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2012年7月17日 (火)

終末期医療 もちろん理想は理想なのですが

本日の本題に入る前に、先日こういう判決があったことをご存知でしょうか。

「娘さん余命半年」病院から漏洩 院長に賠償命令/大分(2012年7月13日朝日新聞)

 娘が余命半年だという情報が病院から漏れ、他人から告知されたことで精神的苦痛を受けたとして、大分市の女性が同市の病院の院長に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が12日、福岡高裁であった。犬飼真二裁判長は請求を棄却した一審・大分地裁判決を変更し、院長に110万円の支払いを命じた

 判決によると、女性は2008年7月、がんの一種「ユーイング肉腫」の治療を受けていた娘について、知人男性から「娘さん、長くないんだって」「あと半年の命なんやろ」と告げられた。男性の妻は当時、看護師として娘を担当しており、病状を男性に漏らしたという。女性は病院からは娘の余命を告げられたことはなかった。娘は約半年後に19歳で死亡した。

 犬飼裁判長は「時間や場所を問わず、職務上知り得た秘密を漏らさないよう監督する義務を負っていた」と使用者としての院長の責任を認めた。

患者情報漏えい:病院責任、2審は認定/大分(2012年7月13日毎日新聞)

 難病の少女の病状を看護師から他人に漏らされて精神的苦痛を受けたとして、大分市の母親が同市内の整形外科病院の院長に、慰謝料など330万円の支払いを求めた訴訟で、福岡高裁(犬飼眞二裁判長)は12日、請求を棄却した1審・大分地裁判決を変更し、病院側に110万円の支払いを命じた。

 判決によると、母親は同市内で飲食店を経営。娘が難病のユーイング肉腫で病院に入院していた08年夏、店の男性客から突然「娘さん、あと半年の命なんやろ」と言われた。母親からの苦情を受け、病院側が調査した結果、この客は少女の担当看護師の夫で、看護師が病状を漏らしたことが分かった。少女は同年12月、19歳で亡くなった。

 大分地裁は、病院が個人情報の管理規程を作り、看護師に守秘義務に従うよう誓約書を提出させていたことから「病院に過失はない」と請求を退けたが、福岡高裁は「看護師が夫に患者の個人情報を漏らしていたのは今回だけではなく、病院側の指導や注意喚起が不十分だった」と判断した。【遠藤孝康】

弁護士先生の解説によるとこういう場合看護師は患者情報の漏洩について不法行為責任(民法709条)を負い、病院は使用者としての責任(民法715条1項)が問題になるということなのですが、この民法715条1項によれば使用者責任ということについてこういう風に書かれているということです。

ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない

この「相当の注意をした」云々と言う部分が判断の分かれ目で、個人情報管理規定を作成し守秘義務について誓約書まで提出させるという相応の対応をしていたにも関わらず二審では責任があると認定されたというのは、この看護師が過去にも同様の行為を繰り返していたのに格別の対策を講じていなかったという事情があったことも一因なのでしょう。
最近では顧客名簿の流出事件などがしばしば非常に大きな社会問題にまで発展しますけれども、単にスタッフ個人個人の良識や責任感に頼るのみならずきちんとした対策も講じないことには雇用主にも後々大きな責任が降りかかってくるということで、非常に教訓的な判決になったのではないかという気がします。
とはいえ、やはり常識的感覚で考えればそんなことをたまたま知り得たとしてもわざわざ患者家族に言いに行く人間というのもどうなのかですし、インフォームドコンセントを重視する現代医療の常識として考えてみても未成年者の重大疾患の治療において一親等の親族に予後も告げずに行うというのも少なからず非常識と言うもので、細かく事情を見れば突っ込みどころは多々あるケースではあったのでしょうし、それ故訴訟沙汰にもなったのかも知れません。
過去にも情報漏洩を繰り返していながら何らおとがめ無しというのもこのご時世にそれだけ専門職スタッフが貴重であったのかも知れませんが、身体的医療においても終末期医療というものはとりわけ精神的な部分が非常に重要になってくるだけに、単なる知識や技術のみならず適性と言うことも配慮したスタッフ配置が出来れば確かに理想的ではあるのでしょうね。

さて、そうしたなかなかにデリケートな問題が多々ある終末期医療ですが、近年では今年初めに話題になった老年医学会の新指針を始め終末期医療の中止の可否が話題になっていて、場合によっては治療差し控えのみならずひとたび始めた治療の中止も検討すべきであるという流れになってきています。
もちろん実際問題としては本人の意志はもとより家族の感情的な問題でもありますから一律の対応など出来るはずもなく、あくまでも現場でケースバイケースで話し合っていくしかないことですが、実際のところこうした新指針が出てきた結果現場はどうなったのかということが先頃明らかになったということです。

延命治療中止や差し控え、2年間で17件 救急医学会まとめ(2012年7月15日中国新聞)

 日本救急医学会が策定した終末期医療に関する指針に基づき、回復の見込みがなく、死期が迫った救急患者の延命治療を中止したり差し控えたりしたケースが、今春までの2年間に現場の医師から同学会に計17件報告されたことが14日、学会への取材で分かった。脳死状態での人工呼吸器の取り外しが1件含まれる。

 学会は2007年、呼吸器外しも選択肢として認め、延命中止・差し控えの手続きを示した指針を策定。09年12月から指針活用事例の報告を呼び掛け、今年3月までの分を集計した。報告内容が明らかになるのは初めて。患者本人の意思が分からないことが多く、倫理的問題がつきまとう救急現場の終末期医療をめぐる議論に一石を投じそうだ。

 集計を担当した木下順弘きのした・よしひろ・熊本大大学院教授によると、延命中止の有無など実際の対応が記載されておらず不明のケースを含め、34件が学会に報告された。患者は50代以上が8割を占める一方、19歳以下も3人いた

 延命中止は3件。うち1件は呼吸器の取り外しで、残り2件は呼吸器の設定を弱めたり、投薬量を減らしたりしたケース。差し控えは14件で(1)心肺停止などの状態になっても蘇生措置を実施しない(2)治療水準を固定し新たな投薬などをしない―といった内容だった。

 呼吸器を外した1件は心肺停止状態で救急搬送された80代男性。低酸素脳症で脳障害が進み、脳死と診断された。医療チームで検討し回復は見込めないと判断。男性の子どもに状況を説明、同意を得て呼吸器を外した。

 差し控えのケースのうち、多臓器不全となった末期がんの70代男性はいったん呼吸器を外せるまでに回復。だが再び容体が悪化し、家族の希望で呼吸器を付けなかった。

 中止・差し控えの17件に対し、医療チームが終末期と判断した後も家族の希望で積極的な治療が続けられたケースが8件あった。肺炎で入院中に突然心停止し、蘇生措置中に脳死状態になった幼い女児の親は「どんな結果になっても仕方ないが、できるだけの治療を尽くしてほしい」と望んだという。

もちろん全例を把握しているわけではありませんから数が多いか少ないかは何とも言えませんが、高齢者終末期医療が老年医学会の新指針に従って一定の方針転換が行われてくるようになると、おそらくこんな数では到底収まらなくなってくるだろうとは想像出来る話です。
いわゆる延命処置の中止ということは以前から刑事罰の対象とすべきかどうか、そもそも故意に人の命を失わせることが医療と言えるのかなど様々な議論になっていますが、社会的に見ますと何ら実りのないままただ延命のための処置だけを続けることは見るに忍びないという声は一定数あり、それに対して処置中止を法的にも可能にすべきだと超党派議員連なども立法に向けて動いているという事実があります。
終末期と言っても様々な状態があって、例えば記事にも出てくる末期癌のケースなどでは根本原因に対しての治療がない以上例え処置を行い救命が出来たとしてもいわば人生で一番苦しい時期をさらに長く引き延ばすだけということにもなりかねず、記事の最後に取り上げられたようなあくまで積極医療を希望されたケースとは家族の心情的にも全く違ったものになるだろうとは理解出来ますよね。
それだけに根強い反対論に対してはあくまでも義務でも何でもなく、本人と家族の選択肢を広げるためであるという大原則を繰り返し根気強く説明するしかないのでしょうが、脳死移植などと同様次第に症例が蓄積し一般化すればそれ自体が社会意識の変化をもたらし、最終的には落ち着くべきところに落ち着いていくのではないかと思います。

ただいずれにしても共通するのは医学的に終末期であると認定されれば、本人の意志よりも家族の意向が尊重されるということなのですが、患者の自己決定権というものが尊重される現代医療においてやはりこの部分に引っかかりを感じる人は少なくないようで、中には小児脳死移植などと同様犯罪的行為が関わってくる可能性に言及する人もいますよね。
何かあった際にやはりトラブルなどになるのは本人とではなく家族との間で起こることである以上、死にゆく人よりも後に残される人の意志を無視出来ないのは医療機関側としても当然のこととは言え、実のところ自己決定権などという話とは全く別な理由からとは言え日本では古くから問題視されてきたところではありました。

終末期医療:患者本人より、家族の意思を尊重(2007年2月19日医療・医学ニュース)

がんの治療方針や急変時の延命処置などを決定する際、患者本人が意思表示できる場合でも、まず家族の意向を優先している病院が約半数の46.6%に上ることが、厚生労働省研究班(主任研究者、松島英介・東京医科歯科大助教授)の調査で分かった。
家族の意向を優先する理由として半数以上の54.6%は「家族とのトラブルを避けるため」と回答しており、患者の意思が十分尊重されていない実態が浮かんだ。

がん患者やその家族は、手術や抗がん剤など治療方法の選択、急変時には人工呼吸器や心臓マッサージなどの延命処置をするかどうかなどの決定を迫られる。
調査は、余命6カ月以内と診断された終末期のがん患者が入院している可能性の高い全国4911の一般病院(産科、リハビリ専門などを除く)を対象に昨年11~12月に実施し、1499施設から回答を得た。

患者が意思決定できる場合に限定し、治療方針などを決める際に誰の意思を確認するか尋ねたところ、「(患者本人に意向を尋ねるかどうかも含めて)先に家族の意向を確認」と回答したのが46.6%(有効回答中の割合、674施設)
最多は「患者、家族双方に確認」(同48.7%、704施設)で、「患者本人だけで十分」としたのは0.8%(11施設)にとどまった

家族の意向を尊重する理由(複数回答)は、「本人の意思決定だけで判断すると家族から不満を言われる」(70.6%)、「家族とのトラブルを避けるため」(54.6%)など。65.9%の病院は患者本人に病名を伝えており、告知の有無にかかわらず、家族との摩擦を恐れる傾向がうかがわれた。「患者の意思を直接聞くことは終末期という状況になじまない」(24.8%)という回答もあった。

厚労省が昨年9月に公表した終末期医療の指針案では患者の意思(推定を含む)に基づいて方針を決定するとしているが、松島助教授は「日本の場合、まだ患者の意思は二の次になることが多いという現状を踏まえた議論が必要ではないか。患者本人の意思を尊重するには、精神的サポートのできる人材の育成が欠かせない」と話している。

調査ではこのほか、ベッド数が少ない病院や入院患者に占める終末期患者の割合が多い病院ほど、家族の意向を優先する傾向が強いことも分かった。
松島助教授は「中小規模の病院ではスタッフも少なく、意思確認のために患者本人の精神状態に普段以上に配慮したり、患者と家族の希望が異なった場合に対処する余裕がないのではないか」と分析している。

この5年前の時点で2/3の病院では患者本人に病名を伝えているということなんですが、逆に言えば当座の緊急性もない重大疾患においても実に1/3が本人の知らない間に話が進んでいるというのは欧米諸国などではちょっと考えられないような話ではあるのですが、回答を見ても判る通り必ずしも後日のトラブルを恐れてというだけの理由ではないという点に留意すべきでしょう。
日本の場合もともと癌などを本人に告知するようになったのもむしろ最近になってのことで、一昔前には本人に何ら病名なども告げることなく手術をしたり抗癌剤治療を行ったりということが当たり前に行われてきたことを考えると、おそらく長年勤続している古い時代の教育を受けた先生方が中心になって回しているだろうベッド数の少ない小病院ほど家族の意向を優先するというのは非常に首肯できる話です。
ただそれは病気で苦しんでいる患者本人にさらに余計な心的負担をかけないようにといういわば日本的な配慮から行われてきたことであって、一方で最近主流となっている欧米流の自己決定権優先の医療の中で行われている防衛医療的な家族対策とは全く異なった論理に基づく行為なのですが、形の上では両者がいずれも同じ方向であるというのは興味深い現象ですよね。

もちろん家族はもとより患者本人も(病気そのものは別として)全てに満足しての大往生であることが理想的ですが、例え本人が「ふざけるな!こんな病院で死んでたまるか!」と大騒ぎしていても家族さえ大満足であれば病院側としては何ら困ったことにはならない以上、敢えて面倒を抱え込むリスクを負ってまで本人意志を尊重する理由付けがないということになってしまいます。
今後終末期医療が単に最善を尽くせばそれでよかった時代から敢えて医療行為を手控えるようになってくれば、究極的には死にたくないという本人の意志を無視して人の生死を周囲が決めるということにもなってくるわけですが、そこであくまで本人意志を尊重しろというなら単に倫理的な訴えかけのみならず、医療機関側にもモチベーションとなり得る何らかのインセンティブをも考えていかなければ実効性が伴わないでしょうね。
かつては身寄りのないご老人などが「すまないが俺の死に水を取ってくれ。そのかわり遺産は全部お前にやるから」と赤の他人に頼むということも結構行われていたようですが、顧客満足度が診療報酬にも反映されるようになればこれまた終末期医療が大きく変わる要因になるのでしょうか?

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コメント

尊厳死問題では賛成派も反対派もお互い自分と異なる立場を尊重し合うことが必要でしょう。

おりしも桑名正博氏が脳幹出血で意識不明だとか。
仮にご家族が厳しい決断を迫られることになったとしても、最大限当事者の意志が尊重されることを願うのみです。

投稿: ぽん太 | 2012年7月17日 (火) 08時45分

>>時間や場所を問わず、職務上知り得た秘密を漏らさないよう監督する義務を負っていた

簡単に言ってくれますが、「時間や場所を問わず」って勤務時間外までどうやって監督しろっていうのよ。
それこそ、職場のトイレ、更衣室は言うに及ばず、職員の自宅にも監視カメラやら盗聴器やら仕掛けて、監視でもしないと無理ですな。

投稿: 浪速の勤務医 | 2012年7月17日 (火) 11時32分

今回だけじゃないってことは以前にリークした時にはどうしてたんだろうね?
何度も患者から苦情があったのに放置してたのなら病院にも責任はありそうに思える

投稿: てっちゃん | 2012年7月17日 (火) 12時09分

医師や看護師は守秘義務を含めた倫理面についてはかなり感覚がマヒしている気がしますね。一般人の感覚と大きく乖離している気がします。
終末期医療についてですが
個人的な見解を申しますと一度気管内挿管・人工呼吸装着してしまった患者は自発呼吸の目処がなければ中止すべきではないのでは?
外してみてダメなら、再度挿管・装着すべきではないでしょうか?
中止=死ですから、今の日本の医療裁判の常識からして医師が刑事罰を受ける可能性が高いと思いますので。
過去の判例などから考えて、殺人罪の刑事罰のリスクを冒してまで延命中止を強行する勇敢?な医師がそういるとは思えませんが。
家族にいくら延命中止してくれと言われても、決してそれにのるべきではない。
いずれにしてもこの議論は日本ではアンタッチャブルでしょうね。欧米諸外国のようなわけにはいかない。
防衛的医療の観点から言っても医師は日本で働いている以上慎重になるべきでしょう。

投稿: 元神経内科 | 2012年7月17日 (火) 17時05分

ケースバイケースだと思いますが、もともと悪性疾患の末期状態などで放っておいても遠からずお亡くなりになるだろうという状況で、敢えて医師側から積極的に働きかけてまで中止する意味はないのかなと思います。
ただある程度安定してしまうとこれまた中止がやりにくく感じる場合もあるでしょうから、やはり何よりも十分な話し合いを経た上で状況に応じて決定すべきかと。
その結果ある程度症例が増えてくればいずれ社会の認識ももう少し変わってくるだろうし、司法判断にも影響があるでしょう。
まずは絶対間違いのないというケースで数をこなしていくことです。

投稿: 管理人nobu | 2012年7月18日 (水) 08時41分

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