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2011年7月27日 (水)

大野事件の加藤先生はじめ、当事者が語ったそうです

大野病院事件で散々な目に遭われた加藤克彦先生が日医総研のシンポジウムで当時の状況を語ってくださっていますが、あれだけの目に遭いながら今も地域周産期医療に尽力されているというその熱意には本当に頭が下がります。

大野病院事件無罪の加藤医師「不安だった」(2011年7月15日CBニュース)

 「裁判期間中はとても不安で、いつまで続くのか本当に心配だった。この状態が続けば、産婦人科医として臨床の場には戻れないと考えていた」―。2004年の「福島県立大野病院事件」で06年に逮捕・起訴され、08年9月に無罪が確定した加藤克彦医師は7月24日、日本医師会総合政策研究機構(日医総研)主催のシンポジウムで、当時の状況や心境について語った。

 加藤医師はまず、事件で亡くなった患者に哀悼の意を表明。また、臨床現場に復帰して3年目となり、現在は地域周産期医療に取り組んでいることを報告した。
 加藤医師は術中に患者が亡くなったことを「主治医として大変つらい出来事だった」と振り返り、身柄拘束中のことについては「実際は思い出したくもないというのが本音だ」と述べた。取り調べは精神的につらいもので、「いわゆる寿命が縮むという感じ」だったという。

 加藤医師によると、身柄拘束中の初めの4、5日は「7番」という番号で呼ばれ、その後は「先生」と呼ばれるようになった。電気カミソリは共用。歯磨きに使うコップは発泡スチロール製で、食事の際にも同じコップを使用した。入浴は週2、3回だった。
 拘束中に筆記用具を借りたところ、「先端が丸くなっていて、ペン先が2-3ミリしか出ていないようなボールペン」を渡された。「いわゆる自殺防止のペン。こういうところまで気にしているのだなと当時は思った」(加藤医師)。
 拘束中はほとんど1人で過ごしたが、ずっと監視されているような状況だった。拘束が解かれた後に尋ねてみたところ、自殺させないよう厳重な監視が命じられていたという。

 加藤医師は08年8月20日に福島地裁で無罪判決を受け、同年9月4日に無罪が確定した。裁判が終わるまでは、一切診療ができない状況だった。「この2年半はとても長くて、知らないことが次から次へと起こって、現実味が薄くて、まるで異国の地で過ごしているかのような状態だった。無罪になってほっとした」と加藤医師は語った。

こうした場合の体験談としても貴重な証言というべきですが、確かに骨身を惜しまず頑張った挙げ句にこの仕打ちでは心が折れそうになるのも当然で、よく現場に復帰する気になったものだなと改めて思わざるを得ませんが、逆にいえば警察がそこまで加藤先生の自殺を警戒していたというのが当時の先生の心境を想像させるようにも思います。
このシンポジウムでは各方面から演者を呼んでいるのですが、見ていますとまさしく時代を反映した人選だなと思える内容であったようで、特に著名な各事件の当事者が語ったところなどは聴衆の心にも訴えるところがありそうですが、問題は医療の信頼をうたいながらこれが広く大衆に開かれたものではなく極めて限られた対象へのシンポジウムであったということで、実際に会場の様子を見てもガラガラですよね。
こうしたところからも医師会がいったい何を目指してこうしたシンポを開いたのかということが、今ひとつ徹底されていないんじゃないかという気がします。

「刑事裁判は医療安全に寄与せず」- 大野病院事件など3事件の当事者らが訴え (2011年7月25日CBニュース)

 日本医師会総合政策研究機構(日医総研)は7月24日、「更なる医療の信頼に向けて―無罪事件から学ぶ―」をテーマにしたシンポジウムを開催した。シンポジウムには、医療界に大きな議論を呼んだ2001年の「東京女子医大事件」、1999年の「杏林大割り箸事件」、2004年の「福島県立大野病院事件」の当事者らが参加。医療事故を刑事裁判化しても医療安全には寄与しないとして、専門家による公正・中立な調査などの必要性を訴えた。

 シンポジウムではまず、東大法学部の樋口範雄教授が基調講演した。
 樋口教授は、複数の刑事裁判で無罪判決が出た今も「制度の根幹は全く変わっていない」と強調。現状の法システムは「制裁型」で医療安全に資するところが少ないと指摘し、原因究明・再発防止に向けた仕組みをつくるべきとの考えを示した。その上で、▽刑事責任の追及は悪質な事例に限る▽行政処分は医師中心で行う▽第三者機関をつくり、院内調査委員会と協調・競争させる―ことなどを提案した。

 続いて、3つの事件の当事者らが講演した。
 東京女子医大事件で罪に問われ、無罪が確定した佐藤一樹医師は、「刑事責任を追及することは、医療安全の阻害要因にもなる」などと指摘。また、同大が作成した事故調査報告書は当事者を全く無視したものだったとして、報告書の発表に当たっては、▽事例調査を終える前に当事者から意見を聞く機会を設ける▽(事故調査)委員会の意見と当事者の意見が異なる場合は、その要旨を別に添付する-ことが絶対条件だと強調した。

 杏林大割り箸事件で罪に問われ、無罪が確定した医師の指導教授だった長谷川誠医師は、「善意に基づいた医療行為の結果については、刑事責任を問わないという概念が社会に定着することが大事だ」と強調。医療の停滞を防ぐため、民事訴訟についても「何らかの法的な制限はやむを得ないのではないか」との認識を示した。

 大野病院事件で弁護人を務めた平岩敬一氏は、「警察に届けても、専門的な医療行為について判断する知識も能力もない」と指摘。医師法21条を速やかに改正し、医療行為についての届け出は廃止すべきだと強調した。また、専門家の不在を問題視し、専門家を中心とした公正・中立な第三者機関による原因究明と再発防止に期待感を示した。
 無罪が確定した加藤克彦医師は、「裁判期間中はとても不安で、いつまで続くのか本当に心配だった。この状態が続けば、産婦人科医として臨床の場には戻れないと考えていた」と当時を振り返った。

 その後のパネルディスカッションでは、医療事故が刑事裁判となることの問題点についてさまざまな意見が出た。
 東京女子医大事件で弁護人を務めた喜田村洋一氏は、「裁判ですべての事実が明らかになることはまずない。医療事故を防ぐということにおいては、何の意味もない」と指摘。長谷川医師は、「教え子(担当医)は強力なバッシングでほとんど人生を棒に振った」と述べ、医師のキャリアへの影響を問題視した。
 大野病院事件で特別弁護人を務めた澤倫太郎氏は、医師逮捕のインパクトの大きさを強調し、「医療現場では、教育も含めて熱意ある医療をやれと言えなくなった」と萎縮医療の実態を指摘。加藤医師は、「一般的に逮捕イコール有罪と考えられるため、有罪という目で見られるのはつらかった。患者側も(被告人が)無罪になれば落胆はかなり激しい。いいことは双方にとってない」と述べた。

世間の常識に疎いと悪評高い医者の世界でもおかげさまで近年は司法のシステムに対する理解も進んできていて、さすがにこれら大事件が連発していたひと頃のように刑事訴訟と民事訴訟の区別もつかないまま「裁判所はケシカラン!」などと大騒ぎするような状況ではなくなりましたけれども、冷静になって周囲の状況を改めて見つめ直してみると結局「制度の根幹は全く変わっていない」ということなんだろうとは思います。
もちろん明白な犯罪行為などはともかくとして、通常の医療行為の範疇を対象とした過度の責任追及が医療崩壊助長は元より、医療の改革なり改善なりに対してポジティブな意味がないらしいということは先日取り上げました警視庁の医療事故担当である白鳥容疑者ですら認めている(?)くらいですし、少なくともこの問題に関心のある人々の間ではそろそろコンセンサスとして成立してきているのかなという印象を受けます。
ただ制度上はやはり何かあれば司法の場で白黒をつけなければならない状況は続いていて、それが昨今多少なりとも改善されているように見えるのは大野事件無罪判決を踏まえて警察庁長官が「医療行為への捜査については判決を踏まえ、慎重かつ適切に対応していく必要がある」とわざわざ言及するなどした結果、単に運用上の工夫によって改善されてきているだけに過ぎないということでしょう。

民事訴訟などもひと頃医療が絡むと何でもかんでもあり得ないような巨額賠償じゃないかと言われるような状況であったものですが(ただし、客観的データからは必ずしも医療にだけ厳しい判決というわけでもなかったようです)、ああした状況も医療に対する社会的批判の高まりを受けてとにかく弱者である(ということになっている)患者救済に医療は金を出せという姿勢を反映したものだったと思われます。
それが昨今ではそうしたトンデモ判決がJBMとして世間に拡散し、あるいは現場の士気を落とすなどして医療崩壊が進行してきた事の方が問題視される時代になってきたことで、司法の方でも空気を読んだかのような判決が相次ぐようになってきたというのは、司法判断と言うものがかなり恣意的に運用されているということを示しているとも言えそうですよね。
もちろんそもそものスタートが一通の鑑定書にあったとも言われる大野事件にしてもそうですが、トンデモ判決の陰には必ずトンデモ鑑定書ありと言われるわけで、注目されるような裁判が相次いで医療業界全体が鑑定という行為の持つ意味をようやく理解し始めた結果、「俺なら治せた!」の功名心に駆られたような輩ばかりに任せていては医療が危ないという危機感を持つに至ったのは良いことだとは思います。

民事訴訟に関してはさすがに国民に等しく認められた権利である以上「何らかの法的な制限」はさすがにおいそれとは難しいでしょうが、少なくとも医療側から見てこれはトンデモだろうと思えるような判決がなくなれば大いに違ってくるはずですから、まずその前段階として単に特定の誰かにとって都合が良いだけのトンデモ鑑定を書くような鑑定医は認めないという業界内部でのコンセンサスが求められるでしょうね。
例えば業界で自主的に司法鑑定専門医(仮称)なんて資格を制定し、司法関係者ともよく意見交換をした上で現場と司法の双方の実情に精通した鑑定が出来る人材を認定していくということが出来れば最善ですが、それが出来なくとも症例検討などとは全く違う鑑定あるいは法廷での証言といった場合の作法に関する基礎的な教育は、これからの時代に診療に従事する医師にとって必須のスキルとなりそうです。
医師会などもおもしろくもなければ日常臨床にも役立ちそうにない形ばかりの生涯教育なんてものに精出すばかりではなくて、こういった世間で求められている部分についてもっと教育の場を設けていけば、まだしも役にも立ち感謝されることもあるだろうにと思うのですけどね。

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コメント

私、シンポジウム参加しましたが2階席まで満席でしたけど?

投稿: | 2011年7月30日 (土) 20時07分

それは何よりでした。

投稿: 管理人nobu | 2011年7月31日 (日) 19時27分

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