« 少し風向きが変わってきた?震災報道 | トップページ | 隣国から起こった、教訓とすべき事件 »

2012年3月16日 (金)

みんなリスク低減のために動いているのに…?

年度の変わり目ということでこの四月からまた色々とシステムの変わる部分もあって、おいおいと紹介していければよいかなと思うのですが、そんな中で比較的多くの方々に関係してくると思われるのがこちらの話題です。

介護職の医療行為に懸念交錯/広島(2012年3月12日中国新聞)

 たんの吸引や胃ろうなど原則として医師・看護師のみに認められていた医療行為が4月から、一定の研修を受けた介護職員もできるようになる。広島県内でも研修が進む一方、現場からは緊急時の対応や万が一事故が起きた場合の責任について懸念する声もある。

 介護職員のたんの吸引などはこれまで、厚生労働省が法律ではなく通知で例外的に認めていた。昨年6月の介護福祉士法の改正で、研修を受け、都道府県の認定を受けた介護福祉士や介護職員も実施できるようになった

 研修は、特別養護老人ホームなど不特定多数の人を対象にした研修と、在宅介護など特定個人を対象にした研修の2種類がある。

 研修を受けたホームヘルパーたちがたんの吸引や胃ろうをできるようになれば、在宅介護を続ける家族たちの負担軽減につながる。

 介護職員は家族たちの期待を実感する半面、不安も抱える。会場でも「吸引がうまくいかず、医師や看護師がいないときに容体が急変したらどうすればいいのか」「万が一事故が起きたとき、事業所から個人の責任にされるのでは」といった声が漏れ聞こえた。

 県立広島大(三原市)の住居広士教授(介護福祉学)は「現場の戸惑いはしばらく続くだろう。事故の責任を個人に押し付けられないよう、運用を注視する必要がある」としている。

今回行われたのは「社会福祉士及び介護福祉士法」の改正で、これによって「介護福祉士及び一定の研修を受けた介護職員等においては(中略)一定の条件の下で『たんの吸引
等』の行為を実施できる」わけですが、具体的には施設内及び在宅での痰の吸引(口腔内、鼻腔内、気管カニューレ内部)と経管栄養(胃ろう又は腸ろう、経鼻経管栄養)とが対象です。
元々2009年から介護の必要性の高い特別養護老人ホーム(特養)の介護職に吸痰など一部行為をやらせてはどうかという話が出てきたわけですが、当然ながら時代背景として医療専門職の不足や医療崩壊という現象が社会問題化する中で、専門職が専門職としての仕事に専念するにはどうしたらいいのかという議論もあったわけですね。
過去には一定の条件下で当面のやむを得ない措置として限定的に行われてきた(実質的違法性阻却)行為がこのたび法制化されたと言うことは、今後は介護スタッフの通常業務の一環として行われていくということですが、例えば夜間に看護師がいないから吸痰が出来ないだとか、自宅に介護スタッフが出向いた際に「痰の吸引もしてもらえませんか」と言われても断らざるを得なかった、なんて局面が減る理屈です。
すでに各都道府県厚労省からこの制度の告知と共に、必要な研修の案内などが行われていますけれども、一応は研修を受け行為に従事するかどうかは任意ということになっているとは言え、介護サービス全般の経営状況を見れば今後「いやうちは研修を受けていないので出来ないんです」とは言えないでしょうから、実質的には全事業者が対応せざるを得ないと言うことになりそうですが、それ故にリスクに対する懸念も高まっています。

胃瘻など誰がつないでも同じじゃないかと考える向きもあるでしょうし、実際に在宅でみられている方の場合は家族がつないでいるわけですから操作自体はさほど難しいものでもありませんが、例えば自然抜去していたのを見落として注入すれば腹膜炎になってアウトだとか、当然ながらやるからには基本的な知識を持っていなければリスクは高まるわけですが、それをどう考えるかです。
医療業界内においても「仕事が回らないと過労でよけいな事故が増える」という人もいれば「素人に好き放題されて責任だけ取らされるのではたまらない」という声もあって意見が割れていますけれども、実際のところ例えば療養型に入院中は何もなかった患者さんが、介護施設に移った途端に派手な肺炎を起こして帰ってくるという経験をされた先生方も多いはずなんですよね。
普通に考えて寝たきり患者の吸痰に何か手違いがあって事故が起こる確率よりも、必要な時に吸痰しないことによって何かが起こる確率の方が圧倒的に高いはずですし、「吸引がうまくいかず、医師や看護師がいないときに容体が急変」するような時にはそもそも吸引をしなければより早い段階で確実に急変していた理屈ですから、冷静に考えると一体何が言いたいのか判らないじゃないかと言うことですよね。
そう考えると面白いのは賛否両論を掲げる人それぞれがリスクを減らすという点においては同じ目的意識を持っているのに、結論は全く逆になっているのは何故なのかということなんですが、それはリスクを負う主体が誰、あるいはどこであると考えているのかという部分を抜きにしては理解出来ないことでしょう。

例えば施設内で医師や看護師がいない夜間に入所者が痰を詰まらせて窒息したとなれば、吸痰が必要なのに介護スタッフだけでは出来ないことになっている制度、あるいは吸痰できない制度のままに放置している社会が悪いということになりますが、これが吸痰をやっていてうまく痰が取れなかったということになればそれは吸痰が下手なスタッフが悪かったということになりかねません。
一のリスクを恐れるあまり百のリスクを放置するというのでは社会全体のリスクマネージメントとしては明らかな失敗なのですが、ゼロリスク症候群が蔓延して「たとえ1億人に一人の確率でも当たった本人にとっては100%」なんて理屈が大手を振ってまかり通る時代になると、リスクを冒す個人の視点でのリスクマネージメントとしては何もやらないのが一番低リスクということになってしまうし、実際に世の中そういう風潮ですよね。
すなわち社会としてのリスクを低減させようと思えば個々人のリスクは必ず社会として引き受けなければならないはずなんですが、別に制度として個人の責任を問わないようにしようと言う動きもなければいざというときの保険を用意しようという話も出ないまま、冒頭の記事のように「個人の責任にされるのでは」「運用を注視する必要がある」なんて何の解決にもなっていないところで話が終わっているのはおかしなことだと思いませんか。
社会全体で見て明らかにリスクを低減できる道があるのに、個人がリスクを負うのは困るから出来ません、どうしてもやりたいなら家族が自己責任でやってくださいでは普通に考えてもまともな社会とは言えませんが、なぜそうなってしまうのか、それを解消するにはどうしたらいいのかということも同時に考え制度化していかなければ、現場はいつまでたっても個人レベルでのリスクマネージメントに無駄な労力を傾けるしかありませんよね。

|

« 少し風向きが変わってきた?震災報道 | トップページ | 隣国から起こった、教訓とすべき事件 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

さすがに介護職に責任を押しつけはしないだろうが、職場に居辛くはなるだろうな
教育を受けて不勉強が目に余る一部の施設が多少なりとまともになればいいが

投稿: kan | 2012年3月16日 (金) 08時40分

新聞記事で「胃ろうなど」と書かれている物が「胃ろう又は腸ろう、経鼻経管栄養」だというのは間違いないのですね?
だとすると、新聞記者も解ってないし、発表した人も解ってないですよ。
介護職員が地雷を踏む確率が一番高いのは経鼻経管栄養だということを。
今回「胃ろう又は腸ろう、経鼻経管栄養」を「胃ろうなど」と表記するのは、単なる表記の問題ではなく、リスクの程度の評価ができていないことの表れだと思います。

あるいは話は変わりますが、老年医学会の「治療の差し控え」の件でも、老年医学会の提言は胃ろう、腸ろう、経鼻経管栄養を含めた全ての人工栄養のことを言っているのに、マスコミ報道では それを「胃ろうなど」としてしまうものだから、患者家族はもちろん看護スタッフの中にさえ、胃瘻は倫理的問題があるが 経鼻経管栄養にはその問題はない、と思っている人が、最近私の周りに現れ始めています。

というわけで、そろそろ 政策立案者やマスコミは経管栄養を「胃ろうなど」と表現するのはやめてほしいです。

投稿: JSJ | 2012年3月16日 (金) 08時56分

実際にやることは各施設毎に違うのでしょうが、経管栄養に関しては栄養剤パックのつけ外しくらいなのでしょうか。
栄養剤注入をやるとなると当然薬もということになるのでしょうが、薬剤管理がきっちり出来るのかという声が多いようですね。
また先日は気切と間違って?喉頭気管分離術の患者の孔を塞いで窒息させた看護師がいましたが、胃瘻を回して確認ということを強調しすぎると腸瘻を回す人が出るんじゃないかと心配です。
いずれにしても必要な知識はきちんと学びリスクがあることも知っておくことは重要でしょうね。

投稿: 管理人nobu | 2012年3月16日 (金) 09時25分

この次は浣腸も自由化されそうな気が

投稿: 柊 | 2012年3月16日 (金) 11時26分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/54226354

この記事へのトラックバック一覧です: みんなリスク低減のために動いているのに…?:

« 少し風向きが変わってきた?震災報道 | トップページ | 隣国から起こった、教訓とすべき事件 »