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2012年1月27日 (金)

学ぶということの意味

ある年代以上の方々にとってはなかなかに感慨深いのではないかと思われる記事が先日出ていましたが、ご覧になりましたでしょうか。

二宮金次郎像:勤勉精神いまは昔、各地で撤去相次ぐ(2012年1月25日毎日新聞)

 まきを背負って本を読むおなじみの二宮金次郎(尊徳)像。戦前に全国の小学校に建立されたが、老朽化などに伴い各地で撤去が進む。大津市の小学校でも3カ所で破損が見つかったが、「児童の教育方針にそぐわない」との意見もあり、市教委は補修に難色を示す。受難の時代を迎えた金次郎像だが、質素倹約や勤勉の精神を伝えると再評価する動きも一方である。

 大津市立下阪本小では昨夏、玄関前の像が倒れ、撤去した。地元自治連合会が復元を申し出たが、学校側と協議して復元するものの校長室への“隠居”が決まった。教諭の一人は「努力を尊ぶ姿勢は受け継ぎたいが、子どもが働く姿を勧めることはできない」と話す。昨年12月の復元像の除幕式では、卒業生のお年寄りから「子どもたちの前から消えるのは寂しい」と惜しむ声が漏れた。また、長等小では職員室前の戸棚に頭部だけが置かれている。壊れた理由は不明で、補修の予定はないという。

 市教委の調べでは、かつて多くの市立小にあったはずの像も、37校のうち現在残るのは9校。銅像は戦時に供出され、残った石像も70年代のベビーブームに伴う校舎の建て替えで大半が撤去されたらしい。担当者は「戦時教育の名残という指摘や『歩いて本を読むのは危険』という保護者の声もあり、補修に公費を充てるのは難しい」と話す。

 金次郎の生家に隣接する尊徳記念館(神奈川県小田原市)によると、全国的にも同様の傾向は進んでいる。一方で、同市や東京都の小学校では像を再興する動きもある。神奈川県土地家屋調査士会は10年、同県内の公立小約860校を調べ、残存する金次郎像145体を冊子にまとめて紹介。また、小田原市教委は05年、金次郎の遺徳を伝える物語を作り、児童らに配った。

 金次郎の教えが名称の由来となった報徳学園中学・高校(兵庫県西宮市)には7体の石像や銅像がある。今も教えは生徒の教育指針として伝わっており、同学園の城戸直和・報徳教育部長は「理屈より実践を尊ぶ姿勢はいつの時代にも通じる理念だ」と語る。

 尊徳記念館の小林輝夫解説員(76)は「金次郎は賢人の名言集から学び、自分にできることに全力を尽くした。少子高齢化で厳しい社会を背負うことになる今の子どもたちこそ、彼の姿勢に学ぶべきだ」と話している。【安部拓輝】

管理人の通った学校には残念ながらこの二宮金次郎像はなかったので各種資料から見聞してその遺徳を知るのみですが、しかし老朽化したからと撤去するにしてもその理由が「子供が働く姿を勧めることはできない」だの「歩いて本を読むのは危険」というのはさすがにどうなのかと思いますね。
この像は別に薪を背負って歩きながら本を読めと言うことではなく、日々辛うじて口を糊するような厳しい生活を続ける中にも明日のために更に一歩の努力を行えという勤勉の精神を象徴的に示したものであって、教師にも親にも物事を文字通りに読んで字の如しという解釈しか出来ない人間が増えてきたという世相を象徴する現象なのかも知れません。
学問の大切さということをどう教えるかは親が思春期を迎えた子に教え諭すにあたって最大の難関の一つでもあるようで、しかも今の学生はゆとり教育世代真っ盛りですから「数学?物理?そんなもの人生に一度でも役に立つことあるの?」なんてことも言われそうですが、それに対する答えの一つとして外国ではこういう話もあるようですね。

セントルイスにあるワシントン大学の医学生として、私は難しい物理の授業を受けた。
ある日、我々の教授が、中でも複雑な物理の概念について講義を行った。
その時、ある学生が無礼にも教授の話をさえぎり質問した。
「なんでこんな難しいことを学ばないといけないんですか?」
「命を救うためだ」と教授はすぐに答え、講義を続行した。

数分後、同じ生徒が、しつこくまた質問した。
「だったら、どうやって物理が人間の命を救えるんですか?」

すると教授はこう答えた。

「物理は君のような出来の悪い生徒を医学部から追い出せるからだ。」

ま、物理の適正の高い人間が必ずしも医学への適正も高いかどうかということは言えないでしょうけれども、このジョークに対してどう感じるかということもまた学ぶと言うことに関する認識を推し量る一つの目安になるのではないかという気もします。
今一方では某本田先生のようにとにかく医者を増やせ、医学部新設でもメディカルスクール創設でもいいから目一杯増やせという主張をする一派に対して、他方ではいや、さすがにそんな性急なことをやっては大変なことになるぞと懸念する声は根強くあるのですが、反対の理由として医学生のレベル低下を挙げる人が多いですよね。
鳴り物入りで登場した法科大学院のように卒業はしたが全く司法試験に通らず学費詐欺と言われるだとか、弁護士資格は取ったが働く口もなくワープア化するだとかいった先行する失敗事例数多であるということもさることながら、結局のところは医学部新設を予定している大学というのがそろいもそろっていわゆる底辺(除く早稲田)と言われる大学であるということも大いに関係があるかと思います。
元々理系の高偏差値層のかなりの部分が医学部に進学していたと言いますが、その状況でさらに入学枠を広げてもさらに優秀な人材が増えることはなく、単に下の方に広がるしかないというのは当たり前のことで、先日はネット調査によって医師の64%が医学部新設に反対という結果が出ていましたが、つまりは生涯にわたって勉強を必要とする医師という仕事に入試レベルの勉強もサクサクこなせない人間は向かないと言う感覚があるのでしょう。
そうした懸念が現実のものであったとちょっとした話題になったのが先日ネット上に晒されたこちら某私立大学歯学部一年生のカリキュラムなる怪?文書ですが、歯学部と言えばかつては医学部に並んで理系最難関学部の一つと言われながら、近年あまりに学部が増えすぎた結果今では定員確保にすら苦労しているという話ですから、このレベルにまで立ち戻っての教育もやむなしと言うことなんでしょうか。

某大学歯学部一年のカリキュラムより抜粋

一般目標 歯科医学の学習のために必要な基礎的な日本語、数学の知識を習得する。
(略)

分数計算

 基礎力確認
 異分母の分数の計算
 単位換算

  ①基礎力を把握確認する。
  ②異分母の分数の四則計算をする。
  ③単位の換算方法を説明する。

(略)

1 次方程式

 1 次方程式とその解
 1 次方程式の解き方
 1 次方程式の応用

  ① 1 次方程式と解の関係を説明する。
  ② 1 次方程式の意味と解法を説明する。
  ③ 1 次方程式の立て方と利用法を説明する。

(略)

根号の計算

 根号を含む式の計算
 分母の有理化

  ①根号を含む式の四則計算を説明する。
  ②分母に根号を含む式の 有理化の方法を説明する。

(略)
教 科 書:(略)

数 学:

「ドラゴン桜式数学力ドリル中学レベル篇」 牛滝文宏 著  講談社  ¥824( 税込)
    ISNB:978- 4 -06-154286- 0 ( 4 -06-154286- 9 )
「ドラゴン桜式数学力ドリル数学1・A」   牛滝文宏 著  講談社  ¥630( 税込)
    ISNB:978- 4 -06-154287- 7 ( 4 -06-154287- 7 )
「ドラゴン桜式数学力ドリル数学2・B」   牛滝文宏 著  講談社  ¥630( 税込)
    ISNB:978- 4 -06-154288- 4 ( 4 -06-154288- 5 )

(略)

突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込んだらいいのか迷うようなカリキュラムの中から敢えて数学だけに的を絞って一部を抜き出してみましたが、いやこれどこかの小中学生向けの塾の学習内容とかではなくて、一応は正規の大学教育として行っていること、なんですよね…?
ちなみにこの大学の歯学部入試は英語、数学、物理、化学および生物の五科目から二科目選択だと言いますから、いわゆる理転なども含めて文系畑出身の人間であっても例えば英語と生物できっちり点を取れば入学出来る計算なのですが、某先生の言うように医師乱造の実現した結果こういうレベルの先生方がどんどん増えていくということになると、医師不足も解消だと無邪気に喜んでばかりもいられないという気がしてきます。
学問の適正を評価するということはなかなか難しいことですが、日本では理系文系を問わず英数国など基礎的な科目に関しては誰でも一通りは学ぶ機会はあるわけですし、そのレベルの基本くらいはきっちりおさえておかない人間ではどんな分野に進んでも技術職としてまともな高等教育を受けていくのは難しいのではないでしょうか。
もちろん、大学に入ってから自らの勉強不足を実感し改めて畑違いの領域にも精励した結果思いがけず大成する人もいるかも知れませんし、一方で学識ということに関してはこういう話もあるということを忘れてはなりませんけれども、患者にしても素朴な感情として場合によっては命を預ける相手が大学生にもなって一生懸命通分の勉強をしてましたなんてのは、ちょっと勘弁願いたいのも正直なところでしょうからね。

世界的に有名な学者を集めた大規模な学会が行われた。
学会に参加した、数人の「天才」と呼ばれる学者らがちいさなレストランに行くと、
Pと書いてある入れ物に塩が、Sと書いてある入れ物にコショウが入っていた。
そこで学者たちは、ペーパーナプキンを一枚だけ使って
中身だけを入れ替える方法を考え始めた。

何時間もの間試行錯誤し、学者たちはとうとうその方法を見つけ出した。
一人の学者がウェイトレスを呼び、意気揚々と
「これを見てごらん、塩とコショウが逆に入っているだろう?」

それを聞いたウェイトレスは、「すいません」と言って塩と胡椒のふたを取り換えた。

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コメント

そういえば最近銅像を見かけないなと気づきましたが、そういう背景があったのですか。
しかし今の時代の道徳教育はどんなことになっているのかと少し気になります。

投稿: 通りすがりのただの人 | 2012年1月27日 (金) 10時28分

「おじいさんは山へ柴刈りに行きました」の柴を説明するのに便利なんだけどな。<二宮金次郎像

投稿: JSJ | 2012年1月27日 (金) 12時02分

>「物理は君のような出来の悪い生徒を医学部から追い出せるからだ。」

追い出す気満々の教授ちょいワロタw
だが今ではこんなことをやればアカハラだと親が怒鳴り込んでくるだろうが

投稿: kan | 2012年1月27日 (金) 12時31分

二宮金次郎像の話は捏造もしくは記者の脳内だけの話しという可能性も…。だってソースが…

老朽化した二宮金次郎像は倒壊の危険なども考慮して撤去。(これは仕方ない)
補修も再建も予算がない。公費支出は可能だとしても優先順位が高いとは思えないから予算は来ない。
地元有志の寄付に頼るしかないけど。今どきそんな金 喜んで出す人は少ない。
大津市立下阪本小学校の話を聞きつけた記者がストーリーを考えた。

てなもんじゃないかな。
ちゃんと調べたのなら、全国の二宮金次郎像の数の年次推移を示してもらいたいもんです。

投稿: JSJ | 2012年1月27日 (金) 12時59分

アカハラはありそうですね。つか、実際にそれに近いことを見聞したこともありますけど(「入学させたのに卒業させんとはどういうことだ!」と怒鳴り込まれたとか。んなもん勉強しなかった本人の問題だろうと思うのですが…)。

毎日のソースの件、確かにちょいとどうなのかとも思うんですが(苦笑)、ただ老朽化した後でも周囲には積極的に再建、維持する意志がなさそうだというのも確かなんでしょうね。
中には記事にあるような発言をした人間もいたのは事実でしょうが、結局それがどの程度世論を反映していて、像の扱いにどのくらい影響したのかというのが問題なんですが。

投稿: 管理人nobu | 2012年1月27日 (金) 14時17分

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