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2011年7月 5日 (火)

今の若手医師はなってない?

少し前の記事ですけれども、日経メディカルで「若い医者のここがおかしい」という記事が掲載されていたのを改めて拝見しました。
タイトルからすると顧客から見た医師像の変化のようにも思える記事なんですが、実際にはベテラン医師から見た「最近の若い者は」といった内容で、結論としてはとにかく今は昔とは医者気質も違うということになるのでしょうか。
昨今は社会全体においてもいわゆるゆとり世代が問題視され始めていますけれども、その中でも中~下位層のみならず最近では知的エリートと呼ばれる一流企業においても新入社員のレベル低下が嘆かれているのだそうで、比較的に高難易度と言われてきた医学部卒の学生達にも同じような傾向があると記事では記載されていますが、確かに学生気質なども随分と変わっているのは誰しも感じるところですよね。
本日まずはこちらの記事から彼らベテラン医師の嘆く「最近の若い者のどこがなっていないか」という部分を抜粋させていただきましょう。

最近の若手医師ってどうですか?(その1)ベテラン医師562人に聞いた(2011年6月20日日経メディカル)より抜粋

 若手医師の振る舞いや行動パターンを見て、年配医師はどう感じているのか。45歳以上のベテラン医師を対象に実施したアンケートの結果から、彼らの理解しがたい行動や考えに戸惑っている人が多い実態が明らかになった

 「医師としての使命感を持つ若手が少なくなった」「上級医に物を聞く態度がなっていない」──。

 病院医師や大学教授などを取材すると、若手医師に対するこんな意見を時々耳にする。聞けば、最近の若手医師の行動や考え方についていけないという。自分の考えが古いのかと逆に悩む人もいる。
(略)

 本誌がベテラン医師562人に聞いたアンケート(2ページの調査概要参照)では、若手医師の行動や勤務態度に対して違和感や不満を抱くことが「頻繁にある」とした人が10.7%、「時々ある」が59.6%に上った(図1)。約7割のベテラン医師が日常的に不満を抱いている結果となった。

 具体的な行動では、「叱責や批判に弱い」(49.1%)点に違和感や不満を持つ人が最も多く、「仕事よりプライベートに比重を置く」(47.9%)、「礼儀作法が身に付いていない」(44.8%)、「指示されたことしかやらない」(41.3%)などがそれに続いた。豊田氏によれば、「こうした傾向は、一流企業に就職した優秀な若者に対する批判と共通する部分が多い」という。

 これに関連して聞いた自由意見には、さらに生々しい若手医師の実態が寄せられた。まず、「叱責や批判に弱い」タイプのエピソードから。

叱責や批判に弱いのが最大の特徴

 「理由もなく不機嫌になり、ふてくされる。一度厳しく怒ったら、病院に来なくなってしまったことがある」(45歳、市中病院)

 「怒鳴られたりちょっと頭を叩かれたりすると、院長や研修部長らに言いつける。研修医は大事なお客様という病院の方針があったので、苦虫をかみ潰す思いで我慢し、いなくなるのを待った」(54歳、市中病院)

 若者が叱責や批判に弱くなったのは、学校教育や少子化などの影響だといわれる。1980年代、知識重視型の詰め込み教育への批判が高まり、褒めて育てる、子どものありのままを“個性”として認める教育に移行していった。叱られたり否定されたりすることなく社会に出た結果、これまで経験したことのない叱責に遭うと戸惑ってしまうというわけだ。少子化で子どもを大切に育てようとする親の増加、兄弟間でけんかをしたり遊んだりする中で社会性を育む機会の減少なども影響していると考える向きもある。

 医師の間でも、同様の意見が見られる。上記のような問題のある若手医師を生み出す社会的な背景は何かを今回のアンケートで尋ねたところ、「学校教育の変化」(60.7%)、「家庭環境の変化」(56.6%)を挙げた人が目立った。

 具体的な意見としては、「医学部に入るような子どもは、『認めて育てる』方法で教育されており、失敗したり、叱られる経験がないと感じる」(47歳、診療所)、「医学部入学の難易度が上がり、教育も入学目的に特化した教育を受けているせいか、それ以外の日常生活を、必要以上に切り捨てている」(59歳、市中病院)といったものがあった。

最近の若手医師ってどうですか?(その1)ベテラン医師562人に聞いた(2011年6月21日日経メディカル)より抜粋

 「仕事よりプライベート重視」「横柄」「EBM偏重」「指示待ち」――。ベテラン医師にアンケートで聞いた若手医師の勤務態度には、マイナス面が目立つ。その一因として、新医師臨床研修制度を挙げる声もあるが…。

医師がサラリーマン化

 「仕事よりプライベートに比重を置く」タイプも増殖している。

 「喘息重積発作の患者にステロイドの全身投与を開始したのに、効果判定せずに帰宅した。救急患者の入院を連絡したら、定時だからと帰っていった」(52歳、市中病院)

 「受け持ち患者が急変しようが、休日や夜間は決して来ようとしない」(51歳、市中病院)

 「『夜呼ばれて働いたのだから日中は休みたい』『当直の翌日はオペから外してほしい』と言われた」(65歳、市中病院)

 昔だったら口にするのもはばかられるような言葉を平然と発することに驚き、手を焼いているベテラン医師は少なくないようだ。

 こうした傾向は、医師のサラリーマン化が進行していることの表れともいえそうだ。若者の行動や生態についての著書が多数ある精神科医の香山リカ氏は、「最近は『フツー』の医者が増えた」と語る。「昔は威厳に満ちた、特権意識を感じさせる医者が多かった。しかし、今の若手医師と話をすると、医師という職業をさほど特別な存在と考えていない」と話す。

 こうした変化がもたらされた一因には、医師の社会的地位の相対的な低下がある。医療事故や医師による不祥事などがマスコミで取り沙汰されるのと並行して、人々の権利意識の高まりなどにより、医師と一般の人の間の垣根が低くなった。

仕事よりプライベートを重視するタイプも増殖中

 さらに、医師の家系の子息など、昔はごく一部の層しか医師になれないという意識が世間では強かったが、近年はサラリーマンの一般家庭の子息が医師になる例が数多く見られる。それに伴って医師は特権的な職業ではなくなり、普通の職業と認識される傾向が強まっていると考えられる。

 結果、若手医師たちは、普通の“労働者”として「昇給」や「休暇」を公然と求めるようになった。医療に対して「ドライ」にコミットするようになるのも自然な成り行きで、ワークライフバランスやプライベート重視の傾向はこの流れに沿うものだ。

 実際にベテラン医師もそう捉えていることがアンケートからも読み取れる。こうした若手医師を生み出した、医療を取り巻く環境の変化について聞いたところ、「医療訴訟の増加」(58.5%)、「モンスター患者の増加」(48.6%)が上位に入った。これらは、患者の権利意識の高まりと理解できる。

 自由意見に寄せられた、「患者が医療を単なるサービスと思うようになり、若手医師もそれでいいと開き直ってしまい、崇高な精神がなくなってサラリーマン化した」(51歳、診療所)という意見は象徴的だろう。
(略)
 一方、注目したいのは「知識や能力が不足していると思うか」という設問で、「そう思わない」が「そう思う」を上回ったこと(Vol.1の図2を参照)。ベテラン医師は、若手の能力を評価はしているのだ。これも、「頭脳は優秀」と評価される一流企業の若者たちと一致する傾向といえるだろう。

 また、問題のある若手医師を生み出した一因として、新医師臨床研修制度を挙げる声も多い。若手医師に影響を与えた医療を取り巻く環境の変化として、「医師育成方法の変化」を挙げた人は、実に48.9%に上った(1ページの図4参照)。

 「新臨床研修制度により、若手医師が勝手な考えで行動するようになった。医局に属さず自分の価値観で病院や診療科を選び、上級医の教えより文献の知識を優先する」(54歳、行政)などの意見があがった。

自身で研修先を選べるようになったため若手医師の権利意識が高まったり、診療科のローテートによりわずか数カ月で指導医が変わり、上下関係が築かれにくい環境となって礼儀が欠如するとは、この制度の弊害としてよく指摘される点だ。
(略)
肯定的な意見もあり

 ここまで厳しい意見を紹介してきたが、若手医師を評価する声も少なからずある

 最近の若手医師で頼もしいと感じる点を聞いたところ、圧倒的に多かったのは、「ネットやパソコン、携帯電話に詳しく情報リテラシーが高い」「文献検索などが早く、知識も豊富」「新しい機器などを使いこなすのがうまい」という意見。そうして得た情報を現場で生かそうとする姿勢に、頼もしさを感じる意見が多いようだ。

 このほか、「基本的には真面目、勉強熱心、素直な人が多い」「仕事とプライベートのめりはりがある」などの意見もあった。

 また、「若手医師の真摯な姿勢には、上級医師として参考になる部分が多い。むしろ、若手医師の成長面を見ずに批判ばかりしている上級医師にこそ、改善が求められているように思われる」(47歳、市中病院)というように、ベテラン医師の姿勢を問う声も見られた。
(略)

ま、様々な意味でさもありなんと思うような指摘が並んでいて、確かにその通りと思えるところも少なからずあるのですけれども、ここで注目されるのはベテラン医師としても若手医師が馬鹿だとは思っていない、むしろその高い潜在能力は認めていて、その方向性が間違っているという指摘をしているように見えることですよね。
彼らが間違っていると考えている部分を拾い上げてみると、「叱責や批判に弱い」「仕事よりプライベートに比重を置く」「礼儀作法が身に付いていない」「指示されたことしかやらない」と言った声が多いということですが、プライベート優先や礼儀作法の不足などは結局のところベテラン医師からすると「医師らしくない」「医師の権威(自分達の権威?)をないがしろにしている」と見えているということのようです。
正直今現在ベテラン医師と呼ばれている方々と言えば、まさに「白い巨塔」などと社会的批判を浴びてきた旧体制の医療教育を受けてきた方々であって、そうした方々とは違うということが一概に悪いことではないようにも思いますけれども、記事の後段にも指摘されているように医師を単なる一職業として捉える傾向は最近の若手に着実に根付いている様子ですよね。
逆にいえばベテラン医師にとって医師とは単なる一職業ではない、何かしら特別な存在なのだという認識があるということなんですけれども、ちょうど先日プライベートの方面で長年お世話になっているある老先生と茶(酒)飲み話をしていた折りに、まさしく彼らにとっては医師とは特別な存在だったのだなと思わされるような話が聞けたので紹介しておきましょう。

ちなみにこの先生、その専門の方面では国際的にも名のある方で、アカデミックのみならず臨床方面でも長年第一線で活躍されてきた方なんですが、何しろ仕事上の付き合いではなくあくまでもプライベートな関係ですからこちらも平素から全く遠慮がないもので、本来なら恐れ多い大先生に思わず好き放題に突っ込みまくってしまったわけです(笑)。
それはそれとして、先年定年を迎えて以来急性期は引退して今は研究中心にやっているその先生が昔の付き合いから頼まれて200kmも離れた場所まで週一の当直バイトで老人病院に行っているそうで、まあこういう先生まで当直に駆り出さなければならないというのもどうなのかなんですが、それはさておき当然入院されている患者さんは80、90代の寝たきりの方々ばかりなんですね。
普通急性期と比べるとこうした慢性期の病床ではそれほど日常的にバタバタと大慌てするようなことはなく、医者一人あたりで比較的多くの患者を受け持つということも日常的に見られる光景なんですが、それにしてもとっくに還暦も過ぎた先生が「いま患者を60人ほど持ってるんだが」なんてことをさらっと言うのだから誰だってびっくりしますよね。
え?週一の非常勤でしょう?なぜそんなことになっているんですかと聞いてみますと、もちろんお約束のようにそちらの病院でも常勤医が辞めたりで医師不足という事情もあるそうなんですが、その代わりに入って来た新任のドクターがもうそのまま入院した方がいいくらいのもの凄いお年寄り先生なんだそうです。
実のところこれも良くある話で、実際に常勤医がずっと病室で暮らして(入院して?)いるなんて施設もままあるのですが、それにしても一応常勤なのだから多少なりとも患者は受け持つだろうに、何故そんなに先生だけが患者を抱え込むことになったんですかと聞くと、その新任の老先生がとにかく医者として信用出来ないから自分としては患者を預ける気になれない、だから彼に回るはずの患者は全部自分が診ているというんですね。

もちろんそんな御高齢ですから元々活発に働くわけにもいかないでしょうが、それ以前にそもそもカルテを書かない、ごくたまに書いても「変わりなし」とか書いている、カルテにそんなことを書くようなレベルの医者に患者を預ける気にはなれないと真顔で言われれば、それはもちろん法令上は毎日回診を行いカルテに遅滞なく記載しないといけないわけですからハァ、そうですか先生も大変ですねと頷くしかありません。
それでもその老先生がカルテ記載を充実させる代わりに例えばベッドサイドで患者さんと接することに時間を費やしているとか言うのであれば、それはそれで有りなのではないですかと問うと、いや、奴はそんなことはしない、そもそも病棟に顔を出さないしまともな検査も処置もしてない、だから俺が全部一から検査をして診断も治療も全部書き換えてやったと言うんですが、ここで気になったのはその施設が慢性期の御老人ばかりを扱っている施設であるということです。
おそらくは月額幾らの定額払いだろうこの手の施設でそれをやると経営的な問題も発生しそうなんですがそちらは黙っていることにしても、確かにその老先生は実際に臨床能力に乏しいのかも知れませんが、でもそういう施設に患者を預けているご家族は果たして先生の行っているような「正しい医療」を望んでいるんでしょうか?とは思わず問わずにはいられませんでした。

これは全くの余談ながらよく知られている事ですが、1948年にWHOが保健憲章というものを制定した時、その前文によって「健康とは、完全に、身体、精神、及び社会的によい(安寧な)状態であることを意味し、単に病気でないとか、虚弱でないということではない。」という健康の定義が明確にされました。
今見ても戦後間もない時期らしい非常に理想主義的で高尚な定義であるとは思うのですが、しかしそれでは生まれつき障害を抱えた人は決して健康になれないのか、事故や疾病で体のを損なってしまった人は二度と健康には戻れないのかという素朴な疑問もまた提出されることになったのですね。
健康とはいったい何であるのかということは今もたびたび議論になるようですが、健康とはその人その人にとっての望み得るベストの状態であると考えれば寝たきりの御老人であってもその人なりの健康というものがあり、そして「変わりなし」と言うしかない毎日が続いている、だから彼らに必要なのは不健康な状態を健康に戻すためのcureではなく、健康を少しでも維持するためのcareであるという考え方もあるわけです。
それは人生何十年も生きてきた人々であれば探せば幾らでも病気は見つかるでしょうが、それは全て漏らすことなく掘り出さなければならないと考えるよりも、総合的にご本人とご家族の望む看取り方を迎えられるようにした方がよほど多くの人々が幸せになれるだろうし、医学的には邪道かも知れませんが正しい医療とはそういうもんなんじゃないかなと自分などは思うのですけれどもね。

そこで先生、そういう患者さんは今まで散々濃厚な医療を受けてきて、今はただ安らかに最後を看取るためにそういう施設に入っている方が多いのでしょう?やはりご家族ともよく治療方針を確認しながらやるのがいいんじゃないですか?一生懸命治療をして患者を助けたみたはいいが、ご家族は「ああ、これでやっと楽になれると思ったのに」と密かにため息をついているかも知れないですよ?と突っ込んでみました(我ながらよく言いますが)。
そうすると「いや君は何を言うんだ、家族の意見など医者の話し方一つで幾らでも変わるものじゃないか。そんなあいまいなものによって医療を曲げるのは間違っているんだよ」と、今の時代の医療の考え方からするとちょっとそれはどうなのよという確信に満ちた答えが返ってきたのですね。
この後もまさしく前掲の記事にあるような「テンプレ通り」の若手医師批判が繰り広げられ、「今の医者はなっていない。医者を単なる仕事かなにかだと思っている」(ちなみにこの先生、僻地と言って良い地方の実家を出られ、奨学金を得ながら非常に苦労して旧帝を卒業された方です)「最近の医者は訴訟対策だと自分の身を守ることばかりでなっとらん」等々、それぞれ激論になったのですが今回は割愛しておきます。
いずれにしても「同僚の仕事が気に入らないから担当患者60人」といい、今の時代にあって貴重な絶滅危惧種を見たという話なんですが、こういう話を聞きながら結局のところ顧客満足度というものに対する視点や扱いの違いこそが、古い先生方のやっている医療と今の医者の医療との一番の差なのかなという気がしたものでした。

思うにこの先生に限らず一部の(?)ベテランの先生方の中には非常に確固とした「医師とは、医療とはこうあるべき」という一つの理想像とでも言うべきものがあって、医師にとっての実臨床とはその理想像に少しでも近いものを実現させようとする行為そのものであるということなのでしょう。
だからこそその理想像からかけ離れている若手医師は、例えその能力は認めてたとしても主義主張として受け入れられないということなのでしょうが、医者という人種は世間の連中とは違う別な何かであるべきだという考えは「医者の常識は世間の非常識」などとずっと以前に批判され、少なくとも医療に金を出す側の立場からは否定されてしまったものだと思うのですけれどもね。
そもそも顧客である患者と価値観を共有する普通の人間であるからこそ顧客のニーズを汲めるわけで、相手の目線にたっての配慮の先にこそ顧客満足度の向上があることを思えば、「当直がしんどいから翌日くらい休みたい」と考える普通の人間が医者をやるのはケシカランと言う発想こそ根本的に間違っていたんじゃないかという気がします。
医者は医学的に正しい医療行為を追求することこそまず第一義的使命であるという考え方は一見非の打ち所がない正論に見えるからこそ扱いが厄介なのですが、顧客満足度の向上という観点に立てば別に前述のような慢性期の医療に限らず、急性期においても必ずしも正しいわけではないと言えるんじゃないでしょうか。

例えば外来をしている先生の中にどんなささいな病気に見えても非常に丁寧な診察をして、見つかりにくい疾患もわずかな所見から拾い上げてしまう先生というのは確かにいらっしゃるし、それは確かに尊敬に値すると思うのですけれども、しかし経営的にみれば診療という行為自体にお金が出ない体系になっている以上、それが良い診療なのかというと別問題であって、まして患者の側から見るとどうでしょう。
例えばちょっとした鼻風邪であれわずかな切り傷であれ「いや何もそこまで」と言うほど丁寧な診療をして99%の病気を見つけ出してしまう先生がいる、しかしその先生は非常に丁寧な仕事ぶりであるが故に一時間に3、4人ずつしかさばけないものですから、患者はいつも行列待ちで何時間も待たされるわけです(ちなみに、日本以外の諸外国の外来のペースというものはおおむねこのレベルだと言いますね)。
一方こちらは90%ほどしか診断の確度はない「粗い」診療をしている先生がいる、けれどもこの先生は一時間に15人も20人も診てしまうものですから患者はさして待たされずにすむとなれば、トータルで考えてどちらが医師としての専門技量をより大きな社会貢献に結びつけていると言えるのでしょうか?
もちろんこんな模式化した構図は事実の一面を現すことしか出来ませんが、日本の医療の現状を見た上で医療の目的は他の客商売と同様、顧客である患者さんの希望を実現するよう務めることであると定義し直してみれば、医学的には正しいはずの行為も必ずしも正しい医療とは限らないことがあるということはお判り頂けると思います。

日経メディカルさんではこの続編として当の「今どきの若手医者」による座談会も掲載されていて、この記事などを見てみてもとにかく昔の先生と今の先生とでは良い悪いではなく見ている世界が違う、そして恐らく目指しているものも異なるということがよく判りますが、ではその昔と違ってきているということがすなわち批判されるべきことなのかどうかですよね。
昨今医療の世界も色々と改革が叫ばれる中で○○のような医療など断固として認められないという反対の声がよくあがる、もちろんそれが顧客の望むものではないからという視点での批判は当然あってよいことですが、それがあるべき正しい医療ではないからという理由での反対であるとすれば、それは言葉は悪いですが医者だけに通用する自己満足ではないかと外からは批判される危険性があるということです。
還暦も過ぎてなお患者60人を抱えているという件の先生を始めとして、事実昔の先生は道徳的にも人間的にも確かに立派な尊敬されるべき方々が多かったのかも知れませんが、人として素晴らしい医師が素晴らしい医療を提供できるかと言えばこれまた別問題なのですから、今の若いものはなっとらん!と言うのであればそれが上司にとって不愉快だからという理由からではなく、顧客の側から見てどうなのかという視点で検証されるべきでしょうね。
執刀医の大先生には何も言えない患者でも、下っ端の研修医には本音を漏らしてくれるなんて話は昔からあったもので、ベテラン上司から見て「こいつはとんでもない!医者失格だ!」と思えるような先生も案外患者から見ると良い先生だったということもないとは言えずかも知れませんから、日経メディカルさんには是非ともそういった視点での検証も引き続き行ってもらいたいものだと希望しておきます。

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コメント

ゆとりゆとりと言いますが、ゆとりだから批判されているだけでもないように思うのですが。
若年者が全般的に何に対しても執着がなくガツガツしなくなっている気がします。
親の世代は一番リッチな時代の日本で生きてきた人達だというのが関係しているのでしょうか。

投稿: 通りすがりのただの人 | 2011年7月 5日 (火) 14時51分

いつの時代も年長者の言うことはいっしょですね
この人達の世代が世間の評判は一番悪かったのに

投稿: 若輩者 | 2011年7月 7日 (木) 17時36分

頭ごなしにしかることがよいのでしょうか。上司には逆らわないのが美徳なのでしょうか。経験値では遠く及ばないので文献提示すればよいと思っていたのですが、それも間違いなのでしょうか。アメリカで短期間病院見学をしましたが、ひたすら研修医にしゃべらせています。そして最後に訂正するなり、納得するなりしています。言われたことしかやらないのは自主的な行動をいかんとする風潮を作っているからではないのでしょうか。
医師の職業としての美徳もおかしな話です。医学部では患者と対等になることと教えられ、目線や椅子の角度などが試験に出ました。昔みたいに回診の際は家族は追い出され、ベッドの上で上半身裸で全員待っている時代(聞いた話です)がよかったのでしょうか。
まぁ、私も30年後には近頃の若者はなっとらんと言っているかもしれませんが…。

投稿: 田舎病院研修医 | 2011年7月29日 (金) 04時29分

さすがにあまりにひどい指導医は今の研修システムですと淘汰されていくと思いますが、おもしろいのは旧態依然とした先生方でもそれなりに一部顧客層には需要があるということです。
端から見ていると「それは何十年前の治療だ?!」と思うようなトンデモ診療ばかりでも、そういう時代を生きてきた人達にはなじみ深くて安心するのかも知れませんね。
顧客満足度から考えれば別にそういう先生方の存在が必ずしも悪いというわけではなく、そういう人達が「俺様が全て正しい。もし俺様が間違っていると思ったら(略」状態であることが悪いということでしょう。
自分の出来ること、自分の方がうまくやれることを十分承知した上で、適宜後進に仕事を任せることもまた上司としての能力であり先輩としての度量だと思いますけど、そういうの下手な医者が多いのも困りものです。

投稿: 管理人nobu | 2011年7月29日 (金) 07時33分

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