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2011年9月 6日 (火)

2例目の未成年からの脳死移植 脳死移植は日本で根付くのか?

臓器移植法改正を受けて、先日未成年者から2例目の脳死臓器移植が行われたことはすでに報道でご存知のことと思います。

18歳未満男性を脳死と判定(2011年9月4日NHK)

関東甲信越地方の病院で治療を受けていた18歳未満の男性が、3日夜、脳死と判定されました。去年7月に改正臓器移植法が施行されてから、18歳未満で脳死と判定されるのは2人目で、病院ではこのあと、臓器の摘出に向けた準備を進めることになります。

日本臓器移植ネットワークによりますと、脳死と判定されたのは、頭にけがをして関東甲信越地方の病院で治療を受けていた、15歳以上18歳未満の男性です。脳死の疑いがあると診断され、臓器移植コーディネーターの説明を受けた両親ときょうだいなどが、2日、脳死判定と臓器の提供を承諾したということです。このため、3日朝から2回にわたって脳波や呼吸の状態などを詳しく検査した結果、男性は3日午後7時37分、脳死と判定され、死亡が確認されました。

去年7月に施行された改正臓器移植法の指針では、虐待を受けた子どもから臓器が提供されるのを防ぐため、18歳未満の場合、虐待の疑いがないか検証するよう、医療機関に求めています。病院では、院内の虐待防止委員会で、それまでの診療記録などを精査し、虐待がないことを確認したということです。

ネットワークによりますと、家族は、臓器の提供を決断した理由について、「本人は元気なときに、臓器提供関連のテレビを見て、『死んでも人の役に立つなんてすごいよな』と話していた。意思表示をしていなかったけれど、本人だったら希望したと思う」と話したということです。改正臓器移植法が施行されてから、18歳未満で脳死と判定されるのは2人目です。男性からは、心臓、肺、肝臓、腎臓、すい臓、それに小腸が提供される予定で、移植手術を行う施設の医師たちが、正午ごろ、病院に集まって、臓器の摘出に向けた準備を進めることになります。

18歳未満、家族承諾で2例目の脳死判定 臓器移植へ (2011年9月4日日本経済新聞)

 日本臓器移植ネットワークは3日、関東甲信越地方の病院に入院していた15歳以上18歳未満の男性が脳死と診断されたと発表した。本人の意思表示はなかったが、家族が脳死判定と臓器提供を承諾した。18歳未満で家族承諾で脳死と判定されたのは今年4月の10代前半の男児に続いて2例目。同ネットワークは臓器提供を受ける患者の選定作業を進めている。

 昨年7月施行の改正臓器移植法では本人の意思表示がなくても家族承諾で脳死移植が可能となった。ただ18歳未満の場合は入院先の病院が児童虐待を受けた可能性がないか確認する必要がある。同ネットワークは「入院先の病院が適切な手続きで虐待がなかったことを確認した」とした。

 同ネットワークによると、男性は頭部外傷で入院。主治医は8月30日に脳死とされる状態と判断、家族に病状と臓器提供の機会があることを伝えた。同ネットワークには1日夜に正式に連絡が入り、2日夕方に家族の承諾を得たため脳死判定を実施、3日午後7時37分に2回目の脳死判定で法的に脳死と診断された。

 家族は心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓(すいぞう)、小腸の提供に承諾したという。脳死移植は1997年の法施行後146例目で、改正法を適用した家族承諾のみは52例目。改正法施行前は本人の意思表示があったケースで15歳以上20歳未満の年齢区分で2例の脳死移植があった。

 家族は「本人が元気な時に臓器提供関連のテレビを見て『死んでも人の役にたつなんてすごいよな』と話していた。本人は意思表示していなかったけれど、希望したと思う」とコメントしている。

18歳未満脳死:全国7病院で各患者に臓器移植(2011年9月4日毎日新聞)

 関東甲信越地方の病院に頭部外傷で入院し、3日に改正臓器移植法に基づき、18歳未満で2例目の脳死と判定された男性からの提供臓器は、4日から5日にかけて全国7病院で各患者に移植される。

 心臓は「18歳未満からの提供の場合、18歳未満への移植を優先する」という国の基準を適用し、国立循環器病研究センター(大阪府)で10代男性に移植される。肺は片方が大阪大病院の40代女性、もう片方は医学的理由で断念した。肝臓の一部は京都大病院で10歳未満の女児、肝臓の残りの部分は国立成育医療研究センター(東京都)で10代女性、膵臓(すいぞう)と片方の腎臓は新潟大医歯学総合病院で30代女性、もう片方の腎臓は千葉東病院で60代女性、小腸は東北大病院で30代女性に移植される。

 移植施設の医師による臓器摘出手術は4日午後4時ごろに始まり、手術終了後、それぞれの病院に運ばれた。
(略)

お亡くなりになったドナーの方のご冥福をお祈りするともに、その意志を継いだ形となったレシピエントの方々の移植がうまく運ぶことを願ってやみません。
臓器移植法改正に伴い国内初の小児からの脳死移植が本年4月に行われたことはすでにお伝えした通りですが、前回と比べると心なしかメディアでの扱いもやや控え気味になってきていることが、世間も次第に慣れつつあるということの傍証なのでしょうかね?
この小児からの脳死移植に関しては本人意志が不明でも家族の同意だけで行われるのがケシカランだとか、そもそも脳死は人の死ではないから殺人だといった考えに至るまで様々な観点から根強い反対論もあり、実際に移植が行われるようになっても脳死移植は行うべきではないと強固に主張している人々もいらっしゃるようです。
無論、現状では本人が明確な反対意思表明を行っておらず、なおかつ家族が本人の意志を忖度し臓器提供を受け入れるだろうと判断した上で、家族の間でも提供に対して同意がなされているというハードルを越えなければ脳死か否かという死の判定自体が行われないわけで、実際には今も大多数の(臨床的)脳死症例は脳死判定にすら至らないまま心臓死をもって死と認定している言うことです。
今のところドナー、レシピエントともそれを受け入れられる人々の間でだけ移植を行っていきましょう、嫌な方々には無理に参加は求めませんという日本のやり方は妥当だと思われるし、当面のところ脳死状態からの臓器提供に社会的重圧がかかるような状況を避けながら、国民意識の醸成を待つということになるのでしょうね。

しかしこの脳死というもの、日本の制度によれば移植を前提にした場合にだけ脳死を人の死として認めましょうと言うのは、考えて見ると結構微妙な問題をはらんでいますよね。
例えば脳死状態の人が何らかの不自然な経緯で心停止になった場合、それは殺人なり過失致死になるのか、それとも単なる死体損壊なのか?と考えると、いわゆる安楽死問題などで裁判になったとしても求刑自体が変わってくるわけですし、遺産相続など民事上のトラブルにおいても脳死が人の死か否かが問われる局面がいずれやってくるかも知れません。
日本においては人が死んだかどうかを判断できるのは医師のみに限られていますが、脳死否定派の医師が脳死容認派の家族の意向に反して心臓死までは生きていると濃厚医療を続けた場合に、家族はその医療費も負担しなければならないのかといったトラブルも、いずれ将来的に出てくることになるかも知れませんね。
ともかくも日本においてはこの脳死状態というものの扱いは現場当事者の間で阿吽の呼吸で処理されてきた部分があって、今回限定的な状況とは言え明確に白黒をつけるということを意識させられるようになったことはやがて国民の意識も変えてゆかざるを得ないでしょうし、医療関係者にしても今まで以上に国民の興味と関心がこの領域に集まっていることを自覚しながら事に当たらなければならないでしょう。

脳死下臓器提供、6例ともに「妥当」(2011年8月26日CBニュース)

 厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会の「脳死下での臓器提供事例に係る検証会議」(座長=藤原研司・横浜労災病院名誉院長)は8月26日に会合を開き、2008年に行われた脳死下での臓器提供事例のうち5例と、改正臓器移植法が施行された10年7月以降の事例のうち1例について、脳死判定などが適切に行われたかどうかを検証した。その結果、6例すべて「妥当」と判断した。

 検証会議は、脳死下の臓器提供事例について、▽救命治療▽法的脳死判定▽臓器あっせん業務―の観点から妥当性を判断する。

 この日の会合で検証したのは、08年2月4日に脳死判定された60歳代女性(66例目)、同年5月8日に脳死判定された40歳代男性(69例目)、同年5月12日に脳死判定された70歳代女性(70例目)、同年7月2日に脳死判定された50歳代男性(72例目)、同年7月3日に脳死判定された30歳代男性(73例目)、10年9月4日に脳死判定された成人男性(年齢非公表、94例目)の計6例。
 検証会議は、6例すべてについて、「救命治療」「法的脳死判定」が「妥当」で、「臓器あっせん業務」についても「法令やガイドラインなどに基づき適正に行われた」と判断した。

脳死移植:6例「妥当」と評価…厚労省検証会議(2011年8月26日毎日新聞)

 厚生労働省の脳死移植に関する検証会議(座長・藤原研司横浜労災病院名誉院長)が26日開かれ、改正臓器移植法に基づく本人意思不明の1例を含む計6例の脳死判定と臓器提供の手続きをいずれも「適正、妥当だった」と評価した。

 ただ08年2月の広島市立広島市民病院の60代女性の提供例では、法的な判定前に脳死とされうる状態と診断したときの血圧が、移植法施行規則で定めた法的判定の際の血圧より低かった。病院への訪問調査の際に、違反ではないが、事前の診断も法的判定と同様にするのが望ましいと指摘した。

 この日は、08年5月の関東地方の病院と広島市民病院、同年7月の東邦大医療センター大森病院と東京医大八王子医療センター、昨年9月に本人の書面の意思表示がなく家族が承諾した東北地方の病院の提供例を検討。このうち関東の病院と東京医大八王子医療センターの事例は、病院の訪問調査を省略し、書類で審査した。

アメリカなどは以前から世界トップクラスの臓器移植大国と言われていて、何しろ脳死が大前提となる心臓移植一つ取り上げても毎年2000件以上の実績があると言いますから大変なものですが、それだけ大量のドナーが出ているにも関わらず臓器の不足も世界トップクラスだと言うのは、ひとたび移植が輸血などと同じ通常医療の範疇だと認識されればそれだけの潜在需要が掘り起こされてくるということでもありますよね。
そうであるからこそ臓器は社会共通の資源であるという考えにもなってくるし、例え日本では禁止されている虐待死児童であってもドナーになり得るというわけですが、当然ながらここまで移植が普通になってくると世間もいちいち全例を厳しく注視するなんてことはしませんから、中には怪しげな闇取引めいた行為や犯罪性の否定出来ない事例も紛れ込んでいる可能性は十分にあるでしょう。
またここまで移植が一般医療化すればもはや移植をやったからと言って駆け出しの日本のように学術的功績のようには言われなくなるのでしょうが、逆に日本の場合は渡航心臓移植に一億円が必要です!なんて募金活動盛んなる時代に診療報酬わずか150万円なんて絶讚赤字大売り出しな公定価格を設定してしまう国ですから、お金儲けのために移植をどんどんやるということはあまりなさそうですよね。
そう考えて見ると生保が一番いい医療を受けられるなんて揶揄されるような日本の医療制度下では、金絡みで移植医療が左右されるような事態だけは回避できそうである一方、少なくとも移植医療がレアな症例として取り扱われている間は妙な功名心絡みのスタンドプレーは起こりえる可能性があると言えそうです。
ただ幸いにしてと言うべきでしょうか、冒頭の症例にも見られるように一般的にドナーを担当する施設とレシピエントに移植医療を行う施設とは全く別物であり、脳死を来すような重症患者を扱っている地域の中核的医療機関は総じて多忙な状況ですから、「糞忙しいのにそんな面倒くさいことにまで関わっていられるか」といった素朴な人間心理が謙抑的に機能することになるかも知れませんね。

他に移植を抑制する因子としてよく「日本人の死生観は云々」なんてことを言う人がいますが、この問題に関しては死生観云々なんて大それた話よりも、単に周囲と横並びであれば何となく安心できるという日本人の性質の方がよほど大きな影響を与えているように思います。
そもそも脳死移植のドナーになるような症例では多くの場合予想された死ではなく突然訪れた事故といった思いがけない事態が多いと考えられ、しかも家族も慌てふためいている中でコーディネーターなどがどかどかとやってきて実はと話を切り出してくるとなれば、普段脳死移植のことなどまともに考えたこともないような大多数の人間は泡を食って当然ですよね。
いずれ脳死臓器移植がごく当たり前に行われているという社会環境になって、例えば今で言う献体や病理解剖レベルで脳死移植も語り合えるくらいな段階になってようやく「ああ脳死移植ですか、うちはお爺ちゃんの遺言でそういうのはちょっと」などと家族も普通に対応が出来るようになってくるのでしょう。
そこまで国民意識が成熟して初めて本当の日本人の死生観とはいかなるものなのか、それは脳死移植と相容れないものなのかといったことが明らかになってくるのだと思いますが、ひどく深刻な問題であるかのように語られていた問題も案外慣れてしまえば何でもないということはままあるもので、いずれは日本の移植医療もほどほどの落としどころに落ち着いてくるんじゃないかという気がします。
WHOの言う「自国内で必要な臓器は自国内で賄うべきである」という大原則に対して、日本の臓器需給が需要過多になるのか供給過多になるのかはまだ見えてきませんが、かつては不足が言われていた献体数が年々増加して今や受付を制限する事態にもなっていることを思う時、「御遺体に傷を入れることは日本人には馴染まない」で思考停止してしまっていては現実を見誤ることになるんじゃないかとも思うのですけどね。

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コメント

症例数はいずれそれなりの水準で落ち着いてくるんでしょうけど、提供した人にしろ提供を断った人にしろ批判されたり攻撃されたりしないように注意しないといけないですね。
特に身内に移植絡みの患者がいる場合にはよほど気をつけておかないと二次被害が出そうですから。

投稿: ぽん太 | 2011年9月 6日 (火) 16時43分

脳死は人の死じゃありません。
人の死なら何故脳死から復活する人がいるんですか?
お金持ちのために生きながら臓器を奪い取るなんてあってはならないことです。

投稿: | 2011年9月 7日 (水) 16時23分

いや金持ちてw
まぁ世界的に見れば日本人皆金持ちだがねw

投稿: aaa | 2011年9月 7日 (水) 20時29分

今はどうせ赤字だと開き直って好き放題やってますけど、これが標準化したら怖いかもですね
いつか妥当な診療報酬が設定されて普通に移植が行われるようになった時、ヘリを使わず車で運んだから鮮度が落ちて失敗したんだなんて突っ込まれるかも

投稿: 管理人nobu | 2011年9月 7日 (水) 23時31分

一般の方の中には、日本国内であれば脳死移植が生活保護受給者でも受けられるということを知らない方も多いのではないでしょうか?
海外で臓器移植手術を受けるために○億円の募金集め!みたいなニュースが多いために、移植医療は高額な自己負担が発生すると思い込まれるのもやむを得ないことと思います。

ただ、脳死から復活したと言う話は初耳です。もしご存じの方がおられたら、情報源を教えていただければありがたいです。

投稿: クマ | 2011年9月 8日 (木) 09時59分

>日本国内であれば脳死移植が生活保護受給者でも受けられるということを知らない方も多いのではないでしょうか?
 手放しで脳死移植推進を語る先生方は、それで医療保険制度崩壊が早まるならそれもよし、ご自分は地中海病院専属契約医を目指していらっしゃるのでしょう。
 原子力発電推進に似た構造を感じてしまいました。

投稿: 感情的な医者 | 2011年9月 8日 (木) 10時34分

移植大国アメリカでは移植医療が医療費の高騰を招いているということですか?

投稿: 通りすがりのただの人 | 2011年9月 8日 (木) 11時29分

>移植大国アメリカでは移植医療が医療費の高騰を招いているということですか?
たしかに脳死状態の患者にかかる医療費 というのも計算にいれないと公平な議論とは言えないでしょうね。
でもアメリカの医療保険て、移植をどこまでカバーしているのでしょうか?
感情的な医者さんが問題にしているのはあくまでも健康保険制度の問題だと思うのですが。
今後 健康保険制度を考える上で、高額医療をどうするのか、というのは移植に限った問題ではないと思います。

脳死や移植というと宗教やら死生観やらの違いが強調されることが多い印象を持ってますが、アメリカの場合は 家族が脳死状態になったら一刻も早く死亡してもらわないと破産しかねない、という事情もあるのではないかしら。

投稿: JSJ | 2011年9月 8日 (木) 12時20分

それは当然あるでしょう
脳死者に対する保険支払いがどうなっているかもまた確認しておきます

投稿: 管理人nobu | 2011年9月 8日 (木) 13時41分

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