« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

2011年7月31日 (日)

今日のぐり:「活魚回転寿司 いわ栄(いわさか)」

先日の中国鉄道事故では発表よりも大勢の犠牲者が出ているのではないかと噂されていますけれども、その背景には本当にこんな事情があるというのであれば笑えない話ですよね。

<中国高速鉄道事故>「死者は35人どころではない」 中国政府、情報操作体質あらわに(2011年7月26日大紀元)

 【大紀元日本7月26日】「脱線・落下した6つの車両は満員時には600人乗れる。新華社の数字に基づいて計算すると、600-211(負傷者数)ー35(死亡者数)=354人。この354人はどこに消えたのか?なぜ慌てて埋めたのか?」

 浙江省温州市で23日に起きた高速鉄道の追突事故で、高架橋から落下した先頭車両が24日午前、重機で粉々に砕かれ、土中に埋められた。政府が公表した死傷者数に強い疑念を抱く中国のネットユーザーらは、事故車両という物的証拠と一緒に、真実の死亡者数も闇に消されたのではないかと政府の対応を厳しく非難している。ポータルサイト網易だけで、約28万のユーザーが自らの怒りを関連記事のコメント欄にぶつけている。

 世界を驚かせた今回の追突事故の生存者捜索は、事故が発生してから約5時間後の24日朝2時に打ち切られ、朝4時には中国中央テレビ(CCTV)に、「現場にすでに生存者がいる兆候がない」との字幕が流れた。その後、6つの車両の切断作業が開始され、午前7時半過ぎには、ショベルカーが先頭車両を砕き始め、その残骸を現場に掘った穴に埋めた。

 ところが、同日夕方5時ごろ、切断作業中に2歳の女児が事故車両から発見され救出された。「もっと生存者がいるのではないか」「証拠隠滅のために慌てて事故車両を処分し、生存者も死亡者も十分に探していなかったのではないか」「生存者がいるかもしれない車両を重機で解体した作業は殺人に等しい」などといった疑問と憤怒の声がネット上で渦巻いている。

 同24日深夜、事故後丸1日が過ぎて、ようやく記者会見を開いた鉄道部(省)の王勇平報道官は、先頭車両を埋めたのは、「地面がぬかるんでおり、機械を現場に入れるための危険回避の措置だ」と弁明した。また、女児の発見について、王報道官は「これはただの奇跡だ」と答え、早いタイミングでの切断作業は間違った判断ではなかったかと記者に問いただされた際には、「このことはすでに起きた、としか言いようがない」と言葉を濁した。

 一方、新華社通信は24日夜、死者35人に加えて新たに8人の遺体が見つかったとする英語版の記事を配信したが、王報道官が記者会見で「私が把握している情報は35人だ」と述べ、報道内容を事実上否定した。負傷者も211人と報じられたことに対し、192人と説明した。

 事故後、「35人は訳あり数字だ」と書き込むユーザーがいた。「今回の高速鉄道は35人死亡。河南省平頂山の炭鉱事故も35人死亡。重慶市の暴雨による死者も35人。雲南省の暴雨被害も死者35人。『35』のカラクリを教えよう。実は、死者36人以上の事故が起きた場合、市の共産党委員会の書記が更迭されることになっている。そのため、事故が起きた当初から死亡人数は35人以下と決まっていた」

 そんな中、事故が発生した温州市の各病院では治療を受けている負傷者のリストが張り出されている。福建省福州に住む林さんは、親戚3人を探しに温州市の各病院を訪ねている。「全部回っても見つからない。みんな心配している」と焦りを見せていた。温州市手足外科病院の医師は本紙取材に対し、「1人の入院児童は衝突で肺が圧迫され治療を受けている。子どもの母親は見つかったが、父親は今も見つかっていない」と証言している。

メディアに対し「慣例」の報道規制

 世界に衝撃を与えた高速鉄道追突事故の翌24日、中国の4大政府メディア、人民日報・経済日報・光明日報、解放軍報のトップページはいつもの「和諧」一色で、事故についての報道はなかった。

 中国国内の有名なコラムニスト・姫宇陽氏はミニブログで、「この4つの新聞は世界の新聞博物館で名をあげるべきだ」と揶揄し、「人民」と銘打つ新聞が、数十人の人民が死亡した重大な災難を無視していることを、全世界に見せるべきだと綴った。

 一方、日本の4大メディアが揃って高速鉄道事故をトップニュースとして報道していることについて、姫氏は、「鉄道部の専門家はまた、日本人が人の災難を喜んでいると言い出すだろう」と指摘し、「その論理でいくと、9・11や東日本大震災、ノルウェーの乱射事件についての報道も、世界中のメディアはみな喜んでいたということなのか」と鉄道部の体質を批判した。

 一方、ドイツ国家放送ドイチェ・ヴェレによると、中国のメディア関係者は24日、今回の追突事故について、中国共産党中央宣伝部(中宣部)が独自報道を控えるように国内メディアに通知したことを明らかにした。通知では、「メディア各社は鉄道部が発表した情報を順に発表するものとする。各地のメディアは記者を現場に派遣してはならない。各社は傘下のすべての新聞とウェブサイトをしっかり管理し、高速鉄道に関連するリンクを制限しなければならない。反省報道はしない」と通達されている。

 また、同24日、インターネットでは情報筋の話として、中宣部は追加通達をしたとの情報が流れている。その内容は、▼死傷者数は権威部門の発表に基づく▼報道頻度を控える▼市民の献血やタクシー運転手が搬送を支援するなどといった感動的な出来事に焦点を合わせる▼事故原因を掘り下げない、権威部門の発表に準ずる▼反省と評論を避ける、というものだという。一連の中宣部の報道規制は、民間メディアが政府の責任を問う声を封じ込める狙いがあるとみられる。

 さらにドイチェ・ヴェレによると、事故翌日の24日、鉄道部が「内部協調会議」を開き、国務院の張徳江・副総理と鉄道相の盛光祖氏も顔を出したという。同会議への取材は、新華社と中央テレビ(CCTV)を除き、会場に駆けつけたメディア各社のほとんどが断られたという。会議終了後、盛光祖氏がメディアを避け、会場を後にしようとした時に、数名の記者がその行く手を阻み、小競り合いになった。盛氏にツバを吐いた女性記者もいたという。

 国内の時事評論家・童大煥氏は事故後、詩を書き下ろした。

 「中国よ、すこし立ち止まってくれないか。あなたの人民を待ってください。あなたの魂も追い付いていない。あなたの道徳も置いていかれている。あなたの良識も息切れしている。

 もう列車を脱線させないで。橋も崩れ落ちることがないように。道路を陥没させないで。家もおからのようにボロボロと崩れないように。

 ゆっくり歩こうよ。すべての命に自由と尊厳を与え、すべての人が『時代』というレールから『落下』しないように。すべての人が無事終点に辿りつけるように」

 そんな思いが届くこともなく、土中に埋められた事故車両を横目に、事故が発生して20時間後の24日午後4時36分、同高速鉄道の運転が再開された。

本当に責任問題で36人目以降の犠牲者が無視されたというのであればこれはとんでもないゴシップですけれども、ネット上では現場映像で破壊される車輛の中に遺体が見えたという噂が飛び交うなど未だに騒ぎは収束する気配を見せません。
今日は中国鉄道事故の犠牲者に哀悼の意を表して、同国から「ちょっとそれはどうなのよ?」と思われるあり得ないような話題を紹介してみようと思いますが、まずは日本でも今大問題になっている節電の件についてのニュースです。

中国の節電対策がヤバすぎるほど頑張っている。(2011年7月13日秒刊サンデー)

節電節電と言われておりますが、やはりクーラーなしではいられないのが現実。だが少しでも気を使って設定温度を28度に。会社にもよるが、クールビズを取り入れて少しでも涼しく過ごそうと頑張っている『頑張ろう日本』ですが、お隣中国は更に過酷な節電対策を行っているようだ。見てみると、もはやヤケクソレベルだ。

日本なら、クーラーの設定温度を下げる等の努力はしているのだが、中国は違う。
まず、クーラーなど使わない。扇風機をフル活用し消費電力を下げる。そして日本とは比べ物にならないほどの超クールビズで、少しでも熱を放散。

また仕事は、風通しの良い廊下では電気を付けず扇風機で頑張る。頑張るというよりも、うなだれているようにしか見えませんが、彼らなりの暑さ対策なのかもしれない。

実はこの施設は大学寮で、クーラーはあるものの、止められており利用できず、住人らが扇風機や、廊下で寝ることで暑さをしのいでいる。日本であれば暴動が起きるレベルなのですが中国ではもはや恒例行事なのでしょうか。当たり前のように寝そべっている人が多い。

しまいには、室内にビニールプール。
節電はいいが、節水にはなっていない気もしないでもないのですが、電力を使わないという
意味合いでは有効なのかもしれません。

ちなみに、クーラーを使わず扇風機を使いまくれば結局意味無いのでは?と思うかもしれないが
クーラー1台で、扇風機40台分だと言われている。

これを見習い、日本でも節電対策に力を入れたいところだが
『頑張ろう日本』・・・このフレーズが、東北の為ではなく単なる『節電対策』のスローガンにしか聞こえなくなってきたのは気のせいだろうか。

元記事の方にその実態を示す多数の写真が添えられているのですけれども、しかし何と言うのでしょう、何やら築地あたりの魚河岸の光景を連想させるようなところもありますでしょうか、節電の効果はともかくもはや生産性などという言葉とは縁遠い世界が広がっていますよね…
少し前に福島県で耳のないウサギが発見され、すわ被爆の影響か?!と一部で大きな話題になったものですけれども、さすが偉大なる中国ともなると平常時からそんなレベルでは済まされません。

【速報】中国で耳のないウサギが誕生、しかも3匹も(2011年6月17日ロケットニュース24)

中国・重慶で耳のないウサギが3匹誕生し、話題となっている。この2匹を生んだ母ウサギは、これまで多くの子を産んでいるのだが、今回のようなケースは初めてで、飼い主も驚いているようだ。

このウサギに関する情報は、イギリスのメディア「Skynews」が報じているものだ。それによると、重慶市北部の城口県のとある村で、誕生したばかりのウサギ3匹に耳がないというのだ。

この事実に村人たちは驚いており、飼い主もまたこのようなことは過去に例がないという。村人のうちの1人は「多分、遺伝的変異なんじゃないかな」と、語っているそうだ。

最近、福島県浪江町で耳なしのウサギが誕生し、インターネット上で話題となった。一部のユーザーからは「原発事故の放射能の影響では?」との意見もあったのだが、中国のウサギも放射能の影響というのだろうか?いずれにしても、驚くべき事実であることに違いない。

リンク先には耳はなくとも十分に!可愛らしい動画も紹介されているのですけれども、一度に三匹というのは突然変異にしても単なる自然現象とはちょっと考えにくいような低確率になりそうにも思うのですけどね…
こちらはあらかじめ言っておきますがいささか心臓にもこたえるニュースですのでご注意いただきたいと思いますけれども、何しろそんなこともあるのかという驚きとしては最上級ではないでしょうか。

切れた高圧送電線がプールに落下、子供多数が感電死の情報―天津(2011年7月20日サーチナ)

中国天津市河北区〓(門構えに虫)江路のプールで14日午後、付近の高圧送電線が突風で切れて水中に落下し、泳いでいた児童らが感電死した。鍋の中の水ギョウザのように、児童らが一斉に浮き上がり、恐ろしい光景だったという。海外の中国語ニュースサイト、博訊網が20日伝えた。

  消息筋によると、死者の大部分は夏休みを迎えたばかりの児童と保護者で、数十人に上ると。けが人は「中医第2付属病院」、「第三病院」などに搬送された。現地の政府関係者の間では、かん口令が敷かれているという。(編集担当:中岡秀雄)

いや、元記事直訳であるらしい「鍋の中の水ギョウザ(水餃)のように」って、確かに判りやすいんですけれども、もうちょっとだけ別な表現の仕方はなかったのか…と思ってしまうのですが、同様のクレームがついたのか日本語版ではその後穏健な表現に訂正されているようですよね。
中国と言えばパクリ天国としても有名で、先日は取り締まられた偽ブランド品の実に85%が中国からのものだったというEUのレポートが出ていましたが、もはやそのパクリ技術は芸術の域にまで達しているようです。

店舗まるごと偽物の「偽アップルストア」、中国に出現(2011年7月20日engadjet)

中国といえばいまや世界の工場であると同時に、コピー商品など模倣に対する意識がいわゆる先進国とはちょっと、いやかなり違うことでも知られています。その中国は雲南省で、アップルストアを店舗丸ごとコピーした「偽アップルストア」が見つかりました。

リンク先 BirdAbroad の著者が報告しているのは、雲南省昆明で通りかかった「Apple Store / 苹果商店」。いわく、急速な経済の発展とともにスターバックスやらH&Mなどのグローバルブランド店舗が至るところに進出する中国だけに、昆明のような都市にも見慣れたアップルストアが開店したのか、と店内に入ってみたところ、例の青いTシャツのスタッフから製品ディスプレイ、内装までアップルストアそのものでありながら、ところどころに奇妙な点が見つかります。

続きやリンク先の写真を見ると分かりますが、ほとんど間違い探し的な違いはたとえばスタッフの名札に個人名がなく「Staff」だけ、看板にアップルロゴだけでなく「Apple Store」の文字がある、どころか「Apple Stoer」表記もあるなど。実際にアップルの公式サイトを調べると、中国には現在北京と上海に4店舗しか本物は存在していません。

さらにすばらしいのは、ストアの店員に話を聞いてみたところ、自分が本当にアップルの従業員だと信じていたという点。もはや中国製の偽物どうこうではなく、偽ロサンゼルス市警的な不条理世界観すら連想させられます。リンク先の報告を読み進めても、やはり新規店舗というだけで本物のアップルストアなんじゃないか?と半信半疑な気分ですが、著者は店舗を出た後、徒歩で10分以内にさらに2軒の偽「Apple Store」を発見したとのこと。偽アップル製品を製造し店舗を運営する偽アップルそのものが存在しているのかもしれません。

本当に101%偽物か?について。アップル直営の本物のアップルストアは現在4店舗しかなく、開店はそれなりに大きく通知されるため可能性は相当に低いと考えられます。アップルからなんらかの許可を得たパートナーの可能性については、アップル中国公式のリストには昆明のオーソライズドリセラーが存在しているものの、店内写真をみるかぎり、日本やその他の国とおなじくはっきりとリセラーであることを示す内装やサインになっており、直営アップルストアの模倣は許されていません。「公式リセラーが暴走して直営店そっくりに改装して、かつアップル側にまだ気付かれていないタイミング」といった可能性を除外すれば、直営店そっくりすぎる故に偽物であることを主張していることになります。(BirdAbroad の報告するもう2軒については、" TWO more rip-off Apple stores."を見かけたとのみ書かれおり、どこまで確認したかは未詳)。いずれにせよ、現地のアップルに直接照会中です

追記:「中国の直営アップルストアは現在4店舗」をアップルに再確認。つまり昆明のこれは確実に偽物。

ちなみに続報によればその後の当局の調査により昆明市内で5店舗の偽アップルストアが発見され、うち2店舗が「市内で営業する際の認可に問題があった」として営業停止になったそうですが全部営業停止にしろよと言いますか、偽アップルストアであること自体は問題視されていないってことなんですかね???
中国国内で多発する「まさかそんなものまで!?」な爆発事故自体はもはや今さらのことで、現地日本人からは「チャイナボカン・シリーズ」などと呼ばれているそうですけれども、爆発したの壊れたのというだけでなくその後の処置が怖いとしか言いようがないのがかのお国事情であるようです。

6階建て集合住宅倒壊で専門家「残った部分にはまだ住める」=中国(2011年7月22日サーチナ)

 黒龍江省ハルビン(哈爾浜)市で21日早朝、集合住宅の約4分の1が倒壊した件で、中国地震局工程力学研究所が派遣した被害調査チームは、「残った部分には安心して住んでよい」との考えを示した。中国新聞社が報じた。

 建物が崩れたのは同市南崗区革新街にある6階建ての集合住宅。建物の端の約4分の1の部分が倒壊した。住人2人が午前3時半ごろ、壁に亀裂が発生し、大きくなっているのを発見。他の住民に呼びかけて避難したため、死傷者は出なかった。住人らが建物を出てから約1分で、本格的な倒壊が始まったという。

 倒壊した部分の屋根が、倒壊しなかった部分から突き出る形で残った。危険なので撤去作業が始まったが、21日午後0時すぎ、作業員1人が落下して重傷を負った。命綱を付けていたが、切れた。命に別状はないという。

 被害調査チームは残った建物を調べ、「亀裂は生じていない。建物の構造も安定している。住人は恐がらなくてよい。これまで通り、安心して住んでよい」との考えを示した。(編集担当:如月隼人)

いやさらっと「これまで通り、安心して住んでよい」なんて言ってますけれども、無理!このどう見ても崩壊しきっている状況を見るだけでも絶対無理!という状況は明らかなんですが、何しろ何もなくても橋が倒壊しようが「美観重視で強度は考慮してなかっただけで、手抜きじゃないです」なんてことを言っちゃう国だけのことはあるんでしょうね。
そういう中国の建築事情を知っているとさらに怖さが増すというのがこちらのニュースなんですが、まずは記事を紹介してみましょう。

見晴らしバツグン!? 中国の崖っぷち工事が怖すぎる(2011年6月27日ロケットニュース24)

中国湖南省で行われているある工事が「怖すぎる!」と海外で話題を呼んでいる。

岩壁に観光客用の「道」を建設する作業なのだが、あまりの光景に見ているこちらが怖くなってしまうほどだ。

建設といっても、道は幅90センチほどの木でできており「取り付けている」といった感じ。断崖絶壁で仕事をする作業員たちはかなりの軽装備に見え、木の板もかなり薄いようだが彼らは恐怖を感じることもなく日々働いているという。

現段階では、板と板のあいだに多くの隙間があるため完成まではまだ時間がかかるものと思われるが、完成すれば全長約3キロメートルとなり、岩壁の歩道としては中国でもっとも長いものになるとのこと。

多くの観光客が訪れると見込まれているようだが……大惨事だけは起こらないようにしていただきたい。

元記事の方を参照頂くとその素晴らしい状況が一目瞭然なんですが、よろしいですか?前述のような建築業界の常識がまかり通っている国でのこの状況であるわけで…たかが観光の目的でこれに命を託せますかね。
少し前に中国を訪れた日本の子供が大人用小便器をつま先立ちで利用していたという例を取り上げ、「子供ですら床にこぼさぬよう配慮する、これが民度というものだ」と絶讚していた中国ブログが話題になっていましたが、それでは本家中国式では子供はどのようなトイレ利用をしているかが理解出来るのがこちらの記事です。

中国の子供 股割れズボンはき便意催したらどこでも用たせる(2011年2月10日NEWSポストセブン)

世界中でトラブル頻発の中国人観光客。特にそのマナーの悪さは想像を絶している。ジャーナリストの吉村麻奈氏がレポートする。

* * *
2005年にオープンした香港ディズニーランドは5周年を迎えた昨年、のべ2000万人以上の入場客を数え、うち4割以上が大陸からの客に支えられているが、同時に彼らのマナー違反の問題はオープン当初から指摘され続けている。

特にトイレ以外で子供に大小便をさせる、ゴミのポイ捨てなど汚物に対する感覚の根本的違いは、他国の観光客を駆逐しかねないインパクトだ。

「中国の地方では幼児に股が割れているズボンをはかせて便意を催したら、どこでも用を足させる光景をしばしば見かけますが、同じことをディズニーランドでもやってしまうわけです。ある航空会社の中国線の客室乗務員から聞いたのですが、機内の通路に大便が落ちていて騒ぎになったこともあったそうです」

と話すのは北京在住の日本人コンサルタントだ。

観光立国を目指そうという観光庁や各観光国政府は、大金を落とす中国人観光客を誘致しさえすれば観光収入が上がって満足なのかもしれないが、観光は一種の民間外交。国の外交と同様、訪れる方も迎える方も国としての文化と誇りを背負っている。

その国として背負う文化と誇りを一向に尊重してもらえないどころか、札束で叩き壊そうとする輩には、毅然とノーと言う場面も必要ではないだろうか。外交にも観光にもそういう姿勢が欠けていては、ただの拝金国家に成り下がる。

いやまあ、中国人はトイレにだらしないとはあちらこちらから伝え聞く話ですけれども、4000年の歴史を誇る伝統文化と言うのでしょうか、ここまで用意周到に粗相をやっているというのは何とも驚きますよね…
最後に控えますのはある意味でもっとも怖いかも知れないニュースですが、まずは記事を御覧頂きましょう。

少女漫画のような大きすぎる瞳を持つ中国美少女…恐怖を感じると話題に(2011年6月30日Pouch)

自分も少女漫画のヒロインみたいに瞳が大きかったら良かったのになあ! なんて、パチクリおめめに憧れた少女時代。だけど、やっぱり普通が一番かもしれませんよ。

少女漫画のなかから飛び出てきたような、中国人の美少女が人間離れしていると話題になっています。

彼女の名前はKOKO(ココ)。手足や体型がひょろりと長く、余分なところはひとつもないといった小顔には誰もが衝撃を覚えるはず。しかし、彼女のすごいのはこれだけではない。一番の特徴は目鼻立ちにあるのです。

まるで少女漫画や美少女イラストのように、大きすぎる瞳! なんと、顔の3分の1程も占めています。もともと大きい目だったのかどうかは定かではありませんが、メイクによってさらに瞳が大きく見えているようです。美少女漫画をリアル3次元にしてはいけないようです。

鼻も、もともと高いようですがシャドウを入れることで、より細く通った鼻筋に見えています。顔が不自然に細く見えるのは、髪の毛に顔の両端が隠れているためでしょうか。

話題となっている中国の掲示板では、「おそろしすぎる」「幽霊みたい」「死の恐怖を感じた」など、怖いという意見が圧倒的。また、画像加工説も飛び交っていますが、彼女が自ら携帯電話などで撮影した動画もアップされているので、真偽の程は定かではありません。

どれくらいもの凄いかはリンク先の驚嘆すべき映像の数々を御覧頂ければと思うのですが、ご存知のようにかねて中国のプリクラには強力すぎる画像補正機能がついていると話題になっていて、一見するとなんだ、またかよという話なんですよね。
ところが今回の場合明らかにプリクラとは思えない日常生活の一コマといった写真がほとんどで、しかも動画においても全く破綻なく同じ状況が映し出されているというのですから、これは本気でそういう人種なのか?と誰しも半信半疑になってしまいます。
しかしまあ、いずれにしてもここまで来ると確かに漫画的な意味での美少女ではあるのでしょうが、実際的な意味ではどうかと言えば…もはやキモチワルイとしか言いようがないような気がしないでもないですかね。

今日のぐり:「活魚回転寿司 いわ栄(いわさか)」

今どきの回転寿司と言えば100円均一の低価格が売りと言う店と、下手な一般店並みの高価格で質を売り物にする店とに完全に二分化されてきた印象がありますが、その中でもとりわけ「高い」と評判の?回転寿司があると言う噂を聞いて話のネタとして行ってみました。
倉敷市の東部にあるお洒落な中庄団地界隈の一角に店を構えるそのお店がこちら「いわ栄」さんで、見た目は別に高いようでもないごく普通の回転寿司じゃないかと思いつつ店内で行列待ちをしていたのですが、トイレに足を踏み入れると個室内にエアコンが装備されていたのを見て「もしや普通ではない?!」と感じてしまいましたね。
まあそれは半分冗談としても、いろいろと店内の能書きも多いのも回転寿司そのもので見た目はそう変哲もないんですが、本場静岡産(この時期良いのか悪いのかですが)の粉茶を始めとして食材に気を遣うこともさることながら、こちら職人手握りだというのが一番の売りなんだそうですね。
回転寿司なのに手袋を使わないのがこだわりなんでしょうか、見ていますと確かに普通にシャリ桶から握っているらしいので本物なのでしょうが、とりあえず席についてお勧めという品を中心に例によって同行者とシェアしながらつまんでみました。

真っ先に口にしたカンパチをひと噛みふた噛みして飲み込み、ああこれは確かに普通に寿司だ(笑)と思わず納得してしまいましたが、おすすめというしまあじなどもいいねと思えるもので、これは最近の回転寿司で食べた中では一番の当たりですよね。
秋刀魚なども嫌味のないすっきりした味が楽しめるもので、正直今まで刺身よりは焼いた方が断然うまい魚と思っていたものを思わずおかわりしてしまったくらいですし、岡山県特産という黄ニラの握りなども青ニラほど癖がないので口直しにも程よく、カワハギなども上に肝が載っているのが嬉しいですね。
これまたおすすめというイサキなどはイサキとしてはまあ普通なんですが普通にうまい、炙り穴子はタレが気持ち好みよりも甘口なんですが、食感味とも回転寿司レベルではないと言える仕上がりですし、この時期高級食材としても食されるはもなども上ではないが水準と言える仕上がりで、このあたりのレベルであればどこの回転寿司と比べても負けるものではなさそうです。
一方で炙り中トロは回転寿司のマグロは外れの(超個人的な)法則が当たってしまったのでしょうか、少しガス臭さが残るのがきつい仕上がりですし、炙り海老などは下品な焦がしマヨネーズのトッピングがないほうがよかったかなというところ、うまき巻き(う巻きの太巻き)などはスーパーなどでありがちなタレの味だけの鰻ですし、海老フライ巻きは海老の味よりも衣の食感だけで出来上がっているようなものです。
仕上げにいただいた玉子L(並みの卵より大きい握り)はまあ普通かなというところでしたが、総じてさすがに職人が握っていると言うべきでしょうか、そもそもシャリがちゃんと食べられる味である上にどの寿司もネタとシャリとのマッチング、握りの塩梅はきちんと寿司として成立していて、この店のレベルであればネタ選びを間違えなければ何を食べても合格点をつけられるのではないかと思いますね。

しかし振り返ってみますと普通のネタをあしらった握りは十分うまいと言える水準にあるのに、いかにも回転寿司らしいメニューの方が外れが多いというのは何やら興味深い現象で、そう考えると普通の寿司屋が敢えて回転スタイルを取り入れていると考えるべきなのかとも思うのですが、それじゃ何故普通の寿司屋じゃいけなかったのかと考えた場合に回転とはそもそも客層が違うという現実を無視出来ませんよね。
いくら庶民的な価格帯であっても普通の寿司屋においそれと子供連れの若いファミリーは入れないですから、回転寿司という段階で実態はなんであれごく普通の庶民の贅沢と言うアイコンが成立している、そして何より客の回転も早く総合的な顧客単価もたぶん高いはずで、なにしろ回転寿司でなければこれだけの行列は出来なかっただろうと考えて見ると、今の時代ならあえて回転と言う意味はあるんじゃないかと言う気がしてきます。
接遇の方も確かに回転寿司っぽいんですが、フロアリーダーは割合しっかりした人で全体を見えているし、きっちり指示は出せているからそれなりに回っているようで、もちろん食器鳴りまくり店内駆け回りまくりで庶民的喧騒に溢れていて、まともなお店なら思わずお客も眉をひそめるところですが、まあこの飾りようがない賑やかさ慌ただしさも回転寿司の持ち味の一つでしょう。
ちなみに噂に聞いた値段の方はもちろん回転としては高価格帯なんですが、ネタの選択にもよるのでしょうけど特に高いと言うほどのこともないのかなと言う感じで、これはいかにも回転的なメニューは回転の相場で出していると言うことでトータルの価格が低くなっているということなんだと思います(もっとも、その分マグロなどの高いネタのコストを転嫁できないという問題も出てくるのでしょうけどね…)。
いずれにしても内容からすると十分にお値打ちと言える味だと思いますし、何より寿司を気軽に誰でも食べていただける店と言うのは回転の本来のコンセプトの体現とも言えますから、話のネタにも一度立ち寄ってみるだけの価値はあるように思いますね。
(付記:ネットの情報によりますとこちら、岡山市にある「岩手川」さんの系列店なんだそうですが、こちらもお値打ちの値段でうまい料理が食べられると人気のお店であるそうで、機会があればお邪魔してみたいと思います)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月30日 (土)

批判されているのはマスコミの方であることに気付きましょう

先日こういう記事が出てネット上での批判を浴びていましたが、まあマスコミの取材現場に立ち会った経験がある人なら誰でも首肯できるような内容ですよね。

「あいつら避難所にクルマで乗りつける」被災者が朝日に怒る(2011年7月28日NEWSポストセブン)

 東日本大震災関連でお涙頂戴記事を繰り返していたのはどのメディアも同じだが、“天下の朝日”は一味違っていた。記事からにじみ出る傲岸さと、想像力の欠如。朝日新聞の「がんばろう」が、被災者の胸にむなしく響く。文筆家・今井照容氏が指摘する。

 * * *
 朝日新聞は市井の人々の生活感情を土足で踏みにじることも厭わない。東日本大震災に際し、社名入りの腕章を巻いた記者が恥も外聞もなく被災地を闊歩していた。いったい腕章を巻いていることにどんな意味があるというのか。

 私が被災地入りした4月に小名浜港で知り合った被災者のひとりがつぶやいた。漁業関係者だという。

あいつら避難所に毎日、クルマで乗りつけて来るんだけど、避難所の手前でクルマを降りるといった配慮がねぇんだよ。社名の入った腕章をつけているから新聞社の人間だということはすぐにわかる。オレはお前らとは違うんだぞ、偉いんだぞと言わんばかりに歩いている

 要するに被災地を腕章が胸を張って歩いているのだ。あの腕章は朝日新聞が被災者の痛みに対する想像力を欠いた象徴に他なるまい。腕章を巻いている限り、被災地を俯いて歩かざるを得ない者の生活に寄り添えるはずもなかろう。これが東京にいて被災地を妄想する「デスクワークの英雄」になるともっと悲惨である。

 4月25日の天声人語は被災者が体育館でカップ麺をすする姿に「高級割烹を営む」料理人の「体育館で吸い物を飲んでもうまくない」という言葉を思ったと書いている。

「避難所の13万人が待ちわびるのは内輪の食卓に違いない」「薄くても壁があり、メディアの目が届かない個室に、集まれるだけの家族がそろう」「そんな当たり前のだんらんを許す仮設住宅を早く、と叫びたい」と続く。

 市民運動出身の政治家が総理大臣に就任するや否や赤坂の高級料亭で晩飯を取るようになったこの国の新聞に相応しく、天声人語氏も高級割烹に足しげく通っていらっしゃるのだろう。

 しかし、忘れては困るが年収300万円以下が人口の4割を超えている中、朝日新聞の読者といえども、その大半は天声人語氏言うところの高級割烹の味なんぞ知らずに生涯を閉じるに違いない。それとも、だからこそ高級割烹の味を知っていることを自慢し、朝日新聞の高給ぶりを自慢でもしたかったのだろうか。

 私に言わせれば天声人語氏は、被災者はもちろんのこと、市井に生まれ育ち、比喩ではなしに汗水流して働き生活し、やがて老いて死ぬという生涯を送る「ただの人間」の喜びや悲しみに対する想像力を決定的に欠如させているのだ。しかも、そのことに無自覚だ。

 避難所となった体育館で仲間とともに味わう吸い物は言うまでもなく、「余震に揺れる照明の下で、寒風の中で、当座の命をつないだ」おにぎりや菓子パン、自衛隊やボランティアによる炊き出しの「善意の湯気が立つ豚汁、激励のスパイスが利いたカレー」の旨さは、その感動とともに生涯にわたって記憶に刻まれる味になったのではなかろうか。仮設住宅に入居してから実現する「内輪の食卓」でも味わえない旨さだ。庶民の暮らしにおいては、そういうことがあり得るのである。

 天声人語で紹介された高級割烹を営む料理人にしてからが、被災し、体育館での生活を余儀なくされたならば、そこで供される吸い物を涙を流しながらすするのではあるまいか。朝日新聞の天声人語氏のごとき「デスクワークの英雄」であれば尚更のことだろうて!

 朝日新聞は東日本大震災の大量の報道で、「ただの人間」の生活を織り込んでいないことを露呈してしまったどころか、むしろ市井に息づく「ただの人間」を積極的に隠蔽してしまったのだ。6月に大槌町を訪れた際に聞いた被災者の声が忘れられない。

がんばろうって言うのはポスターとか新聞、テレビの中だけの話だよ。街を威勢よく歩いているのはボランティアの人たちだけでね」

 何故に朝日新聞をはじめとしたマスメディアはこうした声を切り捨ててしまうのか。一度、社名入りの腕章を捨てて街に出てみるがよい。これまでと違った世界が眼前に開けるはずだ。

彼らの浮世離れした感覚というものはその実態が知れるにつれて世の中の批判を浴びているのは今さらの話題で、先日も毎日新聞などは「近ごろ死亡記事が面白くない」からもっとお葬式ライブを望みたいという記事を書いて、「毎日正気か?!」とネット上での大批判を浴びたところです。
新聞に限らずテレビなども俗悪化が著しいのは相変わらずで、先日は「このご時世に電気もお金も無駄に使い放題」というフジテレビの「27時間テレビ」で参加者総参加による「いじめライブ中継」があまりにひどすぎると関係各方面が大炎上するという騒ぎがありましたが、そのフジテレビと言えばかねて「韓流」を猛烈にプッシュしていることで知られるところですよね。
そのフジテレビに対して業界内部の人間からもとうとう「それっておかしいんじゃないの?!」と声があがったということが先日以来話題になっていますけれども、まずは第一報の記事から紹介してみましょう。

高岡蒼甫「ここはどこの国だよ!」 韓流ドラマばかりのテレビ局批判(2011年7月25日J-CASTニュース)

 女優、宮崎あおいさんの夫の俳優、高岡蒼甫(そうすけ)さんがツイッターで、韓流コンテンツを多く放送しているとしてテレビ局を批判し、ネット上で波紋を広げている。

 高岡さんは1日に数十回も投稿するなど、以前からかなり積極的にツイッターを使っていて、政府のエネルギー政策を批判したりと芸能人らしからぬ内容もたくさん投稿していた。

■フジテレビは「今マジで見ない」

 そして2011年7月23日に、突如「正直、お世話になった事も多々あるけど8は今マジで見ない。 韓国のTV局かと思う事もしばしば。しーばしーば。うちら日本人は日本の伝統番組求めてますけど。 取り合えず韓国ネタ出て来たら消してます」と投稿。

 「8」とは、関東地方での8チャンネル、フジテレビのことではないかと思われる。韓流コンテンツがテレビで放送されない日はない昨今だが、フジテレビも平日昼間に3時間に亘って韓流ドラマを放送するなどしている。

 高岡さんはその後も「日本だからねここ 日本の番組をやって欲しいわな。歌もさ」と投稿。「ここはどこの国だよって感じ 気持ち悪い!」「TV局の韓国おし無理。 けーPOP、てめーの国でやれ」とまで呟き、相当我慢がならない様子だ。

 高岡さんの投稿はネット上で大きな話題となり、「韓流ごり押しほんとに気持ち悪いと思う」と賛同するものも多い一方で、韓流ファンからは「需要があるから供給がある」といった声も出た。「日本の芸能人にとって韓流芸能人は商売敵だから」という見方もあった。

■妻・宮崎あおいも同じ考え?

 もっとも、高岡さんが強く批判しているのは韓流ではなく韓流を強く推すテレビ局のこと。「戦後最悪なこの時代に韓国おしって、誰が望んでるんだって話し。もっと伝えるべき事が沢山あるだろうってね」「韓国人が自国に誇りを持つ様に日本人も国に誇りを持ってる人もいるんだよ」とも投稿している。東日本大震災で日本がまだ意気消沈している中、外国の文化ばかり強く推す姿勢に納得がいかないのかも知れない。

 また、妻の宮崎あおいさんともこういう話をするのかと聞かれ「うーん。勿論してるけど。一緒の思想」と返答していた。

 ただ、あまりにも反響が大きくなってしまったためか「沢山の人を傷つけたなら謝る。(中略)俺は日本がよくなって欲しい。惑わされずに良くなってほしい。とにかくそれだけ。だから売国は絶対にNOなんだよ。過激に聞こえるかもしれないけどこれが自分の言い方です」と改めて説明した。

 また、高岡さんは06年に朝鮮日報のインタビューで竹島問題について聞かれ、「個人的には日本という国はあまり好きではない。韓国に対し、日本は卑劣なように思える」と答え、ネットで大バッシングを受けたことがある。今回、そのときのことについて問われ、

    「竹島問題についてどう思いますか?って聞かれて、その時ははぐらかして答えた。てかめんどくさくて答えなかった。(中略)卑劣だなんだなんて言ってない。あちらさんの書き方

と釈明している。

「韓国のTV局かと思う事も」宮崎あおいの夫・高岡蒼甫がTwitterでフジテレビ批判(2011年7月25日exciteニュース)

もはや韓流テレビ局!?

 女優・宮崎あおいの夫で俳優の高岡蒼甫が自身のTwitterで堂々とフジテレビ批判を繰り広げ、話題を呼んでいる。

 23日、高岡は突如「正直、お世話になった事も多々あるけど8は今マジで見ない。韓国のTV局かと思う事もしばしば。しーばしーば。うちら日本人は日本の伝統番組求めてますけど。取り合えず韓国ネタ出て来たら消してます^^ ぐっばい。」と発言したのだ。

「高岡は近年、映画をメインに仕事をこなしているため、ここ最近、フジテレビでは2時間ドラマに数本出た程度。しかし、所属する『スターダストプロモーション』とフジの関係は良好。自身の事務所や妻である宮崎のことを考えると、あまりにも刺激的なツイートですよ」(芸能プロ関係者)

 高岡は2006年に、韓国紙「朝鮮日報」のインタビューで「個人には日本という国はあまり好きではない」などと発言。ネット上で「反日小僧」などと批判を浴びたが、今回はフジ批判に続いて「ここはどこの国だよって感じ^^ 気持ち悪い!ごめんね、好きなら。洗脳気持ち悪い!」「日本の番組をやって欲しいわな。歌もさ。と思うわけよ。韓流って言葉すごく怖い言葉に聞こえるよ。」など、フジの韓流への傾倒に対し率直な意見を述べている。

「確かに、フジテレビの方針は目に余るものがあります。ペ・ヨンジュンブームのころから韓流ドラマをやたら放送したり、女子フィギュアでは浅田真央よりキム・ヨナに寄せた報道をして批判を浴びたりしたことがありましたが、最近ではさらに拍車がかかっているようで、社内にも微妙な雰囲気が漂っています」(フジテレビ関係者)

 フジテレビや産経新聞は「フジサンケイグループ」の傘下だが、同グループのサンケイスポーツからは4月に韓国エンターテインメント情報のタブロイド誌「韓Fun(カンファン)」が創刊されるなど、今年に入って"韓流押し"に本腰を入れてきているという。

「フジは他にも、今年4月に渋谷と恵比寿に同時オープンしたK-POPの常設公演会場『Kシアター』に出資。系列の音楽出版会社はKARAらK-POPアーティストの版権を買いまくっている。七夕に放送された同局の情報番組では『少女時代のように足が綺麗になりますように』『KARAのライブに行けますように』などと書かれた短冊を映り込ませ、女子アナたちもことあるごとに韓国旅行の魅力をPR。まるで韓国国家の宣伝企業と化している状態ですよ」(スポーツ紙デスク)

 そうしたメディアと視聴者との温度差が露見した形となった今回の騒動。現在のような、キー局による露骨な"利益誘導型"の放送が続けば、さらなるテレビ離れが進むことは避けられないだろう。

おもしろいのはこのつぶやきを一部報道では「韓流ブームをネットで批判」なんて報じられましたけれども、この場合の批判の向けられている対象は明らかに「TV局の韓国おし無理」と名指しで批判されているフジテレビであることは言うまでもありません。
高岡氏がこうした発言に至った背景については同氏自身も言っているように色々と個人の思想的な背景があるのでしょうけれども、おもしろいのは当の韓国内での報道でははっきりと「日本でフジテレビに対して批判が高じている」と伝えられ、あくまでその一例として高岡氏の発言が取り上げられているにも関わらず、日本国内では単に同氏一人が突然意味不明のことを言い出したかのように報道されていることですよね。
何しろ芸能界で食べている人間がこんなことを言い出したのですから、真っ先に同じく業界人の奥さんから私は関係有りませんと無関係宣言?が飛び出したというくらいに「あ~あとうとう王様の耳はロバの耳って言っちゃったよこの人は」状態なのですが、当然ながら天下のフジテレビにたてつくとどうなるかということを同氏は身を以て思い知ることになります。

高岡蒼甫、嫌韓ツイートで事務所退社 妻・宮崎あおいと亀裂も?(2011年7月29日産経ニュース)

 自身のツイッター上でフジテレビや韓流ブームを批判し、波紋を広げている俳優、高岡蒼甫(29)が28日、所属事務所のスターダストプロモーションを退社すると発表した。(サンケイスポーツ)

 「(事務所から)自分は離れることになりました」とツイッターで報告。「一つの呟きからの大きな波紋により、事務所の関係各位にはご迷惑をお掛けしました。当然の結果だと思っております」と陳謝した。

 同事務所はこの日、「きょう双方で話し合った結果、契約解除することになりました」と事実を認めた。

 退社発表後、ファンの励ましのツイートに対し高岡は「自殺なんかも120%しないので覚えておいていてください」とつぶやいた。

 高岡は出演舞台「金閣寺」のニューヨーク公演中の23日、「正直、お世話になった事も多々あるけど8はマジで見ない。韓国のテレビ局かと思うこともしばしば」と韓国ドラマを放送する同局を批判。その後も「洗脳気持ち悪い」などと過激ツイートを連発した。

 妻で女優の宮崎あおい(25)との間に亀裂が生じていることもほのめかし、「家の妻は一緒の思想じゃない」「はぁ、家出ようかな」とのつぶやきも。離婚も考えられるが、スターダストは把握しておらず、宮崎の所属事務所は「担当者が不在」とした。

 高岡は現在、ニューヨークに滞在中。秋のドラマ出演が決まっているが今後の処遇は未定のようだ。

話し合いは平行線 高岡蒼甫「悪いことはしてない」(2011年7月29日スポニチアネックス)

 韓流ブームに偏向しているとフジテレビを批判して物議を醸していた俳優高岡蒼甫(29)が28日、所属先の大手芸能事務所「スターダストプロモーション」を退社した。

 関係者によると、高岡は舞台「金閣寺」のニューヨーク公演が24日に終わった後も現地に滞在。この日、事務所関係者が電話をかけ、波紋の大きさや他の所属タレントへの影響を説明したのに対し、高岡は「悪いことはしてない」と反論。話し合いは平行線に終わり契約解消が決まった。ツイッターでの発表はその直後だったという。

 高岡は俳優を続ける意思で、フォロワー(読者)からの「自主退職なのか解雇なのか」という質問に「自分からは切り出してはいません」と明かしている

どうする主演ドラマ 困惑する高岡蒼甫関係者「事務所が間に入らないと…」(2011年7月29日スポニチアネックス)

 韓流ブームに偏向しているとフジテレビを批判して物議を醸していた俳優高岡蒼甫(29)が28日、所属先の大手芸能事務所「スターダストプロモーション」を退社した。

 突然の発表に関係者は対応に追われた。10月に民放の深夜枠で控えている主演作は、映画監督の三池崇史氏が演出を担当する注目の連続ドラマ。まだ発表されていない作品でもあり、同事務所は出演について「未定としか言いようがない」とコメント

 テレビ局関係者は「事務所が間に入らないとさまざまな点で支障を来す。でも、いきなり降板させるのもおかしい。難しい判断になる」と困惑の色を浮かべていた。

 ≪フジテレビ「何もありません」≫フジテレビは高岡の事務所退社について「何もありません」とコメント。同局を批判した一連の発言についても「コメントはありません」としている。

ま、主要な取引先を全国に向けて名指しで批判したのですからこうした結果になるのも当たり前ということなんでしょうが、高岡氏自信もツイッターでの発言によればこの結果は当然のことであると受け止めているようです。

高岡蒼甫のツイッターより抜粋

スターダストプロモーションから自分は離れる事になりました。
一つの呟きからの大きな波紋により、事務所の関係各位にはご迷惑をお掛けしました。
当然の結果だと思っております。そして感謝の気持ちでいっぱいです。ご報告まで。
応援していただいた皆様、ご尽力頂いた皆様ありがとうございました。

正直役者をやる事はもう諦めてるかな。何となくわかるでしょ。けど日本は頑張って欲しい。だけだよ。

「自殺なんかも120%しないので覚えておいていてください」などという発言も色々と伏線を張っているということなんでしょうが、こうしてまた一人の人間が闇に葬られたことを単なる舌禍事件として終わらせていいのかどうかですね。
フジテレビとしては一個人とその所属プロダクションの間の問題で、当方は一切預かり存じませんと言うところだと思いますけれども、前述のように批判の主体が単に高岡氏個人が突発的に言い出したようなことでもなく、長く続いた社会的批判の中でたまたま個人名が浮かび上がってきたのが高岡氏だったに過ぎないということです。
ちなみにこうまでして韓流プッシュを推し進めるフジテレビですけれども、先日は思わぬところから思わぬ話題でちょっとした騒ぎになっていることも紹介しておくべきでしょう。

フジテレビと日本テレビの放送免許が危ない問題。/西村博之(2011年7月27日BLOGOS)

日本には、電波法という法律があって、携帯電話の電波やテレビの電波などの管理をしています。んで、限られた電波資源を外国が乗っ取ったりしたら大変なので、テレビ局などは、外国人株主の比率をは20%以下にしなければいけないと決められています。(電波法 第五条)

んで、外国人直接保有比率は、証券保管振替機構で見られるんですが、2011/07/26の数字を見ると、、、

日本テレビ 22.66%
TBS 7.19%
フジテレビ 28.59%
テレビ朝日 14.57%
テレビ東京 1.26%

フジテレビは、外国人直接保有比率が28.59%と、20%を大きく超えちゃってます
日本テレビも、22.66%とわずかに超えてますね。
テレビ朝日は14.57%で大丈夫です。
テレビ東京の1.26%という圧倒的な外国人への人気の無さも気になりますけど、、、、

んで、今現在でも、フジテレビと日本テレビは、「免許の取消し」に当てはまるんですね。ただ、いきなり外国人に買われてしまって廃止では可哀想なので、免許の残存期間中は、総務大臣は免許を取り消さないことが出来ます。(電波法 第七十五条)

前回の放送免許の更新が2008年から5年だったので、2013年までになんとかしないといけないんですね。

ちなみに、外国人がテレビ局の株を買うだけで、放送の免許が無くなっちゃうとアレなので、テレビ局側は、外国人の株式の取得を制限するという荒業が使えると放送法の第五十二条の八には書いてあったりします。

ただ、外国人が株を買えなくするには、日本中の証券会社の仕組みを変えなきゃいけないし、議決権の無い株式にいきなり変換したら、「配当を多くしろ」とか揉め事になるのは予想されるわけで、どうなることやら、興味津々な昨今です。

ちなみに、議決権のない株式は、議決権が無い替わりに、配当が多くもらえたりします。

外国人保有制限銘柄は13銘柄(2011年7月29日日本証券新聞)

フジと日テレ、株主名簿不記載で免許取消し回避
 外資規制、配当付与で意見の違い

外国人保有制限銘柄であるフジ・メディア・ホールディングス(4676)と日本テレビ放送網(9404)が、外資規制比率(テレビ局は20%)を超えていることが株式市場の内外で話題となっている。外資規制の制度や各社の対応、影響などを追ってみた。

今回話題となったきっかけはインターネットの掲示板サイト「2ちゃんねる」開設者・初代管理人の「ひろゆき」こと西村博之氏が27日に出した「フジテレビと日本テレビの放送免許が危ない問題」と題するネット記事。この中でフジと日テレの外国人直接保有比率が20%を超えており、「『免許の取消し』に当てはまる」と指摘したことから、アンチテレビ層の多いネット上で大きく取り上げられた。

「証券保管振替機構(ほふり)」によると、外国人保有制限銘柄は全13銘柄(表参照)。「外資規制比率」は放送法、NTT法、航空法の各業法で定められているもので、計算方法が異なるが「外国人直接保有比率」とほぼ同じとの解釈でよい。

ほふりは外国人保有制限銘柄について「法律により、外国人投資家が名義書換を拒否される可能性があるため、それを判断する参考情報として毎日公表」(証券保管振替機構=ほふり株式業務部)している。27日現在で外資規制比率を超える銘柄は表の通り、冒頭の2銘柄のみ

外資規制比率を超えた場合の外国人株主の取り扱いだが、フジも日テレも同様の対応をしている。株主名簿を確定する際(フジは年2回、日テレは4回)、ほふりから総株主通知が届き、それを基に外国人の場合は、継続株主の既得権を確保した上で、20%未満の範囲内で按分(あんぶん)で振り分け、端数は抽選にかける「按分・抽選方式」で株主名簿に記載する。按分とは数量に比例して割り振ることで、時間優先ではなく、保有株式の数に応じて配分される。

両社とも20%を超えて株主名簿に記載されなかった外国人株主に議決権を付与しないが、違いは配当への考え方だ。フジは「外資規制は株主の影響力の話で配当は払うべき」(フジ・メディア・ホールディングス 株式部)との考え方で「配当あり」。一方、日テレは「株主名簿に記載されていない方は株主ではないとのスタンス」(日本テレビ放送網 株式部)で「配当なし」としている。

ちなみに、西村氏が指摘する放送免許の取消しの可能性については、両社とも「外国人株主の影響力は20%未満なので、全く関係ない」とのこと。(B)

記事にもありますように実際には直ちに放送免許取り消しといった事態に発展することはなさそうですが、いずれにしてもフジテレビと言うテレビ局は外国人と非常に密接な繋がりがあるらしいというのは、かねて言われる自社の利益のために外国人を利用し、そしてまた外国人からも利用されるという相互依存の関係が成立しているということなのでしょうか。
フジテレビの戦略が成功するかどうかは消費者である国民がどう受け止めるかにかかってくる話でまだ何とも言えませんが、そろそろ何かがおかしいんじゃない?という声は無視出来ない規模になってきたということは確実に言えそうですよね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年7月29日 (金)

患者さんも神様ではなくて人間ですから

本題に入る前の小ネタとして先日こういう記事が出ていましたが、何をもってウソと言うかによってもずいぶんと結果の変わりそうな問いかけなのかなという気がします。

患者の6割「医師にウソをついた」過半数「ばれなかった」は、医師の思いやり?(2011年7月21日日経ビジネス)
より抜粋

 日経メディカル オンライン編集部の取材対象者は、ほとんどが医師です。そして、医師との会話の中でしばしば話題に上るのが「患者のウソ」です。「患者さんからウソをつかれることって、結構ありますよ」と話す医師は、実際とても多いのです。

 例えば、ある医師が「○○さん、この薬どう? 効いてる?」と患者に聞いた時、元気よく「ええ、先生のくれるお薬で血圧も順調です!」という返答がありました。ところが、実際血圧を測ってみると異常な値がハッキリと出ているのです。

 「○○さん、本当は薬、効いてないんじゃない?」と医師が聞くと、患者はモジモジしながら「いつも私に良くしてくれるから、先生のためを思ってウソついてました…」との答えが。こう言った話をよく聞きます。

医師は“気付かないふり”が巧み?

 そこで、医療従事者向けの専門サイトである日経メディカル オンライン編集部では、「医師についたウソ、つかれたウソ」のテーマで、患者が医師にどういったウソをついているか、それが医師と患者の関係にどんな影響を及ぼしているかを探るため、Webアンケートを行いました(2011年2月17日『あなたは、医師にウソをついたことがありますか?』参照、調査概要は記事末)。

 その結果、患者の59.4%が「医師にウソをついたことがある」と回答しました(Q1)。ウソの内容としては、「症状に関して思い当たる原因(36.4%)」「服薬状況(34.0%)」「飲酒・喫煙などの生活習慣(31.6%)」「受診時の症状(29.1%)」などが上位に挙がっています(Q2)。

 ここで興味深いのは、「自分がついたウソは医師にばれた(と思う)?」と尋ねた質問の結果。なんと52.4%の人が「すべてばれなかった(と思う)」と回答しているのです(Q3)。

 患者のウソがとても上手で医師が気づかないのか、それとも医師の“気付かないふり”が巧みなのでしょうか。医師向けの調査では、8割以上が「患者にウソをつかれたことがある。」と答えていますので、後者の可能性が高いようにも思えますが…。
(略)

患者に薬はきちんと飲んでますかと言えば飲んでますと答えるのですが、しかし来院間隔を見ればどうみてもきちんと指示通り内服していて足りるはずがないということは臨床医であれば誰しも日常的に経験することだと思います。
あるいは初診などで来た患者に何か病気や治療しているものがありますか?と訊いて、ありませんと答えた患者がよくよく聞いてみると他院で高血圧だの糖尿病だの沢山薬をもらっていた、なんてこともままあることですが、こういう患者はその程度のものは病気と考えていないのか、それとも言わない方が何かしらメリットになると考えているのでしょうね。
そこでいちいち「いやあなた、ウソついてるでしょ?」と突っ込む先生と言うのはたぶん少数派でしょうが、とりあえずその患者はそういうキャラクターなんだなと記銘することは必要だろうし、場合によってはカルテに「指示通りの服薬を行っていない」なんて情報も書いておくと、今の時代ですから後日何かの折に役に立つかも知れません。
それはともかく、実際についたウソの内容というものを紹介しているのですが、患者がこの程度の見栄?を張るくらいのことは(良い悪いは別としても)ごく普通にあり得る話ですよね。

●「義母は、処方されている薬を薬辞典などで調べた上で、服用するしないを勝手に判断している。それでいて、医師には『ちゃんと飲んでます。飲んでいても良くならない』と訴える。医師も手の打ちようがないのではないかと思う」(36歳、男性)

●「心筋梗塞で入院した父が、日常の運動量を聞かれて『よく歩きます』と答えていた。実際は家の中の階段をちょっと上り下りする程度。何のために見栄を張るのかとあきれた」(41歳、女性)

●「先日、義母が階段を踏み外して2階から1階まですべり落ち、足を痛めた。そのことを恥じていたようで、病院に連れて行ったら『階段を2、3段分落ちそうになってちょっと強めに足をついた』とウソを言っていた。正しい治療のためにはできるだけ正確に事実を先生に告げるべきだと思うが、羞恥心、不安感からついウソをついてしまう人はどうしてもいるようだ」(43歳、男性)

●「うつ病の診察で毎回『調子はどうですか?』と聞かれる。『悪かった』と言うと薬を増やされたりするので、少し軽めに伝えることが多い。休職していた仕事に復帰する直前も、ちょっと無理して『もう行ける』と言った。たぶん医師は、無理していることは分かっていたと思う」(38歳、女性)

●「救急で受診した際、搬送・待合の間に症状が軽くなり受診時には全く正常になっていた。しかし、不安だったため、『今は少し落ち着いているがここがまだ痛くて』と、ちょっと前まで痛みを感じていた部位に今も症状が出ていると伝えてしまった」(25歳、男性)

●「救急で受診した際、『今、専門の先生がいないので詳しい病状を知るには○○と△△と××の検査を受けていただくことになります。今後の症状が不安でしたら受診をお勧めしますが、どうしますか?』と聞かれ、専門の先生がいる時だったら高い検査代がかからないのかと思い、本当は不安だったにもかかわらず『大丈夫です』と答えてしまった」(25歳、男性)

●「結婚後、不妊で受診した際、『卵管がふさがっていて不妊症だ』と言われた。『過去に性病にかかったことはありますか?』と聞かれたが、以前付き合っていた相手に性病をうつされたことが1回あったにもかかわらず、『ない』とウソをついた。何しろ、主人も一緒に診察室にいる時に聞かれたので…。母が卵巣腫瘍で手術したことを主人は知っていたので、遺伝によるものと勘違いしてくれ、疑われずに済んだが」(47歳、女性)

●「積極的にウソをつくわけではないが、他の医師にかかっている事実とかは隠すことがある。遠方から近くの医師にかかりつけを替えた時、従来服用していた薬のうち数種類について、『これは不要』と言われ処方してくれなくなった。新しいかかりつけ医に若干の不信と不満を感じ、その医師にはあまり本当のことを言わない」(80歳、男性)

●「脳卒中経験者の夫は、飲酒量を1日2合とか少なめに報告する。医師は『それでも多いですね』と笑って指導する。つまり、ウソを見抜いた上で『多い』と言ったのだと思う」(38歳、女性)

●「虫垂炎で入院。早く退院したかったので、貧血気味なのを伝えなかったところ、病院の外来コーナーで貧血で倒れてしまい大騒ぎになったことがある。もちろん、病院側は迅速に対応してくれたが、退院日が延びてしまった」(32歳、女性)

●「付き合っている相手は、腹痛があっても、かかりつけの開業医には『痛い』とは言わない。以前、腹痛が原因でその開業医に診てもらった際に、触診も何もしていない時点で『胃癌かもしれない』と言われたのがトラウマになっているらしい。その時の腹痛は、単に風邪が原因だったとのこと」(32歳、女性)

まず考えられるほとんどの場合において、医療現場で嘘をついて患者本人のメリットになることはまずないと思うのですが、やはりこうした行為が後を絶たないというのは健康上の不利益よりも守りたい何かが彼らにはあるのだろうと考えるならば、これは結局何を重視するかという価値観の問題でもあると思います。
当然そうした隠蔽工作をしても結局患者本人にとっての不利益という形でかえってくるわけですが、これもご本人の選択の自由というものですから仕方がないことなのかなとも思う反面、単に無知からわざわざ不利益なことをやっているならともかく、自分なりのポリシーで好き放題ウソをつきまくってくるような顧客は医療に限らず何の商売であれお取引はご遠慮したいというのが率直な話でしょう。
ただ本人が自ら望んで不健康になりたいというだけならどうぞご自由にですが、ただでさえ需要と供給のミスマッチによって逼迫している医療現場にこういった人々が大挙して押し寄せてくる、そしてさんざんドクターショッピングしてきた履歴を隠して「なんだか知らないが調子が悪い。体中を徹底的に調べてくれ」なんて要求するということになると、これは限りある医療リソースを浪費していると言うしかありません。
日本の医療は患者は病気で困って困って何とか良くなりたいと願っている善良な存在であり、無闇に我を通すものではなく節度ある受診態度を保っているはずであるという性善説的前提に立って制度設計されている部分があるようで、そこにこの種の方々が乱入して好き放題をやってくることはその他大勢の善良な医療の利用者にとってこそ大きな不利益であるということです。

このあたり、現代日本において医療とはサービス産業ではなく社会資本の一種であると考えるべきであるということなのですが、もちろんサービス産業としての医療を期待する人もいるのはいいとして、そうした人々は社会資本としての皆保険制度下での医療に乗らずに自由診療クリニックにでも好きに行ってくれという話ですよね。
ところが当の医療従事者の間でもそのあたりの認識が曖昧なところがあって、さすがにひと頃ブームになった「患者様」呼称の推進はさすがに顧客側からもあまりに馬鹿馬鹿しいと廃止になった施設が多いようですけれども、場末の公立病院などに行きますと未だに「お前ら俺たちの税金で食っているんだろうが!」なんてことを堂々とおっしゃる方々が、特にナ○ポの方などに大勢いらっしゃいます(苦笑)。
こうした方々の特徴は一度「特権的待遇」を許容されると前例踏襲でいつまでもそれを要求し続ける、場合によってはそうした特権が許される穴場病院に口コミでお仲間を呼び寄せるといったところにもありますが、日常診療におけるウソの対処などと同様に適切な顧客との距離感を保っていられない先生ほどこうした顧客の食い物にされてしまうというのはままあることです。
そう考えると社会資本として限りあるリソースをなるべく公平に分配するためにも、医療従事者は適切な節度をもって患者と接することが必要なんだろうなと感じますが、日本同様に医療リソースの逼迫しているイギリスにおいても似たような問題はあるのでしょうか、先日は今の時代らしくソーシャルメディア利用に関連してこんな指針が出されたということです。

医師は患者からの「友達リクエスト」の承認は控えるべき(2011年7月26日日経メディカル)

 英医師会(BMA:British Medical Association)は2011年7月14日、医師と医学生のためのソーシャルメディア利用の手引きをウェブサイト上に公開した。「医療従事者の多くが様々なソーシャルメディアを利用しているが、そこには本人または医療従事者全体に対する信頼を損なう危険性があることを十分に認識して、ウェブの世界でも立場をわきまえた振る舞いをしなければならない」と呼びかけている。

 あらゆる人々が集うFacebookやTwitterは、英国でも広く使用されており、医療従事者に限定されたブログやフォーラムなどの会員も増加している。そうしたソーシャルメディアの利用は、医師や医学生に様々な利益をもたらしているが、一方で、守秘義務違反、名誉毀損罪に問われるリスクや、医学生としての立場や医師としての職を失う危険性もはらんでいる、とBMAは言う。今回作成された手引きは、医師と医学生がソーシャルメディア使用により遭遇する可能性のある問題について概説し、以下のような実用的なアドバイスを提供している。

●ソーシャルメディアは個人の公的な面と私的な面の境界を曖昧にする
 友人と共有しようと思って公開した個人情報が、予想を超えた広範な人々の目に触れ、拡散していく可能性に気付いていない人が少なくない。医師の場合、患者が医師の個人的な情報を知ってしまうと、両者の関係が悪い方向に変化する危険性がある。また、医師の信用を失墜させる書き込みや不適切な写真などが所属医療機関に見付かると、処分の対象になる可能性もある。

●医師と医学生はプライバシー設定を保守的にすべきだが、それでもすべての情報が保護されるわけではない
 FacebookやTwitterなどは、プライバシーの初期設定または推奨設定を「あらゆる人がアクセス可能」にしている。アクセス制限をかけてもなお、自分の個人情報にどんな人がアクセスする可能性があるのかを念頭に置いて、それらを利用すべきだ。

●医師と医学生は、ウェブ上でも、患者の秘密を漏らしてはならないという倫理的、法的義務を負っている
 特定の症例について詳しく書き込む場合には注意が必要だ。患者の同意なしに本人の特定が可能な情報をウェブで公開すれば、故意でなくても、またあちこちに断片的に書き込んだ情報を総合すると患者本人が特定できるような場合でも、GMC(General Medical Council;患者の保護と医師への指導を目的とする英国の行政機関)の基準に基づく守秘義務違反となり、患者から法的な措置をとられる可能性がある。

●特定の患者または同僚に関する個人的な、または名誉を傷つけるコメントをフォーラムなどで公開してはならない
 公的な立場であろうと私的な立場であろうと、ウェブにアップしたあらゆるコメントに対して名誉毀損罪や侮辱罪が成立しうることに留意しなければならない。書き込んだ本人のみならず、医療従事者全体の信用低下を招く可能性もある。

●医師や医学生はウェブ上でも利益相反開示の義務を負う
 医療従事者のブログなどに特定の医療用製品を推薦する書き込みが見られるが、ウェブでのそうしたコメントについてもGMC基準が求める倫理的義務の順守が求められる。したがって、医療機関や製薬会社などとの関係を明記する必要がある。これは匿名のブログにも当てはまる。

●医師と医学生は、Facebookなどにおいて現在の患者または過去の患者から「友達リクエスト」がきても、承認は控えるべき
 「友達リクエスト」をしてきた患者には、それが医療従事者にとっては不適切な行為であると説明し、ていねいに断ることを勧める。診療の場以外での患者との関係は、様々な倫理的問題を引き起こす可能性がある。これまで、医師は専門家としてのみ患者に接してきたが、ソーシャルメディアの拡大によって、医師と患者の境界線が失われやすくなっている

●ウェブの中で自分がどのような印象を相手に与えるかを意識し、それが自分の立場に与える影響を推定しなければならない
 医学生は他の学部の学生とは異なる立場にあり、特定の権限を与えられている代わりに守秘義務なども負っている。また、ウェブでの差別用語の使用、違法薬物使用経験に関する書き込みなどにより退学を余儀なくされる可能性もある。

 

医療機関が医療従事者を募集する際にウェブ検索を行って候補者の書き込みなどを探し、選考の参考にしているという噂もあり、ウェブ上の不適切な発言によってキャリアに傷がつく可能性も出てきていることに留意すべきだ。

 以上に述べたような、医師と医学生が専門家として負うべき義務は、GMCのガイダンスに掲げられているが、ソーシャルメディア利用時には、それらは忘れられがちだ。ソーシャルメディア利用時の気のゆるみが、医療従事者への信頼を大きく損なう危険性があることを常に意識しなければならないと、BMAは注意を促している。

顧客に対する守秘義務などは当然ながらどのような場面であれ厳守すべき職業的義務というものですが、双方向性というソーシャルメディアの持つ特性がともすれば特定の個人なり団体なりに特権的地位を与えやすい、あるいはそうした誤解を招きかねないということが危惧されているのだなと思える話ですよね。
「医療従事者のブログなどに特定の医療用製品を推薦する書き込みが見られる」なんてことを言われると、例えば今どきよくある「ジェネリックには糞が多い」なんて愚痴も先発品メーカーを利する行為なのかと疑ってしまいますが(苦笑)、確かに掲示板などでも「○○社の製品はダメ、使うなら××社」なんて書き込みが続くようになりますと、思わず「工作員乙」と言いたくもなることはままあります。
「診療の場以外での患者との関係は、様々な倫理的問題を引き起こす可能性がある」というのもなかなかに含蓄ある言葉で、昨今では医療に限らずマスメディアやネット上で盛んに名前を売っている自称その道の大家な方々を目にしますけれども、広告規制されている日本の医療においては考えて見るとかなりグレーゾーンな行為ですよね。
別に意図してやった行為でなくとも、専門家のコメントとして引用されていく段階でそれなりの権威が付与されていくことはままあることで、何気なく書いた自分の一言が思わぬところで思わぬ形で使われていて驚いたという経験をされた方は今どき少なくないのではないでしょうか?

ネットに限らず個々の臨床の現場でのこととして考えても、一昔前の誰に対しても上から目線の古典的医師とは顧客の誰からも平等に遠いだけにおいそれと質問も出来ないような雰囲気があって、執刀医の大先生からの説明を黙って聞いた後で結局患者や家族が質問するのは一番下っ端の研修医相手だったなんてことは珍しくありませんでした。
近年の医学教育ではさすがにこんな態度は許されなくなっていて、その分一昔前の研修医以上に腰の低い医者が増えてきていることは実感しますが、患者が遠慮なく懐まで飛び込んできやすくなっただけに医者の側でも頃合いの間合いを計るという努力を必要とするようになっていますよね。
医学教育の現場では臨床実習などでも聞き分けの良い顧客がセレクトされ、あくまで患者とはいい人達であるという前提で学習が行われていますが、今どきあちこちの病院でモンスター対策の講習会なども日常的に開かれるようになってきた現状を思うと、そろそろ学部教育の段階から手強い顧客との関わり方を学んでおいても損はなさそうだなとも感じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月28日 (木)

診療のやり方は変わっても、人がやる仕事であることは同じですから

先日7月26日にNHKでこういう番組が放送されましたが、皆さん御覧になったでしょうか。

クローズアップ現代「変わるがん医療の現場」(2011年7月26日NHK)

日本のがん医療の抜本改革を目指した「がん対策基本法」制定から5年。その成果として、医療の現場に劇的な変化が起こっている。全国にがん医療の拠点病院の整備が進み、数年前まで、地方では圧倒的に立ち後れていた放射線治療が新たな治療の根幹に加わる一方、これまで終末期の患者にしか適用されなかった、痛みや精神面の苦痛をとる緩和ケアの導入も、一気に広がった。新たな取り組みは、併用する他の治療の効果も促進することが指摘され、延命効果を実証する海外の研究発表などと相まって、患者たちの期待を集めている。その反面、精神面のケアなどは医師の意識にもばらつきがあり、形だけの整備でその情報すら患者に伝えられないなど、現場によって格差が更に大きくなっている事実が明らかとなってきた。新たな課題に直面する、がん医療の現場を検証する。

日進月歩で進化しつつある癌診療も今や様々な側面があって、中でも患者側からすると遠くの病院まで出かけていかなければならないのはつらい、身近な病院で診て貰いたいという希望は以前から根強くあったわけですし、実際に小さな田舎病院でお爺ちゃんお婆ちゃん相手に抗癌剤治療を黙々と続けてきた先生方も大勢いらっしゃったわけです。
ところが癌も手術が出来れば治る、出来なければ終わりというシンプルな時代ではもはやなくなり、化学療法や放射線療法を組み合わせた集学的治療によって年単位の余命が期待出来るようになった、そうなるときちんとした設備とちゃんとした知識、経験を持つ専門医が必要となってくるとなれば、どうしたって診療拠点にリソースを集約化した方が成績がよいということになってきます。

こうした話は別に癌診療に限らず「何かあったら叩かれる」お産などにおいても最近流行りの傾向ではあるのですが、もちろん総体としてのリソース不足が明らかである以上集約化し効率を上げれば当然ながら治療成績も上がり、スタッフにしてもその分余力も出てくる理屈なんですが、一方で患者の側からすると大きな病院の中で一人ぽつんと置かれて物扱いされているような気になるという声も多いですよね。
何を重視するかは患者により医師により異なってくるのは当然ですけれども、国にしろ学会にしろ癌診療というものはガイドラインに従ってきちんとやりましょうという流れになってきますと、地場の先生が個々の患者背景をにらみながらオレ流の癌診療をしていくというのも少しばかりやりにくくなってきたのかなという印象も受けています。
それはそれとして、以前から地域によって癌診療の中身に格差があるのは問題だと言われていて、そうなるとどうせ一生一度の治療なら少しでも成績の良い施設でと考えるのが人情と言うものですけれども、その判断基準の一つとなるようなデータがこのたび公の組織から出されたと言うことです。

360病院のがんデータ公表=部位・治療法に特性、比較容易に―国立センター(2011年7月26日時事通信)

 国立がん研究センターは、全国のがん診療連携拠点病院が登録した患者約43万人の発症部位や治療法などのデータを集計し、26日からホームページに公開した。個々の病院のデータが明らかになったのは初めて。同センターは「各施設の特性が明確になった。医療の質の向上につながれば」と期待している。
 公表されたのは、全国の約360病院で2008年にがんと診断された患者のうち6割のデータ。
 集計結果によると、年代別では60代後半~70代の患者が最も多かった。東京や愛知では40~65歳が半数以上を占める病院がある一方、秋田、群馬、新潟、富山、山口では75歳以上が半数を超える病院もあり、地域や施設で差がみられた。 

がんの施設別データを公開 患者数や治療法 国立がん研究センター(2011年7月26日産経ニュース)

 国立がん研究センター(東京都中央区)は25日、がん診療を中心的に行っている全国の医療機関が登録したがん患者数や治療法などの施設別データを発表した。26日から同センターのホームページで公開する。どの施設でどの部位のがんを多く診察しているかなど、施設名を含めたデータの公開は初めて。同センターは「診察数が多いことイコール診察レベルが高いとはいえないが、患者が病院を選ぶ判断材料のひとつになる」と話している。

 公表されたのは、全国359カ所の「がん診療連携拠点病院」で、平成20年にがんと診断された患者42万8196例のデータ。同年中にがんと診断された全患者の約6割にあたるとみられる。診療の質向上に役立てるため各医療機関が患者の治療データを蓄積する「院内がん登録」で集められた。

 集計によると、部位別では、大腸、胃、肺、乳房の順に多く、年代別では60代後半~70代の患者が最も多かった。ただ、65歳以上の患者が8割以上を占めた施設がある一方、約4割程度のところもあり、施設によって年齢層にばらつきがあった。

治療内容も施設や地域ごとの差が大きく、早期の胃がんでは、開腹手術に比べ患者の体への負担が少ないとされる内視鏡治療を行った施設が5割を超えた県がある一方、2~3割にとどまっている県もあった。

 同センターは「集計したデータを拠点病院の相談支援センターで活用し、患者に適切に還元する仕組みを作っていきたい」と話している。

がん研究センターでは実際にサイトで情報を公開していて、各施設で何をどれだけ診療しているかということが一目瞭然なんですが、さすがに実際の治療成績までは公表できなかったということなんでしょうね(苦笑)。
しかし逆に考えると、以前から施設毎の患者背景が全く異なるのに単純に成績を比較しても意味がないという意見は根強くありましたが、実際にこれだけ患者も治療法も大きく違うということになれば、将来的に成績を公表しましょうという話になった場合にもきちんと補正はしなければ比較は出来ない道理ですね。
患者の側からすれば「どうせなら治療成績まで公開してくれ」という話ですし、今の時代だとむしろ成績が悪い方が患者が減って楽でいいなんて考える先生もいるかも知れませんが、病院の経営側にはまた別の思惑もあるでしょうから、仮にそういう事態にでもなれば「先生達もっと頑張ってもらわなければ困りますよ」とさらに尻を叩くということになるのでしょうか(苦笑)。
しかし今回のように国の施設がこういうデータを公表する、そして「患者が病院を選ぶ判断材料」として使ってくれなどと言っているのは、それぞれの施設で違いがあるということをついに国が認めたかとも受け取れるわけですが、この流れが定着してくるということになりますと日医あたりから国民皆保険制度の根幹が揺るぎかねないなんてクレームも入るのかなと少しばかり気になってしまいますね。

余談ながら、ご存知のように日本の医療は全国どこでも同じ料金で同じ医療を受けられるという全国共通公定価格が大前提になっていますけれども、考えて見るとこれも妙な話で、例えば同じ病気をA先生は1000例診ている、一方B先生は10例しか診ていないとなれば、患者が選ぶ判断材料の一つなんて胡乱なことは言わずとも誰だってA先生の方が慣れていて治療の手際もよさそうだと思いますよね。
実際に大がかりな治療なんて話にならずとも検査一つ、処置一つでもやるべき人がやればこんなに違うのか!と驚くような成果が得られることはままあるもので、例えば院内の職員健診などでは「どうせ診て貰うならあの先生に」と口コミ人気が集中する先生がいたりするものですが、別に現状ではどの先生が何をやったところで料金は変わらず、頑張ってスキルを磨いた先生の給料が増えることもないわけです。
もちろん上手い下手を客観的に定量的に評価するのも確かに難しいところもあって、「俺はアイツよりも上手いんだから給料余分によこせ」とはなかなか言いにくいものですけれども、要領がよければ当然ながら回転も速くより多くの患者をさばくことになるわけですから、ドクターフィーなり何なりの名目ででも何かしら当事者に還元してもらってもバチは当たらないだろうと考える先生方は多いはずですよね。
ところが日本医師会というところはこのドクターフィーなる物は現場の協調を阻害する、それよりもホスピタルフィーを引き上げて各施設の裁量で支給できるようにすべきだなどと、いかにも勤務医切り捨て御免な経営者視点の団体らしいことをかねて言っているようですし、中医協などでも未だ導入議論は進んでいない状況のようです。

ま、そうした話はともかくとして、数年前に大病院の院長を対象とした全国調査では9割が治療成績公開に賛成していたというデータがありますが、治療成績アップを狙って条件のいい患者ばかり手がけるようになるなんて懸念はあるものの、どこの施設でも施設間競争になっても勝ち残れる自信があるとも受け取れるデータですよね。
ただその背景としていざ競争になれば現場の尻を叩き、もっと良い成績を出せとハッパをかければ良いという考えがあるのだとしたら、現状ですでに疲弊している現場スタッフは実入りが増えるわけでもないのに仕事ばかりが増える一方ですから、当然ながら今よりもさらに疲労困憊し士気は更に低下するということになるでしょう(俺達はこんな素晴らしい成績を上げたんだぜ!の誇りだけで頑張れる人は社会的には少数派ですから)。
もちろん多数の症例で比較してみれば○パーセントも成績が違うという比較は成り立ちますが、実際に診療を受ける患者にとってはわずかな数字の差よりも医者がどれだけ丁寧な診療をしてくれるかと言った方が顧客満足度を決めるより大きなファクターになるはずですから、目先の数字を競ってスタッフを疲労困憊に追い込み、肝心の診療が乱暴になるなんてことになれば本末転倒であるはずです。
治療成績公開にしろドクターフィー導入問題にしろ、最終的に顧客にとっての利益に結びつくかどうかということを可否判断の基準にするのであれば、その前段階としてどうしたって現場がその結果どうなるかにも目を向けなければならないはずですが、そうした視点から検証をすることなく話が進んでいるようにも見えることが心配ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月27日 (水)

大野事件の加藤先生はじめ、当事者が語ったそうです

大野病院事件で散々な目に遭われた加藤克彦先生が日医総研のシンポジウムで当時の状況を語ってくださっていますが、あれだけの目に遭いながら今も地域周産期医療に尽力されているというその熱意には本当に頭が下がります。

大野病院事件無罪の加藤医師「不安だった」(2011年7月15日CBニュース)

 「裁判期間中はとても不安で、いつまで続くのか本当に心配だった。この状態が続けば、産婦人科医として臨床の場には戻れないと考えていた」―。2004年の「福島県立大野病院事件」で06年に逮捕・起訴され、08年9月に無罪が確定した加藤克彦医師は7月24日、日本医師会総合政策研究機構(日医総研)主催のシンポジウムで、当時の状況や心境について語った。

 加藤医師はまず、事件で亡くなった患者に哀悼の意を表明。また、臨床現場に復帰して3年目となり、現在は地域周産期医療に取り組んでいることを報告した。
 加藤医師は術中に患者が亡くなったことを「主治医として大変つらい出来事だった」と振り返り、身柄拘束中のことについては「実際は思い出したくもないというのが本音だ」と述べた。取り調べは精神的につらいもので、「いわゆる寿命が縮むという感じ」だったという。

 加藤医師によると、身柄拘束中の初めの4、5日は「7番」という番号で呼ばれ、その後は「先生」と呼ばれるようになった。電気カミソリは共用。歯磨きに使うコップは発泡スチロール製で、食事の際にも同じコップを使用した。入浴は週2、3回だった。
 拘束中に筆記用具を借りたところ、「先端が丸くなっていて、ペン先が2-3ミリしか出ていないようなボールペン」を渡された。「いわゆる自殺防止のペン。こういうところまで気にしているのだなと当時は思った」(加藤医師)。
 拘束中はほとんど1人で過ごしたが、ずっと監視されているような状況だった。拘束が解かれた後に尋ねてみたところ、自殺させないよう厳重な監視が命じられていたという。

 加藤医師は08年8月20日に福島地裁で無罪判決を受け、同年9月4日に無罪が確定した。裁判が終わるまでは、一切診療ができない状況だった。「この2年半はとても長くて、知らないことが次から次へと起こって、現実味が薄くて、まるで異国の地で過ごしているかのような状態だった。無罪になってほっとした」と加藤医師は語った。

こうした場合の体験談としても貴重な証言というべきですが、確かに骨身を惜しまず頑張った挙げ句にこの仕打ちでは心が折れそうになるのも当然で、よく現場に復帰する気になったものだなと改めて思わざるを得ませんが、逆にいえば警察がそこまで加藤先生の自殺を警戒していたというのが当時の先生の心境を想像させるようにも思います。
このシンポジウムでは各方面から演者を呼んでいるのですが、見ていますとまさしく時代を反映した人選だなと思える内容であったようで、特に著名な各事件の当事者が語ったところなどは聴衆の心にも訴えるところがありそうですが、問題は医療の信頼をうたいながらこれが広く大衆に開かれたものではなく極めて限られた対象へのシンポジウムであったということで、実際に会場の様子を見てもガラガラですよね。
こうしたところからも医師会がいったい何を目指してこうしたシンポを開いたのかということが、今ひとつ徹底されていないんじゃないかという気がします。

「刑事裁判は医療安全に寄与せず」- 大野病院事件など3事件の当事者らが訴え (2011年7月25日CBニュース)

 日本医師会総合政策研究機構(日医総研)は7月24日、「更なる医療の信頼に向けて―無罪事件から学ぶ―」をテーマにしたシンポジウムを開催した。シンポジウムには、医療界に大きな議論を呼んだ2001年の「東京女子医大事件」、1999年の「杏林大割り箸事件」、2004年の「福島県立大野病院事件」の当事者らが参加。医療事故を刑事裁判化しても医療安全には寄与しないとして、専門家による公正・中立な調査などの必要性を訴えた。

 シンポジウムではまず、東大法学部の樋口範雄教授が基調講演した。
 樋口教授は、複数の刑事裁判で無罪判決が出た今も「制度の根幹は全く変わっていない」と強調。現状の法システムは「制裁型」で医療安全に資するところが少ないと指摘し、原因究明・再発防止に向けた仕組みをつくるべきとの考えを示した。その上で、▽刑事責任の追及は悪質な事例に限る▽行政処分は医師中心で行う▽第三者機関をつくり、院内調査委員会と協調・競争させる―ことなどを提案した。

 続いて、3つの事件の当事者らが講演した。
 東京女子医大事件で罪に問われ、無罪が確定した佐藤一樹医師は、「刑事責任を追及することは、医療安全の阻害要因にもなる」などと指摘。また、同大が作成した事故調査報告書は当事者を全く無視したものだったとして、報告書の発表に当たっては、▽事例調査を終える前に当事者から意見を聞く機会を設ける▽(事故調査)委員会の意見と当事者の意見が異なる場合は、その要旨を別に添付する-ことが絶対条件だと強調した。

 杏林大割り箸事件で罪に問われ、無罪が確定した医師の指導教授だった長谷川誠医師は、「善意に基づいた医療行為の結果については、刑事責任を問わないという概念が社会に定着することが大事だ」と強調。医療の停滞を防ぐため、民事訴訟についても「何らかの法的な制限はやむを得ないのではないか」との認識を示した。

 大野病院事件で弁護人を務めた平岩敬一氏は、「警察に届けても、専門的な医療行為について判断する知識も能力もない」と指摘。医師法21条を速やかに改正し、医療行為についての届け出は廃止すべきだと強調した。また、専門家の不在を問題視し、専門家を中心とした公正・中立な第三者機関による原因究明と再発防止に期待感を示した。
 無罪が確定した加藤克彦医師は、「裁判期間中はとても不安で、いつまで続くのか本当に心配だった。この状態が続けば、産婦人科医として臨床の場には戻れないと考えていた」と当時を振り返った。

 その後のパネルディスカッションでは、医療事故が刑事裁判となることの問題点についてさまざまな意見が出た。
 東京女子医大事件で弁護人を務めた喜田村洋一氏は、「裁判ですべての事実が明らかになることはまずない。医療事故を防ぐということにおいては、何の意味もない」と指摘。長谷川医師は、「教え子(担当医)は強力なバッシングでほとんど人生を棒に振った」と述べ、医師のキャリアへの影響を問題視した。
 大野病院事件で特別弁護人を務めた澤倫太郎氏は、医師逮捕のインパクトの大きさを強調し、「医療現場では、教育も含めて熱意ある医療をやれと言えなくなった」と萎縮医療の実態を指摘。加藤医師は、「一般的に逮捕イコール有罪と考えられるため、有罪という目で見られるのはつらかった。患者側も(被告人が)無罪になれば落胆はかなり激しい。いいことは双方にとってない」と述べた。

世間の常識に疎いと悪評高い医者の世界でもおかげさまで近年は司法のシステムに対する理解も進んできていて、さすがにこれら大事件が連発していたひと頃のように刑事訴訟と民事訴訟の区別もつかないまま「裁判所はケシカラン!」などと大騒ぎするような状況ではなくなりましたけれども、冷静になって周囲の状況を改めて見つめ直してみると結局「制度の根幹は全く変わっていない」ということなんだろうとは思います。
もちろん明白な犯罪行為などはともかくとして、通常の医療行為の範疇を対象とした過度の責任追及が医療崩壊助長は元より、医療の改革なり改善なりに対してポジティブな意味がないらしいということは先日取り上げました警視庁の医療事故担当である白鳥容疑者ですら認めている(?)くらいですし、少なくともこの問題に関心のある人々の間ではそろそろコンセンサスとして成立してきているのかなという印象を受けます。
ただ制度上はやはり何かあれば司法の場で白黒をつけなければならない状況は続いていて、それが昨今多少なりとも改善されているように見えるのは大野事件無罪判決を踏まえて警察庁長官が「医療行為への捜査については判決を踏まえ、慎重かつ適切に対応していく必要がある」とわざわざ言及するなどした結果、単に運用上の工夫によって改善されてきているだけに過ぎないということでしょう。

民事訴訟などもひと頃医療が絡むと何でもかんでもあり得ないような巨額賠償じゃないかと言われるような状況であったものですが(ただし、客観的データからは必ずしも医療にだけ厳しい判決というわけでもなかったようです)、ああした状況も医療に対する社会的批判の高まりを受けてとにかく弱者である(ということになっている)患者救済に医療は金を出せという姿勢を反映したものだったと思われます。
それが昨今ではそうしたトンデモ判決がJBMとして世間に拡散し、あるいは現場の士気を落とすなどして医療崩壊が進行してきた事の方が問題視される時代になってきたことで、司法の方でも空気を読んだかのような判決が相次ぐようになってきたというのは、司法判断と言うものがかなり恣意的に運用されているということを示しているとも言えそうですよね。
もちろんそもそものスタートが一通の鑑定書にあったとも言われる大野事件にしてもそうですが、トンデモ判決の陰には必ずトンデモ鑑定書ありと言われるわけで、注目されるような裁判が相次いで医療業界全体が鑑定という行為の持つ意味をようやく理解し始めた結果、「俺なら治せた!」の功名心に駆られたような輩ばかりに任せていては医療が危ないという危機感を持つに至ったのは良いことだとは思います。

民事訴訟に関してはさすがに国民に等しく認められた権利である以上「何らかの法的な制限」はさすがにおいそれとは難しいでしょうが、少なくとも医療側から見てこれはトンデモだろうと思えるような判決がなくなれば大いに違ってくるはずですから、まずその前段階として単に特定の誰かにとって都合が良いだけのトンデモ鑑定を書くような鑑定医は認めないという業界内部でのコンセンサスが求められるでしょうね。
例えば業界で自主的に司法鑑定専門医(仮称)なんて資格を制定し、司法関係者ともよく意見交換をした上で現場と司法の双方の実情に精通した鑑定が出来る人材を認定していくということが出来れば最善ですが、それが出来なくとも症例検討などとは全く違う鑑定あるいは法廷での証言といった場合の作法に関する基礎的な教育は、これからの時代に診療に従事する医師にとって必須のスキルとなりそうです。
医師会などもおもしろくもなければ日常臨床にも役立ちそうにない形ばかりの生涯教育なんてものに精出すばかりではなくて、こういった世間で求められている部分についてもっと教育の場を設けていけば、まだしも役にも立ち感謝されることもあるだろうにと思うのですけどね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月26日 (火)

あの危ない刑事が東京女子医大事件の担当者だったそうです

先日もお伝えしました品川美容外科への捜査資料流出問題で、逮捕された警視庁警部と同美容外科との癒着ぶりがあまりに常識外れであると話題になっています。
もともとこの施設には警察OBが何人も再就職していることは知られていて、現役世代ともこれだけ密接な繋がりを持っていたというのは便宜を図ってもらう意図があったかとも受け取られかねませんが、一方で今回の報道によればどうやら逮捕された警部の方から病院側にごり押ししたような気配もあるようなんですね。

高級割烹で接待、勝手に天下り斡旋…浮かぶズブズブ癒着(2011年7月22日産経新聞)

 品川美容外科の医療過誤事件をめぐる捜査資料を漏らしたとして逮捕された警視庁捜査1課の警部、白鳥陽一容疑者(58)は、捜査対象の病院に以前から親密にしていた警視庁OBを再就職させ、高級割烹(かっぽう)などで飲食接待を受けるなどしていた。浮かび上がった癒着(ゆちゃく)の構図に、警視庁も「異例なこと」と問題視している。

 警視庁や病院関係者によると、白鳥容疑者は警視庁が品川美容外科を家宅捜索した約2カ月後の昨年2月ごろ、捜査1課OBの中道宜昭容疑者らの再就職を受け入れるように、病院幹部らに求めた

 「病院の捜査を円滑に進めるためには、中道さんたちを、入れておいた方がいいんじゃないか」。捜査を取り仕切り、たびたび病院幹部に接触していた白鳥容疑者にこう迫られ、病院幹部らは拒むことができなかったという。

 暴力団のクレームなどに対応する“用心棒”役として、病院が警察官OBの“天下り”を受け入れることは珍しくなかったが、通常は警視庁本庁などの紹介などがある。捜査を受けている最中に、一警部の斡旋(あっせん)を受け入れるのは異例だ。

 白鳥容疑者と中道容疑者は捜査1課で5年5カ月、一緒で、「ナカさん」「シラさん」と呼び合う親密な仲。白鳥容疑者の“情実人事”は明らかだった。

 中道容疑者らが再就職すると、白鳥容疑者と病院側はさらに距離を縮めた。東京・内幸町のホテルにある高級割烹で、白鳥容疑者を接待。その場には中道容疑者らだけではなく、病院の実質トップの総院長ら幹部も同席したという。

 病院関係者らによると、白鳥容疑者は中道容疑者と頻繁に携帯電話で連絡を取り合っており、東京都内や千葉県の飲食店やスナックなどで飲食接待を繰り返したとみられる。白鳥容疑者が自分で飲食代を負担することもあったが、多額の経費請求が病院に回ってきた

 病院関係者は「白鳥容疑者に食い物にされたのではないか」と批判する。

 白鳥容疑者が2人を天下らせていたことについて、警視庁は「承知していなかった。後から事実を知って当惑した。しかし、退職者の行動は指導できない」としている。

 ただ、平成19年には愛知県警の巡査長が情報漏洩(ろうえい)の見返りに県警OBが現金を受け取ったとして逮捕・起訴されるなどしており、OBををめぐる癒着は後を絶たないのも事実だ。

警部、再就職を要求(2011年7月25日東京新聞)

 品川美容外科で起きた業務上過失致死事件の捜査資料が流出した事件で、地方公務員法(守秘義務)違反で逮捕された警視庁捜査一課警部の白鳥(しろとり)陽一容疑者(58)が今年二月、捜査対象だった同外科に再就職を暗に求めていたことが、同外科関係者への取材で分かった。警視庁は資料流出の背景に不透明な再就職があるとみて、実態解明を急いでいる。

 同外科関係者らによると、白鳥容疑者は業務上過失致死事件を捜査中だった今年二月、同外科総院長を呼び出し、元警視庁警部で同外科顧問に再就職していた中道宜昭容疑者(53)=同法違反(そそのかし)容疑で逮捕=とともに、都内の高級料亭で会食した。

 その際、白鳥容疑者は「自分は医療過誤に詳しい。(六十歳が定年の)警察人生も、あとわずか」などと話したという。総院長からこの話を聞いた同外科関係者は「自分を雇うよう、暗に求めてきたのだと受け止めた」としている。白鳥容疑者は昨年三月、同外科に「今いる警視庁OBは捜査に協力的でない。雇っていると病院がつぶれる」などと働き掛け、中道容疑者と石原三八一(みやかず)容疑者(61)=同=を再就職させたとされる。

 中道、石原両容疑者は当時、警視庁を退職した後で、同庁のあっせんでの再就職はできなかった。両容疑者の同外科での年収は約七百万円だったという。同外科が当時雇用していたOB二人は、系列の眼科クリニックに異動になった。

 中道容疑者は昨年夏、捜査資料のコピーを入れた封筒を総院長に渡したといい、同外科関係者には「(コピーは)報道関係者にもらった。具体的には死んでも言えない」と説明していた。さらに中道容疑者は、執刀医(38)=業務上過失致死罪で起訴=に、事情聴取に備えた想定問答も教えていたという。

品川美容外科事件の警部、執刀医の逮捕回避主張(2011年7月25日読売新聞)

 警視庁捜査1課の捜査資料漏えい事件で、品川美容外科側に捜査資料を流したとして地方公務員法(守秘義務)違反容疑で逮捕された同庁捜査1課警部・白鳥陽一容疑者(58)が今年1月頃、同外科池袋院で起きた医療事故について、執刀医を逮捕せずに書類送検にとどめるよう、捜査本部内で主張していたことが捜査関係者への取材でわかった。

 白鳥容疑者は同外科側から複数回にわたって飲食接待を受けており、同庁で詳しい経緯を調べている。

 同外科池袋院では2009年12月、脂肪吸引手術を受けた前田京(みやこ)さん(当時70歳)が手術の2日後に死亡した。

 前田さんの内臓には傷があったことから、同庁は尾久署に捜査本部を設置し、手術の際に吸引管で内臓を傷つけたのが原因とみて、業務上過失致死容疑で捜査を進めていた。白鳥容疑者は当時、医療事故の捜査を担当する捜査1課特殊犯捜査3係長で、捜査現場を指揮する立場だった。

 捜査関係者によると、事故から約1年がたった今年1月頃、捜査本部では、執刀医の堀内康啓被告(38)を逮捕する方針が検討されていたが、白鳥容疑者は、脂肪吸引手術には技術的な指針がないことなどを挙げ、「手術中の過失は問えない」として、逮捕するのではなく、書類送検にとどめるべきだと主張したという。

 白鳥容疑者は当時、同外科に再就職していた同庁OBの元警部中道宜昭容疑者(53)から、東京都内の料亭のほか、千葉県野田市のすし店やスナックなどで繰り返し飲食接待を受けていた。同庁は、白鳥容疑者が接待の場などで同外科側の意向を聞き、執刀医の逮捕に慎重論を述べた可能性があるとみている。

年俸アップ要求 医師逮捕に慎重意見 元警部ら協力して便宜図る? 美容外科の捜査資料漏洩(2011年7月25日産経新聞)

 品川美容外科の医療過誤捜査をめぐる資料漏洩(ろうえい)事件で、漏洩を唆(そそのか)した地方公務員法違反の疑いなどで逮捕された元病院の渉外担当で、警視庁捜査1課OBの元警部、中道宜昭容疑者(53)が病院側に年俸を約300万円増額し、約1千万円にするように求めていたことが24日、捜査関係者と病院関係者らへの取材で分かった。

 中道容疑者にコピーを渡したとして逮捕された捜査1課の現職警部、白鳥陽一容疑者(58)が、病院の捜査をめぐって、医師の逮捕に慎重意見を主張していたことも新たに判明。警視庁は、両容疑者が、捜査をめぐって協力して病院に便宜を図り、見返りを求めていた疑いもあるとみて調べている。

 関係者によると、中道容疑者の月給は病院に再就職した当初、約60万円程度で年俸約700万円だったが、今年2月ごろ、病院の総院長に対して「月に80万円ぐらい欲しい」と、年俸約1000万円を要求したという。

 中道容疑者はその前から、白鳥容疑者から入手したとみられる捜査情報を病院内部に流しており、その見返りを求めた可能性もある。病院に再就職した当日の昨年3月1日から、捜査拠点が置かれていた尾久署に白鳥容疑者を訪問。捜査資料の一部とみられる患者の遺族名簿コピーを受け取っていた疑いもある。

 一方、白鳥容疑者も今年に入って、捜査1課内で医師の逮捕が検討された際、「医師を逮捕すれば医療の現場を萎縮させる」「書類送検にとどめるべき」と、慎重論を主張した。

 脂肪吸引手術の技術的な指針が未整備だったことなど慎重論の根拠が深く検討されず、白鳥容疑者が同課幹部の捜査方針に不満を募らせていた可能性もあるが、一方で、同時期に病院に自分の天下りを求めるような言動もしており、警視庁は便宜を図る目的があった疑いもあるとみている。

美容整形という業界も色々と言われるところで、当初は病院側からもメリットを期待しての接近だったのかも知れませんが、ここまで「食い物にされた」状態ともなりますと病院側にはデメリットの方が大きいようにも思われますから、あるいはそうせざるを得ないような事情があったのかも知れませんね。
実際に同容疑者が再就職などの要求を出してくるようになったのが捜査が本格化してきた直後であり、同容疑者がその捜査を指揮する立場であったというくらいですから、そもそも捜査対象者に地位を利用して便宜供与を強制していたとも受け取れる話で、これでは警察と言うよりもその筋の人間の手口そのものではないかと誰でも感じるところではないでしょうか。
いずれにしても同容疑者も品川美容整形側も存分に法の裁きを受けて頂くしかないだろうという話ですが、ここで気になるのが同容疑者が警視庁内でも医療事故を担当する部門のエキスパートとして知られる人物であったということで、以前から個人的に築きあげた医療関係とのコネクションを利用して諸先輩を病院関係に再就職させる口利きまでしていたとも言います。
本人は「あちこちの病院からいつでも来てくれといわれている」と語っていたそうですから、それだけ医療に理解の深い専門家が警察内部にもいると言うのはいい話ではないかとも思ってしまいそうですけれども、今回の一件を見るまでもなく実際に面識のある人間からするとずいぶんと斜め上方向に逸脱した人物でもあったらしいのですね。

白鳥容疑者「医療事故の第一人者」、アンタッチャブルな「ドクター」(2011年7月22日産経新聞)

 殺人や強盗、性犯罪などの凶悪犯罪を手がける警視庁捜査1課の中で、白鳥陽一容疑者は、医療ミスや航空・鉄道事故などの業務上過失致死傷事件を捜査する「特殊犯」に12年3カ月、身を置いていた。「医療事故捜査の第一人者」「ドクター」などと呼ばれて評価される一方、専門分野では上司も容易に口をはさませない“アンタッチャブル”な存在になっていた。

 関係者によると、白鳥容疑者は若いころ、恐喝や誘拐事件などで犯人を追跡するバイクの運転手を担当。その後、医療事故捜査に関わるようになり、捜査官として頭角を現した。平成19年に警部に昇任し、係長として現場の捜査員を束ねていた。

 捜査にはまじめで熱心。医療の知識も、親族の医療関係者のテキストなどから独学で学ぶなどしていた。「豪放磊落(らいらく)な古き良き刑事」。ある捜査関係者はこう評するが、別の関係者は「捜査対象者に対し、自分の納得がいかなければ、激しく怒鳴るなど攻撃することもあった」と明かした。

 一方、2年前に警視庁を退職し、昨年、品川美容外科に再就職した中道宜昭容疑者も、5年5カ月の捜査1課の勤務経験を持つ。医療ミス事件などを担当しており、これをきっかけに白鳥容疑者と親しくなったとみられる。

 ある捜査関係者は「とにかく、人脈が広かった。捜査対象者の中にもためらわず飛び込んで話を聴こうとする。あまりに親しくなり過ぎて問題になったこともある」。結局、退職前には刑事畑を離れて警察署の警務課勤務になり、定年を待たずに退職した。

 同様に品川美容外科に再就職していた石原三八一容疑者は現役時代、汚職や企業犯罪を担当する捜査2課で情報を収集する「情報」担当などをしていた。白鳥容疑者とは亀有署時代に約7カ月間、一緒に勤務し、関係を深めたという。

「強引にストーリー押し通す」=逮捕の警部、女子医大事故も担当-無罪の医師語る(2011年7月22日時事ドットコム)

 捜査対象の美容外科に情報を漏らしたとして逮捕された警視庁捜査1課警部の白鳥陽一容疑者(58)は、2001年に東京女子医大病院で起きた医療事故の捜査も担当していた。この事故で業務上過失致死罪に問われ、その後無罪判決を受けた佐藤一樹医師(47)が22日までに時事通信の取材に応じ、「強引にストーリーを押し通そうとするタイプだった」などと、当時の同容疑者について語った。

 佐藤医師は東京女子医大病院に勤務していた01年3月、小学6年の女児の手術中に人工心肺装置の操作を誤り、3日後に死亡させたとして起訴された。同医師のミスが事故原因とする病院側の内部報告書を基に捜査が行われたが、公判では否定され、無罪が確定。病院側も報告書の誤りを認め、謝罪した

 当時警部補だった白鳥容疑者はこの捜査の中心人物で、佐藤医師の事情聴取にもほぼ毎回姿を見せていた。佐藤医師は「報告書の内容を信じ込んでいる様子で、否定すると『お前は女子医大と戦うんだな、アリとゾウがけんかするようなものだ』と大声で怒鳴られた」と振り返る。

 一方で、白鳥容疑者は事情聴取の最中に突然号泣し、「どうして俺たちがこんな難しい事件を担当しなくちゃいけないんだ」と漏らす一面もあった。報告書の誤りを主張する佐藤医師に対し、「これだけの社会問題になったら、誰かが悪者にならなきゃいけない」とも話したという。

いや、「これだけの社会問題になったら、誰かが悪者にならなきゃいけない」って、だから罪のない人間をでっち上げてでも犯罪者にしてしまうのが正しいのだと考えているのだとしたら、こんな怖い人間に司法に関わってもらいたくないですよね。
そもそもが世に名高いトンデモ事件として知られている女子医大事件で捜査を仕切っていたと言うだけで印象的には大きなマイナスポイントですけれども、こうして見ますと情緒不安定である上に色々な意味で危ない人物と言うしかなさそうな気配が濃厚で、これが天下の警視庁の誇る医療捜査の切り札なのだと言うのであれば、率直に不安を感じざるを得ないという医療関係者も数多いのではないでしょうか。
医療に限らず専門領域に関わる捜査は何かと大変であることは誰でも判ることですが、だからと言って捜査対象者と癒着し便宜を強要すらすることは社会通念上も許されることではないし、そんな人物であると知っていながら「でも面倒くさい医療なんてあいつに任せておいた方がいいから」なんて考えで放置していたのだとしたら、警視庁内部での責任問題も追及されなければならなくなります。
最近は警察関係でもちょっとそれはどうなのよ?と思われるような事件があちらこちらで目につきますが、もちろん個人的に信頼に値する警察関係者は幾らでもいるのは確かとして、そろそろ組織として内部の綱紀を真剣に正していかないことには歪んだ権力を持った巨大組織ほど怖いものはないということになってしまいますよね。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2011年7月25日 (月)

またもたらいが回され尊い命が犠牲に!

残念ながら今回スレタイの如き結果になってしまったそうなんですが、まずは記事から今回の事例を紹介してみましょう。

病院受け入れ拒否で男性死亡 千葉、7回断られる(2011年7月23日47ニュース)

胸の痛みを訴えて119番した千葉市若葉区の男性(88)が、六つの病院から計7回受け入れを拒否されて救急車内で心肺停止となり、約40分後に搬送先の病院で死亡が確認されていたことが23日、千葉市消防局への取材で分かった。

 市消防局によると、119番があったのは20日午前4時50分ごろ。約4分後に救急隊が到着し、市内外の病院に受け入れを要請したが、「満床」「患者対応中」などの理由で拒否された

 男性が心肺停止になったため再度要請すると、一度は断った若葉区の病院が受け入れ、午前5時半ごろ病院に到着したが、死亡が確認された。

病院受け入れ拒否7回 男性、救急車内で死亡 千葉市(2011年7月23日千葉日報)

 千葉市で20日、胸の痛みを訴え救急車を要請した男性(88)が、六つの病院で計7回受け入れを拒否されたあげく、車内で心肺停止状態となり、死亡していたことが22日、千葉市消防局への取材で分かった。搬送先が決まらない患者の“たらい回し”が問題となる中、県は今月、救急隊から病院への受け入れをより円滑にするための基準の運用を始めたばかりだった。

 同市消防局によると、20日午前4時50分ごろ、千葉市若葉区内の住民から「心臓発作で胸が痛い」などと119番通報があった。

 救急隊は約5分後に到着。男性に意識はあったが、命にかかわる状況と判断、受け入れ先の病院を探したが、同区内や同市中央区、美浜区のほか、四街道市の計六つの病院から「満床」や「患者対応中」「処置困難」との理由でいずれも受け入れを拒否された。

 搬送先が決まらないまま男性は同5時20分ごろに容体が悪化、心肺停止状態に。中央区の病院への再要請も断られ、結局、1番最初の要請で「満床」と拒否した若葉区の病院が受け入れ。病院収容は、救急隊の現場到着から約35分後の同午前5時半だった。男性は同病院で死亡が確認された。

 救急搬送時に受け入れ先が決まらない問題は全国でも相次ぎ、国は2009年、消防法を一部改正。医療機関への搬送をスムーズにするため、各都道府県に患者の搬送と受け入れに関する基準を作るよう義務化していた。

まずは亡くなられた患者さんに謹んで哀悼の意を表したいと思いますが、患者が発作と言ったというくらいですから心筋梗塞だったのでしょうか、地方などのケースで考えると35分というのは必ずしも非常に悪い数字でもないのかも知れませんが、今回不幸にして非常に急性の経過をたどられたということなのでしょう。
救急医療崩壊のマイルストーンともなった加古川心筋梗塞事件などでも辣腕を振るわれた功名心先生などの長年の尽力もあり(ちなみに功名心先生の神鑑定の素晴らしさに関しては新小児科医のつぶやきさんがまとめてくださっていますのでご参照ください)、全国津々浦々どこであれ最高レベルの医療が提供できないのであれば救急を受けるのは罪であるという認識が近年の業界内にすっかり普及してきたように思います。
以前であればちょっとそれはうちでは無理そうだけれども、でもとりあえず来て貰って診てみましょうかと能力、キャパシティ以上にがんばる先生や施設がいたものですが、そうした身の程知らずの無謀な施設はあちらでもこちらでも訴訟沙汰に巻き込まれ淘汰されていった結果、正しく功名心先生の求めるようなレベルの医療を提供出来る施設でしか重症例は受けない、受けてはならないというコンセンサスが成立してきたわけですね。

個人個人で見ればもちろん医者も様々な考え方の人間が存在しますが、集団を総体として見れば他のあらゆる職業と同じように「デメリットばかり多い仕事は避け、メリットの多い仕事を求める」という傾向は変わりませんから、救急医療のデメリットが増すばかりで一向にメリットが見えてこない現状では、今起こっているようなことは当たり前の現象に過ぎないと考えるべきでしょう。
医療に対する要求水準が極限まで高まり、助けられなければ罪とばかりに医療訴訟が一般化した時代にあっては医者もまず自分の身を守らなければなりませんが、万に一つも医療過誤があってはならないとばかりにゼロリスクを追及し続けることが、結局トータルとして見た自分達の利益につながっているのかどうかと言うことを国民の側ももう一度考えてみなければ、今後もこの流れはますます加速こそすれ変化することはないでしょう。
先日は消防庁からこんなデータが発表されていて、医療の常識は世間の非常識などとさんざん言われていた医療業界においても、ようやく世間並みに当たり前のことが当たり前に起こるようになってきたかという感慨もあるのですが、長年の世論に従った結果のごく自然な現象が今度は「たらい回し」だなどと世間の批判の対象になるというのですから不思議なものです。

救急車たらい回し過去最多 1年で約1万6400件(2011年7月22日テレビ朝日)

 重症患者の救急搬送で、3カ所以上の病院から受け入れを拒否されたケースが去年1年間で1万6000件以上発生し、過去最多となりました。

 これはいわゆる「救急車たらい回し」問題で、総務省消防庁の調査で明らかになりました。去年1年間で3カ所以上の病院から救急搬送を拒否されたケースは、前の年より3000件以上増えておよそ1万6400件に上り、過去最多を記録しました。なかでも10カ所以上の病院から拒否されたケースが727件あり、41カ所から拒否された患者もいました。受け入れ拒否の理由は、「手術中・患者対応中」や「処置が難しい」「空ベットがない」などが挙げられています。

受け入れ拒否、最多1万6千件=昨年の救急搬送調査-消防庁

 総務省消防庁は22日、昨年1年間の救急搬送の受け入れ状況に関する調査結果をまとめた。重症者で3回以上受け入れを断られた件数は前年比約3217件増の1万6381件で過去最多となった。同庁は「搬送件数全体が増えており、医療機関が対応しきれなかった部分があるのではないか」としている。
 調査は(1)重症患者(2)妊産婦(3)15歳未満の小児(4)救命救急センターへの搬送-の4区分(重複あり)について、東日本大震災により集計不能となった岩手県の陸前高田市消防本部を除く全国の消防本部を対象に実施した。
 10回以上受け入れを断られたのは重症727件、妊産婦18件、小児332件、救命救急センター搬送1467件。最も受け入れを断られた回数が多かったのは大阪府の救急患者のケースの64回だった。

すでに手がふさがっていたり能力的に無理だったりで対応も出来ないものを受け入れてはならないというのは、判例上も明確に示されたコンセンサスとなっているわけですが、こうして消防疔が「病院の拒否!」と世間に訴え、マスコミが「病院のたらい回し!」と報道する狙いがどこにあるのかということですよね。
患者を病院に置いてくればそれで仕事は終わりの消防救急とすれば、こうしたデータを次から次へと公表して「だから病院に患者を引き取らせる強制力がなければ救急は回らないんですよ」と世論を喚起したい狙いがあることは明白ですが、先の救急搬送ルール義務づけなどにも見られるように、その先にあるのは「救急受け入れ義務化」などという話になってくるのでしょう。
これが他の職業であればどれほどおかしな話に聞こえるか、例えば爆発物処理なんて技術は極めて高度な専門的知識と技量を有するものですけれども、とにかく自分に処理出来ようが出来まいが全例引き受けろ、失敗したら損害賠償だと言われて、そんな仕事をしたいと思う人間がどれほどいるだろうかと言うことです。
それでもまだしも報酬上報われるというのなら多少なりとも救いがありますが、ご存知のように救急など病院経営上の赤字部門であり、仮に今後多少なりとも報酬増額などと言ったところで当然総医療費抑制の観点から他の部分で削られ差し引き増収もあり得ない、ましてや仮に病院が増収となろうと現場で実際に汗を流しているスタッフの懐には一円も入らないわけですよね。

こうした状況で雇用主である病院側が「いいから黙って救急は全部受けろ!」なんてことを言い出せばどのような事態になるのか、全国の救急施設からスタッフの逃散が相次いでいるという現実が集団としての人間の自然な反応を示しているものと思われます。
もちろん個別に見て見れば裁ききれないような仕事も超絶能力で片付けてしまう超人的な医師であるとか、自分の身は犠牲にしてでも他人に尽くす献身的な医師もいるのかも知れませんが、そうした当たり前の人間からかけ離れた例外的な人々の存在を前提にしたシステムなど成立するはずもないということは、救急に限らない普遍的な社会常識ではないでしょうか。
ごく普通に家庭を持ち、一職業人として常識的な能力と誠実さをもった当たり前の人間である医師であっても燃え尽きることなく日々仕事が出来るような環境というものを考えていくと、近年あちこちで議論されているように救急医療引き受けを(実質)義務化するのであれば、それとワンセットで免責といったものも考えていかざるを得ませんよね。
その点で当面の実現性を考えると当の救急隊がそのモデルケースになると思いますが、例えば冒頭の千葉の事例など救急隊は搬送に失敗しているにも関わらず訴えられるということはまずほとんどない、万一有ったとしても救急隊員個人が司法的あるいは社会的な責任を問われるなんてことはなくて、奈良のように救急隊が搬送をしないで引き上げたなんて事例で裁判になっても訴えられるのはあくまで組織であるわけです。
救急は訴える対象ではないというコンセンサスがある程度成立していることも含めて、結局こういうのは親方日の丸の強みなのかなと思うのですが、そう考えると免責などと言う当面の実現性が乏しそうな話がやはり無理だと言うなら、とりあえずこじれた救急は社会的責任としても経営上の観点からも公立の施設で受ける、そしてその結果何かあれば必ず組織として国なり自治体なりが責任を取るというのが当座の道なのかなという気もします。

実際に自治体レベルでERを設立しようなんて動きは見られ始めていて、まずは患者を受けて初期治療を始める、そして必要に応じて上位あるいは下位医療機関に患者を振るという救急医療の司令塔としての機能も期待されているわけですが、現場の士気と医療の水準を保つためには機械的に医局人事で回すような外れくじの職場にしてしまってはいけないはずですよね。
もちろんそうした病院に勤める医師はノルマとして救急をやらされる形になるわけですからきちんと手厚く報いるのは当然として、こうした場は若手医師の修行場所としても機能させる(と言いますか、それくらいしかメリットは提示できないでしょう)ということを住民コンセンサスとして受け入れておかなければ運用は難しいかも知れません。
ただ現実問題として見ますと医者を守るどころか、「先生、患者様から訴えられたそうですね。病院には関係のないことだから先生個人で解決してください」なんてことを平然と言い放つ公立病院が幾らでもあるというのが、医者が先を争って公立病院から逃散し地域の医療が崩壊している一番の問題のような気もするんですけどね…

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年7月24日 (日)

今日のぐり:「セルフうどん さざなみ 妹尾バイパス店」

先日の女子W杯決勝はピッチ外でも色々な話題を提供してくれたようで、例えば中継一つを取ってみても「何があっても日米決戦かよ!」と突っ込まれまくりの状態だったようですけれども、そんな中でも地味に話題になっているものにこういう話があります。

なでしこジャパン澤穂希がナウシカ状態 (2011年7月18日BBSスレ)

1 :依頼206(京都府):2011/07/18(月) 13:28:59.09 ID:0/FFq+6f0 ?PLT(12000) ポイント特典
その者、青き衣を纏いて 金色の野に降り立つべし

Fig1

ちなみに国旗に描かれた某漫画主人公の絵は何でも原作者直々に描いてくれたものだという話なんですが、試合展開そのものは漫画も超えたという評判がもっぱらであるようです。
今日は遠くドイツの地で活躍した日本代表に敬意を表して、世界各地からちょっとした英雄的な?行為を探してみましたが、まずはこんな話題から行ってみましょう。

架空障害者手帳の男逮捕に協力、小浜署から携帯販売店社員に感謝状/福井(2011年3月29日福井新聞)

福井県警小浜署は28日、架空名義の身体障害者手帳を提示し、携帯電話を不当に安く購入しようとした詐欺未遂事件の容疑者の男=起訴済み=逮捕に協力したとして、小浜市遠敷のドコモショップ小浜店社員小西汐里さん(24)に感謝状を贈った。

同署によると、男は2月25日昼ごろ来店。身体障害者対象の割引サービスを悪用する目的で架空名義の身体障害者手帳を提示した。

小西さんによると、手帳には通常あるカバーがなく、不自然な折り目があり、男の挙動も不審だったという。小西さんの連絡を受けた本社が調べたところ手帳は偽造と分かり、警察に通報した。小西さんは、本社から偽造を知らせてきた電話が、男に聞こえる場所だったため機転を利かせて明るく受け答えし、男に対しても契約が可能なように振る舞った。

偽造が判明してから署員が駆けつけるまで約15分間、小西さんは平静を装いながら契約やサービス内容の説明、世間話などで時間を稼ぎ、男を引き留めた。小西さんは「犯人を逃がしたくない、絶対捕まえるという気持ちだった。自分は女優だと言い聞かせ対応した」と話す。

同署で贈呈式があり、山口博通署長から小西さんに感謝状が贈られた。小西さんは「このような感謝状をいただけると思っていなかったのでうれしい。大変光栄です」と笑顔で話していた。

昨今なかなか見かけないようなしっかりした振る舞いであったと思いますけれども、携帯電話も贅沢を言わなければ安く手に入る時代に容疑者もずいぶんと高くつく無駄な努力をしたものだと思いますね
同じく犯人逮捕ということにつながったのがこちらの一件ですけれども、これまたずいぶんと迂闊なことをしたものだと後悔しているのでしょうか。

女子大生柔道部員 暴行男を技で撃退 /神奈川(2011年7月12日読売新聞)

秦野署は10日、秦野市北矢名、無職生亀雅之容疑者(42)を暴行容疑で現行犯逮捕した。

同署によると、同容疑者は同日午前11時半頃、隣に住む東海大1年で柔道部所属の女子学生(18)に、「足音がうるさい」などと因縁をつけ、右手で前髪を引っ張った疑い。

女子学生は、同容疑者に玄関から引きずり出されそうになったため、柔道技の「大内刈り」をかけ、体勢を崩しながら助けを呼んだ。駆けつけた同大3年の女子学生(20)も柔道部に所属しており、暴れる同容疑者に対し、同じく柔道の関節技「腕がらみ」をかけて取り押さえ、駆けつけた同署員に引き渡した。

同容疑者は2人の女子学生に押さえ込まれ、「痛い痛い」と言って座り込んでいたという。容疑について黙秘している。

因縁をつけるにしても何とも情けない結果になったものだと思いますけれども、あくまで普段から鍛錬をしている人々だから出来たことであってよい子の皆さんは真似しちゃいけませんよね。
いつものようにぶれない大分合同からこんなニュースを取り上げてみますけれども、これはしかし「お手柄」で良かったんでしょうかねえ…?

「スッポンだ」お手柄“子ども博士”/大分(2011年6月23日大分合同新聞)

 先日の昼前、大分市郊外の田んぼで、30代の会社員男性がトラクターに乗って代かきをしていると、手伝いをしていた長男(10)が何やら叫んでいる。「何事か」と近寄ると、田んぼからカメが首を出していた。つかみ上げたところ大暴れ。よく見るとスッポンだと分かり、男性は慌ててバケツに入れた。小学校では“虫博士”と呼ばれるほど生物が好きな長男はその正体に気付き、「スッポンだ」と騒いでいたらしい。男性は「かまれていたら大変だった。知識は大事だな」と苦笑い。

例によって例の如くなこのイラストが全てを物語っていますけれども、素人さんが本当にこんなことをすると大変な事になりますよ!ですから、くれぐれも年少とは言えその道の先達の忠告には謙虚に耳を傾けていただいた方がよろしかろうと思いますね。
年少と言えばこちらも年少のヒーロー(予備軍)誕生か?という話題ですけれども、さすがに幾らなんでも年少すぎるだろうと感じるのは自分だけでしょうか。

1歳半の赤ちゃんがVVVフェンロに加入。吉田、カレンのチームメイトに!?/オランダ(2011年4月28日サッカーキング)

 26日、日本代表DFの吉田麻也とFWカレン・ロバートが所属しているオランダ・エールディビジのVVVフェンロが、1歳半の赤ん坊のバーク・マイヤーちゃんと10年契約を結んだことを発表した。

 VVVフェンロが1歳半の赤ん坊の獲得に動く決め手になったのは、動画共有サービスに上げられたバークちゃんの映像。既に90万回再生されている動画には、おもちゃ箱にサッカーボールを3回連続で華麗に蹴り入れるバークちゃんの姿が映されている。

 VVVフェンロはバークちゃんが契約書にサインを交わし、フェンロのユニフォームに袖を通した契約会見も行っている。

ちなみに画像付きのニュースはこちらなんですけれども、確かに天才宇佐見も幼小児から数々の伝説を残したとは言え、囲い込みもここまで来るとさすがにちょっと引きますね。
海外でも勇敢な御老人の話題が出ていますけれども、さすがにこれはいささか桁が違ったというところでしょうか。

ベンツで逃げようとした泥棒をトラクターでつり上げてやった/ノルウェー(2011年7月20日ロケットニュース24)

 ノルウェー在住の、とある年配の男性が注目を集めている。彼は7月17日、近所に押し入った泥棒を、とても大胆な方法で捕まえたのだ。その方法とは、なんと車に乗り込み逃走しようとしたところをトラクターでつり上げたのである。警察が到着するまでに45分もの間、捕まえ続けていたのである。

  この事件は、フィンマルク県のアルタで発生した。ハロルド・ミッケルセンさん(66歳)の店に、スキーマスクを着用した泥棒が押し入った。この泥棒は、犯行後に車に乗って逃げようとしたのだが、先回りしたハロルドさんは車ごとトラクターでつり上げたのだ。

  その一部始終を、たまたま居合わせたドイツ人観光客が撮影しており、話題となった。動画はYoutube上に公開されており、これを見た同国の人々は、彼を賞賛し、一躍ヒーローとして注目されることとなったのである。

  動画では警察が到着する前後の様子が、公開されているのだが、実際は45分もの間、到着を待っていたのだとか。しかし、ハロルドさんは泥棒にひるむことなく、無事に泥棒の身柄を警察に渡すことに成功した。

  だが、なぜ泥棒はドアを開けて逃げようとしなかったのだろうか? 車を断念すれば、逃走することもできたと思われるのだが……。とにかく、彼の行動は勇敢の一言に尽きるだろう。ちなみに、ハロルドさんは英雄として扱われることを、ひどく嫌がっているとのことだ。謙虚な姿勢にも頭が下がる。

話題になったという動画を見て頂くと状況は一目瞭然という感じなんですが、車の動きを見ている限りではこの犯人が何をやりたいのか今ひとつ判らないですよね。
世界新記録を樹立して一躍ヒーローとなれば言うことはないのですけれども、必ずしも喜び一色というわけでもなさそうなのがこちらのお二人です。

長時間キスでギネス新記録の46時間24分9秒 妻は笑顔で夫はゲンナリ/タイ(2011年2月15日ロイター)

 タイのパタヤで15日に開かれた「世界長時間キスコンテスト」で、熱いキスを交わすタイのティラナラット夫妻。42歳の夫と11歳年下の妻が交わしたキスの時間は、参加14組中、最も長い46時間24分9秒! 見事にギネスの認定証を受け取った妻は喜びいっぱいの表情だが、夫は心なしかゲンナリ?(ロイター)

確かにこのどこかミスマッチな表情での写真を拝見しますと何と言うのでしょうか、夫婦間の関係を暗示するかのようにも見えないこともないような…
今や世界最強の国家元首として国内のみならず国外においてもカルトな人気を誇るこちらのお方ですが、またもや新たな伝説が幕を開いたようです。

露首相がヒーローの劇画「スーパー・プーチン」、ネットで評判に/ロシア(2011年5月23日AFP)

【5月23日 AFP】武術を駆使するスーパーヒーロー、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)露首相が、世界を救う――。こんな劇画調マンガ「スーパー・プーチン、唯一無二の男(Super Putin, Man Like Any Other)」が今、ロシアのインターネット上で人気となっている。相棒は、熊の皮をかぶったドミトリー・メドベージェフ(Dmitry Medvedev)大統領だ。

 ウェブサイト「www.superputin.ru」で公開されているこのマンガは、世界滅亡の日が1年後に迫ったモスクワ(Moscow)が舞台。「北欧風キャラ」の柔道着姿のプーチン氏が、爆弾の仕掛けられた満員のバスを運転しながら乗客を救うというストーリー展開は、どこか1990年代の米アクション映画『スピード(Speed)』をほうふつとさせる。

 運転席で、プーチン氏は歯を食いしばり、「絶対に時速80キロ以下には減速しないぞ!」とハンドルを握り続ける。

 すると、恐ろしい形相をした熊が登場する。この熊は実は着ぐるみで、中から現れた「小人」のメドベージェフ氏が、自動で動くiPadを駆使して爆発物を処理し、バスは危機一髪で難を逃れる。

 これらは、プーチン首相の柔道好きや、メドベージェフ大統領のIT機器好きを題材としたものだ。

 ところが、爆発の危機を逃れたバスを、今度は「われわれに知事を選ばせろ」「ホドルコフスキーを釈放しろ」などと叫ぶゾンビ集団が襲う。ホドルコフスキーとは、かつて露石油最大手だったユコス(Yukos)元社長で、脱税などの罪で服役中のミハイル・ホドルコフスキー(Mikhail Khodorkovsky)受刑者のことだ。

■大統領選の「裏選挙活動」?

「スーパー・プーチン」のストーリーを書いたセルゲイ・カレニク(Sergei Kalenik)氏によると、マンガ制作は有志による無償プロジェクトで、完成まで2週間を費やした。制作の狙いは「沈うつなロシア政治を活性化し対話をもたらすこと」だというが、メドベージェフ氏を「小人」扱いしていることから、マンガの公開を拒否するメディアも出ているという。

 ロシアでは、2012年の次期大統領選に向けて、プーチン首相とメドベージェフ現大統領が出馬するか否かに注目が集まっている。こうしたなか、「スーパー・プーチン」は大統領選の裏選挙活動だとか、ロシア政府の依頼によるものではないかなどの憶測が飛び交っている。

ちなみに英語版のサイトが用意されているようなのですが、もはやどう見ても人間扱いをされていないと言うのでしょうか…
最後に取り上げますのはこうした話題にはあまり関わりが無さそうにも思える中国からのニュースなんですが、この中国らしからぬ(失礼)事件をまずは記事から見て頂くことにしましょう。

「後悔しません」…10階から落ちた幼児受け止め重傷の女性=杭州/中国(2011年7月4日サーチナ)

  浙江省杭州市内で2日、マンション10階から転落した幼児を通りすがりの女性が受け止め、腕を粉砕骨折する重傷を負った。女性は「私にも子がいる。母親としての本能で動いただけ。後悔はしません」と述べた。転落した子も重傷だが、命をとりとめる見込みという。中国新聞社が報じた。

  事故が発生したのは2日1時ごろ。近くに住む呉菊萍さん(1980年生まれ)は、生後15カ月(7カ月との報道もあり)の自分の子を連れて散歩してたところ、マンションの建物上方から子供の泣き声が聞こえた。

  見ると、幼児が窓から下半身を出し、落ちそうになっていた。幼児がいたのは10階の窓で、下の9階のベランダでは男性がはしごのようなものを突き出し、幼児の体を受け止めようとしていた。一方、マンション住民大勢が子供がいる部屋の玄関にかけつけ、ドアをこじあけようとした。建物外側では、幼児を見上げる人が増え始めた。

  しばらくして、幼児が10階の窓から落ちた。9階で男性が差し出したはしごにいったんは引っかかったが、すぐに転落した。

  成り行きを見ていた呉さんは思わず飛び出し、両手で幼児をキャッチ。2人は、ひとかたまりなって地面に倒れた。呉さんは苦痛に顔をゆがめて悲鳴を出し続けた。幼児もそばで泣いていたという。2人はただちに病院に搬送された。

  2人を治療した杭州富陽市骨傷医院の金副院長によると、呉さんは左手を粉砕骨折しており、かなりの重傷という。ただし「仮に体の高い部位、例えば首のあたりで受け止めていたら、全身に影響が及ぶ障害が残った可能性がある。頭部に激突していれば、命があぶなかった。(腕の骨折ですんだのは)不幸中の幸いだ」という。

  転落した幼児も重傷で、集中治療室で手当てを受けている。一命はとりとめる見込みという。

  呉さんは翌3日になり、話ができる状態になった。取材に対して「できることをやっただけです。私も母親ですから、本能だったと思います。とにかく、受け止めた子が、早く回復するように願っています」という。ただひとつ、大量の薬物投与を受けるため、わが子に母乳を与えられなくなったことだけが残念という。

  金副院長によると、呉さんは3週間の入院が必要で、全治には半年以上かかる。本来ならば5万元(約62万5000円)の治療費が必要だが「いだだくわけにはいきません」という。病院が費用のすべてを負担し、最善の治療をする考えだ。(編集担当:如月隼人)

まさに英雄的と言うしかないご本人のご尊顔がこちら、ご本人のものだというレントゲンがこちらなんですが、これでしたら整復は出来そうですから何とも幸いだったんじゃないかと思いますが、とにかく重ね重ねになりますが中国発、サーチナというにふさわしからぬ(失礼)英雄的行為としか言いようがないですよね。
現場の見取り図はこんな感じであったようで、中国ではこれから計算したという方がいらっしゃったので引用させて頂きますけれども、まあうかつに真似をするのはやめておいた方がよいと思える話です。

ちなみに落ちた子供は2歳半との事。
中国のヒマ人の計算によると、「子供の体重を15kgと仮定し、ビル一階分の高さを3mと仮定する。
子供は10階から転落したので9階分の高度から落ちるので27m。呉さんが受け止めた高さは1.5m程度と思われるので
子供の落下距離は25.5m。以上の数値から計算すると呉さんが子供を受け止めた時の落下速度は毎秒22.36m。
ここでさらに呉さんが子供を受け止めた接触時間を1秒と仮定すると、その瞬間に呉さんの腕には335kgの物体が
接触した事になる。

よくドラマなどではビル火災などで気安く子供を放り投げて受け止めるようなことを言いますけれども、実際にやるとなるとまさしく命がけであるということだけは知っておいた方がいいでしょうし、時速60キロの衝突はビル5階から落ちた時の衝撃と同じと言いますから、車の助手席で子供を抱えて座っているお母さんなども子供がスーパーマンよろしくすっ飛んでいく覚悟はしておかなければならないということですよね。
しかしおかしいですね、中国発のニュースなのに今日に限って満足に突っ込みもせず、なんでこんなに真面目な話になってしまうんでしょうか…

今日のぐり:「セルフうどん さざなみ 妹尾バイパス店」

法則と言うほど硬いものではありませんけれども、流行らないまま潰れてしまったお店の後に新しくお店が入ってもやはり流行らないということが多いような気がするのは自分だけでしょうか?
もちろん立地が悪くて流行らないといった状況であれば当然なんですけれども、普段からそこを通っている人にしてみると何となく悪いイメージがあるのかも知れませんね。
有名?な平食にほど近く、長年鳴かず飛ばずのままで先年営業を終了したドライブインの跡地に、こちらは自動車屋とうどん屋が入居したということなんですが、どうも広い敷地の過半を占める自動車屋の方があまり活発にやっている気配もないせいか「いつも人気の少ない店」というイメージが抜きがたくあるのですが、今回とりあえず味を見てみようということで初訪問してみました。

見た目はいかにも美味しく無さそうな立地と店構えなんですが、食事時とは言え意外に繁盛しているところを見ると案外外れでもないのかな?と思いつつ(失礼)入って見ますと、かけはうどん玉をもらって自分で暖めるという正しくセルフなお店で、今回は冷たいぶっかけうどんの中に、名物というゲソ天を使ったゲソ天丼をつけてみました。
ここの冷うどんは氷水で冷やすようで、そのおかげもあってかきゅっと締まったやや硬めのうどんなんですが相応に腰もあり、さすがに輝くような透明感はないもののなめらかな舌触り、喉越しともまずまず合格点をあげられるんじゃないかと思いますね。
甘口のつゆも味自体は悪くないんですが、このうどんに合わせてぶっかけにするには気持ち弱いかなと言う印象で、それでも全体としてはそう悪くないと思いますし、このうどんでしたら暖かいうどんで食べてもいいのかも知れませんね。
問題のゲソ天丼は太さが指ほどもある巨大なゲソ天をぶつ切りにして、甘辛のタレをかけ回してご飯に合わせてあるんですが、このゲソ天のクリスピーな食感と甘辛タレの塩梅はご飯に合わせるにも悪くないとは思うものの、とにかくこのゲソが太すぎと言うのでしょうか、普通イカゲソというと食材自体のうまみが非常に濃厚で味わい深いものなんですが、こちら大味過ぎてイカらしい味の面では全く楽しみがないですよね。
トッピングしてある半熟卵はどうなんでしょうか、自分は無しでいいかもとは思ったんですが、とにかくごく普通のイカゲソを使ったものなら良かったのに、幾ら名物とは言ってもこれはあまり感心できませんでした。

セルフとしては安くはない値段を割引券で補っているつもりなんでしょうが、うどんだけだと通常店並みの割高感は感じられるところで、丼物などとのセットメニューにしてようやくまずまずというコスパになるのでしょうか、少なくとも値段の面ではセルフ店としてさほど売りになるようなものは感じられませんでした。
接遇は威勢のいいタイプで意欲は認めるんですがとにかく顧客の顔が見えていないと言うのでしょうか、自分だけの世界に入っていて顧客は実質放置状態に置かれているようなところが多々あって、常連客ならともかく場所柄一見さんも多いでしょうに見ている範囲だけでも顧客の顔に「?」が浮かぶ局面が少なからずあったのは気になるところですかね。
目の前の仕事をこなすだけに必死で周りを見回している余裕がないだけだと言うことであれば、オペレーションに慣れてくるといくらかは改善されるのかも知れませんが、考えて見ると開店からすでにそれなりの日数は経っているはずだと思うのですけれどもね…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月23日 (土)

衆愚は黙ってマスコミ様に踊らされておればよい、だそうです

またぞろ例によって「お前が言うな!」の大合唱となっているのがこちらの記事なんですが、してみると天下の大朝日はまだ信頼を得ているつもりでいるということなんですかね?(苦笑)

【社説】英盗聴事件―メディアの信頼壊すな(2011年7月22日朝日新聞)

 「メディア王」と呼ばれるルパート・マードック氏が所有する大衆紙による盗聴事件が、英国のキャメロン政権や警察首脳もからんだ大スキャンダルになりつつある。

 疑惑の中心は、今月廃刊になった英紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドだ。有名人のスキャンダルを売り物にするタブロイド紙で、大部数を誇っていた。私立探偵をやとって電話を盗聴するやり方で「特ダネ」を狙い続けた。被害者は政治家から芸能人まで約4千人という。

 その矛先が誘拐殺人事件の被害者の携帯電話にまで向けられていたことが今月、明らかになり、世論の反発を浴びた。

 発端は5年前に起きた王室担当記者による盗聴だった。記者は逮捕されたが「単独犯行」とされた。辞任したコールソン編集長はキャメロン党首によって保守党の広報担当に起用され、官邸の報道局長にもなった。この元編集長をはじめ、何人もが逮捕されている。

 見過ごせないのは、新聞と権力との構造的な癒着だ。

 事件を捜査するロンドン警視庁の総監も、同紙の元副編集長を広報担当に採用していた。記者が携帯番号などの提供を受ける見返りに、警官にわいろを贈っていた疑いも出ている。

 キャメロン首相の就任後に、マードック氏は官邸への最初の客として招待された。総選挙での応援のお礼だったという。

 マードック氏は英国で、サン紙やタイムズ紙などとあわせ、発行される新聞の約4割を支配してきた。衛星放送事業も拡大しようとしていた。ビジネスを優先し、報道機関が守るべき倫理がなおざりになってはいなかっただろうか。

 政治家も、メディア王の力を自分のために使おうとしていなかっただろうか。英国政治では「マードック氏を敵にまわしては選挙に勝てない」というのが常識になっていたという。

 英政府には報道への規制を強めようという動きが出ている。特定の人物にメディアの寡占を許したことが、不健全な関係を招いた一因だろう。市民の不信も広がっている

 だが、メディアは権力による規制よりも、自浄力によって間違いを正さなければならない。今回も、盗聴事件の再捜査へのきっかけは、粘り強く報道したガーディアン紙などによるスクープだったことを評価したい。

 事件はメディアの自壊を招きかねない危うさを示している。それは民主主義の基盤を揺るがす。市民の知る権利にこたえる本来の役目を自覚したい。

このマードック氏と言えば「アニマルプラネット」を制作している「ディスカバリーチャンネル」のジョン・マローンとはツーカーの間柄で、近年傘下のメディアを総動員し日本に対して各種攻勢をしかけてきている人物であることは以前にも紹介した通りですが、ここではそちら方面の話題はとりあえず置いておくことにしましょう。
「英国政治では「マードック氏を敵にまわしては選挙に勝てない」というのが常識になっていた」という一文を見るだけでも、マスコミに権力を持たせることがどれほど民主主義国家において危険なことであるかが判りそうな話ですけれども、そのマスコミ業界において最も縁遠い言葉が自浄力というものではないでしょうか。
例えば天下の大朝日と言えばその内情がどれほど腐りきったものであるかは内部告発等でもすっかり白日の下にさらされて久しいところですが、彼らの辞書に自浄力などという言葉があるならこうした状況を長年に渡って放置してきているというのはどうなのかです。
そもそも先日新聞協会のトップに就任した朝日の秋山社長自らが、その就任の際にこんなコメントを堂々と出しているというのですから、彼らの考える民主主義というものがどういうものなのかが見えてくると言うものですよね。

新聞協会会長に秋山氏=「世論引っ張っていく」(2011年7月20日時事ドットコム)

 社団法人日本新聞協会は20日、会員総会を開き、会長に秋山耿太郎朝日新聞社社長を選任した。副会長には、喜多恒雄日本経済新聞社社長、村田正敏北海道新聞社社長、山本治朗中国新聞社社主・会長をそれぞれ選んだ。
 記者会見した秋山会長は「東日本大震災や社会保障の問題など、日本は大きな危機に直面している。世論に誤りがないように引っ張っていくのが新聞の役割だし責任でもある」とあいさつした。
 また、若者の新聞離れが進む中、学校教育に新聞を取り入れる動きがあることを「業界にとって千載一遇のチャンスだ」と指摘。子どもの頃から新聞に親しんでもらうことが、購読者を増やすためにも有効だとの考えを示した。

秋山・朝日新聞社長が新聞協会会長に就任(2011年7月20日朝日新聞)

(略)
 秋山会長は2005年から日本新聞協会理事を務めている。都内で開いた会見で東日本大震災や原発事故に触れ、「歴史を記録し、真実を追究するジャーナリズムの責任を果たすとき。新聞の役割を広く認知してもらえるようにしたい」と語った。
(略)

秋山社長曰く、彼らマスコミ業界人の意に沿わぬ世論など誤りであって正されて当然であるという認識だそうですし、彼ら新聞の役割とは歴史を記録し真実を追究するところにあるということですが、当の朝日などはかつてこの秋山社長の長男が大麻所持で逮捕された際にもずっとダンマリを決め通したという輝かしい歴史があるわけですよね。
また彼らの考える正しい世論のあり方とはどのようなものなのか、いかなる手段をもってそれを正すべきと考えているのかという点については、例えば昨今話題の原発問題に絡んでこういう話があります。

朝日新聞の「戦争責任」/池田信夫(2011年06月29日アゴラ)より抜粋

(略)
それより朝日新聞は、かつて原発を推進した「戦争責任」を忘れたのだろうか。志村嘉一郎『東電帝国―その失敗の本質』によれば、1970年代に朝日は、岸田純之助論説委員の指揮の下に原発推進の方針を決め、東電の原発の全面広告を出した。秦正流専務は「朝日としては(原発推進という)コンセンサスがなくてはならない。記者個人が反対するのは自由だが、それをボツにするかどうかの権限は編集局にある」と明言したという。

その尖兵となった大熊由紀子記者の激しい「原発安全キャンペーン」は、同業者の間でも「朝日は電力会社に買収されたのか」と話題になったものだ。彼女の書いた『核燃料―探査から廃棄物処理まで』(朝日新聞社)は朝日の資料室にあるはずだから、読んだほうがいい。再生可能エネルギーを否定し、原発の安全神話をつくった最大の「戦犯」が誰であるか、わかるはずだ。

こうした忌まわしい過去に口をぬぐって、原発事故が起こったら、自分は何の責任もないかのように「自然エネルギー派」に転向する朝日の体質は、かつて大本営発表を垂れ流して戦争のお先棒をかついだ責任を封印して「平和憲法」キャンペーンに転向したのと似ている。これから「脱原発」キャンペーンを張るつもりなら、まず過去の自社のキャンペーンが正しかったのかどうか、検証してからにすべきだ。

追跡 原発利益共同体 東電広告費 116億円 昨年度(2011年6月29日しんぶん赤旗)より抜粋

(略)
大手紙を総なめ 原発推進広告掲載
「朝日」から始まった
事故のたびPR費膨張

 東京電力の「普及開発関係費」が急増している時期があります。70年代後半、80年代後半、2000年代前半などです。

広がる「逆風」押さえ込みへ

 東電が編さんした『関東の電気事業と東京電力 電気事業の創始から東京電力50年への軌跡』(「東電50年史」)は70年1月から用地買収に着手した柏崎刈羽原子力発電所の建設について、「激しい反対運動にさらされた」と指摘しています。
(略)

業界をあげてメディア対策

 メディア対策は、東電だけでなく、電力業界全体の課題でした。東京電力や関西電力、中部電力など電力10社で構成する電気事業連合会で71年から82年にかけて広報部長を務めた鈴木建氏は回顧録『電力産業の新しい挑戦』の中で赤裸々にメディア対策を語っています。

 鈴木氏は原子力の広報費について、「単なるPR費ではなく、建設費の一部」と位置づけ、原発立地対策や世論の動向に広報費を最大限生かします。

 広島に原爆が投下されてから29年目となる74年8月6日、「放射能は環境にどんな影響を与えるか」と題した10段広告が朝日新聞に立ち現れました

 74年当時、朝日新聞は石油ショックのあおりで広告が減少し、意見広告を多く掲載しようという議論がありました。その中で、原発推進の意見広告も受け入れるという結論が出されたといいます。

 このとき朝日新聞への広告を取り仕切ったのが電事連の鈴木氏です。鈴木氏は「朝日は読者がインテリ層であるから、硬くはなるが、第三者によるPRということで学者や専門の研究所員を動員した」などと振り返っています。

紙面づくりに影響を及ぼす

朝日新聞への10段広告は、その後2年にわたって毎月欠かさず掲載され、76年以降も数カ月に1回程度は掲載されました。この広告が思わぬ効果をもたらしました

 最初に反応したのは読売新聞です。読売新聞の広報担当者は「原子力は、私どもの社長の正力松太郎(初代原子力委員長)が導入したものである。それをライバル紙の朝日にPR広告をやられたのでは、私どもの面目が立たない」と読売新聞への出稿を求め、掲載するようになります。

朝日新聞、読売新聞に定期的に原子力発電のPR広告が掲載されるようになると、次は毎日新聞からも要請が来ました。しかし、毎日新聞は当時、原発に反対するキャンペーン記事や「政治を暮らしへ」というシリーズを掲載していました。

 鈴木氏は毎日新聞の広報部に「御社のエネルギー問題への取り組み方針はどうなっているのですか。反対が天下のためになると思うのなら、反対に徹すればいいではないですか。広告なんてケチなことは、どうでもいいではないですか」「消費者運動を煽(あお)って企業をつぶすような紙面づくりをやっていたのでは、広告だってだんだん出なくなりますよ」などと迫ります。

 鈴木氏によると結局、毎日新聞は編集幹部も含めて、原子力発電の記事を慎重に扱うと約束し、「政治を暮らしへ」シリーズも紙面から消えました

 鈴木氏は「毎年“原子力の日”の政府の原子力広報が全国の地方新聞に掲載できるようになったのも、朝日へのPR広告の掲載が道を開いたものだと思っている」とも語ります。「原発マネー」が新聞を総なめしたのです。(清水渡)

この現場の記者が書いた記事を上が好き放題に扱って良いし、無断改稿すら自由勝手に許されるという話はあちらこちらから出てきていますけれども、さすが天下の大朝日だけにこうしたテクニックは大東亜戦争一直線の時代から年季が入っているということなのでしょうか。
いずれにしても朝日に限らず東電など電力業界から各種メディアに巨額のお金が流れていたということは今や周知の事実ですけれども、その中でもとりわけ朝日が群を抜いてメディアトップランナーの立場にあり、彼らの言う通り「世論に誤りがないように引っ張っていく」責任を果たしたということなのでしょう(苦笑)。
このように主要メディアが軒並み鼻薬を嗅がされてきた以上は今さら急に手のひら返しも出来ないということなのでしょうか、昨今では九電のやらせメールなど「赤旗ばかりがスクープを飛ばす(ウォール・ストリート・ジャーナル )」という状況に至っている背景には、そうした過去の経緯があるということなのでしょうね。

朝日ばかりが悪者であるかのように見えますけれども、こういう「俺たちはお馬鹿な国民を正しく導いてやっているんだぜ」という発想は大手マスコミに共通する職業病ということなのでしょうか、見ていますとあちらでもこちらでも彼らが一生懸命国民を導こうとしている姿が見え隠れしてくるのはいっそ滑稽というものですよね。
先日は東日本大地震に関連してとうとう台湾からの義援金が200億円を突破したという話があり、台湾の馬総統からは「なあに、台湾中部地震で支援してもらったお返しですよ」なんてありがたい言葉を頂いていますけれども、そもそも台湾には御礼の広告すら出さないのでやむなく民間独自で動かざるを得なかったくらいですから、日本国内ではこの問題は華麗にスルーされてしまっているようです。
今の時代にこういう露骨なことをやると即座に世間に知られてしまうわけですが、それを全く意に介した様子もないというのは彼らマスコミが自分達こそ正義、世を正しく導く存在であるという高尚な使命感(笑)に包まれているからなんでしょうね。

【東日本大震災】yutubeに「台湾からの義援金が200億円に達しても頑なに報道しない日本のマスゴミ」動画がアップ(2011年7月18日ベストアンドワースト)

2011年7月14日youtubeyutubeににアップされた「台湾からの義援金が200億円に達しても頑なに報道しない日本のマスゴミ」とする動画が一部で注目を集めている。

確かに、「台湾 義援金 200億円」で検索してもヒットするニュースは少ない。テレビ局関係で配信しているものは一つもない。

取り上げているのは以下の新聞くらいだ。

99年のお返し…台湾が「世界一」支援 義援金200億円に(スポーツニッポン - ‎2011年7月11日‎)

台湾からの義援金200億円に(沖縄タイムス - ‎2011年7月11日‎)

日本から消えて失くなったもの 日本人の手の中で光り輝くもの(行政調査新聞 - 2011年7月16日‎)

震災復興へ協力強化=観光客の訪日など推進-台湾(時事通信 - 2011年7月15日‎)

震災復興へ協力強化=観光客の訪日など推進―台湾(朝日新聞 - 2011年7月15日‎)

朝日新聞は時事通信のニュースの引用。ニュースのメインは観光客誘致の話であり、義援金の話ではない。実際に評価しているのは、スポーツニッポン以下3紙くらいだ。ただ途中170億円くらいに達したときに、産経新聞などいくつかのマスコミが報道はしている。それも限られた数ではあるが。

また、100億円を突破した時点でも読売新聞などが報道しているが、だんだんニュースバリューが無くなってきたということだろうか。

まだ震災で苦しんでいる人もおり、義援金はこれからも集まることと思う。人の好意にランキングをつけることはできない。

しかし、少なくとも、一人あたりの義援金にすれば、日本人と同じかそれ以上に支援してくれた国が台湾である。おそらく今回の震災支援ではTOPクラスにランクされる国だろう。

このことは、忘れてはいけないことであると思う。

本当に苦しいときに助けてくれる者が真の友人である

台湾問題に関しては先日も留学生への補助金が台湾からの学生に対してはおりないという騒ぎがあって、彼の地では少なからず騒動になっているという話がありましたが、台湾が日本と親しくなることがよほど困ったことになると言うことなんですかね。
ここまで徹底するといっそ天晴れと言う感じにもなってきますが、やはりこれは政府が行っているのと同じようにさるやんごとなき筋への配慮というものでも働いているのでしょうか?
一方で逆の意味の配慮を濃厚にせずにはいられないという対象もあるようで、例えば先日大きな話題になった女子日本代表のW杯制覇に関してもこれまた例によって例の如くという話題が噴出しています。

フジテレビ、なでしこジャパン表彰式をカット!韓国に配慮?(2011年7月19日ベストアンドワースト)

2011年7月18日、女子ワールドカップサッカー決勝戦を放送したフジテレビの放映に疑問が投げかけられている。

なぜか、表彰式の放送がカットされるという事態が生じたのだ。

このことについて、ネットでは、普段から「韓流」を推進するフジテレビが韓国に配慮したのではないかという憶測が流れている。

2ちゃんねるの「【速報】フジテレビ、韓国に配慮し表彰式をカット」ではこのような意見が出ている。

28 名前:さあ名無しさん、ここは守りたい[] 投稿日:2011/07/18(月) 07:05:16.31 ID:H14XlpmB0 [2/3]
韓国の表彰式なら喜んで流しまくるんだろうな

32 名前:さあ名無しさん、ここは守りたい[] 投稿日:2011/07/18(月) 07:10:00.53 ID:g4BUMRpFO
CM入るのは仕方ないかもだけど、
いつもと同じタイミングだったの? フジの実況見てると、いつもより多いって感じだったけど

42 名前:さあ名無しさん、ここは守りたい[] 投稿日:2011/07/18(月) 07:12:21.33 ID:xQAUgKTy0
でも日本人って本当お人よしというかなんというか
これ海外だったら暴動とかおこってると思う
とくに韓国

57 名前:さあ名無しさん、ここは守りたい[sage] 投稿日:2011/07/18(月) 07:47:43.47 ID:/TvYiTFb0
BSと2画面で見てたが
アメリカの表彰前にCM入ったから「もしや日本の表彰に間に合わせるためか?」と思ったが
CM開けてもダイジェスト続けて全然表彰映さなかった

65 名前:さあ名無しさん、ここは守りたい[] 投稿日:2011/07/18(月) 08:20:53.16 ID:gslbyFQ30
本当にビックリしたね。
松木の解説なんてどうだっていいから、早く表彰式見せろ!って思ったもん。
松木解説の後ろの画面に、小さく女子代表達が表彰式やってるのが映ってた
普通そっちが先だろ…。なんで松木の解説優先なんだよwwwwwwwwwwww

99 名前:さあ名無しさん、ここは守りたい[] 投稿日:2011/07/18(月) 15:39:53.97 ID:e9K12w64O
スケートの時にもやったから、確信犯だよ。
日本が表彰されるシーンは、なにがなんでも映したくないらしい。
糞蛆TV!!

100 名前:さあ名無しさん、ここは守りたい[] 投稿日:2011/07/18(月) 15:43:19.09 ID:B7paCg/ZO
BS、NHKニュース見た後にフジ見たらびっくり

最高の舞台の
最高の試合なのに
実況がもう…

BS見てて良かった

126 名前:さあ名無しさん、ここは守りたい[sage] 投稿日:2011/07/19(火) 01:47:32.30 ID:eGsx0XTF0
おれもBSみてたけど
途中フジみたらクソみたいな実況でBSに戻したw

まさか表彰式もやってなかったのか

129 名前:さあ名無しさん、ここは守りたい[sage] 投稿日:2011/07/19(火) 02:57:00.42 ID:jepK6fYk0 [1/2]
>>32
俺はネットで表彰式見たけど
澤MVP授与のとき・・・ダイジェストを流し始める
メダル、カップ掲げて台座からおりるまで
フジはずっとCM。
CMあけ後も、ダイジェストの続きだったかな

すべて終わってから、みなばらけはじめたころに
ようやくLIVE映像にもどす。
意図的な悪意だよ、これは。
タイミングとかの問題じゃない。

130 名前:さあ名無しさん、ここは守りたい[sage] 投稿日:2011/07/19(火) 04:20:58.75 ID:DCcbU8Po0
306 名前:名無しさん@恐縮です [] 投稿日:2011/07/18(月) 17:51:09.54 ID:GPv5hHXHO    New!!
フジが表彰式をほとんど流さなかったことについて電凸した奴がいたが、凄すぎる理由を答えられてて吹いた。
何でも、国歌国旗法ができたことで、日の丸・君が代に反対する意見との中立を保つために、君が代が流れる表彰式を流すことは、
放送法に定められた公正中立原則に違反する恐れがあると、コンプライアンス委員会より、指摘されたんだそうな。
結果として、国歌国旗法がある限り、君が代が流れる表彰式を流すことは、法律で禁止されております、だとさ。 ・・・
(参考:速報】フジテレビ、韓国に配慮し表彰式をカット)

しかし言い訳に使うにしても、本気で「国旗国歌を流すのは放送法上問題がある!」なんてことを考えているのだとすればそもそも代表戦など扱う事自体があり得ないではないかという話にありますが、いずれにしてもフジテレビとしては何らかの配慮に従って放送内容に手心を加えたというのは確かだということでしょうか。
ちなみに何故これが韓国に対する配慮なのかさっぱり判らないという人も少なからずいるかも知れませんけれども、今回のことに限らず韓国では国際社会で日本が認められるということに関しては非常に強烈な忌避感があるようで、来日した韓国人歌手ですらその話題になると「僕はダメです」と即座に席を外したというくらいに徹底されているということですから大変なものです。
もっとも韓国ではうっかりこうした場に留まって営業スマイルなど浮かべていようものなら親日派(売国奴)認定されて国にいられなくなるという話ですからやむを得ないところもありますが、局内からも「まるで韓国のTV局だ」なんて声があがるほどに韓流に入れ込んでいるフジテレビだけに、そのあたりの配慮は欠かすわけにはいかないと言うことなのでしょう。
しかし自分達の利益に直結するからといって、国の代表が一生懸命戦っている場を私物化してしまうのは仮にも公器を自称する身でどうなのかですよね。

彼らがどんな大所高所から国民を導こうとしているのかは知りませんけれども、導くにしてもその方向性がこの程度だと言うことでは一体どんなトンデモ船頭なのかと誰しも不安に駆られるのは当然ですし、実際に国民の側からはマスコミに対してノーが突きつけられているというのが彼らの業績にも表れているわけです。
実はちょうど今話題の地デジというものが彼らにとっては諸刃の剣で、一方では先日もお伝えしましたように彼らにとって既得権益を保持するための重要な手段であるからこそ熱心に推進してきたわけですが、他方ではこのご時世に高い金を出して新しいテレビなど買えるかとばかりに、彼らの主要顧客である高齢者層で一斉にテレビ離れの徴候が見られているようなんですね。
がっちり手堅い受信料収入でウハウハと思われていたNHKなどにしても、この地デジ化と併せて「ニュースなんて携帯で見れば十分」と受信契約解除の申し込みが殺到していると言いますから、彼らにとってこの地デジ化推進というのは思わぬ誤算になりつつあるのかも知れません。
しかしまあ、自分達の生命線とも言える部分ですらこの程度の知恵しか回っていない人々が国民を教え導いているというのも怖い話ですが、昨今の世情を見ると何やら久しく以前に彼らがやったことをそのまま繰り返しているように見えなくもないですかね…

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月22日 (金)

怪しさを増したまま発展を続けるネット上での営業活動

先日はこういう記事が出ていましたが、御覧になりましたでしょうか。

自宅待機社員が提訴 「ペニーオークション」違法性指摘で「報復」(2011年7月5日産経新聞)

職場のコンプライアンス(法令順守)違反を指摘した報復に自宅待機を命じ、月数万円の休業手当しか支払わないのは不当だとして、キャバクラなどを運営する飲食関連企業の男性社員(37)が5日、未払い賃金と慰謝料100万円の支払いを求める訴訟を大阪地裁に起こした。

 訴状によると、男性は西日本でキャバクラやナイトクラブ約100店を経営する企業グループの中核会社に勤務。今年3月に退職を勧められ、応じないと自宅待機を命じられた。その後は月数万円の休業手当しか受け取っていないという。

 男性側によると、会社が導入を検討した、入札ごとに手数料がかかる新しいインターネットオークション「ペニーオークション」に違法性があると訴えてから、退職を迫られるようになったという。

 ペニーオークションをめぐっては「高額の手数料がかかるのに落札できない」と全国でトラブルが急増している。

このペニーオークションなるものの怪しさについては以前にも取り上げたことがありますけれども、そもそも手数料を稼ぐことが目的で最初から商品を売るつもりがないのではないかとも思われる事例が散見され、その方法論の一つとして自動で入札を継続するプログラムを走らせているらしいという噂が絶えません。
今回の事例がどのような違法性があるのかは記事からは定かではありませんけれども、キャバクラの類もこのところ経営的に良い話も聞かないだけに、さして元手もかからずローリスクで導入出来る割にハイリターンが見込めるペニーオークションにはどうしても参入したかったということなのでしょうか。
インターネットがこれだけ一般化した結果、あちらでもこちらでも以前では考えられなかったようなお金儲けの手段が存在するようになっていて、実際「たったこれだけのことで大金持ちに!」なんて噂話も漏れ聞こえて来ているわけですから、自分達も乗り遅れまいと焦る気持ちも判らないではありませんが、客商売である以上は大前提として顧客の利益ということを抜きにしてはならないんじゃないかなという気がします。
そうした中で、これまたネット絡みの商売として社会問題化していることを以前にも何度か取り上げたことのあるグルーポン問題ですが、先日はいよいよ訴訟沙汰になってしまったということで、まずはこちらの記事から紹介しておきましょう。

「格安クーポンで損害」 共同購入サイト・グルーポンを提訴へ 大阪(2011年6月28日産経新聞)

 インターネットの共同購入サイトで格安クーポンを過大に販売させられ、大幅な赤字が出たとして、東大阪市の美容室経営会社が、サイトの運営会社「グルーポン・ジャパン」(東京)に約1700万円の損害賠償を求め、大阪地裁に近く提訴することが27日、分かった。共同購入サイトをめぐっては、店側の対応能力を超えるクーポンが販売され、「予約が取れない」といったトラブルが相次いでいるが、訴訟に発展するケースは異例。

 グルーポン側は「リスクの説明も行ったうえで(販売するかどうかは)すべて店側に決めてもらっている」と反論している。

 美容室側の訴えによると、カットやカラー(髪染め)など1万3200円分のサービスを2900円にするクーポン。美容室の取り分は、ここからさらにグルーポンへの報酬を差し引いた金額だった。

 大阪市内で新店舗を開業するのに合わせ、昨年11月から約1500枚を販売。対応能力を超えてクーポン客が殺到したため、美容師などの増員を余儀なくされたほか、採算度外視の料金設定だったため、数百万円の赤字が出たとしている。

 美容室側はグルーポン担当者の勧誘をめぐり、「事前にリスク情報を提供しなかった」と説明義務違反を主張。また「『購入客の2割は期限内に来店しないので、そのまま店側の利益になる』と、事実と異なる不当な勧誘を受けた」とも訴えている。

 一方、グルーポンは取材に対し、勧誘をめぐる美容室側の主張について「事実ではない」と回答。クーポン価格や販売枚数については「スタッフの人数やキャパシティを分析し、対応可能と判断して提案した」としながら、最終的な決定権はすべて店側にある、と責任を否定している。

 グルーポンをめぐっては、大量のクーポンを販売した東京のたい焼き店が「経営が成り立たない」とクーポン使用を停止するトラブルが今年2月に発覚。また、グルーポンで購入したお節料理が「見本と違う」と苦情が相次いだ横浜市の販売業者に同月、消費者庁が再発防止を求める措置命令を出す騒動もあった。

ま、このグルーポンの勧誘のやり方に関してはあちらからもこちらからも当事者の声が出ているところで、店も知らない間に飲み放題をつけておいてクレームにはまるで対応しないだとか、勝手にメールを送りつけておいて返事がなければ承諾したものとみなして無断掲載するだとか、ちょっとそれは社会常識的に無しだよね?と思えるような斜め上の話が幾らでも出てきているわけですよね。
グルーポン側とすれば何もせずとも売り上げの半分を取る契約ですから最初から一切損をする気遣いはない、何かあっても「でも全て承知の上で契約したのはそっちでしょ?何が問題?」という態度ですから暖簾に腕押しというものですが、過去の報道を見ても裁判沙汰になることもなく泣き寝入りしているお店は数限りなく存在しているのだろうなと思います。
顧客が泣いた分だけグルーポンも儲けていらっしゃると言うことなのでしょう、聞くところによるとその業績はとんでもない勢いで絶讚急上昇中だと言いますからこのご時世に大変なものですけれども、その成功に飽きたらず更なる儲けを追求するというのですから商魂たくましいと言うしかありませんよね。

「今度はCMで総選挙」グルーポンのCMにAKB48起用? 投票権はグルーポン会員のみ(2011年7月8日ガジェット通信)

共同購入サイトの『グルーポン』にAKB48とその姉妹グループのSKE48、NMB48の“CM版選抜総選挙”が行われることになった。この企画はAKB48、SKE48、NMB48が各チームに別れておりファンがCMに出演して欲しいチームやコンテを投票で決めるというもの。

投票は『グルーポン』サイトにて行われ、また『グルーポン』会員でないと投票権は得られない。AKB48、SKE48、NMB48のファンは自分の推しメンがCMに出て欲しいはず。そうなったら今までの推移からして複数投票という行為に出るだろう。複数アカウント取得で投票、投票権アカウントの出品、などなど容易に予想できる。投票は1アカウントにつき1回までとなっているが、1人が複数アカウントを取得して投票することは禁止されていない

9日からこの企画の告知CMが放送される予定となっており、早ければ8月にCMがオンエアされる。

『グルーポン』の会員登録は無料なのでCDを2000枚買うような出費はないかもしれないが、労力と時間は凄いことになるぞ。どうせなら投票権は共同購入できるようにしたら良かったのに。だって『グルーポン』でしょ?

記事を一読して頂ければお判りの通り、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのAKBに便乗して一挙に会員数大幅増を狙っているということが見え見えであるわけですし、組織票当たり前だと言うAKBマニアにすれば複数登録のための捨てメルアド取得の手間など全く問題ではないということなのでしょう(一応は一会員一アカウントという規約になっていますが、確認のしようがありませんよね)。
グルーポン問題の側からこの一件を眺めている人間にとっては「またうまいことやったもんだな」と言うしかないわけですが、何しろAKBと言えば投票というくらいに世間では認識されていますから参加する人間も多いでしょうし、実際にAKB側から見るとこんな感じで「また新しい企画が!」とばかりに無邪気な宣伝も盛んに行われているようです(しかしまあ、グルーポンで愛ですか…)。

ファンが選ぶCM 放送へ(2011年7月21日産経ニュース)

 日本中を沸かせたAKB48の選抜総選挙から1カ月余り。その熱気も冷めやらぬうちに、今度はSKE48、NMB48のメンバーを加えて業界初の「CM版総選挙」が行われ、8月にもテレビで放送される。

 共同購入型クーポンサイト「GROUPON(グルーポン)」で“投票”を実施したところ、9~13日で1万2562票が集まり、3グループからそれぞれ4人のメンバーが選出された。23日からは、12人が出演する動画をネット上に流して再投票。最終的に、“みんながつくるCM”が決まる。

 投票は1人1回のため、6月の総選挙のように投票券付きCDを大量に買い、“推しメン”に惜しげもなく投票するファンの浪費はなくなりそう。ファンの皆さん、愛を込めた“真の一票”をCMに反映させましょう。(T)

思うにグルーポン側とすれば無料の会員登録をさせるだけでは宣伝にはなっても直接的な収入には結びつかない道理ですが、これをどうやって確実に利益に結びつけるかという道筋はとっくに考えているのだろうと思います。
恐らく今回の投票に絡んで必ず複数アカウント取得による組織票というものは出てくるはずですが、規約上は複数アカウント取得行為は禁止されており違反に対しては「事前に通知若しくは催告することなく、本サービスの利用を一時的に停止し、会員登録を取り消し、又はその他当社が必要と判断する措置を講ずることができる」と言うことになっているわけですが、いたずらに厳しく追及しても余計なコストがかかるばかりで利益には結びつきませんよね。
そこで大幅増で獲得した会員を簡単に利益に結びつけようと言うのであれば、例えばこうした捨てアカウント云々が問題になっていることを告示した上で「こうした事態を防ぐために、一定期間ご利用のないアカウントは登録を抹消させていただきます」なんてことを言い出せば、とりあえず投票権維持のために何か買っておこうかと考えるマニアが黙っていても大金を貢いでくれることになるでしょう。
ま、そうした想像が当たるか外れるかはともかくとして、こうして見ていると何をするにしても元手をかけずに大きな儲けにつながる道をよく探してくるものだなと感心するのですが、その結果今日も大損をして泣いている真面目なお店が多数あるということもまた忘れるわけにはいきませんよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月21日 (木)

ワトソン容疑者、全国視聴者の前でその本質をさらけ出す

先日以来開催されていたIWC総会ですが、結局今回も捕鯨派、反捕鯨派双方の主張が平行線をたどったまま終わるといういつもの通りの結末となったようです。

IWC総会閉幕、鯨禁漁区の採決で日本など捕鯨支持国が退席(2011年7月15日AFP)

【7月15日 AFP】英領チャネル諸島(Channel Islands)ジャージー(Jersey)島で開かれていた国際捕鯨委員会(International Whaling Commission、IWC)の第63回年次総会が14日、4日間の日程を終えて閉幕した。南大西洋(South Atlantic)の鯨禁漁区(サンクチュアリ)設定をめぐる採決では、これを不服とする捕鯨支持国が退席するなど、いつもながら反捕鯨国と捕鯨支持国との対立も見られた

 現在、捕鯨が禁じられている海域は南極(Antarctica)周辺海域とインド洋(Indian Ocean)だけだが、南大西洋にも捕鯨を禁じるクジラ保護海域を設定するようブラジルとアルゼンチンが採決の実施を呼びかけた。だが、日本を筆頭とする捕鯨支持国が退席したため、投票に必要な出席国数を満たせず、採決は見送られた

 毎年、南極海で調査捕鯨を実施している日本は、反捕鯨団体「シー・シェパード(Sea Shepherd Conservation Society、SS)」の妨害宣言にも関わらず、来シーズンも調査捕鯨を行うと言明している。

■わずかながら進展も

 反捕鯨国と捕鯨支持国との深い溝が浮き彫りとなるなかで、わずかながら進展も見られた

 その1つが英国が透明性確保と「票買い」防止の対策として提案した加盟国の分担金支払い方式の変更案が採択されたことだ。

 これまでの方式では、加盟国が10万ドル超の分担金を現金や小切手で支払うことを認めていたが、この慣習は不正の温床となりかねないと指摘されていた。

 さらに、IWCが保護種と認定するクジラ目を、現在の15種から小型のクジラ目やイルカ、ネズミイルカにも拡大していくことでも合意した。

こうしてみると双方手詰まり感が濃厚という状況ですが、現状を打開しようと水面下では互いの主導権争いが激しく行われていたことが報道されており、例えば反捕鯨を主導するEU側の主導で加盟国分担金の現金などでの支払いを認めず、銀行送金のみとする「票買い」防止策が採択されたということですが、もともと票買いどころか捕鯨に無関係な国を加盟させるやり方は反捕鯨国の始めたことですよね。
例えば英国などは「ブルガリア、クロアチア、キプロス、エストニア、ギリシア、ラトビア、リトアニア、マケドニア、モンテネグロ、セルビアに対して、反捕鯨国としての国際捕鯨委員会参加を外交ルートを通じて申し入れ」たと議会で外務大臣が証言したと言いますから、例によって自分達に都合が悪ければルールの方を変えればよいという話でしょうか。
こうした反捕鯨国による露骨な主導権獲得の動きは今に始まったことでもありませんが、内心はともかくとして今回全会一致でようやく一つの成果として得られたのが、テロ組織シー・シェパード(SS)を名指ししての調査捕鯨の妨害阻止決議が成立したということです。

調査捕鯨の妨害阻止を決議=シー・シェパード名指し-IWC総会(2011年7月14日時事ドットコム)

 【ジャージー島(英領チャネル諸島)時事】国際捕鯨委員会(IWC)の年次総会は最終日の14日、日本政府が提出した、反捕鯨団体「シー・シェパード」(SS)による調査捕鯨への妨害活動阻止に向けた決議案を全会一致で採択した。
 海上の安全確保をめぐる決議は過去の総会で採択されているが、SSを名指しする決議は今回が初めて。今年3月半ばまで予定されていた前季の日本の南極海での調査捕鯨は、SSの激しい妨害活動を受けて2月半ばに打ち切りを余儀なくされた。
 決議では関係国に対し、SSの妨害活動阻止に向けた取り組みを継続するよう求めることなどが盛り込まれている。日本政府代表団が決議案を説明した後、各国から反対意見は出なかった

さすがに反捕鯨諸国もテロ行為に荷担するかのように見られるのは嫌だったと見えますが、これでワトソン容疑者の「調査捕鯨は違法な暴力行為」云々という主張の根拠は公式に否定され、彼らの行動こそ反社会的行為であることが国際的に公認されたと言うことですし、実際に密漁対策でSSに協力させるなんてことを言っていたパラオも話を白紙に戻したと言いますから、公的なSS包囲網は次第に狭まっているとは言えそうです。
日本としても国際社会に向けて彼らの本質をきちんと広報し、その協力者はテロ支援を行う者であるということを主張していかなければならないところですが、実のところ足下である日本国内においてこそそうした活動が真っ先に行われコンセンサスを形成しておかなければならないはずが、今まではほとんどメディアにも取り上げられることもなかったということは困った話ですよね。
そんな中で御覧になった方も多いと思いますが、以前からこの問題を追及している産経の佐々木記者と、昨今あちこちで人気の戦場カメラマンの渡辺陽一氏とがタッグを組んで、テレビ番組において直接ワトソン容疑者と電話会談を行うという画期的な企画が実現し、しかもこの内容が(どうやら佐々木氏の紹介によって)「テキサス親父」によっても取り上げられ全世界に発信されたというのは大きな前進であったと思いますね。

【参考】「渡部陽一が撮った!これが世界の『戦場』だ ポール・ワトソン」 (youtube動画)

【参考】字幕【テキサス親父】世界の嘘つき詐欺師が日本のテレビに出演

番組動画を見てみればテキサス親父ならずとも「Really!?」と叫びたくなるような発言がてんこ盛りということで、さすがにこういうことをやらせるとテレビの力と言うものは大きなものがあると思いますし、番組を見ていた人間でワトソンらテロ集団を胡散臭く感じない人間もいなかったことでしょう。
佐々木氏がブログにおいてこの番組の舞台裏を書いているのですが、これがまたなかなかにケッサクな内容で、渡辺氏なども非常に良い味を出しているなと感心させられますから是非ご一読頂きたいのですが、テレビだけでは判らない会場の生の雰囲気に触れた部分から少しばかり引用させて頂きましょう。

【フジテレビ特番裏話】「ワトソン容疑者」と呼び掛けた渡部陽一さん、子供達の追及にたじろいだワトソン (2011年7月5日ブログ記事)
より抜粋

(略)
 番組を見た方は、おそらく同じような印象を持ったと思います。ワトソンの受け答えは非常に不愉快きわまりないもので、やはり、我々の常識とはかけ離れた神経の持ち主であるということを感じたのではないでしょうか?。
 私は緊張して舞台に立ちながらも、これで彼の化けの皮がはがれたと独り言し、これでSSが日本でプロパガンダできなくなるだろうと考えました。

 ワトソンはなぜ、この番組に出演することをOKしたのでしょうか?もちろん、ギャラは一切払っていません。
 ワトソンは反捕鯨国のテレビ番組によく登場しており、その番組はワトソンの華々しい過去や〝偉業〟(彼らにとっては)を褒め称える内容になっています。観客はワトソンの言葉を惚れ込んで聞いているような印象があるし、毎回、大きな拍手で迎えられ、ワトソンも終始、いい顔をして番組を終えます。
 きっと、ワトソンは日本社会にシーシェパードの理念や活動を、いつもの番組のように、浸透することができるという自信があったのでしょう。
 しかし、それはものの見事に失敗しましたね。調子に乗ればのるほど、適格な判断を誤る良い例です。

 渡部さんと私は、番組中、「ワトソン容疑者」という呼び掛けることを決めていました。彼は国際指名手配犯です。捕鯨問題の是非はあるでしょうが、それは一線も引けないラインです。私も渡部さんも質問に熱中しすぎて、一度、「ワトソンさん」と言い間違えることがあり、そのときにはすぐにADからカンペが出てきました。
 ワトソンは最初からの詰問調の呼び掛けに、だんだん苛立って来ているのがわかりました。いつも、記者からのこうした問いかけには、万事、淀みなくスラスラ応えるのですが、「オ、オ、オ、オレンジジュース」とか「シー、シー、シーシェパード」などと簡単な言葉でも、詰まるようになってきました。
 スタジオは、ワトソンの破天荒な受け答えに、〝ドン引き〟していました。「どうしてあんな暴力をふるうのか」「あなたは、これまで、誰もけがさせていないというけど日本人は負傷しているじゃないか」と聞いても、まったくその問題には答えずに、「ああいえばこういう」の論理ではぐらかしたからです。
 収録の前に、高島さんに私が「ワトソンはあらゆる質問に答えない。自分の土俵に持って行くから」と伝えており、私の隣に立つ高島さんも収録中に「やっぱり。こういうことなんですね」と思わず漏らしたくらいでした。
 そして、ゲスト陣の中で最も怒っていたのは、石原良純さんでした。石原さんは何度もワトソンに質問し、「暴力をすることをあなたは認めるのですね」と理詰めで聞いたのですが、ワトソンは「それは違う」の一点張りでした。

 子どもたちの質問の番になりました。すると、これまでの受け答えを聞いていた子どもたちが、臆すことなく不満を表し、どんどんワトソンに質問をあびせかけたのです。一人が質問すれば、どんどん競うように手を上げて、300人のうちの3分の1ぐらいが手を上げていたかもしれない。

どうしてクジラのことばかり、言うのですか?
クジラの肉を食べてはだめなんですか?
暴力をしてはいけないと思います?

 などなどー。カメラのそばで、司会の高島さんに指示を出すADが、子供たちの質問タイムは「あと10分」などとメッセージを出していたのですが、このやりとりがあまりにもテレビ的におもしろいので、「20分ぐらいに伸ばしてもOK」と質問タイムを伸ばしたのです。
 ワトソンはさすがに子どもたちの追及には、強弁をふるうことができずタジタジになっていました。そして、「どうして牛を守らないのですか?」の質問に対して、「牛は海に住んでいないから」との名言をはいたのです。
 この回答には同時通訳の方も戸惑っている感じでした。
(略)

けだし「牛は海に住んでいないから」は後世に残る名言となるかも知れませんけれども(苦笑)、番組を見ていましても子供達の方がよほど本質を理解した質問を連発していて、それはあれだけ馬鹿馬鹿しい言い逃ればかりしている相手には主義主張は別として、誰だって気分を害さずにはいられないだろうなと自然に感じられる番組となったんじゃないかと思います。
SS連中の方でもまた資金集め目的のプロパガンダ映画を作ったようですから、地道な反SS広報活動を通じて「こんなキ印に資金を出すなど正気の沙汰ではない」という世論を作り上げていかなければならない道理ですが、一方でそうした銃後の活動と前後して最前線におけるテロ活動対策もまた重要なことは言うまでもありませんよね。
以前から南極海でのテロ活動に対して法的にきちんとした裏付けを与えて対抗すべきだなんて話は根強くありますし、先日も農水省から海保の巡視船を出せと要請があったということですけれども、その根拠として必要なものなのであれば国際的にもSSのやっていることは反社会的行為であるとはっきり断定されているわけですから、国内においても法改正なりの諸手続も躊躇してはならないでしょう。
しかし何しろ南極と言えば遠洋であるだけに、仮にもあの大型巡視船が派遣されるなんてことになると名前からして縁起が悪いことこの上ない気がしないでもないのですが…(苦笑)

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2011年7月20日 (水)

進まぬ小児脳死移植 しかし移植を求める患者は待てる状況にもなく

臓器移植法改正によって先日初めて行われた小児からの脳死臓器移植から後、第二、第三の症例がどうなることかと興味深く見守っていましたが、一向に話を聞かないと思っておりましたらやはり一例きりしか行われていなかったようですね。

改正臓器移植法1年:小児の脳死状態14例 判定に至らず(2011年7月18日毎日新聞)

 改正臓器移植法の全面施行(10年7月17日)以降、15歳未満の小児からの脳死臓器提供が4月に1例実施されたが、このほかに小児患者が脳死とみられる状態になったケースが少なくとも11医療施設で14例あったことが、毎日新聞の調査で分かった。親が臓器提供に承諾しなかったり、医師が提供に関する説明を見送るケースが目立ち、いずれも提供には至らなかった。特に小児の場合、家族や医療現場で脳死が人の死として受け入れられない現状が浮き彫りになった。

 ◇本社56施設調査

 毎日新聞は7月1~15日、小児からの脳死臓器提供を実施すると表明している全国の56施設を対象に郵送によるアンケートを実施。46施設(回答率82%)から回答を得た。

 小児患者が脳死とみられる状態になった14例のうち、親が承諾しなかった(4例)▽主治医らが悲嘆にくれる家族の様子を見て、最初から説明を見送った(4例)▽虐待を受けた疑いを否定できなかった(2例)▽主治医が医学的理由で説明を見送った(1例)--などの理由で、いずれも脳死判定や提供に至らなかった

 小児の臓器提供がこれまで1例にとどまっていることについて、全体の半数に当たる28施設は「予想通り」と答えた。理由として「親が脳死を受け入れられない」「虐待の見極めが困難」などの意見が挙がった。

 18歳以上の脳死臓器提供実施施設として名前を公表しているのは2月1日現在、全国で303施設。これらの施設は制度上は小児の脳死臓器提供も可能だが、小児からの提供実施を表明しているのは56施設にとどまっている。【比嘉洋、久野華代、藤野基文】

脳死:「人の死」根付かぬ日本 小児臓器提供進まず(2011年7月18日毎日新聞)

 15歳未満の小児患者からの脳死臓器提供に道を開き、家族承諾での臓器提供を可能にした改正臓器移植法の全面施行から17日で丸1年を迎えた。施行後、全体の脳死臓器提供は急増したが、小児からの提供は1例だけ。提供が進まない背景には、脳死を受け入れがたい親の心情や医師の間でも見解がまとまらないことなど、提供を阻むさまざまな課題がある。【比嘉洋、藤野基文、久野華代】

 ◇実施施設「返上」の病院も

 小児の脳死臓器提供実施施設として毎日新聞のアンケートに答えた東海地方の病院で2月7日午前9時ごろ、入院中の男児(1歳5カ月)の自発呼吸が止まった。脳波も平たん。脳死とみられる状態だった。

 「脳の活動が非常に乏しいです」

 同日午後7時、男児のいる集中治療室の隣室に集められた両親とそれぞれの祖父母計6人に治療を担当する女性医師(27)が告げた。人工呼吸器をつけた男児は眠っているように見える。だが、意識が再び戻ることはない。説明を受けた20代の母親が涙をこぼした。

 男児は1月下旬に40度の高熱と激しいけいれんで救急搬送され、インフルエンザ脳症と診断された。投薬治療を続けていたが、意識が回復しないままこの日を迎えた。男児の祖母が詰め寄った。「孫は脳死なんですか」。医師は男児に臓器提供の機会があることを説明し、提供する場合にのみ脳死かどうかを判定するという現行の制度を説明した。家族はすぐに臓器提供を断った。脳死と認めなくてよいのなら、「うちに連れて帰りたい」

 女性医師とともに診療に当たった男性小児科医(43)は「家族が提供の意思を示したら、おそらく脳死と判定されるケースだった」と振り返る。

 病院は治療を継続し、母親は3歳になる姉を連れてほぼ毎日見舞いに訪れている。男児は脳死とみられる状態でも脊髄(せきずい)反射などにより手足が動き、排便もする。女性医師によると、母親はその度に喜び、動きが少ないと「きょうは機嫌が悪いみたい」と悲しむという。人工呼吸器などの生命維持装置の管理の方法を家族が習得すれば、男児は今月中にも帰宅できる

 成人は脳死から数日で心停止に至ることが多いが、小児は心停止まで長期間にわたる場合がある。小児科医は「(臓器移植が進む欧米各国のように)『脳死は人の死』とする死生観が日本に根付かない限り、特に小児の脳死臓器提供は増えないだろう」と指摘する。

小児脳死臓器提供から手を引く施設も出ている。ある病院は改正法施行後の昨年12月の時点では、小児臓器提供実施施設として表明していたが、数カ月後に取り下げた。県内の別の医療施設から「小児からの提供については独自で見解を出すべきでない。先に地域の医師の間で議論を深め、方針を統一すべきだ」との指摘を受けたためだ。取り下げた病院関係者によると、県内の小児救命救急に携わる医師の一部は、救命を願う親の気持ちを傷つけかねないなどの理由から、移植医療自体に抵抗感を持っている。一方で、臓器移植を望む子どもの希望に応えるべきだとする医師も多く、話し合いを続けているという。

 改正法に対応した臓器移植マニュアルをまとめた厚生労働省研究班のメンバー、岡田真人・聖隷三方原病院院長補佐は「脳死について議論を十分尽くさないで、臓器を提供する時に限って脳死を人の死とした。これは世界的にも特殊な状況で、問題を複雑にしている。臓器提供をする時だけ親に子どもの死の時期を判断させるというのは、社会に受け入れられないのではないか」と指摘する。

 ◇心停止後含め提供数伸びず 海外移植も困難に

 改正臓器移植法施行で家族承諾による脳死臓器提供が可能となり、最大でも年間13例だった提供数がこの1年間で55例と急増した。しかし、施行前から家族承諾で行うことができた心停止後の提供数は減り、脳死と心停止を合わせた年間臓器提供数は大きな伸びを示していない

 専門家の間では、脳死提供の手続きの緩和に伴い、従来は心停止後に提供を承諾するケースで脳死での提供を認めるようになったため、心停止後の提供が減ったと考えられている。移植ネットなどによると、この1年間の脳死提供55例のうち49例は家族が承諾したケース。移植を受けた患者は心臓が37人(過去最多は年11人)、肝臓51人(同13人)と大幅に増えた。一方、改正法全面施行後の臓器提供は心停止後の76例(6月末まで)を含め計131例。法施行直前の3年間は▽09年105例(脳死7例、心停止後98例)▽08年109例(脳死13例、心停止後96例)▽07年105例(脳死13例、心停止後92例)で、2割程度伸びた形だ。

 大阪大の福嶌教偉(のりひで)・移植医療部副部長は、施行後、医療施設側も臓器提供の機会があることを説明するようになってきたことや、患者の家族から主治医に臓器提供を申し出るケースが増えてきていることを挙げ、「移植医療は国民の中に徐々に浸透してきているのではないか」と話す。

 海外での移植などを支援しているNPO法人「日本移植支援協会」によると、これまで年間5~10人ほど渡航移植を支援してきたが、改正法施行後は国内での臓器提供が増えたため支援は1人のみに減った。協会の高橋和子理事長は「渡航移植の自粛を求めるイスタンブール宣言(08年5月)の採択の影響もあり、施行後も小児の臓器提供が1例しかない現状は、小児の移植希望者にとっては非常に苦しい」と語る。

 脳死は、心臓は動いているが、脳の全機能が失われた状態。呼吸などの調節を行う脳幹の機能が残り、自ら呼吸できる「植物状態」とは異なる。脳死状態でも人工呼吸器などを装着すれば、生命力の強い小児の場合、数年間心臓が動き続けることもある。脳死判定は移植に関わらない判定医が、脳波活動や自発呼吸の消失の確認など5項目について、6時間以上の間隔を空け2回行う。蘇生力の高い6歳未満は間隔を24時間以上空ける。昨年全面施行された改正臓器移植法で、本人が生前に拒否していない限り家族の承諾で脳死臓器提供ができるようになったほか、対象年齢も生後12週未満を除く全年齢で可能になった。一方、虐待を受けていた小児(18歳未満)からの臓器提供を禁じている。

家族の側が抵抗感があるのは当然のことで、今回の改正で移植を前提とした場合のみ脳死判定を行うというのは、今までであれば死と認定されなかった状況で臓器提供を希望すれば死と認定しましょうと言うことですから、いったい死とはそんなにも便宜的なものでよいのかと混乱があっても仕方のないところではあるでしょう。
何でも文化的背景に帰結させてしまうのもどうなのかと思うのですけれども、このあたりは同じ文化圏に属していても個々の家族の価値観に差はあるでしょうから、最初は移植に理解のある少数の方々を中心にしてでも徐々に症例数が増えてくればいずれ世間も慣れてくるだろうと思いますし、当面は慌てず急がず気長にやっていくしかないのでしょうね。
ありがたいことに日本の場合は脳死状態であっても経済的負担は一般人でも耐えられないというほどでもありませんから、ご家族は元より医療側にしてもただでさえ多忙な中で揉めることが必至の脳死判定を急ぎたくなる状況にはありませんし、記事にもあるようにご家族が納得いくまでご家庭で面倒を見て行くことも可能ではありますが、移植云々は抜きにしてもそれがいいのか悪いのかはまた別問題ですよね。
こうした症例の場合当初は身体的には一見健康そうに見えても、時間が経つ毎に悲惨な状況に陥っていきやすいものであることを考える時、案外脳死判定という区切りをつけることもまた一つの救済にはなり得るんじゃないかという気もしますから、今後死という概念が変化していくだろうことは必ずしも否定すべき点ばかりでもないように思います。

一方で記事を見ていて興味深いのが、世間的には移植と言うとともすれば医療の暴走のようにも言われ、とにかく多少怪しくてもどんどん脳死と判定して移植に回そうと陰で画策しているかのようにも言われがちな医療側からも、今回の改正を契機に小児移植から手を引くという施設も出てきているということですよね。
もちろんそうした世間の厳しい視線があるからこそという側面もあるのでしょうが、当然ながら医療従事者も人の子である以上は多様な価値観があって当たり前ですし、何よりやる側が「は~、僕も本当はこんなことやりたくないんですよね」なんて顔をしていたのでは患者側もたまったものではありませんから、内外で十二分に議論をした上で話を進めていくのが職業倫理というものだと思います。
同時に前述の通り、今まで日本では無理に急いで脳死判定しなければならないような状況にはなかったし、この方は脳死で実質すでに亡くなっている状態だけれども引き続き医療費は負担してくださいねという、考えて見れば病院が死体をダシにぼっているような事も違和感なく行えてきていたわけですが、場合によっては家族の方が脳死に理解がある状況ということも今後当然にあり得るわけですよね。
「先生、正直うちの子はもう脳死なんじゃないですか?」とご家族から言われた場合、本来であれば唯一人の死亡を確認する権限を持つはずの医者の側が「い、いや、そういう考えもありますけれども、僕的にはまだ生きていらっしゃると思うんですけどね…」なんてことになってはおかしな話ですから、一般の医療従事者の間でも今までさほど身近なものに感じてはいなかったかも知れない脳死と言うものへの理解を深める必要がありそうです。

さて、そもそもこうした法改正が行われるようになった背景として世界的な移植用の臓器不足と、それを受けて「自国民用の臓器は自国内で」という認識の広がりがあるということは何度もお伝えした通りですが、記事を見ますと法改正後の一過性の現象かも知れませんが「臓器の買い漁り」とも批判されかねない渡航移植は減少傾向にあるようです。
世界的にも渡航移植禁止や厳重な制限を打ち出す国も増え、とりわけ国内での需要が多い先進諸国ではその傾向が強いわけですが、現状のように国内からのドナー提供がおいそれと増加する気配にない中で渡航移植の出口ばかりが狭まっていくということになれば、犯罪組織なども絡んだ裏ルートでの移植がますます盛んになりかねません。
すでにインドなどは心臓移植大国として世界中から顧客を呼び込むメディカルツーリズムを展開していますけれども、当然ながらそれだけの移植を行うということはそれだけ多数の心臓を誰かから提供頂いているということで、日本に限らず世界の先進諸国もそろそろ背景の部分にも盲目では済まされないということにならざるを得ないでしょう。
貿易の世界ではすでにフェアトレードという考え方がありますけれども、臓器移植もドナー、レシピエント双方にとって直接命に関わる部分だけに何をやっても許されるという考え方は通用しないのは当然で、きちんとした国際的な基準策定と監視体制の構築も考えていかなければならない時期なのかも知れません。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年7月19日 (火)

さいたま市でのたらい回し事件続報

先日もお伝えしました埼玉の「12病院”たらい回し”事件」ですが、かねてその旨が報じられていた通り消防救急側を中心とした事後検証が終了、報道陣に公開されました。

病院の受け入れ拒否、死亡可能性高めた 消防局が検証 /埼玉(2011年7月16日朝日新聞)

 さいたま市南区で6月、車いすの無職星野美穂さん(当時38)=同市見沼区大谷=が乗用車と衝突して死亡する事故があった。この事故について市消防局は15日、11カ所の病院に受け入れを拒否され、救急車の到着から搬送まで2時間以上かかったことが死亡の可能性を高めたとする検証結果を発表した。

 市消防局によると、救急隊が現場に着いたのは6月29日午後10時25分ごろ。星野さん自身は搬送を拒否したが、左頭部がはれ、腰の痛みを訴えたという。隊員は電話で病院を探したが「当直医は耳鼻科」などと断られ続けた。星野さんは最終的に、一度拒否された市内の救急指定の総合病院に運ばれたが、30日午後2時ごろ、外傷性くも膜下出血などで死亡した。

 検証結果では、医療機関の受け入れと救急隊が搬送先を決める体制が不十分などとし、搬送時間がかかって死亡した可能性が高まったと結論づけた。

救急患者「たらい回し」で死亡 医療と連絡「不十分」 /埼玉(2011年7月16日東京新聞)

 さいたま市南区で六月二十九日夜、車にはねられた車いすの女性(38)が救急搬送時、病院に受け入れを次々と断られて死亡したことを受け、市消防局は十五日、検証結果を発表。「(医師不足による)医療機関の受け入れ態勢、収容先を決める救急内部の連絡が不十分で、搬送に時間がかかり死亡の可能性が高まった」と結論付けた。 (前田朋子)

 さいたま市は今後、救急搬送時に手間取った際の手順を明文化。市内二十四カ所の二次救急医療機関に対しては、専門外でも一時的に収容してもらうよう依頼する方針。

 市や上尾市などの消防本部、医師会などでつくる「県中央地域メディカルコントロール協議会」が各病院や救急隊の対応を検討。その結果、事故後、救急隊は現場で搬送先を探し長時間が経過。「さいたま市消防局の指令センターに連絡し、搬送先を探してもらうなど協力を仰ぐ態勢が構築されていなかった」と指摘した。

 さらに、女性は手足と頭にけがをし、受け入れる医療機関側も整形外科か脳外科か、二次救急か三次救急かどちらで診察すべきか迷ったという。女性は最終的に、三次救急医療機関のさいたま赤十字病院(さいたま市中央区)に収容されたが死亡した。

 市の関根正明救急課長は、遺族に「死を無駄にしないでほしい」と言われたことを明かし、「命を救えず非常に残念。関係機関と協力して、救急医療体制を構築したい」と話した。また、市は受け入れを断った病院数を十二から十一に訂正した。

しかし医療側の受け入れ体制が整っていないとは今頃何を言っているのですけれども、それに対しての対策が「無理でも無茶でも受け入れろ」では対策と呼ぶに値するのでしょうか?(確かに検証した消防救急側からすれば患者を置いてくれば仕事は終わりでしょうが…)
二次救急に対して「専門外でも一時的に収容してもらうよう依頼する方針」というのは、市内二十四カ所と言うくらいですから本当に名ばかり救急を掲げている施設も少なからずあるでしょうに随分と無茶なことを言うと思いますが、そもそも前回にも書きましたようにこのレベルの症例を盲目的に数撃てば当たる式でやっても現場は対応が難しいはずですよね。
こうした重症症例の場合来た時点でおいそれと再搬送も出来ないという状況になっていることがままありますから、専門外だろうがとりあえず受け入れろと言われても対応不可能であれば来た時点で不幸な結果になるのが判りきっているとも言え、三次救急対応が予想されるような症例を二次救急でやれというのがそもそも無理なのではないかと思われます。
日本ではどんな医療機関でも特に選別もされず雑然とした患者層がやってきてしまいますけれども、本当に限られた医療リソースで重症患者に最適効率の救急を行う気なら、高次医療機関は搬送対応に特化して一般診療は受けないように厳しい受診制限を行う、そして診断のついた患者は片っ端から下位施設に転送させるといったような病病連携を構築しないと難しい気がしますが、それで病院経営が成り立つかどうかもまた別の問題ですよね。

今回の事件はそれとして、さいたま市の場合これに限らず以前から救急医療が危ないと言われ続けていたにも関わらず、未だに抜本的解決が図られていないという状況にあったことが注目されます。
ちなみにさいたま市でも例によって救急車の適正利用の呼び掛けというものが行われていて、約10分に1回の割合で救急車が出動している(平成21年度)という状況ですから、救急隊としては引受先がなく物理的に救急隊が拘束されてしまうという状況は非常に困るんだろうなとは想像出来ますよね。
もっともそうした状況は多かれ少なかれ全国どこの地域であっても同じようなもので、当直を回すのも苦しい施設が多い中で「当直医が専門外なら当該診療科の医師を呼び出せばいいじゃないか」なんて話にしても、その医師が当該診療科の一人医長で平素から昼夜の別なく激務をこなしているといった場合に、当直医が気軽に患者を受けて「あとよろしく」で丸投げする気になるかどうかですよね。
要するに需要に対して明らかに供給過少であり、切羽詰まった現場ほど大きな仕事をいきなり引き受ける余裕などないのは当然で、結果として一番割を食うのが生きるか死ぬかの最重症患者ということになってしまうのだとすれば、どうしたっておいそれと改善の見込みのない供給側の能力向上よりは需要の側の抑制が必要という話になるはずですが、常に民意をうかがう行政側がそれを認められるかどうかです。

拠点病院も医師不足  受け入れ拒否/診療所連携、難航も /埼玉(2011年7月13日読売新聞)

2011知事選  課題の現場

 深谷赤十字病院(深谷市)に先月中旬、心肺停止状態の4か月の乳児が搬送されてきた。救急の医師によって蘇生したものの、乳児はすぐ、県内の別の病院に転送された。常勤の小児科医が不足し、24時間の監視態勢が取れないためだった。

 救命救急、周産期母子医療、がん診療、災害時の医療拠点などを担う県北部の総合的な医療拠点だが、2006年に73人いた常勤医は今年5月時点で65人に減った。他の病院に派遣を要請するなど努力を重ねても、内科系医師は4人減り、糖尿病患者の受け入れは縮小、人間ドックも中止した。眼科と耳鼻科は、非常勤医だけでまかなう。毎日の診療はできない。入院は当然、受け入れられない

 同病院は07年、県から地域医療支援病院★に指定された。諏訪敏一院長はため息をつく。「いつでも、どんな容体でも診られる時代ではなくなっている。患者に診療所との通い分けをしてもらうよう、県も取り組みを強化してほしいのだが

     ◇

 同じ地域医療支援病院の済生会栗橋病院(久喜市)では、救急搬送の受け入れを断るケースが増えている。昨年度は913件で、5年前の約3・6倍になった。受け入れ要請が3295件と、5年前より655件増加する中、1日あたりの外来患者は250人程度までにしか減らず、許容範囲を超えたためという。

 緊急の治療を終えた患者を、身近な「かかりつけ医」に逆紹介する医療連携を進めた結果、昨年度の逆紹介率は84・7%で5年前より約35ポイント上昇。しかし、風邪や軽度な慢性疾患で薬を処方してもらうために診察を受ける「大病院志向」の患者も依然として多い。「連携を進めなければ、外来患者は減らず、必要な救急患者の受け入れはできない」。同病院地域医療連携センターの黒沢正剛・副センター長は危機感を募らせる。

 上田知事は前回知事選のマニフェストで「地域医療支援病院を6から10に」と掲げた。結果的に11に増やす実績を残したが、課題は多い。

     ◇

 県は09年度以降、医師不足や地域医療連携などに対応するため専門の担当者を置く。病院誘致に失敗し、拠点病院がない加須市に対しては、周辺市町や医師会を説得するなどして支援。周辺自治体の中核病院や診療所などと、カルテなどのITネットワークを結び、医療連携しやすくする取り組みが来年4月、試行段階に入るという。

 それでも、県内で進行する医療の空洞化は、加須市のような分かりやすいケースばかりとは限らない。

 川越市の病床15床の「西部診療所」。川越市や比企郡の医療圏にある地域医療支援病院と連携を組むものの、支援病院に指定されていない鶴ヶ島市などの病院と独自に連携している。診療所の患者を救急搬送しようとして、受け入れを断られることもあったという。診療所の小川正時理事長は「診療所は制度や人材、設備などから受け入れられる内容は様々。ハード面より、こうした違いをこまめに聞き取って連携のルール作りをすることが、県の医療行政の役割として重要ではないか」と指摘している。

  ★地域医療支援病院 医療法に基づき、救急医療体制や病床数などの基準から判断し、各都道府県知事が決める。連携する診療所から患者の紹介を受けたり、軽度な慢性疾患などの場合には、診療所に逆紹介したりすることになっている。

それは「地域医療支援病院を6から10に」などと言えば知事選の受けは良いかもしれませんが、その結果実際の現場における診療余力がそれだけ上がっているかと言えば、結局のところは無い袖は振れないと言うしかないのではないかと思います。
当面患者側に対して地域の医療リソースに相応するレベルまで受診抑制をなどと言うことは選挙対策上も出来ないということであれば、とりあえずは救急搬送の部分を少しでも効率化していくくらいしかないのかも知れませんが、前述のような十把一絡げのやり方を推進しようとする姿勢を考えた場合に「本当に現場の状況を見た上で言っているのか?」と非常に大きな不安を感じざるを得ませんよね。
施設毎に何が出来るかの違いがある以上、その違いをきちんと把握した上でルール造りをするべきだという小川理事長の言葉は診療所に限らず救急医療全般に通じる話だと思いますが、ルールを作る側が全く現場に目を向けないで想像の世界だけで話を進めているという場合、それについて行けない現場が戦犯扱いされるというのはどうも釈然としません。
昨今ではどこの自治体でも「医者○人ゲットだぜ!」などと広報に懸命ですが、個々の顔も個性も見ることなくただ頭数だけを数えているばかりでは仏作って魂入れずということになりかねませんね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年7月18日 (月)

モンスター対策 Gフォースがなくとも出来ることはまだあります

モンスター顧客と言えば今や医療業界においても決して小さな問題とは言えなくなっていますが、先日は日本病院学会のワークショップで、医学博士号持ちの弁護士としても、また医療紛争などでの病院側弁護担当としても知られている桑原博道氏がこんなことを言っていたということです。

迷惑患者への最終手段、「接触断絶」も- 弁護士は「管理権」に注目(2011年7月15日CBニュース)

 弁護士の桑原博道氏は7月15日、日本病院学会のワークショップで講演し、「モンスターペイシェント」と称されるような迷惑患者に対しては、コミュニケーションを断つことも必要との考えを示した。そのためには、原則は医師法違反の診療拒否よりも、敷地や建物の「管理権」を行使する方が違法性は少ないと説明した。

 桑原氏によると、管理権の行使は、迷惑行為の内容や患者の病態により例外的に違法になるケースもあるが、原則は合法行為。一方、診療拒否は「正当な事由」がない限りは原則、医師法違反で、「管理権の行使の方が、法的な問題は少ない」という。

 一方で桑原氏は、コミュニケーションを断つことは「あくまでも例外」とも述べ、迷惑患者を8類型に分け、それぞれに合わせた対応を取るべきだと指摘した。
 8類型は、(1)刑事犯型(2)粗暴型(3)反社会的勢力援助型(4)ストーカー型(5)居座り型(6)診療報酬不払い型(7)粘着型(8)精神疾患型―で、(1)から(4)には警察OBによる対応も有効だと説明。(3)については、代理人として弁護士を立てることも必要だとした。文書での回答を何度も求めるような(7)に対しては、早い段階でやりとりを打ち切る文書を送付すべきだと述べた。

 また、(5)の実例として、特別療養環境室からの退院を拒み、娘と共に暮らし始めた患者を紹介。娘が病室のシャワーを使用していることを突き止め、水を止めることで解決したという。

ここで出てくる管理権とは施設管理権のことだと思うのですが、これは所有者など施設の管理者が施設を管理する権利権限の事…と言ってしまうとよく判らなくなってしまいますけれども、要するに施設の利用者に対して所有者はあれこれと言う権限があるという話であって、例えば労働争議などで経営陣が組合活動を制約するような場合にも用いられるようですね。
もちろん施設の管理や維持にまつわる諸権限もあるのですが、これに加えて施設の治安を保持する為の諸権限が含まれているというのがこの場合のポイントであるようで、wikipediaから実際にどういう場合に用いられるのかという例を引用させて頂きましょう。

施設管理権に於ける治安を保持する為諸権限について (wikipedia)

当該施設の治安を保持する為に社会一般的に認められる権利は、憲法に規定される基本的人権に抵触しない程度で、刑法等の現行法に抵触しない範囲での人や物の行為・言動を制限するものである。
又これらを制限する場合対象とする者がいる場合にあっては具体的にその制限する内容を勧告する、不特定多数に制限する場合はその内容を文書等の方法で広報掲出する事により権限を行使できるものである。
具体的に言うと、

    施設管理権原者が入場立ち入りを拒否した者に対して施設外へ退去を命じること

例:過去に施設内で違法行為をした者の出入り制限

    施設管理権原者が施設管理上著しい危険と認めた行為を制限すること

例:公園等での球技の禁止

    施設管理権原者が施設の治安維持上必要と認めた範囲での物品の持ち込み制限

例:引火性危険物を集積貯蔵する施設への火気物品の持ち込み制限

    施設の円滑な運営の妨げとなる諸行為の制限

例:示威行進等の制限

例えば昨今では病院にモンスター対応の警備員を入れるといったことが広まってきていますが、ああいうものは管理者に委託されたスタッフがこの施設管理権に基づいて強制力を発揮しているものですし、上記の例にあるように施設自体への立ち入りも制限し、退去を命じることも出来るというわけですから、そもそも診療契約を締結する事自体が不可能で応召義務問題も発生しないと思われます。
こうしてみると病院においてはなかなかに使い勝手の良さそうな権限ではないかと思えるのですが、もちろん管理者であれば無制限に何をやっても許されるということではなくて、実際の運用にあたってはそれが必要であったと認められるに足りるだけの合理的な根拠というものが必要であるということなのでしょうね。
当「ぐり研」においても登場して頂いたことのある弁護士の井上清成氏が、そのものずばりな著作である「よくわかる病院のトラブル 法的対応のコツ」においてこのあたりの具体的な運用のポイントを解説していらっしゃいますけれども、少しばかり引用させていただきましょう。

暴力・暴言への具体的な予防策
(略)
2 施設管理規定の改正

 医療機関は、医師・看護師・患者さんだけでなく、多くの関係者が利用し、出入りする施設であるため、それらすべての人々の利害を調整する必要があります。それこそが、医療機関が有する「施設管理権」の重要な根拠です。
 施設管理権の基本は院内規則です。さらに特別な必要性に基づいて、特別の規定が制定されるのは当然でしょう。例えば「病院内での暴力・暴言に関する施設管理規則」といった特別規則を作るのも合理的です。
 特別規則においては、具体的な暴力・暴言の例を明示し、さらに包括的、一般的な条項で抑えるのが要領です。顧問弁護士と相談しつつ、実情に合った規則を作ります。「施設管理権」を明示したもの以外に「病院内での暴力・暴言に関する施設管理規則」のような、特別の院内規則も作っておきましょう。
 そして、院内規則、ないし特則は、院内の掲示板に貼り出す、冊子にしてロビーに置くなど、何らかの形で来院者が閲覧できるようにしておきます
 そうすることで、その規則に基づく合理的な対処措置を大胆にとることが法的に可能となります。

要するに患者の態度が気に入らないからとその場その場の基準で「ざけんねぃっ!おととい来やがれってんだ!」で塩を撒いて追い払うというのでは駄目で、あらかじめ院内ルールを整備し患者にも告示した上で「当院ではこのような決まりになっておりますが何か?」とやらなければならないということですね。
同氏の著作はその他にも直接的な実臨床の場に役立つ知識が満載で、まさしく法的対応のコツを網羅したと言うものですから是非一読をお勧めしますが、こうしてみますと医療の現場に限らず教育現場なども含めて、いわゆるモンスターだのクレーマーだのに悩まされている他業界にも応用が利きそうな話も多いですよね。
医療現場においては従来応召義務などという妙なローカルルールの存在から、業界内部においても「医療は特別」と悪い意味で開き直ってしまっているようなところがありましたが、実際のところは社会において当たり前に運用されているルールの範囲で十分に対応出来ると言うことであれば、結局一番のネックになっているのは医療従事者自身にも診療は契約に基づく行為であるという認識が乏しいことでしょうか。
大ベテランの先生方の中には未だに「余計なことを考えないで、医者は最善の治療をすることだけを考えていればいいんだ」なんておっしゃる方もおられますが、往々にして心がけてもままならぬところがあるのが人の世の常である以上、限られた人間の能力の範疇で様々なリスクを最小化出来るよう学生教育のカリキュラムから組み替えていかなければならない時期なんでしょうね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月17日 (日)

今日のぐり:「かっぱ寿司 総社店」

多くの人々が薄々は「まあそうなんだろうな」と感じていた話でしょうが、先日はこんな記事が出ていました。

料理が苦手な人ほどカレーを指示通り作らずチョコなど入れる(2011年7月10日NEWSポストセブン)

 本誌で好評連載中の漫画『澤飯家のごはんは息子の光がつくっている。』のコミックス第1巻に推薦コメントを寄せてくれたのは、料理研究家として人気の“こうちゃん”こと相田幸二さん(36)。

 毎日、父と妹の瑞穂のために料理をする光が、メニューに悩んだり、料理をするのを苦痛に感じる場面がある。日々、家事や仕事に追われる読者も「料理、面倒くさい」と思うこともあるのではないだろうか。

「家事や仕事をしたくないときって、普通にありますよね。料理も毎回やんなきゃいけないこと、義務だと思うと、そういう風に感じられてくる。だから考え方を変えて、“おいしいものを食べられる時間”“今日はコレを食べながら〇〇について話をしよう”と思いながら料理をすると、また違うかもしれないですね」(相田さん)

 料理が苦手な人に多いのが、最初から“背伸び”している人だという。例えば、自分は料理を苦手と思っている人にアンケートをとったところ、カレーを作るときに大半の人がカレーのルウを2種類以上混ぜていた。コーヒーやチョコレートなどのちょい足し工夫も大多数。ところが1種類のルウで基本通りに作ったことがあるかというと、大半の人はないという。情報がありすぎて、突然応用編からはいってしまう。

「例えば、肉じゃがを作れない人が、“イタリアン肉じゃが”をおいしく作れるのかというと、疑問ですよね。手軽さやアイディアは大事ですけど、基本があることを無視してしまうと、結局おいしいものが作れなくて楽しくなくなってしまう」(相田さん)

 ぼくも、いまでも失敗することがありますよ、とこうちゃんは笑う。最初からパーフェクトにできる人なんていないから、光のように料理本を見たり、ネットで調べてトライし、失敗を重ねて自分のものにしていくのは大事だと思う、と話してくれた。

 そして毎日手の込んだことはできなくても、週末などにイベント性を持たせるのもコツ。家族や食べる人が喜べば、作り手にもやる気が生まれるのだ。

「料理って、結局コミュニケーションなんだと思います。例えば夫婦ふたりでごはんを食べていて、せっかく作ったのに相手が無反応だと、作る意欲はなくなりますよ。幸いうちは、妻が、というかお互いに『これは何?』『おいしいね』という会話があると思います」(相田さん)

ちょうど先日は記事にもある漫画「澤飯家のごはんは息子の光がつくっている。」第一巻を拝見したところで、個人的には何かしら既視感のある光景だなと思わないでもない話だったのですが、何にしろ今どき男だろうが親と同居だろうが料理の一つも出来ないようでは嫁なり婿なりの貰い手がないという時代ではありますよね。
ただやるにしてもやりようというものがあるもので、とりあえず最初からいきなりオレ流では何が何やら判らなくなってしまうのも当然なのですが、本日は全国に数多存在するだろう背伸びさんに敬意を表して「もしかしたらそれはやらない方が良かったかも知れないね」と言う話題を紹介してみましょう。

恐怖のゾンビキティ登場! / ネットユーザー「仕事選ばないキティさん」(2011年6月4日ロケットニュース24)

人気キャラクターとして知られる「ハローキティ」(キティちゃん)。株式会社サンリオが、1975年に初めてキャラクターグッズとして発売して以来、現在まであらゆる年代から支持されている。

そのキティちゃんに新たな仲間が登場だ。その名も「ハローキティ ゾンビフレンズ」だ。なんとキティちゃんが、ゾンビ化してしまっているのである。9月発売予定の告知ポスターを見たインターネットユーザーからは、「仕事を選ばないキティさん」、「キティちゃあああああああああん!」など、心配する声が上がっている。

この商品は、ユニークなキャラクターグッズを手掛ける「マッドバーバリアンズ」がデザインしたものだ。「ちょっぴり怖くてキュートなお化けごっこ!!」として、可愛らしいキティちゃんがゾンビと化してしている。

キティちゃんだけでなく、双子の妹ミミィ、お友だちのティッピー、フィーフィーなど、いずれもオドロオドロしい姿に。青ざめて血を吐く様子に、戦慄するネットユーザーが後を絶たない。怖さのあまりに「ぎゃあああああああ」、「ウワアアアアア」と思わず叫びの発言をするユーザーもいるようだ。

ちなみに発売は9月下旬とのこと。デザインは開発中のものであり、今後変更される可能性もあるとのことである。願わくば、もう少しだけ可愛い感じに仕上げて頂けると良いのだが……。せめて口元の血を拭いて頂けると……。

これはもう、どう評価して良いのやら判らないとしか言いようがない状況なのですが、ともかく道を誤ったらしいキティちゃんが一刻も早く正道に復帰してもらうことを望むばかりですよね。
怖いと言えばこちらも本来はかわいいはずなのに怖いのはどうかと思うのですが、逆にそれが理由で受けているというのですから世の中判らないものです。

目つき怖くてもパンダは人気 愛媛・愛南の公園(2011年6月22日朝日新聞)

 愛媛県愛南町の「南(なん)レク馬瀬山(ばせやま)公園」に置かれているパンダのベンチが、「かわいくない」「目つきが怖い」と観光客の人気を呼んでいる。

 3年前に公園の職員が塗り直したところ、柔和だった表情が一変した。「いわゆる一つの塗り間違い」と担当者。元の写真をとるのを忘れたためという。

 数年おきに塗り直すが、テレビでも取りあげられて関東から訪れる人もあり、しばらくは今の顔にする。担当者は「次は元の写真をとっておきます」。

いや、幾ら元絵がなくてもこの悪人顔はないだろうJKと思うのですが、今後はこの悪人顔をベースに代々受け継がれていくということになるのでしょうかね?
それはかなりまずいのではないかと思われ度ではこちらのニュースも相当なものなんですが、まずは元記事を紹介してみましょう。

岡山の環境会社が下水を再利用して「うんこバーガー」を開発(2011年6月16日ロケットニュース24)

岡山の環境研究を行っている企業が海外で注目を集めている。その企業は、下水汚泥の再利用研究を行っているのだが、この度、画期的な利用方法を発見した。それは汚泥を食肉に加工するというものだ。

正直なところ、下水汚泥には人間の排泄物が含まれている。同機関でも、この人工的に作られた肉のことを「うんこバーガー」と呼んでおり、口に入れるのには相応しいものとは思えないのだ。

この研究を進めているのは、株式会社環境アセスメントセンター西日本事業部だ。同社の社長池田満之氏は、最近海外のニュースメディアの取材を受け、下水汚泥のリサイクルによって作られる人工肉についての説明を行ったのである。

池田社長の説明によれば、汚泥からタンパク質を取り出し反応材を加えることによって、人工肉を生成できるとのことだ。人工肉には、タンパク質が63パーセント、炭水化物が25パーセント、灰分が9パーセント、脂質が3パーセント含まれている。

通常の肉よりも脂分が少なく、低カロリーで身体には良い。しかしながら製造コストが高いため、もしも流通する場合には、通常の肉の何十倍もの価格になるそうだ。今後技術開発が進めば、低価格化が可能とのことである。

とはいえ、排泄物を再利用したお肉。販売価格に関わらず、望んで購入する人は、あまりいないような気がするのだが……。また、同社がうんこバーガーと命名しているのも、いかがなものかと思われる。せめてリサイクルバーガー、エコバーガーなど、気の利いた名前に変えた方が良いのではないだろうか。

まあ人間の食用に給するにはいささかどうなのかという話はともかくとして、この偉大なる科学の成果は動画が全世界に向けて公開されているせいか、日本よりもむしろ海外で大きな話題を集めているようで、開発者としてはしてやったりということになるのでしょうが、日本人としてはいささか複雑な思いを抱かずにはいられません。
日本でも時折交通法規違反で警察のご厄介になるといった事例は後を絶ちませんが、同じやるにしてもここまで徹底すればむしろ天晴れと言うべきか?とも思えるのがこちらのニュースです。

ヘルメット義務付けに抗議のライダー、ノーヘルで事故死 /米(2011年7月5日CNN)

 バイクに乗る際のヘルメット着用を義務付けた法律に抗議してヘルメットをかぶらずに運転していた男性が、ニューヨークで事故を起こして死亡した。

警察が3日に明らかにしたところでは、同州在住のフィリップ・コントスさん(55)は、バイク愛好家団体ABATEが主催する抗議のツーリングに愛車のハーレーダビッドソンで参加。ブレーキをかけた拍子にバランスを崩してハンドル越しに投げ出され、路面に頭を打って搬送先の病院で死亡が確認された。

警察では現場に残された痕跡や医師の話から、コントスさんが州の法律に従ってヘルメットをかぶっていれば、死亡は免れたはずだとみている。

この事故についてABATEの会長は「われわれは危険が増すことを承知で乗っている。どのような乗り方をするかは、彼が大人として決めたことだ」とコメントした。

ABATEニューヨーク支部では、「自由を求めてバイクに乗り、自由のためにすべてを賭けた人物」にささげる追悼会を計画している。

道路安全当局の統計によると、バイク利用者のヘルメット着用率は2009年の67%から10年には54%に低下した。

亡くなった男性が悔い無しと考えていたのか、それともこんなはずじゃなかったと思っていたのかは判りませんけれども、バイク事故一つでここまでの大事になるとは想像もしていなかっただろうことだけは確かでしょう。
一方でこちらは意図してのものであったのかどうかは微妙なんですけれども、とにもかくにも予定した以上に注目を集めたことだけは確かなようですね。

牛追い祭りに全裸男、牛に突かれて宙を舞う醜態/スペイン(2011年7月12日サーチナ)

  スペイン北部のパンプローナで開催中の牛追い祭「サン・フェルミン祭」の会場に全裸男が乱入、牛に戦いを挑んだ。中国新聞網が伝えた。

  祭りの会場に突然現れたのは、首に赤いスカーフ、足には靴下とスニーカーを着けた全裸の男だった。手に持った赤いスカーフで、猛スピードでやってくる牛に戦いを挑んだ男だったが、あっけなく角で突かれて全裸のまま宙を舞った。

  「かっこいいところを見せてやろう」という思いとは裏腹に、全裸で牛にもてあそばれるという醜態をさらした男を待っていたのは素敵な女性ではなく、警察官だった。男は「公共の秩序を乱した」として、そのまま逮捕されてしまった。

  熱狂的な牛追い祭は、14日まで開催される。(編集担当:柳川俊之)

単なる空気の読めない変態さんだったのかは判りませんけれども、ここまで体を張るなら芸として認めてやってもいいと考える観客がいたのかどうかです。
どこの世界でも恋愛問題と言えばなかなかに難しいものと相場は決まっていますけれども、こちらもいささかやり過ぎた結果思いもかけない顛末になってしまったという中国からのニュースです。

“恋のバトル”で女子2人が川へ、どちらを救助するか試すも男子は逃走。/中国(2011年6月30日ナリナリドットコム)

先日、中国四川省広安市岳池県で暮らす2人の女子中学生が、“恋人”を巡る争いで川へ飛び込むという騒動が起きた。2人は同じ男性を好きになってしまったようで、どちらが交際するのか決着をつけるために体を張り、男性の本当の気持ちをはかろうとしたのだという。      

中国紙華西都市報によると、今回の騒動は同じ中学校に通う張さんと蒋さん(ともに仮名)がある男子学生を好きになってしまったことがそもそもの発端。中学校の卒業試験を終えた6月15日深夜、街をぶらついていた張さんは“恋敵”である蒋さんとバッタリ出くわしてしまった。2人は気まずく感じながらも、その場は簡単な挨拶をしてやり過ごそうとしたそう。しかし、偶然に偶然が重なり、今度は2人が思いを寄せている男子学生もその場に現れてしまった。

こうなると事態はややこしくなる。ひょっとすると卒業というタイミングが、このハッキリとしない状況にケリをつけさせる後押しをしたのかもしれない。張さんと蒋さんは男子学生に「どちらを愛しているの?」と詰め寄った。しかし、この質問に男子学生は答えなかったため、しびれを切らした張さんは「彼の本当の気持ちを知りたい。2人同時に川に飛び込んで彼がどちらを先に救うか確かめましょうよ!」と提案。これは張さんが本で読んで知っていた“本当の恋の確かめ方”だったそうだ。

この突拍子もない提案にライバルの蒋さんも賛同。すると2人は躊躇なく、川に勢いよく飛び込んでしまった。もちろん、夜の川に飛び込んだ少女2人を周囲が傍観するわけがない。すぐに近くにいた2人の男性が飛び込んで2人を救助。幸いにも命を落とすような事態にはならなかった。そして当然のことながら、救出した男性から2人はみっちりとお灸を据えられたという。

張さんと蒋さんは「私たちは間違っていました。今はまだ恋愛をするには早いです。このような方法で人の心を試すべきでありませんでした」と反省しきり。二度と馬鹿なことはしないと周囲に誓った。

なお、2人の愛する男子学生は現場から逃走。少女たちを助けには行かなかったという。

しかし見事にオチが付いたと言うのでしょうか、中国と言えば長年一人っ子政策が続いた結果日本のゆとり世代どころではないことになっているとも聞きますけれども、恋愛問題云々を置くとしても溺れる学友を放置して一人逃げ出すというのはどうなのかですよね。
存在そのものが「やらなければよかった」なのではないかとも噂されるのがご存知ブリですけれども、言わんとするところは理解できるとしてもその行動の理解にはいささか解釈を要するのがこちらの一件です。

「尻軽女」数千人が行進=好きな格好で歩く権利訴え/英(2011年6月12日時事ドットコム)

 【ロンドンAFP=時事】ロンドン中心部に11日、数千人の女性が集まり、下着姿など思い思いの格好で歩くデモを行った。男性からの性的嫌がらせに煩わされずに好きなように服を着たいと訴えることが目的。
 デモは「尻軽女の行進(スラット・ウオーク)」と呼ばれ、発端はカナダ。トロントの大学の集会で今年、警察関係者が女子大生に「犯罪に巻き込まれないためには尻軽女のような格好で歩くな」と発言。性犯罪の被害者に「責任はない」との反発が徐々に世界へ広まり、ロンドンに上陸した。
 参加者には「私たちは皆、ホテルの従業員」と書かれたプラカードを掲げた女性も。ホテルの女性従業員に暴行したとして起訴された国際通貨基金(IMF)前専務理事、ストロスカーン被告の事件を皮肉った。

まあ何が尻軽女なのかは異論のあるところとして、記事の写真を見る限りではいささかその、世界標準な見解としては嗜みある淑女にふさわしい振る舞いとは考えがたいのではないかという気もしますけれども、ここはさすがにブリと捉えておくべきなんでしょうね。
意味の不明さではこちらもどっこいどっこいですけれども、どう考えても後悔するに決まっているのにやらずにはいられないというのがブリということなのでしょう。

看護師をはじめとした職員に対し「トースト禁止令」を出したイギリスの病院/英(2011年6月14日GigaZiNE)

イギリスのある病院でトースト禁止令が出され、看護師をはじめとした職員から不満が噴出しています。

この禁止令はなぜか整形外科の職員にだけ適用され、彼らの職員用キッチンからはトースターが撤去されました。経営側は「健康と安全のため」だとその理由を説明していますが、看護師は到底納得できる内容ではないとして猛抗議しています。

看護師がトースト禁止令に熱く反対した意見の内容と、事の経緯は以下から。

This is Gloucestershire | Cheltenham Hospital nurse hits out at toaster ban

イギリス・CheltenhamのGloucestershire病院でトースト禁止令が敷かれ、休憩時間にトーストを食べられなくなった職員たちは不満をもらしています。

整形外科の職員用キッチンの火災報知器が何度も作動したため、経営側がキッチンからトースターを撤去してしまい、整形外科に所属する職員たちは、事実上「トースト禁止令」を言い渡されたような状態になってしまったそうです。

整形外科の看護師で、火元の確認役も兼務しているRicky Newtonさんは、経営側のこのやり方に対して「この禁止令は『健康と安全を考慮して』出されたとされていますが、まったく的外れで、上層部がスタッフのことを軽視している実態を示しているだけです。私はこの病院で何年も勤めていますが、トースターを火元とした火災は起こったことがありません」と異論を唱えています。

トースターを手に持って熱く抗議するRicky Newton看護師。

職員用のキッチンにはほかにもコーヒーメーカーや冷蔵庫などがあり、勤務交代の合間にトーストを食べて空腹を満たしている職員は整形外科に限らず結構な割合で存在するとのこと。今回、整形外科の職員たちが受けた処置を見た他の科の職員たちは、自分たちのトースターが撤去されないようにこそこそと手を打ったようです。

「キッチンには常に誰かが出入りしているし、火が出るようなことがあれば燃え広がる前に消火すればいいだけのこと。それなのに整形外科のトースターだけが撤去されてしまったのか本当に理解に苦しみます」と、Newtonさんはしきりに今回の禁止令に対して反対意見を述べていますが、病院側からの回答は得られなかったということです。

まあ病院勤務の休憩時間にトーストを焼いて食べるというのが適切なのかどうかは日本人の感覚ですと様々な見解もありそうですが、とりあえずこの程度の騒ぎで済んでいるのは彼らの禁止したのがあくまでもトーストであって一杯のお茶ではなかったというところにあるのでしょうかね?
しかし何故整形外科にだけ適用されることになったのかと、考え始めると謎は尽きないというニュースなんですが、その全てが「ブリだから」の一言で納得出来てしまうというのも平素からの振る舞いのたまものということなんでしょうか。

今日のぐり:「かっぱ寿司 総社店」

数ある回転寿司の中でも105円均一価格を売りに大きなシェアを広げているのがテレビなどでもやたらと露出の多い「かっぱ寿司」さんですが、今回はこちら総社の街中にあるお店にお邪魔してみました。
こちらのチェーンに入ったのは初めてのことなんですが、いわゆる高価格帯の回転寿司とは違って店内にほとんど店員の陰が見当たらないというのは人件費節約の折仕方がないことだとして、おもしろいなと思ったのはボタンで注文すれば席まで運ばれてくるという配送システムですよね。
どこか味気ないと言ってしまえばそれまでなんですが、流行っているお店ほどわざわざ一貫、二貫を頼むのも気が引けるものですから、こういう低価格でファミリー向けの回転寿司ではちょうどいいシステムなんじゃないかという気がしますし、実際に売り上げにも貢献しているのではないでしょうか。

それはともかくとして、この日は吉備津神社から最上稲荷まで歩いた帰りでとにかくもの凄く空腹を感じていたものですから、同行者と色々とシェアしながら食べて見ましたが、これがなかなか大変なものなんですね。
コハダなどはこのサイズはすでにコハダではないだろうと思えるような立派な身なんですが、締め加減は少しきつめながらまだしも食べられるかなと思ったのですが、オヒョウなのかやたら大ぶりなエンガワは食感だけで味も何もしかせんし、甘エビは一向に甘くないですし、カツオのたたきは見た目からして田舎のスーパーのお総菜かと思うような仕上がりです。
おすすめネタらしいイシモチや生姜風味が効いたイワシなどはまだ食べられたのですけれども、庶民の味方のはずのアジは妙に味もうまみも薄いですし、ヒラメの昆布締めは少しでも美味しく食べられるように工夫したのでしょうが何か妙に嫌な風味がありますし、こういう店では外れが少ないという焼きサーモンすら解凍が悪いのか変に生臭いのは閉口ものです。
鉄火巻きなどは一見それらしいのですがノリの味ばかりで肝腎のマグロの味がしない、ウナギなどはタレの味がどうこう以前にウナギの味ではない、煮穴子は甘ったるいタレをつけなくてもまだまだ甘い、そしてまさかこれは外さないだろうと思っていたタマゴすら特売弁当のタマゴ並みですから困ったものです。
とにかくこういうお店ではオリジナリティーあるメニューの方がまだしも当たりが多いと先入観を持っていたのですが、エビ天のせ(マヨネーズ抜き)はまるで衣を食べているようなものですし、何とか食べられる仕上がりの魚の竜田ロールなども魚である必然性がさっぱり感じられない味と、ちょっとどれを食べて良いものやら迷うような感じなんですね。

昨今ではこういうお店でもそれなりにきちんとしたところは寿司の修行をした人に握らせるものですが、こちらは昔ながらにロボットの出して来たシャリにネタをトッピングするだけというスタイルを守っていらっしゃるのでしょう、何しろ寿司になってないものですから醤油をつけるのも一苦労で、一同そろって醤油皿がひどいことになってしまいました。
まあこれでも元ネタの味を知らなければありなのかな?とも思うのですけれども、同じような価格帯であっても先日お邪魔したスシローなどは結構楽しめたことを考えると、あちらとは場所が違うんですが比べて見てもお客の入りがずいぶん違うらしいということにが自分も全くアグリーですね。
確かに腹一杯食べたと考えると安いと言えば安いんですが、こういう特殊な空腹時ででもなければ無理して沢山食べたいものでもないと言うことを考えると、価格帯から味から同じ回転寿司と名前はついていても本当に色々なバリエーションが出てきたなと痛感するのですが、世間的にはこれが受けているらしいのですからおもしろいですよね。
しかし今回は久しぶりに回転寿司らしい回転寿司を食べたと言う実感があると言うのでしょうか、なにやら一昔前の回転寿司と言えばこんな感じのお店も多かったなと、どちらかと言うとノスタルジーに浸りながらしみじみ味わいたい方々にこそ向いているお店なんでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月16日 (土)

下手なお笑い番組よりも笑えるのがマスコミウォッチだと言いますが

先日に掲載されて以来、「お前が言うな」の大合唱となったのが毎日新聞のこちらの記事です。

余録:やらせメール事件(2011年7月8日毎日新聞)

 客を装った仲間を指す「さくら」について、大正時代の「隠語輯覧(しゅうらん)」は「『作楽』の文字、一般に用ゐらるるも、『さくら』は策略より出(い)づる詞(ことば)ならんか」と記す。作楽の表記も、策略の語源も初耳だが、そんな話があったのだ。

 客を操って自分たちに都合の良い流れを作るなんて楽なこと--うそぶく顔がみえてきそうな「作楽」である。だがそんな「策略」で公共的な意思決定を左右されてはたまらない。もちろん九州電力の玄海原発の再稼働にまつわる「やらせメール」事件のことである。

 国の住民向け説明番組の際、九州電力の職員が子会社社員らに原発再開を支持するメールを投稿するように指示していたというこの事件だ。やらせやさくらは「仕込み」が重要だが、「県民の共感を得うるような意見や質問を発信」という仕込みメールも残っている。

 こうなってみればこの経済産業省の説明番組そのものが、はなから原発再開のための「仕込み」だと思われて当然だ。原発事故で従来の電力会社や国の説明が根本から信頼を失っているこの期に及んで、なおも情報操作で事態を動かそうとする策略体質は実に度し難い

 その玄海原発の再稼働へむけて動いていた政府が一転、再稼働の大幅延期の必要なストレステスト(耐性試験)実施を決めた。振り回された地元自治体は困惑顔である。そして国民をより不安にするのは事故を踏まえた安全の新たな基準への定見を欠く政府の迷走だ。

 やらせメールでは九州電力トップの進退もとりざたされる。「安全」の太鼓判つきの原子力政策の高みから情報を操作できた「作楽」の時代はすでに終わったのだ。

世に仕込みややらせはマスコミの十八番と言いますが、自分達は性懲りもなく常用しているテクニックを他人が使うと問題であるかのように言い立てるのは、あまりに有用であるが故に自分達だけで独占したいという気持ちの表れと受け取るべきなのでしょうかね?(苦笑)
一見するとこうして仕込みを非難しているのは正当なことのようですが、何しろ彼ら自身が権力者の仕込みに協力することで持ちつ持たれつの関係を現在進行形で続けているというのですから、自分達の都合の良いように基準を切り替えるダブルスタンダードだと思われても仕方なさそうです。
新聞以上にこうした「作楽」を使いこなすのに長けていると定評があるのがテレビ業界ですけれども、何しろ目の前で当の本人が喋っているというのは一見するともっともらしく見えるだけに、やろうと思えばこの種の仕込みはひどく簡単であるということなのでしょうか。

首長の対談番組を流す理由「自治体がTV局の大株主だから」(2011年7月13日NEWSポストセブン)

 7月24日の地デジ化強行の裏には、民放テレビ局の全国ネットワーク網の維持という目的がある。地上波の独占を保てば、くだらない番組でも競争相手がいないから、広告主が付く。地デジ化は、テレビ局がオイシイ商売をこれからも続けていくことを保証してくれるのだ。

 一方、政治家や霞が関が地デジ化にこだわる理由は何か。いまやテレビが“権力の監視機関”などとは誰も考えていないだろうが、テレビと権力の結びつきは深い。NHKを含め全国に128あるテレビ局のうち、3分の1に当たる約40社の主要株主を占めるのが地元自治体だ。

地方ローカル局が定期的に知事の対談番組を流すのも、自局の“大株主”だから当たり前。多いところでは、年間5億円程度の税金を投入して、自治体の広報ニュースを流している

 そもそも地方局は、自治体と地元の権力者や有力企業がカネを出し合ってできたものだから、行政や企業と協賛という形で催事を行ない、互いに利益を分け合うのは日常茶飯事です」(関西のローカル局幹部)

 地方と中央の利権の橋渡しを行なうのが政治家だ。地元選出の国会議員がお国入りした際、ローカル局が大きく取り上げるのも、ギブ・アンド・テイクの関係があるからだ。「公共事業の誘致などによって、地元の有力者や企業が潤うから、宣伝を承知で報じている」(同前)という。議員にとっては次の選挙に向けて絶好の票集めになる。

 そしてテレビ局は郵政・総務官僚の有力な天下り先だった。フジテレビやテレビユー福島の社長に旧郵政省の事務次官が就任し、北海道テレビ放送の元取締役に北陸電波監理局長、鹿児島放送の元常務に四国電波監理局長出身者が就いていた例など、挙げればキリがない。

 政治と官僚、テレビネットワークは、利権の分配という関係で固く結ばれている。テレビ局が謳う“公正中立”“権力からの独立”など嘘八百である。

政治家とマスコミという二大権力が癒着していればそれは何でもやりたい放題なんだろうなとは誰でも感じるところでしょうが、例えば毎回のように政治家を呼んで喋らせることで知られている某テレビ番組などに巨額な制作費がかかっているというのは、政治家にとってはお金ももらえて全国に言いたいことを言って回れるメリットがあり、番組側からしても公人の口を借りて自分達の主張を広められると、双方にメリットがあるということなんでしょうね。
国民の側から見ればマスコミと政治家が強力タッグを組んで国民向けの情報を操作しにかかっているということですから、これは公器を用いて行われる「作楽」と言うしかないように思いますけれども、こうした相互依存と癒着の関係が当たり前のことになってきますと、一体マスコミの存在意義とは何なのかと思えるようなことがごく当たり前に起こってくるのも当然でしょう。

【産経抄】7月8日(2011年7月8日産経新聞)

 ハイジャック犯は、日本刀を振り回す若者だった。空港に金属探知機が備えられていないから、飛行機への武器の持ち込みは簡単だ、などというと、若い人は「まさか」と笑うかもしれない。

 ▼昭和45(1970)年3月31日、羽田発福岡行きの日航機「よど号」(乗員乗客129人)を乗っ取った赤軍派メンバーの9人は、ソウルを経由して北朝鮮の平壌に入った。グループのリーダーが田宮高麿だ。田宮はそのまま故国の土を踏むことなく、平成7年に52歳で死亡する。

 ▼数年後その存在が再び注目されたのは、グループの日本人妻と北朝鮮への日本人拉致事件との関わりが、明らかになったからだ。田宮の妻の森順子容疑者は現在、国際手配されている。夫妻の長男(28)は、今年4月の東京都三鷹市議選に立候補して落選した。

 ▼この長男が所属する「市民の党」から派生した政治団体に、菅直人首相と鳩山由紀夫前首相の資金管理団体が、計7250万円もの政治献金をしていたことがわかった。拉致被害者の家族が憤りの声を上げるのは当然だ。

 ▼拉致事件の実行犯である北朝鮮工作員の釈放嘆願書に署名した“前科”がある首相に対しては、もともと不信感が強い。民主党政権になってから、拉致問題ではほとんど進展が見られない。一方で、長男同様に北朝鮮から帰国したグループの子女は、両国の行き来が可能だ。被害者家族はやりきれない思いだったろう。

 ▼拉致問題対策本部長である首相には、くわしく説明する義務がある。法的に適正な献金、では済まされない。それにしても昨日までの新聞を見るかぎり、小紙以外はほとんどこの問題を報じていない。世間は最近、拉致問題に冷淡すぎないか。

産経だけが騒ぐ菅直人首相の献金問題「民主党の北献金に沈黙するテレビ新聞」とする画像がネット拡散!-ネットのニュースランキングでも出てこない (2011年7月13日ベストアンドワースト)

■民主党の北献金に沈黙するテレビ新聞

2011年7月11日、ネット上に「民主党の北献金に沈黙するテレビ新聞」とする画像が拡散している。

確かに、ネットで確認する限り、報道しているのは、産経系列が最も熱心でほぼ独占状態である。他は、時事通信、読売が菅直人首相が献金の事実を認めたことをニュースにしているくらいのようである。

確かに他のマスコミは沈黙していることに間違いはないようだ。

この事件は、菅直人首相の政治資金を管理する「草志会」が北朝鮮の拉致容疑者の親族が所属する団体から枝別れした団体「政権交代をめざす市民の会」に合計6250万円の寄付をしたというものである。

詳しくは画像を見てもらった方がよく分かるだろう。

■ネットのニュースランキングでも出てこない

ネットのニュースランキングではどうかと調べてみた。

上記のとおり、「ブログニュースランキング - goo ニュース」の7月11日時点のランキングTOP3は以下の通り。

1位:首相逆襲「失政押しつけ、恥の文化に反する」(読売新聞)
2位:日本、ドイツ下し準決勝進出=スウェーデンと対戦へ―サッカー女子W杯(時事通信)
3位:中国インフレ深刻 6月 消費者物価6.4%上昇 (産経新聞)
(参考:ブログニュースランキング - goo ニュース)

「市民の党」関連のニュースは影も形もないという結果になった。あれだけ関連ニュースを連発している産経も他のニュースではランクインしているが、このニュースでは出てきていない。

ちなみに、「Google Insights for Search」では、7月になって「市民の党」は跳ね上がっている

まさにマスコミの作り上げようとしているものと、ネットを通じて市民が素人しているものとが全く異なっていることがよく判る話ではないかと思います。
ちなみにこの問題、記事にもあるように産経新聞が先日以来報道してきたものですが、菅総理や鳩山前総理が日本人拉致事件容疑者の関連政治団体に巨額の献金をしていた、そしてそれは自分の判断で行ったと総理自身が衆院予算委員会でも明言したというのですから、普通であれば少なからずゴシップとして騒がれそうな話ではありますよね。
それだけの話に関して他のマスコミは一切報じていないと言うのであれば、そこに彼らなりの判断があったということなのでしょうが、今の時代にこういうことをやってしまうとあっという間に世間に知られてしまって、逆に彼らの表立って公言しない意図が明瞭になりすぎるように思うのですけれどもね(苦笑)。
マスコミの主張によればどんなニュースをどの程度の大きさで扱うかは彼らの裁量であるということですが、こうして自宅に居ながらにして彼らが何を報じ何を報じないかが即座に判るようになってくると、なるほど彼らにとっては確かに「高みから情報を操作できた「作楽」の時代はすでに終わった」のだなと感じざるを得ませんが、そんな底の知れた話にいつまでも付き合っていられるほど国民も暇ではないということです。

彼らの言う「若者のテレビ離れ」が加速し、今やテレビの固定客と言えば情弱世代などと言われる年配層ばかりで将来的な先細りが避けられない中で、NHKなどは「ネット配信をやろうという時代なのだから、テレビを持たずともパソコンを持っているだけで受信料を聴取すべきではないか」なんてトンデモないことを言い出しているようですけれども、それこそが彼らの危機感の表れということなのでしょう。
地デジ導入などもテレビ業界必至の延命策であるなんて声もあって、実際に彼らも経営的に追い詰められているという話は昨日今日出てきたことではありませんけれども、そうした旧来の手法の一つ一つが更なる若年層の反発を招き、ますますテレビ離れを加速させているのだとすれば笑うしかありませんよね。
思うに昨今のテレビは旧来の「お仕着せのものを一方的に垂れ流す」スタイルから、多チャンネル化などで「視聴者が自ら選ぶ」というスタイルに変わろうとしているかにも見えますけれども、若年世代にとってはそれなら使い慣れたネットの方がはるかに自分の好みに合わせたものを選べるわけですし、何より肝心な主要顧客である年配層には「何かテレビを見るのも面倒くさくなった」と不評であるわけです。
テレビの普及以来主要メディアの地位からは駆逐されてしまったかに見えるラジオが、今だにニッチマーケットにおいて独自の存在感を発揮しているとも言われているように、次の時代にはテレビもまた「好き者が見るニッチなメディア」としての地位に落ち着いていくということになるのかも知れませんね。

若者に“TVはネットよりつまらない”の意識浸透と上智教授(2011年7月12日NEWSポストセブン)

最近テレビがつまらなくなった」そう感じているのは、あなただけではなかった。今、民放各局の視聴率が著しく落ちている。上智大学文学部教授で、『テレビの教科書』(PHP新書)などの著書がある碓井広義氏はこう指摘する。

「BS、CSなどのチャンネルが増えたことによる多チャンネル化と、インターネット普及による多メディア化が最も大きな要因でしょう。もはや、テレビにとってこれまで通りの番組作りは通用しない。

 若い世代に“テレビはネットよりつまらない”という価値観が浸透し始めている。“民放19時台総1ケタ”のニュースは、テレビというメディアにとってまさに“終わりの始まり”かもしれない」

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月15日 (金)

両輪である無過失補償制度と医療事故調 実現にむけて難題山積

先日こういう記事が出ていましたのを御覧になりましたでしょうか。

「無過失補償」本格検討へ 医療事故の救済目指し(2011年7月8日US.Frontline)

 政府は8日、医療事故で患者が死亡したり、重い障害が残ったりした場合に、医師の過失の有無にかかわらず補償金を支払う「無過失補償制度」の創設に向け、本格的な検討に入る方針を決めた。複雑な立証を求められ、解決まで時間もかかる訴訟に代わって被害者を早く救済し、責任を追及される医師の負担も軽くするのが狙い。

 今夏にも医師や弁護士らによる検討会をつくり、法案化を目指した議論を始める。ただ、患者や遺族は早期救済を求める一方で「責任を問わないことで、ずさんな医療行為を助長する恐れもある」と懸念している。このため原因究明の方法や再発防止策、医療界の反対が根強い警察の捜査との関係について、慎重に話し合う

最大の課題は財源で、医療機関の拠出や医療保険料アップ、公費投入が考えられている。運用は、民間の保険加入や基金創設などの案が浮上している。(共同)

昨今の政府はどうにも空転の度が過ぎるという気配がしていたのですけれども、一見すると不要不急のようにも見えるこうした話を地道に進めていくことは、今後に向けて非常に重要なことなのではないかと思います(もっとも、いつから待たせているのだという叱責の声も大きそうですが)。
当ぐり研でも以前から無過失補償制度導入論を繰り返していますし、法曹などの立場からも(商売としては好ましくないとしても)その必要性が言われている制度ですが、その導入にあたっての最大の動機となるのは医療訴訟というものは他の民事訴訟と同様に真実を明らかにする場でもなんでもなく、「謝罪をする場所ではない、こころのケアをする場でもない、金額を決める場所」であるという現実ではないかと思います。
遺族が決まって言うように「真実を明らかにしたい」と法廷闘争に持ち込んだところで、訴訟の勝ち負けに関わらずしょせん法廷で真実など明らかになることはない、そして法廷という対決の場であるが故に医療側は例え真実から遠いと(内心)感じていたとしても勝つための証言をせざるを得ないとなれば、むしろ真実性の追求という観点からは退歩と言ってもいいくらいの行為とも言えますよね。
ところが北欧などですでに先例があるように、広範な無過失補償導入によって医療従事者と患者側とが同じ補償金獲得という目標に向けて協力し合うということであれば、何も両者が争うことには意味がないということになりますし、実際にスウェーデンでは補償金申請のための傷害報告の40‐80%は医師や看護師、民生委員が患者の報告を手助けしていると言うことです。

ただ実際問題として広範な無過失補償導入ということになりますと記事にもありますように財源問題がついて回るもので、恐らくどのような財源を用いたとしても北欧などと同様、得られる補償金額は現行の民事訴訟で勝った場合よりも相当低い(せいぜい数百万程度?)ものにならざるを得ないだろうと思います。
もちろん民事訴訟で争うだけでも弁護士費用などを始め諸費用は少なからずかかる上に、実際の勝訴率というものを掛け合わせた場合に平均賠償額はもっと低くなるかも知れませんし、何より医療側との共同作業を通じて患者や遺族の被害者感情がなだめられる効果が期待出来るとすれば、総合的に考えれば決して割の合わない話ではないとも言えますよね。
実際の導入にあたっては財源以外にも様々な問題点はあって、例えば先行する産科の無過失補償制度では条件がそれなりに厳しいこともあって認定審査が相応に手間暇かかっているようですが、現行の非常に限定的な制度においてもこれだけ苦労しているとすると、全医療分野に広範に広げていった場合には審査が大いに混乱してしまいそうですよね。
そしてこういうものは患者や遺族感情からすれば単にお金だけではなく、きちんとした報告書なり再発防止策なりが出て初めて満足出来るものなのではないかと思いますけれども、これまた事故調議論というものは以前から責任追及などを巡って錯綜するばかりで全く先に進む気配がないというのは周知のところです。
そんな中で医師会が以前から出す出すと言っていた独自案をようやく出してきたということなんですけれども、こちら記事から引用してみましょう。

医療事故:「刑事罰対象外」、第三者機関が調査--医師会が提言(211年7月14日毎日新聞)

 日本医師会は13日、診療行為に関連した事故は原則として刑事司法の対象とせず、各病院の院内事故調査委員会や医療関係者で作る「第三者的機関」が原因究明と再発防止に向けた調査をするとした提言を発表した。

 一方、厚生労働省は今夏にも、医療事故の患者らを救済するため医師の過失の有無に関わらず補償金を支払う「無過失補償制度」の創設に向けた検討会を設置する方針で、09年の政権交代後、停滞していた医療事故への対応を巡る議論が約3年ぶりに動き出しそうだ。

 提言では、全ての医療機関に院内の委員と外部有識者らで構成する院内事故調の設置を求めた。小規模病院や診療所は医師会や大学が協力。死亡事故で院内事故調の能力を超える事例は医師会や学会のメンバーで構成する第三者的機関が調査。遺族が直接、同機関に調査請求することも可能とした。【佐々木洋】

「全医療機関に事故調設置を」 日本医師会が提言(2011年7月14日日本経済新聞)

 日本医師会は13日、全ての医療機関が法律家など外部委員を加えた「院内事故調査委員会」を設置することを求める提言を発表した。院内事故調で原因が判明しない場合は学会などが全国に置く第三者機関に調査を依頼する。調査結果は迅速に真実を隠さず患者・家族に報告する。警察への通知は「故意か故意と同等の犯罪がある場合」とした。

 医療事故調のあり方を巡っては2008年に厚生労働省が第三者機関の創設を内容とする法案を作成したが、当時野党だった民主党が院内事故調を基本とする対案を提示。その後、政権交代もあり宙に浮く形になっていたが、日医が当時の厚労省案と民主党案を踏まえた提言をまとめたことで議論が再開しそうだ。

 提言では、医療事故調査の目的を「原因究明」と「再発防止」と明記。「すべての医療機関において、迅速に調査し、真実を隠すことなく報告するための委員会を立ち上げる」とした。

 厚労省案では医療事故が起きた場合、第三者機関に届け出ることを想定していたが、まず院内事故調を立ち上げて検討する。公平性を確保するため、事故があった医療分野の専門家や法律家、有識者の外部委員を加えるなど、一定の基準を設ける。

 院内事故調の調査で故意または故意と同一視すべき犯罪が判明した場合は警察に届け出る。日医は「殺人罪や傷害罪を想定しており、医療事故など過失だった場合は通知しない」と説明。現在は医療事故で患者が死亡した場合は「異状死」として警察へ24時間以内に届け出る義務が課されているが日医は「将来的に法改正を目指す」とした

 死亡事故で原因分析できなかった場合、学会などが参加する第三者機関に依頼する。第三者機関は現在、日本内科学会などがつくる既存の「日本医療安全調査機構」(東京・港)を基本として、各都道府県に1カ所以上の地方事務局を設置する。

 民主党案では各都道府県にある医療安全支援センターに依頼するとしていたが、「同一水準で事故調査が困難」として、厚労省案で想定していた医療安全調査機構を活用する。患者や家族からの調査請求も受け付け、調査結果は医療機関や患者・家族に通知する。

 小規模病院や診療所などが自ら院内事故調をつくれない場合、地元の医師会や大学などが支援できる体制を構築する。遺族の拒否で解剖できない場合を含めてコンピューター断層撮影装置(CT)などを使った死亡時画像診断を活用する。

 日医は「医療事故調は患者や医療者、法律家が議論したが、最終的な合意ができなかった。議論を終わらせるのは社会にとって不幸であり、再び議論を再開して発展させたい」と期待している。

医療事故調査は「自浄」が柱、医師法改正も- 日医が制度創設へ提言(2011年7月14日CBニュース)

 日本医師会は7月13日の定例記者会見で、医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言を公表した。すべての医療機関に設置する「院内の調査委員会」と、医療・医学界で組織する「第三者的機関」による自浄機能を制度の基本とし、「異状死」について警察への届け出を義務付けている医師法21条の改正を提言している。

 提言は、原中勝征会長の諮問を受けて設置された「医療事故調査に関する検討委員会」による答申。
 それによると、院内の調査委は、全医療機関がそれぞれの責任で設置する。1次段階として、患者満足度を含む医療の質の向上などを目的とした平時の「医療安全委員会」を常設。2次段階の「医療事故調査委員会」は、医療事故が起こった場合に設置し、法律家や有識者など院内外のメンバーで構成する。院内事故調の質を担保できる一定の基準を設けることとし、調査結果は、再発防止策を含め、患者・家族に報告する。小規模病院や診療所での体制については、医師会や大学などが支援する。

 「第三者的機関」による調査は、医療行為に関連した死亡事例で、院内事故調だけでは調査・分析し切れないケースを対象に想定。患者の家族が調査を請求することもできる。地方事務局を各都道府県に設置し、調査結果については、プライバシーに配慮した上で公表するが、警察・司法への通知は行わない。
 「医学的知見に裏付けられた公正中立な判断が可能な組織」として、日本医療安全調査機構を基本に、日医、日本医学会などの医療・医学団体で構成する考えで、「医療事故調査第三者機関設置検討委員会」(仮称)を早急に立ち上げるよう提言している。

 こうした仕組みにより、「医療事故は、医療者の責任において原因究明と再発防止を図る」ことを基本とした調査制度を構築。同時に、医師法21条に関しては、医療行為に関連した死亡を異状死に含めず、「故意または故意と同視すべき犯罪がある場合」を除き、届け出義務を課さないなどの改正を求めている
 また、医療ADR(裁判外紛争解決機関)の活用の推進や、過失・無過失を問わない患者救済制度の創設なども提言している。

 高杉敬久常任理事は会見で、「医療関連死は警察に届けても解決できない。われわれ(医療者)が、きちんと答えを出していこうというのが基本姿勢にある」と述べた。

実際問題としてすべての医療機関に院内調査委員会を設置するというのは日医の支持母体である開業医などにとっては相当な負担なのではないかと思われますし、全体的にとりあえず総花的にまとめてみましたという感がぬぐえない印象もある提言ですが、すっかり政権からハブられている日医としても一応議論の叩き台を出してみましたという程度のつもりなんでしょうか(苦笑)。
医療事故というものの定義も非常に難しいところで、例えば病室に行ってみたら患者が亡くなっていたという場合など限りなく病死あるいは自然死であると考えられても、厳密に言えば調べて見ないことには事故であるかないかは何とも言えないわけですから、解釈の仕方によっては下手をするともの凄い業務量の増加を招くんじゃないかという気もします。
また日常的に死亡者が出てくる末期患者を扱う施設などでは、医者と患者(家族)との間の阿吽の呼吸で敢えて積極的な(助けるための)医療を行わないという場合も往々にしてあるわけですが、院内事故調が少しでも事件性の否定出来ないものは全数調査ということになってしまうと、下手をするとこうした症例は片っ端から射水事件のような騒ぎにもなりかねませんよね。
そういう意味では今回とりあえず医師法21条の改正問題に突っ込んでいることは一定の評価が出来るんじゃないかと思いますが、明らかな故意や犯罪性がない場合を除くという作業も実のところ受け取りようによっては何とでも解釈出来るもので、実際に病院内に侵入した第三者によって毒物が混入されていたなんて事件も起こっているわけですから、実際に真面目にやるとなるとこれは大変な作業なんだろうなと思います。

しかしどのようなものが出来るとしても実際に運用を開始するにあたっては、いきなり全数を詳細になどと気張ってしまうととんでもないことになるのは当たり前ですから、とりあえず真っ先に最低限やらなければならないケースというのはやはり患者や家族とトラブったようなケースですよね。
その場合普通は患者や家族の側としては病院自体に不信感を抱いているでしょうから、まず第一段階として院内調査から入るというのは納得されるのかどうか微妙なところで、まして前述のような施設側にとっての日常的な負担ということを考えて見ると、各施設毎よりは地域の医療機関をいくつかまとめての調査委員会のようなものを作ってみた方が良いんじゃないかという意見もありそうです。
ただその場合は各施設独自の事情、あるいは院内の空気のようなものは反映されにくくなりますから、例えば老人病院での事件で基幹病院と同様の基準で判断されるのではかなわないだとか、今度は施設側からの不平不満が出ることになりそうですかね。
こうして見ると医療の側はとにかく司法が医療現場に介入するのは困ると主張してきたわけですが、そうした事態を避けるように自前でチェックするということになれば医療の側にも相当の手間暇がかかるということで、今度は「これでは困る。仕事にならない。何とかしてくれ」と反対意見が出かねないような気もしてきて、自浄などと口で言うのは簡単ですが実際やるとなると大変だなとつくづく思います。
ただ医療側であれ司法であれ第三者機関であれ、どんな主体が調査を行うにしても医療の専門家がそこに加わらないということはあり得ないわけですから、いわゆるトンデモ判決の原因ともなっているトンデモ鑑定医の問題などを見ても判る通り、今後は学生教育レベルから始まって業界全体で「鑑定医として求められるスキル」の教育とその資格の検証も必要になるんじゃないでしょうか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月14日 (木)

彼らを信用して何か良いことがありましたか?

先日は日経メディカルにおいて、狂牛病関連の啓蒙活動においても著名な神経内科医の「マッシー池田」氏がこんなことを書いていました。

◆池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」なぜメディアが“けしからん”存在になってしまうのか(2011年7月12日日経メディカル)より抜粋

(略)
 今や多くの医師にとって、メディアは厚生労働省や政治家と同じく、現場を知らずに誤った言説を垂れ流し、自分の仕事を妨害する“けしからん”存在となっています。ですが、私は、メディアを仮想敵と決めつけてしまうのは損だと思っています。メディアは面白いことをするための道具に過ぎないからです。しかし、私が見ていても、あるいはメディア関係者から話を聴いても、メディアをうまく使っている医師は、片手の指で数えられるほどです。
(略)
 テレビ局は、ドラマであろうとなかろうと、番組に医師を登場させるときは、必ず何らかの意味で「名医」あるいは「カリスマ」の名札を付けた医師を主役に据えるのが普通です。ですが現場では、その医師が常に名医であることなどありえません。現場では、患者が担当医を教育し、研修医が指導医を助け、看護師が医師に教える。その繰り返しです。そのような現場を知っている医師達が、決まってイケメン俳優が名医を演ずる陳腐なドラマを見せられれば、馬鹿馬鹿しくなってテレビのスイッチを切ってしまいたくなるのは当然でしょう。

 しかし、メディアで働く人々が、おとぎ話のような作品を世の中に出し続けてきた責任の一端は「マスコミはけしからん」としか言えなかった医師達にあるのではないでしょうか。なぜなら、「現実とは違う」と指摘し、是正できるのは、現実を知っている医師をおいて他にいないからです。
(略)

「不条理」は被害者意識が作る妄想

 話を戻して、「なぜ、医師にとってメディアが“けしからん”存在になってしまうのか」を考えてみましょう。「医療崩壊はマスコミに責任がある」という論調は、いつぞや某国で盛んに流行した「不景気も失業も犯罪の増加も、全てはユダヤ人の陰謀である」というスローガンをほうふつとさせます。

 不条理(と“感じ”ること)は、毎日身に降りかかってきます(と我々は“感じ”ます)。ここであえてカッコ内に“感じ”を付け加えたのには理由があります。我々に降りかかってくるのは、万人が納得する基準で定義された不条理ではなく、自分の立場を反映した「不条理感」です。自分は真摯に生きているのに、なぜこうやたらと不条理の嵐に苛まれるのだろう、という感覚です。

 「自分は何も悪いことをしていない。だから自分に原因はない。では悪い奴はどこにいるのか。それは、自分が真摯に働いている現場を悪し様に書くマスコミ(あるいは現場を理解しようとせずに理不尽な通知を乱発する厚労省の役人ども)に決まっている」。こうして不条理感が被害者意識と仮想敵の構図を生み出すのです。例えば、医療者から大きな反発があった「たらい回し」という表現がありました。ですが、医療者がいくら「受け入れられなかった」と言っても、患者からみれば「受け入れてもらえなかった」ことには変わりがないのです。この例を見ても、「不条理」は絶対ではなく、お互いが自分の立場に依拠した相対的な「不条理感」に過ぎないことが分かっていただけるのではないでしょうか。

 もっとも仮想敵を自分の心の中に生み出した人自身は、仮想敵ではなく真の敵と信じて疑いません。自分に不条理を投げかけてくる敵が生まれれば、その敵に対して自動的に攻撃を開始します。これが、「医療崩壊はマスコミ(あるいは厚労省)に責任がある」というスローガンの正体です。攻撃する本人は、その攻撃に対する相手側からの反応を、たとえ相手側にその意図がなくても、全て自分に対する反撃として解釈してしまいます。こうして「不条理(と自分が信じること)と闘う医師」が生産されていくのです。

 この不条理感と仮想敵の構図は、双方の参加者に無駄な消耗を強いるだけで、決して生産的ではありません。また、どんなに仮想敵を攻撃しても、不条理感は決して減弱しないどころか、逆にどんどん増大していくばかりであることは明らかです。

 この馬鹿げた不条理感の払拭は簡単です。明らかな事実関係の誤りは指摘する必要がありますが、「マスコミはけしからん」と考えるのを止めればいいのです。今まで何億、何十億の人々が、「マスコミはけしからん」と念仏のように繰り返してきたでしょう。ですが、その念仏を唱える人々は、同時に「マスコミはいつまでたっても変わらない」と主張しています。つまり念仏が何の役にも立っていないことを自ら認めているのです。「厚労省はけしからん」「政治家の○○はけしからん」も同じこと。そんな無意味な念仏は「自分が念仏を唱え続けなければ日本が沈没してしまう」という、幼弱な誇大妄想を幾つになっても持ち続けられる、未成熟な暇人どもに任せておきましょう。無駄な念仏ではなく、「相手の力を古武術のように上手く使う方法はないのか」を前向きに考えていくべきなのです。無視するのは、使い道がないことが分かってからでも遅くないでしょう。

 今回、読者の方々に是非とも考えていただきたいのは、まずメディアの使い方です。「マスコミ」というと、すぐに全国紙やテレビのキー局を思い浮かべてしまいますが、まずは、自分の生活に密着したメディアの使い方から考えてみたらいかがでしょうか。一番身近なのは近所でのお喋りや町内会回覧板。さらには地方新聞、地場のラジオ局といった地域のメディアは、皆さんの日々の仕事と生活に大きな影響力を持っています。そういった身近なメディアと良好な関係を保ち、その身近なメディアとともに、地域医療や日々の生活で皆さんが感じる不条理感を減弱させ、より快適に生きられる可能性を探ってみるのです。そうすれば、おのずからメディアの使い方は分かってくるはずです。

医者対マスコミと言えばまるで医者だけがマスコミを嫌っているかのように聞こえますけれども、彼らが国民から総スカンなのは視聴率や部数の凋落ぶりを見ていても明らかですし、日本のみならずアメリカだろうがイギリスだろうが職業別信頼度調査ではジャーナリストは最下位争いの常連と決まっていて(ちなみに幸いなことに?医療従事者は上位を占めているようです)、単に日本の医者の反感がどうとかいう問題でもなさそうですよね。
ですから単にマスコミ嫌いを公言しても何の意味もないのは全く同意すべきことで、こうした(当のマスコミはあまり表に出したがらないようですが)彼らの信用のなさをもっと突き詰めていく、そして最終的には「テレビが言っているからウソだろう」「新聞に書いているから何か裏があるな」と言う状態にいたって初めて彼らの無害化が達成されるのかも知れません。
およそ医療に限らずどんな専門分野の話を広報する場合であってもそうですが、門外漢の介在者を挟んで伝言ゲームをやればやるほど情報が間違った方向に変質していくのは当然で、ましてその中間段階で「こうすれば売れる!」なんて余計な思惑が入れば入るだけ話がややこしくなるわけですから、ネットなど幾らでも直通の情報ルートがある時代にマスコミを介在させる意味自体がなくなってきているわけです。
彼らマスコミがどんなファンタスティックな魔法使い医師ばかりを登場させようが国民がそれを真に受けない、むしろ最初からネタであると割り切ってゲラゲラ笑いながら見ている中で「あれ?そう言えば本当の医者ってどんなことやってんだ?」と疑問に感じ始める、そこで初めてマスコミなどという有害無益なバイアスを挟まない現場の生情報を、国民が余計な刷り込み無しで受け入れられるようになるということですよね。

さて前置きはそれくらいにして、既存メディアの中にも読む価値、見る価値のあるものはもちろんあるもので、例えば個人的に楽しみにしているのが週刊ポストの「ニッポン あ・ちゃ・ちゃ」という小さなコラムです。
一見すると渡米日本人の目から見たアメリカの日常におけるカルチャーギャップといった体裁の短信なんですが、実際にはごく普通の日本人から少しばかりずれていて、もちろん真っ当なアメリカ人でもない「お前の感性はいったい何人なんだよ!(笑)」と突っ込みたくなる筆者の独自の視点がおもしろいんじゃないかなと思っているのですが、先日はこんな記事が掲載されていました。

米の緊急外来 インフル検査1500ドル、CT撮影5000ドルの例(2011年7月11日NEWSポストセブン)

おぐにあやこ氏は1966年大阪生まれ。元毎日新聞記者。夫の転勤を機に退社し、2007年夏より夫、小学生の息子と共にワシントンDC郊外に在住。著者に『ベイビーパッカーでいこう!』や週刊ポスト連載をまとめた『アメリカなう。』などがある。おぐに氏が、ドラマでおなじみのアメリカの「ER(=緊急外来)事情」について解説する。

* * *
先日、アメリカで初めてER、つまり緊急外来(Emergency1 件 Room)に駆け込んだ。理由は夫の急性副鼻腔炎。処方された痛み止めが効かない! と家庭医に電話すると、「すぐERで頭部CTスキャンを撮ってもらえ」となったのだ。

夫は激痛で動けない。日本なら救急車を呼ぶ場面だけど、アメリカの救急車は呼ぶだけで数百ドル。おまけに家族の同乗は許されない。「もれなくパトカーと消防車がついてくる」なんて噂もあって(ウソよね?)、自家用車で行くことにした。

人気テレビドラマ『ER』では、重病人が次々運び込まれ、廊下にはストレッチャーがひしめき、医師と患者の怒声が飛び交い、あちこちで緊急手術が行なわれてたっけ。ところが、ワシントンDC郊外の平日朝のERは、なぜか、しーん。順番待ちも10人程度。なんだこれなら1時間で終わりそう、と拍子抜けした。

でも甘かった~。看護師さんが症状を聞いてくれた後は、完全放置。4時間後、ようやく医者風の男がやってきて、ああ、やっと治療が始まる! と思いきや、男はクレジットカードを寄越せという。お代は350ドル也……って、あの~、治療費、前払いなんですか?

実はこれ、ERの使用料。治療費は後日、別途請求されるんだって。ニューヨークでは、「運び込まれただけで700ドル(治療費別)」のERもあるらしい。ちょっと~、お金取る前に治療してよ!

そういえば、私の友人は急な発熱にインフルエンザを恐れ、夜中にERに駆け込んだら、6時間待たされ、あれこれ検査された挙げ句、診断は「インフルエンザじゃありません」。後日の請求額は1500ドルだったって! 血液検査は数百ドル、CT撮影で5000ドル、うっかり入院しようものなら10万ドルをあっさり超える、と聞いたこともある。

ERは、患者の医療保険や支払い能力の有無を理由に治療を拒否できない。だから踏み倒されるリスクを上乗せして、治療費は恐ろしく高額となる。アメリカの医療保険を持たない我が家の場合、日本にある夫の勤務先の健康保険組合が、7割を補助してくれたとしても、本人負担分がいったいいくらになるのやら……。

※週刊ポスト2011年7月15日号
(「ニッポン あ・ちゃ・ちゃ」第152回より抜粋)

余談ながら副鼻腔炎くらいで何を大げさなと思われるかも知れないですが、アメリカでは副鼻腔炎と言えば年間3700万人が罹患する非常にメジャーな疾患なんだそうで、日本人が誰も彼も春先にはマスクをして歩いているのを外人さんが奇異に感じるのと同様な国民病ということになるのでしょうかね。
副鼻腔炎への対応として何が適正なのかといった難しい話は全く知らずとも、長年「日本の医療は全くなっていない!アメリカをみろ!あの素晴らしさ!」とマスコミの絶讚してきた世界最高のアメリカの医療の現実というものがいかなるものであるのか、どんな人にもよく判るなかなか秀逸な記事ですよね。
公平を期すために言っておくと、アメリカでもちゃんと保険に入っていれば自己負担額がこんなに高くなることはないわけで、良い保険を掛けている人であれば自己負担はほとんどなかったなんてことも起こりえるのですが、問題は外国人だけでなく国民の間においても保険に入れない、あるいは入らない人間が少なからずいるということですよね。

アメリカでも本気で保険に入れない貧困層にはきちんと公的な保険システムがあり、また基礎疾患があって民間保険では受けてもらえないような人達も何かしら公的に救済すべきだという認識はある程度共有されているようですが、社会的に問題になっているのがそこそこの所得がありながら保険料を支払っていない中間層の人達が沢山いるということです。
もちろん日本などでもワープア層の保険料未納による無保険化が騒がれ始めているくらいですが向こうの場合は数がハンパでなく、国民の15%におよぶ無保険層が存在するというくらいで、そうであるからこそ企業の労働争議においても賃上げよりも会社のつける健康保険の方が交渉の争点になっていたりもするわけですね(GM破綻の一因も手厚すぎる社員への保険にあったとも言います)。
そして国民の間に「真面目に保険料を払っている俺たちが、なぜ掛け金も払わずバカでかいテレビ買って贅沢している連中の面倒までみなけりゃならないんだ」という根強い反発があるという事情を承知しておかなければ、なぜオバマさんの国民皆保険政策があれほど反対を受けるのか、マスコミのように「巨額の財政負担を危惧する声が」なんて言っているだけでは理解出来ない話です。

無保険者の増加問題なども近年日本においても話題になっているもので、先日はみんなの党が「年金や健康保険の未収金が11兆もある!増税よりこちらの対策を!」なんて問題提起をしていた通り、今や年金や健保は破綻の危機に直面していますけれども、アメリカと違って「お金で人の命が左右されるなんてとんでもない!」なんて考えが大まじめに語られる日本でこれがどういう意味を持つかです。
中国などでは治療費の先払いをしてレシートを添えて出さなければどんな重症であっても治療してもらえない、アメリカなどでは前述の記事の通り貧乏人だろうが誰だろうが受け入れるERがあるけれども、そこでは(少なくとも払える人間には)法外な料金を請求される、それでは皆保険制度下で国民総中流意識に慣れた日本の医療現場がいざ無保険者が押し寄せてきた時どこまで対応できるのかですね。
この医療をやってしまうと患者には明らかに支払い能力はなさそうだ、しかも生保の認定を受けられるほど極貧でもないという患者が、目の前で医療を受ければ助かるという状態で金がないから医療を受けられないでいるという状況に直面した場合に、「それじゃお金が出来てからまた来てください」と言える医者が何人いるかと考えて見ると、今の日本でさほど多くはなさそうですよね(多くても嫌ですが)。
そもそも現段階でも後で査定されると判っていても、ついついやり過ぎちゃったと言う類の医療を全くやったことのない医者の方が少数派でしょうし、公立病院などでは収益がなくとも治療をすることはまだしも許される(そして、そうした顧客が集まる病院も存在する)でしょうが、今後この問題がさらに一般化した時に現場がどう対応していくのかは今から考えておかないとならないでしょう。

そしてこうした無保険問題の根本として、保険というものはいざという時の巨額な出費を到底負担できないという人々が、その時のために平素から負担できる範囲で掛け金をかけておくというシステムであるわけですが、日本では命の価値はプライスレスとばかりに幾ら保険料の高騰が騒がれるようになっても医療の無保険だけはあり得ないと言う考えの方が常識化しているとも言えますよね。
ところがアメリカでは掛け金をかけずにその金を人生を充実させることに使っておいて、その結果いざという時の医療費が払えず黙って死ぬしかなくとも「それはそれで個人の選択の自由。いいんじゃない?」と考え受け入れる文化的背景が根付いているということも理解しておかなければ、なぜこんな重大な問題を長年放置していたのかと日本人には理解出来ないということになってしまいます。
もちろんアメリカでもいざとなればやはり命は惜しいもので、こうした中間層を中心に治療費の安い第三世界に手術を受けに行くといったメディカルツーリズムも広まってきていますが、これなども「諸外国のお金持ちを呼び込もう」なんて日本政府ご推奨の高付加価値型メディカルツーリズムしか知らない人間には理解しがたい(あるいは誤解を招く)現象ですよね。
日本においても例えばこれだけの地震大国であるにも関わらず地震保険が伸び悩んでいることからも判るように、別に日本人が保険に理解が深いと言うわけでも何でもなく、むしろ皆保険制度が先に用意された結果国民の(コスト意識が薄い)医療観が形成されたのだと考えると、無保険者が当たり前になった時代に医療従事者のみならず国民の医療観も変わらずにはいられないでしょうね。

このように「無保険者の医療問題」だの「メディカルツーリズムの広がり」だのとキーワードだけを取り上げれば確かに共通なのですが、その実態は全く異なっているものを同列に取り上げて「諸外国ではこうなっている。ひるがえって我が日本では」式の無意味な国際横並び論を展開するマスコミのミスリードと言うものにはよほど注意していないと、とんでもない勘違いをすることになりかねないわけですね。
ただどんなに制度が変わっていくにしろ、「かくあるべし」で理念先行では現場がついてこられなくなり必ず大きな歪みが発生してしまいますから、まずはともかく現場の声を聞く、それもマスコミのバイアスなどという余計なものがかからない生の声に耳を傾けるということが大事なんだと思います。
医療崩壊などと言う現象もマスコミが問題視するかなり以前から言われていて、早くからネット界隈で警告を発してきた医療従事者の間では「だから必ずこうなるよとあれだけ言ったのに」と失望すら感じている人も少なからずいるようですが、医療に限らず「また狼少年なんだろ?」と言わずに専門家が警鐘を鳴らしていることにはそれなりに耳を傾けておいた方が、売らんかなのマスコミの言うことよりは信用出来るんじゃないでしょうか。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年7月13日 (水)

またしても献血現場で事件発生!

昨今少々のことでは驚きませんけれども、先日の福島県からの希望者が献血できなかったという事件に続いて、献血ルームでのトラブルというものがブームにでもなっているのか?と思われるような事件がまた起きてしまいました。

献血ルームに包丁男=殺人未遂容疑で逮捕―大阪府警(2011年7月12日時事通信)

 12日午前11時10分ごろ、大阪市中央区難波にある日本赤十字社の献血ルームから「包丁を持った男が暴れている」と110番があった。駆け付けた府警南署員が、現場にいた大阪市城東区野江、無職岩下徹哉容疑者(41)を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕。献血ルーム所長森本実さん(49)=大阪府高槻市=が腹部を刺され重傷を負ったが、意識はあるという。

 同署などによると、岩下容疑者は10日に同ルームを訪問。「(その際の)献血カードの渡し方が悪い」などと、11日から同ルームにクレームを付けていたという。12日も午前10時ごろから、森本さんと別の職員が2人で対応していたところ、同容疑者が持っていた刃渡り約16センチの包丁で森本さんの左腹部を刺したという。

 現場は大阪市営地下鉄御堂筋線なんば駅のすぐ近くの繁華街。 

献血ルームで所長刺す「女性職員の対応悪い」(2011年7月12日産経新聞)

 12日午前11時15分ごろ、大阪市中央区難波の大阪府赤十字血液センターの献血施設「まいどなんば献血ルーム」から「包丁を持った男に所長が刺された」と110番があった。府警南署員が駆けつけ、殺人未遂の疑いで男を現行犯逮捕。施設の男性所長(49)が脇腹を1カ所刺されたが、命に別条はないという。

 南署などによると、男は大阪市城東区野江の職業不詳、岩下徹哉容疑者(41)。調べに対し「腹が立って抑えられなかった」と供述しているという。

 岩下容疑者は10日に施設で献血した際、「女性職員の献血カードの渡し方が悪い」とクレームをつけた。さらに11日にも施設を訪れ、所長が応対していた。

 この際「明日もくる」と言い残したため、所長は12日朝、南署に相談。施設に戻ったところ午前10時ごろに岩下容疑者が現れ、話している際に文化包丁(刃渡り約16センチ)で刺されたという。

献血ルームで所長刺され容疑者逮捕 大阪・難波(2011年7月12日朝日新聞)

 12日午前11時10分ごろ、大阪市中央区難波4丁目の大阪府赤十字血液センター「まいどなんば献血ルーム」から、「包丁を持った男が暴れている」と110番通報があった。南署によると、献血ルーム所長の森本実さん(49)が男に包丁(刃渡り約16センチ)で左脇腹を刺され、病院に搬送されたが、意識はあるという。男は現場で職員らに取り押さえられ、殺人未遂の疑いで現行犯逮捕された。

 南署によると、逮捕された男は大阪市城東区野江2丁目の無職、岩下徹哉容疑者(41)。容疑を認め、「腹が立って(気持ちを)抑えられなかった」と話しているという。

 同署などによると、岩下容疑者は10日に同ルームで献血をした際、「献血カードの渡し方が悪い」などと職員に苦情を言い、11日も午前11時~午後6時ごろまで同ルームに居座り、所長の森本さんらが対応していた。「明日もまた来る。何があっても知らんぞ」と言い残して帰ったため、森本さんが12日朝、南署に相談していたという。岩下容疑者はこの日、開場前の午前10時ごろに来ていたという。

前回の事件の時には医者の対応が問題になりましたが、献血に来ているような医者はそこらの暇な医者のアルバイトか、あるいは他で使いようのない医者の最後の落ち着き先になっている場合がほとんどで、医者の知識や能力というものにはあまり期待出来ないところはありますよね。
また基本的にわざわざ献血に来てくれるような人であればとりわけ医療に理解も深い「上顧客」と言えますから、普通に対応していればさしたるトラブルにならない、ということは裏を返せばスタッフもトラブルによって鍛えられる機会もないということで、見ていますとちょっとそれは社会常識的にどうなのよ?と思えるような杜撰な対応をしているスタッフが少なからずいるのも事実です。
今回の場合はカードの渡し方がどれほど気に入らないものであったかはともかくとして、翌日にもわざわざ訪れ7時間もクレームをつける、さらに翌々日も朝一番で再訪して包丁で刺すといった具合で、顧客の側にもクレーマー素因が濃厚にありそうな気配なんですが、たまたま濃いめの顧客にこれまた接遇スキルの低いスタッフが当たってしまうとこういう事件にまで及んでしまうということなのでしょうか。
先の事件にも見られるように、せっかく善意でやってきてくださっている顧客をわざわざ接遇スキルの低さから取り逃がしてしまうようでは何にもなりませんから、日赤もいよいよ本腰を入れてこのあたりのスタッフ教育を行っていかなければならないのでしょうね。

ただ今回の事件などを見ているとどうもそれだけで終わらない、現在の日本の献血業務というものが抱えている構造的な問題というものが出てきているのではないかという気もします。
ちなみに日本では売血というものは取り扱っておらず、あくまで善意による献血のみを扱っているわけですが、せいぜいがジュースが付くだけの献血車と違って最近の献血ルームはずいぶんと豪勢なことになっていて、特にこの施設などは非常に好待遇であることで以前から周囲にそれと知られていたようなんですね。

ここは至れり尽くせりのとこだよ
クッキー各種食べ放題ドリンク飲み放題
終了後に専用メダル2枚貰えて100円相当のパンお菓子アイスの自販機から好きなの2つ
8のつく日はシュークリーム屋の券が貰えたり
不定期でマクドナルドのチケット2枚とか
抹茶と和菓子の接待とかマッサージがついたりする

駅前の広場に献血車が来て体育会系の学生がボランティアで呼びかけてることがあるんだけどさ
ここを知っててわざわざ献血車でやる人はいないと思う
献血台には液晶テレビ据え付けで好きに見れる
フリーのPCもある
雑誌漫画新聞も豊富
ネカフェのオープンスペースみたいな感じ
大阪は梅田のも阪急グランドビルの25階にあって設備がいい
カントリーマアムとかレスポワールの焼菓子とかお菓子充実

ああ通常の粗品の部屋干しトップももちろん付くよ
常になにかイベントしててクジを引かされたりいろいろある
事前にその月のイベント見ておいた方がいいね
地元の中学生の吹奏楽とかだとアレだし

時折見られることですけれどもこうした充実した待遇があることから、いわば元を取ろうとばかりに献血ルームを利用し尽くしていくタイプの顧客もいて、もちろん正当な権利であるとは言え「あまりに濃厚な便宜供与は実質的には売血と同じ事では?」と考えると何かしら釈然としないものがあります。
今回の容疑者も40歳代で無職ということですけれども、例えばワープア層においてかなりの数が実質ホームレス化してきている今の時代にあって、頻度に制限があるとは言え無料で好き放題に飲食も出来る場所があるとなれば「なんだ、それじゃ一つ俺も利用してやろうか」と考える人も当然出てくるでしょうし、まして今回は場所柄も場所柄です。
現在の献血における個人識別がどういうレベルで行われているのか承知していないのですが、例えば複数の献血カードを使い分けて回数を増やすということがあっては供血者の健康が懸念されますし、ましてや実質的な売血行為ともなればせっかくの献血も安全性が担保出来ないということにもなりかねません。
日本では久しく献血というとあくまでも善意で来てくださる皆さんが対象で、性善説的対応をしていれば事足れりという状況だったのでしょうが、ひと頃から話題になったようなHIV等検査目的の献血車の増加による輸血後感染リスクの増大なども併せて考えると、そろそろ考え方そのものを変えていかなければいけない時期なのかなという気もしてきます。

せっかく来ていただいた方々に気持ちよく献血をして帰っていただくためにも、日赤も相変わらずのお役所仕事ではなく実社会の変化に即して柔軟に対応していくことが新たな社会的責任ということになりそうですね。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年7月12日 (火)

じわじわと追い込まれる自治体病院 もはや風前の灯火に?

先日は伊賀市立上野総合病院が癌診療拠点を目指すと言っているらしいことを紹介しまして、いや田舎の中小自治体病院でその方向性はさすがにどうなのよ?と懸念を覚えたものですが、自治体病院というものの迷走は別に昨日今日始まったものではありません。
かつて医局人事が生きていたころは様々になだめすかせてこの種の「オラが町の病院」にも医師が派遣されていたわけですが、今やそんなことをすれば「それじゃ医局辞めますから」とスタッフが逃げていくような有様ですから当然医者は減る一方、あちらでもこちらでも自治体病院は自助努力を強いられているのが現状です。
しかし長年染みついた「黙っていても医者は来る」「赤字など税金で補填すればいい」の感覚からおいそれと抜け出せるはずもなく、都市部などではあまりの財政負担に耐えかねてすでに自治体病院廃止を打ち出しているところも出てきているわけですよね。
他に病院と言えるほどの施設もない田舎においては入院病床を維持することへの社会的要求は高いのでしょうが、実際問題コストと利益の兼ね合いでどのあたりが落としどころになるのかと、昨今の財政難の中で各地の自治体も頭が痛いというのが正直なところではないでしょうか。

明確な医療政策の展望を/自治体病院改革(2011年7月11日東奥日報)

 自治体病院赤字の原因は何か。その一つが医師不足であることは明らかだ。医師の数が増えれば、患者数の増加、収益につながる。だが、肝心の医師確保の先行きが不透明なまま、地域医療の根本的問題をいわば、迂回(うかい)するかのような自治体病院改革が進んでいる

 自治体病院は、採算性の論議だけでは守れない。財政改革の先を見据えることが不可欠だろう。地域にどんな医療が必要なのか、各自治体は明確な医療政策の展望を持つべきだ。

 本紙が報じた県内の市町村と一部事務組合が運営する自治体病院(26自治体病院、事業会計数は23)の2010年度決算見込み(概算)によれば、支払い能力を超えた借金である不良債務の総額は86億8800万円。全体としては損益が改善したほか、十和田市立中央病院では15億円の不良債務を市に肩代わりしてもらって解消するなど、設置市町村の一般会計からの繰り入れが増えた

 2007年に成立した自治体財政破綻を未然に防ぐための財政健全化法は、病院事業に関する会計も含めた指標を設けた。自治体病院の不良債務は、自治体そのものの生き残りにかかわる。同年、国は「公立病院改革ガイドライン」も策定。自治体に、医療現場の経営改革として数値目標設定と達成を求めた

 高コストからの脱却をすべて否定するものではない。だが、医師不足の中でのコスト削減は医師や看護師の疲弊も招く。県内の医療現場からは自治体病院改革によって「減員など、現場の負担は増えるばかり」との声が出ている。

 県国保連の県内25自治体病院を対象にした調査によると、2011年5月現在、25病院の常勤医数は512人。各病院が施設運営上必要とする総数よりも262人不足している。医師充足率は66.1%で、深刻な医師不足は続いている。

 財政改革がゴールではない。医師確保策とともに、自治体病院の長期的で安定的な維持を考えていかねばならない。救急、過疎地医療という不採算部門を抱える自治体病院は「地域のライフライン」だからだ。

 「自治体病院だからこそ、短期的な利益にとらわれず、自治体と一体となって医療・介護・福祉・住宅政策の総合的・長期的な取り組みを行える」という有識者の指摘がある。

 高齢社会の中で自治体病院を保健、医療、介護が一体となった地域包括ケアの拠点として維持していくという道がある。そういったこれからの自治体病院の医療のかたちについて、自治体関係者が明確な展望を持つことが必要だろう。

 自治体病院とはみんなで守り、育てていくものである。首長、議員は地域が必要とする医療のかたち、中身について具体的に議論し、住民の理解を深めていくべきだ。展望なき病院は医師の目にも、魅力ある病院とは映るまい。明確な展望があればこそ、それが医師確保の布石ともなりうるのではないか。

医師総数が増えようが自治体病院の医師がこれ以上劇的に増えるはずもないわけですから、減り続ける医師数に応じて病床を削減し場合によっては診療所化するなどの対策を講じなければなりませんが、町立病院などで主張がそれを言えばあっさり落選の憂き目を見ることになるやも知れず、県立病院で知事が強権を発動すれば知事が土下座をすることになりと、およそ地域の強力な反対というものに直面しなければなりません。
もちろん地元民としては近所にいつでも入院出来る病院がある、それも「俺はスポンサーの納税者様だ」と大きな顔が出来る公立病院ともなればおいしい話なのは理解できますが、そもそも経営効率の良い民間病院ですら生存できない環境で非効率極まる自治体病院にまともな経営が成り立つはずもなく、単に地元出身の永年勤続公務員に高給を支払うだけの施設になっている場合も多いですよね(それがまた票になるんでしょうが…)。
医療崩壊の先進地として聖地の名を冠された舞鶴市民病院なども、相次ぐ逃散で医者がいなくなったにも関わらず病院だけは残っていて「病床利用率一桁%、職員給与比率200%超」などという、まさに税金でスタッフを養うためだけに存在意義がある病院と揶揄されたものですが、こんな医療の面では何の意味があるのか判らない病院ですら容易に潰すわけにもいかない理由がそのあたりにあるのでしょう。

病床数や医師確保策、市案に質問続出 舞鶴市会(2011年6月24日京都新聞)

 舞鶴市議会の地域医療対策・公的病院再編調査特別委員会で23日、市が17日に中丹地域医療再生計画関係者会議で示した舞鶴市案について、病床数や医師確保策など具体策を問う声が相次いだ

 市民フォーラム、公明、共産、会派に属さない議員の計5人が発言した。

 「府から病床数などの数値を求められている」と問われ、瀬川治市民病院事務局次長は「独断で各病院の病床削減案を出すのは難しい」「数値を盛り込める範囲で取りまとめ、次回会議で検討してもらう」と答弁。千賀義弘事業管理者は「各病院も適正な病床数を考えていると思う。市民病院の一般病床150床が(療養病床化で)ゼロとなることで数値を示したい」と、他の病院の病床数を維持する見解を示した。

 医師確保策について、山口則夫病院事務局長は「府立医大に現状の維持をお願いし、市として特徴を打ち出すことで確保に努力したい」と述べた。

【17日に公表した舞鶴市案】

公的3病院の機能を選択的に集中強化し、分担と連携を図る

▼医療センターは脳卒中、共済病院は循環器、赤十字病院はリハビリのセンター機能を担う。市民病院を療養病床化

赤十字病院と市民病院の連携で東西バランスをとる

▼市主体の病院間の連携機構を設置し、医師確保を図る

 【現行計画】

▽医療センターに基幹病院を建設し、医師確保の窓口を府立医科大に一本化

▽赤十字病院を連携拠点とし、市民病院の機能は両病院に統合

※共済病院は計画を離脱。病院運営母体の一本化は先送り。

■市は具体案示せ 関係者会議の意見

 舞鶴市案に対して17日の関係者会議で出た意見

 国立病院機構近畿ブロック「連携機構を設置することで、医師不足をどう解消するのか。数字の部分をどう示すのか」

 日本赤十字社府支部「連携機構の権限が強くないと、東の2病院は競争関係に立たざるをえない。『分担と連携』の具体案を示してほしい」

 国家公務員共済組合連合会「病床数を変える予定はなく、市全体の病床数を削るのであれば持ち帰り検討したい」

 府立医科大「府北中部に医師を300人以上派遣しており、さらに各病院へ派遣するのは非効率。基幹病院の設置が望ましい

 京都府健康福祉部長「基本的に現行計画のコンセプトを踏まえ、必要な見直しを行っていきたい。現行計画は舞鶴市内の病床数が多いという論点から出発している。最終的な病床数をどうするのかがなければ修正の議論はしづらい。市レベルの連携機構で医師の確保を差配できるのか」

 副知事「会議をずっと続けるつもりはない。時間をかける余裕はなく、具体案を早急に示してほしい」

派遣元の府立医大が「非効率。基幹病院の設置を」と言っていることに現れているように、地域内でベッドは余っていて似たような規模の病院が乱立している、そして医者は各施設に分散配置されて効率が悪いと、現状の問題点は判っているのに全く改善が進む気配がないというのは、やはり各方面に既得権益というものがあるということなのでしょうか。
例えば管理職などポストの数ということを考えても統合すれば当然以前よりは減るわけですから、どうしても自治体病院でなければという人々の中には抵抗する人間はいるでしょうし、事務職スタッフなども一部で過剰になれば首を切られるかも知れない、そして何より近くの病院がなくなることへの地域住民の反発も根強いものがありますよね。
そう考えると議場で土下座をしても統廃合を押し切ってしまった岩手県知事などはよく思い切ったものだと改めて感じますが、もはやこういう地域のしがらみは強権的にでも断ち切ってしまわないことにはどうしようもない状態になっているという危機感を、単に現場のみならず施設の設置者である自治体や利用者である住民の側でも共有してもらわなければなりませんよね。
自治体側としてはまず赤字だろうが何だろうが医療に公費を投じてでもやるのか、それともある程度のところで財政を優先させるのかといったビジョンを提示していかなければならないでしょうし、住民の側も「隣町にあるものがオラの町にないのは我慢ならん」といった類の古い感覚はいい加減に無くしていってもらわなければいけないでしょう。

一昔前と違って医療に対する要求水準が高くなってしまっている今の時代では、ある程度以上の積極的な治療は中小病院では行えなくなってしまっていて、医療リソースを集約化した急性期対応能力のある基幹病院がどうしても必要になっているのですが、地域の中小病院があちらこちらに点在して人材を抱え込んでしまうと基幹病院はマンパワー不足で患者を受け入れられないということになってしまいます。
幾ら身近に病院があったところで、いざ重症という時に送り先がないことほど困ったことはないというのは大淀事件などでも明らかになっているところですから、少なくともある程度の広さの地域内で(その広さは議論の余地あるところですが)きちんとした急性期対応が出来る施設を用意しなければならないし、そのためには需要の少ない中小公立病院は統廃合しなければというのが現在の国の方針です。
そのために色々と上からハッパをかけている最中であるのですが、当事者だけでは問題の解決が難しいということになれば、近い将来より一層の医療財政的な締め付けなりで自らホールドアップせざるを得なくなるように追い込みをかけてくるかも知れませんよね。
地域にとって本当に必要で残さなければならない病院だと言うのであれば、それまでにしっかりした改革を行うなりで数字として残る実績をきちんと積み上げておく必要があるのでしょうけれども、そんなことが出来るくらいなら最初から自治体病院の崩壊などと大騒ぎはしていないという話でしょうけどね(苦笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月11日 (月)

「日本人=恩知らず」という認識が広まっている、かも知れません

先週の事ですけれども、海外発信のこんなニュースがネット上で大きな話題になりました。

「台湾は国家ではない」 台湾人留学生への震災補助金を拒否(2011年7月6日サーチナ)

 台湾のNOWnewsによると、日本に留学している台湾人学生が、日本政府が外国人留学生に対して支給している東日本大震災の補助金を受け取ろうとしたところ、学校側から拒否されていたことがわかった。3人の学生が説明を求めると、学校側は「台湾は国家ではないため、台湾からの留学生は補助金を受け取る資格がない」と回答したという。中国メディアの環球時報(電子版)が報じた。

  日本に留学している台湾人女性によると、女性が通う学校には震災後の補助金制度があるが、台湾からの留学生だけは受け取ることができなかった

栃木県宇都宮市の学校に通う台湾人女性はFacebook(フェイスブック)で「各国の留学生は12万円の補助金を支給されている。台湾は震災後に多額の義援金を贈ったのに、こんな目に遭うなんて」と不満をあらわにしている。

  報道によると、台湾外交部は現在、台湾人留学生への補助金支給を拒否した学校と日本交流協会に連絡を取っているという。

ご存知のように台湾と言えばかの震災で世界最大規模の支援を行っていただいた日本の友邦ですから、幾らなんでもこれはおかしいじゃないかと早速問題の学校が特定され炎上した結果、当該校は火消しに躍起になっているということなんですが、問題は当初この話が学校側独自の斜め上な判断で拒否されたように思われていたものが、どうも続報によれば政府による国策の一環だったというのですね。
ネット上でこれだけの騒ぎになってようやく一部のメディアもこの一件を報じ始めているようですけれども、国策として行っているのであれば何故この学校でだけこうして国際問題となったのか、そしてそもそもその国策が妥当であったのかと、これまた少なからず騒ぎになっている状況です。

被災支援の緊急奨学金 「国交ない」台湾除外(2011年7月9日産経ニュース)

 東日本大震災の被災地の大学に通う私費留学生を対象に、国が緊急措置として支給を決めた奨学金を募集した際、台湾からの学部留学生は応募資格がないと除外されたため、申請できなかったことが8日、分かった。

文部科学省は「台湾と国交がないため」としているが、台湾から約170億円の義援金が寄せられた中、柔軟性を欠く対応との批判も出そうだ

 文科省によると、同省は被災した私費留学生を支援するため、平成23年3月の1カ月だけ、日本政府から奨学金を受ける国費留学生として扱う「緊急援助採用」の措置を決定。成績なども条件とした上で、学部生への支給額を12万5千円とし、3月下旬に東北や関東地方の各大学に通知して募集を始めた。

 ところが、国費留学生制度は「日本と国交のある国の国籍を有する者」が対象。今回の措置も同じ条件を付けたため、台湾の留学生は申請できず、栃木県の私立大では留学生が大学側に抗議した例もあった。

被災地援助制度:台湾留学生申請できず 栃木の大学(2011年7月9日毎日新聞)

 東日本大震災を受け、文部科学省が制度化した被災地の学校に通う私費留学生への援助制度で、栃木県内の大学に通う台湾からの学部留学生が応募資格がないとして申請できなかったことが分かった。制度が「国交のある国の国籍を有する者」との条件を付けているためだが、台湾メディアが取り上げるなど波紋が広がっている

 文科省は震災を契機に「国費外国人留学生緊急援助採用」制度を設けた。被災地の学校に私費留学する留学生に、国費留学生の奨学金と同じ12万5000円(学部生)を1カ月支給する仕組みで、条件を「日本政府と国交のある国の国籍を有する者」としている。

 この大学によると、今年4月26日、説明会を開いた。申請は28日に締め切ったが、今月1日、台湾からの学部留学生から大学側に問い合わせがあり、その際、大学側は文科省の条件に沿って「国交がないので支給できない」と説明したという。

 一方、台湾の現地メディアがこの問題を取り上げたほか、日本国内でもインターネットで「台湾は多額の義援金を日本に送っているのにおかしい」などの声が上がっている

 台湾からの留学生については、外務省の外部団体「交流協会」が短期留学生や大学院留学生に8万~15万6000円を援助しているが、学部生は対象外。独立行政法人「日本学生支援機構」の独自支援は、4万8000円にとどまる。文科省の担当者は、制度が「国交の有無」を条件としていることについて「これまで意見が寄せられたり議論となったことはない」と説明している。【吉村周平】

「震災援助金ないのはおかしい」 留学生訴えに台湾メディア大騒ぎ(2011年7月7日J-CASTニュース)

   自分たちだけ震災援助金がないのはおかしい――。日本留学中の台湾人大学生がフェイスブックでこう訴えたことが、台湾メディアに大きく取り上げられる騒ぎになっている。その背景には、どうやら日本の留学制度上の不備があるようなのだ。

   フェイスブックで訴えたのは、宇都宮市にある私大の作新学院大学に通う台湾人女子学生だった。

台湾人女子大生がフェイスブックで

   この学生は、各国の留学生が12万5000円の震災援助金をもらっているのに、自分たちがもらえないことに不満を持った。そして、同じ台湾からの留学生2人とともに学校側に説明を求めた。すると、学校側は、「台湾は国家ではない」として、受け取る資格がないと説明したという。これを受けて、学生はフェイスブックで「台湾は日本に多額の義援金を贈っているのに、こんな目に遭うとはひどい」などと憤った。

   この訴えが、2011年7月4日に台湾メディアに大きく取り上げられ、台湾外交部も確認に動いたという大騒ぎになっている

   文科省は3月、震災支援として、被災地の大学に通う国費留学生に緊急援助を行った。12万5000円は、1か月分の奨学金に当たる額だ。

   ところが、台湾とは正式な国交がないため、国費留学生はおらず、その援助対象にもならない。ただ、独立行政法人日本学生支援機構が月4万8000円の私費外国人留学生学習奨励費を出しており、その支給者であれば、同額の援助金がもらえることになる。

   フェイスブックで訴えた学生は、この奨励費の対象者でもなかったのか。

   作新学院大学の学生課によると、学校側に説明を求めた学生は3人とも対象者ではなかった。うち1人は、財団法人による別の奨学金を受けていたが、これは震災援助金がもらえないものだった。

日本の留学制度上に不備があった

   大学院生については、台湾と民間レベルの交流を担う財団法人交流協会が、国費に準じて奨学金を支給している。震災援助金も、修士課程なら15万4000円、博士課程なら15万5000円と国費留学生と同じ額をもらうことができる。

   作新学院大学の学生課では、「奨学金を受けている大学院生なら、満額の援助金がもらえます。しかし、学部生は、そんな支給はなく、気持ちの収まりがつかなくなってフェイスブックに投稿したようです」と話す。そして、「台湾は国家ではない」と言ったことは否定し、「『正式な国交がない』と言ったのが拡大解釈されたのでは」と言っている

台湾からの学部留学生は、日本学生支援機構から奨学金や震災援助金を受けたとしても、国費留学生の3分の1程度。なぜ国費に準じた支給を受けられないのか。

   このことについて、文科省の学生・留学生課では、こう説明する。

    「支援機構は、台湾だけが対象ではなく、なるべく多くの留学生を支援するのが目的です。予算に限りがあるので、その額になるのではないでしょうか」

   そもそも交流協会が学部生にも支給対象を広げれば、何の問題もないはずだ。この点について、東京本部総務部では、「過去の経緯までは把握していませんが、財政的な制約があるのだと思います」と言う。

   文科省でも、問題点があることを認めており、学部生まで支給対象を広げることについて、「できれば検討事項にしたいと思います」(学生・留学生課)と言っている

文科省は財政的な制約があるとは言いますけれども、世界に200からの国があるなかで台湾からの学生の分を節約してどれほどの財政的なメリットがあるというのかと思えますし、文科省や外務省の間で複雑に支援の仕組みが区分けされていることを考えると、これは色々と多方面に配慮した結果であるのかなという印象も受けます。
ついでに言うとこの件、調べて見た限りでは朝日では不思議にも報道されていないようなんですが(その代わりに清華寮がどうとか言う話は詳しく報道していますね)、その朝日が4月12日に報道したのが震災で離日した国費留学生に再来日のため日本政府が航空券を支給しますという話で、こちらも対象は国費留学生と言いますから当然ながら台湾は対象となっていないわけですよね。
ちなみに海外留学する日本人に対する支援額はわずか19億円なのに、海外から日本に留学する外国人への支援額が319億円と突出して多いのにこの上航空券まで支給しなければならないのか!と怒っている人もいますけれども、日本で学ぶ人が増えた分は世界の中での日本への理解が深まるというのは、それはそれで正しい見識なのではないかと思います。
ただし、お隣にあってさしてコストもかかるわけでもない、そして何より日本を最も理解しいざという時手厚く支援もしてくれている台湾に対してこうした冷遇をするというのは、外交政策上の観点以前に素朴な人情としておかしな話なんじゃないかと考えずにはいられません。

先の義援金に対する御礼の広告問題などもそうですが、最近ではこうした日本初のニュースが相次いで報じられるたびに台湾あたりでは「日本は恩を仇で返す国なんだな」という認識が広まっていっている、それが誰の主導で行われているのかは判りませんが何しろどれも国策として行われているだけに、普通に考えれば明らかに日本の国益に反している行為ではないのかなという気がします。
もっともそれによって確実に喜んでいる人々もまた存在していて、彼らの歓心を買うことが非常に重要なことであると考えている人間が国を主導している立場にいるのだとすれば、そんな行為は日本人の本意ではないということを市民レベルで発信していかなければ仕方がないということなのでしょうかね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月10日 (日)

今日のぐり:「セルフうどん かめや」

古来祭りやら神事の類は多かれ少なかれ非日常性を持つものと相場は決まっていますけれども、時代によってそうしたものの社会からの受け取られ方は変わっていくものだと思わされるのがこちらのニュースです。

神事で馬蹴り書類送検、動物愛護団体が証拠映像/三重(2011年7月4日読売新聞)

 三重県桑名市の多度大社の祭礼「上げ馬神事」(県無形民俗文化財)で馬を蹴るなどしたとして、県警が神事に携わる関係者5人を動物愛護管理法違反容疑で津地検四日市支部に書類送検していたことがわかった。

 送検は今年2月25日付。

 県警によると、5人は2009年5月5日、神事の本番前、馬を興奮させるため棒で腹をたたいたり、蹴ったりした疑い。

 動物愛護団体がその場面を撮影した映像を添え、同年12月に県警に告発していた。同神事は、武者姿の若者が馬に乗って急傾斜を駆け上がり、土壁を越えられた回数で作物の豊凶を占う。愛護団体の指摘を受け、調査した県教委は今年1月、多度大社に虐待行為の根絶などを求める勧告をしている。多度大社の平野直裕禰宜(ねぎ)(45)は「勧告を受け、監視役を14人にするなど改善している。今後も関係者と協力していきたい」と話している。

最近では祭り囃子がうるさいと怒鳴り込んでくる人もいるようですから、どこまでが正当なクレームであるのかは微妙なところなんですが、神事の目的からするとこういう行為はドーピングに相当することにもなるんでしょうかね?
今日は思わぬ災難であった多度大社の馬たちに敬意を表して生き物たちの逆襲とも言うべきニュースを取り上げてみますけれども、まずは兵庫県からこんな話題を取り上げてみましょう。

住宅街にアライグマ出没が急増 兵庫、2女性かまれる/兵庫(2011年7月6日産経新聞)

 5日午後9時10分ごろ、兵庫県尼崎市南塚口町の市道で、犬の散歩中だった近くの女性会社員(48)が、アライグマのような動物に両足首と左ひざをかまれた。女性は2週間のけが。

 尼崎北署によると、動物は体長約40センチ。犬とけんかしそうになったのを引き離そうとした際にかまれたという。動物は大小3匹おり、かんだのは親とみられる。

 尼崎市内ではアライグマとみられる動物の目撃情報が増加。3日早朝には北に約1.5キロ離れた伊丹市南町でも、無職の女性(75)がアライグマらしい動物に手足をかまれたといい、同市は捕獲を検討している。

記事にもありますようについ数日前にも同様に犬を連れた女性がアライグマに襲われていたということなんですが、この場合は荒い熊ならともかくアライグマごときを相手に犬なにしてんの!と突っ込んでおくべきなんでしょうかね?
先日は新幹線の中で蛇が見つかったと話題になりましたけれども、大分界隈ではこのくらいの話でもこの程度には取り上げられるということです。

玄関先でヘビ2匹が雨宿り?/大分(2011年6月22日大分合同新聞)

 先日午前、別府市に住む男性(54)は妻と庭の手入れをしていた。伸びすぎたツタを切っていたところで突然の雨。いったん家に入り、雨が上がった後、再び作業をしようと玄関を開けると、2メートルほどのヘビ2匹が玄関先で大きなとぐろを巻いていた。驚いた男性は近くにあったデッキブラシで敷地外へ掃き出そうと奮闘、ヘビを山の方に追いやった。「ツタの陰をすみかにしていたのかも。暑くなってきたが、急な“来客”に肝を冷やした」と男性。

いやさすがに天下に名だたる大分合同でなくとも玄関先に二匹もとぐろを巻いた蛇がいればそれはニュースにもなるだろうなと無理矢理納得はするのですが、幾らなんでも壁新聞じゃないんだから「先日午前」とはどういう取材をやっているんだろうと突っ込んで見てもいいでしょうか?
海外からはこれぞまさしく動物の逆襲!とも言うべきニュースが出ていますけれども、まずは記事を紹介してみましょう。

長年の恨みが爆発した飼い犬が殺人/タイ(2011年6月22日バンコク週報)

 東部チョンブリ県で6月11日、飼い犬に噛まれた男性が病院で手当を受けたが、帰宅後に容態が急変し死亡するという事件が起きた。

 救急車到着時、家の玄関前は血痕が点在しており、近所の人たちが集まってマーナさん(51)を止血する一方で、3歳になる飼い犬(ゴールデンレトリバー)を押さえつけていた。

 マーナさんの妻ソムポンさん(43)は、「事件当日は、夫と飼い犬のピーターが家に残っていましたが、近所の人から電話があり、夫がピーターに噛まれて重傷を負ったと知らせてくれました。それで急いで家に帰り、ピーターを鎖でつなぐとともに、救急車で夫を病院へ運びました。病院で手当を受けたあと、帰宅してもいいと言われたので、夫を連れて家に帰りました。ところが、帰宅後すぐに倒れてため、急いで病院へ運びましたが、手当のかいなく死亡しました。原因は血液に細菌が入ったためだそうです」と説明。

 さらに、「飼い犬のピーターはゴールデンレトリバーとラブラドールの雑種で3年間、飼っていますが、今まで人を噛んだことはなく、子供と遊んだりもしていた」という。

 ただ、ピーターが小さい時から蹴るなどしていじめていたマーナさんにはなつかなかった。そのため、「事件当日もいじめていたのではないか、長年の恨みが爆発したのではないか」(ソムポンさん)とのことだ。

 なお、ソムポンさんは「こうなった以上、もうピーターを飼い続けることはできません。犬のトレーニングセンターに預けるつもりです」と話している。

ゴールデンレトリバーにしろラブラドールにしろフレンドリーな犬種と言いますから、よほどに積悪の報いと思えるようないじめが続いていたのかも知れませんが、ピーターを含めて当事者全てにとって不幸な結末であったと考えるしかありませんね。
国によって司法制度は異なるわけですけれども、これは一体何がどうなっているのかと思わずにはいられないのがこちらのニュースです。

【中東発!Breaking News】なぜ?裁判所から死刑を言い渡された犬。/イスラエル(2011年6月20日exciteニュース)

エルサレムで、裁判が行われている最中の裁判所に入り込み大混乱を巻き起こした1頭の大きな野良犬が、裁判官らにより死刑を言い渡された。一見すると何とも理解しがたい判決であるが、そこには複雑な宗教的背景が絡んでいたようだ。

この野良犬はエルサレムにある超正統派(ユダヤ教の宗派の一部)の信者が居住する地区、メーアー・シェアーリームにある裁判所に突然入り込み、行われていた裁判を引っかき回し、その場にいた人々をパニック状態に陥れてしまった。

裁判官を務めていたラビ(ユダヤ教の律法学者)の1人は、この犬を「20年ほど前に行われた裁判を散々侮蔑したどの宗教にも属さない弁護士」の生まれ変わりと断定した。実は犬はユダヤ教では不浄の動物とされるという。そこで、裁判官らはこの弁護士の死後、弁護士の魂が犬に生まれ変わるようにと念じていたというのだ。

こうした経緯もあり、犬は弁護士の生まれ変わりと断定され、裁判を邪魔しパニックを引き起こした罪で、メーアー・シェアーリームの一角で子供らからの投石による死刑という判決を下された。

だがこの残酷な死刑執行は犬が逃げたために行われることはなかった。また刑が執行されなかったとはいえ、こうした残酷な判決を言い渡した裁判官らは、逆に動物愛護活動家から訴えられることとなった。

まあどの弁護士の生まれ変わりだったかはともかくとしても、こんな判決で石をぶつけさせられるハメになりかけた子供達の方も思わぬ災難だったというべきなのかも知れませんね。
アメリカなどはあれだけの大きな国だけに時々思いがけない自然現象に見舞われたりするようですけれども、そういう事情なら仕方がないと納得するしかないというのがこちらのニュースです。

亀150匹が空港占拠?/米(2011年6月30日ロイター)

 [ニューヨーク 29日 ロイター] 米ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港で29日、ダイヤモンドガメ約150匹が滑走路を横切っているのが見つかり、滑走路が一時使用できなくなった。当局が明らかにした。

 カメは産卵のため、滑走路をはさんで反対側にあるジャマイカベイ野生生物保護区の砂浜に向かっていた。カメが歩いていた滑走路を使用予定だった航空機は、別の滑走路に誘導された。

 ニューヨーク州とニュージャージー州の空港業務を監督する港湾局の広報担当者は「カメによる運航の遅れは15分前後と軽微」と説明。「(カメの移動は)この時期に毎年起こる現象で、今がシーズンの盛りだ」と述べた。

素朴な疑問として毎年恒例の行事なら単に空港の立地が悪いんじゃないかと思うんですけれども、さすがに世界最大級のJFK空港ともなると今さら亀のために移転するというわけにもいかないということなんでしょう。
ここからは少しばかり怖い話が続きますけれども、まずは台湾からこんなびっくりなニュースを紹介してみましょう。

耳の中からゴキブリの幼虫、「3日間ガサガサと音がしていた」/台湾(2011年5月11日レコードチャイナ)

2011年5月10日、台湾・聯合報によると、台北の耳鼻科で「耳の中でガサガサと音がする」と診察に訪れた男性の耳の中から、ゴキブリの幼虫が出てきた。中国新聞網が伝えた。

男性を診察した台北馬偕医院耳鼻咽喉科の林鴻清(リン・ホンチン)主任によると、男性は「3日間、耳の中でガサガサと音がする」と訴えた。内視鏡でのぞいてみると、耳の穴から約1.5センチ入ったところに白っぽい虫が動いているのを発見。林主任は吸引器具を使って虫の「生け捕り」に成功。良く見るとそれは、体長わずか9ミリの小さな虫だった。

その後、虫の「身分」を明らかにするため、中興大学の唐立正(タン・リージョン)副教授の元へ。するとそれは、脱皮したばかりで体が茶色くなる前のゴキブリの幼虫だった。男性は「寝ている間に入ったとしか考えられない」と話している。通常、虫が耳の中で動くと痛みを伴うが、男性は3日間、耳鳴りだけで、痛みはなかったという。(翻訳・編集/NN)

リンク先には問題の内視鏡像も出ているのですけれども、何しろゴキブリと言えば何でも食べるとして有名な虫ですから…ま、まあ今回は何事もなくすんで良かったですよね…
チベットからはこんな記事がありますけれども、こちらも気の弱い向きの方々はご遠慮いただいた方がよさそうですね。

【閲覧注意】招かざる客が大腸に...。それは.../チベット(2011年1月14日GIZMODO)

癌も嫌だけどこれも嫌だよ...。

ある日、52歳の女性が大腸の検査のために病院へ行った時のことでした。そして、癌の兆候が全くないという検査結果に喜んでいました。でも...。信じられないような事がお医者さんから告げられたんです。 なんと、彼女の横行結腸にゴキブリが詰まっているっていうんです!!!!!!

ぞぞぞ~。鳥肌もんですよコレ! 大腸内視鏡検査で癌が見つかるのも嫌ですけど、ゴキが体内にいるなんて、自分なら耐えられない...。報告によると、

    手順は単純なものでしたが横行結腸を映し出した時、モニターに昆虫を発見しました。昆虫は吸引され、調査のために研究室に送られました。

    昆虫の体は頭、胸部、腹部の3つの体節に分かれており、胸部から左右に足が 3本づつ、細長い後肢が生え、頭からは 2本の触角が後肢方向に生えていました。

    これらの形態学的な調査の結果、この昆虫は家庭に出没する一般的な厄介者チャバネゴキブリ科の若虫だということが分かりました。

それにしても何故こんな事が? と思ったら、これまた驚きな事が...。

なんと! この女性、自分の家にはゴキブリがよく出没しているから、なんらかの拍子に食べてしまった可能性があるかもと言っていたそうなんです!

ありえないぃぃぃ~。

あり得ないかどうかはともかくとして、こちらもリンク先には内視鏡写真が添付されているのですが…まあその、どのように消化されずにここにまで至ったかを考察すると十二分に地方会ネタくらいには…
口直し?にブリからこんなニュースを紹介してみますが、これも今の日本であればさぞや大騒ぎになっていたかも知れないとも思える話ですよね。

英原発、クラゲの侵入で運転停止/英(2011年7月3日スポーツ報知)

 英スコットランドの原子力発電所で、冷却システムに海から大量のクラゲが侵入し、原子炉の運転を手動で停止する“事故”が起きた。

 クラゲに侵入されたのは、スコットランド東部にあるトーネス原発。6月28日に、大量のクラゲが海水を取り込む冷却水プールに侵入し、フィルターに引っかかり“目詰まり”を起こしているのが見つかった。このため、2基ある原子炉を手動で停止した。

 現地報道によると、付近の海は例年より温度が上がっており、クラゲが大量発生しやすい条件になっていたという。原発の運営会社は、今回の目詰まりによって、付近住民や環境への影響は全くないと強調している。

 フィルターを修復するとともに、近隣の漁師の助けも借り、3隻の船を使って、周辺からクラゲを除去する作業をスタート。2日までに、原子炉のうち1基は運転を再開したと伝えられている。一方、専門家は、今後もこのような事態が多く発生する可能性があるとして、警戒を呼びかけている。

 日本では、東日本大震災の影響で、東京電力福島第1原発の各原子炉が冷却できなくなり、深刻な事故となった。また、6月23日には、中国電力島根原発で、冷却用海水取り込み口付近に、同じようにクラゲが入り込み、フィルターの金網に張りついた。この時は、運転停止はせず、原子炉1基の出力を下げて対応。翌日には通常運転に戻っている。

しかしエチゼンクラゲ騒動なども見るにつけよほどにクラゲという生き物も扱いが難しいのかと思うのですが、わざわざ狭いところから入り込んで来るというのは連中も狙って遊泳しているということなんでしょうか?
最後に控えますこちらは本来であればほのぼのニュースとなるかも知れない話題ですけれども、やはりそれだけに終わらないのがブリのブリたる所以ということなんでしょうかね?

なんと赤信号にハトが巣作ってしまった…イギリスの交差点/英(2011年5月13日らばQ)

春になると巣作りを始める鳥が目立ちますが、外敵からひな鳥を守るため、どこに巣を作るかが重要となります。

ところがイギリス・エセックス州で、ハトがちょっと変わった場所に巣作りを始めてしまったそうです。

それはなんと信号機、それもかなり忙しい交差点の赤信号の中に作ってしまったのです。

ただしドライバーの位置からはあまりよく見えないようで、ほとんどの車は気づかずに通り過ぎるようです。ただし意識して見れば、信号機から小枝などが突きでていることが確認できるとのことです。

この交差点は車の往来が激しいこと、そして信号が常に点いたり消えたりするなどの難点はありますが、大きさといい、雨をしのげる条件といい、ついでにライトの熱が暖かいということもあってか、母鳥は場所の選択に満足しているようです。

すでにロクサーヌというニックネームが付けられ注目を浴びているこのハトですが、動物愛護精神の強いイギリスのことなので、おそらく大きな問題が起こらない限りは、ひな鳥が巣立ちの日を迎えるまでこのまま見守られることになるかと思われます。

ただし信号機はあくまで人工のものだけに、「もし温度が高すぎた場合、卵がかえる前に調理されてしまわないか」といった心配するコメントも寄せられていました。

いやいやいや!調理されてしまったらいかんでしょうJK!と思うのですが、何しろブリ的動物愛護精神というものはこのように常に諸刃の剣、素人さんにはおすすめ出来ないという一つの実例なんでしょうね。

今日のぐり:「セルフうどん かめや」

風の噂によれば岡山市内でうまいセルフのうどん屋として「たぬき屋」と双璧をなすのがこちら「かめや」さんだと言うのですが、今回は初めて立ち寄らせていただきました。
食事時を外れているということで比較的客足が途絶えていたから助かりましたが、ちょっとメニューなども戸惑うところがあってしばらく窓口で迷った末に、結局生醤油うどん冷を大で注文、トッピングとして玉葱天を一つ加えてみました。
ちなみにお店自体は新しいこの手の店によくある小綺麗な構えで、一昔前の100円うどん系のような女性が立ち寄るには躊躇するようなチープさはありませんけれども、その分価格帯もセルフと言っても格別安いというほどでもないようですね。

さてこの生醤油うどん、添付の薬味が充実しているのはいいんですが、味の素が瓶ごと付いてくるというのは今どきのセンスとしては何とも微妙…と思いつつ眺めてみますと、妙に輝きにも透明感にも乏しいうどんの色つやで「あれ…?」という印象を受けます。
まずは醤油だけをかけ回してそのままで頂いてみるのですが、味、食感ともう~ん…と言うしかない仕上がりで、やむなく薬味をトッピングして食べてみましたけれども、生麺自体は柔らかめのうどんとしては悪くはないのでしょうが表面に打ち粉のぬめりが残っているのでしょう、見た目に輝きがないし食感も落ちる上にうどん自体が妙にくたびれてしまっているのが気になりますね。
いいうどんだとつるつると何玉でもいけるんですが、このうどんですと少し箸が止まり気味と言いますか、正直並にしておけばよかったかなと後悔しないでもないんですが、ただ強いて言えば醤油とのマッチングはいいかなと感じました。
玉葱天の方は見た目も食べての印象もまさしく古き良きセルフのうどん屋というレベルで、今どきはとにかく食感第一でカリカリに仕上げてくる店も多い中でこの妙に家庭的なしなび加減はむしろ貴重と言ってもいいのかも知れませんけれども、正直これは頼まなくてもよかったかなと思わないでもありません。

全体的には金返せと言うほどではないにしてもわざわざ来るほどでもないかなという印象で、現段階では「たまたま近くにあってよほどに腹が空いているのなら寄らないこともないではない」丸○製麺並の評価といったところかなと思うのですが、聞くところによれば最近代替わりをしたばかりで休業明けだと言いますから、安定してくればまた違うのかも知れませんね。
セルフにしては値段は結構高めなんですが、トッピングや接遇などもセルフとしては充実していて一般店並みということもあって高いと感じるほどでもなく、スタッフのモチベーションさえ保たれていればいずれまた美味しいうどんが食べられるようになるんじゃないかと期待しておきましょう。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月 9日 (土)

漁業も特区を構想中だそうです、が…

以前に「被災地を医療特区に」ということを書きましたが、もともと今回の被災地は全国に名だたる医療過疎地域であることに加えて、今回の被災で更なる医療資源の流出を招くことが確実な状況ですから、通り一辺倒に再建を目指すというだけでは到底おっつかないと言う現状認識がその背景にあったわけです。
被災地と言えば当然ながら医療以外の産業も様々なものがあり、特に三陸の好漁場を抱えてきた現地の水産業は壊滅的な打撃を被ったことが知られていますけれども、こちらの方では水産特区導入に対して現地から根強い反対があるというのですね。

水産特区阻止アピール 石巻で「漁業の未来考えるつどい」学者、漁協、消費者ら意見(2011年7月5日三陸河北新報)

 みやぎの漁業の未来を考える県民のつどい「『水産特区・漁業権をめぐる問題』でのシンポジウム」(東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター主催)が3日、石巻専修大で開かれた。県内から約400人が参加。「地元主体の復興を進め、漁業の秩序を壊す水産特区を撤回させよう」とのアピールを採択した。

 初めに、センター世話人の庄司捷彦弁護士が「漁協の意志、意向を無視した特区の提案に漁業者の怒りが強まっている。課題山積の中、水産県宮城を多面的に考え、水産復興の道筋を探りたい」とあいさつした。

 元山形大教授の綱島不二雄さんが、村井嘉浩知事の特区構想について問題提起し「民間企業への漁業権の開放、漁港の集約が主な内容。民間参入がないと、水産復興が動かないというのはおかしい。小さい浜で漁が再開できる仕組みを早急につくるべきだ」と指摘。

 漁港の集約について「流通面でいいが、漁村は家族が役割分担して成り立っており、サラリーマン化できない。漁村が崩壊し、漁業権が消滅する」と述べた。

 その上で「企業は海を汚し放題。民間への開放は甚大な津波被災のさなか、話にならない。海は国民のもの。漁民が生き生きと働き、浜を守ってもらう。漁業権を守ることの大切さを確認してほしい」と強調した。

 この後、特区構想に反対する県漁協の木村稔経営委員会会長が基調報告した。

 木村会長は「一部漁業者の同意があるからといって、漁場の調整・管理を企業に委ねた場合、漁場の一元管理は崩れ、安定した生産の維持は難しい。企業は魚価の低落で採算に合わないと撤退する。何とか特区を阻止したい」と力説。

 さらに「復興は企業のためではない。50年続いた漁業の復興策として、漁協が漁場の一元管理をし、流通、加工業者、漁業者が連携する枠組みをつくる必要がある」と訴えた。

 引き続き、水産加工業、消費者などの代表4人が、それぞれの立場で特区をめぐる問題で意見を述べた。

 全国漁業協同組合連合会(全漁連)は、政府の復興構想会議が提言した漁業への参入規制を緩和する「水産特区」に事実上反対する決議案を、6日に都内で開く緊急全国漁業代表者集会で採択する。

水産特区の慎重検討求め決議(2011年7月6日NHK)

東日本大震災の復興に向けて検討されている「水産業復興特区」は、地域の意向を踏まえない企業の参入につながるおそれがあるとして、全漁連=全国漁業協同組合連合会が、政府に対して慎重な検討を求める決議を採択しました。

水産業復興特区は、民間企業の資本を活用し、震災で被害を受けた水産業の復興につなげようというもので、宮城県の村井知事が提唱し、政府の復興構想会議の提言に盛り込まれました。しかし、被災地の漁業関係者の間で、地域の意向を踏まえない企業の参入につながるという懸念も出ています。このため、全漁連が6日、都内で集会を開き、全国の漁業関係者およそ250人が参加しました。この中で、全漁連は、特区の構想が地域の秩序の崩壊につながるものであれば、導入を容認することはできないとして、政府に対して、地元の漁業者の意向を踏まえ、慎重に検討するよう求める決議を採択しました。集会で、全漁連の服部郁弘会長は、「特区構想は、われわれが長年にわたって築き上げてきた漁協が地域の漁業権を管理するという根幹を揺るがしかねない。地域の意向を踏まえない強引な企業の参入には反対だ」と述べました。

全漁連「水産特区」反対を決議…自民、共産も(2011年7月6日読売新聞)

 全国漁業協同組合連合会は6日、都内で緊急集会を開き、政府の東日本大震災復興構想会議(議長・五百旗頭(いおきべ)真防衛大学校長)の提言に盛り込まれた「水産特区構想」に反対する決議を採択した。

 全国の漁業者ら約230人のほか、自民党の石破政調会長、共産党の志位委員長ら野党幹部も出席し、特区構想に反対する姿勢を打ち出した。民主党農林水産部門会議の佐々木隆博座長も出席したが、「皆さんの思いを政権幹部に伝える」と述べるにとどめた。

 岩手県漁協の大井誠治会長は集会で「震災で三つの涙を流した。悲しみの涙、感動の涙、被災地に不安や混乱を招く行動への憤りの涙だ」と語った。

しかし漁協さんの方では自分達のやってきたことにもの凄いプライドがあるかのようにも聞こえますけれども、実際のところそこまで素晴らしいものだったのかどうかが問題で、何しろ反対をアピールするにしても主語が漁業従事者ではなく漁協ですからね。
ま、第一次産業は何しろ地場と密接に結びついていますから地元関係者からこうした反対が出ることは予想されたことですし、漁協が反対するのは日医が被災地の医療特区に反対するのと同様のものかとも思うのですが、この場合地元手動の復興というもので再び漁業が再生するのかどうかのビジョンを示してもらわなければ単なる反対のための反対になってしまうでしょう。

恐らく漁協としては港湾や漁船その他の関連インフラに関しては国や自治体の支援を仰いだ上での再建を意図しているのだと思いますが、当面はお爺ちゃんが再び船に乗って出漁出来るようになった!よかったよかった!で新聞ネタにはなっても、こちらも漁業従事者の高齢化(半数が65歳以上と言います)、後継者不足で将来の漁業が立ちゆかないと懸念されていることには変わりないわけです。
三陸の場合は世界三大漁場と言われるほど漁業資源はそこにあるわけで、後はそれをどう活用するかだけを考えればいいと単純に考えてしまいそうですが、漁業があるから生活が成り立っている地域が多数あったと考えると、今回の震災で若年世帯の県外流出や沿岸部住民の内陸移住などが言われるわけですが、漁村の崩壊は地場漁業の破綻に直結するということにもなりかねません。
5月20日の河北新報の記事によれば今回の震災を受けた調査で宮城県漁協の組合員の3割近くが漁業をやめる考えを持っていると言う結果があり、廃業希望者は高齢の正組合員と、農業を兼ねる准組合員に多いということなんですが、好意的に取れば若くやる気のある組合員に業務を集中する好機とも言えるものの、そもそもハコモノの再建はなったとしても必要な漁業従事者の数を確保出来るのかが疑問ですよね。

いずれにしても企業参入をこうまでバッサリ切って捨てたとなれば、今後の漁業復興に対して漁協が全面的な責任を負ってのこととなりそうですが、その漁協のイニシアチブということに関してはそれが単なる旧態依然の利権保持につながらないかということも含めて、各方面から様々な声があるようですね。
率直に言ってこの地域がそれほど資本的に豊かであるという話も聞きませんから、少なくとも現地の漁協が左うちわでウハウハ言っているということもないのでしょうが、全国的にも漁協の経営危機が続く中でどこまで主体性を発揮できるかが問題ですし、逆にやる気のある漁業者にとっては古いやり方から一気に改革を推し進める好機とも映っているようです。

「水産業復興特区」漁業権の民間開放で甦るか三陸漁業(2011年6月3日クローズアップ現代)

   陸前、陸中、陸奥(むつ)の3つを合わせて言われる三陸1 件。その三陸沖の好漁場を擁して発展してきた沿岸の町がガレキの山と化して3か月が経とうとしている。カツオ漁が始まる6月は活気づくはずが、壊滅的な打撃を受けていまどん底にある。

   そんななか、宮城県石巻市では「震災前よりも強い水産業に生まれ変えさせたい」と、従来からのしがらみを断ち切り独自の再生に挑む動きが出てきた。背景にあるのは、村井嘉浩宮城県知事の「水産業復興特区」で、成功すれば震災前から高齢化、若者の漁業離れなどで衰退しつつあった水産業再生のモデルケースになるのだが、地元漁協の猛反発も表面化している。

全国一の水揚げ・気仙沼のカツオ壊滅

   全国有数の水揚げを誇っていた三陸沿岸の町々を津波が襲い、多くの漁船、市場、水産加工場が飲み込まれ、被害総額は9000億円に上るという。国は地盤のかさ上げなど港湾整備に補助金を出して復旧作業に取り組んでいるが、他の支援については手が回らず遅れている。

   カツオの水揚げ全国一の宮城県気仙沼港。6月になると三陸1 件沖のカツオを追って全国から漁船が集まり活気づく。今年は絶望に近い状態だ。カツオを冷やすのに必要な製氷会社は全滅に近い。カツオ漁に欠かせない餌となるイワシが三陸沖では例年の2割しかとれない見通し。静岡県まで行ってイワシを買い付けているが、輸送代は1回で100万円の赤字になる。それでも、他の漁港に水揚げを持って行かれるのを防ぐために、背に腹を代えられないのだという。

漁業者と水産加工会社が共同会社

   こうした厳しい現状は、三陸沿岸の他の漁港も同じだが、国の支援を待ってはいられないと、石巻市の水産加工会社は新たな構想に取り組みはじめた。創業50年を超える水産加工会社の副社長・木村隆之さんは、「厳しいけど水産業を変えなければと考えている。このピンチは、逆に今までのしがらみを外せる可能性が十分ある。強い産業になるようやらなければ」という。

   木村さんが目指すのは、漁業者と水産加工会社が共同運営する法人の設立。趣旨に賛同する消費者から1万円の出資を募り、それを復興基金に漁船や漁具を調達し、付加価値のある商品を直接消費者に届ける。市場や問屋を通さない新しい水産業を目指しており、名付けて「三陸海産再生プロジェクト」。目標の会員は10万人で、始まったばかりだ。

   その下敷きとなったのは、知事の村井が打ち出した「水産業復興特区」だ。地元漁協が独占してきた漁業権を民間に開放し、民間資本を生かして地元漁業者と加工・流通業者が一体となって漁業を行うというものだ。ただ、村井は地元漁協との調整をせずに構想を発表したため、既得権を失うのを心配する地元漁協が猛反発し、特区構想の撤回を要望している。

漁協システム「面倒見てくれるがコスト高」

   キャスターの国谷裕子が「水産加工会社の新たな取り組をどうお考えですか」と聞く。岩手県陸前高田市出身で海洋政策論が専門の小松正之(政策研究大学院大学教授)は次のように答えた。

    「日本の沿岸漁業は作るだけで終わっており、流通と加工の連携が乏しかった。それを一つに束ねて対応する考え方は、一歩前に進めたものだと思う。村井知事の言われた漁業権の問題で、民間へのリンケージを考えることも将来的には必要だ。
    県が漁協に養殖などの漁業権を与え、組合員がそれを使うのを行使権というが、この行使権を得るために20万円、40万円、100万円を払うのが一般的なケース。漁協に属し、行使権の中でやっていれば漁協が何もかも面倒を見てくれるが、高くつく
    一方、漁業者が直接、知事から権利を得れば、販売や技術開発など単独ですべてやらなければならないが、半分は漁協と組み、半分は新しい形でやる方法もある。また、登記して自分の権利とすれば、若い人に譲渡もでき、貸し与えることもできる。
    知事が言っているのはそうした多様性、選択肢を持たせるという意味だと思う」

   既存の殻を打ち破り、新たな枠組みが成功すれば、モデルケースとなり全国の水産業を変えるきっかけになる可能性がある。そのチャンスを生かせるのは苦境に立たされた今しかないのかもしれない。

漁協は「復興の核」たり得るか【番外編】まず大幅な増資で体制を整えよう(2011年7月8日日経ビジネス)より抜粋

 東日本大震災後、漁業復興の核になるのは漁業協同組合(漁協)だと岩手県の達増拓也知事は言う。国も漁船の共同利用など震災対策補助事業の受け皿として漁協の役割に期待しているようだ。

 しかし、漁協は本当に復興の核たり得るのだろうか

 この10年近くの間、漁協は積もり積もった不良債権や損失の処理のためリストラ、合併に追われ、漁業向けの融資をばっさりと削り落としてきた。やる気のある漁師を応援するどころか、我が身を守るので精一杯だったからである。

 数字を見てみよう。

処理できないまま繰り越した損失は約450億円

 農林水産省の年報によると、2010年3月末現在の漁業向けの全金融機関による貸出残高は1兆1550億円で、10年前の2兆3231億円の半分。漁業界にとってのメーンバンクとも言うべき、漁協、県域の信用漁協連合会、そして農林中央金庫というマリンバンク系統の漁業貸出残高も同じ期間に44%減、7840億円(系統内貸借を除く純残高)に縮んでいる。

 消費不振による魚価の低迷などでこの間、漁業の生産額も減り続けているが、漁業の継続を支えるべき融資の減り方はそれよりも大きい。急激な与信残高減は、漁業不振というより、漁協自体の経営不振に起因し、それが漁業の発展を妨げる悪循環に陥っているといってもいいくらいだ。

 漁協の経営が行き詰まれば、漁師の自立を助けるどころかお荷物になってしまう。危機感を抱いた水産庁が漁協の欠損金対策に本腰を入れ始めたのは2007年のことである。

 全国に漁協はおよそ1000あり、漁師たちから集めた出資金の総額も2000億円ほどあるが、当時、処理できないまま繰り越した損失(欠損金)が450億円ほどに膨らんでいた。漁協を250に集約しようという全国漁業協同組合連合会(全漁連)の構想も、漁協の欠損金の扱い方が妨げになってほとんど進まないままだ。

 当時、水産庁は欠損金が5000万円以上あり、経営内容から判断して10年かかっても処理できそうもない「要改善漁協」を110選び出し、徹底的なリストラ、場合によっては破綻処理を迫ることにした。信漁連による漁協への貸し倒れが増えることに備え、農林中金にも150億円の特別拠出を依頼し、資本注入を拡大する態勢も整えた。
(略)
 漁協のバランスシートは東日本大震災で大きく傷ついた。大いに同情すべきところもある。しかし、被災前からも未処理損失の解消など重い経営課題の解決を迫られていたという事実もきちんと知っておくことは大切である。漁業の復興とは、漁師たちの事業の復興のことであり、漁協の再建とは峻別すべきものだからだ。

 例えば6月30日に岩手県が公募した「いわての漁業復旧支援事業」を見てみる。震災で仕事を失った人を復旧途上の漁業の現場で雇用し、その人件費のほとんどを補助するという事業なのだが、あらかじめ委託先は漁協が自営する定置網か養殖場に限るとうたってしまっている。

 海中に固定する定置網、養殖いかだの復旧には人手がたくさんいる。お天気次第で作業の予定も立てにくく、漁業者はみんな苦労の連続である。それなのに、どうして漁協の自営だけ補助するのか

漁協に限って出されることが腹立たしい

 「岩手県は定置網の復旧にも補助を多く上乗せしてくれ、漁師の負担が小さくて済む。その姿勢はとてもありがたい。しかし、漁協だけを優遇するような補助が次々出てくるのはいかがなものなのか

 岩手県釜石市での定置網事業を振り出しに、宮城県の石巻市、女川町、さらに静岡県熱海市でも定置網を経営する泉沢水産の泉沢宏専務は苦言を呈する。
(略)
 網や漁船の多くを失い、当面は人手がどうしても余ってしまうため、本格的な事業の再開まで北海道の同業者の元で従業員を一時引き受けてもらっている。牡鹿半島周辺に居残る従業員も泉沢さん以下全員の給料をカットし、雇用をかろうじて維持している立場からすれば、失業者雇用の補助金が漁協に限って出されることが腹立たしい

抜本的な資本増強、体力強化が先

 経営者としては、販路拡大のため企業との提携にも熱心で、熱海の定置網事業では日東製網と共同で有限責任事業組合(LLP)を設立し、互いにできる範囲の仕事を協力しあうかたちで漁獲物の販路拡大に取り組んでいる。

 「商社や水産会社の資本を受け入れることも個人的には賛成。市場のニーズが分かるし、販売を目的とした生産体制を組め、将来へのビジョンも描きやすくなるだろう」

 被災後の事業再建にあたって、自分でもファンドの活用など資金調達の可能性を模索してみたこともあるといい、宮城県の村井嘉浩知事が養殖業への企業参入を想定して提唱した水産業の特区構想にも共感している。
(略)
 国や自治体の補助金に頼るばかりでは漁協が復興の核になりえない。自らの努力でしっかりした財務基盤を築いてこそ、はじめて漁協はやる気のある漁師を助けることができるようになる

これでは「海の不動産業」

 最後に、ここ数年間、特に九州、四国、紀伊半島などで急速に広がったマグロ養殖事業のことも少し紹介しておこう。

 三菱商事、双日、日本水産、日本ハムなど大手企業が競うように新規参入したが、これら大手資本は無理矢理、沿岸漁場の入り口の扉をこじ開けたのではない

 真珠、鯛など伝統的な養殖事業が破綻し、使われないまま放置されていた漁場を漁協が借りてくれと頼み込んだケースや、農林中金が漁協の欠損金解消策として養殖漁業権(区画漁業権)の企業への貸し出しをあっせんしたケースもある

 漁協が養殖企業誘致に走った背景は様々だ。魚種は異なるとはいえ、西日本で起きた養殖漁場貸し出しの動きが、三陸にも波及する可能性も全くないとは言えないだろう。

 しかし、そこで考えておきたいことが1つある。漁協が欠損金対策として、養殖漁場を貸し出すケースについてである。漁業振興の効果もあるにはあるが、これでは「海の不動産業」と言われても仕方がないだろう。

 もし、漁協が養殖漁場の新増設を県に申請し、そしてそれが地元漁師の利用ではなく、最初から企業への貸し出しを目的にしているようなケースである時、漁協をほぼ無条件に優先する養殖漁業権のあり方は問い直されるべきだろう。宮城県の水産特区構想を引き合いに出すまでもなく、海は漁協のためだけにあるわけではないからだ。

こうして客観的なデータもならべて見ていきますと、必ずしも「そっくりそのまま昔通り」という再建が本当に地域にとっても良いことなのか、単に漁協という業界団体にとっていいことに過ぎないのではないかとも思えてくるという点では、今やなんでもかんでも変えること自体に反対といった体にも見える日医あたりと似た構図にも思えてきます。
日医の場合はすでに末端のまじめな開業医にすら存在意義を問われかねないくらいに現場の意識と乖離してしまっている部分がありますが、漁協の場合も真面目でやる気のある漁業者ほどその存在を足かせにしか感じていないということになれば、果たしてお金やリソースをその下にばかり集中させていくことが健全で望ましいことなのか考えてみなければなりませんよね。
漁業の場合は養殖や資源保護の取り組みなども近年なされているとは言え、基本的には自然からの収奪産業であるわけですから、早い者勝ちの奪い合いという側面を多少なりとも緩和するためにも漁業権設定もやむなきところがあるのでしょうが、その漁業権自体かねて封建的な世襲特権だという批判もあり、国としてその保護にのみ大きなお金を注ぎ込むことが良いのかどうかという議論はあっていいはずです。

せっかくの好漁場を間近に要していながら単に「海の不動産業」の利権を保証するに過ぎない存在になっているのだとすれば、いっそ今回の震災を機に全てのしがらみをなかったことにしてゼロから新しく作り上げた方がよほどすっきりするかも知れず、何より震災を単に災難とだけ捉えるよりもよほど前向きですよね。
企業参入で漁場管理が後退するという声は根強くあるようですが、幸い三陸沖に関してはしばしば日本海などで言われるような近隣諸国による密漁などもあまりないだけに、きちんとした規制などによって対応はしやすいんじゃないかという気がしますし、特区導入のモデルケースにはしやすいのかなと思えます。
何にしろ漁村のみならず広く地域にとってよりよい利益につながるという前提があってこそ特区構想も生きると思うのですが、くれぐれもこちらが新たな利権の温床になって旧態よりも更に退歩するということだけは避けて頂きたいものです。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年7月 8日 (金)

見ざる言わざる聞かざるとはこのことですか?

毎日新聞の林由紀子と言えば、かの大淀病院事件において同僚の青木絵美記者とともに中核的役割を担ったとして有名な記者ですが、さすがに奈良には居づらくなったということなのかその後大阪に転勤になっていたということです。
その林記者がわざわざ高校にまで出向いて授業をしたと言うのですからどんな斜め上の内容であったのかと興味が湧きますけれども、どうも自著の宣伝混じりの内容であったようですね。

記者と学校交流:人権問題テーマに 毎日新聞記者が出前授業--四條畷高校 /大阪(2011年7月1日毎日新聞)

 四條畷市の府立四條畷高校(長廻暢一校長)で30日、毎日新聞大阪本社社会部の林由紀子記者が3年生320人を前に、
人権問題について出前授業をした。
 林記者は、部落差別やいじめをテーマに人権劇を演じるなど、独特の教育を実践してきた京都市立弥栄中学校を取材。人権学習を
通して成長する生徒たちの姿を連載記事にまとめた。
 出前授業では、同和地区や児童養護施設で育った生徒を取材した経験を通して、差別や偏見をなくすには「正しい知識と想像力が
大切」などと話した
 弥栄中の生徒が自らの胸の内を自分の言葉で語る場面を映像で紹介すると、高校生らは真剣な表情で見入っていた。

ま、自著が学校教材にでも採用されて大量購入ありがとうございますということにでもなれば林記者の老後も安泰ということなのでしょうが、実のところこの人権問題なるものと大淀病院事件は密接な関係があるのではないかという話はかねてからささやかれていたところなのですね。
要するに人権問題にかねて繋がりのある林記者が事件が明るみに出る以前からこの問題に関わり、大淀病院事件において主導的役割を担ったというのは必然であったらしいということなんですが、もちろん当の毎日新聞を含めた大手のマスコミにおいてはこうした話題は一切取り上げるところではありません。
さて話はかわって、先日以来世間を賑わせてきた松本前復興担当相を巡る一連の騒動ですが、平素から政治家の失言問題にはあれほど熱心な大手マスコミ諸社の動きが当初からひどく緩慢であったということは広く指摘されているところで、当事者の間でも同様の認識があるらしく各方面から「何をやっているんだ!圧力に屈したか!」との声があがっています。
ちなみに、県庁における松本氏の発言内容に関してはこちらの記事を参照頂きたいと思いますけれども、知事に対する全く根も葉もない因縁つけまがいの言いがかりもさることながら、ここで特に問題になっているのが「最後の言葉はオフレコです、いいですか、みなさん。書いたらその社は終わりですからね。」の部分であることに留意ください。

松本大臣問題:マスコミは大臣のオフレコ圧力に屈したのか?(2011年7月5日BLOGOS)

 宮城県、岩手県での暴言が原因で、松本震災復興担当大臣が辞表を提出した。この問題を発生当日の7月3日(日)にきちんと放送したのはTBS系列の東北放送だけであった。この東北放送のニュース映像がYouTube等にアップロードされ、ツイッターやFaceBookで拡散して、大きな騒ぎになっていった。かくいう私もツイッターやFaceBookで複数の知人から教えてもらって初めてこの事態を知った。

 当日の夜、私が東京でチェックしている全国ネットのテレビニュースでは報道されていなかった。なので私は「宮城県知事と松本大臣の会談を取材していたのは東北放送だけなのだ」と思っていた。

 ところがネットの影響で翌7月4日(月)になり騒ぎが大きくなってくると、テレビ朝日、日本テレビ、NHKがそれぞれ知事と大臣の会談模様を流し始めた各社は取材映像を持っていながら、事態発生から丸一日たってネット等で騒ぎが大きくなってから放送したことになる。ということは松本大臣の「今の最後の言葉はオフレコ。いいですね。皆さん。書いたらその社は終わりだから」という圧力に屈したということではないか。

 「オフレコ」という言葉が安易に使われがちだが、誘拐事件発生時等に行われるものと同様、取材する側とされる側との間で成立する一種の「報道協定」であり、公権力を取材する現場においては気軽に乱発すべき種類のものではない。

しかも「オフレコ」成立には一定のルールがある。まず取材を受ける側が事前に「ここからオフレコでいいか?」と宣言しなくてはならない。そしてマスコミ側がその宣言を了承してはじめてオフレコは成立する。後になってから「あそこはオフレコ」というのは認められないのだ。

 今回の松本大臣の映像を見ると、オフレコを宣言したのは全てが終わった後であり、オフレコはまったく成立していない。にもかかわらず東北放送以外のテレビ局が映像の放送を自粛したとしたら、これは大問題だ。大臣と知事の会談という重要な場面で、大臣が暴言を吐くという大事件に対して、大臣側からの「書いたらその社は終わりだから」という圧力、すなわち言論統制に屈したことになるからだ。

 今回の事態をきちんと放送した東北放送の行動は評価されるべきである。そして本来なら宮城県内のローカルニュースで放送されて終わりだったものが、ネットで拡散され、多くの国民の知るところとなって大騒ぎになり、マスメディアも後追いで映像を流さざるを得なくなり、そして大臣辞任に繋がった。改めてネットの力を見せつけられた事態でもあった。

【日本版コラム】松本前復興相の発言騒動、本当に問題なのはどの部分か/金井啓子のメディア・ウオッチ(2011年7月6日ウォールストリートジャーナル日本版)

 就任後たった9日目で、松本龍復興兼防災担当相が辞任した。震災復興に関する岩手・宮城両県知事との会談で「知恵を出さないやつは助けない」と述べたことなどがきっかけとなった。彼は就任以来、記者会見中にサングラスをかけたり、「自民党も民主党も公明党も嫌いだ」と述べたりしたことでも注目を集めていた。一連の行動を見ていると、復興相就任があまりに不本意だったがために、自ら不祥事を起こし退任につながる雰囲気を作り出そうと意図したのではないかと勘繰りたくなるほどだ。

 ただ、こういった行動が衆目を集めたのは、彼の言葉づかいの悪さや、いわゆる「上から目線」の態度の大きさ、東日本大震災の被災者に対する思いやりのなさなど、言ってみれば見かけや行儀作法に関する部分だ。筆者の個人的な見方としては、実はこうしたことは取るに足らないと感じている。取るに足らないというのが言い過ぎだとすれば、これぐらいなら目くじら立てて騒ぐ必要はないという感想だ。もちろん人柄がいいに越したことはない。だが、企業の経営者であれ、政治家や官僚であれ、顔も会わせたくないほど性格が悪い人間はいくらでもいる。そんな人々を「態度が悪いから」とクビにするだろうか。要するに仕事の成果を出していればいいわけだ。復興相の人柄がいくら下品に見えようが、復興に向けて貢献さえすればいいというのが私の考えだ。もちろん、政治家の中には人柄も仕事ぶりもそろってすばらしい人がいることもわかっている。だが、あえて今回の世間の極端な反応ぶりに異を唱えたい。

 とは言え、今回松本氏を取り上げたのは彼を擁護するためでなく、やはり批判するためである。私が気になったのは、前述した態度や言葉ではなく、宮城県知事とのやりとりを取材していたマスコミ陣に対しての彼の発言だ。知事が先に部屋にいなかったことに腹を立てた後、「今の言葉はオフレコだ。書いたらその社は終わりだ」と言い放ったのだという。

 筆者自身も元記者なので、オフレコ取材というものが存在することは知っているし、経験もした。オフレコ取材は通常、取材する側とされる側の相互信頼があった上で、約束によって取り決められる。つまり双方が合意した場合でなければ成立しない。また、ある言葉の発言者を守るよりも、その言葉を報道することのほうが社会的使命が重いと記者が判断すれば、そこでオフレコの取り決めは破っても仕方ないものだとも考えている。つまり、国民の知る権利というのは、それほど重いものなのだ。

 さて、今回のケースだが、公開の場で会っていた大臣と知事を取材していたわけだから、そもそもオフレコの合意は存在していない。にもかかわらず、自分にとって都合の悪い場面になったからいきなりオフレコを命じるというのは、勘違いも甚だしいと言わざるを得ない。

 ただし、このような出来事は最近よく耳にする。つい最近も、資源エネルギー庁長官が官房長官を批判した「オフレコ発言」を東京新聞・中日新聞の論説副主幹である長谷川幸洋氏がコラムに書いたことで、東京新聞の経済産業省の記者クラブ詰め記者に対して、事務次官などの幹部との懇談への「出入り禁止処分」が行われた。「オフレコ」という魔法の呪文を口にすればマスコミがおとなしく従うと思う人が多いのか、この言葉をやたらと連発する人たちが増えている

 こういった勘違いはもちろん困る。ただ、こうした勘違いを許してしまっているのは、メディア側にも問題がある。つまりメディアの甘い態度がきっかけとなって「ちょっと脅せば、どうせ唯々諾々と従うだろう」とナメられてしまっているのだ。信頼関係を築くことと、癒着関係に陥ることは、距離の近さは似ていても、全く違う現象である。

 今回の松本氏の「オフレコ発言」が発せられた時、当初は地元のテレビ局だけが報じ、それがじわじわと広がったようだ。つまり、他のメディアはこの一方的なオフレコ宣言に従ってしまったということらしい。こんな態度が、発言者の勘違いを育んできたことにそろそろ気づかなければならない。ただし、当の地元テレビ局の「勇気ある」行為を英雄視する声があると聞くが、本来これが当たり前なのであって、あまり特別扱いすることには違和感を持ってしまう。

 世間では、とにかく松本氏の態度の悪さの方にばかり大きな注目が集まってしまった。だが、今回の騒動で本当に大切なのはそこではないということに、より多くの人たちに注目して欲しい。濫発されるオフレコ宣言に、なんの検証もなく言いなりになるマスコミばかりでは、多くの人々が、知るべき重要事項を知ることができなくなってしまうからである。

大臣の「これはオフレコ」に反論せず 「記者たちはなめられている」(2011年7月6日J-CASTニュース)

  松本龍・前復興相の「オフレコ」恫喝に多くのマスコミは当初は屈していたのか。オフレコ強要発言をいち早く報じた地元の東北放送や宮城県庁記者クラブ関係者にきいてみた。

   「今の最後の言葉はオフレコです。いいですか、みなさん。いいですか? はい。書いたらもうその社は終わりだから」。松本復興相(当時)が2011年7月3日、宮城県庁での村井嘉浩知事との会談中、取材中の記者らにこう注文をつけた。

記者から「異論」出ず

   松本氏の発言に対し、その場で異論を唱える記者はいなかった。記者らは「オフレコ」を受け入れてしまったのか。

   宮城県庁関係者に話をきくと、当日取材にきていたのは、大臣の「番記者」ではなく、ほとんどが地元の記者クラブ関係者だった。

   「オフレコ恫喝」場面を含んだ映像をいち早く3日午後に報じた東北放送(TBS系)に聞いてみた。すると、「今回の件はオフレコ(が成立している)とは認識していない」との答えが返ってきた。当日の状況については「報道したことが全てなのでコメントは控えさせて頂きます」との回答だった。

   宮城県庁の記者クラブ員のある男性記者にきくと、松本氏の「オフレコ」発言については、受け入れるかどうかなどクラブ内では議論もされず、「相手にしてない」状態だったという。冗談だと受け止めた記者もいたようだ。

   東北放送以外の社は、「オフレコ」を受け入れてしまったのではないか、との見方が出ていることについては心外に感じている

   確かに、松本氏が「オフレコ」だと指定した「今の最後の言葉」とは、村井知事に対し、松本氏が「お客さんが来るときは自分が入ってから呼べ。しっかりやれよ」と話した部分だ。その発言部分を報じている社は複数あり、オフレコに乗ったわけではない、というわけだ。

新聞協会「取材源の秘匿などと同次元」

   とはいえ、大臣が「オフレコです」と発言したこと自体を問題視した記事にしなかったことへの疑問の声は挙がっている。

   元産経新聞記者の福島香織さんは7月4日、ツイッター(@kaokaokaokao)で松本氏オフレコ発言について「私なら、囲みネタにぴったり、とか思うけど」とつぶやいた。

   そもそもオフレコとは、どういう仕組みでどんな意味があるのか。日本新聞協会編集委員会は、1996年2月に見解をまとめている。

   見解では、「取材源側と記者側が相互に確認し、納得したうえで、外部に漏らさない」などの条件で行われる取材だ。「取材源の秘匿」などと同次元のもので、「その約束には破られてはならない道義的責任がある」と重々しくその意義に触れている。

   一方で、「これは乱用されてはならず」「安易なオフレコ取材は厳に慎むべき」とも注意を促している。

   見解に従えば、松本氏のような「発言後の一方的通告」ではオフレコは成立しないことになる。

背景にはメディアの甘い姿勢

   とはいえ、松本氏のオフレコ発言が浮き彫りにした問題点は、「松本氏の資質」だけなのだろうか。

   元ロイター通信記者で近畿大准教授の金井啓子さんは、メディア側の問題点を指摘する。「オフレコだ」と言えばマスコミがおとなしく従うとばかりに、オフレコを連発する人たちが増えているからだ。背景にはメディアの甘い姿勢があり、「ナメられている」。つまり、松本氏の例は、氷山の一角というわけだ。

   金井准教授は、信頼関係構築の観点からオフレコ取材の一定の必要性は認めている。しかし、取材源側の「いいなり」でいいはずはない。

   今回の騒動については、「態度の悪い政治家がいた」という側面が注目されているが、むしろこんなに簡単にオフレコ発言が政治家から出てきたこと、さらにそのオフレコ発言を当初は一部のメディアしか報じなかったことの危機的状況に対して注目すべきだと指摘している。

当のメディアの側からは「いや、前大臣の勝手なオフレコ宣言なんて最初からスルーしてますが何か?」という釈明も出ているようですが、BLOGOSの記事にもあるようにマスコミ各社の動きも含めた一連の経過がすっかり明らかになってしまっているわけですから、これは非常に苦しい言い訳にしか聞こえませんよね。
ただ彼らはあくまで「大臣の圧力に負けた」と言っていますけれども、マスコミ各社が現在進行形で一生懸命菅内閣を巡って辞めろ、いや辞めなくて良いと大騒ぎをしている、それも根本にあるのは震災後の対応がなっていないという批判である中で、当の復興担当相が任命早々に被災地へ出かけて行ってこれだけの言いたい放題をした上でオフレコだと宣言して報道封じ込めまで図った、普通に考えればこれはとてつもなく美味しいネタですよね。
ましてや同じ民主党の梶川ゆきこ氏などは「大臣をわざと怒らせて、それをハイエナのようにパパラッチが喰らいつく。復興利権がかかっているから、大騒ぎになるよう仕込んだんでしょ。松本大臣は、はめられただけ」などと、知事側にもメディアにもケンカを売る気満々で逆ギレしているくらいですから、平素のマスコミであれば大喜びで食いついて「また大臣が暴言!菅総理の責任問題必至か?!」などと大見出しで書き立てるはずの局面です。
特に未だに総理の擁護に熱心だと言われている毎日あたりならばともかく、内閣の失点を虎視眈々とスクープしようと狙っている他社までが追随して報道自主規制に走るというのはおかしな話で、単純に現職閣僚が言論圧力をかけたからというだけに留まらない背後関係があるのではないか?と誰でも思うところですが、それに対して一言で切って捨てた共産党の小池晃氏株がこのところ急上昇中と言います。

共産党・小池前参院議員「松本大臣発言は部落解放同盟の地金」(2011年7月5日J-CASTニュース)

   辞任を表明した松本龍復興担当相の発言をめぐり、共産党の小池晃・前参院議員は2011年7月4日、ツイッターで松本氏の出自について言及しながら批判を展開した。

   小池氏は、松本氏の発言を

    「内容も口調も人間として最低。大臣はもちろん国会議員の資格なし」

と批判した上で、

    「『書いたら終わりだぞ』というマスコミ恫喝は、部落解放同盟の地金が出たものでしょう

と続けた。松本氏が部落解放同盟の副委員長を務めていることを引き合いに出したものだ。

   さらに小池氏は、

    「いわれのない差別がまかり通ってきた旧同和地区でも長年の住民の努力で同和問題は基本的に解消。不公正で乱脈な同和対策を続けること自体が新たな偏見を生みます。部落解放同盟による無法な利権あさりを許さず同和行政の完全終結を!。『解同』に対する批判を『差別』だというのは完全なスジ違いです」

と、解放同盟への批判を展開した。解放同盟と共産党は、1960年代後半から対立関係にある。

かねて解同とは徹底した対立路線にある共産党からのコメントだけに「地金が出た」云々はさすがに人格攻撃と取られても仕方がないところですけれども、何しろ松本氏と言えば解同の指導者とされる他にその筋に名を知られた超大物であるだけに、一大臣のオフレコ宣言などというレベルとは比較にならない強力なプレッシャーがマスコミ各社にかかっただろうことは想像に難くありませんよね。
声の大きい人達に対してはとにかくだんまりを決め込んだ方が良いだろうというマスコミの事なかれ主義が思わぬところで露呈した実例で、奈良の善良な産科医をバッシングするにはあそこまで熱意にあふれていた彼らのここまで腰の引けた手のひら返しぶりもいつものお約束なんですが、こういうものが彼らの言うところの「正しい知識」なのだとすれば、世間の常識とはいささか乖離が過ぎるんじゃないでしょうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年7月 7日 (木)

医療の専門家も被爆リスクを危惧している!?

当たり前と言えば当たり前なんですが、先日こんな記事が出ていたということで改めて注意喚起をしておきたいと思います。

「がんばれ」ほどほどに 日本うつ病学会提言(2011年7月2日朝日新聞)

東日本大震災の被災者に「がんばれ」と言い過ぎないで――。日本うつ病学会の委員会(河西千秋委員長)が1日、被災者を支援する人たちや報道機関などに向けた緊急提言をまとめ、大阪市で始まった総会で発表した。

 提言は、「がんばれ」、「強く」、「絶対」といった励ましが、被災者には時につらく、「これ以上どうがんばればいいのか」と感じることもあると知ってほしい、とした。被災者にも、悲しいことや困ったことを相談するのをためらわないよう呼びかけた。

 学会によると、心の傷の多くは時間の経過とともに軽くなるが、2割くらいが悪化したり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)になったりする。震災から約4カ月たつこの時期、繰り返し励まされたり、過激な報道があったりすると、当時を思い出して重症化する恐れがあるという。

鬱傾向にある人に安易な「がんばれ」は禁句というのは今や世間的にも常識ですけれども、マスコミなどでは各界の著名人を多数投入してがんばれの連呼というのはどうなのかと以前から気になっていただけに、学会からこういうコメントが出てきたというのは歓迎したいと思います。
そうは言っても被災地の状況は未だ全く予断を許さないようで、しかも国会は全く停止状態だわ復興相は自爆技で辞めるわでいったい何をやっているのかと憤懣やるかたない方々も多いと思いますが、そんな中で今頃になってと思えるようなこんな調査結果が出てきたことが話題を呼んでいます。

福島第一周辺の子1000人調査 甲状腺微量被ばく45%(2011年7月5日東京新聞)

 東京電力福島第一原発の事故で、国の原子力安全委員会は四日、三月下旬に福島県内の第一原発周辺の市町村に住む子供約千人を対象に行った放射線被ばく調査で、45%の子供が甲状腺に被ばくしていたことを明らかにした。安全委の加藤重治審議官は「精密検査の必要はないレベル」と話している。

 調査は国と同県が三月二十六~三十日に、甲状腺被ばくの可能性が高いと予想されたいわき市、川俣町、飯舘村で、ゼロ~十五歳までの千八十人を対象に実施。45%の子供に被ばくが確認された。

 安全委によると、最高値は毎時〇・一マイクロシーベルト(一歳児の甲状腺被ばく量に換算すると年五〇ミリシーベルト相当)に上ったが、99%は毎時〇・〇四マイクロシーベルト以下。同様の換算で年二〇ミリシーベルトに相当するが、加藤審議官は四日の記者会見で「換算するには(調査の)精度が粗い。精密測定が必要な子供はいなかった」と述べた。

 国際放射線防護委員会(ICRP)勧告では、年間一〇〇ミリシーベルトの被ばくで発がんリスクが0・5%高まるとして、同量を緊急時の年間被ばく限度としている。今回の調査でも一〇〇ミリシーベルトを基準とし、一歳児の甲状腺被ばくの年換算でこれに相当する毎時〇・二マイクロシーベルトを超えた場合、精密検査をする予定だった。

 国が国際原子力機関(IAEA)に提出した報告書では、千八十人の子供の甲状腺被ばくを調査したことを記しているが、何割の子供が実際に被ばくしていたかは明らかにしていなかった。

ちなみにこの調査に関しては放射性ヨードの半減期が8日しかないというのに、爆発から10日以上過ぎた何とも微妙な時期に調査をしたようにも見えるところに「また政府お得意の隠蔽体質か!」と作為を感じる人も少なからずいるようですが、実際問題として考えると震災直後の大騒ぎの時期にそこまでの調査を要求するのも酷ではないかなという気はします。
正確性に問題があるのは承知の上で最高値で年換算50ミリシーベルト、99%は同20ミリシーベルト以下というレベルをどう評価するかですが、甲状腺に1シーベルト(1000ミリシーベルト)を受けると癌になる可能性があり、2シーベルトを越すと確実にガンになるとのことで、実際に小児甲状腺癌増加が見られたチェルノブイリ事故後のウクライナ、ベラルーシ界隈ではこの300倍以上のレベルで甲状腺被爆があったようです。
それから考えるとそこまでのリスクとは考えなくてもいいのかなと思える数字ですが、もちろん平均値として精密検査は不要なレベルだとしても個々の被曝量は異なるわけで、個人が任意で検査を行う分には何も問題がないというのは健診などと同じ事ですから、地域の医療リソースを考慮しながら各自の判断で対応していただくべきだということなのでしょう。

ただこうしたデータが出てきますと事故自体の規模の差もあるのでしょうが、内陸のウクライナと違って平素から海藻などからのヨウ素摂取が多い日本では積極的なヨード剤内服は必要ないという意見は正しかったのかと思えるところで、今回の原発事故は巨大な疫学調査の対象であると言われるように今後も様々な検証がなされエヴィデンスが蓄積されていくのではないかなという気がします。
甲状腺に関してはそれとして、もちろん被災地界隈の子供達が揃って内部被曝をしてしまっているというのは予想されたこととは言え気持ちの良いことではありませんが、今のところ政府としては更なる積極的な対応までは行う気はないようですし、要するコストやマンパワーを考えると現段階ではまずまず妥当かとも思います。
全数チェックは行わずとも今後もサンプリング調査は続けるはずですし、その過程で新たな疫学的エヴィデンスが追加されるようになれば方針が変わる可能性はありますが、今のところは現地に投入できる医療リソースも限られているわけですから、「とにかく心配だから出来ることは何でもやれ!」も無茶な話でしょう。
被災地に近い人々はきちんとしたソースからの情報に耳を傾けながら、いたずらに過敏にならず各自が冷静に被爆防止対策を心がけていくということになりそうなんですが、そうした当たり前の対応では気に入らないという人も大勢いらっしゃるらしいのですね。
もちろん当事者が心配するなと言われても気持ちが悪いというのは当たり前の感覚なんですが、こうした際にこそ冷静であるべき外野がいたずらに不安を煽るような行為に荷担するということであれば、これは明らかに問題でしょう。

菅、福島の子供“見殺し”「問題ナシ」決め付けていいの?(2011年7月2日zakzak)

 福島市の子供10人の尿から放射性物質が検出された問題で、高木義明文部科学相は、健康に悪影響はないとの認識を示した。しかし、医療の専門家は「無責任な発言だ」と猛反発している。たった一度の検査で「問題ナシ」と決めつけたのは、都合の悪い情報を隠蔽し、目を背け続ける菅直人政権の姿勢を象徴している。

 「詳しくは健康診断しないといけないが、ただちに(健康に影響が出る)というものではない

 高木文科相は1日、閣議後の記者会見でこう述べた。

 尿は、福島県内の市民団体が5月下旬、6~16歳の男女10人から採取し、チェルノブイリ原発事故で周辺の子供の被曝量を調査したフランスの放射線測定機関に検査を依頼。全員から微量の放射性物質が検出された。

 放射線医学総合研究所の試算では、この子供たちが70歳までに受ける線量はセシウム134が7・8マイクロシーベルト、セシウム137が8・9マイクロシーベルト。一般人の年間被曝限度量1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)よりはるかに低いというのが、問題ナシの根拠だ。

 果たして信用していいものか? 医学博士の中原英臣氏は「現段階で断定的に言うべきではない。無責任な発言だ。今回の事故はまったく未知の世界。問われているのは5~10年先のことで、ただちに影響がないのは当たり前」と憤慨した

 「汚染のない地域に住んでいれば『問題ナシ』と言えるが、子供たちは事故のあった原発から遠くない地域にいる。文科相は会見で『これから徹底した追跡調査、経過観察を行います』と言うべきだった。今は放射能の影響を受けやすい子供の検査を早急に実施しなければならない

 原発事故の発生後、枝野幸男官房長官が「直ちに影響はない」と繰り返したように、菅政権は一貫して国民の健康被害を軽視してきた。

 原子炉の状態も「メルトダウン(炉心溶融)ではない」と言い張っていたが、結局は、メルトスルー(溶融貫通)というさらに深刻な状況だったことが発覚。国民からは「現政権の言うことは何も信用できない」との声が多数あがっている

 子供を“見殺し”にする政権に、将来を語る資格はあるのか。

「医療の専門家は「無責任な発言だ」と猛反発している」なんて大上段に構えたことを言うものですから、普通に考えて放射線医療の専門家が何かを言っているのかと誰でも思うところですけれども、その「医療の専門家」なる人物がよりにもよって中原英臣というのはネタとしか思えないんですが(笑)。
ご存知のない方のために紹介しておきますとこの中原英臣なる人物、医療の現場とは全く縁もゆかりもない人物で、かつてウイルス進化論なるトンデモ学説を提唱してみたもののもちろんまともな学者からは全く相手にされず、その後何をトチ狂ったか知りもしない医療業界の裏話なるものを暴露すると称する本を次々と上梓し、一躍マスコミ業界ご推奨の「医療の専門家」としてご活躍されている人物です。
もちろん問題提起する自由は誰にでもあるものですし、ただでさえ政府発表がそもそも怪しいと言われているようなご時世だけにきちんとしたソースを添えて「それはおかしい!」と突っ込むのであれば全く問題ない話なのですが、単なる一介の電波芸者のコメントを専門家の発言ででもあるかのように捏造して「お前の発言は根拠が曖昧だ!」などと迫って見せるというのは、世間的には「お前が言うな!」のトンデモ行為ではないですか。
このあたりの業界お得意のテクニックというものは以前も紹介した通りですけれども(そう言えば、今回もあの時と同じくzakzakですね)、マスコミも毎回こういうことをやっているから「今回もまともな専門家からは望み通りのコメントを得られず、仕方がなしに子飼いのトンデモさんに声をかけたのだな」と見透かされるようになるわけで、確信犯でやるならやるでもう少し質の高い仕事をこなしてもらわないと笑えないというものですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 6日 (水)

臨床研修制度、見直しと称して更なる改悪の予感

導入当初から(かなり控えめな表現をすれば)決して良い評判ばかりとも言えない現在の臨床研修制度ですが、いよいよその見直しが国の課題として取り上げられ始めているようです。
もちろん良い方向への見直しであればよいのですが、どうも研修医を体の良い人身御供に捧げかねない勢いだというのですから制度発足の趣旨に逆行しているというしかありませんよね。

臨床研修制度見直しへ初会合(2011年7月4日NHK)

医学部を卒業した医師に義務づけられている臨床研修制度について、見直しを検討する、厚生労働省のワーキンググループは、4日、初めての会合を開き、専門家からは、これまでの制度が地域医療に与えた影響などを検証すべきだという意見が相次ぎました

「臨床研修制度」は、医師免許を取ったばかりの医師に、診療経験を積ませるため、2年間の研修を義務づけたもので、7年前の平成16年から始まりました。厚生労働省は、5年ごとに制度を見直すため、専門家によるワーキンググループを設置しており、4日は、3年後に行う見直しに向けて初めての会合が開かれました。制度を巡っては、医師が研修先の病院を自分で選べるようになったため、研修を受ける医師が都市部の病院に集中する一方で、地方の病院は人手不足に陥るといった問題が深刻化しています。4日の会合では、委員から「見直しを検討するためには、これまでの制度が医師の育成や地域医療に与えた影響などを丁寧に検証すべきだ」という意見が相次ぎました。ワーキンググループは今後も議論を重ね、来年12月をめどに制度の見直しに向けた意見を取りまとめることにしています。

臨床研修見直しへ、現制度評価WGが初会合- 来年中に取りまとめ (2011年7月4日CBニュース)

 厚生労働省の医道審議会医師分科会医師臨床研修部会の下に置かれた「臨床研修制度の評価に関するワーキンググループ(WG)」(座長=堀田知光・国立病院機構名古屋医療センター院長)は7月4日、初会合を開いた。2015年度の医師臨床研修制度の見直しに向け、現行の制度の実態把握や論点整理を行い、来年中に同部会に報告する。

 このWGでは、▽研修医の基本的な診療能力や受け入れ病院の指導・管理体制など制度の運用状況▽研修医のキャリア形成や地域医療への制度導入による影響▽臨床研修制度の全体的な評価―の3項目について、ヒアリングやアンケート調査、臨床研修病院への訪問調査などを行って実態を把握し、論点を整理する。今後、2か月に1回のペースで会合を開いて来年中に検討結果を取りまとめ、医師臨床研修部会に報告する。

 これを踏まえ、同部会では、13年中に制度全般の見直しを検討。15年度から始まる新制度の対象になる研修医の募集は、 14年4月以降に始まる。

 意見交換で岡留健一郎委員(済生会福岡総合病院長)は、優れた医師を育成するには、卒前研修、専門医制度と三位一体での検討が必要だと主張。堀田座長は、「国民の目線で、今の臨床研修制度がどう評価されるのかという視点を入れなければならないのではないか」との認識を示した。

もちろん研修を受ける当の若手医師達にとっても必ずしも最善のシステムであると定評を得ているわけではありませんから、よりよい研修のために制度を変えていくことは当然であるわけですが、問題はこの研修制度見直し議論そのものが「田舎に医者がいなくなった」だの「人手不足を何とかしろ」だのと、あくまでも使う側の論理によって進められている気配があるということです。
そもそもいわゆる新臨床研修制度なるものを導入する当初の考え方として、今まで研修医というものは安くてこき使える便利な労働力としてひどい環境に置かれてきた、それでは研修の実が上がらないから彼らには勉強に専念できるように国がルールを決めてきちんとした研修を受けさせようと言う話だったはずですよね。
そうであるからこそ薄給研修医が単なる生活費稼ぎのために当直バイトを強いられることがないようバイトは禁止しましょう、そしてバイトなしでも生活できるように最低限の給与水準は保証しましょうといったことが病院側に強いられる制度となり、おかげで「今や研修医よりもレジデントの生活の方がはるかに悲惨になった」なんてことも言われるような逆転現象すら発生したわけです。
極論すれば地域医療が崩壊しようが研修医にとっては関係ない話で、田舎に医者がいなくなった、それもこれも臨床研修制度のせいだ、だから俺たちの病院にももっと医者が来るように制度を変えろという考え方には、研修医にとって田舎病院での研修が良いのか悪いのかという視線が存在せず、単に黙っていても制度的に労働力を配分されることを期待するプロ弱者的発想があると思わずにはいられません。

そもそも臨床研修制度導入以降やたらと医師不足が騒がれるようになったことに関して、地方公立病院の関係者などが口を揃えて「研修医が都市部の病院に集中しているから」云々ということを言いますが、単にたまたま自分達の病院が田舎であったから研修医に人気がないと考えているのであれば、自分達の病院が明日から大都会のど真ん中に移転しても周囲の施設に遜色なく人が集まってくる自信があるということですよね。
今回のWGのテーマとも関連して、厚労省はこういう調査も出してきているのですけれども、田舎だから絶対嫌だというのはむしろ少数派で条件次第と考えている人間が多いにも関わらず実際には行く人間が少ないということであれば、普通に考えて田舎病院に人がいないのは人を迎える条件を整えている病院が少ないからだと考えるべきではないでしょうか。

臨床研修、25%が拒否 医師不足地域の勤務(2011年7月4日47ニュース)

 医学部卒業後の「臨床研修制度」を終えた医師の65・4%が、医師不足地域での勤務について「条件が合えば従事したい」と答えた一方、25・5%は「条件にかかわらず希望しない」と考えていることが4日、厚生労働省の初の調査で分かった。8・1%は「既に医師不足地域で働いている」と答えた

 調査は2008年4月~10年3月に臨床研修100+ 件をした7512人が対象で、5250人(69・9%)が回答した。

 医師不足の地域で働く条件(複数回答)は「自分と交代できる医師がいる」が最多で55・7%、次いで「一定の期間に限定されている」(53・8%)、「給与がよい」(47・0%)の順

日本全国どこへ行っても医師不足なんですから、国内で働く全ての医者が「すでに医師不足地域で働いている」と答えても間違いではない…という考え方も出来るかと思うのですが、ここでは研修終了直後の医師においては「考えても良い」が65.4%だったと言う数字をご記憶ください。
実は以前に医学部学生も含めて対象とした類似の調査があって、この時は「条件さえ合えば医師不足地域での勤務を考えても良い」という学生が7割ほどだったと言う一方で、卒後5年目までの若手医師は59-67%、指導医は42-48%と、臨床現場の(あるいは、医師不足地域での実際の診療の?)真実を知るほどに拒否感が強まるという傾向が見られたと言います。
そして学生の言う条件が給料や生活環境がよいといったものであったのに対して、実際に臨床現場に出た医師となると交代する医者がいるとか期間が限定されているといったものに変わっていく、すなわちこれは田舎病院内部の環境にこそ問題がありそうだと言うことを示唆しますし、実際に給与面などでは田舎病院ほど高くなるという相当な逆地域格差すら存在していることがすでに明らかになっているわけです。
医師不足地域、とりわけその中でも誰も行きたがらない地方の公立病院などはまずこうした現実をきちんと自覚した上で、自分達の考え方に改めるべき点がなかったのかということを真摯に反省し改善していく必要があるんじゃないかと思いますね。

先日は獨協医科大学神経内科の小鷹昌明先生がいわゆる医局人事の内情というものを書いておられ、これ自体なかなかおもしろい内容でご一読いただければと思うのですが、その中にこんな一節があります。

医局長なんか大切にしなくていいよ!(2011年4月11日医療ガバナンス学会)より抜粋

(略)
 適材適所でモチベーションを落とさないように配慮した人事とはどういうものなのか? また、どうすればそれを実行できるのか? 医局長にとって永遠に尽きることのない課題である。

医局員にとって働きたい病院の選択肢のひとつは、「少ない労働で高収入」の得られる病院であり、行きたくない病院は、「その逆」であるということは事実としてある。
 私だってその気持ちがないわけではないし、そう願うことは仕方がない。
 ただ、そういう選択肢が発生することの理由として、「忙しくても安い病院」と「暇だけど高い病院」とが存在するからである。労働の多寡と給与額とが相関していれば、「オレは厳しくても給料のいいところで働きたい」とか、「ワタシは稼ぎはどうでもいいからゆっくりしたい」ということで、人事は割とスムーズにいく。
 また、労働条件というものを度外視して、自分の働きたい病院を希望するものもいる。たとえば"がんセンター"や"ホスピス"、"石垣島の診療所"などの、ある特定の領域に特化した医療機関である。動機はさまざまであろう。特殊な医療技術の習得を目指したかったり、何かの転機により心情が変化したり、世を儚んだりなどの理由があったのかもしれない。
 私のように、「大学病院勤務に飽きた」という理由だけで英国留学を希望するような輩もいる。それはそれでいい。なるべく希望を叶えてあげたい。

 さらに、彼らのニーズはどういうところにあるかというと、「忙しくとも愉しく働ける病院」であり、「暇でも良い気分で働ける病院」である。言い換えるなら、働きやすい病院である。
 人間は機嫌良く仕事をしている人のそばにいると、自分も機嫌良く何かをしてあげたくなる。だから当たり前だが、愉しく働きやすい病院は医療者にとっても患者にとっても良い病院である。
(略)
 どんなにきれい事を並べようとも(この言葉、私の常套句になりつつあるが)、健康な医療者は、所詮患者の気持ちなど本当の意味では理解できない。「それで構わない」と言っているわけではない。「そういう根源的な部分に立ち返ってものを考えないと、結局は絵空事で終わってしまう」と言っているのである。
 私たちにできることは、患者に同情することでも立場に寄り添うことでもない。敢えて言うなら"質を上げる"ことである。そのためには、そこで働く医療職員の士気を上げることである。どうやったら人間は高いパフォーマンスを達成できるかを考えることである。

 答えは簡単なことで、皆が機嫌良く働けて、コミュニケーションが円滑で、潤沢な財源があることである。
 重篤な疾患であるからこそ、難病であるからこそ、医師にできることは、「医療者そのものの心身がアクティブな状態にあって気分が良い」という気持ちを伝搬させて、何かを感じ取ってもらうしかないのではないか。私はそう思っている。
(略)

医局人事にしろ臨床研修制度のマッチングにしろ、地方でも多忙な職場として知られているような地域の基幹病院などは案外そこまでは嫌われないもので、結局一番不人気なのは田舎にあって地元の御老人を相手にゆるい商売をしているような旧町立病院の類ですよね。
医療の世界が他の業界と少しばかり違う事情として、往々にして医師不足地域と呼ばれる地方の方が仕事は暇であるが給料は高いという傾向にあることで(こうした傾向は公共性の高い職場においてしばしば見られるようです)、その理由として最も手間暇がかかる高度な医療よりも(医師にとっては)さほど手のかからない日常的なcareが中心になるといった診療事情も存在しているように思います。
それは専門的な技量を身に付け、それを発揮するという局面が少ないということですし、ひいては「こんな決まり切った雑用ばかりの病院、俺じゃなくても全然構わないじゃないか」と思わせることにもつながっていく、すなわち働かずして高給を頂ける(ついでに言えば、使う場所もないのでお金も貯まる)という労働者にとって夢のような環境であるはずが、医師のモチベーション上は必ずしもよい環境ではないということですね。
自分達の施設が実際に働きやすい環境にあるかどうかを客観的に知るためにも、都市部と地方部とを問わず勤務医を対象に一度調査してみればいいと思いますし、医者が来ない施設ほど「うちはこんなに働きやすい病院なんです!」と競ってアピールすればいいように思いますけれども、今の研修制度見直しの流れでは悪貨が良貨を駆逐し、ますますモチベーションを低下させる方向に進みそうな気配が濃厚ですよね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月 5日 (火)

今の若手医師はなってない?

少し前の記事ですけれども、日経メディカルで「若い医者のここがおかしい」という記事が掲載されていたのを改めて拝見しました。
タイトルからすると顧客から見た医師像の変化のようにも思える記事なんですが、実際にはベテラン医師から見た「最近の若い者は」といった内容で、結論としてはとにかく今は昔とは医者気質も違うということになるのでしょうか。
昨今は社会全体においてもいわゆるゆとり世代が問題視され始めていますけれども、その中でも中~下位層のみならず最近では知的エリートと呼ばれる一流企業においても新入社員のレベル低下が嘆かれているのだそうで、比較的に高難易度と言われてきた医学部卒の学生達にも同じような傾向があると記事では記載されていますが、確かに学生気質なども随分と変わっているのは誰しも感じるところですよね。
本日まずはこちらの記事から彼らベテラン医師の嘆く「最近の若い者のどこがなっていないか」という部分を抜粋させていただきましょう。

最近の若手医師ってどうですか?(その1)ベテラン医師562人に聞いた(2011年6月20日日経メディカル)より抜粋

 若手医師の振る舞いや行動パターンを見て、年配医師はどう感じているのか。45歳以上のベテラン医師を対象に実施したアンケートの結果から、彼らの理解しがたい行動や考えに戸惑っている人が多い実態が明らかになった

 「医師としての使命感を持つ若手が少なくなった」「上級医に物を聞く態度がなっていない」──。

 病院医師や大学教授などを取材すると、若手医師に対するこんな意見を時々耳にする。聞けば、最近の若手医師の行動や考え方についていけないという。自分の考えが古いのかと逆に悩む人もいる。
(略)

 本誌がベテラン医師562人に聞いたアンケート(2ページの調査概要参照)では、若手医師の行動や勤務態度に対して違和感や不満を抱くことが「頻繁にある」とした人が10.7%、「時々ある」が59.6%に上った(図1)。約7割のベテラン医師が日常的に不満を抱いている結果となった。

 具体的な行動では、「叱責や批判に弱い」(49.1%)点に違和感や不満を持つ人が最も多く、「仕事よりプライベートに比重を置く」(47.9%)、「礼儀作法が身に付いていない」(44.8%)、「指示されたことしかやらない」(41.3%)などがそれに続いた。豊田氏によれば、「こうした傾向は、一流企業に就職した優秀な若者に対する批判と共通する部分が多い」という。

 これに関連して聞いた自由意見には、さらに生々しい若手医師の実態が寄せられた。まず、「叱責や批判に弱い」タイプのエピソードから。

叱責や批判に弱いのが最大の特徴

 「理由もなく不機嫌になり、ふてくされる。一度厳しく怒ったら、病院に来なくなってしまったことがある」(45歳、市中病院)

 「怒鳴られたりちょっと頭を叩かれたりすると、院長や研修部長らに言いつける。研修医は大事なお客様という病院の方針があったので、苦虫をかみ潰す思いで我慢し、いなくなるのを待った」(54歳、市中病院)

 若者が叱責や批判に弱くなったのは、学校教育や少子化などの影響だといわれる。1980年代、知識重視型の詰め込み教育への批判が高まり、褒めて育てる、子どものありのままを“個性”として認める教育に移行していった。叱られたり否定されたりすることなく社会に出た結果、これまで経験したことのない叱責に遭うと戸惑ってしまうというわけだ。少子化で子どもを大切に育てようとする親の増加、兄弟間でけんかをしたり遊んだりする中で社会性を育む機会の減少なども影響していると考える向きもある。

 医師の間でも、同様の意見が見られる。上記のような問題のある若手医師を生み出す社会的な背景は何かを今回のアンケートで尋ねたところ、「学校教育の変化」(60.7%)、「家庭環境の変化」(56.6%)を挙げた人が目立った。

 具体的な意見としては、「医学部に入るような子どもは、『認めて育てる』方法で教育されており、失敗したり、叱られる経験がないと感じる」(47歳、診療所)、「医学部入学の難易度が上がり、教育も入学目的に特化した教育を受けているせいか、それ以外の日常生活を、必要以上に切り捨てている」(59歳、市中病院)といったものがあった。

最近の若手医師ってどうですか?(その1)ベテラン医師562人に聞いた(2011年6月21日日経メディカル)より抜粋

 「仕事よりプライベート重視」「横柄」「EBM偏重」「指示待ち」――。ベテラン医師にアンケートで聞いた若手医師の勤務態度には、マイナス面が目立つ。その一因として、新医師臨床研修制度を挙げる声もあるが…。

医師がサラリーマン化

 「仕事よりプライベートに比重を置く」タイプも増殖している。

 「喘息重積発作の患者にステロイドの全身投与を開始したのに、効果判定せずに帰宅した。救急患者の入院を連絡したら、定時だからと帰っていった」(52歳、市中病院)

 「受け持ち患者が急変しようが、休日や夜間は決して来ようとしない」(51歳、市中病院)

 「『夜呼ばれて働いたのだから日中は休みたい』『当直の翌日はオペから外してほしい』と言われた」(65歳、市中病院)

 昔だったら口にするのもはばかられるような言葉を平然と発することに驚き、手を焼いているベテラン医師は少なくないようだ。

 こうした傾向は、医師のサラリーマン化が進行していることの表れともいえそうだ。若者の行動や生態についての著書が多数ある精神科医の香山リカ氏は、「最近は『フツー』の医者が増えた」と語る。「昔は威厳に満ちた、特権意識を感じさせる医者が多かった。しかし、今の若手医師と話をすると、医師という職業をさほど特別な存在と考えていない」と話す。

 こうした変化がもたらされた一因には、医師の社会的地位の相対的な低下がある。医療事故や医師による不祥事などがマスコミで取り沙汰されるのと並行して、人々の権利意識の高まりなどにより、医師と一般の人の間の垣根が低くなった。

仕事よりプライベートを重視するタイプも増殖中

 さらに、医師の家系の子息など、昔はごく一部の層しか医師になれないという意識が世間では強かったが、近年はサラリーマンの一般家庭の子息が医師になる例が数多く見られる。それに伴って医師は特権的な職業ではなくなり、普通の職業と認識される傾向が強まっていると考えられる。

 結果、若手医師たちは、普通の“労働者”として「昇給」や「休暇」を公然と求めるようになった。医療に対して「ドライ」にコミットするようになるのも自然な成り行きで、ワークライフバランスやプライベート重視の傾向はこの流れに沿うものだ。

 実際にベテラン医師もそう捉えていることがアンケートからも読み取れる。こうした若手医師を生み出した、医療を取り巻く環境の変化について聞いたところ、「医療訴訟の増加」(58.5%)、「モンスター患者の増加」(48.6%)が上位に入った。これらは、患者の権利意識の高まりと理解できる。

 自由意見に寄せられた、「患者が医療を単なるサービスと思うようになり、若手医師もそれでいいと開き直ってしまい、崇高な精神がなくなってサラリーマン化した」(51歳、診療所)という意見は象徴的だろう。
(略)
 一方、注目したいのは「知識や能力が不足していると思うか」という設問で、「そう思わない」が「そう思う」を上回ったこと(Vol.1の図2を参照)。ベテラン医師は、若手の能力を評価はしているのだ。これも、「頭脳は優秀」と評価される一流企業の若者たちと一致する傾向といえるだろう。

 また、問題のある若手医師を生み出した一因として、新医師臨床研修制度を挙げる声も多い。若手医師に影響を与えた医療を取り巻く環境の変化として、「医師育成方法の変化」を挙げた人は、実に48.9%に上った(1ページの図4参照)。

 「新臨床研修制度により、若手医師が勝手な考えで行動するようになった。医局に属さず自分の価値観で病院や診療科を選び、上級医の教えより文献の知識を優先する」(54歳、行政)などの意見があがった。

自身で研修先を選べるようになったため若手医師の権利意識が高まったり、診療科のローテートによりわずか数カ月で指導医が変わり、上下関係が築かれにくい環境となって礼儀が欠如するとは、この制度の弊害としてよく指摘される点だ。
(略)
肯定的な意見もあり

 ここまで厳しい意見を紹介してきたが、若手医師を評価する声も少なからずある

 最近の若手医師で頼もしいと感じる点を聞いたところ、圧倒的に多かったのは、「ネットやパソコン、携帯電話に詳しく情報リテラシーが高い」「文献検索などが早く、知識も豊富」「新しい機器などを使いこなすのがうまい」という意見。そうして得た情報を現場で生かそうとする姿勢に、頼もしさを感じる意見が多いようだ。

 このほか、「基本的には真面目、勉強熱心、素直な人が多い」「仕事とプライベートのめりはりがある」などの意見もあった。

 また、「若手医師の真摯な姿勢には、上級医師として参考になる部分が多い。むしろ、若手医師の成長面を見ずに批判ばかりしている上級医師にこそ、改善が求められているように思われる」(47歳、市中病院)というように、ベテラン医師の姿勢を問う声も見られた。
(略)

ま、様々な意味でさもありなんと思うような指摘が並んでいて、確かにその通りと思えるところも少なからずあるのですけれども、ここで注目されるのはベテラン医師としても若手医師が馬鹿だとは思っていない、むしろその高い潜在能力は認めていて、その方向性が間違っているという指摘をしているように見えることですよね。
彼らが間違っていると考えている部分を拾い上げてみると、「叱責や批判に弱い」「仕事よりプライベートに比重を置く」「礼儀作法が身に付いていない」「指示されたことしかやらない」と言った声が多いということですが、プライベート優先や礼儀作法の不足などは結局のところベテラン医師からすると「医師らしくない」「医師の権威(自分達の権威?)をないがしろにしている」と見えているということのようです。
正直今現在ベテラン医師と呼ばれている方々と言えば、まさに「白い巨塔」などと社会的批判を浴びてきた旧体制の医療教育を受けてきた方々であって、そうした方々とは違うということが一概に悪いことではないようにも思いますけれども、記事の後段にも指摘されているように医師を単なる一職業として捉える傾向は最近の若手に着実に根付いている様子ですよね。
逆にいえばベテラン医師にとって医師とは単なる一職業ではない、何かしら特別な存在なのだという認識があるということなんですけれども、ちょうど先日プライベートの方面で長年お世話になっているある老先生と茶(酒)飲み話をしていた折りに、まさしく彼らにとっては医師とは特別な存在だったのだなと思わされるような話が聞けたので紹介しておきましょう。

ちなみにこの先生、その専門の方面では国際的にも名のある方で、アカデミックのみならず臨床方面でも長年第一線で活躍されてきた方なんですが、何しろ仕事上の付き合いではなくあくまでもプライベートな関係ですからこちらも平素から全く遠慮がないもので、本来なら恐れ多い大先生に思わず好き放題に突っ込みまくってしまったわけです(笑)。
それはそれとして、先年定年を迎えて以来急性期は引退して今は研究中心にやっているその先生が昔の付き合いから頼まれて200kmも離れた場所まで週一の当直バイトで老人病院に行っているそうで、まあこういう先生まで当直に駆り出さなければならないというのもどうなのかなんですが、それはさておき当然入院されている患者さんは80、90代の寝たきりの方々ばかりなんですね。
普通急性期と比べるとこうした慢性期の病床ではそれほど日常的にバタバタと大慌てするようなことはなく、医者一人あたりで比較的多くの患者を受け持つということも日常的に見られる光景なんですが、それにしてもとっくに還暦も過ぎた先生が「いま患者を60人ほど持ってるんだが」なんてことをさらっと言うのだから誰だってびっくりしますよね。
え?週一の非常勤でしょう?なぜそんなことになっているんですかと聞いてみますと、もちろんお約束のようにそちらの病院でも常勤医が辞めたりで医師不足という事情もあるそうなんですが、その代わりに入って来た新任のドクターがもうそのまま入院した方がいいくらいのもの凄いお年寄り先生なんだそうです。
実のところこれも良くある話で、実際に常勤医がずっと病室で暮らして(入院して?)いるなんて施設もままあるのですが、それにしても一応常勤なのだから多少なりとも患者は受け持つだろうに、何故そんなに先生だけが患者を抱え込むことになったんですかと聞くと、その新任の老先生がとにかく医者として信用出来ないから自分としては患者を預ける気になれない、だから彼に回るはずの患者は全部自分が診ているというんですね。

もちろんそんな御高齢ですから元々活発に働くわけにもいかないでしょうが、それ以前にそもそもカルテを書かない、ごくたまに書いても「変わりなし」とか書いている、カルテにそんなことを書くようなレベルの医者に患者を預ける気にはなれないと真顔で言われれば、それはもちろん法令上は毎日回診を行いカルテに遅滞なく記載しないといけないわけですからハァ、そうですか先生も大変ですねと頷くしかありません。
それでもその老先生がカルテ記載を充実させる代わりに例えばベッドサイドで患者さんと接することに時間を費やしているとか言うのであれば、それはそれで有りなのではないですかと問うと、いや、奴はそんなことはしない、そもそも病棟に顔を出さないしまともな検査も処置もしてない、だから俺が全部一から検査をして診断も治療も全部書き換えてやったと言うんですが、ここで気になったのはその施設が慢性期の御老人ばかりを扱っている施設であるということです。
おそらくは月額幾らの定額払いだろうこの手の施設でそれをやると経営的な問題も発生しそうなんですがそちらは黙っていることにしても、確かにその老先生は実際に臨床能力に乏しいのかも知れませんが、でもそういう施設に患者を預けているご家族は果たして先生の行っているような「正しい医療」を望んでいるんでしょうか?とは思わず問わずにはいられませんでした。

これは全くの余談ながらよく知られている事ですが、1948年にWHOが保健憲章というものを制定した時、その前文によって「健康とは、完全に、身体、精神、及び社会的によい(安寧な)状態であることを意味し、単に病気でないとか、虚弱でないということではない。」という健康の定義が明確にされました。
今見ても戦後間もない時期らしい非常に理想主義的で高尚な定義であるとは思うのですが、しかしそれでは生まれつき障害を抱えた人は決して健康になれないのか、事故や疾病で体のを損なってしまった人は二度と健康には戻れないのかという素朴な疑問もまた提出されることになったのですね。
健康とはいったい何であるのかということは今もたびたび議論になるようですが、健康とはその人その人にとっての望み得るベストの状態であると考えれば寝たきりの御老人であってもその人なりの健康というものがあり、そして「変わりなし」と言うしかない毎日が続いている、だから彼らに必要なのは不健康な状態を健康に戻すためのcureではなく、健康を少しでも維持するためのcareであるという考え方もあるわけです。
それは人生何十年も生きてきた人々であれば探せば幾らでも病気は見つかるでしょうが、それは全て漏らすことなく掘り出さなければならないと考えるよりも、総合的にご本人とご家族の望む看取り方を迎えられるようにした方がよほど多くの人々が幸せになれるだろうし、医学的には邪道かも知れませんが正しい医療とはそういうもんなんじゃないかなと自分などは思うのですけれどもね。

そこで先生、そういう患者さんは今まで散々濃厚な医療を受けてきて、今はただ安らかに最後を看取るためにそういう施設に入っている方が多いのでしょう?やはりご家族ともよく治療方針を確認しながらやるのがいいんじゃないですか?一生懸命治療をして患者を助けたみたはいいが、ご家族は「ああ、これでやっと楽になれると思ったのに」と密かにため息をついているかも知れないですよ?と突っ込んでみました(我ながらよく言いますが)。
そうすると「いや君は何を言うんだ、家族の意見など医者の話し方一つで幾らでも変わるものじゃないか。そんなあいまいなものによって医療を曲げるのは間違っているんだよ」と、今の時代の医療の考え方からするとちょっとそれはどうなのよという確信に満ちた答えが返ってきたのですね。
この後もまさしく前掲の記事にあるような「テンプレ通り」の若手医師批判が繰り広げられ、「今の医者はなっていない。医者を単なる仕事かなにかだと思っている」(ちなみにこの先生、僻地と言って良い地方の実家を出られ、奨学金を得ながら非常に苦労して旧帝を卒業された方です)「最近の医者は訴訟対策だと自分の身を守ることばかりでなっとらん」等々、それぞれ激論になったのですが今回は割愛しておきます。
いずれにしても「同僚の仕事が気に入らないから担当患者60人」といい、今の時代にあって貴重な絶滅危惧種を見たという話なんですが、こういう話を聞きながら結局のところ顧客満足度というものに対する視点や扱いの違いこそが、古い先生方のやっている医療と今の医者の医療との一番の差なのかなという気がしたものでした。

思うにこの先生に限らず一部の(?)ベテランの先生方の中には非常に確固とした「医師とは、医療とはこうあるべき」という一つの理想像とでも言うべきものがあって、医師にとっての実臨床とはその理想像に少しでも近いものを実現させようとする行為そのものであるということなのでしょう。
だからこそその理想像からかけ離れている若手医師は、例えその能力は認めてたとしても主義主張として受け入れられないということなのでしょうが、医者という人種は世間の連中とは違う別な何かであるべきだという考えは「医者の常識は世間の非常識」などとずっと以前に批判され、少なくとも医療に金を出す側の立場からは否定されてしまったものだと思うのですけれどもね。
そもそも顧客である患者と価値観を共有する普通の人間であるからこそ顧客のニーズを汲めるわけで、相手の目線にたっての配慮の先にこそ顧客満足度の向上があることを思えば、「当直がしんどいから翌日くらい休みたい」と考える普通の人間が医者をやるのはケシカランと言う発想こそ根本的に間違っていたんじゃないかという気がします。
医者は医学的に正しい医療行為を追求することこそまず第一義的使命であるという考え方は一見非の打ち所がない正論に見えるからこそ扱いが厄介なのですが、顧客満足度の向上という観点に立てば別に前述のような慢性期の医療に限らず、急性期においても必ずしも正しいわけではないと言えるんじゃないでしょうか。

例えば外来をしている先生の中にどんなささいな病気に見えても非常に丁寧な診察をして、見つかりにくい疾患もわずかな所見から拾い上げてしまう先生というのは確かにいらっしゃるし、それは確かに尊敬に値すると思うのですけれども、しかし経営的にみれば診療という行為自体にお金が出ない体系になっている以上、それが良い診療なのかというと別問題であって、まして患者の側から見るとどうでしょう。
例えばちょっとした鼻風邪であれわずかな切り傷であれ「いや何もそこまで」と言うほど丁寧な診療をして99%の病気を見つけ出してしまう先生がいる、しかしその先生は非常に丁寧な仕事ぶりであるが故に一時間に3、4人ずつしかさばけないものですから、患者はいつも行列待ちで何時間も待たされるわけです(ちなみに、日本以外の諸外国の外来のペースというものはおおむねこのレベルだと言いますね)。
一方こちらは90%ほどしか診断の確度はない「粗い」診療をしている先生がいる、けれどもこの先生は一時間に15人も20人も診てしまうものですから患者はさして待たされずにすむとなれば、トータルで考えてどちらが医師としての専門技量をより大きな社会貢献に結びつけていると言えるのでしょうか?
もちろんこんな模式化した構図は事実の一面を現すことしか出来ませんが、日本の医療の現状を見た上で医療の目的は他の客商売と同様、顧客である患者さんの希望を実現するよう務めることであると定義し直してみれば、医学的には正しいはずの行為も必ずしも正しい医療とは限らないことがあるということはお判り頂けると思います。

日経メディカルさんではこの続編として当の「今どきの若手医者」による座談会も掲載されていて、この記事などを見てみてもとにかく昔の先生と今の先生とでは良い悪いではなく見ている世界が違う、そして恐らく目指しているものも異なるということがよく判りますが、ではその昔と違ってきているということがすなわち批判されるべきことなのかどうかですよね。
昨今医療の世界も色々と改革が叫ばれる中で○○のような医療など断固として認められないという反対の声がよくあがる、もちろんそれが顧客の望むものではないからという視点での批判は当然あってよいことですが、それがあるべき正しい医療ではないからという理由での反対であるとすれば、それは言葉は悪いですが医者だけに通用する自己満足ではないかと外からは批判される危険性があるということです。
還暦も過ぎてなお患者60人を抱えているという件の先生を始めとして、事実昔の先生は道徳的にも人間的にも確かに立派な尊敬されるべき方々が多かったのかも知れませんが、人として素晴らしい医師が素晴らしい医療を提供できるかと言えばこれまた別問題なのですから、今の若いものはなっとらん!と言うのであればそれが上司にとって不愉快だからという理由からではなく、顧客の側から見てどうなのかという視点で検証されるべきでしょうね。
執刀医の大先生には何も言えない患者でも、下っ端の研修医には本音を漏らしてくれるなんて話は昔からあったもので、ベテラン上司から見て「こいつはとんでもない!医者失格だ!」と思えるような先生も案外患者から見ると良い先生だったということもないとは言えずかも知れませんから、日経メディカルさんには是非ともそういった視点での検証も引き続き行ってもらいたいものだと希望しておきます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年7月 4日 (月)

久しぶりにたらいが回されたそうです

先日ちょっとドラマか何かのようなこんなニュースが出ていたことをご記憶の方も多いんじゃないかと思います。

女性医師の機転で命救う/千葉(2011年6月26日読売新聞)

ハザード点滅の車のぞくと心肺停止女性

 野田市内の病院に勤務する女性医師が23日、当直明けに乗用車で走行中、別の車の中で心肺停止状態となった高齢女性に心臓マッサージを施すなどして蘇生させた。助けたのは、東京電力福島第一原子力発電所事故で福島市から野田市に避難していた女性だった。

■福島から避難

 この女医は野田市中戸の東葛飾病院に勤務する内科医半谷(はんがい)京子さん(43)。救助されたのは、会社役員佐藤裕子さん(58)(野田市関宿)の母親で、4月末から佐藤さん方に身を寄せている福島市の斎藤ユキさん(83)。

 半谷さんは22日夜からの当直勤務が明けた23日午前8時半頃、朝食を取るため、茨城県境に近い路上で車を走らせていた。交差点に差し掛かったところ、右折車線でハザードランプを点滅させた車を発見。車内をのぞくと、佐藤さんが、後部座席の斎藤さんの心臓マッサージをしていた

 半谷さんは「私は医者です」と声を掛け、佐藤さんに代わって5分間、人工呼吸と心臓マッサージを続けると、斎藤さんは目をゆっくりと開け、息を吹き返した。半谷さんは10分後に到着した救急車に同乗し、搬送先の病院まで付き添った。

■「ドラマのよう」

 佐藤さんによると、斎藤さんが22日に「胸が苦しい」と訴えたため、23日に斎藤さんを車に乗せ、病院に向かう途中、発作が起き、呼吸が止まり、けいれんを始めた。車を止め、心臓マッサージをしても意識は戻らない。「もうだめか」と思った時に、「まるでテレビドラマのように」半谷さんが現れたという。

 斎藤さんは入院中だが、順調に回復しているといい、佐藤さんは「何とお礼をしていいか」と感謝している。半谷さんは「医者としてではなく、一人の人間の本能として、自然に体が動いていた。命が助かって良かった」と、ほっとしていた。

しかしこうして記事をよくよく読んでみますと、むしろ娘の佐藤さんの冷静な初期対応ぶりが一番のキモであったのかなという気がするのですが、一般市民がこのレベルの対応が出来るというのであればずいぶんと喜ばしい話ですよね。
何にしてもドラマのようなというしかない出来事で、何よりハッピーエンドで終わって良かったなと言う話なんですが、実のところ救命以上に話題になっているのが半谷先生の旦那さん(21歳)と可愛らしいお子さんの存在で、いったいこの結婚難民累々という時代に半谷先生はどんなマジックを使ったのかという声がネット上でも満ちあふれているようなんですね。
ま、そうした下世話な話はおくとしても、今の時代こういう話は極めて珍しいからこそドラマのようだとも言われ、奇跡的とも言われるわけですから、ごく普通の場合はどういうことになるだろうかという現実もきちんと承知しておかなければならないでしょう。
ひと頃マスコミ諸社の好んで使うフレーズであった「たらい回し」なども昨今では意識的に避けられているようですけれども、再びたらいが回されてしまったらしいと話題になっているのがこちらの事例です。

“12病院タライ回し”車いすの女性死亡/埼玉(2011年7月2日サンスポ)

 さいたま市南区の市道で6月29日、車いすの女性が乗用車にはねられ翌30日に死亡した事故で、女性は救急搬送先の計12病院で受け入れを断られていたことが1日、同市南消防署への取材でわかった。

 死亡したのは、さいたま市見沼区大谷の無職、星野美穂さん(38)。浦和署によると、星野さんは29日午後10時15分ごろ、同市南区曲本の市道を車いすで横断中に乗用車にはねられた

 南消防署によると、救急車は発生から約10分後に現場に到着。救急隊員が搬送先の病院を探したが、4病院には「処置が困難」、8病院には「専門医がいない」として、受け入れを断られたという。受け入れ先が決まり病院に到着したのは、翌30日午前0時55分だった。星野さんは同日午後2時5分ごろ、搬送先の病院で骨盤骨折のため死亡した。

 南消防署では「これだけ受け入れを断られるのはあまりない」とする一方で、「死亡との因果関係は分からない」としている。

12病院が拒否 搬送に2時間半  交通事故 38歳女性死亡/埼玉(2011年7月2日読売新聞)

 さいたま市で29日夜、車椅子で道路を横断中に乗用車にはねられ、約16時間後に搬送先の病院で死亡した女性が、12か所の病院に受け入れを断られ、搬送までに2時間半かかっていたことが明らかになった。市南消防署は「2時間半もかかったのは異例」として、死亡との因果関係について検証するとしている。

 同署と浦和署によると、事故は同日午後10時15分頃に起き、救急車は同26分に到着した。はねられた同市見沼区、無職星野美穂さん(38)の頭部に腫れがあり、車椅子がゆがむなどしていたため、入院が必要と判断。病院に搬送することを決めたが、8病院は「専門医がいない」、4病院は「処置が困難」と断ったという。断ったある病院は「脳外科と整形外科にまたがるけがだったが、担当の医師がおらず、レントゲンなどを見ても詳しい状況の判断ができない可能性があった」と説明している。星野さんは30日午前0時55分、病院に搬送され、同日午後2時頃に死亡した。死因は腰の骨折による出血性ショックだった。

さいたま 事故の車いす女性 12病院が受け入れ拒む/埼玉(2011年7月2日東京新聞)

 さいたま市南区の市道で先月二十九日午後、車いすの無職星野美穂さん(38)=同市見沼区=が乗用車にはねられ、約十六時間後に死亡した事故があり、埼玉県内の十二の病院が、救急搬送された星野さんの受け入れを拒否していたことが、同市消防局などへの取材で分かった。

 同消防局によると、消防署員がさいたま、富士見、川口各市の病院に受け入れを打診したが、四つの病院が深夜で人手がないなどの理由で「処置できない」、八つの病院が「(外科医などがおらず)当直医が専門外」として、搬送を断った。十三カ所目の病院で受け入れが決まったが、運ばれたのは事故から約二時間半後の三十日未明だった。

 同消防局救急課は「受け入れを断られても再度お願いするなど、搬送に問題はなかった」としており、今後、医師を含めて話し合い、死因との因果関係を調べるという。

 事故は二十九日午後十時十分ごろ、さいたま市南区曲本二の市道で発生。星野さんが後ろから来た乗用車にはねられ、腰などを強く打ち、骨盤を折るなどして死亡した。

 星野さんは幼いころから右足が不自由で車いすを使っていた。

ソースによって若干のニュアンスの違いはあるのですが情報量としてはほぼどれも同様というところで、骨盤骨折、頭部外傷といった多発外傷の女性が出血性ショックで亡くなったという大変に不幸な事故であり、まずはお亡くなりになられた女性とご家族にお悔やみを申し上げます。
状況の詳細がわからない中で推測するならば、このレベルの事故外傷でショックを呈するような症例となれば三次救急レベルでなければ対応出来ないはずですが、病院名は明示されていないもののさいたま市あたりの地方都市に12カ所も受け入れ可能な施設があるものかと考えると、あるいは搬送先の選定が当初からおかしかったのではないか?という疑念も湧きますよね。
女性の基礎疾患ははっきりしませんがもともと車いす生活であったということですから、救急隊が外傷のレベルを見誤った可能性もあるのかも知れないかなとも思ったのですが、テレビ報道などによると当初から頭と腰を強く打っているという認識であったように受け取れますし、読売の記事によっても病院側も多発外傷であることを認識していたと感じられ、重傷度に応じた搬送先の選定がどうなされていたのかが気になります。
これだけの重症が二時間半で病院に受け入れられたことが遅いのかどうかの議論は別としても、現段階では搬送と死亡との因果関係ははっきりしないですし、限りなく円滑に搬送が行われていても救命し得なかった可能性も少なくない印象を受けるのですが、久しぶりに「たらい回し」報道が出たというくらいに世間的な印象は強いものであったようですね。

マスコミなどではこれだけの重症患者が近隣諸病院で片っ端から受け入れを断られたことが問題であると言う論調なのですが、重症であるからこそ要求される医療レベルは極めて高いのは当然であり、そして要求される医療レベルを満足しないのであればそもそも受け入れるべきでないという司法判断が明示されている以上、こうした症例こそ受け入れが難航するのは当たり前の話ですよね。
特に以前であれば交通事故外傷の場合は加害者側というものが別に存在しているものですから、仮に訴訟沙汰になったとしてもそちらに賠償請求が行くため病院側が訴えられるリスクは低いと言われていたものが、近年では事故外傷に起因する死亡なども助けられなかった病院側に巨額の損害賠償を命じる判決が出ていることから、一昔前のように交通事故はどんどん受けろという状況では全くないわけです。
国民の医療に対する要求水準が日々高まり続けた結果医療を行うことの敷居が高くなり、学生教育においても「人の命を守るプロフェッショナルだからこそ、まず自分自身を守らなければ」ということが強調される時代にあって、現象面としては社会的背景から見てごく当たり前のことが起きているに過ぎないのですが、利用者側の利便性といった観点から国民にも言いたいことがあるだろうこともまた当然ですよね。
そしてそれ以上に困っているのが患者の搬送先がないまま右往左往する救急隊であって、だからこそ昨今彼らが主導して進めているのが改正消防法に基づく都道府県への救急搬送ルール策定義務づけなんですが、こちらも実際にはどうもうまく働かない場合があるようだというのがこちらのニュースです。

3病院たらい回し、女性死亡 車にはねられ搬送/富山(2011年7月2日朝日新聞)

 富山市の県道で女性(73)が車にはねられる事故があり、3病院に受け入れを断られて約3時間後に死亡していたことが富山市消防局などへの取材でわかった。

 富山中央署によると、女性は6月30日午後7時半ごろ、同市の県道を自転車で横断中、自称トラック運転手の男性(24)運転の軽乗用車にはねられた。

 市消防局によると、事故から約10分後、救急車が現場に着いた。女性は足の骨が折れていたが、当時、意識があったという。

 救急隊はまず富山市民病院に受け入れを求めたが「外科医が救急患者の手当ての最中で対応できない」と断られた。2分後に県立中央病院、4分後に富山大付属病院に要請したが、いずれも断られた

 富山市民病院と県立中央病院に再要請したが断られ、同県高岡市の厚生連高岡病院に搬送することになった。この間、女性の容体が悪化。いったん県立中央病院で応急処置し、事故から約1時間半後の午後9時ごろ、厚生連高岡病院に着いたが、同10時半ごろ、女性は出血性ショックで死亡したという。(小峰健二)

3病院が受け入れ拒否、交通事故の73歳死亡/富山(2011年7月2日読売新聞)

 6月30日午後7時25分頃、富山市開の県道を自転車で横断中の同市藤木、瀬川浜子さん(73)が軽乗用車にはねられたが、市内の3病院に受け入れを断られ、搬送された厚生連高岡病院(富山県高岡市)で、約3時間後に出血性ショックによる死亡が確認された。

 県消防課は、富山医療圏から高岡市への搬送は異例とし、「事実関係を調べる」としている

 富山市消防局によると、救急隊員は午後7時37分に現場に到着。まだ瀬川さんに意識はあったが、輪番制で夜間救急を担当していた富山市民病院のほか、県立中央、富山大付属両病院が相次いで受け入れを拒否。県立中央病院が応急処置をした後、同9時に厚生連高岡病院に搬送した。

 本紙の取材に、富山市民病院は「救急外来がいっぱいで医師が対応できなかった」、富山大付属病院を運営する同大は「整形外科のベッドが満床で、直前まで行っていた手術で医師の手も足りなかった」と説明。県立中央病院は「なぜ受け入れられなかったかを調査している」としている。

 県は今年4月から運用している基準で、「連絡開始から30分以上経過」などの受け入れ拒否などがあった場合、3次救急医療機関の県立中央、厚生連高岡の両病院が対応を調整することになっている

交通死亡事故、3病院受け入れ断る/富山(2011年7月1日KNBニュース)

 30日夜、富山市で自転車に乗っていた73歳の女性が車にはねられ、救急隊が病院に運ぼうとしました。

 しかしKNBが調べたところ、女性は富山市内の3つの病院で受け入れを断られ、およそ1時間半後にようやく高岡市内の病院に運ばれてその後死亡したことがわかりました。

 「昨夜7時半ごろ、こちらではねられた女性は、救急車で運ばれましたが、病院に次々に受け入れを断られました」

 富山市開の県道で、自転車に乗って道路を渡っていた富山市藤木の瀬川浜子さん(73)が、車にはねられたのは30日午後7時半ごろでした。

 富山消防署東部出張所の救急隊が現場に到着したとき、瀬川さんは足を骨折していましたが意識があり、「痛い、痛い」と話していたといいます。

 救急隊がまず、30日夜の担当病院だった富山市民病院に問い合わせたのは7時40分、しかし返ってきた答えは「対応不能」でした。

 受け入れ可能な病院をさらに探しましたが、県立中央病院も、富山大学附属病院も回答は同じ「対応不能」でした。

 7時51分には再度富山市民病院に問い合わせましたが、回答は同じでした。

 救急隊がさらに受け入れ先を富山市以外でも探したところ、高岡市の厚生連高岡病院が受け入れ可能となりました。

 しかし到着したのは事故発生から既に1時間半が経った午後9時、瀬川さんはその後、午後10時に出血性ショックのため死亡しました。

 富山市消防局は、交通事故による救急搬送で、富山医療圏の中で受け入れ先がなく、高岡まで運んだ例はこれまでなかったと話しています。

 一方、対応不能と答えた理由について富山大学附属病院は、「整形外科が満床のうえ、患者の手術が終わったばかりで術後のケアなどがあり人手をさけなかった」と話しています。

 また、富山市民病院と県立中央病院は「現在、担当者がいないのでコメントできない」としています。

 県が今年4月から運用している「傷病者の搬送及び受入れの実施に関する基準」に基づくと、昨夜の事故のケースでは、病院への問い合わせが4回となったところで県立中央病院が受け入れ先を調整する役割をもちますが、うまく機能しませんでした

 富山市消防局では、「今回の事実を県に報告し、基準の運用について改善を求めたい」と話しています。

 一方、基準を策定した県は「現段階では事実確認を進めている状況」と答えるにとどまっています

受け入れ拒否問題で緊急会議/富山(2011年7月2日KNBニュース)

 富山市で先月30日、車にはねられて死亡した女性が市内の3つの病院に受け入れを断られ、処置を受けた高岡市の病院に運ばれるまで約1時間半かかっていたことを受けて、救急医療体制についての緊急連絡会議が2日、富山市で開かれました。

 県民会館で開かれた会議には富山市内の5つの総合病院の院長らが出席し、当時の状況などを確認しました。

 患者の受け入れに関する県の基準では、当時の女性の症状に対応できるのは、県立中央病院、富山市民病院、富山大学附属病院の3つの病院でしたが、会議では、どの病院も当時は複数の患者の治療中だったことや専門医が不在だったことなどから、「対応できる状態ではなかった」と説明しました。

 会議では基準が機能しなかったことについて、医師不足などのため対応が難しい場面もあることや、全ての病院スタッフへの周知が徹底できていないという課題が出ていました。

 県は「それぞれの病院で検証してもらい、行政として対応すべき点があれば改善したい」としています。

 県立中央病院の飯田博行院長は報道陣に対し、「職員の連携や連絡体制をもっと密にして、緊急招集を掛けるとかをやっていかなければいけないと考えています」と話しました。

これまた亡くなられた方にはお悔やみを申し上げる次第ですが、こちらの症例も経過を見ますと救命は非常に困難であったのかなという印象を受けますし、いずれの病院も手一杯であったという状況を見れば、事件の背景にあるのは結局医療リソースの欠乏であるということが理解出来る話です。
しかしこのケース、整形がどうとか言う話に終始しているところを見ると、あるいは救急隊は最後まで内臓損傷などに関しては気がついていなかったんでしょうか、二次救急病院である富山市民病院に三次救急レベルの患者を搬入しようとしていた時点で、どうも搬送先判断のルールに不備があったのかとも思えます。
日本の病院は常時満床を維持しなければ経営が回らないような報酬体系になっているわけですから、まともな病院であればどこもベッドがふさがっているのは当たり前なんですが、このケースで誰しも気になるのは搬送先が決まらない場合には県立中央病院が調整するということになっていたにも関わらず、当の県立中央病院が患者対応に追われ「対応不能」と手を挙げてしまったことですよね。
同病院のHPによれば「富山県立中央病院救命救急センターは富山県の二次および三次救急医療機関として昭和54年に開設」されたもので「救急車、他の医療機関からの収容依頼を受け、いつでも救命救急活動が行えるよう専任のスタッフ、設備を整えて」いたと言うことなのですが、こういう状況が明らかになるとそもそも県の策定したルール自体が妥当であったのかどうかです。
県にとって救命救急の最後の砦とも言える同病院に重症患者が集中することは当然ですから、多忙極まるはずの病院現場にさらに受け入れ先調整などという仕事まで押しつけるというのではいずれ対応不能となる可能性は十分予測出来たはずで、県立の施設であるから無理も言いやすいといった理由でルールを決めていたというのであれば困った問題ですよね。

幸いにも搬送先となった厚生連高岡病院も立派な三次救急施設ですから、不幸な結果になったとは言え最善の医療を尽くされたのだとは思いますが、仮に今回のケースが訴訟沙汰にまで発展したという場合に誰が悪かったのかとなると、最終的に受け入れた同病院が「助けられなかった」と訴えられるというのでは釈然としないものがあります。
判例的に見ると救命救急センターを持つ市立病院が事故外傷の患者を受け入れ出来なかった、その後亡くなった患者の家族からの訴えで市に賠償が命じられた事例があって、この際に医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には病院は一応の責任が認められ、「診療拒否を正当ならしめる事由に該当する具体的事実を主張・立証しない限り、患者の被った損害を賠償すべき責任を負う」とされています。
いわゆる応召義務というものをかなり厳密に捉えた判断で、平成4年時点の判決ですから現在の司法で再び同様の判断が下るかどうかは判りませんけれども、注目すべきはこの場合訴えられたのは受け入れを断る判断をした医師ではなく病院の管理者(市)であったということ、そして判決による賠償額が慰謝料150万という見舞金レベルであったということでしょうか。
このあたりはともすれば「何をやっても結局訴えられるんじゃないか」と言いたくなるような状況なんですが、単に訴訟に勝った、負けたというだけでなく、その判決を出した裁判官がどういう気持ちであったのかということも読み解いていかなければ、正しいJBMの解釈は難しいということでしょうね。
しかしどちらを向いてもJBMで雁字搦めになっている現場医師としては頭が痛いところでしょうが、多かれ少なかれ強権的に患者を受け入れさせるようなルールが成立するのは何かあっても親方日の丸の公立病院くらいだとすると、一部の人々の主張する「全医師の公務員化」なんて極論が勢いを得かねない話でしょうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月 3日 (日)

今日のぐり:「へんこつうどん 真備店」

突風被害は日本でも時折報道されますけれども、先日こういう話が出ていたのをご存知でしょうか。

強力な旋風(つむじ風)に入って遊ぶ危険な男たち「ヒャッハーーーー!」/アメリカ(2011年5月3日ロケットニュース24)

強力な旋風(つむじ風)に突撃して遊んでいる男性の動画が、動画共有サイトYouTubeに掲載されて物議をかもしている。男性は砂埃(すなぼこり)を空高く舞い上げて回転しているつむじ風に走って突っ込んで、「ヒャッハー!」と叫んで遊んでいるのである。

つむじ風は地上から上空に向かって空気を突き上げる強い風で、平坦な場所で発生しやすい風とされている。竜巻のように家や自動車などを破壊する力はないが、それでも強力なつむじ風は軽い物であれば巻き上げるため、近づけば危険なのは間違いない。

この動画を見てみると、男たちは「ヒャッハー!」と叫びながらダッシュでつむじ風に突っ込んでいる。つむじ風は砂埃を激しくあげており、その内部に入った男は「ウヒャアアアアアアアアアア!」と叫んで楽しんでいる。遊園地の絶叫マシーンで遊んでいる感覚なのかもしれない。

つむじ風は日本でもよく発生するため、竜巻と勘違いする人がいるが、つむじ風と竜巻は仕組みもパワーも違う。竜巻に巻き込まれると命にかかわる事態に発展するので、絶対に近寄ってはならない。つむじ風も危ないのは同じなので近寄らないようにしよう。

詳細は元動画を参照して頂けると一目瞭然なんですが、確かに目の前でこういうものを見てしまえば突っ込まざるを得ないのが男という気がしないでもないような…
今日は勇気と男気があふれ過ぎたあまりに「ヒャッハー!」になってしまった彼らに敬意を表して、世界中から色々な意味でちょっと残念な人達を紹介してみようかと思いますけれども、まずはせっかく頑張ったのにと思わざるを得ないこちらの話題からいってみましょう。

平均88歳のゲゲゲ軍団 妖怪扮した6人、出前もOK/日本(2011年5月30日朝日新聞)

 兵庫県尼崎市内のケアハウスの女性らで昨秋に結成されたダンスグループがある。平均年齢は88歳。漫画「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する妖怪の姿に扮し、福祉施設などで元気に公演を重ねている。

 名前は「花みずきダンサーズ」。メンバーは尼崎市西長洲町3丁目のケアハウス「ふれ愛花みずき」に入居している85~92歳の6人だ。同施設で毎年11月に開かれる文化祭に向けて、昨年10月に結成された。NHKの連続テレビドラマ「ゲゲゲの女房」の放映をきっかけに、施設の職員が妖怪の衣装をつくったり、振り付けを考えたりした。

 鬼太郎やねずみ男、砂かけばばあなど妖怪の割り振りはくじ引きで決めて、毎日練習した。文化祭では、約3分間のアニメのテーマ曲に合わせて両手を動かしたり、一列になって歩いたりしながら踊り、妖怪の見た目やコミカルな動きが大好評だった。

 自己紹介のときにはそれぞれポーズをとって観客の笑顔を誘うなど、人生経験を生かした間の取り方が絶妙で、評判は口コミで施設の外へ広がった。その翌月からは依頼を受けて高齢者や障害者の福祉施設で出前公演を開始。テレビやラジオの取材も受けた。

 一反(いったん)もめんに扮する平井松江さん(92)は「92歳にもなって、こんなことをするとは思わなかった」。子泣きじじい役の岡田綱子さん(89)は「最初は大勢の人の前で踊ることに不安があったけど、おかげで一生の思い出ができました」。ネコ娘を演じる住中俊子さん(85)は「独り暮らしだったら、こんな経験はできなかった。施設に入って本当に良かったです」とそろって笑顔を見せる。

 場所などの条件が合えば、無料で出前公演する。問い合わせはふれ愛花みずき(06・6483・5510)へ。(森直由)

それは確かに「92歳にもなって、こんなことをするとは思わなかった」という話でしょうけれども、記事の写真を見ますとこれが意外に本格的なコスプレであるようですから、今後も末永く活動して頂ければと思います。
一方でこちらも頑張ったのに報われなかったという話題なんですが、ここまで来ると過ぎたるは何とやらというものなんでしょうかね?

夫から弁当についてなじられた妻 ゴキブリ弁当作る/日本(2011年6月5日アメーバニュース)

 可愛いキャラクターの形を模してお弁当の中身を作る「キャラ弁」が流行っているが、写真共有サイト「フォト蔵」で、ゴキブリを型どった驚きのキャラ弁写真が公開され話題になっている。

 白米の上にゴキブリの形に切られた海苔が乗っているこの弁当の写真は、投稿者が夫に「『お前はキャラ弁とか作らないでしょ』とさらっと言われた」ことが作るきっかけになったそう。この写真に対し「作り方を 作り方を教えてください」「素晴らしい!(笑)」等意外にも好評なコメントが寄せられている。

しかしこのお弁当、写真で見ますと確かに斜め上方向への努力の跡は認められるんですけれども、お弁当としての実用性という点では今少し改善の余地があるような気が…
食事時でいささかダイエットに効果があったと感じられた方々もいらっしゃるでしょうが、ついでにお隣韓国からこんな話題は如何でしょうか?

「うんちヘア」。韓国で人気上昇中/韓国(2011年2月9日ビューティヘアニュース)

「ウンチヘアの作り方」との動画も多数

韓国で最近はやっているヘアスタイルが「トンモリ」。「トン」がうんちで「モリ」は頭で、日本語に直すと「うんちヘア」。なかなかインパクトのある名前だが日本でいう「お団子ヘア」のことだ。

ウンチ愛「トンチミ」という語もあり

頭の上にグルグルとまいたスタイルからこの名前が付いたそうだ。芸能人のあいだでこのスタイルをする人が多くなっているらしく、それに触発されてか、一般の人もこのスタイルにする人が多くなっている。この「トン」という言葉、韓国ではかわいいというニュアンスがあるらしく、あるバラエティー番組のタレントが夫婦役の相手の女性のことを「ケトンア(わんちゃんのウンチ)」と呼んでいたりしている。

リンク先の動画を見ている分にはあからさまな茶髪にしていたりとか言うわけでもないようなんですが、何にしろ普通の女の子がこの名称にはまっているというのが残念と言いますか、韓国のう○○愛というものはかの楽聖モーツァルト並みであるということなんでしょうかね?
今度は中国からこれまた残念なニュースを取り上げてみようかと思いますが、こういう想像力豊かな方々というものは国籍を問わずところ構わずという理解でよろしいのでしょうか?

杜甫の挿絵に腐女子コーフン/中国(2011年6月20日ロケットニュース24)

日本でも高校の漢文の授業で中国唐代の漢詩を勉強するが、もちろん本場中国でも必修。古典の教科書に必ず収録されている。最近、中国の中学校の教科書に書かれていた「偶然再会し、感激のあまり手を取り合ってしまったであろう2人の男性」の挿絵に、中国腐女子が過剰反応しているらしい。

「腐女子」とは広義では女子のオタクのこと、狭義ではとりわけボーイズラブをこよなく愛する乙女達のことだ。中国で「腐女子」と言えば専ら狭義の方である。

その中国腐女子達の間で話題になっているのは、詩仙・李白と並び、詩聖と称される唐代末きっての名詩人・杜甫(とほ)の詩『江南にて李亀年に逢う』の挿絵だ。花びら降る晩春に、男性二人がしかと手をとりあい、10本の指をからませ、お互いほほを染めて、感極まった表情で見詰め合っている。

これに対し中国腐女子達は「萌え死ぬ!」、「杜甫(とほ)というより杜腐(とふ)!」と大騒ぎである。中国語の「腐」は彼女らの間でボーイズラブ化している状態を指す。この状況に一部のネットユーザーは「教科書に載せて大丈夫なのか」と心配気味だ。

なお、これは杜甫が戦乱により都を追われ、たどり着いた地で、かつて都で権力者達に寵愛された歌手・李亀年に偶然再会、すっかり落ちぶれてしまった姿を悲しむと同時に、栄華を極めた過去に思いを馳せ、涙するという内容だ。決して恋の歌ではない。

確かに再会しただけにしては、ただならぬ気配を感じないわけでもないが、この挿絵一枚でいろいろ想像が膨らんでいくとは、中国腐女子達のレベルの高さに脱帽である。

レベルが高いかどうかはともかくとして、この挿絵というのが何かしら妙に色めいているというのが余計な妄想をかき立てる一因となっているのでしょうか、いずれにしても若い女性方がこういうものに邪な妄想をかき立てられるというのは良い傾向ではありませんね。
想像力の入り込む余地が大きいというのが女の特徴であるとすれば、何であれ即物的すぎるのが哀しい男の性ということなのかなと思わされるのがこちらのニュースです。

23歳青年 外でザリガニに性器挟まれ病院で治療中に射精す/セルビア(2011年6月21日NEWSポストセブン)

 昼寝をしていても、事件は突然起こるもの。ある暑い日、森の中の小川べりで裸になって昼寝をしていた。セルビアの23歳の青年に起こった事件とは――。

 * * *
 彼は激痛で目を覚ます。なんと彼のペニスにザリガニがしがみついていたのだ。なんとか引きはがそうとするも、ハサミをしっかり食い込ませていたザリガニはどうにも離れない。仕方なく彼は救急救命室に助けを求めたのだが、駆けつけた医師は幸か不幸か女性だった。

 案の定、彼女が食らい付いて離れないザリガニと格闘するにつれ、彼の性器はムクムクと勃起し始める。そして彼女がペニスに触れたとき、とうとう彼は射精してしまったのである。彼女の迅速な措置により彼のペニスは無事だったようだ。

もういいからお前は病院に来るな!と言いたくなるような残念な話ですけれども、ザリガニも幾らなんでも見境がなさ過ぎるのではないかと言う気がしないでもないですかね。
キューバと言えば世界に医療を輸出している国としても有名ですけれども、その医療にはこんな利用法もあったというのがこちらの記事です。

キューバで競技有利にするための貧乳手術あったと二宮清純氏/キューバ(2011年1月15日NEWSポストセブン)

日本の国力の衰退は政治や経済だけではない。スポーツも同様に今、中国・韓国にしてやられている。中国や韓国は国をあげての「選択と集中」でメダルを量産している。日本でもそうした議論はあるが、それに対し、スポーツジャーナリストの二宮清純氏は、スポーツの多様性が失われると警告する。そして、国家主導による弊害について指摘した。

* * *
冷戦時代、東ドイツをはじめとする旧社会主義国家はスポーツを国威発揚の最大の手段と見なし、身体能力に秀でた子供たちを全国からかき集め、体のサイズや適性に応じて取り組む種目まで国家が指定した。
勝つためにはドーピングはもとより身体改造もいとわなかった。その弊害は至るところで報告されている。
日本のあるスポーツドクターから、こんな話を聞いたことがある。

「女性にとって胸が大きいと競技の邪魔になる。キューバではトップアスリートがオッパイの脂肪の一部を削る手術を受けていた。“豊胸手術”の逆の“貧乳手術”ですよ。ここまでして勝ちたいのか。国家がスポーツを利用した許し難い例だと思いますね」

それは残念だと言う声もあれば、いやいやむしろよろしいんじゃないかという声もありそうな話なのですが、しかしスポーツ選手がレーシックを受けるなんて話を聞くにつけ、競技者において物理的な肉体改造はどこまで許容されるのかという議論はそろそろ必要なのかも知れませんね。
昨今ではあちらこちらで社会不隠が話題になる世の中ですけれども、ある意味でものすごく平和なんだろうなと思わされるのがこちらのニュースです。

「カナダ人はバカすぎる」と話題になっていた比較写真/カナダ(211年6月18日livedoorニュース)

市民による暴動は、世界の至るところで起こっています。
重なる不満や怒りなど、くすぶっていた気持ちに火がつき、爆発してしまうのですが、その原因や背景もさまざまあります。
今週カナダでも大きな暴動が起きたのですが、各国で起きた反乱の写真を比較したものが、「カナダのやつらはバカすぎる」と海外掲示板をにぎわせていました。

世界各地で起きた暴動と、その理由を比較したのが以下のものです。

・ エジプトは自由を求めた。
・ アルジェリアは政府に対する抗議をした。
・ リビアは最高指導者を打倒しようとした。
・ カナダはホッケーで負けた。

これは6月15日にバンクーバーでホッケーの決勝戦が行なわれ、地元チームが敗れたことからファンが暴徒化したもので、市内に放火や略奪といった激しい騒ぎとなりました。
さすがにこれはひどいと、世界各地からの非難の声が上がっています。海外掲示板に寄せられていた声の一部をご紹介します。

・カナダ人だけど同じく賛成だ。さすがに馬鹿げている。
・エジプト人だが、スポーツで暴れるのはどこでも一緒だよ。気にするな。愛嬌あるぞカナダ。
・ロシアなんて第二次世界大戦に勝って、暴動を起こしてたぞ。
・イギリス人だが、ホッケーって何?
・サッカーみたいなもんだよ……ただ、氷の上で足にナイフを付けて手に棒を持ってやるんだ。あとボールは平らで、偽りのケガに泣くことは少ない。
・その「泣くことは少ない」の部分はいくら言っても言いすぎじゃないな。
・それってサッカー文化らしいよ。カナダでもサッカーをやってる友人がいるが、フィールド以外ではタフなんだ。ところが誰かがほんのちょっと地下鉄でぶつかる程度に当たったら、もう泣き叫ぶんだ。あれは何なんだ?そんなペナルティキックに必死なのか?必死だとしても、じゃぁ審判はそれを許してるのか?
・カナダじゃなくてバンクーバーが負けたことは確かだ。
・バンクーバーはカナダにあるんじゃないのか。
・そりゃそうだが、カナダには7チームある。マンUの試合のためにイングランドが暴徒化しないだろ。
・ちなみにボストンチームの80%はカナダ人である。
・~500人くらいが暴動をおこしていたが、今朝になって数千人が掃除しに現れた。パン屋が掃除メンバーのためにパンを持ってきていた。昨夜はこの町に絶望したが、ちょっと光を取り戻しつつある。
・カナダだけのことじゃなく、アメリカでも何回もあったさ。要はスポーツファンがひどいのさ。
・酔っ払ったバカがしたことで国全体が意見されるのもどうかと思う。バンクーバーに住んでいて自分の都市を最悪だと思ったが全員があんなバカというわけではない。
・アリーナの中ではファンは負けを受け止め、ボストンにも歓声をあげていたよ。これは単にどこの国にでもいる愚かなやつが原因だ。
・数年前ボストンが野球でレッドソックスに負けたときにも同じことが起きていた。
・ジャスティン・フィーバーの次はこれかよ。
・もっと正確に言おうぜ。奴らが暴徒化したのは4試合も負けたからだ。
・で、暴徒で一番バカだったのはこいつ

一夜明けると掃除に大勢集まり、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるようです。
単なるスポーツファンの暴動というより、不満を溜め込んだ層がうっぷん晴らしに暴れるきっかけとなってる部分もあるのかもしれません。

まあ、サッカーなどは試合の結果次第で戦争になるなんて話もあるくらいですから可愛いものだという意見もあるでしょうが、アウェーならともかくホームゲームで暴徒化するあたりが後先を考えない残念さということなんでしょうかね。
世界的に必ずしも勤勉という評価を得ていないのがイタリア人の国民性ですけれども、それを象徴するかのようなこんな記事が出ていました。

「何かが変だ、みんなが仕事に遅刻しない」イタリアで時空の歪みが発生か/イタリア(2011年6月14日DNA)

あの自由と放埒の国、イタリアのシチリア島でデジタル式の時計が一斉に15分早く進むという謎の現象が発生、各所で「仕事に早く着いてしまう」という被害が発生しているそうです。

3週間ほど前、イタリア・シチリア島に住む電気技師、フランチェスコ・ニコシアさんはある奇妙なことに気づきました。いつも通り出勤しているのに職場に早く着いてしまう、ということが続いたのです。

時計の故障かと思い調べてみたところ、なぜか家中すべてのデジタル時計が15~20分早く進んでしまっていることが判明。最初は家のだれかのイタズラかと思っていたのですが、職場の他の人達にも同じ現象がおこりはじめ、誰も遅刻しなくなってしまったのです。

さすがに不思議に思ったフランチェスコさんはもう1人の電気技師、アンドレア・デ・ルカと共にネットで事例を募集したところ、島中のデジタル時計が狂ってしまっているというとんでもない事実につきあたりました。

島では幽霊の仕業説から火山活動の活発化説まであらゆる可能性が論じられちょっとしたパニック状態に。この現象についてカタニア大学の電気工学科の教授、エマニュエル・ディレトーソ氏が地元のテレビ番組で語ったところによると「電力網に接続されている発電機のうち、例えば電圧の変動が大きい太陽電池のようなものが周波数に微妙な影響を与えている可能性がある」とのこと。周波数が安定しない電流がコンセントから時計に流れた結果、時計の進みが狂っているという仮説を紹介しています。

いやまあ、何とも不思議な現象なのは確かですけれども、時計が狂った結果誰も遅刻しなくなってしまったというのはどんな残念な人達なのかという話ですよねえ。
長らく国民に敬愛されてきた老人が、ささいな事件がきっかけでその信望を失うというのは残念と言うしかない話ですけれども、この方の場合はいささか立場が悪すぎたようですね。

スウェーデン国王、権威失墜 風俗店出入り・火消し疑惑/スウェーデン(2011年6月16日朝日新聞)

 スウェーデンのグスタフ国王(65)の友人が、国王が風俗店に出入りしていたとされる「証拠写真」をギャングから買い取ろうとしたもみ消し工作が最近、発覚。清廉なイメージが強かった国王を巡るスキャンダルに衝撃が広がっている。

 同国の民放TV4などによると、昨年11月に国王の親友の男性が首都ストックホルムで風俗店を経営するギャングに接触。写真を買い取ろうとしたが、大金を要求され交渉は決裂したという。男性は交渉の事実を認め、「独断で行った」と弁明した。

 グスタフ国王は地元通信社のインタビューで、風俗店への出入りと交渉への関与を否定した。

しかしこれも平素から真面目に過ごしてきた同国王であるからこそ朝日新聞が取り上げるネタともなったもので、某ブリあたりの王族ですともはやゴシップ誌くらいしか取り上げないということになるのでしょうかね。
その某王室に関しては先日王子の結婚式が話題になりましたけれども、それとも関係するこんな話題が出ています。

英王子兄弟、履き間違えないよう靴にイニシャル/イギリス(2011年6月12日AFP)

【6月12日 AFP】英国のウィリアム王子(Prince William)とヘンリー王子(Prince Harry)の兄弟が、現在一緒に住んでいるロンドンの英皇太子公邸クラレンスハウス(Clarence House)のフラットで互いの靴を間違えて履くことのないよう、靴底にそれぞれのイニシャルを入れているというエピソードが明らかになった。

 12日の英紙サンデー・タイムズ(Sunday Times)によると、新婚のウィリアム王子が前週、キャサリン妃(Catherine, Duchess of Cambridge)と一緒にチャリティー行事に出席した際、ウィリアムの王子の靴に「W」と書かれているのを誰かが見つけた。

 ウィリアム王子は英空軍(Royal Air Force、RAF)の捜索救助ヘリパイロットを務めており、王子夫妻は主に基地のあるウェールズ北部で暮らしているが、公務などでロンドンに滞在する際には、チャールズ皇太子(Prince Charles)と離婚した後の故ダイアナ元皇太子妃(Princess Diana)が王子たちと暮らしていたロンドンのケンジントン宮殿(Kensington Palace)で生活する予定となっている。しかし現在は、準備が整うまでの間、ロンドン滞在中は一時的にヘンリー王子とフラットを共有している。

 同紙に答えた王室関係者は、「ウィリアム王子とヘンリー王子は靴のサイズがほとんど同じなので、靴を間違わないようにするためにウィリアム王子が考え付いた方法なのでしょう。ほほえましいじゃないですか」と語った。

まあその、確かに考えようによってはほほえましいと受け取れなくもないニュースなんですが、やはりこういうお話は世界に向けて華々しい結婚式を披露するよりも少しばかり以前、プライマリースクールあたりまでに留めて置いた方がよろしいんじゃないかという気もするのですけどね。
しかし何かと残念な振る舞いが多くて「いっそ次の王位はウィリアム王子に」なんて言われてしまいがちな父上に比べると、残念とは言ってもこれくらいのエピソードで済んでいるのはよほど真っ当であるとも言えるのでしょうか。

今日のぐり:「へんこつうどん 真備店」

讃岐うどんブームなども受けてか、チェーン展開するうどん屋は珍しいものではありませんけれども、その中でも味が良いと人気を博しているのがこちら「へんこつうどん」さんです。
こちら真備店は比較的新しい店構えのようですけれども、食事時になると行列待ちになるほどの繁盛ぶりであるようで、時と場合によっては駐車場に入れるのも一苦労ということになるのかも知れません。
チェーンとは言ってもいかにもファーストフード系のチェーンらしい店構えをしているものと違って、こちらなどはごく普通のうどん屋という店構えですから老若男女を問わず支持されているのでしょう、実際に店舗内に入ってみますと年配客を中心に家族連れや各年代層にまたがった顧客を獲得しているようですね。

今回はぶっかけうどん大根おろしの冷を注文してみたのですが、よくあるような大根おろしがリッチなものなのかと思ったら案外シンプルなぶっかけうどんと言う感じで、大根の辛みを期待していた人には少し拍子抜けかも知れませんね。
こちらのうどん、少し柔らかめかなと思いつつ噛むと腰の出て来るタイプなんですが、このうどんに対してぶっかけにするにはわずかにつゆが弱いかなとも思いつつ、そうは言っても基本的には評判通り悪くない味だなとも思います。
一方で少しばかりつついてみた釜揚げ天ぷらなどは釜揚げではなく湯だめっぽい感じで、まあ普通と言うしかないところなんですが、こちらの場合揚げ立てでも天ぷらはネタも揚がりもさほど感心もしない出来なんですが、天つゆがきちんと別に用意されているのはいいですよね。
うどんとして難点をあげるならばこれだけ回転が良い店で、別に茹で置きというわけでもなさそうなのに全体に少しうどんがくたびれ気味な印象があったのですが、見ていると茹で上がったうどんは溜めた冷水に突っ込んでるつもりなんでしょうが、水の入れ替えが追いついてないから冷水にはなってない様子で、そんな事情もあって少し締めが甘いのか?とも感じました。
このあたりは食事時を外して訪問すればまた違った印象になるのでしょうけれども、多忙な時ほどどこまでクオリティコントロールに意を注いでいるかという店側の感覚がわかりやすいものではありますよね。

価格やボリューム的にはこの界隈のうどん屋としては標準という感じで可もなく不可もなくですが、うどん自体も悪くない上にセットや単品で他のメニューも揃っている、そしてそれなりに大人数にも対応出来るとなれば、地元の人にとっても何かと使い勝手がいいんでしょうね。
とにかく相応に広い店内がこれだけ混み合っているくらいですからスタッフも多忙なんだと思いますが、案外厨房のスタッフが多いせいかしっかり回っている様子で、接遇面でも良い意味でのチェーン店らしい練り込みがされているのかなと言う印象です。
しかしこの近所には他にも繁盛しているうどん屋さんが多いようですけれども、地域的に外食産業の総数が不足気味であるのか、それとも全体的に高いレベルで健全な競争をしているのか、顧客としては混んでいることはともかくうまいものが食べられるのは悪い話ではなさそうですよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 2日 (土)

諸悪の根源がどこにあったのか

先日はこんな記事が掲載されていましたが、「神の手」などと勝手にメディアに持ち上げられては叩かれる方もいい迷惑なんでしょうね。

記事で医師の名誉毀損、毎日新聞に賠償命令 東京地裁(2011年6月29日日本経済新聞)

 脳外科の権威とされる米在住の医師、福島孝徳米デューク大教授(68)が、税務申告に関する虚偽の記事で名誉を傷つけられたとして、毎日新聞社側に2千万円の賠償を求めた訴訟の判決が29日、東京地裁であった。松並重雄裁判長は同社と記者に計60万円の支払いを命じた

 問題となったのは2009年9月8日の毎日新聞夕刊記事。「『神の手』医師申告漏れ」の見出しで、福島氏に所得税など1億数千万円の支払い義務があると国税局が判断したもようだなどと報じた。同社は翌月10日、一部を訂正するおわび記事を掲載した。

 毎日新聞側は「複数の国税当局者から1億数千万円の支払いを求める方針と聞いた」などと主張。記事掲載時には真実と信じる相当な理由があったとしたが、松並裁判長は判決理由で「裏付けに足る証拠がない」と指摘した。そのうえで記者について「記事を執筆し新聞とサイトに掲載させて名誉を傷つけた」、毎日新聞社については「使用者であり連帯責任を負う」と判断した。

 福島氏側は「必要な税金は納付済み」と説明している。

 毎日新聞社の話 判決文をよく読んで今後の対応を検討する。

たかが60万円のペナルティで裁判所のお墨付きを貰って好き放題何でも書けるとなれば、今後も幾らでも自爆テロを仕掛けてきそうにも思いますけども、昨今では新聞もゴシップ誌並みのレベルでしかないということを改めて証明してしまった形でしょうか。
ゴシップ誌だろうがそれなりの守るべきルールというものはあるはずで、それすらも無視するとなればジャーナリストとしてどうなのかと思うような行為なのですが、大手新聞社が目先の歓心を買うためには何であれやっておくという考えでいるのであれば、これはずいぶんと安い話ですよね。
特に昨今では他人に対しては大所高所から御高説をたれている方々ほど振り返って自分はどうなのよと思わされる話が続いていますけれども、日本の誇るクオリティペーパー(笑)朝日新聞クラスともなりますと自分達で定めた社内規則すら守れないというのですから恐れ入ります。

大津・主婦殺害:朝日新聞が滋賀県警に容疑者の写真提供(2011年6月18日毎日新聞)

 大津市坂本で主婦の松井直美さん(54)が殺害された事件で、朝日新聞社が取材で撮影した佐々木靖雄容疑者(47)=殺人容疑で逮捕=の写真を滋賀県警に提供し、県警が情報提供を求めるチラシに使っていたことが18日、同社などへの取材で分かった。同社は社内規則で「取材結果は報道目的以外に使わない」と定めている

 チラシには13日早朝、佐々木容疑者が原付きバイクで自宅を出た際の後ろ姿の写真が掲載された。同じ構図の写真は16日付の朝日新聞滋賀版にも使われた。県警は14日に佐々木容疑者を指名手配し、宿泊施設などにチラシを配布。佐々木容疑者は17日未明、逃走先の岐阜市内で逮捕された。県警は「写真は広く情報を募り匿名で得たもので、コメントする立場にない」としている。【石川勝義】

 ◇目的外使用だった

 朝日新聞広報部の話 殺人事件の捜査協力のためとはいえ、取材で撮った写真を提供し、結果として報道目的以外の使用となりました。現在、事実関係を調査中です。

事実関係を調査中も何も、朝日さんが滋賀県警とずぶずぶの関係にあるということにしか見えない話なんですが、先日以来取り上げている生体腎移植事件においても捜査関係者なる人物からマスコミへのリークが続いているというのは、こういう持ちつ持たれつの関係が背後にあるということなんでしょうね。
一昔前であれば袖の下を使ってでもネタを手に入れると言えばイカガワシイメディアの得意技のような気もしましたが、近頃ではこういう面でも大手メディアの低質化が進んでゴシップ誌並みとなってきたということなのでしょうか。
ゴシップ誌並みと言えば先日産経に出ました記事もと学会ネタにもなりそうなくらいに素晴らしいなと思いつつ眺めていたのですが、案の定あちこちで話題になっているようですね。

朝日はアカ、産経はオカルト(2011年6月24日BLOGOS)

 産経新聞が「究極の自然エネルギー」を紹介している。昔、「朝日はアカ、産経はオカルト」と看破した人がいたが、保守派とオカルトの親和性がまた証明されてしまった。

東日本大震災でエネルギー政策の転換が叫ばれる中、重力と浮力だけを利用して電気を発生させる装置をさいたま市浦和区の会社役員、阿久津一郎さん(80)が発明した。パチンコ玉を内蔵したピンポン球を高い位置から落として歯車を回して発電、水の入ったパイプの中で球を再び浮力で上昇させて循環させるもので、平成22年10月に特許を取得した。実用化されれば、天候や時間に左右されない“究極の自然エネルギー”として注目を集めそうだ」(産経新聞Link )

 図と説明を見る限り、ありえない永久機関か、好意的に見ても効率のあまり良くなさそうな小型水力発電にしか思えないのだが、産経新聞は「この装置をすべての送電鉄塔やビルに設置すれば、将来、原子力発電はいらなくなるよ」という発明者のコメントを載せている。もちろん、発明者のことを揶揄するつもりはないし、発明は自由だが、これを「究極の自然エネルギー」として取り上げる産経新聞の姿勢には大いに疑問を感じる

 これが「究極の自然エネルギー」だというなら、やはり「自然エネルギー」狂乱は、現実的な「脱原発」プランを封殺し、「脱原発」をつぶすための「原発利権の陰謀」なのかもしれない。そういえば、陰謀論というオカルトも、保守派との親和性が高いんだったっけ。

その問題になっている元記事はこちらなんですが、このどう見ても単なる非効率な水力発電にしか思えないものを「夢のエネルギー製造装置」だのと持ち上げて「感激」してしまう記者の科学音痴ぶり、そしてこの脳天気な文章のレベルを見れば、少なくとも売るためにそれなりに日々努力しているゴシップ誌の方がまだしもマシなのではないかと思えてしまいますよね。
こういうものが平気で堂々と全国紙に掲載されてしまうのですから世も末で、こういう駄記事が何かしら商売に絡むような話であればインサイダーどころではない大問題ですけれども、記者のレベルが落ちているということは当事者の間でもある程度危機感があるようで、先日は東京新聞論説副主幹の口からこういう告白的な話が出ていました。

官僚のいいなり「ポチ記者」誕生の背景を中日新聞副主幹解説(2011年6月28日NEWSポストセブン)

 大震災と原発事故は、ジャーナリズムのおかしさも露わにした。政府の誤った事故情報をタレ流し、菅政権の情報操作に加担までする。既存メディア全体が、「原発記者クラブ」と化したのだ。そうした中で、ツイッターで「新聞のあり方」に疑問を呈す東京新聞・中日新聞論説副主幹・長谷川幸洋氏とジャーナリスト・上杉隆氏が対談。政治家や官僚に餌付けされた「ポチ記者」はいかに生まれるか、そのメカニズムを明らかにする。

 * * *
上杉:自分のことを信じてない記者の書いてる記事を読まされる読者は不幸です。それは、読者に対する裏切り以外の何ものでもない。長谷川さんは官僚のいいなりになる記者を、「ポチ」と呼んでますよね。

長谷川:「ポチ」になるには、それなりに能力がないといけないんです。まず官僚がいいたいこと、宣伝したいことをちゃんと理解できる。そこそこ、しっかりした記事も書ける。しかも、サボらず官僚とうまく付き合える。そういう記者を官僚が選んでいるんです、記者クラブの中から。

 それで「こいつはいい」と思うと、ちょっとエサをあげる。エサ、つまりネタですね。エサをあげると、記者はぱくぱくと食いついてくる。この記者はエサをちゃんとそれなりの記事に仕立てていく能力があるな、と。

上杉:官僚が認める。

長谷川:「こいつは能力があるな」と認めると、だんだん大きなエサをやるようになる。政治や経済を取材している記者はみんな、政府の決定事項を書いた紙を欲しがるから、今度はその紙をやる。

 で、それをちゃんと一面トップに仕立てられたら、こいつは会社の中でもそれなりの評価を得ていて、書く記事が一面トップになるんだな、と。そうすると「お前は立派な記者だな」ということになって、めでたくポチが誕生する

上杉:霞が関のスピンコントロール(情報操作)にうまく乗っかる人は、日本でいうと、優秀な記者になる。でも海外では、それこそ国民とジャーリズムに対する裏切り者になる。

 今回の原発のことだって、既存メディアは政府・東電のいうとおりに全員書いたために、結果、多くの国民を被曝させたんですから、たとえ低線量でも。

 要するに、権力側に対して吠えるんじゃなく、自分たちも権力側に立って、読者とか国民とか、あるいはフリー記者とか海外メディアに対して吠えてるから、ポチなわけですね。

長谷川:いったんポチになると、怖がってしまうんですよ。官僚が何人もの記者の前でしゃべったことでも「オフレコ」っていわれたら書かない。政治家が「首相は解散する」ってブラフ(脅し)でいってるとわかっていてもブラフとは書かない。そのまま書いてしまうと、しゃべってくれた政治家や官僚に嫌われるんじゃないかとビビっちゃう。もうネタにありつけないかもしれない、と。

上杉:もう、ただのヘタレですよね(笑い)。

長谷川:ところが、僕も経験あるし、上杉さんも経験あると思うけど、書いても、ほんとは平気なんだよね。

上杉:平気ですよ。だって、今の民主党の番記者、たとえば官房長官番の記者より僕のほうが、枝野さんと付き合いも長く深いのに、がんがん批判を書いてるんですから。それでどうなるかっていうと、まあ、一時は駄目でしょう、1年ぐらいは。

 でも、人間関係は変わってないから、状況が変わればまた戻ることもある。僕は枝野さんのためにジャーナリストをやってるんじゃなくて、読者のために書いてるわけだから、それはビビってる記者がおかしいんですよね。その程度で壊れる人間関係は大したもんじゃないのに。

日本のマスコミ業界が誇る記者クラブ制度なるものも、ひとたびジャーナリストとしての良心だの矜持だのを売り渡して中に浸かってしまえばあれほど楽なものはないからこそ続いているのでしょうし、楽して儲かるのならそれでいいじゃないかというのはもちろん職業人として一つの正論ではあるのでしょうが、それは新聞記者ではなく単なる新聞屋の商売のやり方ですよね。
ネタをくれる人に迎合し良いように使われる立場に身を落とすというのも当人達にすれば落ちたという感覚もなく、むしろ「俺は人よりうまくやっているんだ」と鼻高々なのかも知れませんけれども、確かにそういう人間は周りの目から見て使いやすいんだろうなとは思います。
例えばお隣韓国では近年いわゆるK-POPの売り込みを国家戦略の一つに据え、人材育成なども国が支援してどんどん世界中に売り込んでいくという方針のようですが、その戦略にどっぷり浸かった上で自らもおこぼれを頂戴しようとしているのが日本のメディアだということです。
とにかくどんなところでもタイアップに名を借りて売り込みに走っているということですから露出もハンパではありませんが、おかげで競合する旧来の日本の芸能業界もすっかり泡を食っているという状況のようですね。

「日本女性が金づる」韓流の勢いに業界タジタジ(2011年6月25日zakzak)

 次々に新しいアイドルが生まれては消える芸能界。韓国勢もどんどん押し寄せてくる

 「“1日1韓”は当たり前、“2韓3韓”の日もありますよ」と韓国アーティストの取材現場の数え方を、ウエブ記者が話す。

 「先日、ファンミーティングに行きましたが、本当に日本女性が金づるになっている、という印象でしたね。入場料は9500円。2時間、内容はトークショー、使用済みのTシャツや帽子が当たるジャンケン大会、そして最後は握手会…。ファンというのはありがたいものですね」

 芸能プロ幹部は、韓流の勢いに焦りを隠さず、日本の芸能界が手薄だった部分を指摘する。

 「AKB48もK-POP韓流も同じ。近くで会える、触れ合える、という部分です。日本の芸能界はどちらかといえばずっとその逆だった。レディー・ガガが来日しましたけど、彼女もAKBや韓流と同じなものを感じます。ファンの中に飛び込んでいるというか。日本も変わらなくちゃ」

 変わらなくちゃ。 (業界ウオッチャー X)

外圧で改善が進むならファンも歓迎ですし、なんであれ売れる物は売るという姿勢は商売として必ずしも間違ってはいませんけれども、この調子ですと今まで親密な関係を続け芸能業界の期限を損ねないように数々の配慮をしてきたマスコミにも大きな反動が来るかも知れませんが、果たして彼らがそこまで後先を考えて行動しているのでしょうかね?
近頃では政界の方も総理が辞める、辞めないで一向に話が進まない状況になっていて、現与党誕生に大きな助力をしてきたことを自他共に認めている朝日新聞毎日新聞あたりは援護射撃に必死だと同業他社からも言われているようですけれども、そもそもの元をたどれば総理がバーで飲んでいただのカップ麺の値段が判らないだのと何でも政局につなげてきたのは彼らマスコミであったはずです。
おかげで世界同時不況だ、大震災だと世間が大変なことになっているこの肝心な時にあって、日本の政府が全くイニシアチブを発揮出来ないという悲惨な状況が長く続いていますけれども、これも彼らマスコミの後先考えない行動が生んだ悲劇とも言えそうですよね。
モラルも何もなく目先の利益だけしか考えていない、その自分勝手な行動によって周囲に迷惑と不幸しかもたらさない、そしてそんな輩が自分が国を動かしているつもりだとなれば、どうしたって世間的に好かれるキャラクターには思えませんけれども、彼らの業界が長期的な低落傾向を脱する気配が一向に見えないというのも明白な理由があってのことというわけでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 1日 (金)

宇和島徳洲会 狙われるのには理由があります?

先日以来お伝えしている生体腎移植に関わる問題ですが、ひと頃行方不明が伝えられていたドナー男性が警視庁の事情聴取を受けているという話が入ってきました。
やはり仲介役となった組長にあった100万円余の借金帳消しという条件で臓器提供を承諾したということですが、組長に支払われた金額は1000万円と言いますから暴力団にとってはずいぶんと美味しい話になったのは間違いなさそうですよね。
今回のレシピエントである堀内利信容疑者については、当初は妻の経営する会社の従業員を養子縁組しドナーに仕立てることを画策していたところ断られたという話もありますし、フィリピンでの海外移植に失敗してからは手段を選ばずドナーを探していたという状況であったようです。
それだけ見境も無しに養子縁組をしていたわけですから戸籍などを見るだけでも状況は理解出来そうなものですが、実際には薄々事情を察知していたとしても断りにくいという病院側の声もあるようなんですね。

臓器売買:「養子縁組」に疑念も移植承認 拒否の根拠なく(2011年6月27日毎日新聞)

 生体腎移植を巡る臓器売買事件で、開業医の堀内利信容疑者(55)=臓器移植法違反容疑などで逮捕=から移植手術を依頼された板橋中央総合病院(東京都板橋区)の倫理委員会が、ドナー(臓器提供者)との養子縁組が偽装ではないかとの疑念を抱いたまま移植を承認していたことが病院への取材で分かった。病院側は「養子縁組の過程を不審に思ったが、拒否するまでの根拠はなかった」と釈明している。

 同病院によると、昨年1月下旬に堀内容疑者から、元暴力団組員の坂上文彦容疑者(48)をドナーとする生体腎移植の申し込みがあった。戸籍で親族確認をしたが、坂上容疑者とは約1週間前に縁組したばかりで年齢も7歳しか離れていないため、通常1回しか開かない倫理委を2回開催。日本移植学会の倫理指針に従い、別の病院の精神科医による聞き取りも行ったが、縁組偽装や金銭授受をうかがわせる証拠は見つからなかったという。

 このため倫理委は昨年3月、「指針や法に触れる積極的な証拠はない以上、患者の希望を拒否できない」と判断し、移植を承認した。ところが、移植手術直前に堀内容疑者から「ドナー候補の関係者から金銭要求があり、病院に迷惑をかけるので手術は行わない」と書面で連絡があり、移植は急きょ中止になったという。

 実際に移植手術が行われた宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)も、養子縁組が繰り返されていることを戸籍で把握。倫理委員会を2回開いたが、堀内容疑者が詳しい説明を渋ったため、それ以上の調査はしなかったことが分かっている。

 学会の倫理指針は生体臓器移植の対象を原則として親族に限定。06年に宇和島徳洲会病院で起きた臓器売買事件を受け、ドナーの本人確認や自発的意思の確認の徹底などの規定を追加したが、手術の可否の判断は基本的に医療機関に任せているのが現状で、臓器移植法にも生体移植に関する特段の規定はない。【川崎桂吾、前谷宏】

この板橋中央にしても結局トラブルから中止にならなければ移植が行われていた可能性が高かったわけですが、何しろ移植を受けるくらいですからレシピエントが健康を害していることは明らかであるし、目の前で当事者であるドナーとレシピエントが「やってくれ」と声を揃えて言っているなら、医療の一般論として考えても拒否することは難しいというのは理解できます。
このあたりは例えば深夜救急における鎮痛剤中毒患者への対処などにも似たところがあると思いますが、怪しい、あるいは更に一歩進んでまず確実に黒だと言うところまでは推定できても、実際に断れるかどうかは様々な要因から総合的に判断せざるを得ないところで、こうした事件を防ぐためには単なる学会指針などに留まらず法的強制力のあるルール作りも必要なのかも知れません。
ただソセ中がやたらとやってくる病院があるのと同様に、限りなく黒に近いグレーの人々が集まってくる病院というのが実際に存在するというのには、やはりそれなりに理由があることなんだなと感じさせられるのがこちらの記事ですよね。

臓器売買:うちならすぐ移植と全国から患者 宇和島徳洲会(2011年6月28日毎日新聞)

積極的な生体腎移植の実施で全国に知られる宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)に28日、臓器移植法違反容疑で再び捜査のメスが入った。生体腎移植を巡る臓器売買事件の解明を進める警視庁による家宅捜索。逮捕された堀内利信容疑者(55)の移植手術を実施した同病院側は、偽装養子縁組の真相をどこまで知っていたのか。事件は新たな局面を迎えた。【川崎桂吾、前谷宏、喜浦遊】

 「大学病院では1年半も待たされるところ、うちの病院では問題がなければ1~2週間で移植を受けられます」。昨年9月に鹿児島県・奄美大島で開かれた腎移植がテーマの講演会で、堀内容疑者の手術を担当した執刀医(38)は、宇和島徳洲会病院での移植のメリットを語っていた。

 同病院には、腎移植を希望する腎不全患者が全国から押し寄せる。10年の生体腎移植件数は72件で東京女子医科大学病院などに次いで全国4位。右肩上がりで増えており、開業7年の地方病院としては異例の数字を積み上げる。同病院は、遠方からの患者のために約70キロ離れた松山空港まで送迎バスを運行しているという。

 数字を押し上げているのは、泌尿器科部長を務める万波(まんなみ)誠医師(70)の存在だ。市立宇和島病院時代を含めて1000件以上の生体腎移植を手がけた。ある患者は「よれよれの白衣にサンダル履き。しゃべり方もぶっきらぼうだが、患者のことを一番に考えてくれる」と信頼する。

 万波医師とともに堀内容疑者の移植手術を担当した執刀医も毎日新聞の取材に、「万波医師にテクニックを教えてもらいたい」と思い、同病院での勤務を希望したことを明かした。この執刀医を巡っては、堀内容疑者の妻則子容疑者(48)からドナー(臓器提供者)との偽装養子縁組の経緯などを聞いていた疑惑が浮上している。

 同病院は、06年に摘発された国内初の臓器売買事件の舞台となって家宅捜索を受けたばかりでなく、がん患者などから摘出した腎臓を別の患者に移植する手術を繰り返していたことも発覚。万波医師は「患者のため」と妥当性を主張したが、厚生労働省は転移の危険性があるなどとして、病気腎移植を原則禁止するようになった。

 また、臓器売買事件の公判では、被告となった患者の男性(当時59歳)から「万波医師も対価のことを知っていた」と指摘されたが、万波医師はその後の取材に「知らなかった」と否定していた。

腎移植の闇:臓器売買事件/下 縁組偽装、見抜けぬ病院(2011年6月26日毎日新聞)

 「20世紀で人類が手にすることができた最も効果的な医療技術。それが臓器移植です」。昨年9月、鹿児島県で開かれた生体腎移植の講演会。壇上から語りかける医師は当時、宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)に勤務していた。医師は生体腎移植のメリットや手術の手軽さを説明し、続けた。「うちの病院では、養子縁組をされた後に移植を受ける方もいます

 その2カ月前。同病院では、堀内利信容疑者(55)=臓器移植法違反容疑などで逮捕=への移植手術が実施されていた。執刀したのは、泌尿器科部長の万波(まんなみ)誠医師と、この医師。堀内容疑者が逮捕され、ドナー(臓器提供者)の男性(21)とは偽装養子縁組だった疑いが浮上している。

    ◇

 堀内容疑者は移植を受けるために養子縁組の企てを重ねていた

 最初は知人女性に持ちかけた。死体腎移植の順番が回ってくる気配はなく、海外渡航移植も失敗。堀内容疑者は焦っていた。しかし「移植には養子縁組が必要」と説明すると女性は逃げ出した。

 頼ったのが暴力団組員、滝野和久容疑者(50)だった。1000万円の報酬で紹介されたドナー候補の坂上文彦容疑者(48)と養子縁組し、板橋中央総合病院(東京都板橋区)で移植を受ける話がまとまった。しかし手術直前の昨年5月、1000万円を追加要求され、計画は流れた。

 そして宇和島徳洲会病院。堀内容疑者は別の暴力団組員から新たにドナーの男性を紹介され、養子縁組のわずか1カ月後の昨年7月に移植を受けた

 両病院の倫理委員会は実態を見抜けなかった。宇和島徳洲会病院は、養子縁組が繰り返されていることを戸籍で把握したものの、堀内容疑者が坂上容疑者との関係の説明を渋ったため、それ以上調査しなかった

 臓器移植に詳しい医療関係者は「養子縁組直後は疑問を感じてもおかしくなく、普通なら手術を避ける」と指摘する。別の病院関係者からは「病院は捜査機関ではない。偽装養子や臓器売買を見抜くことには限界がある」との本音も漏れる。

 日本移植学会の倫理指針は生体移植のドナー条件を親族と定めるだけで、法的拘束力はなく、審査は病院任せだ。専門家は「法規制の強化や不正がないか調査する専門の第三者機関の設置などを議論すべき時期に来ている」と提言する。
(略)

「うちの病院では問題がなければ1~2週間で移植を受けられます」だの「うちの病院では、養子縁組をされた後に移植を受ける方もいます」だのと、全国を飛び回って営業活動を繰り広げていたというのですからそれは顧客も集まるでしょうが、そうやってノウハウまで提示した上でかき集めた顧客を甘い審査で次から次へと手術に回すのであれば、それはこういう事件も起こるだろうなと誰でも思いますよね。
もちろん宇和島徳洲会としてもそれなりに言い分はあるのでしょうが、何しろ徳洲会であり万波医師であるというだけですでに世間の偏見に晒されがちな状況にあるわけですから、その衆人環視の中でこういうグレーと取られかねない振る舞いを繰り返すというのも随分と勇気があるなと感じられる行為です(注:褒めていません)。
その上宇和島徳洲会では臓器は取ったら取りっぱなしだというのですから、それは「人を人ではなく単なる臓器としてしか見ていない」などと妙な誤解?を受けかねないのも当然でしょう。

術後ドナーと接触せず 宇和島徳洲会 検診のルールなし(2011年6月25日産経ニュース)

 「堀内クリニック」院長の堀内利信容疑者(55)に生体腎移植手術を行った宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)が、臓器提供者(ドナー)の術後の検診について明確なルールを作っておらず、男性ドナー(21)とは術後に1度も接触していなかったことが24日、関係者への取材で分かった。この移植でも暴力団関係者が仲介しており、ドナーへのこうした対応を問題視する声が上がっている。

 日本移植学会などが作成した「腎移植臨床登録」では、ドナーは術後、3カ月と1年ごとに移植を受けた病院での定期的な検診を定めている。宇和島徳洲会病院では、術後のドナーの検診について一定のルールはなく、患者ごとに対応しているという。

 同病院によると、堀内容疑者は昨年7月の手術後、8月23日に退院。9月22日と今年3月16日に病院を訪れ、執刀した万波誠医師が術後の経過などを確認した。しかし、ドナーとなった男性は術後、一度も受診していないという。

 日本移植学会の湯沢賢治広報委員は「ドナーの術後をケアは世界的な常識で、宇和島徳洲会病院の倫理観が問われる」と指摘。

 これに対し、同病院の平島浩二事務局長は、万波医師が学会の会員ではなくルールに縛られる必然性がないと指摘。遠方の患者が増加傾向にあり「都市部から離れた宇和島では、移動にかかるコストが大きい。ドナーへの経済的な負担は極力避けたい」と説明した。

まあ「万波医師が学会の会員ではなくルールに縛られる必然性がない」というのもその通りなんでしょうけれども、別にこんなところでそうまでけんか腰になる必要性もまたなさそうに思うのですけれどもね…
この宇和島徳洲会を巡っては、すでに院内倫理委員会でもどうやら今回の移植はグレーっぽいとあたりをつけていながら手術に踏み切ったところまでは判っていますが、その上で問われているのは移植目的の養子縁組という行為を認識していたのかどうかです。
すでに堀内容疑者の妻からは「執刀医には養子の経緯を伝えた」と言う供述が出ているということなんですが、そうなりますと病院側も単なる関係者ではなく容疑者の側に連なる者として事件への関与を疑われることになりますよね。

徳洲会執刀医、臓器売買認識の可能性(2011年6月27日産経新聞)

 生体腎移植をめぐる臓器売買仲介事件で、内科医院「堀内クリニック」院長、堀内利信容疑者(55)の妻、則子容疑者(48)が、「宇和島徳洲会病院で移植手術を受ける直前、執刀医に移植手術のために養子縁組を行ったことを伝えた」という内容の供述をしていることが27日、捜査関係者への取材で分かった。警視庁組織犯罪対策4課では、執刀医が偽装養子縁組の可能性を認識しながら手術を行った疑いがないか調べている。

 住吉会系組長から臓器提供者として男性(21)を紹介され、昨年6月に養子縁組を結び、翌月、同病院で移植手術を受けた。

 捜査関係者によると、同課の調べに対し、則子容疑者は、昨年7月の手術前に同病院の執刀医と面会した際、「仲介役の組長に男性を用意してもらい養子縁組を結んだことを伝えた」などと供述しているという。

 一方、この執刀医は27日、東京都内で記者会見し、「(則子容疑者が)まさか虚偽の話をするとは思わなかった」と養子縁組の経緯は伝えられていないことを強調した。執刀医とともに手術にあたった万波誠医師も病院に対し「違法性の認識はなく、粛々と最善を尽くした」などと説明。事件発覚後の会見で同病院側も臓器売買や偽装養子縁組の認識がなかったとしている。

 堀内容疑者らは組長側に謝礼を支払っていた疑いが浮上しており、執刀医がこれを知っていれば、臓器移植法に抵触することになる。同法では、臓器売買の事実を知りながら手術を行うことを禁じ、違反した場合は5年以下の懲役か500万円以下の罰金を科すとしている。

 堀内容疑者はこの臓器移植前の平成21~22年、別の住吉会系組員らに現金1千万円を渡し臓器提供を求めるなどした疑いで逮捕されている。

作り話をするにしても容疑者の妻がこういう話をするということの意味が今ひとつ判らないのですが、いずれにしても事実かどうかは今後の捜査の進展に委ねるしかないとしても、マスコミ報道などが高名な万波医師絡みだけに「そういうことがあっても全く意外ではない」というスタンスで行われているというのは気がかりですよね。
万波医師個人は純粋に患者思いの良い先生なのかも知れませんが、和田心移植以来とかくモラルという面から世間の余計な関心を引きやすいこの国の移植医療というものを牽引する立場の一人として嫌でも注目が集まるだけに、それなりに社会的責任というものもあるだろうことは自覚しておいていただきたいとは感じます。
万波先生個人としては「生涯一移植医でやりたい放題やって終われたら満足」という気持ちもあるのかも知れませんが、移植医療そのものはむしろこれから先にどんどん国内でも発展していかなければ国際問題にもなりかねないという時代に、失礼ながら御年を考えても医師人生の先がそう長いとも思えない一個人が後先考えず暴走をされては、かえって後の移植医療そのものの後退を招くのではないかということです。
養子移植の是非など移植医療そのものの範囲についても議論が必要な部分は多々あるように感じますし、社会的な理由によって医療の範囲を規制していくというのも時にやむを得ない部分もありますが、医療自身の起こした問題によって余計な制約が加えられるということになれば、地道に真面目に移植医療の未来を信じて働いている現場の士気も下がってしまうでしょう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »