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2012年6月

2012年6月30日 (土)

マスコミ業界は不毛な負の連鎖を断ち切れるのか

このところマスコミ業界の中の人に絡んだ事件が相次いで報道されていて、やはり以前から噂されているように内部事情は色々と複雑なものがあるんだろうなと想像されますけれども、どこの業界にもあるように中の人もそれぞれに言いたいことは多いようです。
中にはこの不景気のご時世に敢えて好待遇を捨てて退社するという人もいらっしゃるようで、その背景にはこのところ世間から向けられる厳しい目線もあるのでしょうが、元をたどればこれも業界内部の問題に起因すると見て差し支えなさそうですよね。

日テレ元解説委員 311翌日に辞意を伝え退社した経緯語る(2012年5月21日NEWSポストセブン)

 震災以降、視聴者が抱いたテレビ報道への不信感を、一番肌身で感じていたのは当事者であるテレビマンたちだった。

 テレビ各局が震災後1年の特番を放送した3月11日の翌日、日本テレビ解説委員だった水島宏明氏(54)は周囲に辞意を伝え、古巣を後にした。同氏は『NNNドキュメント』ディレクターとして「ネットカフェ難民」シリーズなどを制作し、芸術選奨・文部科学大臣賞などを受賞。『ズームイン!! SUPER』にはニュース解説委員として出演していた。

 現在は法政大学社会学部教授となった水島氏が、「報道現場が良くなる一助になれば」と退社の経緯を初めて明かした。

 * * *
 きっかけは、原発報道です。震災後、報道局の幹部が突然、「今後はドキュメント番組も基本的に震災と原発のみでいく」と宣言しました。もちろん、あれだけの大災害ですから報じるのは当然ですが、それだけだと報道の多様性がなくなってしまいます。私のライフワークである貧困問題は「そんな暇ネタはボツだ」という扱いを受けました。

 しかも、NNNドキュメントの企画会議では、「うちは読売グループだから、原発問題では読売新聞の社論を超えることはするな」と通達された。そんなことをいわれたのは初めてでした。

 昨年3月28日に日テレの氏家(齊一郎)会長が他界しましたが、グループ内で影響力を誇る人物が亡くなったことで、読売の日テレに対する影響力がどうなるかわからないという配慮から、そうした発言が出たのかもしれません。

 これは日テレに限らず、今のテレビ局全体の問題だと思いますが、プロデューサーやデスクの幹部・中堅社員が、あらかじめ報道内容のディテールまで会議で決める傾向が強まっています。

 現場に出る若手社員や下請けの派遣社員は、その指示に沿った取材しか許されない。でも、我々は社員である前にジャーナリストですから、本来は自分の目で現場を見た上で、自ら報道すべきことを判断すべきです。震災以降、現場軽視をますます痛感し、私は会社を辞める決意を固めました。

 震災1周年の日、私は各局の特番を早朝から深夜までザッピングして見ていましたが、正直、日テレが一番ひどいと感じた。被災地と直接関係のないタレントの歌を流し、キャスターは被災地を訪れて「復興」を強調するものの、そこには報道の基本である視聴者の教訓になる情報がない

 取材も表面的で、被災者のリアリティが伝わってきませんでした。そのことを皆感じていたのに、放送後の報道局会議では、幹部の「良かった」という声に押され、誰も何もいえなかった

 最後の出勤日となった3月30日、私は報道フロアに集まった同僚に対し、「ひどい番組をひどいといえない。それではジャーナリズムとはいえない。事実を伝える仕事なのに。もっと議論して、いいたいことをいい合おうよ」と話しました。幹部が同席していたため、その場はシーンと静まり返っていましたが、後で何人かが「僕もそう思ってました」と寄ってきた。「じゃあいえよ」って(笑い)。

無論、マスコミも彼ら自身が主張するように無色透明、公正中立などとは程遠い存在であることは周知の通りで、それ故にこそ明らかに社のカラーから外れた報道は社にとってもそれを受け取る側にとっても困惑や混乱をもたらす可能性があるということは理解出来ます。
ただ先日のMBS記者の事件などにも象徴されるようにまず報道方針ありき、そして取材とはその方針に沿って使えそうなコメントを拾い上げレイアウトするだけというやり方をしているのでは、言ってみればモンタージュ方式の合成写真のようにお好みの絵を「創作」しているのと本質的に変わるところがありません。
先日はこういう騒動があったとこれまた小さく報道されていましたけれども、よく見ればこういうとんでもない事件が起こってくる背景というのはもの凄いことなんじゃないかと思いますね。

フジ「とくダネ!」をBPOが審理 ストローアートを飲み物に使い酷評(2012年6月27日J-CASTニュース)

   フジテレビのワイドショー「とくダネ!」が、ストローアート作品をばらして飲み物用に使っていたなどとして、放送倫理・番組向上機構(BPO)が審理に乗り出したことが分かった。
  ストローアートが取り上げられたのは、2012年1月9日朝放送の「とくダネ!」のコーナーだった。

キャスター「芸術ではなく趣味の域」

   それは、「ブーム発掘!」として「知られざる街角の芸術家」を特集するもので、ストローのほか、身近にあるバナナや海苔、石を素材にした計4種類のアートが紹介された。
   BPO放送人権委員会サイトにアップされた「『ストローアート作家からの申立て』事案」によると、番組では、大阪府在住のストローアート女性作家(57)の作品のうち、数本のストローを組んで椰子の形に作り小瓶に活けたものを1本ずつにばらし、飲み物に挿して喫茶店の客に出していた。そして、その反応を撮影したうえで、放送していたというのだ。もちろん、本来飲み物に挿すためのものではなかった
   さらに、番組出演者に4種類のアートの人気投票をしてもらい、その結果について、キャスターがこうコメントした。

    「石以外は芸術ではなく趣味の域だ

   こうした番組内容について、女性作家はフジテレビに抗議し、「過剰で誤った演出とキャスターコメントにより、独自の工夫と創作で育ててきたストローアートと私に対する間違ったイメージを視聴者に与え、私の活動と人権を侵害した」と主張した。
   女性作家はその後、メールを通じてフジテレビと交渉を続けた。その結果、フジ側は、「演出方法を事前に明確に伝えなかった」と落ち度を認め、謝罪放送の文案をこの作家に提示した。文案は5回示されたというが、作家は、承諾しかねるとしており、4月3日になって放送人権委員会へ審理を申し立てた。

フジテレビ「不快な思いをさせた」

   放送人権委員会サイトによると、フジテレビは、「申立人に不快な思いをさせたことは真摯に反省し申し訳ないと考えている」と説明した。実質的な話し合いに向けて、女性作家とメールでやり取りしている最中というが、「現在に至るまで十分なコミュニケーションは取れていない」という。
   委員会では、作家からの申し立てを認めて、2012年5月に審理開始を決め、6月から実質的な審理に入っている。7月には、女性作家とフジテレビの双方からヒアリングする予定だとしている。
   ネット上では、フジや女性作家の対応に対し、様々な声が上がっている。
   女性作家については、「否定されることも芸術には必要なのでは?」「放送は常に肯定的じゃないと駄目か?」などと過剰な反応を疑問視する向きもある。一方で、フジの番組についても、「作品を断りもなくバラして使ったらダメだろ」「これは怒ってもいい」といった指摘が相次いでおり、「最近フジ、トラブル多すぎだろwwww」との声も出ていた

   女性作家は、取材に対し、「今のところ、審議途中ですので、お話しできません」と答えた。しかし、7月17日に開かれるという次の委員会後には、ヒアリングで話したことを元に、記者会見する予定だとしている。
   フジテレビの広報部では、「現在、BPOを通じて先方と話し合いをさせていただいておりますので、個別の回答は控えさせていただきます」とコメントした。

ちなみにBPOのHPでの当該問題の記載についてはこちらを参照いただければと思いますが、ちなみにこのストローアートというものはストローやペットボトルなど身近にありふれた素材を使って動植物などを作り上げるというもので、その非常に手間がかかりそうな製作の様子はこちらのサイトを参照いただければと思います。
これだけ手間暇をかけて作ったものをバラバラにされて単なるストローとして扱われた挙げ句、全国放送で笑いものにされたと言うのですからそれはよほど心の広い人でなければ怒るでしょうが、BPOのサイトを見てもフジテレビ側では「演出方法を事前に明確に伝えなかった」ことを落ち度だと考えているそうで、どうもこうした演出をとること自体は別に問題としていないかのようにも受け取れる話ですね。
このあたりにも彼らの認識と世間の常識との乖離がうかがわれようと言うものなんですが、それをもう少し端的に示したのがこちらの一件ではないでしょうか。

「めちゃ×2イケてるッ!」の企画内容に批判殺到(2012年6月19日livedoorニュース)

18日、フジテレビ放送の「めちゃ×2イケてるッ!」の酒豪企画に抗議が殺到していると各メディアが報じており、ネット掲示板では物議を醸している。

報道によると、9日、同番組で出演者らが「飲まないと仲良くなれない」として、夕方から翌朝まで競って酒を飲む内容を放送。それに対して、18日、酒の一気飲みで子供を失った親達で構成する「イッキ飲み防止連絡協議会」などの3団体が、「死亡事故が続出している若者の飲酒コンパと類似している。子供が見る時間帯の放送でもあり、社会的な影響を考えていない」と同局に謝罪と再発防止を求める文書で抗議したという。

これに対してネットの掲示板では「芸人が酔って自分達の番組に対する思いを語りあうって…そんなの楽屋でやれよ。勘違いもいいところ」「この番組みたけど、本当にバカの極み。こんなもんを公共の電波を使って流すとかマジで頭がおかしいとしか思えん」「笑えないのに不謹慎なバラエティ番組は打ち切ったほうがいい」 と、番組の企画内容を非難する声が相次いだ

その一方で「何にでもクレームつけてくる奴らは正直どうかと思う」「むしろ芸人が飲みまくって死んだほうが、これだけ飲むと危険ってわかっていいじゃないか?」と抗議団体の活動に疑問を呈する書き込みもみられた。

すでに居酒屋などでもイッキコールなどしようものなら最低イエローカードくらいは提示されるようになって久しいこのご時世に何ともバブリーなと言うべきでしょうか、いずれにしても記事を見る限りでは昨今よくある「楽しいつもりなのはやってる本人達だけ」というタイプの番組ではあったようですね。
個人的にびっくりしたのがこの番組、てっきり深夜放送か何かだと思い込んでいましたらゴールデンタイムに放送されていたということで、それはまあ一昔前にも無茶なスイカの早食いを披露したりするような番組もあったわけですからテレビ局側では同じようなものだと思っていたのかも知れませんが、素朴な疑問として他人が飲んでクダ巻いてるところなんて眺めておもしろいと感じる人がどれほどいるものでしょう?
先日も大阪の入れ墨調査の件で毎日新聞地方版の記者が「私も入れ墨をしている。後悔したことはない」などと妙なカミングアウト混じりで批判記事を掲載するという一件があり、さすがにこれには毎日の本社の方でもびっくりして何故そんな記事が載ることになったのか調査中だと言いますけれども、どうもメディアとしてすでに成熟段階にあるはずなのに中の人に関しては近ごろどんどん未熟になってきているような気がしてなりません。
マスコミ業界内部においても他社記事のコピペが日常的にまかり通るなど長年悪い慣行が続いていることを憂慮する声がありますが、とりあえず周囲と横並びにしておけばいいやという考えの人達がひとたび坂道を転がり落ち始めると果てしがないというもので、そろそろ勇気を持って業界改革に立ち上がる人でも出て来ないことには大変なことになってしまいますよね。

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2012年6月29日 (金)

勤務医の激務と初期臨床研修

医療崩壊ということが世間でも話題になって以来、このところの診療報酬改定でもこちら方面への対策が各種講じられていますけれども、僻地を中心とした地域医療供給の破綻という減少と、都市部であっても急性期を担当する勤務医の減少と、大きく二つの問題が中心命題になっていると言えそうです。
前者にしろ後者にしろ過去にろくでもない労働環境でスタッフを使い潰してきたつけが回ってきたとも言える話で、このところようやく医師待遇改善ということにも世間の目が行くようになってきたことは良かったと肯定的に評価することも出来ますが、対策を講じる側としてはそうとばかりも言っていられませんよね。
近年では診療報酬改定においても総額はさすがに増やすわけでもありませんが、激務が言われる領域へ手厚くすることで勤務医対策ということをやってきた、その結果何かが改善されたのかどうかということが先日の中医協の報告で述べられています。

【中医協】勤務医負担軽減、改定効果なし?- 「ほかの要因が影響」との指摘も(2012年6月27日CBニュース)

 27日の中央社会保険医療協議会(中医協)総会では、診療報酬改定結果検証部会(部会長=牛丸聡・早大政治経済学術院教授)が、2010年度改定の影響を検証する調査の最終報告を提出した。「病院勤務医の負担軽減」が重点課題に位置付けられたものの、調査結果によると、改定後も負担が大きいと感じている医師が半数近くに上った。ただ、委員からは、勤務医の減少など、さまざまな要因が影響した可能性を指摘する声が相次いだ。

 最終報告は、11年10月の中医協総会で速報値として報告された調査結果に、部会としての評価コメントを加えたもの。病院勤務医の負担軽減については、医師調査で「勤務負担感が大きく、勤務状況の改善が必要」との回答が44.4%に上ったことなどから、「一定の効果を上げているが、引き続きさらなる対策が必要」との考えを示している。

 これに対し、嘉山孝正委員(全国医学部長病院長会議相談役)は、「診療報酬(改定)の効果がないように見えるが、ほかの要素が原因になっている可能性もある」と主張。次の診療報酬改定に向けた議論の際には、勤務医の数や分布に関するデータなどを併せて示すよう求めた。
 また、鈴木邦彦委員(日本医師会常任理事)は、医療費適正化計画などで平均在院日数の短縮が求められている一方で、高齢化などにより病床稼働率は変わらず、勤務医がより多くの患者を診なければならなくなっている可能性を指摘。「診療報酬だけでは分析し切れない要素がある。幅広く検討することが必要だ」と訴えた。

 支払側の白川修二委員(健康保険組合連合会専務理事)も、「勤務医の負担軽減の効果が、予想よりも小さく、残念だ」とした上で、「診療報酬改定だけでは対応できないのだと思う」と述べた。【高崎慎也】

ま、勤務医を優遇しましたなんて言っても実際は到底加算を取れないような無茶な条件ばかりで、あくまでも医療崩壊に配慮したと言うポーズだけの改定であったというのが定説だったわけですから、万一にも劇的に効果があったという結果が出た場合の方が興味深かったと思うのですが(苦笑)。
散々診療報酬に色をつけることに忌避感を示してきた支払い側が何やら理解のあることを言っているようにも聞こえますが、「診療報酬改定だけでは対応出来ない」という発言の裏を読めば「どうせ上げても効果がないんだから診療報酬上げなくてもよくね?」ということで、首尾一貫していると言えばしていますよね。
いずれにせよ明確な定量的データが手元にないのであくまでも個人的な印象ということになりますが、立ち去り型サポタージュといった言葉が話題になり始め医師の心が折れることが医療崩壊の第一にして最大の要因であるということが知られるようになってから、各種報道などを見る限りでも経営側に医師の労働環境にも配慮する必要があるのだという認識が以前よりも増してきたというのは確かだと思います。
現場の突き上げや国の政策的誘導もあって給与を上げるだとか勤務態勢に配慮するだとか言う話がちらほら流れるようになっては来ている、しかし全体の中で見るとまだ大きな影響を与えるほど多数派にはなっていないということもあるし、何よりそうして生まれた職場環境格差が医師によりより職場への移動を促し、結果として一部においては以前よりも激務になったという側面もあるわけですね。
臨床自体をやめてしまう真性ドロップアウトを別にしても、労基法厳守の精神で勤務を組めば今までよりもずっと多くのスタッフが必要ですから、勤務環境優良な一部病院が多くの医師を抱え込めばその他大勢の病院で勤務状況が厳しくなるのは当然なのですが、こうした現象が起こる背景にあるのが立ち去り型サポタージュのような「激務でこれ以上やっていけない」と言う追い詰められての逃散以上に、積極的によりよい職場環境を選択したいという医師側の認識の変化です。

医局人事全盛期の一昔前であれば職場の良い、悪いはいわば上から与えられたもので選択の余地がなかったわけですが、今や新臨床研修制度によって自分で職場を探し就職するという世間並みのことが医師の世界においても当たり前になってきましたから、自分にとってメリットのない職場に敢えて留まろうというモチベーションなど生まれるはずもないのです。
現在の臨床研修制度が導入されてはや8年にもなりますが、単なる初期研修必修化だ、ローテート研修だといった目先の変化以上に医師の認識に大きな変化を与えたのが、この自分で情報を集め職場を探していくというマッチングのシステムにあったのだとすると、今や中堅世代に成長してきた臨床研修制度修了組によって医療現場の常識が今後根本的に変わっていく可能性もあると言えそうですね。
逆に言えば古くからの制度下で「医師は黙って耐えるもの」という認識の上で過密に過ぎる診療体制を組み上げてきた方々にとっては非常に困った制度であるとも言えそうなんですが、そうした目線で先日のこの記事を読んでみるとどうでしょうか?

医師臨床研修、新制度でも満足度上がらず- 医学部長病院長会議が調査(2012年6月21日CBニュース)

 新しい「医師臨床研修制度」を導入した前後で、研修を受けた医師の満足度にほとんど変化がないことが21日、全国医学部長病院長会議のアンケート調査で分かった。同会議では、「新初期臨床研修のメリットは限定的」と指摘。臨床研修を義務ではなく、選択制にするよう提言している。

 2004年度に導入された新しい臨床研修制度は、▽国家試験合格後、2年間の臨床研修を義務化する▽内科、救急、地域医療、外科、小児科、産婦人科、精神科の7科目を必修とする(10年度以降は、内科、救急、地域医療以外は選択必修)―などが柱で、基本的な診療能力を身に付けられるようにすることが狙い。

 同会議では、臨床研修の必要性などを検討することを目的に、大学病院で研修を修了した医師を対象にアンケート調査を実施。1万788人から回答を得て、03年までの6年間に医学部を卒業して旧制度で研修を受けた医師(5753人)と、04年以降の5年間に医学部を卒業し、新制度で研修を受けた医師(5025人)に分けて分析した。

 調査結果によると、臨床研修の満足度を5点満点で尋ねた設問に、5点か4点と答えた割合は、新制度で63%、旧制度で64%。一方、2点か1点と答えた割合は、新制度、旧制度共に13%で、大きな差は見られなかった。臨床研修の適切な期間は、新制度、旧制度共に「現行の期間(2年以上)」が5割前後、「1年以上2年未満」が3割前後、「1年未満」が1割弱だった。

 臨床研修で良かった点(複数回答)は、新制度では「希望する診療科の実態を把握できた」(58.5%)が最多で、次いで「多くの診療科をローテートできた」(46.4%)、「熱心な指導医がいた」(44.1%)などの順。これに対し、旧制度では、「手技を豊富に経験できた」(50.7%)が最多で、以下は「希望する診療科の実態を把握できた」(48.9%)、「研修医1人当たりの症例数が充実していた」(43.9%)などと続いた。
 一方、改善すべき点(複数回答)は、新制度では、「多くの診療科をローテーションするため深く学べなかった」(27.3%)が最多で、次いで「手技を豊富に経験できなかった」(21.9%)、「シミュレーターや図書など機器や設備が充実していなかった」(18.3%)などの順。旧制度では、「多くの診療科を選択できなかった」(23.5%)が最多で、以下は「研修プログラムが充実していなかった」(22.3%)、「診療科同士の垣根が高かった」(19.9%)などと続いた。

 同会議では、新制度と旧制度で臨床研修の満足度が変わらないことから、「新初期臨床研修のメリットは限定的」として、義務ではなく、選択制に改めるよう提言している。
 さらに、必修科や選択必修科の満足度が低かったことから、「診療科の必修化は、研修の質の低下を招く恐れがある」と指摘。初期臨床研修の到達目標のうち、可能なものは卒前教育のカリキュラムに組み込み、医学部卒業時の基本的な診療能力の向上を目指した上で、初期臨床研修では専門研修を目指すよう提案している。【高崎慎也】

記事を見てみますと制度が変わっても研修の満足度に大きな変化は見られなかった、だから「新初期臨床研修のメリットは限定的」だという結論なのですが、先日も少しばかり触れましたように何であれ評価とは他人の欠点を指摘することだという認識が根強い辛口の日本社会において、実に2/3が高い評価を与えているようなものにこれ以上劇的な点数向上の余地があったとは思えません。
逆に人事の大ベテランである医局の諸先輩方が各種情報を総合的に判断し巧緻を極めた人材派遣を行っていた時代と比べても、医療現場の実情など全く知らない素人学生が選んだマッチングの結果が同等であったという点に注目すべきで、「やってみたら案外悪くなかった」というのが最も公平な評価ではないでしょうか?
そんな中で細かく見ていきますと非常に注目されるのが、新制度のメリットとして「希望する診療科の実態を把握できた」「多くの診療科をローテートできた」といった、ローテートで各診療科の実際をこの目で見て学べたということを挙げた研修医が非常に多かったという点で、あくまでも与えられた環境の中で目先の業務に目線が行っているように見える単科専修の旧制度との最大の違いがここにありそうです。
そしてその結果何が起こったかと言えば、ローテート研修を経た後では内科、外科、産科に小児科といったいわゆる激務であるところのメジャー診療科の希望者が減り、その理由として「仕事内容が想像と違った」「体力的にきつい」「拘束時間が長い」といったもっともな理由が並んでいるというのですから、これは非常に首尾一貫した評価だと言えそうですよね。

医学部長病院長会議というところはその名の通り病院というシステムを管理・維持する側の方々の集まりですから、こうした使われる側の当然の反応を使う側から見ればより多くの診療科の実情を見聞でき、様々な職場を自ら調べ選択し、結果として何も知らない初心な学生が労働者としての権利意識に目覚めてしまうなんてことになると困るのだろうなとは想像出来ます。
そもそも最近では医学部のカリキュラムもますます過密化する一方で(元々医学部というところは一般の大学と違って選択科目などと言うものは基本的に存在せず、全単位が必修になっています)、その上失礼ながら各種優待的入学措置にも由来する医学生の質の低下が当の医学部教官をも嘆かせるような時代にあって、これ以上更に多くの内容を詰め込もうという方がよほど「質の低下を招く恐れがある」というものでしょう。
昔から医療の世界では世間を知っている社会人入学ほど使いにくいものはない、何も知らず受験勉強漬けで根性がある現役組が一番使い勝手が良いなんてことが公然と語られてきましたけれども、大学6年間を更なる詰め込み教育で馬車馬のように走らせた挙げ句、卒後はそのまま脇目もふらさずに専門研修に押し込めではマスコミならずとも「そんな世間知らずの医者ばかりで大丈夫か?」と不安を覚えるのではないでしょうか?

そもそも臨床医の激務解消と言いますが、国に呼ばれて年中果てしなく続く会議に参加していられるような方々は実際には勤務医としての激務にはさらされているとは言えないわけで(会議自体が激務だと言われれば確かにそうですが)、彼らにとっては勤務医の激務が問題なのではなく激務によって勤務医が逃散し診療が回らなくなることこそが問題であるはずなのです。
そう考えると議論をしている人々が本当に激務を改めようとして議論しているのか、それとも他の何らかの目的さえ達成出来るのであれば結局激務解消などどうでもいいのか、議論の行方を見る際にはそのあたりの見極めも必要になってくるんじゃないかと思いますね。
本当に勤務医の激務を解消しようと思うのであれば、極論すればただ病院管理者に対しては労基法を遵守しろ、それが実現できる水準まで患者受け入れを減らせと言い、国に向かってはそのために必要な関連法規なりを整えるよう主張するだけで十分でしょうに、常に遠回りな議論に終始している意味も考えておく必要がありそうですね。

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2012年6月28日 (木)

医療業界でのガジェットも使いようで

本日の本題に入る前の余談ですが、個人的にガジェットの類は好きな方なので医療ロボットやら遠隔診療やら聞くとちょっとわくわくしてしまうものなのですが、いくら機械にばかりお金をつぎ込んでも人材が伴わなければどうしようもないというニュースが先日話題になっていました。

酒田市と日本海総合病院、時間帯など協議なし(2012年5月18日読売新聞)

 診療所の常勤医が退任後、4月から原則毎週末の2日間だけ医師が派遣されている山形県酒田市の離島・飛島で、医師不在時の代替策として、市が今月中旬に始める予定だった「遠隔診療システム」が、稼働できない事態となっている。

 医師派遣と同システムでの診察を担う日本海総合病院(酒田市)との間で、市が具体的な運用方法を確立していなかったのが原因。市では「早期導入を目指し、病院側と協議を進めたい」とするが、開始時期は決まっておらず、島民からは不安の声が上がっている。

 遠隔診療システムは、市が約300万円かけて用意。インターネット回線を使ったテレビ電話で診療所の常勤看護師(2人)と日本海総合病院の医師が連絡をとり、脈拍や血中の酸素濃度などを測る「生体モニター」を使用しながら、診察を行う仕組み。

 市の説明によると、市が3月に行った島民向けの現地説明会では、5月中旬に開始する予定だった

 しかし、4月6、7日に予定していた初の医師派遣が中止になった際、診療所に多くの患者が来所。投薬などに関するファクスや電話での問い合わせが、診療所から同病院の救急外来に集中し、病院業務に影響が出た。このため、関係者の間から、予定通りに同システムを導入しても安定運用ができるか不安視する声が上がった。

 市では、診療所常勤医の辞意を受けた昨秋以降、遠隔診療システムを既に導入する新潟県の離島・粟島から資料を取り寄せ、電話で問い合わせるなどしてきたが、同システムの使用可能な時間帯や、担当医の配置など具体的な運用方法について同病院との間で協議を進めていなかったという。

 こうした事態を受け、市は16~17日、健康課職員と飛島の診療所看護師の計2人を粟島の診療所に派遣。現地で医師がどのように遠隔診療を行っているかや、急患が発生した場合の対処方法などについて視察し、今後、運用方法の詳細を協議するという。

 同システムに必要な機材は、今月10日に市に納品されているが、市健康課の佐藤繁樹課長は、「運用方法が決まるまで設置を見送るしかない。システム導入に遅れが生じることになり、島民には辛抱してもらうしかない」としている。飛島の漁師男性(75)は、「市からは、遠隔診療で医師不在時も万全と聞いてきた。4月には急患のヘリ搬送も出るなど、医師がいない時は不安が大きい。早く導入してほしい」と話している。

しかし医師不在時の対策として始めたということですが、遠隔診療と言っても目の前に医師がいないだけで遠くに控えている必要があるのは当たり前でしょうに、単に機械を据え付ければ完了だという考えでいたのだとすれば何ともお役所仕事と言うしかない話だと思いますね。
「遠隔診療で医師不在時も万全」などという市の説明も無茶苦茶もいいところで、あくまでも医師不在時に緊急当座の指示を受けるためのものであって、いつでも医者がみてくれる便利な道具扱いをするのであればそのうち「こんな便利なものは税金で全戸に備え付けてくれ」なんて話にもなりかねないでしょう。
こういうことになれば引き受ける側の日本海総合病院の方でも慎重にならざるを得ないでしょうし、まずは医療以前の段階として何が出来て何が出来ないのか、そもそも何を目的に設置しているのかという基本的なところをもう一度おさらいしてから出直さなければならないでしょうね。

それにしても離島にもこうしたリアルタイムの診療システム導入が図られているように、最近はあらゆる方面で医療の迅速化が言われていて、何しろガイドラインでも「○○分以内」だの「○時間以内」だのというはっきりした数値での基準が示されるようになりますと、その時間を守ってやらないことには後々裁判沙汰になった時に負けてしまうかも知れませんよね。
例えば日本代表のオシム監督の事例で一躍有名になった脳梗塞に対する血栓溶解療法では発症から薬剤(t-PA)投与まで3時間という時間制限がありますが、搬送時間などを考えるといったん近所の病院に運んで放射線技師等々を呼び出し検査を行い、診断確定後に専門施設に連絡して搬送…などという旧来のやり方をしていたのでは時間切れで治療対象が非常に限られてしまいます。
地域によってはすでに救急隊から地元救急病院、そして受け入れる専門施設までがタッグを組んで搬送ルールを確立し、場合によっては遠隔画像診断によって専門病院からの指示でまずとりあえず初診の施設でt-PAを打ってから搬送というスタイルを取っているところもあるようですが、ともかくも医療の専門化が進む中で基準だけがどんどん厳しくなると各種専門医が揃う大規模病院以外では何も出来ないと言うことになりかねません。
実際に医師不足も顕著な僻地と言われる地域ではすでにそうした事態が現実になってきていますが、そんな中でおもしろい試みが始まったというニュースが出ていましたので、こちらの記事から紹介してみましょう。

動き出す仮想“佐渡島病院”(2012年6月21日日経ビジネス)より抜粋

 かつて金銀を豊富に産出し、江戸幕府の直轄領としてその財政を潤した佐渡島。現在は国の特別天然記念物トキの繁殖活動で知られるこの島で、地元の医師会が中心となり、島民らの診療情報を一元管理する新たな情報システムの構築が進んでいる。

 2013年春の稼働を目指す新システムは、病院や診療所だけでなく、歯科医院や調剤薬局、介護施設などを巻き込むもの。開発の音頭を取る新潟県厚生連佐渡総合病院の佐藤賢治・外科部長は「診療情報や調剤情報を相互に公開し合うことで、島民に円滑な医療サービスを提供したい」と意気込む。

 佐藤医師らは、新システムの導入によって島内の医療機関があたかも1つの病院のように機能することを最終的な目標に掲げる。全島の医療関係者の結束を促すため、プロジェクト名は「仮想“佐渡島病院”」と名づけた。

島内の医療資源を結集

 厚生労働省が推進する電子カルテの普及に伴い、国内各地で病院や診療所が診療情報を相互に閲覧できる環境も整いつつある。ただし、佐渡島のように調剤薬局や介護施設を含めて患者のデータを一元管理し、医療機関が情報を互いに公開するケースは全国でもまれだ。

 地域医療連携を阻む要因としては、患者のプライバシーの問題とともに、医療機関の排他性がしばしば指摘される。地方自治体では地域医療のあり方を巡る対立がリコール(公職者解職要求)運動などに発展するケースも珍しくない。前山形県知事の齋藤弘氏は「首長の強いコミットメント(関与)がなければ地域医療改革は成功しないものだ」と指摘する。

 ところが佐渡島の地域医療連携を主導するのは、地元の医師会を中心に発足した佐渡地域医療連携推進協議会だ。日頃はライバルでもある病院や診療所が行政の関与抜きに診療情報の一元管理に動き始めた背景には、圧倒的な医療資源の不足という離島ゆえの危機感がある。

 厚生労働省の2009年の地域保健医療基礎統計によると、佐渡島の人口10万人当たりの医師数は134.6人と全国平均(224.5人)の6割に満たない。一方、病院病床数は1281.0床と全国平均(1260.4床)を上回る。高齢化と過疎化が同時進行する島内の医療水準を維持するには、抜本的な対策が必要になっていた。

 佐渡島の地元医師会がたどり着いたのは、島内の医療関連資源の総動員という解決策だ。島内には6つの病院のほか30近い診療所があり、歯科診療所や調剤薬局、介護施設を含めると100以上の施設が存在する。こうした施設を新システムで結び、患者を病状に応じた施設に誘導することで、限りある医療資源を最適配分する考えだ。

 例えば島内の介護施設を利用する高齢者の多くは、何らかの形で島内の医療機関に通っている。新システムを通じて介護士が服薬指導の情報を閲覧できれば、薬物治療の効果を高めるだけでなく、日々の服薬記録や健康状態を病院の医師にフィードバックすることも可能になる。

 異なる業種の情報システムからデータを吸い上げて一元管理するため、日本ユニシスが開発中の新システムでは患者の氏名によってデータを名寄せする独自の仕組みを取り入れた。診療情報を管理するための新たなIDを割り振る必要がなく、利用施設は既存のシステムを使い続けることができる

 地域医療の現状に詳しい国立がん研究センターの森山紀之がん予防・検診研究センター長は「病気でありながら適切な医療が受けられない『医療難民』問題は、過疎地域だけの問題ではない」と話す。「佐渡島における取り組みは、医療機関と患者のミスマッチの解消に向けたモデルケースになり得る」と注目する。
(略)

既存のカルテシステムをそのままに情報を統合運用するなどよく考えたものだと感心しますけれども、逆に言えば対象となる医療機関の数も域外との間の人的移動も限られているクローズドな環境であるからこそ成立したシステムであるのでしょうし、そうであるからこそこのまま日本全国に規模を拡大して運用するには無理がありそうだなと言う気がします。
それではこんな辺鄙な離島でしか通用しないシステムなんて作っても汎用性がないじゃないか、お金の無駄だからさっさと止めてしまえと言う話になるかと言えばそうではなくて、むしろ非常に特殊な環境にあるからこそそれに対して最適なシステムを独自に整備するということの意味があるんじゃないかと思いますね。
以前から当「ぐり研」でも全国あちこちで各種の特区をもっと活用すべきだと主張してまいりましたが、どうも日本人に何事も新たなことを始めるに当たって後ろ向きで保守的な面があるのは、品質に対する要求水準が高いからという理由が大いにありそうな気がします。

例えば全世界的に最高のコストパフォーマンスを持っていると認知されている日本の医療ですが、何故か日本人の医療満足度は極めて低いという現実もあって、医療崩壊先進国などと言われる英国などの方がよほどに国民から高い評価を得られているのはおもしろいですよね。
他と比較しての客観的事実がどうあれ、とかく評価を求められればまず「○○が悪いね」と欠点を指摘するところから始めてしまうのが日本人の習性ですが、その結果実際上はほとんど無視していいような小さな欠点まで論った挙げ句、大多数にとっては明らかなメリットがあることまでも先送りにされてしまい結局何も変わっていかないことも多いものです。
今回の佐渡の仮想病院などという非常に興味深く独創的なシステムにしてもそうですけれども、「そんなものを開発、運用したところで他で一切応用が利かないじゃないか」とか「全国均一の医療を提供する国民皆保険制度の趣旨に反している」だとか幾らでも突っ込みどころはあるとして、それじゃ文句ばかりつけて何もやらない方がよろしいのですか?ということでしょう。
とりあえず欠点探しから始まる国民性だからこそまずは対象を絞って特定地域内で行ってみる、そしてその結果うまく行くのであればカスタマイズしながら全国的に拡大していくというボトムアップのやり方が結局は改革の早道なのかも知れず、大阪には大阪の、東北には東北のそれぞれ最適なやり方というのもあるはずですから、何も全国一律で必ず同じことをやらなければと強迫観念に囚われることもないだろうと思います。

話がそれましたが、何しろ昔は佐渡送りなんて刑罰もあったくらいで、現代でもちょっと海が荒れれば本土と隔離されてしまう絶海の孤島と言えばひどく不便で恵まれない土地柄のようにも聞こえますが、一定規模の人口が外部との出入りも少ない環境で暮らしているというのは各種の社会実験を行うにあたっては非常に望ましい環境ですから、今回の仮想病院に限らず色々と応用は利きそうですよね。
元記事の方ではこれだけ地域内全住民を網羅するカルテシステムを整備すれば製薬業界等様々な方面にも恩恵があるだろうということを言っていますけれども、有名な久山町研究などと比べても対象人口は一桁多く人口の転出入も少ないわけですから、医学方面に限っても臨床上の利便性以上に研究上の恩恵がありそうに思えます。
世界にはパナマやリベリアなど税金面での優遇を行うことで世界中の船舶が籍を置いているような国がありますが、佐渡島も今後「全国展開の前にまずは我々の土地で試してみませんか」と各種調査や社会実験などの誘致を働きかけてみれば、地域として少ない出費で最先端の恩恵を被ることも出来るようになるかも知れませんね。

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2012年6月27日 (水)

超セレブな自治体病院現る?!

かねて千葉県救急ドミノ倒しなどと言われ、医療需給バランスの崩壊が危惧されてきた千葉県において、成田赤十字病院に続いて旭中央病院も時間外加算を取ることになったようです。
すでに内科医の減少や近隣からの患者流入によってこの春から救急を制限していたくらいで遅すぎるという気はしますが、この種の公的病院では「市民の皆様にご迷惑をおかけするなどトンデモナイ!」と受診抑制的な方針に強固に反対する勢力が必ずいて、そうした姿勢がますます不要不急の救急受診を招き医師らスタッフの逃散に至るという悪循環に陥りがちですから、まずは決断を下したことは一つの良い変化でしょう。
実際の効果がどの程度あるかが注目されますが、先行して導入した成田赤十字病院では入院を要するような重症患者の数は変わらないまま救急受診者の総数が3割減ったと言いますから、世間でよく懸念されるところの「本当の重症患者が受診を手控えるようになったらどうするのか?」という疑問がどうやら杞憂であるらしいことがエヴィデンスとしても明らかになってきていると言えそうですよね。

数ある公的病院の中でもとりわけこうした市民への配慮?が行き届いているのが距離感が近い自治体病院ではないかと思いますが、例えば近年産科医の激務が言われながら一向に待遇改善が進まないというのも、出産費用の改定にも議会の承認が必要な自治体病院が必要不可欠なコストすら無視して不当な廉売を続けているからだという話もあります。
そうした旧態依然の運営を続ける自治体病院から医師の逃散が相次いでいることも決して故なきことでないと思いますが、そんな中にあって自治体病院らしからぬ(失礼)妙な事をやり始めた病院があるというニュースがこちら兵庫は芦屋から出てきています。

芦屋市立病院「1日5万円」超高級入院コースの「背景」/兵庫(2012年6月23日産経ニュース)

 六麓荘(ろくろくそう)など高級住宅地のある街として知られる兵庫県芦屋市で、市立芦屋病院の新病棟(199床)が完成し、15日、リニューアルオープンした。落ち着いた調度品で統一した豪華特別室7室を含めて病床の約64%を個室とし、プライバシーを確保。富裕層の多い芦屋らしさに配慮し、公立病院としては異例の方向性を打ち出した。セレブに囲まれた市立病院には、どんな事情があるのだろうか。(加納裕子)
(略)
「金は出すから病室改装させて」

 市立芦屋病院が目指す“芦屋らしさ”とは何なのか。実はこれまで、同病院には、患者からの特殊な要望が相次いでいた。

 市立芦屋病院は市内の「六麓荘」だけでなく、西宮市の「苦楽園(くらくえん)」など複数の高級住宅地と近接している。このため、こうした地に住むセレブが病院を利用することが多いといい、「金を出すから病室を改装させてほしい」との申し出もあったという。

 「トイレに温水洗浄装置を設置し、壁紙やカーテンが汚いからとすべて取り換えた患者さんがいらっしゃいました」と佐治事業管理者は振り返る。特別室3室は常にほぼ満室の状態で、「特別室が不可能ならば個室を」との要望も多かったという。

 「市民からそこまでの期待があるなら、芦屋市として応えていくことも大切な責務だと判断したのです」(佐治事業管理者)。今回新たに設置した7室の特別室のうち、グレードの高い「A」(差額室料1日5万円)は約52平方メートルと広く、海外ブランドのソファセットやカーテン、大型液晶テレビなどの高級調度品に1室150~200万円をかけた。ベッドも無機質なものではなく、木目家具調で幅広のベッドを使用し、高級感にこだわっている

厚労省通達では「有料個室は3割以下」

 ただ、公立病院で高級路線を追求することは、無制限に許されているわけではない

 厚生労働省保険局医療課は「国や自治体が運営する医療機関は、幅広い人たちの診療をすることが目的。患者がその病院を選んで入ってきて、長く滞在するということは避けるべきだ」と指摘する。

 実際、同省は平成18年3月、一般病棟のうち差額室料の必要な病床の割合は国立病院で2割以下、地方公共団体による病院で3割以下に制限する通知を出している。

 市立芦屋病院の場合、特別室7室をあわせた有料個室は59室。差額室料が必要な病床の割合は約29・6%で、厚労省通知でもぎりぎり許容されるラインだ。個室割合約64%という公立病院としては異例の数字が実現できたのは、差額のない個室を68室設けていることが大きい。

 「個室病床は時代の要請」と同病院はとらえている。一番大きな問題は高齢患者の増加だ。治療している疾患のほかに認知症を抱えている患者が増え、大きな声をあげたり、夜中に徘徊(はいかい)したりすることがあるという。大部屋よりも個室の方が、他の患者への影響が少なくてすむ。

 また、感染症の疑いのある患者を個室に配置することで院内感染のリスクを減らすこともできる。市立芦屋病院は「個室は、弱者である入院患者に少しでも快適な療養生活を送っていただくための配慮」としている。

 厚労省のいう「幅広い診療」ではなく、「快適な療養生活」を重視するこうした考え方は、公立病院というより私立病院に近いのかもしれない。私立病院ではプライバシーの尊重などを理由に全室個室を掲げている病院も珍しくはない。

 リニューアルオープンから5日後、市立芦屋病院の入院患者数は112人、特別室の利用は7室中2室にとどまっていた。同病院は「新病棟への移転に備えて入院を重症患者に制限したため、一時的に入院患者数は落ちているのです」と説明するが、公立病院の個室増強策は今後、どのように評価されていくのだろうか。

しかし病院内のカフェが口コミグルメサイトに掲載されるようになるくらいですから時代もかわったものだとつくづく思いますが、それにしても公立病院にして2/3が個室というのも尋常ではないことですし、眺望も素晴らしいという特室の気合いの入り方も一介の自治体病院らしからぬものがありますよね。
無論こうした特殊な施設が全国どこでも通用するというものでもなく、高級住宅地として知られる芦屋という特別な立地であったからこそというのも事実でしょうが、あくまでもこの施設が公的病院として通常の保険診療を行っているということには注目すべきだと思いますね。
よく言われるように日本の医療はお金持ちから貧乏人に至るまで誰にでも平等な医療を提供することを目指してこの半世紀行われてきたわけですが、その結果たとえお金があっても人よりも特別よい医療を受けられるというわけでもなく、むしろ日本で一番いい医療を受けているのは生保患者であるなどと揶揄される状況にあります。
全国一律公定価格の定価販売が強要されているから高付加価値の医療を高い値付けで提供するというスタイルの商売が出来ない、それならばあくまでも大衆をターゲットに薄利多売でやっていこうという考えに至るのも無理からぬところはあって、実際に全国どこの公立病院でも大赤字を垂れ流す中で諸先生方は連日事務方から「先生~もっと患者増やしてくださいよ~」などと尻を叩かれ続けているわけです。

しかし例えば顧客単価を四倍に引き上げられるなら仮に一人あたり二倍、三倍のコストとスペースを使っても収支はより改善する理屈で、しかも同じ収益を上げるためにより少ない患者を相手にすればよいわけですから手厚い医療も行いやすくなるでしょうし、同室者に余計な迷惑をかけずに個々の状態に応じた対応も出来ることも思えば医療の質的な向上も期待出来そうです。
何よりぶっちゃけ働く側の視点として古くて小汚くてカビ臭い病院と諸設備も充実した綺麗な病院とどっちで働きたいか?と言われれば誰だって後者を選ぶでしょうし、何しろ前述のようなひたすら薄利多売を推し進める病院と有料個室中心のセレブが集う病院とでは客層も大いに違うでしょうから、就労時のストレスの面でも大いに有利なんじゃないかと期待は出来るわけですね。
特に昨今自治体病院と言えば噂が噂を呼んで未払い患者ばかりが集中したりとか客層の悪化が言われていますが、そうした施設を逃散した医師らがこうした病院に集まってくるようになりますと当然ながら医療の質も向上していくでしょうし、自治体病院お得意のハコモノ整備によって人材確保も出来てしまったということにでもなれば非常に興味深いケースになるかも知れません。
しかし亀田などは草深い千葉の片田舎にあっても全国遠隔地から患者が集まると言いますが、こういう一介の自治体病院にも遠方から指名で顧客がやってくるということになるのでしょうかね?

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2012年6月26日 (火)

生保過剰診療問題に国も動く

このところの不正受給騒動などもあって世間の関心が高まっているせいか、ひと頃は半ばアンタッチャブルな扱いであった生活保護の暗部に関しても様々な報道が出るようになってきています。
政府もこの機会に社会保障費圧縮を試みようという腹づもりなのか、厚労省から親族の需給義務を徹底させるよう自治体に指示が出たということですが、その結果例えば平均年収715万円を誇る東大阪市職員のうち少なくとも30人の親族が生活保護を受給していて、しかもただ一例を除いて仕送りすら拒否しているといったケースも明らかになってきました。
親族の扶養義務というものをどこまで徹底すべきなのか、生活保護の支給に関わる調査はどこまで行われるべきものなのかといった議論は未だに尽きませんが、一方で生活保護問題が注目を集めるのと相前後してクローズアップされつつあるのが生保受給者をお得意様にしている一部医療機関のケースで、すでに貧困ビジネスなどとも言われる行為に深く関わっているケースなども報じられています。
ともかく保護費の多くを医療費が占めているのですからこちらに関心が向かうのは当然なのですが、一部諸国などのように貧困者に対する治験の成果が一般に還元されるならまだしも、どうも日本の場合は単に無駄な医療費を使い自分が稼ぐことだけに専念しているらしいのも困ったものですよね。

病院が“受給者”相手にひと儲け!過剰医療の実態(2012年6月22日zakzak)より抜粋

(略)
 生活保護の患者を利用して儲ける病院があるという。「東京ハートセンター」のセンター長で心臓外科医の南淵明宏氏は、その理由をこう話す。国民健康保険と社会保険の場合は査定されるが、生活保護は請求分が100%返ってくるからです。保険と違ってチェックする人がほとんどいないので、効果が疑わしい高額な医療行為をやりやすいのです。生活保護の患者を集めて不必要なカテーテル手術などをした『山本病院』の事件が’10年に発覚しましたが、これは氷山の一角。この数百倍はあるでしょう。心臓の手術で普通よりも多くかかった場合、査定されて病院の持ち出しになることがあるが、生活保護ではそのまま認められる。生活保護の患者を相手にした過剰医療が今でも横行している可能性は否定できない

 都内のA病院は、医療関係者の間で「心臓病治療の“フルコース”を施す」ということで有名だ。救急車で患者が運ばれてくると、「心臓病ではないか」とカテーテル検査をして、「冠動脈が詰まりそうだから心臓のバイパス手術をしましょう」などと言われて手術となり、そして退院前には不整脈などを理由にペースメーカーを入れられる

 心筋梗塞や脳梗塞の治療用の高価な血栓溶解剤もよく使われるという。一回の使用で40万~60万円。薬の適応が書いてある病名をつければ、ほとんどフリーパス状態。カテーテルの治療は材料費が約20万円で、ペースメーカーの手術は200万円ほどかかり、この定番フルコースで、総額600万円ほどの“売り上げ”になるという。

 これも生活保護を利用した一種の“貧困ビジネス”といえるだろう。日本の医療は出来高払いで、やりたい放題。厳しいチェック体制に変えないと、無駄な医療費が増えることになる。

 ■南淵明宏氏 東京ハートセンター(東京都品川区)センター長。心臓血管外科医、医学博士。著書に『異端のメス 心臓外科医が教える病院のウソを見抜く方法!』(講談社文庫)など

しかし失礼ながらスーパードクター先生がまだこの業界にいらっしゃったとは存じ上げませんでしたが、現在の勤務先は厳しい先生のお眼鏡にかなったくらいですからよほどに診療報酬以外での収入が多くていらっしゃるのでしょうか、「こりゃあ、やってられないなぁ」などとモチベーションを失うことなく末永く勤務を続けられるよう陰ながらお祈りいたしております。
いずれにしてもスーパードクター先生の仰るように数々の厳しいレセプト査定にさらされている一般保険診療と比べて生保の方はフリーパス状態で、そのうえ全額公費で決して取りっぱぐれないということから生保患者を大のお得意様にしてきた一部医療機関が存在してきたことは紛れもない事実でしょう。
昨今生保問題でも注目を集める大阪などではすでに生保受給者の診療は認定された医療機関に限るといったアイデアを打ち出してきていますが、これだけ世間の注目が集まると国も今までのようなフリーパスでは済まないと考え始めたのでしょうか、このたびついに来たかと思えるようなこういう話が飛び出してきました。

「指導すべき病院」基準策定へ=生活保護、過剰診療問題で-厚労省(2012年6月23日時事ドットコム)

 厚生労働省は23日、生活保護受給者が全国的に増加する中、医療扶助費制度を利用して悪質な過剰診療を行う医療機関への対策を強化する方針を固めた。自治体が指導すべき医療機関を選びやすくするため、参考となる基準を策定する。
 健康保険制度では、過剰診療などで指導すべき医療機関について、「レセプト(診療報酬明細書)1件当たりの平均点数が高い順に選ぶ」といった基準が定められている。一方、生活保護制度には「全ての医療機関が対象」との記述があるだけで具体例が示されていない

末端臨床に従事する多くの勤務医にとっては余計な書類仕事などが増えないのであれば「どうぞどうぞ」で済む話だと思いますけれども、(控えめな表現をすれば)独特のキャラクターを持つ方々の比率も高いことから臨床現場ではしばしば敬遠されがちな生保受給者に対して、経営的視点から見ればまた別なものが見えてくるというのは理解出来る話です。
具体的にどのような基準が示されるのか未だ明らかではなく、おそらく通常のレセプトチェック同様の平均診療点数の他に例えば全患者に占める生保受給者の比率なども重要な因子になってくると思われますが、いずれにしても大きな影響があるのが経営者自身が診療も担当し経営方針が直接反映される小開業医等だとも想像され、特に生保患者率100%などというクリニックにチェックが入ると文字通りに死活問題ですよね。
幸いにもこうした一見して明らかに悪質な施設は一般患者にとっては決して良い医療機関とは言えない場合が多いようで、そもそもまともな診療でやっていけるのであれば後ろ暗い生保ビジネスに手を出す必要もなかったはずだと考えると、多くの患者にとってはこうした指導の強化が特に大きな悪影響を及ぼすこともないのではとも推測されます。

もちろん生保患者=全てがケシカラン患者だと言うわけではなくて、難治性の疾患によってやむなく生保に転落したような方々を始め多くの真面目な生保患者もいらっしゃるわけですから、こうした方々が医療上の不利益を被り疾患コントロールを悪化させ、ひいては就労復帰がさらに遠のくなどということがあってはならないのは言うまでもありません。
名目上は悪質な過剰診療の抑制とは言え、一般診療における意味不明の難癖付けのようなレセプトチェックの有り様を見れば、この生保診療についても最終的には保護費削減のための道具に利用されるだろうなとは想像出来るわけで、悪意をもって過剰診療を行う一部医療機関と混同されないよう診療する側にも意識の変革が求められるでしょう。
特に医学教育も担当する大学や研修病院などではまま見られることですが、高い割にさほど意味がないような検査・処置は通常患者さんに同意を求めてから行うものですが、相手が支払い無しの生保患者となれば「まあついでにやっておけばいいんじゃない?」などと言ってしまう傾向があるのは、悪意はないにしても過剰診療と言われれば否定は出来ませんよね。
もっともこれも生保患者だから少々余計なこともやっても構わないだろうと言う意識があるから起こりえることであって、結局は他の患者と同様に扱い生保患者だからと区別や差別はしないということが一番無難な対応ということになってくるのでしょうか。

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2012年6月25日 (月)

増え続ける高齢出産 それもやっぱり医者が悪い?

本日の本題に入る前に、先日出ていた医療訴訟の記事を一つ紹介してみましょう。

医療ミス損賠訴訟:賠償請求を棄却--地裁弘前支部 /青森

 帝王切開手術を受け後遺症が出たとして、五所川原市の女性医師(55)が07年5月、弘前市の健生病院に約1億円の損害賠償を求めた訴訟で、青森地裁弘前支部は21日、原告の請求を棄却した。野々垣隆樹裁判長は「当時の医療水準に照らして過失は認められない」とした。原告代理人は控訴する意向を示した。

 訴状によると、医師は97年12月に帝王切開手術を受け、術後の血圧管理用カテーテルの挿入ミスで気胸と心不全が起き、体調不良から98年3月に常勤医の退職を余儀なくされたとして、逸失利益や慰謝料などの損害賠償を求めていた。

 判決は、カテーテル挿入で気胸が生じたことは認めた一方、心不全は発症していないとし、原告の訴えを退けた。【松山彦蔵】

一連の経緯の詳細は全く判りませんので判決の是非については何とも言えませんが、現在55歳の女性が97年に帝王切開を受けたということは当時40歳前後であったという計算で、これは十分に高齢出産として扱われるべきハイリスクのケースであったとは言えそうですし、そのリスクを知っているはずの医師が当事者となっているという事実はご記憶いただきたいと思います。
当「ぐり研」でもこの高齢出産問題をたびたび取り上げて来ましたけれども、何しろ結婚年齢自体が上昇を続けている中で女性の平均初産年齢が30歳を越えたと言うくらいですから、今や高齢出産に伴う様々なリスクは一部の人々だけが関わる特殊なケースというわけでは決してなくなってきたわけですね。
そんな中でこのところこの高齢出産のリスクに関連する番組を盛んに報道しているのがNHKですが、これに対して世間では「そんな怖いことになるなんて知らなかった!」と反響が大きいというのはもちろん啓蒙という点では良いことなのですが、世間の人々がそこまで知識を欠いていたということが問題の背景にあったのだとすれば困ったことでもあります。
そのNHKが一連の番組にも関連して先日全国的な調査を行ったということがまた記事になっているのですが、この調査によって高齢出産の問題がさらに深刻になってきているということが浮き彫りになってきました。

不妊原因「卵子の老化」が約半数(2012年6月23日NHK)

多くの夫婦が不妊に悩む原因や背景を探るため、NHKが全国の専門医療機関に調査を行ったところ、女性が年を重ねるとともに妊娠しづらくなる、「卵子の老化」に原因がある患者の割合が半数近くに上ることが、初めて明らかになりました。
専門家は「卵子の老化が知られていないことが、不妊に悩む夫婦の増加に拍車をかけている」と指摘しています。

不妊の検査や治療を受けた夫婦は6組に1組に上り、より高度な不妊治療である体外受精の件数は年間で21万件と、5年で倍増して、世界最多になりました。
NHKでは、その原因や背景を探るため、先月から今月にかけて調査を行い、全国の専門医療機関の半数に当たるおよそ300と、不妊治療をしている患者など8000人余りから回答を得ました。
このうち、医療機関に対して、不妊の原因について聞いたところ、女性では、30代半ばを過ぎると卵子の質が低下して妊娠しづらくなる「卵子の老化」に原因がある患者の割合は、平均で47%と半数近くに上ることが分かりました。
また、初診患者の平均年齢を35歳以上と答えた医療機関は77%に上りました。
10年前は20%にとどまっていたことから、卵子の老化によって妊娠が難しくなってから治療に駆け込む人が相次いでいる実態が、初めて明らかになりました。
一方、35歳以上の女性患者の中で、不妊治療を始めるまで、「卵子の老化」について「知らなかった」と答えた人が、55%と半数を超えました。
こうした患者の53%が、体外受精をすれば45歳まで妊娠は可能と考え、中には50歳まで可能と考えていた患者も17%いました。
日本産科婦人科学会によりますと、体外受精など高度な不妊治療で出産できる確率は、卵子の老化の影響で、45歳では0.5%に低下します。
不妊の問題に詳しい、東京の国立成育医療研究センターの齊藤英和医師は、「卵子が老化することが知られていないことで、高齢になっても治療を受ければ十分に妊娠は可能という誤解を生み、不妊に悩む夫婦の増加に拍車をかけている。卵子の老化について、きちんと知らせる仕組みを作る必要がある」と指摘しています。

10年前には20%だった初診患者の平均年齢が35歳以上の医療機関の割合が実に77%にもなっているというのは単に妊娠年齢が高齢化しているのみならず、このところ高年齢女性層から不妊医療自体が注目を集めるようになったという事情もあるのだと思われます。
いずれにしても妊娠、出産と言う生物学的な重大事について全く世間では知られてこなかったのは否めない事実で、思えば世間でも大きな話題になった大野病院事件なども元をたどれば、この妊娠、出産に対する基礎的な知識の欠如がその発端となったと言って良さそうですよね。
特に昨今は芸能人など有名人の高齢出産が相次いで報じられ、自然妊娠は無理でも治療を受ければ高齢でも十分出産は出来るかのように誤解され不妊医療を希望する女性が増えているようで、自費診療で高額のお金をつぎ込んでも結局妊娠できなかったというケース以外にも、医学的にも様々な弊害があるということは案外(というよりも、全く)知られていません。
ところが一方では連日のようにマスコミによって有名人による一握りの「成功体験」がまるで当たり前のことであるかのように語られた挙げ句、多くの人々が高齢出産と言うものに対して日々幻想というにも近い誤解を深めているというのは大変に困ったことで、ことがどのような結果をもたらすかということをこちらの記事から見てみましょう。

石田東尾ダウン症告白に見る、高齢出産賛美の裏で中絶激増(2012年6月21日ビジネスジャーナル)より抜粋

 タレント・石田純一(58)の妻、東尾理子(36)が、血液検査の結果、おなかの子にダウン症の可能性があることを明かしたブログには、賛否両論、大きな反響があった。
 元マラソンランナーで熊本市議の松野明美(44)は、自身の次男がダウン症であることから複雑な胸中をにじませたものの、東尾のブログに寄せられた約5000件のコメントは、概ね好意的な内容だった。
 しかし、医療界からは落胆と呆れ声が聞こえてくる。高齢出産のリスクを、まったくといっていいほど無視しているからだ。
 現在40代のある女性神経内科医は、35歳で第三子を授かった。東尾より1つ下の年齢だが、周りの医師仲間は一様に「どうするの?」と心配顔だったという。ダウン症の発症確率は年間平均で約1/1000だが、母親の年齢との相関関係が強い。母親が

 ・20歳:1/1667
 ・30歳:1/952
 ・35歳:1/378
 ・40歳:1/106

とリスクが上がり、内科医は「35歳はひとつのボーダーライン。医師であれば、当然、産むことを躊躇する年齢です」と話す。

10年で高齢出産は倍増

 厚生労働省の人口動態統計によると、この10年で35歳以上の高齢出産はほぼ倍増している。2000年時点で35〜39歳の出産者数は約12万6000人だったが、2010年は22万人、40〜44歳は約1万5000人から3万5000人、45〜49歳も、約400人から約800人に増えている。
 ある私立大産婦人科の主任教授は「高齢出産が増えてからは、医療事故も増えて現場は悲惨だよ。マスメディアの報道も少し考えてほしい」とこぼす。
 大きく報道で取り扱われるタレントの例を見ると、神田うのの36歳、戸田菜穂の38歳は序の口で、田中美佐子の43歳、兵藤ゆきの46歳など、高齢出産は花盛りである。
 しかし、マスメディアはリスクを伝えない傾向がある。彼女らの幸せそうな笑顔に感化されてか、婚活中の女性の中には高齢出産が"当たり前"という認識すら広がっている。38歳で婚活中のあるOLは「ジャガー横田は45歳で産んだじゃん。私もまだ大丈夫」と無邪気な様子だ。

 そんな能天気な高齢出産ブームとは裏腹に、日本産婦人科医会からは驚くべきデータが発表されている。胎児異常が理由とみられる中絶数が、10年前と比べて倍増しているというのだ。しかも、ダウン症に限ってみれば3倍近くにもなっている。
 このデータは、横浜市大先天異常モニタリングセンター(センター長=平原史樹・同大教授)が日本産婦人科医会所属の約330施設を対象に調査したもの。無脳症(脳と頭蓋骨の大半が欠けた状態)や水頭症(髄液がたまり脳室が大きくなる病気)、ダウン症といった胎児異常が理由とされる中絶の総数は、90~99年で約5400件だったが、00~09年には約1万1700件に増加している。ダウン症は最も増加率が高く、370件から1100件に増えていた。
(略)
 35歳以上の妊娠は、ダウン症のほかにもさまざまな染色体異常や、流産、妊娠中毒症などのリスクが高い。メデタイ話に水を差すようだが、覚悟が伴わない高齢妊娠の陰で、どれだけ多くの命が闇に葬られているか。安易な高齢出産賛美の風潮には、自戒を求めたい。

無論有名なダウン症ばかりが胎児にもたらされる問題というわけではありませんし、妊娠中毒など妊婦側の問題も非常に大きいことは言うまでもありませんが、こうしたことを全て抜きにして高齢出産だ、おめでただとはやし立てているばかりではますます問題が深刻化していくだろうと言う想像は容易ですよね。
となると、どうしても広く国民全体に対する啓蒙活動が必要であって、そのためにも先に挙げたNHKを始めとするマスコミ各社の責任は非常に大きいだろうと考えられるのですが、どうも当のマスコミの側の認識は異なっているようで、この問題に対して最も見識が深いとも思われるNHKですらこんな他人事のような記事を出すに留まっています。

卵子老化 医療機関の説明に課題(2012年6月24日NHK)

女性が年を重ねるとともに妊娠しづらくなる「卵子の老化」について、専門の医療機関の8割が患者の理解が足りないとする一方、患者の7割近くは医療機関の説明が不十分と考えていることがNHKの調査で分かりました。

「卵子の老化」は30代半ばを過ぎた女性の妊娠が難しくなる原因の一つで、NHKが全国の専門医療機関と患者を対象に行った調査では、卵子の老化による不妊が広がっている実態が初めて明らかになりました。
この調査の中で、医療機関に対して患者の卵子の老化への理解が不十分と感じるか聞いたところ、「おおいにある」が43%、「たびたびある」が37%と、8割の医療機関が患者側の理解に課題があると回答しました。
一方、患者を対象にした調査では、医療機関から卵子の老化について、「説明されていない」と回答した人が31%、「明確には説明されていない」が36%と、7割近い患者が医療機関の説明が不十分だと感じていることが分かりました。
35歳以上の女性では、治療を始めるまで卵子の老化について知らなかったと答えた人が半数を超えていて、医療機関には患者が納得して治療に取り組めるようより丁寧な説明が求められます

いや、ちょっと待って欲しいというもので、それは妊娠は病気ではないということになっているわけですから、妊娠するか不妊で治療を決意するまで医療機関に満足のいく説明をしてもらうような機会がなかったのは当然の話だろうと思いますけれども、それは足を運んでこない未来の患者にまで啓蒙の腕を伸ばし切れていない医療機関の努力不足のせいだと言うことでしょうか?
もちろん無理目な高齢出産を望んで不妊医療を求める患者に対して、こうしたリスク等々の説明を一切抜きにして「ああ、それじゃ頑張って不妊医療やっていきましょうか?お金はちょっとかかりますけどね~ハハハ」なんて調子でひたすらむしれるだけのものをむしって終わりなどと言うのでは、医の倫理云々以前に一般商道徳に照らし合わせても詐欺紛いの悪徳商法と言われても仕方のない話でしょう。
しかし今問題になっているのは実際に高齢化してから出産したい、何とかしてくれと医療機関を訪れる患者への対策よりも、それ以前にどう見ても生物学的に妊娠が不適切な年齢になるまで妊娠を先延ばしにしてしまう女性が増えていることについて、医療のみならず雇用や収入など社会的な環境も含めてどうしていくべきかという議論ではないでしょうか?

それは医療機関の側からすればある程度以上お歳を召されれば妊娠は難しいという明確なデータはあるわけですから、落語の「手遅れ医者」よろしくはっきり事実を申し上げるのが本筋なのかも知れませんけれども、それで個人個人は納得いただいても社会の抱える根本的な問題に対しては何の解決にもならないというものでしょう。
医療に関わる問題はなんでも医者が悪いということにしておけばマスコミ的には何かと都合がよいのでしょうけれども、ことこうした社会全体の変化が深く絡む問題に対して医療の現場が担える役割は相対的に小さなものであって、現場の医師達が一生懸命説明に時間を割いてもワイドショーが高齢出産の素晴らしき実例なるものを一件取り上げるたびに簡単に相殺されてしまいかねません。
別に医療が何をやっても無駄だと言うつもりもないし、マスコミに言われずとももっとしっかりとした情報発信を専門医や関連学会などを中心にやっていくべきなのは当然ですが、今この時にあって一番大きなボールがどこにあるかということをスルーしていたのでは何ら実効性のある対策を打ち出したことにはならないと思いますね。

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2012年6月24日 (日)

今日のぐり:「こだわり麺や 丸亀田村店」

先日こういう記事が全世界に流れ話題になりましたが、ご覧になりましたでしょうか。

英首相がパブに娘を残し帰宅、「リラックスし過ぎ」と批判も(2012年6月12日ロイター)

[ロンドン 11日 ロイター] 英国のキャメロン首相が、ロンドン近郊のパブに家族らと昼食に出掛けた際、8歳の娘を残して帰宅していたことが分かった。娘がいないことに気付いた首相夫妻はすぐに店に戻り、娘も無事だったという。首相府が11日明らかにした。

発表によると、「事件」はキャメロン首相がロンドン郊外の公邸に滞在していた2カ月ほど前に発生。首相はサマンサ夫人や3人の子ども、友人の家族らとともに昼食に出掛けたが、長女のナンシーさんがトイレに行っていることに気付かず帰宅した。

首相夫妻が慌ててパブに電話したところ、ナンシーさんは無事で、夫人がその後迎えに行った。夫妻は帰宅時、ナンシーさんが別の車に乗っていると思い込んでいたという。

この出来事は英サン紙が最初に報道。首相をめぐっては、休暇の際にリラックスし過ぎていると批判する声もある。

リラックスしすぎというのか何と言うのか、かれこれ一月後には全世界から大勢のお客を迎える国のトップがこの調子で大丈夫なのか?と不安になりますよね。
今日はオリンピックも間近に控えたブリからちょっとそれはどうなのよ?と思ってしまうニュースの数々を紹介してみたいと思いますが、まずは日本とも大いに関わり合いのあるこちらの話題です。

初音ミク「ロンドン五輪に登場」説に高まる期待(2012年6月14日EXドロイド)

開催まであと一ヶ月あまりに近づいたロンドン五輪。当サイトでは以前にも「初音ミク『ロンドン五輪出演』説が浮上」という記事を掲載しましたが、その後の動きはどうなっているのでしょうか。

「オリンピック開幕式の準備は着々と進んでいます。音楽を担当するのは、テクノユニットのアンダーワールド。芸術監督は『スラムドッグ$ミリオネア』で有名な映画監督のダニー・ボイルです。アンダーワールドとダニー・ボイルは、過去に映画『トレイン・スポッティング』で一緒に仕事をしていて、ともに出世作となった作品。この英国を代表するアーティストの共演に、周囲の期待が高まっています。オープニングコンサートには、ポール・マッカートニーが出演することを本人が認めたほか、デュラン・デュランなどの出演が噂されています」(初音ミクに詳しい広告関係者)

とはいえ、相変わらずネット上には、初音ミクを支持する声が相次いでいます。テクノ界の大御所、アンダーワールドが音楽監督を務めるだけに、そのバックコーラスなどとして参加するのではないかという声も。

「ロンドンオリンピックで初音ミクに歌ってほしい。できれば『Tell Your World』を歌ってほしい」
「ロンドン・オリンピックのオープニング・セレモニーにまず間違いなく出ると思うよ。ただミクさん単独ではなく実在の英国人アーティストとの共演になるのじゃないかな」

そうしたなか、新たに気になる情報が飛び込んできました。台湾メディアの報道によると、作曲家の三枝茂彰氏がオリンピック委員会からオファーを受け、初音ミクを使ったオペラ風の楽曲を制作しているそうです。これに対し、動画サイトなどでにわかに注目が集まっています。

「例のお遊びのロンドン・オリンピック・オープニング・セレモニーで歌わせたい歌手投票で『歌わせたい歌手No.1』が冗談で済まなくなっちゃったよ」
「マジッすか・・・本当だったらマジ胸熱ですなあ」
「ひょっとしてロンドンオリンピックのオープニングセレモニーでミクさんが登場して歌ったらやはりファンとしては嬉しいけどね。でもなんで三枝成彰なの?」

三枝成彰氏といえば、クラシックやオペラなどの作曲のほか、かつて「機動戦士ガンダム」映画版の音楽を手がけるなど、アニメ業界とのつながりもある人物。まだ未確認情報とはいえ、ありえない話でもなさそうです。

「クリプトンはノーコメントのようですが、もしガセだったら相手が海外メディアでも否定するでしょう。噂とはいえ、可能性は十分あるのでは」(前出・初音ミクに詳しい広告関係者)

もし現実になれば、初音ミクが有名になるだけでなく、日本のコンテンツをアピールすることで2020年のオリンピックに立候補している東京都への後押しにもなりそうです。どちらにしても、7月27日(日本時間28日午前5時)のロンドン五輪の開会式は要注目のイベントになりそうです。(マリオ・アンドロッティ)

いやまあ、昨今のボーカロイドの進歩を考えますと純技術的にはあり得ない話でもないかなと思うのですが、東京オリンピックならまだしも何故ロンドンで初音ミクなんでしょうね?
このように妙なところで斬新過ぎるところがある一方で極めて守旧的な部分もあるのがブリというお国柄ですが、近代五輪に負けじとこうした伝統的スポーツ?も盛んに行われているというのですから大変なものです。

五輪間近の英国、伝統の「すね蹴り大会」も盛り上がり(2012年6月5日ロイター)

[グロスターシャー(英国) 4日 ロイター] 英ロンドンは五輪開幕まで2カ月を切り、徐々に盛り上がりを見せているが、中部グロスターシャー州では伝統の「すね蹴り大会」が行われ、会場を大いに沸かせた。

靴下の中にたっぷりとわらを詰めてお互いのすねを蹴り、最終的に相手を地面に倒せば勝ちとなる。

今大会で優勝したのはウスターシャー州出身の石工、ザック・ウォレンさん(23)で、「仕事に戻った時の皆の反応が楽しみだ」と語っていた。

すね蹴り大会はグロスターシャー州で1600年頃から行われてきたが、1852年に一時中止された。1965年から再開され、以降は毎年恒例の伝統行事にもなっている。

一体それはどのようなものなのだと思って動画を検索してみたところ組み合った状態からひたすらローキック連打というようなもののようで、キックボクサーでも出てくると大変な惨事になりそうな大会ですよね。
ブリと言えば日本の皇室の方々も留学されているように数々の伝統ある大学が存在することでも知られていますが、その内部ではこのような教育が行われているというのですから驚きます。

【朗報】これで君もゴーストハンターになれる! 経験豊富な講師が指導する「ゴーストハンティング・コース」開設(2012年2月1日ロケットニュース24)

超常現象・心霊現象の研究に、日々余念がない諸君に朗報だ。このほどイギリスの大学で、その道の権威が新しくコースを開設することとなった。そのコースとは「超常現象科学捜査 ゴースト・ハンティング101」だ。

6週間のコースになるのだが、ここで学べば日常的に役立つ知識と経験が得られるだろう。何より「超常現象科学捜査」という名前だけで、ワクワクしてしまう。そして何より、どんなことを教授してもらえるのか、非常に楽しみだ。

コースを受け持つのは「ニューイングランド・ゴースト・プロジェクト」の重役、ロン・コレック氏。諸君ならご存知だと思うが、彼らはゴーストハンティングのエキスパート集団だ。イギリスの心霊スポットを探索し、さまざまな超常現象を目の当たりにし、その様子を写真や映像で収めている。

実はコースを開設する以前から、彼はゴーストハンティングの学びの場を設けており、月に数回は一般向けにレクチャーをしている。これからはエセックスのコミュニティ・カレッジで定期的に講義を行う予定だ。

ちなみにコースの前半は、幽霊と親しくなることから始めるという。彼と交流のある2人の幽霊と接触を試み、幽霊が存在するという科学的な根拠を、最新鋭の機器で体感するとのことである。

賢明な諸君には、是非とも受講して頂きたいものである。可能ならロン氏に日本にも来て頂き、出張講義をして頂きたいくらいだ。

ま、ゴーストハンターになりたいという需要がどの程度あるのかということなんですが、しかしこのコースを受講して得られる日常的に役立つ知識と経験なるものが一体どのようなものなのか、謎が尽きない興亜ではありますよね。
ブリと言えば様々な面で英国的と言われる独自の習慣を持つことでも知られていますが、これなどは本当に大丈夫なのか?と思えるような妙な悪習としか言いようがありません。

IOC委員もブチ切れたヒースロー空港、本当の“悪夢”はこれから?(2012年6月8日産経ビズ)

 元ニュージーランドのウィンドサーフィン代表選手で国際オリンピック委員会(IOC)委員のバーバラ・ケンドルさん(44)がツイッターでロンドンのヒースロー空港を批判。その発言が波紋を広げている。

 1992年のバルセロナ五輪で金、1996年のアトランタ五輪で銀、2000年のシドニー五輪で銅を獲得するなど5つの大会で活躍したケンドル委員は、5月28日に五輪のイベントに参加するためにヒースロー空港に降り立った。そこに待ち受けていたのは入国審査を待つ長蛇の列。ブチ切れた彼女はツイッターで公然とヒースロー空港を批判した。

 「ヒースロー空港の入国審査は悪夢!! 通過するのに2時間もかかった。まだオリンピックも始まっていないのに!」

 これがただの観光客のつぶやきなら、大した騒ぎにはならなかったはずだが、ほかならぬIOC委員。五輪の開催に大きな影響力を持つだけに、“ヒースロー空港を最初に公然と批判したIOC委員”ということで、一躍、世間の注目を浴びることとなった。

 何しろ、今ですら入国審査が2時間待ち。これが五輪本番となったらどうなるのか。評論家は「7万人にも上る選手、審判らの入国に対応できないのでは」と懸念を示す。

 ロンドン五輪組織委(LOCOG)の副議長、キース・ミルズ卿も先月、「ヒースローはゲームの準備のために奮闘しているが、観光とビジネスの目的地としての英国の評判は日に日にへこんでいる」と不満を漏らしている。

 ヒースロー空港と英国政府は、空港の職員を増員させて対応するとしているが、それにも限界がある。そして、最悪の“悪夢”は、ズバリ8月13日の月曜日。五輪閉会式の翌日だ。ヒースロー空港は通常、1日に9万5000人の出発客を扱うが、8月13日の出国客は13万8000人にも上るとみられている。出国審査がこれほどの人数をスムーズにコントロールできるのかは大いに疑問。本当の“悪夢”はこれからかもしれない。(五輪取材班)

まさに「まだオリンピックも始まっていないのに!」なんですが、実はブリと言えば入国審査もびっくりするくらい英国的であるそうで、これは世界の多くの方々にとってまずブリの地を踏むこと自体が大変な努力を要求されるということにもなりかねませんね。
さて、ブリと言えば五輪期間中の食事はどうしたものかと今から頭の痛い旅行者の方々も多いでしょうが、実はそう悲観したものでもないのでは?という調査結果もあるそうです。

英国人はイタリア料理がお好き、英国料理も2位に オンライン調査(2012年5月14日AFP)

【5月14日 Relaxnews】英国人が最も好きなヨーロッパ料理はイタリア料理で、2位は英国料理――旅行サイト、ホリデー・ハイパーマーケット(Holiday Hypermarket)が実施した調査で、このような事実が分かった。

 調査で英国内の2000人以上を対象に、「欧州で、どの国の料理が1番か」と尋ねたところ、30%以上が「イタリア」と答えた。2番目は自国の「英国」との回答で22%、次いでフランスの12%、スペイン5%、ギリシャが3%と続いた。

 また調査の結果、食の好みで世代間にギャップがあることも分かった。55歳以上の回答者では英国料理が1番という回答が多く、18~34歳の若い世代はイタリア料理を好む傾向にあった。またイタリア料理は女性の方が人気が高かった。

 英国料理は、かつて料理不毛の地と呼ばれるほど不評だった。しかし、高級レストラン格付け本「ミシュランガイド(Michelin Guide)」で星を獲得し世界的に著名なヘストン・ブルーメンタール(Heston Blumenthal)氏や若手人気シェフ、ジェイミー・オリバー(Jamie Oliver)氏らの活躍のおかげで、その汚名も返上された。

 ホリデー・ハイパーマーケットによると、魚や肉、農作物や食品の産地名を記すことができる欧州連合(EU)法の原産地呼称保護認定を受けた英国の食品は、スコットランド産サーモンやカンバーランド・ソーセージ、ヨークシャー・プディングなど42点ある。

世界的に人気も高いイタリア料理が一位というのはまあ妥当として、伝家の宝刀ブリ料理が二位に入るほど好まれているというのですからこれはブリ料理も試すに値すると考えるべきか、それとも世界で最もブリ料理を食べつけているはずのブリですらこの程度の支持率であったと考えるべきなのか、どちらなんでしょうか?
さて、近年五輪開会式も随分と派手なイベントになってきていますけれども、最後に取り上げますこちらはその開会式にまつわる驚くべき?話題です。

射撃の豪選手、ロンドン五輪開会式で「マンキニ」姿の行進へ(2012年5月16日ロイター)

[15日 ロイター] オーストラリアの射撃選手でアトランタ五輪の金メダリスト、ラッセル・マーク氏(48)が、今年のロンドン五輪の開会式で、布地の少ない男性用水着「マンキニ」を着て入場行進を行うことになった。

マーク氏は、メルボルンを拠点とするオーストラリアンフットボールのチームが14日の試合で負けたら、ロンドン五輪の開会式でマンキニ姿で行進すると公言していた。

チームは敗戦し、マーク氏はその翌日の15日に「われわれ選手団のユニホーム候補より、マンキニの方がいいと思う人もたくさんいるのではないか。だから、そんなに悪いことなのか分からない」と語った。

ブレザーにズボンというユニホームに他の選手たちが身を包み行進する中、独りだけマンキニ姿というのはかなり目立つと思われ、同国の五輪委員会の広報担当者は、マーク氏にマンキニを着用しないよう推奨。地元メディアに対し、「彼にとっては(ロンドン五輪は)6度目の五輪出場となる。旗手に選ばれる可能性だってある。選手団の先頭を行く旗手がマンキニ姿であることを想像してみてほしい」と述べた。

マーク氏は1996年のアトランタ五輪で金メダルを、2000年のシドニー五輪で銀メダルを獲得している。

さすがブリの末裔であるオーストラリアンだけに何とも素晴らしい思いつきだと感服するしかないのですが、ちなみにこのマンキニなるものがどのようなものか判らない方々のために画像を用意しましたのでご確認ください。
しかし、まあ…仮にも五輪選手なのですからきちんとビルドアップされているのだろうとは思いますけれども、これを全世界に中継することになるのだとすればこれはまさに歴史に残る開会式になるんでしょうかねえ…

今日のぐり:「こだわり麺や 丸亀田村店」

高速道路からも便利がよいこともあって、早い時間に四国方面に来る際には何度か立ち寄っているのがこちらセルフうどんのチェーン店である「こだわり麺や 丸亀田村店」さんです。
早朝から昼間でという他県ではあまり見られない独特の営業時間が讃岐うどんの本場らしいですが、何しろ激戦区にあっていつも繁盛していらっしゃるわけですから侮れませんよね。
しかしこの日もまだまさ早朝と言える時間帯にやってきましたがすでに行列が出来ている状態で、広い店内も満席状態というのですからどれだけうどん好きの県民性なのか?とこちらも驚くしかありません。

この日は例によって冷たいぶっかけをオーダーし、好みに合わせて特に天かすをたっぷり目にトッピングしてみましたが、相変わらず非常にバランスの良いうどんだと思いますね。
こちらのうどんは柔らかめなんですがしっかり腰があるぷりぷりの食感もさることながら、特筆すべきはなめらかな舌触りとのど越しの良さで、何しろこれだけ軽く仕上がっているのですから幾らでもするすると入ってしまいますね。
このうどんと薄口でほんのり甘めのダシとのマッチングも非常に良好で、ぶっかけと言うよりこれは冷やしたかけつゆだろう?と思わないでもないのですが、香川でぶっかけと言うと大抵はこういうスタイルのようでこれはこれでおいしいですよね。
サイドメニューもなかなかに充実していて、特に小ぶりなかやくご飯は味覚を変えるにも悪くないなと思うのですが、時々置いていない日もあるようなのがちょっと気になるところで、そう思って見ますとトッピングの昆布なども仕入れ切れだったり、いなり寿司がなかったりとチェーン店らしからぬ品揃えのバラツキが見られるようですね。
ちなみに暖かいうどんとして同行者のかけも少し味を見てみたのですが、やはりこのうどんであれば断然冷たくしめた状態で食べた方が持ち味を発揮出来るようで、決して不味いとも言いませんがさほどに見るべきところもない凡庸な一杯に感じられてしまいます。

とにかく二玉、三玉と大食いをしてもすっと胃に入って全く後が重くならないものですからまた来ようという気になるうどんで、うどんは釜揚げでないと!と言う向きや、とにかくごついうどんが食べたいという向きにはあまり合わないと思いますけれども、ノンポリ派には非常に無難な選択と言えそうですね。
価格的にも十分割安感がありますからこういうお店が近所にあるとなにかと便利だろうなと思うお店なんですが、実際に客層をみてもまさにちょっとうどんを食べに立ち寄った人達という感じで飾るところがありませんし、何より店も広く回転も速いので少々の行列でもさして待たずに済むのがありがたいですね。
ちなみに接遇面ではマニュアルのしっかりしたチェーン店らしく朝から元気のいい店員さんが多いのはよろしいのですが、しかし一部はまだ眠いのか?と思ってしまうような方々もいらっしゃるようで、見ていますと時々妙なミスをしたりすることもあるようで少しばかり心配ではありました。

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2012年6月23日 (土)

ハシズムとは政治理念ではなく政治手法?

先日から話題になっている毎日放送記者の記者会見におけるトンチンカン発言問題については既存メディアも無視出来なくなってきたようで、一ヶ月以上も経過してようやくこんな記事が出てくるようになりました。

MBSは橋下氏がエキセントリックだと思われる編集したと指摘(2012年6月19日NEWSポストセブン)

 橋下徹氏はメディアをツイッターなどを使って激しい言葉で批判してきた。通常の記者会見や囲み取材においても、単に質問に答えるだけでなく、記者と議論になることが多い。そうした“バトル”において橋下氏がメディアに突きつけている問題の本質は何なのか。ジャーナリストの上杉隆氏が解説する。

 * * *
 去る5月8日、大阪市庁に登庁した橋下徹市長に対して行なわれた「囲み取材」において、橋下氏とMBS(毎日放送)の女性記者との間で30分近くにわたって繰り広げられた“バトル”が、ネット上や一部の紙媒体で大きな話題になった。
(略)
 後述するように、この記者会見の動画はネット上にアップされており、それを見た一般人からは「橋下の完全勝利」「大手メディア記者の敗北」といった快哉を叫ぶ書き込みが相次いだ。その後、MBSはこの会見をどのように報じたか。

 この3日後、MBSの夕方の報道番組「VOICE」の中で15分程度、君が代の起立斉唱問題が批判的に取り上げられた。そこで使われた会見の映像は、橋下氏から批判された記者の質問や記者を批判する橋下氏の言葉が全てカットされ、起立斉唱問題についての橋下氏の強い口調の発言だけがつなぎ合わされていた

 仮に視聴者が番組だけを見たならば、橋下氏がいかにもエキセントリックな人物であり、自らの権限で強権的に起立斉唱を行なわせたという印象を持ったとしてもおかしくない作り方だった。質問した記者の「勉強不足」は隠されている。

 実はこれはメディアの常套手段である。何らかの理由で気に入らない政治家、自らと異なる主張を持つ政治家などを貶めるために、平気で恣意的な編集を行なうのである。もちろん、自らの「勉強不足」という恥を晒すことはしたくないので、自分たちの的外れな質問、意味のない質問はネグり、“なかったこと”にしてしまう。

 だが、インターネットの発達した今、そうした情報コントロールや隠蔽は通じなくなってきた

 よく知られていることだが、橋下氏の定例記者会見は市のHPで生中継されている。つまり、生の情報=橋下氏の発言を、一切の加工なしに流す「ダダ漏れ」スタイルを取っているのである。しかも、アーカイブとして保存される。「囲み取材」の映像も、市のHPからリンクされたユーチューブにアップされている。そうした映像は過去に遡って、誰もが、いつでも、自由に見ることができる。もちろん、これは橋下氏の方針だ。

 これにより、記者会見という取材現場が一般の人に向けて可視化され、メディアによる恣意的な編集が暴露され、メディアの無知、無理解、不勉強などが白日の下に晒されてしまうようになったのだ。

 実際、橋下氏はMBSの番組が放送された後のツイッターで、〈僕と記者とのやり取りが全て可視化されていて良かった〉〈番組見たらびっくりしたよ。記者とのやり取りは全部カットされて僕は頭のおかしい市長そのもの〉などとツイートしている。

記者会見映像の完全公開やツイッターの活用、さらには既存マスコミのお約束のやり方を逆用しての巧妙な選挙戦術など、さすがに元電波芸者として業界事情に精通しているだけに橋下氏の政治活動がマスコミを大いに活用(あるいは逆用)したものであると、近ごろではその先鋭的とも言える政策以上に注目を浴びるようになってきていますが、そのキーワードの一つとして迅速性ということが挙げられると思いますね。
例えば冒頭の一件にしても、従来であればメディア対策と言ってもせいぜいがマスコミが大騒ぎし始めてから「いや、それは実際とは違う」とばかりに「証拠」を取り出すくらいがせいぜいであったものが、橋下氏によって決まった時間にならなければニュースを流せない既存メディアよりも更に一足も二足も速く生情報が流れてしまうわけですから、後追い報道によってマスコミによる捏造がかえって浮き彫りになってしまうということです。
マスコミ対策ばかりではなく様々な局面でとにかく速く、スピード感をもって政策を実行に移していく点は有権者からも非常に好感を持って受け止められているようで、橋下氏の政治的主張そのものに対しては無論賛否両論あるところとしても、例えば先日は就任半年ですでに公約の約半数に道筋がつけられたということなどは昨今の政治において希有なケースと言っていいでしょう。
対照的にかつて公務員改革を公約の一つの目玉に掲げて総選挙を大勝した民主党では、公約に掲げた公務員給与2割削減など到底任期中に出来ないと岡田副総理直々にさじを投げたと報道されたところで、速くも大阪府市で公務員1万人を非公務員化するなど基本方針をまとめるなど「公務員に厳しい」橋下氏の姿勢には有権者の圧倒的な支持が集まっているようです。

公務員の待遇についてどの程度が妥当かは諸説あるところで、個人的には国家と地方など様々に立場の異なる公務員をひとくくりに議論するのもどうかとは思うのですが、、給与のみならず民間ではちょっと考えがたい特権的待遇が近ごろ盛んに報道されるようになったというのも、先の総選挙や大阪市長選を通じてこれらが国民の一大関心事であり選挙の大きな争点にもなり得るということが理解されてきたという事情もあるのでしょう。
そんな中でこれまた非常におもしろい手を打ってきたなと注目されるのが先日以来報道されている市職員の政治活動に対する規制の問題なのですが、まずはこちらの記事をご覧いただきましょう。

橋下市長窮地…「政治活動で罰則」条例 大阪市案は違法 政府答弁書(2012年6月19日産経ニュース)

 政府は19日の閣議で、地方公務員の政治活動を規制する条例で罰則を設けることは地方公務員法に違反するとの答弁書を決定した。大阪市の橋下徹市長は全国で初めて市職員の政治活動を規制する罰則付きの条例案提出を目指しており、政府との見解の相違が浮き彫りとなった。自民党の平井卓也衆院議員の質問主意書に答えた。

 答弁書では、昭和25年に成立した地方公務員法は、政治活動制限に対する違反は懲戒処分による対応で十分との考えから罰則が設けられなかったと指摘。同法をめぐる国会審議で政治活動をあおる行為への罰則を外した経緯も踏まえ、「条例で罰則を設けることは法律に違反し、許容されないと考えられる」とした。

 一方、国家公務員の政治活動には、国家公務員法と人事院規則で3年以下の懲役か100万円以下の罰則を科すことが規定されている。橋下氏は「地方公務員も国家公務員並みに厳しく規制するのは当たり前だ」とし、同様の罰則を盛り込んだ条例案を検討している。

 地方公務員のうち現業職や公営企業職員の政治活動は地方公務員法の対象外となっているが、同市ではそれらの職員も条例の規定に含む方向で総務省に是非などを問い合わせている。

橋下市長、罰則駄目なら懲戒免職 市職員の政治活動規制(2012年6月20日福島民報)

 橋下徹大阪市長は20日、市職員の政治活動に罰則を設ける条例は地方公務員法違反との政府見解を受け、次善の策として7月市議会に提出予定の政治活動規制条例案に懲戒免職規定を盛り込む方針を明らかにした。

 市役所で記者団に「(職員に)違反行為があれば懲戒免職にする。どんどん地方公務員の地位から排除していく」と述べた。条例案への罰則規定盛り込みは、政府見解を踏まえて19日に断念する意向を表明していた。

 市長はこの政府見解が、1950年に成立した地方公務員法の提案理由説明で示した「職員の政治的活動の違反は、懲戒処分で地方公務員の地位から排除すれば足りる」との考え方を引用していることに着目。「わざわざ昭和20年代の理由を持ち出すのは、いかにも官僚らしい。思う存分従わせてもらう」と強調し、逆手にとって利用する意向だ。

橋下市長、政治活動職員は「バンバン懲戒免に」(2012年6月21日読売新聞)

 大阪市が7月議会への提案を目指す、職員の政治活動を禁じる条例案について、橋下徹市長は20日、政治活動を行った職員は原則として懲戒免職とする規定を盛り込むよう関係部局に指示したことを明らかにした。

 重大な処分に直結する規定は、波紋を呼びそうだ。

 市役所で報道陣の取材に答えた。当初は、国家公務員法の規定同様の懲役や罰金といった罰則を検討していたが、政府が19日、「地方公務員法に違反する」との答弁書を閣議決定。答弁書では「(罰則ではなく)地方公務員の地位から排除すれば足りる」との見解が示されていた

 橋下市長はこの点に触れ、「罰則は設けないが、閣議決定に忠実に従って、バンバン懲戒免職にする」と述べ、政府見解を逆手に取って重い処分が可能な規定をつくる考えを示した。

19日に閣議で答弁書が出たことについて、翌20日には速くも関係部局に指示を出したというのですから手早いものですけれども、まさに政府答弁書を逆手に取った形での「罰則は設けないが、閣議決定に忠実に従って、バンバン懲戒免職にする」という切り返しは弁護士ならではと言うところでしょうか。
例によってマスコミは波紋を呼びそうだ云々と言っていますけれども、実際ネット上などではよくやった、橋下は神などと大きな波紋を呼んでいて、「やつらは何をやっても許される」という世間の公務員に対する悪いイメージが定着しているということなのかなと改めて実感するところで、政治活動に限らず公務員の綱紀粛正が一気に進められそうな勢いです。
ちょうど先日は大阪で地下鉄で喫煙をして大騒ぎになった件で市長から直々に指示が出ているにも関わらずまたも同様の事件が再発、激怒した市長の懲戒免職指示にマスコミが噛みついた件がありましたが(結局免職にはならなかったようです)、実はこれだけ同じような喫煙騒ぎが問題になっている中でまたしても地下鉄運転士が運転中に喫煙するという事件が発生しています。
マスコミはタバコ一本で処分とは厳しすぎる!と熱心に援護の論陣を張ってきましたが、元々消防法で地下では指定場所以外禁煙であり、海外においても地下鉄車内で喫煙していた乗客が逮捕されるというくらいですから、ましてや厳重な禁煙厳守の指示のある中で禁煙を守らせるべきスタッフが自ら隠れてタバコを吸うなどあり得ないというのが世間の感覚というものでしょう。
世に言う橋下改革なるものがどのようなところに行き着くのかはまだ判りませんけれども、その独創性ある手法もさることながら、改革が進めば進むほどマスコミの常識と世間の常識との乖離ぶりが明らかになっていくようにも見えるというのも大変に興味深い現象だと思いますね。

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2012年6月22日 (金)

今日は名前の話です

人間誰しも自由に持てるものでありながら、時に何故か劣等感の原因にもなるのが名前と言うものですが、その名前に関連して先日こういう記事が出て話題になっていましたが、ご覧になりましたでしょうか。

キラキラネーム高2女子の本音は?(2012年6月11日R25)

アニメやゲームのキャラクターから名づけられたり、本来の漢字の読みとはかけ離れた当て字を使ったり、最近は奇抜な名前を持つ子どもが増えている。それらの名前をネット上では「キラキラネーム」「DQNネーム」と呼び、たびたび話題にのぼってきた。

6月3日にYahoo!知恵袋に投稿されたのは、「私の名前は、キラキラネームです。」という書き出しではじまる奇抜な名前をもつ高2女子からの質問。口に出して言うのも恥ずかしいほどの名前であることに小さいころから悩み、友達からは「優子」というあだ名で呼ばれていたというが、とうとう母親にその悩みを吐露。「名前は自分で決められないからこそ、せめて一般生活に支障のない名前にしてほしかった」と言ったことから大ゲンカになったという話だ。その後父親からは母親に謝れといわれ、謝るべきだろうかという相談だが、6月8日17時30分現在で、60万超のPVを記録。1000件超の回答が寄せられており、大きな反響をよんでいる。

「さっさと自立して、改名してしまうことですね」
「あなたの輝く未来の為に、ぜひ改名しましょう!!」

改名をすすめる声のほか、

「ご両親の愛情はわかっている、自分も今は好きになれないけどこの名前に少なからず情(という表現が適当なのかどうかわかりませんが)があることをきちんと伝えた上で、『キラキラネームの一般生活への支障』を重点として、客観的に論理的に話し合われるのがいいと思います」
「無理矢理でもいいから親の願いを考えてみてください」
「双方ともまずは謝るべきでしょうね」

などのアドバイスも。

一方同じ珍名の持ち主から、「もう少し自分の名前を受け入れたほうが良いと思う。誇りを持て、自信持ちなよ」という激励の意見もあったが、大半は変わった名前で悩んできた人や、日本人の両親からミドルネームをつけられた人のほとんどは、この女子高生の気持ちに共感し、同情する人たちだった。

ツイッターでも1万6000件以上ツイートされているほか、2ちゃんねるの「ニュース速報」板でもスレッドが立ち、話題は拡散。

ツイッターでは「こんな人、増えるんやろね」「ついにDQNネームに悩む子供がネットで発信する時期になったか…」という超えがみられるほか、2ちゃんねるでは「もう少し待てば改名もできるし独り立ちもできるし我慢」「本当に子供が可哀相だ」と同情票が集中している。

記事では「きらきらネーム」などと穏便な表現も紹介していますが俗にDQNネームともいい、それこそ珍○団が「夜露死苦」なんて表現をやたら好むのと同じでこういう名前を見るとああ、そういう家庭で育った人なんだなと警戒レベルがアップするという人もいるようですから、あずかり知らぬ本人にとっては迷惑きわまりない話ですよね。
一昔前にも「悪魔ちゃん騒動」というものがあり、この時は結局役所が受理しなかったことから結局「悪魔」の命名を親があきらめたと言いますが、近ごろではこうした一見して悪意というわけではないものの、一体これはどう読んだらいいのかと迷う子が急増し教室の中にも少なからずいると教員の方々も嘆いているようですね。
一方ではそうした名前は一度覚えられれば滅多に忘れられないという効用があるともいい、また別に親の方も悪意でつけている訳ではないのでしょうが、子供が親と異なった価値観を持つようになってくると何故もっと違う名前をつけてくれなかったのか?と時に考えて見たくもなるのでしょう。
一方で親の方は親の方でまたこんな悩みがあるようで、先日もこういう記事が出ていました。

子どもの名前がネットで批判されていた(2012年5月30日exciteニュース)

子どもの名前をどうするべきか悩む…。親なら必ず経験あることだと思いますが、中には名付けた後で後悔している人もいるようです。教えて!gooには、こんな相談が寄せられていました。

「子どもの名付けに後悔しています…。」

こちらの質問者totoro1423さんは、自分の子どもに付けた名前をネットで何気なく検索してみたところ、「響きがおかしい」「人の子に付ける名前でない」などと書かれているのを発見してショックを受け、「涙が出てきてしまいました。子どもに申し訳ない気持ちでいっぱいです。皆さんに、何か助言をいただければ…と思います」と書き込んでいます。これに対して寄せられたのは…

■いい名前?改名すべき?

いい名前だと思います」(cxe28284さん)

「そんなにおかしい名前ですか?カッコいいじゃないですか」(sinntyannさん)

立派な名前です。響きも良いし、文字のバランスも意味も良い、文句のつけようが無い名前です」(fujitapariさん)

と、たくさんの「いい名前だ」という意見でしたが、中には、

「このままいけば、いじめなどで精神的苦痛を伴う可能性が高い」(nekonynanさん)

改名するのが良いでしょう」(bougainvilleaさん)

という否定的なコメントもありました。

■親は自信を持って子育てを

ネット上には、子どもの名付けに関するさまざまな意見が飛び交っているので、自分や自分の子どもの名前が批判されているのを見てしまうケースもあるかもしれません。しかし、

ネットでの不評をいちいち気にしなくてもいいのでは…。お母さん、疲れていますか?しっかりしてくださいね!」(noda9134さん)

人の意見は、すべて正しいわけじゃありません。(中略)…自信を持って育ててください」(sinntyannさん)

「そうやってあなたがグジグジ涙してることが一番子どもには毒だよ」(dakedakepuruさん)

たしかに子どもの立場から考えれば、親が自分の名付けに後悔しているなんて知ったらびっくりするはずです。コメントにもあるように、親は自信を持って堂々としているべきでしょうね。

「大切なのは、名前がなんであれ、子どもを愛すること。名前は、呼ぶごとに愛着がわくものです。『この名前でよかったのかな』と悩むことも、子どもを愛すればこそ」(cana-chocoさん)

「わたしの子どもの名前も学校で評判になるくらい変わった名前です。校長もすぐに覚えてくれました。本人はぜんぜん気にしていません」(k-a-r-a-p-a-n-aさん)

というように、このQ&Aにはたくさんの励ましの声が寄せられました。質問者さんも、寄せられた回答を見て、マイナス意見ばかりを気にせず「自信を持ち育てていきます」と書き込んでいました。

名前というのは一生残る上に自分ではなく他人につけるものであるだけに非常に難しいところはあるのは確かでしょうが、少なくともこういう記事がこれだけ話題になるくらいにこの風変わりで読みにくい名前というものが一般化してきているということは言えると思います。
読み方の意外性や響きの善し悪し、あるいは悪魔ちゃんのような意味の不適当さという問題はこの際置くとしても、もともと漢字とは表意文字であるために読み方が判らないという問題が発生してしまうのは確かですから、基本的に誰でも読めるものという前提で名前を漢字表記だけで管理することには本来無理があるとは言えそうですね。
名前がただ読みにくいからという理由で忌避され子供が精神的ダメージを受けている、そして社会生活上も何かと不便だというのであれば、何しろ今後もこうしたケースは増えていくと予想されるわけですから、まずは技術的にそれを解消出来ないものかと工夫してみることは大事でしょう。

ただ名前自体に流行廃りがあることは周知の事実で、年配の方々の名前などを見ると何とも微笑ましいと言いますか、当時親が名前に込めた願いがよく判るようなものも多いのですが、今の時代に合わなくなっているからと言ってそうした親の気持ちを馬鹿にする気にはならないものです。
国際結婚した友人なども漢字表記すれば少なからず違和感を感じさせる名前を子供につけたりもしていますし、不肖管理人自身も初見ではまずもって正しく読んでもらえないレアな名前を持っていますが、数限りなくネタにはされてきても劣等感を感じずに済んだのは読んでみれば悪い響きではなかったことと良い意味を持ち合わせていたこと、そして何故その名前なのかということを聞いていたからだと思っています。
世の親御さん達は単に珍しいとかおもしろそうとかいった評価基準で名前を選ぶのではなく、子供に「どうしてこの名前にしたの?」と問われたときに胸を張って説明出来るような名前をつけておけば、深刻な親子げんかになるようなことにはまずならないだろうとも思うのですけどね。

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2012年6月21日 (木)

こちらも逃散相次ぐ介護業界

本題に入る前の余談ですが、先日週刊ダイヤモンドに特定看護師制度に関する記事が掲載されていました。

【参考】「特定看護師」導入が無慈悲な激務に輪をかける?医療ミスの続発も危ぶまれる新制度の“理想と現実”(2012年6月15日週刊ダイヤモンド)

特定看護師制度については当「ぐり研」でも何度か取り上げた通り未だに賛否両論入り乱れていますけれども、とりあえず多くの医師に異論のないところとして看護師を始めとするコメディカルがそれぞれ務めるべき業務をきちんと行える(あるいは、行わせる)ようにしてくれれば一番ありがたいという意見はありそうです。
「注射はセンセイのお仕事ですから」「三時が過ぎましたから指示は受けられません」なんてことを言いつつ年中看護研究(笑)に精出している自称看護師なんて方々も一部方面でいらっしゃるようですけれども、こういう手合いが業界を代表するオピニオンリーダーとして国に賢しげなことを言っているのであればまともな政策など出てくるはずもありません。
コストカットだ、人員削減だと多忙な業務に負われているのはどこの業界でも同じ事で、それだけに仕事の割り振り一つで職場の空気が激変する瞬間というのはしばしば経験しますけれども、特に医療という分野においては各人がそれぞれ専門職としての職域を持っていて、それを非専門職がサポートするというピラミッド構造が成立しています。
より専門性の高い人間ほど数が少ない以上は専門性の低い業務はどんどん下位階層に移譲していく方が組織としての効率性は高まる理屈ですが、これがうまくいかないでスタッフの不満ばかりが高まるという場合には組織内での人員配分から見直していく必要があるのでしょうし、仕えもしない人員をただ診療報酬上の加算目的で大勢抱え込んでいる一部施設の社会的責任も問われるというものでしょう。

ま、余談はそれくらいにしておくとしまして、本日まずは少し前に出ていましたこういう記事を紹介してみましょう。

インドネシアから来日した看護師たち すでに6割以上が帰国(2012年5月26日NEWSポストセブン)

 千葉県香取市にある特別養護老人ホーム「杜の家」。ここは、2008年8月に外国人介護士の第1陣としてインドネシアから来日したスウォト君(29歳)の就労先だ。
 この日の勤務が終わりに近づいた午後4時半、スウォト君が2階フロアの一角の机でノートを開いた。

〈リビング内でウロウロされていることがある。トイレの声かけすると「はい」と言われる。トイレへゆうどう。便多量……〉

 慣れた手つきで、入居者の様子を日誌に記入していく。日本語でボールペンを走らせる速さも日本人と遜色ない

 筆者がスウォト君と初めて会ったのは、来日を2か月後に控えた2008年6月のこと。ジャカルタで取材した彼は、日本語が全くできなかった。それを思えば、4年間で驚くべき進歩である。
 もともと看護師をしていたスウォト君は、日本のアニメ「NARUTO」の大ファンだった。憧れの国で働けるチャンスがあると知り、日本行きを希望した。その理由を当時、彼はこう語っていた。

第1は、お金のため。日本では最低でも月1000万ルピア(約9万円)を稼ぎたい」

 その夢は簡単に叶った。日本で働き始めると、月16万円以上の収入が得られたのだ。インドネシアにいた頃の月収1万円とは大違いである。
 今年1月の国家試験は不合格だった。それでも規定の点数を獲ったことで、来年に再チャレンジする権利を得た。しかし、スウォト君は仕事を辞め、6月に帰国していく。

仕事に疲れました……

 インドネシアにはフィアンセがいるが、仕事の当てはない。日本に残れば、最低でも1年は仕事を続けられる。しかも国家試験に合格すれば彼女を呼び寄せ、日本で永住することも可能なのだ。

「いや、もう日本はいいです。お金がすべてじゃないでしょ?」

 スウォト君にとって、もはや日本は「憧れの国」ではなくなっていた。

仕事面では十分に戦力になっていたのに、残念です」

 「杜の家」の上野興治施設長は肩を落とす。施設側はスウォト君を最大限支援してきた。国家試験の勉強のため、月2回は東京の専門学校へと泊まりがけで派遣した。交通費や宿泊費を含めると、費用は年100万円に上った。そうした投資も無駄になってしまう。
 インドネシアからの第1陣としてスウォト君ら介護士と一緒に来日し、1年早く就労期限を迎えた104人の看護師は、すでに6割以上が帰国してしまった。
 日本に残って国家試験に再チャレンジする者は少数に過ぎない。今年8月までに決断を迫られる介護士の場合も、看護師と同じパターンとなる可能性が高い。

すでに外国人看護師問題についてはさっぱり進んでいないというその状況を何度か取り上げてきたところですが、介護士に関してもほぼ類似の状況が見られ志半ばでの離日が相次いでいる、そしてどうやらその理由として広く言われているように言葉の壁だけではないようだということが判りますよね。
外国人と特定せずとも介護業界の不人気ぶりは広く知られるところで、特に問題なのがまず「仕事がなくとも介護だけはやりたくない」という声が上がるほど失礼ながら業界イメージがよろしくない、そしてそれ以上に深刻なのがせっかく業界に入ってきた人々が「これではやっていけない」と相次いで離職していく現実があるということです。
仕事がきつい割に収入面で報われないという悲しむべき現実は各種職業ランキングでも最底辺付近の常連になっていることでも判りますが、とにかく需要が増えることはあっても減ることは考えられないだけに逃散が増えるほどさらに激務になっていく、そして公定価格ですから市場原理も働かず超売り手市場にも関わらず待遇面では全く改善の傾向がないというのは、医療介護業界全般に共通する問題と言えそうです。
そんな中で同じくインドネシアから来日した介護士の引き起こしたちょっとした事件がニュースになっているのですが、こちらの記事から紹介してみましょう。

<入管法違反>介護で来日、工場で働く インドネシア人摘発(2012年6月15日毎日新聞)

 名古屋入国管理局は14日、経済連携協定(EPA)に基づく介護福祉士候補者として来日したのに、工場で働いていたとして、インドネシア人の女(37)を出入国管理法違反(資格外活動)容疑で摘発し、入管施設に収容したと発表した。強制退去処分とする方針。EPAで来日した介護福祉士や看護師の候補者が同容疑で摘発されるのは全国初という。

 同入管などによると、女は10年8月、介護施設でしか働けない特定活動ビザで沖縄県に入国。同県内の特別養護老人ホームで働いていたが、今年3月からは愛知県高浜市の自動車部品製造工場で働いていた。同入管と愛知県警が一般人からの情報提供を受けて今月7日、工場に立ち入り調査を行い、女が資格外活動であることを確認したという。

 捜査関係者によると、女は特養ホームで月10万円以上の報酬があったという。女は調べに対し「特養ホームは仕事が厳しいし、もらえるお金も思ったより少なかった。友人から月17万円もらえると工場を紹介された」と話しているという。

 女が働いていた特養ホームによると、女はインドネシア政府主催の介護士研修を受けて入国。昨年12月に一時帰国し、今年1月に勤務に戻る予定だったが、行方が分からなくなったという。ホームの教育担当者は「他の候補者と比べて日本語が上達せず、仕事もついていけない部分があり、悩んでいたようだ」と話した。

 ◇福祉士育成、現実の壁

 摘発されたインドネシア人の女は名古屋入管に対し、介護現場の仕事のつらさなどを訴えたという。介護福祉士候補者は施設で働きながら国家試験合格を目指す制度だが、言葉の壁などもあり、合格者は少数だ。今回発覚した不法就労により、人材育成の目的が十分果たされていない実態が浮き彫りになった。

 同制度は08年度にインドネシア人を対象に始まり、09年度にはフィリピン人にも拡大された。自国で看護教育を受けたり、大学もしくは高等教育を受けた人が、自国政府主催の研修を経て「候補者」となる。人手不足にあえぐ日本の介護現場に厳選した人材を送り込む仕組みだ。

 候補者は「特定活動」の在留資格で入国し、日本人と同様、介護施設で3年間働いた後、国家試験を受ける。施設では日本人並みの賃金が支払われる。ただ、在留資格で許される労働は、入国時に決められた介護施設に限定されている。働きながら合格を目指す候補者たちだが、難解な日本語の壁もあり、今年の試験を受けた2カ国95人のうち合格したのは36人で、合格率は37.9%にとどまった

 今回の摘発について、厚生労働省外国人雇用対策課は「国家資格の取得という本来の目的から外れており、遺憾だ。在留資格についてこれまでも候補者に説明してきたが、今後も啓発活動に努める」としている。【山口知、石山絵歩】

そこまで介護は嫌だったのか!と思ってしまうような話なんですが、こうやって来日する人々はもともと本国で相応の教育を受けている「知的エリート」であるだけに、日本の労働環境には我慢がならなかったということなのでしょうか。
もともとこの制度は人材輸出を図りたい各国に対して日本側はさほど受け入れを望んでいなかったものの、貿易不均衡是正という大人の事情と相まって何より現場からとにかくもっと人をという声が強かったことから、試験勉強中の金銭的負担など現場に大いに依存する形で始まったという経緯があります。
客観的に見れば日本人スタッフと比べて就労面ではむしろ優遇されているケースが多いと思いますが、当然ながら同じ業務をこなすにもより多くの時間もかかれば心身のストレスもかさむ、そして正式に資格を取れば今以上にきつい仕事が待っているとなれば、それは外国人ならずともブルーにもなろうと言うものだなと理解は出来ますよね。
こういう話を聞くと何しろ業界全体が悪循環に陥っていることを感じざるをえないのですが、日本人にしろ外国人にしろお金が全てではないと言っても最低限これくらいはという賃金水準はある、そしてより高い給与を求めると言ってもやはりこれは耐えられないという労働環境はあるとすれば、結局はどこまで魅力ある待遇を用意し多くの人材を集め、一人あたりの労働量を減らせるかというところに行き着くしかないでしょう。

介護報酬も改定のたびに雀の涙ほどは値上がりしているとは言え、現状を見ればスタッフを引き留めるほどの魅力あるものになっているとは到底言えない中で、国の決めた水準では現場が回らないというのであれば人が集まる水準とはどのくらいなのかということをまず見極める必要がありそうですよね。
この点で先の震災以降東北地方では各種の特区が申請されていますけれども、同地域では高齢者人口も多く医療・介護需要も高いと考えられるわけですから、例えば公的補助金によって介護スタッフ一人あたり月々幾らで思い切った高額報酬を加算してみるというのも一つの手ではないでしょうか?
よく言われることに医療・介護業界というところはとかくマンパワーが必要なことから人件費率が非常に高く裾野も広大で、公共投資の対象としても実は非常に優れていると言うことですから、何とかの一つ覚えのように万年建設業にばかりお金を落としておくよりはよほど生きた使い道になるんじゃないかと思うのですけどね。
特に近年老親の介護のため退職を強いられる人が増えていて、確かに寝たきりお爺ちゃんお婆ちゃんを自宅で介護すれば月々10万円以上は医療・介護のコストを節約出来ると言いますが、逆に言えば介護をしている家族ごと施設の顧客とスタッフとして組み込んでしまえば隣近所のご老人の面倒もまとめてみられる上にそれだけ月々の稼ぎにもなるということですから、一石二鳥、三鳥の効果も期待出来るというものでしょう。

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2012年6月20日 (水)

この夏計画停電の影響は

停止したままの原発が再稼働するかどうかも長く議論されていますが、長期的なエネルギー政策の行方もさることながらとりあえず目前に迫ったこの夏をどう乗り切るかが非常に重要な時期です。
日本の電力供給は非常に安定した高品質だと定評がありましたが、このところはむしろ停電リスクというものが話題に上るようになってきているのは困ったものですね。

計画停電備え優先業務設定/高松市(2012年6月19日四国新聞)

 今夏の厳しい電力需給に伴って計画停電が実施された場合に備え、高松市は18日、業務に混乱が生じないよう「業務継続計画」をまとめた。防災無線など情報伝達機器やパソコンのデータ保存、エレベーターの閉じ込め防止対策などを優先し、計画停電終了後に対応できる業務は、停電中は行わない

 計画は、業務時間帯の午前8時半から午後5時15分の間に、2時間程度の停電が起こることを想定して設定。各課ごとに停電時に対応する「応急対策業務」と、市民生活上で必要性が高く、停電時でも継続する「継続業務」の計164業務を選定した。

 応急対策業務では、危機管理課が本部体制を敷き、非常用防災無線を自家発電装置で稼働させるほか、ホームページや有線放送などで、市民に具体的な停電時間の周知などを行う。市消防局では、エレベーター内の閉じ込め事故の発生に備え、平常時より処理可能件数を引き上げる

 継続業務では、市民病院などで自家発電装置を活用し、通常通り業務を行うほか、こども園運営課では、園児らへの給食提供を調理時間などを変更して対応する。戸籍や印鑑登録などの窓口業務は、受け付けのみ行う

ちなみに無停電電源装置やノートPCを使っている人はまだしもですが、こういう状況になってきますといつどこで電気が途絶えるか判りませんから、くれぐれも小まめなデータの保存だけは行うようにしておいた方がよさそうです。
先頃は国から関係各社に向けて電球はもう売らないでくれ、これからはLEDに切り替えてくれなんていじましい要請まで出ていましたが、その直後に今度はLED電球が実は額面よりも暗かったなんて記事が出たものですから、国民からすればおいちょっと待ってくれという話ですよね。
そうでなくとも社会全体がこれだけの対応を強いられている状況が続けばいずれ誰だってこれは困るぞと思い始めることでしょうが、電気などエネルギーというものはおよそこれだけは必要だという場所では固定経費を削減するためにも大きな無駄は省かれているもので、それだけに計画停電です、皆で頑張って節電しましょうとなればどうしても産業やインフラ等社会生活上必要な部分に制約が来ることは免れません。
火事だけれども計画停電中だから消防車は出せません、泥棒が入ったけれども警察は出動できませんなんてことはまさかないとは思いますけれども、ある意味でそれと同等以上に困ったことになりそうな話が実際に起こってしまいそうだと懸念されているのが医療業界です。

26病院「代替電源なし」…大阪府が装備要請(2012年6月17日読売新聞)

 大阪府は13日、今夏、電力需給の逼迫(ひっぱく)によって計画停電が行われた場合、府内の病院や社会福祉施設が受ける影響について、調査結果を発表した。

 人工呼吸器など、生命維持に電力を必要とする医療機器を使用しているにもかかわらず、自家発電機やバッテリーなどの代替電源を装備していない病院が26施設に上った。府は各病院に対し、早急な装備を要請した。

 府は5月22日から31日まで、府内の全病院538施設を調査し、485施設から回答があった(回答率90%)。

 自家発電機やバッテリーを装備していなかったのは、回答した病院の5%にあたる26施設。装備済みと回答しても、一部の病棟や医療機器にしか対応していない病院が、414施設(回答した病院の85%)に上った。自家発電機の対応時間が3時間未満と回答した病院も、118施設(同24%)あった。

 病院からは「計画停電すると、救急搬送された患者をMRI(磁気共鳴画像)で検査したり、エレベーターで搬送したりすることができない」などの意見があったという。府は、装備済みと回答した病院にも、装置の点検や燃料の確保を要請。未回答の病院にも今後、対応を求めていく。

 特別養護老人ホームなど社会福祉施設2253施設への調査では、1959施設が回答(回答率87%)。人工呼吸器や酸素吸入器などを常時使用し、代替電源を必要とする入所者は計2624人だった。府は、代替電源を装備していない施設数を調べていないが、いずれの施設も「バッテリーなどで対応する」と答えたという。

 また、在宅で人工呼吸器を使用している患者611人についても調査。バッテリーを保有していない患者は17人いたが、主治医にバッテリー貸与をするよう求め、全ての患者に行き渡ったとしている。

 府はこの日、経済産業省に対して、計画停電から病院や分娩(ぶんべん)施設などを除外するよう求める要請書を提出。松井知事は、定例記者会見で、「生命の危機に直面する人がゼロになるようにしたい」と述べた。(坊美生子)

ご存知のように医療機関というところは電気関係では非常にデリケートな場所で、最近は風向きが変わっているとは言えひと頃は院内では携帯電話使用禁止なんてことが厳重に指示されてきたことをご記憶の皆さんも多いと思いますけれども、とにもかくにも人工呼吸器などがいきなり停まってしまうと困ったことになるだろうなということは誰でも想像出来ることですよね。
病院と言えば自家発電装置くらいは当たり前についているものと誰しも思うでしょうが、実際には案外用意されていない施設も多いことに加えて、古い施設ですと一応あるにはあるが実際に動くかどうかは判らないという怪しい状況にあるケースもかなり多いようです。
これに加えて勘違いされやすいのですけれども、自家発電装置というものはあくまでも非常用に用意されているものですから院内全ての機械に電力を供給するなんて余裕はない(非常用電源のコンセントはそもそも数自体限られています)、すなわちどうしたって普段通りの診療は出来ないということになってしまいます。
そして夏の間停電が続くとなりますと燃料の備蓄も不足してくる上に燃料代をどうするかという問題も発生してきますが、例えば全国的に院内自家発電のモデルケースだと喧伝している島根大病院の例を見てみましょう。

島根大学病院は使用電力の最大52%を自家発電! エコのモデル病院(同院HP)

 島根大学出雲キャンパス(医学部)では2008年から電力使用量3,510kW(空調無し病院単独使用量2,000kW)のうち、中国電力との契約電力は2,040kWで、総必要電力の42%(1,470kW)は国立大初のESCO事業によるオンサイト発電すなわちLNGによる熱電併給システム(Cogeneration)で賄っています
 冷暖房などでピークカットが必要な場合には非常用発電機2号機(重油)を随時運転し720kWを供給しています。この場合最大使用電力4,230kWの52%を自家発電で賄っていることになります。
 Cogenerationにより空調に関しては大幅な節電効果も得られており、重油からLNG切り替えによりCO2大幅削減も達成しています。
 さらに災害等による停電時には非常用自家発電機 1号機(1,200kW)とピークカットに使用している2号機(800kW)を同時使用可能で、備蓄重油で2,000kW送電を最低3日継続可能です。最悪の場合はその後、新棟屋上発電機 300kWで8時間の送電が可能で最低限の手術室やICU機能維持が可能です。

要するに素晴らしい自家発電を備えていると自慢できるような島根大病院ですら使用電力の半分が自家発電でまかなえるに過ぎないというのすから、全国各地にあるごくごく一般的な病院のレベルを想像すると到底診療に影響がないとは言えない水準であることがお判りいただけるでしょうが、これだけの電気を自前で賄うには必ずその元手が必要であるわけです。
近ごろではせっかくの小笠原TSLが採算がとれないと運行しないまま解体されてしまう程に慢性的な燃料代の高騰が続いていますが、別に自家発電をしているからと言って診療報酬に色がつくというわけでもありませんからどうしても病院の持ち出しになるということで、もともと全国一律の公定価格で利益率の低い医療業界としては経営上の影響も懸念しないわけにはいきません。
ようやくこのところ自治体と交渉して優先的に燃料供給をしてもらおうだとか、電力会社にかけあって病院に対しては計画停電の対象外にしてもらおうという動きも出ていますけれども、当然ながらこれらは全ての医療機関が対象ではなく一部の基幹病院などについての話であって、数の上では大多数の中小医療機関は自助努力に励まなければならない理屈です。

院内での診療への影響もさることながら、近所の病院が停電しているともなれば患者も電気の通っている一部大病院に集中することにもなりかねませんから、今から各施設はきちんと起こるべき状況を想定して対応を定めておかないと無用な混乱を招きかねないですね。
患者さんにも協力をいただかないことにはどうしようもない話ですが、とりあえず停電中は不要不急の受診は控えていただく、健診や定期検査等で先送り出来るものは涼しくなってきてからにするなど、いじましい努力を積み重ねていくしかないのでしょうか。

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2012年6月19日 (火)

亀岡事件 危険運転適用は見送りに

無免許運転の少年により亀岡市で悲惨な事故が発生して二ヶ月ほどが経ちましたが、その続報としてこういう記事が出ています。

過失致死傷罪で少年起訴=危険運転罪は適用せず―無免許暴走10人死傷・京都地検(2012年6月18日時事通信)

 京都府亀岡市で小学生の列に暴走した車が突っ込み10人が死傷した事故で、京都地検は17日、自動車運転過失致死傷と道交法違反(無免許運転)の罪で運転していた無職少年(18)を起訴した。
 遺族らは刑罰が重く、故意犯が対象になる危険運転致死傷罪での起訴を求め、意見書や署名を提出していた。
 起訴状によると、少年は4月23日午前8時ごろ、亀岡市篠町篠で、居眠り状態で登校中の小学生ら10人をはね、うち3人を死亡させたとされる。
 少年は同月11日と17日にも無免許運転をしたとして起訴されたため、検察側は併合罪を適用し懲役5年以上10年以下の不定期刑を求刑できる。危険運転致死傷罪の法定刑の上限は懲役20年だが、少年法で不定期刑の上限は同10年と規定されており、最高刑は同じになるという。
 地検は「居眠り運転ではないと判断する証拠はなく、法と証拠に基づいて処分した。故意犯との認定はできなかった」としている。
 少年は同月22日午前4時すぎから事故までの間、同乗者と交代しながら無免許運転を続けた。事故当時、連日の夜遊びで寝不足だった。 

 亀岡暴走事故 遺族ら公判で真相究明へ期待 京都(2012年6月18日産経新聞)より抜粋

■「被害者参加したい」

 「公判では被害者参加したい」。亀岡市で10人が死傷した暴走車事故の遺族と負傷者家族は17日、京都地検による説明会後、記者会見に臨んだ。危険運転致死傷罪での起訴は実現しなかったものの、運転していた無職少年(18)が成人同様の裁判を受けることに対し、心境を語った。
(略)
 遺族らは会見で、危険運転罪適用を求め地検に提出した21万人以上の署名についても触れた。重体の西田琉輝君(6)の父、昌弘さん(48)は「今回は被害者だけでなく市民感覚も背負っている。その点を考慮して検察には公判に臨んでほしい」。松村幸姫さんの兄、中江龍生さん(28)は「裁判では署名してくれた人たちの思いも代弁したい」と訴えた。

 だが、会見後に複雑な胸中を明かす遺族も。小谷真樹さんは「地検は『法律に明記していないことはできない』という言葉を繰り返し使っていた。結局は無理なんやな、という気持ち」。中江美則さんは「弁護士との相談次第だが、訴因変更を求めたい」とあきらめきれない様子で話した。

「捜査には感謝」「過失、納得できぬ」 遺族、地検判断に複雑な思い(2012年6月17日産経ニュース)

 犠牲者の遺族らの願いは「法の壁」に阻まれた。京都府亀岡市の暴走車事故で、自動車運転過失致死傷などの罪で無職少年(18)を起訴した京都地検が17日、京都市内で開いた被害者説明会。新たな捜査結果に対し、危険運転致死傷罪での起訴を望んだ遺族らは「捜査には感謝している」「過失とされたのは納得できない」などと複雑な胸中をのぞかせた。

 地検の説明会は、少年を家裁送致した5月14日に続き2度目。今回は午後1時すぎから約4時間にわたり、地検庁舎(京都市上京区)で非公開で行われた。

 出席者によると、捜査で危険運転罪適用への障壁となったのは、(1)少年が「居眠り運転していた」と供述した(2)少年は無免許運転を繰り返し、運転技能があったとみられる-の2点

 地検は居眠り運転の供述について、遺族らが求めていた後続車の運転者の聴取を新たに実施。さらに衝突直前に少年が出していた速度も再鑑定し、従来の約50キロから約60キロに修正したが、いずれも供述を覆す証拠にはならなかった

 少年の運転技能に関する捜査では、事故直前に立ち寄ったコンビニの駐車場に、車をバックで入れたことを防犯カメラの映像で確認した。供述からも道路標識などの知識を持っていることが分かったという。

 地検は自動車教習所で運転させて技能の有無を確かめようと試みたものの、少年に拒否されて実現しなかったことも明かした。

 こうした捜査に対し、説明会後に記者会見した遺族らからは、一定の理解を示す声が上がった。亡くなった小谷真緒さん(7)の父、真樹さん(29)は「気持ちを理解してよく捜査していただき、感謝している」と話した。

 一方で遺族らは「悔しい」と口をそろえ、亡くなった横山奈緒さん(8)の父、博史さん(37)は「同じような事故を起こさないために危険運転を適用してほしかった」。犠牲となった松村幸(ゆき)姫(ひ)さん(26)の夫、晶(まさ)史(ひと)さん(28)も「21万人以上から署名をいただいたのに…。納得がいかず、混乱している」と語った。

 遺族らは今後、危険運転罪の適用範囲拡大や無免許運転の厳罰化などの法改正を求め、署名活動をしていく方針だ。

まずはお亡くなりになった被害者の方々のご冥福をお祈りいたします。
この事件を巡っては当初から危険運転致死傷罪に当たるのかどうかが非常に注目されており、同罪適用を求めて21万人の署名が集まったというのですから世間の関心の高さも判ろうと言うものですが、結局のところは法律の条文に照らし合わせて同罪での起訴は無理だと判断されたということです。
ご遺族の「危険運転を適用してほしかった」という気持ちも理解は出来るのですが、仮に無理目の起訴を行い無罪判決でも出てしまった日には元も子もないということになってしまいますので、このあたりは無理だと言う専門家の判断を尊重するしかないところでしょうね。
ちなみに危険運転致死傷罪については刑法第208条の2によって規定されていますが、そこにはこのように適用の範囲について記載されています。

(危険運転致死傷)
第208条の2 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。

2 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。

これを解釈してみますと5つのケースに分けられるわけですが、wikipediaから引用してみますと実際に何が適用対象になるのかについてはこんな感じになるのだそうです。

酩酊運転致死傷罪
    アルコール(飲酒)又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為(刑法第208条の2第1項前段)
    本条文における「薬物」とは、麻薬・覚せい剤などの違法な薬物だけでなく、精神安定剤や向精神薬、解熱剤などの市販されている一般用医薬品および処方せん医薬品(薬事法第49条)などが含まれる[1]。
    道路交通法の酒酔い運転罪の規定(同法117条の2第1号)にいう、「正常な運転ができないおそれがある状態」では足りず、現実に前方注視やハンドル、ブレーキ等の操作が困難な状態であることを指す。

制御困難運転致死傷罪
    進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為(刑法第208条の2第1項後段)
    単に速度制限違反であるから成立するものではなく、制限速度をおおむね50km/h以上超えた程度で適用が検討される。

未熟運転致死傷罪
    進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為(刑法第208条の2第1項後段)
    単に無免許運転であるだけでは足らず、運転技能を有していない状態を指す。運転技能を有するが免許が取り消しか停止になっている状態は含まない。免許を一度も取得していなくとも日常的に無免許運転している場合には運転技能有りとみなされ該当しない

妨害運転致死傷罪
    人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為(刑法第208条の2第2項前段)
    何らかの理由により故意に「人又は車の通行を妨害する」目的で行った場合。実際には、過度の煽り行為や、故意の行為による割り込み・幅寄せ・進路変更などが考えられる。
    「重大な交通の危険を生じさせる速度」とは、相手方と接触すれば大きな事故を生ずる速度をいい、20km/h程度でも該当する(最決平成18年3月14日)。

信号無視運転致死傷罪
    赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し(信号無視)、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為(刑法第208条の2第2項後段)
    交差交通が青信号であるのに「殊更に」赤信号を無視した場合に適用され、見落とし、誤認などの過失はもちろん、ただ信号の変わり際(黄信号→赤信号へと変わる瞬間、全赤時間)などに進んだ場合などは含まれない
    「重大な交通の危険を生じさせる速度」については前述と同様である。

見ていただきますと判りますけれども、単に酒を飲んでいたとか速度を出しすぎていたとかいうものではなくて、明白な故意で行った行為や誰が考えても危険だろうという水準にまで至っていなければ同罪の適用はなされないということですよね。
今回のケースで言いますと酩酊運転や妨害運転、信号無視は関係ないとして制御困難運転についてはどうかと言うことですが、事後の検証で当時の速度が50キロから60キロに引き上げられたとは言え、速度制限40キロに対して際立って超過していたとは言えないという判断であるということでしょう(ちなみに今回の事故を受けて現場の制限速度が30キロに引き下げられたのも今後を睨んでのことでしょうか)。
残る一つが最も問題となりそうな未熟運転ですけれども、これまた単に無免許であるというだけでは足りず、到底運転を行うに足りないほどの技量しか持っていないような状況を想定しているということですから、日常的に無免許運転を繰り返していた今回のケースでは難しいと考えられたのでしょうね。
「法律に明記していないことはできない」という検察の方針に対して遺族の側も完全に納得はしないまでも理解はしているということで、今後は法改正を求めてさらに活動を続けていくということですが、そもそもこの危険運転致死傷罪が出来て来た経緯というものをもう一度思い出してみなければならないでしょう。

もともと飲酒運転など際だって悪質な交通事故に対して、単なる過失ではなく故意犯として裁けるようにということで設けられたものですけれども、その契機として数々の悲惨な重大事故があったことからも判るように、遺族を始めとする市民感情を宣撫するという意味が込められていた点は否定出来ないでしょう。
過失か故意かという境界線は主観も混じっていることから非常に曖昧なところがあって、しかも当然ながらこうした罰則の存在を知っている運転手の側も可能な限り過失犯であるかのように振る舞うはずで、例えば今回実際に少年に運転させて技能を確かめるという検察側の意図が拒否されて実現しなかったというのも、こうした点を踏まえての弁護士等の指示によるものだったのではないかと推測されます。
単純に重大事故を起こした運転手は厳罰に処するべきであるということになると基準を切り下げて行けばよいじゃないかという話になるのですが、先のてんかん患者によるクレーン車の事故なども同罪の適用をすべきだと大いに議論になったという事から考えると、あまり基準を切り下げると風邪薬でぼんやりして事故を起こしたとか必ずしも故意とも言い切れない部分がどんどん含まれてしまうとは想像出来ますよね。
ある程度以上車を運転してきた人ならひやっとする瞬間を経験していない方が少数派でしょうが、居眠りで一瞬意識が飛んだ時に電柱に突っ込んでせっかくの車がパーになっただけならともかく、そこに通学途中の小学生の列でもいたらどうなっていたか…と考えると、誰にとってもまんざら他人事とばかりも言えなくなってきてしまいます。

結局のところ被害者や社会がどう納得するかという点と、社会生活が過度に厳しく窮屈なものになりすぎないようにというバランスをどこに求めるかが問題なのでしょうが、現状ではとりあえずかなり抑制的な運用が為されているというのは法改正後の影響を見ている段階としては至って健全なものではあるし、実際にこうして適用の是非が議論になるようなケースも大きなニュースになる程度には稀であるわけです。
被害者感情の持って行きどころがないといった気持ちの問題については単に厳罰化のみで解消を図るよりも他の方策を併用していくことを検討すべきであって、例えば重大事故の被害者に対して特別の救済措置を講じるといった制度の制定を目指していくというのも一つの手だと思います。
今現在議論になっている部分を全て適用になるように法改正をすれば恐らく今度は「これで危険運転になるのか…」と言うケースが出てくるでしょうし、そこまで踏み込むのであれば同罪によって同じような重大事故が減少しただとか悪質運転が改善されたといった、感情以外の部分での客観的データが必要になってくる んじゃないでしょうか。

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2012年6月18日 (月)

精神医療 行政からのアメとムチ?

本日の本題に入る前の余談として、近年心の病と言われるものが増え続けているとは聞いていましたが、こちらも過去最高を更新したという政府発表があったようです。

心の病で労災、最多の325人=「震災」原因が20人―厚労省(2012年6月15日時事ドットコム)

 厚生労働省は15日、仕事上のストレスやショックでうつ病などの精神疾患を発症し、労災認定された人が2011年度は325人と前年度より17人増え、2年連続で過去最多を更新したと発表した。このうち東日本大震災が原因となったのは20人に上った。
 精神疾患での労災申請は、91人増の1272人と3年連続で最多だった。認定された325人のうち、自殺・自殺未遂者は1人増の66人だった。
 認定者の業種は、製造業59人、卸・小売業41人、医療・福祉39人の順。年齢別でみると、30代の112人が最も多く、40代71人、20代69人と続いた。
 原因は「仕事内容・量の大きな変化」52人、「悲惨な事故や災害の体験・目撃」48人、「嫌がらせ、いじめ、暴行」40人の順だった。
 これらのうち、「仕事中に津波にのみ込まれた」「高所で作業中に地震が起きショックを受けた」など東日本大震災が直接の原因となったのは18人に上り、「仕事で被災地に応援に行き、体調を崩した」など間接的な原因も2人いた。 

こちらはあくまでも労災認定が通った人だけを数えたものですからたいしたことがないようにも見えますが、とにもかくにもその増加傾向が非常に目立っているということは各種統計からも明らかで、例えば同じく厚労省の発表によれば鬱病患者は2000年以前まではおおむね40万人程度で横ばいであったものが、近年急激にその数を増やし現在百万人を越えたと言います。
診断の進歩や社会のこうした心の病に対する認識の変化など様々な要因が絡んでいるのでしょうが、ともかく一昔前のような一部の特殊な人々の持つ病気という時代から、今や心の病が糖尿病や高血圧などと同様に国民誰しも罹患し得る身近な病気になってきたとも言えそうですよね。
身体疾患にしても一昔前はうっかり肝炎でも見つけようものなら「職場にだけは知らせないでくれ」と患者から頼み込まれるケースも少なからずあったようですが、今は診断や治療が進歩し以前ほど忌避されることもなくなってきたように、心の病と言われるものについても今後身近になるにつれ次第に無知や偏見が解消され、状態に応じた適正な対応を社会が身につけていく時期になってきたのかも知れません。
そんな中で政府がこのところ相次いで心の病関連の対策を打ち出してきたというのが注目されるのですが、まずはこういう記事を紹介してみましょう。

精神障害者の雇用義務化へ 厚労省方針、社会進出促す(2012年6月14日朝日新聞)

 厚生労働省は、新たに精神障害者の採用を企業に義務づける方針を固めた。身体障害者に加え、知的障害者の雇用を義務化した1997年以来の対象拡大になる。障害者の社会進出をさらに促す狙いだ。企業に達成が義務づけられている障害者雇用率は、上がることになりそうだ。

 専門家による研究会で、近く報告書をまとめる。今秋から労働政策審議会で議論し、来年にも障害者雇用促進法の改正案を通常国会に提出する。企業だけでなく、国や地方公共団体などにも義務づける

 障害者雇用促進法は企業などに、全従業員にしめる障害者の割合を国が定める障害者雇用率以上にするよう義務づけている。障害者の範囲は身体、知的に限られていたが、そううつ病や統合失調症などの精神障害者を加える

先日のてんかん患者における重大交通事故の際にも議論になったことですが、精神疾患などある種の疾患では治療薬そのものも中枢神経系に作用する結果、疾患がコントロールされていたとしても飲酒状態と同様に運転や機械の扱いなどにおいて一定の注意が必要なのではないかという懸念はあります(添付文書にも記載されている=何かあれば法廷も採用するだろうと言うことです)。
そうした事実をふまえた上でも当然ながら出来る仕事は幾らでも世の中にあるわけですから、出来ることを出来ないかのように扱って不当に差別するということのないよう、一定の法的対応を当座の処置として行っていくという必要性はある程度理解出来るところでしょう。
ただこの時期になってこういうことを言い出した理由が何なのかということも気になっているのですが、表向きに見れば前述のように近年心の病というものが非常に増加傾向にある中で、そうした患者が不当な差別を被ることのないように配慮しなければならないという考え方から来ているものとも理解出来ます。
ただ一方では近年心の病が急増していることの背景として、果たして実際に患者がそれほどに増えているのか?という疑問も実感として言われてきたわけですが、どうも場合によってはこうした企業への義務づけがある種の利権や逆差別に結びつきかねないという危惧もあるようなのですね。

例えばこのところの生保不正受給騒動ですっかり有名になりましたけれども、生保需給を容易にするためにまず手近な医療機関で鬱病なりの診断を受けて精神障害者保健福祉手帳(障害者手帳)をもらう、そしてこれを手がかりに障害者だからという名目で生保を受給するというテクニックが一般的に用いられていることが知られるようになりました。
現在用いられている鬱病の診断基準を見ていただいても非常に主観的な症状によって診断が下され得るものだということがお判りいただけるかと思いますし、そもそも現代人の半数は何らかの精神疾患の診断がつくなんてことを言う精神科の先生もいるくらいですから、ましてや患者側がその気になって無防備な善意の第三者である医師を利用する気になれば何とでもなるだろうと言うものですよね。
企業に障害者枠というものが設けられればこの就職難ですから当然そこを狙ってという人も出てくるでしょうし、企業側にしても見た目明らかにこれは…と思うような人よりも一見してそうと判らないような詐病紛いの人の方が雇いやすいでしょうから、下手をすると制度本来の目的を離れた運用に陥ってしまう可能性も否定出来ません。
それでもこうした制度を作っておけば少なくともある程度は本来のターゲットに対する雇用促進にもなるだろうとは思うのですが、こうしたアメと同時にムチとも言える話も出てきているとなりますと患者団体としても言いたいことが出てきそうですよね。

精神障害者の強制入院で見直し案=家族の同意不要に―厚労省検討チーム2012年6月14日時事通信)

 厚生労働省の有識者検討チームは14日、精神障害者の強制入院制度の見直し案をまとめた。家族と患者の関係悪化などを防ぐため、強制入院への「保護者」の同意を不必要とし、医師の診察だけで入院させられるようにする。家族の負担軽減が狙いだ。今後、現行法の改正や新法制定を検討し、来年の通常国会への提出を目指す。
 現行制度では、症状の自覚のない精神障害者を強制的に入院させるには、必要な医療を受けさせたり、財産を守ったりする保護者の同意と、精神保健指定医の診察が必要。ただ、ほとんどの場合、保護者は家族が務めるが、「入院に同意したことで患者との関係が悪化する」などの問題点があり、改善が求められていた。 

表向き「家族と患者の関係悪化などを防ぐため」と言い、実際にそうした目的で運用されることも当然あるのでしょうけれども、医師の診察だけで強制入院を決定できるという制度変更が非常に応用が利き、社会的にも少なからぬ影響を持つだろうということは容易に想像出来ますよね。
当然ながらこちらは詐病などではない本物の患者さんを対象にしたものであるのでしょうが、以前からこの精神障害者の入院ということに関して非常に議論が分かれていて、一方では当然ながら患者の権利を制限するなどケシカラン人権侵害じゃないかという声があり、他方では本当に危険な患者を入院させることも出来ないのでは危なくて外も歩けないという素朴な声もあるわけですね。
例えば精神科に入院中の患者が外出中に殺人事件を起こした、被害者の遺族が外出を許可した病院を民事訴訟に訴えたという「いわき病院事件」などは医療に限らず司法の面からも非常に重いテーマを投げかけたものだと話題になりましたが、重大事件を起こしても心神喪失だからと罪に問われないような人間が一方的に権利だけ擁護されるのはどうかという意見は社会に根強いようです。
昨今では「もし誰か殺したいと思ったら、まず精神科を受診してカルテをつくっておけ」なんてことが冗談交じりで言われるような時代で、ましてや医学的に心の病とされている人々が急増していると政府自身が公に認めてしまっているわけですから、それならそれで何かしらの対策を強化せよと言う声が上がってくるのも不思議なことではありません。

そう考えるとあるいは同時期に出てきたこのアメとムチのような話、あるいはムチの方の議論が先にあって、それに対する反発をなだめる意味でアメの方がセットで用意されたのか?などと邪推してしまいそうにもなるのですが、もちろん実際には厚労省内でも別な部署から出てきているようですから少なくとも公式には別に連動した話でもなんでもないのでしょう。
ただ一方では社会的に根強い差別意識が残っている(少なくとも患者側からはそのように感じられている)という現実があり、他方では病気ですら現世利益のために利用しようと考える人達もいるという時代にあって、単純に医学的妥当性だとか社会正義の実現といった耳障りのいい話だけで議論をまとめていくわけにはいかないんじゃないかとは言えそうですよね。
世の中これだけ不景気も続きワープア化が進んでくると、先日の生保問題にも見られるように一部の人間が不当に特権を行使している、なんてイメージが広まるとその反発ももの凄いものになってきていますから、差別を解消するための政策が新たな反発を招くなんてことのないようにお上にも慎重な対応をお願いしたいものです。

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2012年6月17日 (日)

今日のぐり:「あかり」

先日中国でこういうニュースが出ていたのですが、ご覧になりましたでしょうか。

街のシンボルに敬意 工事現場の全裸女神像に「ブラジャー」=中国(2012年6月12日サーチナ)

  中国四川省南充市で、街のシンボルとなっている全裸の女神像付近で道路工事を行う際、胸を赤い布で覆う「配慮」が工事関係者によってなされた。中国新聞社が12日伝えた。

  11日午後、同市主城区にある人民路のトンネル工事現場にたたずむ「嘉陵江女神」像の胸部に赤い布が巻かれているのを住民らが発見した。工事関係者に事情を尋ねると「女神へのリスペクトを示すために、胸に赤い布を巻いた」との回答があった。

  「嘉陵江女神」像は「絲綢女神」とともに同市の繁華街に設置された、市民にとってシンボリックな建造物だという。トンネル工事のために市内の別の場所に移転される予定だが、一部市民からは反対の声も出るほど、親しまれていたようだ。(編集担当:柳川俊之)

むしろ共産主義独裁国家でこういう裸像が存在していた事の方が驚くのですが、ともかくこれはこれで悪くない配慮ですよね。
というわけでこれだけであればほのぼのとも言えるようなニュースなんですが、実はこの後日談があります。

胸隠してもらった女神像、移転中にラリアット食らい台無しに=中国(2012年6月14日サーチナ)

  中国・四川省南充市で13日未明、「市民のシンボル」として親しまれ、道路工事のために移転作業中だった女神像に街路樹が引っ掛かり像が転倒、首や腕が折れる「惨事」が発生した。新民網が伝えた。

  女神像は約30年前に市の中心部に建てられたもので、市のシンボルとして多くの市民から親しまれてきた。このたび、付近の道路にトンネルを掘ることとなり、別の場所に移転が決定。先日、工事に際して工事関係者が「女神に敬意を表するため」として全裸だった女神像の胸部に赤い布を巻きつけたことが話題となっていた。

  13日未明、重さ57トン、高さ6.5メートルの女神像は、市民らが見送る中大型トレーラに乗ってゆっくりと移動を始めた。市内の川沿いまで運ぶ途中、固定されていなかった女神像は横に飛び出た街路樹に引っ掛かって転倒、「胸から上が折れ、頭は下に転落、腕は多数脱臼」(目撃者談)する「大けが」を負った。

  移動に際して障害物のない万全なルートを選んだという業者は「道の両側を確認しながら進んだが、太い木が横から出ているとは。葉っぱに隠れていて、まったく気づかなかった」と釈明した。業者は直ちに女神の「残骸」を回収して倉庫に安置するとともに、修復費用約300万円を全額負担することを表明した。

  なお、女神像の制作者は「大したことはない。1週間もあれば回復するだろう」と語り、修復作業のために現地入りしたという。(編集担当:柳川俊之)

なんともはや、見事にオチがついたものだと驚くような次第ですけれども、このあたりの仕事ぶりがなんともはや中国流ということなんでしょうか。
今日はこのところナチュラルにネタソースとして大活躍しているというこの中国という国から驚くようなニュースを取り上げてみたいと思いますが、まずはこちらからいってみましょう。

自然に返そうと……ヘビ数千匹を放ち、村じゅう大パニック=中国(2012年6月5日サーチナ)

  中国河北省の村で1日、北京市からやってきた男女が数千匹のヘビを野外に放った。村はパニックに陥り、ヘビと格闘する日々が続いているという。中国新聞社が伝えた。

  現地時間1日正午ごろ、大量のヘビが地面を這(は)っているのを道路工事の労働者が発見。村人が駆けつけると、村内の川辺で男女十数名が発布スチロールやポリ袋を片付けていたため、問いただすと「ヘビ500キログラム、数千匹を放した」と語った。

  晴れて「自由の身」となったヘビは続々と山へ登っていったが、ヘビを放した場所が住宅地域に近かったために一部が民家に侵入し、村内はパニックに。村民は警察に通報するとともに、農作業を放り出してヘビ退治を始めた。

  男女らによると、北京市内の市場で売られていたヘビを買い取って野生に放したが、何のヘビか、毒があるかは分からないという。現地の公安当局は、無許可で大量のヘビを野生に返す行為が「陸生野生動物保護実施条例」に反するとして説教をし、男女らは当局の調停によって村民に50万円を支払った。

  村では3日午前までにヘビ数百匹を退治したという。(編集担当:柳川俊之)

こういうのも動物愛護精神ということなのかも知れませんが、それにしても世間の迷惑を考えろと言うべきか、あるいは中国らしくフレッシュな食材を多数提供したと見るべきなのか、何とも評価は分かれるところですよね。
こちら同じく動物絡みの話題ですけれども、実際に遭遇してみれば誰もが思わず二度見してしまわずにはいられないだろうというびっくりニュースです。

男性がトラを連れて散歩、ペットか―吉林省吉林市(2012年6月14日レコードチャイナ)

2012年6月13日、新文化報によると、吉林省第2の都市・吉林市で男性が2頭のトラを連れて市街地を散歩しているところが目撃された。男性が何者かは不明。

【その他の写真】

吉林市に住むある市民は、男性が連れている動物を見て「一体何だ、トラにそっくりじゃないか!」と驚いて思わず避けた。少し離れた場所から見ていた別のある市民は、男性が連れている黄色に黒いしま模様の動物は猫か何かだろうと思ったが、それがトラだと気づいて驚き、急いでその場から離れたという。

男性が連れていたトラは生まれて間もない赤ちゃんトラらしく、殺傷力や危険性はまだないと思われるが、記事は「トラを連れて市街地を散歩するのは不適当だ」としている。(翻訳・編集/岡田)

いや、トラにそっくりなのではなくまさしくトラそのものなんですが、しかしトラに街中を歩かせるのが「不適当だ」で済んでしまうという社会もなかなかすてきではないかという気もします。
中国の中でも特に香港に近いあたりでは家電製品の密輸がしばしばニュースになりますが、妙なところで話題になってしまったというのがこちらの密輸人のケースです。

「1万元出してもいい!?」女子中学生がiPhone4Sを密輸 驚くべき手段とは?(2012年5月7日日刊サイゾー)

 4月20日、香港との境界線上にある中国広東省深セン市羅湖の税関で、香港国籍の女子中学生が密輸の疑いで逮捕された。彼女は、30台に及ぶiPhone4Sを中学校の制服のスカートの内部に隠し、香港から中国大陸に持ち込もうとしたのだ。彼女は制服姿だったにもかかわらずカバンを持たず、挙動も不振だったことから税関職員による身体検査を受け、密輸が発覚したという。

 その後の調べで彼女は、母親に指示されて犯行に及んだことが明らかとなった。さらに母親は、中国国内の販売業者から1台につき約250円の報酬で、“運び屋”となることを持ちかけられていたという。

 中国では、iPhone4Sをはじめとするアップル社製品は品薄状態が続いており、さらに課せられる税率も高いことから、税関をすり抜けて持ち込まれた密輸品が多数販売されている。

 ちなみに、彼女が密輸しようとしたiPhone4Sは、すべて当局に没収されることとなった。ところが、報道された彼女の写真が美少女風であったことや、ス カートの内部に隠してという密輸手段がネット上で話題となり、没収品を熱望する声も上がっている。

 中国版Twitterの「微博」に書き込まれたツイートを見ると、「われら人民のために、iPhone4Sを持ち込もうとしてくれた彼女は女神だ!」と、彼女を賞賛するものもあるが、「あそこのボーダーは混雑するから、1時間近くは彼女のスカートの中にあったに違いない。当局は没収品を放出すべき」といった不埒ものがほとんど。さらに「1万元(約13万円)出してもいい」などと、“プレミア価格”まで付き始める始末である……。(文=牧野源)

リンク先には当局に取り調べを受けているらしい件の少女の写真も掲載されていますが、役得とも言うべき役人の手つきがなんともケシカラ…いやいや、ともかく密輸の横行は困ったことですね。
中学生にしてこの水準ですからこれがもっと上の学年になればどうなるのかと心配しておりましたら、期待に違わないと話題なのがこちらの大学生達です。

後ろ、後ろ! 学校が火事で燃えながらもちゃっかり卒業写真を撮った中国の学生たちが話題に(2012年5月31日ロケットニュース24)

上の写真を見て、勘違いされた方もいると思うので、最初に言っておきたいが、ここに写っている学生たちは「学校が燃えていること」に対して喜んでいるのではない。「自分たちが卒業したこと」に対して、喜んでいるのだ。

現地時間5月25日、中国・遼寧省にある大連理工大学で卒業式が行われた。しかし不運にも時同じくして、学校の倉庫から火の手が上がり、学生たちは避難しなければならない事態に。しかし学生たちは、学生時代の思い出に欠かせない大切なアレを忘れなかった。

そう、卒業写真である。彼らはドス黒い煙をバックに、皆で帽子を宙に投げ、それはもう楽しそうな卒業写真を撮影した。この写真がインターネットにアップされると、またたく間に広がり、大きな話題となったという。

この写真を撮った学生たちは撮影後近くのホテルに避難し、火もケガ人が出ないまま無事に消されたのだが、学校の職員たちはその卒業写真をよく思わなかった。

職員たちはこの写真に対抗するかのように、ホースを使って必死に消火活動を行っている学生たちの写真を学校のウェブサイトにアップし、あるネットユーザーからは、「これが学生のあるべき姿だ。学生たちは、決して自分たちの学校倒壊を喜ぶべきではない」というコメントも寄せられた。

言うまでもないと思うが、卒業式の日に学校が火事になった際は、すみやかに避難するか、もしくは可能なら消火活動に協力するよう心がけよう!

ドリフかよ!というその状況はリンク先の写真を参照いただきたいと思いますけれども、しかし確かに学校が燃えてくれればうれしいという学生も世の中少なからずいるのかも知れず、ですけどね…
中国は日本以上の役人天国だとは昔からの伝統ですが、こちら幾ら何でももうちょっとまともな仕事をしろよと言いたくなるようなニュースも飛び出しています。

【ねつ造】 またまた中国で行政の視察写真が堂々ねつ造! 中国人「雑すぎて笑った」(2012年5月24日ロケットニュース24)

以前、本誌では中国行政が行ってもいない視察について写真をねつ造、市民から批判を浴びた件をお伝えした。

これでもう懲りたかと思いきや、またまた新たな視察ねつ造写真が掲載され話題となっている。やはり素人目でもわかる雑なコラージュ。中国人も「雑すぎて笑った」と呆れ顔だ。

浙江省杭州市のある地方自治体の公式サイトだ。各建設企業のトップが視察に来たときのものだというが、写真をよく見てほしい。

うまく草の陰に隠したつもりだろうが、光のあたり方、影、背景との縮尺の違いなど明らかに不自然。誰がどう見ても複数の写真をコラージュしたものだ。すぐさま指摘が入り炎上した。

これを受け自治体は画像を削除、謝罪文を掲載した。謝罪文によると当日、視察は行われたが、写真がきれいに撮れなかったため画像加工をしたそうだ。視察自体がねつ造という噂については否定。また「アルバイトスタッフのミスです。各企業の方とは一切関係ありません」と企業のトップをフォローした。

これについて市民は

「『アルバイトスタッフがやりました』キターーーー!!」
「アルバイトスタッフは上からの指示がないとこんなことしないでしょ」
「結局、加工してんじゃん」
「雑すぎて笑った」
「視察写真はみんなこうなんでしょ」
「市民をバカにしすぎ! 騙せるとでも思ったの!?」

と批判。また

「マジで浮いてる(笑)」
「ハイテクすぎて笑った」
「浮いたり消えたりできないとトップにはなれないらしいぞ」
「さすがですねッ」
「エラい人はいつも正しいのだ!」

などと、皮肉たっぷりのコメントも見受けられる。

写真とは「真実を写す」と書く。そして報告とは、ありのままの事実・経過を述べることだ。どちらも格好をつけるためパフォーマンスではない。よく中国人はメンツを重んじるというが、こんないい加減なようでは大切なメンツが丸つぶれなのは言うまでもないだろう。

どのくらいの捏造なのかはリンク先の写真を参照いただきたいと思いますが、いや幾ら何でももう少し何と言うのでしょう、ちゃんとした仕事をしてくれないと困るというものなのですが…
まだこのあたりですとしょせんは写真一枚と強弁することが出来ますが、いい加減な仕事ぶりもここまで来るといっそ前衛芸術?とも言い出しかねないようなびっくりニュースがこちらです。

折れた電柱をテープで固定 応急処置か(2012年6月15日大紀元)

【大紀元日本6月15日】二つに折れたコンクリートの電柱をテープで固定して引き続き使用。にわかに信じがたいと思うのだが、中国のウェブ上で現場写真が公開されている。

 写真が公開されたのは12日夜。情報提供者によると、この問題の電柱は広西省桂林市にあり、随分まえから応急処置のまま現場に設置されている。テープには「中国電信(China Telecom)桂林長途伝輸局」の文字がある。

 一日足らずで関連の写真情報は3万回以上転載され、さすがに中国最大の有線電気通信事業者である「中国電信」の関係者がこのことに気づいた。13日、ある職員は自身のミニ・ブログで事実関係を認め、現場は桂林市の川山公園内、中国電信と公園側が修理費用の額について意見が対立したため、応急措置としてワイヤとテープで電柱を固定したと説明、双方が協議を急ぎ、早急に電柱を取り替えると釈明した。

 同中国電信桂林長途伝輸分局の関係者は中国メディアの取材に対して、通常では電柱が折れたら交換する。交換できない場合は、ワイヤで縛って補強すると説明、「専用テープを貼るのはただ注意を呼びかけるため」という。

 同関係者は取材で、「この電柱は倒れるはずがない。通信への影響もない」とも述べた。

最後の関係者のコメントを読んでなんだ、しょせん大袈裟に騒いでいるだけなんだろう?なんて思った方はリンク先の写真を是非参照いただきたいと思いますが、この状況を「専用テープを貼るのはただ注意を呼びかけるため」で「この電柱は倒れるはずがない。通信への影響もない」で済んでしまうことにこそ驚きますね。
こうした国であるからこそ否が応でも期待が高まるというのがこちらのニュースですが、まずは黙って記事を紹介いたしましょう。

中国が30階建ての高層ビルを360時間(15日)で建設! M9.0にも耐えるアル(2012年5月17日ガジェット通信)

建物がちょっとしたことで壊れることで有名な中国。中にゴミが交じっていた橋や、またはビルの半分が倒壊してもまだ住もうとする人々。日本では考えられないことだが、そんな中国がまたも凄いことを成し遂げた。

なんと30階建ての高層ビルを360時間(15日)で建設したというのだ。中国の湖南省に作られたこのビルは子供のブロックのように積み上げるだけという簡単な工程でできているという。いわゆるプレハブを積み上げているような物だ。

個々の個所はモジュール化されており、あとはそれを積み上げるだけの段階だという。溶接もなしでボルトで締めるだけという簡単作業。そんな簡単作業にて建設された30階建てのビルが上記の画像だ。簡単作業ながらもM9.0に耐えることのできる耐震構造になっているほか、全室防音にもなっているという。このビルはホテルやカフェテリアとして利用される予定だとか。

早く建てるのは良いのだが、安全性を確保してほしいという人ももちろんいるはず。日本のネットユーザーは「基礎はしっかりしているのか」「巨大なプレハブにしか見えない、お世辞にもビルとは」「イナバの物置の方が丈夫そうだな」「こわすぎ」と言う書き込みをしている。

中国はビルの倒壊が数多いため、今回のビル建設も“手抜き”なのではという意見が挙がっているようだ。

過去にも似たような事例があり、6日間で15階建てのビルを建設したことがあった。そのときの動画が下記のものだ。万里の長城を作った中国なら大丈夫だよね?

ちなみに高層ビルというものは200mを越えたあたりから全く違う力学が作用してくるのだそうですが、中国と言えば何故か地震でもないのに突然ビルが崩れ落ちてしまうという不思議な伝統を誇る建築学の最先端国家ですから、これは嫌が応にも期待が高まろうというものですよね。
中国と言えば先日もひき逃げされた子供を周囲の人々が華麗にスルーしていった事件が話題になりましたが、そんな中国でもこんな心温まる人情話があるというのですから人間捨てたものではありませんよね。

侵入先で被害者を救った強盗、苦しむ女性に薬を飲ませて救急車手配。(2012年5月18日ナリナリドットコム)

中国で先日、凶器を持ってマンションの一室に侵入した強盗が、突如心臓発作を起こした被害者を救うという出来事が報じられた。強盗は被害者に薬を与えるとともに救急車を呼び、その場を後にしたという。

中国メディア銭報網などによると、この出来事は5月4日、山東省棗庄市でのこと。同日の午後3時ごろ、周という名の強盗は滕州駅近くのショッピングモール地下駐車場で目撃した女性を“ターゲット”に定め、ずっと後を付けて住居を確認。午後9時過ぎに女性が外出しようとしたところを刃物で脅して自宅に侵入し、女性の顔にシーツを被せてベッドに縛りつけた。

周は室内を物色。洋服ダンスなどから1,000元(約1万2,500円)の現金、アクセサリー、ケータイなど合計7,000元(約8万7,500円)相当の金品を盗んだ。

しかし、そこで周が想像もしていなかった事態が起こる。これまで大人しくしていた女性の呼吸が乱れはじめ、苦しそうな様子を見せたかと思うと、周に「薬を取ってください」と懇願。女性は心臓病を患っており、薬はその発作を抑えるものだった。

周は女性の懇願を受け入れて薬を手渡すとともに、救急車を手配。そして、「お姉さん申し訳ない。私はただお金が必要なだけなんです」との言葉を残して去った。

この一件は周にわずかに“良心”が残されていたとも取れる事件だったが、現場から逃走した周はその後も犯罪を続け、最終的には御用となった。警察の取り調べによると、周は小学校卒業後仕事が見つからず金に困り、今年から犯罪に手を染めるようになったとのこと。犯罪をするたびに「これを最後に」と自分に言い聞かせたそうだが、誘惑には勝てず、結局何度も犯罪を行ってしまったと供述しているという。

って泥棒かいっ!と思わず突っ込んでしまいますけれども、中国では犯罪者の方がまともなのかと考えると何ともこれはorzな話ではないでしょうか。
それにしても一見するとひどく人道的な強盗のようにも見えるのですけれども、完全先払い制の中国の救急・医療事情を考えて見ますと有り金全部持って行かれたこの女性、救急車に乗せてももらえなければ病院で治療もしてもらえなかった可能性が高そうなんですが…

今日のぐり:「あかり」

博多で修行した女性店主が本格的な長浜ラーメンを出すと評判だったのがこちら「あかり」ですけれども、代替わりした頃から行くたびに毎回スープが変わっているような状態で何かしら迷走しているようにも思えたせいか、ひと頃のようには噂を聞かなくなったのは残念ですよね。
この日は久しぶりの訪問ということになったのですが、心なしか以前のような店内に一歩足を踏み入れた途端に来るほどの強烈な豚骨臭が感じられなくなったでしょうか、それに加えて休日の昼とは言え?意外と言いますか、小さな子供連れの若い奥さん達がたくさんいたのには驚きました。
それだけ客層に配慮してラーメンを変えてきているということなのかも知れませんが、もはやここまで来ると少々のマイナーチェンジくらいではこちらもいちいち驚きません(笑)。

この日はネギラーメンを注文しましたが、長浜ラーメンらしくとにかく出てくるのが早いのは良いですし、きっちり硬めに茹で上げられた極細麺に加えスープもようやく安定してきたようで臭みもほどよく抑えられていて、豚骨ラーメンとしては非常に王道的な仕上がりになっていると思います。
しかしこういう豚骨系と言いますとなんとなく汗臭い野郎向けのラーメンという印象があるんですが、前述のような客層の変化にも見られるようにすでに豚骨ラーメンも全国に出回って久しく、この独特の風味も違和感なく普通に食べている世代が増えているということなんですかね。
もともと水準はクリアしていたチャーシューなどは以前と変わらない感じですしトッピングのネギの刻み加減も頃合いなんですが、ネギラーメンに限らずこういう客層でしたらレンゲくらいは常備しておいた方がよかったかも知れませんね。

それにしてもこの倉敷市西部地域のラーメン屋は「あかり」と「にぼし家」そして「劉備」が表御三家とも言われそれぞれ特徴のあるラーメンで人気を集めているのだそうですが、特に近隣で人気を二分しているはずの「にぼし家」の相も変わらずの野盛況ぶりと比べると、こちらの方は一頃ほどの大混雑という感じでもなくなったようには思えますね。
味の方はこのレベルが安定的に維持出来るのでしたら十分満足できそうな仕上がりですし、食べる側としてはこれくらいの程よく埋まっているくらいの方が落ち着いて食べられていい感じではあるのですが、もともとラーメンの相場が安めで安定している地域であるだけに、経営的な面ではどうなのかと少しばかり気にはなります。
もっともコンパクトな店内であちらよりも少人数のスタッフで回せるようですし、こういうラーメンの性質上顧客の回転も速いのでしょうから利益率はしっかり確保出来ているのかも知れませんが、何にしろ同じく豚骨ラーメンの名店として鳴らした岡山市内某店のように急に不定期の休みが増えるというようなことのないよう、遠くからわざわざやってくる顧客のためにも安定した営業をしていただきたいと思います。

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2012年6月16日 (土)

国内初 6歳以下からの脳死臓器移植

改正臓器移植法施行により今回初めて6歳未満の脳死判定が行われ、心臓他の移植手術が行われることになったと大いに話題になっています。

6歳未満初の脳死判定、臓器提供へ 両親「息子を誇りに思う」(2012年6月15日FNNニュース)

富山県の病院で、低酸素性脳症の6歳未満の男の子が脳死と判定された。判定基準がより厳しい6歳未満の脳死判定は初めてで、15日、臓器の提供と移植手術が行われることになった。
男の子の両親は14日夜、「このようなことを成しとげる息子を誇りに思っています」とのコメントを発表した。

14日午後7時、日本臓器移植ネットワークが会見を行った。
日本臓器移植ネットワークの芦刈 淳太郎医療本部長は「ドナー(提供者)の方の年齢ですが、6歳未満であります。性別は男児であります。原疾患ですが、低酸素性脳症であります」と話した。
富山県の富山大学付属病院で治療していた6歳未満の男の子が、14日午後2時すぎ、法的に脳死と判定され、臓器の移植に向けた準備が進んでいる。
臓器移植ネットワークによれば、男の子の家族には、1週間前の7日に、医師から病状が重篤との説明があり、その後、家族から臓器提供の要望があったという。
男児の家族は「本日、息子は私たちのもとから遠くへ飛び立っていきました。このことは私たちにとって大変悲しいことではありますが、大きな希望を残してくれました。息子が誰かの体の一部となって、長く生きてくれるのではないかと。そして、このようなことを成しとげる息子を誇りに思っています」とのコメントを発表した。

2010年7月、臓器移植法が改正されたことで、15歳未満でも家族の承諾があれば、臓器提供が可能になった
この結果、2011年4月には、10代前半の少年から、脳死判定ののち臓器提供と移植が行われている。
しかし、6歳未満の子どもについては、回復力が強いとされる。
2回の脳死判定は、24時間以上空けて行われる厳しいものになっており、今回は、この基準で初めて脳死と判断されたケースとなった。
日本臓器移植ネットワークの芦刈 淳太郎医療本部長は「ご家族による承諾臓器ですが、心臓、肺、肝臓、すい臓、腎臓、小腸、眼球であります」と語った。
摘出手術を15日に控え、国内初となる6歳未満の脳死移植は、さまざまな思いで受け止められている。

重い心臓病のため、2010年、カナダへ渡って心臓移植手術を受けた古家菜沙(なずな)ちゃん(9)。
これまでの治療で片腕を失ったものの、今は元気に学校へ通っている。
臓器提供を受ける立場として、母・美穂さんは、14日のニュースを複雑な気持ちで受け止めたという。
美穂さんは「ご両親に対しては、本当に敬意というか、やっぱりすごい決断をしていただいたことは、本当に、わたしたち患者にとっては、本当に救いの手だと思っているので、よく決断していただけたなっていう」と話した。

一方、1997年に娘・真理さん(当時21)が交通事故で脳死となり、臓器を提供した山口省一さん(62)は、自身の経験から、少年の家族に対する心のケアが重要だと訴える。
山口省一さんは「一部だけでもいいから、人様の体を変えてでもいいから(わが子を)生かしたい。それがほとんどの、その移植提供者の方の本音ですね。このあとが非常に苦しい思いをされるんじゃないかなというふうに思います。『本当によかったのか』と、そういう葛藤がこれから出てくると思います」と話した。

臓器移植のあり方を研究する東京海洋大学大学院生命倫理学の小松美彦教授は、子どもの救急医療体制が置き去りにされてきたと指摘する。
小松美彦教授は「脳死状態にならないような救急医療、救命医療の徹底。これを日本は拡充しなければならないと思っています。脳死状態になったお子さんも、それから臓器移植を待ってるお子さんも、両方とも救うような医療に、大きく医療にシフトしていかなければならないと思ってます」と述べた。
日本は、1歳から4歳までの死亡率が、先進14カ国の中でワースト2位となっている。
国は、子ども専門の救命救急施設「PICU(小児集中治療室)」について、診療報酬を加算するなど、2012年度から対策をスタートさせたばかり。

改正臓器移植法の施行からまもなく2年。
課題を抱えながら、子どもの移植医療は大きく動こうとしている。

「小児の移植、大きな意義」佐野俊二岡山大教授(2012年6月14日産経ニュース)

 世界的な小児心臓外科医で岡山大学の佐野俊二教授(60)は「過去の小児の脳死移植は10代であり、今回は本当の意味での小児の脳死移植となった。大きな意義がある」と評価する。

 その上で「移植を待つには補助人工心臓が必要だが、国内では体重20キロ未満の患者が安全に使える補助人工心臓は承認されていない。このため、大人のように補助人工心臓をつけて移植を待つことができない子供は、海外へ渡航せざるを得ない現状がある。例えばわれわれの病院にも現在、移植を待つ子供がいるが、補助人工心臓をつけられない」と指摘。

 佐野教授は「小児の脳死移植と子供用の補助人工心臓はいわば車の両輪だ。今回のような小児の脳死移植が出始めた以上、早く補助人工心臓の承認、普及を進めるべきだ」と指摘する。

不幸にして脳死という状態に至ったお子様のご冥福をお祈りいたしますとともに、ご家族の決断に報いるためにも今回の一連の移植手術が滞りなく成功することを願ってやみません。
脳死判定や臓器移植という行為については未だに社会的な議論も続いているところで、今回の移植手術に関してもやはり一部には否定的な意見もあるようですし、市井の声を見ても「自分ならともかく、子供がそういう状況になったらとても提供するとは言えない」という率直な意見も根強いようです。
移植医療の現状に関しては以前から当「ぐり研」でも様々に取り上げてきましたが、その大前提として日本人は現に移植医療を受けているということ、そしてそのうち少なからざる部分を海外のドナーからの臓器提供に依存しているという現実があるわけですね。
世界的に臓器移植というものが広がってきていることを背景としてドナーは常に不足気味ですけれども、すでにWHOなども国内に移植用臓器が不足していることを理由として海外で臓器移植を受けることは望ましくないという勧告を出すなど、世界的にも自国民向けの臓器は自国内で賄うべきであるという臓器ナショナリズムとも言うべき考え方が一般化しつつあります。
特に日本人の場合は巨額の現金を手に世界中で臓器を買いあさっているという悪印象があるのでしょうか、法外な前払い金を要求され実質的に移植から締め出されたりといった事例も少なからずあることから、WHOや諸外国の期待の上でも移植待機患者の要望の上でも国内における移植医療推進が望まれた結果が先の臓器移植法改正であると言うことですね。

臓器移植に関してはこのように様々な問題も抱えており、また個人個人の考え方の相違も非常に大きいことから、改正臓器移植法がドナー、レシピエント及びその家族(そして担当医も)が十分に移植を受け入れる素地を整えている場合に限って移植を行うという方向で、非常に限定的なところからスタートしているということは当然のことではないかと思います。
最終的にはこうして限定的な状況からスタートし、次第に臓器移植というものが身近とは言わないまでも世の中でままある医療行為の一つとして一定の社会的認知を経た結果、日本人の移植医療に対する考え方というものが落ち着くべきところに落ち着いた頃合いを見計らって必要ならば再度の法改正なども行い、制度を社会の実情に適合する形で改めていくという作業が必要になるはずです。
その時点でも当然ながら断固として臓器移植はイヤだという意見もあるはずですから、平行して前述の記事にあるように機械的な人工臓器の改良を推し進めていく必要もあるでしょうし、昨今各地で研究が進められているように異種移植(これはこれで様々な議論を呼びそうですが)なども検討されることになるでしょう。
一方で臓器移植、とりわけ今回のような脳死による小児から臓器移植がまだ極めてレアなケースであることからやむを得ざるところも多々あるとは言え、社会的に見ると知る権利とプライバシー保護の二つが複雑に絡み合っているという現状でもあるようです。

両親「息子誇りに思う」 命のリレー、長く生きて(2012年6月14日産経ニュース)より抜粋

 脳死と判定され、移植される見通しとなった6歳未満の男児の臓器が、病に苦しむ命を救おうとしている。「このようなことを成し遂げる息子を誇りに思っています」。男児の両親は悲しみを希望に変えて、そうコメントした。命のリレーへの準備が着々と進んだ。

 「ドナーの方の年齢は6歳未満。性別は男児です」

 14日、東京・霞が関の厚生労働省。会見を行った日本臓器移植ネットワーク医療本部の芦刈(あしかり)淳太郎本部長は、声を震わせながら、こう告げた。
(略)
 会見では報道陣から「低酸素性脳症に至る経緯は」「事故なのか」などと矢継ぎ早に質問が飛んだが、芦刈本部長は「詳細については控えさせてもらう」と繰り返した

 18歳未満の提供時に確認が義務付けられている虐待の有無については、警察や児童相談所とも相談したことを明かし、「虐待防止委員会や倫理委員会でなかったと確認している」と強調した。芦刈本部長は、子供特有の臓器提供の難しさとして「家族の心情をくみ取るのに細心の注意を払った」と説明。ベテランのコーディネーターを家族のもとに派遣し、常に声がけをしながら家族の意向を確認しつつ、疑問点がないかどうか、意思の変化がないかなどを確かめ、慎重に進めたという。
(略)

6歳未満脳死判定 報道陣に退去求める(2012年6月14日産経ニュース)

 6歳未満の男児について、改正臓器移植法に基づき初の脳死判定を行った富山大病院(富山市)では、14日夕から記者やカメラマンが続々と集まり、担当の事務職員が慌ただしく対応に追われた。正面玄関前では、事務職員が「マスコミ関係の方へ」と題した院長名のチラシを報道陣に配布。病院敷地からの退去を求めるなど、厳戒態勢が敷かれた

 移植に関する記者からの相次ぐ質問に、担当者は「記者会見は明日以降開く。今はデータがないので何も言えない。把握していない」と、いらだった様子で繰り返した

特に小児の場合は本人の意志というのはほとんどの場合明確でないと考えられ、親族の判断によって提供がなされることが多いだけに、改正臓器移植法においても虐待等事件性はないのかという点が非常に重要なポイントとして挙げられていますけれども、この領域は虐待死事件のたびに「なぜ周囲は気づかなかったのか?!」と言われるほど客観性の担保が難しい部分でもあります。
その意味で前述のような小児脳死移植の希少性とも併せて現状で周囲の関心が集中するのは理解は出来るとしても、非常に受け入れが難しい状況の中で困難な決断を強いられる家族にとってもこうした個人情報の詮索と取材合戦が好影響を与えるとは到底考えられませんし、中には「あんなさらし者のような目に遭うならやめておこうか…」と考える人もいることでしょう。
現状で脳死臓器移植があくまでも科学的合理性に基づいた客観的な基準と、きちんとしたインフォームドコンセントに基づく自由意志によって推進されるべきであるのは異論のないところだと思うのですが、こうした周囲の圧力がその過程に影響を及ぼすということについても今後何らかの指針なりが必要になってくるかも知れませんね。

特にこうしたケースでどこまで個人情報を明らかにすべきかは微妙なところで、特定地域で特定年代の移植待ち患者というのはそう大勢はいないだけに、その気になれば結構誰であるかということは判ってしまうもので、下手すれば「あんな飲んだくれに肝移植?冗談だろう?」なんてことを言い出す人もいるかも知れませんよね。
今回もレシピエントの一人が60代で云々と報道されたところ「なぜせっかくの貴重な子供の臓器をそんな高齢者に…」と言う声が上がっているようですし、逆に海外などではレシピエント側が詳細な個人情報を公開した上で「どうか臓器をください」とフェイスブックなどで募集しているケースも増えていて(しかもかなり成功もしているようです)、これまた形を変えた臓器売買ではないかと懸念されるようなことも起こっています。
とかく当事者にとっても社会にとっても非常にデリケートな問題だけに情報管理がどうあるべきかということには引き続き議論が必要ですが、少なくとも知る権利だの報道の自由だのに名を借りた好き勝手な横暴や社会常識無視の行動が許されるようなものではないことだけは言うまでもないでしょう。

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2012年6月15日 (金)

お隣韓国で包括支払制度導入が大騒ぎに

韓国の医療保険制度は日本をモデルにした国民皆保険のシステムが導入されていますが、その韓国においても昨今ではご多分に漏れず包括払い制度導入が図られているようです。
お金を払う側からするとより効率よい医療をした者がより多くの報酬を得るというのが合理的な制度に見えるというのは理解出来るのですが、日本でもすでにDPCによる医療の変化(あるいは、弊害と言うべきでしょうか)が大小様々に指摘されていることを見ても判る通り、必ずしもよいことばかりとも言えないのは周知の通りです。
そんな中でお隣韓国ではさすがデモの盛んな国というべきでしょうか、医師達が日本よりもずっとアクティブに行動しているらしいのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

大韓医師協会、盲腸など7疾患の手術拒否へ/韓国(2012年6月13日朝鮮日報)

 韓国の医師10万人余りが加入する大韓医師協会が、政府の診療報酬包括払い制度施行に反発し、外科、産婦人科、耳鼻咽喉科、眼科などで7月1日から手術を拒否する方針を固めた。この決定が実行に移されれば、前代未聞の医療混乱が起こると予想される。

 大韓医師協会のソン・ヒョンゴン・スポークスマンによると、盧煥圭(ノ・ファンギュ)同協会会長と外科など4科の開院医師会会長は12日に会合を行い、包括払い制度が全面的に施行される来月1日から、同制度の対象となる7疾患の手術を拒否することで意見をまとめたという。眼科医師会はすでに、来月1日から1週間、白内障の手術を行わないことを決定している。

 包括払い制度は、医療サービスの量や質に関係なく、特定疾患に定額の報酬が支払われる制度で、白内障、へんとう、盲腸、脱腸(そけいヘルニア)、痔(じ)、子宮手術、帝王切開による分娩(ぶんべん)の7疾患が該当する。政府は過剰診療の抑制と医療費(健康保険財政)の削減を目的に、同制度の実施を決めた。

 ソン・スポークスマンは「包括払い制度は定められた金額に合わせて診療することになるため、医療の質が落ち、むしろ患者が被害を受けかねない。医師たちの意見を無視した制度の施行は、決して受け入れられない」と話した。

 また「手術を行わない期間などは各科の医師会に一任するが、生命にかかわる救急患者については、手術拒否の対象から外すことが望ましいという意見で一致した」と説明した。

 これに対し保健福祉部(省に相当)関係者は、医師団体の集団手術拒否は明白な違法行為だとし、厳しい法的制裁を加える方針だと話している。

「このままでは医療の持続は厳しい」…OECDの勧告にも逆らう韓国の医師団体/韓国(2012年6月13日中央日報)

眼科に続き産婦人科・外科・耳鼻咽喉科など入院診療費定額制(包括酬価制)と関連した医師団体がすべて手術拒否に合意し波紋が拡散している。彼らが診療拒否を決行すれば2000年の医薬分業スト以後で最も大きい医師らの集団行動となる。これまで断続的に部分休診があり、昨年9月の早期胃がん内視鏡手術(ESD)診療酬価策定に反発し手術を拒否したりしたがこれほどの広範囲ではなかった。

  医師の手術拒否の動きは世界的な流れに逆行するという指摘を受けている。高齢化に直面した先進国の大部分が医療費支出を合理化するため10年前からこの制度を施行している。医師らの影響が最も強い米国でも1983年に高齢者を対象とした健康保険のメディケアにこの制度を導入した。韓国は「医療過消費国」だ。入院日数や1人当たり保健医療費支出の増加速度が経済協力開発機構(OECD)平均の2倍に達する。OECDも「このまま行けば韓国医療が持続するのは難しい」として包括酬価制拡大施行を勧告している。

  医師団体が包括酬価制に反対する理由は、診療の質が落ち診療酬価が縛られ損害をこうむるという点だ。だが、先進国の例や2002年のテスト事業に参加してきた医療機関を見るとそのような兆候は現れていない。診療酬価は今回平均2.7%上がった。医師らの収益が落ちることを防ぎ制度を拡散するために政府が引き上げた。保健福祉部のペ・ギョンテク保険給与課長は「来月から白内障・帝王切開など7つの手術の患者負担が平均21%減り年間100億ウォン程度の得となり、医療機関は98億ウォンの収益が増えることになる」と話す。このため経済実践市民連合などはむしろ酬価を引き上げた政府を批判する。韓国患者団体連合会のアン・ギジョン代表は、「いかなる理由でも診療拒否はありえない。医師らが患者のわめきを戦略的に利用しようとするものだ」と批判した。

  今回の集団行動は5月に就任した大韓医師協会のノ・ファンギュ会長の対政府闘争戦略が背景にある。選択医院制・医療事故仲裁制度などに反対したが会員たちに敬遠された。これを挽回しようとするカードとして包括酬価制を取り上げた。彼は医師の「診療権侵害」をとても嫌がっている。保健福祉部関係者は「包括酬価制がそうすべき対象と勘違いしたようだ」と指摘する。

  ソウル大学医学部のクォン・ヨンジン教授は、「いまも医師が治療材料・方法を決めているのに、国民選択権のために反対するというのは名分がない根拠もなく駄々をこね医師らを扇動してはならない」と話した。

韓国の医療制度に関しては平成22年に韓国医師会名誉会長文太俊氏が日本医師会の医療政策シンポジウムで「韓国医療の光と影」という特別講演をされているので参照いただきたいと思いますが、基本的には先行して皆保険制度を導入した日本と類似の問題を抱える一方で、日本よりも短期間で医療環境の変化を経験しつつあることで問題点もより急速に顕在化してきているというところでしょうか。
韓国の健康保険は1977年にまず事業所を対象に導入されてから経済発展と歩調を合わせながら対象を順次拡大、1989年までの12年間で国民皆保険化を達成したと言いますが、導入当時から未だ経済的成長段階にある中で財政的な問題が懸念されていたとも言い、実際皆保険化に伴い国民の医療需要は急増しています。
1977年には1人あたりの入院/外来日数がわずか0.1日/0.7日であったものが、2009年には1.9日/16.1日と大幅に増加し、この間に医療従事者や病床数も4~7倍程度にまで急増していますが、興味深いのは同様に皆保険を導入した日本と同じくOECD平均に比較して医療従事者数は少なめである一方、病床数は倍程度に多いという傾向が見られることですね。
さすがに世界一と言われる日本ほどではないとは言えCTやMRIの数も相当に多く、このあたりはフリーアクセスを認めた上で安価な保険診療を提供すると医療需要は非常に大きくなり、なおかつ需要に応じて診療内容もどんどん高度化していくということを示しているのではないかと思えるところで、日本同様に大病院への集中傾向や「3時間待ちの3分診療」という現象も見られるということです。

ただこう書きますとフリーアクセスは一方的に医療費増大を招くかのようにも聞こえますが、実際にはこれまた日本同様に医療費自体はその質や規模に対してかなり安く上がっているという点にも注目すべきで、その理由の一つには日本と違って診療所は30%、総合専門病院は60%といったように医療機関の規模や専門性によって患者の自己負担率を差別化しているという工夫があるようです。
いずれにしても大衆やマスコミはより安価でより拡大された給付を求め、政府はそれに対して医療費抑制に躍起になっているという構図は全く日本などと変わるところはないわけですが、この結果どこにしわ寄せが行くかと言えば医療機関への診療報酬抑制、ひいては現場で実際に手を動かしている医師らスタッフへの待遇悪化から医療への悪影響という形につながってくると懸念されているということですね。
韓国は現在日本よりも高い経済成長率を保っていますが、GDPや賃金の伸び率に対して診療報酬はおよそ2/3から半分程度の伸び率に抑えられているようで、しかも保険料率は諸外国よりも相当に安い(5.6%。日本は8.2%)というのは混合診療を認めているせいもあるとは言え、やはり政策的な医療費の抑制が背景にあると想像されるところです。
そしてこの相対的に抑制された診療報酬の伸びですらまだ高すぎる、もっと抑制すべきだという声があるということですが、これに対して「診療の質が下がるから」と医師団体が包括支払いに反対しているというのもどこかの国とよく似た構図で、このあたり皆保険制度下での診療に当たる医師に共通する認識が垣間見えておもしろいなと思いますね。

包括支払い制度も当然ながら悪いことだけというわけではなくて、特に日本の場合は命はお金にかえられないとばかりにただやりたい医療を追求してきた医師達に対して、医療においてもコスト意識というものが重要なのだと言う認識を植え付けたことは非常に大きな功績であったのではないかと思いますし、単なる医療費抑制のための政策だと叩いて終わるのは勿体ないはずなんですよね。
そして何より日医などもそうした傾向がありますが、何かと言えば「それでは医療の質が下がる」という形で医療政策に対して反対してきましたけれども、実際は日本でもすでに二昔も前から「スパゲッティ症候群」などという言葉が批判的なニュアンスで用いられていたように、今日の医療費抑制政策が顕在化するはるか以前から国民の間では過剰診療に対する懸念の方が強かったわけですよね。
もちろん臨床の現場が何であれ医療政策に対して反対する権利はあるし、むしろ医療が悪い方向へ変質していく懸念があるというのであれば積極的に声を挙げていく義務すらあるというものですが、その根拠として受益者たる国民が望んでいない何かを偶像として掲げていたのでは、実際には相応に正当性のある主張であったとしても世間からは色眼鏡で見られずにはいられないだろうということです。
これだけの手術拒否が起きるくらいですから相当な悪影響を懸念している人々が多いということなのでしょうが、それならそれでもっと判りやすい言葉でこうなりますよ、困る事になりますと冷静に言葉を尽くして説明していかないことには「根拠もなく駄々をこね医師ら」と言われてしまうだけだろうし、仮に目的を達成したとしても彼らの行為が世間から正当に評価されることもないでしょう。

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2012年6月14日 (木)

取りやすいところから取るのが大原則とは言え

昨今喫煙を取り巻く環境もますます厳しさを増しているようで、世界各地でタバコによる健康被害を訴える民事訴訟が相次いでいますが、今回カナダからちょっと毛色の変わったこんな訴えが出てきたということで注目されますね。

JT系などに4兆円請求 カナダ州政府、医療費負担(2012年6月9日西日本新聞)

 【ニューヨーク共同】カナダメディアによると、同国のケベック州政府は8日、日本たばこ産業(JT)の現地関連企業を含むたばこ会社10社に対し、将来分も含む州の医療費負担600億カナダドル(約4兆6千億円)の支払いを求める訴訟を起こした。カナダでは同種の訴訟が相次いでいるが、ロイター通信はこれまでで最大規模としている。

 同州によると、訴えられたのは日本たばこ産業関連企業のJTIマクドナルドのほか、フィリップモリス・USAなど。

 州は、これらのたばこ会社が消費者に製品の危険や常習性について知らせなかったほか、広告で子供や思春期の若者を巻き込んだと指摘している。

不肖管理人自身は非喫煙者で、出来れば目の前でスパスパやるのは勘弁してほしいと思う程度には嫌煙ですけれども、正直こうやって将来分も含めて政府が請求を起こすというのであれば、タバコ以上に広範な健康被害がありそうなのにさしたる警告も成されておらず、子供も巻き込んで年々被害者が増加する一方の某ファーストフードチェーンや某ソフトドリンクなどを訴えた方が効率的なんじゃないかという気がします。
何しろ被害を受けた個人や集団ではなく州政府が訴えているということの意味は小さくなく、そもそも彼ら自身タバコを違法だと認定するとか有害指定するといったことを行わないで好きに売らせたままで金だけ出せと言うのは、普通に考えて行政側に怠慢があったと言われかねないことではないでしょうか(これを日本では俗に「お前が言うな」と表現します)。
こういう訴訟がありなら自動車にしろ刃物にしろおよそあらゆる産業に対して同様の訴訟を起こすことが可能になってしまう理屈なんですが、どうやら日本人のみならず現地のカナダ人の意見も似たようなものであるらしいことが辛うじて救われます。
こうした訴訟が起こる背景にはそれによって金が取れる以上訴えなければ損であるとでも言うべき心理が働いているのかも知れませんが、4兆円以上に及ぶ医療費負担なるものが妥当なものなのかなど疑問も多々ある中で、司法がどのように判断するのかが非常に注目される話ですね。
しかしどうも昨今この禁煙を巡るリスク評価はいささか過敏と言えるほどのものになっているようにも感じるのですが、先日はこういう記事も出ていて、どうやらこうした傾向を助長するのに日本人も一役買っているらしいのですね。

「受動喫煙=悪」の拡散は慰安婦問題の嘘と同じ構図との指摘(2012年6月7日NEWSポストセブン)

 厚生労働省は、今国会で「労働安全衛生法改正案」の成立を目指している。これは職場の受動喫煙防止を目的に全面禁煙または空間分煙を迫るものだ(現在修正案を検討中)。

 これによって「分煙」はこれまでのマナーの領域から義務へと大きく変わる恐れがある。本格的に「規制・撲滅」に動き始めた国の動きをどう見るか。現代史家・秦郁彦氏が、「たばこと健康被害」の観点から論じる。

 * * *
 そもそも「非喫煙者でも副流煙によって被害を受ける」という論理を盾に受動喫煙というリスクを広めたのはWHO(世界保健機関)である。

 実は、世界で初めて受動喫煙という概念を打ち出したのは日本人である。故・平山雄が提唱した「平山論文」がその端緒であり、その後の一連のたばこ規制の理論的支柱となってきた。

 平山は満州医科大学を卒業後、旧厚生省国立公衆衛生院技官やWHO勤務を経て、1965年から国立がんセンター研究所疫学部長を務めた。そこで保健所のネットワークを利用して26万人余を対象とする「人とがん」に関する大規模な追跡調査を実施。その結果、「喫煙者の夫と非喫煙者の妻の組み合わせで妻の肺がん死が少なくないのは、副流煙の吸入による受動喫煙に起因する」といった着想を得た。

 そして1981年、なぜか日本ではなく、イギリスの医学情報誌『British Medical Journal(BMJ)』で論文を発表わずか3ページの学術論文とは言い難い投稿文だったが、反響は大きかった。

 簡単に要点を記しておくと、9万人余いる非喫煙者妻のうち肺がん死した人数は、夫が非喫煙者の場合は32人、喫煙者の場合は142人。人口比で見ると、前者は0.15%、後者は0.20%と僅差に映るが、平山式の計算では相対リスクは1.61倍(夫が1日20本以上吸う場合は2.08倍)の有意差を示すという。

 だが、BMJにはその年だけで平山論文に対するコメントが12本掲載されているが、ほとんどは疑問か異議の部類だった。その後も批判が相次ぎ、ついには1984年、7人の専門家がウイーンに集まり、「受動喫煙に関する国際円卓会議」まで開催された。

 その議事録を通読すると、孤軍奮闘する平山を吊るし上げる会かと思えなくもない。平山はその経歴からも明らかなように、医学博士とはいえ臨床経験がないこともあってしどろもどろな対応に終始するなか、平山のデータと結論が正しいとしても有意差は認められないと判定される。

 最後に座長が「平山理論は科学的証拠に欠ける仮説にとどまる」と締めくくると、平山は「たばこを廃絶したら、こんな論争は不要になる……私は政府とWHOへ働きかけたい」と開き直るしかなかった。

 ところが、その予告通り、平山は医学的なアプローチをなかば諦めたかのように、政治工作と嫌煙運動へとのめり込んでいく

 これに米国の公衆衛生局と反たばこキャンペーンに乗り出していたWHOが飛びつき、「受動喫煙=悪」という図式は再び息を吹き返していった。

 その波に乗って平山理論は日本に逆輸入され、国内の嫌煙家たちの間で持て囃されることになる。

 平山自身、『禁煙ジャーナル』誌を主宰する運動家として全国を飛び回り、「日本専売公社(現JT)はたばこ病専売公社と改名せよ」とか「受動喫煙を“緩慢なる他殺”と呼びたい」などと過激度を増していく

 ついには、勢い余って「肺がんばかりではない。ほとんどのがんはたばこが原因」と叫びながら、1995年にがんで亡くなったとされる。

 以上、見てきたように、受動喫煙説の口火を切った平山理論は、専門家が集う国際会議の場で「科学的根拠に欠ける仮説」と結論付けられたものにすぎない。その真偽も満足に検証されないまま、「疑わしきは罰す」というたばこ制圧が大手を振っているのだ。

 私はかつて、「韓国で慰安婦狩りをやった」などと証言した元軍人・吉田清治のウソを現地調査で暴いたが、自らの主張を通すためにいい加減な情報を政治的に利用して世論を動かしたという点で、平山と吉田は同じ役割を果たしたと言えるだろう。

まあしかし、このNEWSポストセブンの記事で語っている秦郁彦氏も素人丸出しというのでしょうか、平山氏以上に突っ込みどころが多々あるという点はどうなのかとも思いますが(苦笑)、ともかく毀誉褒貶の激しい人物であったらしいことは記事からも伺えますね。
各方面で色々と言われることの多いこの平山氏の論文自体に当たることが出来なかったので内容の妥当性に関しては何とも言いがたいんですが、統計的な部分に関する評価はともかくとして受動喫煙という概念を世に知らしめたという点で平山氏の功績は社会的にも相応に認められています。
別にタバコの煙が無害で安全とされているわけでなく、統計的にも経験的にも様々な有害作用を持っていることは多くの臨床家のコンセンサスとなっていますし、有害無害に関係なく臭い煙を人に向けて吹きかけるのは勘弁してもらいたいところですけれども、損害賠償まで求めるということになればそれがどの程度有害なのかという定量的な評価をきちんとする必要があるだろうと言うことです。
何であれ適切なリスク評価とそれに応じた応分の対応ということを考えないことには、ひと頃のこんにゃくゼリー騒動のようにもちなどずっと危険性の高いものを放置してこんにゃくゼリーだけ大騒ぎするのは何故?と疑問符をつけられることになってしまいますが、JTやフィリップモリスなどいかにもお金を持っていそうな大企業ばかりだからこの程度端金だろう、なんて考えで訴えているのでないことを願いたいですね。

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2012年6月13日 (水)

大阪で悲惨な通り魔事件発生

大阪で悲惨な通り魔事件があり二人が亡くなったということが大いに話題になっています。

ミナミ通り魔 暴走族総長、薬物、強姦(2012年6月12日日刊スポーツ)

 大阪・ミナミの繁華街で男女2人が刺殺された通り魔事件で、逮捕された住所不定、無職礒飛(いそひ)京三容疑者(36)が、地元・栃木県の暴走族の総長をしていたことが11日、同容疑者の親族への取材で分かった。親族は「暴走族に入ってからは薬物や強姦(ごうかん)などで何度も逮捕されていた」と証言。直近の犯罪歴は覚せい剤取締法違反罪で新潟刑務所に服役。5月24日に出所したばかりだった。

 大阪・ミナミの繁華街で2人が刺殺された通り魔事件から一夜明けた11日、逮捕された礒飛容疑者の親族が日刊スポーツの取材に応じた。親族によると、礒飛容疑者は栃木県那須塩原市出身で、3人兄弟の末っ子。父親は材木店を経営していたという。

 親族は「幼少期はお母さんに甘えてばかりだった。親思いの優しい子だった」と振り返る。しかし、小学生の時、母親が病死、材木店は倒産した。父親は多額の借金を抱えた。その後、父親の新しい就職先である同県下野市(旧石橋町)に引っ越しした。年の離れた兄がいたが、親族は「3兄弟が一緒に住んだことはなく、兄弟間でも音信不通。父親にしてみれば年の離れた末っ子で、1人っ子みたいな扱いだった」と話した。

 地元の中学へ進学。高校へは進学せず、地元の暴走族に入り、総長になった。毎日、地元周辺を数十人の仲間と改造したバイクで走り回っていた。親族は「暴走族に入ってからは、けんかっ早くなり、薬物や強姦など何度も逮捕されていた。背中にコイの入れ墨をいれていた」と証言した。別の親族は「こんな事件を起こして情けない。涙が出てくる」と肩を落とした。

 また関係者によると、礒飛容疑者は2001年から数年間、栃木県内の2LDKのアパートに父親と暮らしていた。当時無職で、父親の年金で生活していたという。その後、家賃を数カ月間、滞納。礒飛容疑者と父親は部屋を出た。礒飛容疑者は04年に破産宣告を受けた。礒飛容疑者は覚せい剤取締法違反罪で新潟刑務所に服役。5月23日が満期で、24日に出所していた。出所からわずか数週間の凶行だった。

 礒飛容疑者は動機については「住む家も仕事もなく、生きていくにはどうしたらいいのか、と自殺を思い立った。現場近くで包丁を買ったが、死にきれず、人を殺せば死刑になると思った」と説明している。犯行前に預金通帳にあった約20万円を引き出し「もうこれだけしかないのか」と生きる意欲を失ったとも説明している。また、大阪府警南署捜査本部によると、同容疑者は9日に大阪に来て知人宅に泊まり、自殺するため事件の約1時間前に現場近くで包丁を購入したとしている。

またも「誰でもよかった」…身勝手な犯行を防ぐ手立てなく(2012年6月11日産経ニュース)

 「誰でもよかった」…。殺人未遂容疑で現行犯逮捕された礒飛(いそひ)京三容疑者(36)は過去の無差別殺傷事件の犯人と同様、身勝手な動機を淡々と供述した。何の罪もない人々が繰り返し犠牲になっているが、防ぐ手立てはないのが実情だ。

 「仕事もなく、住むところもない。もう死ぬしかない」。出所直後だった礒飛容疑者は生活苦を動機に挙げ、「人を殺せば死刑になると思った」と供述しているという。

 過去の通り魔事件では、背景事情は違うものの、犯人は一様に「誰でもよかった」と供述し、無差別に襲いかかっている

 平成11年に東京・池袋で、包丁とハンマーで通行人を襲い、2人を殺害した男=死刑確定=は、家庭の経済的困窮から「人生に失望し、世間を驚かそう」と犯行を決意したとされる。

 20年に茨城県土浦市の駅構内などで男女8人を包丁で刺し、1人を殺害した男=同=も「生きていることがつまらなくなった」と死刑願望を持ち、犯行に及んだという。

 同年6月には東京・秋葉原でも通り魔事件が発生。歩行者天国にトラックで突っ込み、通行人をはねた上、ナイフで次々と刺して7人を殺害した男=1審死刑、控訴中=は、インターネットの掲示板をめぐって孤立感を深めたことが動機だったとされる。

 秋葉原では再発防止に向け、地元商店街などは一帯に多数の防犯カメラを設置。このほかの繁華街でも防犯カメラの設置などが進むが、突然の凶行を防ぐには限界がある

 警察庁によると、通り魔による殺人、殺人未遂事件は平成5年以降、年間数件~十数件で推移。秋葉原事件のあった20年が14件と最多で、それ以降も21年4件、22年5件、昨年も6件発生している。

何らの落ち度もないまま一方的な攻撃を受け亡くなられた被害者の方々のご冥福をお祈りいたします。
ネット上ではかつて容疑者と同時期に収監されていたという人のコメントも出ていて、この記述を信用するなら服役中も全く周囲になじめず非常に喧嘩早かったということなんですが、経歴を見る限りでも社会性にはかなり乏しいタイプの人物であったようです。
その人物がもう生きる意欲もなくなったと自殺を考えたが死ぬことは出来ず、それなら他人を殺して死刑になればいいと無差別的な凶行に走ったということが今回の事件の経緯とされていますが、こういう死ぬことを目的として敢えて凶悪犯罪を行うことを「拡大自殺」と言い、死刑を狙うにせよ警官による射殺を狙うにせよ確実な「自殺」を図るために大事件になりやすいというはた迷惑な傾向があるようです。
もちろん例によって「事件の背景には社会の歪みがある!これを正さないことには同種の事件は根絶できない!」式の声も出ているわけですが、やはり多くの罪なき大衆にとっては自分が死ぬために他人を殺そうと襲いかかってくる輩から一体どうやって身を守ったらよいのかということが非常に深刻な脅威に感じられているのは当然でしょう。
そんな中で現地自治体のトップである大阪府知事の発言が非常に大きな注目を集めているということなのですが、こちらの記事から紹介してみましょう。

大阪知事、通り魔に「死にたいなら自分で死ね」(2012年6月11日読売新聞)

 大阪・ミナミの通り魔事件で、松井一郎大阪府知事は11日、現行犯逮捕された礒飛京三容疑者が「人を殺せば死刑になると思ってやった」と供述していることに対し、報道陣に「『死にたい』と言うんだったら自分で死ねよと(言いたい)。人を巻き込まずに自己完結してほしい」と発言した。

 府は自殺予防対策を行う立場だが、松井知事は「(容疑者が必要とするなら)相談窓口に来ればいいし、『行政の支援は受けたくない、この世からいなくなりたい』と言うなら止めようがない」と述べた。

無論のこと、知事自身も予想しているだろう通り大きな波紋を呼びそうな発言であって、実際に「全国的に自殺予防対策が進む中、行政トップによる自殺容認とも受け取れ」云々と批判しているメディアもあるようですが、あくまでも「死にたいが死にきれない。それじゃ他人を殺して死刑になればいいじゃん」という人間に対して「他人を巻き込むな」と言っているわけですね。
ネット上では「当たり前の意見だ」という声が非常に多い一方で、そんなことを言っても何の解決にもならないだろうという意見もありますが、ともかく文字通りに死ぬ気で殺しにかかってくる人間をどう防いだらいいのかという現実的問いかけに対して、誰も死ぬ気にならないように頑張って素晴らしい世の中を作り上げていきましょうというのも非現実的な理想論と言うものでしょう。
その点で助けが必要なら行政の用意した自殺対策の窓口に来い、それすらも拒否して死ぬというのならもうどうしようもないというのはいささか正直過ぎるとは言え言いたくなる心境は理解出来るコメントではありますが、もちろんこれまた完全な拡大自殺防止策にはなり得ないことは知事自身も知っているだろうとは思います。

しかしちょうど先日から絞首刑のほかに薬物注射による死刑も考えていいんじゃないかと 言うことで法務省でも検討が始まったようですが、そうなった場合に最後の注射を誰がやるのかという議論も必要でしょうし、国際世論なるものに配慮して残虐 でない死刑をアピールするほど今回のようなケースにとっての追い風にもなりかねずと、これも考えて見るとなかなかに頭の痛い問題ですよね。
死刑制度自体も色々と議論はあるところで、今回の事件にかこつけて「こんなことを考える人がいるのだからやはり死刑は廃止すべきだ!」なんてことを言い出す人が出ないことを祈りますが、日本では死刑の執行自体もとことん隠蔽されているというのも良いのか悪いのかで、アムネスティなども執行に至るまでの全経過を公表せよと要求していますよね。
別に近隣某国のやり方を支持するつもりは毛頭ありませんが、独裁国家などによくある公衆の面前で公開処刑するなどと言うやり方で死刑というものの実際に慣れ親しんでいるような環境では、わざわざ死刑になりたいからと無茶をする人間も出てきにくいんじゃないかという気もします。
日本で行われている絞首刑なども本人にとっては苦痛の少ないやり方だと言いますが、一方で身体を支え執行をする執行スタッフの受けるストレスは相当なものだと言いますし、実際の死刑とはこんなものなんだよと実情を知らしめることは、ことこの種の死刑希望者に対しては一定の抑止力になる可能性はあるかも知れません。

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2012年6月12日 (火)

妊娠出産は避けるべきリスク?

本日まずはこちらの記事から紹介させていただきましょう。

代理出産など生殖医療のあり方、日産婦が検討(2012年6月9日読売新聞)

 日本産科婦人科学会(日産婦)は9日、東京都内で記者会見し、卵子提供や精子提供、代理出産など第三者が関わる生殖医療のあり方について検討する作業部会を作ったことを明らかにした。

 この問題に関する法案の素案をまとめた自民党有志議員から、問題点などを指摘してほしいとの依頼があり、対応した。生まれた子どもが出自を知る権利、親子関係の法的位置づけなどについて、夏ごろまでに意見をまとめる。

 メンバーは前理事長の吉村泰典・慶大教授ら5人。

 第三者が関わる生殖医療を巡っては、厚生労働省の部会が2003年、精子や卵子の提供者の個人情報を全面開示するなどとした報告書をまとめたが、法制化に至っていない

<代理出産>容認を検討 自民議員有志が法案素案(2012年6月10日毎日新聞)

 卵子提供や代理出産など第三者がかかわる生殖補助医療について、自民党の議員有志がこれらを条件付きで容認する内容の法案の素案をまとめた。これを受けて日本産科婦人科学会(日産婦、小西郁生理事長)は9日、学会内に作業班を設置して素案の内容を検討することを明らかにした。夏までに見解をまとめる。

 生殖補助医療には公的な規制がなく、日産婦は指針で、提供者の負担が大きい卵子提供や、親子関係が複雑になる代理出産を認めていない。しかし実際には提供卵子を使って体外受精を受け出産することや、夫婦の受精卵を第三者が妊娠、出産する代理出産が国内外で行われている

 素案は、こうした現状に一定のルールを設けるため、自民党の一部議員が勉強会を作り検討してきた。素案では、提供された精子、卵子、受精卵を使った体外受精を認める一方で、代理出産は原則として認めないが、子宮がないなど医学的に妊娠能力のない夫婦に限り、家庭裁判所の許可を得た上で実施する−−などとしている。営利目的の卵子、精子の提供や代理出産には罰則を設ける。また「母」の定義について卵子提供の場合は産んだ女性、代理出産では依頼夫婦の妻とするとの特例を民法に設けることも検討している。

 日産婦の吉村泰典理事は9日の記者会見で「親子関係についての法整備が必要なことでは学会内で一致しているが、素案に不備がないか、改善すべき点があるかどうかを意見集約する」と述べた。

 第三者が関わる生殖補助医療をめぐっては、厚生労働省の部会が条件付きで容認した。日本学術会議も代理出産を試行的に認める報告書をまとめたが、法整備は進んでいない。有志議員らは日産婦など関連学会の意見を反映させた上で議員立法を目指し、党内で調整している。【斎藤広子、久野華代】

この件に関してはすでに現実的にあちこちで行われている以上、学会や政治にしても何らかのルール作りもしないままではいられないのは理解できるところで、まずは議論を進め母子が医学的、法的な不利益を受けないようにしていただきたいところですね。
さて、そもそもこうした生殖医療に関しては医学的観点の他に社会的・倫理的観点から様々な議論があることは周知の通りですが、以前から当「ぐり研」でも取り上げていますように妊娠には生物学的に明確な適齢期というものがある一方で、日本人の結婚年齢がますます高齢化を続けているという社会的な現実があります。
厚労省が先日発表した2011年のデータでは女性が生涯に産む子供の数を反映する合計特殊出生率が1.39と相変わらず低い値を続けていることに加えて、とうとう女性の初産年齢が30歳を越えたということが報じられていましたが、一方で男性も5人に1人は生涯結婚しない計算になるなど結婚と出産を取り巻く状況は一向に上向く気配がありません。
そんな中で特に昨今急増する高齢出産と言うことに関連して、産みたいが産めないという夫婦に対する生殖医療の充実が社会的にも求められている一方で、しょせん生殖医療で産める数などたかが知れている、そんなことに大金を投じるなら産める環境を整備した方がいいのではないかという声もあるようです。

例えば先日各企業1439社を対象とした調査によれば、 「妊娠した女性社員は育児休暇を取得せずに、退職してほしい」 と考えている企業がなんと全体の25%にも達すると言うデータがあって、これには各方面から「むしろ正直な企業が25%しかないってことだろう」などと揶揄する声が挙がっているように、実際の職場の空気というものは「戦力にならないお荷物など不要」という殺伐としたものになっているようです。
むろんどこの会社もコスト削減が叫ばれる折、最小限の人数で回している以上一人でも抜けると残った人達が大いに迷惑するということは理解できることであって、こちらが穴埋めで死ぬような多忙さの中にあるのに育児を名目に同僚はのんびりしている、たとえ育児休暇から復帰してきたところで以前と同じ顔で接することが出来そうにないなどという同僚女性の声すらあるようですね。
ただ生物学的な出産適齢期をただでさえ超過しかねないほど晩婚化が進んでいる以上、こうした社会的な問題への対応も同時進行で行わなければならないのは当然なのですが、これらは相互に複雑に絡み合っているのだろうなと思わされるのが先日報道された有名人の妊娠にまつわる一連の報道ではないでしょうか。

第1子がダウン症候群の可能性…理子「運命受け入れる覚悟できてる」(2012年6月3日スポニチ)

 妊娠5カ月のプロゴルファー、東尾理子(36)が3日、自身のブログを更新し、11月に出産予定の第1子がダウン症候群の可能性があることを告白した。

 「クアトロテスト血液検査」を受けたことを明らかにし、「一つだけ陽性反応が出たのがあったんだ それはね、ダウン症候群」と説明。担当医には「82分の1の可能性」と説明を受けたという。

 担当医から100%の結果が判明する検査「羊水染色体分析」の受診を打診されたことも報告。「主人とゆっくり話した結果、受けない事にしました」と夫で俳優の石田純一(58)と相談し、検査を受けないことを決めたという。

 「だってどんなにユニークでも、私達を選んでくれた大切な我が子だから」とお腹に宿る新しい命へのいとおしい思いを吐露。3月に同ブログで待望のおめでたを公表した際と同様「最初から全ての運命を受け入れる覚悟も出来てる」と気丈につづり、最後は「母親が強いってのが少しずつ分かってくる気がするね」と力強く結んでいる。

石田純一 妻理子はダウン症の可能性でも「産む」(2012年6月8日デイリースポーツ)

 俳優の石田純一が8日、都内でファッションイベント「スーパークールビズコレクション」に、モデルの舞川あいく、近藤しづからと登場した。
(略)
 また、妻の東尾理子が11月出産予定の第1子にダウン症の可能性があることを、ブログで明かしたことには、「反響が大きくて本人もビックリしてます。なんとしてでも産むと強く思っているので、元気な赤ちゃんが生まれたらうれしいです」と願っていた。

高齢出産とダウン症のリスクに関してはよく知られているところで、20歳と比べると40歳では100倍にも上昇すると言いますが、東尾氏夫妻の場合はあくまで一般的リスクよりも高率であるということが判った段階であって、決して確定したというわけではないことは留意いただきたいところです。
いずれにしても高齢出産と共に各種生殖医療の発達した結果ダウン症に限らず母子共に様々なリスクが上昇しつつあることは確かであって、例えば卵子提供により妊娠高血圧のリスクが6倍に上昇するほか子宮内胎児発育不全も高率に見られるなど、様々な弊害が知られるようになってきました。
一方で高齢出産、不妊医療ということに社会の注目が極めて高まっているということもまた事実であって、例えば政治家の野田聖子氏も多くの障害を持って生まれた自身のご子息に関する一連の闘病記を公表するなど、社会に求められる時代だからこそ公人としてその真実を知らしめるべきであるという姿勢でご子息共々頑張っておられるようです。
今回高齢出産となった東尾理子氏夫妻の公表もそうした公人としての使命感のようなものも背景にあってのことなのだろうと想像するのですが、これに対して別な著名人からはこうした声も出ているということを紹介しておきたいですね。

東尾理子の告白にダウン症の子を持つ松野明美が複雑胸中吐露(2012年6月7日NEWSポストセブン)

 6月3日、現在妊娠5か月の東尾理子(36才)が自身のブログで、不妊治療の末授かった赤ちゃんにダウン症候群の可能性があることを告白した。医師からは、「羊水染色体分析をすれば、100%の結果がわかりますがどうしますか?」と聞かれたが、東尾は夫の石田純一(58才)と相談したうえで、羊水検査を受けないことを決めたという。

 そんな彼女の選択に、<強い女性ですね><勇気づけられました>など、ブログには応援コメントが3000以上も寄せられた。

 しかしその一方で、インターネットの掲示板などには、東尾の発表自体を疑問視する声も少なくはない

 元マラソンランナーで現熊本市議会議員の松野明美さん(44才)も、「公表するようなものではないと、私は思いました…」と複雑な思いをにじませた。

「東尾さんのブログを読まれて“がんばろう”と思われるかたもいらっしゃると思います。いろんな立場のかたがいるから、いろんな意見があると思う。でも子供が生まれる前から“可能性があります”というのは、何がいいたいのかなって思うんです。ダウン症の子を持つ母としては、正直少し怒りがこみあげてきました

 松野さんの次男・健太郎くん(8才)はダウン症だが、「私の元気なイメージが崩れる」「ダウン症を受け入れられなかった」などの理由で、しばらくは公にしなかった

「私の場合、妊娠8か月のときに息子に心臓病があると医師にいわれました。でもその後、羊水検査は受けませんでした。そして出産後、生後10日目で、息子がダウン症であることがわかったんです。医療は進歩しましたけど、個人的には出生前診断は余計なお節介だと思うんです。出産するとき、障がいの有無にこだわってほしくないです」(前出・松野さん)

この出生前診断の是非ということも非常に議論となっている問題で、妊婦にほぼルーチンで行われてきた超音波検査も出生前診断であり、その実施に当たっては十分な説明と同意を得ることという指針を昨年産科学会が打ち出してきたことは以前にご紹介しました通りです。
松野氏の意見もこれまた一方の主流派の代表例とも言えるものであって、これはこれで全くごもっともと言うしかないものではあるのですが、しかし冒頭の育児休暇の記事にも見られるように本来自分も同じ立場に立ち得る同僚女性が最も大きな反感を抱いているが如き現状と併せて考えてみると、本来ならこれも同じ悩みを共有し得る先輩として最も強力に支援する立場にも立てたはずなのに…とも考えてしまうのは自分だけでしょうか。
およそ何でもそうですが物事がうまく回っている時は人間心にも余裕がありちょっとした手助けや配慮も出来るものですが、状況が悪くなってくるとついつい人付き合いもギスギスしてしまうということはままあるもので、今はごく少数の例外的ケースで済んでいますけれども、今後さらに妊婦高齢化が進み様々なリスクが大々的に顕在化してきた時、妊娠出産そのものが何か悪いことのように扱われてしまう危惧すらないとは言えません。
いわゆる男尊女卑的な考え方の根幹にあるものが「男は産まない性である」と指摘する人がいますが、様々なリスクを乗り越え産むということが何やら後ろめたく不利益なことのような風潮が蔓延してしまうと、出生率も上がるどころか「何故自分がそんな面倒を引き受けないといけないの?」と言い出す人が増えてしまうかも知れませんね。

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2012年6月11日 (月)

埼玉の小児科も危機的状況?

小児科医の不足と言われるのは今さらの話題なのですが、こちらまたしても基幹病院から集団による逃散が発生したというニュースです。

全小児科医が退職の意向 さいたま赤十字病院/埼玉(2012年6月7日埼玉新聞)

 さいたま赤十字病院(さいたま市中央区)で、小児科の常勤医師4人全員が退職の意向を示し、小児科の対応が必要なハイリスク妊婦の新規受け入れや、小児科専門外来への新規紹介患者の受け入れを一時中止する事態に陥っている。同病院は早期に後任医師を確保したい考えだが、全国的に小児科医不足が深刻化する中、めどは立っていない。

 同病院によると、小児科の常勤医は現在4人で、全員が今夏から秋までの間に退職を希望。病院側は引き留めているが、全員退職する可能性が高いという。退職の理由は明らかにされていない

 持病や高齢などで出産時に危険が伴う「ハイリスク妊婦」は、未熟児を出産する場合も多い。産婦人科だけでなく小児科の対応も必要となるため、当面はハイリスク妊婦の新規受け入れは困難と判断した。小児科専門外来への新規紹介患者についても、長期診療が必要な患者に迷惑が掛かるとして、受け入れを一時中止している。

 5月下旬にはホームページ上で患者らに現状を報告。同病院総務課の内田紹夫課長は「通常の外来や妊婦の受け入れは引き続き行っている。ハイリスク妊婦も状況によっては受け入れないわけではないが、なるべく別の病院を探していただく方がいいとお知らせしている。一日も早く元の体制に戻せるよう、医師の確保に全力を挙げたい」としている。

 同病院は昨年4月、県から重症の妊婦や新生児に高度医療を提供する「周産期母子医療センター」(県内10カ所)の認定を受けたばかり。県医療整備課は「病院からは医師の確保に努めていると聞いている。現時点では認定の取り消しは考えていないが、状況次第では対応を検討したい」と話している。

  小児科をめぐっては、志木市立市民病院でも3人の常勤医全員が退職を表明。10月以降の体制は決まっていない。

【埼玉】 小児科の新規患者を制限 さいたま赤十字病院/埼玉(2012年6月7日朝日新聞)

◆ 常勤医が退職へ ◆

 さいたま赤十字病院(さいたま市中央区)で、小児科の新規患者受け入れを一時中止したり、産科が大幅な分娩(ぶんべん)制限をしたりする事態になっている。常勤医の退職が見込まれるための措置だが、地域の医療拠点の診療縮小だけに、利用者への影響は大きそうだ。

◆ 産科診療にも影響 ◆

 病院によると、小児科の常勤医は4人。退職する医師の人数や時期は「調整中」だが、全員が退職する可能性もあるという。

 このため、診療体制の見直しは「最悪の事態」を想定。小児科専門外来への新規紹介患者の受け入れを一時中止するほか、ハイリスク妊産婦の受け入れは困難だと伝え、大幅な分娩(ぶんべん)制限も設けた。特に産科は、小児科医が不在になると未熟児の入院管理などができないことを想定し、安全を優先させたという。5月下旬に公表し、病院のHPなどでも患者らに知らせている。

 内田紹夫・病院総務課長は「できる限り受け入れていくが、時間や状況が許す方は別の病院を探していただいた方がいいとお知らせしている」と説明する。

 さいたま赤十字病院は2015年度中にさいたま新都心(同区)に移転し、県立小児医療センター(同市岩槻区)と一体整備される計画が進んでいる。内田課長は「医師の退職は(計画とは)関係がないと思う。新病院での医療分担など話し合いはしていない。移転まで小児科の常勤医が不在という状況はありえない」と話している。

◆ 「医師の振り向け すぐには難しい」/県医療整備課 ◆

 県医療整備課によると、さいたま赤十字病院は昨年度、高度な医療が必要な妊婦や新生児を受け入れる「周産期母子医療センター」(県内10カ所)に指定されたばかりだった。

 しかし、病院側は今春、「現状では新しい小児科医を確保できていない」として、診療縮小の方針を伝えてきたという。

 センターに指定されると、診療報酬の増額や運営費への補助が認められるが、同課は「想定する高度医療ができなくなった場合は診療費は発生せず、補助もしないので、経済的な実害はない」と説明する。

 今回の背景には、深刻な小児科や産科の医師不足がある。常勤医が辞めた場合、新たな人材確保は大きな悩みだ。「公立病院の小児科医をすぐに振り向けるのは難しい」という。

 一方、2病院を移転後、周産期医療の機能を向上させ、現在は埼玉医科大学総合医療センター(川越市)にしかない「総合周産期母子医療センター」に指定する計画もある。

 移転計画を担当する県病院局経営管理課は「さいたま赤十字病院は『早期に小児科医を確保する』としている。移転への直接の影響はないと考えている」と話す。

さいたま赤十字病院で常勤小児科医が全員退職の危機 新都心移転が影響か/埼玉(2012年6月8日産経新聞)

 さいたま赤十字病院(さいたま市中央区)で、小児科の常勤医師4人全員が退職の意向を示していることが8日、同病院への取材で分かった。同病院はすでに小児科専門外来への新規紹介患者の受け入れを中止、ハイリスク妊婦の受け入れも制限した。同病院は平成27年度に県立小児医療センター(同市岩槻区)とともにさいたま新都心に移転することが決定。高度医療は同センターが引き受けるため、医療関係者からは「軽度の患者しか診察できなくなると思った医師がやる気をなくしたのではないか」との指摘もある。

 同病院によると、小児科の常勤医は部長、副部長を含め4人。全員が秋ごろまでの退職を希望している。理由について同病院は「具体的には明かせないが、医局に戻る医師もいるようだ」としている。

 このため同病院では、今月から心疾患や糖尿病、脳性まひなどの小児科専門外来については、新規紹介患者の受け入れを一時中止。未熟児などに対応するため小児科医が立ち会うハイリスク妊産婦については「受け入れは困難」として予約に制限を設けた。期限は「未定」としている。

 この問題について、同病院の担当者も県の担当課も、新都心への移転問題は「関係ない」としている。ただ、医師でもある日下部伸三・埼玉県議(無所属)は、「県立小児医療センターと一体的に整備されて別棟で隣接するのでは、さいたま赤十字病院の小児科の存在意義が乏しくなるのではないか」と指摘する。移転後、重篤な患者の対応は小児医療センター、さいたま赤十字病院はそれ以外と分担が決まっているからだ。

 別の医療関係者は「日赤など公的な病院は民間と比べて医師の収入が低い。しかし、高度な設備でさまざまな患者の診察ができ、経験を積めるメリットがある。それなのに、風邪や腹痛の子供しか診られなくなるのでは、医師のモチベーションにかかわる」と明かした。

 移転問題に関しては、今年の県議会2月議会で移転先の土地購入費約123億円が可決されたが、依然、一部で慎重論もくすぶっている。さいたま市でも6月議会に補正予算案として土地購入費を提案中。市議会では可決の公算だが、ある市議は「県議からわざわざ『慎重に審議せよ』といわれた市議がいたようだ。問題をこじらせて移転を遅らせたいのでは」と裏事情を“解説”した。

実際のところはもちろん当事者である4人の医師に聞いてみないと判りませんけれども、時系列を見れば1年前に周産期母子医療センターの認定を受けていた、そして3年後には移転合併し一般軽症患者の診療に専念することになることが予定されているということなんですが、これら両者は業務内容としては非常に性質が異なるものですよね。
記事からは合併移転によって業務内容が変わり、重症小児を受け入れなくなれば経験も積めないと医師が不満に感じたのではないかという見方があるようなのですが、移転は二年先でありこの時期に急ぎ全員揃って離職する理由としては少し弱いのではないかと言う気がします。
むしろ気になるのは昨年度から周産期医療センターの指定を受けていたということで、しかも「日赤など公的な病院は民間と比べて医師の収入が低い」中で聞くところによると現場の意見を聞くこともなく経営方針が決まったという話もあるようですから、普通に考えればこれらが現場にとって過重な負担になるなど不満が高まった結果だと考えた方がすっきりしそうに思います。

小児科医の中でも周産期医療はかなり特殊な分野で、ただでさえ不足がちな小児科医の中でもこちらを専門にやりたい人はそう多くはないのだと思いますが、同病院小児科診療案内から見る限りではいずれもNICUの専門家揃いという気配ではないようですから、正直手に余るという気持ちも少なからずあったのではないでしょうか。
この4人で600床の基幹病院の小児科業務もこなし、常勤医7人を擁し「赤十字病院といえばお産のメッカ」と豪語する同院産婦人科と連携して周産期母子医療センターを運営するのですから相当にハードだったのではないかと思うのですが、センター指定される前の平成22年の診療状況が同病院HPに公開されていますので抜粋してみましょう(当時小児科常勤医は3人)。

内科  医師数27/病床数141/一日平均入院患者数146/同外来患者数340
外科  医師数11/病床数63/一日平均入院患者数69/同外来患者数120
小児科 医師数3/病床数14/一日平均入院患者数16/同外来患者数56

ここから医師一人あたりの一日平均入院/外来患者数を計算してみますと以下の通りですが、特に小児科の場合外来診療がかなり多忙だったんじゃないかと想像されますね。

内科  5.4/12.6
外科  6.3/10.9
小児科 5.3/18.7 

センター指定によって当然ながら手のかかる入院患者も増えることになるでしょうし、それに対応して医師一人を増員したという形なのかも知れませんが、しかし内科や外科のような大人数の診療科と比べてわずか4人では単純計算でも毎週2回の当直業務も強いられることになっていたでしょうから、さすがにきつかったのではないかと容易に想像できる状況です。
繰り返しになりますが実際何故こういう事態に至ったのかということは当事者に聞かないことには判らないことですし、実際に新病院への移転合併に不満があってのことだったのかも知れませんけれども、少なくとも客観的状況から見れば元々楽ではなかった勤務状況が昨年からさらに厳しいものになっていただろうと言うことですよね。
そもそも合併話にしても2年後に小児医療センターと合併だと言えば特に小児科内部でもその話が出ないはずもないと思いますが、すでに公的に診療分担が決まっているとも言うのに現場との間では「新病院での医療分担など話し合いはしていない(総務課長)」などと言っているのですから、どれだけ現場無視の病院なのかと思ってしまいますよね。
残念ながらこうした傾向は同病院に限ったことではないらしく、埼玉というところは元々小児科医を冷遇する土壌でも存在しているのか、記事にも取り上げている志木市立市民病院小児科医逃散のケースでもこんな話があったようです。

背景に財政難、瀬戸際の小児救急 志木市民病院の入院休止問題/埼玉(2012年1月27日産経ニュース)
より抜粋

 埼玉県の志木市立市民病院(同市上宗岡)をめぐり、地元が揺れている。志木市が常勤医師3人の退職を理由に、小児科の入院治療を4月から休止すると発表したからだ。地域の小児救急医療が維持できなくなる事態に、近隣6市町は志木市に財政負担の肩代わりを表明したが、後任の医師は見つからないまま。背景には財政難で瀬戸際に追い込まれる市民病院の実態が見え隠れする。(市岡豊大)

重すぎた市の負担

 志木市立市民病院は内科、外科、小児科などがある総合病院。小児科は全病床100床のうち45床を占め、24時間救急に対応できる拠点病院だ。もともと厳しい経営状態だったが、平成21年に利益率の高い整形外科の入院治療を休止したことなどで収支が悪化。22年度には一般会計から5億4千万円を穴埋めする事態となり、小児科だけで1億6千万円の赤字を出した。

 赤字経営の要因の一つに、患者の多くは志木市以外の住民なのに、財政負担は志木市だけが引き受けてきたという構造的な問題がある。

 志木市は朝霞地区4市(朝霞、志木、新座、和光)と富士見市、ふじみ野市、三芳町を合わせた7市町のほぼ中央にある。病院の年間延べ1万2千人の小児科入院患者の約8割は志木市以外の子供だ。周辺市町約70万人分の小児救急を人口7万人の志木市が支えている格好だ。

 志木市の長沼明市長は平成22年11月、朝霞地区3市長に窮状を訴えた。昨年12月、3市は計4500万円の財政支援を表明、他の3市町も続いたが、事態はすでに深刻化していた。

市と病院の対立

 病院にとって致命的だったのは、常勤医師3人の退職表明だ。昨年8月、長沼市長は常勤の小児科医師でもある清水久志院長(64)の今年3月末までの任期を更新しないことを通告。その後、残る2人の小児科医師が自己都合による退職を申し出た

 一連の退職劇の裏には、財政難を背景にした病院と市の対立があるようだ。

 ある病院関係者によると、市長から任期を更新しないことを告げられた際、清水院長は「市には小児医療を継続する意思が感じられない」と語ったという。

 日頃、清水院長は「(患者優先の)病院で赤字が出るのはやむを得ない」としていた一方、市側は経営全体を考えない清水院長の姿勢を疑問視していたという。この関係者は続ける。

 「院長への任期不更新通告は赤字経営の責任を取らせる意味もあった。それに対し、医師たちは市の小児科病院経営に限界を感じたのでは」
(略)

公的病院にとってもはや小児科はお荷物かと感じるような話なんですが、いずれにしても45床、年間1万2000人が受診する小児科の地域基幹施設を3人の小児科医で回していたというのですから経営云々は抜きにしても楽ではなかっただろうなと思われる話で、やはり埼玉県においても全県的に小児科不足は深刻なのかなと思われますよね。
こうしてひたすら日々の業務をこなすことだけでも汲々としていただろうところに「先生~今月も赤字じゃないですか~困りますねもっと頑張ってもらわないと~」なんて日々せっつかれ、そしてついには小児科トップが(経営的観点から)やる気がないと叱責されクビを切られたとなればそれは現場もやってられないというものでしょうが、狭い小児科の世界でこうした話が即座に広まったことは想像に難くありません。
「ろくでもない職場で働かされてたけど、辞めてすっきりしたよ」なんて話を聞けば「うちでもそろそろ考えるか」と言う話も出てくるでしょうし、逃散した小児科医達がより条件の良い施設に集中することになればますます施設間格差も拡大し、不公平感の増大から今後も更なる逃散の連鎖が相次ぐという事態にもなりかねませんね。

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2012年6月10日 (日)

今日のぐり:「ミスター・バーク 岡山岡南店」

どうでもいいことなのですが、最近やたらと怪しげな迷惑トラックバックが増えていて削除しているのですが、これも詐欺紛いのお金儲けネタならまだしも逃亡指名手配半のエロ動画ネタばかりというのは字面的にもキツいので勘弁してくださいイヤマジで…orz
さて、ネタかと思ったら本当だったというのが先日報道されていたこちらのニュースです。

通行人もびっくり!? 死んだネコをヘリコプターに/オランダ(2012年6月5日産経ニュース)

 通行人も思わずびっくり!? ロイターによると、アムステルダム市の中心街を飛行するネコは、オランダのアーティスト、バート・ヤンセン氏の作品「オービルコプター」だ。3日、同市で開かれたアート・フェスティバルで披露された。

 ヤンセンさんによると、作品は「車にはねられて死んだ私のネコ『オービル』に感謝の意を表するビジュアル・アートの一環」だとか。

 作品はラジコンヘリコプターの愛好者と一緒に制作したという。

一体何をどうやったら猫がヘリコプターに改造可能なものなのかと誰しも疑問に思うところですが、仮面ライダーどころではないそのあまりの無茶な改造ぶりは是非ともリンク先の元記事の写真を参照いただければと思います(一応、熱心な愛猫家の方々はご注意ください)。
今日は不幸にしてヤンセン氏に改造されてしまったオービルに敬意を表して、世界中から動物にまつわるびっくりニュースを紹介してみたいと思いますが、まずはこちら事件解決という話題からいってみましょう。

犬ほえ窃盗犯御用 19日後、被害者宅前通る/和歌山(2012年4月30日産経ニュース)

 駐車中の乗用車から現金などを盗んだとして、和歌山西署は30日、窃盗容疑で和歌山市湊北町、無職、藤本順次容疑者(60)を逮捕した。被害に遭った男性の飼い犬が、事件の19日後に男性宅前を歩いていた藤本容疑者にほえたのが逮捕のきっかけになった。

 同署幹部は「何がほえる決め手だったのかは犬に聞いてみないと分からないが、警察犬も顔負けの好反応だ」と絶賛している。

 逮捕容疑は4月11日午前2時~正午ごろ、和歌山市内の男性(35)方の駐車場に止めてあった乗用車内から、現金30万円やカード類が入った財布を盗んだ疑い。

 同署によると、駐車場には防犯カメラがあり、車上荒らしの様子が記録されていた。

 同30日午前7時すぎ、男性が自宅にいると、飼っている小型犬が駐車場近くで盛んにほえ始めた。不審に思った男性が表に出てみると、防犯カメラの映像と特徴がそっくりな男が歩いているのを見つけ、110番通報。男は駆け付けた署員に容疑を認めた。

19日後に同一人物と認識出来たというのもお手柄でしたが、しかし防犯カメラまで用意していても結局最後は犬の方が役に立ったというのはいいのか悪いのかですね。
時折動物が一日○○などと役職を務めることがありますが、こちらすでに常勤扱いという点で少しばかり格上ではないかと思われるニュースです。

「マル住職」人気上昇中 山口・洞春寺の看板犬/山口(2012年3月28日山口新聞)

山口市水の上町の名刹、洞春寺で飼われている紀州犬マルが、寺側の遊びで住職の資格を与えられ、「マル住職」として話題になっている。同寺客殿が山口お宝展の一環で特別公開されているが、併せて本堂でマル住職写真展も開かれ、看板犬としての存在を示している。

同寺の深野宗泉副住職(40)によると、マルは深野副住職と同じ和歌山県生まれのメスの8歳。生後2カ月で京都の南禅寺に預けられ、僧名「丸」として雲水が修行する同寺僧堂で飼われた。深野副住職も1994年から同所で修行していて、マルが飼われ始めると、他の雲水とともに散歩などの面倒をみていた。

修行を終えた深野副住職は2007年に洞春寺へ赴任して来たが、その後、僧堂の雲水が減ってマルの相手が不十分になっているという話を聞き、「一緒に修行した身だから」と、09年にマルを引き取った。ブログを発信するなど情報通信に慣れている深野副住職は同年末に遊び半分でマルに住職の資格を与え、「マル住職」としてデビューさせた。

住職の資格というものがそう簡単に与えられるものなのかは存じ上げませんが、しかし住職としてどういうお勤めを果たしているのかも気になってよく見ますと、人間が副住職で犬の方が上司なんですね…
生き別れた後の再会と言えばかの名犬ラッシーなどもそうですが、こちら距離もさることながらハンパでない時間を経ての再会が実現したというニュースです。

16年前に失踪した猫、見つかる/ドイツ(2012年4月5日AFP)

【4月5日 AFP】独南部ミュンヘン(Munich)で、16年前に行方不明となった飼い猫が発見され、保護された。愛猫「ポルディ(Poldi)」は死んだものとあきらめていた飼い主の女性と間もなく感動の再会を迎えるという。

 ポルディを保護しているミュンヘンの動物保護施設のエフェリーネ・コーゼンバッハ(Eveline Kosenbach)氏によると、ポルディはミュンヘン近郊の森でやせ細った状態で発見された。森の中で暮らしていたとみられる。

 耳の裏に施されていた入れ墨から、すぐにポルディだと分かったという。また、ペットごとに付与される識別番号もポルディのものと一致した。

 コーゼンバッハ氏によると、飼い主の女性は「(失踪から)とても長い年月が経っており、もはやポルディ再び会えるとは考えてもいなかった」という。また、行方不明となったネコがこれほどの長期間、生き延びられたことも「非常に異例」だと同氏は話した。  

 飼い主の女性は5日、ポルディを引き取りに同施設を訪れるという。

しかしその間どういう生活をしていたのかも気になりますが、別れて16年と言えばすでにかなりのお歳なのでしょうから、下手をするとこのまま再会を果たすことなく終わっていただろうとも考えるとますます奇跡的と言えそうですね。
時折飼育係が猛獣に襲われたとニュースになることがありますが、こちら飼育係にならずとも猛獣に襲われ得るというすばらしい?動物園の話題です。

危険すぎてガイドブックに載っていないというアルゼンチンの動物園/アルゼンチン(2012年3月25日GIGAZINE)

檻の中で成獣のライオンや虎に触りながら記念撮影。そんなありえない光景が繰り広げられるというアルゼンチンのルハン動物園に、決死の覚悟で遊びに行ってきた。

こんにちは。世界新聞社の松崎敦史です。世界一周中のわたくし、今、アルゼンチンのエルカラファテという街にいます。エルカラファテはパタゴニアと呼ばれる地方にあって、有名なぺリトモレノ氷河など、氷河観光の拠点となる街です。氷河に関してはまた次週以降レポートしたいと思います。

ところで、ブエノスアイレス滞在中、ライオンや虎の成獣に触ることができ、何ならハグすることも可能という世にも恐ろしい動物園があるというので、急いで行ってきました。
(略)
何故に、この動物園では猛獣に触れることができるのか?飼育員によると「子供の頃から人間の手で育てているから」。その時に「人間を、襲ってはいけない、噛んじゃいけない」ということを教え込む。あとは、犬が人間と接しているところを見せて、人間との接し方を勉強させるのだとか。それでも、例えばライオンのメスを触らせすぎると、オスが嫉妬するので、その辺りのタイミングは考えているとのことです。

「今まで襲われた人はいるのか?」と聞いてみると、飼育員は「いないよ!」と満面の笑みとともに答えました。

一体何がどうなっているのかという状況は是非ともリンク先の写真や動画の数々を参照いただければと思いますが、しかし本当に襲われた人がいないのか、それともいつものラテンのノリで言っているだけなのか微妙なところですかねえ?
びっくりニュースと言えばこちらも何がどうなっているのかさっぱりというニュースなんですが、まずは記事を紹介してみましょう。

飲み込んだ魚が肺でピチピチ、体内で暴れる様子に医師もびっくり。/インド(2012年6月6日ナリナリドットコム)

白魚などの小魚を生きたまま食べる“踊り食い”が好きな人は少なくないが、インドでは川の魚を丸飲みして楽しんでいたという12歳の少年がいた。しかし先日、いつものように遊んでいると、少年は突然息苦しさを覚え、病院に運ばれたそう。医師が調べてみると、お腹に向かうはずだった体長9センチの魚が、彼の肺の中で息苦しそうに悶えている姿を発見。魚は手術で摘出されたものの、医師は今回のようなケースは「20年この仕事をやっていて初めて」と驚いているという。

インド紙タイムズ・オブ・インディアなどによると、この少年はインド中部マディヤ・プラデーシュ州カルゴンに住んでいるアニル・バレラくん。5月23日、彼は友人と一緒に近くの川で遊んでいた。彼らの間では「魚を生きたまま飲み込む」のがいつもの遊び方。この日もいつものように、魚を捕まえては飲み込んで遊んでいたそうだが、やがてバレラくんは息苦しさを感じ、病院へ運ばれる事態になった。

医師が血液検査を行うと、血中の酸素濃度が低く、明らかな酸素欠乏状態に陥っていると判明。そこで原因を突き止めるためにレントゲン検査を行うと、左肺が「不透明な状態」で写し出され、何らかの異物が混入したと分析した医師は内視鏡を使って異物を確かめることにした。そして、画面に現れた原因の物体。カメラが映したのは彼が川で飲み込んだ体長9センチの魚だった。

しかも、魚はまだ生きている状態で、そのときの映像はインドのニュース番組を録画した動画「Fish taken out from lungs of 12-year-old boy in Indore」(http://www.youtube.com/watch?v=FKJUzI-IWe4)でも紹介されている。カメラが中へと進んでいくと、突然体をバタつかせる魚が登場。魚も必死に逃げ出そうとしているかの如く、狭い空間で右へ左へ懸命に体を動かしているのが分かる。

結局45分間の手術を行った後、魚はバレラくんの体から摘出。彼は元気を取り戻したものの、魚の命は助からなかった。本来なら飲み込んだ魚が食道に向かうはずが、たまたま気道に入り込んでしまったために起きてしまった今度のハプニング。手術を担当した医師も「プラスチックなどを誤飲した子どもはよく見て来たが、このようなケースは珍しい」と話し、「こんなの初めてだ」と驚いているという。今回は幸いにして元気を取り戻したバレラくんだが、魚の丸飲みで楽しむ遊びはこれに懲りて控えたほうが良さそうだ。

そもそも魚を丸呑みして遊ぶというのもどうかという話なんですが、リンク先の動画に出てくる気管支鏡の画像がまた何ともシュールと言うのでしょうか、これはもう貴重な症例ありがとうございましたと言うしかないですよね。
最後に取り上げますのがこちら昨今何かと話題の中国からのニュースなんですが、これは何やらもの凄いことなんじゃないかとも思えてしまう大陸的スケール感を感じさせる事件でしょうか。

中国の迷い犬、自転車旅行中の学生らと約1800キロ走破/中国(2012年5月29日ロイター)

[28日 ロイター] 中国で1匹の迷い犬が、自転車旅行中の男子大学生(22)らと1800キロ以上の道のりを走破した。中国中央テレビ(CCTV)が伝えた。

報道によると、自転車旅行中だった学生が今月4日、道中でこの犬を見つけて餌を与えたところ、ついてきたという。学生は「初めは少しだけついてくるのかと思っていた」と振り返り、「シャオサ」と名付けたこの犬から「多くの勇気をもらった」と語った。

シャオサが学生らとともに走破した距離は、24日間で約1830キロ。標高4000メートル級の山を10以上も越え、目的地のチベットにたどり着いた。

CCTVによると、学生は自宅のある湖北省にシャオサを連れて帰ることを決めたという。

どんな強靱な体力を誇る犬なのかと思えばリンク先の画像を見る限りでは小さなむく犬にしか見えないんですが、1800kmにも及ぶ自転車の旅にここまで付き合うというのも何かよほど通い合うものがあったんでしょうかね?
それにしてもこれだけ苦楽を共にした犬ですから連れて帰ることに決めたというのも納得なのですが、何しろ中国だけにこの後想像したくないようなオチがつきそうな気もしないこともないというのが…

今日のぐり:「ミスター・バーク 岡山岡南店」

アメリカンステーキを称し、お手頃な価格でステーキを提供するとうたうチェーン店がこちら「ミスター・バーク」ですが、中国地方を中心に近畿や関東など手広く多店舗展開されているようですね。
ちなみにハンバーグも売っているということですっかりミスター・バーグだと思い込んでいて、実際にそういう誤表記も多々あるようなんですが、HPによればミスター・バークの方が正しいようです。
しかしいわゆる日替わりメニューやレギュラーメニューなどどれもメインの肉料理にご飯とスープというスタイルのようなんですが、オージービーフを使っていることといい一体どこがアメリカンステーキなのだろうか?と深刻に考え込んでしまいました。

この日はサービスランチのうちからソーセージ付きチキンステーキをオーダーしてみたのですが、これに限らず注文を受けるに当たっても特に焼き加減も問わないというのも道理で、熱々に焼けている同社に言うところの「魔法の鉄板」なるものでサーブされてくるようになっていて、これによって各自好きなように焼いてくださいねということのようなんですね。
しかし鉄板の熱量は一定ですしこれくらいの焼き加減でいいと思っても冷ますわけにもいかないわけですから、このやり方ではレアもウェルダンもないだろうというもので、調理コスト削減に有効なのも事実なのでしょうが個人的には苦手なスタイルです。
そのコストということを考えても牛より鶏の方が素材的にはまだましなんでしょうが、食べて見ますとこのレベルの素材だと料理で相当に頑張らないときついなと言うもので、それが微妙な焼き加減も何もないこのやり方で提供されてくるのですから「好きな人にはたまらない」という感じでしょうかね。

ドリンクライスはフリーですのでとりあえず肉も食べられ、安価にお腹がふくれればよいと考える人々に対して一定の需要はあるようでそこそこ人気を博しているようなんですが、それだけに店内はかなり煙も充満した状態になっていて匂い移りを気にする人は用心いただきたいのですが、客席で焼かせているわけですから焼き肉店などと同様に換気には一工夫欲しいですよね。
アメリカンステーキと言いながらフレンチフライなど芋系の付け合わせの設定がないのはどうなんだろうと個人的には思ってしまうのですが、二昔前にはステーキと言えばちょっとした御馳走だったものがこうして気楽に食べにいけるようになったのもアメリカ等から安い輸入牛肉が大量に出回るようになってからだと思うと、なるほどこれもある意味アメリカンということなのかなと納得しておくべきなのでしょうか。

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2012年6月 9日 (土)

恥を恥とも思わなくなると終わってませんか

少し前のことですが、毎日新聞にこんな記事が出ていました。

牧太郎の大きな声では言えないが…:うそつき演歌?(2012年4月17日毎日新聞)

 日本人は「うそつき」が好きだ。それが証拠に?戦後、流行歌の題名に「うそ」がついた歌は128曲。「うそつき」に限定すると36曲。調べればもっと多いかもしれない。

 戦後初の“うそつき演歌”は1950年12月に「ベティ稲田」という人物が歌った「貴方(あなた)は嘘(うそ)つき」。続いて笠置シヅ子の「男はうそつき」、二葉百合子の「嘘つき地蔵さん」、松山恵子の「嘘つき波止場」……そこそこヒットしたが、ついに最大の“うそつき演歌”が登場する。

 ♪ウソツキ鴎(かもめ)に今日もまた お船が来たよとだまされた……で始まる「ウソツキ鴎」(西沢爽(そう)詞・古賀政男曲)。9歳の小林幸子が歌い、20万枚の大ヒットになった。

 63年、小学4年生でTBS「歌まね読本」でグランドチャンピオン。これがデビュー曲だった。

 大人顔負けの歌唱力。“女王・美空ひばり”をほうふつさせる天才少女歌手は「第二のひばり」ともてはやされたが……本家の「ひばり」に嫌われたこともあって、それから約15年間、鳴かず飛ばず。低迷する。

 キャンペーンの毎日。昼間はレコード店や有線放送局。夜は飲み屋、キャバレーで泥酔客相手に歌い続けた。

 芸名は所属レコード会社が変わる度に変わった。小林幸子→小林さち子→岡真由美……。再び「小林幸子」(ワーナー・パイオニア)に戻った時、「あの人は今?」風の“消息記事”を書くためにインタビューした。

 彼女が選んだ場所は東京・新宿コマ劇場の筋向かいの喫茶店。「必ず『ウソツキ鴎』を超える大ヒットを出してコマで歌います!」と決意を話した。もちろん、コーヒー代は僕が払った。

 「嘘」ではなかった。79年に「おもいで酒」が200万枚。紅白歌合戦に初出場を果たす。

 いつしか、紅白のケタ外れに豪華な衣装は“暮れの風物詩”になった。

 波瀾(はらん)万丈の彼女は熟年結婚を選び、今、女性社長「解雇」騒動の渦中にいる。

 小林夫婦側、元社長側の言い分が違う。どちらかが「うそつき」なのだろう。いやいや両方共「ウソツキ鴎」なのかもしれない。ワイドショーの視聴者は「嘘探し」に夢中になる?

 「嘘」を恨み、その癖「嘘」を肯定する“うそつき演歌”そのままの日本という国。「紅白女王の座」を失ったとしても、小林幸子はもっと強くなるだろう。(専門編集委員)

演歌歌手とその夫を巡る一連の騒動がどうなるのか、早くも今年の紅白歌合戦は波乱含みだとかいった声もありましたが、いずれにしても芸能人である以上は誰にも話題にされなくなるよりはネタにでも取り上げられていた方がいいという考え方もあるでしょう。
しかし毎日新聞の販売部数も昨今すっかり低迷しているというのに「日本人は「うそつき」が好きだ」というのもいささか無理があるのではないかと思うのですが、その毎日系列の毎日放送記者が先日橋下市長との間で舌戦?を繰り広げたということが大いに話題になりました。
もともと大阪府の教育委員会が出した職務命令に関する見解を大阪市長に問いただすことにどんな意味があるのか判りませんけれども、当の女性記者はこの問題について特集番組を放送する身であったと言いながらこんなトンチンカンな取材をしているわけですから、それはあまりに不勉強すぎると世間から笑われても仕方がないところではありますよね。
ところが世の中には面白い人々もいて、なんでも地元マスコミ業界人の間では手強い橋下市長を手玉にとったとしてこの女性記者の株が急上昇しているというから驚くしかありませんが、その一方でこんな記事もあるようです。

橋下番記者 ネットで実名で恥を晒され発言躊躇も無理はない(2012年6月6日NEWSポストセブン)

 大阪市の橋下徹市長は週1回の定例会見の他、登庁・退庁時の1日2回、“ぶら下がり”と呼ばれる囲み取材に応じる。そこには30人ほどの番記者が集まる。

 そんな番記者たちの脳裏に刻まれるのが、MBSの女性記者が橋下市長に舌鋒鋭く詰め寄られた5月8日の囲み会見だ。「君が代の国歌斉唱」に端を発する口論は、「勉強してから来い」と記者が罵倒される騒ぎになった。大阪市政の動きをウォッチし続け、『橋下徹 改革者か壊し屋か』の著書もあるジャーナリストの吉富有治氏はこう語る。

「ネットでは『橋下さん、その通りだ』『よく言った』との声が多かったんですが、おかしいなって思う場面がたくさんあるんです。例えば記者に『私の質問に答えられないようならこの会見に来るな』と言っている。政治家の説明責任と、記者が読者に対してする説明責任は次元が異なる問題でしょう。橋下さんは論点をすり替えるのが巧い

 口論を公開した動画アクセス数が200万回を超え、記者が所属するMBSへのクレームが殺到したという。

 こうした丁々発止は珍しくはなく、実名で記者の名前がツイートされ、罵られることさえある。その度に記者には「反論できなかった」「勉強不足だ」――といった声がぶつけられる

 番記者を擁護するつもりはないが、橋下市長は役所を代弁して意見を述べることができる立場である。一方、記者たちが会社代表として持論を披露することはできないのもたしかだ。

 番記者の一人がいう。

「それが記者の弱みだとわかっていて、そこに付けこむのが橋下流。質問には相当神経を使わなくてはいけない。例えば『これから○○さんと会うようですが、何を話す予定ですか』には、『これから話をするんだし相手に失礼じゃないか』と。『皆さん、あの記者にもっと考えて質問するよう教えてあげて』と橋下市長が皮肉った記者がネットで名指しされ、恥を晒されてしまう。記者が発言を躊躇するのも無理はない

 記者クラブでは、いつのまにか厳しい質問を浴びせる機会は減少。橋下市長中心にメディアが回るようになっているという。

あれれ?橋下市長に勉強不足と罵られネットで実名を曝されたMBSの女性記者はすっかり株が上がって大人気なのに、なぜ自分の株を上げる絶好のチャンスを逃してまで発言を躊躇する必要があると言うのでしょうね?
失礼ながら記者諸氏は普段から他人の揚げ足取りから重箱の隅つつきまで自由自在に駆使していて、答える側は日常的に相当などというレベルではない神経を使ってきたわけですから、それに対して質問する側が何も勉強もせず何ら神経も使わずその場の思いつきでしゃべっていいと考える方が非常識なんじゃないですか?
特集番組にまで関わっている人間が質問すべき相手を間違えるという基本的な勘違いをしながらそれに気がつかないどころか逆ギレする、そして周囲の同業者はそれを見てよくやったと溜飲を下げるというのでは、橋下市長ならずとも会見に来るな、そんなレベルで来ても何の意味はないと思ってしまうのも当然でしょう。
弁護士稼業から専門外の市長職に移ってきた橋下氏に対して、長年自分たちの専門分野一筋でやってきた記者が全くお話にならない無知ぶりと恥だけをさらす様子をこれからも全国公開されたいと望むのであれば、せめて大阪らしく自ら笑いの一つもとって見せればいいでしょうに、これではネタとしてもあまりに寒すぎるというものでしょう。

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2012年6月 8日 (金)

医学部新設と文科省の新方針

先日は神奈川県の「医療のグランドデザイン」に医学部新設が盛り込まれたことを巡る医師会とのドタバタ騒ぎをお知らせしたところですが、もしかしたら医学部新設もあるかも知れないとすれば、医学部定員大幅増で医師が増えきってしまう前の今しかないだろうというのは多くの人々が感じているところでしょう。
単純に全体数の多寡だけではなく地域間の医師数格差是正のためにも定員増よりも医学部新設が有効だという主張は以前からありますが、そんな中で目新しい動きとして東北からこんな話が持ち上がったようです。

東北市長会、医学部新設を文科省に要望(2012年6月5日CBニュース)

 東北地方の75市でつくる東北市長会(会長=奥山恵美子仙台市長)は5日、大学医学部新設についての要望書を文部科学省に提出した。

 要望書は、5月17日に仙台市内で開かれた東北市長会総会で採択された「大学医学部の新設をはじめとした東北地方の地域医療充実に向けた取り組みの推進に関する決議」を受けたもの。
 要望書では、東北地方の医師不足は切迫しており、東日本大震災からの復興に取り組む中で、早急に地域医療体制を確保する必要があるとしている。さらに、東北地方が抱える課題を踏まえれば、地域で求められる医師を数、質共に将来にわたって確保していくためには、医学部を新設し、中長期的な医師の確保への取り組みが必要としている。
 要望書は、奥山仙台市長らが文科省を訪れ、城井崇政務官に提出した。
 奥山市長は、医学部の定員増の対応に感謝していると述べる一方で、宮城県には医学部は東北大の1校のみと指摘。地域医療を担う医師を養成する「自治医科大のような形のものがあってもよいのではないか」と述べ、医学部の創設を求めた。
 城井政務官は、震災後の東北地方における医療の厳しい状況や医科大の負担増について理解を示しつつ、「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」での議論や、第一線に立つまで10年必要といわれる医師を育成する間、どう乗り切るのかなどを考慮しながら、今回の医学部新設の要望についても、どう応えていくのか考えたいとした。【大戸豊】

イメージとしては地域におけるミニ自治医大のような形なのでしょうか、東北75市が共同で出した要望書とは言え実際に新設するとなるとすんなり宮城で決まるのかどうかは微妙なところではないかという気もしますが、都道府県単位で訴えるよりは説得力がありそうには思えますよね。
ただこれは新設に限らず定員増も含めて以前から言われていることですが、せっかく学生を増やしてもそれが望まれる場所で働いてくれるという保証は何もないわけで、仮に大学が出来てもこうした要望を出す主体になっているだろう僻地中小自治体の公立病院などに大勢の医師が押しかけるという未来絵図はちょっと想像できません。
かねて卒業生の活動範囲を制限しろだの、診療科に地域ごとの定数を設けろだのと意見は出ていましたが、さすがに都道府県単位というのは権利を侵害しすぎだという批判が出てくるにせよ、例えば今話題の道州制とも絡めてブロック単位で医師をとりまとめるということは検討されてくるかも知れませんね。

そのように未だ売り手市場であるかのように見える医師需給ですが、一方では学生総数は減少を続けている中で理系トップレベルをそうまで医学部ばかりが奪い取っていくのはどうなのかという批判もあるのは確かですし、元々偏差値最上位が入学していた医学部が学生総数が減少を続ける中で定員を急増させれば、どうしても下の方へと門戸を広げていくしかないのは道理ですよね。
かくて医学部内部においても学生の質の低下が言われ、先行して大きく学生数を増やした歯学部や法科大学院などは国試も通らない学校に用はないと一部では定員割れから存続の危機に陥りつつあるとも言いますが、国としても何かしらの対策の必要性は感じているということなのでしょう、こんなことを言い出したと言うのですね。

県またぎ学部再編 1大学法人が複数運営 文科省、少子化で改革案(2012年6月5日産経新聞)より抜粋

文部科学省は5日、国立大学に都道府県境を越えた運営法人や学部再編を促すことなどを柱とした大学改革プランを公表した。少子化が急速に進む中、大学教育の質を高め、世界で活躍する人材の育成が目的。今年度から着手し、中教審の議論などを踏まえながら平成29年度までに実行する方針。

 国立大学改革では、全国立大に来年夏までに、各学部の役割を再定義させ、改革策を打ち出すよう求める。大学や学部の枠を超えて再編を促すものだが、そのために導入するのが、1つの国立大学法人が複数の国立大を運営できる「アンブレラ(傘)方式」だ。民間の持ち株会社に似た方式で、都道府県境にとらわれず、1法人が所在地の近い大学や教員養成系など同じ分野の大学をグループ化したり、教育内容が重なる学部を統合したりできる

 現行法では「1法人1大学」とされているが、文科省は法改正を目指す。

 国立大は、16年に法人化される以前は100校以上ある時期もあったが、少子化などを背景に統廃合が進み、現在は86校。政府の国家戦略会議から、さらなる統廃合促進を含めた改革を求められていた。

 しかし、私大より授業料の安い国立大がさらに減少すると、経済的理由で大学進学の機会を奪いかねない。このため、文科省はアンブレラ方式の導入により大学運営を効率化し、大学をなくさない形で再編を進めることにした。

 高井美穂文部科学副大臣は「少子化に応じて大学の数を減らすという議論もあるが、都市、地方ともに日本が持続的に発展していくためには、高等教育を受ける子供の数を増やし、質を高めていくということが一番大事」と述べた。
(略)

文科省、地域課題解決に取り組む大学を財政支援(2012年6月5日日本経済新聞)より抜粋

(略)
 大学改革実行プランでは国立大の役割を全学部で再定義し、都道府県の枠を超えて機能別に学部を再編する方針を明記した。少子化の影響で私立大も地方の中小規模校は学生募集に苦労するケースが少なくない。地域によっては大学や学部がなくなり、地元が反発することも予想される。同省はCOC構想で地域に根差した大学を支援する姿勢も打ち出して理解を得たい考えとみられる。

 大学改革実行プランではこのほか、私立大の教育の質保証を厳格化する方針も明記。私学助成の配分にメリハリをつけるとともに、教育上問題がある大学に対しては学校教育法に基づく改善命令などを出す姿勢を鮮明にして「社会変化に対応できない大学には退場を求める」と強調した。

問題私大に廃止命令も…文科省、質確保に厳格化(2012年6月5日読売新聞)

 文部科学省は、私立大学の質確保に向け、指導内容や経営に問題がある大学に対して、廃止命令などを含めた厳しい措置で臨む方針を固めた。

 日本の大学の国際競争力の低下が叫ばれる中、質の悪い大学には“退場宣告”を行う一方、優れた大学に重点投資を行い、大学改革を促す

 文科省は今年度以降、経営状況に改善が必要な場合、積極的に実地調査を実施。改善を図るよう経営指導を行う。「改善の見込みがなく、教育の継続に悪影響を及ぼす」と判断した場合は、私立学校法に基づき、学校法人に解散命令などを出す。また、教育の内容に問題がある大学には、学校教育法に基づく改善勧告や組織廃止命令などに踏み切る。

どうも記事を見ているだけでも国立と私立とで随分と扱いに差があるなという印象を受けるのですが、「私大より授業料の安い国立大がさらに減少すると、経済的理由で大学進学の機会を奪いかねない」以上は国立大に関して言えばなるべく減らさずにおきたいというのも確かにそうなのですが、一方で単なるモラトリアムとしてしか機能していないかのような「質の悪い」私立大学には退場を求めたいというのも本音なのでしょう。
もちろんこれは医学部だけが問題となる話ではないのですが、当然ながらすでに定員過剰と言われ国試の合格基準を厳しくしてゲートキーパーにしているという歯学部などは真っ先に対象となってくるでしょうし、医学部においてもいずれ定員を再び絞りにかかってくるだろうことは想像出来ます。
田舎ではまるで商売にならないという弁護士などに比べると医師の仕事は比較的全国津々浦々まで相応に需要があって、本来であれば遠い昭和の時代に現在の形になった医学部配置もその後の需要の変化に応じて再配分すべきなのでしょうが、冒頭の記事にも見られるように医学部定員とはすでに大いなる利権であり、政治的ポイントでもあるとも言えるわけですね。
その昔あくまで医師不足ではなく医師偏在と言うなら医師が余っているのはどこなのかと問われた厚労相が「う~ん…徳島とか?」などと答弁して大騒ぎになりましたが、良くも悪くも臨床現場を通じて社会とのしがらみも深いと言える厚労省と比べれば、いわば教育にだけ責任を持てばいい文科省が入試倍率や国試合格率といったデータを指標にして敢えて空気を読まずに作業を進める方が話は早いのかも知れません。

無論、医学部に限らず実際にここを減らせ、あちらを廃止しろと指導が入るようになれば関連する諸方面から大いに反対論が出てきそうではあるのですが、もともとそこまで学生の質に問題を抱えていた大学に国が退場宣告までしたとなれば、いくら存続したくとも学生に対してどれだけの求心力を維持出来るかは神のみぞ知るですよね。
減少する学生数に対していずれ定員は削減する必要があるというのは単なる事実ではあるし、高等教育の名に値しないレベルの大学などあっても仕方がないというのもその通りだとすると、何しろ表立って反論しにくい話なのも確かですから、後は文科省がどれだけ大なたを振るう気になっているのかです。
もちろん現状で直ちにどこかの医学部を潰すという話にはならないでしょうけれども、現状で医学部新設を要望している設立母体(そのほとんどは私立です)が早稲田を除いていずれも学生の質としては決して高くないと言われるだけに、新設要望を体よくお断りするための新たなハードルとしても非常に使い勝手のいい話と言えそうです。

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2012年6月 7日 (木)

スカイマーク 安さ以外でも大いに話題に

昨今ではどこの業界でもクレーマー、モンスターと言われる問題顧客への対応に苦心しているところですが、とりわけ乗り合わせた乗客の安全性にも関わってくるだけに航空業界では以前から非常に厳しい対応を取っていて、乗務員の指示に従わない乗客がその場で退場を命じられるというケースも多いようです。
そんな中で格安運賃を武器に航空業界に参入してきた会社がこんなことを言っていると話題になっているのですが、まずは第一報となるこちらの記事を紹介してみましょう。

大胆なスカイマーク「苦情受け付けない」「丁寧な言葉遣い義務付けなし」(2012年5月31日スポニチ)

 「機内での苦情は一切受け付けません」「客室乗務員に丁寧な言葉遣いを義務付けておりません」―。航空会社のスカイマークが搭乗客に対して、サービスの簡略化などへの理解を求める内容の文書を、5月中旬から機内に備え付け始めた。

 1998年に運航を始めたスカイマークは、低価格を武器に事業を展開。最近参入が相次ぐ格安航空会社(LCC)に対抗するため、経費削減を進めているとされる。

 コストカットによるサービス簡素化に伴い増加も予想される顧客の苦情に、先手を打つような同社の措置は論議を呼びそうだ。

 スカイマークは、機内の座席ポケットに備え付けた「サービスコンセプト」と題した文書で「従来の航空会社とは異なるスタイルで機内のサービスをしている」と主張。荷物の収納を「乗務員は援助しない」ことや、乗務員の私語を事実上容認し、服装やヘアスタイルについても、会社支給のポロシャツなどを着用する以外は「自由」とするなど、“大胆”な方針を盛り込んだ。

 また機内では受け付けないと表明した苦情については、同社のお客さま相談センターか「消費生活センター」に寄せるように呼び掛けている

 スカイマークは「利用客らからいろいろな問い合わせを受けたため、当社のコンセプトをあらためて明文化した」と説明。

 他の航空会社からは「航空業界の評価を下げかねない」と懸念する声が漏れている。

ちなみにその文書の実物がこちらだということで、服装の規定なども含めてなかなかに思い切ったことを言い出したなと思う話なんですが、特にこうしたノークレームの姿勢を明示することで会社としての評価が下がるか上がるかということも興味深いことで、むしろその方がよいと言う顧客も相応にいそうにも思います。
基本的にこうした格安航空会社はニッチマーケットを狙っているのですから、当社の方針にご不満があるならどうぞ他の会社をご利用くださいと言えるというのが強みでもあって、むしろどこの会社も同じサービス、同じ料金という方がよほど顧客の選択の自由を奪っているという考え方も出来ますよね。
いずれにしても議論を呼びそうな話だなと思っていましたが、ちょうど以前から続く運行安全上のトラブルについて同社から国交省に改善策が提出された時期と重なり注目されたということでしょうか、思ったよりも大きな話題になっているようです。

「機内での苦情お断り」 スカイマークの方針、波紋(2012年6月4日朝日新聞)

 機内での苦情は一切受け付けません――。航空会社スカイマーク(東京都大田区)が乗客向けの対応方針を明記した「サービスコンセプト」が話題を呼んでいる。従来の航空会社にはなかった内容に賛否両論だ。

 スカイマークによると、サービスコンセプトは8項目。B5判の紙1枚に印刷し、5月18日から各席前のシートポケットに入れた。以前から接客方針は同じだが、「荷物の収納をなぜ手伝わないのか」など様々な問い合わせがあり、明示することにしたという。

 インターネット上の掲示板サイトには、サービスコンセプトを巡って1千件を超える書き込みがあった。「目的地に無事着くなら、それで十分」「普段の態度がいい加減だと、緊急時の対応が心配」「クレームに対する先手を打っただけで、普通に対応するのでは」といった内容だ。

 監督する立場の国土交通省の幹部は「挑戦的な内容にも読めるので、これが元で機内トラブルが起きないか心配」。どれも明確に法規に反しているとは言えず、指導の対象外という。

 独ルフトハンザ航空の元日本地区広報室長で、筑波学院大の大島愼子(ちかこ)学長(航空政策)は、サービスコンセプトに記されたサービス内容自体は海外の格安航空会社と同程度としつつも、「読む側の気持ちを考えていない表現が多すぎる。航空会社はサービス業でもあり、客を不快にしないことも大事な仕事」と話す。

 スカイマークは、客室乗務員について「サービス担当者」よりも「保安要員」としての役割を重視しているという。広報担当者は「受け取り方は読み手次第。書かれている内容以上でも以下でもなく、特にコメントすることはありません」。

東京都 スカイマークに抗議文(2012年6月5日NHK)

航空会社のスカイマークが、乗客に対して、機内で苦情がある場合には自治体が運営する消費生活センターに連絡するよう呼びかけていることについて、東京都は「会社に代わって苦情を受けつけるかのような記述は、到底容認できない」などと抗議する文書を送りました。

航空会社のスカイマークは、機内でのサービスの考え方について、先月18日から機内の座席前のポケットに文書を入れて乗客に理解を求めています。
この文書の中で、スカイマークは「機内での苦情は、一切受けつけません。ご不満のあるお客様は、『スカイマークお客様相談センター』あるいは、『消費生活センター』などに連絡されますようお願い致します」と記しています。
これに対して、東京都の消費生活総合センターは「消費者からの苦情は、企業みずからが責任をもって対処すべきだ」として、5日、スカイマークに対して抗議する文書を送りました。この中で、東京都は「全国の自治体が設置している消費生活センターが、会社に代わって苦情を受けつけるかのような記述は、到底容認できない」として、機内の座席ごとに置いている文書を速やかに回収するほか、スカイマークが責任をもって対処することを、新聞への掲載などを通して周知するよう強く求めています。
東京都の抗議について、スカイマークは「申し入れの文書を確認中で、今のところは特段コメントすることはありません」と話しています。

マスコミお得意の煽りもあるでしょうがまた挑発的なことを言っているなとも思うのですが、しかしお役所が妙に早い対応をしてきたあたり余程にクレームが殺到したと言う事なのか、いずれにしても社の方針として行うことなのですからクレームだけこっちに押しつけるなという都側の言い分がこれは正論だろうなと思いますね。
さて、スカイマーク側では同社としての方針は以前から何も変わっていない、ただ明文化されていなかった部分を文書として広く周知徹底させるために行ったことだと言っているのですが、その考え方によると同社の客室乗務員は顧客にサービスを提供するために乗務しているのではなく、あくまで保安要員として乗っているのだということです。
この辺りは航空法によっても国際慣行の上でも客室乗務員とは本質的にパイロット等と同様に保安要員であるという解釈の方が正しいようなのですが、現実的には労使交渉などの関係もあってか保安要員に向いた男性乗務員が極端に少ない(スッチーと言えば女性にとって花形職業の一つですしね)など、必ずしも最善の配置が成されていないのも周知の通りですよね。
世の中には同じ職種、能力であっても相手が女と見ると途端に態度が豹変するという方々が残念ながら少なからずいるのも確かですから、スカイマークが同社の方針を貫くのであれば人選や服装等も含めていかにも保安要員であるということが一目瞭然であるようにしておいた方が、後々の余計なトラブルを軽減できるんじゃないかという気がします。

いずれにしても今までの日本にはなかったやり方ですから、まずはどの程度の需要があるのか見てみたいというのが正直なところなのですが、一部ではこうしたやり方を決して許してはならないと強固に主張している方々もいらっしゃるようで、その根拠として悪貨が良貨を駆逐するという言い方をしているようです。
デフレが長く続き価格破壊という言葉がすでに一時の流行ではなくなってしまった結果、安ければ売れるから安くなければ売れない世の中になってしまい、きちんと正当なコストをかけて良い仕事をする会社が根絶されてしまったじゃないかと言われれば、なるほどお金を出してもきちんとしたサービスが受けられない時代になればそれはそれで困るかなとも思えてきますよね。
ただパイロットや整備士を始め航空関係者というのは各々が高度な知識に裏付けされた専門職であって、特にパイロットなどは世界的にも不足がちな状況が続いている中で日本でも先日60歳以上のパイロットによる二人乗り運行が解禁されるなど数不足への対策が進められているくらいですから、専門職としての発言力はそれなりにあるんじゃないかとも思えます。

それ故にここは安全運行上削るべきではないという部分はきっちりと守ってもらうのは大前提で、削れるところはどこにあるかということを専門家の目線も入れて工夫していくことが必須だと思いますが、その結果として飛行機の利用の仕方といった社会行動にまで影響が出てくるとなってくれば、これはこれで飛行機が完全に生活の中に根付いてきたということでもあり喜ぶべきことではないでしょうか?
今回の騒動も吹きさらしの座席にヘルメットとゴーグルを着用して命がけで乗り込んだ黎明期の旅客機の乗客達から見れば、与圧空調された客室に収まりクッションが利いた座席でのんびりしていれば遠い街まであっという間に送り届けてくれるのに、これ以上一体何が不満なの?と言いたくなるような話なのかも知れません。

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2012年6月 6日 (水)

練馬区光が丘病院問題 区長「やはり無理でした(・ω<) 」

当「ぐり研」でも何度か取り上げてきた練馬区の旧日大光が丘病院問題について、開院が迫っているにも関わらず一向に約束されたような旧病院と同等の水準に復旧出来そうにないとは言われていましたが、しぶしぶながら区長も以前と同等ではないということを認めたということです。

同等の医療規模は「最初からは無理」と練馬区長/東京(2012年6月3日産経ニュース)

 日大光が丘病院(東京都練馬区)を引き継いだ、地域医療振興協会による同病院の開院式が3日行われ、出席した練馬区の志村豊志郎区長が、報道陣の取材に応じた。同病院問題で区長が、取材に応じるのは初めて

 区によると現在の同病院の常勤医は67人で4月より2人増えたが、日大の常勤医122人より少ないことは変わらない。

 後継法人公募要項で、日大病院と同等の規模・機能を求めながら、実際はスタッフが少ないなどの指摘に、区長は「同等とは、数学のように厳密にはいえない」と回答。「最初から(同等にするのは)無理な話」「100%埋めるなんて言えない」と述べ、引き継ぎ前から、日大並みの医療が提供できないとの認識があったことを認めた。しかし、「区政が混乱するので、(同等と)言わざるを得なかった」と反論した。

 また、区は日大が平成3年の開院時に提供した50億円の保証金について、日大と協議に入ったことを明らかにした。

練馬光が丘病院運営問題 「日大と同等」無理と言えず/東京(2012年6月4日東京新聞)

 四月に日本大学から地域医療振興協会へ運営が変わった練馬区の練馬光が丘病院について三日、志村豊志郎区長は報道機関と懇談した。区長は、協会がオープン当初から日大と同等の医療を行うのは無理だと予想しながら、混乱を招くとして区民に言わなかったことを明らかにした。

 光が丘病院問題では、振興協会がどんな医療を提供できるかが住民の関心事だった。区は「日大と同等」と言い続けたが、四月のオープン時点で医師数は大幅に減り、出産の扱いも秋以降となった。

 志村区長は「日大も二十一年かけて成長した」と述べ、「協会もすぐに日大と同じ規模や数でできないことは分かっていたが、区民には言えなかった」と発言。「言えば区民が混乱する。新しい病院が信用されなくなる。医者だって、先行きどうなるか分からない病院には就きたくない」と説明した。

 振興協会は後継に選ばれた当初、日大から医師派遣があると見込み、区長も「少しぐらい残ってくれると思っていた」。しかし昨年十一月、派遣がないと分かった。十一月の住民説明会で、区は「(後継は)同等の医療」と繰り返しながら、実際は病院回りをして医師派遣を要請していたという。

 日大が運営の保証金として区に差し入れた五十億円の返還については、ことし四月に話し合いが始まったばかりという。

 区長が病院問題について公式に語ったのは、一月の新年度予算会見以来。本紙などは今年春に会見を要請したが、区長側が拒否した。今回は撮影のない懇談という形で応じた。   (柏崎智子)

記事を読む限りでも地元の人々にすれば説明責任がどうとか色々と言いたいことはあるんだろうなと想像出来るのですが、現地の方々も黙ってスルーするつもりもないでしょうから今回その辺りは割愛させていただきます。
しかし医療関係者にすれば誰でもいきなり100人単位で医師を呼ぶなど無理な話だと判りきっていたわけで、ああまで以前と変わりませんと言われれば最初から嘘をついているなと誰しも感じていたところでしょうが、さすがに隠しきれなくなってきたというところでしょうか。
「オープン当初から日大と同等の医療を行うのは無理だと予想しながら、混乱を招くとして区民に言わなかった」と語っているのですが、どこの自治体にあっても昨今病院問題は首長の得点にも失点にも直結する住民の関心事になってきているだけに、今後も医療提供水準の低迷が続くようなら議会においても責任追求の声が挙がってくることになるでしょうね。
ただし半減したとは言っても67人の医師を集めたというのは病院規模としては決して小さなものではありませんから、区民の方でもそれなりに努力してきたということは認めなければならないはずですし、むしろ長年続いたしがらみを一度整理して病院の運営を考え直すにはよいチャンスになったと前向きに捉えることも出来るかと思います。

むしろ今回の記事を見ていて気になったのが日大の保証金50億円に関して返還についての協議が4月から始まったばかりだということなんですが、とっくの昔に撤退が決まっていた話で4月と言えば新体制に移行してしまった後でようやく協議が始まったというのは、ずいぶんとのんびりした話だなと思います。
日大側としても50億円と言えば小さくない額ですからもちろん契約が白紙になった以上はさっさと返してくれよということになるはずですが、区側がこうまで引き延ばしたのは一つにはなんだかんだと言いつつも結局日大側も歩み寄るだろうという希望的観測があったのでしょうし、さらには契約違反の何のと難癖をつけてあわよくば50億円を反故にしようという狙いもあったのかも知れません。
この辺りのお金を巡るトラブルは当然ながら「新小児科医のつぶやき」さんを始め多くの方々の注目を集めているようなのですが、以前から光が丘問題を発信してきた練馬区議員の池尻成二氏によればどうもそもそも撤退問題が勃発した根本原因もこの50億円の扱いにあったような印象を受けます。

「50億円」の謎 ~裏側から見る光が丘病院問題~ その8(完)(2011年12月15日池尻成二氏ブログ)より抜粋

(略)
日大医学部の片山医学部長が、同窓会紙に光が丘病院を巡る区とのやり取りの経過を寄稿しています(「日大医学同窓新聞」2011.11.25)。そこでは、こう書かれています。

     本学は、少なくとも最初の契約期間である30年で、(50億円は)必ず返還されると考えてきた。ところが、練馬区は、それが過ぎても、契約が更新されれば返還されることはないと明言するようになった。それでは、本学の附属病院である限り、50億円は永遠に返ってこないことになる。
     区民は、本学による光が丘病院の運営が継続されることを強く求めている。それは、ひとえに、練馬区が「いずれ50億円は返還すべきものと認識している」と言えるかどうかにかかっている。なぜ、区民の医療を確保するために、それくらいのことを言えないのか。

(略)
 この二つの発言は、もちろんいずれも一方の当事者からのものでしかありません。練馬区には練馬区の言い分があるでしょう。しかし、本質的な点で、あるいは核心的な部分で、私がこのシリーズ記事で追体験してきた経過と符合しています。そして、「50億円は返還すべきもの」――私はそう言えますし、たいていの区民もそう言うでしょう。20年前、日大が差し入れた現金をそのまま使ってしまったために、今、即金で50億円を支払うというのはとても厳しいことですが、しかし例えば5億円ずつ10年で清算するということであれば練馬区自身が今は口にしていることです。
(略)

ここで20年前に「そのまま使ってしまった」云々の話が出ていることに留意いただきたいと思います。
無論外部からの断片的な情報から確実なことは言えませんが、厳しい経営が続いている中で50億はもう返しませんも同然のことを言われれば日大側もそれは切れるでしょうし、それじゃ撤退しますと言い出すと慌ててイヤえろうすみませんでした、分割払いででも返させていただきますでは、さすがに信義ある関係を構築するには不安が大きすぎると感じられたでしょうね。
この50億円の扱いについては以前から池尻氏が追求しているところなのですが、どうもこうした保証金というものは自治体会計上は歳計外現金と呼ばれる「雑部金」と言うもので、「地方自治体の歳入歳出に属さない現金であり、したがって通常の予算決算の中ではまったく姿を現さない」、別な言い方をすれば自治体が収入として使うことの出来ない性質のものとして扱われるということです。
土地や建物など担保物件のようなものを考えると判りやすいと思いますが、預かったものを勝手に使用したり処分したりして価値が変化してしまったのではそもそも担保として預かる意味がないわけですから、これはそっくりそのまま手をつけずに返す時まで大事に預かっておかなければならないものだというのは理解出来る話ですよね。
契約の上でも日大側の認識でも50億円は保証金として出されていたものであるらしいのですが、驚くことに1991年にこの50億円を受け取った区側ではこれを「雑部金」として計上することなく普通に一般財源に組み込んで使ってしまっていたというのですから、それは返そうにも返せない(そして、最近まで返す意志もなかった?)のは道理でしょう。

しかし2000億円余の予算規模に対しても小さくない額のお金が急にポンと予算に組み込まれたことに当時違和感がなかったものなのかどうか、保証金と寄付金?では税金等の扱いに違いはなかったのかと色々と疑問もあるのですが、とりあえず当初からマスコミ等で否定的に報じられていたように日大側が唐突に引き上げた、無責任でケシカランじゃないかというシンプルな話ではやはりなかったらしいということなのでしょう。
無論日大は日大で突っ込みどころは幾らでもあるのでしょうし、他方で練馬区側もこれだけのことをやってきたと言うのであればこれまた後ろ暗いところは少なからずあるでしょうから、今回こうして一度契約がご破算になって全てを精算するというのもあるいは本当によい機会だったのかも知れません。
日大に代わって運営を引き継いだ地域医療振興協会としてもこうして先行例がきちんとあるわけですから、十分に状況を検討した上で同じ轍を踏むことのないよう気をつけて運営に当たっていただければと願うしかありませんね。

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2012年6月 5日 (火)

生保問題 単なる個人の資質の問題で終わらせないために

吉本芸人の親族による不正受給疑惑から一気に世間の関心を集めるようになった生活保護問題ですが、全国で「うちも住宅ローンで大変だから生保を受けたい」という声が殺到しているともいい、厚労相も野党自民党も給付水準の見直しや支給の厳格化などを主張し始めるなど、マスコミにとっても売れるネタと認識されたせいか報道が急増しています。
その結果多くの一般の方々にとっては明らかでなかったその受給の実態も各方面から報じられるようになったのですが、とりわけ一説には年収400万レベルと言うその生活水準から「働くよりも生保を受けた方が楽」と自ら職を手放してしまうケースが少なからずあるということも報道されているわけですから、これはやはり制度設計上の問題が少なからずあるのではないかと思わざるを得ません。
もともと日本の生保とは最低限これだけはという水準を担保するために作られているところがあって、それが社会保障として妥当なシステムなのかどうかは議論が分かれているところですが、デフレやワープア化によって生保受給者はむしろ恵まれている階層になってきたという点は否定出来ません。
特に以前から生保受給者に現金を渡すことは「パチンコと酒に使ってしまうだけ」という声も根強く、自民党なども主張し始めているように現物支給に変更すべきなのではないかという声もある一方で、一部には熱心な反対意見もあるようなんですが、現物支給を現に行っているアメリカではこんな問題も出ているようです。

米でも横行“生活保護詐欺” 受給者急増で財政圧迫(2012年5月31日産経ニュース)

 米国には「フードスタンプ」と呼ばれる低所得者向けの食料品購入補助制度があるのだが、換金、売買などの詐欺が横行し、問題になっている。オークションサイトで売りに出し、なくしたといって再発行してもらう。受給者はこの不況で急増。米人口の15%に相当する4600万人に達し、大きな財政負担となっている。きょうのテーマは「悪用される生活保護」とした。(内畠嗣雅 SANKEI EXPRESS)

フードスタンプ詐欺

 フードスタンプは農務省の事業で、費用は連邦政府が負担する。正式名称は2008年に補助的栄養支援プログラム(Supplemental Nutrition Assistance Program=SNAP)に改められたが、いまも「フードスタンプ」で通っている。クーポン券を配布する方式だったが、現在はカードが交付され、スーパーや食料品店のレジでデビットカードと同じように使うことができる。

 1世帯4人家族で月額総所得が2389ドル(約19万1120円)=2011年、法定貧困レベルから算定=を超えないこと、などが受給の条件だ。AP通信によると、フードスタンプの受給者4600万人の半数は子供。一人当たりの平均受給額(月額)は132ドル(約1万560円)。カードは全国23万1000店舗で利用できる。

 フードスタンプへの年間の政府支出は750億ドル(約6兆円)超。このうちの1%、7億5000万ドル(約600億円)が詐欺による損失であるという。

ネットで売却、再発行

 小売店と共謀し、換金する手口は昔からあった。食料品を買ったことにして、“手数料”を差し引いた現金を手にし、遊興などに使うものだ。いま、農務省をいらだたせているのは、カードを売却し、紛失したことにして再発行してもらう手口だ。しかも、オークションサイトのイーベイや案内広告サイトのクレイグズリスト、フェイスブックやツイッターで堂々と買い手を募っている。カードは紛失や盗難の届けがあると無効になるが、それまでは本人確認なしで誰でも使える

 農務省は先ごろ、年4回目以降のカードの再発行申請に際しては、申請者に詳しい事情説明を求めるとする新たな規則を提案した。現行では詐欺の疑いが濃厚でないと、立ち入ったことは聞けない。担当幹部は「繰り返しての申請は認知症のためということもある。弱者には十分配慮したい」と語った。農務省は昨年、イーベイとクレイグズリストにフードスタンプのカードの売買は非合法であることを明記するよう指示した。だが、相変わらずこれらのサイトでカードが売り出されているという。

受給者急増で懸案に

 農務省のデータでは、フードスタンプの受給者は2008会計年度(07年10月~08年9月)は2800万人だったが、金融危機をきっかけに不況で急増し、10年度には4000万人を突破した。08年の政府支出は376億ドル(約3兆円)だった。

 厳しい経営環境を背景に雇用者が、従業員のフードスタンプ受給を当て込んで賃金を不当に抑えるケースも指摘される。共和党の大統領候補指名レースを戦ったニュート・ギングリッチ元下院議長(68)は、フードスタンプの受給者が過去最大になったとして、バラク・オバマ大統領(50)を「フードスタンプ大統領」と呼び、ばらまきだと批判した。

 15年前、フードスタンプの詐欺による損失は全体の4%だったという。カードの導入で、小売店でごまかすのが難しくなり、それが1%に減った。制度の規模が大きくなったため、悪用が目立つのである。

現物支給も現物支給でなかなか難しい問題があるということですし、仮に日本で導入するとなればきちんと先行する諸外国での問題点を検証した上で対策を講じなければなりませんけれども、少なくとも率としては不正は減っている訳ですし、その対策も講じられないものではなさそうです。
その意味で現物支給化をすることはそれなりに有効であるという結論になりそうですが、仮に支給方法がどうなるにせよ受給者との直接交渉にさらされる役場窓口の担当者にも様々な問題は残るわけで、こちらの対策も急がれているのが現状でしょう。
一方では国民から「不正受給まがいの行為を認めるとは何事か!」と叱責され、他方では目の前の受給者からも「生存権の侵害だ!」と言われては彼らもストレスが大いにたまるところでしょうが、暴言暴力によって脅迫されるのは日常的であるともいい、中には受給者に要求され自腹でお金を渡していた職員もいると言いますから大変です。
特に暴力団関係者との重大なトラブルも少なからずあることから、実は今年3月に厚労省から全国都道府県の担当者宛に不正受給防止や暴力団対策の目的で、社会福祉事務所に警察官OBを配置するよう要請があったのですが、これに対して支援団体からは強固な反対の声が挙がっていると言います。

すでに各支援団体ではは反対集会の開催や厚労省あての要望書が出されるなど活発な動きが見られますが、彼らの最も主要な主張を要約すれば「生保受給者・申請者が威圧的な警察官(OB)を見て萎縮する」ということのようで、逆に警察を見て萎縮するような後ろめたい行為をさせてはならないと考える多くの国民の意識とはいささかズレがあるようにも思えます。
もう少しもっともらしく聞こえる反対意見として「ケースワーカーと警察とでは求められる資質が異なる」という意見もありますが、これまた警察OBを配置するという話になったそもそもの理由がケースワーカー的資質ではなくまさに警察的資質が求められる局面が多々あるからであって、当然現場でもケースワーカー的資質が求められるケースではそちらの担当者に相手をさせるわけですから無理筋の反論ですよね。
一方ではこうした話を聞いた人々の間では「また新たな天下り先か」という声も上がっていますが、結局は昨今モンスター対策で病院現場にも警察OBを雇い入れることが広がっていることと同じような話であって、要は犯罪的行為や暴力行為にきちんと正しく対応出来る専門的知識、技能を持っていれば警察OBであるかどうかは二義的な問題であると言うことでしょう。
不幸にしてどこの業界でも昨今そうした需要が急増しているわけですから、将来敵には警察OBなどと限定せず各業種に応じたトレーニングをも併せて受けた専門スタッフが常駐するという形になっていくのが理想的と言え、現状では当座の措置として最もその方面の知識と経験が豊富な人材として警察OBが重宝されているのだと言えそうです。

この生保というものに関しては様々な問題が存在していることは直接関わった誰しもが認識していたわけですが、今まではそれに対して表立って議論することも憚られるような雰囲気があり、ましてや生保のシステムの見直しと言えば支援団体やマスコミ、あるいは関連する政治家などから総掛かりでバッシングを受けかねないという懸念が問題をアンタッチャブルなものにしてきたことは否定出来ません。
吉本芸人騒動などは数多くある問題点の中でも言ってみれば最もよくあるケースでしょせんは些事と言えるのは確かですが、当事者が有名人であり周囲の有名人がこぞって公的に援護射撃を繰り返したからこそ公に議論していいのだという空気が形成されたという点では、非常によい議論の出発点にはなったと思いますね。
きちんとしたデータを公表した上で皆で議論をした結果やはり生保は現状のままがいいということであればそれはそれで納得出来ることであって、一番悪いのは今までこれでやってきたのだからと既得権益として聖域化するだとか、極めてレアなケースを取り上げて「ほら、こんなことになるだろう!?」と普遍的に存在する大きな問題点をスルーしてしまうことでしょう。
とりわけ真面目に働いていながら報われないと感じるワープア層の不満が山積する中で、大阪市での一連の改革路線などへの評価を見ても実はこうした生保対策が票にも結びつきそうだということを政治家が認識するようになってくれば、案外次の選挙での争点の一つとして取り上げられてくるようにもなるかも知れませんね。

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2012年6月 4日 (月)

厚労省、金曜日に健康寿命延長論を唱える

先日は現行制度の存続を前提に小幅な手直しに留めるという政府の改正法案が明らかになった後期高齢者医療制度ですが、当然ながらこの制度の廃止を公約に掲げてきた民主党政権としては公約違反とのそしりは免れません。
結局は自民党などからも指摘を受け野田総理は法案提出を断念する方針を固めたと言いますが、これに対して今度は民主党の側から現行制度を完全に廃止するという公約に従った法案を政府に提出するということで、何やら高齢者医療を巡る環境は未だその行方定まらずという状況のようです。
そんな中で先日厚労省がこんなことを言い出したというのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

健康寿命は男性70・42歳、女性73・62歳 厚労省算出 平均寿命との差縮小目指す 社会保障負担軽減に期待(2012年6月1日産経ニュース)

 厚生労働省は1日、平成25年度から始まる次期健康づくり計画について検討する厚生科学審議会の部会で、介護を受けたり寝たきりになったりせず、制限なく健康な日常生活を送ることが可能な期間を示す「健康寿命」が、22年で男性が70・42歳、女性が73・62歳だったとする算出結果を提示した。次期健康づくり計画に、平均寿命の伸び幅を健康寿命の伸び幅が上回るとする目標などを盛り込む方針を示した。

 少子高齢化が進む中、時期健康づくり計画では、健康な状態で長生きするための社会環境づくりを目指している。厚労省が健康寿命を算出したのは初めて。計画は今月中旬にも正式決定される見通し。

 厚労省は22年の平均寿命を男性が79・64歳、女性が86・39歳と推計しており、健康寿命との差は男性で9・22年、女性で12・77年あった。平均寿命と健康寿命との差は日常生活に制限がある「不健康な期間」で、この差が拡大すれば医療費や介護給付費の多くを消費する期間が増大する

 次期健康づくり計画案では、平均寿命の増加分を健康寿命が上回ることでこの差を縮小し、高齢者の生活の質の低下を防ぐとともに、社会保障負担の軽減も期待するとしている。

 健康寿命を都道府県別でみると、男性で最も長いのは愛知の71・74歳。最短は青森の68・95歳だった。女性は静岡の75・32歳が最も長く、最短は滋賀の72・37歳だった。最長と最短の差は、男性で2・79年、女性で2・95年あり、計画では、こうした都道府県格差の縮小も目標とする。

 このほか、計画にはがんや脳卒中、心臓病など生活習慣病の死亡率の低減に向けた数値目標や、成人の喫煙率を22年の19・5%から、34年度までに12%に下げることも盛り込む。

一見するとなるほど、長生きはしても不健康であっては意味がないというもっともな話なのですが、先日も公的年金の支給開始年齢を遅らせるという話が出てきたご時世にあって、この話も何らかの財政的な意図が込められているだろうことは想像に難くありません。
最も直接的な影響を受けるのは介護領域ですが、仮に厚労省の言う通り平均寿命の伸び幅を健康寿命の伸び幅が上回るという目標が達成されるとすれば介護保険からの給付も少なくて済むと考えられますから、当然ながら公的に投じるべきコストも減少する理屈ですよね。
それでも介護に関して言えば誰しも望んでご厄介になりたいわけではないでしょうから、予防事業など何らかの対策によって介護無しで元気に過ごされるというのであればウェルカムであると言う方もいらっしゃるかも知れませんが、そもそも人間が何故介護を要するようになるかと考えれば単に老化のみに留まらず、何らかの疾患によってというケースが大部分であるわけです。

すでに特定健診(俗に言うメタボ検診)と言われるものが各企業に義務づけられ、この受診率や健康指導実施率、目標到達度といった指標によってペナルティを課されるという「アメとムチ」が振るわれていることは周知の通りですが、この結果大手企業などを中心に健診で引っかかる人材はそもそも雇用しない、あるいは名目上子会社に出向させるといったことも起こっているようです。
もちろん今どき目標は○○です、みんな頑張りましょうで世の中が動くはずもありませんから、適切なインセンティブによって誘導するということが必要なことは理解出来ますが、それではこの場合何をインセンティブにしていくのかという事に注目しないではいられませんよね。
例えばメタボ検診で引っかかるような人々は当然ながら脳卒中等で要介護となるリスクが高い層だと思われますし、実際毎年のデータの蓄積もあるわけですから予防事業につなげやすいということで今まで以上に厳しい指導を求められるだとか、場合によっては医療・介護の給付の多寡によって保険者に何かしらのペナルティが課されるということもあり得るのでしょうか。

一方で際限なく増え続ける医療費への危機感もあって、高齢者医療の見直しの機運が高まっていることは今さらですけれども、以前から言われている超党派議員連による尊厳死法案にしても装着した人工呼吸器の取り外しなど積極的な延命処置の中止にまでも踏み込んだものに修正した上で近々提出されるという話も出ています。
無論、この尊厳死問題は末期における人らしい看取り方という観点から始まった議論ではありますけれども、賛否両論で長年にわたって議論が続けられてくる間に世の中の方では後期高齢者医療制度の是非しかり、末期高齢患者への延命処置の是非しかりと、高齢者への医療給付の問題がかつてないほど注目されるようになってきたという現実もまたあるわけです。
医療の側にしても患者家族の側にしても薄々「何かがおかしいのでは?」と感じていたのは確かですが、何しろ医療費のうち多くの部分を終末期医療が占めているなどと賑やか敷く言われている時代にあって、このところ尊厳死法案と言うものがにわかに実現へ向けて動き出したように見えるのも故あることなのでしょうか。

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2012年6月 3日 (日)

今日のぐり:「みはらし温泉 いけす料理 魚三昧(うおざんまい)」

本日は世界各国から日本にまつわる話題を取り上げてみたいと思いますが、ご存知のように日本は工業用ロボット大国ですけれども、いよいよこの方面でもロボット大国になってきたかと昨今話題なのがこちらのニュースです。

日本で開発された約4メートルの巨大ロボットに世界が大興奮! 海外ネットの声「ガンダム、キターー!」(2012年5月14日ロケットニュース24)

現在ある日本のロボットに、世界のネットユーザーたちが大興奮している。

その世界で話題になっている日本ロボットとは、「クラタス」! これはロボット愛好家集団「水道橋重工」が作った身長3.8メートルの巨大ロボットで、開発が終わり次第、世界規模で発売する予定だというからワクワクが止まらない。

1人乗り用のこのクラタスは、ハンドル操作やスマートフォンからの遠隔操縦など様々な操縦方法を持っているのだが、そのなかでも特に目を引くのがXbox「Kinect」のモーションセンサー機能を使った操縦方法。なんとコックピットの中にいる人物の動きに合わせて、ロボットが動くというのだ。まさにこれはアニメの世界!

子どもの頃に思い描いていた夢を現実のものにしたこのスーパーロボットは、現在世界中のネットユーザーに衝撃を与えており、クラタスを映し出した動画には次のようなコメントが寄せられている。

「ガンダム、キターー!」(オランダ)
「オーマイガー! 日本が世界を支配する!!!」(ポーランド)
「知ってたか? ある山ではエヴァ初号機の開発が秘密裏に進められているんだぜ」(アメリカ)
「これはメタルギアか!? すでに作動していたのか!?」(イギリス)
「ガンダムに一歩近づいた」(アメリカ)
「私は日本に移住する。我らが新しきガンダム大君主をお迎えするために」(アメリカ)
「これは日本のどこかに作動しているガンダムがあるに違いない」(不明)
「日本のYouTubeユーザーたちよ、あなたが誰だかは知らない。しかしもしあなたがこのロボットの整備工本人、もしくはその整備工を知っているなら、彼にこう伝えておいてくれ。『愛しているよ』と」(アメリカ)
※( )はコメント投稿者の国籍

ちなみにこのクラタスは、水鉄砲を装備させて「消防士」として使ったり、モップを装備させて「お掃除マシーン」として利用したりすることも可能とのこと。なんとも多くの可能性を秘めたロボットである。

その詳細は元記事の動画ならびにこちら気合いの入りすぎた製造元のサイトをご覧いただくとして、しかしロボットの操縦にモーションセンサーを利用するというのは非常にいいアイデアですよね。
このような画期的な試みが進行しているとなれば世界の注目を集めることは十二分に理解出来るのですが、一方でもう一つのこんなロボットが世界の注目を集めていることも知っておかなければなりません。

【中国BBS】日本人はどこに向かっているんだ…お尻ロボ開発で(2012年5月15日サーチナ)

  中国大手検索サイト百度の掲示板に「日本人が人間のお尻そっくりなロボットを開発したぞ!」というスレッドが立てられた。スレ主が伝えたこのニュースに対してさまざまな感想が寄せられた。

  スレ主は「日本電気通信大学の研究員が人間のお尻そっくりなロボット“SHIRI”を開発した。これは人間の尻の動きを完全に再現したもので、異なった触り方で異なった反応をする」と、動画付きで紹介している。これを見た中国のネットユーザーから次のような感想が寄せられた。

・「日本人の科学技術はいったいどこへ向かっているのだ?」
・「日本の科学技術はやっぱり何か間違っているよ」
・「日本は技能の使い方をまちがっているよ」

  このように「技術の使い方を間違えている」という意見が多く寄せられた、同様の「あきれた」という感想には次のようなものもあった。

・「これは誰にも見向き去れないような人間が作ったんだろ」
・「尻を模倣したロボットだなんて…日本は変態に決定。節操がないこと決定」
・「日本はこんなものを研究したいのか…。技術と能力があるなら、もっとまともな方向に向けろよ!」

  ほかにも、「日本の科学技術はオタクのため」、「オレにはオタクの未来が見えた」というコメントも寄せられた。「人とロボットの恋愛という時代を期待する」というような前向きな感想もあったが、やはり大多数は否定的なコメントだった。

  「微妙だね~ハハハ」、「さすがは大日本帝国だ」、「日本の科学技術は異次元の方向に進んでいる」など、皮肉じみた意見も少なくなかった。(編集担当:畠山栄)

その詳細はこちらの画像を参照いただきたいと思いますが、機能的側面のみならず視覚的な面にも十分な配慮に基づいて設計されている様子が何とも…すてきと言い切ってしまうのは若干の躊躇を感じざるをえません。
観光地としても絶讚売り出し中の日本ですが、「これはケシカランではないか!」と一部でうらやま…いやもとい、非難囂々だったのがこちらの旅行記です。

【台湾ブログ】彼氏と京都へ行く時は……和服を着て大変身!(2012年4月10日サーチナ)

  外国人が興味を持つ日本文化のひとつに「和服」がある。観光地では和服を借りて写真を撮ったり、おみやげに浴衣を買い求める海外からの旅行者が見受けられ人気。台湾の若い世代にも、和服にあこがれる女性がいるようだ。

  ブログに日記をつづっている台湾人女性の彌莎(ハンドルネーム)さんは、2011年11月末に京都に旅行した記録を掲載。「日本で特別な体験をした。それは、少女の心になって着物を着たこと!」と書きつづった。

  京都には恋人と一緒に行ったという彌莎さんは、京都の旅行記をつづっているブロガーの意見を出発前に参考にし「京都で和服に変身することを決めた」という。そして台湾の人々によく知られている「染匠」という店で、着物をレンタルしようと決意。「京都にはたくさんお寺があるが、私は初体験を清水寺に捧げたい。そして着物姿で二年坂や三年坂をゆっくり歩き写真を撮りたい」などと述べ、下調べや計画をばっちりこなしていたことがうかがえる。

  実際訪ねてみると、「染匠という店は、年配女性が経営していてゴージャズな飾り物はなかったが、伝統ある店で気品であふれていた。着物のレンタル価格は5250円で決して安くはない。でも体験価値は十分あり! 予約を忘れた私はたまたま運良くレンタルできたが、絶対に予約するべき。みなさん、忘れないでね!」と伝えた彌莎さん。台湾の人々にとって、いい情報になることだろう。

  「着物の色を選んで着替えるが、下着はショーツのみ。着付けをして髪飾りや下駄を選ぶが、着物の色に合わせてくれる細かい気遣いがうれしく感じる。そしてこの店の下駄と足袋は、一日履いても足が不思議と痛くならない」など、流れや感想をつづった彌莎さん。寒い日は温かなショールを貸してくれたり、朝10時に行けば18時までレンタルできるというサービスに、感激したようだ。またブログに載せてある写真を見ると彌莎さんは大変な美女で、京都の街を歩いているモデルと思われ、すれ違う人に何度も記念撮影を頼まれたそうだ。

  そして彌莎さんが一番面白く感じたのは、最後に体験した彼氏との共同作業。「散策を終えて染匠に戻ると、お店のお婆ちゃんが彼氏を呼び、着物を引っ張るように指示をした。男性が女性の着物を脱がせる体験を、彼氏にさせようと考えたのだ。彼氏が帯を引っ張った瞬間にぐるぐる回った私……まるで映画のシーンのようで、彼氏と一緒に大爆笑した」という。

  「彼氏に脱がせてもらうのは、本当にお薦めです! 恋人同士ならきっと楽しめると思う」と、ブログを締めくくった彌莎さん。美しい着物姿の写真を数多く撮り、思い出深い京都の度になったようだ。染匠は歴史ある店で、清水寺や祇園などの各名所に徒歩で行けるロケーションの良さや、ホームページは英語と中国語対応で外国人が安心して利用できると人気のようだ。夏は持ち帰りOKの“浴衣プラン”もあり、お客様のニーズを見込んだサービスで、今後ますます注目を集めそうである。(編集担当:饒波貴子・黄珮君)

待て、いったい台湾ではどんな日本映画をやっているというのだと何やら誤解されている疑問なしとしませんが、何よりこのかわいらしいブログ主が彼氏とあ~れ~…とやっている旅行記ラストの写真に怨嗟と嫉妬の声が集中したとかしないとか。
日本と言えば一般的に平和で治安の良い国であるというイメージを持たれているようですが、何やら日本の中でも特異な地域を経験したという旅行記もあるようです。

【米国ブログ】大阪の新世界「日本の中で異文化を感じた」(2012年3月25日サーチナ)

  米国のブログ「shaun-nihon.blogspo」では、日本に留学中の米国人女性が大阪を旅行し、感想をつづっている。

  大阪の天王寺区にある新世界を訪ねた筆者は、不思議な雰囲気に圧倒されたと心境を語っている。筆者は、大阪を旅行するなら天王寺に行くことに決めていたという。天王寺に同名の寺があると思って行ったが、存在しなかったのでがっかりした様子。天王寺公園や動物園を散策しているうちに、新世界に迷い込んだという。

  筆者は、日本でこれまでに感じたことのない危険な雰囲気を新世界に感じたという。至る所でレストランに誘い込もうとする人々が立っており、昼食を食べる店を決めかねて歩いていると、いきなり注意を引こうと腕をつかまれたとショックを受けた様子で語っている。

  ようやく大阪名物といわれる「串カツ」の店に決めて入った筆者、串カツのおいしさに舌鼓を打ったと感想を記している。しかし、串カツの店頭に立つ大きな串カツのマスコットには圧倒されたようで、「ソースの二重取りは禁止」と叫ぶ姿を見て驚いたと記している。

  昼食後、筆者は通天閣にある幸運の神として知られる「ビリケンさん」を見に行ったとつづっている。ビリケンさんはほかの仏像とは顔が違い、日本人風の顔ではなかったと印象を語っている。ビリケンさんの足を掻いてあげるとご利益があるとされているので実行してみたという筆者。日本にはそういった迷信があるのが興味深いとつづっている。

  新世界を散策して、混乱と違和感があったが、日本の中でもさまざまな文化があることを体験できてよかったと締めくくっている。(編集担当:田島波留・山口幸治)

まあ外国人の一人旅でこうした濃い地域に脚を踏み込むのがいいのか悪いのかですが、平穏な日本の日常からいきなり新世界ではそれは異なる文化圏と感じてもおかしくはないんでしょうね。
昨今では食の面でも日本のそれは注目を浴びることも多くなっていますが、世界各国と同様に日本でもオリジナルのパチモノ料理は沢山あるのだということが判るのがこちらの記事です。

【ビックリ日本】中国にない中華料理(2012年3月12日産経新聞)

日本の中華料理店ならどこでも食べる事ができる定番メニューですが、中国人に言わせると「中国で、こんな料理は見た事が無い。」ということです。

この動画を見た中国の若者達から、面白いコメントが届いています。

中国の男子なら日本アニメ「ドラゴンボール」は誰もが知っているそうですが、そこに登場する人気キャラクターの名前がこの中華料理の名前だと初めて知ったと言う事です。

今後、彼らはドラゴンボールを見るたびにこの料理を思い出すに違いありません。

そしていつの日か、彼らは必ず日本にやって来て中華料理店を訪ねるはずです。

思わず「ク○リ○のことかーっ!?」と叫んでしまう人が多かったというこのニュース、正解はリンク先の愉快な動画を参照いただきたいと思いますが、ちなみに日本では定番中の定番であるエビチリや八宝菜も厳密に言えば日本発のメニューだとも言いますね(オリジナルとなった料理や似た料理はあるのですけれども)。
冒頭のロボットのように日本と言えばちょっと斜め上方向に妙なエネルギーを注入する国だというのは昨今世界に広まりつつある認識のようですが、こちらその斜め上っぷりが海外でも意外に大受けという菓子の話題です。

日本の菓子のクオリティの高さは異常。海外でも話題に(2012年1月14日秒刊SUNDAY)

当サイトでも以前紹介したおかしでできたお寿司『たのしいおすしやさん 』ですが、その完成度の高さに驚愕させられた。そしてこのお菓子の評判はYouTubeを通じて海外に飛び火、『凄い』『楽しそう』と絶賛の様子だ。中にはめんどくさそうだと嘆くユーザもいるようだが、基本的jに日本のお菓子のクオリティの高さに絶賛しているようだ。

(画像)

動画URL
http://youtu.be/Gr-qewC-4gY

たのしいおすしやさんの、メインイベントといえばこの「いくら」づくり。赤い液体をスポイトで垂らすと、実にリアルなイクラが次々と製造できるという、仕組みはよくわからないがとにかく楽しく至福の瞬間でもある。その他、マグロやタマゴの完成度が高いのは言うまでもなく、お菓子というカテゴリを超越した全く新しいジャンルの料理ともいる。

さてこのお菓子、YouTubeにアップされ海外でも絶賛の様子だ。もちろん「やってみたい」「たべてみたい」というユーザも多いが中には面倒だと嘆くユーザもいるようだ

―海外の反応

・日本のものは何もかもカラフルでおいしそうだ
・子供じゃないけどこれは欲しいわ
・童心に変えさせるわ
・うわーめんどくさそう
・タマゴとかどうなってんの
・この作業がだるそう。
・普通に寿司食いたい
・このプラスチックは捨てるのか?もったいないだろ。
・日本は全てがリサイクル可能なクレイジーな国だから使いまわすんだろ
・日本はなんでもリサイクルするときいてます。
・このすしもリサイクル品だろ
・凄いけどアメリカ人じゃできないなこの作業は
・これ完成品じゃダメなのか?

寿司の他にもケーキもあるようで、一昔前に流行った「ねるねるねるね」よりも更に製造お菓子業界は進化していると感じる。

同社のHPにいってみますと何やら各種製品をシリーズ展開されているようで驚くしかないんですが、こういうのも発想の根本はままごと遊びなんでしょうかねえ…
最後に取り上げましたのはこちらの話題ですけれども、まずは記事から紹介してみましょう。

外国人「日本のフーリガンおかしいだろ、礼儀正しすぎる…」(2012年1月9日らばQ)

サッカーで暴徒と化すような集団をフーリガンと呼びますが、海外では一度暴れだしたら手がつけられないのが常です。
ところが日本のサッカーファンが路上で大騒ぎしている映像が、「日本人は暴徒さえも規律正しいのか」と驚かれていました。
海外のコメントとあわせてご紹介します。

Youtubeの映像は以下。
The most polite hooligans you'll ever meet. - YouTube

これは2010年の6月24日に、日本代表がデンマークを3-1で破り8年振りの決勝トーナメントへ進出を決めたときのもの。
六本木で若者らが興奮しているシーンを撮影されたものですが、路上での大騒ぎ振りは一見すると、海外のフーリガンと変わりありません。
ところが信号が赤に変わり、警官たちが道路整備を始めた途端…。
クモの子を散らしたように大人しく歩道へと退散していきます。
青になると、再び道路に飛び出しての大騒ぎ。
これだけの騒ぎでも、余裕の態度の警察官。
そして赤になると、再び道路わきへ退散。

どう見ても暴徒にしか見えない集団なのに、みんなご丁寧に歩道に戻っている様子が、海外の常識からすると信じられないようです。
海外の反応を抜粋してご紹介します。

・これには感心するよ。
・かなり美しいね。尊敬だ。
・東アジアにはアメリカにないものがある。アメリカには東アジアにないものがある。
・アメリカにあって日本にないものってあるのかよ。
・肥満…。
・「車が来た!」「ゲーム開始!」
・すごく日本に旅行がしたい。そして田舎で自転車旅行したい。
・自分はそれをやったよ。日本の9都市を自転車でまわった。日本人は本当にすごくて、いろんなところに連れて行ってくれて、極端に親切だった。時々ギフトまでくれたりもした。
 自分はニューヨーカーなので、人の愛想の良さをすごく疑わしく思っていたけど、心ある日本人に心地良い思いをさせてもらったよ。同時に殺されるとか思っていた自分に失望した。
・今日、僕は日本の警察がライトセーバーを持っていることを知った。
・文明国になると、武器までエレガントなのかよ。
・警察も丁寧で笑っていて、やさしいぞ。
・たぶん、相手が日本人のときだけ…
・日本人は本当に礼儀正しい人々だよ。東京で酔ってふらふらと通りを歩いていたら、工事現場にぶつかって、バリアのいくつかを倒してしまって、見ていた警備の人にぶつかったんだ。すると僕を起こすのを手伝ってくれただけでなく、悪くは思ってないとまで言い、写真まで撮らせてくれたんだ。
・オレの友達は日本で飲みながら歩いていたら、飲んだボトルを警官がリサイクルボックスに入れてくれたらしい。
・昔、いろんな国籍の旅行者グループに対して、さまざまな実験をするテレビ番組を見たことがある。グループの1人だけは役者で、撮影されていることを知っていて、その一人がいろんな状況を作り出すというものだった。
 ひとつはホテルのバーにいるシチュエーションで、バーテンダーがいきなり姿を消す。するとその役者が勝手にバーのドリンクを盗み始めるというものだった。役者はカウンターの後ろに行き、飲み物を盗んで他の客にも与えだすんだが、たとえばイギリス人のグループだとみんな笑って、一緒に盗み出していた。
 ところが日本人グループは、全員がその泥棒に背を向けて、ショックを受けているようだった。バーテンダーが戻ってきたら、一番年配のカップルがバーテンダーに何があったかを言い、心から謝り、他の日本人がみんな彼のようだと思わないでくれと言っていた。
・それは我々が、間違った国に原爆を落としたって言ってるのかい?
・警察が殴ったり、催涙スプレーしたりしていないことに気付いた。親切にちがいない。
(参照:無抵抗の学生に警察が催涙スプレーしている写真…あまりにひどいと批判殺到)
・バンクーバーはここからたくさん学ぶことがある。
・似たような話がある。自分が東京に住んでいたとき、帰りの電車でポケットから財布が座席に落ちてしまった。それに気づかないまま電車から降りたら、誰かが僕に財布を返すために、走って降りてきて追いかけてきた。
・僕はカナダ人で、数ヶ月前にスーパーのレジに並んでいると、前の人がクレジットカードを抜かずに帰っていったことに気付いた。僕はそれを抜いて、レジの人にすぐ戻ると行って、追いかけて駐車場で見つけて彼に返すと、彼はお礼を言った。レジに戻ると僕を待っていたことで誰も文句は言わなかった。自分はこうしてほしいと思うことを人にするだけで、それは日本特有のことでもカナダ特有のことでもなく、人間のすることだと思う。
・日本人はすごいやつらだ。一度すごい酔っ払って、携帯を片手に持ち、財布をもう片方の手にしながら、エレベーターの中で気絶した。月曜の朝の10時に目が覚め、従業員たちが何人もエレベーターに乗ったと思うが、誰も僕を起こさず寝かせておいてくれたようだ。警察も現れず、叱られることもなかった。そして財布と携帯も手にしたままだった。きっと寒かったら誰かが毛布をかけてくれたんじゃないかと思うほどだ。
・フーリガンじゃなくて単なるサッカーファンだろう。

もちろん良いところばかりではないですが、行儀が良いと褒められると嬉しいものですね。
警察官が笑顔なのは、日本が勝利して一緒に喜んでいるからではないかと思います。

思い起こせば日本が主催することになった2002年のW杯ではついに一人のフーリガンも逮捕されなかったということが海外でも話題になりましたが、イングランドに限らず日本滞在は各国の人々に大きな印象を残したようで、あちこちで様々なエピソードが語り継がれています。
イギリス人ジャーナリストのサイモン・クーパー氏はこの不思議な訪日体験を「ニッポンが僕を泣かせる」という有名な一文において「明るく無害なナショナリズム」と表現しましたが、フーリガンのような海外発祥の文化でさえも日本式に取り込んで換骨奪胎してしまえるというところが日本のcoolさの原動力であるのかも知れませんね。

 ふつうW杯では、選手よりファンが主役になる。今大会で僕は2度涙ぐんだ。どちらも日本のファンに心を動かされたときだ。
 1度目は、日本─ベルギー戦で両チームの1点目が立て続けに入ったとき。双方のファンが跳びはねながら「アイーダ」を歌う声が、いつのまにか一つになった。偶然と思うかもしれない。でも僕はヨーロッパで25年前からサッカーを見ているが、両チームのファンが一緒に喜んだ光景はまったく記憶にない。
 2度目は、宮城スタジアムで行われたトルコ戦で終了のホイッスルが鳴った後。その瞬間、日本のW杯は終わり、歌い続けていたファンは静まり返った。
 4秒ほど沈黙が続き、拍手がわき起こった。スタンドに礼をして回るトルコの選手を、日本のファンが拍手で迎えていた。続いて日本の選手がピッチを1周すると、雨がっぱを着たファンはまた拍手した。
 日本の選手は多くが泣いていた。僕も少しだけ泣いた。自分でも恥ずかしくなったが、イギリス人の同業者から彼も涙を流したと聞いて安心したものだ。
 この日のスタジアムには「サッカーファンはこうあるべき」という要素がそろっていた。限りない情熱、チームへの忠誠、そして自由な表現。顔をしかめたくなるようなものは、何もなかった。
 トルコのセノル・ギュネシ監督も気づいていたらしい。「おい、日本人は負けたチームに拍手してるじゃないか」


今日のぐり:「みはらし温泉 いけす料理 魚三昧(うおざんまい)」

広島県の工業都市でもある三原の市街地から呉線沿いに港の対岸の方へと渡っていきますと、三菱の工場の傍らや海浜公園を通り抜けてこちら海沿いの住宅地入り口にあるのがその名も「みはらし温泉」で、今回お邪魔した「魚三昧」はレストラン部門ということになるのでしょうか。
食事だけの利用も可能なのですが、場所柄入浴とセットで利用する方が多いようで、雰囲気的にも料理屋というよりも温泉宿そのものという気配が漂いますね。
いけす回りのカウンター席もあるようなんですが、おすすめは今回案内された海沿いの個室席ということになるのでしょうか、瀬戸の島々が真っ正面に見える眺めのいい場所でのんびり食事が出来るのは結構なことだと思います。

今回メインに頼んだのが定番メニューの海鮮丼なんですが、瀬戸内で一般的な食材であるしゃこが加わるのが珍しいと言えば珍しいものの、全体的には鯛やイクラ、ウニなどをトッピングしたごく無国籍な造りで、こうした漁港に近い田舎町でよくある地のものを使ってみましたという感じはあまりないようですね。
個人的にはこういう綺麗な刺身にしたものをトッピングするようりは、まともな刺身にならないような磯の小魚の切り落としなどが入っている方が好きなんですが、味そのものは別に悪くないので強いて言えばセットメニューなどと比べるとややボリューム的に見劣りするということくらいでしょうか?
そのセットメニューの方も軽くつまんでみましたが、舞姫御膳の方はその名の通りいかにも女性向けという感じに少し洋風の盛り付けを意識しているようなんですが、これまた地のものを使ったと言うよりは人気の出そうな皿を取りそろえてみましたという感じですよね(それにしても豚の角煮って…)。
潮彩御膳の方は白木の箱入りでいわゆる和定食のようなものですが、これまた生春巻きやコーヒーゼリーなどちょっと無国籍なところもあるのに加えて、地元の穴子やタコでも出しておけばよさそうなものなのにカニ爪の天ぷらなどがついてくるというのは、悪い意味で田舎の温泉旅館風な印象が拭えません。
実際のところは地元か近隣地域の人達が主要顧客なのでしょうから、わざわざ温泉旅館にまで来てお金を出すのに日頃食べているようなものを出されても受けが悪いのも確かなんでしょうが、地道に単品メニューを見繕っていくしかないというのであれば正直面倒くさいと思ってしまいます。

値段は席料込みと言う感じで食事だけなら少し割高な感じもありますが、田舎町でたまたま立ち寄ったお店と考えると特に外れという味でもないですし、コストパフォーマンスだけが売りのお店よりはちゃんと手間もコストもかけているのは理解出来ますが、その努力の方向性がどうなのかです。
味が評判になってお客が遠くから通ってくると言うほどに質の絶対値が圧倒的に高いというわけでもないですし、元より料理自体はよく言えば無難ですが前述のようにどこででも食べられるようなものを(わざと?)揃えてある、そしてこの値段なのだから膳に箸置きくらいつければいいでしょうに牛丼屋のような安っぽい箸箱にどかんと割り箸が放り込まれているあたりには興ざめしてしまいますね。
通路側の壁にはお得なおすすめメニューらしいものがたくさん貼り出されているんですが、これが締め切りの個室に入ると全く見えなくなってテーブルにはレギュラーメニューだけしか置かれていないというのもどうなのかで、トイレなども広くてきれいなのに何故か肝心の個室が狭かったり和式を洋式に改装したのか便座の位置が中途半端だったりと、どうも小さなところであちこち残念な感じが漂ってきます。
部屋に湯飲みとポットが置かれていてお茶はご自由にどうぞといった感じで接遇面がいかにも旅館風なのは好みの問題でしょうが、同じような感じの温泉旅館は日本全国に数あれど、なんと言うのでしょうか観光地慣れしていないような雰囲気が随所に感じられたのが一番印象的だったでしょうか。

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2012年6月 2日 (土)

マスコミが旗幟を鮮明にするのはいいことです、が

先日こんな記事が出ていましたけれども、ええっ?!と驚くよりもまあそんなものなんだろうなあと言う感想を抱く人の方が多そうな「マスコミの常識は、世間の非常識」ではありますよね。

なぜマスコミはインチキをしても「ごめんなさい」と言わないのか/窪田順生の時事日想(2012年5月29日産経ニュース)

 以前、このコーナーで、福島第一原発から避難してきた作業員と家族が放射線検査でパニック状態になっていた映像をテレビ局がお蔵入りにした、という話をしたら、読んだ方たちから反響があった。
 「マスコミの常識は、世間の非常識」を象徴するようなエピソードだが、そういう非常識な世界で生きてきた人間からすると、この手のネタは言い始めたらキリがない

 例えば、昨年3月18日、東電幹部から「手遅れかもしれないが、事実なので報じて欲しい」ということで情報提供を受けた
 なぜ彼が口を開いたかといえば、その前日、NHKなどで「福島 除染が必要な被災者なし」という報道があり、「さすがに黙っていられない」と憤りを感じたことがきっかけだった。
 内容は簡単に言うと、内部被ばくの危険性だ。彼が言うには、当時、地方自治体がおこなっていたスクリーニングはザルで、原発周辺から逃げてきた方たちが放射性物質を身体に付着させたまま日本全国を移動することで、それを吸い込んだ方たちが内部被ばくする恐れがあるというものだった。

 この経緯は『原発の深い闇』(宝島社)という本で紹介したが、マスコミが彼の告発を取り上げることはなかった
 彼は私だけではなく、テレビ、新聞などのマスコミ記者にこの話を持ち込んだが、最初は身を乗り出して聞いていた者も、しばらくすると暗い顔でこんな弱音を口にしたという。
 「上にかけあいましたが、ダメでした。そんな話を報じたら放射能差別だって苦情が殺到するって」

 おいおい、報道機関のくせに、そんなに苦情が怖いのかとあきれるかもしれないが、彼らは怖がっている。報道は組織が大きくなればなるほど、視聴者や読者からの苦情を意識して、なにも言えなくなくなるのだ。

●マスコミが頭を下げない理由

 いったい、なぜこんなお粗末なことになるのかというと、マスコミというのは「人に頭を下げる」ということを極度に恐れるからだ。
 新聞社に入社すると「お詫び記事を出さない」ということを徹底的に叩き込まれる。確かに、不祥事企業や政治家の謝罪会見で、「なんで発表がこんなに遅れたんだ!」「ちゃんと謝れ!」とかエラそうに言っている連中が間違いだらけではカッコがつかない

 だが、記者は神ではない。せいぜい、有名大学の法学部や経済学部を卒業した程度で、電通や講談社などのマスコミ受験をしてたまたま引っかかったというフツーの人も多いので、官僚や政治家の情報操作に引っかかって、偏った話を流す。しかもわりと頻繁に
 だが、それを認めてしまうと諸先輩たちが築き上げた報道機関としての信頼が……という重圧がやがて「頭を下げないでやり過ごす」という「作法」を生むことになる。

 「報道」には実は、茶道や華道に通じる厳密なルールがある、と私が主張している所以だ。

●「報道」は思った以上に奥が深い

 茶道の大成者である千利休は、天下人秀吉に逆らって、罪に問われた際にこのように述べたという。
 「頭を下げて守れるものもあれば、頭を下げる故に守れないものもございます」
 権力に屈して自分を否定したら、茶の味が穢(けが)れるというわけだ。同じく「道」を名乗るマスコミも、そんな利休を真似る。

 1カ月ほど前、日本テレビの「news every.」が特集「食と放射能 水道水は今」の中で、飲料水販売会社を取り上げた。だが、その時にブラウン管に登場させた「顧客」がその会社の経営者の親族だということが発覚した。
 実はこの番組では昨年にも同じようなインチキをした前科がある。
 さすがにこれは平謝りだろうと思っていたら、番組のWebサイトに「報告」という奇妙な声明がアップされていた。

 この事実は日本テレビの「取材対象企業の利害関係者をユーザーとして扱ってはならない」という取材ルールに抵触していました。今後は十分注意し、視聴者の皆さんの信頼に応えた番組つくりをして参ります

 視聴者をダマしてすいませんだとか、あまりにずさんな製造工程でした、ということは一切ふれない。もしこれが「食」や「健康」を扱う企業の声明なら大炎上じゃねーかとあきれるだろうが、頭を下げるとペンが穢れる、という生き方を貫く人たちからすると、これでもかなり譲歩した方である。
 「報道」はみなさんが思っている以上に奥が深いのだ。

ま、こういうのを奥が深いと表現するのが適当なのかは判断が分かれるところだと思いますが、学生時代にはまともな人間だったのが業界に入ると数年ですっかりそちら流の「作法」に染まってしまった、というケースはマスコミに限らずままあることで、結局その作法がその他大勢の社会にとって有益なのか有害なのかということが問われるのだと言うことなのでしょうね。
さて、大阪市の刺青職員調査問題はなかなかにこじれているようですが、この件に関して地元毎日新聞が連日積極的な報道を行っていることが注目されます。
新聞などの記事については一見して複数意見を公平に採り上げているようでも、おおむね記事の最後に取り上げるのがメディア自体の主張に沿った意見であると言いますが、この点から判断すると毎日新聞の論調がどこにあるかということは明らかですよね。
先日は系列の毎日放送も橋下市長と華々しい?舌戦を繰り広げたことが話題になりましたが、自らの立ち位置に関してとうとう開き直ったかのようにこんな記事を書いているのですから分かりやすいのは確かです。

がんばっペン:多様性こそ社会 /茨城(2012年05月31日毎日新聞)

 大阪市で行われた全職員を対象としたタトゥー(入れ墨)調査を、私は疑問に感じている。調査をしなければ分からない程度であれば人目に付くこともなく、職務に支障が出るとは到底思えない。調査の発端は、児童福祉施設の職員が腕の入れ墨を児童にあえて見せたこと。入れ墨の有無ではないはずだ。

 私は米国留学中にタトゥーを入れた。もちろん今も体にある。人種差別を批判する米国の音楽を好きになり、タトゥーに興味を持った。米国でファッションとして浸透していることもあった。同時に、社会問題に関心を抱くきっかけにもなった。そのおかげで今の私がある。取材の時は人目に触れない服装を心掛けている。タトゥーを彫ったことを後悔したことはない

 タトゥーを入れている人は日本社会では少数派。嫌悪感を感じる人が多くいるのも分からなくはない。しかし、なぜレッテルを貼って管理する必要があるのだろうか。自分が嫌いなものを排除すれば、楽だろう。しかし、そういう社会を望むのならば、ロボットの社会を作ればいい

 日本には四季がある。春夏秋冬、違う表情を見せる。人間も、それぞれが違うからこそ面白い。私は、そう思う。【杣谷健太】

やはりそういうことかとしか言いようがない記事ではあるのですが、全く無関係な茨城の地方版にまでこんな熱心な擁護記事を載せるというあたり、ともすれば表向き公正中立のように偽って偏向報道を繰り返すメディアも多い中で毎日の社としての姿勢を非常に明確にしたのは良いことだと思います。
この毎日に限らず多くのマスコミが反対してきたのが東京都の尖閣購入問題で、当初は「そんな支出に対して都民の理解が得られるとは思えない」と言い、都知事が寄付金で賄うと表明すると「そんなことに金が集まると思っているのか」と批判しと、まさに「理由付け、四苦八苦」という状況にあるようです。
結局のところあっという間に購入予定金額に迫る寄付金が集まってきたことで彼らも振り上げた拳の振り下ろしどころに戸惑っている気配もありますが、毎日の方では躊躇なくこんな記事を出しています。

東京都:尖閣寄付10億円間近 購入に税金不要?(2012年05月23日毎日新聞)

 東京都が呼び掛けている尖閣諸島(沖縄県石垣市)の購入に向けた一般からの寄付が、総額10億円に近付いている。都庁内では「税金を使わなくても寄付金だけで買える」との声も出始めたが、自治体が寄付を募って土地を購入することの是非も議論になりそうだ

 都の寄付口座は4月27日に開設され、22日までに6万1729件、総額8億6385万円余の入金があった。これとは別に1億円の寄付申し出もあるといい、石原慎太郎知事は「震災が引き金になって、国土がいかに大切かという意識が呼び起こされた」とみる。

 都が購入を予定しているのは魚釣島、北小島、南小島の3島。路線価や過去の取引実績がなく算定は難しいが、不動産取引では賃料と収益性から価格をはじき出す「収益還元法」という手法がある。

 国は02年以降、地権者から3島を1平方メートル当たり5.8円で借りており、賃料は年間2450万円。都幹部によると、これを基に計算すると、一般的な取引なら価格は5億円程度、土地の価値を高く見積もっても最大25億円という。寄付総額が購入額を上回った場合、担当部局は「返還せず、今後の活用に役立てる」としている。

無駄金を使うのはどうかと批判していたら公費投入は不要になりそうになったので慌てているという風情がありありですけれども、国民多数が賛同する中にあっての識者コメントに名を借りた露骨な批判姿勢といい、毎日の一連の尖閣関連記事については各方面で注目されているようで、同社としてはこの尖閣問題もよほどに核心的利益に抵触するということなんでしょうかね?
毎日と言えば先日は九条の会などいわゆる改憲反対派の意見広告をばっさり斬って捨て「そろそろ平和ボケのぬるま湯から出る時だ」などと言い出した時には何か悪いものでも食べたのかと話題になりましたが、フィリピンとの間の領土問題で中国の露骨なやり方が目の前で明らかにされつつあるこの時に、何もするな黙って寝ていろと主張するのも平和ボケの症状とは言わないのでしょうか?
確固たる立場に立って主張されるならされるでいいのですが、現実世界で起こりつつある事態をきちんと分析した上でそれに代わる代案をきちんと示さないことには、よく言ってお得意の反対のための反対かと認識されて終わるだけではないでしょうか。

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2012年6月 1日 (金)

神奈川県医師会、今どきコピペ荒らしに手を染める

本日の前振りとして、今春にあった日医会長選の結果を受けて日医新執行部が決まったということで先日新役員のお披露目があったのだそうですが、政治との距離感を見失った結果でしょうか、出発からして順風満帆とは到底言えない様子ですね。

日本医師会役員就任披露パーティー(2012年5月25日産経ニュース)
“民主離れ”も印象づける

 全医師の約6割、約16万6千人の会員を抱える日本医師会。この日は新執行部の船出を祝う披露パーティーとあって、有力国会議員ら総勢約860人が集まった。4月の会長選では民主党支持の現職が落選し、自民党ともパイプを持つ横倉義武副会長(67)が新会長(第19代、任期2年)に選ばれ、業界団体の“民主離れ”も印象づけた

 そのせいか、あいさつに立った来賓の民主党幹部からは困惑の心中が見え隠れした。仙谷由人政調会長代行は「(新執行部は)少々手ごわい。お叱りを受けないかと内心ドキドキしている」と神妙な様子。樽床伸二幹事長代行も「厳しく優しくしていただきたい」と低姿勢だった。

 会場を沸かせたのは、激励に駆け付けた前会長の原中勝征氏(72)だ。

 「民主党はガタガタしていますけど、もともといろんな人の集まりですから」とチクリ。「4月前までは私と一緒に仕事をしていただいたのですが…」と皮肉交じりに語り、笑いを誘っていた。

 横倉会長はあいさつで「わが国の医療制度は世界各国から高く評価されている。日本の中にいると“空気”や“水”と同じように当たり前で気づかないが、もし崩れるようなことがあれば大変だ」と訴えた。

 最重要課題には「地域医療の再生」を挙げ、医師不足の解消などに全力で取り組む考えを強調した。一方で「政府の方々はいま一生懸命に苦労されながら、かじ取りを頑張っている」と配慮もみせていた。

 会場の医師会関係者からは「政治が混沌(こんとん)としており、政局ばかり」という不満の声も聞かれた。横倉新執行部は親民主路線からの“軌道修正”をどう進めていくのか。「国民とともに歩む医師会」への改革に期待が集まっている。(中山忠夫)

日医ニュースの方では相変わらずいい事しか書いていませんけれども、しかし立派な会場で政治家諸氏とパーティーに励む日医のセンセイ方と、日医などには目も暮れず臨床の第一線で日夜汗にまみれて働く医師達と、どちらが国民とともに歩んでいるのかは興味深いテーマかも知れませんね。
もともと負けた原中前会長にしても民主党とのパイプが強いと言っても小沢氏との個人的つながりという側面が強かったわけですから、その小沢氏の立場が微妙なものとなっている現在の民主党に対して蜜月の関係を続けられるということはいずれにしてもなかったでしょう。
各党有力者がこれだけ来るということは業界圧力団体としての日医の存在感も未だ一定は残っているということでしょうが、一方で次回総選挙後を睨むなら昨今ともすれば既成政党以上の存在感を発揮している維新など地域政党に対して手当はしないでいいのか?と他人事ながら気にはなりますね。

さて脱線はそれくらいにして、医師会が国民と共に歩む覚悟なのは結構ですが現場医師と共に歩むということをしないのでは業界団体を名乗る資格はないというものですが、その医師会が以前から主張しているのが医学部新設反対ということで、これに関して神奈川県と同県内の各医師会とでちょっとした対立軸が出来上がっているようです。
ただ反対するのは反対するでいいのですが、どうも見ていますとあまりにそのやり方が子供じみているというのでしょうか、こういうことをやっているから世間からも「また医師会か」と呆れられるという自覚は持っておくべきではないですかね。

県が医療のグランドデザイン策定、医学部新設検討へ/神奈川(2012年5月30日カナロコ)

 県は29日、医療施策推進の根本理念となる「医療のグランドデザイン」を策定した。焦点だった医学部新設については、新設を志向する方向性を正式に盛り込んだ。県医師会は新設に反対しているが、黒岩祐治知事は定例会見で「私が政治的に判断した」と述べた。

 また知事は、パブリックコメントで新設反対が圧倒的だったことを明らかにした上で「大変な違和感を持っている。何かあったのではと思わざるを得ない」と言及。組織的に提出された可能性を示唆して不快感を示した。

 医学部新設は外部検討会が医師不足対策の観点から検討したが、結論は出なかった。最終報告を受けて県は「新設」に踏み込んだ案を提示。最終的に医師不足対策ではなく、総合特区を活用した取り組みという観点に位置づけを変更した。

 知事は「医師会が最も抵抗しないカード。配慮した思いが伝われば理解は得られると思う」と述べた。新設の是非をめぐっては外部検討会から医師会委員が一時脱会した経緯がある。

 パブリックコメントは今月17日まで募集。県医療課によると寄せられた意見634件のうち446件が医学部新設に関するもので、内訳は賛成15、反対424、その他7。知事はファクスで届いた意見のうち3パターンが同じ様式だったことを明らかにし、「正しく制度が活用されたことを祈るばかりだ」と述べた。

 県のパブリックコメントは「かながわ県民意見反映手続要綱」で規定。県民課によると、広く意見を募集する趣旨から組織的な提出は想定していないが、禁止もしていない。

知事、医師会に「大変な違和感」…医学部新設で/神奈川(2012年5月31日読売新聞)

 国の特区制度を活用した医学部の新設などを柱とする神奈川県の「医療のグランドデザイン」をめぐり、県が意見を公募した「パブリックコメント」に対し、医師会側が反対意見の提出を会員に文書で求めていたことが29日、わかった。

 黒岩知事は反対意見が大半を占めた結果に「あまりにも偏り過ぎで、大変な違和感を持っている」と反発しており、知事と医師会の関係に影響を及ぼしそうだ。

 川崎市医師会が今月14日付でメールなどで会員に配布した文書は、高橋章会長名で「パブリックコメントは多くの反対論が寄せられることに意義があり、反対は少数だったとなれば、民意は医学部新設に賛成とされてしまう」と指摘。「会員の先生はもとより、家族・職員からも多くの反対意見を投稿して頂く事を切に願います」と呼びかけていた。

 文書には、医学部新設に対し、「公費投入が必要だが、県民の十分な納得が得られるか疑問」「地域の医療機関の医師不足を加速させ、地域医療の崩壊を招く恐れがあり、撤回すべきだ」――などとする反対意見の記載例10種類と、県担当課にファクスで意見を送るためのひな型やファクス番号も付けられていた

 「横浜市医師会も5月11日付で協力依頼をしており、県医師会からも郡市医師会長宛てに提出を促す依頼が届いた」と医師会が全県的に動いていることを示唆する記述もあった。

 県によると、17日で募集が締め切られた意見の総数は634件で、医学部新設に関する意見446件のうち、反対は424件、賛成は15件、その他7件だった。

 これに対し、知事は29日の定例記者会見で「反対意見のうち、同じ様式のものが3パターン、計196件あった。幅広く県民の意見を聞く中で、非常な違和感を覚える」と批判。「医師会」との名指しは避けたが、「何かあったんじゃないかなと思わざるを得ない」と述べた。

 文書について、川崎市医師会は「会員全員にメールやファクスで送った。内容については会長が不在でコメントできない」とし、県医師会は「知事の記者会見の内容を把握しておらず、現時点ではコメントできない」としている。

裏に何かあるのかと思っていたらやはり何かあったのだということなのですが、この黒岩知事の医学部新設構想に関しては先日も少しばかり取り上げたところで、医師不足対策と言えば反対が大きいということに配慮したと言えば聞こえはいいですが先に新設ありきと言うのでしょうか、新たな医学部を核にして国際的な人材を養成する拠点にする等々と、ちょっと今の時代にもう少し地に足がついた構想を出してはどうかと思われるようなことを言っていたわけですね。
医学部新設に関しては未だに賛否両論ありますが、総数としての医師不足対策というのであればすでに大幅な定員増を行い国試合格者数が急増していることによって多数を新設したのと同等以上の効果が得られていると言われる中で、敢えて新設を行うとすれば各都道府県における医師偏在の是正、もっと露骨に言えば自前で育てた医師を自前で囲い込むという点に意味があると言えそうです。
それもこのところの県内勤務を義務化する地域枠の不人気ぶりを見るとあまり大きな効果はなさそうだと考えておくのが妥当ですから、作るとしても人口と医学部定員のミスマッチが極端に大きい都道府県に限って最低限の数だけを検討するべきであって、少なくとも黒岩知事の夢見がちな構想のために神奈川に新設すると言うのでは客観的にも説得力が乏しかったんじゃないかとは感じられる話です。
これに対してコピペで反対意見を出した医師会側にしてもあまりに大人げないというものですが、しかし反対400件余りのうちあからさまなコピペが200弱とすれば半数はそうではなかったとも取れる話で、いずれにしてもわずか15件しかなかったという賛成意見に対して非常に多くの反対意見があったと言うのはまずまず妥当な結果なんじゃないかと思いますね。

そもそも近年医師不足ということが盛んに言われるようになった背景には長年日医と政府とが協調して医師数抑制路線を推し進めてきたせいじゃないかという声は根強くあり、その背後には医師一人あたりの売上額がおおむね一定であるなら医師が増えるほど医療費が増大する、ならば医師数を抑制することが医療費を抑制する道だという国側の考え方があったわけです。
これに対して当時はいまだ圧力団体として機能していた日医の側も「商売敵が増えすぎると困る」という支持母体の開業医の声に配慮して同調してきた結果、救急医療や高度医療など最も人の命に関わる基幹病院勤務医などが困るほどに減ってしまったという経緯があることから、未だにこの医師不足問題に関しては「他ならぬ日医が余計な口を出すな」という人もいますよね。
ただ考えようによってはこの勤務医不足ということも悪いことばかりではなく、小松先生の「立ち去り型サポタージュ」なんて言葉が人口に膾炙した結果勤務医を中心とした馬鹿馬鹿しい労働環境がようやく改善すべき対象として認知されるようになった、そして何も知らぬまま奴隷労働が当たり前と思っていた当の医師自体も「あれ?俺達の職場って何かおかしいんじゃね?」と自意識に目覚めたという効能もあったことは否定出来ません。
様々な思惑から医学部新設に反対する医師会にしても、またこれまた様々な思惑から医学部新設を求める自治体にしてもそれぞれに根拠となるデータがあっての話だと思いますが、近年のこうした状況の変化を織り込んだ上で考えていかないことには需給予測も形ばかりで実態を反映するものにはならず、それを元に新設の是非を云々するのも空しいというものですよね。

例えば厚生「労働」省が医師受給の基礎的試算として出して来たいわゆる長谷川データからして「医師の労働時間を週48時間以内にするためには」などと所轄官庁のくせに労基法無視で働かせる気満々のもので、まずはこうしたところに見え隠れする医師は働けるだけ働いて当然、80歳だろうが90歳だろうが医師免許を返納しない限りは生涯医師であるというおかしな慣行を改めることが大前提ではないでしょうか。
ゆとり云々は抜きにしても昨今の新卒医師はやたら労働者の権利ばかりを主張して黙って働かないという声もありますが、考えて見れば労働者としては自らの権利を守ることはごく当たり前のことであって、そういう当たり前を考慮に入れないまま組み上げられてきた勤務体系を改める好機であるとも言えるでしょう。
無論近ごろ話題の団塊世代の高齢化問題しかり、これと絡めて高齢者医療の給付水準をどうするかといった議論も医療需要に大きく関わってきますし、人口分布が大きく変動している中で人が減っている地域から人が増えている地域へと医療資源の再配置も考慮しなければならないと、ともかく医療受給予測の基礎となる各種指標自体が大きく変動している事実と、正しい方向に労働環境を改めていくことを前提として議論しないことには話になりません。
その意味では最も多忙な現場から総スカンを食らっている日医という組織が将来の医師数を議論する場に関わるというのも根本的違和感が拭えませんが、例えば先日第一回の授賞式があった日医主催の日本医療小説大賞なども使いようによっては日医の考える医療像を明示する格好の道具になりそうで、よくぞ選んだと現場から拍手喝采されるような弾けた選考が出来れば日医も変わったと認められるかも知れませんけどね。

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