« 社会をゆがませているものとの戦いが激化中 | トップページ | 医療に関わる最近見た判決から »

2011年10月26日 (水)

今日は家庭医の話です

日本では家庭医と言えば一般的に地域の小さな開業医が担当することがほとんどだと思うのですが、当然ながら設備やスタッフの制約上も医療としてあまり難しいことが出来るわけでもありませんから、古来大きな基幹病院でバリバリ働く勤務医と比べると一段低く見られがちな存在ではありました。
さて、有名であるということの反面、いろいろと毀誉褒貶も激しいのが現夕張診療所所長の村上智彦先生ですが、その村上先生が先日また講演をされたという記事が出ていましたので最初に紹介させてもらいましょう。

過疎地「支える医療へ/北海道(2011年10月24日朝日新聞)

 財政破綻(は・たん)した北海道夕張市で、地域医療の再生に取り組む医師の村上智彦さん(50)が23日、飯塚市の嘉穂劇場で「地域における死生観のパラダイムシフト」と題して講演した。高度先端医療による「戦う医療」は都市部に任せ、人口の少ない地域は、在宅医療を中心にした「支える医療」を目指すべきだと話した。

 21日から開かれていた日本在宅ホスピス協会の全国大会の最終日に、市民公開講座として開かれた。

 村上さんは、2007年4月に医療法人財団「夕張希望の杜(もり)」を設立し、市立総合病院を引き継いだ。

 高度な専門医療を受ける人は人口1千人に1人というデータも示し、村上さんは人口1万3千人の夕張市にとって総合病院は身の丈を超えていたと考え、診療所として再スタート。訪問医療や訪問看護を軸にした在宅医療に切り替えた

 その結果、1軒もなかった訪問先が5年で100軒以上に増えたほか、救急車の年間出動回数は400件以上減ったという。

 「医療は目的でなく、健康になるための手段」と話す村上さんは、健康診断の受診率を高めるなど、住民が自らの健康を守る意識を育てることが重要と指摘。地域社会のことを熟知している看護師を中心に、在宅医療の充実を目指すべきだと助言した。

 聴講した医師から「医者を使いこなす看護師をどう育てればよいか」と質問が出たが、村上さんが「もともと患者を守りたいと看護師になった人たち。医師が頭を切りかえれば、案外、しっかり自立する」と答えると、会場から拍手が起きた。(今村建二)

正直臨床医としての村上先生は(ごく控えめに表現すれば)あまり高い評価を得ているという噂も聞かないのですが、社会資本としての医療、特に地域医療における土台を支える本来の意味での家庭医というものを考える上で一定の見識をお持ちの方であると見ています。
以前から夕張診療所では救急患者の受け入れ問題ということでたびたびニュースになっていて、自治体当局や地元マスコミと折り合いが悪いことから殊更悪者にされているという側面もあるのでしょうが、その考え方の根本として「永続可能な医療体制を守るためには決して無理をしないことが重要である」というポリシーがあるように感じますね。
臨床現場の医師としての能力が限られているなら出来る範囲で最も地域の健康水準維持に貢献できる道として、それこそ住民教育や健診などを努力すればいいというある種の割り切りがあって、それはそれで実際に大事な仕事である(そして、多くの臨床医は自ら進んでやりたがらない)のは確かですから、いわば医療におけるニッチマーケット開拓の先駆者と見てもいいのかも知れません。
今までであればこうした僻地診療と言えば何でも一人でやれるドクターコトータイプでなければ、という妙な思い込みが医療提供側にも患者側にもあったことは否定出来ませんが、実は必ずしも広く深い知識や技能を所有していなくても幾らでも仕事はあるのだと言うことを示しただけでも、地域医療に大きな足蹠を残した医師の一人であるという評価が出来るかも知れません。

無論のこと、今までであれば地元の診療所の先生があんなことやこんなこともしてくれていたのに今度の先生は紹介状を書いてよそに行けと言うだけだ、あの先生はとんだヤブじゃないかなんて陰口を叩かれる可能性もあるわけですから、村上先生方式を根付かせていくためには旧来の「黙って俺に任せろ」なんてやり方ではなく、きちんと口で説明し納得させるだけのムンテラ技術も必要になってくるでしょう。
村上先生がやたらにあちらこちらで講演などに出かけられているのも別に診療所が暇だと言うのでもなくて(苦笑)、「どうせこんな田舎町に来る医者なんて街では通用しないヤブ医者に決まってる」という僻地住民の抜きがたい偏見に対して、ある種の権威付けを行っていくことで対抗していくという先生なりの戦略の一環でもあるのかも知れず、ですよね。
何かそんなことを言えば「なんだこの先生は。結局世渡りのテクニックだけで医者人生を生きていこうとしているのか」なんて感じてしまう人もいるかも知れませんが、ピッツバーグ大関連病院の勤務歴などもある小嶋一先生が先日日経メディカルに掲載されたアメリカの家庭医教育に関する一文などを見れば、日本の医者がどれほど自分のキャリア設計にいい加減であったかを思い知らされるようです。

日本の家庭医はどうやって生き延びていけばいいの?(2011年10月21日日経メディカル)より抜粋

(略)
家庭医研修終了後、9割がすぐに開業医になる米国

 日本で開業する場合、後期研修を修了した後もある程度の期間を病院勤務医として過ごし、40歳前後で開業するというパターンが多いかと思います。一方、米国では、家庭医療研修が終わった後、9割以上の修了生はすぐに開業医となります。ただ、米国の開業医は、多額の借金を背負って新しくクリニックを“開設する”日本の開業医とは違って、診療所に“勤務する”という感覚のものです。

 米国では1人で新規のクリニックをオープンすることはまれで、通常は、複数医師が勤務するグループ診療(とは言っても通常2~4人の小規模グループ診療が中心です)を行うクリニックに就職します。

 さて、ここで少し想像してみてください。あなたは、米国で家庭医療研修を終えようとしている卒後3年目の医師です。卒業後は、他の医師と同じように開業医になろうと考えています。どのようなクリニックに、どれぐらいの待遇で、どのような勤務条件で働きたいですか? これが、私が米国で受けたPractice Management研修で投げかけられた最初の質問でした。この研修は、家庭医療研修の中のカリキュラムの一つとして設けられているもので、経済面を含めた家庭医としてのライフプランを考える上での基礎知識を教わるものです。

 「どのような生活を送り、どのような仕事をしたいのか。できるだけ具体的に話してみてください」。研修プログラムで最古参の指導医B先生は、こう切り出しました。私は1年目研修医として、同期のイギリス人研修医A君、そして1年先輩でカンザス出身の2年目研修医J君と一緒に、このPractice Management研修を行いました。

「車はピックアップトラックと通勤用のBMWが欲しいです」

 J君は、「私は故郷のカンザスに帰ります。そこで実家からほど近い都市部にあるクリニックに勤務しようと思います。小さなグループで、できれば信頼できる先輩と2人ぐらいの規模で仕事をして、5年ぐらいしたら1人だけの診療を行いたいと思っています。クリニックは普通の外来を行い、縫合とかS状結腸鏡などの簡単な手技程度はやるつもりです。週に2日は基本的には休み、車はピックアップトラックと通勤用のBMWが欲しいです。収入は年15万ドルぐらい欲しいです。子供はあと2人ぐらい欲しい。大家族が理想です。子供を大学にも行かせてあげたい」とスラスラと語ります。私は、「アメリカ人らしい考え方だなあ」と思いながらJ君の話を聞いていました。

 一方、A君は、こう答えました。「イギリスに帰ることは考えていません。研修プログラムで研修医を教えるような仕事をしたいです。週に2回ぐらい自分の外来を持って、外来での研修を中心に教えていきたいと思っています。医学生の教育にも携わりたいです。結婚のことなどは未定ですが、大きな借金もないので当面はのんびりと生活するつもりです。老後はイギリスに戻って暮らすつもりですが、それまではアメリカで仕事をします」

 ちなみに私の回答は…。その内容は次回のネタにするつもりですので、今回は秘密ということにさせてください(笑)。

年に15万ドル稼ぐために、1日何人の患者を診ればいいかを学ぶ

 3人の話を聞いて、指導医のB先生はこう続けました。「J君、年収15万ドル稼ぐためには何人ぐらいの患者さんを診る必要があるかわかりますか?」

 そこからは計算式が出てきます。例えば米国の外来診療は一般に、診療の複雑さ(レベル2なら簡単な湿疹、レベル3なら鑑別疾患もある程度考慮しなくてはならない腹痛、レベル4は詳細な既往歴や社会歴を含めた病歴と身体所見および検査所見を必要とするような診療…など)に応じて診療報酬が決まります。通常の家庭医の外来では、そのほとんどがレベル3になります。

 さて、レベル3の診療報酬が例えば60ドルだとします。その60ドルのうち、医師が手に入れられる収入は、クリニックの経営者との契約によって異なります。契約の相場は大体診療報酬の45~50%、すなわち60ドルのうち30ドルほどが医師の手取りとなるわけです。

「やっぱり車はトヨタに限る!」

 一方、家庭医の標準診療人数は1時間当たり約3人(1人当たり20分)というデータがあるので、家庭医の時給は約90ドルと計算できます。年間15万ドル稼ぐためには月1万2000ドルあまり稼がなくてはならず、ざっと計算すると月間140時間程度働けばいいことになります。

 それだけならさして無理な計画ではないように思えるかもしれません。しかし、外来診療だけではなく、書類仕事や自分の患者が入院した際の病棟業務なども行いますので、月に140時間の外来時間を確保するのは結構難しいことかもしれません。

 では、支出はどうでしょうか? まず、米国の医療訴訟保険の保険料は日本のそれとは比較になりません。年間数万ドル程度を覚悟しなくてはならないでしょう。また、生涯教育にかかる費用、認定医資格を更新するための費用なども必要です。当然、生活費、子供の養育費、老後の蓄えなども考えなければなりません。J君はPractice Management研修の後、「いや~ぁ、やっぱり車はトヨタに限るな!」と苦笑していましたが、笑うに笑えない現実を突きつけられた瞬間でした。

家庭医は臨床能力だけでは生き残れない

 Practice Management研修はお金の話だけにとどまりません。

 例えば待合室に必要な椅子の数はどうやって決めればいいのでしょうか? 家庭医療を提供するなら家族の付き添いもあるでしょうし、子供たちが遊ぶスペースも欲しいところ。1時間に3人診るのであれば、診察前後の人数も考えて4人分ぐらいのスペースは必要でしょう(米国では複数ある診察室に患者さんにあらかじめ入っていてもらい、医師が各診察室を渡り歩くのが普通のスタイルですので、待合室の椅子の数は日本よりは少なく済みます)。また、精神科のクリニックであれば、通常は1、2つだそうです。米国の精神科クリニックは1人の患者の診察に1時間程度充てるのが標準となり、待合室の椅子も最低限の数で足りるからです。

 米国のPractice Management研修はこのように、1カ月にわたり、家庭医としての診療(Practice)を支えるあらゆる要素を適切に管理するための方法論を教わるものです。もちろん、内科でも外科でも多くの医師が開業医になるので他科の研修でもPractice Management研修はあるのですが、家庭医療ほどしっかりとしたプログラムを提供している診療科はありませんでした。

 ちょっと言い方を換えると、家庭医として生き延びるための術を身につけることがこのPractice Managementの目的です。上記以外で学ぶ項目としては、以下のようなものがあります。

・診療の質をどのように改善するか
・職員の採用をどうするか
・アクセスをどのように保つか(特に予約システムについて)
・診療報酬単価をどのようにして上げるか
・ワークライフバランスをどう考えるか
・電子カルテや書類関係の処理について
・当直業務や代診などの連携について
・入院患者が発生した際の対応について
・キャリアプランについて
・生涯学習について
・クリニックの経営者との契約と自分の売り込みについて

 これらの項目について、1カ月の研修期間の前半は、講義を中心に基礎的な事柄について学びます。自分のクリニックのパンフレットを作成させたり、自分を売り込むという視点で履歴書(CV)を作成させたり…。実際の契約書を見ながら「契約書にはこの一文だけは付け加えなくてはならない」といった細かいポイントに至るまで、実践的なノウハウを実例ベースで学びます。後半は開業医として働いている先輩のクリニックを訪問し、Office Managerという日本で言えば事務長さんの話を聞いたり、開業医に1日くっついて回り、診療以外の業務の多さを学んだりします。

暗中模索の日本の家庭医

 米国の家庭医療学会(American Academy of Family Practice)は、このようなPractice Managementの重要性を理解し、経営、法律、設計、マーケティングといった分野について、医師以外の専門家の力を借りながら、家庭医の診療と生活を管理するためのノウハウを蓄積してきました。学会員としては、安心してそのノウハウを利用でき、情報を得ることができます。学会誌としても、Practice Managementに関する情報だけを提供するものがあります(Family Practice Management)。

 最古参の指導医B先生はこれまでの卒業生の進路を熟知しており、現役研修医たちのライフプラン、キャリアプランに応じてアドバイザーとなり得る卒業生を紹介してくれます。こうやって、人とつながることも大切なPractice Managementの研修の一つなのです。

 Practice Managementを学ぶことで普段の研修が非常に充実します。卒業後に自分はどのような診療を行うのか。そのためには何を学ばなくてはならないのか。学ぶことでどのようなことが起こるのか。一つ一つの研修について目的と意義を見出しながら学ぶことができるということは成人学習という視点から見ても非常に重要でしょう。
(略)

「家庭医は臨床能力だけでは生き残れない」という言葉は家庭医に限らず臨床医全般に関しても言えることではないかという気がするのですが、驚くのはアメリカでは家庭医として開業するということに関してここまで緻密な教育プログラムが用意されているということで、「俺もそろそろ開業でもするか…」と何となく勤務医生活を切り上げて開業してしまう日本の医者とは雲泥の差というしかありませんよね。
教育の内容を見るといわゆる業務上の知識に加えて一つには経営に関することの教育内容が非常に充実している、そしてもう一つは職員や同業の先輩を始め人間関係のノウハウとコネクション作りが極めて重視されているということが注目されますが、逆に言えば困った時には大学医局に日参すれば何とかなってしまう場合の多かった日本の医療と比べてそのあたりが非常にシビアだという現実もあるのでしょう。
記事の中にもアメリカの医師達は高額な保険料を始め支出も極めて多いことが触れられていますが、それなりの収入を得ようとせずとも食べていくためにはどれだけの患者が必要であるかということも具体的な数字として計算できてしまうということは、何しろこれでは開業医としてやっていけないということも数字で判ってしまうということですからね。
こういう話を聞くと医者に限らずアメリカ人がやたらにフレンドリーでコネクション作りというものを重視したくなる心境がよく判りますが、一方で卒後3年目という日本ならせいぜいが後期研修医やレジデントクラスに対する教育内容として、実際の医学的な診療教育というものはごくごく小さな扱いでしかないということに気づかされます。

ERなどを見ていただいても判るように、アメリカの場合学生の頃から日本などとは比較にならない厳しい医学教育を受けていますから、家庭医レベルで考えるとプラス3年の家庭医教育で当面事は足りるという考え方なのかも知れませんが、一般にそろそろ体に無理が利かなくなってきた大ベテランになってから開業して家庭医へと移行していく日本と違って、あちらでは最初から家庭医として専門教育をされているということですね。
アメリカのような訴訟社会でもこれでやっていけるというのであれば、日本においてもこと家庭医を務めるにあたって臨床能力による制約が問題になることはないとも考えられますが、同時にそれは家庭医としてここまで徹底せずとも相応にきちんとした教育を受け正しい考え方を身につけているという大前提があってのことで、そうした点で言えば長年勤務医としての習慣にどっぷり浸かってきたベテランなどある意味素人よりたちが悪いとも言えそうです。
要するに家庭医とは勤務医の代用品や粗悪品ではなく、全く別個の存在であると考えるべきだとすれば、昨今日本で言われているような「勤務医が激務過ぎるから開業に逃げていくのだ」なんて話が本質から外れていて、本物の家庭医からすれば全くおかしな議論であるということも見えてきます。
その昔とある僻地で診療に従事されている先生が「よく先生は何が専門かと聞かれるが、強いて言えば私はこの町の専門家です」なんて事をおっしゃっていて何か格好いいと思ったものですが、別に難手術を手がけたり高度な手技を用いたりはしていなくとも、きちんと教育されたプロフェッショナルというものはどの領域にいても存在感があるんだろうなと思いますね。

|

« 社会をゆがませているものとの戦いが激化中 | トップページ | 医療に関わる最近見た判決から »

心と体」カテゴリの記事

コメント

儲けにならなければ若くて力のある人材は来ないけど、今の診療報酬ではね…
中医協でもプロの家庭医の代弁者なんていないでしょう?

投稿: ぽん太 | 2011年10月26日 (水) 18時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/53079805

この記事へのトラックバック一覧です: 今日は家庭医の話です:

« 社会をゆがませているものとの戦いが激化中 | トップページ | 医療に関わる最近見た判決から »