« 福島原発事故を契機に噴出する長年の懸案 | トップページ | 今日のぐり:「うどん坊」 »

2011年9月22日 (木)

診療報酬引き上げは目的か手段か?

先日就任した小宮山厚労相が、就任早々こんなことを言ったという件がちょっとした話題になっています。

小宮山厚労相「診療報酬、引き上げを」(2011年9月20日時事通信)

 小宮山洋子厚生労働相は20日の閣議後の記者会見で、2012年度の次期診療報酬改定について、「少しでも上乗せしたい」と述べ、引き上げを目指す考えを示した。ただ、診療報酬を1%引き上げると約900億円の国費が必要。東日本大震災の復旧・復興などで国の財政状況は厳しく、財務省などとの調整は難航しそうだ。 

「少しでも上乗せしたい」というのが例によってコンマ以下幾らという話になるのかは判りませんが、厚労相の意向として少なくとも引き下げはしたくないという意思表示だとすれば、この震災でどこから復興財源を捻出しようかと各省庁が四苦八苦している中で少なからず影響が出そうな話ですよね。
実際にネットなどで見ていると空気嫁だの国を潰す気かだのと世間の反発ももの凄いようなんですが、さすがに日医すら「こういうご時世だから診療報酬改定は延期しては」などと実質的に引き上げ云々の要求を遠慮しているような状況で、それでもこういうことを口にするというのが単なる思いつきのリップサービスなのか、それとも本気でそう考えているのかが気になります。
新任の大臣の意向がどのあたりにあるのかということを見る上で参考になりそうなのが、先日初登庁時に力を入れたい政策として被災者支援、社会保障と税の一体改革の具体化、雇用のセーフティーネット拡充を三本柱に掲げたという同大臣の、医療に関してはどうかという質問に答えた部分がこうだと言うことです。

大きな拍手の中、初登庁 ─ 小宮山厚労相(2011年9月3日ロハス・メディカル)より抜粋

(略)
■ [質疑] 年金、医療について

[男性記者(日経新聞)]
 すいません大臣、日経新聞のヤナセですが、雇用問題とかですね、子どもの分野について今までいろいろお話を伺ってますけれども、大臣になられて、年金とか医療についてですね、いい機会ですので、どういう今、問題意識と言いますか、どこが良くなって、あるいは一体改革と関連してどういうふうに直していったらいいんだろうかという辺り、お話を伺えますか。

[小宮山洋子・厚生労働相]
(略)
 それから、医療についてはまあ、問題が非常にたくさんあることは認識をしております。これもやはり、小手先でやっててもなかなか変わらない部分があるものと思っておりますので、社会保障改革の中で立てたことを......

 まだ、これもまだアラアラの骨の部分で、これからそれを具体的にどう具体化をしていくかということだった思っていますので、医療の、その診療科ごとの偏在の問題だとか、過疎地域の問題だとか、そういうような問題の解決と、あるいはあの......

 今、ドラッグ・ラグ、デバイス・ラグの問題に取り組んだりしていて、国際的にもきちんと競争ができるようにしていきたい。

 それから、その......、そうですね、健康のほうのまた、あの......、なんでしょ、「ツーリズム」って言うといけないんですよね? 各国からまた、日本の、その医療を......、えー......、世界的にもちゃんとあの......、訴えていけるような、そういうような、ライフ・イノベーションということにも、医療も関わってくるのだと思っていますし......。

 そういう意味ではなかなか、医療とか年金、介護、その辺りは「効率化ができていない」っていう言い方を結構あの......、えー......、その財源のほうを考える人たちからは言われていますけれど、それはやはりあの、先ほどのあちらの会見でも言いましたけれども、超少子高齢社会の中で、やはり生活の安心、「国民の生活が第一」と言ってきたこの政権ですので、そこのところは......。

 もちろん、効率化のできるところはしていけばいいと思いますけれども、基本的には安心して医療にかかれて、介護を受けられて、そして年金も、若い人たちも......、頼りにならないと思うから国民年金の納付率が低かったりするので、そこはやはり、言ってきましたような最低保障年金のところも、これは番号制度とも大いに関わると思いますけれども、しっかりと取り組んでいきたいというふうに考えております。

余談ながらこの末尾の「効率化」云々というのは、財界など支払い側に近い筋を中心とした「医療介護はまだまだ非効率すぎる」という批判を受けての言葉なんだと思いますが、このあたりは実際デンマークあたりでも「診療報酬引き下げこそが医療の効率化を推進するのだ!」なんてことが提唱され実践されていると言いますから、就任早々の大臣の耳にも届くくらいに大きな声で叫んでいる人がいると言うことなんでしょうかね。
その説が正しいのかどうかはともかく、医療においては今だに赤字にあえぎながら「いや、この医療は地域にとって必要不可欠だ」と頑張っている施設や個人がある、それも公立病院などではなくて本来黒字を出して初めて成立し得るはずの私立の病院などでもそんなことが続いているというのは確かに志としては大変なものですが、そろそろ見直さざるを得ない時期ではないかという気がします。
別に医者は金儲けだけを考えていけばいいというものではなくて、こうした本来なら成立しないはずの医療をなおも続けてきたことでどれだけ医療リソースが分散、希釈され、本来必要とされる現場でのリソース不足を来しているかということを考えるとき、「昔からここにはこれだけの医療があったんだからずっと続けていかないと」式の考え方はそろそろ改めざるを得ないはずだと思うのですけれどもね。
効率化と言えばすぐに「医療は金じゃないだろう」なんて反発が出るものですけれども、別に金勘定の話でなくともきちんとシステムとしての効率性を追求することで、結果としてより多くの患者の需要に応え高いレベルの医療を維持出来るようになるというのであれば、それは医療の質的向上をお金をかけずに果たせたということでしょう。

ま、そうした余談はともかくとして、ここで大臣の言葉を見る限りでは良く言えば極めて総花的と言うのでしょうか、普通に言えば具体性には乏しい話が羅列されているばかりで到底「私はかつての厚労副大臣として寝ても覚めても医療の事ばかり考えてきたのです」と滔々と持論を語るという風には見えませんし、実際大臣のキャリアを考えても医療に対してあまり深い考えは持っていないと考えておいた方がよさそうです。
基本的にはドラッグラグの問題やメディカルツーリズムの問題などは近来の民主党政権で継続して議論されてきた話であって、要するに就任早々ですが一応医療畑でも話の流れは追ってますという程度の意味に捉えておくくらいでよさそうですから、そうなるとそのわずか数日後に冒頭のような積極的な発言が出てきた意味は何なのか、あるいは誰がこのタイミングで大臣にそう言わせたのかですよね。
ご存知のように20日と言えば12年度予算の概算要求基準が閣議決定された日で、折からの財政状況を踏まえて人件費や義務的経費を除いた部分は一律で前年比一割削減という大方針が示されたわけですが、そうやって浮かせたお金は重点項目に集中して投下する方針だと言いますから、多くが削られる一方で横ばいあるいは増やされる部分もあるということでしょう。
現時点での医療はどちらかというと社会保障に関わる義務的経費に近い印象があって、しかも額も小さなものではありませんから増やすにしろ減らすにしろ大きな動きを出すことは難しいんじゃないかと思いますが、医療費に関しては少なくとも減らすことは許容できませんと官僚辺りの耳打ちで釘を刺しにかかってきたというところでしょうか。

ただ診療報酬を減らせば現場の士気が下がるということはあるかも知れませんが、それでは増やせば現場の状況が改善すると考えるのも何かしら神話のようにも感じられるところがあって、当「ぐり研」でも長く取り上げてきたような医療現場の抱える諸問題を考えた場合に、少なくとも「財源の厳しい折に診療報酬を引き上げてやったんだから医療はしっかり改善しろよ」と言われてもそれは無理だろうと思わざるを得ない気がします。
過去の診療報酬増減と医師報酬とが全くリンクしているようにも思えないこと等を考えると、仮に診療報酬が幾らかあがったとして過酷な現場で身を削る医者やスタッフの実入りが増えるとも思えない(まず確実に病院の赤字補填に使われて終わりでしょう)ですし、むしろただでさえ面倒くさかった一部患者から「お前らまた給料あがったんだろうが?ええかげんにせえよ!」なんて絡まれて余計なストレスがたまりそうですよね(苦笑)。
それよりもここで考えていくべきなのは新たにお金を掛けずに医療業界の状況改善を図るという道で、そういう意味では出そうにもお金がないということは天井知らずに上がり続ける医療への要求水準を「でも国にもお金がないんだし仕方ないですよね?」と当の顧客にも納得させるには好都合と言うものではないかなと思えてきます。
要するに医療現場が困っていることを突き詰めれば原因の大部分は「医療に対する患者(国民)の要求が厳しくなりすぎている」ということに尽きるわけですから、お金がないからと国も仕方なく患者側需要の質的、量的削減に踏み込まざるを得ないということであれば、これは現場で働くスタッフからすれば決して悪い話ばかりでもなく、むしろ場合によっては歓迎すべき事態ではないかということです。
そういう視点でニュースを見ていくと今や低所得者に対する医療サービス提供は無保険者の増加などとも相まって非常に重要な話になってきていますけれども、以前から言われてきたこういう話なども工夫次第でかなり便利遣いできそうに見えてこないでしょうか。

受診時の上乗せ負担、低所得世帯を軽減 厚労省案 (2011年9月16日日本経済新聞)

 厚生労働省は16日、医療機関窓口で患者が定額の上乗せ負担を払う制度案について、住民税非課税の低所得者の負担増を軽減する案を新たに社会保障審議会の医療保険部会で示した。上乗せ負担は、高額な医療費がかかった患者の窓口負担を減らすための財源案として検討している。ただ、低所得者の上乗せ負担額を減らせば財源が減り、高額の医療費がかかった場合の負担の軽減措置は縮小を迫られる。

 政府は、6月にまとめた「社会保障と税の一体改革」で、患者の自己負担に月単位で上限額を定める高額療養費制度の見直しを盛り込んだ。長期にわたり高額の医療費がかかった場合の年間の負担上限の引き下げなどで、その財源を幅広い層から受診時に1回100円程度の定額の上乗せ負担として集めることで確保する考え。

 上乗せ負担の導入に対しては、民主党内で低所得者への配慮を求める声が出ていた。これを受け、厚労省は住民税非課税の低所得世帯に対しては上乗せ負担を軽減する修正案を検討。被保険者全体の15%程度にあたる約1700万人が負担軽減の対象となる。

 ただ、低所得者を上乗せ負担の対象から外せば、高額の医療費がかかった患者の負担を軽減するための財源は当初試算の4000億円程度(保険給付費ベース)より少なくなる。窓口負担の軽減が少額になったり、実現しなくなったりする可能性がある。同日の医療保険部会では、「税金や保険料で負担すべきだ」(日本医師会)と、そもそも上乗せ負担の導入に反対する声も出た

食べて行くのにも精一杯だと言う低所得者が保険料を払い、さらに窓口でも負担金を支払わなければならないのに、下手すると彼らよりも高い所得を得ているはずの生活保護受給者になると一転して全てが無料だというのはおかしな話で、このあたりの格差は早々に是正して働くことの意義を見いだせるように社会制度そのものを改革していかなければなりませんが、そうなると財源が問題になるのは当然ですよね。
高額医療費の見直し程度で対策として十分なのかという議論はここではさておくとして、その財源として医療の受益者である患者から一律に広く薄く負担をしてもらうという考え方は、別に高額医療費の財源のみならず様々な医療関連の財源として使い回しの利く(少なくとも国にとっては)美味しい話だというのは誰しも理解できると思います。
日医の言うような税金や保険料による負担などは現状では論外としても、別に一口100円などと決まった話でもないわけですし、少なくとも一定の所得がある人からは相応の額を徴収するということは時間外救急の割り増し加算などと同様、医療においては患者の受診抑制の方向に働くことになりそうですよね。
すでに国民が医療を利用しすぎることが医療現場の疲弊を招いているという話になっていて、その対策として当座受診時にお金を余計に取ることが一番手っ取り早く効果があるということもデータとして出ているのであれば、困っている人の役にも立てるというのですから特に導入に躊躇すべき理由が見当たらないということになりませんか。

無論、医療を国の成長戦略の柱にという民主党政権の大方針としては医療にはどんどんお金を使ってもらいたい、需要を抑制するような政策などとんでもないということになるのかも知れませんが、実際の医療の大部分を占める保険診療を診療報酬でがっちり締め上げているのに、そうそうパイだけが勝手に大きくなっていくこともあり得ないというものでしょう。
現場の人間にとって診療報酬引き上げが目的か手段かと問われれば手段であるべきで、それが手段として使いがたいという状況になってきたとか、あるいは他の選択肢の方が目的達成に近いというのであれば当然ながら目的達成上不利な手段にこだわるべきではないと思うのですが、どうも近年医療崩壊の原因として医療費削減が取り上げられた反動でここが諸悪の元凶であり唯一最大の突破口だと誤解されている節があります。
無論、窓口負担の増加と言えば経営者側にすれば顧客が減って困るという話にもなりかねず、その意味で大病院の幹部を務めるような偉い先生方や開業医の利益を代弁する日医あたりが強固な反対を続けているのは当然ですけれども、今一番崩壊の危機にさらされているのが勤務医を始めとする現場スタッフの士気であることを考えれば、結局国民の利益のために最優先で守るべきものは何かということです。
国民にしても窓口負担が増えると困るじゃないか!と短絡的な思考に留まることなく、結局医療の質と永続性を担保するためにどんな手当てが必要か、しかも国にお金もない状況で出来る手は何なのかと考えてみれば、少しの出費でより大きな実益が得られる方が後々よほどお得じゃないかと思うのですが…

|

« 福島原発事故を契機に噴出する長年の懸案 | トップページ | 今日のぐり:「うどん坊」 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519753/52794918

この記事へのトラックバック一覧です: 診療報酬引き上げは目的か手段か?:

« 福島原発事故を契機に噴出する長年の懸案 | トップページ | 今日のぐり:「うどん坊」 »