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2011年10月 7日 (金)

医者だって人間ですから、意味もなく苦労したいとは思いません

先日日経メディカルに神経内科医の小鷹昌明氏が医学教育に関する一文を寄せていて、その中にこんな文章があることに思わず笑ってしまいました。

「医学教育」再考論(前編)医学部で教えるべきは、現場の不条理さ(2011年9月28日日経メディカル)より抜粋

(略)
 多くの医師を見ていて感じることだが、「成績が良いから医学部へ来た」という、強い動機なき進学の方が、実はそれほど深刻な問題にならない。 そういう人たちは医師という仕事にあまり先入観がないので、真っさらな気持ちで、入学後に刷り込まれた慈悲の精神や信頼される喜びといった価値観がそのまま定着して、良心的な医師になる場合が多い。

 私の友人にも、弁当屋や農家の息子で「何となくやりがいがありそうだから医者になった」という者がいて、救命救急や小児科などの激務の現場に身を投じて働いている。彼らは、医師があまり恵まれた仕事ではないことに多少のギャップを覚えたかもしれないが、先入観がないだけに、早々と「医者なんて、こんなもんか」という気持ちに切り替えられたのだと思う。

 問題なのは、中途半端に親戚に医師がいたり、安定した収入を期待して親の勧めで医師になったりした人のほうだと感じる。役人の子息などに多いと言っては極端かもしれないが、「使える免許を取って、あとは楽にリッチに生活する」ことを夢見ていた人は、いざ就職すると、あまりの忙しさに「話が違う、こんなはずでは…」となりがちで、明らかに現実とのギャップの切り替えに失敗したケースを散見する。
(略)

あらら、言っちゃったよこの人はという話なんですが、世間では昔から医学部が難関であるとされていることに関して「試験の点数ではなく医療に対する熱意や情熱の有無の方が問われるべきではないか?」と否定的な意見が散見されましたが、医学教育と言うものを知る多くの人間が首肯するだろう事に「何も考えずただひたすら受験戦争を戦い抜いて入学してきたような連中が一番使える」という一面の真実があります。
逆にいえば「医療に対する熱意や情熱」に満ちあふれて医学部に入ってきたはずの社会人入学者などがほぼ例外なく医師としては厳しい環境には耐えられなかったり、ドロップアウトしていったりという現実があるわけですが、それはもちろん世の中がどのように回っているかということを知っていれば今どき奴隷労働になど我慢出来るはずもないですよね。
つまりは世間知らずの純粋な人間ほど洗脳はしやすいということなんですが、しかし小鷹氏の記事の後編などを拝見していると日本の医学教育というものは戦前の士官教育に通じるようなところがあって、果たしてこのままでよいのかと考えると、むしろ社会人入学者などの持っている健全な常識を一つの目安として、医療の世界にも世間並みの常識が通用するように図っていくことこそ求められているのかも知れません。
そうした観点からすると近年多忙な現場で深刻な医師不足が叫ばれる一方でドロップアウト先が順調に埋まっているという現状は、一昔前の「基幹病院で奴隷奉公することこそ医者の本望!」なんて考えが必ずしも通用しなくなり、薄給激務の職場よりも楽して高い収入を得られる職場の方に人気が集まるという当たり前の常識がようやく医療の世界にも根付いてきた証拠と言えそうですよね。

全国の医師数、2%増 最多は高知で格差2倍(2011年10月4日47ニュース)

 昨年10月時点の全国の医師数は19万5368人(常勤換算)で、前年より2・2%増加したことが4日、厚生労働省のまとめで分かった。厚労省は「医師確保策が反映された」と分析。人口10万人当たりの人数は、最も多い高知県と少ない埼玉県で2倍以上の格差があった。

 人口10万人当たりの医師数は全国平均で152・6人。多かったのは高知(221・6)に次いで徳島(204・7)、福岡(194・7)の順。少ないのは埼玉(105・6)、千葉(118・2)、三重(118・6)。

 一方、「小児科」を掲げる病院は全国で前年比45施設減、「産婦人科」「産科」を掲げる病院は42施設減で、いずれも17年連続減

「小児科」「産婦人科・産科」病院が17年連続減 厚労省調査(2011年10月4日産経ニュース)

 「小児科」「産婦人科・産科」の病院が全国で17年連続で減少したことが、厚生労働省が4日に発表した調査で分かった。

 昨年10月1日時点で、全国で「小児科」を掲げる病院は前年比45施設減の2808施設、「産婦人科」または「産科」を掲げる病院は同42施設減の1432施設だった。

 厚労省は「夜間や休日に患者が集中するなどの厳しい就業環境や、訴訟リスクに対する懸念などが、施設減という結果に表れている」と分析している。病院全体でみると前年比69施設減の8670施設だった。

 一方、全国の病院に勤務する医師(常勤換算)は前年比2・2%増の19万5368人だった。人口10万人当たりの勤務医数は全国平均152・6人で、前年の149・9人から2・7人増。厚労省は「医師確保策が反映された」としている。ただ勤務医数は年々増加傾向にあるものの、医師不足・偏在は依然、深刻な状態にあるとみられる。

実際の調査の元データはこちら厚労相のHPから御覧頂きたいと思いますが、よく言われるように「少子化なんだから産科も小児科も減って当然では?」という意見も一見すると正論のようにも思えるものの、そうした説が成立する大前提として医療に要するリソースが昔と同じであるということが必要であるはずですよね。
例えば内科外科の領域でも昔なら治りませんで終わっていた病気が多大な人手と時間、そしてコストを投入することで治らないまでもある程度長期的にコントロール出来るようになったという事例には事欠きませんが、産科領域においても妊婦の高齢化によりお産自体が極めてハイリスク化している一方で、産科医の高齢化、女医の増加が進んで昔ほど力業が利かなくなっている現状があります。
小児科にしても20世紀前半からみて周産期死亡率が実に1/100にも激減したということは、裏を返せば昔のように子供は簡単に死んで当たり前、何とか死なずに成長したら皆でお祝いをするという時代ではなく死んだら医療ミスだと言われるとなれば、それだけの結果がもたらされるだけの医療リソースを否応なしに投入しなければならなくなったという意味でもあるわけです。
単に激務が約束されているのみならず様々なリスクが極めて高い、そしてその見返りとして別に特別のものがあるわけでもないとなれば、自分がこれから医者稼業で食っていこうかと考えた時にわざわざそんな見るからにヤバそうな領域に進みたがるのはよほどの精神的変○者じゃないかと考えたくもなりますよね。

現象面の背後にこういう事情があるとなればその解消を図っていかないことには何ら事態は好転しないだろうと想像がつくはずですが、大まかに激務を解消できるか、激務に見合った待遇を用意できるか、そして数々のリスクに対してどうするかといった辺りが主要な対策ということになりそうです。
激務の解消ということになると例えば産科領域ではかねて助産師の活用ということが言われているし、小児科領域では受診に至る前の電話相談などの拡充が叫ばれているところですが、どんな対策であれ注目頂きたいのはこれらの対策はそれまでのベテラン産科医に診て貰うだとか、いつでも気兼ねなく小児科医にかかれるといった状況と比べると、顧客の側からするとサービスの低下に他ならないことです。
例えば他の業種で言えば「忙しくてコックが足りないので、今日から簡単なお料理は皿洗いが担当させていただきますね」なんてことを言われて納得できるかと言われれば、結局のところ医療とは単なる商売ではなく(少なくとも一面では)公共サービスや社会資本の類であることを顧客たる国民の側が理解出来るかどうかにかかっていると言うことでしょうね。
そして昨今話題のモンスター問題などにも共通するところが多々ありそうですが、医療崩壊が叫ばれる状況においては「オレはお客なんだから何をやっても許されるんだ」という妙な勘違いを一人一人の顧客が捨て去ったとき、初めて社会としても真っ当な医療を手に入れられるようにもなるのだということを承知してもらわなければならないでしょう。

報酬については産科や小児科に限らず、診療報酬のたびに激務に配慮してコンマ○パーセント引き上げましたなんて恩着せがましいことを言いますけれども、激務にさらされている基幹病院勤務医にとっては診療報酬が上げられようが病院の収入が多少なりとも増えるだけで、別に自分の懐が温かくなるわけでもないのですからありがたくもなんともないわけです。
この問題を何とかするためには日医などが強固に反対する(笑)ドクターフィー導入などスタッフに対する直接的な報酬導入が言われますが、個人的には時間外軽症受診には割増料金を取るところまで行っているのであれば、その割増料金の部分に関しては実際に働いた現場スタッフで山分けするくらいのことはしてもいいんじゃないかという気がします。
ともかくも産科小児科に限らず、今の医療現場は働いた分が真っ当に報酬という形で帰ってこない、むしろ真面目に働いた結果疲労困憊しミスを犯したり、うっかり地雷を踏んで訴訟リスクを引き当てたりすることを考えれば「働いたら負け」という考えが正解になってしまうという現状を何とかしないことには、誰も労基法違反を犯してまで他人のために汗水垂らして苦労しようとは思わないのも当然ですよね。
個々の医者によって「もうちょっと給料上げてくれたらがんばれる」だとか「いや給料はいいから、少しでも仕事を減らしてくれ」だとか求めるものは違うと思いますから、職場の管理者にとってはこうした現場スタッフの多様な価値観をどう実現し士気向上に結びつけていけるかという手腕が問われるところだと思いますし、「先生方もっと業績を」なんて単に尻を叩くだけのやり方が通用する時代でもないということでしょう。

そして特に産科小児科領域でしばしば問題視されやすいのが訴訟リスクやモンスター(クレーマー)顧客の問題ですが、何しろ子供が少なくなっているだけに昔よりも一人一人の子供に対する周囲の注目度が高まるのは仕方のないところで、このあたりは「子供はかわいいけど親はとにかくムカツク!」と言う先生方が多いのも当然ではありますよね。
その意味では特にこの領域で医療に対する期待値と、それを裏切られたと感じた時の批判が高まるのは仕方がない部分もあるのでしょうが、期待するなり批判するなりにしても正しく問題の所在を理解した上で行われる批判と、なんでもかんでも目についたところにとりあえず噛みついとけという批判とでは意味が全く違うのは当然でしょう。
狭く曲がりくねった霧の山道を猛スピードで走っている車に対して「曲がり角では必ずクラクションを鳴らしましょうね」なんて指導しても間違ってはいないにしても明らかにピント外れなのと同じことで、なぜそんな危険な行為をしているのか、そうしなければならない理由があるのならそちらを解消するために何をどうすべきかを考えないことには、問題の本質的な解決には何ら結びつかないということです。
その意味では何が一番大きなリスク要因になっているのかということも理解しないまま、ただ何とかの一つ覚えのように同じ事だけを叫び続けるような人間は医療安全にも、そしてリスク増加の根本原因である医療の置かれた危機的状況の改善にも結びつかないことは明らかなのですから、そんな人間を「とりあえずうるさい奴には適当な椅子でもあてがっとけ」とばかりに責任ある地位に就けている側の見識も大いに問われそうですよね。

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コメント

結局「嫌なら辞めろ」が一番正解だったってことかな

投稿: aaa | 2011年10月 7日 (金) 08時55分

>「医療に対する熱意や情熱」に満ちあふれて医学部に入ってきたはずの社会人入学者などがほぼ例外なく医師としては厳しい環境には耐えられなかったり

わたしの周囲ではそうではなくて、ほぼ全員、病院勤務で臨床の第一線にいます。
40歳で入ってきた人だけが、研修数年後に開業しました。
あとは、もとからの本人のキャラクターも影響してます。

>「何も考えずただひたすら受験戦争を戦い抜いて入学してきたような連中が一番使える」という一面の真実

言えてますね。
海外の先進国各国の医学部入学は、どこも学力テスト重視の選抜ですから。

入試学力は低くても、高額の学費をとって入学させる私立医大もなかにはありますが。
こういったとこころ、医師資格試験の合格率、低いんですよね。

投稿: 大卒後医学部入学医師 | 2011年10月 7日 (金) 09時26分

ま、自分も熱心な社会人組の先生は何人か存じ上げていますから、あまり悪いことは言いたくないのですけれども、ストレート組のアレな連中が学部の途中でさっさとドロップアウトしていくのと比べると、なんだかんだで意外に医師免許取得までいってしまうのが厄介とも言えますね(生活がかかっているから当然ですが)。
それでも今後はストレート組も含めて否応なしに適性としてどうか?という人材も多数参入してくるはずですから、それこそ歯学部やロースクールで起こっているような惨状が医療の世界でも起こりえるということでしょう。
いずれ文科省が本格的に国試の難易度を高めてくるようになったら末期的だと思います。

投稿: 管理人nobu | 2011年10月 7日 (金) 18時08分

記者のひとりごと:「病つけこむ医師」にメスを /東京
http://megalodon.jp/2011-1014-1431-53/mainichi.jp/area/tokyo/news/20111014ddlk13070178000c.html

 4年ぶりにその場所を訪ねてみた。
新宿区歌舞伎町1丁目。新宿区役所近くのビル7階に、かつてその精神科クリニックはあった。「診察もせず求め通りに向精神薬を出してくれる」。
インターネットの掲示板では、クリニックの利用を勧める書き込みが相次ぎ、全国各地から多くの若者や会社員が詰めかけた。あるサイトには
医師のファンクラブもでき、「神」と呼ばれた。
 しかし、医師のずさんな診察と向精神薬の大量処方が、多数の依存症患者を生み出した。クリニックへの批判や苦情が急増し、
都は立ち入り検査に踏み切る。医師は医師法違反容疑で立件され、クリニックは閉鎖に追い込まれた。
 あれから4年。「少しは事態が改善されたのではないか」。私の淡い期待は、新宿区保健所の担当者の言葉で打ち砕かれた。
「同じように大量の薬を処方している医師はいますよ」
 患者の心の病につけこむ医師--。この構図にメスを入れない限り、問題は解決しない。人影もまばらなビルの前で改めて思った。【武内亮】

投稿: | 2011年10月15日 (土) 08時52分

↑毎日クオリティなコラムですな。
御説ごもっともではありますが、その例に東○クリニックの元医院長という極端な例を持ち出されてもねぇ。
>「同じように大量の薬を処方している医師はいますよ」
保険所は把握しているのなら立入検査すべきだし、マスコミはちゃんと裏を取ってから記事にしてもらいたいもんです。

それにしても名無しさんはどういう意図で、このコラムを転載したのでしょう?
批評なしに転載している点からすると、コラムに批判的な立場ではなさそうですが。
ちなみに東○クリニックの元医院長はどうやらH10年に28歳で大学卒業&医籍登録されたようです。4年間の回り道が医学部入学前なのか、在学中なのかはわかりませんけどね。
やっぱり再入学組には問題ありが多い、と言いたかった?
それとも医者全体を貶めたかった?

投稿: JSJ | 2011年10月15日 (土) 23時56分

毎日新聞の流儀がこういうことなのですから、毎日新聞に対してもこういう流儀で対応すべきだと言うことでしょう。

投稿: 管理人nobu | 2011年10月17日 (月) 07時47分

日本の医療が薬漬けの理由 患者は“金のなる木”と捉えるから
http://www.news-postseven.com/archives/20111015_33249.html

日本の精神医療には暗部がある。海外で「自殺の危険性」が警告されている抗うつ薬がいまだに日本では
多くのケースで使用されており、医師の安易な診察と処方が自殺を誘発している疑いがある。さらに、世界的に
見て非常識極まりない日本の悪弊、「多剤大量処方」の問題を医療ジャーナリストの伊藤隼也氏が報告する。

 * * *
なぜ日本では多くの医師が薬に頼るのだろうか。林試の森クリニック(東京都目黒区)の石川憲彦院長は、
多剤大量処方は先進国の中で日本だけが続ける悪弊だと主張する。

「海外では単剤または2種類の処方が基本です。イギリスの精神科医・クックソンらが作成した投薬の原則
(表参照)では3種類以上の薬の併用を避けるよう明示しています。

ところが日本では、『薬をたくさん出してあげることがよい治療』という“薬信仰”が根強い。最近、教科書では、
原則として単剤でしかも投薬量を限定するよう、記載するようになりました。

ですが、同じ教科書に掲載されている『処方例』には、たとえばある症状に対しては4種類の薬を出すよう
書かれている。表向き言っていることと、実際の例が矛盾しているのです」

これまで多剤大量処方で薬漬けにされた患者を多く診察し、断薬・減薬を成功させてきた牛久東洋医学クリニック
(茨城県牛久市)の内海聡院長は、教育の問題を指摘する。

「医学部や臨床の現場で先輩や上長が『そうしていたから』というだけで、少なくない医師が多剤大量処方は
正しいと信じて踏襲している。また、勤務医のほとんどは前任から患者を引き継ぐので、『この処方はおかしい』と
思っても、薬を変えて病状が悪化するのを怖れて、そのまま継続するんです。

悪質な場合は、薬漬けにしてずっと患者さんを通院させ、金のなる木として抱え込む医師もいると疑っています」

厚生労働省の検討会でも、統合失調症患者に対する抗精神病薬の単剤投与が多くの国で50%以上なのに、
日本では20%未満であることや、抗うつ薬の他剤との併用率が他国では3.4~25%程度なのに、日本だけ
19~35.9%に達すると報告されている。明らかに日本だけ突出している。

多剤大量処方の問題について厚労省は本誌の取材に、「ほとんどの場合、きちんと処方されているという認識です。
患者さんには処方された通りきちんと服用してもらうことが大事だと考えています」と見解を示す一方で、対策に
ついては「現在、全体でどういう処方が行なわれているのか調査中。結果をふまえて対策をこれから考えていくので
答えられない」と述べた。

“問題ない”としながら「調査中」とは矛盾している。

※SAPIO2011年10月26日号

投稿: | 2011年10月17日 (月) 08時58分

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