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2011年6月15日 (水)

原発事故調査委員会は国中の集中砲火を浴びる勢いです

先日も取り上げました原発事故の調査委員会の問題に関して、大蔵省官僚から後に内閣参事官も務めた高橋洋一氏がこんなことを主張していましたが、御覧になりましたでしょうか。

高橋洋一の民主党ウォッチ 菅首相の失敗と責任は不問? 官邸の「原発検証委」の正体(2011年6月9日J-CAST)

   東京電力福島第1原発の「事故調査・検証委員会」(委員長・畑村洋太郎東大名誉教授)が、2011年6月7日初会合を開いた。菅首相は、「私自身を含め、被告といったら強い口調だが、『出席しろ』といわれれば出席する。政府から独立してしっかり判断してほしい」と挨拶した。

   畑村委員長は失敗学の権威として知られている。マスコミもこの委員会の原因究明に期待している。ところが、「原因究明の動作ができなくなってしまう」として責任追及は目的としないと明言している。

「政府から独立」はウソだ

   これは、委員長として政府が畑村氏を指名したときから予想されていた。失敗学は、失敗に学び同じ愚を繰り返さないようにするために、責任追及だけを追い求めない学問だからだ。

   また、畑村委員長は原発と利害関係がないと政府は説明するが、原子力部署でないものの、原発メーカーの日立製作所の元社員であることを懸念する向きもある。

   いずれにしても、菅首相の挨拶はかなり大げさだ。そもそも、この委員会は政府内組織で、委員長や委員は首相が任命している。

   建前として、「検証委員会は、必要に応じ、内閣総理大臣を始めとする関係大臣、関係行政機関の職員、関係事業者の役職員、原子力に関する国際機関の職員その他の関係者の出席を求めることができる」(5月24日閣議決定)とされている。形だけ、菅首相に出席を求めるが、本格的な事情聴取ではないだろう。それに役人用語の「必要に応じ」とある。総理の出席について必要性がないということであれば、出席要請もできなくなってしまう。

   菅首相の挨拶にもあり、マスコミ報道ではこの事故調査・検証委員会があたかも政府から独立しているかのような報道をしているが、それはミスリーディングだ。

   この委員会の運営も政府の意のままだ。それは「検証委員会の庶務は、関係行政機関の協力を得て、内閣官房において処理する」との閣議決定(5月24日)からわかる。

内閣官房が官邸の初動ミスを取り上げるはずない

   こうした委員会運営では、庶務を誰が行うかが決定的に重要だ。この庶務を行う部署(事務局)は「庶務権」をもつといい、委員会委員より実権をもつ。委員会の会議のスケジュール調整、報告書の素案作成その他で、委員会の命運を握っている。もし事務局の意向に沿わない委員がいたとしても(好都合の委員しか事務局が選ばないからその可能性は低いが)、その人の都合の悪い日に委員会を開催して、意見をかなり封じることもできる。

   また事務局が内閣官房というのも問題をはらむ。内閣官房は、固有の職員がほとんどおらず、各省庁からの出向者で構成されている。ということは「関係行政機関」からの出向者が事務を行うことになる。閣議決定でも「関係行政機関の協力を得て」とそれを裏付ける一文が入っている。しかも、内閣官房は官邸そのものであり、彼らが官邸の初動ミスを取り上げるはずない

   これらの懸念を払拭するためには、国会に事故調査委員会を設置すべきだった。それなら、政府から独立しているといえる。国会で指名する委員会であれば、いろいろと政府の関係を詮索されることもなかろう。また、そこに首相が出席するのは当たり前のことであり、わざわざ首相が挨拶でいうべきことでない。

   いずれにしても政府の「事故調査・検証委員会」で、責任追及がないならどうしたらいいのだろう。残された手段は、検察による責任追及だ。検察も業務上過失致傷罪で東電経営陣を追及する準備を進めているという話もある。菅首相や官邸が初動ミスをしたという指摘は多いが、結局責任を問われないようなのは残念だ。

いや、とにかく何が何でも責任追及をしなければおさまらないというのもどうかと思うのですが、世論を見ていると責任追及もしないとはケシカランじゃないかと高橋氏に与する意見も根強いようですけれども、言語明瞭意味不明瞭の国会答弁のような報告書が出来て来た方がいいとは、さすが元官僚の発想と言うべきなんでしょうか。
高橋氏の見識の是非はさておくとしても、制度設計として民主党の用意したこの委員会ではきちんとした検証は行えないのではないかと危惧する声は決して少なからず出ているようで、確かに政府の下にある組織が等の政府に向かって全てをさらけ出せ!などと強い態度に出られるはずもありませんよね。
自民党などはこれに対して独立性に問題があると、国会の下に置いた委員会に強力な調査権を与えよと主張しているようですが、少なくとも検証を受ける当事者とは独立した強い権限を持っていなければ検証の実も上がらないだろうと考えるのは当然ですし、政府側も政局絡みの思惑かまんざら全面的に反対というわけでもなさそうな気配ですよね。
一方で政府傘下の国家戦略室では調査委員会はエネルギー政策の監督省庁である経産省傘下に置かせようなどと画策していた、なんてびっくり報道すら流れていますが、これなども結局前述の記事にあるように固有の職員を持たず各省庁から出向であることに端を発しているらしく、どうも調査委員会に限らず今回の事故では省庁の思惑が前面に出てきているようですが、図らずも「責任逃れのためなら人は何でもする」を証明した形でしょう。

原発事故調「骨抜き」の動き 経産省画策、首相が拒否(2011年6月11日朝日新聞)

 東京電力福島第一原発の事故調査・検証委員会(事故調)について、政府の国家戦略室が経済産業省の影響下に置く構想を菅直人首相に提示していたことがわかった。首相の辞任表明後に提示したもので、首相は原発を推進してきた同省が事故調の「骨抜き」を画策したとみて拒否した。

 同戦略室は民主党政権下で新設された組織で各府省の職員が出向し、内閣官房に置いているが、エネルギー政策については経産省の影響力が強い。今回の動きは、経産省が事故調の調査結果に影響力を行使しようと巻き返しを図った形で、今後、新政権が事故調の中立性をどう担保するかが問われそうだ。

 菅内閣は5月24日の閣議で事故調の設置を決定。事故調は内閣官房に置いて独立性と中立性を確保し、東電の監督官庁である経産省から離れた形で検証させるようにした。

細野氏、省庁草案を大幅修正…IAEAに報告(2011年6月8日読売新聞)

 日本政府が国際原子力機関(IAEA)に提出した福島第一原子力発電所事故についての報告書は、経済産業省や文部科学省など原子力に関係する省庁が草稿をまとめ、最終的には、官邸側の意向が強く反映された

 その中心が統括役の細野豪志首相補佐官だ。省庁の案を何度も突き返し、一部は自らが執筆したという。細野補佐官らは、菅首相へも逐一、途中経過を報告。説明時間は予定を大幅に超えることもあった。

 内容は、省庁側が作成した当初案と多くの点で異なる。資源エネルギー庁の幹部は「少数の専門家が政治家と作ったもので、出来上がるまで内容を詳細にチェックできなかった」と打ち明ける。

 特に官邸側がこだわったのは、事故の経緯よりも問題点の洗い出しと評価の章。問題点の洗い出しは、福島原発事故調査・検証委員会でも行われるため、当初案では言及が少なく、評価もあまり入れずに事実関係を淡々と記す内容だったが、毎日のように加筆・修正が加えられたという。

ま、とりわけ監督省庁にすれば以前からこんな問題点がありました!なんて話が出てくれば出てきただけ、それじゃいったいお前らは何を監督していたのだという責任問題になってくるわけですから警戒するのも当然ですが、逆にいえばそうした人間が普通に持っている自己防衛本能が事実の追求には有害無益であるからこそ、とにかく真相究明と責任追及は切り離さなければならないということが言われているわけです。
政治家が官僚よりもまともなものを作るかどうかの保証は何もありませんが、特に総理不信任だ、いや総選挙だなんて話も勃発している中での作業であっただけに、今後も末永く省庁に居座るだろう官僚よりはいずれにしても椅子が消えてなくなりそうな政府筋政治家の方が、どうせ後はないと開き直って原理原則を徹底する可能性はあるのかも知れません。
マスコミなども責任逃れの隠蔽はケシカランという問題認識は持っているはずなんですが、ではそれを避けるために何をどうしたらいいのかということはさっぱり主張しようとしない、せいぜいが関係者は事実関係を明らかにするため真摯に協力するべきだなんて観念論ばかり吐いて終わっていたりする。
刑事責任云々はともかくとしても、事故の賠償で東電のみならず国も負担するべきだなんて話が持ち上がっている以上は、負担割合を決めるためにも責任の所在は明確化しなければならないと言う理屈はつくのでしょうが、何しろ今さら個々の責任を追及したところでどうにもならないような大災害でもあるわけですから、開き直って何よりも後世の検証に耐えるよう全体像を詳細かつ正確に記録していくことが最優先のテーマになるはずですよね。
物事をロジカルに分析し客観的な評価に耐える報告を行うというのは一般に日本人の苦手とするところと言いますが、すでに今回の原発災害を巡っては諸外国から「日本の発表など信用するに足りない」と言う定評をいただいているような状況なのですから、この上何らの資料的価値もない形ばかりのレポートを出して終わりにするような情けない結末を迎えることのないよう委員の皆さんには頑張って貰いたいですね。

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コメント

鉄道航空事故調査委員会がそもそも責任を追及する場ではありません。この記者の見識の問題なのか、わざとなのか?
どちらにせよ、このレベルの事故を免責無しでまともな事故調査・原因究明が行えるとは思いませんが・・・

投稿: クマ | 2011年6月15日 (水) 10時18分

いじめや村八分は日本の伝統文化です。
ムラ社会の平和のためには必ず誰かを吊し上げなければならないのです。
平和という至上目的の前では真相を明らかにすることなど誰も求めてはいないのです。

投稿: kan | 2011年6月15日 (水) 11時41分

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