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2012年1月23日 (月)

冷静なリスク評価がようやく公言できる状況に?

放射線は怖いという記事が踊ることが多かったマスコミから、先日珍しくこういう記事が出ていました。

時代の風:放射能トラウマとリスク=精神科医・斎藤環(2012年1月22日毎日新聞)

 ◇分断招く隣組的な心性

 福島県南相馬市で診療と内部被ばくの検査、健診、除染などにかかわっている東大医科研の坪倉正治医師によれば、現時点で慢性被ばくによる大きな実被害の報告は、ほとんどないとのことである(小松秀樹「放射能トラウマ」医療ガバナンス学会メールマガジンvol・303)。

 むしろ深刻なのは、外部からの批判や報道などによる社会的な影響のほうである。原発事故による最大の被害は、子どもの“放射能トラウマ”だ。しかもその多くは、大人の“放射能トラウマ”による“2次的放射能トラウマ”であり、年齢が低いほどトラウマの程度が強い印象があるという。

 風評被害の影響もあって、うつ状態になる人が増えたり、家族が崩壊したりという事態は耳にしていた。現地で子どもの電話相談窓口を担当している人からは、このところ虐待相談も急増しているという話も聞いた。

 被災地での虐待件数についてはまだ正確な統計データが得られていないが、屋外で遊ぶ機会の減った子どもたちが、精神的に不安定な大人と過ごす時間が増えたとすれば、まったくありえない話ではない。

 問題は「風評」ばかりではない。福島の地で生活を続けている人々を批判する声が、いまだにある。とにかく「放射能というだけで危険」とする立場からは、汚染された地域に住んで子育てをするなど考えられない、というわけだ。

 しかしこの考え方は、自らが住む場所の安全性が相対的なものでしかない事実を十分に認識しておらず、いわば「福島産の放射能が危険」といった「ケガレ」の発想に近い立場という意味で“放射能幻想”と呼ばれても仕方がない。

 放射能はさしあたり人の身体は破壊していないが、“放射能幻想”は人の心を確実に破壊しているということ。

 その背景には、低線量被ばくの危険性がはっきりしないという問題がある。放射性物質の放出が及ぼす長期的影響については、不確実な点が多いのだ。生活環境に数世代にわたって残留するごく低レベルの放射能が、住民集団の健康に、長期的にどのような影響を及ぼすのか。「これ以下は安全」という「しきい値」はあるのか。被ばく線量と発がん率の上昇には直線的な関係があるのか。確実なことは何も分かっていない

 この状況下で立場は二つに分断される。「危険であるという根拠がないのでさしあたり安全」とする立場と、「安全であるという根拠がないので危険」とする立場。事故直後には後者に傾いた私自身も、最近では前者に近い立場だ。不確実な未来予測に基づいて当事者を批判する権利は私にはないと気づいたからだ。

 社会学者のウルリッヒ・ベックは、福島の原発事故に関する論考で「非知のパラドクス」について述べている(「リスク化する日本社会」岩波書店)。

 先にも述べたとおり、低線量被ばくによる影響については、確実なことはほとんど分かっていない。こうした「非知」に耐えられない人々の中には都市伝説や代替医療に向かうものも出てくるだろう。さらにここに政治的な問題が加味されることで、知識はさらに硬直化する。

 例えばチェルノブイリの犠牲者数については、数十人から百万人以上とする説まで、報告によってまちまちであるという。事故の範囲をどう定義するかによって、データの解釈がまったく異なってくるのだ。汚染地域の区分にしても、しばしば曖昧で時に矛盾することすらあった。

 この状況下では「危険が増すほどに非知も増し、決断は不可避となるとともに不可能となる」。それどころか現時点では、情報が増えれば増えるほど混乱が深まるようにすら思われる。分かれば分かるほど分からなくなる、という状況下で、もはや「絶対の安全」は誰の手にも入らない

 まさにこれこそが、ベックが「リスク社会」という言葉を通じて述べた状況ではなかったか。リスク社会においては、われわれの生活を快適にするはずの技術が同時にリスクも生産してしまうため、ひとたび事故が起こればリスクは万人に等しくふりかかることになる。原発事故がそうであったように。

 ベックは「リスクによる連帯」を提唱するが、いま起きつつあることはむしろ「リスクによる分断」ではないだろうか。この分断の要因としては、リスクそのものを生産している政府や東京電力以上に、リスクへの態度が異なる人々への攻撃性のほうが先鋭化してしまうという、いわば「隣組」的な心性があるように思われる。しかし、その「分断」が誰を利することになるかは言うまでもないだろう。

 さらに付け加えるなら「連帯」の手前で問われるのは、私たちの「死生観」そのものなのではないか。私たちの生が常に多様な、時として定量することもできないリスク--それは「放射能」に限らない--を抱えていること。つまり生の内側では常に死が育まれている事実を理解すること。被ばくについて考えることは、この事実を深く認識するまたとない機会となるだろう。

先日はJBpressでも「マスコミによる原発危険神話」に批判的な記事が掲載されていたところでご一読いただければと思いますが、こちらも風評被害をもたらしてきたのは誰かということを考えるとなお一層意味深くなりそうな記事で、結局のところは核アレルギーを持つとも言われる日本人であるとは言え、実像以上に大騒ぎするのは別のリスクが大きくなるばかりだということですよね(まさにそれがアレルギーというものですが)。
福島の原発事故について最大公約数的に表現すれば、現状では放射線の影響を検証中という言い方になると思うのですが、専門家の多くは最終的に各種疾患が激増するといったレベルにまでは至らないと予想しているようですし、例えば喫煙など身近に存在する多種多様なリスク因子と比較してどの程度の危険性かと考えれば、きちんとした対応策をとっていれば際だって危険と言うものでもなさそうです。
喫煙は自ら望んでリスク因子を摂取するのだから、否応なしに汚染物質を摂取させられることになる放射線被害とは比較にならない大問題だと言う人もいるでしょうが、少なくともリスクとしてどの程度のものであるかを適切に評価した上で対応せよということであって、とにかく被爆は穢れだから一切まかりならんという態度もまた間違っているだろうということですよね。

チェルノブイリでは子供の甲状腺癌が問題視されましたが、元々海藻などの摂取が多い日本ではさほどの問題とならないのでは?という予想通りに甲状腺被爆量もはるかに低いというデータが出ていますし、チェルノブイリにも関わったロシアの専門家も日本では甲状腺癌は増えないだろうとコメントしており、これらを反映してか今のところ外資系癌保険などでも被災地に対して特別の扱いは行っていないと言います。
もちろん実際のところどんな影響があるかということは長期的に見ていかなければ判らないし、記事中でもチェルノブイリの犠牲者数について触れられているように、被害補償などとの絡みも考えると今後どこまでを原発事故関連疾患に含めるべきかは極めて微妙な扱いを要する問題だと思いますが、リスク回避最優先だととにかく福島は危ない、一切関わるなという態度が許される時期でもなくなってきたとも言えるでしょう。
となるとリスクに過剰反応し、例えばわずかでも汚染が認められた地域は全て公費で除染すべきだといった発想は間違いであって、使うべきでない部分に巨額なお金を使うことによる他への悪影響を考えるとむしろ害が大きいと言えそうですが、こちらでは同じく害が大きいのではないかと言う声もあった「鶴の一声」が何とかご破算になった様子です。

福島の子の医療費無料化を断念 首相、財源困難と判断(2012年1月22日朝日新聞)

 野田佳彦首相は、福島県内の18歳以下の医療費無料化を断念する方針を固めた。福島県からの要請を受けて検討する考えを表明していたが、財源確保が難しいと判断した。近く県側に伝える。

 東京電力福島第一原発事故の影響で子どもの放射線被曝(ひばく)への懸念が強まっており、福島県の佐藤雄平知事が無料化を求めていた県外への人口流出を防ぐねらいもある。首相は今月8日に福島県を訪れた際、「政府内でしっかり検討したい」と表明していた。

 野田政権は必要な経費を年間100億円弱と試算したが、医療費が膨らむ可能性も指摘されていた。政権内で検討した結果、無料化で増える受診に対応する医師の確保が新たな問題点として浮上。福島県外の住民との公平性からも難しいと判断した。復興対策本部の幹部は「額はそれほど大きくないが、風邪などの医療費も含めて福島だけ無料にする説明がつきにくい」と話す。

この一件に関しては先日もその経緯などを取り上げたところですが、(比較的)ローコストで選挙民受けしそうな話だけにまさか本気でやるのではないかと危惧しておりましたところ、幸いにもきちんと当たり前のリスクを総理に説明できる人間がいたようですね。
被災地復興の名目であれば何でもありなのだと、記事中にも触れられているような「逆差別」的な状況にまでなってくるというのもおかしな話ですし、何より当の被災地にしても今や更に貴重な存在となった現地医師に更なる加重負担を強いて潰してしまうようでは人口流出阻止どころではないでしょう(18歳以下無料なら影響は小児科にとどまらず、内科外科や産科婦人科などあらゆる診療科に及びます)。
被災地からはこの他にも元々が医師不足で知られる地域でもあっただけに、今回の被災を契機に一気に医師強制配置を実現してしまおうと言う動きもたびたび漏れ聞こえてきますが、医療の世界も狭いだけにひとたび同情から感情のベクトルが反転した時にはどうなるか、そちらのリスクもよく検討してから話を進められるべきではないかと思いますね。

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コメント

放射能の危険性と医師不足問題は密接に関連しているのでしょうけど、それ以前から聖地福島と言われて慢性的な医師不足だったんですよね。
いまさら「原発事故の風評被害で医師が逃げだしたのだから、国と東電が責任を取って医師を呼べ」なんて言われたら困るんですけど。

投稿: ぽん太 | 2012年1月23日 (月) 12時18分

「聖地福島」といわれる原因となったのは、そもそも逮捕された産科医先生の亡くなられた患者が東電の関係者であったからと理解していました。逮捕後には大學産婦人科講座に対して代わりの医者をよこせ、と現東電会長から電話まであったと聞き及びます。「医者が逃げ出したのだから、国と東電が責任を取って医者を呼べ」と要求するのはさして不自然なことではなく、実際、東電にその気がないだけで、総合病院の数カ所を再建する程度の経済力は、今現在も十分にあるものと思っているのですが間違っているでしょうか?

投稿: 田舎の放射線科医 | 2012年1月23日 (月) 13時15分

腐っても5兆円企業なのですから、ハコモノとしての病院は幾らでも用意出来ると思いますよ。>東電
ただし産科医など医師の異動に関する東電の影響力に関しては会長直々の電話にも関わらず、大野病院から産科が消えたという事実から一定の推察は可能だと思います。
各種情報も世に流通しているわけですから、それらを全て勘案した上で東電のために働くかどうかもまた各先生方の判断でしょう。

投稿: 管理人nobu | 2012年1月23日 (月) 13時40分

まず福島県は一連の事件をきちんと総括した上でわびを入れろ
話はそれからだろう

投稿: aaa | 2012年1月23日 (月) 15時04分

不躾な書き込みと非礼をお詫びいたします。自分がいいたかったのはもともと東電は潤沢な人件費というものを上手く利用してことを実現するのに長けた企業なのに、なぜ医療に対しては高圧的に要求するばかりで柔軟な対応を拒否するのか?ということでした。地元対策なら声の大きな人は容易に社員化される、使い捨て扱いの原発作業員でも、事故で負傷して問題になりそうであればすぐさま本人や嫁、親まで正社員にしてカネで口封じをする。事故後、人件費を問題解決に利用するスタイルはエスカレートしていると感じます。もし東電が福島の医療を再建しようと思うなら、医療従事者に東電正社員なみの待遇、福利厚生と年金を約束するだけで日本中から医療従事者をいくらでも確保できるのでは? 定年後、社員さんと同じように月○十万円の企業年金を約束してくれるのなら自分でも、安心して残りの人生、福島の医療に貢献したいと思えるのに。

投稿: 田舎の放射線科医 | 2012年1月23日 (月) 15時18分

先ほどの投稿ですが、仕事の合間に急いで書きなぐってしまい支離滅裂で意味不明の文章になってしまいました。申し訳ございません、削除をお願いできないでしょうか。

投稿: 田舎の放射線科医 | 2012年1月23日 (月) 15時28分

ああ、不躾とか非礼とかでなしに、ちょっと仕事の合間に書き込んでいたので言葉足らずだったかも知れません。
ぶっきらぼうに感じられたらこちらこそ申し訳ないです。

東電病院(仮称)の待遇がどうなのか、広く表立っては示されていないんじゃないかと思いますが、逆に言えば現地ではおっしゃるような厚遇を提示しているのに現在のような状況なのかも知れません。
あるいは福島であり東電お抱えであるという前提下でどれくらいの条件であれば妥当かつ競争力もあると言えるのか、この評価もなかなか難しい気がしますね。
というわけで、誰か試しに幾ら出す気なんだと東電に電凸してみる気はないでしょうか?(笑)

投稿: 管理人nobu | 2012年1月23日 (月) 15時37分

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