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2011年12月26日 (月)

お年寄りの看取りは今や社会的関心の対象ともなってきています

先日こういう訃報が出ていましたが、ご覧になりましたでしょうか。

延命治療拒否の入川保則さんが死去(2011年12月24日デイリースポーツ)

末期がんで余命宣告を受けながら延命治療を拒否していた俳優・入川保則(本名・鈴木安則)さんが24日午後3時20分、直腸がんのため、入院先の神奈川県内の病院で亡くなった。72歳だった。

 入川さんは名脇役として、1950年代から「水戸黄門」「部長刑事」などで活躍。昨年7月に舞台公演中に倒れ、がんが発覚したが、延命治療を受けなかった。今年3月にがんを告白し、自ら葬儀の手配をするなど、死に対する姿勢が話題となった。その後も遺作映画への出演や執筆などで精力的に活動していた。

直腸癌で原発巣を切除後に全身への転移が発見されるものの化学療法などは行わず、今年8月までの命であると宣告されていたものの年末近くまでお元気に過ごされていたと言いますから大往生だと思いますが、ただただご冥福をお祈りするしかありませんよね。
著名人が亡くなるとこうして詳細に報道され世間の耳目を集めますけれども、終末期の看取り方、看取られ方ということに関してはひと頃の尊厳死、安楽死議論の延長線上にとどまるのみならず、今や史上例を見ない超高齢化社会に伴う社会保障費増大とも関連して、医療費という観点からも社会の関心が寄せられるようになっています。
大半の国民が最後は病院に入院しそこで看取られるという時代から、国とすればよりコスト面で安上がりな看取りを推進したい意向も伺えますが、ちょうど先日以来日経メディカルで終末期医療の連載が続いていますので一部を紹介させていただきましょう。

死なせる医療《Vol.1》転換期迎える終末期医療 「多死時代」への対応が急務に(2011年12月20日日経メディカル)より抜粋

 今後、年間死亡者数が急増する中、高齢患者の受け皿となってきた病床は数が制限され、介護施設も大幅に増えない。家族の介護力の低下に加え、独居高齢者も増加する。終末期医療をどう提供すべきかは、喫緊の課題となっている。
(略)

行き場失う終末期の高齢者

 かつて、日本人の看取り場所といえば自宅が中心で、1960年にはその割合は約70%に上った。それが76年に病院など医療機関の割合と逆転。今では死亡者の80%以上が医療機関で死亡している。ところが最近、高齢者の増加による死亡者数の急増で状況が変わりつつある

 国内の年間死亡者数は、60年には約70万人だったが、10年には約119万人に達した。一方で、病床数は90年ごろから徐々に減り、10年には約173万床になった。ただし、そのうち90万床は本来疾患の治療を担う一般病床。つまり、既に医療機関だけでは看取りを担えない事態が生じ始めているわけだ。
(略)
 こうした状況は、さらに深刻化するとみられる。団塊世代の高齢化が進み、30年の死亡者数は、今より45万人以上多い約165万人と推計したデータもある。この場合、介護施設の増床や在宅医療の拡充などを図っても、約47万人が病院や介護施設、自宅以外の高齢者住宅などで最期を迎えることになる。

 梶原診療所(東京都北区)在宅サポートセンター長の平原佐斗司氏は、「多死時代を乗り切るには、これまで看取り場所の中心だった病院や在宅専門の診療所の医師に加え、かかりつけ医機能を持つ診療所開業医が、高齢者住宅などで看取りに関わることが不可欠だ」と指摘する。

治療控えや中止も選択肢

 一方で、終末期の患者をどう診るべきかという課題も残る。中でも考えなければならないのが、高齢患者にどこまで積極的な治療を行うかという点だ。場合によっては、治療の差し控えや中止を余儀なくされるケースも、今後増えてくるだろう。

 日本人の死亡年齢はこれまで一貫して上昇してきた。新生児を除く女性の年齢別死亡数のピークは1960年には75~79歳だったが、2009年には85~89歳となった。筑波大大学院人間総合科学研究科教授で日本老年医学会倫理委員会委員長の飯島節氏は、「人間の限界寿命からして、死亡年齢は上限に近付いている。高齢患者については、治療の差し控えや中止も選択肢として、より良い看取りを考えることが重要だ」と話す。

 こうした流れを踏まえ、日本老年医学会は12年初めにも、高齢者の終末期の医療およびケアに関する「立場表明」を11年ぶりに改訂する。治療の差し控えや中止を考慮することや、緩和医療やケアを普及させる必要性も明記する方針だ。
(略)

《Vol.2》【非癌患者】予後予測できず、緩和にも問題多く 手法も制度も未確立で、医師や患者・家族の悩み尽きず(2011年12月21日日経メディカル)より抜粋

(略)
 終末期の高齢患者が繰り返す誤嚥性肺炎は治療しても根治しにくいため、いつまでも積極的な治療を続けると患者の苦痛を長引かせることになりかねない。そこで、患者や家族の意向を確認した上で抗菌薬による治療よりも、呼吸困難の緩和などに努める─。「将来、こうした終末期医療が行われる日が来るのではないだろうか」と筑波大の飯島氏は話す。

徐々に機能低下する非癌

 2010年の国内の全死亡者数のうち、心疾患や脳血管疾患、肺炎などの非癌による死亡者は約40%(約49万人)を占めるが、高齢者に限ると、癌以外で死亡する割合はさらに高まる。90歳の死因別死亡確率を見ると、癌による死亡確率は10~15%で、非癌による死亡確率は50%近くに達する。高齢者の死亡が増える今後は、非癌患者の終末期医療の充実が重要になる。

 とはいえ癌とは異なり非癌では、どこからが終末期なのか判断するのが難しい。「振り返って見れば『あのときが終末期だった』と分かるが、明確な基準がなく、治療の差し控えや中止をしようにも判断に迷う」と飯島氏は言う。安易に踏み切れば、本来必要な治療が行われない危険性もある。
(略)
 ただ、判断は難しいものの、家族の意向を尊重し、治療を差し控えたり、中止したりする動きも出始めている。高齢患者に対する胃瘻の造設がその一例だ。

安易な胃瘻造設に警鐘

 認知症患者に対する胃瘻造設は、経口摂食だけを続ける場合と比べて、延命効果や誤嚥性肺炎を減らす効果がないとした海外論文もあり、明確な有効性は確立されていない。また、離脱できずに最終的に認知機能が落ち、経口摂食の併用も不可能になって、終日臥床状態で胃瘻から栄養を得るだけで過ごす例も少なくない

 とはいえ、これまで国内では、認知症や、誤嚥性肺炎を繰り返した高齢者の多くに胃瘻が造設されてきた。国内の胃瘻造設患者数は40万人ともいわれる。

 背景には、認知症の早期であれば、きめ細かいリハビリで経口摂食の併用期間の延長や、胃瘻からの離脱ができるといったことがある。最近では国内で、胃瘻を造設した認知症患者の生存期間が海外と比べて長いという調査結果も出た。

 介護施設や医療機関の事情で胃瘻が広がった面もある。介護施設には十分なスタッフが配置されておらず、経口摂食が難しい高齢患者の食事介助を行うのは大変だ。食べ物を詰まらせて誤嚥性肺炎や窒息を招く危険もある。また、急性期病院では誤嚥性肺炎などを起こした患者が治療後に退院する際、経口摂食で十分な栄養を摂取できなければ、経鼻栄養より不快感の少ない胃瘻を造設しがちだ。

 そんな中、日本老年医学会が主体となって進めている厚生労働省の委託事業で、高齢者への水分・栄養補給法の導入をめぐる意思決定プロセスの整備とガイドライン作成を目指すワーキンググループ(責任者:東大大学院医学系研究科教授の甲斐一郎氏)が、11年12月に試案を公表。医療者は、胃瘻や経鼻栄養など人工的な水分・栄養補給をしないことも選択肢の一つとして提示し、患者や家族とコミュニケーションを続けて最善の選択を行うべきと提唱した。試案作成に携わった東大死生学・応用倫理センター特任研究員の会田薫子氏は、「患者の栄養状態、医療機関や介護施設の都合で安易に造設するのではなく、患者の意向を推定するなどじっくり話し合って決めてほしい」と話す。
(略)

記事では引き続き高齢者の透析問題や非癌患者への麻薬性鎮痛剤使用の問題など様々なテーマが取り上げられていますが、いずれにしても治癒不能となった時点で余命がほぼ決まってしまう癌患者に対して、大多数を占める非癌患者においてはどこまで積極的な治療を行っていくか、逆に言えばどこで手を引くべきかということは常に迷わしい課題であると言えそうですよね。
記事中にもある高齢者への経管栄養中止のガイドラインの件に関しては先日も取り上げた通りですが、実際にそうしたものが策定された場合に実用に足りるものになるかどうかは、結局のところ現場医師らが万一にも後日訴えられるといったことがないという(とりわけ刑事訴訟においての)担保が非常に重要になってきます。
このあたりに関連してしばしば取り上げられるのが「東海大学安楽死事件」ですが、元々医師による積極的安楽死が殺人に当たるかが問われたこの裁判において、判決では安楽死の手段が積極的・間接的・消極的のいずれであっても、治療行為中止の要件として下記の諸点をあげています。

i)患者の死期が避けられず死期が迫っていること
ii)治療行為中止の時点で中止を求める患者の意思表示が存在すること
iii)中止の対象は、疾病治療、対症療法、生命維持など全ての措置が含まれるが、どれをいつ中止するかの決定は、自然の死を迎えさせるという目的に沿って行なうこと

この判決では積極的安楽死に関しては慎重に検討すべであるとする一方で、消極的および間接的安楽死に関しては苦痛の除去・緩和を主目的とすることは治療行為の範囲内とみなすことができ、患者の自己決定権を根拠に許容されるという判断を示したということですが、問題は「患者の意思表示」をその要件にあげていることですよね。
非癌高齢患者の場合脳梗塞などの脳疾患や認知症などによって意思表示が困難な方が多く、またこれらの経過はしばしば長い年月を経て進行していくことから「そろそろ死期も近いから」と意思表示をするタイミングも計りがたいものですが、そうなると本人意志表示ということをあまり厳密に解釈しすぎると実際の運用に支障を来すということになりかねません。
さらに言えば経管栄養で安定している寝たきり老人の場合は栄養注入を続ける限りは「死期が迫っている」とは到底言えないわけですから、若年者と違った状況におかれている高齢者に対するより適切な指標が早急に設定されなければならないはずですよね。

移植医療のドナーに関しては本人意志表示の基準というものがある程度コンセンサスを得始めていますけれども、例えば家族から「以前から本人は○○の希望があった」といった証言があればよしとするのか、その場合例えば遠い親戚などが出てきて「いや、お爺ちゃんは俺には△△してくれと言っていた」などと違うことを言い出した場合にどうするのかといった課題がありそうです。
特に移植ドナーと違ってこうした高齢者の場合は年金等で固定的な現金収入があるわけですが、その場合家族はいわば金銭に関しての利害関係者でもあるだけに、果たして彼らの証言が本当に本人意志を代弁していると言えるかどうかをどう担保すべきか悩ましいところでしょうね。
このあたりは結局のところお金のなくなった生活保護患者が入院させろと言ってくるのと同じで、要はお年寄りは病院に預けておくのが一番安上がり、長く入院させておくほどお金が貯まるという「逆ざや」が発生することが問題なのですから、例えば介護度の高さに応じて医療費負担を高くするなどの設定をしておけば、ある程度経済的な側面から自然な医療抑制が働くようになるのではないかという気がします。

ただし後期高齢者医療制度を目の敵にして潰し、法律で決まっている高齢者医療費二割負担ですら先送りするような今の政治のあり方を見る限り、巨大な高齢者票田に逆らうような政策を実施することのハードルの高さも容易に想像出来ますよね(苦笑)。
いずれにしてもこうした話が出ると脊髄反射のように「また年寄りいじめか!」ということを言い出す人がいますが、それでは意識もなく体も動かない状態でただ栄養だけを注入されて生き続けたいと思う人間がどれほどいるだろうかと思うとき、むしろこれは一種の高齢者虐待問題でもあるんじゃないかという気もするのですが…

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コメント

誤嚥性肺炎や脳梗塞で入院されて、病状は落ち着いたのに経口摂取が困難になった場合、
今まで入所していた施設が引き取りを拒否して帰る場所がなくなる御高齢の方をどうするか
MSWと一緒にいつも頭を悩ませています。事務や病棟からはからは在院日数の問題とか
空床がないので「早く退院させろ」とせつつかれるし、「家族は食べられるようになるまで入院させろ」の
一点張りだし・・・・ 施設によっては、経鼻も胃瘻もダメ、経鼻はダメだれど胃瘻ならOK、経鼻も胃瘻もokといろいろあります。
施設入所中の高齢者の肺炎やら脳梗塞やらは、経口摂取困難なときの引き取りはどうなのか伺ってから受け入れを決めるように
なってきましたね。

投稿: 浪速の勤務医 | 2011年12月26日 (月) 10時09分

施設からの入所を引き受ける急性期の病院と、そこから患者を引き取る慢性期の病院とで方針が食い違っていることでしばしばトラブルになることがありますよね。
看護師に白眼視され事務にもせっつかれ誤嚥のリスクにおびえながら嚥下訓練をするよりは、さっさと胃瘻でも突くって送り出した方が皆がハッピーになれるという事情も理解出来ます。
一方では超高齢者で騙し騙し何とか経口でやってきた人にひとたび経管導入してまた食べられるようになるかと言えばまず無理ですから、管の入ってしまっている状態で療養病床に入って来た方に今から栄養止めますか?とも言い難いでしょう。
コスト面から急性期のベッドからなるべく早く出すというのは必ずしも間違っていないのでしょうが、こうしたご老人がどんどん増えると長期的なコストはむしろ増大するのではないかなという気もします。

投稿: 管理人nobu | 2011年12月26日 (月) 11時34分

若い人でもこういう事件に発展することがあるんですね。
生かす技術が進歩しているだけに、今度は死に方のガイドライン?のようなものが必要なんでしょうか。

 25日午後8時20分ごろ、三重県四日市市山田町の小山田記念温泉病院で、入院中の奥村貴徳さん(35)=同市諏訪町=が顔にぬれたタオルを掛けられ、ベッドの上で死亡しているのを巡回に来た女性看護師が発見、110番した。県警四日市南署は殺人事件として捜査を始めた。発見の直前まで見舞いに来ていた父親(69)が、病室に殺害をほのめかすメモを残して姿を消しており、行方を捜している。

 同署や病院によると、父親は同日夕、1人で病院を訪れ、入院費を支払った。父親の自宅には遺書めいたメモも残されていたという。

 奥村さんは04年6月に別の病院から転院。当時から低酸素脳症で意識はなく、寝たきり状態だった。4人部屋に入院中で、部屋は満室だった。奥村さんには妻子がいるという。

 病室には殺害をほのめかすメモのほか、父親のジャンパーが置かれたままだった。午後7時半ごろに院内の廊下を歩く父親の姿が目撃されているが、普段、見舞いに訪れる際に使っている車が見つかっていない。

 父親は同市内で1人暮らし。病院職員によると、ほぼ毎日見舞いに来ていたという。治療費は父親が支払い、滞納はなかった。職員は「会えばあいさつし、人当たりはよく、体をふくなど献身的に面倒をみていた」と心配そうに話した。【大野友嘉子、谷口拓未】

投稿: 通りすがりのただの人 | 2011年12月26日 (月) 12時52分

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