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2011年7月29日 (金)

患者さんも神様ではなくて人間ですから

本題に入る前の小ネタとして先日こういう記事が出ていましたが、何をもってウソと言うかによってもずいぶんと結果の変わりそうな問いかけなのかなという気がします。

患者の6割「医師にウソをついた」過半数「ばれなかった」は、医師の思いやり?(2011年7月21日日経ビジネス)
より抜粋

 日経メディカル オンライン編集部の取材対象者は、ほとんどが医師です。そして、医師との会話の中でしばしば話題に上るのが「患者のウソ」です。「患者さんからウソをつかれることって、結構ありますよ」と話す医師は、実際とても多いのです。

 例えば、ある医師が「○○さん、この薬どう? 効いてる?」と患者に聞いた時、元気よく「ええ、先生のくれるお薬で血圧も順調です!」という返答がありました。ところが、実際血圧を測ってみると異常な値がハッキリと出ているのです。

 「○○さん、本当は薬、効いてないんじゃない?」と医師が聞くと、患者はモジモジしながら「いつも私に良くしてくれるから、先生のためを思ってウソついてました…」との答えが。こう言った話をよく聞きます。

医師は“気付かないふり”が巧み?

 そこで、医療従事者向けの専門サイトである日経メディカル オンライン編集部では、「医師についたウソ、つかれたウソ」のテーマで、患者が医師にどういったウソをついているか、それが医師と患者の関係にどんな影響を及ぼしているかを探るため、Webアンケートを行いました(2011年2月17日『あなたは、医師にウソをついたことがありますか?』参照、調査概要は記事末)。

 その結果、患者の59.4%が「医師にウソをついたことがある」と回答しました(Q1)。ウソの内容としては、「症状に関して思い当たる原因(36.4%)」「服薬状況(34.0%)」「飲酒・喫煙などの生活習慣(31.6%)」「受診時の症状(29.1%)」などが上位に挙がっています(Q2)。

 ここで興味深いのは、「自分がついたウソは医師にばれた(と思う)?」と尋ねた質問の結果。なんと52.4%の人が「すべてばれなかった(と思う)」と回答しているのです(Q3)。

 患者のウソがとても上手で医師が気づかないのか、それとも医師の“気付かないふり”が巧みなのでしょうか。医師向けの調査では、8割以上が「患者にウソをつかれたことがある。」と答えていますので、後者の可能性が高いようにも思えますが…。
(略)

患者に薬はきちんと飲んでますかと言えば飲んでますと答えるのですが、しかし来院間隔を見ればどうみてもきちんと指示通り内服していて足りるはずがないということは臨床医であれば誰しも日常的に経験することだと思います。
あるいは初診などで来た患者に何か病気や治療しているものがありますか?と訊いて、ありませんと答えた患者がよくよく聞いてみると他院で高血圧だの糖尿病だの沢山薬をもらっていた、なんてこともままあることですが、こういう患者はその程度のものは病気と考えていないのか、それとも言わない方が何かしらメリットになると考えているのでしょうね。
そこでいちいち「いやあなた、ウソついてるでしょ?」と突っ込む先生と言うのはたぶん少数派でしょうが、とりあえずその患者はそういうキャラクターなんだなと記銘することは必要だろうし、場合によってはカルテに「指示通りの服薬を行っていない」なんて情報も書いておくと、今の時代ですから後日何かの折に役に立つかも知れません。
それはともかく、実際についたウソの内容というものを紹介しているのですが、患者がこの程度の見栄?を張るくらいのことは(良い悪いは別としても)ごく普通にあり得る話ですよね。

●「義母は、処方されている薬を薬辞典などで調べた上で、服用するしないを勝手に判断している。それでいて、医師には『ちゃんと飲んでます。飲んでいても良くならない』と訴える。医師も手の打ちようがないのではないかと思う」(36歳、男性)

●「心筋梗塞で入院した父が、日常の運動量を聞かれて『よく歩きます』と答えていた。実際は家の中の階段をちょっと上り下りする程度。何のために見栄を張るのかとあきれた」(41歳、女性)

●「先日、義母が階段を踏み外して2階から1階まですべり落ち、足を痛めた。そのことを恥じていたようで、病院に連れて行ったら『階段を2、3段分落ちそうになってちょっと強めに足をついた』とウソを言っていた。正しい治療のためにはできるだけ正確に事実を先生に告げるべきだと思うが、羞恥心、不安感からついウソをついてしまう人はどうしてもいるようだ」(43歳、男性)

●「うつ病の診察で毎回『調子はどうですか?』と聞かれる。『悪かった』と言うと薬を増やされたりするので、少し軽めに伝えることが多い。休職していた仕事に復帰する直前も、ちょっと無理して『もう行ける』と言った。たぶん医師は、無理していることは分かっていたと思う」(38歳、女性)

●「救急で受診した際、搬送・待合の間に症状が軽くなり受診時には全く正常になっていた。しかし、不安だったため、『今は少し落ち着いているがここがまだ痛くて』と、ちょっと前まで痛みを感じていた部位に今も症状が出ていると伝えてしまった」(25歳、男性)

●「救急で受診した際、『今、専門の先生がいないので詳しい病状を知るには○○と△△と××の検査を受けていただくことになります。今後の症状が不安でしたら受診をお勧めしますが、どうしますか?』と聞かれ、専門の先生がいる時だったら高い検査代がかからないのかと思い、本当は不安だったにもかかわらず『大丈夫です』と答えてしまった」(25歳、男性)

●「結婚後、不妊で受診した際、『卵管がふさがっていて不妊症だ』と言われた。『過去に性病にかかったことはありますか?』と聞かれたが、以前付き合っていた相手に性病をうつされたことが1回あったにもかかわらず、『ない』とウソをついた。何しろ、主人も一緒に診察室にいる時に聞かれたので…。母が卵巣腫瘍で手術したことを主人は知っていたので、遺伝によるものと勘違いしてくれ、疑われずに済んだが」(47歳、女性)

●「積極的にウソをつくわけではないが、他の医師にかかっている事実とかは隠すことがある。遠方から近くの医師にかかりつけを替えた時、従来服用していた薬のうち数種類について、『これは不要』と言われ処方してくれなくなった。新しいかかりつけ医に若干の不信と不満を感じ、その医師にはあまり本当のことを言わない」(80歳、男性)

●「脳卒中経験者の夫は、飲酒量を1日2合とか少なめに報告する。医師は『それでも多いですね』と笑って指導する。つまり、ウソを見抜いた上で『多い』と言ったのだと思う」(38歳、女性)

●「虫垂炎で入院。早く退院したかったので、貧血気味なのを伝えなかったところ、病院の外来コーナーで貧血で倒れてしまい大騒ぎになったことがある。もちろん、病院側は迅速に対応してくれたが、退院日が延びてしまった」(32歳、女性)

●「付き合っている相手は、腹痛があっても、かかりつけの開業医には『痛い』とは言わない。以前、腹痛が原因でその開業医に診てもらった際に、触診も何もしていない時点で『胃癌かもしれない』と言われたのがトラウマになっているらしい。その時の腹痛は、単に風邪が原因だったとのこと」(32歳、女性)

まず考えられるほとんどの場合において、医療現場で嘘をついて患者本人のメリットになることはまずないと思うのですが、やはりこうした行為が後を絶たないというのは健康上の不利益よりも守りたい何かが彼らにはあるのだろうと考えるならば、これは結局何を重視するかという価値観の問題でもあると思います。
当然そうした隠蔽工作をしても結局患者本人にとっての不利益という形でかえってくるわけですが、これもご本人の選択の自由というものですから仕方がないことなのかなとも思う反面、単に無知からわざわざ不利益なことをやっているならともかく、自分なりのポリシーで好き放題ウソをつきまくってくるような顧客は医療に限らず何の商売であれお取引はご遠慮したいというのが率直な話でしょう。
ただ本人が自ら望んで不健康になりたいというだけならどうぞご自由にですが、ただでさえ需要と供給のミスマッチによって逼迫している医療現場にこういった人々が大挙して押し寄せてくる、そしてさんざんドクターショッピングしてきた履歴を隠して「なんだか知らないが調子が悪い。体中を徹底的に調べてくれ」なんて要求するということになると、これは限りある医療リソースを浪費していると言うしかありません。
日本の医療は患者は病気で困って困って何とか良くなりたいと願っている善良な存在であり、無闇に我を通すものではなく節度ある受診態度を保っているはずであるという性善説的前提に立って制度設計されている部分があるようで、そこにこの種の方々が乱入して好き放題をやってくることはその他大勢の善良な医療の利用者にとってこそ大きな不利益であるということです。

このあたり、現代日本において医療とはサービス産業ではなく社会資本の一種であると考えるべきであるということなのですが、もちろんサービス産業としての医療を期待する人もいるのはいいとして、そうした人々は社会資本としての皆保険制度下での医療に乗らずに自由診療クリニックにでも好きに行ってくれという話ですよね。
ところが当の医療従事者の間でもそのあたりの認識が曖昧なところがあって、さすがにひと頃ブームになった「患者様」呼称の推進はさすがに顧客側からもあまりに馬鹿馬鹿しいと廃止になった施設が多いようですけれども、場末の公立病院などに行きますと未だに「お前ら俺たちの税金で食っているんだろうが!」なんてことを堂々とおっしゃる方々が、特にナ○ポの方などに大勢いらっしゃいます(苦笑)。
こうした方々の特徴は一度「特権的待遇」を許容されると前例踏襲でいつまでもそれを要求し続ける、場合によってはそうした特権が許される穴場病院に口コミでお仲間を呼び寄せるといったところにもありますが、日常診療におけるウソの対処などと同様に適切な顧客との距離感を保っていられない先生ほどこうした顧客の食い物にされてしまうというのはままあることです。
そう考えると社会資本として限りあるリソースをなるべく公平に分配するためにも、医療従事者は適切な節度をもって患者と接することが必要なんだろうなと感じますが、日本同様に医療リソースの逼迫しているイギリスにおいても似たような問題はあるのでしょうか、先日は今の時代らしくソーシャルメディア利用に関連してこんな指針が出されたということです。

医師は患者からの「友達リクエスト」の承認は控えるべき(2011年7月26日日経メディカル)

 英医師会(BMA:British Medical Association)は2011年7月14日、医師と医学生のためのソーシャルメディア利用の手引きをウェブサイト上に公開した。「医療従事者の多くが様々なソーシャルメディアを利用しているが、そこには本人または医療従事者全体に対する信頼を損なう危険性があることを十分に認識して、ウェブの世界でも立場をわきまえた振る舞いをしなければならない」と呼びかけている。

 あらゆる人々が集うFacebookやTwitterは、英国でも広く使用されており、医療従事者に限定されたブログやフォーラムなどの会員も増加している。そうしたソーシャルメディアの利用は、医師や医学生に様々な利益をもたらしているが、一方で、守秘義務違反、名誉毀損罪に問われるリスクや、医学生としての立場や医師としての職を失う危険性もはらんでいる、とBMAは言う。今回作成された手引きは、医師と医学生がソーシャルメディア使用により遭遇する可能性のある問題について概説し、以下のような実用的なアドバイスを提供している。

●ソーシャルメディアは個人の公的な面と私的な面の境界を曖昧にする
 友人と共有しようと思って公開した個人情報が、予想を超えた広範な人々の目に触れ、拡散していく可能性に気付いていない人が少なくない。医師の場合、患者が医師の個人的な情報を知ってしまうと、両者の関係が悪い方向に変化する危険性がある。また、医師の信用を失墜させる書き込みや不適切な写真などが所属医療機関に見付かると、処分の対象になる可能性もある。

●医師と医学生はプライバシー設定を保守的にすべきだが、それでもすべての情報が保護されるわけではない
 FacebookやTwitterなどは、プライバシーの初期設定または推奨設定を「あらゆる人がアクセス可能」にしている。アクセス制限をかけてもなお、自分の個人情報にどんな人がアクセスする可能性があるのかを念頭に置いて、それらを利用すべきだ。

●医師と医学生は、ウェブ上でも、患者の秘密を漏らしてはならないという倫理的、法的義務を負っている
 特定の症例について詳しく書き込む場合には注意が必要だ。患者の同意なしに本人の特定が可能な情報をウェブで公開すれば、故意でなくても、またあちこちに断片的に書き込んだ情報を総合すると患者本人が特定できるような場合でも、GMC(General Medical Council;患者の保護と医師への指導を目的とする英国の行政機関)の基準に基づく守秘義務違反となり、患者から法的な措置をとられる可能性がある。

●特定の患者または同僚に関する個人的な、または名誉を傷つけるコメントをフォーラムなどで公開してはならない
 公的な立場であろうと私的な立場であろうと、ウェブにアップしたあらゆるコメントに対して名誉毀損罪や侮辱罪が成立しうることに留意しなければならない。書き込んだ本人のみならず、医療従事者全体の信用低下を招く可能性もある。

●医師や医学生はウェブ上でも利益相反開示の義務を負う
 医療従事者のブログなどに特定の医療用製品を推薦する書き込みが見られるが、ウェブでのそうしたコメントについてもGMC基準が求める倫理的義務の順守が求められる。したがって、医療機関や製薬会社などとの関係を明記する必要がある。これは匿名のブログにも当てはまる。

●医師と医学生は、Facebookなどにおいて現在の患者または過去の患者から「友達リクエスト」がきても、承認は控えるべき
 「友達リクエスト」をしてきた患者には、それが医療従事者にとっては不適切な行為であると説明し、ていねいに断ることを勧める。診療の場以外での患者との関係は、様々な倫理的問題を引き起こす可能性がある。これまで、医師は専門家としてのみ患者に接してきたが、ソーシャルメディアの拡大によって、医師と患者の境界線が失われやすくなっている

●ウェブの中で自分がどのような印象を相手に与えるかを意識し、それが自分の立場に与える影響を推定しなければならない
 医学生は他の学部の学生とは異なる立場にあり、特定の権限を与えられている代わりに守秘義務なども負っている。また、ウェブでの差別用語の使用、違法薬物使用経験に関する書き込みなどにより退学を余儀なくされる可能性もある。

 

医療機関が医療従事者を募集する際にウェブ検索を行って候補者の書き込みなどを探し、選考の参考にしているという噂もあり、ウェブ上の不適切な発言によってキャリアに傷がつく可能性も出てきていることに留意すべきだ。

 以上に述べたような、医師と医学生が専門家として負うべき義務は、GMCのガイダンスに掲げられているが、ソーシャルメディア利用時には、それらは忘れられがちだ。ソーシャルメディア利用時の気のゆるみが、医療従事者への信頼を大きく損なう危険性があることを常に意識しなければならないと、BMAは注意を促している。

顧客に対する守秘義務などは当然ながらどのような場面であれ厳守すべき職業的義務というものですが、双方向性というソーシャルメディアの持つ特性がともすれば特定の個人なり団体なりに特権的地位を与えやすい、あるいはそうした誤解を招きかねないということが危惧されているのだなと思える話ですよね。
「医療従事者のブログなどに特定の医療用製品を推薦する書き込みが見られる」なんてことを言われると、例えば今どきよくある「ジェネリックには糞が多い」なんて愚痴も先発品メーカーを利する行為なのかと疑ってしまいますが(苦笑)、確かに掲示板などでも「○○社の製品はダメ、使うなら××社」なんて書き込みが続くようになりますと、思わず「工作員乙」と言いたくもなることはままあります。
「診療の場以外での患者との関係は、様々な倫理的問題を引き起こす可能性がある」というのもなかなかに含蓄ある言葉で、昨今では医療に限らずマスメディアやネット上で盛んに名前を売っている自称その道の大家な方々を目にしますけれども、広告規制されている日本の医療においては考えて見るとかなりグレーゾーンな行為ですよね。
別に意図してやった行為でなくとも、専門家のコメントとして引用されていく段階でそれなりの権威が付与されていくことはままあることで、何気なく書いた自分の一言が思わぬところで思わぬ形で使われていて驚いたという経験をされた方は今どき少なくないのではないでしょうか?

ネットに限らず個々の臨床の現場でのこととして考えても、一昔前の誰に対しても上から目線の古典的医師とは顧客の誰からも平等に遠いだけにおいそれと質問も出来ないような雰囲気があって、執刀医の大先生からの説明を黙って聞いた後で結局患者や家族が質問するのは一番下っ端の研修医相手だったなんてことは珍しくありませんでした。
近年の医学教育ではさすがにこんな態度は許されなくなっていて、その分一昔前の研修医以上に腰の低い医者が増えてきていることは実感しますが、患者が遠慮なく懐まで飛び込んできやすくなっただけに医者の側でも頃合いの間合いを計るという努力を必要とするようになっていますよね。
医学教育の現場では臨床実習などでも聞き分けの良い顧客がセレクトされ、あくまで患者とはいい人達であるという前提で学習が行われていますが、今どきあちこちの病院でモンスター対策の講習会なども日常的に開かれるようになってきた現状を思うと、そろそろ学部教育の段階から手強い顧客との関わり方を学んでおいても損はなさそうだなとも感じます。

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