« また問題発言!?と叩く前に | トップページ | 被災地に最初の復興特区を承認 »

2012年2月 9日 (木)

改善と言えばひと頃は日本のお家芸でしたが

自称・医療問題に強いという読売新聞が以前から家庭面で「医療ルネサンス」という連載を続けていて、医療問題の解説記事や時事的なテーマをいくつも取り上げているのはご存知の方も多いのではないかと思います。
先日以来その「医療ルネサンス」で取り上げられているのが過去に当「ぐり研」でも書いたことのある厚労省の「死因究明モデル事業」の話なのですが、この記事で取り上げられているのが舌癌の術後に放射線化学療法を行うため総合病院に入院中だった記者の74歳になる義父の話なんですね。
基本的には安定した状態で治療とリハビリを平行して行っていたこの義父氏が、とある明け方に突然の急変で帰らぬ人となってしまったのはお気の毒であったと申し上げるしかないのですが、当然ながら家族にしても病院側にしても寝耳に水という状況であり、担当医からの病理解剖の打診に対して記者側から「それならモデル事業を利用できないか」と持ちかけたところから記事が始まります。

そのあたりの詳細は記事の方を参照いただくとして、結局のところ第三者による解剖によってもはっきりした死因に結びつくような所見はなかったということなのですが、この中間報告に対して家族の方から「薬剤の影響や発熱のほか、死亡の前々日と前日に院内を独りで計5往復もさせられたことや、夜間の見回り頻度など、看護のあり方も検討してください」という要望があらためて出されたと言うことです。
病理学的な所見でははっきりしないのだから、患者を取り巻く状況がどうだったのかと気になるのは家族ならば当然のこととも言えるのですが、そうした診療現場の状況に対する調査の過程で大きな問題点が見つかったのだというのが記事最大の眼目となっているのですね。

死因究明モデル事業(3)再発防止促す調査報告(2012年2月3日読売新聞)より抜粋

(略)
 直接死因は「不整脈による急性心不全の疑い」とされた。「疑い」がついたのは、死因につながる病変がなく、断定できないからだという。
 では、なぜ不整脈が起きたのか。「心機能低下に加え、感染症または進行がんによる炎症状態」があったと委員会は判断した。
 そして抗がん剤投与、放射線治療、死亡前日の院内の移動などが重なり、心臓に負担をかけた可能性を否定できない、と指摘した。
 4日前から発熱があり、炎症を示す血液検査の値も上がっていたのに、放射線に加えて抗がん剤を始めたのはどうか。さらに治療やリハビリのため、看護師の付き添いなしで院内を何往復もしていたのは、連携や配慮が足りないのではないか――という意味だ。

 モデル事業は責任追及をしないので、遠回しな表現が多いが、「背景の要因も検討して」という遺族の要望に、それなりに応える内容だった。医療事故でないとしても、反省点や教訓は多いということだ。
 遺族が求めるのは原因究明だけではない。似たようなことが起きないよう、失われた命を再発防止に役立ててほしいと願っている。
 「第三者による調査を頼んでよかった。院内の病理解剖だったら『不整脈だろう』というだけで終わったのではないか」。義母や妻と、そう話し合った。
(略)
 ただ、説明会の当日、新たな問題が浮上した。病院の院内調査と看護記録のずさんさだった。

死因究明モデル事業(4)看護記録 ずさんな実態(2012年2月6日読売新聞)より抜粋

(略)
 もう一つ、信じがたい実態が、カルテ開示を請求して判明した。それは看護記録のあり方だ。
 義父が亡くなった日のカルテには、夜中の2時間おきに<巡視><特記事項無し>というスタンプと印鑑が押されていた。心肺停止で発見された後にあたる午前5時も、<特記事項無し>だった
 やっていないことを先に書く「先付け記載」だ。他のページにも同様の記載がたくさんあった。看護師が押したハンコの角度がそろっているから、わかる。

 そして死亡確認の記述の後に、夜中の義父の様子が追記されていた。観察や行為のつどではなく、後からの「まとめ書き」だった。
 これでは、本当に巡視をしていたかどうかさえ、あやしくなる。
 看護記録の問題は、モデル事業の報告書でも指摘されていたが、もしも院内調査だけだったら、表に出ただろうか。第三者の目があったからこそではないか、と遺族で話し合った。

死因究明モデル事業(5)改善計画求め病院と交渉(2012年2月7日読売新聞)より抜粋

 明らかな医療過誤はもちろん、そうでなくても、身内を失った遺族が病院に望むのは、教訓を導き、医療を良くしてもらうことだ。
 モデル事業の報告書には死因の分析とともに改善の要望も書かれるが、表現は遠回しで、病院がきちんと受け止める保証はない
 そこで記者を含む遺族は「改善計画」を作るよう求め、病院と交渉を重ねた
 義父の急死から1年余りたった昨年12月、改善計画書が示された。
(略)
 義父は、文句を言わない患者だった。放射線治療やリハビリ、検査のため、死亡の前々日に3回、前日に2回、院内の長い距離を往復し、汗びっしょりになっていた。モデル事業の報告書は、そうした移動が心臓に負担をかけた可能性も指摘していた。
 病棟の責任者は「1回で済むよう調整すべきだった。看護師に遠慮して世話をかけまいとする気持ちを考えず、付き添いもせずに申し訳なかった」と改善計画書に反省をつづった。
 医療安全担当の看護副部長は「患者のアセスメント(状態評価)が不十分で、個別性を考慮した手厚い看護ができていないことに気づかされた」と話した。
 看護記録の「先付け記載」「まとめ書き」は、調査すると他の部署でも見つかった。副部長は「信用性を疑われても仕方がない」と院内の看護師長会で注意し、巡視の際は<特記事項無し>のスタンプだけでなく、具体的な事実を書くよう求めたという。

 70歳代の男性の院内での急死は、全国的には珍しくないことかもしれない。それでも検証すれば、たくさんの教訓が出てくる
 今後、院内で改善策がどれだけ徹底されるのかが気になるが、失われた命を無駄にしないという意味で、少しは義父の供養になった気がした。

元記事を見ていただければ判りますけれども、病院側が独自に作成した院内調査報告というものの内容がかなりずさんな部分も多かったようで、こういう仕事をしていたのでは診療内容そのものに対しても不信感を抱かれ痛くもない腹を探られることになるのもまあ仕方ないのかな、という気はするところです。
加えて基本的に病院、とりわけこうした大規模公立病院などというところは当事者目線で見ても無理や無駄が幾らでもありふれているところで、例えば夜中に点滴が抜けたから刺し直しに来いと担当医が呼び出されたりとか、時間外の検査を出せば担当医が車椅子を押し検体も届けなければならないとか、業務を効率的に行うために幾らでも改善すべき点はあるだろうなと思いますね。
効率的にというと何やら無機的で冷たい印象がありますが、現場が多忙で当然行われるべき配慮すら払っていく余裕がないことが患者にとっても負担になっているわけですから、当たり前に行うべき業務改善を旧来の慣行だからと放置してきたことは批判されてしかるべきですし、外部目線がその契機になるということであればそれはそれで意味があることだったとも思います。
一方ではその方法論をどうするのかということを考えた場合に、これがまたなかなかに難しいものがあるなと感じてしまうのが、例えば記事中にも大きく取り上げられている看護師の夜間巡回の問題ですよね。

夜勤では看護師一人あたり20人から30人の患者を受け持つのが普通ですが、2時間毎に巡回するとして一人あたりにさける時間は単純計算で最大4~6分、ただし実際には吸痰や体位変換、点滴等処置に手がかかる患者さんがいらっしゃるので、安定している人にはとてもそんなには時間を使えないのは当然です(まして、普通に寝ている人を叩き起こすのもそれはそれで問題ですし)。
そして看護記録の手抜きですが、確かに毎回その都度状況を記載するのが筋とは言ってもカルテを取り出し記載するという作業に一人あたり数十秒とかなりな時間がとられる上に、それが朝まで2時間おきに繰り返されるということを考えると、現実問題とてもそんな時間は取れないからこそ安定期の患者であればハンコが活用されたりまとめ書きが行われたりするわけですよね。
カルテ記載を充実させようとすればするほど当然ながらさらに時間がかかる、2時間という巡回の周期も決まっているとなればどこを削ると言えば巡回業務そのものを削るしかないわけで、結局はよりよい看護を求めて改善を求めるほどかえって看護業務そのものは前よりも劣化するということになりかねません。
さらに言えば例えば痰による窒息などは一刻を争うわけですから巡回が2時間おきというのもおかしな話で、それこそ数分おきに見回りを繰り返していてもまだ足りないということになってしまいますが、それを可能にするほどスタッフを増やすにしろ患者数を絞るにしろ、どちらもこの病院経営難の時代にあって懐具合を直撃することになるのは言うまでもありません。

お金のことはさておいても、例えば単純に対応を手厚くするため夜勤帯二人の看護師を三人に増やすとして、一人分を余計に確保するくらい出来るだろうと思われるかも知れませんが、そもそも看護師はローテーションで回しているのですから夜勤の回数が単純にいきなり五割増しになると言えばおいおい、こっちも生活があるのにちょっと待ってくれと言いたくもなりますよね。
当然そんな施設においては離職者も増えるでしょうから新規スタッフを入れても結局元の木阿弥になりかねませんが、こうしたことは一事が万事であって、確かに理屈の上ではごもっともという話でもどこまで突き詰めるべきか、その実現のためのハードルは現実的にクリア出来るかといったことを考えていくと、世の中多くの問題はどこかでこれ以上はかえって不利益になると思い切らなくてはいかない局面が出てきます。
昔からこの種の極論としてよく取り上げられるのが交通事故死を防ぐためには車を禁止すればいいという話ですが、それでは社会が回らないというのであれば例えば車の速度上限を物理的に歩行者程度にすればぶつかっても大事に至らないだろうとか、「改善策」は幾らでも出てくるだろうにそれが社会の受け入れるところとならないのは何故かということですよね。
かつては単に病院内での狭い視点から行われてきた業務改善が、近年は顧客満足度向上だとかこうした第三者委員会によるレポートなどで外部の目線が入るようになったことは基本的にいい事ですが、さらに一歩進んで社会の中での位置づけというところまで話が及び、最終的には医療政策そのものにまでボトムアップしていかなければ絵に描いた餅に終わってしまうんじゃないかと言う気がします。

ただ繰り返しますが医療の側にも幾らでも問題はあって、例えば世間一般ではコストとそれによって得られる結果に対してきちんとした情報提示があるのが普通で、家を建てると言えば2000万なら間取りはこのくらい、材質はこれこれ、これが5000万になればこうなりますときちんと情報提供され判断材料があるのが当たり前ですよね。
ところが医療機関ではこうした話が過去全くと言っていいほどされてこず、せいぜいが治療法による予後の差について説明されてきただけであるというのは、一つには医療をお金で区別されるべきではないという名目の元で誰でも安く医療を受けられる状況が長年続いた結果、医療現場では無条件で保険診療で許容される範囲内での最善解を選択するのが当たり前の常識ということになっていることもあると思います。
そうした「医療の常識」によって医療財政が逼迫し診療報酬が年々切り詰められ、許容される最善解そのものが質的低下を起こしてきているというのであればこれはおかしな話ですが、これまた医療人とは単に目の前の患者一人一人にとっての最善を尽くしていれば良いのだという、現場だけにとどまる古典的な医療が限界に達しつつあるということなのかも知れません。
月の変わり目になると高額の医療費をつぎ込んでしまったことに対する保険者への言い訳を書かなければならない先生方も多いと思いますが、例えば今月のあなたに与えられた予算は幾ら、これで担当患者全員にとって最善の医療を行いなさいと強いられたら果たして今までと同じ医療を行うのか、それが許されるのか…医療を縛るばかりと悪評高い医療行政ですが、どこかを充実させるには同じだけどこかを削らなければならないという事実を端的に示してもいるのでしょう。

|

« また問題発言!?と叩く前に | トップページ | 被災地に最初の復興特区を承認 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

> そこで記者を含む遺族は「改善計画」を作るよう求め、病院と交渉を重ねた。

さすが読売の記者だけにこういうのはお手の物だったんだろう
緊急性もない骨折でも交渉で即手術に持ち込んだらしいからw
http://d.hatena.ne.jp/hokenshi/20081117/1226849061

投稿: aaa | 2012年2月 9日 (木) 09時28分

医療ルネサンス、基本的には悪くない連載だと思いますよ。
全国紙でこういう医療記事の連載をしているのが他には少ないですしね。
ときどきひょいと出てくるマスコミの方々なりの行動パターンも含めて楽しみにしてます。

投稿: | 2012年2月 9日 (木) 10時21分

そう言えば骨折記者氏の記事も医療ルネサンス発でしたかね。
今回も元記事を読んでいただければ判りますが、一般人とはちょっと違った感性だなというのは確かに感じます。
これでトラブっていればおそらく炎上するようなネタになっていたんでしょうけど、双方にとって建設的な範疇で終わったのは幸いでした。

投稿: 管理人nobu | 2012年2月 9日 (木) 11時56分

看護記録のハンコ禁止って実はかなり影響大きいんじゃないでしょうか?
2号用紙での同じ記述の繰り返し禁止とコンボで来られたら療養型は大変ですけど。

投稿: ぽん太 | 2012年2月 9日 (木) 12時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/53932133

この記事へのトラックバック一覧です: 改善と言えばひと頃は日本のお家芸でしたが:

« また問題発言!?と叩く前に | トップページ | 被災地に最初の復興特区を承認 »