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2012年4月27日 (金)

一見何気ない終末期医療問題の背後にあるもの

現在ではおよそ40万人の患者に導入されているとも言われ、高齢者の栄養補給の手段としてすっかり一般化した「胃瘻」という処置ですが、今年は政府との共同作業の一貫として老年医学会から胃瘻等治療の差し控えもあり得るという指針が出るなど、果たして今まで通りの運用でよいのかという疑問の声は次第に強くなってきています。
そんな中で女性セブンが胃瘻に関する一連の記事を掲載していたので、本日まずはこちらを紹介してみましょう。

延命治療の胃ろう 病院経営の都合で行っているとの懸念あり(2012年4月24日NEWSポストセブン)

「延命治療」のひとつとして、近年、人工呼吸器とともに議論の俎上に上がっている「胃ろう」。自力でものを食べる、飲み下す(嚥下する)ことが困難な患者の腹部に1cm未満の“穴”=ろう孔を開け、そこに胃ろうカテーテルという器具を挿入して直接、栄養剤を注入する方法を指す。

 認知症患者の訪問診療を行っている、東京都大田区のたかせクリニックの高瀬義昌さんは、「胃ろう患者は病院で造られて、在宅にやってくる」と指摘する。

高度な治療を必要としない高齢の患者を入院させておくことは病院経営を圧迫するので、なるべく早く退院してもらうために胃ろうにして老人施設や在宅に戻している現実があります。なかには嚥下能力がまだあるのに胃ろうになっていた患者さんもいます」

 しかし、老人施設などで介護を断られる胃ろう患者のケースも多い。誤嚥性肺炎を繰り返すAさん(46才・派遣)の父親は、医師のすすめで胃ろうにした。しかし、当時入所していた老人施設から「胃ろうをしたら、この施設では看護師が少なく、トラブルがあっては困るので、受け入れられなくなります」といわれた。

 毎日仕事の合間に施設を探し回ったが、「胃ろう患者はこれ以上受け入れられない」と断られるばかり。Aさんは身寄りがなく、彼女が働くしか父親を支える手立てはない。

「やっと見つけたと思ったら、自宅から2時間半かかる施設でした。しかも見学すると、高齢者をただ寝かしている一軒家。廊下やリビングにも高齢者が寝かされていて、異様な光景でした」と、Aさんは語る。

 今井さんが見たのは、通称「胃ろうアパート」などと呼ばれるもので、数年前から問題になっている高齢者施設だ。こうした施設は、日本各地にいくつもある。在宅医療や胃ろう問題に詳しい医療ジャーナリスト・熊田梨恵さんはいう。

欧米では認知症などを発症した高齢者に胃ろうを行うことについて否定的です。日本では死生観などさまざまな事情はあると思いますが、医療者の都合や、受け入れ施設が足りないという構造的な問題が大きい。そんななか、介護に疲れた家族などの気持ちにつけこんだ“胃ろうアパート”のようなグレーゾーンの商売が生まれてきてしまったのです」

『「平穏死」のすすめ』(講談社)の著書がある、特別養護老人ホーム「芦花ホーム」の常勤医・石飛幸三さんは、ホームに初めて赴任したときに驚いたという。入所者100人のうち、胃ろうで寝たきりの高齢者が20人もいた。

「入所者をケアする介護士は一生懸命、ひと口でも多く食べさせようとする。しかし入所者は食べたくもないのに口に入れられるから、むせて誤嚥性肺炎になって病院に送られる。認知症の患者は何をされるのか理解できないので、パニックになる。そして、“嚥下能力がない”と判断されて胃ろうが造られるという流れです」

 介護施設や病院経営の都合で、簡単に胃ろうを造っていはしないか――かつて外科医だった石飛さんは考えた。

 老衰と病気は違う。老化によって嚥下機能が落ちて食べられなくなったら、それは生命が終わりに近づいているということ。食べられなくなることは、自然の摂理だと受け止めるべきではないか。

「人間は限界がきたら、自然と食べたくなくなる。それは飢えて苦しいということではないのです」(石飛さん)

 いまでは利用者本人と家族に「口から食べられなくなったらどうしますか」と意思の確認をして介護の方針を決めている。入所者の多くは単なる延命措置は望まず、8割が静かにホームで最期を迎える。

いわゆる延命的な処置というものも数ある中でとりわけ昨今この胃瘻というものが取り上げられやすいと言うのも、一つにはその原理や効果が素人目にも一目でわかりやすいということ、そしてもう一つは多くの場合胃瘻を入れることでよく言えば状況が非常に安定し、言い換えればどこまでも続く介護生活が待ち受けることにもなるという理由があるのではないでしょうか。
このところの世間やマスコミの論調では何でもかんでも胃瘻というのはよろしくない、特に医療や介護の都合で胃瘻を勧めるなど以ての外であるという傾向が主導的であるようですが、ご存知のように医療報酬、介護報酬とはその支払い額の設定によって医療や介護を望ましい方向に誘導するという目的がある以上、現場は単に国策に従っているだけであるとは言えると思います。
無論一部では胃瘻患者の弱みにつけ込んだ悪徳商法紛いのこともあるかも知れませんが、逆に経管栄養は断固拒否するという姿勢が必ずしも患者本人のためにならないというのも当然であって、ましてや胃瘻を造設したからといって食事を取れなくなるわけでもない、むしろ水分や栄養を確実に与えることで全身状態が改善し胃瘻無しでも暮らしていけるほど食べられるようになったというケースも多いわけです。
このように考えていくと他の多くの処置と同様に胃瘻も単なる取り得る手段の一つであって、各人なりの目的あるいはゴールをはっきりした上でそれに相応しい処置を行っていくことが大事だということですが、高齢者医療の場合はとりわけここに医療のみならず社会的側面というものが絡んでくるから話が面倒なのですね。

「延命措置」 10年間延命されて101才になる母親もいる(2012年12月6日NEWSポストセブン)より抜粋

(略)
宋:胃ろうの患者さんを取材されていて、どんなケースがあるんですか?

熊田:胃ろうを入れている101才の寝たきりの母親を、子供や孫たちが介護していました。彼女は10年ほど前に脳梗塞で入院。麻痺が残ってのみ込みにくく、意思疎通もできなくなってしまったので、医師から「このままだと口から食べられなくなる」と、胃ろうを勧められました。子供らはその場で胃ろう造設を決め、いまは在宅介護が続いています。母親とはコミュニケーションできないので、いまの状態をどう考えているかはわかりません。

宋:胃ろうによって、10年ほど生きておられるわけですな。

熊田:話を聞いているうちにわかってきたのは、子供らは母親の年金で生活していました。彼女が亡くなると、家族が路頭に迷ってしまう経済状態です。もちろんお金のためだけではないですけど、本人の意思というより、家族の生活のために生かされているような側面はありました。複雑で、いろいろ考えさせられました…。

宋:う~ん。難しいですが、死んでいくことは自然な人間の姿です。健康で職があるなら、子供は働いて糧を得ていくのが自然やと思うんですけど…。それに、日本はそうした家族を丸ごと公費で養っていけるほどの財政的余裕はないですよね。それでも家族の意思のみで胃ろうにするというなら、医療費を公費負担するのはどうかな、と。
(略)

もちろんどのような状況であっても親には一日でも長く生きていて欲しいというのも千代もと祈る人の子の心情というもので、人間が社会性の中で生きていく存在である以上必ずしも本人だけの意志によって人生の有り様を決められるわけでもないのは当然ですが、それでも年金目的が見え見えのご家族から「死なせたりしたら絶対訴えるぞゴラ!」と凄まれた経験を持つ先生方は少なくないのではとも思います。
こういう現象が発生するというのも一つには高齢者の社会保障が現役世代に比べて優遇されている、そして医療や介護にかかるコストを支払っても長生きするだけ年金との差額分の「逆ざや」で儲かるという構図があるのは言うまでもないことで、制度の不備ということでは月末になると生保受給者が「パチンコのやり過ぎで金がなくなったから入院させてくれ」などと言ってくるのとも似たような側面があります。
昨今では生保問題と同様に高齢者優遇もいい加減見直してはどうかという声がようやく高まっていますけれども、例えば在宅で面倒をみるよりも入院させる方が安上がりで手間もかからないという状況が残る限りは社会的入院なども解消されるはずもないように、これまた国による金銭的な誘導が国民の行動を決定しているとも言えそうです。

そう考えるとこのところマスコミも繰り返し終末期医療問題を取り上げるのみならず、国も高齢者の延命処置中止はありだという考えを公にしつつありますけれども、これまた寝たきり高齢者への医療費を少しでも削減したいという財政的な理由によるものだとすると納得はいくのですが、それでしたらもっと医療費削減効果が高いだろう高齢者への急性期対応の制限も検討課題になるんじゃないかとも思うのですけどね。
その意味で注目されるのがちょうど先日厚労省から「平成22年度の後期高齢者医療費は前年度から5.9%、診療費については実に6.2%も増えた!」という発表があったばかりですが、診療報酬がコンマ以下幾らプラス改定になったのを増えた増えたと大騒ぎしている医療全般の状況からするとまさに突出していると言えるのは確かでしょう。
となると、次の段階としてはこの急激に伸び続ける高齢者医療費をどう抑制するかという議論に結びついてくるのは自然な流れではないでしょうか。

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コメント

いつまでもあると思うな親の年金
しかし親が100歳越えなら子も年金世代だろうに?

投稿: aaa | 2012年4月27日 (金) 10時08分

私は、本人の意思が確認できない人の人工栄養をやめることに賛成です。

しかし、ポストセブンの記事には二点、問題を指摘せずにはいられません。
まず一点。問題にされるべきは胃瘻、経鼻経管栄養、中心静脈栄養等を含めたすべての人工栄養のはずなのに、この記事に限らすマスコミは胃瘻だけが問題であるかのような書き方をしています。
そのためにこのような問題が生じています。 https://aspara.asahi.com/blog/machiisya/entry/sVwgRpWmap
私も実際に経験しています。
胃瘻を拒否してTPNを選択するなど、時計の針を10年逆回ししただけのようなことが起こっています。
二点目。管理人さんも触れておられますが、本来 嚥下機能が回復する人こそ 胃瘻の良い適応のはずです。
『なかには嚥下能力がまだあるのに胃ろうになっていた患者さんもいます」』などと言われては たまったものではありません。

『「欧米では認知症などを発症した高齢者に胃ろうを行うことについて否定的です。』
これは まあいいですが、折角なら、ここまで紹介すべきでしょうね。 http://www.arsvi.com/b1990/9506ts.htm

記事のなかで、この一言だけは評価しています。
「人間は限界がきたら、自然と食べたくなくなる。それは飢えて苦しいということではないのです」

投稿: JSJ | 2012年4月27日 (金) 10時49分

おっしゃる通りで、胃ろうはあくまで栄養補給の手段の一つなのに最近胃ろう胃ろうと強調されているのは違和感があります。
うちではご飯を食べさせたいなら邪魔にならない胃ろうの方がいいです、もう食事なんて全く無理な人には胃ろうでも経鼻でも大差ありませんよとご説明しています。
経鼻でやっている間はいつもむっつり不機嫌そうに黙り込んで食事も拒否されていた方が、胃ろうになると元気に明るくなったというケースも多いですから。
それにしても胃ろうがこうまで目の仇にされるのは、それが一番手のかからず安定した方法だからなのでしょうか?
マスコミは何も知らず考えることもしないだけかも知れないですが、国の考えもそうなのだとしたら合併症も多く施設対応も難しいやり方をあえて選択させることで誰がどう得するのでしょう?

投稿: ぽん太 | 2012年4月27日 (金) 11時58分

まずはなんとなく食べられないから道をつけて栄養を入れるという流れを一度リセットしたいです。
人間に寿命がある以上、死に方というものもあるだろうと。
そうした議論を経た上でそれでもと希望される方に行うことは全く問題ないと思います。

投稿: 管理人nobu | 2012年4月27日 (金) 12時35分

たしかに周囲の人達の関心が高くなってる気がします。それもほとんどの場合は悪いイメージで。
一生に一度のことなんですから週刊誌の記事じゃなくきちんとした専門家の意見を聞きながら決断すべきですよね。
主治医の先生ともっと気軽に話し合えるようになればいいんですけど。

投稿: 通りすがりのただの人 | 2012年4月27日 (金) 16時04分

目的は違いますが、皮下点滴もこういう議論に巻き込まれて悪であるような言われ方をすると困りますね。

投稿: クマ | 2012年4月28日 (土) 08時16分

あれの場合腫れてきたりすると見た目の印象が悪いもので…
やはり素人目に分かりやすいところに目が行くようです。
出血傾向のある人なども何もしてないのによくクレームがつきますね。

投稿: ぽん太 | 2012年4月28日 (土) 10時53分

鼻から管を入れるなんて可哀想なことはするな。胃廔なんてとんでもない。
ちゃんと口から食べられるようにしろ。肺炎起こしたら訴えてやる。

こんなDQN家族、本当に困りますよね。
どこの病院でも経験してるんじゃないでしょうか。
最近の日本人は、死を受け入れられない人が増えているように思います。
国民皆保険(=医療は安いもの)の弊害でしょうね。

投稿: 通りすがり | 2012年4月30日 (月) 18時11分

ま、医療に限らず社会保障の給付が現状で良いのかという疑問は国民も抱きつつあるようですからね。
北欧諸国の高福祉ということの実態をようやく日本でも少しは報道するようになってきましたが、社会保障に対する考え方が違う国同士で制度だけ並べても仕方がないということでしょう。
後期高齢者医療制度が意識改革の突破口になるかと期待していたんですけれどもね…

投稿: 管理人nobu | 2012年5月 1日 (火) 09時12分

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