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2011年8月29日 (月)

思ってもいない事故が起こりえるとしたら、対策は必ず必要です

全然関係のない話ですが、最近何故か当「ぐり研」もスパム的なものが非常に激増していまして、トラックバックなどは基本的に自動振り分けである程度セレクションがかけられたものを確認してから削除することにしているのですが、以前にも何件か普通のトラックバックがスパム扱いされて仕分けられていたという経験をしています。
今のところ手動で全例必ず確認してから削除するようにはしていますけれども、判断するのに微妙な場合などはトラックバック先の記事と関連性があるかどうかなど主観的かつ総合的に判断させていただいていますので、時に「オレの真面目なトラバを無視しやがって!」と不愉快に感じられることもあるかも知れませんけれども、どうか笑って許してやっていただければと思います。

さて、先日報道されていたこちらのニュース、一見すると何の不思議もなさそうな話にも見えながら、状況が理解できている医療関係者の間では「いったい何が起こったんだ?」と話題になった事件で、本当にこうしたレアな事故が起きたのは当事者である患者さん側にとっても担当医側にとっても大きな不幸であったと思わざるを得ません。

ワイヤが心臓貫通し死亡 山形大病院で、がん治療中(2011年8月24日日本経済新聞)

 山形大病院は24日までに、がん治療中の70代男性の中心静脈にカテーテルを挿入した際に、カテーテルを導くワイヤが心臓を貫通し、男性がショック死したと発表した。病院側は「措置に問題はなく事故だった」とした上で、既に家族に謝罪し、賠償金も支払うとしている。

 病院によると、5月、主治医が抗がん剤治療などのため、中心静脈にカテーテルを挿入したところ、約20分後に男性の心肺が停止した。蘇生措置をしたが、間もなく死亡した。

 原因を調査した専門委員会は、ワイヤが心臓を貫通して出血、血液が心臓を圧迫したことが原因と指摘。ワイヤはJ字形で刺さりにくい構造になっており、貫通した原因は不明とした。

 久保田功病院長は「ワイヤの使用方法を変更するなどして、予防策を徹底する」と話した。〔共同〕

何も知らない人ですと「それはワイヤなんてものを無理矢理押し込んでたら心臓くらい破れることもあるんじゃないの?」と思いそうな事件なんですが、実際に中心静脈カテーテルのワイヤなるものを触ったことのある人間ほど「あれでどうして心臓を貫通する??」と疑問符がつくような事故なのではないかと思います。
ちょうど弁護士の谷直樹氏のブログで山形大の調査報告書が掲載されていたので拝見させて頂いたのですが、「J字型ガイドワイヤーを挿入した際に想定困難な状況が発生,右室穿孔をきたし,極めて短時間のうちにその穿孔部位より心嚢内に多量に出血,心タンポナーデをきたし心肺停止に至った」という「非常に稀なケース」であったことは確かなようですね。
カテは右鎖骨下から挿入され、およそ所要時間25分で特に困難もなく挿入されたと思われていたところ、20分後にいきなり患者さんが急変して直ちに蘇生処置を行うもその甲斐無く1時間後に亡くなったということですが、右室の「ごく細いものによる穿通性損傷」によって400mlの心嚢内出血を来たし心タンポナーデを発症したことが死亡原因であったとようやく判明したのも、当然ながら事後の解剖によるものです。
物理的にこの部分に到達して損傷を与え得るのがガイドワイヤーのみであったことから原因とされたわけですが、報告書自身も記載しているようにこうした細いものによる損傷が仮に発生したとしても「通常は心停止に至るまで1日~数日を要し,緊急手術等の対応で救命可能」であったはずですし、何よりも「ガイドワイヤーは柔らかくかつ先端がJ字型をしており右室壁を穿通する確率は極めて低い」のが医療の常識というものですよね。

結局のところ何故ガイドワイヤーでこんな場所に穿孔を生じたのか、そしてそんな小さな傷が何故こんなにも早い経過をたどり死に結びついたのかは不明なままで、報告書においても「ガイドワイヤーを挿入した際に想定困難な状況が発生,右室穿孔をきたし」たとお茶を濁さざるを得なかったわけですが、注目すべきはむしろ記事にもあるように、こんな「非常に稀なケース」を受けて山形大当局がどういう再発防止策を講じるつもりなのかでしょう。
カテ挿入の手技にも、当然ながらガイドワイヤーの使い方にも問題はなかった(挿入しにくいからと反対側を押し込んだなんてこともなかったようです)、そして何故そんな損傷が発生したのかも理解不能、さらには事後の対応も特に問題はなく救命可能性はないと判断せざるを得なかったとなれば、一体これからはどこをどう改善すればよいのかということになってしまいますよね。
記事によればワイヤの使用方法を変更するということですけれども、一番簡単な対策としては例えば全例透視下で挿入する、さらにはガイドワイヤーを物理的に心臓を損傷できない程度までしか挿入させないようにするといった方法を考えるのですが、前者は大学病院で…まあ大変ですねと言うしかないやり方でしょうし、後者も実際の手技を考えればむしろ厄介な側面があります。
今回選択された鎖骨下ルートからのカテ挿入というのは、実際に血管を刺す位置がかなり体内深くになることもあって最近JBM的にはあまり人気がないのですが、深いところまでガイドワイヤーを送り込まなければならないとはカテーテル挿入時にワイヤーがすっぽ抜けやすいということにもつながりやすく、カテーテルの逸脱を心配する医者ほどついつい用心して深めにワイヤーを送り込みがちになるものです。
山形大学の対策なるものがどういうものになるのかはまだ判りませんけれども、こうした症例報告者のレアケースの発生を心配するあまりに日常的に起こりえる事故対策上むしろ退歩するようでは本末転倒ですし、もちろん日常臨床上常識的な注意と労力によって実行出来る程度には簡便さも備えておかなければならないと、予想されるリスクとのバランス感覚が問われるものになりそうですよね(上がそこまで考えるかは別として、ですが…)。

いずれにしてもこうしたおよそ考えられない事故も起こりえるというのが人間の体の怖いところである以上、「事故を起こさないように細心の注意を払って医療にあたること」なんて精神論を唱えているだけでは意味が無く、一定のリスクとして事故は起こりえるものであるという考え方で当たらなければどうしようもないはずですよね。
そうした観点からすると以前からその必要性が言われていながらなかなか進むことのなかった話が、ようやく少しばかり前に進み始めたという話題が先日報道されていたのは本来喜ぶべきニュースなのでしょうが、どうもこのままですとまた何も決まらないままに終わってしまいそうな悪寒がしているところです。

医師に過失ない医療事故、救済制度創設を検討 厚労省初会合(2011年8月26日日本経済新聞)

 厚生労働省は26日、医師の過失がない医療事故の患者や遺族に補償金を支払う「無過失補償制度」の創設に向けた検討会の初会合を開いた。医療事故の訴訟は原因究明に時間がかかり、患者だけでなく医師側の負担も大きい。検討会は早期に被害救済し、再発防止に役立つ原因究明できる体制を目指す。

 検討会の冒頭、厚労省の岡本充功政務官は「医療でトラブルが起きた場合、行政として対応する機能が十分備えられているのかという意見がある」と指摘。「患者の救済や医療者の負担をどう軽減できるか考えてほしい」と年度内の取りまとめを求めた。

 委員からは「無過失補償制度は医療者の訴訟対策ではないかという声があるが、事故の原因を究明して再発防止に役立て、安全で質の高い医療を実現することが本来の目的だ」という意見が出た。別の委員は「訴訟では原因が分からず、損害賠償の対象にならない患者や家族が多い」として制度の創設を求めた。

 国内では出産時に新生児に重い脳性まひが起きた場合に計3000万円補償する「産科医療補償制度」がある。検討会はこうした国内外の制度を参考にしながら、補償額の水準や範囲、費用負担のあり方についても議論する。

無過失補償、医療事故再発防止と併せ検討へ- 厚労省検討会が初会合( 2011年08月26日キャリアブレイン )

 医師に過失がなくても、医療事故で死亡したり、障害を負ったりした場合に補償金を支払う「無過失補償制度」について検討する、厚生労働省の「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」(座長=里見進・東北大病院院長)の初会合が8月26日に開かれた。この中で、無過失補償制度と、医療事故の原因究明や再発防止策の仕組みを併せて検討すべきだとの意見が相次いだ

 同検討会は、政府が4月に閣議決定した規制・制度改革の方針で、「保険診療全般を対象とする無過失補償制度の課題などを整理し、今年度中に検討を開始する」としていることを踏まえ、補償の範囲や水準など制度の枠組みを議論する。

 初会合では、医薬品医療機器総合機構の「医薬品副作用被害救済制度」や、日本医療機能評価機構の「産科医療補償制度」など、無過失補償制度などの現状について関係者から説明を受け、意見交換を行った。
 この中で委員からは、「医療事故に対する無過失補償制度と、原因究明や再発防止策を『車の両輪』とし、セットで議論すべきだ」との意見が相次いだ。初会合に出席した岡本充功厚労政務官も、「原因究明や再発防止策なしに、救済制度だけが出来上がるとは思っていない」との認識を示した。

 厚労省は今後、月に1回程度のペースで会合を開くが、報告書を取りまとめる時期などは決めずに、幅広い議論を促す方針。まず海外での無過失補償制度の現状などについてヒアリングを行い、それを踏まえて課題を整理したい考えだ。

言うまでもないことですが、こうした制度が必要であるという議論が盛り上がってきた背景が近年の医療訴訟の増加と、それに歩調を合わせるかのように社会問題化してきた医療崩壊という現象にあることはまず確かだろうと思われます。
公定価格で安くそれなりの医療を提供してきた日本の皆保険制度は医療と言うものがそれなりの贅沢品であるという「遠慮」が残っていた時代はともかく、普通の日本人にとっていつでもどこでも安く簡単に医療を受けられるのが当たり前という時代になってきますと、様々な矛盾が表に出てくるようになりました。
今さらいちいち事細かに挙げてみても仕方がないにしても、例えば医師の当直料一つとって見ても夜通し激務が続く急性期の病院よりも、しばしば寝当直と呼ばれる慢性期の病院の方がよほど高い場合が多いというのは、医療訴訟のリスクなどという話を持ち出さずとも労働に見合った対価という観点だけからしても釈然としないものがありますよね。
要するに医師を始めとする現場のスタッフにとって自ら進んでハイリスクな医療に手を出すメリットと言うものはほとんどない、そして雇用者である病院側にしても救急が経営上メリットになる時代ではないとなれば、せめて少しでもデメリットは減らしていくようにでもしないことには現場の自己犠牲的モチベーション以外に医療現場を支えていく原動力がなくなってきているわけです。

医療訴訟などで長年活躍してこられた井上清成弁護士などは以前から(弁護士として商売チャンスが減るにも関わらず!)「日本には無過失補償制度が必要である」と主張していますし、何より医療従事者と患者側とが事故を巡って不毛な対立関係に陥らずにすむとなれば、医療現場にとってもモチベーション上の好影響を期待出来るはずです。
ところが一方で根強い抵抗があるというのも、一つには記事からもうかがわれるように「医療従事者の責任を問わないというのはおかしいのではないか?」という素朴な反発があるためであり、もう一つには同じく原因の救命や再発防止といったことがおろそかになるのではないかという懸念があるためですよね。
今回の初会合において明確に「無過失補償と原因究明、再発防止はセットである」という大方針が示されたことはそうした懸念の一部に答えた形なのでしょうが、ここで改めて問題になるのが過去にも医療事故調を巡る議論の中で繰り返し議論されてきた「精勤追求と真相究明・再発防止は両立するのか?」と言うことでしょう。

もちろん表立って「医者を処罰できない制度では困るじゃないか」なんてことを言う人間はいないにしても、事故調議論の中で報告書の扱いをどうするのか、裁判なりの証拠として使われるようなことになっては誰も本当のことは証言しなくなるのではないかといったことは繰り返し議論され、とりわけ医療側からはそんな道が残されているのでは事故調なんていらないと言わんばかりの強い反発があったことは周知の通りですよね。
となると、今回の大方針を素直に受け止めれば事故調議論がまともに進まない以上、その先に存在する無過失補償も成立し得ないということになり、患者側としてはいつまでたっても「単に金額を決めるための場所」であるはずの法廷に、原理的にも実際的にもあり得ない「真相の究明」を求め続けるしかないということになりかねません。
患者側にとってもさることながら、医療側にとっても結局こうした制度が出来ない以上は従来からのリスクはそのまま存続するということですから何らのメリットもないわけですから、結局冷静になってみればお互いにとって何も良いことはないのに、妙な原理原則論にこだわって目の前にある実際的な解決策をみすみすスルーしているという印象が拭えないのは自分だけでしょうか。

例えば一般外来をやっていると高血圧だの高脂血症だのといったcommon diseaseは幾らでも来るものですし、「特に症状もないし別に不自由しているわけでもないのに、何故毎月高い医療費を支払って治療しなければならないのか?」といった不満を漏らす患者は臨床医であれば日常的に経験していることだと思います。
そうした場合の対応の仕方は人それぞれなんでしょうが、最大公約数的に言えば今までに出てきた統計データ上はそうした治療を行っていた方が結局は安上がりに、健康な生活を長く送ることが出来ますという言い方になると思いますけれども、もちろんとびきりの高血圧を全く放置しておいても元気に長生きされる方も世の中には大勢いらっしゃるわけですよね。
どんな薬であれ治療法であれ用いるにあたってはメリットとデメリットがあって、医者であればメリットの方がデメリットよりも大きいから、あるいはどうしようもないデメリットがあったとしても絶対に外せないメリットがあるからとその場その場で判断しながら治療を行っていく習慣が当たり前に身についているはずですが、制度論的な議論になると途端にそうした計算が影を潜めて巨大なメリットよりもささいなデメリットを重視する場合も多いようです。
基本的には医療は医者が個人の裁量でやっていることで、組織としてどうこうするということに慣れていないだけなのかも知れませんが、そろそろもう少し巨視的な視点に立って医療現場の維持にベストでなくともベターなものは何なのかを考えて見てもいい頃だし、本来「理屈より何より治したものが勝ち」な医療従事者ほどそうした実際的思考に長けているはずだと思うのですけどね…

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コメント

穿通するまではともかく、右室に開いたワイヤーの穴から20分やそこらで400mlも出るものかな?
出血凝固異常なりあったんだろうか?

投稿: aaa | 2011年8月29日 (月) 12時48分

まさしく不幸にしてというしかない症例だったんでしょうね。
さいわい今のところこじれてはいないようですが、こういう話を聞くと無過失補償があったらいいんだろうなと感じます。

投稿: ぽん太 | 2011年8月29日 (月) 20時35分

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