« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

2012年7月31日 (火)

ブラック企業問題とメンタルヘルスは意外に縁遠い?

先日は第一回の日本ブラック企業大賞なるものの投票があったそうで、栄えある初代大賞受賞企業として東電が選ばれたということですけれども、社会的に大きなムーブメントとなるような批判を集めやすいこうした大企業よりも、身近な企業の労働環境ということの方が大多数の国民にとってはより具体的かつ重要な意味を持つということも見過ごす訳にはいきません。
こうした労働環境無視のいわゆるブラック企業というものの実態もご多分に漏れず昨今ではネット上で盛んに流出するようになってきていて、就職や転職に際してはまず情報収集から始めるという方々も増えてきていると思いますが、敵も然るものひっかくものということで十二分に用心しておいてもし過ぎるということはないという記事が先日出ていました。

労働契約-就業規則を信じてはいけない(2012年7月9日プレジデントオンライン)

 転職が決まったものの、前の会社の就業規則に「自己都合退職は予定日の1カ月以上前に申し出ること」と定められていたため、すぐ辞められずに困ったという話を聞いたことはないだろうか。

 就業規則を盾にされると、決まりだから仕方がないと納得してしまう人もいるだろう。しかし、騙されてはいけない。民法には、期間の定めがない労働契約の場合、退職の通知をしてから2週間で契約を解除できる旨が定められている(民法第627条第1項)。就業規則にどう書かれていても、辞表を出して14日経てば辞められるのだ。

 ただ、労働者は入社時に就業規則を確認しているはず。当事者間で同意があったのに、なぜ就業規則を無視できるのだろうか。労務問題に詳しい向井蘭弁護士は次のように解説する。

 「就業規則は会社側が一方的につくるルール。そのため法律に違反しないことはもちろん、合理的でなくてはいけないという要件が労働契約法に定められています。入社時に周知されていても、合理的でない決まりなら、社員は従わなくていいのです」

 注意したほうがいい規則はほかにもある。たとえば「有給休暇の取得に上司の許可が必要」はアウト。有給休暇は、6カ月以上勤務し、8割以上出勤した労働者に認められる当然の権利(労働基準法第39条第1項)。原則的に会社側は拒否できない

 「会社側に認められているのは、有給休暇の時季を変更することだけです。しかも変更が許されるケースは稀。たとえば慢性的に人手が足りない職場で、『忙しいから1カ月後にしてほしい』と変更させるのはダメ。有給休暇の時季を変更できると就業規則に書かれていても、争いになれば、多くの場合、労働者側が勝ちます」(同)

 また「遅刻3回で欠勤1回とみなして賃金を控除する」という規則も合理的でない。社員が遅刻した場合、その時間分の賃金カットは認められているが、それ以上の1日分の賃金をカットすれば法令違反だ。

 逆にどこにも明文化されていない労使慣行が、就業規則以上の効力を持つ場合もある。たとえばずっと払ってきた手当を「就業規則に定めがないから」という理由で打ち切るのは不当。長年にわたって継続・反復されてきた労使慣行は、就業規則に勝ることがある。

 このように法律や労使慣行に照らし合わせて判断されるなら、就業規則を定める意味はどこにあるのか。向井弁護士は「会社には就業規則で定めないとできないこともある」という。

 「たとえば配置転換は就業規則に定めがないと難しい。社員に拒否されてトラブルになった場合、就業規則に書いてあれば会社側の主張が認められる可能性がありますが、書いてなければ会社側の負けです。明記したことがすべて認められるとはかぎらないが、明記しないと不都合が生じかねない。会社側にとって、就業規則は厄介なしろものなのです」(同)

 ちなみに常時10人以上を使用している会社は、就業規則を労基署に届け出る義務がある。その段階で、労基署が中身をチェックしてくれないのだろうか。

 「労基署は就業規則の合理性について判断しません。法令違反があれば指導することになっていますが、実態としては中身を精査せずに受け取るだけ。結局、合理的かどうかは裁判になるまでよくわかりません」(同)

 就業規則は、いわばかりそめのルール。鵜呑みにするのは、やめたほうがよさそうだ。

ひと頃から逃散だの立ち去り型サポタージュだのという言葉が流行し始めた医療業界でもこのあたりの理解が進んできていて、辞めたいときには退職願ではなく退職届を出すということ、そして辞める2週間前までに出しておけば何を言われようが問題ないのだということはようやく知られるようになりましたが、それでも「後任の先生が来るまでは」なんてことを言われて引き留められてしまうケースがままあるのも確かですよね。
無論、これだけ就職難が言われる時代ですからどんな会社だろうが正社員として入れるなら御の字だという方々も多いでしょうし、少々のことで労働環境改善なんて贅沢は言っていられないというのも悲しいかな現実なんだろうとは思うのですが、その結果自らの心身まで病んでしまってはどうしようもありません。
要するに労働問題というものはまず被害を受けている当の本人が問題の存在を認識し、是正したいと思わないことには何も始まらないということで、特に昨今では就職したは良いものの心身のストレスから心の病を患って退職、そのまま生活保護にまで転落してしまうというケースもまま見られることから、自分の健康は会社任せでなく自己管理をきちんとするという意識が必要になります。
ただその自己管理が昨今少し行きすぎているんじゃないかという声も一部にあるようで、例えば近年注目を浴びるようになってきたメンタルヘルスの領域でも色々な話題があるようなのですが、まずは先日出てきたこちらの指針を紹介しましょう。

安易な抗うつ薬使用に警鐘 学会、症状多様化で指針(2012年7月27日中国新聞)

 日本うつ病学会は27日までに、多様化するうつ病を適切に治療するための医師向け指針をまとめた。次々に開発されている抗うつ薬の有効性や副作用に関する情報を盛り込み、軽症者の安易な薬物療法に警鐘を鳴らしたのが特徴だ。学会が指針をつくるのは初めて。

 厚生労働省の推計によると、国内のうつ病の患者数は1999年の約24万人から、2008年には70万人を超え急増。年間3万人を超える自殺の主な原因ともされている。同学会は最新の医学的知見を盛り込み、現在の医療体制や現場の実情を考慮した指針が必要と判断した。

 指針は、急増している患者の多くは軽症か、うつ病の診断基準以下の「抑うつ状態」と推測されると指摘。臨床現場では「慎重な判断が求められる」とした。軽症者に抗うつ薬の使用を始めるには、焦燥感や不安感の増大などの副作用に注意して、少量から始めることを原則とする。

 一方で、乱用や転売目的で抗不安薬や睡眠薬を入手するための受診が社会問題化しているとして「大量処方や漫然とした処方は避けるべきだ」と明記。「安易に薬物療法を行うことは厳に慎まなければならない」と強調している。

 若者に多くみられ、仕事ではうつ状態になるが余暇は楽しく過ごせるような、いわゆる「新型うつ病」に関しては、「精神医学的に深く考察されたものではない」として取り上げていなかった

 治療に関する指針は、厚生労働省の研究グループが03年に策定したが、その後改訂されていない。

ある程度以上大きな町になりますとたいてい生保や派遣の人ばかりが妙に集まっている診療所があって、どう見ても単なるアルコール性肝障害だろう?という人が何故か慢性肝障害のため週三回の通院加療を要するなんてことになっていて驚くのですが、昨今ではそういう商売は社会的にも許容するところとなっていないことはかねてお伝えしてきた通りですよね。
それにかわるように近年台頭してきたのが新型うつなどに代表されるメンタルヘルスの領域で、肝機能異常など客観的な根拠がなくとも主観的な症状によってそれと診断出来てしまうと言うことから、このところ生保不正受給のノウハウとして「まず精神障害者保健福祉手帳をもらっておけ」などと言われるまでになっています。
無論、厳しい就労条件やブラック企業問題、さらにはいわゆるゆとり問題などとして取り上げられる若年世代の打たれ弱さなども相まって内科などに受診するも症状が改善せず、やむを得ず心療内科の門を叩く方々も以前よりずっと増えているはずなのですが、特に今回学会がわざわざこんなことを言い出した背景に関連しているのかなと推測されるのがこちらの記事です。

なぜか「患者」は大企業のサラリーマンと公務員ばかり「新型うつ」これが真相です(2012年6月25日現代ビジネス)より抜粋

 会社に行くとうつになり、休暇中は元気いっぱいで海外旅行に合コン・・・・・・「新型うつ」の若者が急増するのはなぜなのか。その背景には、各メディアで報じられていない、意外な真実があった。

化粧とネイルが完璧な患者

 あなたは、若者のこんな主張を理解できるだろうか。

「病院の先生に、うつの療養中に気をつけることを聞いたら『仕事から離れて環境を変えて、自分の好きなことをしながらゆっくり休むのがいい』と言われたんです。僕はサーフィンが好きだから、グアムへサーフィンをしに行った。滞在中、食欲も出てきて、よく眠れるようになったので、もう大丈夫かな、と思って1ヵ月後に会社に復帰したんです。そうしたら上司に『なんでお前、休職していたのに日焼けしてるんだ』と問い詰められた。病気を治そうと思って、医者に言われたことをしただけなのに・・・・・・」

 大手食品メーカーに勤める入社3年目、20代後半の男性Aの証言である。「会社に行くと気分が落ち込んで、食欲もなくなる」と訴えて病院を受診。「うつ病」と診断を受けて、会社を休職したという。

---いま、日本中にはびこっているという〝新型うつ〟の典型的な事例である。NHKスペシャルで特集され、雑誌など数々のメディアが取り上げて、改めて注目が集まっている。

 仕事となると体調が悪くなるが、遊びなら何の支障もないというのが特徴で、従来のうつ病と異なる症状を示すため「新型」と呼ばれている。が、そもそもこれを病気として認めるかどうかは、専門家の間でも意見が分かれるところだ。

「医療情報サイト『m3.com』で、1091人の医師に『新型うつを病気として対処するか』というアンケートを取ったところ、『病気として治療をすべき/単純に病気として対処できない/どちらとも言えない』という意見が3:4:3に分かれました。そもそも、『新型うつ』という正式な病名はなく、医療側が引き受けて解決する問題なのか、いまだコンセンサスが取れていないのです」(りんかい築地クリニック院長・吉田健一医師)

 冒頭の若者Aの話を読み、「海外へ行ける元気があるなら病気のはずはない」と憤る方が多いかもしれない。

 しかし、新型うつは病気か否か、ということばかりを議論したところで、問題の解決にはつながらないだろう。本記事では、そうではなく、新型うつの真相、知られていない問題点を明らかにしていきたい。

 まず、精神科医で筑波大学医学医療系助教の吉野聡医師が経験した事例を紹介しよう。患者は、他院でうつと診断されて、会社を休職中にセカンドオピニオンとして受診した患者B、20代後半の男性だった。

「彼も、休職中に海外へ旅行したと話したので、私が『海外へ行ける体力が出てきたなら、そろそろ職場に戻ってがんばってみたらどう?』と言ったんです。その途端、目の色を変えて『先生、いまうつ病の私に〝がんばれ〟って言いましたね!?精神科医なのに、患者にそんな言葉をかけるんですか!』とすごい責め方をされました。しまいには、『うちの職場がどんなにつらいかわかってないからそんなことを言うんだ!先生は椅子に座って人の話を聞いてるだけで給料をもらっているんでしょう』と言われ、返す言葉がありませんでした」

 このように、患者が医師の言葉尻をあげつらうのは珍しいことではない。新型うつの主な特徴として、吉野医師は、(1)自らうつであることを主張する、(2)他者非難、他責傾向が強い、(3)職場復帰を極力後回しにする、といった傾向を指摘するが、患者Bは、まさにこの3つに当てはまる。

 新型うつが増加してきた背景には、以前は「人に知られたくない病気」だったうつへの偏見が薄れ、うつであることをカミングアウトしやすい風潮になってきたことも関係しているだろう。「うつは心の風邪」「うつの患者に『がんばれ』と声をかけてはいけない」といった〝常識〟も広く浸透した。

 これにより、やたらとうつに詳しく、診断書目当ての「患者」も増えている

「20代前半のCさんという女性でした。初診で、『夜眠れなくて、ご飯が食べられなくて、夜ひとりでいると涙が出てきて・・・・・・』と流暢に症状を語るんです。彼女の爪には派手なネイルアートがほどこされ、メイクもばっちり。従来型のうつ病だったら化粧する余裕なんてありません。しっかりとした口調で、教科書的なうつの症状を訴える姿から、診断基準を調べて暗記してきたのだろう、と思いました」(前出・吉田医師)

休職中も給料満額

 患者が症状を訴えるのであれば、医師は信用するしかない。それが精神疾患の診断の難しさでもあるのだが、つまり、医師としてはうつ病の診断基準を満たす条件が揃っていれば、うつ病と診断せざるを得ないということだ。

「うつは、真面目で几帳面で仕事熱心な人がなる病気、とアピールしすぎたことが、世間の誤解を招いているところもあると私は考えています。うつだという診断書が手に入れば、会社に対して『自分はがんばりすぎたからうつになった』と大手を振って休めるようになるわけですから」(前出・吉野医師)

 取材を進めると、こんな事実が明らかになってきた。「新型うつの患者は大企業と公務員に多い」と、専門医たちが口をそろえるのだ。それはなぜか。都内で産業医を務める精神科医が、公務員の実情を明かす。

「大きな会社や公務員、つまり療養の制度が整っている職場ほど、新型うつが多いのです。たとえば、休職しても数ヵ月は100%の給料が出る。その後も数年間に及び、給与の8割程度が何らかの形で支給される。また、復職して一定期間が経過すると休職実績が一度クリアされて、また長期間休むことができる場合も多く、ほとんど働かずに給料がもらえる実態もあるのです」

厳しくすると治る

 公務員だけでなく、民間企業でも、就業規則によって同様の厚遇を受けられる会社もある。是非はともかくとしても、中小企業なら長期休職したらクビを切られるというところも少なくない。そういう会社では、事実、「新型うつ」になる社員はあまりいない

 九州に住む地方公務員の男性は、こんな同僚の話をしてくれた。

「公立中学の事務員をしているのですが、40代前半のDさんは、うつの診断書を持ってきては半年ほど休職し、復職したと思ったら2ヵ月後にまた休職、ということを繰り返しているんです。職場に来ると、私たち同僚に『楽しておカネを稼ぐ方法を教えてあげる』と、うつ病の診断書をもらいやすい病院情報などを嬉しそうに話すんです」

 楽して、もらえるものはもらっておけ—この構造、なにかに似てはいないだろうか。生活保護の不正受給、だ。
(略)

元記事はかなり長いものなので是非ご一読いただきたいと思いますが、要するにこの新型うつと呼ばれているものの疾患概念もはっきりしていないし、これに対して従来のいわゆるうつ病と同様に対処していていいのかということもまだはっきりしていないということですね。
そもそも記事のタイトルがやや誤解を招きやすいと思うのですが、例えば医師数人で回している場末の老人病院よりも百人単位の医師を擁する急性期基幹病院の方がはるかに多忙であるのは言うまでもないことですし、実際に後者で心身ともに疲弊した医師達が逃散先として前者を選ぶということもままある訳ですから、この場合企業としての大きさというよりも福利厚生の充実度が問題なのでしょう。
近年公務員が長期病気休職して給料だけもらい続けているというケースが報道されるようになりましたが、公務員に準じた手厚い保護規定の整っている民間大企業においても同様の問題があるということで、普通に考えればそうした大企業よりも就業規則に守られない中小企業の方がよほどメンタルヘルス上の問題は多発しそうにも思えるのですが、こうした事実があるのなら純粋な医療面以外での背景事情を想像してしまいますね。
もちろん、あまりに労働環境が厳しすぎるブラック企業レベルになるといよいよ辞める覚悟でもなければ仕事を休んで病院に行くわけにもいかないでしょうから、そうした面でのバイアスがある程度かかっている可能性は考慮しなければなりませんが、こういう話が次々と明らかになってくるほどに「新型うつって本当に病気なの?」と考え始める人も増えてくることでしょう。

例えば身体診療科に頭が痛い、腹が痛いという患者が来たとして、諸検査に異常が無く他覚所見にも乏しいがとりあえず訴えもこれだけ強いことだしと対症的に痛み止めなどを出して様子を見るということはよくあると思いますが、そういう患者が「痛くて仕事が出来ないから診断書を書いてくれ」と言い出すとちょっと待てよと考えてしまう先生方は多いんじゃないかと思います。
精神科診療の場においても今までこうしたうつ症状に対してはとりあえずこの程度の薬で様子をみていくのが妥当だというコンセンサスがあったのだと思うのですが、もともと日本では精神科や心療内科にかかっているなどと言えば言われなき差別にさらされるという漠然とした不安感が広く蔓延していて、それが結果的に過剰な受診を抑制してきたという背景はあったんでしょうね。
今やちょっと風邪を引いて内科にかかるというのと同じくらいの気軽さでちょっとうつっぽいから心療内科に行ってくるという風潮に変わってきたのだとすれば、純粋に医学的な判断以外に社会的要素も考慮して新型うつの診療ガイドラインを練り直していく必要があるだろうし、うつ病学会も「精神医学的に深く考察されたものではない」などと言っていつまでもこの問題から逃げているわけにもいかないんじゃないでしょうか。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2012年7月30日 (月)

地域医療再編 志木市民病院小児科は結局消滅へ

地域医療の崩壊が言われる中で、最近は各地で市民団体による病院存続活動も盛んになってきていますけれども、市民の要望と医療行政とが必ずしも同じ方向を向いているとは限らないようです。

「病院機能の充実を」 栃木の病院統合 市民団体が要請/栃木(2012年7月21日下野新聞)

 市民団体「栃木地域の医療を考える会」は20日、下都賀総合病院など同市内の3病院統合について、総合病院的な機能の充実などを求めた要請書を県や栃木市、関係医療機関などに提出した。

 同会は一木明弁護士ら5人が代表世話人を務める。要請書は、同会が今年2月から独自に実施したアンケートの中間報告を基にした内容。アンケートは3千人を目標とし、同日までに1360人から回答を得たという。提出先には中間報告を添え、その内容の尊重も求めた

 アンケートを踏まえ「分娩ができる産婦人科と小児救急医療体制の充実」「初期対応が重要な脳血管疾患の専門的な救急医療体制確保」などが重要と指摘。3病院統合計画では救急窓口を第1病院の1カ所に絞ることになっているが、「第2病院にも救急体制が必要」としている。

 経営形態は「公立や公的病院を望む声が87%と圧倒的多数だった」という。その上で「診療科を多く備えた総合病院的な機能を求めている」としている。

再編:栃木・新病院の体制、アンケート尊重を要請??市民団体 /栃木(2012年7月21日毎日新聞)

 下都賀総合病院など栃木市の3病院が経営統合してできる新病院について、市民団体「栃木地域の医療を考える会」(代表世話人、一木明弁護士ら)は20日、同会のアンケート結果を尊重するよう求める要請書を福田富一知事や鈴木俊美市長らに提出した。

 同日、県庁で記者会見した一木弁護士らは「住民の意見を適切に反映する手段が十分に講じられていない」として、今年2〜6月、アンケートを実施。1360人から回答を得た。「充実を求める診療科」には、産婦人科(362人)と小児科(333人)との意見が多数を占めた。また、581人が「病床・病院数を縮小しないでほしい」と回答した。

 これを受け、同会は(1)分娩(ぶんべん)できる婦人科と小児救急体制の整備(2)脳血管疾患対応の救急体制の確保(3)病床350床前後の規模の確保−−などを求めた。【中村藍】

それはもちろん市民の立場にしてみれば、どこにでも救急受け入れ可能な病院がある方がいいだろうし病床を減らすなんてトンデモナイ、むしろ全診療科取りそろえた立派な総合病院で診療体制を充実し、しかも何かと我が儘も利く公立病院の方がいいという意見も理解は出来るのですけどね。
以前に当「ぐり研」でも岩手県での公立病院再編計画の話を何度も取り上げましたが、あの時にも全県的な反対運動が巻き起こり大騒ぎになっている中、もうこのままでは医療が持たないと知事が土下座までして再編を強行したという経緯がありました。
現民主党政権は医療主導による経済成長論を主張していますけれども、実際問題医療費の公的負担はこれ以上増やせないということが確定的である以上、少なくとも皆保険制度下による診療に関してはパイの大きさはすでに決定されてしまっているとも言え、限界なき拡大路線を前提にした医療から総量が決まっている医療資源をいかに効率よく配分するかを問われる医療へ軸足を移していく必要が出てきます。
ある方面へと資源を集中すれば別な方面では引き上げを行わなければならないのは自明の理ですが、冒頭の記事にもあるように市民の理解をいかにして得ていくかが最大の課題になりそうですね。

志木市民病院:小児科入院、今月で休止 2次救急医療は埼玉病院カバー /埼玉(2012年7月18日毎日新聞)

 志木市民病院が小児科の入院医療を今月いっぱいで休止する問題で、上田清司知事は17日、同病院が担当してきた毎週月、水曜日の2次救急医療について、独立行政法人国立病院機構埼玉病院(和光市)が引き受けることで合意したことを明らかにした。県庁で記者団の質問に答えた。

 朝霞、志木、和光、新座の4市の2次救急医療は毎週火、木〜日曜日については従来も埼玉病院が担当しており、志木市民病院の担当曜日分を合わせて、全曜日埼玉病院がカバーすることになる。【木村健二】

志木市民病院での1次小児救急休止 ◇朝霞地区医師会/埼玉(2012年7月27日朝日新聞)

 志木市立市民病院が当直医の不足を理由に、小児科の入院・2次救急診療を7月末で休止する問題で、朝霞地区医師会は26日までに、同病院で軽症患者を対象に続けてきた1次小児救急診療を7月末で休止することを決めた。今後は、志木・新座・朝霞・和光の4市域で唯一の2次小児救急機関となる国立病院機構埼玉病院(和光市)で行う方針だ。

 同医師会は2008年4月から、入院が必要な重症患者を診る2次小児救急機関である市民病院の常勤医を支える目的で、開業医が市民病院に出向き、平日と土曜の夜間の2時間、軽症の小児救急患者を診てきた。だが、市民病院の休止で、埼玉病院への支援に転換することにした。

地区医師会 医師派遣取りやめへ 志木市民病院 小児救急・入院休止で /埼玉(2012年7月27日東京新聞)

 志木市立市民病院が小児救急・入院患者受け入れを今月末で打ち切ることを受け、地元の朝霞地区医師会は今月いっぱいで、同病院への医師の応援派遣を取りやめることが二十六日、分かった。医師会は今後、和光市の国立病院機構埼玉病院に医師を派遣、二次救急医療圏の機能維持を図る方針だ。

 応援派遣は、市民病院の医師不足や地域の小児救急病院の減少に対応するため、二〇〇八年に始まった。現在、域内の小児科・内科の開業医ら約三十人が、輪番制で午前八時~午後十時に診療に当たっている。

 だが志木市は今月、市民病院の当直医が確保できないことを理由に、小児救急・入院を今月末で打ち切ると発表。長沼明市長は「医師が確保され次第、再開する」と説明しているが、県や周辺市からは「医師の確保は難しく、事実上の撤退になるだろう」とみられている。

 こうした事態を受け、医師会は対応を協議。小児救急・入院の維持ができない中での派遣は「所期の目的から逸脱し、開業医らの負担だけが増す」として、市民病院に対し二十五日、派遣取りやめを通知した。 (上田融)

埼玉県の連鎖的な小児科救急診療撤退問題は先日も取り上げたところで、特にこの志木市民病院の場合は近隣市町村からも多数の患者を引き受けているにも関わらず志木市だけが市立病院の赤字を一手に負担してきたという経緯もあり、経営方針の食い違いによる小児科医一斉離職と相まって一気に小児救急休止に追い込まれたという経緯があります。
地区医師会が常勤医のサポートを目的として病院に応援に出るということは志木市に限らず近年あちこちで見られるようになったやり方で、これ自体は厳しい労働環境から逃散相次ぐ勤務医の激務緩和策として相応に意味のある行為ですけれども、あくまでもいざというとき入院診療等を担当する常勤医がバックアップとして控えているからころ非常勤の応援で診療が回るのは当然のことですよね。
今まで同地区の小児科二次救急は月・水が市民病院、他を国立埼玉病院が担当していたということですが、今後埼玉病院に一極集中するということで今度は同病院が過負荷に追い込まれるかも知れず、母屋が崩壊したのに軒先だけ維持しても仕方がないと地区医師会が埼玉病院へ派遣先変更を決めたのは極めて合理的だったと言えますが、今まで市民病院小児救急を受診していた近隣住民がどう考えるかですね。
「今まであったものが無くなるとはどういうことだ!」「市民の命を見捨てるのか!」と市民団体なりから抗議の声が上がることは想像に難くありませんが、幸いにと言うべきか市民病院とは名ばかりと言っていいほど年間1万人以上の小児救急患者の8割は無関係な周辺市町村からの患者だったと言いますから、志木市としてもスポンサーたる市民の納得を得る努力はそれほど大変ではなく済むのかも知れません。

いずれにしても埼玉病院にしてもまさかに小児科医が暇を持て余していたとも思えず、今後週5から週7で輪番(と言うのか?)を引き受けることになれば今まで以上に患者が集中するはずなんですが、これを気に小児科医療資源を埼玉病院に一極集中させるべきなのか、それとも新たな拠点病院を用意して分散させるべきなのかも問題になってきます。
救急搬送などではここにしか送り先がないというケースの方が搬送先探しに手間取ることがないし、また一極集中で患者が殺到すれば救急が今まで以上に大混雑になるでしょうから結果として軽症者は自主的に受診を手控えるという効果も期待出来ますが、一方で市民からすればもっと近くで診てもらいたいといった要望が出てくることは当然予想できますよね。
その点でおもしろいのは埼玉県の上田知事のコメントなのですが、当面月・水の二次救急輪番に関して埼玉病院が引き受けると言質を得たと逝っている一方で10月以降は「富士見市のイムス(イムス富士見総合病院)に代わってきます」と説明しているものの、この病院は確かに小児科常勤医1名がいらっしゃるものの現在小児入院患者は受けていないというのですね。
そもそも常勤3人の市民病院も破綻したのに常勤一人の病院に代替を引き受けられるものかという疑問がありますが、このあたりどこまで病院側と話を詰めてしゃべっているのか、まさか後になって単にそうだったらいいなあという願望を口にしただけだったなんて言い訳をしなくて済むように、各方面にきちんとした根回しが必要となるはずです。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2012年7月29日 (日)

今日のぐり:「悠庵 (ゆうあん)」

ロンドンオリンピックがいよいよ始まっていますが、競技開始に先立って何とも縁起の悪い事故も起こっているようです。

「犬が航空券を食べちゃった」!?米女子射撃選手にハプニング(2012年7月26日AFP)

【7月26日 AFP】飛行機の欠航でトレーニング合宿は欠席、英国行き航空券は愛犬に食べられてしまった――。女子射撃競技でメダル獲得記録更新に期待がかかる米国のキム・ロード(Kim Rhode)選手(33)のロンドン五輪は、散々な滑り出しだったようだ。

 ロード選手は今大会、個人選手としては米史上初の夏季五輪5大会連続メダル獲得を狙っている。ところが、開幕前にデンマーク・コペンハーゲン(Copenhagen)で行われるチーム合宿に参加するため20日にロサンゼルス(Los Angeles)の空港に着いたロード選手を待っていたのは、経由地のニューアーク(Newark)へと向かう飛行機が2度も欠航になるというハプニングだった。

 仕方なく、合宿を欠席しロンドン(London)へ直接向かうことにしたが、24日に無事英国入りする前にさらなるトラブルがロード選手を見舞った。同行する夫のパスポートが幾ら探しても見つからなかった上に、新たに発行されたばかりの英国行き航空券が飼い犬に食いちぎられてしまったのだ。

 ロード選手は25日、練習に訪れたロンドンの射撃場で語った。「夫はパスポートをなくすし、犬は航空券を食べちゃうし…。ばかばかしい言い訳に聞こえるのは分かっているけど、誓って本当に起きたことなのよ。事実だって証明する写真もあるわ。ただの言い逃れじゃないの」

 幸い、パスポートは見つかり、航空券も再発行してもらえた。まだ4か月の愛犬「ノーマン(Norman)」くんは白のトイプードルで、ロード選手によれば「とんでもないやんちゃっ子」だそうだ。

 一連のトラブルが競技に影響はしないか問われたロード選手は、リラックスした様子でこう答えた。「どんなことでも一緒ね。悪いことは上手くかわして、最善を祈るしかないわ。(トラブルに)負けてはだめ。もしそれを許してしまったら、始まる前からだめになってしまう。気にしてはいけないの」。出発前には、ピアノ3台を移送し、新車を買う余裕さえあったという。

まあ…ご本人も自覚しているように嘘のような本当の話と言うべきなのか、とにかく本番前にここまで受難続きというのは何と申し上げるべきでしょうね…
キム・ロード選手は幸いにも何とか受難を乗り越えたようですが、本日は実際にブリの地に降り立てば待ち受けているのはそれどころではない?!とも想像させるような数々のニュースを取り上げてみましょう。

ロンドンの赤バスが「腕立て」、チェコで五輪祝福アートに変身(2012年7月23日ロイター)

[プラハ 22日 ロイター] 27日に開幕するロンドン五輪にあわせて、チェコのアーティストが英国の2階建てバスを「アスリート」へと変身させた。

真っ赤な車体から不気味に伸びた2本の腕。スイッチを入れると、バスが腕立て伏せを始めた。さらに腕立て伏せの最中には、録音された男性の生々しいうめき声も聞こえてくるほど徹底した仕上がりになっている。

制作したのはチェコのアーティスト、デービッド・サーニーさん。1957年製の2階建てバスを買い取り、電気エンジンやサスペンション機器を使って作り上げた。

目的は五輪開催を祝福するためだといい、「腕立て伏せは世界中のスポーツマンにとって共通するトレーニングだから」と語っていた。

2階建てバスに腕立てさせるという発想がもうすでにブリの暗黒面全開という気がしないでもないのですが、その実際の画像をこちらの動画で参照していただきますともはやキモイのキモくないのという騒ぎではありませんね。
同じくロンドン名物と言えばクラシカルなタクシー「ブラックキャブ」ですけれども、こちらも仮にも客を乗せて走る商売でありながらこんな無茶をするというのはどういうことなんでしょう?

「狂気の沙汰」 タクシー運転手がタワーブリッジから抗議のダイブ 死活問題の五輪専用レーン(2012年7月25日産経ニュース)

 ロンドンのタクシー運転手が抗議のデモを行った23日、一人の男性がロンドン観光名所のタワーブリッジからテムズ川に飛び込む事件があった。

 ロンドンの港湾当局によると、男性はタクシーの運転手とみられ、タワーブリッジから約8メートル下の水面に頭から飛び込んだ。「これはまさに狂気の沙汰。彼はもう少しで自分を殺すところだった」とスポークスマン。幸い、一命を取り留めて、警察官によって引き上げられたが、公共の秩序を害する罪により、その場で逮捕された。男性の氏名などは明らかにされていない。

 ロンドンでは25日から市内の幹線道路などの1車線がオリンピック専用レーンとなり、選手や関係者、スポンサー、各国の首脳らを乗せた車しか通行できなくなる。一般レーンが渋滞するのは必至で、タクシー運転手にとっては死活問題。23日に行われたデモはこれに抗議するものだった。

 五輪専用レーンについては以前から批判が強く、これまでもタクシー運転手らが再三、デモを行ってきた。しかし、命がけの抗議にも関わらず、レーン規制は予定通りに25日から行われる。

 それにしても、あの観光名所から飛び降りるとは…。ロンドンのタクシー運転手の苦悩は相当、深いようだ。(五輪取材班)

渋滞問題が非常に重要であることは理解出来ますけれども、素人がこんな無茶をしていたのではどうなることか判らないですから、良い子の皆さんは絶対に真似をしてはいけないというものですね。
ブリと言えば昔から何でも賭けの対象にすることでも有名ですけれども、幾ら何でもそれは…という賭けも行われているようです。

「聖火でロンドン市長の髪燃えるか」、五輪目前の英国で賭け(2012年7月24日ロイター)

[ロンドン 23日 ロイター] ロンドン五輪開催を目前に控えた英国のブックメーカー(公認賭け屋)は、モップのようなヘアスタイルで知られていたジョンソン市長の髪が、27日の開幕式で聖火が燃え移って焼けるかどうか賭けを行っている。

老舗ブックメーカーのウィリアムヒルは、そのオッズを67倍としていた。しかし、市長が今週に入って散髪したことで、オッズは101倍まで引き上げられた。

これについて、ウィリアムヒルの広報担当者は「市長がいつの間にか散髪していたとは知らなかった。火が付く可能性が低くなった」と話している。

市長が開幕式で実際に聖火を運ぶかどうかは明らかになっていない。

幸いにも今のところ市長の髪が燃えたというニュースは入っていませんけれども、しかし市長のタイミングの良い散髪もよもや賭けを意識してのことなんでしょうかね?
ブリと言えば警官が警棒しか持っていないということがしばしば話題になりますが、民間企業の警備員もこれでよいということなんでしょうか。

バンダイの倉庫を守る“番猫”、報酬はキャットフードと魚で警備員契約。(2012年6月26日ナリナリドットコム)

今年もはや6月を終えようとしており、1年の折り返し地点を迎えるところ。そんな中おもちゃ業界では、早くも今年のクリスマス商戦に向けた準備が始まっており、倉庫には注文を控えるさまざまな商品の在庫が蓄えられ始めているという。そうなると、必要となるのが倉庫を守る警備員の存在。日本を代表するおもちゃメーカーの英国法人バンダイUKでは先日、新たな警備員を探していたところ、仕事をしそうな打ってつけの相手を見つけたそうだ。その名はミリー。契約も交わした歴とした“番猫”だ。

英紙メトロなどによると、ミリーを採用したのは英南部サウサンプトンにあるバンダイUKの倉庫。半年後に迫ったクリスマス商戦を控え、同社には間もなく小売店からおもちゃの注文が入り始める時期となり、倉庫は出荷待ちの在庫が続々と搬入され、管理に忙しい頃合を迎えるそうだ。そこでバンダイUKは、良からぬ輩の侵入を防ぎ、保管された大量のおもちゃをしっかり守ってくれる警備員を新たに探していた。

そうした中、従業員たちは倉庫内を歩き回る1匹の猫を見つけた。周りを気にするように「注意深く」行動する様に目が留まった従業員たちは、「素早く上っていく能力や大きく低い鳴き声」を目の当たりにして、募集していた警備員の「有力候補」と判断。結局、この猫を超える候補者は現れなかったようで、ミリーという名のメスのベンガル猫は、正式な警備員として採用されることになった。

こうして「世界初の猫の警備員と思われる」と話題になったミリー。店の軒先にいて“看板猫”として人気を集める猫は多くいるが、ミリーはあくまでもバンダイUKの“警備員”だ。その証拠に、同社では警備員として採用するに当たり、きちんとした契約書を作成。「倉庫で支払われるキャットフードと魚」を報酬とした書類にはミリーの“足印”が押され、雇用契約を結んだ本当の職員として扱われている。

もともとミリーは飼い猫で、倉庫へ偶然立ち寄った際に従業員によって見初められた様子。ミリーの性格について「とても注意深い性格」と語る飼い主は、今回の警備員採用も「ちゃんと気を配る保護者に見守られて、おもちゃも運がいい」と話しており、ミリーには“適職”と見ているようだ。

一方バンダイUKのスポークスマンも、ミリーの働きぶりを「私たちのおもちゃは現在きちんと管理されている」と満足そうに語っている。警備員の制服も身にまとったミリー本人も、与えられた役割を理解して、すっかりその気でおもちゃを守っているのかもしれない。

リンク先の画像の数々を見てみますとその状況がお判りいただけるかと思いますが、しかしむしろ陳列を乱しかねないような気がしないでもないのですが…
思いがけないことが起こるというのはいつでもあることですが、ちょっとそれはどうなのよというハプニングが先日ブリで発生したようです。

早朝の住宅街を牛30頭が疾走、寝ぼけながら目にした光景に住民唖然。(2012年7月25日ナリナリドットコム)

日曜日ながらも朝早く目を覚ました英国のある男性は先日、奇妙な音に気付いて辺りの様子を確かめた。すると、鳴き声と蹄をアスファルトに叩きつける音を立てながら、向こうからやって来たのは牛の群れ。なぜか住宅街の自宅の前を疾走していく状況に、男性は「シュールな光景」と驚きながらカメラを外に向けた。

英紙ヨークシャー・イブニングポストやサンなどによると、この光景を目撃したのは、英中部の街ハロギットの住宅街で暮らす20歳の男性、ジェームス・リーさん。7月15日の朝6時頃、目が覚めた彼の耳に何やら“ノイズ”が聞こえてきた。当初「家族がいびきをかいているのかと思った」ものの、探ってみると音の発生源はどうも外のよう。そこで彼は、視線を窓の外に向けてみた。

すると、目に飛び込んできたのは「寝ぼけ眼には混乱する」ような光景。すぐにカメラを手に取り、その様子を撮影したのが、7月15日付でYouTubeに投稿された「Live Cattle On The Rampage In Harrogate, 6am! (Original Video)」(http://www.youtube.com/watch?v=tzzwpSgBsWs)だ。

自宅の前を走る車道にカメラを向けていると、遠くから時々鳴き声を上げて近づいてきたのは、住宅街にはおよそ似合わない大小さまざまな牛の群れ。ゆっくり小走りに同じ方向へ駆け抜けていく牛たちの様子は、どこか太陽の光を存分に浴びながら散歩を楽しんでいるようにも見える。

全部で約30頭いたという群れは、歩道や住宅敷地内の芝生にも入りながらリーさん宅前を通り、何ごともなく通過。約5分ほどうろついた後消えたという牛たちを笑い声も上げながら撮影していた彼は、「とても奇妙であまりにシュール」と当時の様子を振り返る。まだ早朝の時間だったこともあり、ほかにどの程度の住民が目撃したかは定かではないが、いつもの日曜日とは違う朝の光景を見た住民なら「本当に面白いと思ったんじゃないかな」とも話し、彼にとっては“滅多に味わえない貴重な経験”となったようだ。

一方で、住民たちの中には牛の到来を喜ばしく思ってなかった人も。住宅街の角地に庭を構える家の女性は、今まで丁寧に手入れを重ねて来た敷地内の芝生上に、蹄の跡が多数残されたとして「大きな損害を被った」と憤る。また、道路上には群れが落としたフンも残されたとして「すごく怒っている」と、こちらは“実害”を被っただけに、リーさんのようには受け止められなかったようだ。

結局、今回現れたのは、住宅街からほど近くにある農場で飼われている牛たちと分かり、この後は無事にすべての牛が戻ったそう。ただし、怒りの収まらない女性は、今後所有者に対し、損害を受けた庭の補償を求めていくという。

これまたリンク先の動画から当時の状況を見ていただければと思うのですが、一体これは何が起こったのか?と思わざるを得ないびっくりハプニングですね。
最後に取り上げますのはこちらのニュースですが、まずは記事をご覧いただきましょう。

毎日“誰か”に12万円を配る男、宇宙旅行やめて始めたプロジェクト。(2012年7月17日ナリナリドットコム)

多くの人にとって、そう簡単に手に入れることはできないお金。しかし中には、期せずして大金を得る人もいる。現在英国で暮らすある男性もその1人。2年前、突然“必要以上の大金”が転がり込んで来た男性は、あまり考えずにヴァージン・ギャラクティック社が募集する宇宙旅行に申し込んだ。ところがその数日後、お金の使い道に疑問を覚えた彼は申し込みをキャンセルし、自分のやりたいことを熟考した上で、毎日見知らぬ人へ1,000ポンド(約12万円)をあげるプロジェクトを始めたという。

プロジェクト公式サイトや英紙デイリー・テレグラフによると、「We Are Luckyプロジェクト」なる行動をしているのは、ロンドン出身の30代後半の男性。匿名を条件に同紙の取材に応じ“ミスター・ラッキー”と呼ばれる彼は、昨年まで保険会社で働く会社員だった。そんな彼に転機が訪れたのは、2年前のこと。プロジェクトを開始するまでの経緯は、「We Are Luckyプロジェクト」公式サイトに記されている。

思いがけず必要以上の大金が入り、40万ドル(約3,200万円)の費用がかかる宇宙旅行を申し込んだ男性。その話を友人たちに自慢すると、彼らは総じて羨ましがった。ところが「もしも自分たちにそのお金があったら」と話し始めた友人たちのアイデアを聞いているうちに、男性は友人たちが考えた使い道のほうが「創造的で太っ腹で、責任感がある」と感じ始めたそうだ。すると、宇宙旅行にお金を使うのが「利己的で無意味なきまぐれ」だとする思いが日に日に強くなり、数日後には旅行をキャンセルしていた。

そして、宇宙旅行に使うはずだったお金で「素晴らしいことをしよう」と心に決めた彼が思い付いたのが、見知らぬ人たちに毎日1,000ポンドずつ渡していく「We Are Luckyプロジェクト」だ。

しかし、お金を人に配るくらいなら、慈善団体へ寄付する方法もあるはず――と考える人は少なくないかもしれない。実際その点を聞かれることもあると話す“ミスター・ラッキー”氏は、渡した人が寄付してくれたら「あげた自分も心暖まるし、寄付したその人も心暖まる」と説明。つまり自分と同じように、突然お金が転がり込む幸運と使い道を考える責任感を、ほかの人にも味わって欲しいというのが彼のプロジェクトの趣旨だ。

彼が渡すお金は「本屋や歴史的建造物」などさまざまな場所に隠され、ツイッター上で場所のヒントを出す“宝探し”形式で実施。48時間の制限以内に、ヒントを解き明かして見つけた人が彼のお金を得ることができる。渡したお金をどう使うかは「彼らに任せる」としているが、彼は見つけた人と接触して使い道を聞いた上で写真を撮らせてもらい、公式サイト上に掲載。これまでに、英国以外にフランスや米国、南アフリカやインドネシアなど世界各地の人が幸運を得ており、現在掲載されている写真の人数は80人弱、渡した総額は10万ポンド(約1,230万円)近くになるそうだ。

デイリー・テレグラフ紙では先日、ロンドン市内に10人分のお金を隠して動き回る彼に密着。スペインからの留学生や病気の夫を抱える女性など、お金を見つけて彼からメッセージカードを受け取った人々は、誰もが目を輝かせて喜んでいたそうで、記者は彼らの反応を目の当たりにして彼がプロジェクトを始めた「理由が分かった」としている。果たしてそんな幸運に預かれる機会が日本にも訪れるのか、期待する人はしっかりチェックしておいた方が良いかもしれない。

何かこれだけを聞いていますとものすごくいい話にも聞こえるのですが、そこはブリだけにきっと思いがけない落とし穴が待ち受けているに違いありませんよね。
さてさて、今年のオリンピックはどんなブリらしい出来事が待ち受けているのか、注目してオリンピック中継を見ていきたいものです。

今日のぐり:「悠庵 (ゆうあん)」

ご存知のように夏と言えば蕎麦の端境期で、昔は夏に蕎麦を食べるものではないとまで言われたものですけれども、近年は季節が逆になるタスマニアなど南半球からの蕎麦粉の輸入もかなり行われているそうですね。
ただこだわり系の蕎麦屋ほど「今日の蕎麦粉は○○産で」などと産地表記していたりするものですから、単純に季節が合っているからと海外産の蕎麦粉を使いにくいんじゃないかと思うのですが、保存技術の進歩もあって蕎麦屋のご主人の中にも「実際には夏でも味は変わらない」と言う方もいらっしゃるようです。
いずれにしてもこちら蒜山高原の一角に位置する「悠庵」さんには五月以来の訪問になりましたが、前回は連休シーズンと言う事で限定メニューで営業されていたところ、今回はレギュラーメニューになっているのでどうなのかと思ったのですが、温蕎麦メニューが増えているくらいでどうせほとんどの顧客はザルを頼むらけですから、本質的にはあまり差がないのかな?という気もします。
ちなみに例によって壁かけメニューがあって本日のざるそばとして粗挽田舎、生粉打ち、田舎と掲示されているのですが、しかし何故今年も新そば打ち始めましたの掲示が…?

とりあえず粗挽き田舎は売り切れだと言うのでざるの田舎と生粉打ち、そしてこれまた売り切れだという天ぷら盛り合わせは外してかき揚げを頼んだのですが、まず出てきた田舎はさすがに舌触り、食感はやや落ちるんですが、やはり細打ちのしゃっきりした打ち上がりで完成度は高いと思います。
これに対して生粉打ちの方はさすがにのど越し良好でこれまた普通にうまい蕎麦だなと思うのですが、香りの落ちるこの時期少しでも強い風味を求めて田舎を選ぶか、それとも食感を優先して生粉打ちを選ぶか、可能であればやはりシェアしてでも両方食べ比べてみるべきでしょうか。
ちなみに蕎麦ツユは辛口でダシの風味も十分立っている上にかえしもいい案配で出来の良いツユだと思いますが、標準でついてくるボリュームが最低限(追加は有料で結構高い…)なのが微妙に気になるところで、価格帯や客の入りを考えるとそうまでカツカツのコストとも思えないんですがどうなんでしょうね?
かき揚げは前回ちょっと油ぎれが悪いかなと思ったのですがさくさくと心地よい食感で、おもしろいのは内容が変わっているようなんですが海老はよくあるとして貝柱入りというのは何かちょっとうれしくなりますね。
蕎麦湯はやはり濃厚タイプで、いい加減お腹が膨れてきたところだったこともあってここまでするのはちょっとやり過ぎかなとも思うのですが、蕎麦屋の中の人に言わせると近年はとにかく濃くなければクレームがつくというらしいのでこれは仕方がないのかも知れません。

味の方はこんな感じで相応にレベルの高い蕎麦屋だなと思うのですが、その他の面ではいろいろと突っ込みどころがあるのは相変わらずで、まずは連休中だけだと思っていましたら今回も相変わらずメニューの品切れが多く、そもそもさしてバリエーション豊富でもないのに仕入れがうまく回っていないのなら問題ですし、壁に掲示するくらいなら売り切れ次第掲示をおろせばいいだろうにと思うのですけどね。
フロア担当のおば…お姉さんは話してみれば決して悪い人じゃないんですが何と言うのでしょう、例えばいつもこれだけ売り切ればかりなのですから「あ、それは売り切れなんで」じゃなくて普通に「すみません売り切れです」とでも答えておけばまた雰囲気も違ってくるでしょうし、とにかく厨房のおじちゃんは陽気なキャラクターなので普段の家庭内でのやりとりはどうなのかな…などと余計な想像をしてしまいます。
そうした味以外の部分はともかくとして、近年焼きそばばかりがクローズアップされる地域ながらさすが蕎麦処だけにどこの店もかなりレベルは高いなと思うのですが、そのせいかいずれも結構待ち時間があるので時間の余裕は見ておかないといけませんね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年7月28日 (土)

マスコミウォッチ いくらなんでもコテコテすぎる

オバマ政権を揺るがしかねない近来のスキャンダルに「ファースト&フュリアス(THE FAST AND THE FURIOUS)事件」というものがあります。
同盟の映画シリーズ第一作(邦題は「ワイルド・スピード」)のタイトルから名付けられたということなんですが、簡単に言うとオバマ政権下で司法省が銃2000丁を闇市場に流して流通経路を追跡するという秘密作戦を行った、目的は麻薬流通経路を解明しあわよくば元締めの逮捕に結びつけようと言う狙いだったのですが、結局100万ドル以上を投じて下っ端の売人を数人捕まえただけに終わったのですね。
それだけなら壮大な無駄遣いで済んでいた話なんですが、問題はこれだけ大量の銃が闇市場に流れメキシコを中心に犯罪に使われたせいで最終的に200人以上の人命が犠牲になってしまったということで、特にアリゾナの国境警察官が銃撃戦に巻き込まれ死亡した結果本作戦の存在が明るみに出ると、米下院監視・政府改革委員会により調査が開始されるという騒ぎになったわけです。
聴聞会に呼ばれたホルダー司法長官が重要書類の提出を拒否したことから法廷侮辱罪で議会に告訴されたにも関わらず、オバマ大統領が就任後初(!)の大統領特権を発動し書類提出をせずとも良いよう取りはからったと言うことからどうしても政権を巻き込んだスキャンダルにならずにはいられませんが、今秋の大統領選挙における争点の一つになるかも知れないとは言えそうですよね。

さて、見てきたようなことを書いていますけれどもこういう話をググってもほとんど日本では情報が流通しておらず、そもそもそんな話があったなんてまるで知らなかったという人がほとんどではないでしょうか?
一般に日本の海外ニュースと言えばそのうち大きな部分をアメリカ発のものが占めているのは事実なんですが、そのアメリカで大問題になったことを日本人が全く知らされていないというのは何とも不思議な気がしますけれども、実はこういうケースは今回に限らず過去にもよくあったことのようで、アメリカ在住の企業コンサルタントである上田尊江氏がこの事件の紹介と併せてそのあたりの報道事情について書いています。

「米政府の大スキャンダルを知らないの?日本で報道されていないのね・・・」/上田尊江(2012年7月27日日経ビジネス)より抜粋

(略)
 少し前の箇所に『「ああ、またか」と思った』と書いた通り、米国の事件が日本で報じられないことはしばしばある。米国人と結婚し渡米した直後は「なんで」と不思議に感じていたが、今では理由が分かる。

 日本に届く米国のニュースは基本的に、こちらで「主流メディア」と呼ばれているソースに基づいているからだ。主流メディアの代表はCNNやニューヨーク・タイムズなど、いわゆるリベラルのメディアである。リベラルの対語はコンサバティブであるが、主流メディアと呼ばれているように米国の大手メディアはすべてリベラルといってよく、コンサバティブはほんの一握りだ。

 本原稿を書き上げて編集者に送ったところ、「米国の政治でリベラルとコンサバティブは拮抗していると思っていましたが、メディアはリベラルが制圧している訳ですね。ウォール・ストリート・ジャーナルなどはどうなのでしょう」と質問が来たので加筆しておく。

 米国の大手メディアでコンサバティブなのは、ABC、CBS、NBCの3大ネットワークに続く大手テレビ局のFOXだけと言ってよい。ウォール・ストリート・ジャーナルはFOX同様にルパート・マードック氏が率いるニューズ・コーポレーションの傘下にある。ただし、テレビを含めたメディア全体を見ると、コンサバティブは本当にわずかである。

 リベラルとコンサバティブによって、メディア各社の報道は、ニュースを選ぶところから異なり、同じニュースでも報道の仕方が全く違う。ファースト&フュリアスのスキャンダルは格好の例だ。

 ファースト&フュリアスの一件をリベラルな主流メディアが報道し始めたのは最近のことだ。NBCに至っては、6月半ばになってやっと報道した。今回のスキャンダルは現民主党政権にとって非常にまずいものであり、現政権を支持する主流メディアは報道を控えていた

 日本に届く米国ニュースは主流メディアをソースとしている。主流メディアに登場しないなら、そのニュースは日本までたどり着かない。日本で見聞きする米国のニュースは2重のフィルターがかかっていることになる。

 ニュースソースとなる米国メディアの政治的見解でニュース選別のフィルターがかかり、内容の伝え方もメディアの見解ありきでなされる。その上で、個別のニュースも、誰かの主義主観を通した事実を伝えている。

 突き詰めていくと、そもそも事実とは何か、報道自体がフィルターではないか、という話になっていくが、そこは読者の皆さんが考え、答えを出していただきたい。私が米国に暮らし始めて気付いたのは、ニュースを見聞きするときは要注意だということである。もしかしたら今聞いたニュースはだれかの一方的な考えの下に伝えられているのかもしれない。
(略)

日本にいると海外メディアの方向性までは把握出来ないよと言われるかも知れませんが、そう考えてよく見ていますと日本のマスコミがソースとして取り上げる海外メディアには一定の法則があるということはよく言われているところで、その理由の一端がこうした偏向ぶりにあったということでしょう。
例えば何かと言えば「同居人」のニューヨーク・タイムズ(苦笑)を引用したがる某朝日新聞あたりを筆頭に「もしそれが本当なら」式のソースロンダリングは得意中の得意としていますが、まさにテキサス親父の言う通りアメリカも日本もマスコミの病根は全く同じ構図であるということですかね。
幸いにもネットと言う既存マスコミと対立的な媒体が成長してきたおかげでしょうか、マスコミお得意の捏造なども最近ではずいぶんと明るみに出てバッシングを受ける機会が多くなりましたが、おもしろいなと思うのはそうした捏造を好き放題行っている彼らの当事者意識で、どうも彼らの方ではこれが悪いことだとも何とも思っていないからこそ堂々と「はい、やりましたが何か?」と公に出来てしまうらしいのですね。

鳥越俊太郎氏 若者ら除外する世論調査結果の信憑性に疑問(2012年7月20日NEWSポストセブン)

「小沢新党、期待せず79%」「消費増税法案可決を評価する45%」――と大々的に報じられる世論調査の結果に違和感を覚える人が多い。周りの人々と話しても、とてもそんな結果になるとは思えない。世論調査の数字は、本当に“民意”といえるのだろうか

 ともにメディアに籍を置き、表も裏も知り尽くすジャーナリストの鳥越俊太郎氏と長谷川幸洋氏は「世論調査ジャーナリズム」に正面から疑義を呈した。

鳥越:昔、世論調査は選挙の時ぐらいしかやらなかった。でも今は政局が動くたびにやっていて、明らかに過剰な数です。今回、『週刊ポスト』が調べたところ、この半年間で読売が12回、次いで朝日が11回。これに産経、毎日、日経も7回程度やっていて、大手紙だけに限っても実に4日に1度、どこかが調査を行なっている計算になる。しかも、新聞の一面トップを飾ることが多くなった。

長谷川:世論調査が増えたという印象は私も同じです。10年以上前は調査員が戸別訪問して行なう「面接調査」が中心でした。今はコンピュータがランダムに選んだ電話番号をもとにオペレーターが電話をかけて調査する「RDD」(Random Digit Dialing)という方式が主流です。この方式だと、調査が簡単に素早くできるようになった反面、調査結果が歪んでしまう可能性があるんです。

鳥越:固定電話の番号だから、あまり家にいないサラリーマンや若年層は有効回答から除外されやすいよね。

長谷川:そもそも、ひとり暮らしの若年層は固定電話自体を持っていませんよ。他にも様々な問題がある。電話口で読み上げるので回答の選択肢の前の方にあるものが選ばれやすい、態度がはっきりしない回答者に「あえていえば」などと重ね聞きするかしないかで結果の数字が大きく変わってくる、といったことです。

鳥越:毎日新聞の記者時代の経験ですが、例えば、選挙に関する世論調査の結果を発表する前に選挙の担当者が数字を“調整”するのをしばしば見てきた。担当者が取材で掴んだ選挙区情勢と違うという理由です。そういった裏事情を知っているので、私自身は世論調査の数字を疑っています。

いやいやいや、さらっと「数字を調整するのをしばしば見てきた」なんて言ってしまってますけれども、これが例えば警察官が「このまえ気にいらねえ奴がいたからでっち上げでパクってやったぜ」と言っていたり、医師が「あのじじいムカついたからKClちゅ~っといっちゃたよ」なんて吹聴していたならとんでもない大問題になるでしょうに、彼らはこれだけのことを全国メディアで公言しても免許取り消しどころか何らのペナルティーも無しっておかしくないですか?
彼らの世論調査の嘘くささは以前にも書いたところですが、もちろんその目的の一つにはこうした捏造によって「世間の人はこう考えている!だからあなたもこう考えるべきだ!」という世論誘導にあるところは言を俟ちませんが、こういう記事を読んでいますとどうも彼ら中の人自体が自らの創作した調査結果に騙されているフシがあるんじゃないかとも思えてきますね。
先日も朝日新聞の中の人が橋下大阪市長の主導する「君が代条例」問題とも絡んで、今まで一生懸命世論をリードしてきたつもりだったけど調査してみたら実は市民の9割から背を向けられてて涙目…という笑い話がありましたけれども、舌先三寸で世論を踊らせることの是非は置くとしても、まずは最低限真っ当な方向に踊らせてもらわないことには気がつけば谷底に転落している真っ最中だった…ということにもなりかねません。
それだけのことをやるならやるでちゃんと責任を取れよということなんですが、彼らマスコミの中の人に言わせればいやそれは愚かな大衆が間違っているのだ、そもそも仮に騙していたとしても騙された方が悪いじゃないかという認識だと言うのですからあきれかえるしかありませんよね。

熱血!与良政談:有権者を信じる=与良正男(2012年07月18日毎日新聞)

 以前からポピュリズムという言葉は極力使わないようにしている。日本では「大衆迎合(主義)」と同じ意味で語られることが多く、その根底には「大衆とは愚かなものだ」といった考えがあるように感じるからだ。

 新聞やテレビもしばしば使う「選挙目当て」という言葉はどうだろう。これもどこか「有権者はこの程度の話で喜ぶに違いない」と見下すような意識があるように私には思える。

 議会制民主主義の基本は有権者による選挙だ。政治家が国民の支持や理解を得る努力をするのは当然で、「選挙目当て」自体が悪いわけではない。むしろ政治家が「選挙目当て」と思ってアピールする話が有権者の心を打たない、つまり逆に「選挙目当て」にならないことが実は問題なのだ。

 結党したての「国民の生活が第一」にあまり期待が集まらない大きな理由はここにあると思う。小沢一郎代表は「反消費増税」と「脱原発」で次の衆院選は勝てると言っているそうだ。しかし、有権者はそんなに単純か。

 私たちは「政権交代したら、なんぼでも財源が出てくる」と胸を張って失敗した民主党政権の姿を既に見ている。増税なしで、どうやって社会保障制度を維持していくのか、もはや具体論なしでは有権者は納得しない。「脱原発」にしても小沢氏らがこれまでどれだけ、それに熱心だったのか。多くの人は疑問に思っているはずだ。有権者の方が、これは単なる「選挙目当て」だと見なしているといっていい。

 かねて小沢氏は(1)有権者はバラマキに弱い(2)有権者は有名人が好きだ(3)選挙の時に増税を口にするのは愚の骨頂だ−−と固く信じているところがある。一面の真理ではある。だが、私はここに小沢氏の深い人間不信のようなものを感じてきたし、そんな政治から変わっていきたいともずっと考えてきた。そして実際徐々に変わりつつあると思っている。

 前回の衆院選で「有権者は民主党のバラマキ・マニフェストにだまされた」という言説もよく聞くが、これも単純過ぎる見方である。マニフェストのいいかげんさは承知のうえで「一度政権交代をしないと、この国は変わらない」と切に願って民主党に1票を投じた人も多かっただろうと思うからだ。

 大衆が(もちろん私たちメディアも)いつも正しいとは限らない。歴史を見れば間違うことの方が多いかもしれない。でも、私は有権者を信じたいと考えている。(論説委員)

いやこれは、そのマニフェストなるものを大絶賛し一生懸命騙す側に回ってきた人間が言うことですか?
ま、マニフェストのいい加減さに騙されたことに気づいた人も少なからずいたでしょうが、それ以上に新聞を元とする旧来のメディアのいい加減さに気付き始めている人々が日々増えているというのが、彼らの凋落一方の購読部数にも現れているという現実にはそろそろ中の人も気づいて欲しいとは思います。
ちなみにかつて消費税などというものにあれだけ大反対していた主要各紙が突然手のひらをかえしたように消費税増税!と連呼し始めたことには、その背景にいろいろな大人の事情があるんだろうとかねて噂されているところですけれども、そうまで増税一直線、国民は増税の痛みに耐えるべきだと主張する主要各紙が「新聞には消費税をかけるべきじゃないよね?」なんてことを言っているのは笑い話のつもりででもいるのでしょうか?
本当に今の時代いちばん笑えるのはマスコミウォッチだと言いますけれども、さすがにここまで空気も読めない面の皮の厚さを誇られるばかりの三流芸ではいい加減食傷気味というものなんですが。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年7月27日 (金)

オスプレイ騒動 何がどうなれば安全と言えるのか?

一連の原発再稼働の是非を巡る騒動が盛夏到来と大飯原発再稼働で多少なりとも落ち着いてきたと思っていましたら、この頃ではこういう問題が世間を賑わせるようになってきています。

在日米軍再編:オスプレイ配備 地区労など、佐世保で反対集会 /長崎(2012年07月22日毎日新聞)

 県平和運動センターと佐世保地区労は21日、佐世保市中心部の松浦公園で、米軍の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの日本配備に反対する集会を開いた。約300人が参加し、墜落事故を繰り返しながら配備を強行しようとする米軍と、米軍の意向を拒否できない日本政府を批判。集会後は市内をデモ行進した。

 集会で、同センターの川原重信議長が「欠陥機の配備は、国民の命を軽んじる許されない行為だ。沖縄や全国の仲間と連帯しよう」と訴えた。一方、米海軍佐世保基地にオスプレイが搭載可能な強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」が配備されていることについて、米軍を監視する市民団体「リムピース」の篠崎正人編集委員は「航続距離の長いオスプレイの運用で作戦範囲が無制限に広がる可能性がある。平和に暮らしたいという私たちの願いと真っ向から対立する」と指摘した。

<オスプレイ>岩国基地に陸揚げ 批判の中で強行搬入/山口(2012年7月23日毎日新聞)

 米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ12機を載せた民間貨物船は23日早朝、米軍岩国基地(山口県岩国市)に到着し、オスプレイは陸揚げされた。相次いだ墜落事故による安全性への疑念から、地元だけでなく与党内からも批判が出る中での強行搬入となった。

 米軍は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を中心に10月から運用開始する予定だが、沖縄県では8月5日に配備反対を訴える超党派の県民大会が予定されており、反発が強まることは確実だ。
(略)
 基地の対岸で、貨物船の入港を見守った岩国市の福田良彦市長は「地元の切実な思いを聞かず、政府に対して大きな不信感がある。安全性が確保されないのであれば、陸揚げされたオスプレイでも、米国に持って帰っていただきたい」と述べた。山口県の二井関成(にいせきなり)知事と一両日中にも上京し、森本敏防衛相らに抗議する方向で調整するという。二井知事は「スケジュールありきで搬入された」と憤りをあらわにした。

 沖縄県の仲井真弘多(なかいまひろかず)知事は「誠に遺憾だ。事故原因が究明され、安全性が証明され、県民の不安が払拭(ふっしょく)されない限り、配備に反対だ」とのコメントを出した。【大山典男、尾村洋介、井本義親】

このMV22オスプレイの配備問題については経済評論家の山崎元氏も言及しているように幾つかの次元での問題点が内包されていて、ごく大雑把に分けると実際の安全性はどうなのか、あるいは市民の安心感をどう担保するのかという問題と、もう一つは配備の必要性といった国防上あるいは米軍の配備計画に日本は原則口出し出来ないという主権上の問題とに二分されるという気がします。
このうち後者に関しては基本的に同盟国の軍事力を当てにすることで相対的に軽武装で済ませるという戦後日本の基本路線は国民の支持を受けてきたわけですし、実際に政権内部でもオスプレイ配備に対する安全保障上の大きな期待感があること、そして配備に最も大きく反応しているのがどこの国であるのかということなどを考えれば、日本の防衛力向上に非常に有効な装備であるとは言えそうです。
無論、日米安保下での日本の国防という大枠については今後も幾らでも議論すればよいことですが、当面国民の多くが現行のやり方を支持していることから考えても、同時進行で進められている新型戦闘機配備などと同様に米軍及び自衛隊の継続的な装備の更新は今後も続けていく必要があるだろうということです。

さてそうした大枠をとりあえず首肯した上で、昨今マスコミも巻き込んでの大騒ぎになっているのが前者の問題というわけなんですが、これもテレビなどを見ていると「危ない機体は未来永劫飛ばさせない!」などとシュプレヒコールが盛んで、もはやこうなるとゼロリスク症候群と同様科学というよりも神学論争に近いのかなという気がしないでもありません。
よくこうした問題が起こるたびに「安全性を保証しろ」という人がいますけれども、それではメーカーが保証書をつけてくれれば保証されたことになるのかという話で、まずもってどのような事実が確認されれば彼らにとって安全性が保証されたことになるのかということを定義していただかないことには、仮に今後二度とオスプレイが事故を起こさなかったとしても「いや、安全性は保証されていない!我々は納得できない!」と反対論を叫ぶことが出来てしまう理屈ですよね。
一昔前のスポーツカーなどというものが未だ結構売れていた時期に、過激な運転をしたがる乗り手の問題もあるとは言え「雨の日になると峠のガードレールに刺さってる率ナンバーワン」だなどと揶揄された車もありましたが、だからそういう車を乗り回すことは禁止すべきだ!なんてことを言い出す人がいたなら皆「はぁ?」だったでしょう(昔は保険料の車種間格差もなくて走り屋にはいい時代だったでしょうが…)。
日常的な世界になると誰しもゼロリスク症候群が馬鹿げたことだと理解出来るのに、自分に遠い世界になるほど過剰にそれを追い求め始めるのは興味深い現象だし、それだけ現代日本が平和な証拠なのかも知れませんけれども、とりあえず客観的な数字を挙げてオスプレイの安全性がどの程度なのかということを示すことは可能です。

オスプレイ事故発生率:CH46上回る(2012年6月14日沖縄タイムス)より抜粋

オスプレイ事故率(モロッコ墜落事件後)

MV-22          1.93
CH-46              1.11
CH-53E            2.35
CH-53D            4.51
AV-8B              6.76
米海兵隊全体    2.45

数字は飛行時間10万時間あたりの事故発生率ですが、これだけですと何やらよく判らないと思いますので皆さんが常日頃利用されている民間航空会社の事故率と比較する方がイメージしやすいんじゃないかと思います。

これだけ違う! 航空会社ごとの重大事故リスク(2005年05月20日AllAbout)より抜粋

(略)
ここでAirSafe.comに表示されている航空会社のうち、日本乗り入れをしている航空会社に絞ったうえで、事故率の高い航空会社から順番に並べてみました。

7.60 エジプト航空
7.16 チャイナエアライン
6.83 トルコ航空
4.89 エアインディア
3.84 パキスタン航空
3.54 イラン航空
2.58 コリアンエアー
2.47 フィリピン航空
2.44 ガルーダインドネシア航空
1.60 タイ国際航空
1.50 シンガポール航空
1.45 キャセイパシフィック航空
1.36 日本航空
1.14 アシアナ航空
0.92 マレーシア航空
0.90 ヴァリグブラジル航空
0.81 KLMオランダ航空
0.74 ニュージーランド航空
0.73 アリタリア航空
0.59 アメリカン航空
0.55 エールフランス
0.37 ユナイテッド航空
0.33 エアカナダ
0.28 ノースウエスト航空
0.22 全日空
0.22 ブリティッシュエアウェイズ
0.19 スカンジナビア航空
0.19 ルフトハンザドイツ航空
0.18 コンチネンタル航空
0.16 デルタ航空
0.00 エミレーツ航空、ヴァージンアトランティック航空、フィンエアー、オーストリア航空、カンタス航空、エバー航空
(略)

基本的に航空機の事故発生率というものは自動車などと比べるとごく低いですから、事故が起こった直後は一時的に数字が跳ね上がるものですが、その最も悪い条件下で比べてもCH-46他の在来機と大差ないかむしろ上回っていると言える数字ですし、日本航空などメジャーな航空会社と比べても実は案外高くないんだなと言う数字ではないでしょうか。
開発当初の技術的トラブルに加え、在来機と異なる同機特有の操縦に慣れないパイロットによる事故が発生したと伝えられるオスプレイですが、在来型ヘリよりも搭載力の大きい新型ですから一度大きな事故が起こればどうしても今までより多数の犠牲者が出てしまうのは仕方がないとは言え、技術的に安定してきた今後は事故率は下がることはあっても大きく上がることは考えにくいでしょう。
むしろオスプレイに更新しないのならCH-46やCH-53など50年も前に初飛行した古いヘリを一体いつまで使い続けるつもりなのかと気になるところで、自衛隊にしても更に古いF-4戦闘機を未だに運用しているくらい物持ちの良い組織ではありますが、いずれ現行輸送ヘリの代替用として同機を導入することは既定路線ですよね(ちなみにオスプレイは騒音もヘリより小さいそうですから、騒音公害上も有利と言えそうです)。
その際に肯定的に評価するにせよ否定的に取り上げるにせよ、やはり他人と議論をするのであれば客観的な指標に基づいて行うべきであって、危険だから駄目だと言う方々はどの指標をもって何と比較して危険だと言っているのか、その指標がどこまで改善すれば危険でなくなるのかということも同時に定義しておく必要があるだろうということです。

ところで今回の件に関わる報道をみていてもう一つおもしろいと感じるのは、直接の担当者であり元自衛隊のパイロットで軍事評論家という、いわばその道の専門家でもある森本防衛大臣に誰もコメントを取りに行かず、他の素人(失礼)政治家の方々の「失言」目当てに群がっているマスコミが非常に多いということですね。
森本大臣の方はさすがに心得たもので、自衛隊パイロットら専門家からなる日本独自の調査チームを結成して米国に送り込むなど粛々と必要なエヴィデンスを固める作業を推進していますけれども、そうした客観的事実よりも「国民の不安が~」「地元の理解が~」という感覚論・感情論に落とし込まなければ炎上させようがないということを、他ならぬ彼らマスコミ自身も自覚しているということなのでしょう。
マスコミお得意の印象操作を今さらどうこう言っても仕方のないところかも知れませんが、それにしても本来そうした印象操作による世論の混乱を事を分けて解きほぐしていくべき立場にあるはずの政治家達までが右往左往しているのを見てしまうと、正直平時ですらこの調子なら一朝事あるときは大丈夫なのか…?と思わずにはいられません。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2012年7月26日 (木)

結婚難時代 独身でいることはカラダにも悪い?!

二昔前ほどにポケベル(この言葉も死語ですね)で語呂合わせのメッセージを送るのが流行った時代がありましたが、その後携帯全盛期になりますと顔文字などはすっかり一般化しましたし、現在はBBSからSNSに至るまでそれぞれの媒体に応じたローカルスラングが使われる時代になっています。
無論、そうした仲間内での言葉をリアル生活においても使いまくるのでは痛いというものですが、こうしたスラングを全く知らないというのも時に意思疎通に困難を覚える時代になってきたのは確かで、先日はこんな記事が出ていました。

これを知らなければ『リア充』。ふぁぼ・メシウマ・※いくつ知っているか(2012年7月17日秒刊サンデー)

喪女、キョロ充、CV、コミケ、ふぁぼ・・・どこかで聞いたことがある、そんな気がしたらもしかしたらあなたはリア充ではないのかもしれない。こちらの単語はオタクとしての充実度つまり『ヲタ充』を図るバロメータとなるキーワード群のようだ。リア充がよいかヲタ充が良いかは別として、何故このキーワードがチョイスされたのかは謎だ。せっかくなのでこれらキーワードを調べていきたい。

画像:Twitpic

こちらのキ―ワードは、人気ファッション雑誌「セブンティーン」に掲載されているものだと言う。ついにティーン雑誌にまで、2ちゃんねるや、その他ネット界隈で使われる用語が取り扱われるようになったのかと思うと、いかにネット社会が、リアルに侵攻しているかということが良く判る。そのうちネットの言葉が、全く恥じらいもなくつかわれる時代が来るのではないかと危惧したくもなる。

さて、今回掲載されていたキーワードは以下である。もし知っていたとするのであればそれはリア充ではなく「ヲタ充」なのかもしれない。

・喪女(もてない女性)
・キョロ充(なんちゃってリア充)
・CV:(声優)
・コミケ(コミックマーケット)
・ふぁぼ(Twitterでお気に入りに追加すること)
・クラスタ(集合体)
・※(コメントの事)
・メシウマ(人の不幸は飯がうまい!)
・PPPH(ヲタ芸)
・黒歴史(触れられたくない恥ずかしい過去)

逆に言うと、ツイッター!リツイート!いいね!スマホ!そんなメジャーキーワードはもはや、オタクと言うカテゴリではなくメジャーシーンで使われる言葉であり、何の躊躇もなく利用しても良い言葉であろう。そんな専門用語使われても判んないよ!というパソコンを使わない世代にも自信を持って「一般語です」と言う事ができるのかもしれない。

だが、上記キーワードは残念なことに、ネットと言うサブカルの世界では有名ではあるが決してメジャーではない。知っていたとしても決して一般世間では使わないようにしたほうが無難だ。

もちろん上記キーワードのチョイスに異論は認める。

そもそもリア充って何?というレベルの人はまずググっていただくとして…
ま、どこまで知っていればいい、悪いということでもないですけれども、こうした言葉を一度として目にしたことがないという人はまずもって社会の少数派に留まるだろうという時代にあって、いつまでも自分には関係ないではなくその都度ちょいちょいと意味を確認しておくくらいの努力は惜しむべきではないのかなと言う気はします。
昔はいろいろと知識を沢山持っていると言えばそれだけで頭が良いと評価されたものですが、無限に拡大を続けるネットを外部記憶装置として活用出来る時代になってきますと単純な記憶力というのはあまり意味が無くて、むしろ数多の情報の中から随時必要なものを取り出して要約して活用する能力の方が賢いという評価に結びつくんじゃないかと思いますね。
先日は格安レンタルサーバーが大規模なデータ消失を起こして「貧乏人はクラウド時代も損をするのか!」と騒がれたり、欧州委員会がネット上での個人情報保護に関して「忘れられる権利」なるものを組み込んだ法案を出してきたりと、今や社会はPCを手にネットにつながっていて当然であるという前提で動いています。
例の100ドルPC計画などにも現れているように、PCは世界中津々浦々まで誰でも使えて当然の権利であるという情報機会均等の時代だからこそ、その使い方によって結果には大きな個人差が出てくるということで、プレPC世代の方々にとってもまずは判らない言葉をググってみるという姿勢はボケ防止にもよろしいんじゃないでしょうか?

余談が長くなって少し話がそれましたが、こうしてネットを介して他人と常時触れあっていられるという環境にひとたび慣れきってしまうと、いわゆるヒッキーなどに代表されるようにむしろリアルでの触れ合いには億劫になったり、場合によっては忌避したりということもあるようですね。
昨今では若年者の既婚率低下や晩婚化、それに続く少子化や出産年齢高齢化が社会問題にもなってきているということは広く知られてきたところで、特に日本ではこのまま行けば永続的な社会保障制度を維持するにも事欠くのではないかと早急な対策が求められていますが、これなども「結婚する必要を感じない」という人々も結構多くいるのは問題です。
ただもちろん結婚する意思はあるのに出来ないというのは本人以前に社会の問題でもあって、例えば二昔ほど前には成人ならまずもって(その気さえあれば)誰でも結婚出来るというのはほぼ当たり前の時代があった以上、当時と現在の社会状況を比べれば結婚することにメリットがなくなったのが一番の根本的理由であると判るはずなのですが、既婚者や子持ちには最低賃金を割り増しさせようなんてことは誰も言い出さないですよね。
結婚すべきである、結婚し子供を作ることが社会に対する義務であると幾ら大所高所から叫んだところで、厳しい懐具合の中で今日を生きることに四苦八苦している人達にすれば「知ったことか」というもので、やはり結婚することによるメリットというものが用意されないことにはモチベーションには結びつきようもありません。
昔と違って今は日本中どこでも終日営業の安価な飲食店や食料品店も揃っていることから、家事負担の軽減なんてことはあまり大きなメリットには感じられないのかも知れませんが、他方で独身でいることにはどうも健康上のデメリットがあるんじゃないか?という話は出てきているようです。

心臓病患者に独身男性が多い? 目立つ未婚高齢男性の健康リスク(2012年8月3日号週刊朝日)

 男性の生涯未婚率(50歳で一度も結婚していない人の割合)はどんどん高くなっている。2010年時点で男性の「2割以上」が結婚歴なしで、その数は30年間で約8倍になった。

 大阪大学では、40~79歳の男女90064人について、10年間にわたり婚姻状況とその後の死亡との関係を追跡調査し、2007年に発表している。それによると、独身男性は既婚男性に比べて循環器疾患で3.1倍、呼吸器疾患で2.4倍、外因死(事故や自殺)で2.2倍、全死亡では1.9倍の死亡リスクの上昇がみられたというのだ。

 長年、数多くの心臓手術を手掛けてきた大崎病院東京ハートセンター南淵明宏センター長も、同じような傾向を感じているという。

*  *  *
 現場の感覚としては、とにかく「独身男性」というのが心臓病になりやすいという印象が強い。未婚者や、やもめ暮らしの方の救急搬送がとにかく目立つ。狭心症や心筋梗塞を発症する平均年齢は60歳ですが、30代という若さでも重症な人がいて、聞けば必ず独身男性なのです。

 そういう方は一様に、好きなものばかり食べたり、外食ばかり、とにかく食生活が偏っている。外食では鮮度や添加物など確かめようがありませんし、「出されたものを食う」という男性の本能で何でも口にしてしまいます。

 独身だと往々にして時間にもルーズ。毎晩飲んで寝るのが遅いという生活では、腸内細菌や自律神経の日内変動のバランスも狂います。さらに掃除がおろそかだと、部屋はダニやカビなどばい菌だらけ......。口内、爪、耳、足先などの汚れも、心臓病をはじめとする現代病を招くといわれています。

 一方、女性は食を見る目が鋭いし、清潔好きな存在です。そんな女性の「管理下」に置かれる既婚者のほうが病気にはなりにくいのです。

御高名なる南淵先生の独創性あふれるspeculationはともかくとして(苦笑)、ネット上などでは「別に長生きする理由もないからな…」なんて醒めた声が多いという現実を聞くと、健康に対するモチベーションという点では家族のあるなしも大いに関係しそうには思いますよね。
元々の調査の方を承知しないので外食比率や単身赴任等単なる独居との差など他の因子などをどの程度排除してあるのかは判らないのですが、特に男性ということからして食生活が非常に大きな要因を占めるだろうとは想像出来ますし、料理好きで自炊派という男性でも独居ならよほど意識していないと料理の品数なども少なく単調なものになってしまうでしょうから、循環器疾患のリスクが高いのは納得出来ますよね。
そういう点で死亡リスクが高まるだろうなとは誰しも予想出来そうな話ではあるのですが、実際に数字として出してみると思ったよりも高いんだなと言う驚きはあって、特に外因死のリスクも2倍以上だと聞くと誰にも知られないまま死んでいった人も多いんだろうなあ…とついつい考えてしまうのは自分だけでしょうか。

そうした感傷面を抜きにしても、実際ここまで高いリスクがあるとなれば何しろこれだけ独身者も増えている時代なのですから、何かと削減要求厳しい医療財政上もその対策は大概の疾病対策よりも重視されるべきではないか?という考え方も当然にあっていいことですよね。
別に独身では長生き出来ないからさっさと結婚しろと言われて結婚する気になる人も多くはないでしょうが、独身よりも既婚者の方が医療支出を削減できるとなれば当然その分のお金は独身者の結婚対策に回されてしかるべきでしょうし、特に昨今お金がないから結婚出来ないという人が多いという点からするとやはり金銭的な支援が最大の対策ともなり得るかも知れません。
何しろ国の将来にも関わるという重大事なのですから、独身者対策によってどれくらい医療経済上のメリットがあるのかという点も含めて今後検証を進めるとともに、各省庁が協力して単に念仏を唱えるのみではなくちゃんとお金を投じた独身者対策を講じていくべきだと言う気がします。

ところで草食系、肉食系なんて言葉がありますが、結婚出来ない男が増えているなんて話になりますと決まって「近ごろの男は草食系だから…」なんて声が出るくらいで、やはりガツガツ行く方が成功率が高いんだろうなという漠然としたイメージがありますよね。
ところが一方でエヴィデンスレベルは低いもののこういう声もあって、「押しに弱く人がいい男性」や「自分の主義、主張がハッキリ言えない男性」ほど女性が放っておかず何度でも結婚出来るなんて話を聞くと、本当にそうなのか?と思ってしまいます。

【参考】女が放っておかない!何度も結婚できる男性の特徴12つ(2012年7月23日ピーチィ)

ただ個人的に思ったところでは「学習能力が低い男性」という特徴も挙げられているのですが、そう言えば何度も怪しげなお見合いサイトに引っかかって失敗を繰り返している人間は確かに周囲にもいますから、ねえ…

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2012年7月25日 (水)

今日も総合医の話ですが

何か嘘のような本当の話?というものがお隣中国から聞こえてきていますけれども、本日まずはこちらの記事を引用させていただきましょう。

【アジア発!Breaking News】「恥ずかしいからイヤ」。下半身重傷の男性の検査を女医が拒否。治療遅れ死亡。/中国(2012年7月23日テックインサイト)

隣人とのトラブルが暴行事件に発展し、下半身に重傷を負った男性が病院に運ばれた。担当した女医が恥ずかしさから検査を拒否。男性が死亡するという事件が起きていたことが18日、病院側の説明により明らかになった。

事件があったのは昨年10月13日、中国安徽省舒城県内に住む70代の男性が腸に穴が開く重傷を負い、家族が県内の人民法院へ運んだ。当時救急を担当していた医師が先に超音波検査をする必要があると診断したため、家族は男性を超音波室へ連れて行ったが、超音波室にいた女医は「下半身を蹴られているので、私は検査できません」と検査を拒否し、胸部外科で検査をするよう話したという。

家族は仕方なく胸部外科へ男性を連れて行ったが、この時男性は堪え切れない痛みに襲われており、すぐに手術をしてほしいと頼んでいたそうだ。しかし、医師は「しばらく様子を見ます」と話し、取り合わなかった。その後、男性は激痛からショック状態になり、それを見た医師が慌てて手術を行うも、すでに手遅れだったという。

18日の病院側の説明によれば、病院側は「男性が病院に運ばれてきた当時の状況からはすぐに手術を行うべきかどうかは判断がつかなかった」、「男性の負傷は隣人に殴られたのが原因、賠償責任は隣人が取るべきで病院には無関係」と主張したが、裁判所は病院側に明らかな過失があったとして10万元(約120万円)の損害賠償を求めたということだ。しかし、社会からは当時の女医のプロ意識に欠ける対応や病院の主張、賠償額の少なさに憤りの声が上がっている。

誰が悪かったと言えばこれまた様々な考え方がありそうな一件なのですが、とりあえず亡くなられた方には何とも不幸な事例であったとは言え、記事によると「下半身を蹴られているので」とエコーを拒否したという女医の行動が(日本の医療の感覚からすると)よく判らないところですよね。
外傷の状況など細かいところが不明なので医学的にどういう状況であったのかは判断しかねるのですけれども、本当に「恥ずかしいからイヤ」という理由であったのであれば何とも変わった先生だなと思える話ですし、救急医にしても必要だからと依頼したエコーが未施行なのにスルーしてそのまま経過観察するのではオーダーする意味がなかったんじゃないか?と思えてしまいます。
全くの想像なのですが喧嘩で殴られた老人というくらいですからさして裕福な患者とも思えず中国なら支払いの問題も頭をよぎったでしょうし、担当医としても形ばかりエコーくらいはしてお茶を濁しておこうかという程度の気持ちだったものが、結果としては思いがけない重症であって不幸な転帰を迎えてしまったということでしょうか。

日本でもさすがにそっくりそのままの事件はないと思いたいですが、やはり医者も人の子ですから相手や状況によって対応が違ってくるということは仕方のないところで、例えば多忙な外来の最中に糖尿病持ちの面倒くさいおじさんにどっかと居座ったりされるとついつい邪険になってしまいがちですし、「患者の長い話を聞かないための技術」なんてものが臨床医の必須スキルとされるくらいですよね。
ただ逆に言えばありふれた不定愁訴じみたいつもの長話の中から必要な情報をすくい上げるということもこれまた非常に重要な診療技術で、ことに大病院の専門外来のようにある程度方向性の定まった患者ばかりが来るわけではない一般外来の場合はこうした技術こそ重要なのだろうとは理解出来ます。
狭く深く専門領域を掘り下げるばかりでなくそうした部分におもしろみを感じる人も実は案外多かったということなのでしょう、先日以来お伝えしているように専門医制度改革という問題と平行して総合医というものの位置づけも盛んに議論されるようになってきていますが、幸いにもこうした総合医になりたいという人々が次第に増えてきているという記事が出ていました。

増える「総合内科」診療所(2012年7月24日日経メディカル)より抜粋

名称に「総合内科」を冠した診療所が目立ってきた。家庭医の重要性が増す中、幅広い疾患に対応できる点を患者にアピールする狙いがある。患者の生活面にも配慮した診療を重視しているのが共通の特徴だ。

「総合内科」診療所の医師たちは、患者の治療だけでなく精神面にも気を配って診療する例が多い。

 「統計があるわけではないが、ここ数年、『総合内科』を院名に付けた診療所が確実に増えている」。診療所の開業や運営を支援する日本医業総研(大阪市中央区)コンサルティング部マネージャーの柳尚信氏はこう話す。

 「総合内科」に明確な定義はないが、「家庭医療」や「総合診療」と同じ意味合いで使われており、総合内科のほか、「プライマリケアクリニック」や「ファミリークリニック」と名付けるケースも見受けられる。こうした命名が増加している背景には、高齢者の急増で幅広い疾患をカバーできる医師が必要になる中、その技能を持つ診療所開業医が患者に分かりやすく伝えようとする動きが活発になっていることがある。

 各診療所の診療内容を知る一番の手立ては標榜科目。しかし、一診療所が内科や外科など様々な標榜科目を掲げる例が多く、診療内容の違いが患者には理解しにくい。一方で、総合内科などを標榜することは医療法で認められていない

 そこで、診療所名に「総合内科」を入れる診療所が出てきたわけだ。医療の専門分化が進み、患者を総合的に診る医師が不足しているため、国が家庭医や総合医を専門医制度に位置付けようとしていることも、この流れを後押しする(関連記事)。

 ただ、「診療所名に『総合内科』を使うことを、保健所が認めていない地域もある」(柳氏)。前例が少ないことと、定義がはっきりしないため患者をミスリードする可能性があることが主な理由のようだ。

 いずれにせよ、患者の幅広い疾患に対応しようと考える医師が徐々に増えているのは事実。こうした医師が運営する3つの「総合内科」クリニックの取り組みを紹介する。
(略)

もの凄く基本的なことですが、機材等も限られている開業医として「なんでも診ます」と看板を掲げるのは特に昨今の何かとややこしい世相では相応に勇気のいることで、勤務医時代のなじみの患者を相手に自分の専門分野だけをちまちま手がけ、面倒な患者は近所の病院にさっさと送るという方がはるかに楽ですし、実際そういう気楽な診療をなされている先生方も多いわけですよね。
日経メディカルさんでは敢えて面倒くさい総合診療の道に進んだ医師の例として総合内科医を標榜する三人の先生方を取り上げているのですが、おもしろいのはそれぞれの先生方のキャリアが非常にバラエティー豊かであるということです。
勤務先の組合立診療所を買い取りそのまま開業した佐藤章先生は卒業後ジェネラリストを目指してあらゆる領域の修錬を積んだ総合内科のプロですし、元外科部長だった大久保辰雄先生は開業に際して診療所で出来る仕事の限界を感じ総合内科診療を一から学び直した転向組、一方で根本佳和先生は総合内科に興味を持ち渡米してまで学んできたという経歴を持っています。
勤務外科医から開業内科医という大久保先生のようなコースは昔からあったことですが、大久保先生の場合開業に当たって総合内科医として数年間のトレーニングを積んできたということで、もちろんそのまま開業しても一般外来診療くらいはこなせるのでしょうけれども、このあたり総合医とは単にドロップアウトした専門医ではなく、「循環器科や血液内科などと同じ一つの専門科」という認識が次第に広まりつつあるということでしょうか。
いずれにしても特に何の専門ということもなく一般診療やってますと半ば日陰者のように扱われていた時代から、総合医というものも立派な一つの専門であるとされる時代になってきたからには、これを地域の医療システムの中で有効活用していかない手はないだろうというものですよね。

総合内科という言葉にも未だ混乱があって、病院内でどこの科に行くべきか迷うような診断未確定患者の診療を担当する総合診療医と、根本先生らの言う内科的プライマリケアを担当する医師を同じ総合内科医と呼んでいいものなのかどうか迷うところもあるのですが、世に言う総合内科というものはおおむね後者を意味する場合が多いと思われます。
当然ながら地域で一人開業している先生方が多くなる関係上どうしても検査などにおいて勤務医に一歩を譲るということになりがちですが、最近では広範な地域内医療データ共有やポータブルタイプの検査機器の発達で診療所レベルのみならず在宅レベルでも応用の利く技術的ブレークスルーが起こりつつありますから、総合診療拡充に向けての環境は整ってきたと言えそうですよね。
後は先の記事にもあった標榜・名称の制限など諸問題の解消とともに、診療報酬上の誘導などが起これば地域枠で入学した先生方が一気に総合診療になだれ込み地域医療が充実するという可能性もあるのですが、このあたりへの厚遇は下手すると日医への優遇措置か何かのようにも受け取られかねないというのが政策イメージ的にどうなんでしょうね…

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2012年7月24日 (火)

専門医と総合医 課題はまだまだ多く

本日の本題に入る前に、先日こういうニュースが出ていました。

“患者の避難に医師の付き添いを”(2012年7月23日NHK)

厚生労働省は、東日本大震災が発生した直後の対応を検証した報告書をまとめ、病気の人やお年寄りに避難のための移動が原因で亡くなった人が出たことを教訓として、今後は、避難に医師が付き添えるよう対策をとる、などとしています。

厚生労働省は、東日本大震災が発生した直後の対応を検証するため、東北地方の出先機関などから聞き取り調査を行い報告書をまとめました。
それによりますと、福島県で、病院の入院患者が長距離の移動を余儀なくされ避難が遅れたことから合わせて数十人が亡くなったことや、介護が必要なお年寄りについても、避難のための移動によって過重な負担がかかり亡くなる人がいたことなどを反省点として挙げています。
そのうえで、今後、災害が発生した際の病気の人やお年寄りの避難について医師が付き添えるよう、厚生労働省として対応をとるとしているほか、どこに避難してもらうのか搬送先の病院や福祉施設を、あらかじめ決めておくよう、自治体に求めるとしています。
また、被災者への義援金の支給が遅れたのは、「り災証明書」の発行に時間がかかったのが原因だとして今後は、証明書の発行を待たずに義援金が支給できないか、検討するとしています。
厚生労働省は、報告書の内容を、今後の災害対策に反映させることにしています。

「福島県で、病院の入院患者が長距離の移動を余儀なくされ避難が遅れたことから合わせて数十人が亡くなった」と言われるとどうしても双葉病院事件に思いをはせずにはいられないのですが、そうした経緯を受けての総括として「避難に医師が付き添えるよう対策をとる」というのはどうなんでしょう?
移動中に医学的対応をと言うのであれば、大震災で避難するような状況で搬送中に使えるような医療機材が揃えられるのか?という疑問もあり、実際に双葉病院においても十分な食料や医療機器が無かったことが大きな犠牲を出した直接的な原因であったと思われますし、逆に機材があるなら当座の点滴なり処置なりを行って送り出した後は医師が途中で手を出せる仕事もそうないはずですよね。
特に搬送先が一カ所ではなく複数にまたがるようなケースもあると思いますが、救急医療の現場などでも複数の患者が集中した時医師はあちらこちらと駆け回るよりもまず司令塔役として現場の中心に立って回りの人間を適切に動かすことに専念しなければならないことを考えた時、患者を大勢乗せたバスに漠然と医師が乗り込んでいくという構図が果たして本当に有効な対策なのか、むしろ看護師などを乗せて医師の指示を常時受けられるように通信機器を整備すべきではないかと思えるのは自分だけでしょうか。
双葉病院に限らず今回の震災では原発事故の影響などもあって人なり物なりをただ動かすというだけのことにも非常に苦労したのは事実として、まさかに厚労省のお役人ともあろう方々がお年寄りも大勢乗っていくのだし、お医者さんが一緒についていけば何かあっても安心だろうといった安易なレベルの発想で出てきた話でもないと思いますが、そのあたりの経緯がわかる続報を待ちたいですね。

さて、先日は専門医制度が大きく変わりそうだという話題を取り上げましたが、既存の専門医との関係はどうなるのか?など様々な疑問が残るのは仕方のないところで、とりわけ特定施設で働くことを義務づけることで医師配置をコントロールするツールとしても使っていこうというその基本的な考え方には様々な議論があるところだと思います。
先日医療ガバナンス学会のメルマガに東京大学医科学研究所(先端医療社会コミュニケーションシステム、社会連携研究部門)の上昌広氏の手になる週刊医療タイムスの記事が転載されていたのですが、先行きに不安を覚えている人々と言うのは少なくないようですね。

Vol.545 暗澹たる気持ちとなる専門医制度の議論(2012年7月19日医療ガバナンス学会メルマガ)より抜粋

(略)
7月9日、メディファックスが「専門医の在り方に関する検討会」(座長 高久史麿・日本医学会会長)の議論を報じた。見出しは「新専門医、第1期認定は 18年度 厚労省案、第三者機関は来年度」だ。記事の本文には「厚労省は新しい専門医制度を地域の医師偏在解消につなげる方策についてもたたき台を示し た」と書かれている。「全国レベル・都道府県レベルで診療領域ごとに専門医の養成数を管理する仕組みを提案」するらしい。

筆者は、この記事を読んで暗澹たる気持ちとなった。この制度が実施されれば、我が国の臨床現場は大きなダメージを受ける。こんな案が厚労省案としてまとま るくらいだから、政務三役は機能していない。おそらく、民主党のほうも根回しは済んでいるだろうと思ったが、とりあえず知り合いの国会議員に連絡してみ た。ところが、その返事は「初耳です」だった。この話、今からでも巻き返せる可能性がある。

ところで、専門医の育成にとって大切なことはなにか。それは現場でこつこつと努力を続けることだ。出来れば仲間と切磋琢磨できる環境が良い。

東大医学部6年の伊藤祐樹君が、過去三年間における各大学の常勤医師一名あたりの臨床論文(Pub Medで"Core Clinical Journal"に分類されているもの)の発表数を調べたことがある。図(  http://expres.umin.jp/mric/mric.vol.545.pptx )を見ていただくと明らかだが、臨床研究の実力には大きな 格差がある。京都を中心に西日本の大学のレベルが高い。何れも医師が多い地域だ。現在、我が国の医学を牽引する山中伸弥、中村祐輔、審良静男教授らも、こ の地域の出身だ。言い古された言葉だが量が質に転化している

この状況は専門研修にも通じるだろう。国家が強制的に偏在を是正すれば、我が国の医療レベルは満遍なく下がる可能性が高い。後期臨床研修の議論に、医師不足や偏在の辻褄合わせを盛り込むべきではない

官僚が介入すると事態が悪化する可能性すらある。かつて「医療費亡国論」や「医師過剰論」を喧伝し、現在の医療崩壊を作り出したのは厚労官僚だ。彼らが、 医学部定員の削減を閣議決定してしまったから、撤回のための政治的コストが高くなった。ところが、厚労官僚は責任をとらず、頬被りだ。最近は医師の強制配 置を提言している。彼らがすべきは、政策判断の間違いの検証だ。

臨床レベルを上げたければ官僚に頼ってはだめだ。国家権力のもと、一致団結してもろくなことはない。ソ連や東欧を思い出せばいい。20世紀の歴史は統制の非合理性を証明している。

医療の進歩に必要なのは医療現場での努力の継続だ。自由な競争環境があれば、成長は加速する。一方、医師の暴走を防ぐため、情報公開を徹底し、ピアレビューの強化やメディアによる批判を可能にすることも重要だ。

医系技官の議論を聞いていると歴史観のなさを痛感する。あまりに低レベルだ。彼らは、大学時代、国家試験のための詰め込み教育だけを受けてきたのだろうか。彼らの言動を見聞きするに、医学部教育の抜本的な見直しが必要だと痛感する。

ま、官僚批判に関してはともかくとしても、新専門医制度(仮称)を手がかりに医師計画配置を実行に移すとなれば基本的に地域からの要望あるいは医療需要を見ながら配置していくという形になることも予想され、その結果悪くすると全国津々浦々まで広く、薄くという悪平等主義に陥ってしまう危惧は確かにあります。
日本では皆保険制度のタテマエ上全国どこで医者にかかっても同じ医療を同じ価格で受けられるということになっていますが、もちろんそんな非現実的な事が実際にあるはずもないわけで、例えば急性期と慢性期、入院中心の病院と外来中心の開業医といった様々な役割分担が為されている中の一つに、一般病院では対応できないような難症例を扱う高度医療担当施設の存在があります。
高度医療を行う施設と慢性期の患者ばかり扱う施設で一床辺り幾らの頭割りで平等配置する、なんて無茶はさすがにしないと思いますけれども、今でさえ全国津々浦々で報道されているような民意だ、地域の需要だということを配慮しながら医師配置を適正かしてしまうと、アンバランスなほどの医師過剰状態を作り上げなければ行えないような医療は軒並み破綻してしまう可能性すらありますよね。

例えば千葉県の草深い片田舎に存在する亀田病院などは全国から患者が集まって国内でも最先端の医療を受ける施設として知られていますけれども、考えて見ますと幾ら医療需給バランスの崩壊が叫ばれる千葉県とは言ってもこんな片田舎に巨大な病院が存在するというのもずいぶんとアンバランスな話で、「その医療リソースを再分配します」なんてことを言い出せば幾らでも受け入れ希望の手が上がりそうですよね。
そこまで言わずとも地方の医師不足が始終取り上げられますけれども、実際には何か手に余る患者が来た時にその送り先が見つからない事の方がよほど問題だという現場の声もあるように、病気の重大さが平等でない以上医療側の資源配分だけ平等にしてしまってはかえって非効率になってしまう可能性があります。
今までは実際に診療を行っている医師が施設の状況や医局による配置などによっていわば意図的な医師の偏在を演出してきたわけですが、今度は厚労省が音頭を取って立ち上げる怪しげな天下り…もとい、第三者機関が地域の要望その他にも配慮しながら医師配置を決めていくと言う形になるのであれば、これは一体どういう世界が出現するのかとwktkせざるを得ません。

もう一点、専門医制度改革ということで必ず取り上げられるのが総合医という概念をどう扱っていくのかという問題ですが、現在のところ総合医というものも一種の専門医資格として扱うべきだという論調が主導的であるようで、そうなりますと地域診療に従事するいわゆる町医者も今後は数年間指定研修施設でキャリアを積むということが求められるようになるのかも知れません。
もともと医師のキャリア形成ということでは例えば僻地診療を長年義務づけられる自治医大卒業者、あるいは近年であればいわゆる地域枠の医師達において、基幹施設での数年間の勤務を義務づける専門医制度が相応に高いハードルになっていたことが言われてきましたが、もともと非専門医としてgeneralに患者を診ていきたいという先生方にも専門医研修を求めるというのも何か釈然としない話ですよね。
無論専門医という言葉が何を意味するのかということも議論が分かれていて、大病院で総合診療を担当する医師ともなればある意味専門医以上に各診療科の専門的な知識に通じていなければならないはずだという意見もあるわけですが、そういう意味での総合医ではなく昔ながらの全人的医療を担当する町医者のキャリアはどうあるべきかという議論も併せて盛んになってきています。

地域の「総合医」養成は分けて考えるべき- モダンホスピタルショウでシンポ(2012年7月19日CBニュース)

 「国際モダンホスピタルショウ2012」(日本病院会、日本経営協会主催)は2日目の19日、地域における医療機関の連携と在宅医療をテーマにしたシンポジウムが開かれた。基調講演を行った東京都の台東区立台東病院の山田隆司院長は、若手の医師が専門医を目指す傾向が強い中、地域で長い間、住民のプライマリ・ケアを担う医師が必要とし、中小病院の主導で臨床研修を実施するなど、従来の医師養成とは分けて考えることが望ましいとの認識を示した。

 基調講演で山田氏は、「地域医療の現場では、必ずしも先端医療は求められていない」と指摘し、日常的な疾患に幅広く対応できる能力の必要性を繰り返し強調。その上で、1つの疾患に精通する専門医と、地域住民の初期診療に長く携わる「総合医」の2種類が必要とし、既存の医療資源を有効活用するため、患者の自宅への往診など、総合医は在宅医療も担うことが望ましいとした。

 その後のパネルディスカッションでは、東京都医師会の野中博会長、台東病院の杉田義博副管理者、東大附属病院地域連携室の山口潔氏、岐阜県の「揖斐郡北西部地域医療センター」の吉村学氏の4人が、それぞれ講演した。

 野中氏は、かかりつけ医の役割に関して、「病状が安定した場合、専門医と協力し、患者さんの地域での生活を支えることが重要だ」と指摘。一方、病院の入院機能については、「実は、退院後の医療と生活の安定の確保が大事」とし、そのための他職種による連携の重要性を示した。

 また、杉田氏は、台東病院における在宅医療の取り組みを紹介した。同病院では、患者の自宅への復帰をスムーズに行うため、日常生活動作(ADL)や生活環境などの情報を集めた「患者状態連絡票」を作成。診療所の医師や、ケアマネジャーらが参加する「退院前カンファランス」で活用するなど、情報共有を進めた結果、入院患者の在宅復帰率が約7割に達したという。杉田氏は、高齢者医療が若手医師らのキャリア形成でどう位置付けられるかが課題とし、「患者さんのために他職種が考える場をどれだけつくれるかだ」として、院内外の情報共有の意義を強調した。

 一方、山口氏は病院の退院支援について、以前は経営の観点から、平均在院日数だけを重視する傾向にあったものの、平均在院日数の短縮化が進んだ現在では、それが地域連携の質に変わったことを指摘。今後、認知症やがんの患者に対し、診療所や病院、福祉施設が相互に連携する必要があるとした。

 このほか吉村氏は、同センターが行っている多職間連携教育(IPE)について説明した。同センターでは研修生として、医師や看護師、リハビリ職など、さまざまな学生を年間100人程度受け入れ、多職種によるグループディスカッションを実施。さらに、岐阜市の高齢者向けの賃貸マンションでは、医師や看護師、リハビリ職、ケアマネジャーらが3日間、他の職種に同行する研修も行った結果、研修生だけでなく、現場のスタッフへの教育効果も現れたという。吉村氏は、「皆さんの病院が、素晴らしい学校になるポテンシャルがある」と訴え、地域の連携だけでなく、人材確保においても効果があるとの考えを示した。

■フリーアクセスが地域連携を阻害?
 会場からは、患者側が医療機関を自由に選べる「フリーアクセス」が、地域における医療機関の連携を阻害しているとの問題提起があった。山田氏がこれに同調したのに対し、野中氏は「医師会は(フリーアクセスを)金科玉条のように守れとは言っていない」と前置きした上で、受診する「家庭医」が決まっている英国と同様の制度とした場合、国民皆保険制度は維持できなくなるとして、患者の「義務」と「権利」の両方の観点から、国民的な議論の必要性を示した。【敦賀陽平】

う~ん、「金科玉条のように守れとは言ってない」ですか…(苦笑)
ともあれ、一昔前であればこうした町医者的な意味での総合医というのは専門医として一定の勤務を積んできた先生方がいわば急性期医療の現場から引退した後に始めるというケースも多々あって、その意味で少なくとも特定領域における専門性は自然と保たれていたものですが、近年全人的医療と言うものが注目され地域枠なども創設された結果、最初から総合医を目指すという先生方も一定数いらっしゃるようです。
以前にも取り上げましたようにアメリカでは医師人生の始めから家庭医を目指すという先生方のために、経営から人脈の作り方まで必要なあらゆる教育を施す家庭医研修というものが行われていて、日本と違って当初から家庭医療のプロフェッショナルとして養成されているということですけれども、現在議論されている一専門医資格としての総合医という考え方はこれともやや方向性が異なるようにも感じますね。
ただ日本の場合はどうも経営的な考え方を教育として医師に教え込むというのは何かしら良くないことのような感覚もありますが、せっかく熱意もあって開業した先生方が怪しげな医療コンサルに引っかかって結局廃業に追い込まれた、なんて話も聞くにつけ、やはり個人ベースで医療を提供していく以上はその安定的な継続のためのスキルを保持することも重要なことではないかという気がします。

永続的に地域医療に貢献するためにも開業した以上は経営的安定にも責任を持つことが必要でしょうし、リスク低減という意味では近年は診療報酬の関係で病院に併設して外来専門のクリニックを設けることがよく行われていますが、場合によっては地域の開業の先生方が公立病院などに場を借りて開放病床ならぬ開放外来という形で地域診療に従事することもありなのかも知れませんね。
いずれにしても大所高所からの高尚な議論だけに終始するのではなく、診療と同様に地に足の付いた議論も必要とされるのが町医者としての総合医のあり方だと思いますし、日医あたりもこういう領域でこそ積極的にアイデアを出していけば「お、ちゃんと仕事をしているな」と少しは見直されるんじゃないかと思うのですがねえ…

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2012年7月23日 (月)

基準病床の壁 有休病床は東電病院のみに非ず

本日の本題に入る前に、福島の原発事故以来すっかり悪者となった感があり、先日はドイツの環境保護団体から世界で最も環境破壊を行った企業として賞を受け取ったとも言うのがご存知東京電力(東電)という会社です。
正直最近では何でも東電絡みであれば批判の対象になるかのような論調でいささか短絡的過ぎるかなという気がしないでもないのですが、これは事実だとすればさすがにどうよ?と思われる東電ネタがまた飛び出してきたと言いますから嘆息するしかありません。

線量計に鉛板、東電下請けが指示 原発作業で被曝偽装(2012年7月21日朝日新聞)

 東京電力が発注した福島第一原発の復旧工事で、下請け会社の役員が昨年12月、厚さ数ミリの鉛のカバーで放射線の線量計を覆うよう作業員に指示していたことがわかった。法令で上限が決まっている作業員の被曝(ひばく)線量を少なく見せかける偽装工作とみられる。朝日新聞の取材に、複数の作業員が鉛カバーを装着して作業したことを認めた。役員は指示したことも装着したことも否定している。厚生労働省は、労働安全衛生法に違反する疑いがあるとして調査を始めた。

 朝日新聞は、福島県の中堅建設会社である下請け会社「ビルドアップ」の役員(54)が偽装工作したことを示す録音記録を入手した。昨年12月2日夜、作業員の宿舎だった福島県いわき市の旅館で、役員とのやりとりを作業員が携帯電話で録音していた。

 役員はその前日、作業チーム約10人に対し、胸ポケットに入るほどの大きさの線量計「APD」を鉛カバーで覆うよう指示した。だが3人が拒んだため、2日夜に会社側3人と話し合いがもたれた。役員は録音内容を否定するが、この場にいた複数の作業員が事実関係を認めている

下請け会社とは言え無論東電に対する配慮から出たものであることは言うまでもありませんけれども、こういうことが明らかになりますと何を信用したらいいのか判らなくなってきますね。
それにしても同じ隠蔽工作をするにしても鉛カバーなどと素人目にもそれと判る方法を使ってしまったのでは必ず話もバレようと言うもので、ここは朝日が入手したという録音内容で役員がどのように作業員達を説得していたのか聞いてみたい気もします。
ただ東電ばかりが悪いように言われますが文科省などもかねて線量を低めに出そうとしているなどと批判されてきたところで、例えば先日は福島県内600カ所に設置されインターネット上でリアルタイムに測定結果を公表するようになっていた計測器が、誤差が大きいとして業者との契約を破棄し装置も回収するという騒ぎがありました。
ところが業者側の言い分では計測部分にはアメリカ製で国際標準として認められているものを使っていたところが、文科省から「日本標準にあわせて」低く数字が出るように改修せよと要求されていたということで、実際に簡易測定装置の数字と比べて見たところ約2倍の数字が出ていたという証言もあるようです。
測定方法などが違えば数字が異なっているということはあってもおかしくない話ですが、おもしろいのは当初マスコミ各社が文科省の発表通りこのシステムが「実際の線量よりも低く表示される」から回収するのだと報じていたことで、このあたり東電に限らず地道な情報操作が行われているのか?と勘ぐられそうですよね。

さて、その東電が新宿に持っている職域病院である東電病院を結局売却せざるを得ないという話になっていて、ざっと調べていましたらちょうど「新小児科医のつぶやき」さんが綺麗にまとめてくださっていたので参照いただくのが早いと思うのですが、要するにここで問題になるのは職域病院であれば自治体毎に定数が決まっている基準病床数には引っかからないが、一般病院となるとそうではなくなるということです。
感情的に見れば東電がろくに稼働してもいない病院を持っていて一般患者も受け入れていない、しかも売る意志もなく今後も保有すると言っているとなればそれはちょっと…と言いたくもなるのですが、実際のところ売るにしても病床過剰地域で病院として良い値では売れそうにない立地であるのも事実であるということですよね。
今回はたまたま東電というなかなかにキャッチーなターゲットであったことから話題になりましたけれども、全国的に見ると病床再編をしようにもこの基準病床数の制限一杯で引っかかっていてどうにも動かしようがないという地域は多いもので、それだけに需要の乏しくなってきた病院をどう統廃合していくかということが問われる時代にもなってきたということでしょう。
もともと日本は世界的に見ても例外的に病床数が非常に多い国として知られていて、その理由も社会的な背景であるとか様々にあるわけですが、特に皆保険制度導入後半世紀を経過して、当時あちらこちらで建設されていった公立病院の老朽化に伴いその後始末が問題となってきていて、このたび大阪では府立病院と市立病院を一気に統合するという大胆な構想が動き出しているようです。

老朽化した病院の建て替えに、無理やり黒字化するプランを描いていた/大阪(2012年7月17日日経ビジネス)より抜粋

(略)

今回は5月末に発表された大阪府市公立病院の経営統合についてお話をお聞きします。まず、府と市を統合する「大阪都構想」において、病院事業はどのような位置付けにあるのかを教えてください。

上山:府と市の統合を考えた時、病院事業は真っ先に検討すべきテーマの1つでした。なぜなら患者からみたら府立か市立かはどうでもいいのです。現在、大阪には府立病院と市立病院が両方で8つあります。それぞれ立派に役割を果たしていますが、互いの近所に病院があっても、お互いバラバラにやってきました。経営統合して適正配置すれば機能もアップし、無駄も省けます
(略)

ちなみに上山信一氏(慶応大学総合政策学部教授)は大阪府・市の特別顧問を務め、府・市の主要事業の民営化、統合プランを作成中の人物であり、大嶽浩司氏(自治医科大学准教授、経営コンサルタント、医師)は今回市の特別参与として府市立病院統合の話をまとめた人物です。
府(県)立病院と市立病院の統合と言えば高知医療センターなどが有名ですけれども、今回の場合目前の課題として老朽化した住吉市民病院の改築計画があり、これがまた何ともお役所仕事らしい杜撰なものであったというのですね。

建て直し計画案を取りやめ、統合する方向で考え直すことにしたのですか。

大嶽:いいえ、最初から統合と決めていたわけではありません。しかし、昨年、市が発表した建て替え案は費用も大きく、需要に比べてずいぶん背伸びして作ったものだといわれていました。少なくとも現実に即した案を作る必要がありました。そこで近所の府立病院との統合案のほか、現地での建て替え案なども含めて、複数の選択肢を分析・検討しました。

背伸びというのはどういう点ですか。

大嶽:平松前市長のときに市役所が作った建て替えプランでは、分べん件数を1000件、病床数を120と設定していました。しかし、現在、住吉市民病院が取り扱っている分べん件数は726件です。子供を産む数が減っている今のご時世に、それほどたくさんの産婦さんを連れてくることは難しい。また公立病院を拡大することで、頑張っている民間病院を圧迫することにもなりかねない。

 1000というのは無理をした数字だということは、プランを作った市の担当者もわかっていた。ただ、そうしないと収支が取れない。
(略)
 昨年、市が作った建て替えプランでは、57億円の費用がかかると見込んでいました。病床稼働率90%で試算した場合、1000件のお産を扱っても、初年度は約1600万円の赤字。7年目からようやく黒字化するという見込みになっています。

 赤字を垂れ流し続けるようなプランでは、当然、市民の支持は得られません。議会を通すためには、黒字になるようなプランを作らなくてはならない。それにはこれくらいの分べん件数が必要だという逆算で作ったのが当初の建て替え案でした。リサーチをして、「1000件ぐらいの需要があります」というのではなかったのです。

上山:それで今回は現状の患者数に即した現実的な建て替え案を作ってみたのです。病床数は80床程度、分べん件数は750件と設定した。これだと、建て替えにかかる費用が約45億円。同じく病床稼働率90%で試算して、初年度は約7000万円の赤字。7年目から4000万円の赤字に縮小する。赤字はずっと続くわけです。

 一方で住吉市民病院からわずか約1.8kmの距離に府立急性期・総合医療センターがあります。病床数は768。高度救急救命センターもある、とても大きな病院です。そこで、建て替えをやめて府立の方を拡張する、つまりこの2つの病院を統合したらどうかと考え、プランを作成しました。

近隣に府立の大病院がありそちらの方がはるかに設備もスタッフも充実している、となればこちらに産科と小児科の新病棟を作れば初期投資も非常に安く(約30億円)抑えられ、しかも初年度から黒字が見込めるというのですから、それなら立て替えはせずに統合してしまった方が効率が良いだろうということは誰にでも理解出来る話ですよね。
住民からすれば近隣の病院がなくなってやや遠くなることだけがデメリットですが、さすがは大都会大阪というべきでしょうか、市民病院からわずか400mの距離に民間病院が400床の新病棟を建てたばかりだと言うことでまずデメリットは考えられず、むしろ公立と民間のモチベーションの差も考えれば医療供給体制としてはより充実したと言ってもいいくらいでしょう。
それなら何が問題なのかと言えばそこはやはり公立病院だけに、公務員としての既得権益というものが侵害されるというのを当事者がどう捉えるかですよね。

あえてお聞きしますが、市が当初、作成していた「建て替え案」にメリットはあったのでしょうか。

上山:職員にとっては建て替えの方がメリットがあったでしょうね。長年、住吉市民病院に勤めてこられた方々には愛着があるでしょう。事務職員やコメディカルスタッフの待遇も良いので今からよその病院に移って、新しい風に吹かれるのはしんどいという思いがあるでしょう。
(略)
大嶽:民間病院でもよくある話です。僕がある病院の経営改革を手伝っている時に、収益力の高い病院にしたいというので「患者さんが困っている時に助けたら、ロイヤルカスタマーになりますよ」という話をして、救急を強くしようとしたのです。ところが職員の多くは夜中に働くのを嫌がる。

 本当は、良い設備があって、それを扱える医者がいるなら、24時間、365日、稼働率を上げて、どんどん患者さんを治療していけば、患者さんはあり難いだろうし、病院側の収益も上がります。

 しかし公立病院の場合、病院経営が赤字でも、給料は同じように出る。誰も困らない。職員は公務員のメンタリティーで働いていますから、夜間休日の救急をとるインセンティブがないのです。このため急患をどんどんとるようなやる気のある医師は、働きがいのある民間病院に出てしまう。要するに日本の多くの夜間や休日の重症救急医療は官でなく民が担っているのが現実です。

何の商売でもある程度その傾向はありますが、特に公立病院の場合「働いたら負け」という発想が骨身に染み込んでいる永年勤続の公務員の勢力も根強く、そうした風潮がやる気のあるスタッフの流出につながりますます病院のカラーを悪い方に決定していくという傾向にあることは否めません。
無論、公立病院であってもきちんとした医療を行いスタッフの士気も高い施設もあることはありますが、そうした施設でもやはり民間の最良の施設に比べれば優位性を発揮するには至っておらず、おもしろいことに医療は経済論で語るべきではないという論調の根強い日本で民間病院の方が公立病院よりも良い医療を行っているというパラドックスが存在しています。
さらにはこうした士気低下を反映しているのでしょう、大阪のような大都市部でも例によって公立病院の医師不足などが積年の課題になっていて、しかも民間病院など医療資源自体は十分にあるわけですから何も非効率で赤字を垂れ流す公立病院を無理に維持する必要もないのではないかと言う声もあり、実際に先年松原市などは市立病院の廃止を議決してしまったほどです。

こうした環境にあって今まであったものだからこれからも無条件で維持していかなければならないという発想でどうでもいい(失礼)病床を多額の税金まで投じて維持されていたのでは、やる気のある病院がもっと病床を増やして社会貢献をしたいと思っても基準病床数の制約上出来ないというおかしなことになってしまいますよね。
基準病床数なるもの自体が全国一律の数式で決められ都道府県の裁量の余地がないのもどうかという声は以前からあって、実際に厚労省などの求めるように医療資源の集約化を推進していくのであれば大病院が集中する地域では制限を緩和しなければならないんじゃないかと思うのですが、当座出来ることとしてさして有効に活用されていない死に病床を整理していくということがあると思います。
特に現在の診療報酬体系では病床を常時満床近くに維持しておかないと経営が成り立たないという状態を強いられているわけですが、やる気のない公立病院においても昨今の赤字削減のかけ声のもと経営改善を強いられていて、その結果不要不急であるのに患者を無理矢理入院に仕立て上げて形ばかりは満床を維持するというのでは、これは言葉は悪いですが医療費の無駄遣いに他なりません。
無論、これが民間病院であれば経営的に持続可能である限り他人の口出し出来るところではありませんけれども、全国幾らでも自治体にとって不良債権化している公立病院はあるわけですから、「オラが町にも市民病院くらいなければ」という旧世紀以来の常識をひとまず再考してみるところから始めてみてはどうでしょうか。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年7月22日 (日)

今日のぐり:「麺屋国丸 南国店」

そろそろスポーツの祭典である五輪も間近に迫ってきましたが、先日こんな小さなニュースがちょっとした話題になっていました。

これぞスポーツマンシップ! 倒れたライバルに肩を貸すランナーの行動に世界中が感動/米(2012年6月7日ロケットニュース24)

ある女子高校生の熱いスポーツマンシップが、いま世界の人を魅了し感動を与えている。

YouTubeにアップされた動画「Finish of DIII 3200 Meter Race at Ohio’s 2012 State Track Meet」には、3200メートル走のゴール直前で倒れたライバルを支えながら最後まで走りきる選手の姿が捉えられている。これだけも胸が熱くなる光景だが、ゴール手前で彼女がとった行動がさらに大きな反響を呼ぶこととなった。

舞台は、米オハイオ州で行われた高校生による陸上競技大会。3200メートル走に出場したメーガンさんは、ゴールまで残りわずかに迫っていた。しかしその時、彼女の前を走っていたライバルのアーデンさんがゴール30メートル手前で力尽き倒れてしまったことに気がつく。

きっと多くの人が倒れたライバルを抜き去り、ひとつでも上の順位を目指してゴールまで走り続けるだろう。しかしメーガンさんは、その場にいた誰もが予想だにしない行動に出た。なんと、倒れたライバルを抱え上げ彼女の肩を持って一緒にゴールを目指したのである。

この驚きの光景に、観客たちからは一斉に拍手喝采が起きた。彼女の行動に、みな心打たれたのだ。しかし、それだけでは終わらなかった。最後の最後、ゴールラインを目の前にして彼女はライバルであるはずのアーデンさんを先にゴールさせたのだ。そのまま一緒にゴールラインを踏むこともできたのだが、あえてライバルを先に行かせた。

メーガンさんの行動は多くの人々の心に響き話題を呼んで、地元テレビでも紹介された。映像を見た人々からは次のようなコメントが寄せられている。

「ライバルを助けた彼女こそ勝者だ」
「美しい!」
「これこそが “スポーツマンシップ” が本当に意味することではないかな」
「こんなのは勝負じゃないという人もいるかもしれないけど、彼女の行動はそう簡単にできることではないし称賛されるべきだ」
「なんか泣けてきた」
「素晴らしい。なかなかできることではないね」

さらにメーガンさんには、FacebookやTwitterを通じて多くの友人や見知らぬ人々から彼女を称えるメッセージが寄せられているという。

結果的に、倒れたアーデンさんは14位、助けたメーガンさんは最下位の15位でゴールした。厳密なルールに従うと彼女たちは二人とも失格となるが、大会責任者は失格扱いしないことを決定したという。

困ったとき助けてくれるのが真の友人という言葉がありますけれども、まさにお互い死力を尽くした後で芽生える友情というこれは王道的展開(何の?)なのでしょうか?
今日はメーガンさんの義侠心に敬意を表して、世界中からちょっと他で見かけない話題を取り上げてみたいと思いますけれども、まずは近づく五輪に向けての選手選考でこんな話題があったようです。

五輪代表決定はコイントス? 米女子陸上、3位に2人同着 /米(2012年6月26日CNN)

(CNN) ロンドン五輪の米国代表を決める陸上の女子100メートル決勝で2人の選手が完全に同タイムでゴールして3位となり、五輪代表がコイントスで選ばれる可能性が出てきた。

23日に行われた試合で3位となったのはアリソン・フェリックスとジェネバ・ターモーの両選手。毎秒3000コマの撮影ができるカメラでもどちらが先にゴールしたかは判定できず、記録はいずれも11秒068で同着とされた。

1位のカーメリタ・ジーター選手と2位のティアナ・マディソン選手は五輪代表となることが確定。しかし3人目の代表は3位の2人のうちいずれかを選ばなければならず、米五輪委員会は新規定を発表する必要に迫られていた。

2人のうちいずれかが自ら代表の座を放棄することも可能だが、その可能性は小さい。いずれも放棄しなかった場合、決選レースまたはコイントスのどちらを望むかを両選手に選んでもらう。2人の意向が一致すればその方法を取り、一致しない場合はレースを実施。2人とも意思を表明しなかった場合、米国陸連の関係者がコイントスを行って五輪代表を決めるとした。

あいまいな部分を残さないよう、コインの投げ方も念入りに定められ、「米国陸連代表者が人差し指を親指の方向に90度曲げ、コインを親指の上に乗せる」と規定している。

決選の日時は未定。両選手とも週内に別のレースを控えている。

ちなみに結局再レースが予定されたもののターモー選手が故障で棄権し代表が決まるという結果になったようで、日本のよく判らない選考基準に比べればコイントスの方がよほど単純明快でいいと思うのですが、先日はテキサスの市議会選挙でも同得票者二人をコイントスで決めたというくらいですから、どうも彼らヤンキーにとってこのコイントスというやり方は非常に伝統あるもののようですね。
強い男と言えばアメリカのみならず世界中であこがれの存在であるようですが、こちら日常生活においても強いことが要求されるというなかなかにハードな話題です。

どーんとタックルするとビールが飲める ラガーマン用自販機/アルゼンチン(2012年7月15日ねとらば)

 タックルするとビールが出てくる、ラガーマン向け自販機「Rugbeer」を、アルゼンチンのビールメーカーが作りました。

 Rugbeerは、お金を入れて横からどーんとぶつかるとビールが出てくる仕組み。メーターがついていて、メーターがフルになるほど強くぶつかればビールが出ますが、力が足りないとビールは出て来ません。

 アルゼンチンといえばサッカーが人気の国ですが、サルタ州ではラグビーが人気。そこでビールメーカーのSalta ProvinceがRugbeerを持ってサルタ州のバーをめぐったところ、ビールの売上が25%増えたそうです。確かにこんな自販機があったら試してみたくなるというもの。うまい宣伝方法です。

アルゼンチンなのにサッカーではなくラグビーというのが少し意表を突くのですが、しかしアイデアはいいとしてそんなに揺らしたら吹き出しませんか?と少しだけ心配になる画期的な自販機ではありました。
ネタのような本当の話ということがありますが、こちら正真正銘世界記録保持者がその記録故に大変な目に遭ったというびっくりニュースです。

34cmの「世界最大のペニス」を持つ男性が空港で危険物所持の疑いで身体検査を受ける → 彼のペニスだった/米(2012年7月18日ロケットニュース24)

2012年7月9日サンフランシスコ国際空港で、Jonah Falconという41歳の男性がアメリカ運輸保安庁の職員に止められ、身体検査を受けた。なぜなら彼のズボンに膨らみがあり、そこに何か危険物を隠しているのではと疑いがかかったからだ。

しかしズボンのなかには、爆弾も麻薬も隠されていなかった。それでは、あのズボンの膨らみは一体何だったのだろうか? そう、それは彼のペニスだったのだ!

実はFalconさんは、世界一大きなペニスを持つ男性で、通常の状態でペニスの長さは約23センチ、勃起した状態で約34センチもあるというから驚きだ。

彼は自分のペニスが危険物と間違われた時のことについて、次のように述べている。
「私は、自分のモノを左側に寄せていました。決して勃起していたわけではありません。そしてある職員の人が、私のポケットに何も入っていないか聞いてきたので、私は『入っていません』と答えました。」

FalconさんはX線検査装置のところに連れて行かれ、金属探知機の検査も受けた。そしてその時のことを、笑いながらこう振り返っている。

「すると今度は他の職員が私を止め、(腫瘍のような)何か大きくなるものを体に持っていないかと尋ねてきたのです」

Falconさんが空港のセキュリティーチェックを通る時、ある若い職員がFalconさんの非常に目立つ膨らみを見て、怖がっていたらしい。Falconさんは、きっとその職員は本能的に脅威を感じていたのだろうと話している。

「私は彼に『これは私のペニスなんだ』と言いました。すると彼は私の身体検査をし、さらに私のペニスの周りを入念に触ってきました。そしてしまいには、職員たちは私のズボンになにかの粉をふりかけてきたのです。きっとあれは爆発物チェックのための粉でしょう。ちょっと面白かったですね」

この経験から彼は学んだ。

「これからはバイクショーツ(自転車用のピチピチのズボン)を穿こうと思います。そうすれば、(その膨らみが危険物ではないことを)彼らも気づいてくれると思います。きっとみなさんは、サンフランシスコ国際空港は今までアソコが大きい乗客を相手にしたことがあるとお思いになるかもしれませんが、私はそうは思いません」

Falconさんは、自分のペニスの長さが約30センチに達した18歳の時までには、自分のペニスが特別なものであることに気づいていた。そしてこれまでいくつものポルノ会社から連絡が来たが、全て断ったらしい。なぜならもし本当にポルノに出てしまったら、「誰も僕の言うことを、真剣に取り合ってくれなくなるから。誰も!」とのことである。

その驚くべき状況はリンク先の画像を参照いただくとして、世界には逆に小さいと言われたことから殺人事件に発展するケースもあるということですから、くれぐれもこちらの方面のことだけは過少評価してはならないのだと思いますね。
先日は北京五輪の競技場が早くも廃墟状態になっているという報道があったくらいに何事も素早いのが最近の中国というお国柄ですが、幾ら何でも早すぎるだろうjkと感じてしまうのがこちらのニュースです。

間もなく完成の橋、がらがらと崩落=開通前で負傷者ゼロ―遼寧省撫順市/中国(2012年6月21日RecordChina)

2012年6月18日、遼寧省撫順市の月牙島西跨河大橋が完成目前にして一部崩落する事故が起きた。負傷者はなかった。20日、新華報業網が伝えた。

事故が起きたのは18日夕方。1枚の橋板が外れて落下した。現在は崩落箇所の周辺に覆いが掛けられているが、事故の惨状ははっきりと分かる状態だ。

橋は新たにオープンする月牙島生態森林公園につながる道の一部として建設された。総工費は2900万元(約3億7000万円)。昨年11月に着工した。中国東北部に位置する遼寧省。その極寒の冬の工事は困難とみられていたが、公園のオープンに合わせて工期を急いでいたという。

工事は順調に進み予定よりも約1カ月早い7月1日に開通することが決まっていたが、崩落事故により計画の遅れは免れない状況となった。(翻訳・編集/KT)

ビルだろうが鉄塔だろうが容赦なく崩れ落ちるという国のことですから、通行人もいない開通前に崩れ落ちたということはむしろ良心的な結果であったと称讚されるべきなのかも知れませんが、こういう話を聞くと日本人が中国の電球はすぐ切れると文句を言うと中国人が「中国人が何人いると思う?切れない電球作ってたら皆仕事がなくなるだろ」と答えたという話を思い出しますね。
最後に取り上げますのが五輪開催国であるブリの話題なのですが、こちらは間違い為しに世界初の偉業だと言うのですから恐れ入ります。

英国でパラシュート無しのスカイダイビングに成功、世界初/英(2012年5月24日AFP)

【5月24日 AFP】英国のスタントマンが23日、世界で初めてパラシュートを使わないスカイダイビングを成功させた。

 このスタントマンはゲリー・コネリー(Gary Connery)さん(41)。特注の「ウィングスーツ」を着用し、英イングランド南部ヘンリー・オン・テムズ(Henley-on-Thames)の731メートル上空のヘリコプターから約1万8000個の段ボール箱でできた「滑走路」を目指し、決死の覚悟で飛び降りた。

 時速約130キロにも達する速度で急降下したコネリーさんは着陸地点への着地に見事成功したが、見物人はその後の数分間、段ボールの山からコネリーさんが顔を出すのを息を飲んで待つこととなった。

 コネリーさんは、この挑戦は「ものすごく素晴らしい」体験だったと語った。スカイニューズ(Sky News)に「本当に正直に言うと、奇妙な空間にいる気分だ。何が起こったかがまだよく飲み込めていないのだと思う」と話した。「(着地は)とても快適でソフトだった。計算通りに行って嬉しい」

 一方、妻のビビアン(Vivienne)さんは「全て終わって安心している」と短く語った。

 コネリーさんはこの挑戦に先立ち、スイスやイタリアの山や崖からウィングスーツを着て滑空する練習を何週間にもわたって行っていた。

 コネリーさんは英陸軍に入隊し、23歳のときに初めてパラシュートで降下した。ウィングスーツでの飛行技術を高めるためにタカの飛行方法を研究し、これまでにエッフェル塔(Eiffel Tower)や観覧車のロンドンアイ(London Eye)からジャンプしたことがある。また『ハリー・ポッターと秘密の部屋(Harry Potter and the Chamber of Secrets)』や『007/ダイ・アナザー・デイ(Die Another Day)』などの映画にスタントマンとして出演した。

 米国人スカイダイバーのジェブ・コーリス(Jeb Corliss)さんも世界初のパラシュート無しの降下を目指していたが、今年1月に南アフリカのテーブルマウンテン(Table Mountain)で行ったジャンプで重傷を負ったために中止を余儀なくされていた。

ま、無事に終わったからこそ世界初と認定されたということでもあるのですが、米国人が先に挑んで見事に失敗していたことを考えると奥さんのコメントが全く正直なところなんでしょうね…
来る五輪ではこれ以上にどれだけトンデモなネタが飛び出してくるのか、その方面では世界に冠たるブリだけに今から期待しておくべきなのでしょう。

今日のぐり:「麺屋国丸 南国店」

全くどうでもいいことですが、高知の宴会では他県と異なり乾杯を待たずに勝手に始まってしまうということがしばしばあって、これを俗に中村方式などと呼称しているようです。
厳密に言えば中村方式とは遅刻した人を待ったりせずに定刻通りに始めるという意味だと言うのですが、ちなみにこれをさらにグレードアップしたとも言えるのが幡多方式と呼ばれ、こちらは時間も何も関係なく来た人間から勝手に飲み始める(これを練習というらしい)という、何やら混沌としたやり方です。
一応は人が集まった時点で改めて乾杯をするだとか、乾杯までは乾き物などでしのいで皿鉢などメインディッシュには手をつけないだとか、何かしら暗黙の了解のようなものがあるようなんですが、いずれも四万十流域の地域が発祥ということで、この地域では一升以下の酒量は軽いうちに分類されるというのですから恐れ入るしかありませんよね。

そういうどうでもいい話題はともかくとして、ハシビロコウを見に行った際に南国市で立ち寄ったラーメン屋がこちら「麺屋国丸」さんです。
極上蔵出し味噌などと看板に大書されている通り、とにかく味噌ラーメンにこだわりがあるらしいのですが、実際にメニューを見てみますと伊勢、信州、九州麦に北海道と、とにかくひたすら味噌ラーメンばかりが並んでいるというのは凄いものですね。
一昔前まで高知にはあまり目立ったラーメン屋もなかった印象だったのですが、最近はこういうお店もあるんだなと思いつつ今回は期間限定だという新登場の伊勢味噌野菜ラーメンを頼んでみましたが、これがなかなかどうして大変なものなんですね。

見た目は中太麺にたっぷりの野菜と肉味噌がのり、カリカリに揚げられたニンニクチップが飾られているというものなんですが、食べて見ますととにかくこの味噌スープが濃い!味噌に負けないようにしっかりとったスープにさらにそれを上回るような濃厚な味噌ダレを使っているものですから、野菜と一緒に口に運んでようやく飲めるというくらいの濃さです。
なんでもスープが濃く感じる人には薄める為の「ぼっちり汁」なるスープを出してくれると言うのですが、最初の一口、二口くらいは濃くてはうまいと感じてもあっという間に口飽きしてしまい、たった一杯のラーメンを完食するのに同行者も四苦八苦するという状況になってしまいました。
濃すぎる味を除けば全体の味の組み立ては今どきの水準には十分達しているんじゃないかと思うのですが、とにかくこのスープの印象が強すぎて味わって食べるという状況ではなく、食後の気分的にはラーメン屋というよりも焼き肉屋にでも来たような感じでしたね。
ちなみに水の入ったピッチャーには木炭が入っていていい工夫だとは思うのですが、この強烈な味なら木炭よりも柑橘類かなと思ってしまいます。

店構えは今どきのチェーン店そのものという感じでラーメン屋としてはかなり広いのですが、食事時のせいかお客も多く待ち時間は相応にあるものの、玄関の待ち合いスペースにエアコンがあるのは良い配慮だなと思いますし、紙エプロンにヘアゴムまで用意されていたり、トイレも十分に広く身障者用も完備となかなかに好きがなく、正直よく研究してるなと感心しますね。
強いて言えばこの種のお店の常で能書きも多いのでメニューが少し見にくいかなと感じたのと、接遇自体はごく標準的なマニュアル対応なんですがせっかく高知まで来た県外客には土佐弁で対応してもらった方がらしくてよかったかなと思うくらいで、チェーン店としてはかなり完成された状態に仕上がっていると思います。
後はこの味を受け付けるかどうかが全てなのかなと思うのですが、見ていますと高知の人達は結構年配のお客さんでも普通に食べていらっしゃるようですから、これも味の好みの地域差ということなんでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月21日 (土)

大津いじめ自殺 半年とは言わずともまずはROMろう

ご存知のように滋賀県大津市の中学校でのいじめに関連する自殺が大きな話題になっていますが、いじめ行為そのものもさることながら各種報道によって加害者の親族や学校側、そして市の教育委員会や警察といった周囲の対応の方に大きな問題があるのでは?という声が日増しに高まっています。
特にネット上では真贋不明の怪情報に至るまで多種多様の情報が飛び交っていて、加害者側の親が「うちの子が悪いというのは被害者家族の責任転嫁」などと書かれたビラを学校で撒いていたなどという話はその後一般報道でも追認されましたが、加害者の祖父である元警官が搬送先の病院に勤務しているといった話はガセであったとして被害届が出る事態にもなりました。
無論こうした騒動が多発している背景には事件自体の深刻さはもちろん、関係各方面の行動の不可解さにもあるようなのですが、ネット上での騒動に比べてマスコミの報道ぶりが慎重に過ぎると判断されたことも社会正義が見過ごされていると「炎上」に火をつけることにつながっているようです。
ただ義憤に駆られてやむにやまれず行動した、反省のない連中に社会的制裁を加えたと言えば確かに聞こえはいいですけれども、嘘情報を事実であると誤解して痛い行為に走るというのは単なる迷惑に留まらず犯罪行為となり得る可能性もあるわけですし、今度はネットによる新たないじめではないかという指摘も出ているようですね。

重くのしかかる“いじめ”の代償…ネットにさらされ1億円賠償も(2012年7月18日zakzak)

 滋賀県大津市で起きたいじめが原因とみられる中2男子生徒の自殺問題。滋賀県警が捜査に乗り出し、18日には遺族側が、加害者とされる男子生徒3人を大津署に刑事告訴する。1人の少年の死で巻き起こった波紋は大きく、インターネット上には、その男子生徒3人や親族らを糾弾する情報が乱れ飛ぶ。専門家は「いじめの代償は行った加害生徒どころか親を含めて想像以上に重い」と警告する。

 自殺した生徒の遺族が、大津市や加害者とされる生徒らを相手取って、計約7700万円の損害賠償を求めた訴訟の第2回口頭弁論が17日、大津地裁で開かれた。
 市側は、これまでの自殺といじめの因果関係を否定する立場を転換して和解の意向を示し、いじめの存在を認める方向へ舵を切った
 だが、加害者とされる生徒らは「中学生という年代の遊びの範囲」と主張し、「いじめはなかった」とする立場を崩していない

 元教師で、いじめ問題に詳しい自民党の義家弘介参院議員は「(生徒側が)『いじめはなかった』と断定し、引くに引けない状況に追い込まれている印象を受ける。(加害者とされる)生徒の親も子供のことを盲目的に信じ込んだ可能性があり、後戻りがしづらい状況になっている」と危ぶむ。
 こうした完全否定もユーザーらの標的となり、ネット上に彼らの名前、写真、住所や家族構成、さらに親の名前や勤務先までが、さらされる異常事態が続く
 義家氏は「こうなると加害者とされる生徒は普通に(通学)進学することが難しくなる。(本人のものとみられる)顔写真が出ているので、転校を繰り返しても特定される。海外留学でもするしかなく、将来の就職にも支障が出かねない」と話す。
(略)

大津・中2自殺 ネットうそ情報深刻…県警捜査(2012年7月18日読売新聞)

 大津市で昨年10月、市立中学2年の男子生徒(当時13歳)がいじめを苦に自殺したとされる問題に関連し、インターネットの掲示板で知らぬ間に無関係の人の実名がさらされ、職場に中傷やいたずらの電話がかかるなどの新たな被害者を生んでいる。被害届を受けた滋賀県警は名誉毀損(きそん)容疑で捜査している。

 滋賀県内の男性は今月上旬、ネット掲示板に「男子生徒をいじめたとされる同級生の親族だ」と、事実と異なる書き込みをされた。職場の連絡先も書かれ、嫌がらせの電話が相次いだ。いわれのない内容のメールも次々寄せられる。

 電話は、無言のものを含めると多い日で数百件。今も連日約60件かかるといい、男性を電話口に呼ぶよう求める場合もある。同僚たちが誤解を解くよう応対し、届いたメールには事情を書いて返信しているが、「嫌がらせがやむまで耐えるしかないのか」と困惑する。職場の配慮で電話応対のないデスクワークに配置換えになった男性は7日、草津署に被害を届け出た。

 大津市の女性も今月上旬、ネット掲示板に「加害者とされる同級生の母親」と誤った情報を書き込まれた。所属する民間団体の事務所の連絡先も載せられ、普段、業務連絡のほかはあまり電話が入らない事務所に、毎日50件以上がかかるようになった。呼び出し音で、会議がたびたび中断するため、今は留守番電話に切り替えている。

 掲示板には、女性の顔写真を探すよう求める書き込みもある。「個人情報が流れはしないか」。女性は怖くて夜中に突然目が覚め、そのまま眠れない時もある。「掲示板にうそを書かれ、最近は体調も良くない。いつまで続くのか」。不安な女性は、被害届を出そうと大津署に相談中という。

 ネット掲示板への悪質な書き込みは、名誉毀損や業務妨害にあたる場合がある。特定の人物・団体を中傷する書き込みをした投稿者が名誉毀損罪で有罪判決を受けた例のほか、書き込みで名誉を傷つけられた人が、投稿者についてプロバイダー(接続業者)から氏名の開示を受けて損害賠償請求し、認められたケースもあった。

 ネット犯罪に詳しい園田寿・甲南大法科大学院教授(刑法)の話「投稿者のゆがんだ『正義感』からネット掲示板に書き込まれた誤った情報が独り歩きすることがある。表現の自由は守られるべきだが、悪質な書き込みは犯罪だ。ネット利用者は書かれた情報の信ぴょう性を見極め、倫理的に行動することが必要だ」

今回の事件について当初から学校が被害者を守るどころか加害者を専ら擁護しているようにも見えるのは親が地域の有力者だからだともいい、少なくともPTA会長など相応の地位にあったらしいことは報道でも確認されましたが、噂が事実だとすればもともと少し変わったところのある学校という印象も受けますし、市教委や警察の不可思議に見える対応ぶりとも合わせて地域のタブーがあるのでは?と考える人もいるようです。
これに対してネットではもとからこうしたタブーに対しては非常に厳しい「世論」がありますから、むしろ勢い込んで個人情報追求や電凸といった行動に走ってしまったのは理解出来るのですが、前述の記事にあるように真贋入り乱れた情報が錯綜し告訴に結びつくようなケースも出ているなど、控えめに言ってもいささか軽はずみな行動も少なくないのでは?と疑問視されるまでになっています。
例えばいじめを見て見ぬふりをしていたと非難されている元担任宅に鼻歌デモを仕掛けよう!などと言う話が持ち上がった話などはまだ洒落っ気のうちと言えますが、市教委が抗議FAXの集中に被害届を検討しているという報道がふざけていると大炎上したケースなどは、実は特定一個人から脅迫めいた数百枚のFAXが送られてくるという特殊なケースに対して検討していたものが誤解されただけであるということです。
こうした誤解から目に余る迷惑行為が相次ぐようになれば昨今勢力を拡大しつつあるネット規制論に力を与える結果にもなりかねませんし、ましてや無関係な第三者の個人情報暴露など社会的にも責任を取らなければならなくなる可能性もあるわけですから、目的は手段を正当化するなどと勘違いしたような脊髄反射的な軽挙妄動は慎まなければならないということですよね。

確実な裏取りが出来なければ一切何もしてはならないとまで言われるとネット社会が持っている健全な批判性まで封じてしまうことになりかねませんが、現在では噂レベルの話に対しても遠からず裏取りが順次行われていくような捜査能力がネットにも備わっているわけですから、出所真贋不明の噂段階で鵜呑みにして間違った相手に向かって突撃してしまうというのは明らかにやり過ぎというものでしょう。
嘘を嘘と見抜けないと難しい」の大原則は同時に嘘を見抜けないまま踊らされてしまった場合に相応の責任も発生するということですが、特に近年増えてきたスマホからまとめサイトなどにアクセスしているようなライトユーザーはネットの作法を知らずに利用している結果、情報が出てきた段階で検証なしにそのまま受け取ってしまう危険性もありそうです。
せっかく書き込んだのに「半年ROMってろ」なんて厳しいことを言われたことがあるかも知れませんが、注目に値するレスがあればそれに対してレスがついてツリーに育っていく過程で裏取りがされたり周辺情報が集積されたりするという基本的な流れを理解しておけば、誰も相手にしていない単発IDに引っかかって痛い行為に走ってしまうリスクはかなり軽減できるんじゃないかと思うんですけどね。

| | コメント (22) | トラックバック (0)

2012年7月20日 (金)

生保問題よりワープア問題の解消を

最近はマスコミ界隈でも生活保護に対してネガティブな記事を取り上げるようになってきたのは興味深い変化だと思いますが、先日もこういう記事が出ていました。

「薬タダやしもらったるで」「ジェネリック?高い方にして」あきれた医療費無料の実態(2012年7月15日産経ニュース)

 生活保護費の約5割を占める医療扶助費をめぐり、看護師や薬剤師らに憤りが広がっている。医療関係者から本紙に寄せられた意見の中でも、不要な治療を求めたり、安価な後発(ジェネリック)医薬品を拒否したりする受給者への怒りや疑問が大半だ。一方で、過剰な医療や投薬をする医療機関側の問題点を指摘する声も少なくなく、「全額公費負担」の見直しを求める声が多数を占めている。

「もらってあげる」

 「風邪薬や湿布薬を近所に配ると喜ばれる。だから『生活保護を受けると薬がタダになるから、もらってきてあげる』と近所の人に言っている」
 大阪市内の精神科の診療所に勤める50代の看護師の女性は、通院する高齢の受給者の話に耳を疑った。待合室のごみ箱には頻繁に薬が捨てられ、「もらった睡眠導入剤を売った」と打ち明ける受給者もいるという。
 病院側にとっても、受給者は確実に診療報酬を稼ぐことができる“上客”だ。受給者の要求を不可解に思っても、求められるまま処方することが少なくない。
 「本当は薬が要らない人が多い。受給者も病院も、医療費が国民の税金で賄われているという意識があまりにも低い」。女性は実感を込めて訴えた。

「高い方にして」

 《ジェネリックを希望する受給者は2~3%しかいない
 本紙への投書でこう指摘するのは薬剤師の男性だ。
 後発医薬品は、新薬の特許期間(20~25年間)が切れた後、別の会社が作る医薬品。有効成分は同じだが開発費がかからず、価格は先発品の7割以下と安い。
 男性が受給者に後発医薬品を勧めても、「費用がかからないなら、いい方を使って」「高い方にして」と返答がある。もともと、後発医薬品を使っていた女性が生活保護を受けるようになった途端、先発医薬品に切り替えたこともあった。
 厚生労働省によると、処方される後発医薬品の割合(金額)は7・9%(22年5月)だが、生活保護分だけでみると7・0%(同年6月)にとどまる。
 大手製薬会社の関係者もこう打ち明ける。「受給者が多い地区の売り上げは常によく、新薬が出れば売り上げは跳ね上がる」。

「自己負担導入を」

 増え続ける医療費を抑制するため、厚労省は、後発医薬品の利用促進や電子レセプトによる受診状況のチェックなど対策を強化している。だが、「不十分」と感じる医療関係者は多い。
 大阪市内の診療所に勤める女性看護師(37)は、病院をいくつも“はしご”する受給者を連日のように見かける。中には、ほかの病院から処方された薬を入れた袋をぶら下げ「新しい薬がほしい」と来院する受給者もいるという。
 女性は「レセプトが電子化されても、他の病院での受診状況をチェックできなければ、病院として受診を制限するような対策は取りようがない。結局のところ、一定額を負担する『痛み』を感じさせなければ、医療費の抑制にはつながらない」と訴えている。

生活保護食い物にする病院、ブランド着飾る受給者…医療扶助に制限を 読者の声(2012年7月3日産経ニュース)

 医療や介護費用の負担がなくなる生活保護の「医療扶助」をめぐっては、医療・介護関係者から一定の制限を設けるべきだとの声が相次いでいる。

 ■静岡県の男性医師(62) 「生活保護で医療保護費(医療扶助)まで支払うのではなく、純粋に生活費のみを支給すべきだ。医療扶助もある程度制限し、例えば受診先を限定して公立病院のみにするのも一つの方法。そうすれば現在のように生活保護を食い物にしている病院に生活保護費が流れなくなる」

 ■長野県の男性医師(57) 「3割負担となる健康保険の一般患者は、自分の医療費の支払いに『なぜこういう治療か』『なぜこの薬か』と非常に厳しい。だが、医療扶助はやりたい放題で、悪質な病院にとって生活保護の患者は非常においしい。受給者の診療は指定医療機関とする制限を設けるべきだ」

 ■北海道で薬局勤務の30代の女性薬剤師 「薬をもらいに来る患者さんのうち、3割ほどが生活保護受給者。その半分ほどの人が車で来て、ブランド物で着飾り、多種多量の薬をもらっていく。他の病院でも投薬を受けていると思われるが、患者が『別の病院には行っていない』と言えば、薬局でも投薬せざるを得ない。せめて2割でも1割でも支払ってもらい、領収書を役所に提出して現金を戻してもらうなどの措置があってもいいと思う」

 ■川崎市のホームヘルパーの女性 「訪問介護の利用者の中には生活保護を受けている方も多かったが、配食はまずいといってほとんど捨ててしまう人もいた。通信販売で高い肉などの食品を購入し、すしやピザなどのデリバリーを毎日頼んでいる人もいる。生活保護の方に支払われているお金はみんなの税金。大切に使ってほしい」

不正診療は全くもってケシカラン話ですし、記事の内容自体はまったくもっていちいちごもっともという内容ではあるのですが、こんなはるか大昔から当たり前の常識だった話題を今さら「今初めて明らかになった驚愕の真実!」みたいに取り上げられても、それじゃ今まで見て見ぬフリをしてきたのは何か理由でもあったの?と勘ぐりたくもなりますよね。
生保受給者が過去最多を更新し続ける中で、先日は東京都足立区で区民税収374億円に対して生活保護費が420億円と「税収よりも生活保護費支出が多い」と話題になっていましたが、数の多さもさることながら最近ではその保護内容の手厚さが問題になっています。
ただ本質的な問題としては生保受給水準が手厚すぎるというよりも、きちんと働いているのに生保以下の生活しか出来ない人々が増えているということの方が問題で、生保受給を切り下げただけでワープア問題を放置しているのでは何の意味も無かろうというものでしょう。

例えば都内30代単身男性の場合で生活扶助8万3700円と住宅扶助5万3700円で月々の収入が13万7400円、さらに医療費無料、水道料金減免、税金や公的保険料免除といった各種優遇措置も考慮すれば、最低賃金レベルでフルタイムに働いたくらいでは到底追いつかないのは明らかです。
実際に11都道府県で最低賃金が生活保護水準を下回るという逆転現象が起こっているといい、産業界からは相変わらず最低賃金上昇に強い忌避があることもあって近ごろではもっぱら生保受給者への給付の抑制が叫ばれてはいますけれども、やはり本筋として真面目に働けばきちんと生活できるような仕組みが労働に対するモチベーションにもなるというものですよね。
生保から低所得労働者になると社会保障関連の負担によって一気に手取り収入が減ってしまうわけですから、例えば医療関係においても条件によって健康保険料一部減免などとみみっちいことを言わず生保に準じた各種減免措置を講じていくことが必要なんじゃないかと思うのですが、国の方でも一応は気にしているのかようやくこんなことを検討し始めているようです。

高額医療負担:年収300万円以下に年間上限…厚労省検討(2012年7月14日毎日新聞)

 医療費の自己負担が毎月の上限額を超えると超過分の払い戻しを受けられる高額療養費制度について、厚生労働省は13日、年収約300万円以下の世帯には年間を通じた負担額にも上限を設ける方向で検討に入った。上限は収入に応じ、26万〜38万円とする方向。将来は基金の設置などで財源を確保し、中所得層にも広げることを目指す。秋から厚労相の諮問機関、社会保障審議会医療保険部会で議論し、来年度から実施したい考えだ。

 70歳未満の医療費の窓口負担は原則、3割だが、月の合計額には世帯収入に応じて上限を設定しており、上限は▽低所得者(年収約200万円以下)3万5400円▽一般所得者(同200万〜800万円)約8万円▽上位所得者(同800万円以上)約15万円−−となっている。それぞれ4カ月目以降はさらに減額される。

もちろん基本的には良いことだとは思うのですが、年収300万以下の世帯と言えば「実年収400万クラスに相当」とも言われる生保受給者をも下回っている水準なのですから、その生活の中から年額26万円まではは出しなさいというのは実際のところなかなかに厳しいんじゃないかという気がします。
日本では過去半世紀ほど幸いにも貧困問題がさほど重視されずに済んだ経緯もあり、また国民皆保険制度が何とかうまく回っていたこともあって命の沙汰も金次第という世界標準の考え方には否定的な世論が根強かったわけですが、先日発表されたアメリカでの研究では富裕層と貧困層では平均寿命が5歳違うなど、経済状態と健康状態は厳然として相関するという当たり前のデータがあちこちで散見されます。
医療はお金のあるなしによって格差をつけられるべきではないとは必ずしも思いませんし、冒頭の記事にも見られるようにむしろ医療費個人負担を積極的に活用していくことが社会的にも求められている時代ですが、それでも真面目に働くよりも働かずに生保をもらった方が良い暮らしをしながら健康で長生き出来るという認識が広まれば、ますます働いたら負けという好ましからぬ風潮が広がることにならないでしょうか。
日本より貧困問題が深刻なアメリカでも同様にこの種の問題がしばしば取り上げられていると言いますが、日本でももはや単に生保の給付を抑制して済むという話でもなく、貧困労働者層が一定数存在するという前提での社会制度に改革していくことが求められる時代で、消費税を増税してまで単なるバラマキを繰り返すくらいなら「働けば得する」という価値観が育つ施策をとっていただきたいですね。

「暮らせる最低賃金」訴え(2012年7月1日朝日新聞)

 最低賃金(最賃)(※本文下参照)が生活保護の水準を下回るのは違法だとして、県内で働く100人を超える人たちが国を訴えている。非正社員で家計を担う人が増える中、懸命に働いても生活できないのはおかしいと、「暮らしていける最賃」への転換を求めている。
(略)
 時給900円の病院事務の女性(50)=横浜市=は、大学生の2人の子を持つシングルマザーだ。10年前の離婚時は病院の正職員だったが、腰を痛めて退職。その後の就職探しは困難を極め、ようやく派遣社員になった。だが、5年目に突然クビ切りにあった。
 今の仕事は責任もあり、実態は正社員と変わらないと思うが、1年更新の契約社員。実家に戻り、家賃はかからないが、年金や保険料を引くと手取りは月額13万円に届かない。区役所の生活保護の窓口に相談に行くと、条件を整えれば「親子3人で住居費を含め26万円の支給がある」と言われた。
 子どもが独立するまではがんばろうと思いとどまったが、今も心が揺れる。「いったん正社員の道を外れると、苦しい生活から抜け出せない。働きたい人がちゃんと働け、生活できるのが社会の大前提じゃないでしょうか」

 なぜ、いま、最賃制度のあり方が問われているのか。背景には「日本型雇用」の大幅な変質がある。
 賃金問題に詳しい小越(おごし)洋之助・国学院大名誉教授によると、正社員が中心だったかつての日本では、最賃に直結するのは、学生のバイトや主婦のパートなど、親や夫らがいる人と考えられ、金額の妥当性がきちんと議論されてこなかった
 それが90年代以降の不況で一変。正社員を短期契約や派遣に置き換える企業の動きが進み、働く人の3人に1人が非正社員に代わった。一家の大黒柱や新卒者も最賃水準で働くことになり、経済格差や消費低迷が社会問題化。最賃の底上げが求められるようになった。
 小越さんは「かつては社会に波及した春闘も企業内に終始し、経営側も安値競争を強いられ、賃金を上げる要素は最賃くらいしかなくなった」と指摘する。

 こうして2007年、抜本改正された最賃法は「健康で文化的な最低限度の生計費の保障」の観点を盛り込み、生活保護との整合性に配慮すると明記。10年には民主党政権下で「できるだけ早期に全国最低額を800円とし、20年までに平均で千円を目指す」と労使代表らが合意した。
 だが、昨年度の改定でも神奈川、北海道、宮城の3道県で最賃が生活保護の水準を下回り、厚労省の試算だと神奈川ではあと5円不足していた。
 これを正面から問うているのが今回の裁判だ。原告側は、法改正後も低い水準の最賃が放置されたままなのは国の裁量権を逸脱していると主張。国際水準からみても低く、20年までに千円の目標達成もおぼつかないと訴えている。これに対し、国側は違法性はないと反論している。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2012年7月19日 (木)

最近は公立病院が景気いい?!

最近は公務員の優遇、官民格差ということが非常に社会的にも注目を浴びるようになってきていて、マスコミなどでも「ここにもこんな格差が!」としばしばニュースとして取り上げられますよね。
それはそれでいいとして、見ていますとどうも実感と異なる「官民格差」があるという報道も出ているようで、先日こうした記事が出ていたのをご存知でしょうか。

年収官民格差 医師は公務員1541万円、民間は1169万円(2012年7月15日NEWSポストセブン)

 国家公務員の実年収は808万5000円で、民間サラリーマンの平均412万円(2010年の国税庁の民間給与実態統計調査)と比較し、約2倍との指摘もあるが、同一職業の官民格差を見てみよう。医療従事者の例を比較する。

【職種/公務員/民間】
医師/1541万5675円/1169万2100円
歯科医師/1541万5675円/750万4800円
薬剤師/595万3275円 /500万3000円
看護師/566万2003円/474万5000円

公務員は「地方公務員給与実態調査」(総務省・平成23年)
民間は「賃金構造基本統計調査」(厚生労働省・平成23年)

んん?公務員医師の方が民間よりもずっと平均給与が高い?
それは確かに永年勤続の万年公務員医師なら年功序列でそれなりの金額になるでしょうが、医療の世界の常識として看護師や事務はともかく医師の給与は明らかに公立<民間だとされてきたものですから、これは激しく違和感を抱く報道ですよね。
少し調べて見ましたらこの「地方公務員給与実態調査」なるもの、「地方公務員の給与の実態を明らかにし、あわせて地方公務員の給与に関する制度の基礎資料を得ること」を目的としたもので、その調査規則第三条には調査対象についてこんなことが書いてあります。

第三条  調査の対象となる地方公務員は、特別職及び一般職に属する都道府県(都道府県の加入する一部事務組合及び広域連合を含む。以下同じ。)、市町村(特別区並びに市、特別区又は町村の加入する一部事務組合及び広域連合で都道府県の加入しないもの並びに財産区を含む。以下同じ。)及び特定地方独立行政法人の職員のうち、次の各号に掲げる者以外の者(以下「職員」という。)とする。
(略)
二  一般職に属する者で臨時又は非常勤のもの
(略)

ちなみにこの一般職とは特別職以外の者という意味で、特別職とは自治体の議会や委員会の中の人や独立行政法人の役員などですから、公募された雇われ院長などを除いていわゆる公務員として働いている医師らは一般職扱いになる理屈ですが、要するに常勤医だけを取り出して平均値を出しているというだけのことですよね。
一方の「賃金構造基本統計調査」の方は少しややこしいようで、一般労働者と短時間労働者に分けて統計を取っているのですが、後者は「同一事業所の一般の労働者より1日の所定労働時間が短い又は1日の所定労働時間が同じでも1週の所定労働日数が少ない労働者」の意味で、正社員と同じ時間帯で働く契約社員は一般労働者扱いにされているようです。
いずれにしても公務員、民間ともに常勤医師を対象にした結果だと言うことになるのでしょうが、ご存知のように国公立病院においては実際の勤務医の数に対して職員定数と言うものが低く抑えられていて、「帳簿の上では日雇い非常勤だが実際にはフルタイム勤務」なんて無茶をさせられている医師達が数多くいるからこそ成り立っている実態があるのに、彼らを無視して「公務員医師の給与は恵まれている!」もないですよね。
週ポスさんがわざわざ突っ込まれるような数字を挙げてきたのが偶然なのか、それとも何らかの意図が隠されているのかは何とも言えませんが、他に行き場がないとかそれこそ聖地・尾鷲のような特殊なケースを除いて給与が高いからと民間よりも公立の病院を選ぶ人もそうはいないんじゃないでしょうか?
そういう目で見ますとこちらのニュースも何やら胡散臭く感じてしまうのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

自治体病院、2年連続で黒字が過半数- 全自病調査(2012年7月12日CBニュース)

 全国自治体病院協議会(全自病)は12日、都道府県や市町村などが運営する病院の2011年度決算見込額の調査結果を公表した。それによると、地方公営企業法が適用される497病院のうち、経常損益が黒字だったのは277病院で、前年度に比べて5病院増となり、2年連続で黒字の病院数が赤字病院を上回った

 調査は今年5月、全自病の会員病院のうち、地方公営企業法が適用される868病院(全部適用、一部適用)と、地方独立行政法人が設置する59病院を対象に実施。このうち、回答のあった517病院(独法病院は20施設)の3月31日現在の決算見込額などを集計した。

 法適用病院で黒字だった277病院のうち、一般病院は267病院で、10年度決算額に比べて4病院の増加。精神病院では10病院(前年度決算比1病院増)が黒字だった。また、10年度決算額で黒字だった272病院のうち、11年度決算でも黒字を見込んでいるのは233病院。一方、10年度決算額で赤字だった225病院のうち、11年度に黒字を見込んでいるのは44病院だった。
 これを病床規模別で見ると、200-299床に占める黒字の割合は、10年度決算額に比べて10.2ポイント高い49.0%。100-199床では、48.3%(前年度決算比2.6ポイント増)で、300床未満の病院で赤字の改善傾向が見られた。
 さらに、1病院当たりの1日の平均患者数では、入院193.7人(前年度決算比0.9%減)、外来468.9人(同1.1%減)で、精神病院を除き、軒並み減少したが、患者1人当たりの1日の平均診療収入では、入院4万2688円(同2.7%増)、外来1万1375円(同3.7%増)だった。

 一方、独法病院は15病院が黒字で、こちらは10年度決算と同数。同年度決算額で黒字だった15病院のうち、11年度決算でも黒字を見込んでいるのは14病院で、10年度決算額で赤字だった5病院のうち、11年度に黒字に転じる見込みなのは1病院だった。【敦賀陽平】

んん?万年赤字の垂れ流しだと言われ、地方議会でもたびたび話題になってきた自治体病院がいつの間にそんなに黒字に?
どうも嘘くさいなと思って調べて見ましたら国保病院も含まれた自治体病院の収支についての2010年のデータが出てきて、今回もほぼ前年度並みということで大差はない数字なんだと思うのですが、確かに半数ほどの病院が経常黒字を計上しているものの、よく見てみますとその大部分が自治体からの繰入金(いわゆる補助金ですよね)を込みでの数字なんですね。
全国900余りの自治体病院のうち、この繰入金を除いて黒字を計上しているのは自分の見たところこれら28病院しかないのですが、こういう結果を半数が黒字と表現するか、民間基準であればほぼ例外なく赤字と言うべきなのかは極めて微妙だということでしょうか(数字は経常利益及び繰越金。単位千円)。

北海道         名寄東病院                         987(78)    
青森県         南部町国保名川病院            104,051(99,732)    
新潟県         南魚沼市ゆきぐに大和病院    120,646(112,795)    
新潟県         南部郷厚生病院                   115,767(31,180)
石川県         小松市民病院                      469,292(420,580)    
石川県         国保能美市立病院                205,490(191,790)
石川県         石川県中央病院                  16,019,043(385,528)
茨城県         東海病院                           27,087(24,197)    
静岡県         焼津市立総合病院              898,376(880,907)    
愛知県         小牧市民病院                     1,251,419(1,048,568)    
愛知県         国保東栄病院                    61,666(1,004)    
岐阜県         大垣市民病院                    1,947,643(530,492)    
岐阜県         美濃病院                          278,837(133,419)    
岡山県         鏡野町国保病院                 55,350(41,721)
徳島県         国保勝浦病院                    18,224(3,450)    
香川県         坂出市市立病院                 135,988(55,009)
香川県         綾川町国民健康保険陶病院   96,396(38,687)
愛媛県         西予市立宇和病院               77,007(74,494)    
愛媛県         西予市立野村病院               138,099(119,515)    
長崎県         佐世保市立総合病院           1,045,252(630,443)
長崎県         上五島病院                       198,368(135,189)    
長崎県         対馬いづはら病院               226,159(165,215)    
熊本県         水俣市国保総合医療センター 840,925(294,595)
大分県         中津市民病院                     496,137(257,119)
鹿児島県      鹿児島市立病院                 409,453(318,897)    
鹿児島県      垂水中央病院                    50,909(32,412)
鹿児島県      霧島市医師会医療センター    348,953(70,741)
沖縄県         中部病院                            739,121(700,597)   

ちょうど以前に「新小児科医のつぶやき」さんが2006年度分の同様のデータを取り上げられていて、この時点では900余の自治体病院のうち繰入金抜きで黒字を達成しているのが14病院だったと言うことですから実に倍増しているじゃないか!と言うべきか、それとも全体の1.5%が3%に増えただけで大勢に変化はないと考えるべきか、果たしていずれでしょうか?
もちろん公立と民間とに関わらず、日本では病院というものは営利を追求してはならないという決まりになっていて、その中でも公立病院は民間では無理な不採算部門を担うという責務があるわけですから、基本的に大きく黒字を計上するということはまずないのは当然ではあるわけです。
しかし自治体からすれば病院を維持する必要(あるいは意志)があって毎年少なからぬ損失分を補填しているわけで、それを補助金を出していれば黒字になっている、だから経営は改善されつつあるし問題ないじゃないかと言われては立つ瀬がなさ過ぎるというものでしょう。
この全国自治体病院協議会なる組織は「合理的かつ効率的な病院経営に努めることにより、健全で自立した経営基盤を確立する」ことを行動指針に掲げているくらいですから、経営努力を重ねれば公立病院も黒字化出来るんだよということを言いたいのかも知れませんが、これまた恣意的にも使い勝手の良さそうなニュースではないかと思えますね。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2012年7月18日 (水)

救急医療 誰だってスーパードクターにあこがれるものです

先日とあるブログでこういう記事が出ていたのですが、これは公権力のあり方というものを考える上でもなかなかに興味深い話ですよね。

人命救助して罰金1万8000円(2012年7月12日ブログ記事)より抜粋

鎌倉在住の知り合いが怒っている。
かんかんに怒っている。
私もその怒りは正当だと思う。
ぜひ、状況を読んでいただきたい。

話はこうだ。
彼は路上で倒れて歩けなくなっている人を見つけ、
車を降りて、その人を助けた
鎌倉の駅前近く、駐停車禁止でもない場所で、
多くの人がその状況を見ている。
ところが、駐車監視員はそれを駐車違反だといって
罰金1万8000円なりを言い渡した
向こうの言い分はこうだ。
決まりは決まり、ハザードつけようが、心肺蘇生しようが、関係ない
車を放置したあなたが悪い、それが法律だ。
気に入らないなら裁判だな、とも。
(略)

ちなみに道路交通法によれば「急病人の搬送、救護等人の生命、身体に係る緊急やむを得ない理由により使用中の車両」は駐停車禁止の除外対象になるということで、これを知ったブログ主氏はわざわざ神奈川県警に電話までしているのですが、「違反ではなかっとしてくれるかどうかはその所轄の署の判断になるので、結果がどうなるかは分からない」と言われたそうです。
そうこうしている間に当の知り合いが神奈川県苦情センターの窓口と話をしたところ「理由はともあれ、放置したあなたが悪いから、払え。文句があるなら。裁判で戦いましょう」とこれまたはっきり言われたのだそうで、まあ確かにこういうことになってしまうと「余計腹が立つ顛末になった」と感じてしまうのも仕方がないんだろうなと思えますね。
もちろん公権力を行使しているとは言えあくまで現場に立つのは組織の末端を構成している一個人ですから、現場が勝手に恣意的な解釈をするようではかえって専横だ、公権力の私的乱用だと問題になりかねず(事実、そうした事例がしばしば報道されますよね)、それなら原則一律の対応をしておいて揉めるようなケースは司法の場できっちり判断をしてもらうべきだという基本原則は十分理解出来ます。
ですからお役所仕事として理の上では御説ごもっともということなのですが、ここで考えていただきたいのはこうした状況を体験した当事者であるとか、こうしたことになるということを見聞した人々がどう考えるかで、よほどに高尚な精神をお持ちでない限りまず大部分のごく普通な人間であれば「そんなことになるなら面倒には最初から関わらないでおいた方がいいってことだな」と考えるのもまあ当たり前だろうということですよね。

世の中にはもう少し周囲が善意に基づく努力を発揮していれば何とかなっていたんじゃないかと思われる悪い結果に至った事例というのは幾らでもあって、そのたびに「現代社会は他人に冷たすぎる!これを何とかしなければ!」と批判する声が挙がりますけれども、誰でも他人の前でいい格好をして気分良くなりたい気持ちは持っているわけですから、何故そうしないのかという理由を理解しないことには対策も講じようがありません。
例えばひと頃から中国では道で倒れた老人を誰も手助けしないということが大きな社会問題となっていますけれども、これなども元を正せば助けた人間が当のご老人から「こいつに突き飛ばされたんだ!治療費を払え!」などと言いがかりをつけられるトンデモ事件があったためであって、根本原因への対策を放置したままいくら共産党が国民の道徳教育を強化したところで恐らくどうにもならないでしょう。
日本でも先年来救急車の「たらい回し」という表現をマスコミが好んで使うようになりましたが、何故たらいが回されるのかということをきちんと検証し根本的な対策を講じないことには、いつまで経っても本質的な解決には結びつかない道理ですよね。

“たらい回し”解消へ検証必要 県内の救急搬送 /栃木(2012年7月15日下野新聞)

 県内の救急搬送患者数が過去最多を更新する中、救急医療の現場からは、重症患者の“たらい回し”を減らすため、関係機関による搬送実態の検証を求める声が上がっている。

 消防庁の調査によると、本県は重症患者が医療機関に搬送されるまで30分以上かかる割合や、受け入れを3回以上拒否される割合が2009、10年とも全国平均を上回り、ワースト10に名を連ねた。

 搬送時間短縮などを図るため、県は10年8月、救急隊や医療機関を対象に「傷病者搬送・受け入れ実施基準」の運用を開始。同年11月の搬送状況を事後検証したが、重症患者の搬送時間の短縮はみられなかった。11年度は東日本大震災の対応を優先したため、事後検証は見送り、本年度は実施する方針という。

 12日に県庁で開かれた県救急医療運営協議会で、鈴川正之自治医大病院救命救急センター長は、搬送するまで救急隊が医療機関に10回以上照会している例があることを指摘した上で「どうして搬送が困難な事例があるのか、話をする場が必要だ」として、医療機関や消防など関係機関による検証を進めるよう求めた。

 県内では5カ所の救命救急センターを中心に、各地域で消防や病院などの関係機関が搬送について協議する場があるが、県は開催状況を把握していない。県が率先して検討を促す必要がありそうだ。

いやしかし「どうして搬送が困難な事例があるのか、話をする場が必要だ」って当たり前の話に聞こえるんですが、まさか今まで関係各所に何ら話を通すこともなく一方的に通知するだけで終わりにしていた、なんてことはないんですよね?
この県によって策定された受け入れ基準なるもの、相次ぐ「たらい回し」報道を受けて患者を搬送する側の消防庁が主導して消防法を改正した結果各県で策定されてきたものですけれども、そこに見られるのはあくまでも患者を送りつける側の消防救急側のロジックであって、受け入れる側の医療機関の意志が反映されたものではないということに注意する必要があります。
救急隊は患者を病院まで運び込めばそれで仕事が終了ですからそれこそどんな手段を使っても、嘘をつくとまでは言わないまでも素人にも判るような明白な事実を隠してでも「ババを引かせれば勝ち」ですけれども、受け入れる側の病院では年々医療に対する要求度が高まった結果、加古川心筋梗塞事件等の判例によって「100%完璧な対応が出来ないのなら受けてはならない」の原則がJBM的に定着した感すらありますよね。
無論、そうした判決が出てきた背景には御高名なる功名心先生などを始めとする無茶な鑑定医の方々や、各学会を主導される偉い先生方による「で、それがどれだけ実際の現場で実行できるの?」という厳しいガイドラインの存在も無視出来ない要因であり、そうしたことはむしろ医療業界自身の内部的な問題として今後議論を深めていかなければならないでしょう。
しかし一方で経営的にも判例的にも今や多く手がけるほどにリスクばかりが幾何級数的に増大する一方で何らメリットの伴わない救急など今や「受ければ負け」と言われているのが現状であるのに、ただ「こういうルールだから」と言うだけでは現場はルールを要領よくかいくぐるよう工夫するか、あるいはそんな現場から立ち去るばかりだとすでに実証されているはずですよね。

さすがに国も現場のモチベーション向上ということに配慮したのか、近年診療報酬において救急医療に加算をつける方向で改訂を行ってきていますけれども、これらはあくまでも施設に対して支払われるものであって現場でリスクを背負っているスタッフには何のインセンティブにもならないのですから意味がない話ですよね。
そもそもお金をもらえば今までよりも頑張れるかと言えば、もともと救急を一生懸命やっているような基幹病院は給与面では冷遇されていて、救急指定など元から受けていないような病院にでも務めた方が金銭面ではずっとお得であるわけですから、今もこうした現場に残っているスタッフはもともとお金だけでその行動を決めているわけではないということでしょう。
送りつける側の論理だけでなく送られる側が何を求めているのか、それは救急をやっても黒字になるような十分な手当なのか医療行為に伴う免責なのか、はたまた単に労基法を遵守した労働環境を求めているだけなのか、まず何故そうなったのかを知らずして対策も何もあったものではありません。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2012年7月17日 (火)

終末期医療 もちろん理想は理想なのですが

本日の本題に入る前に、先日こういう判決があったことをご存知でしょうか。

「娘さん余命半年」病院から漏洩 院長に賠償命令/大分(2012年7月13日朝日新聞)

 娘が余命半年だという情報が病院から漏れ、他人から告知されたことで精神的苦痛を受けたとして、大分市の女性が同市の病院の院長に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が12日、福岡高裁であった。犬飼真二裁判長は請求を棄却した一審・大分地裁判決を変更し、院長に110万円の支払いを命じた

 判決によると、女性は2008年7月、がんの一種「ユーイング肉腫」の治療を受けていた娘について、知人男性から「娘さん、長くないんだって」「あと半年の命なんやろ」と告げられた。男性の妻は当時、看護師として娘を担当しており、病状を男性に漏らしたという。女性は病院からは娘の余命を告げられたことはなかった。娘は約半年後に19歳で死亡した。

 犬飼裁判長は「時間や場所を問わず、職務上知り得た秘密を漏らさないよう監督する義務を負っていた」と使用者としての院長の責任を認めた。

患者情報漏えい:病院責任、2審は認定/大分(2012年7月13日毎日新聞)

 難病の少女の病状を看護師から他人に漏らされて精神的苦痛を受けたとして、大分市の母親が同市内の整形外科病院の院長に、慰謝料など330万円の支払いを求めた訴訟で、福岡高裁(犬飼眞二裁判長)は12日、請求を棄却した1審・大分地裁判決を変更し、病院側に110万円の支払いを命じた。

 判決によると、母親は同市内で飲食店を経営。娘が難病のユーイング肉腫で病院に入院していた08年夏、店の男性客から突然「娘さん、あと半年の命なんやろ」と言われた。母親からの苦情を受け、病院側が調査した結果、この客は少女の担当看護師の夫で、看護師が病状を漏らしたことが分かった。少女は同年12月、19歳で亡くなった。

 大分地裁は、病院が個人情報の管理規程を作り、看護師に守秘義務に従うよう誓約書を提出させていたことから「病院に過失はない」と請求を退けたが、福岡高裁は「看護師が夫に患者の個人情報を漏らしていたのは今回だけではなく、病院側の指導や注意喚起が不十分だった」と判断した。【遠藤孝康】

弁護士先生の解説によるとこういう場合看護師は患者情報の漏洩について不法行為責任(民法709条)を負い、病院は使用者としての責任(民法715条1項)が問題になるということなのですが、この民法715条1項によれば使用者責任ということについてこういう風に書かれているということです。

ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない

この「相当の注意をした」云々と言う部分が判断の分かれ目で、個人情報管理規定を作成し守秘義務について誓約書まで提出させるという相応の対応をしていたにも関わらず二審では責任があると認定されたというのは、この看護師が過去にも同様の行為を繰り返していたのに格別の対策を講じていなかったという事情があったことも一因なのでしょう。
最近では顧客名簿の流出事件などがしばしば非常に大きな社会問題にまで発展しますけれども、単にスタッフ個人個人の良識や責任感に頼るのみならずきちんとした対策も講じないことには雇用主にも後々大きな責任が降りかかってくるということで、非常に教訓的な判決になったのではないかという気がします。
とはいえ、やはり常識的感覚で考えればそんなことをたまたま知り得たとしてもわざわざ患者家族に言いに行く人間というのもどうなのかですし、インフォームドコンセントを重視する現代医療の常識として考えてみても未成年者の重大疾患の治療において一親等の親族に予後も告げずに行うというのも少なからず非常識と言うもので、細かく事情を見れば突っ込みどころは多々あるケースではあったのでしょうし、それ故訴訟沙汰にもなったのかも知れません。
過去にも情報漏洩を繰り返していながら何らおとがめ無しというのもこのご時世にそれだけ専門職スタッフが貴重であったのかも知れませんが、身体的医療においても終末期医療というものはとりわけ精神的な部分が非常に重要になってくるだけに、単なる知識や技術のみならず適性と言うことも配慮したスタッフ配置が出来れば確かに理想的ではあるのでしょうね。

さて、そうしたなかなかにデリケートな問題が多々ある終末期医療ですが、近年では今年初めに話題になった老年医学会の新指針を始め終末期医療の中止の可否が話題になっていて、場合によっては治療差し控えのみならずひとたび始めた治療の中止も検討すべきであるという流れになってきています。
もちろん実際問題としては本人の意志はもとより家族の感情的な問題でもありますから一律の対応など出来るはずもなく、あくまでも現場でケースバイケースで話し合っていくしかないことですが、実際のところこうした新指針が出てきた結果現場はどうなったのかということが先頃明らかになったということです。

延命治療中止や差し控え、2年間で17件 救急医学会まとめ(2012年7月15日中国新聞)

 日本救急医学会が策定した終末期医療に関する指針に基づき、回復の見込みがなく、死期が迫った救急患者の延命治療を中止したり差し控えたりしたケースが、今春までの2年間に現場の医師から同学会に計17件報告されたことが14日、学会への取材で分かった。脳死状態での人工呼吸器の取り外しが1件含まれる。

 学会は2007年、呼吸器外しも選択肢として認め、延命中止・差し控えの手続きを示した指針を策定。09年12月から指針活用事例の報告を呼び掛け、今年3月までの分を集計した。報告内容が明らかになるのは初めて。患者本人の意思が分からないことが多く、倫理的問題がつきまとう救急現場の終末期医療をめぐる議論に一石を投じそうだ。

 集計を担当した木下順弘きのした・よしひろ・熊本大大学院教授によると、延命中止の有無など実際の対応が記載されておらず不明のケースを含め、34件が学会に報告された。患者は50代以上が8割を占める一方、19歳以下も3人いた

 延命中止は3件。うち1件は呼吸器の取り外しで、残り2件は呼吸器の設定を弱めたり、投薬量を減らしたりしたケース。差し控えは14件で(1)心肺停止などの状態になっても蘇生措置を実施しない(2)治療水準を固定し新たな投薬などをしない―といった内容だった。

 呼吸器を外した1件は心肺停止状態で救急搬送された80代男性。低酸素脳症で脳障害が進み、脳死と診断された。医療チームで検討し回復は見込めないと判断。男性の子どもに状況を説明、同意を得て呼吸器を外した。

 差し控えのケースのうち、多臓器不全となった末期がんの70代男性はいったん呼吸器を外せるまでに回復。だが再び容体が悪化し、家族の希望で呼吸器を付けなかった。

 中止・差し控えの17件に対し、医療チームが終末期と判断した後も家族の希望で積極的な治療が続けられたケースが8件あった。肺炎で入院中に突然心停止し、蘇生措置中に脳死状態になった幼い女児の親は「どんな結果になっても仕方ないが、できるだけの治療を尽くしてほしい」と望んだという。

もちろん全例を把握しているわけではありませんから数が多いか少ないかは何とも言えませんが、高齢者終末期医療が老年医学会の新指針に従って一定の方針転換が行われてくるようになると、おそらくこんな数では到底収まらなくなってくるだろうとは想像出来る話です。
いわゆる延命処置の中止ということは以前から刑事罰の対象とすべきかどうか、そもそも故意に人の命を失わせることが医療と言えるのかなど様々な議論になっていますが、社会的に見ますと何ら実りのないままただ延命のための処置だけを続けることは見るに忍びないという声は一定数あり、それに対して処置中止を法的にも可能にすべきだと超党派議員連なども立法に向けて動いているという事実があります。
終末期と言っても様々な状態があって、例えば記事にも出てくる末期癌のケースなどでは根本原因に対しての治療がない以上例え処置を行い救命が出来たとしてもいわば人生で一番苦しい時期をさらに長く引き延ばすだけということにもなりかねず、記事の最後に取り上げられたようなあくまで積極医療を希望されたケースとは家族の心情的にも全く違ったものになるだろうとは理解出来ますよね。
それだけに根強い反対論に対してはあくまでも義務でも何でもなく、本人と家族の選択肢を広げるためであるという大原則を繰り返し根気強く説明するしかないのでしょうが、脳死移植などと同様次第に症例が蓄積し一般化すればそれ自体が社会意識の変化をもたらし、最終的には落ち着くべきところに落ち着いていくのではないかと思います。

ただいずれにしても共通するのは医学的に終末期であると認定されれば、本人の意志よりも家族の意向が尊重されるということなのですが、患者の自己決定権というものが尊重される現代医療においてやはりこの部分に引っかかりを感じる人は少なくないようで、中には小児脳死移植などと同様犯罪的行為が関わってくる可能性に言及する人もいますよね。
何かあった際にやはりトラブルなどになるのは本人とではなく家族との間で起こることである以上、死にゆく人よりも後に残される人の意志を無視出来ないのは医療機関側としても当然のこととは言え、実のところ自己決定権などという話とは全く別な理由からとは言え日本では古くから問題視されてきたところではありました。

終末期医療:患者本人より、家族の意思を尊重(2007年2月19日医療・医学ニュース)

がんの治療方針や急変時の延命処置などを決定する際、患者本人が意思表示できる場合でも、まず家族の意向を優先している病院が約半数の46.6%に上ることが、厚生労働省研究班(主任研究者、松島英介・東京医科歯科大助教授)の調査で分かった。
家族の意向を優先する理由として半数以上の54.6%は「家族とのトラブルを避けるため」と回答しており、患者の意思が十分尊重されていない実態が浮かんだ。

がん患者やその家族は、手術や抗がん剤など治療方法の選択、急変時には人工呼吸器や心臓マッサージなどの延命処置をするかどうかなどの決定を迫られる。
調査は、余命6カ月以内と診断された終末期のがん患者が入院している可能性の高い全国4911の一般病院(産科、リハビリ専門などを除く)を対象に昨年11~12月に実施し、1499施設から回答を得た。

患者が意思決定できる場合に限定し、治療方針などを決める際に誰の意思を確認するか尋ねたところ、「(患者本人に意向を尋ねるかどうかも含めて)先に家族の意向を確認」と回答したのが46.6%(有効回答中の割合、674施設)
最多は「患者、家族双方に確認」(同48.7%、704施設)で、「患者本人だけで十分」としたのは0.8%(11施設)にとどまった

家族の意向を尊重する理由(複数回答)は、「本人の意思決定だけで判断すると家族から不満を言われる」(70.6%)、「家族とのトラブルを避けるため」(54.6%)など。65.9%の病院は患者本人に病名を伝えており、告知の有無にかかわらず、家族との摩擦を恐れる傾向がうかがわれた。「患者の意思を直接聞くことは終末期という状況になじまない」(24.8%)という回答もあった。

厚労省が昨年9月に公表した終末期医療の指針案では患者の意思(推定を含む)に基づいて方針を決定するとしているが、松島助教授は「日本の場合、まだ患者の意思は二の次になることが多いという現状を踏まえた議論が必要ではないか。患者本人の意思を尊重するには、精神的サポートのできる人材の育成が欠かせない」と話している。

調査ではこのほか、ベッド数が少ない病院や入院患者に占める終末期患者の割合が多い病院ほど、家族の意向を優先する傾向が強いことも分かった。
松島助教授は「中小規模の病院ではスタッフも少なく、意思確認のために患者本人の精神状態に普段以上に配慮したり、患者と家族の希望が異なった場合に対処する余裕がないのではないか」と分析している。

この5年前の時点で2/3の病院では患者本人に病名を伝えているということなんですが、逆に言えば当座の緊急性もない重大疾患においても実に1/3が本人の知らない間に話が進んでいるというのは欧米諸国などではちょっと考えられないような話ではあるのですが、回答を見ても判る通り必ずしも後日のトラブルを恐れてというだけの理由ではないという点に留意すべきでしょう。
日本の場合もともと癌などを本人に告知するようになったのもむしろ最近になってのことで、一昔前には本人に何ら病名なども告げることなく手術をしたり抗癌剤治療を行ったりということが当たり前に行われてきたことを考えると、おそらく長年勤続している古い時代の教育を受けた先生方が中心になって回しているだろうベッド数の少ない小病院ほど家族の意向を優先するというのは非常に首肯できる話です。
ただそれは病気で苦しんでいる患者本人にさらに余計な心的負担をかけないようにといういわば日本的な配慮から行われてきたことであって、一方で最近主流となっている欧米流の自己決定権優先の医療の中で行われている防衛医療的な家族対策とは全く異なった論理に基づく行為なのですが、形の上では両者がいずれも同じ方向であるというのは興味深い現象ですよね。

もちろん家族はもとより患者本人も(病気そのものは別として)全てに満足しての大往生であることが理想的ですが、例え本人が「ふざけるな!こんな病院で死んでたまるか!」と大騒ぎしていても家族さえ大満足であれば病院側としては何ら困ったことにはならない以上、敢えて面倒を抱え込むリスクを負ってまで本人意志を尊重する理由付けがないということになってしまいます。
今後終末期医療が単に最善を尽くせばそれでよかった時代から敢えて医療行為を手控えるようになってくれば、究極的には死にたくないという本人の意志を無視して人の生死を周囲が決めるということにもなってくるわけですが、そこであくまで本人意志を尊重しろというなら単に倫理的な訴えかけのみならず、医療機関側にもモチベーションとなり得る何らかのインセンティブをも考えていかなければ実効性が伴わないでしょうね。
かつては身寄りのないご老人などが「すまないが俺の死に水を取ってくれ。そのかわり遺産は全部お前にやるから」と赤の他人に頼むということも結構行われていたようですが、顧客満足度が診療報酬にも反映されるようになればこれまた終末期医療が大きく変わる要因になるのでしょうか?

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2012年7月16日 (月)

上小阿仁村 またしても医師が逃散

また逃げたというよりもむしろ、え?まだいたの?という気持ちの方が先に立つニュースなのですが、ともかく世に未だ情弱の種は尽きまじということなんでしょうか?

上小阿仁村の公募医師が辞意 3人連続1年で/秋田(2012年7月14日さきがけ)

 上小阿仁村の村立上小阿仁国保診療所長を務める男性医師(49)が、村に辞意を伝えていたことが13日分かった。退職日は未定。村は慰留を諦め、無医村を避けるため後任探しを始めた。村では連続して3人が就任から1年ほどで辞意を示したことになる。

 村によると、医師はことし5月、診療所事務長を通じて村に辞意を伝えた。中田吉穂村長が直接慰留に努めたが、意思は変わらなかった。村は後任が決まるまで診療の継続を期待している。

 医師は昨年6月、村の公募に応じて北海道北見市から赴任した。退職理由について、取材に「内地の気候が合わないからで、後は特にない」と話した。

 前任の女性医師は京都府福知山市から2009年1月に就任したが、一部住民との不和が原因で10年2月に辞意を示した。多くの村民の慰留で一度は辞意を撤回したが、後任が見つかったのを機に昨年5月末に退職した。

 この女性医師の前の男性医師は、公募で採用された初めての医師。07年11月に栃木県日光市から赴任し、翌年末で退職したが、辞表提出後、村の広報誌に「村執行部の医師に対する見方、接し方、処遇の仕方の中に医師の頑張る意欲をなくさせるものがあった」「次の医師が見つかっても、その人も同じような挫折をすることになりかねない」などとする意見を掲載、波紋を広げた

さすがに3年連続全く同じニュースが続くと「もうこのネタ秋田」と言いたくなってきますけれども、むしろ気になるのが49歳という高齢とも言い難い年齢の医師が今どきこんなトラップに引っかかるとは、一体それはどんな情弱なのか?と言う気がしないでもありません。
当の医師は取材に対して「内地の気候が合わないからで、後は特にない」などとよく判らないことを語ったということなんですが、もちろん北見と比べれば気候も相応に異なっては来るのでしょうが、やはり過去の経緯からすると今回も同じようなことが少なからずあったのだろうなとは想像されるところですよね。
ちなみにこの「聖地」上小阿仁村における一連の出来事の経緯については当「ぐり研」でも何度か取り上げて来たところですが、「新小児科医のつぶやき」さんが非常に丁寧にまとめられていますのでご参照いただければ話が早いかと思います。

【参考】上小阿仁村後日談(2012年3月31日新小児科医のつぶやき)

しかし秋田の片田舎にある小さな村なんて誰も知らないのが当たり前でしょうに、こうして毎年の恒例行事によって今や全国に名を轟かせることになったのですから良い村おこしにはなったのでしょうか?
上記「新小児科医のつぶやき」さんの方でまとめていただいた過去の経緯に今回のニュースまでの追加情報を有志の方がまとめていただいていますので、せっかくですから引用させていただきたいと思いますが、何しろここまで見事に同じパターンの繰り返しというのも芸がなさ過ぎるというものではないかとも思います。

2007年04月 小林前村長が24年ぶりの選挙の末に当選
2007年05月 前々々任の医師が退職
2007年11月 前々任の医師が就職      6ヶ月の無医村状態が解消
2008年03月 前々任の医師が辞意を表明  前々任医師が辞意表明まで4ヶ月
2008年05月 前々任の医師が退職      前々任医師は6ヶ月で辞職
2008年09月 前任の医師が応募
2009年01月 前任の医師が就職        8ヶ月の無医村状態が解消
2010年02月 前任の医師が辞意を表明    前任の医師が辞意表明まで13ヶ月
2011年05月 中田村長就任
2011年06月 現在の男性医師(49)が公募で赴任
2012年07月 現在の医師が辞意を表明    現在のの医師が辞意表明まで13ヶ月

今回辞意を表明した男性医師のキャリアは明らかになってはいませんが、前任地が北見ということであれば相応に僻地診療に通じているベテランだったと考えるべきでしょうし、その前任2名に至っては海外僻地にも赴任して活躍していたようなプロフェッショナルの中のプロフェッショナルであったわけですが、それでもダメだったというのはやはり医療以外の面で大きな問題があると考えるしかありません。
かねて噂に聞くところでは同村では村長選で村を二分する戦いになっていて、医者を連れてくれば村長のポイントになるということから対立候補支持者の側は意地でも医者を追い出そうと頑張っているそうですが、そうした政治的対立に基づく「ためにする医者いじめ」に加えてどうやら以前から自前の医療機関を維持すべきかどうかで村を二分する議論が続いているらしいのですね。
秋田で村と言いますからどんな僻地だと思ってしまいますが、公共交通機関にこそ恵まれていないとは言え村役場から5km圏内には診療所が、そして10km圏内には隣の北秋田市の総合病院もあると言うのですから、わずか人口2500人の小自治体が巨額の赤字を垂れ流しながら自前で医者を雇い診療所を維持するよりも、素直に無医村になって隣町までの交通確保に務めた方が身の丈にあっているという考えは一理あります。

これも噂に聞くところによればこの診療所問題はどうも世代間対立の様相を呈しているということで、無駄な税金を使われるくらいなら車で隣町まで行くわという現役世代は廃止を支持し、移動の足もないんだし歩いていける村内に医者くらいおいてくれと言う年金世代は断固存続を主張しているというのは、かつて医師解雇に大喜びしたD○N村民がそろって若年者ばかりだったという事実とも符合する話です。
実際に同村では平成18年からボランティア有志を募り上小阿仁村移送サービス協会なるNPO法人を立ち上げ、村民を対象にタクシー料金の1/5程度での有償運送事業を開始し順調に利用者も伸びており、さらに近隣駅への乗り合いタクシー運行も開始しているというのですから、別にこのまま診療所廃止で何ら問題ないんじゃない?とは感じられる状況です。
ただし話を聞いてみるとこの運送事業も開始にあたって他ならぬ村議会から熱烈な反対があったようで、しかもその反対の理由というのが「病院帰りにスーパーで買い物されると、村内の店が売れなくなる」からだと言うのですからまさしく典型的な僻地住民の発想というもので、やはりこの問題の背景にも彼ら住民のものの考え方が大いに関係していると考えるべきなのでしょう。
そもそも前医が退職したのも住民票を村内に移せ、給料を減らせと要求されたのも一因という声もあり、結局田舎者にとっては余所者が村の金を奪って村外に持ち出すなど到底許されがたい行為であって、たかだか1億数千万の税収に対して公務員人件費だけで4億4千万というちょっと非常識に見える財政状況も、村の金は全て村のものという発想からすればごく当たり前のことなのかも知れません。
その発想の行き着くところ村立診療所の医者なら「誰が金を払ってると思ってるんだ」と好き放題我が儘が言えるが、町外の病院では強い態度に出にくいという「負い目」も感じているからこその診療所廃止反対論なのかも知れませんが、ただ実際問題として村の都合で廃止が決まったとして、受け入れる周辺市町村の側がウェルカムであるかどうかはまた別問題ですよね。

元々同村が合併協議から離脱し単独存続を決定した経緯というのも合併すれば村に落ちる交付金が減って損だとか、村の誇る秋田杉の山林は自分達固有の財産だからといった金絡みの理由が大きかったとも言うのですが、そこまで金金とうるさい上小阿仁の人々が今さらどの面下げて他人の懐で維持されている村外の医療機関に受診するのかということですし、来られる側もどう対応すべきか迷うでしょう。
今どき田舎の自治体病院など赤字ジェネレーターであることは周知の通りですが、特に当「ぐり研」でも取り上げて来た埼玉千葉のケースを見ても判る通り、昨今では田舎自治体が「いやあ、うちの自前の病院はダメになっちゃったんでねえ」と言っては近隣市町村の病院に患者を次々と送りつけてくる「医療タダ乗り」が大きな問題となっていて、タダ乗りされている側では他地域からの患者受け入れ制限も検討している程です。
ましてや今回のケースでは合併協議を巡ってのいわくもある訳ですし、医療従事者にしてもこれだけ聖地として全国に名を轟かせた同村からの患者受け入れなど有り難くない話でしょうから、存続させて新たな医師探しをするにしろ廃止にして隣町に依存するにしろ、いずれにしても同村としてきちんと過去を総括し改めるべきところは改める必要があるはずですけどね。
無論のこと、そんな殊勝な心がけがあるようなタマでもないだろうということで今後の展開に期待が高まってくるのは当然なのですが、ここまで来ると単なる情弱に留まらず怖い物見たさで「我こそは」と名乗りを上げてくれる医師が現れないものかとも思ってしまいます。

| | コメント (35) | トラックバック (1)

2012年7月15日 (日)

今日のぐり:「焼肉処 蛮蛮」

先日ごく地味なこういうニュースが出ていたことをご覧になったでしょうか。

自然界に単体フッ素=鉱物で確認、定説覆す-独大学(2012年7月6日時事ドットコム)

 フッ素は自然界には単体のフッ素分子の形で存在しないとされてきたが、ドイツで産出する鉱物「アントゾナイト」には単体のフッ素分子が微量含まれることが確認された。ミュンヘン工科大などの研究チームが高精度な分析で定説を覆し、6日までにドイツ化学会誌に発表した。

このフッ素という物質が極めて反応性の高い物質であることは古来知られているところで、その分離に至るまでの長い長い苦闘の歴史は故アイザック・アジモフがそのものずばりなタイトルの一文「実験室に死す(アシモフの科学エッセイ「地球から宇宙へ」収録)」に取り上げているくらいですが、しかしこんなことがあるなどと誰が考えたことでしょうね。
今日はミュンヘン工科大チームの挙げた素晴らしい成果に敬意を表して、世界中からこれはすごい!という偉業の数々を取り上げてみたいと思いますけれども、まずは夏向きのこんな話題はいかがでしょうか。

スイカをくりぬいたらこうなった?!思わずのけぞるスイカアートが話題に(2012年6月26日秒刊サンデー)

夏といえばスイカ。ただカットして食べるだけでなく、半分にした中身を繰り抜いてフルーツパンチにしたりと食べ方は様々。そんな、夏の風物詩のスイカを驚きの技術でアートにしてしまった写真がTwitterで話題となっています。
投稿した方が作ったのかどうかは定かではないのですが、そのクオリティの高さは「これが本当にスイカ?!」と驚くほどです。
まずはこちら。

(画像)

どうでしょうか?食べられるとわかっていても、これを食べたら何かに取り憑かれてしまいそうな出来栄え。子どもにこれを見せたら、トラウマになってしまいそうですね。
続いてこちら。

(画像)

舌までリアルに再現されたスイカの口の中・・・。
人間に食べられてばかりいることに耐えかねたスイカが、逆に人間を食べようとしているかのようです。この歯に噛み付かれたら、とっても痛そう・・・。
最後はこちら。

(画像)

これまでのスイカアートと比較すると、可愛らしく見えます。女性を模しているのでしょうか?
とはいえ、いずれも食べてしまうにはもったいない出来栄え。
ただ、こんなアートなスイカが暗い部屋にぽつんと置かれていたら、暑い夏の夜も涼しく過ごせそうな気がします。皆さんも是非、この夏スイカアートにチャレンジして見ませんか?

いや、可愛らしいかどうかはかなり主観の別れそうなところですし、そもそも食べようという気になるかどうかも微妙なところなんですが、とにかくもの凄い上にまさに身体を一気にクールダウンさせてくれそうなほど夏向きだな作品ばかりですよね…
こちらは「いったい何が起こった?!」と一部方面でちょっとした話題になったニュースですが、まずは記事から紹介してみましょう。

台風で逃亡したリス、「30匹中38匹」捕獲 逃げた数より増えた?/東京(2012年6月28日AFP)

【6月28日 AFP】東京都武蔵野市の「井の頭自然文化園(Inokashira Park Zoo)」は28日、台風で飼育施設が破損し逃げ出したリス約30匹について、予想を上回る38匹を捕獲したことを明らかにした。

 同園では台風4号に見舞われた前週、強風による倒木でリスの展示施設の金網が破れ、リスが脱出。職員らが「逃亡」したリスの捜索を続けていた。だが逃げたリスは約30匹で、今回、捕獲したのは38匹。

 予想していた数を上回る捕獲結果に、同園は公園に生息していた野生のリスも含まれている可能性について、「確認してみないとわからない」と話している。

昨今何かと予定通りにいかない世の中にあって逃げだした30匹のリスが38匹になって帰ってきたというのは大変な成果ですけれども、しかし元々野生のリスが住んでいるのであればそのまま放置しておいてもよかったような気がしないでもないんですが…
こちら未だに人気絶頂のTDLからの話題ですが、これは確かに凄いというしかないものですよね。

雨上がりのディズニーランドの『掃除キャスト』が只者ではないと話題に/千葉(2012年7月8日秒刊SUNDAY)

ディズニーと言えば目を見張る夢のような建造物と、他では体感できない新感覚のアトラクションが楽しさのポイントではありますが、実はそれ以外にも度肝を抜かれるような体感をさせてくれるスタッフがいると言うのです。それが、何を隠そうあの掃除キャスト。え?あの掃除キャストってただ掃除をしているだけじゃないの?いえいえそんなことはないのです。

画像Twitpic

噂によると、雨上がりのディズニーランドに行くと写真のように、地面にミッキーを書いてくれるキャストがいると言うのです。ちょっとまって、仕事中にしかも掃除スタッフが、上司の目を盗んでこんなアソビをしているなんて、天下のオリエンタルランドが許さないんじゃないの?と思うかもしれないが実はこれ、列記としたサービスで、通称隠れミッキーと呼ばれる。
写真のミッキーは隠れるわけでもなく、そのものとして描かれているが、耳や顔だけのシルエットで構成された隠れミッキーを描くキャストや、水たまりを利用するだけではなく、落ち葉を使って隠れミッキーを作るキャストもいるようだ。

画像

こちらは、落ち葉で隠れミッキーを描くキャスト。どのキャストがこのような隠れミッキーを描いてくれるのかは不明で、シークレットとなっている。必ずしも書いてくれるわけではなく、気付くとこそこそと人目のつかない場所で作業をし、居なくなっているという。
推測だが、隠れミッキーは日々練習を重ね、うまくできるようになったら、こそこそと披露するのではないかと思われる。
ちなみに、その他報告されているキャストの特殊な能力については以下のような例がある

・掃除キャストに『何を集めているのですか?』と聞くと『星のくず』と答えるキャストがいる。
・落ち葉を集めて隠れミッキーを描くキャストがいる。
・水たまりの水で隠れミッキーを描くキャストがいる。
・パントマイムで掃除をするキャストがいる。
・マリオのようなジャンプ音を奏でるキャストがいる。

実際にいるかどうかは不明だが、居たとしても不思議ではないしそれを見つけるのも
ディズニーランドのだいご味と言えるだろう。
気付くとミッキーよりもキャストのほうが人気が出ていたりなんてこともあるかも。

いやしかしすごいのもすごいんですが、こうやって描いてみたところで人知れず消えていくだけのものなんですけれども、そこにこれだけの労力をかけてしまうというのが何ともおもしろい話ですよねえ…
「のだめカンタービレ」では冒頭で音大生である主人公達二人が全く息の合わない演奏をしてしまうシーンがありましたが、こちらは素人なのに息ぴったりという全く真逆なケースです。

素人と音楽の先生のピアノセッションがアドリブなのに名曲すぎる 神が降りてきたな(2012年7月4日ねとらぼ)

 ピアノが弾けなくても、隣に上手な人がいれば、2人のピアノセッションは成立するものなんですね。それを証明しているのが、全編アドリブのこちらの動画「ピアノ歴0年だけど、音楽の先生にピアノセッションを挑んでみた」です。

僕:ピアノは全然できませんが、ピアノセッションしてください。
先生:わかった。じゃあ君は適当にピアノで遊んでていいよ。
僕:はい。

 そんな会話で始まった(動画ページより)という2人のセッション。奥に「先生」、手前に「僕」が座り、連弾を始めました。「ピアノ歴0年」の僕が適当に音を鳴らすと、先生がそれに合う伴奏を付けていきます。あらやだ……物悲しくて切ないメロディーの出来上がり。そのままゲーム音楽などに使えそうです。すごいぞ!
 途中からは、逆に先生のペースに引き込まれるように、僕の手が速くなり、曲もテンポアップしました。「先生すげえwww」「先生に操られてる」「神が降りてきた」「逆に右が奇才に見えてくる不思議」と、動画のコメントは大盛り上がり。「良い曲じゃねえかよ」と、視聴者からも絶賛されていて謎の感動がこみ上げてきます。
 動画ページの説明によると、先生は「療法的音楽教室で、障害児と一緒に動画のような即興連弾をするという活動もしています」とのことです。音楽って面白い!

その実際はリンク先の動画を是非参照いただきたいと思いますけれども、しかしセンセイもすごいんでしょうがピアノが全然出来ないのにその道のプロに挑みかかっていく「僕」の方もただ者ではないと思ってしまうのは自分だけでしょうか?
あまりに凄すぎると素人にはちょっとよく判らないということがままありますが、こちら何をやっているのかよく判らないくらい凄いというニュースです。

【神業動画】ヨーヨー世界一の日本人が「2012年全日本ヨーヨー選手権」で披露したヨーヨープレイがハンパない!(2012年7月5日ロケットニュース24)

スポーツでも芸術でも、どんな分野でも日本人が「世界一」の地位にいるのは誇らしげな気持ちになる。よくぞやってくれた! ありがとう! といった具合である。
ということで今回ご紹介したい世界一の日本人は、ヨーヨーパフォーマーの鈴木裕之(すずきひろゆき)さん23歳。彼は日本大会、アジア大会、そして世界大会でも連覇を成し遂げるヨーヨー界の生きる伝説。ギネス記録まで持っている。
そんな鈴木さんは、2012年6月30日~7月1日の期間で行われた「2012年全日本ヨーヨー選手権(2012 Japan National Yo-Yo Contest)」でも見事優勝。彼のプレイはYouTubeにも動画としてアップされており、必見の内容となっている。
動画のタイトルは「YoYoFactory Presents: Hiroyuki Suzuki 2012 Japan National 1A Champion」だ。音楽にあわせてヨーヨーを巧みにあやつる鈴木さんのプレイを一言で言うならば、まさに神業、これぞ世界一のプレイといったところ。
しかし、あまりにも凄すぎて「もはや何をやってるのかわからない」といったレベルにまで到達している。プレイ中に観客席から「おおおーっ!」とあがる歓声をよく聞きながら動画を見ると、どのあたりがスゴイのかがより理解できることだろう。とにかくスゴイ! 必見だ!!

これまたリンク先には鈴木さん始め出場者の各人各様の名人芸が披露されているのですが、しかし素朴な疑問としてヨーヨーの世界記録ってどういうもの?と思っておりましたら、どうやら投げたヨーヨーをどれだけ長く回すことが出来るかということのようですね。
お次はあれもそうだったのか?!と愕然とすべきでしょうか、数々の伝説で知られているあのお方が、またも新たな伝説の1ページを書き加えたというニュースです。

タレントの東原亜希さんがブログで「パンダ」「8時30」と書いた翌日の8時30分に上野のパンダ赤ちゃんが死亡(2012年7月11日ロケットニュース24)

タレントの東原亜希さんといえば、柔道金メダリスト井上康生選手の妻としても有名だが、自身のブログに書いたことが数日後に “現実”のものとなってしまうことでも有名である。しかし決して明るい現実ではなく、ほとんどの場合が悲劇的な現実である。
この悲しくも不思議な現象のことを、インターネット上では『東原亜希のデスブログ』と呼んでいるが、また新たなデスブログ伝説が作られてしまった。以下は、昨日7月10日の午後21時ごろに東原さんが書いたブログからの引用である。

・東原さんのブログ書き込み

「寝た寝た~こどもたち寝ると本当にほっとする!! 今日は8時30に2人とも爆睡★」「全然関係ないけどさ パンダでも育児放棄するんだと思うと ちょっと励まされるよね。。。」(東原さんのブログより引用)

この投稿の翌日、正確には数時間後の7月11日午前8時30分ごろ、上野のパンダの赤ちゃんが死亡した。このニュースは大々的に報じられているので、ご存知の人も多いはず。ちなみにインターネットユーザーらは、あまりにも正確に予言する東原さんのブログに対し以下のような反応を示している。

・東原さんに対するインターネットユーザーの反応

「死亡時刻まで予言してたか。恐ろしすぎる」
「最近のデスブログはマジで洒落にならなくなってきたな…」
「この人はそろそろマジなのか?マジで能力者なのか?」
「やっぱりこいつは本物だ…」
「さすがデスブログ・・・」
「またかよ」
「東原亜希はもはや兵器」
「東原亜希はもうブログやめた方が…」

……と、驚きを隠せないようだ。また、とあるユーザーは「東原亜希に関しては、面白がって言っている訳でなく、かなり強力な言霊の能力を持っている…… そう信じる以外、ないだろう」ともコメントしている。これまでにも数々の伝説を残してきた東原亜希さん。これは果たして偶然なのだろうか。それとも……!?

ま、いずれも劣らぬ不幸な出来事ばかりというのがどうなのかと思ってしまうのですが、しかし偶然もここまで重なると何やら気味が悪くなってくる人も出てくるでしょうね…
積年の願いを叶えるために努力を続けてきた人々という素晴らしい話題が二題ほど続くのですが、まずはこちらを紹介してみましょう。

8歳の時にレゴ社に就職したいと手紙→アドバイスを実行して15年後に夢をかなえる/英(2012年7月9日らばQ)

世界的に就職難と言われるこのご時世、子供の頃に夢見た仕事に就ける人はそう多くはありません。
イギリスのレゴを愛してやまない8歳の少年が、レゴ社にどうしたらそこで働けるのかと尋ねる手紙を出したそうです。
それ以来、手紙の返事通りに突き進み、23歳で見事レゴ社に就職を果たしたそうです。

小さな頃からとにかくレゴで何かを作るのが大好きだったというサム・ジョンソンさんは、両親に将来おもちゃのデザイナーになりたいと伝えていたそうです。
そして8歳の時、いったいどうしたらレゴ社で働けるようになるのか、レゴ社に手紙を書いて送ったそうです。
具体的に何が書いてあったのかは定かではありませんが、サムさんはもらったアドバイス通りに進路を決め、そして15年後の23歳になって、見事にレゴ社への就職を果たしたそうです。
レゴ社の広報によると、就職面接では、「レゴがいかに好きであるか」とか、「子供の時からよく遊んできた」とアピールする人はたくさんいるそうですが、サムさんの決心はとにかく強いもので、子供の頃のアドバイスの通りに人生を送って来たと言います。
最終的にはダービー大学で学士をとり、レゴ社の製品デザイナーとしてデンマークでの就職が決まったそうです。

実は少し前のニュースなのですが、夢のある話だと海外掲示板で話題に上っていました。
小さい頃からの夢が叶うというのはうらやましい話ですが、志を持ち続けて実行したからこそ、結果に結び付いたのでしょうね。

しかし8歳の頃の目標をずっと抱き続けて努力するというのも大変なものですが、伝え聞く数々のニュースを見てもそこまでレゴに入れ込んでいる人々が海外には多いということなんでしょうねえ…
最後に取り上げますのは同じく積年の夢のために努力してきた一人の人物と一人の女性の話題なのですが、まずは記事を紹介しましょう。

女性DJに11年越しの愛の告白、ファンレター返事の“約束”守る。/中国(2012年6月27日ナリナリドットコム)

数日前、中国のラジオ局で働く女性DJが微博(中国版ツイッター)に投稿した話題が「ロマンチックだ」「愛は素晴らしい」など、多くのネットユーザーから絶賛されている。6月26日10時現在、同投稿に対するコメントは12,000、転載は35,000を超えており、その数字はまだまだ伸びて行く勢いだ。

話題を呼んでいるのは、湖南交通頻道でDJを務める小海さんが、6月24日12時50分に投稿した内容。彼女は11年前、当時中学1年生の子どもから「彼女になってくれませんか?」という“愛の告白”が書かれたファンレターを受け取った。その子のことを大変かわいらしいと思った小海さんは、冗談で「清華大学か北京大学を卒業して、100万元(約1,250万円)を稼いだらまた教えてね!」と返事。もちろんこれは「立派な人になるよう勉強や仕事を頑張ってね!」とのエールだったのだが、それから11年という歳月が流れた今年の6月24日、“かつてファンレターを書いた子ども”と称する男性から、彼女に突如連絡が入った。

男性は「私はやり遂げました! いま、北京で暮らしていますが、プロジェクトが成功して100万元稼いだんです!」と近況を報告するとともに、記憶がおぼろげな小海さんに事情を説明。11年前にファンレターを出したこと、小海さんからの返事の内容などを明かし、その“約束”を守ったと電話口で伝えたという。

現在、小海さんには恋人がおり、男性にもすでに築かれた生活があるため、2人は「いつか機会があったら食事に行きましょう」とだけ約束して電話を切ったが、彼女の心は高鳴っていた。最初は何の話かまったく理解できず、男性が語る内容も信じられない思いだったが、自身が当時子ども向け番組か音楽番組を担当していたこと、多くの子どもからファンレターを受け取っていたことなどを思い出していくに連れ、徐々に気持ちが変化。この男性と思われる子どもの名前がラジオ局のメッセージ記録にいくつか残されていたことなども相まって、自身の微博で抑えられない気持ちを吐露したというわけだ。

この投稿は瞬く間に多くのネットユーザーが知るところに。そして、現在も小海さんのもとには「なんてロマンチックなんだ」「愛の力は偉大だ」などの絶賛の声が殺到している。

ここまで読んでいる限りでは確かにいいお話なんですが、しかし現在恋人もいるという小海さんが「心は高鳴って」おり「徐々に気持ちが変化」していっているというだけに、このままいい話で終わるのかどうか誰しも気になるところで、すでに口さがない人には「愛の力にではなく100万元に心動かされたんだろう」なんてことを言う人もいるようです。
このままロマンチックな出来事で終わるのか、それとも中国らしい思いがけないオチがつくのか、妙な続報が出てくるのを期待したいような遠慮したいような微妙なところでしょうか。

今日のぐり:「焼肉処 蛮蛮」

岡山市内は市役所の近く、商店街の一角にある焼き肉店がこちら「蛮蛮」さんで、今回久しぶりの来店ということになるのでしょうか。
場所柄競合店も多いのは理解出来るのですが、ちょうど斜め向かいも焼き肉店であるあたり、なんとなく同じ市内で真向かいに店を構える「浅月」と「冨士屋」の関係を思わせますね。
外観はコンクリート打ちっ放しの比較的小ぶりな建物なのですが、店内は三階の座敷席まで用意されていてそこそこの団体客にも対応出来るようになっているようです。

今回はデラックスセットなる数人向けのセットメニューを中心に石焼きビビンバや豆腐チゲ、キムチなど定番のものをいただいてみました。
セットの肉の方はさすがに安さだけが売りの店に比べると見た目も肉質もずっとまともなのですが、個人的にはちょっと濃いめのタレの味が前に出すぎていてもう少しシンプルに食べたいかなとも思わされますね。
豆腐チゲの方も同様にとにかくスープの味がわからなくなるくらい調味料の味が前面に出ていて、これがまだ豆腐や野菜など具だくさんであればともかくひたすらこの辛い汁だけを飲み続けるというのは、塩分制限のかけ声も高いこのご時世に正直ちょっとつらいかなと思ってしまいます。
一転してマイルドな味付けの石焼きビビンバは全体の組み立てはごくまともで、強いて言えばもう少し強めに焼いておいていただいた方がおこげが楽しめるかなという感じなのですが、こうして見るとご飯物とセットで味のバランスを取っているということなのでしょうか。
キムチなども辛さよりもうまみで食べさせる漬け物本来の楽しみ方も出来るものでいいのですが、いずれにしても全体に塩分濃度はともかく香辛料はさほどきついものではないのが味の特徴なのでしょうか。

価格帯的には特に高いというほどでもなくごく普通の町の焼き肉屋という水準で、その値段からすると肉の質なども決して悪くはないという印象ですが、これに加えてこちらでは食べ放題、飲み放題もあるようですから、沢山食べる人なら十分お値打ち感が出てくるのかなという気がします。
ただ親父さん自体はごく普通に人当たりのいい人なのですが、どうやらネイティブでないらしいせいもあってかバイトさん経由でのオーダーがやや通りにくいのが気になったところで、このあたりは今後の改善を期待したいですね。
設備面では場所柄宴会もそこそこ多いでしょうから、いささか旧式化しているトイレ自体もさることながら女性向けに洗面設備も充実していると喜ばれるかも知れません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月14日 (土)

凋落を続けるフジテレビ 故なきことではなさそうで

精神科医の和田秀樹氏が著書「テレビに破壊される脳」においてテレビを「マインドコントロールマシン」と呼び、国民が日々その洗脳を受けていると指摘していますが、洗脳云々を抜きにしても子供が視聴する時間帯にも平気で成人指定を要するような番組を放送するなど、以前から日本のテレビ業界の問題点は数多く指摘されてきました。
テレビ離れも盛んに言われ始めた時代にあってますます過激さを売りにする俗悪な番組が増えているという反発の声も根強くありますが、ここにきて一気にその反動が出てきているというべきなのか天網恢々疎にして漏らさずというべきなのか、ひと頃は視聴率競争でも優位に立っていたはずのフジテレビが視聴率低下のみならずどうもおかしいと評判になっているようですね。

不祥事続発で“魔の6月”になったフジテレビ(2012年6月30日リアルライブ)

 ニッポン放送とフジテレビの元アナウンサーで「つかちゃん」の愛称で親しまれた同局事業局勤務の塚越孝さんが、同局内の男子トイレ個室でスカーフで首をつって死んでいるのが26日、見つかった。遺書があったため、警視庁東京湾岸署は自殺とみて調べている。

 「塚越さんはその日の午後2時から出演予定の番組収録を無断欠席そのため、関係者が探していたところ、ガードマンが亡くなっているのを発見した。フジは今月、まるで呪われているかのように不祥事が続発していたが、最後の最後に最悪な事態が起こってしまった」(テレビ関係者)

 まず今月1日には朝の情報番組「ノンストップ!」で緊急地震速報のチャイム音が誤作動で流れ番組内で謝罪。同局は「機器の不調によるもの」と説明。12日には毒舌で知られていた米・ニューヨーク支局に勤務していた長谷川豊アナが「業務の規定に違反し、ニューヨーク滞在関連費用の不正使用があった」として、長谷川アナを降格処分とし、本社付けにしたと発表した。

 18日には、9日に放送されたバラエティー番組「めちゃ×2イケてるッ!」の企画が、急性アルコール中毒を招きかねない危険な飲み方を助長する内容だったとして、飲酒による事故で子どもを失った遺族らでつくる「イッキ飲み防止連絡協議会」「主婦連合会」など3団体が連名で同局に抗議文を送った。

 19日には、ロンドン五輪陸上男子やり投げ代表のディーン元気が、埼玉・所沢で公開練習を行い、30社80人のメディアが大挙集結したがフジテレビの姿はなし。それ以前に、早大サイドの意向に沿わない取材をしていたため、早大から取材拒否を通達されていることが発覚した。

 20日には同局の系列局のテレビ熊本の元ADの女性が「元同僚を100万円で始末してほしい」との文書を暴力団に送り、殺害を依頼したとして福岡県警に逮捕されていたことが報じられた。

 目立っただけでもこれだけの不祥事が相次ぎ、“魔の6月”となってしまった同局だが、こんな「放送事故」もあったという。

 「7日に夕方のニュース番組『スーパーニュース』でサッカー日本代表・香川真司が英の名門クラブ、マンチェスター・ユナイテッド移籍に正式に合意したことを伝えた際、同じ香川でも俳優・香川照之が市川車中として歌舞伎の舞台に立った時の顔写真が使われた。おめでたい話題ということで、特に謝罪はなく、ネット上で話題になっただけだった」(芸能記者)

 そして、月末の塚越さんの自殺…。

 今月は同局が2度振り返りたくない“黒歴史”となってしまったようだ。

塚越氏の不幸にフジテレビがどの程度関与しているものなのか現状では何とも言えませんけれども、記事中にもある長谷川アナの不正問題などを見ますと「まさかあの人が?!」ではなく「いつか何かやからすと思っていた」という声が多数にのぼるなど、どうも以前から芳しからぬ噂は少なからずあったようで、彼らお得意のフレーズを用いるなら任命責任が問われそうですかね。
特にニュースを見ていて気になるのが今年になってフジテレビの番組中で幾つか人命にも関わる重大事故が発生しているという洒落にならない話なんですが、こちらなども「まさか?!」と言うよりも「いつかは、と思っていた」と言う方がより適切でしょうし、こうした大事故を起こしているにも関わらず一向に報道もされないまま再発を繰り返しているのもどうなのかですよね。

フジの番組収録中にまた芸人が重傷事故…「殺人テレビ」と怒り(2012年2月3日livedoorニュース)

2日、お笑いコンビ“ずん”のやす(42)がフジテレビのバラエティー番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」の収録中に事故に遭い、第2腰椎破裂骨折などのケガを負ったとサンケイスポーツなどが報じ、ネット掲示板で波紋を呼んでいる。

記事によると、

    2日午後5時ごろ、やすはゲレンデで水上スキー用のゴムボートに乗って、タイムを競うゲームに挑戦。約150メートル滑り下り、雪のスロープで減速して停止するはずだったが、勢い余ってスロープを乗り越え、約4メートル転落して小屋に激突。腰を強打した。相方の飯尾和樹(43)も収録に参加していた。
    やすは新潟県内の病院に救急搬送され、「第2腰椎破裂骨折 第1腰椎両側突起骨折等」と診断された。3日早朝に都内の病院に搬送され、本格的な治療を受ける。

と、事故の信じがたい詳細を報じており、ネット掲示板では番組への批判が殺到した。

同番組では、過去にも“人間大砲”で骨折事故が起きていたことなどから、「とんねるずを永久追放しろ」「悪ふざけを子どもがまねしそうだからやめてほしい」「弱い者イジメをして笑いをとってるから見てて気分が悪い」など、とんねるずへの批判も数多く寄せられている。
(略)

週刊文春が「火渡りで老人に重傷を負わせた最低の番組」とフジテレビ批判 / 火渡り→大火傷→移植手術→歩行不可(2012年3月6日ロケットニュース24)

人気雑誌『週刊文春』(文芸春秋)が、フジテレビのいい加減なバラエティー番組の現場を痛烈に批判している。問題視されているのは、2003~2004年にかけて放送された番組『退屈貴族』。その番組内で、一般人の老人を大火傷させたというのだ。

テレビ局が事故や不祥事を起こせばニュースや新聞等で報道されるものだが、この件は「表に出なかった出来事」だったようだ。それにしても、どうして老人が大火傷を負うことになってしまったのか?

『週刊文春』の情報によると、フジテレビは一般人の老人に番組出演を依頼。その老人は幽体離脱をしたり、火の上を歩くことができるという。番組が用意した灯油3リットルを地面に敷いたダンボール紙にまき、ライターで火をつけた

燃えさかる炎のなかを素足で歩いた老人。番組はそれを「東洋のランボー」と称して放送したそうだ。しかし撮影時、老人は重度の火傷を負ってしまったというのだ。フジテレビ側はそのまま老人を家に送ったものの、数日後にぶるぶる震えている老人の異変(大火傷)に気がついた親類が病院へ連れていった。

老人は重度の大火傷で、皮膚の移植手術をおこなったものの、歩けない状態になってしまったという……。『週刊文春』によると、現場にいたフジテレビの番組ディレクターK氏は、この老人の足の皮が火傷によってめくれあがっているのを見ていたという。
(略)
この老人は2007年9月に腎不全で亡くなった。『週刊文春』によると、腎機能の低下は「火傷によってもたらされたもの」としている。それが事実ならば「フジテレビの撮影がなかったら腎不全にならなかった可能性がある」といえるが……。

この記事はインターネット上でも物議を醸しており、「殺人だ」や「ひどすぎる」、「ディレクターは逮捕されなかったのか?」、「人殺しのテレビ局」、「火あぶりで殺すとはシャレにならない」など、痛烈なフジテレビに対する批判の声が集まっている。

この件に関して警察はろくに捜査をしなかったらしく、そのことについても「警察はいい加減すぎる」というの声が集まっている。灯油をまいて火をつけた地面を歩かせたら、老人がどうなるのか普通ならわかるようなものだが……。皆さんはどうお思いだろうか?

しかしこれ、実際の動画を見てみますと失礼ながらかれこれ正常な判断力を喪失しかねないようなお歳のご老人に見えるのですが、それを言葉巧みに出演させ灯油に火をつけた中を歩かせたというのですから普通に傷害致死事件だと思うのですけれどもね…
事故そのものもさることながら、事後の対応が報じられている通りであればいささか常識に外れているのではないかと思うのですが、どうもフジテレビ社内の綱紀が緩んできているのでしょうか、先日も滋賀のいじめ自殺事件に関して加害者とされる少年の実名が読み取れる書類を放送してしまうなど、ちょっとあり得ないような失態が続き話題になっているところです。
先日もフジテレビの番組中に登場したスーパーマーケットが酷すぎると大騒ぎになり、スーパーの側では謝罪コメントを出さざるを得ない事態に追い込まれてしまいましたが、これなどもいわば番組に協力してくれた企業に莫大な損害を与えたにも等しい行為でもあり、あまりに軽率すぎる取り上げ方だったと批判されても仕方のないところです。
それにしては普通であれば「しょせんテレビだから…」とため息一つで流されるような失敗も一気に大炎上に結びついてしまう、それもこれもフジテレビだからこそだという声も根強くあるのですが、同局の視聴率が低下の一途をたどっている背景を探っていくとやはり大きな社会運動にもなったあの一連の騒動の影響を考えないではいられないようです。

フジの視聴率低迷はテレビ欄の右端移動との見解が“失笑の的”(2012年7月3日週刊実話)

 フジテレビの視聴率が低迷している。
 その原因が、テレビ欄の位置移動のため、という見方が定着しつつある。大学教授や放送評論家がやたらこの意見を支持するため、信ぴょう性を帯びつつあるのだ。 
 心理学を得意とするある大学教授は 「人の視線は、まず左に誘導される傾向がある。そのため、テレビ欄では左端がもっとも有利。NHKは大変いい位置にいる」としたり顔で言う。

 だが、テレビ関係者の間では、こうしたテレビ欄の位置移動説が“失笑の対象”になっている。
 というのも、この「左優先視線」の説得力は何もないに等しいからだ。モノを見る場合、自分の関心事がある方向から見るのが普通。左から見る慣習が人間にあるとは初耳である。
 教授の見解でいけば、ど真ん中の位置にあるTBSは地デジ化で浮上してもおかしくないが、万年4位のままだ。

 やはり、低視聴率の原因は、フジという局の傲慢さや番組の問題に尽きるだろう。
 「強引な韓流押しと番組内で商品や自社番組をわからないように宣伝するステルスマーケティングがいまだに続いている。これでフジの局イメージは急落した。たしかに『フジだけは観ない』という連中は増えている」(テレビ誌編集者)

 それに、フジは“番組疲労”も起きている。色あせた『笑っていいとも』や『SMAP×SMAP』を意味なく続けているのも原因だ。
 フジ自身も薄々悟っているのか、テレビの広告ビジネスより、サンケイビルなどの買収で不動産事業に軸足を移している。テレビ局としての衰退は誰が見ても明らかだ。

ま、テレビ欄仮説の是非はともかく(苦笑)、ただでさえ若年者を中心に既存メディアに対して厳しい視線を送る人々が増えてきている中で、木で鼻をくくったような対応に終始したフジテレビに対しておもしろからぬ感情を抱いている人が少なからずいるのは確かでしょうね。
実際にその影響がどれくらいに及ぶかと言えばはっきりしたデータはないものの、例えばフジテレビ抗議デモ本などという到底売れそうにないジャンルの本が実は結構売れているなど、韓流云々以前にフジテレビの姿勢自体が世間の注目を浴びてしまったと言うことが「何をやっても突っ込まれる」という現状を招いているとも言えそうです。
フジテレビはもはや韓流と心中するという決意を固めているなんてことを言われましたが、飽きやすい国民性を反映してか一生懸命売り出し中のK-POPもすでに凋落傾向顕著と言われ、当のフジテレビ社内からも露骨に視聴率が下がると悲鳴すら聞こえてくる中で、かつて「視聴率が取れるので放送しているだけ」と豪語したフジテレビがその視聴率競争で凋落の一途をたどっているのも自業自得と言うしかないのでしょう。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2012年7月13日 (金)

救命救急士による医療行為はじまる

本日の本題に入る前に、近ごろではすっかり当初のマニフェスト放棄がデフォになったかのようにも見える民主党政権において、珍しく未だに言っていたんだなと思いつつ記事を読んでいましたのがこちら、政府の掲げる新たな経済成長戦略に登場する文言です。

環境・医療で新市場創設、「成長マネー」拡充も=日本再生戦略案(2012年7月10日ロイター)

[東京 10日 ロイター] 2020年までの成長戦略を描いた「日本再生戦略」の原案が10日、明らかになった。政府が掲げる名目経済成長率3%、実質2%の実現に向けて戦略的に重要な38の重点施策を示す。

環境関連や医療、介護などの分野で新市場を創設するほか、成長マネーの供給拡大に向けた年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)などの公的マネー改革も滑り込ませた。

日本再生戦略は、近く開催する国家戦略会議(議長・野田佳彦首相)でまとめ、月内に閣議決定される見通し。原案は、11の成長戦略と38の重点施策が柱。グリーン成長戦略と位置付けた環境関連では、50兆円超の新規市場の創出や140万人の新規雇用を盛り込んだ。

環境や介護、健康関連分野で約50兆円、284万人の雇用を創出するほか、科学技術イノベーション・情報通信戦略で官民合わせた研究開発投資をGDP比4%以上にすることなども明記。成長マネーの供給拡大に向けた公的マネー改革も盛った。

日銀には「デフレ脱却が確実となるまで強力な金融緩和を継続するよう期待する」とのスタンスを明確にした。

また、規制・制度改革、予算・財政投融資、税制など最適な政策手段を動員し、「2013年度予算編成プロセス等においてさらに対応を具体化する」と明記。過度な為替変動が経済・金融の安定に悪影響を及ぼすとし、「引き続き緊張感を持って市場の動向を注視し、適時適切に対応する」とした。

これだけですと何が何やらなのですが、ロイターの記事から医療分野での概略というものを引用してみますとこんな感じになるようです。

〔情報BOX〕日本再生戦略の原案概要(2012年7月10日ロイター)より抜粋

<ライフ成長戦略>

*医療・介護・健康関連サービスの需要に見合った産業育成と雇用の創出:新市場約50兆円、新規雇用284万人
(うち革新的医薬品・医療機器の創出並びに再生医療、個別化医療および生活支援ロボットの開発・実用化、先端医療の推進による経済波及効果:1.7兆円、新規雇用3万人)
(健康関連サービス産業:市場規模25兆円、新規雇用80万人)

*海外市場での医療機器・サービス等ヘルスケア関連産業での日本企業の獲得市場規模約20兆円

これを見ますと基本的に需要に見合って医療・介護業界を拡大させていくという方針に読めるのですが、医療財政が相変わらず緊縮を保たれている中で果たしてそんな巨大な新市場が獲得できるものなのか、少なからず疑問なしとしません。
ちなみに2010年1月に政府が発表した医療主導による成長戦略なるものを当時ご紹介したものですが、当時はこんなことを言っていたのですね。

医療・介護で新規雇用約280万人―政府が新成長戦略の基本方針(2010年1月4日CBニュース)より抜粋

 政府はこのほど、「新成長戦略」の基本方針を決定した。新たな需要の創造によって雇用を生み、国民生活の向上を目指す。「高い成長と雇用創出が見込める」として、成長けん引産業と明確に位置付けた医療・介護分野では、2020年までに新規雇用約280万人、新規市場約45兆円を創出することを目標として掲げた。
(略)
 医療・介護など健康分野では、サービスの基盤強化を柱の一つとして挙げた。具体的には、医師の養成数を増やすとともに、勤務環境や処遇を改善することにより、勤務医や医療・介護従事者を確保する。医療機関の機能分化や高度・専門的医療の集約化、介護施設や居住系サービスの増加を加速させ、質の高い医療・介護サービスを安定的に供給できる体制の整備を目指す。

 また、日本発の革新的な医薬品、医療・介護技術の研究開発促進も盛り込んだ。創薬ベンチャーの育成を推進するほか、新薬や再生医療などの先端医療技術、情報通信技術による遠隔医療システム、医療・介護ロボットなどの研究開発や実用化を促進する。そのため、ドラッグラグやデバイスラグの解消を喫緊の課題と指摘しており、治験環境の整備や承認審査の迅速化を進める。

 さらに、高齢者が住み慣れた地域で暮らすため、地域主導で地域医療の再生を図ることが重要と指摘。その上で、医療・介護・健康関連サービス提供者のネットワーク化による連携や、情報通信技術を活用した在宅での生活支援ツールの整備などを進めるとした。

 このほか、今後独居や介護が必要な高齢者が増加することを踏まえ、バリアフリー化された住宅の供給を促進することや、アジア市場での医療関連サービスの展開や医薬品などの海外販売を促進することなども盛り込まれている。
(略)

今回のライフ成長戦略では「医療・介護・健康関連サービスの需要に見合った産業育成と雇用の創出」が約50兆円、284万人の新規市場を目指すということで、これがちょうど前回の新成長戦略に見られる医療・介護分野での努力目標に相当するものだと思うのですが、それと並んで「海外市場での医療機器・サービス等ヘルスケア関連産業での日本企業の獲得市場約20兆円」という文言が目につきます。
無論、以前から今後はメディカルツーリズムにも力を入れますだとか、海外に日本の医療サービスを拡大していきますだとか言う話も出てはいたのですが、いずれも極めて限定的なニッチマーケットという印象が強く、いったいこんな巨大な数字がどこから出てきたものなのかと疑問に感じずにはいられません。
胃カメラなどは日本企業が実質的に世界市場を独占していますが、関節鏡など全部含めた内視鏡全部の世界市場で見ても2016年でやっと337億ドル(2.7兆円)規模だと言いますし、一体この20兆円市場をどうやって見つけてくるつもりなのか、そもそもどういう根拠で算出してきた数字なのか詳細を知りたくなりますよね。
ということで、いずれにしてもこのあたりは続報待ちということになろうかと思いますが、本日本題として取り上げますのが以前から議論の多かった救命救急士による医療行為の拡大がいよいよ実施段階に入ってきたという話題です。

救命士の医療行為拡大 実証研究モデル地域に/山梨(2012年7月11日読売新聞)

 救急救命士による医療行為を拡大し、救命率の向上を狙う国の実証研究のモデル地域に山梨県が選ばれた。11月からの3か月間、本人か家族の同意を得られた場合に限り、糖尿病患者らに対する処置を、医師の指示に基づいて救急救命士が行う

 実証研究は全国39か所のモデル地域で行われる。県内では、救急救命士196人全員が12日から、県立中央病院(甲府市)で実証研究に必要な研修を受ける予定だ。対象となる処置は、〈1〉低血糖になった糖尿病患者に対するブドウ糖溶液の投与〈2〉重症のぜんそく患者への吸入薬投与〈3〉心肺停止前のショック状態にある患者への点滴――の3種類。携帯電話などで医師の指示を受けて行われる

 8月1日から3か月間は、3種類の処置を行わない従来のデータを蓄積。11月1日からの実証研究開始後は、救命率向上や後遺症軽減などの効果があるかどうかを検証する。実証研究は1月に終了するが、期間中のデータによって効果が認められれば、2013年度にも救急救命士による処置範囲の拡大が正式に始まる

 実施主体は、県内の病院や消防本部でつくる県メディカルコントロール協議会。同協議会によると、ブドウ糖溶液の投与は、知能障害などの重い後遺症を回避でき、ぜんそく治療薬の吸入では、発作による死亡者の減少が期待される。また、心肺停止前の点滴が可能になれば、重い外傷を負ったり、失血が多かったりした場合、病院に搬送された直後に輸血が可能な状態を維持できるという。救急救命士による点滴は、心肺停止後しかできなかった。

 救急救命士が3種類の処置を行うためには、同意書への患者本人の署名か、家族の署名が必要となる。同協議会委員で山梨大医学部付属病院救急部の松田兼一教授は「処置範囲拡大が始まる11月までに、多くの患者に仕組みを説明し、いざという時にすぐ処置できるよう理解を得たい」と話している。

救急救命士 現場で三つの処置導入 千葉市11月から厚労省プログラムで/千葉(2012年6月29日東京新聞)

 千葉市は二十八日、救急搬送時の患者に対し、心肺機能停止前の点滴など、これまで医師しか認められなかった処置を、救急救命士が現場で施す実証研究に乗り出すと発表した。厚生労働省のプログラムに基づき、実際に患者に処置を行うのは十一月から来年三月まで。新たな救急処置の導入で、救命率の向上を目指す。

 対象となるのは心肺機能停止前の点滴のほか、低血糖発作を起こした糖尿病患者へのブドウ糖投与▽重症ぜんそく患者への気管支拡張剤の使用-の合わせて三つの処置。心肺機能が停止していない二十歳以上の患者に、本人、家族の同意を得て処置を行う

 市の救急救命士で、薬剤投与の認定を受けた七十四人が七月から専門の研修を受ける。実際に処置を行う際は、現場から携帯電話で指令センターに常駐する医師の指示を仰ぐ

 市によると、救急搬送される患者で、この三つの処置が必要なケースは年間約二百五十人いる。救命士が現場でいち早く処置できれば、後遺症の防止や救命率の向上につながるという。厚労省のプログラムには千葉市のほか、県内では木更津市、成田市などが参加している。   (宇田薫)

救命救急士の医療行為に関しては様々に議論がありますが、ある種の医療行為に関してはとにかく素早く行うということが非常に大事であるということ、そして諸外国においては救命救急士も医療専門教育を受けたスタッフとして相応の医療行為を行っているということはまず大前提としておかなければならないでしょう。
特にしばしば問題になるのが気管内挿管が是か非かといった話ですが、例えばひと頃から救急搬送が非常に難儀するようになり受け入れに時間がかかるようになったと騒がれている、その理由の一つとして現場で救命救急士が余計な医療行為をしようとして時間を無駄にしているからだという主張も一部から出ていたわけですね。
一方では以前からあちらこちらで騒がれた救命救急士の無許可での医療行為(すなわち違法行為ということですが)などは社会的にも倫理的にも未だ広く受け入れるところではないにしても、世間全般の規制緩和の流れに加えて医療専門職の不足が騒がれている中で、例えば介護施設のスタッフにも吸痰などをやらせてみましょうという話が一つ一つ実現してきた背景があります。
その意味で今回まずは限定的な地域で試行的に行ってみる、それも誰が見ても緊急性が高くリスクを利益が大きく上回るだろうと想像出来る行為に限って行っていくというのは無難なところだと思いますし、当面こうした実績を積み上げることで社会の認知も進み、いずれ次の段階に進むべきかやはり無理だったと中止するかという判断の根拠となるエヴィデンスも蓄積されていくことでしょう。

しかし実施面を考えて見ると必ずしも問題なしとしないところで、いずれも寸秒を争うような処置を本人あるいは家族の署名が必須だと言うのもおかしな話ですし、そもそも低血糖状態にある糖尿病患者の署名に法的効力が発生するものなのかどうか、昨今の交通事故における議論からしてもいささか考えてしまいますよね。
また当面はあくまでも医師の指示の元に行うということになっているのは確かに妥当ではあるのですが、例えば処置をした後になって実は禁忌であったことが判明した、あるいは実際にアレルギーなど有害事象が発生した際に、電話での限られたやりとりで指示を出すことを求められる医師が全責任を負うべきだと言われるとさすがに躊躇しますよね。
このあたりは元々消防救急は何かあった時にも現場スタッフ個人ではなく組織として対応するということが一番の強みであるわけですから、きちんとしたマニュアルを用意し原則として手順通りの作業を粛々と遂行するという形にしておいた方が、後々もめることになった場合にも良いのかなという気がしないでもありません。
その意味で指令センターに常駐することになる医師の責任は当面極めて重いということになるのですが、責任も取らせるというのであればどのような方法で人選が行われるのが妥当なのか、実際常駐した医師達の評判はどうなのかということも今後重要なデータとして蓄積していかなければならないでしょうね。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2012年7月12日 (木)

結核はもちろん過去の病気ではありませんが

忘れた頃にやってくるのが結核という病気ですが、今度は非常に大きな集団感染となったようで、しかも背景事情を知るほどに「起こるべくして起こった」という印象なのですね。

認知症治療病棟で結核感染78人、3人死亡/東京(2012年7月9日読売新聞)

 東京都は9日、医療法人岩尾会が運営する「東京青梅病院」(東京都青梅市)の認知症治療病棟(120床)で、今年2月以降、入院患者53人と職員25人の計78人が結核に集団感染したと発表した。

 10人が発症し、うち60歳代の男性患者3人が死亡した。

 都や同病院によると、認知症治療病棟で今年2月1日、肺炎症状のあった60歳代の男性患者が検査で肺結核と判明し、個室に隔離した。2日後には別の60歳代の男性患者が肺結核と分かった。2人は2月21日と4月12日に肺結核などで死亡。3月3日に誤嚥(ごえん)性肺炎で亡くなった60歳代の男性患者も、4月末になって肺結核だったと分かった

 同病棟には患者62人と職員53人の計115人がいたが、死亡した3人を除いて75人が感染した。この中で発症したのは職員3人を含む7人で、うち2人は転院、5人は同病院で治療を受けている。発症していない68人のうち48人は投薬を受けながら発症を抑え、20人は経過観察中という。

入院患者の徘徊などで拡大か 東京青梅病院の結核集団感染/東京(2012年7月9日産経新聞)

 東京都青梅市の精神科病院「東京青梅病院」(東京都青梅市)で、入院患者と職員が結核に集団感染し、このうち3人が死亡した問題で、都は9日、2月に結核と判明した入院患者の徘徊(はいかい)行為などで感染が広がった可能性があることを明らかにした。他人に感染させる恐れがある患者は個室で治療中といい、これ以上の感染拡大の可能性はないとしている。

 同病院では今年2月、入院患者2人が結核と判明。このうちの1人から感染が広がったとみられる。都福祉保健局によると、患者には徘徊行為があったほか、入院患者が病室ではなくホールで過ごすことが多かったこと、認知症のため発病に気づきにくかったことなどが拡大の要因という。

 今回、集団感染した78人のうち発病したのは認知症病棟に入院する60~80代の男女7人と、20代と40代の女性職員3人で、このうちいずれも60代の男性入院患者3人が死亡した。死因は1人が結核で、2人が誤嚥性肺炎だったという。肺炎で死亡した患者は誤嚥が多いなど結核が発病しやすい状況だったが、直接的な因果関係は不明という。

 都によると、10人以上の結核集団感染は平成17年6月以来。22年調査では都内の結核新規登録患者は3045人、死亡者は250人でともに全国最多。人口10万人当たりの罹患(りかん)率は全国3位、死亡率は9位という。

すでに亡くなった方々もいらっしゃるということでお悔やみを申し上げますが、当然ながらこうした状況での発生となれば見舞客やスタッフなどを介して広大な範囲に拡散している可能性が否定出来ず、都の公衆衛生担当者としても非常に頭が痛いところではないかと思います。
東京都の結核患者が非常に多いというのは西成区を抱える大阪と同様、山谷地区などで結核患者が非常に多いという事情もありますが、何しろ外国人も含めて人の出入りが多く、いざこうした感染症の集団発生が起こってしまうとその影響は非常に広範囲なものにならざるを得ません。
こうした結核の早期診断において今も胸部レントゲンの有用性は変わっていませんが、どうも胸部レントゲンなど肺癌検診目的には無意味であるという主張(これはこれで根拠があるのですが)が人口に膾炙されるようになってからと言うもの、「どうせ無意味ならレントゲンなんて撮っても仕方ないんじゃないの?」などと妙な誤解をする人が増えてきた印象があります。
先日も川崎市で結核の集団感染が発生した際にも、職場健診で異常を指摘されながら医療機関に受診しなかったことが感染を広げる一因となったということですが、こうした職場検診のレントゲンとは環境因子に起因する疾患のチェックに加えて、結核など集団感染を起こし得る感染症をチェックするためにも行われているのだということをもう一度認識していただきたいと思いますね。

公衆衛生学的な話はそれとして、今回集団感染が発生したのが認知症患者を収容する精神科病院であったということが非常に示唆的ではないかと思うのですが、元々精神科は身体的疾患の診療に関しては非常に不得手であるという事情もあって、ちょっと医学常識的にそれはどうよ?と思うようなとんでもない治療が漫然と行われているケースがままあります(無論、その逆も多々あるはずですが)。
咳が出た、しんどそうにしていると聞けばとりあえず抗生物質を使っておく、それも切れがいいと強力な抗生物質ばかりを使い耐性菌まみれにした挙げ句「肺炎です。後はよろしく」と精神科から送りつけられてきた患者を診てみれば心不全だった、なんて笑い話のような話もよくあることですが、今回のケースにしてもきちんと早い段階で適切な診断が為されていればこうまで大事にならなかったのかも知れません。
ただこのケースが精神科だけの特別な事例ではないと感じるのは、昨今こうした認知症症例の増加によってどこの療養型病床でも類似の患者が多数入院している、そしてこうした病床では診療に要する経費は出来高算定ではなく丸めの低額支払いですから、本来当然に行われてしかるべき検査や処置すらコストが取れないと省かれていることがままあるということですよね。

さすがに結核が過去の病気であるなどと考えている先生方は今どきそう多くはないのだと思いますが、薬や検査は可能な限り減らせと日々経営側から指導されている雇われ勤務医などにとって、損を承知で一体どこまでやっていいのか迷うところなしとしないのは想像に難くないところです。
近ごろは古い時代に結核治療を受けた人が高齢になってから再燃するというケースも問題視されていて、もともと日本は先進国では例外的に結核が多い中でとりわけ高齢者の結核対策が重要視されているのですから、医療機関の持ち出しに頼るのではなくきちんと対策をとろうというインセンティブが働くような診療報酬を考えていただくべきかと思いますね。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2012年7月11日 (水)

福岡地裁TIA判決の当事者曰く

本日の本題に入る前に、交通事故に絡んで一つの判決がかなり話題になっているようなのですが、こちらの記事から紹介してみましょう。

無罪:死亡事故起こした男性 視野狭まる難病知らず/奈良(2012年07月09日毎日新聞)

 奈良市で昨年3月、歩行者をはねて死亡させたとして自動車運転過失致死罪に問われた男性に対し、奈良地裁(今井輝幸裁判官)は9日、無罪(求刑・禁錮1年8月)を言い渡した。男性は視野が狭くなる難病「網膜色素変性症」であることを知らずに運転しており、「事故は病気が原因」として無罪を主張していた。今井裁判官は「網膜色素変性症により、被害者を見つけることができなかった疑いがある」と判断した。

 男性は奈良県宇陀市の農業、小林智被告(43)。判決は、小林被告の目の状態について「網膜色素変性症に罹患(りかん)し、正面はよく見えるがその周辺はドーナツ状に視野が欠けていた」とし、被害男性(当時69歳)を見つけられた可能性は低かったと指摘した。

 検察側は「前方注視義務を怠って運転していたのが事故の原因で、病気は関係ない」と主張した。しかし、判決は「前方を見ながらも歩行者を見つけることができなかったという被告の証言は信用できる」とした。また「網膜色素変性症はゆっくりと進行し、自覚することは困難」と述べ、罹患に気づかなかった責任を否定した。

 小林被告は昨年3月21日午後3時55分ごろ、奈良市の国道369号交差点で、前をよく見ずに軽貨物車を運転し、男性をはね死亡させたとして起訴された。【岡奈津希】

死亡事故起こした男性無罪「難病で見えなかった疑い」/奈良(2012年7月9日朝日新聞)

 軽トラックを運転中に道路を渡っていた男性(当時69)をはねて死亡させたとして、自動車運転過失致死罪に問われた奈良県宇陀(うだ)市の農業の男性(43)に対し、奈良地裁は9日、無罪(求刑禁錮1年8カ月)判決を言い渡した。今井輝幸(てるゆき)裁判官は、男性は視野が狭くなる難病「網膜色素変性症」で、「被害者を見つけられなかった疑いがある」と述べた。

 男性は昨年3月21日午後4時ごろ、奈良市の国道交差点で、軽トラックで男性をはねて死亡させたとして起訴された。捜査段階で容疑を認めたが、起訴後、病院で網膜色素変性症と診断され、公判で弁護側は「黒い残像のようなものを見たが、人であるかわからないまま像が消え、認識がないまま事故を起こした」と無罪を主張。検察側は「病気であっても前方注視の義務違反があった」としていた。

 判決は、男性は1.0以上の矯正視力があったために免許更新時に見過ごされたが、診察した医師の証言などから網膜色素変性症と認定。「正面中心部のごく一部(7~8度)はよく見えるが、その周囲は視野欠損状態で、被害者を視認できなかった可能性がある」と結論づけた。判決後、今井裁判官は現行の運転免許制度について、「(視力だけでなく)視野を検査するよう検討が必要だ」と述べた。

お亡くなりになった被害者はもちろん、加害者となった運転手にとっても何とも不幸なケースであったと思わざるを得ないのですが、ネット上では予想通りに「何このトンデモ判決」「これは仕方がない」と評価が真っ二つに分かれているようです(なお、あらためて言うまでもないことですが刑事の判決で無罪になったということで、民事の賠償責任は全く別問題です)。
特に網膜色素変性症の場合は周辺部から非常にゆっくりと視野が狭くなってくることから本人もなかなか気づかないと言うのですが、今回のようにかなり進行してくるまで(視野7~8度!正常なら60度~100度)正面の視力は保たれるということを考えると、運転免許の適性基準が視力と深視力だけで視野は問われていないということが気になってきますよね。
今回のケースにおいて疾患があるから無罪と判断された、それならば何故自分の運転に対して責任を負えない人間が自由に免許を取れるようになっているのかと言う声もあるだろうと思うのですが、裁判長もわざわざ言及しているように先日以来話題になっているてんかん患者や糖尿病患者による事故のケースなどと同様、免許取得の要件ということについて今後改めて議論になってくるのかも知れません。
ただこの視野検査というものは患者自身の自発的な協力があって初めて正しい検査として成立するもので、仮に視野検査が追加されたとしても手間暇を考えれば非常に簡易なものになるでしょうし、下手をすると形ばかりの検査になってしまうかも知れないですね(視力と異なり矯正手段もないわけですから、検査する側にしても微妙なケースは敢えて落としたくはないでしょう)。

さて、先日非専門医が一過性脳虚血発作(TIA)を見逃し脳梗塞になったと言う裁判があり、「教科書にも載っているのだから誰でも診断出来て当然」という福岡地裁判決が確定したことをお伝えしましたが、この当事者である村上華林堂病院のインタビュー記事が出て当時の状況が明らかになってきています。
もちろん被告側の主張はこうであるということであって、原告側にはまた別な主張があるだろうと思われるのですが、話をうかがう限りではやはり賠償金額にも現れているように相当に微妙な判決であったのだなという印象を受けるのですが如何でしょうか?

萎縮医療に通じかねない医療裁判 「非専門医でも診断できて当然」に違和感(2012年7月10日日経メディカル)より抜粋

 今年3月27日福岡地方裁判所は、「非専門医が一過性脳虚血(TIA)を見逃した結果、脳梗塞を発症して麻痺が残った」として、当該患者を診察した村上華林堂病院(福岡市)に対し、「慰謝料400万円と弁護士費用40万円支払い」という病院敗訴の判決を下した。だが、「非専門医にTIAを正しく診断せよ」とする判決を疑問視する声も多い。同院院長の司城博志氏と理事長の菊池仁志氏に話を聞いた。

 今回、「慰謝料400万円と弁護士費用40万円支払い」という病院敗訴の判決を受け、控訴するかどうかは院内でも議論となりました。

 結果的に患者さんに障害が起きたという点は残念に思いますが、われわれの診断、治療に問題があったと思っていませんし、脳梗塞との因果関係も考えていませんでした。地元医師会による第三者委員会や保険会社の見解も同じでした。裁判所からは500万円での和解を提案されましたが、当方に落ち度があることは考えられないため、判決を求めましたが、残念ながら一部有責の判決となりました。

 地裁判決自体は納得のいくものではありませんでしたが、和解金と判決の額がほぼ同額だったこともあり、控訴しないという道を選びました。(略)

 しかしながら今回の判決に関して、医療系サイトなどで予想以上の反響があり、「これで有責とされるようでは当直などできない」「過失を問われないようにするためには、徹底的に検査しなければいけなくなる」など、"敗訴"と捉えられる言葉が一人歩きしているようです。医療に与える影響を考えると控訴するという選択肢もあったかもしれません。

TIAの診断の難しさ
 裁判になったのは2009年3月3日21時ごろ、本態性高血圧症と診断を受けていた女性(当時71歳)が、居酒屋での会計時に左手に違和感を覚え、持っていた硬貨を何度も落としていたことから、飲食店の店員が救急車を要請、高血圧症で受診していた当院に救急搬送されたというケースでした。

 救急外来や翌日の診察では異常が見つからなかったものの、その2週間後の3月18日4時40分ごろ、自宅で倒れて三次医療機関に救急搬送され、当初はアテローム血栓性脳梗塞と診断されて治療が開始されました。さらに20日、発作性心房細動が数分出現したことから心原性脳塞栓症による脳梗塞と診断名が変更されたのです。現在も右上下肢麻痺が残り、要介護3の認定を受けています。麻痺が残ったことから、患者は当院を相手取り、約8000万円の損害賠償請求の訴訟を提起。2012年3月27日、福岡地方裁判所が病院に440万円の支払いを命じる判決を言い渡し、双方控訴しなかったため、判決が確定したのです。

 原告は「救急搬送は心原性のTIAによるものであり、それを見逃さなければ脳梗塞となることもなかった」と主張。判決では、当院での診療と脳梗塞との相当因果関係はないとする一方で、「翌日の診療でTIAとして対応していれば、原告に重大な後遺障害が生じなかった相当程度の可能性がある」とされました。因果関係は明確でなくても、最善の診療ができていないため、責任が課されるとされたのです。

 当院は救急告示病院ではありますが、脳卒中の専門医療機関ではありません。救急で診察した消化器外科医はTIAを鑑別するための問診を行っていますし、翌日の定期診察を担当した循環器内科医も脳梗塞を除外診断するために頭部MRIを施行、磁気共鳴血管画像(MRA)や拡散強調画像(DWI)まで撮影しました。いずれの検査でも脳梗塞はもちろん、不整脈や心房細動を疑わせる所見はなく、十分な診療を行ったと考えています。判決文では、顔面の片側が垂れ下がっていて脱力があったとされていますが、患者本人や家族から申告はなく、救急搬送記録にも記載はありませんでした

 また判決では、TIAの症状として『今日の治療指針』や『メルクマニュアル』といった参考書に記載があるからとして、救急で来院した翌日の循環器内科医の診察が不十分だとされました。TIAの診断自体が難しいうえに、自分の専門外の疾患を、「参考書に書いてあるのだから、きちんと診断できて当然」という判断は理解に苦しみます。

 仮にTIAであったとしても、ただ手のしびれだけでTIAと診断するのは専門医でも困難であったと思います。まして、この患者さんは手のしびれの原因となりうる頸椎症の既往もありました。日本脳卒中学会の「脳卒中治療ガイドライン2009」の作成にも関与されたTIAの専門医からも「診断は困難」との意見書をいただきました。

 しかしながら結果としては、裁判所から、病院側の責任を認める判決を受けることとなりました。判決の結果を受け、「勉強不足で敗訴」との見出しの新聞もありましたが、非専門医にとってガイドライン化の進む昨今の日進月歩の専門医療に対しては、必ずしも十分対応できるわけではありません。また、一部有責である判決を「敗訴」という形で扱うことは、萎縮医療を助長しかねないと思います。裁判所や報道も、医療裁判を通して、これからの日本の医療がどのようにあるべきかを考えて、前向きで建設的な意見を交わしていただくことを望みます。

萎縮医療に通じる裁判とならないように
 この患者さんは脳梗塞の急性期治療を行った三次医療機関から、リハビリを目的に当院に転院、その退院後に突然、患者家族から裁判の申し立てがありました。

 事務長と院長とで患者家族と面会した際、先方は当初から今回の件を医療過誤だと考えておられるようでした。一方、私どもは過失を考えていませんでしたので、第三者である福岡市医師会の医事調停委員会に事案を提出していたのです。同委員会は「病院には責任がない」との結論でした。しかし患者家族は「賠償義務はない」という回答に納得されず、裁判を起こされました

 裁判を通じて担当医は、話し合いなどで時間をとられたことにもこたえていたようですが、それ以上に「正当な診療をしたけれども結果がついてこなかった」ということが説明しても伝わらなかったことに辛さを感じていたようです。

 われわれは主に慢性期疾患やリハビリテーションに力を入れている医療機関で、必ずしも救急を主体としているわけではありません。当院にかかりつけの患者さんを積極的に受け入れて、救急対応を行った医療行為に対して賠償金の支払いを命じられたことは残念な結果となりました。医療訴訟を恐れるあまり、今までならば救急で受け入れていた患者さんを受けられなくなれば、患者さんにとっても不幸なことであると思います。今回の医療訴訟の判決が救急医療の萎縮につながらないことを願います。

 医療に関する裁判は本当に難しいと思います。医療問題は、当事者同士で争っても必ずしも良い結果は得られません。信頼できる第三者機関による医事調停制度の確立が、一つの良い解決策になるかもしれません

いやまあ、第三者機関に調停を頼んで「責任がない」のお墨付きを得たにも関わらず裁判になり敗訴しているわけですから、一連の経緯をまとめる結語として「信頼できる第三者機関による医事調停制度の確立が、一つの良い解決策になるかもしれません。」というのもどうなのよ?と思ってしまうのですが、まさかに「第三者機関の調停など屁の役にも立たなかった一例」とも言えないでしょうしねえ…
最近になって脳神経領域で脳梗塞の前駆症状としてのTIAというものが非常に重視されていて、特に発症後48時間以内が脳梗塞につながりやすいということから専門家に言わせるとTIAとみたらさっさと治療を始めなさいということなんですが、非専門医にとって常に問題となるのが何をもってTIAとするかという診断の部分ですよね。
もちろん典型的な症状が現れているケースなどは放置するのは論外にしても、来院時にはすっかり症状も消えていて本人や家族に尋ねてもどうもはっきりしない、ましてや今回のケースのように辛うじて認められる症状を説明出来る原疾患がしっかり存在しているというケースで、なんでもかんでもTIA疑いだということにしてしまっていいのかどうか迷わしいところです。
脳卒中がご専門の偉い先生方は講演会などでも事あるごとに「ちょっとでも疑ったらすぐに専門施設に送ってくださいね」なんてことをおっしゃいますが、平素から病診連携を通じて実際の診療に当たっている脳卒中科の先生方の多忙さを知っている末端臨床家ほど「本当に全部送っちゃっていいの…?」と躊躇を覚えざるを得ないのではないでしょうか。

とはいえ、受ける側の先生方が口を揃えて「どうぞどうぞ、送ってください」と言っているのですから、今回の判決を受けたJBM的に見てもTIAが否定出来ない限りは直ちに専門施設に送るがFAなのでしょうが、それにしても今回の記事を見ていて気になるのが「患者本人や家族から申告はなく、救急搬送記録にも記載はありませんでした」という症状が、判決文に突然現れてきたように受け取れるということです。
院長らがこういう言い方をしているくらいですから当然カルテなど病院側の診療録にも記録されていなかったのだろうと思うのですが、仮に後日になって家族側から「いや、当時これこれの症状があった」なんて言い出したことを採用したというのであればどうなのかですし、この文言の出自がどこにあったのかということは気になりますね。
そもそも調停を依頼された第三者機関にしても被告側に立って意見を述べただろう専門医にしても一様に診断は困難で病院側に責任はないと言っているわけですから、原告側の医師がこれら全てをひっくり返したんだろうと想像するのですが、これだけ微妙なケースで「翌日の診療でTIAとして対応」すべきであったと言い切られてしまうと、TIAを否定出来ない限り全例薬物療法開始ということになってしまいます。
無論、同院のように脳卒中診療の専門施設でなければ黙って紹介状を用意すれば済む話ではあるのですが、しかし今回の判決が確定したことで今後そうした正しいTIA診療が広まっていった後のことを考えると、自ら望んだ結果とは言え受ける側の脳卒中専門医の先生方にはくれぐれもご自愛くださいと申し上げるしかありませんね。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2012年7月10日 (火)

専門医制度 その行き着く先は未だ明らかならず

かねて専門医制度のあり方というものが検討されてきたわけですが、先日こういうニュースが出ていました。

専門医認定の第三者機関、来年度にも設立- 厚労省方針(2012年7月6日CBニュース)

 厚生労働省は6日、学会ごとに運営している現行の専門医制度に代わる新制度を運営する第三者機関の、2013年度設立を目指す方針を明らかにした。14年度に初期臨床研修2年目の医師を対象に研修希望者の募集を始め、15年度から研修を開始。3年間の研修を経て、18年度に第1期の認定を行う予定だ。

 専門医認定の見直しを検討している同省の「専門医の在り方に関する検討会」(座長=高久史麿・日本医学会長)で、こうしたスケジュールと、新制度の案を示した。

 この中で厚労省は、現行制度をめぐる課題として、▽研修内容の質が一定していない▽各病院が、研修医の受け入れ定員を設定していない▽研修中の医師の人数、地域分布を把握していない―などを挙げた。

 これを踏まえ、新制度では、▽経験すべき症例数を設定する▽研修プログラムをあらかじめ用意して、複数の医療機関(教育病院群)で研修を行う―などにより、専門医の質を担保する。また、教育病院群の症例数や指導医数に応じて、研修プログラムごとに定員を設定する。
 さらに、各病院の受け入れ状況を踏まえて、各診療科の専門医の養成数を管理・調整したり、教育病院群を、基幹病院と地域の協力病院で構成し、一定期間は地域の協力病院で研修を受けるようにしたりすることで、専門医の地域間・診療科間の偏在是正にも役立てたい考えだ。

 厚労省では、8月に開かれる次回検討会でまとめる中間報告までに合意が得られなくても、参考資料としてこれらの案を添付する方針だ。【高崎慎也】

以前にも紹介しました通り、この検討会では将来的には専門医を取得した人間でなければ標榜科を掲げることが出来ないようにすべきだという意見も出ているようなんですが、その結果何が困ると言えば中小医療機関ほど標榜科を掲げるのが難しくなるということが考えられます。
専門医制度というものでは各学会の認定施設で一定年限の研修を受けることが多くの場合求められてきたわけですが、この施設認定の要件からして市中の中小医療機関にはハードルが高いものが多く、結果として大学病院や基幹病院で数年間のご奉公をしなければ専門医資格は取れないということになっています。
特に開業医などは今の時代親の後を継いでの継承開業でなければまず黒字化は難しいなどとも言われていますが、こうした先祖代々開業医という家系では当然ながら高度医療機関で長期間研修を積むということも難しくなるでしょうし、また僻地診療のドサ回りが義務づけられている自治医や地域枠入学者などにとっても専門医取得のハードルがますます高くなりそうですよね。
また病院側にとっても専門医研修施設としての認定を取れるかどうかが人材集めの上でも標榜科掲載の上でも非常に重要になってきますが、今回の新専門医制度は専門医の数や分布を国が強力にコントロール出来るという点に特徴があります。
こうなると今まで以上に持てる施設と持てない施設の格差が広がることになり、最終的には厚労省の目指すところの医療資源集約化という方向性にとっても非常にメリットがある話だと言えそうです。

ただしこうなりますと当然ながら医師にとっても専門医を取れる、取れないで格差が広がってくることになり、とりわけ元々専門医よりも総合医をというgeneralist志向の先生にとっては下手をすれば何一つ診療科を掲げることが出来なくなるという可能性も出てきそうですよね。
もちろんこうした地域の開業医に不利益になるようなシステムは日医を始めとする権益代弁団体によって強烈な反対を受けそうですし、最終的には新たに診療科を標榜する場合はだとか複数の診療科を標榜する時はといった制限事項がつく可能性もありそうですが、ともかく医者として働くなら専門医の一つも取っていなければどうしようもないと言う制度が良いのか悪いのかです。
厚労省の方でもこうした声が出てくることには配慮しているということでしょう、以前から専門医に対するもう一つの概念として総合医という資格を作ろうと画策していることはご紹介した通りですが、こちらの方の議論も相変わらず百論噴出といった体で前に進んでいる気配がないようなのですね。

「総合医」の名称に意見さまざま- 専門医在り方検討会(2012年7月6日CBニュース)

 6日に開かれた厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」(座長=高久史麿・日本医学会長)では、いわゆる「総合医」の名称をめぐり、さまざまな意見が出た。検討会では、8月に開かれる次回会合で中間取りまとめを行う方針だが、それまでの名称統一は難しい状況だ。

 「総合的な診療能力を有する医師」の必要性をめぐっては、これまでの会合で、「幅広い視点で患者を診る医師が必要」「複数の問題を抱える患者に対し、効率的で質の高い医療を提供する必要がある」などの声が上がった。ただ、その名称については、「総合医」「総合診療医」「家庭医」「プライマリ・ケア医」などさまざまな言葉が使われており、統一すべきとの意見が出ていた。

 6日の会合では、小森貴委員(日本医師会常任理事)が、「総合診療医という形が最も適切」と主張。これまでに日医が提出した「臓器に偏らず、幅広い領域を総合的に診療するというのであれば、それは『総合診療医』である」などとする資料を紹介した。
 一方、高久座長は、総合診療医と総合医の違いに言及。病院の総合診療科で従事する医師が総合診療医で、地域住民への健康教育なども含めて、幅広い役割を担う医師が総合医だとの認識を示した。福井次矢委員(聖路加国際病院長)は、「高久座長がおっしゃったように、社会的な側面も含めてアプローチが必要なところも専門分野になる」とした上で、「(両方を合わせて)総合医という言葉で定義し直した方がいい」と述べた。

 また、総合医を専門医制度に位置付けることについて、「『専門』と『総合』は相反する言葉だ」との声もあった。これに対し福井委員は、「深く掘り下げることのみが専門性で、一つ一つは深くなくても、幅広く網羅することが『専門性』という言葉で記述されないと皆さんが思うとすれば、大きな問題だ」と指摘。藤本晴枝委員(NPO法人地域医療を育てる会理事長)は、「臓器別の専門領域としての専門医と、総合医を含めた専門医を分けるよう、意識して言葉を使ってほしい」と求めた。【高崎慎也】

正直総合医だろうが総合診療医だろうがどうでもいいじゃないかと思えてしまうノンポリの皆様方もいらっしゃるかと思いますが、確かに何科に行くべきか迷うような人に全身を診てまず診断をつけるという仕事をしている人と、地域の医療サービスの中枢として住民の総合的な健康管理を担当している人とでは全く仕事の内容が異なるのは確かですよね。
あるいは何の専門性もない人には総合医なんて適当な仕事を与えて雑用をさせておけばいいだろう、といったような消去法的な考え方で総合診療を担当させられている窓際な先生もいらっしゃる一方で、各科横断的に多様で網羅的な知識を持ちどんな難しい症例もピタリと診断をつけてしまう先生もいらっしゃったりと、そもそも総合医なるものの位置づけがもう少し明確にされていないところもあります。
そして仮に議論に出ているような全ての領域を総合医なり総合診療医なりという一つの資格に集約するというのであればさすがに範囲が広すぎるという気もするのですが、場合によっては複数の資格にさらに小分けするということも必要になってくるかも知れません。

ただそうなりますとまた新たな資格を認定する組織が一つ余計に必要になってくるわけですが、今のところ第三者機関の認定する専門医と、既存の各学会が認定している専門医との関係がどうなるのかは手つかずのまま先送りされているとしても、言葉は悪いですが大きな学会ともなれば権威のみならず巨額のお金も集まる利権があるだけに、今後一体どのように調整をしていくつもりなのかが問題になりそうですね。
特に冒頭の記事に出ている厚労省案をそのままに読めば、今後第三者機関に全ての医師を抱え込まれて既存の学会は立ち消えして行くしかないということになりかねませんが、それを各学会の重鎮の先生方やその徒弟の皆さん方がどう考えるかです。
仮に新たな第三者機関なるものが出来ても既存の学会がそのまま看板だけを掛け替えるのであれば何ら新設の意義はないわけですし、逆に役員から何から全部入れ替えるとなればまたぞろ天下り先として厚労省にいいように壟断されかねず、下手をするとこれを潔しとしない既存の学会もそのまま残っての二重構造になってしまうかも知れません。
ただ専門医制度を取っている学会はすでに何十もありますが、オタクい好き者同士が集まって何でもかんでも学会だ、専門医だと好き放題に数を増やされ続けたのでは意味が判らなくなって来かねないのも確かですから、当面既存の制度を残すにしても第三者機関に全面移行するにしても何らかの公的な基準のようなものは必要になってくるんじゃないかという気はします。
ともかくおよそ厚労省の検討会などに出ているような先生方はそれぞれの学会においても重きを為している方々ばかりですから、最終的に話がまとまる、まとまらないでまた一悶着なしでは済まされないかも知れませんね。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2012年7月 9日 (月)

救急搬送 相次ぐトラブルから得られる教訓

先日は名古屋で患者搬送中の救急車が炎上したりと、最近救急車絡みの事故のニュースが多いなと思っていましたが、先日はこういう記事が出ていました。

救急車が女児と接触事故、救護せず/群馬(2012年6月13日産経ニュース)

 群馬県富岡市の富岡甘楽広域消防本部の救急車が救急搬送中、小学6年の女児(11)と接触事故を起こして転倒させ、軽傷を負わせながら、救護しなかったことが13日、消防などへの取材で分かった。同県警前橋署は、自動車運転過失傷害の疑いもあるとみて経緯を調べている。

 前橋署などによると、8日午前8時15分ごろ、前橋市城東町の県道で、救急車が赤信号の交差点を通過中、青信号で横断歩道を渡っていた女児に接触し、転倒させた。女児は右足を捻挫するけが。

 救急車は重傷患者を搬送中で、現場に止まらず、そのまま病院に向かった。女児は立ち去った。

 救急隊員4人は病院到着後、前橋署に連絡してから現場の交差点に戻り、女児がけがをしたことを警察官から聞いたという。

 富岡甘楽広域消防本部は「隊員1人が残って女の子を追い掛けて手当てをすべきだった。今後は事故防止を徹底したい」と陳謝した。

ひき逃げはもちろんよろしくないということは言うまでもありませんが、一刻を争う救急搬送の最中に事故に遭いますと普通以上に面倒なことになるだろうなと容易に想像つきますよね。
道交法では救急車両の場合は事故後も現場に人を残せばそのまま走行を続けていいことになっているそうなのですが、調べて見ますと救急車というものは案外よく事故を起こしているもので、実際に生死を争うような患者を搬送している際に事故に遭遇すると非常に対応が迷わしいということになるようです。

今治消防本部:救急車、搬送18分遅れ 事故を起こし、代替車を待ち 全救急隊員に文書指導 /愛媛(2012年4月14日毎日新聞)

 今治市消防本部の救急車が11日午後、市内の60代女性を搬送中に軽自動車と接触事故を起こし、代替車を待ったため搬送が18分遅れたことが、同本部への取材で分かった。事故を起こした救急車はドアを損傷したが、搬送可能だった。今回の事態を受け、同本部は12日、全救急隊員に対し、現場でより適切な対応を心掛けるように文書指導した。

 同本部によると、救急車は11日午後0時20分、「女性が倒れた」という通報を受けて出動。女性は心肺停止状態だったが、蘇生措置で回復し、搬送時の容体は安定していた。12日未明に死亡したが、搬送の遅れが原因かどうかは不明という。

 道交法では、傷病者を運搬中の緊急車両は、事故を起こしても現場を離れて運転を続けられるが、その場合は事故対応をする人を現場に残さなければならない。同本部は「救急隊員は運転手を含めて3人。現場に人を残すと、一人で患者の処置をしなければならず、状況が分かっていない発生当初は難しい判断だった」と話している。【津島史人】

救急車:搬送中に事故…到着16分遅れ患者死亡 札幌(2012年5月17日毎日新聞)

 17日午前8時5分ごろ、札幌市西区西野8の8の市道で、急病患者を搬送中の救急車が、青信号で横断歩道を渡っていた小学2年の男児(7)と接触した。男児はひじや腰に軽傷。搬送中の70代の男性患者は約16分遅れで別の救急車で市内の病院に運ばれたが、くも膜下出血で間もなく死亡した。市消防局が搬送遅れと死亡の関係を調査している。

 道警札幌西署などによると、現場は市立西野第二小前の片側1車線の直線道路。救急車がサイレンを鳴らしながら横断歩道手前で一時停止し、徐行で進入したところ、左から走り出てきた男児に左バンパーが接触した。信号は救急車側が赤だったといい、男性運転手(26)は「(男児に)気づくのが遅れた」と話しているという。

 市消防局によると、救急車を男児の救護や事故対応のため現場にとどまらせ、別の救急車2台を出動させた。1台目が約11分後に到着した後、男性患者の乗り換えに約5分かかり、計16分後に現場から出発したという。

 遠藤敏晴消防局長は「心からおわびする。再発防止の徹底を図りたい」とコメントしている。【高山純二、遠藤修平】

もちろんケースバイケースということもあって一つの対応が常に正解ということでもないのでしょうが、ここで忘れる訳にはいかないことは例えどんなに注意をしていたところで交通事故を起こす可能性はゼロには出来ないということです。
特に救急車の場合は通常の道路法規を外れた走行をしているケースが多いわけですが、例えば渋滞中の車列で車の間を縫ってバイクが飛び出してくるだけでも重大事故に結びつくくらいですから、昨今車の遮音性も高くなっている中でサイレンを鳴らしているから周囲も気づいているだろうという前提で走っていると大変なことになってしまいますよね。
特にスタッフも限られ救急車も一台しかないような田舎ではどう対応すべきか迷わしいでしょうが、手に余る数の傷病者を抱え込んでしまった場合まず必要なのはトリアージだというのは大原則ですから、「事故に気をつけて頑張ろう」などと訓示一つで終わることなくきちんと対応手順を定めルールを周知徹底していくことが重要でしょう。
さて、同じく起こりえるという前提で対応策を決めておかなければならないという点で非常に教訓的な事件が起こってしまったのですが、まずはこちらの不幸なケースを紹介させていただきましょう。

「救急車出動せず死亡」と山形市相手取り提訴/山形(2012年7月6日読売新聞)

 山形大2年の大久保祐映さん(当時19歳)が昨年10月、体調を崩して山形市の自宅から119番通報したが、救急車が出動されずに死亡したとして、埼玉県在住の大久保さんの母親が市を相手取り、1000万円の損害賠償を求める民事訴訟をさいたま地裁熊谷支部に起こした。提訴は6月15日付。

 訴状などによると、大久保さんは昨年10月31日、自宅で強い吐き気を感じるなどしたため、午前5時頃に119番。通報を受けた市消防本部通信指令課の職員は「タクシーで行けますか」などと応対、救急車を出さなかった。大久保さんの家族の依頼で自宅を訪ねた大家が11月9日、死亡している大久保さんを発見した。

 大久保さんは通報後、教えられた病院やタクシー会社に電話せず、そのまま自宅で死亡したとされる。死亡推定時刻は11月1日で、病死の疑いが強いという。当時の電話のやり取りは録音されており、大久保さんは声が弱々しく、息苦しそうな状況で、冷静な判断力がなかったとみられる。

 同課職員は救急業務が発生した際、救急隊を出動させることが不可能でない限り、直ちに出動させる職務上の注意義務がある。このため原告側は、救急車を派遣しなかった同課の判断は、誤りだと主張している。

 同課の小山康永課長は「訴状の内容を確認していないのでコメントできない」としている。

19歳の若年者が急死したということで、死亡した経緯がはっきりしないのですがいずれにしても非常にレアなケースだったと思われ、ご本人のご冥福をお祈りすると共に思いがけない悲報を受けることとなったご家族にお悔やみを申し上げるしかありませんが、問題はこの不幸な事例はたまたま起こったということではなく、こういうことがいずれ起こるだろうと予想されていた中で起こるべくして起こったということです。
タクシー代わりに救急車を利用する人々が増え救急隊の活動が破綻の危機に瀕した結果、ついに昨年には消防庁が音頭を取って軽症者には自力受診を求めるなど救急搬送の基準策定に乗り出したことはすでに紹介した通りですが、当時から「一見軽症に見える中に重症者が混じっていたらどうするの?」と反対する声はありました。
これに対する答えとしては搬送対象の選別を行うことによって、重症者見逃しのリスクよりも救急搬送システム崩壊を回避するメリットの方が上回るのであれば社会全体としては選別を行った方がよいだろうと言うことになりますが、当然ながらその大前提として一定割合でこうしたケースが発生してしまうというリスクを社会が受け入れるということが必要となってきます。
ネット世論などでは「なんというとんでもない救急隊だ!」と非難囂々という様子ですが、無論確かに選別を行った方が社会にとっての利益になるという根拠の提示が今後求められていくとは言え、基本的に搬送しなかったこと自体がケシカランと言う捉え方は本質を外れてしまうと理解しておかなければならないということです。

医師個々人の裁量権が大きい医療と違い、救急隊はあくまでも組織で対応する必要がありますから、事後になって「きちんと話を聞いておけば重症だと判断できたのでは」などと幾ら検証してもあまり本質的な意味はなく、こうした選別の誤りは一定確率であり得るという前提で対策を立てておかなければならないはずで、その意味で何故自宅でそのまま亡くなってしまったかを検証すべきかなという気がします。
救急隊が「タクシーで行けますか」などと応対していたということですから何故タクシーを呼ばなかったのかと疑問を抱くところでしょうが、そもそも一般に19歳の若者はタクシーを呼んで病院に行くなどという経験がそうそうあるはずもなく、仮に病院やタクシー会社の電話番号を教えてもらったところでまず病院に連絡して受診の可否を尋ね、さらにタクシーを家に呼びつけるというのもずいぶんとハードルが高かったはずです。
まして今回の場合そうした行動に移ることも出来ず亡くなった可能性もあるのですから、搬送を断った後の対応を本人一人に丸投げにしてしまったことが一番問題であったと言えそうですが、これを避けるためには例えば救急搬送は行わないがタクシーの手配や受診受け入れの確認などを本人に変わって行ってくれる公的システムを用意すると共に、救急隊が搬送を断った事例では必ずこちらに電話を転送しておくことが必要でしょう。
きちんと受診の手配がつくまでオンラインのままで対応をしておけば仮に途中で急変したとしてもそのまま救急隊へ差し戻すことも出来るわけですし、タクシー会社にしても仮に現場でおかしいと感じれば直ちにコールバックが出来るというものですから、今回の不幸な犠牲を無駄にしないためにも病院に着くまでの諸手続を一括して引き受ける組織として地域の救急搬送システムを再構築していくことが求められるのかなという気がします。

いずれにしても今回の訴訟の対象が市であることからも判る通り、ともすれば担当医個人がターゲットとなりかねない医療と異なりあくまでも活動の主体が組織であるということが救急隊の強みであるとも言えるわけです。
相次ぐ医療訴訟の結果防衛医療という言葉がすっかり定着したように、医療の世界では残念ながら医学的妥当性よりも個人防衛が優先されるようになってきた面がありますが、個人防衛を考えなくても良い救急現場においてはあくまでも理念優先で進められるはずですよね。
何かあれば判で押したように「再発防止に努めたい」というコメントが出てきますが、目先の解決法だけに留まらず社会全体にとっての利益をどう提供出来るかという観点から組織の行く末を決めていただきたいと思いますね。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2012年7月 8日 (日)

今日のぐり:「とりの助 倉敷羽島店」

先日ちょっとトホホな強盗が逮捕されたというニュースが出ていました。

コンビニ強盗、店出たら警官が…スピード逮捕/静岡(2012年7月5日読売新聞)

 静岡県警浜松中央署は5日、浜松市中区高丘北、大学生山本考志容疑者(20)を強盗の疑いで緊急逮捕した。

 発表では、同日午前0時25分頃、自宅近くのコンビニ店で、女性店員にナイフを突きつけ、現金9万円などを奪った疑い。

 事件当時、パトロールで偶然通りかかった署員3人が、同店前に駐車していたバイクのナンバープレートが紙で隠されているのを発見。職務質問をしようと待ち構えていたところに、山本容疑者が店から出てきたという。

 調べに対し、山本容疑者は「友人から借金の返済を迫られていた」と供述しているという。

いやあ、警官よく見てるもんだと感心するようなニュースでもあるのですが、いずれにしてもあまりに不運と言うべきか間抜けすぎたと言うべきか微妙なところでしょうかね。
今日は世界各地から微妙すぎてちょっと残念になってしまっている犯罪行為を紹介してみたいと思いますけれども、まずはこれまた非常に大きな偶然が今度は逮捕の妨げになったという話題をみてみましょう。

カメラがとらえたひったくり容疑者に双子の兄弟、埼玉県警が慎重に捜査/埼玉(2012年6月19日産経ニュース)

 女性のバッグをひったくったとして、埼玉県警川越署は19日、窃盗の疑いで東京都東村山市廻田町、会社員、上原達巴容疑者(30)を逮捕した。同署によると、上原容疑者は「借金があってやった」と容疑を認めている。

 川越署によると、防犯カメラの解析や女性の目撃証言から上原容疑者の自宅を突き止めたが、上原容疑者が双子だったことが判明。同署はそれぞれの体形など微妙な違いを慎重に確認して犯行を裏付けた。

 同署の調べでは、上原容疑者は5月2日午前1時ごろ、埼玉県川越市松江町の路上で、帰宅途中の女性(27)のバッグをひったくった疑いが持たれている。

 同署は上原容疑者の自宅を家宅捜索。女性のバッグに入っていた預金通帳2通や、上原容疑者が犯行時に履いていた靴などを押収した。

どのような微妙な違いがあったのか判りませんけれども、よく直前で気がついて裏付け捜査を徹底できたという意味ではやはりGJだったと思いますね。
お隣中国ではハイジャック犯がスピード逮捕されたという話題が出ていたのですが、幾らなんでもそれはちょっと無謀だったなと彼らに同情?したくなる事情があったようです。

不運すぎるハイジャック犯=スピード解決の裏にはある偶然が……―新疆ウイグル自治区(2012年7月1日産経ニュース)

2012年6月29日、新疆ウイグル自治区ホータン発ウルムチ行きの天津航空機でハイジャック事件が起きた。あっという間のスピード解決となった裏には、ある偶然があったという。財新網が伝えた。

離陸から10分後、ハイジャック犯6人は突然立ち上がり、操縦室へと向かった。ハイジャック犯が扉を開けるよう要求しているところで、乗務員らの反撃が始まったという。同機のクルーは9人、うち2人が保安要員だ。

これだけならば数的に不利だが、なんと同便にはホータンの警察官20人が研修に向かうため、たまたま乗り合わせていたという。かくして警官たちの支援もあり、約20分で犯人らは取り押さえられた。

中国民用航空局はクルーと乗客を表彰している。また事件後、中国各地の空港で警戒レベルが引き上げられたため、29日午後には遅延が多発した。(翻訳・編集/KT)

どんなB級映画か!という展開なのですが、ちなみに別報道によりますと乗員乗客数人が負傷したものの命に別状はないということで、まずは無事に解決して良かったということでしょうか。
海外では妙な強盗が出てくるものだと思う報道は時折ありますが、こちらはこれまた何とも珍妙な強盗が出てきたなと言う話題を紹介しましょう。

オーストラリアで「セクシー強盗」、胸元を強調し現金強奪/豪(2012年7月4日ロイター)

[3日 ロイター] オーストラリアのゴールドコーストで2日深夜、胸元の露出度が高い服装の女がガソリンスタンドの売店に押し入り、350豪ドル(約3万円)を奪って逃走する事件があった。

設置された監視カメラの映像には、店内に入ってきた女が、男性店員に向かって刃物を振り回す様子が映っている。女は至近距離まで店員に接近してレジを開けさせると、中にあった現金をわしづかみにして逃走。豊満な胸を上下に揺らしながら慌てて逃げる様子まで映し出されていた。

現地メディアによると、警察はこの女を「セクシー強盗」と名付けて捜査を続けているという。

いや別に強盗犯が胸の豊かな女性であっても全く問題はないんですが、強盗の手順を見ても全くセクシーさの意味ないのに「セクシー強盗」って何なのよ?>警察。
まあ胸に視線が行って顔の方が記憶に残らないことを期待したのかも知れませんが、こちらの方はさらに輪をかけて意味不明な犯行ですよね。

トイレの便座に強力な接着剤、気付かず座った女性が病院に搬送。/米(2012年6月25日ナリナリドットコム)

米ケンタッキー州モンティチェロで、先日、スーパーのトイレから出られなくなった女性が救急隊に助けられるという一件がありました。なぜ、女性は助けを求めなくてはならない状況に陥ってしまったのでしょうか。

米放送局LEX18などによると、この女性は地元にある大手チェーン・ウォルマートに出かけ、店内のトイレを使用しました。ところが彼女が個室に入る前に、何者かが便座部分に瞬間接着剤を塗り付けていたのです。そんなことになっているとは知らない彼女は、気の毒にもお尻が便座にくっついたまま剥がれなくなり、救急隊に助け出されるまで1時間ほど、トイレから出ることが出来なくなってしまいました。

救助された女性はそのまま病院に運ばれ、肌の炎症の有無などを調べるために医師の診察を受けて帰宅。彼女にとっては身体のダメージよりも、極めてプライベートな“トイレの中の姿”を救急隊に見られてしまったことのほうが、精神的に辛かったかもしれません。さらにモンティチェロは比較的小さな街のため、このニュースは瞬く間に地元の人々の間に広がり、街中の話題になってしまったそうです。

地元警察は悪質ないたずらとして捜査を進めていますが、現在までのところ容疑者の特定には至っていない模様。今後同じような被害が続かないように、早く犯人が逮捕されることを願うばかりです。

しかし瞬間接着剤というくらいですから直前でなければ効果がないでしょうに何を考えてそんな手間暇をかけたのか、よりにもよって小さな田舎町でこんなことをして捕まった日には後々大変な目にあいそうですが…
同じくアメリカからこちらも意味不明の事件が報道されていますが、まずは記事から紹介してみましょう。

テディベア路上で犯す 自慰男逮捕/米(2012年6月17日日刊スポーツ)

 クマのぬいぐるみを使って自慰行為をしていた米国人男性が、逮捕された。15日付の英デーリー・メール紙などによると、チャールズ・マーシャル容疑者(28)は13日、米オハイオ州シンシナティの路上でテディベアに性器を差し入れているところを、近隣の病院職員に目撃された。社会の秩序や風紀を乱した疑いで、通報を受けた警察官に逮捕された。同容疑者の逮捕は10年2月以来、4度目。過去3回は短期間の懲役に服した後、罰金を払って出所していたという。

確かにアメリカ人のテディベアを愛することは映画にもなるほどで並々ならぬものがあるようですが、こんなことの常習犯とはいったいどれだけ好きなんだよ!と突っ込むべきなんでしょうかね?
最後に取り上げますのは同じくアメリカからの犯罪報道なのですが、こちらいささか引くというニュースですよね。

全裸男性の顔をむさぼり食う全裸の男、警察が射殺 米国(2012年5月29日AFP)

【5月29日 AFP】米フロリダ(Florida)州マイアミ(Miami)で、全裸の男が別の全裸男性の顔を食いちぎってむさぼり食うという異様な事件があり、現在、警察が捜査を進めている。男は警察官に射殺されたが、顔を食べられた男性は重体だという。

 猟奇的事件が起きたのは26日。マイアミ近郊のマッカーサーコーズウェイ(MacArthur Causeway)を通行した車を運転していた人々が、おぞましい現場を目撃し、警察に通報した。

 現場を目撃したラリー・ベガ(Larry Vega)さんは、地元ラジオ局に「(男に)止めろと叫んだが、もう1人の男性を食べるのを止めなかった」と語った。ベガさんによると現場は血の海で、ホラー映画のワンシーンのようだったという。

 現場にかけつけた警察官らが男に近づき、男性の顔を食べることを止めるようにいったが、男は被害者男性の顔にかみ付いては食べ続けた。被害者はホームレスの男性とみられる。

「あいつは顔をあげて、口の中に人肉をほおばったまま、うなり声をあげたんだ」(ベガさん)

 地元紙マイアミ・ヘラルド(Miami Herald)によると、警察官が男に向けて発砲。銃弾は男に命中したが、それでも男は被害者男性の顔を食べ続けたため、警察はさらに男に銃弾を浴びせ、最終的に男は息絶えたという。

 テレビが放映した映像には、大の字に並んで横たわった2人の男が映っており、被害者とみられる男性は血まみれだ。ほとんど意識はなく、顔の75%が食いちぎられていた。

 警察では、男が強力な新型LSD(幻覚作用のある薬物)を過剰摂取していたのではないかとみている。(c)AFP

ま、LSDの過剰摂取なら過剰摂取でいいのですけれども、一体どういう経緯で全裸男性が同じく全裸男性の顔に噛みつくということになってしまったのかも知りたいような、知りたくないようなでしょうか。
ちなみにネット上で公開されている画像では被害者の顔はあまりはっきりしないのですけれども、一説にはものすごい美男子だったとも言いまして、何しろ面食いの加害者が思わずむしゃぶりついたというくらいですから…は、おあとがよろしいようで。

今日のぐり:「とりの助 倉敷羽島店」

究極の鶏白湯ラーメンを売り文句に中国地方を中心として手広く店舗展開していらっしゃるのがこちら「とりの助」さんですが、その中でも比較的新しいのがこちら倉敷羽島店だということです。
観光都市の中心部に近い立地が幸いしたのか、いつもなかなかに賑わっていらっしゃるようですけれども、セットメニューなどの他に各種各種無料サービスも充実しているのが人気の理由なんでしょうかね?
濃厚鶏白湯スープが売りの鶏そばが名物だということなのですが色々とメニューはあって、今回は一番無難そうな醤油ラーメンのネギ、メンマ増しで注文してみました。

こちらの方はこってり濃厚と言うほどでもないコラーゲンたっぷりのスープがベースのようですが、結構脂が強いようでも醤油ダレが強すぎないせいでしょうか、別容器に盛られて出てくるネギと一緒にレンゲですくうと結構するすると入っていきます。
トッピングはバラチャーシューは見た目に反して意外にさっぱりして香ばしいのはいいのですが、せっかく大盛りにしたメンマはまぁ並みと言いますか、これでしたら並盛りでもよかったですかね。
ただ麺の方は茹で加減などとはまた別のところで、心なしか風味が少し妙な感じに思われたのが気になったのですが、繁盛店だけに茹で湯が少しくたびれてでもいたのでしょうかね?
いずれにしても特に感銘を受けるところはないにしても、今の時代のチェーン店らしくそれなりによくまとまったラーメンだなとは思いますが、次に来ることがあれば今度は名物鶏そばでしょうかね。

メニューを見ていますと肉抜きがあるのはいいと思うのですが、蕎麦やうどんにしてもシンプルに麺を味わうメニューが必ず用意されているわけですから、ラーメンにしても必ずフルセットでトッピングを揃えておかなければならないというわけでもないと思うのですけれどもね。
店長筆頭に声は出ている接遇面もまずまずマニュアル対応は出来ていると思うのですが、しかしお客の入りも多かったとは言え店内が一歩入った瞬間に暑い!と感じてしまうのはこの時期なかなかつらいことで、節電要請の強い時節柄仕方ないとは言え何しろ熱いラーメンを食べるわけですから、来店するならなるべく繁忙期を外した方がいいのかも知れませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月 7日 (土)

隠れ捕鯨大国・韓国も公式に捕鯨再開か IWC総会

先日唐突にこういう記事が出たことに違和感を抱いた方は多かったのではないでしょうか。

「人魚は存在しません」、米政府機関が公式サイトで/米(2012年7月4日AFP)

【7月4日 AFP】「水生人間が存在するという証拠が確認されたことはない」――米国立海洋局 (National Ocean Service)が、「人魚は伝説上の生き物だ」という公式見解をウェブサイト上で発表した。

 5月に米ディスカバリー・チャンネル(Discovery Channel)の動物専門チャンネル「アニマルプラネット(Animal Planet)」で、人魚は実在するという説に基づいた番組を放映した結果、海洋局のもとに多数の問い合わせが届いたため、今回改めて見解を発表した。ただし同局は「人魚が絶対に存在しない」という証拠も挙げてはいない。

 米政府機関では最近、疾病対策センター(US Centers for Disease Control and Prevention、CDC)が『ゾンビによる世界の終末を生き延びる』というタイトルでユーモアを交えた防災アドバイスを発行したが、同センターは同時に「ゾンビは実在しない」とする公式見解を発表している。

ま、どこの国でもテレビのデタラメに振り回されてしまうという人は多いものだと改めて思いますけれども、そのデタラメを放送しているのがかねてシーシェパード(SS)のプロパガンダを担当してきた他ならぬアニマルプラネットであったという点が気になりますよね。
いずれにしてもわざわざ政府の公的機関がこうしたコメントを発表しなければならないほど彼らの影響力小さからぬものがあるということでもありますが、件のSSを始め近年売り出し中の自称環境保護団体にとって、こうした売れさえすれば何でもいいというメディアとの二人三脚の関係が非常においしいものであることは言を俟たないでしょう。
ご存知テキサス親父も最近相次いでこの環境保護団体なるものの全く環境保護になっていないという珍妙な主張を取り上げていますけれども、こうした主張が一般紙にも登場し営林署も対応を迫られる程度には影響力を持っているということは注意しておかなければならないことです。

【参考】字幕【テキサス親父】狂気の自由主義が絶滅危惧の動物を焼き払う

【参考】字幕【テキサス親父】米国の狂気の連中の森林火災を廻る化かし合い

さて話は変わって、近ごろではワトソン代表が逮捕されるなどすっかり守勢に立たされていた印象もあるSSですが、そのSSがまた炎上しそうなこんなニュースが話題になっています。

韓国、調査捕鯨実施へ IWC総会で表明(2012年7月5日AFP)

【7月5日 AFP】中米パナマの首都パナマ市(Panama City)で開かれている国際捕鯨委員会(International Whaling Commission、IWC)の年次総会で4日、韓国が調査捕鯨を開始する方針を明らかにした。IWC科学委員会に捕鯨計画を提出するという。

 オーストラリアやニュージーランドなどの反捕鯨国は強く反発したが、韓国代表団は「IWCは道徳を議論する場ではなく、法的な問題を議論する場だ。道徳的な説教はIWCに無関係な上、適切でもない」と反論した。

 韓国代表団は捕獲頭数や捕鯨を行う海域、日程などを示していないが、他国の代表団の間では、韓国は韓国人が東海(East Sea)と呼んでいる日本海(Sea of Japan)でミンククジラを捕獲するものとみられている。

 IWCが商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)を課した1986年以降に韓国が調査捕鯨を行ったのは1シーズンだけだが、韓国南東部沿岸の蔚山(Ulsan)では鯨肉が人気で、「偶然に」網にかかった鯨肉が食用に供されている

 IWCは偶然に網にかかったクジラを食肉処理することを認めているが、活動家らは以前から韓国は網を使った意図的な捕鯨を黙認していると批判している。

韓国の調査捕鯨に懸念 「協議する」と米(2012年7月6日西日本新聞)

 【ワシントン共同】ベントレル米国務省報道部長は5日の記者会見で、韓国が国際捕鯨委員会(IWC)の年次総会で調査捕鯨を始める方針を示したことに懸念を表明し「韓国政府と協議するつもりだ」と述べた。

 韓国政府代表団はパナマ市で開催中のIWC年次総会で、ミンククジラの生息状況を調べる目的で調査捕鯨を始めると発表した。調査捕鯨を実施するのは日本と韓国の2カ国となる。

 ベントレル氏は「われわれは商業捕鯨の一時停止を誓約している」と強調した上で、鯨を殺す調査捕鯨についても「韓国の発表を憂慮している」と述べ、今後の協議で韓国に翻意を促す考えを示唆した。

韓国「調査目的の捕鯨推進」シーシェパード「捕鯨船攻撃する」(2012年7月6日中央日報)

韓国政府が国際社会が認める範囲で科学調査目的の捕鯨を推進することにした。だが、環境保護団体や捕鯨反対国家はこれを事実上の商業的捕鯨と見なし、強く批判してきた。

  韓国代表団は4日(現地時間)、パナマシティで開かれた国際捕鯨委員会(IWC)例年会議で、来年IWC傘下の科学調査委員会にこのような計画書を提出すると明らかにした。科学調査委員会は韓国政府が提出した科学調査目的の捕鯨計画書を審査して適正かどうか判断することになる。

  国際社会は1986年から協約により絶滅危機に置かれたクジラ12種に対する商業的捕鯨を猶予(モラトリアム)している。商業捕鯨を再開するためにはIWC会員国4分の3が賛成しなければならないので以前に戻るのはほとんど不可能だ。現在、米国・オーストラリア・ニュージーランドなど捕鯨反対国家とノルウェー・アイスランドなど捕鯨支持国は同じくらいの数だ。

  商業捕鯨の他には日本のように科学調査を目的とする捕鯨がある。しかしこれは捕鯨禁止体制の穴を悪用した見せ掛けの形という批判を受けている。

  韓国政府の発表もやはり国際社会の公憤を買った。直ちにオーストラリアのジュリア・ギラード首相は外交的抗議(diplomatic protest)を提起すると明らかにした。ギラード首相はメルボルンで「韓国政府が日本の前例について捕鯨しようとする計画について遺憾を表わす」として「直ちに駐韓オーストラリア大使に韓国政府の最高位級カウンターパートに会って強い反対の意を伝えるよう指示した」と伝えた。野党指導者も直ちに声明を出してギラード首相の措置に超党派的に協力すると明らかにした。米国のIWC代表団ライアン・ウォルフも「米国は原則的に研究目的で鯨を殺すことには反対」と述べた。

環境団体の反発も続いた。グリーンピースのジェームズ・ロレンズは「これはまた違う形の商業的捕鯨であるだけ」と声を高めた。特に過激環境保護団体「シーシェパード」は「捕鯨に出る韓国船を攻撃(harass)する」と宣言したとオーストラリア日刊ザ・オーストラリアンが伝えた。この団体活動家らは操業阻止のために船に乗り込んできたり、悪臭弾を投げたりするなど暴力的行動をはばからない。シーシェパード設立者は殺人未遂容疑でドイツ警察に逮捕された状態だ。

  このニュースを伝える外信の視線も良くはなかった。AFP通信は韓国政府に対して「defiant(反抗的な)」と表現した。英国BBC放送は韓国政府が86年IWCに報告なしでミンククジラ69頭を捕獲した事実を取り上げて論じ、「このことで韓国政府はかなりの外交的圧迫を受けて捕鯨を中断した」と報道した。

  現在、韓国内で公式に流通する鯨肉はほとんどの網にかかって死んだ「付随」物量だ。ミンククジラ基準として年間平均80頭程度。だが、蔚山(ウルサン)・浦項(ポハン)を中心に盛業中である鯨肉飲食店は50~60カ所に達する。これに対し韓国政府は「鯨捕獲禁止に関する告示」を25年ぶりに全面改正して昨年から周辺水域の鯨管理を大幅強化するなど、国際社会基準に従うために努力中だ。

リンク先の中央日報での読者投票を見ますと圧倒的多数がこのニュースを肯定的に評価していることが韓国内での世論を現していると言えそうですが、実は公式には捕鯨をしていませんということになっている韓国ながら隠れ捕鯨大国として有名で、「たまたま網に掛かった」と合法的に売られている鯨肉は年間200頭程度ながら、実際には少なくともその倍の鯨肉が市場に流通しているといいます。
もともと日本と同様に捕鯨の伝統もある鯨食文化の国ですからそれだけの国内需要を満たすだけの鯨肉供給が以前から課題になっていたようで、彼の地でもまともな鯨料理店ほど素材の安定確保に四苦八苦しているようですが、そんな中で現在も共に捕鯨基地の街として知られる下関と蔚山のように鯨をネタに国際交流を続けているというケースもあるわけですね。
食材としての鯨肉需要もさることながら、近年韓国近海では漁業資源枯渇が問題となってきていますが、この原因として年々増え続ける鯨による食害を訴える漁民の声が日増しに高まっているという背景もあるようで、長年捕鯨再開を主張しながら認められなかったことへの反発もあって今回はかなり強硬的な態度で挑んでいるようです。

この記事を読んでおもしろいなと感じたのは前述のように韓国という国は以前から実質的な捕鯨国で、しかもその規模は決して小さなものではなかったにも関わらずSSを始めとする自称環境保護団体の物理的攻撃からはほとんど無視されてきた、ところが今回の発表を受けると直ちに「彼らにハラスメントを行うことを誓う(ワトソン代表)」などと派手派手しい宣戦布告を行っているということでしょうか。
要するにSS等にとって実際に鯨が獲られているかどうかはどうでもいいと言うことなのでしょうが、これまた前述のように漁民からの漁業資源被害の声を受けて決定されたとも言うだけに捕鯨活動は主に韓国領海内で行われるものと考えられ、何しろ未だ公式には単なる休戦状態にあるだけという準戦時下のお国柄だけに興味深い攻防が期待出来そうですよね。
こうした面でともすれば内外から国際的孤立を云々されてきた日本とすれば文字通りの隣国と共闘できる可能性が出てきたと言えそうですし、それを期待してか国内での報道もかなり多いようなのですが、むしろ今回の年次総会で個人的に注目しているのがこういう報道が出ているということです。

IWC、先住民捕鯨枠を否決 世界の厳しい見方反映(2012年7月6日西日本新聞)

 【パナマ市共同】パナマ市で開かれている国際捕鯨委員会(IWC)の年次総会は5日、デンマーク領グリーンランドの先住民による2013年以降の捕鯨枠の是非について採決し、反対多数で否決した。

 グリーンランドの先住民はこれまで、近海でミンククジラなど年間200頭以上の捕鯨を認められていたが、13年から6年間は実施できなくなる。捕鯨に対する世界の厳しい見方が反映された形だ。

 グリーンランドの代表団は「会議の無責任な行動を憂慮する」と述べ、委員会脱退もあり得るとの考えを示した。

ご存知のようにIWCにおいては以前から「原住民生存捕鯨」という考え方が認められてきましたが、この対象となってきたのがロシアのシベリア東部のチュコト半島のチュクチ族、アメリカはアラスカのエスキモーにワシントン州のマカー族、カリブ海のセント・ヴィンセントの原住民、そして今回話題になっているデンマーク領グリーンランドの原住民、といった人々です。
この原住民捕鯨枠によって代表的な反捕鯨国として知られているアメリカなどは実は世界第3位の捕鯨大国でもあるという奇妙な(そして、ほとんど公には知られていない)事実があり、しかも日本の調査捕鯨よりはるかに多くの鯨肉生産量を誇る鯨肉大国でもあるわけですが、当然ながら原住民がそんなに大量の肉を生存のために必要としているはずはありませんよね。
今回のIWC爽快においてもこうした捕鯨大国かつ経済的・銀地的大国でもあるアメリカやロシアの後押しを受けてと言うことなのでしょう、両国が中心に一セットで提案された米露・カリブ海の捕鯨枠は認められたものの、単独での採決となったグリーンランドの捕鯨枠だけが否決されてしまったということです。
こうしたIWCという組織の現状を見ればグリーンランド代表団が委員会脱退を示唆したくなる心境も理解出来ますが、アイスランドが脱退してからと言うものIWC内では欧州唯一の捕鯨支持国となったデンマークがもしも手を引くということにでもなれば、IWC内での捕鯨、反捕鯨に関する地域間の色分けがますます固定化されてしまうということになりそうですね。

そもそも当初の目的を全く逸脱している上にろくに機能していないIWCという組織を唯一の公的管理の場としておくことが妥当なのかどうかも長年議論のあるところですが、元々国連海洋法条約においては鯨類保護に関して加盟国に「適当な国際機関」を通じて協力する義務を課しているものの、必ずしもその機関としてIWCであることを求めているわけではないのは事実です。
新規国際機関設立の話は捕鯨関係諸国の足並みの乱れもあって一向に実現しそうにはありませんが、現状のように理念も条約の文言も忘れたかのような運用が続けられるのであれば、いずれIWCと言う枠組み自体の妥当性に関しての議論も避けられないのではないかなという気もしてきますね。
しかし本来であれば国力的にも日本などがそうした場で主導的な立場を発揮していかなければならないのでしょうが、どうも決められたルールを守ることには熱心でも新たにルールを作ることは必ずしも得手ではないという国民性が邪魔をしてしまいそうな気もしますかね…

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2012年7月 6日 (金)

職業人としての信頼のあり方

警鐘を鳴らす意味もあって、本日まずはこちらのニュースを紹介させていただきましょう。

てんかん申告せず免許更新 道交法違反容疑で医師逮捕/千葉(2012年7月4日日本経済新聞)

 持病のてんかんの症状を申告せずに運転免許証を更新し事故を起こしたとして、千葉県警は4日、同県柏市船戸、整形外科医、綱川慎一郎容疑者(38)を道交法違反(免許証不正取得など)の疑いで逮捕した。県警によると、持病の不申告による免許証不正取得での逮捕は珍しい。「申告すれば免許が更新できないと思った」と容疑を認めている。

 逮捕容疑は昨年11月7日、以前てんかんで意識を失ったことを申告せずに免許証を更新し、正常な運転ができない恐れがあるのに3月21日、柏市若柴の市道で乗用車を運転して物損事故を起こした疑い。

 道交法では、てんかん患者でも5年以内に発作がなく、今後も起きる恐れがないと医師が診断するなどの条件を満たせば、免許証を取得できると定めている。

 県警によると、綱川容疑者は数年前に発症し、2009年ごろから通院。4つの病院から運転をしないよう指示されていたが、車で通勤を続けていた。県警が3月の事故後、運転の適性検査を受けるよう指導したが、応じなかったという。〔共同〕

てんかん申告せず免許証を更新、医師に逮捕状/千葉(2012年7月4日読売新聞)

 持病のてんかんの症状を申告せず運転免許証を不正に更新したとして、千葉県警は、同県柏市の30歳代の男性医師について、道交法違反(免許証不正取得、過労運転等の禁止)容疑で逮捕状を取った。

 県警によると、持病の不申告による同法違反容疑での逮捕は全国に例がないという。

 捜査関係者によると、医師は2011年秋頃、運転免許センターで免許証を更新したが、持病のてんかんによる発作があったのにこれを申告せず、書類にうその内容を記載。今年3月、正常な運転ができなくなる可能性があることを知りながら、乗用車を運転した疑いが持たれている。

 この医師は同月、柏市内で交通事故を起こし、県警が持病を把握。この事故前に別の医師による診察で「運転を控えるように」と指導されていたこともわかった。このため県警が自動車運転の適性検査を受けるよう何度も指導したが、医師は「自分には問題がない」として応じなかったという。

 道交法では、てんかん患者でも発作が5年間なく、その後も発作が起きる恐れがないと医師が診断するなどの条件を満たせば免許証を更新できるが、県警は今回のケースは該当しないと判断した。

コントロール不調なてんかん患者による重大事故が相次ぎ全国的に話題になったことは記憶に新しいところで、特に患者を指導すべき立場にもあるはずの医師がこういうことをやっていたのでは全く言い訳のしようもないというものですが、特に今回注目していただきたいのは周囲の対応です。
相次ぐ事故もあってのことでしょうか、「4つの病院から運転をしないよう指示されていた」という点で担当医達が非常に社会的責任を重んじて診療に当たっていたということが想像されますし、千葉県警にしても「3月の事故後、運転の適性検査を受けるよう」何度も指導するなど、単なる法規的な対応を越えて慎重に取り扱っていたということが判りますよね。
何しろその道の専門家が一致して運転をするなと言っているにも関わらず「自分には問題がない」として医師の指示も警察の指導も華麗にスルーしていたのですから、全国にも例がないという持病の不信国による道交法違反での逮捕に踏み切ったことも当然ですし、警察も過去の教訓にきちんと学んでいるのだなと再確認できるケースです。

ところで臨床現場では患者が医師の指示、指導に全く従わないということは日常茶飯事で、かつてであれば無理矢理に入院させてでも治療するといったケースもあったのでしょうが、近ごろではご存知のようにインフォームドコンセントだ、患者の権利尊重だということで本人の同意がない治療は原則やってはいけないという世の中になってしまいました。
定期的な検査が求められる疾患ではどうしてもやらざるを得ないのですが、当然ながら面倒くさい、お金もかかる、そして結果が悪ければまた先生にぐちぐち言われる(苦笑)と言う事で拒否される患者さんも少なからず、時にはそれが思いがけない裁判に結びついたりと言うこともあって世の臨床医には「どないせえっちゅうんじゃい!」と憤懣やるかたない方々も多いことでしょう。
特に慢性疾患の患者の中でもこの方面で担当医を悩ませずにはいられないのが糖尿病持ちということで、世の中にはその独特のキャラクターを称して「糖尿病気質」などという言葉も出回っているようですけれども、何しろ数が多い上に食生活の変化やメタボ検診などで今後も恐らく増えていく一方だろうということで、臨床現場は否応なしにその対応を迫られている最中です。
そうした現場の実情を学生教育にも反映させるということは一般論としては非常に結構なことなのですが、どうも見ていて「それはちょっと違うんじゃない?」と首をかしげずにはいられないケースもあるということを、以前に当「ぐり研」にも取り上げさせていただいた厚労省医系技官でありながら厚労省批判の急先鋒という木村盛世氏が指摘しています。

医師国家試験問題から読み解く、厚労省の現実離れぶり(2012年5月14日木村盛世氏ブログ)より抜粋

(略)
今回は、今年の医師国家試験問題を引用し、そこから、今の厚生行政のおかしさを指摘したいと思います。
その問題とは、これです。

52歳の男性。糖尿病治療目的で外来通院中である。
体重を減量する必要性を本人も理解しているが、
これまでの5回の受診で体重が漸増している。
身長165 cm、体重82 kg。HbA1c 7.6 %(基準4.3~5.8)。
医師の発言として適切なのはどれか。
a  「何度説明しても無駄ですね」
b  「減量では何がつらいですか」
c  「体重が増えて透析になっても知りませんよ」
d  「次回までに体重が減らないと私は責任が持てません」
e  「今回できなかった分も加えて次回までに減量しましょう」

HbA1cというのは、糖尿病のコントロールの善し悪しを示すもので、()にあるように、コントロールが良い場合は、低い数値に保たれます。
この症例は、明らかにコントロール不良な糖尿病患者です。
さて、みなさんはこの問題を読んでどの答えを選ぶでしょうか。
おそらく、正解は「b」です。
えー、どうして?と思われる方、自分が思ったとおりだった、と納得される方、様々な反応があると思います。
なぜ、正解が「b」かというと、その背景は次のように考えられます。

まず、医師たる者、患者を突き放しネガティブな事を言ってはいけない、という姿勢が求められる、という前提があります。
それとともに、患者の困っている事を把握して、それを解決してゆくことによって、減量を達成させることが重要である、という強いメッセージが受け取れます。
こんな解説をしていると、私自身、なんて優等生的な解答をしているのか、悦に入ってしまいそうです。

でも、現実は本当にそうなのでしょうか
患者の弱点を把握して指摘すれば、その人は減量に成功するのでしょうか。
(略)
国試問題の答えをもう一度みてみましょう。
答えは「b」だろうと書きましたし、おそらくそれが正解です。
しかし、現実の世界では、aからeまで、どれも有り得る解答です。
おそらく、この問題は、臨床現場をよほどわかっていないか、あるいは、メタボ対策を推奨し、厚生労働省のお褒めをいただきたい人が作ったのではないか、と思います。

私自身、この陳腐な問題をみて、現実の厚生行政も、現実とはかけ離れた、机上の空論で作成されている事実がダブって、笑うに笑えない気持ちになりました。

さてさて、どれも微妙な選択肢が並んでいる中で自分がもしこの患者の担当医であれば過去の受診時に医学的には妥当な対応をしてきているものとして、最も近いのはdの「次回までに体重が減らないと私は責任が持てません」かなと思うのですが、それでも今度来てもダメだったと言うのであれば残念ながら自分ではお力になれないようですと紹介状を用意するしかありませんかね。
国試的には消去法的にどうしてもbを選んでしまう学生が多いのでしょうが、逆に臨床現場に出てこういう患者に遭遇した場合、体重が増えて透析になるというリスクを何度も繰り返し説明した上で、それでも自分の手には負えない患者をいつまでも漫然と抱え込むような医師は今のご時世「無責任」と批判されても仕方がありませんし、何かあればそれこそ巨額の賠償金という形で責任を取るしかなくなってしまいます。
厚労省がどのような意図でこうした問題を出しているのか今ひとつ釈然としませんし、仮にbが正解で他が不正解だというのが正しい医師のあり方だなどと考えているのであればとんでもないことですけれども、医師の側は患者の無理解で四苦八苦しているというつもりでも、一方で患者の側では「この野郎、いつも上から目線で偉そうなことばかり言いやがって…」と不満をため込んでいるかもしれない…という視点は重要でしょうね。
先日こういう記事が出ていたのですが、以前から「治療費を現金で前払いしないことには何もしてくれない」と悪評の高い中国の病院ではもはや双方の感情的なもつれが行き着くところまでいってしまっているようなのですね。

中国で頻発する「医者殺し」 患者とのトラブル増加(2012年06月22日WEDGE Infinity)より抜粋

今年3月23日夕、中国黒竜江省のハルビン医科大学付属第一病院で、難病患者の少年A(17)がナイフで医師を刺し、1人が死亡、3人が負傷した。
(略)
 なぜ「殺医」(医者殺し)「医閙」(医療トラブル)という新語ができるほど、中国の患者たちは医者や病院に対して怒っているのか。中国メディアの報道から同事件を再現し、医療問題の現状を探った。

「病気の苦しみを理解してもらえず」

 「女の大きな悲鳴が聞こえたので事務所のドアを開けたら、血だらけの床に医師が倒れていた」。女性看護師は震える声で事件を振り返った。少年Aは病院前のスーパーで果物ナイフを買い、医師の事務所まで戻って、4人の医師に襲いかかった
 殺された医師はインターンの王浩さん(28)。事件から5日後、王さんが待ち望んでいた香港大学博士課程の入学許可書が届き、同僚たちの涙を誘った。
 Aはくびや腰、手足の関節などが動かなくなる慢性の免疫疾患、強直性脊椎炎を患っていた。リウマチに似た難病で、治療は難しく、薬で進行を遅らせることしかできなかった。Aは事件後「病気の苦しみを何度も医師に訴えたが、理解してもらえず、発作的に襲ってしまった。罪もない医師を殺すべきではなかった」と語った。
 医者の側に手落ちはなかったようだ。

「医者殺し」 65%が支持

 凄惨な事件は中国全土の医療関係者を震え上がらせた。さらには事件についての世論調査が医師の怒りと悲しみをかきたてた。インターネットの世論調査で、事件について、回答者6161人のうち65%に当たる4018人が「うれしい」と回答したのだ。
 匿名で無責任な回答になりがちなネット調査とはいえ、「医者殺し支持」の多さは、中国での医師の信用失墜をはっきりと示していた

 衛生省の統計によれば、2006年の医療トラブルは1万248件、09年は1万6448件、10年は1万7243件と年々増加
 医学界のサイト、丁香園の調査によると、00年から現在までの12年間に患者に殺された医師は公表されただけで14人に上るという。
(略)
 「良い治療を受けられるのは、金と権力(コネ)がある勝ち組だけ」「病院や医師は患者を搾取している」との不満が中国の庶民の間に広がっている。
 ただ、客観的にみれば、常に医師、病院側が悪いわけではない。国民の権利意識の高まりもあって、診断や治療、手術に過誤があった、として患者が医師や病院を相手取って損害賠償を起こすケースも多い。
 医療トラブルの交渉、解決を商売にする者も現れ、病院に通って「依頼人」探しにいそしんでいるという。最近では「もうけたいなら、手術しな。その後、医者を訴えろ」というざれ歌まであるという。
(略)

まあしかし、今の時代どこの国でも…と思ってしまうような記事でもありますかねえ…
元記事はそれなりの長文ですので是非リンク先を参照いただきたいと思いますが、中国における「殺医」の現状については以前にもその一端を取り上げたように、単純に病院内でのトラブルだけに留まらず医療保険制度の不備や過度のコネ社会など中国社会全体の歪みが病院という場で噴出しているのかなという感触も受けます。
しかし彼の地でしばしば問題になるという金銭的トラブル云々を抜きにしても日本とも大いに共通する問題だなと感じるのは、医師の側では患者と手に手を取り合って病気に立ち向かって行こうという認識であったとしても、患者の側では病気そのものよりもむしろ医師という存在そのものが苦しみをもたらすものとして認識される可能性があるということですよね。
前述の国試の問題にしても結局のところ言いたいのは患者の苦痛に対する共感的姿勢が必要であると言うことなのだと無理矢理好意的に解釈してみることも出来ますが、この本来そうあるべきではないはずの医師と患者の対立関係というものは国や文化的背景を選ばず発生し得る普遍的な問題であるようで、例えばアメリカンジョークなどでもこういう話が伝わっています。

弁護士と会計士、医師が悪夢について語り合った。
弁護士曰く、「私にとっての悪夢とは依頼主全員が敗訴してしまうことですね」
会計士曰く、「私にとっての悪夢とは顧客企業全部が倒産してしまうことです」
医師曰く、「私にとっての悪夢とは患者が全員完治してしまうことだ」

ご存知のようにアメリカンジョークというものはとにかく弁護士=悪の権化のような構図があって、その弁護士よりも性悪のように描かれる医師への社会的認識もどうなんだと言うものですけれども、もちろん職業別好感度調査によってもジョークのネタへの取り上げられ方を見ても、一般論として彼の地における医師への信頼感は弁護士に対するそれに数倍すると考えていいようです。
そうした社会的認識を前提にした上でも言わずにはいわれない、そしてそれがジョークとして誰にでも通用してしまうというところにこの問題の難しさがあるのだと思いますが、これを解消するためには糖尿病患者に減量のつらさ苦しさを尋ねてみるという程度の話では到底追っつかないでしょうね(苦笑)。
いずれにしても社会常識的に考えても最低限言えることは、思わず患者も「お前が言うな!」と突っ込みたがるような指導をしていたのでは患者もついてこないだろうと言うもので、幾ら整形外科医とは言っても自分の持病を放置したまま好き放題やっていたのでは社会的ペナルティーを負うことになる以前に、一職業人としてもそれはいささかどうなのよと思われてしまうのは仕方のないことです。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2012年7月 5日 (木)

やはり行われそうな計画停電 今後はさらに増える?

先日7月1日より大飯原発が再稼働しましたが、最も厳しいとされる関西地区で多少なりとも電力供給が改善されるとは言えこの夏もやはり全国的に節電が相当に求められることになりそうです。
計画停電ともなれば各方面に多大な影響が予測される中で、先日日医から全国に計画停電への対策が要請されたというのですが、

都道府県医師会電力確保対策担当理事連絡協議会 医療施設における計画停電への対策を要請(2012年7月5日日医ニュース)

 都道府県医師会電力確保対策担当理事連絡協議会が六月十五日,日医会館小講堂で開催された.
 本協議会は,東日本大震災での原子力発電所事故を受けてわが国の電力供給体制が見直されている中,今夏は特に全国的な電力不足が見込まれることから急きょ開催されたもので,政府や電力会社との折衝の状況を報告し,医療施設における計画停電時の対応策などについて協議した.
 冒頭,あいさつに立った横倉義武会長は,震災直後に東北電力・東京電力管内で計画停電の実施が発表された際,政府に実施時間についての配慮を求めるとともに,都道府県医師会長への連絡やNHKに対するテロップ表示要請を行い,医療機関や在宅医療における準備を呼び掛けたことを報告した.
 更に,昨年十月には,厚生労働大臣等に対して計画停電時に通電される医療機関の拡大について要望を行い,五月二十五日には,四病院団体協議会と共に電力会社九社に対して,全ての医療・介護施設や在宅患者等に電力が供給されるよう要望したことを説明.「電力問題で患者さんに大きな被害がないよう切に願っている」と述べ,本協議会を踏まえて対策を講じるよう要請した.

 議事では,まず今村聡副会長が,日医における今夏の電力確保対策並びに節電推進等について説明した.
 同副会長は,昨夏の対応として,ピーク時の電力使用を前年同期比一五%減とする「電気事業法第二十七条による電力使用制限令」の対象に医療機関も含まれていたことから,対象から除外するよう政府等へ働き掛けた結果,医療機関の削減率が〇%と緩和されたことを報告.計画停電時に通電される医療機関については,公的病院を中心とする三次救急医療施設のリストが日医との協議もないままに公開され,混乱を招いたと指摘した.
 今夏においては,日医が都道府県医師会から二次救急医療施設の情報収集を行い,厚労省に提出したことを説明.同副会長は,「今年,厚労省は経済産業省に全ての医療機関に通電して欲しいと要望を出している.ただし,一カ所の医療機関に通電すると,配電所単位で一千戸の住宅に電気が流れることになる.どこかで線引きをせざるを得ないのは事実だが,出来るだけ拡大して欲しいと要望している」と述べ,都道府県医師会と自治体,電力会社で連携した形での,地域の実情を踏まえた検討をすることを求めた.

 続いて,鮫島信仁日医総研研究員が,計画停電時における病院・診療所への影響について説明.病院・診療所への緊急アンケート調査によって,東京電力管内の計画停電時に多くの問題(別記事参照)が発生したことが明らかになったとし,これらの事例をまとめた「日医総研ワーキングペーパーNo.二五三」(東日本大震災に伴う計画停電・電力需給対策における病院・診療所への影響と対応に関する研究)を参考に,実施時期が夏であることも踏まえた入念な準備を呼び掛けた.
 また,自家発電機を持っている場合でも,切り替わるのに一分近くかかったケースもあることから,事前に動作確認しておく必要があるとした.
(略)

計画停電時の通電対象医療機関を再検討

 引き続き,岩井誠奈良県医師会理事が関西電力との協議状況について報告.計画停電時の通電対象医療機関については,二次,三次救急医療機関の線引きだけで重要性を判断出来ないとして,近畿医師会連合を窓口に,府県医師会と連携して再検討することとなり,各県で二,三の医療施設の追加が可能だとの回答を得たとした.
 計画停電の時間帯やスケジュールは六月中旬に公表し,実施については,前日の午後六時頃に「電力予報」として広報するとの関西電力の説明に対し,停電の予定を出来るだけ早く伝えることを要請.ポータブル発電機の貸し出し数については,人工呼吸器など在宅患者の実態把握を行って検討する必要があるとした.
 この他,計画停電と医師賠償責任保険について,高島昇日医医賠責対策課長が説明.日医医賠責保険での保険金支払いに関し,計画停電時の事故においては一律の判断が極めて難しいとして,個別に判断されるとした.
(略)

東電管内では計画停電の予定はないということでやはり関西圏が一番の問題となりそうですけれども、先日もお伝えしましたように医療機関の停電対応も非常に心許ないものがあり、何も今回だけで二度と無いことでもないわけですから、「医療機関だけは例外にして」と要求するばかりで自前の努力を放棄しているようでは問題ですよね。
何かあった時の賠償責任の絡みもあり、少なくとも入院患者を抱えるような施設は最低限の電源などを用意しておくことが社会的義務ではないかと思うのですが、今の時代長引く医療費抑制政策によって特に中小医療機関の経営はどこも火の車ですから、今から新規に導入をするというのも確かに厳しいものがあるんじゃないかとは思います。
関西地区の各都道府県では引き続き停電範囲からの除外を求めていくと共に、より実際的に停電に対する対応も何とか検討しているところだと言うのですが、見ていきますとどうもあまりうまいアイデアも出てきてはいないようですね。

計画停電:府説明会 「対象施設多い」医師や患者反発 /京都(2012年6月28日毎日新聞)

 府は27日、京都市上京区で医療機関や患者団体を集めて、今夏の電力不足への対策を協議した。関西電力の担当者から計画停電について説明を受けた参加者からは、「対象外にならない病院や診療所が多すぎる」などと反発が相次いだ。府内で計画停電の対象外になるのは災害拠点病院や大学病院など主要医療機関111カ所。残り62カ所には自家発電装置を備えていない病院もあり、府は小型発電機の購入を働きかけている。また、診療所は計画停電の対象に含まれるが、自家発電装置がある施設は限られるという。【古屋敷尚子】

透析の計画停電除外要望…関電に京都府の医師団体/京都(2012年6月28日読売新聞)

 京都府は27日、府医師会や難病患者団体などと、今夏の電力逼迫(ひっぱく)時に実施される計画停電への対応を話し合う会議を開いた。席上、関電京都支店は、計画停電への理解と協力を求めたが、透析患者の治療にあたる医師の団体からは、停電への不安を訴える声が上がった

 会議は上京区のホテルであり、計30団体が出席した。7月2日から9月7日の節電要請期間中の計画停電のスケジュールや方法について、関電京都支店が説明。府は、府内173病院のうち、京都第一赤十字病院(東山区)や府立洛南病院(宇治市)、舞鶴市民病院(舞鶴市)など計111病院で、計画停電時でも通電する緩和措置が取られることを報告した。

 しかし、京都透析医会の担当者は、京都市内で最も通院患者が多いという、自らが運営する4施設について、計画停電が実施されれば、2施設で通電が止まる現状を説明。「(透析患者の通う)ほかの病院からも『もう一度話を聞いてもらおう』という声が上がっており、ぜひ緩和措置をお願いしたい」と要望したが、同支店は「緩和対象は国が決めており、電力会社が個別に入れる、外すということはできない」と理解を求めるにとどまった。

 また、関電からの計画停電の予告が、実施前日の夕方になることについて、府医師会の担当者は「患者に周知することは不可能だ。患者を他の医療機関に移すこともできない」と訴え、「透析が続く中、現場の人がスイッチを切ることはないですよね」と詰め寄った。しかし、関電京都支店は、「言いづらいが、計画停電の運用は、決められた線を決められた時間に切る作業を行うものだ」と答えただけだった。

 京都透析医会の担当者は終了後、「すでに公表されているスケジュールから、計画停電の時間帯を外れるよう、患者を誘導するしかない」と話していた。

病院も休診やむなし 滋賀でも節電期間始まる /滋賀(2012年7月3日京都新聞)

 政府や関西広域連合が決めた夏の節電期間が2日始まった。家庭や事業所などはさっそく節電の取り組みに乗り出したが、計画停電の対応に妙案はないようだ。店舗や公共施設だけでなく、医療機関も休業せざるを得ないとみている。
(略)
 もっとも影響が懸念されるのは医療・福祉施設。県内59病院(20床以上)のうち計画停電の対象外は36病院のみ。対象外にならなかった瀬田川病院(大津市)は計画停電時に外来を休診する方針。自家発電機だけでは冷房がまかなえないため、入院患者については「職員を配置して熱中症対策などに目を配る」という。
(略)

しかし京都で最も通院患者が多い透析病院と言えば一昔前なら笑いが止まらないほど儲かっていたと思うのですが、非常用電源の備えも出来ないほど昨今では透析も儲からないんですかねえ…?
今回は配電用変電所レベル(おおむね一般家庭数千戸)を対象にして2時間ずつといった短期間で停電をさせていく予定だと言うことですが、ほぼ一つの町内くらいの規模と考えると停電範囲内に多くて病院が一つ、二つに診療所が幾つかくらいでしょうか、逆に範囲内で全く医療機関が含まれないというのもあまり無さそうな微妙な数字ですよね。
しかし「透析が続く中、現場の人がスイッチを切ることはないですよね」と言われても電力会社の人も困っただろうと思いますけれども、そうまで電力が途絶えて困る機械を扱っているのに自前の非常電源すら用意していないというのもどうかというものですし、「計画停電の時間帯を外れるよう、患者を誘導するしかない」などと言い出されても、患者も余所に行くべきか2時間待つべきか悩ましいところでしょう。
瀬田川病院のように一応自前の発電機があるものの容量不足であることから、外来だけを休診するというのも一つの手だと思いますが、実際に急患などが担ぎ込まれてきた時にどうするのか、自前のかかりつけであっても停電中だからと拒否するのかと言われるとなかなか判断も難しそうです。
もちろん本質的には短時間でも停電は絶対困るというなら自前で非常電源を用意するのが筋ということになりますが、今回の件を教訓に今後そうした備えも増えてくるだろうとは言え、やはり今後も同様の事が起こるたびに必ずどこかの施設から「電気が止まると困る!」という声が上がってくるはずですから、それならば平素から社会としても何かしらの対策を考えておくべきではないかと思いますね。

今後電力の自由化による競合会社の参入など発電業界の再編もあり得るのかも知れませんが、いずれにしても今までのように日本の電源の安定度は世界有数だといつまでも自慢していられる状況にもなさそうだとなれば、例えばレンタル自家発電装置というものも視野に入れられるようになるかも知れませんね。
計画停電ということになれば順番に各地域が停電していくわけですから、例えば一定数の移動式発電機を地域内で用意して使い回すという手もあるかと思いますが、その主体としてさすがに商業的に成立するほど頻繁に停電があるとも思えませんから、例えば電力会社なりがオプション契約のような形で停電時の電源貸し出しを行うといったやり方も考えられると思います。
無論停電は電力会社の責任なのだから無償で貸し出せとか、自治体が金を出して発電機を常備しておくべきだといった意見もあるかと思いますが、こうした事の常としてお金を費やして自助努力をしてきた施設が損をして、何も備えをしていなかったくせに声ばかりは大きい施設がタダで便宜を図ってもらえるというのは「アリとキリギリス」の真逆と言うもので、どうも教育上もよろしくない気がするのですね。
家庭レベルでは近ごろ電気自動車を非常用電源としても活用しようとか、太陽光発電を普及させようとか(夏の日中が電力需要が大きいのですからこれもそれなりに合理的です)様々な試みも検討されていますけれども、昨今流行りの脱原発的な視点に立っても計画停電や需要急増時に対する緊急的な備えは意味あるものだと思います。
ごく個人的な願望としては被災地などでの活用や海外派遣なども見越して、既存の送電網に接続出来る発電船(これまた近ごろでは斬新なアイデアもあるようです)を病院船とセットで国が用意しておくべきだとも思っているのですが、しかしこれも結構手続きが面倒らしいと言うのが何とも日本的ですかね…

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年7月 4日 (水)

健康格差 誰もが望み、その手段も手にしているのに

本日の本題に入る前に全く関係はないのですが少しばかり驚いたと言うのでしょうか、ちょっと意外性のあるこちらのニュースを紹介しておきましょう。

共産集会 医師会・JA幹部、初参加/茨城(2012年07月02日朝日新聞)

 次期衆院選へ向けた共産党の決起集会が1日、つくば市であり、県医師会の斎藤浩会長とJA県中央会の秋山豊専務が出席し、環太平洋経済連携協定(TPP)反対での協力を訴えた。党県委員会によると、県医師会、JA県中央会のトップ級が党の大規模な集会に参加するのは初めて

 来賓あいさつで斎藤会長と秋山専務はTPPについて、「イデオロギーの壁を越えて共闘を」と連携を呼びかけた。

 次いで茨城3、4、5区の立候補予定者があいさつ。志位和夫党委員長がTPPや消費増税への反対演説で締めくくった。

ご存知のように茨城県医師会と言えば先の総選挙では真っ先に反自民の狼煙を上げたところで、もともと革新系に対する理解があるということなのかも知れませんが、JA共々幾ら呉越同舟とは言え何やら違和感を感じないではいられないニュースではあります。
共産党と言えば医療費削減には反対しているところですし、地域医療に対するスタンスなどもともと医師会とも相通じるところがあるのかも知れませんが、しかし実際に彼らが傘下病院でどういう医療を行わせているかと考えて見ますと、どうもねえ…
ま、そういう余談はともかくとして、これまたある意味で共産党あたりの好きそうなテーマではあるのですが、まずはこちらの記事を見ていただきましょう。

ついに寿命もおカネで買う時代に? 運動習慣から垣間見える健康格差のメカニズム(2012年7月2日日経ビジネス)より抜粋

(略)
 今日、「健康格差」に関する研究が進んでいる。30年に及ぶ研究の蓄積の結果明らかになってきたことは、「豊かな人ほど健康で長生きする」という傾向である。この統計上の相関は「健康格差」と呼ばれ、世界各地で年齢性別を超えて報告されている。所得と死亡率に基づく分析がもっともオーソドックスだが、所得の代わりに資産、学歴、階級、人種などを使っても、死亡率の代わりに寿命、慢性疾患や鬱病の有無、自殺率などを使っても、同様の傾向が観察されることが大半である。WHO(世界保健機構)からは健康格差に関する報告書がたびたび出版されている。日本でも日本福祉大学の近藤克則教授(社会疫学)らの研究を筆頭に研究の蓄積が進みつつあるが、そこでは「富裕層は明るく、よく眠り、転びにくい」ということまで報告されている。健康格差は、世界レベルの疑いようのない事実として確立されつつあるといえるだろう。

 このため研究者の関心は「健康格差は存在するのか」から、「なぜ健康格差があるのか」という健康格差のメカニズムの解明に移りつつある。残念ながら、問題のスケールの大きさと複雑さのため、はっきりとした事実の解明はまだこれからであるが、本稿では主立った有力な仮説を紹介しよう。

 健康格差の理解への第1の鍵は、何が原因で何が結果かという「因果関係」にある。因果関係についての様々な議論は次の3つの仮説に整理できる。

 仮説(1):豊かさが健康に大きく影響している。
 社会疫学における基本的な立場である。まず国によって医療サービスはお金がかかるので、低所得者は満足な医療を受けられない。日本のような国民皆保険制度がある国も多いが、それでも普通は一定の自己負担が存在し、低所得者の健康の足かせになっている。そのうえ困窮すればするほどストレスは大きく、食べ物の質が落ち、住環境が悪化し、従って健康を害するというストーリーである。

 仮説(2):健康が豊かさに影響する。
 仮説(1)とは逆の因果関係である。健康は人的資本・能力の一部であり、従ってその人の労働生産性を左右し所得水準を決定する。平たく言えば、病弱であるほど学業にも昇進にも支障が出やすく経済的成功のチャンスが小さくなる、という仮説である。比較的支持する経済学者が多い。

 仮説(3):豊かさと健康の間には直接の因果関係はなく、第3の因子によってもたらされる見せかけの相関である。
 「第3の因子」のもっともらしい例としては、遺伝子や生育環境があげられる。つまり、生まれながらに恵まれた人々が裕福かつ健康に生きているだけ、という説明である。
(略)
 健康に関する議論では、時間軸も重要になる。健康は日々の出来事を反映しながら長い時間をかけて推移していくからである。時間軸を導入した理論を説明するにあたり、まず興味深いデータをお見せしたい。生活習慣病に顕著に関わってくる運動習慣に関するデータである。筆者が住むオーストラリアのデータを用い、運動習慣が所得階層によってどう異なっているかを、運動量を加味して図にしてみた(運動量は運動時間と消費カロリーから換算)。

図1 所得階層別に見た運動習慣

 低所得層は学生・主婦・非正規雇用者が含まれるため若干結果にばらつきがあるが、図からはっきり分かるのは、所得が高いほど運動習慣があり、かつ運動量も上がっていくという点である(米国でも類似の報告がある)。

 一方、学歴・所得の低い層ほど健康診断を受けない、という報告が数多くある。これは健診が無料のケースでも観察される結果である。なぜ、豊かな人ほど運動をし、なぜ低所得層は健康診断を受けないのであろうか?ここで重要なのが、人々は現在だけでなく将来を見越して意思決定を行うという視点である。ミクロ経済学を使ってこの点を考察してみよう。

 ミクロ経済学では健康を「健康資本理論」という考え方で捉える。そこでは「健康という資本」は一般の資本財と同様、放っておくと時間と共に棄損していくが、「投資」によって維持・増進できると考える。この場合の投資というのは、病院に行って健康診断や治療を受ける、体に良いものを食べ運動する、といったことである。喫煙はマイナスの投資といえる。人々は、この投資のコストとリターンに基づいて最適な投資水準を決定する

 この理論の意味するところは明解だ。経済的に恵まれた環境にいて充実した人生を意欲的に送っている人は、長生きすることで得られる収入が大きく、また充実した余暇を過ごせるので、健康投資のリターンが大きい。従って、検診も積極的に受ければ、食べ物にも気を使い、運動も積極的にする。

 他方、努力しても良い仕事が見つけられない低学歴貧困層は、富裕層に比べ、積極的に健康に気をつけるインセンティブ(動機付け)に乏しい。このグループにとっては、正しい医学知識を身につけ酒やたばこをやめるという「投資」はコストに較べリターンに乏しいのである。この理論のもっとも皮肉な部分は、健康であればあるほど、1年余分に生きるリターンが大きく、従ってより健康に気をつける、という点である。投資のインセンティブの格差が健康格差をもたらし、その健康格差がさらなるインセンティブ格差をもたらすという意味で、健康資本理論においては、健康格差は自己拡大的なのである。
(略)

元記事はかなりの長文ですのでご一読いただきたいと思いますが、誰でも食うや食わずの生活もあり得る原始時代であれば食べ物の質・量的充実や生活の安楽さが健康に大きく関与するだろうとは誰しも想像出来るところですが、ある程度中産階級が形成されとりあえず皆がそこそこ食べられるようになった後で一体何が健康に寄与するのかですね。
記事中の記述によればイギリスにおいては18世紀までは貴族と庶民の健康格差は存在せず、また細菌学の発達する19世紀までは医師と一般人の家庭で乳児死亡率にも差はなかったと言いますが、この後から医学等様々な学問が急速に進歩し平均寿命が急に伸びるようになってくるにつれ健康格差も増大するようになってきたそうです。
この場合は何が健康によいかという情報量と、それを実際に実行出来るかどうかという面で格差があったということですが、ひるがえって現代日本では誰でもテレビや雑誌で日々健康のために必要な情報は得られますし、ごく平凡な庶民家庭でも有り余るほどの栄養も取れ、そして生活保護受給者もお金持ちと同じ医療を受けられるようになりました。
普通に考えれば健康格差は縮小しそうに思えますし、実際単に長生きという点に関しては庶民もお金持ちもそう変わりはないのかも知れませんが実際には格差が拡大しているという、そして先日も取り上げました健康寿命ということについて言えば歳をとっても年齢不相応なほど元気でやっている人は庶民よりは確かに富裕層に多いという印象がありますね。

記事では誰でも何が健康にいいかを知り、実行出来る環境にあるからこそ、それを実際にやるかどうかというインセンティブが所得の差によって生まれているのだと言っていますけれども、結局は「判っちゃいるけどやめられない」を「悪いことはやめておこう」に変えていけるかどうかが分かれ目と言うことであれば、明確なエビデンスによって自己を律することが出来るかどうかが非常に重要だと言う気がします。
韓国の研究では低学歴の者ほど喫煙率が高いといい、また東北での研究では学歴の高い者ほど運動習慣を持っていると言いますから学問は身を助けるということかと思ってしまいますが、これらはいずれも何がいいか悪いかということは誰でも知っていることばかりであって、学問的知見を日常生活においても尊重するという態度が実施率の差として現れ、ひいては健康に結びつくとも受け取れる話ですよね。
なんだ、結局は科学的に根拠のあること、エヴィデンスを尊重することが重要なんだなと言う当たり前の結論になりそうですが、そういう作業に慣れている理系高学歴人間が一番健康で裕福な生活を送れるということかなと思っておりましたら、実際に小学生の頃に算数が好きだったか否かが将来の年収に大きく影響するのだそうですから、世の親御さん達は子の将来を思えば算数教育には熱心であるべきかも知れません。
しかし健康情報を積極的に収集し実行するのはいいですが、テレビなどで紹介された怪しげな健康法でかえって健康を損ねたというケースもしばしばありますから、やはりここでも引用すべきソースの信憑性にも留意すべきであるという理系人間にとっては当たり前の作業が重要なのかなと思いますね。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2012年7月 3日 (火)

厚労省が病院の情報開示を規制?!

本日の本題に入る前に、先日こんな記事が出ていましたが、なんだかんだで今のご時世夢を追うことが出来る人はやはり経済的に余裕があるということなんでしょうかね?

「医者になる夢叶えたければ…」 裏口入学仲介料名目で3000万円詐欺/東京(2012年6月28日産経ニュース)

 「有名私立大学の医学部に裏口入学できる」と持ち掛け、東京都杉並区の50代の男性から仲介料名目で現金3千万円をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は28日、詐欺の疑いで、住所不定、不動産コンサルタント会社役員、永江七三男(54)と、石川県白山市笠間新、無職、藤島峰一(48)、東京都港区北青山、会社員、野沢仁(56)の3容疑者を逮捕した。いずれも容疑を否認している。

 同課によると、男性は医者を目指し十数年勉強していたが、医学部に合格できなかったため裏口入学を模索。知人を通じて知り合った永江容疑者らから医学部系予備校の実質経営者に引き合わせられ、裏口入学を持ち掛けられたという。

 逮捕容疑は平成20年6月、男性に対し「私大医学部入学にはこの(実質経営者を通じた)ルートしかない」などと言って、都内の有名私大医学部への裏口入学仲介料として3千万円を永江容疑者の口座に振り込ませ、だまし取ったとしている。

 実際にはこの実質経営者は裏口入学に関与しておらず、男性が20年12月に警視庁に告訴していた。男性は別の男ら数人からも同様の手口で現金2千万円をだまし取られているといい、同課が捜査している。

もちろんだまし取る方が悪いのは言うまでもないのですが、しかしすでに50代で十数年間受験失敗を繰り返しているということは失礼ながらちょっと無理目ではと思える状況で、それをお金で何とかしようと考えてしまう時点でどうなのかということです。
このご時世にぽんとこれだけのお金を出せるくらいですから、あるいは社会的にある程度功成り名を遂げた方で後は名誉なりステータスなりが欲しかったということなのかも知れませんが、この調子では仮に合格していたとしても卒業し医師免許を取得するまで一体幾らのお金がかかったものか判りませんよね。
近ごろでは時折偽医者騒動などもありますから、非正規ルートとは言えあくまで医師免許を取ることにはこだわった分良心的だったという考え方も出来ますが、それにしても正直その努力とお金を別な方面に振り向けていればもっと有効活用出来たのではないかと思えてなりません。
とにもかくにも医師という商売がそれほど魅力的なものだと考える人が世の中に結構いるものだと言うことなんでしょうが、当事者にしてみればそんなに恵まれたものではないと言う声もあるようで、例えばこんな記事が出てきていますよね。

国立病院の勤務医が給与削減に反発 「人材流出と医療崩壊を招く」(2012年7月1日産経ニュース)

 政府が国家公務員の給与削減に合わせ、国立大付属病院や国立病院にも給与引き下げを求めているのに対し、勤務医らが「民間より低い水準をさらに引き下げると、人材流出と医療崩壊を招く」と反発。現場の医師は慢性的な人手不足や過重労働の中でがん治療などの高度医療や地域の救急医療を担っていると訴えており、交渉は難航しそうだ。

 国家公務員の給与は、大震災の復興費に充てるため、4月分から平均7・8%減に。政府は5月、削減対象を国立大や国立病院を含む独立行政法人の職員にも拡大すると表明。国立大付属病院でつくる病院長会議などによると、国立大病院の医師の平均年収は、40代の助教で822万円(平成20年度)。国立病院の勤務医の平均年収は、厚生労働省調査で1468万円(22年度)。民間病院の勤務医の平均年収は1550万円で、開業医は2755万円(22年度)。病院長会議は「格差が開けば、国立離れに拍車が掛かる」と危機感を募らせている。

医師職の相場から比較して額面で安いことも以前から言われている問題なのですが、格差があると言っても800万もあるなら十分恵まれているじゃないかと考えると現場の不満を理解することが出来ません。
大学や国立病院の場合は常勤に入り込んでしまえば公務員としてそれなりの給料がもらえるのですが、実は非常に多くの医師が無給ないしは極めて厳しい待遇のままに留め置かれているという現実があり、高度医療を提供する基幹病院としての激務と相まって医師達から不評を買う大きな原因になっているのですね。
この理由として公務員扱いであることでスタッフの定員が決まっていて、しかもその定員というものが法定の定数を元に算出された数ですから実際に現場を支えるには到底足りない、それでは不足する分をどうするかと言えば例えば多くの医師を書類上は日雇いの非常勤扱いにしてただ同然で働かせているわけです。
無論こんなブラック企業めいたことが長年の伝統となっている以上今どき医師の間でも不人気になってくるのは当然ですし、不当労働行為の是正という観点からもこうした病院からはどんどん離れていただいた方がよろしいんじゃないかとも思うのですが、もちろんそうした待遇で働かせている側にしてみればまた別な考え方もあることでしょう。
本来独立行政法人というのはこのあたりの人事面で裁量をふるいやすいようにということで国立からの移行が図られてきたのだと思っていたのですが、幾ら現場が不満をため込み逃散したところで頬被りを決め込んでいながら、自分たちの尻に火がつけば大騒ぎし始めるというのではますます国立離れに拍車が掛かるだけに終わるんじゃないかと言う気がします。

ま、今どきそうした奴隷病院で働きたい人は一部の奇特な考え方の持ち主だという意見もありますから、まだしも残っていた真っ当な常識の持ち主がまともな労働環境に移行し不良医療機関が淘汰される方が医療全体にとってはプラスだと思いますが、いずれにせよ今の時代病院も経営上手でなければ優秀なスタッフを数多く好待遇で抱え込むことなど出来ず、またスタッフを集められない施設は経営も失敗するということです。
その点で患者以上に医師にとっても病院の行う医療の質は気になることで、ろくなスタッフもいなければ低レベルの医療しかやっていない病院に今どきまともな医師が集まるはずもなく、逆に優秀な医師が呼び水となって熱心な医師が次々集まってくる病院ともなれば医療レベルも上がりますから、医師が競って働きたがるような病院ほど患者にとってもよい病院であるとも言えそうですよね。
待遇面にしろ診療内容にしろ病院はそれぞれに違うもので決して同じではない、それを認めるからこそ不当に待遇の悪いところでは改善しなければという話にもなるし、しっかりした医療をしてスタッフの士気も高い病院であれば自分もそこで働きたいと言う気にもなり、結果として誰にとってもよろしくないブラック病院が淘汰されていくということにつながる道理です。
その際に近場の施設であれば噂話や学会等での発表を見ていればそれなりに情報も集まるにしても、あまり伝手のない遠方の病院に就職したいとなった時にやはり医師も患者と同様ネット情報などを真っ先に集めたくなるというものですが、そうした情報集めを妨害するかのように先日厚労省からこんなガイドライン案が出てきたということが報じられています。

「手術件数日本一」事実でも掲載控えて- 医療機関のHP、8月にもGL通知(2012年6月29日CBニュース)

 厚生労働省は29日、「医療情報の提供のあり方等に関する検討会」の会合に、医療機関がホームページに記載する内容のあり方を定めるガイドラインの案を提示し、大筋で了承を得た。同案では、たとえ事実であっても、「肺がんの手術件数が日本一」といった、ほかの医療機関と実績を比べて優位を示そうとする事項などを、ホームページに掲載すべきでないとしている。厚労省は、8月にも局長通知でガイドラインを示す。

 厚労省案がガイドラインの対象としているのは、医療機関のホームページや、そのページとリンクしている個人のブログなど。「日本一」などの文言のほか、「芸能プロダクションと提携している」といった、ほかの医療機関より優れているとの誤解を患者に与えかねない表現は、事実であっても掲載を控えるよう求める
 また、▽手術結果をよく見せるため、光の条件を変えて撮影したり、撮影後に加工したりした手術前後の患者写真▽「一日で全ての治療が終わる」「どんな難しい症例でも必ず成功する」などの、客観的に事実だと証明できない表現▽「こんな症状が出ていると、命にかかわるので今すぐ受診を」といった、科学的根拠が乏しい情報に基づいて過度に不安をあおる表現▽「期間限定の半額キャンペーン」などの、早急に受診する必要性や費用の安さを過度に強調する表現-などを、掲載すべきでない事項として挙げている。

 このほか、自由診療を行っている医療機関に限り、治療の平均的な内容や費用、治療のリスクなどの記載を促す。

 同案は、同検討会が3月までにまとめた医療情報提供に関する報告書を基に、厚労省が作成した。この日の会合で、同検討会の委員からは、「ガイドラインが目指しているのが、(患者とのトラブルが問題視されている美容医療などの)自由診療のホームページをきちっと規制していくことだという文言を、明確に加えてほしい」(加納繁照・日本医療法人協会副会長)などの意見が出た。厚労省は修正を検討した上で、7月中にパブリックコメント(意見公募)を行う方針だ。

 ガイドラインは、あくまで医療機関の自主的な取り組みを求めるものだが、ホームページの掲載内容に問題があった場合、「これを基に、都道府県が指導することができる」(厚労省の担当者)という。【佐藤貴彦】

見ていただきますと判る通り自由診療クリなどの規制を主体に考えたらしい文言が多く並んでいますが、無論保険診療の一般医療についても深く関わってくる部分も少なからずあり、特に注目されるのが「たとえ事実であっても、「肺がんの手術件数が日本一」といった、ほかの医療機関と実績を比べて優位を示そうとする事項などを、ホームページに掲載すべきでない」といった言及があることです。
ご存知のように近年では医療に限らずランキング本というものが非常に盛んで全国○○に強い病院なんて本が市中に氾濫している、そして何より患者の自己決定権を重視するというのであれば情報開示が重要であるとして、各地の病院でも治療成績などがどんどん公開されるようになってきたという流れがあったわけですね。
最近は美容整形など自由診療のクリニックによる広告なども増えてきていて、元々医療法によって広告が厳しく規制されてきた医療業界でどこまでが許容されるべきかということが議論になってきましたけれども、もちろん医学的に根拠のない主観的な表現などはともかくとしても、治療件数など客観的に数字が出るものまで規制するというのはずいぶん厳しいんじゃないかという印象を抱きます。

手術などは年に10件しかやらない施設よりも年に100件やっている施設の方が手慣れていて上達もするだろうと誰でも判る話で、手術件数が多いということはそれなりの医療水準を担保する大きな目安になると思うのですが、事実をもってアピールするのもケシカランと言うのは要するに他よりも優れている、劣っていると比較すること自体がいけないということですよね。
こうした話が出てきた背景を想像してみるのですが、国民皆保険制度というものは日本全国どこの医療機関でも同じ質の医療が提供されているという非常に空想的な前提に立って成立していて、逆に言えば施設間で医療の内容やレベルに差があるかのようなことを言うのは皆保険制度の崩壊につながると、以前から一部方面の方々が熱心に主張してきた経緯があります。
こうした方々にしてみれば医療機関の間で差があると認めるなどとんでもないと言うことになるのでしょうが、そうであるなら同じ事をやっている以上は待遇面でも同じであることをも要求していくべきであるのに、そちらに対しては自分達はすでに楽して儲かる立場に安住しているから面倒くさいことは近くの国立病院に丸投げしておけばいいやで放置しているというのもおかしな話でしょう。
無論、見た目の実績を向上させるために難しい患者は引き受けないなど一部に実績優先主義の弊害も見られるのは確かですけれども、医療機関に明らかな差があることを認めて真っ当な競争意識を芽生えさせることが診療の質を引き上げ、そして一部で続いている不当な奴隷労働強要を改善していくための一番の近道になるんじゃないかという気がします。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2012年7月 2日 (月)

終末期医療問題 一見すると関係なさそうな搦め手からの話題

先日も全医連主催の終末期医療に関するシンポジウムが開かれるなど、高齢化が急速に進行する中で国全体でも人生最後の看取り方というものへの関心が高まっていますけれども、終末期医療をどこまで積極的に行うべきかということについても様々な意見があるところですよね。
今年になってから老年病学会が終末期の胃ろうなどいわゆる延命的処置を中止してもいいと言う新指針を打ち出してきましたが、そもそもこれも厚労省と連動して出てきた話であることからも判るように国も非常に前向きであって、さっそく超党派議員連が積極医療を行わない場合でも医師を免責すべきだと言う法案を打ち出してくるなど、立法府も含めてのバックアップが検討されている状況です。
ひとたび集団が動き始めると一気に突っ走り始めるのが日本人の特性と言うものなのでしょうか、今度は透析学会からもこんな提言が出てきました。

終末期の人工透析、家族意向で中止も…学会提言(2012年6月24日読売新聞)

 重い慢性腎不全の患者が受ける人工透析について、日本透析医学会(理事長・秋沢忠男昭和大教授)は、終末期の患者家族が希望した場合などについて、透析の中止や開始の見合わせも可能とする提言をまとめた。23日、札幌市で開かれた同学会総会で明らかにした。

 国内で人工透析を受けている患者は約30万人いるが、70歳以上での開始が約半数と高齢化している。終末期の患者への透析のあり方が現場で議論になっていることから、同学会は作業チームを設け、導入や継続を見合わせる際の具体的な手順について検討してきた。

 体調が悪化し医学的理由から安全に行うことができない場合だけでなく、判断能力がある患者が自ら透析を拒否した場合や、自分では判断能力がない終末期患者でも家族が拒否した場合は、見合わせや中止の対象とする。医療側から見合わせや中止を提案し、同意を得て行うこともあるとした。

終末期でしばしばその是非が話題になる積極医療としては「うかつに外せば殺人罪」の人工呼吸器などもそうですが、一見それほどの派手さが内人工透析なども患者数が多いことに加えひとたび始まると年単位の長期にわたって継続される、そして何より非常にランニングコストが高くつく(年間500万円)ということもあり、かねて無制限に続けてよいものかと議論になっていたところでした。
近年どこの先進国でも医療費の増大は非常に大きな問題となっていますが、海外諸国ではこうした点からイギリスのように50歳以上は新規に透析導入はしないとか、ドイツのように60歳以上は医療保険の対象から外すといったことを行っている国々も多い中で、日本は非常に低額(患者負担は月額1万円)で年齢制限等もなく幾らでも透析が続けられることが一つの特徴であったわけですね。
もちろん社会的活動性の高い人々に対して単に年齢が来たからと直ちに打ち切るというのも無情な話ですが、誰がどう見てもそこまでの医療費をかけるのはどうなのか…と思われるような寝たきり高齢者などもただ中断すれば殺人罪に問われかねないからという理由で延々と透析を続けられているというのは、やはり医療従事者にとっても家族にとっても違和感を感じる部分は多々あったはずです。
無論国にしても透析だけで年間1.4兆円もの医療費を削減できれば願ったりかなったりで厚労省も超党派議員連も協力を惜しまないのではないかと思いますけれども、いずれにしても終末期医療、特に高齢者のそれは倫理面のみならずお金の面からも規定されるのがかつての日本でも世界的にも当然であって、むしろそうした考えが忌避されてきた過去半世紀の日本こそ異端であったとも言えそうです。
そんな中でこれまた終末期医療のあり方に大きな影響を与えそうな話が、一見すると全く関係なさそうな文脈で出てきたことに注目しているのですが、こちらの記事をみていただきましょう。

精神科への入院、原則1年以内に…厚労省が方針(2012年6月29日読売新聞)

 厚生労働省は28日、精神科への入院を原則1年以内とする方針を決めた。

 入院治療の必要性がない患者を早期に退院させ、地域で暮らせるようにするのが狙い。退院支援に携わる精神保健福祉士らを配置するなどの取り組みを、早ければ来年度から始める。

 同日開かれた有識者検討会のとりまとめを受けた。

 国内の精神疾患による入院患者は約33万人(2008年)で、約22万人が1年以上の長期入院だ。10年以上の入院も7万人を超える。統合失調症が多いが、近年は認知症も増えている

 入院期間を短縮させるため、発症間際で症状が激しい患者に対応する医師の配置基準を、現在の3倍と一般病院並みに増やす。精神保健福祉士や作業療法士など、退院支援に当たる専門職も置くようにする。

入院患者が外出中に殺人事件を起こしたことで被害者家族から外出を認めた精神科病院が訴えられたという「いわき病院事件」に関しては以前にも取り上げましたが、逆に言えばこうした事件が起きるほどに近年「精神障害者だからと病院に押し込めておくのは人権侵害だ」という声が人権団体等から高まっている、そして病院側もなるべく入院期間短縮を図っているというのが世の流れであると言えそうです。
そうした文脈で見ればこれは精神障害者の人権を守るために国もようやく意見をするようになったかで終わる話なんですが、実は記事中にもあるように22万人を数える1年以上の長期入院患者の中で「近年は認知症も増えている」というところがくせ者なのです。
ひと頃から「まだ治りきっていないのに三ヶ月が過ぎたからと転院を迫られた」なんて話が盛んに聞かれるようになりましたが、とにかく日本という国は必要もないのに家庭の都合で入院を続けている社会的入院が極めて多く医療費を押し上げていることもあり、国は「とにかくさっさと退院させろ」という方向で診療報酬改定を続けてきたという背景があります。
それでも現実問題として継続的な医療を必要とし在宅介護や介護施設入所も難しいような寝たきり高齢者は少なからずいるわけですから、身体的な問題で介護度の高い人などは療養型病床などで長期入院も可能な報酬体系になっているのですが、一方で「これは長期入院させるほど赤字になる」という報酬額になっているのが身体は元気だが認知症などで問題行動が著しいというタイプの方々です。
理屈の上ではこうした方々が必要なのは医療や介護など専門的対応ではなく見守り等のケアに過ぎず、それなら専門家が相手をせずともいいはずだと言えるのは確かなのですが、ともかく始終徘徊をしたり何をするか判らないような人々の受け皿として精神科がその一翼を担ってきたのは紛れもない事実なのですね。

もちろん問題行動に対する薬物治療という面では精神科医療の方が数段手慣れているのは事実でしょうが、逆に言えばそうした専門的医療ががっちり行われるほどに内科などがみている一般の療養病床では対応しがたくなってくるというもので、例えば何かしら身体的な急病で搬送先を探さなければならないという場合でも精神科加療中と言えば一気に搬送先を見つけ出すのが困難になるといった現実があります。
厚労省も当然にそうした現状は把握していると思われますが、保険診療というものの性質上精神疾患のための薬を使っている患者さんなら本物の精神病患者であれ認知症のお年寄りであれ同じ精神疾患の保険病名がつけられているはずですから、例えば認知症のお年寄りはその例外としようとしたところで表向きはっきりとした区別をつけるのは難しい理屈で、急にこんなことを言い出して大丈夫なのかと心配にはなりますね。
ただこういう話をすると「なんたる老人に対する不当な虐待!これだから日本の政治はダメなんだ!」という話になりがちですけれども、繰り返しますが高齢者だろうが年齢制限一切無しに若者と同じ治療を無制限で行える、むしろ医療費などの面で安上がりになるように優遇しているなんて国はむしろ例外的で、世界的には若い人と高齢者では同じ疾患でも対応を分けるという方が当たり前なのです。

日本でもつい数十年前までは高齢者は静かに家族で看取り、医者に診てもらうのは翌朝死亡確認をしてもらう時だけと言ったことが普通だったわけですが、皆保険制度により誰でも望む時に安価に医療を受けられ、特に高齢者に関しては数々の優遇措置を取ってきた結果、終末期医療に手を抜くなど親不孝だ、一番いい病院で最高の医療を受けさせるのが当たり前だという親族やご近所のプレッシャーが強まってきた側面があります。
その結果県内随一の高度医療を提供するはずの基幹病院が郡部の開業医から次々と送られてくる「ただ看取るだけ」の高齢者達によって常時ベッドが埋め尽くされ、本当に緊急で医療が必要な若い世代が締め出されてしまうなどという本末転倒なケースも見られますが、世界的に見れば高齢者医療に対して慣習や経済面から様々な制約を課している国々は少なくありません。
自力で食事を食べられなくなれば延命的処置など一切何もしない、その結果「寝たきり老人など存在しない夢のような国!すばらしい高福祉国家だ」だと日本でも有名な北欧諸国などはその一例ですし、生涯に受けられる公的医療給付は給与から強制的に積み立てられた金額の範囲内までで、余った分は家族内で使い回せるようにして実質的に過度な終末期医療を抑制しているシンガポールのような例もあるわけですね。
医療のあり方を経済面から歪めていくと言えばどうしてもネガティブな印象がつきまといますが、誰しも「これはちょっとおかしいんじゃないか?」と思っていることでも横並び意識から何となく言い出せない傾向の強い日本のような国にあっては、案外こういう強制的な圧力が加わった方が劇的に改革が進んでいく早道になるのかも知れません。

| | コメント (15) | トラックバック (0)

2012年7月 1日 (日)

今日のぐり:「うどん商人つづみ屋」

少し以前にネット上で密かに広まっていた話なのですが、このたび改めて一般メディアにも取り上げられたというこちらのニュースを紹介させていただきましょう。

台湾製パソコン基板、小さな字で「日本に神のご加護を」(2012年6月27日産経ニュース)

 私たちの知らないところで、私たちの知らない人が、私たちが遭遇した困難のために祈ってくれている。東日本大震災に際して、世界中の人々から多くの救いの手が差し伸べられたことは記憶に新しい。が、私たちが知らないこんな話もあった。(フジサンケイビジネスアイ)

 先日、フェイスブックの会員の間で反響を呼んだ1枚の写真があった。写真は何の変哲もないただのパソコン基板。だがよく見ると小さな字で「God Bless Japan(日本に神のご加護を)」と祈りの言葉が印刷してあったのだ。

 基板とはパソコン内部に装填(そうてん)されている主要部品で、普段はまったくユーザーの目に触れることはない。そこに日本への思いやりのメッセージがあった。 会員からは次々と「ありがとう。感激です」「感動した」など感謝のコメントが書き込まれた。同時に、いったい誰が、何のために、パソコンの内部基板にこのようなメッセージを印字したのだろうかと、大きな話題となった。

 「日本に神のご加護を」と印字された基板を搭載したパソコンを製造したのは台湾のASUSで、同社も日本から問い合わせがあるまではこの事実を認知していなかったようだ。ASUSによれば、印字は同社の技術者が独断で行ったことで、誰かは特定できていないがたぶん日本の一日も早い復興を祈ってやったのだろうとのことで、本件は黙認しているそうだ。

 一人の台湾人技術者が独断で思いつき、会社の許可も得ずに印字した日本の復興を祈るメッセージが、マスコミではなくソーシャルメディアを通して日本人の心を揺さぶった。「神のご加護を」は日本では一般的な言葉ではないが、英語圏では最もなじみの深いフレーズの一つで、God Bless JapanのスローガンはTシャツやポスターのデザインとなり、Pray For Japan(日本のために祈ろう)とともに世界中で東日本大震災の義援金集めの標語となった。

 ASUSは台湾の大手パソコンメーカーの一つで、同社には技術革新やイノベーションの創出と並び謙虚、誠実、勤勉を訴える社是がある。デジタル新時代のリーディングカンパニーを目指すと標榜(ひょうぼう)する一方で、企業人として誠実さと勤勉さを忘れまい、と明確に会社の哲学を従業員に訴えている。

 台湾の技術者は何を思って「日本に神のご加護を」という文字を印字してくれたのだろうか? 大災害への同情心からか、日本に多くの友人がいたからか、それとも単に日本が好きだからなのか? そして、考えてみた。もし台湾に大災害が起こり、日本の技術者が誰の目にも留まらないだろうからと、会社の許可も得ず、「ガンバレ台湾」と台湾向け製品の基板にメッセージを印刷したら、会社は黙認するだろうか?

 ASUSの社是「Integrity(誠実)」が重く、価値あるものに感じられた。(実業家 平松庚三)

記事にもあるように今回拡散したのはSNS経由なのですが、もともと昨年春の時点ですでにPC関連ニュースとしてごく小さく「Danshui Bay計画の進行中に起こった東日本大震災を受けて,ASUSのエンジニア達は本ボードに「GOD BLESS JAPAN」の文字を入れようと即断したそうだ」と取り上げられていたものです。
まったくのところ苦境に陥って人の情けが身に染みるとはこのことですが、本日は友邦台湾の皆様方の暖かい励ましに敬意と感謝の気持ちを込めて、世界各地から思わず「いい仕事してますね~!」と言いたくなるようなニュースを取り上げてみましょう。

可愛すぎて食べられない! クマちゃんがお布団でスヤスヤ眠るオムライス写真があまりにもカワイイと猛烈な勢いで世界へ拡散中(2012年6月11日Pouch)

この可愛さは一発KO! あまりにも可愛らしいオムライスの写真が、猛烈な勢いで世界中へ転載されつつありますよーっ! 海外のブログにアップされた画像をご覧になってお分かりの通り、とても美味しそうなオムライス写真です。

ただし、単なるオムライス写真ではなく……クマちゃんがオムレツのお布団&まくらを使って、スヤスヤと眠っているではありませんか! しかもお布団はケチャップでハートマーク! こ、これは起こせない……。

「一体誰が作ったの!?」と疑問に思い調べてみましたが、どうにもこうにも元ネタは判別できず。芸の細かさからして日本人作だとは思うのですが、この写真が広まっているのは英語圏、そしてロシアと中国、さらにはタイのサイトが多いです。

誰が見ても「カワイイ!」と思う写真は、一発で世界に通用するパワーを持っています。このクマちゃんオムライスもそのひとつ。まさに「全世界が胸キュン!」といっても過言ではないでしょう。文句なしにカワイイ!(文=長州ちなみ)
参照元:Where is Happiness ?(http://goo.gl/5Ilt9)

★追記
読者情報により、このオムライスの製作者が判明しました。iPhone用の写真SNSアプリ「My356」のユーザー「ひよこ(hiyoko555)」さんとのことです。また、クマちゃんのテーマは「リラックマ」であることも分かりました。情報ありがとうございました!

この細やかな表現へのただ事ならぬこだわりようはまさしく日本人の仕事ぶりという感じなのですが、実はこの「ひよこ(hiyoko555)」さんはこだわりにこだわりぬいた数々の料理写真で大人気のお方だと言いますからさもありなんといったところでしょうか(しかしよほどにリラックマに思い入れがあるのでしょうかね…)。
7月1日からはレバ刺しが規制されるというので食べ収めにと駆け回っている人も多いようですが、あまりにレバ刺しへの煩悩が脳内を占拠してしまうとこんなことになってしまうようです。

「もうすぐ食べ納めのアレ」をレゴで再現した画像が驚異の再現度(2012年6月27日ねとらぼ)

 7月1日から、飲食店での販売・提供が禁止となる「レバ刺し」。目下、焼き肉店などは駆け込みで「最後のレバ刺し」を食べようという人たちで大賑わいだそうですが、そんな中、なぜかレゴを使ってレバ刺しを再現してしまった人が現れました。

 えーいくらなんでもレゴでレバ刺しは無理でしょー、などと思いながら見てみると……に、似てる! 色、ツヤともに本物の生レバーそっくりで、おまけに薬味のネギ、ショウガまで! いかん、レゴだと分かってるのによだれが……。

 写真は6月26日にTwitpicに投稿されたもの。作者のTary(@nobu_tary)さんのコメントによると「レバ刺し規制されるから自分で作った、LEGOで 」だそう。あまりのソックリぶりに、Twitterでは「それにしても、質感!」「くぅ! 食べたくなりました」「これがレゴ刺しか……」など、これまで8000人以上がこの写真をリツイートしています。

どれくらい似ているのかは是非リンク先の比較写真を参照いただきたいと思いますけれども、そうですかここまでレバ刺しに劣情をかき立てられている人が世の中には多いのですね…
日本のみならず海外でも数々の人気作があるのがご存知日本の誇る漫画文化ですが、こちらどうやら伝説を通り越して新たな神話となってしまったようですね。

大人気漫画『頭文字D』の名シーンを超絶クオリティーで再現した動画が世界で大人気! 海外の声「感動した」(2012年6月25日ロケットニュース24)

走り屋たちの熱いバトルを描いた大ヒット漫画『頭文字D(イニシャル・ディー)』。誰よりも速く走る。ここに全てをかけたドライバーたちの高速バトルは、日本だけではなく、海外の読者のハートまでキャッチしており、今や『頭文字D』の人気は世界規模である。
そんな世界の人々から愛される『頭文字D』の名シーンを映像化した動画が、現在ネット上で大きな賞賛を浴びている。
「GT5で頭文字Dの名シーンを再現してみた」というタイトルのこの動画には、キャラクターたちの声に合わせて、激しくそして美しく走る車の姿が映し出されており、その名シーンの再現度たるやハンパない!
これはゲーム『グランツーリスモ5』(以下GT5)を使って映像化されたものらしく、そのあまりの完成度の高さに世界中のネットユーザーが胸を熱くさせている。

【動画に寄せられていた日本ネットユーザーの声】
「頭文字Dファンは一見の価値ありでしょ!凄すぎるだろ!この編集技術はスゲー!!」
「ここまで再現するとは…。すごいw」
「MR-2のジャンプとエボⅢのドリフト、最後のFCのとこが凄すぎる」
「感動し過ぎて涙出たww」
「とにかく、すごいとしか言いようがないですw」
「か、か、神動画認定!翼のところで涙でた…」
「最後神をも超えてる…」

【動画に寄せられていた海外ネットユーザーの声】
「GT5で作られたこの『頭文字D』動画に感動しちゃったよ。10点満中10点!」(カナダ)
「これはヤバイ!」(中国)
「これは恐らく自分が見てきたなかで最高の……最高の再現動画だ……」(アメリカ)
「す・ご・す・ぎ・る!」(ブラジル)
「本当にスゴイ! これを見てたら、また『頭文字D』を最初から見たくなっちゃいました! この動画を制作、共有してくれて、本当にありがとうございます。インドネシアより」(インドネシア)
「スゲーー!」(マケドニア)
「3:18は完璧な再現だ!」(香港)
「最高! これからも素晴らしい作品を作って下さい」(アメリカ)
※( )はコメント投稿者の国籍

世界の『頭文字D』ファンたちをも唸(うな)らせる今回の名シーン再現動画。ここまでクオリティーの高い再現動画を作るのに、制作者はどのくらいの時間と手間を要したのだろうか? その労力、そして制作者の『頭文字D』に対する愛情を考えると、ただただ敬服するばかりである。(文=田代大一朗)

参照元:YouTube/silvx180

いやしかしそのクオリティーは実際に動画を参照いただくとして、私事ながらその昔愛車がゲームに登場していると聞き格好いい動画を作ってみようとして早々に放り投げた人間からすると、この異常なまでのクオリティーを達成するのに要した努力には何とも頭が下がりますね。
同じく公道を誰よりも早く駆け抜けたという点でダウンヒル最速伝説を残したというのがこちらなのですが、ここまで来るともはや見ているだけでも怖いと言いますか、最初のコーナーを迎える以前から失神ものではないでしょうか。

スケボーで時速130kmを達成/カナダ(2012年6月26日WIRED)

「ダウンヒル・スケートボード」のワールドチャンピオンであるミショー・エルバンは、時速80.74マイル(129.94km)という、まさに正気の沙汰とは思えないスピードを出し、スケートボードによる最高速度としてギネス記録を打ち立てた。
そのようなスピードでカナダのケベック州の山腹を飛ぶように滑り降りることがどのような感じなのかは、実際にやらないかぎりわからないが、エルバン氏とRecon Instruments社は、本人の視点で撮影した動画でわれわれをその感動に一歩近づけてくれる。エルバン氏はAndroidを搭載したヘッドアップディスプレイ(HUD)の試作品をヘルメットの右側に取り付け、スイッチを入れてからスタートしたのだ(文末に動画掲載)。

エルバン氏が乗るスケートボードは、GMRショップのデッキ(ボード)に、セラミックベアリングを組み込んだ85mmのウィール(車輪)と、Ronin Trucks社のトラックが取り付けられており、ニュートラルポジション(基本姿勢)のときにトラックがまっすぐな正しい位置になるよう、完璧なアラインメントで支えるアルミの支持板を備えている。まさにスピードのために作られた組み合わせだ。
カナダのブリティッシュコロンビア州に住むエルバン氏は、この日のためのトレーニングを2007年から続けてきた。これはブラジルのダグラス・ダ・シルヴァが時速112.99kmで記録をつくった年だ。
エルバン氏は2年前にコロラド州で、12%の勾配を滑り降りて時速80.83マイル(130.08km)を出し、国際グラヴィティスポーツ協会の記録を打ち立てた(上の動画)。
このときは標高約1,830mで行われたが、今回の滑走は、空気の抵抗がより大きくなる標高0m近くで行われた。したがってギネス記録となったわけだ。

「滑らかな舗道でこのくらいの速度を出すと、自分を引っ張る重力がそのまま感じられるんだ」とエルバン氏は言う。「周りのものすべてが、すごい速さで自分を通り過ぎて行くのはクレイジーな感じだよ」
それは楽しいかもしれないが、止まるときはどうなのだろう。スケートボードにはブレーキが無いので、単に脚を下ろせばいいわけではない。時速130kmの自動車から飛び降りたい人はないはずだ。
では、どうやって止まるのだろう? 風の抵抗を使うのだ。
「自分がそれまで入っていた球状の空間から飛び出して、両腕を上に広げ、自分をできるだけ大きくするんだ」とエルバン氏は述べる。それから思い切って足を地面に下ろすのだという。

その恐るべき状況はリンク先の動画を見ていただくしかありませんけれども、いやこれ普通に対向車来てるじゃん!人もいるじゃん!というまさしく身体を張った公道絶叫マシーン状態ですよね。
同じく山絡みということでこちらのニュースを取り上げてみたいと思いますが、これはしかしちょっとにわかには信じがたいような話でもあります。

両脚失ったカナダ人男性、キリマンジャロ登頂成功/ケニア(2012年6月24日AFP)

【6月24日 AFP】両脚を失ったカナダ人男性が、標高6000メートル近いアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ(Mount Kilimanjaro)への登頂に成功し、社会参加の可能性を否定したかつての医師団の見解を覆した。

 この男性スペンサー・ウェスト(Spencer West)さん(31)は子どもの頃、遺伝的疾患の仙骨形成不全症で下半身不随になり、両脚を失った。しかしトロント(Toronto)在住のウェストさんは障害を克服して19日にキリマンジャロ山頂に到達し、信じられないほどの達成感を味わったと語った。

 ウェストさんはケニアの首都ナイロビからAFPに対し、「精神的にも体力的にも、山頂到達はこれまで経験した中で一番困難なことでしたが、それに取り組みながら自分を信じ、他人を信じるという強い教訓がさらに強固になりました」と語った。ウェストさんはまた、「体力的に辛かったのは、山の大半を手で這い上がり、肩と腕に大きなストレスがかかったことです」と付け加えた。手で上った行程は推定80%だとしている。

 ウェストさんの登山には、親友のデビッド・ジョンソン(David Johnson)さんとアレックス・ミアーズ(Alex Meers)さんが同行。60年来の深刻な干ばつに昨年見舞われたケニアの子どもたちに飲料水を供給している「フリー・ザ・チルドレン(Free the Children)」の活動資金を募る慈善目標を掲げた。ウェストさんは慈善活動とは別の個人的目標として、自身の5歳当時に医師団が両親に語っていた「社会的役割を担う一員にはなれない」との発言が誤りだと証明することを目指した。

 一行は「可能性を再定義しよう(Redefine Possible)」と題したインターネットのブログに、1日平均4時間の登山過程を撮影した画像や動画を投稿。ウェストさんが積雪や砂を越えていく中、試練や疑念に襲われた時もあったことを示す投稿もある。ウェストさんは6日目、「昨日は辛く寒いと思っていました。実際そうでしたが、今日とは比較になりません。これまでで一番きつい」と書いた。

 それでもウェストさんは臆せず山頂を目指し、翌日の6月19日には「可能性が再定義される日でした。とんでもなく苦戦しましたが、(登頂)成功です!」と誇らしげに宣言した。

 ただ、まだ到達していない目標がある。ウェストさんは支持者に謝意を表明した上で、フリー・ザ・チルドレンの活動資金として集まった募金額が50万カナダドル(約3900万円)であるものの、目標は75万カナダドル(約5900万円)だと述べ、「自分の目標達成に向けて、可能性を再定義する旅を続けたいと思います」と語った。

いったい何がどう凄いのかと判らない人はこちら元記事に添付された同氏の登頂記念写真を参照いただければと思うのですが、合成写真でも何でもなくこれだけで全部なのですからとんでもない偉業だとご理解いただけるのではないでしょうか?
超越しているという点ではこちらも少しばかり常識を斜め上方向に超越しているというニュースなのですが、しかし見た目はともかくその実用性の高さは認めざるを得ませんよね。

これがタイの「外付け巨大インクタンク式改造プリンタ」だ / もはや詰め替えインクの次元も超越した激安のインク代/タイ(2012年3月23日Pouch)

日本のプリンタのインクは高すぎる! これは私が常々思っている日本プリンタ界への不満であり、何食わぬ顔で部屋に溶け込んでいるプリンタが「金食い箱」、もしくは「プリンタメーカーの貯金箱」に見えてくるほどの恐怖を感じる今日この頃。私の願いはただひとつ。ただただ、「プリンタインクを安くして!」というだけなのです。
一方、海の向こうの微笑みの国・タイでは、「プリンタのインクを安く……」という概念すら超越したプリンタが売られているのをご存知でしょうか? 題して「外付けインクタンク式改造プリンタ」です。どんなものなのか、タイに行って見てきましたよーッ!

場所はタイ・バンコクの電脳ビル「パンティップ・プラザ」。まっとうな電化製品から違法コピーソフトまで、ありとあらゆるデジタル製品が一堂に売られているタイで一番大きい電脳デパートです。ここにはいくつかの改造プリンタ屋さんが存在し、せっせと店先でプリンタ改造に精を出しております。
「外付けインクタンク式改造プリンタ」の仕組みは実にシンプル。メーカーや型番によって、価格と構造は微妙に違いますが、だいたいどれも純正のインクカートリッジに穴をあけて、プリンタ本体横に設置する外付け巨大インクタンクに極細のチューブで直結。たったこれだけの改造で“常に詰め替えインクされている状態”になるわけです。
インクが減ってきたかどうかは、半透明の外付け巨大インクタンクを見れば一目瞭然。そのつど、別売りの詰め替えインクを補充すればオッケーなのです。価格も聞いてきましたよ! 別売りの詰め替えインクは、各色100ml入り1本が100バーツ(約267円)。日本の詰め替えインクは、だいたい30mlで900円弱なので、およそ9分の1の価格です。
そして、肝心の「巨大インクタンク」の価格はというと……これまたメーカーや機種にもよりますが、たとえばキヤノン用のインクタンクは改造費込みで600バーツ(約1607円)、エプソン用は800バーツ(2142円)なのだそうです。持ち込みもOKですが、ほとんどのお客さんは、最初から外付け巨大インクタンク式に改造されたプリンタを購入していくとスタッフの兄ちゃんが話しておりました。
詰め替えインクと比べても9分の1。純正インクと比べたら……そりゃもう何十分の1の価格ですよ。さすがに日本でも外付け巨大インクタンクを売って欲しい!……とまでは言いませんが、ちょっと羨ましく思えるタイのプリンタ事情2012年でありました。これなら気兼ねなくプリンタできますね。あたし、持ち込み改造してもらっちゃおうかしら。たとえ壊れても自己責任で。

いやしかし、昨今インクジェットのインク代の高さと持続性の無さとに辟易している人は少なくないはずですけれども、これでリンク先の写真にありますようなそのものズバリに過ぎるビジュアル面が改善されれば日本でも需要がありそうにも思うのですけれどもねえ…もちろん、壊れたら自己責任ですが。
最後に取り上げますのは昨今いささか強引な商売で評判の悪いグーグルの話題ですけれども、これは何ともとんでもない成果だと申し上げてよろしいのではないでしょうか。

Google、脳のシミュレーションで成果……猫を認識/米(2012年6月27日RBBtoday)

 米Googleは26日(現地時間)、同社の「Google X Labs」が人間の脳をシミュレーションする研究で大きな成果を挙げたと発表した。コンピューターが猫を認識する能力を自ら獲得することに成功したという。

 自動運転車の研究などでも知られる同研究所は、人間の脳の働きをシミュレーションするために大規模なネットワークを用いる新たの方法を開発。このシステムにYouTubeの動画を1週間見せつづけたところ、猫がどういうものかを学習し、猫を認識できるようになったという。

 従来の技術でもコンピューターに画像を見分けさせることは可能だが、例えば人間の顔をコンピューターに自動選別させるには、人間の顔がどういうものかを人間がコンピューターに教育する必要がある。しかし、今回の研究成果では、コンピューターは猫がどういうものであるか人間に教えられること無く、自力で理解した。これは機械学習の「self-taught learning(自己教示学習)」と呼ばれるものだという。

 こうした研究は画像の識別だけでなく様々な分野への応用が期待される。今回の研究では1万6000個のCPUを接続したが、人間の神経回路は100兆もの接続があるとされる。したがって「研究はまだ成長の余地がたくさんある」とGoogleの研究者は語っている。

様々にその意味づけを行うことは可能であると思いますが、コンピューターは当然ながら電気的な経路によって猫などの外界情報を認識しているわけですから、彼ら人工知能にとっては現実世界と電脳空間とには本質的な差はないということになり、ここで改めて古来言われているロボット三原則の不備すなわち人間の定義というものを思い出さずにはいられないというのは少し気が早いでしょうか。
いずれその成果がどのような形で世に出てくるのかは未だ想像の域を出ませんけれども、ここはとりあえずお約束にしたがって「ニャ、ニャンだって~?!」と驚いて見せておくのがよろしいというところでしょうかね。

今日のぐり:「うどん商人つづみ屋」

香川県と言えばご存知讃岐うどんの本場ですから、やはりこちらに来ますととりあえずうどんの一杯でも腹に入れておかないことにはおさまりがつきませんよね。
たまたま寄ろうと思っていたうどん屋が何故か閉まっていたものですから、とりあえず検索をかけて近くで空いていそうな店を探して来てみたのがこちら、高松市のやや郊外に位置する年中無休という「つづみ屋」さんです。
見た目の印象で何となくセルフの店なんだろうなと思って入って見ましたら一般店だったのですが、内装は良くも悪くも昔ながらのうどん屋と言うべき昭和的な風情を漂わせている一方で、フルカラー印刷された小綺麗なメニューを見ますと以外に今風にアレンジしたオリジナルメニューも豊富と、何やら古い革袋に新しい葡萄酒を入れたような気配もあるお店です。
メニューを見ていますと「味噌どり」や「かしわ天」など鶏料理が名物なのか?と思わせるようなところもありましたので、今回は冷たいかしわ天ぶっかけうどんを2玉入りで頼んでみました。

しばらく待つうちに出てきたのはごくシンプルなぶっかけうどんに大振りなかしわ天がトッピングされているというそのものズバリなもので、このかなり柔らかめでふわふわした食感のうどんは香川よりもむしろ対岸の岡山あたりによくありそうなタイプでしょうか、地元の方々の評価がどうなのかちょっと気になりましたね。
しかしメニューを見ていて麺柔らかめはともかく麺短めも出来ますと書いてあるのは一体どういうことか?と思っていたのですが、確かに少し長めかな?とも思えるうどんでざるうどんなどは少し苦労するような気配もありますし、まあこのあたりは好みの問題でしょう。
うどん自体はこういうタイプのうどんが好きならまずまずという仕上がりで、待ち時間からも想像したように茹で立てが出てきたと言う点も好印象なのですが、ただ気がせいていたのか冷水での締めが少し甘かったのと、少し肌荒れ気味なのがもったいなかったですね。
こちらダシがカツオ風味なのが香川には少し珍しく、しかも一見あれ?香川のぶっかけなのに?と思うほど見た目濃いめの色合いなのですが、口にしてみますと思ったほど醤油が強く出ず濃厚甘辛ではなく辛口のすっきりした味付けというのは、やはり香川のぶっかけらしいなと思います。

問題のとり天の方はクリスピーかつスパイシーでなかなか食べ応えもあるもので、これを包丁でちょいちょいと切って甘辛ダレと一緒に飯に載せてもうまいんだろうなと思うのですが、ただいささか風味が強いのでうどんのトッピングよりも単品で頼んだ方がいいかも知れませんね。
同行者のオーダーも幾らかつまんでみたのですが、暖かいうどんとして肉うどんはうどん自体は及第なんですが、やはりダシの味がちょっと独特でこちらは正直少しばかり口に合いませんでした。
それ以上に気になったのが天ざるについてくる天ぷらなのですが、ネタについては価格に似つかわしくないほど頑張っていらっしゃるのは判るのですが、見た目の衣の乱れ具合からも判る通り素人っぽいとしか言いようのない雑な仕上がりで、昨今ここまでのもののはむしろ珍しいと思うのですがたまたまこの日が特に折り合いが悪かったのでしょうか?
ちなみに店内の張り紙によれば「びっくりうどん」なるデカ盛り系メニューも用意されていて、五百円かそこらで湯だめうどん4玉分に相当と言いますから頼んで大丈夫か?と心配になるのですが、どうもこちらの場合食感が軽いことに加えてうどん玉自体は小さめなようで2玉でもちょっと多めな普通盛りくらい?と思ったほどですから、案外するすると食べられるかも知れませんね。

接遇面では昨今主流のマニュアル対応に比べると垢抜けないのですが妙に癒し系と言うのでしょうか、どこか気心の知れた近所の店に入ったような心やすさがあるのは良い意味での田舎っぽさというものでしょうか。
またメニューの様子などからもある程度想像出来たことですが、ネットの口コミグルメサイトなどにもいちいちコメントにスタッフが返信を返しているようで、このあたりちょっと年季の入った見た目とは裏腹に(失礼)上手い具合に時代にも対応できているなと感心しますね。
飲食店の少ない郊外の幹線道路沿いだけに何を出してもそこそこ一見さんのお客は来ると思うのですが、立ち寄ってみればいわゆる名店ではないにしても価格もリーズナブルで気分よく食事出来る馴染みやすさもありと、商売の方向性としてこれでいいんじゃないかなと思います。
ただそれだけにトイレはお店の見た目通り昭和風な造りなのは残念で、場所柄長距離移動の最中に立ち寄るお客さんも多いことでしょうからトイレ需要は高いでしょうし、たまに外出されるだけという足腰の弱ったご年配の方々も含まれるだろうと思うのですが、このあたりのハードウェア的な制約は歴史ある店ほど頭を悩ませる課題ではあるのでしょうね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »