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2012年6月15日 (金)

お隣韓国で包括支払制度導入が大騒ぎに

韓国の医療保険制度は日本をモデルにした国民皆保険のシステムが導入されていますが、その韓国においても昨今ではご多分に漏れず包括払い制度導入が図られているようです。
お金を払う側からするとより効率よい医療をした者がより多くの報酬を得るというのが合理的な制度に見えるというのは理解出来るのですが、日本でもすでにDPCによる医療の変化(あるいは、弊害と言うべきでしょうか)が大小様々に指摘されていることを見ても判る通り、必ずしもよいことばかりとも言えないのは周知の通りです。
そんな中でお隣韓国ではさすがデモの盛んな国というべきでしょうか、医師達が日本よりもずっとアクティブに行動しているらしいのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

大韓医師協会、盲腸など7疾患の手術拒否へ/韓国(2012年6月13日朝鮮日報)

 韓国の医師10万人余りが加入する大韓医師協会が、政府の診療報酬包括払い制度施行に反発し、外科、産婦人科、耳鼻咽喉科、眼科などで7月1日から手術を拒否する方針を固めた。この決定が実行に移されれば、前代未聞の医療混乱が起こると予想される。

 大韓医師協会のソン・ヒョンゴン・スポークスマンによると、盧煥圭(ノ・ファンギュ)同協会会長と外科など4科の開院医師会会長は12日に会合を行い、包括払い制度が全面的に施行される来月1日から、同制度の対象となる7疾患の手術を拒否することで意見をまとめたという。眼科医師会はすでに、来月1日から1週間、白内障の手術を行わないことを決定している。

 包括払い制度は、医療サービスの量や質に関係なく、特定疾患に定額の報酬が支払われる制度で、白内障、へんとう、盲腸、脱腸(そけいヘルニア)、痔(じ)、子宮手術、帝王切開による分娩(ぶんべん)の7疾患が該当する。政府は過剰診療の抑制と医療費(健康保険財政)の削減を目的に、同制度の実施を決めた。

 ソン・スポークスマンは「包括払い制度は定められた金額に合わせて診療することになるため、医療の質が落ち、むしろ患者が被害を受けかねない。医師たちの意見を無視した制度の施行は、決して受け入れられない」と話した。

 また「手術を行わない期間などは各科の医師会に一任するが、生命にかかわる救急患者については、手術拒否の対象から外すことが望ましいという意見で一致した」と説明した。

 これに対し保健福祉部(省に相当)関係者は、医師団体の集団手術拒否は明白な違法行為だとし、厳しい法的制裁を加える方針だと話している。

「このままでは医療の持続は厳しい」…OECDの勧告にも逆らう韓国の医師団体/韓国(2012年6月13日中央日報)

眼科に続き産婦人科・外科・耳鼻咽喉科など入院診療費定額制(包括酬価制)と関連した医師団体がすべて手術拒否に合意し波紋が拡散している。彼らが診療拒否を決行すれば2000年の医薬分業スト以後で最も大きい医師らの集団行動となる。これまで断続的に部分休診があり、昨年9月の早期胃がん内視鏡手術(ESD)診療酬価策定に反発し手術を拒否したりしたがこれほどの広範囲ではなかった。

  医師の手術拒否の動きは世界的な流れに逆行するという指摘を受けている。高齢化に直面した先進国の大部分が医療費支出を合理化するため10年前からこの制度を施行している。医師らの影響が最も強い米国でも1983年に高齢者を対象とした健康保険のメディケアにこの制度を導入した。韓国は「医療過消費国」だ。入院日数や1人当たり保健医療費支出の増加速度が経済協力開発機構(OECD)平均の2倍に達する。OECDも「このまま行けば韓国医療が持続するのは難しい」として包括酬価制拡大施行を勧告している。

  医師団体が包括酬価制に反対する理由は、診療の質が落ち診療酬価が縛られ損害をこうむるという点だ。だが、先進国の例や2002年のテスト事業に参加してきた医療機関を見るとそのような兆候は現れていない。診療酬価は今回平均2.7%上がった。医師らの収益が落ちることを防ぎ制度を拡散するために政府が引き上げた。保健福祉部のペ・ギョンテク保険給与課長は「来月から白内障・帝王切開など7つの手術の患者負担が平均21%減り年間100億ウォン程度の得となり、医療機関は98億ウォンの収益が増えることになる」と話す。このため経済実践市民連合などはむしろ酬価を引き上げた政府を批判する。韓国患者団体連合会のアン・ギジョン代表は、「いかなる理由でも診療拒否はありえない。医師らが患者のわめきを戦略的に利用しようとするものだ」と批判した。

  今回の集団行動は5月に就任した大韓医師協会のノ・ファンギュ会長の対政府闘争戦略が背景にある。選択医院制・医療事故仲裁制度などに反対したが会員たちに敬遠された。これを挽回しようとするカードとして包括酬価制を取り上げた。彼は医師の「診療権侵害」をとても嫌がっている。保健福祉部関係者は「包括酬価制がそうすべき対象と勘違いしたようだ」と指摘する。

  ソウル大学医学部のクォン・ヨンジン教授は、「いまも医師が治療材料・方法を決めているのに、国民選択権のために反対するというのは名分がない根拠もなく駄々をこね医師らを扇動してはならない」と話した。

韓国の医療制度に関しては平成22年に韓国医師会名誉会長文太俊氏が日本医師会の医療政策シンポジウムで「韓国医療の光と影」という特別講演をされているので参照いただきたいと思いますが、基本的には先行して皆保険制度を導入した日本と類似の問題を抱える一方で、日本よりも短期間で医療環境の変化を経験しつつあることで問題点もより急速に顕在化してきているというところでしょうか。
韓国の健康保険は1977年にまず事業所を対象に導入されてから経済発展と歩調を合わせながら対象を順次拡大、1989年までの12年間で国民皆保険化を達成したと言いますが、導入当時から未だ経済的成長段階にある中で財政的な問題が懸念されていたとも言い、実際皆保険化に伴い国民の医療需要は急増しています。
1977年には1人あたりの入院/外来日数がわずか0.1日/0.7日であったものが、2009年には1.9日/16.1日と大幅に増加し、この間に医療従事者や病床数も4~7倍程度にまで急増していますが、興味深いのは同様に皆保険を導入した日本と同じくOECD平均に比較して医療従事者数は少なめである一方、病床数は倍程度に多いという傾向が見られることですね。
さすがに世界一と言われる日本ほどではないとは言えCTやMRIの数も相当に多く、このあたりはフリーアクセスを認めた上で安価な保険診療を提供すると医療需要は非常に大きくなり、なおかつ需要に応じて診療内容もどんどん高度化していくということを示しているのではないかと思えるところで、日本同様に大病院への集中傾向や「3時間待ちの3分診療」という現象も見られるということです。

ただこう書きますとフリーアクセスは一方的に医療費増大を招くかのようにも聞こえますが、実際にはこれまた日本同様に医療費自体はその質や規模に対してかなり安く上がっているという点にも注目すべきで、その理由の一つには日本と違って診療所は30%、総合専門病院は60%といったように医療機関の規模や専門性によって患者の自己負担率を差別化しているという工夫があるようです。
いずれにしても大衆やマスコミはより安価でより拡大された給付を求め、政府はそれに対して医療費抑制に躍起になっているという構図は全く日本などと変わるところはないわけですが、この結果どこにしわ寄せが行くかと言えば医療機関への診療報酬抑制、ひいては現場で実際に手を動かしている医師らスタッフへの待遇悪化から医療への悪影響という形につながってくると懸念されているということですね。
韓国は現在日本よりも高い経済成長率を保っていますが、GDPや賃金の伸び率に対して診療報酬はおよそ2/3から半分程度の伸び率に抑えられているようで、しかも保険料率は諸外国よりも相当に安い(5.6%。日本は8.2%)というのは混合診療を認めているせいもあるとは言え、やはり政策的な医療費の抑制が背景にあると想像されるところです。
そしてこの相対的に抑制された診療報酬の伸びですらまだ高すぎる、もっと抑制すべきだという声があるということですが、これに対して「診療の質が下がるから」と医師団体が包括支払いに反対しているというのもどこかの国とよく似た構図で、このあたり皆保険制度下での診療に当たる医師に共通する認識が垣間見えておもしろいなと思いますね。

包括支払い制度も当然ながら悪いことだけというわけではなくて、特に日本の場合は命はお金にかえられないとばかりにただやりたい医療を追求してきた医師達に対して、医療においてもコスト意識というものが重要なのだと言う認識を植え付けたことは非常に大きな功績であったのではないかと思いますし、単なる医療費抑制のための政策だと叩いて終わるのは勿体ないはずなんですよね。
そして何より日医などもそうした傾向がありますが、何かと言えば「それでは医療の質が下がる」という形で医療政策に対して反対してきましたけれども、実際は日本でもすでに二昔も前から「スパゲッティ症候群」などという言葉が批判的なニュアンスで用いられていたように、今日の医療費抑制政策が顕在化するはるか以前から国民の間では過剰診療に対する懸念の方が強かったわけですよね。
もちろん臨床の現場が何であれ医療政策に対して反対する権利はあるし、むしろ医療が悪い方向へ変質していく懸念があるというのであれば積極的に声を挙げていく義務すらあるというものですが、その根拠として受益者たる国民が望んでいない何かを偶像として掲げていたのでは、実際には相応に正当性のある主張であったとしても世間からは色眼鏡で見られずにはいられないだろうということです。
これだけの手術拒否が起きるくらいですから相当な悪影響を懸念している人々が多いということなのでしょうが、それならそれでもっと判りやすい言葉でこうなりますよ、困る事になりますと冷静に言葉を尽くして説明していかないことには「根拠もなく駄々をこね医師ら」と言われてしまうだけだろうし、仮に目的を達成したとしても彼らの行為が世間から正当に評価されることもないでしょう。

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コメント

韓国の医師給与は日本とほぼ同水準で物価や国民所得を考えるとかなり割高だそうですから、まだまだ優遇されているという世論が強いのでは?
ただ手術拒否までする行動力には率直に敬意を表します。

投稿: ぽん太 | 2012年6月15日 (金) 08時54分

これは全国一律強制的にってこと?
さすがにそれは反発が出るんじゃ…

投稿: 元僻地勤務医 | 2012年6月15日 (金) 13時11分

ところで緊急手術は対象外と言いながら虫垂炎や帝王切開は拒否ってどういうことかと思っていたんですが、どうも元記事が誤報だったらしいですね。
どうも内部的にも足並みの乱れがあるようで、ストとして成功するかどうかは微妙なところかなという気がします。

医師協会が手術拒否、産婦人科医「帝王切開は継続」
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/06/14/2012061401358.html
 来月1日から施行される診療報酬包括払い制度に反対し、大韓医師協会が虫垂炎や帝王切開など制度の対象となる7疾患の手術を拒否する方針を示していることに対し、大韓産婦人科学会と大韓産婦人科開院医協議会は13日「帝王切開は先延ばしできない手術のため、手術拒否という極端な方法は適切ではない」と指摘、医師協会の方針に従わないことを決めた。

 包括払い制度は、医療サービスの量や質に関係なく、特定疾患に定額の報酬が支払われる制度で、白内障、へんとう炎、虫垂炎、脱腸(そけいヘルニア)、痔(じ)、帝王切開による分娩(ぶんべん)、子宮手術の7疾患が対象となる。医師10万人余りが加入する医師協会は12日、包括払い制度は医療サービスの質を落とし、患者に被害を与えかねないとして、来月1日からこれら7疾患の手術を中断することを表明した。

 産婦人科開院医協議会の関係者は「帝王切開手術の拒否は、(すでに白内障手術の拒否を表明した)眼科医師会だけの孤独な戦いにはしないという原則的な方針が、誤って伝わったもの。産婦人科の医師たちが帝王切開を拒否することはないだろう」と話した。京畿道医師会も集団での手術拒否に加わらない姿勢を示しているほか、99の専門病院で構成する大韓専門病院協議会も、診察や手術を拒否しない方針を固めた。

 医師協会の内部で手術拒否に対する反対の動きが出ていることを受け、協会側も「どの疾病の手術を中断するかについては、現在各科と協議している。帝王切開や虫垂炎手術など、急を要する手術の拒否は考えていない」と、方針を改めた。

投稿: 管理人nobu | 2012年6月15日 (金) 15時04分

包括払いくらいのことでそこまで大騒ぎするなんてよほど平和なのかと思ってしまう…

投稿: 柊 | 2012年6月15日 (金) 16時54分

包括がというより裁量権の制限が嫌なのでは?

投稿: | 2012年6月15日 (金) 19時34分

それは大きいでしょうね。

投稿: 管理人nobu | 2012年6月16日 (土) 15時04分

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