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2012年2月25日 (土)

「ネットにばかり籠もっていないで現実に帰れ」?!

時代と共に商売のやり方も変わるのは当然ですが、先日こういう記事が出ていたのをご覧になりましたでしょうか。

売上低下が止まらないキオスク、次の一手は「店舗のラッピング」(2012年2月21日ビジネスメディア誠)より抜粋

 主にJRグループの駅構内にある小型売店として、長年親しまれてきたキヨスク。しかし、実は今、非常に収益性が厳しくなっていることをご存じだろうか。

 小売業の平均粗利率※は一般に30%をベンチマークとしている。しかし、キヨスクの主要商品は「たばこ」「雑誌」「新聞」で、たばこの平均粗利率は約10%、雑誌の平均粗利率は約25%なので、小売業の平均を下回る。
※粗利率=(売上金額-原価)÷売上金額

 加えて、雑誌や新聞の売り上げはインターネットなどでの情報配信の影響で毎年約10%ほどずつ低下しており、全体の売り上げもそれに伴い年々減少しているのである。それは次図で示す、JR東日本リテールネットのキヨスク事業の年間売上高推移からもお分かりになるだろう。
(略)

記事はこの後様々なビジネスモデルを模索するキヨスクの経営戦略の変化について解説しているのですが、確かに駅構内という立地の関係からも移動中に消費される商品の比率が非常に高いだろう経営スタイルにおいて、速報性に加えてリアルタイムでの検索力にも優れたネットメディアの普及が情報媒体の売り上げに大きく影響したことは想像に難くありませんよね。
かつては「日本でスマホは普及しない」などと言われた時代もありましたが、iPhoneなど人気機種の相次ぐ投入もあってここ数年の間に状況はがらりと変わってしまった結果、わざわざPCの前に座り込む時間を取らずともちょっとした空き時間に幾らでもリアルタイムで情報を集めることが出来るようになりました。
PCではなくスマホからネットへ入った「ライトユーザー」によってネット利用のトレンド自体も変わりつつあるとも言い、ひと頃利用者の高齢化から世論との乖離が懸念されていたネット掲示板などへも新たな関心が向いているなんて話もあります。
その結果旧来の遅いメディアの代表格である新聞が売れない、雑誌も売れないと言うことになってくるのは情報の速報性を考えても当然ではあるとして、問題はその結果何がどう変わっていくのかですよね。

編集者の苦悩…誰がニュースを選ぶのか(2012年2月16日産経新聞)

 刻々と届く膨大なニュースを前に、産経新聞東京本社の近藤豊和編集長(47)は赤ペンを手に大机へ向かっていた。午後2時、東京・大手町の同社編集局。複数いる編集長のうち、この日の当番として1面のニュースを選んでいた。

 政治部、社会部など8つの出稿部が特ダネを売り込みに来る。通信社からは「朝刊メモ」と呼ばれる記事の配信予定が十数ページ送信されてくる。テレビは最新のニュースを伝えている。

 「1面に収容できる記事は3、4本しかない。何がより多くの読者に必要とされる情報なのか。日々模索、試行錯誤している。インターネットがそれに拍車をかけているように思う」

 隣の長机ではニュースサイト「MSN産経ニュース」の編集が続いていた。サイト上では、紙面には載らないニュースもしばしばネット利用者から選ばれ、ランキングの上位となる

 ニュースをネットで読む人が増え「新聞離れ」が進む中、朝日新聞は昨春から東京本社版の1面題字下に「本日の編集長」として当番編集長の氏名の掲載を始めた。同社は「『顔の見える紙面』をめざす取り組みの一環だ。紙面作りにはツイッターなどの情報も参考にしている」と説明する。

 東京都内にある大手IT企業の男性役員(44)は電車内で、携帯電話のアイフォーンを手に「自分にとってのニュース」を選んでいた。「RSSリーダー」という機能により、あらかじめ登録したニュースサイトやブログの新着記事が一覧表示される。読みたい記事へ印をつける。

 「オフィスのパソコンで一気に表示させて読む。有益な記事はボタン一つで社内で共有できる。その記事が新聞社のサイトのものなのか、ブロガーが書いたものなのかは関係ない。新聞は読みませんね。ニュースサイトさえ見なくなった

 平成22年、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件の際、民間団体が都内で行ったデモへ数千人が集まったことを当初報じたのは、CNNなど欧米の報道機関だけだった。ネット上でそのことを知った人々から「なぜマスコミは報じないのか」と疑問の声が上がった。

 インターネットの普及により、マスメディアだけが情報の選び手だった時代は終わりを告げている

 メディアの未来を見通したかのような動画が2004年、米国の2人の若手研究者により公開された。「EPIC2014」。

 動画は、検索サービスのグーグルと電子商取引のアマゾンが08年に合併して「グーグルゾン」が誕生し、消費者がブログやソーシャルメディアを通じて自ら情報発信する新たなメディアが生まれると予言した。その結果、14年にはニューヨーク・タイムズ紙がネットから撤退し、エリート層と高齢者向けの紙媒体になるさまが描かれていた。

 慶応義塾大学の砂原秀樹教授(51)=情報工学=は「架空の巨大企業にメディアが独占されるとの予言だったが、12年まで来てそのような状況はない。逆にフェイスブックなどのソーシャルメディアによって情報は多様化しており、大量の情報を人々が判断しきれない情報リテラシーの問題が生じている」と話す。

 朝刊の編集は午前2時に終わった。近藤編集長はひと息ついた表情で話した。

 「新聞は人々の『情報共有箱』として、まだ社会の安定に寄与できているとは思う。ただ、情報環境がこれほど変容する中、必要とされる情報、伝えねばならない情報とは何なのか。先輩たちも日々悩んで紙面を作っただろうが、現在のほうが苦悩は深いのではないか」

先日もアメリカでは新聞記者のリストラが進んでいるというのに、既存メディアを取り巻くこの厳しい状況の中で未だに終身雇用で温々とした生活に甘んじている日本の新聞業界は何なのかという問題提起がなされていましたが、増え続ける情報の中で新聞の中の人もそれなりに気苦労は絶えないというのは理解出来ます。
ただしここで情報の速報性ということだけでなく留意していただきたいのは、速報性においてネットにもある程度対抗出来る可能性があるテレビもまたネット利用の普及によってその社会的地位を低下させ続けていることで、その理由の一つとしてネットにおいては自分の興味ある分野の情報をどんどん掘り下げていくことが出来るという随意性があるとも言えそうですね。
限られた数のメディアがセレクションした情報だけが世に流れていた時代と比べると、一方では記事中にもあるように既存マスメディアが敢えて報道しない事実を探せば知ることが出来るという情報所有の優位性という点でネットは優れていますけれども、他方ではこれまた記事中にあるように膨大な情報の収集、整理を自ら行う能力の差異によって各個人の情報格差が拡大するという問題も指摘されています。
そしてもう一点、主に情報ソースをネットによる収集に頼る人間の特徴としてしばしば「自分に興味がある(あるいは、都合がいい)情報ばかりに偏りやすい」と言われていますけれども、前述の記事中に登場する大手企業役員氏の例に現れている通り興味ありそうな情報を片っ端からピックアップしていくというスタイルを取る以上、こうしたバイアスはある程度避けられないとは言えるでしょう。
こうして社会を構成する個人間で情報共有が薄れ、各人が各人なりのレベルと方向性で異なった情報を持つような時代になってくるとどういうことになるのかと言うと、とりわけ政治絡みでこのところ言われるようになったのが世論が先鋭化しやすくなったのでは?という問題です。

「政治家も人気商売」 ネット世論、議員を翻弄(2012年2月15日産経新聞)より抜粋

 パソコン画面の検索窓に自分の名前を打ち込む。横粂勝仁衆院議員(30)はインターネットで自身が話題になっていないかどうか定期的に確かめている

 「政治家も人気商売なので、評判は気にかかる。つい検索してしまう」

 人権擁護法案や動物愛護法改正案といった賛否の分かれる法案ではネット上に大量の書き込みがなされ、議員宛てにメールが届く

 「それも5通、10通でなく50通、100通と来る。実際は1人の人間がアドレスを変えて大量に送っているのかもしれないが、メールとネット上の書き込みが呼応して、大きな世論に思えてくる。少なからず意識へ影響を与えてくる
(略)

 《オバマは働かない人間の味方なのさ》《国が崩壊するのはごめんだ》…。

 交流サイト「フェイスブック」にある米国の保守系草の根運動「ティーパーティー(茶会)」の掲示板には、増税をめぐりオバマ大統領を批判する同じような実名の投稿が並んでいた。

 国立情報学研究所の小林哲郎准教授(33)=社会心理学=によると、米国ではネットの普及で社会問題への関心や知識が分化し、社会が共有すべき重大な政治課題の合意形成が難しくなっているという。

 「かつて米国人はテレビの3大ネットワークから共通の情報を得ていた。やがてケーブルテレビで見たい番組を見るようになり、さらにネットニュースのほか、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアで好みの情報ばかりに囲まれるようになった

 米国の研究者がツイッターや政治ブログを調べたところ、保守とリベラルの交流はほとんどなかったという。茶会の人々が固まる一方で、ウォール街占拠運動の参加者は別の場を築く

 本来、人々をつなげるソーシャルメディアによって現実の社会が分断される恐れがあるという逆説。急速に普及が進むわが国の近未来なのだろうか。

従来のように広域の情報発信の手段としてはマスメディアという上から下への一方通行の流れしかなかった時代では、社会において一定比率以下しかいないような少数意見の持ち主はほとんどの場合、周囲の人々の間から同好の士を見つけ出して小さなコミュニティーを形成し、やがてそれらを横に連結して社会全体の大きな運動へと成長させていくという迂遠な方法しか取り得ませんでした。
ところが今の時代は万人に一人しかいないような極めて稀な意見でもネットを介して呼びかければ数百、数千という実社会での大規模活動へと簡単に持って行けるわけですから、古い時代の回りくどい意見共有のやり方しか知らないような年配の方々にしてみれば「こんなに大勢が集まるなんて大変な騒ぎだ!その背後にどれだけの巨大な世論があるのだろう!」とびっくりして当然ですよね。
少数意見が表に出やすくなったということ自体は民主主義の一つの成長として歓迎すべきところもあるのでしょうが、前述のようなネット流の情報共有の特性が悪い方に作用するとかつては地域社会として機能していたものが、同じ物理的空間を共有していながら情報的には完全に分断されてしまった単なる群衆に転じてしまうという怖さもあるということでしょう。
こういうことがあまりに進みすぎるといずれ社会という枠組みそのものが破綻してしまうと危惧する声も出てくるのでしょうが、ニューカマーが増えてきている今だからこそネット廃人生活にずっぽりハマる前に現実をしっかり見据えて軸足は残しておけと、当たり前のことを改めて注意喚起していくことも必要なのでしょうか。

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コメント

記事のような利用者の変化もあるかも知れませんけど、キヨスクって単にコンビニが増えて競争激化してるだけじゃないかって気もします。

投稿: タキ | 2012年2月25日 (土) 11時40分

キヨスクにしろコンビニにしろ過当競争とは思いますね。
ほんの二昔前までコンビニなどなかった実家の近所でもあちこち潰れるコンビニが出てきてます。
ネット利用促進がなくとも売り上げは落ちていたでしょうけど、特に減っているのがメディアだということなんでしょうね。

投稿: 管理人nobu | 2012年2月26日 (日) 17時51分

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