« 週刊文春の甲状腺癌記事が話題に | トップページ | 不毛極まるレセプト査定、さらに一層不毛に? »

2012年2月28日 (火)

少ないとみるべきか、多いとみるべきか

おおむね予想されていたことですけれども、被災地の医療環境が震災前と比べて激変しているという調査結果がマスコミ各社から出ていましたが、これが単純に激減と表現できないのが興味深いところでしょうか。

震災3県の中核医療機関、3割超が診療水準回復できず(2012年2月27日中国新聞)

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県沿岸部の中核的な45病院・診療所のうち、 など震災前の診療水3割を超える17病院が医療スタッフ不足で診療科目や入院ベッド数の縮小を余儀なくされる準を回復できていないことが26日、共同通信のアンケートで分かった。

 17病院のうち、東京電力福島第1原発事故の警戒区域内の福島県立大野病院など同県内4病院はなお休診中で再開のめども立っていない。公立志津川病院(宮城)をはじめとする5病院はプレハブなどの仮設施設で診療を続けており、震災1年を前に被災地の医療現場の厳しい現状が明らかになった。

 被災地はもともと医師や看護師が足りない“医療過疎”だったが、地震の影響で医療スタッフが流出、患者減少も深刻で、経営難に陥った病院もあることも判明した。

 アンケートは2月上旬~中旬に51病院を対象に実施、45病院から回答を得た。

 診療水準について、6割弱の26病院が「震災前と同水準かそれ以上」と回答、個別には医師不足、患者減少などの悩みがあった。

 医療スタッフ不足では、院長を除く常勤医すべてが退職する石巻市立病院(宮城)など12病院で医師数、7病院で看護師数が減ったとした。

 この結果、14病院で入院患者用のベッドを減らしたと回答。また岩手県立山田病院など9病院が診療科目を少なくしたり、入院や夜間救急の受け入れを中止したりしていた。

 被災地からの人口流出を受け、患者の受け入れ状況の変化も目立った。「経済事情悪化による受診控え」(宮城・気仙沼市立病院)などを理由に17病院は外来患者が減ったとしたが、福島県いわき市などの13病院は近隣の診療機関の閉鎖や避難者の流入で逆に増加。専門家は長引く避難生活で被災者に疾病が増え、外来患者の増加につながっていると指摘している。

沿岸病院、常勤医減27% 被災3県で調査(2012年2月23日河北新報)

 岩手、宮城、福島3県沿岸部にある病院のうち、東日本大震災の前と比べて、常勤医師数が減った病院は3割に迫り、看護職員が減った病院も過半数を占めることが、河北新報社の調べで分かった。仙台医療圏を除くと、医療従事者が著しく不足している病院も目立ち、地域医療に診療制限などの影響が出ている。被災地の本格的な生活再建には施設整備に加え、行政などによる医療従事者の確保が急務となる。
 1月から2月にかけて3県沿岸部の九つの2次医療圏(仙台医療圏は沿岸部のみ)の107病院(20床以上)を対象にアンケートを実施。常勤医師数は聞き取りを含め全病院、看護職員数は88病院から回答を得た。福島県の警戒区域内7病院は対象外
 常勤医師が減ったのは3県の計29病院で、27.1%に達した。県別と2次医療圏別にみると福島は14病院(相双5、いわき9)、宮城が13病院(気仙沼1、石巻6、仙台6)、岩手2病院(久慈1、宮古1)。福島県内の減少は、東京電力福島第1原発事故の影響が大きい。
 49病院は横ばい、増えた病院も29病院あった。
 3県の常勤医師総数は1578人で、震災前に比べて14人減にとどまる。被災した開業医が診療所を休廃止して勤務医になったり、全国から応援医師が被災地に入ったりして、微減で抑えているとみられるが、病院間で大きな差が出た。
 准看護師や助産師らを含む看護職員数は、アンケートに答えた88病院のうち、51.1%に当たる45病院が減った。2次医療圏別に1施設当たりの平均看護職員数をみると、相双地区で81人から61人の大幅減になったほか、釜石、気仙、気仙沼、いわきの各医療圏も4~6人減った。
 スタッフが不足したり、建物の復旧が遅れたりして震災後、入院や手術、診療科目のいずれかを制限している病院は少なくとも20に上った。気仙沼市やいわき市では複数いた常勤医師が1人になり、入院ベッドを廃止するなどの措置が取られている。
 震災では、岩手県の県立3病院や宮城県の石巻市立病院など、地域医療の中核を担っていた3県10病院が全壊した。3県は国の交付金を原資に、ここ3、4年で公立病院や拠点民間病院の復旧を急ぐことにしている。
 ただ、全国からの応援は恒久的な対応ではないだけに、医療スタッフの確保は難しそうだ。新人医師が病院に勤務しながら、診療経験を積む「臨床研修制度」で被災3県を選ぶ人は来年度、減る見通し。福島県では「除染を早急に行わなければ、家族を持つ医療スタッフは現場に戻れない」(相双・大町病院)などの訴えも出ている。

総数としての常勤医師は意外と減っていないとも受け取れる話なのですが、実際には診療のための施設や機材が崩壊したり、避難所への往診業務などが増えたりして業務の効率はずいぶんと落ちているのではないかという気がします。
ハードウェアとしての病院施設も未だ再建途上で、しかも需給バランスの急変で再建するにしても一体何床にしたらよいのか判らないという施設もあるようですが、留意いただきたいのはスタッフが激減して診療継続に支障を来している施設があるのは予想されたことながら、地域の人口分布が激変したこともあってか患者数が激減し経営困難という施設もかなりあるということですよね。
とかくこうした調査と言えば以前と比べてスタッフが幾ら減った、医療機器がそろっていないという話になりがちですけれども、地域社会が崩壊して住む人もいなくなった町に立派な病院だけ再建しても仕方がないのは当然で、診療水準がどうなのかということを評価するためには病院だけではなく地域の人口動態や医療需要なども併せて考えなければ意味がないことです。
そうした需要側の動向ということで興味深いのが河北新報の特集記事なのですが、どうやら今回の震災を契機に住民側の医療に対する意識も変わりつつあるらしいということが伺われるのですね。

焦点/あえぐ地域医療(5完)在宅診療/病床減り広がる需要(2012年2月27日河北新報)

 気仙沼市に住む小野善男さん(61)は1月17日、自宅1階の和室で、寝たきりの母相子さん(86)と医師の到着を待っていた。
 母が昨年9月に病院を退院してから、自宅で介護を続ける。母は腹部に穴を開ける胃ろうという処置を受け、管で流動食を取っている。「家でみるのは大変で、施設に入所させようと思ったが今はやめた。医者が来てくれるから
 この日は管の交換日。開業医の村岡正朗さん(51)が、白い軽自動車を運転してやってきた。手際よく管を取り換え、問診もした。

<不安薄れた家族>

 村岡さんは10年以上、在宅診療にかかわってきた。震災後「気仙沼では、在宅診療に対する患者家族の意識が大きく変わった」という。きっかけは震災後の患者の孤立と「気仙沼巡回療養支援隊」の活動だった。
 東日本大震災で沿岸部の医療機関や福祉施設が被災。病床が減少し、多くの患者が行き場を失った。道路や鉄道が寸断されて通院できなくなり、在宅で世話せざるを得なくなった。停電で電動ベッドが動かなくなって高齢者の床ずれが多発した。
 そんな窮地を救ったのが支援隊だ。災害派遣医療チーム(DMAT)や地元医師、看護師らが約5カ月間、各家庭を訪れて医療を続けた。
 村岡さんも活動に参加した。「支援隊の活動で在宅診療を知り、自宅で患者の世話をすることの不安が薄れたようだ」。村岡さんの在宅患者は、震災前の倍の約45人にはね上がった。震災後に在宅で最期をみとった患者も、10人を超えたという。

<スタッフが不足>

 津波で被災した陸前高田市の岩手県立高田病院。震災後、在宅診療の回数を週1日から5日に増やした。2月、仮設施設に41床の入院ベッドを設置した後も、5日のまま継続している。
 「住民に少しずつ芽生えた在宅意識を大切に育てたい」。院長の石木幹人さん(64)は、在宅診療に力を入れる理由を説明する。
 在宅ニーズに応えるのは、高齢者が増加し入院を前提とした医療を続けられないという事情もある。在宅が増えて入院が減れば、勤務医の負担も軽くなり、医療費も抑制できるため、国も政策的に誘導する
 ただし、在宅シフトの動きは鈍い。在宅診療に取り組む医師が足りないからだ。「開業医に在宅診療をしてほしいが、高田では多くの開業医が震災後に廃業してしまった」と石木さん。訪問時は病院医師が減るため、待合室に外来患者があふれるというジレンマも抱える。
 15日午前10時、陸前高田市内の仮設住宅にワゴン車が到着した。乗ってきたのは、石木さんの娘で医師の愛子さん(27)。昨年4月、研修医として勤めていた盛岡市の県立中央病院から、「父を助けたい」と志願して高田病院に移り、在宅診療に取り組み始めた。
 湯たんぽで低温やけどをした高齢者の足を治療した。「病院では病気を診るだけだけど、訪問すると普段の暮らしまで分かる。貴重な経験です」と話す愛子さん。石木さんは「地域医療に何が必要か、感じ取ってほしい」と見守る。
(高橋鉄男、菊池春子、東野滋)

ご存知のように病院や診療所が破綻したためもあって多くの被災地で往診や仮設診療所といった形が取られるようになり、交通網も失われ以前のように病院側に来るのを待つ医療から患者の元へと出かけていく医療主体にならざるを得なくなったと言いますが、その意外な副産物がこうした在宅意識の高まりという形で現れてきたということでしょうか。
被災地の医師数減少が言われ、原発事故に加え以前からの聖地である福島など特に流出が止まらないのではないかと言われていましたが、先日の調査では震災前から71人減って1942人(-3%)と実際には原発界隈から避難しただけの先生方がほとんどだったようで、判明しているだけでも2%以上が減少している(実際にはもっと多いでしょう)県人口減少率と比べて際立って多いとは言えないようです。
そう考えるとせっかく残った医療リソースを漫然と昔ながらのやり方で使うのではなく、状況の変化に応じて積極的に適合させていく方が住民にとってもスタッフにとっても満足度が高くなる可能性があるだろうし、医療に関してもかなり自由に特区が設定できる被災地でこそ医療過疎地での新たな診療モデルを構築していくのに相応しいんじゃないかと思います。

|

« 週刊文春の甲状腺癌記事が話題に | トップページ | 不毛極まるレセプト査定、さらに一層不毛に? »

心と体」カテゴリの記事

コメント

>行政などによる医療従事者の確保が急務

福島に逝きたい医師などいないのだから今いる医師を大切にすべきだろうに、今もってこんな調子なんだな

投稿: kan | 2012年2月28日 (火) 09時03分

>福島に逝きたい医師などいないのだから今いる医師を大切にすべきだろうに、今もってこんな調子なんだな
御意。
福島県の特区の構想も、結局 少ないスタッフでがんばってもらいましょ、というものになるようですし。
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20120224ddlk07040186000c.html

投稿: JSJ | 2012年2月28日 (火) 09時19分

>>福島県の特区の構想も、結局 少ないスタッフでがんばってもらいましょ、というものになるようですし。

使いつぶす気まんまんですね。

投稿: 浪速の勤務医 | 2012年2月28日 (火) 10時04分

医師を呼ぶために何をするべきかという視点がなくて、来た医師に何をさせるかしか考えてこなかったのでしょう。
人材確保はすべて大学の医局頼み、医局が潰れれば今度は国頼みで何の努力もしなかった人たちに医師が来ない来ないと言われても困惑するしかないです。
福島以上の田舎でもちゃんと裏方が仕事をして医師を確保している病院はいくらでもありますよ。

投稿: ぽん太 | 2012年2月28日 (火) 10時23分

特区までつくるのならさらに斜め上方向に逸脱するのではなくて、ポジティブに評価されるものにしてもらいたいです。
これ以上福島の悪評が広がればほんとうに誰も来なくなりかねません。

投稿: 管理人nobu | 2012年2月28日 (火) 12時58分

さすが奈良?
なにかすごいことになってきてます。
金銀銅のステッカーがあるんだそうです。

“ジェネリック薬局”認定 ステッカー張り出しも 奈良・生駒市
http://sankei.jp.msn.com/region/news/120228/nar12022802110001-n1.htm
 生駒市は、開発期間が短く価格が安いとされる後発医薬品「ジェネリック医薬品」を普及させるため、ジェネリック医薬品を多く取り扱う市内の薬局を認定する制度を独自に始めた。3月中旬からは、認定を受けたことを示す薬局へのステッカーの張り出しも始める。市によると、自治体がジェネリック医薬品の普及で認定制度を設けるのは、全国的にも極めて珍しいという。

投稿: ぽん太 | 2012年2月29日 (水) 09時01分

国よりも自治体の方が財政に危機感があるのでしょうね。
ただ決して良い悪いのランク付けではないはずなのにそう誤解されてしまいそうではあります。

投稿: 管理人nobu | 2012年2月29日 (水) 11時05分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/54089709

この記事へのトラックバック一覧です: 少ないとみるべきか、多いとみるべきか:

« 週刊文春の甲状腺癌記事が話題に | トップページ | 不毛極まるレセプト査定、さらに一層不毛に? »