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2012年2月

2012年2月29日 (水)

不毛極まるレセプト査定、さらに一層不毛に?

先日は日経メディカルの連載「レセプトを読み解く」で「長期投薬が解禁されて10年…処方日数は本当に長くなった?」という記事があり興味深く拝見しましたが、病院でのスタチンなど安定期向けの薬剤の平均処方日数が実に1.5ヶ月にまで延長してきているというのは、なるべく外来患者に来てもらいたくない勤務医心理を反映しているようでおもしろいですよね。
この「レセプトを読み解く」シリーズはレセプトデータの解析を通じて医療の現状を考えるという連載ですけれども、データの解釈一つでこれだけ色々と話のネタになるくらいですから国や保険者側からすればレセプトオンライン化でさぞや楽しみも増えただろうと思っておりましたら、案の定予想された通りの展開になってきたというのがこちらの記事です。

医療費 明細書の審査厳格化へ(2012年2月27日NHK)

増え続ける医療費を抑制するため、医療費を審査している「社会保険診療報酬支払基金」は、来月から「レセプト」という明細書の照合作業を電子化し、過剰な診療や投薬が行われていないか審査を厳格化することになりました。

日本の医療費は年々増え続け、平成23年度は39兆円余りに上る見通しで、医療費を抑制するため、過剰な診療や投薬の削減が課題になっています。
こうしたなか、会社員や公務員などの医療費を審査している「社会保険診療報酬支払基金」は、医療費の請求手続きの電子化が進んだことから、「レセプト」という明細書の照合作業を電子化し、審査を厳格化することになりました。
具体的には医療機関と調剤薬局の「レセプト」を照合し、投薬について患者の症状にあっているかどうかや、量が適当かどうかなどについて詳しく調べることにしています。
また、同じ医療機関の「レセプト」を患者ごとに半年間継続して調べ、特定の診療行為が過剰に行われていないかなどについても点検することにしています。
電子化による医療費の審査の厳格化は、自営業者などの医療費を審査している各都道府県の「国民健康保険団体連合会」でも検討が進められています。

何しろ電子化していれば幾らでも一律にチェックが掛けられるのですからやりたい放題ですが、こうなると医療費削減が国是となっているご時世だけにさぞや全国各地で診療の実態と乖離したチェックが入るようになるんじゃないかと危惧している先生方も多いことでしょう。
このレセプト審査というものに関しては当「ぐり研」でもたびたび取り上げてきたところですが、査定という行為のシステム上とんでもない言いがかりじみたことを言ってくるというのはよく知られていますし、過去にも何度か訴訟沙汰になってきた経緯があることも周知の通りです。
一方で民主党政権下での仕分けでは大手企業関連の審査を行っている社会保険診療報酬支払基金も仕分け対象になり、「コストが上がるから(保険者からの)手数料も上げるとなると、コストの削減努力をしなければ、お金が入ってくるということにもなりかねない(長妻厚労相)」と経営改善を求められてきた経緯がありますが、そうした流れで先日は支払い基金への手数料自体が引き下げられたというニュースがありました。

レセ審査の平均手数料83.5円に引き下げ-来年度に支払基金(2012年1月4日CBニュース)

 社会保険診療報酬支払基金は2012年度、診療報酬明細書(レセプト)を審査する際に保険者が支払う手数料を1件当たり83.5円に引き下げる。人件費や物件費などのコストを削減したり、積立預金を計画的に取り崩したりすることで、今年度から2円(2.3%)の引き下げを実現するという。

【「区分ごとのレセプト1件当たりの手数料」詳細】

 電子レセプトについて、保険者がオンラインで受け取る場合は、医科・歯科が99.4円、調剤が49.6円。フロッピーディスクなどの電子媒体で受け取る場合は、医科・歯科が100.7円、調剤が50.9円。印刷した紙媒体で受け取る場合は、医科・歯科が111.4円、調剤が61.6円になる。一方、手書きの紙レセプトで受け取る場合は、医科・歯科が99.4円、調剤が49.6円=表=。

子供のように純真な心で素直に読めば手数料が減れば医療費も安くなっていいじゃないかという話なんですが、そもそも支払基金に対してはかねて高い手数料を取っているわりに査定率が低い(要するに、余計な金を払わせている)という保険者(支払う側)の不満があり、実際査定額の4倍ほども事務経費がかかっていたというのですからいっそ無い方がマシか?という状況ですよね(逆に言えば、基本的に診療にそうそう無駄はないとも言えそうですが)。
査定のシステムとしてはまず支払基金が一次審査を行い、これを金を出す保険者側がさらに二次審査にかけて不満があれば支払基金に再審査を求めるという形ですが、現状では国と保険者が一体になってもっと査定額を増やして無駄な診療を削れと圧力をかけていて、この方法論の一つとして査定がより簡単にできるようになるのがDPC導入やレセプトオンライン化といった近来の医療政策だったとも言えます。
それだけ圧力がかかっている中でどんどんコストを削れ(つまり、審査の手を抜け)と言われているわけですから、どのように手を抜くかと言えば間違っても診療現場の実態に即したきめ細かにレセプトを読み解き…なんてことになるはずもなく、ざっくり国と保険者側の意向に沿った形でのカイゼンが図られることになるだろうし、その現れが冒頭の記事につながってくるということですよね。
診療現場においては当然ながら今まで以上に不毛な査定回避の作業に振り回されることになりますから、利用者である国民としても医療費が減ったと喜ぶ以上に診療の質はどうなるのかと心配しなければならないでしょう。

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2012年2月28日 (火)

少ないとみるべきか、多いとみるべきか

おおむね予想されていたことですけれども、被災地の医療環境が震災前と比べて激変しているという調査結果がマスコミ各社から出ていましたが、これが単純に激減と表現できないのが興味深いところでしょうか。

震災3県の中核医療機関、3割超が診療水準回復できず(2012年2月27日中国新聞)

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県沿岸部の中核的な45病院・診療所のうち、 など震災前の診療水3割を超える17病院が医療スタッフ不足で診療科目や入院ベッド数の縮小を余儀なくされる準を回復できていないことが26日、共同通信のアンケートで分かった。

 17病院のうち、東京電力福島第1原発事故の警戒区域内の福島県立大野病院など同県内4病院はなお休診中で再開のめども立っていない。公立志津川病院(宮城)をはじめとする5病院はプレハブなどの仮設施設で診療を続けており、震災1年を前に被災地の医療現場の厳しい現状が明らかになった。

 被災地はもともと医師や看護師が足りない“医療過疎”だったが、地震の影響で医療スタッフが流出、患者減少も深刻で、経営難に陥った病院もあることも判明した。

 アンケートは2月上旬~中旬に51病院を対象に実施、45病院から回答を得た。

 診療水準について、6割弱の26病院が「震災前と同水準かそれ以上」と回答、個別には医師不足、患者減少などの悩みがあった。

 医療スタッフ不足では、院長を除く常勤医すべてが退職する石巻市立病院(宮城)など12病院で医師数、7病院で看護師数が減ったとした。

 この結果、14病院で入院患者用のベッドを減らしたと回答。また岩手県立山田病院など9病院が診療科目を少なくしたり、入院や夜間救急の受け入れを中止したりしていた。

 被災地からの人口流出を受け、患者の受け入れ状況の変化も目立った。「経済事情悪化による受診控え」(宮城・気仙沼市立病院)などを理由に17病院は外来患者が減ったとしたが、福島県いわき市などの13病院は近隣の診療機関の閉鎖や避難者の流入で逆に増加。専門家は長引く避難生活で被災者に疾病が増え、外来患者の増加につながっていると指摘している。

沿岸病院、常勤医減27% 被災3県で調査(2012年2月23日河北新報)

 岩手、宮城、福島3県沿岸部にある病院のうち、東日本大震災の前と比べて、常勤医師数が減った病院は3割に迫り、看護職員が減った病院も過半数を占めることが、河北新報社の調べで分かった。仙台医療圏を除くと、医療従事者が著しく不足している病院も目立ち、地域医療に診療制限などの影響が出ている。被災地の本格的な生活再建には施設整備に加え、行政などによる医療従事者の確保が急務となる。
 1月から2月にかけて3県沿岸部の九つの2次医療圏(仙台医療圏は沿岸部のみ)の107病院(20床以上)を対象にアンケートを実施。常勤医師数は聞き取りを含め全病院、看護職員数は88病院から回答を得た。福島県の警戒区域内7病院は対象外
 常勤医師が減ったのは3県の計29病院で、27.1%に達した。県別と2次医療圏別にみると福島は14病院(相双5、いわき9)、宮城が13病院(気仙沼1、石巻6、仙台6)、岩手2病院(久慈1、宮古1)。福島県内の減少は、東京電力福島第1原発事故の影響が大きい。
 49病院は横ばい、増えた病院も29病院あった。
 3県の常勤医師総数は1578人で、震災前に比べて14人減にとどまる。被災した開業医が診療所を休廃止して勤務医になったり、全国から応援医師が被災地に入ったりして、微減で抑えているとみられるが、病院間で大きな差が出た。
 准看護師や助産師らを含む看護職員数は、アンケートに答えた88病院のうち、51.1%に当たる45病院が減った。2次医療圏別に1施設当たりの平均看護職員数をみると、相双地区で81人から61人の大幅減になったほか、釜石、気仙、気仙沼、いわきの各医療圏も4~6人減った。
 スタッフが不足したり、建物の復旧が遅れたりして震災後、入院や手術、診療科目のいずれかを制限している病院は少なくとも20に上った。気仙沼市やいわき市では複数いた常勤医師が1人になり、入院ベッドを廃止するなどの措置が取られている。
 震災では、岩手県の県立3病院や宮城県の石巻市立病院など、地域医療の中核を担っていた3県10病院が全壊した。3県は国の交付金を原資に、ここ3、4年で公立病院や拠点民間病院の復旧を急ぐことにしている。
 ただ、全国からの応援は恒久的な対応ではないだけに、医療スタッフの確保は難しそうだ。新人医師が病院に勤務しながら、診療経験を積む「臨床研修制度」で被災3県を選ぶ人は来年度、減る見通し。福島県では「除染を早急に行わなければ、家族を持つ医療スタッフは現場に戻れない」(相双・大町病院)などの訴えも出ている。

総数としての常勤医師は意外と減っていないとも受け取れる話なのですが、実際には診療のための施設や機材が崩壊したり、避難所への往診業務などが増えたりして業務の効率はずいぶんと落ちているのではないかという気がします。
ハードウェアとしての病院施設も未だ再建途上で、しかも需給バランスの急変で再建するにしても一体何床にしたらよいのか判らないという施設もあるようですが、留意いただきたいのはスタッフが激減して診療継続に支障を来している施設があるのは予想されたことながら、地域の人口分布が激変したこともあってか患者数が激減し経営困難という施設もかなりあるということですよね。
とかくこうした調査と言えば以前と比べてスタッフが幾ら減った、医療機器がそろっていないという話になりがちですけれども、地域社会が崩壊して住む人もいなくなった町に立派な病院だけ再建しても仕方がないのは当然で、診療水準がどうなのかということを評価するためには病院だけではなく地域の人口動態や医療需要なども併せて考えなければ意味がないことです。
そうした需要側の動向ということで興味深いのが河北新報の特集記事なのですが、どうやら今回の震災を契機に住民側の医療に対する意識も変わりつつあるらしいということが伺われるのですね。

焦点/あえぐ地域医療(5完)在宅診療/病床減り広がる需要(2012年2月27日河北新報)

 気仙沼市に住む小野善男さん(61)は1月17日、自宅1階の和室で、寝たきりの母相子さん(86)と医師の到着を待っていた。
 母が昨年9月に病院を退院してから、自宅で介護を続ける。母は腹部に穴を開ける胃ろうという処置を受け、管で流動食を取っている。「家でみるのは大変で、施設に入所させようと思ったが今はやめた。医者が来てくれるから
 この日は管の交換日。開業医の村岡正朗さん(51)が、白い軽自動車を運転してやってきた。手際よく管を取り換え、問診もした。

<不安薄れた家族>

 村岡さんは10年以上、在宅診療にかかわってきた。震災後「気仙沼では、在宅診療に対する患者家族の意識が大きく変わった」という。きっかけは震災後の患者の孤立と「気仙沼巡回療養支援隊」の活動だった。
 東日本大震災で沿岸部の医療機関や福祉施設が被災。病床が減少し、多くの患者が行き場を失った。道路や鉄道が寸断されて通院できなくなり、在宅で世話せざるを得なくなった。停電で電動ベッドが動かなくなって高齢者の床ずれが多発した。
 そんな窮地を救ったのが支援隊だ。災害派遣医療チーム(DMAT)や地元医師、看護師らが約5カ月間、各家庭を訪れて医療を続けた。
 村岡さんも活動に参加した。「支援隊の活動で在宅診療を知り、自宅で患者の世話をすることの不安が薄れたようだ」。村岡さんの在宅患者は、震災前の倍の約45人にはね上がった。震災後に在宅で最期をみとった患者も、10人を超えたという。

<スタッフが不足>

 津波で被災した陸前高田市の岩手県立高田病院。震災後、在宅診療の回数を週1日から5日に増やした。2月、仮設施設に41床の入院ベッドを設置した後も、5日のまま継続している。
 「住民に少しずつ芽生えた在宅意識を大切に育てたい」。院長の石木幹人さん(64)は、在宅診療に力を入れる理由を説明する。
 在宅ニーズに応えるのは、高齢者が増加し入院を前提とした医療を続けられないという事情もある。在宅が増えて入院が減れば、勤務医の負担も軽くなり、医療費も抑制できるため、国も政策的に誘導する
 ただし、在宅シフトの動きは鈍い。在宅診療に取り組む医師が足りないからだ。「開業医に在宅診療をしてほしいが、高田では多くの開業医が震災後に廃業してしまった」と石木さん。訪問時は病院医師が減るため、待合室に外来患者があふれるというジレンマも抱える。
 15日午前10時、陸前高田市内の仮設住宅にワゴン車が到着した。乗ってきたのは、石木さんの娘で医師の愛子さん(27)。昨年4月、研修医として勤めていた盛岡市の県立中央病院から、「父を助けたい」と志願して高田病院に移り、在宅診療に取り組み始めた。
 湯たんぽで低温やけどをした高齢者の足を治療した。「病院では病気を診るだけだけど、訪問すると普段の暮らしまで分かる。貴重な経験です」と話す愛子さん。石木さんは「地域医療に何が必要か、感じ取ってほしい」と見守る。
(高橋鉄男、菊池春子、東野滋)

ご存知のように病院や診療所が破綻したためもあって多くの被災地で往診や仮設診療所といった形が取られるようになり、交通網も失われ以前のように病院側に来るのを待つ医療から患者の元へと出かけていく医療主体にならざるを得なくなったと言いますが、その意外な副産物がこうした在宅意識の高まりという形で現れてきたということでしょうか。
被災地の医師数減少が言われ、原発事故に加え以前からの聖地である福島など特に流出が止まらないのではないかと言われていましたが、先日の調査では震災前から71人減って1942人(-3%)と実際には原発界隈から避難しただけの先生方がほとんどだったようで、判明しているだけでも2%以上が減少している(実際にはもっと多いでしょう)県人口減少率と比べて際立って多いとは言えないようです。
そう考えるとせっかく残った医療リソースを漫然と昔ながらのやり方で使うのではなく、状況の変化に応じて積極的に適合させていく方が住民にとってもスタッフにとっても満足度が高くなる可能性があるだろうし、医療に関してもかなり自由に特区が設定できる被災地でこそ医療過疎地での新たな診療モデルを構築していくのに相応しいんじゃないかと思います。

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2012年2月27日 (月)

週刊文春の甲状腺癌記事が話題に

週刊文春に掲載された福島の小児甲状腺癌を巡る記事が大きな反響を呼んでいますが、これが文春側が当初意図しただろうところとは別方面で騒ぎになっているようですね。

郡山の4歳児と7歳児に甲状腺がんの疑い!?チェルノブイリと同じ健康被害か(2012年2月23日J-CASTテレビウォッチ)より抜粋

    「『今までにこんな例は見たことがありません
       超音波の画像を診た医師はそうつぶやいたという。七歳女児(検査当時・以下同)の小さな喉にある甲状腺に、八ミリの結節(しこり)が、微細な石灰化を伴ってみられたのだ」

   「週刊文春」の巻頭特集「衝撃スクープ 郡山4歳児と7歳児に『甲状腺がん』の疑い!」は、こうした書き出しで始まっている。

原発事故のあと3か月以上福島暮らし

 北海道へ自主避難している親子309名(子供139名、大人170名)を対象に、昨年末から地元の内科医がボランティアで甲状腺の超音波検査を行っている。郡山から夫と離婚して避難してきた母親の7歳の姉に結節が見つかり、2歳の妹にも2ミリのものが見つかったのだが、妹のほうはがんの疑いはないという。

   小児甲状腺がんはチェルノブイリ原発事故で、唯一公的に認められた被曝による健康被害である。旧ソ連のベラルーシでは、事故までの10年間で7人だった子供の甲状腺がんが、事故後は508人に上っている。札幌で甲状腺エコー検査を実施した内科医はこう言っている

    「しこりのあった七歳女児と四歳男児の二人に加え、十九歳以上の『大人』九人の計十一人に、甲状腺がんの疑いがありました。うち成人女性一人はすでに甲状腺がんが確定、切除手術を行うことも決まっています

   1月25日(2012年)には福島県で第五回「県民健康管理調査検討委員会」(以後=検討委員会)が行われ、十八歳以下の甲状腺エコー検査の結果が発表された。1765人のうち26人に結節や嚢胞(のうほう)が見つかったが、「すべて良性」とされた。さらに福島県立医大の鈴木眞一教授は会見で、「二十六名はいずれも六歳以上。五ミリ以上の結節、二十ミリ以上の嚢胞が五歳以下で見つかることはありえない」と明言している。

 先の内科医は年間2000人ほど甲状腺の手術を行うが、鈴木教授がいうように、小学生に上がる前の子供にできる可能性はほとんどないという。だが、発見されたのである。避難してきた子どもたちはいずれも原発事故のあと、3か月以上福島で暮らしていたのだ。7歳の女児はその後の血液検査の結果、「良性」と診断されたが、将来に不安が残ると母親は語っている。

    「診てもらった北海道大学の先生も、今までに十四歳未満でがんになった子供を二回しか診たことがなく、『いつ、がんになるかわからない』と。でも、しこりを切除してしまうと、今度は一生ホルモン剤を飲み続けないといけなくなるというのです」

福島県の健康管理調査検討委員会座長「自覚症状なければ追加検査必要なし」

   福島県で行っている甲状腺検診は3年かけて一巡するが、甲状腺学会の関係者はこう疑問を呈している。

    「動物実験ではたしかに被曝しても一年で発がんすることはないという結果が出ているが、チェルノブイリでは事故直後のデータをフォローしていないので、放射能に対して感受性の強い一歳や二歳の子どもが、事故後一~二年後まで受診しなくても大丈夫だといいきれるのか

   しかも、福島ではエコー写真を見せてもらうこともできないし、県内でセカンドオピニオンを仰ぐことも困難なのだ。それは「検討委員会」の座長・山下俊一福島県立医大副学長が、全国の日本甲状腺学会員あてに「次回の検査を受けるまでの間に自覚症状等が出現しない限り、追加検査は必要がない」というメールを送っているからだ。こうしたやり方に一人の甲状腺専門医は批判的だ。

    「従来の理論では、一~二年ですぐに嚢胞やしこりは大きくならないかもしれない。しかし、あくまでもそれは『これまで普段見てきたもの』を基準にした場合です。原発事故が起こった今、『今まで見たことがないもの』を見ている可能性がある。従来の基準が絶対とはいえないのでは

   この記事は重要な問題を告発しているのだが、残念ながら取材が緩いために読んでいてインパクトが弱い。母親が仮名なのは仕方ないとしても、郡山の子どもに甲状腺異常を発見した北海道の内科医の名前が出ていないのはどうしたことなのか。こうした記事を書く場合、信憑性を担保するためには実名が必須である。内科医は実名を出すことで何か不都合なことでもあるのだろうか。他にも甲状腺の専門医も匿名なのは解せない。何はともあれ、こうした報道は継続していくことが重要である。続報に期待したい。
(略)

幾つかのマスコミも取り上げるようになっていますけれども、この記事にはそもそも当初から医療関係者を中心に多数の突っ込みがあったところで、口の悪いネット住民からは「『今までにこんな例は見たことがありません』ってw甲状腺見たことない医者かw」なんてことまで言われていましたけれども、案の定ボランティアで甲状腺検査を行ったという「北海道の内科医」とは消化器科の先生であったようなのですね。
ちなみに同じ話を取り上げた北海道新聞の記事によれば170人の「全員に問題がなかった」とされていて、「超音波による画像診断で、4人にしこりが確認されたが、精密検査の結果、全員良性だった」という、ごく当たり前と思える結果だったと言いますから、いかにも異常な事態が起こっているかのような文春の記事のニュアンスとは随分と食い違いがあるようです。
甲状腺の結節というものはかなりありふれたものですし大多数が良性ですが、当然ながら精密検査をしなければ白黒つけようがない以上は「癌の疑いがある」という言い方をせざるを得ないわけで、どうも文春が妙な具合に医師のコメントを誤解(あるいは、曲解?)して書いた記事なのかなという印象も拭えないのですが、案の定当事者の医師からこんなコメントが飛び出しているのですね。

週刊文春に「言ってないこと書かれている」 「甲状腺がん疑い」記事に医師が反論(2012年2月24日J-CASTニュース)

  福島県から札幌に避難している人に対して超音波(エコー)検査を行ったところ、甲状腺に異常が発見されたなどと報じた週刊文春の記事をめぐり、波紋が広がっている。検査を行った医師と弁護士が記者会見を開き、記事には「事実と違うことや、言ってはいないようなことがある」と反論したのだ。これを受け、文春側も会見を開いて改めて説明する予定だ。

「児童にはほとんどないことですが、がん細胞に近い。二次検査が必要です」

   問題とされているのは、首都圏では2012年2月23日に発売された週刊文春3月1日号に、「衝撃スクープ 郡山4歳児と7歳児に『甲状腺がん』の疑い!」と題して掲載された記事。それによると、

    「7歳女児(検査当時)の小さな喉にある甲状腺に、8ミリの結節(しこり)が、微細な石灰化を伴ってみられた」

といい、記事の筆者は、このように連絡を受けたという。

    「4歳児で10ミリと4ミリの結節がある子がいる。郡山から来た7歳の女の子や、その他にも異常が出ている。みんな、福島からの自主避難者だ

   また、超音波の画像を見た医師は、女児の母親に対して、

    「児童にはほとんどないことですが、がん細胞に近い。二次検査が必要です」

と発言したという。

エコー検査行った医師、「甲状腺がんの疑い」の根拠を否定

   この記事を受け、エコー検査をした「さっぽろ厚別通内科」の杉澤憲医師と弁護士が12年2月23日夕方に会見し、記事の内容に反論した。杉澤医師によると、甲状腺の検査を受けた18歳以下の人は170人おり、そのうち「5.1ミリ以上の結節や20.1ミリ以上の嚢胞」が確認され「B判定」だとされた人が4人いたが、精密検査の結果、いずれも良性だと判定された。「甲状腺の状態等から判断して直ちに二次検査を要する」とされる「C判定」の人はいなかった

   杉澤医師が会見で配布した正誤表には、「明らかな事実誤認」6点が指摘されている。中でも、記事中の、

    「札幌で甲状腺エコー検査を実施した内科医が言う。『しこりのあった7歳女児と4歳男児の2人に加え、19歳以上の「大人」9人の計11人に、甲状腺がんの疑いがありました。うち成人女性1人は既に甲状腺がんが確定、切除手術を行うことも決まっています。いくら「5歳以下で5ミリ以上の結節ができることはない」と言われても、今回検査をして、これが出たことは事実です』」

という記述について、

    「そのような話はしておりません

全否定している。「甲状腺がんの疑い」だとされる、記事中の大きな根拠が否定された形だ。

   杉澤医師は、

    「僕自身は良かれと思ってやったことが、このように(記事として)出されてしまったことが多くの人を不安に陥れてしまったかもしれないと思うと、少し残念でならない」

と述べる一方、小児甲状腺がんは被ばくから4~5年で発症するとされていることから、出来るだけ多くの人について詳細に経過を観察できるようにする検査態勢づくりを訴えた

   なお、この文春の記事は、「自由報道協会理事おどしりマコと本誌取材班」とクレジットされている。自由報道協会の上杉隆代表は、記事について、

    「長期に亘る取材と綿密な裏取り作業があったことは証明できます

とツイートしており、自由報道協会は2月24日夕方、おしどりマコ氏と週刊文春の編集部が2月25日19時から記者会見を開くと発表している。

ボランティアで専門外の健診までやってくれたというのに思いも掛けず騒動に巻き込まれた杉澤先生もいい迷惑でしょうが、このコメントを見る限り文春の報道内容はよく言っても事実無根のデタラメではないかと思える一方で、当事者が話してもいない(癌があったとなかったでは全く話が違いますよね)トンデモ話がいったいどこからでっち上げられたのかということも気になります。
会見の様子は有志の方が取り上げていますけれども、杉澤先生としては一般論として甲状腺健診をもっと充実させるべきだといった話をしたつもりがこんな話になるとは心外でしょうが、どうもこの話によると健診の内容がマスコミ等で無用な不安を煽る取り上げられ方をすることのないよう被災者やNPO等も集めて相談していた席に、そうとも名乗らずに記者が参加して許可も何も得ずに記事にしたとも受け取れます。
そもそも元の文春の記事は「内科医が年2000件の甲状腺の手術をしている」だのと、一目で「は?何それどんな内科医?」と首をかしげるような内容が多く、どう見ても物の判った人間のチェックを受けているようには思えないのですが、素人が横から聞きかじった話を素人なりに解釈したまま勝手に記事にしていたと言うのであればそれも納得ですよね。
ちなみに文春の記事を書いた当事者の側からもコメントが出ていて、それによるとどうも杉澤医師側の話を真っ向から否定するような内容になっているようなのですが、コメントを見る限りでは少なくとも文春側では幾らでも物証があるような口ぶりですから、いずれそれらを元にきちんとした反論をしてくることになるのでしょうか。

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2012年2月26日 (日)

今日のぐり:「とんかつ椰子」

TSLの解体を前提とした売却がほぼ決まったと言うことで個人的にかなり盛り下がっているのですが、そんな中で先日はこんな驚くべきニュースが世界を駆け巡ったことは記憶に新しいところです。

雪中の車に2か月…男性、「冬眠」状態で生存/スウェーデン(2012年2月19日読売新聞)

 【ロンドン=佐藤昌宏】スウェーデンからの報道によると、同国北部ウメオ近郊の林道で雪に埋もれた車中に約2か月間閉じこめられていた男性(45)が17日、救出された

 この間、男性は雪以外何も口にしておらず、医師の一人は「男性の体温が31度程度まで下がって低体温の『冬眠』状態となり、体力消耗を防いだのだろう」と地元紙に語った。

 男性の車は17日、雪上車で近くを通りかかった人に発見された。雪から掘り出された時、男性は後部座席で寝袋にくるまっていた。

 救出当時、男性はほとんど口もきけないほど衰弱していたが、回復に向かっているという。昨年12月19日から車内にいたとしているが、閉じこめられた理由などは明らかになっていない

雪に埋もれた車内で2か月生存、「理論的に可能」/スウェーデン(2012年2月22日AFP)

【2月22日 AFP】スウェーデンで2か月も雪に埋もれた車中に閉じ込められていた男性が救出された事件で、現場近くの店主などの証言から、事件の詳細が徐々に明らかになりつつある。また専門家によれば、この「奇跡的な生存」も理論的には可能だという。

 この事件は17日、北部ウメオ(Umeaa)に近い森の中の道路で、完全に雪に埋もれた状態の車が見つかり、中にいた44歳の男性が救出されたもの。男性は2か月近くも車中に閉じ込められていたとみられ、病院に搬送されたものの、ひどく衰弱しており、ほとんど話すことも動くこともできないため、警察も詳しい事情聴取はできないでいる。男性は前年12月19日から雪の他には何も口にしていないと主張している。

 現場の雪には車輪の跡がないため、男性が車で森に入ったのは雪が降る前の秋ごろだったとみている。

 一方、スウェーデン紙アフトンブラデット(Aftonbladet)が20日の紙面に掲載した、現場近くの村Saevarでガソリンスタンド兼食料雑貨店を営むアンドレアスさんの話によると、救出された男性は、前年の夏ごろからガソリンスタンドを訪れるようになったという。

 アンドレアスさんによると、男性は車でやってきてガソリンを給油したり食べ物やコーヒーなどを購入し、森の中でテントや車に寝泊りしていると話していた。また、中部エレブルー(Oerebro)で大工をしていたが失業したと語っていたという。

 この男性が氷点下30度もの極寒のなかで、何も食べずに2か月も生存していたことには疑問の声もあがっているが、専門家らは理論的には可能だとみる

 ウプサラ大学(Uppsala University)のTommy Cederholm教授はアフトンブラデット紙に、人間は食料がなくても水だけで最長60日間は生存が可能と考えられると説明。一例として、1981年に北アイルランドの獄中で英統治に対するハンガーストライキを続け、66日目に死亡したIRAのボビー・サンズ(Bobby Sands)受刑者を挙げた。

 さらに同教授は、通常ならば何も食べずに60日以上も生き続けることは難しいが、氷点下という低気温の状況で代謝が下がりエネルギー消費が減少したことも幸いしたのではないかと話している。

そもそも何故こういう状況になっていたのかもよく判らない話なのですが、いずれにしても人間と言うものは時にこんな奇蹟も起こしてしまうのだなとよく判る驚きのニュースですよね。
今日は極寒の車中から奇蹟の生還を果たした男性に敬意を表して、世界各国から思わず寒くなってしまうような極寒のニュースを紹介してみたいと思いますけれども、まずは気象的にも経済的にも寒波吹きすさぶ欧州からの話題です。

「顔なし」みたいな姿の爺さんが話題に/イタリア(2012年2月16日Pouch)

大寒波が襲うイタリアのボローニャで、妖怪みたいな爺さんが激写され話題になっています。

その姿は、真っ青でイビツな形をしていて、唯一、上部にじいさんの顔だけが出ているという、まるで映画『千と千尋の神隠し』の「顔なし」状態!

この西洋版「顔なし」は、凍った道路の上を颯爽と自転車に乗り、寒さを凌げるなら「人目など気にしとれんのじゃ」といったご様子です。

ところで青いビニールの正体はいったい何なのか。ビニールシートかゴミ袋か、はたまた専用のレインコートなのか、憶測は飛び交うばかり。

あまりに異様すぎる光景ですが、おじいさんの顔をみると、いかにも厳格そうです。そんな方までもが「顔なし」に扮してしまう、それほどまでに寒い欧州の大寒波恐るべし。

ちなみにこのお爺さんの写真がこちらで、記事中にも出ている「顔なし」の写真がこちらですけれども、いずれにしてもアニメの中でならともかくリアル世界で見るにはちょっとキモいと言いますか何と言いますか…
今冬の欧州寒波はかなり激しいことになっているようで、あちらこちらから色々な話題が出ていますけれども、思わず「戦中戦後かよ!」と大雑把に突っ込んでしまいそうなのがこちらのニュースです。

見た目がすごい…煙突付きの「薪ストーブ」を搭載した車がスイスに登場/スイス(2012年2月13日らばQ)

現在ヨーロッパは異例の大寒波に襲われていますが、スイスでは、あまりの寒さから薪ストーブを設置した車を作った人が現れました。

薪ストーブは暖炉と同じく煙突の付いた暖房ですが、異なる点は扉を閉じて密閉した器具の中で火を焚く仕組みになっています。

薪ストーブってどういうこと?と思うところですが、スイス人であるパスカル・プロコッブさんの車は木をくべて燃やすことで暖をとる仕組みとなっています。

当然ながら煙が出るので、それを外に逃がすよう立派な煙突が装備されています。

2週間ほど前からヨーロッパを襲っている大寒波は2月中旬まで続くと予測されており、古い車の装備のヒーターは厳寒の中では効果が薄いということで、車内にストーブの設置を考えたそうです。

もちろん改造に当たっては、ちゃんと許可を得てから行ったそうで、これで合法だというから驚きです。

助手席の代わりにストーブが付いており、暖かい状態で運転できると満足しているとのこと。

煙突の突き出た姿はまるで蒸気機関車みたいですが、ユニークなアイデアといい、効率面といい、日本では見ることのない、ひと味ちがった車であることは間違いないようです。

Wood stove in Volvo - YouTube

空飛ぶレンガならぬ走るペチカワロタというその実態はリンク先の画像を参照していただくとして、それにしてもスウェーデン製の自動車であっても対応出来ないほどの寒波というのはどんなものなんでしょうね。
続けてドイツから、非常に寒い中でも何やら妙に心温まるというこちらのニュースを取り上げてみましょう。

エッチなポスターのお姉さんが風邪をひかないように気遣う心優しい2人組のドイツ人男性が素晴らしい!!これぞドイツ版笠地蔵/ドイツ(2012年2月14日コモンポスト)

今年の冬は冷え込みが激しく、日本だけでなく世界中で大規模な寒波の被害が続出しています。ドイツではそんな寒さの中、エッチなお店に貼られているエッチなポスターのお姉さんを気遣って、2人の男が心温まるプレゼントを贈ったようです。現代におけるドイツ版笠地蔵ともいえる男2人組の行動をご覧ください。

Russenkälte

ポロ~ンと出したお姉さんのポスターの前にやってきた男2人は、なんとお姉さんたちが風邪をひかないようにセーターを着させてあげています。ローラーを使って左のお姉さんに丁寧にセーターを着せてあげたあとには、右のお姉さんにもお揃いのセーターを着せてあげます。サイズもピッタリのようで非常に温かそうです。

昔話の「笠地蔵」では、このあと恩返しを受けることになっていますが、果たしてこの男性2人組は、お姉さんのからの恩返しを受けることができるのでしょうか。また、どんな恩返しが待っているのでしょうか

しかしまあ、そこらの街中にこのようなポスターが掲示されているというのもなんともはや、ケシカランことではありますけれども、善行に見合った恩返しがあるといいですよね。
寒波と言えばご存知ロシアはその本場ですけれども、いかにも「らしい」と言いますか見ているだけなら何やら楽しそうですらあるというニュースがこちらです。

次々と車がカーリング状態に…ツルツルに凍結したロシアの道路/ロシア(2012年2月15日らばQ)

寒さで路面凍結すると、人も車もツルツル滑ることになりますが、ロシアでにたくさんの車がすべってしまい、カーリング場のようになった道路がありました。

不運な車、幸運な車が入り混じる映像をご覧ください。

Curing with cars in Russia - YouTube

坂下は車の墓場のようなことになっています。

すべるのがわかっているんだから諦めればいいのにとも思いますが、他に迂回する道がないのでしょうね。

3台目のワゴンは絶望的な落ち方をしながらも、奇跡的に難を逃れる強運を発揮しています。

これだけの車がチェーンを装備していないあたり、ロシアと言っても普段は暖かい地域なのかもしれません。

いや「普段は暖かい地域なのかも」と推測していますが、恐ろしいことにロシア人はモスクワあたりの凍結路面でもチェーンはおろか冬タイヤすら使わないで普通に走り回っていると言いますから、こんな光景もあるいは当人達にとっては日常茶飯事であるのかも知れません。
最後に取り上げますのも同じくロシアから先日話題になったニュースの続報ですが、物理的と言うよりも精神的に冷え込みそうな話題でしょうか。

プーチン首相に南極氷底湖の水届く、大臣はやりとりに冷や汗/ロシア(2012年2月12日ロイター)

[モスクワ 10日 ロイター] 南極の氷底湖から採取した太古の水のサンプルが10日、ロシアのプーチン首相のもとに届けられた。

水の入った小瓶を差し出されると、プーチン首相はユーリー・トルトネフ天然資源相に対し、「ところで、君はもう飲んだのか」と質問。トルトネフ氏は取り乱した様子で、飲んでいないことを明かした

さらに首相が「恐竜が飲んでいた水を、ロシア政府の閣僚が飲むというのが面白いのに」と笑顔で語りかけると、恐竜と同じにはなりたくないと、トルトネフ氏は笑いを抑えた声で答えた

この水は、南極の氷底下にある深さ3769メートルのボストーク湖から採取されたサンプル。今月8日、ロシアの調査チームのドリルが同湖に達していた。少なくとも1400万年の間、外界から隔離された状態にあったとされ、科学者は未知の生命発見にも期待を寄せている。

南極自体は今はちょうど短い夏の期間ですけれども、クレムリンではこのように何やら背筋が冷え込みそうな会話が交わされているわけですね。
ネット上では「こんなやり取りが毎日あるのか…」「まだ無事ならセーフだったということだろう」などとささやかれていますけれども、日々こうして精神的な鍛錬を重ねることが権力者の必須スキルということになるのでしょうか。

今日のぐり:「とんかつ椰子」

倉敷市内ではすでに老舗と言っていいだろうお店がこちらですけれども、代替わりをしたせいか先年久しぶりにお邪魔した時にはとんかつ屋というよりは洋食屋的なメニューが中心になってきているような印象も受けたところです。
そうした印象を助長するのが数多くのセットメニューにほとんどとんかつが組み込まれていないという点にもあるんじゃないかと思うのですが、近頃ではとんかつ専門店があちらこちらに点在している中で、むしろこうした昔ながらの洋食屋スイタイルに特化していった方が経営戦略としては正しいのかも知れません。
この日も食事時とはいえなかなか繁盛していらっしゃるようですが、そうした次第もあってここは敢えてとんかつを外してチキンカツ定食とミックスサラダを頼んでみました。

さてチキンカツ定食のチキンカツですけれども、世間ではチキンカツというとわらじなどとも言われるような大振りのものを出す店もありますが、こちらは見たところトンカツとほとんど同じような感じで、カリカリと食感がよいのはフライ系揚げ物の醍醐味ですよね。
ただ少しばかり揚がり過ぎて肉の風味が飛んでしまっているのか、視覚を抜きにして食べているとトンカツとの味の差がちょっと判りにくい気がしますけれども、その印象を助長しているらしいこの甘いソースはちょっと苦手かなと思います。
主菜以外を見ると定食として値段相応と言いますかごく標準的な内容というところですが、小さいことですが小皿のナスがなかなか良かったというのは好印象でしょうか。
ちなみにミックスサラダの方は昔からの伝統と言うのでしょうか、相変わらず塩加減を間違えているような味は変わってないなと改めて感じ入ったのですが、一皿全部はきついとしても同行者とシェアして少しなら問題ない範疇でしょうか(むしろ定食の付け合わせに取り入れてもよさそうなものですが)。

メニューを見ますと単品と定食が入り乱れて少し混乱がある印象も受けるのですが、客層を見ていますとオーダーを決め打ちしているらしい常連さんが中心のようですからこれで問題ないということなのかも知れません。
フロアの方では接遇面は相変わらず対応するスタッフによってという印象が標準化という点からはどうなのかですが、物理的な点から言うと席の間の仕切りがわりあい高くなって視界を遮っているので、特にスタッフの人が厨房前に固まっているような時には席によっては呼び鈴でも欲しいところかなとも感じます。
全般に町の老舗の洋食屋としてはごく手堅い商売を続けていらっしゃるのかなという印象を受けるのですが、子供さん連れのお客も多そうな気配ですから今の時代からすると禁煙か分煙にしてもらいたいところですけれども、このあたりは店のこだわりか何かもあるのでしょうか。

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2012年2月25日 (土)

「ネットにばかり籠もっていないで現実に帰れ」?!

時代と共に商売のやり方も変わるのは当然ですが、先日こういう記事が出ていたのをご覧になりましたでしょうか。

売上低下が止まらないキオスク、次の一手は「店舗のラッピング」(2012年2月21日ビジネスメディア誠)より抜粋

 主にJRグループの駅構内にある小型売店として、長年親しまれてきたキヨスク。しかし、実は今、非常に収益性が厳しくなっていることをご存じだろうか。

 小売業の平均粗利率※は一般に30%をベンチマークとしている。しかし、キヨスクの主要商品は「たばこ」「雑誌」「新聞」で、たばこの平均粗利率は約10%、雑誌の平均粗利率は約25%なので、小売業の平均を下回る。
※粗利率=(売上金額-原価)÷売上金額

 加えて、雑誌や新聞の売り上げはインターネットなどでの情報配信の影響で毎年約10%ほどずつ低下しており、全体の売り上げもそれに伴い年々減少しているのである。それは次図で示す、JR東日本リテールネットのキヨスク事業の年間売上高推移からもお分かりになるだろう。
(略)

記事はこの後様々なビジネスモデルを模索するキヨスクの経営戦略の変化について解説しているのですが、確かに駅構内という立地の関係からも移動中に消費される商品の比率が非常に高いだろう経営スタイルにおいて、速報性に加えてリアルタイムでの検索力にも優れたネットメディアの普及が情報媒体の売り上げに大きく影響したことは想像に難くありませんよね。
かつては「日本でスマホは普及しない」などと言われた時代もありましたが、iPhoneなど人気機種の相次ぐ投入もあってここ数年の間に状況はがらりと変わってしまった結果、わざわざPCの前に座り込む時間を取らずともちょっとした空き時間に幾らでもリアルタイムで情報を集めることが出来るようになりました。
PCではなくスマホからネットへ入った「ライトユーザー」によってネット利用のトレンド自体も変わりつつあるとも言い、ひと頃利用者の高齢化から世論との乖離が懸念されていたネット掲示板などへも新たな関心が向いているなんて話もあります。
その結果旧来の遅いメディアの代表格である新聞が売れない、雑誌も売れないと言うことになってくるのは情報の速報性を考えても当然ではあるとして、問題はその結果何がどう変わっていくのかですよね。

編集者の苦悩…誰がニュースを選ぶのか(2012年2月16日産経新聞)

 刻々と届く膨大なニュースを前に、産経新聞東京本社の近藤豊和編集長(47)は赤ペンを手に大机へ向かっていた。午後2時、東京・大手町の同社編集局。複数いる編集長のうち、この日の当番として1面のニュースを選んでいた。

 政治部、社会部など8つの出稿部が特ダネを売り込みに来る。通信社からは「朝刊メモ」と呼ばれる記事の配信予定が十数ページ送信されてくる。テレビは最新のニュースを伝えている。

 「1面に収容できる記事は3、4本しかない。何がより多くの読者に必要とされる情報なのか。日々模索、試行錯誤している。インターネットがそれに拍車をかけているように思う」

 隣の長机ではニュースサイト「MSN産経ニュース」の編集が続いていた。サイト上では、紙面には載らないニュースもしばしばネット利用者から選ばれ、ランキングの上位となる

 ニュースをネットで読む人が増え「新聞離れ」が進む中、朝日新聞は昨春から東京本社版の1面題字下に「本日の編集長」として当番編集長の氏名の掲載を始めた。同社は「『顔の見える紙面』をめざす取り組みの一環だ。紙面作りにはツイッターなどの情報も参考にしている」と説明する。

 東京都内にある大手IT企業の男性役員(44)は電車内で、携帯電話のアイフォーンを手に「自分にとってのニュース」を選んでいた。「RSSリーダー」という機能により、あらかじめ登録したニュースサイトやブログの新着記事が一覧表示される。読みたい記事へ印をつける。

 「オフィスのパソコンで一気に表示させて読む。有益な記事はボタン一つで社内で共有できる。その記事が新聞社のサイトのものなのか、ブロガーが書いたものなのかは関係ない。新聞は読みませんね。ニュースサイトさえ見なくなった

 平成22年、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件の際、民間団体が都内で行ったデモへ数千人が集まったことを当初報じたのは、CNNなど欧米の報道機関だけだった。ネット上でそのことを知った人々から「なぜマスコミは報じないのか」と疑問の声が上がった。

 インターネットの普及により、マスメディアだけが情報の選び手だった時代は終わりを告げている

 メディアの未来を見通したかのような動画が2004年、米国の2人の若手研究者により公開された。「EPIC2014」。

 動画は、検索サービスのグーグルと電子商取引のアマゾンが08年に合併して「グーグルゾン」が誕生し、消費者がブログやソーシャルメディアを通じて自ら情報発信する新たなメディアが生まれると予言した。その結果、14年にはニューヨーク・タイムズ紙がネットから撤退し、エリート層と高齢者向けの紙媒体になるさまが描かれていた。

 慶応義塾大学の砂原秀樹教授(51)=情報工学=は「架空の巨大企業にメディアが独占されるとの予言だったが、12年まで来てそのような状況はない。逆にフェイスブックなどのソーシャルメディアによって情報は多様化しており、大量の情報を人々が判断しきれない情報リテラシーの問題が生じている」と話す。

 朝刊の編集は午前2時に終わった。近藤編集長はひと息ついた表情で話した。

 「新聞は人々の『情報共有箱』として、まだ社会の安定に寄与できているとは思う。ただ、情報環境がこれほど変容する中、必要とされる情報、伝えねばならない情報とは何なのか。先輩たちも日々悩んで紙面を作っただろうが、現在のほうが苦悩は深いのではないか」

先日もアメリカでは新聞記者のリストラが進んでいるというのに、既存メディアを取り巻くこの厳しい状況の中で未だに終身雇用で温々とした生活に甘んじている日本の新聞業界は何なのかという問題提起がなされていましたが、増え続ける情報の中で新聞の中の人もそれなりに気苦労は絶えないというのは理解出来ます。
ただしここで情報の速報性ということだけでなく留意していただきたいのは、速報性においてネットにもある程度対抗出来る可能性があるテレビもまたネット利用の普及によってその社会的地位を低下させ続けていることで、その理由の一つとしてネットにおいては自分の興味ある分野の情報をどんどん掘り下げていくことが出来るという随意性があるとも言えそうですね。
限られた数のメディアがセレクションした情報だけが世に流れていた時代と比べると、一方では記事中にもあるように既存マスメディアが敢えて報道しない事実を探せば知ることが出来るという情報所有の優位性という点でネットは優れていますけれども、他方ではこれまた記事中にあるように膨大な情報の収集、整理を自ら行う能力の差異によって各個人の情報格差が拡大するという問題も指摘されています。
そしてもう一点、主に情報ソースをネットによる収集に頼る人間の特徴としてしばしば「自分に興味がある(あるいは、都合がいい)情報ばかりに偏りやすい」と言われていますけれども、前述の記事中に登場する大手企業役員氏の例に現れている通り興味ありそうな情報を片っ端からピックアップしていくというスタイルを取る以上、こうしたバイアスはある程度避けられないとは言えるでしょう。
こうして社会を構成する個人間で情報共有が薄れ、各人が各人なりのレベルと方向性で異なった情報を持つような時代になってくるとどういうことになるのかと言うと、とりわけ政治絡みでこのところ言われるようになったのが世論が先鋭化しやすくなったのでは?という問題です。

「政治家も人気商売」 ネット世論、議員を翻弄(2012年2月15日産経新聞)より抜粋

 パソコン画面の検索窓に自分の名前を打ち込む。横粂勝仁衆院議員(30)はインターネットで自身が話題になっていないかどうか定期的に確かめている

 「政治家も人気商売なので、評判は気にかかる。つい検索してしまう」

 人権擁護法案や動物愛護法改正案といった賛否の分かれる法案ではネット上に大量の書き込みがなされ、議員宛てにメールが届く

 「それも5通、10通でなく50通、100通と来る。実際は1人の人間がアドレスを変えて大量に送っているのかもしれないが、メールとネット上の書き込みが呼応して、大きな世論に思えてくる。少なからず意識へ影響を与えてくる
(略)

 《オバマは働かない人間の味方なのさ》《国が崩壊するのはごめんだ》…。

 交流サイト「フェイスブック」にある米国の保守系草の根運動「ティーパーティー(茶会)」の掲示板には、増税をめぐりオバマ大統領を批判する同じような実名の投稿が並んでいた。

 国立情報学研究所の小林哲郎准教授(33)=社会心理学=によると、米国ではネットの普及で社会問題への関心や知識が分化し、社会が共有すべき重大な政治課題の合意形成が難しくなっているという。

 「かつて米国人はテレビの3大ネットワークから共通の情報を得ていた。やがてケーブルテレビで見たい番組を見るようになり、さらにネットニュースのほか、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアで好みの情報ばかりに囲まれるようになった

 米国の研究者がツイッターや政治ブログを調べたところ、保守とリベラルの交流はほとんどなかったという。茶会の人々が固まる一方で、ウォール街占拠運動の参加者は別の場を築く

 本来、人々をつなげるソーシャルメディアによって現実の社会が分断される恐れがあるという逆説。急速に普及が進むわが国の近未来なのだろうか。

従来のように広域の情報発信の手段としてはマスメディアという上から下への一方通行の流れしかなかった時代では、社会において一定比率以下しかいないような少数意見の持ち主はほとんどの場合、周囲の人々の間から同好の士を見つけ出して小さなコミュニティーを形成し、やがてそれらを横に連結して社会全体の大きな運動へと成長させていくという迂遠な方法しか取り得ませんでした。
ところが今の時代は万人に一人しかいないような極めて稀な意見でもネットを介して呼びかければ数百、数千という実社会での大規模活動へと簡単に持って行けるわけですから、古い時代の回りくどい意見共有のやり方しか知らないような年配の方々にしてみれば「こんなに大勢が集まるなんて大変な騒ぎだ!その背後にどれだけの巨大な世論があるのだろう!」とびっくりして当然ですよね。
少数意見が表に出やすくなったということ自体は民主主義の一つの成長として歓迎すべきところもあるのでしょうが、前述のようなネット流の情報共有の特性が悪い方に作用するとかつては地域社会として機能していたものが、同じ物理的空間を共有していながら情報的には完全に分断されてしまった単なる群衆に転じてしまうという怖さもあるということでしょう。
こういうことがあまりに進みすぎるといずれ社会という枠組みそのものが破綻してしまうと危惧する声も出てくるのでしょうが、ニューカマーが増えてきている今だからこそネット廃人生活にずっぽりハマる前に現実をしっかり見据えて軸足は残しておけと、当たり前のことを改めて注意喚起していくことも必要なのでしょうか。

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2012年2月24日 (金)

長生きするのもありがたくない時代?

近年は日本でも年金問題と言えばその財源をどうするのかと頭の痛いところですが、高福祉国家として知られるスウェーデンから先頃こんな話がありました。

67歳から一気に…「75歳定年」発言が波紋 90%以上が反対/スウェーデン(2012年2月8日スポニチ)

 高福祉や年金改革の成功で知られるスウェーデンで、ラインフェルト首相が地元紙に対し、年金財政の維持のため、定年退職の年齢を現行の67歳から75歳に引き上げることを示唆、国民から反発が巻き起こっている。

 同首相は7日付の地元紙のインタビューで「70歳、75歳の人がもっと働くように心理的な変化が必要だ」などと指摘。高齢化の進行で年金受給者が増え、財政を圧迫するとの問題意識から、福祉の水準を維持するため、75歳まで働き続けるよう国民に促した

 同国の法定退職年齢は67歳。年金の支給開始は61歳以降であれば自由に決められ、65歳での退職が一般的とされる。別の地元紙がインターネットで行った世論調査では、首相の提案に90%の人が反対した。

 欧州各国では、長寿化や歳出削減のため退職年齢を引き上げて、年金支給を60歳代後半に遅らせる動きが相次いでいるが、主要先進国で75歳に引き上げた例はない。(共同)

日本でも先日「年金支給開始を70歳まで引き上げよう」なんてことを厚労省が言い出して大騒ぎになりましたが、日本では老後の心配が一切ない夢のような高福祉国家だと喧伝されているスウェーデンにおいても全く同じ構図が見られるあたり、やはり人口高齢化に伴う社会福祉関連費用の高騰は先進国共通の課題になっているようですね。
昔からSFの世界では低重力環境の宇宙での生活が一般化してくれば身体的活動性の低下があまりハンデにならなくなり、老人の時代が来るんじゃないかという話がありますけれども、個人的には家庭用ゲーム機の一般化やPCの普及によって居ながらにして作業をすることに慣れた今の中年以下の世代が高齢化する頃には、高齢者の社会進出も今より物理的ハードルはある程度下がるんじゃないかと思っています。
逆に言えばそれ以上の体を使って働いてきた年代、とりわけ日本ではまさに眼前に迫った団塊世代の高齢化ということが喫緊の課題になっているわけですが、年金システムを積み立て方式にするにせよ税金で賄うにせよ、やはりどこかの団塊で給付の抑制ということにも手をつけざるを得ないのでしょうか。
高度成長やバブル全盛期を経験し優雅な老後をイメージしていた方々には思ったよりも厳しい老後が待っていると落胆するかも知れませんが、それでも今の若年世代のように生まれたときから一度としていい目をみたことがないという人々に比べればよほど幸せでもあったとは言えるのでしょう。
ところで欧州諸国と言いますと日本とは少しばかり異なる死生観を持っている国々も多いようですが、こうした世知辛い世相も反映してかこんなニュースも出ていますね。

昨年の安楽死、3割増450人=長寿化で末期がん患者増加-スイス紙(2012年2月19日時事ドットコム)

 【ジュネーブ時事】19日付スイス紙ゾンタークスツァイトゥングによると、2011年にチューリヒ州にある同国で代表的な二つの安楽死ほう助団体で命を絶った人は約450人に上った。正確な数は不明だが、10年よりも3割程度増えたとみられる。
 同紙が州警察の集計として報じたところによれば、「ディグニタス」のほう助で安楽死したのは前年より35%多い144人。スイス人は5人で残りは外国人だったという。スイス人だけを対象とするもう一つの団体「エグジット」で自ら死を選んだのは300人以上と約17%増えた。
 エグジットの関係者は同紙に対し、安楽死した患者の平均年齢が76歳だったと指摘。寿命が延びる一方で、がんなどを患う高齢者らが増え、安楽死を望む人が増えていると分析している。
 スイスでは末期がん患者らが自ら薬物を摂取することなどによる安楽死が認められている

安楽死幇助団体と言うとなんだ、スイスではそんなものがあるのかとびっくりしますけれども、実はスイスという国は公的に安楽死が認められているということから、国内のみならず他国からも安楽死を望む人々が流入してくると言う安楽死大国でもあるのですね。
ちなみに実際にどのようにやっているのかですけれども、記事にもある外国人オーケーの「ディグニタス」ではお金を払い診断書と死にたい理由を書いて送って会員となり、医師から許可が出ればカメラの前で薬を使うというやり方で、渡航費用込みでだいたい70万円程度で逝けるのだそうです。
さすがにそれはどうなのかと言う反対意見ももちろん根強くあるようなのですが、過去に行われた住民投票では安楽死を認めるべきだという意見の方が上回っていた事からも国民の間でのコンセンサスが一定程度成立していると言えそうですね。

スイス住民投票で安楽死の維持決定、「自殺ツーリズム」も継続へ(2011年5月16日ロイター)

 [チューリヒ 15日 ロイター] スイスのチューリヒで15日、安楽死の禁止および安楽死を求める外国人の受け入れ禁止の是非を問う住民投票が行われ、大多数が現状維持を選択し、両発議ともに否決された。

 安楽死の禁止に賛成票を投じたのはわずか15.5%。外国人の安楽死受け入れを禁止すべきとした人も約22%にとどまった。

 スイスでは1941年、医師以外で利害関係のない人の手による自殺ほう助を認めており、チューリヒでは毎年200人近くが自らの意思で命を絶っている。世界で最も進歩的とされるスイスの安楽死制度を利用するため、外国人の末期患者がスイスを訪れる「自殺ツーリズム」が多く行われている

 ただ、自殺ツーリズム参加者の増加や、末期患者以外で安楽死を求める人の数が増えていることが判明したことを受け、安楽死の是非を問う白熱した議論が行われていた。

 スイス政府はこれまで、自殺ほう助について、適用対象を末期患者のみに限定し、かつ自殺ツーリズムを制限することを目指し、法律の改正を検討していることを明らかにしている。

今のところは末期患者に限定された運用など厳しい制限の導入には世論は否定的であるということですが、高齢者に対する社会保障も制約され、もちろん仕事をして稼ぐことも出来ないという状況になれば生きていても仕方がないと考える人間も増えてくるでしょうし、国内外から「俺も死なせろ」と老人達が大勢押し寄せてくるようになればまた議論が再燃するのかもしれません。
もちろん日本の現状でそうした社会的要因による安楽死を直ちに受け入れる土壌にはないでしょうが、先日も胃ろう問題と絡めて「日本ではお年寄りを長く入院させるほど年金との差額でお金が貯まっていくのはどうか」という声がありましたけれども、逆に考えると年金給付の抑制であるとか、あるいは高齢者医療の優遇措置が撤廃されるなどしてこの差益が解消された場合、案外日本人の死生観も経済的理由であっさり変わってしまう可能性も否定は出来ませんね。
実際に皆保険制度なんてものが出来る以前は医療も贅沢品で、つい半世紀ほど前まではお年寄りが弱ってきたら放置、息が止まったのを確認してからお医者を呼びに行くなんてことが日本でも当たり前に行われてきたわけですから、今後の経済的な状況によっては楢山節考的な世界も再び復活してくるようなことがあるのでしょうか。

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2012年2月23日 (木)

橋下市長、さらに切り込む

近頃では国政進出も準備中だとかで相変わらず大人気の橋下市長ですが、先日は医師会の機嫌を損ねそうな(苦笑)こんな方針を打ち出したということです。

橋下予算案、自治会交付金や文化助成に大なた(2012年2月20日読売新聞)より抜粋

 「ゼロベースの見直し」を掲げ、橋下徹大阪市長が凍結や暫定的な予算措置で545事業に「待った」をかけた市の2012年度当初予算案

 昨年の市長選で前市長を支えた地域団体、医師会への補助金や、知事時代にも大なたを振るった文化事業の多くが棚上げされ、7月に編成する本格予算案に向けて、公金投入の是非が裁定される。「市からの助成がなくなれば、活動に支障が生じるのは確実」と、関係者は戦々恐々だ。
(略)
 市長選で前市長を支援した大阪府医師会も、健康相談など健康増進事業や看護師養成事業の補助金が棚上げになった。医師会幹部は「看護師を目指す学生に学費の負担増を求めることも予想される」と頭を抱える。
(略)

実際には現場の担当者からはむしろ面倒が減ってよかった、なんて感謝されることになるのかも知れませんが、せっかくですから不人気極まる学校検診なども大胆な仕分けに切り込んでみればさらに感謝されるかも知れないですよね。
それはともかく、大阪府医師会の運営する看護学校というのは半世紀以上の歴史を持つ施設なのだそうですが、学費が安いことで有名な労災を別格としても他の看護学校に比べて格段に安かったというわけでもないようですから、学費負担増となれば単に他の学校に流れるだけなのでは?という気もしますがどうなんでしょうか。
いずれにしてもこうした固定経費的な支出にも踏み込んでいかないことには財政再建は果たせないとすれば、各方面から恨みを買っても決断していくのがトップの仕事だと言うことになるでしょうが、そんな中で以前にも取り上げましたように生保患者の過剰診療問題にいよいよ本格的な対策が取られると決定したようです。

橋下市長、生活保護受給者受診病院に登録制(2012年2月21日読売新聞)

 大阪市の橋下徹市長は20日、過剰診療などの不正請求対策として、生活保護受給者が受診する医療機関の登録制度を導入する方針を明らかにした。

 政令市では初の取り組みで、新年度から生活保護率が突出して高い西成区で先行実施する。

 受給者の受診医療機関を診療科目ごとに指定、登録し、調剤薬局は原則1か所にする。重複受診や不必要な訪問診療を抑制する狙いがある。

 生活保護受給者は自己負担なしで診療や投薬を受けられ、費用は医療扶助として全額公費で支払われる。医療機関側が不正請求を重ねても発覚しにくく、橋下市長が対応策の検討を関係部局に指示していた。

 また、生活保護法に基づく医療機関の新たな指定は、市独自に厳格化。過去5年に行政処分を受けた医師らが在籍すれば認めない。申請があった病院などに「仮免許」を与え、3年間は立ち入り検査などで不正がないかをチェックする。

多くの真っ当な臨床医は不正診療をするほど暇でもないし、むしろこの機会に指定返上を期待しているかも知れませんが、それでも実際に一部の新聞沙汰になるような施設では生保患者を食い物にして儲けているだとか、生保患者の方もこのご時世に医療費削減に対する意識が乏しいだとか散々に言われていて、国レベルにおいてもこの問題に対する対策が求められているのも確かです。
どういう対策が実効性があるのかもはっきりしない中で特にこの種の問題が話題になりやすい大阪でまず先行モデルを構築していくのはいいことだと思いますが、問題はどのような医療機関を指定していくのかで、調剤薬局を避け重複受診を難しくしようとするとどうしても一カ所で診療が完結する総合病院優先になってしまいそうにも思いますが、そうした施設は往々にして多忙ですよね。
例えば過去の診療実績から生保患者に対する医療費支出が多い施設を外し、安上がりな医療を行ってきた施設を登録するといった話になれば、恐らくそうした施設は入院なども長期化しがちな生保患者に関わっていたくないほど忙しいのだろうとも思うのですが、受診施設が限定され患者がますます集中するのも現場の医師達にとってはかえって迷惑ということになるかも知れません。
確かに生保受診者が目立って多い病院というのは各地にありますが、そうした施設が同時に患者の受け皿になってきたことで他施設が助かってきた側面もあったでしょうから、真面目に診療に従事している現場に過重な負担を強いることのないよう話を進めていただきたいものだと思います。

さて、橋本市長と言えばとりわけ生保受給者が多い町として知られる西成区にご執心であるとも言われていますが、その西成区でまたおもしろそうな試みが始まっているということです。

「弁当配るから結核検診を」 西成地区で大阪市検討(2012年2月16日朝日新聞)

 大阪市は、結核罹患(りかん)率が全国一高い西成区・あいりん地区での治療や予防策の一環として、日雇い労働者ら向けの巡回検診や訪問診療の際に、食券や弁当を支給して受診を促す対策の検討に入った。

 大阪市の人口10万人あたりの結核罹患率は政令指定市で最悪の2010年で47.4人。あいりん地区は同516.7人で、国平均の28倍に達する。市は月に3回、同地区で日雇い労働者やホームレスを対象に、結核の無料検診を実施。だが対象者約3万人のうち、受診者は年間延べ約3500人(2010年度)にとどまっているという。

 橋下徹市長は、西成区に市外から転入する子育て世帯向けに市税の減免などをする「西成特区構想」を打ち出し、結核対策にも最優先で取り組むよう指示。その後、受診率向上に向けて「1回500円程度の食券の配布」を担当部局に提案した。結核の原因として指摘される栄養不足対策も兼ねたアイデアとみられるが、担当者は「食券では換金されてしまう恐れもある」として、同額程度の弁当の支給も検討している。

結核は過去の病気ではないとは繰り返し広報されているところで、日本では未だに結核罹患率が人口10万人あたり18人と高い「中まん延国」扱いであり、先日の震災においても原発作業員の送迎バス運転手が結核に罹患していたことが判明して騒ぎになるという一件がありました。
特に日雇い労働者など生活水準の低い層において結核罹患率が高いのはよく知られた事実ですが、栄養状態や集団生活などの問題に加えて職場等での定期健診によるチェックからも漏れることから一気に感染が広がりやすく、かねてその対策が急がれていたところです。
今回注目すべきなのは単に「結核が怖いですからきちんと健診を受けてください」というだけで終わるのではなく、きちんとインセンティブとなる受診の対価を用意していることで、しかも弁当という現物支給でと言うのはなかなかよく考えているなと思いますね。

かねて言われるように生保受給者に現金を支給するとパチンコ代や酒代に消えてしまう、そうでなくとも生保ビジネスと言われる悪徳業者の食い物になりやすいということで食料品など現物支給化が一部で主張されていましたが、西成のように受給者が集中している地域こそ衣食住の現物支給化を試みていくテストケースとして具合がいいかも知れません。
しかし強面市長のトップダウンの指示をそのままに実行するのではなく、西成で食券ではヤバいと気づいた担当者はきちんと現場を見て仕事をしていてGJだったと思いますが、デフレのご時世に一食500円の弁当支給と言われると今度は「なんたる贅沢か!俺の今日の昼飯は(以下略」と市民からお叱りの声が出るかも知れませんね…

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2012年2月22日 (水)

モンスターはここにも

少し前のニュースですが、ちょっとそれはどうなのよと誰しも感じるだろう話がこちらのニュースです。

「自宅前にヘビ…」「漢字の読み方?」、110番の半数は緊急性なし…/神奈川県警(2012年1月11日神奈川新聞)

県警が2011年に受理した110番通報の半数が、いたずらや運転免許証の更新の問い合わせなど緊急対応の必要がない通報だったことが10日、県警のまとめで分かった。

県警によると、昨年1年間の110番通報は約98万件(前年比約4万3千件増)。そのうち、免許の手続きの問い合わせや地理案内、相談など出動不要の通報は約28万件(同比約200件増)、いたずら・間違い・無応答の無効通報は約22万件(同比約4万7千件増)だった。

「鍵を落とした」「自宅前にヘビがいて怖くて家に入れない」「漢字の読みが分からない」「コインパーキングで隣の車とぶつかりそうで車が出せない」といった通報もあるという。

県警は「110番の日」の10日に、横浜駅東口でキャンペーンを実施。一日通信指令官を務めた女優の伊藤かずえさんらが適切な利用を呼び掛けた。県警通信指令課は「急を要さない要望や相談などは『#9110』(警察総合相談室)に問い合わせてほしい」としている。

ま、蛇云々に関しては110番通報が適当なのかどうかはともかくとして、誰かなんとかしてくれよという気持ちは判らないでもないですが、漢字の読みだとかネタのような話が本当に上がってくる、そしてその結果本来警察が行うべき業務も阻害されてしまうというのであれば、これは世に言うモンスター、クレーマー問題と何ら変わるところがありません。
アメリカなどではクレーマーは一定数存在するのが当たり前、それに対して余計な時間を使うことこそ無駄なコストであるという考え方のようで、例えば商品の返品ということに関しても日本では考えられないくらい寛容であるとはよく言われますが、当然ながらそれを悪用して季節品などを実質無料で使っている剛の者もいるようですね。
クレーマー対策の費用対効果ということを考えて見ると、社会的少数にとどまっている限り返品常習者であっても余計な手間暇かけずにさっさと返品を受けた方が安上がりなのだろうし、一方では返品交換以上の要求をしてくるクレーマーに対しては途端に強面のクレーム担当者が出てきて徹底的に対応するという仕組みにもなっているようですから、ある意味では非常に合理的です。
日本ではまだそこまで割り切ってはいませんけれども、個々に見ればそれほど悪質とまでは言えずとも増えてくればどうなるか、とりわけサービスの提供に一定の量的制限がある場合に過剰要求によってサービスそのものの提供が破綻してしまう場合にはどうかということが問われているのが、特に医療や救急搬送を始めとする社会資本的側面の強い領域ですよね。

かつては医療の世界においては「患者さまは病を抱えていらっしゃる弱者なのです!単なるわがままのように見えても誠心誠意お仕えしなければなりません!」式の自己犠牲的教育が特に看護領域などにおいては主導的であったようですが、さすがに院内でスタッフに対する暴言暴行が日常化し離職や逃散、果ては医療崩壊につながるというのであれば、大多数の真面目な患者さんにとってこそいい迷惑ですよね。
そんなわけで昨今ではこうした業界でも積極的にモンスター対策が取られつつあるということがしばしばニュースなどでも取り上げられ、そのための方法論も様々に研究されつつあるところですが、そんな中で先日は被災地からもこんな話題が出てきたことに注目しています。

暴言吐く被災者は警察へ通報 東松島市が震災1年を機に/宮城(2012年2月20日産経新聞)

 宮城県東松島市の阿部秀保市長は20日、被災者から理不尽とも言える苦情が相次いでいるとした上で、震災1年を機に威圧的な言動については警察に通報するとの方針を明らかにした。

 同市によると、一部の被災者が電話で長時間不満を述べ、酒に酔って市役所を訪れて「はたく(たたく)ぞ」などと職員に暴言を吐く人もいるという。

 東松島市は警察に対応を相談する一方、威圧的な言動や不当要求行為があれば警察に通報することを決めた。会話の内容を録音することも検討している。

 阿部市長は「職員は長時間の電話にも我慢して対応していた」と説明。対応策を練ってきた市幹部職員は「仕事がない仮設住宅暮らしの人もいる」と被災者の事情に理解を示しつつ「職員にも家族を亡くしたり家が流されたりした人もおり、これ以上負担をかけられない」としている。

この時期まで堪え忍んだ上でとうとう公表したというくらいですからよほどに耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだ末の決断であったことでしょうけれども、もちろん一方では「被災で物心両面に大きなダメージを負った被災者の方々に何と心ない仕打ちをするのか!」と批判する人々もあるかも知れません。
そうした批判の声も予想した結果が一年という猶予期間だったということでしょうし、当然ながらその間に業務に対する影響なども十分にデータが蓄積されているでしょうから、一部良心的報道機関などから「だがちょっと待って欲しい」式のクレームがついても幾らでも反論材料はそろっているのでしょうね。
公的対応を取るまでにこれだけの長い猶予期間を必要としたことが未だ日本社会がモンスター、クレーマーといったものへの対応に発展途上であることを示してもいるのだと思いますが、地方の役所という昨今もっともバッシングを受ける機会の多い部署から、被災者という世間的には弱者の最たるものと見なされている方々にこうした警告が出たことの意味は小さくないように思います。
日本ではまだまだ「弱者は多少理不尽なことを言っても許されるし、社会もそれを受け入れるべき」という表向きの雰囲気が残っていて、それが故に弱者であることを殊更に主張して利益を得る「プロ弱者」などという言葉が生まれているくらいですが、弱者に対する強者だったはずの大衆自体が長引く不況とワープア化等でむしろ弱者化している以上、弱者ならぬプロ弱者への社会の目線は今後ますます厳しくなっていくのかも知れません。

被災地のプロ弱者化ということに関しては先日も当の被災者からの内部告発というものが話題になっていましたが、もちろんマスコミなどは大っぴらに取り上げることはないにしても、今の時代ネットなどを通じてこうした生情報が全国に駆け巡ってしまう以上は被害の存在自体をごまかしきれるものではありませんよね。
ちょうどこの一月、二月頃が被災地で失業手当が切れる最盛期で、多数の失業者が今も就職先が決まっていないと話題になっていますが、一方では需要が急増している土建業界などでは人不足に苦しんでいるという受給ミスマッチも深刻化していると言います。
そうした不測の事態に対処するためにも世界各国から送られた支援金や支援物資などはしっかりと確保した上で生活設計を行っていかなければならなかったはずなのですが、一時の支援金バブルにおぼれて料亭通い、パチンコ通いに身を染めていた方々は今、「アリとキリギリス」という寓話をこれ以上ないほど身近に感じているのでしょうか。

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2012年2月21日 (火)

救急医療関連のニュース二題と絡めて

本日の本題に入る前に、地域医療に関してこれはまた大丈夫なのか?と思ってしまうニュースが届いています。

救急告示病院再指定へ/島根(2012年2月18日読売新聞)

大田市立病院 研修医育成の場必要

 大田市は17日、市立病院の救急告示病院の再指定に向けて、県との協議に入ることを明らかにした。同病院では、医師不足を理由に2010年4月から指定を取り下げていたが、研修医の育成のためにも救急医療の場が必要と判断した。早ければ4月にも再取得し、県中部の救急医療を担うことになる。

 この日、竹腰創一市長と楫野恭久院長が記者会見。同病院は昨年10月、若い研修医らが臨床研修などを行う総合医育成センターを院内に設けており、救急医療を学べる病院としておくことが指導する教授や研修医の呼び込みにも必要であるとして、再取得の準備に踏み切ったという。

 救急告示病院の指定は病院側の申請に基づいて県が決定。指定されると、県の救急医療計画に組み込まれ、地域の救急医療を担う。国の交付金が得られるが、医師らの負担が増える

 竹腰市長は「救急告示病院の再開を多くの市民が待ち望んでいた」と歓迎。楫野院長も「我々の使命は市民の健康を守ること。再取得に理解を示してくれた病院スタッフに感謝したい」と述べた。

 ただ、再取得しても医療体制が整った訳ではない。4月から常勤の外科医は1人増えて2人体制となる予定だが、整形外科医の補充はめどが立っておらず、病院側は「今後も近隣の医療機関との協力が必要」としている。

この大田市立病院については過去にも何度か話題になってきたところで、元はと言えば2年ほど前に外科医が減員したまま補充されないという話からひとたびは外科医全員退職という騒ぎになり、結局のところ外科医ゼロこそ避けられたものの同年限りで救急告示を取り下げていたものです。
ちなみに住民アンケートによれば市立病院に求める医療として「救急医療の充実」を求める声が実に7割超だったということですが、島根医大が隣接する出雲市に存在する人口4万そこそこの小さな町の公立病院で無理をしてまで救急医療を行うべきなのかどうか、今日求められる水準の医療安全という点から見てもなかなか微妙なところだと思います。
特に今回の再開を受けての会見でも市長は「救急告示病院の再開を多くの市民が待ち望んでいた」とといい、院長も「我々の使命は市民の健康を守ること」と優等生的なコメントに終始していますが、結局のところ「医療体制が整った訳ではない」中でのトップダウンによる見切り発車という印象は拭えないところで、実際に医療を担当する当事者である現場スタッフの声がどうなのかと気になりますよね。

JBM的にも労基法解釈の上でも、こうした田舎の小さな公立病院で昔ながらのデパート的診療を続けていくのもそろそろ限界ではないかとも思うのですが、数年毎に派遣の医師も入れ替わるという典型的な医局人事の田舎病院であったらしいだけに、おそらく何をもって病院の売りとしていくかという長期的ビジョンを持っている人もいないのかも知れません。
このご時世に救急告示を復活すれば全国から医師が押し寄せウハウハになった、なんて展開はちょっと考えがたいですから、次に同病院の話題を取り上げるとすれば予想通りに医師逃散で病院崩壊に追い込まれた時かなという気もするのですが、いずれにせよ現場の先生方の御壮健なることを祈るのみでしょうか。
同病院の話題はそれとして本日の本題ですけれども、これまた救急医療関連ということで兵庫県は西宮からこんなニュースを紹介しておきましょう。

救急車のお礼に1億円寄付 西宮の男性、遺言で市に/兵庫(2012年2月17日朝日新聞)

 救急車で病院へ運んでくれたお礼にと、昨年2月に70代で亡くなった兵庫県西宮市の男性の遺言で市へ現金1億円の寄付があった。市は新年度予算案に寄付金を計上し、消防、救急車の買い替え費用に充てる予定だ。

 市によると、男性は亡くなる1年前、急性心筋梗塞(こうそく)になり市消防局の救急車で病院に搬送され、助かった。男性は「消防、救急車の整備のために1億円を市に寄付したい」と遺言を残しており、遺族が匿名での寄付を市に申し出た。男性の長男は「救急搬送でお世話になりました」と話していたという。

 市消防局の眞武(またけ)繁俊・企画課長は「救急搬送のお礼で数十万円の寄付を受けたことがあるが、これほどの額は初めて」と驚いている。

こういうお話が出るくらいですから故人としてもそれなりに充足した最後を迎えられたのでしょうし、もちろんお話としてはありがたいとしか言いようがないことで、どのように使われるにせよ故人の意志を汲んで有意義に活用していただきたいと思うのですが、しかし深読みするとこの診療に関連しての寄付という行為、考えよう(そして使いよう)によっては日医などが強固に反対する混合診療の抜け道になりますよね。
以前に紹介しましたように順天堂大学では会員制の健康増進クラブなる怪しげな(失礼)サービスを提供していて、表向きは年会費を払うとドックが無料で受けられたり専門家に健康相談が出来たりするということなのですが、いざ緊急時においては「予約診察室を用いて速やかに診察を行い、疾病内容により、適切な専門医を紹介して、診察を受けることができます」と、いわば会員への特別待遇を約束するものであるようです。
これなどは一般人はちょっと二の足を踏むような高額のものですけれども、例えば表向き別件における会費なり寄付金なりの納入によって臨床現場での待遇に格差がつけられるということであれば、人によっては「幾らの支払いでどの程度の優遇が?」と気になってくるかも知れません。

昔からマスコミなどに取り上げられる話題で医師個人に対するいわゆる袖の下の問題があって、これは今日多くの医師からその効能を否定されていますけれども、例えば有効であることが大いに期待されるのに保険診療上の制約で行えない治療があるといった場合に、今までですと保険診療の範囲内で済ませるか全額自費で受けるか、あるいはごく稀には病院側が損を承知で保険適応外の治療を行ってくれるかでした。
世間で議論されている混合診療解禁問題とは前の二つしか道がないのはおかしいという話ですが、表向きは病院が切られることを覚悟で保険外の治療を敢えて行った後で寄付なりの名目でその分を自己負担していただくとなれば制度の抜け道ですし、逆にそういう行為がありだとなれば最初から寄付名目での自己負担を約束した上で保険外の治療を実質混合診療で受けるということも可能になる理屈ですよね。
制度があれば抜け道があるのは世の習いですが、いずれどこかの先進的な?病院でそれに類する行為が始まったり、あるいは患者の側から「お金は払いますから○○の治療をしてください!」と迫られた時に、抜け道があると知れ渡ってくれば「いやそれは混合診療というルール違反で」と突っぱね続けることが難しくなってくるのかも知れませんね。

ところでまたまた話は変わってこちらは全くの蛇足ですけれども、日本では国民皆保険によってありがたいことに生活保護受給者でもお金持ちと同じ医療を受けられると言われていますが、実際にその通りなのかという検証はなかなか難しいところですよね。
そんな中で先頃心臓バイパス術を受けられた天皇陛下の場合は当然ながら全額自費診療扱いなのだと思うのですが、恐らく日本で最高と思われる今回の診療内容が純然たる保険診療に従った医療とどれくらいの違いがあるのか、比較検証出来ればこれ以上ない実証になるのかなという気がします(むろん、間違っても公表されることはないと思いますが)。

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2012年2月20日 (月)

とある番組が話題になっています

ときどき更新のついでにアクセス解析というものをチェックするのですが、当然ながら記事毎に読者の方々からの興味のひき方も異なっているようで、短期間にアクセスが集中して終わる記事もあれば、いつまでも継続的に参照されている記事もあるようなんですね。
そんな中でもずっとコンスタントにアクセスがある長寿記事として「結婚適齢期はないかも知れませんが、出産適齢期は確実にあります」「高度化する不妊治療 その高いリスクを誰が負担するかも問題です」といった不妊絡みの記事があるんですが、政治家野田聖子氏のご子息の件とも関連して世間の注目度も高いのでしょうか。
そんな世相を反映してか、先日NHKのとある一つの番組が非常に大きな反動を呼んでいるということで各種メディアが一斉に取り上げているのですが、まずはあまりにも身も蓋もないとも言えるその内容を記事から引用してみましょう。

年を取るほど卵子が「老化」、妊娠しにくい NHK番組が働く女性たちに大反響(2012年2月15日J-CASTニュース)

 女性は年齢を重ねるにしたがって卵子が「老化」し、妊娠しにくくなる――。テレビ番組で取り上げられたこのテーマが話題を集めている。

   20代は仕事に没頭し、40代になって子づくりを始めたがなかなか妊娠せずに悩む女性を、番組では紹介した。インターネット上では、「若いうちに子どもをつくりたくても、仕事を考えると簡単にはいかない」という嘆きが聞こえる。

体外受精を「魔法の治療」と勘違い

   「卵子の老化」を取り上げたのは、2012年2月14日に放送されたNHKの「クローズアップ現代」だ。近年は夫婦ともに健康体なのに、なかなか妊娠しないというケースが増えているという。不妊治療の経験がある夫婦は、6組に1組に達する。妊娠は年齢が増すにつれて難しくなり、不妊治療がうまくいって子どもが生まれる割合は、35歳で16.8%だが、40歳になると8.1%まで下がる。一方、不妊症に悩む女性は20代前半だと6%に過ぎないが、40代では64%にまではね上がる。

   その要因が卵子にあるという。卵子は生まれた時から体内にあり、新たにつくられることはない。年齢とともに卵子も年をとり、数も減っていく。番組内で名古屋市立大学大学院産科婦人科の杉浦真弓教授は、卵子が老化するにしたがって染色体にも異常が起こりやすくなり、流産や受精障害といったリスクが発生する可能性が増すと説明した。

   番組で紹介された44歳の女性は、40歳で結婚して現在不妊治療を受けている。体外受精を受けた回数は20回以上だが、子宝に恵まれない。結婚すれば子どもができると思っていただけに「どんなにがんばっても結果が出ない」現実に落ち込み、そんな妻を見て夫も心が締め付けられると苦しい胸の内を明かしていた。

   杉浦教授によると、年齢にしたがって卵子が老化する事実を知らない人は多いという。原因として学校での教育不足と、マスコミ報道で比較的高齢でも妊娠した芸能人が取り上げられると「自分も大丈夫」と思わせてしまう点を挙げる。また、体外受精が「魔法の治療」と勘違いする人も多いと指摘。必ず妊娠すると思い込んでいたのに結果が伴わず、傷つく人は少なくない。

   現時点では、老化した卵子を若返らせる有効な方法はないようだ。

44歳の妊娠は「非常にまれ」

   ツイッターでも、「卵子の老化」は議論の的となった。純粋に「知らなかった」と驚く声がある一方で、若いうちに出産したくてもできない厳しい状況を批判する人もいる。仕事を抱える女性にとっては、たとえ20代前半で妊娠を望んでも、「キャリアを積んでからでないと仕事のペースを落として出産、子育てする余裕が持てない」ため、時期を待たざるをえないという悩みだ。

   産婦人科医で、「女医が教える本当に気持ちいいセックス」などの著書がある宋美玄氏も、番組の感想をツイッターで披露した。卵子の老化について、「知ってるだけで早く妊娠できるわけじゃないのが現代日本。特にキャリア女性にとって」とつづり、「本人だけの責任じゃないのよと声を大にして言いたいわ」と強調した。

   一方で宋氏は、あるバラエティー番組で、44歳で結婚したタレントに子づくりについて聞いていたことに触れ、「視聴者は44歳でも十分妊娠できると誤解するだろう」と警鐘を鳴らす。44歳の妊娠は「非常にまれ」だと言うのだ。卵子が老化するという現実に傷つく人は多いだろうが、「でも知らないでいて将来後悔する人が一人でも減って欲しいし、『何歳でも望みを捨てずに妊娠がんばって』という方が残酷だと思うのだ」と、専門家の目線で冷静に分析している。
(略)

NHK「卵子老化の衝撃」に騒然!「保健体育で教えるべき」(2012年2月15日livedoorニュース)

2月14日にNHK『クローズアップ現代』で放映されたテーマ、「産みたいのに産めない ~卵子老化の衝撃~」への反響がネット上でにぎわっている。

これまであまり知られていなかった「卵子の老化」にせまるとともに、女性たちを取り巻く現実を通して、「適齢期に産める社会」に必要なものは何かを考える、という番組内容。

番組に対する感想のツイートでは、

        卵子老化って不妊治療じゃどうにもならない事だとは驚いた。いつまでも何とかなる訳じゃないんだ。

        保健体育できちんと男女共に性教育としてすべき。卵子老化・無精子症・不妊……正しい知識を教えるのは少子化問題に対する義務でもあると思う。

        ママ友に以前から卵子老化のことをちゃんと知ってた人がいて、その人が知るきっかけになったのが倖田來未の羊水腐る騒動で調べたからだって言っていた。

        自分の20代、仕事覚えるのに必死だったし彼氏いても結婚なんて考えられなかったし、だから自分の経済基盤はしっかりもっておこうとか、そんなことしか考えてなかった。あのときの私に「卵子老化するから子ども作れ」と言っても聞かなかったと思う。

        女性には、男性とは違うライフ&キャリアプランニングが必要。

といった意見があがり、「卵子老化」というキーワードに対する驚きとともに、現実との葛藤についてのコメントが散見している。
(略)

倖田來未の「羊水発言」を擁護する声が続出(2012年2月15日livedoorニュース)

14日、NHK「クローズアップ現代」で放送された「産みたいのに産めない~卵子老化の衝撃~」は、これまで知られなかった「卵子の老化」と「女性が適齢期に産める社会」について考える内容となり、放送直後から大きな話題となった。

すると、放送後のネット掲示板では、過去に歌手の倖田來未が行った「羊水は腐る」発言に触れ、再び議論が起こっている。倖田は2008年のニッポン放送「倖田來未のオールナイトニッポン」内で、「35歳をまわるとお母さんの羊水が腐ってくるんですよね」と発言したが、「高齢出産の女性に失礼」など抗議の声が続出し、その後プロモーション活動の全面自粛や、CM放送の中止という事態に追い込まれ、報道番組内では涙ながらに謝罪を行っている。

今回の「クローズアップ現代」でテーマとなったのは、羊水ではなく卵子だったが、ネット掲示板では「倖田來未はある意味正しかったのでは?」「言い方は違うけど、羊水が腐るというのもあながち間違いではなかったな。(高齢出産に対する)警告という意味ではありだな」あど、倖田を擁護する声が相次いだのだ。
(略)

「卵子の老化」気づいたときにはもう遅い?数減り子供産めない(2012年2月16日J-CASTテレビウォッチ)

   寿命も延びた高齢化社会のいま、30、40代では若造といった趣である。医学や医療、栄養学も日々是発達しているから、そうしたことに気を配り、努力すれば、エイジングに逆らって、若々しさを保つことも不可能ではない――ような気がしてくる。

   いやいや、見た目はごまかせても、そういかない部分がある――とクローズアップ現代は言い出した。題して「産みたいのに産めない~卵子老化の衝撃~」。いくら見た目が若くても、体内の生殖機能は確実に衰えているのだそうだ。歳を取るに従って、卵子の数は減り、受精しても増えないことが多い。子どもを産もうと思っても、産めないのだという。
 高齢妊娠・出産の難しさなんて昔から言われてたけど…

   番組によれば、この「卵子の老化」は見過ごされてきた深刻な事象である。不妊治療に来て、はじめて卵子の老化を知ってショックを受ける30~40代女性が多いそうだ。「もっと早く卵子の老化を知っていたら、もっと早く結婚し、子どもをつくる気持ちになっていたと思う」などと言う女性の声も紹介された。

   それを見ていて不思議に思ったことは、別に「卵子の老化」の詳しいメカニズムは知らなくても、高齢になるほど妊娠、出産はいろいろとむずかしくなり、さまざまのリスクが高まることは、常識的にほとんどの大人が知っており、その気になればいくらでも調べがつく事実ではないだろうか、ということだ。「卵子の老化」を知らなかったか、知らされなかったことは、彼女たちがいま子どもをつくれないことの、あるいはこれまでつくらなかったことにどれだけ影響しているのだろうか

   番組はとにかく「卵子が老化する」という一点にこだわっていた。避妊や性感染症に加えて、その知識を教育で知らしめるべきだとかいう話や、「卵子の老化ということからも、妊娠には適齢期がある。自分の仕事、キャリアと、どちらが大切なのかをしっかり考え、自分で決めていただく」(杉浦真弓・名古屋市立大学大学院教授)と、仕事と子どもの二者択一を迫るかのようなコメントも聞かれた。
(略)

昨今ではどこでもアンチエイジングと言うことが流行で、歳はいっているのに若々しく美しい奥様方を「美魔女」なんてもてはやすこと自体はいいんですが、若々しいということと若いということとはやはり違うのだなと認識させられてしまうのがとりわけ女性における生殖能力の低下であるというのも何とも悲しい話ですよね。
ちなみに当のクローズアップ現代のサイトではごくシンプルに「あなたはご存じでしたか? 「卵子が"老化"する」ことを。「そんなの常識でしょ!知らなかったの?」「えっ、卵子は老化するの?はじめて知った」・・・どちらでしょうか?」と問いかけていますけれども、医学的見地から見れば一番安全確実に妊娠を行えるのは20代の頃で、早すぎても遅すぎても各種リスクは高くなってきます。
日本も少子化が社会問題化している中でこうした当たり前の知識を出産年齢世代が持っていないというのも一つ大きな問題なんですが、いまさら「おしべとめしべ」でもないにしても性教育というのは社会的議論も呼ばずにはいられない問題で、こんな話もうかつな取り上げ方をした日にはまたぞろ「子供達の性の暴走を公に推進するつもりですか?!」なんてクレームもつきかねませんから厄介ですよね。

一方で記事中にもありますように、そうした生物学的な限界を知っていたからと言ってそれではどうしようとおいそれと対策を講じられないのがこの問題の難しさというもので、とりわけこのご時世では若年世代のワープア化と晩婚化が相乗効果で進行していて、生物学的に一番よいという20代の頃にはとても結婚だ、妊娠出産だといっていられないという現実もあるわけですね。
この点で近頃有名人の歳の差婚がたびたびニュースにもなっているように、社会的にも年上男性と年下女性というカップリングに対する許容度が非常に高くなってきているという傾向があるようですが、経済状況から適齢期の若年男性が配偶者にも共働きをしてもらいたいと考える人が多数派を占める中で、とりわけ専業主婦志望の若年女性にとってはほぼ唯一の可能な現実解が年上男性との結婚ということなのでしょうか。
若年層の男性にとってはカップリング相手を奪われるようであまり気分のいいものではないかも知れませんが、社会全体で男性が結婚するのはある程度経済的に安定してから、女性の結婚は生物学的に妊娠適齢期である若年のうちにという風潮が完全に定着してしまえば、男女間の比率がほぼ半々である以上は最終的にはどこかで結婚事情も安定化してくるのかも知れません。

かつて80年代末に出生率が急落して大騒ぎになったことを示す「1.57ショック」なんて言葉がありましたが、今や出生率は1.3前後が当たり前という時代ですから、生涯未婚という方々の事も考えると産める女性の方には3人でも4人でも産んでいただきたいというのが、社会から見ての率直な要望ではあるのだと思います。
結婚はともかく妊娠、出産ということに関してはある程度社会的に対応していかなければ少子化対策など望めないということであれば、男女差別だと言われてしまいかねませんがやはり女性に関しては単に産む、産まないということだけではなく、どの時期に産むかということに関しても何らかのインセンティブを設けていかなければ少子化と人口減少には歯止めがかからないのかも知れませんね。
ただし、女性と比べると男性の方は生涯現役だ!なんてことが昔から言われていますけれども、実は精子に関しても卵子と同じように歳をとるほどに劣化が進んでいくということも明らかになっていまして、世の男性諸氏も他人事のように「これからは俺たち中高年男性の時代だ!」なんて無邪気に喜んでばかりもいられないんですけどね…

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2012年2月19日 (日)

今日のぐり:「あまからさん」

先日はバレンタインデーということでしたが、何でもこのバレンタインというイベントも昨今ではリア充、非リア充の格差が絶讚拡大中なのだそうで、非リア充側ではこんな行動でその日を過ごしているのだそうです。

【参考】非モテ男性にありがちなバレンタインの行動10パターン(2012年2月9日メンジョイ)

「バレンタインデーをなかったことにする」など思わず身につまされるような話が並んでいますけれども、出生率低下に頭を悩ます政府としてもそろそろこうした非リア充の方々に対する抜本的対策に本腰を入れていくべき時期なのかも知れません。
今日は非リア中の方々に哀悼の意を表して、世界各地からバレンタインデーのどこか哀愁をそそらずにはいられない話題を紹介してみようと思いますけれども、まずはこちら非常にストレートな行動に出たケースというものを取り上げてみましょう。

バレンタインネタ最高峰「チョコをください」という馬が名駅にいた。(2012年2月17日マイナビニュース)

バレンタインも終わり、次はひな祭りかホワイトデーというムードになる今日この頃、各地でバレンタインのネタが繰り広げられていたことが発覚した。その中で、なんとあの名駅(名古屋駅のネイティブ表現)にてチョコをくださいという馬がいたというのだ。照れ隠しなのかそれとも罰ゲームなのか憶測は尽きないが、バレンタインのネタとしては最高峰ではないか。

(画像:Twipicより)http://twitpic.com/8jm6rh

立っていた馬は、スーツを着た立派な紳士。画用紙にチョコくださいと記述。場所は名古屋駅の中であるが、彼らにチョコレートをあげた女性はいたのだろうか。そもそも何故、馬のかぶりものでチョコを求めているのか。憶測は尽きないが、単純にバレンタインデーだから何かやるかという勢いで実施したように見える。

さて、Twitterのコメントではこの馬に対し「スーツで決めているとあげたくなる。」「クソワロタ」「あげたくなったよ、」「ココア吹きそうになったwwwwwwww」と好評のようだ。中には今年は名駅にも現れたかというコメントも見受けられ、どうやら去年までは他の場所で見受けられたことを匂わす。

ということで、もし来年こそはチョコレートがどうしてもほしいという方は一か八か、興味を引く格好でプラカードぶら下げて突っ立っているのがよいのかもしれない。ただ、決してひとりではできないのかも。みじめだから。

涙なしでは見られないリンク先の画像は是非とも参照していただきたいところですが、そうですかついにここまで切羽詰まっていますか…
バレンタイン商戦という言葉もあるくらいでこのバレンタインというイベントは菓子業界にとっては大きな稼ぎどころですけれども、どうも見ていますと本当なのか?と思うようなブームもあるようですね。

今年のバレンタイン、Twitterでは板チョコならぬ“痛チョコ”がはやり?(2012年2月14日ねとらぼ)

 手作りのチョコレートを好きな人に渡し、愛を伝える日としても親しまれているバレンタインデー。定番のお菓子といえば生チョコやブラウニーだが、Twitterユーザーたちはチョコでアニメのキャラを描いた、板チョコならぬ「痛チョコ」を作って楽しんでいるようだ。はちゅねミクから「魔法少女まどか☆マギカ」まで、彼らが腕によりをかけて手作りした作品の数々は、Togetterにまとめられている。

 ネットに投稿されているレシピによると、用意したイラストにクッキングシートを載せてチョコで絵をなぞって輪郭を描き、ホワイトチョコや色つきチョコで色を塗る手法が多いようだ。アップされた痛チョコのいくつかをご紹介しよう。ご存知ネギ振りのはちゅねミクや、「TIGER & BUNNY」「けいおん!」「魔法少女まどか☆マギカ」などの定番アニメをはじめ、漫画「くそみそテクニック」の阿部高和もいる。もちろん彼の名ぜりふ「やらないか」の吹き出し付きだ。こんなチョコもらったら思わず笑ってしまうだろうなぁ。

 アニメ「マクロスフロンティア」のランカ・リーはまさに傑作。緑色の髪の毛やかわいいコスチュームを再現し、マーブルチョコや星型のチョコで装飾まで施した。これは食べるのがもったいない……。板チョコならぬ「痛チョコ」、アニメと甘いものが大好きなオタク男子にはたまらないプレゼントかも? これを見て自分でも作ってみたくなってしまった方は、クックパッドで「キャラチョコ」レシピを検索したり、ニコニコ動画の痛チョコ制作手順を見て、参考にしてみてはいかがだろうか。

そのあり得ないほどに高すぎる完成度はリンク先の画像の数々を参照いただければと思いますが、ここまで手の込んだチョコをもらえるのもリア充の特権と言っていいのかどうか、その内容を考えるといささか微妙な気もしないでもありません。
冒頭にも取り上げました通り非リア充の間ではバレンタインというイベントそのものをなかったことにするという動きも見られるようですが、今年はさらに積極的に別なイベントに上書きしてしまおうというムーブメントもあったようですね。

「非リア充」の「バレンタインデー革命」 「うまい棒」ヤケクソ買占めの成否は?(2012年2月14日J-CASTニュース)

  バレンタインデーはチョコレートではなく棒状のスナック菓子「うまい棒」の日にしよう――。そんな変わった「運動」がネットで起きている。コンビニチェーン「ローソン」で2012年2月14日に全ての「うまい棒」を買い占めようというのだ。

   バレンタインデーは「リア充」(実生活が充実している人)の日になっているが、「非リア充」も何か楽しまなければならない、というのがこの動きの発端。「非リア充」は「うまい棒」を買い占めて存在をアピールし、チョコレートを忘れさせるほどの「バレンタインデー革命」を起こそう、というのだ。
バレンタインデーは「非リア充」にとって辛い日

   掲示板「2ちゃんねる」に12年1月31日、コンビニにある商品を買い占めて世間を驚かせたいという提案が出た。ここから、バレンタインデーの主役であるチョコレートと「うまい棒」を逆転させる「革命を起こしたい」、となった。全国の「非リア充」に呼びかけ「ローソン」で買い占めることが決まった。

   実はバレンタインデーは「非リア充」にとって辛い日だ。彼女はいないし義理チョコすらもらえない人が多い。ネットでは毎年、恋人がいない自分はどう過ごせばいいのか、などと話題になり「非リア充」同士で傷を舐め合うような議論が活発に行われている。そこに、

    「我々はただこの日を 怯えて過ごすしか無いのか? いや、それでは駄目だ!」
    「チョコの変わりにうまい棒を買いまくり、世の注目をバレンタインからうまい棒に向けよう」

などという掛け声が上がり全国の「非リア充」の決起を促した。

   今回の運動は2月14日の17:00から21:35ごろまで、チョコ味を除くありったけの「うまい棒」を買ってしまおうと企画された。買うのは「ローソン」店舗だが、近所にない場合は他のコンビニでも可とした。また、今回の運動参加者と店舗で遭遇した場合は「よう中島」と声を掛け、連帯感を高めようともしている。

   この運動の告知として、動画投稿サイト「ニコニコ動画」「ユーチューブ」に参加を呼びかけるオリジナルの動画をアップ。北海道から沖縄まで47都道府県ごとの掲示板を作った。また、「ミクシィ」「グリー」といったSNSや「ツイッター」にも支部を設置している。

   「うまい棒」を販売している、やおきんが今回の運動を知ったのは1週間ほど前だそうだ。コンビニチェーンの何社から「ストックを増やしたい」とし追加注文が来ているという。担当者は、

    「当社の商品を話題にして頂きとてもありがたいです。バレンタインデーは『うまい棒』になれば本当に嬉しいですね」

と話している。
(略)

実はうまい棒を始めとする駄菓子業界は昨今原材料費高騰で大変なピンチなんだそうですが、そんな中で結局バレンタイン当日のうまい棒の売り上げは某コンビニで何と平日比6倍にも達したと言いますから、上手い具合に業界の活性化につながればいいのかなとも思います。
義理チョコの一つもなくともこいつからはという鉄板を確保している人間は本来余裕でいられるはずですが、中にはこんな悲しいその日を迎えたという人もいたようです。

Q太郎 バレンタインで23時過ぎてもチョコもらえず(2012年2月15日アメーバニュース)

 お笑いコンビ・ハイキングウォーキングの鈴木Q太郎(37)が、バレンタインデーにチョコレートがもらえなかったと自身のブログで嘆いている。

 Q太郎は「私は鈴木もてな太郎ですので2月14日には毎年チョコレートはそんなにいただきません」と毎年あまりもらえないことを明かし、「今年は23時すぎても1つもいただいてません」と嘆く。

 最後の砦である、自身の妻にも電話をかけたというが、妻はバレンタインの話題について何も触れなかったという。

 すっかり意気消沈してしまったQ太郎は、女性が好きな人にチョコレートをあげるという慣習を「もう変えましょう」と訴え、「女性がどうでもいい人にチョコをあげる、女性がけつあごの人にチョコをあげる、女性がロン毛の人にチョコをあげる、女性がQ太郎にチョコをあげる」ように「もう変えましょう」と提案している。

いや変えるといってもそういう風に変えるというのも率直にどうなのかと思うのですが、しかし赤の他人ならともかく奥さんからももらえなかったというのはちょっと悲しいですよね。
海外では必ずしもバレンタインデー=女から男へチョコというものではなく、お互いいろいろとプレゼントのやりとりをするのが一般的だと言いますが、こちらアメリカではこんな手作りプレゼントの話題が出ているようです。

【バレンタイン】突然彼氏にフラれた不幸な女性の手作りケーキがグロテスクだと話題に(2012年2月14日Pouch)

バレンタインデーを目の前に心踊る女子たちも多いのでは?

アメリカでは日本とは異なり、バレンタインデーは主にカップルのためのイベントで男性が女性を食事に連れていったり、ジュエリーやチョコレート、下着などをプレゼントするのですね。また、プロポーズが多いのもこの日なのです。

「どこに連れていってもらえるのかしら?」「何をプレゼントしてもらえるのかしら?」などとワクワクするのは女性の方。

さて、アメリカ人のロレインさんはある年のバレンタインの10日前に、突然彼氏にフラれた不幸な女性。落ち込んでいた彼女を見た友人は、バレンタイン当日をひとりで過ごさせるのはかわいそうだと感じ、パティシエのロレインさんにこう提案したといいます。

「一緒にお菓子作りをしてバレンタインを過ごさない?」

そして、ハートが飛び交うバレンタインの当日、ムシャクシャしていたロレインさんが皮肉たっぷりに作り上げたのが、このハートのケーキ。アメリカで人気のある食紅で赤く染めたスポンジケーキ、レッドベルベットケーキをベースに、フォンダン(砂糖ペーストのようなもの)でカバーしてあるんだそう。

早速、ネットで公開されるや否や「こんなリアルなケーキは見たことない」と話題沸騰! それもそのはず、そのケーキのなかには風船が入っており、繋がったチューブをポンプすると心臓がバクバクと動く、なんともグロテスクなケーキなのです!

なぜ、こんなモノを作ってしまったかは謎ですが、どんな味がするのか、ちょっと気になりますよね? え、ワタシだけ?

それが一体どのようなものなのかは是非ともリンク先を参照いただきたいと思いますが、いくらハート型といってもこれはそのまんまでひねりがなさ過ぎると突っ込みたくもなりますよね。
ちなみにチョコには心血管系疾患の予防効果があるという調査報告もあるようですが、どうせならショックで心臓が止まりそうになるお菓子よりも、心身の健康にもよさそうなものの方がありがたいと思ってしまうのは自分だけでしょうか。

今日のぐり:「あまからさん」

倉敷市西部の古い港町地区である玉島にあるこちらのお店、地元食材にこだわったといううどん屋で何度かお邪魔しているのですが、この地域ではご存知B級グルメ人気にあやかった「玉島おでん」なるものを売り出し中だということです。
こちらもその「玉島おでん」提供店の一つとして「テレビで紹介されました」というのだそうで、どうもこういう掲示が店内に掲げられているのをみるとヤバい、ついにフラグ立ったかと思わず警戒してしまうのですが、とにもかくにも露出の効果かお客は増えてきているようですね。
玉島おでん自体は以前に来店した時に試した事があるので今回はパスするとして、単品のうどんの他にセットメニューも充実している中から今回はミニ海老天丼御膳を冷たいぶっかけうどんとの組み合わせで頼んで見ました。

さて、その肝腎のうどんの出来なんですが、一番最初の恐らくオープン直後と思われる時期に来た時にはごついうどんを目指す志は判るんだけれども、ことに冷たいうどんで食べると正直コシよりも硬さが先走っているなという印象だったんですが、今ではほどよい柔らかさもある中にしなやかなコシが楽しめるようになっていて、なかなかいいです。
こうであってこそ滑らかな舌触りやのど越しの良さも楽しめると言うもので、ぶっかけとしても「あまから」で濃い目のツユとのマッチングもほぼベストバランスと、まだうどんに重さはあっていくらでもするする入るとまではいかないんですが、ぶっかけとしてはかなりレベルが高くなってきたと思いますね。
強いて言えば薬味の小皿なんですが、どんぶりに直接投入していないというのは卵嫌いに配慮しているというのは分かるんですが、殻を割ったウズラの卵が流出していて一面ドロドロでワサビもすりゴマも台無しになってしまっているのは見た目的にも勘弁していただきたいかなと思います(他店では中仕切りがある皿で卵は別枠に入れたりするんですけどね)。

これくらいのうどんになってくるとサイドメニューを入れずとも単品大盛りでもいいかなとも思うのですが、こちらの海老天丼というのは食べたことがなかったものでどんなものかと試してみましたが、結論からいいますとなくてもよかったかなという感じでしょうか。
確かに海老天も乗っているんですが基本的に玉ねぎのかき揚げ丼というべきもので、以前にかき揚げ丼を食べた時と同様、相変わらずクリスピーな食感を目指した結果なのか焦げ臭い上に苦いと、要するに揚がりすぎですよね。
かき揚げでも揚がりすぎているくらいですから海老天としてはもう大変なものですけれども、天ぷら自体もさることながらこのタレもまたずしりと重いものですから、東京風天丼好きならまだ耐えられるのかも知れませんが関西のあっさり軽めの天ぷらに慣れるととにかく堪えるというもので、うどんも結構重いタイプなものですから相乗効果でずっしりと胸焼けしそうになってしまいます。
ただ逆にそういうのを気にしない人にとっては食べ応えがあって腹持ちも良いという感想になるのかも知れずなんですが、同じ揚げ物系なら鳥天丼の方がおすすめということになるんでしょうかね。

しかしお客も増えているのですがそれ以上に店員も増えたなという印象で、それも若い店員ばかりなので好みに合わせたかと思うほど接遇面は妙にラーメン屋的なノリになっているのが気になるのですが、たまたまなのか今回来てくれた店員さんは大丈夫か?!と思うほどいくらなんでも噛みすぎで心配になってしまいましたね。
他の店員さんを見ていますとたまたま当たった人が飛び抜けていたらしいんですが、まぁ中心スタッフが熱意をもって教育している雰囲気は伝わるんですが、別にこの手の田舎町のうどん屋でそうマニュアル対応を追求せずともいいだろうに、店員にもお客にも少しばかりプレッシャーになっている気がしないでもないです。
それでも倉敷市内の名店と言われるお店は比較的柔らかめのうどんを出す店が多いのかなという印象があるのですが、こういうタイプのうどんも当然ながらあっていいはずですから、地域性を考えてもなお精進し頑張ってもらいたいものだと思いますね。

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2012年2月18日 (土)

知らなかったはいつまでも通用しません?!

本題に入る前に、先日ウォール・ストリート・ジャーナル日本版から「ブログ転載システム」のアナウンスが出ていましたが、このシステムでは登録したブログに転載を認める代わりに「コンテンツの転載後も利用状況を把握することが可能、規約に反した利用があった場合は、転載部分を削除できる仕組み」という、なかなか良くできた仕組みになっています。
ブログなどの引用問題は著作権との絡みで裁判でもしばしば揉めていますが、ニュースメディアに関してはこうした一定のルールを定めた上で二次利用を認めていった方が自社サイトの活性化にもつながると言う考えで、2~3年前くらいからあちらこちらで二次利用と折り合いをつける制度の整備が進んできているようですね。
一部既存メディアは未だにネットというものに対して敵対的な姿勢を崩していませんけれども、世論もネットを介して動くような時代にいつまでも抗っていても仕方がないのは当然で、今後どのように新たなソーシャルメディアと折り合いをつけていくかが彼らにとっての大きな課題なのでしょうし、それはメディア業界のみならず一般企業においても全く同じであるということです。

ネットの「炎上」対策に本腰=企業の担当者らが情報共有(2012年2月13日時事ドットコム)

 インターネット上で特定の企業や従業員が一斉に批判を浴びる「炎上」が相次いでいることを受け、防止策を研究するニューメディアリスク協会(東京)が13日、発足した。企業の広報担当者らから参加を募り、ネット上のトラブルについて情報を共有、今後の対応策に役立てる
 簡易ブログ「ツイッター」などの交流サイト(SNS)では、企業の従業員の失言にネットユーザーの批判が殺到し、企業側が謝罪に追い込まれるケースが増加。同協会は「ひとたび炎上が起きれば、企業のイメージが傷つけられる」と、対策を急ぐ必要性を強調している。
 同協会では、トラブルの発生理由などを詳しく分析し、ネットを使った企業の情報発信の在り方を研究する。成果は社員研修の充実にも生かす方針で、今後1年間に60社程度の参加を目指すという。

炎上ということに関して言えば、何しろネットを介して個人と個人が直接結びつき情報を共有できるようになったということが大きいですよね。
かつてであれば何かトラブルがあったとしても情報の流通経路は指折り数えられる程度の既存メディアに限定されていて、当然ながらよほど一般性がなければマイナートラブルなどニュースに取り上げられることもありませんでしたが、今の時代比率としては社会の中で小さなものであってもネットを介して数としては決して小さくない対象の興味を引くことがあり得るということです。
これが良い方に転がればいわゆるオタク文化と言われたようなニッチな流行が思わぬ地域活性化に結びついたりといった面もありますが、かつてであれば一顧客とのトラブルで済んでいたものが全国大勢を相手にしたトラブルにいつ発展するかも知れないと思えば、企業の方でも一瞬たりとも気が抜けないのは当然でしょう。
別にこうした話は日本だけのことではなく、先日アメリカで人種間の対立騒動にまで発展したガソリンスタンドでの顧客トラブルなどもネット上で炎上したことが事態拡大の大きな要因となったと言いますし、目の前の誰かの背後には大勢の人間がついているのだという視点をもって対応していかなければ思いがけない事態になりかねないというのがこれからの常識になっていくのでしょう。

さて、そうしたネット時代の利用者特性を逆用しているとも言えるのが先日以来当「ぐり研」でも取り上げているステマ問題ですが、ネット上だけでなくたとえ既存メディアを介して行われたものだとしても顧客相互の横の連携が発生したからこそ炎上したという点では、まさしくこれはネット時代の特性を反映した事件であると言えそうですよね。
過去も現在も散々ステマまがいの行為を得意にしてきた既存メディアが口を拭って一斉に食べログ批判に回っているのもおもしろいですが、いずれにしてもこうした行為が商売として成立するのはそれを利用しようと考える広告主が存在するからという理屈だけは不変であるということです。

「ステマ」を助長する“やらせ投稿事業”が成り立つ理由を考えた(2012年2月17日日経ビジネス)より抜粋

(略)
食べログには倫理は存在しない?

 マスマーケティングの時代においては、メディアの数がそもそも限られていました。もし悪質な広告代理店や事業者が、やらせ行為を代行しようとしても、メディア側が拒否すれば広告が掲載されることはなかったわけです。メディアである食べログが、襟を正していれば今回のような、やらせ騒動は起こるはずがないではないか、というのがマスメディアの記者の方々の印象でしょう。

 ただ、残念ながら食べログのようなクチコミサイトや、ソーシャルメディアの世界においては、情報発信者であるメディアの数や、そこに書き込める人の数が無限に増えてしまっていますから、記者倫理やジャーナリズム精神のようなものが最初から存在し得ません

 誰でもメディアを作れて、誰でも情報発信できるという、このいわゆるメディアのロングテール化こそが、クチコミサイトやソーシャルメディアの魅力。残念ながらこのやらせ投稿の問題は、メディア側だけで解決できる問題ではなくなってしまっているのです。

 電子メールのスパム問題が根本的に解決されないように、やらせ行為が低コストで実施できるようになっている以上、クチコミサイトとやらせ投稿代行事業者の戦いはいたちごっこになるのは目に見えています。

 象徴と言えるのは、先日放映されたワールドビジネスサテライトに出演していた、やらせ投稿代行事業者の「ニーズがある限り、やらせ投稿ビジネスを続けます」という趣旨の発言でしょう。オレオレ詐欺がなかなか減らないように、こうした姿勢の事業者がいる限り、やらせ行為もまたなかなかなくなりません。

やらせやステルスマーケティングの問題を減らすためのヒント

 ただ、逆にこのやらせやステルスマーケティングの問題を減らすためのヒントがあります。「ニーズがある限り」、であればニーズそのものがなくなればやらないということ。

 オレオレ詐欺やスパムメールにおいては、詐欺行為を働く人間自体がだます相手から直接利益を得ようとします。しかし、やらせ投稿代行事業者の利益の源泉となるのは、実は宣伝活動する企業です。つまり企業がこうしたやらせやステルスマーケティング行為に手を出さなければ、やらせ投稿代行事業者のニーズは減り、やらせやステルスマーケティングが減る可能性が高くなるわけです。

 問題は、どうすれば企業がこうしたやらせやステルスマーケティング行為に手を出さないようになるか、という点です。シンプルに考えるなら、対策としては以下の2つでしょう。

■やらせ行為がソーシャルメディアの普及により、以前よりもばれやすくなっていることを理解してもらう

■やらせ行為がばれてしまったときのリスクがソーシャルメディアの普及で大きくなっていることを理解してもらう

 やらせ行為を確信犯的に実施している企業は、当然やらせをやってもばれないし、ばれても大した罪に問われないと思って実施しています。実際、本質的な詐欺に比べ、今回の食べログのやらせ投稿のような行為は、一つひとつの書き込みを現行法上で法律的に違法と認定するのが非常に難しく、やらせ投稿代行事業者も見つかっても大した処罰を受けないとタカをくくっているのが現状です。

企業側のニーズがなくなれば、代行業者もいなくなる

 ただ、ソーシャルメディアの普及によってやらせがやりやすくなった一方で、利用者によって発見されやすくなったのも事実。こうした行為そのものがメディアにニュースとして取り上げられやすくなっています。インターネットの登場以前は、企業がステルスマーケティングを実施しても、利用者側が入手できる情報が圧倒的に少なく、そもそもやらせかどうかを判別すること自体が困難でした。

 しかし、過去、インターネットを舞台に数々の企業の炎上事例が発生しているように、ソーシャルメディアの普及によって利用者同士が知識や情報を寄せ合うことで、企業のやらせ行為が簡単に暴かれてしまうことが増えています。

 さらに、やらせがばれた後の利用者の怒りもソーシャルメディアにより加熱しやすくなっているのです。従来であれば、企業のやらせ行為を利用者が仮に知ったとしても、せいぜいコールセンターに怒りの電話をかける程度で終わるのが普通でしたが、今では誰もがソーシャルメディア上で怒りを表明することにより、周りの人間にやらせやステルスマーケティングの事実を伝えられます。

 その上、インターネット上での炎上が大きければ、その話題をニュースサイトやマスメディアが取り上げるケースも増えているわけです。実は、やらせやステルスマーケティングはメリットよりデメリットの方が徐々に大きくなりつつあります

 冷静にやらせの効果を考えれば、企業が手を染めるべきか否かは歴然。企業側のニーズがなくなれば、やらせ投稿代行業者もまたいなくなります。ソーシャルメディアの台頭で、ステマの寿命は極めて短くなっているのです。

流行語になったこともあって世間の注目も集まっているのでしょう、今やあれもステマだ、これもステマだと世の中ステマの告発合戦のような様相を呈していて、一部にはどうも少し過剰反応のようなところもありますけれども、企業のマーケッティング担当にとってはステマという行為がこうまでネガティブなイメージとともに定着してしまったのは思わぬ誤算だったでしょうか。
留意すべきはこうした告発をしている主体が従来のような週刊誌のすっぱ抜き記事などではなく、当のステマがターゲットとしている顧客自体が行っているということで、ステマはステマとネタバレしてしまった時点で意味がなくなるというのはこういうことを言うのでしょうが、それだけで留まらないのが双方向性を基盤とするネット時代の怖さです。
マスコミなどで取り上げられる著名人の本などがネット上でとんでもない低評価がついたと時折記事になりますが、先日のロンドンオリンピックのオープニング曲に関わる騒動でも現れているように、今の時代の大衆は日本に限らずこうした「外圧」に対しては一致団結して反撃していくのが当たり前になっていて、広告どころかネガキャンとして作用するリスクの方が大きいということを企業側も学んでいい頃でしょう。
ネズミ講や振り込め詐欺など昔から社会問題化した悪徳商法は数多くあり初期には被害者に同情が集まりましたが、社会にそのリスクが滲透するにつれて「今どきそれに引っかかる方もどうよ…」と情報リテラシーの欠如も疑問視されるようになった歴史的経緯を考えると、確信犯は元より単なる無知から悪徳ステマ業者に引っかかった広告主の方にも今後は厳しい視線が向けられていくことになるのでしょうね。

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2012年2月17日 (金)

衰退する日本の産業 何が悪かったのか

三洋電機の家電部門が中国系で家電世界最大手のハイアールに譲渡された結果、今後は「AQUA」ブランドも同社から発売されることになったと言うニュースが先日話題になっていましたが、売却を決めた親会社パナソニックの判断を含めて世間でも色々と取り沙汰されているようですよね。
ひと頃は世界を席巻した国内主要家電メーカーが軒並み大幅赤字を計上するなど、このところ物作り日本の根幹が揺らいでいるとも叫ばれていますが、その原因の一つとして先日も取り上げたように過度の減点主義に染まった結果自縄自縛に陥っている日本企業と言う図式もありそうですよね。

【参考】日本の家電各社が「ルンバ」を作れない理由 国内製造業の弱点はそこだ!!(2012年2月11日産経新聞)

これについては以前から日本の消費者の目線は世界一厳しいとは海外でも定説のように言われていて、国内市場において日々利用者から厳しくチェックされていることが日本の製品やサービスの質的向上に大いに貢献してきたのだという説がありましたが、これが必ずしもよかったのかということでしょうね。
つまりは黙っていても欠点を幾らでも見つけてくれる消費者の声を拾い上げていくだけでもそれなりのものが出来上がる結果、自動車などでよく言われるように「壊れず品質も安定しているが味がなくつまらない」という、特に欠点もないが目立つ個性もないという日本製品が氾濫することになったとも言えそうです。
世界的に製造業の品質が高まり壊れないで一定の性能を持つことが当たり前になってくると、こうした個性に欠けた日本製品がより安くそこそこの性能を持つようになった第三世界の廉価品によって真っ先に駆逐されるようになるのはいわば当然なのですが、問題はどうもそこだけに留まりそうにないというのですから困ったものです。

あのとき、経営は判断を誤った 会社がダメになった瞬間(2012年2月14日週刊現代)より抜粋

 日本を代表する企業であるソニーやパナソニックが苦境にあえいでいる。どうしてこんなことになったのか。どこでいったい間違えたのか。そして誰が間違えたのか。外部環境のせいにしても何も解決しない

いったい何で食っていくのか

「NECを電電公社(現NTT)に依存する〝国策企業〟から、世界中でコンピュータ、半導体、通信機なども売る総合電機メーカーに成長させたのは、1980年から15年近くも社長を続けた関本忠弘氏です。ワンマン経営には批判もあったが、カリスマ的にリーダーシップを発揮して社内を引っ張った功績は大きい。

 ただ、1998年に防衛庁への水増し請求事件が発覚し、関本氏が会長を退くと、新社長となった西垣浩司氏がハードからソフトへの路線転換を行い、通信機、電子部品など関本氏が育ててきた事業を次々に切り捨てていった。これに怒った関本氏と西垣氏の間で『関本vs.西垣戦争』が勃発、呼応するように社内ではコンピュータ派と通信派の派閥対立が表面化した。振り返れば危機の源流は、この時に噴き出していたといえるのでしょうね」(NECの元幹部)

 2012年1月26日、東京都港区芝に立つ「スーパータワー」地下1階の多目的ホール内で、NECの遠藤信博社長が問い詰められていた。

「今回の人員削減は小手先ではなく本気のものか」

「携帯電話の海外事業の伸びが未達成であることを総括してほしい」

 この日発表されたNECの決算内容が「下方修正の博覧会」と揶揄されるほど、惨憺たるものだったからだ。並べてみれば、「通期の売上高予想を1500億円下方修正」「年間の携帯電話出荷台数計画を150万台下方修正」としたうえで、「構造改革として1万人の人員削減」「従来150億円の黒字としていた通期の当期純損益予想を1000億円の赤字に下方修正」と目を覆うばかりの惨状である。

「実はNECは中間決算時に通期売上高予想と携帯電話の年間出荷台数を下方修正したばかり。それが昨年10月のことで、その時は通年黒字を謳っていたのが、たった3ヵ月で今回は1000億円の真っ赤な決算に転落すると言ってのけた。さすがの狼少年ぶりに痺れを切らした会見参加者が、質疑応答に入ると遠藤社長と川島勇取締役執行役員の両氏を詰問した」(全国紙経済部記者)

 同社は2010年2月に中期経営計画「V2012」を発表し、2012年度に純利益1000億円の目標を掲げていた。しかし、今回の会見では「来年度での達成はほぼ不可能になった」との敗北宣言も飛び出したという。

 かつて半導体で世界一の事業規模を誇り、国民機と呼ばれたパソコン「PC-9800シリーズ」を売りに売りまくった面影は消え失せた。半導体事業では韓国、台湾勢に大負けし、パソコン事業は中国企業に〝実質売却〟。頼みの通信・ネットワーク事業は海外進出に乗り遅れて〝内弁慶〟から脱しきれず、新規事業も育っていない。要するに「5期連続減収の原因は儲かる事業がほとんどなくなってしまったことに尽きる」(前出・経済部記者)。

 どうしてここまでダメになってしまったのか。前出・元幹部が続けて言う。

「西垣氏、その後任の金杉明信氏とコンピュータ派が続いた後、次にトップ登板したのが通信畑の矢野薫氏。前任者たちが自社製品を売ることにはこだわらないという路線できたのを、矢野氏は『振れすぎだ』として自社製品を売っていく方針に変更した。社長が代わるたびに、方針も主要幹部の人事もコロコロと入れ替わる。さらにNECが『何で食っていくのか』を明確にできなくなり、社内もバラバラになった

 主要事業と位置づけていた『三本柱』のうちの二つ、携帯事業、半導体事業は不採算化しているのにもかかわらず改革が遅れた。やっと構造改革に踏み込めたのは2010年のことで、同じ頃に今度は『これからはクラウドサービスやリチウムイオン二次電池を儲け頭にする』とぶち上げ始めた。これらの新規事業もまだ成果が出ていないことは今回の決算発表を見れば明らか。一事が万事この調子で来たから、気付けば社内に儲かる事業がほとんどなくなってしまった
(略)

かつては栄華を誇った名門企業がどこで道を誤ったのかを実名も数多く出して報じたなかなか意欲的な記事で、異論反論も数あるでしょうが是非全文をご一読いただければと思いますが、冒頭にも取り上げた三洋電機が崩壊していく過程などまさにこれから何度も同じ事が起こりそうな気配ですよね。
記事中で「戦犯」として名前が挙がっているパナソニックの中村邦夫氏(1939年)やソニーの出井伸之氏(1937年)などトップ陣の年代的問題に帰結するのだという意見もあって、昨今の団塊世代と絡めて頭の硬い年寄りが支配している企業は必ず衰退する、今元気がいい企業は若手がトップばかりだという声も出ています。
しかしこうした衰退した大企業にしても松下幸之助氏や盛田昭夫氏氏のように元気の良かった時代にはトップもまだまだ若かったことも事実ですし、経営の舵取りに失敗して名のある大企業が一気に傾くというのは先日のコダック社の経営破綻の例にもあるように、決して日本だけの問題ではありません。

一説によれば日本は世界一の長寿企業大国なんだそうで、世界にある200年以上続く長寿企業の実に4割が日本にあると言いますが、逆に言えば世界的に見れば企業にも一定の寿命があり、今が盛りと繁栄した後はいずれ衰退するのが当たり前であるということですよね。
その衰退を避け得ないまでも少しでも先延ばしにするにはどうするべきか、老舗の花札屋だった任天堂がテレビゲーム業界に進出して世界のニンテンドーになったような、ある種博打的とも言える大胆な業種転換は非常にリスクも伴いますが、少なくとも日本企業に求められるのはやらないことの理由付けとしての減点主義からの脱却でしょう。
そして自分たちのストロングポイントが何なのか、その優位性を保っていくためにはどうしたらいいのかという考え方も必要ですが、有名な「レッサーパンダと引き替えに主要産業を売り渡して衰退した町」のような事例を思い浮かべる時、冒頭のサンヨーブランド売却のような判断が今後どういう結末になるのか、ですよね。

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2012年2月16日 (木)

ついに国民総背番号制が実現へ?!

一体いつから言っているんだよという話が、ようやく実現に向けて動き出したようです。

国民に番号「マイナンバー」法案閣議決定 国会に提出(2012年2月14日朝日新聞)

 野田政権は14日、税金と社会保障の個人情報を一つにまとめる「共通番号制度法案」(マイナンバー法案)を閣議決定し、国会に提出した。消費増税をした時に低所得者向けの現金給付などに使われる見通しだ。ただ、消費増税の与野党協議が進んでいないため、国会審議に入れるかは見えていない

 政府は国民に番号をつけることで、個人の所得や介護・医療などの社会保障の情報を一元管理しようとしている。法案が成立すれば、2014年秋から、日本に暮らす個人と企業に番号が割りふられる。15年1月からICチップ付きカードが配られる予定だ。

 政府は、国税庁や自治体がばらばらに管理している所得などの情報を一つにまとめ、社会保障を受ける人に、より正確な給付ができるとしている。

 金融機関からは預貯金などの情報、医療機関からは診察歴などを提供してもらうため、個人情報が漏れたり、目的外で使われたりすることを不安に思う国民も多い。政府は個人情報が保護されているか監視する第三者機関をつくったり、罰則を定めたりする。(伊藤裕香子)

国民に「マイナンバー」 共通番号法案を閣議決定(2012年2月14日スポニチ)

 政府は14日、国民一人一人に番号を割り振って納税実績や年金などの情報を管理する共通番号制度を導入する「個人識別番号法案」を閣議決定した。番号に「マイナンバー」という名前を付け、2015年1月の利用開始を想定している。個人情報の保護に向け、行政組織などを監視する第三者機関の設置や情報漏えいに対する罰則を盛り込んだ。

 政府は社会保障と税の一体改革に関連し、共通番号制を消費税増税に伴う低所得者対策に活用することも検討。番号制を使い、所得をより正確に把握することで、低所得者に所得税を払い戻したり、給付金を支給したりする「給付付き税額控除」の導入につなげたい考えだ。

 古川元久経済財政担当相は14日の閣議後の記者会見で「社会保障の仕組みを大きく変え、真に必要な社会保障給付を行うためのインフラだ」と意義を強調。情報漏えいへの懸念には「法案化でより具体的な説明もできるので、国民のさまざまな不安の解消につながっていくと思う」と述べた。

 番号制は、所得や社会保障の受給実態を把握し、個人や世帯の状況に応じた社会保障給付を実現することが目的。年金の受給手続きの簡略化や、災害時の金融機関による被災者への保険金支払いなどにも活用できるようにする。

 個人情報の漏えいを防ぐため、法案では第三者機関に国や自治体などへの立ち入り検査を認めるなどの強い権限を与えた。情報漏えいに関わった行政職員らに最高で4年以下の懲役、または200万円以下の罰金を科すとした。

 ただ、内閣府が実施した世論調査では、8割以上が制度の内容を「知らない」と答え、周知の低さが浮き彫りになっている。

しかしテレビを見ていますとマイナンバー導入で医療も大きく変わる、例えば高額医療費の上限超過分を今まで窓口で一時負担して後日還付を受けていたのが最初から支払いせずに済むようになるなんてことを言っていましたが、それってどうでもいいとは言わないまでも活用例としてはもの凄くニッチなんじゃないでしょうか?
いずれにしても社会保障に限らずこれだけ世の中の仕組みが複雑になった中で、いちいち各分野で個別に番号を割り振って独自管理していたのでは非効率どころの騒ぎではありませんから早晩こうした制度は必要になるのは当然なんですが、住基ネットを始め国民総背番号制は国家による国民統制だといって散々バッシングされ潰されてきた経緯があるだけに、違う名前で出直しましたというところでしょうか。
当然ながらマスコミ各社からはあちらからもこちらからも「だがちょっと待って欲しい」とばかりに懸念表明が相次いでいて、そうした世論誘導の成果を反映してか必要性は理解しつつも不安だという声が国民の間にも多いという調査結果が出ていますが、幸いに日常的にPC等でデータ処理を行う機会の増えている若年層などでは一昔前のようなアレルギー的忌避感は薄まっている印象です。

行政レベルで見ると複数自治体がサーバーを介して情報システムを共有する「自治体クラウド」を総務省が推進しているところですが、当然ながら各自治体がいちいち住民台帳に照らし合わせて個人管理を行うなんてことは非効率であって、市町村レベルから国レベルまで一体化した公共サービスの充実という観点からもその推進が議論されているようですね。
医療においてもかねて懸案とされてきた患者情報共有化とまさにリンクしてくる話題で、前述したような患者側の利便性向上のみならず、国からすれば以前から指摘されている検査や処置・処方の重複などを避け医療費削減が見込めるとなれば是が非でも推進したいところでしょうが、問題は現場の対応がどうなるかですよね。
先頃のレセプト電子化でも大騒ぎになったのは記憶に新しいところですが、電子カルテも相変わらず普及しない上に各施設でシステムもバラバラですから、仮にオンライン化とデータの共有を進めるにしても初期コストだけでどれほどのものになるのか、それがいつ頃完了するのかと考えると気が遠くなるような話になりそうです。
ただコストや手間の問題を何とか出来るのであれば、基本的に情報共有は現場にとっても喫緊の課題になっているだけに前向きに推進していきたいところですが、次回の診療報酬改定では何かしらの加算をつけるなりして一気に滲透を計ってくるのでしょうかねえ…

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2012年2月15日 (水)

利益の追求=悪ですか?

そろそろまた日医会長選の季節でもありますが、その日医からまたぞろこんな報告書が出ているということです。

医療の営利化「許してはならない」- 日医の有識者会議が報告書(2012年2月8日CBニュース)

 日本医師会は8日、日医の「医療政策会議」が取りまとめた報告書「医療を営利産業化していいのか」を公表した。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、医療ツーリズムなどに対する有識者の見解をまとめたもので、田中滋議長(慶大大学院教授)は「『医療本体の営利産業化は許してはならない』ことは当然の前提」と強調している。

 同会議では、2010年7月に日医の原中勝征会長から諮問を受け、12年1月に答申した。

 報告書は、▽「ポスト311の社会保障と政治」(山口二郎・北海道大大学院教授)▽「TPPと今後の日本医療」(二木立・日本福祉大教授)▽「医療の営利産業化より医療関連産業の強化を」(桐野高明・国立国際医療研究センター総長)▽「医療保障政策と医療団体の政治経済学的位置」(権丈善一・慶大教授)―の4章構成。

 TPP参加について、山口氏は「無原則な自由化が医療のみならず、日本の社会的共通資本を荒廃させる恐れがあることに鑑み、十分な議論を尽くす必要がある」とけん制。二木氏は、日本がTPPに参加すれば、米国の要求は「日本の医療機器・医薬品価格規制の撤廃・緩和」「医療特区(総合特区)での株式会社の病院経営の解禁と混合診療の原則解禁」「全国レベルでの株式会社の病院経営解禁と、混合診療の原則解禁」の3段階に及ぶと分析。各段階の実現可能性について、第1段階は高く、第2段階も長期的には否定できないものの、第3段階はごく低いと判断している。ただし、第3段階が実現すれば、国民皆保険制度の基本理念は変質し、給付も大幅に劣化するとの見解を示している。

 こうした各章の内容を受け、田中議長は「医療は、資本利得のために用いられるべき産業分野ではない」とまとめた。さらに、4人の執筆者に共通する考え方として、▽健全な(非営利・公益)産業として、医療は世の中に大きな貢献を果たす▽医療関連産業の活性化も、日本経済のために重要な課題▽TPPが政治アジェンダ(検討課題)に挙げられている情勢下では、国際的視点がますます不可欠―などを挙げている。

すでにアメリカ側からは医療制度に関しては当面TPPのターゲットとする意志はないという意志表示が出ているとも言いますが、十分な議論といいつつ日医としてはTPP交渉への参加そのものに反対というのが本音なのはすでに明らかになっています。
しかし医療が「資本利得のために用いられるべき産業分野ではない」という日医の分析の正否はさておくとして、現実問題としてどこの施設でも少しでも利益率を上げようと診療内容に工夫を凝らし、皆保険制度下という制限の元とは言え様々な挑戦を続けていることは言うまでもありませんし、そもそも資本利得の向上も全く見込めなければ向上させる意志もないような施設に銀行もお金を貸しませんよね。
先日も書きましたように医学部人気が高まっているというのも医師になれば確実な収入が見込める、負け組に転落するリスクが最小化出来るという考えあってのもので、医師という人種がよほど社会の平均とかけ離れた感覚の持ち主ばかりとでも言うのでなければ、個人レベルで考えても経済的なメリットというインセンティブがモチベーションに大きく関わってくるのは当然です。

佐賀大病院で外科医に「インセンティブ手当」手術料の5%を術者に支払い(2012年2月13日日経メディカル)

 人手不足が深刻化している外科勤務医。特に民間病院に比べて給料が少ない国立大病院では、外科医の確保に頭を悩ませている。佐賀大病院ではその対策として、外科医への手当を充実させた。

 重労働の割に給料が安いなどの理由から、若手医師の間で外科が敬遠され、将来の外科崩壊が懸念されている。2010年度の診療報酬改定では、外科医療の再建が重点課題の一つに掲げられ、外科の診療報酬が大幅に引き上げられた。難易度の高い手術の点数は、30~50%の大幅アップとなった。

 外科医の待遇改善につながると期待されたが、実現したとは言い難い。日本外科学会の調査によれば、報酬改定による増収後に外科医に特化した待遇改善策を取ったのは12.3%(学会指定・関連施設の病院長への調査、n=553)にとどまる。

 中でも給料面で見劣りするのが国立大病院だ。同学会が会員を対象に実施した調査によれば、大学病院(旧国公立)に勤務する外科医の税込み年収は平均1187万2000円。私立病院(1746万1000円)はもとより、国立病院機構(1283万7000円)よりも低かった(図1)。公務員の給与制度上、「教育職」に分類される大学病院の医師は、一般的な医療職より安い俸給表が使われていることが関係している。

手術料の5%を術者に払う

 佐賀大病院長の宮崎耕治氏は、08年に病院長に就任して以来、「高度な医療を担うべき大学病院の外科医が、給料面で不利なままでは、良い人材が民間に流出する」との危機感から、待遇改善を進めてきた。

 国立大学法人は法人化後、財務上の自由度は高まったものの、法律で06年以降の5年間で5%以上の人件費削減が求められており、医師の給料を単純に引き上げるのは難しかった。そこで考えたのが、業務に応じた手当を付けることだった。

 手当の財源は、病院の収益から捻出することにした。総人件費の削減目標は、手当の総額を、法人全体の人件費予算と実績額との差の範囲内に収めることによってクリアした。こうした手当の方針については、法人の理事会の了承も得た。

 こうして練り上げた「インセンティブ手当」が表1だ。特徴的なのが、主として外科系医師が対象となる「リスクを伴う手技」に対する手当。術者のうち主な1人に対して、診療報酬点数の5%を支払う。「若手医師に、手術ができることを目標と思ってもらえるよう、個々の術者に支払うことにした」(宮崎氏)。

 例えば胃単純切除術(2万1700点)の場合、術者には約1万円が支払われる計算になる。外科医に限らず、早期胃癌の内視鏡治療(EMR)を行った消化器内科医、経皮的冠動脈形成術(PTCA)を行った循環器内科医、麻酔をかけた麻酔科医も対象となる。この手当だけで、年間予算は1億円を超える

 なお、時間外の緊急診療やドクターカーへの搭乗など、診療科を限定しない手当も充実させた。災害派遣手当は、昨年の東日本大震災の発生後に自発的に救援に赴いた場合が対象。医療人教育支援手当は、亡くなった患者の剖検をすることについて遺族の承諾を得て、剖検に立ち会い、CPCで総括するという一連の業務を行った場合に、主治医に対して2万円が支払われる。

内科系医師も異議なし

 「リスクを伴う手技」手当を支払うようにした結果、「外科医、特に医員クラス以上のモチベーションが上がり、手術件数も増えた。病院経営上もプラスだ。該当しない内科系医師にも、おおむね受け入れられている」と宮崎氏は話す。

 その背景には、診療科によって、医師の兼業の度合いが異なることがあるようだ。外科医は時間的制約から兼業ができないケースが多いが、相対的に余裕のある内科系医師の中には、大学病院からの給料以外に兼業先から収入を得ているケースもあり、手当にこだわりがないという。

 医療従事者の人事評価に詳しい立命館大客員教授の齋藤清一氏は「手術の実施などの定量的な指標に加えて、研修医教育を担当したり、病院全体のプロジェクトリーダーとして経営に協力した場合にも、その貢献度や成果を評価すべきだろう」と話している。

こういう話を聞くと思い出すのが、旧ソ連での医療がいかにひどいものであったか、医療スタッフのモチベーションがどれほど地を這っていたかという話を飲んだロシア人からこんこんと聞かされたことがありますが、結局医療とは何によって維持されているかということでしょうね。
余談はともかく、注目したいのは一見すると医者個人を優遇しているように見えるこのやり方が、現場スタッフのモチベーションを引き上げることによって手術件数を増やすなど支出の増加以上に病院経営上も利益をもたらすのみならず、当然ながら気持ちよく診療を受けられ手術待ち時間も短縮される患者にとっても大きなメリットがあるということですよね。
もちろん主な術者一人に支払うのでは下手すれば上司ばかりが報酬を得て実働部隊である中堅以下にとっては実入りにつながらないとかえって不満になるかも知れませんし、地味な診療をこなしている内科系医師なども労多くして報われないと感じるかも知れませんが、今のところはおおむね上手い具合に回っているようです。
これは一つのモデルケースですが、医師不足対策ということでドクターフィー導入論は以前からあり、これに対しても例によって日医は反対だと主張していますけれども、一見すると利益追求に見える行為が結果としてよりよい医療を実現するのであれば方法論として利用しない手はないし、個人レベルでこうした現象が見られる以上組織レベルにおいても同様の現象がないと主張する根拠はないだろうということです。

個人的にゲイツ氏は好きではありませんが(苦笑)、もの凄く志の高い個人なり企業なりであってもお金や人手がなければ満足に善行をなし得ない一方で、大儲けしている大企業がその利益のわずかな一部でも活用すれば社会に大きく還元出来るのも事実であって、金儲け=ケシカランという段階で留まっている日本に対してアメリカなどでは儲けた者は社会に還元して当然という空気を作り出して社会利益を得ているわけです。
皆保険制度を維持したところで悪徳診療を行っている施設はあるし、株式会社化したところで患者の為になる医療が出来ないわけでもないだろうと考える根拠として、結局のところ医療とは医師個人のオーダーによって発生する医療行為の積み重ねに他ならず、他の産業と比べると医師個々の裁量権が非常に大きいという特殊事情がありますが、そうだからこそ制度にばかりこだわっても仕方がないでしょう。
そもそも日医説に従えば幾ら働いても給料が変わらない公立病院医師よりも、悪どい手段を使ってでも稼いだ分だけ自分の儲けになる開業医の方が質も低く国民の不利益になる医療を行っているということにもなりかねませんが、日医はその辺りをきちんと検証する意志はあるのでしょうか?

冒頭の話にもどると、日医の主張する皆保険制度絶対正義というのは例えば現場の勝手な裁量が大きく医療給付に反映されるような「赤ひげ」的医療などケシカラン、とにかく決められたルール通りにやる以外は一切マカリナランし、そのために制度を改めるなどトンデモナイという風に聞こえますが、果たしてそれが日医の表看板である国民のための医療ということへの最善解なのかということです。
医療が極度にマンパワー集約型の産業である以上、スタッフのより高いモチベーションを維持出来た施設ほどより良い医療を提供出来るのは当たり前の理屈であり、日医も本気で医療の質が最優先だと言うのであれば何でも反対とにかく反対と繰り返すよりも、病院経営解禁だろうが混合診療だろうがそれをどう医療の質改善のために活用するかを考えた方が日医にとってはいざ知らず、社会にとっては有益でしょう。

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2012年2月14日 (火)

今度のターゲットはコンタクトレンズなんだそうです

本題に入る前に、中国と言えば実は結構なコンタクトレンズ大国なんだそうで、しかもちょっと普通じゃないコンタクトレンズも販売されているらしいのですが、近頃ではこういうものも出ているようです。

アメリカ人になれるコンタクトレンズが粗悪品過ぎると話題に/中国(2012年2月12日秒刊サンデー)

アメリカ人の瞳になれるという、ちょっと不思議なコンタクトレンズを購入した消費者が、粗悪品過ぎるとネット上にクレームを投げかけていることが判った。この商品は、普通のコンタクトレンズと違い、カラーコンタクトのようなもので、普通のものと比べ柄がついていたり、色がついていたりすることにより、装着時の瞳の見栄えがことなるようだ。

問題のコンタクトレンズはご覧のように、無色透明ではなく、人工的な瞳やハートの柄がついたコンタクト。こんなものまで世の中にあるものかと感心するのを裏腹に、良く見てほしい、麺棒で軽くこすっただけでご覧のように色がはがれてしまっている。しかもこれは裏側だ。こんな劣悪品を目に装着することを想像するだけでゾッとしてしまいそうだ。だが現実にこれが中国で売られていたからと言うから驚きだ。

クレームを付けた消費者は、販売元とのメールでのやりとりをネット上に公開している。業者の反応は前例がないなどと全く取り合ってくれていない様子だ。

ネットでもこの商品は購入できるという事なので、万が一該当商品をみつけたら、購入しないことをお勧めしたいが、それ以前に日本のサービスのきいた店で買えば何ら問題ないだろう。

元記事の写真の数々を拝見しても何がどうアメリカ人になれるのかちょっと判りませんけれども、しかし仮にも眼に入れるものがちょっとこすっただけで色落ちするのでは問題だろうと誰でも思いますよね。
日本でもコンタクトレンズがずいぶん普及しましたが相変わらず事故も多いようで、中には何週間も入れっぱなしなどというトンデモさんもいていずれ失明しかねないんじゃないかと思うのですが、きちんとした定期検査など眼科的なフォローアップが必要なのは言うまでもありません。
そのコンタクトレンズ絡みの検査に関しては以前から金儲けだとか色々と言われているところなのですが、今回の診療報酬改定とも絡めて厚労省からこんな話が出ているということです。

コンタクト検査時の治療ダメ 厚労省が指導強化(2012年2月9日朝日新聞)

 コンタクトレンズ(CL)の購入希望者を専門的に検査する眼科診療所(CL診療所)が、不必要な検査などで医療費を不正請求する事例が絶えないことから、厚生労働省は、CL診療所に対し、目の病気に関する治療や検査をしないよう指導に乗り出すことを決めた。4月の診療報酬改定に合わせて実施する。

 CL診療所は販売店のそばに併設される眼科診療所。レンズをつくるのに必要な検査を医師が行い、初診料や屈折検査料、精密眼圧測定料などをひとまとめにした「CL検査料」を受け取れる。しかし、中には病名を追加して必要のない検査や治療を行い、医療費を水増し請求する事例がある。CL業界の競争は激しく、販売店が実態として提携関係にある診療所の利益を確保しようとする動きが背景にあるといわれる。

 2010年には厚労省の課長補佐が、大阪市のCL販売会社が運営する診療所に監査を受けずに済むよう便宜をはかり、現金を受け取ったとして、収賄容疑で逮捕される事件も起きた。

その治療、待った! 厚生労働省がコンタクトレンズ診療所にイエローカード(2012年2月13日日刊眼のニュース)

CL診療所で目の治療は「ダメ」と厚生労働省

2月9日付の朝日新聞によると、厚生労働省はコンタクトレンズ購入前に検査を行なう眼科診療所(CL診療所)に対し、目の病気に関する治療や検査をしないように指導をする方針だ。

これは、不必要な検査などを上乗せし、医療費を不正請求する事例が絶えないための措置。4月の診療報酬改定に合わせて実施される。

CL診療所とは、コンタクトレンズ販売店に併設される眼科診療所。コンタクトレンズ装着前に医師が検査を行い、初診料や屈折検査料、精密眼圧測定料などをひとつにまとめた「CL検査料」を受け取ることができる。

利潤追求のための水増し請求、利益誘導などを懸念

CL診療所による医療費の水増し問題は、コンタクトレンズ業界の熾烈な競争が背景にあると言われている。販売店が生き残りをかけて、提携関係にあるCL診療所の利益を確保しようとするのが原因だ。

コンタクトレンズは、2006年度に個別検査料の点数加算方式が改められ、「コンタクトレンズ検査料」を新設。このため、診療費用を全額自己負担とする診療所が出てくるなど、検診料が高額になった

それを嫌った利用者が、検診を受けないままコンタクトレンズを使用する例も多く見受けられる。コンタクトレンズによる眼のトラブルが増えるのを懸念して、反対する意見もある。

しかし薬事法上では、コンタクトレンズの購入に医師の診療は義務づけられておらず、消費者が自由に購入できる。実際に、海外通販などを利用して眼科診療を受けずに購入する利用者も存在する。

販売店とCL診療所の提携関係は、医師による利益誘導や、個人情報の取扱いに関する問題など、さまざまな矛盾を抱えている。今後の法制度の整備が期待される。

この領域に関して歴史的経緯というものを考えると、もともとコンタクト購入時の健診にかこつけて様々な検査を追加して診療報酬を稼ぐというケースがあったことから、コンタクトを処方した際にはコンタクト検診料しか取れないように改められた結果、一般の眼科診療所においてはコンタクトは正直儲けが出ないからやりたくないという状態にもなったわけですよね。
一方でコンタクトの検査しかやらないCL診療所というものが増えてきているのですが、当然ながらこちらも眼科医という扱いであるからには患者からするとついでに眼科的な問題を診てもらいたいと考えるのは当然のことで、今回はそうしたコンタクト関連以外のことは一切診ることまかりならんというお達しであるということです。
実際に何をもって公にCL診療所とするのかはっきりしませんけれども、恐らく運用面ではCL処方が多いというのみならず一人あたりの点数が高いというところから狙われていくものだと思われ、逆に言えば一般眼科のつもりであってもコンタクト処方と同時進行で高い処置をやっているようなところは要注意というところでしょうか。

眼科の側からするとそうなったからにはますます注意が必要ということなんですが、利用者である一般人の立場からするとなかなかに微妙な問題で、例えば前述のようにコンタクトのついでに何か診てもらおうと思っても断られるケースが続出するでしょうから不平不満も貯まるでしょうし、当然ながら健診を受けること自体をやめようという人間も増えるかも知れませんね。
またコンタクト関連の話だけで終わらせるつもりであってもたまたま病気が見つかってしまうということはままあるでしょうが、その都度いちいち紹介状を書いて他院に送り改めて初診扱いで始めるということになれば当然医療費は余計にかかることになりますし、患者側もつい億劫になって受診が遅れた結果思わぬ重症化をしてしまうというケースもあるかも知れず、第一送られる側にしても「この程度自分で診ろよ」と言いたくもなるでしょう。
そもそもCL診療所はコンタクトを売るための商売ですから日曜休日に積極的にやっていた施設が多く、患者側からすれば一般眼科診療所が開いていない時にも眼科医に相談できる場所という側面もあったでしょうが、いずれにしても利用者の立場からすると面倒くさくなるだけで何一つ良いことはなさそうだという、ちょっとありがたくない話になってきそうです。

CL診療所というところも以前から専門の眼科医ではなく形ばかりの医師がバイトでやっているというケースもあるといい、いずれにしても難しい眼科的な対応は出来ないということであれば渡りに船だと考えているところもあるのかも知れませんが、どうも先年の検査料新設などの話をみても利用者にとってはいいことがないという話が続くようです。
医療機関への受診を減らすために患者の自己負担を増やし、かつ利便性を低下させて受診を控えていくように誘導していくというのは他でも当たり前に行われてきた手法ですが、そうしたことをやる大前提としてそれが不要不急の受診であってやめさせることが医療機関の負担軽減など公益にもかなうということがあったと思うのですが、どうもこのコンタクト関連に関してはむしろ医学的には望ましくない方向に進んでいるような気もします。
そもそも儲け主義一直線のCL診療所を潰したいというのであれば例えば一定以上のコンタクト処方率に対してペナルティを科すなど他にもやりようはある気もするのですが、まるでコンタクトの健診自体をやめろと言うような政策誘導というのは、眼科の先生方からはどのように見えているのかにも興味がありますね。

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2012年2月13日 (月)

時代と共に人の振る舞いも変化するのは当然ですが

本題に入る前に、昨今婚活というものがたびたび話題になりますが、先日は婚活コンサルタントの大橋清朗氏から 「まず職業や収入でふるいにかけられるため、年収が平均以下という方はほぼノーチャンス。そんなところに無駄な時間やお金、労力を注ぐぐらいなら趣味などのコミュニティに飛び込むほうがよっぽど現実的」という、確かにもっともながらなかなかに厳しいというより身も蓋もないコメントが一部方面で話題になっていました。
日本もただでさえ出生率低下が問題になっているのに何とも悲しい話だなと思っていましたら、世界的不況を反映してかアメリカでも同じような話があるというのですから何とも世知辛い世の中ですよね。

「結婚格差」米で深刻=収入が既婚率に影響/米(2012年2月7日時事ドットコム)

 【ニューヨーク時事】所得が結婚の機会に影響を及ぼす「結婚格差」が、米国で進行している。米シンクタンクのブルッキングス研究所が6日までにまとめた報告書によると、米国人の既婚率は過去50年で最低水準となり、所得の低い男性ほど結婚しない割合が増加したことが分かった。家庭を持ちたくても、経済力がないために結婚できない低所得者が増えているとみられる。

 具体的には、30~50歳の男性で見ると、年収下位25%までの既婚率は1970年の86%から50%に大幅低下。一方、年収が上位10%までの既婚率は95%から83%に低下するにとどまった。物価上昇を考慮すると、70年比の平均年収は低所得層ほど減少しており、同研究所は「個人の結婚観にかかわらず、雇用や収入が既婚率に影響している」と指摘した。

 女性についても低所得層で既婚率の下落幅が大きかったが、経済的に自立する女性の割合が増えたことも一因とみられる。

低所得者の半数が結婚できないというのは大変なことで、カップリング行為自体は例えば住居や食料費などをうまくシェアすればむしろ生活費を浮かせることも可能かも知れませんが、子供が出来れば当然ながら出費もかさんでくるということまで、日本同様アメリカにおいても将来への生活設計もした上で結婚すべきではないと判断した人々が増えたということでしょうか。
一方で経済的には問題ないはずの年収上位10%でも6人に1人が独身であるというのは結婚できないのか、それともしないのか、いずれにしても結婚ということへの価値観の変化も含まれているのかも知れませんけれども、アメリカでは行政が強制的に養育費を徴収する制度がありますから、よもや離婚後の出費まで警戒しているとでも言うこともあるのでしょうかね。
いずれにしても結婚し子供を持つといったかつてなら当たり前だったことも当たり前ではなくなる時代で、何かと世の中勝ち組、負け組ということにこだわるのも一度道が決まってしまうとクラスチェンジも容易でないという世相を反映しているのかとも思うのですが、そんな中でこのところ堅い職業の筆頭格として医師人気が大変なものだと言います。

“負け組にならない”で沸騰する医師人気(2012年2月6日週刊ダイヤモンド) より抜粋

医師は負け組にならない職業?
過熱する人気の陰でひずみも

 今、医学部を目指す若者が増えている。以前から、地元高校エリートの有力な進学先だった国公立大学の医学部に加え、近年、学費だけで数千万円単位のカネがかかる私立大学医学部を志望する生徒も右肩上がり。その数は、この四半世紀で3倍以上、総志願者数は7万9836人(延べ人数)にふくらんだ

 なんといっても医師は、“負け組にならない”職業だ。

 景気の長期低迷が続き、多くの企業で給与カット、雇用削減が実施され、かつての一流企業でさえ消えていった。だが、医師は今もステータスやトップクラスの給与水準を維持している数少ない職業の筆頭に挙げられる。職種別の平均年収では、弁護士に続く1141万円だ。

 しかも、医療の市場は拡大している。バブル崩壊以降、GDP(国内総生産)が伸び悩む一方、国民医療費は右肩上がりが続いている。2009年度の国民医療費は前年度プラス3.4%で36兆円を記録した。

 過熱する医師人気の陰でひずみも生じている

 医学部に生徒が合格すれば、高校や予備校の評判が高まるとあって、本来、医師志望ではなかった“できる生徒”に医学部を勧めるようになった。

 本来、医師は高い志やコミュニケーション能力が要求される職業だ。だが、偏差値偏重の今の制度では、協調性や思いやりに欠ける生徒も入学してくる。

 こうした人びとは、チームワークが要求される医療の現場には不向きだ。研修医が手術の途中で「終業時間だから」と、帰ってしまった例もある。ある研修医の受け入れ病院では、面接に精神科の医師も同席して「人物」の判定を行っているという。
(略)

いやしかし、「医師は高い志やコミュニケーション能力が要求される職業」というのは患者側からすればその通りなのかも知れませんけれども、過去の日本の医学教育過程においてこうした部分が重視されたセレクションが行われたことがあったでしょうかね?
大学の入学試験などはひと頃から面接なども導入されましたが、そもそも人物を云々するならマスコミの言うところの白い巨塔(苦笑)に籠もっているような選ぶ側の面々がそうまともな方々とも思えませんし、実際にほとんどがセンター試験等の点数評価だけでよほどの人物でない限り面接は形ばかりだという噂も聞こえてきます。
進級試験にしても国家試験にしても志やコミュニケーション能力など何ら勘案されることはない、むしろ明らかにコミュ障気味だろうと思われるような人の方が妙にテストの点数は良くて楽勝だったりするものですが、そういう偏差値第一の選抜方式というのは昔からずっとやっていたことで、それでも以前と比べればまだしも今の方が多少なりとも人物の方にも目が向いているのではないでしょうか。
となると、研修医が手術の途中で帰ってしまう云々というのは果たして医学部人気の過熱が原因なのか、それとも他にも理由があるのではないかと考えてみなければなりませんが、ここで気になるのはこういう行動が果たして粗製濫造によって医学部卒業生のモラルが低下したからなのかということです。

全くの主観的な感覚ですが、今どきの学生は一昔前の講義なんてさぼるもの、学生時代真面目にやるのはバイトと部活と遊びくらいというケシカラン連中と比べれば実に真面目で、語らせてみれば医療というものに対しても非常に真摯な考え方と自分なりのビジョンというものを持っているなと感じますけれども、一方で何であれガツガツしない、能力目一杯の限界まで突き詰めるということはあまりしないタイプが多い気がしますね。
部活動などでいわゆる体育会系的な感覚に慣れているはずの連中であっても同様な傾向は感じますが、おもしろいのは別に医学部だけの傾向というわけではなく他学部などにおいても同様な傾向があるらしいことで、皆さんそれなりに真面目なのは良いとして一日中麻雀をやるとか夜を徹して走り回るといったお馬鹿なことをやっている手合いは本当に稀少な存在になってしまいました。
その一方で例えば部活であれ飲み会であれ皆で予定を決めて集まってやるという活動の最中でも平気で抜けていく、そもそもスケジュールが埋まっているところに他の予定を入れたと言うのであればダブルブッキングという初歩的なマナー違反ですけれども、そういうことに躊躇せず自分を優先させていく人間が多いあたりはまさに手術の途中でも抜けていく研修医そのものという気がします。

結局のところ医学部学生がどうこうと言うよりも世代的な空気としてそうなってきているというのであれば、医学部志望者にだけ母集団の分布と異なる特別な人材を求めるというのもおかしな話であって、そういう医師とは俗世間から乖離した特別な人間であるべきという感覚こそが医療の常識は世間の非常識などと言われる風潮を助長することにもなりかねませんよね。
むしろ就業時間になれば手を下ろすというのは多くの病院で未だに研修医の(常勤も?)超勤手当を実質なしで済ませていることへの問題提起と考えて見れば、労働関連法規や司法判断の流れなども熟知した上で日々の診療をこなさなければならないという昨今の医療事情を誰に教えられずとも身につけている態度だとも言えそうです。
どんな法律違反も人権無視も気にせず黙って黙々と奴隷労働に励むようなタイプこそ上司にとっては使い勝手が良いのは確かでしょうが、それが出来ないのはおかしい、医師として適性がないと言う感覚も今の時代通用するものなのかどうか、「俺たちの頃はこれが当たり前だった!」で思考停止してしまわずにもう一度考え直してみる良い機会なのかも知れないと、一度前向きに考えて見てはどうでしょうか。

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2012年2月12日 (日)

今日のぐり:「長崎ちゃんめん 伊福店」

世はまさにバレンタイン商戦まっさかりですが、最近「うどん県」と改称したとも言われる香川県からはこんなユニークな商品が登場したようです。

バレンタインにさぬきうどんをどうぞ ハート型容器入りの「LOVE UDON」/香川(2012年1月24日ねとらぼ)

 バレンタインデーにうどんのプレゼントはいかが――ハート型の容器にうどんを入れた「LOVE UDON」を、さぬきうどんを販売する香川県のこんぴらや販売が発売した。価格は500円。

 ハート型の透明なプラスチックケースに、ピンクとホワイトのうどん麺を80グラムずつ入れた。ケースの台紙には男女がキスをしている写真をあしらっている。麺は国産小麦100%、低温熟成14時間の半生うどんで、愛の大盛つゆ付仕様という。ネットショップなどで販売する。

 さらにこんぴらや販売の敷地内の製麺工場とセルフうどん店「逆打ち零番(ギャクウチゼロバン)」を出会いの場として提供し、お見合いパーティーやカップリングパーティーのイベントとして手打ちうどん作りを体験してもらい、婚活の新しい切り口として応援する試みも始める。

 同社はこれまでにも「代打ち麺ロール」や超時空さぬきうどん「逆打ち」などユニークな商品を販売している。

さすがうどん県、こんなところまでうどんかよ!と思わず突っ込んでしまいますけれども、しかし元記事の写真にあるようにピンクのうどんというのもなかなかに食欲をそそらないものがありそうですかねえ…
今日は商魂たくましいうどん県民に敬意を表して、各地からバレンタイン商戦に関わりそうな画期的新商品の話題を紹介してみたいと思いますが、まずはこれまた伝統的食材をバレンタイン向けにアレンジした一品です。

バレンタインにかまぼこを 魚津の会社 14日まで販売/富山(2012年1月30日中日新聞)

「感謝伝え絆を強めて」

 かまぼこ製造会社「鮨蒲(すしかま)本舗 河内屋」(魚津市駅前新町)は、バレンタイン向けのメッセージ付きハート形などの創作かまぼこ三種類の販売を始めた。二月十四日までの期間限定で販売数は二千個。

 ハート形かまぼこは縦横九センチで「ありがとう」や「感謝」などの言葉が書かれている。味も通常のかまぼこのほか、ゴマやヨモギなどがある。昨年販売したところ、義理チョコの代用品、甘い物が苦手な人や高齢な人向け商品として好評だった。

 店員は「感謝の気持ちを伝える方法として、家族や友人の絆を強めるのに使ってもらえれば」と話している。

 価格は税込みで、ハート形(大)は一個六百三十円。ほかにハートミニ五個入りが五百二十五円、キューピッド三百十五円など。

 取扱店は魚津本店、マリエ店、大和富山店、金沢百番街店、徳光車遊館店。インターネットでも受け付ける。ホームページは「かまぼこ河内屋」で検索。 (武田寛史)

こちらの方は写真で見る限り一見してかまぼこには見えないという仕上がりなんですが、チョコレートだと思い込んだままこれを囓るとひどく衝撃を受けるということにもなるのでしょうか。
定番の商品もアレンジ次第だとは言うものの、いくら何でもちょっとそれは…とも感じてしまうのがこちらのコラボ企画でしょう。

数量限定の「味噌ガーナ2012」、バレンタイン向けに麺屋武蔵で販売。/東京(2012年1月29日ナリナリドットコム)

チョコレートとラーメンの異色のコラボレーションとして、2009年からロッテと人気ラーメン店・麺屋武蔵がバレンタイン向けに展開している「味噌ガーナ」。4年目となる今年も、1月30日から2月15日までの期間・店舗・数量限定(1日20食)で販売することが決まった。2012年版のポイントは大幅に変更が加えられた「味噌ガーナ」のトッピングと、新たに登場する「味噌ガーナつけ麺」だ。

「麺屋武蔵 武骨」(東京都台東区上野6-7-3 JR御徒町駅そば)で販売する「味噌ガーナ2012」(900円)は、トッピングにチョコレートケーキをイメージしたパテを採用。ピリ辛の味噌ラーメンとして味わったあと、チョコレートのソースをスープに混ぜることで味の変化が楽しめる。また、具材のダイコンとチョコレートの合わせ技は、「相性の良さに驚くこと間違いなし」(ロッテより)と、自信の組み合わせだという。

一方、「麺屋武蔵 武骨相傳」(東京都台東区上野6-11-15 JR上野駅そば)で販売する「味噌ガーナつけ麺2012」(850円)は、特製麺とチョコレートで炒めた豚ひき肉、下に敷いてあるタレを豪快に混ぜ合わせて食べるつけ麺。つけ汁をつけずに食べればクリーミーな和えそばとして、つけ汁につければ魚介の香りとチョコレートという斬新な組み合わせと変化が楽しめる。

ロッテは、「味噌ガーナ」の狙いを「チョコレートを調味料として普及させ、新たな食シーンを創造する試み」と説明。「『麺とガーナが合う』という驚き、ピリ辛の味噌味にガーナミルクが加わり、まろやかになっていく味の変化、さまざまな食感など、食べなければ分からない、チョコレートとラーメンとのマリアージュをお楽しみください」と、その味に太鼓判を押している。

バレンタインシーズンにしか販売されない「味噌ガーナ」。ラーメン&チョコ好きは、この機会に味わってみてはいかが?

もちろんチョコレートを調味料として使っても具合がいいという話はよく承知しているのですが、どうも写真を見る限りでは料理に使う際にはあまりチョコレートらしさを前面に押し出さない方がよいかも知れませんね…
甘いものはさほど好きではないが、音にこだわりのある方にはこういうものがおすすめというのがこちらの商品でしょうか。

バレンタインにもピッタリ! ほんのり甘く香る板チョコ風『チョコヘッドホン』(2012年1月12日ガジェット通信)

かすかにチョコレートの香りがする板チョコデザインのヘッドホン――fu-bi(フウビ)は、チョコレートをモチーフにしたオーバーヘッド型ヘッドホン『チョコヘッドホン』を発売しました。バレンタインのプレゼントにも良さそうですね。価格は5980円(税込み)。

『チョコヘッドホン』は、イヤ―パッド外側に「LOVE」の刻印が入った“板チョコ”をデザイン。ほんのりチョコレートの甘い香りが漂う、遊びゴコロあるヘッドホンです。ヘッドホンには、40mmダイナミックスピーカーを採用。イヤ―パッドは密閉性が高く、音漏れしにくい設計のため迫力あるサウンドを楽しめます。

耳あて部分は、レザーソファのように柔らかな素材を使用。長時間の使用でも、耳にやさしく疲れにくいデザインです。イヤ―パッドサイズは直径約6.8cm、重さ約165g、ケーブル約150cm(Y字分岐ケーブル約38cm)、周波数特性20Hz~2万Hz、感度103+-3dB/mW@1KHz、インピーダンス32Ωです。

製品には、ヘッドホン収納ポーチのほか、メッセージを書いて送れるグリーティングカードも付属。高級チョコレートをイメージしたパッケージは、バレンタインデーやホワイトデー、誕生日プレゼントなどにも喜ばれそうですね。

元記事の写真を見ていただくと判る通り見事にチョコレートしていますが、しかし何故ヘッドホンにチョコレートなのかという根本的な疑問は残りますよね。
あまりチョコレート細工には物欲をそそられませんけれども、珍しくこれはちょっといいかも…と思ってしまったのがこちらの品です。

【バレンタイン】カッコ良すぎて食えねえ! 工具のチョコがめちゃめちゃイカす~!!(2012年1月11日ロケットニュース24)

すべての女性に、男性を代表してお願いしたいことがある。もうすぐバレンタイン(2月14日)が到来するのだが、今年こそは甘いだけのチョコレートはお断りしたいのだ。決してチョコが嫌いなわけではない。むしろ有難いと思っている。しかし、どれを食べても同じ。それがいくつもあるとなると、食べ飽きるというもの。

そこで今年は、このチョコを頂けると大変有難いと思うのだが。そのチョコとは、神戸の洋菓子店「フランツ」の工具をモチーフにしたチョコレートだ。本物の工具と寸分違わぬほどのクオリティ、食べる気がなくなってしまうような美しいフォルムをしている。意中の男性にチョコをあげたいと願っているすべての女性は、是非とも選択肢に加えて頂けないだろうか。

手作りチョコも良いかもしれないが、男性はもしかしたら手作りよりもこちらの方を喜ぶかもしれない。

このお店は昨年も工具セットチョコを販売していた。あまりの人気ぶりに完売してしまったそうだ。したがって今年も、瞬く間に販売が終了になってしまうかもしれない。

今年提供される「カーマニアセット」には、ボルト・ナット、モンキーレンチ、Gレンチ、スパナ、ドライバー、ペンチが入っている。もちろんこれらはすべてチョコレート。かじりつくこともできるし、ペロペロとなめ回すこともできる。

なお、テレビや雑誌にも数多く紹介されているので、興味のある方は早めに購入した方が良いだろう。バレンタイン周辺の販売分は、すでに完売してしまっているので、その点も考慮頂きたい。

それにしても、このチョコをもらった男性のテンションは、一気に10倍近くはね上がるだろう。このチョコのカッコ良さがわからない奴は男ではない! と言ってもいいくらいだ。どうか女性の皆さん、このくらい男心をくすぐるチョコをご用意頂きたいと、切に願う!

記者氏もいささか興奮気味ですけれども、実際の画像を見ていただければなるほど、これは確かに(一部の)男心をくすぐりますよねえ…
必ずしもバレンタイン=チョコレートと決まっていない海外からも幾つかバレンタイン向け商品の話が出ていますが、こちらなどちょっとそれはどうかなとも思ってしまいます。

本当に爆発するチョコレート爆弾がヨーロッパ各地で大人気!? 刺激的なバレンタインを過ごしましょう/欧(2012年1月14日Pouch)

毎年毎年全国の女子を悩ませている、バレンタインチョコ問題。毎回おんなじチョコを贈ればもらう方も嫌だろうし、かといってお店に並ぶチョコは毎年これといって代り映えしない。

ああ困ったわ、なにか目新しいアイデアはないかしら……なーんてお悩みのあなたに、朗報(?)です。今年は一風変わったこんなチョコレートはいかがでしょうか?

海外サイト『dailymail.co.uk』にて紹介されたのは、昨年末あのおしゃれインテリアショップ『コンランショップ』が海外限定で発売した新商品、『Braquier Chocolate Bomb』。そうです。『Bomb』、これはつまり、チョコレート爆弾なのです!

ビロードのようなダークチョコレート(カカオ70%)から作られた、およそ22センチのチョコレート爆弾は、爆発と同時に中からたくさんのミニチョコレートやミニキャンディーが飛び出す仕組み。火をつけてから30秒後、あなたの予想をはるかに上回る勢いで、それは大爆発を起こすのです。危険極まりない!!

発売時期がクリスマスと重なったことで、ヨーロッパ各地では品切れが続出したらしい、このチョコレート爆弾。話だけを聞いていると楽しそうで、子供たちも大喜びしそうな商品ですが、爆発は本当に凄まじいので、おそらく皆泣いてしまうような気がします。

というわけで、これはきっと、大人が楽しむためのもの。パーティーにはもちろん、いつもとは違うバレンタインを楽しみたいカップルにも、ぴったりなのではないでしょうか。気になるお値段は日本円で約6850円。刺激を求めるあなたに、おすすめです。

元記事の方にはその素晴らしい効能の程も動画で出ているのですが、しかしこれはちょっと…くれぐれもきちんとした告知なしで使用するようなことのないようにすべきでしょうね。
最後に取り上げますのはこちらの記事なんですが、一応グロ警報を出しておいた方がよろしいんでしょうね。

バレンタインに愛をささやくゴキブリはいかが?NY動物園/米(2012年1月27日AFP)

【1月27日 AFP】かつて英国の文豪ウィリアム・シェークスピア(William Shakespeare)は恋人を「夏の日」に例えたが、米ニューヨーク(New York)のブロンクス動物園(Bronx Zoo)は「ゴキブリ」になぞらえることを推奨しているようだ。

 バレンタインデーを翌月に控え、ブロンクス動物園は同園で飼育されている珍しい昆虫、マダガスカルゴキブリ(Madagascar hissing cockroach)に、自分の恋人の名前を付ける権利を10ドル(約770円)で売り出した。元恋人の名前でも構わないという。

 また、25ドル(約1900円)出せば、雄と雌のマダガスカルゴキブリに自分たちカップルの名前を付けることもできる。

「永遠の愛を伝えるのに、ゴキブリの贈り物は最適」というのがブロンクス動物園のうたい文句だ。いわく、「ゴキブリに名前を付ければ、愛する人にあなたの思いが永遠であることを気軽に、確実に伝えられる」――。

 恋人の元には、「あなたの名前がマダガスカルゴキブリに命名されました」と記したカラフルな証明書が電子メールで届けられるという。それだけでは物足りないという人のために、動物園ではマダガスカルゴキブリを模したチョコレートのギフトセットも用意しているそうだ。

リンク先には商品の拡大写真まで掲載されているのですが、まあこれはさすがにちょっと…愛する思いを伝えたつもりが思わぬ誤解(?)を受けかねませんよねえ…
しかし素朴な疑問ですけれどもカップルで来ると言う事はこの商品、ヘタするとあっという間に繁殖されてしまうかも知れないわけですよね…

今日のぐり:「長崎ちゃんめん 伊福店」

岡山市内の中心部から少し裏に回ったあたりにあるのがこちらのお店ですが、休日の昼食時とは言え結構待ち時間も出るほど繁盛しているというのは立派なものだと思いますね。
その昔に聞いたことがある昭和の時代の笑い話ですが、田舎から上京してきた新入生が先輩に「うまいラーメン屋がある」と連れて行かれたところが「長崎ちゃんめん」だったという話があって、そうは言っても確かに一昔前であればあのスープと麺、そして豪勢なトッピングは異彩を放っていたんだろうと思いますね。
すでに長崎ちゃんめんも老舗チェーンといっていいくらいで、もちろん今ではあちこちにおいしい麺料理は幾らでもありますけれども、こういう好き嫌いの分かれない昔なじみのお店もまた相応に需要があるのでしょうね。
ちなみに久しぶりに来てみますとちゃんめん以外のも結構あるようで、たしか大昔は先払いだったはずですがごく普通のオーダーと会計のシステムになっているというのは、これくらいのメニューになるとこのほうが追加やサイドメニューも期待出来ていいかも知れません。

レギュラーメニューのノーマルちゃんめんか野菜たっぷりちゃんめんでいいかなと思ったのですが、せっかくなので新メニューらしい「上野菜たっぷりちゃんめん」を頼んで見ましたところ、これは今風のメガ盛り系と言うよりも牡蛎や海老など蛋白質系のトッピングが少しばかり豪華になった野菜ちゃんめんということなんですね。
しかし野菜たっぷりちゃんめんを頼む顧客の目的を考えると、こういう方向での豪華さというのも少しずれているような気がしないでもないんですが、上ちゃんめんというのもあるのですからどうせならこちらは野菜増しのてんこ盛りでいいんじゃないかとも思いました。
ちなみに味自体は相変わらずの長崎ちゃんめんで特に変わったところはないようですが、今回の場合は肝腎の野菜がくったりしてしまっているのが残念でしたね。
もっとも、ここの場合は野菜と言っても実質もやしばかりというわけでなく、ちゃんと他の野菜とのバランスを維持しているのはよいことですよね(その分コストかかりそうですが)。
ついでに同行者の五目あんかけチャーハンも少し味見してみましたが、チャーハン部分はノーマルチャーハンと共通なのでしょうか、あんかけにする分チャーハンの味は少し控えた方がよさそうな感じで、個人的にはセットでチャーハンとちゃんめんを頼んでおくのが一番バランスがいい気もします。

接遇面ではマニュアル対応としてまずまず標準的なものですが、しかしこれだけ賑やかな店内で席によってはパーティションで見通しも悪いのですから、注文が決まったら呼べと言われても声が届かないのも事実で、見ていますと皆さん苦労されてるようでしたね。
ついでに言えばトイレの作りが古くさいのは仕方がないのかも知れませんが、ドアの立て付けが悪いというのはちょっと印象が悪いところです。
しかし客層は子供連れがほとんどのようなのですが、こういう年代の食習慣が後々までずっと後を引いていくことを考えると、日曜に家族そろってマ○ドナ○ドなんかに行くよりはよほどにましということでしょうね。

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2012年2月11日 (土)

今日のぐり:「手打ちうどん 栄楽」

日本でも政治家の失言と言えば何かとマスコミの格好のネタになりがちですが、遠くフランスではこんな失言騒動が勃発しているようです。

「ホームレスは外出控えよ」、厳寒のフランスで大臣が失言/仏(2012年2月9日ロイター)

[パリ 8日 ロイター] 欧州の広範囲で厳しい寒波が広がる中、フランスの厚生担当相がホームレスに「屋内にとどまるよう」アドバイスし、嘲笑の対象となっている。

フランスでも例年にない寒さが続いているのを受け、ノラ・ベラ労働・雇用・厚生大臣付特命担当大臣は自身のブログを通じ、幼児や高齢者、病人やホームレスは体調を崩しやすいため「外出を避けるよう」呼び掛けた。

これを受け、ツイッターなどでは、家を持たないホームレスに家から出ないよう大臣が提案しているとの皮肉や批判が殺到。対応に追われたベラ氏はブログを更新し、ホームレスに言及した部分は削除したと7日になって明らかにした。

欧州では寒波による死者が数百人規模に拡大しており、大半の犠牲者がホームレスだという。フランスの一部地域でも気温がマイナス20度以下になるなど、厳しい寒さが続いている。

ま、家がないのに家の外に出るなではいったいどこに行けと言うのかと誰しも迷うところでしょうが、いずれにしても物理的にも経済的にも厳しさを増すこの寒空の下で彼の地の皆さんもお困りなんだろうなと思えます。
今日は色々な意味で寒い発言をしてしまった大臣に敬意(?)を表して、世界各地からこれは寒い!と思えてしまうニュースを紹介してみたいと思います。

これを料理レシピと呼ぶべきか!? 雪を使った「パフェ」のレシピ/日(2012年1月29日ロケットニュース24)

雪深い地域に生まれ育った人は、1度は雪を食べてみたことがあるはずだ。おいしいのか? 山陰で生まれ育った記者(私)も、子どもの頃に冬がくると頻繁に雪を口に入れていた。特に味がする訳ではないのだが、急場の水分補給には役に立つ、その程度だ。

大人になってからは、雪には空気中のゴミやチリが混ざっているとわかり、率先して食べようとは思わなくなった。正直言って、あまり他人におすすめできる類のものではないと思うのだが、なんと一般投稿型のレシピサイトに雪を使った驚くべきレシピが掲載されているのである。

投稿したユーザーはこれを「除雪作業の合間に食べてます」と説明しているのだが、果たしてこれを料理のレシピと理解して良いものなのだろうか……。

「雪国限定新雪パフェ」と題されたレシピが掲載されているのは、日本最大の料理レシピサイトのクックパッドである。

とあるユーザーが掲載したものは、グラスに新雪をすくい、そのうえにチョコやジャム・練乳などをかけて頂くという、非常に簡単なものだ。グラスとトッピングするものさえあれば、どこでもいつでも楽しむことができる。このユーザーは「雪国限定」としているのだが、雪国でも交通量の多い場所や工業地帯、工事現場付近の雪は汚れている。

また目には見えなくても粉塵やチリ、ゴミを含んでいる場合があるので、積極的に雪を食べるのはあまり好ましくないのではないだろうか。もし口に入れるのならば、1度雪を煮沸して熱消毒を行い、その水を凍らせてから口に入れる方が安全ではないだろうか。

いずれにしても、これを料理レシピと呼ぶかどうかは、判断に迷うところだ。どうしても真似をしてみたいという方は、交通量が少なく普段人通りのないような山奥に入り、地面に落ちる前の降雪を集めた方が良いと思うのだが……。

詳細はリンク先の画像を…と言うまでもなく状況は想像出来るかと思いますが、誰しも一度は考えるだろうレシピを実現してしまったのはすごいと言うべきか、あるいはこの大雪続きで半ば自棄になってしまったと考えるべきか微妙なところですね。
当然ながら寒いのは人間のみならず動物も同じ事で、この時期国内では猿団子などという光景があちこちから報道されていますが、こちらカザフスタンでは独特な方法論で猿の防寒対策を行っているそうです。

サルの寒さしのぎに赤ワインを飲ませる/カザフスタン(2012年2月6日らばQ)

中央アジアのカザフスタンは氷点下30度を下回る極寒だそうで、現地の動物園がユニークな寒さ対策を打ち出しました。

なんとサルのために赤ワインをふるまっているそうです。

カザフスタン東部にあるカラガンダ動物園では、赤ワインにフルーツや蜂蜜、レモン、砂糖、お湯などを加え、サルたちに提供しています。

もっとも、サルたちのいるおりは27度と適温にされているのですが、専門家によると、インフルエンザなどの予防も兼ねているそうです。

また、サルたちも人間と同様にワインを美味しそうに飲むと言い、中には何度も飲みに来る酒好きもいるとのことです。

さすがは同じ霊長類と言ったところですが、こちらの動物園行くと千鳥足の酔っ払いを観察することになるのでしょうか。

YouTube映像

この寒さの中では一杯やらないとやってられないと思ったかどうかは知りませんが、しかし27度に保温されているのに防寒対策の名目で酔っ払うとはケシカラン連中ですな。
中国と言えば数々のびっくりニュース発祥の地で今更少々のことでは驚きませんが、いくら何でもそれはちょっとどうなのよと感じてしまうのがこちらのニュースです。

マイナス15度の中国ハルビン、寒さ知らずの市民が水泳楽しむ/中国(2012年12月26日ロイター)

[ハルビン(中国) 26日 ロイター] 中国北東部の黒竜江省ハルビンで26日、いてつく寒さの中、市民らが寒中水泳を楽しんだ。天気予報によると、この日の同市の気温は最高でもマイナス15度だという。

市内を流れる松花江には、寒さを知らない大勢の「猛者」らが集結。つららが垂れ下がる飛び込み台に列をつくり、次々と川へ飛び込んだ。中にはモップを股にはさんで飛び込む人もおり、極寒の冬を吹き飛ばそうとそれぞれに楽しんでいた。

リンク先の写真をみるともはや楽しむという状況とも思えないのですが、くれぐれも無茶なことは控えられた方がよろしいんじゃないかという気がしますね。
カナダと言えば寒い地域が多いのでしょうが、そのカナダでも珍しいというのがこちらの妙に幻想的な光景です。

極寒のカナダで寒すぎて奇跡が起きた!/カナダ(2012年2月5日ロケットニュース24)

日本全国激しい寒波に見舞われ、2012年2月3日未明、沖縄を除くすべての都道府県にまで冷え込んだ。東北・北陸では積雪が深刻な問題になっており、雪崩や家屋の倒壊に注意を呼びかけている。厳しい寒さを記録しているのは、日本だけではない。東欧スロバキアでは、雪の重さでスケートリンクの天井が抜ける事故が発生している。

平均気温がマイナス10度以下のカナダ・ケベックでは、目を疑うような奇跡的な状況が激写されたのだ。

その奇跡とは、凍結した道路標識に関するものだ。凍りついた標識は何からの理由で傾いてしまったのだが、表面に張り付いた氷だけが同じ場所に残ってしまったのである。まるで透明標識がその場に立っているようにも見える。

実はケベック州は、12月から3月の最高気温は零度以下。4月を迎えなければ、平均気温がプラスにならない極寒の地域である。このような光景が目撃されても決して不思議ではない。

しかし、あまりにもうまく凍り付いているために、海外ネットユーザーからはインチキではないか? との声も上がっている。あなたはどのようにお思いになるだろうか。本物? それともニセモノ?

いずれにしても、1日も早く春が来てくれると良いのだが。

文字で書かれても判りにくいので元記事の画像を参照いただければと思いますが、何となくその昔木工用ボンドをあちこち塗っては型どりして遊んでいた頃を思い出したのは自分だけでしょうか?
寒さも地元の人間にとっては鬱陶しいのでしょうが、温暖な土地から来る人々にとってはそれも楽しみの一つになるということなのでしょうか、同じカナダからこんなニュースも届いています。

まるでRPGに出てくるような氷の世界の宿屋が実在する/カナダ(2012年12月1日秒刊サンデー)

RPGも後半にさしかかってくると、高確率で氷の世界での冒険が始まります。氷の地形、氷のモンスター、氷のダンジョン。アクションRPGになると足場が悪く、滑って命を落とすなんてこともありますが、それはあくまでゲームの話、実際にそんな世界があるわけが・・・あるんです!氷の世界。しかもカナダに実在すると言う。一体どんな世界なのか。

こちらのアイスホテルはカナダのケベックシティに毎年作られるそうです。
60人態勢で、雪を15000トン、氷50万トンで構成され施工費が35万ドル(2700万円)かかると言うのです。
部屋の中には80のベッドが用意され、バスルームも存在すると言うから意外だ。

しかしこのアイスホテルに泊まる価値はあるのだろうか、すべてが氷でできているという事は気温は少なくとも0℃。防寒具なしではいられない状態。とはいえ、毎年作られると言う事だから、それなりの観光客が見込め、凍え死ぬようなことが無いという前提があるのだろう。

アイスホテルの中には寝室はもちろん、食堂やバー・ロビーや聖堂なども用意されやることが無くて死にそうだという事もないし、本当にやることが無ければ、バーで酔っ払う事によりテンションあがれば一気に時を忘れることができそうだ。

さて気になるこのホテルのお値段はなんと200ドル(1.5万)という割とリーズナブルなお値段。カナダのケベックシティに出向いた際には是非立ち寄ってみてはいかがだろうか。

しかし元記事の写真を見てみると半端ではない仕上がりぶりなんですが、こんなものを毎年用意するということであれば札幌雪祭りも形無しではありませんか。
冒頭の記事にもありますように今ヨーロッパは大寒波の真っ最中だということですが、その恐るべき状況を示すのがこちらの写真の数々です。

ヨーロッパが凍ってる…大寒波で氷漬けになってしまった写真26枚/欧(2012年2月8日らばQ)

チェコ南西部で氷点下39度4分を記録したり、水の都ベネチアの運河が凍りつくなど、ヨーロッパ全体が激しい大寒波に見舞われています。

余りの寒さに凍りついてしまった、ヨーロッパ各地の写真をご覧ください。
(略)
毎年のように冬は大寒波、夏は酷暑が世界中を襲っていますが、年々激しさを増しているように思います。

自然には逆らえませんが、どうかこの辺で収まってくれることを祈ります。

リンク先の驚くべき写真の数々を是非参照いただければと思いますが、しかしこの状況では生活も破綻してしまいそうですが大丈夫なんでしょうかね。
南極と言えば寒さもまた別格なのでしょうが、こちら物理的にという以前に精神的に寒いというニュースです。

南極探検にあわてて出発した船、修理工を降ろすのを忘れて連れ出し強制参加させる/ニュージーランド(2012年2月4日らばQ)

人間あわてるとロクなことになりません。忘れ物をしたり大事なことがないがしろにされたりと、その影響は大きなものとなります。

南極探検の一行があわてて出港してしまったため、船を修理をしていた男性まで連れて行かされたというニュースがありました。

無理やり南極冒険の旅に参加させられてしまったのは、ニュージーランド人の船の修理工で、ノルウェー船の修理を依頼されていました。

ところが、船長のJarleAndhoy氏(34歳)が率いるその船はいわく付きで、ニュージーランド政府から強制送還を命じられる寸前に無許可のまま急いで出港、なんと修理工を乗せたまま帆走してしまったのです。

もともとAnchoy氏は1年前にも同じように南極探検を目指し、その時はひどい嵐に見舞われて船は沈没、乗組員の3人が死亡する惨事となりました。

当時、救助隊を派遣したニュージーランド当局では、同じことを繰り返そうとするこの探検に怒りを示し、現在船の位置を突き止めようと躍起になっているようです。

船長はノルウェーの公共ラジオから、「修理工の参加は計画になかったこと」、「しかしながら探検は予定通り行うこと」などを表明しています。

船は位置確認のビーコンを備えておらず、救助隊を危険にさらすわけにいかないとして、オーストラリア外務省がノルウェー政府に対して、強制参加させられてしまった男性を憂慮する声明を伝えています。

計画外であったにせよ、無理やり参加させられた男性は一種の誘拐や拉致ともとれ、前年に死亡事故を引き起こし、救助隊を派遣させながらも懲りていない船長一行の行動は、いくらなんでも身勝手過ぎるのではないでしょうか。

まるでどこかのアニメかよ!と思うような出来事なんですが、無事に帰ってきたとしてもこれは特別ボーナスでも支給してもらわないことには割に合いませんよね。
最後に取り上げますのはこちら仮想現実世界での話題ですが、まずは記事から取り上げてみましょう。

Google検索に“雪が降る”機能、検索窓に「let it snow」と入力すると…。(2012年12月18日ナリナリドットコム)

Googleの検索窓に「let it snow」と入力すると、画面に雪が降ってくる――。そんな寒い冬に何とも風流な、そして遊び心満載な機能が話題を呼んでいる。

この機能を試すのは実に簡単。Googleの検索窓に「let it snow」と入力する、本当にただそれだけだ。すると、画面の上部からはらはらと雪が舞い降り、しばらく眺めていると、画面は真っ白に。  

そして、マウスをドラッグするとその部分がクリアになっていく仕掛けも用意され、真冬の寒い日に窓ガラスに絵や文字を書くような楽しみ方もできる。   

世界の祝日や記念日、偉人の誕生日などに表示されるホリデーロゴや、「tilt」と検索窓に入力すると画面が傾く機能など、これまでもさまざまな遊び心を見せてきたGoogle。今回の「let it snow」もぜひお試しあれ。

だから何?と言ってしまえばそれまでなんですが、現実世界が寒々としているからこそたまにはこういうお遊びもあっていいんじゃないでしょうか。
しかしgoogleと言えばこれまでにも折々にイベントを提供してきたことが知られていますけれども、それにしてもこれを最初に発見した人はよもや悪いウィルスにでも感染したかと思ったんじゃないでしょうか(苦笑)。

今日のぐり:「手打ちうどん 栄楽」

道を走っていると何てことのない店構えなのに妙に気になる店と言うのはあるものですが、過去に何度か前を通りかかって妙に怪しいぞと感じていたのがこちらのお店です。
周囲が街中の賑やかな場所にあるわりには、外から見た店構えはどこまでも普通の小さなうどん屋で看板も目立つものではないんですが、一度行ってみたいと思っておりましたらたまたま近くに所用がありましたので立ち寄ってみました。
しかし昼飯時とはいえ大変な賑わいで駐車場から車があふれ出すような状況なんですが、満席とは言え中はそこまで大行列というわけでもないのがこういううどん屋のいいところですよね。

店に入るとダシのいい匂いが充満していますが、メニューは壁に掛けてある札の分だけのようで値段も手頃と、いかにもいい感じのうどん屋という気配を漂わせています。
そのメニューは極めてシンプルで素うどんに肉、ざる、天ぷらに卵とベーシックなうどんだけのようなので、とりあえず冷たいうどんとしてざるを頼んで見ましたが、待つほどもなくあっと言う間に出てきたうどんはもちろん茹で置きなんですが、一目見てその色つやがいいじゃありませんか。
加水率高めのぷるぷるとしたこのうどんを口にしてみますとこれが舌触り、のど越しとも素晴らしい仕上がりで、しかも噛みしめていくとしっかりコシも楽しめるんですから中々にいい案配ですよね。
このうどんに合わせるかなりはっきりと甘口のダシもまたよしなんですが、途中で薬味のネギとワサビを入れてみるとこれがばっちり味も決まるというもので、最後までおいしくいただきました。
しかし倉敷界隈のうどんというと「あまの」などこういうタイプが多い印象があるんですが、これは元々の地域性によるものなのか、あるいは何かしら歴史的経緯でもあることなんでしょうかね?

小さな店をおば…もとい、おねえさん達で回しているようで、何しろあっという間にうどんが出てきますから入れ替わり立ち替わお客が入っても回転もよく待つことは少ないんですが、満席でも独特なゆるい雰囲気がいい感じですよね。
唯一の不満はとにかくうどんが長すぎてどんぶりならともかくザルでは食べにくいところで、今回は箸で切りながら食べて見ましたがこれも慣れればまあ何とかなるかなという範疇ですし、むろん好みや腹具合に応じて暖かいうどんなどと組み合わせても楽しめそうですね。
周囲にうどん屋だけでも結構競合店もある中で見た目はまるでぱっとしませんが、地味ながらこれはなかなかよいお店ではないでしょうか。

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2012年2月10日 (金)

被災地に最初の復興特区を承認

震災からの復興ということに関して、すでに皆さんご存知のようにこの二月9日から宮城、岩手の両被災県から申請されていた復興特区が国によって認定されました。
まずは第一弾ということで今後さらに様々な特区の申請があるものと思われますが、何事も規制が厳しい今の日本にあって新しいやり方にチャレンジする場としても活用できそうな話だと注目しています。

復興特区1号は宮城と岩手、9日に認定(2012年2月7日読売新聞)

 平野復興相は7日午前の閣議後の記者会見で、東日本大震災被災地に規制や税制などの特例を設ける復興特別区域(復興特区)の第1号として、宮城県が申請した「民間投資促進特区」と、岩手県が申請した「保健・医療・福祉特区」を9日に認定すると発表した。

 即日適用する。

 民間投資促進特区は、被災地に進出する企業の法人税を5年間免除する内容。宮城県が県内34市町村と共同で申請していた。

 保健・医療・福祉特区は、医師や看護師の配置基準緩和などが柱で、岩手県と県内の全33市町村が申請した。

 復興特区は、企業進出に税制上の特例措置を設ける「あおもり生業(なりわい)づくり復興特区」(青森県)、税制優遇措置を認める「産業再生特区」(岩手県)も申請中で、政府が検討を進めている。

医師配置基準など緩和、初の復興特区認定へ- 岩手と宮城が対象(2012年2月8日CBニュース)

 東日本大震災の被災地における規制緩和などを認める「復興特区」の第1弾として、政府は9日、岩手県と宮城県が申請した特区を認定する。岩手の特区は、医療者の配置基準を県全域で緩和し、患者の受け入れや医師の確保が困難な病院の運営を支援することが柱で、期限は同日から2017年3月まで。一方、宮城の特区では、医療機器を含む製造業を後押しするため、県内の34市町村の工業用地を「復興産業集積区域」に指定し、進出企業に対して税制の優遇措置を認める内容だ。

 岩手の特区では、病院に配置する医療者数を算出する際の基準となっている患者と処方せんの数について、「前年度の平均値」とする現行の基準に代わって、震災発生から半年以上経過後の「直近3か月の平均値」に改めるほか、医師の配置基準を通常の90%相当に緩和し、これらは県全域で適用する。
 また、調剤薬局やドラッグストアなどを整備するため、国が定める構造設備基準のうち、▽薬局の面積が概ね19.8平方メートル以上▽調剤室の面積が6.6平方メートル以上▽一般用医薬品の店舗販売業の店舗面積が概ね13.2平方メートル以上―とする面積要件について、陸前高田市や大船渡市など沿岸部の12市町村で適用除外とし、用地確保が困難となっている現状に配慮する。
 さらに、介護老人保健施設(老健)と特別養護老人ホーム(特養)の医師配置基準を弾力化。具体的には、老健の医師配置基準を算出した際の小数点以下を対象外とするほか、特養に関しては、医師の配置を義務化しない。また、指定訪問・介護予防訪問リハビリテーション事業所の開設者要件を緩和し、病院や老健などを運営する法人以外の開設を許可。いずれの措置も、沿岸部の12市町村に限って適用される。

 一方、宮城の特区に関しては、進出企業による設備投資や被災者の雇用などで税の特例を認める。全集積区域(389か所)のうち、石巻市や南三陸町など、沿岸部の15市町(188か所)については、法人税も免除される。期限は16年3月末まで。それまでに指定されれば、その後5年間、税制の特例措置が受けられる。

記事にもあるように宮城あたりでは五年間法人税負担をゼロにするなど企業誘致も盛んに行う予定だそうですが、医療の面で見ると岩手県による医師配置基準の緩和など人材確保難に配慮した諸内容が何より注目されますよね。
岩手県と言えば県立病院再編計画を立ち上げたことで当「ぐり研」でも久しくその行方を追ってきましたが、元々が広い県土に住民が散在している中を多数の県立病院が地域医療を支えているという状況で、当然ながら国が想定している通常の医療環境とはいささか異なった状況にあったということです。
お約束の医師不足などもあって各地の病院を診療所に「格下げ」するなどの対応によって必要医師数を削減し、その分を基幹病院に集中するといった大胆な再編を行ってきたわけですが、老健なども含めて医師配置基準が緩和されれば今までよりもさらに弾力的な施設運用が可能になりますよね。
基本的には震災からの復興を目的としたものですから、例えば老健等への基準緩和は沿岸部市町村に限るという制限があるとは言え、県内の人材面でのやりくりを考えると実質的には全県的な影響が及ばずにはいられないでしょうし、当然ながらかねて問題となっていた県下の医療再編ということとも絡めての話になってくるはずです。

ただ計画を拝見していて気になるのは基本的には現在のシステムを少し運用しやすくするというマイナーチェンジの範疇にとどまっていることで、これは現在の県内における医療リソースをより効率的に使っていこうという守りの姿勢に他なりませんよね。
以前にも「被災地を医療特区に」ということを書きましたが、言葉は悪いですが震災を名目として大胆な規制緩和も許される空気であるわけですから、単に内向きの緩和ではなく例えば県下に限って医療機関の経営要件を緩和し営利的な参入も含めて認めていくだとか、あるいは混合診療もありにしてみるだとか、復興のみならず全国のモデルケースになるようなことにも挑戦してもらいたいですね。
政治の世界では大阪や名古屋といった地方からの改革が最近トレンドになっていますけれども、まずは小さな地域で特例として新しいことにチャレンジしてみて、それがうまく行くようであるなら全国的に広げていくというやり方の方が、何でもお国が旗を振って全国一律でやるよりはローリスクかつ柔軟なアイデアも出やすいんじゃないかという気がします。

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2012年2月 9日 (木)

改善と言えばひと頃は日本のお家芸でしたが

自称・医療問題に強いという読売新聞が以前から家庭面で「医療ルネサンス」という連載を続けていて、医療問題の解説記事や時事的なテーマをいくつも取り上げているのはご存知の方も多いのではないかと思います。
先日以来その「医療ルネサンス」で取り上げられているのが過去に当「ぐり研」でも書いたことのある厚労省の「死因究明モデル事業」の話なのですが、この記事で取り上げられているのが舌癌の術後に放射線化学療法を行うため総合病院に入院中だった記者の74歳になる義父の話なんですね。
基本的には安定した状態で治療とリハビリを平行して行っていたこの義父氏が、とある明け方に突然の急変で帰らぬ人となってしまったのはお気の毒であったと申し上げるしかないのですが、当然ながら家族にしても病院側にしても寝耳に水という状況であり、担当医からの病理解剖の打診に対して記者側から「それならモデル事業を利用できないか」と持ちかけたところから記事が始まります。

そのあたりの詳細は記事の方を参照いただくとして、結局のところ第三者による解剖によってもはっきりした死因に結びつくような所見はなかったということなのですが、この中間報告に対して家族の方から「薬剤の影響や発熱のほか、死亡の前々日と前日に院内を独りで計5往復もさせられたことや、夜間の見回り頻度など、看護のあり方も検討してください」という要望があらためて出されたと言うことです。
病理学的な所見でははっきりしないのだから、患者を取り巻く状況がどうだったのかと気になるのは家族ならば当然のこととも言えるのですが、そうした診療現場の状況に対する調査の過程で大きな問題点が見つかったのだというのが記事最大の眼目となっているのですね。

死因究明モデル事業(3)再発防止促す調査報告(2012年2月3日読売新聞)より抜粋

(略)
 直接死因は「不整脈による急性心不全の疑い」とされた。「疑い」がついたのは、死因につながる病変がなく、断定できないからだという。
 では、なぜ不整脈が起きたのか。「心機能低下に加え、感染症または進行がんによる炎症状態」があったと委員会は判断した。
 そして抗がん剤投与、放射線治療、死亡前日の院内の移動などが重なり、心臓に負担をかけた可能性を否定できない、と指摘した。
 4日前から発熱があり、炎症を示す血液検査の値も上がっていたのに、放射線に加えて抗がん剤を始めたのはどうか。さらに治療やリハビリのため、看護師の付き添いなしで院内を何往復もしていたのは、連携や配慮が足りないのではないか――という意味だ。

 モデル事業は責任追及をしないので、遠回しな表現が多いが、「背景の要因も検討して」という遺族の要望に、それなりに応える内容だった。医療事故でないとしても、反省点や教訓は多いということだ。
 遺族が求めるのは原因究明だけではない。似たようなことが起きないよう、失われた命を再発防止に役立ててほしいと願っている。
 「第三者による調査を頼んでよかった。院内の病理解剖だったら『不整脈だろう』というだけで終わったのではないか」。義母や妻と、そう話し合った。
(略)
 ただ、説明会の当日、新たな問題が浮上した。病院の院内調査と看護記録のずさんさだった。

死因究明モデル事業(4)看護記録 ずさんな実態(2012年2月6日読売新聞)より抜粋

(略)
 もう一つ、信じがたい実態が、カルテ開示を請求して判明した。それは看護記録のあり方だ。
 義父が亡くなった日のカルテには、夜中の2時間おきに<巡視><特記事項無し>というスタンプと印鑑が押されていた。心肺停止で発見された後にあたる午前5時も、<特記事項無し>だった
 やっていないことを先に書く「先付け記載」だ。他のページにも同様の記載がたくさんあった。看護師が押したハンコの角度がそろっているから、わかる。

 そして死亡確認の記述の後に、夜中の義父の様子が追記されていた。観察や行為のつどではなく、後からの「まとめ書き」だった。
 これでは、本当に巡視をしていたかどうかさえ、あやしくなる。
 看護記録の問題は、モデル事業の報告書でも指摘されていたが、もしも院内調査だけだったら、表に出ただろうか。第三者の目があったからこそではないか、と遺族で話し合った。

死因究明モデル事業(5)改善計画求め病院と交渉(2012年2月7日読売新聞)より抜粋

 明らかな医療過誤はもちろん、そうでなくても、身内を失った遺族が病院に望むのは、教訓を導き、医療を良くしてもらうことだ。
 モデル事業の報告書には死因の分析とともに改善の要望も書かれるが、表現は遠回しで、病院がきちんと受け止める保証はない
 そこで記者を含む遺族は「改善計画」を作るよう求め、病院と交渉を重ねた
 義父の急死から1年余りたった昨年12月、改善計画書が示された。
(略)
 義父は、文句を言わない患者だった。放射線治療やリハビリ、検査のため、死亡の前々日に3回、前日に2回、院内の長い距離を往復し、汗びっしょりになっていた。モデル事業の報告書は、そうした移動が心臓に負担をかけた可能性も指摘していた。
 病棟の責任者は「1回で済むよう調整すべきだった。看護師に遠慮して世話をかけまいとする気持ちを考えず、付き添いもせずに申し訳なかった」と改善計画書に反省をつづった。
 医療安全担当の看護副部長は「患者のアセスメント(状態評価)が不十分で、個別性を考慮した手厚い看護ができていないことに気づかされた」と話した。
 看護記録の「先付け記載」「まとめ書き」は、調査すると他の部署でも見つかった。副部長は「信用性を疑われても仕方がない」と院内の看護師長会で注意し、巡視の際は<特記事項無し>のスタンプだけでなく、具体的な事実を書くよう求めたという。

 70歳代の男性の院内での急死は、全国的には珍しくないことかもしれない。それでも検証すれば、たくさんの教訓が出てくる
 今後、院内で改善策がどれだけ徹底されるのかが気になるが、失われた命を無駄にしないという意味で、少しは義父の供養になった気がした。

元記事を見ていただければ判りますけれども、病院側が独自に作成した院内調査報告というものの内容がかなりずさんな部分も多かったようで、こういう仕事をしていたのでは診療内容そのものに対しても不信感を抱かれ痛くもない腹を探られることになるのもまあ仕方ないのかな、という気はするところです。
加えて基本的に病院、とりわけこうした大規模公立病院などというところは当事者目線で見ても無理や無駄が幾らでもありふれているところで、例えば夜中に点滴が抜けたから刺し直しに来いと担当医が呼び出されたりとか、時間外の検査を出せば担当医が車椅子を押し検体も届けなければならないとか、業務を効率的に行うために幾らでも改善すべき点はあるだろうなと思いますね。
効率的にというと何やら無機的で冷たい印象がありますが、現場が多忙で当然行われるべき配慮すら払っていく余裕がないことが患者にとっても負担になっているわけですから、当たり前に行うべき業務改善を旧来の慣行だからと放置してきたことは批判されてしかるべきですし、外部目線がその契機になるということであればそれはそれで意味があることだったとも思います。
一方ではその方法論をどうするのかということを考えた場合に、これがまたなかなかに難しいものがあるなと感じてしまうのが、例えば記事中にも大きく取り上げられている看護師の夜間巡回の問題ですよね。

夜勤では看護師一人あたり20人から30人の患者を受け持つのが普通ですが、2時間毎に巡回するとして一人あたりにさける時間は単純計算で最大4~6分、ただし実際には吸痰や体位変換、点滴等処置に手がかかる患者さんがいらっしゃるので、安定している人にはとてもそんなには時間を使えないのは当然です(まして、普通に寝ている人を叩き起こすのもそれはそれで問題ですし)。
そして看護記録の手抜きですが、確かに毎回その都度状況を記載するのが筋とは言ってもカルテを取り出し記載するという作業に一人あたり数十秒とかなりな時間がとられる上に、それが朝まで2時間おきに繰り返されるということを考えると、現実問題とてもそんな時間は取れないからこそ安定期の患者であればハンコが活用されたりまとめ書きが行われたりするわけですよね。
カルテ記載を充実させようとすればするほど当然ながらさらに時間がかかる、2時間という巡回の周期も決まっているとなればどこを削ると言えば巡回業務そのものを削るしかないわけで、結局はよりよい看護を求めて改善を求めるほどかえって看護業務そのものは前よりも劣化するということになりかねません。
さらに言えば例えば痰による窒息などは一刻を争うわけですから巡回が2時間おきというのもおかしな話で、それこそ数分おきに見回りを繰り返していてもまだ足りないということになってしまいますが、それを可能にするほどスタッフを増やすにしろ患者数を絞るにしろ、どちらもこの病院経営難の時代にあって懐具合を直撃することになるのは言うまでもありません。

お金のことはさておいても、例えば単純に対応を手厚くするため夜勤帯二人の看護師を三人に増やすとして、一人分を余計に確保するくらい出来るだろうと思われるかも知れませんが、そもそも看護師はローテーションで回しているのですから夜勤の回数が単純にいきなり五割増しになると言えばおいおい、こっちも生活があるのにちょっと待ってくれと言いたくもなりますよね。
当然そんな施設においては離職者も増えるでしょうから新規スタッフを入れても結局元の木阿弥になりかねませんが、こうしたことは一事が万事であって、確かに理屈の上ではごもっともという話でもどこまで突き詰めるべきか、その実現のためのハードルは現実的にクリア出来るかといったことを考えていくと、世の中多くの問題はどこかでこれ以上はかえって不利益になると思い切らなくてはいかない局面が出てきます。
昔からこの種の極論としてよく取り上げられるのが交通事故死を防ぐためには車を禁止すればいいという話ですが、それでは社会が回らないというのであれば例えば車の速度上限を物理的に歩行者程度にすればぶつかっても大事に至らないだろうとか、「改善策」は幾らでも出てくるだろうにそれが社会の受け入れるところとならないのは何故かということですよね。
かつては単に病院内での狭い視点から行われてきた業務改善が、近年は顧客満足度向上だとかこうした第三者委員会によるレポートなどで外部の目線が入るようになったことは基本的にいい事ですが、さらに一歩進んで社会の中での位置づけというところまで話が及び、最終的には医療政策そのものにまでボトムアップしていかなければ絵に描いた餅に終わってしまうんじゃないかと言う気がします。

ただ繰り返しますが医療の側にも幾らでも問題はあって、例えば世間一般ではコストとそれによって得られる結果に対してきちんとした情報提示があるのが普通で、家を建てると言えば2000万なら間取りはこのくらい、材質はこれこれ、これが5000万になればこうなりますときちんと情報提供され判断材料があるのが当たり前ですよね。
ところが医療機関ではこうした話が過去全くと言っていいほどされてこず、せいぜいが治療法による予後の差について説明されてきただけであるというのは、一つには医療をお金で区別されるべきではないという名目の元で誰でも安く医療を受けられる状況が長年続いた結果、医療現場では無条件で保険診療で許容される範囲内での最善解を選択するのが当たり前の常識ということになっていることもあると思います。
そうした「医療の常識」によって医療財政が逼迫し診療報酬が年々切り詰められ、許容される最善解そのものが質的低下を起こしてきているというのであればこれはおかしな話ですが、これまた医療人とは単に目の前の患者一人一人にとっての最善を尽くしていれば良いのだという、現場だけにとどまる古典的な医療が限界に達しつつあるということなのかも知れません。
月の変わり目になると高額の医療費をつぎ込んでしまったことに対する保険者への言い訳を書かなければならない先生方も多いと思いますが、例えば今月のあなたに与えられた予算は幾ら、これで担当患者全員にとって最善の医療を行いなさいと強いられたら果たして今までと同じ医療を行うのか、それが許されるのか…医療を縛るばかりと悪評高い医療行政ですが、どこかを充実させるには同じだけどこかを削らなければならないという事実を端的に示してもいるのでしょう。

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2012年2月 8日 (水)

また問題発言!?と叩く前に

石原都知事の新党構想が注目されている中で、今度は息子である自民党の石原幹事長の発言がちょっとした波紋を投げかけていますが、まずは報道から取り上げてみましょう。

胃ろうに石原幹事長「エイリアンみたい」(2012年2月6日スポニチ)

 自民党の石原伸晃幹事長は6日のBS朝日番組で、病院で腹部に開けた穴から栄養剤を送る「胃ろう」の措置を見学した際の感想として「意識がない人に管を入れて生かしている。(病院で)何十人も寝ている部屋を見せてもらった時に何を思ったかというと(映画の)エイリアンだ。人間に寄生しているエイリアンが人間を食べて生きているみたいだ」と発言した。

 終末期医療が抱える問題点を説明する意図があったとみられるが、SF映画のエイリアンへの例えは患者家族らの批判を招く可能性がある。

 石原氏は同時に「そこで働いている人に感動した。看護師さんたちが、反応はないのに患者に語りかけながら面倒を見ている」と現場の職員の動きを評価したが、「こんなことをやったらお金がかかる。医療はやはり大変だ」と指摘した。

石原・自民幹事長「胃瘻はエイリアン」 厚労相が不快感 (2012年2月7日日本経済新聞)

 小宮山洋子厚生労働相は7日の閣議後記者会見で、自民党の石原伸晃幹事長が6日のBS朝日の番組で腹部にチューブを入れて胃に流動食などを送る胃瘻(いろう)について「(映画の)エイリアンが人間を食べて生きているみたいだ」と発言したことを受け、「患者や家族に不快な思いをさせる言葉遣いは慎重であってほしい」と求めた。

 胃瘻は食事を飲み込めなくなった高齢者らに導入する治療法で、全国で26~40万人が利用しているとされる。小宮山厚労相は「胃瘻で命をつないでいる患者もいる」と患者や家族の気持ちに理解を求めた。

伸晃氏 エイリアン発言で釈明「間違いだ しっかりとセンテンスを見て」 (2012年2月7日スポニチ)

 自民党の石原伸晃幹事長は7日の記者会見で、腹部に開けた穴から栄養剤を送る「胃ろう」措置を受けた患者を「エイリアン」に例えた自身の発言について「そんなダイレクトな言い方はしてないと思う。間違いだ。しっかりとセンテンスを見ていただきたい」と釈明した。

  6日のBS朝日番組で、石原氏は胃ろう措置を見学した際の感想として「意識がない人に管を入れて生かしている。(病院で)何十人も寝ている部屋を見せても らった時に何を思ったかというと(映画の)エイリアンだ。人間に寄生しているエイリアンが人間を食べて生きているみたいだ」と発言した。

 同時に会見で石原氏は「私は人間の尊厳を重んじなければならないと絶えず言っていて、私自身もそういうこと(胃ろう措置)は夫婦の間で行わないと決めている」と述べた。

これだけの報道を見ると胃瘻を見てエイリアンとは思いつかなかったと言いますか、言葉のセンスがちょっと独特な人なんだろうなあという感想を抱くのですけれども、特に医療に関係が深いわけでもない石原氏から唐突にこういう不思議なコメントが出てきた、つまりはそれだけの強い違和感を感じたという理由がどこにあったのかということですよね。
これら各社報道では単にそこらの病院に出かけて寝たきり老人を見学して唐突にエイリアンを連想したかのようにしか受け取れませんが、実際の石原氏の言っていることはもう少し異なった、あるいは特殊な状況で生まれたものであったようです。

「エイリアンのよう」=胃ろう患者で発言-自民・石原氏(2012年2月6日時事通信)より抜粋

(略)
 石原氏は「社会の最下層で身寄りもない人の末期医療を担っている所に行くと、意識が全くない人に管を入れて生かしている。何十人も寝ている部屋を見たとき何を思ったか。エイリアンだ」などと述べた。 

つまり状況を整理するとこういうことになるんだと思いますが、身よりもなく自前の財産もない方々が高齢で寝たきりになり、そういう方々が何十人も胃瘻になって寝かされている状況を見て「まるでエイリアンだ」といった感想を抱いたということなんですが、この一連の発言から石原氏の意図をどう解釈するかですよね。
ご存知のように映画「エイリアン」では捕まえた人間を生きたまま幼虫の住み処として利用するシーンが非常に衝撃的に描かれていますが、この場合は認知症で何も判らない上に身よりもない(当然ながら医療方針に口を出す親族もいない)人々がただ何かを養うためだけに生かされているかのような状況がまさしくエイリアンのようだと感じたということでしょう。
もちろんこの場合生かされているのがエイリアンならぬ医療業界の人間であると形の上ではなりますけれども、これに対して石原氏はスタッフの仕事ぶりに感嘆しつつ「こんなことをやったらお金がかかる」「医療はやはり大変だ」とも考えたということですから、管の入った患者の姿をまるでエイリアンのようだと表現した、あるいは人間をそんな風に扱っているエイリアン=病院関係者を批判したという単純な話ではないはずです。

エイリアンにしても医療にしてもこれら寝たきりの方々を生きて(繁殖して)いくタネにしている構図は同じですが、それでは医療の中の人が身寄りのないお年寄りをさらに大勢囲い込んでもっと儲けたいと望んでいるかと言えばそんなわけはない、むしろそれだけの労力やコストをより建設的で有意義なことに振り向けられればそれに越したことはないと誰でも感じているわけですね。
ましてや石原氏の言う「社会の最下層で身寄りのない人の末期医療」など今どきどんな医者も濃厚医療をしたいと思うはずもなく、それでは何故今までそうしたことが行われざるを得なかったかという背景を考え、それをどう解消すべきかということこそ適切な命題の立て方というものでしょう。
実際に先日来お伝えしているように日本の末期医療はやり過ぎではないかという自省の声が治療差し控えもあり得るという学会指針の形で出てくる時代ですから、医療費抑制というお国の事情による政策誘導的な話を抜きにしても何事にも限度というものがあると素朴な違和感を抱いている人々がそれだけ業界内にも増えてきていると言うことです。
となれば、有力政党の幹事長が何かがおかしいんじゃないかという問題意識を持つことは医療側からも歓迎すべき話ですし、例によって批判される前から「○○からの批判が予想される」式の煽り報道で盛り上げようとするマスコミの意図に反してというべきでしょうか、当の患者家族からもこんな声が上がっているという事実は無視すべきではないはずですよね。

「 うちの親父は胃ろうになって2年で、ずっと病院に入院しているけれども、入院費は月に5万もかからない
入院している病院も、どういうワケか「何十年居て貰っても大丈夫ですよ」と言う。
俺はは意識のない、回復もしない親父の様子をたまに見に行くだけで介護も一切しない。
入院費より入ってくる年金の方が多いから貯金が貯まる
こんなことっていいのかと常日頃おもうよ。 」

「 俺の母の隣のベッドの人がそんな感じだな。2か月前はもう少し元気だったような記憶があるが
別の人だったかな。まあ、いずれにしても眼を背けたくなるよね。
そういう人と比べれば俺の親は恵まれているのかもしれない。とりあえず歩行器で歩けるレベルだから。 」

「 エイリアンかどうか知らんが、人間に見えないのはホントその通りだよ
うちのじいちゃん、ナナメのベッドに貼り付けにされて、管つけられて、ガリガリな状態でずっと生かされてた
あんな状態にされて生きながらえるなんて、俺は絶対嫌だよ
家族もみんな絶句してた 」

現場のスタッフはこんな終末期医療をせざるを得ない事態を何とかしたいと思っている、患者家族にしてもこういう状況は嫌だなと感じている、そして政治家もおかしなことだなと感じ、官僚ですら医療費抑制の点から望ましくないと思っているなら、そんな誰も望まない状況はさっさと改めるべきだろうと誰でも思うところですが、それでは一体誰が(あるいは何が)抵抗勢力になっているのかということです。
先日以来のマスコミ報道を見ていて、かつてはスパゲッティ症候群だとあれだけバッシングに走ったマスコミは終末期の胃瘻にも反対なんだろうと思っていましたが、単に何であれ他人を批判せずにはいられない職業的習性の発露に過ぎなかったのかどうか、石原発言への取り扱い方も一つの試金石になるかも知れませんね。

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2012年2月 7日 (火)

判っちゃいるけどやめられないこと

誰でも経験的にそれは判っているという話でも、きちんとした学術的裏付けがあればそれはそれでありがたみがあるものですよね。
何となく重症化する例が多い印象のある飲酒後の頭部外傷について、動物実験からその危険性が裏付けられたという報告が出たということです。

頭部外傷:飲酒後は死の危険高まる 札幌医科大チーム解明(2012年2月5日毎日新聞)

 飲酒後に頭にけがをすると、脳がむくみやすくなって死の危険が高まるメカニズムを松本博志・札幌医科大教授(法医学)の研究チームが動物実験で解明した。米病理学会誌に掲載された。

 松本教授によると、飲酒後に転倒や交通事故で頭部外傷を負うと、直後の検査では異常がないのに、半日~2日後に急死するケースがあることが知られていた。脳がむくんだり腫れたりする「脳浮腫」の悪化が一因とみられるが、因果関係の解明は容易でなかった。

 研究チームは大人の雄のラットを2群に分け、それぞれ(1)生理食塩水(2)エタノール(体重1キロ当たり3グラム)を投与した。(1)はしらふ、(2)は酩酊(めいてい)状態に相当する。1時間後に脳に損傷を与え、MRI(磁気共鳴画像化装置)などで脳の変化を調べた。

 「しらふラット」は24時間たってもほとんど変化がなく、酩酊状態でも頭に損傷を与えなかったラットには、脳浮腫は出なかった。一方、「飲酒」したうえで頭を損傷したラットは6時間後まで異常がなかったが、24時間後に脳浮腫が確認された。脳浮腫の原因の一つとされるたんぱく質「アクアポリン4」も大幅に増加し、約半数のラットが死んだ。

 また、「飲酒ラット」にアクアポリン4の働きを抑える薬を12時間後に投与したところ、脳浮腫は改善し、死んだ例もなかった。【大場あい】

社会的に見れば飲酒者の場合は意識障害などを来しても酩酊によるものなのか泥酔によるものなのか判りにくい場合があり初期対応の遅れにつながりがちですし、常習的大量飲酒者の場合は肝障害からくる出血傾向なども来しやすいといったリスクもあるでしょうが、飲酒そのものが脳浮腫のリスク要因となるというのは分かりやすいデータだと思います。
ちなみにちょいと調べて見たところではむくみをとる効用があるとされてきたある種の漢方薬にもアクアポリン阻害作用があると判明してきているようですが、長年の経験医療に基づく漢方というものの科学的背景が次第に解明されつつあるということは興味深いですよね。
いずれにしてもやはり飲酒者の外傷は要注意ということなんですが、これまたたぶんそうなんだろうなと予想した通りの結果が出たとも言える結果ではあるとして、ではその対策は?と言われると少しばかり困ってしまうのがこちらの調査結果です。

所得低い人ほど朝食抜きがち 厚労省調査(2012年1月31日日刊スポーツ)

 所得が低い人ほど朝食抜きが多く野菜が不足しがち、喫煙率も高い-。厚生労働省は、31日公表した「国民健康・栄養調査」で、所得と生活習慣1 件の関連を探る調査を初めて実施。所得によって生活習慣に違いがある実態が浮き彫りになった。

 厚労省は「低所得者ほど、所得の低さそのものや仕事の忙しさなどから、バランスの良い食事を取ったり、医療にアクセスしたりすることが難しいのではないか」と分析している。

 3189世帯の回答を、世帯の年間所得で「200万円未満(A)」「200万~600万円未満(B)」「600万円以上(C)」の3グループに分けて分析した。

 習慣的な喫煙者の割合は、男性が(A)37・3%(B)33・6%(C)27・0%、女性は(A)11・7%(B)8・8%(C)6・4%で、男女とも所得が低いほど喫煙率が高かった。

 朝食を食べない人の割合は、男性が(A)20・7%(B)18・6%(C)15・1%、女性は(A)17・6%(B)11・7%(C)10・5%。

 1日当たりの野菜摂取量は「600万円以上」の方が「200万円未満」に比べ男性で37グラム、女性で35グラム多かった。運動習慣のない人の割合も、男女とも年収が低い層の方が高かった。(共同)

所得低いほど生活習慣に問題あり 国民健康・栄養調査 喫煙率は初めて2割切る(2012年2月1日産経新聞)

 世帯所得が低いほど、朝食を欠かしたり、運動習慣がなかったりするなど、生活習慣に問題がある人の割合が高くなる傾向があることが31日、厚生労働省の平成22年国民健康・栄養調査で分かった。

 生活習慣に問題があると、脳卒中や高血圧症、糖尿病といった生活習慣病のリスクが高まる。厚労省は「所得が低いほどバランスのいい食事がとれず、健康への配慮ができていないのでは」と分析しており、25年度から始まる「次期健康づくり計画」で格差縮小を図る施策を打ち出す方針。

 調査は22年11月に実施。生活習慣と所得の関係は、世帯所得を200万円未満▽200万円以上600万円未満▽600万円以上に分けて調べた。

 それによると、成人の習慣的な喫煙者の割合は男女ともに世帯所得が低いほど高く、肥満(BMI=体格指数25以上)の人や運動習慣がない人の割合は女性で、習慣的に朝食を食べない人の割合は男性で、それぞれ高くなった。野菜の摂取量も、男女とも世帯所得が低いほど少なかった。

 一方、全体の習慣的喫煙者の割合は前年比3.9ポイント減の19.5%で、初めて2割を切った。喫煙者のうち禁煙希望者は同比3.4ポイント増の37.6%で過去最高。

 これを受け、厚労省は次期健康づくり計画に、禁煙希望者全員が禁煙に成功した場合の喫煙率「12.2%」を34年度までの目標値として明記する方針。次期がん対策推進基本計画にも同じ目標値を盛り込む。

厚労所の言う「所得が低いほどバランスのいい食事がとれず、健康への配慮ができていないのでは」という解釈が正しいのか、あるいは以前から議論のある「一流大学学生の親にはお金持ちが多い」という話と同様に原因と結果が逆である可能性はないのかと、色々と考えさせられるデータではあるかなと思います。
以前から富裕層ほど健康状態が良好であるということは知られていましたが、例えば食生活に関しても今どきの日本でお金持ちでなければ常に空きっ腹を抱えているとか、卵が御馳走で肉なんて見たことないといった状況であるはずもなく、その気になればきちんと必要な栄養を摂取出来るはずですから、やはり運動などと同様に生活習慣改善への意欲が乏しいことが原因だということになるのでしょうか。
人間誰しも健康で長生きしたいという欲望は持っているものですが、それに対してある程度解明されてきた長生きのための方法論をきちんと学んだ上で、なおかつ継続的に実践していくということはかなりの自律が要求されるでしょうし、一般論としてそうした強い意志を持った人間なら社会的にも相応に評価され、高年収にも結びつくだろうという気はしますよね。

これとは別の考えで昔から「貧乏暇なし」というくらいですから、低所得者層は仕事に忙しくて健康にいい生活を考えるようなゆとりはないのだという意見もあるでしょうけれども、とある調査によれば高所得層に比べて低所得層の方が労働時間が短く余暇が長いという結果が出ていると言いますから、決して暇がないわけではないと言えそうです。
となると恐らく、その時間をどう適切に使い生活習慣の改善に結びつけるかというノウハウの滲透度が問われそうなのですが、やはり努力して節制し健康を目指したところで特にメリットもないし…と考えられてしまうと、国がどんなに旗を振ったところで国民はついてこないということでしょう。
どこの国でも国民の生活習慣改善がなかなか進まない中で、日本ではメタボ検診によって企業にペナルティーを課すという形で労働者への改善圧力を試みていますが、これまた企業採用の(暗黙の)条件に健診で引っかからないことが要求されるようになってきているくらいで必ずしもいい事ばかりとも言い切れない状況とはいえ、こうした外圧も健康への無関心層にとっては一つの動機付けにはなりますよね。

鞭ばかりでなく飴もということでは保険なども近頃ではリスク毎に保険料を変えるという仕組みが一般化してきましたが、いずれにしても医療においてもきちんと健康を目指して努力してきた人間には目に見えるご褒美なりも用意していかないと、単に目標の数字を設定しているだけでは多くの国民はスルーして終わることでしょう。
その結果ますます医療費がかさみ、これでは財政が破綻してしまうとばかりに医療費支出がさらに切り下げられるということになれば、結局は回り回って国民の不幸として返ってくるだけですからね。

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2012年2月 6日 (月)

思いつきでひょいと変わるほどたやすいものじゃありません

報道番組などでコメンテーターと呼ばれる人々が畑違いの分野に延々とコメントをつけるというスタイルは日本独特だとも言うのですが、そんな状況に馴染んでいるせいか他のメディアにおいても専門外のコメントに一言つける人々は少なからず登場しますよね。
大前研一氏と言えば本業が経営コンサルタントで経済評論家としても活動している人物ですが最近妙に医療への言及が目立っているようで、もちろん外部からの視線で思いがけない盲点を突かれるということもないわけではありませんが、見ていますとちょっと現状認識にあまりに問題があり過ぎるコメントが多いようなのですね。

日本の大学病院は無用の長物 学生教育に徹せよと大前研一氏(2012年2月1日NEWSポストセブン)

かねてから日本の大学病院は「白い巨塔」と呼ばれ、患者よりも学会で発表することを優先している、と批判されてきた。大学病院における医療の問題点を、大前研一氏が指摘する。

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ハーバード大学やジョンズ・ホプキンス大学など海外にも大学が病院を経営している例はあるが、その場合は病院側が圧倒的に優位に立っている。日本のように大学側が優位に立つと、医学部生が専門を決める際に医局のパワー争いになり、人員が不足している科ではなく、ボスの力が強い科に人が集まる、ということが起きる。

かねてから大学病院は「白い巨塔」と呼ばれ、患者よりも学会で発表することを優先している、と批判されてきた。大学病院はインターンを薄給で雇えるため、どうしても経営が甘くなりがちである。

一方、患者は学会で治療や手術の事例を発表するためのモルモットにされる、というきらいがある。それがなければ医学の進歩はないという側面もあるが、そういうことは研究所の役割にして、大学は病院を経営せず、学生の教育に徹するべきではないか。患者の位置づけが不明確な日本の大学病院は、もはや無用の長物になったといわざるを得ないだろう。

しかし今どきインターンって一体いつの時代に生きていらっしゃる方なんだとも思ってしまうのですが、医療という世界はどうも昔から経済畑の方々にとっては思わず口出しをせずにはいられないものであるらしいのですね。
ご存知のように日本において営利目的の病院経営というのは保険診療上(少なくとも表向きは)認められていないこともあって、未だに経営の観点からするとそれはちょっとどうなのよ?と思うような古い慣習が受け継がれている局面が多々ありますから、他分野の視線でチェックしてみるということも時々心がけておいて損はないとは思います。
大学病院無用論についても医療機関としては極めて非効率な大学病院を大学が経営すべきでないという結論はもちろん経営的な観点からは十分にありな話なんですが、ではその代わりに大学病院が担ってきた非効率な医療をどこの誰が引き受けるのかということへの代案を示さなければ何より患者が納得しないですよね。
無用の長物になったものが何故今も生き残っているのかという背景をどう解消するかを考えなければ経営コンサルタントとしてもゼニの取れる仕事にはならないんじゃないかと思いますが、どうやら大前氏は他にも気に入らない部分が多々あるらしく、同じく医療に関してこんなことも言及しています。

外科医の給料を内科の十倍にすれば医師不足解消と大前研一氏(2012年2月3日NEWSポストセブン)

医師不足が深刻だ。特に、地方の診療所の人員不足が顕著であり、地域偏在が大きな問題となって横たわっている。これを解決する方法はないのか。大前研一氏が、その具体的施策を提案する。

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医師の不足や地域偏在の問題の元凶は、医師や病院が厚生労働省の管轄なのに、医学部を文科省が管轄していることにある。

このシステムのままでは、いくら医学部の定員を増やしても、あるいは医学部を新設しても、医師が人員不足の診療科や地域に行くとは限らない。医師の養成は「医療行政」の問題だから、医学部は他の学部と切り離し、厚労省が必要な人材、場所、制度を作っていくべきなのだ。

日本の場合、医師が何科の看板を掲げるかは自由である。医師免許を取得した者は人間の身体について全部理解しているスーパー・ゼネラリストであり、内科の診断もできれば外科の手術もできるという前提になっているからだ。

しかし、実際には大学在学中に専門分野を決めるので、血を見たり、手先の器用さが要求されたり、医療過誤で訴えられる可能性が高かったり、診療効率(患者の回転)が悪かったりする外科、産婦人科、形成外科、小児科などは人気がなく、聴診器を当てて薬を出すだけで済む内科は人気が高いのである。

この問題は医学部を「学問の府」とみなして、文科省が管轄している限り解決できないが、厚労省が管轄して患者の立場から考えればメスを入れることができると思う。つまり、医療行政の一環として診療科ごとに医師を養成し、医療現場の必要に応じて不人気な科の定員を増やし、人気がある科の定員を減らせばよいのである。

もしくは、外科医の給料を内科医の10倍にすればよい。医師の地域偏在についても、医師が不足している僻地などに赴任する場合は給料を格段に高くすればよいのである。

あるいは、不足している地域に15年以上赴任する場合は返済不要な奨学金を出す、などの策が自在に設計できる。 そのように地域と専門分野別に給料や授業料などでインセンティブを与えれば、医師の最適配分が可能になるはずだ。

キャッチーなタイトルに対して最初に言っておきますと、例えばある分野で極端に人材不足が起こっているという場合、その分野で圧倒的に好条件を提示して人材をかき集めるという手法自体は決して間違っているわけでもありませんし、外科医と言わず不足している診療科なり地域なりの医師報酬を十倍にというアイデア自体はありだと思います。
少なくとも医者が足りないから国が強制的に医師を徴用して配置せよ!なんて暴論よりはよほどまともな発想だとは思いますが、そもそもこのところの診療報酬改定においても不足しがちな診療科を厚遇しようなどという話自体は出ていて、診療報酬上優遇されている状態が続いてきたわけですよね。
ところが実際には何ら著効を示さなかったという理由として、診療報酬とはあくまでも医療機関に対する収入として支払われるものであって、そのうち診療科毎にどのような配分をするかは医療機関側の裁量によるという背景事情があったわけです。
それではドクターフィーを…と言う話も出るでしょうが、そもそも医師の取り分は診療報酬の一割強に過ぎないことに現れているように、全ての収入の道が結局医師の指示から発する極端な中央集権体制である医療現場において各スタッフの実入りをどう評価すべきか、それがフロア係のもらうチップですらも厨房スタッフへも分配すべきだなどと考えてしまう日本人の考え方と相容れるかという問題もあるでしょう。

アイデアそのものの是非はさておくとしても、誰でも知っているそうした現実のハードルをどう解消しアイデア実現に結びつけるかという道程をきちんと示さないでコンサルティングが済むのであれば、「なに経営不振で倒産の危機?そんなもの顧客をどんどん集めてバンバン売りつければすぐ解消ですよワハハ!」なんて放言と同レベルの仕事にしかなりませんよね。
従来でも経営不振の続く全国公立病院に対して、民間に委託することで経営改善を図るというPFI化が大流行しましたが、その先駆けとなった高知医療センターが大騒ぎの果てに契約打ち切りとなったり、近江八幡市立医療センターを始め全国あちこちで思い描いていたバラ色の将来像が頓挫するなど、全くと言っていいほど成果を上げられずに終わったのは記憶に新しいところです。
この背景には結局病院の収益を改善するために一番必要であることはいかにして医師らスタッフの頭数をそろえるかであり、そのためにはどうやってその労働環境を改善するかに意を注ぐべきということを理解することなく、とにかく釣った餌には餌など不要、使えるだけこき使えばいいんだと地方紙に過酷すぎる職場として特集記事を組まれるような労働環境を強いた病院管理者側の旧態依然とした発想もあるでしょう。
そしてもちろん、過去半世紀におよぶ皆保険制度下の医療に特化した結果、非常に独特の内部慣行に染まりきって「医療の常識は世間の非常識」と言われるまでになった医療業界の事情もあるわけですから、まずは医療環境を劇的に変革していくためには何をどうすべきかというところから話を進めなければどうしようもないでしょう。

大前氏が単なる一時のネタとしてではなく真面目に医療業界に改善策を提示したいというのであれば、いずれにしてももっと深く内部に踏み込んで業界人をもうならせるようなしっかりしたアイデアを出してこなければ説得力がないというものですが、医師養成の厚労省移管はともかく国政レベルでの改革が必要だという視点には同意します。
近来も「金曜日の入院は長くなりがちだからやめさせよう」なんてことまでお国が言い出すほどに規制で雁字搦めになった医療をどうこうするのに単なる素人の思いつきなど通じるはずもなく、きちんと状況の判った人間と斬新なアイデアを出せる人間とがタッグを組んで本腰を入れてやらないことには太刀打ち出来るはずがありませんよね。
別に医者も石頭ばかりでもないでしょうし、部外者は余計な口を出すななどと狭量なことを言わず耳を傾ける人間も少なからずいるでしょうから、話を聞いた者が思わず持った湯飲みをバッタと落とし、小膝叩いてにっこり笑うような思いがけないアイデアを出していただければそれに越したことはないんですけどね…

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2012年2月 5日 (日)

今日のぐり:「お好み焼き 万代」

映画などではよくあるハラハラドキドキのシーンですが、実際に起こってみると洒落にならないというのが先日熊本であったこちらの事件です。

犬に襲われた男児助ける 山鹿市の中学生3人お手柄/熊本(2012年1月19日熊本日日新聞)

 山鹿市で冬休みの4日、男児が大型の秋田犬に襲われる事故が発生。遭遇した同市内の男子中学生3人が、力を合わせて男児を助け出した。18日、山鹿署は3人に感謝状を贈った。

 いずれも山鹿中2年の甲斐原元気君、中松龍誠君、野中錬君。3人は友人の家に遊びに行く途中の4日午前10時55分ごろ、同市泉町の路上で、近くの小学2年生の男児が秋田犬(体長90センチ、体重30キロ)に追い掛けられているのを目撃し、後を追った。

 犬は公園に逃げ込んだ男児に追いつき襲い掛かったが、中松君が背後から犬を取り押さえ、甲斐原君が男児を犬から引き離して救出。野中君はすぐ近くの山鹿署に走って助けを求めた。

 男児は脇腹などをかまれ救急車で運ばれたが、幸い軽傷。甲斐原君も左腕をかまれていたが、大事に至らなかった。犬は急行した警察官が捕獲。同署によると、現場近くの民家で飼われており、首輪が外れて逃げ出したらしい。

 同署で3人に感謝状を手渡した飯田繁署長は「おかげで最悪の事態を避けられた。本当にありがとう」と勇気ある行動に感謝。3人は「怖かったけど無我夢中で行動した。助けることができて良かった」と笑顔を見せた。(富田一哉)

幸いにも中学生達の身を挺した活躍で最悪の事態には至らなかったとは言え、小学二年生が30キロの秋田犬に襲いかかられたのではそれはトラウマにもなりそうですよね。
今日はこの甲斐原少年がこの事件から動物嫌いになってしまうということのないよう、世の中にいるのはそんなに怖い生き物ばかりではないんだよという話題を紹介してみたいと思いますが、まずは何と言っても先日発表されたこちらの画期的な研究成果です。

ネコはコタツで丸くなるは嘘?衝撃の事実が話題に/日本(2012年1月19日秒刊サンデー)

雪はこんこんあられやこんこん ・・・という歌詞の童謡『雪』ですが、同曲の歌詞の中に『ネコはコタツで丸くなる』というオチがつけられているのは、恐らく誰でも知っていることではないだろうか。さて、ネコは本当にまるくなるのだろうか?そんな疑問が一気に晴れるような写真がTwitterで話題になっている。さて雪の歌詞どおり、ちゃんと猫は丸くなるのだろうか。

「猫はこたつで丸くなる」はウソ

『雪やこんこ 霰やこんこ。降つても降っても まだ降りやまぬ。犬は喜び 庭駈(か)けまはり、猫は火燵(こたつ)で丸くなる。』(童謡雪より)

否!猫はコタツで丸くならない!こちらの写真はTwitterで話題になったもので、コタツの中の猫を激写した様子。そう言えば猫がコタツの中でどのように過ごしているかはあまり知られていない。試しにGoogleで猫・コタツと調べてみると、沢山の猫とコタツの写真がでてくるが、これと言って本当に丸くなっているような猫の写真は見当たらない。

推測だが、昔に比べ今のネコは経済が豊かになったことで横柄になり、コタツを借り物ではなく我が物顔で占拠する為、悠々自適にスペースを使うタイプの猫が多いのかもしれない。昔の猫は今に比べ食料も不足し、猫も飼い主に遠慮するあまり、コタツのスペースさえも利用するには申し訳なく思い、わざわざ丸くなってスペースを開けたと考えられやしないだろうか。

いずれにせよ単なる『表現』の一環なのかもしれないが、奇麗に丸くなった猫を見てみたいものだ

いやまあ、紹介されている猫の我が物顔ぶりもちょっと標準的とは言い難いんじゃないかとも思うのですが、何となく猫と言えば丸くなっているものと思い込んでいたのが全くの勘違いであったというのはまさしく衝撃的というしかない新事実ではないでしょうか?
一方で昔から「犬は人につき、猫は家につく」という言葉もあるように、人間との関係性を大事にする犬と比べて猫の方は家や土地の方を重視すると言い伝えられてきましたけれども、どうやらそれが正しかったらしいという事実が海外からの報告によって明らかになっています。

姿消した猫が3,000キロ移動、引っ越し先を飛び出し前の家にひょっこり。/オーストラリア(2011年11月14日ナリナリドットコム)

オーストラリアに住むシェリー・ゲールさんと夫のアンドレさんは今年5月、昨春まで住んでいた家に引っ越して来た夫婦から、驚きの連絡を受けたという。それは、シェリーさんの家から消えた愛猫が姿を現したかもしれないというものだった。

豪紙ノーザンテリトリー・ニュースやダンカン・クロニクルによると、オーストラリア北部ベリースプリングスに住むシェリーさんと夫のアンドレさんは昨年3月、飼い猫のジェシーを連れて、アンガーラの街からこの地へ引っ越してきた。オーストラリア中部の南端に位置するアンガーラから、北端にあるベリースプリングスまではおよそ3,000キロ。その遠さから、彼女はほかに飼っていた2匹の猫をゲールさん夫婦の後にアンガーラの家に入る夫婦に譲り、ジェシーだけを連れてきたそうだ。

引っ越して2週間、ジェシーも慣れない土地での生活に「落ち着いたと思っていた」というシェリーさん。ところがその直後、ジェシーの行方が分からなくなったという。一向に姿が見つからないまま時は流れ、気が付けばそのまま1年以上が経過。ところが、今年5月に驚きの連絡がもたらされた。

連絡をしてきたのは、前に住んでいたアンガーラの家に引っ越して来た夫婦。その直前、夫婦は引き取った2匹の猫が、見慣れない猫と一緒に遊んでいるのを見かけ、「おかしな感じがした」と思ったという。

あまりに仲良さそうに振る舞う3匹の姿に、見慣れない猫が「野良猫ではないと思った」という夫婦は、その猫の写真を撮ってシェリーさんに連絡を入れた。すると、写真を見た彼女も「ジェシーに間違いないわ」と認め、愛猫が1年かけて3,000キロの道のりを移動したことが発覚。この事実に、シェリーさんも「どう説明したら良いのか」と、愛猫の帰巣本能に驚いているそうだ。

ジェシーはもともと「車に乗るのが苦手」だったそうで、シェリーさんはアンガーラまで「歩いたと思う」と推測。砂漠地帯が広がるオーストラリア中央部を縦断し、1年かけて北端から南端まで歩き続けたのではと、ジェシーは飼い主すら信じられない行動を取ったと見られている。現在はアンガーラの家にジェシーも引き取られ、3匹一緒に仲良く暮らしているそうで、ジェシーにとっては新たな土地での生活よりも、アンガーラでの慣れた生活の方がどうしても諦められなかったのかもしれない。

しかしこの驚くべき大旅行のニュース、家族愛にあふれた犬であれば名犬ラッシーものの美談になっていたのでしょうけれども、どうも猫の場合は恩知らずと言うかドライと言うべきか、何とも評価し難いような話になってしまうのですねえ…
これまた昔から「ブタもおだてりゃ木に登る」という言葉がありますけれども、どうやら持ち上げ方次第では木に登る以外にも様々な技を披露してくれるらしいというのがこちらのニュースです。

逆立ちするブタが人気者に/中国(2012年12月12日AFP)

【12月12日 AFP】中国のインターネット・ユーザーの間で、前足だけで逆立ち歩きができるブタの「強」が人気を博している。強には後ろ足がないが、30キログラムの体重を前足だけで支えて歩くことができ、先ごろ賞も獲得した。

その驚くべき実態はリンク先の写真を参照いただければと思いますが、しかし何しろ中国であるだけにいずれ成長すれば「歩けないブタはただのブタだ」なんて扱いを…
カラスと言えば近年ますますその高い知能が注目されるようになっていますけれども、どうやらまたもや想像を超える知性を発揮していたらしいというのがこちらの驚くべき映像です。

屋根をスイーッと滑るカラス、スノーボードのように斜面で“一人遊び”。/露(2012年1月14日ナリナリドットコム)

順応力や学習能力の高さなど、鳥の中でも頭が良いことで知られ、日本人にとっては良くも悪くもなじみ深いカラス。これまでも彼らの高い能力を示すさまざまな行動・習性が報告されていますが、いま、動画に収められたカラスのある行動が、欧米のネットを中心に話題を呼んでいます。

米ラジオ局NPRや英紙デイリー・ミラーなどによると、その動画(http://www.youtube.com/watch?v=6uXiAe7Oc-I)は1月9日付けでロシアから投稿されたもの。家の窓から外にカメラを向けて撮影した動画には、雪の積もった隣家の屋根の上でなにかの瓶のフタのような円盤状の物体に乗り、スノーボードのように傾斜を滑り降りるカラスの姿が記録されています。

カラスは屋根のてっぺんからフタに乗ると、器用に羽でバランスをとりながら下のほうへスイーッ。そして止まった後はまたそのフタを口に咥えて、てっぺんまで飛んで戻るのです。1分20秒あまりの動画ではその行動が2度ほど繰り返されているだけですが、雪の斜面に残された跡を見る限り、撮影を始める以前にも同じように楽しんでいたものと思われます。

撮影者は驚きつつも、カラスの意外な行動に感心している様子。そばで見ていた子どもは「もしかしたら、あのカラスは僕たちをおちょくっているのかもね」とコメントしています。

カラスが“一人遊び”で見せるこの才能、皆さんもご覧になってみてはいかがでしょうか。

これはとにもかくにもリンク先の画像を参照いただかないことには話になりませんが、どう見ても偶然そうなったとか他の目的で行ったことがたまたまそう見えたという様子ではなく、明らかに滑るということ自体を目的にしているとしか見えませんね。
カラスであればこれくらいのことはやってのけて当然という方々には、こちらゲームをするは虫類というものが話題になっていることもお伝えしておかなければならないでしょう。

ゲームで遊ぶトカゲちゃん、腕前は高橋名人級!?(2011年12月18日GIZMODE)

流石ぁ~

今までも、iPadと戯れるワンちゃんや猫ちゃんの姿に、心をトロケさせていたと思いますけど...、それは、出来ない事を一生懸命やってるけど、あんまり上手くいかない赤ちゃんを見ているようなかんじでしたよね?

でも、このフトアゴヒゲトカゲちゃんは、おおおおっ!ですよ。舌で次から次へと虫をキャッチ! 人間の指と互角なスコアをたたき出しそうなかんじです。ちょっとアタフタするところもあったりして、カワイイ~。

ワンちゃん、ネコちゃんもカワイイので、オマケだよ。

ちなみに文中にもあります通りリンク先の元記事には犬や猫のチャレンジ動画も掲載されているのですが、やはり何と言ってもトカゲの巧緻極まる舌の動きとは全く比較にもなりませんよね(もっとも、事後のiPadの始末もそれなりに面倒なのではないかと思いますが…)。
寒いこの時期は暖かさこそ何よりの贅沢ですけれども、動物を殺して毛皮にするなどとんでもない!という環境保護団体の声にこたえて、こんな画期的なナマ毛皮スーツ?が製作されたというニュースです。

女の子「野生のアライグマスーツの作り方を思いついた!」/カナダ(2011年12月5日らばQ)

毛皮のコートがステータスとされた時代もありましたが、動物愛護の観点から堂々と着用するのは難しくなっています。

毛皮好きだけど、動物も守りたい、そんな矛盾する願望を同時に満たす、アライグマスーツの作り方を思いついた女性がいました。

彼女の無謀な挑戦をご覧ください。

なんと、生きたままのアライグマを、そのままスーツにするようです。

作り方は以下の通り。
(略)
……説明は以上ですが、欧米人はやはりワイルドな人が多いといいますか、発想が変な方向に抜きん出ているようです。

とりあえず、他の追随を許さない斬新なファッション、という点では成功のようです。

敢えてその詳細を知りたいという方はリンク先の画期的な方法論を数々の驚くべき画像と共に参照いただければと思いますけれども、これは何と言いますか…とりあえず暖かくはなりそうですけれども、ねえ…
最後に取り上げますのはご存知こちらブリからの話題ですが、さすが世界に冠たる変態国家だけに妙な生き物も棲息しているらしい…という理解でよろしいのでしょうか?

笑顔になりたい方必見! 手を使っておやつを食べるワンコの動画/英(2011年12月17日ロケットニュース24)

手を使って器用におやつを食べるワンコが現れた。よく見ると、顔は犬で手は人間!! 人間と犬のかけ合わせか!?……なわけない。みなさんおわかりのとおり、人間とワンコによる二人羽織の様子を収めた動画なのだが、これがいまインターネット上で大きな話題を呼んでいるのだ。

イギリス在住のガイさんは、以前YouTubeで二人羽織をした猫がピアノをひく姿を見て、自分も愛犬のビズルくんと何かやってみたいと思いこの動画を撮ったそうだ。食べることが大好きなビズルくんにはこれしかないと彼が考えたのは、おやつを食べさせること。

実際にやってみると、これが思った以上の出来で、撮影を手伝ったガールフレンドも笑いをこらえるのに必死な様子。ビズルくんとガイさんの息の合った二人羽織は、瞬く間に話題となり、YouTubeに動画「Bizzle gets some Dunkers.」をアップしてから約2週間で再生回数200万回に迫るほどの人気ぶりである。

「今日はまだ一回も笑っていないなあ……」という方には、ぜひ一度見ていただきたい動画だ。ビズルくんの物欲しげな表情がなんとも言えず、きっとあなたも笑顔がこぼれることだろう。

参照元:YouTube GixxxerG

…何と言いますか、21世紀になって発見された新種のブリ種であるなどと紹介されても全く違和感がないほど馴染んでいるようなんですが。
しかし世の中にはこういう笑える犬もいるわけですから、甲斐原君も今回の思いがけない事件に懲りずにまた犬と向き合っていってもらいたいものです。

今日のぐり:「お好み焼き 万代」

広島と言えばご存知お好み焼きということで、どこに行ってもお好み焼き屋は沢山ありますけれども、こちら広島市北部にあるスーパー「マルナカ可部店」に併設された「万代」さんは、広島風のみならず関西風も出すと言うスタイルのお店のようですね。
ショッピングモールの敷地内にあるのでもしやと思いましたら、やはりマルナカ系列のお店であるようで、こういうスーパーのやっているお好み焼き屋というのもどうなのかなとも思うのですが(偏見)、とりあえずは無難に広島風の肉玉モダンをダブルのうどんで頼んでみました(ちなみにダブルになったのは同行者のオーダーによるものです…(喀血))。

さて、待つことしばしで運ばれて来たモダン焼き、こちらの場合は讃岐うどんの生麺を店内で茹でているということなんですが、そのせいもあってかそばよりも生のうどんっぽいぷるぷるもちもしした食感が強調されていることもあって、とにかく腹は膨れますね。
うどん自体がもともと焼いてもそばほど縮まないせいかこれならシングルで十分という感じで、広島風の場合は関西風ほど生地の小麦粉風味が前に出ませんからうどんもありかな?とも思うのですが、それでもお好み焼き部分との一体感では慣れているせいもあってかそばの方がマッチングがいいようにも感じられ、どちらかを選ぶなら個人的にはそばの方かな?とも思います。
全体的な味としては特記するような特徴あるものではないんですが、焼き具合や具材のバランスにしてもソースとのマッチングにしても特に破綻することなく普通においしくいただける水準レベルのモダン焼きという印象ですし、広島風のモダンとして考えるとかなり割安感があるのもこちらの売りの一つなのでしょうかね。
ところで他のお客さんの様子を見ていますと、おじちゃんもおばちゃんも地元の人は皆コテなのに余所者は箸使用で出自がバレバレなんですが、そう言えば広島の一部お好み焼き店ではお好み焼きを食べるのに箸を所望なんて言えば店主の機嫌が悪くなるという噂は本当なんでしょうかね?(こちらでは普通に箸が用意されていますけれども)

食事時ということもあってか店内はかなり満席に近いのですが、さすがにほとんどのオーダーは広島風ということもあって自分で焼いている人はいないようですけれども、一応テーブルには「関西風お好み焼きの美味しい焼き方」なるボードも用意されているのはいいとして、これがかなり詳細というよりも煩雑で細かいというくらいのものですから、皆さんきちんとこの通りに焼けるものか?という気もしました。
ちなみにこちらでは関西風は必ずテーブルの鉄板で自分で焼くようになっているようなのですが、単に人手やオペレーションの都合かと思い込んでいましたら同店のHPによると「厨房内の鉄板は広島風専用で、温度差が大きく関西風を上手く焼くことができません」ということのようで、そう考えるとやはり店のベースは広島風なんでしょうね。
接遇面では一部フロアスタッフにはまだまだ未熟なところも多々あるんですが、マニュアル対応を基本としてそれなりに丁寧にと言う意識は見えるようですから、店長さんも割合熱心なようですからいずれ慣れてくれば改善される範囲なのかなという印象でした。

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2012年2月 4日 (土)

ジャーナリズムは変えられずとも、ネットはさらに身近なものに

先日BLOGOSでネットメディアに関する座談会があり、その内容を興味深く拝見していたのですが部分的に抜粋させていただきましょう。
ちなみに当日の参加者はこちらですが、どこにでも出かけるフリーの立場を標榜しているとは言え既存メディア専属の人間は参加していないという点には留意ください。

司会:大谷広太(BLOGOS編集長)
アナウンサー:小口絵理子
コメンテイター:須田慎一郎(経済ジャーナリスト)
ゲスト:岩上安身(IWJ代表・ジャーナリスト)
    畠山理仁(フリーランスライター・自由報道協会広報)
    亀松太郎(ニコニコニュース編集長)

さて、冒頭でまず司会の大谷氏から3.11を境に既存マスメディアの位置づけが変わってきたのではないかという問題提起があり、これに対して岩上氏がネットメディアにおいて速報性や即時性は当たり前のことであって、何よりネットメディアには情報量に制約がない、その気になれば24時間ずっと生情報を発信することも出来るのが最大の優位性であると主張します。
これに対して須田氏がジャーナリズムの役割とは素材そのままの提供にとどまるのではなく検証作業が必要であるはずだが、それではネットメディアの検証作業とはどのように行われているのか?という問いかけを行った場面がこちらです。

ネットメディアはジャーナリズムを変えられていない(2012年1月20日BLOGOS)より抜粋

岩上:今までの既存のジャーナリズムっていうのは。例えば、文字にするとかね。そうすると、須田さんが「○○が△△という場所でこんなことを言った」という取材をされた時に、その裏(証拠)をとれているのか…という話になるわけですよ。ところが、そういったワンクッション置いた、間接的な話ではなくて、取材先の発言をそのまま出してしまっているわけです。早い話が、既存メディアで文字を書いていた時の“裏どり”に当たるものが、最初から丸出しになっている。そういう状況にあるわけですね。

須田:ということは“検証していない”というわけですね。

岩上:いや、検証していないわけじゃなくて。例えば、このように中継で流れてるわけじゃない?それで、須田さんがこの番組でこんな発言したという検証は、この放送で成立するわけですよ。

須田:いや、つまりね。内容に対する事実かどうかという検証作業は?

岩上:内容に対する事実かどうかというんじゃなくて。発言が事実かどうかの検証は可能。今度はその発言の内容が、もっと深掘りできるかというテーマは残っていると思います。つまり、これまでの検証というものは、事実確認というもの。それを深めていく時にどうすればいいのか。調査報道も必要でしょう。

須田:だからね、これはお二方にもぜひ伺いたいんですけれども。インタビューをとりましたと。その発言が事実かどうなのか。要するに、事実じゃないことを伝えるとなると、さきほどから批判されているように“デマを拡散している”というところにもつながっているんだけども。その事実の確認作業というのは、どんな風に受け止められていますか?ちょっと挑発的な物の言い方をしてますけども。

亀松:そこに関していうとですね。検証した上で情報を伝えていくというジャーナリズムでいうと、我々ニコニコ動画だったり、ニコニコニュースは、いわゆる既存メディアの報道局に比べれば、人数にしても、ノウハウにしても、個人の資質という面でも、まだまだ及ぶものではないと思っているんですね。

そういう意味で行くと、我々は“プラットホーム”っていうことに、重点を置いていこうと、今のところは考えていて。例えば、官僚が発言している内容が正しいかどうかを突きつめて検証することをすることを我々自身がやることは難しい。そこまで力がないかもしれないとは思っているんです。ただ一方で、僕らがやったこととしては。例えば、放射能の専門家だったり、色々な大学の先生。原発に対するスタンスも反原発の人もいれば、肯定的な人も呼んで。その専門家の話を伝えていく。議論させていくという形を作るということで、そういった検証作業に寄与できればなと思ってます。

須田:そのプラットホームの中で、伝えながら検証作業をやっていく

亀松:そうですね。それは別にネットメディアというわけでなく、ニコニコ動画に関してですね。元々がプラットホームという位置づけがありますんで。もちろん、中には自分たちが検証できるものもあったりはする。そういったものはね、やったりはしますけれども。ただすべてに渡って、我々自身が検証できるかというと、そこまでのリソースはないと思っています。
(略)
須田:私はね、既存メディアの最大の問題点というのは、その検証作業が見ることができないブラックボックスになっていることだと思うんです。それに対して、ネットメディアの検証作業は非常に透明性が高い。見ることができる。あるいは参加することができる。 だから、その検証作業についての検証といったらいいのかな。可能になっているというのは、ネットメディアの強みになるんではないかなと思うんですよね。

畠山:報道過程の可視化ということですよね。だから、私が取材しているところも丸々見えてしまって、その結果、私が書いた記事っていうのが「くだらねえなあ」という風にバレてしまうものでもあるかもしれない。ただ、今までの既存メディアでは、記者会見だってオープンになっていなかったから、どんな質問をして、それがどのような形で報じられるかっていうのが全く分からなかったのが、先ほど須田さんがおっしゃったように、見ている方々にとってもわかるようになったという意味では大きな変化だと思います。

須田:そういった意味で言うと、よく(雑誌などにある)“関係者によれば”とか“事情通によると”といったことが許されないのがネットメディアなんじゃないかなと。

かねて言われている通り、情報ソースそのものをそのままの形で提供する(できる)というスタイルが現状のネットメディアの強みでもあり、弱みでもあるのかなという気がします。
特定の属性に染まった個人や集団が編集作業を行うのではなく、その部分は全て情報の受け手に委ねてしまう、バイアスのかかっていない生情報から各人各様の意義なり結論なりを導き出せるというのがネットメディアの強みでもあり、既存メディアによる情報操作に憤るユーザーにもっとも支持されてきた部分ですよね。
一方で分散型処理と言えば聞こえはいいですが、このやり方ですと下手をすれば何が一番の情報のポイントであるのかという部分が伝わりにくい事に加えて情報密度が低くなりすぎる、例えば最近では国会の様子なども地上波、ネット双方で流れていますけれども、あれを延々とチェックしていられるというのはよほどに非生産的な生活を送っている人しかいないのではないでしょうか?
となると、ネット上の量だけは圧倒的に多い情報をどこかで整理していく必要があるということで、例えば自分と意見の近い人間の多く集まる掲示板やブログ、ツイッターなどである程度整理された情報をチェックするといったやり方をしている人も多いでしょう。

こうした事から言えるのはネットメディアの利用が一般的になるにつれて、かつてテレビや新聞といったマスメディアだけが情報発信の主体であった時代に見られたような「クラス中のみんなが昨夜のドリフのネタを知っている」という現象はなくなってしまい、各人の持つ情報の内容がてんでバラバラになっていくだろうということですよね。
また単に方向性が異なるだけでなく質的にも量的にも、どの程度の手間暇や情熱をかけて情報を収集するかということが情報格差を拡大させていくだろうとも予想されますが、そういう世の中になってきますと昨今平易なニュース解説を行う人々がマスメディア上でも人気を博しているのと同様に、簡単に分かりやすくネット上の情報を提示してくれるサービスに大きなビジネスチャンスがありそうです。
近頃ではお気に入りのサイトやネットメディアの情報を自動で巡回して新聞や雑誌のように閲覧できるアプリなども普及してきていますが、しばしば「情弱」などと言われてきたエンドユーザーにおいてもこうした需要はやはり大きかったのだなと再認識させられるのがこちらの記事です。

スマホ普及で2chまとめ一般化か(2012年2月2日livedoorニュース)

J-CASTニュースで、『スマホのアプリで「2ちゃんねる」にハマってしまった』という記事が掲載された。この記事では、それまでは無縁だったものの、スマホにアプリを入れたことで2ちゃんねるを読むようになり、面白がっている40代男性がいることを紹介している。これを受け、2ちゃんねるに「【ネット】40代男性「スマホアプリで2ちゃんねるにハマってしまった。『自分の人生に必要ないもの』だと思っていたが、暇つぶしにいい」というスレッドが立った。

このスレッドには、「ようこそw」「2chはネット界に置ける悪の巣窟みたいに言われてたけどなんだかんだ有りながらちょいちょい活躍してるんだよねw」(原文ママ)という感想が書き込まれており、やや自虐的ながらも、少し誇らしい気持ちを抱いた2ちゃんねるユーザーもいるようだ。

しかし、記事内でコメントした40代男性が見ているのは「泣ける話 2ちゃんねる」「笑える話 2ちゃんねる」などの、2ちゃんねるのなかで語られた話をまとめたアプリであり、2ちゃんねるの本スレッドではないため、「2ch本体を見ないと意味がないだろ」との指摘も。

スマホにしてから2ちゃんねるのまとめサイトを見るようになった人は女性にも多く、筆者の周囲の女性からも

「ヤバい、スマホ買ってから暇さえあれば2ちゃんねるのまとめサイトばかり見るようになりました。こんな面白いもの、なんで今までみなかったんだろう」(リース業・28歳女性)
「最近、仕事と飲み以外の生活が2ちゃんねるのまとめサイトをアプリで見ることだけになってもうた」(広告・23歳女性)

という声が聞こえてくる。

事実、2ちゃんねるのまとめサイトをさらに“まとめ”たスマホアプリは多数存在し、人気の高いものも少なくない。アンドロイドアプリ紹介サイトAppmaxは、同サイトのアプリを通してダウンロードされた数と、実際にアプリを使用した時間や回数などを独自に収集・解析したデータを元に、【今週の人気アプリランキングTOP10】を毎週発表している。1月28日のランキングのトップ10には、グリーやモバゲー、ツイッター、無料通話可能な「LINE」などにまじり、2ちゃんねるのまとめアプリ2本と2ちゃんねる専用ビューワー1本がランクイン。スマートフォンとアプリの普及により、2ちゃんねるで語られた内容が、あちこちに拡散しているようだ。
(R25編集部)

こうしたまとめサイトと言えばアフィ問題といったものとの絡みもあって、しばしばコアな層からは「自分では何も生まず他人の書いたコンテンツを切り貼りするだけで商売しているケシカラン連中だ」とやっかまれるようなところもありますが、あまりその方向を突き詰めると報道というもの自体が事実に忠実であろうとするほど何らの新しいものも生み出せない商売だということにもなりかねません。
例えば以前にも主婦層向けにスーパーの安売り情報をまとめて比較できるサイトが人気だと言う話もありましたが、ネット時代に至り激増し発散し続ける一方の情報を整理し分かりやすくまとめるという作業そのものも立派にお金の取れる「仕事」と言えるのではないかなという気がします。
ただしそこにはかならず取捨択一という作業が欠かせないだけに、何をもって有益あるいは無益だと判断するかという当事者のバイアスが必ずかかってくるということは利用者も理解しておかなければならないですし、また場合によってはこうした特性を利用して積極的な情報操作をすることも出来るということですが、そうしたリスクをどう評価していくかです。

2chを始めネット上ではいかにもその他大勢の中の一人のような顔をしながら、特定の立場から議論の流れを作っていくという作業を商売として請け負っている「工作員」の存在が噂され、実際にたびたび工作員の正体が特定されたという話も上がってきますが、考えて見れば「我々が世論を正しく導かなければ!(キリッ!」と使命感に燃える大手新聞を始めとして、既存マスメディアとは元々そうした性質を持っていたものです。
昨今彼らが「ネットの情報は嘘ばかり!」と宣伝する道具に重宝しているステマ問題なども元を正せばテレビなどがもっとも得意としてきた手法であって、要するにこうした問題は別にネット上に情報源が移行したが故に出現したものでもないし、言ってみれば元から存在し誰もが許容してきた既知のリスクに過ぎないとも言えるでしょう。
ただしそれら既存のリスクとの最大の違いはテレビにしろ新聞・雑誌にしろ全国レベルで影響力を発揮していたのはわずかに数社であり、言い方を変えればごく僅かな一部を支配するだけで国中の言論を支配できたのに対して、ネット上では誰でも好き放題に情報発信を行えるという性質から、ありとあらゆる立場の情報操作が飛び交った結果として全体としては偏りも平均化されていくだろうと言うことでしょうか。

そう考えると急伸するネットの危険性を過度に煽り立てるのもまた偏っているのかなという気がしますし、ネットの利点と欠点を知った上での正しい利用を心得ていくことは、情報に対するリテラシー向上にも役立つのではないかなと言う気がします。
しかし朝日と産経が社説を介して激論するような状況がネット上では年中どこかで当たり前に起こっていると考えれば、世の中に数多いるだろう野次馬根性の強い人間には「こんな面白いもの、なんで今までみなかったんだろう」とハマってしまうのも当然でしょうが、何事にも節度というものは必要でしょうかね(苦笑)。

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2012年2月 3日 (金)

ふたたび栃木でてんかん患者による交通事故が明らかに

昨春頃に一連のてんかん患者が絡んだ悲惨な交通事故報道が相次ぎ注目を浴びたのは記憶に新しいところですが、再びてんかん患者が世間の注目を浴びそうな事故が起こってしまったようです。

5カ月後、再び事故/栃木(2012年2月1日朝日新聞)

 昨年7月に宇都宮市内で交通事故を起こした30代の男性が、事故後に「てんかんの疑い」と診断され、その5カ月後にも6人が重軽傷を負う事故を起こしていたことが、県警と男性への取材で分かった。県警は最初の事故後、免許取り消し処分も検討したが「疑い」では困難と判断。男性は運転を続けていた。県警は何らかの対応策がとれなかったのか検証を始めた。

 県警と男性によると、男性は昨年7月末、同市内で車を運転中に前方の車に追突。「衝突した時のことを覚えていない」などと話し、その後に「てんかんの疑い」との診断書が出されたという。男性は事故の約3週間前に「生まれて初めて」発作を起こして意識を失うことがあった。

 県警は診断後、男性の免許を取り消すなどの行政処分を検討。だが「推定無罪の論理と同じ」(捜査関係者)で、疑いでは困難と判断した。そのため、男性に運転を控える趣旨の誓約書を書かせた。

 だが事故から5カ月後の昨年末、男性は同市内で軽乗用車を運転中に計4台がからむ事故を起こし、本人を含めて6人が重軽傷を負った。男性はその数日前に医師から正式にてんかんとの診断を受けたという。

 捜査関係者によると、県警は事態を重く見て、当時の捜査や対応に不備がなかったのかを調べる検証チームを立ち上げ、調査を進めている。

 道路交通法では、てんかん患者は一定期間発作が起こらず、その後も起こる恐れがないなどと診断されれば運転免許を取得できる。患者が発作を起こしたり、免許取得後に病気と診断されたりすれば、警察は公安委員会を通じて行政処分が出せる。だが、運転免許取得に制限のある病気が「判明した」場合としており、疑い段階では適用できない

 県内では昨年4月、鹿沼市内で男(26)がクレーン車を運転中にてんかん発作を起こし、登校中の児童6人を死亡させる事故があった。男がその3年前に事故を起こした際、てんかん患者との情報がありながら県警は居眠り運転として処理。当時の捜査を県警は「不十分だった」とし、事故捜査の徹底などを再発防止策として掲げていた。

 今回のケースについて、捜査関係者は「2度目を防げなかった忸怩(じく・じ)たる思いはある。ただ、今の法律では警察としては何もできなかった。我々が勝手に法律を解釈するわけにはいかない」ともらした。

 ●法律の狭間 改めて浮き彫り

  《解説》「法律に基づかない処分はできない。だが、このまま放置してもいけない。非常に難しい問題だ」。県警幹部のひとりは今回の事故についてこう語った。県警は鹿沼市の児童6人死亡事故を教訓に、病気の照会などの捜査を進めた。その結果、「誓約書」という法的根拠のない手段しかとれなかった

 一方で男性は朝日新聞の取材に対し、「(てんかんの疑いと診断され)運転への恐怖心はあった。ただ、医師からも警察からも禁止ではなく、『できるだけ控えるように』と言われたので」と明かした。薬は朝晩欠かさずに飲み、通勤の時だけ運転したという。病気が持つ危険性を理解しながら、仕事をする上で車が欠かせないとして運転を続け、再び事故を起こしてしまったという。

 鹿沼市の事故の遺族らが現行法の改正を求めるなど、関心が高まるなかで、法律の狭間が改めて浮き彫りになった。(山岸玲)

昨年大いに話題になった同じ栃木でのクレーン車事故では、てんかんの持病がある運転手が過去にもたびたび発作によると思われる事故を繰り返しながら前夜も夜更かしをして寝不足だった上に薬を飲み忘れるなど、社会的責任としてもそれはどうなのかと思われる行動をとっていたことが大いに批判を浴びたものでした。
今回の事件においても過去にも重大事故を起こし、警察との間に運転はしないとの誓約書まで書いた上で運転を続け事故を起こしたというのですから困ったものですが、地方における車社会という背景事情や法的体制の不備、あるいは医療面においても診断未確定患者への患者指導など様々な課題が浮かび上がってきます。
そのクレーン車事故ではちょうど遺族が運転手や親、雇用先の会社に対して損害賠償を求めた民事訴訟が進んでいますけれども、法廷戦術上当然とは言えこれがまた世間の誤解と非難を助長しそうな状況になっている様子なのが気になりますね。

クレーン車事故 「母と勤務先の責任問う」/栃木(2012年2月2日読売新聞)

民事訴訟初弁論 遺族、涙の訴え

 鹿沼市で昨年4月、登校中の児童6人がクレーン車にはねられて死亡した事故で、自動車運転過失致死罪での有罪(懲役7年)が確定した元運転手、柴田将人受刑者(26)らを相手取った民事訴訟の口頭弁論が1日、宇都宮地裁で始まった。原告側は、柴田受刑者の母親(49)や当時の勤務先の責任も追及していく考えだ。

 訴えられているのは、柴田受刑者と、柴田受刑者の母親、当時の勤務先の建設会社の3者。原告側は、てんかんの発作で意識を失って事故を起こした柴田受刑者の母親の責任を「発作を知りながら自動車を買い与え、違法な運転を助長した」などと主張。元勤務先についても「(過去に)意識を失う事故があっても精密検査の指示をせず、漫然と運転させていた」と指摘している。

 被告側は法廷に姿を見せず、準備書面のみ提出した。3者とも争う姿勢を示したが、柴田受刑者と元勤務先の代理人は反論の内容を次回以降明らかにするとした。母親の代理人は「母親に成人である被告の監督義務はない」などと反論した。

 この日は、大森卓馬君(当時11歳)の父・利夫さん(47)が「刑事責任に問えなかった母親と勤務先の責任を問う意義がある」などと涙ながらに意見陳述し、約30分で終了した。閉廷後の遺族の記者会見では、被告側の欠席について「子どもたちに失礼だ」との非難の声が上がった。

 元勤務先の建設会社は事故の影響もあって受注が減り、昨年5月に別会社を設立。新会社が受けた業務を行う際に重機を貸し出すなどして営業を続けている。幹部は「命はお金には代えられない。(裁判に)出席したい気持ちはあるのだが」と心情を吐露した。

 次回弁論は3月28日。

「事故は防げた」 クレーン車事故訴訟で遺族 /栃木(2012年2月1日日本経済新聞)

 栃木県鹿沼市の国道で昨年4月、クレーン車にはねられ死亡した小学生6人の遺族34人が、運転中にてんかん発作を起こした柴田将人受刑者(26)=懲役7年の一審判決が確定=と母親、勤務先だった同市の「小太刀重機」に計約3億7千万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が1日、宇都宮地裁(竹内民生裁判長)であった。

 意見陳述で、6年、大森卓馬君(当時11)の父、利夫さん(47)は「事故は防げた。次の犠牲者を出さないよう、刑事事件で問えなかった母親や小太刀重機の法的責任を明確にしてほしい」と遺族を代表して語った。

 母親の代理人弁護士は答弁書で「柴田受刑者は成人で、親の管理を離れている。家庭内で暴力を振るうなど、運転をやめさせるのは現実的に不可能だった」と反論。小太刀重機側も請求棄却を求め、争う姿勢を示した。〔共同〕

 被害者側からすれば色々と言いたいことは多々ありそうな裁判が予想されるのですが、この事件の行き先として例えば母親側の弁護士による主張のように「本人が悪い。周囲にそれを制止するのは不可能であった」という主張をするということになると、それではてんかん患者個々に対しての法的・社会的規制を今まで以上に強化しなければ事故は防げないということになりそうですよね。
一方で雇用主側にしてみればてんかん患者を雇ったことによって社会的批判は浴び仕事は減るわ、今度は巨額の損害賠償まで要求されるわで何一つ良いことがなかった、それならば今後は二度とこんな連中とは関わらないことにしようということになると、これまた数多のてんかん患者にとっては社会進出が大いに阻害されるという結果につながります。
一連の事故に対して患者団体側が盛んに懸念を表明しているように、一人の患者が疾患に対していい加減なことを続けてきた結果が全てのてんかん患者の不幸に結びつくという怖さがここにありますが、実はそれ以上に医療の側からもこうした経緯はかなり怖い状況にもなりかねないという懸念がありそうですね。

てんかんの診断と言えば特徴的な脳波異常などは教科書的に出てきますが、多くの疾患と同様にてんかんにおいても脳波等が正常であるということはてんかんではないという除外診断とは結びつかず、てんかん学会のガイドラインでも状況を総合的に判断し診断する必要性と同時に「てんかんの診断は患者にとって、身体的、精神的、社会的、経済的に重要な意味を持つ」とわざわざ言及しています。
つまりそれだけてんかんであるという診断は医学的見地のみならず社会的見地からも慎重に下されるべきであるとされている以上、冒頭の記事において診断を担当した医師があくまで「てんかんの疑い」という曖昧な表現に留めたのもそれだけの確定的証拠がない以上やむを得なかったことなのでしょうが、医学的には妥当と思われる態度も社会的に見ればどうかということです。
冒頭の記事にあるようにてんかんであるかないかという点で法的に取り得る対応が全く変わってしまうという事情がある以上、例えばこうした事故を受けて被害者側から民事訴訟を行う場合、弁護士としては法律に基づいて明確な運転禁止処分が出せないことが明らかな警察よりも、状況を総合的に判断すればてんかんの診断に至り得た可能性がある医師の方が与しやすしと考える可能性もありそうですよね。

無論そんな事態になれば医療業界を挙げての大騒ぎになりそうですが、有名な「いわき病院事件」のように外出中の患者が殺人事件を起こした結果外出許可を与えた病院側が訴えられただとか、昨年末に明らかになったように病院の治療がまずかったせいで保険金支払い額が跳ね上がったと保険会社が病院を訴えたりだとか、民事訴訟というのはあくまで「より確実に取れそうな相手を狙う」のが基本だということです。
社会がてんかん患者への対応に苦慮して法的にガチガチに縛り上げていけば行くほど、曖昧で主体的判断の残る余地がある部分にしか法廷で付け入る隙がなくなるということになりそうですが、不幸にして医療現場というところは診断であれ治療であれ多くの場合曖昧模糊としている上に、しばしば法的対応も極めて未熟であるという現実がありますので…

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2012年2月 2日 (木)

沖縄でまたも事件が

先日も沖縄県の離島産科医療崩壊の話題を取り上げたばかりですが、今日もまた沖縄関連の話題を取り上げたいと思います。

県が遺族を提訴「遺体引き取り、火葬を」(2012年1月31日日刊スポーツ)

 沖縄県立中部病院(同県うるま市)で死亡した30代男性の遺体を遺族が1年5カ月も引き取らず、衛生管理に支障が出ているとして、県は31日までに、母親に遺体を引き取り火葬するよう求める訴訟を那覇地裁に起こした。

 県は病院があるうるま市と、男性の住民票がある金武町にも、いずれかでの遺体引き取りを求める訴訟を起こした。

 訴状によると、男性は2010年7月に多臓器不全で死亡。病院は母親に遺体を引き取るよう要求したが、拒否された。病院の保管冷蔵庫は2基しかなく、遺体の腐敗も完全に防げないため、県は「病院の施設管理権が侵害された」としている。

 県などによると、男性は酒を飲んだ後に吐いて同病院に搬送されたが、意識が戻らないまま死亡した。遺族側は「病院に過失があったのが死亡の原因だ」として引き取りを拒否しているという。

 引き取る遺族がいない場合に市町村に火葬義務があると規定した墓地埋葬法などを根拠に、うるま市や金武町の引き取りも求めている。

 金武町は「町が対応する事案ではない」、うるま市は「弁護士と相談して対応を決めたい」としている。(共同)

不幸にしてお亡くなりになりました男性のご冥福をお祈りいたします。
記事からはあまり詳しい状況は判りませんけれども、飲酒後の嘔吐から多臓器不全で死亡云々という話から元々深刻なアルコール性肝障害で嘔吐と共に多量の消化管出血を来たし、肝不全が一気に進行し肝腎症候群を呈して永眠…といった状況ででもあったのか?とも想像しておりましたら、どうも未確認情報によればもう少し複雑な経緯であったようなのですね。

109 名前:名無しさん@12周年[] 投稿日:2012/01/31(火) 14:27:08.20 ID:GtZ5hUVJ0

>>1
これソースがサンケイだよな
地元新聞によると

>訴状などによると、
>男性は2007年に同病院に緊急搬送された後、
誤嚥性肺炎が原因で植物状態となり、
10年7月に多機能不全で死亡した

とあるな。で、

>男性が植物状態になったことを医療ミスと主張する遺族は、
>「遺体を引き取るので院長名の報告書を何度も求めたが、出なかった。
病院側が不誠実だった。話し合うつもりはあるのに残念だ。真実が知りたい
>と述べた

だと

若年者が誤嚥性肺炎で意識が戻らないまま植物状態になって亡くなったと言うのですから発症時には直ちに命に関わるような相当に重篤な状況であったのかなとも思いますが、むしろこの状態で三年間も維持出来ていたというのですからかなり濃厚な治療を受けていたのではないかと言う気はします。
こうしたケースは時々あるなと思ってちょいと検索してみましたところ、2009年に愛知県は名大病院でも同様の引き取り拒否事件があったことを当「ぐり研」でも取り上げていましたが、結局この時は遺族の希望通り同県内で運用されている「剖検運営システム」による解剖が行われ一件落着したということです。
こうした状況に至る背景としてほぼ例外なく何らかの医療紛争が絡んでいると見ていいと思うのですが、医療に限らず仮に事の経緯のどこかにミスなりが絡んで重大な結果になったという場合、どこの業界であってもミスを隠蔽したいと言うのであればさっさと証拠を隠滅しようと思うのが当たり前の発想でしょうが、この場合はむしろ病院側では一番の証拠ともなり得るご遺体を早く引き渡したいと言っている形です。
名大の件などは死亡の状況を明らかにするために第三者による解剖を要求していたというのでまだ理解は出来るのですが、今回の場合はそういうわけでもなくただご遺体が腐敗していくに任せている、かといって病院側がケシカランことをやったと証拠保全をするなり訴訟を起こすなりというのでもなく、ただ単に誠意ある対応がない限りは引き取らないと言っているのが何とも煮え切らないですよね。

同病院ではちょうど一年前に透析カテーテルの挿入事故で患者が亡くなったと発表があったばかりで地元民はナーバスになっているのかも知れませんが、以前には耳鼻科医が過労死したり小児科医が不整脈で倒れるなど院内勤務態勢にも問題が少なからずあったようですから、遺族がその気になれば直接間接に突っ込みどころは幾らでもあるんじゃないかという気もするのですが、そういう気配もないようですね。
遺族の言う「真実」が存在していたとしても、県立病院などでは医師や看護師らスタッフの出入りも激しいでしょうから、真実を追求したいと思ったとしても四年以上も放置していたのでは当時を知る人間も拡散してしまうでしょうし、そもそもこんなに長期間放置した後で勝ち目のある勝負が出来るとも思えませんが、そう考えるとどうやらきちんとした弁護士等がついて助言しているというわけでもないのでしょうか。
とにかく法廷なりで全面対決するにしても和解と妥協の道を探るにしてもその道筋が全く見えない状況のようで、このままでは遺族側は単に駄々をこねているだけだと見られてしまいそうなのが他人事ながら気になるのですが、このまま親の顔を見ることもないまま無縁仏のように荼毘に付されてしまったのでは亡くなったご本人があまりに立つ瀬がなさ過ぎるというものではないでしょうか。

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2012年2月 1日 (水)

金曜入院は御法度になるんだそうです

来年度の診療報酬改定に向けた具体的な話が日々進んでいるのですが、よく見ていますと「これは一体何だ?」と思うような話も混じっているようですね。

金曜入院と月曜退院が多い病院、診療報酬減 厚労省方針(2012年1月25日朝日新聞)

 厚生労働省は、入院期間が長くなりがちな「金曜入院」や「月曜退院」などの割合が高い病院について、病院側が受け取る入院基本料を減額する方針を固めた。不必要な医療費を抑制するねらい。診療報酬改定を議論している中央社会保険医療協議会で了承されれば、4月から実施する。

 厚労省によると、金曜日に入院した患者の平均入院日数は18.14日で、曜日別で最長。最も短い水曜日の入院患者より3日余り長い。一方、退院の曜日別では、月曜日が17.79日と最も長く、最も短い土曜日退院とは3日近い差があった。

 金曜日の入院は全体の14%、月曜日の退院は11%で、曜日別で見ると少なめ。ただ、厚労省は、治療を行わないことが多い土日を挟んで入退院させることが、入院日数を長くして医療費を押し上げる一因になっていると判断。高齢化で医療費が年々増えるなか、効率化のために見直すことにした。

「金曜入院」「月曜退院」→診療報酬減額へ(2012年1月28日読売新聞)

 厚生労働省は、入院期間が他の曜日より長くなりがちな金曜の入院患者と、月曜の退院の患者の割合が高い医療機関に対しては、2012年度から診療報酬の入院基本料を減額する方針を固めた。

 27日の中央社会保険医療協議会(厚労相の諮問機関)に案を提示した。不要・不急の入院をなくすことで、患者の自己負担を軽減し、医療費抑制につなげる狙いがある。

 入院基本料は、医療機関に対し、患者1人あたり1日9340~1万5550円が支払われる(一般病棟の場合。看護師の配置数などによる)。だが、多くの医療機関は土日が休診で、本来なら土日に入退院すべき患者でも金曜に入院させたり、月曜に退院させたりするケースが少なくない

 平均の入院期間は、金曜入院が18・14日と水曜入院より約3日長く、月曜退院が17・79日と土曜退院より約3日長い。このため、厚労省は、土日に高度な手術を行う医療機関を除き、土日の入院基本料を減らすことにした。

診療報酬改定めぐるパブコメ締め切り- 入院日による減額、「そこまでやるか」 (2012年1月26日CBニュース)

 厚生労働省は25日、2012年度診療報酬改定の中間整理案(現時点の骨子)へのパブリックコメント(意見公募)を締め切った。10年度改定の前と同じ形式で、応募件数や主な内容などをまとめ、中央社会保険医療協議会(中医協)に2月上旬までに報告する方針だ。全国自治体病院協議会(全自病)では、入院期間が長引く傾向があるとして、検討が続いている金曜入院などの患者の入院基本料の減額に疑問を呈するなど、13の意見を提出した。

 同省の担当者は、「集計は業者に依頼している。件数や内容はまだ把握していない」と話している。
 全自病は、▽入院患者の他医療機関受診▽同日複数科受診▽難度が中程度以下の外科手術▽悪性腫瘍患者のターミナルケア▽内科系の高度検査や植え込み型医療機器の調整▽チームで糖尿病患者の透析移行を防止する医学管理▽医療観察法が適応される患者の長期入院-の評価などを求めた。このほか、「チーム医療が前回に続き評価されたのは良い」としたが、金曜入院や月曜退院などの減額には「国がそこまでやるか」と疑問視した。

 日本医療法人協会や全日本病院協会では、組織としての意見は提出せず、会員らに意見提出を呼び掛けた。

また妙な事を言い出したなあという感想は置いておいて、まずは基本的なところですけれども病院が週末休みなのは外来診療だけで、入院業務は365日24時間やっておりますので念のため(例えば病棟で点滴をしていたりとか、翌週の検査や手術のための説明をしたりということは週末にも行われています)。
それにしてもこの話、良い方に考えれば週末に空きベッドを作りやすくするという効果もあるやも知れずで、今までであれば週末はベッドを動かすのも難しく紹介患者も受け入れ困難だったところを受け入れる余地が出来るといった可能性もないことはないでしょうね。
しかし勤務医にしてもわざわざ週末に患者を入れたくて入れるわけではないのは当然で、どういう経路や理由で入院しているかを考えなければ意味がないわけですが、例えば休日前、それもゴールデンウィークや年末年始などのような長い休みの前になると開業医からの入院要請が急に増えるという経験はどこの病院の先生も持っていることだと思います(苦笑)。
開業医側の要因ばかりではなく、例えば家族にしても休日前になると入院させてくれと言い出す例が特に高齢患者において見られますけれども、いずれにしても勤務医にとっては診療報酬の動向も睨んだ診療態度が求められる一方で、そもそもこんなことまで国が決めるべきなのかというパブコメの声ももっともでしょうね。

基本的なところとして診療報酬による患者動向の誘導ということに関して言えば、以前にも大きな病院に外来患者が集まるのは無駄な検査ばかり増えてよろしくない、まずは開業医にかかるようにするべきだと病院側の診察料を安くし、開業医側は高くするという設定をした結果、患者は安くて検査設備もそろっている大病院にますます集中するようになったという実例がありました。
患者側からすれば安くなったのだからもっと利用すべきだという判断は当たり前なのですが、相変わらずこの方式で患者誘導が出来ると国が考えているということは、すなわち病院側が悪者になって「あんたは儲からない患者なんだから、さっさと出て行ってくれないと迷惑なの」と患者を追い出すことを期待されているということですよね(「患者の自己負担を軽減し」とはよく言ったものですが)。
もちろん病院の経営陣からすれば「金曜にはなるべく患者を入院させるな」という指示を出したくなる話でしょうが、別に金曜入院や月曜退院が数字の上で多いというわけでもなく、どこからどう見ても医療のあるべき論などとは縁遠い単なる数字あわせの議論であるだけに、診療報酬決定のあり方についての迷走ぶりがかえって浮き彫りになってきたようにも感じてしまいます。

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