« 自由であるということは、全て自主的な判断の結果ということですが | トップページ | 急増する弁護士によって訴訟の質はどう担保されるのか »

2011年12月18日 (日)

今日のぐり:「ふー太 野田店」

先日は「ラピュタ」再放送に連動した「バルスの嵐」がツイッター史上最高値を更新したということが話題になり、「一体日本では今何が起こっているんだ?!」と外国人を困惑させたというニュースが出ていましたが、ところ変わればうっかりしたことを口にしようものなら命がけという場合もあるようです。

「魔術」を理由に女性の斬首刑を執行/サウジアラビア(2011年12月14日CNN)

(CNN) サウジアラビア内務省は、女性が魔術を行った罪に問われ、斬首刑を執行されたと発表した。これに対して国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルは「深い衝撃」を受けたと述べ、同国の死刑執行中止を訴えている。

内務省の発表によると、女性は魔術を行ったとして取り調べを受けて逮捕され、法に基づき有罪判決を言い渡された。死刑は12日に北部ジャウフ州で執行されたという。

アムネスティによると、女性に対してかけられた罪の具体的な内容は不明だが、同国では言論や信教の自由を行使した人を罰する目的で、魔術の罪が用いられることがあるという。

サウジアラビアは厳格なイスラム教国で、魔術や魔法を使ったり、アラーを冒涜(ぼうとく)したとみなされれば死刑を言い渡されることがある。

英国を拠点とするサウジの新聞アルハヤトは同国の宗教警察関係者の話として、この女性の自宅を捜索したところ、魔術に関する書籍や魔法に使ったとみられる液体の入った瓶などが見つかったと伝えた。この関係者は、女性が呪文を唱えたりこの液体を売ったりして現金を受け取っていたと語ったとされる。

アムネスティによれば、サウジでは9月にも魔術を行った罪に問われたスーダン人に対して斬首刑が執行された。同国で2011年に死刑を執行された人は女性5人を含む少なくとも79人に上り、前年の27人から3倍近くに増えているという。

いやあ、サウジは宗教的に厳格だとは聞いていましたが、21世紀になってもこの調子ですかそうですか…
今日は不幸にして社会文化と折り合いをつけることが出来なかったこの女性に哀悼の意を表して、世界各地から宗教的な出来事に関する話題を紹介してみようかと思いますが、まずは比較的宗教に寛容だというこちら日本の話題から取り上げてみましょう。

「妻帯は戒律違反」僧侶訴え却下 福井地裁「審理は許されない」/福井(2011年9月22日福井新聞)

 曹洞宗の僧侶が妻帯しているのは仏教の戒律や道元の教えを犯しているとして、栃木県の男性僧侶が大本山永平寺(永平寺町)に、僧侶が妻帯しないよう厳しい指導を求めた訴訟の判決言い渡しが22日、福井地裁であった。平野剛史裁判官は「憲法上、裁判所がこの種の裁判を審理することは許されていない」として訴えを却下した。

 判決理由で平野裁判官は「裁判所という国家機関が、宗教団体に特定の教育手法を採るよう命じることは、憲法が保障する信教の自由を侵害する」と指摘。「曹洞宗本来の教えに立ち返った教育の在り方に改めるよう求めた原告の請求に対する判断は、大本山永平寺の自由な意思決定に委ねるべきだ」と述べた。

 男性僧侶は判決について「仕方ない」としながらも控訴する方針。「仏教の教えは真綿で頬をなでるような優しさがあるが、今の日本の僧侶の多くは結婚してほとんど勉強せず、難しい言葉だけを並び立てて人をけむに巻いている」と話している。

ま、さすがにこういうことは自分たちで解決してくれと言うものですけれども、しかし今の時代お寺さんも例によって後継者難だということで、各地で嫁や婿を紹介しますなんて婚活事業が行われているとも言いますから、結局のところ何がより多くの衆生救済に結びつくのかという広い視野も必要になるのかなという気がします。
現代物質文明の最先端を象徴しているアメリカなどは何やら不信心な国のような印象もありますけれども、一方で日本とは違ってやはり厳格なキリスト教文化圏だったのだなと再認識させられる話題もあるようです。

結婚式で熱烈な“人生初キス”、貞操守ったカップルの誓いのキスが話題に。/米(2011年12月3日ナリナリドットコム)

北米のケーブルテレビ局が12月4日、宗教上の理由から結婚まで貞操を守り通す女性たちを追ったドキュメンタリー番組を放送する。それに先立ち、ネットなどで番組の予告動画が公開されているのだが、そこに登場するあるカップルのキスシーンが大きな話題を呼んでいるようだ。

これは米国とカナダで放送しているケーブルテレビ局TLCが、12月4日夜9時に放送する「Virgin Diaries」という番組の予告CM動画(http://www.youtube.com/watch?v=uCv3c_DWhq0)。カナダ紙バンクーバー・サンによると、番組は宗教上の理由で貞操を守りながら、初めての相手となる理想の男性を追い求める、カナダで暮らす20~30代の女性たちの日々を追った内容となっている。女性たちはブリティッシュコロンビア州の教会で知り合い、「精神的な純粋さ」を求めて活動を共にするメンバーの一部で、男性との交わりは結婚まで守り通さなくてはならないと考えているそうだ。

そんな女性たちの姿勢を「褒め称えたい」(米ニュースサイト・ハフィントンポストより)として、TLCが制作したこの番組。“性の低年齢化”が叫ばれる世間に流されない彼女らの日常も興味深いものがあるが、本放送を前にした30秒の予告動画で、番組は早くも大きな注目を集めている。その主役となったのが、予告の後半で結婚式の一部が紹介された31歳の新郎ライアンさんと27歳の新婦シャナさんだ。

このカップル、実は式を挙げるまで関係はおろか「ファーストキスも守り通した」という、間違いなく純潔な2人。それだけに式で行われた誓いのキスは、世間の多くの新婚カップルに比べてもその重みが全く違ったはずだ。そうした気持ちが押し寄せたこともあるのか、とにかく情熱的で熱烈。2人は唇を近付けると、まるでお互いの感触を確かめるようにもぐもぐと口を動かし、何ともぎこちない動作を見せる。

不慣れなのは、2人が純潔を守り通した証拠。決してスマートとは言えないものの、2人の気持ちは伝わってくるキスに、その後画面に現れる「恐らく新婦の父」(英紙デイリー・メールより)という男性が、頭に手を当てて笑っているのも微笑ましい。

この2人のキスが今の時代に新鮮に映ったのか、11月27日に一般投稿者がYouTubeに動画を公開すると、12月3日現在で197万回超の再生回数を記録。追って11月29日にTLCが30秒の完全版「Virgin Couple Shares First Kiss | Virgin Diaries」(http://www.youtube.com/watch?v=Xp-jZyzQSms)をYouTubeに公開し、こちらも127万回超の再生回数となっている。理想の相手と結ばれるまで信念を貫いたこの2人、きっとこれからも清く正しい、幸せな家庭を築いていくに違いない。

まあ貞節を守り通したから結婚生活が幸せになるかと言われるとそれもまた微妙なところですし、貞節に希少価値があるからこそ大きな話題になるのだといううがった見方もありそうですが、しかしお父さんそこ笑うところと違いますから(苦笑)。
このように社会的規範の一つとして宗教的価値観が時に大きな意味を持つことは理解出来るのですが、この面で執着の薄くなっている現代日本人からすると「そこまでいっちゃうのはさすがにどうよ?」と思われなくもないのが同じくアメリカ発のこちらのニュースでしょうか。

北米、無神論者の信頼度は最底辺 大学調査で明らかに/米(2011年12月6日Christian Today)

カナダのブリティッシュ・コロンビア大学から発表された最近の研究で、信仰を持つ人々が無神論者を嫌う第一の理由が「信頼できないから」というものであることがわかった。また、研究は、状況によって無神論者は強姦犯罪者よりも信頼されていないと指摘している。

「宗教を持つ人が多数派を占める場所においては、それは世界のほとんどの場所においてであるが、無神論者はもっとも信頼されていない人々の中に位置する」と、今回の研究の主執筆者で、同大博士課程のウィル・ガーバイス氏は述べる。「世界には5億人以上の無神論者がいるが、この先入観は多くの人々に影響を与える可能性を持っている」と言う。

オンラインの科学雑誌「パーソナリティ・社会心理学ジャーナル」で発表された今回の研究は、6つの調査から成っており、米国人成人350人とカナダ人大学生420人を対象に行われた。調査は、仮定の質問に対して答えるという形式で行われた。

その内の1つの調査において、無神論者は、イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒、フェミニスト、同性愛男性よりも、信頼できない人であった。また、無神論者の信頼できない人としての度合いは、強姦犯罪者とほぼ同等であった。

ガーバイス氏は、無神論者を好まない人たちは、「無神論者らを、首尾一貫していない、明確でない、力のない社会グループ」と見なしていると指摘する。一方、今回無神論者へ対する不信頼が研究で明らかになったのは、「神が自身の行動を見ていると感じていれば、人はよりよい行動を取る」という共通的な感覚によるものだとしている。

「無神論者たちは、自分たちが信仰を持たないことを形而上学上の問題における個人的な事柄だとみなすであろうが、信仰を持つ人々は、無神論者らの信仰の不足を、協力と公正に対する社会的な脅威としてみなすのであろう」と言う。

研究の協力者の一人であるアラ・ノレンザヤン同大準教授は、今回の調査を実施しようと動機付けた最も大きな要因は、大統領としての資質を有していても、無神論者である場合、その大統領候補に投票すると答えた人はわずか45パーセントに過ぎないというギャラップ調査の報告だと言う。

アメリカ世俗連合(Secular Coalition for America)は最近、米議会議員の中に28人の無神論者がいると発表したが、それを公にしているのは、カリフォルニア州選出のピート・スターク議員だけだという。

取り上げているメディアがメディアだけにもちろん否定的な見解が出てくることは想像に難くないのですが、こうまで敵視するというのもこれまた病的と言うものではないのかなと考えてしまう日本人も多そうですよね。
インドと言えばご存知のようにヒンズー教では牛は聖なる生き物として大切に扱われていますが、一歩扱いを間違えるとこういう報いがあるというのがこちらのニュースから判ります。

牛殺せば刑期7年に インド西部グジャラート州/インド(2011年9月28日産経ニュース)

 PTI通信によると、インド西部グジャラート州議会は27日、牛の解体や、解体目的で牛を運搬した者に対する罪について、罰則を現在の禁錮半年から同7年に延長する動物保護条例の改正案を全会一致で可決した。罰金も千ルピー(1600円)から5万ルピーに引き上げるほか、牛の運搬に使用された車両も没収する。改正案は州知事の同意を得て、正式な条例となる見通し。

 インドではほとんどの州で、神聖な動物とされる牛の解体が禁止され、ヒンズー教の影響力が特に強いグジャラート州の改正条例は最も厳格な内容とされる。(ニューデリー 田北真樹子)

まあそういうルールになっているのであればこれも仕方がないというものなんでしょうが、しかし世界中数多くの国々で今も愛されているあの名曲もインドでは違法楽曲になってしまうということなんでしょうかね…
宗教とお祭り騒ぎということはどこの世界でも切っても切れない関係にありますが、それも度を過ごせばいささか迷惑だろうと思われるのがこちらのニュースです。

月食う悪神払え 月食で空中に発砲、タイ各地でけが人/タイ(2011年12月12日ニュースクリップ)

【タイ】月食となった10日夜、月を食べるとされる悪神ラーフーを追い払うためと、タイ各地で住民が空中に発砲し、落下してきた銃弾で数人がけがをした。

 タイ字紙マティチョンによると、東部パタヤ市ではピックアップトラックの荷台から月食を眺めていたホテル従業員の男性(41)の足に銃弾が当たった。中部ナコンナーヨク県では落下してきた銃弾が民家の屋根を突き破り、住人の女性(20)の胸をかすった。

自分の撃った弾に当たるのであれば自業自得というものですが、こんなもので当たり所が悪くて死んだ日には悪神を追い払うどころではないというものですよね。
最後に控えますのは今も厳格な戒律を守るムスリムの聖職者からの御提案なのですが、何かしらどこかの島国的空気を感じるのは自分だけでしょうかね…

「バナナときゅうりは女性を興奮させる恐れがあるので近づくべきではない」イスラム聖職者/欧(2011年12月10日らばQ)

戒律の厳しい宗教という印象のイスラム教ですが、あるヨーロッパのイスラム聖職者が投げかけた疑問が物議を醸しています。

その内容は、女性はきゅうりやバナナに近づくべきではない、というものです。

理由はキュウリやバナナは男性の生殖器に似ていることから、女性をいたずらに興奮させてしまう可能性があるというものです。

もし女性がそれらの食品を食べたいときは、父親あるいは夫が代わりに細かく切って差し出すべきだとしています。

禁止項目に挙げている野菜や果物の中には、ニンジンやズッキーニなども含まれ、女性が市場に買い物にいき、それらの野菜を持っているだけで良くないという考え方を示しています。

当然ながらこの意見はムスリム(イスラム教徒)の間でも非難の的となり、聖職者をあざけるようなコメントも多く出ているようです。

もし性的なものとみなすなら、男性が触ってもゲイを生むことにならないのか、といった批判も出ていました。

むしろ下手にそういった連想をさせることの方が、変な影響を与えかねないのではという気はします。

ちなみに元記事のコメントでは「メアリー・ホワイトハウスを思い出せ」と言っている人がいますが、この人は70年代のブリにおいて公衆道徳を守るなどという名目の元に言葉狩りまがいのことをして回った方で…ってやはりブリか?!今回もブリ絡みなのか?!先生怒らないから名乗り出なさい!
まあ…宗教的な戒律というものはそれなりに尊重されるべきものだとは思いますが、仮にこれが男もたまには買い物や料理くらいするべきだという主張のブリ一流の諧謔に満ちた表現であるとすれば、いささか遠回し過ぎたという可能性はありますでしょうか。

今日のぐり:「ふー太 野田店」

こちらラーメン中心のチェーン店ですが、かつては「王将」などと並んでリーズナブルなラーメン店として相応の客がついていた「風来坊」チェーンがやや高級志向に振ってリニューアルしたものと思っていましたら、最近ではひと頃消えていた「風来坊」が餃子を前面に押し出して再び展開してきているようで、それではこの「ふー太」との関係はどうなるんだといささか不審に思わないでもない状況です。
見た目は今風のラーメンチェーン店のフォーマット通り、メニューもまさしくありきたりなラーメン屋のものですが、東京などと違ってサイドメニューもそこそこ充実しているのは地域性を考えると仕方がないというところなんでしょうかね?
当然ながら田舎のラーメン屋チェーンっぽくセット系メニューも色々と取りそろえている中で、今回はごくベーシックな醤油とんこつネギ盛りら~めんをオーダーしてみました。

さて、見た目はシンプルにネギだくといった感じのラーメンなんですが、まず第一に気になったのがメタボメタボと気にする方々には向かなそうな脂ぎとぎとのスープで、相応にとんこつ臭いという点も風味の強いネギと一緒にすすってみますとまあ何とか…というところでしょうか。
麺の方も今どきのラーメン屋でそれはちょっと…というくらいに茹で過ぎなのがどうなのかですし、トッピングの具合なども含めて全体的には妙に洗練されてないと言うのでしょうか、一昔から二昔くらい前のうまいラーメン風と言う感じでしょうかね?
今の時代にこのレベルの味ならメガ盛りにでも走った方がいいんじゃないかとも思うのですが、味に関してはチェーン店だけにこういうコンセプトでやっているのだと納得はしてみても、それなら値段も昔風にすればいいのにこちらは今風の値付けになっているのですから、車で行けてそこそこ待たずに食べられるという以上の積極的な魅力はあまり感じられませんでした。

しかし「王将」と同様に旧「風来坊」でも複数で押しかけてシェアしながら色々と飲み食いするというシーンが結構あったはずですが、こちらのようなメニュー構成ですとあくまでも一人一品ということになってしまいますし、「風来坊」よりメニュー単価自体はかなり高めの値付けであるにも関わらず、客単価で見て見るともしかするとかえって低くなっているのでは?と思わないでもありません。
フロアの接遇の方もそうなんですが、それ以上に厨房に活気がないのがとにかく気になるところで、それは見ている限り大繁盛という感じでもないだけに士気も上がらないのかも知れませんが、以前にチェーン展開し始めた頃に訪れた他店ではもう少し普通に食べられる仕上がりだったようにも記憶していたのですけれどもね。
あるいは今後再び「ふー太」から「風来坊」に再リニューアルするなんてこともあるのかどうか、この業界も年々競争が激しくなってきているだけによほどのストロングポイントがなければ長期安定的な好成績というのは難しいのかも知れず、チェーン全体としても悩ましいところなのかも知れません。

|

« 自由であるということは、全て自主的な判断の結果ということですが | トップページ | 急増する弁護士によって訴訟の質はどう担保されるのか »

グルメ・クッキング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/53505610

この記事へのトラックバック一覧です: 今日のぐり:「ふー太 野田店」:

« 自由であるということは、全て自主的な判断の結果ということですが | トップページ | 急増する弁護士によって訴訟の質はどう担保されるのか »