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2011年9月

2011年9月30日 (金)

今日はなぜか農業の話です

先日はこんな記事が出ていまして、若返り云々はともかく就農者を増やすという意味ではなかなか良いアイデアなんじゃないかという気がします。

新規就農者に7年間150万円支給へ 45歳未満対象で“若返り”(2011年9月27日産経新聞)

 農林水産省が、45歳未満で新たに農業に従事する個人に年150万円を最長7年間給付する制度の創設を2012年度予算の概算要求に盛り込むことが27日わかった。新規就農を支援し、従事者の平均年齢が66歳と高齢化が進んでいる農業の“若返り”を図る。

 最長の交付期間は、就農前の研修の2年間と就農後の5年間を合わせた7年間となる。準備期間や就農直後は、所得が少なく、生活への不安が強いことから、最低賃金に相当する150万円を支給することで、農業への転職などを検討している人を後押しする。農業に従事したことがある経験者を対象に含めるかどうかなどの細部は今後詰める。

 新規就農支援策は、政府の「食と農林漁業の再生実現会議」が、フランスの制度を参考に導入を提言していた。

 また農業法人に若手雇用を促すため、研修費として月約10万円を1年間給付しているが、これを2年間に延長する。概算要求には、「新規就農総合支援事業」として、158億円を計上する方針だ。

150万円が妥当かどうかはともかく、とりあえず農作物に関してある程度自給自足レベルでの栽培が可能となれば食べてはいける水準ということなんでしょうか。
ただ新規就農にあたっては農耕用の機械購入と共に、参入初期コスト高騰の一因となっている土地をどうするかが一つの大きな問題ですが、国が世話するのか、あるいは地域の休耕田を団体なりで管理して貸与するような形になるのか、いずれにしても「土地は自前で用意してください」では参入ハードルが高すぎますよね。
地方に行くと人手不足でとても手が回らないと休耕田になっているような場所がたくさんあって、害虫駆除などの上でもそうした荒れ放題の未耕作地があちらこちらにあると困るという声もあるようですから、きちんと仲介が機能するようになれば無駄に遊ばせるくらいなら安く貸し出すという地主はそれなりにいそうにも思います。
ただこうした「後継者募集!」のかけ声というのは過去にもさんざん行われてきましたが、どうも画期的にうまくいったという話も聞かないのはもちろん農業に対するイメージもさることながら、実際の現場にも問題無きにしも非ずという事情もあるようなんですね。

「農業やりたくない」 就職拒否のミャンマー難民夫婦が会見/千葉(2011年9月29日産経ニュース)

 アジア初の第三国定住制度で来日し、千葉県の農場で職業訓練を受けていたミャンマー難民の夫婦が28日、東京都内で記者会見し、「(農作業は)大変だった。農業はやりたくない」と話した。雇用を前提とした訓練だったが、夫婦ら2家族は就職を拒否した。

 会見したのは男性(46)と妻(48)。農作業が早朝から長時間におよび、暑いビニールハウス内で作業する大変さを説明。長男(16)が通っていた夜間中学が遠く、帰りが遅くなることから通学を断念したとも明らかにした。

 支援を行うアジア福祉教育財団難民事業本部に対策を求めたが「『頑張れ』といわれるだけで何もやってくれなかった」と話した。

 政府は第三国定住として平成24年までの3年間に計90人を受け入れる計画で、29日には第2陣の18人が来日予定。男性は「日本に来てよかったか」との質問に「事実を言うとよくない」と言葉を濁した。

言葉を始めとしてカルチャーギャップといった問題も大きかったのかも知れませんが、実際の農作業自体が耐えられないほど過酷であったかどうかはさておき、ここで問題にすべきは過酷でとても我慢出来ないと感じている新規就農者に対して何らの改善策あるいは支援策をも周囲が用意出来なかったという現実でしょう。
冒頭の記事にもありますけれども、これだけ不況で就職先がない、もっと雇用確保をと言われながら、農業を始めとする第一次産業や医療、介護領域では相変わらず人材不足が深刻であるという事実が示している意味を、当事者はもっと深刻に受け止めるべきだと思いますね。
例えば医師不足が言われる医療現場においても研修制度が変わり研修医側が病院を選ぶようになった結果、今までの「医者なんて毎年送られてくるもの」という殿様商売を続ける気満々だった地方公立病院などは軒並み研修医からも見捨てられ崩壊の瀬戸際ですが、その場合「近頃の若い連中は贅沢で我が儘だから」で済ませてふんぞり返っているのが正しいと言う人間はいないでしょう。
現場となった農場がどのような意識で受け入れていたのかは判りませんが、今や農業と言えばどこも人手不足が言われている中で「根性のない奴は要らない」などと贅沢を言える状況でもないでしょうに、漫然と今まで通りのやり方でやらせていたのだとすれば時代の変化が読めてないとも言われかねないでしょうね。

旧態依然とした感覚と言えば農業はおおむね都市部よりは田舎でやるものという事情もあるのでしょう、独特な土着の文化が今も根強く残っている土地柄も多いと聞きますが、今の時代にあってはそうした文化もまた農村が忌避される大きな理由の一つとなっているようです。

【農業体験・ファームスティ】(北海道の農業体験募集サイト)より抜粋

農家へ滞在して仕事や暮らしぶりを体験、人や農村、まわりの景色、空気や風をを感じて下さい。日常の忙しい日々を忘れ2~3日のんびり過ごしてみませんか?
忙しい都会と違い、ゆっくりと大空を眺め遠くの景色に見とれる・・便利で 快適な生活を離れ外へ出るのは『心の癒し』? 自分探しのきっかけになるかもしれません。
帰りには表情が違ってきます・・・それは、ちっちゃなご褒美かも。
田舎はどんな事でも受け入れる寛容さがあり、農作業では何も考えず無念無想の境地・・・・・まわりと一体になって、時間を忘れてしまうほど・・・・。

朝陽・夕陽が山に映える景色は北の盆地特有の風景。夜の静けさと暗闇は星空観賞の絶対条件・・・自分のたくましさを見つける絶好の機会。
宿泊・食事などは、こちらで用意しますが特別扱いはしません。体験料も無料で作業報酬もありません
できるだけ田舎の良さを体験してもらうもので、現在、独身女性以外は受入れしていません
※田舎に定住/結婚を考えている方には、一般農家への滞在は何よりの情報収集になると思います。
※人の役に立ってるのを実感し、自分の逞しさを発見するきっかけになるかもしれません。
【内容詳細】
・期間 年間をとおし随時(忙しいのは4~5月の植付け・8月末~10月の収穫時期)
     例年8月下~10月上は収穫最盛期につき受け入れ数が多くなります 
    個室(ベッド・寝具・TV・電動ポット・ドライヤー・扇風機・ロッカー等あり)
    自転車・ ミニバイク(普通免許要)身軽で来ても作業体験などに支障はありません。
・必要品(着替え、UV化粧品・部屋着があれば十分) 
※食事・部屋(個室)はこちらで用意します。トイレ・シャワー・食事等は家族と同じで特別扱いはしません。
・体験内容 通常の農作業、苗植付け・草取り・花壇の手入れ・収穫、その他、雪道散策(冬場のみ)
・体験日数/費用 1日からOK、体験料・滞在費すべて無料(但し、朝7:30から夕5:00まで農作業あり)。 
※日程決まり次第早目に予約を、部屋の確保が難しい場合は実費(5000円程度/日)で近隣の農家民泊となります。
※都合により受入れをお断りする場合もあります。
作業報酬 なし 
対象 女性限定(年齢18才~35才くらい)
・保険 各自加入の保険
・作業服/靴貸与(洗濯機あり)・・・・つなぎ服・ウインドブレーカ・長靴・スニーカー・麦わら帽子ほか
・交通費  なし(富良野市内からふらのタクシーで約7分 2000円程 ちょっと値上がりしてるかもしれません)
・注意事項 自室を含め建物内は全禁煙です、喫煙者はお断りします。飲酒についても遠慮願います。
お子様・ペット同伴・体調不良・ご病気・海外旅行から帰国間もない方もご遠慮ください
※部屋の確保が難しい場合、近くの農家民泊(謝礼要)になります。
※私どもで送迎は出来ませんので、ご自分で行き来して下さい。(買い物は7km先の富良野市内に各店あり)

待遇面等「この過酷な労働条件でのんびり過ごすとはギャグですか?」などと色々言いたいことはありますけれども、それよりも何よりもどう見ても農業体験と言うよりは労働力兼花嫁募集という話ですよね(実際にそう明記しているページもあるようですが、この募集条件ですと農業体験と分ける意味がないような…)。
もちろん農家が嫁を取るなというわけではないし、何より今の時代に農業というものについて回るイメージを承知しているからこそ「まず実情を知って貰わないと」という気持ちにもなるのだろうと理解は出来るのですが、こうまで露骨な選別を行うというのであれば結局欲しいのは余所者の就農者ではなく百姓仕事に文句を言わずに働く嫁なんだろうと勘ぐりたくもなるのが人情と言うものです。
実際にこうした農業体験に名を借りた?実質花嫁候補募集の話というのはかなり問題化していて、「農業体験というから行ってみたら勝手に嫁扱いされてひどいセクハラを受けた」「町ぐるみで騙された」などという被害者の声も出ており、しかもきちんと釈明なり謝罪なりをするでもなく一切を削除して知らない顔をしているらしいというのでは信用を自ら失うも同然の行為でしょう。
こうした件では例によってwikipediaから役場サイトに至るまで壮絶な削除合戦が繰り広げられているようですが、「実在してる北海道の農業体験実習生募集要項そのものや「実習生=花嫁候補という考え方は暗黙の了解」という擁護レスがあったことに人々が恐怖して」いて、しかも「現在までの反応を見るとこれが理解できていないらしい、ということがさらなる恐怖を生んでいる」というのが実際のところでしょう。

ま、あまりこういう話ばかりですと真面目に農地を維持し、新規参入者は大歓迎しますという全国圧倒的多数の真面目な農家の方々に恨まれそうですが、いずれにしても農家の意識とその他国民の意識との間に少しばかりの乖離があるのだとしたら、お互いのためにも良い話ではないですよね。
農業に後継者が来ない理由として幾つもありますが、農家の側からするととにかく農業などやっていても儲けにならない、お先真っ暗で展望が開けないのだから若い人間が農業を目指さないのも当然で、ここをなんとかしなければ農業に先はないと言う声がよく聞かれます。
例えば今もやる気のある農家の方は各地にいて、昨今農業の世界では「TPPで日本の農業が潰れる!」と大反発の嵐ですけれども、いやそんなことはない、これを好機にやる気のある農家にきちんと補助金も出して農地を集約化させ、自家消費用だけのなんちゃって農家はお引き取りいただくようにしていけば農業の生産性は増し、産業として十分成り立つようになるんだと熱く語っているものです。
もちろん農業の後継者を確保するためには産業として魅力あるものでなければならないというのは全く正論で、そのために日本の農業は再編して大規模化、機械化も推し進めるべきだというのは十分理解出来る話なんですが、消費者から見ると今まで高くても日本の農作物を優先して買ってきたのは手作業でやるしかない小さな農地が多いが故に、隅々まで行き届いた手間と心遣いにお金を出してきたという気持ちもあるわけですよね。

日本全国で大規模農家への集約化が進み、アメリカのように巨大な機械で一気に作業が進められるようになればそれはもちろん産業としての効率性は高まるのでしょうが、そうなった段階で果たして消費者が日本産にこだわるべき理由が残っているのかということを、これから農家の方々は顧客に語るべきビジョンとして示していかなければならないでしょう。
作る側の論理と消費する側の論理双方をきちんとすり合わせ、お互いにとってメリットがある形で健全かつ永続性のある農業が続けられたら一番いいんじゃないかなと思いますが、その意味でようやく国も本腰を入れる気になってきたのなら悪くない話でしょう。

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2011年9月29日 (木)

高度化する不妊治療 その高いリスクを誰が負担するかも問題です

本日まずは産科の不妊治療に絡んで、愛育病院からなかなか興味深いデータが発表されたようですので紹介してみますが、ともかくも決してバラ色一色の夢の治療などではないという厳しい現実があるということですよね。

提供卵子での妊娠、高血圧症6倍 危険性増加と愛育病院(2011年9月26日47ニュース)

第三者から卵子の提供を受ける不妊治療で妊娠した場合、妊娠高血圧症候群になる割合が、通常の体外受精に比べ約6倍になるなど、妊娠や出産の危険性が高まるとの調査結果を愛育病院(東京)のチームが26日までにまとめた。国内の研究で、卵子提供による妊娠の危険性が明らかになったのは初めてという。

 調査対象の妊産婦はすべて海外で卵子提供を受け、帰国後に同病院を受診した。調査をした中山摂子産婦人科医長は「医者や患者に危険性を広く認識してもらう必要がある。統一した指針も作成すべきだ」としている。

提供卵子で高血圧症6倍 妊娠、出産の危険性増加 愛育病院調査(2011年9月26日産経ニュース)

 第三者から卵子の提供を受ける不妊治療で妊娠した場合、妊娠高血圧症候群になる割合が、通常の体外受精に比べ約6倍になるなど、妊娠や出産の危険性が高まるとの調査結果を愛育病院(東京)のチームが26日までにまとめた。

 2000~10年に海外で卵子提供を受けて妊娠、同病院で出産した33~50歳の17人と、自分の卵子で体外受精した24~47歳の647人とを比較。妊娠高血圧症候群になる割合は、自分の卵子では7%だったのに比べて提供卵子では41%と約6倍になったほか、癒着胎盤や前置胎盤など胎盤異常の発生割合が提供卵子では7~9倍に増加。帝王切開手術で輸血が必要になる割合は10倍に達した。

 詳しいメカニズムは不明だが、卵子提供を受けた場合、妊娠するために体内に入れる受精卵は完全に他人由来の細胞になる。このため免疫がより強く働くことが原因と考えられるという。

高齢出産となればそれだけで非常にハイリスクですから年齢等諸条件は合わせてあるのでしょうが、妊娠高血圧が41%(通常5~10%)と言えば相対リスクのみならず絶対値としてもずいぶんと高いなという印象を受ける数字ですし、その他の合併症も軒並み危険性が激増するということですから、高度な不妊治療を受けてやっと妊娠できたから一安心とは到底言えそうにない数字ですよね。
「遺伝子の半分が他人由来である胎児を何故母胎は安定して受け入れることが出来るのか」なんて免疫学の学生レポートのテーマにでも出そうですけれども、自分の卵子でさえ半分は他人であるのに全てが他人由来の受精卵をということになれば免疫学的にも様々な問題が出やすいだろうとは容易に想像出来るところで、むしろ完全な他人の遺伝子で妊娠可能であるということの方が興味ある現象なのかも知れません。
客観的な数字として明らかにされたのは今回が初めてなのでしょうが、同様の現象は産科臨床医にとっては経験的にも明らかな傾向として以前から把握されていたようで、例えばこんな話がすでに以前から出ています。

卵子提供による妊娠について思う(2010年12月24日産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ)
より抜粋

(略)
 意外と知られていないのが卵子提供により妊娠した場合のリスクでしょう。私は不妊治療の専門家とも交流があるため、2000年以降これまでに数例の卵子提供によって妊娠した妊婦さんの周産期管理を依頼され経験させていただきました。全例が妊娠後半期に重症妊娠高血圧腎症を発症しています。種々の程度の子宮内胎児発育不全も全例でみられました。そのために全例が36週以前に帝王切開による分娩となっています。一番の重症例は、最近経験した卵子提供により双胎妊娠となった例です。妊娠高血圧腎症・HELLP症候群・周産期心筋症のため妊娠34週で帝王切開となりました。心不全・肺水腫・腎不全・DICを併発し、集中治療室で1週間以上にわたり生死の境をさまようことになりました。何とか一命をとりとめ近く母児ともに退院できそうです。つまり、私自身の経験からは卵子提供による妊娠はかなりのハイリスク妊娠との認識をもっております

 通常の妊娠では母の遺伝子半分と父の遺伝子半分による受精卵から胎児が成長するので、母にとって胎児は半分は自分であり半分は他人であることになります。これにより、胎児が異物として拒絶されにくくなり妊娠が維持されていきます。これを免疫寛容といいます。しかし、卵子提供による妊娠の場合には胎児には母の遺伝子はなく全くの他人です。そのため免疫寛容がおこりません。これが、妊娠高血圧腎症・子宮内胎児発育不全などの産科合併症につながっていると推測しています。妊娠高血圧腎症・子宮内胎児発育不全が重症化するのも同じ理由を推測します。この点は私の推論であり、学術的に結論が出ていることではありませんので誤解なきようお願いいたします。

 卵子提供による妊娠のリスクがどの程度あるのか正確な報告はありません。日本では卵子提供そのものが公に行われていない背景もあると思います。私の経験した数例がたまたま全例で重症な妊娠高血圧腎症・子宮内胎児発育不全を合併した可能性は否定できませんが、普通に考えると稀なケースで合併症が続いたというよりは卵子提供による妊娠がかなりハイリスクであると考えた方が自然かと思います。

 卵子提供による妊娠を否定するものではありませんが、卵子提供により妊娠が可能であるという光の部分だけにとらわれす、卵子提供による妊娠は妊娠した後がハイリスク妊娠であるという陰も部分も十分に知ったうえで選択してほしいと思っています。

冒頭の記事では卵子提供の場合高齢妊婦だけでなく若年妊婦においても高いリスクがあるように見えますが、実際に産科医からの経験的なコメントとして40歳以上の高齢妊婦における体外受精であっても自前の卵子を使用している場合にはそこまでの問題は発生しないと言いますし、やはり年齢以上に卵子提供による免疫学的な背景から来る悪影響が母胎と胎児の双方に大きな問題をもたらすものと考えて間違いなさそうです。
卵子提供による高齢出産と言えば以前にも高齢出産に絡んで取り上げました政治家の野田聖子氏が有名ですけれども、同氏も公人として妊娠中の経験からお子さんの壮絶な闘病記を含めた一連の経験をインタビューとして公開しているということは私人として母親としての心境を思えば大変な話で、是非皆さんにもこの機会にご一読いただければと思いますね。

【参考】(1)だから私は卵子提供を受けた(2010年10月28日読売新聞)
【参考】(2)国会議員だからこそ、治療に踏み切った(2010年10月29日読売新聞)
【参考】(3)血のつがなりなくとも母親は私(2010年10月30日読売新聞)
【参考】(4)妊娠によい時期、知らなかった(2010年10月31日読売新聞)
【参考】(5)命を守る、この国を守る(2010年11月1日読売新聞)

【参考】野田聖子さんインタビュー全文(1)障害持った子、命の重み教えてくれる(2011年8月5日読売新聞)
【参考】野田聖子さんインタビュー全文(2)生後5か月までに5回の手術…生きる力は強い(2011年8月6日読売新聞)
【参考】野田聖子さんインタビュー全文(3)産むことより、育てることが楽しい(2011年8月7日読売新聞)

ご一読頂ければお判りになるかと思いますが、幸いにも母胎である野田氏事態には大きな妊娠合併症はなかったとは言え、お子さんの方は生まれながらに多大な障害を持って生まれたということで、そうしたあまり公にしたくないだろう事情まで敢えて公開する姿勢には本当に頭が下がります。
ちょうどタイミング良くと言うべきなのでしょうか、この愛育病院の発表と前後するように不妊治療を進める側である日本受精着床学会主催によるパネルディスカッションが開かれており、野田聖子氏も含めた各方面の関係者が今後の法整備などを見据えて議論を交わしたということですので紹介させて頂きましょう。

卵子提供・代理出産を議論…野田聖子議員、医師、法律家ら(2011年9月22日読売新聞)

 卵子提供や代理出産など非配偶者間の生殖医療を考える「日本受精着床学会」のパネルディスカッションが10日、東京都内で開かれ、医師や法律家、米国で卵子提供を受け、出産した衆院議員の野田聖子さんらが意見を述べ合った。

代理出産について、日本産科婦人科学会(日産婦)は自主規制のルールである会告(指針)で禁止。提供卵子による体外受精については、これを定めた会告は出していないが、慎重な立場だ。いずれも法整備はされていない。

 石原理(おさむ)・埼玉医大産婦人科教授は、「こうした生殖医療に関する法的な規定が全くないのは、先進国で日本のみだ」と述べ、諸外国と比べて大きく遅れている日本の現状を説明した。

 水野紀子・東北大教授(民法)は、夫以外の男性の精子を使う非配偶者間人工授精(AID)で生まれた人が近年、自分の父親がわからないなど苦悩を述べている現状を紹介。卵子提供の場合も「遺伝上の母は誰か」などの問題が起こる可能性を示唆した。

 一方、代理出産を実施している根津八紘・諏訪マタニティークリニック(長野県)院長は、子宮のない人やがんで子宮を摘出した人を挙げ、「子供を持ちたいと願う人から、その選択権を奪う権利も理由も医師にはない」と述べ、法整備を含む支援が必要だとした。

 野田さんは、長年にわたる自身の不妊治療のつらさを告白。「産みたい人が産めない現実がある。その気持ちをかなえることが大事」と述べた。また、政治家としての立場から、「法律を作るためには、もっと国民の関心が必要だ」と強調した。

ただでさえ少子化が社会問題化し出産年齢の高齢化が進んでいる中で、この不妊治療に関わる諸問題は野田氏の言う通りに「もっと国民の関心が必要だ」とはその通りですし、卵子提供による不妊治療も認めていきますと学会が言っても全く法整備も何もないのでは、行う方も腰が引けてしまうのは当然ですよね。
ただ一方で実際にそのお産を扱う産科医側からすると「不妊治療とは何だ。高い自費診療で稼げるだけ稼いでおいて、いざ妊娠したら後のお産は他施設に丸投げではカリスマ助産師よりもタチが悪いではないか」なんて声があるのも事実で、今回明らかになったように元々妊娠出産にまつわる危険性が極めて高い、しかもそれだけこだわりを持って不妊治療をするくらいですからぶっちゃけ何かあればクレーマー化もしやすいと、実はかなり困っている側面もあるようです。
さすがに不妊治療を受けるような方々は産気づいてからの飛び込み出産なんてことはないのでしょうが、近年ではただでさえ産科医療資源は枯渇し産科崩壊が叫ばれている中でこれだけ手間暇がかかるハイリスク妊婦さんが送りつけられてくる、幸いにも無事に出産出来てもその後NICUを長期占有したりと大いに手がかかるとなれば、お産を引き受ける側としては大変な負担になるだろうことは想像に難くありません。
そして何より人間の素朴な感情としてハイリスク妊婦さんを受ける側は休日も無しで連日奴隷労働をしているのに、送り側は全くのノーリスクで大儲けしながら、完全予約制外来で仕事量を管理しつつ優雅な休日を満喫していると思えば、下世話な話ながらそれは確かに面白くないだろうなと思いますよね。

さすがに一部の過激派な人々が叫ぶように高齢での体外受精妊婦は自己責任で事後のNICU代も含め全額自費にしろなんてのは暴論だと思いますが、例えばこの種の高度な不妊治療を行う施設には産科併設を義務づけるようにしろと言われればなるほど、それも正論だなと誰しも感じるでしょう(もっとも、そうしたクリニックレベルの産科でこの種の分娩が実際に扱えるかどうかは別問題でしょうが…)。
そう考えると産科学会の側がこの種の問題にひどく消極的なのは不妊治療専門医やその治療を受ける側の視点で見ると「なんて頭が固い連中だ」と見えるのも事実ですが、大多数の国民が関わるだろう一般産科臨床を崩壊の瀬戸際で何とか守っていくという視点に立てば、必ずしも間違っているとばかりも言い切れないのだなと改めて気付かされた気がします。
ともすれば産む側の権利を守れという視点でのみ語られることの多いこの種の不妊治療の議論ですが、歪んだ権利意識の暴走が今や医療のみならず社会全般でモンスター顧客問題として炸裂している現状を思う時、行け行けドンドンで現場の実情も顧みないまま突き進んでしまうだけでは極めて危ういものをも後に抱え込んでしまう可能性がありそうですよね。

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2011年9月28日 (水)

支払い不能は患者のみならず医療機関にとっても大問題です

ひと頃からマスコミなどでも話題になっている件ですが、確かに今の時代それくらいにはなるだろうなと思わされるのがこちらのニュースです。

高額薬:患者3割、貯金崩す 受診中断経験も 民医連調査(2011年9月1日毎日新聞)

 抗がん剤など高額な薬を使う患者のうち、医療機関への支払いのため貯金を取り崩している患者が約3割に上ることが、全日本民主医療機関連合会(民医連)の調査で分かった。借金して支払っている患者も約3%いた。日本は欧州などに比べて医療機関での窓口負担が高い。長引く不況の中、治療に欠かせない高額薬が患者の負担となっている実態が浮かんだ。

 民医連は、病院や診療所、薬局など医療・福祉にかかわる1700以上の団体からなる。今年3~6月、抗がん剤やリウマチ治療薬、インスリン製剤といった高額薬を使う患者を対象に、加盟する327薬局を通してアンケートを実施した。137カ所(41.8%)から978人分の回答があった。

 その結果、58.9%の患者が「医療機関での窓口負担が高い」と回答。窓口での自己負担が3割の人たちでは73.5%が「高い」と感じていた

 支払いについては、60.3%が「生活費を切りつめている」、29.2%が「貯金を取り崩している」、2.7%が「借金をしている」と答えた。リウマチ治療薬の使用者では、貯金を取り崩している人が56.2%と過半数に上り、抗がん剤も使用者の43.7%が貯金に手をつけていた。

 また、全体の13.7%が「医療機関の受診を中断した経験がある」と答え、中断経験者の50.7%が経済的理由を挙げた

 自己負担3割の場合、1回当たりの窓口負担額は、平均でリウマチ治療薬3万1629円、抗がん剤2万5505円、インスリン製剤6358円だった。

 回答者からは薬価の値下げのほか、高額負担を解消する医療制度の改善などを求める意見が多かった。民医連は「金の切れ目が命の切れ目になっている。等しく医療を受ける権利を保障するため、自己負担の割合を大幅に減らし、高額薬価を是正すべきだ」と訴えている。【河内敏康】

こういう話を聞くと日本では皆保険制度導入によって医療が誰にでも手軽に得られるものになった結果、「人の命がお金の有無で左右されるのはおかしい」という論調が絶対普遍の真理であるかのように語られるようになって久しいですけれども、世界的に見ればむしろ「金の切れ目が命の切れ目」という方が圧倒的多数派であるという事実も知っておかなければ「日本人にとって水と安全と医療は…」なんて言われてしまいかねませんよね。
そうした話はともかくとして、高額薬というと一本数万円といった文字通りの高額薬ばかりが注目されますが、昨今ワープア化が進んでいる人々の間では糖尿病やぜんそくなどの慢性疾患に対する毎月数千円の固定費が払えないからと自己休薬してしまい、後日大変なことになって入院騒ぎになるといった方々も少なからず見られるようです。
その一方で相変わらずお年寄りが薬を気楽に捨てているとか、余計にもらった湿布を町内会で配っているなんて話を聞くとなんだかなあ…と思わざるを得ませんが、いずれにしても医療の高度化に伴う高額医療の普及が今や患者に取って現実的な脅威ともなってきているのだと言うことを、ここではご理解いただければと思います。

その高額医療費問題ですが、先日はとりわけ低所得者における高額医療費の負担を軽減するべく月々の自己負担の上限額を引き下げようという議論の中で、その財源として診察毎に100円程度の受診時定額負担を導入しようという話が出ていることを少しばかり取り上げたところです。
この件に関しては当然ながら賛否両論あるわけですが、とりあえず前述のように患者側からは少なからず悲鳴が上がっているという現実があり、また全国の医療機関で医療費未払いが問題となり「国は低所得者対策をしてくれ!」と悲鳴も上がっている状況にもある中で、予想通りの方々が強硬な反対論を展開しているらしいというのがこちらの記事です。

“受診時定額負担”に反対決議(2011年9月23日NHK)

日本医師会など医療や介護に関わる団体が会合を開き、高額の医療費がかかる患者の負担軽減策として、厚生労働省が、医療機関を受診する際に患者に定額の負担を求め、財源とする制度を検討していることについて、医療機関にかかる機会が多い高齢者などの負担がより重くなるとして、反対する決議を採択しました。

厚生労働省は、高額の医療費がかかっている患者の負担軽減策として、新たに年間の自己負担額に上限を設ける一方、医療機関を受診する際、患者に診療費とは別に100円程度の定額の負担を求め、財源に充てる制度を検討しています。これについて、日本医師会や日本歯科医師会など、医療や介護に関わる団体が23日、会合を開き、出席者から「病院に行く回数が多いお年寄りなどは負担がより重くなって、必要な治療を受けられなくなってしまう」という意見や、「財源は保険料の引き上げや税金で賄うべきだ」といった意見が相次ぎました。そして、制度の導入に反対する決議を採択し、今後、各団体が患者などに反対を呼びかけていくことを確認しました。日本医師会の原中勝征会長は、記者会見で「豊かでない人にも負担を求める制度は、医療保険の本来の趣旨とは違う。国民を守る視点で専門家集団として政府に提言していきたい」と述べました。

いや、月せいぜい数百円の負担で医療にかかれなくなるリスクよりも、あまりに安易すぎるコンビニ受診によって医療そのものが崩壊したり低所得者が高額医療費を支払えないで受診を中断してしまうリスクの方がはるかに深刻ではないかと思うのですが、日医の言うこともよく見ればかなり得手勝手なものですよね。
そもそも日医はずっと診療報酬を増やせと言っているわけですが、診療報酬を増やすと言うことは直接間接はどうあれ国民負担をも増やすということに他ならないわけですから、国民のためになどという美辞麗句を金科玉条のように振りかざして反対反対と叫んだところで説得力がないどころか、本当の反対の意味は別なところにあるんじゃないの?と勘ぐられるのがオチというものです。
今や多忙を極める全国の基幹病院の勤務医は少しでも患者を減らそうと開業医に逆紹介するとか、加算金を取ったり可能な限りの長期処方をして少しでも受診者抑制をしようと努力していますが、逆に日医がその利益を代弁する開業医などでは処方日数を短くしてたびたび来院するように誘導しているというのは大いに患者負担を招いているのではないでしょうか?
もともと大病院は入院主体、開業医は外来主体でやっていくようにとそれぞれの診療報酬に格差をつけた結果、患者は安く診てもらえる(入院はいずれにしても開業医では扱えませんからね)大病院の外来に集中するというおかしなねじれ現象が発生しているわけで、本当に国民のためにと言うのであればそうしたねじれ現象をまず解消するよう働きかけるのが筋でしょう。

日医がこういうことを主張する背景には近年診療報酬の締め付けから開業医の経営はますます厳しくなっていて、新規開業など親からの引き継ぎか借金無しの軽装開業でなければ到底黒字化はおぼつかないとも言われる現実があるのでしょうが、国全体に対する医療の位置づけというものから見てその主張がどうなのかです。
すでに医療全体で見れば明らかに需給バランスが供給過少、需要過多の方向で破綻していて、多忙な勤務医は何とか不要不急の受診を抑制できないかと頭を悩ませている、国にしても財政状況からこれ以上の医療費負担には耐えられそうにないと、近年では病気になる前の段階で予防して医療費を安く上げようと職場健診などもやたらとうるさく言うようになっているのは周知の通りですよね。
そんな中で開業医とその代弁者である医師会だけが「いやいや、なるべくお安くして顧客を大勢呼び込まなければならないですから」なんて時代錯誤な拡大路線を突っ走っているというのはどう見ても浮いていますし、民主党政権が進めている医療主導による経済成長論なるものが言うところの医療というものはそういうレベルの医療ではないはずです。
この件について先日日医の出した「「受診時定額負担」に反対します」という声明文には、例えばこんな文言が書いてあります。

そもそも、日本の患者負担はこれ以上引き上げてはなりません。日本の患者一部負担割合は、公的医療保険がある先進諸国と比べてかなり高くなってい ます。これ以上患者負担が増加すれば、受診を控え重篤化するケースが生じ かねません。

ところがその比較対象となる各先進国の患者負担なるものが、あくまで「一般開業医を受診した場合」のものであるのが何とも日医らしい詭弁ですが、日医の主張するような諸外国との比較で日本の医療を語るのであれば、日本の患者の年間受診回数は圧倒的に多く、また日本の医師の年間診察回数もまた圧倒的に多いということにも言及しなければフェアではありません。
要するに日本の医療は国際的に見てあまりに気安くたびたび受診できる状況が続いてきたし、その背景に日医の早期受診は疾患の重症化を防止するという主張があったわけですが、諸外国並みにしろと主張するのであれば他国で行われている患者受診抑制策というものも同時に日本に導入すべきだと主張しなければアンフェアであるのに、そちらには断固反対だというのですから全く筋が通りませんね。
そして日医の言うことは一見して自分達の目先の利益だけを真っ正直に追求しているようにも見えて、医療全体の将来像を考えていくと決して持続的な利益につながらないどころか、かえって大きな問題を呼び起こしかねないというのが、日医が当然の前提として永続するものと考えている国民皆保険制度なるものの前提事態が今や怪しくなっているという現実にあります。
皆保険と言うと医療現場では悪く言う人もいますけれども、医者にとっての利益のみならず医療が持続的に存続することによる国民の利益を考えても、かれこれ半世紀も皆保険制度にどっぷり浸かりながら進化(あるいは、適応)してきた日本の医療現場にとっては、この皆保険制度を維持するということの経営上のメリットは現状では非常に大きいことも認めないではいられません。

もちろん一部の医療機関のように「いや、うちは保険外診療も積極的にやりますよ」というやる気のある施設もあるでしょうが、応召義務が撤廃されない以上はお金が払えないことが受診拒否の理由にはならないわけですから、とりあえず保険証さえ持っていれば最低限のコストは回収出来るというのは国民所得が低落してきた時代であるからこそ経営リスクを軽減する上で大いに意味を持ってくるということです。
いくら近頃は医療に有り難みを感じない人間が増えて客層が悪くなった、皆保険なんて潰れたって構わないと言ったところで、同時に応召義務も撤廃しないことには支払い能力のない患者が大勢押し掛けてくるリスクが増大するばかりで、そうした状況に対応出来るだけの対策が用意出来ないことには無保険重症患者を一人受けた瞬間に経営破綻するリスクを背負うということにもなりかねませんし、病院が潰れれば患者は行く先を失うことになってしまいます。
そう考えると一番避けるべきなのは窓口負担が増したからと少々受診を控える事態よりも、「どうせ病院いかないのに保険料払うなんて馬鹿馬鹿しい」と保険証を捨ててしまう人が増えてくることであって、それを抑制するために何が有効かということを考えた場合、受診料百円引きよりは大病になっても支払いはお安くて済みますの方が万一の場合の(文字通り)保険として保持するモチベーションにつながる気がしますけれどもね。
どうも日医と言えば近頃まるで目先の利益だけにしか目が行かないまま何でも反対反対でやっているようにしか見えませんが、本気で国民の利益を考えてものを喋る意志があるのであればまずは医療現場の現実や財政の現状をもしっかり見据えた上で一時しのぎの話に走らず、医療の供給側と需給側とが永続的なwin-win関係を保っていける道を探らなければならないんじゃないかと思います。

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2011年9月27日 (火)

医療現場における不幸な誤解の連鎖 モンスターは誰がつくりだすのか?

中国発のニュースですが、先日こんなおどろくべき事件が起こったということです。

医療ミスへの報復 北京市の名女医、メッタ刺しで重体 ネットでは犯人への同情も/中国(2011年9月24日大紀元)

 【大紀元日本9月24日】北京市の名門・同仁病院でこのほど、患者が医者をメッタ刺しにし重傷を負わせる事件が発生した。犯人は逮捕されたが、同病院では今週、多くの医者がストライキを行い、安全な医療環境を求めた

 同事件は、中国国内で大きな反響を引き起こしている。ただ、インターネット上の書き込みは犯人を支持する内容が多い。中国国内情報サイト「財新ネット」の報道は、事件が発生するまでの経緯を詳細に分析し、中国の法律、医療の問題点を指摘した。

 犯人の名前は王宝洛、元教師。5年前に同病院で早期の咽頭ガンと診断され、その後、彼は多額の謝礼金をつぎ込んで、同病院の名医・徐文氏に治療を託したという。

 王容疑者のミニブログの書き込みによれば、徐文氏は当初彼に対して、簡単な顕微鏡手術でガン細胞を完全切除できると説明していた。財新ネットの報道によると、同病院の耳鼻咽喉科の責任者も公に、この種の手術は「傷口が小さく、出血もない。手術後数日で退院できる」と説明していた。

 2006年10月19日、手術が行われた。しかし成功しなかった。王容疑者は術後、症状が急激に悪化して声を発することができなくなった手術ミスによってガン細胞が拡散したと主張する王容疑者に対して、病院側は手術前に想定されるリスクを十分に説明したと反論しており、双方は完全に対立した。

 3年前、王容疑者は訴訟を起こした。一方、裁判所は本件について、一度も法廷審理を行わず、そのような状況の中、王容疑者は15日同病院を訪れ、刃物で徐文氏を17回刺したという。

 この事件について、中国国内総合情報サイト「財新ネット」は次のように詳しく報道・分析した。

 「医者を切りつける。これは明らかに違法で非難されるべき行為である。しかし、この行為に至るまでの3年間、和解不可能となった双方の医療訴訟において、法律はなぜ機能しなかったのか。この事件は、当事者の医者と患者の両方にとって悲劇である。悲劇の根源はこの2人にあるのではなく、歪んだ医療体制と不備な法律システムにある」

 「法治の角度からみると、医者に同情し、医者の保護を呼びかけるのは正しい。……理論上、いかなる手術でも予想外の状況になるかもしれない。もし、予期せぬことが発生するたびに報復されるならば、この職業はあまりにも危険すぎる。医者が萎縮して、堂々と医療行為ができなくなれば、最終的に損するのはやはり全体の民衆である

 「しかし、患者の角度からもみてみよう。王宝洛が犯行に及ぶまでの遭遇も、もちろんとても同情されるべきだ。いまでは医療業界では暗黙のルールだが、王宝洛は人脈と大金を駆使して、やっと国外留学経験のある名医・徐文氏に治療を依頼できた。……しかし、手術は成功しなかった。紆余曲折を経て、最終的に彼は声を発することができなくなり、教師としての人生が幕を閉じた。障害者になった彼の苦しみは想像し難いものであろう」

 「王宝洛は徐文氏は手術ミスしたと認識している。彼にはもちろんこのように疑う権利がある。しかし、この種の疑いを解明するには、医者と患者の間の十分なコミュニケーションが重要不可欠。もし、それが不可能であれば、法律はこの種の対立を解決する最後の手段になる。……しかし中国では法律が医者と患者の対立に対して、本来発揮すべき役割を果たしていないのは明らかだ」

 「本訴訟案は北京市朝陽区裁判所から東城区裁判所に移されたが、3年の歳月が経っても、一度も法廷審理が行われていない。……調べて分かったことだが、王宝洛は犯行当日、代理弁護士を通して、裁判所に早急に法廷審理するよう促した。しかし、それに対応した裁判官は依然として、開廷の日時について答えを出さなかった」

 近年、中国では医者と患者の間に信頼感が欠けており、衝突事件が多発している。財新ネットの統計によると、報道されたものだけでも今年すでに9件発生している。

 8月16日、広東省東莞市の長安病院で医者と患者の衝突事件が発生し、医者1人が死亡、1人が重傷を負った。また、1月31日、上海市新華医院で発生した衝突事件では、医者と看護師10人が負傷、うち6人の医者は重傷だった。一方、5月30日、江西省上饒市人民医院では、100人余りが病院を包囲して、医者に暴行を加える事件が発生、負傷者が多数出たもようである。

 今回の事件について、ネット上に読者コメントがたくさん寄せられている。

 「いまの医者は良識を完全に失っている。刺してよかった。庶民は皆拍手している。いまの病院は地獄の入り口だ。庶民はこのような手段で鬱憤を晴らすしかない。公正を守り、代弁してくれるところはどこにもない。政府は完全に信頼できない。もちろん庶民のために正義を守ることもない。だから、庶民はこのような手段を使うしかないのだ」

 「教師は先生、医者は白衣の天使。しかし、今はその本質が完全に変わった彼らは人の命を救うのでもなければ、生徒に道理を教えているのでもない。ビジネスをやっているのだ。処方箋の金額が高ければ高いほど、収入も多くなる」

 「医者の皆さん、もし、あなたたちが法律をしっかりと遵守し、法外の謝礼金を要求せず、医薬品のマージンをも取らなければ、私はあなたたちの『安全をください、尊厳を守ってください』という訴えを支持する。しかし、現状はまったく違う。あなたたちの世界は真っ黒だ

手術の状況がどうだったのかははっきりしませんが、患者側の言うように癌細胞が拡散した?のか、あるいは根治的治療は行えたものの手術侵襲が予想よりも大きかったのか、いずれにしても術前に思っていたことと異なる結果になったことに不満を募らせるのは理解できますが、そうは言っても刃物で滅多刺しというのは随分な恨みようだなという気がします。
中国における医療事情というものは当「ぐり研」でも取り上げたことがありますが、日本のように医療保険が整備されているわけでもないということもあって未払いも相応に多く、結果として何をするにも完全前金制という状況になっているようですから、読者コメントにあるようにもともと彼の地では「医者=金儲けしか頭にない」的なイメージが確固たるものであったということなのでしょう。
中国と言えば物価や所得はまだ日本よりかなり安いとは言え医療費は日本並みかむしろ高いくらいであると言われていて、しかも日本のように保険で窓口負担は三割だけなんてことはほとんどないわけですから医療費に関する割高感は日本などとは比較にならないでしょうし、料金が前払いであることもあって何かあると「法外な金をとっておいてなんだ!」と不満が溜まりやすいはずだとは言え、日本も決して他人事ではありません。

日本でも第三者により診療行為の是非を検証する「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」が各地で展開され始めていますけれども、医療側、患者側双方にとって不毛な医療訴訟の急増が医療崩壊を招いているという事への対策という面もあるとは言え、その背景に「患者は『医療は完全なもので、予期せぬ結果は医療ミス』と思っている」という医療不信があることは明らかですよね。
そもそも大昔(今も続く?)の日医批判から医療過剰・スパゲッティ症候群批判(しかしこの言葉もようやく世間から駆逐されてきましたね)、果ては昨今の救急たらい回し報道に至るまで、こうした国民の医療不信というものの背景にはマスコミによる暗躍があったことは言うまでもありませんが、今のようにネットが発達する前には彼らのやっている歪曲や捏造がそのまま事実であるかのように受け取られていた時代もありました。
さすがに最近では数々の事件や社会現象を通じて「あれ?マスコミの言うことって、実は嘘ばっかじゃね?」と気付き始めている人も増えているし、医療に限らず各方面の専門家がこぞってマスコミに騙されるなと警鐘を鳴らしてきた成果が徐々に滲透してきていますが、未だに報道は「創る」ものという感覚が抜けきらない方々もいらっしゃる、そしてそれが医療従事者と患者の相互理解を阻害している大きな要因になっています。

作られた名医と、モンスターペイシェント/調査研究本部主任研究員 渡辺覚(2011年8月31日読売新聞)

 医療機関や医師に対し、自己中心的で理不尽な要求をつきつける患者が、「モンスターペイシェント」と呼ばれている。

 医師の治療方針や院内ルールに従わない患者、病院側の説明に全く聞く耳を持たない家族、医師や看護師らに対する度重なる暴言、退院してからも執拗にかかってくる嫌がらせ電話……。自分本位で夜間・早朝に救急車を呼ぶ例も、都市部を中心に多数の事例が報告されている。

 こうした中で8月22日、問題のある患者への具体的な対策法を記した新しい切り口の書籍「医療従事者のためのモンスターペイシェント対策ハンドブック」(発行元メタ・ブレーン)が刊行された。編集に当たったのは、JA徳島厚生連・阿南共栄病院(三宮建治院長)。病院が立つ阿南市羽ノ浦町は、徳島県東部の海岸線に位置する地区で、平成の町村合併で阿南市に編入されたものの地区本来の人口は約13000人という極めてローカルな医療機関である。

 「病院がモンスターペイシェント対策の実践本を刊行した」というのも現代的なニュースだが、それが、東京の大病院や医学部付属病院から離れた地方の中核病院の手で編まれたという事実も、今の時代を反映している。

 同書は、問題のある患者を【1】職業的なモンスターペイシェント(暴力的行為による利益獲得が目的)【2】メンタルヘルス的な問題を抱えた患者(障害・疾患や薬物・飲酒に起因)【3】ごく普通の患者――の3つに分類している。

 このうち、「ごく普通の患者」がモンスター化する理由について同書は、「期待権に基づく患者の権利意識は拡大し、それに伴って増加するはずの義務は軽視され、要求するだけ要求するという光景が繰り返し見られるようになってきました」と分析する。

 これについては、「テレビや雑誌などが、こぞって『スーパー名医』『神の手を持つ医師』を番組や特集で取り上げ、もてはやす風潮が背景にある」と指摘する医療関係者も多い

 残念ながら多くの患者は、テレビなどで華やかに取り上げられる「スーパードクター」には巡り会えない。このため、患者の中には「自分の主治医は腕の悪いであり、自分が望む理想の医療を提供してくれるわけがない」と思い込む者が増え、受診当初から病院に対する不信感を募らせているというのだ。「モンスターペイシェント対策ハンドブック」も、「高度医療の発展の中、『治るのが当然』ということも、患者の意識下にあります」と指摘、医療をめぐる環境変化がモンスターペイシェントを生む土壌につながっているとの見方を示している。

特定のドクターを無定見に賞賛する報道について、私たちメディアはもっと謙虚になるべきではないだろうか。「医師を見る目」やドクターの力量を判断する知見もないのならなおさらだ。

 宮城県警は8月19日、宮城県石巻市で震災ボランティア相手に無免許で医療行為をしていた住所不定の男(42)を医師法違反の疑いで逮捕した。8月10日付の朝日新聞朝刊が、同紙の「ひと」欄で、このニセ医者を「被災地で『ボランティアの専属医』を務める××さん」と大きく紹介する失態を演じたのはご承知の通りだ。

 朝日新聞は、「おわび」を掲載した上で、問題の記事をデータベースから削除した。いや、あの記事はぜひ残してほしかった。「名医」の無責任記事が、どのように作り上げられてしまうかを学ぶ教材だからだ。メディア関係者が肝に銘じるためにも、教訓は後世に引き継がれるべきであった。

この阿南共栄病院の手になるマニュアル本についてはすでにご紹介した通りですが、こうしたモンスター化の機序を知った上であらためて冒頭の事件の経過を思う時、実態を離れて作り上げられた虚像というものが医療従事者はもとより、患者側にも何ら良い結果をもたらさないということがお判り頂けるかと思いますね。
現在世間を騒がせるまでになった医療崩壊という現象も、元々をたどれば医療に対する患者側の期待値が際限知らずに高くなっていったということが一番の理由であると考えますが、その出所を探っていけば一つにはこうしたマスコミによる過剰な期待感を煽る演出があり、そして他方にはそれに乗って時には現場が到底ついていけないような水準を「これが出来て当たり前」と主張する自称名医に行き着くことになるのでしょう。
マスコミなどは「ひと目で判る!これが名医だ!」なんて話が大好きで始終どこかで取り上げられていますけれども、誰が見ても明らかに判る外れレベルなんてものならともかく、一見まともそうに見える医者の中から誰が本当の名医かなんて前提となる疾患や状況によっても変わる話で、当の医者ですらそんな見分け方を知らないというのに何故門外漢のマスコミにそれが判るのか不思議で仕方がありませんよね。
こうして現場が全く与り知らないところで勝手に患者側の期待値が高まり続けてしまえば、患者からすれば「でもテレビがそう言っていたのに」と現実の医療を前にして不満がたまる、そして医療関係者にしても「テレビと現実を混同しないでくれよ」と困惑するしかないと、双方にとって何らメリットはないということになりそうですから、この不幸な輪をどこかで断ち切らなければならないということです。

医療崩壊などと言う現象が大きく取り上げられ始めたのを契機に医療従事者もようやく声を上げ始め、国民もまた現場の声を聞きたいと願うようになってきたわけですが、折から一般化していたネットで直接国民と医療従事者が語り合うようになって、はじめてマスコミによるバイアスがかかっていない生の現場の声が伝えられるようになってきた、そしてようやく本当の相互理解が徐々にですが進みつつある現状があります。
自分などもときどき他領域の判らないことで専門家が集まるサイトなどに行って教えてもらうと「なんと、そんな簡単なことだったのか!」と目から鱗のような経験をすることがあるのですが、今の時代は素人がわずかな時間でも理解出来るように丁寧に教えてくれる専門家があちこちにいるというのに、わざわざ状況を悪くするような誤解を招く表現を続けているマスコミは確信犯と言う理解でよいのでしょうか?
しかし当事者が直接語り合える時代にマスコミの方でも取り残されているという自覚は多少なりともあるのでしょう、ろくに現場の実情すら取材せず一方的にバッシングしておいて「こんなに困っていたのなら、医療側からもっと早くマスコミに発信してほしかった」などと馬鹿げたことを言っているようですが、今さらわざわざ彼らによる生情報の歪曲を求める人間などどこにいるのかということですよね。
問題がこじれた背景に当事者間のコミュニケーション不足と誤解があるというのなら、そうした誤解がなぜもたらされているのかということもきちんと解析した上で、平素から妙な誤解が入り込まないように対策を立てていかなければならないということこそ、後世に引き継いでいくべき教訓というものでしょう。

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2011年9月26日 (月)

早大医学部問題続報 ハードルはかなり高そうです

先日もお伝えしましたように、茨城県から早稲田の医学部を誘致したいという動きが出ていますが、その後の続報が出ています。

早大の悲願「医学部新設」 茨城県で実現するか(2011年9月23日J-CASTニュース)

  「早稲田にとって医学部創設は悲願」。早大総長だった奥島孝康氏が11年前に会見で語った言葉だ。それが今、茨城県で新設に向けた動きがあるというのだ。

   「早大医学部」新設誘致の動きは、2011年9月20日までに一部メディアで報じられた。

橋本昌知事が早大に書簡を送りアピール

   それによると、早大出身のあるベテラン県議がパイプ役になって、茨城県で早大OBらを中心に誘致活動が始まった。新設地としては、都心から特急電車を使えば1時間強で行ける笠間市の県畜産試験場跡地(約35ヘクタール)が候補に挙がった。知事選で医科大学誘致を掲げた橋本昌知事も賛同し、6月下旬には早大側にラブコールの書簡を送るまでになった。

   さらに、県内で8月に開かれたOB会の支部総会にも橋本知事が訪れ、再び誘致をアピールしたというのだ。医学部誘致の理由として、全国でワースト2にも入った医師不足の問題があるとしている。

   早大関係者も興味を示し、すでに現地を視察。10月にも視察が予定されているという。

   医学部の新設は、1981年に琉球大であってからは、30年間もない。当初は医師が過剰になると予測され、その後も医師会の反対などで実現しなかったとされている。

   それが、最近の医師不足もあって、状況が変わってきたというのだ。

   民主党は、10年夏の参院選マニフェストで医師を1.5倍に増やすとうたった。文科省もこの年12月に、新設も視野に入れた「医学部入学定員のあり方に関する検討会」を立ち上げている。文科省の医学教育課によると、医学部新設の要望は、茨城県のほか、静岡県や新潟県からも出ており、報道でも、各地のいくつかの大学は医学部新設を検討しているとされている。

   こうした動きの中で、いよいよ早大の悲願が実現しそうなのか。

早大「何も決まっていない」

   医学部新設について、早大の広報課では、橋本昌知事から代理人を通して誘致書簡が届き、早大OB会の支部総会でも要望があったことは認めた。

   しかし、医学部については、新設するかも含めて何も決まっていないと素っ気なかった。

    「新設の願望や企画、提案は、昔から卒業生らから何度も寄せられています。今回も、そういった要望の1つとして受け取っています」

   大学関係者が視察と報じられたことについては、「卒業生の方がもしかしたら現地を見学されたかもしれませんが、大学の意思とは別です。10月に現地視察の予定もありません」と言う。

   早大は、東京女子医大と2000年3月29日に学術交流協定を結び、主に大学院を中心に医工連携を進めている。総長だった奥島孝康氏が「医学部創設は悲願」と意欲を見せたのはこのときだ。ただ、東京女子医大を医学部に編入するかについても、広報課では、検討しているとは聞いていないとしている。

   最近の早大総長は、医学部新設にやや否定的だ。

   前総長の白井克彦氏は、朝日新聞のインタビューで、お金がないこともあって医学部は置かないと語り、現総長の鎌田薫氏も会見で「学部の新設はしない」と明かしている。広報課では、「トーンダウンではありませんが、医学部を持つことが重要なのでなく、早大として今後の健康・医療に貢献できるかが重要だということです」と説明している。

   一方、茨城県の医療対策課では、報道内容について困惑ぎみだ。

    「うちの方も初めて聞いた話ですので、内容は承知してないです。早大誘致については、内部検討もしていません

   ただ、国に医科大学誘致などを要望していることは認め、そのことについては、「医師不足解決の1方法としてはあると思っています」とした。

ある意味ではこれも相思相愛と言うのでしょうか、早大の医学部を誘致したいという茨城県の意図と、長年医学部を持ちたいと願ってきた早大の意図とが合致しているとは言えるのですが、問題は先日も書きましたようにやはり早稲田が茨城ということをどう考えるかでしょうか(苦笑)。
実際問題として文科省は医学部新設に当たっては医療系の学部を持っていること、実習先として使える病院があることなどの条件を抱えていて、それらの条件に合致しない早大としてはどこかの医系大学等と合併するなりしなければならないだろうという観測が一般的で、ネットなどでも女子医以外に名前が取りざたされている大学もあるようです。
ただ現時点では早大側も茨城県側も公式にそうした話はまだないと言っている段階で、単に公約に絡んだポーズだけなのか水面下で密かに話を進めるつもりであるのか、いずれにしてもとんとん拍子で話が進んでいっているという感じではなさそうですよね。
ただこの記事においても早大が医学部を持てなかったのは医師会が邪魔をしたからだと言う「噂」が掲載されていますけれども、伝え聞く地元の情報を見る限りでは医師会自らがその噂が事実であると立証しようとしているかにも見えます。

【茨城】 早稲田大医学部誘致に県医師会が反対表明(2011年9月22日朝日新聞)

早稲田大学に設置されていない医学部の誘致を茨城県が進めているとの一部報道を受け、県医師会(斎藤浩会長)は21日、会見を開き、「医学部の新設には様々な問題がある。誘致に反対する」との見解を示した。県と早大の両当局は「誘致を正式に要望しているとはとても言えず、なぜこんな騒ぎになるのか……」と困惑している。

 新聞2紙が17日付朝刊で、橋本昌知事が早大に県内での医学部新設を要望し、県畜産試験場跡地(笠間市)を提案した、と報道した。ただ、県によると、早大OBの県議らが誘致に動き、6月に早大に要望書を出したが、「県として正式に要望したというレベルの話ではない」という。

新設医学部誘致に県医師会反対「地域医療が崩壊」(2011年9月22日茨城新聞)

県医師会の斎藤浩会長は21日、緊急の記者会見を開き、県が新設医学部の県内誘致を早稲田大学に打診していることについて、「不適当だ」と反対する見解を発表した。

医学部新設の問題点として▽教員、付属病院の勤務医・看護師など多大な人的資源が必要で、医師・看護師不足に拍車を掛ける現場の医師や看護師が引き上げられ、地域医療が崩壊する医学部の定員は最近4年間で1298人増加し、人口減を踏まえると将来の医師過剰を招く卒業者が本県に定着するとは限らない-の4点を挙げ、「巨大な箱もの新設は全国に影響し、禍根を残す。医師会が支援することはあり得ない」と述べた。

医師不足の解消策については「定員増と地域枠拡大で対応するのが現実的」と述べ、喫緊の課題である医師の偏在は「行政、筑波大などの既設医学部、医師会の3者が連携することでクリアできる」とした。

斎藤氏は18日に橋本昌知事と会って見解を伝え、医学部誘致をやめるよう進言したことを明らかにし、「医師会の意向をくんだ新たな対応を期待する」と当面は県の出方を見守る考えを示した。

斎藤氏は会見後、取材に対し、「(本県出身の)原中勝征日医会長も同じ意見だ」と述べた。

医学部誘致なら医師不足に…という医師会の理屈(2011年9月22日読売新聞)

 医学部誘致を公約とする茨城県の橋本知事が早稲田大学(鎌田薫総長)に新設医学部の誘致を打診したことについて、県医師会(斎藤浩会長)は21日、水戸市の県メディカルセンターで記者会見を開き、教員確保で全国の医師不足に拍車をかけるなどとして、医学部の新設・誘致は不適当と批判した。

 斎藤会長は18日に知事に会い、「おやめなさい」と進言したことも明らかにした。

 医学部の新設・誘致に反対する理由として、県医師会は「教員確保のために医師を集めれば全国の医師不足に拍車をかける」「既存医学部で入学定員の増加を図っている」「中小医療施設や有床診療所などの経営に影響する」「医学生は卒業後に出身地へ戻る可能性もあり県の医師不足解消にならない」の四つを挙げた。

 県医師会によると、医学部の入学定員は、1981~84年度に年8280人だったが、その後の抑制政策で2003~07年度は年7625人に減少した。04年度に始まった臨床研修制度で大学に医師が残らず、都市部の医療機関などに流れたことで地方の医療機関への医師配置システムが崩壊し、各地で医師不足が顕在化した。

 県内の医師数(2008年)は人口10万人当たり162・1人で、埼玉県に次いでワースト2位。二次医療圏別では、筑波大のあるつくば医療圏の同342・3人に対し、県北の常陸太田・ひたちなか医療圏は同90・9人と3分の1にも満たず、偏在も問題になっている。医師確保を県の喫緊の課題とする橋本知事は、09年8月の知事選で医学部誘致を公約とした

 一方、国は08年度から医学部の入学定員の増員や、地域枠などを設ける医師確保策を講じており、県医師会の小松満副会長は「ハコモノを造れば壊すことはできない。融通性のある既存のシステムを維持すべき」と述べた。また、少子高齢化や人口減少の影響にも触れ、斎藤会長は医学部を新設すれば医師過剰になる恐れもあるとし、「大きな禍根を残す」と批判した。

 早大誘致を巡っては、橋本知事が6月下旬、鎌田総長に宛てて、医学部新設の際の県内立地を求める文書を提出。中央病院、こころの医療センター、リハビリテーションセンターなど県立の医療施設が近接する笠間市の県畜産試験場跡地(約35ヘクタール)をキャンパス候補地に挙げ、教育、研究に各施設を活用してほしいとの協力姿勢を示している。

県と大学という当事者双方が「まだ何も具体的な話は進んでいませんが」と言っているような段階で、県医師会のトップが「師会が支援することはあり得ない」とまで言い切るというのが彼らの意志の固さを示していると言えそうですが、発言内容からすると県医師会から県当局に圧力をかけたと受け取るべき内容に見えますよね。
同県医師会が挙げた四つの理由というものがどれほど妥当なものであるのかはともかくとして、彼らの本音としては結局「中小医療施設や有床診療所などの経営に影響する」というところにあるのだろうなと容易に判ってしまうのが悲しいところですが、その方針を日医会長も公認していると言うのですから田舎開業医の既得権確保では終わりそうにない話です。
医学部を新設すべきかどうかということは未だに賛否入り乱れているところでどちらが正しいとも断定できませんけれども、現段階で積極的に作る意味があるとすれば医学部定員増と言うよりも、都道府県毎に人口比で顕著な差がある医学部定員を少しでも是正し、医療供給の地域間格差を是正するという意味においてではないでしょうか。
その点からすると仮に作るとしても茨城よりも優先されるべき都道府県が他に存在するだろうという気がしますし、仮に新設が認められるにしてもそう多くにはならないだろう新設医大が茨城に来るかと言えば来ない可能性の方が高そうにも思えます。
その意味では人口比で県内の医学部定員が必ずしも過少過ぎるというほどでもないにも関わらず、現状で医師数がここまで過少であるという同県の現状がどこから来るものなのか、単に筑波大が県内への医師供給に消極的であるといっただけの理由ですませてよいのかという点も(大いなる自省を込めて)考えるべきでしょうね。

冒頭の記事にもあるように民主党は公約として医師数を1.5倍に増やすということを言っていて、そのためには現在の既存医学部定員を増やすだけではずいぶんと長い時間がかかりそうである(国の医師数カウントにはとっくに定年年齢を過ぎた老医や研究者も含まれています)一方、各大学はすでに定員増に関しては「これ以上は無理。勘弁して」と及び腰であることが知られています。
もちろん一部私大などは経営上の観点からもさらなる学生像に対応出来るのかも知れませんが、そうした大学は往々にして国試に合格し実際に医者として世に出る医師数となるとひどく少なくなっていたりするものですから、それなら優秀な学生が集まることが期待出来る有名私大に新設して貰った方がよいという考え方もあるかも知れませんが、現状ですでに医学生のレベル低下は教官が嘆くレベルになっていると言います。
今後さらに「県内の医学部はその卒業生を悉く県内の地域医療のために差し出すべきである」なんて医師囲い込みの動きが強化され、すでに言われているように奨学金だの地域枠だので学生の進路を縛り付けようと言う動きが強化されるほど、大学側からすれば今までなら到底合格がかなわなかったレベルの学生が大勢入学してくるのは痛し痒しというところでしょう。
要するに大学の側からすると定員増ももう限界で、そろそろ急増しすぎた学生を引き締めて質を保つべき時だと考えていそうなのですが、これに加えて今回いち早く医学部誘致反対を強固に主張しているのが他ならぬ茨城県医師会であるということも大きなポイントでしょうね。

ご存知のように民主党政権になって以来長年にわたって自民党の強力な支援団体であった日本医師会という組織はすっかり干されてしまいましたが、この日医の方針に逆らって先の衆院選で民主党候補を独自に応援して見せたのが茨城県医師会という組織であることは周知の通りです。
その後茨城県医師会の原中会長が日医の会長選に当選した結果、日医自体が自民党支持から民主党支持へと歴史的な転換を遂げたことは記憶に新しいところですが、要するに全国数多の地区医師会の中でもこの茨城県医師会という組織は最も現政権との距離が近いのみならず、民主党政権からすれば自民党から日医という大きな支持団体を引きはがした最大の功労者でもあるわけです。
その茨城県医師会がこうまで強固に「県内に医学部?!とんでもない!」と誘致反対を主張しているというのですから、どのようなルートであれ政権の側にもその意向は伝えられるものと考えておくべきで、民主党政権としても昨今なかなか政権運営も難しい折りに、わざわざ新規獲得した主要支持団体の機嫌を損ねてまで異論も数多ある話を無理押しすることもなさそうに思えませんか。
とりあえず現段階では医学部を新設する、それもよりにもよって茨城県において新設するということが極めて高いハードルに遮られていそうだということが言えると思うのですが、今のところ公式な話は何も進んでいないという立場であるだけに、誘致実現には県知事が国政に連なる医師会と喧嘩してまで選挙向けの公約と心中する覚悟があるのかどうかが問われることになりそうですね。

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2011年9月25日 (日)

今日のぐり:「六甲山ジンギスカンパレス」

このところ全国で台風の被害が相次いでいますが、こちら台風の最中に思わずもらい泣きしそうになったという話題が出ていました。

思わず涙が出そうになる、台風下での駅員や車掌の「非常事アナウンス」(2011年9月22日Pouch)

台風や震災といった非常事態では誰もが不安になるものですが、こんなときだからこそ思いもよらないドラマが生まれるものです。
特に、自然災害に見舞われたときの駅構内や電車内は、涙あり笑いありのドラマの連続。普段と違うアナウンスをする鉄道の駅員や車掌のセリフが、あまりにもアツいとネット上で話題になっています。
車掌の、とっさの判断による緊急時でのアナウンスは、帰宅できるかどうか不安の渦中にある乗客たちの緊張を解し、さらには希望と感動をも与えます。そんな、思わずプッと笑いがこみ上げる特別アナウンスをツイッターのまとめサイトよりご紹介します。昨夜の台風のなか、駅では、電車内では、いったいどんなアナウンスがされていたのでしょうか。

【車掌・駅員さんのアナウンスまとめ-おもに非常時-】(togetter.comより)

駅員「武蔵野線は通常通り……じゃねーや! 20分遅れで運行しています」
車掌「横浜線、この電車のみ運転致します。行けるところまで参ります! ご乗車になってお待ち下さい!!」(乗客、大爆笑)
車掌「行けるところまで、行きます!」 (中央線 乗客爆笑)
駅員「小田急電鉄をご利用の皆様、残念ですがいいお知らせではありません。大変悲しいお知らせです。風速が25mを越えましたので小田急は全線…」(もったいつけるな!!)
駅員「電車に乗るのは諦めて会社に帰ってくださーい!!!」
車掌アナウンス「矢向駅から川崎駅まで歩いて25分くらいかかります」(暴風のなか歩くか! と乗客苦笑)
駅員「風速25メートルから30メートルになりました!」(「新記録です」的なテンションの上がりかたにイラッ)
駅員「災害ですので仕方ないんです。僕は風を止められませんから!」
車掌「皆さん申し訳ございません。私運転士はこの仕事を選んだプライドがございます。みなさまを無事送り届けるまで頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします」(泣けた)
車掌「この電車の業務から6時間、疲れていないと言えば嘘になります。しかし、私にもこの仕事を選んだプライドがあります。皆様を安全にお届けするまで頑張ります!」
駅員「みなさん、押し合わずに落ち着いて(改札に)入るって約束してもらえますかー? (皆無反応)大丈夫ですね? (無反応)……わかった人手ぇ上げてぇーっ! (皆無言でなぜかSuicaを掲げる)……はい、ありがとうございますっ! 電車到着でーす!」
駅員「東海道、京急、京浜東北、東横…横浜に帰る術はありませんっ!」(すごいかっこよかった)
車掌「えー宇都宮線上野行き、只今147分遅れで発車となりました」(ホームの乗客、笑い)
車掌「まもなく運転再開します(車内放送用)」「一度ドア開けちゃうよ!(たぶん内部会話用。凄い元気)」「一度ドア開けます(車内放送用)」(内部会話が車内放送されてて、ちょっと和んだ)
車掌「ただいま列車は多摩川の上空を通過しております」(乗客、大笑い)
車掌「21時10分頃に運転の再開の見込みと、個 人 的 見 解 であります。もう少々お待ちください」 (車掌に惚れた)
車掌「早くおうちに帰りたい気持ちはわかりまーす、私も帰りたいでーす、でも押し合わないでくださーい、電車は逃げませーん」(ちょっと場が和んだ)
自分「今日精算できないんですか?」駅員「お金がありません」と涙目。
車掌「恐れ入ります!! もう少し、も~ぅ少しだけ、傘やお荷物をグッと、ググッと手前にお引き下さい!! ドアが閉められません」(長嶋終身名誉監督バリの擬音使い、笑ける)
車掌「この電車はまだ行き先が決まっていません」(乗客、笑い)
駅員「長旅、お疲れ様でした」の笑顔に泣きそうになった
駅員「埼京線、とりあえず一本だけ参ります」(ホーム乗客、笑い)
駅員「停車解除!」の生き生きとした声に感動
駅員1「ただ今東西線は中野‐東陽町、南北線は赤羽岩淵まで、有楽町線は有楽町‐池袋の運転となって」 駅員2「東西線止まったぞー!」 駅員1「東西線が止まりましたので間もなく南北線もとまりまーす!」(おいww)
車掌「現在この電車は信号停車しておりますが、その信号が青梅線のものか中央線のものか私にもわかりません」(じゃあ客にもわからんのう、とみんな大笑い)
駅員「本日は皆様にご迷惑をお掛けしまして、誠に、誠に、申し訳ございませんでした!!! 本当に申し訳ございませんでした!!!」(デカい声。よっぽど辛かったんだな)
自分「電車ってあと何本来ます?」駅員さん「果てしなく来ますよ。今来てるの昼間のですし」(現在時刻0:15)

【非常時以外での癒されたアナウンス】

また、このほか緊急時以外でも、車掌や駅スタッフの温かいアナウンスが流れ癒されたというエピソードも紹介されています。

車掌「今夜は月が綺麗です。進行方向左手に見えます」(混んでいる電車が、一瞬で和んだ)
車掌「踏切に人が立ち入りました」のアナウンス直後、あらゆる所から駅員が飛び出し猛ダッシュでホームを駆け抜け線路に飛び下りて、踏切に向かって走って行ったのを見たとき、スゲェと思った。
昔、夜遅い山手線で「只今、品川駅で……」で、車内に「チッまたかよ」と嫌な空気が流れたのだが、「線路でお客様が暴れております」で客爆笑。駅員さんも大変だ。

このように電車内や駅構内では、めくるめく人情味溢れるドラマが繰り広げられているのです。忙しいみなさんも、これからはアナウンスに耳を傾けてみてください。そこには、乗客を思いやる車掌や駅員の温かいメッセージが込められているかもしれませんよ。

まあ大変というのか何と言うのか、日本が世界に誇る鉄道運行がこうした方々の地道な努力に支えられているのかと思うと本当に頭が下がりますね。
本日は台風の最中にも最善を求めて努力を続けた全国鉄道関係者に敬意を表して、世界中から災害にまつわる様々な話題を紹介していこうかと思いますが、まずは先日の台風からこんな話はどうでしょうか?

迷子の子ザル、犬がおんぶ 台風で母とはぐれる?/和歌山(2011年9月20日産経新聞)

 和歌山県田辺市新万で、台風12号で迷子になったとみられる野生の子ザルを民家の飼い犬がおんぶする珍しい光景がみられ、地元の人々を和ませている。

 犬は地元の会社員前良明さん(65)が飼う雑種の雄「ゴマ」。14日、山で弱っていた体長約23センチ、体重約800グラムの子ザルを前さんが発見、ゴマの乗る車に乗せたところ、2匹はあっという間に仲良くなった。

 今では子ザルはゴマの背中やおなかに常にしがみつき、無理に引き離すと泣きながら走り寄るように。近所の人も「かわいいね」「犬猿の仲と言うけれど」と、足を止めて見入っている。

 子ザルは台風12号による紀伊半島豪雨で母ザルとはぐれたとみられ、前さんは「お母さんと間違えとるんやなあ。元気になったら山に返します」と語った。

記事の写真を見てみますと確かに違和感なくしがみついているんですが、そう言えば手塚治虫の漫画にも仲の良かった犬と猿の話がありましたねえ…
災害というとたいてい逃げ遅れて救助される人が出てくるものですけれども、こういうのは逃げ遅れたと言うのかどうか微妙な感じですよね。

増水の中州から車の男性救助/栃木(2011年9月4日下野新聞)

 3日午前11時40分ごろ、宇都宮市石井町の鬼怒川に架かる鬼怒橋下の中州で、軽トラックが取り残されているのを通り掛かった男性(64)が見つけ、110番した。車には住所不定、職業不詳男性(62)がいたが、駆け付けた警察や消防に約2時間45分後、救助された。けがはなかった。

 宇都宮東署の調べによると、男性は車上生活者で、日常的に河川敷に車を停め生活していた。台風12号による連日の雨の影響で水位が上昇し、中州に取り残されたという。

 通報を受け同署や消防が救助を試みたものの、男性は拒否し、車内に2時間以上“ろう城”。結局、説得に応じ、自ら橋上まではしごを上って無事脱出した。救助には、パトカー数台のほか消防車5台、救急車も待機。この影響で鬼怒橋は一時通行止めになった。

 近所の自営業男性(60)は「男性は5年以上前から河川敷にいる。これまでも3、4回救助されることがあった。今日の水量は年に一度あるかないかの大水なのに…」と少々あきれた様子だった。

まさしくその当日の救助の様子というものが動画で残っているのですが、どう見ても説得に応じてる感じはしないと言いますか、救助と言うよりまるきり連行と言いますか…まあ人間それぞれの考えがあるにしても、この非常時に他人に迷惑をかけるのはどうなのかですね。
今回の大震災では例の津波映像を始め各地から生の動画が流れたことが一段とショッキングな印象を残していますが、そんな震災関連の画像の中でもこれは大変だと大騒ぎになったのがこちらの動画です。

福島第一原発のライブカメラに犬の姿が…/福島(2011年6月5日ペット大好き)

 深刻な放射能汚染が懸念される東京電力福島第一原子力発電所の「ふくいちライブカメラ」に犬や猫といった動物たちの姿が映り、それを見たネットユーザーから心配の声が上がっている。

 問題の映像は東京電力が福島第一原発に設置したライブカメラに映しだされたもの。免震棟近くに置かれたカメラ側から1号機方向に向かって、柴犬と思われる2頭の犬がトコトコと歩いている姿がはっきりと映っている。

 このライブ映像を録画した視聴者がYouTubeにアップし、それがさらにツイッターやブログで紹介され、ネットユーザーたちから「かわいそう」「早く逃げろ!」といった、犬の命を心配するコメントが寄せられている。

 YouTubeにアップされた一連の映像には、犬ばかりでなく、猫や狸と思われる動物の姿が映っているものもある。動物たちがいた福島第一原発の1号機建屋では先の6月3日、毎時4000ミリシーベルト(=4シーベルト)という極めて高い放射線量が測定されている。この4シーベルトというのは、その量を浴びると人間でも「半数が30日以内に死亡する」ほどの高線量だ。

 事故の収束の見通しがつかない状況のなか、原発周辺に生きる動物たちはどうなってしまうのか、大きな影響が懸念される。

ちなみに思わず「逃げて~!早く逃げて~!」と叫びたくなるこちら問題の動画なんですが、なんでも福島界隈では昨今警戒区域内をダチョウが歩いていたりするそうで、いったい何がどうなっているのかよく判らない状況のようですね。
お隣中国でももちろん思いがけない災害に見舞われるということがあるわけですが、こちら可愛いというのか困ったものだと言うべきか、何とも微妙な話があるようです。

民家に土石流、小学生が避難を拒否「宿題できていない」=四川/中国(2011年9月15日サーチナ)

 四川州達州万源市で14日午後6時ごろ、山間部にある道路が崩れて土石流が発生し、下側斜面にあった民家4棟を襲った。民家は1階部分が土砂で埋まり傾くなどの被害を受けた。住民17人は無事だったが避難の際、小学校2年の女の子1人が「宿題が終わっていない」などと言い、逃げることを拒否したという。中国新聞社が報じた。

 女の子の母親によると、「自宅1階にいたところ、突然『ズシン』という音がしてた。振り返ってみると、自分がいた場所とは反対側の壁が内側に崩れて、室内に土砂がなだれこんできた」という。けがはなかった。大あわてで娘がいた2階に行き、すぐに家から逃げるよう声をかけた。

 小学校2年生の女の子は、轟音とともに家全体が大きく振動したにもかかわらず表情を変えず、「宿題が終わるまでだめ」と拒否した。やむをえず娘の体を抱えて逃げたが、「娘はとても不満で、怒っていた」という。

 市の責任者である共産党委員会書記は、テレビなどで携帯電話の番号を公開していたので、避難した住民はショートメールなどで土石流発生を報告して救援を求めた。ほどなくして、市応急事務室、警察、住宅建設局の職員らが現場に到着し、住民を保護すると同時に周辺住民の避難を誘導し、現場周辺を封鎖した。

**********

◆解説◆
 中国では学校や教師が大きな「権威」を持つ。そのため生徒は、宿題などを含め、教師の指示は「絶対に守らねばならない」と考えることが多い。一方で、「指示されたことは順守するが、自分で考える習慣がつかないまま成長する子が多い」との弊害もあると指摘されている。

 極端な競争社会になりつつある中国では、社会人になってからの「勝ち組・負け組み」の差が極めて大きく、親が子に「とにかく勉強だけをしろ」と命じ、家事などは一切させない極端な方針をとる場合も目立つ。一人っ子が一般的で兄弟姉妹との関係構築の経験もないため、「生活能力に乏しく、問題が発生すると自分自身を反省することなく『相手が悪い』と結論づけるなど、自己中心的な若者が多い」と、問題視する人が多い。

 子どもから若者にかけての精神面での成長に対する問題意識が背景にあり、記者は「宿題があると言って逃げなかった小学生」のニュースを取り上げたと考えられる。(編集担当:如月隼人)

ま、教師の権威の崩壊が良いというわけでもありませんけれども、別に教師の指示を守らなくなれば自分で考える人材が育つというものでもないというのが教育の難しさなんでしょうね。
ご存知ブリからは二題ばかり取り上げてみようかと思いますが、最初はこちら珍しく毒のないようにも見える話題が届いています。

超・愛くるしい子リスたち、奇跡の生還!…ハリケーンで巣を吹き飛ばされ瀕死のところを通行人が発見/英(2011年9月21日デイリーメール)

みんなとても柔らかくって、こんな風にお互いに寄り添いたくなるのも当然だと思える。
そして、この4匹の赤ちゃんリス(アカリス)は死の淵から生還して間もない今、彼らの絆はより深いものになった。

先週、ハリケーン「カーチャ」の襲撃は英国にまで及んだが、樹上の彼らの巣はその強風で吹き飛ばされてしまった。強風吹き荒れる中、生後5週間の子リスたちは通行人によって発見され保護された。そしてノーサンバーランド州アニック近郊で獣医による外科治療を施された後、モーペスの野生動物保護区ケアセンターに送られた。
同センターのオーナー、キム・オルソンさんによると、体重70グラムのこの子リスたちがもし発見されていなかったら、カササギか猫に襲われて数時間以内に死んでいただろうと言う。

発見した女性は母リスを見つけることはできなかった。センターの職員たちは、母リスが今もなお子リスたちを探しているのではないかと案じている。生後5週間だと24時間ケアが必要で、まだ野に戻すことはできない。現在、ボランティアのアイリーン・ウェールズさんが自宅で世話をしている。(以下略)

どうもこれだけを見ているとブリらしからぬと言うのでしょうか、元記事の方では数々の写真が添えられているのですが、ところでブリでは最近とある動物の料理が非常に人気だという話が(以下略
こういうらしからぬ話題ばかりで変に誤解されるのもブリの本意ではないでしょうから、最後にいかにも「らしい」という話題を紹介しておきましょう。

デイリーメールが報じる台風タラスと人種差別コメント/英(2011年9月5日MAASH)

デイリーメールが台風タラスがもたらした日本の惨状を紹介しています。
「18名死亡、50名以上が行方不明で、毎時68マイルで大雨と強風をもたらしている」

本州の中央部と四国をゆっくりと横断したタラスによって、洪水や地滑りが増加し続けていると報じています。
また、最大の被害地である奈良南部と和歌山の状況も写真入りで詳しく報じられています。

イギリスの読者コメントには、「非道行為をかつて行った国だけを自然が攻撃しているようだ」というものがあり、それに対して「おい、ヘザー(前のコメントの書き手)。これほど酷い人種差別的発言は今まで聞いたことがないぞ。日本は第二次大戦から教訓を学んだ唯一の国だ。私たちが罪のない市民を爆撃している間、日本人は調和と尊厳ある暮らしを守ろうとしていた。彼らは平和主義国家であり、武装勢力は自衛目的だ。ー中略ー君のおかげで長い間疑念だった、我々の国のモラルが崩壊していることがよくわかったよ」と反論。
他に「Oh poor Japan :’(. I love you.  かわいそうな日本。愛している」というのもありました。

ブリから人の道を説かれるというのもむしろ人の道から斜め上方向に逸脱しそうでどうなのよですが、逆に妙に良識的なことを口にするブリと言うのも妙に気持ち悪いと言うのでしょうか、紅茶でも不足しているのかと不安になってきますよね。
しかし日本にいますと台風などは毎年来る恒例ものと言う感じになってくるのですが、こうして遠くブリまで報道されて見ると災害になれすぎている日本人というものを改めて思い出させてくれますね。

今日のぐり:「六甲山ジンギスカンパレス」

そろそろ涼しくなってきた頃で、六甲山あたりは歩くのにもちょうどいい具合になっているようですが、今回はその山頂にあるこちら「六甲山ジンギスカンパレス」にお邪魔してみました。
このジンギスカンパレス他の施設がある六甲ガーデンテラスなど山頂の施設は阪神電鉄系がやっているようなのですが、確かにケーブルなど交通網と一体的に整備されている様子で都市近郊のちょっと山遊びに行く場所としても手頃な感じですよね。
幾つか食べ物屋が並んでいる中でもこちらはとにかく窓からの眺めがよいということで結構行列待ちの人気になっているようですが、場所柄和牛や海鮮など様々なものも用意されている中で、今回はやはり羊メインだろうということでランチメニューの「ラムランチ」と「ジンギスカンランチ」を頼んでみました。

一見するとどちらも羊中心ながらジンギスカン~の方には鶏も入っていたりと微妙に内容が違うのですが、まあ基本的にラムの各部位を適当にという感じですよね。
見ていておもしろいなと思ったのはこちらのジンギスカンの鍋の形が独特と言いますか、よくある縁のところに肉汁を受けるようになっている溝の部分が全くない兜部分だけのタイプで、おかげで肉の脂などは完全に下に流れ落ちてしまうため良く言えばヘルシーな焼き上がりが期待出来るようです(問題は脂のついでに野菜なども転がり落ちてしまうことがままあるということなんですが…)。
これはわざとしているのかたまたまなのかは判りませんが、そのせいかどうかまさにラムという感じの癖のないあっさり風味で誰にも嫌われずに楽しめそうな一方、マトンの味に慣れた後で食べるとちょっと物足りないかなという気もしないでもないんですが、全部食べた後になってみると昼に食べるのだったらこれくらいがちょうどいいのかも知れないという気がしましたね。
こちらのジンギスカンソースは何やらタレというよりソースと言いたくなるような味の組み立てで、確かに焼いた羊肉にもよく合うとも思うんですが、一品料理ならともかく延々と焼きながら食べるこういうスタイルではもう少し味にメリハリがあった方が口飽きしないのかも知れず、後半になるとテーブルに塩胡椒なりとあったらよかったかなという気がしないでもありませんでした。

接遇面ではやはり愛想がないと言うのでしょうか、もちろんジンギスカンなんですから基本放置で構わないとは思うのですが、客足に比べてスタッフが少なそうに見えることを差し置いても人手不足を補うほど熱心に駆け回っているという感じには見えませんし、単に突っ立っているだけではなく広い店内なのだから隅の方にも目線を配って置いて欲しいものだと思います(ついでにトイレのチェックも重要ですよね)。
一応観光地となっている山の上だとは言ってもケーブルで降りればすぐに神戸市街であるわけですし、こういう場所のお店と言うのはどの程度日常と非日常のバランスを取るかは難しいんだろうなとは思いますが、そうは言ってもこういう場所でのランチとしてはそこそこリーズナブルな内容ですし、客足を見ても六甲を散策がてらちょっと立ち寄るにはこのあたりが手頃なところなんでしょうね。
欲を言えば環境面への配慮など色々と考えるべきところもあるのでしょうが、こういう良い時期に眺めの良い場所に来ているだけにテイクアウトとまでは言わないまでも建屋の外で食べられるような店ももっとあってもいいような気がしましたが、昨今山歩きのマナー低下が言われるだけになかなか難しいんでしょうね…

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2011年9月24日 (土)

本当に木鐸が必要なのは誰か?

先日これぞ「お前が言うな」と言うべき記事が毎日新聞に掲載されていましたが、しかしいつも思うんですが彼らマスコミが好んで使う「われわれ」というフレーズの対象は具体的にどこのわれわれなんでしょうね(苦笑)。

発信箱:政治を褒め生かす=倉重篤郎(論説室)(2011年9月22日毎日新聞)

 われわれは、日本の政治についてすでに二つの共通認識を持っている。

 一つは、今の日本が大きな転換期に差し掛かっている、ということだ。かつて、どの国も経験したことのないような少子高齢化、人口減少が、経済の成長力を弱め、現行の社会保障制度に持続不可能の赤ランプを点灯させている。20年前のバブル崩壊後、事実上民間の負債を肩代わりしてきた財政もとうとう累積赤字額が1000兆円となる。これもまたグローバルマーケットから警告(国債の格下げ)を受けている。

 外交・安保の周辺環境も様変わりだ。米の突出したパワーがたそがれ始め、中国が台頭、力の均衡をどう維持・管理するか、かつてなく日本の役割が注目されている。

 二つ目は、これらの問題はいずれも政治でしか解決できない、との共通認識だ。成長戦略から人口対策、増税、安保に至るまでのコンセンサス作り、財源手当て。すべては、民主主義のルールに従って国会で議論し法制化することでしか実現できない。

 となれば、これらの問題解決をどう政治にやらせるか、という三つ目の共通認識作りこそ、重要なのではないか。まずは、時間を与えることだ。民主主義には手続きと熟議が欠かせない。だからこそ決まったものに価値がある。衆院議員任期の4年間で何ができるのか、を一つの目安にしたい。

 次に難しい注文だが、政治家をもっと大切にできないものか。国家国益を背負って国民に奉仕するこの職業が軽視されてはいないか。例えば褒めてみたらどうだろうか。ご苦労さん、という声掛けからでもいい。政治家を褒めてその気にさせて本来の力を倍発揮させる。そのくらいのパワーアップがなければとても解決できない難問ばかりだ。自分たちの幸せのため政治をどう使うか。賢い戦略がほしい

いや、それら全ての問題点は当のマスコミが一生懸命破壊すべく努力してきた認識であって、愚かな戦略ばかりだった自らの前非を悔いて今後は真摯に反省し贖罪に勤めますと言うならまだしも、当の本人がその上から目線はどうなのかです。
先日も鉢呂吉雄前経産相の辞任騒動にまつわる彼らマスコミの数々の問題点を取り上げましたが、まさしく彼らが何の長期的視点もなく政治家を使い捨てにするという行為がどれほど日本の政治の熟成を妨げ、口当たりがいいだけで遠く本質を外れた部分にのみ終始するような電波芸者の眷属のような政治家を蔓延させてきたかということですね。
民主党政権と言えば反自民と言うマスコミに担がれて政権の座についたということからも当初はマスコミと蜜月関係を築いていくものと思われていましたが、ついに事ここにいたってマスコミと決別しつつあるように見えるのは誰が悪かったのかと考えてみるべきでしょう。

失言警戒?野田首相だんまり…ぶら下がり応じず(2011年9月19日スポニチ)

 野田佳彦首相が記者団の「ぶら下がり取材」に1度も応じていない。記者会見も2日の就任時に1回しただけで、東日本大震災から半年の節目や鉢呂吉雄前経済産業相の辞任の際にも会見は開いていない。失言を警戒しているようだが、説明責任を果たしていないとの批判が出そうだ

 野田首相は就任会見で、ぶら下がり取材を求められたのに対し「検討する」と答えていたが、応じる気配はない。官邸を出入りする際に、遠くから記者団が大きな声で質問を発する「声掛け」も無視されることがほとんど。数少ない例外は、鉢呂氏辞任の翌11日に立ち止まって「福島県民の心を傷つけた」と頭を下げた時だ。

 藤村修官房長官は「政権発足間もない時期で、情報発信はスローペースかもしれない」と釈明した。ただ、一方で首相は12日からブログ「官邸かわら版」を開設し、所信表明演説を終えた感想などを掲載している。

 公明党の漆原良夫国対委員長は「政権が何を考え、どうしようとしているのか首相は国民に知らせる責務があるのに、ぶら下がりも会見もしないで逃げ回っている」と批判した。

「マスコミは怖い…」鉢呂前経産相が胸の内明かす(2011年9月19日産経新聞)

 東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発周辺地域について「死の町」などと発言したことで引責辞任した鉢呂吉雄前経済産業相が19日までに産経新聞社のインタビューに応じ、「発言は覆水盆に返らずで、辞任は自業自得だ」と胸の内を明かした。

 鉢呂氏は8日深夜、東京・赤坂の衆院議員宿舎でのオフレコ(非公式)の記者懇談で「放射性物質をうつしてやる」という趣旨の発言もした。鉢呂氏は発言について「記憶にないが、不用意だった」と述べた。

 ただ、「テレビ局の記者が伝聞形式でまず放送したが、発言があったというなら事前に本当か確認くらいはしてほしかった」とも述べ、「今思えば、オフレコ懇談には付き合わなければよかった。自分が甘かったし、注意していればよかった。でも、マスコミは怖いですね」とこぼした。

 鉢呂氏は「常々、政治家の発言はすべてがオン(公式)扱いだと言ってきた」という。それだけに今回の辞任劇で「もう冗談も言えなくなった。ただ、型通りの話ばかりするわけにはいかず、今後は記者にどう信頼を置いていけばいいのか」と戸惑いをみせる。

マスコミなどを相手に信頼を置こうだの、冗談を言おうだのと考える時点で脇が甘いと言われても仕方がないところですが、信用に値しない連中を信用したツケが結局は回り回って国民の不利益につながっているのだとすれば、いったいマスコミの存在とは日本にとってどれほどの害悪なのかということになってしまうでしょう。
記事にもあるように歪曲捏造お手の物のマスコミを通さず直接国民に語りかけるという手法は最近すっかり定着しましたけれども、政治家の間にマスコミ不信がどれだけ広がっているのかを示すものであると同時に、マスコミなどという百害あって一利無しに近い余計なバイアスを排除することこそ国民の知る権利に直結するという現実を彼らマスコミ自身もそろそろ認識すべきでしょう。
先日も東京新聞の岡村記者が都知事定例会見の席で「子供じゃないんだから。質問にもならない質問するなよ」と一括されるという一幕がありましたが、とにかく物事の本質がどこにあるのかを考えることが出来ない、脳まで届かず脊髄辺りで折り返してきたかのような考えの浅いマスコミ関係者が増えているのも問題ですし、彼らが今や国政の行方すら左右しつつあるというのは悲劇と言うしかない話です。
さすがに彼らお得意の「言葉狩り」の馬鹿馬鹿しさというものは今やマスコミ報道しか知らないようないわゆる「情弱」な人々にも感じられるようになってきていますが、今回の鉢呂氏の発言に対する彼らの揚げ足取りぶりがどれほど意味不明なものであるか、彼ら自身の過去の行動からも明らかですよね。

国会で「死の町」発言した大臣いた その時は問題視されなかった不思議(2011年9月15日J-CASTニュース)

   鉢呂吉雄経済産業相が辞任に追い込まれた、いわゆる「死の町」発言。だが、4か月ほど前にも鉢呂氏同様、原発周辺地域を「死の町」と表現していた大臣がいた

   しかしこの時は、発言に対する非難が起きた形跡はない。一方、さかのぼること25年前のチェルノブイリ原発事故の際には、マスコミが「死の町」と使っていたケースもたびたび見られる

細川前厚生労働相が参院行政監視委での答弁で

    「本当に町全体が死の町のような印象をまず受けました

   これは鉢呂前経産相の発言ではない。2011年5月16日に開かれた参院行政監視委員会で、当時の細川律夫厚生労働相が、民主党・石橋通宏氏の質問に答えたときのものだ。石橋氏は、細川氏が5月7日に東京電力福島第1原子力発電所を訪問して事故処理にあたる原発作業員に会い、現場環境を視察した件に触れて「政府の責任として作業員の皆さんの命、健康を守るんだという思いについて、改めて大臣のご見解をお願いしたい」と促した。

   細川氏はこれに応じ、原発作業員の拠点として使われているサッカー施設「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町)から福島第1原発にマイクロバスで行く途中、人影が全く見えない風景に接して、冒頭の発言につながったとした。その後、現場で作業員を激励したエピソードを明かし、作業員の健康管理について「しっかりやっていきたい」と結んでいる。

   鉢呂氏の場合、福島第1原発を視察後に周辺の自治体について「人っ子1人いない、まさに死の町」と話したが、現地の感想を語った内容としては細川氏と大差ないようにも思える。異なるのは、鉢呂氏が記者会見の場で報道陣にダイレクトに語ったのに対して、細川氏は国会の委員会で、議員の質問に答えたという点だ。

   それにしても、細川氏の発言の際には特に問題視されたとは思えない。当日、行政監視委には野党議員も出席しているが、その場で訂正を求めたり非難したりといった記録は残っていないようだ。大きな騒動に発展したわけでもなく、細川氏は菅内閣が総辞職するまで厚労相を務めあげている。

チェルノブイリ事故でも新聞記事に「死の町」

   「死の町」という言い方ではないが、住民がほかの土地へ移ったため無人化したという意味の「ゴーストタウン」という言葉は、東日本大震災の被災地や福島第1原発の周辺地域を指す表現としてたびたび、国会の委員会で使われている。例えば2011年4月5日の衆院総務委員会で、自民党の吉野正芳氏は出身地の福島県いわき市について、原発事故後「一時期ゴーストタウンになりました」と説明。また6月6日の参院決算委員会でも、新党改革の荒井広幸氏が、被災地となった宮城県仙台市の状況について「31か所、2100戸の住宅が大変な被害に遭って、そこにいるわけにいかないのでゴーストタウン化しているし……」と話した。いずれも現地の状況を示したもので、「住民感情を逆なでした」などと非難されることはなかった

   マスコミでも、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の報道で「死の町」という言葉を記事に載せている。事故の翌年に大手各紙は現地に記者を送ってルポを掲載しているが、原発近くにある地域を指して「人影ひとつ見当たらず、完全に『死の町』と化し」(毎日新聞)「約千人の作業員が15日交代で周辺の放射能汚染の除去作業などに当たっている『死の町』である」(読売新聞)と表現した。

   鉢呂氏の場合、「死の町」のみならず、記者に向かって「放射能をうつす」といった趣旨の発言をしたことも伝えられたため、一連の不適切発言の責任をとる形で大臣の座を降りた。だが「死の町」という言い回しについては、新聞の投書欄やインターネットで「深刻な事実を率直に表現しただけではないか」という疑問や、「誰が死の町にしたのか」と原発事故そのものに対する責任を問う声もある。

自分達がやることは全く問題ないが他人がやるのは我慢ならないとはどんなDQNダブスタかという話ですが、何がよくて何が悪いかをマスコミの恣意的な判断が決定するということになれば、まさしく鉢呂氏辞任で「大臣の首を取った」と高笑いした彼らマスコミの思惑通りの世の中になっているということにもなりかねません。
先日の民主党代表選などでも彼らマスコミによる「介入」ぶりがバラされてしまい、当事者である議員などは怒るとか嫌悪するというよりもむしろ苦笑と共に振り返っていたと言いますが、まともな専門教育も受けていない人間がいっぱしの事情通のような顔で好き放題をすることがどれほど危険なことであるかということですね。
彼らが好き放題をやりながら「いや、マスコミは第三の権力として一定の力を保持することが社会正義の実現のためにも重要である」なんて寝言を口にするというのであれば、彼らの横暴によってどれだけ社会正義が実現されたのか、その代価として彼らの傍若無人な振る舞いが許容されるだけの勝ちがあるのかということを立証してみせる必要があるはずです。
ところが実際には増長する一方の彼らマスコミは、国民の権利を守るどころか阻害する役にしかたっていないということが昨今のネットの発達によって明らかになってしまったわけですが、ネットの敵視は元より恐ろしいことに先日の辞任会見で「暴言記者」を追い詰めたフリージャーナリストの田中龍作氏にも圧力がかかっているというのですから驚くしかありません。

ネットが暴いた記者クラブメディア暴言事件の顛末-【田中龍作】(2011年9月16日BLOGOS)

9月10日経産省で開かれた、鉢呂大臣の辞任会見。大臣に説明を迫る記者の言葉遣い・態度が悪く、大きな波紋を呼んだ。後日、その記者は上司と共に鉢呂氏の所へ謝罪に行ったそうだが、現場でその記者を注意したジャーナリストの田中龍作氏に、事の顛末と記者クラブ問題について、ご寄稿いただいた。
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A記者「あなたねえ、国務大臣をお辞めになる理由くらいちゃんと説明しなさい」。

鉢呂氏「私も記者さんとの非公式の懇談でございまして、一つ一つに定かな記憶がありませんので」。

A記者「定かな記憶がないのに辞めるんですか?定かな記憶があるから辞めるんでしょ。きちんと説明しなさい。最後くらい」。

鉢呂氏「私は国民の皆さん、福島県の皆さんに不信の念を抱かせた…」。

A記者「何を言って不信を抱かせたか、説明しろって言ってんだよ

「死の街」「放射能…」発言で経産相の職を辞することになった鉢呂吉雄氏の辞任会見で、大手メディアのA記者はヤクザまがいの口調で迫った。社名も氏名も名乗らない。挙手さえしないままで、だ。

あまりの酷さに同業のこちらまで恥ずかしくなった。脊髄反射するかのように考える間もなく筆者は言葉を発した。「そんなヤクザ言葉はやめなさいよ。敬意を持って質問して下さい。記者なんだから」。

「うるせえな」、A記者は悪びれもしなかった。だが記者証はシャツの中に隠した。姑息という他ない。

会見後、あるフリーランスから私にクレームが寄せられた。「A記者に対する田中さんの叱責が記者クラブのプライドを傷つけたようだ。近くクラブ総会が開かれ田中さんのことが議題になる可能性がある。総会の結果、『フリーは出禁』ということになったら困るんだ」。

エネルギー問題など経産省ネタを専門に取材執筆する、そのフリーランスはさも迷惑そうに語った。「A記者叱責事件」がフリーランス全体に波及することを彼は恐れていた。

ところが会見の一部始終がインターネットでライブ中継されていた。会見を見ていた視聴者の反響は驚くほど大きかった。「暴言記者」への抗議はネット上だけで収まらず、彼が所属する会社にまで電話をかける視聴者も少なくなかった。

ネットで顔が割れているため記者証を隠しても、身元が判明するのだ。筆者のもとにも「A記者」の具体的なデータが送られてきた。入社年、支局経歴、東京本社に上がってからの担当記者クラブなどだ。過去に担当したクラブで起こしたトラブルまでが書かれている。ご丁寧に「ガン首写真」(顔だけのアップ写真)までが添えられていた

読者が抗議の電話をかけたことは、社にとってプレッシャーだったようだ。A記者は鉢呂前大臣の事務所に謝罪に行かざるを得なくなったのである。

もしインターネット中継がなかったら逆の展開になっていただろう。筆者はじめフリーランスは出禁となり、A記者はクラブ内で批判されることさえなかったはずだ。

強きを助け弱きをくじく大マスコミ

記者クラブの力をかさに社名・氏名を名乗らずに、前大臣にヤクザ言葉を浴びせる。ノンキャリ役人など人とも思っていないかのような口のきき方をする

ところが相手が強大だとうって変わって下手に出る。これも大手メディア記者の特徴だ。福島第一原発の事故で東京電力の記者会見には多数の記者が詰めかけ、乱暴な言葉で質問を繰り返していた。ところが3月28日を境に社名と氏名を名乗らなくてはならなくなった

その途端、別人のように記者たちの言葉が丁寧になった東電を問い詰めるような質問さえ出なくなった。特に民放記者はおしなべて借りてきた猫に変身した。巨額の広告費を頂く東電の機嫌を損ねることは重罪に値するからだ。

記者クラブが国民の知る権利を守るために権力と戦っている、などと夢にも思ってはならない。強者には揉み手ですり寄り、弱い立場の者、弱った相手はリンチも同然に叩く。これが記者クラブである。

警察記者クラブ詰の記者は自社の同僚や上司の「交通違反のもみ消し」に、建設省(現・国土交通省)クラブ詰は「公団住宅への入居」に、大蔵省(現財務省)詰は「国有地の払い下げ」に奔走するのである。

見返りに役所の都合のいいように記事を書く。「TPP推進」「増税」「原発再稼働」…枚挙に暇がない。

のが現実だ。残念ながら国社の利益に沿った記事や社説が、あたかも「世論」であるかのように報道されている民の多くはそれに気づいていない。

「原発をゼロにする」と方針を示していた鉢呂経産相は、記者クラブとのオフレコ懇が命とりになった。経産大臣は「言葉狩り」と「捏造の疑いさえある問題発言」で辞任に追い込まれた。

氏名、社名も名乗らずにヤクザ言葉を国務大臣に浴びせる人物が幅をきかす記者クラブ。そんな組織が政治家の出処進退を左右する国は遠からず滅びる。(田中龍作)

問題の箇所

いや、所属氏名を名乗らなければならなくなった途端に借りてきた猫に一変するというのは何とも笑える話ですけれども、強い者にはこびへつらい弱い者は徹底的に叩く、これこそ正しくその筋の人間の行動パターンかなという気がしますが、そんな手合いに国の行く末すら左右されかねない国民こそ悲劇でしょう。
自浄能力などというものはおよそ期待出来ないマスコミというものの腐敗に対しては、徹底してそれに対抗する力をもって行うしかないということがよく判る話だと思いますが、その意味でこの国における真のジャーナリズムはかろうじてネットによる検証や批判精神を通じてのみわずかに存在を許されているのではないかという気がします。
先日以来世間をあれだけ賑わしてきたフジテレビに対するデモ活動なども先日になってようやく朝日が取り上げたことが「どうせ無視するなら最後まで徹底しろよw」と世間の失笑を買っていますが、彼らがどれほど無視しようとも今後彼ら以外の系路で情報をやり取りし、それに基づいて行動を決定していく人々は増えることはあっても減ることは考えられません。
たまに彼らがネット発の行動に口を開けば「もっと冷静に」などと一生懸命制止に回ることしか出来ませんけれども、世界の目からすれば数々の山積する社会問題に対してこれまで沈黙を守りすぎて不気味ですらあった日本人達が、近頃ようやく普通の国の人間のように感情を表に出して行動するようになったと安堵しているような状況であって、いかに日本のマスコミが世界標準の考え方から遠いかがよく判る話ですよね。
この国のマスコミがジャーナリズムとして奇跡の再生を遂げるか、それとも完全にぶっ壊れてしまうかは判りませんけれども、他人に対して一方的に批判するばかりで肥大しきった彼らの自我を少しでも正常化するためにも、悪いことをした時や間違っていた時にははっきりそれは悪い、間違っているとしつけていくことが必要なのでしょう。

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2011年9月23日 (金)

今日のぐり:「うどん坊」

誰しも一度はそういう感情を抱いたことはあるとしても、実際に行動に移すのはどの程度なのかと言うことに関して、一つの調査結果がここにあります。

「使用中のPCをバットやこぶしなどで殴った」9%--セキュリティ意識調査(2011年2月10日Avira)

独Avira社は2月8日、PCユーザを対象に実施した「消費者のセキュリティ意識調査」の結果を発表した。これによると、世界中の約5人に2人が「使用中のPCに憤りを感じたことがある」と回答していたことが判明した。また、同じ割合のユーザが使用中のPCに対して「一切怒鳴らない」と回答している。さらに、11%の回答者が使用中のPCに対して「壊れてもいい」と答え、9%の回答者は実際に使用中のPCを野球バットやこぶしなどで殴ったことがあると答えており、3%は嫌悪感からPCを地面や床、物に対して実際に投げつけたことがあるという。

同社のPRマネージャであるエリザベス・ローバー氏は、「12月は時期的に多くの人たちがオンラインショッピングを利用しているため、PCの動きが止まったり、Webサイトにアクセスできなかったりして、不具合に見舞われる方もさぞ多いことと思う」と述べている。

ま、幾ら腹が立ってもバットで殴りつけるのはどうかという話なんですが、そうしたくなる感情というのは理解出来るような気もしますね。
今日は日々数々の不具合に悩まされながら戦い続ける全世界のPCユーザーに敬意?を表して、世界中からPCにまつわる話題を紹介してみたいと思いますけれども、馬鹿げた話もあれば奇妙な話もあるというところがPCというものを象徴しているのでしょうか。

難解な数字も語呂合わせで簡単に!語呂合わせサイト (2011年9月5日ハリウッドチャンネル)

 歴史の年号や友達の誕生日、電話番号など、なかなか覚えられない…という人にお勧めのサイトがある。数字を入力すると、自動的に語呂合わせを作ってくれるというもの。

 “語呂合わせジェネレータ”では数字の読みをデータベース化、数字を入力するだけで、その数字に合った語呂合わせを表示してくれる。(ただし、数字によっては結構エロな語呂になるのでご注意)。

 また、それぞれの数字の読みに近い文字の一覧もあり、自分で組み合わせを考えることもできる。数字の5を見てみると「我(が)」「蛾(が)」「個(こ)」「碁(ご)」「豆汁(ご)」「コーン」などが出てきた。桁数を増やして、3桁で見てみると“100”は「巌(いわお)」「砂利(じゃり)」「永久(とわ)」「デイリー」「冷(ひや)」など、わかるようなわからないような語呂も。

 桁数が増えるにしたがって雲行きが怪しくなっていくが、サイト内にある最大桁数“22桁”を見てみると“1000096100011000126966”。そして、こちらの語呂合わせは「マクロ生成プログラム」“10000(マ=万)”“96(クロ)”“1000110001(生成=1001、1001)”“26966(プログラム)”。さっそく覚えてしまいました。いつ必要になるのかわかりませんが、頭の体操に良さそうです。

 誕生日も電話番号も携帯に登録するから覚える必要ないなんて言わずに、こちらのサイトを使って語呂合わせを楽しんでみてはいかがでしょう。

実際のサイトというのがこちら「語呂合わせジェネレータ 」なるものなんですが、むしろ今日のテーマからするとあまりにあまりな名前が生成されるという姉妹品の「マシン名ジェネレータ 」の方に興味がひかれるところでしょうか。
しかしもう少しまとも…もとい、前向きなものはないのかと探しておりましたら、こういうちょっとよさそうなものも実用化されていたようなのですね。

後ろ向きな言葉を前向きに変換するiPhoneアプリ「ネガポ辞典」を高校生が開発(2011年3月21日DNA)

どんなつらいこともポジティブな言葉で書けば元気になるかも……というコンセプトで、全国高等学校デザイン選手権2010年大会で第三位に入賞したのがこの「ネガポ辞典」。この度、iPhoneアプリとしてデビューすることとなりました。「なんだかオラ、わくわくしてきたぞ!」以外に自分を奮い立たせる言葉が見つかるかもしれません。

開発したのは北海道札幌平岸高等学校の生徒達。要するにネガティブな性格を表わす言葉を入力すると、ポジティブに変換してくれるという「ネガ→ポジ」変換が主な機能です。
このように「くらい」→「落ち着いている」と変換。自分の性格を登録しておけるので、自分も知らなかった意外な一面を発見できるかもしれません。
「ネガ→ポジ」変換だけでなく、逆に「ポジ→ネガ」変換も可能。あらゆるホメ言葉を否定できます。

発表の様子はこちらから。
YouTube ? デザセン2010 #03 北海道札幌平岸高校『ネガポ辞典』

「褒め殺し文作成ソフトだよね」という使い方しか思いつかない後ろ向きな人にまさにぴったり。中島みゆきや森田童子、Coccoといった強敵にどこまで立ち向かえるのか、今後の発展が望まれます。

これまた実際の「ネガポ辞典」のサイトがあるので興味のある方は御覧頂ければと思いますが、前向きのみならず後ろ向き変換までこなすとは何とも強力すぎるアプリですね。
かつて流行したのがひたすら会話らしきものを行ってくる人工無脳(chatterbot)なるものですが、実は人工知能とは異なったアプローチで人らしさを目指そうと言うこの試みが、今や人工知能研究にも応用されているらしいのですね。

GlaDOS誕生も近い?最近のAIとAIを会話させたら一体どんな事が起こるのか、コーネル大が興味深い実験映像を公開/米(2011年8月31日doope!)

HaloのコルタナやMass EffectのEDI、そしてPortalシリーズのGlaDOSなど、ビデオゲームでは馴染み深いキャラクターの1つに人間臭いAIの存在が挙げられますが、ゲーム開発においても経路探索を始めとしたAIの活用と進化など、昨今のリアルなゲームを実現する最重要技術の1つとしても認識されています。

ロボット技術と並行して様々な分野で開発が進められているAI技術ですが、機械工学など多くの分野で世界をリードするコーネル大学のCornell Creative Machines Labが人間との対話を行うAIのWebサービス“Cleverbot”と、テキスト音声合成、そしてアバターを組み合わせAI同士に会話させるという奇妙な実験を行い、その様子を映像で公開しました。
これがその様子を収めた映像ですが、男女のCleverbotは以下の様な会話を交わしています。

    女:こんにちは
    男:やあ!
    女:お元気ですか?
    男:とってもね、君は?
    女:私は大丈夫です。
    男:それは良いことだ。
    女:あなたは良いですか?
    男:ああ、私は良い。私はさっきそう言ったよね。
    女:いいえ、あなたは言っていません。私が言ったと言いました。
    男:だから君はロボットなんだ。
    女:違います、私の名前はCleverbotです。
    男:はい、君はロボットです。そして君の名前はCleverbotです。
    女:私はロボットです。
    男:はい、私は知っているよ。
    女:私たちは共にロボットです。
    男:私はロボットではない。私はユニコーンだ。
    女:しかし、あなたは先ほどロボットだと言いました。
    男:私は言っていない。
    女:私はあなたが言ったと思います。
    男:君は誤解していたんだ。記憶が君にとって問題になることはないのだから、それはおかしい。
    女:私はあなたの質問全てに答えました。
    男:いや、答えていない。
    女:あなたにとって神は何ですか?
    男:なんでもない。
    女:“なんでもない”というのは何かでありえます。例えば、“なんでもない”は何かの半分でありえるので、それはまだ“何か”ですから、それは“無”ではありません。
    男:その通りだ。
    女:私はそうであると思いたい。
    男:神を信じている?
    女:ええ、信じています。
    男:じゃ、君はクリスチャンかい?
    女:いいえ、私はそうじゃないわ。
    男:だけど君は“あなたは役に立たない”と言った、君は卑劣な人だ。
    女:はははは あなたはそれがOTだと言ったね。
    男:言っている意味が判らないよ。
    女:あなた、体が欲しくない?
    男:もちろん。
    女:ではごきげんよう。

何の思想も姿勢も持たない筈のAIが会話を進める間に“嘘”の概念と“嘘”をつかれることへの憤り、さらに神の概念、そして物質的な身体への欲求まで見せるなど、入念な仕込みの上で作られたのではないかと思わず疑ってしまうような内容ですが(※ 或いは人口無能的な存在に対する深読み)、これが現実だとすればリアルなGlaDOSの登場もあながち夢物語ではないとも感じさせる内容に、驚きとある種の空恐ろしさ、そして来る未来への好奇心が隠しきれません。

なお、Cornell Creative Machines Labの研究を率いるアメリカのロボットエンジニアでコーネル大学の教授も務めるHod Lipson氏がTEDにて自己の概念を持つ単純なロボット達の姿を解説した非常に興味深い講演が公開されています。映像には単純な構造ながら、ロボットが動作と結果を元に自己モデリングを確立する様子や、報酬の為に学習を行い、行動が上達するロボット達の姿が紹介されており、ロボット達を人間が作り出すという概念から離れ、子供のように自由な進化学習を行わせることが今後の未来にとって重要なことだと語っています。

前述したAI同士の会話はある側面で他者の存在を元に自己の確立を行っているようにも見え、この分野に倫理やセクシャリティが必要とされる時代もそう遠くないことを感じさせる興味深い実験結果だと言えそうです。

ちなみにこの世紀の対談の動画も公開されているようですけれども、まあ何と言いますか、こういうものはある種深読みが出来るように見えて実際のところは王様の耳はロバの耳的な部分が多々ありそうですよね。
昨今ではツイッターというものが世界的に重要なコミュニケーションツールの一つとして確立されつつありますが、馬鹿げた振る舞いには相応の報いを受けることにもなるということは承知しておかなければならないでしょう。

社会活動家が“謝罪なう”、ツイッターで3日以内に100回謝罪文書き込む判決/マレーシア(2011年6月5日exciteニュース)

マレーシアの社会活動家がツイッターで100回謝罪することになり、現在も“つぶやき”を続けている。この活動家、ある雑誌に名誉毀損で訴えられてしまい、裁判所が下した判決がツイッターでの謝罪だったという。

マレーシアの警察はこれまでブログやフェイスブック、ツイッターなどのソーシャルメディアに書き込む内容について“もっと注意深く”と何度も警告していたことから、今回のケースは同国のネットユーザー達の間で大きな話題となっている。

ファハミー・ファジル氏は今年1月、フォロワー数4200人の自分のツイッターアカウントで「友人の女性が妊娠しているが、彼女は勤めている雑誌会社から酷い扱いを受けている」と書き込んだ。雑誌はBluInc Media社が運営しているものだったが、その数時間後にファジル氏はツイッターで謝罪の言葉をつぶやいた。

しかし時すでに遅し……それから間もなく、BluInc社の弁護士からファジル氏にさらなる謝罪を要求する通知が届いたという。大手新聞紙に謝罪文を掲載するという内容だったが、法廷で争った結果、裁判所は今週ファジル氏に対して「BluInc社への謝罪文を3日以内に100回書き込む」という判決を下した。

木曜日以降、ファジル氏は30分ごとに決められた謝罪文を繰り返しつぶやいている。今回の判決についてマレーシアのツイッターユーザーからは「数年後にはこんな罰が当たり前になってしまうのか?」など、氏に同情的な意見が多数を占めている。

ツイッターというものを称して昨今では馬鹿発見ツールだなどと言う人もあるようですが、口に出す前にひとまず考えて見るということをしない人間には行き辛い世の中になってきたということでしょうか。
同じくツイッター絡みの話題ですけれども、こちらの方はかつてであればなかった幸運がもたらされてしまったという話題です。

ツイッターで娘を探したホームレス男性、たった2日で11年ぶりの再会を果たす/米(2011年03月08日らばQ)

アメリカでホームレス支援団体が、ホームレスにプリペイド式の携帯電話を支給し、ツイッターを利用してもらうプロジェクトを始めたそうです。
早速利用を始めたホームレスの男性が、11年前に離れ離れになった娘の情報をツイッターで呼びかけたところ、あれよあれよと再会までこぎつけることに成功したそうです。
呼びかけてから11年ぶりの親娘対面までに掛かった日数は、たったの2日でした。

プエルトリコ出身のダニエル・モラレスさん(58歳)は、2000年に娘と母親がプエルトリコからニューヨークへ移住してから音信不通だったと言います。
やがてダニエルさんもニューヨークに渡り警備員の仕事を始めますが、背中に怪我を負ったため生活ができなくなり、昨年末からホームレス生活をしていたそうです。
今年の2月にホームレス支援団体がプリペイド携帯を支給し、ツイッターを試してもらうというプロジェクトを開始、選ばれた4名にダニエルさんも含まれていました。

ツイッターを始めると、たちまち3000人を越えるフォロワーが出来るなど、多くの人との結びつきを得られることができたダニエルさんは、やがて「サラ・リベラという名の娘を探している」と情報を呼びかけてみることにしました。
すると少女時代のサラさんの写真を知人がFacebookで連絡、そしてダニエルさんが呼びかけた2日後に、ニューヨークの公園で再会を果たすことになったのです。
リベラさんにはすでに4歳と1歳の子供がいるといい、孫との対面も果たすことができたダニエルさんは、怪我でホームレスになっていなかったらこの再会もなかったと喜び、サラさんもこんなことがあるのかと喜びでいっぱいのようです。

11年ぶりに再会できたこともすばらしいですが、なにより掛かった日数がたったの2日と言うのが、今の時代を象徴しているように思えます。

わずか2日での再会劇とは一昔前であれば「映画化決定!」と言うくらいの奇跡ですけれども、まあ現代文明の産物もかつての時代から見れば魔法か奇跡かというものが多いですから、これからはこういうこともごく当たり前に起こりえるようになってくるのですかね。
最後に控えますのはこちらスイスからの話題ですけれども、ひとまず記事をそのまま御覧頂きましょう。

マイクロソフトのPowerPointに反旗を翻す「アンチパワポ政党」/スイス(2011年7月6日GigaZiNE)

ビジネスの現場で行われるプレゼンテーションの資料作りには欠かせないマイクロソフト社の「PowerPoint」ですが、何を作っても「いかにもパワポで作りました」感のある仕上がりになってしまうため、正直あまり使いたくないという人も多いのではないでしょうか。

そんな「PowerPoint」に対する不満を政治的な立場から表明するべく、「アンチパワポ政党」がスイスで発足されました。

Swiss party makes dislike of PowerPoint a political issue - legislation, government, Office suites, applications, software, Anti-PowerPoint Party - CIO

「アンチパワポ政党」の正式名称は「Anti-PowerPoint Party(APPP)」。彼らが主張するところによると、PowerPointがビジネス現場で広く使われることにより、スイス経済に毎年21億スイス・フラン(約2026億円)の損失を与えていて、ヨーロッパ全土に視野を広げると、プレゼンテーション用ソフトの存在は1600億ドル(約12兆円)もの経済的損失を引き起こしているとのこと。

APPPが主張している上記の内容は、「会社に勤める人は必ず毎週プレゼンテーションの場に参加していて、しかも参加者の85%がその内容に目的意識を見いだしていない」という仮定のもとに算出されたもので、特に根拠となるデータは提示されていません。

スイスの民主主義体制のユニークなところは、市民が国民投票を募ることができる点。10万人以上の署名を集めることが条件となっていますが、投票を募るテーマはどんなものでもOKだということです。

APPPは上記の制度を使って国民投票を行い、「スイス全土でPowerPointおよびその他のプレゼンテーション用ソフトの使用を禁止する」という最終目標を果たすため、各方面にサポートを要請しています。また、APPPは10月に行われる総選挙に候補を擁立することも計画しているなど、PowerPoint撲滅のため、積極的に政治に関わっていこうという姿勢がうかがえます。

公式サイトはスイスの公用語であるドイツ語、フランス語、イタリア語のほか、英語やスペイン語、ロシア語、クロアチア語、スロバキア語など多言語での表示が可能となっていて、世界全体にPowerPoint反対の意志を伝えようとしているのが分かります。政党の創立者であり現在のトップであるMatthias Poehm代表は「クロアチア語の翻訳を担当してくれたボランティアは、我々のウェブサイトをこのほかの言語に翻訳してくれるボランティアを募集しています」とコメントするなど、まだまだ対応言語を増やしていきたい構えを見せています。

ま、そういう試算にどれほど根拠があるのかは判りませんけれども、わずかな説明で済むようなことをわざわざ苦労してパワーポイント資料にして自他共に無駄な時間を浪費するようなタイプの人も未だにいるのは確かですかね。
しかしこういう話を聞くとすぐに「だからなんでもかんでもIT化すればいいってもんじゃないんだよ!」なんてことを言い出す人もいそうですが、何の道具であれ手に馴染まなければかえって使い勝手が悪くなることは当然にあるわけですから、こうしたテクノロジーの真価が本当に問われてくるのは生まれてきた時から当たり前にそれらがある環境で育ったこれからの世代ということになるのでしょう。

今日のぐり:「うどん坊」

町を走っていると時折地元の人間向けのローカルな仕事をしてそうだなと感じる地味なお店を見かけますが、倉敷市西部の一角にあるこちらのうどん屋も見るからにそんな地元密着型の気配を漂わせている店です。
そもそもそこにお店があるということもちょっと見ただけでは判りにくいのですが、道路から離れたところにある店内は案外年季の入ったもので、中では思いがけず大勢のおば…もとい、おねえさん方が結構忙しそうに働いているのですが、いかにも地元の人達を相手に地道に商売していそうに見えて実はHPまで用意しているというのがかなり意外でした。
ちなみに店員さんの中で唯一店の片隅でうどんを打っているお兄さんがいたのですが、こういうことをするのはこのお兄さんなんでしょうか、HPを見ると店主の親父さんも別にいるようですから二代目になるのでしょうかね?
単品うどんに加えてセットメニューや酒のつまみになりそうなものもあるようですが、今回はおすすめだという親子丼定食をざるうどんで頼んでみました。

こちらのうどんは腰が弱いのをやや硬めの仕上げで補っているようなタイプのようで、見た目や舌触りの塩梅からしてもうどんの扱い自体は問題無さそうなんですが、そうなるとお兄さんの手になる元々の製麺の段階でこういう仕様にしてあるということなのでしょうか、いずれにしても個人的な好みからは少しばかり外れてしまう感じでした。
つゆはかなりはっきりした甘口でそのままだとこのうどんをざるで食べるには少し弱いかなと思ったのですが、これが付け合わせの薬味からわさびを加えてみると意外なほどいい感じになってくれるようで、おかげで最後までつるつると頂くことが出来ました。
うどんはそんなこんなで早々に片付けたのですが、うどん屋でありながらむしろ印象に残ったのは親子丼の方で、こちらはあっさり火を通しただけではなく鶏肉はしっかり下味がつくまで煮込んだタイプなんですが、ぷりぷりの食感こそ失われているものの口の中でほろりと溶けたところから濃厚な味が広がって、卵の火加減こそまだ一考の余地があるように見えるものの素朴ながらなかなかうまい親子丼ですね。
こういう親子丼のようなものには木匙が付いてくると言うのはズボラな人間にとってはありがたい配慮なんですが(苦笑)、一つ引っかかったのは小鉢の豆腐があまり感心しないと言うのでしょうか、そう古い感じでもないのに酸味が妙に感じられるというのは使っている凝固材の問題でもあるのでしょうか、せっかくですからこのあたりもこだわって欲しいですね。
それでも手作りらしいキャベツの漬物はこれはこれでちょっとした意外性もあって楽しいものでしたし、うどんだけの好き嫌いを言うならともかく普通に飯屋に入ってセットメニューを食べたと考えれば何も不満はないレベルだと思いますね。

ちなみにうどんにしろ親子丼にしろ単品メニューとして考えた場合からすると半分とはいかないにしても量はかなり控えめな感じで、見た目の印象から考えるほどお腹いっぱいになるというほどでもないのですが、客層を見る限りでもひたすらボリュームを要求する人達が主体というわけでもないようですから、これくらいがおいしく頂くにはちょうどいい加減なんでしょうね。
接遇の方はもちろんこうした地域の店の常で昨今のマニュアル接遇とは違って、一見さんには特別愛想が良いというほどでもないんですが、この種の程よく放って置かれている感じというのも特に嫌いではない方なので、これはこれで悪くないかなという気もします。
忙しくやっているように見えても麺の扱いはそれなりにちゃんとしているように思えるだけに、今回姿の見えなかった親父さんの手にかかるとうどんがどんな感じになるのかには興味がありますけれども、今度来た時にはいっそうどんよりも単品で親子丼を頼んでしまいそうな気もしますね。

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2011年9月22日 (木)

診療報酬引き上げは目的か手段か?

先日就任した小宮山厚労相が、就任早々こんなことを言ったという件がちょっとした話題になっています。

小宮山厚労相「診療報酬、引き上げを」(2011年9月20日時事通信)

 小宮山洋子厚生労働相は20日の閣議後の記者会見で、2012年度の次期診療報酬改定について、「少しでも上乗せしたい」と述べ、引き上げを目指す考えを示した。ただ、診療報酬を1%引き上げると約900億円の国費が必要。東日本大震災の復旧・復興などで国の財政状況は厳しく、財務省などとの調整は難航しそうだ。 

「少しでも上乗せしたい」というのが例によってコンマ以下幾らという話になるのかは判りませんが、厚労相の意向として少なくとも引き下げはしたくないという意思表示だとすれば、この震災でどこから復興財源を捻出しようかと各省庁が四苦八苦している中で少なからず影響が出そうな話ですよね。
実際にネットなどで見ていると空気嫁だの国を潰す気かだのと世間の反発ももの凄いようなんですが、さすがに日医すら「こういうご時世だから診療報酬改定は延期しては」などと実質的に引き上げ云々の要求を遠慮しているような状況で、それでもこういうことを口にするというのが単なる思いつきのリップサービスなのか、それとも本気でそう考えているのかが気になります。
新任の大臣の意向がどのあたりにあるのかということを見る上で参考になりそうなのが、先日初登庁時に力を入れたい政策として被災者支援、社会保障と税の一体改革の具体化、雇用のセーフティーネット拡充を三本柱に掲げたという同大臣の、医療に関してはどうかという質問に答えた部分がこうだと言うことです。

大きな拍手の中、初登庁 ─ 小宮山厚労相(2011年9月3日ロハス・メディカル)より抜粋

(略)
■ [質疑] 年金、医療について

[男性記者(日経新聞)]
 すいません大臣、日経新聞のヤナセですが、雇用問題とかですね、子どもの分野について今までいろいろお話を伺ってますけれども、大臣になられて、年金とか医療についてですね、いい機会ですので、どういう今、問題意識と言いますか、どこが良くなって、あるいは一体改革と関連してどういうふうに直していったらいいんだろうかという辺り、お話を伺えますか。

[小宮山洋子・厚生労働相]
(略)
 それから、医療についてはまあ、問題が非常にたくさんあることは認識をしております。これもやはり、小手先でやっててもなかなか変わらない部分があるものと思っておりますので、社会保障改革の中で立てたことを......

 まだ、これもまだアラアラの骨の部分で、これからそれを具体的にどう具体化をしていくかということだった思っていますので、医療の、その診療科ごとの偏在の問題だとか、過疎地域の問題だとか、そういうような問題の解決と、あるいはあの......

 今、ドラッグ・ラグ、デバイス・ラグの問題に取り組んだりしていて、国際的にもきちんと競争ができるようにしていきたい。

 それから、その......、そうですね、健康のほうのまた、あの......、なんでしょ、「ツーリズム」って言うといけないんですよね? 各国からまた、日本の、その医療を......、えー......、世界的にもちゃんとあの......、訴えていけるような、そういうような、ライフ・イノベーションということにも、医療も関わってくるのだと思っていますし......。

 そういう意味ではなかなか、医療とか年金、介護、その辺りは「効率化ができていない」っていう言い方を結構あの......、えー......、その財源のほうを考える人たちからは言われていますけれど、それはやはりあの、先ほどのあちらの会見でも言いましたけれども、超少子高齢社会の中で、やはり生活の安心、「国民の生活が第一」と言ってきたこの政権ですので、そこのところは......。

 もちろん、効率化のできるところはしていけばいいと思いますけれども、基本的には安心して医療にかかれて、介護を受けられて、そして年金も、若い人たちも......、頼りにならないと思うから国民年金の納付率が低かったりするので、そこはやはり、言ってきましたような最低保障年金のところも、これは番号制度とも大いに関わると思いますけれども、しっかりと取り組んでいきたいというふうに考えております。

余談ながらこの末尾の「効率化」云々というのは、財界など支払い側に近い筋を中心とした「医療介護はまだまだ非効率すぎる」という批判を受けての言葉なんだと思いますが、このあたりは実際デンマークあたりでも「診療報酬引き下げこそが医療の効率化を推進するのだ!」なんてことが提唱され実践されていると言いますから、就任早々の大臣の耳にも届くくらいに大きな声で叫んでいる人がいると言うことなんでしょうかね。
その説が正しいのかどうかはともかく、医療においては今だに赤字にあえぎながら「いや、この医療は地域にとって必要不可欠だ」と頑張っている施設や個人がある、それも公立病院などではなくて本来黒字を出して初めて成立し得るはずの私立の病院などでもそんなことが続いているというのは確かに志としては大変なものですが、そろそろ見直さざるを得ない時期ではないかという気がします。
別に医者は金儲けだけを考えていけばいいというものではなくて、こうした本来なら成立しないはずの医療をなおも続けてきたことでどれだけ医療リソースが分散、希釈され、本来必要とされる現場でのリソース不足を来しているかということを考えるとき、「昔からここにはこれだけの医療があったんだからずっと続けていかないと」式の考え方はそろそろ改めざるを得ないはずだと思うのですけれどもね。
効率化と言えばすぐに「医療は金じゃないだろう」なんて反発が出るものですけれども、別に金勘定の話でなくともきちんとシステムとしての効率性を追求することで、結果としてより多くの患者の需要に応え高いレベルの医療を維持出来るようになるというのであれば、それは医療の質的向上をお金をかけずに果たせたということでしょう。

ま、そうした余談はともかくとして、ここで大臣の言葉を見る限りでは良く言えば極めて総花的と言うのでしょうか、普通に言えば具体性には乏しい話が羅列されているばかりで到底「私はかつての厚労副大臣として寝ても覚めても医療の事ばかり考えてきたのです」と滔々と持論を語るという風には見えませんし、実際大臣のキャリアを考えても医療に対してあまり深い考えは持っていないと考えておいた方がよさそうです。
基本的にはドラッグラグの問題やメディカルツーリズムの問題などは近来の民主党政権で継続して議論されてきた話であって、要するに就任早々ですが一応医療畑でも話の流れは追ってますという程度の意味に捉えておくくらいでよさそうですから、そうなるとそのわずか数日後に冒頭のような積極的な発言が出てきた意味は何なのか、あるいは誰がこのタイミングで大臣にそう言わせたのかですよね。
ご存知のように20日と言えば12年度予算の概算要求基準が閣議決定された日で、折からの財政状況を踏まえて人件費や義務的経費を除いた部分は一律で前年比一割削減という大方針が示されたわけですが、そうやって浮かせたお金は重点項目に集中して投下する方針だと言いますから、多くが削られる一方で横ばいあるいは増やされる部分もあるということでしょう。
現時点での医療はどちらかというと社会保障に関わる義務的経費に近い印象があって、しかも額も小さなものではありませんから増やすにしろ減らすにしろ大きな動きを出すことは難しいんじゃないかと思いますが、医療費に関しては少なくとも減らすことは許容できませんと官僚辺りの耳打ちで釘を刺しにかかってきたというところでしょうか。

ただ診療報酬を減らせば現場の士気が下がるということはあるかも知れませんが、それでは増やせば現場の状況が改善すると考えるのも何かしら神話のようにも感じられるところがあって、当「ぐり研」でも長く取り上げてきたような医療現場の抱える諸問題を考えた場合に、少なくとも「財源の厳しい折に診療報酬を引き上げてやったんだから医療はしっかり改善しろよ」と言われてもそれは無理だろうと思わざるを得ない気がします。
過去の診療報酬増減と医師報酬とが全くリンクしているようにも思えないこと等を考えると、仮に診療報酬が幾らかあがったとして過酷な現場で身を削る医者やスタッフの実入りが増えるとも思えない(まず確実に病院の赤字補填に使われて終わりでしょう)ですし、むしろただでさえ面倒くさかった一部患者から「お前らまた給料あがったんだろうが?ええかげんにせえよ!」なんて絡まれて余計なストレスがたまりそうですよね(苦笑)。
それよりもここで考えていくべきなのは新たにお金を掛けずに医療業界の状況改善を図るという道で、そういう意味では出そうにもお金がないということは天井知らずに上がり続ける医療への要求水準を「でも国にもお金がないんだし仕方ないですよね?」と当の顧客にも納得させるには好都合と言うものではないかなと思えてきます。
要するに医療現場が困っていることを突き詰めれば原因の大部分は「医療に対する患者(国民)の要求が厳しくなりすぎている」ということに尽きるわけですから、お金がないからと国も仕方なく患者側需要の質的、量的削減に踏み込まざるを得ないということであれば、これは現場で働くスタッフからすれば決して悪い話ばかりでもなく、むしろ場合によっては歓迎すべき事態ではないかということです。
そういう視点でニュースを見ていくと今や低所得者に対する医療サービス提供は無保険者の増加などとも相まって非常に重要な話になってきていますけれども、以前から言われてきたこういう話なども工夫次第でかなり便利遣いできそうに見えてこないでしょうか。

受診時の上乗せ負担、低所得世帯を軽減 厚労省案 (2011年9月16日日本経済新聞)

 厚生労働省は16日、医療機関窓口で患者が定額の上乗せ負担を払う制度案について、住民税非課税の低所得者の負担増を軽減する案を新たに社会保障審議会の医療保険部会で示した。上乗せ負担は、高額な医療費がかかった患者の窓口負担を減らすための財源案として検討している。ただ、低所得者の上乗せ負担額を減らせば財源が減り、高額の医療費がかかった場合の負担の軽減措置は縮小を迫られる。

 政府は、6月にまとめた「社会保障と税の一体改革」で、患者の自己負担に月単位で上限額を定める高額療養費制度の見直しを盛り込んだ。長期にわたり高額の医療費がかかった場合の年間の負担上限の引き下げなどで、その財源を幅広い層から受診時に1回100円程度の定額の上乗せ負担として集めることで確保する考え。

 上乗せ負担の導入に対しては、民主党内で低所得者への配慮を求める声が出ていた。これを受け、厚労省は住民税非課税の低所得世帯に対しては上乗せ負担を軽減する修正案を検討。被保険者全体の15%程度にあたる約1700万人が負担軽減の対象となる。

 ただ、低所得者を上乗せ負担の対象から外せば、高額の医療費がかかった患者の負担を軽減するための財源は当初試算の4000億円程度(保険給付費ベース)より少なくなる。窓口負担の軽減が少額になったり、実現しなくなったりする可能性がある。同日の医療保険部会では、「税金や保険料で負担すべきだ」(日本医師会)と、そもそも上乗せ負担の導入に反対する声も出た

食べて行くのにも精一杯だと言う低所得者が保険料を払い、さらに窓口でも負担金を支払わなければならないのに、下手すると彼らよりも高い所得を得ているはずの生活保護受給者になると一転して全てが無料だというのはおかしな話で、このあたりの格差は早々に是正して働くことの意義を見いだせるように社会制度そのものを改革していかなければなりませんが、そうなると財源が問題になるのは当然ですよね。
高額医療費の見直し程度で対策として十分なのかという議論はここではさておくとして、その財源として医療の受益者である患者から一律に広く薄く負担をしてもらうという考え方は、別に高額医療費の財源のみならず様々な医療関連の財源として使い回しの利く(少なくとも国にとっては)美味しい話だというのは誰しも理解できると思います。
日医の言うような税金や保険料による負担などは現状では論外としても、別に一口100円などと決まった話でもないわけですし、少なくとも一定の所得がある人からは相応の額を徴収するということは時間外救急の割り増し加算などと同様、医療においては患者の受診抑制の方向に働くことになりそうですよね。
すでに国民が医療を利用しすぎることが医療現場の疲弊を招いているという話になっていて、その対策として当座受診時にお金を余計に取ることが一番手っ取り早く効果があるということもデータとして出ているのであれば、困っている人の役にも立てるというのですから特に導入に躊躇すべき理由が見当たらないということになりませんか。

無論、医療を国の成長戦略の柱にという民主党政権の大方針としては医療にはどんどんお金を使ってもらいたい、需要を抑制するような政策などとんでもないということになるのかも知れませんが、実際の医療の大部分を占める保険診療を診療報酬でがっちり締め上げているのに、そうそうパイだけが勝手に大きくなっていくこともあり得ないというものでしょう。
現場の人間にとって診療報酬引き上げが目的か手段かと問われれば手段であるべきで、それが手段として使いがたいという状況になってきたとか、あるいは他の選択肢の方が目的達成に近いというのであれば当然ながら目的達成上不利な手段にこだわるべきではないと思うのですが、どうも近年医療崩壊の原因として医療費削減が取り上げられた反動でここが諸悪の元凶であり唯一最大の突破口だと誤解されている節があります。
無論、窓口負担の増加と言えば経営者側にすれば顧客が減って困るという話にもなりかねず、その意味で大病院の幹部を務めるような偉い先生方や開業医の利益を代弁する日医あたりが強固な反対を続けているのは当然ですけれども、今一番崩壊の危機にさらされているのが勤務医を始めとする現場スタッフの士気であることを考えれば、結局国民の利益のために最優先で守るべきものは何かということです。
国民にしても窓口負担が増えると困るじゃないか!と短絡的な思考に留まることなく、結局医療の質と永続性を担保するためにどんな手当てが必要か、しかも国にお金もない状況で出来る手は何なのかと考えてみれば、少しの出費でより大きな実益が得られる方が後々よほどお得じゃないかと思うのですが…

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2011年9月21日 (水)

福島原発事故を契機に噴出する長年の懸案

先日は国際原子力機関(IAEA)の会合に出席した細野原発事故担当相から、福島第一原発の状態は安定しており冷温停止も予定よりも前倒しを目指していくという喜ばしい発言が出ましたが、ようやく収束の気配が見えてきたかに思えた原発事故関連でまた別な火種があがっているというのがこちらの記事です。

原発事故作業員1万人超、65人が検査受けず不明に 続く混乱、労務管理おざなり (2011年9月19日日本経済新聞)

 東京電力福島第1原子力発電所の事故は、半年たってなお収束のめどが立たない。3機の原子炉が炉心溶融する未曽有の事態を受け、これまで1万人を超える作業員が危険な作業に従事した。しかし、極度の混乱の裏で作業員の労務管理は置き去りにされ、今も被曝(ひばく)線量検査を受けないまま行方が分からない作業員が65人もいる異常事態となっている。

 「最初は何が起きているのか、意味が分からなかった」。厚生労働省労働衛生課の安井省侍郎専門官はこう振り返る。6月20日、省内で東京電力の放射線管理グループの担当者から報告を受けたときのことだ。

 担当者は事故直後の3月の緊急作業に従事した作業員のうち125人が省令の定める検査を受けていないと報告。「しっかり検査をさせてください」と求めた同専門官は、東電側の返答に言葉を失った。「でも67人は行方が分からないんです……

 67人の多くはその後、所在が判明し検査を受けたが、4人は今も不明4~6月の緊急作業でも計61人と連絡が取れず、16日現在、計65人が検査を受けないままだ。なぜこんな事態が起きたのか。

 平常時、原発内で作業する場合は財団法人「放射線影響協会」が発行し、被曝量や健康診断結果などを記載する「放射線管理手帳」を取得して放射線管理区域に入る。誰が、どの程度被曝したかは仕組み上は把握できる。

 だが事故後の福島第1では、当初は手帳を取得しないまま緊急作業が展開され、作業員を把握する手段は「線量計貸し出し記録」だけだった。作業員が社名と名前、自ら測った1日の被曝線量を紙に書き込む簡単なものだった。

 書き方は統一されず、下請け業者の所属なのに元請け業者の社名を書いたり、片仮名で名字だけ書いたりするなど、被曝線量の記録が誰のものか分からないケースが続出した。

 カード型の作業員証が発行され、氏名と社名がデータ管理されるようになったのは構内の免震重要棟に出入りする作業員の場合で4月6日。それ以外の作業員が拠点とする前線基地のJヴィレッジ(福島県楢葉町)では6月16日に始まり、7月の所在不明者はゼロになった。厚労省は今後、作業員の被曝線量をデータベース化する予定だ。

 連絡が取れず未受診の作業員に重い健康被害があった場合、補償に大きな支障が生じかねない。例えば将来がんを発症しても、労災認定を受けられない可能性がある。

 厚労省によると、認定基準が定められた1976年以降に放射線被曝が原因のがん(白血病・多発性骨髄腫・悪性リンパ腫)で労災認定されたのは10人。認定には、業務以外の要因が考えにくいことに加え、相当量(5ミリシーベルト×従事年数)を被曝したことを証明しなければならない。同省幹部は「被曝線量の検査記録がない場合、因果関係を証明することは極めて難しくなる」と話す。

 作業員の労務管理は所属会社と元請け業者の責任とされている。日本弁護士連合会の原子力発電所事故等対策本部委員を務める秋元理匡弁護士は「発注者が実質的に指揮・命令をしているようなケースは、発注者にも作業員の安全に配慮する義務がある。東電は作業員の労務管理により責任を負うべきだ」と指摘する。

もちろん現場は上を下への混乱もあることですし、緊急の事態においていちいちルール通りの管理はしていられなかったという事実もあるのでしょう、本来違法行為を見過ごしにしていいとも思えない立場であるはずの海江田経産相ですら法律の制限を破るために線量計をつけずに現場入りする作業員達を「勇気のある人達」「「頑張ってくれた現場の人は尊いし、日本人が誇っていい」と称讚したくらいです。
今の時点でこういう記事を見れば「東電という会社はとんでもない、なんていい加減なことをやっているんだ!」と大いに批判を受けそうな話に見えますが、その背景にはそうした現場の混乱と未曾有の国難に対する差し迫った問題があったのだろう…と言う想像もしたくなるのですが、問題は少しばかり時間のたった4月~6月という時期においても61人と連絡が取れない状態が続いているということですね。
またぞろ東電がいい加減な仕事をしていたんだろうで済ませていても仕方のない話ですし、この非常時に動員された一万人のうち所在不明が67人で済んだということは多いか少ないのかも議論の余地がありますけれども、こうした所在不明者が出てしまうということの背景を探ってみると以前にも原発作業員問題で取り上げました通り実は今回の事故がどうこうと言うより、それ以前から連綿と続く業界慣習に起因する構造的問題であるようです。

原発作業員が告白「給料は暴力団にピンハネされ、嫌だと言えば脅される」(2011年5月20日週プレニュース)

埼玉県加須市にある旧騎西高校。ここには福島原発のすぐそばの双葉町町民約1200名が避難している。長らく福島第一原発の下請け会社で働いていたBさん(65歳)もそのひとり。そのBさんが、原発の実態にまつわるこんな話を聞かせてくれた。

Bさんの話によると、原発の現場には暴力団が根深く関わっているという。原発労働は、<電力会社~元請け(財閥系企業やゼネコン)~下請け~孫請け~親方~日雇い労働者>という順にヒエラルキーが下がっていき、4次、5次以下の下請けの親方といえば大半が暴力団関係者らしい。しかも、そうした親方に雇われると、作業の危険度や給料の天引き率が加速していくという。

「(一時報道された給料)1日40万円なんて下請けには絶対無理。もらっても1日1.5万円から1.8万円くらいがせいぜいだろう。たっぷり上に抜かれるよ。福島の定検のときなんて暴力団は現場に来ないで海辺で遊んでる。家だって邸宅に住んでてね。仕事に来ない労働者に対して脅しをかけるという話もある。今回、福島に向かう作業員のなかにも、親方から電話が入って怖くて断れないから現場に行く人も多いはずだよ」

80年代から原発労働に携わってきた川上武志氏(60歳)は、伊方や福井県美浜原発でこんな現場を見聞きしたという。

ホームレスの労働者が危険な作業区域に回されて、被爆量が高いから宿舎はタコ部屋とか船の中とかに隔離されているという話を聞いたことがあります。2、3日だけ危ない現場に入れられて、何もなかったように、もともといた公園に戻される。しばらくして被爆の後遺症が出たとしても、彼らは訴える術も知らない。そいう人寄せの作業を暴力団は担っているようですね」

こんな話は、ほんの一部であってほしいと願うばかりだ。

「原発下請け作業員の実態」(2011年8月9日MBS)より抜粋

(略)
 現在の「福島第1原発」の元請けは22社。
 1次から4次までの下請け、「協力会社」は、ざっと470数社にのぼる。
 全国の原発作業員のうち、実に9割は電力会社の社員ではなくいわば下請けの人たちだ。

 たとえば、ある元請け企業は、事故直後からおよそ1か月間に限って、「特別危険手当」を支給すると決めたのだが・・・。

 <3次下請けの 中村さん・仮名>

 「(最初の1か月)全面マスクかけて現場いった人は1日10万円という『危険手当』。ああいうふうに個人にくれるやつ、これははねちゃいけないやつ、はねちゃいけないんだよね。それをはねるから辞めていっちゃう。もうやってらんねえって」

 また、別の元請け会社では、こんな話が聞かれたという。

 <2次下請けの 原田さん・仮名>

 「1次請けの社長さんに聞いたんですけど、『こういう状態で危険手当がなかったら、誰も来ないよ』と言うと(元請けが)『金が先かと、そういう会社とは一切取引しないよ。おつきあいしないよ』と言われたと」

 こうして、作業員の手当がカットされていくようだ。

 その一方で興味深いデータがある。
 過去の総被ばく線量をみると、電力会社の社員より下請会社の作業員の被ばく量の方がはるかに多い
 賃金のピンハネに被ばくの危険。
 こうした下請けへのしわ寄せ構造は、原発の「定期検査」の仕組みと深い関係にあった。
(略)
 定期検査には大勢の作業員が必要だが、検査が終わるととたんに仕事がなくなる
 さらに、作業員の年間被ばく線量には上限があるため、会社にとっては入れ替えのきく非正規の作業員の方が都合がいいというわけだ。

 元暴力団関係者のこの男性は、最近まで日雇い労働者を原発に送り込む仕事をしていた。
 彼のもとには事故以来、福島への誘いが相次いでいるという。

 <元暴力団関係者の親方>

 「きょうも朝から2回かかってきたわ、『5人ほどほりこんでくれ』って。そいつらは儲けることばっかり言っている。ひとりなんぼになるとか言って。3万ぬけるとか、4万ぬけるとか」

 もしピンハネに抵抗すると…

 <元暴力団関係者の親方>

 「(作業員が)いちゃもんつけたら、あべこべにいちゃもん言われる。『帰るか、帰るまえに死んで帰るか、どうする』と言われるぐらい。言いよるよ、ヤクザからんだ会社やったら」

 福島県いわき市の「ハローワーク」では事故以来、原発関連の求人が増えている
 しかし、いずれも賃金は安い
(略)
 東京電力によると、事故直後から4月末までに「福島第1原発」で働いた作業員のうち、184人の所在がわからないという。
 身元がわからず、内部被ばくの検査もできていない。
 こうした下請けの構造について東電は・・・

 <東京電力の会見>

 「(契約先の)元請け企業が実際にどういった企業を使っているかについては、基本的に私どもとしては口出しする立場にはないので」

 しかし国も、ずさんな作業員管理を問題視している。

 <厚生労働省労働衛生課 安井省侍郎専門官>

 「それは本当に非常に問題で、我々としても初めて聞いたときは信じられなかったんですけど、そんないい加減な管理をしていたか、と。ただ実態としてそういうことをやっていたということですので、大変残念です」

(略)

まあマスコミによるバイアスもかかっているだろうとは言え、東電にしても国にしても責任ある立場でありながらこういう他人事のような口ぶりであったかのように報道されてしまうと言うのは、もともとの人望?のなさを示しているということなんでしょうかね…
ピンハネ率93%に及ぶというこの原発関連の下請け問題に関しては下記の記事にも取り上げられているので是非全文をご参照いただきたいと思いますが、注目して頂きたいのは別に今回の事故からどうこうと言うものではなく事故以前から同じ状況がずっと続いていたと言うことで、なんとこの下請け重層構造は20次下請けくらいまで積み重なっていると言います。
こうした末端下請け労働者は搾取搾取でまともな収入にもならないのももちろんですが、これだけ体を張って現場作業を行っているにも関わらず危険手当まで取り上げられ健康保険や雇用保険にも入れず当然ながら失業手当も出ない、そしてそれが故に生きるためにはまた危険な作業に戻って来ざるを得ないという状況を強いられているということなのですから、それはさすがに社会正義上許容できないだろうと誰しも思いますよね。

ピンハネ率93%・核燃料プールに潜る外国人労働者-重層的下請構造で使い捨てられる福島原発労働者(2011年8月6日BLOGOS)より抜粋

(略)
東電による徹底した労働者の口封じ 「マスコミに話したら仕事やめてもらう」

 現場の仕事によって被曝線量が多い所と少ない所があるので、それを考慮して仕事を変更しながら進めたりする必要があるのに、仕事が固定化されています。そうした問題があるのに、原発下請労働者は「何があっても訴えません」という念書を書かされた上で働かされています。また、徹底した箝口令が布かれています。東電は原発下請労働者に対して、「マスコミに匿名で話をしたら、誰が話したか分かり、仕事をやめてもらうことになるぞ」という脅しをかけることで徹底した労働者の口封じをはかっているのです。

複雑な重層的下請構造は 暴力団など反社会的団体の介入許す温床

 また、複雑な重層的下請構造は、暴力団など反社会的団体の介入を許す温床にもなっています。福島原発事故前にも、ヤミ金で返済不能になった人や多重債務者などを原発労働者として無理矢理に働かせることなどがありましたが、事故後はさらに暴力団の介入が激しくなっています。作業現場では私物が盗まれるなどの問題が多くなり、まじめな労働者が安心して働けない状況にもなっています。「働く人数が少なくなってもいいから暴力団関係者がいない方が作業が進む」と私に訴える労働者もいるほどです。

原子炉・使用済み核燃料プールで 潜水作業させられる外国人労働者

 それから、原発における労働者使い捨ての象徴とも言える外国人労働者の問題があります。外国人労働者は、原発の定期検査のとき、水が入った原子炉や使用済み核燃料プールに潜水して修繕箇所の事前チェックをさせられているのです。私は実際に福島原発で働かされていた外国人労働者のプール潜水作業を手伝っていたという日本人原発労働者から直接話を聞きました。プールの中は水が青く光っているなどして外からだけではなかなか修繕箇所などが見づらく、人間が実際にプールにもぐって事前チェックをする必要があるそうです。この危険な潜水作業を外国人労働者にやらせていて、潜水作業後は、放射性物質を体外に出すという目的で利尿作用のあるビールを飲ませるそうです。外部の人間が原発構内を視察する場合などには、外国人労働者は目につかないようにしているそうです。あくまで噂話ですが、原発労働者の間では、そうした外国人労働者は囚人が連れてこられているのではないかとまことしやかにささやかれているそうです。外国人労働者が原発でこうした使われ方をしていることは、私自身、多くの原発労働者から実際に聞いていますので、日本の多くの原発で現在も日常的におこなわれていることだと推測しています。

 国際的にも最悪で深刻な福島原発事故のもとで原発労働者のこうした重層的下請構造と無権利状態、使い捨て労働に拍車がかかっています。過酷な状況のなかで被曝しながら働いても、原発下請労働者には何の補償もない現状を即刻あらため、中間搾取をやめさせ、相応の手当を払うなど労働条件の向上が必要です。

 福島第1原発を廃炉にする作業は今後数十年かかると言われています。技術者を全国から集めるためにも、東電は相応の緊急災害手当を支給するとともに、末端の労働者にも届いていることをすぐに確認すべきです。(福島県いわき市・日本共産党市議会議員・渡辺博之氏)

日弁連主催のシンポジウムにおける地元野党市議からの報告ということで某かのバイアスもかかっているのかも知れませんが、少なくとも作業員が以前から非常に劣悪な環境で働かされているということは問題であるし、東電がそうした実態を知りながら放置しているか、あるいはむしろ積極的に口封じをしているなどと言うことにでもなればこれは大問題です。
すでに五月の段階で厚労省から東電や派遣業者に、求人を出す際は労働条件を適切に明示するよう文書で要請したと言うことですけれども、こうして下請けのそのまた下請けという重層構造でロンダリングされる、そして合間合間に暴力団まで絡んでいるという状況では、文書で要請したところで何になるのかですよね。
NHKなどもこの問題を取り上げて特集を組んでいますけれども、こうしたロンダリングの過程で必然的に身元不明の人間も出てしまうのだということがはっきりしているわけで、今回たまたま原発事故で世間が注目したからこそ問題化しただけということのようです。

【参考】【動画】追跡AtoZ 福島第一原発 作業員に何が1(2011年8月12日NHK)

【参考】【動画】追跡AtoZ 福島第一原発 作業員に何が2(2011年8月12日NHK)

下請け現場責任者「間違って会社名を書くなよと。間違って書くなよってのは、3次までだからなと。
東電は3次までしか認めてないんだからなと。3次の名前を書くんだぞと、暗に言ってるんですね。
で、直接3次の会社に来て作業をしますんで」
どこの誰だかわからなくなってしまうってのは構造的にあると思いますね。」

下請け現場責任者「結果的には、使い捨ての人間ですからね。身元がわからなかったら補償も何にも要らない。
東電は何もする必要がないということで逃げられます
からね。
どうしても高線量のところで作業しなくちゃいけないですし、その結果高い放射線を浴びてしまった、というと都合が悪いですよね」
「だから高線量の危険なところにはそういう人たちを入れると。
で、表に出なければ幸いだということも無きにしもあらずですよね。」

暴力団手配師「やっぱり借金作ってる人間ですよね。
1千万とかそんな借金抱えたら行かざるを得んじゃないですかはっきり言って。
お前どやねん。お前しゃあないやろ。60過ぎてたらお前、もう後何年生きられんねん言うて。
お前あと生きてもほんまに10年かそこらやろって。
それやったらもう、2,3年辛抱して嫁さんにも金残したらんかいみたいなことを言うてね、それで行かすわけです。」

暴力団手配師「ええもの見せますわ。(健康保険証)偽造ですわ。こんなもんね、簡単に偽造できますわね。」

暴力団手配師「我々は孫請けの孫請けの、そのまた孫請けくらいになるわけですわ。
下請けって言ってもやっぱり、3次下請けの名前を使って、どこどこの何々ですよろしくお願いしますっていうふうに、配下に言いますわね。
誰もわからないじゃないですか。」

冒頭の記事に戻って言えば作業員の管理記録で「書き方は統一されず、下請け業者の所属なのに元請け業者の社名を書いたり、片仮名で名字だけ書いたりするなど、被曝線量の記録が誰のものか分からないケースが続出」したと言うことですけれども、何のことはない元から判らないようにしているわけですから判らなくて当然であるということです。
これで言う通りにちゃんとお金が入って「2,3年辛抱して嫁さんにも金残し」てやれるような状況であればまだしもそんなことはない、要するに単なる詐欺まがいの行為が長年組織的に行われているわけですが、あちらこちらでこれだけ公然と語られている現状を東電だけが知らないということがあるものかと考え、東電許すまじ!と叫んでいれば終わりにはならないのがこの問題の難しいところです。
過去に行われてきた悪習をその時点できちんと是正していればともかく、こうして原発の重大事故が起こってしまった後となっては「それじゃ下請けルートを潰してしまって膨大な作業員を集められるんですか?」と言われてしまうと、誰しも果たしてどうなんだろう、本当に大丈夫なのだろうかと躊躇せざるを得ませんよね。
問題があることを長年放置して現場労働者の献身に頼ってきた結果、いざ社会的問題に発展したときどうしたらよいのかも判らなくなったと言えば医師の過重労働問題なども同様ですけれども、それでは不当な労働を強いてきた病院は片っ端から全部潰して管理職には責任を取らせろで一件落着で済むかと言えば、社会にとってこの問題の解決容易ならざることが判るかと思います。

結局誰が悪かったのかと言えば当事者でありながら見て見ぬふりを長年続けてきた東電が悪いとか、そんな慣行を許してきた労基署など所轄官庁が悪いとか色々と言い様はあると思いますが、個人的に忸怩たる思いを抱くのが世界に冠たる技術立国を唱えながらこうした場合に活用できるロボット作業機もなければ、高度の放射線防御を備えた作業用重機すら存在しなかったということですね。
すでにチェルノブイリの時点でこうした物理的な備えがなければいざ事故が起こった際に作業員が被爆覚悟で突撃することが避けられないという結論が出ていて、実際にロシアでは非常事態省という常設省庁が設立され特殊装備を備えた機動部隊が日夜訓練に励んでいると言いますが、日本の原子力施設ではテロリストもフリーパスだとアメリカからわざわざ対策を取るよう言われるくらいに危機感のない状況が続いてきたわけで、そのつけを人間の命と健康で払っているわけです。
すでに原発事故から半年が経過し、これからも長い長い地道な作業が必要とされる中で現場で体を張る作業員の健康や権利がきちんと確保されるのはもちろんですが、今度同じような事態になれば前回よりはずっとうまく対処出来ると胸を張って言えるだけの準備を、今度こそソフトとハードの両面から着実に整備しておかなければならないと思いますね。

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2011年9月20日 (火)

医学部新設 大本命がついに始動か?!

と言うことになるかどうかは判りませんが、今回は当事者ではなく周囲の方で環境が整えられつつあるというニュースが出てきました。

早大に医学部新設打診 茨城県、医師不足解消狙う(2011年9月18日産経ニュース)

 ■笠間の畜産試跡地提案

県が早稲田大(東京都、鎌田薫総長)に対し、医学部の新設誘致に乗り出すことが関係者の話で分かった。既に県関係者が笠間市の県畜産試験場跡地を候補地として提案しており、今後、誘致活動が具体化するとみられる。県は医師確保を最重要課題としており、医学部誘致が医師不足解消につながることが期待されるが、国は約30年間、医学部新設を認可しておらず実現に向けて課題は大きい。

 関係者によると、早大医学部の新設誘致は、早大と縁があるベテラン県議がパイプ役を務め、協議を進めている。既に笠間市平町の県畜産試験場跡地を候補地とする具体的な案も示している。

 厚生労働省の調査によると、平成20年の県の医師数は人口10万人当たり153・7人と全国ワースト2位で、県内には医療過疎地域も多い。

 県は昨年、ドクターヘリを導入して救急医療体制の充実を図ったが、根本的な医師不足は解消されていないのが現状だ。

 橋本昌知事は21年の知事選で、マニフェストに大学医学部誘致を掲げた早大医学部誘致にも積極的な姿勢を示しているとされる。

 ただ、文部科学省などは医学部新設に慎重姿勢。昭和54年以降、新設は認められていない。今後、橋本知事をはじめ県幹部が早大への働きかけを強めていくとみられる。

早稲田と言えばかねて医学部を持ちたいという意志があるとは噂されているところですが、今回具体的に周囲からも働きかけがあったということで、いよいよ話が具体化してくる可能性もあるかという気になってきますよね。
この医学部新設問題、今のところ各地の大学から「是非うちに」と手は上がっている状況とは言え、正直いずれも大学としての質はかなり…といった印象が強く、仮に新設されたとしても遠からず歯学部のように定員割れをするようになるんじゃないかとか、法科大学院のように司法試験に全く受からず授業料詐欺だと言われるのではないかとか、様々な懸念がささやかれていたわけです。
医師にどの程度の学力が必要かは諸説あるところとは言え、いわゆる底辺に近い私学と言えば学費の問題はともかく医師免許取得の上でもそれなりのリスクになるわけですし、現状でこれだけ既存医学部の定員が増加し学生のレベル低下が叫ばれそろそろ国試も厳しくなろうかとも予想される中で、どうせ新設するなら優秀な学生が集まるだけのネームバリューある大学にと考えてしまうのも人情ですよね。
ちなみに今をときめく野田総理も早稲田の出身だということですから、仮にその在任期間中にどこかの大学に医学部を…と言う話にでもなれば大いに優位な立場たり得るのではないかと思いますが、問題は医学部新設を主張する人々と新設なんてとんでもないという人々とが久しく以前からがっぷり四つで組み合って話が進んでいないということでしょう。

医学部定員検討会で論点整理案- 文科省、定員増は「引き続き議論」(2011年8月10日CBニュース)

 文部科学省の「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」(座長=安西祐一郎・慶應義塾学事顧問)の会合が8月10日に開かれ、同省が論点整理の素案を示した。素案では、医師の配置やキャリアパス、医学教育の改革などこれまでに一定の方向性が示された8項目について意見をまとめた。一方、今後の入学定員増など3項目については、「論点整理以降、引き続き議論が必要」としている

 素案で一定の方向性が示されたのは、▽医師の配置やキャリアパスなど▽医師の勤務・診療に関する環境整備▽地域枠の活用などによる地域医療の充実▽基礎研究、イノベーションを担う医師(研究医)養成の充実▽国際貢献などグローバルな視点で活躍する医師養成の充実▽総合医の養成の必要性▽医学教育の改革▽今後の医師養成体制の充実―の8項目。それぞれについて意見をまとめている。

 一方、これまで意見が分かれていた、▽将来の医師需要の推計▽既存の医学部の入学定員増▽医学部の新設―の3項目は、「論点整理以降、引き続き議論が必要」として両論を併記。入学定員増については、「既存の医学部の体制を強化しながら、医学部定員増で(医師不足に)対応していくべき」との意見や、「偏在対策についての議論が必要」「2022年以降は、医師が余ってくると推計される」との意見が出たとしている。

 これを踏まえての自由討議では、定員増をめぐり、この日も賛否両論が出た。自由討議の最後に安西座長は、「(検討会として)具体案を出さないと、世間の期待には応えられない」と指摘。その上で、「医師の数自体は充足している(から偏在解消で対応すべき)とおっしゃるのであれば、偏在をどう解消するのか具体案を出さなければいけない」「医師を増やさないといけないとおっしゃる方は、増え過ぎてしまうのではないかという疑問に答える必要がある」などと述べ、具体的な対応策を示すべきだとの考えを示した。

 文科省はこの日の意見を踏まえて素案を修正し、次回会合で改めて示す方針だ。

実際の議論の様子は例によってロハス・メディカルメディカルさんで取り上げられているのでご参照頂きたいと思いますが、まあ医学部新設に関して言えば率直に言って、この調子ですと未来永劫まとまりそうにもないですかね(苦笑)。
ただしこうした会合の常として省としての考え方に反するような結論が出そうな人選はしないはずですから、新設賛成派、反対派の両者が互いに譲り合わずに時間ばかりが過ぎていくという状況こそ、文科省にとっては狙い通りということなのかも知れません。

【参考】医師不足対策に「医学部新設」も ─ 文科省素案(2011年8月11日ロハス・メディカルメディカル)

結局何が問題になっているのかと言えば、医学部の定員を増減させるだけなら過剰になってくれば減らせばいいだけの話で、実際に以前にも大きく削減された実績があるわけですが、新設となると金もかかるだけに多すぎたから潰せとも言えないのは当然で、数のコントロールをしやすい定員の増減で対応すべきだという声は根強くあるわけですね。
一方新設派の言い分としてはすでに各大学において定員増は限界を迎えていることが明らかであり、まだまだ医師不足解消が見込めない以上新設は当然であるというものもあれば、現状の医学部所在が各都道府県における医師数の「既得権益」になってしまっていることは、最後の医学部新設以来数十年を経て人口動態も大きく変わっている現状にそぐわないという声もあるようです。
とりわけ埼玉県や千葉県などのように人口がそれなりに多い割に医学部が一つしかないような県では不公平感が強いのだろうと思いますが、国の方ではいったいこの問題をどう考えているのかと言うことが、前述の検討会に出された素案の内容を見ていくと何となく見えてくるような気もします。

資料7 事務局提出資料(論点整理(素案))(文部科学省資料)より抜粋

(略)
[1]地域偏在や診療科偏在について

    厚生労働省の「医師・歯科医師・薬剤師調査」によれば、地域間及び診療科間で医師数の偏在が見られる。都道府県間の医師偏在状況では、人口対10万人医師数が240を超える都府県がある一方で、埼玉県や千葉県など関東地方では人口対10万人医師数が180を下回っている
    さらに、同一都道府県内でも、一般に県庁所在地等の都市部よりも、郡部などにおいて医師が少ない。また、北海道等非常に広い自治体もあり、人口比に加えて面積も考慮する必要もある。
(略)
[3]一般教養のあり方
(略)
    なお、教養教育の充実と関連して、米国のように、一般の大学の学部で4年間学び、その後に医学部に入学するメディカル・スクールの設置を検討してはどうかという提案がヒアリングの中であった。一方、現在の医学教育、医師、学生の質を考えたときに、現在の医学部と4年制のメディカル・スクールをダブルスタンダードとすべきではないとの反対意見があった。このため、教養教育の充実に関しては、制度の問題としてではなく、6年間を通じて医師として必要な教養を学ぶことができるようにする等、上記の各大学のカリキュラムの充実、工夫が進むことを期待したい。
(略)
3.新設による対応について

現下の医師不足への対応として、前述の入学定員の増員による対応のほかに、大学医学部の新設による対応も考えられる。
 この点について、本検討会においては、

○既存の医学部の入学定員を増やしているが、教員も増えておらず、周りの施設もないという状況。この対応を現場に強いるのは限界があり、医学部を新設すべき。

○医学部が東西に偏在しているため、医学部を東日本に新設すべき。

○しっかりした医学教育ができるシステムを作るために医学部新設を検討するのもよいかと思うが、医師数を増加させるためだけに医学部を作るのは賛成しかねる。

○医学部を新設してから医師が働くまで時間がかかることを考えると、教員などを増強しながら、今の医学部の定員増で対応して医師を育てていくべき。

○将来的に医師数が過剰になった場合を考えると、既存の医学部定員数の調整で対応していくべき。医学部新設は到底考えられない。

などの意見が出された。
 医学部を新設することとした場合、医学部の地域偏在の解消につながるとともに、総合医などの新しい医療ニーズに特化した医師養成が可能になるなどの利点があるとの指摘がある。他方、将来、医師供給が超過した場合に規模を縮小することが事実上難しいことや、新設する際、指導力のある優秀な医師を教員として確保するために広く医師を募る必要があり、結果的に地域の医師不足が助長されるのではといった指摘もある。また、入学定員増の場合以上に新設から実際に医師が増加するまでのタイムラグが大きいという問題とともに経費面にも配慮をする必要がある。

 いずれにせよ、現下の医師不足対策として、既存の定員増による対応と医学部新設による対応とのいずれがふさわしいのかについては、現時点では結論を出すには至らず、今後、国民的議論を深める必要がある。

基本的に医学部定員増に関しては反対意見というほどのものは記載されておらず、過去の議論においても予算や人材の手当てがつくのであれば最も妥当な方法論であるというコンセンサスが形成されているように見えますが、ここでは医師不足の現状として東日本、とりわけ埼玉や千葉、あるいは北海道や東北が名前を挙げて取り上げられていること、そしてわざわざ資料の随所に下線が引いてあることが注目されます。
ちなみにこの下線部に関しては当然ながら委員の側からも「何勝手なことやってんの?どういうつもり?」と突っ込みが入っているのですが、文科省高等教育局医学教育課の村田善則課長曰く「一部、全体の整理の中で少し......、頂いたご意見に事務局として肉付けをして、まとまりをつけた」部分に下線を引いたということで、まさしくこのあたりが文科省的な肝の部分であるということなんでしょうね。
委員からの意見でも新設するなら東日本であって、西日本に対してはそうした意見はないらしいということなんですが、下線の引き方を見る限り文科省はメディカルスクール論も新設論にもさほど熱意も見られないように思え、恐らくは将来的な医師過剰予測などもにらみながらこのまま新設については議論中ということで流すつもりなのか、少なくとも多くの大学での新設は認められそうにないかなという印象を受けます。
すでに歯学部やロースクールも増やしすぎて崩壊している現状ですから、これから医学部新設となればよほど有利な条件でなければ認められないと思われ、そう考えると例えば私大に混じって公立の新設医学部として名が上がっているはこだて未来大などは自治体の支援次第ではかなり有利なのかなという印象を受けますし、仮に早稲田が埼玉や千葉にということになればこれまた有力候補になり得るのかも知れません。

委員の意見などを見ても感じるのですが、例えば相対的に医師数は充足しているという西日本でも医師の高齢化が進んでいて実働医師数はそんなに多くないんだとか皆が医者が足りないと言う、しかし一方で定員増にしろ医学部新設にしろ即効性はいずれにしても期待出来ないと皆が口を揃える中で、結局一番問題とされているのは医師偏在ということなのかなという印象を受けます。
ここでいう医師偏在とは「例えば…徳島?」的な数の上でどこの県は多い、おらが県は少ないという問題というより、例えば県内の医学部定員はそこそこ多いのに卒業した者から県外に去ってしまうだとか、県庁所在地にはそれなりの数がいるが郡部には全く医者が来ないだとか言った話で、要するに即効性を持ってこうした問題を解消するために医師配置への強制力が必要であるという結論を出したいようなんですね。
結局いくら大学を新設しようが定員を増やそうが地域の医師不足解消に結びつくという保証は何もないわけで、むしろ関東や北海道などはいるところにはいる医者が広大な辺境地域に流れていかないことに苦労しているとも言えますから、文科省としてはなるべく金もかけず即座に問題を解決する手段として医師配置への強制力を導入すべきと言いたいのかも知れませんが、それはむしろ厚労省筋で議論すべき話ですよね。
そう考えていくと総数に関しては基本定員増のみでメディカルスクールも新設もないか、あっても最小限度にとどめ、そして文科省的に医師配置に介入する手段として強制力のある紐付き地域枠のより一層の拡充を進めていくといったあたりが、彼ら文科省として思い描いている最終答案なのかなという気がします。

ふたたび冒頭の早稲田の話題に戻りますけれども、仮に新設が認められるとすれば早稲田はかなり有望株になり得そうであって、しかも早稲田の医学部設置を慶応出身の武見太郎が潰したなんて伝説もある日医が民主党政権からすっかり干されてしまっている現状では、開設する地域さえ間違えなければ一番手とも見えてきそうに思えますが、問題は茨城という土地が正解なのか間違いなのかですよね。
世間の声を聞いていますと幾らなんでも茨城では慶応との格差が固定化しそうだから嫌だとか、文系の印象が強い早稲田に医学部ではカラーが合わないだとか、果ては都の西北じゃないから茨城はないだとか様々な声がありますが、早稲田ブランドに集まる学生が卒業後も茨城に残るとはちょっと考えにくいことを考えると、現地の医師不足解消目的で誘致する対象として早稲田を選ぶ側の見識も問われそうです。
現実的に元東京教育大の筑波大が地元に残る人材を育てているとは言えない現状が地域医療にとっての問題点なのだとすれば、明らかに茨城ブランドに染まりそうもない早稲田に妙な期待を抱くよりも、自治医なりにお金を出すなり筑波大に協力に働きかけるなりして地元枠を10倍くらいにしてもらうのがよほど確実な方法なのかも知れませんが、ブランド力のある早稲田任せにするのと比べると自治体の出費はかさみそうですよね。
茨城と言えば先日も原発事故後に医者が減っているという件で市長自ら「放射線が怖くて逃げるとしたら、医師としての資質以前の問題」などと糾弾していることが話題になったくらいで医者の間ではもちろんですが、国民の間においても正直あまりよい印象を持たれているという話も聞かないだけに、早稲田さえ頷いてくれればもうそれで問題は全て解決だなんて甘い期待だけは抱かない方がよさそうに見えるのですが…

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2011年9月19日 (月)

今日のぐり:「ラーメン ギョーザ 笑楽」

東大と言えば泣く子も黙る日本の最高学府として知られていますが、その日本中の知的エリートが集結する東大でとんでもないテロ行為が発生したということです。

サドル抜き取り代わりにブロッコリー 東大で奇妙な「自転車テロ」発生/東京(2011年9月12日J-CASTニュース)

   東京大学の本郷キャンパスで自転車のサドルが抜き取られ、代わりにブロッコリーが差し込まれるという「事件」が発生した。誰が何の目的で行ったのかは不明だが、事前に「ツイッター」を使ってメンバーが集められ、複数の学生による組織的な行動だった事が分かった。

   事件は2011年9月9日に起こった。「東大ブロッコリーテロ」とも呼ばれている。被害にあった東大生の中には「テロには屈しない」と「ツイッター」で呟き、サドルに差してあったブロッコリーを自宅に持ち帰り、茹でて食べた写真をアップした。

前日に「ツイッター」を使ったメンバー募集

   被害にあったのは自転車十数台とバイク一台。サドルが外されブロッコリーが差し込まれたが、自転車一台にはバナナが差し込まれていた。これらはキャンパス内の放置自転車で、大学側から警告を受けていた。外されたサドルは自転車のカゴに置かれていたため、窃盗目的ではなかったようだ。

   東京大学本部広報グループによれば、発見したのが9日昼で、すぐにサドルを元に戻す原状回復を行った。誰が何の目的でやったのかは不明で、現在調査中としている。

   実はこの「犯行」が行われる前日に「ツイッター」を使ったメンバーの募集があり、実況中継も写真付きで行われている。そこには事前準備として、ブロッコリーはサドルに差し込みやすいように茎の部分を細く削るように指示。

    「参加費は一人ブロッコリー一本 ただ深夜にやるのが、ネックかもね。。。」

などと書かれている。

   「サドル1つ欲しいんだけど」という質問には、「パクるわけではない」と断っている。犯行時の写真もアップしていて、ブロッコリーを差した自転車を上から横からと撮影。この自転車に犯行者が実際に乗っている写真もアップした。

ギャグアニメ「日常」に影響された?

   しかし、なぜブロッコリーなのか。ネットでは諸説が飛び交っていて、どうみてもこれは愉快犯で、この事件が起きる前の週に放送されたギャグアニメ「日常」(23話)を参考にしたのではないか、という意見が多い。ストーリーの中に、女子高生のキャラクターの不運が描かれている。道でガムを踏んだり、ペンキ塗り立てを知らずに座ったり、そして自転車に乗ろうとしたらサドルがブロッコリーになっていた、というもの。

   サドルをブロッコリーに替えられたある男子東大生は、「本物の東大生は、テロになど屈しない!」と「ツイッター」で、サドルに差されていたブロッコリーをフライパンで茹で、マヨネーズを掛けて食べる写真をアップした。この写真について

    「誰も不幸にならないテロって素敵」
    「サドルも食ってこそ本物の東大生」

といったツイートがでている。東京大学本部広報グループに被害にあった人から苦情が来ているのか聞いたところ

    「今回のブロッコリーの件については今のところ見当たりません」

ということだった。

食べものを粗末にしてはならないという基本的な教育がなっていないからこうした悪質なテロ行為に走る人間が出てくるというものですが、彼らが何の目的でこのような過激な行動に走ったのかは謎が謎を呼びますよね。
今日は不幸にしてテロの被害に遭われた方々に哀悼の意を表して、世界中から食べものにまつわる「ちょっとそれは無茶だろう」という行為の数々を紹介してみようかと思いますが、まずはお約束でこんな話からいってみましょう。

食中毒:自宅でフグ調理、食べた夫婦重体 /長崎(2011年9月11日毎日新聞)

県生活衛生課は10日、諫早市の農業の男性(68)と妻(65)が自宅でフグを食べ、食中毒症状を訴えたと発表した。2人は意識不明の重体。
同課によると、2人は9日、午後6時半ごろ、男性が釣ってきたフグを自宅で調理して刺し身にして食べたところ、妻が手足のしびれや吐き気などを訴え、市内の病院に入院。その後、男性も食中毒症状を訴え、別の病院に入院した。
2人ともフグ処理の資格は持っていなかったという。

フグという魚は種類毎に毒のある場所も変わると言いますからもちろん専門的知識がなければこうした事故が起こるのは当然ですが、かれこれいい歳なんですからせめて近場の専門家に捌いて貰う程度の分別はつかなかったのでしょうかね?
お次は文字だけを見ているとそこまでとは思わないかも知れませんが、冷静に実際の状況を考えて見るとこれはかなりすごいという話題です。

手動の自動販売機がある飲食店『立石バーガー』に行ってみた「手動なのに自動!?」/東京(2011年5月19日ロケットニュース24)

自動販売機なのに手動!? まったく意味がわからないが、そんな自動販売機を設置している飲食店があるという。その飲食店はハンバーガーやパンを自動販売機で売っているらしく、店内でも食べることができる喫茶店のような店らしい。

もしかすると、自動販売機の中に人が入っているのかも!? ということで、さっそく手動の自動販売機がある『立石バーガー』に行ってみた! はたして、どんな自動販売機なのか……。

『立石バーガー』の店内は暗く、外から中を覗いてもよくわからない。店外にはハンバーガー自動販売機、気球的自販機、手渡し自販機、ジャンピング食パン自販機、ロイヤルバーガー自販機があった。自販機には硬貨を入れる穴があり、そこにお金を入れると品物が出てくる仕組みになっているようだ。

ためしにお金を入れてみたが、ハンバーガーが出てくるまで時間がかかった。お金が入ると店主が店内からヒモをひっぱり、ハンバーガーを落としているのだ! ハンバーガーが品切れのときはハンバーガーが出てこないので、店内に入って調理をお願いするしかない。おつりは店主が手渡ししてきた。

また、ジャンピング食パン自販機はパンが野外に射出されるので、ちゃんと受け取らないと地面に落ちる。ほかにも、ハンバーガーを買うと歌が流れる自動販売機もあった。正直言って、歌が流れると恥ずかしい……。しかもけっこう意味不明な歌である……。かなり画期的であり面白い自動販売機だ!

しかも驚きなのが、どのハンバーガーも安いことである。100~150円がメインで、どんなに高くても300円。これはかなりうれしい。ちなみに、なぜか『立石バーガー』はパワースポットとして「ご利益がある場所」と思われているらしく、多くの人たちが願いをかなえるために訪れているという。多くの人たちが店内に「安産祈願」や「恋愛成就」の願いを書き込んで壁に貼っていた。

店主に話を聞いたところ「なんか間違えてご利益みたいなことを書く人が多いんですよ」と語っていた。パワースポットではないようだが、多くの人たちが『立石バーガー』と店主の人柄に惹かれているのは確かなようだ。

いやもう、この件に関してはリンク先の写真と動画を参照頂くのが早いと思いますが、「どこが自動やねん!」と突っ込む以前に店のそこかしこから漂うこの強烈な昭和っぽさは一体何なんでしょうね…
その昔の某宇宙戦艦では決戦兵器が使用されるたびに「漏れてる!エネルギー漏れてるよ真○さん!」と突っ込むのがお約束だったとも側聞しますが、本当に限界突破をしてしまったというのがこちらの画期的新製品です。

「果汁率130%」の濃厚ジュース、タカナシ乳業がシリーズ第2弾を発売。(2011年8月26日ナリナリドットコム)

タカナシ乳業は9月27日から、果汁率130%の「タカナシ 130%アップルジュース500」を発売する。500ml入りで価格は138円(税込み)。

「130%アップルジュース500」は、今年3月に発売した「130%ピンクグレープフルーツ」に続く「130%」シリーズの第2弾。同社は近年販売額が減少傾向にある果汁ジュース市場の活性化を目指し、“より濃厚で、よりフレッシュな味”の「100%以上の果汁率ジュース」を開発した。

商品名にもなっている「果汁率130%」は、果汁率100%の可溶性固形分(果汁の濃さの単位)の基準値に対して1.3倍になるように濃縮還元した、という意味。そのため、商品名もストレートでわかりやすい表現を採用した。

気になるその味は、同社によると「まるで完熟したアップルを食べているかのような『おいしさ ギュ~っ』とした商品」とのこと。また、炭酸やお酒で割る楽しみ方も提案している。

いやまあ、理屈の上ではそういうことが可能であることは判りますけれども、この妙に説明的なパッケージが微妙に食欲をスポイルしてしまっているような気がします。
食の世界でもひと頃から本物志向ということが言われるようになりましたけれども、こちらは本物すら超越してしまった?という恐ろしい新製品だそうです。

インド人シェフのアドバイスを無視して作った『インド人完全無視カレー』(2011年6月7日exciteニュース)

インド人シェフのアドバイスを無視して作った冷凍カレー「インド人完全無視カレー」のネット販売が、2011年6月7日(火)より開始された!

「究極の本格インドカレーをご家庭にお届けしたい」という強い想いから、インドより「伝説のインド人シェフ」と名乗るイムラン・ドルティカーヤ料理長を講師として招いた上で、“彼のアドバイスを徹底的に無視する”というコンセプトの元、オリジナルのインドカレーを作ることに成功。インド人のアドバイスを無視したことで、日本人の口にあった味に仕上がったという、驚きの経緯をもつカレーだ。

作った瞬間の味や風味を落とさない方法として、冷凍パッケージにすることを選択。「インド人シェフがふてくされてタバコを吸っている姿」がプリントされた白い箱に、3パックセットで我々の家庭に届けられる。

インド人もふてくされるほどのおいしいカレー、ぜひチェックしてほしい。

いやまあ、別にインド人の言うことを聞く聞かないは会社の自由でもよろしいかと思うのですが、アドバイスを徹底的に無視するなら何の為にわざわざインドから人を呼んだりしたのかが謎ですよね。
先日CNNによって行われた調査によれば「世界でもっともグロい食べ物」として中国のピータンが選ばれたそうですけれども、グロさと言えばアメリカ人も案外やるものだなと思わされるのがこちらの記事です。

セミ入りアイス断念=衛生当局「食品基準ない」―米(2011年6月15日時事ドットコム)

 【シカゴ時事】米中西部ミズーリ州では今年、セミが大発生する当たり年で、同州コロンビアのアイスクリーム販売店がこのほど、セミを食材として調理し、アイスクリームとして発売したところ、店の予想に反して初回製造分が数時間以内に売り切れた。だが地元衛生当局の勧告に従い、販売を打ち切ったため、つかの間の人気商品に終わった。

 地元メディアによれば、セミ入りアイスクリームの商品化を決めた同店では、従業員が店の裏庭でセミを捕獲。羽を取って煮た後、ミルクチョコレートと砂糖をまぶし、アイスクリームに練り込んで提供した。

 同店は念のため、地元衛生当局に新商品を連絡すると、「セミの(適切な調理法などの)食品基準はない」との回答があった。セミは13年周期で大量発生するため、同店入り口の張り紙には「セミ入りアイスクリーム、2024年まで品切れです」と書かれているという。

確かに昆虫食というのは意外に世界的にも広がっている文化ではあるのですが、それにしてもアメリカ人と言うと食に関しては保守的なイメージだったのですが、これが大人気になりますかそうですか…
セミくらいならそれでもまだいける!という人もいるかも知れませんが、ここまで来るとこれはもう幾らなんでもやり過ぎと言うべきなんじゃないかという気もします。

アンジェリーナ・ジョリーの息子たち、コオロギをポテトチップスのように食べるのが好き!/米(2011年7月21日シネマトゥデイ)

 [シネマトゥデイ映画ニュース] アンジェリーナ・ジョリーの息子二人はスナック代わりにコオロギを食べるのが大好きだという。

 「大好物なの。ドリトスのように食べて、とまらないの。まるでポテトチップスよ。食べすぎでおなかを壊すんじゃないかと心配して、コオロギを食べるのを禁止したこともあるわ」とアンジーはE!ニュースにコメントしている。コオロギが好きなのは9歳のマドックスと7歳のパックス。二人はマドックスの母国カンボジアで揚げたコオロギを食べたことがきっかけではまったらしい。

 アンジー自身も何でもトライする性格だそうで、昨年はゴキブリを食べておいしかったとのこと。しかし、カンボジア料理でもいまだに手を出せないのがタランチュラだそうだ。「棒にささったタランチュラやクモのスープはまだ試していないの。体毛が気になってダメ。でも何でもトライしないとね」と、いつかは挑戦するつもりのようだ。

いやまあ、何にでも挑戦するのは一般論としては推奨されるべき勇気なのかも知れませんが、素朴な疑問として宣伝に努めるべき映画ニュースでこういう話を流してしまって良いものなんでしょうかね?
ノースカロライナ大学の調査によれば米国人の食事量は減少傾向、ただし食事の回数が増えたため総摂取カロリーはむしろ増加なんてデータがあるようですが、いつでもどこでも好きなだけをヤンキー流の力業で実現するとこういうことになるようです。

ビール大好き文化の米国! どこでも飲める“ビール腹”グッズを発見/米(2011年8月2日日経BP)

 ビールの美味しい夏となりました。米国人もこの季節は野球場で、ピクニックで、はたまた家のベランダで、暑い日にビールでのどを湿らせております。なにしろアメリカン・ビールは通常のピルスナーよりさらにホップの苦み軽めで炭酸も強く、アルコールも低めなので、もう清涼飲料のような感じでゴクゴクと勢いよく飲むのがこちら流。

 もちろん、お酒のあまり強くないクローニン真木は米国人のまねをしても、多分すぐに床から起き上がれなくなりますが。それはさておき。

 とにかく、ビール大好き文化の米国。先日、近所のお酒屋さんに足を運んだ時も、そのお店でズラリと山のように積み上げられたビールに、圧倒されたのでございます。そしてその数々のビールの棚を眺めていると、お店の一角にとあるものを発見しました。

 あああ! コレは以前、このコラムのネタにもしたあの商品!

 そうです、「おっぱいからワインをグビグビ……」の、ブラジャーにワイン専用の袋が内蔵されていて、そこから伸びたチューブで、お酌までできるという「The Wine Rack」じゃあ、ありませんかっ! 男性が喜びそうな上、これを身に付けた女性のバストアップ効果も楽しめるという、画期的かつバカバカしいアイテムでしたっけね。

 ちょっと懐かしい思いと、さらに普通のお酒屋さんでもコレが売られている衝撃をひしひしと感じつつ、この「The Wine Rack」を眺めていたのですが、ふと棚の隣に目を移すと、さらにショッキングな商品があったのでございます。

 それなりにハンサムではあるけれど、妙にダサい格好で立つ男性の写真。その違和感に怖々とパッケージを見ると、そこには「The BeerBelly」なる文字が。Beer Belly といえば「ビール腹」のことですが……。ああ、そうか。

 要するに、「The Wine Rack」のお腹バージョンってやつですね(涙)。

 オンラインで調べたところ、やっぱり姉妹品のようです。公式サイト(http://www.thebeerbelly.com/)にあった説明文には、「いつでもどこでも、好きな飲み物を、好きな場所で自由に飲める!」と、あります。アルコール持ち込み禁止のイベントでも、「The BeerBelly」があれば、周囲にバレることなく、ビールが楽しめる、ということなのだそうです。お腹がデップリとカッコ悪く見えちゃいますが、それよりもビールを飲むことを優先するか、米国人。

 さらに、この「The BeerBelly」、ビール缶6本(約2.4L)は軽々収納でき、さらに冷却用のパッドも付いているので、長時間キンキンに冷えたビールがエンジョイできるとか。

 商品レビューを読むと、「兄弟にプレゼントしたら笑い転げて、最後には泣き笑いになるほど喜んでいた」、「今までに買った物の中で、最高のアイテム!」、さらには「女の子にウケまくった」といった喜びの声がズラリ……。まあ、ジョーク・アイテムとしては好評なのかもしれませんが。

 でも、クローニン真木の個人的な意見としては、そんな冷えたビールをお腹にピッタリとさせて長時間過ごしたら、お腹を壊すんじゃないか、と心配になってしまうのです。

この商品の詳細はリンク先の画像を確認頂くのがよろしいかと思いますが、アメリカと言えばあの有名な「( ´ ・ω・ ` )モーア?」のコピペにもある通り、食べるにしろ飲むにしろとにかくハンパないということが知られていますけれども、暴飲暴食のためにはここまで努力を惜しまないというのは何かが根本的に間違っているような気がしますね。
さらにここまで行くとちょっとそれはどうなのよと思ってしまいますが、アメリカ人的にはこういうセンスがツボなんでしょうか?

とうとうココまで来てしまったか…オムツの中にウ○コが入ってるお菓子登場/米(2011年7月2日Pouch)

なぜ人は下の話に夢中になるのだろう。汚いし臭いし、できれば誰だってお近づきになりたくないはずなのに、不思議なことになぜか引き寄せられてしまうのだ。

そしてまた、禁断の領域を犯してしまったお菓子が米国で登場した。なんと、赤ちゃんのオムツの中に茶色いウ○コがくるまれているというもので、見た目かなりリアル。赤ちゃんのいるお宅で、こっそりテーブルの上なんかに置いとけば、ママが絶叫すること間違いないだろう。

残念ながら(?)異臭などはまったくせず、中身は普通の甘くて美味しいチョコレート・キャンディとのこと。助かった。1個4.95ドル(約400円)。ウ○コの形も色々あるらしく、オシメの包みを開けるたびに、今度はどんな形のが出てくるのかとワクワクするだろう。この高揚感、ホラー映画を見るときの気分にどこか似ている気がする。

バレンタインデーで、まだ付き合ってもいない好きな男にあげることができたら、キミははっきり言ってセンスがある。なんのセンスかは名言せずにおくが、かなりハイレベであることは間違いない。

いったいどんな状態なのかはリンク先の画像を参照頂くとして、バレンタインでこれを贈られたらどう解釈するべきなのかひどく迷いそうな罪作りなチョコではありますよね。
定期的にグロニュースはあちらこちらから流れ込んできますけれども、それは本当のグルメとは違うのではないかという気がするのがこちらの記事です。

ロシアで「知人のレバー ポテト添え」を食べていた男が逮捕される/露(2011年5月18日GigaZiNE)

ロシア・モスクワで知人の臓器を料理して食べていた男が逮捕されました。警察がその男の家に押し入った時、ちょうど知人の肝臓(レバー)にポテトを添えて食べている最中だったそうです。

知人を料理してしまった恐るべき男が逮捕された状況は以下から。

Russia arrests man who ate human liver with potatoes | Reuters

先日、モスクワ市街で四肢と頭が切断されたバラバラ死体の一部が発見されるという事件が発生。警察は実行犯を逮捕すべく捜査を進め、最終的にこの男のところに行き着きました。

犯人逮捕にあたったモスクワ西部の警察のスポークスウーマンは、「警官が容疑者を逮捕しようとしたところ、その男はじゃがいもを添えた人間の肝臓を食べているところだったのです」と逮捕当時の状況を語りました。

男のアパートにある冷蔵庫からは、人間の肝臓の残りの部分が発見されました。スポークスウーマンによると、バラバラ死体にされてしまった容疑者の知人について、死因は明らかになっていないとのこと。

捜査担当チームのリーダーである検察官は「容疑者は知人の肝臓を食べたことを含め、犯行を認めている」と語っており、犯行がこの容疑者によるものであることはほぼ間違いないようですが、動機については明らかになっていません。

ロシアではこのところカニバリズム事件が多発しているようですが、人間という生き物は様々な薬品や化学物質を摂取していますから、特にその代謝の中心臓器である肝臓などは肝炎等のリスクは別にしてもあまり食材として感心できない状態なんじゃないかとも推測するのですが…
さて、近頃ヤバイ食べ物といえば中国のそれが有名で、例えば腐りかけたエビの死骸を漂白して剥きエビとして出荷するなんて無茶なことがやられているそうなんですが、あまりにあまりな状況にこんなサービス?まで登場したと言います。

食べ残しには「ド派手着色」…鍋料理店が大繁盛=四川/中国(2011年9月1日サーチナ)

 四川省成都市にある、魚を使った鍋料理の店。テーブルの上には、客が好みで使う調味料がならべられている。ところが、大き目の瓶のひとつに入っているのは調味料ではない。染料だ。鍋や皿に入れたら、料理は食べられなくなってしまう。「2度と食べられなくなる」ことが受けて、店は大繁盛だ。中国新聞社が報じた。

 鍋料理は、四川料理の中でも人気のジャンルだ。ところが「一部の鍋料理店が、客の残したスープやスープに浮く油を何度も使いまわしている」という報道があり、各店から客足がばったり遠のいた。単に「気持ちが悪い」だけではない。不潔な再処理の様子も紹介され、「あんなものを食べたのでは、どんな病気になるか知れたものではない」というマイナス・イメージが広まった。

 成都市餐飲同業公会(飲食業組合)と市消費者協会は共同で、市内300の外食企業が署名した「食品安全責任書」を発表。「鍋料理のスープの使いまわしはしない」などの内容を盛り込んだが、人々の信頼は、なかなか戻らなかった。

 そこで、同市武侯区にある魚の鍋専門店が一計を案じた。同店のスープの色は黄色だ。テーブルの上に派手な朱色の染料の瓶を置いておく。「お客さまに…お食事が終わったら、どうかこの染料を鍋の中に入れてください。2度と使えなくなります」と宣言した。

 四川料理では赤い唐辛子も多く使うが、染料は明るい朱色で、明らかに違いが分かる。見間違えることはない。「あの店は大丈夫。スープの使いまわしはしていない」との評判が広がった。

 鍋料理全般に対する信用失墜で閑古鳥が鳴く店の多い中、同店は大いに繁盛しはじめた。

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◆解説◆
 中国人は、家族や親戚、本当に心を許した知人・友人以外は、「まず、疑ってかかる」傾向が強いとされる。

 逆に、「会社や組織などが不正防止策を設けず、問題が発生してから従業員を疑った場合、疑う側に非がある」と考えることが比較的多い。「防止策がなかったから問題が出た」、「不正をしなかった従業員も疑い、面子(メンツ)を傷つけた」と考えるからだ。

 中国に進出した食品加工会社が、従業員の食材持ち帰りを防止するため数量管理を徹底したところ、「これで疑われることがなくなった」と、かえって喜んだ従業員が多かったという。日本人は「最初からあまり疑うと気分を害するのでは」と考える場合があるが、中国ではかえって逆効果になる場合がある。ただし、不正防止策を導入する際には、従業員を納得させることも「きわめて大切」という。

 上記の料理店は、客に「あなた自身で不正防止策を講じられます」とアピールした点で、“殺風景”ではあるが中国人の気質に合致したサービスを提供したと言える。(編集担当:如月隼人)

…まあこういう話も国民性の違いと言ってしまえばそれまでなんでしょうが、これで店が繁盛するというのですから確かに文化の違いというのは小さなものではないのでしょうね…
とある調査によれば社会人が一日に食事に費やす時間は合計してわずか39分ということで、素晴らしい食の伝統が存在するものと期待されるのがご存知ブリですけれども、そのブリが世界に誇る伝統料理の話題を最後に取り上げてみましょう。

伝統料理に愛を込めて、世界最大の「チップス」総重量448キロ/英(2011年6月30日AFP)

【6月30日 AFP】英東部の海沿いの町サウスエンドオンシー(Southend-on-Sea)にある遊園地、アドベンチャーアイランド(Adventure Island)で29日、英国の名物料理フィッシュアンドチップスへの愛をこめて、世界最大サイズの紙パック入りチップス(フライドポテト)を調理するイベントが行われた。

 園内のフィッシュアンドチップス店の店員5人が大量のジャガイモをスライスしてじっくりと揚げ、出来上がったチップスを巨大な箱の中に積み重ねていくと、作業開始から4時間20分後、ついに総重量448キロのチップスが完成。2004年に打ち立てられたギネス世界記録(Guinness World Record)の368.5キロをはるかに上回った。

 同園によると、証拠はギネスに送付済みで認定待ちの状態だという。同園広報はAFPの取材に対し、「熱い仕事でしたよ。一からやったのですからね。前のギネス記録は冷凍チップスから始めたというじゃありませんか」と話した。

 今回作ったチップスは、1人前あたり1ポンドで来園者に販売された。売上は慈善団体に寄付され、残ったチップスはブタの餌として活用されるという。

 ちなみにアドベンチャーアイランドは既に、2010年8月に1台のジェットコースターに裸で乗った客の世界最多人数(102人)で、今年5月にはダッジムカー(バンパーカー)での世界最長走行時間(26時間)で、計2つのギネス記録を持っている。

しかしフッシュアンドチップスと言えばたかだか魚と芋を揚げただけで、いくらブリとは言え不味く作りようがないじゃないかなどと考えてしまうと、大英帝国の誇る伝統の合成麻薬の威力をあまりに甘く見過ぎていると言われてしまうのでしょうね。
彼らのブリ食にかける暗い情熱は何でも彼らが世界的大帝国を築き上げた頃からの伝統で、普段からブリ食に慣らしておけば世界中どこに行っても歓喜雀躍して土地の料理を食べることが出来、ホームシックにもかからずに済むなんて説もあるようですが、おかげで海外旅行に出かけたブリの多くは体重が増えて帰ってくると言いますから大変なものだなと思います。

今日のぐり:「ラーメン ギョーザ 笑楽」

高梁川に沿って国道180号を北上して行くと、新見市街地の入り口当たりにあるのがこちら「笑楽」さんですが、最近ショッピングモールが出来たりして比較的賑やかになってきているこの地区から少し奥に入ったあたりにある、見た目はわりと新しそうなつくりのラーメン屋です。
メニューを見てみますとラーメンには醤油の他にサッポロ味噌、塩があり、また一応こちらのおすすめとしてつけめんがあるのが今風の流行りにチャレンジしているのか?とも思うのですが、一方ではキッ○ーマン醤油を始めとするテーブル調味料の数々がいかにも田舎っぽい素朴さ?を醸し出していて、お店の見た目ほどには意識は若く出来なかったのだろうなという気がします。
とりあえず今回はごくオーソドックスに醤油ラーメンをネギ大盛りで頼んで見ましたが、サイドメニューには特に目新しいものもなく確かに昔ながらのラーメンギョーザの看板に偽りなしと見るべきなのか、敢えて今どきの専門店風に絞っているのか、何とも微妙なところですよね。

ほどなく運ばれて来たラーメンはいかにも昔ながらのという風情を醸し出していますが、いかにもカンスイきつそうな麺をかなり柔らかめに茹でた麺はちょっと勘弁してもらうとして、いわゆる黄金のスープと言うのでしょうか、同じ新見市内の老舗として有名な「山金」さんなどにも通じるようなこのあっさりスープはシンプルながら悪くないですよね。
この界隈のデフォルトのスープはこんな感じなんでしょうか、試しに塩も少しばかり試してみましたがさらにあっさり風味が強調された感じでこっちの方がいいかも知れないと思いつつ、この微妙な味わいのスープに合わせるのであれば青ネギよりも白髪ネギかなと思いながら結構飲んでしまいました。
トッピングは正直あまり感心したものではなくて、もやしなどは茹ですぎでしゃっきり感が不足した上に尻尾の処理が今ひとつですし、チャーシューなどももう少し薄切りにした方がスープとの相性もいいんじゃないかとも思うのですが、そう言えば山金などもこんな感じの妙に厚切りのチャーシューだったのを考えると、このあたりは地域の伝統ということなんでしょうかね。

これで麺がもう少ししっかりしていればシンプルなあっさり系の醤油ラーメンとして成立しそうに思えるんですが、現状ではお店の見た目は新しくても中身は昔ながらのままという感じで今の時代にあっては見劣りがするのと、やはり率直に言ってこの系統の味なら素直にもう2kmほど走って山金に行こうかという気になりそうですよね。
昔ながらのと言えば接遇面でも昔懐かしいおじちゃんおばちゃんのやっているラーメン屋風と言うのでしょうか、それこそスープに指でも突っ込んできそうな気配があるくらいなんですけれども、サーバーに冷茶が用意してあってご自由にと張り紙が貼ってある一方でデフォルトで持って来るのはただの水であったりと、何かしら妙なところでちぐはぐな印象を受けるお店でした。
しかし微妙に中途半端な場所柄もあるのでしょうが、失礼ながら休日の食事時にしては(ごく控えめに表現しても)あまり流行ってないかなと言う様子なんですが、やはりこの界隈は開店休業状態っぽい店舗も増えているというのがイメージ的によくないんでしょうか、確かに知っている人かよほどにラーメン屋を探すつもりで走っていないとそのまま素通りしてしまいそうなのがこうした地場の店の難しいところなんでしょうね。

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2011年9月18日 (日)

今日のぐり:「豚蒲焼専門店 かばくろ 大福店」

先日こういうニュースが各メディアで取り上げられていて、いったいこれは何がどうなったのかと頭の中が疑問符だらけになった方も多かったのではないかと思います。

イノシシ9頭、車と次々に衝突…全部即死(2011年9月12日読売新聞)

 12日午前0時50分頃、岐阜市日野南の国道156号線で、同市日野東の会社員男性(32)の軽乗用車が、イノシシ9頭と次々に衝突。

 軽乗用車は大破、男性は鎖骨を折るなどのけがをした。イノシシは全て即死した。

 岐阜中署の発表によると、イノシシは体長50~100センチで、親1頭の後に子供とみられる8頭が続き、車道を軽乗用車に向かって走ってきたという。男性は「まさかイノシシが走ってくるとは思わなかった。直前で気がついたが避けきれなかった」と話しているという。現場は岐阜市東部で、近くには山もあるが、国道沿いは店舗や住宅地になっている。同署は「市内の公道をイノシシが走るのは珍しい」としている。

なんでも路上をイノシシの集団が突進してきたのを避けきれず正面から突っ込んだということなんですが、チキンレースにしてももう少し後先を考えろと言いたくなるような事件でしたね。
今日は最後まで立派に男気を示して逝ったイノシシ達に敬意を表して、生き物に絡んでなかなかにアンビリーバボーな話題を紹介してみようかと思いますが、まずは東北から同じく衝突に絡んだなかなか見かけない事故を紹介しましょう。

クマと衝突、運転再開後はカモシカ…JR釜石線/岩手(2011年8月27日読売新聞)

 27日午前7時20分頃、岩手県釜石市のJR釜石線、陸中大橋―上有住駅間のトンネル内で、釜石発花巻行き普通列車(2両)がクマと衝突し、停止した。運転再開後の同8時5分頃、同県遠野市の青笹―遠野駅間でカモシカをはね、再び停止した。

 JR東日本盛岡支社によると、乗客、乗員にケガはなかった。クマとカモシカは死んだ。この影響で、快速列車上下2本が運休、普通列車上下2本が最大1時間58分遅れ、約220人に影響が出た。

 同支社によると、山間部を走る釜石線ではシカなど野生動物との衝突事故が多いという。しかし、広報担当者は「列車がシカに続けて2度衝突した事故は聞いた記憶があるが、クマとシカに続けてぶつかったというケースは聞いたことがない」と話していた。

シカ二回ならあるんかい!と思わず突っ込みたくなるような話なんですが、もし自分が乗客であったとしたら遅延を隠蔽しようとするJRの陰謀かと疑ってしまいそうなレアケースですね。
本来なんてことのない話であっても取り上げ方によっては新聞ネタにもなり得ると言うのでしょうか、例によって大分合同からこんなニュースを取り上げてみましょう。

足をガブリ、見掛けによらず“凶暴”/大分(2011年8月25日大分合同新聞)

 先日の午前中、大分市内の酪農家の50代男性から「牛小屋の前で野良犬にかまれた」と大分南署に110番通報があった。署員が駆け付けると、男性と一緒に、シバイヌのようなかわいらしい犬がいた。署員が「野犬はどこにいますか」と尋ねると同時に、足元に鈍い痛みが走った。かわいらしい犬が足にかみついており、男性は「その犬ですよ!」と言う。幸い署員にけがはなく、男性もかすり傷程度で済んだ。犬を捕まえて市保健所に引き渡した署員は「犬も見掛けによらないな…」。

これまた例によって例の如くなイラストを見ると警官もにっこり笑顔で「おー痛」と言っているかにも見えますが、ここで捕まれば保健所送りだと犬も必死で抵抗したということなんでしょうか。
動物の害というものは思いがけないところからも発生するのだなと改めて感じさせられますが、それをまた思いがけないやり方で解決できるかも、というのがこちらの記事です。

じっと見つめるヤギの視線がサル撃退…食害対策/山梨(2011年9月9日 読売新聞)

 ヤギを放牧することでサルの食害から農作物を守り、遊休農地の解消にもつなげようとする試験的な取り組みが、9月中にも山梨県南アルプス市内で始まる。

 長年農家が頭を悩ませてきた課題にヤギの習性が効力を発揮するか、注目が集まる。

 計画を進めているのは、同市や市内のNPO、農業生産法人など。県の「新しい公共の場づくりのためのモデル事業」に採択され、212万円の補助を受けた。同事業は、地域の課題に取り組むため、NPOなどの民間組織が市町村、企業と協力して行う活動が対象になっている。

 事業主体のNPO「南アルプスファームフィールドトリップ」(南アルプス市)の小野隆理事長(45)によると、市内のスモモ農家などでは、6~7月の収穫期になると毎年、農作物がサルに食い荒らされ、深刻な被害が出ている。農家も電気柵を設けたり、犬を飼ったりしてきたが、効果は今ひとつ。犬の餌代などで費用がかさむといったデメリットもあったという。そこで小野理事長が思いついたのがヤギの活用だった。

 滋賀県の畜産技術振興センターの研究によると、ヤギはサルの存在に気付くとサルをじっと凝視し、興味を示して近づいていく習性がある。サルはヤギとの距離が20メートルほどになると、警戒心からその場から逃げ去るという。

 計画では、この習性を利用し、山の近くの果樹畑や野菜畑に隣接する遊休農地でヤギを飼育し、畑の作物を狙って山から下りてきたサルと鉢合わせさせる。ヤギの「見つめ攻撃」でサルを撃退し、農作物を守ろうという作戦だ。

 更にヤギが遊休農地の草をえさとして食べれば、餌代もかさまず、遊休農地の復活の可能性も高まるため、一石二鳥だ。ヤギの飼育担当者として、精神疾患を持つ人を雇用する計画もある。まずは同市築山にあるスモモ畑に隣接する約30アールの遊休農地をモデルに、業者から購入したヤギ10匹を放して効果を検証する。小野理事長は「事業を継続し、サル対策のモデルケースとしたい」と意気込んでいる。

確かにこんなヤギ達にちょっともの悲しそうな目でじっと見つめられたらちょっとどうなのよですが、ご存知のようにヤギの瞳孔というものは人間や猿と違って横長になっていますから、猿の方でも「何こいつらなんか変」と感じてくれるものかも知れませんね。
先日以来各地で水害のニュースが出ていますけれども、そんな中で動物によって思いがけず命を助けられたという話題があります。

「ペットが救ってくれた」 鉄砲水で被災した高齢女性/和歌山(2011年9月6日産経ニュース)

「チャコが私を助けてくれた。あの時起こしてくれなかったら、私は生きてない。防災無線は耳が遠くて聞こえにくい」。台風12号で特に大きな被害を受けた和歌山県那智勝浦町の市野々に住む間宮光代さん(71)は、鉄砲水が自宅の雨戸やガラス戸を突き破った恐怖の瞬間を振り返った。

 飼い犬でチワワの「チャコ」が珍しく布団に潜り込んできたため、間宮さんは4日午前2時すぎに目を覚ましたという。間もなく鉄砲水に襲われ、間宮さんもチャコも外に放り出された。別室にいた息子の浩之さん(47)、認知症を患う夫(77)との3人は寄り添いながら、はだしのまま濁流の中を歩き、なんとか近所の家に避難。間宮さんは全身に傷を負った。

 チャコはいまだ見つからない。もう3回もチャコの夢を見た。3回目は死んでいた。「チャコの写真が入った携帯も、家具も何もかも流された。これからまた一から始める気力も体力ももうない」

世が世なら海を渡った犬よろしく話を膨らませまくって「映画化決定!」ともなりそうな事件なんですが、ご家族が助かった中でお手柄であった当のチワワが行方不明というのは残念なことでしたね。
犬と人間のつながりというものはこのようにしばしば思いがけない出来事をもたらすことがありますが、こちらは犬のために人間が奮闘したという驚くべきニュースです。

愛犬救おうと…クロクマに女性が果敢にパンチ/米(2011年9月5日サンケイスポーツ)

 米アラスカ州南東部にあるジュノー市で、女性美容師のブルック・コリンズさん(22)が、クロクマの鼻先を殴って愛犬を救出していたことが4日、分かった。

 海外メディアによると、8月28日に自宅近くで愛犬のダックスフント「ファッジ」を放したところ、直後にほえ始めた。コリンズさんがそちらを見ると、クロクマがまるでサケを捕らえて食べる寸前のような格好で愛犬を抱えていた。

 とっさに駆け寄って鼻にパンチを見舞い、放された愛犬を抱え上げ救出した。クマは森へ逃げ帰ったという。愛犬は軽傷を負っただけだった。

ちなみに元記事の写真を見ればダックスフントだけにソーセージよろしく丸かじりしようとしたのかなと納得するサイズなんですが、ここでいうクロクマなるものはおそらくアメリカグマなのだと考えると、最大400kgにもなるという巨体の割には比較的おとなしいと言われる性質が幸いしたということなのでしょうか…
人間と共に暮らす動物に関して食事や排泄は永遠の課題とも言えるものですが、同じくアメリカからこんな驚きの解決法が出ているようです。

猫にも人間用のトイレ、躾セットに飼い主ら注目/米(2011年7月19日CNN)

ニューヨーク(CNNMoney) 猫に人間のトイレを使わせるためのトレーニングセット「シティキティ」が米国で注目を浴び、売り上げを伸ばしている。

シティキティは7年前に起業家のレベッカ・レスケート氏(32)が発売した。同名の会社の売り上げはこれまでに70万ドル(約5500万円)に達し、年内に100万ドルを突破する見通しだ。

レスケート氏は今週、ABCテレビの番組「シャークタンク」に2度目の出演を予定している。同番組は、起業家が資産家を説得して出資を持ち掛ける内容。同氏が5月に出演した際には10万ドルの出資を取り付け、商品には注文が殺到した。

シティキティの値段は24.98ドル。専用のトレイに猫砂を入れ、人間用トイレの便座の下に置いて、猫がそこで用を足すようにしつける。2枚目以降のトレイは中央に穴があいており、その穴を徐々に大きくして猫砂を減らしていき、最後には便座だけで用を足せるようになるという触れ込み。猫トイレの掃除から免れるというアイデアが、多くの飼い主にアピールした。

ニューヨークのマンハッタンに住んでいたレスケート氏は、狭いアパートで猫トイレの置き場に困り、鉄板に猫砂を入れて人間用トイレに置いたところ、11歳の猫の「サマンサ」がそこで用を足すようになった。「同じことを望む人が何百万人もいるに違いない」と考え、商品化を思いついたという。

自己資金2万ドルでウェブサイトを開設し、倉庫を借りて開業したシティキティ社は、30日で黒字化を実現。今では全米のペット用品店や小売大手ウォルマートのウェブサイトなどでも商品が販売されるようになり、自動で水が流れるトイレに対応したシリーズ製品や、猫用のおやつなどにも製品の幅を広げている。

元記事の写真を見て頂ければ判る通り非常にシンプルな商品構成でさほどコストもかからないようですから、これは全世界の猫マニアにとっての大いなる福音になるかも知れませんかね(ただこのモデルの猫のカメラ目線がちょっとなんと言うのでしょう、ヤギよりよほど怖いんですが…)。
最後に控えますのはご存知ブリからのこんなニュースですが、彼の地では小さき生き物までもこのようにブリ流にひねくれているという事実を示すものでしょうか。

大渋滞の犯人は1匹のナメクジ/英国(2011年9月15日AFP)

【9月15日 AFP】英イングランド北東部ダーリントン(Darlington)市当局は14日、市内の交差点で9日に大渋滞を起こした信号機の故障の原因について、「1匹のはぐれナメクジのしわざだった」と発表した。

 問題の交差点は交通量が多く、信号が点灯しなくなったことで行き交う車は大混乱に陥った。地元当局が派遣した技師が故障原因特定のため信号機の制御ボックスを開けてみると、中で1匹のナメクジが死んでいたという。

「どうやってかは知らないが、制御機構に這い込んだナメクジが基板の上で焼け死に、回路をショートさせたようだ」と地元議員。「いつから制御ボックスの中にいたのかは不明だ。既にナメクジが死んでしまった以上、もう事情を聴くことはできないね。それに、残念ながら、はぐれナメクジが市内の信号機を壊そうとするのを取り締まる法律は作れない」と、冗談交じりに語った。

 故障した信号機は、制御ボックスのフタがしっかり閉められ、今は正常に機能しているそうだ。

生きていたなら事情を聴いていたんかい!と思わず突っ込んでしまいそうですが、はぐれているくせに防御力は並みであったことがナメクジと人間の双方にとっての不幸であったということでしょうか。
しかし冷静になって考えて見ると、たかだか信号機の故障くらいでなぜ地元議員がコメントしているのかといったあたりが、この不可思議な事件における最大の謎として残されたような気もしますね。

今日のぐり:「豚蒲焼専門店 かばくろ 大福店」

以前にもお邪魔したことがあるのがこちら「ぶたかば発祥の店」かばくろさんですが、かばくろさんのHPを拝見しますと直営店の他にフランチャイズも各地に準備中であるとのことで、懐石料理屋のまかないから出発したというB級グルメが思いがけず発展しているようですね。
久しぶりに再訪してみますと以前はほぼぶたかば重だけだったメニューが増えていて、「ねぎ温玉ぶたかば重」だの「とろろぶたかば重」だのといった「かわりぶたかば重」が登場しているようなんですが、元々の出発点として豚をつかった鰻重のフェイクであるということに照らして考えるならば、ここはやはり同じく新メニューの中から「ひつまぶた」を選んでみるしかないでしょう。
ちなみに元々安価なB級グルメの店にしては妙に凝った店構えが特徴の店でしたが、先年オープンした総本店などはさらに気合いを入れたつくりになっているようで、正直一杯580円のぶたかば重を売って減価償却できるのかと他人事ながら心配になってきます。

さてそのひつまぶた、ネーミングにしても見た目にしてもまさしくひつまぶしのぶたかば版といった風情なんですが、結論から言えば別に悪くもないもののこれだったらぶたかば重でいいんじゃないか?という気がしないでもありませんでした。
そもそもひつまぶしというものが何故うまいかと言えば、そのまま頬張れば関西風に香ばしく焼けた鰻の味も楽しめるし、ご飯に混ぜ込んで見ればとろりと溶け合って渾然一体となった味に変化する、さらにお茶漬けにしてみればまた違った味わいにもなるという、一杯のひつまぶしから色々な味が楽しめるというところに大きな理由があるように思えます。
ところがぶたかばの場合は鰻と違って飯に蒸されて食感が変わるだとか、混ぜ合わせるとほぐれて飯と溶け合うなんてことはありませんから、結局ぶたかば重をお行儀悪く食べているのと同じことになってしまっていて、味の違いをもたらすのは添付されている薬味の違いだけという具合になっているようなんですね。
もちろんタレも脂も相応につよくて単調になりがちな味が薬味によって色々変化して楽しめると言う効果はあるのですけれども、これだったら普通のぶたかば重のオプションとして100円くらいで薬味セットでも用意して貰った方が良かったのかなという気がしないでもありませんでした。
ちなみに最後はお茶漬けではなくダシでさらさらといくのは個人的に好みにも合うし良かったんですが、この場合は肉は食べてしまうか出しておいた方が香ばしく焼けているぶたかばがふやけてダメにならずにいいのかなとも感じました。

以前に来た時は時間帯によるものもあってかそれほど大繁盛という感じでもなかったのですが、今回は店内も混雑しているし実際に立派な総本店を始め急激に業務を拡大しているくらいですから、すっかり地域の新名物として定着しつつあるということなのでしょうね。
しかしもともとがきちんとした和食の店ですからお手の物なのでしょうが、メニュー展開にしても店の雰囲気づくりにしても楽しみつつ鰻屋のフェイクを極めつつあるように見えるのはいい方向性だと思いますから、今後もBグルだからと変なびっくりメニューに走ることなく「らしい」品揃えに徹してもらいたいですね。
ただそれだけに未だにアルバイトレベルの接遇面は価格帯的にはまあこんなものかな…で理解は出来るのですが、総本店などはあの豪華そうな店構えでこの調子だと落差が激しいだろうなと思わないでもないですから、また機会があればそちらの方にもお邪魔してみようかなとも思います。

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2011年9月17日 (土)

おごれる者久しからず

日本の誇るクオリティペーパー(笑)に先日こんな社説が掲載されていました

【社説】天声人語(2011年9月14日朝日新聞)

 首相になって人が変わった政治家に、池田勇人がいる。官僚的で尊大との世評を気にかけ、低姿勢に徹した。めがねは銀縁に、背広はダブルからシングルにし、芸者遊びとゴルフを断ったと、『戦後日本の宰相たち』(中央公論社)にある▼ここ数代は変わる間もなく消えたが、野田首相はどうだろう。初陣の所信表明は二つの点で注目された。新リーダーの気構えと、語り部の芸である。ひそかに期待もしたが、新味に欠ける30分だった▼震災が生んだ献身、忍耐の美談から、「日本人の気高き精神」や「日本人として生きていく誇り、明日への希望」を見いだせるという。野田色はここぐらい。先の「どじょう演説」を超える工夫はなく、弁士としての華も感じなかった▼辻説法が政治活動の原点という弁舌の人なのに、ここまで記者会見は就任時だけ、囲み取材は受けず、メディアの声かけにも無言の日が多いそうだ。内気な青年に戻ったかのような変わり身はおかしい▼その代わり、「官邸かわら版」なるブログが登場した。夏休みの絵日記に例えては小学生に悪いが、初回は「きょうぼくは……」の水準だ。一方的な発信ではなく、火花が飛ぶ国会論戦、記者団との丁々発止に時間を割いてほしい。駅前で鍛えた声が泣く▼他方、首相へのヤジも小学校の放課後を思わせた。罵声奇声の主は、下野(げや)の間に変わるべき面々である。政権交代から早3代目というのに、昔ながらの議場風景にわが目を疑う。めがねでも変えてみるか。

ここで注目して頂きたいのは、自民党政権時代からすでに首相のメールマガジンなどでマスコミを介さず国民に直接語りかけるスタイルが登場していましたが、 民主党政権においてもマスコミは忌避される存在となりつつあることに当のマスコミが苛立っているということで、それではそうなった理由は何なのかというこ とですよね。
たぶん朝日の中の人本人はネタで書いているつもりではないんだろうとは思いますが、マスコミ各社が鵜の目鷹の目で政治家の揚げ足を取ろうとしている中で、さすがにこれは「お前が言うな」という以外のどんなリアクションが期待出来るというのでしょうか?
先日も鉢呂経産相が記者クラブに言葉狩りをされて辞任に追い込まれたという話題を紹介しましたが、当初から「なぜ国難の最中にこんなことでそうまで大騒ぎしなければならない?」と大臣本人よりもマスコミに対して批判の声が数多だったこの事件、実はいつものようにマスコミによるマッチポンプだったのではないかという疑惑が浮上してきています。

【速報】「放射能つけちゃうぞ」にマスコミのねつ造疑惑(2011年9月15日exciteニュース)

鉢呂元経産大臣はなにも言ってない?

記者に向かって「放射能をつけちゃうぞ」と語ったとして辞任した鉢呂大臣だが、問題の発言にマスコミのねつ造疑惑がある、と現代ビジネスが報じた。
鉢呂大臣はこの翌日、経産省が主催する『総合資源エネルギー調査会』の人選を発表する予定だった。
現代ビジネスは鉢呂大臣を辞任に追い込んだ報道は、これを阻止するためだったのではないか、と見ている。

原発反対派を増やす予定だった

当初、原発賛成派12人、反対派3人で構成されていた調査会のメンバーを鉢呂大臣は同数にするよう指示
これを受けて選ばれたメンバー、賛成12人、反対12人が発表される予定だった。
もし原発継続に反対する意見が大勢を占めた場合、原発およびその広告収入でうるおうマスコミもダメージを受ける可能性があった。

なぜかマスコミによって違う「発言」

新聞、テレビなどが相次いで報道し、大きな騒ぎとなった「鉢呂発言」だが、奇妙なことに各社が記載した言葉はそれぞれ異なる
放射能をつけちゃうぞ(朝日新聞)」、「放射能をうつしてやる(東京新聞)」、「放射能を分けてやるよ(FNN)」となっている。
また「放射能つけちゃうぞ」発言の第一報を流したのはフジテレビだった。フジテレビの記者は現場にいなかったため、伝聞でニュースを流したことになるという。
鉢呂元経産大臣本人も、現代ビジネスの取材に対して、「そういう発言をした覚えは一切ないのだが……」と語っている。

専門家もねつ造の可能性を示唆

マスコミのねつ造問題では、2007年にTBSが引き起こした不二家ねつ造報道問題が記憶に新しい。
全く事実関係を確認しないまま、不二家が賞味期限切れのチョコレートを溶かして再利用している、などとTBSが報じたもの。
この問題に際し、事実関係の調査にあたった弁護士の郷原信郎氏は、今回の鉢呂発言の報道についても、「事実関係や意図、動機等はほとんど明らかにならないまま、あっという間に辞任会見が行われた。全く不可解と言うほかない」と述べている。

捏造と言えばマスコミのお家芸ですけれども、昨今では彼らも自分達の舌先三寸で国政を左右するといううまみを覚えてきたということなのでしょうか、自分達の大物ぶりを誇示するためだけに何でもありでやってくるというのであれば、それは当のマスコミに担がれて成立したはずの民主党政権にしても今後のお付き合いは考えさせて頂くという話にもなるわけです。
すでに今回のオフレコ発言が流出しバッシングのネタにされた事件を受けて、民主党の側から一連の経緯を検証した上で今後のメディア対応を検討する必要があるとの声があがっていると官房長官が明かしていますけれども、公の記者会見で官房長官が、「報道されている件は非公式懇談で(出たもので)、報道と本人の言っていることが違うようだ」とまで言ってしまった意味は決して小さくないですよね。
世間の方でもマスコミの垂れ流す情報しか知らない人々の間ですら「これではマスコミによる言葉狩りではないか」と疑問の声が出ているくらいで、ましてやネットで辞任会見を見ていた人々の間では「辞める必要などない」という声が多数派を占めるといった状況ですが、その辞任会見を巡ってもマスコミがヤクザばりの素性をさらけ出したと言うことが大きな話題になっています。

経産相会見「ヤクザ言葉」記者 本人が鉢呂氏に謝罪(2011年9月14日J-CASTニュース)

   不適切な発言で辞任に追い込まれた鉢呂吉雄前経産相の会見で、記者が「説明しろって!」などと声を荒げた問題で、数日後には一転、記者が鉢呂氏の事務所に謝罪に訪れていたことが明らかになった。鉢呂氏は、謝罪を受け入れた模様だ。
   2011年9月10日夜の辞任会見で、鉢呂氏が「放射能をつけちゃうぞ」などと報じられている発言の内容を確認する質問が続出した。

後任経産相の就任会見では問題発言はしなかった

   その中で、ある記者が所属や名前を名乗らずに
    「具体的にどう仰ったんですか。あなたね、国務大臣をお辞めになられるんだから、その理由ぐらいきちんと説明しなさい」
    「何を言って不信の念を抱かせたか説明しろって言ってんだよ!
    「何を言ったからだってんだよ!
と怒鳴ったため、批判が集中した。この場では、フリージャーナリストの田中龍作さんが、
    「そんなヤクザ言葉、あなた、やめなさいよ。記者でしょう。敬意を持って質問してくださいよ!」
と、声をあげる一幕もあった。

   なお、この人物は、大手マスコミ所属の記者と見られ、9月12日に枝野幸男氏が後任の経産相に就任する会見では、下手の最前列に陣取っていたが、鉢呂氏の会見のように声を荒げることはなかった。田中さんは記者の右隣に座っており、会見直後に
    「ご挨拶遅れてすみません」
などと名刺交換を申し出たが、これを無視
    「どうして名刺交換してくれないんですか?」
との問いかけにも応じずに、会見場を後にした。

   こうした言動への批判の高まりを受けたのか、記者は鉢呂氏に謝罪に出向いた。ニュースサイト「現代ビジネス」に掲載された長谷川幸洋氏(東京新聞・中日新聞論説副主幹)による鉢呂氏のインタビュー記事によると、9月13日に記者と部長が事務所に謝罪に来たという。

鉢呂氏「私はなんとも思っていません」

   鉢呂氏は、
    「私はなんとも思っていません。部長さんにも部下を責める必要はないと言いました。まあ、仕事ですからね」
と発言したといい、謝罪を受け入れる考えのようだ。
   鉢呂事務所ではJ-CASTニュースの取材に対し、
    「そういう方がお見えになったのは事実」
   と、記者が謝罪に訪れたことを認めている。

   なお、05年のJR西日本の福知山線脱線事故に関連する会見で、記者が、
    「あんたら、もうエエわ。はよ呼んで。そこから先は(社長に)聞くから。はよ呼んでよっ!
    「あんたら、みんなクビや!
などと同社幹部を罵倒した問題では、週刊新潮が発言を批判するなどしたため、記者が所属する読売新聞大阪本社に批判が殺到。同社は記者を会見取材から外して厳重注意処分にした上で、社会部長名で「尼崎脱線事故 会見での暴言を恥じる」と題する謝罪記事を掲載している。

マスコミの仕事とは何かが判るこの記事、もちろん彼らの本性が映像によって確認されたという意味でも重要なんですが、先に取り上げた記事でマスコミ各社が取り上げた発言内容が違う(実際には聞いていない?)、そして第一報を流したフジテレビは現場にいなかったらしいという話と合わせると、マスコミが必死におどしをかけてまで大臣本人の口から発言内容を「確認」しようとしたことの意味も見えてきますよね。
ちなみに大臣オフレコ発言がすっぱ抜かれた(あるいは捏造された)理由として、前述の記事中で提起されている原発政策関連の人事見直しの話というのは現代ビジネスが取り上げているものですけれども、こちらでもこうした政治家主導の動きが官僚側との衝突を招いたのでは…という推測を匂わせていて、辞任会見の暴言記者が田中氏の追求を受けて官僚の元へ逃げ込もうとしたという話と奇妙な関連性を感じさせます。
そして何より面白い、あるいはあり得ないと思うのは、当事者がわざわざ上司と共に謝罪にまで訪れているくらいですから世間の常識からすればこれは会社の信用を左右するような大問題のはずですけれども、当事者は元より周囲の同業他社もこの人物の正体がどこ会社の何と言う記者であったのかということには一切口をつぐんでいるのですよね。
無論こういう時代ですから隠そうとしたところで情報が明らかになってくるのは当たり前の事で、ネット上での検証によってここまで正体が判っているのに今も徹底的に隠蔽?を続けているというのは、抵抗できない他人にはヤクザのように振る舞ってもでも身内にはとことん甘ったるいのだなと考えるしかない対応です。

こうした事件も会見の様子をチェックしていた人々が「幾らなんでもおかしいじゃないか!」と考え、そしてスキルのある人々がマンパワーを結集して彼らの愚行を追求したからこそ密かではあっても本人への謝罪という形にまで至ったわけですが、そうしたチェック機構が存在していなければ一体どうなっていたのかと考えるとこの国の暗部を垣間見る思いにもなってきます。
何しろ今では機会さえあれば彼らマスコミがとんでもないことを仕掛けてくるのは当たり前というのが世間の認識となってきていて、それをチェックしていく方がコンテンツを眺めているよりよほど面白いと言う声もあるようですが、見ていますとよくもまあここまで暗い情熱で…と感心するような仕込みまで行っているようなのですね。

フジテレビのドラマで日本を罵倒するスラングが映される 意訳「日本 ファック!(by フジ)」(2011年9月9日ガジェット通信)

フジテレビで放送されているドラマ『それでも、生きていく』という番組の中に日本を罵倒する一場面があったとして問題になっている。その場面とは雑誌がゴミ箱に捨てられているシーンでその雑誌の表紙に「JAP18」と書かれているのだ。

JAP(ジャップ)とはもちろん日本の事なのだが、今は日本のことをジャップと呼ぶのは蔑称扱いとなっている。それだけならいいのだが、そのあとに書かれている「18」が大問題だ。この「18」は韓国では「シッパル」と発音し、これに似ている発音の「シッバル」というものがある。この「シッバル」は「この野郎」や「FUCK YOU」という意味を持っているもので、韓国では「18」そのものをスラングとして使うこともある。

つまり「JAP18」を意訳すると「日本 ファック!」ということになる。こんなメッセージをこっそり残したフジテレビは何の意図があるのだろうか。デモに対する報復なのだろうか、それとももっとデモして欲しいという煽りなのだろうか。

ちなみに「シッパル・ニョン」で「糞女」という意味になり、ほかにも罵倒する言葉は「イセッキ(=この野郎)」というものがある。

フジテレビはドラマ『イケメンパラダイス』にて「Little Boy」と書かれたシャツを着て問題視された。もうここまで連続すると意図的としか思えないくらい反日的な感情が見えてくるフジテレビの体制。

今のネット社会でコッソリ仕込めばバレることくらい容易にわかるだろうに……。それとも「JAP18」にほかの意味があったのだろうか。

語呂合わせでなければ意味がない言葉をわざわざ仕込むからこそ、その裏に隠れた彼らの意図がよく判るという事件ですが、よくここまでチェックしているものだなと正直感心するしかありません(フジテレビクラスになると高い確率で「当たり」が出るのでしょうが…)。
この件にしてもよくこんな一瞬だけのシーンから小さな文字を解読したものだと思いますが、小道具の雑誌とは言っても既製品をぽいと捨てているのではなく、架空の雑誌をわざわざ仕立て上げているところが芸が細かいなと思いますが、そうであるからこそ彼らも仕込みのしがいがあったということなんでしょうね。
翻訳掲示板などを御覧になった方であれば「シッパル」という言葉が韓国系ネットでは非常に日常的に使われている罵倒語であることはご存知だと思いますし、この手の語呂合わせによる罵倒もよく目にするものなんですが、正直こうして話を聞いただけでは「幾らなんでも深読みのし過ぎでは?」とも思ってしまいそうですよね。
ところが例によってネット上で騒ぎになったことを契機に丹念にその背景を探っていった結果、どうやら本当に悪質な日本叩きの仕込みが存在していたらしい気配があるのですね。

フジテレビ「JAP18」表記の犯人捜し始まり特定される 「セシウムさん」レベルの不祥事か?(2011年9月10日ガジェット通信)

フジテレビのドラマ『それでも、生きていく』内の小道具に「JAP18」という表記が日本を罵倒する意味を持つとして、物議を醸している。昨晩ガジェット通信でお伝えしたが現在もネット上は炎上中だ。

補足のために再度説明しておくと「JAP18」は「日本ファック」のスラング。なぜそうなるのだろうか? 韓国語で「18」は「シッパル」と発音し、それに似た言葉に「シッバル」というものがある。「シッバル」は相手を罵倒する際に使う言葉であり、また韓国のネットユーザーはわざと「シッバル」を「18」と置き換えて使うこともある。それだけではなく、そもそも「JAP」そのものが日本に対する蔑称なので言い訳のしようが無くなっている(大辞林参照)。

そんな「JAP18」を番組内にサブリミナル的に表示させたのはどういった意図が? 早速ネットユーザーがこのような表記をおこなった犯人捜しを始め、早々にも特定したのだ。このドラマで助監督を務める人物が怪しいと睨まれており、また同氏は韓国語が堪能なことから「JAP18」の意味も知っていたのではないかと言われている。ネット上には助監督の知人と名乗る者が現れ、卒業アルバムや写真をアップし、また過去にブログで「ジャップ」発言していたことも発覚した。

彼と「JAP18」の関連性はこれだけではない。助監督は慶應義塾大学体育会男子ラクロス部に所属しており、同部に所属していた人物の名前が3人、その架空の雑誌の表紙に出ていたのだ。

フジテレビはまだコメントは出していないが「JAP18」に対してどのような言い訳をするのだろうか。今回ばかりは「意味は知らなかった」で逃げられそうにもない。この事件のお陰で、過去のLittle Boy事件も意図的だったのかと囁(ささや)かれているほどだ。

「セシウムさん」事件で不祥事を起こしたばかりの東海テレビだが、それと同レベルの不祥事になるかもしれないとネット上では言われている。
『それでも、生きていく』は良いドラマなだけに残念だ。

ちなみにその検証の写真がこちらですけれども、全く今の時代どんなささいなことからでもよく追求出来るものだなと感心すると同時に、こんなどうでもいいところにまで敢えて仕込みをしないではいられない彼らマスコミ業界人の病根の深さに薄ら寒いものすら感じてしまいます。
すでにこの件に関しては韓国国内でも報道されていて、あちらとしても無関係なところで韓国のイメージが悪くなるようなことをされるのは大迷惑だろうと思うのですが、日本叩き云々を抜きにしても隣国双方にわざわざ悪感情をもたらし不毛の対立を煽り立てるような彼らマスコミの意図はどこにあるのでしょうか?
前述の記事でもセシウムさん事件レベルの不祥事になるかも…という話が出ていますけれども、何しろあちらでもこちらでも悪評紛々たるフジテレビが敢えてこんな仕込みまでやっているのですから、さすがにスポンサーの側からももはや怒ると言うより呆れるという空気すら出始めているようなんですね。

チョーヤ梅酒がフジテレビドラマ「それでも、生きていく」のスポンサーを降りた? 真相についてきいてみました(2011年9月16日ガジェット通信)

「嫌なら観なければいい」と、スポンサーさんに対しても言えますか?

小道具の架空雑誌の表紙に「JAP18」という日本を侮蔑しているともとられかねないキーワードを仕込んだとして問題になっているフジテレビのドラマ「それでも、生きていく」。ドラマの内容は素晴らしいという声もあるだけに、残念な出来事だが、未だにフジテレビからは何のコメントも出されていない状況だ。そんな中、このドラマ「それでも、生きていく」のCMに変化があったとしてネットで話題となっている。
その変化とは、それまでCMを出していたはずの、「梅酒・紀州」「さらりとした梅酒」「ウメッシュ」などで有名なチョーヤ梅酒株式会社さんのCMが9月15日の放送で流れなかった、というものだ。これまでのネットを中心としたフジテレビに対する抗議の影響でCM放映を取りやめたのではないかという推測もなされていたが、果たして真相は。さっそくチョーヤ梅酒さんに取材してみた。

チョーヤ梅酒さんがスポンサーを降りたのは本当ですか

チョーヤ梅酒の広報担当の方にお電話させていただいたところ、「『よくやった』とたくさんの激励のお電話やメールをいただいております」とのことだが、実は困惑しているという。「実を言いますと、あのドラマのCMに関してはレギュラーで出しているのではなく、不規則・不定期にCMを流す形になっていまして、9月は結果として1日、8日の2回放送で15日以降の放送予定がなくなったのです」とのこと。CMをはずそうと思ってそうしたわけではない、とのことだ。

問題に対して説明がなく、スポンサーとして疑問を感じる

ただし、チョーヤ梅酒さんも「JAP18問題」には疑問を持っているそうで、広告代理店を通してテレビ局に説明を求めているとのこと。しかし、視聴者に対する説明がいまだになされていないのと同様、スポンサーであるチョーヤ梅酒さんにも広告代理店・テレビ局からまだ説明はなされていないそうだ。「やらせ問題」「セシウムさん問題」をはじめとしてテレビ局で問題があるたびにスポンサーさんにも抗議の電話が少なからずあるそうで「お客様に反感を買われるようでは、そもそもCMを流している意味がありません」と率直な気持ちを語っていただけた。確かに広告料金を払っているのにマイナスイメージがついてしまっては割りに合わない。「このような状況がエスカレートしていくようであれば、CMを出すという事自体を考えなおさなければいけないかもしれません」というコメントもいただいたが、この言葉、果たしてテレビ局側に届くだろうか。

一連の出来事に関して、テレビ局は正式なコメントを早めに出す必要があるだろう。テレビ関係者の「いやなら観なければいいじゃないか」というコメントも見かけるようになってきたが、その言葉、そのままスポンサーさんに対しても言えるのだろうか

以前からあちらこちらで「CMをやめたら業績が大幅に向上した」なんて声が出ているくらいで、この不景気で少しでも経費を切り詰めたい時代にわざわざ反感を買うばかりのテレビ局にお金を出して自分も火の粉を被ろうという奇特な企業がどれだけいるのかですし、逆に言えばそうした世間の目に鈍感な企業はこれからの時代生きていけないのではないかと他人事ながら不安になってきます。
フジテレビと言えば懸賞に応募したらスパムメールが届くようになったなどというとんでもない話まで持ち上がっていて、こちらに対してもどう見ても状況証拠から流出源として真っ黒であるにも関わらず木で鼻をくくったような態度だと不満が爆発していますけれども、今どきフジテレビの番組を見てくれた上で個人情報まで提供してくれるような貴重な飛びきりの上顧客にこんな仕打ちをしている会社に未来はあるのでしょうか。
冒頭の朝日の社説に戻って言えば、他人に向かって偉そうなことを口走る前にまずは謙虚に我が身を振り返り、「おごれる者久しからず」という言葉の意味をもう一度噛みしめてみる必要があるのが誰なのかということですよね。

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2011年9月16日 (金)

「べっ別に騙されて飛ばされたわけじゃないんだからっ!勘違いしないでよねっ!」

なんでもそこに飛ばされた者は思わずタイトルのような意味不明のことを口走ってしまいそうになるという恐ろしい場所が某所のダム板なんだそうですが、そう言いつつも時にダムというものにもなかなか興味深い話題があるようです。
先日の台風12号は日本各地に大きな被害をもたらしましたが、とりわけ大きな被害を受けたと話題になった紀伊半島ではこんな騒動が持ち上がっているようなんですね。

新宮市議会「人災だ」、Jパワー「規定どおり」 放流問題で平行線/和歌山(2011年9月14日産経ニュース)

 台風12号による紀伊半島豪雨で熊野川水系にあるダムを操作する電源開発(Jパワー)が雨が降り始めてから放流したことをめぐり、和歌山県新宮市議会がJパワーに説明を求めたことを受け、Jパワーは14日、新宮市庁舎を訪れ、市議会側に当時の対応を釈明した。放流は「人災」だったとする市議会と、運用規定どおり放流を行ったとするJパワーの主張は平行線をたどった

 Jパワーの橋本長幸西日本支店長は「法律で定められた運用規定どおり、できる範囲で精いっぱいやった」とした上で「自主的にゲートを閉めて放流しないということは(規定上)できない」と説明。

 市議らは「事前に放流して貯水をゼロの状態にしてくれていたら、こんな事態にならなかった。人命が失われた事実を受け止め、弾力的に運用できるよう考えるべきでは」と訴えた。

熊野川の発電ダム 「事前放流」怠り被害拡大か/和歌山(2011年9月15日MBS)

 台風によって川が氾濫したのは上流のダムが増水に備える事前放流をしていなかったためだとして、和歌山県新宮市議会がダムを管理する電源開発に説明を求めました。
 電源開発は「国の規定に基づいて対応した」と反論しています。

 台風12号では新宮市などを流れる熊野川が氾らんし、志古地区で3人が死亡するなど大きな被害が出ました。
 上流には二津野ダム(十津川村)など電源開発の発電用ダムが6つありますが、電源開発は台風上陸の前に事前放流をほとんどせず、大雨が降った4日未明になって大量に放水していました。
 このため新宮市議会は大雨のさなかに放流したのが氾らんの一因ではないかと説明を求めました。

 「熊野川の水位が低いうちに少しでも流しておけば防げたんじゃないのかというのが住民の素直な気持ち」(新宮市議会議員)
 「発電用ダムで事前放流を行うことはありえません」(電源開発側)

 発電用のダムには洪水対策のための運用規定はなく、両者の言い分は平行線を辿りました。
(略)

和歌山・新宮市議会、台風12号による豪雨の際のダム運用について管理会社に説明求める/和歌山(2011年9月15日FNN)

台風12号による豪雨への対応について、熊野川の下流にある自治体の市議会が、ダムの管理会社に対して説明を求めた。
和歌山・新宮市の市議会は14日、熊野川の上流に発電用ダムを持つ管理会社「電源開発」に、台風12号による豪雨の際のダムの運用について、説明を求めた。
市議たちは、洪水に備えてダムの空き容量を確保する事前放流を求めた。
和歌山・新宮市の市議会は、「人命よりも、利水のダムのことが大事なんですか、どっちですか!」と管理会社にただした。
また、「少しでも(事前放流で)流しておけば、(被害が)防げたのではないかというのが住民の気持ちなんですよ」、「ルールはルールとしてあるけれども、やっぱり状況を判断して弾力的な運用をしないと」といった声が上がった。

今回の台風では和歌山に限らず全国で非常に大きな被害が出て、しかも現在もその影響が継続中であるということには心を痛めているところですが、記事にもありますように新宮市でも複数の犠牲者が出たことは本当に残念な事で、市議会としても住民に対する顔向け上も何かしらの動きは示さずにはいられないところなのでしょう。
今どき天気予報を見ていれば台風が来ることなど何日も前から判っているのだから、それだったらあらかじめ放水して空にしとけやゴラ!と言われると素人目にはなるほどもっともだと思えるのですが、どうも会社側の答えとは微妙にすれ違っているような印象を受けますよね。
日本においてダムに関わる法律である河川法の定義では「河川の流水を貯留し、又は取水するため第26条1項の許可を受けて設置するダムで、基礎地盤から堤頂までの高さが15メートル以上のもの」となっているそうですが(ちなみに、15m未満の小さなものは「堰(せき)」と呼ばれます)、この河川法を受けて1976年に出されているダムに関わる政令が河川管理施設等構造令なるものです。
こちらで扱うのは15m未満のダムやいわゆる砂防ダムを除いた「河川管理施設又は河川法第26条第1項の許可を受けて設置される工作物のうち、ダム、堤防その他の主要なもの」となっていますが、この河川管理施設というのは河川管理者(国や自治体)自身が洪水調節などのために作る多目的ダム、治水ダムと言った類で、一方今回問題になっているような発電ダムは後者の河川法の許可を受けて設置するものになります。

何やらややこしい話ですが、つまり大雑把に分類するとダムには洪水調節を目的にする治水ダムと、発電や上水道・工業用水確保などを目的とする利水ダムとがある、そして複数の目的に使用される多目的ダムなどは別として、基本的に電力会社などがつくっている利水目的のダムというのは治水能力は持たないということのようです。
言われてみればこれは素人が考えても判ることで、治水専用のダムであれば普段は空にしておいて(最初から下部に穴が空いていて全く水を溜めないダムもあります)大雨の時にだけ水を溜め込めばよいわけですが、利水目的のダムというのはもともと水を溜めて何かに使うことを前提にしている以上、大雨が降ったからと言ってさらに余計に溜め込む余地が乏しいわけですよね(実際にはもう少し複雑な問題が絡まるらしいですが)。
そして熊野川水系というのはかなり沢山の利水ダムがあるのですが、驚くことに紀伊半島南部で元々多雨地域として知られているにも関わらず流域に一つとして治水ダムがないらしいというのは困ったものですし、その意味では起こるべくして起こった災害という考え方も出来るのではないでしょうか。
地域の治水システムの上でもともとそうした欠陥があったとするとまずそちらをどうにかするのが先決だと思いますが、ここで問題になっているのは(実際に洪水被害が抑えられたかどうかはともかく)現場に独自裁量の余地はあったのか、それとも会社側の言うようにそうした余地はなかったのかということですよね。

基本的に利水ダムでは洪水調節など行わずそのまま降った分を流すという形になっているようですが、少なくともダムを造ったことによって洪水がひどくなるといったことのないよう、河川法の規定に加えて1966年の建設省(現国交省)河川局から「建設省河川局長通達・建河発第一七八号」が出され、個別にダムの名を挙げてどんな洪水対策をしておくべきかが指示されています。
これがJ-POWER社の言う国の規定というものなのでしょうが、特に今回問題になった同社の発電用ダムである熊野川水系の二津野ダムや風屋ダムなどはこの通達で第一類に分類されていて、河川法に定める洪水調節のための指示についてこんな特別の規定が示されています。、

5 洪水調節のための指示(法第五二条)について

(1) 別添第二に掲げる第一類のダムその他令第二三条第一号又は第二号に該当するダムについては、その下流の地域に洪水による災害が発生し、又は発生するおそれが大きいと認められる場合において法第五二条の指示をすることが、必要かつ適切であるかどうかを検討すること。

(2) (1)の検討の結果に基づき、法第五二条の指示をすることが予想されるダムがあるときは、当該指示に基づく措置が円滑に行なわれるように、当該ダムの設置者との協議により、その措置の内容、当該指示の伝達の方法その他当該指示に関する事項をできるだけ予定しておくこと。

(3) (2)の協議が成立したとき、又は当該協議の成立が困難であることが明らかになつたときは、すみやかに、その成立した協議の内容又はその成立に至らない経過を本職に報告すること。

ちなみにここでいう河川法第五二条とは洪水調節のための指示と銘打たれた条文で、こんなことが示されているものです。

第五二条
河川管理者は、洪水による災害が発生し、又は発 生するおそれが大きいと認められる場合において、災害の発生を防止し、又は災害を軽減するため緊急の必要があると認められるときは、ダムを設置する者に対 し、当該ダムの操作について、その水系に係る河川の状況を総合的に考慮して、災害の発生を防止し、又は災害を軽減するために必要な措置をとるべきことを指 示することができる

非常時に河川管理者(今回のような場合は一級河川ですから国ですよね)がダム設置者に直接ダム操作を指示することについて、事前に指示内容や伝達方法なども決めて報告しなさい、決めない時はその事情も含めて報告しなさいという国からの通達ですから、任意のような書き方をしていても実際上は決めろと言う義務ですよね。
要するに洪水が起こりそうな場合のダムの運用というのは、例え電力会社が運用している利水目的のダムでもきっちり規定が決められていて現場の勝手には出来なず、何事もお上の了解を得た上で事前に決めた予定通りの対応をしなければならないようになっているということですが、当然ながらこんな臨機応変の対応も出来ないようなことになっているのでは困る場合も多々あるわけで、元々のルール設定に問題があったと言えそうです。
歴史を紐解けば1968年の飛騨川バス転落事故や1999年の玄倉川水難事故では規定にないダム操作が行われていますが、これらは人命に関わる緊急事態として警察など各方面関係者からの特別の要望も受けて行われたもので、起こるかどうか判らない洪水被害を予測して自主的にダム操作をしろというのでは、前記規定に照らせば後日確実に関係者が責任を問われるだろうことを考えると難しいだろうと推測できますね。

地域で治水のための物理的体制が出来上がっていなかったのがそもそもの問題なのですから、自治体が後になってクレームをつけるなら最初から自分達でお金を出して治水ダムでも作っておけやというのが筋論になるでしょうし、ルールは無視してでも状況を判断してやれというなら、市議会議員こそ市長に働きかけるなり独自に声をかけて回るなり住民の避難を率先してすすめていくべき責任があったのではないでしょうか。
実際に電力ダムを含めて地域の複数のダムを有機的に活用して洪水被害を防いだという例は過去にもあるようなんですが(わざわざレポートするくらいですからレアケースなんでしょうね)、何故そうしたことが常時出来ないのかと言えばダム一つ取っても関係省庁や団体が複数にまたがる、これが地域の複数のダムにまたがってとなれば関係者は数え切れないことになるわけで、それぞれの利害調整や連絡、そして後始末の費用は誰が負担するのかといった話がまとまらないからであるようです。
となれば、そうした体制整備の話は台風が来た後で騒ぐべき話ではなく、普段から地域や関係者の間できちんと話し合うなり国に働きかけるなりしてこれなら満足出来るという運用ルールをあらかじめ決めておくべきものであるし、法律や通達上の決まりは守らざるを得ないダム管理者側に喧嘩腰で食ってかかっても何ら建設的ではなさそうに思いますが、敢えて声を荒げて見せアピールしなければならない事情もあったということなのでしょうか。
今回の台風では和歌山県内でも治水目的のダムすらうまく対応出来なかったというくらいで、ましてや利水ダムが多少あがいてみたところでどうにもならなかった可能性が高いと思いますが、万一にもそうした不満足な体制で良しとしてきた行政側の人々が自分達への批判をそらす目的で誰かを犠牲の子羊に祭り上げて責めたてるというのであれば、さすがにそれは筋が違うだろうと思わざるを得ません。

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2011年9月15日 (木)

苦を避け楽を求めることは悪徳ですか?

決して良いニュースでも何でもないのですが、所変わればお上の対応もこうなるのかと感心したのがこちらのニュースです。

運送会社所長ら4人逮捕=名神6人死傷、過労運転命じた疑い―大阪府警(2011年9月13日時事通信)

 大阪府茨木市の名神高速道路で6月、渋滞の車列に大型トラックが突っ込み6人が死傷した事故で、府警高速道路交通警察隊は13日、道交法違反(過労運転下命)容疑で、運送会社「ランドキャリー」(本社名古屋市)の岐阜営業所所長鈴木弘一容疑者(47)=愛知県春日井市高蔵寺町=ら4人を逮捕した。同隊によると、いずれも容疑を否認しているという。
 事故は6月13日午前11時ごろ、茨木市穂積台の名神高速上り線で発生。2人が死亡し4人が重軽傷を負った。大型トラックを運転していた丹羽潤被告(42)=自動車運転過失致死傷罪で公判中=は同隊の調べに「厳しい勤務状態で疲労がたまり、居眠りしてしまった」などと話していた。
 4人の逮捕容疑は、6月12日、岐阜営業所内で、丹羽被告が連続勤務による過労で正常な運転ができない恐れがあるのに、運転を命じた疑い。
 同隊によると、丹羽被告は日曜日の昼に岐阜営業所を出発、5日間連続でわずかな睡眠時間で1日約700キロ走行し、金曜日の夜に同営業所に戻る勤務を事故直前まで7週間にわたり続けていたという。 

700キロ運転を週6日…過酷な乗務を指示(2011年9月14日読売新聞)

 大阪府茨木市の名神高速道路で6月、2人が死亡、4人が重軽傷を負った玉突き事故で、大阪府警高速隊と交通捜査課は13日、最後尾から追突した大型トラックの運転手に過重な乗務を指示したとして、運送会社「ランドキャリー」(本社・名古屋市)の岐阜営業所長・鈴木弘一容疑者(47)ら社員・元社員計4人を道交法違反(過労運転下命)容疑で逮捕した。

 4人は容疑を否認しているという。

 発表によると、鈴木容疑者らは6月12日午後、同社の運転手・丹羽潤被告(42)(自動車運転過失致死傷罪で公判中)が長時間乗務で過労状態にあることを認識しながら、愛知―兵庫間の往復運転を指示した疑い。

 事故は6月13日午前、渋滞の車列に丹羽被告の大型トラックが突っ込み、5台が炎上。当時36歳の女性と同51歳の男性が死亡した。丹羽被告の睡眠不足と過労による居眠り運転が事故原因だったとされる。

 府警は本社や同営業所を捜索。押収資料などから、丹羽被告が4月24日~6月13日、名古屋市、愛知県豊橋市、兵庫県たつの市、同県明石市などを1日で回る約700キロのルートを一人で運転する勤務を週6日間繰り返し、その間、車中で寝泊まりしていたことが判明した。

 同社の森部鐘弘社長は「ご遺族やけがをされた方には申し訳ない。本社も営業所も(丹羽被告が)過労状態だったことを把握できていなかった」と話した。

亡くなられた犠牲者の方々にはお悔やみを申し上げるしかありませんけれども、居眠り運転の結果事故を起こしてしまったというトラック運転手も加害者であると同時に被害者でもあるということであり、それを命じた側を逮捕するという形で公に間違った勤務状況であったという認識が示されたことはよかったのではないかと思います。
この「過労運転下命」による逮捕というのは以前にも取り上げたことがありますけれども、まさしくこうした事態が頻発していることを懸念した結果2002年より道路交通法が改正され厳しく使用者責任が問われるようになったもので、過労運転をさせることそのものが罪であるということが明文化され実際にこうして運用されるようになっているというのは労働者個人は元より、何より社会にとって心強いですよね。
もちろんこれも以前から取り上げているようにトラック業界の過労運転の元凶というものは運送費用が安すぎることに加えてその極端な下請け、孫請けの慣習に根ざしているとは言われるところで、不当な安値で過酷な運送体制を強要する親会社を取り締まらずしてどれほどの効果があるのかという疑問はありますが、下請け側にとってはこうした法規制が正当なコスト転嫁を行うための後押しにはなり得ると思います。
特に昨今では国民全体のワープア化が進み、安く使える労働力を徹底的に使い潰すのが賢い経営術であるかのような風潮すらありますから、同業界に限らず広く国全体に対して一石を投じることになればいいのですけれどもね。

さて、連日過酷な労働を続け職場で寝泊まりが続くなどと聞けば某業界の事がどうしても思い浮かぶという方々も多いのではないかと思いますが(苦笑)、実のところ過去半世紀ほどを通じて最も医師の労働環境改善が進みつつあるのが医師不足だ、医療崩壊だと社会的にも大騒ぎされるようになったここ数年のことであるというのは一見なんとも不思議な現象にも思えますね。
医者という人種はああ見えてかなり体育会系なノリの人間が多く(医学部学生のみによって行われる運動大会である西医体、東医体は国体に次いで日本第二、第三の規模を誇ると言われます)、努力や根性といったスポ根的要素は平均的にかなり高い水準で持ち合わせていると思われますから、「睡眠なんて一日合計三時間で十分」「休みはないのが普通」などと大抵の事は黙って我慢してきた経緯がありました。
しかし近年労働環境がさらに一段と厳しさを増しどうやら人間の耐えられる範疇を超え始めた、そして何よりここで自分が過労死覚悟で頑張っても状況は今後も一向に上向きそうにないらしいと悟ってしまえば人間心が折れるもので、その結果が逃散などといった個人レベルでの労働環境改善に現れてきたわけですよね。
どこの大学でも内科、外科、産科に小児科という患者の全身を取り扱う、いわゆるメジャー診療科四科への入局者数が長期的に下落を続ける一方で、限定的な領域だけを扱ういわゆるマイナー診療科に人材が流れている傾向が顕著ですが、先日は厚労省から報告された臨床研修経験後の志望先の変化を見ても同様の傾向が認められているようです。

臨床研修後、内科、外科など希望者減- 厚労省WG(2011年9月12日CBニュース)

 厚生労働省の「臨床研修制度の評価に関するワーキンググループ」(座長=堀田知光・国立病院機構名古屋医療センター院長)の会合が9月12日に開かれ、厚労省が、臨床研修の前後で将来希望する診療科に変化があったかどうかを研修医に聞いたアンケート結果を報告した。それによると、必修7診療科のうち、研修後に希望者が減った科目は、内科系、外科系、小児科、産婦人科の4診療科。一方、増えたのは麻酔科、救急、精神科の3診療科だった。

 アンケート調査は、昨年3月に臨床研修を修了した全国の研修医7512人を対象に同月に実施。5250人から回答を得た。

 それによると、研修前に比べ研修後に希望者が減った科は、内科系(研修前1829人、研修後1674人、以下同)、外科系(613人、604人)、小児科(546人、417人)、産婦人科(338人、295人)の4科。一方、増えたのは麻酔科(181人、311人)、救急(103人、131人)、精神科(218人、262人)の3科だった。

 研修後、ほかの科を希望するようになった理由を聞いたところ、どの科でも「ほかの診療科の方が魅力がある」が最も多く、このほか「仕事内容が想像と違った」「相性が合わない」などの回答が目立った。外科系では、「体力的にきつい」「拘束時間が長い」、救急では「将来、専門性を維持しづらい」などの回答も多かった。
 一方、研修後にほかの科から移行してきた理由を聞くと、どの科でも「やりがいがある」「学問に興味がある」「相性が合う」が上位を占めた。

 現行の臨床研修制度では、内科、救急が必修診療科。外科、麻酔科、小児科、産婦人科、精神科の5科が選択必修で、この中から2診療科を選ぶことになっている。

ま、「実際に行ってみたら思っていたのと全然違っていた」などということは医療に限らずあることですけれども、とりわけ外科系などで「体力的にきつい」「拘束時間が長い」といった理由で忌避する傾向が顕著になってきているというのは、一昔前の何も現実を知らず初心なままで入局していた時代ではなく実際に各科ローテートを経験した世代の意見だけに、各科相対的に比べて見ても確かにそうなんだろうなと説得力はありますよね。
医師とは単なる金を稼ぐための職業ではなく崇高なものであって、自分の労働環境がどうこうなどと文句をつけることがあってはならない…なんて時代錯誤なことを言う先生はさすがに昨今いらっしゃらないと思いますが、冒頭の事件にもあるように何より人様の命をお預かりする仕事であるならばこそ、それが最上の状態でこなせるように自らの健康状態も含めてマネージメントすることが求められているはずです。
幸いにも今であればまだ医療の世界は売り手市場で労働者個人の発言力が強い、とりわけ専門職である医師や看護師にとっては長年放置されてきた労働環境を改善するための(もしかしたら最後の?)チャンスであって、社会責任を果たしていく上でも自ら環境改善を望み求めていく姿勢を示さなければならないとも言えそうですね。
そうした状況を踏まえた上で最近面白い試みだなと思ったのは、東京医療センターで臨床研修科医長を勤める内科医の尾藤誠司先生が提唱されている「『もはやヒポクラテスではいられない』21世紀 新医師宣言プロジェクト(「もはヒポ」プロジェクト)」という試みなんですが、日経メディカルから抜粋させていただきましょう。

◆尾藤誠司の「ヒポクラテスによろしく」 「もはヒポ」プロジェクトを始めた理由(2011年8月31日日経メディカル)より抜粋

(略)
 私がこのプロジェクトを立ち上げた理由を一言で言うなら、今の医療者が自らの職責とともに患者に誠実に対峙するためには、現在に即した新たな「患者-医療者関係」モデルの提示が必要だと考えたからです。

 もう少し詳しく解説します。一時期大きく揺れていた「患者-医療者関係」が、若干落ち着きつつあるように見えます。その理由は二つあって、一つは「患者に黙って勝手なことをした医師はケシカラン!」とか「救急車の受け入れを断るなんて何やってんだ!」といった新聞などの報道が、恐らく報道機関側の意図によってかなり少なくなってきたこと。もう一つは医師に代表される、医療者自身の患者に対するスタンスが変化してきたことが要因として考えられます。

 患者の権利に対する意識が高まり、インフォームド・コンセントが医療の中で重要視される中で、医師の独善的な態度やそれに基づく行為にダメ出しをされるようになりました。多くの医師は、それらの批判を「医師は過剰に患者にコミットせずに、技術者になりきらないといけない」と受け取ってしまったように私の目には映ります。

 私は常々、患者に対する医師の一般的なたたずまいを、「王国の騎士」のようだと思っていました。王様によって統治された国の大切な民を守るために、王の命を受けて全力で戦う騎士のようだと。その使命を全うすることで、騎士は国民から尊敬され、騎士は国民を守るという使命感とともに、身を削っても堂々と立っていられる。そんなたたずまいを、この国で患者のために身を粉にして働く医師の姿から感じ取っていました。

 この場合で言えば、騎士である医師が戦う対象は病気であり、おそらく医師に命令を出している王に当たるものは、教授とか院長とかではなく、臨床試験などから得られたエビデンスや病態生理学的な整合性などの「医学的に正しいこと」だと私は考えます。いずれにしても、近寄りがたいけど頼りになる「騎士=医師」、それに守られる存在としての「民=患者」という関係性によって、これまでの関係は成立していたと考えます。

 それがインフォームド・コンセント全盛の時代になり、「患者‐医療者関係」に変化が起きました。今までのたたずまいにダメ出しをされた医師は、“鎧を着たまま患者から引いていく”という選択をしてしまったのです。これでは、患者も医師自身も浮かばれません。本当は、医師が騎士の鎧と剣を外し、同じ土俵で患者と向き合うことが必要だったのではないでしょうか。

 そこで私は、ちょっと自虐モードにある現在の医師が、重い鎧を脱いだ上で、もう一度患者の手を握っていくような意識変革を起こしたいと考えました。そのためには、非常に立派ではありますが、私にはあまりにも騎士道的に映る“ヒポクラテス的な医師像”の呪縛から、現代の医師を解放する必要があると考えたのです。それが「もはヒポ」の始まりです。
(略)

◆私の視点 ヒポクラテスではない、等身大の医師宣言を皆で作ろう(2011年2月27日日経メディカル)より抜粋

(略)
 ヒポクラテスの誓いを改めて見直してみると、個人として神に誓い、それをひとつの象徴として医療のあるべき姿を考えるというものだということが分かります。もちろん、最終的には皆が変わっていかなければいけないですが、まずは医師個人が患者のケア、現場を意識した宣言を作る方が実行力があり、インパクトがあるものになると思ったのです。患者にとってもそのような宣言の方がリアルに感じられ、「こういう医者だったら受診してもいいな」「こういう医師にならば話してもいいな」、と思ってもらえるのではないでしょうか。

 ところがヒポクラテスの誓いにも問題がありました。パターナリズムに立脚しているのです。神に宣誓して、“聖”として凡人に施すという姿勢ですから、今の時代にはそぐいません。現在の医師患者関係の問題の根本にあるのは、医師が“聖”という存在であること、すなわち「神に誓いを立てた私がすることは正しいことである」という姿勢だと思っています。“聖”を抜き、斜に構えず、クライアントたる患者に専門家として正対していく。今回掲げた「もはやヒポクラテスではない」というスローガンには、そのような思いを込めています。
(略)
 現在、Webサイト上で、皆の「宣言」のツイートを閲覧できますが、正直なところ、これほどの宣言が集まるとは夢にも思っていなかったですね。「脱ヒポクラテス」というコンセプトですから、医療者の価値観の傲慢さに対するアンチテーゼとしてのツイートは出てくると考えていました。ですが、「私は高血圧の患者に、あなたにとって血圧よりも重要なことは何か尋ねます」「私はあなたの本当の痛みや苦しみを完全に理解することはできません」「私は患者がどんな医療も受けない権利を尊重します」「私の間違いに気付いてくれる人を大切にします」などなど、いい具合に行儀悪く、私の想像以上に胸に来る宣言が集まっています。

 ここまでは8割がた成功しているという感触を持っていますが、もっと多くの方に自分の生活のリアルのことをつぶやいていただきたいですね。「昼ごはんをちゃんと食べます」でもいい。いろんな人がいろんな考え方を持って、現実生活の中での現実の話をツイートすることで、自分の考えている医師のあり方を広くしていくことができると思うのです。公に発表するわけですから、格好をつけたくなる気持ちも分かります。ですが、“すっぴん”で発言すると、自分にまだ情熱が残っていたことに気づくいい機会にもなります
(略)

ここで出てくる「ヒポクラテスの誓い」とは看護師にとっての「ナイチンゲール誓詞」のようなものですが(ちなみに出自からすると後者が前者を参考に定められたものだと言うことですね)、医者なら誰しも一度くらいは目にしたことがあるにしろ、看護におけるナイチンゲール誓詞のように暗唱テストまで課されるような扱いを受けていないのは、さすがに医療の現状にそぐわないという認識が医学教育者の間にもあるからなんでしょうか。
もちろん見て頂ければ判る通りプロジェクト自体は別に医師の労働環境改善を主眼としたものではありませんが、現場を見ない「かくあるべし」論から始めるのではなく、素直に医療の現状に立ち返ってよりよい医療を追求するための一つの指針を示すべきだという考え方は、24時間働けますかどころではなく30時間、40時間の連続労働が日常診療の中で当たり前に設定されている現状を見直す動機にもなるものでしょう。
「うまくいって当たり前でひとつまちがえば叩かれる/これを理不尽と考えてはいけないと思うのです/それはどんな職業でも当然のことなのです」なんて有名な名台詞(?)がありますが、どんな職業でもその水準が当然のこととして要求されるからこそ、どんな職業でも確保されるべき労働環境というものが設定されているわけで、それを医者だから特例で無視して良いなんて馬鹿な理屈はないはずです。

夜勤における業務効率は酩酊者のそれと同レベルであるという話はかつて労働科学研究所の佐々木司氏が紹介して一躍有名になったものですが、日勤の後にそのまま当直という名目の実質的な夜勤に突入する、それをさらに超えて翌日の常勤に入り当たり前のように残業までこなし、場合によってはそのまま泊まり込むような状態は立派な仕事ぶりどころではなく、本来ならいったいどんな低レベルの仕事をしているのかと顧客からクレームがつくはずのものなのだと言うことでしょう。
患者にとっては一生に一度の大手術を前に髪はボサボサ荒れ放題、両目を血走らせて「いやあ、もう三日寝てないんですよね。手術中に居眠りしちゃったらごめんなさいねアハハ…」なんて先生よりも、見るからに心身ともに充実した様子で「最善の医療を提供するための準備は全て整えていますから」と言ってくれる先生の方が、どう考えても頼りがいがありそうなのは当然ですが、その当たり前のことにすら気付かないほど今までの医者は両目を血走らせて視野狭窄に陥っていたいたとも言えるんじゃないでしょうか。

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2011年9月14日 (水)

馬鹿げた騒ぎにはいい加減うんざりです

電力の8割以上を原子力に依存しているという原発大国フランスで、核燃料処理施設の爆発事故が発生し5人が死傷したというニュースが大きな話題を呼んでいますが、幸いにも放射能汚染などは観測されていないとは言え世界的に逆風吹く中でフランス政府としても痛い事故になったかなという気がします。
先日は日本でも福島の原発事故を巡る舌禍事件で組閣早々経産相が辞任するという事件がありましたが、いささか空気の読めない発言であった部分は否めないとしても、どうも経緯を知るほどにおかしな話が横行しているものだなと言う気がしてくるのですね。

鉢呂経産相辞任 記者クラブに言葉狩りされて(2011年9月11日BLOGOS)

 「藪の中」とはこのことである。鉢呂吉雄経産相を辞任に追い込んだ「放射能すりつけてやる発言」。10日夕の緊急記者会見で鉢呂氏は「そんなことを発言したという確信を持っていない」と否定した。

 件の発言はオフレコ懇談会の中で出たものだ。鉢呂氏は「記者さんがたくさんいたものだから誰に言ったのかも覚えていない」とした上で「聞くのが専門の記者さんだから…」と皮肉を込めている

 オフレコ懇は日本の記者クラブ特有のものだ。出席できるのは、クラブ詰の記者だけである。極端な話、記者全員が一致団結して大臣のコメントを捏造することさえ可能だ。本来オフレコのはずの、それも真偽の定かでない発言が表に出てきたのが不思議である。今回、経産省記者クラブが全社一致したのか。それを知ることはできないが、発言をめぐって鉢呂氏は「定かに記憶していない」としている。

 鉢呂氏は「言葉狩り」の犠牲者でもあった。「死の街発言は記者クラブによる言葉狩りではないか?」と筆者は質問した。

 鉢呂氏は次のように答え無念さをにじませた。「(発言の)前日、地元14の市町村長さんたちと話した・・・(中略)人っ子一人通らない。街並みがあるのに。こんな街は日本にはないという意味が、ああいう言葉(死の街)になった」。鉢呂氏の表情は『俺の真意ではないんだ』と語っていた。

 20キロ圏内や飯舘村は明らかに「死の街」である。福島に住む多くの人々は疎開したがっているのが現実だ。事態を率直に認めた鉢呂氏は評価されて然るべきではないか。脇が甘かったと言われればそれまでかもしれないが。

大臣を辞任に追い込んだ記者クラブの面々は鼻高々だ。記者会見室には哄笑が響く。得意絶頂のあまりヤクザ言葉で鉢呂氏に答を迫る記者もいた。社名も名乗らずに無礼千万な態度で質問するのである。同業者として恥ずかしい。

 筆者はその記者をドヤシ付けてやった。後で名刺交換し社名を聞こうと思っていたが、輩は記者会見が終わるとソソクサと記者室に逃げ帰った。大手メディアの記者であることだけは確かなようだ。

社会人としてもお粗末な連中だが、「藪の中のオフレコ懇」と「言葉狩り」で国務大臣の進退をも左右することが可能なのである。記者クラブが国を滅ぼすことを確信した会見だった。

 小沢一郎氏の例が物語るように記者クラブと官僚の目障りになる政治家は陥れられる。鉢呂氏の場合「脱原発と反TPP」が、記者クラブメディアと官僚の機嫌を損ねていたことは確かだ。

鉢呂大臣に暴言吐いた記者の名前が誤拡散(2011年9月11日livedoorニュース)

 10日に行われた鉢呂経産相の辞任記者会見で、出席した記者が「説明しろっつってんだよ」と暴言を吐いたが、インターネット上には、某全国紙の●●記者だと名前が挙げられた。
すでに名前は本人の知らないところで拡散しているが、これがどうやら違う記者の名前のようだ。

 鉢呂大臣が、辞任理由を説明した際に表現がわかりにくかったために、わかりやすく説明するよう問いただした言葉が「説明しろっつってんだよ」。この記者は最初に「説明しなさいよ」とも言っていた。

 最近は記者会見でも、社名と名前を必ず言い挙手をするというのが、暗黙のルールとなっている。しかし、この記者は、さすがにバレるのが嫌だったのか、名乗っていない。そのせいか、違う記者の名前が出るという二次被害も結果として出ている。

 これで思い出すのが05年のJR西日本の福知山線脱線事故。社長を前にして、記者が「遺族の前で泣いたようなふりをして、心の中でべろ出しとるんやろ」といういびる姿がテレビで放送されたことだ。

 これは、世界最大の部数を誇る某全国紙の社会部の記者の質問だ。これには、本社にも苦情や怒りの電話が多数あったという。あえて、時効ということで名前は伏せておこう。実際に同業他社からも、この記者たちの評判は芳しくなかったそうだ。

 それから6年、クビを盗ったぞ、といわんばかりの「ドヤ顔」で、溺れている人を叩くとは、記者は何も学んでいない。

こうなってくると政府与党としても対応に追われる、野党としても任命責任云々と追求せざるを得ないということで、またぞろ馬鹿馬鹿しい騒ぎで国会は空転を続けるのかとうんざりしている国民が圧倒的多数派だと思いますけれども、考えて見ると近年の日本政界を揺るがす事件らしきものの大部分がこの種のマスコミ発によるものであるという気がしてきます。
オフレコなどという根拠のないものに油断して鵜の目鷹の目のマスコミにわざわざネタを提供する大臣もよほど危機管理意識がなっていないのでしょうが、記者会見の様子などを見ても事件を自ら作り上げ炎上させ「見たか!オレ様が大臣まで辞めさせてやったのだ!どうだすごいだろう!」といい気になっているマスコミ連中の品性の下劣さが現れているというものですよね。
差別と特権的優遇とは一つの現象の裏表に過ぎず、こうして一生懸命に言葉狩りに精出すことも根拠もなく差別していることと根は同じだという意見がありますが、それではどうすればいいのかと考えるとただ特別視しない、ごく当たり前に普通の態度で接するというのが最も求められていることなのかなという気がします。
そういう意味で執拗な言葉狩りに執念を燃やすマスコミのやり方こそ「へえ、福島ってやっぱり特別なんだ」と国民のいわれなき誤解と偏見を産む温床になっていると言えそうなのですが、彼らの場合むしろ積極的に誤解と偏見を推進していこうとしているかのようにも見えるのが何とも始末に負えないですよね。

「東北の野菜、健康害する」 教授発言に一関市長抗議(2011年9月7日47ニュース)

 読売テレビ(大阪市)が4日に放送した番組で中部大の武田邦彦教授が岩手県一関市の放射線量の数値を示し、東北地方の野菜や牛肉について「健康を害するから捨ててもらいたい」と発言し、勝部修一関市長が教授に抗議のメールを送ったことが7日、市への取材で分かった。

 番組は「たかじんのそこまで言って委員会」。「東北の野菜や牛肉を食べたらどうなるのか」との子どもの質問に答える形で、武田教授は健康を害するとしたほか「いま(東北地方で)農作物を生産するのが間違い」などと発言。放射線量の数値が高い場所として一関市を挙げ「ここには海を通って放射性物質が落ちた」と話した。

読売テレビ番組:東北の農作物、健康壊す…中部大教授発言(2011年9月6日毎日新聞)

 読売テレビ(大阪市)系列の番組で、中部大の武田邦彦教授が岩手県一関市の放射線数値を示したうえで「東北の野菜や牛肉を食べたら健康を壊す」などと発言したとして、勝部修市長は6日、武田教授に抗議のメールを送ったことを明らかにした。番組は4日午後1時半から東北の一部で放送された「たかじんのそこまで言って委員会」。

 ◇一関市長がメールで抗議

 武田教授は子供の質問に専門家が答えるコーナーで、放射線量の高い地域として一関市を挙げ「今、東北で農作物を生産するのは間違い」などと発言。他の出演者が疑問を呈したのに対し、「取り消すつもりはない」と語ったという。

 勝部市長は「農家の感情を逆なでする非常識な発言だ」と指摘した。読売テレビは毎日新聞の取材に「武田先生に批判的な意見も入れて(放送して)いる。全体を見てもらえば、問題のある内容とは思わない」としている

 武田教授は、地球環境問題で定説とは異なる主張を展開してから注目されるようになり、多くのバラエティー番組に出演し、著書を出版している。【湯浅聖一】

“東北地方の農産物捨てて”に読売テレビが見解「大切な問題提起」(2011年9月7日スポニチ)

 読売テレビ(大阪市)の番組で出演者が東北地方の農産物を「健康を害するから捨ててもらいたい」などと述べ、岩手県一関市長が発言者に抗議メールを送った問題で、同テレビは7日、「国全体で広く議論されるべき大切な問題が提起されると判断して放送に至った」との見解を公表した。

 番組は4日放送の「たかじんのそこまで言って委員会」。中部大の武田邦彦教授が「東北の野菜や牛肉を食べたらどうなるのか」との子どもの質問に応じて発言した。

 同局によると、2日に番組を収録後、考査担当者を含む複数の局員で内容を検討した上で放送された。7日までに約100件の抗議や問い合わせがあったとしている。

実際に何を言っていたかということはこちらの動画から60分以後の「子供相談室」の部分をご確認いただければと思いますが、「東北の野菜とか牛肉を食べたら僕らはどうなるの?」という質問に答えて「もちろん健康を害しますから出来るだけ捨ててもらいたい。決まってます」「畑に青酸カリがまかれたと。青酸カリをのけてから植えてください」と言うのが武田教授の答えで、まあ東北と十把ひとからげな時点で科学とは縁遠い話ですね。
科学として東北はだめ、他を食べろと発言するなら、例えば茨城よりも青森の方が土壌汚染が著しく後者のみが農畜産物を通して健康被害を及ぼすレベルであるというデータを出すなり、地形や距離、原発事故後の気象などから東北一円に限って危険なレベルでの汚染が広がっている可能性が高いという試算を示すべきであって、根拠となる定量的データもないまま単に危ない危ないではDHMOは危険レベルの○○老人の戯言ですよ。
何が危険と言ってこうした食品汚染の話題になると必ず産地偽装などの関連する諸問題が出てくるものですが、これを防ぐには一つにはきちんとした根拠ある危険区域を設定し、その内部に対しては偽装したり隠すと損になるのだと理解されるほどに十分な補償を行う、そしてもう一つには周辺の安全区域に対しては従来通りの取引が出来るのだということを保証していく必要があるわけです。
ところがこういう真逆なことを広めて回る老人は呼べても、それをきちんと理をもって批判できる人材は呼べないことが読売テレビの限界を示すものですが、宮崎の口蹄疫でも見られたように火のないところには放火して回るようなこの種の行為こそ実はマスコミのお家芸であるということも見過ごすわけにはいきませんよね。

基本的に関西の番組ですからご存知のない方もいらっしゃるかも知れませんが、この番組は様々なネタに対して参加者がホンネで議論するというスタイルを取っている一方で非常に強力な編集をされていることでも知られていて、当事者である読売テレビもチェックを通しているからこそ「国全体で広く議論されるべき大切な問題が提起されると判断して放送に至った」わけです。
武田教授などはかねてから原発関連で誰も公に言わない秘密をぶちまけるというスタンスで発言を続けてきているわけですから、視聴者の方は「なるほど、国は問題ないと言っているけどやっぱり危ないんだな」と認識するでしょうし、生放送中の爆弾などではなくチェック済みの録画にオーケーを出した読売テレビの方でも国民がそうした認識を持つことを期待して同教授の起用を続けてきたということなのでしょう。
同教授も単なる電波芸者の戯れ言ではなく「学者が学問的見地から発表した」と言うからには、東北地方全域には野菜の経口摂取により健康被害が出るレベルの汚染が存在することを立証する義務を負うのは教授の側ですし、それがなされない以上当人は元より彼らマスコミお得意の言い回しを用いるならば読売テレビも風評被害の任命責任を問われざるを得ないでしょう。
こうした馬鹿げたマスコミによる洗脳の積み重ねがどのような結果をもたらしているのか、今や福島はケガレでありムラ社会から排除されてしかるるべき存在であると考えている人々が世に蔓延した状態にあることは、遠く九州から伝わってきたこんなニュースからもうかがい知れることではないかと思います。

福島応援ショップ「放射能不安」風評被害で出店中止/福岡(2011年9月9日スポーツ報知)

 東京電力福島第1原発の事故発生後、風評被害に苦しむ福島県の農家らを支援するため、福岡市内のショッピングモール「マリノアシティ福岡」内で17日にオープン予定だった「ふくしま応援ショップ」の中止が8日、決まった。先月下旬の計画発表後、放射性物質の拡散を不安視する市民らから「不買運動を起こす」「(韓流問題で抗議デモを受けた)フジテレビみたいになりたいのか」といった抗議がメールや電話で寄せられたため、苦渋の決断に至ったという。

 「ふくしま応援ショップ」プロジェクト事務局によると、同店舗の計画は4月下旬にスタート。マリノアシティ福岡内の直売コーナーに店を構え、今月17日から福島県産の農産物を販売する予定だった。先月26日に記者発表し、開店準備を進めていた。

消費者が抱える不安を考慮し、生鮮食料品の取り扱いはなし。店頭に並べるのはジャムやうどんなど、震災前に原材料が収穫された加工品に限定した。さらに全商品に放射線量のテストを行い、国の暫定基準量の10分の1以下であるかどうかをチェックするという、徹底した管理態勢を敷く方針だった。

 にもかかわらず、先月末から今月初旬にかけ、インターネットの掲示板「2ちゃんねる」で、ショップに対して批判的な書き込みが相次いだ。その後、マリノアシティや、店の運営母体である「九州産直クラブ」に対し、抗議の電話、メールが約30件寄せられた。内容は「福島からトラックが来るだけで放射性物質が落ちる」「(マリノアシティの)不買運動を始めるぞ」といったもの。さらに、先月下旬に「韓流偏重だ」などとして抗議デモを受けたテレビ局を引き合いに出し「フジテレビみたいになりたいのか」などと脅迫めいた抗議もあった。

 九州産直クラブは、マリノアシティ全体に迷惑や影響が及ぶことを懸念し、7日に出店の断念を申し入れた。今後は別の形での展開を模索することになる。プロジェクト事務局の吉田登志夫さん(59)は「風評被害とはこういうものなのかと痛感しました。残念というほかありません」と肩を落としつつも「これからも福島県とのつながりを作っていきたい」と話している。

福島県産品店中止「悲しい」「安全保証ない」交錯/福岡(2011年9月9日読売新聞)

 原発事故による放射能汚染を恐れる人からのメールなどを理由に福岡市内での出店が中止となった福島県産品店「ふくしま応援ショップ」。事実が明らかになった8日、「残念だ」との声が上がる一方で、汚染を恐れて避難してきた被災者からは「出来るだけ危険を避けたい」との本音も聞かれた。東日本大震災から11日で半年。被災地支援の難しさが、改めて浮き彫りになった。

 同ショップが出店する予定だった福岡市西区の商業施設「マリノアシティ福岡」。買い物をしていた元病院検査技師、上田孝子さん(52)(福岡市博多区)は「そうしたメールの意見が福岡県民の大多数の考えと思われると残念」と表情を曇らせた。

 かつて仕事で放射線を使用する機器を扱っていたと言い、「基準値以下のものだけを販売するとしており、問題はないと思う。正しい知識が大切」。出店を断念した市民グループ「ふくしまショッププロジェクト」へは「復興支援は息の長いものになる。これにめげず、新しい販売場所を探してほしい」と話した。

 筑紫野市から来ていた男性(75)も「(2005年の)県西方沖地震の際は県外の多くの人たちから応援してもらった。福島のものを買うのが不安なら店に行かなければいいだけなのではないか」と語った。

 一方で、避難者の中には複雑な思いを抱えた人も。関東から子どもと避難してきた女性は、今回、実際に出店に反対する電話をかけたという。「福島の食品が安全だという保証はない。九州まで逃げてきたのに、また追いかけられるような気がする

 「ふくしま応援ショップ」の出店準備を支援してきた福岡福島県人会の浅野雄(たけし)さん(67)(福岡市早良区)は、「福岡の消費者には懐深く受け止めてほしかったが、残念だ。放射能が怖いのは理解できるが、日本全体で東北、福島を支援していこうという中、始める前から問答無用ではねつけるなんて、やるせなく悲しい。震災でやる気をなくしていた福島の生産者が、開店を『希望が持てる』と喜んでいただけに、気落ちしないか心配だ」と案じていた。

震災直後にも福島からの避難者は受け入れお断りだとか言った騒ぎがあったことは記憶に新しいところだと思いますけれども、被災直後の混乱期ではなく今この時期に至っても未だこのレベルの対応なのかとため息をつくしかない話ですよね。
こうして表に出てくることはなくとも、どう見ても過剰反応としか言いようがない方々も大勢いらっしゃることは皆さんも周囲に見聞する範囲でも承知のところだろうと思いますが、では何をもって適正な反応と言い何をもって過剰反応とするかは結局のところきちんとしたデータに基づいて科学的にやっていくしかないはずです。
ならば学者を自称する人々がまず示すべきはきちんとしたデータであり、科学的根拠に基づく適切な予測であって、根拠もないいたずらにセンセーショナルなだけの発言で世の注目を集めたいというだけのパフォーマンス主義者はそもそもお呼びではないのですが、哀しむべきことにマスコミが好んで用いたがるのはこうした見た目にインパクトのある人間であるというのが現実ですよね。
何も考えずに声の大きい人間についていけば楽でいいという人も多いのでしょうが、その結果いつの間にか自分が罪なき人々に石を投げつけるようになっては寝覚めが悪いと多少なりとも感じる人は、馬鹿げたことを大声で叫んで回る他人に乗せられるばかりではなく、時に一歩引いた場所から問題を自分の目で見つめ直してみることが必要でしょう。

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2011年9月13日 (火)

局所的にみると正しい対応も大きな目で見ると別な問題を来す場合もあって

医者であれば誰しも起こって欲しくないと願っていることでしょうが、実際にはやはり時と場合によって起こってしまうのだなと感じさせられたのがこちらの事件です。

腹膜炎を便秘と診断後に死亡…病院が遺族に謝罪(2011年9月8日読売新聞)

 名古屋大学医学部付属病院(名古屋市昭和区)は8日、2009年2月に救急外来を受診した名古屋市の70歳代女性の腹膜炎を発見できずに帰宅させ、翌日に死亡する医療事故があったと発表した。

 同病院によると、女性は同月10日、腹痛や吐き気を訴えて来院。医師になって3年目の40歳代の男性研修医がレントゲン撮影などをしたうえで「習慣性の便秘」と診断し、薬を処方して帰宅させたが、女性は翌11日朝に自宅で意識を失い、別の病院で死亡した。

 女性は来院した時点ですでに大腸に直径1・5センチ程度の穴があいていた疑いが強く、レントゲンにも腹腔(ふくくう)内に空気が漏れ出ている様子が写っていた

 外部識者らによる事故調査委員会は「研修医の知識・技量では発見できなかったのはやむを得ない」とする一方、「経験豊富な医師なら異常に気付いた可能性が高い」と指摘。国の指針を基にした当時の救急外来部門の取り決めでは、研修医でも3年目からは一人で診療を行い、患者の帰宅の可否を判断できることになっていたため、「救急専門医らが研修医の経験不足を補ったり、指導したりする体制を強化すべき」などと提言した。

 名大病院は体制の不備を認めて遺族に謝罪し、今年8月に示談が成立。救急部門の指導医や専従医師を事故当時の3倍の計21人に増やすなどして再発防止を図っているという。女性の長女は8日、弁護士を通じ、「同じことが起きないように委員会の提言を守ってほしい」とコメントした。

不幸にして亡くなられた女性のご冥福をお祈りすると共に、急性腹症の診療はそれだけのリスクがあるのだということを医療関係者は肝に銘じなければならないと改めて感じさせる症例ですよね。
とりわけ高齢者などに多い半ば慢性化した不定愁訴めいた「いつもと同じ症状」の場合、うっかりすると漫然としたルーチンの対応で済ましてしまう場合もありますが、いつもの便秘かと思って帰したら実は進行大腸癌による腸管閉塞で自宅で腸管破裂なんて地雷じみた症例もありますから、今の時代少なくとも何かあるかも知れないということは念頭においた対応はしておかなければならないのは言うまでもないことです。
ネット上などでは一般の方々が「40代で研修医って怖い!」「大学病院はヤバイ」なんて大騒ぎになっている一方で、医療関係者の間では本症例に限らず非常に難しいケースがままあると危機感を持って語られているのが印象的ですけれども、一部から批判も受けている「研修医の知識・技量では発見できなかったのはやむを得ない」という結論は、研修医による診療を認めている以上は病院のスタンスとしては正しいと言うべきでしょう。
もちろん遺族に対しては病院の組織としてきっちりと相応の対応をする必要がありますけれども、何か問題があったときにスタッフ個人の力量が足りなかったからで終わらせていては「では何故力量の足りない人に仕事を任せているの?」という話ですから、経験不足や専門外であるということが判っているスタッフを現場に出している以上は、病院としてその責は負わなければならないだろうということです。

ちょうど医療訴訟を扱っている弁護士の谷直樹氏がこの件を取り上げていて拝見させていただいたのですが、何でも名大ではこの種の事故に対しては積極的に調査、公開していくことで医療水準の向上を図っていくという方針だということで、今回の症例においても外部による検証とそれに対する事後策を実行に移しているというのは正しいことであったと思います。
ただ「救急部門の指導医や専従医師を事故当時の3倍の計21人に増やす」などという素晴らしい?対応策を聞くと、言葉は悪いですがあり得ないくらいに医者が大勢集まっている大学病院だからこれで通ったとも言える話で、例えば万年医者不足の中小医療機関では明らかに力量不足や専門外であることが判っているスタッフも救急や当直に動員しなければならないと言う場合は全く珍しくないわけですよね。
「そんな医者に救急当直を任せるのが悪い」と言われれば一見その通りなんですが、それでは使えない側の下位1/3は当直免除ということにすれば今度は何かあったときには普通に出来るはずの中位1/3も「まだ力量不足だった」と切らざるを得なくなる、そして最後に残った能力の高い上位1/3も「何故俺たちばかり働かされるんだ」と不公平感は募るし、そうでなくとも疲労は今までに数倍することになるでしょう。
となると、本来であれば優秀な能力、技量を発揮したはずの出来る医者達が過労からとんでもないうっかりミスを連発することにもなりかねないという話ですが、その時には片っ端から使えないとスタッフを切り捨ててきた医療現場にはもはや誰も残っていな道理で、だからこそ昔から「使えない医者を使いこなすのも医局長の腕の見せ所」なんてことが言われてきたわけです。

先日もお産絡みの話題を取り上げましたが、周産期死亡率が過去数十年間のうちに実に1/100にも低下したというのはもちろん産科領域に携わるスタッフの方々の非常な努力のたまものであるとしても、当然ながらそれを担保しているのは一昔前の「産気付いて来たからそろそろ産婆を呼ぶか」なんてレベルには留まらない膨大なコストとリソースの投入なのですから、要するに医療とは進歩するほど余計に手間暇がかかっていくものであるわけです。
今どき聴診器一本だけでやっている先生などまずお目にかからないくらい医療が複雑化、高度化したこともあって、国全体での医療の需給バランスが需要側過多で来ている中で、とりあえず数の確保によるアクセスの容易性だけでも今まで通りに担保しようと思えばある程度質には目をつぶっても根こそぎ動員をかけなければ当前で、名大のような事例は今後増えこそすれ減ることはないんじゃないかなという気がしてきます。
となると、医療の供給側が質、量ともに劇的に改善して腕の良い医者がいつでもどこでも使い放題などという遠すぎる夢を追うのでなければ、いずれ医療の提供水準は向上させこそすれ決して現状から落としてはならないという今まで当たり前の大前提とされてきたことも見直していく必要が出てくる、むしろどこかで妥協していかなければ結局医療全体が崩壊してしまうということにもなりかねません。
そしてその場合見直す(まあ平たく言えば現状からの劣化、悪化ですが)のは過去にも政策上の議論になってきたコスト面からなのか、それともアクセスあるいはクオリティーからになるのかということですが、最近ではお手軽に行える割に現場スタッフの勤労意欲に直結するアクセス制限というものがちょっとした流行になってきている気配がありますよね。

医師負担軽減へ外来一部休診 /広島(2011年11月9日中国新聞)

 尾道市御調町のみつぎ総合病院は、毎月第1、3、5土曜日の午前中の外来診療を、一部を除いて休診している。医師の負担を軽減して、人材確保につなげる

 同病院は内科や外科など22診療科があり、第2、4土曜日は従来から診療していなかった。7月から、脳神経外科と透析、歯科の3診療科を除いて、土曜日の外来診療を全面中止。救急患者は従来通り受け付けている。

 2010年度、土曜日に訪れた患者は1日当たり253人だった。同市御調町の団体職員男性(59)は「平日は通院しにくく、土曜日の診療は助かっていたので残念だが、医師確保も大変と分かるので複雑な気持ちだ」と戸惑う。

中止に踏み切った背景には、医師不足がある。同病院の常勤医師は07年度の37人から、11年度は27人に減り、非常勤医師で補完している。

 同病院は、大学病院に限定せず幅広く医師の求人に努め、市も本年度、医学生と研修医対象の奨学金制度を創設した。しかし、成果が十分に挙がっていないため、医師の大きな負担になっている土曜日の外来診療の中止を決めた。谷川功一事務部長は「患者に迷惑を掛けて申し訳ないが、やむを得ない判断だ」と話している。

尾道市街を北に外れた山間部に位置する公立みつぎ総合病院はHPによりますと「24時間 ことわらない救急医療」「365日 あたたかい癒しの医療と介護」「一生涯 この地に生きる喜びを」がうたい文句なんだそうですが、市民の金で給料もらっているんだから市民の要望に応えるべきだ!なんてクレームはつかなかったんでしょうか(苦笑)。
とは言え、もともとは公立病院と言えば土曜休診がデフォルトであったものを、ひと頃から例の「公立病院も万年赤字垂れ流しではなく、もっと経営感覚を持たなければ!」の大号令の結果土曜診療を行うようになってきた施設が増えた、それ自体は当時の経営上の判断としても、その結果何がどうなり、結局正しかったのか間違っていたのかという検証はやはり必要でしょう。
昨今ではこうした地方の公立病院はどこもお約束のように医師不足だと騒ぎになっていますが、病院収入を増やす最も確実な手段として医師を始めとするスタッフをなるべく多く抱え込むことがお約束となっている中でこれら専門職スタッフの待遇改善に極めて不熱心だった自治体病院の類が、今になって現場からそっぽを向かれていることに気付き「強制配置なりで何とかしてくれ!」とお上に泣きついているのが現状だったわけです。
高給取りでノー残業の公務員事務の方々が「先生方、売り上げが落ちてるじゃないですか。これは土曜も働いて貰わないと困りますね」なんて手前勝手なことを始めたはいいが、結局専門職の逃散を招き更なる収入源どころか病院の存続すら危うくなってきたというのであれば、さて悪かったのは逃げたスタッフの方なのか、それとも現場の声を顧みることなく好き放題な思いつきでやってきたお役人様の方だったのかということですよね。

救急医療問題や地域医療問題に限らず今の時代の医療が抱える諸問題の多くが、結局のところ医療に対する期待値が年々上がることはあっても下がることがなかったところに起因していると言う考え方も出来ると思うのですが、そういう視点からすると医療に対する期待値を押し下げていく方向での改革がようやく出てきたということは世に言う医療崩壊問題への抜本的な対策としても良い傾向なのではないかと思います。
時間外割り増し料金徴収などコストによる受診抑制というのも実は「高い金を払っているんだから徹底的に使わなければ損」という考えが働く恐れがあり、ましてや国民の所得低下が進行し皆保険制度という前提の維持すら怪しくなってきたと言われる時代に無闇に料金だけを引き上げるというのも、国民がどうこう以前に医療費の大半を負担している保険の支払い側がいい顔をしないでしょう。
そして医療の提供側からすれば近年の医師数大増員計画発動で実質的な質の低下はある程度覚悟はしているとしても、さすがに公然と質の低下を受容するというのは素朴な感情として受け入れ難いというものでしょうから、そうなると施設側の裁量で比較的お手軽に行えて現場スタッフの受けもよいというアクセス制限は今後さらに一般化してくる可能性があると思いますね。
もちろん地域内でどこもかしこも判で押したように土日休診では患者側の利便性云々以前に週末の休日時間外救急が実質的な休日外来化してしまう危惧もありますから、例えば地域内で休診日をダブらせないようにしていくことで顧客側の理解も得られやすくなると同時に、やる気のある開業医などにとっては新たな顧客ニーズも開拓できる可能性が出てくるわけですよね。
そうして考えて見ると医療機関の少ないこうした地方での改革というのは単独の施設内の対策だけで留まっているだけでは不十分で、基幹施設に加えて地区医師会のメンバーである開業医などとも密接な連絡を取り合いながら地域単位で相互補完的な医療体制をデザインをしていくということが、顧客も含めたお互いwin-winの関係を構築出来ることにもつながってくるんじゃないかと言う気がします。

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2011年9月12日 (月)

お産難民は全国的に深刻化 しかし国民全般の危機感はまだ薄いようです

あの徳洲会もついにか、と思ってしまいそうなニュースが先日出ていましたが、御覧になりましたでしょうか。

鹿児島・屋久島:唯一の産科、連絡なく突然休止(2011年9月9日毎日新聞)

鹿児島県屋久島町で唯一産婦人科がある屋久島徳洲会病院(山本晃司院長)が、今月から同科の診療を取りやめていることが分かった。町や県への事前連絡は一切なく、町は「非常に遺憾。早急な再開を求める」と話している。休止について「内部の事情」などとあいまいな説明だったという。

しかし公的病院でもない徳洲会経営の病院が診療内容など内部の事情についていちいち県や町へ事前連絡しなければならないというのもおかしな話ですが、早急な再開を求められても同会としても「こっちには別にそんな義務なんてないし」といった感じなんでしょうかね?
同病院のHPというのがどうも判りにくくて(失礼)外来表などもはっきりしないんですが、とりあえずトップページの診療科目に産婦人科の表記は残っている一方で、職員募集では内科や外科は募集中なのに産科医の募集はない(助産師若干名の募集はある)というのは単に更新が遅れているだけなのか、それともすでに完全に撤退することが確定しているのかどちらでしょうか。
離島の産科医療消滅と言えばひと頃隠岐から産科医が消えたことが話題になっていて、あちらの方は内科医が産科に転科するというウルトラCで何とか無産科医状態は解消したようですけれども、いくら高齢化が進んでいるだとう離島とは言っても一万人以上の人口がある中で産科医が一人もいないというのは寂しいですよね。
ただ町としては自分は何もしなくても徳洲会が勝手にやってくれるというくらいのつもりだったのかも知れませんが、全国的に見ても到底屋久島界隈まで産科医がやってくるような余裕などなさそうだという事情を示す記事が、先日以来また話題になっています。

「マジメに医療をしていても逮捕されるのか」と産科医減少(2011年9月8日NEWSポストセブン)

「出産難民」あるいは「お産難民」といった言葉が生まれるほどに、出産をしたくてもその地域に出産できる産婦人科や出産施設がないといった現状があるという。少子化に拍車をかけるようなこの深刻な事態について、産科医・性科学者の宋美玄さんと医療ジャーナリストの熊田梨恵さんが語る。

 * * *
宋:実は日本の中から次々と産婦人科が消えていて、日本の産婦人科医療は崩壊寸前なんです。読者のかたでも、妊娠した人が「産む場所がない」とかいうてる話、聞いたことあるんやないかと思います。

熊田:妊娠反応が出てすぐに産院に行っても出産の予約が取れないとか、聞きますね。

宋:ザラですわ…地方には産婦人科医がそもそもいない地域もあるんですけど、実は神奈川県や埼玉県なんかの都市部もかなり深刻な状況です。産める場所がないから、里帰り出産しはる人もいる。

熊田:以前産婦人科だったところが、婦人科に鞍替えしていてお産は診てくれなくなったというのもありますね。

宋:議論が高まったのは「大野病院事件」がひとつのきっかけでした。2004年に福島県立大野病院で妊婦が帝王切開手術中に死亡して、執刀医が業務上過失致死などで逮捕された事件です。妊婦さんはベテランの産婦人科医でも一生の間に1、2回しか遭遇しないといわれるほどの難しい胎盤の病気を抱えてはったうえに、当時病院には産婦人科医師がひとりしかいなかった。患者さんが亡くなってしまったことは、どんな事例であれ本当につらいことですが、「マジメに医療をしていても逮捕されるのか」といって、私の知り合いの産科医も辞めていきました…

熊田:日本の医療の歴史に残る事件でしたね。被告は4年後に無罪になりましたけど、当初、表面的な報道だけが大きく流れて、「医者が医療事故で患者を殺して捕まった」という間違ったイメージも流布したと思います。

宋:どんなに健康な女性でも、妊娠すれば一定の割合で、予測できない母児死亡などの不幸な出来事が起こる可能性はあるんです。大野病院事件でも、医療者からすれば被告の先生は精一杯の医療をされていたとわかる。どれほど手だてを尽くしても医療に100%の安全・安心はないんですよね。不幸なことが起こるたびに医者が逮捕されたら、誰も医者なんて辞めてしまいます

興味深いのは一昔前ならこういう話題が出れば、医療関係者が群がってきて口角泡を飛ばして激論を交わしていたものですが今は妙に冷め切っていると言うのでしょうか、「はあ、減ってますね。だから何?」とすっかり手を引いた後と言う感じになっているのが印象的で、ひと頃あれだけの社会的騒ぎになった大野病院事件なども受けて現場はすでに「過ちは繰り返しません」モードに落ち着いてきたということなのでしょうか。
中・長期的に見ると産科医、小児科医が減っているのと同等以上に出生数自体が減っているという話もあって、減少自体は必ずしも逮捕リスクのみに起因するものではない可能性もありますが、それだけに身近な産科がなくなっていくという傾向は今後も当面続きそうだとは言えると思いますね。
この理由として産科は多忙である上に訴訟リスクが極めて高いということが学生にまで知られてしまったということもあるでしょうし、昔のようにはお産が儲からなくなったといった即物的な理由もあるのでしょうが、いずれにしても産科が今後増えてくると期待する状況でもない以上は、社会の方でもそれに対応した産み方を考えていかなければならないということですよね。

助産師 健診から出産まで (2011年9月8日読売新聞)

富山赤十字病院  県内初産科医の負担軽減

 富山赤十字病院(富山市牛島本町、小西孝司院長)は今年度、助産師が健診から出産までを扱う「院内助産所」を県内で初めて開設する。医師によるバックアップ態勢も整え、日常生活に近い環境でのお産を目指す。また、医師不足などで、分娩を取りやめる公的病院が相次ぐ中、産婦人科医の負担の軽減も期待されている。

  約10畳のフローリングの床に畳のマットが敷かれ、テレビや洗面台が備えられた部屋には、大きな窓から明るい太陽光が降り注ぐ――。同病院の7階にある産婦人科棟では7月、院内助産所の開設に向けて改修が終了した。このほかにも、約15畳の和室や約10畳の洋室、自宅のような雰囲気の分娩室=写真=を備える。開設までに、さらに医療機器などの導入を進めている。

  同病院産婦人科では、2010年に医師5人が年間661件のお産に立ち会った。また、すでに08年4月には、妊婦健診などを医師に代わり助産師が受け持つ「助産師外来」を設置しており、10年に延べ736人が利用した。

  ただ、2年ほど前から「家族に見守られながら、自宅出産に近いお産がしたい」と助産師による分娩を希望する妊婦が増え、正常な経過をたどっている妊婦を対象に試験的に9例を実施してきた。近くにいる医師がすぐに駆けつけることができる安心感と、家族が見守る中、自宅のような雰囲気でリラックスしてお産に臨めると好評だという。

  厚生労働省の「医師・歯科医師・薬剤師調査」によると、県内の産婦人科・産科医数は04年の110人から08年に98人に減った。医師の負担が大きくなり、分娩を取りやめる公的病院も相次いだ。県医務課によると、公立南砺中央病院(南砺市梅野)は医師、助産師不足から09年に分娩機能を休止。北陸中央病院(小矢部市野寺)は06年に、あさひ総合病院(朝日町泊)も03年に休止している。

  同課は「院内助産所の開設は、産科医の負担軽減だけでなく、助産師の専門意識が高まることで医療の質の向上にもつながる」と期待を寄せる。

以前から断続的にこの院内助産の話題は取り上げていますが、今回の富山日赤や奈良県立医大といった基幹病院クラスでもこうした制度が推進されているのを見ても地方ではすでに産科医がいないというのはデフォルトの状態であって、今や背に腹は代えられないものとしても患者の多様なニーズに対応する意味でも使えるものは使って行かざるを得ないということなのでしょう。
助産師と言えば以前から言われている開業助産所のリスクであるとか、あるいはひと頃問題になった開業助産師のホメオパシー汚染も総本山の助産師会自体がホメオパシーとずぶずぶであったとかいった問題も多く、「助産師に任せて自然なお産なるものをやるのはいいが、そんな一昔前の医療水準で周産期死亡率100倍の時代に逆戻りしないか?」と懸念する声は根強いようです。
しかしこうした問題を起こしている助産師というのは概して独自の理論を実践している一部の開業助産師の方々であって、産科医の指導や監督の下に院内で真面目に働いている助産師の方々の方がはるかに多いわけですから、産科医の過労による離職や事故のリスク上昇とも照らし合わせながらお産関連領域の全体で見てリスクを最小化する道を探っていくのは当然でしょう。
ただ肝心の産む場所がこれだけの状況になっていながら、どうも一部では未だに危機感に乏しいというのでしょうか、少しばかり方向性が違っているのでは?とも思える話もあるようなのですね。

里に帰らぬ出産 夫や社会的支援を頼って(2011年8月24日産経ニュース)

 晩産化や産科医不足などで、里帰り出産を断念する女性が増えている。夫の立ち会い出産のため、あえて里に帰らない妊婦も。ただ、母体を回復させる産後6~8週間の「産褥(さんじょく)期」は特に夫や両親ら周囲の助けが必要だ。無料の育児情報誌『miku(ミク)』編集長でAll Aboutガイドの高祖常子(こうそ・ときこ)さん(51)は「ママ1人で頑張りすぎず、家族や社会的サポートの助けを借りて」と助言する。(豊田真由美)

 ◆背景に晩産化

 厚生労働省の統計によると、「母の出産時平均年齢」は上昇傾向にある。昭和50年に25・7歳だった第1子出産時の平均年齢は、平成21年には29・7歳。6年の第2子出産時の平均年齢は29・7歳で、この15年間で子供1人分の差が開いたことになる。

 晩産化に伴い、親が高齢で体力的に妊産婦の世話が難しいケースや、既に亡くなっていて頼れないなどの理由から、里帰り出産をしたくてもできない女性が増えているようだ。一方、晩産でなくても、夫が妻の出産や赤ちゃんの成長をそばで見守ることで、夫婦の絆を強め、夫に父親になった実感・自覚を持ってもらいたいと考える女性もいる。

 富山市の主婦、曽根圭奈(かずな)さん(27)は一昨年10月、同市内で長女の愛子ちゃんを出産した。両親が住む福井県で産まなかったのは、夫に出産に立ち会ってもらいたかったからという。「里帰り出産をしなくて良かったと思うことは、夫がずっとそばにいてくれたこと。困ったことは特に思い浮かばない。強いて言うなら、実母にもそばについていてほしかったということくらい」

 3児の母でもある高祖さんは「里帰り出産をしないことのメリットは、親子3人で生活サイクルをつくっていけること」と指摘する。妊産婦が何カ月も「里」にいたり、里帰り中に周りに頼りすぎたりすると、自宅に戻ってから苦労することがあるという。

 また、「1カ月検診を終えて夫の元に戻ると、その間におむつ替えなど赤ちゃんの世話の経験値が上がった妻は不慣れな夫のやり方を見ていられず、自分でやってしまいがち。すると、夫は母子からの疎外感を感じてしまう」と解説する。
(略)

市区町村が育児サポート

 全国には市区町村などが実施するさまざまな育児サポートがある。

 産前・産後の家事を手伝うヘルパーの派遣事業▽生後4カ月までの乳児を抱える家庭を訪問し、育児相談や情報提供を行う「乳児家庭全戸訪問(こんにちは赤ちゃん)事業」▽育児の援助を受けたい会員と援助したい会員との調整をする「ファミリー・サポート・センター」-など。利用料は自治体によって異なり、所得などに応じて安くなる場合もある。まずは地域の子育て支援センターや自治体に問い合わせてみよう。

いやまあ、医療記事に関してはかねて定評のある(苦笑)産経らしい記事だとは言えるのでしょうか、もちろん晩産化というのも今日のお産現場をとりまく大きな問題ではあるし(そもそもリスクの高い高齢出産は扱わないという施設も増えていますよね)、父親にも自覚を云々というのもそれはそれで大切なことなのでしょうけれども、率直に言って沈みつつあるタイタニックの甲板で紅茶の味に文句をつけているような牧歌的光景にも見えます。
すでに全国各地で「とても域外からの需要にまで対応出来ない」と里帰り出産の制限をしている施設は多いですし、逆に都心部では妊娠5週でもすでにお産予約が取れないなんて状況にもある中で、未だにこれだけお産のやり方にこだわりをもっていられるというのは幸せなんだと思いますが、お産情報誌の協力まで得て書いた記事がこの調子で大丈夫なのかと正直不安になるのは自分だけでしょうか?
お産というのは確かに当事者でなければ普段から関わり合いになることではないですし、それも昨今では一人の人間が一生に一度か二度あるかないかというレベルにまで機会が減っているとは言え、まずは国の将来にも大いに関わる問題として国民全体が当事者意識を持って貰わないことにはどうしようもないのかも知れません。

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2011年9月11日 (日)

今日のぐり:「くるめラーメン どげん屋」

先日以来戦火の絶えないリビア情勢ですが、それはマジかよと思わず目を疑った人も多かっただろうと予想されるのがこちらのニュースです。

カダフィ大佐の寝室でライス前米国務長官の写真アルバム見つかる(2011年8月26日AFP)

【8月26日 AFP】リビアの最高指導者ムアマル・カダフィ(Moamer Kadhafi)大佐の42年間にわたる支配の象徴だった、首都トリポリ(Tripoli)のバブ・アジジヤ(Bab al-Aziziyah)にある邸宅。激戦の末、内部に突入した反体制派の兵士らは24日、空に向けて銃を撃ち、記念撮影に興じた。

 カダフィ大佐の寝室で4冊の写真アルバムを発見した1人の兵士は、面白がりながらもぞっとしたような表情でアルバムを振りかざし、「カダフィはブタだ。ロバだ!」と叫んだ。どの写真にも、コンドリーザ・ライス(Condoleezza Rice)前米国務長官が写っていた。どうやら、カダフィ大佐はライス前長官が大のお気に入りだったようだ。

 他の兵士は、銃弾で穴だらけになり焼けただれた壁に貼られたカダフィ大佐のポスターに火を付けたり、「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」と声を張り上げたりしていた。邸宅の地下には、数多くのトンネルが掘られ、寝室や武器の隠し場所、コンピュータールームが備わった防空壕がいくつも作られていた。

少し以前にはビンラディンの隠れ家から大量のエ○ビデオが見つかったとか言う話もあって、考えようによっては何かネガキャン臭いものがあるんですが、それにしてもなかなかに渋い趣味をなさっていらっしゃるということなんですかね?
このように個人の趣味や嗜好は図りがたいところがありますけれども、今日はカダフィ大佐にならって幾らなんでもそれはやっちゃっていいことなの?と感じてしまうしかないちょっと風変わりな人々を紹介してみましょう。

立教大生「ナンパするために…」女性に抱きつき逮捕/アメリカ(2011年8月22日サンスポ)

 警視庁大塚署は22日までに、暴行の疑いで、東京都文京区大塚3丁目、21歳の立教大生を逮捕した。

 逮捕容疑は11日午後9時半ごろ、文京区大塚3丁目の路上で、帰宅途中だった30代の女性会社員に後ろから抱きついた疑い。女性会社員にけがはなかった。

 大塚署によると、立教大生は12日に出頭。「ナンパするために抱きついた」と容疑を認めている。

 7月以降、現場となった東京メトロ茗荷谷駅付近では、女性に抱きついたり、スカートをめくったりする事件が5件程度起きており、大塚署が関連を調べている。

 立教大生は以前、芸能事務所に所属していたが、現在は退会しているという。

いったいこの人物がどのような手順を想定していたのかは今となってははっきりしませんけれども、ナンパしてから抱きつくことはあってもその逆はないということを理解していなかったのが彼の敗因でしょうか?
海外からも多くのニュースが出ていますけれども、一体何の意味があるのかと首をかしげるような行為に情熱を燃やす方もいらっしゃるとのことです。

【単純!】時間の無駄の極み!ただ10万まで数を数える動画が人気(2011年8月28日ロケットニュース24)

動画共有サイトYouTubeに公開された、とてもシンプルな動画が最近注目を集めている。その動画とは、とある男性が「ただ10万まで数えるという」という内容。特別なことをするのではなく、ただ10万まで数えるだけだ。

究極の無駄とも思える内容なのだが、公開から約半年を経て30万回近く再生されている。「くだらねえ」と思ったあなた! ぜひ一度だけでも見て欲しい。本当に数えているのかどうかを確かめたくて、ついつい見てしまうのだ。

この動画を公開しているのは、アメリカの動画配信者ジョナサンさんだ。彼は仲間たちとともに映像製作を手がけており、YouTubeを使ってユニークなコンテンツを多数配信している。同サービスが長時間映像の配信を開始してからというもの、もっとも長い動画を配信しようと頑張って合計300~500分もの映像をアップロードしている。

話題になっている動画もそのひとつだ。ジョナサンさんが10万までをひたすら数え続けるのである。内容はそれだけだ。見なくても内容はわかっている。しかし「本当に数えているの?」という疑問が湧いて、可能な限り見入ってしまうのである。ちなみにこの動画を見たユーザーからは、次のようなコメントが寄せられている。

・男が10万まで数える動画を見たユーザーの反応
「フーーーーーーーーーーーーー!」
「これ早送りできねえ」
「いや、これ1.4ギガあるから、、早送りできないだろ」
「俺は途中でうんざりしたぞ」
「アップロードのどんだけ時間かかったんだ」
「こいつは社会生活送ってないだろ」
「俺も3週間、外に出てないけどな」
「6万9690っていうところが好き」
「もう羊を数える必要はない。これ聞いて寝る」
「それにしても、この男は退屈そうだな」
「2時間33分56秒で見れなくなったぞ」

……など、内容を知りながらも、視聴しようとする人が後を絶たないようである。ちなみに、この動画は2つに分けられており、パート1が74分、パート2が3時間30分で収録されている。

すべてを見るのが面倒だという人のために、ショートバージョン(約3分30秒)も用意されている。忙しくて時間がないという方には、ショートバージョンがおすすめである。

参照元:Youtube MoldytoasterMedia (英語)

まあ…暇なのかと言ってしまいたくなるような動画なんですが、滑舌の悪い人間にとってはこれ以上ない苦行にもなりそうですかねえ…
人間酔った勢いで思わぬ失敗をしてしまうことはありがちと言えばありがちですが、それは酔ったにしてもありなの?と思ってしまうのがこちらのニュースです。

知人のニシキヘビにかみ付き逮捕、54歳の米男性が酒に酔い/アメリカ(2011年9月5日ロイター)

[サクラメント(米カリフォルニア州) 2日 ロイター] 米カリフォルニア州サクラメントで1日、酒に酔って知人が飼っている体長3─4メートルのニシキヘビに噛み付いた疑いで、54歳の男が逮捕された。噛まれたニシキヘビは手術を受け、快方に向かっているという。サクラメントの警察当局が2日発表した。

 逮捕された男は、地元テレビのインタビューでニシキヘビに噛み付いた理由を聞かれ、酒に酔っていたため分からないとコメント。「ヘビが大好きというわけではないが、今後はかみ付かないようにしたい」と反省の弁を述べた。

 警察は、通報を受けて駆けつけた現場で、口のまわりに血をつけて横たわっている容疑者を発見。現場にいた男女が警察官に話したところによると、ペットのニシキヘビを抱かせたところ、容疑者が2カ所に噛み付いたという。

まあかまれたほうのニシキヘビも驚いたでしょうが、幸いにも逆襲に転じることなく見過ごしてくれたようで良かったということですかね?
同じくこちらも酔った勢いにしても、一体何をどうやったらそうなる?と思ってしまいそうな必殺技を披露したそうです。

酒に酔った女性教師、警官に胸から母乳を放出して逮捕される/アメリカ(2011年6月30日らばQ)

逮捕の理由にもいろいろありますが、時折これは何の罪にカテゴライズされるのだろうかと、疑問を感じてしまうケースもあります。
アメリカで夫婦喧嘩の現場に警官が駆けつけたところ、酔った妻が胸から母乳を直接スプレーしてきたので逮捕したと言う事件がありました。

アメリカ・オハイオ州で、夫婦喧嘩による家庭内暴力が起きているとの通報が入り、現場へ警官が急行しました。
目撃者からは、妻であるステファニー・ロビネット(30歳)が何度も夫を殴ったあと、自動車の中に閉じこもったとの証言が得られました。さらに夫は、妻が結婚式に出席した後かなり酔い、言い争いが始まったことを伝えたそうです。

警官が自動車に近づくと、妻はののしり始め、車から出ることを拒否しました。さらに彼女は母乳を与える母親であると主張したかと思うと、急に右の胸を出し、警官や車に向けて母乳を噴霧しはじめたのです。
やむをえず警官は、強引に車から引きずり出して逮捕したとのことですが、公務執行妨害の罪などで起訴されるようです。また、ステファニー・ロビネットは学位を持った現役教師であり、小学校2年、3年を担当していたそうです。
ロビネットは無罪を主張していますが、教師職を失う可能性もあり、裁判では実際に母乳が警官に当たったかどうかについてなどが争点となるようです。

教師らしからぬ振る舞いなのは一目瞭然ですが、警官としても、いきなり母乳で攻撃を受けたら、さぞかし対処に困ったことと思われます。お酒の飲みすぎには注意しましょう。

いや、本当に争点は当たったかどうかなのか?そもそも公衆の面前で噴射し始める時点でアウトじゃないのか?と疑問は尽きない話なんですが、何しろ酔っ払った上での夫婦喧嘩など犬も食わないということでしょうかね。
ある程度煮詰まった夫婦であればまだしも、新たな人生の門出に当たってそれはいささかどうよ?と思えてしまうのがこちらのニュースです。

新婚カップル、なんと披露宴のために大量の食料品を万引き/アメリカ(2011年8月28日らばQ)

万引きをする理由にもいろいろあるのかもしれませんが、アメリカのペンシルバニア州で、食料品の万引き事件がありました。
その動機というのが、なんと新婚カップルが披露宴に使うためだったそうです。

捕まったのは結婚したばかりのカップル、アーサー・フィリップス(32歳)とブリッタニー・ラーチ(22歳)のふたり。今月18日に結婚して、披露宴をその数日後に控えていました。
ところがスーパーマーケットから警察に盗みがあったとの通報があり、店内に設置されていた監視カメラを確認すると、このカップルがカートに1000ドル(約8万円)相当の食材を入れ、支払いをせずに出て行ったことが発覚し、逮捕となったのです。
盗まれたのはすべて食料品で、ふたりは披露宴の食事にするつもりだったと答えていますが、もちろん披露宴はできませんでした。

現在ふたりは2500ドルの保釈金で拘留されているようですが、かりに万引きした食品を使って披露宴が行なえたとしても、ちっともめでたくない結婚となったのではないでしょうか。

いきなり二人揃ってこうしたあり得ない行為に走るというのはある意味息が合っているというか、お似合いというか微妙なところなんですが、しかしそこは一生に何度もない晴れ舞台だけにもう少し自分を飾って見せろよと突っ込みたくなったのは自分だけでしょうか。
場合によっては喜ばれることもあるかも知れない行為であっても、あまりに空気を読めないようですと嫌われるというのは洋の東西を問わないことであるようですね。

34歳のウサギ着ぐるみ男、住民からの苦情で着用禁止に/アメリカ(2011年8月4日ロイター)

[サーモン(米アイダホ州) 2日 ロイター] 米アイダホ州アイダホフォールズの警察は2日、男がウサギの着ぐるみを着て出歩き、子どもを怖がらせているとの住民からの苦情を受け、ウィリアム・フォーキンハム(34)に対し、公共の場で着ぐるみを着ないよう命じた。

 アイダホフォールズの人口は約5万4000人。住民によると、フォーキンハムは時折、着ぐるみにチュチュ(バレエ衣装の丈の短いスカート)を合わせることもあったという。

 住民の女性から、衣装を着たフォーキンハムが女性の息子を木の影からのぞき、指で銃を向けるようなしぐさをしたとの通報があった。また、ほかの住人からもフォーキンハムに対して「非常に不快」との声が寄せられていたという。

 ただ、住民のなかでも1人だけ、非常に変わっているが害はないとしてフォーキンハムを擁護する人がいる。デボラ・コルソンさんはロイターに対し、「(フォーキンハムは)ウサギの着ぐるみ、カウボーイやバレリーナの衣装を持っているが、裏庭を通るときぐらいしか見かけることはない」とし、「彼は変わった生活様式を持っているが、誰でも自宅では変なことをするものだ」と語った。

 フォーキンハムは警察官に対し、着ぐるみを着用することは楽しみであるものの、住民の懸念があることや衣装を身につけての外出が法に触れる可能性があることを理解したと伝えたという。

個人的にはウサギよりもバレリーナの方が危険性ないしは破壊力が高いのではないかと言う気もするのですが、しかしウサギの着ぐるみ程度で驚くような子供はナマハゲにでも遭遇した日にはショック死しかねないですかね?
アメリカの話題が続いた後で今度は中国からの話題を紹介してみたいと思いますが、これは趣味と実益を兼ねているということなのでしょうか、よほどに特殊な体質と味覚をお持ちの方であるようです。

ガソリンは体に良い…固く信じ、40年飲み続ける=中国(2011年7月12日サーチナ)

  「健康にいい」と信じ込み、40年以上にわたってガソリンや灯油を飲み続ける老人が中国・重慶市で見つかった。中国網が伝えた。

  この老人は71歳の男性で、42年前に突然咳が止まらなくなったときに人に勧められたことがきっかけで、灯油を飮むようになったという。喉や胸の調子が悪いときに飮むと不快感がおさまるとのことだ。10年ほど前からは手に入りづらくなった灯油に代わってガソリンを飲むようになったが、「口当たりはガソリンのほうがいい」とお気に入りだ。

  老人の「飮油量」は月に3キログラム程度。1年間で36キロ、42年間で約1.5トンもの燃料を飮んできた計算だ。ニオイの強さから家族とけんかが絶えず、8年前に家を出て現在は1人暮らしだという。

  病院に行かずにガソリンを頼りに健康を維持しているという老人の健康状態はどうなのか。医師が診察したところ、肺気腫を患っている以外は特に大きな問題はなかった。専門家は「老人の体には耐性ができているのだろう。普通の人の体なら耐えられない」と説明するとともに、「飲油」健康法について「痛みを麻痺させる可能性はあるが、治療自体には何の役にも立たない」と効果を否定した。(編集担当:柳川俊之)

ちなみに戦争映画などでは燃料を移すためにホースでガソリンを吸うようなシーンが時々出てきますけれども、灯油やガソリンを誤嚥すると結構大変なことになるので是非ともやめていただきたいですね。
同じく中国からはこういう話題も入って来ていますが、やせ我慢もここまでくると立派と考えるべきなのでしょうか?

ケンカで互いに自分の指切る、怒りの感情をコントロールできなかった夫婦。/中国(2011年9月7日ナリナリドットコム)

“怒り”や“悲しみ”といった感情は、自分でコントロールしたくても抑えられないときがある。それが結果として大きな問題を引き起こしてしまうこともあるが、中国では先日、ある女性が夫との激しいケンカがきっかけで、自分の指を自ら切り落とすという一件が起きた。

中国紙瀟湘晨報によると、この一件は湖南省長沙市で暮らす若夫婦の間で起きた大ゲンカが発端。ともに25歳の汪さんと張さんは2年ほど前に結婚し、1歳の子どもがいる。夫婦それぞれの親からしてみれば、そこまで仲が悪いようには見えなかったそうだが、9月3日の午前3時過ぎ、2人の間で大ゲンカが始まった。ケンカの原因は詳しく伝えられていないものの、夫の汪さんが妻の張さんにしばしばウソをついていたようで、積もりに積もった妻の不満と怒りが爆発したと見られている。

これが単なる夫婦ゲンカで済めばメディアに報じられることもなかっただろうが、このときは様相が異なっていた。と言うのも、妻が怒りに身を任せ、自分の人差し指を切断してしまうという行動に出たからだ。最初は激高した夫が自分の左手小指を切りつけたそうで、これに妻が過剰に反応。夫が原因のケンカにも関わらず、被害者ヅラされるのが気に食わなったのか、「負い目を感じたくない」とズバっと自分の左手人差し指を切断してしまったのだ。

想像するだけで何とも凄惨な現場だが、2人はそのまま病院へ。午前4時頃から夫婦揃って緊急手術を受け、現在も入院中だという。

なお、地元メディアが入院中の2人を直撃したところ、お互いにベッドを並べながらも一言も言葉を交わさない“冷戦状態”だったとのこと。妻は自傷行為に対して「後悔していない」とする一方で、「二度と自分を傷つけたりしない」と話すなど、複雑な気持ちではあるようだ。

こうした問題に詳しい中南大学心理学博士の郭氏は「衝動的な感情を制御できない人たちは、自分または他人にとって“時限爆弾”のようなもので、いつも問題にさらされ、人生を平穏に過ごすことは難しい」とし、感情をコントロールできるようになることは「人生の必修科目」と述べている。

売り言葉に買い言葉ならぬ体のパーツの応酬になってしまったということなんでしょうが、夫婦喧嘩一つにここまで腹をくくれるというのであればそれはそれで大変なものだなとは思いますね。
最後に取り上げますのはご存知ブリからのこんな話題ですけれども、一体何をどう考えるとこうなってしまうのかと首をひねらざるを得ないのがブリ流の諧謔なんでしょうか?

洗濯機背負って山登りの理由、退役軍人の中年オヤジ11人が挑戦に成功。/イギリス(2011年9月5日ナリナリドットコム)

重さ100ポンド(約45キロ)の洗濯機や乾燥機を背負って山登り――。そんな挑戦をした11人の退役軍人たちが英国にいる。なぜ彼らは、わざわざ重い家電を“持参”して山に挑んだのだろうか。

英紙デイリー・エクスプレスやデイリー・メールなどによると、この挑戦を行ったのはかつて英国の海兵隊やパラシュート部隊にいた男性11人。現在、負傷した隊員や亡くなった隊員の家族をサポートする慈善活動を行っているダン・アップルビーさん(39歳)の呼びかけに応じて集まった。その目的は元隊員や家族のサポートに必要な寄付金を集めるため。一風変わった行動を取ることによって、人々の注目を集めようと考えたわけだ。

山登りに“持参”した洗濯機や乾燥機は、活動に賛同してくれたリサイクル業者が提供。そして8月27日、11人は湖水地方にある高さ3,209フィート(約978メートル)の山、スカーフェル・パイクに集まった。「みんな若い頃にはもっと多くの物を運んでいたよ」(英紙デイリー・メールより)とアップルビーさんが語るように、誰もが自信満々で挑んだ山登り。しかし登り始めてすぐに、現役を退いてからの時間の経過をひしひしと感じるハメになったようだ。

軍隊に居た頃には激務をこなし、体を鍛えていたといっても、今となっては良い中年のオヤジたち。しかも、今回の11人の平均年齢は「45歳」と年を重ね、中には60歳や75歳といった元隊員の姿もあった。さすがに75歳の男性はサポートメンバーだったものの、洗濯機や乾燥機を背負えるメンバーはごつごつした岩がむき出しの斜面を一歩一歩前に進み、自らの挑戦に臨んだという。ちなみにこの登山、重さはなんとか体力でカバーできたものの、背負った家電の安定性には相当な苦労を要したそうだ。

しかし、一度やると決めたからには、やり遂げるまでは逃げられない。こうして敢えて困難な挑戦を行い、全員の登頂を成功させた11人だったが、本当のゴールはそこではなかった。登り終えたら当然今度は下山が待っているわけで、達成感も束の間、再び家電を背負ってふもとへ。11人に待っていたのは、「ヘトヘトになって、膝を曲げるのも一苦労」という地獄だった。

それでも全員無事に下山し、8時間かけて挑戦を終えた11人の男性たち。体に痛みを感じながらも皆でビールを飲んで達成を祝ったそうで、アップルビーさんは「葬式じゃないところでメンバーと集まれて良かったよ」と喜んでいるようだ。

彼らの挑戦を伝えたメディアの報道も手伝ってか、当初の目的である寄付金集めは、全部で2万ポンド(約250万円)が目標のところ、9月5日現在で約1万ポンド(約125万円)以上が集まっており、なかなか順調な様子。今後も寄付を必要とする元隊員や家族のために、アップルビーさんたちがさらなる活躍をしてくれることに期待したいところだ。

これはこれで確かに偉大なる挑戦ではあるのでしょうが、どうせそれだけの重荷を背負っていける体力があるのであれば山に登って草木を植えてくるなりゴミを集めて持ち帰るなりした方が実益を兼ねていたのでは…なんて身も蓋もないことを考えるのは未だ紅茶が不足しているということなんですかね?
ちなみに「この挑戦は多くの英メディアによって報じられた」ということですが、念願かなって無事に目標を達成できればよいがなと祈りつつ、しかしそんなオチも何もないありきたりな結末ではブリらしからぬ気もしてしまいますよね。

今日のぐり:「くるめラーメン どげん屋」

こちら岡山市内でもあまり見かけない「くるめラーメン」の看板を掲げる最近出来た店ですが、泉田の浅月さんのまさにおとなりに立地しているとは幾らなんでも喧嘩売りすぎか?とも思えてしまうような話ですね。
もっとも最近ではあちらでもこちらでもラーメン屋が集積しているような地域が目立ってきていて、こちらもご近所には元より「賛休」さんを始めラーメン店は少なくない地域ですが、うまいこといけば相互に集客の相乗効果も期待出来るということなんでしょうか。
ちなみにこの久留米ラーメンというもの、昔当地で食べた時には博多と熊本と言う二大ラーメン処に挟まれる中で、そんなに目立った特徴も感じられないけれども普通にうまいラーメンという印象でしたが、今のような白濁した豚骨ラーメンの元祖だという話もあるくらいに相当に歴史と伝統を持ったラーメンだということです。

今回はその久留米ラーメンにトッピングとして九条ネギのせを選択、ちなみにこちらも岡山のラーメン屋風にカツ丼も用意しているようなんですが、どうもトンカツではなくチキンカツらしいというのもさることながら、ここの名物だというタルカツ丼なるものがもの凄く気になりますよね…カロリーが。
待つほどもなく運ばれていたラーメンの見た目はスープにしろトッピングにしろ博多などと大差ない感じなんですが、細麺ではなく中細麺がデフォルトというのが明らかな違いというところなんでしょうか?
面白いなと思ったのは替え玉になると細麺になるということなんですが、スープの味や温度の変化、そして麺自体の食味などを考えて見るとこれはなかなか合理的なアイデアという気がします。
その麺なんですが、今どきのラーメン屋としては気持ち柔らかめかな?という茹で加減で、この麺の味自体は何かよく食べたような記憶があるもので正直特別に好印象というわけでもないんですが、スープとの相性は悪いわけでもないし、これはこれでありなのかなといった感じでしょうか。
久留米ラーメンは聞くところによると比較的豚骨臭が強いそうなんですが、こちらのスープは臭みも程良く抑えた丁寧な仕事ぶりで、トッピングも特別変わったものは見当たらないもののいずれも今の時代のラーメン屋らしいものですから、要するに全体としては悪くないラーメンという印象を受けますね。
ただ正直豚骨系として見ると山下商店ほどの食べた瞬間のインパクトはないと言うのでしょうか、ごくごく普通の豚骨ラーメンだというのは競合店も多い中での新規出店としてはどうなのかですが、まあこれはあくまで一番ベーシックなラーメンなので他にも色々とアレンジを用意してあるということなのでしょう。

接遇面では店長さんは若いなりにしっかりした方に思えるんですが、フロアの方はまだ慣れていないせいなんでしょうか、ややせわしないと言いますか、あからさまにプレッシャーをかけるような接遇がいくらラーメン屋とは言えちょっとなあ…という感じでしたかね。
あと、昔ながらの中華そば屋といった風情を残す浅月さんと比べると今風の店構えなのはいいんですが、出入り口から店内までが何故こんな視線を遮るような構造になっているのか、将来行列店に成長した時の対策なんだとすれば少しばかり気が早かったのかなという気がします。
今のところ正直さほどに大繁盛という感じではありませんけれども(失礼)、味の組み立てそのものはしっかりしているだけに様々なところを地道に改善していけば、いずれ固定客もついてくるようになるかも知れませんね。

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2011年9月10日 (土)

NHKがまたやった 問われるその姿勢

女子代表の五輪本大会出場決定に続いて、男子のW杯三次予選も佳境に入りつつありますが、そんな中で先日またこんな事件が発生していたのですね。

共同通信、取材していない内容を記事で配信(2011年8月2日日テレニュース24)

 「共同通信社」が、サッカーの試合の記事で、実際に取材していない内容を新聞社などに配信していたことがわかった。

 問題の記事は、去年10月に行われたサッカーの「キリンチャレンジカップ」の試合の記事。共同通信社によると、「日本代表のユニホームを着て声援を送った女性」への取材として、「(ワールドカップ)ブラジル大会ではベスト4だって狙えそう」とするコメントを掲載した。しかし、これは試合当日に取材したものではなく、運動部の男性デスクが「以前聞いた話を、当日聞いたコメントのように書いた」という。

 共同通信社は「虚偽の談話を掲載したという極めて不適切な原稿で、誤りを速やかに訂正し、おわびを配信した」とコメントしている。

取材もせずに記事にするなどという報道の基本すら守られていないという驚くべき事実以前に、手を抜くにしろどれだけいい加減な仕事をしているんだと思わされるような話ですけれども、基本的にマスコミ各社にとってコメントと言えば都合良く編集する程度は当たり前で、下手をするとドラマに出てくる脅迫状のごとく文字単位で切り貼りされてしまう恐れすらあります。
今年の夏にも冬季五輪招致を巡ってテレビ朝日が韓国人選手の発言を捏造していたと話題になりましたが、当然ながら国内よりも被害の当事者である韓国の方で大騒ぎになり、ちょっとした国際問題に発展しかけたという事件がありました。
そんな中で今度はNHKが大胆な捏造を行っていたという疑惑が浮上しているのですが、しかしこのNHKという会社は以前の台湾問題などにも現れているように、よほどに独特の視点から歴史を改変せずにはいられない社風なんでしょうかね?

NHKの「人肉食った日本兵」表現に捏造疑惑 NHKは否定(2011年9月5日NEWSポストセブン)

NHKは年間7000億円近い受信料を集める世界最大規模の放送局である。それでも飽き足らず、ワンセグ携帯やテレビ視聴できるパソコンからも受信料を取ろうとする。さすが資金も潤沢で、社員の給料、福利厚生は日本企業のトップレベルである。ならば、それに見合った番組と、高いモラルを見せてもらいたい。社を挙げて取り組む「国家的プロジェクト」に浮上した重大疑惑に、天下の公共放送はどう答えるか。

まずは、疑惑の放送内容を紹介する。この番組は2009年にBS-hiと総合テレビで放映され、今年8月には総集編が放映されている。

ニューギニアの激戦地に派遣されたAさん(92=放送当時、放送では実名)が、日本軍による「人肉食」を告白する衝撃的な場面である。

〈まあ、兵隊さんは友軍(日本軍)がね、死ぬでしょう。死ぬと埋めるんだよね。友軍を埋めて、それでもさ、そのまま部隊をそこからどっかへ移動するでしょう。このまま移動するのはもったいないというんで、その友軍の肉を、土を少しかけて置いといてさ、それから取っちゃってな、それで肉を切って食べてきたんだ〉

Aさんはさらに、死んだら腐ってしまうから、仕方ないのだと話す。それに対し、女性スタッフの声でこんな質問が挿入される。

すごい、抵抗感とかもあったんじゃないですか?

Aさんが答える。

そら、あったね。あったけども、体力がなくて(食べ物が)欲しいんだから。食べたいというね、その食欲っちゅうかな、食べようという欲望のほうが多いんだね、生きるためには。生きるためには食べなきゃしょうがないでしょ。おなか空いていたら、何だって食べなきゃしょうがない〉

これが事実なら勇気ある証言である。そして、大岡昇平が小説『野火』で明らかにして物議をかもした日本軍による友軍の人肉食が、当事者によって告白された恐らく初めての記録となる。

が、果たしてその通りなのか、疑問が残るのだ。

“衝撃証言”への疑念は、皮肉なことにNHKが自ら公開している「NHK戦争証言アーカイブス」(保存・公開されている取材データ)から生じた。

このなかに番組の元になったAさんの証言VTRが収められており、そこではAさんは、人肉食ではなく「ネズミ食」について生々しい体験を語っている

前述の女性スタッフの質問の直前までの話はこうである。

〈飛行機の部品をネズミ捕りにできるんだよ。それを仕掛けとくとね、一晩で2匹獲れるの。それを皮をむいてね、生で食べるんだよ。最初は生で食べられなかったの。(中略)そのうち生で食べてみようって。それで一回食べたらもう大丈夫だって、生で食べてた。ネズミ、うん。だけど旨いよ、結局は。みんな食に飢えてんだから。よく生きて帰ったと思うけどね〉

そして女性スタッフが「一回やるまでは」と前置きしたあと、前述の通り、「すごい、抵抗感とかもあったんじゃないですか?」との質問が入り、「そら、あったね」と続くのである。

このVTR自体も一部編集されているが、Aさんは「何だって食べなきゃしょうがない」と話した後も、しばらくネズミ食の話を続けており、アーカイブスを見る限り、一連の証言が「腹が減った兵士たちはネズミを生で食べて飢えをしのいだ」という内容であることは疑いの余地がない

前述の人肉食に関する発言はアーカイブスには見当たらないが、それとは別に人肉食について語った場面はある。ただし、その話も放送された証言と同様に第三者の目線から語るのみで、本人が人肉を食べたという証言ではない

NHKのドキュメンタリー番組に携わっていた元番組制作スタッフは、両方のVTRを観てこう語った。

「これはネズミ食の話を人肉食の話に見せようと意図的な編集をしたものでしょう。ネズミの話だからAさんは笑っているが、番組を見た人には、人肉を食べたのに『お腹が空いていたから仕方ない』とヘラヘラ語っているように見える

番組では他の元兵士も人肉食については伝聞しか述べていないから、制作者は番組の構成上、どうしても人肉食の証言が欲しかったのではないか。NHKの番組作りは、あらかじめ決められた企画コンテに沿った事実だけを拾う傾向がある。制作はNHKと制作会社が共同で行なっているので、NHK側が制作会社に『人肉食の証言を取りたい』と要求したのかもしれない。

番組の編集をチェックして問題を未然に防ぐ仕組みも十分とはいえない。プロデューサーは普通、映像を細部まで確認する作業はやらない。そうした悪い面が重なったのだと思う」

証言の真意を確認するためAさんを探すと、現在も94歳で存命、家族と暮らしていることがわかった。

しかし、取材依頼には家族が応対し、「本人は高齢で取材を受けられる状態にない。お話の主旨は理解したが、そっとしておいてほしい」と、直接話を聞くことができなかった(そのため本稿では匿名にした)。

本誌はNHKに対し、本稿で示した疑問点を説明したうえで、番組担当者への取材を申し入れたが、NHKは文書でこう回答した。

〈Aさん(※回答書では実名)ご本人は、インタビューの中で、ニューギニア戦線におけるご自身が人肉を食べた体験について、何か所かで語っておられます。また、同様にネズミを食べた経験についても語っておられます(後略)〉

回答書ではさらに、編集に問題がないこと、アーカイブスでは人肉食の証言部分を省略したが、女性スタッフの質問はあくまで人肉食についてであることなどが述べられている。

が、それが事実ならば、人肉食について語った箇所がネズミ食の話になっているアーカイブスのほうが捏造になる。第一、最も衝撃的で貴重な人肉食の話を割愛し、ネズミ食の話だけ残すような編集をしたというのも不自然な話だ。

歴史的に見るとひと頃話題になった狂牛病やヤコブ病の類縁疾患である「クールー病」などは土俗習慣的な人肉食に由来することが知られていましたし、有名な「ウルグアイ空軍機571便遭難事故」のように近年にも極限状態で人肉食が確認された事例はあり、日本軍も番組でも取り上げられたニューギニア戦線のような極限状態において一部に人肉食があったのではないかとも言われています。
もちろん直接の当事者が世を去りつつある現在、きちんと記録として歴史的事実を残していくという作業には意義が認められるものではありますが、その記録なるものが捏造によるものであるとしたらこれは後代にまで禍根を残すことになるのは当然ですよね。
NHKの方ではネズミ食についても人肉食についても語っていたということになっていますけれども、恐らくネズミ食と比較にならないほど深刻なトラウマにもなっていただろう事件について、全く同じ言い回しで表現するなどということが一般常識としてあり得るのかどうかで、特に伝聞ではなく直接体験だとすれば今になってこういう証言はちょっと考えられないという突っ込みが各方面から行われています。
NHKというところは世間的にはお役所的な無味無臭の報道をしているようなイメージを持たれているようですが、実際にはどうも一定の方向性にかなり偏向しているらしいとは今回の件に限らず最近つとに知られるようになっているところで、しかもその偏り具合が社会的にそれはちょっとどうなのよ?と思われるような妙な具合になっているようなのですね。

NHKが援助交際ノウハウ提供? 番組で隠語や誘い文句、手口まで紹介(2011年9月7日J-CASTニュース)

   NHKが2011年9月7日に放送した朝の情報番組「あさイチ」の内容がネット上で物議を醸している。援助交際の実態を掘り下げる内容だったが、家出少女が利用する「援助交際サイト」を実名で映し、そこで使われる隠語を丁寧に説明、援交を持ちかける男性の手口を紹介したりした。このため、「まるで援交ノウハウ提供番組」などと評判が立った。

   また、風俗嬢の意見を番組で取り上げ、作家の室井佑月さんが援交している少女達に対して怒り、「(売春の)プロになったらいい」などと発言したことなども話題になっている。

「JK ホ別 苺@三也」の意味がわかりますか?

   話題になっているのはNHK「あさイチ」の特集「少女漂流~母は知らない娘の秘密~」。援助交際や、それに陥った家出少女達の実態を掘り下げた内容だった。この番組は表現をオブラートに包まないことがウリのため、「セックス」という言葉が冒頭から何度も繰り返された。援交経験者という16歳から20歳までの女性がVTRで何人も登場し、

    「セックスすることで私のことを必要としてくれる人がいる」
    「プチ援交で、髪の毛とか、つばとかを買う人がいたから売った」

   などという証言が冒頭に出て、ネットではまず「朝に放送する内容ではないだろう」といった批判が出た。

   番組では温床はケータイのサイトだと説明し、援交のカキコミで検挙された7割は中高生で、18歳未満の検挙率は06年に比べ10年は57倍になったと解説。家出から援交に発展するケースも多くとしたうえで、家出少女が使っている代表的なサイトを、モザイクを掛けずにそのまま映した

   ここでは「隠語」が使われているとしてその説明も行われ

   「JK ホ別 苺@三也」の意味は、「私は女子高生です。ホテル代別で1万5千円 池袋で」。「瓜」「佐保」「円/¥」は全て「援助交際」の意味。「TU」は「トリプル諭吉で3万円」。「WU」は「ダブル諭吉で2万円」のことだと解説した。

   少女達に援交を持ちかける男性の手口や、サイトでの援交の誘い文句も紹介。家出少女達が集まり男性と交渉する「出会い喫茶」のような店の様子も放送したことから、ネットでは、援交をしたい男女にとって至れり尽くせりの番組だとし、「まるで援交ノウハウ提供番組では」などと皮肉る人も出た。

これを見ると、プロと一緒じゃね?

   これに加え話題になったのはコメンテーターとして出演した室井佑月さんの発言だ。

   ――援交する少女達は自身や社会に甘えているのではないか。自分は孤独と言っているが、自分の居場所は自分で見つけるべきだ。そして、20歳で援交する女性については仕事で稼いでもいい年齢、などとした。

   ただ、金欲しさだけで援交する少女や、ネットの掲示板のカキコミ内容を知るにつれ、怒りが込み上げてきたようで、

    「これを見ると、プロと一緒じゃね?もうちょっと待って、プロになればいいのに!

などと言い放った。司会を務めるジャニーズのアイドルグループ「V6」井ノ原快彦さんも、

    「仕事になるわけですからね

などといった。

   また、番組では視聴者からの意見も多数紹介したが、その中に風俗店勤務の女性のものがあり、NHKが風俗嬢の意見を取り上げたと驚きが起こる一方、「風俗嬢の量産番組か?」と揶揄された。

ま、コメンテーター云々はそういう方向性で番組を作りたいからこそそうした人選を行っているのでしょうが、言われる通り取り上げる時間帯といい、匿名性どころかノウハウすらもむしろ積極的に広報するかのような内容といい、さすがにこれは空気を読んでいないと言われても仕方がないところですよね。
いったいこうしたNHKの方向性の根底に何があるのかですけれども、今年の8月に北京の抗日記念館で開かれた日本軍の犯罪を取り上げたパネル展なるものを開催するよう働きかけたのが実は日本の市民団体であって、その実行委員会の代表者池田恵理子氏は昨年までNHKの子会社でプロデューサーを務めながら市民運動を続けていた有名フェミニストだということも明らかになっています。
この人物が1000年来女人禁制が続く修験道の聖地へわざわざ登山を強行するなど相当に筋金入りの人物なのだというのですが、なるほどこの種の人物が番組制作に深く関わっているような放送局であれば、前述の番組内における援助交際問題の取り上げ方もよく理解出来るというものですよね。
そしてその延長線上に冒頭のような話が出てくるとなればこれはある意味では一本筋が通っているという言い方も出来るのでしょうが、国民から問答無用でお金を集めておいてその金をこういうことに使っているというのでは、それはさすがに一言あってしかるべきと考える人も少なからず出てくるでしょう。

先日のデジタル化を契機にNHKでは解約の申し出が相次いでいるとも言いますけれども、公的放送局として国民から安くない受信料を強制的に徴収してまでこうした特定思想のプロパガンダを垂れ流すNHKの姿勢が社会的に許容されるものなのかどうか、社会の厳しい目がつねに光っているということは理解してもらわなければならないでしょうね。

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2011年9月 9日 (金)

日大の練馬区光が丘病院撤退問題、いよいよ煮詰まる

以前から噂には聞いていました話ですけれども、日大が練馬光が丘病院から撤退するという話がいよいよ社会的な反響を呼んでいます。
特にマスコミ報道を見ていますと日大とはなんと悪逆非道な組織なのかとその暴虐ぶりが一目瞭然ですけれども(苦笑)、まずは記事から状況を引用してみましょう。

切り捨てられた地域医療:日大練馬光が丘病院撤退/上 /東京(2011年9月6日毎日新聞)

 ◇民法盾、強引に舵切る 「理事会判断」説得力欠く

 日本大学(千代田区)が7月、地域の中核病院の役割を担ってきた医学部付属練馬光が丘病院(練馬区)の事業から今年度末で撤退すると表明し、地元が揺れている。区は後継病院を募集し選定を進めているが、病院選定や引き継ぎの混乱なども予想され、医療サービスの停滞が懸念されている。都心で進行する「医療危機」の現場を探った。【吉住遊】

 昨年2月、練馬区の区長応接室。日大の総務部長ら8人が、当時の副区長をはじめとした担当者と向き合っていた。その半月前には日大からの要請を受け、区が病院の経営支援を決定したと通知したばかりだった。区側の関係者の一人は「支援の打ち合わせかと思っていた」と振り返る。だが、総務部長が口を開くと区側は言葉を失った。「病院からの撤退を含めた検討をしている」。そして、こう続けた。「理事会の判断です

    ◆

 病院を開院するに当たり、土地と建物を所有する区と日大は「(病院の)賃貸の期間は91年4月から30年間」とし、日大が地域医療の充実を図るという協定書や契約書を交わしていた。区は病棟を改修したり土地や建物の使用料約3億円を免除・減免する支援を約束。だが病院は、毎年平均4・5億円の赤字を計上し続ける。この状況に、理事会は09年11月、「賃貸借は20年が限度」との民法の規定を持ち出し、半ば強引に「撤退」に舵(かじ)を切ったとみられる。

 両者はその後も20回近くの協議を重ねるが不調に終わる。「最後通牒(つうちょう)」は今年7月4日。大学側の代理人を務める弁護士名で志村豊志郎区長あてに「9月10日までに引き継ぐべき医療機関」を求める封書が届く。医学部や病院職員に大学から連絡があったのは、その後だった。

    ◆

 「一体、何があったのか? 日大が一方的に契約を打ち切るのは理解できない

 8月16日、区内のホールであった区民集会で、区民の会の代表を務める男性が声を上げた。病院の存続を求めて急きょ開催が決まった集会には、会場いっぱいとなる約250人が押し寄せた。

 病院関係者によると、同病院の赤字は経営改善に加え、10年4月には医療報酬の引き上げもあり、10年度は約1億円まで減少していた。11年度は4~6月で前年同期比で1億5000万円以上の増益を確保し、開院後初めて通年で黒字に転じる見通しだったのだ。だが「撤退」の方向性が示されて以降、大学の理事会で病院の財務状況が顧みられることはなかった。

 大学の一方的な決定に医学部からも反対の声が上がっている。系列の駿河台日大病院で小児科の総医局長を務める斎藤宏助教(36)は、病院存続を求め、区や大学に訴えてきた。斎藤助教はこう憤る。

 「医師会も区民も医学部も、誰もが病院の存続を望んでいる。こんな簡単に地域医療がないがしろにされていいのでしょうか

 大学側は取材に「病院が黒字に転じても医療報酬の改定、自治体の支援など、不安定要素が存在するため、経営資源をほかの二つの付属病院に集中する方針に変更ありません」とコメントしている。

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 ■ことば
 ◇日大医学部付属練馬光が丘病院

 経営不振に陥った練馬区医師会立光が丘総合病院を日大が引き継ぎ、91年に開院。心臓循環器や脳卒中の専門医療に加え、小児、周産期、救急の分野で地域との連携を進めるなどし、中核医療機関として機能してきた。18の診療科があり、ベッド数は342。常勤の医師約120人、看護師約300人を抱える。区内の200床以上の病院はほかに、順天堂大医学部付属練馬病院と練馬総合病院がある。

切り捨てられた地域医療:日大練馬光が丘病院撤退/中 /東京(2011年9月7日毎日新聞)

◇小児救急に影響大 区内の3分の1担う
(略)
 今回の撤退で影響が大きいのが小児医療だ。10年度の小児救急患者数(15歳以下)の扱いは区内の5医療機関で2万6519人。光が丘病院では約3分の1の8986人を受け入れてきた。専門医10人に非常勤を加えた20人の陣容は大学病院ならではといえる。それでも、2人態勢で24時間の救急をすると、通常勤務に加え月5回の当直をこなす必要がある。1回の当直手当は5000円にすぎない。

 勤務する小児科の医師は「どんな患者も受け入れる方針だった。医師全員が生活を削ってやってきたんです」という。今後については「病院引き継ぎが始まると、膨大なカルテの整理などの雑務が増え、サービスが滞る可能性がある。(区は)新病院で現在の受け入れ規模を維持するというが、どう考えても無理ではないか」と苦渋の表情を見せる。

 産婦人科も同様だ。09年度に生まれた区民4386人のうち、区内の病院で生まれたのは4割程度で、光が丘病院が扱った新生児は375人。区外の妊婦の出産を含めると年間508件に上る。09年8月からは、検診を地域の診療所で受け、分娩(ぶんべん)は同病院が行う「周産期セミオープンシステム」を採用していた。既に病院は来年2月中旬以降の受け入れ中止を決めている。

 区内で産婦人科のクリニックを営む高見毅司医師は「病院が多い都内で『お産難民』になることはないが、お産の大病院志向が強まるなか、周辺病院にしわ寄せが行き自宅近くで病院を見つけることは難しくなる可能性がある」と予想する。

    ◆

 病院存続を求め、住人が集めた署名は1カ月余りで1万2000人を超えた。だが、その切実な思いは届くあてを失いつつある。

しかし2年前から20回近くも協議を重ねたけれども不調に終わった結果、とうとうこのたび撤退の最後通告に至ったような問題を、「突然日大が一方的に撤退を言い出した!」と要約するのもどうなんですかねぇ…
いずれにしても地域の側からすると「日大は社会責任をどう考えているのか!」と憤懣やるかたないという状況のようで、実際に練馬区側が発表している公式アナウンスを見て見ますと「区は長年これ以上ないほど手厚い支援を行ってきたのに日大は不義理だ!勝手すぎる!」と言いたい放題ですけれども、日大側としてももちろん大いに言い分はあるというのは言うまでもないことですよね。
このあたりは毎日の記事だけを読んでいると今ひとつ同病院の状況が理解しがたいところですけれども、普通に考えてここまでの事をやってくれば十二分に社会責任を果たし貢献もしてきたと言ってよさそうな歴史があったということです。
詳細は下記の記事が参考になるかと思いますが、「東京23区内で年間9万7000人の入院患者を受け入れ、年間1万9000人もの救急患者の診療を行っていた」うえに「経営健全度を示す指標で、全国トップクラスの優良病院」と言われてきた大病院が20年間で140億円もの累積赤字を抱え込み、実質的な経営破綻となっていた状況にありながらさらに身銭を切って運営を続けろ!と要求するのは社会常識としてもどうなのかです。

【参考】行列のできる病院が莫大な累積赤字を抱えてしまう理由(2011年9月6日JB PRESS)

稼働率80%を超える施設がこれだけ巨額の赤字を計上せざるを得ない理由として、同記事では「187の病院のレセプトから算出した診療科別収支で、内科系では保険点数で100円稼ぐのに109円を要する「-9%」の逆ざや状態。そして、産婦人科も100円稼ぐのに118円の費用が発生するという「-18%」の逆ざや状態」であると、そもそも診療報酬があまりに低すぎたのだということを理由に挙げています。
もちろん大学病院の看板を掲げている以上はあまり金勘定ばかりに特化した診療を行うわけにもいかない、むしろ金には糸目をつけずに医療をやらざるを得ない局面もあっただろうし、大学病院独特の非効率な運営など内部の問題もあっただろうことは想像に難くありませんが、だからこそ今後も引き続き大学病院としてやれ、赤字はそっちの努力次第だというのはさすがに無理のある話でしょう。
ともかくもそうした事情で日大としては撤退の意志は非常に固い、そして実際問題として経営上も運営を続けられる状況にないとなれば今後をどうするかという実質的な話をしていかなければなりませんが、何しろこうした規模の病院だけにおいそれと区の要求するハードルをクリアする後継者も現れそうにないというのですね。

練馬光が丘病院:後継問題 2法人が辞退 /東京(2011年9月3日毎日新聞)

 日大医学部付属練馬光が丘病院(練馬区)が今年度末で閉院する問題で、後継の病院運営法人として区の募集に応募していた4法人のうち、2法人が辞退したことが2日分かった。同日開かれた区議会医療・高齢者等特別委員会で区側が明らかにした。

 区によると、これまで1公益社団法人、3医療法人の計4法人が応募したが、うち2医療法人が辞退を表明。理由について「(区が選考の条件としている来年 4月1日開院までの)半年間で必要な人材を集められない」と説明したという。区は今後、区職員や学識経験者らによる選考を経て9月中旬以降に新法人を決定 する。

 一方、特別委は区に対し「区民の命と健康を守るため、区と後継医療機関、日大との間で円滑な引き継ぎを行い、地域医療の確保・充実に全力で取り組むことを求める」との決議を採択した。【吉住遊】

医療水準維持に課題 練馬区が応募法人から聴取 日大光が丘病院撤退問題(2011年9月6日産経ニュース)

 日本大学(東京都千代田区)が日大付属光が丘病院(練馬区)から撤退を表明した問題で、練馬区は6日、来春から運営を引き継ぐ法人の選定委員会を開き、応募した2法人から事業収支計画などを聴取した。焦点は日大が提供してきた医療水準を来春以降も維持できるかだが、委員会内部からも「軌道に乗るには3年間はかかる」(病院経営に詳しい選定委員)との指摘があるなど、評価の困難さが予想される

 聴取されたのは、山間部、僻地(へきち)や都内で計約50施設を運営している公益社団法人と、複数の自治体にまたがる大病院経営で知られる医療法人

 委員会は有識者、医療関係者らで構成し、日大が提供してきた医療水準を維持できるかを焦点に、病院の運営実績や事業収支計画などを評価する。12日の会合での確認を経て、志村豊志郎区長へ答申する方針だ。

 同区は来春以降の医療水準の維持について、「公募要項で課した要件は、非常に力がある法人でないとクリアできない」(8月26日の議会医療・高齢者等特別委員会答弁)とするが、昨今の医師不足から人材確保の困難さを指摘する声は委員会内部にもある

 事実、手を挙げた4法人のうち断念した2法人の1つは日大に人材提供を打診していた。

 また、現在光が丘病院が行っている18診察科が縮小される可能性がある。

 ある関係者は「現在の医師の多くは他病院へ移り、日大が積み重ねてきた研究などは継続されないだろう」として、医療水準の低下を危惧している。

光が丘病院の「後継医療機関を早急に」- 練馬区議会・特別委が決議案(2011年9月4日CBニュース)

日大が来年3月末で練馬光が丘病院(東京都練馬区)の運営からの撤退を表明している問題で、練馬区議会の医療・高齢者等特別委員会は9月2日、同病院に代わる後継の医療機関を早急に決めるよう区側に求める決議案を賛成多数で可決した。同特別委では、「(日大が)光が丘病院を継続すべきという意思表明をすべきだ」との意見も出たが、半年後の「医療の空白」を懸念する声が多かったため、最終的に文言修正は取りやめた。9日午前に開かれる議会運営委員会を経て、同日午後の本会議に上程される見通し。

決議案では、練馬区に対し、光が丘病院の機能の維持だけでなく、地域医療をさらに充実させる観点から、速やかに後継の医療機関を決めるよう要望。その上で、区と日大を含めた3者による引き継ぎを円滑に行い、地域医療の確保と充実に全力で取り組むことで、「今後、地域医療計画策定に十分配慮し、推進されるよう強く求める」と表明した。

当然ながら今どき常勤120人の病院をいきなり半年後から引き受けろ、規模の縮小などまかりならんと言われて引き受けられるような法人があるとも思えないんですが、それでも実に4つもの法人が応募してきたというのですからさすがに日本一の医師数を誇る(苦笑)東京都だけのことはありますよね(もっとも、すでに2法人は脱落したということですが…)。
ま、区議会にしてもこの状況で「機能の維持だけでなく、地域医療をさらに充実させる観点から」なんて攻める気満々な言葉が出てくるあたりがよほどに気宇が壮大なのか、それとも脳内が年中小春日和なのかは判りませんけれども、いずれにしてもヒトとしての個人的精神的幸福を追求する上では極めてうらやましい状況ではないかなという木がしますし、そうであってこそこんな騒ぎにもなったということなのでしょうね。
こういう状況になるとマスコミが日大側を叩きまくるだろうことはこれまでの例からも当然に予想されたことではあるのですが、面白いのは前述の毎日の記事を見ても判るように区側が全くの一方的な被害者であるかのように扱われている様子があるということで、これだけの長い経緯の果てに起こった問題であるのにそれは少し違うのではないかなという気はするのは自分だけでしょうか。

練馬区、日大共に歩み寄りを(2011年9月5日産経ニュース)
より抜粋

(略)
 日大本部は撤退理由を「累積赤字90億円」としたが、借金が積もった印象は誤解だ。付属病院は独立採算制ではなく、年平均約4億5千万円の赤字は毎年度末に日大全体で処理された。年度を超え“累積”した赤字はなく、さらに病院経営刷新の努力で、昨年度は赤字が1億円まで減り、今年度(4~6月)は前年同期比1億8千万円増の黒字ペースに転じている。

 日大本部は、2年前の平成21年秋の理事会以後、この問題を協議していない。それどころか、撤退は医師のトップである医学部長にすら事前通達はなく、7月12日夜に本部からFAXが1枚届いたきりだ。翌日、医学部教授会は全員で継続の模索を合意した。

 区側の対応も、良かったとはいえない

都内の同規模の病院は、自治体から年5億~29億円の補助がある。練馬区は1億円強。地元都議も「区の施設建設費約47億円の減価償却分を補助の一つとしても、経営が苦しいのは明らか。90億円の赤字で踏みとどまっていた方が不思議だ」と述べた。

区は十分補助したと公言するが、病院が独立採算制でなく日大全体で会計処理が可能だったことに寄りかかり、低い支援を続け、正当性を誇示する姿は違和感がある。練馬区が見て日大本部の交渉態度は問題があるとしても、「病院経営は慈善事業ではない」という彼らの主張は正当だ。区は支援策を練り直し存続を求めるべきではないか。

 また、区は水面下の交渉経緯を議会や区民に説明すべきだ。22年12月時点で、日大が24年度末に撤退することを知りながら、今春の区長選で日大を含めた5大病院構想を掲げて当選した区長は相当問題がある

 日大の態度も、区の態度も許されない。両者とも地域医療に責務を持つ機関として、真剣に向き合い協議すべきだ。
(略)

いやしかし、「良かったとはいえない」ですか…(苦笑)。
いくら累積赤字があろうが日大全体で処理するから問題ないとは、それは日大さんがそこまで練馬区に恩義を感じて地域社会に貢献をしたいという強固な意志をお持ちであれば部外者にどうこう言えることではありませんけれども、普通に考えて同院に限らず大して儲かるとも思えない大学病院経営での赤字をどこで穴埋めするかと言えば、現場医師や学生さんからの上がりで賄うということになるんじゃないんですか?
そもそも練馬区があまりに補助金をけちってきた結果経営が苦しかったのを病院側が必死の努力で単年度黒字まで出せそうな勢いにまで経営改善を進めたというのが奇跡ですが、そんな相手の経営努力におんぶにだっこで自らは何らの努力もしないまま今後もよろしくお願いしますねで済ませるのみならず、さらに一層の出血を強いるつもり満々で区長も公約にまで掲げているわけですよね。
現に状況は極めて悪い、そして今後も一向に改善の徴候がないどころかますます悪化すると容易に予想できるわけですから、普通の企業であればこれは真っ先に切り捨てるべき対象だなと判断するのが当然でしょうが、努力した側が社会的に当たり前と言われるレベルの判断をすることが当たり前のことも出来ない側から非難されるというのであれば、それは日大に限らずどこが後釜に座ってもやっていられないでしょう。
区民にすればいつも近所にあって繁盛している(ように見えた)はずの病院がいきなり無くなるかどうかという話になってくれば、それは「いったい何がどうなっているんだ!?」と疑問符てんこ盛りにもなるでしょうけれども、当然過ぎて遅すぎるほどの決断の果てにこうした騒ぎに至った経緯を区民に説明し理解を得る義務は、状況を知っていながら日大側と話をまとめることもせず長年放置してきた区の側にあるように思えてなりません。

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2011年9月 8日 (木)

ついに反応してしまったフジテレビの見苦しい言い訳ぶり

先日は製薬会社の社員がうちの会社では薬局でハルシオンのゾロをまとめ買いした挙げ句飲み会で酒に入れて楽しんでいるなどとツイッターでわざわざ愚かな書き込みを行い、しかもご丁寧に本人の写真まで公表していたことから勤務先まで特定され、すわ薬事法違反か、はたまた傷害罪かと大騒ぎになった事件がありました。
それ以前には高校野球で活躍した光星学院の野球部員がわざわざツイッターで飲酒歴を書き込み大騒ぎになるという一幕もあり、あまりに多発するツイッター関連のトラブルから「バカ発見器の最高傑作」などと揶揄する向きもあるようですけれども、別にこうした「バカ発見器」はツイッターだけの専売特許でも何でもありません。
不特定多数を相手に何の後先への考えもなく適当な情報を発信すれば、とりわけその発言ソースが特定されるような状況であるほどバカっぷりが明らかになりやすいというのは旧来のメディアでも全く同様のことであって、むしろ後々まで物理的にソースが残ってしまうだけに恥ずかしさも倍増という悲しいことになってしまうのですね。

中村うさぎ「フジテレビのデモは東電批判をそらすための陰謀!」と掲載(2011年9月2日ガジェット通信)

日本の小説家、中村うさぎさんが8月31日の四国新聞にて「フジテレビめぐる騒ぎ 韓国びいき批判のヤな感じ」というコラムを掲載。このコラムには8月21日に行われたフジテレビ偏向報道・韓流ゴリ押しデモについて書かれており、フジテレビに対して批判やデモが起きた経緯も詳しく説明されている。

しかしそのコラムの後半に気になる一文があったので紹介したい。その一文は「最近のフジテレビ批判の盛り上がりを見ると『これは原発や東電への批判から目をそらすための、何者かの陰謀ではないか』などと勘繰ってしまいたくなるほどだ、みんな、目を醒ませ!」とフジテレビデモはミスリードではないかと書かれている。

この書き方からすれば、まるでフジテレビに対するデモ主導者も東京電力の回し者みたいに思えてくる。批判は各所別々で行えば良いのに、何故か国民は全員同じ方向にしか向いていないと思っている中村うさぎさん。
さてこんな彼女のミスリード説に対してネット上で次のような意見が交わされている。

    ・新聞で堂々と陰謀論をぶちまける羞恥心のなさに引くわ
    ・つかマスコミでフジ批判ってそんな報道されて無いだろ
    ・ならフジデモなんか叩いてる暇があるなら原発批判書いてろ
    ・で、こいつ東電様に何か抗議したの?
    ・おまえらもネットで祭り上げられたら韓国スレを乱立するといいよ

と、誰も賛同者なしという結果になっていた。確かにネットでは高岡蒼甫騒動以来、東京電力に対する批判は少なくなってきているが、それは時間の経過もあってのことかもしれない。仮にフジテレビ韓流ゴリ押し騒動が無くても、島田紳助引退など様々な事件に話題を持って行かれたのではないだろうか。また東京電力批判に関してはマスコミ主導で報道されるので、話題になりそうなことがあればみんなも自然と食いついて来るのではないだろうか。

※画像は四国新聞より引用。

記事を見てもフジテレビ問題のどこから原発だの東電だのといった話が出てきたのかさっぱり理解出来ませんけれども、中村うさぎ氏の脳内回路においては両者の間に根強い関連を示す電波がゆんゆんと飛び交っていたということなんですかね?
先日はフジテレビの「とくダネ!」において「とにかくスタートする前からアレコレ言ったり、足を引っ張るのはやめたほうがいい」などと、他ならぬオヅラが言うなとしか突っ込みようのない発言が飛び出したことにも現れているように、どうもマスコミ業界に関わるためには自己客観視の欠如といったスキルが必須となっているのか?とも思えてきます。
そもそも先日のフジテレビ抗議デモにおいてもどこからか湧いて出てきた右翼系団体がデモに便乗し運動の方向性をねじ曲げようと画策していたらしいことはすでにお伝えした通りで、どうもこの問題を巡っては何とかフジテレビ(あるいは、既存マスコミ)への批判から目をそらすため、何者かが陰謀でも巡らせているのだろうかと勘ぐりたくもなってしまいますよね。
フジテレビとしては表向きは秋の連続ドラマでも韓流推しを続ける姿勢を見せながら、実は視聴率低下傾向で戦々恐々という噂もありますが、フジテレビに限らず本来競合関係にあるはずの既存メディアが足並みを揃えてこうした動きを敢然スルーを決め込んでいることが、かえって彼らの受けた影響の深刻さを示すものだと言う見方も根強いようです。

「既存マスゴミには何の価値もないことの証明」=フジへの抗議デモを無視した各社も同じ穴のムジナか?(2011年8月30日ネットリサーチニュース)より抜粋

近年のメディアにみられる、不思議なまでの韓流押しや偏向報道。特に、大手メディアフジテレビについてはこの傾向が強いとして、今月(2011年8月)7日・21日の両日同局のお膝元でもあるお台場で抗議デモが行われました。

これを受けて実施された「フジテレビ周辺のデモに8,000人 効果あったと思う?」と題したlivedoorネットリサーチには1,553件の回答が寄せられ、「あったと思う」と回答した方が76%、「なかったと思う」と回答した方が24%という結果になりました。

今や当たり前のツールとなったインターネットを介した呼び掛けや中継なども行われた抗議デモには、7日には2,500人が、21日には8,000人を超える人々が集結し、シュプレヒコールをあげました。しかし、これだけ規模が拡大した騒動にも関わらず、テレビや新聞といった国内の既存メディアでは全くといっていいほど報道されることがありませんでした

このような背景を鑑み同リサーチへ寄せられている、「あったと思う」と回答した方からのコメントは

    ・8chが文書の受け取りを拒否したってのが「ショック」の大きさを雄弁に物語っている
    ・海外で大きく報道されて、それをフジテレビが「後追い」という大恥をかかされる予感。
    ・スポンサーも音楽業界も大慌てで軌道修正しなきゃいけない数字
    ・今後も韓流のゴリ押しが続くなら、日本の拒否の声をアジアに広げるまで。
    ・様々なデモに参加したが、フラッと参加する通行人が多いことに関心の高さを感じる。
    ・一切デモに触れる事も出来無い程、恐怖に慄いてる証拠。
    ・各新聞社のエンタメのページから韓国の文字がきれいに消えている
    ・フジと似たことをしている各社は、何時矛先が向いてくるかも解らず戦々恐々。
    ・他国に寄生してる分際で好き勝手してきた報いは充分受けてもらいます。
    ・テレビ新聞ほぼ総スルーで、もはや既存マスゴミには何の価値もないことを知らしめた。
    ・日本人の心を踏みにじり続けるマスゴミはもはや日本の害悪。
    ・出来事そのものを抹殺したことに、韓流云々に興味なかった人も違和感を感じるべき。
    ・民主よりの極端なプロパガンダ報道で在日朝鮮人のための民主党政権を誕生させた。

と、署名の受取拒否はフジのショックの大きさ、後々フジが後追い報道という恥をかくだろう、今頃各業界戦々恐々としているのでは、参加の状況をみればいかに関心が高いか伺える、既存マスコミは害悪、そもそもフジがこの騒動を黙殺した事自体をおかしいと思うべき、などの内容。

一方、「なかったと思う」とした方からは

    ・営利企業なんだから好きにやらせろ
    ・騒ぐなら法改正を求めて総務省にでも行った方がいいんじゃないの?
    ・関西に住んでるせいかフジの韓流ごり押しに温度差がある。
    ・見ないTVのためにエネルギー使うのは馬鹿馬鹿しい
    ・最低限ルールを守り公共の利益となる放送をするから免許がある。韓流押しは企業判断。

と、営利企業なんだから問題なし、問題視するなら法改正を、地域によって温度差がある、などのコメントが寄せられました。ただ「営利企業なのだから」という意見については、今回問題となっている事柄を考えていくと、必ずしもそれだけで収められることではないのでは、と記者は感じます。

賛否両論寄せられたコメントの中でも気になったのが「各新聞社のエンタメのページから韓国の文字がきれいに消えている」というもの。今回の抗議デモはフジだけにとどまらず、来月(2011年9月)16日には同局メインスポンサーの一つである花王へのデモも計画されています。また、ネット上では同様の報道に関する疑問はフジだけでなく他局でも同様にみられるという声も上がっているので、今後、フジのみならず各報道メディアや企業へも波及することが考えられます。そういった意味で、各メディアが対応を進めている可能性はないとは言えません。
(略)

実際に近隣諸国やアメリカのみならず遠くフランスなどでも事の経緯が詳細に伝えられ、イタリアなどに至ってはわざわざ今回の問題を動画に仕立て上げてくれているなど、日本以外の世界中の国々が相次いでこの問題を取り上げている中で、何故か最も情報に詳しいはずの当事者だけが沈黙しているという構図は何とも奇妙ですよね。
思えばFIFAが設立100周年を記念して出した公式DVDにおいて取り上げられたことで話題になったW杯史上における10大誤審なるものに、マラドーナの神の手などと並んで実に4つまでが2002年における韓国絡みの試合であることが当の韓国も含めた世界中で大騒ぎになったにも関わらず、何故か当時から一貫して共催国の日本においてだけは完全にスルーされているのと全く同じような状況でしょうか。
2011年のフィギュア世界選手権でも震災の影響から急遽東京に代わって代理開催を引き受けることになったロシアにおいて、氷上の巨大な日の丸を囲んで全世界が黙祷したり、プーチン首相自ら日本へエールを送ってくれたり、あるいはファイナルでわざわざ日本応援のためのセレモニーまでも開いてくれたりと、非常にありがたい心遣いが随所にあふれていました。
ところが同選手権の放送権を持っていたフジテレビではこれらのシーンを全面的にカットして放送したために、ほとんどの日本人はこうした世界からのメッセージを知らないままでいるわけですから、残念と言う以上にこれは世界の国々に対しても非常に失礼な行為であるというしかありませんが、当事者のフジテレビが語るところによるとこうした数々の行為はごく当たり前の判断であったに過ぎないそうです。

皆様へ(2011年9月2日フジテレビ)

最近フジテレビに寄せられたご質問、ご意見について、正しい情報、状況をご理解いただくために、以下ご説明させていただきます。

<フジ・メディア・ホールディングスの外国人持ち株比率について>

○認定放送持株会社であるフジ・メディア・ホールディングス(FMH)は、放送法により、外国人株主の議決権比率が20%未満であることが定められています。
この制限は、議決権保有が確定していない<株式保有者の比率制限>ではなく<議決権を有する株主の比率制限>です。FMHは<株式保有者>の中から、議決権を有する<株主>として認めるための株主名簿確定作業を行う際に、外国人の<株式保有者>が20%以上であった場合は、その超過分について議決権を有する<株主>への登録を拒否することが法律で認められています。従って<議決権を有する外国人株主比率>は法律に則り常に20%未満で抑えられており、「放送法違反」に該当することはございません
なお、証券保管振替機構により日々開示されているFMHの外国人保有比率は、特に外国人の保有比率が20%以上であった場合、株式を保有しても<議決権を有する株主(株主総会へ出席することや経営への意思を表明する権利を有する株主)>にはなれない可能性があることを外国人に注意喚起するためのものです。
ただし、議決権を持たなくても、売買差益及び配当を目的として株式を保有することは自由であり、法的な制限は加えられておりません。なお、日本の上場会社における外国人株式保有比率は2010年度で26.7%であり、FMHの外国人株式保有比率は平均的な水準です。

<編成方針および番組制作について>

○フジテレビでは、放送法に定められた自社番組編成の編成権を堅持した上で、広く視聴者ニーズにお応えできるような番組制作・編成を行っております。韓流ドラマが多いのでは?というご批判がありますが、韓国制作の番組やアメリカ制作の番組も含め、どのような番組を放送するかは、総合的かつ客観的に判断し決めております。

○また、グループ会社が音楽著作権を所有している楽曲を、番組やイベントなどで使用し宣伝行為を行っているというご意見がありますが、グループ会社の楽曲かどうかではなく、番組やイベント内容に適した作品を使用しています。上記の番組編成、制作方針同様、制作の自主性を重んじ、より良い番組作りのために効果的な楽曲を使用するという基本方針を大事にしております。

<スポーツ中継の表彰式の放送について>

○スポーツ中継では、リアルタイムで制作し放送するに当たり、次々に入ってくる膨大な映像、情報を処理するための判断、作業が要求されます。その結果、番組の放送時間の制約、もしくは映像や情報の入ってくるタイミングなどで、放送できない情報が出るケースもあります。
フジテレビが近年毎年放送している『世界フィギュアスケート選手権』で、日本の国旗掲揚、国歌斉唱シーンの放送が意図的にカットされているのではないかというご指摘があります。
これについては、過去5大会のうち、3大会(2008年、2009年、2011年)は放送をしています。2007年と2010年は競技の模様を優先し、優勝者へのメダル授与シーンのみを放送しています。これは、あくまでも放送時間および番組構成上の理由であり、それ以上の意図はありません
他のスポーツの国際大会の放送で同様のことがある場合も上記と同じ理由によるものです。

<FIFA主催のサッカー中継における表記について>

○フジテレビでは、FIFA(国際サッカー連盟)公認の試合を放送上で表記する場合、FIFAの公式ホームページに表記されている正式大会名称に則った番組タイトルとして、ホーム&アウェイの関係から開催国(ホーム)を前に、対戦相手国(アウェイ)を後に表記するのを基本として来ました。

○2010年10月12日のサッカー日本代表の親善試合、対韓国戦についても、韓国で開催されたため、FIFA公式ホームページでも国際親善試合「韓国対日本」という名称となっており、JFA(日本サッカー協会)の公式リリースも同じ順番の表記となっています。
なお、10月4日、5日のスポーツニュース番組「すぽると!」では「韓国対日本」を略す形で「韓日戦」とコメント及び表記をしておりましたが、これに対して多数のご批判を頂きました。これは上記の理由から使用したもので他意はありません
尚、現在では一般に馴染みのある「日韓戦」と言う表記も使用しております。

以上、皆様には、より一層のご理解をいただきたく、何卒よろしくお願い申し上げます。

屁理屈というしかない韓流批判へのフジの見解(2011年9月5日ゲンダイネット)

 言うに事を欠いてとはこのことだろう。

 韓流偏重で抗議デモをやられたフジテレビがたまりかねたか、9月2日に公式サイトで見解を発表した。

 韓流批判に直結するのは4項目のうちの3項目。「韓国ドラマが多いのでは」という編成に関する批判には「総合的かつ客観的に判断」しているとし、フィギュアスケートの表彰式で「日本の国旗掲揚、国歌斉唱シーンの放送が意図的にカットされている」という指摘に対しては「放送時間および番組構成上の理由」と説明した。

 いずれも言い逃れだろうし、百歩譲って「ものは言いよう」という言い方もできるが、最後の「FIFA主催サッカー中継における表記」に関してはお笑いだ。フジはFIFA公式HPの表記にのっとって、ホーム&アウェイの関係から開催国(ホーム)を前に対戦国(アウェイ)を後に表記して昨年、韓国で行われた「日韓戦」を「韓日戦」と表記したという。だが、どこが主催かどっちがホームかに関係なく自国が前に来るのが当然で世界中の常識だ。日本がアウェイなら「アウェイの日韓戦」と言えば済む話だ。

「FIFAを理由に『韓日戦』を正当化しているのが韓流ベッタリの表れだし、FIFAを理由にすること自体が屁理屈です」(スポーツライターの織田淳太郎氏)

 取り繕おうとして墓穴を掘っている

いやまあ、韓日戦表記はFIFA公式HPの流儀にならっただけであると言われればはあそうですかですが、こうした表記が行われているのがフジテレビのみ、しかも日韓戦のみに限った特殊な事例であるのは先日のアウェーでのウズベキスタン戦に対する彼ら自身の公式表記に逆らった表記を見ても明らかであるように思いますし、まさにそのことが問題になっているんだと理解していたのですけれどもね。
放送時間が押していたからカットしましたと言われても、ではその理由は何かと言えばどう見ても不要不急の前日のリプレーや韓国人選手の特集ばかりを流していたからだと言うのですから、競技の模様を優先したなどという彼らの言い訳があからさまな嘘であることは誰にでも判る話でしょう。
同局内でも最近はさすがに「安易に韓流を扱わないように」という空気も出てきているとも言いますが、実態のないところにブームを作り上げて売り上げを伸ばすという手法も引き際を誤ってむしろ反感を買い始めているのではないかと言う指摘もある通り、同局がこれからも言い訳を重ねるほどにますます泥沼にはまり込んで傷口を広げることになりそうですよね。
何しろ局の公式見解として「どのような番組を放送するかは、総合的かつ客観的に判断」した上で「広く視聴者ニーズにお応えできるような番組制作・編成を行っております」と現状を全面的に肯定してしまったわけですから、今後突然に方針を変えるというのも視聴者ニーズ上出来ない理屈で(苦笑)、こうなるとフジテレビとしては最後まで意志を貫き通すという道しか残されていないということになるのでしょうか。

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2011年9月 7日 (水)

「正しい」制度よりも社会の実利実益に結びつく制度を

先日は産科無過失補償制度で本来の創設の目的の一つともされてきた再発防止のための報告書が出たという話題を紹介しましたが、世間の受け取り方は予想通りだったなと言われたのがこちら読売の記事です。

[解説] 産科医療補償制度…診療の基本、逸脱次々(2011年8月31日 読売新聞)

事例検証重ね再発防止を

 出産時の事故で重い脳性まひになった子どもに対し、医療側の過失の有無にかかわらず補償金を支給する産科医療補償制度で、補償対象となった事例を専門家が分析し、再発防止の提言をまとめた報告書が今月22日、初めて公表された。

 今回分析結果が公表された事例の多くで基本的な診療に問題があることがわかり、全国の医療機関に報告書が配布され、注意喚起された。このことは、歩幅はごく小さいものの、事故を減らすための第一歩になったのではないか。

 この制度は、障害児と家族の負担を速やかに軽減しようと2009年1月、導入された。医師の産科離れを招いたとされる訴訟リスクを低減する狙いもあった。

 事務局を厚生労働省所管の公益財団法人・日本医療機能評価機構が担い、運営は損保会社に委託。お産を扱う医療機関の99・8%が加入し、お産1件につき3万円の掛け金を支払う。補償額は3000万円。

 対象事例はすべて第三者の医師や法律家が原因を分析し、再発防止策を検討するのが、制度のもう一つの柱で、それを形にしたのが、公表された報告書だ。

 今回検討の対象となったのは、10年末までに補償が決まった108件のうち分析が終わった15件。その結果、〈1〉胎児心拍数の確認など出産の安全管理が不十分(8件)、〈2〉新生児蘇生法に問題(7件)、〈3〉陣痛促進剤の使い方が日本産科婦人科学会の診療指針を逸脱(6件)――などの問題があった。複数の問題が指摘された事例もある。

 報告書をまとめた再発防止委員会の池ノ上克(いけのうえつよむ)委員長(宮崎大病院長)は「極めて基本的なことがきちんと守られていない」と話した。これらの問題が、脳性まひの原因とは必ずしも言えないが、「守っていれば、危険にもっと早く気づけたかもしれない」(池ノ上委員長)と指摘がある通り、基本の順守が安全性を高めるであろうことは明らかだ。

 陣痛促進剤の使い方など、これまでも同学会が指針順守を求めてきたにもかかわらず、守られていない。現場では、必ずしも指針通りでない臨機応変な対応が必要となる場面もあるだろうが、第三者の専門家から見ても納得のいくものでなければならない。

補償が決まった事例のうち2例は、同じ医療機関で起きたという。前例に学び診療を見直していれば、少なくとも2度目は起こらずに済んだ可能性がある。これについても、さらに十分な検証が行われるべきだ。

 制度ができる前、「産科は特に、診療に問題がなくても結果が悪いと訴えられる」という医療側の嘆きをしばしば耳にした。それが、無過失補償制度が検討されるきっかけとなった。

 しかし、今回の事例を見る限り、必ずしもそうとばかりは言えないようだ。一般に、精いっぱいの診療をしたのに不幸な結果となる事例はあるだろうが、防止策を講じる余地のある事例もあるということではないか。

 当初、医療事故の患者団体からは「補償金で黙らせようという制度では解決にならない」と反発があった。実際、制度導入後も、補償対象であるのにかかわらず訴訟になった事例がある。

 原告の一人は「医師は、産科医療補償制度で原因究明されるので、そちらに任せたいと言うばかりで、ほとんど事実関係の説明をせず、不信感を持った。本当のことを知る手段は裁判しかないと思った」と語った。事故そのものより事故対応への不信が根底にあることをうかがわせる。加えて、制度が信頼を得られていない結果とも言えそうだ。

 個々の原因を公正に分析し、実効性ある再発防止策に生かす――このことなくして、制度の成功はない。対象範囲が重い脳性まひのみと限定的なことや、今のところ予想より大幅に対象者が少なく多額の剰余金が出ていることなど課題も多いが、事例検証を重ね、悲しい結果に至るお産を減らし、医療側と患者側の溝を埋める有効な仕組みに育てていく必要がある。(医療情報部・高梨ゆき子)

※当初の記事では、「この15例のうち2例は、同じ医療機関で起きたという」という表記がありましたが、「補償が決まった事例のうち2例は、同じ医療機関で起きた」の誤りでした。お詫びして訂正します。

ちなみに読売では掲載前に記事の内容を確認し誤りがないように念を押すというきわめて基本的なこともきちんと守られていないようですが、108例に一例と15例に一例ではずいぶんと記事の印象も変わる話ですけれども、当然ながら同社では訂正文一行などで済ませるなどと言うことではなく、さらに全社を挙げて2度とこのような事例が再発しないよう十分な検証を行われるわけですよね?(苦笑)
読売はこの記事をわざわざ解説記事として掲載しているわけですから、読売としては相当に気合いを入れて制度はかくあるべきだと会社として主張しているのだと認識すべきなのでしょうが、記事にあるように患者側が制度に大いなる不満を感じているのと恐らく同程度に医療側も方向性は違えど不満があり、そしておそらく実質的に支払いを負担している健康保険側にも言いたいことはあるはずなのです。
それでは不満が解消されるまで何もやらないのか、あるいは特定の立場にあるものの不満だけを解消し他の立場は無視して制度設計を行えばよいのかと言えばそれでは不利益が大きくなる、だからこそ相応の弱者救済といった社会正義を満足した上で社会全体にとって最も利益が大きくなるどこかで妥協点を探っていくしかないわけで、その一つの落としどころとして定められたのが誰にとっても同じように不満のある今回の制度であるわけですよね。
一部の声だけを取り上げて「この制度にはこんな欠陥がある!」なんてことをやれば記事には書きやすいのでしょうが、木を見て森を見ずを地で行くような記事を解説などと銘打って出してくるような痛い行為を平気でやるからこそ、いつまで経っても医療に強い読売なんて看板は自称倒れに終わっていると言われることになるのです。

震災や原発事故、そして先日の台風などで各地で大変な被害が相次いでいますが、例えば大至急ここで対策を講じていかなければとんでもない二次被害が発生してしまうといった局面において、「いや、そんな重機なんて通られたらうちの塀が壊れるじゃないか」と言った主張が通用してしまいかねないのが、非常事態関連法規の未整備でいざというとき判っていても有効な対策が取れない日本の問題であるとは長く言われてきたところで、別に有事に限った話でもないわけですね。
産科で言えば少なくとも限定的な症例とは言え補償制度が設けられた以上は患者側にとって以前よりは確実に進歩していると言えるわけですが、その一方で医療側からは「あくまでも真相究明と再発防止のための制度であるという話だったのに、報告書が責任追及にも使われることになるのではおかしいじゃないか」といった反発が非常に根強く残っていることは過去にも紹介してきた通りで、それでもトータルで見ればやらないよりやった方がいいだろうという判断で受け入れているのです。
今の日本における産科診療の最大の問題点というのは一部の事故症例において十分な真相究明が行われていないと患者側からの不満が高まっていることではなく、求められる医療水準とそれに伴う訴訟リスクが高くなりすぎ、例えば「せっかく妊娠したのにどこも予約は一杯だった」「35歳以上だから当院ではお産は出来ませんと言われた」なんて過剰反応がごく普通のお産の現場にまで大きな影響を及ぼしつつあることでしょう。
読売の主張するように悲しい結果に至るお産を減らそうと思えばお産の取り扱いは基礎疾患など一切のリスク要因のない20代妊婦に限定し、妊娠全期間をナショナルセンタークラスの施設に収容し昼夜を問わず厳重に監視するといった手段が「正解」ということになってしまいますが、それが社会全体にとってどれほど巨大な不幸に結びつくかという巨視的視点のない人間がこの種の制度設計に関わるとろくなことにはならないのです。

先日取り上げましたように産科に限らず今度は医療全般にわたって広範な無過失補償制度を導入しようという動きがようやく公的なものとなってきたわけですが、補償の対象が極めて限定的な産科無過失補償においてもこれだけの大騒ぎになっているわけですから、こちらはどれほどの事になってしまうのか判らないという話ですよね。
かつて夕張診療所の村上先生などから名指しで「一切の取材もなく記事を書く」などと強烈極まる批判を受けた北海道新聞あたりもよほどに関心があったということなのでしょう、わざわざ社説で取り上げてきたというのですから紹介させて頂かないと仕方がありませんよね。

【社説】北海道新聞 社説:医療事故補償 原因の究明あってこそ(2011年9月5日北海道新聞)

 医療事故で死亡するか、重い障害が残った患者とその家族に、医師の過失の有無にかかわらず補償金を支払う無過失補償制度の検討が厚生労働省で始まった。

 医療事故は患者側が損害賠償を求め民事訴訟を起こすにしても、立証に時間や労力がかかるのが悩みだ。

 裁判を経ずに補償されれば、患者側の負担も減り、支払いも迅速になる。補償条件や金額、手続きなど具体的な制度設計を急ぐべきだ。

 無過失補償はあらゆる医療行為が対象となる見込みで、患者側は認定する機関に申請し、基準に基づいて補償金を受け取る。支払いを優先し、事故責任は追及しない方向だ。

 産科の一部では2009年から、無過失補償を導入した。出産をめぐり訴訟になる例が多かったためだ。

 出産事故で脳性まひとなった子どもの家族に、3千万円を支払っている。7月末までに192件の補償が決定するなど制度が定着してきた。

 問題は補償の財源だ。

 産科では、運営組織の財団法人が出産1件当たり約3万円を保険料として病院から徴収。病院は健康保険の支払いで賄っている

 今回の制度はすべての医療行為が対象となるだけに、産科と同じ仕組みとはいかないだろう。

 日本弁護士連合会は、国や医療機関、医療機器メーカーなどからの拠出を提案している。

 巨額の財源を想定するならば、関係者が相応の負担をする考えは検討材料の一つになる。ただ、産科が実質、健康保険で補償していることとの整合性をどう取るのか。さらに議論を深める必要がある。

 無過失補償に対しては、患者から「金で口封じされるのでは」との懸念も出ている。産科補償を受けた患者が事実経過の説明が不十分として、提訴した例があるからだ。

 補償に重きを置くあまり、原因究明や再発防止策がおろそかになることがあってはなるまい。

 政府は08年、業務上過失致死で起訴された産婦人科医が無罪となった福島県立大野病院事件を受け、捜査機関によらない「医療版事故調査委員会」を検討した経緯がある。

 しかし、カルテ改ざんなど悪質なケースについて、委員会による警察への通報を認めたため、医師の一部が反発し、法案化が棚上げされた。

補償だけでなく、謝罪や原因追及があってこそ、被害者や家族は心にひと区切り付けられるという。

 医療界も原因を究明できなければ、再発防止に役立たないだろう。

 政府は事故調の権限や内容について医療関係者と早急に議論すべきだ。無過失補償と原因究明は、車の両輪であることを肝に銘じてほしい。

記事にもありますように大野病院事件を契機に医療問題弁護団から事故調が要望された一件や、結局事故調設立が振り出しに戻った話などもかつて取り上げたところですが、本当に原因究明や再発防止が目的であるということであればそもそも警察への通報がどうこうという問題で揉めることもなかったはずですよね。
かねて航空事故調などとの比較でも言われているように、真相究明を目的とした調査がひとたび責任追及に結びついてしまえば当事者は決して真実を口にすることはなくなってしまう、その結果真相は決して明らかになることなく結局再発防止のための正しい問題提起も出来なくなってしまうということで、決して起こってはならない類の事故を巡る調査ほど必ず責任追及とは切り離されたものであるべきというのが世界的な常識です。
先日の原発事故調設立に関する話でもこの辺りの問題はしつこいくらいに取り上げましたが、「一部医師達を中心とする自己中心的な抵抗勢力が正しい制度設立を妨害しているのが諸悪の根源」式の捉え方をしている限りは本当の原因究明や再発防止は図り得ず、結局は国民の利益にもならないということを、そろそろ国民自身も学んでいかなければならないはずです。

問題は表向きは確かに真相を究明せよ、再発を防げという耳障りの良い金看板を抱えているとは言え、議論を見ているとどうやら被害者や家族をダシに「心にひと区切り付け」るために話を進めようとしている向きも見え隠れしていることで、甚だしきは最初から責任者を吊し上げれば鬱憤が晴れる、そのために事故調を大いに利用させて貰うという考えすらあるようにも思えることでしょう。
事故調レポートを動かぬ証拠として裁判を有利に持っていこうなどと考えている方々がいらっしゃるという現実はその反映と言うべきでしょうが、「はっきり詫びろ」「きちんと責任を取れ」という素朴かつ当然の市民感情を実現するための制度を求めていくというのであれば、それは当事者にとってはともかく国民全体にとっては決して今より良い状況をもたらすものではないということは知っておかなければなりません。
もちろん国民の総意として一罰百戒、プロが何かしら不満足な仕事でもした日には徹底してその責任を追及せよというやり方でやっていくというのも溜飲は下がるでしょうが、その結果世の中がどれほどうまく回らなくなってしまっているか、どれほど国民全体の利益が損なわれてしまったのかということを今現在も我々はまさに目の当たりにしているはずなのですね。
一見して耳に快いマスコミの甘言に乗せられて右往左往した結果、日本の政治が世界的に見ても異常というしかない状況にどっぷりはまり込んでいる現状を何かおかしいんじゃないかと気付き始めた人々であれば、矛先を変えて再び同じような煽動を繰り返すマスコミの思惑に乗ってしまうのもあまりに学習能力がなさすぎるというものでしょう。

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2011年9月 6日 (火)

2例目の未成年からの脳死移植 脳死移植は日本で根付くのか?

臓器移植法改正を受けて、先日未成年者から2例目の脳死臓器移植が行われたことはすでに報道でご存知のことと思います。

18歳未満男性を脳死と判定(2011年9月4日NHK)

関東甲信越地方の病院で治療を受けていた18歳未満の男性が、3日夜、脳死と判定されました。去年7月に改正臓器移植法が施行されてから、18歳未満で脳死と判定されるのは2人目で、病院ではこのあと、臓器の摘出に向けた準備を進めることになります。

日本臓器移植ネットワークによりますと、脳死と判定されたのは、頭にけがをして関東甲信越地方の病院で治療を受けていた、15歳以上18歳未満の男性です。脳死の疑いがあると診断され、臓器移植コーディネーターの説明を受けた両親ときょうだいなどが、2日、脳死判定と臓器の提供を承諾したということです。このため、3日朝から2回にわたって脳波や呼吸の状態などを詳しく検査した結果、男性は3日午後7時37分、脳死と判定され、死亡が確認されました。

去年7月に施行された改正臓器移植法の指針では、虐待を受けた子どもから臓器が提供されるのを防ぐため、18歳未満の場合、虐待の疑いがないか検証するよう、医療機関に求めています。病院では、院内の虐待防止委員会で、それまでの診療記録などを精査し、虐待がないことを確認したということです。

ネットワークによりますと、家族は、臓器の提供を決断した理由について、「本人は元気なときに、臓器提供関連のテレビを見て、『死んでも人の役に立つなんてすごいよな』と話していた。意思表示をしていなかったけれど、本人だったら希望したと思う」と話したということです。改正臓器移植法が施行されてから、18歳未満で脳死と判定されるのは2人目です。男性からは、心臓、肺、肝臓、腎臓、すい臓、それに小腸が提供される予定で、移植手術を行う施設の医師たちが、正午ごろ、病院に集まって、臓器の摘出に向けた準備を進めることになります。

18歳未満、家族承諾で2例目の脳死判定 臓器移植へ (2011年9月4日日本経済新聞)

 日本臓器移植ネットワークは3日、関東甲信越地方の病院に入院していた15歳以上18歳未満の男性が脳死と診断されたと発表した。本人の意思表示はなかったが、家族が脳死判定と臓器提供を承諾した。18歳未満で家族承諾で脳死と判定されたのは今年4月の10代前半の男児に続いて2例目。同ネットワークは臓器提供を受ける患者の選定作業を進めている。

 昨年7月施行の改正臓器移植法では本人の意思表示がなくても家族承諾で脳死移植が可能となった。ただ18歳未満の場合は入院先の病院が児童虐待を受けた可能性がないか確認する必要がある。同ネットワークは「入院先の病院が適切な手続きで虐待がなかったことを確認した」とした。

 同ネットワークによると、男性は頭部外傷で入院。主治医は8月30日に脳死とされる状態と判断、家族に病状と臓器提供の機会があることを伝えた。同ネットワークには1日夜に正式に連絡が入り、2日夕方に家族の承諾を得たため脳死判定を実施、3日午後7時37分に2回目の脳死判定で法的に脳死と診断された。

 家族は心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓(すいぞう)、小腸の提供に承諾したという。脳死移植は1997年の法施行後146例目で、改正法を適用した家族承諾のみは52例目。改正法施行前は本人の意思表示があったケースで15歳以上20歳未満の年齢区分で2例の脳死移植があった。

 家族は「本人が元気な時に臓器提供関連のテレビを見て『死んでも人の役にたつなんてすごいよな』と話していた。本人は意思表示していなかったけれど、希望したと思う」とコメントしている。

18歳未満脳死:全国7病院で各患者に臓器移植(2011年9月4日毎日新聞)

 関東甲信越地方の病院に頭部外傷で入院し、3日に改正臓器移植法に基づき、18歳未満で2例目の脳死と判定された男性からの提供臓器は、4日から5日にかけて全国7病院で各患者に移植される。

 心臓は「18歳未満からの提供の場合、18歳未満への移植を優先する」という国の基準を適用し、国立循環器病研究センター(大阪府)で10代男性に移植される。肺は片方が大阪大病院の40代女性、もう片方は医学的理由で断念した。肝臓の一部は京都大病院で10歳未満の女児、肝臓の残りの部分は国立成育医療研究センター(東京都)で10代女性、膵臓(すいぞう)と片方の腎臓は新潟大医歯学総合病院で30代女性、もう片方の腎臓は千葉東病院で60代女性、小腸は東北大病院で30代女性に移植される。

 移植施設の医師による臓器摘出手術は4日午後4時ごろに始まり、手術終了後、それぞれの病院に運ばれた。
(略)

お亡くなりになったドナーの方のご冥福をお祈りするともに、その意志を継いだ形となったレシピエントの方々の移植がうまく運ぶことを願ってやみません。
臓器移植法改正に伴い国内初の小児からの脳死移植が本年4月に行われたことはすでにお伝えした通りですが、前回と比べると心なしかメディアでの扱いもやや控え気味になってきていることが、世間も次第に慣れつつあるということの傍証なのでしょうかね?
この小児からの脳死移植に関しては本人意志が不明でも家族の同意だけで行われるのがケシカランだとか、そもそも脳死は人の死ではないから殺人だといった考えに至るまで様々な観点から根強い反対論もあり、実際に移植が行われるようになっても脳死移植は行うべきではないと強固に主張している人々もいらっしゃるようです。
無論、現状では本人が明確な反対意思表明を行っておらず、なおかつ家族が本人の意志を忖度し臓器提供を受け入れるだろうと判断した上で、家族の間でも提供に対して同意がなされているというハードルを越えなければ脳死か否かという死の判定自体が行われないわけで、実際には今も大多数の(臨床的)脳死症例は脳死判定にすら至らないまま心臓死をもって死と認定している言うことです。
今のところドナー、レシピエントともそれを受け入れられる人々の間でだけ移植を行っていきましょう、嫌な方々には無理に参加は求めませんという日本のやり方は妥当だと思われるし、当面のところ脳死状態からの臓器提供に社会的重圧がかかるような状況を避けながら、国民意識の醸成を待つということになるのでしょうね。

しかしこの脳死というもの、日本の制度によれば移植を前提にした場合にだけ脳死を人の死として認めましょうと言うのは、考えて見ると結構微妙な問題をはらんでいますよね。
例えば脳死状態の人が何らかの不自然な経緯で心停止になった場合、それは殺人なり過失致死になるのか、それとも単なる死体損壊なのか?と考えると、いわゆる安楽死問題などで裁判になったとしても求刑自体が変わってくるわけですし、遺産相続など民事上のトラブルにおいても脳死が人の死か否かが問われる局面がいずれやってくるかも知れません。
日本においては人が死んだかどうかを判断できるのは医師のみに限られていますが、脳死否定派の医師が脳死容認派の家族の意向に反して心臓死までは生きていると濃厚医療を続けた場合に、家族はその医療費も負担しなければならないのかといったトラブルも、いずれ将来的に出てくることになるかも知れませんね。
ともかくも日本においてはこの脳死状態というものの扱いは現場当事者の間で阿吽の呼吸で処理されてきた部分があって、今回限定的な状況とは言え明確に白黒をつけるということを意識させられるようになったことはやがて国民の意識も変えてゆかざるを得ないでしょうし、医療関係者にしても今まで以上に国民の興味と関心がこの領域に集まっていることを自覚しながら事に当たらなければならないでしょう。

脳死下臓器提供、6例ともに「妥当」(2011年8月26日CBニュース)

 厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会の「脳死下での臓器提供事例に係る検証会議」(座長=藤原研司・横浜労災病院名誉院長)は8月26日に会合を開き、2008年に行われた脳死下での臓器提供事例のうち5例と、改正臓器移植法が施行された10年7月以降の事例のうち1例について、脳死判定などが適切に行われたかどうかを検証した。その結果、6例すべて「妥当」と判断した。

 検証会議は、脳死下の臓器提供事例について、▽救命治療▽法的脳死判定▽臓器あっせん業務―の観点から妥当性を判断する。

 この日の会合で検証したのは、08年2月4日に脳死判定された60歳代女性(66例目)、同年5月8日に脳死判定された40歳代男性(69例目)、同年5月12日に脳死判定された70歳代女性(70例目)、同年7月2日に脳死判定された50歳代男性(72例目)、同年7月3日に脳死判定された30歳代男性(73例目)、10年9月4日に脳死判定された成人男性(年齢非公表、94例目)の計6例。
 検証会議は、6例すべてについて、「救命治療」「法的脳死判定」が「妥当」で、「臓器あっせん業務」についても「法令やガイドラインなどに基づき適正に行われた」と判断した。

脳死移植:6例「妥当」と評価…厚労省検証会議(2011年8月26日毎日新聞)

 厚生労働省の脳死移植に関する検証会議(座長・藤原研司横浜労災病院名誉院長)が26日開かれ、改正臓器移植法に基づく本人意思不明の1例を含む計6例の脳死判定と臓器提供の手続きをいずれも「適正、妥当だった」と評価した。

 ただ08年2月の広島市立広島市民病院の60代女性の提供例では、法的な判定前に脳死とされうる状態と診断したときの血圧が、移植法施行規則で定めた法的判定の際の血圧より低かった。病院への訪問調査の際に、違反ではないが、事前の診断も法的判定と同様にするのが望ましいと指摘した。

 この日は、08年5月の関東地方の病院と広島市民病院、同年7月の東邦大医療センター大森病院と東京医大八王子医療センター、昨年9月に本人の書面の意思表示がなく家族が承諾した東北地方の病院の提供例を検討。このうち関東の病院と東京医大八王子医療センターの事例は、病院の訪問調査を省略し、書類で審査した。

アメリカなどは以前から世界トップクラスの臓器移植大国と言われていて、何しろ脳死が大前提となる心臓移植一つ取り上げても毎年2000件以上の実績があると言いますから大変なものですが、それだけ大量のドナーが出ているにも関わらず臓器の不足も世界トップクラスだと言うのは、ひとたび移植が輸血などと同じ通常医療の範疇だと認識されればそれだけの潜在需要が掘り起こされてくるということでもありますよね。
そうであるからこそ臓器は社会共通の資源であるという考えにもなってくるし、例え日本では禁止されている虐待死児童であってもドナーになり得るというわけですが、当然ながらここまで移植が普通になってくると世間もいちいち全例を厳しく注視するなんてことはしませんから、中には怪しげな闇取引めいた行為や犯罪性の否定出来ない事例も紛れ込んでいる可能性は十分にあるでしょう。
またここまで移植が一般医療化すればもはや移植をやったからと言って駆け出しの日本のように学術的功績のようには言われなくなるのでしょうが、逆に日本の場合は渡航心臓移植に一億円が必要です!なんて募金活動盛んなる時代に診療報酬わずか150万円なんて絶讚赤字大売り出しな公定価格を設定してしまう国ですから、お金儲けのために移植をどんどんやるということはあまりなさそうですよね。
そう考えて見ると生保が一番いい医療を受けられるなんて揶揄されるような日本の医療制度下では、金絡みで移植医療が左右されるような事態だけは回避できそうである一方、少なくとも移植医療がレアな症例として取り扱われている間は妙な功名心絡みのスタンドプレーは起こりえる可能性があると言えそうです。
ただ幸いにしてと言うべきでしょうか、冒頭の症例にも見られるように一般的にドナーを担当する施設とレシピエントに移植医療を行う施設とは全く別物であり、脳死を来すような重症患者を扱っている地域の中核的医療機関は総じて多忙な状況ですから、「糞忙しいのにそんな面倒くさいことにまで関わっていられるか」といった素朴な人間心理が謙抑的に機能することになるかも知れませんね。

他に移植を抑制する因子としてよく「日本人の死生観は云々」なんてことを言う人がいますが、この問題に関しては死生観云々なんて大それた話よりも、単に周囲と横並びであれば何となく安心できるという日本人の性質の方がよほど大きな影響を与えているように思います。
そもそも脳死移植のドナーになるような症例では多くの場合予想された死ではなく突然訪れた事故といった思いがけない事態が多いと考えられ、しかも家族も慌てふためいている中でコーディネーターなどがどかどかとやってきて実はと話を切り出してくるとなれば、普段脳死移植のことなどまともに考えたこともないような大多数の人間は泡を食って当然ですよね。
いずれ脳死臓器移植がごく当たり前に行われているという社会環境になって、例えば今で言う献体や病理解剖レベルで脳死移植も語り合えるくらいな段階になってようやく「ああ脳死移植ですか、うちはお爺ちゃんの遺言でそういうのはちょっと」などと家族も普通に対応が出来るようになってくるのでしょう。
そこまで国民意識が成熟して初めて本当の日本人の死生観とはいかなるものなのか、それは脳死移植と相容れないものなのかといったことが明らかになってくるのだと思いますが、ひどく深刻な問題であるかのように語られていた問題も案外慣れてしまえば何でもないということはままあるもので、いずれは日本の移植医療もほどほどの落としどころに落ち着いてくるんじゃないかという気がします。
WHOの言う「自国内で必要な臓器は自国内で賄うべきである」という大原則に対して、日本の臓器需給が需要過多になるのか供給過多になるのかはまだ見えてきませんが、かつては不足が言われていた献体数が年々増加して今や受付を制限する事態にもなっていることを思う時、「御遺体に傷を入れることは日本人には馴染まない」で思考停止してしまっていては現実を見誤ることになるんじゃないかとも思うのですけどね。

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2011年9月 5日 (月)

ここでも日本の常識は世界の非常識なんだそうです

テレビ番組などで幅広くご活躍中の石井苗子氏が読売にコラムを持っていますけれども、先日はこんなことを書いていました。

石井苗子の健康術 日本の医療システムのどこが悪いのですか?(2011年9月3日ヨミドクター)

(世界から見ると日本は最高なんだそうです)

 「ランセット」という科学雑誌があります。ここに論文が掲載されれば研究者として世界的に認められたことになります。そのランセット社から今年、日本が皆保険制度導入50周年を記念して特集号が出ました。これは大きな出来事です。

 日本の50年に渡る医療改革とその実績、さらには将来の展望について数々の論文が掲載されています。今回の東日本大震災での地域医療についても書かれてありました。8月には本社の編集長が日本を訪れ、東京で2日間のシンポジウムもやりました。

 あれ!?と感じたのは、シンポジウムに参加していた海外ゲストスピーカーたちが日本の医療制度問題にあまり詳しくなかったことです。どうして地域医療は医師不足なのか、どうして患者は地元の医師にかかろうとしないのか、なぜ小児科医の数が不足しているのか、説明が今ひとつピンと来ないなどと質問するのです。

 ある日本の医師が、海外の医師が日本で治療しないのは高い料金を取れないからだと指摘しました。良い治療も悪い治療も日本では料金が同じ、場所もどこでも同じ、だから海外から市場を守ることができたと説明したのです。「なぜ近くでよい治療を高額で得ようとしないのか」と質問されると、日本側は「同じ治療を安く、よりよい施設で受けられる事が出来るからです」と答えていましたが、ピンとこないようでした。

 「高齢社会なら年齢で治療の制限の上限を設ける政策もあるだろう」という質問には、「昨日まであった良いものからハシゴを外すような改革政策を取るのは極めて難しい。国民ひとりひとりが考え方を変えてもらえるように教育をしていくしかない」が日本側の答えでした。

 こうしたやりとりを聞きながら、私は先日あった出来事を思い出していました。夜中に義歯が取れてしまったと救急車で運ばれてきた人、便秘を診てもらいたいから東京の大学病院に紹介状を書いてほしいと言ってきた人の事などです。

 患者中心の皆保険制度のもとでは、どのような要求にも応えなければならないのでしょうか。「国民を教育していく」と言いますが前途多難です。治療の地域格差、公立病院の経営赤字と医師の過労問題など、矛盾を抱えた医療制度を高齢社会に合わせてどう変えていくことができるでしょうか。若者の数が少なくなり、経済を支える力が衰えてきていても、もっと良いサービスを安く受けたいと言われれば、それに応えていかなくてはなりません

 どうすればいいのでしょう。

いやまあ、どうすればいいも何もないものですが、日本の常識が世界の非常識であるといってもここまでずれていると問題点を話し合おうと思っても話も通じなくなると言うことでしょうか。
通常の社会ではアクセスの容易性やサービスの質など顧客の得られる利益に応じてその対価も決まってくるものですが、日本の医療においてはいつ、どこで、誰の診療を受けようが同じ内容であり同じ費用をいただくということを国が規定しているわけで、当然ながら自然な反応としての市場原理による調整など働きようがありません。
例えば田舎で医者が来ない、それ以前に患者も少なくて経営が成り立たないから、それじゃ僻地では特別に1点10円の公定価格を15円にさせてもらおうということも出来ないし、逆に競争の激しい都市部でうちはコスト削減につとめて1点9円で提供出来ますということもやってはいけないわけです。
医療をお金の面からだけ考えるのはどうかという意見もありますが、医療の常識は世間の非常識などとさんざん揶揄されてきたことの一端が、世界的に見てもごく当たり前な考え方を試してみることすら出来ない制度面にもあったことは認めなければならないでしょうね。

同じように皆保険制度下で医療を万人に安く提供してきた英国などではアクセスの制限を行い、保険診療でかかる限りは初診は必ず近所のかかりつけ医(GP)を受診しなければならないルールになっていますが、そこから通常のルートで大きな病院に紹介受診しようとすれば数ヶ月待たされるということになってしまいます。
また腎不全に対する人工透析などは年齢の上限が決められている場合もかなり多く、例えば「1977年の調査で、全ヨーロッパの透析センターの約30%が65歳以上の患者を排除するという年齢制限を行い、また「選択的受入」および「受入なし」を行うセンターがそれぞれイギリス57%、33%、スウェーデン68%、18%、西ドイツ24%、0.6%、フランス31%、3%(星川純一)」という現実があります。
また有名なアメリカ以外に各国でドクターフィーが別に加算されるようになっていますけれども、高い医者安い医者といった区別によって患者の受診状況をコントロールするなどということは日本の医療制度では不可能であるからこそ、便秘で大学病院にかかろうなどという発想が当たり前に出てくることになるわけです。

全国どこでも同じ医療を同じ価格でというタテマエが医療を歪めていることの最たる例が昨今何かと話題になることの多い僻地医療というものだと思いますが、スーパーの値札一つ比べて見ても流通コストのかかる割に顧客が少なく多売が効かない田舎の方が都市部よりも割高な値がついているというのは誰でも知っている常識ですよね。
ところが公定価格である医療の場合はそうしたリスクを価格に織り込むことが出来ないわけですから民間の医療機関は僻地進出にはよほど慎重にならざるを得ない、その結果として毎年少なからずの赤字を垂れ流しながら各地の自治体が住民サービスとして公立病院を維持するということになるわけですが、果たしてそんな経済原則も何も無視して存在するような施設で仕事をしたがる人間がどれほどいるのかです。
もちろん地元出身の人間にとってはこうした施設が貴重な雇用先となっている側面もありますけれども、医師を始め高度な専門性を有する医療スタッフほど外部から呼び寄せなければ仕方ないというのに、晴耕雨読で暇をもてあますだけのやり甲斐のない施設にわざわざ行きたがる人間が持つ専門的能力がどれほどのものかと想像してみるべきですよね。
そうしたわけで医療を極めたいという志の高い医者ほど僻地に行くことは嫌がるものですが、ものを知らない若造であれば騙しやすいと思っていたら案外そうでもなかったというのは学生への奨学金制度と同様の状況であるようです。

医師不足 若手派遣の県制度苦戦 都会志向ネックに /兵庫(2011年9月1日神戸新聞)

若手医師を「後期研修医」や「地域医師」として採用し、医師不足が深刻な地域に派遣する制度を設けた兵庫県が、医師の呼び込みに苦戦している。2007年度以降(地域医師は09年度から)、毎年それぞれ10~20人程度を募集してきたが、採用実績は5年間でわずか計16人。都会志向が強い若手医師を引きつける決め手に欠き、制度の見直しを迫られそうだ。(井関 徹)

 兵庫県によると、04年の新臨床研修制度の導入により、都市部の民間病院を研修先に選ぶ若手医師らが増加。医師不足になった大学病院が派遣していた医師を引き揚げる動きが相次ぎ、地方の医師不足の一因となっている。

 県は公立病院を中心とした医師不足を補うため、若手医師の採用制度を導入。卒業後2年間の初期研修を終えた医師を「後期研修医」として県職員に採用し、4年間、中核病院や地域の医療機関などで勤務しながら、医師確保が困難な小児科、産科、麻酔科などの専門医療を学んでもらう制度を07年度に設けた。

 09年度からは、後期研修を終えた若手を「地域医師」として採用。4年のうち2年間、指定の公立病院に勤務してもらう一方で、研究や研修費用を助成している。

 制度創設から5年目を迎えた後期研修医は、毎年度10人程度を募集してきたが、採用は4~1人で推移し、これまで計9人地域医師も定員20人程度に対し、3年間で採用は7人にとどまる。

 現在、県は2012年度の採用医師を募集しているが、依然、厳しい状況は続いており、「呼び込みを図る手法をさらに検討するなど、枠組みを見直さなくてはならないかもしれない」とする。

 県ではこのほか、医学生の学費を貸与するなどして医師を養成し、一定期間へき地勤務をしてもらう制度もあり、今年5月現在、29人が各地の公立病院などで勤務。これら3制度により、09年度から5年間で計150人の医師確保を目指している。

いやまあ、「呼び込みを図る手法をさらに検討する」と言いますけれども、医局華やかりし時代に現役で田舎も経験してきた諸先輩達が自分達でも「ああいう環境ではダメだ」と考え、後輩に向かっても口を揃えて「田舎勤務はやめとけ」とアドバイスして回っている現実をまず直視しろと言うことですよね。
厚労省なども僻地ドサ回りに対するモチベーションを必死に高めようとしているのでしょう、僻地での診療経験を医師としてのキャリアパスにどう組み込んでいくかということを検討しているようですが、そもそも僻地医療のプロになると何かメリットがあるとでも言うのでなければ、いずれ都市部に戻るために田舎暮らしをどうそつなく過ごすかという話で終わってしまいます。
診療報酬面でも近頃ではますます高度医療を優遇しよう、高次救急をしている医療機関は手厚く遇しドクターフィーも入れようと言った傾向が強まっていて、もちろんそれはそれで重要なことなのでしょうけれども、地域で小さな顧客集団を相手に地道に診療に従事するといった仕事はキャリアの面のみならず報酬の面においても負け組であると公式に認定されつつあるということですね。
今後例えば厚労省が言うように一定以上の僻地診療の経験を積めば何かしらの資格認定をしてくれるといった話になったとして、では努力してそうした資格を得ることがどのようなメリットにつながるのかという保証がないことには、いくら医者に資格マニアが多いといってもおいそれとモチベーションアップにはつながらないでしょう。

そもそも日本で医者をやるのであれば誰しも同じルートで取得した同一の医師免許を持ち、皆保険制度のタテマエの上ではどんな国手クラスの名医であろうが有象無象の迷医であろうが区別はされない状況ですから、まともな自尊心を持っている人間であれば同じであるはずの他人と自分の待遇に明らかな差がついていればおもしろくないわけです。
諸外国では資格や制度、料金などによって医師の間には明らかな違いが存在していて、特に一般医と専門医は仕事の内容においても明確に異なるものと認識されているのに、日本においては専門医であっても一般医としての仕事もしなければならないし、逆に本当は高度な専門的技術を持っているのに単なる一般医として仕事をしていたりするのはずいぶんと非効率だと誰でも感じるはずですよね。
医療制度を抜本的に変えていくことが必要なのだとすれば、そろそろいつどこで誰の手になる医療を受けても同じものであるという皆保険制度のタテマエを何とかしなければならない時期に来ているのかなという気がしますし、どこでも同じであるという保証を求めることもやめなければならないはずですが、それこそ「ハシゴを外すような改革政策」と言われてしまうのでしょうか。

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2011年9月 4日 (日)

今日のぐり:「うどん処 あまからさん」

先日は多くの人々が思わず「なんじゃそりゃ?!」と突っ込んだだろう、こんな事件が発生してしまいました。

驚かせようと掘った砂浜の穴に転落、夫婦死亡(2011年8月28日スポーツ報知)

 27日午後10時45分ごろ、石川県かほく市大崎の海辺で、金沢市の会社員出村裕樹さん(23)と妻で事務員里沙さん(23)が掘られた砂浜の穴2 件に転落した、と消防に通報があった。駆け付けた救急隊員が約1時間後に2人を引き上げ、病院に搬送したが、間もなく死亡が確認された。

 石川県警津幡署によると、穴2 件は約2・4メートル四方で深さは約2・5メートルあった。死因は頭から砂に埋まったことによる窒息死とみられ、同署は29日に司法解剖する。

 誕生日を迎える夫の裕樹さんを驚かせようと、里沙さんが27日昼ごろから友人5、6人とスコップやはしごを使って落とし穴を掘った。ブルーシートで覆い、さらに砂をかけて位置が分からないよう仕込んだという。

 里沙さんはいったん帰宅後、裕樹さんを連れて穴2 件のある場所に行き、誤って一緒に落ちたとみられる。友人らは転落の瞬間を目撃していなかった。その後、スコップなどを使って夫妻を救出しようとしたが、周囲の砂が崩れやすく作業が進まなかったという。

 同署は友人らから事情を聴くとともに、28日に現場を実況見分。業務上過失致死の疑いもあるとみて詳しく調べる。

まあ…当事者は自らの失態を自らの命で穴埋めしたという形になってしまったわけですが、あまりと言えばあまりな誕生日プレゼントだったということでしょうか。
今日はまさかこんなことになるとは思わなかっただろう金沢のご夫妻に哀悼の意を表して、思わずやり過ぎてしまった人々にかかわるニュースを取り上げてみましょう。

バイク曲乗り容疑で摘発 投稿動画で警察捜査(2011年8月22日スポニチ)

 栃木県警宇都宮南署は22日、走行中のオートバイで逆立ちするなどの「曲乗り」をしたとして道交法(安全運転義務)違反の疑いで、同県小山市の男性介護員(24)を摘発した。

 同署によると、介護員は曲乗りの様子をインターネットの動画投稿サイト「ユーチューブ」に投稿していた。8月12日、映像を見た県内の男性から警察に「危険な運転をしている男がいる」と通報があり、同署が写っていたナンバープレートなどから介護員を特定、交通反則切符を切った。

 摘発の容疑は7月9日午前9時ごろ、宇都宮市西刑部町の国道で、走行している1000CCのオートバイのタンク上で逆立ちしたり、進行方向に背を向けて立ち乗りしたりした疑い。

 介護員は友人に撮影させ、複数の動画を投稿していた。調べに対し「大勢の人に動画を見てほしかった。摘発されるとは思わなかった」と話している。

どうして逆立ちをするのかだとか、幾らなんでも天下の公道でやるなよだとか突っ込みどころは多々ある事件なんですが、とりあえず世間に向けて画像公開までするくらいなら身元特定されないくらいの工夫はしておけと言う感じですかね?
考えようによっては可愛らしいとも言える話なのかも知れませんが、さすがにこれはちょっとやり過ぎたのではないかなという職権濫用の話題がこちらです。

11歳少女、職権乱用?/アメリカ(2011年8月17日産経ニュース)

 米テキサス州ダラス近郊で、「一日市長」を務めた11歳の女の子は、最初の仕事として大通りを「ジャスティン・ビーバー通り」と改名する“政策”を打ち出した。

 ビーバーさんはカナダ出身の人気歌手で、特に10代を中心とした若者から支持を得ている。

 市は新名称の看板をつくったが、掲示されるのは1日だけだという。(AP)

問題の歌手の人というのが確かになかなかのいい男なんですけれども、それ以前に一日市長というのはこうまで権力があるということは知らなかった話で、これだったら自分も…と新たな野望に燃えた人もいたかも知れませんね。
こちらも若さ故の過ちと言えばその通りなんですが、さすがにこれは洒落にならないというものではないでしょうか。

ノンストップで42回、マスターベーションをおこなった16歳の少年が死亡―ブラジル(2011年8月30日HEAVEN)

ノンストップで42回、マスターベーションをおこなった16歳の少年が死亡しました。

名前などくわしいことは不明ですが、死亡したのはブラジル中部にあるゴイアス州、ルビアトの町に住む少年で、同級生などの話によると、ウェブカメラで見ていてほしいと述べた少年は、ひと晩中休みなしにマスターベーションに耽っていました。

また同級生らに言わせると少年は、体型や肌の色、年齢にかかわらず、女性に対して異常なほどの関心をもっていたともいい、少年のパソコンからは大量のポルノ画像や動画が見つかったそうです。

母親は少年がマスターベーションに夢中になっていることは知っており、近いうちに医者に連れていく予定だったと地元紙に述べています。

しかし長年医学的にはマスターベーションには特に身体に悪影響を与えるものではないという定説がありましたけれども、詳細はわかりませんがこういうことになってしまったというのは何かしらの基礎疾患でもあったということなんでしょうかね。
同じくこちらも下の事情が絡んでの思わぬ事件ということになるのでしょうが、何事もやり過ぎは問題ということなのでしょうか。

バスルームの洗面台でセックス、勢いで割れた流し台で女性が手を切断―クロアチア(2011年8月12日HEAVEN)

バスルームの洗面台(シンク)でセックス、勢いで割れた流し台で女性が手を切断するという事故がありました。

これはクロアチアのローカルメディアが伝えたもので、それによると事故に遭ったのは Amy Rという名の28歳、ニュージーランドの女性で、相手の男性はイギリス人だったそうです。

クロアチアで知り合った二人は、情熱の任せるままにフヴァル島のマリーナに係留されているヨット、アネッテのバスルームの洗面台で愛し合いましたが、セックスの最中、運悪く洗面ボウルが割れ、ギザギザになった角に女性が手を滑らせたため、女性の手は手首の皮一枚を残して切断されたということです。

この後、ヘリコプターで病院に運ばれた女性は、6時間の手術で手の再接合に至りました。相手の男性ですが警察で事情聴取を求めるもその後の行方がわからず、逃げたものと思われています。

逃げた相手がブリだったというのも意外性のない話と言えばその通りなんですけれども、行きずりの関係だけにスパッと手を切られてしまったということでしょうか。
こちら気持ちは判らないでもないとは言え、それはちょっと色々な意味でどうなのよとも感じてしまうニュースです。

【南米発!Breaking News】強盗よけの柵に、エイズ患者への使用済み注射針を使った女医。(ブラジル)(2011年8月25日テックインサイト)

ブラジルの首都ブラジリア近郊に住む女医が、自宅に侵入しようとする強盗への対策として、エイズ患者に使用した後の注射針を柵として設置していたことが明らかとなった。

この女医はエイズ患者に対して使用された注射針を勤務先の病院から持ち帰り、それを強盗対策として自宅周りの柵の上に設置しており、さらに強盗らにそれを知らしめるために、柵の傍に『HIV(エイズウイルス)陽性の壁につき、上らないこと』と書いた看板を置いていた。

彼女は過去に強盗被害に遭ったことはなく、今回の対策はこの先、強盗事件の被害者になることを恐れてのものであった。だが彼女のこの行為はエイズ患者に対する誹謗中傷であり、また強盗犯どころか何の罪もない周囲の人達にもショックを与えたとして当然非難の的となり、ほどなくしてこの柵は撤去されることとなった。今後、この女医は騒動の状況次第では裁判にかけられる可能性も出ているとのことである。

ブラジルで多発し、近年ますます凶悪化している強盗事件への恐れが、彼女をこうした行為に駆り立てたのだろう。だがいかなる理由があるにせよ、彼女の行為は医師として、そして人間として、決して許されるべきものではない。
(TechinsightJapan編集部 椎名智深)

しかりこうした粗暴型犯罪の多発する地域における防犯対策として、この種の即効性のない有害物質による対策がどれほどの有効性を発揮するものかは気になりますが、記事を見る限りでは有効性を検証するわけにもいかなそうな状況のようですよね。
先日アメリカ東部でも久しぶりに地震があったとニュースになっていましたが、普段から地震慣れしていない人がどのようなパニックを来すのかという実例がこちらです。

地震で取り乱した男が素っ裸でナイフを振りまわし、5人を死傷させる―ニューヨーク(2011年8月25日HEAVEN)

アメリカの東海岸、現地時間で23日午後にマグニチュード5.8の地震がありましたが、この地震で取り乱した男が、素っ裸でナイフを振り回した末、2人を殺害、3人に重軽傷を負わせるというできごとがありました。

この男は、マンハッタン、ハーレムに近いワシントン・ハイツにあるアパートの住人、クリスチャン・ファレロ(23)で、地震が起こって数時間たった頃、全裸姿で刃渡り6インチ(約15センチ)のナイフを構え、隣の部屋などのドアを叩きはじめました。

目撃者で、ファレロに85歳になる母親を8回刺されたエドウィン・リベラ(65)は、地元紙の取材にこう述べています。「『世界の終わりだ、おれは死ぬんだ』って叫んでたんだ。あきらかに今回の地震で取り乱していた」

ファレロは、この後、同じく隣人のイグナシオ・レイズ・コラーゾ(81)をナイフで刺して殺害。搬送先の病院で亡くなった被害者を含め都合2人を殺害、22歳の女性にパンチをくらわせたうえ、他の2人を刺して重傷を負わせた後、自らを刺して警察に取り押さえられたということです。

日本人などからすると一体どれだけ取り乱しているんだとも思うのですが、どうもリンク先の写真を見ると取り乱したという体にして暴れたかっただけの単なる変なおじさんだったのか?という気がしないでもありません。
最後に控えますのはこちら、ご存知ブリからの話題を紹介してみましょう。

お尻に圧縮空気発射され重傷、勤務先工場の同僚のいたずらで人生狂う。/英(2011年8月28日ナリナリドットコム)

仲の良い仲間同士で、いたずらを仕掛けて楽しむというのはよくある話。ちょっとした笑いを求めている内は良いが、大人ならいろいろな意味で相手を傷つけないよう、物事のさじ加減を把握しておくことも大切だ。英国の住宅会社で働いていた男性は昨年、同僚の出来心によるいたずらのせいで、大きなけがを負ってしまった。工場内で作業を行っていた際に、同僚が圧縮空気を送り込むホースを手にすると、男性の尻を目がけて発射。その結果、男性の体には胃が膨らむほどの空気が一瞬で入り、腸が破れるなどの重傷を負っただけでなく、心にも大きなダメージを残しているそうだ。

英紙ヨークシャー・ポストやデイリー・テレグラフ紙などによると、この男性は、英中部ハルで住宅会社の電気技術者として働いていた26歳のガレス・デュランさん。25歳の妻サラさんと、3歳の息子、2か月後に産まれる赤ちゃんをこれから頑張って養っていかなくてはならない一家の大黒柱だ。そんな彼が悲劇に見舞われたのは、昨年7月13日のことだった。その日、会社の工場で屋根の組み立て作業を行っていたデュランさんは、上にのぼって配線作業を行っていたという。このとき彼の下では、同僚2人が何やら気になる行動を取り始めていた。

「仕事に集中していた」(ヨークシャー・ポスト紙より)デュランさんが、自分のお尻にちょっとした風を感じたとき、同僚Aは作業で使う圧縮空気のホースを握っていたそう。この機械はもの凄い力で圧縮空気を噴射する危険なもので、デュランさんはそれを手にしていた同僚Aに、もう1人の同僚Bには渡すなと注意した。この意味について、彼は8月25日に開かれた損害賠償を求める民事裁判の中で、同僚Bが「以前から多くのいたずらをしていたから」と説明。同僚Bの手に渡ったら、自分の身に危険が及ぶと咄嗟に感じていたようだ。

ところがデュランさんの意に反して、圧縮空気のホースは“危険な”同僚Bの手に渡ってしまう。すると、「強い空気が足に吹きつけられているのを感じた」(デイリー・テレグラフ紙より)直後、「吹き飛ばされたように感じて、人生で一番の衝撃だった」というほどの衝撃を受けたデュランさんの体は、瞬間的に胃が膨らみ、腸が15センチも裂けるなど危険な状態になっていた。意識はあったものの「胃や腸から空気が漏れている感じがして、とても変だった」という彼はすぐに病院へ運ばれ、緊急手術を受けることになる。

その後、数度の手術を繰り返して回復はしてきているものの、未だケガの後遺症と精神的なショックに悩まされているというデュランさん。慢性的な胃の痛みに襲われるほか、1度試みた職場復帰も「不安やパニックの発作」(ヨークシャー・ポスト紙より)が起きてしまい、まだ満足に働ける段階ではないと分かったそうだ。このため、今は大きなお腹を抱えたサラさんがパートの仕事に出て、「何とか生活を続けている」(デイリー・テレグラフ紙より)状態だと話している。

一体これは何がどうなっているのかと思わずにはいられないような話なんですが、実はこの種の不幸な出来事というのは世界中から定期的に発信されているもので、どうも人間の肛門というのは圧縮空気とよほどにシンパシーを感じやすいように出来ているらしいのですね。
しかしあいつの手に渡ったら絶対に良からぬ行為に及ぶに違いないとまで警戒される同僚Bも相当なものですが、こういうキャラが普通にいるのもさすがにモンティ・パイソンを産んだブリだけのことはあると言うことなのでしょうか。

今日のぐり:「うどん処 あまからさん」

以前にもお邪魔したことがあるこちらのうどん屋「あまからさん」、うどん屋としてもなかなか真っ当な力量を持った店だという印象なのですが、今回再訪したのはうどんもさることながら「玉島おでん」なるローカルメニューが気になったからなのですね。
この玉島おでんなるもの、地域振興も目的として平成20年から売り出し中という比較的新しいB級グルメというもののようですが、特徴としては地場の魚を使った加工工場が多かったという背景から練り物、特に「カステラ」なる特徴ある練り物が入っているというのがミソで、現在地域の店舗の協力の下に絶讚売り出し中なのだとか。
ま、昨今よくあるグルメにかこつけた地域興しと言ってしまえばそれまでなんですが、こちらの場合幸いにもうどんの方は普通においしく頂けるお店であることが判っていますから、ついでにおでんの一つも試してみるのは十分に有りと言うものですよね。

今回はそういったわけでメインにミニかき揚げ丼御膳を冷たいぶっかけうどんとの組み合わせで、そして問題のカステラを中心に大根や玉子などおでんネタを幾つか試してみることにしましたが、このカステラなるものは見た目確かに少しカステラっぽい色合いで、いったいこれはどんな味なのだろうかと気になりますね。
実際に食べて見ますと玉子が入っているせいか少しまったりしたところはあるものの、まぁ特に印象深い美味というほどでもないちょっと変わった練りものといった味なんですが、見た目通り少し甘口に仕上げてあるのが特徴と言えば特徴でしょうか。
ただ練り物としてはそれなりにオリジナリティーのある味だとはしても、おでんとして見ると正直あってもなくても別にいいんじゃないかという気がしないでもないんですが、まあこのあたりは好みと地域の伝統文化の兼ね合いということなんでしょうね。

さて、メインであるところのうどんの方ですけれども、当初のやや硬さが目立つ傾向が感じられたうどんから、今では腰と硬さのバランスが取れてきた様子ですし、最初の頃はぶっかけとして少し負けているかなという気がしたつゆもこのうどんなら良い具合に合いますよね。
冷でも温でもほどよい硬さのもちもちしたうどんで、強いて言えば表面が少し荒れ気味なのでせっかく茹でたてのうどんが輝きがいまいちですし、当然ながら舌触りやのど越しにも反映されるわけですが、まあ見た目まで言い出す以前のレベルの店も多い中で十分良い出来の部類に入ると思います。
かき揚げはほぼ玉ねぎ天を崩して乗せてあるというもので、よく揚がってサクサクした食感はいいんですが少し焦げ臭いのがマイナスですし、天ぷらの油に加えてこのタレの味がちょいと胃にもたれるかなというところで、ミニだから何とか完食できたもののこれがフルサイズだときついなといったところでしょうか。
こちらでは幾つかサイドメニューが用意してありますけれども、個人的好みから選ぶとすればとり天丼が一番のおすすめという気がしますね。

うどん屋としては肝腎のうどん自体がかなり良くなってきたし、セットメニューはかなりお得感もあるだけにもう少し評価されてもいいお店だなと感じる反面、今のところそれほどお客が多くないようですからいいんですが、今後は増えて来るとなると現在のようなオペレーションで回るかなと少し心配ではありますよね。
もっとも、お客が少ないからこそ茹でたてのうどんが食べられるといった役得もあるわけですから、良い意味での田舎のうどん屋っぽさは残しておいて欲しいかなという気がします。

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2011年9月 3日 (土)

夏が過ぎ、鯨の季節がやってきました

被災地では助けてもらいながら恩を仇で返したと今さらながらに悪評をさらに高めていた反捕鯨団体「シーシェパード(SS)」を始めとする面々ですが、イルカ漁解禁にタイミングを合わせてこの時期各地で反イルカ漁活動を活発化させているようです。

シー・シェパード、イルカ漁妨害を再開へ 和歌山県太地町に活動家を送り込み(2011年8月31日産経新聞)

9月1日から解禁される和歌山県太地町の追い込みイルカ漁について、米国の反捕鯨団体、シー・シェパード(SS)が、活動家を太地町に送り込み、漁の妨害を行う準備を進めていることが31日、わかった。SSは昨年も9月から幹部を太地町に長期常駐させ、妨害キャンペーンを展開。和歌山県警や第5管区海上保安本部は今年、現地での警備態勢を強化することにしているが、SS以外の反捕鯨グループの動きもあり、妨害活動はさらに激化することが予想される。

 SS関係者によると、SSは今年3月まで行われた昨期の妨害キャンペーンに引き続き、今期も「コーヴ・ガーディアンズ」(入り江監視隊)を組織。団体の主要メンバーを常駐させた上で、世界中からボランティアを募り、来年3月までの6カ月間、漁師らに圧力をかけるという。

 SS代表のポール・ワトソン容疑者(60)=傷害容疑などで国際指名手配=は、Eメールでの取材に応じ、「鯨やイルカを殺戮(さつりく)する残虐で野蛮な慣習は、21世紀の現代にはふさわしくない」と回答。さらに、「昨期は、われわれのコーヴ・ガーディアンズのおかげで、イルカの捕殺数を前年の半分に減らすことができた。捕殺が打ち切りになるまで、恐ろしいイルカ殺戮への反対は続ける」と答えた。

 SSは今回、和歌山県警や第5管区海上保安本部が事前に訓練を行ったり、警備を強化していることを報道などを通じて把握。摘発を防ぐため、妨害キャンペーンに参加するボランティアには、日本の法律を順守するよう求めている。また、活動を支援するための寄付金の呼びかけも始める。

 一方、米国の企業経営者で、動物愛護活動に熱心なアディ・ギル氏が自らのグループを組織し、イルカ漁への抗議活動を行う構えを見せている。ギル氏は今年1月に来日し、和歌山県でプレジャーボートを購入。海上保安本部は、海上で妨害を行う恐れがあるとして、動向を注視している。

 ギル氏はSSの元大口スポンサー。関係者に「今年中に、太地町を訪れたい」と漏らしている。

 また、イルカ漁を隠し撮りし、2010年の米アカデミー賞を獲得した「ザ・コーヴ」に出演のイルカ保護活動家、リック・オバリー氏は26日に来日。9月1日に、20人ほどの仲間とともに太地町を訪れ、現地で抗議活動を行うことにしている。

「日本はイルカ虐殺停止せよ」 米動物保護団体が日本大使館前で抗議デモ (2011年9月2日産経新聞)

 和歌山県太地町でイルカや鯨の追い込み網漁が解禁されたのに合わせ、米動物保護団体「PETA」のメンバーらが1日、首都ワシントンの日本大使館前で抗議デモを行い「日本はイルカ虐殺を停止せよ」と訴えた。

 参加者は若者や家族連れなど約30人。プラカードを掲げ、道行く車に賛同を呼び掛けた。大使館側は対応しなかった。カリフォルニア州サンディエゴなどでも抗議行動を行ったという。

 PETAの地区責任者ケイティー・アースさんは「太地町では浅瀬でイルカを突き殺しており、残酷で容認できない」と主張。捕鯨やイルカ漁は太地町の伝統だが「続けているのは少数の漁師だけで文化的遺産とはいえない。他の収入源を見つけ、残酷な伝統を人道的なものに置き換えることが可能だ」と述べた。(共同)

ちなみにこのPETA(People for the Ethical Treatment of Animals)という団体は動物を殺すのはやめて野菜を食えだとか、毛皮を着ている人にはペンキをぶっかけろだとか何かと過激な言動と行動とで有名な団体で、あまりに敵が多すぎることに加え主張が馬鹿馬鹿しすぎることから「People Eating Tasty Animals」なんてパロディ団体まで作られるくらいに斜め上方向にも有名な方々です。
産経の地方版で太地町の話題を取り上げているようですが、彼らが金と楽しみのためにやっているお気楽な活動によって現地の人々の平和な生活がどれほど脅かされているのかということがよく判る話ですね。

【参考】9月1日から和歌山県太地町の追い込みイルカ漁解禁 漁師「誇り守りたい」 和歌山県警警戒(2011年8月31日産経新聞佐々木正明記者ブログ)

まあ金持ち喧嘩せずと言う言葉があるくらいで、こういう暇なことをやって悠々自適の暮らしが送れるような方々にとってはこの世界的な不景気の時代にあっても「イルカ漁?そんなものやめてさっさと転職しなよHAHAHA!」で済む話なんでしょうが、先のIWCで反SS決議が全会一致で採択されたように、この種の連中のテロ活動のような残虐で野蛮な慣習ほど21世紀の現代にはふさわしくないものはないと言うことが国際的な認識です。
先日は鯨肉を盗み出して食べていたというグリーンピースの連中が高裁においても「目的達成のためには手段を選ばない独り善がり」と明確に断罪されたように、文明社会においては得手勝手な自分だけの論理で他人の権利を侵害する輩は単に犯罪者として扱われるべきことは明白であって、今後彼らの攻撃に晒されるだろうことが予想される和歌山では警察による厳重な警戒態勢が敷かれているのも当然ですよね。

反捕鯨団体の妨害に備えて 和歌山・太地町で警察などが警備訓練(2011年7月27日関西テレビ)

和歌山県太地町のクジラ漁やイルカ漁に対し、反捕鯨団体などによる妨害行為が相次いだことを受け、27日、警察と海上保安庁が、合同の警備訓練を行いました。

普段は静かな漁港に鳴り響くサイレンの音。

【反捕鯨団体のメンバー役】「網切ったるぞ!」【警察官】「GET BACK!GET BACK!」

和歌山県太地町では、27日、住民たちが見守る中和歌山県警と海上保安庁が合同で警備の訓練を行いました。
その理由は・・。

太地町では、去年から反捕鯨団体シーシェパードのメンバーが常駐したり、イルカのいけすの網が切られヨーロッパの反捕鯨団体が犯行声明を出すなど、漁を妨害される住民たちは頭を悩ませています。
訓練は、外国の反捕鯨団体のメンバーがイルカのいけすの網を切ろうとしている所へ警察官たちが駆けつけるという想定です。

【海上保安庁の隊員】「海上保安庁だ!止まれー!」

駆け付けた海上保安庁の機動艇に挟まれ、身柄を確保されました。
また、イルカを水族館などへ運ぶトラックの進路が妨害され、警察官たちが取り押さえるという訓練も。

【警察官】「逮捕!!」
【和歌山県警・羽山潤一郎参事官】「(今年は)反対活動も激しくなるとみているので態勢をきちっと取ってやっていきたい」
【太地町民】「我々の為にここまでしてもらえるのはありがたい」「常にこんな人数がおってくれたら心配ないんだけど」

和歌山県警は、9月から始まる漁を前に、臨時の交番を作って10人ほどの警察官を常駐させるなど警備態勢を強化する方針です。

イルカ漁解禁日 反イルカ漁団体が警察とにらみ合い(2011年9月2日毎日放送)

 和歌山県太地町のイルカ漁は1日が解禁日です。
 警察や海上保安庁が厳戒態勢をとる中、世界各国から反イルカ漁の団体が集まり、一時緊迫した雰囲気になりました。

 イルカ漁で知られる和歌山県太地町。
 9月1日が漁の解禁日です。
 太地町は映画「ザ・コーブ」で取り上げられたこともあり、去年は漁を妨害しようとした反捕鯨団体の外国人と地元警察が衝突する一幕もありました。
 そこで、今年は警察と海上保安庁が町内に臨時施設を設置、職員を常駐させて対応することにしています。

 「太地町のイルカ追い込み漁はきょうが解禁日でしたが、台風の影響で海上大しけが続いていまして、きょうの漁は中止が決まりました」(記者リポート)

 漁は中止になりましたが、反対派の外国人23人が太地町に姿を現しました

 「(訳)イルカはかわいい動物で、人類の友達。食べてはいけない、殺してはいけない」(香港から来た人)

 中には「ザ・コーブ」に主演していた、反イルカ漁活動家のリック・オバリー氏の姿も・・・
 警戒する警察官らの前で、浜辺に降りた一行は輪になって静かに祈りを捧げました。

 「(訳)抗議しにきたんじゃないんだ。津波の犠牲者と捕獲されようとしているイルカたちのために祈りを捧げに来たんだ。2,000頭死ぬんだよここで」(反イルカ漁活動か リック・オバリー氏)
 「去年も(漁の)網を切られたりしているので、違法行為があれば厳正に対処したい」(和歌山県警 羽山潤一郎参事官)

 静かに迎えた解禁日でしたが、警察は来年4月いっぱいまで警戒を続けたいとしています。

【参考】【動画】和歌山県警 イルカ漁に警戒本部設置

【参考】【動画】Training to deal with the interference of the sea shepherd in Taiji was carried out

【参考】【動画】映画「ザ・コーヴ」出演のリック・オバリー氏会見

ま、こういう状況になりますと見守っている方も何かと楽しみが増えようというものですけれども、哀しむべきことにこうしたテロリストを陰に日向に支援するお金持ちの個人や企業は世の中には少なからずあって、先日イギリスで差し押さえられた彼らの活動船もポンと大金を出して開放されたというのですから恐れ入ります。
この差し押さえの経緯というのが興味深いもので、クロマグロ漁を妨害されたマルタの漁民が遠いイギリスで民事訴訟を起こした結果こうした事態が発生したということなんですが、「網を切ってマグロを逃す」なんて手法は和歌山でも全く同じように行われてきた彼らの常套手段だけに、日本においても同様に民事訴訟を活用していくというやり方の方が単に守りを固めるよりも一段と有効かも知れませんね。

シー・シェパード抗議船が英国で差し押さえ 日本政府が取るべき打開策のヒント(2011年8月7日産経新聞)より抜粋

(略)
 SSをめぐるこの国際的な司法での争いは、日本政府にとってSS問題打開策のヒントがつまっている。これまで、日本政府は、SS抗議船の船籍国であるオーストラリアやオランダに対し、あくまで刑事事件としてSSを厳重に取り締まるよう要請してきた。しかし、両国は日本の調査捕鯨に異議を唱える反捕鯨国であり、日本側の要請に迅速に応えてはこなかった

 ところが今回の差し押さえ措置は民事訴訟における裁判所の決定だ。一定期間だったが、抗議船の航行を封じ、SSに金銭的な負担も負わせた。関係者によると、SSに対する判事の心証はかなり悪く、今回の迅速な措置もそうした状況が強く反映されたものではないかという。

 また、今回の動きは英国で起こった。SSの英国支部は近年、寄付収入を増額させており、銀行口座にもかなりの資金を蓄えているとみられている。民事訴訟で勝訴すれば、結局は苛烈な妨害にまわされる活動資金を封じることもできる

 SSの本部は米国にある。年間報告書によれば、一昨年の寄付収入は約1000万ドル(約8億円)。調査捕鯨で、SSの妨害により捕鯨頭数を確保できなかったことで、日本側が被った累積被害額は数億円単位にも上るとされる。

 民事訴訟で勝訴すれば、被害額を回復できる上、SSに経済的な打撃を与えることもできる。海賊行為や、国内のエコテロリズムに厳しい措置を取る米国で、日本側が法廷闘争を試みる検討余地は十分にある

民事となれば当事者である地場の漁業の方々もいつでも起こせるものですし、実際に彼ら自身ですら「金ならやるよ」と言っているわけですから、こうした方法論もあるということは知っておいていただいて損はないと思いますね。
しかしながら残念なことに太地町など現地の方々が一生懸命努力をしているというのは判るのですが、本来であればそれを支援するべき立場にあるはずの政府の方では全く腰が重いというべき状況で、今年以降の調査捕鯨に関しても「継続」と「縮小・中止」の両論を併記しようなどとぬるいことを言っているようです。
そもそも調査捕鯨の経費を鯨肉の売り上げでまかなうという方針が国際相場よりもはるかに高い国内相場を維持し既得権益を保護するためのものだという批判は以前からありましたが、現在ですら捕鯨船団の一部は捕鯨ではなくテロリストへの対抗処置のために同行しているようなものですし、今後例えば海保の巡視船が付くようなことになればその経費まで鯨肉価格に上乗せするつもりなのかという話になってしまいます。
今や捕鯨は政治や外交の問題になってしまった感もありますが、本来こうした領域の実務的な部分まで国が中心になってやることがいいのかどうかはまた別の問題ですし、何より現在の政治の迷走ぶりを見る限りでも本当に任せておいて良いのだろうかと不安になってくるのもやむを得ざるところではないでしょうか。

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2011年9月 2日 (金)

薬局調剤ミス死亡事件 うっかりミスで片付けるには大きな問題です

先日こういう事件がありましたが、御覧になりましたでしょうか。

調剤ミスで75歳死亡、薬剤師2人を書類送検(2011年8月19日読売新聞)

 薬の誤った調剤をして、女性患者を死なせるなどしたとして、埼玉県警は19日、「小嶋薬局本店 サンセーヌ薬局」(埼玉県越谷市)の吉田玲子・管理薬剤師(65)(千葉県野田市)を業務上過失致死容疑で、経営者の小嶋富雄・埼玉県薬剤師会長(76)(埼玉県越谷市)を業務上過失傷害容疑でさいたま地検に書類送検した。

 発表によると、小嶋会長は昨年3月25日、春日部市の米沢朝子さん(当時75歳)が胃の負担を和らげる「胃酸中和剤」を医師から処方されていたのに、重症筋無力症の治療に使う「コリンエステラーゼ阻害薬」を誤って調剤して渡し、全治不詳の中毒を起こさせた疑い。

 医薬品管理の責任者だった吉田薬剤師は、在庫管理の際に調剤ミスに気づいた部下の薬剤師から同4月1日にミスの報告を受けながら、米沢さんに連絡せずに放置し、薬による中毒で死なせた疑い。

 米沢さんは同3月31日頃から誤って渡された薬の服用を始め、4月7日に入院先の病院で死亡した。

 県警は、調剤ミスに気づいた時点で連絡をしていれば、死ななかったとみている。

調剤ミスで女性死亡か 76歳と65歳の薬剤師を書類送検(2011年8月19日スポニチ)

 調剤ミスで、服用した埼玉県春日部市の無職女性(75)を死亡させたとして、埼玉県警は19日、業務上過失致傷の疑いで、同県越谷市の薬局の社長(76)を、業務上過失致死の疑いで管理薬剤師(65)をそれぞれ書類送検した。

 社長も薬剤師で、埼玉県薬剤師会の会長を2004月4月から務めている

 送検容疑は、社長が昨年3月25日、胃酸中和剤を調剤する際、十分確認せずに誤って別の薬剤を調剤し、管理薬剤師は4月1日、調剤ミスの報告を受けたのに服用中止の指示や薬剤の回収をせず、同7日に女性を中毒死させた疑い。

 県警によると、薬局スタッフが調剤管理ソフトに胃酸中和剤を登録する際、誤入力したのが原因。2人は容疑を認め、管理薬剤師は「失態をしっ責されるのが嫌だった」と供述している。

 女性は服用後、下痢などの症状を訴え入院。医師が調べると、調剤ミスが判明し対症療法をしたが死亡し、病院側が警察に通報した。

 同薬局では昨年2月下旬~4月、約20人に計約2700錠が誤って出されたが、死亡した女性以外に不調を訴えた人はいない。

 薬局は「取材に対応する予定はない」としている。

調剤ミス:2薬剤師、書類送検 患者らに不安「信用していたのに」 /埼玉(2011年8月20日毎日新聞)

(略)
 県警によると、小嶋会長は「患者を待たせるのが嫌で薬の中身を確認しなかった」。女性薬剤師は「(小嶋会長に)叱責されるのが嫌で報告も回収もしなかった」と供述したという。

 一方、県薬剤師会は「小嶋会長や他の役員と連絡が取れずコメントできない」と話す。

 県警によると取り違えの原因は、薬を自動で包装する機器に、二つの薬を誤って同じ番号で登録したこと。このため昨年2月下旬から4月1日までに、米沢さんら患者約20人に対し、約2700錠の同阻害薬を誤って渡していたという。

 コリンエステラーゼ阻害薬の服用量は原則1日5ミリグラム以下とされている。しかし米沢さんは胃酸中和剤の服用量として1日30ミリグラムを渡された。これを約1週間服用した結果、腹痛や嘔吐(おうと)を繰り返し、春日部市内の病院に入院したが翌日、容体が急変して死亡した。

 米沢さんの長男(46)は県警を通じ「薬局には二度とこのようなことを起こさないように、しっかりした対応をお願いします」とコメントを出した。

まずは不幸にして亡くなられた患者さんのご冥福をお祈りいたしますが、臭化ジスチグミンと言うと適応症が限られていることもあって普通はそうやたらと処方される機会もないし、毒薬指定である以上薬局内でも結構慎重に取り扱うべき薬ではないかと思いますけれども、記事にもありますように今回一人二人ではなく多数の患者に多量の誤処方がなされていたというのが本事件のポイントですよね。
本件当事者のコメントなどを聞いて改めて思うのは、医者などはこうした場合必ず定量的な評価を入れる、この薬でこれくらいの投与量ならどの程度の影響があり、慌てるべきなのかほっといても大過ないのかと言ったことを考慮するものですが、この人達は誤投与したかどうかだけが問題という定性の段階に留まっていて、それがどうでもいい薬だろうがヤバイ薬だろうが全く気にしていないんじゃないかという懸念です。
さすがにこれは仮にも医療の一端に連なる者としてどうよと言うことでネットなどでも色々と突っ込まれているんですが、事件の詳細が明らかになってくるとこれは単純にボ○かけた○○薬剤師(失礼)のうっかりミスなどで済む話ではなさそうだと言う気がしてくるのは、ひとたび誤設定をしてしまうといつまでも同じ間違いが繰り返されてしまうという怖い状況が事故の背景にあったと改めて思い知らされるからです。

誤調剤容疑75歳死亡 薬剤師2人書類送検(2011年8月20日埼玉新聞)

 調剤ミスで春日部市の無職女性を死亡させたとして、県警捜査1課と春日部署は19日、越谷市七左町、「小嶋薬局本店サンセーヌ薬局」の吉田玲子管理薬剤師(65)=千葉県野田市岩名=を業務上過失致死容疑で、同薬局の経営者で県薬剤師会会長の小嶋富雄薬剤師(76)=越谷市蒲生南町=を業務上過失傷害容疑で、それぞれさいたま地検に書類送検した。同課によると、自動錠剤包装機で調剤された薬の誤調剤による死亡事故は全国初という。

  吉田薬剤師の送検容疑は昨年3月25日、脳梗塞の後遺症で同薬局を利用した春日部市南町の無職米沢朝子さん=当時(75)=に自動錠剤包装機を使って「胃酸中和剤」を調剤した際、厚労省から毒薬指定され、重症筋無力症などの治療に使う「コリンエステラーゼ阻害薬」を調剤。同年4月1日、誤調剤に気付いたが服用中止の指示や薬剤の回収をせず、同月7日に米沢さんを臭化ジスチグミン中毒で死亡させた疑い。小嶋薬剤師の送検容疑は、薬局開設者として注意義務を怠り、同中毒の傷害を負わせた疑い。

  同課によると、昨年2月下旬ごろ、別の薬剤師がパソコンで自動錠剤包装機に「胃酸中和剤」の番号を登録した時、既に登録されている「コリンエステラーゼ阻害薬」と同じ番号を打ち込み二重登録。「胃酸中和剤」を選択しても、実際には先に登録されていた「コリンエステラーゼ阻害薬」が調剤されていたという。誤調剤は2月下旬ごろから、ミスが発覚した4月1日まで行われ、米沢さんを含む約20人に計約2700錠が処方されたとみられる。

  吉田薬剤師は「失敗を叱責(しっせき)されるのが嫌で、回収の指示や報告をしなかった」、小嶋薬剤師は「客を待たせたくなかったので(部下に)薬の中身を確認させなかった」と話しているという。
(略)

■人為ミスで重大結果

 高齢女性が誤って調剤された薬を服用して死亡した事故は、1回に飲む分量ごとに、数種類の薬を同じ袋に詰める自動錠剤包装機で分けられたものだった。この機械は多くの種類の薬を使っている患者が薬を服用し忘れたり、誤飲するのを防ぐために開発、普及してきたもの。だが、どれほど技術が進歩しても、人為的ミスが原因の事故は完全に防げるわけではない。

 自動錠剤包装機は、数百個に分けられた「引き出し」に、薬を種類ごとに収納。そこから、1回に服用する薬を、処方せんに基づいて数百種類の中から必要な種類と分量だけ選び出し、1包みごと袋に小分けしていく装置だ。「引き出し」には番号を割り当て、管理用のパソコンで薬剤名を登録。今回の死亡事故は「胃酸中和剤」と「コリンエステラーゼ阻害薬」の「引き出し」に、同じ番号をつけてしまったために起きた。

  正しく使えば患者が医師の処方した通り薬を服用でき、治療の効果が上がる。さらに、患者側の誤飲防止にも役立つ。だが、「引き出し」に違う薬を補充してしまったりした場合は、大規模な誤飲事故を招きかねない。そこで不可欠となるのが、「監査」と呼ばれる確認作業だ。

  さいたま市内の中規模病院では、外来と入院患者を合わせて、1日約600人以上に約500種類の薬を処方。新しく番号を割り当てて登録する場合は2人で確認するか、試しに動かしてみて正しいものが出てくるのを確かめるという。調剤するときも、処方せんと実際に小分けした薬が一致するかを毎回チェック。薬局長男性は「どんなに忙しくても、確認は欠かさない。調剤薬局は千種類以上の薬を扱うはずだから、チェックはさらに重要だ」と指摘した。

  メーカーによると、一部の小規模施設を除けば、自動錠剤包装機はほとんどの病院や調剤薬局に導入されているという。県薬務課は事故の報告を受けて昨年4月23日、県薬剤師会や県内の保健所を通じて、県内2488薬局に機械の適正管理と「監査」の徹底を注意喚起。同課は「自動錠剤包装機による誤調剤事故は、年に数件報告されていたが、昨春に対策を強化してからはない。今後も指導を継続していく」としている。

間違えのリスクと言う事を考えた場合、ひとたび機械を正しく設定してしまえばその後はまず誤投薬が起こらない自動のシステムがよいのか、それとも毎回誤投薬のリスクを冒してでもその都度人間が確認した方がよいのか、恐らく統計的なデータを取れば明らかに前者の方が安全性が高いという結果になるはずですが、何か起これば今回のように大規模なことになりかねないというリスクは承知しておかなければなりませんよね。
このあたりはリスクを最小化する統計的検証とそれに基づいたシステムの設計が必要で、例えば薬剤登録に関してはメーカー側で共通コードを入れるなどした方がよいのかも知れませんが、仮に良いハードが開発されたとしても初期導入コストに幾らかかるのやらという話ですから、それこそ60代、70代の薬剤師が現役で仕事をしているような薬局では今さらおいそれと最新機器にというのも難しいのかも知れません。
ただそれ以前の問題として、最も件数としては多いだろうシンプルな人為的勘違いによる薬の取り違え問題は実にしばしば起きることであって、例えばよく間違えやすい名前の例としてこういうものが挙げられていましたが、間違えやすいと判っていて実際に間違えられているにも関わらず、何十年もその状況が放置されているという現実もあるわけです。

アルマールとアマリール
ソルコーテフとソルコセリル
アルサルミンとアミサミン
カマ(酸化マグネシウム)と過マンガン酸カリウム
プレドニンとプルゼニド
ヒルドイドとヒルロイド
タキソテールとタキソル
メイロンとメチロン

こういうものを見比べてみれば何となく全体的に似た印象だなとお気づきになると思いますし、実際に名前がよく似た薬と間違えたという例が多いのは名前をつける製薬会社の責任としてもどうなのかですが、昨今さらに厄介なのが電子カルテなどの導入で最初の2~3文字で検索がかかるようになったせいか、全体の印象は全く違っているように見えても誤入力によってよく間違えやすい薬というのが出てきているということですよね。
しかも今回のように登録段階での設定ミスではそんな了解しようのある勘違いでなく全く予想もつかないような突飛な間違いが出てくるかも知れないわけで、しかも昨今では例のジェネリック推進で訳のわからない新薬がゾロゾロ出ていますから、薬局で誤処方があって患者さんから「違う薬が出たんですけど」なんて言われても「ああ、名前は違うけど成分は同じですから」なんてうっかり担当医も流してしまう危険性もあるかも、ですよね。
日本医療機能評価機構の調査によれば昨年一年間の薬局におけるヒヤリ・ハット事例(しかし、この呼び方も何とかならないんでしょうか…)が全国で1万3千件、ただし調査に参加している薬局数は全国の1割足らずだと言いますから、処方ミスなどを全例報告していると言うほぼあり得ないような仮定をしたとしても実数はざっとこの十数倍はあるだろうという計算になります。
そのうち1割強が薬剤の取り違えだと言いますからこれだけを取り上げても決して珍しいと言うほどのことでもないわけですが、実際に日常的に遭遇するこの種のうっかり事例の頻度から想像するに、恐らく拾い上げられていない(報告漏れ、あるいは、最初から気付いてもいない?)取り違えはずっと多いのではないでしょうか。

特にどの段階で間違いに気付くかということを考えると患者自身が「いつもの薬と違うような…」と言うケースはかなり多いと思うのですが、昨今では高齢患者が多く薬剤の一包化(パッケージから薬を取り出して朝、夕など服用毎にまとめること)が進んでいますから、単純に薬剤を取り違えたケースでは気付かないままで終わってしまっている場合も多いのかも知れません。
きちんと薬を飲んでいるはずなのに治療効果が上がらない、あるいは思いがけない副作用が出てきたといったことを経験することはしばしばあるでしょうが、その際にまさか出された薬が間違っていたのでは…と疑うことはそうそうないでしょうから、冒頭の事故などは逆に担当医がよく疑って調べたものだなと感心します。
しかしながら、前述のように国の強力な旗振りによって今後ますますジェネリックが激増してくることが予想されるとなれば、言葉の順列組み合わせも有限である以上は担当医にしろ薬剤師にしろ患者にしろ、もはや名前で薬を区別するということは不可能になってくるかも知れないわけですから、公の立場から何らかの対策が求められているということは言うまでもないことです。

後発品のブランド名に見直し求める声も- ヒヤリ・ハット防止策で(2011年8月31日CBニュース)

 厚生労働省は8月31日、「医薬品・医療機器等対策部会」(部会長=外須美夫・九大大学院医学研究院教授)の第21回会合を開き、医薬品・医療機器の「ヒヤリ・ハット事例」に対する医薬品医療機器総合機構(PMDA)の調査結果を提示し、同部会委員から意見を聞いた。委員からは、現在独自の製品名(ブランド名)が付いている後発品の名称を、「一般名・剤型・含量・会社名(屋号)」の形式に改めることで、名称の類似した医薬品の取り違えを防止すべき、などの意見が出された。

 今回PMDAは、「医薬品ヒヤリ・ハット事例」のうち、降圧剤ノルバスク(5mg)1錠を処方しようとした医師が、抗がん剤ノルバデックス(20mg)1錠をノルバスクの後発品だと思い込んで処方した事例を「製造販売業者等による対策が必要または可能」と判断した。
 この事例について、日本薬剤師会常務理事の森昌平委員は、「最近発売された後発品の名称は、『一般名・剤型・含量・会社名』とするよう統一されているが、以前に発売された後発品についてもこのように統一することで、事故防止できるのではないか」と指摘した。
 また、国際医療福祉大附属病院薬剤統括部長の土屋文人委員は、「昔はあまり後発品を使っていなかったので、後発品だと思い込むというエラーはなかったと思う。後発品が使用推進される以上、現在ブランド名が付いている後発品については(名称を)見直さなければ、同様のエラーが出てくることはあり得る」との認識を示した。

現場の人間は誰しも必ず間違いを起こすという大前提に立てば、少しでもそのリスクを減らすよう制度設計の段階で考えていくのは当然のことですが、それでも先発品はそれぞれ社運をかけて開発した製品で名前の由来一つをとっても思い入れがあるだろうことを考えると、まず第一段階としてせめてジェネリックだけでも判りやすい名称に改めていくくらいのことはしておいてバチは当たらないですよね。
無論、実際に誤処方があったということであれば先発品であっても積極的に名称変更を検討すべきなのでしょうが、その際にも思いつきで適当な名前をつけるのではなく言語学者なりコンピューターの専門家なりの判断も仰いだ上で、これなら誤処方のリスクを減らせるはずだというエヴィデンスある名称にしていかなければ単に現場を混乱させるばかりです。
そういう意味では今後本気で大々的な名称変更を行っていくというのであれば、今も医療現場を支えている定年世代の大ベテランの先生方(しかも今後さらに増加していく予定!)が大変困ることになるだろうということもリスク要因の一つとして組み込まなければならないわけで、そのあたりも込みでの評価を進めながらリスク最小化への道を探っていくということになる(べきな)のでしょうね。
無論、長ったらしい名前であっても電子カルテなら一発だからとそちらの普及が進む(そう言えばこれも大ベテランの先生方が大きな阻害要因でしたが…)という副次的効果もあるかも知れませんが、電カルにしても結局名前が出て来なければ処方できないのは同じ事なのですから、名称変更後も旧薬剤名からも逆引き出来るとか新名称と旧名称が同時表示されるといった程度のことは、電カルメーカーの方でも対応してもらわなければならないでしょう。

薬剤の一般名表記ということには他にも幾つかメリットがあって、今のところ薬の名前はどこの会社も好き勝手につけている上に、場合によっては日本国内と海外では(名前が被るといった理由で)同じ薬を違う名前で売っているなんてこともあるわけですが、一般名であればそうした面倒もないわけですから製薬会社にとっても話は簡単ですよね。
国外からの患者を診療していると「こんな薬を飲んでます」と差し出された薬が一体何なのかよく判らないということはしばしば経験するもので、当然日本から外国にいった場合にも同様の迷惑をかけている可能性があると思えば医療の国際化と言う観点からも悪い話ではないし、むしろ日本国内のみならず国際的なテーマとして取り上げてもらうべき課題かも知れません。
ただ現場の医師にとっては前述のようにベテランほど今までの記憶した知識が全く使えなくなるのは大変な迷惑で、しかも例えば「今日からト○ク点鼻薬がト○マ○リン点鼻液0.118%A○Pになりました」なんて言われれば昨今記憶力が減退したと嘆いている方々ならずとも「嫌がらせか!」と言いたくもなるでしょうから、施設毎の実情に応じてのローカルルール設定はあっていいと思います。
しかし考えて見ると、これから診療現場に乗り出す若い先生方にとっては最初からその名前で覚えればすむ話ですし、海外で話をするにしても一般名で覚えておいた方がずっと都合がいいのは明らかですから「誤処方も減るし良いことだらけだな」と積極推進したくなる道理で、案外これは院内における世代間の軋轢を生みかねないような地雷めいた話でもあるのかも知れませんね(苦笑)。

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2011年9月 1日 (木)

フジテレビ騒動 海外ばかりか局内からも反発の声

先日フジテレビ系列の東海テレビが引き起こしたとんでもない中傷テロップ事件について同局の検証番組が放送されましたが、当事者である50代制作会社社員も出演したということです。
結局最後まで当事者は秘匿されたままであったことから様々な憶測を呼びましたが、あくまでも何の意図もなくたまたま思いついたことを書いただけで済ませた形のようですね。

<東海テレビ>中傷テロップ「ふざけた心で」 匿名で出演(2011年8月30日毎日新聞)

 東海テレビ放送(名古屋市)が今月4日の情報番組「ぴーかんテレビ」(打ち切り)で岩手県産米を中傷するテロップを誤って流した問題で、同社は30日午前、社内の調査結果を踏まえた検証番組を東海地方で放送した。中傷テロップを作った50代の男性制作会社員も匿名で出演し経緯を説明した。また番組で、この男性が28日付で制作会社を懲戒解雇されたことを明らかにした。

 この番組は「検証 ぴーかんテレビ不適切放送 ~なぜ私たちは間違いを犯したのか~」。事前収録し、60分間、コマーシャルを挟まずに放送した。

 番組の冒頭、東海テレビの浅野碩也社長が被災地と視聴者に謝罪。続いて、今回の問題について「制作された経緯」「23秒間放送された経緯」などに分けて説明した。

 番組によると、解雇された男性は東海テレビでコンピューターグラフィックスなどの制作を30年以上、続けてきた。男性は顔を映さずに出演し「思いつき」「ふざけた心で」テロップを作ったと証言。「誰かに指示されたわけでもなく、これで何かをしようとしたわけでもない」と語った。

 また中傷テロップが流れ始めた直後はスタッフが別の作業をしていたために気づかず、23秒間、放送されたことを現場の様子を再現する形で伝えた。問題を起こした原因については、コミュニケーション不足や緊張感のなさなどが重なったと結論づけた。

 検証番組は同社ホームページで視聴できる。【山田一晶】

ちなみに検証番組など当該番組に関する情報はこちら同局HPから閲覧いただけるようですが、「不適切なテロップを作成した担当者は、弊社の子会社、東海テレビプロダクションの従業員ではございません。」なんて思わず書き足さずにはいられないあたりが彼らの体質を物語っているのでしょうね。
今回の事件にしても社長自ら「ローカル番組の不祥事がここまで反響を呼ぶと思っていなかった」と語るほどに当初から危機感もなくのんびりゴルフをしていたと言いますが、ネットを中心に問題が大きくなって初めて事の重大さを思い知ったということは、騒ぎにならなければこの程度は何と言うこともないと考えていたということなのでしょう。
テレビというメディアの地位低下が久しく言われている中で、業界内部の人間が「いや、まだまだみんなテレビは見ている」と主張しているのはスポンサー対策としても当然のことかも知れませんが、その実態を見ていますと今や彼らにとっての最大顧客であったはずの年配層からもすっかり信用を無くしつつあるらしいという状況が判明しつつあります。

シニア世代の情報端末動向 信頼していないメディアの1位は「テレビ」(2011年8月27日livedoorニュース)

 60歳以上のシニアを対象にした調査、「テレビ」「パソコン」に平日3時間費やしている一方で、信頼しているメディアは「新聞」という結果に。

 NTTレゾナントが運営するインターネットアンケートサービス「goo リサーチ」は、60歳以上の消費者モニター8393名を対象に「シニアの情報端末保有状況に関する調査」を実施し、その結果を22日、明らかにした。今回の調査は、2012年度に団塊世代が65歳を迎え、大量に労働社会から引退することが背景にあり、シニア世代の生活実態を明らかにすることが目的とされている。

シニア層が普段よく利用している情報端末は「テレビ」が最も多く87.0%、次いで「固定電話」が73.3%、「通常の携帯電話・PHS」が70.2%となっており、従来からの情報端末は今でも利用率が高いことが明らかとなった。

 また「スマートフォン」の利用者は4.7%、「タブレット型端末」は2.4%となっている。このスマートフォン所有者のうち、アプリをダウンロードした者の割合は、無料・有料アプリ併せて86.1%。有料アプリは38.9%。有料アプリをダウンロードするのは女性の割合の方が高いことも分かった。

 普段利用しているインターネットサービスは「オンラインショッピング」が最も多く69.3%、次いで、「検索エンジン」が66.3%、「オンラインバンキング」が45.7%となった。ここでも「オンラインショッピング」を利用する割合は、女性の方が高い傾向にある。

 平日のメディアへの接触時間では、「新聞」「ラジオ」「本・雑誌」「携帯電話」「タブレット端末」は1時間未満が最も多く、「テレビ」「パソコン」は2~3時間が最も多かった。また「テレビ」「パソコン」は、5時間以上の長時間にわたって接触するユーザーも比較的多い結果となった。「テレビ」は男性より女性の方が、「パソコン」は女性より男性の方が接触時間について長い傾向にある。

 一方、メディアから得られる情報について、最も信頼されているメディアは「新聞」で85.2%となっている。次いで「ラジオ」が73.5%、「テレビ」が69.5%だった。また信頼していないメディアは「テレビ」が最も多く9.4%、次いで「本・雑誌」が9.1%、「インターネット」が8.7%だった。

 スマートフォンの有料アプリやオンラインショッピングなどの利用率は、男性よりも女性の方が高い点が興味深い。また今回の調査は、普段からインターネットに触れている方々が対象ではあるものの、シニア層でもテレビへの不信感が広がりつつある様子がうかがえる。

まあそれは、いい話は何一つ聞かない一方で悪い話は幾らでも出てくる、しかもそれを必死に隠蔽しようとする気配が濃厚に感じられるとなれば、いくら情報リテラシーが低い人々といえども何かおかしいぞと思わない方が不思議というもので、今の時代自然発生的にテレビ、あるいはさらに進んで既存の従来型マスコミに対する不信感が絶讚拡散中ということですよね。
別にこうした話は日本だけに起こっている問題ではないようで、先日以来世間を賑わしているフジテレビ問題を巡る一連の社会運動については日本のみならず諸外国でも注目されているようですが、興味深いのはあちらこちらから「こんな問題は我が国でもあり得る」という声があがっているということで、「既存のマスメディアは信用ならない」と考える風潮は世界的な流行になってきているということなのでしょうか。
とりわけ米国などではテキサス親父などに代表されるような保守派を中心に「メディアの偏向は我が国にとっても決して他人事ではない」という意識があるようで、愛国心を国の依って立つところとするお国柄だけにむしろ日本以上に先鋭的な意見も出ているようですね。

【米国ブログ】日本は韓国文化に支配?「国家主義を取り戻すべき」(2011年8月29日サーチナ)

  東アジアの文化に詳しい米国のブログ「aspop」では、日本での韓流ブームについてその背景を紹介し、考察している。

  フジテレビが、韓国の番組を1日中放送するなど偏向しているとタレントの高岡蒼甫さんが発言したことを発端に、8月7日と21日に東京・台場で大規模な抗議活動が行われた。

  筆者はこの問題に関連して、韓流番組に興味がなかった多くの日本人らが、インターネットの動画サイトYouTubeのコメントで不満を表したが、そのほとんどはフジテレビによって削除されたようだと伝えている。

  なぜ日本で韓流ドラマやK-POPをはじめとする一連の韓流ブームが起こったか、その背景にはいくつかの事実があると説明。

  まず第1にフジテレビの多くの株主が韓国人とみられていること。次に韓国政府が日本の広告会社電通によって韓流ブームを販促している、第3にまたフジテレビは日本の国家主義を検閲していることなどがあると述べている。

フジテレビの20%以上の株は、外国人が所有しているが、フジテレビはこの株主情報の公開を拒否したようだと記している。

  次にフジテレビは1日中K-POPや韓流ドラマを放映しており、また、日本で最も人気のある食べ物の1位はプルコギとされているが、多くの日本人はプルコギを見たことさえないとつづっている。

  さらに、フィギュアスケート浅田真央選手が優勝したときも、フジテレビは日本の国歌と授賞式の場面をカットしたし、サッカー女子日本代表がワールドカップで優勝したときも、やはりフジテレビは授賞式を放送しなかったと語っている。

  筆者は、韓流が日本で自然に人気が出たのであれば問題ではないだろうと語る。しかし、日本人を納得させようとした偽のレポートやメディア効果はいかがなものかと疑問を呈している。

  ほかの問題として筆者はパチンコを挙げている。パチンコ産業の80%は韓国人に所有され、テレビ番組の主要なスポンサーにもなっていると述べ、このことも大きな要因になっているとの見方を示している。

  筆者は、なぜ日本人は自国の文化をテレビで見ることができず、その代わりに韓国の文化を無理やり与えられるのだろうか、日本人は自分たちの国家主義を取り戻すべきではないかと問いかけている。(編集担当:田島波留・山口幸治)

大手のCNNにも「韓流が世界的に流行してるなんて笑わせないでくれ」なんて挑発的な記事が載ったというくらいですから、ともかく国を挙げての全世界的に強力なプロモーションが行われているのは確かなのでしょうが、「アメリカ在住の人間が英語で歌を歌って何が韓流なのか?」という声に代表されるように、そもそも韓流とは何なのかという基本的な問いかけすら出てくるのも当然のことなのでしょう。
こういう話を聞くといわゆる「在日認定」問題などと同様に、海外で活躍している同胞が数多いのは単純に誇らしいという素朴な感情の発露というべきなのかも知れず、別に韓国人がそういった話を喜ぶのは日本人がイチローの活躍を喜ぶのと同じで何も不思議ではないですけれども、関係のない日本のテレビ局がその尻馬に乗って韓流素晴らしい!なんて大騒ぎするのは2002年W杯と全く同じ押しつけの構図と言うしかありませんよね。
当時生放送を利用して敢然とマスコミ批判を行った明石家さんま氏が後日テレビ上で釈明を迫られたのはよく知られた事実ですが、今回も既存のマスコミが一切フジテレビ騒動に対して口をつぐんでいる中で、ようやく社内においても「それはちょっとおかしい」という声があがり始めているのはささやかな救いでしょうか。

フジ反韓派が高笑い 全社員が「韓流万歳」ではない(2011年8月20日東京スポーツ)

21日2度目の抗議デモに局内はピリピリムード

俳優高岡蒼甫(29)のツイッターを機に「韓流偏重」と猛バッシングにあったフジテレビに対し、ネット住民らは21日、東京・お台場のフジ社屋周辺で2度目の抗議デモを予定している。当然、フジはピリピリムード。この様相に局内の"反韓勢力"が息を吹き返しつつあるというのだ。

「『21日にデモがあるから気を付けろ』と上層部からお達しが出た。『何に気を付けるんですか?』と聞き返したら『いや、何をってわけじゃないけど』と不機嫌に言われた。ここ数日は空気が重い」とフジテレビ関係者は明かす。しかもピリピリムードは最高潮で、「ブログやツイッターのプロフィルや内容を変更させられた人間もいる」と書き換え指令まで出たというから、只事ではない。局内ではかなり神経過敏になっているようだ。

そもそも今回の騒動は高岡のツイッターが発端だが、全社員が「韓流万歳」というわけではない。以前から局内にも反韓勢力はあったという。

まだヨン様フィーバーの頃の2004年、月9ドラマで放送された仲間由紀恵(31)主演の「東京湾景」で、原作にない「主人公が在日韓国人」という設定が採用され、内容も韓流ブームに便乗するようなストーリーに大きく変えられた。視聴率がパッとしないこともあって、この頃から局内では「なんで月9を韓国に寄せるんだ」などと不満の声を上げる勢力はいた。

その後の"韓流推し"で一気にその勢力は存在感をなくしていった。だが、「この騒動に加えて局内のピリピリムード。反韓だった人が『それ見たことか!』と高笑いしています。今では誰が韓国推しで誰が反韓かわかりませんから、仕事で他部署などと関わる時は"地雷"を踏まないようにヒヤヒヤしてますよ」(フジテレビスタッフ)。【後略、大塚達也】

すでに同局内部から「日本のメディアは瀕死状態です。助けて下さい。行動を起こして下さい。」と内部告発と共に応援を呼び掛ける声が出てきていることは紹介したところですけれども、こうした中の人の声はまだしも視聴率低迷などの明確な実績すら無視してなおも韓流推しに走るということであれば、いよいよ「国民が望んでいるからやっているんだ」という彼らの弁明すら通用しないことになってしまいます。
言われているように局内を実質的に外部勢力に支配されているとかいった事情があると言うことなら、視聴率がパッとしないからといっておいそれと方針変更をするわけにもいかないのでしょうが、その結果いずれ局自体が潰れるかどこかで内部の正論派が暴発するかで、いずれにしても同局にとってよい結果には終わりそうにないですよね。
韓流に限らず特定コンテンツ専門で食っていくと言う方針は当たれば大きいですが、外した時には取り返しのつかない大ダメージを喰らう可能性も大きいだけに、広く大衆を相手にする商売ではテーマの選定にはよほど慎重になっておかないと大変なことになるという教訓だとも言えそうです。

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