれば、自然に妊娠できていたのではないか」と身も蓋もないことを言っていますけれども、生物学的、社会的なハードルの数々を知った上で敢えて産まないというのであればともかく、知らないままでいたずらに年月を過ごした挙げ句に「こんなはずじゃなかった!」という不幸な結果となることだけは避けたいものです。

ま、余談はそんなところにしておくとしても、そもそも子供を産むにしても相手がいないことにはどうしようもないのは当然ですけれども、婚外子が一般的ではない日本ではまず出産の前段階として結婚というハードルを乗り越えておかなければならない道理ですよね。
これまた昨今では一生結婚出来ないという危惧が真剣みをもって語られるような世相となっていて、とある予測によると現在の若者の実に1/4は生涯結婚しないだろうとされているそうですから少子高齢化も深刻になるのは当然なんですが、当事者達にとっては結婚願望はあるのに出来ないというジレンマがあるようです。
それもひと頃のようにいかにもバブリーな要求ばかりでパートナーへの望みが高すぎるというわけでもなく、ごく現実的な要求をしているだけなのに相手が見つからないというのですから結婚が当たり前だった親世代には不思議にも思えるんじゃないでしょうか。

婚活も安定志向=「三高」より「三平」―民間調査(2012年8月13日時事ドットコム)

 理想の結婚相手は「三高」から「三平」に―。結婚相談所運営の「結婚情報センター」(東京)が実施したインターネット調査で、年収や外見は平均的で性格も平穏な「三平」が男女ともに人気を集めている実態が浮き彫りとなった。担当者は「昔は三高(高学歴、高収入、高身長)が人気だったが、安定志向の世相を反映しているのでは」と分析している。

 調査では、結婚相手の条件として「三高」「三平」「三低」(低姿勢、低依存、低リスク)の三つを挙げたところ、三平を選んだのは男性で81.9%、女性も72.8%とトップだった。理由には「普通が一番」「無理しない付き合いができる」などの声が上がった。
 一方、結婚までの過程では、リードしてくれる「肉食系」の人気が女性では87.2%と圧倒的。男性でも45.2%が肉食系を選んだ
 離婚経験については、「経験者の方がいい」「どちらかというと経験者がいい」とする女性が計48.7%、男性も計38.0%だった。

 担当者は「相手の探し方が変わってきた。今まで一歩踏み出せなかった方も挑戦してほしい」としている。
 調査は6月18日~7月11日、同社の会員を対象に実施。30~40代を中心に男性431人、女性320人の計751人が回答した。 

それにしてもこうした調査を見ていても何となく感じるところですが、相手は肉食系がいいとか離婚経験者がいいとか一昔前とはかなり相手に対する要求が異なってきているように感じられるのは、つまりは積極的で経験豊富な相手にリードしてもらいたいという他力本願思想の現れなのでしょうかね?
そう言えば近ごろでは歳の差婚ということも話題になっていますが、これまた単に年長男性の経済力が魅力的であるという以上に場数を踏んだ男の吸引力が魅力とされているのだとすれば、ヤル気のあるちょい悪親父あたりにとってはある意味非常に好ましい状況になってきたとも言えそうですよね。
ただし「結婚相手には三高よりも三平がいい」と言われ、ああそれなら自分にもチャンスがありそうだと考える世の普通の男性諸氏に冷水を浴びせかけるようで申し訳ないのですが、言うところの「普通が一番」という言葉についてはこういう実情もあるようです。

【勿忘草】結婚の条件」(2010年7月21日イザ!)

 先日、とある結婚情報サービス会社が主催するセミナーに行ってきた。テーマは「“普通”のダンナの見つけ方」。結婚情報サービス会社の部長が講師となり、約1時間半にわたり「ニッポンの恋愛・結婚事情」をわかりやすく説明してくれるというものだ。

 平日夜ということもあり、会場には会社帰りとおぼしき美女が数十人。時に笑いも起きるが、皆さん真剣な面持ちで講師の話に聞き入っている。私ももちろん真剣な面持ちである。なにしろ取材でなく、一参加者として行ったのだ。

 取材ではないので、セミナーの内容を逐一明らかにするのはやめておくが、このセミナーのタイトルに隠されている女性の本音についての分析はおもしろかった。

 いわく、結婚相手に求めるものとして、女性は「普通」を連発するのだそうだ。

 「普通に優しくて、普通に会話が成立して、年収だって普通に500万円くらいでいい。身長とか顔だって普通でいいんですよ

 彼女たちは「何も高い条件はつけていないのに」「普通のダンナでいいのに」と自らのハードルが高くないことを強調し、それなのになぜ、そんな“普通”の男性と巡り合えないのか、と嘆く。

 しかし、と講師の男性はここで疑問を投げかける。条件の一つ一つは“普通”であっても、いくつもの“普通”を兼ね備えた男性はそんなにいるものだろうか、と。 昨年末、昨今の「婚活ブーム」に疑問を投げかける連載を担当した。「狩りに出ないと結婚できない」とあおられ婚活を始めたものの、先が見えない不安にさいなまれる女性。「結婚したから幸せになれるわけじゃない」と婚活しない女性。婚活が注目される一方で、増えている若年層の離婚…。
(略)

ま、今のご時世で結婚適齢期の若年男性に年収500万を求めるというのが普通かどうか、これも様々に異論がありそうな話ではあるのですがね…
しかしこれまた女のタテマエとホンネは…なんて言い始めると「なんでもかんでも女のせいにするな!」とお叱りを受けそうですが、やはりこういう話を聞きますと「結婚とは妥協、あきらめ、ボランティアby綾小路きみまろ」なんて言葉がなんとも身につまされます。
無論、普通でいいとか特に条件はないとか言いながら「容姿は岡本令さんくらいで性格は明るくて自分の趣味にも理解があって」と厳しい条件を出しまくる男性諸氏もごく普通にいると言いますから、そう考えますと一昔前のようにお見合いなどでとにかく場数を踏みまくって異性ステータスの相場や基準をしっかり把握しておくということもあれはあれで大いに有意義ではあったのでしょうね。
ちなみに最近盛況でカップル成立率も高いと注目されているのがお○く同士の婚活パーティーだと言うのですが、結局あれやこれやと欠点数多が存在していても何か一つ他に代え難い大きなメリットがあればカップルが成立し得ると言うのであれば、今の結婚不況とは圧倒的な売りになるほどの飛び道具を持たなくなった平凡で普通な人間ばかりが増えてきたということの現れでもあるのでしょうか。

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2012年8月17日 (金)

グルーポンだけでない クーポン売りつけ問題

以前にすかすかおせち問題で話題になったのがこちらグルーポンというネット上で割り引きクーポンを販売している会社ですが、その本社である米グルーポンが何やら行き詰まって来ているようです。

米グルーポンの収入が予想割れ、株価は時間外で20%急落(2012年8月14日ロイター)より抜粋

[13日 ロイター] 米クーポン共同購入サイト運営のグルーポンが13日発表した第2・四半期決算は、収入が予想に届かなかった
それに加え、同社が示した第3・四半期の見通しも市場の期待を裏切る内容だったことから、同社株は時間外取引で一時20%安と急落した。
米国のインターネットおよびソーシャルメディア・セクターでは、ジンガやフェイスブックなど、投資家の高い期待を集めて上場した銘柄が急落するケースが相次いでおり、グル―ポンに対する期待もはげ落ちてきた
(略)
サスケハナ・フィナンシャル・グループのアナリスト、ハーマン・ラング氏は「収入はガイダンスの下限近くだった」と指摘し、同社の利益見通しも市場予想を下回っている、と述べた。
ラング氏によると、第3・四半期の営業利益に関する市場予想は約7000万─8000万ドルだった。
Bリレイのアナリスト、サミート・シンハ氏は「彼らはビジネスのさまざまな側面を十分コントロールできていないようだ。年末までに状況を是正できなければ、2013年は成長ペースが著しく鈍化するだろう」との見方を示した。

クーポンを提供する「デイリーディール」ビジネスは鈍化の兆しが現れているため、同社は消費関連製品の販売やマーチャントサービスなど、新たな事業に進出。それらの一部は急成長を遂げているが、「デイリーディール」ビジネスほど収益性は高くない可能性がある。
ベンチマーク・カンパニーのアナリスト、クレイトン・モラン氏は「柱となるデイリーディール・ビジネスは予想以上に鈍化している」とした上で、同社はそれを補うためディスカウント価格で消費関連製品を販売する「グルーポン・グッズ」ビジネスを拡大しているが、それは利益率が低いと指摘した。
クーポンを購入した顧客から支払われた代金の総額は第2・四半期に12億9000万ドルとなり、第1・四半期の13億5000万ドルから減少した。

グルーポンのジェイソン・チャイルド最高財務責任者(CFO)は、欧州経済の低迷や為替変動が収益を圧迫したと説明。第3・四半期の業績見通しがアナリスト予想を下回った理由も欧州の不透明感を反映したものだとして、欧州での収益改善に取り組んでいると明らかにした。
同CFOによると、同社は最近、欧州の経営体制を変更し、潜在的な顧客を引きつけるために新たなテクノロジーを導入した。ただ、新テクノロジー導入を完了するには「今年いっぱい」かかるとしている。
一方、欧州では顧客へのクーポンのディスカウント幅縮小を計画していることを明らかにした。
また、アンドリュー・メイソン最高経営責任者(CEO)は「われわれは北米で、総収入を最大限に高める最善の方法は、消費者と販売側の価値の適切なバランスを見つけ出すことであることを学んだ。欧州でもそうすることによって成長を遂げる明確な機会があり、北米で成し遂げたようにインターネットユーザーの間に浸透することができる」と述べた。

いや、「われわれは北米で、総収入を最大限に高める最善の方法は、消費者と販売側の価値の適切なバランスを見つけ出すことであることを学んだ」って、それは店の側が決めることじゃないのか?と思うのですけれども、何しろ店に断りもなく勝手にクーポンを売るなどと言われるほど自社の総収入を最大限に高める最善の方法を熟知しているであろう同社にしてこの業績悪化です。。
ともかく日本でグルーポンと言えば顧客にとっては到底高いお金に見合わない腐りかけのすかすかおせちで認知され、店舗側からは詐欺紛い商法で悪どく儲けている怪しい会社と認識されとろくなイメージがありませんが、ようやくそうした世間の認識が業績という形で反映され始めたのだとすれば今後も業績改善への道のりは遠そうですよね。
グルーポン自体はピンハネ率が高すぎるなどの批判に対し、あくまでも有料の広告であると考えるべきだというスタンスを崩していませんが、もともとネットで検索して安いというだけでやってくるクーポン客は固定客としての定着率が著しく悪いという声もありますから、広告だと言うならそれがどれだけ顧客の業績向上に寄与しているのか、コストパフォーマンスとしてどうなのかという実績を地道に示していくことが信頼回復に必要でしょう。
ただグルーポンの名誉のために申し上げて置きますと、近ごろではこのあたりのネットを対象としたクーポン販売というものが(ごく控えめに表現すれば)必ずしも顧客である店舗側からよい印象を持たれていないようで、少し以前ですがこちらリクルートの記事を紹介してみましょう。

顧客に「営業妨害」とまで言われたリクルート(2012年11月16日日経ビジネス)
より抜粋

 リクルートが宿泊予約サイト「じゃらんnet」の集客力拡大に向けて、急ピッチで進めた大手SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)「フェイスブック」の活用策に、同サイトを利用するホテル・旅館が「待った」をかける異常事態が起きている。
 利用者に周知徹底しないままフェイスブック上にホテルや旅館の「公式ページ」を一斉公開している――。リクルートのこうした手法に「強引だ」と不満を募らせた国際観光旅館連盟近畿支部(大阪市)が、これまでリクルートと結んでいた契約そのものについて「営業妨害につながる条項があり、独占禁止法違反に当たる」として、代理人の弁護士を通じて公正取引委員会に排除措置命令を出すよう申し立てたのだ。
 従来ならば、宿泊予約サイトの集客増につながる取り組みは顧客であるホテル・旅館にとってもメリットがあったはず。それが今回、双方の利害が対立したのはなぜか。同連盟側の主張などを基にその理由を探ると、リクルートに対する鬱積した不信感が浮かび上がる。

無断で「公式ページ」を開設

 じゃらんnetの約款の中で、同連盟が特に問題視しているのは、ホテル・旅館から提供された情報をリクルートが外部サイトやパンフレットなどに自由に転載できることを定めた条項だ。
 リクルートはこの条項に基づき、じゃらんnetの写真や文字情報などを転載する形で今年7月1日からフェイスブック上に各施設の「公式ページ」(以下、FBページ)を開設した。対象となった約1万6000軒のホテル・旅館には公開の前日にファックスで通知しているが、FBページの開設についての同意を得ることはなかった
 FBページの開設そのものは無料だったため、大半のホテル・旅館にとっては歓迎すべき取り組みだったかもしれない。ただ問題は、この時点ですでに自らの努力でFB上やインターネット上に宿泊予約が可能なページを公開しているホテル・旅館があったことだ。ホテル・旅館のページとリクルートが作成したFBページが一時的に並存し、予約客を奪い合う構図になってしまった。
 リクルートが作成したFBページであっても、ホテルが自主作成した宿泊予約サイトに消費者を誘導することができれば問題はなかった。ただ、約款にはじゃらんnet以外の宿泊予約サイトの利用や宣伝を禁止する条項があり、FBページからリンクが張られていたのはじゃらんnetだけだった。
 申告書によると、じゃらんnet経由で予約があった場合、ホテル・旅館側はリクルートに対して宿泊代金の8%を報酬として払うことになっている。このため一部のホテル・旅館から「フェイスブックの閲覧者をじゃらんnetに誘導して報酬を得ようとするものだ」との批判が高まり、リクルートはすべてのFBページを一時閉鎖しなければならない事態に陥った。

歩み寄りの姿勢は見られず

 同連盟の代理人を務める壇俊光弁護士は問題の条項について「ホテルや旅館はどのような媒体に掲載されるか予測できない上に、特定の媒体への掲載を拒否することもできない」と指摘。「そもそもこんな条項があること自体がおかしい」と批判し、約款から削除するよう求めている。
 また、リクルートはFBページについて大規模なSEO(検索エンジン最適化)対策を実施しており、検索エンジンではホテル・旅館が作成したページよりも上位に表示されることが多いという。壇弁護士は「ホテル・旅館が細々とチラシを配っている横で、リクルートが巨大広告を掲げているようなものだ」と主張する。
 リクルートは「申し立ての事実を確認できないので、コメントは差し控えさせる」としつつも、「我々の事業活動に独禁法違反に当たる行為はないと捉えている」と話す。今のところ、両社に歩み寄りの姿勢は見られず、今後は公取委の判断を待つことになりそうだ。

 リクルートはじゃらんnetだけでなく、グルメ情報サイト「ホットペッパーグルメ」で今年7月から実施しているフェイスブック活用策に対しても、一部の飲食店経営者から周知不足だったと批判を受けている。フェイスブック上でのクーポン配布を知らせるダイレクトメール(DM)が飲食店経営者の手元に届かなかったため、来店客にクーポンを示されて、初めて飲食店側がリクルートの取り組みを知るケースもあったようだ。
 宿泊予約サイトやグルメ情報サイトなどのプラットフォーム型ビジネスにとって、利用者であるホテル・旅館や飲食店に居心地のいい環境を作り上げ、ウィン―ウィンの関係を構築することがなによりも重要とされる。もし仮に同連盟の主張通り、リクルートがネット上の消費者を自社に有利なように誘導して「1人勝ち」しようとしたのであれば、独禁法違反に問われずとも、利用者の不信を招く可能性は否定できない。
 ただでさえリクルートの高い利益率は、低収益にあえぐホテル・旅館や飲食店にとって羨望の的となっている。リクルートの2011年3月期決算によると、じゃらんnetやホットペッパーグルメを含む販売促進支援事業全体の売上高は2418億8600万円、営業利益率は33.2%だった。
(略)

いやしかし、このご時世に利益率33%とは全くうらやましい限りですが、ここでもクーポン配布の周知徹底がなされておらず、お客さんが来てから始めて知ったというケースがまま見られるというのは先のグルーポンと全く共通の構図で、この業界のお約束ででもあるのでしょうか?
それに加えて今回は検索エンジン対策まで駆使して顧客を奪い取っていった、そしてそれを楯に一方的に報酬を要求しているというのですから自前のサイトなどを開いて熱心に広報をしてきたホテルほど大迷惑というものですが、リクルート側の言い訳を聞いてみますとずいぶんと一方的なことを言っているようです。
例えばクーポン問題にしても「DMを送りつけた約4万店のうち、サービスを辞退した店舗を除く約3万7千店を対象にクーポン配布を行った」というのですが、この種のサービスにありがちな「なお、期日までに掲載拒否の通知がない場合は同意されたものと見なします」なんて強引な押し売り手法がまだ行われているということなんでしょうかね。
個人経営の店ならともかく、チェーン店などでは経営者と雇われ店長は全く別で広告など店舗側に全く決定の権限はないケースも多いでしょうが、それを知っているはずでありながら店側に送りつけてくるというのは確信犯と言われても仕方がないところでしょう。

ホテルの予約問題に至ってはもっと悪質極まるもので、「旅館やホテルは、宿泊予約を確認するために、必ずファックスに目を通す」のだから「約1万6000にのぼる顧客に対してサービス開始の前日にファクスで通知」することでよしとしたというのですから、これで後からやってきて「俺達の働いた分金を出せ」ではそこらの押し売りよりもたちが悪いというものでしょう。
同社に対しては「消費者の方ばかりを向いていて、顧客である飲食店をないがしろにしている」という批判があるようですが、先のグルーポン問題で販売店側から問題提起をされたように勝手にクーポンを掲載されお客が集中する、その結果通常通りのサービスが提供できず結果としてかえってお客に悪印象ばかりを与えてしまうのでは店側のみならずお客の側にとっても全くいいことではありませんよね。
リクルート側は他の無料クーポン配布サービスの台頭について「焦りがあったわけではない」と答えていますが、この種のネットサービスは多少の内容の良い、悪いよりも早く大きなシェアを握った方が圧倒的に有利であることは言うまでもありませんから、少しでも早く実績を上げたいという気持ちがあったことは想像に難くありません。
近年ではあまりにネット上での検索が発達しすぎた結果、本当に良いものであればむしろ誰にも知られていない穴場の方が人気が出るなんてこともありますから、顧客であるお店の側にしても新聞にチラシを挟んでいた昔のような感覚でひたすらより手広く大勢にというやり方を続けていくのもどうなのかなと思うのですがね。

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2012年8月16日 (木)

医学部地域枠 ますます締め付けは厳しく

最近は不景気かつ就職難ということで、単なるステータスのみならず食いっぱぐれがないという実利的な面からも医療職の人気が高まっているということです。
しかし親からすれば手堅い商売に見えても、当事者である学生達は案外冷静に情報を収集して進路を決めているのかなとも思える様子もあって、うまい話には裏があるという格言が生きているということなんでしょうかね?

医学部志望の高校生支援 /宮城(2012年8月3日読売新聞)

 県教委が、将来的に県内の地域医療に携わる医師を増やそうと、医学部を志す高校生向けの進学支援に取り組んでいる。県内では震災後、医師不足が深刻化しており、県医療整備課は「他県でも医師は不足しているため、県内で育成する必要がある」と対策の重要性を訴えている。
 県立高の1年生111人が7月30、31日の2日間、東北大医学部(仙台市青葉区)を訪れ、塩釜市内の病院に勤務する医師の講演を聞いたり、救命活動の実践や細胞の観察実験などを行ったりした。人形を使った救命実践では、慣れない手つきで自動体外式除細動器(AED)を使い、同大の医学部生の指導で心臓マッサージを体験した。
 県内の人口10万人あたりの医師数は2010年末現在、222・9人と、全国平均230・4人を下回った。特に登米圏内は101・2人と大幅に少ない。大学を卒業して臨床研修を受ける医師も今春は98人と、04年度の制度開始以来、初めて100人を割り込んだ。
 県教委は10年度から、医学部進学希望者向けに、医学生や現場の医師による講演会、受験に向けた学力向上合宿などを行っている。県教委高校教育課は「夢を共有する仲間を作ることも目的の一つ」という。
 県は、県内の指定病院に勤務することを条件に返還を免除する奨学金制度を設けている。気仙沼、栗原、登米、南三陸の4市町も同様の奨学金制度があり、医師確保に力を入れている。
 県内で唯一医学部を持つ東北大は、12年度の医学部の定員が125人と、4年間で25人増えた。ただ、東北大には全国から学生が集まるため、卒業後に県内に残らない学生も多く、県内の他大学にも医学部の新設が必要との声もある。
 今春、県内の高校生で医学部に現役合格した29人のうち、県の支援事業に参加した生徒は9人だった。現役合格者は事業開始前の09年度より7人増えており、同課は今後の成果に期待を寄せている。

学費援助 伸びぬ利用/三重(2012年8月8日朝日新聞)

■亀山市の看護師確保策

 亀山市は、市立医療センターで働いてもらう看護師の確保に向けて、看護師をめざす学生を対象に月額6万円の修学金支援を続けている。最長4年間で、同センターで働けば返済を免除されるが、1988年の創設当初からの利用者は延べ22人と伸び悩んでいる

 制度は、90年に開設したセンターの看護師を確保する目的で創設した。看護を学ぶ大学生、短大生、専門学校生が対象。これまでに支援を受けた22人のうち、同センターに就職したのは18人。残る4人は返済し、別の医療機関へ進んだ。また、18人のうち今もセンターに在籍しているのは5人にとどまる。センターの看護師は現在58人で人員不足が解消されないため、市は7月31日に発表した来年度の職員採用予定でも、看護師7人の採用を計画している。

 市は看護体制を充実させようと今年2月6~17日、20人の看護師を募集したが、応募はゼロ。昨年4月から修学金を月額3万円から6万円に倍増していただけに、厳しい結果だった。

 市人材育成室の山本伸治室長は「センターの看護師は待遇面で他市と見劣りしないと思うが、なぜ充足されないのか。原因を分析して対処しなければ」と話している。(佐野登)

まあしかし、逃げ出したり期間が終わればさっさと退職したりと定着率がこうまで低いという現実に対しては、理由も理解していなければ何一つ対策を講じている気配もなさそうですよねえ…
この学費を支援する代わりに一定期間指定された場所で働けと言う制度、ひと頃マスコミがさんざんバッシングしてきた看護師の御礼奉公制度と何が違うのかといつも思うのですけれども、一方は打破されるべき旧世紀の遺物扱いであるのに対して、こちらは時代の最先端を行く医療職確保対策だと言うのですからどうなっているんだと言う気がします。
いずれにしてもこのご時世に学ぶお金も出し資格を取らせてくれ就職先まで面倒を見てくれるとなればどんな桃源郷かと言う考え方もあっていいはずなんですが、実際には募集定員に達しないだとか、せっかく入学しても当初の話と違って残ってくれなかったという話がありふれているようで、学生も馬鹿ばかりではないということなんでしょうかね?
ただし何事も契約と言うものがあればそれに伴う義務もあるということで、楽が出来そうだからと一時の誘惑に駆られて安易に契約を結んでしまうと後々困ったことになるというのはここでも同じことのようです。

医学科出願要件、青森県内勤務を厳格化…弘大AO入試/青森(2012年8月14日読売新聞)

 地域医療の担い手を確保しようと弘前大学は、2013年度医学部医学科のAO入試の出願要件に、卒業後すぐに同大付属病院など青森県内で勤務することを盛り込むことを決めた。

 背景には、今春卒業した医学科の推薦入学者のうち2割が“県外流出”した問題がある。

 推薦入試を含め従来の出願要件は「卒業後は同大医学部などで勤務することを確約できる者」だったが、「卒業後直ちに同大医学部の臨床研修プログラムを行い、引き続き付属病院で勤務することを確約できる者」に変えた。

 同大医学科は2006年度、県内の医師不足解消につなげようと卒業後に県内での就業を約束する「県定着枠」の推薦入試を導入。その後、推薦入学をとりやめ、09年度には現在のAO入試を取り入れた。しかし、06年度に推薦入学し今春卒業した医学部生18人のうち、4人が同大ではなく県外大学の初期臨床研修を選択したという。

 4人が研修終了後、県内に帰ってくる可能性は残されているが、出願要件段階で卒業後の県内就業をより明確にすることで、歯止めとしたい考えだ。

 教育担当理事の中根明夫副学長は「入学後も、面談など様々な取り組みを検討している。地域医療を支える人材を育成したい」としている。問い合わせは、医学研究科学務グループ学務担当(0172・39・5204)。

いやしかし、日限が限られていなければ「いや、もう何十年か修行してから青森に戻るつもりなんですよ」といった言い訳が通用してしまうわけですから、これは契約の文言の隙間をついたうまいことを考えた人間がいたものだなと感心しますけれども、今度はこの要件の変更によって希望者数がどのように変化するかにも注目ですし、くれぐれもよく考えてから願書を出していただきたいと思いますね。
むろん県や大学と言えば法律などの専門家にもいくらでも伝手はあるでしょうから抜け道塞ぎなどお手の物なのでしょうが、基本的に21世紀にもなってお金で他人の人生を縛ることが倫理的に許されるのかという議論を抜きにして、単に需要があるからと話がどんどん進められていくのもどうなのかという疑問を感じています。
「そうは言ってもお金がなくて進学をあきらめた学生にとってもよい救済策じゃないか」という意見もあるでしょうが、もともと奨学金や授業料免除など勉学面で努力していれば相応の支援が得られるシステムがある上に自分で働いて稼ぐ道もあるわけですから、本当に努力しているのに経済面から断念せざるを得ないという人がどれくらいいるのかです(超高額なコストを要する私学などに行く人は別として)。
そう考えて見れば結局のところあくまで自治体など集める側の都合で設定された制度であるわけで、本当に他の制度よりもメリットがあるのかどうかをきちんと比較検討した上で選ばないと、単に進路指導担当者から「楽に医学部に入れる道があるよ~」などとそそのかされて願書を出してしまっては後で後悔する可能性も高くなるのは当然でしょう。

そして何よりこうした制度が今ひとつ機能していないという話を見るたびに感じるのですが、何故逃散紛いの逃避行が続出しているのかという検討が何もなくただ義務を強化することしか考えていないというのは、昨今大学病院での初期研修に人気がないことに対して「研修プログラムを変えてみました」などと的外れな対策を講じているのと同じくらいに現場の声に耳を傾けていない気配が濃厚ですよね。
そうした見ざる聞かざるな人々が采配を振るっている地域の医療機関がどのような労働環境にあるのか、もともと医療過疎であるからこそこうした制度を整備しているのだとすればスタートラインに立った時点でネガティブなバイアスがかかっていると思われるだけに、本来それを振り払うために人一倍世間の評判も気にしていてしかるべきだと思うのですがね。
ちなみに前出の御礼奉公に関してはある程度判例も集まっていまして、「一定期間の勤務をしなかった場合お金を返還せよ」という契約は無効ですが、「一定期間勤務をすれば返還義務を免除する」という契約はありというところまで確定しているそうですが、今後契約の当事者間でこのあたりの文言を巡っての争いが増えてくるのかも知れませんね。

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2012年8月15日 (水)

天国にいちばん近い島

本題に入る前にちょっとした小ネタとして、先日こういうニュースが出ていまして「まあそうなんだろうな」と思う話なんですが、なんとなく寂しい時代になったものだという気もしますね。

増える 書店ゼロの街(2012年8月12日東京新聞)

 街のどこにも本屋さんがない。そんな市町村が増えている。首都圏でも、筑波研究学園都市に隣接する茨城県つくばみらい市が、全国に四つある「書店ゼロの市」の一つに。一方、北海道留萌(るもい)市では官民一体となって書店を誘致し、ゼロから抜け出すなど、新しい動きも出始めている。 (中村陽子、写真も)

 「本をどこで買いますか?」。つくばみらい市内のつくばエクスプレス(TX)「みらい平」駅前。立ち話をしていた三十代の主婦二人に質問すると「ないんですよ、本屋さんが」と、顔を見合わせてうなずいた。「引っ越してきてびっくりしました。大の読書家の夫は、車で隣の守谷市まで買いに行ってます

 二〇〇六年に伊奈町と谷和原村が合併したつくばみらい市。みらい平駅から都心の秋葉原駅まで、〇五年に開通したTXで最速四十分というアクセスの良さもあり、六年間で人口が一割以上増えて四万六千人余になった。ところが近隣の市に大型書店ができた影響などから、関東鉄道小絹(こきぬ)駅近くのチェーン書店が閉店。五年ほど前から市内に書店がない状態だ。

 書店の動向に詳しい出版社「アルメディア」(東京)の加賀美幹雄代表は、TX発着駅の秋葉原に大型書店ができたことを挙げ「地元客が大都市の商圏に吸収されてしまった可能性もある」とみる。同社の調査では、今年五月現在、全国の自治体の17%にあたる三百十七市町村が「書店ゼロ」。五年前より八市町村増えた。市では、鹿児島県垂水(たるみず)市でも書店が姿を消した。

 つくばみらい市には昨年、駅前への書店誘致を求める投書が相次いだ。市産業経済課がチェーンの書店に出店を働き掛けたが、色よい返事はなかったという。「民間の商売なので、こちらの希望だけで進めるのは難しい」と担当者は話す。

 一方、ゼロから新たに書店が誕生した例もある。留萌市に昨夏オープンした三省堂書店の支店「留萌ブックセンター」だ。JR留萌駅から車で十五分。国道沿いの百五十坪の店内に十万冊を置く。

 人口二万四千人の留萌市は、一〇年末に唯一の書店が閉店。「一番近い本屋さんも車で一時間かかるようになった」と主婦武良(むら)千春さん(50)は振り返る。武良さんは市立図書館や道留萌振興局に相談し、有志で誘致団体を結成。一一年春、「出店したら、ポイントカードの会員になる」という二千人以上の署名を書店側に提出。こうした熱意が実って出店が決まった。

 開店から一年。店は武良さんら市民が、ボランティアで支援している。約二十人が交代で、早朝から雑誌に付録を挟む作業などを手伝う。店長の今拓己さんは「店員は八人ほど必要です。でもうちは六人雇うのが精いっぱい。みんなに助けてもらっている」。

 行政も後押しする。道は三省堂書店と協定を結び、イベントや観光のPRなどで互いに協力する。武良さんは「予想もしていなかった方向に協力が広がった。ブックセンターはいま、本を買う場所以上の存在」と言う。

 留萌の例は、つくばみらい市などにも応用できるのか。三省堂書店本社(東京)の担当者は「留萌の場合、店を継続できる程度の売り上げはあり、成功とみている」と話すが、「市民の熱意と行政の協力が重なったまれな例。採算を度外視した出店はできず、どこでも出せるわけではない」と慎重だ。

 「『本屋』は死なない」(新潮社)などの著書があるライター石橋毅史(たけふみ)さんは「街の書店の経営はビジネスとしては厳しく、姿を消すのも当然の流れ。だが、経済的価値と異なる『別の何か』を求める人も増えている。書店はその『何か』を手渡す場所になり得ると思う」と話す。

どこの街でも中小書店の淘汰は進んでいるんだと思いますが、書店業界の場合よく本を買うヘビーユーザーほど品揃えの乏しい小さな本屋では満足出来ないというジレンマがあって、しかもライトユーザー向けの売れ筋である雑誌などはコンビニで事足りてしまうわけですから、それはよほどに品揃えが豊富といった特色でもなければ経営が成り立ちませんよね。
特に田舎ではネット通販がこうまで便利になってくると近所の小さな本屋の存在価値がどこにあるのかと思ってしまうのですが、本棚に並んだ本を眺め手にも取りながら店内をまわるというのが本屋巡りの楽しみでもあるわけですから、将来的にネット通販が手にとってパラパラ眺める行為にまで対応できたら本当に書店というものの終焉が来てしまうのかも知れません。
そう言いつつ先日ネットで大人買いした「鬼灯の冷徹」という漫画を楽しみに読んでいたのですが、たまたまこういうニュースを目にしましたので今日はお盆にちなんだ話題?ということで取り上げてみましょう。

32年前に発売した“地獄の絵本”がいま爆発的な売れ行き(2012年8月10日日経トレンディ)

 風濤社(ふうとうしゃ、東京都文京区)から1980年に出版された『絵本 地獄』が、今年に入ってから爆発的に売れている。昨年までの32年間で11万部を売っていたが、今年に入ってから半年間で8万部を増刷。その後さらに勢いが増し、現在までで12万部の増刷となっている。一部書店では品薄状態で、これからもさらに売り行きは伸びそうだ。

 この絵本は千葉県三芳村の延命寺に所蔵されていた「地獄極楽絵巻」に、文章をつけたもの。1980年当時、自殺する子どもが相次いで報道されたため、自殺を抑止する目的で出版された。巻末に「自殺するのは親不孝。死ぬと地獄に落ちる」「命を大事にしろ」というメッセージが記されている。

 爆発的に売れ始めたきっかけは、人気漫画家の東村アキコ氏が、育児コミック「ママはテンパリスト」の中でこの絵本のエピソードを描いたこと。やんちゃ盛りの息子のしつけにてこずっていた時、この絵本を見せて脅かしたら、見違えるほどいい子になったという。

 その話を聞いた同社では、編集部経由で東村氏に連絡を取り、「うちの子はこの本のおかげで悪さをしなくなりました」という推薦の言葉と、東村氏の絵を帯に掲載。するとエピソードが掲載されている「ママはテンパリスト」の単行本第4巻が発売された2011年11月からじわじわと売れ始め、今年に入ってから爆発的に売れるようになったという。

 同社社長の高橋栄氏によると、絵があまりにショッキングなため、発売当時は書店営業に苦労したとのこと。児童書コーナーに置いてもらうどころか、表紙がちらりと見えただけで追い返されたこともあるという。しかし次第に同書の意図が伝わり、「強烈だけどいい本」「命の尊さという、理屈だけでは説明しにくい大きなテーマを、わかりやすく伝えている」と評価が定着。若者に人気の書店、ヴィレッジヴァンガードでは数年前から定番商品として置かれ、「ファンキー」という評価もあった。だがこれほどまでの勢いで売れるとは同社でも思ってもいなかったという。

 子供のしつけ用に読まれていることについては、「読み手が思いおもいに受け止めていい」とのこと。ネット上のレビューを見ると、本来の意図はきちんと受け止めてもらえていると感じるそうだ。「子供に読み聞かせると怖がって泣いてしまったのに、しばらくしたら自分で取り出してまた読んでいた」という話もあるそうで、「怖いけど、何か子供を強烈に引きつける魅力があるのでしょう」と高橋氏は話す。

すでに少し前からこの「絵本 地獄」ブームが本格化していて、これを子供達に読ませると「怖くて眠られへん…」と涙目だと言うのですからその恐ろしいまでの破壊力は折り紙付きなのですが、まあ何しろ近年様々な規制が厳しくなった漫画などに比べると絵柄や色彩からしてなんともショッキングですよね。
実際にしつけ的な効果が非常に高いことは熱帯雨林の書評欄などからもうかがえるところなのですが、おもしろいのはこれだけ劇的な効果があり過ぎると「肉体的な体罰を与えてしつけることと精神的なショックを与えてしつけることはどう違うんだ?」と批判する声もあるらしいということなんですね。

男女の仲も自業自得? 絵本「地獄」がバカ売れしている理由(2012年4月25日ローリエ)より抜粋

(略)
約束やルールの大切さ、命の尊さ、人間の奢りを戒めることがこの本の目的であるのでそれはいい傾向である。子供たちの言動が明らかに変わるというこの売れてる絵本。

しかしこのしつけ方に大人達は賛否両論
脅してしつけるってどうよ?」「地獄なんてないし……「脅しを与えて子供にゆうことを聞かすとか、怖がらせてしつけるってどうかねぇ……」と首をかしげる人もいる。

しかし、改めて考えるとこの“子供を怖がらせること”は、自分の子供の頃には周りの大人たちは皆それを当然のようにやっていたし、その“脅し”を散々受けてきた。昭和時代真っ只中の子供達はしつけ、教育と称してぶたれ、ゲンコされたし、ビンタも受けた。また学校では竹刀や長い物差しを持った怖い先生が肩で風を切って歩き、生徒を威嚇していた。授業中チョークや黒板消しを生徒に投げつける先生もいた。生徒の耳を引っ張りまわす先生もいた。

いたずらっこや授業を妨害したり、カンニングしたり、悪いことをする人間には体罰が与えられた
そして生徒は恐ろしさと痛さと恥ずかしさでうなだれるのだ。親も学校や先生が与える体罰に対し騒ぎ立てたりはしなかった。ルールやマナーを守らない人間には何かしらの罰が与えられる…それは団体行動においては当然であったし、社会にも当てはまる

もし、罰がなければ、裁きがなければ、脅しがなければこの世の中ますます犯罪であふれるのではないだろうか? 飲酒運転などは捕まらなきゃやっていい、罰金がなけりゃ別にいい、警察がいなけりゃ万引きやカツアゲ、盗みをする。

法や罰、刑は人を踏みとどまらせるものでもある。法や刑罰は人を取締り、悪いことした人間に対しての戒めであり、見せしめである。だからこの「地獄」の教えはおかしいことではない。この世の中に“裁き”や“罰”があるようにあの世にも“裁き”や“罰”があったっておかしくないし、“カルマは返ってくる”のではないか?と思う。
それがしつけであり教育であると思う。
……というかこの教えは子供うんぬんでなく大人への戒めであり大人へのしつけともいえるのではないか?
(略)

飲酒運転などで話題になったいわゆる厳罰主義なるものがいいのか悪いのか、それ以前に抑制効果があるのかについてもいまだはっきりした結論は出ていませんし、そもそも何であれ厳しさも行きすぎて極端なことになってしまえば弊害の方が大きくなるのは当然ですが、逆にしつけもろくにしないで甘やかせ放題ではまともな人間が育たないというのもまた長年の経験則から明らかではないかという気がします。
ちなみに「絵本 地獄」とセットのように「絵本 極楽」がこれまた猛烈な勢いで売れているのだそうで、そう考えますと宗教というものはさすがに長年大衆の心を捉えて放さないだけのことはあって、このあたりのアメとムチの使い分けが巧みなんだということなんでしょう。
しかし昔から「天国と地獄には同じようにごちそうが並べられている」なんて話があって、結局天国と地獄を分けているのは人間の心なんじゃないかということなんですが、ほとんどの庶民が食べるにも寝るにも困らない現代日本の暮らしも客観的に見てみれば案外と天国に近い場所にあるのかも知れませんね。

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2012年8月14日 (火)

精神障害者問題 義務と権利は等価交換

先日は精神障害者の雇用を国が義務づけるという話を紹介しましたが、これに対して「『幻覚を見て、何を言っているかわからない』人と一緒にどうやって仕事をするのでしょう」などと編集後記に書いた雑誌が精神科病院教会などから抗議を受けたと言います。
ちなみに厚労省の指針によると雇用義務づけになるのは社会復帰可能な3級準拠の精神障害者で、幻覚が見えているとすればこれは1級2級の対象になるからそもそも認識が間違っているという指摘もあるようで、仮に政策に対して意見があるにしても後書きなどで放言して終わるのではなく、きちんと取材をしちゃんとした批評に耐える記事として問題提起すべきであったとは言えそうですね。
一方で精神障害者に限らず社会において何事であれタブー視することは言われなき差別と全く同根の問題ですから、今回のことで精神障害者についての議論など一切してはならないんだと勘違いしてしまうことも避けなければならないのですが、先日またしても賛否両論ありそうな判決が出てきたと言うことでじわじわと各方面の話題を集めています。

「発達障害への偏見ある」 求刑超え判決、日弁連が批判(2012年8月10日朝日新聞)

 大阪地裁の裁判員裁判で先月、被告が発達障害の一つ「アスペルガー症候群」であることを理由に求刑を上回る懲役20年の判決が言い渡されたことについて、日本弁護士連合会は10日、判決を批判する山岸憲司会長名の談話を出した。「発達障害への無理解と偏見がある」とし、評議の中で、裁判員に刑の重さを判断するうえで必要な医学、社会福祉関連の情報が提供されるよう求めた。

 判決は、社会で受け皿が用意されておらず、再犯のおそれが強い▽許される限り長く刑務所に収容することが社会秩序維持に役立つ――と指摘。懲役16年の求刑を上回る量刑とした。日弁連は談話で「受け皿が各地に整備されつつある現状を見過ごしている」「刑務所での治療体制は不十分で、長期収容による改善は期待できない」などと指摘した。

 この判決に対しては、日本自閉症協会などからも抗議声明が出ている。

発達障害者に求刑超え異例判決 「社会秩序のため」に賛否分かれる(2012年7月31日J-CASTニュース)

  姉を刺殺した発達障害のある42歳の男性被告に、裁判員裁判で求刑を超える懲役20年の実刑判決が言い渡された。その理由に、「社会秩序の維持」を挙げており、識者の間でも論議になっている

   障害を理由に減刑することは、刑事裁判では、よく見られる。この判決が異例なのは、逆に刑を重くしたことだ。

障害者団体などは、「無理解、偏見」と批判

   報道によると、大阪市平野区の無職大東一広被告(42)は、大阪地検の精神鑑定で、社会的なコミュニケーションに問題があるとされるアスペルガー症候群と診断された。そのうえで、地検は、大東被告に責任能力はあるとして、殺人罪で懲役16年を求刑していた。

   一方、2012年7月30日の大阪地裁判決では、アスペルガー症候群であると認定しながらも、大東被告がまったく反省していないうえ、家族も同居を望んでいないため、社会の受け皿がなく、再犯の可能性があると指摘した。そして、「許される限り刑務所に収容することが社会秩序の維持にも役立つ」として、殺人罪の有期懲役刑の上限を適用した。

   判決によると、大東被告は、小学校5年で不登校になってから約30年間の引きこもり生活は姉のせいだと逆恨みした。そして、11年7月25日に生活用品を市営住宅の自宅に届けに来た姉に対し、腹などを包丁で数カ所刺して殺害した。

   これに対し、弁護側は、「主張が認められず遺憾だ」として、控訴する構えを見せている。法廷では、障害の影響があったとして、保護観察付きの執行猶予判決を求めていた

   社会秩序維持を挙げた判決について、障害者団体などからは、「無理解、偏見に基づく判決だ」などと批判が出ている。とはいえ、ネット上では、その反応は様々だ。

識者から「裁判員の判断の方が常識」の意見も

   判決について、「犯した罪ではなく、出所後の受け皿の有無で刑が決まるとかおかしい」「福祉の存在意義を真っ向から否定する言い分だな」といった疑問は多い。一方で、「病人だとはいっても、このような人間を受け入れられる施設が刑務所以外にあるのだろうか」などと判決を支持する声もあり、「無期禁固でいい」といった極論すらあった。

   識者の間でも、意見は分かれているようだ。

   日経の記事によると、判決について、板倉宏日大名誉教授(刑法)は「障害がある場合、量刑が軽くなるケースが大半。法律の専門家からすれば違和感が残る」と指摘した。一方、産経によると、元最高検検事の土本武司筑波大名誉教授は「検察側の求刑が軽すぎた。裁判員の判断の方が常識にかなっている。裁判員裁判を導入した成果といえるだろう」と述べた。

   発達障害について、家族がいないと社会の受け皿がないというのは本当なのか。

   大阪市内で発達障害者の支援に当たるある相談員は、取材に対し、「受け皿は少ないのが実情」と明かす。「グループホームに発達障害に特化したところはなく、どこも満杯です。ですから、社会復帰する施設は、なかなかありません」。

   独り暮らしをしたとしても、実情は同様だ。2005年に発達障害者支援法が施行され、自治体が障害者を支援することになっている。しかし、本人が相談などをせずに引きこもっていた場合、行政が乗り込むのは難しいようだ。

   ただ、前出の相談員は、判決については、「刑務所に発達障害対応のプログラムがあるとは思えず、理不尽だと思います」と漏らした。

ちなみに犯行に至るまでの状況ですが、別記事によればこうした経緯であったようで、「全ては障害のせいで普通ならあり得ない事件だ」と主張する山根弁護士には失礼ながら、昨今の世相においてはむしろ障害の如何を問わず幾らでも起こりそうな事件ではあるかなという印象を受けます。

厳罰という名の隔離 発達障害被告に求刑超す判決(2012年8月10日中日新聞)より抜粋

 大東被告は小学5年で不登校になり、約30年間引きこもり生活を送っていた。本人も家族も障害には気づいていなかった。被告は不登校になった時に「転校や引っ越しをして、やり直したい」と両親に頼んだが、実現しなかった。それを姉のせいだと思い込んだ

 20代のころにはインターネットで自殺の方法を調べようと、姉に「パソコンを買って」と頼んだが、新品を買ってもらえず、さらに恨んだ

 犯行時は母親と2人暮らし。結婚して家を出た姉が被告のために生活用品を届けた際、「食費やお金は自分で出すように」と置き手紙で自立を促したことが、今回の犯行の引き金となった。

 大東被告は逮捕後の検察の精神鑑定で初めて、広汎性発達障害の一つ、アスペルガー症候群と診断された。この障害には、他人の感情や意図を理解することを苦手とする傾向がある。コミュニケーションがうまく図れず、いじめられて不登校になったり、障害者本人が被害感情を募らせてしまうこともある。

 担当した山根睦弘弁護士は「障害のせいで、自分の苦しみはすべて姉のせいだと思い込んだ。通常なら考えられないような動機だ。家族への甘えが入り交じった複雑な恨みの感情を30年も募らせた末の犯行であり、あかの他人への再犯はあり得ない」と説明する。

近年ネット上ではこの「アスペルガー」という言葉が非常に便利に使われていて、なにかヒキヲタの代名詞か何かのようにも連呼されていますが、もともとは知的障害のない自閉症の一種とされているもので、表情やボディランゲージ、言葉のニュアンスを理解出来ない等から特に対人関係において問題が生じやすいにも関わらず、一見正常な人のように見えるために社会的支援を得られにくいと言う事情があるようです。
この判決に関しては二つのポイントがあって、一つには精神障害者に対して一般人と同様に刑事罰を課すべきなのかどうかということで、実際に弁護側は障害による影響があったとして執行猶予判決を求めていたということですけれども、こうまで情状酌量の余地のない犯罪行為に対してそうした「特別扱い」を求めてしまうとますます精神障害者は責任能力のない人々なんだという「偏見」を助長しかねません。
冒頭に紹介したケースにもありますように、関係諸団体の立場としては軽症の精神障害者は一般人と何ら変わりのない社会生活を送っていけるのだというタテマエになっているわけですから、社会進出を望むならむしろアスペルガーなど事件には何も関係がないのだ、障害者だからと特別視せず普通の人と全く同じに扱ってもらいたいと主張するべきであったんじゃないかとも思います。

その点で今回求刑よりもより重い判決を出したということにも注目すべきで、事件の背景事情に加えて本人も全く反省していないということで元々の求刑が軽すぎただけだという声もあるようですが、一方で判決でははっきりと「社会の受け皿がないから」と言う理由で出した結論であると言い切っているのが気になりますよね。
確かに親族が親身になって養ってきたにも関わらずそれを裏切った人間が、しかもすでに40も過ぎては障害の有無に関わらず今さら劇的に対人関係の対処能力が改善するはずもないでしょうし、またアスペルガー程度では措置入院扱いで一生病院に閉じ込めておけるわけでもないとすれば、「そんな危ない人間を野放しにするのは困る」と言うことで少しでも長く刑務所に、と考えたくなる心情は理解出来ます。
しかし刑務所とは犯した罪に対して応分の刑罰を受ける場所であり、他に行き場がないからと犯した罪以上の刑罰を与えるというのは明らかに筋違いというもので、今回の判決は刑法の意味をいささか独自解釈し過ぎたという点で大いに批判されるべきなんじゃないかと思うのですがどうでしょうか?
ただしこの点に関しては別に精神障害者であるから駄目だというわけではないのは注意すべきであって、仮に今後更正が見込めない凶悪犯罪者も同様な理屈で一生刑務所に押し込めておけと言う判決が出たとすれば、今回の事件と全く同程度におかしな判決として批判されるべきなんじゃないかということです。

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2012年8月13日 (月)

生保不正受給問題 意外に簡単な解決法?

最近にわかに不正受給問題などが注目を集めている生活保護に関連して、先日「生活保護は恥じゃない!」と訴えるデモが東京で繰り広げられたことがネット上でも大きな話題を呼びました。
これに対しては「平日昼間にデモする暇があるなら働け」と身も蓋もないツッコミもかなり多かったようですが、もちろん実際に生活保護受給が必要である人々も少なからずいるということは事実として認めなければなりませんよね。

生活保護 最後のとりで 失明、車いす…役所は「働けないのか」(2012年8月9日東京新聞)

 私たちの暮らしを左右する社会保障と税の一体改革関連法案が、国会で与野党の攻防の「取引材料」にされた八日。その周辺を、あるデモ隊が練り歩いた。「生活保護は恥じゃないぞ」。声を張り上げた多くは、いま生活保護を利用している人たちだ。 (小川慎一)

 「ぜひ知っておいてほしいことがあります。生活保護は最後のとりでなんです」。東京・霞が関周辺の車道。車いすで生活する日笠方彦(まさひこ)さん(51)=東京都練馬区=は、歩道にいるサラリーマンたちに訴えかけた。この日デモに参加したのは百三人。支援団体の呼び掛けなどでつながった。

 生活保護を利用して十年。一九九五年三月、自宅でバイクの修理中、タンクに移し替えたガソリンにたばこの火が引火し、大やけどを負った。会社を解雇され、再就職が決まったばかりだったというのに、両目の視力、左足は膝から下、両手も親指以外を失った

 退院後、千葉県内の施設に入所したが、「ここで死ぬのではなく、街に出たい」と一人暮らしを決めた。銀行口座の残高が二千円となり、生活保護を申請することに。だが役所の窓口で男性職員から言われた一言は思いがけないものだった。

 「あなた、働けないんですか

 日笠さんは「まさか自分に言っているとは思わなかった」と話す。ハローワークに電話しても、できる仕事はないと言われ続けてきた。口座残高を見せた途端に、職員が女性に交代し、申請の手続きが順調に進んだことを、今でも忘れられないでいる。

 「いま振り返ると、水際作戦だったのかな」と日笠さん。保護費抑制のため、申請用紙を渡さないなどして、間口を狭くしている自治体もあるとされる。窓口で門前払いされ「おにぎりを食べたい」と書き残して餓死した男性もいた。

 最近では、タレントの母親の受給が問題視されるなど、一般の人たちからの生活保護バッシングともいえるような状況も生まれている。財政難の中、生活保護を抑制しようという動きは国でも地方自治体でも強まる。消費税が増税されて生活が厳しくなっても、制度そのものが手厚くなる可能性は低い。

 「国会では、財源か解散かの話ばかりで、ちゃんと僕たちを見ていない」。視力を失ったまなざしが、民意を託されたはずの人々の茶番を見つめている。

まあしかし日笠さんの不幸な事故は不幸として同情申し上げますが、一般論としてガソリンを扱っているそばでタバコを吸うというのも常識的にどうなのか、なんですがね…
それはともかく、そうした不幸な方々が現実にいるからと言って無制限に申請者全てに支給していくべきだというのも無茶な話で、これまた社会の数多くの制度と同様に悪用する人も一定数いるのだという前提で個別にきちんとチェックしながら運用していくしかないのかなとも思いますね。
ただ今現在この認定作業というものがきちんと回っていないということも問題であって、福祉事務所など直接的な担当者の方々は「お役所仕事どころではない」多忙な日々を送っていると言いますが、一方ではこれが新規受給申請者と既存の受給者との間に審査の厳しさという点で格差を生む原因にもなっているようです。
ひと頃生活保護申請が窓口で切られる「水際作戦」ということが問題視された結果、どんどん受け付けるように国から直々に指示が出たことが現在の生保受給者激増を産んだと言われますが、ひとたび受給資格を得れば役所のチェックも手が回らないことをいいことに好き放題やっている人々も多いようです。

その究極が「冷暖房完備で三食昼寝つきの生活を無料で受けられる」病院入院生活というもので、しかも入院していればその間も保護費がどんどん貯まっていくわけですから笑いが止まらないのは当然ですが、こうしたケースは「医療扶助は現物給付によって行うものとする(生活保護法5章34条)」が悪用されたと言えるでしょう。
逆に最近では生保受給者に現金を渡すからよくないのだ、パチンコや酒に散財できないように食料品などを現物給付にすればよいのだという意見も根強いのですが、先日この現物給付ということを非常にうまく活用し成果を挙げている事例が紹介されていました。

生活保護率が横ばいで推移 上富田町/和歌山(2012年8月10日紀伊民報)

 国や和歌山県で生活保護費が増加傾向にある中、上富田町では、ほぼ横ばいで推移を続けている。全国的にも珍しいとみられる「食糧支給」制度と、扶養義務の調査を徹底していることが大きな理由。町は「生活保護はあくまでも自立のための手段という考えだが、本当に困っていればしっかり手を差し伸べる」と話している。

 町の生活保護適用件数は、ここ10年は60~80世帯、90~105人で推移している。人口千人に占める受給者の割合を示す保護率は、ことし3月の時点で0・64%。保護率が高い周辺の自治体と比べると、半数以下になる。

【田辺地方の自治体と県全体の生活保護率の推移】

 町は2006年4月に「食糧物資支給制度」を設けた。「生活保護の認定は受けられないが極度に困っている」という家庭が対象で、米などの食料品を支給する。月2万円分が上限。町長が支給を決めると、担当職員がすぐに買い物へ行くことになっている。

 町によると、適用件数は06年度7件▽07年度9件▽08年度10件▽09年度8件▽10年度6件▽11年度2件。本年度の適用はまだない。年間予算は約30万円で、担当者は「少ない金額でも十分運用していける」と話す。

 この制度は、生活保護の不正受給を防ぐ意味でも効果がある。相談に来た人が「明日食べる物がない」「子どもが死んだらどう責任を取るのか」と言ってきても、食糧を支給できると伝えた途端に引き返していくケースも少なくないという。逆に、本当に困っている人へ食料を支給すると感謝の気持ちが生まれ、自立してその「恩」に応えようとしてくれるという。

 もう一つの特徴的な取り組みは、扶養義務調査の徹底。遠くに住んでいる人でも、面会を基本にしている。できるだけ生活保護の申請者に同席してもらい、相談するようにしているという。

 町村であれば、県(振興局)が調査の実務を担当することが多い。だが、上富田町は振興局と情報を共有し、積極的に関与し続ける。扶養義務について定められた法律の趣旨を丁寧に説明するようにしている。「10回以上断った後、最後は扶養を了解してくれた親族もいた。誠意を持って対応すれば、理解してくれるケースは少なくない」と担当者は話している。

 振興局では、遠方の親族には文書で扶養を依頼する。県福祉保健総務課によると、住宅ローンや教育費を理由に断られるケースが多いという。資産調査の法的根拠はないため、「回答が本当かどうかは分からない」のが実情だ。

 小宮山洋子厚生労働相は5月、扶養できないことを証明する義務を課す法改正を検討する考えを示している。

 生活保護は、憲法25条(生存権)に基づく制度。国の基準で計算する最低生活費に世帯の収入が満たない場合に適用される。75%を国が負担する。残りの25%は、市は独自で、町村(一部除く)の分は都道府県が支出する。

この制度、色々と応用が考えられるというもので、例えば地域内で過剰生産となった食料品や日用物資などを廃棄する代わりに公的に買い上げ給付に回すといったやりくりをすれば、少ない出費でかなり色々と支援も出来そうですし、場合によっては過剰な賃貸住宅もこうした方法で市が仲立ちして住居のない方々に貸与するといったことも出来るでしょう。
それはともかくとして、ここで注目していただきたいのが「相談に来た人が「明日食べる物がない」「子どもが死んだらどう責任を取るのか」と言ってきても、食糧を支給できると伝えた途端に引き返していくケースも少なくない」という話で、まさかこんなに簡単かつ安価で人手もかからないような方法で不正受給防止が可能になるとはまさに目から鱗と言うしかありません。
生活保護申請をしてくる方々も多くの場合はとりあえず住む場所はあるわけですから、当座の食料が確保出来れば緊急性が薄れるのは当然であるし、そうして時間を稼ぎマンパワーを節約できている間にきちんとした受給資格の調査も出来ると考えれば一石二鳥も三鳥もあるよいやり方だと思います。
となると、次に考えるのは当然のことながら既存の受給者に対しても現金支給から現物支給へと切り替えていくことが出来ないのかということなんですが、現在の状況下で不正受給防止に確実に効果があるだろうこうした取り組みに積極的に反対する根拠も乏しいと思われるだけに、お金を実際に負担している国や自治体は早めに検討をしておかないと職務怠慢、公費の無駄遣いだと言われかねないですかね。

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2012年8月12日 (日)

今日のぐり:「手打ちうどん よこた」

ちょうど開催中の五輪では日本のメダル獲得数が非常に多いということで注目も高まっていますが、そんな中で「それはちょっとないんじゃない?」と思ってしまうのが活躍した選手に対する報奨金の格差です。

自転車3000万円から柔道ゼロまで 格差がありすぎるメダル報奨金(2012年8月8日J-CASTニュース)

   ロンドン五輪で日本選手のメダルラッシュが続き、選手らに支給される報奨金の格差が話題になっている。
   「ビッグパフェを食べたい」。柔道女子57キロ級で日本選手初の金メダルを獲得した松本薫選手(24)は、報奨金の使い道を聞かれ、こう繰り返した。

柔道「メダルを獲るのは当然」

   これは、JOC(日本オリンピック委員会)から金メダリストに支給される300万円のことだ。銀・銅メダルなら、それぞれ200、100万円が支給される。
   ところが、競技団体の全日本柔道連盟からは、どの色のメダルを獲っても報奨金の支給はなしと決まっている。報道によると、日本選手がメダルを獲るのは当然という理由からだそうだ。
   松本選手は、報奨金総額の少なさに皮肉を言ったのではなさそう。だが、ネット上では、「柔道かわいそす」「プレッシャーばっかりでモチベーション上がらんわ」などと、ほかの競技に比べてどうなのかと疑問も出ている。
   というのは、自転車競技は競輪選手会から金メダルなら3000万円、などと高い報奨金が出るところがあるからだ。

   金メダルの報奨金をみると、陸上、バドミントン、卓球が、競技団体からそれぞれ1000万円と比較的高い。
   脚光を浴びるサッカーは、日本サッカー協会からの報奨金が、金150万円、銀100万円、銅50万円に留まる。しかし、金を目指す「なでしこジャパン」について見ると、試合ごとの勝利給が1人10万円から30万円にアップされており、報奨金もW杯優勝時と同じく、金なら1人500万円に積み増すとも報じられている。とすると、JOCの分も合わせて、なでしこ選手は、念願の金を獲得できれば、1人1000万円超ももらう計算になる。
   レスリングも、女子の吉田沙保里、伊調馨両選手が3連覇を達成すれば、300万円から1000万円に報奨金が増額されるとも報じられている。

競泳・北島は金だったら総額7000万円!

   スポンサーからの報奨金が弾むケースもあるようだ。
   競泳では、日本代表公式パートナーのGMOクリック証券が、金メダルなら3000万円を支払うと発表して話題になった。銀・銅メダルならそれぞれ、300、100万円にまで下がる。もし、北島康介選手が2種目で3連覇していれば、JOCの分と日本水泳連盟の報奨金200万円も合わせて、7000万円もの大金を手にしていたわけだ。

   柔道と同じように、報奨金が低いとされるのが体操だ。
   日本体操協会では、額は公表していないとしているが、スポーツ紙によると、金50万円、銀30万円、銅20万円が支給される。これは、世界選手権と同額だ。そうだとすれば、お家芸とされている事情があるのかもしれない。
   体操男子の内村航平選手(23)は、個人総合で28年ぶり金の快挙を達成しただけに、ネット上では、「うわっ…体操の報奨金低すぎ…」「50万って夢がないなw」との声が上がっている。
   ただ、所属のコナミが特別ボーナス支給を検討していると報じられている。また、トヨタ自動車などのCM出演からの収入もあり、実際には、50万円を大きく上回る収入がありそうだ。

さすがにメダルを取ってもご褒美のパフェも食べられないのではどうかという話で、今回の柔道の成績にどの程度影響していたのかははっきりしませんけれども、次回以降の巻き返しのためにも早急に改善をしていただいた方がいいんじゃないかという気はしますね。
今日は五輪にちなむちょっとそれはどうなのよ?という話題を紹介してみたいと思いますけれども、こちらもその待遇はちょっと…と思ってしまうような哀しいニュースではないでしょうか。

淡路、渡航費は協会持ち 選手村にも入れず(2012年8月6日産経ニュース)

 フェンシング男子フルーレ団体でイタリアとの決勝に出場した淡路卓(ネクサス)は、日本オリンピック委員会(JOC)の選手団には含まれない交代要員での登録だった。渡航費などは日本フェンシング協会が負担し、選手村にも入れないため近くに部屋を借りていたという。

 日本協会の張西厚志専務理事によると、国際オリンピック委員会(IOC)が団体に認める選手枠は3人。ただし4人目の選手登録も可能で、その選手は「試合に出ることで初めて五輪選手になる」という。

 晴れて銀メダリストとなった淡路には、JOCから200万円の報奨金が支払われる。張西専務理事は6日、さかのぼっての渡航費などの支給について「ただ出ただけではなく、銀メダリスト。(JOCに)申請してみようかな」と話した。(共同)

かつての共産圏諸国のようなステートアマとしての待遇も日本では難しいのでしょうが、もともと資金繰りにも苦労するというマイナー競技ではやはり公的支援の有無が成績にも影響するのではないかと思わずにはいられません。
さて、それほどまでに入るのも厳しいという選手村ではコンドームが品切れ状態という話題を先日もお伝えしたところですが、この件が思わぬ反響を呼んでいるようです。

「セックスは五輪精神の一部」 元金メダリストが衝撃告白 ロンドン五輪はコンドーム消費最多?(2012年8月9日産経ニュース)

 オリンピックの表の顔はよく知られている。勝者、敗者、自分の肉体を極限まで酷使して表彰台の栄光を追求する。しかし、その舞台裏では、それとは別のストーリーが繰り広げられている-。

 過去2大会で五輪出場経験のある元金メダリストがCNNに対して、衝撃の告白を行っている。

 「ナイーブな振りをして、選手村で何が起こっているのか知らないというのは、嘘つきだ。彼らは知っている。オフィシャルも、メディアでさえも。それは秘密ではなく、誰もが知っていることなんだ。セックスは五輪精神の一部。国際オリンピック委員会はそうは言わないだろうが、それは避けられない事実だ。そうじゃなきゃ、なぜ、彼らがこんなにたくさんのコンドームを配っていると思う?」

 選手村は特別な環境にある。200以上の国、地域から1万人以上の選手が参加し、2週間の間、密集して暮らす。強固なセキュリティーに守られ、群衆やプレスの目もなく、若くて性的魅力のある選手が同じ時間を同じ場所で過ごす。そこで性行為が行われるのは自然の流れかもしれない。

 シドニーやアトランタでの経験を踏まえて、ロンドン五輪の主催者は史上最多、15万個ものコンドームを用意した。しかし、それも底を尽きかけていて、ロンドン五輪は史上最も多くのコンドームが消費された大会とされている。

 競技の前にセックスをすると好結果が出るという科学的なデータもあり、この元選手も「レース前にセックスをすることにより、足が軽く感じられた」と話している。

 サッカー米女子代表のGKホープ・ソロ選手(30)もESPNに対して、「選手村では70%以上がセックスしている」と発言している。ソロ選手によると、「男女が知り合うのはバーでの出会いよりも簡単。一言、『どんなスポーツをしているの?』と話し掛ければ済む」という。

 しかし、こうした暴露発言が相次ぐ一方で、「選手村でのセックスなどありえない。選手村でコンドームなど見たこともない」と完全否定している選手もいる。となると、どちらかが嘘をついていることに…。密室の中だけに計り知れない部分があるが、果たして、真相は? (五輪取材班)

まあこれも博愛と融和の精神の発露なんでしょうか、疲れを本番に残さないように程々にと言うしかない話なんですが、この思いがけないコンドーム品薄騒動によって一部メーカーが無断でコンドームを追加配布するという一幕もあったようです。
ところがそうなりますと困ったことになるのが五輪スポンサー絡みの非常に厳しいレギュレーションの存在で、例えばこんな話も出ているくらいですから後日お咎めがあるかも知れませんね。

サムスンが五輪委員会に圧力、選手愛用のヘッドフォンを使用禁止に(2012年8月6日サーチナ)

  ロンドン五輪では多くの選手が試合前後にヘッドフォンで音楽を聴き、精神を集中させている。多くの選手たちの支持を集めているのは「Beats by Dr. Dre」というヘッドフォンだが、ロンドン五輪のオフィシャルスポンサーである韓国サムスン社は同ヘッドフォンを使用禁止にするため、五輪委員会に圧力をかけている。中国メディアの新浪網が報じた。

  イギリス、アメリカ、中国などの多くの選手が愛用している同ヘッドフォンは台湾を拠点にするHTC傘下の製品であり、HTCはサムスンの競合相手だ。サムスンがロンドン五輪委員会に圧力をかけたことによって、英国人選手たちは会場内での同ヘッドフォンの使用を禁止されてしまった。

  さらに五輪委員会は各国代表団に書面を送付し、公式スポンサーを尊重することの重要性を強調した。国際五輪委員会の第40条規定では「会場の内外にかかわらず、選手は公式スポンサーではない商品を宣伝することは許されない。五輪主催者は違反した選手を処罰、あるいは資格剥奪する権利を有する」と記されている。

  しかし、多くの選手たちは規定に反発し、ツイッター上で規定の削除を要求した。(編集担当:及川源十郎)

何でも現地ではスポンサー企業以外の商品を取り扱うことは一切まかりならんということで、会場で販売されている寿司にはワサビも醤油もついていないと大不評なんだそうですが、まあこのあたりも次回以降是非とも見直していただけるように期待したいですね。
大反響と言えばこちらも少しぶっちゃけ過ぎというのでしょうか、それはいささかどうなのよという爆弾発言が話題になっています。

「みんなプールで用を足している」 五輪競泳のフェルプス選手が衝撃発言(2012年8月7日ウォール・ストリート・ジャーナル 日本版)

 五輪史上最多の18個の金メダルを獲得した競泳米国代表のマイケル・フェルプス選手が、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の独占インタビューで、誰もがプールで用を足している、という衝撃的な事実を明かした。

 チームメートのライアン・ロクテ選手が最近、ときどきプールの中で排尿することがあると発言したと報じられ、大きな話題を呼んでいる。だが、そのことについてフェルプス選手は、「みんなプールで用を足していると思うよ」とさらっと認めた。さらに「スイマーにとっては普通のこと。水の中に2時間いるときは、わざわざ用を足すためにプールを出たりしない」とし、「塩素で消毒されるから汚くはない」と述べた。

いやまあ、きれいとか汚いとか言えば生物学的には無菌の尿はきれいであると言えば言えるのですけれども、こういう話が普通にあるというのが事実だとするとこれまた何らかの対策を要求したくもなりますかねえ…
同じく大注目されているあの選手が思わぬ災難を被りかけたというニュースも話題になっていましたが、こちら別の意味でもニュース性が高かったようです。

ボルトにボトル投げつけた男、女子柔道銅メダリストが取り押さえ 格闘になったら“瞬殺” (2012年8月7日産経ニュース)

 5日に行われた陸上男子100メートル決勝のスタート直前、観客の男がスタンドからトラック内にペットボトルを投げ込むハプニングが起きた。

 男はノースヨークシャー州サウスミルフォードのアシュリー・ギルウェブ容疑者、34歳。ウサイン・ボルト選手(25、ジャマイカ)に対する侮辱の言葉を叫び、罵声を上げながらペットボトルを投げ入れた。ボトルは選手の後方に落下。レースは通常通りに行われたが、この一部始終を隣の観客席で見ていたのが、柔道女子70キロ級で銅メダルを獲得したオランダのエディト・ボス選手(32)。彼女はすぐに行動を起こし、平手で男の背中を押した。

 「あなた、正常になって。あなたは心を失っているの?」とボス選手。幸い、格闘にはならなかったが、もし、男が抵抗でもしようものなら、ボス選手によって“瞬殺”されていたことだろう。男にとっても、まさか隣りに柔道の銅メダリストが座っているとは思わなかったはずだ。

 すぐさま警備員が駆けつけ、男は連行、公共の秩序を害する罪で逮捕された。男はストラトフォード治安判事裁判所で無罪を主張。裁判は9月3日に行われるが、それまでの間、オリンピック・パークを含むすべての五輪施設に立ち入らないこと、自宅で謹慎することなどを条件に保釈された。

 怒りが収まらないのはボス選手だ。何しろ、このゴタゴタのせいで、肝心の100メートル決勝のレースを見逃してしまったのだから。

 「私はとてもガッカリしている。でも、このような行為は決して許されるべきではない。選手に対する尊敬の念が感じられない」とボス選手は話す。

 幸い、けが人もなく、レースは予定通りに行われ、ボルト選手は五輪新記録の9秒63で優勝。一番の被害者は、暴漢を取り押さえるために肝心のレースを見逃してしまったボス選手かもしれない。(五輪取材班)

ま、誰にとって良かったか悪かったかはともかくとして、競技そのものには大きな影響がなかったらしいのはよかったと言えるのでしょうかね…
同じくこちら思いがけないハプニングで本人も大変だったと思いますけれども、結果として美談と言えるような話となったようです。

五輪=ユニホーム紛失から金、ロシア高跳び選手がTシャツで試技(2012年8月9日ロイター)

[モスクワ 8日 ロイター] ユニホーム紛失からつかんだ金メダル──。ロンドン五輪男子走り高跳びのイワン・ウホフ選手(ロシア)は、競技途中にユニホームを紛失したものの、チームメートのTシャツを借りて栄冠を手にした。

2メートル38で同種目を制したウホフ選手は8日、ロシアメディアに「試技の後、ユニホームをいつものようにバッグに入れた。でも、気付いたらなくなっていた。誰かに盗まれたのかもしれない」と、「事件」を振り返った。

雨の降るコンディションの中で行われた7日の決勝。ウホフ選手がロシアチームのユニホームではなくTシャツ姿で現れると、スタジアムに詰め掛けた観客からどよめきが起こった。ウホフ選手はこの時、同じく決勝に進出したチームメートで北京大会覇者のアンドレイ・シルノフ選手にTシャツを借りて登場した。

「正式なユニホームを着用しなかったとして、失格になるかもしれないと心配した」と当時の心境を語ったウホフ選手。「2008年のチャンピオンのアンドレイが、幸運を与えてくれたと思う」とチームメートへの感謝も忘れなかった。

いやしかし、開会式の行進ちん入騒ぎで下手すると出場自体が認められなかった可能性もあるわけですから、きちんと参加も出来結果もついてきたというのは幸運だったと言えるのではないでしょうか。
最後に取り上げますのは見事メダルを獲得した日本の選手絡みの話題ですけれども、これまたそれはどうなのよという話ですよね。

【ロンドン五輪】体操の内村航平選手を激写しようとする海外のカメラマンがドジっ子すぎて話題に(2012年8月7日ロケットニュース24)

2012年ロンドン五輪の体操競技において、個人総合の金メダル、団体総合の銀メダル、そして床運動で銀メダルと、合計3つのメダルを獲得した日本人選手といえば、チョコ菓子「ブラックサンダー」が大好物という内村航平選手である。しかも意外なことに喫煙者であるという。

そんな内村航平選手は世界中からも注目されているが、内村航平選手をスチールカメラで撮影しようとするカメラマンにも世界中の視線が集まっている。なぜカメラマンが注目されているのかは、動画「2012 Olympics Camera Fail.」を見ればスグに分かるだろう。

内村航平選手を間近で激写する数名のプロカメラマン。注目すべきは頭上にサングラスを載せたカメラマンである。何かカメラにトラブルが生じたのか、なかなか撮影できないグラサンカメラマン。

電源は入っているのに、なぜか画面は真っ黒。なぜだ。なぜ……といった仕草をしているのだが、なんと、レンズにキャップが付いたままなのである! キャップ! キャップ! はやく気づいて!

しばし悩んだ末。やっとキャップの存在に気づいたカメラマン。すぐさま外し、ファインダーではなく液晶モニタを見ながら写真撮影を始めたのであった。もしも最後まで気づかなかったら……彼の仕事的に大変なことになっていたであろう。

しかし選手の姿を写すつもりが自分の姿が全世界に配信されていると知ったとき、カメラマン氏はどう感じたでしょうね。
カメラも銀塩からデジカメになって操作も慣れていないのかも知れませんけれども、肝心のところでこういう失敗をしてしまうと選手の感じている緊張により共感できたのではないかとも思います。

今日のぐり:「手打ちうどん よこた」

総社市内の国道沿いにあるこのお店、老舗のうどん屋として近隣では名の知れた名店ですけれども、この暑い盛りにも関わらず食事時には広い店内が満席になるのですから大変な繁盛ぶりですよね。
とりあえず空席に腰を下ろして冷たいぶっかけざるうどんを注文してみましたが、しかし改めて見るとメニューの多い店で、その上季節メニューまであるのですから大変なんじゃないかと思います。
よく見ていますと小盛りがあるのが面白いなと思いますが、実際出ているらしいところを見るとやはりこちらのうどんの量が多いということなんでしょうか、いずれにしてもがっつり食べたい向きにも好適なお店であるということでしょうか、結構若いお客さんも大勢いらっしゃるようです。

ところでこのぶっかけざるうどんなるもの、ざるでなく鉢なのにざるだと強弁するのもどうなのかですが、それ以上に謎なのが同行者のぶっかけうどんとの違いは明らかに提供される温度だけなのに何故名前が違うのかと言うことで、このあたりお店独自のローカルルールでもあるのでしょうか?
うどん自体はさすがに茹で置きですから透き通るような透明感には欠けますが、太めのもっちりした食べごたえあるうどんで基本は柔らかめなんですが腰も十分、これにあわせているダシは一見薄口なんですがしっかりした辛めの味でうどんに負けない仕上がりと、相性はなかなかです。
こちらのうどんはもともとのボリュームが結構あることに加えて小ぶりなかき揚げがゴロゴロとトッピングとして加わってきますから食べごたえも相当なもので、普通の人であればこれだけで満足できるんじゃないかと思いますね。
同行者のメニューでワカメうどんもつまんでみましたが、暖かいうどんにするとうどんの腰の強さがよくわかると言うもので、冷たくても暖かくても十分満足して食べられるよいバランスだと思います。
一方で隠れた名物とも言える天ざるうどんは見た目が楽しい舟盛りなのはいいんですが、付け合わせの天ぷらの方はサクサクというよりもカチカチで、これが天ぷらでなく唐揚げならこういうのでよかったかも…と思ってしまいます。
ちなみに定食にしますと釜飯がついてくるのですが、この釜飯はうどんに比べれば格落ちである上に肝心のうどんも小盛り(普通の一玉分程度)になるので積極的にはおすすめできないかなと思います。

うどんの方にはいろいろとトッピングも出来るようなんですが、これだけ良い具合に仕上がっていればやはり釜揚げやざるなどシンプルにいただくのもいいですね。
これだけ多忙ですとどうしても接遇面でテンパってしまいそうに思うのですが、フロアに出ている方々が一見するとそこらにいそうな田舎のおばちゃん達なんですがやたら手慣れた接客が印象的で、もはやこれはほとんど老舗温泉旅館の中居のノリだなと感じさせるのが老舗の持つ力ということなんでしょうか?
うどんやダシの案配などもちろん讃岐うどんとはまた違ったものなので好みもあるでしょうが、こういう方向のうどんが好きだという人にとっては鉄板の店と言うことでしょうか。

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2012年8月11日 (土)

ワトソン容疑者逃亡 地下潜伏で求心力喪失か?

先日こういう悲しいニュースがあったことをご存知でしょうか。

犬のZIPPEI兄弟死ぬ…車内で熱中症か(2012年8月10日読売新聞)

 日本テレビ系列の朝の情報番組「ZIP!」に出演していた犬のZIPPEI(じっぺい)兄弟が9日、飼い主の車内で死んだことが、10日の同番組内で視聴者に明らかにされた。

 熱中症とみられる。

 同局によると、飼い主が9日、兄弟を含む9頭の犬を連れて車で外出。日陰の駐車場に車を止め、犬を車内に残したまま出かけた。その際、エアコンを作動させておいたが、1時間~1時間30分後に戻ると停止しており、9頭はぐったりしていた。飼い主らがすぐに介抱を試みたが、兄弟を含む7頭が死んだという。

 ZIPPEI兄弟は4歳のサモエド犬。同番組の「ZIPPEIスマイルキャラバン」というコーナーで、昨年5月から歌手のダイスケさんと一緒に日本全国を巡っていた。2週間に4日ほど旅をしており、兄は7日に長野県の旅から、弟は7月21日に山梨県の旅から飼い主の元に戻っていたという。

サモエドと言えばシベリアが原産でいつも笑っているように見える口元が人気の犬種ですが、それだけに夏の日本の風物詩とも言える炎天下の車中放置には耐えられなかったということでしょうか、ご冥福をお祈りするしかありません。
この犬については以前にも声帯除去手術を受け声が出せないようにされていたことが明らかになっており、こういう話ばかり続いて出てくるとはつくづく不幸な星の下に生まれたということなのでしょうかね。
それにしてもこういう事件にこそ自称動物愛護団体なる方々は抗議の声を挙げるべきではないかと思うのですが、実際にはより直接的にお金に結びつく反社会的行為に安易に走ってしまう方々が少なからずいらっしゃるというのは困ったことで、おかげで日本の警察・海保も余計な仕事をしなければならない羽目になっているのです。
そうした心得違いの方々の一方の雄とも言えるご存知テロリスト団体シー・シェパード(SS)代表のワトソン容疑者が先日ついにドイツの地でお縄になったことはすでにご紹介した通りですけれども、愚かなことにこの人物は保釈中に逃亡してしまったというのですから、愚劣もここに極まれりと呆れるしかありませんよね。

シー・シェパード代表、「日本への引き渡し恐れ逃亡」(2012年7月26日AFP)

【7月26日 AFP】反捕鯨団体「シー・シェパード(Sea Shepherd Conservation Society、SSCS)」は26日、ドイツで保釈条件を破り22日以降所在が分からなくなっている創設者のポール・ワトソン(Paul Watson)代表(61)が逃亡したことを認め、コスタリカに身柄が引き渡された場合さらに日本へ移送される恐れがあったためだとの見方を示唆した。

 SSCSのスーザン・ハートランド(Susan Hartland)氏は、ワトソン容疑者の逃亡については認めたものの、居場所は知らないと主張。「信頼できる筋から得た情報に基づき、ひとたびコスタリカへ送られれば、日本政府が彼ら(日本)の違法捕鯨活動に対する(SSCSの)妨害について尋問するため、ワトソン船長の日本への身柄引き渡しを要請すると信じる根拠がある」と述べた。

 その上で「これ以上の詳しい情報はわれわれの手元にもなく、(ワトソン容疑者と)連絡も取っていない。さらに状況が分かり次第、詳細を発表できるよう努力する」とハートランド氏は語った。

 ワトソン容疑者は以前、自分の身柄を引き渡しを求めて日本がドイツに圧力をかけていると示唆していた。ワトソン容疑者の直近の足跡はマイクロブログ・ツイッター(Twitter)への24日の投稿だが、自分の居場所や今後の計画については何も触れていない。

もちろんSSが全てを正直に話しているなどと考えることも無謀なのですが、コメントを見る限りでは彼らにしても今回の逃亡が寝耳に水であったのか?とも受け取れることに留意ください。
保釈中の逃亡だけでもすでに十二分に明白な犯罪行為なのですが、この結果思わぬ副産物までもついてきたというのがこちらの記事です。

SS代表逮捕を要請=保釈中の逃亡を重視-ICPO(2012年8月8日時事ドットコム)

 【シドニー時事】国際刑事警察機構(ICPO)は7日、米国の反捕鯨団体「シー・シェパード」(SS)代表のポール・ワトソン容疑者(61)に対する国際手配を情報提供などを求める「青手配」から、身柄引き渡しを目的に逮捕などを各国に求める「赤手配」に格上げした。同容疑者が中米コスタリカのサメ漁船妨害容疑でドイツで逮捕され保釈中に逃亡したことを受けたもの

 同容疑者に対して日本の海上保安庁は2010年、調査捕鯨船への妨害事件をめぐり、傷害や威力業務妨害の容疑で逮捕状を取るとともにICPOを通じて「青手配」した。

 ICPOは、同容疑者について、赤手配の基準に合致しないと説明してきたが、保釈条件を破って逃亡したことなどを重視し、コスタリカ政府の要請により赤手配した。現時点で同容疑者の所在は不明。

その記念すべき手配写真がこちらなのですが、さすがにこの逃亡についてはかねてテロ組織を支援し25万ユーロもの保釈金まで用立ててきたシンパ達も沈黙しているようですね。
この一件に関しては例によってテキサス親父も大々的に取り上げていますけれども、当初からコスタリカへの引き渡しを黙って待つ姿勢を示していた同容疑者が70日もたっていきなりの逃亡をした背景には、やはり本人自身SS側も言及しているように日本へ引き渡される可能性を恐れたからだという理由が一番であるようです。
もちろん日本側もワトソン容疑者の引き渡しは求めていたわけですが、制度的にはいささか難しいかなと言われていた上に仮に日本に引き渡されたところで例によって甘い処罰で終わるのではないかと言う懸念も濃厚でしたから、今回のあからさまなほど無様な逃亡劇によって赤手配に格上げされた上に各方面への同容疑者の声望も地に堕ちるなど、むしろ願ったりかなったりだったのではないかという声もあるようです。

何より赤手配されたままでは先進諸国で表立った活動は出来ない、それどころかそもそも国境線を(密入国でもするのでなければ)越えられないはずですから、少なくとも今までのようにあちらこちらで醜い面を晒して回るということはなくなるんじゃないかとも予想されるのですが、何故そこまでのリスクを負って同容疑者が逃亡したのか、先のベスーン船長の扱いを見ても「紳士的過ぎる」日本行きをそこまで恐れる必要があったのかです。
ちなみにテキサス親父いわく、ワトソン容疑者の逃亡先として南米が有力視されているということなんですが、本当に闇ルートから地下に潜伏したとして組織内で今まで同様の支配力を保てるのかどうか、その場合今後組織の主導権は誰が握っていくのかなど、今後はそちらの法の成り行きも注目されていくのではないでしょうか。

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2012年8月10日 (金)

厚労省発 認知症患者の追い出し計画

いきなり降って湧いたようにと言うべきでしょうか、このタイミングで唐突な爆弾が炸裂した印象がありますが、まずは記事からご紹介いたしましょう。

患者の5割が2カ月で退院できる体制に 認知症対策で厚労省指針(2012年8月8日産経ニュース)

 厚生労働省がまとめた「認知症に関する医療体制の構築に係る指針」が8日、明らかになった。在宅での治療を重視し、新規入院患者のうち50%が2カ月で退院できるような体制整備を求めている。都道府県が策定する来年度から5年間の医療計画に反映させる。

 症状が疑われる初期の段階で認知症を発見して重症化を防ぎ、患者が自宅や地域で暮らし続けられるよう措置するのが狙い。専門的な診断ができる中小病院や診療所を新たに「身近型認知症疾患医療センター」に指定し地域の認知症治療の拠点にできるよう「認知症疾患医療センター」を高齢者6万人に1カ所の割合で整備する目標も掲げた。

 認知症のかかりつけ医となれる診療所・病院は、介護支援専門員(ケアマネジャー)などと連携し日常的な診察を行うことや、認知症と判断した場合に速やかに専門医療機関に紹介を行えることを条件にした。入院医療機関については退院支援部署を有することを打ち出し、在宅治療への移行を促す

 厚労省は職場での鬱病や高齢化に伴う認知症の増加を踏まえ、医療計画に盛り込む疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)に新たに精神疾患を加えることを決めている。介護を必要とする65歳以上の認知症患者は2030(平成42)年に現在の約208万人から約353万人に増えると予測され、指針の内容が焦点となっていた。

認知症患者「2カ月で退院」 厚労省、都道府県に通知へ(2012年8月9日中国新聞)

 認知症患者の長期入院を解消するため「新たな入院患者のうち半数は2カ月以内に退院する」ことを目標に医療態勢を整備するよう、厚生労働省が都道府県に月内に通知することが8日分かった。都道府県は通知に沿って2013年度からの医療計画を策定する。

 認知症患者は、地域の受け入れ態勢が不十分などの理由で、支援があれば自宅で生活できる人でも入院し長引く傾向がある。厚労省は住み慣れた地域で生活できるよう退院を促し、自宅や施設で医療や介護を受けられる環境を整える方針だ。

 精神科に入院する認知症患者数は08年で約5万2千人。早期退院を推進することで、不必要な医療費の支出を抑制する効果も期待できる。ただ一方で、地域の受け皿が整わないまま退院促進策のみが先行することを懸念する声もある。

 厚労省は6月、認知症対策の報告書をまとめ、精神科へ入院した認知症患者のうち半数が退院するまでの期間を、現状の6カ月程度から、20年度には2カ月以内にすると明記。厚労省は、通知により全国的な態勢整備を具体化させる。

 通知では「半数が2カ月以内に退院」との目標を達成するため、各都道府県に医療態勢を整えるよう求める。都道府県は通知を踏まえ13~17年度の医療計画をつくり、地域の実情に応じた目標値を定める見通し。

 このほか、詳しい診断や専門的な医療相談ができる「認知症疾患医療センター」について、65歳以上の人口が6万人いる圏域に1カ所程度整備することなどを求める。

認知症患者をそう簡単に在宅で面倒みられるようなら社会的入院などというものがこれほど多数にのぼるはずもありませんし、そもそも認知症に限らず長期入院患者の施設受け入れも全く進んでいない状況で一体何を言い出すのかと誰でも思う話ですが、月内に都道府県に通知して来年度からさっそく医療計画を策定させると言うのですから議論も何もないまま既定の方針として進められているということですよね。
昨年のデータですが身体的あるいは精神的に重度の障害があり、介護保険で「要介護」の判定が出た人々が入所する施設である特別養護老人ホームの入所待機者数だけで実に42万人とされ、当然ながらさらに介護度は低いものの自宅での対応が困難な方々の施設入所待機者も多数にのぼっているのが現状です。
とりわけ認知症患者の場合は身体的には元気なため「要介護」よりもレベルの低い「要支援」になるケースも多く、施設入所などでもどうしても優先順位が低い扱いを受けてしまいますから、行き場のないお年寄りが病院内でただ入所待機するだけの日を過ごすということも珍しい話ではない訳ですね。
各種資料によって施設のベッド数が順調に増えているように見えるかも知れませんけれども、実は高齢者人口もそれ以上に順調に増えているため対高齢者人口比で見れば決して増えていない、そして核家族化が当たり前になり家庭の介護力はそれ以上に低下してきているわけですから、入所待機者が病院ベッドを埋め尽くすのは当たり前に予想された現象なのです。

そもそも何故こんなミスマッチが放置されていたのかと誰でも疑問に思うでしょうが、介護業界の低報酬に見られるように介護そのものを儲からない状態で放置してきた理由の一端として、国としてはせっかく介護保険という形で医療と介護を切り離したのに介護に金など使いたくないという心理があったようです。
驚くべきことに国は特養など入居系サービス利用者を要介護2以上の高齢者の37%までに抑えるという目標を設定してまで施設入所を抑制しようとしてきたのですから、いくら需要が見込まれてもそんなお上に睨まれる未来図が明らかな業界に新規参入してくる勇気ある人々もそうはいないですよね。
今年になってようやくこの目標が撤廃され都道府県の自主的な判断に委ねるということになりましたが、介護給付費の1/4を負担している自治体にすればこの財政厳しい折りに無闇に支出が増えるのも全くうれしくないのは当たり前のことで、当然ながら国のもくろみ通り自主的に判断して抑制をかけるという状況には大きな変化がなさそうです。
となると、行き場のなくなった高齢者がどこに行くことになるのか、家庭の介護力が短期間でそう急激に向上するはずもありませんから、今まで以上に医療現場が悪者になって面倒を押しつけられることになるんだろうなと暗い未来絵図が想像されるのは自分だけでしょうか。

今さらながら認知症患者を自宅で面倒を見ることがいいのか悪いのかという議論もなしでは済まされませんが、核家族化どころか共働きが当たり前になった今の時代に一人の老人の介護に一人の家族を求められれば仕事も辞めざるを得ないのは当然で、ただでさえ労働生産性が低下している時代にますますそれを引き下げてどうするんだというものですよね。
これが施設であれば単純にスタッフ一人あたり何人もの老人を相手に出来て効率が良いというのみならず、家庭内介護であれば単なる非生産的な行為にしか過ぎないのに対して、職業として介護を行うのであればこれは立派な内需喚起に他なりませんから、本来民主党政権が一生懸命進めている医療・介護主導の経済成長戦略に最も合致するビジネスモデルのはずなのです。
国としてはお年寄りは家庭内で面倒を見るか、それが嫌ならお金を出して有料老人ホームをご利用ください、お年寄りが社会保障にタダ乗りできる時代は終わったのですと言う方向に話を持っていきたいのだろうし、増え続ける高齢者に対してただ無条件の優遇措置ばかりを講じていられる時代でなくなっていることは言うまでもありませんが、大事なことであるほどに何事にも慎重な前振りというものが必要だろうと言うことです。
何でも出来ることは全部やってくださいで平均寿命が世界一になったと喜んでいられたのも今や昔で、今やお年寄りにどう亡くなっていただくべきか、そのためのコストはどこまで許容されるのかという国民の認識の変化が絶対に必要になっているのに、横からわざわざ感情的反発を招くようなことを真っ先に言い出すとはなんとも余計なことをしてくれたなと思わずにはいられません。

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2012年8月 9日 (木)

新型インフルエンザ対策 どこまで踏み込めるか

アメリカでは直接豚から人に感染する新型の豚インフルエンザが見つかり警戒が呼びかけられていますが、先年流行した新型インフルエンザと一部共通する遺伝子を持っているということで今後人-人感染で急拡大する可能性も懸念されているようです。
ちょうど日本においても先の原発事故などとの絡みで危機管理の重要性ということが改めて認識されている最中、先日は総理官邸で新型インフルエンザ対策の有識者会議が開かれたと言うことなのですが、医学的対策がある程度固まった次の段階でテーマになってくるのは社会的対応、特に公共の利益と私権の制限との兼ね合いになってくるのでしょうか。

新型インフル 緊急事態宣言の条件検討(2012年8月8日TBS)

 感染の拡大を防ぐため、住民の行動を制限することなどを定めた「新型インフルエンザ対策特措法」について、感染症の専門家らが、対象となる施設や制限の具体的な内容について検討を始めました。

 今年4月に成立した「新型インフルエンザ対策特別措置法」では、新型インフルエンザや新たな感染症が発生した場合に、政府が「緊急事態」を宣言し、都道府県知事が外出や移動など住民の行動を制限することができます。

 しかし、個人の行動を制限することは人権の制約に当たるとの批判も出ていることから、政府は7日、感染症の専門家や都道府県知事らと会議を開き、「緊急事態宣言」を出す条件などについて具体的な検討を始めました。

 「緊急事態」が宣言された場合には、集会の中止や「人が集まる施設」の使用も制限されますが、政府は、こうした施設の種類などを盛り込んだ政令案を来年1月ごろをめどに取りまとめることにしています。

しかしインフルエンザシーズンを考えると来年1月ごろを目処に政府案を取りまとめるというペースで大丈夫なのか?とも思ってしまうのですが、すでに新型インフルエンザ騒動も今は昔という感覚なんでしょうかね…
さて、ここで問題になっている「新型インフルエンザ等対策特別措置法」については政府の公式サイトから参照いただければと思いますが、大まかに非常事態に備えての国や自治体による行動計画策定等を始めとする体制整備と、いざ緊急事態宣言が出された際に公のものとして行う措置とに分けられるものです。
特に後者に関してどのような行動がどのような規模で必要なのかということもさることながら、それを裏付ける法律がなかったということが特措法に結びついたわけですが、その制定に至る議論の過程においても特に重要視されたのが極めて高い感染力が予想される緊急事態において、その拡大と被害軽減のためにどのような措置が必要かということでした。

新型インフルエンザ対策のために必要な法制度の論点整理(政府資料)より抜粋

(1) 国内侵入を遅らせるためにどのような措置が必要か
 ・海外からの帰国者・入国者を停留する施設の確保
 ・発生国からの入国の抑制

(2) 国内の感染拡大防止のためにどのような措置が必要か
 ・催物、興行場等不特定多数者が集まる行事・営業の抑制
 ・学校、保育所、通所福祉施設等の休業
 ・地域封じ込めのための集中的対策(医療、交通規制、生活支援)

* 感染力・病原性が高い緊急事態に対応するための法的措置の発動の開始・終了の判断は、どのように行うのか
社会機能維持に大きな影響を及ぼすおそれのある新感染症への対応をどうするか

一見すると「なにも新型インフルエンザの大流行の最中に催し物などしなくても」とも思えてしまうのですが、例えば学校においてインフルエンザ罹患者が一定数出ると臨時休校になるように、「新型の患者が出ましたので休業してください」「この町から出ないでください」なんて話になれば社会活動に与える影響が甚大なものになるだろうことは容易に想像出来ますよね。
特に公共交通機関や警察・消防などのインフラ、そして医療機関(最も濃厚に患者と接触するリスクある環境でもあります)がどのような対応を取るべきかということは、先の震災においても被爆リスクから自衛隊や警察による救出活動がしばしば中断してしまった福島のケースを思い出すだけでも非常に難しいものがあるんじゃないかと思えます。
この点で参考になる事例として先日以来ウガンダで非常に強力な致死的感染症として知られるエボラ出血熱が流行していると大騒ぎになっているのですが、この際にも私権の制限ということを考える上で示唆的な事件が発生していたようですね。

エボラ感染疑いの囚人が病院から脱走 ウガンダ(2012年8月4日CNN)

ウガンダ・カガディ(CNN) ウガンダでエボラウイルスへの感染が疑われ、病院で治療を受けていた5人の囚人のうちの1人が3日夜、エボラ出血熱が発生している病院から脱走した。ウガンダの衛生当局が明らかにした。

保健省の理事を務めるジャクソン・アムネ医師は「(脱走した囚人の)検査結果が陽性の場合は、深刻な事態となる。そこで残りの囚人4人が逃げないようにベッドに手錠でつなぐことにした」と語った。囚人たちには嘔吐(おうと)、下痢、発熱といったエボラ出血熱の症状が見られるという。

カガディ病院にはこの5人の囚人の他に、エボラウイルスへの感染が疑われる患者が30人おり、さらに2人の患者の感染が確認されているという。感染者は今後増加すると見られ、感染を断ち、感染が疑われる患者にはなるべく他者と接触させないことが重要とカガディ病院の医師は指摘する。

今回エボラウイルスが最初に発生したのはウガンダ西部のキバレで、同地域ではすでに53件の感染が確認されている。これまでに16人が死亡し、さらに感染が疑われる312人の患者が検査のため隔離されている。

米国など他国へのエボラウイルスの拡散が懸念されるが、専門家は現在の大発生が米国に広がる恐れはないと見ている。

米国でのエボラウイルスの唯一の感染例は、輸入された研究用の猿が原因だった(人間の発病はなかった)が、4年前、ウガンダを訪れた2人の旅行者が現地でマールブルグ出血熱に感染した。そのうち1人が帰国後に死亡したが、治療中に適切な感染防止措置が取られたため、他に感染者は出なかった

もちろん囚人であるわけですから勝手に出て行ってはいけないのは当然なのですが、これがごく普通の市民で感染拡大防止のために隔離の必要があるといったケースであっても、「家族が心配だからちょっと様子を見に帰らせて」「俺はエボラでないのに患者から移されたらどうしてくれる」という要望をどうやって、あるいはどこまで制限すべきかですよね。
ちなみに日本ではエボラ出血熱は感染症新法に言う一類感染症(旧伝染病予防法における法定伝染病)に指定されていますけれども、この場合都道府県知事は入院の勧告を行いその必要性を理解してもらうよう努めた上で、それでも拒否されれば入院をさせることが出来る(第十九条)と言う扱いになっていますが、大規模流行が発生した場合にどこまで丁寧な説明と同意の作業が出来るかですよね。
また仮にこれを拒否したとすれば50万円以下の罰金(第七十七条)だと言うのですが抑止力としていかにも軽いもので、感染の事実を知った医師や自治体職員が秘密を漏洩した場合の罰金100万円よりも低い!という点からしても明らかに患者は素直に行政の指示に従ってくれるものという前提で定められた法律という印象です。
さりとて第六十七条の「一種病原体等をみだりに発散させて公共の危険を生じさせた者は、無期若しくは二年以上の懲役又は千万円以下の罰金に処する」という規定は前後の文脈からするとサリン事件のような故意犯を想定したもののようですから、発散の意図はないが確信犯的に指示に従わず公共の危険を生じさせたケースに用いるにはいささか無理がありそうです。

要するにエボラのような誰が見ても強権を発動しても封じ込めなくてはヤバイという強烈な伝染病であってもこうした状況であるわけで、新型インフルエンザが大流行したとしてもどこまでの措置が出来るかは極めて疑問符がつくと言えそうですよね。
今回のウガンダのケースでは症状が非典型的で診断が遅れたことが感染拡大防止の妨げになったとも言いますが、新型インフルエンザの場合も一般的な風邪あるいは在来型のインフルエンザと必ずしも即座に鑑別出来る場合ばかりではないでしょうから、風邪をひいて病院に行ったつもりが「新型インフルエンザの可能性も否定できないから直ちに隔離を」などと言われて市民感情の上でも納得し難いのは確かです。
無論、エボラと比較すれば新型といえど死亡率はそこまで高くないでしょうし、むしろ大多数の患者は新型とも思わず単なる風邪やインフルエンザだと思い込んだまま治癒してしまうのでしょうが、逆になまじ身近にある疾患だからこそどこまで厳重な対策をすべきか迷わしいのだとすれば、国の出してくる政令案もどうやら実効性に乏しい玉虫色のものになるんじゃないかと危惧してしまいます。
強いて良い方向に考えるならば原発事故対応の不手際で大きな被害と共に危機管理体制の重要性がようやく認識されるようになったように、仮に新型インフルエンザ封じ込めに失敗した場合にも非常時の強権的対応の必要性についてようやく国民的議論が起こるかもしれない…というのは穿ちすぎでしょうか?

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2012年8月 8日 (水)

代替医療をどう規制すべきか

ひところ「ハンドパワー」なるものを売り文句に大人気になったマジシャンがいましたが、あれも誕生の経緯はなかなかに興味深いものがあったようで言ってみればプロによる方便というものですけれども、実際に何かしら超自然的な力が存在すると称して一般人からお金を巻き上げるとなると穏やかではありませんよね。

「ハンド・パワー」受講料70万円…損賠提訴(2012年7月27日読売新聞)

 気功療法のセミナー企画会社「アースハート」(福岡県篠栗町)に、病気が治る「ハンド・パワー」の習得費名目で高額の受講料などを払わされたとして、男女21人が27日、同社と役員2人に、計約3300万円の損害賠償を求める訴訟を福岡地裁に起こした。

 原告は福岡、長崎、大分、宮崎、愛知、岡山6県の19人(20~70歳代)と遺族2人。訴状などによると、同社側は原告らに「ハンド・パワー」や「マインドパワー」と呼ばれる手かざしで病気が治ると説明。セミナーに参加すれば、誰でもパワーを習得できると勧誘し、2003年から11年に1人あたり70万円の受講料を集めた。原告は自身や家族が難病の人が多く、同社幹部らによる「治療」を受け、その費用を支払った人もいた。
(略)

この手の詐欺は昔から絶えた試しがありませんけれども、それだけ信じ込む人々が多いということですからよほどに商売上手でもあるのでしょうし、また藁をもすがる思いの需要が世の中に少なからずあるということですよね。
しかし世の中どこからが詐欺なのかはっきりしないというケースが多いのも事実で、特にそれなりに権威のありそうな団体がバックについていますとついつい信用してしまうと言う事がありがちですから要注意です。
最近は怪しげな代替医療の方々も決して従来の医学も軽視していませんよというポーズを取るために「統合医療(=代替医療+従来医療)」という言葉を好むようですが、結局のところその根底にあるのは従来医療は駄目だというアンチ思想であることは明白で、しかも一見すると普通の医療従事者のような顔をして商売をしているというのですから困ったものですね。

「西洋医学は限界」、自然治癒力の見直しを(2012年7月20日CBニュース)

一般社団法人「国家ビジョン研究会」が20日に開いたシンポジウムでは、医師や看護師らが参加したパネルディスカッションが行われ、統合医療や看護、臨床研修制度など、幅広いテーマで意見が交わされた。シンポジストからは、「西洋医学は限界に達している」との声が上がり、薬に頼らない食事療法や、患者を内面から支える看護ケアなど、自然治癒力を高める治療の効果を見直す必要があるとの意見が出た。

東京都新宿区の丹羽クリニック院長で、同区医師会理事の丹羽正幸氏は、治療法におけるパラダイムシフトの必要性を繰り返し強調した。開業後、4万人以上の難治性疾患患者を診察してきたという丹羽氏は、西洋医学だけの治療法が限界に達しているとした上で、「自然治癒能力がこれからのテーマになる」と指摘。体の各組織や精神までを多面的に治療する「融合医療」で、可能な限り医薬品を使用しないことが望ましいとした。

また、社団法人「生命科学振興会」理事長の渡邊昌氏は、日本の医療費が増え続ける中で、経済的な観点から「食べること」の意義を指摘。糖尿病や高血圧など生活習慣病の治療では、食生活の改善の方が、医薬品の投与よりも効果が高い場合がある上、それが医療費の節約にもつながるとし、「患者が自己の治癒力を知ることが大事だ」と述べた。
(略)

しかし以前にもホメオパシー騒動の際に助産師会看護協会とホメオパシーとの親密な関係がささやかれていたところですが、医療関係者の中にも相当にこうした代替医療の類が入り込んでいるんだなということを改めて実感しますね。
こうした方々の言っていること自体はそれぞれ一文一文を取り上げてみれば必ずしも間違いとばかりも言い切れないのが面倒なところですが、その当たり前のことが何故そういう斜め上の結論につながる?!と言うもので、結局のところここでもエヴィデンスに基づく医療という基本中の基本が問われることにはなりそうです。
ちなみにこの国家ビジョン研究会なるもの、「超党派政策シンクタンク」を称して各分野の政策提言を行っていくことを目指すというのですが、その「医療・看護・介護問題分科会」の方針を見ますと「人間の病気治療を自動車の部品を取り換えるごとく、単なる物質として処理する現代西洋医学に対して、人間の心の尊厳を重視した医療・看護・介護のあるべき姿を探る。」なんてことを書いてあります。
そういう方々が開催した今回のシンポでおもしろいなと思ったのは、代替医療と言えば何ら効果のないもので高いお金を取る悪徳商売だとして批判されてきたわけですが、それが医療費削減という観点から売り込みをかけてきているということで、それは確かに薬を飲むよりは砂糖玉をなめていた方が原価は安くつきそうには思われますよね(売値ではどうか知りませんが)。

以前にも取り上げましたように治療法の進歩に伴い月々1000万以上の医療費を使っている患者が22年で10倍以上に増えたといい、自己負担額上限があるとは言えこれから一生そんな負担を続けていかなければならないのか…と思い悩んでいる時に代替医療の存在をささやかれれば、思わず転向を考えてしまう人が出てしまうことは想像に難くありません。
要するに代替医療問題というのは様々な側面があって、新生児のビタミンK欠乏性出血症による死亡事件のように正しい医療を行わないことによる有害性、あるいは代替医療そのものに関するリスクももちろん重要な問題ではあるのですが、逆に言えばしょせん砂糖玉などに大した効果もなければ目立った副作用もないだろうと考えると、それだけの観点から規制を検討しても効果は限定的なんだろうなと言うことでしょう。
ところが国も最近になってようやくこの問題を議論する気になってきたのは良いことだとは思いますけれども、見ていますと単純に効果や安全性の観点で議論するばかりで、何故そうした怪しげなものがこうまで滲透しているのかという面からの対策が欠けているように見えることは危うさを感じずにはいられません。

統合医療の範囲、リスクの有無で整理を- 厚労省検討会で意見相次ぐ(2012年8月6日CBニュース)

 近代西洋医学と、漢方やはり・きゅうなどの相補・代替医療を組み合わせた「統合医療」の推進策を議論している厚生労働省の検討会が6日に開かれ、統合医療の範囲をめぐり議論した。この中で委員から、統合医療に含まれる可能性がある療法を、有効性や安全性が確立しているかどうかによって整理すべきだとの意見が相次いだ。

 6日に開かれた「統合医療」のあり方に関する検討会(座長=大島伸一・国立長寿医療研究センター総長)の会合では、これまでの会合で出された意見をまとめた資料を厚労省が提示した。この中で厚労省は、統合医療の範囲について「近代西洋医学とその他の療法を組み合わせたものとした上で、医師主導で行う医療と捉えてはどうか」などと提案。近代西洋医学と組み合わせる相補・代替医療の例として、▽はり・きゅう▽整体▽カイロプラクティック▽食事療法▽音楽療法▽ヨガ▽気功▽漢方―などを挙げた。

 これについて門田守人委員(がん研究会有明病院長)は、「エビデンスができつつある漢方と、そのほかのものを一緒にして話を進めるのは無理がある」と指摘。統合医療に含まれる可能性がある療法を、有効性や安全性が確立しているかどうかによって整理すべきだとの考えを示した。
 また、羽生田俊委員(日本医師会副会長)は、厚労省が例示した相補・代替医療の中に、患者の体に触れて処置を行うのに国家資格が必要ないものが含まれていることを問題視。脊柱などのゆがみを矯正するカイロプラクティックによって 脊髄損傷を起こしたケースもあるとした上で、「資格がなくても危害が加わらない療法と、危害が加わり得るものは、分けなければならない」との認識を示した。【高崎慎也】

もちろん効果がないばかりかリスクばかりのものを取り締まる必要があるのは言うまでもありませんが、患者の側に需要がある以上はあれも駄目、これも禁止とやっていくばかりでは最終的に安全な砂糖玉に人気が集まるということにもなりかねませんよね。
この点で一案ですが、例えばホメオパシー協会がしばしば彼ら自身の勝利の実例(笑)として取り上げるイギリスではホメオパシーを保険診療に組み込んでしまい、およそ人の命に関わるような疾患では医師の関与なしで勝手に砂糖玉を使ってはならないと規制をかけてしまっているわけですが、日本における対策を考える上でも参考になるという気がします。
結局彼らも商売でやっていることなのですから規制するにもお金の面から掣肘を加えていくのが最も有効だろうとも思われ、例えば代替医療を保険診療に組み込んだ場合には到底儲けなど出ないような診療報酬・薬価を設定してしまう、あるいは後になって査定で切りまくると言った「手慣れたやり方」でコントロールすることが出来るのかどうかを検討してみるのもおもしろいかも知れません。
折しも先日は財務大臣自ら「税収が減るから医療機関の損税問題は解消するつもりはありません」なんてすごいことを言い切ってしまったわけですが、医療主導の国家成長戦略を思い描きそこまで医療業界からの税収を当てにしているのであれば、その範疇が一層拡大することも国にとっては基本的にウェルカムであるはずですしね。

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2012年8月 7日 (火)

新専門医制度 厚労省検討会中間まとめ出る

先日も取り上げました医療機関の消費税による損税問題ですが、別ソースによれば財務相らはこんなことを言っているようです。

病院・診療所の消費税(損税) 医療界ゼロ税率要求 財務相「税収失われる」と拒否(2012年8月6日しんぶん赤旗)より抜粋

 病院や診療所が転嫁できずにかぶっている消費税(損税)は、日本医師会(横倉義武会長、会員16万6千人)の試算で2330億円(2010年度推計値)にのぼります。

 政府は、損税の問題点は認めたうえで、消費税の10%への増税後も「診療報酬で対応していく」(安住淳財務相)としています。診療報酬とは、医療機関に支払われる医療の値段のことで、国が決めています。診療報酬を一定程度引き上げることで、損税分を手当てする方針です。
(略)
 安住財務相は、「とても病院を経営していられない」という声があるのを認めつつ、「(医療機関に)適切なある程度の負担だけはぜひお願いしたいという気持ちもある」と発(7月25日、参院社会保障・税特別委員会)。損税の完全な解消を放棄する姿勢を示しています。

 7月27日の中医協の分科会では診療側の委員から、「最初から負担をかぶらなきゃいけないという会であれば、席に座っていづらい」と反発の声があがりました。

 日本医師会は、仕入れにかかった税の控除ができる税制を要望しています。全国保険医団体連合会(住江憲勇会長、会員10万4千人)や日本共産党などは、その具体策として医療費の「ゼロ税率」導入を求めています。ゼロ税率にすると、仕入れにかかった消費税が還付されます。患者も、消費税負担を一切負わずにすみます

 

輸出企業の場合、輸出品に転嫁できない消費税分が戻し税として還付されています。医療機関が払う消費税も還付すべきだという医療界の要求は、当然です。

 しかし政府は「兆円単位の税収が失われる」(安住財務相)として拒否しています。

しかし赤旗が案外医療報道がいいという話は聞いていましたが、診療報酬を「医療機関に支払われる医療の値段」と表記するなど、地味に勉強してますね。
なにしろ日本で現在放っておけばどんどん急成長してしまう(苦笑)という数少ない超優良産業ですし、現段階でも完全100%内需だけで30兆円超規模の一大産業なのですから黙って泥をかぶれと言うのも国の本音ではあるのでしょうが、しかし公の立場でそれを言っちゃあおしめえよと言うものでもありますからねえ…
ま、そういう方針でいるとなりますと当然ながら中医協の場ではきっちり消費税分を取り返すべきだという声が上がると思われますが、こうなりますと本当に最初のボタンの掛け違いが後々まで面倒の尾を引いたという格好ですかね。
余談はそれまでとして、本日の本題として先日これまた取り上げた専門医の新認定機関問題で厚労省検討会の中間まとめが出たという話題を取り上げてみましょう。

専門医認定の第三者機関設立と総合医養成を- 厚労省検討会が中間まとめ(2012年8月3日CBニュース)

 新たな専門医制度の大きな方向性が3日、まとまった。学会がそれぞれ運営している現行制度を改め、専門医認定を担う第三者機関を設置することと、いわゆる「総合医」を専門医制度の中に位置付けることを柱とする中間まとめを、厚生労働省の検討会が了承した。一方、学会が認定した既存の専門医と、第三者機関が認定する新たな専門医の関係は整理されておらず、年度内にまとめる最終報告に向けて議論になりそうだ。

 中間まとめを了承したのは、厚労省の「専門医の在り方に関する検討会」(座長=高久史麿・日本医学会長)。同省ではこれを踏まえ、来年度にも第三者機関を設立する方針で、来年度予算の概算要求に盛り込むことも検討しているという。

 第三者機関の設置は、各診療領域の専門医認定に統一性を持たせることで、専門医の質を担保することが狙い。専門医の認定と、その養成プログラムの評価・認定の2つの機能を第三者機関が担う
 新制度ではまた、専門医認定を「2段階制」に再編。「外科専門医」「小児科専門医」などの基本領域の専門医資格を取得した上で、「循環器専門医」「消化器外科専門医」などといったサブスペシャリティ領域の認定を受ける仕組みを基本とする。

 中間まとめではさらに、総合的な診療能力を持つ医師、いわゆる「総合医」や「総合診療医」について、「基本領域の専門医の一つとして加えるべき」と提言した。総合医の養成が必要な理由として、高齢化により、臓器別ではなく総合的に診療できる医師のニーズが増えると見込まれることや、複数の臓器別に、別々の医師が診療するよりも、総合医が診療した方が効率的なことを挙げている。

 一方、引き続き議論が必要な事項には、▽既存の専門医と新たな専門医の関係▽第三者機関の運営資金に公的な性格を持たせることの是非▽「総合的な診療能力を有する医師」の名称の統一▽専門医資格の更新の在り方―などを挙げた。
 池田康夫委員(日本専門医制評価・認定機構理事長)は、既存の専門医が新たな専門医制度に参画できるような移行措置が、今後の重要な検討課題になるとした上で、「リーズナブルな移行措置を考えていなければならない」と強調した。【高崎慎也】

いや、「学会が認定した既存の専門医と、第三者機関が認定する新たな専門医の関係は整理されておらず」って、そこが一番かんじんなところなんじゃないかと思いますが、基本的に表向きのタテマエはともかく専門医をダシにして医師配置を采配しようというアイデアなのですから、別ルートで勝手に専門医など取られてしまっては困るというものでしょう。
こうなりますと気になりますのが既存の学会専門医と今後出来てくるだろう第三者機関による専門医とで、医師達は果たしてどちらにより重きを置くことになるのだろうかということですが、ある程度歳のいった先生方にとってはほとんど名誉階級のようなものですから、よほど向学心にあふれていなければわざわざ苦労して新しい専門医制度に関わっていくという人も少ないのではないでしょうか。
となると今後医療を担っていく若手の動向がどうなのかと言うことになりますが、仮に新設される第三者機関によって認定される研修施設が既存学会において認定されていたそれと異なるといったことにでもなれば、専門医取得を見越した就労先の選択において根本的な見直しを強いられるということにもなりかねませんよね。
逆にそうした面倒を避けるために既存の認定施設は今まで通り認定しますということになれば何の為に新たな制度を作るのか判らないということにもなりかねず、やはり既存制度とのすりあわせは一番の難点になりかねません。
ところで記事中にもありますように、いわゆる総合医というものを専門医制度の中に新たに位置づけるということが既定路線として語られていますが、この総合医というものの導入を正当化する上でキーワードになっているのが効率的な診療ということであるようです。

「総合診療医」養成を提言…厚労省研究班 高齢化対応、医師需要は算出せず(2012年8月2日読売新聞)

高齢化対応、医師需要は算出せず

 医師の必要数の把握を目的とした厚生労働省の「医師需給研究班」(代表者=大島伸一・国立長寿医療研究センター総長)は、従来行われてきた医師需要の算出をやめ、代わりに患者を幅広く診ることのできる「総合診療医」の養成などを提言する報告書をまとめた。

 高齢社会に対応した医療の構造転換なしに、医師の頭数だけの推計は困難だとしたもので、医療改革論議にも影響を与えそうだ。

 報告書は、ケアを必要とする高齢者の数は2010年の500万人から、30年には900万人に達すると推計。急激な高齢化の進展に対し、新人医師の養成では間に合わないとして、勤務医から人材を見いだし、総合診療医として活躍してもらうためのトレーニングを早急に開始する必要があるとした。

 また、現在の医療計画の区分である「2次医療圏」は、面積や人口構成に差が大きいことから、都市部や郊外などの地域の実情にあった分類に改め、なかでも高齢者の急増が予測される大都市郊外の対策が急務だとした。出産・育児のため30歳前後で職を離れがちな女性医師の支援や、高齢者に必要なリハビリ医の養成なども提言した。

 医師需給に関する厚労省検討会は06年、医師の需給は22年には均衡し、必要数は満たされるとの見通しを示した。だがその後、医師不足が叫ばれ、政府は08年、医学部定員を増やす方策を打ち出している。

 大島総長は「中身の議論を抜きに単に医師の頭数を増減させても何の意味もない。高齢社会に対応できる体制を作ることが最優先の課題だ」としている。

こういう話を見ますと要するに国がイメージしている総合医とは少ない数で何にでも対応できる便利屋なんだなと思うのですが、同じ疾患に対して言えば本来専門医の方が知識も経験も豊富な分だけ無駄なく質が高い効率的な医療が出来るはずで、このあたりの長期的なコストパフォーマンスはどうなのか一度比較検討しておく必要があるかなという気がします。
例えば1人の専門医と1人の総合医とを比べれば引き出しが多い分総合医の方に分があっても、10人の分業した専門医と10人の連携していない総合医では前者の方が高度かつ効率的ということであれば、結局は医師過疎地域における安かろう悪かろうの医療ということに終わってしまいかねないわけですよね。
また多少の質の低下は甘受しても一般的疾患の診療においてはコストを優先すべきだと言うのであれば、今度は特定看護師制度などとコストパフォーマンスを比較しなければならないという話にもなりますから、概念的にはともかく実際のエヴィデンスをもって総合医の明確な位置づけをしようと言うのは案外面倒くさいものなのかも知れません。

一方で基幹病院において何科の患者かはっきりしない場合に総合医が担当してくれれば非常にスムーズに回りやすいのも事実なので、開業助産師と院内助産師の関係にも見られるように同じ総合医という名称を用いていても実際的には単一資格でよいのかという疑問は残ります。
まして助産師と違って総合医は専門医と同格の医師であるわけですから、専門医の下請けのような仕事に誇りを持てるかどうかは未知数であって、今後総合医のステータス向上に専門医資格の一角に名を連ねさせるだけでいいのかどうかですよね。
ともかく専門医と総合医とが対立概念でも上下の関係でもなんでもなく相互に有益な補完関係を築けるのだというコンセンサスは徐々に広まりつつあるようですし、実際のところ新たな専門医制度の中で総合医志望者がどの程度出てくるのかということが将来的な発言力と地位の向上につながってくるのだと思います。

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2012年8月 6日 (月)

クレーマー対策はまず最初の一歩から

先日日経メディカルで医療現場のトラブル対処に関する新連載が始まったのですが、この尾内氏はなんでも医療機関の抱えるトラブルの解決屋的な仕事をしていると言いますからついにそういう時代になったかと感慨深いのですが、とまれその第一回にこんな症例が掲載されていました。

◆なにわのトラブルバスターの「患者トラブル解決術」キレやすい患者に想定した最悪のシナリオ/尾内康彦(2012年7月27日日経メディカル)
より抜粋

(略)
【ケーススタディー】「薬が効かない、責任を取れ!」

非常にキレやすい患者がいて困っています。すぐに激高して『訴えたろか』とか『痛い目に遭いたいのか』と暴力的な言葉を吐き、しかも『タダで目を治せ』と言ってきています。どうしたらいいのでしょうか」

 また、眼科医からの電話だ。偶然かどうか分からないが、このところ立て続けに眼科医からの相談に乗っている。眼科は、比較的トラブルの少ない科目と思っていたが、考えを改める必要がありそうだ。

 問題の患者は21歳男性。麦粒腫(大阪では「めばちこ」という)の治療で、2カ月ほど前に来院した。初診時に切開手術を選択し、翌日、翌々日と来院。4日目に4日分の薬を出した。院長は、まだ治療を続ける必要があると考えていたが、その後、来なくなった

 ところが、その1週間後くらいに、患者から突然電話がかかってきた。最初からケンカ腰な感じの口調で、すぐに激高してこう怒鳴った。
おまえのところでもらった薬は全然効かない。知り合いがくれた紫色の薬の方がよく効く。どういうつもりで薬を出しとんのや! そっちにも、知り合いのと同じ紫色の薬があるやろ。なぜ、それを出さないんだ!」
「まず、治療を受けに来てください。それと、念のため、その紫色の薬の名前を教えてもらえませんか」
 スタッフが言うと、こうまくし立てた。
「もう、使い終わって、手元にないわ。薬をくれた知り合いも、遠くに行ってしまって…。そんなことより効かない薬を出した責任はどうなんや。そっちに何日通ってもなかなか治らん。そんなもん、治療代を払う義務なんてないで。効かない薬を出した責任はそっちにある。タダで治せよ。当然やろ。近いうちにそっちに乗り込むからな!」

 電話では、こんなやり取りがしばらく続いたそうだ。

 私は、院長に追加で少し聞いた。
「この患者は、今回、初めて来院したのですか」
「いや、以前から何度か来ており、調べてみたら、15歳の時、初めて受診しています。麦粒腫の治療をしたこともあったし、うちで視力検査をして眼鏡をつくったこともあります」
(略)

こういう症例をどう考えるかなんですが、この種の「キレやすい患者」なるものは枚挙にいとまがないものの、今回の場合注目すべきなのはこの患者が一見さんなどではなく長年の常連顧客といっていい相手であること、今までは特に目立った問題行動もなかったらしいのに今回に限って唐突にキレだして執拗に絡んでいるということでしょうか。
この理由として大阪府保険医協会事務局次長を勤める尾内氏と担当医との推定が一致したところでは、どうやら問題の患者は最近になって何らかの理由で治療費支払いに困難を来すような状況に陥ったのではないか、そうであるからこそゴネることによって無料で治療を受けられることを期待しているのではないかということでした。
尾内氏はこうした推定に基づいてスタッフ間で情報を共有し仮に患者が再度来院した際には必ず複数で対応すること、万一の事態に備えあらかじめ警察ともコンタクトし協力を取り付けておくこと、そして長年の顧客であることから場合によっては経済的な相談に乗る用意があることといった対策をアドバイスしたそうですが、幸いにも再び来院することはなく終わったということです。

多くの顧客トラブル解決の専門家が口を揃えて言っていることですが、トラブル解決の第一歩はまず患者の行動の背景にある動機、あるいは真の要求が何かということを知ると言う点にあるようですね。
例えば近年ではいわゆる団塊世代のモンスター顧客化が社会的にも問題になってきていますが、彼らの多くはこうすればうまくいったという成功体験を豊富に持っている世代であり、またつい先年までは職場の管理職クラスとして大きな顔をして指図をしていた立場であったことから、退職していきなりその他大勢の老害扱いされるようになったという現状に大きな潜在的不満を抱いているとも言います。
つまりこうした手合いにおいてはクレームの内容そのものが重要なのではなく、俺の言う事を黙って聞けということが本質的な欲求であるわけですから理を以てその非を説くなど愚の骨頂で、貴重な御提言ありがとうございます参考にさせていただきますととりあえずヨイショしておくのが基本戦略であるということになるようです(実際にそれを受け入れるかどうかはともかくとして)。
無論、そういった形で個別の戦略を練って対応するのが最善であることは言うまでもないのですが、実際問題としてどこの職場でもクレーマーやモンスターと呼ばれる顧客が増加している、そしてそれに対して専門的対応が可能なスタッフを揃えていられる職場ばかりでもないとなれば、まず初診において大コケせず、こじれた際にスムーズに専門家に引き継ぎ可能な初期対応能力はスタッフ全員が保持しておくべきなのでしょう。

帰ろうとしない患者の対応に苦慮-病院勤務の警察OBらが勉強会(2012年8月3日CBニュース)

病院に勤務する警察OBを中心に、院内暴力対策に取り組むネットワーク「HKO会」(事務局=慈恵大学総務部渉外室・横内昭光顧問)はこのほど、東京都内で勉強会を開いた。「院内暴力対策として今何をなすべきか―悪質クレーム・暴力の具体的対応方法―」と題したパネルディスカッションが行われ、病院から帰ろうとしない患者への対応に、病院側も苦慮している状況が明らかになった。

パネルディスカッションでは、参加病院の幾つかの事例を基に、対応策を議論した。
会場から、身寄りがなく生活保護を受給する患者が、医療費を支払わない上、診療が終わっても、バス代がないとして家に帰ろうとせず、病院に居座り続けることを繰り返し、その対応に困っているという事例が寄せられた。
当初はお金を貸したり、家まで送ったりしていたが、それが恒常的になった。さらに、その患者が警察の説得にも応じないほか、救急車を呼んで繰り返し病院に来るなど、職員も対応に疲れているという。

聖路加国際病院の院長付参与の佐藤太郎氏は、同院でも多く見られるような事例で、対応に苦慮しているとした。実際の対応として、帰ろうとしない患者の話を聞いた上で、状況によっては家まで送ることがあるという。
佐藤氏は、病院職員がこのような患者に対応するのは非常に難しく、警察OBの対応が求められる場面と指摘。必死に説得を続けながら、ケース・バイ・ケースで対応していくしかないとした。
会場からは、不退去の患者がいる場合、外来診療が終わる午後5時までは様子を見て、それ以降は不法侵入の扱いとして、警察に連れて行ってもらっているとの声があった。また、お金を渡したり、送り届けたりしていては、患者がそのことを当然とみなすようになるのでは、とした。

弁護士の逢坂哲也氏は、こうしたケースについて、病院を退去してもらうという問題と、医療費の自己負担分を支払わずに来院を繰り返す患者への対応の問題が混在していると指摘。
前者については、不退去や建造物侵入などの刑事領域として扱えるケースでは、警察に対応してもらうことも考えられるが、救急などで24時間対応している病院はなかなか難しいとし、基本的には現場で根気強く帰宅するよう説得して、長時間居座ったり、暴力を振るったりするなどの悪質なケースについては、刑事事件として警察に対応を求めるという選択になるとした。
また、後者については、医師や医療機関の応召義務を考えると、医療費を支払わないからといって、診療拒否は基本的にできないとしつつも、不払いにも受忍限度があると指摘。医療費を支払わないのに繰り返し診療に来る患者に対しては、その都度、「いつまでに、いくら払います」などの念書を取っておき、それが相当回数となり、相当額となった場合は、悪質な医療費不払いを理由に、診療拒否が認められる可能性もあるとした。
逢坂氏は、「頻度と金額にもよるが、受忍限度を超えた場合、思い切った処置も考えられる。その間はもちろん、患者に根気強く説明をし、説得をすることが必要」とした。【大戸豊】

前述の眼科クリニックのケースにも通じるものがありますが、生活保護受給者など何らかの理由で医療費負担無しの特権を持つ人々の中には、病院内では一切金を使う必要がないのだと誤解(曲解?)している方々が一定割合で見られるようで、こうしたケースは程度の差こそあれ非常に多く見られるんじゃないかと思いますね。
この場合はとにかくお金は一切払いたくない、むしろ送迎など便宜を図ってもらいたいというのが根源的な欲求であるわけですから、その欲求を満たさせないように対応していくことが噂が噂を呼び同類が群れ集う病院にならないための第一歩だと思いますが、医療業界の場合しばしば言われることに応召義務があるのだから受診を拒否できないのでは?と言う点がありますよね。
ただしよく考えてみれば彼らは受診することが目的ではなく、受診の結果何らかの利益を得るということが目的であるわけで、その点でよく考えて見れば応召義務とはあくまでも受診の求めを拒否してはならないというだけのことでどのように応じるべきかは全く規定されていないわけです。
そう考えていくと日常診療を面倒くさく縛り付けている各種関連法規や保険診療上のルールなどは、うまく使うことでクレーマーと対峙するに当たって最も有用な楯にもなり得るということですし、長年規制緩和規制緩和と言われるほどお上の規制が諸事厳しい日本においては医療に限らず、あらゆる業界で似たような方法論が活用できる可能性はあるということですね。

もちろん昨今では暴力行為や不法侵入など明らかに法を犯している相手に対して警察等と共同して対処することに躊躇する理由はないですし、特に検死業務などで警察とコネクションをつけやすい医療機関が不法行為許すまじ!の先鞭を付けることによって、社会的にも毅然とした対応をしていくべきだという世論を先導することも可能でしょう。
実際にこのところ各地の病院で警察OBを雇用するということがちょっとしたブームになっていて、もちろん「単なる新たな天下り利権じゃないか」という批判もあるでしょうけれども、少なくとも面倒な顧客を引き受けてもらうためにその筋の方々にみかじめ料を払うなどよりはよほど健全ではあるでしょうし、いずれはそれ専門の教育を受けたスタッフが病院内の専門職として成立する時代も来るかも知れません。
ただそれでも今現在第一線臨床を担当している先生方、とりわけ開業医など物理的にも経営的にも脆弱な立場にあって狙われやすい先生方ほど「患者サマを警察に?!とんでもない!」と言う空気の中で医療を学んできた方々でしょうから、今さら警察の手など借りたくないと言うのであればそれ以外の方法で解決するだけのスキルを身につけておかなければならない理屈でしょう。
最終的には当該顧客に「こんな糞病院二度と来ねえよコンチクショウ!」と自ら進んでお帰りいただけるような穏便な対応が出来ればいいわけですが、そのためにも今後は医療そのものと同様にクレーマー対策に関しても実地医家諸氏の真摯な学習努力が必要になってきそうですね。

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2012年8月 5日 (日)

今日のぐり:「かっぱ寿司 倉敷店」

ちょうどオリンピックが賑やかな折ですが、先日の開会式でこんな話題があったことをご存知でしょうか。

ロンドンオリンピック、地球外からも?視察に訪れる(2012年8月1日秒刊SUNDAY)

世界中で盛り上がりを見せるロンドンオリンピックですが、地球のみならず地球外からもお客様が訪問しているとの情報があります。こちらのYouTubeの動画では2機のUFOのような者が確認でき、開会式の様子を上空から優雅に見学しているようだ。オリンピックは世界のみならず、地球外にも関心があるのかもしれない。

(画像)

動画を見る限り2機のUFOの存在が確認できる。ヘリコプターか何かではないのか?と思うかもしれないが、動画を拡大してみる限り、それはヘリコプターの形状ではなく、軟体のようにウネウネと変形する物体であることが判る。またもう一つのUFOは、2001年宇宙の旅に出てくるようなドーナッツ型の宇宙ステーションのような形をしている。

恐らく1人や2人ではなく何人かで地球に訪問し、開会式を見ているに違いない。宇宙人にオリンピックのルールや競技の内容が判るのかどうかはさておき、疑問なのは何故そんなに判りやすい場所でホバーリングしているのだろうか、万が一見つかって撃ち落とされたりしたらひとたまりもない。

ましてや、オリンピックという厳戒態勢が敷かれている中での、領空侵犯。これはイギリス軍も黙っているはずもないのだが、不思議なことに撃ち落とされる様子もなく、平然と浮いている。という事はやはり自国の航空機か何かなのだろうか。それとも開会式の演出なのか。

謎はつきないが、映像で確かめていただきたい。

Two Olympic UFOs Confirmed 2012 HD

ブリと言えばつい先日政府内で長年UFO調査を担当してきた部署が廃止になったことが伝えられましたが、こうなると少しばかり気が早かったのか?とも思わされますね。
本日は今回のオリンピックにまつわる様々な話題を紹介したいと思いますが、まずはいかにもブリらしいこちらのニュースから言ってみましょう。

【ロンドン五輪】苦労して運んだ「聖火」は一旦消して、別の場所で着火していた(2012年7月30日ロケットニュース24)

現在世界中が注目している、ロンドンオリンピック2012。日本人選手の活躍に注目が集まっているなか、オリンピックの象徴である「聖火」について、驚くべき情報が明らかになった。開会式をご覧になった方も多いと思うが、スタジアムの中央に点火された聖火は、なんと一旦消して別の場所に移されていたのである。

今までのオリンピックでは、メインスタジアムの見える場所に点火台が設けられており、大会期間中ずっと火が消えることはなかった。しかし今回は、点火台をそのままにしておくことができないために、ランタンに火を移して、スタジアムから離れた場所に移動したというのだ。最初から常設の場所に火を運んだ方が良かったのでは?

聖火は2012年5月にギリシャのオリンピア(古代オリンピック発祥の地)で、採火式が行われた後に、70日間をかけてのべ8000人のランナーによって、ロンドン・ストラットフォードの「オリンピックパーク」に運ばれた。そして最後は7人の若人の手で、点火台に火が点されたのである。

世界がひとつになるその瞬間を、感動と共に見届けたという人もいるだろう。しかしながら、火が運ばれたのはスタジアムの中央だ。このままでは競技は実施できない。結局、聖火は一旦ランタンに移された後に、別の場所へと移動していたのだ。

メインスタジアムの見える場所に聖火がないために、苦情が相次いでいるという。とはいえ、いまさら戻すわけにも行かない。まさか一旦消すことになるとは、世界中の誰もが想像していなかったはずである。これまでのオリンピックでは、聖火を消すことで大会のまくを閉じてきたのだが、今回はどうやってエンディングを迎えることになるのだろうか? 非常に気になるところだ。

まあ、こういうことは普通予行演習をしたりして慎重に設定していくものだと思うのですけれども…しかしこれまたブリだけに、まるで当初からそのような予定であったかのように振る舞っているだろうことは想像に難くありません。
開会式と言えば様々な有名人が登場し、特にさるやんごとなきお方がヘリから飛び降りたなどと話題になったものですけれども、こちらの方をお迎えするには随分とお値打ちな契約であったというニュースがあります。

五輪開会式、マッカートニーさんらの出演料は120円(2012年8月1日AFP)

【7月31日 AFP】27日夜のロンドン五輪開会式で演奏を披露したビートルズ(The Beatles)の元メンバー、ポール・マッカートニー(Paul McCartney)さんらの出演料が、わずか1ポンド(約120円)だったことが分かった。

 五輪関係者が30日にAFPに語ったところによると、開会式のトリを飾ったマッカートニーさんに加え、マイク・オールドフィールド(Mike Oldfield)さん、ディジー・ラスカル(Dizzee Rascal)さん、エミリー・サンデー(Emeli Sande)さん、アンダーワールド(Underworld)といったトップアーティストの出演料も1ポンドで、ただ働き同然の契約となっている。これは、正式な契約を結ぶ上でなんらかの対価を支払う必要があったためだという。

 ロンドン(London)の夕刊紙イブニング・スタンダード(Evening Standard)には、開会式で賛美歌「アバイド・ウィズ・ミー(Abide With Me)」を歌い、出演料の振込みを待っているというサンデーさんのコメントが掲載されている。

「出演料は1ポンドだと契約書に書いてありますよ。自分でサインしたから知っています。とはいっても、まだ何も受け取っていませんけどね。でも、この1ポンドは本当に特別なものです。このイベントがひときわ素晴らしいものになったのは、宿泊費を自分で負担さえしながら無償で出演したボランティアの人々のおかげでもあります。このことは、アートがいかに大切かを教えてくれます」

しかし何ともお役所仕事という感じではあるのですが、日本でもテレビの自称チャリティーイベントが実は莫大な報酬を支払っていたなどと話題になる中で、こちらさすが世界の超大物というところですかね。
同じく開会式の話題ですが、こちらちょっと確かに格好いいとは言い難いかなという人々の話題です。

ロンドン五輪開会式 ソマリアがドラえもんすぎると話題に(2012年7月28日ねとらぼ)

 いよいよ開幕となったロンドン五輪。そんな中、開会式に参加したソマリア選手の衣装がどう見てもドラえもんだと話題になっています。

 Twitterで開会式の様子を実況していた人も多く、たちまちタイムラインはドラえもん一色に。Togetterには困惑する人たちのツイートまとめも作られました。

 おなかの部分だけが白く、それ以外は鮮やかなスカイブルー。こ、このカラーリングは確かにドラえもん……!! どうやらソマリアの国旗をイメージしているみたいですね。

 それにしても、実況しているみんなのツイートが一瞬「ドラえもん!?」で染まった瞬間はなかなか見ものでした。みんなの一体ぶりは「【ロンドン五輪】ソマリアの衣装を見てみんな思ったこと【ドラえもん】」からどうぞ。

ま、ドラえもんとは言わないまでも、どうもこのノリは着ぐるみ系に見えて仕方がないような…
選手村で無料配布された15万個の避妊具があっという間に消費され追加発注されたと話題になっていましたが、思わぬ方向に議論が拡散しているようです。

スポーツ前のセックスは悪影響か、ロンドン五輪でも話題に(2012年7月31日ロイター)

[ロンドン 30日 ロイター] 古代ギリシャの時代から、アスリートは競技の前にはセックスを避けるべきだと信じられてきた。しかし、セックスがアスリートの能力低下に関わるとのはっきりとした科学的根拠は得られていない。

専門家は、こうした「神話」が完全に研究されているわけではないと指摘する。大半の研究はセックスが与える生理学的な影響に基づくとし、セックスが体力や持久力を低下させるとの結果はこれまで得られていないという。

臨床スポーツ医学誌に掲載された調査では、元アスリートの既婚男性14人を対象に、セックスした翌朝と、6日間以上セックスしなかったときに握力テストを行った。その結果、セックスによる悪影響はみられなかった。

また、米コロラド州立大学が18―45歳の既婚男性10人を対象に、握力やバランス、最大酸素摂取量などを調べたところ、セックスの有無で結果に違いは出なかった。

ただ、英サリー大学のカウンセリング心理学専門家、マーティン・ミルトン氏が指摘するように、セックスが影響するかは回数や時間の長さ、個人差にもよる。「もし一晩中激しい性行為をするようなら、明らかにアスリートは睡眠不足だろうし、集中力にも欠けるだろう」と述べた。

開催中のロンドン五輪でもセックスは大きな話題の1つとなっている。オーストラリアの五輪委員会が、アトランタ五輪の金メダリストである同国の射撃選手、ラッセル・マークさんの選手村での部屋を、同じく射撃選手の妻の部屋と別にしたことが大きくマスコミに取り上げられた。マークさんは妻とこっそり会うと公言している。

また、北京五輪で競泳女子200メートル自由形で金メダルを獲得し、モデルもこなすイタリアのフェデリカ・ペレグリニ選手の恋人が、同選手の競技前にはセックスを避けると雑誌の取材に答えるなどして話題となった。

ま、こういうことも含めて人それぞれの調整法があるのでしょうけれども、見ていますと本番だからと普段のリズムと極端に違うことをやっている方々はどうもかえって調子を崩しやすいような印象もありますけれどもね。
世界トップクラスのアスリートが集まる大会だけに鍛えられた肉体美もすごいものがありますが、こちらちょっと非常識にすごすぎるというお方の話題です。

なんじゃこりゃーーっ! ロンドン五輪・自転車競技選手の異常に大きい太ももが話題に(2012年8月1日ロケットニュース24)

連日、白熱した戦いを見せ、世界中の人々を魅了している “ロンドンオリンピック” 。世界最大のスポーツ大会・オリンピックに出場する選手たちは皆、人並み外れた強靭(きょうじん)な身体を持っているのだが、そのなかでも特に超人的な肉体を持つ選手が現在大きな注目を浴びている。

その選手とは、ドイツの自転車競技選手ローベルト・フェルステマンさん。(26歳)彼のどこがスゴイかは、記事トップの写真をご覧になって頂ければ、すぐに分かる。

写真の左側の人物は、ドイツの自転車競技選手アンドレ・グライペルさん(30歳)であり、その大きな太ももを見せるため、ズボンをおろして写真撮影に応じている。そして右側にいるのが、今回話題になっているフェルステマンさん。

そう、写真に写し出されているように彼の太ももの筋肉は、一般人よりはるかに大きいグライペルさんの筋肉のさらに上をいっており、「これは画像編集したのではないか!?」と疑ってしまうほどその筋肉は異常に大きい!

この写真は、ニュージーランドの自転車競技選手グレッグ・ヘンダーソンさんが7月27日にTwitter上で公開したもので、次のようなツイートがその写真と共に投稿されている。

あなたはグライペルの脚は大きいと思っていただろう。しかし今日ドイツ陣営で、大腿筋(だいたいきん)マッチが行われ、グライペルは負けたのだ。(以上、Twitterより翻訳引用)

異常なまでに発達した筋肉を持つフェルステマンさんは、世界の様々な自転車競技大会のチームスプリントで優勝経験を持っており、ドイツでは結構有名な自転車競技選手のようだ。

しかし今回惜しくも、オリンピックドイツ代表スプリントチームから外れてしまい、クロスカントリー・マウンテンバイク競技でメダルを目指すこととなった。フェルステマンさんの凄まじい筋肉を見たいという人は、8月12日に彼が出場する種目が行われるようなので、その時にぜひチェックして頂きたい。

それにしても、どんなトレーニングを積んだら、こんな漫画のような大きい筋肉を手に入れられるのだろうか? あ、ダメだ……想像するだけでも、脚が痛くなってきた……

どこがどう凄いのかはリンク先の写真を参照いただきたいと思いますが、なんでしょうねこの…クリスマス頃に食べられていそうな不自然な造形と言うのでしょうか…
最後に取り上げますのは日本選手団の話題ですけれども、まあさすがにブリだけのことはあるという感じなんでしょうか?

【ロンドン五輪】 開会式各国入場で日本選手団だけが退場させられていた!?(2012年7月31日ロケットニュース24)

現在開催中のロンドンオリンピック2012。世界各国が自国のアスリートの活躍に注目しているのだが、開会式の各国入場で驚くべき事態が発生していたようだ。

ロンドン在住のとある日本人ブロガーが7月29日に掲載した記事によると、日本選手団は入場した後に、なぜか退場させられていたかもしれないというのだ。公開されている画像を見ると、赤いジャケットの日本選手団だけが、なぜか脇の出口に誘導されているように見えるのだがッ!? これは一体!!

ロンドン在住のブロガーRubyさんは開会式当日、会場のオリンピックパークで入場行進の様子を見ていたそうだ。先頭ギリシャの入場開始から約一時間を経て日本選手団が入場してきた。そこからトラックを周っていく様子を画像つきでブログに紹介している。ところが半周したあたりで異変が起きた。

「彼らは、私たちの目の前を通り、つまり、トラックを半周したあと、なぜか、ここで立ち止まり、というか、誘導してる人らが立ちはだかっているのですが、他の国はここをまだ前に進みます。日本のときだけ、ここでとめ、なーんと!脇出口から退場してしまったのです!!!!!!なぜ??????? 私はすべてのチームを見ましたが、あとにも先にも、ここから退場したのは日本チームだけです」(ブログより引用)

中継を見ていた記者(私)はてっきり、中央のトラック内に他国選手と同様に入っているものと思っていたのだが……。いやおそらく、中継を見ていた人は同じように考えていたはずだ。しかし誘導のしたがって、退場していたのかもしれないのだ。

「なぜに、なぜに、日本チームだけが退場???????? これには会場内の友人らも「おい、なんで出てったんだ」的なテキストやり合いでした。日本からお応援者が少なかったから? それにしてもおかしいでしょー」(ブログより引用:原文ママ)

少なくとも会場にいた人たちも、その様子を確認していたようである。今回の大会は、判定が覆る場面がいくつもあり、「運営に問題があるのでは?」との意見も相次いでいる。ここへ来て開会式から問題が起きていたことが発覚すれば、「ロンドン五輪成功」とは言いがたいものになるのではないだろうか。

その不思議な光景はリンク先の画像を参照いただきたいと思いますが、組織委からは誘導の不手際でこうなったと弁解があったということです。
しかし先に取り上げたような開会式における様々な問題を見聞するにつけ、むしろ暑い中最後までつきあわずに済んだことがよかったと考えられなくもない…のでしょうかね?

今日のぐり:「かっぱ寿司 倉敷店」

倉敷市街からやや南に下った国道沿いにあるのがこちら「かっぱ寿司」倉敷店さんですが、以前は少し離れた場所に居抜きで入っておられたようにも記憶しているのですが、新築移転したと言うことなのでしょうかね?
百円系はあちらこちらで数を増やしていますがどこもそれなりに繁盛しているようで、こちらも食事時とはいえ行列待ちの大入り満員と言うのは大変なものですが、とにかくメニューの多さと価格の安さで家族連れには入りやすい店ということなんでしょうか。
例によって同行者とシェアしながら色々とつまんでみましたが、タッチパネルによるオーダリングシステムと新幹線?による配送とでとにかく気を使わずに済むというのも人気の秘密ですかね。

とりあえず安価な庶民の味方としてアジを頼んで見ましたら比較的それらしい味で少し油断していたのですが、回転の王道と言うべきとろサーモンは妙にスジっぽいだけで味がないですし、カツオタタキはそもそもこれはカツオじゃないと言いたくなるような悲しい仕上がりでたたきの香ばしさも何もないと、握りはあまり感心できたものではありません。
ネギトロあたりはあまりマグロの味はしないものの脂の味で何とか食べられはするのですが、これが鉄火巻きになるとほとんど酢飯の巻物という感じの味で、いずれにしてもこういうものだと思って食べるならともかく元ネタの味を知っている人間にはちょっときついですよね。
ちなみにおもしろいなと思ったのはこちらの厚焼きなんですが、極甘の味は好みの問題だとしてオーダー上握りの欄にあるのに握りでなく単なる暖かい卵焼きだというのはどういうものなのかで、このあたりはその他のメニュー欄もあるわけですから何もこういう配置にせずともよかったのにと思います。
全般的には酢飯の味が好みに合わないことで数ある同種チェーンの中でもあまり好みに合わない方なのですが、こういう人件費を削っている低価格路線のチェーンに共通する問題としてやはり握りの体を為していないと言う問題はありますし、ネタの味に期待するよりもアイデア勝負のオリジナルメニューの方の方がマシとは言えあまり興味を引くような変わった寿司も多くはないのがちょっと残念ですかね。

極端に人件費を節約していることからも接遇面では特記するような接触もないのですが、しいて言えばトイレが広く整備されているのが美点とは言える一方、売り物の新幹線配送システムが単線かつ一編成だけなのでこうした繁忙期には回転率が落ちてしまうのが難点でしょうか。
こちらの場合つまみやデザートなど寿司以外のメニューが充実しているのが売りなんだとは思いますし、価格を考えれば食べ物としてのコストパフォーマンスはかなり高い方だと思うのですが、こと寿司を食いに来るには向かない店という印象は最後まで拭えませんでした。

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2012年8月 4日 (土)

就職先としての医療業界

医療業界と言えば何となく司令塔役の医師を頂点としたヒエラルキーが形成されているように思えますが、各職種それぞれが独立した国家資格職であるわけですから当然ながら各々に独自の需給バランスがあるのは当然ですね。
最近は医師や看護師の不足が言われる機会が多くなりましたが、同じ職場で働く医療従事者同士と言っても職種によってこれだけの差がついてきているというのは驚きますよね。

「儲かる時代はとうに終わった」赤貧・歯科医の告白(2012年7月3日プレジデント)より抜粋

■コンビニの数より多い……

「投資に失敗したなどの理由ではなく、本業の赤字で夜逃げする歯科医が現れました。多くの歯科医院が内部留保を取り崩すジリ貧の状態です」

悲愴感を漂わせるのは、都内に歯科医院を開業したばかりの若手歯科医、山崎拓哉さん(仮名、33歳)だ。

「2009年に参加したお寿司チェーン『すしざんまい』での歯科医師の親睦会で、同業者は口々に『保険診療だけなら、1日30人の患者を治療しないと赤字』と話していました。実際に、きちんと治療しようと思えば、一人の歯科医師では1日7~8人が限界です。このままでは経営が成り立ちません」

歯科医師を取り巻く現状は厳しい。1990年におよそ7万4000人だった歯科医師数は、2006年には9万7000人に増加。それも都会に集中し、「コンビニより歯科医院が多い」と言われるほどになった。

一方、健康保険の対象となる治療に対して歯科医院に支払われる診療報酬のうち73項目の価格が、この20年間据え置きされている。歯科医療費全体も、この10年間停滞中。その間も歯科医師数は増加しているため、一人当たりの収入はドンドン目減りした。歯科医療白書によれば、歯科医の5人に1人は年収300万円以下だという。

山崎さんも、その5人に1人の“負け組”だ。私立歯科大を卒業後、都心の大手歯科医院に勤務中、周囲から結婚を勧められ、お見合いパーティーで知り合った女性との結婚をきっかけに開業することになった。実情を知らない周囲からは「うらやましい」と言われることも多いが、薄給だった勤務医時代よりも最近のほうが経済的に追い込まれているという。

「恥ずかしい話ですが、この年まで女性と付き合ったことがなく、初めての女性に舞いあがって、結婚を急いでしまった。妻や、妻の両親は歯医者が金持ちだと誤解していて、『すぐ開業したほうがいい(=もっと儲けろ!)』と迫られました。そのときは妻のため、と思って一念発起したのですが、診療機器のリース料と家賃、妻の実家に強いられて建てた自宅の住宅ローンの支払いに追われています。義父によると『開業して儲けたお金で遊びに行かないようにローンを組ませた』とのことですが、女性と遊んだりする経済的余裕などありませんよ」

■昔は歯医者にマルサが来た

歯科医院の経営状態がよかったのは、80年代までだという。日本に歯科医師が少なかった70年ごろ、歯科医療の画期的な技術革新が起こり、いち早く新技術を身に付けた歯科医のもとに多くの患者が集まった。さらに、その治療が保険適用の診療になるまでのタイムラグで、多くの患者が良質な歯科医療を受けるために、自費での自由診療による治療を選択し、歯科医院は大きな利益を上げることができたのだ。
(略)
そんな歯科医の黄金時代は、保険制度の変化とともに終焉。先述のベテラン歯科医は「81年、健康保険の1割の自己負担が導入されたことが、終わりの始まりでしょう。それまで保険治療はタダでしたから、患者は1割でも非常に大きな負担に感じたと思います。それが、97年には2割、今では3割負担です。病気になれば病院に行こうと思うでしょうが、歯が少し痛むくらいでは歯医者には行かなくなってしまった。目新しい技術革新もないまま、バブルが崩壊してずっと不景気。日歯連による自民党橋本派への巨額の不正献金事件が発覚し、社会的地位も著しく下がってしまった」と説明する。

健康保険法の改正の一方で、国は医師および歯科医師を増加させる政策を実施した。医大、歯科大の新設ラッシュが起こり、大幅に定員増。医師も、歯科医も急激に増加した。特に歯科医は「儲かる」イメージが強い割に、医学部よりは偏差値も低く、希望者が殺到することになった。

「僕もだまされたクチですね」と山崎さん。

僕が受験したころにはもう、歯科医が儲かる時代は終わっていました。学生時代は忙しくてそんなことも知らず、勤務医のころも、毎日の仕事に追われて、世の中が変わったことに気がつかなかった。開業すれば、先輩の先生方みたいに銀座で豪遊できると信じきっていました
(略)
先月、山崎さんは妻の誕生日に、苦しい家計の中から、3万円の宝飾品を贈った。

「値段をネットで調べたのでしょう。次の日から不機嫌に。『去年までのプレゼントは5万円だった。あんたのせいで私は不幸よ!』って。そのとき頭をよぎったのは、はじめから1万円のものをあげていたら3万円で喜んだのではと考えました。地獄です」

薬学部生は空前の売り手市場(2012年4月26日読売新聞)

 大学生が厳しい就職環境にあえぐ中、薬学部生が空前の売り手市場となっている。

 6年制移行のために2010年、11年に卒業生が途絶え、人材供給が止まっていたためだ。今春卒業した6年制の1期生には求人が殺到。大学からは「特需はいつまで?」といぶかる声も上がるが、ドラッグストア業界や調剤薬局の採用熱はまだ高い

 日本大薬学部(千葉県船橋市)では今春の卒業生の就職率はほぼ100%。6年制移行前は8、9割だったが、今年は4月に入っても、沖縄県など人手不足の地方の病院などから求人が来るという。担当者は「2年間のブランクのためで、特需のようなもの」と語る。

 他大学も事情は同様。横浜薬科大(横浜市)の担当者は「就職先に人気があるのは、病院などだが、規模を拡大しているドラッグストアの求人が多く、薬剤師免許を取って職に就けない学生はいない」と話す。

 城西国際大薬学部(千葉県東金市)でも、3月に就職活動を始めた学生が、4月から職に就けた。教授の一人は「世間の就職情勢からすれば別世界」と驚く。

 今月、大手ドラッグストアの面接を受けた昭和薬科大の学生(23)は「4月前で5年生なのに、就職先が事実上決まった薬学部生もいる。人気のある製薬会社は別にしても、就職試験で落ちるのがおかしいぐらい」と話す。

 大学の薬学部は06年入学生から6年制になった。このため、薬剤師国家試験合格者は4年制最後の入学生の大半が卒業した09年に1万1301人を数えたが、10年が3787人、11年が1455人と激減した。

まあしかし、何の商売をしていてもたちの悪いところに引っかかる人はいるんでしょうが、それにしてもねえ…
ちなみに医学部卒業生は不況でも安定して仕事があると近年さらに人気が高まっていると言い、とりあえず偏差値さえ高ければ医学部にという傾向が高まっているようですが、一昔前に医療事故報道が相次いでいた頃のように「本当に熱意ある人に医師になって欲しい」なんて贅沢を言っていられた時代が今となっては懐かしく思い出されますね。
そうした余談はともかくとして、やはり同じ世界で一緒に働いている間柄でもこれだけ勝ち組、負け組的な差がついてくるとなればどうしたっておもしろくないのが人間と言うものですが、さすがに子供の尻を叩くにしても今から歯学部を目指すくらいならもうちょっと頑張って医学部に行った方が、と考えてしまうのも当然の親心かも知れません。
先日は医療従事者の間で「子供を医療従事者にしたいか?」という調査が行われているのですが、見ていますと職種間での認識の差異なども垣間見えてなかなかおもしろい結果になったようなんですね。

同じ医療従事者でも職業観大違い、「わが子を医師にしたい」看護師33%、薬剤師60%(2012年7月25日産経ニュース)
より抜粋

株式会社QLife(キューライフ/本社:東京都世田谷区、代表取締役:山内善行)と株式会社エス・エム・エス(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:諸藤周平)は、「医師」「看護師」「薬剤師」「患者」の4者に対して、「わが子を医療従事者にしたいか」を調査した結果を発表した。

それによると、同じ医療従事者でも属性によって職業観が大きく異なることがわかった。例えば、「わが子を医師にしたい」率は医師、薬剤師は高いが、看護師や患者からの人気は必ずしも高くない。また看護師、患者は薬剤師志向が強いが当の薬剤師本人や医師はそうでもない。
(略)

【調査結果概要】

■「医師」の70%以上が自分の子どもが医師を目指すことに対し「とてもなって欲しい」「なって欲しい」と回答。「やりがいのある仕事だから」「人のためになる職業だから」というコメントが多く見られた。「薬剤師」にも医師志向は強い。一方、「看護師」「患者」は過半数が「医師にあまりなってほしくない」と回答。看護師からは「勤務が苛酷」といった労働環境面の懸念が多く見られたほか、患者からは「医師になるためのハードルが高い」「学費が高そう」といったコメントが見られた。

■看護師については、「医師」「看護師」「薬剤師」「患者」のすべてにおいて、過半数が「あまりなって欲しくない」「決してなって欲しくない」と回答。看護師自身も約6割が自身の子どもが看護師を目指すことに消極的だった。「収入が安定している」と評価する声もある一方、勤務の苛酷さや、それに対し「報われない」といった声が多く寄せられた

■薬剤師については、「看護師」「患者」の60%以上が「なって欲しい」と回答。「手に職があるので、安定している」「夜勤などが無く、健康的に働ける」といった声が多く見られた。ところが薬剤師自身は対照的に、自身の子どもが薬剤師を目指すことに消極的。薬学部が6年制になったことを指摘している声が多く「同じ6年大学に行かせるなら、医師を目指したほうがいい」といった意見も見られた。
(略)

おもしろいのはやはり子供の仕事を考えるとき誰しもリスクとリターンの兼ね合いということを考えるかと思うのですが、全般的には医師=ハイリスクハイリターン、看護師=ハイリスクローリターン、薬剤師=ローリスクハイリターンというおおまかな認識がありそうに思える中で、実際の職務上の付き合いの濃淡によってかなりな認識の差異がありそうに思えることでしょうか。
例えば医師と薬剤師との関係というのはあまり濃密なものではなく、基本的に処方箋という文字情報を介しての間接的な付き合いであるからかややイメージ先行なのかなという印象もあるのですが、おもしろいのは医師は子供にも医師になって欲しいと思っているのに対して周囲はやや及び腰である一方、薬剤師ではその逆の傾向があるということでしょうか。
一方、医師と看護師の場合は経験的にと言うことなのか互いの勤務状況についてかなり悲観的な評価をしているように思えますが、このあたりは近年の報道などにもよってか他職種や患者にも共有されつつある一方、そうしたリスクを踏まえた上でリターンをどう評価するかという点が医師自身は多くが子供に医師になって欲しいと考えている率が意外に高いという点に現れているのかも知れません。
ただ医師のコメントを見ていて思いますのは、今のご時世に「やりがい」だとか「人のためになる」などと言った(言葉は悪いですが)やや浮世離れした理由で子供の進路を考えていられる医師と言う仕事は相応に報われている人が多いということなんでしょうか、あるいはストレスに対する認容度の差というものも反映されているのかも知れませんが少し異彩を放っているのも確かですよね。

こうした調査を見ると逆説的にですが、これまで医師と言う人種はやりがいだの人のためだのと言った目に見えにくいものに大きな価値観を感じていたからこそ激務の中でも続けられていたということであれば、結果として国民世論の求めるところの「本当に熱意ある人」がやっていたとも言えるんじゃないかと言う気がします。
ただ今の親世代と言えばまだ医療が牧歌的であった時代を知っている人々でしょうから、ごく当たり前に職場環境などを比較して就職先を決めるという今の時代の医師達であればまた違った考え方もあるでしょうし、今後進学してくる子供達に対して「やりがいがある仕事だから激務でも我慢して働け」という言葉がどれほどの訴求力を持つかは未知数ですよね。
医師自身も安定的な後継者の確保を図るためには「過酷な医療現場は根性と体力のある奴隷を必要としている!」なんて身も蓋もないアピールばかりを続けていても仕方がないことで、むしろ遠回りなようでも研究職など避難先もそれなりにあることを周知し、せっかくの若手が燃え尽きてしまうことがないよう配慮することがあっていいかなと思います。
いずれにしても冒頭の歯科の例にも見られるように「おいしい話につられて来てみたら実際は全く違っていた」なんてことはどの業界でもままあることで、特に国家資格職が必須の医療業界では学生さん達も国の方針も考慮に入れながらの進路選択が必要になってくると頭に入れておいた方がよさそうですよね。

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2012年8月 3日 (金)

世紀の誤審か買収か?! 五輪ボクシングで重大疑惑発生

ちょうど開催中の五輪では、旗判定がそっくりひっくり返ったと話題になった柔道をはじめあちこちで疑問符のつく判定が相次いでいるようですけれども、そんな中でこんな小さな記事が出ていたことをご存知でしょうか。

ボクシング清水、2回戦で敗れる バンタム級 (2012年8月2日日本経済新聞)

 【ロンドン=共同】ロンドン五輪のボクシング男子バンタム級2回戦で、清水聡(自衛隊)はマゴメド・アブドゥルハミドフ(アゼルバイジャン)に判定で敗れた。

清水、提訴で準々決勝へ=男子ボクシング〔五輪・ボクシング〕(2012年8月2日時事通信)

 ボクシングは1日、男子バンタム級の2回戦が行われ、清水聡(自衛隊)は第2シードのマゴメド・アブドゥルハミドフ(アゼルバイジャン)に判定負けしたが、判定を不服とした提訴が認められて準々決勝に進出した。 

日本ではボクシングはすっかりマイナー競技扱いということでしょうか、一般紙の扱いはこの程度ですからさっぱり状況が判らない話で、下手をすると「なにこれ?ごね得が通ったってこと?」と感じてしまいそうな話ですよね。
ところがスポーツ新聞に取り上げられている試合の状況を聞きますと、今度は別の意味で「なにこれ?」と思ってしまいそうな話なのです。

ダウン3度認め、清水がRSC勝ち記事を印刷する(2012年8月2日日刊スポーツ)

 国際アマチュアボクシング連盟(AIBA)は2日、ロンドン五輪の男子バンタム級2回戦でアブドゥルハミドフ(アゼルバイジャン)に敗れた清水聡(自衛隊)が判定を不服として起こした提訴を認め、勝者とする決定を下した。清水は5日の準々決勝に進出する。

 問題とされたのは3回の判定。アブドゥルハミドフは6度キャンバスに倒れたが、レフェリーは一度もカウントを取らなかった。AIBAはそのうちの少なくとも3度は有効なパンチによるダウンに該当するとし、清水のRSC勝ちを認定した。当初は22-17の判定でアブドゥルハミドフの勝利と発表されていた。

 日本の山根昌守チームリーダーは「ダウンしていたのは明らかだった。正しい判断をしてくれたことに安心した」と話した。

下手するとますます「いったいこれはどういうこと??」と思ってしまうような意味不明な話なんですが、実際の状況を見ていただくためにもこちらNHKの配信している試合の動画を参照いただくのが一番手っ取り早いかと思います。
状況を説明しますと1、2ラウンドまでアブドゥルハミドフ選手が優勢で清水選手はダウンも喫していたのですが、3ラウンドになってから猛然と反撃が始まりフラフラのアブドゥルハミドフ選手がサンドバッグ状態となるものの審判は全くダウンと認めず、観客の大ブーイングの中アブドゥルハミドフ選手の勝ちが宣告されたといったところです。
こういう状況にあっても最後まで礼儀を失わなかった清水選手も偉いと思いますけれども、さすがにこれは抗議をしておかなければならない重大な裁定ミスですし、実際に国際アマチュアボクシング連盟もあっさりと清水選手側の訴えを認め審判の裁定を覆したわけですから、いったい審判の存在意義とは何か?と思えてしまいますよね。
いったいなぜこんなことが起こったのかと誰でも不思議に思うところですが、実はこの事件が起こるはるか以前にこんな報道が流れていたことが発掘されてきています。

五輪ボクシングで買収疑惑 7億円近い賄賂と英BBC(2011年9月23日スポニチ)

 来年のロンドン五輪ボクシングで金メダルを保証することを見返りに、国際アマチュアボクシング連盟(AIBA)傘下のプロボクシング団体がアゼルバイジャンから900万ドル(約6億8千万円)の賄賂を受け取っていたと22日、英BBC放送(電子版)が報じた。

 BBCによると、複数の内部告発者の話として、ロンドン五輪でアゼルバイジャンの選手が2個の金メダルを獲得する裏取引があったという。AIBAはアゼルバイジャンとの金銭の授受は認めたが、プロボクシング団体への投資であり、メダルの買収ではないと主張している。AIBAの代理人は疑惑を「ばかげた全くのでたらめ」と否定した。(共同)

もちろん当時は全く注目されなかった記事で、またイギリス人お得意の与太記事か?で済んでいたようなニュースなんですが、しかし実際にこういう事件が五輪本番で起こってしまうと思わず考え込んでしまいますね。
過去にも五輪では過度のホームタウンディシジョンを思わせる事件が何度かあり、有名なソウルオリンピックでのボクシング誤審事件では後に国際アマチュアボクシング連盟によって5人の審判のうち3人までが買収されていたと認定されています。
今回の五輪においてもあちらこちらで怪しいと言われる判定があり、一部には審判と癒着しているんじゃないかと思わせるような試合場外での行動もうわさされていますけれども、五輪精神云々と難しいことを言わずともこういうことは勘弁してもらいたいと思いますね。

(追記)清水戦の審判は直ちに今大会から追放されたということですが、こうした不利益を上回る便宜供与が可能であれば個人の倫理観でしか再発を抑制できないということになってしまいます。
今大会で何度か問題になっている審判のレベル向上とあわせて、柔道のような上位裁定システムの導入がいいのか審判にもポイント制が必要なのかなど、どのような対策が可能であるかを考えていかなければならないでしょう。

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2012年8月 2日 (木)

医療の費用対効果 そもそも効果とは何なのか?

増え続ける社会保障関連の支出をどうすべきかということが財政上の大きなテーマになって久しいですが、つい先日「日本成長戦略」なるもので医療を重点的な成長分野とすることを決めたと言いながら、やはり先立つものはなるべく出したくないというのが本音ではあるようです。

医療費適正化計画の基本方針案を大筋了承- たばこ対策や後発品の目標も(2012年7月30日CBニュース)

 社会保障審議会(社保審)の医療保険部会(部会長=遠藤久夫・学習院大経済学部教授)は30日、2013年度から始まる次の医療費適正化計画の基本方針案を大筋で了承した。前回の議論を踏まえ、厚生労働省が示した修正案では、都道府県が達成すべき目標として、たばこ対策や後発医薬品の使用促進に関する項目が新たに盛り込まれた。同省では、8月6日に都道府県を対象とした説明会を開催した後、同月中旬にも国民に意見を求める方針だ。

 前回会合で厚労省が示した基本方針案では、特定健康診査・特定保健指導(メタボ健診)の実施率や平均在院日数などについて、地域の実情を踏まえ、都道府県が設定できることを明記。これに対し、修正案では、平均在院日数の目標値を決める際、厚労省が提供する参考資料を「情報提供」との表現にとどめ、より都道府県の自主性を高めた。

 また、喫煙による健康被害を予防する観点から、禁煙の普及啓発施策に関する目標を定めることを例示し、その際の保険者との連携や、相談体制の整備などを具体策として列挙。後発品の使用促進に関する項目も追加され、例えば、都道府県内の数量シェアなどの目標設定や、医療関係者や保険者、都道府県などによる協議会を活用した取り組みも考えられるとした。さらに、目標を設定する都道府県側が、「PDCAサイクル」に基づき、その達成状況などを評価した上で、必要に応じて見直すことなども盛り込まれた。

 このほか、東日本大震災の被災地に関しては、目標の設定や医療計画における医療費の見通しの算出の際、柔軟な対応を可能とすることが明記されたほか、医療費適正化の推進や、医療提供体制に関する参画など、保険者機能が発揮されるよう、厚労省側がガイドラインを検討する方向性も打ち出された。

 厚労省が示した修正案に対し、委員からは、たばこ対策に関する項目が追加されたことを評価する声があった一方、保険者側からは、都道府県が医療費を抑える計画を立てるかどうかを懸念し、国がリーダーシップを発揮するよう求める意見も出た。同部会は、この日で基本方針案に関する議論を終え、最終的な判断は遠藤部会長に一任した。【敦賀陽平】

しかしまあ、医療の世界も気がつけばすっかりノルマに追われるようになってきたわけですね…
タバコなどもすっかり諸悪の根源扱いで日本人の喫煙率も低下する一方だと言いますが、もちろんタバコによって健康障害を来せば一番困るのは喫煙者本人であるわけですから、医療費削減という社会的な圧力によって喫煙を抑制させるのも結局は本人のためであるという言い訳がつくことにはなるでしょう。
しかしこうしたケースは実は必ずしも一般的ではなく、医療費の削減と合理化がすなわち当事者である患者の利益に結びつかないケースも少なからずあるということは認識しておかないと、国民も「医者共ザマアwメシウマww」などと他人事のように言っているといつの間にか自分達が一番の不利益を被っていたということになりかねませんよね。
無論、国民が多少の不利益を甘受することで財政上大きく利益があるのであれば原則推進していくという方針は必ずしも間違いというわけではなく、例えばジェネリック問題などはこうしたケースに近いんじゃないかと思いますけれども、コスト削減効果も大きいが不利益もまた大きいというケースに関してはやはり国民に対する「インフォームドコンセント」が必要になるんじゃないかということです。

医療保険制度に費用対効果…コスト意識、議論深める(2012年7月30日読売新聞)

 限られた財源をいかに有効活用するか――。医療保険制度で、薬や治療技術の効果が費用に見合うかどうかを見極める仕組みの導入が検討されている。費用の膨張を抑えつつ質の向上を図ることは、医療に限らず社会保障制度全般の課題。ただ、利用者の生活に直結するだけに、国民の理解を得ながら議論を進めることが重要だ。

高価な薬、多用の現状

 「効果は従来品と同等なのに、新しいというだけで漫然と高価な薬を多用している。それが日本の高血圧治療の現状」。循環器内科医の桑島巌・東京都健康長寿医療センター顧問医は、こう嘆く。

 高血圧の治療薬には、利尿薬、カルシウム拮抗(きっこう)薬、ACE阻害薬、ARB薬など複数のタイプがある。日本で多く使われているのが2000年代に普及したARB薬。1日当たり標準服用量が140円前後と最も高く、最も安い利尿薬の10円前後の十数倍。主要高血圧治療薬の売上高の57%(IMSジャパン調べ)をARB関連薬が占める。

 だが、国際的な臨床試験などの結果では、いずれの薬も心筋梗塞や脳卒中などの発生率に差はなかった

 米国の専門医団体による治療指針では、最初に処方すべき薬として最も安価な利尿薬を挙げる。日本の指針には、このような優先順位はなく、「製薬会社が売り込みに熱心な新薬が多用される」との指摘もある。

 国内の高血圧患者は推定4000万人。08年の厚生労働省調査によると、そのうち約800万人が継続的に治療を受けているとみられる。仮に800万人全員が最も高価なARB薬を使う場合と、利尿薬を使う場合を比較すると、費用の差は年間約3700億円にもなる。ただし、利尿薬は副作用で血糖値や尿酸値が上がる例もあり、全患者に適するわけではない。

 「米国のように安さだけを基準にすることはできないが、明確な理由もなく、高価な新薬を無制限に処方する日本の現状は医療財政を圧迫している。医療分野でも費用対効果の検討が必要な時期に来ている」と、桑島医師は話す。

 糖尿病治療のインスリン製剤でも、注射回数が少なく高価なタイプが多用されている。海外では、若年で発症した患者などに限定され、生活習慣が要因の場合は同等の効果で注射回数が多い安価なタイプしか使えない国が目立つ。

 高齢化の進展や医療技術の進歩に伴い、国の医療費は12年時点の約35兆円が25年には約54兆円に達する見込み。社会保障費全体の中でも、最も増加幅が大きい

 こうした状況を受け、国も医療保険制度に「費用対効果」の視点を取り入れる検討を始めた。5月に厚生労働省の中央社会保険医療協議会(中医協)の専門部会がスタート。開発コストを反映して高額になりがちな新しい薬や治療技術などに関し、生存期間や健康状態などの改善効果が費用に見合うか客観的に評価する仕組みを議論している。

 中医協会長の森田朗・学習院大法学部教授は、「医療サービスが拡大し、このままで制度が持続できるのかという問題に直面している。限られた資源をどう配分するか、優先順位を考えざるを得ない」と強調する。

先進国で導入相次ぐ

 医療費の膨張に悩む先進各国では、費用対効果の手法の活用が進んでいる。

 先駆けとなったオーストラリアは、1993年に新薬を公的医療で給付するかの判断材料として導入した。最も力を入れる英国も99年、国立医療技術評価機構(NICE)を設置。生存年数と生活の質から費用対効果を評価する指標を作成し、公的医療で給付すべき薬や治療の範囲を判断して、効率的な医療技術の普及に努めてきた。同様の仕組みはカナダやスウェーデン、オランダなどでも導入され、07年には韓国やタイなどのアジア諸国にも広がっている。

 ただ、英国では、薬剤費の引き下げなどの成果はあったが、「効果に対して高すぎる」として抗がん剤や認知症治療薬の新薬が給付対象から外されるケースが続出。治療を受けられなくなった患者や国民の不満が高まり、訴訟に発展するなど「行き過ぎ」との批判もでたため、制度の修正に取り組んでいる。

 議論が始まったばかりの日本でも、「命をお金に換える話になりかねない」といった慎重な意見も出ている。

 安達秀樹・京都府医師会副会長は、「医療費の現状を考えれば、費用対効果の視点は欠かせない。もちろん、患者の少ない希少疾患や、高価でもほかに選択肢のない治療法の切り捨てになってはならない。対象範囲を十分検討し、導入に向けた議論を深めるべきだ」と指摘する。

 費用対効果の検証に基づく給付の効率化は、少子高齢化で揺らぐ社会保障制度の持続可能性を高めるために避けて通れない。介護保険の予防事業や生活保護の就労支援事業など社会保障の各分野で、こうした手法は広がっている

 血液疾患団体のNPO法人つばさの橋本明子理事長は、「社会保障にもコスト意識が必要なことは理解できるが、患者や家族には不安感も強い。当事者を交え、国民が納得できる議論をお願いしたい」と訴えている。

患者や家族の理解必要

 医療費の有効活用について、患者と医療者が一緒に議論しようという新たな動きもある。

 25患者団体(会員数約12万人)と医療者約30人が参加する「受療者医療保険学術連合会(受保連)」が、9月に発足する。

 限られた医療財源を効率的に使うには、効果が同等なら安い薬から処方するなど、医師がコスト意識を持つと同時に、患者や家族がその必要性を理解することも重要。一方で、医療の高度化・多様化の恩恵を受けるには、国民全体の負担を増やすべきかどうかも検討課題になる。

 受保連副会長を務める田倉智之・大阪大教授は「医療保険制度の持続には、医療費の有効活用と財源確保が車の両輪。医療の社会経済的な価値を数値化し、患者や国民に現状を理解してもらいながら、受益と負担のバランスなどを考えていきたい」と話している。(本田麻由美、高橋圭史)

余談ながら記事を見てもおわかりいただけると思いますが、世界的にみると「命の沙汰は金次第」という考え方の方がむしろ主流派であって、日本のように「命をお金に換える話になりかねない」といった意見が堂々と語られている国は珍しいのだということはまず承知いただきたいと思います。
ある程度以上の年齢になると高齢者に対する人工透析の導入を保険対象から外している国は少なくありませんが、もちろん自分で透析費用を支払ったり民間保険に加入しておけば透析自体は受けられるにしても、そのためには一定の余計な支出が必要であるということですよね。
近年主にネットなどを利用する中堅・若手医師達を中心にして「命はお金にかえられない」という皆保険制度発足以来一般化してきた価値観に異議を唱える動きが出ていますけれども、やはり厳しい医療の現場を経験すればするほど現行制度の矛盾に気がつくということなのでしょう、このところの「ブラックジャック」の再評価などもそうした流れの延長線上にあることなのかも知れません。

そうした話はともかくとして、記事中にも悪い例として取り上げられている降圧剤の処方ですが、血圧を下げるということだけを目的とするならば高い薬だろうが安い薬だろうが変わらないのは確かですが、それぞれの薬の系統(作用機序)によって臓器保護作用など副次的な効果が異なっていることが知られていて、熟練した医師なら患者の基礎疾患等によってこれらをうまく使い分けていくものです。
無論、単に新しく出たからと言うだけで同系列の新薬に切り替えるようなことはさほど意味がないでしょうし、製薬会社にしてもお金の取れる新薬に関する研究にはお金を出しても古くて安い薬についてはさほど熱心ではないため、結果として高い新薬ほど様々な有り難い副次的効果が備わっているかのように次々とエビデンスが出てくるということも問題でしょうが、高い薬を出す医者=悪徳拝金主義者というわけでもないわけですね。
そうした点も含めて考えて見ると、医療を費用対効果でも評価していくという考え方自体には多くの人が総論賛成ではあるのでしょうけれども、それではここでいう効果の定義って何?という根本的な疑問が放置されたままでは議論が思わぬ方向に迷走しかねないということでしょう。

例えば先日は日本人女性の平均寿命が世界第一位の座から転落したと話題になりましたけれども、単に健康で(この場合は医学的に大きなトラブルもなく、という意味ですが)長生きをさせるということが効果という指標において高く評価されるのであれば、お年寄りなどさっさと全員気管切開と胃ろう造設を行った上でその手の施設(俗に「植物園」などという呼び方もあるようですが…)に転がしておけば一番「効果的」なのは明白です。
それでも多くの真面目な施設では転倒のリスクを負いながら一生懸命リハビリもし、誤嚥や窒息の危険性を犯してまで食事摂取が続けられるように努力しているというのは、効果という点でも人件費その他のコスト面でも評価の下がりかねない非効率的な医療ということになってしまいますけれども、だからと言って無駄なことはさっさとやめろと言われれば確かに壮大な無駄でしかないとは言え、何か釈然としないですよね。
また多くの癌では未だに手術が不能な時点で最終的な死という結果は免れなくなりますが、だからと言ってそうした患者に対しては苦痛除去のための処置以外は全て無駄であるかと言えば大いに異論のあるところで、実際に日常診療においても「孫の結婚式までは生きていたい」などと希望されるケースは幾らでもあり、そうしたわずかばかりの期間の延命であっても本人や家族にとってはプライスレスな価値を持っているはずですよね。
そう考えて見ると「命はお金にかえられない」という命題の建て方は二重の意味で稚拙すぎて、本当は「生きる質を高めるためにどれくらいのコスト負担が許されるか」ということを考えなければならないはずなんですが、どうも過去半世紀の日本を見ているとあまりにキャッチーな「命はお金にかえられない」の言葉だけが人口に膾炙した結果、本来あるべき冷静な価値判断の議論すら忌避されてきたような印象があります。

個人的にはむしろ全国民に平等に担保される公的な医療はコスト管理について厳しめに行っておき、不足分に関しては民間保険併用などオプションで対応するべきではないかと考えているのですが、いずれにしてもまずは問題点を把握していただいた上で議論しないことにはどうしようもないですよね。
実のところ国民の間でも医療従事者の間でもこの効果という判断基準の前提となるべき価値観というものに混乱があるのは確かで、例えばひと頃マスコミお得意のフレーズだったいわゆる「スパゲッティ症候群」は何となくよくないものだと考えている人々の間でも、自力で食べられなくなったら一切の治療を行わないという「福祉先進国」北欧諸国のやり方を素晴らしいものと受け入れられる人は必ずしも多くはないんじゃないでしょうか。
もちろん命あるいは生き方そのものという非常にデリケートなテーマであるからこそ、各人が何をもって効果があったとするか、それに対してどのくらいお金を出せるかと言うこともまさしく人それぞれで、本来ならばそのあたりの個人個人の価値観に応じて医療費負担も自己選択出来るようにすれば理想的ではあるはずですし、国が全国一律でいわば命の価値観を決めている皆保険制度は小回りが利かず古くさい制度とも言えるでしょう。
実際に皆保険制度などと言うものが存在せず民間保険だけで行われていたアメリカなどでは保険の種類も実に多種多様で、患者が自分の価値観に応じてカバーされる対象疾患や給付の内容、あるいは保険料負担額などを選択出来るようになっていたわけですが、そのアメリカが日本にならって皆保険制度を導入することになったのは彼らの価値観というものに対しても案外興味深い結果を生むことになるかも知れませんね。

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2012年8月 1日 (水)

いよいよ待ったなしの消費税損税問題 その抵抗勢力とは

政府が改めて「日本成長戦略」なるものを公表し、「環境、医療・介護、農林漁業などの成長分野で、中小企業の活力向上や規制緩和などを通じて100兆円超の新市場を創出し、480万人以上の雇用を生み出す」と言っているのですが、いずれにしても今までの重厚長大型産業重視からの方針転換は必要な時期だとは思います。
その意味では大方針としてはまあそれはそれでありなのかなと思うのですが、正直報道だけをみていますと単に先の「新成長戦略」の焼き直しに留まっている印象も強く、そんなことよりも実際に何が出来るのか、出来ることなら何故すぐに取りかからないのかと言いたい人々も多いんじゃないでしょうか。
特にマスコミ諸社も挙げての増税増税という大合唱の中ですでに既定路線と化しつつあるのが消費税増税問題ですが、増税自体の是非はともかくとして医療をそんなに重視するというのであれば真っ先に解消してもらいたいと多くの関係者が願っているのが消費税損税問題でしょう。

医療機関の消費税、「損金解消」を 「払いっぱなし」もう限界(2012年7月29日J-CASTニュース)

 病院や診療所が多額の消費税に苦しんでおり、訴訟も起きていることは、ほとんどの国民に知られていない。神奈川県保険医協会は会員 (医師) だけでなく患者にも関心を持ってほしいと待合室に張るポスターを配付したりしている。2012年 7月24日には、訴訟の原告を招いての講演会を開催した。

大病院では経営圧迫要因に

   講演したのは兵庫県民間病院協会副会長でもある吉田静雄・尼崎中央病院理事長。事業者は売り上げで預かった消費税から仕入れで払った消費税の差額を税務署に納める。ところが医療費は非課税のため、患者から消費税を取ることができず、医薬品や医療機器、材料、備品購入時や建設時などかかる消費税の多くが払いっ放しになっている。また、医療費は公定価格のため、その分の値上げもできず、結局は医療機関の損金になっている。

   そこで尼崎中央病院など兵庫県協会の4病院は2010年 9月、消費税は憲法の平等原則や財産権などの侵害にあたるとし、国に払いずみの消費税の一部(各病院1000万円)を払えとの訴訟を起こした。その一審判決が今年10月16日に予定されている。

   吉田さんによると、公判で国は「 3%導入時の1989年に12項目、 5%に上げた1997年に24項目の診療報酬で消費税分を補填した」「多少の負担は厚生労働省の裁量権の範囲」などと説明している。

   しかし、病院ごとで違う消費税をわずかな項目で解消できるわけはなく、現に大学病院や大病院では年に億円単位の損金が出ており、経営を圧迫している、との調査がいくつも出ている。外国でも非課税の国はあるが、ほとんどが公立病院だったり、特別な制度で対応したりしている。

   吉田さんは、同じく消費税が取れない輸出業者には払い戻しがあるように、国は医療機関にも払い戻せる制度 (仕入税額控除) を作るべきで、判決のいかんにかかわらず医療機関が団結して要求していくように訴えた。

医療機関の消費税問題解消へ、医師会と連携- 日病・堺会長(2012年7月30日CBニュース)

 日本病院会(日病)の堺常雄会長は30日の定例記者会見で、「特に消費税問題については、病院団体だけでなく、医師会との連携が非常に重要だ」と述べ、医療界全体が一つになり、消費税率引き上げ時の医療機関の負担解消に取り組んでいくべきだと訴えた。

 医療機関の社会保険診療には、原則として課税が認められていない。このため、医薬品の仕入れなどに掛かる消費税が、そのまま医療機関の負担になっている
 政府は、消費税率(現在5%)を段階的に10%まで引き上げる法案を国会に提出。引き上げによる医療機関の負担増に対しては、過去の消費税導入時(3%)や、5%への引き上げ時と同じく、主に診療報酬の上乗せで解消する方向性を示している。しかし、医療現場では、その時の上乗せ分の効果を疑問視し、診療報酬以外での対応を求める意見も出ている。

 堺会長は会見で、日病として、保険診療の課税化を求める考えを示した上で、「課税するにしても、患者に負担の掛からない方向で道を探したい」と述べた。
 また、医療機関の負担増の解消に向けた国への働き掛けについては、日病単独よりも、日病を含む4つの病院団体で構成する四病院団体協議会(四病協)として行動するほか、日本医師会とも認識を共有するとした。
(略)

基本的に医療が儲かっていた時代ならともかく、消費税導入後2000年から診療報酬引き下げが行われ長年の医療費削減政策が続いてきた中で、診療報酬に消費税分を上乗せしていますと言われても誰も納得出来るものではありませんよね。
一般に医業収入に対する材料費・委託費の比率は2割強だと言いますが、特に大学病院などでは平均原価率(ただしスタッフ人件費も含めたコスト)が100を越え疾患によっては200以上などと言いますからどれだけ高い道具を使っているのかという話で、それは毎年毎年巨額の損税を産んでいるのも当然でしょう。
平均利益率が1%という医療機関にとっては消費税が3%や5%でも大変だろうとは想像出来るのですが、今後これが10%から場合によってはさらに引き上げられるという話が実現しつつある時に、国も一体どこまで「多少の負担は厚生労働省の裁量権の範囲」などと言って済ませているつもりなのかということです。
この点で歪みを根本的に解消する一番の手段は素直に保険診療にも課税を認め、一般の商活動と同じように処理していくということだと思うのですが、病院側の権益を代表する日病がそうした主張を行うにあたりわざわざ日医との連携が非常に重要だと思わせぶりに言及しているという点について、実は明確な理由があるのですね。

医療機関の損税問題への対応、検討開始-厚労省・分科会が初会合(2012年6月20日CBニュース)

 厚生労働省は20日、診療報酬調査専門組織の「医療機関等における消費税負担に関する分科会」(分科会長=田中滋・慶大大学院教授)の初会合を開き、2014年4月の消費税率引き上げに向け、診療報酬の非課税措置によって生じる医療機関の損税問題の対応の検討に入った。同省では今後、消費税課税の実態調査を行う方針で、その結果を踏まえ、12年度後半に中間整理を取りまとめた後、13年度中に8%引き上げ時の対応を決定する見通しだ。
 現在、診療報酬は消費税の課税が認められていないが、医薬品や医療機器などの仕入れ費用は課税対象となっているため、その分の税金が医療機関などの「損税」となっている。国は消費税が導入された1989年と、5%に引き上げた97年に診療報酬改定を行い、損税分を上乗せしたと主張しているが、2000年から診療報酬のマイナス改定が10年間続いたことから、病院団体などは「補てん分が不明確だ」と反発している。
 同分科会の開催は、「医療機関等の消費税の負担について、厚労省において定期的に検証する場を設ける」とする社会保障・税一体改革大綱を踏まえたもの。中央社会保険医療協議会や医薬品・材料の関係団体などに所属する18人の委員で構成されている。
(略)

■非課税措置の「矛盾点」の指摘相次ぐ
 委員からは、非課税措置によって生じる損税分を診療報酬で補てんした「矛盾点」を指摘する意見が相次いだ
 今村聡委員(日本医師会副会長)は、「患者さんに税の負担をさせないために非課税となっているが、診療報酬の中で負担するということは、結局その分を患者さんは負担している」と発言。現状では診療報酬への上乗せ分が不明確として、非課税措置に関する患者の現状認識も合わせて調査するよう求めた。
 また、白川修二委員(健康保険組合連合会専務理事)も、「ある意味で、国民をだましているのではないかと言いたくなるような仕組みだ」と同調し、今回の消費税率引き上げ以降の将来的な在り方についても、同分科会で提言する必要性を示した。
 一方、西澤寛俊委員(全日本病院協会会長)は、「根底から見直す時期に来ている」と述べ、過去の診療報酬改定時の検証と、消費税課税に関する現状把握を優先的に行うよう要望。堀憲郎委員(日本歯科医師会常務理事)は、「はっきりと補てんの部分が分かるように、例えば、基本診療料に、加算として一括して補てんするような対応が望ましいのではないか」と指摘した。

■非課税要求、日医が“反省の弁”
 診療報酬の非課税措置をめぐっては、消費税導入時に日医の要求によって実現した経緯がある。この日の会合で今村委員は、「ゼロ税率と非課税の違いもよく分からない中で、患者さんの医療に税の負担をさせないということに強く配慮して、そのように主張したと理解している」との認識を示した。その上で、「(一時的にとりつくろう)弥縫策のような形で進めることは本当に良くないのではないかと思っているので、真摯に議論させていただければと、反省を含めて申し上げたい」と述べた。【敦賀陽平】

要するにお馬鹿な日医がいつものように患者本位の医療(苦笑)を目指してか消費税課税措置に反対した結果が回り回って今の損税問題をここまで重症化させているわけですが、その日医が形ばかりとはいえ反省などという言葉を使っているというのも前非を悔いたということなんでしょうか。
ただし改めてこうして議論する場を設けるというのはもちろん必要なことなのですが、未だに診療報酬に加算云々などと面倒なばかりで実効性が不明確な措置を主張する委員が含まれているというのはどうしたものかで、何故素直に病院窓口でも消費税をいただきますと言えないのかということですよね。
仮に今後消費税大幅増税が行われ、万一にもその分を診療報酬で補填するという形になれば診療報酬大幅増がにわかに実現するということになりますが、その場合急に窓口での支払いが大幅に高くなったことについて病院職員がクレーム対応と説明の嵐に追われることになるのは自明のことだと思うのですが…
このあたりを敢えて曖昧なままにしておきたいと言う方々が今も一定数いらっしゃるのだとすれば、なぜわざわざ「国民をだましている」ような方法論をいつまでも継続させようとするのかの説明も求められる時期ではないでしょうか?

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