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2011年10月25日 (火)

社会をゆがませているものとの戦いが激化中

市長選と知事選の話題で賑やかな大阪から、先日選挙とも絡んでこんなニュースが出ていました。

大阪府は敬老パスの改革が必要 月8万円分を使用する高齢者も/大阪(2011年10月23日NEWSポストセブン)

11月27日に投開票される大阪市長選挙。10月21日には、橋下徹大阪府知事(42)が「大阪都構想」を掲げて出馬宣言する。橋下氏市長が誕生し、府知事選でも橋下氏を支持する候補者が当選すれば、グッと現実味を増してくる「大阪都構想」。

70才以上の大阪市民が、無料で地下鉄・バス・ニュートラムを利用できる「敬老優待乗車証(敬老パス)」。大阪都になれば廃止されると噂され、それが市民の反発を呼んでいる。

しかし、「敬老パスの制度は必ず残していきます」と、大阪維新の会市会議員団幹事長の美延映夫氏は強調する。

「ただ、問題点はあるんです。敬老パスを月額8万円以上使ってる人がいる。一番高い運賃を毎日乗っても1万8000円くらいですから、不正で使っている可能性が高い。ですから上限を設けて、それを超えた分は申し訳ないですけど自腹でお願いしますというような改革はしていかなあかんと思います」(美延氏)

大阪のバスと言えばかねて運転手の高額給与問題などが有名で、あまりにも有名になりすぎた結果ようやく当局もその是正に乗り出さざるを得なくなったと言う話ですが、利用する側にもこういう問題があったということは今まであまり表に出てこないことでした。
自治体独自の住民サービスの一つとしての敬老パスの制度の是非などはここでは問うところではありませんが、従来社会的弱者と言えば無条件で何でもありが許されるという傾向があった、ところが社会全体が低所得化だ、ワープア化だと言われるようになって、これまで弱者とされていた人々がもはや必ずしも弱者でないという逆転現象が生じてきたということですよね。
だからこそこれまでタブーとされてきたことにもきちんと批判が出来るようになる、そして今や妙な既得権益のようになってしまった部分にも切り込んでいけるようになりつつあるというのは、基本的にはよい傾向ではないかと思います。
先日も生活保護に関連してこうした逆転現象のことを書きましたけれども、事情を知っていれば何となく釈然としない、もやもやするというだけで流されていた部分が最近になってようやく突っ込みが入るようになったというのは、聖域無き改革が日本生き残りのために必要とされる時代だからこそ意味があることなのでしょう。

最近の世相の流れの中でクレーマーやモンスターといった言葉と並んで用いられるようになったものに「プロ弱者」という言葉がありますが、元々の意味は弱者であるということを主張し続けることで社会的な特権を享受しようとする人々、というくらいのことになるのでしょうか。
一昔前であれば弱者と認定された以上全てを是として肯定しなければならない、何かしら文句をつけるなどとんでもないという論調をマスコミなどが先導して作り上げてきたわけですが、表だって批判出来ないからこそ一歩裏に回れば「あいつらやっぱりおかしいんじゃないか」という疑問の声は幾らでもあったものです。
日本社会が変化して一生懸命努力しても報われず弱者たらざるを得ない人々がごく当たり前に見られるようになり、はじめて世間の方でも公式の場でプロ弱者に対する批判が出来るようになってきたとも言えると思いますが、以前からモンスター問題の一環として何度か取り上げてきた給食費未納問題などもようやく対策が取れるようになってきたということもこうした世相の変化と無関係ではないはずです。

米子市が学校給食「申し込み制」導入 山陰で初/鳥取(2011年10月19日日本海新聞)

 鳥取県米子市は18日、学校給食費の未納額を減らそうと、給食を2012年度から「申し込み制」にすると発表した。保護者に「学校給食申込書」を提出してもらい、給食の提供を契約化する。同制度の導入は鳥取、島根両県で初めてで、全国的にも珍しいという。契約の中には、未納者に対して法的措置を取る条項も盛り込む

 学校給食課によると、未納額は05年度1万円、06年度42万円から10年度は約300万円まで増え、05~10年度で計781万円となった。

 支払い能力がある保護者の滞納も多く、同課は「給食費を充てている食材の購入に支障が出る。負担の公平性も確保したい」と説明している。

 申し込み制は、学校給食を届けている市立小学校23校と淀江中、箕蚊屋中が対象で、各学校の保護者と市学校給食会が書面で契約を交わし、債務者と債権者を明確化する。契約は在校中であれば有効のため、毎年度交わす必要はない。

 申込書の配布時期は、新入児童は19日から始まる就学時健診の際、在校生は12年2月で、12年度分については2月末までに提出を求めるという。

 契約の条項では、市学校給食会が裁判所に未納者への督促申し立てなどの法的措置を取ることも可能。市が法的措置に踏み切ったケースはまだないが、他の自治体では法的督促によって徴収率が6割ほど上がった事例があるという。

 ただ、申込書の未提出や給食費を支払わなかった場合でも、給食の提供は続ける方針。同課は「制度によって保護者の意識が高まってほしい」と話している。

給食費の未納が増えると別に税金から補填されるなどというわけではなく食材費を減らしたりして対応するということですから、これまた一生懸命働いて子供のために給食費を稼いだ親にタダ乗りするプロ弱者問題とも言えますし、その結果安く質も悪い食材で量も少ない給食を食べさせられる真面目な家庭のお子さん達こそ被害者だと言えるでしょう(ちなみに現在の米子の給食はこんな感じだそうですが…)。
この給食費未納問題については以前から「お金があるのに払わないのは給食を受ける意志がないということだから、さっさと給食の支給を打ち切るべきだ」という声が根強かったのは当然ですが、そのたびに「いや、それでも教室で給食がない子供が出るとかわいそうだ」といった意見によって目立った対策もないまま問題解決が先送りされてきた自治体も多かったと思います。
今回ははっきり給食とは契約であるということを明示し、これを結ばない場合は給食を求める意志無しと認定するということですから、契約を結ばずとも給食の提供を続けるなど未だ限定的であるとはいえ「頼んでもいないのに勝手に出す方が悪い!」という一部の親に対する一つの対策にはなりますよね。
もう一つ、こちらは直接的に顧客側が原因も言い切れない話ですが、モンスターだクレーマーだといったものが増えてくる世相に社会が対応するようになってきた、その結果世の中が暮らしにくくなることもあるのだと言うことを示す好例として取り上げてみましょう。

車いす客を乗車拒否 草津のバス会社「安全確保できぬ」/滋賀(2011年10月22日京都新聞)

 帝産湖南交通(草津市)が大津市内で運行する路線バスで、車いすの乗客男性(44)=京都市右京区=が下車時に転倒し同社に抗議したところ、9月から乗車を拒否されていることが21日までに分かった。同社は「乗降時の安全が確保できないため」としているが、障害者団体からは「乗務員のわずかな介助があれば問題ないはず」という声も上がっている。

 男性は7月29日に上稲津~石山駅バス停まで乗車し、下車時にバスのスロープで脱輪し転倒。男性が「乗務員がしっかり支えていなかった」と営業所に抗議したところ、後日、同社から車いすでの乗車を拒否する通知が届いた。9月5日にも同区間を利用しようとしたが運転手に乗車拒否され、現在も利用できない状態が続いている

 同社はJR石山~栗東の5駅を起点に路線バスを運行し、このうち石山、瀬田、南草津の3駅からの路線は出入口の段差を解消したノンステップバスなどを走らせている。

 同社は「石山駅路線で車いすによる乗車は男性が初めてだった。同路線は道路の幅が狭く、バスポケット(専用停車所)がないバス停では安全が確保できないと判断した」と説明している。

 近畿運輸局自動車交通部旅客第1課は「ノンステップバスであれば車いすの利用について乗務員に研修した上で極力対応すべき」としており、同社が道路運送法違反に該当するか調査中という。

 公共交通機関のバリアフリー化を目指すパーフェクトバスを走らせる会(京都市南区)の宮川泰三代表は「車いす障害者の社会参加の機会を奪う不当な乗車拒否。安全に乗降できるよう社員への研修を徹底すべきだ」と話している。

双方にそれぞれ主張があるだろうこの事件ですが、ポイントを整理すればバス会社の乗務員の介助に満足出来なかった乗客が営業所に抗議した、これに対してバス会社側では責任が持てないからと今も乗車をお断りする状態が続いているということですよね。
この抗議というものがどのようなものだったのかは記事からは判りませんが、バス会社としては自分たちなりの対応に対して初乗車の顧客からいきなり「それでは不十分だ」と抗議を受けたわけですから、当然徹底的な研修なり施設改善なりによって顧客から求められるレベルの対応が可能となるまで利用をお断りするしかないというのもやむなきところかと思います(対応できないのに受け入れるではそれこそ責任問題です)。
どちらが悪いということは抜きにしても、今の時代このように「何か問題が起こりそうな気配が感じられた段階で未然に防ぐ」という対応が一般化してきた結果、例えば携帯電話の契約一つを取ってみてもとんでもなく面倒くさい話になって困るなんてことはしばしば耳にしますが、これも社会全体がモンスター、クレーマーというものに対して着々と対策を整えつつある、その結果ごく普通の人々が暮らしにくくなっているということの現れでしょう。

この事件にしても最初の段階でお互いに少しずつ譲り合い歩み寄る姿勢を示していればこんな大騒動になっていたとも思えませんが、ひと頃マスコミなどがよく主張していた「何か気に入らないことがあれば即座にクレームをつけましょう。それがより良い明日を築くのです」式のやり方が実際には世の中をかえって悪くしてしまったとも言えるかと思いますね。
元来「改善のためにクレームをつける」というのは、裏を返せばクレームをつけなければ何も改善しないという社会文化が背後にあっての話であって、日本のように過剰なほど顧客の意志に対応し言われる前に改善することが行われていた社会においては馴染まない慣習であり、また顧客の側もそれを知っていたからこそせいぜいがやんわりと匂わせる程度で済ませていたのです。
マスコミや進歩的文化人の口車に乗せられ形ばかりの外国文化を導入した結果社会全体がぎくしゃくするようになっては目も当てられないというものですが、こうした事態に至らないためにも今の時代はまともな顧客ほど「自分はクレーマーやモンスターの類ではない」という意思表示を積極的に行わなければならないということですし、クレーマー問題は善良な顧客にとってこそ大変な迷惑だという事が理解いただけるかと思います。
お互いに譲るべきところは譲り合い気持ちのいい社会を維持するためにも、何が社会にとって迷惑な行為なのかということにはきちんとコンセンサスを形成し、適切に対処していかなければならないでしょう。

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コメント

初回乗車で即クレームとはきついな

投稿: | 2011年10月25日 (火) 20時20分

厳しくいった方が改善されると言うのは余裕ある時代の話だな。
ギリギリでやってる時ほど面倒な顧客はさっさと切り捨てるべきと言う判断になる。
クレーマーが得するよりはまともな社会と言うべきか?

投稿: aaa | 2011年10月26日 (水) 23時10分

そろそろリスクマネージメントの一環として、特定顧客には敢えて関わらないようにするという道も広まってきているようです。
おかげでセンシティブなお店に行くと平素の買い物一つとっても気を遣う必要があるのは面倒ですけどね。

投稿: 管理人nobu | 2011年10月28日 (金) 16時35分

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