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2012年2月 3日 (金)

ふたたび栃木でてんかん患者による交通事故が明らかに

昨春頃に一連のてんかん患者が絡んだ悲惨な交通事故報道が相次ぎ注目を浴びたのは記憶に新しいところですが、再びてんかん患者が世間の注目を浴びそうな事故が起こってしまったようです。

5カ月後、再び事故/栃木(2012年2月1日朝日新聞)

 昨年7月に宇都宮市内で交通事故を起こした30代の男性が、事故後に「てんかんの疑い」と診断され、その5カ月後にも6人が重軽傷を負う事故を起こしていたことが、県警と男性への取材で分かった。県警は最初の事故後、免許取り消し処分も検討したが「疑い」では困難と判断。男性は運転を続けていた。県警は何らかの対応策がとれなかったのか検証を始めた。

 県警と男性によると、男性は昨年7月末、同市内で車を運転中に前方の車に追突。「衝突した時のことを覚えていない」などと話し、その後に「てんかんの疑い」との診断書が出されたという。男性は事故の約3週間前に「生まれて初めて」発作を起こして意識を失うことがあった。

 県警は診断後、男性の免許を取り消すなどの行政処分を検討。だが「推定無罪の論理と同じ」(捜査関係者)で、疑いでは困難と判断した。そのため、男性に運転を控える趣旨の誓約書を書かせた。

 だが事故から5カ月後の昨年末、男性は同市内で軽乗用車を運転中に計4台がからむ事故を起こし、本人を含めて6人が重軽傷を負った。男性はその数日前に医師から正式にてんかんとの診断を受けたという。

 捜査関係者によると、県警は事態を重く見て、当時の捜査や対応に不備がなかったのかを調べる検証チームを立ち上げ、調査を進めている。

 道路交通法では、てんかん患者は一定期間発作が起こらず、その後も起こる恐れがないなどと診断されれば運転免許を取得できる。患者が発作を起こしたり、免許取得後に病気と診断されたりすれば、警察は公安委員会を通じて行政処分が出せる。だが、運転免許取得に制限のある病気が「判明した」場合としており、疑い段階では適用できない

 県内では昨年4月、鹿沼市内で男(26)がクレーン車を運転中にてんかん発作を起こし、登校中の児童6人を死亡させる事故があった。男がその3年前に事故を起こした際、てんかん患者との情報がありながら県警は居眠り運転として処理。当時の捜査を県警は「不十分だった」とし、事故捜査の徹底などを再発防止策として掲げていた。

 今回のケースについて、捜査関係者は「2度目を防げなかった忸怩(じく・じ)たる思いはある。ただ、今の法律では警察としては何もできなかった。我々が勝手に法律を解釈するわけにはいかない」ともらした。

 ●法律の狭間 改めて浮き彫り

  《解説》「法律に基づかない処分はできない。だが、このまま放置してもいけない。非常に難しい問題だ」。県警幹部のひとりは今回の事故についてこう語った。県警は鹿沼市の児童6人死亡事故を教訓に、病気の照会などの捜査を進めた。その結果、「誓約書」という法的根拠のない手段しかとれなかった

 一方で男性は朝日新聞の取材に対し、「(てんかんの疑いと診断され)運転への恐怖心はあった。ただ、医師からも警察からも禁止ではなく、『できるだけ控えるように』と言われたので」と明かした。薬は朝晩欠かさずに飲み、通勤の時だけ運転したという。病気が持つ危険性を理解しながら、仕事をする上で車が欠かせないとして運転を続け、再び事故を起こしてしまったという。

 鹿沼市の事故の遺族らが現行法の改正を求めるなど、関心が高まるなかで、法律の狭間が改めて浮き彫りになった。(山岸玲)

昨年大いに話題になった同じ栃木でのクレーン車事故では、てんかんの持病がある運転手が過去にもたびたび発作によると思われる事故を繰り返しながら前夜も夜更かしをして寝不足だった上に薬を飲み忘れるなど、社会的責任としてもそれはどうなのかと思われる行動をとっていたことが大いに批判を浴びたものでした。
今回の事件においても過去にも重大事故を起こし、警察との間に運転はしないとの誓約書まで書いた上で運転を続け事故を起こしたというのですから困ったものですが、地方における車社会という背景事情や法的体制の不備、あるいは医療面においても診断未確定患者への患者指導など様々な課題が浮かび上がってきます。
そのクレーン車事故ではちょうど遺族が運転手や親、雇用先の会社に対して損害賠償を求めた民事訴訟が進んでいますけれども、法廷戦術上当然とは言えこれがまた世間の誤解と非難を助長しそうな状況になっている様子なのが気になりますね。

クレーン車事故 「母と勤務先の責任問う」/栃木(2012年2月2日読売新聞)

民事訴訟初弁論 遺族、涙の訴え

 鹿沼市で昨年4月、登校中の児童6人がクレーン車にはねられて死亡した事故で、自動車運転過失致死罪での有罪(懲役7年)が確定した元運転手、柴田将人受刑者(26)らを相手取った民事訴訟の口頭弁論が1日、宇都宮地裁で始まった。原告側は、柴田受刑者の母親(49)や当時の勤務先の責任も追及していく考えだ。

 訴えられているのは、柴田受刑者と、柴田受刑者の母親、当時の勤務先の建設会社の3者。原告側は、てんかんの発作で意識を失って事故を起こした柴田受刑者の母親の責任を「発作を知りながら自動車を買い与え、違法な運転を助長した」などと主張。元勤務先についても「(過去に)意識を失う事故があっても精密検査の指示をせず、漫然と運転させていた」と指摘している。

 被告側は法廷に姿を見せず、準備書面のみ提出した。3者とも争う姿勢を示したが、柴田受刑者と元勤務先の代理人は反論の内容を次回以降明らかにするとした。母親の代理人は「母親に成人である被告の監督義務はない」などと反論した。

 この日は、大森卓馬君(当時11歳)の父・利夫さん(47)が「刑事責任に問えなかった母親と勤務先の責任を問う意義がある」などと涙ながらに意見陳述し、約30分で終了した。閉廷後の遺族の記者会見では、被告側の欠席について「子どもたちに失礼だ」との非難の声が上がった。

 元勤務先の建設会社は事故の影響もあって受注が減り、昨年5月に別会社を設立。新会社が受けた業務を行う際に重機を貸し出すなどして営業を続けている。幹部は「命はお金には代えられない。(裁判に)出席したい気持ちはあるのだが」と心情を吐露した。

 次回弁論は3月28日。

「事故は防げた」 クレーン車事故訴訟で遺族 /栃木(2012年2月1日日本経済新聞)

 栃木県鹿沼市の国道で昨年4月、クレーン車にはねられ死亡した小学生6人の遺族34人が、運転中にてんかん発作を起こした柴田将人受刑者(26)=懲役7年の一審判決が確定=と母親、勤務先だった同市の「小太刀重機」に計約3億7千万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が1日、宇都宮地裁(竹内民生裁判長)であった。

 意見陳述で、6年、大森卓馬君(当時11)の父、利夫さん(47)は「事故は防げた。次の犠牲者を出さないよう、刑事事件で問えなかった母親や小太刀重機の法的責任を明確にしてほしい」と遺族を代表して語った。

 母親の代理人弁護士は答弁書で「柴田受刑者は成人で、親の管理を離れている。家庭内で暴力を振るうなど、運転をやめさせるのは現実的に不可能だった」と反論。小太刀重機側も請求棄却を求め、争う姿勢を示した。〔共同〕

 被害者側からすれば色々と言いたいことは多々ありそうな裁判が予想されるのですが、この事件の行き先として例えば母親側の弁護士による主張のように「本人が悪い。周囲にそれを制止するのは不可能であった」という主張をするということになると、それではてんかん患者個々に対しての法的・社会的規制を今まで以上に強化しなければ事故は防げないということになりそうですよね。
一方で雇用主側にしてみればてんかん患者を雇ったことによって社会的批判は浴び仕事は減るわ、今度は巨額の損害賠償まで要求されるわで何一つ良いことがなかった、それならば今後は二度とこんな連中とは関わらないことにしようということになると、これまた数多のてんかん患者にとっては社会進出が大いに阻害されるという結果につながります。
一連の事故に対して患者団体側が盛んに懸念を表明しているように、一人の患者が疾患に対していい加減なことを続けてきた結果が全てのてんかん患者の不幸に結びつくという怖さがここにありますが、実はそれ以上に医療の側からもこうした経緯はかなり怖い状況にもなりかねないという懸念がありそうですね。

てんかんの診断と言えば特徴的な脳波異常などは教科書的に出てきますが、多くの疾患と同様にてんかんにおいても脳波等が正常であるということはてんかんではないという除外診断とは結びつかず、てんかん学会のガイドラインでも状況を総合的に判断し診断する必要性と同時に「てんかんの診断は患者にとって、身体的、精神的、社会的、経済的に重要な意味を持つ」とわざわざ言及しています。
つまりそれだけてんかんであるという診断は医学的見地のみならず社会的見地からも慎重に下されるべきであるとされている以上、冒頭の記事において診断を担当した医師があくまで「てんかんの疑い」という曖昧な表現に留めたのもそれだけの確定的証拠がない以上やむを得なかったことなのでしょうが、医学的には妥当と思われる態度も社会的に見ればどうかということです。
冒頭の記事にあるようにてんかんであるかないかという点で法的に取り得る対応が全く変わってしまうという事情がある以上、例えばこうした事故を受けて被害者側から民事訴訟を行う場合、弁護士としては法律に基づいて明確な運転禁止処分が出せないことが明らかな警察よりも、状況を総合的に判断すればてんかんの診断に至り得た可能性がある医師の方が与しやすしと考える可能性もありそうですよね。

無論そんな事態になれば医療業界を挙げての大騒ぎになりそうですが、有名な「いわき病院事件」のように外出中の患者が殺人事件を起こした結果外出許可を与えた病院側が訴えられただとか、昨年末に明らかになったように病院の治療がまずかったせいで保険金支払い額が跳ね上がったと保険会社が病院を訴えたりだとか、民事訴訟というのはあくまで「より確実に取れそうな相手を狙う」のが基本だということです。
社会がてんかん患者への対応に苦慮して法的にガチガチに縛り上げていけば行くほど、曖昧で主体的判断の残る余地がある部分にしか法廷で付け入る隙がなくなるということになりそうですが、不幸にして医療現場というところは診断であれ治療であれ多くの場合曖昧模糊としている上に、しばしば法的対応も極めて未熟であるという現実がありますので…

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コメント

一応診断基準があるのですから、それに合致しなければいくら疑わしくても確定診断はできないでしょう。
今回のケースは、医者が「できるだけ控えるように」といういざというときには運転できるかのような説明をしたのが問題かなと思います。(男性の言ったことが事実ならですが)
私なら聞かれてもそういうふうには答えません。

投稿: クマ | 2012年2月 3日 (金) 09時12分

診断書を書いたのが専門医なのかどうかもはっきりしませんが、医学的に妥当な診断と社会的に必要とされる診断とはまた異なるはずです。
ひと頃話題になった、熱が出たらとりあえずインフルエンザでないという証明書を書いてくれと求めてくる企業などの問題とも通じる気がしますが、単に医学的観点から考えるだけで適切な社会的対処が出来ない医師が介在するとてきめんに話がこじれます。
元はと言えば医師教育の過程で医学的観点からだけ行われてきたのが根本原因だとすれば、今後は医学的観点のみならず社会的な観点からも診療の指針は見直されていくべきなのかも知れませんけど。

投稿: 管理人nobu | 2012年2月 3日 (金) 09時32分

前日にはこんなニュースも。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ibaraki/news/20120201-OYT8T00071.htm 「糖尿病、急に意識失った」 運転過失致死傷容疑で逮捕

こういう文脈で「あぶないのはてんかんだけじゃない」という主張を行うのは諸刃の刃だとは思いますが、こちらは 患者側の立場ではなく医療者側の立場でのブログなので紹介してもいいかな、と思いまして。


エントリーの話題に戻ると、意識消失発作を起こして てんかんも鑑別疾患に挙がる方はけっこういます。
てんかんと診断しなかった医師の責任が問われるようになると(世論がその方向に動いたら)、そういった方達全て、意識消失発作の原因がはっきりするまで運転禁止ということになりますので、その時の社会の反応が見物です。

投稿: JSJ | 2012年2月 3日 (金) 09時44分

話は変わるのですが、アメリカでホンダのハイブリッド車がカタログ通りの燃費が出ないと訴えられて負けたというニュースがありました。
訴えたのはもともと企業相手の仕事をしていた弁護士で、ホンダ側の弁護団がつけられない1万ドル未満の少額訴訟の制度を利用して勝ったというのですが、ユーザーに対してどんどん同じ訴訟を起こすようにと呼びかけているようです。
より確実に取れそうな相手を狙うのが基本という言葉がありましたので紹介させてもらいました。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120202/amr12020211070006-n1.htm
http://www.latimes.com/business/money/la-fi-mo-honda-loses-civic-lawsuit
-20120201,0,6604197.story
http://www.dontsettlewithhonda.org/

投稿: 蓮 | 2012年2月 3日 (金) 11時03分

 このような事故を誘発してしまったのはてんかん患者自身もそうですが、
支援者団体である日本てんかん学会と日本てんかん協会のこれまでの対応が気になります。
前者は、てんかん患者に対して医療面しか診ていないのに生活全般を掌握してるつもりで対応しているため、
素人なのに職場の様子(就学期は学校生活)までソーシャルワーカー(スクールカウンセラー)もどきの助言・指導をするので
患者や家族に満足できない、ちんぷんかんぷんな答えが帰ってくるのですw
例:「てんかん発作が起きたら、周囲のみんなでたすけましょう」

 後者は、無人警察教科書掲載の件やポケモンショックといった自分達に関わることに対し、
マスコミに「差別だ!!」「偏見だ!!」の言葉を並べて耳をふさぐ様な行動に終始し、
この結果マスコミも取り上げることを恐れ、てんかんというものを世間から隔離するはめになった。
 てんかん協会の幹部もてんかん患者自身より重度心身障害併発のてんかん患者の親が多く、
事故を起こしている自動車運転できるてんかん患者の事については全くの「ど素人」で、
これまでてんかん患者の運転免許取得に固執したものの、10年前に条件付で免許が取れるようになってからは、今回のような事故が起きるまで実質放置プレーでした。
ちなみにあるてんかん患者の親は、てんかんは死に至るものだと言いつつ運転免許は欲しいと矛盾した発言をしてました。

 ただ日本てんかん学会と日本てんかん協会も今回の一連の事故に対し運転免許の研究会等を起こしているものの、
現在てんかん患者の置かれている状況の困難さ(生活(学校生活も含む)・雇用・余暇)や世間の目線との乖離が明らかで、
てんかん患者が取得できる精神保健福祉手帳でも、JRや航空国内線や多くの鉄道会社やバス会社の割引がないので、
地方の場合、運転免許が無い場合非常に困難。あとこれまで広報活動を目立ってしてこなかったので、
公共の場(駅など)でてんかん発作が発生した場合、酔っ払いの扱いで駅員にひきづられてしまうてんかん患者もいます。
 本当にてんかん患者の生活の質を高めたいのであれば、運転免許だけでなく現在の置かれている状況の困難を直接支援するアクションを起こせよと。

投稿: ふれきょ | 2012年2月 3日 (金) 22時20分

その言葉狩り的な暗部の部分も当「ぐり研」では非常に興味あるところで、おっしゃること非常によく判ります。

運転ということに関して言えば結局は社会的コストをどう考えるかなんですが、例えばよくてんかんの対照に取り上げられる糖尿病の場合、自分の知っている範囲内でも何人か意識障害による事故を起こしており、中には人を死なせた人もあります。
しかし糖尿病患者の数の多さと意識障害による事故の頻度を考えると、今のところは運転禁止などの措置はかえって社会的不利益の方が大きすぎるという判断になっているわけですよね。
ではどの程度の小集団になれば運転を全面禁止し、かわりに公共交通機関やタクシーの利用を公的に支援する方が得になるか、てんかんの患者集団は恐らくその境界線に近いのだと思います。
それがある種政治的な理由でまともな議論をされないままタブー扱いされてきたのだとすれば、一連の事故は客観的かつ合理的な社会的対応を考える契機にしていかなければならないものです。

残念ながら重症糖尿病のように血液検査一つで診断出来るというものではありませんが、例えば居眠りを含めて意識障害によると思われる事故を起こした場合には疾患スクリーニングを義務づけるとか。
コスト以外にもどの程度まで医療側が対応できるかどうかでも落としどころが決まると思いますが、少なくともてんかん患者は怖いで終わってしまってはますます疾患持ちのドライバーを水面下に潜伏させることになるだけですからね。
患者も非患者もお互いハッピーになれる解決策が望まれますが、今のところ議論の音頭をとろうという人がいなさそうなのも気がかりです。

投稿: 管理人nobu | 2012年2月 4日 (土) 08時09分

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投稿: HAMILTON27Kitty | 2013年7月22日 (月) 19時45分

投稿: | 2013年7月22日 (月) 19時46分

投稿: | 2013年7月22日 (月) 19時46分

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