« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

2011年12月31日 (土)

今日のぐり 倉敷編:「江戸切りそば 石泉」&「そば さくら」&「手打ちそば あずみ」&「いづも屋」

今年もいよいよ最後の更新となりましたが、本年も当「ぐり研」をご愛顧くださいましてありがとうございます。
毎年この時期ともなるとあちらこちらで今年の10大ニュースというものが発表されますが、「サイエンス」によると今年の科学10大発見はこんな具合になるんだそうです。

「2011年科学10大発見」…サイエンス誌(2011年12月23日読売新聞)

 ◆サイエンス誌の「2011年科学10大発見」
1 エイズウイルス(HIV)予防薬の臨床試験
2 小惑星探査機「はやぶさ」ミッション成功
3 化石の遺伝情報で人類起源に新知見
4 光合成に関与するたんぱく質構造解明
5 宇宙創成期の組成を示す水素ガス雲
6 ヒト腸内微生物の生息条件解明
7 有望なマラリアのワクチンの開発
8 太陽系の常識を超える天体の発見
9 ゼオライトの製造技術進歩
10 老化細胞を除く抗加齢研究

それぞれに非常に印象深い業績ばかりが並んでいますが、とりわけ日本国民としては2位に取り上げられた「はやぶさ」の一件が印象深いところですよね。
今日は年の瀬大晦日と言う事で世界各地から今年の世相を反映したニュースというものを取り上げてみたいと思いますが、どうも明るく楽しいニュースばかりでもないというあたりが世相なんでしょうかね…

オシャレに豪快に! 気取らない立ち食いフレンチのランチが絶品なりよ/東京(2011年12月16日Pouch)

「立ち食い」と言えば、どんなジャンルのお店を想像しますか?蕎麦やうどん、寿司に串カツなど、和食、それも男の人が多そうな印象がありますよね。

ですが、そのイメージをくつがえしたオシャレなお店を発見しました。なんとそのお店では絶品フレンチを立ち食いできちゃうのです。

美味しいフレンチが立ち食いできるのは本の街・東京都千代田区神保町にある「骨太フレンチ ビストロアリゴ」です。

路地裏を入ったところにある古民家を改装した味がある雰囲気のお店。風変わりなフレンチのお店ですが、その味は折り紙つき。グルメ系クチコミサイトでもいつも上位にのぼり、夜の予約はなかなかとれないくらいだそうです。

でもランチだったら大丈夫なはず。早速突撃してきました。ランチメニューは全部で4種類、どれも迷っちゃうけど、ここは限定メニューの「濃厚オムライス(950円)」!そして「じっくり寝かせた村田カリィ(850円)」を注文しました。

カウンターと厨房は何のしきりもありません。これぞ立ち食いの醍醐味。目の前で作ってくれる様子を見るだけで待ち時間も楽しく過ごせてしまいます。

そして出てきた濃厚オムライスにはホワイトソースがたっぷりかかっています。想像していたのと違ってちょっとびっくりしちゃいました。ですが、食べてみると意外! こっくり濃厚ソースとふわふわ卵が絡み合ってチキンライスの酸味とめっちゃ合う!!オムライスはランチ営業が始まって1時間ほどで一旦オーダーストップになっていました。その人気が伺えます。

魔法のランプみたいな入れ物に入って出てきた村田カリィもしっかり野菜が煮込まれているのが分かる味わい。もう毎日食べたいくらいです。ちなみに、村田カリィはお弁当バージョン(550円)もあります。更にリーズナブルなお値段で絶品カレーが食べられるなんて幸せすぎ! 近くを通った際は是非テイクアウトしたいところですね。
(略)

フレンチなのにカレーにオムライス?という突っ込みはさておくとしても、ワープアということが言われる昨今ではこういうスタイルも当然ありなんでしょうが、スタイル以前にこういうニッチマーケットが成立するようになったのも今の時代ならではなんでしょうかね。
ひと頃から「伊達直人」名義のプレゼントというものがちょっとしたブームになりましたが、時にこうした思いがけない内容のプレゼントもあったようですね。

伊達直人から飛行艇カレー/山口(2011年9月14日中国新聞)

周南市久米の児童養護施設、共楽養育園(安村裕美園長)に、漫画タイガーマスクの主人公「伊達直人」を名乗る人物から岩国市のレンコン入り「海軍飛行艇カレー」が郵便小包で届いた。子どもはカレー販売元の一つの第三セクターに、感謝の言葉を記した寄せ書きを送った。三セク事務局の岩国商工会議所は「ぜひ本人に届けたい」と送り主に連絡を呼び掛けている。

 同園によると、8月4日に1箱6食分のレトルトカレー12箱が届いた。差出人の欄に「伊達直人」と記され、住所は岩国市内だった。届く前に男性とみられる人物から2回ほど電話があり、子どもの人数を尋ねられた。電話の主は「伊達直人」と名乗り、「カレーを食べて暑い夏を乗り切って」と話したという。

 同園は8月9日、カレーを2~18歳の60人や職員の昼食にした。子どもたちはA3用紙3枚に「おいしかった」「ありがとう」などと寄せ書き。同園はお礼の手紙を添え、記されていた住所に郵送した、しかし、宛先不明で戻ってきたため、岩国商議所に送った。

いやまあ、夏にカレーというのはいいとしてあまりにセレクションがマニアック過ぎるだろうと思うのですが、ちなみに岩国市では岩国基地で考案されたこのカレーをご当地メニューとして売り出し中と言いますから、仮に当地の関係者からということであれば全国に名が知られたことで十分に元は取ったというところなんでしょうか。
今年の話題と言えばなんと言っても震災関連のそれが質量共に一番となってしまいますが、お隣韓国からは珍しくこんなニュースが飛び込んでいます。

「日本沈没」取り消します 韓国紙、震災紙面変更「日本応援する」/韓国(2011年12月27日産経ニュース)

 27日付の韓国紙、中央日報は、東日本大震災発生当日の状況を報じた3月12日付の1面で「日本沈没」という見出しを付けたことが「災害に苦しむ日本人を傷つけた」として、当時の紙面を取り消すとする「反省文」を掲載した。

 反省文は、今年の同紙の報道全般について不適切だった点を振り返るコーナーに、1ページの3分の1程度を割いて掲載。新たに「力を出せ、日本」との見出しを付けて編集し直した紙面を並べた。

 同紙は、当時は大きな津波被害の状況を劇的に伝えようと「日本沈没」という日本の小説の題名をそのまま使ったと説明。読者などから「刺激的だ」との批判を受けたことも紹介し、「人類愛」を重視する同紙の精神とは懸け離れた結果になったと弁解。さらに「遅ればせながら、日本国民を応援するため」に紙面を編集し直した。(共同)

今年韓国で行われたACLの際にも「日本の大地震をお祝いします」の垂れ幕が掲げられていたことは記憶に新しいところですが、正直韓国に応援されてしまうと例の法則が発動しそうな気もしてしまうのですが…(苦笑)
北朝鮮では突然のトップ交代劇が未だ不穏な気配を漂わせていると言いますが、何やら偶像崇拝がすごいことになっているようですね。

北朝鮮の「聖地」はエスカレーターか 欧米で話題に/北朝鮮(2011年12月26日朝日新聞)

 北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が死去直前に視察したスーパーでエスカレーターにしがみついて泣く従業員が、欧米メディアで話題になっている。「エスカレーターまで聖地になった」(欧州のニュース専門局「ユーロニュース」)などと伝えており、奇異に映るようだ。

 取り上げられているのは、死去が発表された19日夜に朝鮮中央テレビが流した映像。平壌市内にある「光復地区スーパーマーケット」で、女性従業員たちがエスカレーターに集まり、手すりにしがみついたり、乗降口でしゃがんだりして、「うそだ」「将軍、早くお帰りください」などと泣き叫んだ。

 金総書記はこのスーパーを視察し、朝鮮中央通信が後継者の金正恩(キム・ジョンウン)氏らとともにエスカレーターを降りる写真を15日に配信していた。映像はエスカレーターの手すりの色や本数、商品棚のようすなどが異なるが、朝鮮中央テレビは撮影場所の違いなどについて言及していない。スーパーは最後の視察先の一つになった。(ソウル=広島敦史)

不幸には黙って耐える日本と違って嘆き悲しむことを美徳とする文化的背景ももちろんあるのでしょうが、実際にはやはり当局や世間から非国民だと非難され場合によっては命にも関わるということを恐れての行動でもあるようで、地上の楽園などというプロパガンダに荷担してきた朝日としてはどういう気持ちでこの記事を掲載したのでしょうか。
世界各国の指導者がキスを交わすというベネトンの広告が不敬であると話題になりましたが、そういうものを出してみたくもなるほど関係が悪化しているという背景事情があったことも記憶しなければなりませんよね。

NATOとタリバーン、ツイッター上で「口げんか」/アフガニスタン(2011年11月21日CNN)

カブール(CNN) アフガニスタンで10年来の戦闘を展開する北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)と反政府武装勢力タリバーンが、今度はインターネットのミニブログ「ツイッター」上で激しい非難の応酬を繰り広げている。

ツイッターでは数カ月前から、ISAFの広報担当者「ISAFmedia」と、タリバーン側の人物「ABalkhi」の口論が続いている。

先週はNATOがアフガン人の雇い兵を使っているとの疑惑をめぐり、タリバーン側が「そちらの当局者が白状したんだよ、お馬鹿さん」と発言。これにISAF側が「馬鹿だって?」と反応し、「そちらの言うことを本気で信じる人はいない。発言はすべてうそだ。黙れ」と激しい言葉を返した。タリバーン側はさらに「お前はその対応要員として雇われたんだろう。私がいなければ仕事がなくなるわけだ」と応じている。

また先日、タリバーンの報道官が拘束されたとの報道が流れた後には、タリバーン側がISAFに「なぜ民間人を拘束するのだ」と問いかけ、ISAF側が「この人物はタリバーンのメンバーではなかったとでも言いたいのか」と反撃。これに対してタリバーン側は国連による民間人の定義を書き並べた揚げ句、「みんなが1日中、机に向かってツイートしているだけで給料をもらえるわけではない」と書き込んだ。

CNNは双方にコメントを求めたが、どちらからもテレビ取材に応じたり担当者の顔を見せたりすることはできないとして拒否された。

ツイッター・ユーザーらの間では、NATOとタリバーンのやり取りを、直接対話に代わる接触として評価する声もある。アフガンからの早期撤退を迫られるNATOにとって、口論での勝ち負けは、米世論などを味方につけるうえで重要な意味を持つのも事実だ。また、タリバーンが米機を撃墜したなどと偽って「作戦成功」を宣言した場合、ツイッターを通して素早く否定するといった用途もある。

一方で、アフガンの主要テレビ局「トロTV」の時事問題部門責任者、ロトフラ・ナジャフィザダ氏は「ISAFがなぜわざわざ返信するのか分からない。タリバーンを相手にするのは時間の無駄だ」と批判している。

まあどこの国でもあるようなネット上の罵倒合戦と言えばそれまでなんですが、その背景にある敵対感情というものを考えた時には全く洒落にならないというもので、紛争当事国の難しさというものが判る話でもあるという気がします。
失われた十年だ、リーマン・ショックだと言っているうちに今や欧州経済危機が一番ヤバいのだそうですが、何しろああいう国々だけに内情はハンパではないようで、まずはこちら10月時点のニュースをお伝えしましょう。

ああ、追い詰められた欧州首脳の泥仕合/EU(2011年10月25日ニューズウィーク)

 ユーロ危機を引き金とする世界不況の再来だけは回避しなければならない──。そんなプレッシャーにさらされながら、必死で打開策を練る欧州首脳たちのストレスは最高潮に達しているようだ。

 最近の彼らの言動は、まるでシーズン終了間近の9月を3勝11敗で終え、プレイオフ進出が絶望視されるメジャーリーグチームの選手のよう。すべての責任をチームメイトに押し付けて、互いに罵り合っている。

 ブリュッセルでユーロ圏首脳会議が開かれた10月23日、ニコラ・サルコジ仏大統領はユーロ加盟国でないのにユーロ問題に「介入」し続けるイギリスのデービッド・キャメロン首相に対し、面と向かって「うんざりだ」と言い放った。

 さらにサルコジはアンゲラ・メルケル独首相と徒党を組んで、イタリアのシルビオ・ベルルスコーニ首相にも厳しい警告を発した。口先だけの財政改革構想は聞き飽きたから、債務が膨れ上がってユーロ圏第3位のイタリア経済(意外にも輸出は好調だ)が潰れる前に今すぐ行動を起こせ、と求めたのだ。

 ベルルスコーニの受難はそれだけでは終わらなかった。欧州委員会のジョゼ・マヌエル・バローゾ委員長と初代EU大統領(欧州理事会常任議長)のヘルマン・ヴァンロンプイからも激しい叱責の言葉を浴びせられた。

イギリスで盛り上がるEU脱退論

 英メディアは、サルコジがキャメロンにキレた事件に飛びついている。ガーディアン紙によれば、ユーロ圏首脳会議の最終セッションでは両首脳の議論が続いて2時間が無駄になったという。サルコジはキャメロンに対し、「あなたは口を閉じる機会を棒に振った」と発言。「我々のやり方を批判し、何をすべきか口を出すことにうんざりしている。ユーロは嫌いだと言っていたくせに、今さら我々の会合に首を突っ込むな」

 もっとも、ユーロに加盟していないとはいえ、イギリスはEU経済の重要な一部。仮にユーロが破綻してヨーロッパが長期的な大不況に陥れば、イギリス経済も大打撃を受けるのは間違いない。つまり、キャメロンにも口を挟む権利はあるわけだ。

 もしかすると、サルコジは虫の居所が悪かっただけかもしれない。何しろこの日は、ラグビー・ワールドカップ決勝でフランス代表がニュージーランドに1点差で敗れたばかりだった。

 キャメロンはまさに四面楚歌の気分だろう。24日には英下院で、イギリスがEU加盟を続けることの是非を問う国民投票を実施すべきかをめぐる投票が行われた。キャメロンが党首を務める与党・保守党内にもEUへの憎悪に近いユーロ懐疑論が渦巻いており、政府の方針に反して賛成に回る造反議員が続出した。

 もっとも、イギリスがEUから脱退するかどうかは問題ではない。ユーロがコケれば、イギリス経済もコケることには変わりないのだから。

 最後に、ロンドン市長のマイケル・ベアに一言。世界各地に飛び火しているウォール街占拠デモの拠点がロンドンの金融街シティーにも設営された。しばらく天気もいいようだから、長期化を覚悟したほうがいい。

ひところ「冷めたピザ」発言一つで国辱ものだと大騒ぎになった極東の島国などでは想像出来ないかも知れませんが、連中にすれば何百年も前から繰り返している日常茶飯事な罵倒合戦の一つにしか過ぎないというところでしょうか。
これがもう少し時間がたってくるとさらにブリ的諧謔に満ちあふれた…いや失礼、とにかく一層炎上しているというのですが、これまた隣国の大統領の発言一つで「日韓関係は危機を迎えた!」なんて大騒ぎしている平和な極東の島国では考えられないことです。

ドーバー海峡、波高し 国債格下げめぐり英仏非難の応酬/EU(2011年12月17日産経ニュース)

 【ロンドン=木村正人】欧州債務危機への対応をめぐり、英仏関係が険悪化している。自国国債が最上級格付け「トリプルA」を失う瀬戸際に立たされるフランスの閣僚や中央銀行総裁が、「英国の経済や財政はわが国より悪い。格下げがふさわしいのは英国の方だ」と相次いで発言。英国が「容認できない」と仏側に正式に抗議する事態に発展している。

 10月の欧州連合(EU)首脳会議で、サルコジ仏大統領がキャメロン英首相に「英国が欧州単一通貨ユーロの悪口を言うのは聞き飽きた。黙っていてくれ」と発言。今月の首脳会議では独仏主導のEU新基本条約制定にキャメロン首相が拒否権を行使し、拘束力の弱い政府間協定に格下げされたため、英仏首脳は口も聞かなくなったとされる。

 もともと英中銀イングランド銀行のキング総裁が公にユーロの健全性を問題視し、オズボーン英財務相がフランスの財政状況をギリシャに例えたことが仏側をいたく刺激したようだ。

 フランスのトリプルAが風前のともしびとなる中、バロワン仏経済・財政・産業相が「英国の経済は憂慮される」と語り、仏中銀フランス銀行のノワイエ総裁も「英国はわが国より財政赤字や政府債務が多く、インフレ率が高く、成長率は低い。格付け会社は英国を心配すべきだ」と主張。

 さらにフィヨン仏首相まで「英国はフランスより借金漬け」と発言したため、クレッグ英副首相が16日に抗議すると、同首相は「格付け会社は一貫性を欠いていると言いたかった」と強弁した。

 この日、欧州系格付け会社フィッチ・レーティングスは仏国債の長期信用格付けの見通しを引き下げていた。

 来年の仏大統領選で再選を期すサルコジ大統領にとり国債格下げは死活問題。フランスの過剰反応はストレスの裏返しでもある。

 英紙フィナンシャル・タイムズは「金融危機にでもなれば英仏は一蓮托生(たくしょう)だ。双方の閣僚は発言する前によく考えてみることだ」と苦言を呈している。

ネット的にはこのやりとりを極めて即物的に『イギリス「フランスの財政、あれギリシャだなw」 フランス「あ?格下げされるべきはエゲレスだろ」 イギリス「何か言ったかチーズ野郎」』などと要約しているようですが、これだけ長引く不況にもかかわらず一向に円高が是正されない理由の一端がこいつらにあったことは明白ですよね(苦笑)。
ちなみに客観的に見ると格下げ論争ではやや英国側が有利なのではないかという見方もあるようですが、あの連中を調子に乗らせるとろくな事にはならないというこちらの記事を最後に紹介しておきましょう。

番組で報道官を「大ばか」と侮辱 BBCが欧州委に謝罪/英(2011年9月30日産経ニュース)

 英BBCは29日、欧州連合(EU)欧州委員会のアルタファイ報道官が番組中に繰り返し「大ばか(IDIOT)」と侮辱されたことを謝罪した。欧州委はBBCに公式の謝罪を要求していた。

 アルタファイ報道官は28日夜放映の生放送の討論番組「ニューズナイト」にブリュッセルからスクリーンを通じて参加した。

 出演者の一人のコラムニストが、ユーロ圏の危機への対応をめぐり、報道官を「ブリュッセルの大ばか」と侮辱、司会者も「ブリュッセルの大ばかさん、どう返答しますか」などと挑発した。

 コラムニストはその後も「あの大ばか」と罵倒を続けたため、スタジオのスクリーンに映っていた報道官は番組中にもかかわらず、イヤホンを外して退出してしまった。(共同)

報道官の侮辱発言まではともかく、日本で言えばNHKに当たる放送局の司会者が「ブリュッセルの大ばかさん、どう返答しますか」などと言い放ってしまうのが実に何ともブリ的と言うしかありませんよね。
年中この調子でやっている彼の地へ日本も支援の手を伸ばすべきだ、なんてことを言っている方々も一部にいらっしゃるようですが、こういう実情を見てからよくよくお考えになった方がいいんじゃないかという気がします。

今日のぐり 倉敷編その一:「江戸切りそば 石泉」

美観地区や大原美術館で有名な観光都市倉敷の街中にあるこちらは、自家製粉が売りのちょいと名の知れた蕎麦屋だということなのですが、今回久しぶりに再訪させてもらいました。
ネットなどで見る限りでは普通に繁盛しているように思えるのですが、たまたま自分が来た時はそういう巡り合わせなのか前回同様相変わらず客は少ないなぁ…と言う印象で、それでも後からお客が入ってそこそこの入りにはなりましたが、まあこういうお店は芋洗いのようになっても風情がないというものですからね。

ごく無難にざるを注文、蕎麦茶をすすりながら待つことしばしで運ばれて来た新蕎麦は色つやもさることながら、注目していただきたいのは洗いに続く水切りの具合ですよね。
ザルだけでぽんと置かれてもテーブルクロスが全く濡れないことで水切り加減がちょうどいい具合だと判る通り、この状態だからこそ辛めの蕎麦ツユとのマッチングもいいことが堪能できるというものです。
その蕎麦ツユはすでに器の底にも少なめに入っていて、なおかる別の器にも補充分がつくと言うパターンで、薬味はワサビに大根おろし、そして白ネギというのが判っていらっしゃると思います。
蕎麦とはあまり関係ないことですが、きちんと箸置きがつくのはいいんですがこの色使いといい、カラフルかつ安っぽいテーブルクロスといい、色彩感覚が老舗らしい店構えの雰囲気にあっているかは微妙かなと思うのですが、まあこの辺りはお店の好みもあるということなんでしょうか。

まさにしゃっきり細打ちという具合のこちらの蕎麦ですが、新蕎麦らしく甘味のある味も香りも、舌触り喉越しとも文句なしの仕上がり具合で、どこに出しても恥ずかしくない蕎麦ではないかと思いますね。
ただ強いて言うなら以前来た時にも感じたのですが、自分的にはやはりザルで食べるにはわずかに硬い蕎麦なのかなという印象で、これをかけや鴨南蛮にしていただくとたぶん絶品なんでしょうけれども、ね…
コシがないのを硬さでごまかしているような店は論外としても、硬い柔らかいは本来好みの問題のはずなのに、しばしば柔らかいものを出すとコシがないなんて妙な批判をする人がいるせいか、昨今細打ちの麺類はとりあえず硬めで出しとけみたいな風潮がありますよね。
さすがにうどん文化が熟成している香川あたりでは柔らかいうどんも硬いうどんもお客それぞれの好みに応じて繁盛しているのですが、まあ蕎麦の中でも江戸の流儀を名乗るようなものはこれくらいの方がお客にも馴染んだ案配なのかも知れません。
しかし日本同様麺食いなイタリアでは料理法やソース(味付け)に応じて麺の形や太さは元より、素材や硬さ、茹で加減まで自由自在に使い分ける料理体系が出来上がっていて感心するのですが、日本ではようやく一部のラーメン屋などで麺の使い分けが行われている程度にとどまっているのはいつも残念に感じています。

蛇足になりましたけれども、蕎麦湯はナチュラルタイプですっきりとうまい、これもまた今風に粉を溶いたりしないのはよいこだわりだと思いますし、蕎麦屋としては安全パイという感じで誰にでもおすすめ出来ると思います。
観光地の店ながら接遇面はいい意味で田舎っぽさを感じるのんびりしたもので居心地は悪くないんですが、ただ奥の座敷が広いのにわずかなお客をテーブルに相席させるのはなぜなのかなと、蕎麦をたぐりながらそんなことを考えたりもしていました。
ま、これだけで終わっていれば今日はうまい蕎麦を食ったなでよかったというものなんですが…

今日のぐり 倉敷編その二:「そば さくら」

ざる一枚ではさすがにちょっと腹具合もアレかなと思い、ちょいちょいと検索してみましたら案外この界隈にも蕎麦屋は多いようなんですね。
そこでやってきましたのが美観地区を見下ろす阿智神社(ちなみに今回初めて知りましたが、地名は阿知でも神社は阿智なんですね)のふもとという、表通りはすっかり観光地化された美観地区の中でも一番風情のある界隈にあるこちらのお店になってきました。
周囲の町並みに合わせるように倉を改装したらしい店構えは雰囲気があっていいのですが、しかし入り口の自動ドアが微妙にミスマッチなようにも感じられますかね?
入って見ると意外にも居酒屋っぽくもあるようないい感じの雰囲気で、メニューも豊富と言うか蕎麦屋というより食堂っぽいと言うのでしょうか、しかも丼ものなどは妙に今風のちょっと工夫してみました的なメニューが多い気がするのはおもしろいですよね。

こちらの場合十割もあるようなんですが、ここはごくベーシックなざるそばを一枚頼んでみました(ちなみにざるは一枚のみならず一枚半や二枚とボリュームを選べるというのは良い工夫だと思います)。
こちら蕎麦ツユは徳利に入ってくるというオーソドックスなスタイルなんですが、試しに舐めてみますとこれがかなりはっきりとした甘さを感じるもので、これにワサビに青ネギがついてくるということなんですね。
やがて運ばれて来た少し太めの蕎麦は見るからにおねしょ気味なのにがっかりしますが、すすってみますとホントに二八か?と思うようなつなぎの存在を感じさせる食感で、かなりしっかりと噛まないといけないこともあって喉越し爽快!とは残念ながらいかないようですよね。
しかし何なのでしょうか、この蕎麦の微妙に酸味のような違和感ある風味が気になったのですが、昼時も過ぎかけた時間帯で残り物を出すとも思えませんしね…いずれにしてもせっかくの新蕎麦だけにこれはちょっとなぁと言う感じだったでしょうか。
しかし蕎麦自体が軽やかさがないものでしたから、予想通りドロリ濃厚な蕎麦湯が思った以上にこたえましたね(苦笑)。

それにしても意外にと言ったら失礼なのでしょうが、このお店が石泉以上に繁盛してる様子なのが客商売とはおもしろいものだなと感じたのですが、メニューのセンスといい随所に今の時代の客の嗜好に合わせてきているような気配が感じられますよね。
親父さんは結構いい歳をした普通の蕎麦屋の親父風(失礼)に見えるのですが、この全体的なプロデュースは一体誰がやっているのでしょうかね?

今日のぐり 倉敷編その三:「手打ちそば あずみ」

二軒目が思いがけず重い感じになってしまったのでもう腹具合は十分なのですが、口直しにもう一軒と思ったのが運の尽き(?)、腹ごなしに阿智神社に登ったりしてぶらぶらと大原美術館の前を通りかかった時に見つけたのがこのお店です。
いかにもな表通りのど真ん中にあるお店でもあるし寄るつもりはなかったのですが、たまたま前を通りかかったところでついつい手打ちそばの看板に惹かれて入ってしまいました。
なんでも故・大原総一郎氏の好意で松本市から当地に来たらしいんですが、総一郎氏と言えばお隣大原美術館を作った孫三郎氏の息子で共に倉敷の偉人として知られていますけれども、地域の基幹病院である倉敷中央病院が今あるのもこの大原一族の功績であるということは銘記しておかなければならないですよね。

それはともかく、信州蕎麦そのものは食べたことがないのでとりあえず無難にもりそばを頼んでみましたが、こちらの場合別にざるそばもあるので注意いただきたいと思います。
メニューをつらつら眺めておりますと一応蕎麦屋らしくまとめてあるんですが、温かい蕎麦中心なのが信州流ということでもあるまいになあ…などと思っておりましたら妙に早いタイミングで運ばれて来たこちらの蕎麦、見た目にも不揃いな田舎蕎麦風であるのは予想はしていたのですが、これがまた見たことがないほど真っ黒じゃないですか!
食べてみますと基本的に田舎蕎麦系は嫌いではないのですが、ここの場合はいやもう何と言ったらいいのでしょうか、にちゃにちゃ歯にこびりつく食感が何とも…微妙ですよね…
見るからに蕎麦屋素人風な若いカップルさん達にも「蕎麦と言うよりも…うどん?」なんて突っ込まれてちゃ総一郎さんも泣いてるよというものですが、今どきこんなうどんを出してた日にはうどん屋としたって経営は立ちゆかないというものですよ。

強いて言うならばこちらの蕎麦ツユは湯飲みにたっぷりと盛りきりという少し残念なスタイルなんですが、このいい具合に鰹ダシの立った蕎麦ツユはちょいと出石などを思い出させる案配でこれだけは割合好みかなと思ったんですが(ただしこの個性的な蕎麦に合わせるには少し弱いかなとも思います)、そういえば出石も元をたどれば信州蕎麦がルーツですよね。
この調子ではどうなるのかと思っていましたら、蕎麦湯は別な湯飲みに注いでそちらにツユを入れてくださいと言うのにはちょいと意表を突かれましたが、もちろん蕎麦湯は当然のように濃厚タイプ…普段なら蕎麦湯も残さずにいただくのですが、さすがにもうどうでもいいやと言う気分になって形ばかり口をつけて終わりにしてしまいました。

接遇面は悪い意味で観光地の飯屋そのものという感じなのはネットなどの評判を見ても普段通りの流儀らしいのですが、幸いにも(?)あまりお客さんが入っていなかったこともあってさほど気にならずには済みました。
しかし今時は干し蕎麦でも気の利いたものを選んでおけばそれなりにはなるのにねぇ…とも思うのですが、昔はこういうものでもわざわざ遠くから呼び寄せたくなるくらいに本格派で通ったと言うことなんでしょうね。

今日のぐり 倉敷編その四:「いづも屋」

何故倉敷で出雲蕎麦?と考え始めると夜も眠れず(大袈裟ですが)、思わず満腹の腹を抱えて立ち寄ってしまったのがこちら「いづも屋」さんなのですが、駅前通りを挟んで美観地区中心部と反対側、ホテルが立ち並ぶ一角を通り過ぎたあたりという、なかなかに判りにくい場所にあるお店です。
立地を考えると観光客相手ではなく真面目に出雲蕎麦を売り込んでいる郷土愛に満ちあふれたお店なのか?などとも勝手に想像していたのですが、実際に訪れてみますと老夫婦二人もお店そのものも中の調理道具も年季が入っているどころの騒ぎではないという、あなた達一体いつの時代に出雲を出たんだよ!と突っ込みたくなるようなお店でしたね。
まあこういうお店も今どきない味があるとも言えるのですが、とりあえず壁のメニューを見て思い悩むのも面倒くさいので何も考えずに割り子を三段で頼んでしまいましたが、とりあえず少しばかりお耳が遠いのかなという感じで注意が必要ですよね。

運ばれて来た蕎麦を見ますと一瞬あれ?四段の間違い?と思いましたら、一段目は丸々薬味がてんこ盛りになっていて、さすがに三段でこれを全部消費するのはきついな…と感じてしまいました(まあそれでも味見程度にちょっとだけは使わせてもらいましたが)。
出雲蕎麦も長年あちこち回ってきましたけれども、こちらの蕎麦は比較的稀なタイプと言うのでしょうか、蕎麦の方はまぁ町の蕎麦屋の蕎麦としては比較的ありそうなものですが、これに妙に醤油辛いツユをあわせると出雲蕎麦のメインストリームからは完全に外れた味になっていますよね。
出雲界隈で蕎麦を食べ歩いて気に入ったという人にはちょっと合わないんじゃないかなと正直思いますけれども、もはやこの店の空間に足を踏み入れてしまうとうまいまずいは超越してただそこにある店という感じで、細かいことはどうでもいいかなという気になってしまいます。

接遇面ではお爺ちゃんとお婆ちゃん二人でやっている店という時点で予想された通りほぼセルフ状態で、調理以外は全く手が回っていないことから常連さんらしき方々はお茶くみから食器を返すところまでご自分でやっていらっしゃるようなんですが、一見さんには一応そのあたりのことはやってくれる意志はあるようです(ただし、しばしばお茶だしなど忘れられるようですが…)。
その常連さんらしき方々のオーダーを見ていますとカレー蕎麦やかしわ蕎麦が人気なのかなとも思うのですが、さすがに出雲と聞いてきたお店でそちらに行くというのもどうなのか…ですよね。
しかしこの立地、この店内の状況にして食事時を外れた時間帯になっても満席になるほど繁盛してるのが不思議と言えば不思議なんですが、こういうお店というのは一度はまってしまうと抜け出せなくなることが往々にしてあるものですし、地域のお店としてお二人ともお体に気をつけて末永く続けていただければと思いますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月30日 (金)

インフルエンザに関わる話題を二つばかり

そろそろインフルエンザもシーズン真っ盛りという感じになっていますが、先日出ていたのがこちらの記事です。

タミフル使用中止、NPOが厚労相に要望(2011年12月22日読売新聞)

 インフルエンザ治療薬「タミフル」は、処方直後に患者の容体が急変し死亡する危険性が高いとして、薬害を調査研究するNPO法人「医薬ビジランスセンター」(代表・浜六郎医師)が21日、タミフルの使用中止などを求める要望書を小宮山厚生労働相に提出した。

 要望書は、厚労省のデータに基づき、浜代表らが2009~10年に流行した新型インフルエンザで死亡した全患者198人の病状の変化を独自に分析した結果を紹介。タミフル処方後に119人が死亡し、このうち38人は処方後12時間以内に容体が急変していたが、別の治療薬「リレンザ」では、投薬後に容体が急変した例はなかったと指摘し、厚労省にタミフルの副作用の評価を見直すよう求めた。

ちなみに浜六郎先生というと薬害などに関する著作も数多く各方面に多大な影響力を発揮されていることでも有名なお方ですが、それだけに毀誉褒貶もなかなかに激しいご様子ですよねえ…
その浜六郎代表の主催する「医療ビジランスセンター」の主張はこちら「死亡はタミフルでは防げない」なる一文をご参照いただければと思いますが、その主張の眼目は脳症など重症化する症例の病態は過剰なサイトカイン放出(サイトカインストーム)にあり、細胞からのウイルス放出を抑えるだけのタミフルでは防げないということのようです。
ご存知のようにインフルエンザウイルスには細胞へ侵入する際に働くヘムアグルチニン(HA)スパイクと、細胞内で増殖後外へと出て行く際に働くノイラミニダーゼ(NA)スパイクという二種類の糖蛋白が存在していて、この糖蛋白のタイプによって「今年のインフルエンザはH3N2のA香港型で」などと区別されているわけですね。
タミフルを始めとするノイラミニダーゼ阻害剤と言われる薬では、このノイラミニダーゼの働きをブロックすることでウイルスが細胞外に出て行かなくなる、結果としてそれ以上感染細胞が広がらないという理屈で効果を発揮しているのですが、感染してしまった細胞自体には当然ながら効果はありません。
ただ素朴な疑問としてそうした理屈で重症化の抑制できる、出来ないが決まるというのであれば、同じノイラミニダーゼ阻害剤でしかも吸入薬のため呼吸器系でしか働かないリレンザではさらに重症例が頻発しそうなのですが、そちらでは容体急変が見られなかったというのですから話がややこしいですよね。

例の小児異常行動なども含めてこのタミフル問題は以前から何度も取り上げられていて、単純にタミフルがリレンザに比べて圧倒的に使用例が多いからこそ重傷例も目立つのだとか、単にタミフルを使っても重症化を防げなかっただけではないかと言う声もありますが、今のところ公式には有害と認められてはいません。
ただ世界的に見てもタミフル耐性株が急速に増えてきていると問題視されていて、しかもどうやらタミフルはリレンザよりも耐性化しやすいという話もあるようですから、抗生物質と耐性菌の関係と同様にインフルエンザと言えば何も考えずにタミフル出しておけで済ませておくわけにはいかないのは当然でしょう。
幸いにもこのところ抗インフルエンザ薬の選択肢も増えてきてはいるのですが、簡便な内服薬の選択肢が今のところタミフルくらいしかない(麻○湯…というのもいいのですけれどもねえ)のが臨床応用上の課題で、中外さんの独走を防ぐ意味でも他製薬会社の一層の開発努力を期待したいところですよね。

さて、一部(大部分?)のマスコミの方々にとっては非常に残念な話ということになるのかも知れませんが、長年そうだと言われてきながら先日とうとうエヴィデンスが出たかと思ったのがこちらのレポートです。

インフル集団接種に効果か…高齢者死亡を抑制(2011年12月26日読売新聞)

 かつて小学校などで行っていたインフルエンザワクチンの集団接種が、高齢者の死亡を半分以下に抑える効果があったとする分析を、けいゆう病院(横浜市)小児科の菅谷憲夫医師らがまとめた。米科学誌プロスワンに掲載された。

 菅谷医師らは日米両国の1978~2006年の人口統計を基に、インフルエンザによるとみられる死者の数を分析。日本の65歳以上の死者は、小学校などでの集団接種が行われていた94年まで10万人あたり6・8人だったが、95年以降は同14・5人に倍増した。

 集団接種がない米国では、高齢者のワクチン接種率が大幅に増えたにもかかわらず、両期間とも同16~18人でほとんど変化がなかった。

集団接種による社会全体への感染予防効果が高齢者の感染を抑えたとみられる。結果として、集団接種が65歳以上の死亡率を減少させ、年間約1000人の死亡を抑えていたと、菅谷医師らは推定している。

元論文を読んでいないので、迅速キットなど診断技術が進歩して正しくインフルエンザと診断され治療される例が増えただけ、なんて可能性もあるのかなとも思ったのですが、そうした診断上の問題点は別としても「インフルエンザを死因とする死者数」に関しては順調に漸減していたものが、確かに90年代半ば頃を底にして急に増加に転じているようにも見えますよね。
しかも実は高齢者だけではなく幼児においても同様の傾向がすでに以前から認められていて、それまで横ばいであったインフルエンザによる幼児死亡数が90年代に入ってワクチン生産量が減少するのと相前後して増加に転じ、2000年代に入ってワクチン生産量が再び増えるに伴って死亡数が減少に転じるという見事な相関関係がすでに2005年に示されています。
むろん万能ではないにしろそれなりに効果はあると認識されているわけですし、相対的に見て副作用もたいしたことがないのですから使っておいた方がお得じゃないの?と言われながら、相変わらず日本での接種率は諸外国と比べても低率にとどまっているのも事実ですよね(一方で日本のインフルエンザ診療はタミフル漬けとも言われる状況と比べて見ると大変に興味深いのですが)。
過去の諸々の事情は水に流したとしても、先年の新型インフルエンザ騒動の際にもマスコミ各社は相変わらずワクチン=副作用が怖い!という図式での報道を繰り返していたことは記憶に新しいところですが、羮に懲りて膾を吹くというくらいならまだしも場合によっては命に関わるともなればリスクとベネフィットの比較はきちんと行っていかなければ、これはまたお得意のゼロリスク症候群発動か?と言われてしまうでしょう。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2011年12月29日 (木)

年の瀬に子供にちなんだ話題を一つ

そういうことがあると噂には聞いていましたが、やはりあったんだなというのがこちらの記事です。

6×8は正解でも8×6はバッテン?あるいは算数のガラパゴス性(2011年12月21日ITmedia)より抜粋

★僕にも解けない算数の問題
僕はブログにはプロジェクトワーク以外のことは書かないことにしていたのだが、あまりに憤慨したのでちょっと聞いて欲しい。写真は、娘(2年生)の算数のテスト

8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。

ご覧のように、「8×6」だとバッテンで、「6×8」だと正解らしい。何じゃこりゃ。僕がテストを受けたとしても「8×6」と書く。だって問題文はその順番に書いてあるから。
さらに答の48本もバツ。丁寧に赤ペンで48本と直してくれている。さらに意味不明。

★娘にヒアリングしてみた

「何でバッテンだったか、先生説明してくれた?」
単位が違うと、式の順番が違うんだって」
「? 意味分かる?」
全然分かんない

「じゃあ・・ウサギには2本の耳がある。ウサギは4羽いる。耳は全部で何本?」
ずつ、が入ってないからどっちが先か分かんない。答えは8本だけど
「じゃあ・・ウサギには2本ずつ耳がある、だったら?」
それなら、2×4=8本

「ずつ」がある方を先に書く、と覚えている訳です。
うーむ、教育上じつによろしくない状況ですな。

★かけ算では書く順番が大事??

不思議に思って「かけ算 順序」などでWebを検索してみたところ、状況が見えてきた。
・どうやら今の小学校では、かけ算の記述順にこだわりがあるらしい
こだわりの順序とは逆に書くと、×にする教師が多い
・当然ながらそれについては論争があり、×にすることに対してナンセンスという意見もある

赤ペン先生で有名なベネッセが「かけ算の順番が逆だったらバツにすべきだよ派」らしいので紹介したい。

かけ算の式は「一つ分の数」×「いくつ分」の順に書く約束になっているので、問題文から正しく読み取って、その通りに式をかけるようにしましょう。小学校では、式の意味を理解することが大切なので、このような約束があります。

どうやら、
「6×8」と書くと「6本×8人」を意味するのだが、
「8×6」と書くと「8本×6人」を意味することになってしまうのでNG
ということらしい。

僕はこれを読んで益々考え込んでしまった。そもそもこんな約束あったっけ?わり算だったら、書く順番は大事だ。でも、かけ算にはどうでもよくね?
日々かけ算を使っている僕ら大人が知らなくても困らない「約束」って、存在意味があるのだろうか?
そしてこの「約束」に従って採点することは、数学的にどうなんだろうか??

★反論その1:  a×b = b×a

数学では「a×b = b×a」であって、「a×b ≠ b×a」ではない。
よって「6×8」が正解ならば「8×6」をバツにするのは誤り。

正直、これ以上なにも言う必要がないと思う。学校で間違ったことを教えてはいけません。以上。ただ、さすがに娘の担任もこれは知った上でバツを付けているだろうから、もう少し反論を続けたい。

★反論その2:教え方に引きずられた正否判断はアリか?

「6×8はバツだよ派」の主張をいくつか読んでいくと、小学生に算数をキチンと理解させるためにはバツにすべき、と真摯に考えていることが分かってきた。

「掛けられる数」と「掛ける数」があるし、その区別は重要
・それが分かっていないと、算数を理解していく上でつまずいてしまう
・だから文章題の式を書かせる時に順番をチェックすることで、理解を確認しよう
という考え方。

かけ算を教える時に
「掛けられる数」と「掛ける数」がある
「掛けられる数」×「掛ける数」の順番に書こう
と教えるのは、別にかまわないと思う。長年7歳児に教えてきた上での職業ノウハウの一つなのだろうから。

ただその結果、数学的に誤っている採点するのはマズイだろう。a×b ≠ b×aは明らかに間違いなのだから。

教え方というのはいわば「便宜上のノウハウ」であり、技術的な問題である。ノウハウを使うために、結果的に誤ったことを教えるのは、本末転倒

★反論その3:理想に技術が追いつかない時の対処

元々は上記のように「理解できているかチェックし、理解が間違っていたら正す」ことを目的として「8×6」をバッテンにしているはずだ。だが実際に娘に聞いてみても、なぜ自分がバッテンにされたかを理解していない

掛ける数と掛けられる数の違いを理解させようという理想?を追求した結果、益々混乱させているんではないだろうか。混乱させるくらいなら、素直にそれを認めて、「8×6」を○にするのもアリなのではないか。学習指導要領的にはそう言う考え方は言語道断なのだろうが。

★反論その4:言語に頼らないことが数学のパワーの源泉

上手く説明できないのだが、「掛ける数」とか「いくつ分」とかって、とても言語依存的な議論だと思うんだよね。
娘が「ずつ」という言葉がある方を先に書くと覚えていたのはそのいい例。

世の中を発展させるスーパーテクノロジーに数学がなり得たのは、世界のありようを言葉を使わずに表現できるからだったと思うのだ。そこには解釈やらニュアンスやら意志やらが介在する余地がない。客観的な記述。

数学というツールを日本の小学生が使っても、アルキメデスが使っても、NASAで軌道計算をしている技術者が使っても真理は一つ、ということが数学のすさまじさなのだ。
それに対して、「掛けられる数を先に書こう」というのは、極めてガラパゴス的な「約束」だと思う。
(略)
例えば↓の図で●の数を数える時は、掛ける数も掛けられる数もない
●●●●
●●●●
●●●●
この場合は3×4と4×3、どっちが正解なんだろうか?
それとも「行が掛けられる数だから、3を先に書く」とかの約束が、僕が知らないだけで実はあったりするのか?

結局、写真のテストの問題で、「8×6」という式はバッテンにするべきなのだろうか・・
僕はバッテンにするのはとんでもないと思うけれども、皆さんはどう思います?
(略)

いやしかし、順序にこだわるのはともかく48を不正解というのは小学生も大変だなと思うのですけれども、自分など小学生の頃は教室の机の上を飛び回りながら教師の間違いには容赦なく突っ込む放校ものの糞ガキだったものですから(同級生の皆さんごめんなさいもうしません)、こんなことをされた日にはその後ずっと意地でも8×6で押し通して全部不正解をもらいそうですね(苦笑)。
教育関係者には個人的友人知人も数多いものですからあまり悪いことを言いたくはないのですが、あちらでもこちらでもこのケースと類似の話が出て大々的な議論になった結果、世間ではにわかにこの問題の存在が認知され「教師の石頭ここに極まれり!」などとずいぶんと評判が悪いことになっているのは確かであるようです。
自分などは世に疎いものですから今の時代の小学校教育がこんな厳しいことになっているとは知らず、それでは縦8cm横6cmの長方形の面積は?という問題をこの教師がどう指導するのか?と思っておりましたら、ちょうどコメント欄にまさしくそんな話が載っていたので転載させてもらいましょう。

こういう教師他にも居たんですね。
私の息子も直方体の体積を求めるテストで、似たようなケースでバツをもらってきた事があります。
息子曰く、直方体の体積は縦×横×高さなので、この順番をきっちり守って式を作らないとバツだという事だそうです。
息子にはそっちの方が間違いで、どっちでも結果は一緒である事を話したら「え!そうなの?」と言ってました。

こういう話を聞くとその昔のCMにあった「日本のテストでは「6×8=(  )」だが、ある国のテストでは(  )×(  )=48だ」という話を思い出すのですが、ネット上などでも当然ながらこの件に関しては賛否両論という状況のようですけれども、基本的な考え方としては別に最近出てきたわけでもなく昔からあった算数教育法であるようです。
それを最近ことさら指導を厳しくするようになった背景には教師が採点の時に一人一人答えの順序がバラバラだと大変だから…というわけでは(たぶん)なくて、一説によると学習指導要領が改訂されて数式の意味を考えさせるようになってからだと言うのですが、一方では現場教員それぞれによって不正解にする、いや赤ペンで指導はするが不正解にはしないとバラバラの対応状況だと言うのですから面倒ですよね。
もちろんこういう指導を推進している人たちにも理屈反論もあるのは理解出来るとして、問題は前述の体積の問題のように乗数と被乗数を区別できないような状況であっても機械的に不正解にしてしまう教師がいて、その理由がそういうルールだから式の教育が現に広くなされているということであれば、さすがにそれはどうよと思いますよね(もっとも件の息子さんが間違って理解しているだけという可能性もありますが、結局理解出来なかったこともまた問題であるわけです)。

実際に小学生のかけ算の理解において被乗数の大小はほとんど影響しないが、乗数が1より小さい場合には理解が悪くなる(つまり「3×0.8=2.4」という計算は感覚的に判りにくい)といった研究もあるようですから、例えば小麦粉を一人0.2kgずつなら8人分で何kg?といった問題では0.2×8と8×0.2とでは数式の建て方一つで理解に差が出るのかも知れません。
一方で算数教育はそれでいいとして、中学に進んで数学教育を受けるようになったら今までの知識は全部捨てなければならなくなりそうだとか、ネット上ではまさに諸説異論が噴出しているようですが、純粋に教育効果という観点から判断するならば学力試験の国際比較において日本の学童の学力が年々低下しているという現実が最も説得力がありそうな気がします。
こうした指導法が滲透した結果算数嫌いが増えていくのかなども含めてさらなる調査を待たなければならないでしょうが、何事もまずは基本を教えるということが大事であることは言うまでもないにせよ、それがかえって混乱を招いたり学習嫌いにつながるというのであれば、各人なりのやり方ででもまずは正解する楽しみを教えてやることも教育のもつべき別な一面として重要ではないかと思うのですけどね。

8人に1本ずつ配ることを6回繰り返すのでも
6本まとめて渡すことを8人に対して行うのでも
「8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげる」という条件を満たしてるのに
後者による配分方法しか認めてないってのが問題。

数式化の方法を一つしか認めてないってのが問題

 (某所の書き込みより転載)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年12月28日 (水)

生保患者の診療は現状で万全!と思っている医師も少ないのでは?

以前から出ては消えるということを繰り返していた話が、今年もまた出てきたというニュースがありました。

後発医薬品の利用を働きかけへ(2011年12月25日NHK)

生活保護の受給者が206万人を超えて過去最多となるなか、厚生労働省は、増え続ける生活保護費の半分近くを占める医療費の削減を図ろうと、受給者に対して価格の安い後発医薬品の利用を働きかけていくことになりました。

高齢化や厳しい雇用情勢を背景に生活保護の受給者は増え続け、ことし9月時点の受給者は206万5000人余りと過去最多になっています。今年度の生活保護費は、およそ3兆5000億円に上る見込みで、このうち半分近くの1兆6000億円余りは医療費が占めています。先月行われた政府の行政刷新会議の政策仕分けでも、医療費の適正化を図るべきだという意見が相次いだことから、厚生労働省は、生活保護の受給者に対して価格の安い後発医薬品の利用を働きかけ、医療費の削減を図っていくことになりました。

具体的には、全国の自治体に薬剤師など専門の相談員を配置して受給者に後発医薬品の効果を説明し、利用を働きかけていくほか、医療機関や薬局にも後発医薬品を処方するよう協力を求めるとしています。

厚生労働省は、後発医薬品の利用促進で来年度の医療費を106億円程度削減できると見込んでいて、「国の財政が厳しいなか、受給者に十分理解してもらったうえで利用を促していきたい」と話しています。

生活保護:受給者に後発薬 厚労省、来年度から促す方針(2011年12月25日毎日新聞)

 厚生労働省は24日、生活保護費の抑制策として、12年度から福祉事務所に「医療扶助相談・指導員」(仮称)を配置し、診察を受ける生活保護受給者に安価な後発医薬品(ジェネリック)の服用を促す方針を明らかにした。これにより、保護費を141億円(国費ベース106億円)削減するという。ただ、後発薬には不信感を抱く医師もいる。同省は「本人の意向を尊重する。強制ではない」と説明しているが、額面通りには受け止められない可能性もある。

 生活保護受給者が医療機関にかかる時は原則、事前に福祉事務所から医療券の発行を受ける。その際、12年度以降は薬剤師や看護師の資格を持つ相談員が受給者と面談し、後発薬の使用を促すことにした。本人の了解が得られれば、薬局で後発薬を選んでもらう。

 厚労省は日本医師会や日本薬剤師会にも、理解を求める文書を出す。一度後発薬を使用した受給者の6割程度は、先発薬へ切り替えずに後発薬の服用を続けるとみて、生活保護費のうち医療費に充てる医療扶助を国・地方分で計141億円削減できるとしている。

 12年度予算案の生活保護費(国、地方分)は3兆7232億円で、うち1兆7077億円が医療扶助。同扶助には患者の自己負担がなく、抑制が難しいため、安価な後発薬を勧めることにした

 しかし、生活保護受給者の後発薬使用を巡っては、厚労省が08年4月に使用を義務づける通知を出しながら、「差別的だ」と批判を受け、撤回した経緯がある。【石川隆宣】

==============

 ■ことば
 ◇後発医薬品(ジェネリック)

 先発薬(新薬)の特許が切れた後、別メーカーが発売する当該先発薬と同じ成分、効能の薬。先発薬の2~7割程度の価格で、政府は医療費抑制策の切り札として、現在2割強の普及率を12年度に30%へ引き上げる目標を立てている。だが、一部に「新薬とは効能が違う」との不安もあり、政府の意図ほどは普及していない。

すでに数年前から出てはマスコミらの総バッシングに遭い立ち消えていた話で、今年の初めにも指導を強化するなどという通達が出たばかりなんですが、医療費無料の生活保護受給者にとって先発品だろうが後発品だろうが金銭的な差異は全くないわけですから、受給者に対して後発品利用を働きかけていくというのも意味がなさそうな話ですよね。
受給者対策という形でこの方針を推進しようと本気で考えているのであれば、例えば今回も先送りになってしまった医療費自己負担制の導入を行うであるとか、少なくとも先発品を使った場合には差額に対して一定額の自己負担をしていただくといったことをやっていかなければ何の意味もない呼びかけに終わるでしょう。
もちろん、その種の話はことごとく先送りにしていく現政権がそんなことを言い出すはずもありませんから、実際には受給者にではなく処方をする医師に対して指導を強化していくということになるのでしょうが、これまたジェネリック使用の押しつけに関して以前から医師の間には根強い反発があることに留意せざるを得ないでしょうね。

ジェネリックに関しては単に主成分が同じということが保証されているだけで、実際の薬効や副作用が同じであると保証されているわけではないことは以前から指摘されている通りで、「同じ成分、同じ薬」などという詐欺まがいの売り方さえしなければそれなりに有用なものであることは言うまでもありません。
効き方が違うと言っても全く効かないわけではありませんから、用法用量を工夫しながら使う分にはほぼ問題がないはずですが、結局のところは「より良いものがあるのに、わざわざ劣るものを使うのは嫌だ」という医師のポリシーの問題でもあって、本気でやるなら例えばゾロ使用率一定以下の医療機関は生保診療から外すとかいった強制力を発揮しなければ実効性が低そうに思います。
ただ生保と言えばしばしば憲法の保障する健康で文化的な最低限度の生活とは何かと裁判沙汰になったりしますが、言葉の定義がどうあれ最低限度が最善とイコールであるはずはありませんから、国が同じ薬であると主張しその使用を促進しているものを真っ先に使用するべきなのは一般患者よりもまず生保受給者であるはずだという考え方も成立するはずなのですね。
こちらの方が効くと感じているなら医師としてはそちらの道をすすめたくなるのが素朴な人情というものですが、乏しい収入から一生懸命保険料や医療費も支払っている一般患者はジェネリックを使わざるを得ない、それに対して医療費無料の生保受給者だけは何でも一番高くて良いものを使い放題というのでは、今の時代さすがに素朴な庶民感情にそぐわないという自覚は持っておくべきでしょう。

また生保受給者の医療と言えば未だにこうした生保患者を対象に不正診療を行って逮捕される医師がいますが、不正診療とまでは言わずとも親方日の丸で医療費無料の生保相手にコスト度外視の医療を行ってしまうということはしばしばある現象ですし、そうでなくともジェネリック以上に余計な国費支出を強いているのが生保入院患者の保護費二重取り問題ですよね。
医療費は無料なのだから入院していれば何一つ支出がいらない、それなのに生活保護費は出続けているのもおかしな話で、「パチンコで負けて金がなくなったからそろそろ入院させてくれ」なんてことを言ってくる方々はどこの病院にもいるものだと思いますが、空きベッドを作ると経営が回らないよう診療報酬が設定されている今の医療機関にとっては患者数調節のための良い顧客であったという事情もあるでしょう。
このあたりは空きベッドがなくて救急が受け入れ出来ないという当たり前の現象にもつながっている問題で診療報酬設定の不備と言うしかありませんが、経営的な観点から生保受給者と医療機関とが持ちつ持たれつで医療費を無駄遣いするということが今の時代に許されるかと言うことです。
ジェネリック使用促進などという小さな話に限らず生保患者の診療に関しては幾らでも問題が指摘され、現場のスタッフも釈然としないものを感じながら前例踏襲でやってきたところが多々あるでしょうが、そうした観点からするとむしろお上がどんどん厳しい通達を出してくることは渡りに船でウェルカムであると考えている人も少なからず、なのかも知れませんね。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2011年12月27日 (火)

福島の闇はなお深い?

先日は河北新報が福島県は双葉病院の記事を改めて掲載していましたが、ご覧になりましたでしょうか。

証言/福島・双葉病院の真相/「置き去り」誤解広まる/福島(2011年12月22日河北新報)

 福島県大熊町の双葉病院は福島第1原発事故直後、「患者を置き去りにした病院」と批判を受けた。自衛隊による救出時、病院に医師や看護師がおらず、患者だけが残されていたからだ。病院関係者は本当に患者を見捨てたのか。関係者の証言を基に真相を探ると、伝わっている話と違う事実が浮かび上がってくる。(勅使河原奨治、橋本俊)

<暗転>
 東日本震災当日の3月11日夜、双葉病院は暗闇に包まれていた。午後に起きた大地震で停電。非常用電源も夕方すぎに使えなくなった。看護師らは懐中電灯の明かりを頼りに、患者のたんを注射器で吸引したり、点滴を交換したりした。
 病院は第1原発から南西4.5キロに位置する。精神科と内科が診療対象で、寝たきりの重症患者を含む337人が入院していた。
 12日、夜明けとともに事態は暗転した。町の防災広報が原発の危機を知らせ、役場前からバスで避難することを呼び掛けていた
 午後2時ごろ、症状の軽い患者209人が第1陣として町の手配したバス5台に乗り込み、病院を出発した。
 院内には楽観ムードが漂っていた。すぐに次のバスが来ると信じていたからだ。残留組を除く第1陣の病院関係者は水や非常食、薬、おむつを車に積み込み、バスの後を追った。

<報告>
 杉山健志医師(49)もその一人だ。「院長も乗ってくださいと声を掛けたが、『最後まで見届ける』と言われた。すぐに合流できると思い、気に留めなかった」
 しかし、この日、後続のバスは来なかった
 大熊町は12日午後3時すぎに役場を撤退し、県に避難完了を報告した。渡辺利綱町長は「双葉病院も避難を終えたと思っていた」と振り返る
 病院には重症患者ら128人と鈴木市郎院長(77)ら医師2人、事務員2人が残された。
 午後8時ごろ、警察と自衛隊が双葉病院を訪れた。「頼みの綱にいなくなられては困る」と鈴木院長は必死に警察官の服をつかんだが、「救出は明日になる」と告げられた

<限界>
 翌13日、救助は来なかった。十分な食料や水、医療器具がなく、患者は極限状態に追い込まれた。残った職員4人は夜を徹して看病したが、それも限界を迎えた。
 14日午前5時すぎ、鈴木院長が仮眠から目を覚まして院内を巡回すると、患者3人が死亡していた。
 「名前と死因を書いた紙を患者のポケットに入れることしかできなかった」

◎無援、極限の苦闘/混乱・不備、悲劇に拍車

 第1陣の患者と共に、いわき市に避難した双葉病院(福島県大熊町)の杉山健志医師(49)は3月14日夜、第2陣の患者34人を乗せて、いわき光洋高に到着した自衛隊のバスを迎えた。
 車内に入り込むなり、顔をしかめた。「死臭が漂っていた」。車内で3人が亡くなっていた。生き残った患者も意識がもうろうとし、座席の下に転げ落ちたり、失禁したりする人もいた。
 光洋高では炊き出しのおにぎりが用意されたが、杉山医師は支給を断った。「脱水症状を起こして衰弱している。食べさせたら窒息死する」
 光洋高に到着後、第2陣の患者のうち、さらに7人が死亡した。その後も患者全体の中で28人が転院先の病院などで亡くなった。

<到着に10時間>
 第2陣のバスは14日午前10時半ごろ、双葉病院の患者のほか、隣接する系列の介護老人保健施設の入所者らを乗せて病院を出発した
 いわき市は双葉病院から直線で南に30キロ足らずで普段なら車で1時間程度で着く。バスは出発後、北上して南相馬市の相双保健所を経由し、福島市から東北道、常磐道を通っていわき市に入った。移動距離は200キロに及び、到着まで10時間近くかかった。
 相双保健所の江尻一夫主査(60)は道案内のため、南相馬市でバスに乗り込んだ。「患者は誰も動ける状態でなく、うめき声のような小さな声を上げていた」と振り返る。
 第2陣のバスは鈴木市郎院長(77)が乗車対象患者を運びだそうとしているさなかに出発した。
 「また置いていかれたと思った」。患者91人と鈴木院長ら病院関係者4人が取り残された。
 第2陣の救助に携わった県警双葉署の新田晃正副署長(当時)は自衛隊から「搬送後に戻る」と言われた。だが、直後の14日午前11時1分、福島第1原発3号機が水素爆発。バスは戻って来なかった
 14日午後10時すぎ、新田副署長が双葉病院に飛び込んだ。「原発が危険な状態だ。いったん避難して救助を待とう」。残留を望む鈴木院長を説得して3人の病院関係者と共にパトカーに乗せ、患者を残して病院を後にした。
 パトカーは原発から約20キロ先の川内村の県道のトンネルに着き、自衛隊の救助隊と合流するのを待った。だが、郡山市を出発した救助隊は県道の北側の国道を通り、院長らと合流することはなかった

<情報独り歩き>
 救助隊は15日午前9時40分、双葉病院に到着した。病院関係者の姿はなく、患者だけがいた。既に死亡していた1人を除く90人を助け出した。
 県災害対策本部は17日、双葉病院での出来事を発表した。「自衛隊到着時、病院に関係者は誰もおらず、重篤患者だけが残された」「第2陣の搬送に関係者が付き添わなかった」。背景が分からないまま、断片情報が独り歩きした。
 県警幹部は「極限状態の中で病院関係者は必死に対応した。院長らは『逃げた』『置き去りにした』と非難されたが、本気で逃げるなら、もっと遠くに行くはずだ」と擁護する。
 原発事故の想定、対応の不備が、双葉病院の悲劇に重くのしかかった。

すでにこの双葉病院の一件に関しては当「ぐり研」でも何度か取り上げさせていただいていますが、福島県当局からは「患者を置き去りにして逃げたとんでもない病院」と名指しで非難され、民主党震災対策副本部長からは「患者を置いて逃げた医者はけしからん!」と叩かれた、しかし実際にはそうではなかったという風評被害の実態が明らかになっています。
そして今回なぜそうしたことになってしまったのかということを知る上で注目したいのが「大熊町は12日午後3時すぎに役場を撤退し、県に避難完了を報告した。渡辺利綱町長は「双葉病院も避難を終えたと思っていた」と振り返る」と言う一文で、要するに行政側の勝手な思い込みによって避難バスも送られず患者やスタッフが脱出できなくなってしまったのがそもそもの避難遅れの発端であったということですよね。
行政側の失態によって多数の死者が出る騒ぎになった上に、行政側の勝手な思い込みからその責任を転嫁され悪人扱いでは双葉病院の側も全くやりきれないというものですが、注目すべきは震災から9ヶ月も過ぎたこの時期になってこうした記事が出てくるということでしょう。

ご存知のように福島県と言えば「こう書かないと賠償金が出ないから」と担当医有責の報告書をごり押しし、かの大野病院事件をまさに壮大な事件に仕立て上げたことなどから聖地とあがめられる土地柄ですが、こうした事情が全国に知れ渡ったことに加え今回の震災被害も重なり、医師らの県外流出がとどまるところを知らないと言います。
大野病院事件においては当初からマスコミ各社が(控えめに表現すれば)担当医に対する世間のイメージ形成に大きな役割を果たしたことが知られていますが、無罪判決後は手のひらを返したように「医師を逮捕までする必要があったのか」「判決は医療界の常識に沿ったもの」などと人ごとのような論評を繰り返していたことは記憶に新しいところですよね。
うがった見方をすれば地元ブロック紙として「置き去り」報道に荷担した河北新報が前非を悔いて検証のための取材を続けていたとも受け取れる内容ですが、「背景が分からないまま、断片情報が独り歩き」させてしまったのが誰であったのかという主体を明確にしないままの記事は、事実関係の究明と再発防止という観点からするとはなはだ不十分であるというしかないでしょう。
ところでその福島県ですが、こうした状況にある中で今度はこんなことを言い出しているようです。

医師不足解消へ前線基地 県立医大に支援センター /福島(2011年12月23日読売新聞)

県立医大に支援センター

 県内の医師不足解消に取り組む前線基地となる「県地域医療支援センター」が22日、県立医大に開設された。

 同様の支援センターは今年度、厚生労働省の補助を受け、医師不足で悩む全国15道府県に設置される。中でも福島県は東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の影響が深刻で、県によると、震災後に県外へ流出した常勤医師は50人以上に上るという。県は同大との連携を深めることで、対策を強化する。

 支援センターには、県地域医療対策監に就任した同大の紺野慎一教授と、県職員2人が勤務。同大からの医師派遣や地域偏在解消に向けた調整を担う。医師不足が著しい産科や小児科、麻酔科医を外部から招いたり、医学生を県内に定着させるための支援を行ったりする。年明けには、同大から専任の医師1人が新たに配置される予定だ。

 22日に同大で行われた開所式で、紺野教授は、「医師の定着と招聘(しょうへい)が進展し、県内医療の充実が図れるよう県と力を合わせていきたい」と抱負を述べた。

いや、失礼ながらどのような観点からも現状で医師が福島で働くという選択肢だけは出てこないだろうjkと思うのですが、もともとさして求心力があるとも思えない県立医大にセンターを開設して何かしら実効性のある対策となり得ると考えているのであれば、福島ブランドを過大(過少?)評価しているとしか言いようがありませんよね。
ただ先日もお伝えしましたように福島では今回の震災被害を奇貨として「国は強制力を発揮して医師を配置しろ」などと言うにとどまらず、双葉病院の地元ではミニ新幹線を走らせ国際的大型娯楽施設や放射線研究機関を誘致しろなどという冗談のような声まであると言いますから、元々がそうした土地柄であるということなのでしょうか?
何しろ医療に関しては何をやってもただでさえ全国の医師達から注目されずにはいられない福島だけに、これ以上その名を高めるようなことばかり繰り返して一体どうするつもりなのかと本気で心配になってくるのですが、これもまた地域の選択の結果ということなのでしょうかね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月26日 (月)

お年寄りの看取りは今や社会的関心の対象ともなってきています

先日こういう訃報が出ていましたが、ご覧になりましたでしょうか。

延命治療拒否の入川保則さんが死去(2011年12月24日デイリースポーツ)

末期がんで余命宣告を受けながら延命治療を拒否していた俳優・入川保則(本名・鈴木安則)さんが24日午後3時20分、直腸がんのため、入院先の神奈川県内の病院で亡くなった。72歳だった。

 入川さんは名脇役として、1950年代から「水戸黄門」「部長刑事」などで活躍。昨年7月に舞台公演中に倒れ、がんが発覚したが、延命治療を受けなかった。今年3月にがんを告白し、自ら葬儀の手配をするなど、死に対する姿勢が話題となった。その後も遺作映画への出演や執筆などで精力的に活動していた。

直腸癌で原発巣を切除後に全身への転移が発見されるものの化学療法などは行わず、今年8月までの命であると宣告されていたものの年末近くまでお元気に過ごされていたと言いますから大往生だと思いますが、ただただご冥福をお祈りするしかありませんよね。
著名人が亡くなるとこうして詳細に報道され世間の耳目を集めますけれども、終末期の看取り方、看取られ方ということに関してはひと頃の尊厳死、安楽死議論の延長線上にとどまるのみならず、今や史上例を見ない超高齢化社会に伴う社会保障費増大とも関連して、医療費という観点からも社会の関心が寄せられるようになっています。
大半の国民が最後は病院に入院しそこで看取られるという時代から、国とすればよりコスト面で安上がりな看取りを推進したい意向も伺えますが、ちょうど先日以来日経メディカルで終末期医療の連載が続いていますので一部を紹介させていただきましょう。

死なせる医療《Vol.1》転換期迎える終末期医療 「多死時代」への対応が急務に(2011年12月20日日経メディカル)より抜粋

 今後、年間死亡者数が急増する中、高齢患者の受け皿となってきた病床は数が制限され、介護施設も大幅に増えない。家族の介護力の低下に加え、独居高齢者も増加する。終末期医療をどう提供すべきかは、喫緊の課題となっている。
(略)

行き場失う終末期の高齢者

 かつて、日本人の看取り場所といえば自宅が中心で、1960年にはその割合は約70%に上った。それが76年に病院など医療機関の割合と逆転。今では死亡者の80%以上が医療機関で死亡している。ところが最近、高齢者の増加による死亡者数の急増で状況が変わりつつある

 国内の年間死亡者数は、60年には約70万人だったが、10年には約119万人に達した。一方で、病床数は90年ごろから徐々に減り、10年には約173万床になった。ただし、そのうち90万床は本来疾患の治療を担う一般病床。つまり、既に医療機関だけでは看取りを担えない事態が生じ始めているわけだ。
(略)
 こうした状況は、さらに深刻化するとみられる。団塊世代の高齢化が進み、30年の死亡者数は、今より45万人以上多い約165万人と推計したデータもある。この場合、介護施設の増床や在宅医療の拡充などを図っても、約47万人が病院や介護施設、自宅以外の高齢者住宅などで最期を迎えることになる。

 梶原診療所(東京都北区)在宅サポートセンター長の平原佐斗司氏は、「多死時代を乗り切るには、これまで看取り場所の中心だった病院や在宅専門の診療所の医師に加え、かかりつけ医機能を持つ診療所開業医が、高齢者住宅などで看取りに関わることが不可欠だ」と指摘する。

治療控えや中止も選択肢

 一方で、終末期の患者をどう診るべきかという課題も残る。中でも考えなければならないのが、高齢患者にどこまで積極的な治療を行うかという点だ。場合によっては、治療の差し控えや中止を余儀なくされるケースも、今後増えてくるだろう。

 日本人の死亡年齢はこれまで一貫して上昇してきた。新生児を除く女性の年齢別死亡数のピークは1960年には75~79歳だったが、2009年には85~89歳となった。筑波大大学院人間総合科学研究科教授で日本老年医学会倫理委員会委員長の飯島節氏は、「人間の限界寿命からして、死亡年齢は上限に近付いている。高齢患者については、治療の差し控えや中止も選択肢として、より良い看取りを考えることが重要だ」と話す。

 こうした流れを踏まえ、日本老年医学会は12年初めにも、高齢者の終末期の医療およびケアに関する「立場表明」を11年ぶりに改訂する。治療の差し控えや中止を考慮することや、緩和医療やケアを普及させる必要性も明記する方針だ。
(略)

《Vol.2》【非癌患者】予後予測できず、緩和にも問題多く 手法も制度も未確立で、医師や患者・家族の悩み尽きず(2011年12月21日日経メディカル)より抜粋

(略)
 終末期の高齢患者が繰り返す誤嚥性肺炎は治療しても根治しにくいため、いつまでも積極的な治療を続けると患者の苦痛を長引かせることになりかねない。そこで、患者や家族の意向を確認した上で抗菌薬による治療よりも、呼吸困難の緩和などに努める─。「将来、こうした終末期医療が行われる日が来るのではないだろうか」と筑波大の飯島氏は話す。

徐々に機能低下する非癌

 2010年の国内の全死亡者数のうち、心疾患や脳血管疾患、肺炎などの非癌による死亡者は約40%(約49万人)を占めるが、高齢者に限ると、癌以外で死亡する割合はさらに高まる。90歳の死因別死亡確率を見ると、癌による死亡確率は10~15%で、非癌による死亡確率は50%近くに達する。高齢者の死亡が増える今後は、非癌患者の終末期医療の充実が重要になる。

 とはいえ癌とは異なり非癌では、どこからが終末期なのか判断するのが難しい。「振り返って見れば『あのときが終末期だった』と分かるが、明確な基準がなく、治療の差し控えや中止をしようにも判断に迷う」と飯島氏は言う。安易に踏み切れば、本来必要な治療が行われない危険性もある。
(略)
 ただ、判断は難しいものの、家族の意向を尊重し、治療を差し控えたり、中止したりする動きも出始めている。高齢患者に対する胃瘻の造設がその一例だ。

安易な胃瘻造設に警鐘

 認知症患者に対する胃瘻造設は、経口摂食だけを続ける場合と比べて、延命効果や誤嚥性肺炎を減らす効果がないとした海外論文もあり、明確な有効性は確立されていない。また、離脱できずに最終的に認知機能が落ち、経口摂食の併用も不可能になって、終日臥床状態で胃瘻から栄養を得るだけで過ごす例も少なくない

 とはいえ、これまで国内では、認知症や、誤嚥性肺炎を繰り返した高齢者の多くに胃瘻が造設されてきた。国内の胃瘻造設患者数は40万人ともいわれる。

 背景には、認知症の早期であれば、きめ細かいリハビリで経口摂食の併用期間の延長や、胃瘻からの離脱ができるといったことがある。最近では国内で、胃瘻を造設した認知症患者の生存期間が海外と比べて長いという調査結果も出た。

 介護施設や医療機関の事情で胃瘻が広がった面もある。介護施設には十分なスタッフが配置されておらず、経口摂食が難しい高齢患者の食事介助を行うのは大変だ。食べ物を詰まらせて誤嚥性肺炎や窒息を招く危険もある。また、急性期病院では誤嚥性肺炎などを起こした患者が治療後に退院する際、経口摂食で十分な栄養を摂取できなければ、経鼻栄養より不快感の少ない胃瘻を造設しがちだ。

 そんな中、日本老年医学会が主体となって進めている厚生労働省の委託事業で、高齢者への水分・栄養補給法の導入をめぐる意思決定プロセスの整備とガイドライン作成を目指すワーキンググループ(責任者:東大大学院医学系研究科教授の甲斐一郎氏)が、11年12月に試案を公表。医療者は、胃瘻や経鼻栄養など人工的な水分・栄養補給をしないことも選択肢の一つとして提示し、患者や家族とコミュニケーションを続けて最善の選択を行うべきと提唱した。試案作成に携わった東大死生学・応用倫理センター特任研究員の会田薫子氏は、「患者の栄養状態、医療機関や介護施設の都合で安易に造設するのではなく、患者の意向を推定するなどじっくり話し合って決めてほしい」と話す。
(略)

記事では引き続き高齢者の透析問題や非癌患者への麻薬性鎮痛剤使用の問題など様々なテーマが取り上げられていますが、いずれにしても治癒不能となった時点で余命がほぼ決まってしまう癌患者に対して、大多数を占める非癌患者においてはどこまで積極的な治療を行っていくか、逆に言えばどこで手を引くべきかということは常に迷わしい課題であると言えそうですよね。
記事中にもある高齢者への経管栄養中止のガイドラインの件に関しては先日も取り上げた通りですが、実際にそうしたものが策定された場合に実用に足りるものになるかどうかは、結局のところ現場医師らが万一にも後日訴えられるといったことがないという(とりわけ刑事訴訟においての)担保が非常に重要になってきます。
このあたりに関連してしばしば取り上げられるのが「東海大学安楽死事件」ですが、元々医師による積極的安楽死が殺人に当たるかが問われたこの裁判において、判決では安楽死の手段が積極的・間接的・消極的のいずれであっても、治療行為中止の要件として下記の諸点をあげています。

i)患者の死期が避けられず死期が迫っていること
ii)治療行為中止の時点で中止を求める患者の意思表示が存在すること
iii)中止の対象は、疾病治療、対症療法、生命維持など全ての措置が含まれるが、どれをいつ中止するかの決定は、自然の死を迎えさせるという目的に沿って行なうこと

この判決では積極的安楽死に関しては慎重に検討すべであるとする一方で、消極的および間接的安楽死に関しては苦痛の除去・緩和を主目的とすることは治療行為の範囲内とみなすことができ、患者の自己決定権を根拠に許容されるという判断を示したということですが、問題は「患者の意思表示」をその要件にあげていることですよね。
非癌高齢患者の場合脳梗塞などの脳疾患や認知症などによって意思表示が困難な方が多く、またこれらの経過はしばしば長い年月を経て進行していくことから「そろそろ死期も近いから」と意思表示をするタイミングも計りがたいものですが、そうなると本人意志表示ということをあまり厳密に解釈しすぎると実際の運用に支障を来すということになりかねません。
さらに言えば経管栄養で安定している寝たきり老人の場合は栄養注入を続ける限りは「死期が迫っている」とは到底言えないわけですから、若年者と違った状況におかれている高齢者に対するより適切な指標が早急に設定されなければならないはずですよね。

移植医療のドナーに関しては本人意志表示の基準というものがある程度コンセンサスを得始めていますけれども、例えば家族から「以前から本人は○○の希望があった」といった証言があればよしとするのか、その場合例えば遠い親戚などが出てきて「いや、お爺ちゃんは俺には△△してくれと言っていた」などと違うことを言い出した場合にどうするのかといった課題がありそうです。
特に移植ドナーと違ってこうした高齢者の場合は年金等で固定的な現金収入があるわけですが、その場合家族はいわば金銭に関しての利害関係者でもあるだけに、果たして彼らの証言が本当に本人意志を代弁していると言えるかどうかをどう担保すべきか悩ましいところでしょうね。
このあたりは結局のところお金のなくなった生活保護患者が入院させろと言ってくるのと同じで、要はお年寄りは病院に預けておくのが一番安上がり、長く入院させておくほどお金が貯まるという「逆ざや」が発生することが問題なのですから、例えば介護度の高さに応じて医療費負担を高くするなどの設定をしておけば、ある程度経済的な側面から自然な医療抑制が働くようになるのではないかという気がします。

ただし後期高齢者医療制度を目の敵にして潰し、法律で決まっている高齢者医療費二割負担ですら先送りするような今の政治のあり方を見る限り、巨大な高齢者票田に逆らうような政策を実施することのハードルの高さも容易に想像出来ますよね(苦笑)。
いずれにしてもこうした話が出ると脊髄反射のように「また年寄りいじめか!」ということを言い出す人がいますが、それでは意識もなく体も動かない状態でただ栄養だけを注入されて生き続けたいと思う人間がどれほどいるだろうかと思うとき、むしろこれは一種の高齢者虐待問題でもあるんじゃないかという気もするのですが…

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年12月25日 (日)

今日のぐり:「すし丸 連島店」

誰が実際にそれにチャレンジするのだろうかというリストが先日発表されていましたが、皆様の中には該当する方はいらっしゃったでしょうか。

一人クリスマスだからこそ挑戦したい! 強気な行動リスト30(2011年12月10日Pouch)

クリスマスはお一人? それともお二人? または大勢でワイワイ? 今年のクリスマスは珍しく三連休で、これは人によってはまさに諸刃の刃。リア充か非リア充かで、勝敗が残酷に分かれてしまうことは確実です。よって、過ごし方にも創意工夫が必要となってきます。

「まだ諦めてない! 今年は二人で過ごすんだ!」と12月半ば現在になっても、積極的に活動している人へ。潔く諦めましょう、と言いたいです。焦った勢いで妥協して買ったものは「どうしてこんなものを買ってしまったんだろう」と、大抵後悔してしまいます。

クリスマスの「滑り込み」もそれと同じ。心から楽しめるはずがありません。ここまで来たら、逆に一人クリスマスで徹底的に「孤独感」を味わってみるのはいかがでしょうか。そうすることで「来年のクリスマスは一緒に過ごす人を作る! 絶対作る!」という意欲がかき立てられ、年末年始から「恋アクション」を起こすことにもつながるはず!

さて、本日は「来年のリア充な自分」を作る儀式として、一人クリスマスだからこそ、徹底的に孤独を味わえる行動リストを30個ご紹介します。アレンジしてみてもOKです。痛みは幸せにつながることを信じて、レッツトライ!

【一人クリスマスの強気な過ごし方 リスト30♪ 】

1、クリスマスに孤独で過ごすことをtwitterやFacebook上で宣言し、定期的に「今何をしているか」を正直につぶやく
2、カラオケで映画『モテキ』の麻生久美子のように本気で踊って歌う
3、横浜・みなとみらいのイルミネーションの中を散策する
4、お台場の観覧車に乗って都内を見渡す
5、吉野家で超速ディナー
6、首都高を何周も走り続ける
7、シャンパンを1本空ける
8、漫画喫茶へ12時間コースでこもって恋愛漫画を読む
9、『ワンピース』を1日で全巻読破する勢いで読み男子との会話ネタをストック
10、恋人がいる想定(妄想)で恋人用のプレゼントを購入してみる
11、恋人がいる想定(妄想)でペアリングを片方だけ買って着けてみる
12、自分のために衝動買いと浪費をする1日にする
13、恋人と観に行くのにふさわしい映画『ニューイヤーズ・イヴ』を観に行く
14、携帯、PCの電源を完全に落として外界をシャットダウンする
15、美容室へ行き自分磨き
16、エステへ行きフルコースを堪能し自分磨き
17、映画『スター・ウォーズ』を全巻観て壮大さを感じてみる
18、東京タワーを麓から見上げた後上る
19、AV鑑賞会ナイトにする
20、1日中部屋から一歩も出ずに過ごす
21、表参道の歩道に座ってカップルたちが通り過ぎるのをぼんやりと見る
22、部屋でセクシーサンタのコスプレをする
23、歌舞伎町のラブホ街を散歩する
24、箱根の温泉へ一泊する
25、山の手線へ日がな1日乗り続けてみる
26、漫画『闇金ウシジマくん』を読破してお金の大切さを感じてみる
27、ホールケーキを買ってどれだけ食べられるか挑戦する
28、クリスマスかつ休日だというのに出勤する
29、ホストクラブへ行って大金を遣い盛り上げてもらう
30、M~Lサイズのピザを注文して食べ切れないことを素で感じる

※上記30項目全てに「一人で」という文言が付きます。

独り身感をじっくり味わえるプランで、来年のハッピーへ確実につなげましょう。中途半端なクリスマスなんていらない! やるなら徹底的に素敵な「コドクリスマス」を!

ま、どうせであれば一人部屋に閉じこもるよりは何事も前向きに行動した方がいいかとも思うのですが、しょせん日本人にとっては吉利支丹伴天連の行事など二の次三の次であるという声もありますし、来る年末年始に向けて今から体調を整えておくというのもよいかも知れません。
今日は世界各地からこのクリスマスという風習にちなんだ話題を紹介してみようかと思いますが、まずは何とも味気ないとも正しいとも言いかねるこちらアメリカ発のニュースからいってみましょう。

「サンタなんていない」と子供たちに告げた教師、保護者の怒りを買い謝罪へ/米(2011年12月7日らばQ)

サンタクロースを何歳まで信じていましたか?

まだ信じているという人もいるかもしれませんが、子供たちにとってはプレゼントを運んでくれる夢の存在です。

アメリカでとある小学校の教師が、「サンタクロースはいない」と生徒たちにバラしてしまったことから保護者たちの怒りを呼び、謝罪する騒ぎへと発展しました。

小学2年生を受け持つリアトリス・アン・エング先生(58歳)は、授業で北極のことを扱っていました。

すると生徒のひとりが、「そこにはサンタさんが住んでいるんだよね」と発言したのですが、先生はそれを制止して、「サンタは実在しない」と語りました。

さらにクリスマスツリーの下にプレゼントを置いているのは、サンタではなくみんなの両親であると、ご丁寧に解説したそうです。

結局、各家庭へ謝罪の電話をすることで落ち着いたようですが、アメリカでは、迷信、伝説、信仰、夢のような扱いは各家庭で異なることから、先生がどこまで踏み込むべきかといった議論が交わされていました。

真実を述べたまでだと言う擁護から、小学生の低学年に対する発言としては失言というものまであり、このあたりの考え方はそれぞれの育ち方や環境も大いに影響を与えていると言えそうです。

まあ不景気でクリスマス商戦の重要性も増すこのご時世にあえてネタバレしない方がいろいろと都合が良さそうな話というのはあるものですが、とりわけ日本などと比べると宗教的に厳格な家庭の多い国では大きな問題になりそうな発言だったということでしょうか。
同じくアメリカからはこんなニュースが出ていますけれども、こちらもやはりぶっちゃけ過ぎということになるのでしょうか?

サンタが街に大勢やってきた!しかも裸で!/米(2011年12月13日アラサーマン)

サンタクロースの衣装に身を包んだ大勢の人々が街に繰り出すナンセンスイベント、サンタコンをご存知だろうか?

日本ではサンターキーとして知られていて今年は12月17日にサンターキーTOKYO(渋谷ハチ公前)及びサンターキーOSAKA(アメリカ村三角公園)が、12月18日にはサンターキーNAGOYA(名古屋港)がいずれも正午12時集合で開催が予定されている。

しかし、本場海外のサンタコンのぶっ飛び様は日本の比じゃない。10日、サンフランシスコのサンタコンではFacebookで企画されたGuinness world records Largest Gathering of Naked Santas つまり、なんとギネス記録に挑戦する世界最大の裸のサンタ集会!!が行われた。

こんなおバカ企画に多数の人が参加してしまうのは流石サンフランシスコというフリーダムな土地柄。下記に動画をリンクしたのでその模様を見て笑って下さい。ただし、視聴出来るのはYouTubeアカウントを持った18歳以上の お と な だけ。

で、肝心のギネス記録はどうなったのか?続報は…まだない。

こういう記事を見ていると時々思うのですが、クリスマスにちなんだ星人が白髪の老人ではなく例えば美人のお姉さんであったりしたら今頃この世界はもう少し夢と希望に満ちあふれたものになっていたのではないかと、いささか残念に感じざるを得ません。
それはともかく、サンタという存在の解釈も国毎にそれぞれということなのでしょうか、世界各地からユニークなサンタの話題が届いていますけれども、こちらのサンタはかなり世のため人のために活動されているようですね。

「踊る交通警官」がサンタに/フィリピン(2011年12月13日AFP)

フィリピンの首都マニラ(Manila)の交差点に「交通整理サンタ」が登場した――サンタに扮しているのは、普段から「踊る交通警官」として有名なラミロ・イノハス(Ramiro Hinojas)巡査(55)。日々、いらついたドライバーに文句を言われたり、排気ガスで健康をリスクにさらしながら、約150センチの小柄な体を張ってマニラの悪名高い渋滞道路を整理している(2011年12月6日撮影)。

言葉でどうこうというよりリンク先の写真の数々をご参照いただいた方がよろしいかと思いますけれども、しかしこうした交通状況で警察の誘導でならまだしも、サンタの誘導で果たしてドライバーに対する強制力を発揮出来るものなのでしょうかね?
こちらフランスからはこんな変わったサンタさんの話題が出ていますけれども、まあ世界中を飛び回るというくらいですからこの程度はたいしたことでもないのかも知れませんね。

サンタクロースが集団で走る! フランスの面白マラソン/仏(2011年12月4日マイナビニュース)

マラソン王国といわれる日本では現在一年間に約1600のレースがありますが、フランスではその3倍以上、5000以上のイベントが開催されています。しかも、「良いタイムが出る」、「走りやすい開催地」でのマラソンよりも、「オリジナリティのある愉快なレース」が大人気。

そこで、パリ在住で『フランスを爆走する!』(マガジンハウス)という著書がある菅野麻美(かんの・まみ)さんに、フランスのマラソン大会事情についておうかがいました。
(略)

■サンタクロースが爆走。トナカイは車で会場へ

――サンタクロースが走るレースがあるのだとか。

管野さん クリスマスにパリの郊外、イシー・レ・ムリノーという町で行われる大会のことですね。参加ランナーが全員仮装するレースがあり、サンタクロースの大集団が街を駆け回ることになります。申し込むときに、オプションでサンタの衣装を購入することもできますよ。でも一年くらいかけて準備したのではないかと思うような、凝ったオリジナルの衣装を身にまとっている人もいます。

トナカイやクリスマスツリーに扮(ふん)したランナーがいましたが、その格好のまま普通に車を運転して会場までやってきて、「さぁ、走ろうか~」というノリが、見ていてまた面白いんですねぇ。

たとえ外見はサンタや天使でも、公式の国際レースとして認定されていますから、公式タイムも出るんですよ。

これが公式のレースとは……。フランスはおおらかかも!?
(略)

――最後に、1点。どこのマラソン大会なら、より面白い体験ができるでしょうか?

管野さん フランスには普通のレースがないんです(笑)幸か不幸か、どんなレースに行っても、必ず驚くことやあきれること、笑ってしまうようなことがあります。そして必ず走ってよかったなあ!と思います。

どこへ行ってもおもしろいレースに遭遇するとは。エピソードを聞けば聞くほど、フランスのマラソンイベントに参加したくなります。

リンク先を見ていただければフランスにはいくらでも愉快なマラソンがあるらしいと言うことなんですが、しかし寒い気切とは言えあの格好でマラソンですか…それなりに気合いが入っていなければ大変そうなイベントですよね。
一方でそれはケシカランというサンタも登場しているようですが、こちらドイツからのニュースを取り上げてみましょう。

サンタ男が毒入り飲料配る ベルリンのクリスマス市/独(2011年12月16日産経ニュース)

 ベルリン市内の複数のクリスマス市で、異物の混入した飲み物を買い物客らに勧める男が出没しており、これまでに10人が吐き気などの体調不良を訴えている。警察などによると、男は40歳代とみられ、サンタクロースの格好をしている場合もあった。「子供が生まれたので一緒に祝ってくれ」などと話し、買い物客らに蒸留酒「シュナップス」を差し出していた。この飲料を飲んだ人の中には、意識を失って病院で治療を受けた例もあったという。

いったい何の毒物が入っていたのかははっきりしませんけれども、おめでたいイベントにちなんでこんなことをやってもらったのでは迷惑も極まるというものでしょう。
今年は節電節電と大変な一年でしたが、こういうのはハイテクというのかローテクというのか何とも言い難い節電方法も登場しているらしいというのがこちらのニュースです。

“デンキウナギで自家発電”も Xmasイルミ、今年は「節電」がポイント/日本(2011年12月14日ORICON)

 クリスマスまで2週間を切り、街や店舗はクリスマスツリーや華やかなイルミネーションで彩られている。今年はLED電球を使用したものや太陽光、風力などのグリーンエネルギーを使い消費電力削減に努めているところが多い。なかにはデンキウナギの“自主発電”を使う一風変わったツリーも登場している。

◇LED電球は当たり前? 企業が相次いで導入 

 近年、イルミネーションの“定番アイテム”に躍り出た発光ダイオード(LED)。色のバリエーションが豊富なうえに消費電力削減につながることもあり、多くの施設で使用されている。関東最大級のイルミネーションを誇るさがみ湖リゾート プレシャーフォレスト(神奈川県相模原市)の「さがみ湖イルミリオン」では約300万個のLED電球を採用。電飾26万個を付けたクリスマスツリーで世界ギネス記録に認定されたユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪府大阪市)の電飾も9割がLED電球だ。

 LED約85万球のうち20万球に電力を抑制する回路を取り付けた“エコイルミネーション”を導入しているのは、東京・丸の内の『丸の内イルミネーション』。同施策により1球あたりの消費電力を昨年と比べ約65%カットしているうえ、“エコイルミネーション”そのものも太陽光や風力などの自然エネルギーで発電し全電力をまかなっている。

 LED電球は以前より価格が下がり、一般家庭にも普及し始めている。なにより今年は消費者の“節電意識”が例年以上に高く、消費者自身も熱心に取り組んでいることもあり、企業側も積極的に導入している。

◇“イルミ点灯”を楽しむ仕掛けも

 “電気が付く”ことをイベントにしている企画もある。新江ノ島水族館(神奈川県藤沢市)では昨年に続き、デンキウナギが発する電力でLED電球を光らせるイルミネーションを展開中。鳥羽水族館(三重県鳥羽市)も今年初めてデンキウナギのクリスマスツリーを取り入れた。

 新江ノ島水族館ではツリー上部の青色LEDのみをデンキウナギ自体の電力によって点灯。全体の白いLEDはウナギの発電反応に応じてセンサー回路を働かせ発光させている。「ツリー全体をデンキウナギの発電電力で点灯出来れば完全にエコですが、ウナギの電力ではこれが精いっぱい」(同館)。デンキウナギが放電する時のみ光るためツリーに明かりがともっていないことも多いが、「ついているのが見られたらラッキー」という心理とともに、デンキウナギの生態が垣間見える一石二鳥の企画だ。同館ではそのほか、赤と白の模様をした小さな淡水エビ「レッドビーシュリンプ」の習性を活かし、苔のクリスマスツリーを作成。エビが苔に隠れるとツリーを彩るオーナメントのように見え、来館者を楽しませている。

 これまでも“環境配慮”“温暖化抑制”などでイルミネーションの消費電力削減などは行われてきたが、今年ほど“消費電力削減”に注目が集まったことはないかもしれない。冬を彩るイルミネーションは人々の心を温めてくれるほか、観光客誘致などの経済効果が見込まれるところもある。各施設は今、さまざまな方法を駆使し激動の2011年師走を優しい光で包み込んでいる。

一般家庭ではなかなか応用が難しそうな節電方法とも言えますが、こういう工夫によって寒い冬を心温かに過ごすことが出来ればよいのではないかなと思います。
最後に取り上げますのはこちらブリからの話題なのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

英兵がマライア・キャリーを歌い踊る!クリスマスビデオが大人気/英(2011年12月13日AFP)

【12月13日 AFP】1994年に大ヒットした米歌手マライア・キャリー(Mariah Carey)のクリスマス・ソング「恋人たちのクリスマス(All I Want For Christmas Is You)」にあわせて、英海軍の兵士たちが艦船上で踊り歌う動画が、ユーチューブ(YouTube)で大きな反響を呼んでいる。

 約4分の動画は、英空母オーシャン(HMS Ocean)の乗組員や兵士たちが、デッキや船室など艦船内の様々な場所で「恋人たちのクリスマス」を歌いながら踊ったり楽しい動きを見せるもの。動画の最後は、空母のデッキに乗組員たちが横たわって描いた「Merry Xmas from HMS Ocean(英艦船オーシャンからメリークリスマス)」の人文字で締めくくられる。

 本来は、兵士や乗組員たちがクリスマスシーズンに家族や友人に宛てたメッセージとして作られたものだったが、今月初めに動画がユーチューブに投稿されて以来、100万回以上も再生される大ヒットに。ついにはマライア・キャリーさん本人の目にもとまり、「こんなに素敵な動画をありがとう!皆さんにハッピーなクリスマスを!」とのメッセージがツイッター(Twitter)に書き込まれた。

 攻撃用ヘリコプターの空母オーシャンは、7週間の洋上訓練に向けて4月に英南部プリマス(Plymouth)を出航した。ところが急きょ予定が変わり、リビアのムアマル・カダフィ(Moamer Kadhafi)大佐軍に対する北大西洋条約機構(NATO)の空爆支援に加わることになったため帰港が遅れていた。

 結局、オーシャンは9日にプリマスに帰港。乗組員らは、クリスマスを家族とともに過ごすことができそうだ。(c)AFP

実際に公開された動画というのがこちらなのですが、ご家族のみならず一般の視聴者にとってもかの歴史的名曲「Do They Know it's Christmas」を思い出させるような思いがけないクリスマスプレゼントになって…ってあれ?ブリ発であるというのに妙にいい話っぽく聞こえるというのはどうなんでしょう…?

今日のぐり:「すし丸 連島店」

中国地方に手広く店舗展開し瀬戸内の地魚と季節の鮮魚を提供する回転寿司屋がこちら「すし丸」なんだそうですが、こちらは倉敷市街地南部に位置する連島店にお邪魔してみました。
旧街道沿いに位置する小綺麗な店構えなんですが、時として過剰とも思われるほどに自動化の進んだ100円系の回転寿司と比べて見ると、昔ながらの口頭か紙伝票(!)でのオーダーというのが今となっては好みが分かれるところかも知れませんね。
この日は同行者とシェアしながら色々とつまんでみましたけれども、時節柄仕方がないところなのかも知れませんが寿司屋でクリスマスソングがBGMというのは何とも言い難い気分になりますかね(苦笑)。

季節のネタということで〆サバはやや浅い〆加減のせいなのでしょうか、さほど味も鮮度も悪そうにもないのに少し生臭い風味が感じられたのは残念なのですが、一方で真あじの方はすっきりした味わいがなかなかいけるというものでした。
おすすめネタになっているというのですが、寒びらめはワサビが強すぎてせっかくのヒラメの味がわからなかったのはどうなのかですし、炙りサーモンなども回転の定番というよりも今や看板メニューですけれども、もう少し炙りが入っても…と思われるような中途半端な案配で炙りらしい香ばしさが出ていません。
回転に限らず定番ネタのウナギはウナギ自体は普通の出来なんですが、デフォルトで妙に山椒がきいているのが好みが別れそうですね(というか、子供にはワサビよりもきついのでは?)。
炙り煮穴子なども少し甘すぎるかなと言うタレのマッチングもさることながら、やはり炙りの香ばしさがなく単に軽く表面を暖めただけという感じですし、サーモンロールもマヨネーズの強い味が胡瓜で中和されてさっぱり食べられるのはいい工夫だと思いますが、サーモン味を楽しませるにはトッピングのイクラが濃厚すぎて邪魔っぽいですよね。
今や回転寿司の定番メニューとなっている海老フライ巻きは自分も結構好きなメニューなんですが、こちらは全般的な味としては標準的な仕上がりというところですが、シャリとネタとのバランスはさすがに百円よりいい具合で、一方つぶ貝はコリコリの食感だけで味の方は今ひとつでしょうか。
オリジナルメニューらしい蒸しガキのバター醤油焼なるものはカキ臭さがうまく消してあってなかなかいい工夫だなと感心したのですが、もっともこの味ですと寿司で食べるよりも単品で酒のつまみにしたいような気もしますけれどもね(苦笑)。
マグロタタキユッケはうずらの卵も入った軍艦で見た目の想像通りの味ですが、意外性もあってこの日一番のヒットだったのははなす揚げだしの握りで、揚げたての茄子は香ばしさもあってこれはうまいというアイデア賞ものの一品だと思います。
ノーマルの卵とは別メニューという扱いになっている焼きたて玉子の握りは甘辛濃厚な味付けでちょっと慣れない味なのですが、ノーマル卵とは単に提供タイミングの差なのか味付け自体も違うのか、食べ比べてみればよかったですかね。

全般的にはネタなどのレベルは値段相応という感じでさすがに100円系回転寿司よりは寿司らしい雰囲気が楽しめるのですが、職人が握る寿司屋と言うわりには厨房が元気がないのが気になるところで、これに加えて調理の部分でもう一つかなと感じる部分が幾らかあったのですが、仕入れコストの制約が厳しい業界だけにこのあたりでも顧客満足度を引き上げる努力をしてもらいたいですよね。
しかしトイレなどは今風に改装してあるらしく設備面では及第なのですが、手洗いの水道栓だけレトロな出水口にコックがつくタイプであるというのは趣味でやっていることなのでしょうか。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2011年12月24日 (土)

マスコミ報道よりもマスコミウォッチがおもしろい

その昔「人が死んでんねんで!」の名台詞?で全国にその名を轟かせた読売の記者がいましたが、今度もまた読売の記者がやってしまったという記事が出ていました。

記者ノート2011/富山(2011年12月22日読売新聞)

 「何が楽しいんですか、人が1人死んでいるんですよ

 射水市で中学2年の男子生徒が自殺した翌日の11月27日の午後6時頃。生徒の学校での様子を知ろうと、市内のショッピングセンターで同じ学校に通う数人の男子から話を聞いているとき、遠巻きにこちらを見ていた女子生徒が突然近寄ってきて言い放った。

 「楽しくなんかない」。とっさに答えると、即座に「じゃあなんでそんなニヤニヤした顔で話をしているんですか」。女子生徒は、軽口をたたきながら取材していたことを問題にしているのだ。

 「しかめっ面してたら、話聞けるのか。取材は真剣にやっている」。答えてみたものの苦しい言い訳にしか聞こえない。彼女の顔は怒りからか真っ赤で、目からは涙があふれていた。

 彼女は自殺した生徒を知っているのだろう。そして、その生徒の死について、見知らぬ大人が愛想よくしながら聞いて回っていることへの不快感を、ストレートにぶつけてきたのだと思う。動揺した。「ずるさを見透かされている」ようで恥ずかしさも感じた。

 その日は朝から中学校近くの家を一軒一軒訪ねたが、亡くなった生徒の詳しい話は聞けなかった。夕方、先輩記者の助言で向かったショッピングセンターで、やっと同じ学校の生徒たちを見つけた。

 確かに、相手の警戒感を解こうと焦った結果、機嫌をとりながら話を聞く形となっていた。いい情報を得たいとの思いだけが頭にあった。男子生徒たちも自分の腹を見透かしていたのかもしれない。結局、あまり内容のある話はしてくれなかった。支局にもどる途中、人々の悲しみへの配慮を見失っていた自分が情けなく、そして、悔しくて、運転していた車のハンドルを何度もたたいた。

 男子生徒の死を巡る取材では、自殺直前の11月24日、生徒が暴力を受けていることを学校に相談していたため、いじめとの関連が問題となった。これに対して、学校幹部や同市教育委員会からは「いじめと言えるか分からないが、嫌がらせはあった」「暴力を受けていたとは言いきれないが、たたかれたり、はたかれたりはしていた」と歯切れの悪い説明を度々聞いた。女子生徒の前でろうばいしながら言い訳をした自分とどこか重なった

 転職して今年、31歳で憧れていた新聞記者になった。何でも意欲的に取材していくつもりだ。ただ、今回の取材で、求めることに夢中になり、周囲の気持ちを考えないような仕事の仕方をすべきでないと思った。気付かせてくれた女子生徒に感謝したい

人が死んでいるのに「感謝したい」もないものですが、読売的感性に染まってくると他人にはいくらでも容赦ない突っ込みを入れられても、自分が突っ込まれると中学生相手でもまともな受け答えも出来なくなってくるということでしょうか。
日本最大の発行部数を誇る天下の読売記者にしてこのレベルですから他のマスコミなど語るに足りないのかも知れませんが、先日以来大阪ダブル選挙に絡んでマスコミ諸社があまりに品性に欠けるバッシング報道を繰り返してきたことはご存知の通りです。
特に新潮、文春の二誌は橋下氏の出自にまで遡って本人も知らないような家系の問題を取り上げ批判するという現代社会にあり得ないような行為に走り、これには勝利会見の場で橋下氏自身の口からわざわざ「バカ新潮と文春にはある意味感謝している」という皮肉たっぷりなコメントが飛び出したほどでしたが、どうやらまだ橋下氏とのバトルをやる気満々であるようです。

橋下氏「バカ文春」攻撃再開 「今や便所の落書き以下」(2011年12月22日J-CASTニュース)

   橋下徹大阪市長がツイッター上で「バカ文春」と連呼する「攻撃」を再開した。大阪ダブル選突入前は、橋下氏の生い立ち報道をめぐり、橋下氏が「バカ文春」と繰り返していたが、最近は止まっていた。

   今度は何が起こったのか。

週刊文春「橋下徹大阪市長 小沢一郎をコキ下ろした!」

   「こらっバカ文春!」。2011年12月21日夜、橋下氏はツイッターで、週刊文春の最新号(12月29日号)に載った自身に関する記事への反論を始めた。以降、5回連続投稿し、その中で9か所も「バカ文春」と書いている。

   問題の記事は「橋下徹大阪市長 小沢一郎をコキ下ろした!」との見出しで、3ページにわたる特集だ。

   文春記事の冒頭には、橋下氏の「親しい知人」の証言が登場する。小沢一郎・元民主党代表との連携の可能性を聞いたところ、橋下氏は「結論から言うと小沢一郎と政治活動を共にすることはない。彼は虎の威を借る政治家だ」などと「まくし立てた」と明かしている

   この「知人」は、記事の最後半部にも再登場し、橋下市長が小沢氏について、「政治家として尊敬はしているが、手を組むことはない」と語ったと指摘している。

   この「知人」が橋下氏からいつごろ話を聞いたのか、といった話は、記事には触れられていない。

   小沢氏といえば、12月11日の会見で、橋下氏について「政治家として大事な資質を身につけておられる」と評価していた。20日には上京した橋下氏らと会談し、「古いものを壊してもらいたい」「(大阪都構想へ)協力したい」と期待感を表明した。

その直後に文春記事が出たわけだ。

   橋下氏はツイッターで、新幹線の中で「バカ文春」を読んでいると報告した上で、

    「いい加減な記事を書くな!」
    「見出しだけじゃないか、このカス記事週刊誌が!」

と怒っている。
橋下氏「人の悪口は、その人の前で言えと育てられた」

    「俺にはそんなに親しい知人はいない
    「人の悪口は、その人の前で言えと育てられたんだ」

と反論してもいる。

   ダブル選前の生い立ち報道を週刊文春と並ぶ形で行っていた週刊新潮にも矛先は向かい、「バカ文春やバカ新潮」について、以前は定期購読していたが、

    「今はひどいね。ネットメディアが盛況になってきたから、完全に競争に負けてしまった

と断じ、さらに

    「今や便所の落書き以下。もうじき廃刊だね

と酷評している。

   文春記者に対しても、

    「風ぼうからして怪しいんだよ」
    「まずは見なりから正せ」

と注文をつけている。「ストーカーのような風ぼうだぜ」とも書いている。

   週刊文春は、先行した月刊誌「新潮45」の橋下氏の生い立ち報道に続く形で、10月末から週刊新潮とともに、橋下氏関連記事を連続して載せていた

   橋下氏は当時、ツイッターで「バカ文春、バカ新潮」と何度も書いて「反撃」した。記者の名前を明かして彼らのネガティブ情報を募ることもした。

   週刊文春は、こうした橋下氏の反応も記事にし、ダブル選挙が始まった後の11月24日号では、「『バカ文春、バカ新潮』と連呼」と小見出しをつけて報じるなどしていた。

   しかし、橋下氏らが11月末の選挙結果で「ダブル選勝利」を納めた以降は、目立った橋下氏ネタは見られず、今回久々に「橋下関連記事」を復活させた形だ。これに応じて橋下氏もツイッター上の「バカ文春」連呼を再開させたというわけだ。

   再燃が確認された「橋下氏VS週刊文春」は、今後どう展開するのだろうか。

売れれば勝ちという週刊誌にしてみれば、こうして全国から注目を集める橋下新市長から名指しで取り上げられることは抜群の宣伝効果があると肯定的に捉えているのかも知れませんが、まあしかし当事者同士の直接的な罵倒が飛び交うというのもいかにもネット時代ということになるのでしょうか。
橋下氏にしても元々は電波芸者として名を売ってきた人物だけにこうしたマスコミ的手法は手慣れたもので、既存マスコミという抵抗勢力を名指しで罵倒してみせることで自らの立ち位置を明確にするという計算もあるのでしょうが、失礼ながら仮にも文章を書いて食っている人間が「便所の落書き以下」などと言われるようになってはおしまいではないでしょうか?
幾ら知名度が高いとは言えこのあたりですとしょせん大阪という一地方都市の話題で済ませることも出来ますけれども、全世界が注目しているイベントで彼らマスコミがいつもの調子で仕事をしてしまうと世界中から非難されることになってしまうのですね。

明石家さんまがメッシに「間抜け」な質問 日テレのインタビューが海外でも「酷評」(2011年12月19日J-CASTニュース)

  サッカー・トヨタ・クラブワールドカップ(W杯)で優勝したバルセロナ(スペイン)のリオネル・メッシ選手(24)に対して、テレビ局が行ったインタビューが「ひどい」と話題になっている。

   2011年12月18日、W杯決勝が横浜国際競技場で行われ、欧州代表のバルセロナが南米代表のサントス(ブラジル)を4対0で下して優勝した。

「引退後はどうするんですか?」

   そんな中、決勝で2点入れる大活躍をしたエース、メッシ選手に対して、試合を放送した日本テレビが手際の悪い対応をしてしまった。

優勝セレモニーでチームメイトが歓喜に浸る中、メッシ選手一人だけを特設スタジオに呼び出し、インタビューを行った

   サッカー女子日本代表の澤穂希選手や、お笑い芸人の明石家さんまさんら、出演者みな拍手で歓迎したのだが、メッシ選手は少し困ったような顔をしている。さんまさんが、後ろからコートをかけようとしても、首を横に振って断ってしまう

   そして、通訳が「一問一答です。もう時間ないんで」と伝え、さんまさんが「どうもありがとうございます。サッカーの質問はみんな聞いてるやろうから、老後はどうしはるんですかと」と質問する。

   すると、メッシ選手は通訳を通して「まだ引退まで時間があるので、それが終わったら考えます」と返答し、すぐ後ろを向いてチームメイトのもとに行ってしまった。少し後味の悪い感じだ。

「メッシ全然笑ってないな」「真剣に戦う選手に失礼」

   さんまさんらは「そんな時間がなかったんだ」「一瞬でも来てくれただけでも貴重」などと笑顔で話していたが、この一連の流れがネットで話題になり、

「メッシ全然笑ってないな」「さんまの質問は完全に間抜け」
   「セレモニー中に無理矢理連れてきて引退後の質問とか日本最低だな」
    「サッカーにくだらないお笑いとか全く必要ない。真剣に戦う選手に失礼」

といった書き込みが寄せられた。もっとも、メッシ選手は質問前から怪訝な顔をしているので、質問だけでなく、セレモニー中に呼び出したということ自体が余り良くなかったのだろう。日テレの段取りの悪さを指摘するものもあった。

   さらに、このインタビュー動画がYouTubeにアップされ、海外から「日本人はバカだ」「コメディが失敗したみたいだな」といったコメントが寄せられている。スウェーデンのウェブメディアでも紹介され、「日本のテレビ局は、スタジアム内にスタジオを設置して、メッシの独占インタビューを行ったが、失敗に終わった」と書かれていた。

このタイミングでわざわざ選手を呼びつけて独占インタビューまで行いながら、たった一つの質問が引退後どうするかですからね…ま、元サッカー部出身のさんまも相当に焼きが回ったのでなければ、お笑いの感覚がすでに世間とずれてしまっているのでしょうかね。
クラブW杯決勝の後で行うにしては質問の意図も不明なら、現役バリバリでプレーしているキャリア絶頂期のトップ選手に引退後を云々するのも失礼というものですが、そもそもこの意味不明のインタビューなるものがわざわざ優勝セレモニーでチームメイト一同と歓喜の輪に加わっているメッシ選手を呼び出してまで行ったというのですから、それはたとえメッシ選手が人並み外れた人格者であっても控えめに言ってもむっとしますよね。
明石家さんまと言えば一応は国内では名の知られた芸人のはずですが、世界中に芸人としてこれ以上ないほど並外れたすべりっぷりが知れ渡ってしまったわけですから、この調子ですとメッシ選手よりもよほど深刻に老後の心配をしておいた方がいいかも知れません。
それにしても以前であれば一方的に他人に突っ込みを入れるだけという特権的地位を誇っていたマスコミですが、今や逆に自分自身の振るまいが世間から注視される、そして何よりも彼らの馬鹿げた振る舞いの方が下手な芸人のネタよりもよほど笑えることが知れ渡ってきたわけですから、今後もマスコミウォッチという分野は新たな大衆娯楽としてますます盛んになっていくのではないでしょうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年12月23日 (金)

診療報酬は予定通りの横ばい改定でした

来年度の診療報酬改定がようやく決着したようなのですが、まずは報道から引用してみましょう。

診療報酬改定:0.004%増 実質据え置き、介護報酬は1.2%(2011年12月22日毎日新聞)

 藤村修官房長官、安住淳財務相、小宮山洋子厚生労働相は21日夜、首相官邸で来年度の診療報酬改定について協議し、手術料などの「本体」はプラス1・379%、「薬価」はマイナス1・375%とし、全体では小数点以下3ケタの部分で0・004%増というギリギリのプラス改定とすることで合意した。介護報酬は、介護職員の待遇改善費を見込んで1・2%アップ。前回(09年度)の3・0%増に続き2回連続のプラスとなった。

 診療報酬は1点10円で、医師らの収入となる。10年ぶりに全体で増額改定となった前回10年度(全体0・19%増、本体1・55%増、薬価1・36%減)に続くプラスとはいえ、小数点以下3ケタでの調整は極めて異例。約40兆円の12年度見込み医療費を約16億円伸ばすだけで、事実上の据え置きと言える。プラス改定を求めた厚労省、民主党の顔を立てつつ、増額を嫌う財務省側にも配慮した政治決着となった。

 一方、介護報酬を1・2%増としたのは、介護職員の賃金を月額1万5000円上積みしている交付金を今年度末で廃止するためだ。

 12年度以降、代わりの財源(国費ベースで約500億円)は介護保険財政で賄う。【鈴木直、山田夢留】

診療報酬 0.004%引き上げへ(2011年12月21日NHK)

医療機関に支払われる診療報酬について、政府は、産科や小児科などの処遇改善に引き続き取り組む必要があるとして、来年度、診療報酬全体で0.004%引き上げることを決めました。

2年ごとに見直される診療報酬は、来年度改定されますが、厚生労働省が、医師の人件費など診療報酬の本体部分とともに、薬価・薬の価格も合わせた全体での引き上げを求めているのに対し、財務省は「物価や賃金が下がっているなかで、診療報酬を引き上げるのは、国民の理解が得られない」として引き下げるよう主張し、調整が続いていました。そして、21日夜、安住財務大臣と小宮山厚生労働大臣が、総理大臣官邸で藤村官房長官を交えて協議した結果、「民主党がマニフェストで約束したとおり、診療報酬を引き上げて、産科や小児科など過重な負担がかかっている診療科の処遇を改善することが必要だ」として、診療報酬全体で0.004%引き上げることを決めました。診療報酬全体が引き上げられるのは、前回・平成22年度の改定に続いて、2回連続となります。具体的には、医師の人件費などの本体部分は1.379%引き上げますが、薬価は1.375%引き下げられることになります。一方、3年に1度改定される介護サービスを提供した事業者に支払われる介護報酬は、人手不足が深刻な介護職員の処遇改善を、現在実施されている交付金制度ではなく、介護報酬で対応することになったことなどから、1.2%引き上げられることになりました。介護報酬が引き上げられるのは、前回・平成21年度の改定に続き、2回連続となります。

小宮山厚生労働大臣は、記者団に対し「できることなら、もう少し引き上げられればよかったという希望はある。ただ、財務省が、医師の人件費などに当たる診療報酬の本体を引き下げるよう求めていたことを考えると、民主党の意向も踏まえて、こういう形で決着したことはよかったと思う」と述べました。

安住財務大臣は、総理大臣官邸で記者団に対し、診療報酬本体を引き上げることで小宮山厚生労働大臣と合意したことを明らかにしたうえで、「できれば引き下げようと思っていたが、小児科や産科などの医療の現状について厚生労働省と話をする中で、薬価が下がった分の財源の手当で充実させたほうが良いのではないかという議論になったので、私としてはそれで了解したということだ」と述べました。

診療報酬プラス改定 党主導で引き上げ 医師会圧力に押され(2011年12月22日産経ニュース)

 政府は、日本医師会などの圧力に押される形で、来年度診療報酬のプラス改定に踏み切った。民主党が「医療サービスの対価引き上げ」を先の衆院選マニフェストで唱えたとはいえ、デフレで国民の財布が冷え切る中、個人や企業に保険料や患者の窓口負担の増加を強いれば、国民に見放されるに決まっている。

 しかも、政府の行政刷新会議は「政策仕分け」で報酬全体での引き下げを提言。財務省も保険料を負担する企業や市町村の財政を懸念し、2・3%超の大幅引き下げを求めていた

 小宮山洋子厚生労働相も「(仕分け結果と)違うことを言い続けるのはしんどい」と語り、政府内の調整は「引き下げ不可避」で進んでいた

 これを押し返したのは民主党だった。医師会などが選挙支援などをちらつかせて個別議員への圧力を強化すると、前原誠司政調会長は20日、安住淳財務相に「引き上げは党として鉄板の意思だ」と迫った

 前原氏は21日も藤村修官房長官と直談判した。藤村氏は「まず政府でやらせてほしい」とその後の3閣僚会合でプラス改定を決めたが、後味の悪い結末となった。(赤地真志帆)

しかし診療報酬と言えば医師らスタッフ個人ではなく医療機関に支払われるもので、そもそもそのうちで医師の取り分はせいぜいが一割そこそこですけれども、それでも相変わらず報道では「医師らの収入」なんですね(苦笑)。
ま、結果としては総額で限りなく横ばいという大方の予想通りという形なのですが、毎日あたりにまで「小数点以下3ケタでの調整は極めて異例」と書かれてしまう事実上の据え置き(恐らく実際の報酬の内容では限りなくマイナスに近いものとなるのでしょう)というのは何とも政治的な決着だったかなという気がします。
政治的ということから非常に興味深いと思うのは、小宮山大臣が「財務省は引き下げを主張したが民主党の意向でこうなった」と党の努力を強調し、安住大臣もそれを納得して了承したというように、各報道において民主党側の意向が強く働いたということが強調されていることですよね。
産経の記事ではこの背景として「医師会などが選挙支援などをちらつかせて個別議員への圧力を強化」したことが党の強い姿勢に結びついたことを主張していますけれども、日医などという今やすっかり政治的影響力を失って久しい組織がこういう時にだけ名前が使われるというのも積悪の報いということなんでしょうか(苦笑)。

薬価が下がる一方で本体部分は多少なりとも値上げという形ですが、実際にこの改訂が医療機関にどれほどの影響を与えるかと言えば、2009年に史上最高を記録した医療機関の倒産がその後診療報酬改定の結果もあってかほぼ平年並みに落ち着いたと言いますから、マクロな経営的視点で見ればそれなりに意味があるのではないかと思います。
ただし実際には診療科の撤退や経営規模の縮小、救急受け入れ停止などは相変わらず続いていて、むしろ逃散だ、医療崩壊だと世間的にも大騒ぎになり実際に倒産件数も激増したという現実を見て、各医療機関がようやく施設や地域の実情に合った身の丈相応の経営にシフトしつつある結果のようにも思えますね。
要するに経営が安定したのは巨視的に見ればコンマ数パーセントという診療報酬増の結果もさることながら、微視的に見れば個々の施設で今まで赤字でも無理をしていた部分を切り捨てていったことも大きいとなれば、報酬が増えた、病院倒産も減った、ならば医療は今までよりも充実したとは必ずしも言えないだろうと言うことです。

分不相応な拡張路線をとった放漫経営が現場スタッフにどれだけの無理を強いてきたかを踏まえ、医療崩壊時代に至ってようやく経営側も現場の空気を読み始めたと考えれば診療報酬抑制も必ずしも現場にとっては悪いことばかりではなかったという考え方も出来るかも知れませんが、一方で国民にとっては「不景気でデフレなのに診療報酬は増えた」という記号的メッセージだけが意味を持つことは言うまでもありません。
となると、民主党が努力して診療報酬は何とか増やしましたという主張は政権側から医療の側へと責任のボールを放り出して見せたという意味だと捉えるべきであって、我々はこれだけ頑張ってきちんと公約通りにやったんですよというアリバイ作りの気持ちが0.004%という「極めて異例」の数字に現れているとも言えるでしょう。
となると、ボールを勝手に放り投げられた日医の側も我々の活動が実を結んでプラス改訂を勝ち取った!などと無邪気に喜んでばかりいられないというもので、知らない間に「報酬は上げたのになぜ医療はますます悪くなっていくんだ!」と言う国民のバッシングを一手に引き受ける立場へと追いやられてしまった我が身の不幸を十分に自覚しなければなりませんよね(苦笑)。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年12月22日 (木)

改革への抵抗勢力が改革の一番の原動力に?

診療報酬を巡る議論は未だ決着しないようで、いずれ話がまとまったところで改めて取り上げてみたいと思っていますけれども、医療に限らず社会保障費を聖域として温存できるという時代ではなくなっていることは誰しも感じているところでしょう。
ところが社会保障の給付面はそのまま据え置きということに相次いで決まってしまったというのですから、痛みを伴う改革をどこまで先送りにすれば気が済むのかと言う声が出てきそうですよね。

社会保障改革案 高齢者優遇 若年層にツケ(2011年12月17日産経ニュース)

 民主党がまとめた社会保障分野の改革案は、次期衆院選の足音が近づく中、高齢者の給付カットにつながる施策を相次ぎ先送りにした。逆に基礎年金加算などにより、社会保障費の拡大には拍車がかかる。財源に当て込む消費税増税の見通しはたっておらず、このままでは若年世代の将来負担を増大させるだけの結果に終わりかねない。

 改革案は医療機関受診時の100円定額負担を見送った結果、6月の成案より0・1兆円の切り込み不足が生じた。医療機関を受診するすべての患者が負担するが、受診機会が多い高齢者に特に痛みが大きいとされる制度だ。

 社会保障改革では、選挙のたびに高齢者負担増の先送りが繰り返されてきた。政府・民主党が見送った70~74歳の医療費窓口負担の2割への引き上げは、平成18年に成立した医療制度改革法に盛られたが、自公政権が翌年の参院選に敗北したため、凍結のまま1割維持が続く。

 有権者総数に占める65歳以上の割合は4分の1を占め、今後とも拡大する。年金不安に乗じる形で21年の衆院選マニフェスト(政権公約)で「7万円の最低保障年金」を打ち出し、政権交代を実現させた民主党だけに、高齢者への配慮がより色濃くにじむ。

 だが、制度の支え手である勤労世代は今後激減していく。6月の一体改革成案では、勤労世代の人口減少にあわせ、高齢者が受け取る年金額を減額する「マクロ経済スライド」のデフレ下での発動も盛り込んでいたが、「年金のみで生活する受給者への負担が大きい」として、来年の法案提出を見送った

 現在は2・5人の勤労世代で1人の高齢者を支えているが、少子高齢化の進展で37年には1・8人で1人、62年には1人で1人を支える完全な「肩車型」へと変貌する。高齢者向けサービスを今から削っていかなければ、そのツケは過重な負担となって若者世代を直撃することになる。

 にもかかわらず、成案にはなく、新たに改革案に盛り込まれたのは75歳以上を対象とする後期高齢者医療制度の廃止という逆張りの政策だ。

 民主党は20年度に導入されたこの政策を「高齢者切り捨て」と批判し、政権交代の原動力の一つとなったが、完全実施には約1兆円が必要となる。2・7兆円の改革財源の大枠をはみ出し、社会保障費の膨張をさらに広げる危険すらある。(赤地真志帆)

医療費窓口負担「13年度に2割に」 厚労相(2011年12月18日朝日新聞)

 野田政権が据え置きを決めた70~74歳の医療費の窓口負担割合について、小宮山洋子厚生労働相は18日、出演したテレビ番組で「再来年度にはきちんとやるべきだ」と述べ、2013年度に今の1割から2割に引き上げる考えを示した。パート従業員の処遇改善をするパート労働法の改正案についても「来年の通常国会に出したい」と述べた。

 70~74歳の窓口負担は法律で2割と定められているが、年約2千億円の予算を使って1割に据え置かれている。政権は「税と社会保障の一体改革」で、2割への引き上げを検討したが、民主党内に反対が強く、見送った

「再来年度にはきちんとやるべきだ」なんていまさらなことを言っていますが、その頃になったらまた時の政権が同じ事を言っていそうな気もするのですけれどもね(苦笑)。
産経の記事にも書いています通り何しろ高齢者は今や巨大な票田であり、医療にしろ年金にしろ社会保障のほとんどの領域で若年者が納付した分を高齢者が消費するという構図になっているわけですから、それは世代間格差が取りざたされるのは当然でしょう。
とりわけ昨今の流れでは現在重い負担に苦しんでいる現役世代が老後を迎える頃には給付は削減されていくことだけは決まっている気配ですから、ワープア化著しい現役世代は「俺たちは若いときは搾り取られ老後の蓄えも作れないのに、なぜ今の金を持った年寄りだけがそこまで優遇されなければならないのか」と不満も貯まるでしょう。
何より財源面でもはや待ったなしの改革が必須とされているのは明らかで、税と社会保障の一体改革という話も本来その辺りの積年の懸案を抜本的になんとかしなければならない危機感からスタートした話だったはずですが、変革への大きな期待を担って登場したはずの民主党政権が何も変えずにただ先送りするだけでは期待はずれもいいところですよね。
おもしろいのは民主党は何をやっているんだと感じているのが国民だけではないらしいということで、昨今野田内閣とセットで語られることの多い財務省からもこんな不満が出ているということです。

財務省も困惑する野田内閣「霞が関贔屓の引き倒し」。公務員優遇で国民の怒りが爆発すれば増税シナリオは破綻する。/磯山 友幸(2011年12月21日現代ビジネス)

ここで公務員優遇だという国民の不満が爆発したら、消費増税などすっ飛んでしまう。民主党はいったい何を考えているんだ

 財務省の中堅幹部はそう言って語気を荒げた。

 財政再建に向けた消費税率の引き上げが財務省の悲願であることは周知の通りだ。豪腕と言われる勝栄二郎事務次官の政治力もあって、着々と増税に向けた布石が打たれてきた。野田佳彦内閣は「財務省傀儡」と揶揄されるほど、財務省の財政再建路線に乗っている。ところがここへ来て、その財務省のシナリオから大きく外れる「悪手」を、野田内閣は打ち続けているのだ。

 言うまでもなく増税には国民の理解が必要だ。国民の多数が諸手を挙げて賛成することなどないにせよ、ある種の納得感の醸成は不可欠であることを、財務官僚は熟知している。だからこそ、増え続ける社会保障費を賄うには、もはや消費税率の引き上げしかない、という認識を国民の間に広げるために「社会保障・税の一体改革」を仕掛けてきたのだ。

 それでも簡単には納得しない国民に訴えるには、政府もギリギリまでムダを削っているという姿勢を示さなければならない。公務員給与の削減や、行政組織のスリム化など、国民に見える"成果"を上げることが不可欠だ、という認識を十分に持っていた。

 財務省のシナリオどおりならば、来年度の予算編成が本格化する十二月には、社会保障・税の一体改革のプランを固めて、消費税論議を盛り上げる一方、自ら身を切るスリム化策を次々に打ち出すはずだった。「そこまで政府がやるのなら、増税もやむを得ない」というムードが国民の間に広がっていなければならない時期だったのだ。

 ところが、野田内閣は次々と「悪手」を打つ

 最大の失策が「公務員給与削減法案」を成立させられなかったことだ。東日本大震災後の4月に当時の菅直人内閣が公務員給与を10%、3年間削減する方針を打ち出し、復興財源に当てるとした。その後、平均7・8%引き下げる「公務員給与削減法案」が閣議決定されたが、菅内閣での通常国会でも、その後を引き継いだ野田内閣の特別国会、臨時国会でも、成立させることができなかった

 民主党はねじれ国会による自民党など野党の非協力のせいにしているが、現実にはそれだけの理由ではない。民主党の支持母体である連合は傘下に公務員労組を抱えており、人事院勧告に基づかない給与の引き下げには反対の姿勢だった。

 民主党は「脱官僚依存」や「公務員人件費の2割削減」を掲げて政権を奪取した。ところが、政権交代後は自民党政権時代の公務員制度改革すら事実上棚上げし、霞が関寄りの政策を取り続けている。その最たるものが、公務員給与削減法案の不成立だったと言っていいだろう。

 夏には人事院が公務員給与を平均0・23%引き下げるべきという勧告を行った。ところが野田内閣は、削減法案の7・8%に0・23%は内包される、という論理を展開。人事院勧告の実施も見送った。その結果、年末までに公務員給与は引き下げられず、期末のボーナスが一般行政職の平均で4・1%増えることとなったのである。

総選挙に向けて連合の支持を失いたくないとはいえ、露骨な「霞が関贔屓」である。そんな霞が関贔屓が国民感情を逆なでしていることは言うまでもない。国民の理解を得て増税に持っていきたい財務省にとっては、ありがた迷惑もはなはだしく、まさに贔屓の引き倒れだった。

 もう一つの失策が厚生労働省が示した年金改革方針だ。現在60歳から支給されている厚生年金は、今後段階的に65歳まで引き上げられることが決まっているが、厚労省がさらに68歳~70歳に引き上げることを検討していると表明したのだ。社会保障・税の一体改革で年金制度を維持するために消費税増税が必要、という議論を始めようという矢先、年金の支給開始をさらに引き上げるという話が出れば、財務省のシナリオは瓦解してしまう。

 小宮山厚労相は「現在の課題と中長期的な課題をきちんと分けずにお話してしまった」と申し開きをしたが、時すでに遅し。また、物価下落にもかかわらず年金額を据え置いたことで「払い過ぎ」になっている支給額を引き下げる、という話も加わったため、年金受給者の間から「年金削減反対」の声が上がった。

 もう一つ。年内には明らかにされる予定で作業が進んできた行政刷新の公表も、年明けに先送りになった。独立行政法人など行政機関のムダに切り込むことなどが柱と見られるが、これも霞が関の抵抗にあっている。財務省としてはムダに切り込みたい意向だが、連合をバックとする民主党の腰が浮いている

「いくら勝さんが豪腕でも、国民全体を敵に回して消費税を上げるのは難しいだろう」

 野田内閣の官邸周辺からは、すでに弱気な発言が漏れ聞こえてくる。選挙が近づけば近づくほど、民主党内の「増税反対派」が増えていき、内閣や党執行部でもまとめきれなくなりつつある。国際的な金融危機が静かに広がりつつある中で、「ここで増税に失敗すれば、国債市場の動揺も十分あり得る」だけに、財務省の幹部も焦燥感を募らせている。

先にやれるだけの努力をやりました、それでもどうにもなりませんから申し訳ありませんがと増税話に持って行くのは当たり前の話で、現政権は詰めの手順を誤っているようにしか見えないんですが、世間的にはその旗振りをしているように見られている(本音はもちろんそうでしょうが)財務省筋からもこうまで言われてしまうというのはどうなんでしょうね。
どちらを向いても今や敵だらけという状況も結局は自分で蒔いた種だろうと言うものですが、考えて見れば政治的に何らの実績も持たなかった民主党が衆院選で圧勝できたのもあくまでも期待感に対して票が集まった結果だと考えれば、唯一最大の売りである支持勢力の期待を裏切るような痛みを伴う改革など最初から難しかったのかも知れません。
選挙当時のマニフェストにしても小沢氏が主導権を握っていた時代にしてもともすれば単なるバラマキ政策だとの批判はあったものですが、公務員改革の先送りにしても政策運営上の必要や支持母体である連合対策などでいい顔をしたいという思いの表れであったとすれば、全方位にいい顔を続けた結果全方位から嫌われるようになってしまったというのも何とも皮肉な話だとは言えそうですね。

民主党に限らず既存政党はともすれば支持母体の顔色をうかがいながらの政策運営を強いられるのは仕方のないところなのかも知れませんが、そう考えると改革を進めなければ国が保たなくなっている時代にあって、関連諸団体の同意を得ながらじっくり話を進める従来のやり方ではもはや何も出来なくなってきたということなのでしょうか。
特に目立ったアイデアを提示しているわけでもないのにただ既得権益を破壊し現状を変えると主張し続けた橋下氏ら維新の会が、既成政党やマスコミを含めた各種業界から全方位のバッシングを受けながら圧倒的な民意の支持を取り付けたことは示唆的な現象なのでしょうし、党内外から批判されながら「私が自民党をぶっ潰します!」と叫んで高い支持率を保った小泉総理と同類であるという批判はある意味で的を射ているのでしょうね。
旧権力の一つの象徴のようなマスコミらは相も変わらず橋本批判を続けていますが、彼ら既存の諸勢力が橋本独裁だ!強権反対!と反発し距離を置こうとするほど橋下氏の改革へのフリーハンドは広がり、結果としてさらなる大衆の支持を集めてしまうという興味深い現象がこれから見られるようになるのかも知れません。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年12月21日 (水)

議論が白熱しているテーマだからこそ、説得力は重要でしょう

各大学既存の医学部において定員増がもはや限界だという声も聞かれる中で、地域格差を是正するためにもやはり医学部新設しかないという声もあれば、いや国も議論しているふりをしているだけで新設などまともに相手にしているわけではないという声もありますが、いずれにしても現状を端的に要約すれば「直ちに新設にとりかかるわけではない」という状況であるようです。

医学部新設の動きが活発化(2011年12月7日日経メディカル)

 1979年以降新設されていない医学部。医師不足に悩む自治体を中心に、準備を進める動きが活発になっている。ただ、新設に向けた国の議論は一向に進んでおらず、いまだ実現のめどは立っていない

 今年9月、医師不足の解消を目的に医学部誘致を公約に掲げる茨城県知事の橋本昌氏が、早稲田大に医学部新設を働き掛ける書簡を郵送したと報じられた。また9月30日には、以前から県立医大の創設に意欲を見せていた埼玉県知事の上田清司氏が県議会で、「既存の私立大医学部の誘致は可能なアイデアだ」と、県立医大の代替案に言及した。

 そもそも医学部新設は以前から、医師不足に悩む自治体にある大学などが実現を望んでおり、2010年2月には北海道医療大(北海道当別町)、国際医療福祉大(栃木県太田原市)、聖隷クリストファー大(浜松市北区)の私立3大学が、医学部新設に向けて準備を進めていることを公表した(表1)。

 08年6月に舛添要一元厚生労働相が医学部定員数の増員を提言。その後民主党が医師養成数を1.5倍にする方針を示し、10年2月には当時文科副大臣だった鈴木寛氏が「医学部の新設も模索していきたい」と話した。こうした動きから、これらの大学は医学部新設が具体化されるとみて“見切り発車”したわけだ。

大学と連携して目指す病院も

 その中で、以前から医学部新設に向け着々と準備を進めてきたのが、国際医療福祉大だ(表2)。4つの附属病院を運営し、臨床実習の実施体制や教員数が整っている同大は07年ごろから構想を練り始め、08年には検討委員会を設置している。

 同大学長の北島政樹氏は、「国際的なレベルの医師を育てるには、今よりも医師を増やして競争を促進し、技術力を上げる必要がある」と医学部新設の必要性を説く。また、同氏は現在の医学教育に対し、「医学部の定員は増えているが、教員数などの医学教育環境が整備されていない。もっと臨床に特化した教育を行う医学部もあるべきだ」と指摘。今後のチーム医療の重要性を強調し、「学生のうちからチーム医療の概念を学べるモデル大学を設立してもよいのではないか」と語る。

 新設が実現すれば、地域の中核病院で活躍する医師の育成を基本理念とし、附属病院と複数の関連病院で臨床実習を行う方針。定員は125人としてうち25人は学士編入にし、卒業生に決められた地域で一定期間の勤務を義務付ける地域枠や奨学金制度枠も設ける考えだ。
(略)

「医師偏在の解消が先決だ」

 しかし、医学部新設の実現には障壁が多い。財源の問題に加え、全国医学部長病院長会議や日本医師会などの反対意見も強い。

 これまでの医学部定員増により今年度の入学定員数は8923人で、08年度より1298人増えた。そのため、医師不足には十分対応できているというのが反対派の主張だ。加えて、さらに医学部を新設して定員を急激に増やすと、医学教育の質が低下し、将来の医療を担う医師の質を担保できない上、医療現場の即戦力となる医師が教員として引き抜かれるので医療再生の妨げになるといった理由も挙げる。このほか、需給状況に応じて医師養成数を減らしにくくなる点や、医師の養成には10年以上かかり、その間の社会情勢などの変化に対応しにくい点も懸念する。

 全国医学部長病院長会議会長で東京慈恵医大病院長の森山寛氏は、「病院再編や医師数調整により地域や診療科の医師偏在を解消し、女性医師の活用、医師の事務業務の軽減、勤務医の定年延長などにも取り組むのが先決だ」と話す。

文科省の結論はいまだ出ず

 こうした中、医学部新設を認可する立場の文科省は10年12月以降、賛成派と反対派の両者が委員として入る「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」を開催。今年8月10日にはこれまでの議論の内容をまとめた「論点整理」の素案を出し、11月29日には素案に対する国民の意見を募集することを決めた。

 論点整理では、賛成派と反対派のそれぞれに課題を提示。賛成派には医師過剰になった際の解決策を、反対派には地域・診療科偏在問題の改善策を示すよう求めた。両者共通の課題として、これまでの医学部定員増により増えた医師の今後の処遇方法やキャリアパスのあり方に関する意見も求めた。

 ただ、検討会の結論が出るのはもっと先になりそうだ。各医学部が現在取り組んでいる地域枠の設置により、医師の地域偏在がどれだけ解消されるかといった効果も見極める必要もあるからだ。検討会の座長を務める日本学術振興会理事長の安西祐一郎氏は「議論はこれからだ。国民の意見を聞いて結論を出す必要がある」と話す。

しかし一部には未だに「医師を余るほど増やせば競争が激化してレベルが上がる」という考えの方々もいらっしゃるようですが、それではすでに余るほど増やしてしまった歯科医や弁護士の世界でレベルが上がるどころか、経験不足から基礎的な実務能力すら怪しい人々が激増し問題化しているという現実をどう説明するつもりなのでしょうかね?
一般職においてこうした競争原理が働くのは彼らが選別を受けていないからこそ実務の過程でふるい落としていくしかないためであって、元々理系トップクラスという上澄みを選別されている医師のような高度専門職においては間口を広げても上側に広がることはあり得ず、今までふるい落とされていた下側に人材を求めることになるしかないのは当然です。
その点で国際医療福祉大あたりが「医師のレベルをもっと上げなるためには」云々などと口を出すのは失礼ながら身の程を知れと言われても仕方がないもので、医師のレベルを言う前に自前の受験生のレベルを上げろというものですし、昨今医学部新設を狙っている各大学が早稲田を除いて軒並みいわゆる底辺であることに素朴な危惧を抱いている人々も多いのは事実でしょう。
無論先日も紹介しましたように医者はもっと馬鹿ばかりにして余計なプライドを捨てさせなければ、などと言う持論をお持ちの方々や、先頃ようやくブログから身を引かれた某大先生のように何も考えず馬車馬のごとく働く奴隷を安く大勢抱え込みたいという欲望に燃える方々のような確信犯もいらっしゃいますが、それを世のため人のためであるかのように偽り語るのは詭弁ないしは詐術というものでしょう。

もちろん医師が必ずしも知的エリートである必要があるかどうかは議論の余地あるところですが、逆に患者目線で考えて「あ、こいつ俺と比べても明らかに馬鹿っぽいな」と思えてしまうような人間に自分の体を好き放題いじくらせたり、失敗したら即命に関わるような治療をさせようという気になるだろうか?ということですよね。
専門性の高い職種ほど量より質を重視する、その代わりに彼らにしか出来ない業務に特化させてその他の雑用はなるべく非専門職に回すというのが高度な専門技能を担保した上での本来的なチーム医療というものですし、そうした広大な裾野を持つピラミッド構造を構築してこそ国の言う医療主導の経済成長論にも結びついていくはずです。
幸いにも(?)医療専門職は医師のみに限られた話でもありませんし、日本では看護師から介護スタッフに至るまで医療関係者は軒並み人手不足という状況ですから誰であれ貢献できる余地はいくらでもあるかと思うのですが、一方ではこんな声もあるというのですから世の中なかなかうまくいかないものです。

これが言いたい:医師不足理由に看護の専門性を軽んじるな=日本赤十字看護大学名誉教授・川嶋みどり(2011年12月15日毎日新聞)

 ◇特定看護師案の危うさ直視を

 「診療できる看護師」という特定看護師(仮称)の新資格を設ける案がいよいよ法制化に向かう段階のようだ。一種の危機感を覚えるのは私だけではあるまい

 「チーム医療」の推進を目的としてスタートし、医師不足緩和策の狙いが組み込まれたこの議論には看護という領域の専門性を揺るがしかねない危うさがある。これからの医療のあり方を考える上でも再考を求めたい。

 現在、看護師の医療行為は法律上あくまで「補助」にとどまる。これに対し特定看護師案は「医行為」すなわち、医師法第17条に規定する「医業」--医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、または危害を及ぼす恐れのある行為--の一部を、看護師に負わせようとするものだ。

 もともと、この案はチーム医療を充実させるとのふれこみで議論がスタートした。しかし、そもそもチーム医療とは医療従事者が共通目的に向かい、それぞれの専門性を発揮し連携する医療のあり方をいう。特定看護師案はそれとは反対の、他職種への侵犯行為である。

 特定看護師制度を肯定する意見はその理由として過労で疲弊した医師の負担軽減や、介護など今後の急激な社会の高齢化への対応を挙げることが多い。だが、看護師不足を放置したままで看護師を看護の専門性から遠のかせ、新体制を作ろうというのは本末転倒だ。

 医業は古くから“医術を用いて病気を治すこと”とされてきた。これに対し看護は19世紀のナイチンゲール以来、人間にそなわる「自然の回復過程を整える」ことに価値をおき、その人固有の自然治癒力を引き出し高めるケアをその本分としている

 看護学はいまだ若い学問ではあるが、独自の理念と方法論を基盤にした看護実践の方法も種々編み出している。医薬品や機械を用いず、痛みや恐怖や心配などを起こさせない方法など症状緩和や治癒に向かうプロセスは、看護独自のものだ。他の医療行為に見られない優位性がある。

 現在日本では、看護系大学・学部が200を超え、38の看護系学会が毎年学術集会を開催し、看護学研究の成果を発表している。そうした看護の教育・研究的背景も独自の役割も認めず「医師が指示さえすれば少々危険な行為をやらせてもよい」というような発想を感じてしまう。旧態依然たる医師・看護師関係にとらわれ、その延長線上にあるとさえいえよう。

     *

 今後の日本医療のあり方の方向性に逆行しかねないとの懸念もつきまとう。

 近代医療は高度医療に名を借りた効率優先の道をひた走り、まるでオートマチックな人体修復工場と化し、医療従事者も機械に巻き込まれて疲弊し、患者の人間疎外も進めてきた。そうした中で、今回の東日本大震災は医療行為と看護が車の両輪となる大切さ、機械以上に人的な活動の大切さを痛感させた。

 キュア(治療)からケア、医学モデルから生活モデルへのギアチェンジこそ「医療復興」の課題であるとともに、これからの医療のあり方ではないか。だとすれば、医療と看護それぞれの専門性をわきまえずに効率だけを求めて垣根を取り払うような方向性には首をかしげてしまう

 

看護師が本来持つ力を十二分に発揮させることが大切なのだ。その機動力を生かして医療モデルの転換を図ることこそ、政府が追求すべき道である。

 ■人物略歴
 ◇かわしま・みどり

 看護師、日本赤十字看護大学教授などを歴任。健和会臨床看護学研究所長。

いや、看護師が本来持つ力を十二分に発揮させるためにこそ権限強化は望ましいことなのではないかと思うのですが、むしろ看護研究(笑)大好きなこの種の人々が大喜びで手を出しそうなNP制度にもこうした反対論というものがあるというのも現実なのでしょうね。
医師であれば「少々危険な行為」と聞けばこれは頑張ってレベルアップしなければと張り切って自己研鑽につとめるタイプが多いものですが、看護師(特に、看護大学教授などを歴任されるような看護師)の場合は川島氏に象徴されるように19世紀以来の伝統を固守し、自らの職分という高い城壁の中に閉塞することをもってよしとするタイプが多いということなのでしょうか?
しかし何か妙に既視感を感じさせる文章だなと思って拝見していたのですが、そういえば医療に限らず技術専門職の世界では古いというと時代遅れにつながると必ずしも肯定的な評価ばかりを受けるわけではありませんけれども、とにかく古いからいいんだと主張されてひと頃話題になった一派もありましたよね。
あの方達も現代医療のあり方に常々疑問を呈し、とにかく自然治癒力ということをキーワードにされていましたけれども、あれほど社会問題化したのに看護協会はなかなかコメントを出さないと不審に感じていたものですが、かの業界と看護の世界とはやはり相当に深いところでつながりがあったということだったのでしょうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年12月20日 (火)

自転車でトラックやダンプと並走するのは怖いです

先日はタンクローリーが歩道に突っ込んで死者二人を出した事故で、そもそもの事故のきっかけを作った無謀な道路横断の自転車運転手が有罪判決を受けたというニュースをお伝えしましたが、多くの方々が実感しているように自転車マナーの悪化がこのところ問題視されています。

自転車側の8割に法令違反 死亡事故で信号無視、一時不停止など/愛知(2011年12月13日中日新聞)

 県内で今年、自転車を運転中に交通事故で死亡した35人(11月末)のうち8割に信号無視などの法令違反があったことが分かった。死亡事故の多発で非常事態宣言を発令中の県警は「自転車も自動車と同じ車両。まだまだその認識が低い」と交通ルール順守を求めている。

 県警によると、自転車が加害者や被害者になった事故の死者で、法令違反があったのは29人。内訳は信号無視が5人、一時不停止が7人など。人身事故全体でも、死傷者1万475人のうち8割の8471人に違反があった。

 11月5日に豊橋市の市道交差点で、自転車の無職男性(84)が軽ワゴン車にはねられ、死亡した。この事故は男性が信号を無視して片側2車線の交差点に進入したとみられる。

 県警交通事故対策室の担当者は「自転車は速度が出ている分、大けがにつながる。根強い、弱者的な意識を変えなければならない」と言う。

 一方で、死者35人のうち、7割の25人を65歳以上の高齢者が占めた。その9割が運転免許を持っていなかった。交通ルールをあまり知らなかったとみられ、高齢者向けの対策も課題だ。

 県警は11月29日、自転車総合対策検討委員会を設置。自転車専用道の整備や悪質な自転車利用者の取り締まりを強化する。来年4月からは携帯電話や大音量のイヤホン使用も交通違反切符(赤切符)の対象とすることを検討している。 (奥田哲平)

自転車で高速道路を走行し事故に遭う人が続出するなど、基本的な交通ルールすら承知していないのではないかと思える人が数多いのも事実で、それに対して逆ギレした人々が今度は自転車相手に事件や事故を起こすといったことも各地で発生しており、以前から無法な走行ぶりに不満が高まっていたという背景事情もあるようですよね。
自転車も免許制にというのは無理にしても、自転車に限らず歩行者も含めて交通ルールを知らないために起こっているとしか思えない事故が数多いのも確かですから、車に乗らない人々に対する交通法規の徹底をどのように図っていくかということは大きな今後の課題と思われます。
一方でブレーキを取り外した自転車が社会問題化したこともあって、警察でも自転車は車道を通行すべしというルールを全国に徹底するなど取り締まり強化の方針に転じたことはすでに大きく報道された通りですが、この結果今度は車道上において自転車と車との間に事故が多発しているというのですから困ったものです。

自転車の男性、バスにはねられ死亡 八郎潟町、運転手を逮捕/秋田(2011年11月13日秋田魁新報)

13日午前3時55分ごろ、八郎潟町夜叉袋字下昼寝の国道7号で、自転車に乗っていた同町字昼根下、工藤健三さん(60)が大型バスにはねられた
工藤さんは頭などを強く打ち、秋田市内の病院に運ばれたが、約1時間10分後に脳挫傷で死亡した。

五城目署は、自動車運転過失傷害の疑いで、バスを運転していた能代市能代町、会社員高橋幸二容疑者(53)を現行犯逮捕。
容疑を同過失致死に切り替えた。
容疑は、高橋容疑者が能代市方向から秋田市方向へ進行中、道路左側を進行していた工藤さんを、バス左前部ではねた疑い。

同署によると現場は片側1車線の直線道路
高橋容疑者は、客を乗せるため、業務で秋田市に向かう途中だった。

大阪・門真市の死亡ひき逃げ トラック運転手を逮捕/大阪(2011年12月16日関西テレビ)

大阪府門真市で、倒れていた自転車をひき逃げし、乗っていた16歳の少年を死亡させたとして、63歳のトラック運転手が逮捕されました。

この事故は15日未明、門真市稗島の中央環状線の側道で、自転車に乗っていた16歳の少年がバイクと接触し転倒したあと、後ろから走ってきたトラックにはねられ死亡したものです。

トラックの運転手は駆けつけた救急隊員に「事故には関係ない」と話し、その場から逃げましたが、しばらくして警察に「何かにあたったみたいだ」と自ら通報し、門真警察署に出頭しました。

警察は大阪市西成区のトラック運転手、牧志廣己容疑者(63)と、バイクに乗っていた32歳の男を自動車運転過失致死などの疑いで逮捕しました。

警察の調べに対し牧志容疑者は「人と認識していなかった」と容疑を否認しています。

中学生はねられ重体 瑞穂で通学中/岐阜(2011年11月26日中日新聞)

 25日朝、瑞穂市田之上の市道で、通学途中の市立巣南中学校1年児玉智哉君(13)=同市美江寺=が、後から来た乗用車にはねられて意識不明の重体となり、男子生徒2人も軽傷を負った。

 北方署によると、午前7時50分ごろ、同市美江寺の燃料販売業馬渕金春さん(60)の乗用車が、市道左側を自転車で走っていた生徒に接触。さらに前を歩いていた児玉君をはね、児玉君が前を歩いていたもう一人にぶつかったとみられる。

 現場は片側1車線の見通しの良い道路で、同校の通学路になっている。市道の路側帯は幅約70センチと狭く、路側帯の外側は斜面。署によると、自転車に乗っていた生徒は車道を走っていたという。

 巣南中学校は、通学路の中で交通量が多かったり、過去に事故が発生した場所には教員を立たせるなどしているが、今回の現場付近はとくに対策は取っていなかった。西部巧校長は「生徒には縦列で歩くよう指導し、3人とも縦になって路側帯内にいたと聞いている。これ以上、どう事故を避ければいいのか。児玉君の回復を願うばかりだ」と声を落とした。 (西川正志、多園尚樹)

すでに警察の車道通行徹底という通知を受けて、全国各地から「自転車が走れる道路状況にないのに、そんなことをすれば一気に事故が増えるぞ」「歩道で自転車に殺された歩行者はいないのに、自転車は車道で殺されなければならないのか」と全国各地から非難囂々であったと言いますが、今後統計的に自転車の死亡事故が増えたなどという結果でも出てくれば大騒ぎになりかねませんよね。
すでに全国都市部を中心に自転車を車道に誘導する試みが始まっているようですが、専用の走行帯が整備されている地域においては多くは自動車の駐停車場所と化しているのが現状であって、街頭に誘導員が立っている間はともかく長期的に走行帯が確保出来るかどうかを考えると、少なくともブロック等で車道と仕切るなどの物理的対策は最低限必要でしょう。
そしてそれ以外の多くの地方においてはそもそも自転車走行帯自体が存在しておらず、歩道から追い出された自転車は車に追いかけられながら車道を走るしかないという状況ですから、自転車にとっても車にとっても極めて危険な状況になってしまうのは当然ですよね。
警察当局としてもこうした道路の実情を知っているからこそ今まで法令の定めがありながら弾力的に運用してきたという経緯があったようですが、上の方で大方針を打ち出してしまった以上はそれに従って動かざるを得ず、結果として慌てて弁解に追われるといういささか格好の良くない状況に追い込まれてしまっているようです。

警察の「自転車は車道を走れ」大号令の一方で、環境整備は「これから」(2011年11月16日週プレニュース)

10月25日、警察庁が自転車交通の新たな指針を打ち出した。「良好な自転車交通秩序実現のための総合対策の推進について」という指針の中身は、自転車をあらためて「車両」として定義し、自転車が通行できる歩道は原則として幅3メートル以上(以前は2メートル以上)とすることなどが盛り込まれている。

要するに、「自転車は車道を走ること」を求めたこの指針。この時期になって急浮上してきたのは、ひとえに自転車事故、とりわけ自転車と歩行者との事故が激増していることにある。自転車の走行範囲をキチンと既定することで、こうした事故をなくしていこうとしているのだ。

だが、自転車が走行するその「車道」自体、自転車が走りやすいとは言い難い。特に狭い道路が多い都市部では、車道を走ることで新たな事故が増える可能性すらある。この点は警察も認識しており。前述の指針のなかで「自転車の通行環境の整備も十分とはいえない状況にある」と明記している。

環境整備が不十分なまま指針を発表した理由について、警察庁の交通企画課はこう説明する。

自転車の通行環境の確立、自転車利用者に対するルールの周知と安全教育の推進、自転車利用者の交通違反に対する取り締まりの強化といった取り組みを総合的に推進することとしています。これらの対策により、車道を通行する自転車の安全と歩道を通行する歩行者の安全の双方を確保したいと考えています」

つまり、新たなルールの周知と「並行して」環境を整備していくということ。指針では「クルマ用の車線を減らして自転車通行帯を整備すること」「利用率が低いパーキングメーターを撤去すること」などが盛り込まれており、自転車の安全のためにはクルマに不便をかけることもいとわない姿勢を見せている。

しかし、こうした自転車ユーザーの安全を確保する道路環境の整備はまだまだ「これから」の話だ。指針がすでに発表されている現在、自転車のみならず、事故を起こす可能性があるドライバーたちの意識改革がどれだけ進むのか。そのフォローは十分なのか。議論すべき点は山積みだ。

自転車は「全て車道に出よ」ではない 県警交通部長示す (2011年11月29日信濃毎日新聞)

 県警の大内明交通部長は28日の記者会見で、「自転車の車道走行の原則を徹底する」との警察庁の方針について、「自転車は全て車道に出よ、ということではない。県内の地域性や特殊性を考慮して状況に応じて指導していく」と述べ、柔軟に対応する考えを示した。

 警察庁は10月、歩道を危険走行する自転車が後を絶たず、歩行者との事故も多発しているとして、全国の警察に取り締まりの強化などを指示した。

 大内部長は、市街地などの歩行者が多い歩道については「指導を強化する」と説明。一方、県内では、歩行者が少ないなど、自転車が歩道を走っても危険にならない場合があるとした。

 県警交通規制課によると、車道の路側帯を利用して白線とカラー舗装で区切るなどした自転車レーンは、県内では長野市と松本市、上伊那郡辰野町の国道や県道など10路線の計約10・4キロにとどまっている。自転車を利用する人たちからは「車道走行の方がかえって危険な場合もある」との声が出ていた。

 県内で自転車が関係する事故は10月末現在、前年同期比33件減の1113件で、死者は同7人減の5人。事故の約6割が車との出合い頭という。一方、自転車と歩行者の事故は同2件減の6件で、死者は出ていない

 2006年2月に下伊那郡高森町の歩道で、70代男性が自転車とぶつかって死亡する事故があった。

さすがに自転車が走れる環境も整備していないのにいきなり車道に出て行けではどんな棄民政策だと批判を受けても仕方がないと思いますが、このところ取り上げられることの多かった自転車側はもちろんのこと、車の側にとっても交通ルールの徹底が必要とされるのは言うまでもありませんよね。
警察側からの発表を総合すると、歩道走行であってもママチャリ等が低速で走っている分にはあまり取り締まるという意志はないようで、やはり今回ターゲットとしているのはブレーキを外したり歩行者の間を猛スピードで走り抜けていく一部の危険走行常習犯であるということのようです。
ただし普通に考えて見れば判ることですがこうした心得違いをしている手合いは警察のルール改定がどうあれ元より従うつもりなどないのですから、結果的に車道に追い出されて車に轢かれていくのは善良で真面目な自転車乗りばかりというおかしなことにもなりかねません。

管理人もしばしば自転車に乗るものでこの問題に関しては無関心ではいられませんが、自転車で走行してみると単に走行帯としての幅があれば良いというものではなく、車中心でいい加減に扱われがちだった路肩部分の舗装の荒れなど様々な路面状況が非常に気になるもので、こうした部分まできちんと整備されている道路は割合としてほとんど存在しないのではないでしょうか?
自転車乗りのマナー悪化がそもそもの出発点だったことを思えば、車道に排除して終わりではなく暴走自転車乗りを積極的に摘発する、改造車両は没収するなどと同時に講習等を義務づけるといったやり方の方が、環境整備もなされていない現状では現実的ではなかったのかという気がします。
その摘発の大前提として自転車取り締まりの根拠を明確化する必要があったという手続き上の理由で行われた通達であったとすれば、歩行者保護を優先した結果重大な危険にさらされることになった自転車の保護はどうなるのかという新たな問題を提起する結果になってしまったようにも思えますね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年12月19日 (月)

急増する弁護士によって訴訟の質はどう担保されるのか

当「ぐり研」においても新司法試験による弁護士余り現象に関してはたびたび取り上げてきましたが、先日再び気になるニュースが出ていました。

弁護士の卵、就職難 修習後の未登録、過去最悪の2割(2011年12月15日朝日新聞)

 新司法試験に合格し、14日に司法修習を終えた弁護士志望者のうち約2割が弁護士登録をしなかったことが日本弁護士連合会のまとめでわかった。弁護士急増による「就職難」で弁護士会費などを払える見通しがたたず、登録できない志望者が多いとみられる。未登録者の割合は、新司法試験合格者が就職を始めた2007年以降の同時期で最悪となった。

 卒業試験に合格して司法研修所での修習を終えると、定員がある裁判官と検察官への採用が決まった修習生以外は通常、弁護士になる。弁護士として活動するには全国52の弁護士会の一つと日弁連への登録が義務づけられており、毎年、修習終了直後に一斉に登録する。今年は15日が登録日だった。

 日弁連によると、卒業試験に合格した1991人のうち70人が検察官に採用される。裁判官の採用数は未公表だが、昨年並みの98人と仮定すると残りは1823人。15日に弁護士登録したのは1423人で、21.9%にあたる400人が未登録となる計算だ。

すでに新弁護士の就職先が極めて厳しくなっていて、ロースクールによって社会人から弁護士を目指せるようになったと言ってもこれでは学費を返済することもままならない、このままでは金持ちの子弟しか弁護士になれなくなると危惧されているのはすでにお伝えしたところです。
もちろんこうした話は専門職が少ないなりに相応のバランスをとって成立していた状況で、無計画にただ国際標準並みに数だけを増やせと急増させた場合に何が起こるのかということの先行事例として学ぶべき点は多々あって、しかもこの結果弁護士の労働環境が以前よりも良くなっているというわけではないという現実は注目に値しますよね。
もう一点弁護士急増に伴って危惧されていることとして、こうして食べていくのも苦労する人々が増えてくると職業上必要とされるモラルをどう担保していくのかということで、今後各方面で無理筋も含めて訴訟沙汰が急増してくるのではないかとも噂されているわけです。
ちょうど折良く医療に絡めて目についた訴訟が二件ほどあるのですが、これらも見ていますと様々な議論を呼びそうな内容ばかりであって、しかも医療の向上に結びつくかと言えば必ずしも疑問の余地無しとしないというところが興味深いと思いますね。

弘前大の診療拒否:損賠訴訟 簡裁、夫婦の訴え棄却 原告、控訴の方針 /青森(2011年12月7日毎日新聞)

 青森市に住んでいた40代夫婦(現在は山形市在住)が、不妊治療を受けられなかったのは診療拒否に当たるとして、弘前大と医学部付属病院の産科教授を相手取り140万円の損害賠償を求めた訴訟で、弘前簡裁(齋藤健一裁判官)は「病院が実質的に診療を拒絶したと解釈できるが、拒絶には正当な理由がある」として原告の訴えを棄却した。原告代理人は青森地裁に控訴する方針。

 判決などによると、夫婦は08年から同病院で不妊治療を受診。培養器のトラブルで同年10月に人工受精卵5個が成育不能となったのは病院の過失だとして10年8月、同大に慰謝料など1830万円の支払いを求める訴訟を地裁弘前支部に起こした。病院側は翌9月、妻に転院と診療延期を求める文書を通知したため、夫婦は「医師法19条(応招義務)違反の診療拒絶に当たる」として11年4月、弘前簡裁に別の訴えを起こした。

 齋藤裁判官は「不妊治療は予約なしにできず、実質的に診療を拒絶したと解することができる」とした上で、「先行する訴訟で信頼関係が失われ、患者の治療に緊急性がなく、不妊治療を行う別の病院もあることから、病院には診療拒絶できる正当な事由がある」と述べた。先行する訴訟は審理が続いている。【松山彦蔵】

そもそも高額の医療費もかかり当事者の治療に対する深い理解と協力が必須である不妊治療において、当事者間の信頼関係が成立しないのに診療契約を結ぶことを強要するというのは社会常識からしておかしな話だという気がしますし、万一裁判の結果診療契約を結ぶべきだという話になったとしてもまともな診療関係が結び得るはずもありません。
せっかくの人口受精卵が無駄になってしまったというご夫妻の不運には同情しますけれども、不妊治療は自由診療扱いとされているように命に関わる一般的な医療と同列に扱われているものではなく、これに関して診療契約を結ばなかったとして応召義務違反を問うというのは素人目にもかなり無理筋ではないかと思いますね。
本来であればこうしたことは不毛な訴訟沙汰になる前に経験豊富な弁護士が説得するなり、各地で行われつつあるADR(裁判外紛争解決手続)などに委ねた方がお互いにとって有意義な結果が得られたはずなのですが、このところ原告側の無理な要求をそのまま裁判に持ち込みましたとも感じられる訴訟が増えているようにも思えるのは気のせいでしょうか。

一方で医療事故と言えば今は単に賠償金なりを払って終わりという時代ではなく、そこからどれだけの教訓をくみ取って医療安全向上につなげるかということが問われる時代になってきているのですが、こちらの訴訟などは何ら医療安全向上に結びつきそうにないという奇妙な和解結果となっています。

医療事故:薬誤飲、80代男性死亡--国保黒石病院 /青森(2011年12月9日毎日新聞)

 ◇市、1500万円支払い和解へ
 黒石市は8日、同市国民健康保険黒石病院(同市北美町1、村田有志院長)で80代男性入院患者が薬を誤飲、死亡する医療事故があったことを明らかにした。市は遺族に和解金1500万円を支払う議案を同日開会の定例市議会に提出した。
 市などによると、患者は市内在住で、今年5月16日に貧血の症状で検査入院した。患者は看護師がベッドを離れた間に処方薬を包装紙ごと飲み込み、それが元となって消化器官から出血し、同18日にショック死した
 遺族側は「24時間看護をうたいながら、薬を患者の近くに置き放したのは医療管理の不備」として代理人を立て損害賠償を求めた。これに対して、市側は患者の自己責任などを挙げ反論したが、結局「国の通達に照らし、当病院に薬剤管理上の落ち度があった」(沖野俊一事務局長)として、賠償金の支払いで11月9日に和解した。
 しかし、死亡に至る3日間の病室内での処置や医療体制などの詳細をはじめ、交渉の経過や賠償額の妥当性について、病院側は「和解条項に『和解内容について公表しない』とあり、遺族も公表を望んでいないので明らかにできない」(沖野事務局長)と語るのみ。和解によって、再発防止策の検討が難しくなることにつながり、市民の批判を呼びそうだ。
 市によると、賠償金は同病院が加入している医師賠償責任保険で賄われ、市財政からの持ち出しはないが、今後、保険料が上がる見通しだという。【松山彦蔵】

公立病院がいわばスポンサーである市民を相手になんでもすぐに和解してしまうということも現場のやる気を大いに削ぐと問題視されていて、この種の論法によって認知症と思われる高齢者にこれだけの巨額のお金を支払うことが当たり前になるとすれば、医療器具から箸に至るまで薬剤以上に危険なものは患者の周囲に満ちあふれている現状でこの種の患者をどう扱うべきかということになってしまいますよね。
それだけでも十分に全国の同種患者にとっては大いに不利益に結びつく可能性のあることですが、これに加えてこれだけの巨額の和解金を出すほどの重大な過失があったと考えているのであればどこに問題点があったのか、肝心の情報を検証できないとなればこの痛ましい死亡事故はなかったも同じ事になってしまい、今後全国で同種の事故が発生しても何らその予防に寄与しないということにもなりかねません。
産科の無過失保証制度などもそうですが、もちろんお金によって被害者意識を緩和するということもそれはそれで重要であるとして、何よりも一つ一つの事故が再発防止ということに結びついていかなければ犠牲者も浮かばれないと思いますが、そこに「どうせお金は保険で出るのだし関係ない」という甘い考えがあったのだとすれば、医療安全に高い問題意識を持つ弁護士に関わらせておくべきではなかったかと言う気がします。

近頃ではその存在意義も大いに疑われかねない医師会などと比べるとご存知のように日弁連という組織は全弁護士が強制加入するという強力な業界団体で、先日などは業界内外で議論も大いに分かれるだろう死刑制度の廃止を求める検討委員会を設置するなどと言い出したりして、ずいぶんと思い切ったことをする組織だなと感心しながら見ているところでした。
それだけに個々の弁護士に対しては日医などとは比較にならない重い責任を持っていると言えますが、そうでなくとも弁護士報酬は裁判の勝ち負けに関わらず入るようになっているわけですから、30分5000円なりで無理筋の顧客をなんとかなだめ説得するくらいならいっそ負けも覚悟で訴訟に持ち込んだ方が…ということを考え始めないよう、専門家としてどうモラルを担保させていくのかですよね。
例えば医療に限らず極めて専門性の高い領域に関わる訴訟担当者に関してどのような資格なり認定なりを設定しているのかと思って見れば、見聞する範囲では医療業界における専門医制度のようなものも存在していないようなのですが、医療訴訟に精通している弁護士に断り続けられた医療事故当事者が、今後増えるだろう食うにも困っているワープア弁護士と出会ったときに何が起こるのかということも考えずにはいられません。
いずれにしても司法の世界で起こっている、あるいは起こりつつあるだろう諸問題は、どれをとっても医療の世界にとってもそのまま他山の石とすべき事例ばかりのように思えます。

| | コメント (17) | トラックバック (1)

2011年12月18日 (日)

今日のぐり:「ふー太 野田店」

先日は「ラピュタ」再放送に連動した「バルスの嵐」がツイッター史上最高値を更新したということが話題になり、「一体日本では今何が起こっているんだ?!」と外国人を困惑させたというニュースが出ていましたが、ところ変わればうっかりしたことを口にしようものなら命がけという場合もあるようです。

「魔術」を理由に女性の斬首刑を執行/サウジアラビア(2011年12月14日CNN)

(CNN) サウジアラビア内務省は、女性が魔術を行った罪に問われ、斬首刑を執行されたと発表した。これに対して国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルは「深い衝撃」を受けたと述べ、同国の死刑執行中止を訴えている。

内務省の発表によると、女性は魔術を行ったとして取り調べを受けて逮捕され、法に基づき有罪判決を言い渡された。死刑は12日に北部ジャウフ州で執行されたという。

アムネスティによると、女性に対してかけられた罪の具体的な内容は不明だが、同国では言論や信教の自由を行使した人を罰する目的で、魔術の罪が用いられることがあるという。

サウジアラビアは厳格なイスラム教国で、魔術や魔法を使ったり、アラーを冒涜(ぼうとく)したとみなされれば死刑を言い渡されることがある。

英国を拠点とするサウジの新聞アルハヤトは同国の宗教警察関係者の話として、この女性の自宅を捜索したところ、魔術に関する書籍や魔法に使ったとみられる液体の入った瓶などが見つかったと伝えた。この関係者は、女性が呪文を唱えたりこの液体を売ったりして現金を受け取っていたと語ったとされる。

アムネスティによれば、サウジでは9月にも魔術を行った罪に問われたスーダン人に対して斬首刑が執行された。同国で2011年に死刑を執行された人は女性5人を含む少なくとも79人に上り、前年の27人から3倍近くに増えているという。

いやあ、サウジは宗教的に厳格だとは聞いていましたが、21世紀になってもこの調子ですかそうですか…
今日は不幸にして社会文化と折り合いをつけることが出来なかったこの女性に哀悼の意を表して、世界各地から宗教的な出来事に関する話題を紹介してみようかと思いますが、まずは比較的宗教に寛容だというこちら日本の話題から取り上げてみましょう。

「妻帯は戒律違反」僧侶訴え却下 福井地裁「審理は許されない」/福井(2011年9月22日福井新聞)

 曹洞宗の僧侶が妻帯しているのは仏教の戒律や道元の教えを犯しているとして、栃木県の男性僧侶が大本山永平寺(永平寺町)に、僧侶が妻帯しないよう厳しい指導を求めた訴訟の判決言い渡しが22日、福井地裁であった。平野剛史裁判官は「憲法上、裁判所がこの種の裁判を審理することは許されていない」として訴えを却下した。

 判決理由で平野裁判官は「裁判所という国家機関が、宗教団体に特定の教育手法を採るよう命じることは、憲法が保障する信教の自由を侵害する」と指摘。「曹洞宗本来の教えに立ち返った教育の在り方に改めるよう求めた原告の請求に対する判断は、大本山永平寺の自由な意思決定に委ねるべきだ」と述べた。

 男性僧侶は判決について「仕方ない」としながらも控訴する方針。「仏教の教えは真綿で頬をなでるような優しさがあるが、今の日本の僧侶の多くは結婚してほとんど勉強せず、難しい言葉だけを並び立てて人をけむに巻いている」と話している。

ま、さすがにこういうことは自分たちで解決してくれと言うものですけれども、しかし今の時代お寺さんも例によって後継者難だということで、各地で嫁や婿を紹介しますなんて婚活事業が行われているとも言いますから、結局のところ何がより多くの衆生救済に結びつくのかという広い視野も必要になるのかなという気がします。
現代物質文明の最先端を象徴しているアメリカなどは何やら不信心な国のような印象もありますけれども、一方で日本とは違ってやはり厳格なキリスト教文化圏だったのだなと再認識させられる話題もあるようです。

結婚式で熱烈な“人生初キス”、貞操守ったカップルの誓いのキスが話題に。/米(2011年12月3日ナリナリドットコム)

北米のケーブルテレビ局が12月4日、宗教上の理由から結婚まで貞操を守り通す女性たちを追ったドキュメンタリー番組を放送する。それに先立ち、ネットなどで番組の予告動画が公開されているのだが、そこに登場するあるカップルのキスシーンが大きな話題を呼んでいるようだ。

これは米国とカナダで放送しているケーブルテレビ局TLCが、12月4日夜9時に放送する「Virgin Diaries」という番組の予告CM動画(http://www.youtube.com/watch?v=uCv3c_DWhq0)。カナダ紙バンクーバー・サンによると、番組は宗教上の理由で貞操を守りながら、初めての相手となる理想の男性を追い求める、カナダで暮らす20~30代の女性たちの日々を追った内容となっている。女性たちはブリティッシュコロンビア州の教会で知り合い、「精神的な純粋さ」を求めて活動を共にするメンバーの一部で、男性との交わりは結婚まで守り通さなくてはならないと考えているそうだ。

そんな女性たちの姿勢を「褒め称えたい」(米ニュースサイト・ハフィントンポストより)として、TLCが制作したこの番組。“性の低年齢化”が叫ばれる世間に流されない彼女らの日常も興味深いものがあるが、本放送を前にした30秒の予告動画で、番組は早くも大きな注目を集めている。その主役となったのが、予告の後半で結婚式の一部が紹介された31歳の新郎ライアンさんと27歳の新婦シャナさんだ。

このカップル、実は式を挙げるまで関係はおろか「ファーストキスも守り通した」という、間違いなく純潔な2人。それだけに式で行われた誓いのキスは、世間の多くの新婚カップルに比べてもその重みが全く違ったはずだ。そうした気持ちが押し寄せたこともあるのか、とにかく情熱的で熱烈。2人は唇を近付けると、まるでお互いの感触を確かめるようにもぐもぐと口を動かし、何ともぎこちない動作を見せる。

不慣れなのは、2人が純潔を守り通した証拠。決してスマートとは言えないものの、2人の気持ちは伝わってくるキスに、その後画面に現れる「恐らく新婦の父」(英紙デイリー・メールより)という男性が、頭に手を当てて笑っているのも微笑ましい。

この2人のキスが今の時代に新鮮に映ったのか、11月27日に一般投稿者がYouTubeに動画を公開すると、12月3日現在で197万回超の再生回数を記録。追って11月29日にTLCが30秒の完全版「Virgin Couple Shares First Kiss | Virgin Diaries」(http://www.youtube.com/watch?v=Xp-jZyzQSms)をYouTubeに公開し、こちらも127万回超の再生回数となっている。理想の相手と結ばれるまで信念を貫いたこの2人、きっとこれからも清く正しい、幸せな家庭を築いていくに違いない。

まあ貞節を守り通したから結婚生活が幸せになるかと言われるとそれもまた微妙なところですし、貞節に希少価値があるからこそ大きな話題になるのだといううがった見方もありそうですが、しかしお父さんそこ笑うところと違いますから(苦笑)。
このように社会的規範の一つとして宗教的価値観が時に大きな意味を持つことは理解出来るのですが、この面で執着の薄くなっている現代日本人からすると「そこまでいっちゃうのはさすがにどうよ?」と思われなくもないのが同じくアメリカ発のこちらのニュースでしょうか。

北米、無神論者の信頼度は最底辺 大学調査で明らかに/米(2011年12月6日Christian Today)

カナダのブリティッシュ・コロンビア大学から発表された最近の研究で、信仰を持つ人々が無神論者を嫌う第一の理由が「信頼できないから」というものであることがわかった。また、研究は、状況によって無神論者は強姦犯罪者よりも信頼されていないと指摘している。

「宗教を持つ人が多数派を占める場所においては、それは世界のほとんどの場所においてであるが、無神論者はもっとも信頼されていない人々の中に位置する」と、今回の研究の主執筆者で、同大博士課程のウィル・ガーバイス氏は述べる。「世界には5億人以上の無神論者がいるが、この先入観は多くの人々に影響を与える可能性を持っている」と言う。

オンラインの科学雑誌「パーソナリティ・社会心理学ジャーナル」で発表された今回の研究は、6つの調査から成っており、米国人成人350人とカナダ人大学生420人を対象に行われた。調査は、仮定の質問に対して答えるという形式で行われた。

その内の1つの調査において、無神論者は、イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒、フェミニスト、同性愛男性よりも、信頼できない人であった。また、無神論者の信頼できない人としての度合いは、強姦犯罪者とほぼ同等であった。

ガーバイス氏は、無神論者を好まない人たちは、「無神論者らを、首尾一貫していない、明確でない、力のない社会グループ」と見なしていると指摘する。一方、今回無神論者へ対する不信頼が研究で明らかになったのは、「神が自身の行動を見ていると感じていれば、人はよりよい行動を取る」という共通的な感覚によるものだとしている。

「無神論者たちは、自分たちが信仰を持たないことを形而上学上の問題における個人的な事柄だとみなすであろうが、信仰を持つ人々は、無神論者らの信仰の不足を、協力と公正に対する社会的な脅威としてみなすのであろう」と言う。

研究の協力者の一人であるアラ・ノレンザヤン同大準教授は、今回の調査を実施しようと動機付けた最も大きな要因は、大統領としての資質を有していても、無神論者である場合、その大統領候補に投票すると答えた人はわずか45パーセントに過ぎないというギャラップ調査の報告だと言う。

アメリカ世俗連合(Secular Coalition for America)は最近、米議会議員の中に28人の無神論者がいると発表したが、それを公にしているのは、カリフォルニア州選出のピート・スターク議員だけだという。

取り上げているメディアがメディアだけにもちろん否定的な見解が出てくることは想像に難くないのですが、こうまで敵視するというのもこれまた病的と言うものではないのかなと考えてしまう日本人も多そうですよね。
インドと言えばご存知のようにヒンズー教では牛は聖なる生き物として大切に扱われていますが、一歩扱いを間違えるとこういう報いがあるというのがこちらのニュースから判ります。

牛殺せば刑期7年に インド西部グジャラート州/インド(2011年9月28日産経ニュース)

 PTI通信によると、インド西部グジャラート州議会は27日、牛の解体や、解体目的で牛を運搬した者に対する罪について、罰則を現在の禁錮半年から同7年に延長する動物保護条例の改正案を全会一致で可決した。罰金も千ルピー(1600円)から5万ルピーに引き上げるほか、牛の運搬に使用された車両も没収する。改正案は州知事の同意を得て、正式な条例となる見通し。

 インドではほとんどの州で、神聖な動物とされる牛の解体が禁止され、ヒンズー教の影響力が特に強いグジャラート州の改正条例は最も厳格な内容とされる。(ニューデリー 田北真樹子)

まあそういうルールになっているのであればこれも仕方がないというものなんでしょうが、しかし世界中数多くの国々で今も愛されているあの名曲もインドでは違法楽曲になってしまうということなんでしょうかね…
宗教とお祭り騒ぎということはどこの世界でも切っても切れない関係にありますが、それも度を過ごせばいささか迷惑だろうと思われるのがこちらのニュースです。

月食う悪神払え 月食で空中に発砲、タイ各地でけが人/タイ(2011年12月12日ニュースクリップ)

【タイ】月食となった10日夜、月を食べるとされる悪神ラーフーを追い払うためと、タイ各地で住民が空中に発砲し、落下してきた銃弾で数人がけがをした。

 タイ字紙マティチョンによると、東部パタヤ市ではピックアップトラックの荷台から月食を眺めていたホテル従業員の男性(41)の足に銃弾が当たった。中部ナコンナーヨク県では落下してきた銃弾が民家の屋根を突き破り、住人の女性(20)の胸をかすった。

自分の撃った弾に当たるのであれば自業自得というものですが、こんなもので当たり所が悪くて死んだ日には悪神を追い払うどころではないというものですよね。
最後に控えますのは今も厳格な戒律を守るムスリムの聖職者からの御提案なのですが、何かしらどこかの島国的空気を感じるのは自分だけでしょうかね…

「バナナときゅうりは女性を興奮させる恐れがあるので近づくべきではない」イスラム聖職者/欧(2011年12月10日らばQ)

戒律の厳しい宗教という印象のイスラム教ですが、あるヨーロッパのイスラム聖職者が投げかけた疑問が物議を醸しています。

その内容は、女性はきゅうりやバナナに近づくべきではない、というものです。

理由はキュウリやバナナは男性の生殖器に似ていることから、女性をいたずらに興奮させてしまう可能性があるというものです。

もし女性がそれらの食品を食べたいときは、父親あるいは夫が代わりに細かく切って差し出すべきだとしています。

禁止項目に挙げている野菜や果物の中には、ニンジンやズッキーニなども含まれ、女性が市場に買い物にいき、それらの野菜を持っているだけで良くないという考え方を示しています。

当然ながらこの意見はムスリム(イスラム教徒)の間でも非難の的となり、聖職者をあざけるようなコメントも多く出ているようです。

もし性的なものとみなすなら、男性が触ってもゲイを生むことにならないのか、といった批判も出ていました。

むしろ下手にそういった連想をさせることの方が、変な影響を与えかねないのではという気はします。

ちなみに元記事のコメントでは「メアリー・ホワイトハウスを思い出せ」と言っている人がいますが、この人は70年代のブリにおいて公衆道徳を守るなどという名目の元に言葉狩りまがいのことをして回った方で…ってやはりブリか?!今回もブリ絡みなのか?!先生怒らないから名乗り出なさい!
まあ…宗教的な戒律というものはそれなりに尊重されるべきものだとは思いますが、仮にこれが男もたまには買い物や料理くらいするべきだという主張のブリ一流の諧謔に満ちた表現であるとすれば、いささか遠回し過ぎたという可能性はありますでしょうか。

今日のぐり:「ふー太 野田店」

こちらラーメン中心のチェーン店ですが、かつては「王将」などと並んでリーズナブルなラーメン店として相応の客がついていた「風来坊」チェーンがやや高級志向に振ってリニューアルしたものと思っていましたら、最近ではひと頃消えていた「風来坊」が餃子を前面に押し出して再び展開してきているようで、それではこの「ふー太」との関係はどうなるんだといささか不審に思わないでもない状況です。
見た目は今風のラーメンチェーン店のフォーマット通り、メニューもまさしくありきたりなラーメン屋のものですが、東京などと違ってサイドメニューもそこそこ充実しているのは地域性を考えると仕方がないというところなんでしょうかね?
当然ながら田舎のラーメン屋チェーンっぽくセット系メニューも色々と取りそろえている中で、今回はごくベーシックな醤油とんこつネギ盛りら~めんをオーダーしてみました。

さて、見た目はシンプルにネギだくといった感じのラーメンなんですが、まず第一に気になったのがメタボメタボと気にする方々には向かなそうな脂ぎとぎとのスープで、相応にとんこつ臭いという点も風味の強いネギと一緒にすすってみますとまあ何とか…というところでしょうか。
麺の方も今どきのラーメン屋でそれはちょっと…というくらいに茹で過ぎなのがどうなのかですし、トッピングの具合なども含めて全体的には妙に洗練されてないと言うのでしょうか、一昔から二昔くらい前のうまいラーメン風と言う感じでしょうかね?
今の時代にこのレベルの味ならメガ盛りにでも走った方がいいんじゃないかとも思うのですが、味に関してはチェーン店だけにこういうコンセプトでやっているのだと納得はしてみても、それなら値段も昔風にすればいいのにこちらは今風の値付けになっているのですから、車で行けてそこそこ待たずに食べられるという以上の積極的な魅力はあまり感じられませんでした。

しかし「王将」と同様に旧「風来坊」でも複数で押しかけてシェアしながら色々と飲み食いするというシーンが結構あったはずですが、こちらのようなメニュー構成ですとあくまでも一人一品ということになってしまいますし、「風来坊」よりメニュー単価自体はかなり高めの値付けであるにも関わらず、客単価で見て見るともしかするとかえって低くなっているのでは?と思わないでもありません。
フロアの接遇の方もそうなんですが、それ以上に厨房に活気がないのがとにかく気になるところで、それは見ている限り大繁盛という感じでもないだけに士気も上がらないのかも知れませんが、以前にチェーン展開し始めた頃に訪れた他店ではもう少し普通に食べられる仕上がりだったようにも記憶していたのですけれどもね。
あるいは今後再び「ふー太」から「風来坊」に再リニューアルするなんてこともあるのかどうか、この業界も年々競争が激しくなってきているだけによほどのストロングポイントがなければ長期安定的な好成績というのは難しいのかも知れず、チェーン全体としても悩ましいところなのかも知れません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月17日 (土)

自由であるということは、全て自主的な判断の結果ということですが

先日こんな記事が出ていましたが、平素から日本の報道というものを見ていて「そんなに自由でもそのレベル?」と感じてしまうのは自分だけでしょうか。

「日本ほど報道の自由な国はない」ニッポン放送社長が断言!勝谷誠彦など出演の新番組「ザ・ボイス そこまで言うか!」制作発表会見(2011年12月6日シネマトゥディ)

 [シネマトゥデイ映画ニュース] 12月6日、千代田区有楽町にあるニッポン放送本社にて来年1月よりスタートの新ワイド番組『ザ・ボイス そこまで言うか!』の制作発表記者会見が行われ、ニッポン放送代表取締役社長の村山創太郎が、同番組出演のコメンテーター、勝谷誠彦と角谷浩一、アンカーマンの飯田浩司らと共に出席。最近問われることの多い報道の自由などの問題について、「日本の言論の自由が不自由だとは感じない。逆に日本ほど自由なところはないんじゃないかと思っている。番組でも真実を放送していく」と新情報番組への意気込みを語った。

 新番組「ザ・ボイス そこまで言うか!」はニッポン放送の新しい情報番組で、リアルタイムのニュース、真実の情報を求めるリスナーのニーズに応えて立ち上げられた。月曜から木曜まで、前述の勝谷、角谷に加え、元宮崎県知事の東国原英夫など、一癖も二癖もある辛口コメンテーターを日替わりで登場させ、番組名の通り、「そこまで言うか!」というくらいの真実を報道する番組として、生で放送する

 村山社長は、東日本大震災以降の変化について「3月の大震災後、ラジオはリスナーの心の支えのメディアとして、リアルタイムに真実を伝えるメディアとして再評価されている。出荷台数は3月以後、大幅に前年の販売台数を上回っている。リスナーの皆さんは世界の中で日本がどうなっていくか心配しているんだと思います。真実の情報を求めているんです」と力強く語ると、コメンテーターの勝谷も隣で「テレビとラジオの世論調査の結果は違う。ラジオは仕事をしながら耳を傾けるもの」と視聴者とリスナーの価値観が違うことを強調。「ツイッターの普及で、ラジオの内容をネットから波及させることもできる」とネットとの連携でラジオならではの情報発信が今の時代では可能であることも付け加えた。

 会見で「日本ほど報道の自由な国はない」と語った村山社長。「隠された部分もあるかもしれないがそれをどう掘り起こすかもメディアの役割」と言うと、ここでも勝谷が横から発言。「でも言っちゃいけないことを言ったら確実に降ろされるよ。おれ、散々降ろされているもん。北野誠さんの例もある。降ろされればいいんですよ。降ろされることにおびえるからみんな黙ってしまう。降ろされたら反撃すればいい。おれなんて自分でもメディアを持っている。何も恐れることはないね」と強気のコメントをしていた(取材・文 名鹿祥史)

ま、曲がりなりにも放送局トップの口からこれ以上ないほど自由であると言う言葉が飛び出すくらいですから当事者の方では特に不自由を感じていないのかも知れませんが、牧場で放し飼いになっている牛なども彼ら視点では自由を謳歌しているということなのかも知れず、このあたりは主観と客観との整合性はどうなのだろうと思わないでもないですよね。
先日もお伝えしましたように、わざわざシンポジウムにおいても東電関連の話は掲載しないように依頼するほど気を使っている勝谷氏ですら「散々降ろされて」しまうというのですから、ここでいう自由ということの陰に平素どれほどの「自主規制」が働いているのかと想像してみるのも一興でしょう。
そうした彼ら自由な報道社会の「自主規制」の一端を示すのがこちらの記事ですが、こういうものを称して自由であるというのであれば国民の思うところの自由と彼ら報道業界における自由とではかなりの乖離があるということなのでしょうか。

原発批判を削除要請、発行直前に出版中止 西日本新聞社(2011年12月16日朝日新聞)

 九州でブロック紙を発行する西日本新聞社(福岡市)が、環境活動家に執筆を頼んだ地域づくりに関する本を、九州電力玄海原発でのプルサーマル発電を批判した記述について削るよう求めたうえ、著者が応じたにもかかわらず、昨年12月に出版中止にしていたことがわかった。担当編集者は著者に中止の理由を「上層部の意向」と伝えていた。

編集の最終段階だった本の出版が中止になるのは異例。西日本新聞社は朝日新聞の取材に応じていない。

 この本の著者は環境活動家の田中優氏(54)。田中氏や関係者の話を総合すると、田中氏は2009年7月、地産地消や環境問題などについて福岡市で講演した際、西日本新聞社の事業局出版部の編集者から「話を本にしたい」と出版を持ちかけられたという。

 昨年2月に本格的に編集作業に入り、10月末の発売が決まった。印税の割合も合意し、各地の書店からの予約注文も始まった。

 ところが、10月上旬に編集者が「社長決裁を受ける」と連絡した後から、話が進まなくなった。西日本新聞社は発売を11月末に延ばした上、原稿を印刷にまわす直前になって、玄海原発に言及した「再処理工場は必要なのか?」と題した部分など計12ページ分の全文削除を求めてきた。削除に応じるか他社から出版するかを選ぶよう迫った

 20冊以上の著作のある田中氏は「全文削除を求められたのは初めて」と驚いたが、「書く機会はほかにもある」と、いったんは削除を受け入れたという。

 しかし、12月に入っても最終決裁は下りなかった。昨年12月16日、編集者はメールで「新聞社としては少し荷が重すぎる」というのが「会社の結論」だとして、出版の中止を伝えた。田中氏に謝罪し、別の出版社からの発行を持ちかけたという。

 西日本新聞社にとって九電は、2番目の大株主で22万2千株(3.08%)を持つ。西日本新聞社も九電株を3800株持つ(3月末現在)。川崎隆生社長は九電子会社の西日本空輸の取締役も兼ねる

 使用済み核燃料を再利用するプルサーマル発電をめぐっては、安全性への批判が根強くある。田中氏は今年6月、削除した部分を元に戻し、子どもの未来社(東京)から「地宝論」として発行し、あとがきに出版中止の経緯を記した。

 朝日新聞は、西日本新聞社に文書で、川崎社長には面会して、それぞれ取材を申し入れた。だが、ともに「お答えしません」としている。(古城博隆)

もちろん近頃ではどこも経営が苦しいどころではないというマスコミ各社にとってスポンサーが何より大事であることは理解出来ますが、少なくともこういうことを平然とやっている方々が報道の自由を云々するというのもどうなのかなと誰でも思いますよね。
恐らく今回はたまたま明るみに出たというだけのことで、似たような話は程度の差こそあれどこにでもあるのだと思いますが、例えば新聞の投書欄一つをとってみても庶民の声というのは表向きで実際は新聞社によって日常的に書き換えが行われているそうで、これも彼らの言うところの国民世論を正しく導くという素晴らしく高尚な使命感の発露ということなのでしょうか(苦笑)。
本来であればこうした言論への弾圧を糾弾することこそジャーナリズムに課せられた最大の使命であるはずなのですが、日本の場合は似非ジャーナリズムという次元にとどまらず、報道各社が自ら言論弾圧を行っているようなものなのですからたちが悪いですよね。

日本の大手マスメディアは記者クラブ制度によってお上から情報を全て提供してもらわなければ日々のニュースすら報道できないそうで、それが彼らをして権力の監視者という立場から程遠いものにしているという指摘は以前から散々なされてきたものですが、どうもこうしたいびつな権力との関係はマスコミのみに限ったことではないようです。
おもしろいのはそうした関係を強いている主体が必ずしも内閣や政権与党といった世界標準で見るところの国家権力の中枢とは異なっているらしいということで、このあたりを見ても日本という国がなかなかおもしろい権力構造を持っていることが理解出来そうなんですが、本来は政治家がホテルのバーに入った、料亭で飯を食ったということばかりでなくこのあたりこそマスコミも追求するべきではないのでしょうか?

“影の首相”おぞましい増税“裏工作”…広告会社にも強烈圧力(2011年12月13日zakzakニュース)

 ★鈴木哲夫の核心リポート

 野田佳彦首相の「大増税路線」に暗雲が立ち込めている。問責可決された一川保夫防衛相や山岡賢次国家公安委員長を続投させたことで、内閣不支持率が支持率を逆転、与野党協力が進みそうにないのだ。「増税反対」の世論が高まるなか、焦燥感を強める財務省は必死の裏工作を展開。一方、財務省の言いなりに動く野田首相は、党をまとめる仙谷由人政調会長代行と絶縁、「仙谷外し」に動き始めているとの見方も。増税政権の深部に政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏が迫る。

 11月半ば過ぎ、複数の大手広告代理店に、財務省の勝栄二郎事務次官からFAXが届いた。代理店社員がいう。

 「税と社会保障の一体改革が大詰めを迎えている。PRしたくよろしく、という趣旨でした」

 一見、何の変哲もない文章だが、強烈なプレッシャーだという。

 「広告代理店にとって、政府広報は大きな収入源であり、政府は最重要クライアントの1つ。その元締めである財務省トップからのFAXは『何をしている。消費税増税キャンペーンで知恵を絞れ』という暗黙の圧力です」(代理店幹部)

 財務省が、消費税増税のために打つ布石は徹底している。財務省や内閣府の官僚らが2人1組で、新聞やテレビに登場する有識者らにレクチャー行脚している。

 あるシンクタンク研究員は「2人で『なぜ増税が必要か』を丁寧に説明していった。『私なんか露出は少ないですよ』と言うと、『いやいや、発信力がおありですから』と持ち上げる。あそこまで低姿勢でやられると、その気になる」と話す。

 いまや「影の総理」の異名もとる勝次官の指揮のもと、官による裏工作が展開されているが、政治は何をしているのか。

 野田首相はいま、増税路線を主導する勝次官と藤井裕久党税調会長に「完全に傾倒し、言いなり」(官邸スタッフ)だという。ただ、こうした依存姿勢が、野田首相と仙谷氏との間に、深い溝をつくっている。

 「仙谷氏は、官邸が連絡をしてこないことに業を煮やしている。党内には小沢一郎元代表ら『増税反対』派は多い。12月政局もあり得るほど緊迫している。党の政策をまとめる立場だけに、官邸の鈍さが腹立たしい」(仙谷氏に近い議員)

 仙谷氏は以前から「税と社会保障の一体改革」に並々ならぬ意欲を持っていた。政調会長代行ポストも「前原(誠司政調会長)にはできない。俺がやる」と直訴したほどだが、野田首相は増税のみに主眼を置き、仙谷氏とコミュニケーションを図ろうとはしない

 「仙谷氏は『野田首相の考えが分からん』とこぼしている。現状では、党内の意見集約は混乱する」(同議員)

 一方で、野田首相が「仙谷外し」を仕掛けているとの見方もある。

 野田グループの議員は「8月の党代表選前、仙谷氏は『前原氏は1回休み。次は野田首相だ』と出馬を促しながら、土壇場で前原氏の出馬を止めなかった。野田首相を先行させて潰すつもりだった。仙谷氏は信用できない」と語る。

 こうした周辺議員の注進に野田首相は笑っているが、「仙谷氏への警戒心はあるはず」(前出の官邸スタッフ)という。

 消費税論議は大いにやればいい。少子高齢化とこれに反比例する社会保障費増は深刻で、安定財源の確保は必要だ。国民も理解しているが、いまや「増税反対」が過半数となった。なぜか?

 民主党中堅議員は「議員削減に手を付けず、公務員宿舎削減も中途半端。国民の『先にやることがある!』という怒りだ」といい、続ける。

 「財務省幹部が先日、酒も入った懇親会で『消費税をやるには内閣の2つや3つ吹き飛んでもしようがない』と語っていた。乱暴なことをいうなと思ったが、内閣への悪影響を無視した強引な裏工作も行われている

 報道各社の世論調査で、野田内閣の支持率は30%以下の「危険水域」に接近、不支持率が50%を超えた調査もあった。財務省シナリオに乗って国民不在の政治を続ければ、内閣どころか、民主党政権も自壊する。

 ■すずき・てつお 1958年、福岡県生まれ。早大卒。テレビ西日本報道部、フジテレビ政治部、東京MXテレビ編集長などを経て、現在、日本BS放送報道局長。著書に「政党が操る選挙報道」(集英社新書)、「汚れ役」(講談社)など多数。

ま、仕事が出来ない政治家よりも出来る官僚に任せた方がよいのでは?という考え方もあるのでしょうが、このところ高齢者医療費優遇の是正や生保改革など積年の課題がことごとく先送りになっているのも気になるところで、一説によれば下手に政策が当たって景気浮揚などしようものなら増税できなくなるという財務官僚の思惑が政権の背後にあるとも言いますね。
そもそも民主党政権と言えば政治主導などと言うキャッチフレーズのもと、官僚から政治家へと権力を取り戻すということを主張して始まったように記憶していたのですが、どうも近頃では政治主導どころか官僚抜きでは何も出来ないという状況にあるとか、いや官僚が目立つのは単に表看板になるべき人が泥にもぐってしまうからだとか、様々に言われているようです。
一方で相次いで首相が交代していくうちに何か当初のマニフェストとは全く異なる方向へと政策が進んできているとは政権内外から指摘されているところですが、その変質が政治主導から官僚主導へと切り替わってきたことに由来しているのだとすれば、声の大きい小沢氏や仙谷氏ならずとも話が違うと言いたい人は少なからずいることでしょう。
もともと民主党という政党は両極端というくらいに政治的志向の異なる人々が集まって出来ている政党だとも言いますが、先の小沢氏関連の騒動が何とか一段落したと思ったところで今度はこういうところで政権の方向性が変わっていくとなれば党内でもますます不満が高まっていきそうですし、その結果政治の行方が迷走するだけでは困るのですけれどもね…

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2011年12月16日 (金)

医者が世間知らずだったからこそ

あの毎日新聞が?!とちょっとした話題になっているのがこちらの記事ですが、これは敢えてツッコミを期待してボケて見せたということなのでしょうか?

患者塾:医療の疑問にやさしく答える 医療と報道/上 福岡(2011年12月13日毎日新聞)

 第148回患者塾が3日、福岡県水巻町の遠賀中間医師会館で開かれた。今回のテーマは「医療と報道 正しい情報の選択のコツ」。RKB毎日放送と毎日新聞社の報道責任者が出席し、健康や医療の情報の伝え方について医師と共に考えた

 ◆「あるある」捏造
 ◇報道機関にモラル必要

 小野村さん フジテレビ系で放送された「発掘!あるある大事典2」(関西テレビ制作)で07年、納豆のダイエット効果について捏造(ねつぞう)が発覚しました。食べ物については、多くの人が何かいい物がないかと思っていて、テレビで放送されたりすると飛びつく傾向があります。「フードファディズム」と言いますが、「あるある」の問題をどう考えていますか。

 永守さん 捏造の誘惑は報道現場にはあると思います。極端な話、捏造しようと思えばできるからこそ、報道機関はモラルを持たなくてはならず、教育も必要です。「あるある」のように、データを捏造したり、談話を作ることはあってはならず、にわかに信じられないような話でした。でも逆に言えば、私たちの現場でもありうるかもしれない。非常に怖い落とし穴です。

 神戸さん 分かりやすい報道のためにCG(コンピューターグラフィックス)などを使うこともありますが、基になるのは取材したデータや話です。報道では、なかったデータをあることにすることは100%ありません。捏造する方が勇気が必要と思います。

 野沢局次長 新聞記者の取材は相手と1対1のことが多く、捏造が生まれやすいと言えるのかもしれません。それでもマスコミの世界では捏造は「想定外」。原稿を見るデスクや校閲の段階でチェック機能が働いていると思っています。

 ◆情報の伝え方
 ◇分かりやすさに落とし穴

 原田さん 「今日感テレビ」を担当しています。伝えたいことを分かりやすく伝えられるか、いかに楽しんでもらうかに腐心して番組を作っています。健康や医療の情報は、行き過ぎたとらえられ方をされると危険なものになります。極端なダイエットを続けて健康を害したりすることなどがないように、番組のホームドクターである小野村さんと密に相談し、チェックしながら放送しています。

 小野村さん ある物を食べたらすごく元気になるということもないし、逆に効果が全くないということもありません。ショウガは冷たい時はジンジャオールという成分を含み、熱を通すとショウガオールという成分に変化し、体が温かくなる効果が出てきます。だから単に「冷えにショウガがいい」というのは間違いです。報道でも本当のところはこうなんだという説明を詳しくしないと間違いにつながります。

 永守さん 情報を分かりやすくしようとするあまり、「これを食べると認知症が治る」なんていう表現につながる怖さが常にあります。分かりやすくすると落とし穴にはまりやすい一方、分かりやすくしないと視聴者に見てもらえないというジレンマも報道機関は抱えています。だから受け手側も情報を見極め、選択していくことが必要と思います。

==============

◇出席された方々

永守良孝さん=RKB毎日放送社長

神戸金史さん=RKB毎日放送報道部長

原田俊哉さん=RKB毎日放送社会情報部長

西野憲史さん=西野病院院長(北九州市)

伊藤重彦さん=北九州市立八幡病院副院長(外科)

津田文史朗さん=つだ小児科アレルギー科医院院長(福岡県水巻町)

槙原正人さん=まきはら歯科医院院長(北九州市)

野沢俊司・毎日新聞西部本社編集局次長
 ◇司会

小野村健太郎さん=おのむら医院院長(福岡県芦屋町、内科)

毎日関係者からは思わず「え?!どこの世界の話?!」と思ってしまうようなコメントが並んでいますけれども、想像するに毎日新聞社あたりの感覚では大淀病院事件などは何ら捏造と言うにあたらない、ごく真っ当な報道であるという感覚なのでしょうね。
とりあえず唯一彼らのコメントで素直に頷けるのが「受け手側も情報を見極め、選択していくことが必要」という部分だけであるというのもすごいですが、これなどはしかし彼らが敵視してやまないネット住民の基礎常識「嘘を嘘と見抜けないと難しい」と全く同じ事ですよね。
今日はせっかくですから嘘を嘘と見抜かれてしまった毎日新聞に敬意を表して、まるで真実であるかのように世間に流布する嘘というものを取り上げてみたいと思いますけれども、とりあえずこちらの文章を見ていただきましょう。

【日本の通信簿】給料が高いから医者…の不安(2011年12月9日zakzak)

 アジアの経済成長の原動力の1つが、教育水準の高さだ。OECD(経済協力開発機構)による15歳の子供たちの読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーという3科目テストでは、韓国やシンガポールがトップクラスで、中国は上海だけでの試験的参加だが、全科目で最上位だ。

 日本の初等中等教育は、評価が高く、学力も世界最上位だった。いまでも、欧米諸国よりは少し上だが、一部アジア諸国の後塵(こうじん)を拝している。英語力も世界最低水準に近く、海外留学する若者も減っているなど、国運の衰退が学力面でも顕著だ。

 もう1つの問題は、理科系人材の医学部への偏在である。江戸時代の教育水準を褒める人がいるが、まったくウソで武士は九九もできなかった。明治になって、理科系、特に工学部に格別に力を入れて、それが日本の経済的成功の原動力になった。

 ところが、現在では理科系の優秀な人材は医学部に集中している。それもそのはず、勤務医でも他の学部卒の倍近い給与を取り、社会的地位も高く、女性にもモテる。しかも、官僚、弁護士、銀行員、マスコミなど人気職種は、大学を卒業する22歳以上でしか確定しないが、医学部に18歳で合格すれば、よほどのことがない限り、医者になれる

 それなら、医者に向いた人材がなっているのかといえば、そうではない。おいしそうというので、医者の仕事が好きでもないとか、体力がなくて向かない若者が医学部に集中しているのだ。

勤務医の給与は、医学部の偏差値が他学部並みになるまで下げるべきだ。さし当たっての医師不足は、看護師や薬剤師、歯科医など周辺職種の業務拡大や一定期間の研修後の限定された医療行為ができる新職種の創設、外国人医師の導入で解決すべき。

勤務医は国や自治体の機関でまとめて採用して、人事命令で専門分野を決め、僻地(へきち)でもどこへでも転勤させるシステムにすれば医師の偏在はたちまち解消する。どんな職業でも、ポストごとに募集したら僻地勤務者など確保不可能になる。

 そして、将来的には、医学、薬学、看護、介護などを包括する健康学部のようなものを設けて、大学院レベルで、メディカル・スクールに進むようにすれば、医者の特権意識も不向きな医者もいなくなるだろう。=つづく

 ■八幡和郎(やわた・かずお) 1951年、滋賀県生まれ。東大法学部卒業後、通産省入省。フランス国立行政学院(ENA)留学。大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任し、退官。作家、評論家として新聞やテレビで活躍。徳島文理大学教授。著書に「本当はスゴい国? ダメな国? 日本の通信簿」(ソフトバンク新書)など。

理系の優秀な人材が医学部に集中しているというのは時折聞かれる話なんですが、仮に事実そうであったとしても国と社会が理系職全般を粗末に扱ってきたことの結果であって、近頃各企業で開発者による見返りを求めての訴訟が頻発しているとか、技術者が近隣諸外国に高給で引き抜かれていくと言った問題と同根で自業自得というしかありませんよね。
この現状から成績がよい人間ばかりが医学部に行くのが不安だ、医学部はもっとレベルを下げた上で大学院レベルで入学させるようにすれば医者向きの人材がそろうはずだなどと言う発想が日本を駄目にした役人上がりらしい愚かな考えだと思いますが、これに対してはただ一言「現実を見ろ」と言うしかありませんよね。
そもそも以前からこうしたことを言う人間が何故か一定の比率で存在していて、「受験テクニックばかりの学歴エリートは医者に向かない」「偏差値偏重よりも志に燃える人々を優遇すべきだ」などという声が真面目に取り上げられた結果各大学とも学士・社会人入学や地域枠などをどんどん拡大してきましたが、その結果どうだったというのでしょう?
今や深刻な問題となっている地域枠学生の学力低下問題などは今更言うまでもありませんが、世間知らずのまま受験勉強に精出して18で入って来た学生と、社会人を経験してから入学してきた学生と、どちらが使い物になる医者になっているかと問えば答えは明白ですよね。

この典型的な一例としてお茶の水あゆみクリニックの宮沢あゆみ先生を取り上げてみたいと思いますが、TBS記者としてご活躍の後で改めて東海大医学部に学士入学され、卒後わずか五年で認定医等も一切取得せず都内に開業したという方ですが、「病院のなかで唯一まともなのは「世間を知ってる」MRだけ」と主張される先生のご経歴を拝見すればなるほど、こんな人であればそうなるんだろうなと納得するしかありませんよね。
年600万に上る学費をアルバイトで稼ぎながらの学生生活(計算上は2000円×10時間×25日働くと月収50万、ですが…)では病院長や教授と対立?もするでしょうし、学生時代の病棟見学を留学と自称したり気管内挿管も出来ず患者を心肺停止に追い込むようなスキルで指導医と闘う?ことに精出しているようでは、確かにどこの病院にも行き場がなく孤独に開業せざるを得なかったのかも理解は出来ます。
それでは自分は何一つ悪くない、全て周囲が悪いと執筆業の片手間にビルクリで理想の医療を追求している(苦笑)お医者さんと、受験戦争を生き抜いてつらい研修生活も黙々と耐え抜き、今も黙って日々汗水垂らして診療に従事しているお医者さんのいずれに命を預けたいかと患者さんに問うべきで、医者にとってではなく患者にとっての理想の医療の出発点とはあくまでそこではないでしょうか?
奴隷労働など日本の医療現場の現状に問題点多数を抱えていることは事実ですが、医師らスタッフのQOMLを度外視してあくまで患者さんにとってどうかという視点のみで考えれば、言われたことは文句を言わず黙々とこなす、とにかく根性だけは誰にも負けないという世間知らずなお馬鹿さんタイプが一番役に立つということを多くの現場関係者が理解しているのではないかと思いますね。

もちろんそうした世間知らずの方々ばかりが集まった結果、労基法無視の医療現場が成立し維持されてきたということを考えれば、昨今宮沢先生のような方々の医学部進学が増えているというのは「医療の常識は世間の非常識」を是正するために重要なことであって、むしろ彼らの感覚を一つの基準として医療現場の正常化を図っていくべきだという考え方は当然にあっていいと思います。
ただし過労が名医の腕も鈍らせるということを知っていれば長期的に見れば患者側にとってもメリットのある話だとは言え、現段階で八幡氏らの主張するような方法論で「医者の特権意識」の解消を図ってしまった場合にどういうことになるか、少なくともわざわざ患者の側からそれを求めることに思わず首をひねってしまう現場関係者も多いのではないかと思いますね。
一部では未だにメディカルスクール待望論などもあるようですが、単純に定員過剰により発生するだろう諸問題などを差し置いたとしてもロースクールの現状がどうなっているかということを考えて見れば、高度なスキルとモラルの両立とが求められる現場において急激な粗製濫造は決して良い結果をもたらさないだろうと言う想像は誰にでもつくのではないかと思うのですが…

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2011年12月15日 (木)

モンスターとプロ弱者 その距離は決して遠くない?

モンスター問題はどこでも共通なのだなと感じさせられる記事が、先日はお隣韓国で出ていました。

地下鉄が乗客の抗議受け逆走 /ソウル(2011年12月12日朝鮮日報)

「ドアが開かず、降りられなかった」と抗議、前の駅に引き返す

 11日午後、ソウル市内の地下鉄で、電車から降りられなかったという1人の乗客の抗議を受け、電車が前の駅に引き返すという事態が起こった。

 地下鉄を運営している都市鉄道公社は、非常事態でないにもかかわらず、後続列車の運行を遅らせてまで「逆走」を認めていたことが分かり、論議を呼んでいる。

 ソウル都市鉄道公社(地下鉄5-8号線を運行)によると、この日午後3時45分ごろ、地下鉄7号線下渓駅を発車し、中渓駅に向かっていた7186番列車で、60-70代とみられる男性の乗客が、車内に設置された「非常通話装置」を通じて「下渓駅で降りられなかった」と運転士に抗議した。

 これを受け、同列車は170メートルほど逆走し、下渓駅に引き返した。乗客を乗せて運行中の列車が逆走したケースは今回が初めてで、この区間の列車の運行に3分ほどの遅れが生じた。

 都市鉄道公社の関係者は「ある乗客が『下渓駅で降りたかったのに、ドアが開かなかった』と、暴言や悪口を浴びせながら1分ほど運転士に抗議した。これを受けて運転士が管制センターに報告し、許可を得て下渓駅に引き返した」と当時の状況を説明した。

後に確認したところ実際にはドアは正常に開閉していたと判明したこともあって、もともとが日本人の感覚からすれば相当に声の大きい印象がある韓国においても「乗客1人が駄々をこねたからといって、数百人の乗客の生命を危険にさらし、逆走する地下鉄が世界のどこにあるだろうか」と言う声が上がっているように、とにかく理ではなく声が大きい者が勝つという昨今の風潮を問題視するようにもなっているようです。
モンスター問題とは単に一部個人の我が儘が鬱陶しいというレベルの話ではなく、それが社会にとっての大きな損失になるからこそ問題なのだということがよく判る事例だと思いますが、逆に言えば社会にとってその主張がどのような意味を持つのかと言う視点を見失った瞬間、人は誰であれ容易にモンスターになり得る可能性があると言う考え方も出来るのではないかと思います。
先日も相変わらず迷走していると言う件を少しばかり取り上げた聖地・舞鶴市民病院の話題なども、個々の声だけを取り上げてみればなるほど、地域住民はそういう要求を持っているのだなで済んだ話かも知れませんが、ひとたび視点を京都府全体、あるいは日本全国に転じてみればそれはいささか無理があるのでは?と思わないではいられない状況になっているようです。

舞鶴市長は市民の思いにこたえた地域医療を実現せよ 市民の会がアンケート/京都(2011年12月12日京都民報)

 舞鶴市の住民でつくる「市民病院と地域医療を考える市民の会」は6日、このほど実施した地域医療問題に関する市民アンケートの中間集計を発表しました。アンケートでは、医師・看護師不足など医療体制への不安の声が多数を占め、11月に示された市の医療整備計画(中丹地域医療再生計画)にも批判の声が相次ぎました

 同アンケートは178人から回答があり、地域医療について「不安」が77.5%を占め、「充実を望むもの」は「救急医療」が76.4%でトップでした。
 また、舞鶴市長が示している医療整備計画について「知っている」と「だいたい知っている」が合わせて77%を占め、「市民病院の一般病棟廃止は反対」「誰のための医療再編計画なのか」「医師確保の具体策がなくてやっていけるのか」など、批判の声が多数上がりました。

 同日記者会見した同会事務局代表の瀬尾純爾さんは、「アンケート結果から、多くの市民が地域医療へ不安を感じていることが分かりました。市民の声にこたえ、市長は医師確保や診療科目の維持・復活、医療体制の整備に全力をあげるべき」と語りました。

 また同会は、舞鶴市民病院の療養型への特化や医療機関の「選択と集中」などを示している同市の医療整備計画について見解を発表しました。「地域医療再生の要である医師確保に展望が見えない」「経営中心主義、自治体の責任を放棄している」と批判し、医師確保対策を強化し、アンケートで示された住民の不安にこたえる医療体制の整備を求めています。

ちなみに人口あたり医師数で京都府は全国トップクラスと言われますが、その中でも歴史的経緯もあってか舞鶴市は中小地方都市にも関わらず各指標とも上位を占め、全国的に見てもこと医療資源という点に関しては相当に恵まれた土地柄だと言われています。
実際に公的四病院体制などという非常に贅沢な医療環境を備えてきた同地だけに、今や公務員雇用のための場としての意義しかないとも言われる市民病院を漫然と一般病床として維持することの意味がどれだけあるのか、ましてや医師確保と言えば聞こえはいいですが要するに余所から引き抜いてこいということだけに、持てる者がさらに人材を抱え込むのかと言う批判も覚悟しなければならないでしょう。
病院に限らず巨額の赤字を税金を投入して補填しつつ公務員雇用を維持するだけの施設では今の時代自治体財政が成立しませんが、舞鶴市民が本当に市政全体の情勢を見極めた上でコメントしているのか、それとも単に「そりゃ医者は余るほどいた方がいいよね」程度のつもりで気楽に言っているだけなのかの見極めもなしに、これを政策決定の根拠に据えるというのはどうなんでしょうか。
舞鶴などに比べると今回の震災被災地などは復興のための計画に待ったなしという緊急性が高いのは理解出来ますが、よくよく見ていきますとこちらでも相当に疑問符がつかざるを得ないような話が出てきているようです。

「双葉郡にミニ新幹線を」/福島(2011年12月13日朝日新聞)

●地元町村会・議長会が要望

 県が今月中にまとめる県復興計画は「インパクトに欠ける」などとして、双葉地方町村会(会長・井戸川克隆双葉町長)と同町村議会議長会(会長・松本幸英楢葉町議会議長)が12日、佐藤雄平知事に連名で要望書を渡した。ミニ新幹線の整備などを要求している。

 県は復興計画の素案を市町村や経済団体などに説明中で、年内に決定する方針。しかし、両会は「双葉郡の復興なくして県の復興はない、との言葉とは裏腹に、(素案に書かれた)双葉と他地域の取り組みに大きな差はない」と指摘。交通インフラについては復旧にとどまらず、発展させるべきだとし、JR常磐線をミニ新幹線にするよう求めた。国際的な大型娯楽施設や、放射線の研究機関の誘致も必要とした

はあ、TDL以外全国テーマパーク総負けとも言われるこのご時世に、福島の片田舎に新幹線を引いて国際的な大型娯楽施設ですか…もちろんその巨額にのぼるだろうと誰でも容易に想像出来る運用赤字は他地域の税金に頼るのではなく、地元自治体の負担でやっていただけるのですよね?
双葉郡と言えば県当局の捏造発表を受けた一方的な報道によりバッシングに遭った双葉病院を始めとして様々な風評被害には事欠かないことは理解出来ますが、それでは冷静になってどういう地域なのかということを考え直して見れば「原発が建っているほどの田舎」であるわけですから、今回の被害がなかったとしても到底こうした夢見がちな計画がペイするような土地柄とは思えませんし、復興資金の使い道として正しいとも思えません。
ただでさえ国を挙げてお金が足りない、復興費用をどう捻出するかと頭を痛めているこの時期に、まさかこんな夢想的な要望をまともに取り上げる人間もいないとは思いますけれども、今後「我々は大きな被害を受けたのだからより大きな取り分を要求する権利がある!」という声が高まってくるのであれば、さすがにそれは空気読めという批判も噴出せざるを得ないでしょう。
福島と言えば今回の震災被害を契機に医師流出が一層進んでいると国家権力による医療資源の囲い込みを求めているかのような報道すらありましたけれども、お隣岩手では復興に尽力したいと研修医が増えてきているという一方で聖地とも呼ばれた福島からは一層逃散が進んでいると言う現実が単に放射能汚染だけに起因するものなのかどうか、一度冷静に我が身を振り返ってみることも必要なのかも知れませんね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年12月14日 (水)

再び目前に迫る南極海での対決

いよいよ今年も南極海での捕鯨シーズンがやってきたようですが、それを反映してかにわかに慌ただしいことになってきているようです。

調査捕鯨船に海上保安官が乗船 シー・シェパード対策で(2011年12月5日産経新聞)

 海上保安庁は5日、今年度の南極海での調査捕鯨船に海上保安官を乗船させると発表した。捕鯨船への乗船は今回で3回目だが、事前に公表するのは初めて。水産庁が初めて派遣する監視船にも同乗させる方針で、これまでよりも態勢を強化して警備にあたる。

 海上保安庁によると、反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」の妨害活動が予想されることから、農林水産省などの要請を受け検討。調査捕鯨船団の安全確保の観点から海上保安官の乗船が必要と判断した。巡視船の派遣は効果が限定的として見送った。

 調査捕鯨船への海上保安官の乗船は平成19年度と22年度に実施している。この際は妨害行為に対応したことなどを受けてから乗船を公表していた。同庁幹部は「今回は抑止効果を期待して事前に公表することにした。人数や装備、具体的な任務などは警備上明らかにできない」としている。

 鹿野道彦農水相は10月、例年11月から始まる調査捕鯨について今年度も実施する方針を明らかにしている。水産庁は安全上の問題があるとして、調査の実施状況や期間を明らかにしていない。

シー・シェパード提訴へ 日鯨研、米連邦地裁に 調査捕鯨妨害差し止め(2011年12月9日産経新聞)

 米反捕鯨団体、シー・シェパード(SS)の調査捕鯨妨害を阻止しようと、政府の許可を受け調査を実施している日本鯨類研究所(東京都中央区)が、SSの本部のある米ワシントン州の連邦地裁に対し、妨害の差し止めと船団への接近禁止を求める訴訟を一両日中にも起こすことが8日、分かった。併せて差し止め仮処分の申請も行う。負傷者が続出し、昨季には調査打ち切りに追い込まれたSSの妨害をめぐり、日本側が海外で法的手段に出るのは初めて

 昨夏、地中海でSSの妨害を受けたマルタの水産業者が英国ロンドンで損害賠償請求を起こし、今年6月に勝訴。日鯨研はこの訴訟を綿密に研究し、水産庁と協議を重ねた結果、関係国の司法判断を通じて、SSの活動を法的に拘束することが妨害抑止に効果的と判断した。訴訟先には、SSがNPO(民間非営利団体)の法人格を有し、国内法の順守義務を持つ米国を選び、米国の法律専門家と準備を進めてきた。

 提出する訴状では、活動家の捕鯨船乗り込みや火炎瓶の投擲(とうてき)、船による体当たりなどこれまでの暴力行為を挙げた上で、「SSの業務妨害によって損害を被った」ことが強調されている。

 妨害行為を指揮し、国際指名手配されているSS代表のポール・ワトソン容疑者(61)も被告に加える。同容疑者による不法行為を法廷で明らかにすることで、劣勢だった情報戦の挽回も図りたい考えだ。

 本訴訟は判決まで時間がかかるが、仮処分申請は提訴から数週間以内で連邦地裁の判断が下される可能性がある。妨害停止命令が出れば、SSは従わざるを得ず、命令を無視した場合、罰金の支払いなどさらに重い措置が下される

 SSは米国内での収入が免税される特別なNPO団体として認定されており、敗れれば、この“特権”が剥奪される可能性もある。

 一方、今季の調査を行う捕鯨船団は6日、日本を出港。妨害により調査を中断した昨季の教訓から、海上保安官を乗船させた監視船を派遣し、最大の警備態勢を敷く。SSも3隻の抗議船をオーストラリアに集結させて出港を準備している。攻撃用ゴムボートを新たに購入するなど装備を増強させて、妨害に乗り出そうとしている。

シー・シェパード提訴 「本丸」で奇襲作戦(2011年12月9日産経新聞)

 米反捕鯨団体、シー・シェパード(SS)を法廷に引きずり出そうと、調査を行う日本鯨類研究所が決めた米連邦地裁への提訴は、日本側が長らく温存してきた切り札の一枚であり、SSがオーストラリアで捕鯨妨害の準備に全神経を注いでいる最中に、手薄になった本丸で行う“奇襲作戦”でもある。(佐々木正明)

 今回、NPO法人としての本拠である米ワシントン州でSSを訴えることには、日本政府の強い意向が働いている。政府はこれまでもSSの暴力を法的手段で縛る手段を模索してきたが、関係国は米国や豪州などの反捕鯨国でしかなく、「アウェー」での審理は、むしろ日本側を劣勢にするとの読みがあった。

 流れを大きく変えたのが今年初め、マルタの水産業者がSSを相手取り英国で起こした損害賠償訴訟だった。業者はクロマグロを囲ったいけす網を切断され、約70万ポンド(約8500万円)の損害を被ったが、第1審判決は全面的にSSの非を認め、7月にSS船が英国に寄港した際にも、供託金没収のための差し止め措置も実施し、反捕鯨国でも「司法判断は別物」との期待を日本側に抱かせた。

 SSの近年の資金力拡大も、待ったなしの状況を生み出した。米有料チャンネル・アニマルプラネットのシリーズ番組「鯨戦争」が海の英雄に描き出すことで、SSには多額の寄付金が転がり込むようになった。

 捕鯨妨害を始めた2005年以来、米国内での収入はこの6年で約10倍にも膨らみ、SSは資金を装備増強に投入。攻撃力はアップし、日本の捕鯨船に負傷者が続出、昨季はついに調査中断に追い込まれた。SSが米国で法的な足かせを負えば、妨害の大きな抑止力になると日本側は考えた。

 提訴の時期も綿密に練った。SSは代表のポール・ワトソン容疑者(61)が牛耳る団体であり、代表の意向がすべて反映される。12月には、SSは南極海の捕鯨妨害へ全勢力を集中させ、団体幹部は出撃拠点となる豪州に集結する。日本側が訴訟と併せて行う差し止め仮処分申請は、数週間以内で判断が下される可能性があり、SS側は不意を突かれて、準備不足のまま法廷での対応を迫られる可能性が高い

 関係者は「アニマルプラネットの道義的責任も問いたい」と話す。日本側は一気に反転攻勢に出て、SSの封じ込めを図ろうとしている。

「日本側の最後のあがき」 シー・シェパード代表が調査捕鯨妨害差し止め提訴に反発(2011年12月9日産経新聞)

 日本鯨類研究所などが反捕鯨団体「シー・シェパード」に調査捕鯨妨害差し止めを求めて米連邦地裁に提訴したことについて、同団体代表のポール・ワトソン容疑者は9日、共同通信の電話取材に「提訴は取るに足りない。訴えの内容は真実ではない」と反発した。

 ワトソン容疑者は提訴について「捕鯨産業が衰退する中、日本側による最後のあがきだ」と挑発。「われわれを支援する弁護士らに相談するが、提訴はまったく(妨害)活動に影響しない」と断言した。

 シー・シェパードは、調査捕鯨団が南極海へ向けて既に日本を出発したのを確認したとして、来週中にも計3隻の抗議船をオーストラリア西部や南東部から出港させる方針。同容疑者は「南極海を日本の調査捕鯨船団の侵略から守るため行動する」と強調しており、激しい抗議行動が予想される。(共同)

記事にもありますように今回日本側がシー・シェパード(SS)提訴に至ったというのが目玉となりそうですが、訴える主体は調査捕鯨を実施している日本鯨類研究所であるとは言え、実際には背後に日本政府の意向が働いているということのようですね。
ご存知のように近年その収入を飛躍的に増加させているSSの2010年収入は991万ドルと過去最高を更新、同じくワトソン代表の収入もさらに増えて12万ドルと過去最高を更新したと言いますから立派なお腹もますます肥え太ろうというものですが、このテロ組織が英国と米国ではNPOとして税金を免除されているということがポイントでしょうか。
一説にはNPO絡みの雇用が総雇用の一割にもなるというNPO大国アメリカですが一方でNPO絡みの不正や不祥事も全く珍しくないと言いますから、SSにしてもこちらの方面から叩いた方がいくらでも突っ込みどころは出てくるという可能性もありそうですよね。
さて、「仮に日本側が勝訴しても米裁判所に活動を阻止する権限はない」などと相変わらず自らの無法ぶりを協調してやまないワトソン代表率いるSSも近く妨害船を出航させる構えであるということですが、これに対して近隣諸国でこんな動きがあるようです。

シー・シェパードの捕鯨妨害活動、オーストラリアが捜査に着手(2011年12月12日産経新聞)

 オーストラリア(豪州)のラドウィッグ農水林業大臣は12日、鹿野道彦農林水産相と農水省内で会談し、豪州の警察当局が南極海における日本の調査捕鯨の妨害活動の捜査に着手していることを明らかにした

 鹿野氏は反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」による妨害活動に、「抑止策を豪州政府内でも十分検討し、実行してほしい」と要望した。

 一方、ラドウィッグ氏は豪州が調査捕鯨の廃止を求めていることから、「捕鯨に対して日本と豪州の立場は異なる」と説明。その上で、「法律順守は当然必要であり、すでに警察、海上保安当局が(昨年度の)妨害活動の捜査を開始している」と応じた。

 SSをめぐっては、豪州当局はSSの船の寄港時に立ち入り検査を実施。調査捕鯨を行う「日本鯨類研究所」などがSSと代表のポール・ワトソン容疑者=傷害容疑などで国際指名手配中=を相手取り、妨害の差し止めと捕鯨船団への接近禁止を求める訴訟を米ワシントン州の連邦地裁に起こしている。

 今回の会談では、ラドウィッグ氏から訴訟に関しての言及はなかった。

シー・シェパード捕鯨妨害想定、NZ海軍が艦艇派遣か(2011年12月12日産経新聞)

 12日付のニュージーランド紙プレスは南極海で近く実施される日本の調査捕鯨に反捕鯨団体「シー・シェパード」が激しい妨害活動を行う恐れがあるとして、ニュージーランド海軍の艦艇2隻が南極海へ派遣される可能性があると伝えた。

 ニュージーランド国防省筋の話として報じたが、詳細は不明。両者の衝突で死傷者が出る事態を防ぐため、同国政府が派遣を検討している可能性がある。ニュージーランド政府は10月、日本の調査捕鯨継続を非難する声明を出している。(共同)

一見するとテロ集団を放置どころか積極支援してきたオセアニア諸国もついに重い腰を上げたかとも見えるような話なんですが、もちろん日本側の繰り返しの働きかけが奏功したという一面もあるにせよ、彼らが実際にSSを取り締まるだろうという甘い期待は持たない方がよさそうですよね。
過去にもオーストラリアなどが監視船を派遣したことはありましたが、実際には日本の捕鯨活動を撮影、公表したり船団の位置を通報したりと、要するにSSの支援活動と言うしかない活動に終始してきた歴史があり、今回も当地では「捕鯨反対の意思表示のために」監視船を派遣せよと言っているようですから、恐らく衝突回避の名目で同様の支援活動に従事する可能性が高いものと思われます。
産経の佐々木記者などもすっぱ抜いていますけれども、SSによる妨害活動の主要メンバーがオーストラリアの入国ビザが出されず参加不能か?!と言われていたものを、わざわざ与党党首自らが働きかけてビザを発給させたのみならず、ワトソン代表に対して「オーストラリア政府は、シー・シェパードの船がオーストラリアの港を出港しようとしている今、安全を確保するための計画を準備しなくてはいけない」と言ったそうです。
彼らがSSとタッグを組んでどんな計画を準備しているのかは未だ明らかではありませんが、遠からず南極海で双方の直接的な対峙が見られるということになりそうですよね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年12月13日 (火)

需給バランス崩壊は供給不足のみの問題なのか

実態を知る人間ほど「半数程度で済むか?」と思ってしまいそうなのがこちらのニュースです。

基幹の自治体病院、過半数が労基違反( 2011年12月08日キャリアブレイン )

都道府県や市町村が運営する基幹病院(200床以上)の過半数が、過去9年の間に何らかの形で労働基準法に違反し、労働基準監督署から是正勧告を受けていた―。そんな結果が、広島国際大の江原朗教授の調査で明らかになった。中には、8回にわたって勧告を受けた病院もあった。違反の理由では、時間外や休日における勤務に関する協定の未締結や、深夜や休日の勤務に対する割増賃金の未払いが多かった。

 江原教授は、都道府県や政令指定都市、市町村が運営する自治体病院のうち、地域の基幹病院としての役割を担う200床以上の施設を対象に、情報公開制度を用いて調査を実施。2002年3月19日から11年3月18日にかけて、労働基準監督署から各病院に交付された是正勧告書の数や、その内容について分析した。
 その結果、都道府県や政令指定都市が運営する病院(144施設)の55.6%に相当する80施設が、9年間で延べ130回の是正勧告を受けていた。また、市町村が運営する病院では、情報公開制度により是正勧告の有無が明らかとなった施設(224施設)のうち、57.1%に相当する128施設が延べ189回の勧告を受けていた。市町村の病院の中には、1施設で8回の是正勧告を受けていた例もあったという。

 労基法違反の内訳では、都道府県や政令指定都市が運営する病院では、時間外・休日の労使協定を締結せずに、法定労働時間を超えた時間外勤務や休日出勤をさせていた「労働時間」に関する違反が67.7%と最も多かった。また、時間外や休日、深夜労働への割増賃金を支払っていなかった違反(40.0%)、就業規則の作成や届け出の義務に対する違反(16.2%)、賃金台帳に関する違反(12.3%)などの違反も多かった(※1)。市町村が運営する病院でも、ほぼ同様の傾向が確認された。

■大規模病院であるほど、労基法に抵触しやすい傾向も
 さらに江原教授は、市町村が運営する病院について、規模別に是正勧告を受けた比率を分析。その結果、200-299床の病院では46.8%、300-399床では46.7%と、全体の平均(57.1%)を下回ったが、400-499床では65.2%と、勧告を受ける病院の割合が急増。さらに500-599床では76.9%、600床以上では86.7%と、病院の規模が大きくなるにつれて、労働基準法に抵触する割合が高まることも明らかとなった。

 江原教授は「労働基準監督署の是正勧告書は、保管が義務付けられる3年を過ぎれば廃棄しても問題はないとされている。そして廃棄されれば、たとえ情報の開示請求をしても『是正勧告書は不在』ということになる」と指摘。実際の勧告回数は、今回、明らかになった数を上回る可能性もあるとしている。

※1 一施設で複数の指摘を受けた例も含む

以前であれば「労基署に相談してもこちらが医者だと判った途端に電話を切られる」なんて話もあったほど放置されてきたこの医師の労基法違反の問題ですが、2001年に厚生省と労働省が合併して厚労省になったあたりから内部でのどういう力関係の変化があったのでしょうか、ようやく仕事らしい仕事をするようになってきている印象があります。
これと前後して相次ぐ医療訴訟と医療不信ということがマスコミなどで大きく騒がれるようになる一方で、2004年には小松秀樹先生が「医療の不確実性を等閑視したメディア、警察、検察の一方的な姿勢が、患者と医師の対立を増幅させ、やがては日本の医療を崩壊させることになる」と警鐘を鳴らし「立ち去り型サポタージュ」の危険性を訴えるなど、医療崩壊という現象に次第に注目が集まるようになったわけですよね。
天井知らずに高まる訴訟リスクの高さがとりあえずの一次診療を担ってきた地域の医療機関に救急からの手を引かせ、その結果ただでさえ多忙極まる基幹病院により以上の患者が集中することになった結果激務に耐えかねた医師達が逃散、そして地域の医療システム全体が崩壊していったという分析がありますが、これに対しては二つの解決策が考えられるでしょう。

一つは地域センターには直接患者をかからせず、地域の一次医療機関がまず初診を担当する「鹿屋方式」スタイルですが、残念ながら当の鹿屋地区でこのシステムが患者増に対応しきれず崩壊したことからも判るように不要不急の新たな医療需要を喚起し、周辺市町村からも患者が急増し担当医が悲鳴を上げて参加を辞退するということになりがちです。
これに対してもう一つの手法はERや基幹病院等の地域センターが一つ、あるいは複数施設の輪番でまず救急患者を引き受けるというやり方で、医師やスタッフも多いこれら施設であれば多少の患者増にも耐えられるだろうという考えはいいとして、大病院志向で入院期間も長い日本の施設ではセンター自体が患者を受け入れる空きベッドがないという事態に見舞われることもしばしばでした。
「ここの病院でお世話になったのだから、治るまでここの病院で」という患者の意志や「病院の強引な患者追い出し」を非難するマスコミ、そして急性期患者を日替わりで受け入れるよりは安定期患者でベッドを埋めていた方が楽であるという医療従事者双方の思惑がある意味一致した結果とも言えると思いますが、これに対して神奈川ではこんなシステムを行おうとしているということです。

急患「たらい回し」に防止策 相模原市が今月から県内初実施(2011年12月8日タウンニュース)

 重度救急患者の搬送先となる病院を速やかに確保するため、相模原市は12月1日、新ルール(通称:相模原ルール)を県内ではじめてスタートさせた。これは急患の受け入れを照会しても、満床や医師の不足などを理由に医療機関が受け入れを拒む「たらい回し」を防ぐことが狙い。新ルールでは、北里大学病院救命救急センター(南区北里)が一時的な受け入れ先となる。

 相模原ルールは緊急性に基づき、重度救急患者の受け入れを医療機関へ4回以上照会しても決まらない場合か、救急隊員が現場に到着してから30分以上収容先が見つからない時に適用される。この場合、同センターが一時的に受け入れ、必要な処置を行い、その後、当番で決められた救急病院へ搬送する。相模原市では、県が3月に「急患搬送と受け入れの実施基準」を策定した後、県内の自治体でいち早く基準を定めた。

 相模原市消防局では、「たらい回し」防止策として、同ルールに期待を寄せる一方、「あくまでひとつの決まりであり、実際の現場では救急隊員の臨機応変な対応が必要になる」と話す。昨年、市内で救急搬送されたのは2万8180人。今回のルールの対象となる重度の救急患者は526人だった。そのうち、同ルールが適用されていれば、推計で80人ほどの患者の「たらい回し」を防げたことになるという。

 「たらい回し」を防ぐには市民の意識改革も重要になる。救急車を適正利用しない人が多いことがこうした事態を招いているからだ。昨年の救急車の出動件数は3万630件。実にその半数以上は緊急性に乏しい軽症患者だったことが明らかになっている。

 同消防局では「こうした軽症患者が救急車を安易に呼ぶことが、重度救急患者の命を脅かすことにも繋がる」と指摘しており、現在、ポスターや横断幕の設置などで、適正な利用を呼びかけている。

実際にうまく行くかどうかはともかくとして、リスクマネージメントの上で町の中小医療機関が救急に手を出しにくくなっている時代にまずは高次医療機関が診断をつけ、状態のレベルに応じた医療施設に下請けに出すというのは理屈の上では合理的であると言え、搬入と搬出がうまく行くかといった様々な技術的問題がクリア出来るのであればうまいやり方ではないかと思います。
実際に地方都市などでもまずはあらゆる救急患者を引き受け、初診を行った上で他施設に引き継ぐ「ER」の整備が行われつつあると言いますから、スタッフ等の都合がつくのであればある程度の規模の医療圏においては今後このやり方が徐々に広まっていくようになるのかも知れませんね。
しかし前述の鹿野方式に限らず、全国どこでも立派な病院が整備され「これで救急も万全だ」と思っていたら、近隣からも予想を大幅に上回る患者が流入し以前よりかえってひどいことになった、しかもそれら「急患」の大半が実は軽傷者だという事例が後を絶たないのは、マスコミなどが言う「いざというときの安心への備え」が実は単に「医療が便利になった」という安易な潜在需要を掘り起こしているだけなのかも知れません。
そうした観点から冒頭の記事のような現実を改めて見直してみると、果たして患者が増えたから医療が激務を強いられているのか、それとも医療の側が必要以上に患者の利便性に配慮しすぎた結果過剰な需要まで引き出してしまったのか、なかなかに微妙な気がしてきますよね。

診療制限の病院、最多22% 医師不足深刻  /愛知(2011年12月10日中日新聞)

 県内で医師不足のため診療制限をしている病院が6月末時点で、昨年より1病院多い過去最多の72病院(22%)に上ったことが、県の調査で分かった。増加は調査開始以来4年連続で、医師不足による影響がより深刻化してきた。

 2007年から毎年調査しており、県内の全328病院から回答を得た。

 診療制限の内容は、診療科の全面休止や入院休止、分娩(ぶんべん)対応休止、分娩数の制限、時間外救急患者の受け入れ制限など。07年は診療制限をしている病院が全338病院のうち62病院(18・3%)だったが、病院数減少の影響を除いても診療制限している割合が3・7ポイント増えた。

 診療科別では産婦人科が26・9%の18病院、小児科が13・9%の17病院で何らかの診療制限をしており、医師不足の影響が目立った。診療制限をしているのは公的病院が多く、300~399床の中規模病院では診療制限の比率が65・2%と最も高かった

 県は09年度に地域医療再生計画を立て、名古屋市立大に小児科医師らを養成するシミュレーションセンターを設けたり、女性医師が働きやすい環境整備をしたりしてきた。名古屋大と名市大の医学部には、県内の病院に勤めることを前提に学費を支援する「地域枠」を設けて医師を養成しているが、卒業は最短で4年後、臨床研修を終えて現場に配置されるのは6年後まで待たなければならない。

 県医務国保課の担当者は「訴訟リスクがある産婦人科や、診療科ごとの医師数が少ない中規模病院で診療制限が目立つ。病院勤務医の増加や勤務環境の改善が不可欠で、医学部の地域枠拡大を国などに要望していきたい」と話している。 (島崎諭生)

記事をそのまま読めば医者が足りないのだな、もっと医者を増やさなければならないのだなと思えてくるものなんですが、それでは医者を集めて立派な病院を用意し、その結果さらに新たな医療需要を喚起してしまうのだとすれば、一体どこまでこの無限拡大路線を続けていくということになるのでしょうね。
現実的な問題を考えても医者を増やせばそれに見合った収入を確保しなければならない、各施設とも昨今では事務長辺りから「先生、売り上げが落ちてますからもっと頑張ってくださいよ」なんて尻を叩かれる機会が増えるでしょうが、増やしてしまった医者はそれ自体が今度はさらなる医療需要を喚起する存在になるということです。
日医など特に経営側の医療団体は何かあれば人手が足りない、お金がないと主張しますが、こうしてみると診療制限と言えば聞こえは悪いですが、むしろ今まで右肩上がりの拡大路線に走ってきた各施設が身の丈にあった適正規模の診療へと回帰しつつあると考えると、経営的にという以前に社会的に適正な規模の医療提供体制とはどのようなものなのかという検証も必要になっているのではないでしょうか。

日本の医療機関のCT、MRI普及率の異常な高さはよく知られているところですが、何かというと「日本の医者はOECD平均に比べて圧倒的に少ないからどんどん増やせ」と主張してきた某基幹病院の副院長先生あたりが、「日本の患者はOECD平均の二倍半も病院に受診している。圧倒的に多いから少しは自重しろ」と主張しているところを見ないのは何とも示唆的ですよね。
全国津々浦々まで高度の設備と多数の専門医を備えた立派な総合病院を用意し、ハコモノはこれだけ取りそろえたのだから24時間365日いつでもご利用をお待ちしていますという姿を目指すのが本当に正しい意味での医療主導による経済成長戦略のあり方なのか、医療の社会資本的性質が注目されるようになった今の時代だからこそ問い直されるべきなのかなと言う気がします。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2011年12月12日 (月)

どうも妙な方向に進んでいそうな診療報酬改定

先日は中医協が仕分けに怒り心頭という話題を紹介しましたが、中医協としてメッセージを発信していくと言っても何らの共通項もない委員達がどんなメッセージを出してくるのかと思っておりましたら、案の定何のメッセージ性も認めがたいような両論併記になったということですからさすがですよね。

中医協 診療報酬改定で厚労相に意見書 「協議会の議論踏まえ改定率の設定を」(2011年12月8日ミクスonline)

中医協は12月7日の総会で、2012年4月実施予定の診療報酬改定の意見書をまとめ、小宮山洋子厚生労働大臣に提出した。賃金・物価動向はマイナス基調にあるものの、質の高い医療の提供が必要だとしたうえで、診療側委員は、前回以上の診療報酬全体(ネット)の引き上げ(前回は0.19%)を求めたのに対し、支払側は「引き上げ」には反対し、勤務医の負担軽減策などより対策が必要な領域への財源の配分で対応するよう求め、両論併記の形となった。

両論併記とはいえ、行政刷新会議の政策仕分けで、診療報酬「本体」に対し「据え置き」「抑制」の意見が示されたことに対する反発を強くにじませた。厚労相に対し「協議会の議論を踏まえ、平成24年度予算編成に当たって、診療報酬改定に係る改定率の設定に関し適切な対応を求める」とし、あくまでも中医協の意見を尊重するようクギを刺した。支払側も反対したのは「ネットの引き上げ」であり、診療側の意見も踏まえると、本体も薬価も引き下げてのネットマイナス改定まで望んでいない。

改定率は、下旬の来年度政府予算案決定までに、政府内での検討が本格化する。

診療報酬引き上げ、賛成と反対の両論併記に(2011年12月8日日テレNEWS24)

 手術などの医療行為や薬の価格を全国共通で定める「診療報酬」の改定について、中央社会保険医療協議会は7日、意見書をまとめ、小宮山厚労相に提出した。

 2年に一度の診療報酬の改定について検討してきた協議会では、医療費と薬代をあわせた診療報酬全体を現在より増やすべきかどうかが焦点となっていたが、意見書では賛成と反対の両論併記となった。協議会の委員のうち、医師の代表らが「医療崩壊をくい止めるには全体の引き上げが必要」と主張する一方、健康保険組合などは「物価や賃金が下がる中、診療報酬を引き上げると患者負担が増える」と反論し、意見が一致しなかったため。

 小宮山厚労相は、勤務医の待遇改善などのため、診療報酬全体を引き上げる姿勢を示してきたが、今後、来年度の予算をめぐる財務省との折衝で決まることになる。

診療側、支払い側双方の共通する見解としてかろうじて打ち出せたのが「俺たちの言うことを聞け」の一言だとしながら、その内容というものが診療報酬を引き上げろ、いや引き上げるなの両論併記では小宮山大臣ならずとも困惑するしかないところでしょうが、当然ながら財務省がこんな有象無象の言うことにいちいち耳を傾けるはずもありません。
ちなみに先日は薬価を診療報酬全体に対して1.3%引き下げるという話が出ていましたが、全体で1%超の引き下げということになると本体部分は限りなく横ばいということで、これまた当初から予想された通りに話が進んでいると受け止めるべきでしょうね。

診療報酬、1%超下げ提示へ=厚労省と調整難航も-財務省(2011年12月9日時事ドットコム)

 財務省は8日、2012年度予算案で改定する診療報酬について、全体で1%を超える引き下げを厚生労働省に提示する方針を固めた。9日の両省政務官折衝で求める。ただ、厚労省は少なくとも据え置くよう要請する考えで、両省の調整は難航も予想される。
 財務省は診療報酬の減額で確保できる財源について、同時に改定する介護報酬の増額に充当することも提案する。

診療報酬に関しては先日も書きましたように現段階でただ数字を増やすことだけを目標にしても仕方がないところがあって、それよりも半世紀を経て硬直化してしまった皆保険制度下の医療を抜本的に再構築するほどの意志で医療全体を見つめ直さなければならない時期ですし、中途半端な報酬増で現行制度がそのまま温存されてしまうよりは経営難という外圧があった方がよほど改革の原動力にもなり得るかと思います。
医療費支出の大きな部分を占める高齢者において医療と介護はほぼ一体のものであって、相対的に金のかかる医療から介護へと多くの老人を受け渡せばトータルのコストは大きく引き下げられる可能性がある、そのためにも介護スタッフを十分に手当出来る程度の報酬は必要であるという考え方にも一理はあるところです。
しかしながら見方を変えればこれは現役世代の分を削って高齢者に回したといういつもの形でもあって、国としては相変わらず高齢者=保護すべき弱者であるという姿勢を崩していないとも受け取れる話なのですが、そうした国の考えを象徴するかのように今回の目玉となるかとも注目されていた部分はことごとく先送りされそうな気配なのですね。

受診時定額負担、導入見送り…医療保険部会案(2011年12月2日読売新聞)

 社会保障審議会の医療保険部会は1日、社会保障・税一体改革の医療改革分野の報告書骨子案で、外来患者の医療費の窓口負担に一律100円(低所得者は50円)を上乗せする「受診時定額負担」の導入について「反対意見がある」として、民主党の医療・介護作業チームと同様に当面見送る方針を明記した。

 1日の部会に提示された骨子案では、患者の1か月の自己負担額が限度額を超えた場合に超過分を払い戻す「高額療養費」について、中・低所得者の負担軽減に取り組む考えも示した。具体的には、70歳未満の場合は年収約210万~約790万円の一般所得者をひとくくりにしている限度額(月8万100円)の区分を三つにし、きめ細かい負担軽減を可能にするとした。

生活保護:医療費の自己負担見送りへ…厚労省が中間案(2011年12月10日毎日新聞)

 生活保護制度改革に向けた厚生労働省の中間とりまとめ案が9日、明らかになった。保護費の半分を占める医療費(医療扶助)抑制策として検討していた、受給者の医療費への自己負担導入や、安価な後発医薬品(ジェネリック)の使用義務化案は見送る。想定していた来年の通常国会での生活保護法抜本改正は断念し、医療機関への指導強化といった運用面の改善にとどめる。同省は12日の「国と地方の協議」で中間案をとりまとめる。

 生活保護受給者は今年8月時点で過去最多を更新し、約206万人に達した。保護費は今年度予算で3.4兆円。その半分を占める医療扶助には患者の自己負担がなく、過剰診療をする医療機関の存在も指摘されることから、受給者が全国最多の大阪市などが自己負担導入を可能とする制度改革を主張し、厚労省も検討していた。

 医療費の自己負担案は、先月の政府の政策仕分けでも提言された。ただ、憲法が保障する「生存権」の侵害にもつながりかねず、自治体や民主党内にも反対意見がある。同党厚労部門会議の生活保護ワーキングチームは先月末の意見書で「今後更に検討すべき取り組み」としたが、同省の中間案では一切、触れないことになった

 医療扶助抑制策として厚労省は、新薬の特許切れ後に発売される後発薬の使用義務化も検討した。

 だが08年に同じ趣旨の通知を自治体に出し、猛反発を浴びて撤回した経緯があり、最終的に「義務化」の文言を削除した。

 こうした結果、中間案は、レセプト(診療報酬明細書)点検や、医療機関への指導を強化するよう自治体に通知するなどの運用改善策にとどまった。このほか、不正受給対策として、就労先、銀行などに対する収入・資産調査の強化、告発基準策定などを挙げている。【石川隆宣】

しかしまあ、社会の実情を無視して高齢者や生保受給者をいつまで「社会的弱者」と位置づけ続けるつもりなのでしょうかね…
長妻元厚労相を始め与野党の政治家がそろってこの種の負担に強力な反対の論陣を張っているのも、これら「既得権」を持つ層の選挙におけるパワーを考えて見れば当然の話であって、何しろ日本はかつてない高齢化社会に加え史上最多の生活保護受給者を抱え、すでに巨大な票田である彼らの利権に関わる話は簡単に扱えるような問題ではなくなっているわけです。
しかしながらこうした票田への配慮がどのような結果をもたらすかを考えて見ると、何ら受診抑制策は示さず現場への実入りは減らすというのですから今まで以上に薄利多売で売り上げを増やさなければ仕方がないという理屈で、今でさえ問題視されている高齢者や生活保護受給者に対する不要不急の医療がますます増えてくる可能性もあるというものですよね。
救いがたいのは日医なども「必要な医療を受けられなくなるので反対」などという理屈でそうした乱診乱療をむしろ積極的に推進しようとする気配すら見られるということですが、この結果今まで以上に事務方に尻を叩かれ酷使されることになるだろう全国の勤務医の先生方の健康はどうなるかと思わずにはいられません。
ちなみに今回の診療報酬改定ではこうした過酷な状況をさらに強いられそうな勤務医対策というものも重視されるというタテマエだったのですが、ふたを開けてみると出てきたのはこんな話だというのですからこれは笑うべきところなのでしょうか?

当直明けの手術、やめれば診療報酬加算 厚労省方針(2011年12月8日朝日新聞)

 厚生労働省は7日、当直明けの外科医に、手術の予定を入れないよう取り組む病院について、来年度から診療報酬の加算対象に加える方針を固めた。勤務医の負担軽減策の一環。診療報酬改定に向けて議論する中央社会保険医療協議会(中医協)に提案し、大筋で了承された。

 厚労省は、当直明けに手術を行う頻度を985人の外科医に尋ねた日本外科学会の調査結果を中医協に報告した。「いつも」が31%、「しばしば」が26%、「まれに」が15%であわせて7割に上った

 当直による疲れが原因で「手術時に医療事故や、事故には至らないミスの経験がある」のは4%、事故経験はないが手術の質が低下することが「多い」「まれにある」と答えたのは83%に達し、医療安全に影響があると判断した。

 勤務医の負担減対策としては、長時間の連続勤務を減らす取り組みなどに加算する仕組みがある。当直明けに手術を入れないことも追加する。(小林舞子)

いやまあ、手術日前日の当直を外れるなら外れるで結構なんですが、その分の当直が他に回るだけのことですから別に何ら仕事が楽になるというものでもないと思うのですけれどもねえ…
百歩譲って手術という大変な集中力を必要とする作業の前に体調を整えておく機会が与えられるのだと肯定的に考えるとして、医師にとって集中力が必要な仕事とは別に外科医の手術だけで終わる話ではなく、例えば循環器の医者がカテーテルをやるのは徹夜明けでもいいのかだとか、内視鏡で何時間もかけて粘膜剥離術をするのは寝不足でも構わないのかだとか、いくらでも突っ込みどころはあることでしょう。
そもそも手術の予定を入れないというのも実際上どう評価するつもりなのか理解しがたいところで、中傷病院では外科医2、3人ということは珍しくありませんから手術場に入る人間が全員対象となると外科自体成立しそうにないのですが、そうだと言って執刀医だけを対象にするというのなら単に名目的な執刀医をローテートさせるだけで終わってしまいそうです。
いずれにしても患者からすれば診療報酬が下がっていくということが医療が安くなっていくことに他ならないわけですから、何らの受診抑制策もないままどんどん利用してくださいと言われているにも等しいとなれば、それは医者が忙しそうだからちょっと受診を控えようかなどと配慮をしてくれる人も決して増えてきそうにはないですよねえ…

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年12月11日 (日)

今日のぐり:「さぬきうどん 庵」

先日ちょっとした話題になったのがこちらの事故ですが、実は思ったよりも大きな話題になっていたようです。

世界で最も高額な自動車事故…“日本のうぬぼれ屋”世界的に報道(2011年12月7日産経ニュース)

 中国自動車道で4日朝にフェラーリやベンツ、ランボルギーニなどの高級スポーツカー14台が大破した事故は、「世界で最も高額な自動車事故」として世界的に報道されている。

 8台、そう、なんと8台のフェラーリと、3台のベンツ、さらに1台のランボルギーニ。メディアが「世界で最も高額な自動車事故」と呼び、警察が「うぬぼれ屋の集まり」と呼ぶ事故に関係した14台の車に含まれていた顔ぶれだ。

 雨に濡れた中国自動車道で4日朝に発生した、この大規模な交通事故により、385万ドル(約3億円)相当(日本の報道では2億円とも)にのぼる、高級スポーツカー十数台とトヨタのプリウス1台が大破した。

 これらのスーパーカーは、九州から広島に向かっていた20台のチームの一部だ。事故時点で山口県西部を疾走していたこれらの車の中には、各種のフェラーリ、ランボルギーニ・ディアブロ、日産GT-R、メルセデス・ベンツCL600が含まれていた。

 警察によると、先頭を走っていたフェラーリF430を運転する60歳の自営業男性が、濡れた路面で操作を誤った。

 運転者は全員が37歳から60歳の間だとされるが、リッチな人々であることは明白だ。日本では中古のフェラーリでさえ1000万円は下らないうえ、昨年日本で販売されたフェラーリは500台ほどにすぎない。

 目撃者はTBSネットワークに対し、これらの車は時速140~160kmで走行していたと話している。この区間の制限速度は時速100kmだった。

 目撃者の証言によると、先頭の運転者は、恐らく遅い車を追い越すために右から左へ車線を変更しようとして、スリップしてガードレールに衝突し、スピンしながら道路を横切ったようだ。先頭車に続く車が、前方で衝突した車を避けようとハンドルを操作した結果、数百メートルにわたる玉突き衝突が発生した。

 事故後は、すべての車が、路肩がほとんどない狭くて長い区間で横向きになって停車し、道を塞いだ。道路が通行できるようになるまでに6時間以上がかかったという。

 「Bloomberg」の記事によると、事故のきっかけを作ったと見られる男性には、3カ月以下の懲役または100,000円以下の罰金が科せられる可能性があるという。

 なお、スイスでは、スピード違反など一部の犯罪について、所得に応じた罰金が科されており、スピード違反に29万ドルの罰金が科されたケースがある。

雨の高速を150kmでかっ飛ばした上に左側追い越しですから、事故自体はあまり同情の余地がなさそうな気配が濃厚なのですが、こういう記事を配信された諸外国の方々は「なんだかんだ言ってもやはり日本人は金満なんだな」というイメージを抱いてしまいそうですよね(事実その通りなのですけれども)。
今日は雨が降ろうが気にせずフェラーリで外出してしまうリッチなスーパーカーオーナーの方々に敬意を表して?世界中から自慢するにはちょっと微妙なご当地ニュースを紹介してみようかと思いますが、まずはアメリカ発の話題からいってみましょう。

AKIRA: ハリウッド版実写版映画「AKIRA/アキラ」は案の定?!、大友克洋の原作と違い、呑み屋のバーを営む兄弟が主人公のストーリーだったことが、出演者の公募で判明!!/米(2011年11月30日CIA)

ワーナー・ブラザースの傘下で、レオナルド・ディカプリオの製作プロダクション=アピアン・ウェイと、ジョシュ・ブローリン主演のダークヒーロー映画の大失敗作「ジョナ・ヘックス」(2010年)を作ったマッド・チャンスが共同でプロジェクトを進めている大友克洋原作の「AKIRA/アキラ」が、ジャウム・コレット=セラ監督(「エスター」2009年)の采配により、カナダのバンクーバーで来春に予定しているクランクインに向け、大々的に脇役の出演者や、エキストラの公募を始めたことを、オーディション情報サイトの Acting Auditions が伝えてくれました!!、同サイトが明らかにした募集の詳細によれば、ハリウッド版実写映画は、やはり、オリジナルのカルトSFコミックとは内容が、いささか異なるようで…、

ギャレットロン・レガシー・ヘドランドが演じる主人公の金田さんは、ネオ・マンハッタンでバーを営む若きオーナー。
その金田さんの兄弟の鉄雄くんが、ケン・ワタナベ扮する“大佐”が率いる政府のエージェントたちに拉致されたことから、金田さんは身内を取り戻そうと奮走し、クリステン・スチュワートのケイ・リードと出会って、彼女が所属する反政府の地下組織に加わることに…。その地下組織で、約30年前にニューヨークが崩壊し、ネオ・マンハッタンに生まれ変わるキッカケが“アキラ”であることを知らされた金田さんは、そんなアホな…とバカバカしい都市伝説のように受けとめるが、再びめぐり合った兄弟の鉄雄くんが超能力者に生まれ変わっていたことで、戦慄の衝撃を覚える…!!

…といった風に、キャスト募集の要項では、映画のストーリーが説明されており、金田は原作のような職業訓練校の学生でも、また暴走族でもなく、平凡なバーのマスターであり、鉄雄は金田の幼なじみから、実の兄弟という風に設定が変えられています…。
そもそもブラッド・ピット47歳を主演に起用することを念頭に、アラフォーのオヤジ世代が主人公の物語に変更された時点で、ハリウッド版実写映画の「AKIRA/アキラ」は求心力を失ってしまったわけですが、金田がバーのマスター…というのは、その当初の目論みの名残りのような気がしないでもないですね…。

なお、Acting Auditions が公開してくれた「AKIRA/アキラ」のストーリーには、さらに続きがあり、鉄雄をコントロールするアキラが覚醒し、かつてニューヨークを滅ぼしたように、再びネオ・マンハッタンを壊滅するのを食い止め、鉄雄を救う過程で、金田さんとケイたちは大佐のアーミーと衝突する…!!…とまぁ、そうした展開は概ね、原作のコミックなり、あるいはアニメ版(1988年)を下敷きとして、なぞっているように思えます。
また、ギャレット・ヘドランドが金田として主演し、「トワイライト・サーガ」のKステューがヒロインのケイ、「インセプション」(2010年)のケン・ワタナベが敷島大佐…と、メイン・キャストがあたかも確定した?!ように伝えている Acting Auditions ですが、同サイトによれば、ヘレナ・ボナム=カーターがレディー・ミヤコとして、アキラを祀る教団を立ち上げることも、すでに決定しているそうです。

原作の影も形もないという「原作レイプ」はもはやハリウッドのお約束というのでしょうか、当初ハリウッドでの製作を予定されていた「レッドクリフ」なども映画会社から「登場人物はこんなにいらない。曹操、劉備、関羽を一人にまとめて」と無茶を言われて香港での撮影になったと言いますが、しかし日本よりはるかにコアなAKIRAファンが多いというあちらで受け入れられるものかどうか…
同じくアメリカからはこんな話題もありますけれども、これもまた文化の差、なんでしょうかねえ…?

ピザは野菜です!――絶望的なアメリカの食事情/米(2011年11月17日ガジェット通信)

写真はシカゴ名物『ディープディッシュピザ』。見るだけで胸焼けがします……。

福島の原発事故で、日本の食の安全性が問われていますが、アメリカでは全く違ったレベルで、食がヤバイことになっています。

アメリカの子ども達の肥満がハンパじゃないことは、よく知られていると思いますが、何と2008年の統計では全アメリカの1/3の子ども(5歳から17歳まで)が肥満に分類されてしまいました。

これに警鐘を鳴らし、積極的に改善に取り組んでいるのが、ファースト・レディーのミッシェル・オバマです。それを受けてオバマ政権が、公立学校の学校給食(カフェテリア)に、もっと野菜とフルーツを導入する案を計画しました。

しかし、図らずもこの法案は「野菜とは何か」という根本的な問いを蒸し返すことになってしまいました。

というのも、30年前のレーガン政権時代、アメリカ政府は規制緩和の名の下に、「ケチャップを野菜とする」というとんでもない案を出したことがあるのです。

ちなみに現行法では大さじ2杯のトマト・ペーストが野菜とされているため、トマト・ペーストを使うピザは上にベーコンが乗っていようが、必然的に“野菜”にカウントされる、というわけです。オバマ法案は、こんなものを野菜と呼ぶなら、せめてトマト・ペーストは1/2 カップから“野菜”にしようじゃないか、と言っているのですが……。

これに「待った!」をかけたのは、やはり食品業界。

御存知のようにアメリカでは、2、3の大手食品会社が、品種から流通まで完全に手中にしています。

業界はトマト・ペーストは「ビタミンAやリコピンが豊富。栄養価が高く野菜として充分通用する」と反論。その他「1/2カップのトマト・ペーストはピザには多すぎる。ドロドロになったピザなんか、子どもは食べやしない」という反論も……。論点はそこ?

オバマ法案にしても、「学校給食で毎日出されるピザとフライド・ポテトをせめて週2、3にする」という穏健なものなのですが、共和党は「この新しい法案は政府が学校の自由に介入し地方財政を逼迫するものだ」と非難して食品業界の抵抗を後押ししています。

こうして、アメリカは今日もピザとフライド・ポテトで育ち肥満に悩む市民を量産しているのです。ホラー!!

極東の某国でも「カレーは飲み物!」と主張する一派がいると言いますからこれもあり…かどうかは別として、一方ではアメリカでも教育のある階層ではむしろ日本など目ではないくらいオーガニック信仰が根強かったりして、何にしろこうと思い込んだら極端な人々が多いということになるのでしょうか?
東欧はブルガリアからはこんなニュースが舞い込んでいますけれども、日本であればさしずめ釜本氏が今もJFLあたりでプレーしているような感覚なのでしょうか?

ブルガリア首相、サッカー年間最優秀選手に選出か/ブルガリア(2011年11月30日ロイター)

[ソフィア 28日 ロイター] サッカーの3部リーグでプレーするブルガリアのボリソフ首相(52)が、同国の年間最優秀選手に選ばれる可能性が出てきた。英マンチェスター・ユナイテッドでプレーし、これまで過去最高の7回年間最優秀選手に選ばれているブルガリア出身のディミタール・ベルバトフ選手が、自分を選ばないよう呼び掛けているためだ。

ブルガリアのサッカー協会は今年から、年間最優秀選手の選考にファン投票を導入。投票で選ばれた上位20人から、スポーツ記者が最優秀選手を選ぶ。

ボリソフ首相は3部リーグのVitosha Bistritsaでストライカーとしてプレーすることがあり、ファン投票では2000票以上を得て首位となっている。ベルバトフ選手は1500票に届かず2位だが、最終決定権を持つスポーツ記者に対し、自分に投票しないよう求めている。

ボリソフ首相は、「自分を下手な選手とはみなさない」と自信を示す。首相は空手の有段者で、テニスにも熱心に取り組んでいる。

このボリソフ首相、もともとは警備会社のオーナーで空手でも同国代表の指導歴があるなどスポーツ万能というタイプのようですが、それにしてもいい年をした首相に最優秀選手を奪われるようでは他の選手は何をやっているのかということになりますよね。
視線を極東に転じてこちら韓国からの話題ですが、ハリウッド超大作とは別な次元でこれまた斜め上方向に注目を集めそうな作品です。

制作期間7年・製作費3億円超!でもタイトルが『ウンコ大戦争』!史上最も頑張る方向を間違えた“クソ映画”が日本公開!/韓国(2011年12月2日シネマトゥディ)

 [シネマトゥデイ映画ニュース] 制作期間7年、製作費3億5,000万円かかった大作でありながら、あまりにお下劣なためにこれまで日本公開されなかったアニメーション映画『アーチ&シパック‐世界ウンコ大戦争‐』が来年2月11日より待望の日本公開を迎える。「奇抜な設定」「痛快なストーリー」「ハイクオリティーな映像」という三拍子がそろっていながら、テーマが「ウンコ」であるために日の目を見なかった、史上最もふんばる……いや、頑張る方向を間違えた“クソ映画”だ。

クソはクソでもクソおもしろい!映画『アーチ&シパック‐世界ウンコ大戦争‐』予告編!

 本作は、「誰も見たことがないものを作る」という野望を持った韓国のクリエイターたちが、制作期間7年、製作費3億5,000万円という莫大な時間と金を費やして作り上げた大作アニメーション。前代未聞の設定、しっかり練りこまれた痛快なストーリー、そしてハイクオリティーな映像などなど……時に製作続行が危ぶまれるほど、時間とお金と情熱を掛けてこだわったというだけあって、その仕上がりは実に見事なものとなっている。

 だが、どこでどう間違えたのか、テーマを「ウンコ」にしてしまったため、当初の希望通り「誰も見たことがない作品」にはなったものの、そのお下劣さに配給会社がドン引きし、日本公開までには6年の時が流れてしまった。世界各国の映画祭で高評価を得る要因になったというアクションシーンは、クソだけに、観ているだけで気持ち良くなってくるほどキレのよいものであるなど、そのクオリティーの高さは観る者すべてが認めるところではあるものの、何しろテーマがテーマ。史上最も頑張る方向を間違えた“クソ映画”となっている。いったい日本の観客たちはこの作品にどんな反応を見せるのか、今から楽しみだ。

 映画『アーチ&シパック‐世界ウンコ大戦争‐』は、エネルギー源が枯渇し、人間のウンコが唯一のエネルギー源になった都市を舞台に、ウンコ争奪のための大戦争を描いたアニメーション作品。(編集部・福田麗)

映画『アーチ&シパック‐世界ウンコ大戦争‐』が2012年2月11日より吉祥寺バウスシアターほか全国順次公開

いやまあ力が入っているのは理解出来ますし、往年のドクタースランプを始めとしてこの種のテーマは万国共通と言いますから思いがけない大受けを狙えるかも知れませんけれども、問題は子供達にせがまれてこの映画に連れて行くことになるだろう親たちがこの予告編を見てどう考えるかですよねえ…
さらにその同胞北朝鮮ではこんなニュースが飛び出していますけれども、同志総書記がその時どんな顔で命じたのか見てみたいような見たくないような…という微妙な話題です。

【絶対的】金総書記、部下に絶叫マシンへの乗車を命令/北朝鮮(2011年12月6日朝日新聞)

 北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が、平壌市の凱旋(がいせん)青年公園を視察した。朝鮮中央通信が4日深夜に伝えた。昨年4月に全面改装された同公園は、垂直落下型やブランコ型などの絶叫マシンが売り物で、市民に大きな人気という。

 金総書記は随行した部下に遊具に乗るよう指示。随行者たちが「たまった疲れが吹き飛びます」と報告すると、とても喜んだという。そのうえで「最も重要なのは、設備点検と管理を責任を持って行うことだ」と指示した。

 同公園にある10種類の乗り物全てを利用すると1600ウォン(闇レートで約0.4ドル=約31円)。平壌市民の平均月給とされる3千ウォンの半分以上に相当する。

むしろここで気になるのは記事の内容そもものよりも、日本の誇るクオリティペーパー(苦笑)を自認する天下の朝日新聞がどういうリアクションを期待してこういう記事を掲載したのかということなのですが、やはり北朝鮮ではこうまで設備管理に留意しているというのに日本では…という自己批判的視点が求められるのでしょうかね。
中国と言えば国土にしろ人口にしろ押しも押されぬ大国ですけれども、昔からどうもこの種の器の小ささを感じさせる話題には事欠かないなという印象もあるのは気のせいでしょうか?

「大根あげます」に1万人殺到 イモや野菜も略奪 中国(2011年12月2日朝日新聞)

 大根を300トン、無料で差し上げます――。中国河南省鄭州の農民がこんな呼びかけをしたところ、1万人以上が殺到し、畑が荒らされる事態に。ホウレン草やサツマイモなども、無断で持ち去られてしまった。

 農民の韓紅剛さん(37)の約4ヘクタールの畑に、今年約300トンの大根が育った。ところが生産過剰による価格暴落で、出荷しても採算が取れないと判明。腐らせるよりはましと、地元メディアに「無料で市民に食べてもらいたい」と連絡した。

 これが報じられた11月25日から、韓さん宅の電話が鳴り響き、人々が畑に殺到。大根は翌日昼には無くなった。すると今度は「だまされた」「ガソリン代を損した」などと詰め寄られる事態に。数日の間に約1万人が押し寄せ、近くの畑からホウレン草、サツマイモ、唐辛子などを勝手に掘り起こして持ち帰った。

日本などでも時折無人商店の持ち去りなどが問題視されますけれども、思わぬ好意が高くつくというのは昨今の中国社会に共通する病理のようで、心ある中国人民も頭の痛い思いをしているのではないかと思います。
最後に控えますのはもちろんこちらブリからの話題ですが、世界に冠たる大英帝国諜報機関の仕組みの一端が判明したというニュースです。

英情報機関が暗号破りの達人募集、パズル解くと求人サイトに/英(2011年12月6日CNN)

(CNN) 英国の情報機関、政府通信本部(GCHQ)が採用活動の一環としてウェブサイトに暗号パズルを掲載し、解読できた人材に応募を呼びかけている。

パズルは数字と文字の160通りの組み合わせで構成されており、解読の期限は12月12日。パズルを解くと求人情報が掲載されたページにつながる仕組みで、これまでに約50人が解読に成功したという。なお、実際には求人情報ページは誰にでも参照できる。

募集しているのはサイバーセキュリティーの専門家で、給与は2万5000ポンド(約300万円)以上。職務内容はハッカー攻撃を検出・防止して国家インフラを守ることとされ、「問題解決に優れている」などの条件が求められる。

GCHQの広報はこのパズルについて、普段は求人広告など見ない人や独学で学んだ人など、これまでとは違う人材に注目してもらう狙いがあると説明している。短文投稿サイトの「ツイッター」や大手交流サイトの「フェイスブック」で宣伝している他、ゲームにも広告を出したという。

ただし「違法なハッキングを行ったことのある者は選考の対象にはならない」と広報ではくぎを刺している。

いやいいのか?それでいいのかブリ的には?と思ってしまうような話なんですが、しかしサイバーセキュリティーの専門家としての能力・適性というものはこうしたことで判断出来るものなんでしょうかね?
円高の時代ですとこの給与が高いのか安いのかちょっと微妙に感じてしまうのですが、難解なパズルを解くことに向いた人間となればセキュリティーよりもむしろハッカーの側に適性がありそうな気もするのですが…

今日のぐり:「さぬきうどん 庵」

久しぶりにお邪魔したこちらのお店ですが、結構お客も入っているようで繁盛しているのは結構なことだと思いますね。
こちらお昼の時間帯は定食をやっているようなので、今回は頑張ってぶっかけ定食大盛りを頼んでみましたが、実は黙ってただぶっかけと言うとデフォで熱いうどん?が出てくるというのは想定外でした。

というわけでちょっと盛り下がったのも事実なんですが、うどんメニューの定義は店毎に違うとは言え、このうどんダシの案配などを見るとやはりこれはぶっかけと言うよりもかけと言うべきではないでしょうか?
それはともかく、基本的にコシもあるが硬めのうどんであるこちらの場合、冷たいうどんよりも熱いうどんの方がマッチングはいいのかも知れません。
冷たいぶっかけの方はうどんとうどんダシのバランスがなかなか良かったのですが、こちらはかけ用にしては少し塩気がきついかな?と思えるもので、製鉄所などもあるこのあたりのお客だとこれくらいでないといけないのかな、などとも思ってしまいます。
薬味は冷たいぶっかけにはわさびがついていたのに対してこちらは生姜がついてくるのですが、もちろん熱々のかけうどんにわさびというのもおかしな話ですからこのチョイスは納得です。
定食と言うことでおかずにご飯がつくのですが、揚げ物として既製品らしいカレーコロッケに揚げ餃子、これに豆腐に煮昆布、ご飯と言う組み合わせで栄養学的見地からはどうなのかなとも思うのですが、カロリーベースで考えるとコストパフォーマンスは相応に高そうですよね。

店員さんも増えているようで、若い人が多いせいか町のうどん屋さんというよりはラーメン屋的な活気があって、これも悪くないのかなと思います。
もちろん単純に安いうどん屋として利用してもよしですが、その割にそれなりにまともなうどんが食べられるというのはありがたいことで、特にこの界隈ですと人気店には柔らかい系統のうどんを出す店が多いだけに、たまにはごついうどんを食べたいという向きには悪くない選択肢の一つなんじゃないでしょうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年12月10日 (土)

2ちゃんねるが潰れて一番喜びそうなのは誰か?

久しぶりにその名を聞いたなと思っておりましたら、大淀病院事件のことを何も知らないらしい一般大衆からも「お前が言うな!」の大合唱で集中砲火を浴びていたのがこちらのお方です。

記者の目:大阪ダブル選「橋下・維新」圧勝=林由紀子(2011年12月9日毎日新聞)

 ◇政策のデメリット含め語って

 大阪府知事と大阪市長のダブル選(11月27日に投開票)で大阪市民が市長に選んだのは、「市長なんかいらない」「市役所をつぶして一から作り直す」と訴え、府知事から転身した橋下徹氏(42)だった。大阪市などを解体して都と特別自治区に再編する「大阪都構想」を掲げた橋下氏は、行政改革の断行や経済再生など、有権者の心をくすぐる訴えで75万票(得票率59%)を集めた。その選挙戦術のうまさには脱帽したが、一方で都合の良い部分だけを拡大して見せる政治手法には違和感を覚えた

 私は、告示前から約4週間、橋下氏を追いかけた。街頭では連日、有権者に交じって演説を聞き、商店街での練り歩きにも同行した。

 ◇巧みな弁舌で聴衆を感化

 橋下氏の演説手法は明快だ。相手候補や既成政党を、改革を阻害する「抵抗勢力」として一刀両断。「このままでは大阪はじり貧だ」「5年、10年後には給料が3割下がる」と断定口調で危機感をあおり、「変えるのか、変えないのか」と二者択一を迫る。巧みな弁舌が醸し出す高揚感の中で、聴衆たちが次第に感化されていく雰囲気がはっきりと体感できた

 こんな場面もあった。

 橋下氏が自ら率いる政党「大阪維新の会」は、選挙に先立つ8~11月、大阪市内24区で、政策を説明するための「区民会議」を開いた。橋下氏や市議が学校選択制などについて政策を示し、地域住民と話し合う。ある区では、冒頭、制度への賛否を問うと、「賛成」は2~3割だった。それが、橋下氏が数十分話した後では、8割近い人が賛成に手を挙げた。橋下氏のカリスマ性が際立ち過ぎて、人気という言葉だけでは表せない怖さも感じた

 一方、巧みな弁舌とは裏腹に、政策の中身に関する説明には不信感を抱いた

 例えば、最大の争点となった都構想だが、維新が作成した「大阪都構想推進大綱」などでは、市内24区を30万人規模で8~9の特別自治区に再編するとしている。ところが、橋下氏は個人演説会の会場や街頭でそうした説明はほとんどせず、灰色一色に塗りつぶした大阪市の地図と、24区を24色に色分けした地図を並べたちらしを配布。「今はネズミ色一色の24区を24色多色豊かな大阪市に」と訴えた。

 ちらしを見れば思わず橋下氏の訴えに飛びつきそうになる。だが巧妙な「争点ぼかし」に思えた。市民になじみのある現在の区をなくして再編することに対する拒絶反応を考慮し、都構想の根幹に関わる大事な部分を隠したといわれても仕方ないだろう。

 橋下氏はこうした手法について記者から「都構想を問うていることにならないのでは」と質問されると、「8~9というのはゴール。まず方向性を示すのが政治であって、手法のことは今言わなくていい」「民意をいかにマネジメントしてうまく利用するかを考えるのが政治戦略だ」とかわした。しつこく追及すると、「マニフェストに書いていることを全部言わなきゃいけないのか。正確に伝えるのはメディアの皆さんの責任だ」と反ばくする。これでは責任転嫁ではないか

間近で見ると危うさをはらむ橋下流だが、多くの有権者の目には、大阪を前向きに変えてくれそうな「期待の星」と映ったようだ

 ◇「停滞ムードを変えてほしい」

 「何かを変えてくれそうだから」。橋下氏を支持する有権者に理由を尋ねると、この言葉が多く返ってきた。長引く景気低迷は、中小企業が多い大阪に深刻な影響をもたらし、停滞ムードが強まっている。橋下氏に集まる支持は、「新しい切り口で大阪を再生してほしい」という有権者の意識を反映している。橋下氏は、そんな雰囲気を鋭くかぎわけ、「改革者」を演出することで選挙に勝利した。

 だが、選挙結果で見逃せない点がある。橋下氏に対抗した現職候補の平松邦夫氏(63)が、前回を16万票上回る52万票(得票率41%)を集めたことだ。民主、自民両党だけでなく、共産党まで自主的支援に回ったのは、政治的立場の違いを超えて、橋下氏の政治手法に対する共通の危機感があったからだ。

 大阪を活性化させる改革には、確かに突破力も必要だろう。しかし、市民はすべてを白紙委任したわけではない。橋下氏の政治手法に警戒感を抱く人が多いことも示された。選挙中に説明が不足していた政策の中身を、デメリットも含めて正直に市民に語ることが何より重要ではないか。

 性急なやり方では市民はついてこない。人々が本当に納得できる形で、大阪再生を目指す改革に取り組んでほしい。(大阪社会部)

ま、対抗候補は最初から争点の議論すらも逃げたと言いますから話にならないのは当然ですが、しかし大淀病院事件では捏造報道でさんざん国民を感化し医療の世界に知らぬ者がないという御高名なる林由紀子記者、その後奈良から大阪に御栄転されたと噂には聞いていましたが、悪運強く未だご健在でしたかそうですか。
林記者は橋下氏のカリスマ(苦笑)をえらく買っているようですけれども、大阪市民にしてもテレビでその他大勢の電波芸者に埋もれていた単なる一タレントとしての橋下氏を十二分に知っているだけに、今更そこにどんな特別の価値を見いだしているのかと思いますけれどもね。
そもそも対立候補の方は今回共産党など強力な固定票を持つ組織までバックアップについたにも関わらず得票率は変わっていない事実があるわけで、やはりマスコミとしては事実よりもイメージ戦略で愚かな大阪府民は愚かな橋下にあっさり騙される愚民揃いであるということにしておきたいようです。
もちろん捏造報道であっさり奈良県南部の産科医療を崩壊に追い込むほどの手腕を持つ林氏にしてみれば「橋下など甘い甘い」と感じるところは多々あるのでしょうが、多くの大阪市民はあまりの既得権益集積でにっちもさっちもいかなくなっている行政を何とかしなければという素朴な危機感を抱いて投票行動に臨んだだけだと思いますけれどもね。

そんな相変わらずというご様子らしい林氏の過去の行状なども、あるいはネットによる地道な検証活動がなければ表に出ることすらなかったのかも知れずで、今の時代何かしら馬鹿なことをすればすぐにネット上で広まり炎上してしまうことが怖いという人もいる一方で、林氏のような権力を握る側の一方的な横暴を掣肘している側面も決して無視出来ないと思います。
ひと頃はマスコミと言えばただひたすらにネットを敵視し、例えば自らにデモをしかけるような輩に「ネトウヨ」などというレッテル貼りを繰り返してはバッシングしてきた経緯がありますが、さすがにここまで若年世代を中心にネットの存在が当たり前になってくると敵視するばかりではどうしようもないと気付いたのでしょう、昨今では時に自省的なコメントすらメディア上で登場するようになってきています。
そのネットというものの一つの中心がツイッターやブログといった発信者を特定した形でのものであるとすれば、他方の華が「2ちゃんねる」など匿名掲示板の類であることは明らかで、かつては「2ちゃんねるなど匿名の投稿が賑わうインターネットサービスは日本以外にない」などと発言をしていた情報環境研究者の濱野智史氏なども今や「世界は『2ちゃんねる』化するのかも知れない」などと一定の評価を下すようになったようですね。
ところがその巨大匿名掲示板がにわかに公権力によって潰されるかも?!という話題が出てきたと言うのですから穏やかではありませんが、こちら各メディアのニュースから紹介してみましょう。

警視庁がたくらむ「2ちゃんねる撲滅作戦」(2011年12月8日週刊朝日)より抜粋

裏社会のみならず芸能界をも揺るがす「暴力団排除条例」の施行は、改めて警察組織の“権威”を誇示する結果となった。世論を武器に勢いに乗る警察が次のターゲットにしたのは「ネット」。それも警察トップの“特命”で着々と捜査が進行しているのだ。

 本誌は11月24日早朝から、札幌市の雑居ビル2階にある事務所を、少し離れた場所から注目していた。“ガサ入れ情報”を事前にキャッチしていたからだ。だが、動きはない。昼を過ぎて、空からは小雪が落ちてきた。空振りだったか、と事務所の周辺を歩くと、十数人が乗り込んだレンタカーのバンが止まっていた。
 情報は確かだった。
 彼らは間もなく、本誌が注目していた事務所に入っていった。そして、午後4時すぎ、スーツ姿の刑事たちは、続々と押収した書類などを詰めた段ボールを持って外に出てきた。さらに、大量のパソコン機器、ジュラルミンケース、紙袋などを路肩に停車したバン2台と普通車1台へ、次々と運び込んだ。予想以上に押収物が多く、車に積み切れなかったのだろう。「書類」と書かれた段ボール4箱は、民間業者が集荷して運んでいった。“ガサ入れ=家宅捜索”が終わったのは午後6時すぎだった。

 この“ガサ入れ”中の午後4時、インターネット上では、ある「騒動」が勃発していた。1カ月に約1千万人が利用している巨大掲示板「2ちゃんねる」の一部が、サーバーダウンのために、見ることができなくなったのだ。
 2ちゃんねるの中に、「現在強制捜査受け中」とのスレッドが立ち、運営担当者のユーザー名で、ノートパソコンや携帯電話が押収されたとの書き込みがされた。2ちゃんねるの利用者の間では、「2ちゃんねるに捜査が入ったらしい」と騒ぎになった
 そう、この二つの出来事はリンクしている。冒頭の“ガサ入れ”先は「株式会社ZERO」。2ちゃんねるのサーバー管理会社だったのだ。では、ガサ入れしたのは誰なのか。
 札幌だから北海道警と考えがちだが、実は違う。この捜査員たちは、東京都を管轄する「警視庁」の刑事だった。だから、刑事たちが乗っていたバンはレンタカーだったのだ。
 この家宅捜索は、警視庁が威信をかけて取り組んでいる「2ちゃんねる撲滅作戦」の始まりを告げる一幕だったのである。

 どれだけ警視庁が「2ちゃんねる潰し」に威信をかけているか。それは、本誌がつかんでいる経緯を見れば明らかだ。
 警視庁の内部に動きがあったのは10月下旬のこと。突然、トップダウンの命令で、警視庁管内の各部署から、精鋭の「ハイテク刑事」たちが都内某所に集められたのだ。
 捜査関係者が語る。

「サイバー犯罪対策課の刑事を中心に20人以上も招集された。全員がそれまで担当していた仕事を別の人に引き継いだり、やめたりして集まった。『2ちゃんねるを潰すこと』のみを任務とする専従捜査員です。こんな異例の招集は警視庁のトップ、樋口建史・警視総監からの指示でした。それも、片桐裕・警察庁長官が警視総監経由で指示を出した“特命事件”だったのです」

 樋口警視総監は8月に、片桐警察庁長官は10月に就任したばかり。警察の“両巨頭”がタッグを組んで最初に手がけた事件、それがこの「2ちゃんねる事件」となった。
 精鋭ハイテクチームは、11月初め、都内某所に特別に設けられたスペースで、2ちゃんねるをくまなくチェックし、犯罪の“萌芽となる事実”の洗い出しを始めた。

「現場のヤル気は相当なもので、万が一失敗したときには捜査幹部が責任を取ることが決まっているとも言われている。捜査員の士気を反映してか、11月上旬には、『麻薬特例法違反』で令状を取ることが決まり、11月24日に北海道と東京で一斉に“ガサ入れ”を行うというハイペースで捜査は進んでいます」(同)

 家宅捜索の容疑となったのは麻薬特例法違反。法律で規制された薬物を買えるような環境を放置しておくことも、「幇助」に当たるため、罪に問える。今回の「2ちゃんねる事件」でも、精鋭ハイテクチームは、違法薬物を売買できる書き込みを放置したこと自体が違法だと見ているようだ。
 いまだ逮捕者は確認できていないが、ある警察庁関係者は今回の家宅捜索の狙いをこう語る。

「まずは、2ちゃんねるがどういう運営実態なのかを明らかにするのが目的のようだ。今はまだ証拠集めの段階。個別の事件で身柄を確保することよりも、犯罪の温床を潰すことが目的のようなので、しばらくは、そのための実態解明に時間をかけるはずだ」

 犯罪の温床--たしかに、ネット掲示板への書き込みが「違法行為」と見なされる事例は増加傾向にある。警察庁から依頼を受け、ネット上の違法情報などの統計を取っている「財団法人インターネット協会」によれば、2011年度上半期の「違法情報」件数は1万9286件で、前年同期よりも約4%増加しているという。そのうち、海外案件などを除く1万2403件が警察に通報されている(内訳は下の表参照)。
 同協会はプロバイダーを通じて、違法情報の削除を要請しているが、約42%は要請に応じていない。削除依頼に応じないうちの半数以上が、「2ちゃんねる内の書き込み」だとも言われているのだ。
(略)
 前出の津田氏は言う。

震災後は特にネット言論への規制が顕著です。警察庁が東日本大震災に関する書き込みに削除依頼を行い、経産省が広告会社と一緒に原発などに関するネット情報をチェックするために、約8千万円の予算をつけています。こうした動きは気をつけるべきです」

 たしかに、震災後は警察当局がネットに向ける目は厳しくなっている。3月末、警察庁は被災地での外国人犯罪や火事場泥棒など“デマ情報”をネット上から削除する要請を行った。また4月1日、「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」が国会に提出され、捜査当局は裁判所の令状がなくても、プロバイダーに通信記録の保全を要請できるように法改正が行われた。こうした「ネット規制強化」の流れが、「2ちゃんねる潰し」にもつながったと解釈することはできる。
 だが、こうした規制強化は常に「言論統制」へとつながる危険性をはらんでいる。捜査当局の介入はどこまで許されるべきなのか。
(略)
 前出の警察庁関係者は最後にこうつぶやいた。

「この事件は来年に持ち越して長くなりそうだ。威信がかかっている。展開があれば人員を増強する可能性もある」

 どうやら、様相は「警視庁対2ちゃんねる」という構図にとどまりそうにない。当局の動き次第では、ネット社会は2012年、“激震”に見舞われるかもしれない。(本誌・作田裕史)

 「警視庁で2ちゃんねる撲滅作戦」 『週刊朝日』報道で賛否(2011年12月6日ニコニコニュース)より抜粋

 週刊誌『週刊朝日』12月16日号(2011年12月6日発売)で、「ひろゆきもビックリ!! 警視庁がたくらむ2ちゃんねる撲滅作戦」という記事が3ページに渡り掲載されている。
(略)
 一方、当の2ちゃんねるでは、この記事について「(捜査は)言論統制・言論弾圧だ」とする意見のほか、「もし(2ちゃんねるが)無くなったらどこにいこう」、「潰しても類似サイトに移るのでは」、「むしろ(2ちゃんねるは)潰したほうがいい」といった意見など賛否両論。麻薬特例法違反の疑いで問題になっているとみられる「薬・違法板」の存在を疑問視する意見もみられた。

ま、警視庁の思惑がどこにあるのかはともかくとして、当局の目前でありながら手が届かないところで公然と違法行為が行われているというのもおかしな話ですし、多くの「ねらー」からしてももはやネットを匿名環境だなどと信じ込んでいる人間は情弱扱いですから、例えば礼状など正当な手続きを経た上での情報開示請求にはきちんと対応していくことには何ら異論はないでしょうね。
そもそもご存知のように2チャンネルという場所は昔からしょっちゅうサーバーダウンするなど巨大すぎるが故の弊害が指摘されているところで、コアな常連がたむろする板などではとっくの昔に外部の避難所などが設けられていたりもするものですから、単に固有サイトとしての2チャンネルが消えたところでヘビーユーザーにとってはさほど困るというものでもないでしょう。
一方でそれこそ犯罪に利用するような「とにかく大勢の目に触れる場所に書き込みたい」「売り情報を知りたい」というだけのライトユーザー?にとっては特定の場所が消えてなくなるのは困ったことになるでしょうから、彼らのターゲットをなくするという意味からすれば一カ所の巨大掲示板に集中するよりはジャンル毎に分散させるなど、「いっそ2チャンネルは潰したほうがいい」という意見にも一理あると言えそうです。
そんなこんなで警視庁が本気で2チャンネルを潰したいのなら「どうぞご自由に」と言う声も少なからずという現状ですが、こと犯罪行為に関連しての現実的な面から考えると、こういう誰でも知っているという表の巨大サイトが一カ所にまとまっていた方が、あちらこちらのアングラサイトに分散して潜伏されるよりはよほど対象を炙り出しやすいという気もしますがどうでしょうね。

ネラーの母集団というものは決してマスコミなどが「ネトウヨ」などと統括するような単一のものではなくて、それこそ日本の社会構造を反映した各方面の人材が均等に集まっていると予想されていますが、当然ながらその中には警察関係者もいるでしょうし、また過去何度も物理的トラブルに見舞われるたびに活躍してきた専門技能集団も存在しているわけです。
そうした人々が今回の警視庁の動きに対してどういう反応を見せるかということも興味深いのですが、各板での関連スレの伸び具合を見てもまだまだ炎上といった騒ぎには程遠いという現状から判断する限り、今のところ放置しておいても大過ないマイナートラブルの一つであると見なされているようですよね。
その背後にあるのはかつて興隆を極めたパソコン通信やニュースグループなども今は消えてしまったことにも現れているように、新聞社が赤字だと大騒ぎになる既存メディアと違い、ネットにおいては物理的環境ではなくその利用者こそが唯一最大の資産であるという現実を当事者が理解しているという事情もあるのでしょう。
すなわち2ちゃんねるが潰れたからといって既存メディアに対するネットの監視力がいきなり衰えるとも言えないでしょうが、そう考えるとこの一連の騒動は「連中いよいよ公権力にも目をつけられたか。早く潰れろ」とwktkしながら経過を追っているだろう既存メディアの反応ぶりを、生暖かく見守っておくというのが当面の楽しみ方になってくるのかも知れません。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年12月 9日 (金)

新潟県十日町市では雪かきボランティア募集中、だそうなのですが…

新潟と言えば先年の地震で分断された集落が出たということが話題になりましたが、今もそうした地域に暮らし続ける人々というのは当然ながら先祖代々の土地を守るという御高齢世帯が多いわけですよね。
一方で新潟と言えば有名な雪どころで除雪作業は大変なものだと言いますが、特に十日町市などは雪かきした雪が屋根まで届くという日本有数の豪雪地帯で知られているそうです。
そんな地域で何らかの事情で自宅の雪下ろしも出来ないという世帯があればこれは死活問題ですが、その十日町でこんなボランティア募集の話が出ていて、これが思いがけない話題になっているのですね。

雪かきボランティア:豪雪の十日町で募集--高齢化で住民団体 /新潟(2011年12月7日毎日新聞)

 県内有数の豪雪地帯であり、お年寄りが多く暮らす十日町市の池谷集落で、住民団体が雪かきボランティアの参加者を募集している。

 同集落は、最盛期は37世帯約170人が暮らしたが、04年の中越地震による被災後、09年には6世帯13人にまで人口が減少した。

東京のNPO法人「JEN」が被災後、同集落で農作業や除雪作業イベントなどを継続して復興支援をしてきた。地元では都会からのボランティアを受け入れる住民団体「十日町市地域おこし実行委員会」を発足させ、秋の収穫祭などさまざまな地域おこしのイベントを企画してきた。

 集落では毎年3~4メートルの積雪がある。年寄りにとって除雪は重労働のため、同実行委が雪かきボランティアを募っている

 雪かきは来年1~2月に計4回行う予定で、各回定員15人。2泊3日4食付で参加費は6000円。宿泊場所は、廃校になった小学校を改築した「やまのまなびや」。問い合わせは実行委のメール(chiikiokoshi@gmail.com)まで。【川畑さおり】

ざっと調べた範囲では毎日にもう1本関連記事が出ていて、こちらは「越後雪かき道場」なる民間団体が「雪かきボランティアに参加する技能を養成する」という名目で人集めをしているようで、日程や場所が重なるなと思っていましたら実際に一部共同開催のようなことをやっているようですね。
しかしよく見て見れば6000円をくれるというのではなく6000円を徴収するというのですから「重労働をして金まで取られるのかよ!」と言うものですが、現地の人々の情報では雪かきのペースにもよるものの相場が時間2500~4500円くらい、日当換算で1万~2万円程度と言いますから、交通費と参加費を込みで考えるともの凄いマイナス収支ということになるのでしょうか?
当該団体の公式サイト?を参照してみますと更に一層突っ込みどころが満載という募集要項となっているようなのですが(そもそも「限界集落を抜け出した、奇蹟の集落からお届けします」って、全然抜け出してねえじゃねえか!という突っ込みは置くとしても)、まずは素直に引用させていただきましょう(一応魚拓を取っております)。

日本一の豪雪地帯の奇跡の集落で「雪かきボランティア」を体験してみませんか?(2011年11月26日奇蹟の集落だより)より抜粋

新潟県十日町市にある池谷・入山集落では2004年の中越地震以降、
 震災復興を経て地域おこしに力を入れております。

 地震直後は9世帯だったのが6世帯にまで減ってしまいましたが、
 2010年2月に1軒の家族と2011年には2人の若い女性が移住し、限界集落から脱出しました。

 とはいえ、お年寄りの多いこの地域では冬の除雪は大変な大仕事です。
 (雪が多い年だと4mも積もります!)
 そこで、都会からの雪かきボランティアを大募集しています。
 当日の状況によっては雪かきの合間にかまくら作りや滑り台づくりなどの
 雪遊びを楽しむ事が出来る場合もあります
 また、池谷集落のみならず、近隣の飛渡地区の他集落へのお手伝いも計画中です。

 ぜひ皆さまのご参加をお待ちしております。

 ===募集要項===
(略)
■宿泊場所: 池谷分校
(廃校になった学校を宿泊施設に改築して利用しています)

■定員:各回15名

■参加費: 6,000円(2泊3日:4食・懇親会付き)
※食事は参加者の食事当番が交代で自炊する形となります
※現地までの交通費は各自ご負担願います。お車での参加も可能です。
※小学生未満は無料
※小学生は半額
(略)
※送迎の場合、別途片道車1台につきガソリン代の実費を頂戴いたします。(送迎人数で頭割り)
 十日町駅の場合(500円)、六日町駅、六日町インターの場合(1000円)

■保険: ご参加の皆様には、ボランティア保険に加入して頂きます。
    別途、保険代(280円、1度加入すれば年度内の3月31日まで有効)を頂く場合も
    ございますので、ご了承ください。
(略)
     ※ストーブ、寝袋、電気毛布は用意しておりますが、
      非常に寒さの厳しい宿泊場所となりますことあらかじめご了承ください。
(略)
■主催:十日町市地域おこし実行委員会

いやまあ、交通費も実費(というより送迎に金を取るそうですが、当然ながら公共交通機関などないでしょうしね…)というのはある程度予想されたところですが、二泊三日で重労働に従事してその間の食事が僅かに四食、しかも地元の人間が豪勢に郷土料理でももてなしてくれるのかと思えば参加者が交代で自炊しろですか…まさか腹が減って何か食いたいなら地元に金を落とせってことじゃないですよね??
これまた地元情報ではとてもこんな食生活で保つような軽い労働ではないということなんですが、こういうことに参加したい人はこういう扱いには慣れているのかも知れませんが、それにしてもこの条件でも人が集まるのだとすれば、ボランティアに行く方々というのはよほどに心身ともタフに出来ているのでしょうか?
周辺集落にも応援に行くと言いますから仕事だけはいくらでもありそうですが、さらに加えてそのタフさを試すかのように豪雪地帯においてわざわざ「非常に寒さの厳しい宿泊場所となります」と地元越後の人間が言うくらいでしょうから想像を絶するような環境なのでしょうが、実際にこの廃校がどういう状況になっているのかというのがこちらのサイトから判ります。

やまのまなびや

2007年、復興支援のボランティアの宿泊場所として、廃校になった旧池谷分校を改修しました。現在も様々なイベントの宿泊場所として使用されています。
(略)
備考    ・食事は基本的に自炊。調理器具、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ有り。
風呂なし、シャワー有り
寝具は寝袋
温泉浴場まで車で30分程度

ははあ…風呂もない廃校で寝袋にくるまって寒さに震えながら雪かきで痛む体を休めますか…「孤高の人」並みに楽しい夢が見られそうな環境ですよね。
これまた地元民が口をそろえて言うことに「雪かきを甘くみるな!」という話がありますが、実際にご当地十日町市のパンフレットには「除雪中の事故によって毎年多くの犠牲者が出ています」と厳重に警告が出されているくらいで、保険料実費だというボランティア保険も今回ばかりは出番が多そうです。
ここまで来ればこの素晴らしい企画を考えつかれた主体が誰なのかということが気になりますが、ネット上では冒頭の記事に名前の出ている「NPO法人JEN」という団体が取りざたされていて、有名な宗教団体が主催しているこちらも事実なかなか愉快なポリシーを持っている興味深い団体のようなのですが、どうも今回のイベントには直接関わっているわけではないようですね。
これも前述のサイト情報から引用してみますと今回の主催をやっている「十日町市地域おこし実行委員会」なるもの、「地域住民の方の農地の継承、新規移住者や農家担い手の促進を行っていきます。さらに、「持続可能な集落」のモデルを作り、日本全国に発信していくことで、日本全体を持続可能な社会にすることに貢献することを考えて」いるという、どうやら地元(農)民による団体であるということです。
実際に米を売っていたりと営農集落存続を様々な手段を通じて図っているようなのですが、これまらサイトによれば近々NPO申請をする予定ということで助成金も得られる見通しが立ったなどと言っていますけれども、この助成金云々というのが非常に気になるところなんですね。

そもそもこんな限界集落で豪雪地帯となると毎年の雪かきは死活問題になるでしょうに、こんな(控えめな表現をすれば)ものすごい条件でボランティア募集をかけるまで行政は何も手を打たなかったのかなと思って少し調べて見ましたら、考えて見れば当たり前なんですが十日町市でもきちんと補助金の制度もあって対象者も絶讚拡大中ということなんですね。

要援護世帯(高齢者)の除排雪援助事業の対象者拡大について (十日町市広報資料)より抜粋    

自力では自宅の雪処理が困難な高齢者世帯、母子世帯、身体障がい者世帯等(以下「要援護世帯」と言います。)に対して、①屋根の雪下ろしに係る費用、②融雪屋根に係る費用、③玄関先の避難路確保に係る費用の一部を援助します。
援助額は年間33,000円(上限)です。

上記のように高齢世帯など物理的に作業が困難であることに加えて所得が低いことなどが補助金支給の対象になるということですが、今回のケースでは何しろお年寄りだらけの限界集落ですから、さぞやこうした補助金の該当世帯も多そうですよね。
それをわざわざ参加費としてお金を取ってまでボランティアを呼ぶというくらいですから地区内の雪かきに元手は全くかからなそうに見えるのですが、そうなりますとボランティアが雪かきをした地域ではこうした補助金は一切申請する予定はないということなのでしょうか?
ちなみに市が公表している過去の実績によれば、昨年度で補助金の対象世帯数1056世帯に対して実際に利用したのが1000世帯(利用率95%!)、一世帯あたり利用額が3万1千円だと言いますから、利用可能な世帯は限りなく全世帯が満額近く利用している計算になるのですが、冒頭の記事を素直に読めば今年に限らず今までもNPOなどが主催して各地でボランティアに雪かきをさせてきたというように読めますよね…

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2011年12月 8日 (木)

世の中にはただ走って逃げるだけのケムール人を夢に見るほど怖がる人もいるそうです

ちなみにスレタイの元ネタはこちらの話なんですが、一部の人々の間で悪夢と恐れられているケムール人の逃走劇はこちらの動画をご参照いただければと思います。
余談はともかく、先日も少しばかり取り上げた読売新聞の連載記事「ヨミンちゃんの冒険 日本の病院編」ですが、読者からもかなりの反響があったということです。

ヨミンちゃんの冒険 日本の病院編 モンスター患者がなぜ問題なのか(2011年12月5日読売新聞)

 モンスター患者をめぐる問題に様々なご意見を寄せていただき、誠にありがとうございます。ドクターJiJiから、連載を振り返ってのコメントが届きました。

 そもそも「モンスター」という言葉は、学校でのモンスターペアレント問題として2007年ごろから取り上げられはじめたそうです。同様のことは学校以外でもあちこちで起こっている現代の社会現象として、存在が認識されてきました。

 病院では、医療現場という特性はありますが「対応困難者」として同様の事例が見られていました。読売新聞が2007年に行なった大学病院の「横暴な患者」調査では、全国54病院で、「1年間に医師、看護師が患者や家族から暴力を受けたケースは、少なくとも約430件、理不尽なクレームや暴言も約990件」と報告されました。事例として、とても信じられないようなケースも紹介されており、まさにモンスター的内容でした=記事はこちら=。

わずかな人のために、医療業務が妨害され、他の患者さんの不利益につながるばかりでなく、信頼関係の上に成り立つ医療の原点もゆらいでいるといえそうです。大きな精神的外傷をうけ、病院を去って行く医師や看護師が増えていることは、医療崩壊を加速させる要因の一つにもなりかねないのです。

 このような状況について皆さんに知っていただき、どのように感じられるのかをうかがいたく、この問題をテーマとして取り上げました。

 多くのご意見をうかがうことができました。ありがとうございました。

 

医療側にも問題があるとの指摘は、真摯に受け止めねばなりません。しかし、そのような要素を考慮してもモンスターの行動に正当性はないとのご意見が多いと総括されます。また、これは医療現場だけでなく様々な場面でも起こっている問題であるとの共通認識を確認できました。

病院の「オーナー」は国民

 医療施設としては、国民皆保険制度のもとで医師が応召義務を果たし、世界的に評価されている日本の医療を守るために、モンスターへの対策を講じて行かなければなりません。

 現在、多くの病院で投書箱、苦情の窓口、あるいは専任の職員を置いた患者サービス室などを設置しています。患者さんの苦情、提言を病院運営の改善に反映させる工夫も行われ、病院としてのサービス向上に努めているのです。ところが、そのために専任の職員を増やすことは、今日の厳しい医療財政の中では限界があります

 日本の医療は国民健康保険で賄われており、営利目的の企業の参入は禁止されています。つまり、病院のオーナーは国民であるということもできるのです。「自分たちの病院を、自分たちで守る」という意識を持っていただきたいのです。

医療のあり方を基本から見直す

 病状などをご家族へすみやかな説明は必須なことですが、人員不足の中で多忙に明け暮れしている状況を考えると、簡単ではありません。それでも、人の役に立ちたいという志を持って医療の世界に飛び込んで来た医師、看護師らは、眼の前の患者さんの診療のために労力を惜しむことはありません。

 問題なのは、診療とは言えないような雑用に追われることで疲弊してしまっている現実です。

 近年、ますます増えて行く様々な文書作成もその一つです。一部の業務を医師に代わって行う医療クラークが広がれば、幾分は改善されるでしょう。それでも、根本的解決にはなり得ません。

 医療訴訟対策を念頭に置いた文書の作成に費やされる時間は、増える一方です。複雑化してわかりにくい医療保険制度そのものを見直すべきです。

 ビジネスのように「契約」という関係の上で、患者さんの診療が行なわれる今の医療のあり方を基本から見直さなければ、心の通じる医療を取り戻すことはできないと考えています。

現代人の疳(かん)の虫

 それにしても、自分の思い通りにならないと我慢ができず、不満を誰かにぶつけたり、抗議行動を起こしたり、暴言を吐いたり、キレたりしてしまう人が、なぜいるのでしょう。なぜ、日本人が古来持っていた「他人を思いやる気持ち」をなくし、自己中心的で、相手の人権を無視した言動の銃撃を浴びせてしまうのでしょう。

 現代人の心の中に、このような疳(かん)の虫が住み着くようになってしまったのでしょうか。社会医学的な根本的治療が望まれるところです。

 ~ドクターJiJiこと、高崎健(日本医療学会幹事、東京女子医大名誉教授)より~

しかしモンスター患者の代名詞たる渡辺勝敏記者を擁する読売よ、お前が言うなと言うべきなのでしょうが、他ならぬ読売にすらこうした記事が掲載されることに件のワカタツ氏はどのような感情を抱いているのでしょうかね(苦笑)。
ただ昨今モンスター対策が急がれることの理由として医療崩壊と絡めて論じられるのは必然ではあるのでしょうが、医療環境の特殊性をことさら強調してこんな状況だからモンスターは困る式の論法は、医療は常識の通用しない特殊な世界だから世間的には許容されるものであっても病院内では駄目なのだと曲解される恐れがありますよね。
そうではなく、世の中のあらゆる局面でモンスターとは社会にとっての害悪なのだという共通認識を深めていくことが重要なのだと考えていけば、その傾向と対策も含めて多忙極まる医療の世界だけで何とかしなければと焦る必要もなく、世間から知恵を借りてくればいいということになります。
このところ様々な業界でモンスター問題ということが言われるようになって、例えばしばしば団塊世代の横暴ということが取り上げられますが、良くも悪くも日本が熱かった時代を知っている中高年世代はこの方面でもヒートアップしがちなようです。

キレる中高年男性目立つ、脳内物質も関係? 駅・空港・病院などで激高、軽視され自信喪失 (2011年11月30日日本経済新聞)

駅や空港、病院などの公共の場で、ささいなことでキレて駅員や職員らに手を出したり、言い寄ったりする中高年男性が目立つ。一見普通で分別のありそうな大人の男性がなぜキレてしまうのか。専門家はギスギスした職場環境や高齢者の孤独といった現代社会のひずみが背景にあると主張する。

「ふざけるな!」。首都圏にある私鉄の駅で、駅員のAさんは激高した中年の男性乗客からいきなり顔面に平手打ちを受けた。最終電車に乗り遅れた男性客に「申し訳ありませんが、もう電車はありません」と頭を下げた瞬間の出来事。非は乗客側にあるはずだが、この男性は乗り遅れた怒りを駅員にぶつけたのだ。
私鉄やJRなどがまとめた調査によると、駅員などへの暴力行為件数は増加傾向にある。2010年度は868件と06年度より約3割増えた。大半は男性の加害事例だ。年齢別では60代以上が最も多く、以下40代、50代の順で中高年が目立つ
駅員や他の乗客に対し、暴力に至らなくても、詰め寄ったり、暴言を吐いたりする迷惑行為は後を絶たない。近年の特徴は一見普通の中高年男性が突然キレるケースが目立つことだ。こうした行為をする男性の多くは、少し時間がたつと、冷静さを取り戻し反省するという。

悪質な行為に対し、交通機関側は断固とした対応をとるようになってきている。「1席くらい空きがあるだろう。なぜ乗せないんだ!」。今年3月、羽田空港の国際線ターミナルで怒声が響いた。航空会社のカウンターで中年の男性が激高し、カウンターの壁を蹴って損傷させた。
男性は予定より早く空港に到着したため早い便への変更を求めたが、あいにく満席だった。「残念ながら席がございません」と謝る空港職員に腹を立てた末の蛮行。結局、この男性は10万円近い修繕費を支払う羽目になった。
機内での迷惑行為の加害者も「圧倒的に中高年男性が多い」(日本航空お客さまサポートセンター)。04年の航空法改正では迷惑行為をする悪質な乗客には罰則が科されるようになった。トラブルで多いのが化粧室内での喫煙や携帯電話の使用。大半の乗客は客室乗務員が注意をすると素直に従うが、指示に従わず「うるさい」とキレる客もいる。

病院でも、中高年男性によるトラブルが増えている。「指示に従って入院しているのになんで治らないんだ」。都内の大手病院に乳がんの疑いで入院した患者の夫(50代)は回復しない妻の容体にイライラを募らせ、担当医と看護師に怒りを爆発させた。医師が病状を説明しても納得せず、次第にエスカレート。2時間以上も医師と看護師を拘束し大声で怒鳴り続けるなど、常軌を逸した行動を取った。
社団法人全日本病院協会が3年前に全国約1100の病院に院内暴力の実態を尋ねたところ、過去1年間で「暴行や対応に苦慮した暴言があった」と答えた病院は52・1%と過半数に達した。
加害者の年齢に関する調査はないが、「中高年男性が多い」と指摘する関係者は多い。社団法人日本看護協会の小川忍常任理事は「1990年代ごろから患者の権利意識が高まり、お客さま扱いを求める風潮が強まった。それに伴いクレームを付ける患者や家族が目立つようになった」と話す。

なぜ、中高年男性はキレやすくなったのか。「『上から目線』の構造」の著者で心理学者の榎本博明さんは、近年の不況で会社をリストラされたり、人員削減で仕事量が増えたりして、中高年男性のストレスが増加していることを背景にあげる。
職場でお荷物扱いされ、家庭では軽んじられて居場所がない中高年男性は増えている。彼らは自信がないから他人の視線が気になって被害者意識が強まり、ちょっとしたことでも自分がバカにされたと思い激高する。唯一、自分が尊重される場が客という立場。最後のよりどころである客の立場を軽く見られると、怒りが爆発して衝動を抑えられなくなるのだろう」
キレる現象は現役世代だけでなく、退職者の間でも広がっている。「暴走老人!」などの著書がある作家の藤原智美さんは次のように解説する。「地縁や血縁が薄くなった昨今、昔に比べて親戚や他人と話をする機会が減った。対話能力も低下しており、不満があってもなかなか口にできない。そのストレスが限界点を超えた時にキレるのではないか」

なぜと言われると本人達にも説明は難しいのかも知れませんが、ともかくイケイケで強気に攻めることが美徳とされた時代に育ってきた彼らにしてみれば、何をやっても昔のようにはうまく成果が上げられない今の時代には当然色々と積もり積もった不満もあるということなのでしょう。
もちろんどんな事情があっても反社会的行動は許されるものではなく、むしろこの種の分かりやすいモンスターは社会として毅然とした対応を心がけていけばいずれ排除可能かとも思われるのですが、何故彼らがこうまで権利意識ばかりを奇形的に肥大化させていったのかという背景に、やたらと「若者の○○離れ」というフレーズを使いたがるように主要顧客である中高年層に媚びるばかりのマスコミの影響を考える人も少なくないかも知れません。
故・三波春夫氏も「お客様は神様である」というフレーズの誤用に心を痛めていたと言いますが、彼らを育て上げたマスコミでさえこうしたモンスター排除の論陣を張るようになってきた以上、いずれこのタイプは反社会的存在としてそれなりに対処がなされていくのではないかと考えています。
ところが個人的にモンスターの陽性症状などと呼んでいるのがこうした過剰要求を強要するタイプだとすれば、一方では陰性症状と言うべきものを呈するモンスターもいらっしゃるわけですが、むしろこちらの方が対処が難しいかも知れません。

例えばゆとりなどと揶揄される今の若年世代は良きにつけ悪しきにつけ草食系というのでしょうか、表だってキレるということはさほどに多くないようですが、しかし何も言わないから不満がないということではないし、説明して分かってくれたのかと思って見ていると黙って無表情で困ったことをするという方々も少なからずいらっしゃいますよね。
ひと頃から悪化する一方だという給食費未納問題などもどちらかというとこちらのグループに属するのかも知れませんが、何かあれば学校に怒鳴り込んでくるようなタイプも迷惑ですけれども、最低限社会的に求められる関わり合いすら拒否して引きこもるようなタイプも困ったもので、しかも暴れる、壊すといった直接的迷惑行動がないだけに社会としても強く出にくいという難しさもあるようです。
世間一般にはこのタイプへの対処は取引をご遠慮し関わり合いにならないのが正解でしょうが、医療や教育といった社会資本的側面の強い業界に関しては顧客の放置はすべからずという社会の認識があるようですから嫌でも関わり合いにならざるを得ず、さてこのタイプへの対処の必要性をどうやってアピールしていくかと考えるとやはり契約の任意性を認めるということになってくるのでしょうか。
「義務教育だから給食費など払う必要がない」などと言って再三の請求にも無視を決め込む人々がいますが、むしろ問題はそうした人々が存在すること自体よりも、そうした代価を負担しない相手に対しても学校側は給食提供という義務を一方的に果たさなければならないと考えられている事の方にありそうだと言うことです。

医療の領域に関して言えばしばしば取り上げられるのが再三のすすめにも関わらず検査や治療を拒否していた患者に予想通り何かが起こってしまった、後日患者なり家族なりから「どうしてくれるんだ!」と賠償請求されるというケースがありますが、結局医療契約も任意であって病気があるからといって締結しなければならないものではないという大前提がどこまで認められるかですよね。
考えて見れば「俺は医者に体をいじくり回されるなんてまっぴらだ!何があっても医者になんてかからないぞ!」という人がいても何も不思議はないはずで、嫌がる患者でも可能な限りの手を尽くして治療を受けさせなければ(少なくともそう努力しなければ)ならないなんてジンケンシンガイ的行為が求められるのも、国民全てに等しく安価に医療を保証するという国民皆保険がもたらした壮大な勘違いなのかも知れません。
手塚治虫のブラックジャックでは一生かかっても馬鹿高い治療費を払うという患者家族にブラックジャックがニヤリと笑って「その言葉が聞きたかった」という名場面がありますが、仮に今後特区などの形にせよ混合診療や自由診療が導入され、そうした施設では劇的に客層が良くなったという事になった場合、モンスター対策に苦労している現場からは改めて解禁待望論が出てくることになるのでしょうか?

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年12月 7日 (水)

「無能者は不要だ」で済む話でもないので困るのですが

以前から言われながらずっと検討中という課題はいくらでもありますが、その一つが日本版ナースプラクティショナー(NP)制度とも言われる特定看護師制度でしょう。
基本的に国はこれを推進していくというのが既定の路線なのですが、その実現までには賛成派、反対派双方からまだまだ注文が多そうな気配です。

依然混迷の特定看護師制度 骨子案まとまるも厚労省の拙速姿勢に批判相次ぐ(2011年12月6日日経メディカル)

 全国紙が今年10月、特定看護師が創設されると報じ、11月には厚生労働省がその制度の骨子案を示した。しかし、法制化を急ぐ同省の姿勢に医療界からは「拙速すぎる」との批判も出ている。

 厚労省が11月7日に公表したのは、「看護師特定能力認証制度骨子(案)」。特定看護師(仮称)の創設について議論する「チーム医療推進のための看護業務検討ワーキンググループ(WG)」で示された。一定の要件を満たして認証を受けた看護師が、医師から包括的指示を受け、特定の医行為をできるようにする制度だ。

 現在の保健師助産師看護師法では、看護師は医師の指示を受け、診療補助として医行為ができる。しかし、どのような医行為が診療補助に当たるのかは特定されておらず、現場では比較的侵襲性の高い医行為も行われているのが実情だ。

 認証制度では医行為を「A 絶対的医行為(行為・判断の難易度が著しく高いもの)」「B1 特定の医行為(侵襲性が相対的に高く、難易度の高いもの)」「B2 特定の医行為(実施者の裁量性が相対的に高く、高度な判断能力を要するもの)」「C 一般の医行為(行為、判断ともに看護師一般が実施可能なもの)」に分類する予定。その上でB1、B2は、認証を受けた看護師であれば医師の包括的指示の下で行えるようにする考えだ。

 厚労省は認証の要件として、(1)看護師の免許を有する(2)看護師の実務経験が5年以上ある(3)厚労相が指定したカリキュラムを修了する(4)厚労相の実施する試験に合格する─の4点を示した。なお、特定の医行為であっても、医師の具体的指示があれば、認証を受けていない看護師でも行えるようにする方針だ。

 特定の医行為の内容はまだ決まっていないが、同省は「褥瘡の壊死組織のデブリドマン」や「脱水の判断と補正(点滴)」などを例として挙げる。

 WGの座長を務める昭和大病院長の有賀徹氏は「医療の高度化、専門化が進むにつれ、医師の業務が増えており、診療において判断を伴う業務を全て医師が担うことは難しくなっている。一部の業務は、コメディカルスタッフにシフトしていく必要があるだろう」と話す。

慎重な議論が水の泡に?

 厚労省は今回まとめた骨子案を12月の社会保障審議会医療部会に示し、社会保障と税の一体改革のスケジュールに合わせ、年明けの国会には関係法案を提出したい考えだ。ところが、同省の方針に日本医師会などが反発。日医常任理事の藤川謙二氏は「現在、特定看護師の試行事業が行われている最中であり、その検証を待たずに制度化するのは時期尚早だ」と訴える。

 特定看護師の創設には反対していない委員からも、拙速との声が上がっている。有賀氏も「WGには賛成派も反対派もいるが、これまで時間をかけて意見をすり合わせてきた。厚労省から10月にいきなり『来年、国会に提出する』と言われたが、まだ慎重に話し合って決めるべきこともたくさんある」と話す。

 そもそも特定看護師については、業務拡大により医療安全が損なわれると主張する日医など、創設自体に反対する医療団体がいまだに少なくない。そうした中で、慎重に議論を進めて今回の骨子案の提示までこぎつけた経緯がある。拙速に法制化を進めようとする厚労省の対応は、今までのWGの努力を水泡に帰しかねないわけだ。

 11月18日に行われた、WGの上位会議であるチーム医療推進会議(座長:東大循環器内科教授の永井良三氏)では、日医、日本歯科医師会、日本薬剤師会などの委員が「特定看護師制度について社会保障審議会医療部会に諮ることは時期尚早であり反対」とする意見書を連名で提出した。特定看護師の創設問題に決着がつくまでには、まだしばらく時間がかかりそうだ。

記事中にもありますように日医は以前から熱心な反対派、医療業界全体を見回しても印象として積極的導入論者はさほど多いものではないようで、少なくとも導入にあたっては慎重にという声が主導的であるように感じますが、管理人個人としては以前から何度か取り上げているように、導入に当たって予想される数多く問題点がクリアされるならという条件下で導入賛成派です。
その根本的な理由として医療における専門職が有限である以上、なるべく専門性の低い業務は非専門職へ下請けしていくべきだという前提に立っていることで、医師は医師にしかできないことを、看護師は看護師にしか出来ないことをやっていく、そして助手や事務などパラメディカルスタッフを積極的に活用していくことが最も健全な形での「医療主導の経済成長戦略」にもかなうものかなとも考えています。
ただしその大前提として特定看護師に要求される並みの看護師よりも少しばかり高度な能力などという曖昧な概念が、例えば大学病院勤務歴○年、看護研究発表○報などという実務と縁遠いものになってしまったのでは仕方がないのですから、どのように能力を評価するのか、そもそも求める能力とは手技なのか知識なのかといったあたりを慎重に煮詰めていかなければならないでしょう。
そうした点からまだまだまとまりそうにないこの議論より、実臨床に与える影響として一番注目されるべきなのはむしろ「特定の医行為であっても、医師の具体的指示があれば、認証を受けていない看護師でも行えるようにする方針」という部分で、これは有史以来連綿と続く「それは先生の仕事ですから」問題を公式にクリアーにしていくものだと理解していいのでしょうかね(苦笑)。

ただ最近立て続けにNP反対論を勢いづかせそうなニュースが出てきていることが少しばかり気になっているのですが、例えば九州がんセンターの看護師が「注射をわざと失敗した」だの「薬を盗んだ」だのとブログに書いて炎上した事件などは、表向き「全てはストレス解消目的で書いた嘘だった」という結論になっているようですが、「またいつもの犯罪自慢か…」とため息をつかせるような話題ですよね。
少し前にも製薬会社のMRが上司の酒にハルシオンを入れたなんて犯罪行為をわざわざつぶやいて炎上していましたが、本当にこういうのを見ると「バカ発見器の最高傑作」というのも嘘じゃないという気がしてきますし、嘘だという証明もないのに本人の言う通りに嘘だとして扱うことが長い目で見て本人や社会のためになるのかどうかも考えていかなければならない時期でしょう。
この種の犯罪的行為は職業的適性がなかったと言ってしまえばそれまでなのですが、果たして適性がないのか単なる未熟なのか判断が難しいケースというのもままあるもので、先日報道されていたこちらの記事など素人目には「空気の通り道をテープで塞ぐ?それってどうなのよ?」と思えてしまうらしく、ネット上でも看護師としての基本的資質を疑う声が続出しています。

呼吸穴ふさがれ70代男性患者死亡 愛媛県立中央病院(2011年12月4日朝日新聞)

 愛媛県立中央病院(松山市)は4日、70代の男性入院患者ののどにある呼吸用のあなを看護師が過って塞ぎ患者が窒息死した、と発表した。愛媛県警は業務上過失致死の疑いで調べている。

 病院によると、死亡したのは、約10年前に喉頭(こうとう)を摘出し、のどに開けた永久気管孔(直径約2センチ)からしか呼吸できない患者で、先月中旬、脳内出血で入院し、手術を受けた。

 3日午後3時ごろ、担当の20代の女性看護師が、孔から異物が混入するのを防ぐためのガーゼの代わりに、過って粘着性のフィルムシートで孔を塞いだという。約1時間半後に看護師が男性の呼吸が止まっていることに気づき、心肺蘇生を試みたが、同日午後5時5分に死亡が確認された。

 看護師は口から呼吸できる患者と思い込んでいたため、患者がガーゼを外しているのを見て、フィルムシートを用いたという。

 河崎秀樹副院長は会見で「情報共有が徹底できていなかったことも原因と考えられる。心からおわびしたい」と話した。

県立中央病院で医療事故、70代男性死亡(2011年12月4日愛媛新聞)

 松山市春日町の県立中央病院(梶原真人院長)は4日未明、首前部に開けた穴でしか呼吸できない70代の男性入院患者に対し、看護師が3日に誤ってこの穴をシートでふさぎ、男性が窒息のため死亡したと発表した。松山東署は業務上過失致死の疑いで調べている。
 河崎秀樹副院長らは会見を開き「病院を信頼して入院されたにもかかわらず、それを裏切り、心からおわびする」と陳謝した。

 中央病院などの会見によると、男性患者は同病院で約10年前にがんで喉頭を摘出。鼻や口から呼吸ができなくなったため、肺に直結する「永久気管孔」を首前部に開けていた
 3日午後3時ごろ、脳神経外科の20代女性看護師が永久気管孔を、鼻や口からも呼吸できる気管切開による穴と思い込み、穴からの異物混入を防ごうと通気性のないフィルムシートを貼付。午後4時半ごろ、病室を巡回したこの看護師が異変に気付いた。午後3時ごろの処置後まもなく呼吸が止まっていたとみられるという。

 男性は11月15日に脳内出血を起こして松山市内の福祉施設から入院し、同17日に血腫を除去する手術を受けた。男性は左半身まひで声も出せない状態だった。

不幸にしてお亡くなりになった患者さんにはご冥福をお祈りするしかありませんが、医療関係者にしろ素人にしろ永久気管孔にフィルムシートを貼って窒息死させたなんて話を聞くと「はあ?!」なんでしょうけれども、微妙にそのニュアンスは異なりそうですよね。
ちなみに一応参考までにですが、喉に穴を開けて呼吸用のチューブを入れる「気管切開」という手技では状態が改善しチューブを抜いた後、喉に開いた穴は自然に塞がるのでそのまま放置している場合も多く、人によっては喉元に穴が開きっぱなしということがまま見られるのですが、この場合には喉元の穴からも口や鼻からも呼吸は可能ということですよね。
ところがこれと似て異なるものに手術によって空気の通り道と食物の通り道を完全に分けてしまう場合もあって、この場合の気管は喉元の穴にしかつながっていない状態(永久気管孔)ですから当然塞いでしまうと窒息するしかないのですが、一見するとどちらも喉元に穴が開いている状態には違いありませんから見た目に紛らわしいのは事実でしょう。
もちろん河崎副院長の言うように「情報共有が徹底できていなかった」ということも確かなのでしょうが、ただ思うに気管切開であれガーゼで覆うというまでならともかく、フィルムシートで孔を塞いでしまうということはあまり医療現場で見られることではなく、想像するに端を固定するだけではガーゼがよくはがされることから一面にべったりと大きくテープを貼ってみようといった感覚だったのでしょうか。

看護師に限らず研修医、あるいはある程度中堅やベテランに至っても専門外の領域などでは思いがけずとんでもないことを平気でやっているという例はまま見られるもので、例えば日常診療でもしばしば問題になるケースとして消化管閉塞症状が疑われる患者に大腸内視鏡を依頼するに当たって何も考えず通常の前処置をさせてしまい、消化管破裂で患者が死亡するといった事例が時折散見されます。
大腸内視鏡を経験された方ならおわかりでしょうが、口から肛門までつながっている一本の細い消化管で、下が詰まっているのに上からジャバジャバと多量の下剤を流し込めばどうなるか素人目にも想像すれば分かりそうなものですけれども、それではルーチンの内視鏡検査まで全例を消化器科の医者にチェックさせてから検査に回しましょうでは、ただでさえ回らない検査業務が完全停止してしまいかねませんよね。
今回の例もそもそも担当医が「孔から埃が入らないようにガーゼで覆っておけ」といった指示を出すとは考え難いところですから、これは日常臨床における看護サイドの裁量として行われていた業務の中での事故なのでしょうが、「それじゃこれから瘻孔部のケアは全部先生お願いしますね」になってしまう方がよほど困るというもので、真剣に対策を考えるほどこれは単なる一看護師の未熟では済まない話だと思えてきませんでしょうか。

十人が十人異なる人間相手の商売でイレギュラーは常に発生するものですから、もちろん関係するスタッフ全員が全ての場合に適切な対応が出来る知識や能力があればこしたことはないですが、それが実際には不可能であるからこそどうやってスタッフの教育を行っていくべきなのか、長年「仕事は見て覚えろ」で体系的な教育システムを構築しないまま個人の資質頼りで済ませてきた日本の医療業界のツケが今になって噴出しているとも言えそうです。
何しろTPPであちら式の医療が導入されようかという時代ですから、「これだから看護師に権限など与えるべきではないのだ!」などとNP反対論に結びつける以前にここら辺りもそろそろ真面目に考えていかないと「世界一だと思っていたら単なるガラパゴスだった!」と言う話で、医療もまた日本の誇っていた高機能携帯電話と同じ末路をたどりかねませんよね。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2011年12月 6日 (火)

ついに出てきた経管栄養中止議論 医療の抜本的改革への第一歩となるか

いかにも自主性や自己責任を重視するアメリカらしいというのでしょうか、先日はこういう記事が出ていてちょっとした話題になりました。

93歳の米女性、「自殺キット」を通販 少なくとも5人死亡(2011年12月4日産経ニュース)

 米カリフォルニア州の自宅で地元メディアの取材に応じているのは「自殺キット」の通信販売をしていた元小学校の理科教諭、シャーロット・ハイドーンさん(93)。12月2日、2007~2010年の通信販売をめぐる税関連の罪を認めた。

 米連邦捜査局(FBI)は5月下旬に自宅を医療機器販売・取扱規制違反などの疑いで捜索。関係者によると、少なくとも5人が自殺キットの使用で死亡した。

何とも微妙な容疑で司法の手が入ったというあたりにこの問題のデリケートさが現れているようにも思えるのですが、ご本人にしてもこのお年にしてこのようなキットを売りに出すと言うのは人生の黄昏を迎えて思うところがあったというところなのでしょうか?
いわゆる積極的安楽死ではすでに苦痛なく目的を達する方法論はほぼ確立していて、あとは積極的に死に至らしめるという行為の是非であるとか、特にALS等で本人がそれを行えない場合に誰が最後のスイッチを入れるのかといった部分が議論されていますが、遠からず肉体的手段に寄らず本人意志を反映する手段は実現するでしょうし、絶対数は少ないながらも次第に増えていくのではないかという気がしています。
実際に日本国内でいわゆる自殺機械を用いるとすれば入院患者なら医療現場の黙認が必要になるかと思いますが、例えば在宅で点滴ルートを持っているような方であればご家族等の介助によって人知れず装置を接続することは可能でしょうから、いずれ日本でもこうした装置の使用例が出てくるのか、あるいはもしかすると人知れずすでに使用されている例もあるのかも知れません。
いずれにしても積極的安楽死ということに関しては比較的稀なケースで数はそう多くないだろうと考えるのですが、それに比べると圧倒的に数も多く日常臨床においても迷う機会が多いのが寝たきり高齢者等に対してどこまで延命治療を行うのか、あるいはそうした処置を行わない(中断する)ことによる消極的安楽死は許されるのかという問題ですよね。

特に日本の場合は国民皆保険制度に加えて高齢者は二重、三重の手厚い医療費保護を行っていますから病院に預けておくのが一番安上がりでいいなどと言われる、さらには年金や恩給等で家族内の稼ぎ頭になっているような場合もありますから、現金収入の乏しい地方などに行きますと「何があっても爺ちゃんを死なせるんじゃねえぞ」なんてことを家族から迫られるケースもあるわけです。
しばしば「寝たきり老人など一人もいない夢の国」などとヨイショされる北欧諸国のように、配膳まではスタッフが行うが自力で食事が取れなくなればそのまま何もせずにお亡くなりになるまで放置するという「北欧方式」をいきなり取り入れるのも極端なのかも知れませんが、いやしくも老人医療に関わった経験のある医療関係者であればこの国の現状は何かがおかしいのではないかと感じたことのない人はいないのではないでしょうか?
とりわけ昨今は医療費抑制に対する財政的な圧力が強いわけですが、そんな折りにまさしくタイミングを見計らってということなのでしょう、厚労省や学会がこんなことを言い出したというのは非常に興味深いですよね。

人工栄養法、導入しない選択肢も示す 厚労省が指針案(2011年12月5日朝日新聞)

 口から十分な栄養や水分をとるのが難しくなった高齢者に栄養を送る人工栄養法について、厚生労働省研究班は4日、導入までの手順や考え方を定めた指針案を公表した。生命維持の効果が少なく、患者に苦痛があるだけの場合、導入せず自然な死を迎える選択肢もあることを患者本人や家族に示し、導入後に中止や減量ができることも盛り込んだ。

 一般からも意見を募り、日本老年医学会が来春にも指針として完成させ、医療・介護現場で活用してもらうことを目指す

 代表的な人工栄養法で、おなかの表面に穴をあけて胃に管を入れて栄養を送る「胃ろう」は現在、推定40万人が導入している。高齢者ケアの現場では、十分に栄養をとることで再び口から食べられるようになる人も一部にいる。一方で、近年、高齢者の体に負担や苦痛を伴い、人工的な延命につながりかねない場合もあるとの指摘が出ていた。

終末期の人工栄養補給、中止可能に…学会指針案(2011年12月5日読売新聞)

 高齢者の終末期における胃ろうなどの人工的水分・栄養補給は、延命が期待できても、本人の生き方や価値観に沿わない場合は控えたり、中止したりできるとする医療・介護従事者向けの指針案が4日、東京大学(東京・文京区)で開かれた日本老年医学会のシンポジウムで発表された。

 近年、口で食べられない高齢者に胃に管で栄養を送る胃ろうが普及し、認知症末期の寝たきり患者でも何年も生きられる例が増えた反面、そのような延命が必ずしも本人のためになっていないとの声が介護現場を中心に増えている。

 そこで、同学会内の作業部会(代表・甲斐一郎東大教授)が試案を作成した。広く意見を募って修正し、来年夏までには同学会の指針としてまとめるという。

終末期は“胃ろうせずも選択肢”(2011年12月4日NHK)

口から食べることができない人に、胃にチューブで栄養を送る「胃ろう」を、回復の見込みがない認知症の終末期の患者にも行うかどうかを話し合う集会が、東京大学で開かれ、本人や家族の意向で行わないという選択肢も尊重すべきという意見が多く出されました。

この集会は、高齢者の医療に携わる医師たちで作る日本老年医学会が開いたもので、医療や介護の関係者およそ1000人が集まりました。集会では、これまで胃ろうを積極的に進めてきた国際医療福祉大学の鈴木裕教授が、「胃ろうは栄養状態をよくし、生存期間を延ばすが、認知症の末期患者など回復が不可能で患者の利益とならない場合は、本人や家族の意向を踏まえ見直しや中止の検討も必要だ」と述べました。また、終末期医療に詳しい東京大学法学政治学研究科の樋口範雄教授は「いかに生き、死ぬかという問題は、法律ではなく倫理と個人の問題だ。胃ろうを行うことが患者のためになるかどうか、医師と患者が話し合いを行うプロセスをまとめた指針を作ることが必要だ」と述べました。

日本老年医学会では、4日の集会で寄せられた意見も参考に、今年度中をめどに、患者と医療関係者がどのように胃ろうを行うかどうかを判断する指針を策定することにしています。

国の言うことにしては珍しくと言うのでしょうか、医療の提供者側からも財政上の要請からも、そして多くの心ある医療の利用者たる国民の側からも歓迎されそうな方向での指針策定ということになりそうですが、注目していただきたいのはしばしばこうした話になると「○○の観点から反対意見も予想される」式の事を書かないではいられない日本の進歩的マスコミの皆さんが、今回に限っては一言の反対意見もつけていないことでしょうか。
もちろん実際には前述のような経済的側面のみならず、様々な思想信条等から「いや、そういうことをされては困る」という方々も多いでしょうし、当然ながら当初は医学的にも本人家族の希望の上でももうこれ以上は望まないという症例に限っての運用から始まることになると思いますが、ひとたびこうしたことが行われるようになってくると国民の死生観にも影響を与えずにはいられないでしょう。
極めて限定的に行われているに過ぎないとは言え、誰でもいつ何時臓器移植のドナーになる可能性はあるという認識がじわじわと滲透しつつあるように、とりわけ終末期医療は地域や親族の目線を気にしながら行われてきた地方などにおいてこうしたこともありなのだと言う認識が広まってくると、やがては終末期医療の常識も変わってくることになるかも知れませんね。

実際的な運用を行っていく上ではまず学会等によるガイドラインという形で「この方式であれば処置の中止を行っても問題ない」という部分をまずがっちりと固めておいていただく必要があると思いますが、老年医学会が今後行っていく指針策定作業においてもあれやこれやと広く意見を募るのはよいとして、現場で使い物にならない実用性に乏しい指針にならないことを是非とも希望したいと思いますね。
寝たきり老人40万人のうち仮に数万人規模が人工栄養中止を選択したとして、単純計算でも一気に数千億規模の医療費が削減される計算になる、それも一時的 支出ではなく毎年必ず必要とされていた固定的経費の部分がごっそり消えてしまうわけですから、誰も反対しないのなら何故今まで放置していたのかということにもなりかねませんよね。
来年に指針が出てきた段階でまず各施設内で患者説明のための文書等を用意し、指針の適応がありそうな患者家族に対して順次意思確認をしていくという流れになってくるのでしょうが、実際にどれくらいの方々が指針の適用を希望してくるのかということによっては、切迫している医療や介護がリソースの上でも財政の上でも一気に激変してくる可能性すらあるかも知れません。
気になるのは仮にこの話が官僚側主導で出てきたというのであれば政治主導(苦笑)で余計な横やりを入れられないかですが、民主党政権にしてもいつまでも大事なところに目をつぶるばかりではなく、この機会に骨抜きにしてしまった後期高齢者医療制度の前向きな観点からの見直しなどやるべきことを粛々とやってくれればいいのですけれどもね…

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年12月 5日 (月)

仕分けを受けて進む診療報酬改定議論 その行方は

というわけで、診療報酬改定に関連して相次いでニュースが報道されていますが、見ていますとどうやって国庫支出を削減するかということに大きな情熱を注いでいるいるようですね。

【中医協】紹介ない大病院受診、初再診料減-厚労省が提案(2011年12月2日CBニュース)

厚生労働省は30日、中央社会保険医療協議会(中医協、会長=森田朗・東大大学院教授)の総会に、診療所などから紹介を受けずに特定機能病院や500床以上の大病院などを受診した患者について、紹介率の低い大病院では初診料・再診料(外来診療料)を2012年度診療報酬改定で引き下げる案を示した。

現在、200床以上の病院では、紹介状がない初診患者や、症状が安定したため診療所などを「逆紹介」したにもかかわらず再診した患者に対し、「選定療養」として費用を徴収できることになっており、これと併せて病院側の収入が減らない仕組みを想定している。
厚労省はまた、逆紹介を診療報酬で評価することを提案した。いずれも、大病院と診療所などの機能分化を推進し、病院勤務医の負担を軽減するのが狙い。

提案に対し委員から反対はなかったものの、「患者のフリーアクセスを阻害するのではないか」「大病院志向など患者の受診行動を変える取り組みがないと、実効性がない」などの懸念を示す意見が出た。

厚労省によると、初診患者に占める紹介患者の割合が高い特定機能病院ほど、医師一人当たりの初診患者数が少なく、負担が小さい。また、紹介患者の割合が高いほど逆紹介率も高く、機能分化が進んでいる。

■がん・認知症のセカンドオピニオン、一部保険適用へ
このほか、がん・認知症のセカンドオピニオン外来について、紹介を受けた拠点病院が確定診断を行う場合などに限って保険適用を認める案を厚労省が示した。
同省は、がん診療連携拠点病院や認知症疾患医療センターを整備し、これらを中心とした連携を推進している。ただ、セカンドオピニオン外来は一律に保険外の自由診療として取り扱うことになっており、連携を活用しにくい現状がある。

診療報酬改定:薬価1.3%引き下げへ--来年度(2011年12月2日毎日新聞)

 厚生労働省は2日、来年度の診療報酬改定を議論する厚生労働相の諮問機関「中央社会保険医療協議会」(中医協)に医薬品価格調査結果(速報値)を報告した。来年度の薬の公定価格は、医療費全体に占める割合で1・3%(国費負担で約1300億円)程度引き下げる見通しとなった。

 薬価算定は、市場での実勢価格にそろえる仕組み。調査によると、現行の薬価の公定価格が市場の実勢価格に対して8・4%上回っていた。診療報酬の算定には、市場価格に2%加算する制度があり、来年度の是正幅は6・4%となる。

 これを医療費全体に占める割合に換算すると、薬価の改定率はマイナス1・3%程度で、薬価の圧縮額は約5400億円

 診療報酬は、医師の技術料など「本体」と薬の公定価格である「薬価」で構成されている。二つをあわせたものの増減率が診療報酬全体の増減率となる。小宮山洋子厚労相は全体の増減率を据え置く、「プラスマイナスゼロ」を容認する姿勢を見せており、その場合、「薬価」の圧縮分約5400億円は「本体」を増やすための財源に回すことができる。【山田夢留】

紹介状なしの大病院受診における初・再診料を減らすという話については、一見するとかつての病院から開業医へと患者を誘導しようと外来診療報酬に格差をつけた結果、全く逆に安くなった病院に患者が集中することになった失敗を繰り返すような話にも思えるのですが、どうやらこれは診療報酬を減らす代わりに選定療養でお金を徴収するということを考えているようです。
仮に患者側の支払い額増加が僅かばかりの値上げに収まるとしても、保険で7割以上が負担される診療報酬から全額患者の自己負担である選定療養費に切り替えれば保険者側の負担は大幅に減るという理屈ですし、実際に病院側の収入が減らないほどの自己負担を求めるということになれば患者側の支払い額が大幅増という計算になりますよね。
薬価部分の減額については実勢価格の下落分をそのまま反映するという形ですが、好意的に見れば薬価を引き下げた分本体部分をなるべく温存し外に向けては「医療費は増やしてませんよ。むしろ減らしていますよ」というポーズを取るつもりかとも思えるのですが、先日の仕分けに対する厚労省の対応などを見ている限り、少なくとも厚労省が医師のために骨を折るという心遣いだけはなさそうです。
実際に厚労相にしても本体部分引き上げはないということを言っているわけですから、素直に見れば今回は薬価引き下げ、本体部分据え置きで全体として減額というのが既定の方針らしいのですが、興味深いのは中医協では診療側にしろ支払い側にしろどちらも仕分け結果を受けての診療報酬改定には大いに不満を募らせているようなのですね。

【中医協】診療報酬の仕分けに不満続出- 診療・支払側とも (2011年12月2日CBニュース)

 2日に開かれた中央社会保険医療協議会(中医協、会長=森田朗・東大大学院教授)の総会では、政府の行政刷新会議が行った「提言型政策仕分け」の結果を厚生労働省が報告した。2012年度診療報酬改定での診療報酬本体部分の引き上げに反対する仕分け結果に対し、診療側・支払側の委員から不満が続出した。

 診療側の安達秀樹委員(京都府医師会副会長)は、「診療報酬の議論をするために必要な資料が、圧倒的に不足しているというのが第一印象」とした上で、「わずかな時間の審議で、果たして政策提言ができるのか」と批判。西澤寛俊委員(全日本病院協会会長)は、「腹を立てるよりも、無視したいくらいの思い。中医協としては、これを考慮して、あるいは考慮したふりをしてやらなければいけないのか」と疑問を呈した。
 支払側の白川修二委員(健康保険組合連合会専務理事)も、「『年に何百時間もかけて(中医協では)何をやっているんだ』というような提言で、怒り狂っている」と不満を表明した。

 こうした意見を受けて森田会長は、小宮山洋子厚労相が仕分け結果を「重く受け止める」と発言していることに触れ、「中医協として、メッセージを発信していく必要がある」と指摘。厚労相に提出する12年度報酬改定に関する意見書に、仕分け結果に対する見解を盛り込む方針を示した。

仕分け結果による予算編成に反対- 日医、診療報酬ネットプラスを要望(2011年12月2日CBニュース)

 政府の行政刷新会議による「提言型政策仕分け」で、2012年度の診療報酬改定について本体部分の引き上げに反対する評価結果が出されたことに対し、日本医師会は2日の定例記者会見で、「決して、このままの形で予算編成すべきではない」と反論し、診療報酬全体での引き上げを求める見解を発表した。

 中川俊男副会長は会見で、12年度の予算編成と診療報酬改定に向けてまとめた見解を説明。この中で、▽診療報酬は全体で引き上げる▽改定率は、あらかじめ入院と外来に配分せず、中央社会保険医療協議会(中医協)の議論にゆだねる▽診療所と中小病院を中心に、(再診療の見直しなど)「不合理な診療報酬項目の是正」を行う―の3点を要望するとした。

 政策仕分けでは、診療報酬本体の引き上げ反対に加え、勤務医と開業医、診療科間の報酬配分の見直しや、勤務医と開業医の収入の平準化などが提言された。この結果について、中川副会長は「精緻なエビデンスのあるデータに基づいた議論が必要だ」と批判。退職金相当額を留保する必要がある開業医の年収は勤務医と比較できないといった点や、診療科間の年収比較の客体数不足など、議論に用いられたデータの不備を指摘し、「報酬配分を見直すという評価結果を誘導している」と強調した。

 また、11月28日の財政制度等審議会財政制度分科会でも、診療報酬引き上げを容認する意見がなかったことについては、地域医療が依然として厳しい経営環境にあることを当日のヒアリングで説明したとして、「必ず理解が得られると思っている」と述べた。

ま、日医の場合はお約束通りの抗議ということなのですが(苦笑)、結局のところ中医協側で不満を募らせているというのも単に面子を潰されたことに対する怒りというだけのことで、診療報酬を上げるの下げるのということに関して一致団結しているというわけではないらしいのですね。
ただ失礼ながらこの年の瀬も押し詰まった段階で「診療報酬の議論をするために必要な資料が、圧倒的に不足している」などと悠長なことを言っているのであれば、来年度診療報酬改定に向けての議論を一体いつやるつもりなのだという話で、それこそ「年に何百時間もかけて(中医協では)何をやっているんだ」と言われても仕方がないというものでしょう。
ここから「診療報酬の議論をするために必要な資料」をさらに収集し、例によって十年一日という長々しいだけの議論を経て改めて「中医協として、メッセージを発信していく」のがいつのことになるのかは分かりませんが、例年あれだけの時間を割いてもまともな結論に至っているようにも見えない議論が今回に限っては仕分けという外圧によって綺麗にまとまるとはちょっと思えませんよね。
当面は中医協の出してくるメッセージを待つしかありませんが、仮に仕分け結果を無視するかのような結論を出すようでは次は中医協の存在自体が仕分けされるということにもなりかねず、今回の診療報酬改定は意外な部分で楽しみが出てきたというところでしょうか。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2011年12月 4日 (日)

今日のぐり:「たくみや」&「本家よしむら」&「左京」

昨今ではB級グルメなどと言えば大変な騒ぎだと言いますが、いくら何でもそれは…と思ってしまう新しいメニューが開発されたということです。

「スケキヨ弁当」試作 金田一イベント実行委とくらしき作陽大/岡山(2011年12月1日山陽新聞)

 作家横溝正史(1902〜81年)の名探偵金田一耕助シリーズにちなんだ「スケキヨ弁当」が30日、倉敷市玉島長尾のくらしき作陽大で作られた。同市連島地区のレンコンなど備中地域の食材で、シリーズの登場人物をイメージした料理を盛り合わせた。

 横溝が疎開した同市真備地区で開催中のイベント「巡(めぐる)・金田一耕助の小径(こみち)」の実行委員会(市、県備中県民局などで組織)が企画。くらしき作陽大食文化学部の教授らがレシピを考え、学生と一緒に試作した。

 弁当は2段重ね。横溝の好物だった山菜おこわのほか、「犬神家の一族」に登場する白いマスク姿の「佐清(すけきよ)」をイメージして白身にノリで目を付けたゆで卵、同作品の湖面から脚が突き出た場面を表現した鶏の手羽先などが入っている。墓石に見立てたコンニャクの煮物などで「八つ墓村」の世界観も演出している。

 食材はシャコ天(笠岡市)、コンニャク(高梁市)、マイタケ(新見市)など備中地域産の22品が中心。

 弁当は内容を改善し、横溝の命日の12月28日、疎開宅(倉敷市真備町岡田)を管理する地元住民に振る舞う。実行委は「著作権などの手続きを経て、来年度以降のイベント時には弁当を売り出したい」としている。

どのようにスケキヨしているかは記事の写真をご覧いただくとして、いや確かに金田一と言えば岡山にも縁が深いですけれども、よりにもよってあのスケキヨを弁当に仕立てるとは、これはどう見てもかの有名なスケキヨ丼に喧嘩を売っているとしか思えませんよね。
今日はこのスケキヨ弁当に敬意を表して、世界各地から「いくらなんでもそれはちょっとチャレンジのしすぎでは?」と思えるニュースの数々を紹介してみたいと思います。

「公園のトイレみたいだ」 ドリームハウスの家が「凄い」と話題に/千葉(2011年10月10日J-CASTニュース)

   テレビ番組の企画で、一般の夫婦の依頼によって建てられた家が「あまりに凄い」とネットで大きな話題となっている。

    番組の募集に応じた施主が建築家に依頼して、理想の家を建ててもらうまでをカメラが追うというバラエティー「完成!ドリームハウス」(テレビ東京)の2011年10月9日放送回に、千葉県の30代夫婦が施主として登場した。

「土は来るよ。土は未来」と言われ、土ブロックの家が完成

   夫婦は千葉市内に1900万円で土地を購入。ここに新しく家を建てるため妻が大ファンだという建築家に設計を依頼した。

   妻は「目立つ珍しい家。外観が度肝抜いて個性的。芸術作品に住みたい」と希望。これを受け、建築家は、土で出来たブロックで家を造ることに決める。廃棄処分する際に簡単に土に帰ることから「土ほど環境にやさしい素材はない」のだという。

   妻は最初、「土は未来じゃない」と思ったが、建築家に「土は来るよ。土は未来」と言われて一応納得する。そして、2010年7月、成田市の砂採集場から持ってきた土で2400個のブロックを作るというところから作業を始め、2011年9月に完成した。
51平米ワンルーム「この家のどこでくつろげばいいんだ」

   まず、凄いのがその外観だ。当初のリクエスト通り四角くなく、外壁が歪んだ楕円形のような形をしている。中は仕切りのないワンルームの平屋仕様で、51平米の空間がそのまま広がっている感じだ。

   寝室も凄い。4.8畳のロフトスペースがあってそこに布団を敷いて寝るのだが、縁には転落防止のアクリル製の棒が何本も立っていて、これが異様な雰囲気を醸し出している。

   これが放送直後からネットで話題なり、2ちゃんねるには「これ、本当に人が住むところなのか…?」「この家のどこでくつろげばいいんだ」といった書き込みが殺到した。丸みを帯びた外観に対しては「公園のトイレみたいだ」という感想があったほか、ロフトスペースがキッチンの真上部分にあるため「布団が油でベタベタになるぞ」という指摘も出た。

   値段は、土地代が1900万円で、建築費は2000万円(設計費含まず)の合計3900万。ネットには「被害総額3900万円」という見方が出ていたが、妻は「狭い感じが気に入っている。離れていてもお互いの存在が感じられる。大満足」と嬉しそうだった。

   「ドリームハウス」は以前も風呂、トイレ、寝室が同室にある家が登場し、話題になったことがある。今回は放送翌日の10月10日、グーグル急上昇ワードランキングで一時「ドリームハウス」が1位となり、番組的には大成功ということなのだろう。

ちなみに有志提供による画像というものがこちらなんだと言うのですが、いや確かにこれはどこからどう見ても「外観が度肝抜いて個性的」な「目立つ珍しい家」と言うしかありませんよねえ(芸術作品かどうかは別としても)。
この時期鮭の川上りというものが時折ニュースとしても取り上げられますけれども、人生最後の一大チャレンジにあってそれでよいのかと思わされるのがこちらです。

冠水した道路を“遡上”する鮭、流れに逆らってするすると道路横断も。/米(2011年11月26日ナリナリドットコム)

着実に寒さが増していく秋から冬にかけて、日本では主に北海道・東北で見られる鮭の遡上。産卵の時期を迎えて生まれ育った川に戻り、子孫を残すべくひたすら流れに逆らって上流へと向かっていく、鮭にとっては命を終える間際の最期の大イベントだ。このときの鮭にとっては、恐らく向かってくる水の流れを突き進むのに必死の思いなのだろう。米国では先日、豪雨で冠水した道路上へ誤って入ってしまった鮭が流れに逆らって横断していく様子が撮影され、その動画が話題を呼んでいる。

この動画は、YouTubeに11月22日付で投稿された「Salmon Crossing Flooded Washington State Roadway」(http://www.youtube.com/watch?v=CEG8tfXb0VI)。米放送局ABC系列KOMO-TVや米紙シアトル・ポストインテリジェンサーなどによると、動画は11月22日の朝、シアトルに近いワシントン州メーソン郡を流れるスココミッシュ川沿いを走る道路上で撮影されたものだ。この日、辺りは寒冷前線の通過に伴い激しい風雨に見舞われ、冠水した雨水が勢いよく川のほうへと流れる中、道路上では奇妙な光景が見られた。

Why did the salmon cross the road? -komonews.com

動画に映し出されるのは、道路上で水の流れに向かっていこうとする鮭たち。道路の水は数センチ程度とそれほど深そうに見えないが、川への水の流れはかなり速く、川を上ってきた鮭の一部が何かのきっかけでルートを反れてしまったようだ。そこに1台の車がゆっくりと通過。映っていた鮭は路側帯にいたためひかれずに無事だったが、ほかにも勢いを増した水によって川へと戻されていく数匹の鮭が映っている。そして、動画の終盤にはするすると道を横断していく鮭の様子も。

ちなみに、スココミッシュ川沿いでは昨年も道路を横断する鮭が撮影されており、毎年この時期、川の氾濫や大雨が降った際には“道路を遡上する鮭”が現れるそうだ。

米国で釣りの専門家として活躍するコンウェイ・ボウマンさんによると、こうした現象は「産卵時に川の水位が上昇すると起こり得る」(米ニュースサイト・ハフィントンポストより)と説明。産卵に向かう鮭は「どんな水の流れにも逆らうことに集中する」ため、スココミッシュ川の鮭も方向を間違えたというわけだ。いささか間違えた鮭がかわいそうな気もするが、そんな状況もまた自然の中の現象というもの。ボウマンさんは、仮にこうした鮭を見かけても「そのまま放っておくよう」呼び掛けている。

いやまあ、確かに道路なのか川なのか分からないという状況なのですけれども、見たところその英雄的努力の果てに待ち構えているのは単なる藪に過ぎないようですけれどもねえ…
キリストというお方は聖者でありながらよほどに気さくな方なのでしょうか、古今東西世に「キリストが現れた!」という声は絶えませんけれども、いくら何でもそれはちょっと…という場所にもお姿を現されたようです。

ミラクル過ぎる!とんでもない場所にキリストが蘇ったと話題に(2011年11月16日秒刊サンデー)

パンの中・フライパンの中・木の木目・・・様々な場所に度々蘇っては人々を驚かせ話題を呼んでいるお騒がせの『キリスト』ですが、今回またもやとんでもない場所に蘇ってしまったようです。それは誰が見ても、『場所選びに失敗したな』と言われても仕方がない場所なのですが一体どこに蘇ったのでしょうか。

(画像)

なんという奇跡だ!現代にキリストが蘇った!ところがキリストも急いでいたのかそれともうっかりしてしまったのか、場所選びにちょっとしたミスを犯してしまったようで、ご覧のとおりの結果となってしまった。

当然、犬のほうも浮かない顔をし、ちょっぴり困惑気味。キリストさんは一度よみがえるとしばらくその場を離れることが出来ず、更に運が悪いことに多くの信者がその噂を聞きつけ、神の力にあやかろうと参拝しに来るからたまったもんじゃない。

メディアが大きく取り上げる度に彼のお尻はより脚光を浴びてしまう。何ともいい難い状態だが、今更『キリストじゃありませんでした』などとは言えず、人々の興味が無くなるのを待つしかなさそうだ。

―海外の反応

・間違いなく人生で一番長く犬のそれを見つめてしまった
・パグかな
・パグのそれとは違うな
・犬=イエスということだ
・今から教会に行ってくる!!
・間違えてクリックしてしまった、ああ恐ろしい
・神の御加護かと思って引いたらゾッとした
・今まで降臨した中で一番鮮明だな
・イエスはほんとおっちょこちょいだなー
・ローマ法王はこの犬のお尻にキスをするでしょうか
・犬が嫌いな信者はどうしたらいいのか
・私クリスチャンだけどワラタww
・くそっ、ここから実が出てくること想像して吹いたwww
・イエース!!ってでてくるんだろうかww
・神がかっている・・・さすが神
・何を言っているのクリスチャンなら笑えないはずです・・・。笑いました。
・アーメン。

2000年たった今もキリストの話で世界中が振り回されるとは彼の偉大さがひしひしと伝わります。
さてお次は何処に降臨なさるのでしょうか。

いや確かにキリストのお姿そのものだけれども!いくらどこにでも現れて衆生を救済なされる尊いお方と言っても、少しは場所を選ぶべきではないでしょうか!
ドイツ人と言えば昔から妙なところで凝り性だとも言われていますけれども、こちらいささか意味不明な凝り性を発揮しているような話ですよね。

通行人もビックリ…停まっているのにスピード感いっぱいのベンツ/独(2011年11月26日らばQ)

こちら、カナダのトロントで撮影されたメルセデス・ベンツC350。

かなりのスピードで走っているように見えますが、なんと道路脇に停まっているんです。もちろん画像が加工されているわけではありません。

いったいなぜ、このように見えるのかと言うと……。

前から見たアングル。

後ろから。

もうわかりましたよね、まるで高速移動したときの残像のような画像を、消火栓や壁などに貼り付けてあるんです。

通行人もドライバーもこれにはびっくり

ちゃんと地面にも残像っぽいペイントがされているこだわりよう。

これはメルセデス社のプロジェクトで行なわれたそうですが、安上がりなわりに、かなりの目を引く面白い手法ですよね。

フォトショップなどで残像処理したものを、カラープリントして張り付ければ、手軽に似たような演出ができそうです。

それはもちろんドイツ人なりのこだわりというのはよくよく分かるのですが、どう考えても普通に走らせた方がよほど話が早いでしょうに、全くこれだからクラウツ共と来たら…
今年も幸いにしてインフルエンザのパンデミックの話は聞きませんが、世界には何やらとんでもないことをしでかそうとしている人間もいるらしいのですね。

人類終了のおしらせ...世界人口の半分を殺す鳥インフル変異種誕生/オランダ(2011年11月30日GIZMODO)

ああ、人類はやはりH5N1変異種のパンデミックで終わるのか...

映画でもSF小説でもない、現実のはなし。オランダの科学者が世界数十億人を骸の山に変える致死力を備えたスーパーウイルスをこしらえてしまいました。まあ、深呼吸、深呼吸...あ、深呼吸はまずいか...このウイルス、鳥インフルのくせに空気感染するんです。

生成したのはロッテルダムのエラスムス医療センターのウィルス学者ロン・フォウチャー(Ron Fouchier)教授。アメリカ国立衛生研究所(NIH)から「H5N1鳥インフルエンザウイルスの伝染力が強くなってパンデミックを起こし得るかどうか、いっちょ調べてくれないか」と頼まれ、かしこまりました、とやってみたのです(警告フラッグ!)。

試しにフェレット(イタチの一種)の群れにウイルスを撒き散らしてみたところ、ウイルスが再生(繁殖)を繰り返すにつれ、なんだか前より速く広まるではないですか(警告フラッグ!!)。「フェレットのなんだから人間が心配することないよな」って一瞬思っちゃいますけど、過去の研究でフェレット間で感染するインフルエンザ株は人間の間でも感染することがわかっているのですね(警告フラッグ!!!!)。

で、伝染力が強まる方向で10世代感染を繰り返したら、ななななんと世界全人類の半分を殺す超まずい空気感染ウイルス株ができてしまった、というわけ(警告フラッグ!!!!)。

    研究では、最初にウイルスに三つの変異を起こさせ、フェレットに容易に感染する変異株を作成した。(フェレットは人と類似の様式でウイルス感染を起こす)。しかしながら出来たウイルスはフェレット間で感染を起こさないため、ウイルスをフェレットに、より適合させるため感染を繰り返させた。

    そして10回の感染の後に(感染フェレット->健常フェレット:の繰り返し)、フェレット間で容易に感染する変異ウイルスが誕生した。変異ウイルスは別のケージ内のフェレットに感染して、全てを死亡させた。―New Scientistの日本語訳(pdf)より

実験を率いたFouchier教授自身も「これはおそらくみなさんが作れる中で最も危険なウイルスのひとつですね」と認めており、今年9月にマルタで開かれたインフルエンザ会議で実験の成果を発表しました。

フォウチャー教授は米科学誌「Science」にも成果を発表し、バイオテロ(生物兵器テロ)対策担当責任者がワーストケース・シナリオに備えられるようにしたいと考えているのですが...同僚の間からは、オイオイまかり間違って悪者の手に落ちたら大変なことになる、発表はやめろ、と止められており、そもそも最初っからこんな研究やるべきじゃなかったんじゃ...という疑問の声まで出ているのです。

H5N1型鳥インフルは普通は鳥に感染するのですが、約10年前から人間の中からも感染例が出始め、アジアを皮切りに世界中に広まりました。ヒトが感染するのは稀で、これまでに感染したのは延べ約600名。ですが、感染した人の約半数は死んでしまうという、恐ろしい致死力を備えています。

鳥インフルエンザが今以上に広まらないのは何故かというと、空気感染しないから。

変異前のバージョンでは何かウイルスに汚染されたものに触れない限り発病はしません。ところがところがFouchier教授が生成した変異種は空中浮遊するので、ウイルスのそばにいて、それを吸い込むだけでもう病気に罹ってしまうのです。「その感染力は人間の季節性インフルエンザ並みだが、致死力はもっとある」(フォウチャー教授)。そんなヤバいものの作り方を科学誌に掲載しようというのだから、そりゃ反対しますよね!

研究仲間のバイオテロ専門家の間からも、この論文を掲載すれば読んだ人が誰でもフォウチャー教授の実験成果を再現できるようになってしまうので良策とは思えない、という意見が出ていますよ。編集部から論文掲載の是非判断を委ねられた米国バイオセキュリティー科学顧問委員会(National Science Advisory Board for Biosecurity、NSABB)のポール・ケイム(Paul Keim)会長(炭疽専門の微生物遺伝学者)はScience Insiderにこう話しています。:

    これほど恐ろしい病原体は私も他に知らない。 これに比べたら炭疽なんて怖くもなんともないよ。

しかし、フォウチャー教授や類似の研究実績のある科学者(例えばウィスコンシン大と東大の共同研究を率いる東大・河岡義裕教授も同じようなウイルスの報告論文をScience誌に寄稿している)は掲載することで科学界がH5N1パンデミックに備える助けになる、という立場です。掲載しないと、いざ広まった時に研究者もどう対処していいか全く分からなくなってしまうではないか、というんですね。

鶏と卵ですが、さあ、どっちを取るのか? NSABBの判断に注目しながら、オランダのRanj社とエラスムス医療センターが共同開発したシリアスゲーム「The Great Flu」(無料)でシミュレーションでもしますかね...。

いくら何でもここまでフラグ立てまくって何かあれば洒落にならないと言うものですけれども、巷間流れるオランダ人に関する噂の数々を聞くにつけ、ヤツラならあるいはやりかねないかも…と思ってしまうのは気のせいでしょうか。
この種の斜め上方向への壮大なチャレンジと言えば無論ブリをおいて語ることなど出来ませんが、そのブリからついに究極のクリーンエネルギーが開発されたという話題です。

尿でつくるクリーン!? なエネルギー/英(2011年11月20日GIZMODO)

意外なものが意外な働きをするものですね~。

なんと! 尿で発電できるという研究が発表されたんです。イギリスのブリストルにある西イングランド大学のジョアニス・ルロポールス博士が出版したPhysical Chemistry Chemical Phoysicsによると、尿には微生物燃料電池をはしらせる事が出来る化学物質がすし詰め状態になっているそうです。ということで、科学者達は家庭やビジネスで使えるようなプロトタイプの制作に取り組んでいるんです。

特に研究者は、適切に扱わないと環境に影響が出てしまう家畜達が毎日排出する380億リットルの尿を、この発電に利用することに興味を示しています。彼らは燃料電池が尿をちゃんと清潔なものにすると約束してくれているので、尿発電は環境にもいいクリーンなエネルギーとして期待できるのかも!?

ちなみに、イギリスで開催される有名なグラストンベリー・フェスティバルの発起人マイケル・イーヴィス氏は、彼の音楽イベントで、これを試してみると言っているそうです。この場合家畜じゃなくてフェスティバルに来てる人たちの尿を使うわけですけど...。うまくいくのかなぁ? ちょっと、結果が楽しみですね。

いや、本当にそれを楽しみにしていいのかと思うのですが、とりあえずさっそく実用に供してみるというのも彼らなりのフラグ立てなんでしょうかね…
最後に取り上げますこちらもいかにもブリ好みの糞尿学的嗜好に沿った研究というものなのですが、まずは記事から紹介してみましょう。

錬金術でウンチを金に変えようとして失敗、火事を出し逮捕/英(2011年10月22日ガラクタGALLERY)

■なんのこっちゃ

 うまくいくんだったらチャレンジしてみても良いけど。というわけでイギリスはアイルランドからのニュース。ウンチを金に変える実験をしていた男性が、火事を起こして逮捕されました。

 この男性はポール・モラン(30)、アイルランド北部、エニスキリンのアパートに住んでいます。彼は先日自分のウンチを金に変える実験として、電気ヒーターの上にウンチをおいて暖めていたのですが、この結果アパートが火事になってしまいました。3000ポンド(約36万円)の損害を出し、放火と他の住民を生命の危険にさらした罪で訴えられたのです。後日、法廷でマクファーランド判事はモラン氏にこう伝えました。

 「とても異様なことに、あなたは人間の排泄物から金を作り出そうとしました。それは錬金術師の夢を実現する面白い実験ではありましたが、成功しそうにはなかった。」

 結果、判事はモラン氏に3ヶ月の懲役を言い渡しました。また、その後も12ヶ月の観察期間を置くとしています。モラン氏の弁護士によりますと、彼は非常に知的な男性でしたが、近年薬物使用による問題を抱えて治療中だったとしています。

どこからこういう独自の発想が出てくるのかがよく分からないのですが、恐ろしいことに極東の某島国ではすでに便を黄金に変える薬品が実用化され、なんと市販すらされているとか…いやはや、人間の欲望とは洋の東西を問わず尽きることがないということなのでしょうか。

今日のぐり:出石蕎麦その一「たくみや」

出石の街中でも表通りから離れ、静かで人通りもまばらな裏通りにぽつんと一軒だけ存在するこのお店、町屋風の風情あるつくりに中は囲炉裏と座敷という何とも味かあるつくりなんですね。
古民家を改装しているのでしょうが、トイレなど設備面はきちんと今風のリファインをされていてリフォームのモデルとしてもいい感じだなと思っておりましたら、なんでも割合最近に出来た新しいお店なのだとか。
とにかく観光地っぽいうるさい呼び込みと無縁なのがいいと言うことで、まずはこちらで出石名物皿蕎麦をいただいてみることにしてみました。

こちら薬味は鶏卵に大根おろし、ネギに山芋とごく普通の内容ですけれども、ワサビは本ワサビに鮫皮下ろしとなかなか気合いが入っています。
やや太打ち柔らかめに仕上げた蕎麦はしゃっきりと言う感じではありませんけれども、ヘタすると皿がびしょ濡れ状態で出すようなお店もある中でこちら水切り加減がいい具合で、皿蕎麦は普通以上に水切りが重要だなと改めて実感しますね。
鰹風味の立ったちょいと辛口のツユは本来卵などの薬味を合わせるようにしているのでしょうが、それらを使わずともきちんと蕎麦に合う具合に仕立ててきているのはうれしいですね。
濃厚タイプの蕎麦湯は粉を溶いているらしいのですが(ただしこの日は開店直後だったもので、本来のスタイルはどうなのか不明です)、このダシの立ったツユと合うなあ…という感じでしょうか。
とにかくこの店の雰囲気だけでもいい具合ですし、なかなか蕎麦の方もしっかりしているようで素直に良い店だなと思うのですが、逆説的に言えばあまりお客が来ないままでいてもらいたいですよね(苦笑)。

今日のぐり:出石蕎麦その二「本家よしむら」

これまた少し裏通りに入った辺りにある、一見すると間口の狭い小さく地味な蕎麦屋という雰囲気なんですが、表にでんと腰を据えているタヌキの置物が唯一存在感を発揮しているでしょうか。
入って見ると案外奥にも連なっている上に二階席もあるようで、座敷には炬燵と言うのは面白い趣向だなと思うのですが、この辺りでは珍しく順番待ちが記名方式であることに加えて、しかも記名台が奥まった判りにくい場所にあることには注意が必要ですよね。

こちらの皿蕎麦、薬味は鶏卵に山芋、ネギ、ワサビと言ったところで見た目はごく普通という印象なんですが、特筆すべきはこちらの蕎麦ツユがかなり顕著なイリコ風味で、蕎麦ツユにしてはかなり甘口なこともあってなんとなく香川あたりのうどんダシを思い出す味でしょうか。
少し不揃いな蕎麦ははっきりと感じられるほど量少なめ一口サイズ、一人前五皿なのは同じですから量的には藪とタメを張るくらいにかなり少ない印象で、必然的に茹で加減は幾らかばらつきが感じられる一方でやはりしゃっきりというよりは柔らかめの仕上げなんですが、蕎麦の味、風味は悪くないですよね。
蕎麦湯は湯飲みに入ったナチュラルタイプで、ちょうど昼食時後半というタイミングも良かったんですが、なんとも素朴な味がいいですよね。
そこそこ分かりにくい場所にある割には結構繁盛していらっしゃるようで、出石蕎麦としても割合に標準的なスタイルを目指すなら悪くないかなと思います。

今日のぐり:出石蕎麦その三「左京」

こちらお城の大手近くという観光客回遊ルートの一等地にありながら、何かしら見た目ごくごく地味ということで逆に目立っているかも?と思うような不思議なお店なんですが、立地を別にすればごくオーソドックスな蕎麦屋という風情ですよね。
元気な親父さんが自ら相手してくれたのが逆にプレッシャーになりそうなんですが、こちらの蕎麦の場合とにかく黒い!と言うのが第一印象で、相対的にやや硬めなしゃっきり細打ちのこの蕎麦に、割合に辛口でやはりダシがしっかり効いている蕎麦ツユを合わせると、単純に田舎蕎麦系として見てもなかなかいけるなと思います。
薬味は鶏卵に大根おろし、ワサビ、ネギ、山芋とオーソドックスなものばかりですが、それぞれものはしっかり吟味されていることは分かるものの妙に量が少なく通常の蕎麦屋の薬味レベルというのは、どんどんおかわり推奨の出石蕎麦の店としては珍しい方でしょうか?(もっとも、実際には何軒も回る人が多くて一軒あたりではさほど大量には食べないのかも知れませんが)。
蕎麦湯はナチュラルタイプで、昨今のどろりと濃いのが好きなら向かないでしょうがなかなかいいものですし、出石蕎麦がというよりも普通の田舎蕎麦好きにいい店なのかも知れませんね。
ちなみにそんなに大店ではないんですが、何やら洗いがやたらと大勢賑やかなのが少し気になったところで、しかも何やら子供ばかりに見えるのは見習いさんなのか、それとも家業でやっているということなのでしょうか?

今回お邪魔した三店はどれもそれぞれ悪くないかなと思うのですが、共通するのが非常にダシの味がしっかりしているということ、そしてそれと裏表なんですがかえしが少し控えめな感じなので、かけに合わせるにはともかく盛りとして食べるには少し物足りなく思えるかも知れません。
特にこちらのお店のように蕎麦の風味が強い場合は負けているかなとも感じるのですが、出石風に卵や山芋といった濃厚な薬味を使って蕎麦と一緒に蕎麦ツユも食べるというスタイルだとこれくらいがちょうどいいのでしょうね。
しかしこういういい味の出ている蕎麦ツユで丼物とかこしらえたら、これまたうまいんでしょうねえ…蕎麦屋巡りをしているととてもそこまで胃袋が保ちそうにありませんけど(苦笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月 3日 (土)

情弱さんがまた一人無理ハメされちゃったそうです

先日またしても舌禍事件で政府高官が首になるという一件がありましたが、本人の釈明の弁を借りても酒に酔って品のない発言を連発していた親父というイメージは拭いがたいものがありますよね。

沖縄防衛局長更迭へ 辺野古アセス提出時期で女性誹謗発言(2011年11月29日中国新聞)

 田中聡たなか・さとし沖縄防衛局長が、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設計画に向けた環境影響評価(アセスメント)の評価書の提出時期を政府が明言していないことをめぐり「犯す前に、犯しますよと言いますか」と女性への乱暴に例える発言をしていたことが29日、関係者への取材で分かった。政府は田中氏に説明を求めるため上京を指示、更迭の方向で検討に入った。普天間移設問題への影響は免れない。

報道陣との酒席での報道を前提としない非公式発言だが、女性を誹謗ひぼうし、人権感覚を欠いたとの批判が出ている。防衛省幹部は「酒席であろうと申し開きできない発言だ。かばいようがない」と更迭は避けられないとの認識を示した。沖縄では1995年に少女暴行事件が起こり、県民の怒りが沸騰した経緯がある。

 一川保夫防衛相は29日の記者会見で「事実であればしっかり対応しなければならない」とし、藤村修官房長官は「事実なら看過できない」と強い不快感を示した。

 出席者らによると、28日夜、那覇市内の居酒屋で開かれた懇親会で、沖縄防衛局が呼び掛け、報道8社が出席した。

 一川防衛相が評価書の提出時期を明言せず「年内に提出できるよう準備を進めている」と述べている真意を問われ、発言したという。

 田中局長は29日「私からは何も言うことはない」と話した。防衛省関係者は「犯す」という言葉は使っていないとした上で「何かをやる前にいちいち『やる』とは言わないとの趣旨の発言。女性への暴行という趣旨の発言はしていない」としている。

 出席者によると、田中局長は酒に酔った状態だった。

 田中氏は大阪大卒。1984年に旧防衛施設庁に入り、広報課長や地方協力企画課長を経て、8月15日付で沖縄防衛局長に就いた。

いきなり「やる」は乱暴だし…沖縄防衛局長発言(2011年11月29日読売新聞)

 田中聡沖縄防衛局長の不適切発言を巡る、防衛省の聴取結果は以下の通り。

          ◇

 居酒屋での記者との懇談において、評価書の準備状況、提出時期等が話題になり、私から、「『やる』前に『やる』とか、いつ頃『やる』とかということは言えない」「いきなり『やる』というのは乱暴だし、丁寧にやっていく必要がある。乱暴にすれば、男女関係で言えば、犯罪になりますから」といった趣旨の発言をした記憶がある。

 自分としては、ここで言った「やる」とは評価書を提出することを言ったつもりであり、少なくとも、「犯す」というような言葉を使った記憶はない

 しかしながら、今にして思えば、そのように解釈されかねない状況・雰囲気だったと思う。

 私としては、女性を冒とくする考えは全く持ち合わせていないが、今回の件で女性や沖縄の方を傷つけ、不愉快な思いをさせたことを誠に申し訳なく思い、おわび申し上げたい。

マスコミの恣意的引用はいつものことですが、評価書提出時期云々のコメントとしてもいささか以上に意味不明な発言というしかないですから、これだけを聞いていると酔っ払い親父の下手な言い訳という印象を拭えません。
記事にもありますように酒の席でのオフレコ発言だという認識で本人はごく軽いノリでしゃべっていたのでしょうが、ただ発言が公になった事情を知ってみればこれまた興梠前経産相が辞任に追い込まれた事件と全く同様の構図であったというのですから、今どきの政府要職にある方々の危機管理意識の欠如というものには恐れ入るしかありませんね。

公益性考えオフレコ報道 防衛局側は戸惑い(2011年11月29日中国新聞)

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題をめぐり、田中聡たなか・さとし沖縄防衛局長が、環境影響評価(アセスメント)の提出時期を明言しないことを女性への乱暴に例えた発言は、報道を前提としない記者との非公式懇親会の場で28日夜、飛び出した。

 29日付朝刊でいち早く報道した地元の琉球新報社は「発言は著しく人権感覚を欠き、県民が知るべき情報だと考えた」(普久原均ふくはら・ひとし報道本部長)と理由を説明する。

 懇親会に参加したのは新聞、放送、通信の約10社。共同通信社は参加していなかった。出席者によると、那覇市内の居酒屋で、記者らに囲まれた田中氏は「今日は何でも聞いて。完オフ(完全オフレコ)だから」と発言し、酒を飲んで懇談した。

 だが普久原氏は「評価書提出を強行しようとしている発想が透けて見えた」とし、今後も公益性があればオフレコ発言でも報じると強調する。

 ただ、沖縄防衛局側は戸惑いを隠さない。幹部は「沖縄メディアにはオフレコという常識が通用しない」と漏らし、職員の一人は「報道陣との信頼関係が崩れた」と表情をこわばらせた。
(略)
 オフレコは「オフ・ザ・レコード」の意味。同席する記者は録音やメモを取らず、報道する際は発言者を明確にしないケースが多いが、発言の重要性に応じて報道各社も対応を変えつつある

 ただ、取材される側と記者との「信義」や、匿名報道を受け入れる代わりに深い情報を期待する記者の心情などが交錯し、問題発言でも即座に報道されない場合も。

 元サンデー毎日編集長でジャーナリストの鳥井守幸とりい・もりゆき氏は「非公式な場やオフレコ前提でも、内容が重大なら記者は書く。発言の重大性に対する報道機関の判断が大事だ」と語った。

だからこの国のマスコミはダメなのだ 更迭防衛局長のレイプ暴言を黙殺した大マスコミ(2011年11月30日ゲンダイネット)より抜粋

(略)
 問題発言が出たのは28日夜。沖縄防衛局が県内外の報道各社に呼びかけ、那覇市内の居酒屋で開かれた懇親会の席だった。
「会合には琉球新報のほか、読売など計9社の記者が出席しました。この席で、一川保夫防衛相(写真)が県への環境影響評価書の提出時期を明確にしないことについて質問が出ました。これに対し、酔った田中局長が『これから犯す前に犯しますよと言いますか』などと口を滑らせたのです。田中局長は本省の広報課長も経験し、今年8月に沖縄防衛局長になった。記者の扱いは慣れているつもりだったのでしょう。地方のトップになって、カン違いしたのかもしれない。いずれにしたって、あまりに非常識な発言です」(沖縄県政事情通)
 フツーの記者であれば、すぐに反応して当然だ。ところが、この暴言を問題視し、29日の朝刊で報じたのは「琉球新報」のみ。在京メディアは騒ぎが広がってから慌てて後追い報道する始末で、しかも「非公式の懇談会」「オフレコ発言」と付け加えた。自分のところが遅れた“言い訳”をしたのである。
(略)
ふだんから役人にヘーコラして発表モノばかり報じているから、こうなるのだ。田中局長が泥酔して軽口をたたいたのも、記者をナメ切っている証拠である。しかも、防衛省は「記者との信頼関係が崩れた」なんて寝言を言っている。どうしようもない役所と記者だ。

ゲンダイも記述しているように、そもそもこのオフレコ発言なる意味不明の制度が今も続いているのも記者クラブ制度などというものが存在していることと裏表の関係にあって、お上の大本営発表におんぶにだっこでなければ記事一つ書けないマスコミの取材力欠如が「なるべく機嫌を損ねないように」という自主的配慮となっていたのも確かですよね。
今どきマスコミ風情を相手に「信頼関係が崩れた」などと寝ぼけたことをおっしゃるような方々が国防の要職を務めるようではどんな機密情報が垂れ流しになるかも分かりませんから、今回の公益性のある報道によってさっさと首になったのは結果として良かったというものですが、逆にマスコミ側から見れば取材の役人依存などという話にしてしまった方が自前の取材力低下という問題に目をつぶれるということなのでしょう。
ところが実際のところは役人や政治家が一切絡まずとも彼らの取材力なるものがお話にならないレベルになっていることは、先日以来大いに炎上しているオリンパス問題に関わるこういう証言からも見て取れるというものです。

"オリンパス問題"スクープ記者が激白「日本のメディアは取材力が弱っている」(2011年11月26日ニコニコニュース)

 精密機器メーカーのオリンパスが長年にわたる巨額の損失隠しを行っていた問題は、日本の大手メディアの弱腰な報道姿勢も浮き彫りにした――。2011年11月25日のニコニコ生放送では、雑誌『FACTA』でオリンパスの不正をスクープしたジャーナリスト山口義正氏や、経済評論家の山崎元氏、経済ジャーナリストの町田徹氏を招き、「オリンパス損失隠し問題の真相」について議論した。山口氏は、オリンパスの事件報道に消極的だった日本のメディアについて「取材力が弱ってしまっている」と苦言を呈した。

 事件発覚の発端は、ことし7月に発売された総合情報誌『FACTA』にある。同誌にオリンパスの不正に関するスクープ記事を山口氏が書き、その記事を読んだ当時のウッドフォード社長が不当なM&A(企業合併・買収)が行われていた事実を指摘し、損失隠しが発覚した。しかし当時、この問題について大手メディアは全く報道せず。10月14日にウッドフォード氏が社長兼CEO(最高経営責任者)から解任され、英ファイナンシャルタイムズ紙など海外で取り上げられてから、海外メディアの引用という形でようやく日本の大手メディアも報道するようになった

 日本の大手メディアはなぜ報道しなかったのか。山口氏は、オリンパスの不正をどの媒体で書くか検討した際、『FACTA』と『現代ビジネス』以前に1、2社に企画を持っていったが、通らなかったそうだ。また、山口氏は『FACTA』の編集長に「こういう問題はたくさんのメディアで追いかけていかないと、結局悪いことをした人物を取り逃してしまう恐れがあるから、いろいろなメディアで書くべきだ」と言われ、記事を書いた後5つの大手週刊誌などに企画を持ち込んだが、すべて無視されたという。大手メディアが今回の事件報道に弱腰であった原因について山口氏は、

    「お上がきちんと動いてオーソライズされていない(認められていない)事件について、メディアは書こうとしない

と、日本の大手メディアは国家権力が言っていることをそのまま書く「客観報道主義」に偏りがちだという見方を示す。そして、自分の足を運び真実を究明して書く「調査報道」が、「日本ではもともと弱かったにも関わらず、インターネットに広告も読者も取られ、ますます正義を貫く姿勢が弱くなっているという問題を感じたか?」という町田氏の質問にうなづきながら、さらに、

    「取材力そのものが弱ってしまっている。公権力の発表を待たないと何も書けない

と、これまで多くのメディアから情報交換という名の事実上の"情報提供"を求められたことを告白し、日本メディアの取材力が弱くなっていることを指摘した。

問題がそこにあることを知っていながら放置し、他から公になってはじめて後追いする、それも他人の記事の丸写しというのは全く前述の舌禍事件の経緯と同じことですが、この場合は全く役人に対する配慮などというものとは無縁であることは言うまでもないことであって、彼ら日本のマスコミがまさしくジャーナリズムとして致命的な問題を抱えているということを示している事例ですよね。
取材力低下ということも一面の真理ではあるのでしょうが、記者クラブなどという独自報道、すっぱ抜きのチャンスを自ら放棄するかのような制度に好んで安住してしまうあたり、結局この国には本当のジャーナリズムなど存在しておらず、ただ平和に食べていくための手段として無難に、安全に報道ごっこを演じていられればそれでいいという「マスゴミ」があるだけだと言うことでしょうか。
そんな似非マスコミに正義云々を語られても片腹痛いというものですが、ネットなどの台頭に加えて新聞社は軒並み経営難が続いており雑誌もあちこちで休刊、廃刊の話が出ている、テレビもようやく電波オークションが前倒しで実施される勢いで既存メディアの独占体制が危機にさらされそうな勢いと、根本的に既存のシステムがひっくり返りそうな気配もようやく出てきているわけですよね。
先の大阪w選挙におけるマスコミの醜い偏向報道ぶりは未だに語りぐさですけれども、既得権益維持ということに関してはあれほど団結して底力を発揮するマスコミという一大保守勢力に対してもまた、その既得権益排除のための外圧が次第に強まってくるということになるのでしょうか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年12月 2日 (金)

子供のつけるあだ名って結構悲惨なものがありますよね

最初に申し上げておきますが、本日はちょっとした小ネタです。
さて、読売新聞の宇宙人連載病院編がおもしろいと話題になっているようなのですが、例えばその第一話はこんな感じなんですね。

ヨミンちゃんの冒険 日本の病院編 宇宙人もびっくり モンスター患者の実態(1)(2011年11月8日読売新聞)より抜粋

     とても静かな夜でした。ピンクのUFOに乗って、ある病院の窓から、中の様子をうかがっている女の子がいます。地球から100億光年はなれたヨミドク星の王女さま、ヨミンちゃんです。

ヨミンちゃん「地球人は、どうも『医療』という技術で長生きになり、みんな幸せに暮らしていると聞きましたわ。地球で医療が一番という日本国の病院を、しっかり勉強しましょう」

     のぞいた窓からは、静かに寝ている患者さんたちが見えました。ヨミドク星の最新UFOは、音もなく、地球人からは姿も見えません。

ヨミンちゃん「みんな幸せそうな寝顔ですわ」

     ところが、こんな静かな夜に、どなり声が響いてきます。中年の男性が、大騒ぎをしているようなのです。

男「おいっ! 土下座して謝れ!!

看護師「お母さまは今、処置中で…」

男「まず土下座だろ!

     どうやら、こういうことのようなのです。

     その方は、具合の悪くなったお母さまを連れて、深夜の救急外来を受診したそうです。お母さまの具合はとても悪く、診察してすぐ入院となり、この時もまだ手当てが続いていました。処置の続く病室の外で、その方はひとり待っていました。様子を聞きたいと医師や看護師に何度も声をかけようとしましたが、忙しそうで、説明してくれません

待っている30分ほどの間に、すっかり頭に血がのぼってしまったその方は、女性の看護師さんにいきなりどなりつけたのです。

     夜間の病棟に響き続けるどなり声。入院患者をみんな起こしてしまうかもしれません。看護師は騒ぎを鎮めるため、冷たい床に額をつけ、土下座しました

ヨミンちゃん「なぜかしら? 医師や看護師たちは、その方のお母さまの手当てをしているはずだわ? なぜあのようにみじめな姿になり、許しを請わなくてはならないの?
(略)
※医療問題をテーマにしていますが、物語はフィクションです。

こんな調子で延々と「フィクション」の物語を綴っているシリーズなのですが、フィクションの世界でも現実世界と全く同じようなことが起こっているというのが興味深いですよね(苦笑)。
おもしろいのは単なる状況描写にとどまるのみならず、マンガなどに見られるような記号的表現によって患者のキャラクター付けを明確に行っていることですが、例えば患者に対してこういう表現を行うことは一昔前の紙面であれば問題視されていたかも知れませんよね。

    UFOはさらに時空を飛び越え、別の病院にたどりつきました。応接室のソファにふんぞりかえるのは、丸々と太り、パジャマのボタンがとまらずにおへその見える男性です。ここの入院患者の方のようですが、病院の職員の方にまくしたてています。

へそ男「おたくの医者の腕が悪いからさぁ、全然治らないじゃないの。入院が長引いて仕事に戻れないのはおたくらの責任でしょ

病院職員「治療に当たっているのは、当院でも実績の高い専門医です。ただ、治療を受けられる皆さまの体質も体調も違いますので…」

へそ男「俺のせいだっていうの? それはないんじゃない? とにかく生活費が足んなくなっちゃったのよ。責任とってよ。こんな大きな病院なんだから、出せるでしょ?

病院職員「こちらの責任といわれましても…」

へそ男「この前、病院の廊下で転んじゃってけがしたからさぁ、慰謝料のことも話したいんだよね

     男のパジャマのボタンがもうひとつ、ボチッとはじけ飛びました

ドクターJiJi「治らないのは全部が医師のせい、どうしてそう考えるのでしょう。生活費など出せるわけありません」

ヨミンちゃん「あのご立派なおなかには、欲望がつまっているのかしら

コメント欄は承認制ですけれども、「取り上げられている事例は、まったく日常です」「医療機関、施設の中に交番が設置される日がくるのも夢ではない」などといった声もあれば、「どこがモンスター患者なのでしょうか」「やはり医者や看護師側の言い訳がほとんど」「モンスターを生み出している原因の一番は医療側にある」などという声もありで、実際のモンスター出現率を考えても潜在人口はこの程度は…というところでしょうか。
ただ医療現場の素朴な実感からすればおそらく多くの職場でもう少し余力が出来ればもっといい医療が出来るという気持ちがあるでしょうから、一部のモンスターに余計な手間暇をかけて理解していただくよりは「それでしたらどうぞ、お好みの医療を受けられる施設へお越しください」で送り出してしまった方が、大多数の善良な患者によりマンパワーを集約化出来るのも事実ですよね。
先日ようやくブログを閉鎖された某大先生の主張されたように日本全国どこにでも医者が有り余るような社会になって、街頭で医者が立って「あ、患者さんどうぞうちへ!ささ、寄っていってください!」なんて呼び込みをするような時代になればそうしたモンスター専門のニッチマーケットも成立するかも知れませんが、少なくともそれは皆保険制度下でペイするようなものではなさそうです。

いずれにしてもモンスターの一つの定義が公共の利益に反しても個人利益を過度に追求し不当な要求を強要する人々だとするならば、例えば時折問題になる俗に言う「プロ市民」などもモンスターの一類型と言えそうですから、そうした主張をまるで市民の声か何かのように誇張して取り上げてきたマスコミ各社こそが彼らを育ててきたという考え方も出来るのでしょう。
その代表格と言えばご存知朝日新聞ですけれども、先日その朝日によって取り上げられたこちらのお方、このまま行けばこと規模という点ではもしかすると史上最大級のモンスターになるのではないかとちょっとした話題になっていることを紹介させていただきましょう。

「ノロって呼ばないで」 野呂さん、ウイルス改称訴え(2011年11月29日朝日新聞)

 寒くなるとおう吐や下痢を起こすおなかの風邪が流行する。その一つ、ノロウイルス感染症について、「野呂」という姓の30代男性が呼び名の変更を学会や厚生労働省、報道機関に求めている。ウイルスの分類を決める国際組織は野呂氏の訴えに理解を示すが、いったん広まった呼び方を変えるのは難しそうだ。

 この感染症は「ノロウイルス属」という仲間に属するウイルスが起こす。代表的なウイルスは、発見された米国の町の名にちなんで命名された「ノーウォークウイルス種」だが、実際には、発音しやすくするために短縮したりして作られた「ノロ」という属名で呼ばれることがほとんどだ。

 これに反発しているのが近畿地方に住む3児の父という野呂氏。今年3月から「野呂姓の子どもたちが不要に嫌な思いをしなくていいよう、正確に『ノーウォークウイルスに感染』と言うべきだ」と訴えてきた。

いや無理、それはさすがに無理だから(笑)。
ちなみにこのウイルス、ある程度古い先生ですと小型球状ウイルス(SRV)と言った方が通りがよいかも知れませんが、もともとは世界各地で嘔吐下痢症を起こすウィルスが様々に命名されていたものを2002年にまとめてノロウイルスと表記するようになったもので、何しろ消毒剤等に対してもしぶとく集団発生しやすい上に、症状も強くて場合によっては死者も出るというやっかいなシロモノですので皆様十分にご注意いただきたいところです。
ま、子供の世界などでは真田君がサナダムシといじめられるようなことは日常茶飯事ですから野呂さんの言いたいことも分からないではないですけれども、世の中こうした事例はいくらでもあることであって、国際的約束事として決まったことを今から野呂さんのために表記を変更するというのは不可能でしょう(朝日らマスコミが今後自主的な配慮をするかも知れませんが)。

さすがにネットでは「虚構新聞かよ!」「御手洗さんの方がよほど深刻だぞ!」などと厳しいコメントがついていますが、実のところ関西圏在住というだけに野呂さんの方はもともと半ば自虐ネタとしてやっているのかも知れないなとも思っていて、例えば過去にも沖縄県に存在する地名を取り上げて改名を希望なんて話があったりしますが、こちらはネタで通るような話ですんでいますよね。
ただ野呂さんの出発点がネタであったとしても(呼びかけを見るだけですと本気ともネタとも判断しかねるのが微妙なんですが)、こうして天下の朝日に取り上げられるとまるで壮大なクレーマーか何かのように聞こえてしまうところが怖いというもので、例えば過去に実際にあった有名な事件として「ドルゲ君事件」というものがあります。
こちらはテレビ番組の悪役と同名の少年が「いじめられた」と使用停止の仮処分申請をした結果、番組が打ち切りになった(この事件のせいかどうかは異論もあるようですが)というものですが、このとき天声人語で「このドルゲという悪者に、もっと人間的な親しみやすさがあれば、こういう問題はおこらなかった」と書くなど事件を大々的に炎上させたのがこれまた朝日新聞なのですね。
そう考えて見るとモンスターというものを産みだし、大きく育て上げる原動力となるものが一体何であるのか…もちろん冒頭の読売のような承認制コメント欄には、そうした意見は一切反映されないことになっているようですけれどもね。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2011年12月 1日 (木)

それはちょっとどうなのよ?という最近の話題

真相が次第に明らかになってくるにつれて「無茶しやがって…」と話題になったのがこちらの事件ですが、その結末はこんなことになったということです。

大阪・タンクローリー事故 事故引き起こし実刑判決の自転車の男「俺が悪いんですか」(2011年11月28日FNN)

大阪市浪速区で2011年5月、タンクローリーが歩道に突っ込み2人が死亡した事故で、直前に自転車で道路を横断し、事故を引き起こした男に、大阪地裁は禁錮2年の実刑判決を言い渡した
大阪市浪速区の国道で2011年5月、タンクローリーが歩道に突っ込んだ。
しかし、禁錮2年の実刑判決が言い渡されたのは、運転手ではなく、自転車に乗っていた男だった。

事故現場の道路には、大量の血痕が残されていた。
この事故で、歩道にいた49歳の男性と75歳の男性が、住宅と車の間に挟まり死亡した。
事故当時、警察は、タンクローリーを運転していた男性を現行犯逮捕したが、のちに処分保留で釈放した。
タンクローリーの運転手は「隣の車線を走っていた車が、急に車線変更してきたので、当たると思い、ハンドルを切った」と話した。
隣の車線を走っていたワゴン車の運転手も、処分保留で釈放された。

この事故で、重過失致死罪で起訴されたのは、自転車に乗っていた越智 茂被告(60)だった。
なぜ、越智被告だけが起訴されたのか。
自転車に乗っていた越智被告は、信号機のない道路を安全確認をせずに横断し、その自転車を避けようと、ワゴン車が進路を変更した。
さらに、ワゴン車を避けようとしたタンクローリーが、歩道に突っ込んだという。
事故のきっかけは、自転車だった。

28日、大阪地裁の真鍋秀永裁判官は、「注意の欠如は甚だしいばかりか、信号待ちという当然の事柄を嫌がり、周囲の交通に多大な影響を及ぼす行為に自ら進んで出たもので、安易かつ身勝手である」とし、越智被告に禁錮2年の実刑判決を言い渡した。
判決後、何か述べたいことがあるかと聞かれた越智被告は、「俺が悪いんですか。向こうは車で殺したんですよ」と、強い口調で言った
事故からおよそ4カ月。
2人死亡という事故が起きた現場では、ルールを無視して横断する自転車があとを絶たなかった

リンク先の動画を見ていただけると状況が理解出来ると思いますが、対向車線の右折待ちで止まった車列の後ろを横断してきた自転車がいきなり車の陰から飛び出してきたことで右側車線を走っていたワゴン車が左に急ハンドルを切り、その隣で左側車線を走っていたタンクローリーがワゴン車を避けようとこれまた左にハンドルを切った結果歩道に突っ込んだという事件です。
初期の報道ではワゴン車が無理な割り込みでもかけたのが原因かとも言われたものでしたが、その後目撃情報などから結局この自転車の無謀な走行が大惨事の原因であったことが明らかになり、事故に関係した二台の車の運転手がいずれも処分保留となる一方で、直接には何もぶつかってはいない自転車の運転手だけが実刑判決を受けると言う珍しい結末に終わったわけです。
現場は国道25号線の5車線道路(事故が起こった側が二車線)で、信号待ちの車が止まっていることからも分かる通りどちらの方向にもわずか数十メートルで信号つきの交差点があると言いますからそこを渡れば何も問題がなかったでしょうに、信号待ちをいやがって無謀な横断を仕掛けるならせめて周囲の迷惑にならない程度の安全確認はしろよというものでしょう。

というわけで、事件そのものは「いや、どう考えても身勝手なあなたが一番悪いでしょうjk」というものなのですが、恐ろしいのは当事者に全く罪の意識がないということのみならず、同様の状況に置かれれば同様の考え方をしそうな自転車乗りが全国には他に幾らでもいそうであるということでしょう。
とりわけ自転車は車道を走るべしというお上の指示が徹底されれば今後ますますこうした事件は増えることになるわけですが、自転車乗りであっても当然に道路交通法の基本には通じていなければならないはずですし、何より法規以前に交通マナーあるいは社会常識というものがあるだろうということを理解出来ない人間がいるというのは困ったものですよね。
日本という社会は閉鎖的な均質社会であることがよく島国根性などと批判されてきたもので、そうした環境から逆にこれくらいは日本人なら知っていて当然という共通認識のレベルが諸外国よりも高かったという利点もあり、それが世界的にも知られるようになった民度の高さにつながっていたとも言えたのですが、どうも昨今その民度も怪しくなってきたのでは?と思えるような斜め上な事例がこのところ多いようです。

オリンパス、ウッドフォード氏と全面対決へ(2011年11月25日読売新聞)

 巨額の損失隠し問題が発覚した光学機器大手オリンパスのマイケル・ウッドフォード元社長が、25日開かれる取締役会に出席し、真相解明の徹底や今後の経営刷新を要望する。

 ウッドフォード氏は先月の取締役会で解任されたが、その後の事業環境は激変しており、現経営陣との攻防が注目される。

 来日中のウッドフォード氏は24日、東京地検などの事情聴取に応じた後、「役員はこれ以上、会社に悪影響を与える行為は慎むべきだ」と記者団に対して述べ、取締役会で現経営陣の刷新を求める考えを改めて示した。同氏は自らの社長復帰にも含みを持たせている。

 一方、高山修一社長ら現経営陣は解任を取り消す考えは示しておらず、全面対決の様相だ。ウッドフォード氏が内部情報を外部に漏らしたとして法的措置を検討する考えも明らかにしている。

オリンパス、元社長に報酬減額を通告 「非行」理由に(2011年11月25日朝日新聞)

 オリンパスのマイケル・ウッドフォード元社長が、報酬の大部分の支払いを25日から停止すると会社側から通告されていたことが同氏らの話でわかった。理由について「重大な非行」と説明があったというが、ウッドフォード氏は「正義に反する」と批判している。

 ウッドフォード氏は10月14日に社長を解任されたが、それ以降も取締役を務めている。同氏や関係者によると、10月支給分の報酬は通常通り払われたが、11月以降は、非常勤取締役としての少額に変更すると21日に通告を受けた。

 ウッドフォード氏によると、待遇は地位の変更があっても4年間変わらない約束だったが、「重大な非行」があった場合は例外になるという。今回、「非行」の内容は説明を受けていないという。同氏は「この4週間ほど、オリンパスのために懸命に働いたことはない」と話している。

 オリンパスの広報・IR室は「個別の役員の報酬については申し上げられない」としている。

一連のオリンパス事件の詳細はすでに報道などでもかなり明らかになっているようですけれども、オリンパスと言えば世界に冠たる内視鏡のトップメーカーでもあって、様々な局面でその製品にお世話になっている医療関係者であれば昨今の騒動には関心を持たざるを得ないところがあると思います。
これだけ巨大な事件が明るみに出てきた発端が今年4月に就任したマイケル・ウッドフォード元社長にあったことは周知の事実で、たまたま雑誌の告発記事から不審を抱き独自調査を行ったところ報道されるような数多の問題点が発覚、会長、副社長らに引責辞任を求めたところあっさり社長を解任されたことがかえって事件の公然化につながったのは皮肉なことでしたね。
もちろん経営陣にしてみれば(削除)怒り心頭なのも事実なのかも知れませんが、オリンパスショックとも言われるほどの大問題がそもそも何故起こったのかという部分をスルーして、まるで不正を表沙汰にしたのがケシカランと言わんばかりの行為に走るというのは同社の動向を注視している世間の目を忘れているとしか思えません。
オリンパスの内視鏡に関する圧倒的シェアを背景にした独特の商売ぶりに関してはかねて色々と言われてきたところですが、不正行為をやってしまっただけならまだしも事後の対応がこれでは余計なイメージををますます強化してしまうというもので、さすがにこれは空気読めとしか言いようがないですよね。
オリンパスよりもさらに大きな騒ぎを引き起こしたとして記憶に新しいのが原発事故の東電ですが、こちらも天災絡みなのですから黙って粛々と補償業務をこなしていれば良かったでしょうに、余計なことを言い出すものですからますます世間の反発を買うというものでしょう。

福島ゴルフ場の仮処分申請却下=「営業可能」と賠償認めず-東京地裁(2011年11月14日時事ドットコム)

 東京電力福島第1原発事故でゴルフコースが放射性物質に汚染され、営業できなくなったとして、福島県二本松市のゴルフ場「サンフィールド二本松ゴルフ倶楽部岩代コース」の運営会社など2社が、東電に放射性物質の除去と損害賠償の仮払いを求めた仮処分申請について、東京地裁(福島政幸裁判長)は14日までに、申し立てを却下する決定をした。2社は同日、東京高裁に即時抗告した。
 決定で福島裁判長は、ゴルフ場の土壌や芝が原発事故で汚染されたことは認めたが、「除染方法や廃棄物処理の在り方が確立していない」として、東電に除去を命じることはできないとした。
 さらに、ゴルフ場の地上1メートル地点の放射線量が、文部科学省が子供の屋外活動を制限するよう通知した毎時3.8マイクロシーベルを下回ることから、「営業に支障はない」と判断し、賠償請求も退けた。

【速報】東京電力「放射性物質は東電の所有物ではない」 「除染の責任を持たない」にネットは騒然!!(2011年11月26日ベストアンドワースト)

■東京電力「放射性物質は東電の所有物ではない」
発端は、2011年11月24日の朝日新聞の記事「プロメテウスの罠 無主物の責任(1)」の中に紹介されている東京電力の答弁であった。

そこでは、東京電力は福島第一原発によって日本全土、いや海洋流出を考えると世界中にまき散らした3万5800テラベクレル(テラ=兆)放射性物質は自分たちの物ではないとしているのだ。

よって、東京電力には「除染の責任はない」という主張である。

■ネット騒然!
この東京電力の無責任な発言に対し、ネット住民が各所で非難の声を上げている。

ツイッターでは「物でもなくない」、「除染するとこだった」がトレンドワードに浮上。いずれも今回の東京電力の発言に対するツイートである。

ツイッター民の中には怒りを通り越し、この詭弁にあきれている人も多くみられる

また、2ちゃんねる勢いランキングでも11月26日の13:00時点で「東電「あ!よく考えたら放射能って誰の物でもなくない?あっぶねー除染するとこだったはwwwww」 ★2」が勢いランキングのトップに立っている。

本気で放射性物質をまき散らしたことは責任ありません。だから除染もしませんという理屈は、普通に通るとは思えない。

記事中にある朝日の元記事というのはこちらですが、ゴルフ場が東電に除染を求めて地裁に仮処分を申し立てたところ、東電側から帰ってきた答えがこうであったと言うのですね。

―原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない。したがって東電は除染に責任をもたない。

答弁書で東電は放射能物質を「もともと無主物であったと考えるのが実態に即している」としている。無主物とは、ただよう霧や、海で泳ぐ魚のように、だれのものでもない、という意味だ。つまり、東電としては、飛び散った放射性物質を所有しているとは考えていない。したがって検出された放射性物質は責任者がいない、と主張する。さらに答弁書は続ける。

「所有権を観念し得るとしても、 既にその放射性物質はゴルフ場の土地に附合しているはずである。つまり、債務者 (東電) が放射性物質を所有しているわけではない

ちなみに興味深いのは東京地裁が下した判断で、東電に除染を求めたゴルフ場側の訴えを退けたと言うのですから世間の感覚からすると「おいおい、それはさすがにないやろ…」というもので、実際に各方面からこの件に関しては批判数多という状況のようです。
素人考えで言いますと微量レベルで見ればそれこそ全世界に放射性物質が飛び散ったとも言われる中で、明確な基準もなくこうした個別の除染作業を認めていてはその影響が計り知れないものにもなりかねないという判断だったのかとも推測するのですが、ここで問題にしたいのは法廷戦術や判断の是非はそれとして、判決が出た後の事後の対応のあまりのまずさでしょう。
こうした境界域の汚染をどうするかは非常にデリケートな問題で、例えば九州あたりの温泉旅館が「風評被害で海外からのお客が減った!どうしてくれる!」と損害賠償を訴えたといった話であれば、東電がしおらしくしてさえいればネット世論も逆に「それは強欲すぎだろjk」となっていたとも思われるところです。
今回も世間ではただでさえこれだけ放射性物質に神経質になっている中で、「ただいま個人および事業者様からの損害賠償請求を至急処理しておりますので、今しばらくお待ちいただきたい」などとそつなく受け答えしておけばよいものを、朝日の記事によれば「個別の事案には回答できない(広報部)」などと木で鼻をくくった対応に終始しているというのですから、これは自ら望んで世間を敵に回しているとしか思えません。

東電と言えば長年原発推進のために巨額なお金を関係各所にばら撒いてきたなどとも言われているようですが、世間の注目がこれだけ集まっている中で相変わらず型どおりの類型を崩していないHPなどを見ても、どうも世間向けの広報対応という点でもよほどに危機管理の稚拙な会社であるということなのでしょうか。
ただでさえ面倒な問題が山積しているというのに、このうえ余計な感情的反発まで呼び込むというのならご自由にと言うしかありませんが、前述のオリンパスの事例などと並べて考えて見ると独占企業というのはやはり弊害があるものか…とも考えてしまいますよね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »