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2011年10月19日 (水)

時代を先導していたはずが、いつの間にか取り残されつつある人の悲劇

「とにかく医師増員、何があってもOECD平均まで医師増員」の持論で名高い本田大先生がまた吠えていたということなんですが、恐れ多くもその御高説を引用させていただくことにいたしましょう。

◆本田宏の「勤務医よ、闘え!」医師免許制度は必要ない?―フリードマンの名著に学ぶ(2011年10月14日日経メディカル)より抜粋

 全国各地で社会問題化している医師不足と医療崩壊を受けて、ようやく日本でも、医師増員や医学部新設の話が持ち上がっています。

 しかし、寂しいことに、この期に及んでも、医師会や大学の重鎮の方々の中には、種々の「増員できない理由」を挙げて、抜本的な医師増員や医学部新設に反対する声が多いのが現実です。

 私は10年以上、年ごとに厳しくなる医療現場から、グローバルスタンダードと比較して日本の医師がいかに不足しているのか、なぜ医師養成数を増やす必要があるのかを、それこそ「痩せガエル」が柳の枝に飛びつくように、繰り返し、繰り返し訴えてきました

 そのような私をきっと気の毒に思ったのでしょう。先日、私の若い同僚が一冊の興味深い書籍を私に紹介してくれました。その一冊とはミルトン・フリードマンの『資本主義と自由』(村井章子訳、日経BP社)です。

 ミルトン・フリードマン(1912年~2006年)は、米国のニューヨーク出身で、1976年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者です。競争的市場を信奉するシカゴ学派の主要人物である彼が1962年に世に出した本書は、当時、米国で大ベストセラーになりました。今回後輩が、私にぜひ読むようにと進めてくれたのは、同書の第9章「職業免許制度」でした。これを読んで、私は、なぜ医師が医師増員に反対なのか、その理由が明確に分かったのです。
(略)
 フリードマンは、「免許制度では本質的には中世のギルドと同じような規制が行われる」と指摘し、具体例として、医師免許の問題についてこのように述べています。

    275p:医師免許制度は、まず何よりも、医者が同業者の数を制限するための重要な手段となっている。(中略)米国医師会(AMA)は、アメリカの職業別組合の中でおそらくいちばん力が強い組織である。そして職業別組合で力が強いとは、その職業に従事できる人の数を制限できるということだ。

    280p:その職業の技術水準にこだわるあまり、一流の技術を持つ者しか認めるべきではないと言いたくなるのはわかるが、しかしこれでは、そのために一部の人が医療を受けられなくてもやむを得ないと言っているのと同じことである。

 フリードマンは、「『無能な輩に医者をやらせるべきか』と質問されたら、ノーと答える」しかない、としつつも、現実には、医師免許制度が医師による同業者参入制限の最大の武器として使われており、これが医師の数を減らし、医療の質を低下させている、と断じています。

    284p:参入制限があるために医師の数が本来必要な数を下回り、医者が誰も彼も精一杯働くとすると(現実にもそうなっている)、正規の医師による医療行為の総量、具体的には延べ医療時間は、参入制限がない場合よりも少なくなる。(中略)医療の平均的な質というものがもしあるとしたら、それは、実際に行われた医療の質を平均しただけでは得られない。それでは、死ななかった人だけを対象に治療効果を判断するのと同じである。質を考えるときは、参入制限の結果「行われなかった医療」が増えたことも考慮しなければならない

 フリードマンは、本来は市民に良質の医療を提供する社会的責任を持つはずの医師が、医師免許制度が存在するがために、逆に医療を受ける国民にとってマイナスの行動をとってしまうことがある、と警告しているようです。

 先日、私は、全国から研修医が集まる超有名病院の院長に「医師を下手に増員すれば医師の質が落ちる、OECD並みの増員に私は反対だ」と言われました。

 先方は、断るほどの数の研修医が全国から集まる病院。一方当院は、全国でも有数の医師不足地域である埼玉県の北端で医師不足に喘いでいる病院ですが、その時にはうまく反論できませんでした

 もし再びその方にお会いできたら、私はこう尋ねてみたいと思います。「医療の質を維持することはもちろん重要です。しかし医師の数が足りないがゆえに『行われなかった医療』が増えている日本の現状をどう解決するのですか?」。この質問は、医師増員に反対している他の医師会代表や大学病院の方々にもぶつけてみたいと思っています。

 先進国のどこよりも早いスピードで高齢化が進んでいる日本では、今後も、有病者や死亡者の数が増加することは確実です。その現実を正視せずに、いつまでも抜本的な医学部定員増や医学部新設に反対する多くの医師たち

 私自身はフリードマンのように「医師免許制度は不要」とまでは考えていませんが、もし、人口当たり医師数が先進国の中で最も不足している今の日本で、日本の医師が医師増員に反対する状況をフリードマンが見て「私が言った通りだろう」と言ったとしたら…返す言葉もありません。まさに医師が医師増員に反対する構図の根底には、「職業免許制度」が宿命として抱える弊害があることをよく理解できました。

 日本の医療問題を解決するには、医療崩壊によって「行われない医療」を、どう具体的・建設的に解決するのか、その視点が重要です。いつまでも建設的な議論が行われないのでは、あまりに国民が救われないと痛感しました。

「いつまでも建設的な議論が行われない」というのは、「行われない医療」が日本にどの程度存在し、それがOECD並みの医師数大増員でどのように解消するのかを示すことも出来ず、まともに相手にされていない状況を評して言う言葉でしょうか(苦笑)。
しかし医療崩壊という現象がこうまで社会的な関心を呼ぶようになり、医療と国民との関わり方を考える上でも大きな影響を与えたということは誰にも否定出来ないことだと思います。
早い話がマスコミなどが長年医療バッシング一色であったものが、このところはほんの少しでも自分たちの行動による社会的悪影響というものを考え始めているのでは?とも取れるような気配が見られ始めているというのは、まさしく自称弱者の味方として強者を叩いてきたつもりの彼らが、実は医療が強者などではなかったということに彼ら自身がようやく気付き始めたということなのでしょう。
そもそも強者たる医師の象徴として彼らの批判の的になってきた日医という組織が、事実彼らマスコミや本田先生の言うような「職業別組合の中でおそらくいちばん力が強い組織」というくらいの存在感ある団体であれば、毎年診療報酬は切り下げられとりわけ開業医は冷遇され、日医公認候補は選挙にもあっさり落選し、あげくに時の政権からも相手にされないなんてどんな無能な最強組織だよ!と突っ込まれるはずですよね。
論理によって相手を論破することが出来なくなった人間が、ただその攻撃手段を倫理や道徳などという極めて恣意的、主観的な論拠に頼り始めるのは末期的症状としてよく見かけるものですが、世間の批判に対して「うまく反論でき」なくなった大先生もとうとう他人の権威にすがり職業的責任に反するなどと主張することしか出来なくなったのかと考えると、この一文にもなかなか感慨深いものがありますでしょうか。

最近の大先生などは見ていてほとんど痛々しいという感情しか湧いてこないのですが、一方で今日の「医療が大変なことになっている!」という世論を形成する上でひたすら声が大きく、キャッチーなフレーズを並べ立てて押しまくる大先生のキャラが一定の存在感を発揮してきたことは誰しも否定出来ないと思います。
大先生の持論に賛成だろうが反対だろうが医療が危ないことになっているという認識は関係者の誰もが共有していたわけで、その中でとりあえずテレビ受けのする人間に現状を変えるため最もパワーを要する初期の推進力として大先生がマッチしていたとすれば、ある意味で皆から利用され踊った挙げ句に「俺の意見は皆から支持されているんだ!」と勘違いしてしまった大先生も被害者とも言えるかも知れませんね。
ただ世の中が医療の側から発信される言葉に耳を傾けるようになってきた中で、今必要とされるのは冷静かつ客観的な分析と現場の実情に基づく的確な情報発信であって、例えばですが「全国でも有数の医師不足地域である埼玉県の北端で医師不足に喘いでいる病院」の副院長が自分たちの病院でも幾らでも安く医者を雇えるようになりたいと言う身勝手な理由からの主張であっては困るわけです。
世に医療崩壊だ、直ちに何とかしなければと説く人間は幾らでもいますが、それぞれ何を目的としてそれを主張しているのかという部分まで理解した上で聞いておかないと、気がつけばあれれ?こんなはずではなかったのに…なんてことになってしまっているかも知れませんよね。

十年一日の大先生の主張はそれとして、興味深いなと思ったのがこれだけの有名人ですから記事に多数のコメントがつくのは理解できるとして、その論調がさすが大先生!いつものことながら素晴らしいご意見!なんて信者の絶讚コメントが並んでいる…どころか、むしろその逆らしいということでしょうか。
さすがにこの問題も議論が煮詰まってきた時期だということなのでしょう、それぞれの問題点がかなり整理されてきたことがコメントを見ているだけでも判りますけれども、要するに世の中に警鐘を鳴らし時代を先導しているつもりだったはずの大先生が、いつの間にか世の中から取り残されているとも言えますよね。
コメントに指摘されている様々な意見の中から一例を挙げるならば、これも多くの方々が指摘しているように日本の医療はただでさえ多忙な医師が医師にしか出来ない仕事に専念出来ていないというところに大きな問題があるということですよね。
レストランで言えばシェフならば料理も出来るし掃除も接客も全部出来る、だからスタッフは全員シェフだけで統一しようなんて主張する人間がいないのは当たり前で、それぞれの職種ごとの技能や適性、そして何より雇用に要するコストや雇いやすさといったことを総合的に勘案した上でスタッフ構成を決めなければ、とんでもない無駄と現場の士気低下が発生し店そのものの運営が立ちゆかなくなるのは当然です。

もちろん大学病院界隈にたむろする「私たちのお仕事は看護研究です。看護その他の仕事は先生にお任せしますね」な茄子の類がいくら増えても仕方がないのは当然ですが、きちんと院内の仕事を再整理しコメディカルの能力も十分に引き出し、専門職は専門職としての職務に専念できるようにしていった上で初めて高度な教育と技能を要求される専門職の大増員を主張するのが筋と言うものでしょう。
そのためには皆保険制度下で行われる医療であれば診療報酬の配分は果たして適正なのかという議論が必要ですし、場合によっては果たして皆保険制度が絶対的な正義なのかという再検証も必要になってくるかも知れないのに、そうした全ての段階をすっ飛ばしてただ医者が足りない、何があってもOECD平均だと何とかの一つ覚えを繰り返すばかりでは、さすがに医療を皆が真面目に考え始めたこの時期誰も相手にしません。
世に有害無益という言葉がありますけれども、日医にしても大先生にしてもその主張がまるで医療業界内の主流派か何かのように世間で受け取られるようなことがあるとしたら、これはあきらかに状況を悪くしていくばかりですからきちんと訂正していかなければならないと思いますね。

vsepr(2011/10/18 12:11)

地方の大学病院勤務です。もちろん深刻かつまったく歯止めのかからない医師不足に喘いでいます。しかしながら、少なくとも私の地域では、なんとか必要な医療が提供されているのではないかと思います。あるい医師不在地域の軽症を大学病院で受け、あるいは3時救急病院からの早期転院を徹底させ、開業医の先生方とも協力して、毎日が薄氷を踏む思いですが、どうにか適切な医療が提供できなかったという事態は回避しているように思います。私の地域ですら可能なのですから、「行われなかった医療」というのは、日本では極小なのではないでしょうか。平均年齢が世界最高という結果が、それを如実に表していると考えます。

ドクターキリコ(2011/10/18 08:15)

329床の済生会栗橋病院と300床の久喜総合病院は比較的近い場所に位置しています。本来であればこの両病院を経営統合して500床クラスの病院を作って人員を集中させ 残りの病床でリハビリテーションを、以後は訪問看護や介護施設で見て行くべきです。病院同士の経営統合と急性期から介護までの切れまないサービスを行うことによって問題は 解決します。山形県・酒田市病院機構など先行例はあります。医師を粗製乱造しても悪徳が増えるだけです。政治的困難があるからといって安易な医師増員に走るべきではありま せん。

田舎暮らしの小児科医(2011/10/16 18:01)

本田先生は医師不足のために『行われなかった医療』を問題にしていますが、日本の医療で行われている『行わなくても良い医療』にも目を向けるべきではないでしょうか。前者よりも後者の方が圧倒的に多いように思います。医師の診断能力や資質に依存すると思われる問題点です。厚生労働省はその点も問題視しているように思います。やはり医師の質が担保されない形での医師増員は危険であると考えます。既に法曹界で同じような問題が起こっているのではないですか?

Kaoru(2011/10/15 07:15)

一定以上の技術をもつもの意外にも医療を認めるのであれば、一流と二流で受診料に差をつけるべきです。医師になるのが自由になり、貧乏人相手の医者が増えるのであれば、当然その逆の金持ち相手の医者も増えます。自由診療、混合診療も増えて、一部の人は一流の医療を受けられなくなり、結局同じではないでしょうか?この人の意見は、極論すれば嘘つき偽医者でもOKなの?問題は、受験科目が出来る人ではなく、医師の素質(学力、気持ち)のある人に、いかに医師になる機会を与えられるかでは。医学部の入学定員を増やし、逆に途中でどんどん退学者を増やして篩いにかけ、残った人に国家試験の受験資格を与えてほしい。同時に、医学部を退学した後に、他の職業につくという選択肢が選べるような社会にしてほしい。今の制度のままだと、一度医学部に入学してしまうと、医師になるか、無職になるかの選択になってしまいます。再チャレンジしやすければ、医師以外の選択肢にうつりやすいです。

TETSUYA(2011/10/14 12:50)

医師不足の現場にいない人のとんちんかんなコメントは無視しましょう。 今回の話はとてもよくわかりました。例えればこうですね。 戦争中、最前線のとある野戦病院には医師がひとりしかいなかった。彼はハイレベルな医療技術で患者を治療したが、一部の患者しか診られず、多くの患者は助からなかった。彼自身も疲労困憊していた。そこで、軽症の負傷兵達に基本的な医療を教えて診療させたところ、病院全体の医療の質としては下がったが、多くの患者が助かるようになった。彼も少し休めるようになった。 という感じですね。 実際の救急現場では、軽症の患者なら慣れた救急室の看護師さんでも十分に診療が可能とは思いますが、法律上できません。なかなか来ない疲れて多忙な当直医を待ちながら、軽症患者さんの前で歯がゆく思っているかもしれません。それで、今回の話からは医師の増員よりもNPとかPAという準医師的な職業を新設・増員した方が現実的で良いと思いました。本田先生はそう思いませんか。 それから、大組織のトップの人というのは、他の中小組織のことなど屁とも思っていません。国全体・社会全体を考えないせこい人物ばかりで、とても残念です。

元神経内科(2011/10/14 11:18)

先日ある神経系の慢性疾患で当クリニックのかかりつけの方がクリニックで手に余る病状になったため、近くの大病院(大学病院分院)を紹介受診したところ朝の8時に行って診察が終わったのは16時。相変わらずの大病院志向で軽症者も含めて多くの市民がその大病院へ殺到して半日以上待つというのが現状です。別の方に聞くと慢性疾患があるにもかかわらず、病院がそういう状況なので2~3回で通院を諦めてその後クリニックにも通院せずそのまま病気を放置していたとの事でした。これが「行われない医療」の一つのよくありがちなエピソードなのかと感じました。医療側だけでなく患者側の医療に対する意識教育も変えていかないと慢性疾患に対して日常的に正しく「行われない医療」は増えるばかりです。

アメリカ医(2011/10/14 11:01)

人口当たりの医師が不足しているのは事実かもしれません。しかし医師以上にはるかに不足しているのは看護師や医療事務など医師以外の医療従事者ではないですか。 アメリカでは400床規模の病院で1万人以上の医者以外の医療従事者が働いているのをご存知ですか。病院とは、それほどに忙しいところなのです。 結局、医療従事者の人手が圧倒的に少ない日本では、医者が雑用に追われて忙しくなっている部分が大きいのではないでしょうか。 医者の数だけに注目すれば、医師を毎年100人、200人増やすのが正解にみえるかもしれません。しかし、医者以外の医療従事者を100万人規模で増やす必要があるのを無視しては改悪になりかねません。 僕は、医療従事者の増員が最優先事項だと思います。

自称医師(2011/10/14 10:59)

赤チン先生や有能な主婦を増産するなら先生のやり方でいいと思います。被災地の自称医師と同じです。優秀でなくても、「行われなかった医療」を少しでも減らすために彼のような人材が求められているのですね。わかります。 現在のやり方を批判するのは簡単だけれども、医師を増員することによって生じる弊害についても、フェアに論ずるべきだと思う。増産して次にどうするか、コンビニのように医院が乱立するのが望ましいのか、医師数に見合うだけの患者数が求められ、サービス競争が激化してホテル並みの接客応対が求められるような病院が要求されるのが良いことなのか、「先進国最低の医療費」に更にパイを分割していけば先生の危惧されている医療崩壊も簡単に達成できるとおもいますよ。 増やすのは簡単だけど、減らすのは至難の業です。放射性物質と同じです。大学で学生増やすのは簡単、医者にしてから半減期は・・・、結構長い

昔麻酔科(2011/10/14 10:01)

どこの領域でも、既得権益の問題は進化を阻害しますよね。医師による医師数制限も、既得権益を守るためのものであるのは事実です。 既得権益の網の目をこわすためには、主張している自らが、既得権益を捨てる姿勢を見せないと、周囲の理解は得られないでしょうね。さてそれができるかどうか。 結局、皆それはできないので、強制力(戦争とか天災とか)が天から降ってくる形でリセットされるのでしょう。 ここでのフリードマンの主張はあくまで思考実験と考えるべきでしょう(できっこないことはわかっている)。規制と既得権益の網の目をとっぱらってシンプルにした世界を考えてみる。当然様々な問題がでてくるが、それと現状とどっちがいいか。 自由競争とマーケットメカニズムは合理的な仕組みですが、それと医療の目指すところはかなり乖離するところがありますよね。医療はあくまでも個々の患者についてベストを目指す(机上の理想論をふりまわしてかまわないどころかそれを求められる)。マーケットは、全体が効率化するように動く。全体の効率化のなかで倒れる個人もでてくるが、それはあまり気にしない。 個人の生活も大切ですし、、、、、医師数増加に関しては、歯科医や弁護士の現状についての明確に述べないと、多くの医師の理解はえられないのではないでしょうか。まず自分の既得権益を捨てられるかどうか

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コメント

試験による医師資格制度と卒前・卒後の医学教育制度は医師の質を確保するためのものでしょう。

経済学者にありがちな、専門職教育と専門職資格制度の軽視は、フリードマンと限らず、ありますね。

投稿: 医師資格制度 | 2011年10月19日 (水) 07時55分

本田先生だんだんこじつけ臭くなってきたな。
目的と手段を取り違えるタイプなんだろうか。

投稿: kan | 2011年10月19日 (水) 13時00分

さすがにフリードマン云々はネタくさいですが、もうそういうレベルの抽象論しか出せないんでしょうね。
現に医師が増えつつある中で何故教育の崩壊リスクを背負ってまで急激に増やさなければならないのか、結局この先生には説明出来ないのでしょう。
失礼ながら講演とツイッター三昧の生活ではなく、そろそろ一介の臨床医としての本分を果たされた方がよほど国民の健康に寄与できそうに思います。

投稿: 管理人nobu | 2011年10月19日 (水) 18時14分

短期間の講習で医師になれた昔の時代の反省で先進国において今の医師免許制度が確率されている時代に、医師免許不要論を出してくること自体、もう論客として終わっています。

あきれました。

投稿: 臨床医 | 2011年10月19日 (水) 18時52分

本田先生の最大の弱点は

>日本の医師が医師増員に反対する状況をフリードマンが見て「私が言った通りだろう」と言ったとしたら…返す言葉もありません。

というくらい、論理的基盤が弱いことです(笑)
フリードマンの詭弁にすら反論できないのですから、自らの正当性を論述することができません

簡単に赤い人達に取り込まれてしまうのも当然かと思います
この人に理解できるのは非常に簡単な構図だけであって、とても他人を説得できるものじゃありません

だいたい、病院経営者の片棒(副院長)なのに、勤務医の利益代表のような顔をしているのが不可解を通り越して不愉快です

まあ、勤務医の代表たる論者がいないのも確かなので、それも勤務医の人権侵害が防げない要因だと思ってます

投稿: Med_Law | 2011年10月19日 (水) 23時36分

>まあ、勤務医の代表たる論者がいないのも確かなので、それも勤務医の人権侵害が防げない要因だと思ってます

完全に同意いたします。
そもそも勤務医代表として呼ばれるような偉い先生方はすでにして管理職ですから。

投稿: 管理人nobu | 2011年10月21日 (金) 17時46分

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