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2011年9月 7日 (水)

「正しい」制度よりも社会の実利実益に結びつく制度を

先日は産科無過失補償制度で本来の創設の目的の一つともされてきた再発防止のための報告書が出たという話題を紹介しましたが、世間の受け取り方は予想通りだったなと言われたのがこちら読売の記事です。

[解説] 産科医療補償制度…診療の基本、逸脱次々(2011年8月31日 読売新聞)

事例検証重ね再発防止を

 出産時の事故で重い脳性まひになった子どもに対し、医療側の過失の有無にかかわらず補償金を支給する産科医療補償制度で、補償対象となった事例を専門家が分析し、再発防止の提言をまとめた報告書が今月22日、初めて公表された。

 今回分析結果が公表された事例の多くで基本的な診療に問題があることがわかり、全国の医療機関に報告書が配布され、注意喚起された。このことは、歩幅はごく小さいものの、事故を減らすための第一歩になったのではないか。

 この制度は、障害児と家族の負担を速やかに軽減しようと2009年1月、導入された。医師の産科離れを招いたとされる訴訟リスクを低減する狙いもあった。

 事務局を厚生労働省所管の公益財団法人・日本医療機能評価機構が担い、運営は損保会社に委託。お産を扱う医療機関の99・8%が加入し、お産1件につき3万円の掛け金を支払う。補償額は3000万円。

 対象事例はすべて第三者の医師や法律家が原因を分析し、再発防止策を検討するのが、制度のもう一つの柱で、それを形にしたのが、公表された報告書だ。

 今回検討の対象となったのは、10年末までに補償が決まった108件のうち分析が終わった15件。その結果、〈1〉胎児心拍数の確認など出産の安全管理が不十分(8件)、〈2〉新生児蘇生法に問題(7件)、〈3〉陣痛促進剤の使い方が日本産科婦人科学会の診療指針を逸脱(6件)――などの問題があった。複数の問題が指摘された事例もある。

 報告書をまとめた再発防止委員会の池ノ上克(いけのうえつよむ)委員長(宮崎大病院長)は「極めて基本的なことがきちんと守られていない」と話した。これらの問題が、脳性まひの原因とは必ずしも言えないが、「守っていれば、危険にもっと早く気づけたかもしれない」(池ノ上委員長)と指摘がある通り、基本の順守が安全性を高めるであろうことは明らかだ。

 陣痛促進剤の使い方など、これまでも同学会が指針順守を求めてきたにもかかわらず、守られていない。現場では、必ずしも指針通りでない臨機応変な対応が必要となる場面もあるだろうが、第三者の専門家から見ても納得のいくものでなければならない。

補償が決まった事例のうち2例は、同じ医療機関で起きたという。前例に学び診療を見直していれば、少なくとも2度目は起こらずに済んだ可能性がある。これについても、さらに十分な検証が行われるべきだ。

 制度ができる前、「産科は特に、診療に問題がなくても結果が悪いと訴えられる」という医療側の嘆きをしばしば耳にした。それが、無過失補償制度が検討されるきっかけとなった。

 しかし、今回の事例を見る限り、必ずしもそうとばかりは言えないようだ。一般に、精いっぱいの診療をしたのに不幸な結果となる事例はあるだろうが、防止策を講じる余地のある事例もあるということではないか。

 当初、医療事故の患者団体からは「補償金で黙らせようという制度では解決にならない」と反発があった。実際、制度導入後も、補償対象であるのにかかわらず訴訟になった事例がある。

 原告の一人は「医師は、産科医療補償制度で原因究明されるので、そちらに任せたいと言うばかりで、ほとんど事実関係の説明をせず、不信感を持った。本当のことを知る手段は裁判しかないと思った」と語った。事故そのものより事故対応への不信が根底にあることをうかがわせる。加えて、制度が信頼を得られていない結果とも言えそうだ。

 個々の原因を公正に分析し、実効性ある再発防止策に生かす――このことなくして、制度の成功はない。対象範囲が重い脳性まひのみと限定的なことや、今のところ予想より大幅に対象者が少なく多額の剰余金が出ていることなど課題も多いが、事例検証を重ね、悲しい結果に至るお産を減らし、医療側と患者側の溝を埋める有効な仕組みに育てていく必要がある。(医療情報部・高梨ゆき子)

※当初の記事では、「この15例のうち2例は、同じ医療機関で起きたという」という表記がありましたが、「補償が決まった事例のうち2例は、同じ医療機関で起きた」の誤りでした。お詫びして訂正します。

ちなみに読売では掲載前に記事の内容を確認し誤りがないように念を押すというきわめて基本的なこともきちんと守られていないようですが、108例に一例と15例に一例ではずいぶんと記事の印象も変わる話ですけれども、当然ながら同社では訂正文一行などで済ませるなどと言うことではなく、さらに全社を挙げて2度とこのような事例が再発しないよう十分な検証を行われるわけですよね?(苦笑)
読売はこの記事をわざわざ解説記事として掲載しているわけですから、読売としては相当に気合いを入れて制度はかくあるべきだと会社として主張しているのだと認識すべきなのでしょうが、記事にあるように患者側が制度に大いなる不満を感じているのと恐らく同程度に医療側も方向性は違えど不満があり、そしておそらく実質的に支払いを負担している健康保険側にも言いたいことはあるはずなのです。
それでは不満が解消されるまで何もやらないのか、あるいは特定の立場にあるものの不満だけを解消し他の立場は無視して制度設計を行えばよいのかと言えばそれでは不利益が大きくなる、だからこそ相応の弱者救済といった社会正義を満足した上で社会全体にとって最も利益が大きくなるどこかで妥協点を探っていくしかないわけで、その一つの落としどころとして定められたのが誰にとっても同じように不満のある今回の制度であるわけですよね。
一部の声だけを取り上げて「この制度にはこんな欠陥がある!」なんてことをやれば記事には書きやすいのでしょうが、木を見て森を見ずを地で行くような記事を解説などと銘打って出してくるような痛い行為を平気でやるからこそ、いつまで経っても医療に強い読売なんて看板は自称倒れに終わっていると言われることになるのです。

震災や原発事故、そして先日の台風などで各地で大変な被害が相次いでいますが、例えば大至急ここで対策を講じていかなければとんでもない二次被害が発生してしまうといった局面において、「いや、そんな重機なんて通られたらうちの塀が壊れるじゃないか」と言った主張が通用してしまいかねないのが、非常事態関連法規の未整備でいざというとき判っていても有効な対策が取れない日本の問題であるとは長く言われてきたところで、別に有事に限った話でもないわけですね。
産科で言えば少なくとも限定的な症例とは言え補償制度が設けられた以上は患者側にとって以前よりは確実に進歩していると言えるわけですが、その一方で医療側からは「あくまでも真相究明と再発防止のための制度であるという話だったのに、報告書が責任追及にも使われることになるのではおかしいじゃないか」といった反発が非常に根強く残っていることは過去にも紹介してきた通りで、それでもトータルで見ればやらないよりやった方がいいだろうという判断で受け入れているのです。
今の日本における産科診療の最大の問題点というのは一部の事故症例において十分な真相究明が行われていないと患者側からの不満が高まっていることではなく、求められる医療水準とそれに伴う訴訟リスクが高くなりすぎ、例えば「せっかく妊娠したのにどこも予約は一杯だった」「35歳以上だから当院ではお産は出来ませんと言われた」なんて過剰反応がごく普通のお産の現場にまで大きな影響を及ぼしつつあることでしょう。
読売の主張するように悲しい結果に至るお産を減らそうと思えばお産の取り扱いは基礎疾患など一切のリスク要因のない20代妊婦に限定し、妊娠全期間をナショナルセンタークラスの施設に収容し昼夜を問わず厳重に監視するといった手段が「正解」ということになってしまいますが、それが社会全体にとってどれほど巨大な不幸に結びつくかという巨視的視点のない人間がこの種の制度設計に関わるとろくなことにはならないのです。

先日取り上げましたように産科に限らず今度は医療全般にわたって広範な無過失補償制度を導入しようという動きがようやく公的なものとなってきたわけですが、補償の対象が極めて限定的な産科無過失補償においてもこれだけの大騒ぎになっているわけですから、こちらはどれほどの事になってしまうのか判らないという話ですよね。
かつて夕張診療所の村上先生などから名指しで「一切の取材もなく記事を書く」などと強烈極まる批判を受けた北海道新聞あたりもよほどに関心があったということなのでしょう、わざわざ社説で取り上げてきたというのですから紹介させて頂かないと仕方がありませんよね。

【社説】北海道新聞 社説:医療事故補償 原因の究明あってこそ(2011年9月5日北海道新聞)

 医療事故で死亡するか、重い障害が残った患者とその家族に、医師の過失の有無にかかわらず補償金を支払う無過失補償制度の検討が厚生労働省で始まった。

 医療事故は患者側が損害賠償を求め民事訴訟を起こすにしても、立証に時間や労力がかかるのが悩みだ。

 裁判を経ずに補償されれば、患者側の負担も減り、支払いも迅速になる。補償条件や金額、手続きなど具体的な制度設計を急ぐべきだ。

 無過失補償はあらゆる医療行為が対象となる見込みで、患者側は認定する機関に申請し、基準に基づいて補償金を受け取る。支払いを優先し、事故責任は追及しない方向だ。

 産科の一部では2009年から、無過失補償を導入した。出産をめぐり訴訟になる例が多かったためだ。

 出産事故で脳性まひとなった子どもの家族に、3千万円を支払っている。7月末までに192件の補償が決定するなど制度が定着してきた。

 問題は補償の財源だ。

 産科では、運営組織の財団法人が出産1件当たり約3万円を保険料として病院から徴収。病院は健康保険の支払いで賄っている

 今回の制度はすべての医療行為が対象となるだけに、産科と同じ仕組みとはいかないだろう。

 日本弁護士連合会は、国や医療機関、医療機器メーカーなどからの拠出を提案している。

 巨額の財源を想定するならば、関係者が相応の負担をする考えは検討材料の一つになる。ただ、産科が実質、健康保険で補償していることとの整合性をどう取るのか。さらに議論を深める必要がある。

 無過失補償に対しては、患者から「金で口封じされるのでは」との懸念も出ている。産科補償を受けた患者が事実経過の説明が不十分として、提訴した例があるからだ。

 補償に重きを置くあまり、原因究明や再発防止策がおろそかになることがあってはなるまい。

 政府は08年、業務上過失致死で起訴された産婦人科医が無罪となった福島県立大野病院事件を受け、捜査機関によらない「医療版事故調査委員会」を検討した経緯がある。

 しかし、カルテ改ざんなど悪質なケースについて、委員会による警察への通報を認めたため、医師の一部が反発し、法案化が棚上げされた。

補償だけでなく、謝罪や原因追及があってこそ、被害者や家族は心にひと区切り付けられるという。

 医療界も原因を究明できなければ、再発防止に役立たないだろう。

 政府は事故調の権限や内容について医療関係者と早急に議論すべきだ。無過失補償と原因究明は、車の両輪であることを肝に銘じてほしい。

記事にもありますように大野病院事件を契機に医療問題弁護団から事故調が要望された一件や、結局事故調設立が振り出しに戻った話などもかつて取り上げたところですが、本当に原因究明や再発防止が目的であるということであればそもそも警察への通報がどうこうという問題で揉めることもなかったはずですよね。
かねて航空事故調などとの比較でも言われているように、真相究明を目的とした調査がひとたび責任追及に結びついてしまえば当事者は決して真実を口にすることはなくなってしまう、その結果真相は決して明らかになることなく結局再発防止のための正しい問題提起も出来なくなってしまうということで、決して起こってはならない類の事故を巡る調査ほど必ず責任追及とは切り離されたものであるべきというのが世界的な常識です。
先日の原発事故調設立に関する話でもこの辺りの問題はしつこいくらいに取り上げましたが、「一部医師達を中心とする自己中心的な抵抗勢力が正しい制度設立を妨害しているのが諸悪の根源」式の捉え方をしている限りは本当の原因究明や再発防止は図り得ず、結局は国民の利益にもならないということを、そろそろ国民自身も学んでいかなければならないはずです。

問題は表向きは確かに真相を究明せよ、再発を防げという耳障りの良い金看板を抱えているとは言え、議論を見ているとどうやら被害者や家族をダシに「心にひと区切り付け」るために話を進めようとしている向きも見え隠れしていることで、甚だしきは最初から責任者を吊し上げれば鬱憤が晴れる、そのために事故調を大いに利用させて貰うという考えすらあるようにも思えることでしょう。
事故調レポートを動かぬ証拠として裁判を有利に持っていこうなどと考えている方々がいらっしゃるという現実はその反映と言うべきでしょうが、「はっきり詫びろ」「きちんと責任を取れ」という素朴かつ当然の市民感情を実現するための制度を求めていくというのであれば、それは当事者にとってはともかく国民全体にとっては決して今より良い状況をもたらすものではないということは知っておかなければなりません。
もちろん国民の総意として一罰百戒、プロが何かしら不満足な仕事でもした日には徹底してその責任を追及せよというやり方でやっていくというのも溜飲は下がるでしょうが、その結果世の中がどれほどうまく回らなくなってしまっているか、どれほど国民全体の利益が損なわれてしまったのかということを今現在も我々はまさに目の当たりにしているはずなのですね。
一見して耳に快いマスコミの甘言に乗せられて右往左往した結果、日本の政治が世界的に見ても異常というしかない状況にどっぷりはまり込んでいる現状を何かおかしいんじゃないかと気付き始めた人々であれば、矛先を変えて再び同じような煽動を繰り返すマスコミの思惑に乗ってしまうのもあまりに学習能力がなさすぎるというものでしょう。

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コメント

単に私怨を晴らすためだけの制裁の道具になるなら、最初からないほうがなんぼかましかと

投稿: kan | 2011年9月 7日 (水) 11時45分

うーむ。
「、「はっきり詫びろ」「きちんと責任を取れ」という素朴かつ当然の市民感情を実現するための制度を求めていくというのであれば」
わざわざ事故調なんか作らずにイスラム法由来の刑法体系のある中東の某国に移住すればいいのに。鞭打ちとか目潰しとか石礫で撲殺とか、いろいろ原告にやらせてくれるので、原告が実感可能な「正しさ」は日本の比ではないんじゃないかと思います、きっと。

投稿: 通りすがり | 2011年9月 8日 (木) 19時51分

表向きの主張の裏に隠れた真意を現場の人間は感じているにしても、報道はそのあたりは決して触れませんから、見ている一般人からは一体何をやっている?という感じになると思います。

投稿: 管理人nobu | 2011年9月 9日 (金) 19時08分

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