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2012年3月12日 (月)

被災地のみならず増え続ける孤立死

昨日3月11日は全国で震災追悼番組が放送されましたが、とりわけ未だに厳しい生活環境の中で被災地に残ることを選択した高齢者の社会的孤立がこれからますます問題化してきそうだとも指摘されています。
今回の震災に関連してすでに多数の孤立死が報告されているように、地域のコミュニティが崩壊、激変した状況に対応出来ない高齢者が孤独な最後を迎えるケースが多くなっていて、これらに対してどう対応していくのかは地域と行政が一体になって対策を立てなければならない課題でしょう。
一方でこのところ世間を賑わしているのが都市部における孤独死の問題で、先日は産経からこんなニュースが出ていましたけれども、こうしたことは被災地に限らず全国どこにでも発生し得るのだという認識が必要となりそうですよね。

都営住宅、誰にも看取られず年間400人が死亡/東京(2012年3月8日産経新聞)

 東京都立川市の都営住宅で90代と60代の母娘とみられる2人が死亡しているのが見つかったことを受け、都の都市整備局は8日、会見し、「今回の件を重く受け止め、区市や自治会などとの連携を強め、対応を検討していく」としている。

 同局によると、都営住宅では誰にも看取られずに死亡していたことが判明するケースが自殺も含めて、年間約400件あるという。都営住宅は都内に約26万戸あり、平成23年度末現在で約43%が65歳以上の世帯という。

 アパートを管理する都住宅供給公社は居住者の安否確認にあたって、「入室判断基準」を策定。それによると、室内から応答があるが扉が開かない▽応答がないのに電気メーターが激しく動いている▽居住者の年齢が高い▽居住者が在室しているのは明らかだが応答がない▽室内から異臭がする-などの場合には、警察立ち会いのもとで、鍵を壊して立ち入ることも検討されるという。

 ただ、今回は娘とみられる女性が63歳と比較的若いことなどから、立ち入りは見送られた。今回の事例を受けて、都はこうした基準見直しも検討する。

まるで姥捨て山…都営住宅の孤独死に「明日は我が身」/東京(2012年3月9日livedoorニュース)

8日、産経新聞は、東京都・都市整備局が「都営住宅で孤独死するケースが自殺も含めて年間約400件ある」と公表したと報じており、ネット掲示板で話題を呼んでいる。
(略)
今回の報道を受けてネット掲示板では「都営住宅は姥捨て山だな!」「要するに都営住宅の空き部屋は全部事故物件って事?」「社会的弱者の集団を都営住宅に集めてるのが今の政策」「立川市の福祉行政はどうなっているのか!」など、行政に対する疑問の声が続出。また「明日は我が身」「ひとりぼっちの俺の将来の姿か…」など、将来の自分を案じ、憂うユーザーも見られた。

先日の立川市の事例では二人暮らしの一方が比較的若年であったこともあって関係各所の対応が遅れたとも報道されていますが、この近所では先月にも知的障害児と母親が死亡しているのを発見されたばかりで、いずれの事例においても心身の状態に問題のある家族を看病する側が突発的な事情で亡くなったあと、残された方は助けを呼ぶことも出来ないまま餓死したらしいと言われます。
当然ながら相次ぐ類似の事件発生に立川市では立ち入り基準見直しを表明していますが、別にこうした事例は立川市のみならず全国各地で見られる現象で、特に周囲と濃厚な近所づきあいをする習慣に乏しい都市部の集合住宅生活者では死後長期間を経て異臭騒動からようやく発覚するというケースも多いようですね。
先日の埼玉で親子三人が餓死していた事例などは「日本でもこんなことがあるのか!」と海外でも話題を呼んだようで、他人に助けを求めることをせず孤独に死んでいくのは恥を行動規範とする日本文化のためであるという見解はさすがに多少うがちすぎな気もしますけれども、立川市の事件のように突然の病死といったことでなければ事前に周囲の介入する余地はあるはずですよね。

孤立化する人々をどう社会のネットワークに組み込むかということはプライバシー問題とも関わってなかなか難しいところですが、一口に孤立死対策といっても「俺は一人で生きて一人で死んでいくんだ」という方々と、そんな割り切ってもいないけれども周囲とコミュニケーションが乏しく結果として孤立死に至ってしまう方々とに分けて考えていかなければならないですよね。
前者の場合は自分で覚悟した上でのことでしょうから、きちんと後始末の手配もしていただいていれば個人の価値観で済みそうな話なのですが、実はこれだけ孤立死が増えてきますとその事後の片付けを誰がやるかということも大きな問題となっていて、遺品整理業者に依頼する費用は元より縁起が悪いと不動産価値が下落することまで含めて遠くの親族に請求されトラブルになる場合もあるようです。
要するに昔のサムライじゃありませんが、本人がいつ死んでもいいように常々身辺をきれいにしておいていただければ一番理想的なんでしょうけれども、こういう人たちは得てして死んだ後のことまで知ったこっちゃねえと言うタイプも多そうですから、当面社会的には入居時の契約条項や何らかの保険のようなもので対応していくしかないのでしょうか。
こんなことを言うとドライに過ぎるようですが、実は江戸時代あたりでは孤立死などごく日常的にあったもので、お役人に見聞していただいた後はコミュニティでお金を出し合って葬儀や供養を済ませ、場合によっては国元に知らせの一つも送ってやるといった感じで淡々と処理されていたと言いますから、むしろ一定確率で起こる孤立死に対応したシステムが現代日本から消えてしまっていることこそ問題なのかも知れません。

一方で後者の場合では孤立死を防ぐという観点が中心となるはずで、行政からの支援・介入などについては後日改めて検討してみたいと思いますけれども、最近CM等でも知られるようになったように独居高齢者の異常を感知して知らせてくれる家電も色々と増えてきてはいますが、基本的に遠く離れた家族に連絡してくるというタイプがほとんどですから本当に孤立した人たちにはあまり役に立ちそうにないですよね。
相次ぐ孤立死を受けて厚労省も電気やガスの滞納状況といった個人情報を公的に収集できるよう約款を改められるか検討を始めたそうですが、これで亡くなった後での確認くらいにしか役に立たないでしょうから、一部地域で試験的に導入されている住居内センサーの類がもっと安価になって普及して欲しいですし、火災報知器も義務化されるような時代にあってそうした装備を許容する住民の意識改革も求められそうです。
しかしこうして考えていきますと、ずいぶん以前には核家族化で子供達が老人の死に接することがなくなってきたと問題提起されていましたが、今の時代は国民のほぼ全員が病院など専門の施設で看取られるようになってきた結果、日本人全体に日常の中で人が亡くなっていくということに対する免疫がなくなりつつあるのかなという気がしないでもありませんね。

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コメント

2~3年前にかかりつけの独居老人が自宅で亡くなっているのが見つかり、検死に立ち会ったことがあります。
特に事件性もなく発見も早かったのでまだよかったですが、入浴中で風呂釜も作動中だったので発見が遅れていれば大変だったでしょう。
一人亡くなっていくのが悪いのではなく、いつ亡くなったかもわからず放置されるのが困るんだろうなと実感しました。

投稿: ぽん太 | 2012年3月12日 (月) 08時56分

ハーイ 日本人たちよ、こんばんは。
あなたは既に、被爆されているんですか? え~ ホントに怖いねえ。
もうすぐ東京にも 大地震が発生して、もう死んでしまうのですか? あー それだと良かったです。
私は人を殺すことを想像し、頻繁にすれば その存在が日本人でした。
私は実際に日本人を殺すことはないと思った。自分で自滅してくれるんだな、この民族は。あー気持ちいい。
それではこれから日本の復興をずっと見守りながら、楽しんでまいります。
一瞬で死んでください、日本人の皆さん。

http://hamusoku.com/archives/6822513.html
http://news.mynavi.jp/c_cobs/news/getnews/2012/03/post-1615.html
http://www.kjclub.com/jp/exchange/theme/list.php?page=1&f=name&word=zombie_boy&tname=exc_board_64

投稿: 拡散中 | 2012年3月12日 (月) 09時24分

昔ながらのガス釜のお風呂で何日も煮込まれて身離れがよくなりすぎた、なんてこともありますもんねえ…
足立区でも高齢男女が亡くなっているのが見つかったそうですが、これまたやはり介護者側が先に亡くなっていたようです。
こちらは生保受給者で必ずしも食べていけなかったわけでもないようですから、困窮家庭だけのチェックでは不十分だということでしょうが、どこまで常時監視の対象を広げるか、当の本人が受け入れるかが課題ですね。

投稿: 管理人nobu | 2012年3月12日 (月) 12時32分

人が突然死ぬこと自体は防ぎようがありませんから、「孤立死を防ぐ」という方向性では なかなか上手くいかないのではないでしょうか。
生きている人の孤立をどうやって防ぐのか、という観点での活動のほうが好ましく思えます。

そう考えると、リンク先の「お互いさまねっと公田町団地」の活動は生身の人間の繋がりであることが持ち味であり いい所を突いているのに、「孤独死をなくしたい」つまりゼロにしたい、と望むあまり「安心センサー」などと方向性を間違え始めているように感じます。

投稿: JSJ | 2012年3月12日 (月) 14時16分

関わり合いたくない自由もあるはずで、対象が何を望んでいるかを把握することが先決ではないかな
ただ孤立死防止のパトロールの仕事は地域の雇用にはなるから、生保支給代わりにこういう仕事を斡旋するのはありかも

投稿: kan | 2012年3月12日 (月) 15時11分

孤独死を防ぐのなら、核家族ではなく、大家族ですんだらどうですか?

赤の他人のお尻を拭きたいと思いますか?

現在の日本での介護は、そのようなことをヘルパーに押し付けているようなものなのです。

投稿: 重 | 2012年3月12日 (月) 18時58分

家族がお尻を拭くと家族は介護に追われて自分の仕事が出来なくなってしまいますが、赤の他人に拭かせればそこに新たな雇用が発生します。
政府はそれをもっと推し進めて、医療と介護で経済成長を達成しようとしてますから、どのくらいの対価がヘルパーの仕事に適切か考えた方が建設的です。
社会が必要としている仕事なのですから、それに見合った待遇を要求する権利はあるはずです。

投稿: ぽん太 | 2012年3月13日 (火) 09時05分

ちゅうか 私の感覚は逆ですね。
他人のお尻は拭いてもいいけど、親のお尻は拭きたくないな。

投稿: JSJ | 2012年3月13日 (火) 09時29分

自分もそんな感じはありますね。>尻拭い

それはともかく、孤立死孤立死と言う前に誰にも看取られずに一人ひっそり死んでいくのが悪いことなのかというところからまず議論していく必要があるでしょう。
本当は誰かとコミュニケーションしたい、手厚く面倒みてもらいたいという願望があったのにそれが果たせなかったという場合に初めて問題視されるべきです。
そもそも「畳の上で死ぬ」というのは良い死に方だとされていたわけですし、自宅でひっそり亡くなること自体が必ずしも悪いことだとは思いません。
今の孤立死議論は死後にもたらされる周囲の迷惑がごっちゃになって語られているようにも感じます。

投稿: 管理人nobu | 2012年3月13日 (火) 11時11分

お医者さん自身は他人のお尻は拭かないでしょう。
実際するのは看護師さんや介護士さんや看護助手さんたちですよ普通は。
ネットのお医者さんたちは厚生労働省の政策に現実無視だとかおっしゃるけど、
田舎の病院では似たようなことを院内で看護師さん以下にやってますよ。
だから看護師も都会に逃げるんだと思います。
こういうのを入れ子状態っていうんですかね。

投稿: 田舎者 | 2012年3月13日 (火) 12時50分

ところが現実は田舎から逃げる医師>>田舎から逃げる看護師なので。
そして逃げた看護師数あれど尻拭くのが嫌で逃げた看護師ってあんまり見たことないな。
そういうのは机上の空論って言うんですかね。

むろん俺自身は必要とあらば拭いてるよ。>他人の尻

投稿: 元田舎医者 | 2012年3月13日 (火) 15時40分

なにか話がちょっとずれてきているように思いますが…
つまりは看護師離職の大きな要因として下の世話が嫌だからという理由があるということでしたら、是非そのソースをご提供願いたいと思います。
過去に目にしたレポートではそうした傾向は現れていなかったと思うのですが。
http://www.gifu-cn.ac.jp/information/04-01/0401_P026.pdf
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001fog4-att/2r9852000001foyp.pdf

投稿: 管理人nobu | 2012年3月14日 (水) 10時57分

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