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2011年9月13日 (火)

局所的にみると正しい対応も大きな目で見ると別な問題を来す場合もあって

医者であれば誰しも起こって欲しくないと願っていることでしょうが、実際にはやはり時と場合によって起こってしまうのだなと感じさせられたのがこちらの事件です。

腹膜炎を便秘と診断後に死亡…病院が遺族に謝罪(2011年9月8日読売新聞)

 名古屋大学医学部付属病院(名古屋市昭和区)は8日、2009年2月に救急外来を受診した名古屋市の70歳代女性の腹膜炎を発見できずに帰宅させ、翌日に死亡する医療事故があったと発表した。

 同病院によると、女性は同月10日、腹痛や吐き気を訴えて来院。医師になって3年目の40歳代の男性研修医がレントゲン撮影などをしたうえで「習慣性の便秘」と診断し、薬を処方して帰宅させたが、女性は翌11日朝に自宅で意識を失い、別の病院で死亡した。

 女性は来院した時点ですでに大腸に直径1・5センチ程度の穴があいていた疑いが強く、レントゲンにも腹腔(ふくくう)内に空気が漏れ出ている様子が写っていた

 外部識者らによる事故調査委員会は「研修医の知識・技量では発見できなかったのはやむを得ない」とする一方、「経験豊富な医師なら異常に気付いた可能性が高い」と指摘。国の指針を基にした当時の救急外来部門の取り決めでは、研修医でも3年目からは一人で診療を行い、患者の帰宅の可否を判断できることになっていたため、「救急専門医らが研修医の経験不足を補ったり、指導したりする体制を強化すべき」などと提言した。

 名大病院は体制の不備を認めて遺族に謝罪し、今年8月に示談が成立。救急部門の指導医や専従医師を事故当時の3倍の計21人に増やすなどして再発防止を図っているという。女性の長女は8日、弁護士を通じ、「同じことが起きないように委員会の提言を守ってほしい」とコメントした。

不幸にして亡くなられた女性のご冥福をお祈りすると共に、急性腹症の診療はそれだけのリスクがあるのだということを医療関係者は肝に銘じなければならないと改めて感じさせる症例ですよね。
とりわけ高齢者などに多い半ば慢性化した不定愁訴めいた「いつもと同じ症状」の場合、うっかりすると漫然としたルーチンの対応で済ましてしまう場合もありますが、いつもの便秘かと思って帰したら実は進行大腸癌による腸管閉塞で自宅で腸管破裂なんて地雷じみた症例もありますから、今の時代少なくとも何かあるかも知れないということは念頭においた対応はしておかなければならないのは言うまでもないことです。
ネット上などでは一般の方々が「40代で研修医って怖い!」「大学病院はヤバイ」なんて大騒ぎになっている一方で、医療関係者の間では本症例に限らず非常に難しいケースがままあると危機感を持って語られているのが印象的ですけれども、一部から批判も受けている「研修医の知識・技量では発見できなかったのはやむを得ない」という結論は、研修医による診療を認めている以上は病院のスタンスとしては正しいと言うべきでしょう。
もちろん遺族に対しては病院の組織としてきっちりと相応の対応をする必要がありますけれども、何か問題があったときにスタッフ個人の力量が足りなかったからで終わらせていては「では何故力量の足りない人に仕事を任せているの?」という話ですから、経験不足や専門外であるということが判っているスタッフを現場に出している以上は、病院としてその責は負わなければならないだろうということです。

ちょうど医療訴訟を扱っている弁護士の谷直樹氏がこの件を取り上げていて拝見させていただいたのですが、何でも名大ではこの種の事故に対しては積極的に調査、公開していくことで医療水準の向上を図っていくという方針だということで、今回の症例においても外部による検証とそれに対する事後策を実行に移しているというのは正しいことであったと思います。
ただ「救急部門の指導医や専従医師を事故当時の3倍の計21人に増やす」などという素晴らしい?対応策を聞くと、言葉は悪いですがあり得ないくらいに医者が大勢集まっている大学病院だからこれで通ったとも言える話で、例えば万年医者不足の中小医療機関では明らかに力量不足や専門外であることが判っているスタッフも救急や当直に動員しなければならないと言う場合は全く珍しくないわけですよね。
「そんな医者に救急当直を任せるのが悪い」と言われれば一見その通りなんですが、それでは使えない側の下位1/3は当直免除ということにすれば今度は何かあったときには普通に出来るはずの中位1/3も「まだ力量不足だった」と切らざるを得なくなる、そして最後に残った能力の高い上位1/3も「何故俺たちばかり働かされるんだ」と不公平感は募るし、そうでなくとも疲労は今までに数倍することになるでしょう。
となると、本来であれば優秀な能力、技量を発揮したはずの出来る医者達が過労からとんでもないうっかりミスを連発することにもなりかねないという話ですが、その時には片っ端から使えないとスタッフを切り捨ててきた医療現場にはもはや誰も残っていな道理で、だからこそ昔から「使えない医者を使いこなすのも医局長の腕の見せ所」なんてことが言われてきたわけです。

先日もお産絡みの話題を取り上げましたが、周産期死亡率が過去数十年間のうちに実に1/100にも低下したというのはもちろん産科領域に携わるスタッフの方々の非常な努力のたまものであるとしても、当然ながらそれを担保しているのは一昔前の「産気付いて来たからそろそろ産婆を呼ぶか」なんてレベルには留まらない膨大なコストとリソースの投入なのですから、要するに医療とは進歩するほど余計に手間暇がかかっていくものであるわけです。
今どき聴診器一本だけでやっている先生などまずお目にかからないくらい医療が複雑化、高度化したこともあって、国全体での医療の需給バランスが需要側過多で来ている中で、とりあえず数の確保によるアクセスの容易性だけでも今まで通りに担保しようと思えばある程度質には目をつぶっても根こそぎ動員をかけなければ当前で、名大のような事例は今後増えこそすれ減ることはないんじゃないかなという気がしてきます。
となると、医療の供給側が質、量ともに劇的に改善して腕の良い医者がいつでもどこでも使い放題などという遠すぎる夢を追うのでなければ、いずれ医療の提供水準は向上させこそすれ決して現状から落としてはならないという今まで当たり前の大前提とされてきたことも見直していく必要が出てくる、むしろどこかで妥協していかなければ結局医療全体が崩壊してしまうということにもなりかねません。
そしてその場合見直す(まあ平たく言えば現状からの劣化、悪化ですが)のは過去にも政策上の議論になってきたコスト面からなのか、それともアクセスあるいはクオリティーからになるのかということですが、最近ではお手軽に行える割に現場スタッフの勤労意欲に直結するアクセス制限というものがちょっとした流行になってきている気配がありますよね。

医師負担軽減へ外来一部休診 /広島(2011年11月9日中国新聞)

 尾道市御調町のみつぎ総合病院は、毎月第1、3、5土曜日の午前中の外来診療を、一部を除いて休診している。医師の負担を軽減して、人材確保につなげる

 同病院は内科や外科など22診療科があり、第2、4土曜日は従来から診療していなかった。7月から、脳神経外科と透析、歯科の3診療科を除いて、土曜日の外来診療を全面中止。救急患者は従来通り受け付けている。

 2010年度、土曜日に訪れた患者は1日当たり253人だった。同市御調町の団体職員男性(59)は「平日は通院しにくく、土曜日の診療は助かっていたので残念だが、医師確保も大変と分かるので複雑な気持ちだ」と戸惑う。

中止に踏み切った背景には、医師不足がある。同病院の常勤医師は07年度の37人から、11年度は27人に減り、非常勤医師で補完している。

 同病院は、大学病院に限定せず幅広く医師の求人に努め、市も本年度、医学生と研修医対象の奨学金制度を創設した。しかし、成果が十分に挙がっていないため、医師の大きな負担になっている土曜日の外来診療の中止を決めた。谷川功一事務部長は「患者に迷惑を掛けて申し訳ないが、やむを得ない判断だ」と話している。

尾道市街を北に外れた山間部に位置する公立みつぎ総合病院はHPによりますと「24時間 ことわらない救急医療」「365日 あたたかい癒しの医療と介護」「一生涯 この地に生きる喜びを」がうたい文句なんだそうですが、市民の金で給料もらっているんだから市民の要望に応えるべきだ!なんてクレームはつかなかったんでしょうか(苦笑)。
とは言え、もともとは公立病院と言えば土曜休診がデフォルトであったものを、ひと頃から例の「公立病院も万年赤字垂れ流しではなく、もっと経営感覚を持たなければ!」の大号令の結果土曜診療を行うようになってきた施設が増えた、それ自体は当時の経営上の判断としても、その結果何がどうなり、結局正しかったのか間違っていたのかという検証はやはり必要でしょう。
昨今ではこうした地方の公立病院はどこもお約束のように医師不足だと騒ぎになっていますが、病院収入を増やす最も確実な手段として医師を始めとするスタッフをなるべく多く抱え込むことがお約束となっている中でこれら専門職スタッフの待遇改善に極めて不熱心だった自治体病院の類が、今になって現場からそっぽを向かれていることに気付き「強制配置なりで何とかしてくれ!」とお上に泣きついているのが現状だったわけです。
高給取りでノー残業の公務員事務の方々が「先生方、売り上げが落ちてるじゃないですか。これは土曜も働いて貰わないと困りますね」なんて手前勝手なことを始めたはいいが、結局専門職の逃散を招き更なる収入源どころか病院の存続すら危うくなってきたというのであれば、さて悪かったのは逃げたスタッフの方なのか、それとも現場の声を顧みることなく好き放題な思いつきでやってきたお役人様の方だったのかということですよね。

救急医療問題や地域医療問題に限らず今の時代の医療が抱える諸問題の多くが、結局のところ医療に対する期待値が年々上がることはあっても下がることがなかったところに起因していると言う考え方も出来ると思うのですが、そういう視点からすると医療に対する期待値を押し下げていく方向での改革がようやく出てきたということは世に言う医療崩壊問題への抜本的な対策としても良い傾向なのではないかと思います。
時間外割り増し料金徴収などコストによる受診抑制というのも実は「高い金を払っているんだから徹底的に使わなければ損」という考えが働く恐れがあり、ましてや国民の所得低下が進行し皆保険制度という前提の維持すら怪しくなってきたと言われる時代に無闇に料金だけを引き上げるというのも、国民がどうこう以前に医療費の大半を負担している保険の支払い側がいい顔をしないでしょう。
そして医療の提供側からすれば近年の医師数大増員計画発動で実質的な質の低下はある程度覚悟はしているとしても、さすがに公然と質の低下を受容するというのは素朴な感情として受け入れ難いというものでしょうから、そうなると施設側の裁量で比較的お手軽に行えて現場スタッフの受けもよいというアクセス制限は今後さらに一般化してくる可能性があると思いますね。
もちろん地域内でどこもかしこも判で押したように土日休診では患者側の利便性云々以前に週末の休日時間外救急が実質的な休日外来化してしまう危惧もありますから、例えば地域内で休診日をダブらせないようにしていくことで顧客側の理解も得られやすくなると同時に、やる気のある開業医などにとっては新たな顧客ニーズも開拓できる可能性が出てくるわけですよね。
そうして考えて見ると医療機関の少ないこうした地方での改革というのは単独の施設内の対策だけで留まっているだけでは不十分で、基幹施設に加えて地区医師会のメンバーである開業医などとも密接な連絡を取り合いながら地域単位で相互補完的な医療体制をデザインをしていくということが、顧客も含めたお互いwin-winの関係を構築出来ることにもつながってくるんじゃないかと言う気がします。

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コメント

>外部識者らによる事故調査委員会は
>「救急専門医らが研修医の経験不足を補ったり、指導したりする体制を強化すべき」などと提言した。

絶滅危惧種指定を受けている救急専門医を大量に現場に掻き集めるって・・・
現場にしたら「外野は気楽でいいなっ!」って話ですね、
それとも「目を開けたまま夢でも見てるのかっ!」ですか。

>一部を除いて休診している。医師の負担を軽減して、人材確保につなげる。

これは興味深く見守りたいですね。
「昼間開いとらんけえ、夜に来よってじゃが」なんて民度の低い事を周辺住民の方々が仰って
夜間救急を崩壊させない事を、同じ広島東部エリアに住むものとして切に祈ります。
でないと、いよいよこの辺りも「聖地認定」を受けてしまいますからね。

投稿: 福山の京都人 | 2011年9月13日 (火) 11時05分

住民は聖地認定など恐れていないのかも知れませんが(苦笑)。
まあしかし大学病院ならこれで通るんでしょうけど、これが全国標準な医療安全対策ということになってしまうとちょっと困るかなと思いますね。
もっとも、末端医療機関では到底対応出来ないことを強いられればもはや撤退せざるをえないという流れを裏では歓迎している向きもあるのかも知れません。

投稿: 管理人nobu | 2011年9月13日 (火) 16時04分

 亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
 救急での急性腹症の診断は結構難しいです。お年寄りは典型的なデファンス無いこともあるし。症状軽くても皆画像診断しろ、と言うのも乱暴だし。採血所見だって状態により皆違うし。。。
 多くの経験を積まないとこういった症例の適切な診断は出来ないのでしょうねえ。

結局こういう事態をなくすのには専門医が毎日当直しなければなりません。そしてそれは救急の崩壊を意味しますw

投稿: 元外科医 | 2011年9月13日 (火) 17時49分

一昔前の下手な指導医ならこういうことにならないように診療技術を磨けって言って終わっていたんでしょうね。
しかし幾ら診療技術を磨いても正診率は決して100%にはならない、むしろ医療を知るほどに判らない事の方が多いのだと理解出来てくるわけで。
だからこそ今のリスクマネージメントの考え方の上では間違いや見逃しは当然起こるものと言う前提に立っての対策を行うべきで、誤診を減らすために専門医を増やすというのは対策として片手落ちなんですよね。
もちろんそんなことをやった結果日常診療上のリスクがかえって増大するという施設の方が多そうだというのも一番の問題ですが…

投稿: 管理人nobu | 2011年9月14日 (水) 08時57分

医療全体の流れをトータルで見てこれがベストという深い考えでなくて、とりあえず目先の批判をかわせばそれでいいという結論に思えるな>名大
こんな力技で事足れりだと本気で思ってるんだったらますます救急崩壊するぞ

投稿: aaa | 2011年9月14日 (水) 12時22分

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