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2011年7月12日 (火)

じわじわと追い込まれる自治体病院 もはや風前の灯火に?

先日は伊賀市立上野総合病院が癌診療拠点を目指すと言っているらしいことを紹介しまして、いや田舎の中小自治体病院でその方向性はさすがにどうなのよ?と懸念を覚えたものですが、自治体病院というものの迷走は別に昨日今日始まったものではありません。
かつて医局人事が生きていたころは様々になだめすかせてこの種の「オラが町の病院」にも医師が派遣されていたわけですが、今やそんなことをすれば「それじゃ医局辞めますから」とスタッフが逃げていくような有様ですから当然医者は減る一方、あちらでもこちらでも自治体病院は自助努力を強いられているのが現状です。
しかし長年染みついた「黙っていても医者は来る」「赤字など税金で補填すればいい」の感覚からおいそれと抜け出せるはずもなく、都市部などではあまりの財政負担に耐えかねてすでに自治体病院廃止を打ち出しているところも出てきているわけですよね。
他に病院と言えるほどの施設もない田舎においては入院病床を維持することへの社会的要求は高いのでしょうが、実際問題コストと利益の兼ね合いでどのあたりが落としどころになるのかと、昨今の財政難の中で各地の自治体も頭が痛いというのが正直なところではないでしょうか。

明確な医療政策の展望を/自治体病院改革(2011年7月11日東奥日報)

 自治体病院赤字の原因は何か。その一つが医師不足であることは明らかだ。医師の数が増えれば、患者数の増加、収益につながる。だが、肝心の医師確保の先行きが不透明なまま、地域医療の根本的問題をいわば、迂回(うかい)するかのような自治体病院改革が進んでいる

 自治体病院は、採算性の論議だけでは守れない。財政改革の先を見据えることが不可欠だろう。地域にどんな医療が必要なのか、各自治体は明確な医療政策の展望を持つべきだ。

 本紙が報じた県内の市町村と一部事務組合が運営する自治体病院(26自治体病院、事業会計数は23)の2010年度決算見込み(概算)によれば、支払い能力を超えた借金である不良債務の総額は86億8800万円。全体としては損益が改善したほか、十和田市立中央病院では15億円の不良債務を市に肩代わりしてもらって解消するなど、設置市町村の一般会計からの繰り入れが増えた

 2007年に成立した自治体財政破綻を未然に防ぐための財政健全化法は、病院事業に関する会計も含めた指標を設けた。自治体病院の不良債務は、自治体そのものの生き残りにかかわる。同年、国は「公立病院改革ガイドライン」も策定。自治体に、医療現場の経営改革として数値目標設定と達成を求めた

 高コストからの脱却をすべて否定するものではない。だが、医師不足の中でのコスト削減は医師や看護師の疲弊も招く。県内の医療現場からは自治体病院改革によって「減員など、現場の負担は増えるばかり」との声が出ている。

 県国保連の県内25自治体病院を対象にした調査によると、2011年5月現在、25病院の常勤医数は512人。各病院が施設運営上必要とする総数よりも262人不足している。医師充足率は66.1%で、深刻な医師不足は続いている。

 財政改革がゴールではない。医師確保策とともに、自治体病院の長期的で安定的な維持を考えていかねばならない。救急、過疎地医療という不採算部門を抱える自治体病院は「地域のライフライン」だからだ。

 「自治体病院だからこそ、短期的な利益にとらわれず、自治体と一体となって医療・介護・福祉・住宅政策の総合的・長期的な取り組みを行える」という有識者の指摘がある。

 高齢社会の中で自治体病院を保健、医療、介護が一体となった地域包括ケアの拠点として維持していくという道がある。そういったこれからの自治体病院の医療のかたちについて、自治体関係者が明確な展望を持つことが必要だろう。

 自治体病院とはみんなで守り、育てていくものである。首長、議員は地域が必要とする医療のかたち、中身について具体的に議論し、住民の理解を深めていくべきだ。展望なき病院は医師の目にも、魅力ある病院とは映るまい。明確な展望があればこそ、それが医師確保の布石ともなりうるのではないか。

医師総数が増えようが自治体病院の医師がこれ以上劇的に増えるはずもないわけですから、減り続ける医師数に応じて病床を削減し場合によっては診療所化するなどの対策を講じなければなりませんが、町立病院などで主張がそれを言えばあっさり落選の憂き目を見ることになるやも知れず、県立病院で知事が強権を発動すれば知事が土下座をすることになりと、およそ地域の強力な反対というものに直面しなければなりません。
もちろん地元民としては近所にいつでも入院出来る病院がある、それも「俺はスポンサーの納税者様だ」と大きな顔が出来る公立病院ともなればおいしい話なのは理解できますが、そもそも経営効率の良い民間病院ですら生存できない環境で非効率極まる自治体病院にまともな経営が成り立つはずもなく、単に地元出身の永年勤続公務員に高給を支払うだけの施設になっている場合も多いですよね(それがまた票になるんでしょうが…)。
医療崩壊の先進地として聖地の名を冠された舞鶴市民病院なども、相次ぐ逃散で医者がいなくなったにも関わらず病院だけは残っていて「病床利用率一桁%、職員給与比率200%超」などという、まさに税金でスタッフを養うためだけに存在意義がある病院と揶揄されたものですが、こんな医療の面では何の意味があるのか判らない病院ですら容易に潰すわけにもいかない理由がそのあたりにあるのでしょう。

病床数や医師確保策、市案に質問続出 舞鶴市会(2011年6月24日京都新聞)

 舞鶴市議会の地域医療対策・公的病院再編調査特別委員会で23日、市が17日に中丹地域医療再生計画関係者会議で示した舞鶴市案について、病床数や医師確保策など具体策を問う声が相次いだ

 市民フォーラム、公明、共産、会派に属さない議員の計5人が発言した。

 「府から病床数などの数値を求められている」と問われ、瀬川治市民病院事務局次長は「独断で各病院の病床削減案を出すのは難しい」「数値を盛り込める範囲で取りまとめ、次回会議で検討してもらう」と答弁。千賀義弘事業管理者は「各病院も適正な病床数を考えていると思う。市民病院の一般病床150床が(療養病床化で)ゼロとなることで数値を示したい」と、他の病院の病床数を維持する見解を示した。

 医師確保策について、山口則夫病院事務局長は「府立医大に現状の維持をお願いし、市として特徴を打ち出すことで確保に努力したい」と述べた。

【17日に公表した舞鶴市案】

公的3病院の機能を選択的に集中強化し、分担と連携を図る

▼医療センターは脳卒中、共済病院は循環器、赤十字病院はリハビリのセンター機能を担う。市民病院を療養病床化

赤十字病院と市民病院の連携で東西バランスをとる

▼市主体の病院間の連携機構を設置し、医師確保を図る

 【現行計画】

▽医療センターに基幹病院を建設し、医師確保の窓口を府立医科大に一本化

▽赤十字病院を連携拠点とし、市民病院の機能は両病院に統合

※共済病院は計画を離脱。病院運営母体の一本化は先送り。

■市は具体案示せ 関係者会議の意見

 舞鶴市案に対して17日の関係者会議で出た意見

 国立病院機構近畿ブロック「連携機構を設置することで、医師不足をどう解消するのか。数字の部分をどう示すのか」

 日本赤十字社府支部「連携機構の権限が強くないと、東の2病院は競争関係に立たざるをえない。『分担と連携』の具体案を示してほしい」

 国家公務員共済組合連合会「病床数を変える予定はなく、市全体の病床数を削るのであれば持ち帰り検討したい」

 府立医科大「府北中部に医師を300人以上派遣しており、さらに各病院へ派遣するのは非効率。基幹病院の設置が望ましい

 京都府健康福祉部長「基本的に現行計画のコンセプトを踏まえ、必要な見直しを行っていきたい。現行計画は舞鶴市内の病床数が多いという論点から出発している。最終的な病床数をどうするのかがなければ修正の議論はしづらい。市レベルの連携機構で医師の確保を差配できるのか」

 副知事「会議をずっと続けるつもりはない。時間をかける余裕はなく、具体案を早急に示してほしい」

派遣元の府立医大が「非効率。基幹病院の設置を」と言っていることに現れているように、地域内でベッドは余っていて似たような規模の病院が乱立している、そして医者は各施設に分散配置されて効率が悪いと、現状の問題点は判っているのに全く改善が進む気配がないというのは、やはり各方面に既得権益というものがあるということなのでしょうか。
例えば管理職などポストの数ということを考えても統合すれば当然以前よりは減るわけですから、どうしても自治体病院でなければという人々の中には抵抗する人間はいるでしょうし、事務職スタッフなども一部で過剰になれば首を切られるかも知れない、そして何より近くの病院がなくなることへの地域住民の反発も根強いものがありますよね。
そう考えると議場で土下座をしても統廃合を押し切ってしまった岩手県知事などはよく思い切ったものだと改めて感じますが、もはやこういう地域のしがらみは強権的にでも断ち切ってしまわないことにはどうしようもない状態になっているという危機感を、単に現場のみならず施設の設置者である自治体や利用者である住民の側でも共有してもらわなければなりませんよね。
自治体側としてはまず赤字だろうが何だろうが医療に公費を投じてでもやるのか、それともある程度のところで財政を優先させるのかといったビジョンを提示していかなければならないでしょうし、住民の側も「隣町にあるものがオラの町にないのは我慢ならん」といった類の古い感覚はいい加減に無くしていってもらわなければいけないでしょう。

一昔前と違って医療に対する要求水準が高くなってしまっている今の時代では、ある程度以上の積極的な治療は中小病院では行えなくなってしまっていて、医療リソースを集約化した急性期対応能力のある基幹病院がどうしても必要になっているのですが、地域の中小病院があちらこちらに点在して人材を抱え込んでしまうと基幹病院はマンパワー不足で患者を受け入れられないということになってしまいます。
幾ら身近に病院があったところで、いざ重症という時に送り先がないことほど困ったことはないというのは大淀事件などでも明らかになっているところですから、少なくともある程度の広さの地域内で(その広さは議論の余地あるところですが)きちんとした急性期対応が出来る施設を用意しなければならないし、そのためには需要の少ない中小公立病院は統廃合しなければというのが現在の国の方針です。
そのために色々と上からハッパをかけている最中であるのですが、当事者だけでは問題の解決が難しいということになれば、近い将来より一層の医療財政的な締め付けなりで自らホールドアップせざるを得なくなるように追い込みをかけてくるかも知れませんよね。
地域にとって本当に必要で残さなければならない病院だと言うのであれば、それまでにしっかりした改革を行うなりで数字として残る実績をきちんと積み上げておく必要があるのでしょうけれども、そんなことが出来るくらいなら最初から自治体病院の崩壊などと大騒ぎはしていないという話でしょうけどね(苦笑)。

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