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2011年7月25日 (月)

またもたらいが回され尊い命が犠牲に!

残念ながら今回スレタイの如き結果になってしまったそうなんですが、まずは記事から今回の事例を紹介してみましょう。

病院受け入れ拒否で男性死亡 千葉、7回断られる(2011年7月23日47ニュース)

胸の痛みを訴えて119番した千葉市若葉区の男性(88)が、六つの病院から計7回受け入れを拒否されて救急車内で心肺停止となり、約40分後に搬送先の病院で死亡が確認されていたことが23日、千葉市消防局への取材で分かった。

 市消防局によると、119番があったのは20日午前4時50分ごろ。約4分後に救急隊が到着し、市内外の病院に受け入れを要請したが、「満床」「患者対応中」などの理由で拒否された

 男性が心肺停止になったため再度要請すると、一度は断った若葉区の病院が受け入れ、午前5時半ごろ病院に到着したが、死亡が確認された。

病院受け入れ拒否7回 男性、救急車内で死亡 千葉市(2011年7月23日千葉日報)

 千葉市で20日、胸の痛みを訴え救急車を要請した男性(88)が、六つの病院で計7回受け入れを拒否されたあげく、車内で心肺停止状態となり、死亡していたことが22日、千葉市消防局への取材で分かった。搬送先が決まらない患者の“たらい回し”が問題となる中、県は今月、救急隊から病院への受け入れをより円滑にするための基準の運用を始めたばかりだった。

 同市消防局によると、20日午前4時50分ごろ、千葉市若葉区内の住民から「心臓発作で胸が痛い」などと119番通報があった。

 救急隊は約5分後に到着。男性に意識はあったが、命にかかわる状況と判断、受け入れ先の病院を探したが、同区内や同市中央区、美浜区のほか、四街道市の計六つの病院から「満床」や「患者対応中」「処置困難」との理由でいずれも受け入れを拒否された。

 搬送先が決まらないまま男性は同5時20分ごろに容体が悪化、心肺停止状態に。中央区の病院への再要請も断られ、結局、1番最初の要請で「満床」と拒否した若葉区の病院が受け入れ。病院収容は、救急隊の現場到着から約35分後の同午前5時半だった。男性は同病院で死亡が確認された。

 救急搬送時に受け入れ先が決まらない問題は全国でも相次ぎ、国は2009年、消防法を一部改正。医療機関への搬送をスムーズにするため、各都道府県に患者の搬送と受け入れに関する基準を作るよう義務化していた。

まずは亡くなられた患者さんに謹んで哀悼の意を表したいと思いますが、患者が発作と言ったというくらいですから心筋梗塞だったのでしょうか、地方などのケースで考えると35分というのは必ずしも非常に悪い数字でもないのかも知れませんが、今回不幸にして非常に急性の経過をたどられたということなのでしょう。
救急医療崩壊のマイルストーンともなった加古川心筋梗塞事件などでも辣腕を振るわれた功名心先生などの長年の尽力もあり(ちなみに功名心先生の神鑑定の素晴らしさに関しては新小児科医のつぶやきさんがまとめてくださっていますのでご参照ください)、全国津々浦々どこであれ最高レベルの医療が提供できないのであれば救急を受けるのは罪であるという認識が近年の業界内にすっかり普及してきたように思います。
以前であればちょっとそれはうちでは無理そうだけれども、でもとりあえず来て貰って診てみましょうかと能力、キャパシティ以上にがんばる先生や施設がいたものですが、そうした身の程知らずの無謀な施設はあちらでもこちらでも訴訟沙汰に巻き込まれ淘汰されていった結果、正しく功名心先生の求めるようなレベルの医療を提供出来る施設でしか重症例は受けない、受けてはならないというコンセンサスが成立してきたわけですね。

個人個人で見ればもちろん医者も様々な考え方の人間が存在しますが、集団を総体として見れば他のあらゆる職業と同じように「デメリットばかり多い仕事は避け、メリットの多い仕事を求める」という傾向は変わりませんから、救急医療のデメリットが増すばかりで一向にメリットが見えてこない現状では、今起こっているようなことは当たり前の現象に過ぎないと考えるべきでしょう。
医療に対する要求水準が極限まで高まり、助けられなければ罪とばかりに医療訴訟が一般化した時代にあっては医者もまず自分の身を守らなければなりませんが、万に一つも医療過誤があってはならないとばかりにゼロリスクを追及し続けることが、結局トータルとして見た自分達の利益につながっているのかどうかと言うことを国民の側ももう一度考えてみなければ、今後もこの流れはますます加速こそすれ変化することはないでしょう。
先日は消防庁からこんなデータが発表されていて、医療の常識は世間の非常識などとさんざん言われていた医療業界においても、ようやく世間並みに当たり前のことが当たり前に起こるようになってきたかという感慨もあるのですが、長年の世論に従った結果のごく自然な現象が今度は「たらい回し」だなどと世間の批判の対象になるというのですから不思議なものです。

救急車たらい回し過去最多 1年で約1万6400件(2011年7月22日テレビ朝日)

 重症患者の救急搬送で、3カ所以上の病院から受け入れを拒否されたケースが去年1年間で1万6000件以上発生し、過去最多となりました。

 これはいわゆる「救急車たらい回し」問題で、総務省消防庁の調査で明らかになりました。去年1年間で3カ所以上の病院から救急搬送を拒否されたケースは、前の年より3000件以上増えておよそ1万6400件に上り、過去最多を記録しました。なかでも10カ所以上の病院から拒否されたケースが727件あり、41カ所から拒否された患者もいました。受け入れ拒否の理由は、「手術中・患者対応中」や「処置が難しい」「空ベットがない」などが挙げられています。

受け入れ拒否、最多1万6千件=昨年の救急搬送調査-消防庁

 総務省消防庁は22日、昨年1年間の救急搬送の受け入れ状況に関する調査結果をまとめた。重症者で3回以上受け入れを断られた件数は前年比約3217件増の1万6381件で過去最多となった。同庁は「搬送件数全体が増えており、医療機関が対応しきれなかった部分があるのではないか」としている。
 調査は(1)重症患者(2)妊産婦(3)15歳未満の小児(4)救命救急センターへの搬送-の4区分(重複あり)について、東日本大震災により集計不能となった岩手県の陸前高田市消防本部を除く全国の消防本部を対象に実施した。
 10回以上受け入れを断られたのは重症727件、妊産婦18件、小児332件、救命救急センター搬送1467件。最も受け入れを断られた回数が多かったのは大阪府の救急患者のケースの64回だった。

すでに手がふさがっていたり能力的に無理だったりで対応も出来ないものを受け入れてはならないというのは、判例上も明確に示されたコンセンサスとなっているわけですが、こうして消防疔が「病院の拒否!」と世間に訴え、マスコミが「病院のたらい回し!」と報道する狙いがどこにあるのかということですよね。
患者を病院に置いてくればそれで仕事は終わりの消防救急とすれば、こうしたデータを次から次へと公表して「だから病院に患者を引き取らせる強制力がなければ救急は回らないんですよ」と世論を喚起したい狙いがあることは明白ですが、先の救急搬送ルール義務づけなどにも見られるように、その先にあるのは「救急受け入れ義務化」などという話になってくるのでしょう。
これが他の職業であればどれほどおかしな話に聞こえるか、例えば爆発物処理なんて技術は極めて高度な専門的知識と技量を有するものですけれども、とにかく自分に処理出来ようが出来まいが全例引き受けろ、失敗したら損害賠償だと言われて、そんな仕事をしたいと思う人間がどれほどいるだろうかと言うことです。
それでもまだしも報酬上報われるというのなら多少なりとも救いがありますが、ご存知のように救急など病院経営上の赤字部門であり、仮に今後多少なりとも報酬増額などと言ったところで当然総医療費抑制の観点から他の部分で削られ差し引き増収もあり得ない、ましてや仮に病院が増収となろうと現場で実際に汗を流しているスタッフの懐には一円も入らないわけですよね。

こうした状況で雇用主である病院側が「いいから黙って救急は全部受けろ!」なんてことを言い出せばどのような事態になるのか、全国の救急施設からスタッフの逃散が相次いでいるという現実が集団としての人間の自然な反応を示しているものと思われます。
もちろん個別に見て見れば裁ききれないような仕事も超絶能力で片付けてしまう超人的な医師であるとか、自分の身は犠牲にしてでも他人に尽くす献身的な医師もいるのかも知れませんが、そうした当たり前の人間からかけ離れた例外的な人々の存在を前提にしたシステムなど成立するはずもないということは、救急に限らない普遍的な社会常識ではないでしょうか。
ごく普通に家庭を持ち、一職業人として常識的な能力と誠実さをもった当たり前の人間である医師であっても燃え尽きることなく日々仕事が出来るような環境というものを考えていくと、近年あちこちで議論されているように救急医療引き受けを(実質)義務化するのであれば、それとワンセットで免責といったものも考えていかざるを得ませんよね。
その点で当面の実現性を考えると当の救急隊がそのモデルケースになると思いますが、例えば冒頭の千葉の事例など救急隊は搬送に失敗しているにも関わらず訴えられるということはまずほとんどない、万一有ったとしても救急隊員個人が司法的あるいは社会的な責任を問われるなんてことはなくて、奈良のように救急隊が搬送をしないで引き上げたなんて事例で裁判になっても訴えられるのはあくまで組織であるわけです。
救急は訴える対象ではないというコンセンサスがある程度成立していることも含めて、結局こういうのは親方日の丸の強みなのかなと思うのですが、そう考えると免責などと言う当面の実現性が乏しそうな話がやはり無理だと言うなら、とりあえずこじれた救急は社会的責任としても経営上の観点からも公立の施設で受ける、そしてその結果何かあれば必ず組織として国なり自治体なりが責任を取るというのが当座の道なのかなという気もします。

実際に自治体レベルでERを設立しようなんて動きは見られ始めていて、まずは患者を受けて初期治療を始める、そして必要に応じて上位あるいは下位医療機関に患者を振るという救急医療の司令塔としての機能も期待されているわけですが、現場の士気と医療の水準を保つためには機械的に医局人事で回すような外れくじの職場にしてしまってはいけないはずですよね。
もちろんそうした病院に勤める医師はノルマとして救急をやらされる形になるわけですからきちんと手厚く報いるのは当然として、こうした場は若手医師の修行場所としても機能させる(と言いますか、それくらいしかメリットは提示できないでしょう)ということを住民コンセンサスとして受け入れておかなければ運用は難しいかも知れません。
ただ現実問題として見ますと医者を守るどころか、「先生、患者様から訴えられたそうですね。病院には関係のないことだから先生個人で解決してください」なんてことを平然と言い放つ公立病院が幾らでもあるというのが、医者が先を争って公立病院から逃散し地域の医療が崩壊している一番の問題のような気もするんですけどね…

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コメント

未だに「たらい回し」と言い張ってるマスコミがいることが驚きだが

投稿: aaa | 2011年7月25日 (月) 09時54分

各社の風向きを知る上では一定の指標にはなるかと>たらい回し表現

投稿: ぽん太 | 2011年7月25日 (月) 18時32分

ひと頃あちこちで電突してる人もいたくらいですから、それでもたらい回しと言っている会社はよほど腰を据えてると見ておくべきでしょうね。

投稿: 管理人nobu | 2011年7月26日 (火) 12時24分

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