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2011年9月27日 (火)

医療現場における不幸な誤解の連鎖 モンスターは誰がつくりだすのか?

中国発のニュースですが、先日こんなおどろくべき事件が起こったということです。

医療ミスへの報復 北京市の名女医、メッタ刺しで重体 ネットでは犯人への同情も/中国(2011年9月24日大紀元)

 【大紀元日本9月24日】北京市の名門・同仁病院でこのほど、患者が医者をメッタ刺しにし重傷を負わせる事件が発生した。犯人は逮捕されたが、同病院では今週、多くの医者がストライキを行い、安全な医療環境を求めた

 同事件は、中国国内で大きな反響を引き起こしている。ただ、インターネット上の書き込みは犯人を支持する内容が多い。中国国内情報サイト「財新ネット」の報道は、事件が発生するまでの経緯を詳細に分析し、中国の法律、医療の問題点を指摘した。

 犯人の名前は王宝洛、元教師。5年前に同病院で早期の咽頭ガンと診断され、その後、彼は多額の謝礼金をつぎ込んで、同病院の名医・徐文氏に治療を託したという。

 王容疑者のミニブログの書き込みによれば、徐文氏は当初彼に対して、簡単な顕微鏡手術でガン細胞を完全切除できると説明していた。財新ネットの報道によると、同病院の耳鼻咽喉科の責任者も公に、この種の手術は「傷口が小さく、出血もない。手術後数日で退院できる」と説明していた。

 2006年10月19日、手術が行われた。しかし成功しなかった。王容疑者は術後、症状が急激に悪化して声を発することができなくなった手術ミスによってガン細胞が拡散したと主張する王容疑者に対して、病院側は手術前に想定されるリスクを十分に説明したと反論しており、双方は完全に対立した。

 3年前、王容疑者は訴訟を起こした。一方、裁判所は本件について、一度も法廷審理を行わず、そのような状況の中、王容疑者は15日同病院を訪れ、刃物で徐文氏を17回刺したという。

 この事件について、中国国内総合情報サイト「財新ネット」は次のように詳しく報道・分析した。

 「医者を切りつける。これは明らかに違法で非難されるべき行為である。しかし、この行為に至るまでの3年間、和解不可能となった双方の医療訴訟において、法律はなぜ機能しなかったのか。この事件は、当事者の医者と患者の両方にとって悲劇である。悲劇の根源はこの2人にあるのではなく、歪んだ医療体制と不備な法律システムにある」

 「法治の角度からみると、医者に同情し、医者の保護を呼びかけるのは正しい。……理論上、いかなる手術でも予想外の状況になるかもしれない。もし、予期せぬことが発生するたびに報復されるならば、この職業はあまりにも危険すぎる。医者が萎縮して、堂々と医療行為ができなくなれば、最終的に損するのはやはり全体の民衆である

 「しかし、患者の角度からもみてみよう。王宝洛が犯行に及ぶまでの遭遇も、もちろんとても同情されるべきだ。いまでは医療業界では暗黙のルールだが、王宝洛は人脈と大金を駆使して、やっと国外留学経験のある名医・徐文氏に治療を依頼できた。……しかし、手術は成功しなかった。紆余曲折を経て、最終的に彼は声を発することができなくなり、教師としての人生が幕を閉じた。障害者になった彼の苦しみは想像し難いものであろう」

 「王宝洛は徐文氏は手術ミスしたと認識している。彼にはもちろんこのように疑う権利がある。しかし、この種の疑いを解明するには、医者と患者の間の十分なコミュニケーションが重要不可欠。もし、それが不可能であれば、法律はこの種の対立を解決する最後の手段になる。……しかし中国では法律が医者と患者の対立に対して、本来発揮すべき役割を果たしていないのは明らかだ」

 「本訴訟案は北京市朝陽区裁判所から東城区裁判所に移されたが、3年の歳月が経っても、一度も法廷審理が行われていない。……調べて分かったことだが、王宝洛は犯行当日、代理弁護士を通して、裁判所に早急に法廷審理するよう促した。しかし、それに対応した裁判官は依然として、開廷の日時について答えを出さなかった」

 近年、中国では医者と患者の間に信頼感が欠けており、衝突事件が多発している。財新ネットの統計によると、報道されたものだけでも今年すでに9件発生している。

 8月16日、広東省東莞市の長安病院で医者と患者の衝突事件が発生し、医者1人が死亡、1人が重傷を負った。また、1月31日、上海市新華医院で発生した衝突事件では、医者と看護師10人が負傷、うち6人の医者は重傷だった。一方、5月30日、江西省上饒市人民医院では、100人余りが病院を包囲して、医者に暴行を加える事件が発生、負傷者が多数出たもようである。

 今回の事件について、ネット上に読者コメントがたくさん寄せられている。

 「いまの医者は良識を完全に失っている。刺してよかった。庶民は皆拍手している。いまの病院は地獄の入り口だ。庶民はこのような手段で鬱憤を晴らすしかない。公正を守り、代弁してくれるところはどこにもない。政府は完全に信頼できない。もちろん庶民のために正義を守ることもない。だから、庶民はこのような手段を使うしかないのだ」

 「教師は先生、医者は白衣の天使。しかし、今はその本質が完全に変わった彼らは人の命を救うのでもなければ、生徒に道理を教えているのでもない。ビジネスをやっているのだ。処方箋の金額が高ければ高いほど、収入も多くなる」

 「医者の皆さん、もし、あなたたちが法律をしっかりと遵守し、法外の謝礼金を要求せず、医薬品のマージンをも取らなければ、私はあなたたちの『安全をください、尊厳を守ってください』という訴えを支持する。しかし、現状はまったく違う。あなたたちの世界は真っ黒だ

手術の状況がどうだったのかははっきりしませんが、患者側の言うように癌細胞が拡散した?のか、あるいは根治的治療は行えたものの手術侵襲が予想よりも大きかったのか、いずれにしても術前に思っていたことと異なる結果になったことに不満を募らせるのは理解できますが、そうは言っても刃物で滅多刺しというのは随分な恨みようだなという気がします。
中国における医療事情というものは当「ぐり研」でも取り上げたことがありますが、日本のように医療保険が整備されているわけでもないということもあって未払いも相応に多く、結果として何をするにも完全前金制という状況になっているようですから、読者コメントにあるようにもともと彼の地では「医者=金儲けしか頭にない」的なイメージが確固たるものであったということなのでしょう。
中国と言えば物価や所得はまだ日本よりかなり安いとは言え医療費は日本並みかむしろ高いくらいであると言われていて、しかも日本のように保険で窓口負担は三割だけなんてことはほとんどないわけですから医療費に関する割高感は日本などとは比較にならないでしょうし、料金が前払いであることもあって何かあると「法外な金をとっておいてなんだ!」と不満が溜まりやすいはずだとは言え、日本も決して他人事ではありません。

日本でも第三者により診療行為の是非を検証する「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」が各地で展開され始めていますけれども、医療側、患者側双方にとって不毛な医療訴訟の急増が医療崩壊を招いているという事への対策という面もあるとは言え、その背景に「患者は『医療は完全なもので、予期せぬ結果は医療ミス』と思っている」という医療不信があることは明らかですよね。
そもそも大昔(今も続く?)の日医批判から医療過剰・スパゲッティ症候群批判(しかしこの言葉もようやく世間から駆逐されてきましたね)、果ては昨今の救急たらい回し報道に至るまで、こうした国民の医療不信というものの背景にはマスコミによる暗躍があったことは言うまでもありませんが、今のようにネットが発達する前には彼らのやっている歪曲や捏造がそのまま事実であるかのように受け取られていた時代もありました。
さすがに最近では数々の事件や社会現象を通じて「あれ?マスコミの言うことって、実は嘘ばっかじゃね?」と気付き始めている人も増えているし、医療に限らず各方面の専門家がこぞってマスコミに騙されるなと警鐘を鳴らしてきた成果が徐々に滲透してきていますが、未だに報道は「創る」ものという感覚が抜けきらない方々もいらっしゃる、そしてそれが医療従事者と患者の相互理解を阻害している大きな要因になっています。

作られた名医と、モンスターペイシェント/調査研究本部主任研究員 渡辺覚(2011年8月31日読売新聞)

 医療機関や医師に対し、自己中心的で理不尽な要求をつきつける患者が、「モンスターペイシェント」と呼ばれている。

 医師の治療方針や院内ルールに従わない患者、病院側の説明に全く聞く耳を持たない家族、医師や看護師らに対する度重なる暴言、退院してからも執拗にかかってくる嫌がらせ電話……。自分本位で夜間・早朝に救急車を呼ぶ例も、都市部を中心に多数の事例が報告されている。

 こうした中で8月22日、問題のある患者への具体的な対策法を記した新しい切り口の書籍「医療従事者のためのモンスターペイシェント対策ハンドブック」(発行元メタ・ブレーン)が刊行された。編集に当たったのは、JA徳島厚生連・阿南共栄病院(三宮建治院長)。病院が立つ阿南市羽ノ浦町は、徳島県東部の海岸線に位置する地区で、平成の町村合併で阿南市に編入されたものの地区本来の人口は約13000人という極めてローカルな医療機関である。

 「病院がモンスターペイシェント対策の実践本を刊行した」というのも現代的なニュースだが、それが、東京の大病院や医学部付属病院から離れた地方の中核病院の手で編まれたという事実も、今の時代を反映している。

 同書は、問題のある患者を【1】職業的なモンスターペイシェント(暴力的行為による利益獲得が目的)【2】メンタルヘルス的な問題を抱えた患者(障害・疾患や薬物・飲酒に起因)【3】ごく普通の患者――の3つに分類している。

 このうち、「ごく普通の患者」がモンスター化する理由について同書は、「期待権に基づく患者の権利意識は拡大し、それに伴って増加するはずの義務は軽視され、要求するだけ要求するという光景が繰り返し見られるようになってきました」と分析する。

 これについては、「テレビや雑誌などが、こぞって『スーパー名医』『神の手を持つ医師』を番組や特集で取り上げ、もてはやす風潮が背景にある」と指摘する医療関係者も多い

 残念ながら多くの患者は、テレビなどで華やかに取り上げられる「スーパードクター」には巡り会えない。このため、患者の中には「自分の主治医は腕の悪いであり、自分が望む理想の医療を提供してくれるわけがない」と思い込む者が増え、受診当初から病院に対する不信感を募らせているというのだ。「モンスターペイシェント対策ハンドブック」も、「高度医療の発展の中、『治るのが当然』ということも、患者の意識下にあります」と指摘、医療をめぐる環境変化がモンスターペイシェントを生む土壌につながっているとの見方を示している。

特定のドクターを無定見に賞賛する報道について、私たちメディアはもっと謙虚になるべきではないだろうか。「医師を見る目」やドクターの力量を判断する知見もないのならなおさらだ。

 宮城県警は8月19日、宮城県石巻市で震災ボランティア相手に無免許で医療行為をしていた住所不定の男(42)を医師法違反の疑いで逮捕した。8月10日付の朝日新聞朝刊が、同紙の「ひと」欄で、このニセ医者を「被災地で『ボランティアの専属医』を務める××さん」と大きく紹介する失態を演じたのはご承知の通りだ。

 朝日新聞は、「おわび」を掲載した上で、問題の記事をデータベースから削除した。いや、あの記事はぜひ残してほしかった。「名医」の無責任記事が、どのように作り上げられてしまうかを学ぶ教材だからだ。メディア関係者が肝に銘じるためにも、教訓は後世に引き継がれるべきであった。

この阿南共栄病院の手になるマニュアル本についてはすでにご紹介した通りですが、こうしたモンスター化の機序を知った上であらためて冒頭の事件の経過を思う時、実態を離れて作り上げられた虚像というものが医療従事者はもとより、患者側にも何ら良い結果をもたらさないということがお判り頂けるかと思いますね。
現在世間を騒がせるまでになった医療崩壊という現象も、元々をたどれば医療に対する患者側の期待値が際限知らずに高くなっていったということが一番の理由であると考えますが、その出所を探っていけば一つにはこうしたマスコミによる過剰な期待感を煽る演出があり、そして他方にはそれに乗って時には現場が到底ついていけないような水準を「これが出来て当たり前」と主張する自称名医に行き着くことになるのでしょう。
マスコミなどは「ひと目で判る!これが名医だ!」なんて話が大好きで始終どこかで取り上げられていますけれども、誰が見ても明らかに判る外れレベルなんてものならともかく、一見まともそうに見える医者の中から誰が本当の名医かなんて前提となる疾患や状況によっても変わる話で、当の医者ですらそんな見分け方を知らないというのに何故門外漢のマスコミにそれが判るのか不思議で仕方がありませんよね。
こうして現場が全く与り知らないところで勝手に患者側の期待値が高まり続けてしまえば、患者からすれば「でもテレビがそう言っていたのに」と現実の医療を前にして不満がたまる、そして医療関係者にしても「テレビと現実を混同しないでくれよ」と困惑するしかないと、双方にとって何らメリットはないということになりそうですから、この不幸な輪をどこかで断ち切らなければならないということです。

医療崩壊などと言う現象が大きく取り上げられ始めたのを契機に医療従事者もようやく声を上げ始め、国民もまた現場の声を聞きたいと願うようになってきたわけですが、折から一般化していたネットで直接国民と医療従事者が語り合うようになって、はじめてマスコミによるバイアスがかかっていない生の現場の声が伝えられるようになってきた、そしてようやく本当の相互理解が徐々にですが進みつつある現状があります。
自分などもときどき他領域の判らないことで専門家が集まるサイトなどに行って教えてもらうと「なんと、そんな簡単なことだったのか!」と目から鱗のような経験をすることがあるのですが、今の時代は素人がわずかな時間でも理解出来るように丁寧に教えてくれる専門家があちこちにいるというのに、わざわざ状況を悪くするような誤解を招く表現を続けているマスコミは確信犯と言う理解でよいのでしょうか?
しかし当事者が直接語り合える時代にマスコミの方でも取り残されているという自覚は多少なりともあるのでしょう、ろくに現場の実情すら取材せず一方的にバッシングしておいて「こんなに困っていたのなら、医療側からもっと早くマスコミに発信してほしかった」などと馬鹿げたことを言っているようですが、今さらわざわざ彼らによる生情報の歪曲を求める人間などどこにいるのかということですよね。
問題がこじれた背景に当事者間のコミュニケーション不足と誤解があるというのなら、そうした誤解がなぜもたらされているのかということもきちんと解析した上で、平素から妙な誤解が入り込まないように対策を立てていかなければならないということこそ、後世に引き継いでいくべき教訓というものでしょう。

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コメント

こうしてみるとマスコミも自覚はありそうなのに行動が改まらないのは、まともな事を言う人は社内で浮いてるって事なんですかね?

投稿: 通りすがりのただの人 | 2011年9月27日 (火) 20時52分

「問題を理解している人間はいるが、社内で発言できる空気にない」という中の人の声は時折聞こえてきますね。
何しろマスコミに限らず今権力を握っている世代というのは一番景気の良い時代を知っているわけですから、まさか自分達の方法論が間違っていると認める気にもならないのでしょう。
近頃は社会の現実に対するマスコミの不整合を矯正する機会はもしや政治の領域から起こるのではないかと思って見ています。

投稿: 管理人nobu | 2011年9月30日 (金) 10時59分

医療現場もいろいろあるんですね。

投稿: 吉田ケイ@心理学 | 2012年12月16日 (日) 02時19分

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