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2012年5月 9日 (水)

未だに数合わせだけの議論では

本日まずはこちらの記事を参照いただきましょう。

第4部=提言・地域の医療を担う人材育成(3)開かれた扉/新設か増員か、渦巻く賛否(2012年4月28日河北新報)

<琉球大が最後>
 大学医学部は30年以上新設されてこなかった。文部科学省が認可しない姿勢を堅持してきたためだが、民主党政権になって潮目が変わった。
 民主党は、政権交代を果たした2009年衆院選で、マニフェスト(政権公約)に「医師養成数を1.5倍に増やす」と明記。文科省は有識者による検討会を10年12月に設置し、入学定員増や新設の是非をめぐる議論が解禁された。
 文科省が医学部新設を認めた場合、1979年の琉球大(沖縄県)以来となる。検討会ではしかし、全国に16万6000人の会員を持つ日本医師会(日医)が強硬に新設に反対した。

 「既存医学部の入学定員は増やしており医師不足は将来的に解消する。新設は屋上屋を架すことになる」。検討会委員を務める日医の中川俊男副会長が語気を強める。
 医学部の入学定員は、08年に自民党政権が打ち出した新医師確保総合対策によって確かに、年々増加している。
 12年度の入学定員は8991人で、5年間で1366人増えた。1校の入学定員を100人とすると「13、14大学を新設したのに等しい」というのが日医の言い分だ。
 国はそれまで、医師数を減らして医療費を抑制するという観点から、長く入学定員の削減を図ってきた。全80校の総入学定員は1981~84年の年間8280人から、2003~07年は7625人に減少し、いまに続く地方の医療崩壊の要因ともなった

<高齢化 考慮を>
 民主党が「医師数1.5倍」を主張する根拠に、臨床医数の国際比較(08年)がある。経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均が1000人当たり3.24人なのに対し、日本は2.15人にとどまっている。
 日医の試算では、今の定員を維持すれば25年には現在の先進7カ国並み(2.8人)に追いつき、「医師過剰時代を迎える」という。「新設すると減らしにくい。定員増であれば柔軟に対応できる」と中川氏はみる。
 これには異を唱える専門家も多い。文科省の検討会に参考人として出席した東大医科学研究所の上(かみ)昌広特任教授(医療ガバナンス論)は「日医の試算は単純過ぎる。医療の高度化や専門化などの条件を無視している」と指摘する。
 団塊世代が65歳に到達したわが国は、世界に例を見ない超高齢社会に突入しつつある。高齢者ほど病気にかかる割合が増す一方で、医師自身も高齢化が避けられない
 加齢とともに医師の勤務時間は減少するし、超過勤務が当たり前の病院勤務医の労働時間が見直されれば、必要医師数はさらに増加する
 高度医療や医療訴訟への備えを背景に、近年は複数の医師によるチーム医療が普及した。「現在の定員増加分を考慮しても、少なくとも50年までは医師不足は解消されない」と上氏は語る。

<伸びしろない>
 そもそも単純に定員だけ増やしても、地方の医師不足は解消されないとの見方もある。東北大医学部長を務めた久道茂同大名誉教授は「卒業生の多くが地域に定着するような仕組みを持った医学部ができなければ、東北の医師不足解消の決め手にはならない」と話す。
 「既存医学部の定員増は最大限やった」と切り出すのは、検討会設置時の文科副大臣だった民主党の鈴木寛参院議員(東京選挙区)だ。「定員増の申請はほぼ認めてきた。だが、もう伸びしろがない。だからこそ新設を議論している」と言う。
 検討会は11年11月までに9回の会合を重ねて論点を整理し、意見公募を実施。宮城県からは医学部新設を後押しする声が多かったという。

積悪の報いか(苦笑)例によって日医すっかり悪者というおなじみの構図ですが、この医学部新設議論は今に始まったことではありませんが、見ていますとどうも新設論者には地域の医師不足解消には医師を増やすしかないという論調が目立つようです。
かつて医師不足ではなく偏在しているのだと言うなら不足している地域のみならず余っている地域もあるはずだ、それはどこだ?と問い詰められた時の柳沢厚労相が「え~徳島とか?」なんて答えて失笑を買った事件なども懐かしく思い出されますが、施設単位、部署単位で見ても需要と供給が平均化していないという意味では全国どこにでも偏在は大いにあるわけですよね。
一方でその偏在とは仕事に対する偏在なのか人口、あるいは地域に対する偏在なのかも明らかにしないまま、需給バランスを無視して仕事もない施設にばかり医師を強制配置しようとしていることが現場の反発を招いているわけで、ましてや定員増で先行する歯科や弁護士の過剰問題がこれほど社会問題化している中で、それでも医学部新設を強行しようとするなら歴史に学ばない愚か者呼ばわりされても仕方がないでしょう。

そもそも人材の偏りは別に医師に限らずどこの業界でもあることで、それは人間誰でも楽して稼げる職場があればそちらに集まるのは当然なのですが、どうも記事中にも登場している鈴木寛議員のコメントなどを見ていますと相変わらず現場の労働環境などには目を向けることなく、単に足りないという人達が多いから増やしておけというレベルに留まっているようにも見えてしまいます。
さすがにひと頃鳴り物入りで登場した医学部の地域枠などもお金で他人の人生を縛る「現代の人買い制度」という認識が広まったことで各地で定員割れが相次いでいると言いますが、とにかく学力が足りなかろうが数だけ揃えればよいという発想で安易に入学させた学生が、後々地域医療に情熱をもって従事してくれるはずだと考える方がどうかしている気がします。
医者など毎年大学から送ってくるものという認識で使い潰してきた結果医師不足に悩んでいる病院ほど、まずは現場の人間がここで働きたいと思えるだけの環境整備が最優先ではないかと思うのですが、そんな中で広大な僻地を抱える東北地方では今度はこんな独創的な計画を推進しつつあるということです。

医師確保へベトナムから留学生 一戸町が独自対策 /岩手(2012年5月4日岩手日報)

 一戸町は、ベトナムから留学生1人を招聘(しょうへい)して医師を養成する独自の医師確保対策に取り組む。留学生は今月末に現地の高校を卒業後、県内の専門学校で日本語を学び、大学医学部への進学を目指す。医師免許取得者についてもホーチミン市と派遣の方向で協議が進んでおり、共に同町での医療活動につなげる考えだ。医師不足、医療の地域間格差が懸念される中、国外に目を向けた取り組みは関心を集めそうだ。

 留学生は、ホーチミン市国家大学付属英才高校の3年生。5月末に行われる卒業試験を経て、早ければ9月に来日する。盛岡市内の専門学校で1年半から2年間、日本語と専門科目を学び、大学受験に備える。町は学費や生活費などで一定の補助を行い、学習環境をサポートする方針。

 一方、医師免許取得者についても要請中で、ホーチミン市からは「人選して派遣する方向で進めている」との回答を得ているという。来町すれば、日本の医師免許を取得する必要がある。町は医師確保が実現した場合、嘱託医として採用し、県立一戸病院に派遣する形を想定している。

 稲葉町長は「誘致活動が進まず、打つ手がなくなっている。時間はかかるが、一戸で勤務してもらえるよう育て、国際交流につなげたい。切羽詰まった現場からの発想だが、医師確保対策に一石を投じることになるのではないか」と意義を強調する。

外国人医師を招くという発想は時折聞かれますけれども、何も知らない少年を一戸で勤務したがるように育て上げようというのは何とも壮大な計画と言うべきでしょうか、うまく医師免許を取得出来たとしてどのように勤務を担保しようとしているのか非常に興味がありますけれどもね。
ちなみに外国人看護師導入についても相変わらず国家試験合格率は低迷していると言いますが、同様に外国人を呼びつつある介護福祉士についてもせっかく国試に合格したものの帰国する人が後を絶たないということで、勉強のための費用を負担してきた各地の施設では不満の声が少なからずという状況のようです。
そもそも同じ日本人にすら忌避される仕事でも何も知らない外国人なら構わないだろうという発想も国際交流上いいのか悪いのかですが、どうせ今までにないアイデアを実施する覚悟があるならこうした小さなコミュニティーであるからこそ出来る策を講じてみてはどうでしょうか?

例えば医師の間で長年議論されているのが応召義務なるものの問題ですが、料金未払いだろうがトラブルメーカーだろうが来れば拒めないというのはとりわけ人間関係が狭く固定化された田舎では大変なストレスになることは想像に難くありませんが、条例によって問題行動に対してはイエローカードやレッドカードを提示し、累積した場合には受診を認めないといった対策を講じれば一気に話題にはなりますよね。
ともかく何も知らない素人ならともかく、僻地医療に慣れた人間ほど人間関係が一番重要であることをよく知っているもので、とりわけ東北と言えば秋田県は上小阿仁村のように僻地診療の聖地を抱えている土地柄でもあるだけに、まずは地域として断固として医師を守る、それも単なる口約束ではなく公的なものとして約束するという姿勢を打ち出さないことには信用を得る事は出来ないでしょう。
病気を抱えた患者側としても信頼できる医師に診てもらいたいという要望があるのは当然ですが、医師の側としても信頼できる患者と共に病気と闘っていきたいと考えるのは当然であって、単に数を増やせばいいだろう、お金さえ出せばいいだろうという発想に留まっているうちは、日本中に医師が満ちあふれるようになっても相変わらず「我が町には医者がいない!国が何とかしてくれ!」と叫び続けることにもなりかねません。

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コメント

日本語を学んで国試にも合格できるくらいの知識が身につけば、医療の現実も判ってくるでしょうからねえ…
一戸も住んでみればいい町なんでしょうけど、新卒の先生がいきなり飛び込むのに相応しい病院じゃないでしょう。
臨床経験を積んで遠い将来には町に帰ってくる気があっても、それまで町の方が気長に待てるかどうか。

投稿: ぽん太 | 2012年5月 9日 (水) 08時55分

一戸病院は先年から休止中のフロアを介護施設に転換したそうですね。
正直外国から先生を呼んでまで仕事をしてもらう施設かとも思うのですが、逆にこういう施設で慣らしてからの方がいいのかも知れません。
いずれにしても東北は特区申請も通りやすいのですから、この際実験的な試みはいろいろ試してみてもらいたいとは思っていますが。

投稿: 管理人nobu | 2012年5月 9日 (水) 11時22分

医学部新設利権ってあるんだろうね

投稿: | 2012年5月 9日 (水) 12時24分

僻地
1.辺鄙な土地
2.僻みで一杯の住民が住む土地(ex.上小阿仁村)

両方の意味をかけた言葉ですか?そういえば字も同じですね。

投稿: | 2012年5月12日 (土) 03時55分

前者は地理的僻地、後者は心の僻地という言葉を用いる場合もあるようですね。

投稿: 管理人nobu | 2012年5月12日 (土) 07時29分

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